インフィニット・ストラトス~君が描いた未来の世界は~ (ロシアよ永遠に)
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番外編『一夏の奇妙な経験』

最初に言っておきます。性転換ネタが嫌いな方はブラウザバックを。
時系列的には、木綿季がIS学園にプローブ越しに通学しているときになります。細かい事情、設定はノーノーです。

本編のリハビリ程度です。こんなネタで良ければ。


夜も明け切らぬ朝。

IS学園の一室で、目覚まし時計のアラーム音が鳴り響く。

眠りの中にあった意識は、そのけたたましい音によって夢から現へと強制的に戻される。

包まっていた布団からモゾモゾと手を出し、アラーム音の元凶であるスマホを手探りに探す。

意識がほんの少し覚醒してきたことによって、寝る際に枕元に置いていたことを思い出し、自身の頭の上を探していくと、滑らかな質感のそれに手の甲が当たった。問答無用でそれを引っ掴み、アラーム音を停止させると、起きねばならない使命感と、もっと寝ていたいという誘惑が襲い来る。

 

「ん……もう朝か。」

 

むくりと身体を起こし、目をゴシゴシとこする。が、それでも目を開けさせるには達せず、次に鈍った身体を解すためにぐっと背伸びするに至る。すると、脳が身体を動かさねばと活発になり、意識もより鮮明に覚醒してきた。…少し声が高いのは、喉が乾燥でもしているからだろうか?

ゆっくりと目を見開くと、カーテンの隙間から差し込む日の光に誘われるように、ベッドから降りて窓際へと脚を進める。

シャッとカーテンを滑らせて開け放つと、丁度水平線から太陽が昇りきったタイミングだった。見慣れた光景なのだが、それでも得も知れぬ解放感というものを感じざるを得ない。

今日は土曜日。明日も続いて学校は休日だ。ゲームをするのも良いが、勉強は元より、ISの鍛錬に時間を割くのも良いかもしれない。

 

『ん…ふぁ……おはよ…一夏。』

 

備え付けの机上にある充電器でバッテリーを回復させていたプローブから、自身が好意を寄せる少女の声が聞こえる。丁度彼女も目が覚めたようで、どこか間延びした話し方だ。

 

「おう、おはよう木綿季。」

 

窓から振り返り、プローブの方へ向き直る。

その時だった。

妙に感じていた頭の重さが確信、そしてその理由が眼に入った。

振り返った勢いによる遠心力でふわりと舞ったのが、艶やかな黒髪。見下ろせば、はらりと勢いを失って肩に掛かったそれは、『やや膨らんだ胸元』辺りまでのセミロングだ。

おかしい。

髪の毛は基本的に短めでカットもしているし、昨晩も確かにいつもと変わらぬ長さであったはず。

にもかかわらず、何がどうしてこうなったのか?一晩でここまで伸びるとか、日本人形じゃあるまいに…。

そして先程眼に入った、看過できないもの。

 

『え…っと……キミは…誰?』

 

そんな木綿季の疑問。

 

「何…言ってるんだ?俺は一夏…だ…ぞ?」

 

そう歯切れが悪くなってしまったのは、自身の中でも認めたくない事実に、今直面しているからに他ならなかった。

そう…。

再び胸元を見やる。

 

 

…そこからは怒濤の早さで洗面所に駆け込んだ。旧SAOのステータスによる速さもかくやといわんばかりに。

 

そして…

 

洗面所の鏡に映る自身の姿に、一夏は…ポツリと呟いた。

 

「キミは…誰だ?」

 

それは現実逃避にも思えるかも知れない。だがそうでもしなければ混乱と錯乱によってどうにかなってしまいそうだと思ったから。

…何せ

目の前の鏡に映るのは、男である織斑一夏ではなく、セミロングの黒髪、そして本来の自身の身長より幾分低い体付きの…端から見ても美少女が立っていたから。

 

 

 

 

 

 

 

…どうしてこうなったのか。

昨日まで健全な男子であったことには変わりない。

にも関わらず、一夜にして、所謂『性転換』的な減少が起きていたことは紛れもない事実。

何がどうしてこうなるのか?

様々なパターンを想定した結果として、一人の人物に辿り着く。

 

『もすもす邪神モッコス。やあやあ、いっ君!どうだい?束さんお手製の『オンナニナール』、略して『オ〇ニー』は?』

 

「その壊滅的なネーミングセンスはどうかと思いますよ束さん。」

 

とりあえず通信をしてみたところ、何も聞いていないのに開口一番自白してくれた。

やっぱりウサギの仕業だった。

 

『夜中にこっそり、そしてプスッとね?まぁ安全性はバッチリの新薬の実験にモルモ…もとい、被検体にいっ君は選ばれた訳なのだよ。』

 

「言い直した意味がわかりません。…と言うか、安全面において、身体はともかく、精神的にはかなりキましたけど。」

 

『そこはほら、アレだよ。いっ君の『鋼の魂』。これに尽きるのさ。漢の夢じゃない?性転換って。』

 

「人によりけりだと思いますけどね。」

 

『それで…束さん。その…一夏は元に戻るんですか?』

 

怖ず怖ずとプローブから木綿季の消え入りそうな声が漏れる。流石に好きな男の子が、自身と同じ女の子になってしまっては、混乱するのが普通だろう。

 

『大丈夫だよゆうちゃん。想定では一日で効果は切れるから。今日一日だけだけども、我慢してくれたら、薬の効果も切れて元に戻るよ。』

 

『そ、そうですか。…良かった。』

 

「いや、俺的には良いのかどうかわかんないんだけど。…今日一日って言っても、一日どうやって過ごすんだよ?」

 

『まぁまぁ。いっ君、部屋に衣装ケースが増えてるでしょ?中を確認してみなよ。』

 

確かに部屋の片隅に、小さいながらも衣装ケースがポツンと鎮座してある。…昨晩まであんなものなかったはずなのに。

言われたとおり、衣装ケースの蓋を開けてみると…

 

純白のフリルが付いた上下お揃いの……所謂女性用下着…ランジェリーがたたんであった。

 

「…なんでさ。」

 

『え?だって今日一日ノーブラでノーパンで過ごすわけにいかないじゃん?だからそれ付けて今日は過ごして貰おうかなって。いや~、束さんてば気が利くね~!』

 

下着その物には、家事が全く出来ない姉に代わって洗濯していたため、見慣れているのは事実だ。…だが、姉のものではないという先入観を捨て置いたら、目の前の物に顔を赤らめていく。

 

『いっ君…いや、今日一日はいっちゃん。まさかノーブラノーブラで過ごすとか、アブノーマルな性癖はないよね?』

 

「ぐっ…!」

 

確かに服を着れなければ食堂や購買にも行けないので、選択の余地はなかった。こういう時に限って冷蔵庫の食材のストックが無くなりかけなんて…。

 

『それじゃ束さんはそろそろ切るね!バイビー!』

 

一夏の思いとは真逆に、かなり軽いノリで通信を切った束。残されたのは、目の前の絶望に打ちひしがれる一夏と、どう声をかけるべきか悩む木綿季。

目の前の下着を着用するか否か。だが女体化しているとは言え、これを着けると言うことは、自身の中で大切な何かが失われるような…そんな気がしてならない。

 

「俺は…どちらを選べばいい?白式は何も応えてくれない。教えてくれ、木綿季。こんな時、どうすればいいか、判らないんだ。」

 

『…えと………着れば良いと思うよ。』

 

木綿季の、ある意味男前な決断に、一夏はひと息つくと、意を決してパジャマのボタンに手をかけた。



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あらすじや設定

悶々としていたら妄想が暴走し始めたので発散のために執筆。他の小説も完結させたいのだけど、詰まってしまうことが多々あり、こうして妄想を形にする行動が増え、以下エンドレス


SAOサバイバー

一般的にこれは、デスゲームと化したフルダイブMMO『ソードアート・オンライン』を生き残り、リアルに生還したプレイヤーを指す。

彼…織斑一夏こと『イチカ』もその一人だった。

彼は13歳の時に、姉が参加するとある大会の応援に向かった際に誘拐され、監禁、姉の大会を棄権させるための人質として拘束された。その際に受けた暴行により、脳に損傷、そして身体には重傷を受け、救助に来た姉が病院に救急搬送。以後、意識不明の状態が続くことになる。

その際に国内に搬送され、2機が試験中であったメディキュボイドによる再生治療を行うことになり、フルダイブによる治療が始まった。ここまではある程度、医師の予定通りであったと言える。

しかし、このメディキュボイド。同時に開発され、同時期にソードアート・オンラインのハードとして売り出されていたナーヴギアと同じ技術が使われており、ネットワークを通じての事故により、図らずも一夏の意識はソードアートのオンラインへとダイブしてしまうこととなる。

時間は経って、肉体的な治療は終えども、精神的…つまり意識は戻らぬまま、一夏はソードアート・オンラインに囚われたまま2年の月日が流れる事となった。

そして…奇跡であろうか、イレギュラーによってソードアート・オンライン100層よりも早く、75層でのゲームクリアとなり、ソードアート・オンラインプレイヤーの大多数が目を覚ますと同時に、一夏の意識が戻ってきた。

意識が戻ると同時に…数ヵ月のリハビリを終えて、復学した一夏は、SAOで知り合ったエリート校に通う少女に勉強を見て貰っていたので、問題なく授業に追いつけたが、高校受験まで数ヵ月の猶予しかなかったため、国の設立したSAO生還者が通える学校を学力テストと評して受験することになる。

その傍ら、SAOと同じ技術でリリースされていたアルヴヘイム・オンラインに囚われていた、一夏の勉学の先生や数百人のプレイヤーを救うため、戦友達と共に再びダイブ。とある変態の野望を打ち砕き、彼女や、他に囚われていたプレイヤーの意識を救うことに成功した。

アルヴヘイム・オンラインが新生し、SAOの舞台となったアインクラッドの実装も相まって一件落着…かと思いきや、何の因果か、SAO帰還者学校の受験会場で迷子になり、入った部屋に鎮座していたISを起動してしまい、急遽SAO帰還者学校からIS操縦者養成所であるIS学園に通うこととなってしまい、嘆いた。

そんな中で、昔馴染み2人と再会したり、イギリス代表候補生と決闘したり、男装女子と出会ったり、軍人に出会い頭で平手打ちを食らったり、臨海学校で死にかけたり…等々語れば切りが無いが、それでもSAOで培った身体を動かすイメージと剣術を活かして、何とか乗り越えてきた。

そして…キャノンボール・ファストを終えた一夏。しばらくダイブ出来ずにいたアルヴヘイム。そこで噂になっているとある剣士と出会うこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

織斑一夏(AN(アバターネーム)イチカ)

 

当作開始時16歳。13歳までは原作そのままだが、千冬の第二回モンド・グロッソ応援時に誘拐・暴行を受けて重傷となって意識を失い、メディキュボイド試験運用もかねての治療を受けることになる。その中で何の因果かSAOに巻き込まれて、仲間達と共に攻略していくことになる。

能力としては、動きその物は最初こそ悪かったが、戦いを重ねる内に剣道の経験と勘が蘇り、踏み込みや間合いの取り方が卓越した物になっていく。これについては、同じく剣道経験者のキリトも舌を巻くほどで、その技術を活かしてレベリングを行い、瞬く間にトッププレイヤーの一員となった。

攻略組でも、キリト、アスナ、ヒースクリフに次ぐほどの物と言われ、刀のユニークスキル『居合』の発現により、ボス戦での貴重なダメージディーラーとなる。付いた二つ名は『絶刀』。

帰還後は、リハビリを終えて受験に備える中、アスナや数百人のプレイヤーがALOに囚われていることを知り、仲間と共にその救出に貢献した。

そして学校の受験会場でISに触れ、IS学園に通うこととなる。

それからはおおよそ原作通りではあり、ヒロイン達を(無自覚に)次々落としていくが、やはりその好意に気付いていない。

臨海学校で二度目の臨死体験をし、三途の川を渡りかけていたが、川の向こうで青髪の青年が『気持ち的に、まだこっちへ来ちゃダメだよ。』と言ってたのでUターンした。

そしてキャノンボールファストを終えて、中間試験を経て、高速機動の練習でインできなかったALOをプレイしたとき、仲間の間で噂になっている剣士の話を耳にする。

なお、ALOでの種族は『インプ』。

 

 

 

桐ヶ谷 和人(キリト)

当作開始時16歳。大凡原作通りだが、イチカと出会い、クラインやエギルとは違う意味での友人、そしてライバルとして切磋琢磨する、掛け替えのない存在となっている。基本的に愛妻家で子煩悩。

 

結城 明日菜(アスナ)

 

当作開始時17歳。こちらも原作通り。恐妻家で子煩悩。

ALOでは、帰還したときのために勉強するイチカを見かねて、エリート校出身の実力を遺憾なく発揮。時折イチカから先生と呼ばれている。

 

三途の川の人

気持ち的にナイトの人。

 

ISヒロインズ

原作通り、一夏に惚れ込んでいるが、報われずにいる。

 

MORE DEBAN

シリカ キリト程では無いが、イチカを兄のように慕っている。

リズベット いじれる弟分。イチカの刀のメンテナンス係。

リーファ アスナ救出時に知り合い、オフ会でリアルの顔合わせ。同い年なので割と話しやすいようだが、惚れ込んでは居ない。

 

 

織斑 千冬

おおよそ原作通りだが、SAOに囚われた一夏が気が気でなく、ドイツ軍での指導はそれを紛らわせるためにスパルタだったようだ。帰還した時には、見舞いたいのもあってIS学園に勤務。早く勤務が終わったり、休みの日にはあしげく病院に足を運んでいた。目を覚ました彼を見て、一夏に見せたこともないはずの涙を流して、その生還を喜んだ。

過酷な生活をしていた弟の目が、2年という歳月を経て大人のそれへと変わっていることに、時の流れを実感したと共に、ちょっぴり寂しさを覚えたらしい。

一夏がALOにログインしたいと言いだしたとき、再び囚われるかも知れないという恐怖から激怒したが、それでもと食い下がる一夏と剣道で真剣勝負をし、結果として千冬が勝ったが、彼の成長ぶりと意志の強さ、何よりも昔は追い付くことも出来なかった自分の動きに食らいつき、一太刀を入れたことに驚き、彼を認めて、アスナ救出に向かう彼を見送った。



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第1話『出会いは最悪の形』

一人部屋と言うのは素晴らしい

そして男だけの空間は素晴らしい

このIS学園で一夏が学んだことはこれだった。

入学当初から、幼なじみと同室だったり、男装女子と同室だったり、痴女と同室だったり。

正直に言おう。

面には出さなかったが、男装女子ことシャルロットを男と思っていたときを除き、常に胃がキリキリと締め付けられていた。

しかし、痴女こと更識楯無生徒会長が部屋を退き、念願叶っての一人部屋となって、一夏としては心が洗われる気分になっていた。

新設された一人部屋は二人のそれに比べて少々狭く思うが、プライベートが確保されると言うのは総じて素晴らしく、広さを差し引いても充分すぎるほどのお釣りが来るほどだった。

 

「よ、ようやく終わった…!」

 

ぐてっと、備えられた一人用ベッドに、真正面からダイブ。

ここ数日勉強漬けだったので、ただでさえすり減らされる神経を更にすり減らし、身を削る思いで勉強に望み、そして今日に中間試験の最終日を迎えて今に至る。

午前中に試験が終わり、今頃は皆、昼食を取ろうと食堂に押し掛けるか、もしくはオフの午後を利用してモノレールに乗って街へ繰り出してそこで摂るかだろう。一夏としては前者を選びたいが、ごった返す食堂に足を運ぶのも辛いので、少しばかり人が捌けてからゆっくり昼食を摂りたい思いがあったので、こうして一旦部屋に戻って来たのである。

 

「あ~…そだ……和人にメールしとかねぇと…。」

 

スマホを取り出して、自身の親友の一人であり、濃密な2年を共に過ごした戦友にメッセージを送る。

内容

『我 試練 終エル

我 昼食 後 妖精 成リ』

なぜか電報形式?になってしまったが、これも疲れのせいだろう。

程なくして、スマホがメール受信を知らせるバイブレーションを鳴らす。重たい手取りでそれを開けば、

 

『了解、試験お疲れだったな。インしたら、22層の俺のマイハウスに集合だぜ。今日は皆、学校が終わったらインするから、今からだと少し待って貰わないとだけどな。』

 

昼食時なのか、すぐに返ってきた。

確かに、IS学園で試験でも、向こうの学校では普通の授業である可能性があるのも確かだ。今からだと…3、4時間はあるし、昼食を踏まえても余裕過ぎる。しかし、それまでの時間に、試験前と期間中は自粛してインしなかったのだから、ブランクや鈍りを解消し、アップデートの情報を集めるのに費やしてもいいだろう。

そうと決まれば、話は早い。とんとん拍子に計画は立てられ、13時の時間を指す時計を横目に一夏は食堂へと脚を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏、今日から剣道部が再開されるのだ。どうだ?一緒に試験で鈍った身体を解さないか?」

 

「一夏さん、もしよろしければ、お昼から私とショッピングにでも…」

 

「一夏!久しぶりにISで私と模擬戦しましょ!負けた方がジュース奢りね!」

 

「一夏、ボクお昼からクッキーを焼く予定なんだ。良かったら一緒にお茶でも…」

 

「嫁よ!日本における夫婦というのは、昼からでも夫婦の営みというのをするらしい!そんなわけで、私と…」

 

「い、一夏…その…キャノンボールで打鉄弐式のデータ整理したいんだけど…白式のも一緒に…どうかな?」

 

「織斑く~ん!生徒会長として、役員の仕事を押し付…ゲフンゲフン!お願いしたいんだけど~」

 

…なんで全員待ち伏せたか照らし合わせたかのように居るのか…

ていうか楯無会長、今押し付けようと言いそうになりましたよね?

ワラワラと、まるで砂糖に群がる蟻のように集ってくる女子らに正直引き顔の一夏。自身を頼ったり誘ってくれるのは有り難いが、悲しいかな、彼の身体は1つしか存在し得ず、また今日の午後におけるその1つの身体の使い道は既に立っているわけで…。

 

「わ、悪ぃ!今日は昼から予定があるんだ!だから誘いはありがたいけど…」

 

ここで、女子の内誰かと出かける、等と宣うものなら、他のメンバーからの物理的制裁が飛んでくる。

だったら名前を出さなければ良い物なのだが、悲しいかな、一夏がそういった嘘をつくことが出来ない性格であり、馬鹿正直なので誤魔化しようがないのだ。

 

「今日は『むこう』で会う約束してるんだ。だから午後はほぼダイブしっぱなしだから…」

 

「あ…そっか。2週間くらいやってなかったんだっけ?」

 

鈴が思い出したかのように声を挙げると、一夏はそれに頷く。

 

「皆、俺が試験勉強期間中なのは知ってたから、明けに一度顔を合わせようって事になってたんだ。だから…」

 

「構いませんわ一夏さん。私達とは日頃顔を合わせてはおりますが、2週間といえど会えないというのは寂しいものです。」

 

「うむ、古来より背を預け合う戦友は大切にするものだからな。それならば仕方ない。」

 

「だが一夏。その…ゲームも良いが、身体を動かすのも大切なことだと思うぞ。ISを動かす身であるからこそ、肉体の鍛錬も大切だ。」

 

「わかってるよ。勘その物はあっちじゃ鈍りようがないからな。その辺は問題ねぇよ。」

 

一部を除き、一夏がSAO帰還者であることは周知の事実だ。このメンバーで、それによるトラブルはあるにはあったものの、今では問題なく話は出来る。

 

「戦友か……その響き、なんかいいなぁ…」

 

「か、簪ちゃん?」

 

「命のやりとりをしたからこそ生まれる友情…!信頼…!なんだか…燃えるよね…。」

 

「あ、それボクも分かるなぁ。背中と背中を預けて、敵の囲いを切り抜けるとか…なんかこう…グッとくる物があるよね。」

 

「シャルロット…ここにきて私と思いを同じくする同志に出会えるとは思えなかった…!」

 

「簪っ!」

 

ひしっと抱き合う2人の女子に、さしもの一夏も顔を引き攣らせる。

 

「ま、そんなわけだからさ。悪いけど今日の誘いはまた今度にしてくれないか?」

 

「うむ!嫁の願いを聞き受けるのは夫の役目だ!私の寛大な心に感謝しろ嫁!夫婦の営みはまた後日…」

 

「ちょっとラウラ?さっきから気になってたけど、夫婦の営みって?」

 

「ボクもすっごく気になるなぁ…、ちょっと話そうか…そうだなぁ…体育館裏辺りで…クラリッサさんも交えてさ…。」

 

「しゃ…シャルロット!?目が…目が笑ってないぞ!?」

 

シャルロットお得意の目が笑ってない笑顔で、ドイツ軍少佐のラウラを竦ませながら、賑やかな昼食を胃の中へ収めていくのだった。

久しぶりに出会える皆との再会を胸に膨らませて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リンク・スタート」

 

全意識をアミュスフィアを通して仮想世界へと繋げるキーワードを紡ぎ、ベッドで横になった一夏の意識は虹のトンネルを通り抜けて暗転する。

現実世界と時間がリンクしているはずなのに暗転する理由。それは一夏の選んだ種族であるインプ、そのホームタウンに由来していた。

暗所でも目が利く特性が付いているインプは、その特性上、暗い場所に住居を構えており、一夏…いやイチカが以前ログアウトしたインプ領のホームタウンもその一つである。宿屋を借りて横になり、ログアウトした状態だったので、部屋は暗く、外の光も余りないだけに、まさしくインプに相応しい空間となっていた。まぁ幾ら暗くても、イチカにとっては問題ないものだったが。

なんにせよ、久しぶりのフルダイブ。身体の動かし方に違和感がないか一通り試すために宿を後にし、ブラリと街へと繰り出した。流石に平日の昼間とあって人通り…インしているプレイヤーはまばらで、物寂しさを感じられる物だった。

一応、指定の時間には皆と出会うので問題ないが、まぁそれでも退屈しのぎに飛び回るのもいいかもしれない。そう思って背中から生えた半透明の羽根を羽ばたかせ、ホームタウンから飛翔する。

 

「やっぱ良いよな…仮想世界と言っても、生身で飛んでる感覚って言うのは…。」

 

ISで飛び回る日常であるのも確かだが、こうやって何者にも縛られることなく、自由に飛翔できる。

純粋に飛ぶことを楽しめる。

それが何よりも楽しく思えた。

無限の成層圏

そう唱えて名付けられたIS。

もしかしたら、開発者である篠ノ之博士は、宇宙進出とともに、自由に空を飛びたい思いもあったのかも知れない。

何も…誰も妨げることなく

ましてや縛られることもなく

ただ解き放たれるのだ。

しがらみや…重力その物から。

 

「っと、そうだ。運営からのお知らせとか…そういった物とかないかな。…それを元に新しいクエストとかを…」

 

そう言って、飛びながら指をスクロールさせ、運営からのメッセージを確認する。

 

ところで…昨今問題となっている『ながらスマホ』というのを、読者さん達は聞いたことはあるだろう。

歩きながらは勿論、自転車や自動車の運転中ですらスマホを操作しているという問題のことである。

考えたり、実際やって貰ったら解るとおり、スマホを見ているとき、と言うのは、如何しても下向き加減になり、前方に目が行きにくい物である。

止まった状態でならそこまで問題視するものではないが、これを歩きながらや運転中に行えばどうなるかは一目瞭然である。

道路におかれている物は勿論、歩行者や自転車、あげくに車と接触しての事故を起こしかねない。

そしてそれは…仮想世界と言えど事故の元であることには変わりなく、不変の事実。

 

ぽふん…

 

そんな拍子抜けするような音と共に、イチカの顔は柔らかな物に埋まった。

…何だろう…

とってもとっても柔らかくて、でも途轍もなく嫌な予感がするのは何故だろう?

 

目の前はまさしく紫一色。

 

何かの布地だろうか。所々に赤いラインが走っている。

 

そして…それはくるりと反転して振り向いた。

 

なるほど、紫に赤いラインが走っているのは、ウエストコートか。

 

スリットから伸びる健康的な脚が実に眩しいものである。

 

「ねえ?」

 

そして、上方から聞こえる活発そうな声。しかしその声色は震えと共に怒気を孕んでおり、イチカは少しばかり身震いする。

見上げれば、紫色の髪をしたインプの少女が、こめかみに正しく怒マークを浮かべて笑いながらこちらを見ているではないか。

これは…こういう系の笑顔は…つい最近見たことがある。

…そう、そう遠くない過去に…

それも今日中…

確か…昼食時に、シャルロットが…

 

「はっ!?」

 

「いきなり人のお尻に頭からダイブなんて、もしかしてデュエルをお望み?それとも…ハラスメントコードでアインクラッド一層の黒鉄宮に放り込まれたいのかな?」

 

復帰早々、黒鉄宮入り(牢屋行き)とか洒落にならない。というかそんなことすれば、仲間から絶好の弄りのネタになってしまう。ただでさえISを動かしたときにネタにされ、約1名から嫉妬に孕んだ目で射殺せそうなほどに睨まれていたのに…。

 

「あ~…その……なんだ。」

 

「ん~??」

 

未だにっこりぴくぴくを崩さず、ジッとこっちを睨んでいる目の前の少女に、何か言わねばと必死に思案する。

そうだ、こう言うときは下手な言い訳をするよりも効果的な物があるってクラインさんが言ってたな、とイチカはふと思い出す。

荒波を立てず、穏便に済ませる方法…それは!

 

「え、えっと!形の良い、見事なヒップだな!安産型って言うのか?俺、結構好みだよ!」

 

 

……

 

………

 

アレ?

 

何だか空気が絶対零度まで一気に低下したかのような感覚に見舞われたんですけど?

 

イチカとしては、穏便に、平和的に解決するために、とりあえず褒めてみた。

それが正しいと思って、だ。

 

そして、

 

紫色のインプの少女が、見事なまでのフォームで振りかぶり、手首のスナップを最大限に生かした平手打ちが、イチカの頬を貫いた。



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第2話『再会』

今回短め&SAO側の状況説明です。
キリトは、イチカの試験期間中にGGOクリアをしたと言うことになっています。


「…で?それで張り倒されて気絶して、今に至る、と?」

 

新生アインクラッド22層にあるログハウスのリビング。ゆうに3、4人は座れるソファに腰を下ろしている黒髪の少年に向かって、一人用のチェアに座る同年代の、同じく黒髪の少年が問うた。

ソファに座る少年の左頬には、見事なまでの真っ赤な紅葉が描かれており、否が応でも目に付いてしまう。

 

「ぷっ…!」

 

「ぷ?」

 

「あっははははははは!!」

 

「も、もう…!ダメよキリトっ君…!わ、笑っちゃ…ぷっ…くく…!」

 

「に、にしてもテンプレなまでにラッキースケベっぷりね…っくくく…ふふふ…っ!」

 

「み、皆さん、ひ、ひどいですよ…っで、でも……っ…ふっ…ふふっ…!」

 

「で、でもさ、こ、こうまで見事な痕があると…っ同情通り越して…笑っちゃうね…ぷぷっ!」

 

上から、一人用のチェアに座るスプリガンのキリト、ウンディーネのアスナ、レプラコーンのリズベット、ケットシーのシリカ、そしてシルフのリーファである。

ソファで頬に紅葉の少年…イチカは、半目状態でケラケラと笑う戦友達をにらみ、不機嫌丸出しだった。

 

「しかしまぁ…謝るどころか、お尻を褒めるなんて…予想の斜め右上を行く答えね。」

 

「い、イチカさんて…お尻フェチさんなんですか?」

 

「ち、違うっての!シリカ!?誤解を生みそうな発言は止めて!?」

 

…黒鉄宮に入れられなくても弄られる運命だったのか。シリカの言に異を唱えながら、イチカの内心は穏やかではない。

 

「…ログインして早々ビンタされるなんて、正直幸先悪い気がするんだけど…」

 

「いやいやイチカ君、ある意味自業自得だよ?飛びながらのストレージ閲覧は基本的に危険だもの。緊急時でなかったのなら、そこは反省すべき所だわ。」

 

「…ぐうの音も出ません。」

 

勉学の師たるアスナに釘を刺されては、イチカも頭が上がらない。流石、優等生という代名詞が相応しい彼女の論に反証できるほど、イチカの肝は据わっていなかった。

 

「まぁ2週間もインしてなかったんだもん、イチカ君の気持ちも分からなく無いよ。テスト、お疲れ様だったね。」

 

「り、リーファ…お前だけだよ。俺を労ってくれるのは…!」

 

慰めてくれるリーファの手を取り、イチカは俯いた。下を向いていて死角である目元からは、なにやら水滴がぽたぽたと滴り落ち、床に敷かれたカーペットにシミを作っている。

織斑一夏、男泣きである。

 

「ま、まぁ俺達だってイチカのテストは気になっていたのは確かだぞ?な?アスナ?」

 

「そ、そうだよ。…それで…どうだった?流石にISに関しては私の専門外も専門外だけど…一般科目は…」

 

「ISに関しては同級生と教え合ってたから問題ないです。やっぱ、普段からの勉強が大事なのを痛感しましたよ…。一般科目の方は、先生の教えて貰ったところが的中したので、結構出来たかなって手応えはあります。」

 

「クエストの合間に頑張ってたものね。流石に平均は上回るでしょ。何せアスナ先生が『飲み込み早い』って言う太鼓判押すくらいだもの。」

 

「リ、リズ…私、そんな大層なことしてないよ?」

 

「いえ!私もアスナさんに教えて貰って、成績が伸びました!アスナさんの教え方が上手いのもあると思います!」

 

「シリカちゃんまで…!?」

 

どうやら、イチカやシリカにとってアスナという存在は偉大、それを不動の物とし始めているようで、もはや彼女を見る目が崇拝の域に達し始めている。

もっとも、イチカは以前自身に敵意を向けていたラウラ、彼女が出会った当初に千冬に向けていた視線に近い物をしているなどと、露とも自覚していないだろうが。

 

「まぁとにかく、だ。ここ2週間の近況報告でもしておくかなぁ…。先ずは…新しい仲間についてなんだが。」

 

「新しい、仲間?」

 

「あぁ。知らなかったと思うけど、俺、一度別のゲームにコンバートしたんだ。」

 

「コ、コンバート?な、何だって急に?」

 

「菊岡の要請だよ。…なんでもガンゲイル・オンラインて言うゲームで起きている不可思議な事件を調査しろってさ……それで…」

 

キリトは続けて語る。

そこで猛威を振るっていた死銃(デス・ガン)とよばれるプレイヤーによる殺人事件。それを終えるために奔走し、今に至ると。そしてその死銃の正体が、元SAOのプレイヤーで、レッドギルドの台頭であった、『笑う棺桶(ラフィンコフィン)』幹部の赤目のザザその人だったこと。そして彼を追い詰め、そして共謀者も逮捕されたことも。

 

「その過程で協力してくれた仲間が、GGOからALOにコンバートしてさ。今日、イチカがログインするから紹介したいって言って、来て貰う予定なんだ。…まぁ学校が違うから、少し遅れるかも知れないみたいだけどな。」

 

「へぇ……銃撃戦メインのGGOでキリトの相棒なんかとなれば、渋いガンマンか…もしかしたら正確無比のスナイパーとかだったりしてな。」

 

「それは…会ってみてのお楽しみだ。あとは…そうだな。これを手に入れたことくらいか。」

 

キリトがアイテムストレージを操作して可視できるようにオブジェクト化したもの。それは黄金色の華美な片手直剣。一言で表すならば、宝剣というに相応しいまでに煌びやかで、そして引き付けられるほどに。

その見た目に思わず、イチカもゴクリと喉を鳴らしてしまう。

 

「ま、まさかこれって…!」

 

話や画像程度には情報を得ては居たが、実物を見るのは初めてだ。

誰も彼もが望んで、それこそ喉から手が出るほどに欲するであろう物。

 

「『聖剣エクスキャリバー』!?」

 

「ご名答。」

 

サーバーに1本しか存在し得ないという『伝説級(レジェンダリー)ウエポン』。サラマンダーの将軍であるユージーンの持つ『魔剣グラム』と並ぶ物だ。

持ってみろよ、と言わんばかりに差し出してきたので、丁重に、丁寧にそれを手に取る。

 

…重い

 

それがまずイチカの抱いた感想だった。

元々片手剣スキルをそこまで上げていないイチカなので、エクスキャリバーの熟練度要求値を満たしていないから余計にそう感じるのだ。

だが、必死こいて熟練度をほぼカンストまで持っていって、そして装備し、敵を屠る時の気持ちはどれ程のものだろう。

カタナではないにせよ、目の前にある伝説の剣を見て、イチカはそう感じられた。

 

「やっぱり、伝説級ともなるとスゲぇな。なんて言うのか…手に持ったときの感動とか。」

 

「だろ?コイツを手に入れるのも皆で協力しての大冒険だったんだぜ?あのキモ…。」

 

「お・に・い・ちゃ・ん?」

 

「じゃなくて、愛嬌のある邪神にも救われたしな。」

 

キモい、と言いかけたところで、怒気を孕んだ鋭い睨みを放つリーファによって、慌てて訂正するキリト。

…キリトがキモいと言い張り、リーファが気に入った姿…。

碌なモンじゃねぇな、と勝手にイチカの中で彼等の言う邪神ことトンキーへのイメージは固まっていく。

 

「後は…そうだな。最近アインクラッドにとんでもなく強い剣士が現れた、ってことくらいか。」

 

「…強い剣士?」

 

「そう。何でも自身の生み出した11連撃のオリジナルソードスキルを賭けてデュエルしてるんだ。」

 

「でも、今まで腕に覚えのあるプレイヤーが挑んでも、誰一人勝ててないのよ。私やキリト君も挑んだけど、結局やられちゃった。」

 

「は?キリトや先生が挑んで…!?」

 

自身より強い二人を打ち負かす程の剣士なんて…彼のヒースクリフとかなら未だしも…。イチカにとって、その辻デュエリスト(仮)の、恐らく途方もない強さにぶるりと震える。

 

「お、イチカ君、武者震い?」

 

「…そうかもな。アインクラッド最強の夫婦を打ち負かす剣士なんだ。興味ない、なんてことはないな。」

 

「もしかしたら…イチカさんなら勝てるかも知れませんよ?『あのスタイル』を使ったら、流石に意表を突かれますし。」

 

「あ~確かにアレは初見では避けらんないでしょ?そうなったら、イチカが初勝者になるのかしら?」

 

「…どうだろうな。でも、基本的には正攻法でいくつもりだ。『アレ』は切り札として置いておきたいからな。」

 

「ちなみに、だ。その辻デュエルをしているプレイヤー、その二つ名って言うのが…

 

 

 

 

 

 

 

『絶剣』だ。」




オマケ


水車小屋のリズ

リーズリズリズ鍛冶屋の子
水車小屋からやって来た
リーズリズリズリズベーット
マスタースミスの女の子

バッキバキ ボッキボキ!
剣っていいな折っちゃお(byキリト)
プーンプン ムッカムカ!
なんてことすんの!?キレちゃお(byリズベット)

あの子と野宿で 心もおどるよ
ドーキドキギュギュッ! ドーキドキギュギュッ!
あの子が気になる まっかっかの

リーズリズリズリズ鍛冶屋の子
水車小屋からやって来た
リーズリズリズリズベーット
そばかす印の女の子

台詞(リズ、キリトのこと、好きぃ!!)




おかしいな…疲れてるのかな…


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第3話『絶剣さんは、激おこぷんぷん丸のようです』

新生アインクラッド24層主街区より少し離れた小島エリア

 

青々と茂る周囲の森にある、大きな湖。点々とする小島の中に、巨木が目印と言わんばかりに浮かぶ島があった。

そこまで大きくもなく、ちょっとした息抜き程度に丁度良いような。そんなエリアにも関わらず、その島の上には多数のプレイヤーによる人集りが出来ていた。

歓喜、そしてざわめき。

金属同士がぶつかり合い、そして空を断つ音が、静寂なはずの森林に木霊する。

 

「お、やってるな。」

 

そんな人集りの傍らへとランディングするのは、この中で知らないプレイヤーが居ないであろう、ブラッキーことキリト。

 

「相変わらずスゴイ人集りね。其程までにオリジナルソードスキルが魅力なのかしら?」

 

「そりゃそうでしょうよ。何せ、オリジナルソードスキル最大連撃の11よ?そんなスゴいスキルがあるなら欲しがるのも無理はないわよ。」

 

「確かに、オリジナルソードスキルは自由な編成が出来ますけど、システムアシスト無しでの構築が条件ですからね。11連撃も組み立てようとしたら、並大抵の努力では出来ませんよ。」

 

「うへ…アタシは普通のソードスキルで充分だわ。ガチ勢には到底適わないし。」

 

絶剣のオリジナルソードスキル、それに当てられるプレイヤーの熱意に、生産職に偏りかけのリズベットはゲンナリとしている。

かく言うアスナでさえ、オリジナルソードスキルである『スターリィ・ティアー』も5連撃。つまり、絶剣のそれは単純に倍以上となる。アスナほどの手練れでも、撃ち込むべき場所、動き、その他諸々を計算の上で5連撃が限度なのだ。

 

「そんな相手に、今から挑むのが…彼なんだけど…」

 

皆が振り向けば、頭から地面に突っ込んでピクピクしているインプの少年。一昔前のギャグシーンみたいだ。

 

「…何か、勝てる要素がなくなってきてる気がするのはアタシだけかしら?」

 

「だ、大丈夫ですリズさん…それはあたしも同じですので。」

 

「…ぷはっ!?ダメだな…ランディングの仕方が鈍ってるみたいだ。こりゃ要練習だな。」

 

悲しいかな、何時ぞやのISの飛行訓練の際の降下訓練、それに失敗してクレーターを作ってしまった時と状況が酷似していた。

土にまみれた顔を地面から抜き取って、顔を軽く拭きとり、何事もなかったかのようにキリッと立ち上がる。

 

「さっ、俺の相手は何処だ?」

 

「イチカさん…。」

 

「お前、今更格好つけても格好付かないけどな?」

 

「あ、丁度相手が降参(リザイン)を…」

 

デュエルも佳境…と言うよりも、絶剣側と思しき少女の剣技が、今正に挑戦者に迫ろうとしていた。体力が半減しても終わっていない、と言うことは、全損決着なのだろう。文字通り体力がなくなるか、もしくはどちらかがリザインするまで終わらない。

 

「ま、参った!リザ…」

 

「てゃぁあぁぁああ!!!」

 

「アバー!?」

 

リザイン、そう言い終える前に、少女の剣戟が挑戦者であるサラマンダーの胴を斬る。

4分の1にまで減っていた体力、それが更に損なわれる。

 

「り、リザ…」

 

「でゃああぁぁぁ!!」

 

「グワー!」

 

「そいゃぁぁぁぁ!!」

 

「ヒギィィッ!?」

 

「もういっちょぉぉぉおおお!!!」

 

「サヨナラーッ!!」

 

…とうとう挑戦者(チャレンジャー)にリザインさせず、体力全損にて決着と相成った。

赤々と燃えるリメンライトとなってしまった挑戦者の姿に、観戦者達は恐れを成して一歩退く。

 

「さて、次は誰かなぁ?ボクは準備万端だよ?今日の絶剣は、滅茶苦茶痛いぞぉ!」

 

全くのダメージもなく、かといってソードスキルの使用も魔法の使用もなく、ただ単純な剣技での完全試合(パーフェクトゲーム)だった。

 

今宵の絶剣様は荒ぶっておられる!

 

誰だ!?絶剣様の怒りを買った愚か者は!?

 

静まれ!静まりたまえ!

 

恐怖した面々が、まるで神か何かのように絶剣の少女を

崇め

畏れ

称えている。

 

「お、おいおいユウキ…どうしたんだよ、何かすっごい気が立ってないか!?」

 

「あ~、キリトだぁ~、なに?またボクと戦ってくれるのぉ?」

 

「い、いやいやいや!無理!今のお前と戦うとか絶対無理ィッ!?」

 

「じゃアスナ~」

 

「ちょっ!ユウキ!眼!眼が据わってるわよ!?」

 

さしもの彼の『黒の剣士』や『閃光』も、目の前に居る絶剣改め修羅と思しき少女…ユウキには戦慄し、及び腰になってしまう。

チェッ、と舌打ちし、次なる獲物…もとい挑戦者を探して周囲を一瞥する。

しかし誰も彼もが、自身が視線を向ける度に一歩下がり、徐々に距離を開いていく。

そして…一人の少年と目が合った、合ってしまった。

 

「「あ……!あぁぁぁ~っ!!!!!」」

 

見事なまでに同時に叫ぶ。その音量たるや、皆がその大きさにビクリと身体を震わせて、更に一歩下がった。

 

「キミは!さっきボクのお尻にダイブしたお尻フェチ!」

 

「違ぇって!何で!?シリカと言い、なんで俺ってそっち方面にカテゴライズされるの!?」

 

「あ、あんな事言われたら、誰だってそう思うでしょ!?」

 

「畜生!恨むぜクラインさん!」

 

こんなことなら、素直に謝罪しておけばよかったと、イチカの内心で後悔の念が渦巻く。

目の前には、羞恥と怒りで顔を真っ赤にしている絶剣ことユウキ。

…さて、どう収集付けたものか。

 

「な、何だよ、絶剣様がお怒りなのは『絶刀』の奴が原因なのか?」

 

(もしかして俺、そのとばっちりでリメンライトになるまでやられたの!?)

 

「この野郎!イチカ!絶剣様の機嫌を直すために斬られやがれ!」

 

「処刑だ!公開処刑!!おいデュエルしろよ!」

 

まさに非難囂々である。

イチカを囲み、ユウキとのデュエルしろと御所望のようだ。

 

「へぇ…イチカ、っていうんだ?『絶刀』、それが君の二つ名なんだね?」

 

「…まぁな。前にやってたゲームで済し崩しに付いた名前だけど。」

 

「そっか。黒の剣士(キリト)閃光(アスナ)…2人に並び立つ噂の刀使い。それがキミ?」

 

「そこまで偉大なモンじゃないけど…」

 

「…ふふふ…そうなんだ。じゃあ探す手間も省けたし、お尻フェチさんを成敗する事も出来るし、一石二鳥だね。」

 

「は…?」

 

「ねぇお尻フェチさん、ボクとデュエルしよ?」

 

「だから!俺は尻フェチじゃ…っ!」

 

ユウキは腰から、愛剣マクアフィテルを抜き取ると、イチカにその切っ先を突き付ける。

彼女の目は、先程の怒り心頭のそれとはまた違う、こちらを射貫かんばかりの鋭く、強い眼差しだ。

 

「ボクと勝負してくれたら、勝っても負けてもお尻のことに関しては許してあげる。ボクに勝ったら、ボクのオリジナルソードスキルをあげるし、…どうかな?」

 

「オリジナルソードスキルに関してはともかく…ダイブの件を水に流してくれるなら有りがたいことは無いな。」

 

「決まりだね。」

 

同意を得たと確信するや、ユウキは端末を操作し、イチカにデュエルの申請を送る。

デュエルするだけで許してくれるなら、此程有り難い話はない。それに何よりも、キリトやアスナを負かしたという絶刀、その少女と戦って勝ってみたい気持ちもあった。

 

「良いぜ、やろうか絶剣!」

 

「全力でやろうよ、絶刀!」

 

イチカのデュエル承諾が通ると共に、試合開始へのカウントダウンが始まった。



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第4話『激突!絶剣と絶刀!』

タイトル通り、イチカとユウキのデュエルメインです。
しかし衝撃のラストが…


色々と他のアニメのキャラの台詞を使ってます。
解る人居るだろうか


カウントダウンが、その瞬間までの時を刻む。

 

既に相手の絶剣の少女は既に自身の剣を抜いており、臨戦態勢である。

デュエルを容認したからには流石にイチカは素手で戦おうなどとは毛頭無い。

彼もストレージを開き、腰に自身の得物をオブジェクト化する。

 

それは雪のように白銀で彩られた鞘。

柄も、そして鍔も…何もかもが白を基調とした色合いで統一されている。

 

まるで…黒の剣士のキリト、それに相反するかのように。

黒系統の色が多いインプにしては、異色とも言えるほどに目に付く。

 

左手を鞘に添え、利き手である右で柄をしっかり握って、その刃を解き放つ。

 

日の光が、その刀身を照らし、鮮烈なまでの輝きを穿つ。

美しく紋を打つその刃は、まさしく宝刀と思しきまでに美麗。

しかしその鋭さと、見事なまでの反りは、素人目から見ても明らかにかなりの業物であることを彷彿させる。

 

「どう?しっかりメンテしておいたわ。」

 

「流石リズだ。これ以上無いくらいにご機嫌に感じるよ。…こいつなら、充分渡り合えそうだ。」

 

「ふふん!復帰祝いとテストの労いの意味も込めて、メンテ料はまけてあげる。…その代わり、思いっきり暴れなさいよ!」

 

「応っ!」

 

リズベットが仕立て上げた長刀『雪華』

それを下段に構える。

腰の高さで左手を添える程度に刀を携え、左脚を半身前に出す。これがイチカが刀を()()に扱う際のもの。

久々に刀を振るうことには変わりないが、目の前の相手に自然と笑みが浮かんでしまう。

絶剣

自身と同じく、『絶』の名を持つ少女。

どんな剣技を、どんな戦法を取ってくる?

身のこなしは?

反応速度は?

未知の相手に、様々な思考を巡らせる。

ただ一つ、解っていること。

 

強い!

 

それは今まで戦った誰よりも。

それが意図せずとも気負いとなり、肩に力が入ってしまう。

 

(ダメだ…力を、力を抜け、俺…!いつも通り…いつも通りにやれば良い…!)

 

気持ちを落ち着けるために、目を閉じ、深呼吸。

一瞬、周囲とイチカとの意識が隔絶され、思考がクリアになる。

何も考えるな

ただ戦い、勝ちに行く

それだけだ

 

カウントの音程が徐々に高くなっていく。

デュエル開始まで10秒を切る。

ここに来て、ようやく目を開いたイチカの視線は、どこまでもユウキを見据えている。

 

その眼光…威圧感がまた、ユウキを奮い立たせていく。

 

3…

 

2…

 

1…

 

『デュエル・スタート』

 

瞬間、

どちらからともなく瞬時に距離を詰めた。

刃と刃が勢いよくぶつかり合い、甲高い金属音がまるで超音波のように発せられ、空気を震わせる。

 

どうやら考えは同じだったようだ。

 

似たもの同士であることを感じ取りながらも、2人は同じタイミングで鍔迫り合いを解いて、互いに距離をとる。

 

同時に先に動いたのはユウキだった。小柄な身体を利用して、低姿勢からの肉迫、腰撓めからの切り上げがイチカを切り裂く。しかし、すんでの所で身体を反らし、マクアフィテルの刃は彼の鼻先を掠める程度に治まった。

しかしイチカとてただやられるつもりもない。振り抜いた彼女の脇腹に、仰け反った勢いを活かしての中段蹴りを叩き込む。別に剣技だけがデュエルの華ではない。己の得物を活かすのも、自身の肉体。それは技量のみならず、体術という搦め手でも当てはまるものだ。

流石にブーツには武器のように攻撃補正もなければ、威力も無いので、ユウキの体力ゲージは極々僅か。それも1、2ドット減少したかどうかという程度。まともに当ててこの程度なので、威力の低さは致し方ない。寧ろ、鼻先を掠めただけで同じくらい体力減少している自身の蹴りの強さを褒めて欲しいくらいだ。

蹴り一つで不意を突かれたのか、ユウキに多少なりともよろけが出ている。ここは畳み掛けられる時に畳み掛けておくべきだ。

 

「せやっ!」

 

横薙ぎに、雪華の刃が振るわれる。何時ものように両手ではない、右手1本での振るい。一撃を狙う為に、蹌踉けるユウキの首元を狙ったものだ。

このまま行けばクリティカル判定でかなりのダメージを与えられる。そうすれば勝ちも見える。そう考えるものの、それが当たるというイメージその物が、イチカには全く湧かなかった。

ユウキは体勢を崩しながらもマクアフィテルの刃で雪華をかちあげ、軌道を逸らして最小限、剣の削りダメージで押さえ込む。

打ち上げられたことにより、辛うじて雪華から手を離さないイチカだが、両手で持つ武器故の、盾としての役割も兼ねたそれが宙ぶらりんとなり、急所たる懐がガラ空きになる。

 

「もらったよ!」

 

勝利と踏んだユウキは、一撃だけの単発だがごっそり体力を奪う、突進系ソードスキル『ヴォーバル・ストライク』を発動する。それも喉元に向けて、だ。

マクアフィテルをライトエフェクトが包み込み、発動まで最早コンマレベル。

その場に居た誰しもが、ユウキの勝ちを確信しただろう。仲間であるメンバーですら、ここからの巻き返しは無理だと踏んでいた。

 

 

…ただ1人…キリトを除いて。

 

 

ジェットエンジンの噴射音にも似たサウンドと共に、ユウキの剣がイチカの喉へと吸い込まれる光景を最後に、2人を中心として大規模な爆発が生じる。

 

 

もうもうと吹き上げられた砂塵が視界を遮り、誰しもが状況を把握できない。しかし、最後に見た光景からして、刀が打ち上げられた状態でのタイミングでのヴォーバル・ストライク。あれは避けようも防ぎようもないので、見ていた誰もがユウキの勝利だろうと予想を立てる。

 

「あちゃ~、イチカでもダメだったか。」

 

「リメンライトになっているだろうし…回復の準備を…」

 

「いや…」

 

腕を組んで、ジッと爆心地を見ていたキリトが、ふと口を開く。

 

「トドメも、勝利の余韻も、まだ早い…!…だろ?イチカ。」

 

「当然…!って言っても間一髪だけど、な…!」

 

ヴォーバル・ストライクのクリティカルを食らったはずのイチカの声に、場はざわめきに包まれる。

砂塵が晴れると、そこにはマクアフィテルの切っ先、それを左手に持った雪華の白銀の鞘、それで食い止めているイチカの姿。

 

「な、なんで…左手で…!?刀は両手持ちだから、装備できないんじゃ…!?」

 

「別に、これが武器ってわけじゃないぞ?今も確かに装備しているのは雪華だけだしな。…ただ一つ、鞘その物も雪華の一部と言うことになる。」

 

つまりシステム上、両手の装備その物は刀1本で塞がってしまっているが、刀そのものを片手で持つかどうかは自由。つまり、刀を片手で扱えるのならば、左手にはセットになっている鞘を持つことその物は可能だ。だが、鞘を盾代わりにする、等という奇策を講じるのは、イチカを除いて他に類を見ない使い方だ。

 

「正直、こんなに早く使うとは思わなかったけどな。…もう少し出し惜しみしたかったけど、絶剣さんが余りに強すぎて使うことを…強いられているんだ!(集中線)」

 

「ふ…ふふふ!良いね良いね!そう来なくっちゃ!ボクも燃えてきたよ!こんなどんでん返しがあるからデュエルって楽しいんだ!」

 

「俺もだ!こんな楽しいデュエル…中々味わえないからな!お互い、思いっきりやろうぜ!」

 

「良いよ!でも勝つのは…ボクだよ!」

 

 

 

 

 

 

何度目だろう。

刃同士がぶつかり合う音を数えるのが面倒くさくなってきた。

いや、数えるのが難しい位までに白熱した戦いが目の前で繰り広げられていた。

キリトやアスナとやり合ったときも盛り上がっていたが、それ以上に息を呑むほどに一進一退の攻防が続いていたのだ。

イチカの剣閃、そして鞘による防御。

ユウキの剣戟、そして速さと反応速度による回避。

避け、防ぎ、薙ぎ、振るい、断つ。

その一撃一撃が、まさしく急所を狙い、勝ちを取りに向かう。

 

「ぜらぁぁぁ!!」

 

「てゃあぁぁぁっ!!」

 

ギィン!!と、聞き慣れた剣と剣のぶつかり合い。

まるで剣舞のように、お互いの動きが重なりあい、相手の身体に届かない。見ているがわからすれば、白熱すると共に、中々付かない決着にもどかしさすら感じるかも知れない。

しかし当の二人と言えば、息が上がり、そしてHPゲージがじわりじわりと削られていこうとも、焦りや疲れの表情は微塵ともない。

むしろ、この戦いその物が長引くこと、それを望むかのように口許をつり上げている。

 

「っへへ…やるじゃねぇか絶剣!こんなに心躍るデュエルは中々味わったことないぜ?」

 

「ボクも、こんなドキドキするのは初めてだ!…もっと!もっとイチカの強さを見せてよ!そうすれば、ボクももっともっと強くなれる気がするんだ!」

 

「俺としちゃ、もっと戦っていきたかったけど…これ以上は、どうなっても知らないからな?」

 

「もちろんだよ!ボクも切り札…使っちゃうからね!」

 

最初の打ち合いの時と同じように、2人揃って後方へ飛び退く。

だが次の一撃はまだ出さない。

互いに整息し、全力で撃ち込む次の一撃に備える。

ユウキはマクアフィテルを目先に構え、イチカは右半身を前に構え、程よく脱力。

ピンと張り詰めた空気が、周囲を支配する。

 

「いくぜ!」「行くぞぉ!!」

 

声高々に互いが迫る。

先に構えを動かしたのはユウキだ。

突き出していた剣を僅かに引き、マクアフィテルにソードスキルのエフェクトを纏わせる。2人の距離が、剣の間合いに入った瞬間、それは突き出された。

だがそれを見越したイチカは、逆手に構えた鞘でいなして、雪華にソードスキルのエフェクトを纏わせる。

一撃を弾いたなら、次を撃ち込まれる前にやる!

いままで単純な剣技だけが渡り合ったが、ここに来て勝負に出た。

風が、空気が、雪華の刃に纏わされる。

刀ソードスキル『辻風』

高速で振るわれた刃が、まるで鎌鼬のように相手を切り裂く、多段ヒットソードスキルだ。射程その物も鎌鼬の発生する分長く、鎌鼬の一撃の威力も低いが、全発ヒットすればかなりのダメージとなる。

しかし、ユウキは一撃目を防いでも未だソードスキルのエフェクトを纏う刃を突き出してくる。

その刃が、あろうことか鎌鼬の刃のエフェクトに突き刺さり、文字通り打ち消していく。

一瞬の、まさしく刹那の間隔で繰り出される鎌鼬の応酬を、脅威の反応速度と、そして剣捌きでキャンセルしていく。

 

(ま、マジか!?こんなの…千冬姉でも…!)

 

そして鎌鼬もシステム上6発の発生が限度となっており、その全てがユウキのソードスキルによってキャンセルされる。これで…七発。

 

「はぁぁぁああ!!!」

 

未だに収まらないユウキのソードスキルは、辻風の硬直で動けないイチカの脇腹に、肩に、腰に撃ち込まれていく。

 

(こ、これが…絶剣の、オリジナルソードスキル…!)

 

「マザーズ…ロザリオッ!!!」

 

最後の一撃はイチカの胸部、そのど真ん中を狙って突き出された。

 

つよい…!

 

自身の2週間のブランクなんて目じゃないくらいに。

 

圧倒的な反応速度に、

 

的確なまでの剣捌き。

 

これが…絶剣の…ユウキ。

 

良い勝負をしたと思ってはいたが、実際に彼女のオリジナルソードスキルを目の当たりにしてみれば、それを生み出すために恐ろしいまでの努力、そして実力を磨いていたことを身を以て知った。

 

…これは、負けるわけだ。

 

妙な満足感と共に、11連撃、その最後の一太刀を受け入れようと目を閉じる。

 

 

 

 

しかし、

 

幾ら待っても、ダメージによる衝撃も生まれなければ、リメンライトと化したときの違和感もない。

 

 

 

 

 

 

「リザイン、する?」

 

無邪気な、それでいておどけるように目の前から聞こえる少女の声に、イチカは目を見開く。

そこには、自身の胸部に刺さるすんでの所で止められた漆黒の片手直剣。そして、こちらを見上げる絶剣の少女だった。

 

「お、おう…。リザイン…」

 

もはやそれ以外の選択肢もなく、イチカはリザインする…。

そして目の前にユウキのリザルト画面が出て来たことで、緊張の糸が切れたイチカは、マザーズ・ロザリオの衝撃で仰け反っていた身体から急に力が抜けて、勢いよく仰向けに倒れ込んでしまう。

 

「わっ!わわっ!?」

 

倒れ込んだ際に、彼にほぼ密着していたユウキは彼の脚に引っ掛かって、後を追うように倒れ込んでいく。

 

ドサリという、妙な転倒音と共に、2人は砂地へと仲良く倒れ臥した。

 

2人分の体重と、その衝撃により巻き上がる砂塵。

 

 

 

 

(あれ?なんか…唇に柔らかい物が…?)

 

倒れた際に目を瞑ってしまったので、恐る恐る目を見開いてみれば、紅い双眼とバッチリ目が合った。

それも超至近距離で、である。

 

(な、なんだよこれ、どんな状況だよ?)

 

混乱するイチカではあったが、目の前の少女の目には涙が溜まり、頬は真っ赤に紅潮し、身体は心なしかぷるぷると震えている。

 

「この…!」

 

唇から、柔らかな感触が離れると共に、ユウキの震える声が聞こえた。

 

あれ…?

 

あるぇ?

 

これは…もしかしなくても…

 

「イチカの…バカァァァァァァァァァァァァ!!!!!」

 

今日二度目の張り手は、一発目よりも痛く、そしてそのダメージによって、ごく僅かに残っていたイチカのHPは全損し、哀れにもリメンライトと化してしまったという。

 




激突したのは剣と剣、そして唇と唇!

デデーン!!

イチカ、アウトー!!


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第5話『猛反、謝罪、罰ゲーム!』

22層に存在する、キリトとアスナのマイホームである木目のログハウス

 

パチパチと暖炉で薪がくべられ、それに相まって木の色味が暖かな空間を醸し出すリビングの中で。

その一角では、まさしく絶対零度と言わんばかりに冷え切った空間があった。

ギザギザの鉄板の上には、インプの少年が縄で縛られ、正座を強要された姿勢で座って…いや、座らされており、それを見下ろす女性陣の冷たい視線が彼を射貫くように向けられていた。

 

「イチカ君。」

 

「…はい。」

 

「申し開きはあるかしら?」

 

「答弁の余地があるのなら、事故であると俺は言いたいです。」

 

「事故で済んだら、警察も要らないし、この世界にハラスメントコードや黒鉄宮も要らないんだけど?」

 

「ぐうの音も出ません。」

 

「イイイイイイイチカさん!曲がりなりにも、女の子と、そそそそその…キッキキキスと言うのは、そ、その…どうかと思います!」

 

「ま、全くよ!お、女の子の唇ってのは、そう安くないんだから!その辺り、肝に銘じなさい!」

 

「え……男の唇って簡単に奪われても良いの?俺、一度同級生にされたんだけど…それも深いの。」

 

「ふふふふふふかいのって!?わ、私ですらキリト君とまだしてないのに!?」

 

「ざっけんじゃないわよ!…どうやらオリハルコン製の猛反鉄板だけじゃ足りなかったようねぇ?」

 

「え?何?リズ!?その瓦みたいに何個も持ってる鉄の塊みたいなのは…!?」

 

「うっさい!ミスリル製の重しを追加よ!!」

 

「ぐわぁぁぁぁ!!!」

 

膝の上に超重量の鉄塊が乗せられたことで、弱点である脛に、ギザギザとした鉄板がメリメリと食い込んで、左頬に再び鮮やかな色合いの大きな紅葉を付けられたイチカの精神を蝕んでいく。

 

「あ、あんたねぇ!IS学園って女の子だらけのとこ行って、そんでキスされた!?ちょっ!ふしだらよ!」

 

「うぅ……結婚してるのに…キリト君にして貰ってないのにぃ…!」

 

「な、なんでアスナさんがダメージ受けてるんですか!?」

 

「き、キリト君!キス!キスしよう!深い奴!!」

 

「待てアスナ早まるな!!こんな流れでするもんじゃないぞ!?」

 

「パパ、ママ、キスと言うのは、互いの愛情表現ですよ?愛情と言う物は深いに越したことありません。ですから、深い愛情を示すためにも、ここはママの要望を…」

 

「待て!待つんだユイ!それは少しおかしいだろ!」

 

もはや暴走するアスナを止められる者はいない。ぐるぐると錯乱した目つきでキリトに迫る彼女は、下手をすれば今日のユウキを越えるほどのものだろう。そしてそんな彼女を止められる人間は、誰にも、ましてやキリトですら無理だった。

 

「でもまぁ…あのユウキって子、イチカを引っぱたいた後、エラい速度で飛んでいったわね…。ファーストキスだったのかしら?」

 

「でも仮想世界の話だろ?現実でキスされたわけじゃ…」

 

キリトの言葉に、その場に居た女性陣のヘイトが、イチカからキリトへと一斉に向けられる。

 

「ひっ!?」

 

「き、キリト君…?も、もしかしてそんなこと考えてたの!?」

 

「お、女の子にとってはキスその物が大きな問題なのよ!?それをアンタは…!」

 

「さ、サイテーですキリトさん!」

 

「おにーちゃん…アタシ、妹として恥ずかしいんだけど。」

 

非難囂々、ギャアギャアと責め立てられるキリトは、その剣幕に部屋の隅へと追いやられ、さらにはプレイヤーによるブロックによって抜け出すことが不可能となっている。

 

「…どうして俺の周りの女の子って、こう…強いんだろなぁ…お?」

 

リアルでの自身を取り巻く環境と重ね合わせ、ちょっとしたデジャヴを感じていたイチカの目の前に、メッセージ受信のエフェクトが表示される。

差出人が表示されていない、と言うことは、フレンドや運営以外からのメールと言うことになる。だが、キリトに説教しまくる女性陣にメッセージが届いていない、と言うことは運営からと言う可能性は限りなく低くなる。

…誰からだろう。

直ぐに開封したい。

でも両手足は縛られているし、何より痛いし。

でも気になる。

開封しなきゃならない気持ちが後押しし、怖ず怖ずと恐怖を乗り越えてイチカは声を挙げる。

 

「あの、さ。メッセージ届いたんだけど…開けてもいい…ですか?」

 

何故か敬語になってしまったのは、声を出した瞬間に、まさしく三白眼と言わんばかりの白い目で睨まれ、それに押されてしまったからである。

 

「メッセージ?」

 

「お、おう…差出人がわからねぇってことは、フレンド以外だと思うんだけど…。」

 

「ふーん。…じゃあ仕方ないわ。手だけ解いてあげる。…読んだらまた縛るけど。」

 

「り、了解です。」

 

とりあえず両手が自由になれた、と言うのはありがたいもので、リズベットの手によって両手を縛る縄がほどかれ、ホッと一息ついて縛られた縄跡を摩りながら、指をスライドさせてストレージを開く。慣れた手つきでメッセージ受信画面を呼び出すと、差出人の名前を見て目を見開く。即座にメッセージを開くと、その内容を読み終えてイチカは、眼差しを何時もの柔らかなものではなく真剣なそれで言った。

 

「すいません、縄、解いて貰ってもいいですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕陽がアインクラッドを照らし、夜の世界を迎えようとする。

現実世界とリンクしているから、向こうでもそろそろ夕食時なのだろう。

27層の湖にある小島の巨木の傍らに立って、徐々に沈み行く夕日を眺めながら、少女は一日の終わりを眺めていた。

その顔は夕日に照らされてか、若しくは別の理由でだろうかはわからないが、深紅に染まっており、そんな彼女の長い紫色の髪を、夕方特有の涼しげな風がそっと靡かせる。

 

「メッセージ…送ったけど…来て、くれるかな?」

 

来ないかも知れない。

そんな不安が、彼女の胸を締め付ける。

もしかしたら…怒っているのかも知れない。

あの時も、さっきも。

激情に身を任せてしまったけど、冷静になったら事故だったのも理解できる。だからこそ…それを向こうは怒っていて…相手にしてくれないかもしれない。

もう…出会っても、話せないかも知れない。

もう…デュエルしてくれないかも知れない。

…そう思うと、どうしようもない孤独感が襲い来て、何処か心にぽっかりと、空虚なまでに大きな穴を開けてしまっていく。

 

「あれ…?なんでボク…泣いてるの?」

 

いつの間にか溢れ出た涙が、頬をつうっと伝い落ちたことで、ようやく自分が泣いていることに気付いた。

知り合って…もっと接していたい、もっと知りたい。そんな相手とで会えたのに、直ぐに別れ…。

彼女は、とある事情から誰かと必要以上に親しくなるつもりはない。だが…この矛盾する思いを如何することも出来ないのも事実で、歯痒い想いが彼女の涙を後押ししていく。

 

「…泣いてんのか?」

 

「へ…?」

 

突如として、背後からの声にピクリと肩を跳ねさせて、ゆっくりと…ユウキは振り返った。

辿り着いたばかりなのか、飛行用に広げたインプ特有の翅はそのまま。しかしその顔には驚きと不安が見え隠れしている。

 

「イチカ…?」

 

「来てほしいって…メッセージ送ってきたから…さ。来たわけだけど…その…大丈夫か?」

 

「へ……?あ、う、うん…、その…だいじょぶ…だよ。」

 

急いでぐしぐしと衣服の袖で、目元に未だ溜まる涙を拭うと、ニコリと笑顔を浮かべる。

しかし、その顔は…何処か取って付けたかのような作り笑いに見えて仕方がない。

 

「その…呼び出した理由なんだけど…ね?」

 

「いや、ちょっと待ってくれ。俺も、さ、話したかった…言わなきゃならないことがあるんだ。」

 

そう言うや否や、イチカは勢いよく頭を下ろし、腰を曲げ、まさしく見事な90°の向きまで身体を傾けた。

 

「ちょっ…イチカ!?」

 

「ごめんユウキ!今日のこと…結局一度も謝れなかった!だからここで謝る!ごめん!」

 

「イチカ…。」

 

悲痛とも言えるまでに…必死の謝罪だった。

実のところ…ユウキの方から謝りたかったのだが先を越されてしまい、どうにもバツが悪そうに視線を散らしてしてしまう。

一度目はともかく、二度目はイチカに過失はなく、事故であったことは明白だ。結果としてあぁなったわけであり、望んでキスをしてしまったわけでもないのも確か。だからこそ、ユウキも謝りたかった。どちらが悪いというわけでもないのに、自身が一方的に叩いてしまったのだから…。

 

「イチカ。」

 

「は、はいっ!」

 

「な、なんで敬語なのさ…。……ボクの方も、ごめんね?キスの件は…イチカが悪いわけじゃないのに…叩いちゃって…。」

 

「い、いや、あれは俺が倒れなきゃユウキを巻き込まずに済んだんだよ。だから…俺が切っ掛けだったことに代わりは無いんだ。」

 

「それを言ったら、デュエルを挑んだのはボクだよ?」

 

「むむむ……。」

 

頭を上げ、納得のいかない、そんな苦虫をかみつぶしたようなイチカの表情に、ユウキは口許を抑えてくっくと笑う。

 

「じゃあさ、ボクもイチカも、どっちも悪かった。それで良いんじゃないかな?」

 

「ユウキは…それで良いのか?」

 

「うん、でないとイチカの気も済まないし、ボクの気も済まない。これが妥協案だと思うよ。」

 

「そういう…ものなのか?」

 

「あ~!これでもまだ納得いかないって感じだね?」

 

「そりゃまあ、な。一回目の件も、謝罪できてなかったんだから。」

 

「強情だなぁイチカは。」

 

呆れながらも、自然と笑みが浮かんでしまう。しかし、笑われるのが嫌なのか、イチカはムスッとふて腐れてしまった。

 

「じゃあ…どうしても納得いかないっていうイチカに、ボクからバツを与えるってのでどう?」

 

「バツ?」

 

「そっ!所謂罰ゲームだね。…どうかな?」

 

正直、ユウキの言う罰ゲームとやらがどんな内容かはわからないが、何かしらの罰をユウキに与えて貰わなければ納得がいかないイチカはこれを承諾する。

 

「…あぁ、いいぜ。それなら出来るぞ。」

 

「えへへ、やった!どんな罰にしようかな~?あれが良いかな~?それともこっちにしようかな~?」

 

あれやこれやと罰を企てるユウキは、その種族による見た目から、イチカからしてみればまさしく小悪魔のように見えた。

少し軽率だっただろうか…。

 

「じゃあさ!明日…イチカは暇だったりする?」

 

「明日、か…学校だから午後4時位からなら…空いてるぞ。」

 

「そっか…学校…か…。」

 

「ユウキ…?」

 

さっきの高いテンションから一変、突如として気落ちしたかのように見えるユウキに、イチカは先程とは違った意味で不安を覚える。

 

「ん、何でも無いっ!じゃあ明日の4時半にここへ来てよ!そこでボクからの罰ゲームを言っちゃうからさ。」

 

「お、おう…わかった…。」

 

「それじゃ、ボクはそろそろ落ちるね!約束だよ!イチカ!」

 

そう言うだけ言って、ユウキは翅を広げて小島を飛び立っていった。

一人残されたイチカは、彼女の考える罰ゲームにゲンナリしながらも、一つの引っかかりが気になっていた。

学校という単語に、妙に反応した。

それが…イチカの頭から異様に離れず、その日のALOでの活動を終えるに至った。



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第6話『何と言うことだ!イチカの罪は止まらない!加速する!(byアイン)』

…これ18禁だろ!と言うクレームを出される覚悟は出来ている…!


翌日

中間考査も終わり、科目によってはテストの答案を返却され始めている。

早くに行われた基礎科目においては、周囲が一喜一憂する中で、一夏の答案もその手元に戻ってきた。前方のスクリーンには、学年内における平均点が表示される。その点数もかなり高く、流石難関のIS学園だけあるものだ。

 

「ねぇ一夏。点数はどんな感じだった?」

 

優等生を画に描いたようなシャルロットが、一夏の出来を気にしてか、やんわりと尋ねてくる。対して一夏は、手元にある答案を見て、まぁこんな物かと感じているところだった。

その点数はというと、どれもこれも90点代ばかりで、間違いなく総合点数で言えば上位に食い込むめるほどの出来映えだ。

 

「まぁこんなもんかなって思ってる。そっちは?」

 

「ボクもそこそこ、かな。…でも相変わらず一夏はスゴいよね。IS学園になし崩しで入ったって聞いたのに、基礎科目はいつも上位なんだもん。」

 

「本当ですわ。最近ではISの成績の方も芳しいようですし…これは私もうかうかしていられませんわね。」

 

ALOでアスナによって、勉強のポイントをしっかりみっちりと教わっているので、最近では基礎科目をそこそこに、IS方面への予習復習に回す時間が増えている。そのため、IS関係の成績も、少しずつではあるが伸びを見せ始めていた。流石にALOでIS関係の勉強をするわけにもいかないので、ログアウトしてからの事になるのは割愛だが。

 

「やっぱ下積みってのは大事だなって、受験前に痛感したからな。SAOの攻略の傍らに勉強してたのが功を奏したんだ。」

 

お陰で全く知らない知識であったISはともかく、基礎科目はしっかりとついていくことが出来た。もしこれが出来なかったとしたら、今頃赤点のオンパレードだったに違いない。

 

「うむ、流石私の嫁だ。夫として鼻が高いぞ。」

 

「はは、嫁はともかく、自慢に思ってくれるのはありがたいよ。サンキューなラウラ。」

 

「なっ…わ、私とて嫁を自慢したくなることくらいあるぞ…!か、感謝されるのは…やぶさかではないが…礼を言われるほどのことでもないのだぞ。」

 

未だ照れやすいラウラは、真顔で感謝してくる一夏を真正面から見ることが出来ず、腕を組んでプイッと顔を背ける。

これが惚れた弱み、と言う奴なのだろうか。

 

「ところで一夏。今日は放課後の予定はあるのか?私は一度、皆でISの訓練をしようかと思っているのだが…。」

 

「そうですわね。試験勉強ばかりで身体が鈍っているのもよろしくありませんし、良い案だと思いますわ。」

 

「そうだな。嫁、夕日の射すアリーナで私と闘え!そして絆を育もうではないか!」

 

「いやラウラ、青春の友情漫画とごっちゃになってるから…。」

 

確かにISの訓練、と言うのは、ここIS学園に通う上で必要不可欠なものだ。しかもここにいるメンバーは全員専用機持ち。貴重なISコアを持たされているのだから、それを最大限活かすために訓練を行うのは、最早義務的なところもある。

 

「あ~、悪い。今日も向こうで約束があるんだ。…いや、約束っつーか…」

 

「「「「???」」」」

 

「罰ゲーム?」

 

…もしかしなくても、復帰早々目の前の男は何かしらやらかしたのだろうと、4人は何となく察してしまう。…それも何故か…女性絡みである、と。

 

「そ、そんなわけだからさ。悪いな。埋め合わせは必ずするよ。」

 

やや煮え切らない所もあるが、それでもこんな彼に惚れてしまったのだ。約束…いや、罰ゲームを無理にキャンセルしろとは言えず、自分達も埋め合わせをして貰えるとの言質を取ったので、こちらも埋め合わせと称した罰ゲームを考えよう。そんな一致した4人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さて、ちょっと…早かったかな…。」

 

放課後になって挨拶もそこそこに、急ぎ部屋に戻ってアミュスフィアからALOにログインしたイチカ。時間を見れば、15時50分。本来の予定時間よりも10分程早く入れた。

あのあと、24層主街区の宿屋でセーブしてログアウト。ここから約束の場所までそこまで時間も掛からないので、30分ほど手持ち無沙汰である。

 

「仕方ない。アイテムの整理や確認をしておくかな。」

 

ベッドで寝そべると、指をスライドさせてアイテムストレージを開き、アイテム毎に整理や、どのようなアイテムがあったかなどの確認をしていく。素材アイテムに鉱石アイテム、クエストの有効期限が切れたアイテムは破棄、食材アイテムの耐久値…。

 

「ん?そうだ、暇つぶしに…」

 

待ち合わせ時間までにやることを見つけたイチカは早速立ち上がると、軽い足取りで部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

16時20分 24層小島エリア

昨日と変わらない朗らかな陽気の中で、ユウキは大木に背を預けて小休止を入れていた。

先ほどまで例のデュエルを散々やり合って、今日は約束があるからと早々に切り上げて、こうして時間までゆっくり過ごす。

仮想世界と言えど、そのアバターの身体を動かすためには、多少なりとも集中力が必要となるために、こうして休むことも重要になっていた。

ゆっくり目を閉じて、風のせせらぎや、わずかに波打つ湖の水面の音に身を任せていると、カサリと草を踏み締める音がユウキの目を開けさせる。

 

「よっ、待たせたなユウキ。」

 

「ん~ん。待ってる間、少し休憩出来たから、気にしなくていいよイチカ。」

 

「なんだ、やっぱり今日もデュエル三昧だったのか?」

 

「いいじゃん~、デュエル楽しいもん!それより、イチカ、何持ってるの?」

 

左腰に雪華を携えているのは分かるが、右手に持つバスケットは何なのだろう?そんな素朴な疑問が、ユウキには芽生えて尋ねるに至る。そう言えば、さっきからほのかに甘い匂いが漂って来ているし…。

 

「いや、ユウキのことだから、今日もデュエルしまくって疲れているだろうと思ってな。差し入れ持ってきたんだよ。」

 

「差し入れ…?もしかしてイチカの手作り?」

 

「おう、こう見えても、料理スキルカンスト済みだぜ?」

 

「おぉ~!!」

 

料理スキルカンストプレイヤーの手作りとあって、ユウキの眼がいつも以上に光り輝いている。…どうやら身体を動かしまくってお疲れのようだ。ここで何かを食べても、お腹が膨れた気になるだけだが、それでも美味しい物を食べた実感が味わえる、と言うのは良いことだ。

バスケットの蓋を開けてみれば、ほのかに鼻腔をくすぐる甘い香りが辺りに漂い、ユウキの喉をゴクリと鳴らさせる。

 

「これって…お饅頭?」

 

「みたいだな。暫くインしていない内にアップデートか何かでレシピが追加されていてさ。試しに作ってみたんだよ。」

 

中には、肉まんほどの大きさの白い物が数個、綺麗に並べられていた。このバスケットに保存の効果があるのか、未だホカホカと暖かな湯気を放っている。

 

「ねね!一つ貰ってもいい?」

 

「いいぜ、その為に作ってきたからな。」

 

「わぁい!ありがとうイチカ!」

 

ホカホカなので、火傷に気を付けながら、おっかなびっくり、そっと饅頭を手に取るユウキは、その小さな口でふぅふぅと冷ましながら、食べられるくらいまでその温度を落としていく。

 

「そーいえば、イチカ。」

 

「ん~?」

 

イチカもどんな味がするのか食べてみるために多めに作ったのか、残る内の一つを手にとってそれを口元へ。やはり彼にとっても熱いのか、フウフウと冷ましに掛かる。

 

「これって、なんていうお菓子なの?」

 

そう言ってユウキは少々恥じらいに欠けるが、大きく口を開けて、その饅頭にかぶりつく。

 

「確か…タラン饅じゅ」

 

「んんんんん!?!?」

 

ブニュル

と言う、何とも表現しがたい音と共に、ユウキのこれまた表現しがたい悲鳴染みた声がイチカの耳に入る。

何事かとユウキを見れば、白い、とろみのある液体がユウキの顔に飛び散り、頬や額、口許を白く汚していた。

 

「え?え?」

 

「んん~!!」

 

「こ、これ、小篭包みたいにクリームが飛び散る、の?」

 

「んん~!!」

 

「あ!わ、悪ぃ!な、何か拭くもの要るよな!?ま、待ってろよユウキ!」

 

イチカは急ぎストレージを開き、カラカラとアイテムスロットをスクロールさせて、何か紙アイテムや布アイテムを探す。しかし中々見つけることも出来ず、そんな中でもユウキの顔からは白濁とした液体がゆっくりと滴り落ちていく。

 

「ん、んん~。」

 

イチカが必死に探す中で、ユウキは口に入ったそれを必死に飲み込もうとしているのか、モグモグと咀嚼している。そんな彼女に…なぜかイチカは目を見開いて釘付けになってしまう。

 

「んっ……!!」

 

ゴクリ…

 

それはどちらの飲み込む音なのか。

白い液体を、必死に飲み込もうとするユウキが、とてもいやらしく、そして官能的だったのか、イチカも思わず生唾を飲み込んでしまったのかも知れない。

 

「………」

 

「………えへへ、こんなに勢いよく出る物なんだね。ボク、こんなの初めてだからビックリしちゃった。」

 

「お、おう…。」

 

とりあえず…布アイテムをオブジェクト化出来たので、クリームが未だ顔に付着しているユウキの顔を拭きに掛かった時だった。

 

「ウチのリーダーに、何してくれとんじゃゴルァァァァァァァ!!!!」

 

目の前にスプリガンの女性から、最大速度からのドロップキックが飛び出し、哀れイチカはその勢いに負けて吹っ飛び、小島の外へ飛び出し、水面を水切りのようにバウンドし、

森の中へとシュゥゥゥゥゥウウウ!!!

超ッ!!エキサイティンッッッ!!

なことになってしまった。




今回の元ネタ
漫画版プログレッシブ三巻
アスナさん妙にエロいです


このシーンのユウキ版。挿絵を描いて下さる勇者様募sh)ry


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第7話『スリーピングナイツ』

今回は前半軽いノリで、後半若干シリアスです。


新生アインクラッド27層

今現在、アインクラッド攻略における最前線

その主街区ロンバール

鉱山や炭鉱と一体化したように、クレーター状の穴にそって作られているこの街には、道行く人々のほとんどが旧SAOで言う攻略組にあたる面々で、話し合う言葉の端々に攻略における相談が嫌でも耳に入ってくる。

そんな街の一角に店を構えるNPC経営の宿屋。

宿屋内にある和やかな雰囲気のレストランにも、多数のプレイヤーが腹ごしらえをしている中で、不釣り合いなまでの異様な光景が嫌でも目に付く。

 

ギザギザ鉄板の上に縄で縛られて正座させられているインプの少年

 

…何処かで見たことあるような光景だが、全く以て気のせいだと言いたい。

 

「さて…ウチのリーダーはあのギトギトを落としにシャワーを浴びてるわけだけど…、何か言い訳はあるかい?」

 

「え、え~っと~、俺はユウキのデュエルを労ってお菓子を作って行っただけなんですが…?」

 

「で?あんな卑猥な状態になるようなお菓子を食べさせようとしたわけだ?さぞ眼福だったでしょ?」

 

「いや、挿絵がないから眼福もなにも…」

 

「あぁんっ!?!?」

 

「いえ、ナンデモナイデス…」

 

目の前の褐色のスプリガンの女性は、どうにもアレが故意だったと思っているらしく、こうやって尋問が行われているのである。

 

「まぁまぁノリ、もしこの人がユウキの言ってた人だとしたら、後々気まずいわよ?だから抑えて?ね?」

 

温和そうなウンディーネの女性が、ノリと呼ばれたスプリガンの人をやんわり嗜める。

ユウキと知り合い…のようである。成る程、知り合い…もしくはリーダーと呼んでいたし、ギルドメンバーなら、あんな事になっていては怒るのも無理はない。

…それにしても、と口には出さないが、この一角に集まっているメンバーを見遣り、イチカは思った。

 

(しかし…ユウキがインプで…ノリって人がスプリガン、眼鏡の人がシルフ、あの女の人はウンディーネ、偉丈夫っぽい人がノーム、紅い男の子がサラマンダー…と。見事にバラバラだなぁ…。)

 

ALOは基本的に種族間での抗争、及びそれに準ずるPVPがメインに近い。にもかかわらず、これ程までにバラバラともなれば、以前からの知り合いか何かなのか?しかし、旧ALOの最大目的であったグランドクエスト達成による飛行時間無制限は共有化されているし、もし旧ALOからのプレイヤーなら、友人同士で出来るだけ諍いのないよう、同種族を選ぶはず。それにユウキのような一流のプレイヤーが居たのなら、少なくともテスト勉強に入る前からある程度の噂は聞いていたはず。

となると…考えられるのは、つい最近どこかのゲームから揃ってコンバートしてきた、と言う答えが導き出されてくる。

 

「で?アンタの名前は?」

 

「い、イチカ…です。」

 

「ユウキとデュエルして、マザーズ・ロザリオを抜かせたって人か?」

 

「マザーズ・ロザリオが…あの11連撃のソードスキルを指すなら…そうなるのかな。」

 

「…じゃあアンタがユウキの初チューの相手って訳だな…?」

 

あれ?これってもしかしなくても、また制裁の予感?

復帰してから何だか連続してこんなコトばかりだな、とイチカは内心大きな溜息をつく。

 

「ノリー、チューって、オッサン臭い表現止めなよ~。」

 

「うっさいなジュン!そんなことはどうでも良いんだ、重要なことじゃない!」

 

「で、でででも、ユウキが昨日の最後はあんまり怒ってなかったので、そ、そこまで捲し立てるのは…。」

 

「うん、タルケンの言うとおりだ。当の被害者のユウキが気にしてないのなら、こちらがどうこう言うのは筋が違うんじゃないかな?」

 

「…テッチ、貴方とは付き合いも長いけど…そんな長い台詞言えたのね。」

 

「シウネー…!?」

 

どうやら、サラマンダーがジュン、スプリガンがノリ、シルフがタルケン、ノームがテッチ、ウンディーネがシウネーと言うらしい。

何やら内輪で揉めているが、イチカの所業を諫めんと躍起になっているのはノリだけのようだ。

 

「ふい~、さっぱりした~!」

 

そんな皆の空気を読んでか否か、シャワーを浴びて、胸のプレートアーマーを外して軽装になったユウキが、濡れた髪をタオルで拭きながらやってきた。

 

「あれ~?皆喧嘩?ダメだよ~、仲良くしなきゃ。」

 

「違っ…!ってか誰のことで揉めてると思ってるの?」

 

「ん~?誰って…誰?」

 

本当に解っていないのか、キョトンと首を傾げるユウキに、一行は苦笑せざるを得ない。

 

「ところでイチカはなんで縛られてるの?」

 

「いや…これには事情が…」

 

「…もしかして、縛られるのが好きなの?お尻の次は、縛られたい体質?」

 

「違っ…!?ってか、その件はデュエルで許した筈だろ?」

 

「あははっ、そうだったね。」

 

そう笑いながら、手足を縛る縄をマクアフィテルでサクッと切ってくれる。耐久力を失った縄は、ポリゴン片となって霧散し、イチカの身体は自由を取り戻す。

 

「そそそう言えば…イチカって…名前のインプで…聞いたことが…。も、もしかして、絶刀の…イチカさん…ですか?」

 

「…まぁ古い二つ名だけどな。結構知られてるのか。」

 

「有名も中々有名ですよ?刀のエキスパートだとか。」

 

「そうそう!イチカの戦い方って面白いんだ!あんな風に使うのって、ボク始めて見たよ!」

 

「へぇ…じゃあ今度僕と手合わせしてくれよイチカさん。」

 

「あ、あぁ、いいぜ?」

 

「よっしゃ!負けないからな!」

 

ジュンが盛り上がる中、一番年長と思しきシウネーがパンパンと、まるで注目!と言わんばかりに手を鳴らした。

 

「デュエルの約束も良いけど、ユウキが今日、あの場所に私達を集めようとした理由について聞かなきゃならないわ。」

 

「そ、そそうですね、失念していました。」

 

「それで、ユウキ。そのイチカさんが…」

 

「うん!そうだよ!そんなわけでイチカ!頑張ろうね!」

 

そう言ってイチカの手を取り、キラキラとした眼で見つめてくるユウキ。

まるで子犬か何かみたいだな、と苦笑しながらも、とりあえずイチカは答えを口にする。

 

「頑張るも何も…何を頑張れば良いんだ?」

 

「あ、そっか!ボク、まだなーんにも説明してなかったんだ!」

 

どうにも少し抜けているリーダーに、面々も垢抜けてぐったりとしてしまった。

そんな中で…イチカは一つ一つ、彼、彼女等の動作に少し戸惑いを覚えていた。

 

(動きが…あまりにも『自然すぎ』ている…?)

 

現実と違い、仮想の身体であるアバターを動かすと言うことは、多少なりとも現実の身体との差異が現れて、それがアバターの動きに少なからず違和感やぎこちなさを生み出す。

しかし、目の前の面々はそんな物を微塵とも感じさせず、挨拶や食事などの細かな仕草、それら全てを流れるかのように滑らかに熟している。

前述のぎこちなさは、ダイブ時間によって解消される者も多く、イチカも旧SAOにおける2年というフルダイブ時間で培ったものだ。

しかし、目の前の彼等はイチカと同等なまでにフルダイブに慣れている。

つまり、アバターを如何に思い通りに動かせるかが重要になるALOにおいて、こうしたフルダイブ慣れは実力に直結していく。

即ち…目の前の彼等は…ユウキと同じく、凄まじい手練。

そして先ほどイチカの考えが蘇る。これほどの手練なら、なぜ今になってコンバートしてきたのか?

恐らく…全員武器を取れば、ユウキに準ずるまでに高い実力の持ち主だろう。そんな凄腕のメンバーなのだ。他のVRMMOに居たのなら、さぞかし名のあるパーティ、もしくはギルドだったに違いない。

しかしそんな彼等が…なぜこの世界に、前の世界の戦果を捨て(コンバートし)てやって来たのがたか、イチカの中で疑問として燻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ改めて!」

 

痛む臑を押して、何とか椅子に着く事が出来たイチカは、ユウキの注文してくれた料理を目の前に戸惑いつつ、彼女の説明を受けることにした。

 

「ボク達は『スリーピングナイツ』っていう6人ギルドなんだ。」

 

「もうお察しかも知れませんが…」

 

ユウキの言葉を引き継ぐように、シウネーが言を発する。

 

「私達はこの世界で知り合ったのではなく、ゲーム外のとある場所(コミュニティ)で出会って友達になったんです。思えば…もう2年になりますか。」

 

2年…つまり、イチカが旧SAOで過ごした年月とほぼ同等。親密差こそ差違はあれど、先ほどのやり取りを見るに、2年間でかなりの親睦を育んでいたのだろう。

 

「最高の仲間です。私たちは…みんなで色々な世界へ行き、そして同時に色々な冒険をしてきました。ですが…」

 

懐かしむシウネーの表情が一変、影を落とし始める。

 

「私達が一緒に旅を出来るのも…次の春までなんです…、皆、それぞれ忙しくなっていくので…。」

 

(忙しくなる…社会人とか大学生になって生活環境が変わるのか?)

 

安直に忙しくなる、と聞けば思い付くのがそんな理由だろう。そうイチカは思いを留める。

 

「だから私達は一つ、絶対に消えることのない思い出を作ろうと決めました。無数にある仮想世界の中で、一番楽しく、美しい、心躍る世界を探して、そこで力を合わせて何かを成し遂げようって。」

 

そして繰り返すコンバート、その果てに辿り着いたのが、このALOだとシウネーは言う。

 

「この世界は…素晴らしい所です。皆で連れ立って飛んだ思い出は、永遠に忘れることはないでしょう。…望みはあと一つ…この世界に私達が居た足跡を残すこと。」

 

「大体の事情は判った。つまり…俺はスリーピングナイツの足跡を残す手伝いをしてほしい。その為にユウキは実力のあるプレイヤーを探すためにデュエルをしていた、ってことだな?」

 

「イチカ、察しが良いね。…そう、ボク達で、このALOで!誰も成し遂げられず、そしてボク達の居た証を残すために考えている事があるんだ!」

 

まるで世紀の大提案!と言わんばかりに、ユウキが目を輝かせながら言い放つ。

 

「ボク達は…階層ボスを倒したいんだ!」

 

階層ボス…つまり…旧SAOと同じく、各層毎に存在するボスを倒したい…と言うことだ。

 

「ここ…ALOではボスを倒すと、一層にある黒鉄宮…その中の『剣士の碑』に、ボス討伐メンバーの名前が刻まれるのは、イチカさんはご存じですよね?」

 

「あぁ。確か…レイドの各パーティリーダーの名前が刻まれるようになってたよな。」

 

正直、イチカは黒鉄宮は余り近寄りたくない場所だ。何せ旧SAOでは、プレイヤー全員の名前が刻まれた碑があり、脱落者…いや、死亡者には、その名前に横線が二本刻まれていくことになっていた。…つまり…イチカもそうだが、キリトやアスナ、旧SAO生還者にとっては、あの場所は悲しみの詰まった所なのだ。

 

「そこに…ボク達スリーピングナイツ、全員の名前を刻みたいんだ。それも…一緒の場所に!」

 

「そうかそうか!碑に名前をなぁ…そりゃすご……ん?レイドのパーティリーダーになる、訳じゃない、よな?」

 

「そりゃもちろん!」

 

「…まさかとは思うけど…」

 

「そのまさかだよイチカ!ボクは…ボク達は、このメンバーでボスを倒して…剣士の碑に名前を残したいんだ!」

 

正直…ぶっ飛びすぎたユウキ達の提案に、思わずイチカは椅子から転げ落ちてしまった。



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第8話『抜かざるべき刀』

まさかの一日2話更新です。思ったよりも捗ってる…気がする

そしてちょっとだけイチャつかせてみせる


階層ボス戦

新生アインクラッドにおいてこれに挑む際の編成は、旧SAOのそれを引用している。7人パーティを7隊で組んだレイドで挑む。この点に関しては変わりない。

過剰と取られるまでの人数で挑まなければ倒すことは難しい。其程までに強力なモンスターが立ちはだかることを意味している。

それを7分の1…たった7人パーティで討伐しようというのだから、旧SAOを知るイチカにとってはぶっ飛びすぎた話である。

スキルの詳細はマナー違反なので聞かなかったが、ある程度のロールを聞いてイチカの導いた答えは決まっていた。

 

「…いくらスリーピングナイツが手練とはいえ…こいつぁ難しい、かな…。」

 

「やっぱりムリ、かな…?」

 

リーダーのユウキが眉をハの字にしてションボリすると、面々もそれに釣られて気落ちした表情を浮かべる。

 

「そもそもローテが難しいだろ?回復のビルドを組んでいるのはシウネーだけ。で、バフを振れるのはノリ…。タンクにテッチ。ディーラーにユウキ、ジュン、タルケン…んで俺。防御特化のテッチはともかく、4人の最前列がいては、シウネーやノリの負担が大きいってのが俺の見解かな。前衛に傾きが強すぎるよ。」

 

「でもPOTローテを入れたら…」

 

「それもアリだけど…いざって時の壁役がテッチだけなんだよ。俺は完全にディーラー重視の編成だしな。」

 

「むむむ…!」

 

「流石の俺もこんな編成でボスを倒したって言うのは…」

 

そこまで言いかけて…イチカは、はっと口をつぐんだ。突然黙って考え込む彼に、スリーピングナイツの面々は顔を見合わせる。

 

「いや……待てよ……あの時は今以上に無茶苦茶だったんだ……もしかしたら……」

 

「あの…イチカさん…?」

 

うんうん唸り出すイチカを流石に心配したのか、シウネーが声を掛ける。それが皮切りとなったのか、思案していたイチカは顔を上げ、ほのかに笑みを浮かべて頷いた。

 

「ちょっとゴリ押しになるかも知れないけど…可能性は無くはない、かな。」

 

「ほ、ホント!?」

 

テーブルから身を乗り出し、イチカに食い付かんばかりの勢いで、喜色の表情を浮かべたユウキが迫る。

 

「まぁな。一度ディーラーばっかりでボスを討伐したことがあってな。もしかしたら…って思ったんだ。…まぁ賭けみたいな物だけどな。」

 

「へぇ…そんなのあったのか。でもそんな情報あったっけ?聞いたことないけど…」

 

ジュンが思いのほか鋭いところを突いてくるので、少々イチカは引き攣った表情を浮かべる。

実を言うと、イチカの言うこの戦果。旧SAOの第74層のボス、グリムアイズと闘った際の話である。この時、無茶なボス討伐を行ったアインクラッド解放軍…通称『軍』のフォローに回ったとは言え、急場しのぎのパーティ編成で挑むことになった。

キリト、アスナ、イチカ…そしてクライン率いるギルドの風林火山。最も、風林火山はクライン以外、壊滅的状況の軍の救出に回っており、実質的にボス討伐に回ったのはダメージディーラーの4人だけ。それでもボスを倒すことが出来たのは、キリトのユニークスキルの二刀流、そしてイチカのユニークスキルである居合、この二つの貢献が大きかった。それでもその事を思えば、イチカとスリーピングナイツの面々は、まだ恵まれている方だとも思える。

…しかし、自身がSAO生還者であること。それは出来るだけ伏せておきたい事実。バレたり…尋ねられたりしたら答えはするが、自分から名乗り出ることは先ずしないようにしている。

何かしらの偏見を持たれるのが嫌だったからである。

それだけにジュンが勘繰りを入れたことでイチカは心中、冷や汗がタラリと流れていた。

 

「ジュン、イチカさんは協力して下さるんだから、変な詮索は止めておきましょう。」

 

「ん~、そうだな。ごめん、イチカさん。」

 

「いや、俺も思わせぶりなことを言いだしたからな。別に気にしなくても大丈夫だ。」

 

結構あっさりと引き下がってくれて、イチカ自身胸をなで下ろす。

まぁ兎にも角にも、この人数でのボス戦と言うのは苦戦必至には変わりない。

…もしかしたら、『居合』の封を解かねばならないかも知れない。

しかし居合を扱う絶刀イチカは…既に必要と考えては居ない。あの戦闘スタイルは、命を賭けて生き抜くために身につけたスキル。今のこの平和なALOに居合のイチカは必要ない。キリトが同じ理由で二刀流を封印したように、イチカもまたその力を使わないように誓いを立てている。

しかし…死がない世界ではあるが、もし仲間を護るために居合が必要とあるならば、その刃を抜くことに躊躇いはない。

…このスリーピングナイツ。

彼女達の想いを考え、そしてそれに応えるなら…或いは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ兎に角、どんなボスが出てくるかは分からないけど…一度明日にでも迷宮区に行ってみよう。もし可能なら、偵察も兼ねてボスに挑んで、負けたなら対策を考えてみようぜ。」

 

「うん、ありがとうイチカ。」

 

軽食を済ませた面々は、一旦話を切って宿の外へと足を運ぶ。空は徐々に暗がり始めている時間帯となっていた。

 

「ありがとうございますイチカさん。…それとウチのノリがすいませんでした。」

 

「あ~、いや…どんなお菓子か確認しなかった俺にも責があるし…」

 

「でもいきなりのドロップキックは頂けません。ほらノリ。」

 

「ちぇっ…………悪かったなイチカさん。」

 

バツの悪そうに目を逸らしながら、素直に謝罪するノリ。最初こそおっかない人だとは思ったが、話してみれば何のことはない、リーダー思いの優しい女性のようだ。

 

「ノリさん謝らないで下さい。それに…イチカでいいですよ。」

 

「お、おう、じゃあ私もノリで良いからな。あと敬語もいらないよ。」

 

「じゃあ改めてよろしくな、ノリ!」

 

「よろしくイチカ!」

 

ガシッと固い握手をする2人。雨降って何とやら。仲間思い同士だからか、どことなく話してみれば気が合うのかも知れない。

柔らかな笑みを浮かべるようになったノリとイチカ。

それを見て面白くないのか、頬を膨らませる人物が一人。

 

「ほ、ほらイチカ!宿題があるでしょ!早くログアウトしないと!」

 

二人の間に割って入ったユウキは、ずいずいとイチカの背を押してノリから遠ざけていく。

 

「お、おう!ってそんなに切羽詰まってないぞユウキ。…飯の時間まで少しあるしな。」

 

「じゃあご飯までに宿題!そうすれば良いでしょ!」

 

「な、何怒ってるんだユウキ…」

 

そんな2人を見て、何かを察したシウネーは、複雑そうな顔をしながらも、『あらあらうふふ』と意味深な笑みを浮かべる。

 

「わ、わかったよ!それじゃあ皆、また明日な!」

 

「えぇ、それでは。」

 

「またなイチカ!」

 

「ご、ごごきげんよう」

 

「また、イチカ。」

 

「じゃあな~!」

 

ユウキを残したスリーピングナイツは、宿屋へと踵を返して中へと消えていく。

 

「………。」

 

「ど、どうした?ユウキ…。」

 

「…別に、何でも無いもん。」

 

プイッとそっぽを向いてしまう絶剣さん。

どうやらご機嫌を損ねておられるらしい。

頬を膨らませた顔は何とも小動物を思わせるほどの愛らしさである。

 

「ん~、また俺、なんかユウキを怒らせるような事したかな?」

 

「知らないもんっ。」

 

「やれやれ…参ったな。」

 

バツが悪そうにポリポリと頭を掻いたイチカの手は、なぜか吸い込まれるようにユウキの頭に乗せられる。

そして、優しく…ソフトにその髪を撫で始めた。

 

「わわ…っ、イ、イチカ…?」

 

「機嫌直してくれユウキ。なんか…こんな事しか出来ないけどさ。」

 

「……い、イチカ、これってセクハラなんだよ…?」

 

「うぇっ!?そ、そうなのか?」

 

「イチカって、女の子を撫でるのが常套句になってたりするの?」

 

女の子のご機嫌取りに、頭を撫でていれば良いとでも思っているのか。そんなイチカにユウキは舌からジト目で睨み上げる。

 

「い、いや…そう言う意味じゃなくて…。悪かった、嫌なら止め…」

 

「続けても…いいよ?」

 

「へ…?で、でもさ。」

 

「ボクが良いって言ってるんだから良いの!」

 

「わ、わかった、わかったって…」

 

「エヘヘ…よろしいっ!」

 

どうやら…頭を撫でる、と言うのがご満悦のようで、いつものような朗らかな笑顔に戻ったユウキを見て、自然とイチカも笑みがこぼれる。

 

そうして…

たっぷり十分ほどは撫で続けただろうか?

ユウキが満足いくまで撫で繰り回した結果、彼女の機嫌はすっかり直り、まさに上機嫌と言ったまでに上がっていた。

 

「ん~、満足満足!…イチカ、ありがとうね。」

 

「何がありがとうかわかんねぇけど…とりあえず、おう。」

 

「ボクもそろそろ落ちなきゃだから…イチカ、今日はこれでお別れだね。」

 

「…そうだな。そろそろ食堂の夕食時間になってるし…俺も落ちるよ。」

 

「じゃあイチカ!また明日ね!ボク達は大体同じくらいの時間にこの宿屋にいるからさ!」

 

「わかった。それくらいに尋ねるとするよ。」

 

「うん!じゃあイチカ!お休み!」

 

喜色満面で宿屋入口のドアを閉めるユウキを見送り、ふぅ、と一息。

 

「さて…俺も飯食って、宿題済ませるかな!」

 

それに明日のためにもしっかり休んでおかなければならない。

ボス戦の前日。

やはりこう言う日は変に緊張が走るのは、旧SAOの癖、その名残なのかも知れない。

もう少し気を抜かねばと思いつつ、イチカはログアウトボタンを押し、現実へとその意識を戻すのであった。



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第9話『一夏の太刀筋』

あれ…?シリアスな展開ばかり…もっとほのぼのを目指してたのに…?


翌日

早朝のIS学園のグラウンドにて

肌寒さが出て来た少々朝靄の出始めるこの時間に、1人の影が佇む。

運動用の軽装に、腰には学園に似付かわしくない物騒とも取れる長物が携えられている。

 

日本刀

 

黒塗りの鞘に収められたそれには、元々は何物をも容易く切り裂けていたであろう刃があった。しかし今は…文字通り刃を潰し、模造刀…いや、真剣の練習の為の刀となっている。

 

「ふぅ……!」

 

それを持つ少年…織斑一夏は深く一息入れると、ゆっくりと、まるで流れるように左手で鞘を握り、柄には右手を。

だがその体勢から動かない。

 

肩からも力を抜き、目を閉じ、意識を右手に集中する。

 

静かに…ただ静かに、風の音と、学園周囲の海の波打つ音が木霊するのみ。

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ!!!」

 

一息、そしてまさしく一瞬。

抜き放った刀の刃が、空気を切り裂き、その軌跡には鋭い風切り音を残すのみ。

超高速の居合抜刀術。

一夏が旧SAO時代にユニークスキルとして発現した『居合』。それの模倣。2年間という命懸けの戦いの日々の中で培った技術、それを現実で活かすための筋力を付けるのに苦労はしたが、それでもまだあの域には達していない。

 

「…まだだ…、もっと鋭く、速く…!一刀のもとに切り捨てる…それが出来なければ…。」

 

「早くから精が出るな一夏。」

 

不意に後ろから凜とした女性の声が一夏を振り向かせる。気配もなく、ましてや足音も無い。

 

「千冬ね…いや、織斑先生。」

 

「まだ始業時間ではないからな。プライベートで構わんぞ。」

 

「わかったよ千冬姉…やっと出番だな。」

 

「メタな発言は止めておけ。…学園パートが少ないのは否めんがな。」

 

いつものような黒のスーツに腕を組んでの、まさしくガイ○立ちしている千冬は、普段学校で生徒には余り見せないような柔らかな笑みを浮かべ、『構わず続けろ。』と促して、一夏の抜刀を続けさせる。どうやら…鈍った自分の太刀筋を見てくれるらしい。

 

「千冬姉こそ……早いな。」

 

「何、物騒な物を持った生徒がグラウンドに出るのが見えてしまっては、年長者として、教師として指をくわえて見ているわけにもいかんだろう?ましてやそれが自身の弟ともなれば殊更な。」

 

「いや…見えてしまったこと自体がどうなんだよ。」

 

「気にするな、私は気にしない。…とにかく、もう一度抜刀をしてみろ。」

 

「はぁ、わかったよ。」

 

再び刃を鞘へと収め、再び腰を落として居合抜刀の構えに入る。

 

一息…呼吸を置き、

 

目を閉じ、

 

自身と周囲、その境を完全に断つ。

 

集中すべきは自身の手。

 

今は力を抜き…

 

力を込めるは断つ、その一瞬、

 

その一瞬に力を出し切る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ!!!!」

 

刹那

 

ヒュン!!と言う、まるで柔らかな何かが撓るような音共に抜き放たれた刃。その速さは、まさしく達人の域に達しても過言ではない。

 

呼吸

 

流れ

 

それらが見事に整合され、見事な軌跡を生んでいた。

 

 

 

そう、それは一般的な見解では、だ。

 

「………。」

 

一夏は苦虫をかみつぶしたように、柄を握る力を強める。

彼自身、未だ納得が出来ない。

まだ、『あの時(旧SAO)』に比べて遅い。そして太刀筋にブレがある。

 

「悪くはない。」

 

始終を見ていた千冬は、そんな一夏に肯定的な評価を下した。だが、振るった自身が得心のいかないのだ。…ましてや、一夏の上を行く千冬が…ブレを気付かぬ訳がない。

 

「…心にもないことを言うなよ。…正直に言ってくれ千冬姉。」

 

「…そうだな。下手に濁すよりも、ありのまま言うのがお前のためか。…ならば問おう。

 

 

 

 

 

 

 

一夏、お前の太刀筋に迷いが見えるぞ。」

 

「迷…い?」

 

まさかの心の乱れ、即ち集中し切れていない。

そう意味する千冬の指摘に、一夏は思わず復唱してしまう。

 

「あくまで私の見解だがな。…それがお前の太刀筋に僅かながら、お前自身が納得がいかないほどのブレを生み出している。」

 

「………。」

 

確かに自身の中では、抜き放つ一瞬に総てを込めて居たはず。

にもかかわらず、迷いが生じていた…?

雑念が入っていた…?

 

「ふむ、まぁその大本となる理由は私にはわからんがな。一夏、『向こう(仮想世界)』で何があった?」

 

「え…?」

 

「普段の学校で、これと言うほどの問題や出来事はないのはある程度把握している。ともなれば、一昨日から潜り始めた先での出来事だと、私は仮定するが…?」

 

「…やっぱり、千冬姉には敵わないな。」

 

「ふん、何年お前の姉をやっていると思っている?」

 

ドヤッとニヒルな笑みを浮かべる姉に、思わず一夏も釣られて笑みを浮かべる。ぶっきらぼうに見えるが、ちゃんと自分を見て、想ってくれる自慢の姉だ。…少し、いやかなり不器用なだけである。

 

「まぁ仮想世界に関して私が出来ることは余りないだろうが…そうだな、助けになるかわからんが…」

 

「…???」

 

「今の太刀筋よりも、以前私に突っかかって試合を行ったときの方が良かったと、私は想うぞ。…まぁあくまで私の見解だか、な。」

 

突っかかって行ったとき…

それは旧SAOから帰還した一夏が、旧ALOに囚われたアスナ達を助けるために仮想世界へと行こうとしたときのことだ。千冬としても、言葉こそ厳しいが、やはり2年も唯一大切な肉親である弟の一夏が囚われた仮想世界へ行こうとするのは賛成しかねる物だった。しかし、それでも食い下がった一夏と、テンプレの様な展開ではあるが、自身との試合を執り行った。

…結果、一夏の敗北だが…千冬は弟の成長に舌を巻き、旧ALOへのダイブを認めるに至った。

その時、一度、たった一度きりで有効打ではないが、自身に一太刀入れた彼の一太刀。それは、千冬自身ですら振るえた事が出来ないと記憶するほどの、鋭く、どこまでも研ぎ澄まされた物だった。

思い出す度に笑みを浮かべてしまうほど、綺麗な太刀筋。

それを副担任の山田麻那に見られる度に茶化される。その都度、塩コーヒーをプレゼントしてやるのだが、…なる程、茶化されるのも無理はないほどに弟を想い、評価しているのだなと改めて思い知らされた。ただし茶化すのは許さないが。

 

「私に言えるのは…それぐらいだ。…参考になるか解らんが…。」

 

「…いや、ありがとう千冬姉。少し、道が見えた気がするよ。」

 

「…ふっ、そうか。ならいい。」

 

再び笑みを浮かべ千冬は踵を返し、寮ではなく校舎へ向かって歩を進めていく。

 

「そろそろ朝食の時間が始まるぞ。…遅刻して、私に出席簿を振るわせるなよ?愚弟。」

 

「わかってるよ。」

 

その返事を聞いて納得したか、背中越しに手を振り、千冬は去って行った。

…誰も居なくなったグラウンドで…一夏は腰から刀を抜き取り、青くなりかけた空に掲げてニヤリと笑みを浮かべた。

 

「……待ってろよ。27層ボス…!俺と…スリーピングナイツが…潰してやるからな!」




小説書きながら、ユウキのキャラソンLiberty Rosarioを聞いてたら、文字打つ手が軽く感じる。元気をくれるいい歌だなぁと今更ながら思います。


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第10話『偵察戦』

眼前に、空を貫かんと高々とそびえ立つ、白い円柱状の建造物。

まるでSFとかに出て来そうな軌道エレベーターか何かにも見えなくはないが、生憎とこの『妖精の世界』にそんな機械的な物は存在し得ない。

この建造物、それは次の階層へと続く、言わば塔のようなものだ。

通称『迷宮区』

フィールドダンジョンと比べても、かなりの難易度と広さを誇るそれの入口に、なかなかカラフルな7人組が並び立っていた。

 

「ほへ~、相変わらず高いねぇ、迷宮区。」

 

平手を額に付け、遥か空高くまでそびえ立つそれを見上げ、ユウキが感嘆の声を挙げた。

スリーピングナイツの面々が言うには、25、26の層でも迷宮区と、そしてボスに挑んだが、敢えなく敗退し、そのあとに大型の攻略ギルドがボスを討伐してしまったという。その事もあって、今回こそはと意気込む面々に、イチカも触発されていく。

 

「とりあえず…わかってると思うが、中のモンスターの強さは、外のそれに比べて高く設定されているからな。油断できないぞ?」

 

「わかってるって!任せてよイチカ!」

 

「じゃ、そろそろ入りましょうか。」

 

ぽっかりと開けられた迷宮区の入口を潜れば、フィールドが切り替わったのか、周囲の景色が薄暗く、広々とした洞窟へと姿を変える。ダンジョンとあって薄暗く設定されているのか、少々視界が悪い。

 

「ん~、やっぱ暗いな。ノリ、シウネー、バフを頼めるか?」

 

「OK。」

 

「任せて下さい。」

 

補助魔法である、暗視と、ステータス向上効果を持つそれを、パーティメンバーに掛ける。これでよっぽどのことが無い限り、全滅するなんてことはほぼ無いだろう。

全員にバフが掛かったことを確認して、意気揚々と先陣を切るユウキを先頭に、ぞろぞろと後に続いて前進していく。

と、さすが迷宮区と言わんばかりに、Mobのお出ましだ。

鎧を着込んだ二足歩行のトカゲ……所謂リザードマン、それが2匹。右前足?に片手直剣、左前足にバックラーと、典型的なまでにソードマンの出で立ちだ。

 

「よし、じゃあまずはどれくらいのレベルなのか、慎重に…」

 

イチカが言い終わらぬ矢先、ユウキとジュンが駆けだした。

リザードマンのAIの思考ルーチンは、普通のMobよりも高い設定だ。

避ける、攻撃する。その程度ならば、他のMobの基本動作なので導入されている。

しかし旧SAO時代から、こう言ったリザードマンや、スケルトンタイプのモンスターと言うのは、ステータスこそ周囲のMobと謙遜無い物にも関わらず、盾のパリィによる武器弾きや、片手直剣によるソードスキルなど、攻撃パターンに多様性を持って居るものだ。そんな奴らの相手をするのならば、ある程度の慎重さを持ち合わせても罰は当たらないはず…だが…

目の前の紫と赤の剣士は、なんの苦も無く、と言うか一撃でリザードマンの首を跳ね飛ばし、霧散させていた。

 

「「イエーイ!!」」

 

サクッと倒せて爽快なのか、ユウキとジュンは満面の笑みでハイタッチ。他のスリーピングナイツの面々も、特に変わった光景でもないのか平常運転…と言うか、驚くどころか、どうだ?ウチの鉄砲玉2人は?と言わんばかりにイチカをみてきている。

 

「は、はは……これ、俺いらなくね?」

 

そんな言葉がこぼれてしまうほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

破竹、そして怒濤の勢いとは正にこのことだろうか。マッピングデータの広さから、普通3時間は掛かるだろうと踏んでいたボス部屋まで、あろう事か1時間で辿り着いてしまった。

イチカの交戦時間はもしかしたら前衛で一番短いかも知れないと思うほどに、スリーピングナイツの面々の実力はすこぶる高かった。しかも、出会ったMob一体一体を総て根絶やしにするものだからなお恐ろしい。途中、レベリングをしに来たのかと錯覚してしまったほどだ。

そして…ボス部屋への扉が荘厳な雰囲気をだしながらそびえ立つ広間で、アイテムや装備、スキルの最終確認を行っていた。

 

「とりあえず…今回は偵察が主な目的だから、基本的には回復アイテムの使用は無しにして、シウネーの回復魔法主体にリカバーしていこう。無理に攻めず、回避や防御を重視。そして出来るだけ戦闘を長引かせて、攻撃パターンを引き出す。」

 

『了解。』

 

「はいはーい!イチカ先生!やられちゃったときは?」

 

「リメンライトになったときでも、周囲を見ることだけは出来るからな。その時もセーブポイントに送り返されるまでは、ボスの動きや攻撃を眼に焼き付けておいてくれ。」

 

これで今回の目的や行動方針も纏めることが出来、いざボス部屋へ…

 

そんな時だった。

 

「ストップだ。」

 

「ど、どどどうしたんですか?イチカさん。」

 

「…っ!」

 

何も無い、ボス部屋への扉の傍らの窪んだ空間。そこに向かってイチカは雪華を抜刀し、そこに飛び込んでソードスキルの旋車を撃ち放つ。広範囲に攻撃エフェクトが発生するこれは、敵を纏めてなぎ倒すのに大変便利だ。

大まかな位置を予測できていたので、旋車の攻撃により、そこに隠れていた奴らの姿が、スリーピングナイツの面々の眼前に明るみになった。

フードを被った3人プレイヤー。

武器をみるに…後衛組だろうか。

 

「ま、待て!俺たちに闘う意志はない!」

 

被っていたフードの一部…それも頬の近くを旋車で斬られ、冷や汗を流す彼らを、いつでも斬れるように雪華を構えて睨み付ける。

 

「お、俺達はボスに挑もうとしたけど、Mobにタゲられるのが嫌で隠れてたんだよ!」

 

「へぇ…。」

 

「あ、アンタらが先に挑むんなら邪魔はしないよ!俺達は帰るからさ。」

 

そそくさと立ち去る3人を横目に見送り、イチカは雪華を鞘に収める。

立ち去る3人を見ながら、シウネーがキラキラした眼でイチカを見つめていた。

 

「私、対人戦て初めてなんです!いつ始まるのかとwktkしていました!」

 

「あ、そ、そうなの?」

 

しっかりした年長者っぽいのに、変なところで子供っぽい所がある彼女に、苦笑いを禁じ得ない。

しかしそんな中でも、イチカは3人の立ち去る方をじっと見ていた。

 

「どうかした?イチカ。」

 

「いや……何でも無い。…俺の杞憂だと良いんだけど…。」

 

悩んでいても仕方がない。

今自分達がすべきことは、目の前の部屋の主をぶった切ることだ。

それに集中すれば良い。

 

雑念を捨て、ジュンが開いたボス部屋に、一行は消えていった。

 

 

 

 

 

そして…

扉が閉まる直前に

まるで滑り込むように部屋に侵入した小さな影。

それに誰も気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

27層主街区

 

その街の中央に位置する噴水の前で、人の山が出来ていた。

下から順に、テッチ、ジュン、タルケン、イチカ、ユウキ、ノリ、シウネーと…

何ともまぁ人間サンドイッチ…いや、妖精サンドイッチが出来上がっていた。

 

「いやいや~、負けた負けた!」

 

「結構惜しいところまで行ってたんだけどな…。」

 

「だ、大丈夫ですよ、次は勝てますよ。」

 

皆が口々に労う中、深刻な顔をする人物が1名。その顔は正直に言うと、悔しさと共に怒りも多少なりとも混じっているようにも見える。

 

「ど、どーしたの?イチカ。」

 

「皆、ボス部屋に入る前に見たあの3人…覚えてるか?」

 

「え、えぇ。」

 

「…どうやら、まんまとあの3人の職務遂行の手助けをしてしまったみたいでさ。」

 

「ど、どういうこと?」

 

「…俺がやられてリメンライトになる前に…皆の足下を走り回るトカゲみたいな物を見たんだ。…小動物のオブジェクトMobかと思っていたら…どうにもそいつの目は、ずっと…ボスの動きを見ていて…、恐らく、あの3人プレイヤーが放った使い魔だろう…。」

 

「え?じゃあ…」

 

「上手い具合に、アイツらの偵察を手伝わされたってことか…!」

 

ノリの言に、イチカは静かにコクリと頷く。

あの3人…恐らく、ここ数階層のボスを討伐している大型ギルドだろう。HPゲージに描かれたギルドマークからして、確かここ最近になって名を挙げだした奴らだ。

上手い具合にボス討伐をしていると思ったら、なるほど。こんな感じで自分達の犠牲を無くしつつ、他のプレイヤーをダシにして情報を集め、死に戻っている間に討伐、と。

正直、余り好かないが、それでもシステムや魔法を使った上手い手だとも思う。

もしかしたら…

 

「俺の勘、だけど…ここ最近はスリーピングナイツの面々の戦いを見て…パターンを覚えていた可能性もある。」

 

「それってどういう…」

 

「俺が見た所、スリーピングナイツの実力…ユウキを筆頭に、皆の力はかなりの物だし、意思疎通や連携のレベルもかなり高い。…それこそ、トップギルド並みにだ。」

 

「そ、そう言われると照れちゃうな~」

 

「でも…他のギルドと違って…欠点と言うべき所…、それはワンパーティという点。」

 

イチカは言う。

先程の戦いを見ていて、最初こそ勢い良くダメージを削れては居たが、後半になるにつれて徐々に息切れと集中力の低下が目立ち始めていたことを。

さすがに数十分、フルパワーで避けて、フルパワーで攻めて。HPやマナの方はアイテムでどうとでもなるが、プレイヤーそのものの状態は如何ともし難い。それを補うためのレイドなのだ。本来、リレーで完走するはずの距離を、1人で走りきるともなると考えるなら、その差がわかりやすいだろう。

そしてそれを見越していた攻略ギルドは、スリーピングナイツの戦いを基に、討伐の作戦を立てていたのだろうと。

 

「…じゃあ…ボクらじゃやっぱり無理なのかな…?」

 

目尻に涙を浮かべるユウキに、自身らが成し遂げたかったことが不可能と言われて、俯く者、唇を噛み締める者が悔しさを露わにしていく。

 

「いや…。」

 

そんな中でイチカは…光明を刺すべく、ユウキの言葉を否定した。

 

「闘うチャンスも、勝利の可能性もまだある。…幸い、今現在は夕方の6時。相手が学生で無い限り、そのインは大体もう少し先。…もしかしたら、まだギルドメンバーが揃っていない可能性も無くはない。だが急ぐ必要もある。」

 

思案した後、イチカは迷宮区を見遣り、こう宣った。

 

「全員!全速力で迷宮区に飛ぶぞ!途中のモンスターは一切合切無視!最短最速でボス部屋に行けば、まだ間に合うかも知れない!」

 

自身らの悲願が、まだ叶えられる可能性が残っている。それが皆の心に火を付けたのか、力強く頷き、迷宮区へと飛び立っていった。

それと同時に…イチカは思った。

 

(食堂…閉まっちゃうかもな…)

 

最悪夕飯抜きになるが…致し方ないと、迷いを振り切って飛翔に専念した。



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第11話『ぶつかってみなくちゃ』

今回、自分的にユウキの名ゼリフ。
そして我等が黒ずくめ先生の登場シーンです。

そしていつの間にかお気に入り100件。
高い評価も幾つか頂いて感謝感激と同時にガクブルしてます((((゜д゜;))))



「悪いな、ここは閉鎖中だ。」

 

目の前のノームの男性はこう宣った。

 

あれから7人はイチカの指示通り、全速力で迷宮まで飛び、全速力で迷宮区を駆け抜けて、ボス部屋へ続く長い直線通路を抜けて辿り着いた。

その時間およそ30分。

後にも先にも、これ以上短いタイムは生まれることはないだろうと思えるほどの物だった。

しかしいざ辿り着いてみれば、20人ほどのプレイヤーが駐留していた。その中でリーダーと思しきノームが、7人に通行不可を宣言したのである。

 

「これからウチのギルドがボスに挑むんでね。今はその準備中なんだ。」

 

「じゃあその準備中の時間に、俺達が挑んでも文句ないはずだろ?」

 

「悪いけど、こればっかりはな。どうして持って言うなら、イグドラシルシティにある本部にでもナシを付けてくれ。」

 

あくまでも、こちらに挑ませる腹づもりはないらしい。

見れば、先程ボス部屋の前に居た斥候3人がいるのが目につく。

…なるほど、こちらがボスに挑んだパーティと踏んでの封鎖か。

恐らく彼等は、使い魔を通してボスのパターンを把握すると同時に、こちらの戦力も調べ上げていたのだろう。

さっきはパターンを見るために消極的だったこちらが、パターンを知った上で攻めに入り、アイテムを駆使した上での戦いをしたのならば、ボスを討伐する可能性が高まってくる。それを防ぐために、こちらの情報をリークして、自身らが挑むまでは戦わせないように進言したのだろう。

…明らかに露骨な占拠行為。

上手い手口、と言えばそれまでだが、イチカにとってこのやり方には怒りを覚え、思わず歯軋りをしてしまった。

 

「つまり―」

 

そんな怒りの中で、一つの声がイチカの意識をそちらに向けさせる。ユウキだ。

 

「ボク達がこれ以上どうお願いしても、そこを退いてくれる気は無いってこと、だよね?」

 

「あ、あぁ。ぶっちゃけると…そうなるな。」

 

「そっか、じゃあ…仕方ないね。」

 

仕方ない、そんな言葉と共に苦笑いを浮かべるユウキは諦めるつもりなのか?イチカの中で妙な違和感を覚えたとき、次の彼女の台詞は、そんな物を吹き飛ばし、予想を上回るような物だった。

 

 

 

 

 

「戦おう」

 

 

 

 

スラリと抜き放つマクアフィテル。

そしてユウキの眼は…穏やかなそれとはかけ離れ、剣士としての物へと変わっていた。

ユウキが臨戦態勢に入ったことで、ノームのプレイヤーも武器を構えるが、彼女の素速い剣戟は、その構えを十全にさせる前に彼の胴を切り裂いた。

切り裂かれた事でノックバックし、ヨロリと後退る彼の表情は驚愕に満ちる。

 

「き、汚ぇ…不意打ちしやがった…!」

 

「ユウキ…。」

 

「っへへ、やっぱそう来なくっちゃな!」

 

口許をつり上げつつ両手剣を抜き放ったジュンがユウキと並んで、武器を構え始める攻略ギルドのプレイヤーと相対する。そんな彼に続きスリーピングナイツの面々も、それぞれに自身の得物を取り出していく。

 

「お、おい…。」

 

「イチカ。」

 

流石に止めようとしたイチカだったが、そんな彼をユウキが先んじて呼び止める。

 

「お互いに譲れない物があるんだ。…だったら、ぶつからなきゃ、分からないこともあるんだよ!どれくらい…こっちが真剣なのか…強い思いを持っているのか…!」

 

彼女の言葉に、イチカはハッとする。

そうだ、アスナ達を助けにいく時もそうだった。

姉の、イチカ自身を心配する想いと

自分の、仲間を助けたいという想い。

互いに譲れないからこそ、姉弟はぶつかり、わかり合えた。

自身の信念と想い…曲げられないからこそ…ぶつかる。

 

「そうか、そうだったよな…俺も。」

 

言われて気付いた。

そしてユウキの想いに改めて共感するからこそ…イチカは腰に携えた雪華を抜き取り、切っ先を攻略ギルドの面々に突き付ける。

 

「ま、そんなわけだ。俺たちはボスに挑む。……邪魔、するなら…斬って捨てる…!」

 

意を決したイチカを横目に、ユウキは笑みを浮かべながら、こちらに睨みを利かせる攻略ギルドにも視線を向ける。

 

「そんなわけだからさ。封鎖してるなら、覚悟は出来てるんだよね?最後の一人になっても…この場所を守り続ける覚悟が、さ?違う?」

 

鋭い目を向けるユウキに、攻略ギルドの面々も気圧されて踏み込めずにいた。

数では上回っているはずなのに、何故か勝てる気がしない。

スリーピングナイツからしても、ここで消耗するのは得策ではないため、これで素直に通してくれるならば万々歳なのだが、彼等も引くに引けないのだろう。

 

 

睨み合う両者

 

 

しかし、迷宮区に重厚な足跡が重なって近付いてくるのに気付いたノームの男性は、口許をつり上げる。

 

「ヤバッ…!」

 

直線通路を埋め尽くしてなお、後方にたむろするほどの大人数が、今まさにこちらに雪崩れ込まんと向かってきている。遠目ながらも、そのHPゲージには攻略ギルドのマークが刻まれているのが目についた。

恐らく…残りのレイド部隊なのだろう。

 

「…団体さんの到着か。」

 

「ゴメンねイチカ。ボクの短気に巻き込んじゃって。」

 

「俺こそ…悪いな。決断が遅れて…こんな事になった。」

 

「うぅん。どんな形であれ、ボクは後悔はしてないよ!…だって、さっきのイチカ、今までで一番いい目をしてたもん!」

 

「そ、そうか……いい目、か。…それじゃ…後悔無いように…一人でも多く道連れにしてやろうぜ!」

 

「いいね!アタシはそういうの好きだよイチカ!」

 

「たたたた、戦いは数、と…将兵は言いますが…そ、そそれを覆すのも…お、面白いかもしれませんね…。」

 

「この人数差で逆転なんかしたら、それこそMMOトゥデイに載るんじゃない?」

 

「それはそれで…楽しみだ。」

 

「それじゃ…デスペナルティが怖くない人から来て貰いましょうか?」

 

士気は充分だった。誰も彼もがただでやられる気は無い、むしろ逆に喰らってやると言わんばかりの気概を持っている。流石にこの人数に勝てても、消耗していてはボス討伐所ではない。だが、いまこのシチュエーションを楽しむのも…悪くはないとイチカは感じていた。

 

 

 

 

「往生際が悪いな。」

 

ぞろぞろと、圧倒的とも言えるほどに大人数で押し掛けてもなお、抵抗する意識を持つ7人に、リーダーと思しきサラマンダーのプレイヤーは悪態をつく。

 

そんな大行列の最後方で…一人のスプリガンが口許をつり上げる。

同時に、脚力をフルパワーにして跳躍すると、円形にくり貫かれた直線通路の壁を、まるでニンジャか何かのように駆け抜けていく。レイド部隊を追い抜くと同時に跳躍し、…直線通路とボス部屋前の広場、その境目にブレーキ痕を残して、彼等の前に立ち塞がるように向かい合った。

 

「悪いな…

 

 

 

ここは通行止めだ!」

 

黒いコートを纏った剣士がゆらりと立ち上がり、こう宣言した。




今日はユウキと、双子の姉である藍子の生誕日のようですね!おめでとうユウキ!
この小説でイチカと祝えるように頑張って書いていきたいです。


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第12話『集う仲間、預ける背中』

最初は耳を疑った。

忘れもしないあの声。

3年前から苦楽を共にした戦友であり、無二のライバル。

本来ここにいるはずのない…黒の剣士。

そんな彼が、背中越しでわからないが、恐らくは不敵な笑みを浮かべて後続隊に立ち塞がっている。

 

「「キリ…ト?」」

 

「え?あの人…2人の知り合い?」

 

イチカとユウキがぼそっと呟いた名に、ジュンが不思議そうに尋ねる。

イチカは掛け替えのない仲間として

ユウキにとってはアスナと同じく、辻デュエルで戦って特に印象が強かった剣士。

そんな彼が…駆けつけてきたのだ。

 

「おいおい黒ずくめ(ブラッキー)先生よ。流石のアンタでも、この人数相手にソロで食うのは無理じゃね?」

 

「…どうかな?やってみたことないから、わからないな。」

 

「そりゃそうだ。」

 

さすがにこの人数差でやり合おうなんてシチュエーションは、ギルド本部にでもカチコミを掛けない限り、味わえないものだろう。

あくまでも笑みを漏らすキリトに、サラマンダーの彼もつられて口許を緩める。

 

「ほんじゃ、たっぷり味わってくれ。………メイジ隊、焼いてやんな。」

 

集団後方に控えていた魔法戦主体のビルドを組んでいるメイジ数人が、遠距離における攻撃魔法のスペルを読み上げる。

 

高速

 

射出

 

爆発

 

それぞれが一撃でキリトを仕留めんと練り上げた魔法。

 

誘導弾

 

魔法の矢

 

それぞれが術者から射出され、複雑な軌道を描きながら、立ち塞がっているキリトへと高速で向かっていく。

 

「イチカ!キリトが…やられちゃう!」

 

「大丈夫だ。」

 

悲痛な叫びをあげるユウキだったが、対照的にイチカは落ち着いて成り行きを見守っている。

 

「アイツの反応速度は…伊達じゃない。」

 

肩に掛けていた黒い片手直剣ユナイティウォークスを抜き取ったキリトは、ニヤリと笑みを浮かべながら、その刃にソードスキルの青い光を纏わせる。

 

「へっ……!」

 

眼前に、魔法の矢が迫り、端から見れば万事休すかと思われた。

しかし彼は、なんの躊躇いも畏れも迷いもなく、剣を振り下ろした。

 

「ふんっ!!」

 

瞬間

甲高い金属音と共に、白い閃光が彼の前で割れ、遥か後方へと吹き飛び、そしてマナの光として霧散する。

間髪入れず、続く誘導弾を連撃にて次々と打ち払い、最後には爆発性のある弾丸を切り払い、爆煙が彼を包み込んだ。

直撃かと思われたものの、黒々とした煙の晴れた先に、スプリガンの彼が不敵な笑みを浮かべて立っていたことにより、それはなかったと判断する。

 

「うっそぉ……」

 

「ま、魔法を…切った?」

 

「偶然じゃ…なくて?」

 

攻略ギルドのプレイヤーも、果てにはスリーピングナイツも、目の前で起こったとんでもない事態に度肝を抜かれる。

 

「ん~…どんな高速魔法でも、対物ライフルの弾丸に比べりゃ遅いからな。」

 

流石にGGOで弾丸飛び交う戦場を駆け抜け、あえてブレードによる近接戦を挑んでいた彼は、弾丸を切り裂くという離れ業を披露していた。

それだけではない。

旧SAOにおいても、デュエルで武器破壊(アームブラスト)を得意としていた彼は、その圧倒的な反応速度を活かして、仲間の協力の下に編み出したシステム外スキル魔法破壊(スペルブラスト)

この希有な経験を経て編み出したこれを、現ALOにおいて扱えるのは、恐らくキリトただ1人だろう。

 

「な、なんだそりゃ……」

 

「こ、これだから……」

 

攻略ギルドの増援が、目の前で披露された圧倒的な技術に呆気取られる中、サラマンダーの男はいち早く我を取り戻し、指示を飛ばす。

 

「あ、相手は一人だ!陣形を立て直せ!魔法が無理でも、近接戦を挑みゃこちらに分がある!」

 

そうして前線に出て来るのは、大盾を装備したタンク隊だ。

かつて旧ALOで取られた、近接戦重視のプレイヤーに対する陣形。

タンク隊で防ぎ、斬り込ませることなく、メイジ隊やアーチャーで遠距離攻撃を繰り出し、タンク隊の後ろに控えたヒーラーが、タンク隊の体力を回復させる布陣。単体なら、これに為す術も無く、ジリ貧に持ち込まれて最終的にやられるのが関の山だろう。

しかしキリトはそれに臆することなく、ストレージから背中にもう一本の剣を携える。

鍔と一体化した黄金の刃

青い柄

それは、ゲーマーなら欲して止まない、最高峰の剣。

エクスキャリバー

それが…二刀流としてキリトが抜き放つ。

 

「二刀流…キリト…本気、なんだな。」

 

このALOで抜き放つことはないと踏んでいたその構えは、まさしくキリトの本気。

負けられない戦い…つまり、仲間のためにその刃を抜くとしていた彼が、今この場でそれを解き放った。

エクスキャリバーも彼の中では、自分のためではない、仲間のために戦うと決めたときに抜き放つと誓いを立てていた。

そして…彼にとって今がその時なのだろう。

 

「二刀…流…?ボクとのデュエルで…あんなの無かったよね…?」

 

「複雑な事情と理由があるんだよ。キリトにも…俺にも……。」

 

そうしてイチカも…雪華の刃を鞘に収め、納刀する。

しかし、戦いを止めるためではない。

道を切り開くため、

そして背中越しに、自分達のために力を貸してくれる仲間のために、

イチカは『禁じ手』を使うと決めた。

 

「おぉ~い!」

 

そんな中で…聞き覚えのある声が、遥か後方…攻略ギルド増援の最後列辺りで発せられる。ザク!ザク!と何かを斬りまくってる音を聞くに、最後方のプレイヤーを斬りまくってるのだろうか。

 

「俺様も居るぜ!」

 

「遅いぞクライン!何やってんだよ!」

 

「悪ぃ!迷子になってた!」

 

クライン

旧SAOからの友人で、イチカと同じくカタナを使う野武士面の男だ。

女好きであるが、その明るく気さくな性格は、殺伐としていた旧SAOにおいて、イチカやキリトにとっては有り難い物だった。

 

「クラインさん、一人で行きすぎですよ。」

 

「だってよぅ、ダチのピンチなんだぜ?急がずにどうするんだよ!」

 

「まぁ気持ちは判るわよ。だからって突っ走るのは頂けません。」

 

どうやらクラインが先行したのか、後から駆けつけてくれたアスナに窘められている。

まさか後方を突かれることになったのが意外だった様で、攻略ギルドの陣形が崩れ始めた。

そんな彼等に追い打ちを掛けるように、クライン、アスナの後方から、複数の光の筋が飛来し、まるで雨のように相手に降り注いだ。

 

「全く…知らない奴の助けに行け、なんて言われたから何事かと思ってみたけど…後でちゃんと説明しなさいよね!」

 

「わかってるよシノのん!後方は任せたからね!」

 

「はいはい。」

 

呆れ半分に、シノのんと呼ばれた水色の髪のショートヘア女性ケットシーが、弓に矢をつがえ、再び矢の雨を降り注がせる。浮き足立ったそこに、クラインとアスナが切り込み、次々とリメンライトを生み出していく。

 

「す、すごい…。」

 

「後ろは…任せて大丈夫そうだな。…俺達の目的はひとつ!目の前の奴らをぶっ潰して、ボス部屋に辿り着く!いいな!」

 

『了解!!』

 

威勢の良い返事を聞いて、イチカも思わず笑みを溢す。そんな中で、背中越しに見える黒の友人がこちらを見ていた。

そんな彼の背は、あの頃(旧SAOの時)から変わりなく、これ以上に無く頼もしかった。

 

(ありがとう…クライン…先生…名も知らぬケットシーさん……キリト…!)

 

(行って来い…イチカ…!)

 

心中で感謝の言葉を語る中で、背中越しにそんな言葉が聞こえた。

 

本当に…俺は幸せ者だな。

強い姉が居て…

これ以上にないくらいの、最高の仲間達に恵まれている。

 

背を預け合ったイチカとキリト

 

 

どちらからともなく、まさしく二人は同時に踏み出し、斬り込んだ。

 

 

後方で黒と黄金の刃が、

 

こちらでは白銀の刀刃が。

 

 

旧SAOの帰還者なら、二人が揃った時をこう呼んだだろう。

 

 

 

『白騎士と黒騎士の再来』と…。



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第13話『リベンジ』

白い閃光が、一人また一人とその身体を切り裂き、そして消える。

神速の太刀筋が、立ち塞がる敵の首を見るも無惨に跳ね、朦々と燃える人魂…リメンライトへと変えていく。

見る者は、その刃を見ることは無く、目にするのはその残光…軌跡のみ。

 

「ヒィッ!?」

 

誰かが悲鳴を溢す。

彼が抜き放った刀は、常に鞘に収まっている。

しかし、右手を動かした瞬間に、また一つリメンライトが増えた。

 

「速…すぎでしょ…!?」

 

さしもの抜群の反応速度と視力を持つユウキも、その光景には目を疑う物があった。

以前のデュエルとは比べものにならないほどの太刀筋、そして確実に一撃で仕留める正確さが目に焼き付いてならない。

 

「これが…イチカの本気なの…!?」

 

その姿はまさに修羅の如く。

あんな出鱈目な速さなんか、初見じゃ絶対に見切れない、見きれるはずも無い。もし、あの時使われていたら、リザインする事無くリメンライトに帰られていたのはユウキの方だっただろう。

占領していた部隊は瞬く間に消えていく。

後方に控えていたヒーラーも、流石に一撃でHPゲージを全損させられては回復の余地もない。

あっという間に戦線を押し上げられ、ヒーラー最後の一人もそのHPゲージを空っぽにさせられ、その姿をリメンライトへと変えていった。

 

「こ、これが『絶刀』の…強さ…」

 

「すごい…スゴいよイチカ!」

 

我が事のように喜び、イチカに飛び付くユウキ。しかし、彼の呼吸が深く、そして荒いことに気付いてしまう。

 

「イチカ…大丈夫?」

 

「あ、あぁ、問題ねぇよ。…本気の…反動って言うのかな、…少し、疲れた。」

 

「だ、大丈夫ですか?少し、休まれた方が…」

 

「いや…後ろの皆が気張ってくれてるんだ。立ち止まってらんねぇよ。」

 

恐らくは作り笑い、しかし彼は、汗を垂らしながらも抱き付いているユウキを背負ってボス部屋の扉を開いていく。

 

「さぁ…これがラストチャンスだ。」

 

目の前に聳え立つは巨人。双頭を持ち、二対の腕と、巨大な鎖を取り付けた大槌を手に持つ。

七人を見下ろしながら、奴は大きな息を吐き出す。

 

「俺達が戦ってる間に…さっきの奴等は隊列を整えてくる。…だからさ。」

 

後ろに続く、スリーピングナイツに振り返り、イチカは整息しながらも、宣う。

 

「次にアイツらが扉を開けたとき…勝利のVサインでも見せ付けてやろうぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

27層ボス戦が開始され、早くも40分が経過した。

一戦目と比べて、かなりの効率の良いダメージを与えることが出来ていた。

パターンをある程度把握した上での攻撃により、体力の消費も抑えて戦うことが出来ている。

しかし、そうは問屋が卸さない。

ダメージを先の戦闘と同じくらい与えたと感じた頃。

敵がパターンを変えてきた。

先程までは、ハンマーとチェーンによる攻撃の後、硬直が生じたので、そこを攻めに入っていたのだが、その硬直をカバーするかのように、4本の腕で身体を覆うようにガード体勢に入り、ダメージが中々通らなくなっていた。

 

(くそっ…あの体勢になられたら…!)

 

思わず顔をしかめて、忌々しげに双頭のボスを睨む。

長引いているのもあってか、徐々にスリーピングナイツの集中力も低下しているらしく、ダメージを負いやすくなっているように感じる。

このままでは押し切られてしまう可能性も出て来た。

何か…何か打開できる手はないか…!?

しかしボスは、考える暇など与える気は毛頭無い。

再びチェーンを振り回す範囲攻撃を仕掛けてくる。

 

「皆!防御っ!!」

 

ジャラジャラと、地を這うように迫る大きな鎖を、皆が自分の得物で防いでいく中、真正面から受け止めてしまったタルケンの体勢が崩れる。

 

「ぐっ…!」

 

しばらくは何とか絶えては居たが、積もった疲労によって槍は弾き飛ばされ、タルケンも吹き飛ばされる。

 

「タルケン!」

 

「シウネー!彼を頼む!テッチ!」

 

「了解っ!」

 

タンク故に未だ体力に余裕がある彼は、大型シールドで皆の壁としてチェーンを受け止める。

そんな中で…吹き飛ばされたタルケンの槍が、ボスの『とある部位』にヒットしたときだ。

 

『グォオォォォッ!?』

 

一際大きな悲鳴にも似た雄叫びを上げた巨人は、少しばかり蹌踉けてガードを崩した。何事かと思って見ていると、数秒後には例のガード体勢へと移行する。

ここでイチカは…一つの疑念を持つに至った。

 

(もしかしたら…)

 

敵のガードが解除されると共に、腰のベルトに刺してある投擲用の針…ピックを抜き取り、気になる部位目掛けて投げつけた。元々牽制用にある程度熟練度は上げているので、寸分狂い無くピックは『その部位』に突き刺さる。

 

再び響く雄叫び。

 

そして数秒の隙の後、身を固める。

 

「どう…なってんの?」

 

「…弱点だ…。首と首の付け根に宝石みたいな物が埋め込まれている!そこに攻撃が当たったから、特殊なダメージモーションが入ったんだ!」

 

「で、でも…あんな高いとこ…AGIを全開にしても届かないよ?」

 

「いや……おあつらえ向きに、最高の足場がいるじゃないか!」

 

そう言って、未だタンクとして壁を担ってくれるノームの彼を見やる。視線に気付いたのか、『じ、自分?』みたいな感じで首を傾げている。

だが、あそこを狙う以外に素早い決着は見込めない。いつ戦線が崩壊するやも知れないのだ。四の五の言っては居られない。

 

「テッチ!チェーンの攻撃を防いだら屈んで!イチカとボクが攻める!」

 

「り、了解っ!」

 

ボスが長い鎖を振り回し、それを見事にテッチが防いだ。

瞬間、彼の方を足場に、二つの影が上空に躍り出た。

太陽、及び月の光を浴びることの出来ないダンジョンでは、翅を使っての飛行は不可能。しかし、とある方法を使えば『滑空』にも似た挙動を取ることが出来る。

 

「こじ開ける!」

 

イチカが鞘に収めた雪華を抜刀し、飛び上がる勢いと共にソードスキルを発動する。

旧SAOにおける、居合ソードスキル『断』

下方から抜刀の勢い共に切り上げ、敵を空中に打ち上げるソードスキルだ。彼自身も空中に飛び上がるので、そのまま追撃することが可能なものだ。しかし現ALOにおいて、エクストラスキルあっても、ユニークスキルは実装されていない。もちろん、キリトの二刀流も例外ではないので、OSS(オリジナルソードスキル)が実装されると共に、二人はユニークスキルのソードスキルを再現すべく、日夜練習してきた。その結果として、キリトは片手剣2本によるスターバーストストリーム、イチカは、この『断』を含め、数個の再現…いや、模倣をする事が出来た。模倣というのは、旧SAOにあったシステムアシストがないので、原点のような火力を持たせることは出来ない。なので、手数と動きのみの再現でしかないのだ。

そして、OSSを組み上げる上で、断の再現をする時に、打ち上げ追撃のモーションもイチカは組み込んでいた。そしてそれを登録して、今この空中で使用した。空中でもどこでもだが、OSSに組み込んだ挙動は飛び上がりもスキルの一部として登録されている。つまり…

 

「ぜゃあぁぁあっ!!」

 

胸の宝石目掛けて断を放ったイチカは、その打ち上げのブーストの恩恵を得て、更に上空に飛び上がる。

切り上げだけで終わらせる必要は無い。まだイチカの攻撃フェイズは終了していない。おあつらえ向きに、ボスは弱点を攻撃されて、無防備にも胸をさらけ出していた。

 

「おぉぉぉぉぉ!!」

 

飛び上がったそのままの勢いで、右脚に体術ソードスキルのエフェクトを纏わせ、身体の捻りを利用して蹴り付ける。

続けざまに、システムアシストによって身体を捻り、左脚で追い打ちを掛けた。

体術ソードスキルである『連脚』

足による二発ヒットのスキルだ。

 

「これでぇぇぇぇ!!」

 

そして…終わりと言わんばかりに納刀した雪華を抜き取り、宝石へ縦一閃を穿つ。

しかし…これだけの連撃を与えても、まだなお敵は四散しない。

だが、こちらにはまだもう一人居る。

 

「行っけぇぇぇええユウキィィィィ!!!」

 

イチカの肩を踏み、ユウキは更に高く跳躍する。そして…目の前には…狙うべき宝石が、ギラリと光を放つ。

 

「任せて、『姉ちゃん』!!!」

 

(姉ちゃん…?)

 

「ハァァァァァァァ!!!」

 

これがラストチャンスだ。

ユウキは激昂の叫びと共に、マクアフィテルにソードスキルのエフェクトを纏わせてラッシュを掛けた。

突いて

突いて

突いて

突きまくる!!

マザーズ・ロザリオの11連撃が、宝石を寸分狂いなく突き刺し、穿つ。

 

「てやぁぁぁ!!!!」

 

これでトドメ!と言わんばかりの叫びと共に、マザーズ・ロザリオ最後の一突きを、渾身の力を以て突き刺した。

 

そしてそれは…宝石をガラスのように砕き、

 

それと同時に、ボスの身体を霧散させた。

 

 

 

 

 

 

『Congratulation!!』

 

 

デカデカと、一騎当千の7人を称えるその文字が、ボス部屋のど真ん中を支配した。



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第14話『打ち上げ~ボク達がいたアカシ~』

すいません、前投稿から時間が空いてしまいました。
少々リアルが立て込んでて執筆出来ませんでしたが、1週間程は時間が作れると思います。ので、頑張っていきますよ。


砕け散ったボスのポリゴン片が空気へと溶けゆく光景を、ただただボーッと見つめていた。

ひたすらに我武者羅に戦って、その先に得たものが未だに信じられず、未だに実感できず、長い戦闘の果てに終わったという余韻に浸ることしか出来なかった。

 

ややあって

 

「やったぁぁぁあ!やったよイチカァァァァッ!!!」

 

喜色満面の声と笑顔で、イチカに勢い良く抱き付くユウキ。

ようやく、ようやく念願叶っての1パーティでの階層ボス撃破。

それを成し遂げた喜びはユウキだけではなく、他の面々にも表情に表れており、それぞれが喜びを分かち合っている。

 

「おう、やったなユウキ。」

 

「皆のお陰で勝ててよかったよ~!」

 

「…だな、ここにいる誰か一人が欠けたとしたら勝てなかった。…チームプレイの勝利だ。」

 

「いやいや、本当に受け止めるイチカさんの指示と力がなかったらやられてましたよ。」

 

「そ、そ、そうです。け、け、謙遜しなくても…」

 

「いや、タルケンの槍が偶然あそこに当たったのもだし、ユウキのOSS、テッチとジュンのタンク、シウネーとノリのバックアップ。それらが揃ってこその勝利だ。元々勝てるチームに対して、俺はほんの少し後押ししたに過ぎないさ。」

 

「そう言われると…照れちまうな。」

 

と、ここに来てようやくボス部屋の入口、その重厚な両開きの扉が、大きな音を立ててゆっくりと開け放たれる。

そして…先頭のサラマンダーの男が見たもの。

それは、部屋の主が既に居ない、ただの広い空間。

加えて自身らに向かって満面の笑みでVサインを向けてくるスリーピングナイツの面々だった。

 

 

 

 

「そうだ!まだ大事なことが残ってます!」

 

気落ちした攻略ギルドの連中の後ろ姿を見送った後、改めて勝利の余韻に浸る中、シウネーが思い出したように真剣な面持ちで口を開いた。

残ってること?

はて、何かあっただろうか?

皆が何のことかと瞬きする中、先程とは打って変わってにっこりと頬笑んでこう言った。

 

「勿論、打ち上げです!」

 

「おぉ!良いね良いね!!」

 

「ぱーっとやろうぜぱーっと!!」

 

「ささ、幸いにも軍資金は沢山ありますし…」

 

「問題は何処でするか、だね。」

 

スリーピングナイツにはギルドホームがない。何処かの店でやるのもいいが、やはり打ち上げとあって、気を遣わずにわいわいやれるところが望ましいのも確かだ。

どうしたものかと悩むメンバーに、ふと思い付いたのか、イチカはとあるフレンドにメッセージを送る。

 

「ん?イチカ?誰かにメッセージ?」

 

「まぁな。もしかしたら、場所を借りれるかも知れないぜ。」

 

「ほ、本当ですか?」

 

「ま、代わりに阿漕な用件を出されるかも知れないけど、そん時はそん時だ。…お、返ってきたな。」

 

間髪入れずにメッセージを開くと、予想外に阿漕な依頼は無く、ほぼ対価無しで貸してくれるらしい。

 

「OKだとさ。貸し出せる準備をしてくれるらしいから、それまでに材料とか飲み物を仕入れようぜ!」

 

『了解っ!』

 

まぁそんなわけで、次の階層の転移門をアクティベートした後に、空都ラインへと買い出しに向かうこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空都ライン

最近になってアップデートされた複数の浮遊島からなるエリアの内、島一つ丸ごと街になっている。

その広さや賑わいはイグドラシルシティに劣るが、最新アップデートエリアとあって、かなりのプレイヤーが駐留している。

ラインのショップなどが立ち並ぶそのエリアに店を構えるダイシーカフェ。

アンドリュー・ギルバート・ミルズことエギルが、リアルと同じように開いたカフェテリアだ。

リアルやSAO時代からの知り合いは勿論、ALOからの新規のメンバーも足を運ぶ、中々の人気店だ。

落ち着いた店内の雰囲気が人気の秘訣らしいその店の扉をイチカは開いて中へ入る。普段なら客がそこそこ入って賑わいを見せているのだが、今日は客が一人も居ない。それどころか、店長であるエギルの姿も無い。

 

「うっわぁ……こんな良いお店…借りちゃって良いの?」

 

イチカに続いて入ったユウキが店内を見渡す。その後ろから、スリーピングナイツがぞろぞろと店内に雪崩れ込んできた。

 

「店長が良いって言ってくれたんだ。遠慮せず、存分に使わせて貰おうぜ。」

 

「でもイチカさん。材料ばかりを買ってきてますが…どうするんですか?」

 

「そりゃ決まってるだろ。」

 

心配そうにする面々に対して、イチカはストレージから材料を次から次へとオブジェクト化し、続いて愛用の包丁を取り出してニヤリと笑みを浮かべる。

 

「俺が作るんだよ。」

 

「い、イチカさんが、ですか?」

 

「なんだよタルケン。俺、こう見えてもスキルカンストしてるんだぜ?」

 

「でもわざわざ作らなくても、料理を買ってくれば良いんじゃないの?」

 

「いやいや、料理ってのは作りたてが旨いんだ。それは現実だろうの仮想だろうと変わらないと俺は思ってる。」

 

それにさ、と言いながら、目の前の食材に包丁を当てて手頃な大きさにカットしていく。

 

「この世界の料理行程は簡略化してあるけど、それでも俺は料理が好きだし、それを誰かに食べて貰って笑顔になって貰うのも好きなんだよ。…だから、スリーピングナイツの皆に俺の料理を食べて欲しいって言うのもあるんだ。…まぁ俺の我が儘だけどな。」

 

「家庭的な人なんですね。」

 

「まぁな。家事は大体俺がやってるし…」

 

カットし終えた具材を、鍋やフライパン、大きめの耐熱皿に仕分けし、調味料などを慣れた手つきで注いでいく。

見事な手際に、スリーピングナイツは感心しながら、彼の料理の出来上がりを心待ちにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、えっと…こ、こう言うのボク慣れてないんだけどなぁ~…」

 

「いえ、ユウキがスリーピングナイツのリーダーなんですし、乾杯の音頭を執るのは別に変なことじゃないわ。」

 

「よっ!リーダー!景気の良いのを頼むよ!」

 

「じ、ジュン!煽らないでよぅ!」

 

数個の客用のテーブルを組み合わせて出来上がった、簡素ながら大きなテーブルにイチカの作り上げた料理を運び終え、皆が樽ジョッキを手にして、あとは乾杯の音頭を待つばかり。どうせなら、と言うことで、リーダーであるユウキにお願いしようとなって今に至るわけである。パーティーこそすれ、幹事染みたことはやったことないユウキは、ガチガチに緊張しているのである。

 

「ユウキ、別に難しいことやカッコいいことを言えってわけじゃない。ボスを討伐した、そのユウキの気持ちを伝えて欲しい、それだけなんだ。」

 

「ボクの…気持ち?」

 

「うん、こう言うのは気持ちを皆で共感するのが大切かなって思うからな。」

 

「そっか…そう言う物なんだね。」

 

よし、と気合いを入れたのか、ユウキは手に持った樽ジョッキを強く握り、高々と掲げた。

 

「ボクは…ボスの討伐が出来て嬉しいし……何よりも…皆と出会えて、一緒に戦って…勝利の喜びを味わえた事が何よりも嬉しい…!ボクは…皆に会えて良かった!ありがとう!……じゃあ…乾杯!!」

 

『乾杯!!!』

 

溢れんばかりになみなみと注がれた酒的な飲み物が盛大に揺れるほどに、皆は勢い良く樽ジョッキをかち合わせた。

そして飲めや歌えのどんちゃん騒ぎが始まった。

 

 

皆、システムによって擬似的に酔っ払ってしまい、ノリは何故か熱いと脱ぎたがり、テッチは爆睡、タルケンは何故か泣き出すし、シウネーはやたらと絡んでくる。ジュンに至っては常に笑っているという。見事に、脱ぎ上戸、寝上戸、泣き上戸、絡み上戸、笑い上戸が揃ってしまった。

 

「…見事なまでに皆酔いつぶれているな…。」

 

目の前の混沌とした空間に、イチカは苦笑を隠せない。そりゃまぁ、SAOもそうだったが、ALO内での飲酒は禁じられていないので、咎めることは出来ないのだが…。

勿論イチカも飲んではいるが、別段どうなるというわけでも無く、少々顔に赤みが増した程度である。

しかしメンバーがこれだけ変な酔い方をするのだ。…リーダーのユウキは…。

 

「えっへへ~、イ~チカっ、飲んでる~?」

 

考えた矢先にぽふんと、背中から抱き付いてくる。そんなユウキの顔は酔っているのが明らかなほどに赤く染まっているのだが、他の面々に比べればいつもより少々ハイテンションな位で、変な酔い方をしているようには見受けられなかった。

 

「イチカの料理、すっごく美味しいよ~!さすがにスキルカンストは違うなぁ~!」

 

「いや、最初の頃は俺も失敗ばかりだったぞ。反復練習の賜物だな。」

 

「ボスの討伐も手伝ってくれたし~、料理も作ってくれたし~、ホントにお礼を言っても言い切れないよ~!」

 

そう言って、抱き着く力を強めてくるユウキは、胸のプレートアーマーを外しているために軽装。先程からイチカの背には、少々柔らかな物がぐいぐいと押し付けられているわけで。

 

「あの…ユウキさん?」

 

「ん~?なぁにイチカ?」

 

「当たってるんですけど…」

 

「当たってるって…なにが~?」

 

判ってて聞いているのか、それとも本当に自覚無しなのか。なんにせよ、論理コードがあるとは言え、理性的に少しよろしくない。

それはまぁ…小ぶりに変わりない。しかし無いわけではないのであって…

 

「その…オムネがですね…。」

 

「意識しすぎだよ~、イチカのえっちぃ…。」

 

あれ?またデジャヴってる?

自分に負が無いはずなのに、何故か自分が悪いかのように…。

 

「ねぇイチカ………ボク、イチカと…ボスの討伐が出来て……良かったよ…」

 

「ユウキ…?」

 

先程と打って変わり、少ししんみりとしたユウキの雰囲気に、思わずイチカも呼びかけてしまう。

 

「もうすぐ…皆とお別れする時間が来るまでに……忘れられない思い出が出来て……今までに無いくらいのワクワクした冒険が出来て……もう思い残すことがないくらいだ……」

 

「んな…大袈裟だろ…?これからまだまだ生きていたら、もっともっとスゴいこともあるハズさ。」

 

だが…ユウキの声には…大袈裟だとか、大々的に言っているだとか、そんな物が感じられず、イチカの言葉にも否定はせず、顔を伏せてしまって表情が見えなくなってしまった。

 

「それでもボクは…ボク達は、こうしてこの世界に生きたアカシを…シルシを残せた…、それが何より嬉しいんだ…。」

 

「………。」

 

「ねぇイチカ。皆や…キミと生きた今日をボクは…忘れないから…。だから…ボクが…ALOから居なくなっても……忘れないって、約束してくれる?」

 

お願い…いや、むしろ祈りのようにも聞こえた。

何がここまで彼女を思わせるのか。

『今はまだ』それを知ることが出来ないイチカには、唯々戸惑いながらも…

 

「…当たり前だろ?ユウキも…スリーピングナイツの皆も…俺の大切な仲間だ。…忘れないよ。」

 

こう返すことしか出来ない。

しかし、その言葉に満足したのか、ユウキは伏せていた顔を上げ、いつもの満面の笑みを浮かべた。

 

「ありがと…イチカ………大好…き……だ…よ……。」

 

徐々に消え行く声、そしてやがてユウキはスヤスヤと寝息を立てて、文字通り寝落ちしてしまった。

目の前にも酒で溺れた連中が、死屍累々と言わんばかりに酔っ払って寝ている。

…少々散らかった机を見て、片付けねばと言う使命感が芽生える。しかし、抱き着いたまま寝てしまったユウキを起こしてしまいかねないので、動こうにも動けずにいた。

 

「……仕方ない、起きるまで待つか。」

 

こちらも少し酔いが回っているのもあるし、椅子の上で寝づらいかも知れないけど、この際文句は言えない。首に抱き着いているユウキを自身の膝の上に座らせると、女の子特有の甘い匂いと柔らかな肌の感触が否が応でも伝わってくる。仮想世界と言えど、こんな所までリアルにしなくてもと思うが、丁度良い抱き枕が出来たことで、イチカはユウキと抱き合いながら、微睡みの中に沈んでいくのだった。



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第15話『夜の街へ繰り出そう』

い、いかがわしいことはないですよ?


「ん~……」

 

もぞもぞと動きながら、ユウキは日付が変わった真夜中に目を覚ました。

未だ覚醒しきらない脳と共に、身体を起こそうとするが、身体が固定されたように動けない。

 

(あれ……動けない…?)

 

麻痺のバッドステータスでもないし、そもそもここは圏内だ。変なものを食べない限りはそんなことにはならないはず…。

首は何とか動かせるので、周囲を見渡してみた。

…机は食べ終わった皿が放置され、地面には樽ジョッキが無造作に転がり、各席にはスリーピングナイツの面々が大きなイビキをかいて寝ている。

 

(ここは…ダイシーカフェ?ボク、打ち上げの途中で寝ちゃったの、かな?)

 

よくよく思い出してみれば、酔っ払って…イチカに改めてお礼を言って…抱き着いて……そのまま…

 

(じゃあ……ボクが寝ているここって…)

 

恐る恐る見上げてみれば…スヤスヤと寝息を立てて眠る、自身と同族の少年。整った顔立ちで、眠っている姿も様になっている彼は、ユウキの背中と腰に手を回して、まるで抱き枕のようにして椅子の上で寝ているのだ。

そしてユウキには、そんな彼に抱き締められているのがシステム的にハラスメントに抵触するのか、

ハラスメントコードを発令しますか?

というシステムウインドウが表示されていた。

…確かに、見ず知らずの相手なら未だしも、知らない仲ではないので、ハラスメントコードに関しては発令しないように、『NO』のボタンまで何とか手を伸ばしてタップしておく。

ふぅ…と一息つくと、改めてその抱かれ心地を味わってみる。

抱き締められている、と言っても、そこまでキツいものでもなく、優しく抱かれているので不快感はなく、寧ろ安らぎすら感じられる程に、温かで居心地の良いものだ。

成る程確かに、こんな抱かれ方をすれば安眠してしまうのも納得出来てしまうし、気を抜けばまた眠ってしまいそうになる。

 

(もう少し…寝ちゃおうかな…。)

 

ゆっくりと彼の膝の上で体勢を整え、イチカの胸板に耳を当てるようにして再び目を閉じた。

トクン…トクン…

アバターであるはずの彼の心臓の鼓動。

そして彼の温かな体温が、ユウキをゆっくりと眠りへと誘っていく。

…こんな温もりを…忘れかけていた。

最後の家族が居なくなった…あの時から…。

抱き締められて…安心できるこの居心地の良さが嬉しくて…また同時に失うのが怖くもあった。

 

「ユウキ…?」

 

「ふぇ…っ…イ、イチカ…?」

 

寝ていたはずの彼が、突如として目が覚めたのか呼びかけてきた。その目は何処かしら不安を感じているようなものになっている。

 

「わ、悪ぃ、起こしたか?…でもなんかユウキが目を閉じて泣いてるから…気になって…。」

 

「ボクが…泣いてる…?」

 

そっと、目元に指を這わせれば、そこにはしっかりと涙が浮かんでいた。

どうしてだろう…、安心できたはずなのに、どうして泣いてしまうんだろう…?

 

「…悪い…怖い夢でも見てたのか?」

 

「う、うぅん、違うよ。…寧ろ…安心してた…けど…。」

 

「けど…?」

 

「うぅん、何でも無いっ!…ところでイチカ…いつまでボクを抱き枕にしてるのさ?」

 

「うぇっ!?こ、これはお前が酔っ払って抱き着いて寝たから、し、仕方なくだな…!」

 

上手くはぐらかされた感が拭いきれないイチカだったが、目覚めて未だに抱いていたことを指摘されてようやくユウキを解放した。

 

「ありゃ~…もう一時だよ~。変な時間に目が覚めちゃったな~。」

 

「ん~、もうそんな時間か。明日が土曜だから良いけど、平日だったらエラいことになってたな。」

 

「あ…そっか…イチカ、学校終わってから、ずっとボク達に付き合ってくれてたんだもんね…。…生活リズム崩しちゃってるなぁ…」

 

自分達のせいで、不規則な生活へと変わって行ってるかも知れないイチカを心配するが、その張本人は特に気にするものでもないようだった。

 

「いや、ユウキが気に病む必要は無いさ。俺だって嫌ならここまでしないからな。好きでやってるんだ。だから、生活リズムが崩れたとしたら、他の誰でもない、俺の自己管理不足。お前が責任を感じる必要はねぇよ。」

 

「そ、そう言うものかなぁ…?」

 

「そう言う物だ。…さて、変に目が冴えたな…。少しばかり夜風に当たってくるよ。」

 

外に出ると言うことなので、一応念のために戦闘用の装備を纏い、雪華を帯刀してカフェを後にする。

外に出てみれば、冬が近付いてきているのもあってか、肌を刺すような風が吹き抜けていく。

 

「さ、寒いね~…。」

 

そして何故か着いてきて震えているユウキ。

 

「寒いなら、中で寝てたら良いのに?」

 

「べ、別に良いでしょ?ボクはイチカについていきたいだけなんだから…。」

 

寒いのはまぁ…ユウキの装備はノースリーブだし、脚の露出も高いし、仕方ないところもあるのだが。

が、寒さに震えながらもついてこようとするユウキを見かねて、イチカはストレージから紺のコートを取り出してユウキに羽織らせる。イチカのサイズに合わせてあるため、頭一個分以上小さなユウキには大きな物だったが、それでも全身を温めるのには充分すぎるほどだ。

 

「仮想世界だから風邪は引かねぇから問題ないけど…隣でずっとガタガタされるのもナンだからな。貸してやるよ。」

 

「あ、ありがと……えへへ、暖かいなぁ…」

 

「そんなに大層なモンでもないけどな。…で、俺はこのまま街をブラブラするけど、ユウキはどうする?」

 

「一緒に行くっ。」

 

「だろうな。…んじゃ、行くとするか。」

 

「お~っ!」

 

まるで冒険か何かに出掛けるのかと思わせるほどに、ユウキのやる気は満ちあふれていた。

幸いにしてこのALOは他のMMOと同じように、NPC運営の店ならば24時間営業。こちらが寝ても覚めても、しっかりと接客して買い物や食事をさせてくれる。

つまり、本当にここに『眠らない街』が存在している事になる。

 

…も、もちろん、いかがわしい、所謂お子様お断りな店はない。…多分。

 

「えへへ~、真夜中の街に繰り出すって、何だか悪い事しているみたいで、ちょっとワクワクだね。」

 

「だな。…まぁ言っても、現実と違ってゲーセンもないし、出来るのは食べ歩きくらいだけど。」

 

「食べ歩き!そう言うのもあるのか!」

 

「ユウキ、何かキャラ違わないか?」

 

食べ歩きと聞いて、目の色を変えて食い付いてきた。あれだけ飲み食いして爆睡して、それで目覚めて直ぐにそこまで食欲が湧く物なのか?いくら仮想世界だからって…

 

「ほらイチカ!食べ歩きだよ食べ歩き!」

 

「夜食って、あんまり身体に良くないんだぞ?若い内から変な食生活してると、苦労するのは自分なんだからな。」

 

「うわ~…、イチカ、ジジ臭いんだけど…。」

 

「…良く言われる。」

 

おかしい。

自分は単に将来の健康を心配しているだけなのに、どうしてこうも呆れられるのか?

鈴と言いユウキと言い…

 

「でもさ、ここは仮想世界だよ?ここで食べても、食べてお腹が膨れた気になるだけで、現実世界に影響無いんだよ?」

 

「そりゃまぁ…そうだけど。」

 

「だったらさ、とことん楽しまなきゃ損だよ。ね?」

 

ここで、イチカの脳内に、背に羽を生やした二人の人物が降臨する。片や白鳥のような真っ白の羽を、片やコウモリ…自身の翅にも似た形の翼を持つ。

天使と悪魔だ。

 

天使『ユウキと共に行っちゃいなYO☆』

 

悪魔『いやいや、ダメダメ。食生活の乱れは健康の乱れ、健康の乱れは人生の乱れ。ここは心の刃を鬼にして……』

 

天使『あれ?俺達、発言内容が逆じゃないKA?』

 

悪魔『そうだね(便乗)』

 

…頼りになりそうにない天使と悪魔だが、発言の根っこはともかく、そんな二つの葛藤がイチカの中で鬩ぎ合っているのは事実だった。

 

「イチカ…」

 

「な、なんだ?」

 

「ダメ…かな?」

 

上目遣い+涙目+猫撫で声+少々顔赤らめ=核弾頭並の威力

 

もちろん、そんな超兵器にイチカが耐えれるほどの鋼の精神を持ち合わせているはずもなく…

 

「わ、わかったよ。今日だけ…だからな。」

 

「わぁい!ありがとイチカ!」

 

先程と打って変わり、喜色満面で腕に抱き着いてきた。

まぁ…満更でもないような顔でユウキと共に夜の街へ繰り出すイチカを見て、天使と悪魔は口を揃えてこう言った。

 

『『チョロいなぁ…』』



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第16話『イチカの贈り物』

ここにきてようやくIS側キャラ現る


夜にラインのメインストリートを歩く。

ただそれだけでユウキにとってはワクワクが止まらなかった。

夜の薄暗さが掻き消そうなほどに煌びやかな電飾が街を照らし、客を寄せようと店番NPCがその声を張り上げる。…まるで縁日か何かを思わせるほどに。

現実世界なら騒音問題が起こりそうな物だが、宿屋の自室はシステム的に外部からシャットアウトされているし、最悪ログアウトすれば問題ない。

真夜中の、そして寝起きのテンションと言うのは中々スゴいもので、目移りするような店を、元気にいっぱいで駆け回るユウキは、イチカを疲れさせるには充分な物だった。

 

「ねぇねぇイチカ!今度はアレを食べよう!」

 

「お、おう。」

 

いつの間にか繋いだイチカの手を引いて、道行く所にある美味しそうな屋台を見つけては、それを購入して頬張り、満面の笑みを見せてくれる。

しかし何故かトルコのケバブ風の料理が並ぶ店でそれを購入した際に、ソースについて二人は揉めに揉め、『よろしい、ならば戦争(デュエル)だ。』寸前までになった。

曰く

 

『チリソースチリソース~♪』

 

『ケバブにチリソースなんて、何を言ってるんだユウキ。このヨーグルトソースをかけるのが常識だろ?』

 

『ゑ?』

 

『いや、常識と言うよりも…もっとこう……そう!ヨーグルトソースをかけないなんて、この料理に対する冒涜だ。』

 

『そ、そこまで言うかな!?ぼ、ボクがチリソースをかけてもイチカにあれこれ言われる筋合いはないよ!』

 

(ぶにゅ~)←ユウキのケバブにチリソース

 

『あぁ……なんという……!』

 

『ん~おいし~♪ほらイチカも!ケバブにチリソースは当たり前なんだよ。』

 

『ぬぁっ!?やめろ!俺まで邪道に落とす気か!?』

 

…結局、互いのソースをかけた物を食べ比べ、吟味して、どっちも旨ぇじゃん!的な結論に至って、二人の仲は保たれた。

しかしあれから各店舗を回っては見たが、疲れはあっても、ユウキのその笑みを見ていれば自然と疲れは忘れることが出来た。

一応、ユルド(軍資金)は充分にあるので金欠に陥ることはないが、しかし目の前の大食漢の食欲旺盛っぷりを見れば、それだけでお腹が膨れそうになる。

 

「ユウキ…ユルドの方は大丈夫なのか?」

 

「大丈夫大丈夫っ、ボク普段からあんまり使わないからね。逆に有り余ってるくらいさ。」

 

「なら良いけどさ。」

 

「あははっ、イチカって心配症だねぇ~……ぁ…。」

 

ふと、とある店の前でユウキは足を止めた。手を繋いでいたからか、イチカも釣られて足を止める。そして手を離したかと思えば、ショーウィンドウの奥にあるものをジッと見つめ始めた。

 

「どうかしたのか?また食べ物か………ん?」

 

破壊不可のオブジェクトであるガラス張りの向こうには、銀の光沢が眩しいシルバーアクセサリーが、煌びやかな輝きを放って展示されていた。

看板を見れば、どうやらプレイヤー経営の材料持ち込みアクセサリーショップらしい。店舗説明を見れば、宝石や鉱石などの加工アイテムを持ち込むことで、加工費のみを払うだけで、オリジナルのアクセサリーを作成してくれるらしい。装備効果は千差万別だが、世界に一つだけのプレゼントを作ることが出来るという。しかも、ザ・シードで構成された仮想世界でなら、コンバートの際に持ち込めるという特典付き。その際は装備効果は無くなるが、装飾用装備としての価値はあるらしい。

そんな店先の展示品を、いや…そこに飾られている銀装飾の十字架をジッと見つめるユウキ。

 

「…もしかして、こう言うのが欲しいのか?」

 

「ふぇっ!?ち、違うよ。なんか…綺麗だなぁ…って思って。」

 

「…まぁ確かに、現実世界で言えばオーダーメイドの店だからな。」

 

「そう…だね。」

 

未だ視線を逸らすことなく中を見るユウキを見ていて、どうにもこうにも居たたまれなくなってきたイチカ。そして…

 

「…よし、ユウキ、中に入るぞ。」

 

彼は意を決し、ユウキの手を取って店へと引っ張っていく。突然のことにユウキは目を見開いて、慌てふため始めた。

 

「イ、イチカ!?な、中に入って…何するのさ!?」

 

「ナニって……もちろんナニに決まってるだろ?」

 

「それ、誤解を招きかねないんだけど!?」

 

「とりあえず行くぞ。」

 

ユウキはずるずると引っ張られていき、木製の扉を開いたイチカと共に店内へと連行された。

中に入ってみれば、見事なまでの木造の内装が目に飛び込んでくる。温かな色味の木々は、二人の目を奪うには充分すぎるほどに美麗な物で、店の雰囲気を一段と盛り立てているように感じる。

 

「へぇ…スゴいもんだな…。」

 

「ほぇぇ……こんな店もあるんだね。」

 

「こんな真夜中に客とは珍しいな。」

 

見惚れながらも店内を見て回る二人に、一人の少女の声が掛かる。

店の奥から出て来た、長く黒いローブを身に纏った彼女の妖しさ満点の風貌に、2人は思わずゴクリと喉を鳴らす。

 

「何をそんなに怖がっている?…別に取って食ったりはしない。」

 

「そ、そうか。そりゃそうだよな。」

 

「…で?アクセサリーのオーダーメイドに来たのか?」

 

「お、おう。」

 

「ちょっ…ボク、欲しいなんて一言も言ってないよ!?」

 

「いや、眼がそう言ってたから。」

 

「そ、そんな目をしてたかなぁ…。」

 

「してたしてた。」

 

「……ゴホン!!」

 

店一杯に響く咳払いと共に、

 

「客として来てくれるのは良いが、恋人さんとイチャついたり痴話喧嘩するなら出て行って貰いたいのだが?」

 

目の前の若干桃色と化しつつある空間にゲンナリし、ローブの少女は溜息と共に2人を睨む。

 

「こ、こここ恋人ぉ!?ぼ、ボクとイチカは恋人じゃないよ!?」

 

「そうだぞ、俺とユウキは友達だぞ。そんな関係じゃない。」

 

「………。」

 

「な、なんか射殺せそうな目で睨むのは止めてくれませんかねユウキさん。」

 

「…べっつにぃ~…睨んでないしぃ~…」

 

「何にも用がないなら本気で追い出すぞお前ら。」

 

若干キレ始めたのか、少しずつ口調が荒くなってきた。店側にとっては、イチャつかれた上に冷やかしなど、迷惑千万だ。

 

「と、とりあえず、素材はあるから、オーダーメイドを頼めるか?」

 

「はじめからそうしておけば良いんだ…全く。…それで?何を使って作れば良い?」

 

「ぼ、ボクやっぱり…」

 

「今更だぞユウキ。まぁ出来上がったものが気に入ったら貰ってくれれば良いさ。」

 

「ほう?私の作る物が気に入らないかも知れないと、そう言うのだな?」

 

「ち、違うって!ほ、ほらユウキも!素材は気にしなくて良いから!な、何だったら、27層ボス討伐記念のプレゼントで…!」

 

「むぅ……そう、だなぁ…じゃあ御言葉に甘えて……。」

 

ようやく折れたのか、ユウキは受け取る旨を示した。こう言ったプレゼントに慣れていないのだろうか。

そしてイチカはというと、ローブの少女にデザインなどをこっそり伝え、ユウキに聞こえないようにしている。どうやらサプライズを企画しているらしい。隠密スキルで声漏れがないようにする徹底ぶりだ。

そしてストレージから、数個の素材アイテムをローブの少女に渡すと、彼女はそれを確認、店の奥にある工房と思しきスペースへと引っ込んでいった。

やはり鍛冶屋と同じようにして精錬するのか、暫くすると、カン!カン!とハンマーで叩く音が聞こえ始める。

何が出来上がるんだろう。

何を作ってくれているんだろう。

ここ最近はプレゼントと言う物を余り受け取ったことがない、ましてや目の前でオーダーメイドして貰えるものとあって、ユウキには期待と不安で胸が張り裂けそうだった。

思わず、ずっと握りっぱなしだったイチカの手を握ってしまう。一世一代、と言うほど大掛かりな物ではないにせよ、イチカがプレゼントしてくれるとあって、ユウキは内心穏やかではない。そんな彼女の心境を察してか否か、イチカもユウキの手を優しく握り返してくる。驚きはしたものの、手の平から伝わる優しい人肌の温もりが、胸の鼓動と気持ちを、ゆっくり落ち着かせてくれた。

 

ややあって

 

「待たせたな。」

 

奥から出て来たローブの少女は、出来がった代物を黒い柔らかな布で包み込んでテーブルへ。

ゴクリと、固唾を吞んでそれをのぞき込む二人に、ローブの少女はニヤリと笑みを浮かべて言う。

 

「ふふん…会心の出来と言うものだな。」

 

開かれた布、その中からは見事な銀細工のアクセサリーが姿を現した。

銀の十字架(ロザリオ)

聖母マリアを模した彫刻が見事な逸品。

ユウキのイメージに合わせてなのか聖母の胸元にはアクセントで、アメジストの宝石が埋め込まれている。

 

「こ、これは……想像以上、だな。」

 

「うん…ボクもここまでの物は…見たこと無いかも…」

 

「どうだ?気に入ったか?…こう見えても家事スキルと装飾スキル、細工スキルはカンストしているんだ。私に扱えない素材はない!」

 

エヘンと、ローブの上から見ても乏しげな胸を張る少女はどことなく微笑ましくみえたのか、ユウキは思わず抱き着いた。

 

「ありがとう!ボク、こんなに綺麗な物作って貰ったの、初めてなんだ!だから凄く嬉しいよ!」

 

「うぁっ!?だ、抱き着くな!しょ、商売人として当然の仕事をしただけだ!べ、別に他意は無いぞ!」

 

「それでも、お礼は言いたいんだ!だから、ありがとう!」

 

「フ、フン!」

 

照れくさいのか、そっぽ向いてしまぅたローブの少女は、メニューを開いてイチカに代金を請求する。

価格としては30000ユルド。材料持ち込みとはいえオーダーメイドなら、これぐらいの価格なら安い方だ。

特に苦言を言うわけでもなく、納得の価格なので、イチカは請求価格に加え10000を上乗せして、ローブの少女に支払う。

 

「お金で買えないユウキの笑顔、プライスレス。」

 

ドヤ顔でそんなことを言うイチカが無性に腹が立ち、ローブの少女は顔面に思いっきりストレートをぶち込んでおいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ペンダントトップとして造られたロザリオを早速装備したところ、外見変更に加えて、AGIの補正上昇大と、STRの補正上昇小が付くという、ユウキのビルドにとってはありがたいものだった。ここまで来ると、本当にユウキの為のオーダーメイドと思えてくるほどに。

ステータス補正を無しにしても、その見た目はユウキの装備にマッチしていたので、イチカが少し見惚れる程になっていた。

 

「あ、そうだ!ねぇ、またここに来てもいい?」

 

店を去り際に、ユウキがローブの少女に問いかける。

 

「それは構わんが…私は仕事柄、そこまで頻繁にインしないぞ?それに、決まった時間でもないからな…不定期になるが…。」

 

「じゃあさ、フレンド登録しておこうよ!それならいつインしたのかわかるでしょ?」

 

「そ、それはそうだが…。」

 

「じゃあ決まり!少し待っててね~…。」

 

自分の端末を操作して、フレンド申請を送る準備をしているのだろう。喜々として指を動かすユウキをみて、ローブの少女はイチカにそっと尋ねる。

 

「…何時もあんな感じなのか?」

 

「まぁな、押しが強いから驚くだろう?」

 

「強いも何も…グイグイ来る感じだな。」

 

そして申請が送られて来た画面を見て、ローブの少女は少々戸惑った。余りインしないプレイスタイル上、フレンドと言う物を作ったことのない彼女にとって、これは受けるべきなのか迷いが生じる。

しかし半透明のディスプレイの向こうでニコニコしているユウキをみて、腹をくくった。

 

(えぇい、ままよ!)

 

申請承諾の○を押して、ユウキとローブの少女は晴れてフレンドとなったのである。

 

「やったぁ!よろしくね!えぇっと…」

 

「マドカ…だ。よろしく頼むぞユウキ。」

 

「うん!よろしくね、マドカ!」

 

何の気無しにフレンドとなった二人…。

しかし今はまだ知らなかった。

この出会いが…二人の辿るべき運命を、大きく突き動かすことに。



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第17話『剣士の碑へ……そして』

遅くなりましたが、ようやくここまで書けました…
ここでマザーズ・ロザリオは一つの節目を迎えます。
さて、どうするイチカ。

今回ちょい長めです。


午前6時

冬へと変わりゆく季節に合わせてか、ラインの気候設定もこの時間帯は肌寒く感じるようになっている。

早朝の出勤前のこの時間にインしようというプレイヤーもチラホラ見え始め、セーブした宿から出て来る彼等と入れ替わるように、ダイシーカフェへと入っていくプレイヤー3人。

 

「あ~楽しかったぁ♪」

 

「「あ〝~…疲れた…」」

 

一人は満足感に満たされ、残る二人は疲労感に打ち拉がれている。

結局あの後、店仕舞いを終えたマドカを、ユウキはイチカと一緒に連れだって夜の街で遊び尽くし、それがご覧の有様だった。

 

「お前…良く耐えれたな…」

 

「俺だって…知り合って数日だぜ…?こんなの初めてだよ…。」

 

「…仕事以外で徹夜したのは初めてだよ、全く。」

 

「へぇ…マドカって、仕事してるのか?同い年位なのに?」

 

「外国住まいだからな。…私くらいの歳で働いている奴らはごまんといるさ。」

 

何処か陰りのあるマドカの物言いに、これ以上のリアルの詮索はマナー違反であることもあって、イチカは言及しなかった。

逆にマドカは、イチカとフレンド登録をした際に、思わず眉をしかめた。

織斑一夏

自身…亡国機業のコードネームMが憎んで止まない男と同じの名前のアバターネーム。もし同一人物ならば、ゲーム内だろうと息の根を止めるところだが、生憎とここはネットゲームの中。Mことマドカもプライベートと割り切っているので、強行策に移ることは踏み留まった。

…内心、自分も存外甘いものだ、と自嘲しながらだが。

 

「イチカイチカ!そろそろ皆起きるからさ!朝ご飯にしようよ朝ご飯!」

 

「おま…まだ食べるのか!?」

 

「とーぜんだよ!三食はきっちり食べないとね!」

 

「…いくらデータとは言え…ユウキの満腹中枢は何時になったら音を上げるんだ…。」

 

未だ絶えることの無い食欲を見せるユウキに戦慄してしまう織斑兄妹(仮)。

そしてユウキは元気よくダイシーカフェの扉を開いた。

 

「たっだいま~!!」

 

「ゆ、ユウキ!?」

 

「朝起きたらいないからビックリしたよ!」

 

「あはは…ごめんねぇ、イチカと一緒に街に繰り出してたんだ~。」

 

「よ、夜の街に…!?」

 

「そして朝チュン…!?」

 

「…イチカさん。もちろんkwsk話を聞かせて貰えますよね?」

 

「し、シウネー!?目が笑ってないぞ!?」

 

手厚く手荒いスリーピングナイツが出迎え、イチカに事のあらましを尋問し掛けているシウネー。

ポツンと置いてきぼりを食らったマドカは、居場所なさげに入口でたちつくす。

 

「…と、とりあえず私は…お暇しよう…邪魔s…」

 

「だぁめだよマドカ!皆に紹介するんだから!」

 

「そ、そんなの私は聞いてないぞ!」

 

「うん、だって今決めたもん!」

 

「ぐぬぬぬ…!」

 

現実世界ならば決して力負けすることのないはずの身体能力を持つマドカだが、悲しいかなここはゲームの世界。パラメーターが物を言う世界だ。生産職としてプレイしてきたマドカは敢えなくユウキによって連行され、スリーピングナイツの前に立たされることとなった。

 

「平和だなぁ……」

 

皆の注目がマドカに向いたことで、シウネーの圧から逃れることの出来たイチカは、キッチンに入って朝食の用意に取りかかった。

スリーピングナイツの面々に詰め寄られて戸惑うマドカの微笑ましい光景にほのぼのしながら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はふぅ……美味しかったぁ…」

 

結局何の苦も無く怒濤と戦慄の朝食を見事に平らげて満たされたユウキは、満足げに椅子の背もたれに身を預ける。

見慣れた光景のスリーピングナイツは、素知らぬ感じで食後のコーヒーやお茶を口にしているが、イチカとマドカは最早表情が消えてしまっている。

イチカもマドカも、周囲にここまで…何処かのピンクの丸い悪魔にも迫るほどの食欲の持ち主はいない。あくまでも仮想世界だけなのかも知れないが、満腹中枢が刺激され、満腹感を感じるのは現実と変わりない。…つまり、胃の許容量の有無だけであり、もしかしたらもしかするかもしれない…。

 

「さて…片付け終えたら一旦ログアウトするか。さすがにダイブしっぱなしも良くないしな。」

 

「そう…ですね。すいませんお二人とも。ウチのユウキが引っ張り回したみたいで。」

 

「いや、店を開けているだけのインの予定だったからな。良い暇つぶしにはなったさ。」

 

「そうだぜシウネー。嫌なら嫌って言ってるからな。…まぁちょっとワルな気分を味わえたから、貴重な経験になったかな。」

 

「そうですか。…そう言って頂けるなら…」

 

と、ここでイチカ特製のオレンジジュース(果汁100%)を飲み終えたジュンが、挙手した。

 

「なぁなぁ!昨日の今日だけど、イチカさんもログアウト前に皆でアレの確認に行ってみないか?」

 

「アレ…って何だよジュン。」

 

「もも、も、もしかして…『剣士の碑』…ですか?」

 

「おう!僕達、あそこに名前を刻む為に頑張ったんだからな!その成果を見に行くのは当然じゃん?」

 

なるほど、と皆には反対の声など全くなく、むしろ良いねと賛成多数となっている。

ここに来て状況を飲み込めないマドカが、?マークが頭上に浮かんで見えるような顔で首を傾げる。

 

「な、なんだ?つまり…どういうことなんだ?」

 

「あ~…そうだね、マドカは知らないんだった。」

 

「昨日…ユウキと…イ、イチカの言ってた…27層のことと、何か関係があるのか?」

 

「うん!昨日ねぇ…」

 

「話すのは良いけど…そろそろ掃除しようぜ。エギルにこの店を借りてるんだ。いつまでも貸し切りはマズいだろ?」

 

確かに、店内を見れば、乱れた机や椅子、使用済みの食器やテーブルクロス。とてもではないが、このままエギルに返せるものではない。イチカは自身が一番良く使用したキッチンの片付けに取り掛かっており、スリーピングナイツの面々も掃除用具入れに仕舞ってある箒(モッピーに非ず)を取り出して配っている。

 

「じゃあマドカ、話の続きは掃除しながらするよ。良いかな?」

 

「…ユウキがそれで良いなら構わない。」

 

「やったぁ!じゃあさじゃあさ!ボクとイチカのファーストコンタクトから…」

 

「ゆ、ユウキ!?それ、いつまで引き摺るんだよ!?」

 

スリーピングナイツの面々の笑い声が響く中、ダイシーカフェの内装は着々と清掃され、後日店主に、『定期的に来て貰ってもいいぜ。』などと太鼓判を押されることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

新生アインクラッド一層 はじまりの街 黒鉄宮

 

旧SAOにおける脱落者=死亡者を刻む、言わば墓場のような場所だったここは、現ALOにおいて所謂『フロアボスを倒した英雄達の名を刻む場所』として知れ渡っている。死者を悼む場所から英雄を称える場所へとシフトしたというのは、何とも皮肉な物だと旧SAO生還者は語る。

見た目は旧世紀における神殿のような作りとなっており、中にはミサを行うような聖堂や、懺悔室のような部屋と言った教会を思わせる物もあったりする。

 

「おっ!あっちだあっち!!」

 

ジュンがそれらしき巨大な黒い石碑を見つけて、仲間達と共に我先にと駆けていく。

そんな面々に、リーダーであるユウキも混ざっていそうな物だが、なぜかおっかなびっくり、右手をイチカの左手を、左手をマドカの右手を握り、少し行くのを躊躇っているようだった。ちなみにマドカは、自身に関係が無いし、一緒に行くのも憚られるからと遠慮したが、例のユウキの強い要望で断るに断れず、こうして同行することになった…のだが。

 

「…ユウキ、何をそんなにビビってるんだ?」

 

「だ、だって…ホントに名前があるか不安なんだもん…!無かったらどうしようって思っちゃうよ…」

 

「…なんか受験の合否発表に行くみたいだな。」

 

「運営がしっかり更新していたなら問題ないはずだ。恐れる事はないだろう?」

 

「だ、だってぇ~…」

 

「次はお化け屋敷に入るのを渋る子供みたいだな。」

 

苦笑しながらも、イチカとマドカに引き摺られるように碑の前へと連行されたユウキ。

しかし、自分達の名前が無いかも知れないことを恐れてか、下を向いたまま中々顔を上げようとはしない。

本当に…ここに名前があるのか

もしかしたら無いのではないか

そんな不安で、ユウキの胸はいっぱいだった。

 

「あ…!」

 

イチカが、何かを発見したかのように声を挙げた。

 

「ユウキ、見て見ろよ。」

 

そんな優しげな声で言われて…ゆっくり…ゆっくりと視線を上に上げていく。

自身のブーツばかりを見ていた視界が、黒の石盤を捉え、そして21層攻略チームの名前を目にする。徐々に、徐々に首も上げていく中、途中で知った名前を目にする。

『Kirito』

『Asuna』

 

(そっか……2人もボスを倒してたんだね…。…まぁ当然かな。アレだけ強いんだもん。)

 

結果としてユウキはイチカを選んでいたが、もし彼が居なかったら…アスナ、もしくはキリトだっただろう。それほどまでに強いという印象が、ユウキの中で根強く残っていた。

2人とのデュエルを思い出して笑みを溢しながら、再び自分達の名前を探して首を上げていく。

24、25…

階層が上がる毎に、首の上がりも遅くなっていく。

握った掌に…ジワリと汗が滲む。

26…

ゴクリと固唾を飲み込んでしまう。

あるのか?

あって欲しい。

そんな切実な願い…祈りを込めながら、そこからは勢い良く見上げた。

 

 

 

 

 

 

Floor27

 

・Yuuki

・Siune

・Tecchi

・Talken

・Jun

・Nori

 Ichika

 

 

 

 

「あっ…た……!」

 

しっかりと、そして確実に、目の前にはスリーピングナイツ+1の名前が刻まれていた。

しかも1パーティなので、全員の名前が記載されており、スリーピングナイツの面々が歓喜の渦に包まれる。

 

「ボク達の…名前…だ……」

 

喜びか…はたまた感動の涙腺にでも触れたのか、ユウキの目許にはうっすらと涙が浮かぶ。

やった…

成し遂げた…

自分達の悲願だった、『スリーピングナイツの皆がここにいたシルシ』

それはユウキの、

シウネーの、

テッチの、

タルケンの、

ジュンの、

ノリの、

その想いの集大成。

 

「これで、…もう……何も…思い残しは……」

 

「…ユウキ?」

 

消え入りそうな声で何かを呟いた彼女に、マドカは思わず名前を呼んでしまう。

 

「ん、…何でも無いよ?」

 

涙を拭い、何時ものユウキの笑顔を浮かべる。

…何かを呟いていたようで気になるマドカだったが、そんな彼女の顔を見て毒気も抜かれてしまい、これ以上の詮索は止めることにした。

 

「おぉい!どうせならさ!記念に写真を撮ろうぜ!」

 

「お、ジュンにしちゃ気が利くじゃんか!」

 

「にしちゃってどう言う意味だよ!」

 

ジュンがストレージから取り出したスクリーンショット撮影クリスタルを丁度良い所に設置していたので、皆が一列に並び始める。

 

「ほら!イチカもマドカも!」

 

「わ、私もか?私はいい!そもそもここに来たのはお前がどうしてもと言うからで…」

 

「ダメ、かな?」

 

マドカ ユウキによる核弾頭並みの落とし方(無自覚)により轟沈、大破。

 

「くっ……こ、今回だけだからなっ。」

 

「えへへ、ありがとマドカっ♪」

 

「じゃあ、このフードも捲らないといけませんね?」

 

「シウネー、ナイス!せっかく写真を撮るんだから、ね!」

 

「な、なにをするぅっ!?」

 

シウネーの案でギラリと目を光らせたユウキは、AGIを活かしたかどうかはわからないが、素早くマドカの目許辺りまで覆うフードを取っ払った。

 

 

 

 

そこには、大きく黒い耳がピョコンと現れた。

 

「わぁぁぁぁっ!!!」

 

「あらあらうふふ。」

 

実行犯と計画犯の2人が、それぞれ感動し、そして微笑ましく微笑む。

 

スリーピングナイツの男3人も、その衝撃的…というかギャップに、言葉を忘れて呆けている。

 

 

 

「お、ケットシーだったのか。生産職してるから、リズと同じでレプラコーンかと思っていたぞ?」

 

「フ、フカー!!!!」

 

「うおっ!ま、マドカっ!?痛ぇ痛ぇ痛ぇ!!爪でひっかくな!!」

 

それは…黒猫。

不吉を届けに来るとか、そんな異名を持つ掃除屋も、そして迷信もあるとか何とか。

しかし、一般の黒猫。その性格は穏やかで、どちらかと言えば大人しくて人懐っこいらしい。

だが、目の前のケットシー…マドカは、肩まで届く黒く艶のある髪と、釣り目の整った顔立ちの美人…と言うより美少女ではあるのだが、少々気性が荒くあらせられるようで、イチカの顔に引っ掻き傷を作っている。…まるで不倫か浮気をした旦那に怒る妻のように見えなくもない。

 

「ほらほらイチカもマドカも!写真撮ろう!写真!」

 

「お、俺は構わないけど、マドカをどうにかして欲しいんだが…」

 

「ぜ、絶対似合わないから何か言われると思って隠してたのに…!」

 

「え~?似合ってるし可愛いよ~?ね?イチカ?」

 

「お、おぅ。もうちょい大人しかったらなお良しかも、な…。」

 

「う、うるさいっ!と、とにかく、写真を撮るのならば、フードは…」

 

「取ってて…欲しいなぁ…」

 

「くっ!こ、今回だけだからな!」

 

あと何回、今回だけが続くのか。

 

 

 

 

 

 

「じ、じゃあ改めて…!行くぞ~!」

 

剣士の碑を背後に皆が一列に並び、ジュンが数メートル離れた場所にクリスタルを浮遊、タイマーをセットして急ぎ戻る。

 

 

 

 

 

 

「ほら、マドカ。笑ってよ。」

 

 

 

「私は…どう笑えば良いか…解らない。」

 

 

 

「そうだね~、どっちかと言えば…ぷりぷりしてたよね。」

 

 

 

「そこにいる阿呆のおかげでな。」

 

 

 

「お、俺かよ!?」

 

 

 

「でも…こうして、皆で写真を撮れるの、何か良いなぁ。…仮想世界でも…共通の時間を過ごしてるって…実感出来るもん。」

 

 

 

「だな。楽しいことを皆で分け合えて、笑い合えるのがこういうゲームなんだ。…マドカ、心の底からこのALOを楽しめているか?」

 

 

 

「わ、解らん…ただ。」

 

 

 

「ただ?」

 

 

 

「現実では出来なかったこと…出来ないことを…ここで出来て…ユウキのように、私の作り上げたもので喜んでくれるのは……胸の辺りが暖かくなる。」

 

 

 

「マドカ…それはね、嬉しいってことなんだよ。」

 

 

 

「そう、か。これが…嬉しい…喜び……」

 

 

 

「あ!いいよ!その笑顔!少し硬いけど…今までよりも凄く良い!」

 

 

 

「…今、私は…笑った…のか?」

 

 

 

「うん!だからさ!胸が暖かく…嬉しくなったのを思い浮かべて!」

 

 

 

「わ、わかった…やってみよう…」

 

 

 

「じゃあ皆!カメラに向かって…………

 

 

 

 

 

 

 

 

ブイッ!!」

 

 

 

 

現実そっくりのシャッターを切る音が黒鉄宮に響いた。

 

ユウキの胸元のロザリオ。その輝きと共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真を撮り終えた後…

改めて剣士の碑を見上げて、イチカと、ユウキはやり遂げた実感を感じていた。

 

「本当に…俺達、やったんだな。」

 

「うん………」

 

掘られた文字をなぞってみれば、ひんやりとした石の触感と、ザラリとした彫刻跡。消えることのない、剣士の偉業が確かにここにある。

 

「ボク、遂にやったよ……姉ちゃん。」

 

「…なぁユウキ、俺って女っぽいか?」

 

「……え?」

 

複雑そうな顔を浮かべ、イチカはポリポリと頬を掻く。

 

「そりゃ確かに…キリト程じゃないけど、女顔みたいだって言われたことあるぞ?」

 

現実世界のどこかで、黒好きの少年が大きなくクシャミをした、様な気がする。

 

「でも、ボス戦の時もそうだったけど、俺って姉ちゃんて呼ばれる程かなぁってさ。」

 

そこまで言って…イチカは目の前の少女の表情を見て固まった。

 

「ゆ、ユウキ……!?」

 

頬から流れ、黒鉄宮の床へ流れ落ちる大粒の雫。

そしてそれは止め処なく溢れ、石造りの床に黒い染みを幾つも重ねていく。

 

「イ、イチカ……ボ、ボク………!!」

 

必死に口許を抑え、声を漏らすまいとしているのか。

しかし涙は止まらない。

何か琴線に触れるような事でもあったのか、だがこの仮想世界では涙を偽ることは出来ない。

涙を…我慢は出来ない…。

 

「ボクっ……!!」

 

「ユウキっ!?」

 

片手で必死に声を抑えながら…

ユウキは端末を操作して…

手を伸ばすイチカの想いも空しく、光の粒子となって目の前から消えた(ログアウトした)

 

「ユウキ……?」

 

何を思い

何を感じて彼女は去ったのか。

それはイチカには解らない。

しかし、

 

 

それを最後に

 

 

 

 

 

 

 

 

不敗の超剣士『絶剣ユウキ』はALOから姿を消した。

 

 



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第18話『燻る想いと、二つの想い』

ま、まさかの評価バーに赤!?Σ(゜Д゜)
お気に入り200突破!?
あ、ありがとうございます!
感謝感激雨霰とはまさにこのこと!
不肖、私めは、この評価に恥じぬように邁進していきます!


聞き慣れた電子音と共に、イチカから一夏へと戻った彼の視界には見慣れた天井が飛び込む。

軽く見積もって半日以上同じ体勢だったので、凝りに凝った体を動かすと、ゴキゴキと嫌な音が響いてくる。

…年寄りみたいだな、と何時もの一夏なら少し凹むだろうが、生憎と今の彼にそんな余裕はなかった。

 

「ユウキ……」

 

アミュスフィアを取り外して、ボソリと件の少女の名前を口にする。

一体何があったのか。

いきなり泣き始めて

いきなりログアウトして…。

何か気に障るようなことでも口にしただろうか?

…いや、心当たりその物は一夏にはない。

ただ…やはり思い当たるとすればユウキの『姉ちゃん』と言う存在か。

 

「シウネー達なら…何か知ってるのかな…」

 

聞いてみたい気持ちもある。

姉ちゃんと言う存在が、どうしてあの笑顔溢れるユウキをあそこまで悲しませる事になるのか。

だがスリーピングナイツの皆は、例えその存在を知っていたとしても話したりはしないだろう。朧気ながらも、彼、彼女等の絆と言う物は固いものだと感じている。

…じゃあ…どうする?

 

「…考えていても…どうにもならねぇのかな…。」

 

元々、ボス戦を手伝うという名目で一緒にいた間柄だ。それが終わって、何時もの日常に戻る、それだけ。…それだけのハズなのだが…。

 

「…あぁ!くそっ!何なんだよこのモヤモヤ…!」

 

割り切ろうと考えようとしても、頭にしがみついて止まないスリーピングナイツ……いや、ユウキ。

ほんの数日、共に冒険して、共に遊んだだけなのにどうしてこんなにまで…

 

「…とりあえず……シャワー…浴びるか。」

 

変に悩んでても仕方ないと割り切り、今は若干汗ばんでいる体を洗い流そう。

…どうせなら…冷たい水で頭をしゃきっとさせるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうした一夏!?動きが直線的すぎるぞ!」

 

アリーナでぶつかり合う白と紅。

右手の空裂が雪片を弾き、左手の雨月が横薙ぎに一夏の纏う白式雪羅を薙ぐ。

身体を反らすが、完全回避と行かずに胸元を掠めてSE(シールドエネルギー)を減少させる。

普段の一夏ならば、ここで一旦距離をとるものだが、今日の彼はどこか変だった。そう見ていた友人は語るほどに。

左手の複合兵装である雪羅からレーザークローを展開し、疑似二刀流で相対する紅椿を纏う箒に斬り掛かる。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

彼の剣捌き。

一番の得意剣術である居合は鞘が無い都合上使用できないが、それでも速く、そして美しさすら感じられる程に洗練されたものだ。それは剣舞を基盤とした篠ノ乃流を組み込んだと彷彿される程に、見る者の眼を惹き付ける。

だが今の一夏にはその剣舞を舞うような美しさも繊細さも、微塵と感じられないほどに荒く、そして雑だった。

 

「…ふんっ!」

 

雪片もクローも、何の苦無く捌く、躱す。

精密さの欠けた、まるで獣のような剣術など、いくら紅椿に慣れきっていない箒でさえ、見切ることなど造作も無かった。

返しとばかりに斬り返した事でガラ空きになった一夏の腹に、重い蹴りを放つ。

吹き飛ばされながらも、何とか体制を整えた一夏は雪片を構え直した。

 

「がっ!?…くっそ…!零落白夜!」

 

上手く当たらないからと逆上し、諸刃の剣を使用し始めた。

クローと零落白夜。その双方を同時に使用していることで、白式のSEはもりもりと無くなっていく。

 

「ハァァァァァッ!!!」

 

「…雨月。撃ち貫け。」

 

左手のブレードを突き出したことで、刃にソードスキルにも似た淡い光が纏う。

瞬間、まるで拡散レーザーのような赤い閃光がランダムな照準で発射され、一夏に降り注いだ。

 

「くっ、そぉっ…!!」

 

レーザーのようなエネルギーを切り裂くことの出来る零落白夜で、眼前に迫る雨月のレーザーを打ち消していくが、その度にただでさえ悪い燃費によって削られるSEの減少が加速していく。

こうなったら、と、雪羅をシールドに切り替えて、それを傘のようにして雨月のレーザーの雨を突っ切っていく。

一撃

一撃入れれば決着が付く。

イグニッションブーストによって吹かしたスラスターから、エネルギー粒子が舞い散り、一気に箒へと肉薄した。

 

「もらっ……っ!?」

 

勝利を確信して、零落白夜を発動した雪片を横薙ぎに振るう様に構えていたが、箒が消えると同時に腹部に衝撃が走る。

ハイパーセンサーによって箒の位置の把握は容易だった。

既に、背後へ切り抜けていた。

恐らく、剣道の技の一つである抜き胴により、一夏の腹を切りつつ、背後へ抜けたのだろう。

 

「まだ…っ!?」

 

振り返り、反撃しようとしても、白式の動きがガクリと無くなってしまう。

雪片の零落白夜も、雪羅のシールドも、その光を失い、スラスターからのエネルギーも枯渇し、徐々に加工していく。

視界の端にあったSEは…既にEMPTY(枯渇)の0を表示していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、一夏…な、何なのよさっきの戦いは!?見てらんないじゃないの!?」

 

「うん、ボクも鈴の言うことには同感だよ。…剣術の素人のボクの目からしても、今の一夏の剣は荒々しいっていうか…」

 

「…一夏…どうしたのだ?お前が手合わせして欲しいと言うから戦ってみれば…。」

 

アリーナの隅で、ISスーツのみになった一夏と箒、そして観戦していた鈴とシャルロットが集まり、先程の戦闘について思うところがあったらしく、それぞれが意見を出し始める。

 

ALOからログアウトし、シャワーを浴びた一夏は、食堂で軽く食事を済ませていると、3人と鉢合わせた。

聞けば、これから昼辺りまでISで自主練をするという。モヤモヤとしていた一夏は、身体を動かしてスッキリしてみようと、その自主練に参加を申し立てた。

一夏に思いを寄せる3人は、これを断るハズもなく、寧ろ『歓迎しよう、盛大にな。』と言わんばかりに受け入れてくれた。

だが…

 

結果はご覧の有様である。

本来の太刀筋とは程遠いまでの一夏のそれは、剣道で全国レベルの箒にことごとくあしらわれ、物の見事に敗北してしまった。

そして一夏らしからぬ雑な剣技は、3人に違和感を持たせるには充分すぎる程であった。

 

「悪ぃ…、ちょっと…雑念でも入っていたみたいでさ…。」

 

「…確かにお前の剣技は、純粋に目の前の戦いに入り込んでないように感じたな。…むしろ、心ここにあらず、というのか。」

 

剣は己の心を写す、と言うが、剣の道を進む箒には、直接彼と試合ったことで、より鋭敏に感じたのだろう。

勿論、…恐らくはこの中で一番付き合いが長い、と言うのもあるが…。

 

「…昨日までは何も無かったのにね。なにかあったの?」

 

「………。」

 

「黙ってちゃ解んないでしょ?…解決できるか解んないけど、相談くらいには乗るわよ?」

 

友人が自分を案じてくれている。

それはとても優しく、甘美な言葉だ。

 

「いや、何でも無いさ。ちょっと長い間ログインし続けたからさ、それで寝不足なのかな。それで変にハイになってるんだよ。」

 

「あんた…こんだけ心配させてゲームのしすぎが原因ってオチな訳?」

 

「全く…節度を以て時間を決めてやれとあれほど言ったにも関わらず、一夏、お前という奴は…。」

 

「でも、珍しいね。そこまで深くやり過ぎること、一夏、今までなかったのに?」

 

「俺だって…そう言うときくらいあるさ。…滅多な事ではしないけどな。」

 

こればかりは事実だ。

昨夜の夕食も省いて、ユウキ達の願いのために奔走して、喜び合って、気付けば朝だ。

向こうで少し寝たとは言え、遊んでいた時間が長いので、事実夜更かしと言うことになるだろう。

 

「次はもう少しマシな戦いをして見せるさ。鈴、次の相手、頼めるか?」

 

「べ、別に良いけど…その代わり、無茶だけはするんじゃないわよ。」

 

「わかってるよ。」

 

今はただ…身体を動かして、この胸の変なモヤモヤを取り払いたかった。

…しかしそんな時に、白式のプライベートチャンネルに、匿名からのメッセージが入る。

 

「悪い、ちょっと待っててくれ。」

 

甲龍(シェンロン)を纏い、上空で一夏を待つ鈴に少し断りを入れる。

メールのようなこの機能は、今まで使う必要が無かったのだが、ここに来て名も名乗らない人間からのメッセージと言うのは、余り良い予感はしない。

しかし気になる。

 

「…誰からだ…?プライベートメッセージなんて…。」

 

まるで仮想世界にいるような感覚で指をスライドさせて、そのメッセージを開封する。

 

『ユウキについて話がある。1200に○○港3番倉庫へ来い。』

 

ユウキ

その言葉にビクリと背筋が張った気がした。

ユウキとイチカ、その友好関係について知る者はいないはず。ましてやリアルで織斑一夏=イチカであることを知る人物は、SAO帰還者学校にいる一部のメンバーのみ。そして彼等、彼女等はISを所持しておらず、IS所有者のみが扱えるプライベートメッセージを送信することは出来ない。

…だが、ユウキについての話に、冷静さを欠いている一夏が食い付かないはずもなかった。

 

「悪ぃ!急用が出来た!鈴!模擬戦はまた今度な!箒もシャルも、付き合わせて悪かった!」

 

返事を聞く間もなく背を向け、急ぎアリーナを駆け出る一夏。その背を見て、3人は呆けるしかなかった。

誰が差出人なのか

なぜユウキを知る人物がISを所有しているのか

そんな疑問はかなぐり捨てて、一夏は急ぎ学園を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

潮の香りが充満し、潮風によってそこらかしこにサビが目立つ古臭い鉄製の倉庫。

とは言え、使用頻度は少なくとも、使用している企業はあるらしく、一夏を乗せたタクシーと入れ替わりに、4tトラックが敷地から出ていくのが見えた。

タクシー運転手には、なぜこんな寂れ掛けの倉庫に行くのかというような怪訝な目を向けられたが、切羽詰まった一夏の目に押され、唯ならぬ事態と察したのか、急ぎ車を走らせてくれた。

 

「…えらく古いトコに呼び出されたもんだな。」

 

タクシーが走り去り周囲を見渡せば人一人おらず、遠巻きに車のクラクションや、波が港のコンクリートにたたきつけられる音が響くだけ。

不気味

その言葉に尽きるまでに。

一夏がこうして姿を現せども、メッセージを送った相手は待ってはいない。時計を見れば11時50分。10分前集合は厳守できたはずだ。

 

「…おぉい!!誰が呼び出したか知らないが、来たんだから姿ぐらい現せよ!!」

 

何が、誰が出て来ても良いように、ガントレットにしている白式をいつでも起動できるように構える。

大声で呼び出した割には何も返してこず、一夏の声が空しく木霊するだけだ。

…悪戯か?…いや、ISを使ってまで呼び出したのだ。なんらかの接触は…。

 

「ふん、一人で来るとは…お前に危機感と言う物は存在し得ないのか?能天気というのか、間抜けというのか……はたまた阿呆か?」

 

ぐさぐさと突き刺さる物言いが、一夏のメンタルに対して的確なダメージを入れてくる。

…この声…仮想世界で聞いたときもそうだが、現実(リアル)でも聞いた覚えがあった。

…そう、

 

「お前……亡国機業の……M…!」

 

忘れもしない、姉と恐ろしいまでに似た顔を持ち、自身を恨み、命を奪わんとしている少女だ。

黒いフードに、黒のジャケットに黒のパンツ。

………………自身の親友を彷彿されるようなチョイスだ。

 

現実(こちら)では…久方ぶり…か。だが仮想世界(あちら)では数時間ぶり、と言ったところだな。」

 

「今になって気付いたが……やっぱりお前は…」

 

「……今頃気付くか。鈍いな。…そうだ、私が『マドカ』だよ。」

 

つい朝方まで仮想世界で共に過ごしたフレンドが、自身の命を狙っていたテロリストだった。何も知らぬとは言え、そんな相手と時間を共にしていたことに、一夏は驚愕を隠し得ない。

だが、ここは現実。

相手が…いつISを展開してくるかはわからない。

彼女の実力の高さは身に染みている。

勝てる可能性は極めて低いだろう。

しかし…

 

「…何をそんなにいきり立っている?」

 

「は……?」

 

「私はメッセージに載せたろう?ユウキについて、だ。」

 

「…ユウキ…だと…?」

 

「そうだ。軽く、だがな。ALOのサーバーにハッキングをかけて、ユウキのアカウントを調べ上げ、そしてアクセスポイントがどこにあるか突き止めた。」

 

「ハッキングって……違法だろ?」

 

「私にとっては、その程度は子供の悪戯程度の悪さでしかない。」

 

「威張るところでもないんじゃ…。」

 

…こんなキャラだったか?とても自身の命を狙った少女かと思うが…

 

「…まぁ詳しい話は道中話すとしよう。」

 

そう言って少女…マドカは倉庫の影から、大型のバイクを持ち出してきた。それにさも当然のように跨がり、自身のヘルメットを装着する。色は服装に合わせてメタリックブラックで統一されており…、ここまで黒にこだわるとなるとガチのようだ。フードはというと消えており、もしかしたらISの拡張領域にでも格納したのかのもしれない。

 

「…乗れ。」

 

もう一つのヘルメット(白)を投げ渡し、後ろに乗るように言う。

全く状況が読めない一夏は唖然とする中、苛立ってきたマドカは声を荒げ始める。

 

「ユウキに逢いに行くのだろう…!だったら呆けてないでさっさと乗れ阿呆!」

 

「アッハイ。」

 

…こう言うところまで千冬姉そっくりだなぁ…。

そんな思いが駆け巡りつつ、一夏はマドカの後ろに跨がり、ヘルメットを装着する。

 

「…良いか?腰に手を回していれば良い。……もし変なところを触ったら……」

 

「さ、触ったら……?」

 

ドスの効いた声で言うマドカに気圧され、ゴクリと一夏は固唾を飲み込む。

 

「ユウキに言いつけてやる。」

 

端から聞けば、特に何も無いような物だが、一夏にとってはこの上なく恐ろしいことに思えて仕方なかった。

 



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第19話『ユウキの元へ』

高速道路を真っ黒な服を着たライダーが駆る、これまた真っ黒な大型バイクが、道行く車の間を縫うように駆け抜ける。

物の見事にごぼう抜きしていくその素早い様は、まるで台所に潜む黒い生命体Gを彷彿させるほどだ。

 

「なぁ?」

 

「…なんだ?」

 

「そろそろ…ユウキの事について話してくれても良いんじゃないか?」

 

港を出発して高速道路に乗るまでは、会話のカの字もなかった二人だったが、渋滞を抜けて車道が空いてきたタイミングを見計らってか、一夏がマドカに問いかける。

 

「…今、私達は横浜に向かっている。」

 

「横浜?…何だってそんな遠いところに?」

 

「そこがユウキの居場所だと突き止めたからに決まっているだろう。」

 

「…それもそう、か。」

 

「あと、だ。お前、メディキュボイド…そんな単語に聞き覚えがあるだろう?」

 

「あ、あぁ。誘拐の怪我の治療で使わせて貰ったらしいな。…それが原因でSAOに行くことになったんだ。」

 

「今から向かう…横浜港北総合病院は、お前が使用していたメディキュボイド。その試作2号機が臨床試験されている場所…そして、お前がSAOに囚われている間、入院していた場所でもある…だろう?」

 

「……そこまで調べていたのか?」

 

「…自身が排除すべき相手のことを調べるのは、常套手段だ。情報を制する物が、戦いを制する。」

 

伊達にテロリストをやっているわけではないらしい。あらゆる国家の情報を集めて、その上で如何に効率よく介入するかを心得ているあたり、さすがのプロ意識と言ったところか。

 

「でも…病院?メディキュボイド?…それとユウキが何の関係があるんだよ?」

 

「………それは行ってみればわかるはずだ。」

 

「お、おい、勿体ぶらなくても…」

 

「飛ばすぞ、精々振り落とされるなよ?」

 

「えっ?うわっ!?」

 

マドカがアクセルを捻ったことで、飛ばしていたバイクが更なる加速を遂げる。

メディキュボイドとユウキの関連について問うたとき、マドカの声に若干ながらも影が落ちた。

…病院、と言うだけでも良い予感はしない。更にメディキュボイドともなれば、どう言った物なのか…。

その覚悟を決めねばならない。

黙り込んでしまったマドカ、その雰囲気に飲まれて、一夏も口をつぐむしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

清涼感溢れる外観を横目に、マドカの運転する大型バイクは、病院来診者用の駐輪場のスペースを幅広く占拠しつつも、幸い午後の診察が始まる前に到着できたので難なく駐車できた。

マドカは二人分のヘルメットをバイクの収納スペースに仕舞い込むと、次は懐から黒いサングラスを取り出して装着する。…もはや亡国機業ではなく、どちらかと言えば宇宙人対策エージェントのように感じてきた。もしかしたら、下着まで黒なのではないだろうか?

 

「な、なんでサングラスなんか…」

 

「この顔のお陰でな。素の顔では、どこぞの誰かの姉と間違われることが多いんだ。その為の予防策だよ。」

 

「なるほど、な。」

 

織斑千冬という人物は、今でもなお街ゆく人からは憧れの的であることが多い。

特に、日本の女性からすれば『憧れる女性ナンバーワン』に何年連続でトップになったか解らないほどである。なまじマドカは顔がそっくりなだけに、素顔で街を歩こうものならサインを強請られるし、男からは良くも悪くも変な目で見られるし、散々なものだった。そんなわけでバレにくいようにと、簡素ながらこうしてサングラスを掛けているわけだ。

…ちなみに男性からすれば『結婚しても釣り合いそうにない女性ナンバーワン』という、名誉だか不名誉だか解らないランキングにも常連だったりするので、それが彼女の男運のなさに拍車をかけているとかいないとか。

閑話休題

大きな総合病院らしい、これまた大きな両開きの自動ドアを抜けて、来診者がいないのでそこまでごった返していないエントランスを抜けて、受付へと二人は向かう。

 

「すいません。」

 

「はい。面会希望でしょうか?」

 

「あ、はい…そう、なんですけど。」

 

「………???」

 

少々煮え切らない返事の一夏に、二人居た受付の事務員が首を傾げる。

 

「面会、なんですけど、本名が分からないんで……。多分…15歳前後の女の子で、名前は…ゆうきって言うと思います…。メディキュボイドの…被験者で…」

 

そこまで来て、受付二人の表情が驚きに包まれる。

まるで、有るはずも無い、来るはずもないものを見てしまったかのような…。

 

「失礼ですが…、お名前は?」

 

「あ……織斑一夏です。」

 

「…織斑……マドカ。」

 

(は?ちょ…えっ?)

 

(黙ってろ。…私とて不本意だが、苗字もナシに面会はマズいだろう?…この場だけだが、お前は私の…その、だ、兄としておいてやる。そうすれば違和感はないだろうが。)

 

(…それもそう、か。)

 

いきなりのマドカの案に少々戸惑いはした物の、理には適っているのでそれ以上は言及しなかった。

 

「す、すいません。直ぐに係の者を呼んで参ります。掛けてお待ち下さい。」

 

そう言うだけ言って受付の一人が慌ただしく、恐らく医師の詰め所に向かってだろう、掛けていった。

残された二人は、掛けて待てと言われたので、そうする以外になく、言われたままに待合の椅子に座って待つことにした。

 

「……なぁ?」

 

「…なんだ?」

 

「何でそんなに距離をとってるんだよ?」

 

5人ほど腰掛けることが出来る長椅子にも関わらず、一夏は右端、マドカは左端と、物の見事に両端に着する事になってしまった。先に座ったのは一夏なので、マドカは意図的に離れて座ったことになるわけで。

 

「この場だけは兄妹なんだろ?そんなに離れてちゃおかしくないか?」

 

「…不仲の兄妹という設定にしておけば良いんじゃないか?」

 

「でも…その、もっとこう…フレンドリーに、だな…」

 

「おい、織斑一夏。」

 

低く、そして冷たい声に思わず一夏は口を閉じてしまった。

横を見れば、どこまでも冷たく、まるで命を何とも思っていないような眼で、マドカは自身を睨んでいたのだから…。

 

「今回はユウキの件もあって貴様に手を貸してやった。しかしユウキという接点がなければ、今この場で貴様の息の根を止めてやっても良いんだ。……つまり、私とお前はそんな間柄でしかない。そのことを努々忘れないようにしておけ。」

 

「……わかった。」

 

必要以上に馴れ合う必要も無ければ、馴れ合う事もない。

マドカにとって今回は特別も特別なのであって、今回の件が終われば、また亡国機業コードMとして、白式を…そして一夏の命を狙う。その日々に戻る。その間に余計な情など入る余地もないのだから。

 

「すいません。お待たせしました。」

 

2人の間に少々ぴりぴりとした空気が流れる中に、新たに男性の声が割って入る。

受付の一人が駆けていった方向から、眼鏡を掛けた…三十代ほどの白衣を纏う男性が、やわらかな笑みを浮かべてこちらに歩んできていた。

 

「僕は倉橋と言って、紺野 木綿季さんの主治医をしています。」

 

その男性に…一夏は見覚えがあった。…いや、忘れよう物か。

 

「お久しぶりですね。一夏君。大凡…9ヶ月ぶり、でしょうか?」

 

「そうですね、倉橋先生。あの時は…お世話になりました。」

 

「…どういう、事なんだ?二人は…知り合い、なのか?」

 

1人、一夏と倉橋医師の間柄について知らないマドカは首を傾げるばかりだ。…どうやら、一夏とユウキ改め、木綿季の入院している病院は調べていても、その人間関係までは調べていなかったらしい。

 

「俺が…メディキュボイドでの再生治療を受けたときの主治医の先生。それが倉橋先生だったんだよ。…そのあとも、リハビリとか熱心に付き合って下さったんだ。」

 

「そう、だったのか。…倉橋医師、不出来な兄が迷惑をおかけしました。」

 

ペコリと、社交辞令なのだろうが、さり気なく一夏をディスって挨拶するマドカに、ディスられた本人は顔を引き攣らせる。

 

「いえいえ、一夏君はリハビリも頑張っていましたし、凄い回復力と努力を見せてくれました。その姿は沢山の患者さんの発破となったので、こちらとしても助かっていましたよ。…しかし…一夏君や千冬さんに、このような可愛らしい妹さんがいたとは…いやいや、一夏君も隅に置けませんね。」

 

「は、はは……口と性格に刺があるのが玉にきずですけどね。」

 

そこはかとなく、さっきのディスりの仕返しをしてみたところ射殺せそうな目で睨まれたので、これ以上言わないようにしておくことにした。

 

「まぁ立ち話も何です。何か飲み物でも飲みながら…話をしましょう。積もる話も、色々ありそうですので。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「木綿季君がね、もしかしたら近々『いちか』と言う人が訪ねてくるかも…そう今朝聞きました。…ALOで何があったのかはわかりませんでしたが…若干涙声でね。さしもの僕も驚きましたよ。…ただ、訪ねてくるかも、と言われた当日、それも数時間後に来られるとは想いもしませんでしたので。」

 

苦笑しながら、倉橋医師はカップに注がれたコーヒーを口に含む。

2階にある面会者、そして患者の憩いの場であるスペースの一角に3人は腰掛けて、話を進めていた。

 

「しかし…木綿季君の言っていた『いちか』と言うのが、まさか一夏君。君のことだったとは、よくよくこの病院に縁があるみたいだね。」

 

「は、はは…、病院に縁がある、というのは喜んで良いやら悪いやら…。」

 

「しかし、木綿季はそれほどまでにいち……兄のことを先生に話していたのですか?」

 

「えぇ、それはもう一夏君の事ばかりですよ。…ただね、彼女は…君のことを話すと…そのあと決まって泣いてしまうんですよ。…決して…自分のことで弱音を吐かない子なんですが……。『もっと仲良くなりたい。』『でもなれない。』『会いたい。』『でももう会えない。』そう言うんです。」

 

「…なぜ、会えないんですか?」

 

「…これは、メディキュボイドという装置の…ケアの内で、最も期待されている分野…それが関係しているのだろうな。」

 

腕と足を組み、険しい表情をしていたマドカが閉じていた口を開く。

倉橋医師が言わんとしていること、それを言い当てたことに、倉橋医師自身も目を丸くして驚いていた。

 

「マドカさん。貴女は…ある程度、木綿季君の症状について予想が付いているよう、ですね?」

 

「えぇ。」

 

「ど、どういうことなんだマドカ。」

 

「今日の朝…ALOの剣士の碑…そこでユウキは、自身の名前が刻まれた碑を見て…小さな声でこう言ったんだ。」

 

『これで、…もう……何も…思い残しは……。』

 

聴力の秀でたケットシーだからこそ拾えたほどの小さな音声だった。最初こそは聞き間違えかと思ったが、今回の件でユウキの事を調べれば調べるほど、その言葉が聞き間違えていなかったことに衝撃を受けた。

 

「…つまり、この言葉から…ユウキは自身の身体の事を語っていることを踏まえ、メディキュボイドのこれから期待されるケアを照らし合わせると…答えが導き出された…。…『ターミナル・ケア』…日本語で言えば『終末期医療』。」

 

「終末…期……?」

 

終末期医療とは、まさしく読んで字の如く、末期患者に行われる医療のことだ。終末期の患者に対して身体的・精神的苦痛を緩和・軽減することによって、人生の質であるQOL…つまり、クオリティ・オブ・ライフを維持・向上することを目的として、緩和医療に加え、精神的な側面を重視した医療措置。

…つまり、マドカ、そして倉橋医師の言わんとすること、そして木綿季の病状は…一夏に重く、そして鋭く響いた。

 

「じゃあ……木綿季は……!」

 

「…それに関して…貴女方が望むのならば、総てを伝えて欲しいと木綿季君は言っています。…しかし、後になって、聞かなければ良かった…踏み込まなければ良かった。…そう思うかも知れません。でもたとえそう思ったとしても、誰もお二人を責めはしません。恐らくは…木綿季君は…そんな想いをさせたくないからお二人の前から姿を消したのだと僕は思います。」

 

辛い思いをさせたくないから

仲間に涙を流させたくないから

だから…彼女は消えた。

だが…あの時、消える寸前に見せたユウキの涙。

それは一夏…イチカの網膜に焼き付いて離れない。

底なしに明るい彼女が見せたあの涙は、一夏にとって辛い物だった。

だからこそ…一夏はあの涙の意味を知りたい。

そして許されるのなら…出来るのなら、傍で寄り添いたい。

欺瞞と呼ばれるかも知れない。

偽善と呼ばれるかも知れない。

だが…一夏にとって、ユウキの涙は耐え難いものであることに変わりなかったのだ

…だからこそ。

 

「…いえ…続けて下さい。お願いします。俺は…俺達は、その為にここに来たんです。」

 

その目に一切の迷い無く、そして固い決意の元に、一夏はそう切り出した。

 



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番外編『そーどあーと・おふらいん』

シリアスばっかりなので息抜きに投下。
キャラ崩壊、都合上ながら台本形式、並びにカオス空間注意報。




シノディシ、現る。


アスナ「ニュースヘッドラインです。

 

リアルの事情により2週間ぶりにアルヴヘイム及び新生アインクラッドに姿を現した絶刀と呼ばれるインプのプレイヤーは、最近噂になっている絶剣と24層の小島エリアでデュエルを行って激闘、激戦を繰り広げました。結果は絶剣の勝利。決め手は渾身の力を込めた平手打ちが、クリティカル判定の頭部に直撃。絶刀は奮闘空しくリメンライトと化しましたが、なぜか彼の戦い振りが賞賛されることはなく、逆に女性陣から大変大きな顰蹙(ひんしゅく)を買ったそうです。…何をやらかしたか…とても、と・て・も!気になりますね!……何やってんのよイチカ君ボソッ…以上!ニュースヘッドラインでした!」

 

 

そーどあーと・おふらいん

Ver.君描編

 

アスナ「皆さんこんにちは、そーどあーと・おふらいんの時間です。解説の、アスナです。」

 

キリト「同じく、キリトです。」

 

アスナ「このコーナーでは、ツッコミどころ満載のインフィニット・ストラトス並びにソードアート・オンラインの二次創作クロス、インフィニット・ストラトス~君が描いた未来の世界は~を解説していったり、ツッコミを入れていったりするコーナーです。」

 

キリト「…なんか台本にヤケクソが入ってないか?」

 

アスナ「し、仕方ないでしょ?こう読めって、書いてあるんだもん。」

 

キリト「…台本にある以上…しかたない、か。」

 

アスナ「うん!仕方ない!仕方ないの。……でもでもキリト君、私達、ここに来て久しぶりにようやく出番が来たね!」

 

キリト「そうだな。俺達はどっちかというと裏方だからな。」

 

アスナ「それに、ね?キリト君と…その…二人っきりの時間が描かれてなかったから…、こ、こう言う場所でもいいから…ゆっくりしたいなぁって…」

 

キリト「アスナ…」

 

アスナ「キリト君…」

 

キリト「アスナ…!」

 

アスナ「キリト君…!」

 

キリト「アスナァッ…!」

 

アスナ「キリト君ッ…!」

 

ユウキ「え?ナニコレ、以下エンドレス?」

 

イチカ「まぁ二人の発作みたいなモンだ。…と、とりあえず!そーどあーと・おふらいん、スタートです!」

 

キリト「アァスゥナァァァッ!!」

 

アスナ「キィリィトォくぅんッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

そーどあーと・とりびあ

 

ユイ「イチカさんのユニークスキル『居合』は、その名の通り、刀を鞘から抜刀するスタイルです。攻撃速度にシステムアシストが掛かって高速の剣戟が放てるのが最大の特徴ですね。反面デメリットとして、ソードスキルは納刀しないと発動できないので、Mob戦はともかく、対人戦においてはソードスキル発動の合図になってしまうので要注意です。…でもでも、居合とか抜刀術って、どことなくロマンを感じますよね!私もやってみたいです!……神速の抜刀術!飛天御剣流!天翔龍(あまかけるりゅうの)(ry」

 

 

 

 

 

アスナ「え、えぇ~~…先程はアレな所を見せてしまいまして、この場をお借りし謝罪いたします。申し訳ございませんでした!」

 

キリト「ホントに…ホンットーにすいませんでしたぁ!」

 

アスナ「え、えっと、じゃあ改めてゲストの方、もう出ちゃいましたけど、どうぞ~!」

 

イチカ「どうも~…、絶刀ことイチカで~す……。」

 

ユウキ「絶剣ことユウキで~す………。」

 

キリト「どうしようアスナ。ゲスト二人からの視線がすっごく冷たいんだけど…。」

 

アスナ「キリト君ッ!ここはスマイルよ、スマイル!」

 

キリト&アスナ「にぱ~☆」

 

???「おぉっと!それは(ぴー)(自主規制)さんのスマイル音だぜぃ!」

 

ズドォン!!←ニンジン型ミサイル投下

 

キリト「ぐわぁぁぁあああ!!」

 

アスナ「キリト君が死んだ!!」

 

全員『この人でなし!!』

 

???「だって天災だしぃ~☆」

 

アスナ「とまぁオチが付いたところで!DVDやBlu-rayの特典映像で出ているユウキは言わずもがなだけど、イチカ君はここは初めてなんだよね?」

 

キリト(お、俺の扱いって…)

 

イチカ「うっす。不肖イチカことワンサマー、ゲストとして精一杯やらせて頂きます!」

 

ユウキ「イチカ、分からないことがあったらボクに相談してね!何でも答えちゃうよっ!」

 

イチカ「ホントか!?じゃあGGOで有名だったって言う、銃弾を切り裂く女の子アバターについて」

 

キリト「いやいやいやいや!そこはちょっと話題を変えませんかイチカさん、そんで答えないでユウキさん!」

 

ユウキ「えっとねぇ~?」

 

???「そこから先は私が説明するわ。」

 

アスナ「おぉっと!ここで飛び入りゲストの登場です!!」

 

イチカ「あ、アンタは!あの時のケットシーアーチャー!!」

 

アスナ「シノのん!」

 

シノのん「シノのん……あぁ…この響きは実に私に合って……って!アスナ!紹介の時ぐらいちゃんと名前で呼びなさいよ!」

 

アスナ「あはは、ごめんね。イチカ君紹介するね。朝田詩乃ことシノン。GGOからコンバートしてきた新しい仲間だよ。」

 

シノン「よろしくイチカ…で良いかしら?同い年らしいし、私もシノンで構わないわ。」

 

イチカ「あ、あぁ、よろしくなシノン。」

 

シノン「ホント、この瞬間までどれだけ掛かってるんだか。ねぇ?」

 

イチカ「へ?」

 

シノン「本編2話で、後で紹介する~とか言いながら、紹介もないまま攻略ギルドの足止めにチョロッと出て、今の今になってようやく名乗れたのよ?…どうなってんのよこれ。」

 

アスナ「あ、あはは……えっと…カンペ『ストーリーを進めるのに急ぎすぎてました。』だそうよ。」

 

シノン「はっ…!まぁ確かに?GGOが終わって、エクスキャリバー取りに行くまではメイン張ってたわよ。…今回だってマザロザなんだしユウキがメインよ?私の出番も激減してるわ。…でもだからって…」

 

ユウキ「シノン、逆に考えるんだ。」

 

シノン「逆?」

 

ユウキ「攻略ギルド足止めの時に本来出番があるのは、キリトとクラインだけだよ?逆にそこでシノンの出番があって良かったと考えるんだ。」

 

シノン「う~~ううう、あんまりよ…。」

 

全員『へ?』

 

シノン「H E E E E Y Y Y Y あ ァ ァ ァ ん ま り よ ォ ォ オ ォ A H Y Y Y ! A H Y Y Y !WHOOOOHHHH!!わたしィィィィのォォォォォでばぁぁんがァァァァァ~~~!!」

 

アスナ「あっ!シノのん!!」

 

ユウキ「行っちゃった…、もしかしてボク、禁句を言ったかな?だったら悪い事しちゃったなぁ…」

 

アスナ「だ、大丈夫よ。シノのん、悪い子じゃないから。」

 

イチカ「この前の礼もかねて、詫び入れとくよ。」

 

ユウキ「ダメだよイチカ、傷を抉るのと一緒だからさ。」

 

アスナ「そ、そんなわけで、そーどあーと・おふらいん。今回はこの辺で~!」

 

イチカ「…結局、GGOの女の子アバターって誰だったんだ?」



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第20話『紺野木綿季の過去と後悔』

お気に入り300件突破!ありがとナス!

今回、木綿季の過去、そして一夏と木綿季の接点になります。
少々こじつけと無理矢理感は否めないかも知れませんが、お願いします。


紺野木綿季がメディキュボイドの被験者となったのは、今から4年前のことだった。

出産時に難産であったため、帝王切開を行った際の輸血。それが紺野一家の運命を変えたと言っても過言ではない。その輸血用血液に潜んでいたHIVウイルス。それによって木綿季の母は勿論…お腹の中にいた木綿季…そして双子の姉である藍子を感染させ、そしてその病魔は父親にまで手を伸ばしていた。

時が経ち、紺野一家がHIV感染者だと知るや否や、近所や親類、木綿季や藍子の通っていた学校関係者までも白い目で見始め、学校で二人は陰湿な虐めを受けた。そして…後天性免疫不全症候群…AIDSを発症してしまう。木綿季と藍子の生誕時より紺野一家を診てきた倉橋医師曰く、虐めなどのストレスが発症の引き金になったのだろうという。

そして両親に先立たれた矢先、木綿季と藍子に一つの提案が舞い込んできた。

メディキュボイドの被験者

世に売り出されたナーヴギア、その技術を活かして制作された医療機器。

二人の感染しているHIVは薬物耐性型であったために、投薬治療には身体には副作用による耐え難い苦痛が伴ってしまう。そこで意識を仮想世界へダイブさせ、身体の痛覚をシャットアウトさせるメディキュボイドの使用が提案されたのだ。

それまでの投薬で、辛い思いをしていた二人はその案をのんだ。

仮想世界からマイクを通して倉橋医師とのモニタリングを行い、木綿季は姉の藍子と共に、ナーヴギア対応のフルダイブ対応ゲームの世界を駆け回った。

時には剣士

時にはパイロット

時には魔法使い

そしてまたあるときは……虫(!?)

奇想天外ながらも、現実で体験できない日々に二人は心を躍らせ、そして存分に楽しんだ。

その過程で、自身と同じように不治の病や難病に冒され、余命幾ばくも無かったり、治療の目処が立たない人々と出会って、彼等とも沢山の世界を渡り歩いた。

虐めや迫害

そんな物とは無縁で、ただただ自由で、無菌室と比べるべくもないほどの広々とした世界だった。

 

…だが

 

病魔とは切っても切れないもので縛られていることには目を背けることは出来ず、一人…また一人とその()を迎え、別れていった。

いつの日か終わる旅。

その時は皆に等しく迫ってきていた。

そしてそれは…

メディキュボイド被験者となって1年後…最後の家族で、姉である藍子の命をも奪ってしまった。

 

途方もなく、そして耐え難い孤独感が木綿季を駆け巡った。

仮想世界の友人はいる。しかし家族は…もう誰も居なくなってしまった。

一時的に現実へ戻り、弱り掛けた身体で、物言わぬ姉の身体を見送った時、それはより深く木綿季に思い知らせてきた。

 

深く、深く心に闇を落とした木綿季は、メディキュボイドの内部に設けられたマイスペースに閉じこもる日々が続いた。

持ち前の明るさは鳴りを潜め、眼に光は灯らず、ただただ絶望に身をやつしていた。

 

そんな日々がどれ程続いただろう?

飲まず食わずでも、現実の身体には栄養点滴が投与されているので餓死することはない。しかし病は気からという言葉もあるように、塞ぎ込んだ木綿季の身体は目に見えて弱ってきてるようだった。

 

そんな…時だった。

 

「姉ちゃん…パパ…ママ……」

 

もう枯らしたであろうはずの涙が、未だ止め処なく溢れて木綿季の頬を流れ落ちる。データである今の彼女から流れる涙もまたデータなので、その流れは留まることを知らずにいた。

 

「…なぁ?」

 

そんな彼女に、聞こえるはずもない声が聞こえた。

その声は、メディキュボイドと現実の隔たりを越えるためのマイクを使用したような声ではなく、まるで肉声の…それも少年の物だった。ここはメディキュボイドの内部。その中に入るには、近隣の部屋にある、メディキュボイドに接続するためのランチャーが入ったナーヴギアを使用するか、もう一機のメディキュボイドを使用する以外にない。

 

「ここ、どこなんだ?」

 

「…メディキュボイドの中。」

 

「メディキュボイド…?」

 

「簡単に言えば…医療用フルダイブ機器。」

 

「へぇ…ニュースで聞いてたけど、これがそうなのか。」

 

初めての経験なのか、声の主…聞くからに歳も若く、未だあどけなさが残っていそうな物だ。しかし、木綿季はそんな声にも興味を示すことなく必要最低限の受け答えをする。

 

「俺、確かドイツにいたのに、いきなり暗いとこに居るんだから混乱しちゃってさ。正直教えてくれなかったらパニックになってたかも知れない。ありがとな!」

 

「………。」

 

いつもなら、『どういたしまして!』と満面の笑みで答えるはずが、今の木綿季にそんな気力は無く、無言のままだ。

…しかし、今木綿季は思った。

今、彼は…一つ気になることを言っていた。

意識を失って、気付けばここにいた、と。

前述のダイブ方法の内、ナーヴギアを使用する方法は、意識がなければダイブ出来ない。ダイブするためには、『リンク・スタート』という言葉をスイッチに、意識を仮想世界へ誘う。

しかし声を発することが出来ない意識不明の状態なら、一体どこからダイブしているのか…?

それは…この病院に設けられているもう1台のメディキュボイドだ。

つまり…彼は…

 

「姉ちゃんの…姉ちゃんの使ってたメディキュボイドを使ってる、の…!?」

 

「へ?姉…ちゃん…?」

 

「な、なんで…姉ちゃんは…死んじゃったのに…!なんで違う人が…ここに…!!姉ちゃんのメディキュボイドを…!」

 

木綿季にとって、最後の家族の藍子が使用していたメディキュボイド。彼女が死んで間もないというのに、別の人間が使っている。それが途方も無く木綿季を悲しみから怒りに走らせていた。

 

「で、出てってよ!!こ、ここに入って良いのは、姉ちゃんだけだ!!」

 

もはや悲鳴に近い声だった。

立ち上がって、流れる涙を隠そうとも、そして拭おうともせずただ叫んだ。

物があったら投げつけていただろうほどに、木綿季は激情に埋め尽くされていた。

今となっては八つ当たり、そして理不尽な怒りだっただろう。

だが、深い悲しみに溺れていた木綿季は精神的に不安定になっており、正常な判断が出来ずにいたのだ。

 

「出てって!出てけよ!」

 

「…ぁ、…その…ごめん、な?そんな場所って…知らなかったから、さ。」

 

彼自身も、いきなり仮想世界に飛ばされて不安だったはず。

しかし、目の前の少女に拒絶され、戸惑いと悲壮感に埋め尽くされて、彼は踵を返して元来た道を戻って行った。

迷子になって、その先にようやく出会った人に拒絶されれば、再び襲い来る不安と絶望に耐えられない。…そんな仕打ちを、木綿季は彼にしてしまった。

 

「ボク…サイテーだ……」

 

誰も居なくなった空間で…ユウキは再び膝に顔を埋めて、自身への嫌悪感に涙するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから2年。

あれ以来、木綿季のマイスペースに彼が現れることは無かった。

何か関係があるのかは分からないが、あのやりとりの数時間後になって医師達がドタバタする音が遠くから聞こえていた。

何でも

『SAO患者は第二病棟へ!』

『ナーヴギアを外さないように留意しろ!』

『病室に着いたら、コード接続と点滴投与開始しろ!』

どうやらソードアート・オンラインというフルダイブRPGを利用した例の事件が起こっているらしく、その患者受け入れにドタバタしていたらしい。

そして…

メディキュボイド1号機

そこに接続されている彼も、何らかの事故で巻き込まれた。

そんな情報までも飛び込んできた。

もしかしたら、と木綿季に心当たりはあった。

木綿季のメディキュボイド2号機から1号機へと移る際の僅かな通信接続。その際に…彼はバグか何かでSAOに囚われたのではないか?何せ、ナーヴギアと同じ技術が使われているだけに、その可能性は有り得る。

…もし、あの時追い返さなければ?

…もし、あの時もう少し彼といたら?

そんな後悔が後々になって木綿季の頭を過ぎってきた。

SAOでHPを全損した場合、ナーヴギアによって脳を焼かれ、死に至るという。

メディキュボイドは、ナーヴギアよりも強い電磁パルスを発しているし、内部バッテリーはおろか、通電での稼働だ。バグとは言え、ナーヴギアでないにせよ、HP全損で脳が焼き切られない可能性はゼロでは無かった。

…ボクのせいだ。

ボクがあの時、もう少しでも冷静だったら。

そんな罪の意識に囚われながら…日々を過ごしていた。

そしてある日…嬉しげに倉橋医師から告げられた。

SAOに囚われていた人々が解放された、と。

嬉しい忙しさに、モニタリングに来る倉橋医師はずっと笑顔だった。

ふと、木綿季は倉橋医師に尋ねた。

 

『先生、姉ちゃんの使っていた1号機の人…は?』

 

『えぇ!彼も無事に戻ってきましたよ!今頃はメディキュボイドを外して一般病棟に移っているはずです。』

 

…よかった。

ただその気持ちでいっぱいだった。

聞けば、SAOに囚われていた一万人の中、戻ってきたのは六千人ほど。つまりSAOに関わって、四千人ほどが命を落としていた。

そんな過酷な世界で、彼は良く生き延びたものだ。

…しかし、その喜びと裏腹に、彼をSAOに追いやってしまったという罪の意識は消えなかった。

だからこそ…木綿季は彼の名を聞くことはなかった。

もう会わないだろう、彼の少年。その存在を忘れない。ただそれだけを胸に残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、運命とはかくも残酷で、そして悪戯のように引き合わせるのか。

彼が退院して、ほぼ9ヶ月。

ALOでイチカに藍子のことを指摘され、思い出して溢れ出る涙を隠すことが出来ず、逃げるようにログアウトしてしまった。

思えば自身を蝕む病のせいで、遠くない未来に命の灯火が消える運命。だからこそスリーピングナイツの皆と誓ったはずだった。

『必要以上に仲を良くせず、一定の距離を保つ』

と言うことを。

だがユウキはそんなことを忘れてしまうほどにイチカと…そして新しくフレンドになったマドカと過ごす時間は魅力溢れる物だった。

それに気付いたからこそ、ギルドの皆との誓いを思い出してしまった。

こんな思いをしたくないから、させたくないから、ある程度の距離を保とうとしていたのに…。

そして…彼女が二人の前から姿を消したその日の午後、ユウキ…木綿季に面会を希望する男女が現れた。

…よもやこんなに早く来るとは思わなかった。

でも…何故か来てくれると、そう予感していたのかも知れない。

そして、…今の現実の自分を見て…後悔するかも知れない。

でも、もしそれならそれで、これ以上関わらなくて済むなら…。

木綿季はそんな思いでいた。

 

 

 

…しかし、

 

 

 

メディキュボイドに備えられたカメラから、無菌室と廊下を隔てる分厚いガラス。その向こう側に、倉橋医師と立っていた人物を見て、後悔したのは………

 

 

 

木綿季の方だった。

 

 

 

 

ものの一分も見ていない顔だったが良く覚えている。否、忘れるものか。

メディキュボイド1号機…その被験者となっていたあの少年、その面影が色濃く残っていた。

あの時から背は伸び、身体や顔付きは大人っぽくなっている。

 

(こんな……ことって……!)

 

蘇るあの時の記憶。自身が命の危険を伴うSAOへと追いやってしまった少年が、そこにはいた。

 

(まさか……イチカが…あの時の…!?)

 

かくも運命の巡り合わせという物は残酷なのか。

イチカ…いや、織斑一夏の顔を見て木綿季はただただ言葉を失うだけだった。




なぜイチカのALOアバターをみてユウキは一夏のことを気付かなかったか?そんな疑問を持たれる方もおられるかも知れません。
理由については、ALOのアバターの顔などの設定についてはランダムなので、ユウキからしてみれば、たまたまそんな顔だったという認識なんです。
アバターの顔が現実と変わらないのはSAOから引き継いだ感じはありますが、確かALOはそんな感じだったと思います。
…違った、かな。


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第21話『後悔と懺悔』

前書きという名の番外編

例えばこんな君描

『進撃のアスナ』

第27層のボスに挑もうとするスリーピングナイツとイチカ。しかしそんな彼等を妨害すべく立ち塞がる攻略ギルド。彼我の数、その差は歴然で、文字通り数によって飲み込まんとする!
しかし、それに待ったを掛ける声があった!

「止めろぉぉぉぉ!!!」

迷宮区の通路の奥から響く少年の声。黒い髪に黒い服。傍らには白いナビゲーションピクシー。攻略ギルドでも有名なプレイヤー。

「キリトだ!」

「へっ!馬鹿め!返り討ちにしてやるぜ!」

幾ら手練のキリトが増えたところで、所詮はたった1人。それくらいなら問題ない。そう高を括った攻略ギルド。しかし。

「ん?」

目の良いケットシープレイヤーが、キリトの背後で動く影を見かけ目を凝らす。
そこにいたのは青の髪。
そして白の装束。
その手には細剣!

「げぇっ!?アスナだ!!」

「バーサークヒーラーだ!!」

「ヤベぇよヤベぇよ!!」

「てててて転移!!イグドラシルシティ!!」

そりゃもう蜘蛛の子を散らすように逃げ回った攻略ギルド。

「へ、へへっ!見ろよ!アイツら俺を見て逃げていったぜ!」

「い、いや、どっちかって言うと、キリトよりも先生を見て逃げてったような…」

「イチカ君、それ、どう言う意味?」

「ヒィッ!?」

結果、イチカとスリーピングナイツは無事にボスに挑めましたとさ。
めでたしめでたし!


倉橋医師に連れられて、病院の奥へ奥へと進み行く織斑兄妹。

その過程ですこしずつ、すこしずつ木綿季の過去について話し始める。

出生時にウイルス汚染血液によって感染したこと。

それは家族全員に蔓延したこと。

そこまで話したときに先導して歩いていた倉橋医師は、とある部屋の前でその足を止める。

 

『第一特殊機器計測室』

 

厳重なセキュリティ管理をされているらしく、倉橋医師は首掛けの認証カードを入口にあるパネルに翳すと、プシュゥという減圧音と共にその扉は開け放たれた。

入って直ぐに、さして廊下と変わらない通路。

しかし壁の片面はガラス張りになっていた。

 

「ここに…木綿季が?」

 

「えぇ。」

 

淡々と答える倉持医師は変わらず、二人の前を先導して開け放たれた扉を潜る。

物々しい部屋の名前に、メディキュボイド…そして終末期医療(ターミナルケア)

その単語の羅列が、医療にそこまで詳しくない一夏でさえ、嫌な予感という物をひしひしと感じていた。

 

「ガラスの先は無菌室になっていますので、入ることは出来ません。御了承下さい。」

 

一面に張られたガラス。その向こうを哀しげに見遣りながら、倉持医師は言う。

次いで、ガラスの向こう側に視線を向けた一夏とマドカは、その光景を見て言葉を失った。

 

 

 

か細い腕には幾つもの点滴の管が繫がれている痩せこけた少女。

そしてその頭の上半分は、壁や天井から伸びるコードに繋がれた巨大な機器が装着されている。

あの形状は…まさしく巨大なナーヴギアそのもののだようだった。

 

メディキュボイド

 

一夏が1年前まで繋がれていた…現国レベルで開発が急がれている、世界初の医療用フルダイブ機器。

 

「ユウキ…なのか…?」

 

ボソリと、消え入りそうな声で呟いたマドカ。

そしてユウキの姿に…一夏は1年前の自分の姿を重ねてみていた。

 

「…先生、ユウキの病状は…」

 

「……後天性免疫不全症候群…AIDSです。」

 

そこから、倉持医師は木綿季が話しても良いと言った内容を、ゆっくりと…話し始めた。

木綿季の過去

そして病状…

 

一つ一つ聞かされる度に、彼女の生きてきた過酷な生に、一夏は…マドカは、唯々黙って聞いていることしか出来なかった。

生まれ落ちてすぐに多剤併用療法での治療から始まり、学校や近所からのイジメ…

そして…家族との死別

天涯孤独となった彼女がどうすればあそこまで明るく振る舞う事が出来るのだろう…。

 

「そして…被験者となって以来、木綿季君はずっとこの中で暮らしているんです。」

 

「ずっと…というのは?」

 

「そのままの意味ですよ。現実世界に戻ってくることは殆どありません。今は苦痛の緩和の為に体感覚キャンセル機能を使用していますから。…なのでずっと仮想世界を旅しているのですよ。私との面談も、こちらがアミュスフィアを使用して、向こうで行っています。」

 

「つまり……24時間、ダイブしたまま、と言うことですか?」

 

「…4年間です。」

 

4年

その言葉は一夏と、マドカの耳に重く響き渡った。

 

そうか、これであの時…彼女に抱いた違和感がわかった。

 

あまりにも滑らかで違和感ない仮想世界での動き、それは長い長いフルダイブによるものだった。

3年前からの2年間、一夏も似たような経験をしていたが、彼女はその倍、仮想世界で生きてきたのだ。

つまり…彼女は世界で最も純粋な…仮想世界の旅人…住人。

そこにユウキの強さの根源があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…先生。」

 

「何ですか一夏君。」

 

「ここには…俺が使用していたメディキュボイド…ありましたよね?」

 

「えぇ…今はまだ使用されている患者さんはおられませんが…。」

 

ここに来て…一夏は一つの疑問符に解を導こうと考えた。

4年のフルダイブ

メディキュボイド

そして横浜港北総合病院

 

それらの言葉から一夏の中で思うことがあった。

 

「メディキュボイドのその内部には、ALOなどのゲームの他に、患者が入れるマイスペース、そんな物があるのではないですか?」

 

「え、えぇ。確かにあります。…しかし、どうしてそれを?君は…メディキュボイドに接続されて意識が戻らない内に…SAOに囚われた。…帰還後はすぐにメディキュボイドを外したので、それを知ることは…」

 

「いえ、SAOに囚われる前…ほんの、ほんの少しだけ、意識が戻ったことがあったんです、メディキュボイドの中で。」

 

「それは…初耳です。」

 

「意識がメディキュボイドの中で目覚めたとき、真っ暗な空間にいました。夢なのかと思っていましたが、立っているという実感もあるし、歩いたら歩いている感覚もある。当てもなく歩いた…そんな中で、一人の女の子と出会いました。」

 

「まさか…その女の子と言うのは…。」

 

「えぇ、…これは憶測ではありますが、あの子は…木綿季だったのだと、俺は思います。…その時に彼女は泣いていました。…そして、口にしていたのが、姉ちゃん、と言う言葉。この言葉は、ALOでも2回ほど口にしていました。それを指摘したとき、ユウキはまた涙を流していた。…つまり、木綿季には姉が居た…のでは?そして彼女は…もう。」

 

「えぇ、一夏君、貴方の言うとおりですよ。」

 

倉持医師は一夏から視線を外し、メディキュボイドを…いや、まるでその奥にある何かを懐かしむように、そして哀しげに見ながら口を開いた。

 

「木綿季君は双子でした。…お姉さんの名前は藍子さん。この病院に入院していました。…どちらかと言えば、元気一杯の木綿季君と違って、大人しい、そして優しく妹を見守るお姉さんでした。…そんな彼女も…3年前に…。」

 

…そうか。

それでなのか。

倉持医師の言葉に、一夏は得心が行った。

あの3年前の邂逅で、あれ程までに取り乱し、怒りをぶつけてきた木綿季は、姉を失い、やり場のない悲しみが怒りに変わったのだろう。

結果として姉が使用していたメディキュボイドを、彼女が亡くなったのをこれ幸いと言わんばかりに自分が使ってしまって、剰えのうのうと彼女の領域に踏み込んでしまったのだ。その心象たるや、どれほどの物だっただろうか。

 

「ごめん、な……ユウキ。」

 

「一夏…?」

 

「あの時……俺は…俺は……能天気に…ユウキに話しかけてしまった……!お前を……怒らせてしまった……!姉ちゃんを失って……辛い思いをしていたのに…俺はッ…!何も知らなくって……ゴメン……!!ゴメンな…ユウキ…!!」

 

無菌室とを隔てるガラスに拳と額を押し付けて…ただひたすら謝罪する。

忘れかけていた過去。それは思いも掛けぬ内に、木綿季という少女を傷つけて、そして悲しませていたのだ。

家族皆が居なくなってしまった矢先のことだ。

真実を知った彼女とは…もう…話すことが出来ないかも知れない。

 

深く彼女を悲しませてしまった自身の不甲斐なさ

そしてもうユウキと会えないだろうという悲しさが、一夏の目尻から涙となって溢れ、廊下の床をぽたぽたと塗らしていく。

そんな彼の背をマドカは、柄にもなく優しく撫でることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

静かに、静かに啜り泣く声が木霊する。

大人になりかけている少年の、1人の少女にただただ捧ぐ涙は、どれくらいの時間流していただろう?

数分か?それとももっとだろうか?

どちらにせよ落ち着いた一夏は、流れきらなかった涙を服の袖で拭い顔を上げた。

 

「ごめん、もう、大丈夫だ。」

 

「…そうか。なら、いい。」

 

「ありがとなマドカ。さすってくれて。」

 

「……フンッ!!」

 

どうやら照れているのか、背を向けてしまった仮初めの妹に、一夏は苦笑を隠せないでいる。倉持医師も、泣き出した一夏を申し訳なさそうに見ていたが、泣き止んだことで心なしか安心はしたようだ。

 

「…マドカ。」

 

「…なんだ?」

 

「帰ろう。」

 

「いい、のか?」

 

「…あぁ。…倉橋先生。俺達にユウキのことを教えてくれて…ユウキに会わせてくれて、ありがとうございました。」

 

「いえ…、僕の方ももう少しなにかできれば良かったのですが。」

 

「十分…すぎるほどですよ。」

 

「また…来てあげて下さい。木綿季君も…それを望んでいると思います。」

 

「だと…いいですね。」

 

望めるなら…また彼女と会いたい。そんな願いを僅かな望みとしながら、一夏はマドカと連れ立ち、倉持医師と共に第一特殊機器計測室を後にした…。

 

 

 

 

 

 

 

『待って!!!』

 

だがそんな3人を…呼び止める大きな声が響いた。

突然の声に、3人は振り返る。

メディキュボイドのモニター。そこに音声のみのやり取りを意味する、『SOUND・ONLY』の表示。

 

「ユウキ…?そこに…いるのか?」

 

『うん、そう…だよ、イチカ。』

 

メディキュボイド越しに話す彼女の声は、どこかの上擦っており、緊張と…そして先程まで涙を流していたことが窺い知れた。

 

『ボク…ボクね……、イチカ…もう一度…話がしたい。……いい、かな?』

 

「断る…断れる理由なんか……ねぇよ……ユウキが…俺と話すことを…望むなら……!」

 

『…倉橋先生。』

 

「なんですか?木綿季君。」

 

『隣の部屋にある…ボクとの面談用のアミュスフィア…それをイチカとマドカに貸してあげてくれませんか?』

 

「それは構いませんよ。ALOのソフトも入っていますし…ただ、キャリブレーションをして頂く手間はありますが。」

 

「ユ、ユウキ、私もなのか?」

 

『うん。…マドカにも…話したいこと…あるから。』

 

前のような懇願ではない。

ただ真剣に、話すべき事があるからこその純粋な願いだ。

そして彼女のその気持ちは、ALOの中のように面と向かわなくても、声だけで感じることが出来る。

 

「…わかった。」

 

『中に入ったら…イチカ、マドカと一緒にボクと最初に出会った場所に来て。そこで…待ってる。』

 

「あぁ、急いで向かうよ。」

 

こちらの返事を確認すると、ユウキはALOにダイブしたのか、『SOUND・ONLY』の文字は消えていた。

通路の奥を見れば突き当たりに、ここの入口と同じようにカードによる認証パネルの電子ロックがかかったドアが見える。恐らく、あそこがユウキの言っていた面談用のアミュスフィアが置いてある部屋なのだろう。

 

「倉橋先生、お願いしてもいいですか?」

 

「他ならぬ木綿季君と一夏君の頼みです。構いませんよ。ただ、先程も言ったとおり、キャリブレーションは僕に合わせて行っていますので、ユーザーの新規登録をお願いします。」

 

ピッという電子音と共に開いた部屋には、ダイブ用に設けられた背もたれ付きの椅子が数席あり、それに合わせてアミュスフィアもいつでも起動できるようにされていた。

 

「木綿季君を…頼みます、一夏君、マドカさん。」

 

「えぇ、…俺なりに最善を尽くします。」

 

「…私も、微力ながら助力するつもりです。」

 

倉橋医師の願いに、そんな返事を返した2人がアミュスフィアの設置された部屋に入ると、間を合わせたかのように扉は閉じられた。

 

「よし…行くか、マドカ。」

 

「…そうだな、早いところキャリブレーションを済ませてしまうとしよう。…ユウキが待っている。」

 

初めてアミュスフィアを買ったときの事を思い出しながら、ペタペタと自身の身体を触って、手早くキャリブレーションを済ませていく。物の数分で身体情報を登録して、自身のIDとパスワードを入力。アバターを呼び出した。

少々大きなゴーグル、と言うほどのそれを装着し、2人はゆったりと椅子にすわると、一呼吸ののち、あの言葉を紡いだ。

 

「「リンク・スタート!」」




色々と書いていくと、年数が合わなくなってきた…!
まず、木綿季がメディキュボイドを使用し始めて1年で藍子さんが死去、そしてその直ぐ後に今作のSAOスタート。で、2年後に生還し、1年経過←今ここ。
SAO原作では、藍子さん無くなったのは1年前、つまり、SAO事件解決時になる。
しかし、今作においては、現在より3年前。辻褄を合わせるためにユウキもフルダイブ開始が4年前になり、メディキュボイド試運転開始も、SAOより前になっているという……。
ごめん藍子さん…早く亡くならせてしまって…。


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第22話『ユウキの気持ち、2人の気持ち』

一週間近く空いてしまった…
いや、こう言った話は難産で、かなり苦戦しました。
その分グダって、長々としている物になってしまいましたが、御了承ください。

オマケあり


虹のトンネルを抜けて、視界と体感覚がアバターのイチカに馴染むと同時にセーブした27層の宿屋から出たところで、フードの少女と出会す。

何も言うことはなく、ただ同時に肯くとどちらからともなく駆けだした。

目指すは転移門

飛ぶのは24層

行き着く先は…イチカとユウキ、2人が戦ったあの場所へ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか…日は落ちかけ、森や転々と浮かぶ島々を茜色に照らし出す中、巨木が高々と聳える一回り大きなその島に2人の妖精がフワリと着地(ランディング)した。

 

「ユウキ…!ユウキ!いるのか!?」

 

しかしイチカの叫びが木霊するだけで、緩やかに吹き抜ける風が、木々の葉や、足下に咲き誇る草花を撫でる音だけが響く。

だが返事の無い現実にも関わらず、彼はただ呼び続ける。

ただ1人の少女を望んで…。

 

「ユウキ…俺は…!」

 

「イチカ…。」

 

木の陰から…その少女の声が木霊した。

まるで怯えているかと思うほどに小さく…彼の名を呼ぶ。

何時もの彼女らしからぬような…普段は相手の目を見てハキハキと、それこそ突き抜けんばかりの笑顔を見せて話してくれるハズが、今日はどこか余所余所しく、イチカと距離を置いて視線を逸らしている。

 

「ユウキ…俺は……」

 

「イチカ、ボクね。」

 

言いかけたイチカの言葉を遮るかのように、ユウキは話を切り出した。

 

「ボク、嬉しかったよ。…いきなり消えちゃったボクを追って…イチカとマドカが会いに来てくれた。それがとても…嬉しかった。」

 

でも、とユウキは繋いで言葉を綴る。

 

「ボクの…ボクの身体のこと…知っちゃった、よね?」

 

「…あぁ。倉橋先生から、聞いたよ。」

 

「自惚れかも知れないけどさ、2人が会いに来てくれて…ボクと仲良くしてくれてたんだなぁって…喜んでた。」

 

「…まぁ…友達…だからな。」

 

マドカは少し照れ臭そうにしながら、目を背けて頬をポリポリ。内心嬉しいはずが、うまく面に出すことが出来ないでいるようだ。

 

「うん、そう言ってくれて嬉しいなぁ…。でもね、だからこそ…ボクはもう2人と会えない…これ以上…一緒に居ちゃいけないって…。…ボクはね、もう…末期だから、さ。仲良くすればするほど…2人を悲しませちゃうと思うんだ。」

 

「………末期…。」

 

改めて、その言葉を耳に、そして口にすることで、その重さが改めてのし掛かってくる。

余命幾ばくも無い

その現実と未来を、目の前の少女は受け入れ、そして見つめている。

いや……むしろ、諦観している、と言うべきなのか。

 

「いつ消えるかとも分からない…この命だから……ボクは…2人を…悲しませたくないから…」

 

「だからもう会いたくない、と?」

 

「そういう…ことだよ。」

 

絆が深ければ深いほど、別れたときの悲しみも深いものとなる。だからこそ、ユウキは言う。それならば始めから仲良くせず、線引きした間柄で居れば、互いに悲しみも少なくなる、と。

 

「…じゃあ…ユウキ、お前はこっちの気持ちを考えたことあるか?」

 

「イチカ…?」

 

「…そうだな、ユウキ。阿呆の言うとおりだ。…お前が今日の朝、泣きながらログアウトしたことで、こちらが何も思わなかったとでも?」

 

「いちいち棘を刺してくるな…。ともかく…俺は、俺達はここまで来た。ユウキにもう一度会いたかったから。」

 

「そ・れ・に・だ!」

 

ぬっと伸びてきたマドカの手のひらがユウキの頭を、効果音を付けるならば『グヮシッ!!』とかいう文字がつきそうな勢いで掴む。

突然のことに目を丸くしていたユウキ。そこに…

 

「み、みゃぁぁあっ!?!?」

 

ギリギリと、筋力補正どれだけ付けているんだと言わんばかりのアイアンクローが、ユウキの頭蓋骨をミシミシと締め上げる。その圧倒的な握力パラメーターはユウキの頭を掴んだまま、小柄な体格とは言え、彼女の足を地面から浮かせるほどだ。

宙ぶらりんの脚がじたばたと藻掻いている。

 

「お前からフレンド申請したのだろうが…!それがなんだ?悲しませたくないから?泣かせたくないから?そんな勝手な理由で目の前から姿を消すだなどと………私は許さん!!」

 

「んみぃぃぃぃぃっ!?」

 

「……ユウキ。」

 

目の前の光景に若干のデジャヴを感じていたイチカがようやく口を開き、ユウキに呼びかける。

察してか、マドカも締めあげていた手を離すと、ユウキは地面にへたり込んだ。

ぐわんぐわんする頭に、中々引かない痛みで涙目になりながら、ユウキはイチカを見上げる。

イチカの方もユウキを見下げるのをはばかってか、片膝をつき、まるでユウキに(かしづ)く様に目を合わせた。

 

「もう、俺達と会いたくないのか?」

 

「…そう、いったでしょ…?」

 

「…本当に、そう思っているのか?」

 

「…どう言う…こと…?」

 

含みのあるイチカの物言いに、ユウキは若干の不快感を覚える。

自身がそう言っているのだ。

それに疑う余地はないはず…。

そんな彼女にイチカは、ゆっくりと手を伸ばしていく。その手が目指す先は…

 

「じゃあ……何でまだ()()()を付けているんだ?」

 

ユウキの胸部。そこに首からのチェーンを通して下げられた十字架(ロザリオ)

 

「こ、れ…は……」

 

「俺達と本当にすっぱり出会いたくないなら、装備から外すはずだ。未練が無いように。…だけどお前はまだ付けている。」

 

「そ、それは…たまたま外し忘れただけで…」

 

「自身の身体が関係することに、たまたまも忘れていたもないはずだ。」

 

「う……っ。」

 

離別を決意しようという相手2人と出会うのに、その2人からのプレゼントを外さずに首から掛けている。

すっぱり別れ話をしようとする恋人が、2人でも思い出の品を身に着けている。そんな光景を想像すれば、相手の心中に渦巻くもの、それを想像するのは容易い。

 

「あえて言わせて貰うぞ、ユウキ。

 

 

 

 

 

自分に正直になれ。…心の内をさらけ出してみろ。」

 

「自分に……正直に……?」

 

「あぁ。」

 

「…お前の…病気をどうこうしてやる…などと言うことは、私達は医者ではないから無理だろう。…だがな、お前の心を…気持ちを…言葉を……受け止めてやる。それくらいなら…私達でも出来る。何だって良い。愚痴だろうが、文句だろうが、願望だろうが……お前が思うことを口に出すだけでも気は楽になるものだぞ。」

 

「で、でも……2人にそんな」

 

「迷惑は掛けられない、か?…ユウキ、友達ってのはな?損得勘定抜きにして助けるモンなんだ。…俺達は他の何でも無い。ユウキの力になって傍に居たいから、その気持ちだけでここまで来て、お前と話してる。それは…何も変なことでも無ければ、特別なことでもない。」

 

「う…ぅ……。」

 

「だから…遠慮なんてするな。出来ることは限られているかも知れない。けど、出来ることなら何でも力になる。

 

…だから……。」

 

イチカはそっと…目の前の少女を抱き寄せた。

どこまでも気丈に、周りの人が傷付かないように、悲しませないように。

人懐っこく、そして明るく振る舞いながらも、他人を近付けずに、ただただ孤独を選んできたユウキ。

そんな彼女の壊れそうなガラス細工にも似たその心をイチカは、マドカは、救いたかった。

他の誰でもない、大切な友人を…

最期の刻まで、独りの道を歩み続けようとする健気な彼女を…

 

「だから!俺の…俺達の前から、消えたいだなんて言うな…!」

 

優しく抱き留めながら…イチカは告げる。

独りを選ぶ必要は無い。

もし、死にゆくのならば、最期のその刻に傍で寄り添って、旅立つその時を看取って、その死を悲しむ友人が居てもいい。

 

「イチカ……泣いてるの…?」

 

「…悪い、かよ…!」

 

抱き締められた自身の肩を濡らすそれは、少年が流す涙。

 

自身と変わらぬ歳ながらも、比べるまでもなく過酷な運命を背負わされた少女。

それでも明るく笑顔を振る舞い、周りを笑顔に包んでくれる。

最初は強い子だとも思っただろう。

だが心の中では、ひたすら孤独と戦っていたのだ。

彼女が…自身の身体を蝕む病を聞いた、その時から…。

 

「ゴメン…ね……イチカ…マドカ……!」

 

「…全くだ。詫びとして、今度私のスキルレベリングに付き合ってもらおうか。」

 

「マドカ……イチカが言ってたけど、友達って…損得勘定抜きじゃなかったの…?」

 

「知らん。ソイツの価値観など私の管轄外だ。」

 

「なにそれ…」

 

彼女なりの冗談なのだろうか、先程まで重苦しくなっていた空気が、幾分か軽くなった…気がする。

そんな空気に充てられてか、余所余所しくしていたユウキの表情にも明るみが出始めた。

 

「…でもイチカ…。」

 

「ん?」

 

「ボク…イチカと『本当に初めて出会ったとき』のこと…思い出しちゃったんだ…。…うぅん。思い出したんじゃなくて…あの時の男の子がイチカだったことが分かっちゃった…。」

 

「それは…」

 

「あの日…あの時、ボクがイチカを追い出さなかったら、もしかしたらキミはSAOに…命の危機にさらされなかったかも知れない…。」

 

「それが…ユウキがこの阿呆に感じる負い目…か?」

 

マドカの問いに、ユウキは静かにただ頷いた。

下手をすればイチカが死んでしまう。その原因の大元となってしまうかも知れなかった。彼を…『殺し掛けた』。それがただユウキの中で重く重くのし掛かっている。

 

「それを言ったら…お前がお姉さんが亡くなって落ち込んでるときに、能天気に話し掛けた俺の自業自得とも取れるけどな。」

 

「っ!で、でもさ!」

 

「それに、だ。」

 

イチカの自身に対する戒めを否定しようとするユウキの言葉を遮り、彼は続ける。

 

「そもそも、あの時SAOに巻き込まれることがなかったら…今の俺はないぜ?」

 

そう、全てはあの時、仮想世界の浮遊城(アインクラッド)に足を付けたその時に、全ては変わり、そして全てが始まった。

沢山の仲間との出会いと別れを経験し、過酷とも言えるデスゲームをクリアしたこと。それがイチカの人生で最も大きな物だったとも言える。

長いようで短い二年という歳月は、護ってくれていた姉から、『大人に大きく近付いたな』という、彼女からの太鼓判とも取れるほどの賛辞を貰えるほどに、イチカにとっては辛くも、しかし何物にも代えられない時間だったのだ。

 

「俺は、この仮想世界に来て、沢山の大切な人に出会えた。キリトや先生(アスナ)、クラインにエギル、シリカにリズ、リーファ…シノン、……認めたくないけど…ヒースクリフもだし、………それに、ユウキ。お前とも出会えた。」

 

「ぼ、ボク?」

 

まさかの自分の名前が出るなどと思いもしなかったユウキは、思わず聞き返してしまう。

大切な人達。その括りに、忌むべき自身の名があるというのは、彼女にとって余りにも信じがたい物だった。

 

「ユウキ、お前があの時のことを悔やむなら、この出会いを否定されることになっちまう。起こったことを悔やむことは出来る。でも、俺はSAOに巻き込まれることが、結果として良かった。…だから、あの時のことがなければ、俺はキリト達と出会うことも無く、ユウキともこうして話すこともなかったさ。」

 

「ぁ……。」

 

「だからさ、ユウキがあの時のことを罪だというなら、俺はそれを赦す。そして…こう言わせて貰うよ。

 

 

 

 

 

俺と、出会ってくれて……友達になってくれてありがとう。俺は…ユウキと出会えて、幸せだよ。」

 

「…ボク、もうすぐ死んじゃうんだよ…?仲良くしたら……哀しくなるよ…?」

 

「当たり前だろ?友達って言うのはそう言うもんだよ。…お前、もし死ぬ時に悲しんで看取ってくれる人が居ないのは寂しいだろ?

だったらさ、悲しむことがなくなるくらいに、皆で遊んで、騒いで、AIDSの奴に、『ボクはお前なんかに負けてない』って気概を見せ付けてやろうぜ。

ずっと一緒に居て、沢山の思い出をつくってさ。逝くときの悲しみなんて吹き飛ばせるくらいに。」

 

「ボクに…出来る、かな?」

 

「1人で出来なくても、マドカがいる、キリトがいる、アスナがいる、スリーピングナイツの皆も。そして俺が居てやる!俺がずっと一緒に居てやる!俺が沢山の思い出を一緒に作ってやる!もし最期の刻が来たら、俺が一番泣いてやる!」

 

「イチカと…一緒に…?」

 

「おう!一緒にだ!」

 

「ずっと?」

 

「ずっとだ!」

 

「健康な時も、病の時も、富める時も、貧しい時も、良い時も、悪い時もずっと?」

 

「お、おぅ。」

 

「おいおまえら、結婚式の誓いの言葉になっているぞ。」

 

「えっ!?マジで!?」

 

「あっ!マドカ~!ネタばらししないでよ~。」

 

さすが両親がクリスチャンだけあってか、こう言った手合いはお手の物らしい。

ユウキにしてみれば、家族でお嫁さんごっこ的な物をしたときに、藍を誓い合う言葉として両親が教えてくれた思い出もあったりする。

 

「…俺、もしかして、結婚式を知らない間に…ユウキ…?」

 

「えっ!?ち、ちちちがちがが違うよっ!?べ、べべつに…そんな意味で言ったわけじゃ…っ!」

 

「ほう?だったらどんな意味なんだ?教えてくれないか?」

 

「ま、マドカ~!!」

 

イチカの天然染みた勘違いによって、顔を真っ赤にして否定するユウキに、それに茶々を入れるマドカ。元々ずっと一緒にいる、というイチカをからかおうとしたのだが、マドカの指摘によってとんでもない方向に、話が進んでいく。他意は無いのか、よもやガチの結婚に話を進めるなど、ユウキにとっては想定外らしい。

 

「ま、そうだよな。ユウキみたいな可愛い子なんて、俺なんかじゃ釣り合わないしな。」

 

「か、かわっ!?!?」

 

「ん?ユウキ、顔が赤いぞ?風邪でも引いたか?」

 

しかしそこはMr.唐変木ことワンサマーイチカ。こんな言葉を平然と言ってのけるわけで、現にリアルではこれに落ちた少女多々である。

 

「……まぁとにかく。この唐変木や私もお前に寄り添ってやる。…ま、特にイチカ、まぁ精々爆発しないように気を付けるんだな。特にISごと爆発なんて事が起こりうるかも知れないぞ?」

 

「…お前に言われるとシャレにならないんだけどな。」

 

「ね、ねぇ、イチカ。」

 

ここで一つ気付いたユウキが、怖ず怖ず挙手。

 

「イチカ…ISって…もしかして半年前に見つかったって言う、世界初の男性IS操縦者の織斑一夏…だったの?」

 

「…なんだ、今更気付いたのか?そうだ。コイツが女の園にたった1人の男として放り込まれた、その織斑一夏だよ。」

 

「り、リアル割れ不可避かよ…。」

 

プライバシー的な物を露呈され、ガックリとイチカは肩を落とす。

 

「ふーん……実質女子高の中に男はイチカ一人ねぇ………へ~ぇ……ふぅん…?」

 

「な、なんで不機嫌になってるんだよユウキ…」

 

「べっつにぃ~?ボク、怒ってないもん…。」

 

あからさまに不機嫌になっていく絶剣様な訳だが、当の本人にとっては何故イライラするのか判らなかった。…人それを、嫉妬という。

 

「でも……学校かぁ……」

 

ポツリと…そう呟いたユウキは、どこか哀しげに差し込む夕日を見遣った。

 

「行って…みたいなぁ……」

 

「…そうか、ユウキは…長い間行ってないん…だよな。」

 

「2010年生まれだから…今中学3年か。」

 

「うん、小学校高学年から今まで、ずっと病院暮らしだからね。学校にはもう…4~5年行ってないかな…。」

 

学校には良い思い出はあまりない。だが、通うことに関しては多少なりとも楽しみはあった。

授業の楽しさ

学校行事

給食の味

それら全てが懐かしい思い出の仲でしかない。

 

「自分で勉強とかしていたけど…でも学校で授業を受けたいって、そんな気持ちはどこかにあるんだ。」

 

「ふむ…授業を受けたい、か。…私はそう言った拘りはないが、そう言う物なのか。」

 

「でもな……病院にいて…ましてや仮想世界でしか動けないともなると…………ん?」

 

ここでイチカに天啓が下る。

『逆に考えるんだ。仮想世界でなら自由に動けるさって考えるんだ。』

 

「…もしかしたら…。出来る、かも。」

 

「「え?」」

 

「ユウキ!学校に行けるかも知れないぞ!」

 

そんなイチカの言葉に、ユウキのみならずマドカも眼を丸めてしまった。

 




おまけ

一夏とマドカがログアウトし、メディキュボイド越しに別れを済ませた後、ユウキは倉橋医師からメディカルチェックを受けていた。
それは単に、メディキュボイドの機器が表示するバイタルなどの記録なので、ユウキがする事は殆ど無い。
その手持ち無沙汰な時間の中で、ユウキはマイスペースで一つの想像を思い浮かべていた。

一夏に婚約の誓いをさせていたこと

それが頭を駆け巡り、離れない。
結婚なんて考えたこともなかったので、まさに自分から言っておいて寝耳に水だ。

でも、一つ想像…妄想してしまう。

もし…一夏と結婚していたら…


一緒にご飯をつくって

一夏の出勤を見送って

一夏の勤務中は家事をして

夕飯をつくって、帰ってきた一夏と一緒に食べて

一緒に寝て

そして時々夜に






『ねぇ一夏、ボク、そろそろ子供が欲しいなぁ…。』

『そうだな、俺の仕事も安定してきたし…』

『もし出来たら、男の子がいい?それとも、女の子?』

『ん~、どっちでも良いさ。木綿季との子供なら可愛いに違いないし。』

『もぅ…そうやって歯の浮くようなことを言う…。でも名前とか決めないと、だね。』

『そうだな、でもその前に…』

『わっ!い、一夏!?』

『文字通り、元もなければ子も無いからな。だから木綿季…』

『うん、いいよ…いちか……きて……』

そして一夏の手は、木綿季の服のボタンへと伸び…








「はわわっ!?ナニコレ!?ナニコレ!?」

話が飛躍しすぎて、顔を覆い隠しながらマイスペースの床をごろんごろんと転げ回る。おそらく顔は真っ赤になっているに違いない。
余りにも恥ずかしい妄想だった…。

『ど、どうしたんですか木綿季君!?血圧と体温が急に…!?大丈夫ですか!?』

「はわっ!?」

バイタルチェック中だったので、倉橋医師が心配そうに叫ぶ声が聞こえる。
ど、どうやって説明しよう…。
そんなお年頃の木綿季の悩みだった。


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第23話『桐ヶ谷邸にて』

久々に本編に出番の原作カップル


 

 

 

ユウキの病院を訪ねた翌日

 

埼玉県川越市にある桐ヶ谷邸

 

和の屋敷、と言わんばかりに、目の前に広がる広々とした敷居に圧倒され、思わずゴクリと唾を飲み込む1人の少年が居た。

彼の名は織斑一夏。

故あって、ここに住まうとある人物を尋ねて、遙々とIS学園から電車を乗り継いでやって来た。

時間にして11時

外出許可が下りる8時に出て来たにも関わらず、ダイヤの影響でここまで掛かってしまったのは致し方ない。

ちなみに、マドカに乗せてきて貰ったらよかったと当時考えたが、

『本来、私とお前は敵対者の間柄だ。必要以上に馴れ合うつもりはない。』

と、今更感が溢れ出んばかりの拒否をした。

まぁ、亡国機業とて暇ではないのだろう。

だが無理強いは出来ないのもあって、詫びを入れると共に、昨日のことに対して礼を言っておくと、

『べ、別にお前のためじゃない!ゆ、ユウキのためなんだからな!勘違いするなよっ!』

なんていう、ツンデレが全開だった。

ともあれ、

桐ヶ谷邸の威圧感に負けじと、震える手でインターホンを鳴らす。

よく耳にする『ピンポーン』と言う音がインターホンの機器から聞こえ、待つこと数秒。

 

『はーい、どちら様ですか~?』

 

明るい少女の声が応じてくれた。

 

「織斑一夏です。」

 

『あ、一夏君だったんだ、いらっしゃい。』

 

「うん、直葉、和人はいるかな?」

 

『居るよ~、何か部屋に籠もって機械弄りしてるけど。』

 

応じたのは、一夏の友人である和人の従姉妹であり義妹の桐ヶ谷 直葉だ。聞いた話では、昔はともかくとして、今では兄に負けじとALOを旧作当時からプレイしている女の子だ。…ちなみにアバターネームはリーファ。シルフの金髪女性アバターだ。

 

「…もしかして、徹夜させたか…?」

 

『あはは、かもね。まぁとにかく入りなよ。玄関先で立ち話もナンでしょ?』

 

「それもそうだな。…じゃあお邪魔するよ。」

 

実を言うと、一夏がキリトこと桐ヶ谷 和人を訪ねて来たのは三回目だ。SAO帰還後のリハビリを終えてALOにインする前に訪ねたことがあった。最初こそ驚かれ、病院も違ったので初顔合わせとなったが、何のことかリアルでも意気投合した。その後は、ALOをクリアして間もなく受験勉強を始めなくてはならなくなったため、一度きりの訪問になったが、高校デビューを果たしたらまた遊ぼうと考えていた。何せ、同じSAO帰還者学校に通うのだ。これから幾らでも話せる。

 

 

そのはず、だった。

 

 

しかし、何の因果か一夏がISを動かしてしまい、その計画は見事にぽっきりと折れてしまったのである。

以降、夏休みに一度だけ訪れることがあったが、逆に言えばそれくらいでしか行けなかった事になる。

まぁなんにせよ、桐ヶ谷邸の構図…と言うよりも玄関から和人の部屋に向かうまでのルートは覚えてしまったので、何のこと無く上がり込み、(途中、台所にいた直葉と、桐ヶ谷兄妹の母である桐ヶ谷 翠に、挨拶とともに手土産を渡して)軽い足取りで階段を上がり、目的の部屋の前に辿り着く。

コンコンコンコン、と4回ノック(2回がトイレ、4回は一般らしい)をすると、

 

「どうぞ。」

 

と聞き慣れた少年の声が耳に入った。

部屋の主の許可を得たことで、ゆっくりと部屋のドアを開け放つと…

 

「よう、いらっしゃい一夏。」

 

「こんにちは、一夏君。」

 

パソコン用の椅子に座り、半身をこちらに向ける和人と、彼のベッドに座って、恐らく和人の作業を見ていたのであろう結城 明日奈がいた。

 

「お邪魔するよ。先生も来てたんですか。」

 

「うん、…というか、勉強会ならともかくとして、今は普通に呼んでくれても良いんじゃない?」

 

「ははっ、すいません明日奈さん。どうにもクセで…」

 

「もう、変なクセ付けないでよね?」

 

「善処します。あ、コレ、シュークリーム買ってきたので。」

 

ガサリとコンビニのナイロン袋に入れられたそれを机に置くと、和人の作業するデスクトップパソコンから伸びたコード。それに繋がれている物に一夏は着目する。

視聴覚双方向通信プローブ

ネットワークを通して、現実世界と視覚と聴覚のやり取りをする機械。和人が学校で研究しているテーマの一つだ。

形としては、ざっくりと説明するとUFO。

上部の円形状の部分には、内部のカメラやマイク、スピーカーを保護するガラスで覆われており、コレを介してネットワークにリアルタイムで視覚や聴覚を伝える。

 

「それが…」

 

「あぁ、これが一夏御所望の品だ。あとは…一夏、例の物を入力したら、完成って所かな。」

 

「それなら抜かりないぜ。」

 

そう言って一夏はポケットから1枚の紙切れを取り出して和人に手渡すと、パソコンのディスプレイに開かれている入力画面に、記されていた物を打ち込んでいく。最後にエンターを、ターンッ!という小気味よい音を鳴らしながら打つと、何やら接続画面に移行していく。

 

「よし、これで後は待つだけだな。…流石に徹夜はキツかったよ。」

 

「ほ、ホントに徹夜してたのか…?」

 

「ま、昨日の一夏の興奮気味な電話を聞いてりゃな。休みだし、これくらいどってこと無いよ。」

 

「悪いな和人。」

 

「気にするなよ。まぁ報酬はプローブの使い心地の感想と、そのシュークリームでいいぜ?」

 

随分と気の良い友人を持ったものだと、一夏は胸が熱くなる。そんな彼だからこそ明日奈も惹かれ、リズベットやシリカも好意を寄せているのだろう。

 

「ふぁ~……でもまぁ…完成したと実感したとなると、急に眠気が来たな…。」

 

「気を張っていたんだろ?…その緊張の糸が切れて、眠たくなったんじゃないか?」

 

「…だな。」

 

「じゃあ和人君は少し横になってると良いよ。私、おばさんや直葉ちゃんとお昼ご飯作ってくるから、出来たら呼びに来るわ。」

 

「お~、そうしてくれると助かる~…」

 

ぽふんと自身のベッドに顔面からダイブした和人は、その程よいクッションによって耐え難い微睡みに襲われる。そんな彼にクスリと笑みを溢しながら、明日奈は一夏に、『ちょっと行ってくるね』と言い残して部屋を後にした。

 

「…ホント明日奈さんて気配り出来るよな。和人が羨ましいよ。」

 

「…なんだよ、明日奈は俺の彼女だかんな。」

 

「や、別に取ろうなんて考えてないさ。でもやっぱ俺としては、男子高校生たるもの、恋人って言う存在に憧れるわけだよ。」

 

「IS学園なら候補はごまんと居るだろ?」

 

「う~ん…候補かどうかはともかくとして、確かに女の子は居るんだけどさ、誰も彼も、良い友達ではあっても、恋人にしたいなぁって思える子は居ないんだよなぁ。」

 

「そう言うもんなのか?」

 

「だって考えても見ろよ?恋人ってのは、将来的に自分と結婚するかも知れない子だぜ?そんな子をホイホイ選んで、結局別れることになって傷つくのは相手の方なんだ。和人は明日奈さんて言う心に決めた人も居れば、ユイちゃんていう愛娘も居る。ほぼ将来が約束されている様なモンじゃないか。」

 

「ぐぬ……そ、それはまぁ…確かに…。」

 

「…俺だってそう言う人がいつか見付かれば良いとも思うわけだよ。」

 

確かに実質女子高であるIS学園にも友人は居る。一緒に居て楽しい、と言うのも確かにある。だが彼女らに抱く感情。それは愛情ではない。恋人として…愛することは…出来ない。

 

「…じゃあユウキはどうなんだ?」

 

「な、なんでそこでユウキが出て来るんだよ?」

 

「いや、最近結構御執心だろ?もしかしたらもしかするんじゃないかなって、俺達の中では専らの噂だぞ?」

 

「噂って…………まてよ、もしかしなくても…」

 

「うん、アルゴ辺りにまで噂は広がってるらしい。」

 

「げ……」

 

一夏は内心嘆いた。

『鼠のアルゴ』

旧SAOにおいて、その人ありと言わしめられる程の敏腕の情報屋だ。元βテスターという利点を活かしてキリトと協力し、ゲームクリアに一役買った人物でもある。だが彼女はどこか人を喰ったような性格でもあり、個人情報とかの最低限のモラルを守っての情報の売り買いはするが、逆に言えば最低限のラインを越えない情報でなければ、コル…今ではユルドで売り買いする。そして面白いと思った情報は、割と格安で広めていくという、ある意味厄介なプレイヤーである。

そんな彼女が、イチカとユウキの間柄について詮索している。

下手をすれば、しばらくALOにインできなくなるかも知れない…。

 

「…でもそこの所、本当にお前はどう思ってる?」

 

「どう…って?」

 

「決まってるだろ?ユウキのことについてだよ。」

 

「そう…だな……一緒に居て…楽しい、かな。」

 

思えば…出会ってまだ一週間も経っていない。

だがその間に

デュエルして

スリーピングナイツと出会って

ボスに挑んで

打ち上げして

夜の街で遊び通して

ロザリオをプレゼントして

剣士の碑に行って……

様々なことを経験していた。

そんな中で、ユウキは色んな表情を見せてくれた。

怒った顔

楽しんでいる顔

戦っている顔

泣いている顔

寝ている顔

そして…溢れんばかりの笑顔。

そんな彼女の表情一つ一つが、一夏にとっては眩しく、そして何物にも代えがたいものだ。

もっと色んな顔を見てみたい。

もっとユウキと思い出を作りたい。

いつしか一夏の中でそんな想いが芽生えてきていた。

 

「出来ることなら、ずっと一緒に居たい。もっと間近でアイツの笑顔を見ていたいんだ。俺、ユウキの笑ってる顔…スゲェ好きだからさ。」

 

「………。」

 

「…な、なんだよ、その『これだから一夏は』的な眼は?」

 

「これだから一夏は…。」

 

「言葉にした!?」

 

鈍さもここまで来ると、呆れを通り越して感心するくらいまでになる。

というか口にしていて気付かないとか、どんだけ鈍チンなんだと、和人は一夏の朴念仁ぶりに正直震えた。

 

「お前、今の言葉で何も気付かないのか?」

 

「気付くって…何か?」

 

「…今、聞いてるこっちが小っ恥ずかしい位の告白をしてたんだぞ?」

 

「………へ?」

 

「あのなぁ?女の子に対して、『ずっと一緒にいたい』とか、『間近に居たい』とか、『笑顔が凄く好き』とか、それ、ほぼほぼ告白してるようなモンだぞ?」

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………ゑ?」

 

和人の指摘と長い長い沈黙の後、ようやく、ようやく一夏は自分の言ったことに疑問を浮かべることとなった。

待てよ?

待てよ待てよ待てよ?

 

(俺、昨日のあの時…ユウキになんて言った?)

 

 

 

 

 

 

『俺がずっと一緒に居てやる!俺が沢山の思い出を一緒に作ってやる!もし最期の刻が来たら、俺が一番泣いてやる!』

 

 

 

 

 

 

 

……

 

………

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 

「うるせェェェエエエエエエエッッ!!」

 

突如と来て絶叫する一夏に、部屋の主たる和人がキレる。

あの時、あの場所で言った言葉が鮮明に頭の中に駆け巡り、一夏はまるでムンクの叫びか何かのように、まるで絶望したと言わんばかりの表情を浮かべた。

先程和人が指摘した『ずっと一緒に居たい。』その言葉を昨日の時点で満たしていた。

と言うことは、無自覚の内にユウキに告白していたと言うことになる。

 

「ど、どうしたんだよ一夏、いきなり絶叫とかビックリするだろ!?」

 

「和人ォ……俺、俺ェ………!」

 

あうあうと言葉足らずに。

そしてまるで赤く熟れた林檎のように顔を紅潮させた少年が目の前に居た。

 

誰だコイツ

 

それが和人の思いだった。

 

「俺……俺…昨日……ユウキに……!」

 

「ゆ、ユウキに…なんだ、どうしたんだ?」

 

「ず」

 

「ず?」

 

「ずっと一緒に居てやる…って……言っちゃったんだよ…」

 

「な」

 

「な?」

 

「なんだってぇぇぇぇえええええ!!??」

 

「うるせェェェエエエエエエエッッ!!」

 

「2人とも!何さっきから大声出してるの!?御近所さんに迷惑でしょ!?」

 

「「す、すいません」」

 

あまりのシャウトに、下に居た直葉がお玉を片手に部屋に凸してきた。さしもの2人も、自身らの声によって1階の面々に迷惑を被っていたことを改めて思い知らされる。

 

「全くもう…、で?なにをそんなに叫んでいたの?」

 

「いや、それはその…、なぁ和人。」

 

「そ、そうだぞスグ。男にはな、口が裂けても言えない事があるんだよ。」

 

「ふーん……」

 

2人の言い分に訝しげな目を向ける直葉だが、深く詮索するのも宜しくないと思うのと、喧嘩しているわけでは無いようなので安心し、これ以上問い詰めることはしないことにした。

兎にも角にも、兄の同年代の男友達と言う物がただでさえ少ないのだ。稀少な一夏という存在が居なくなるようなことになっていなくて、直葉は安堵する。もちろん、自身の友人である一夏が居なくなる、と言うのが嫌だというのもあるが。

 

「スグ、今スゲぇ失礼なこと考えてないか?」

 

「や、やだなぁお兄ちゃん。そんなわけ無いでしょ?ほら、そろそろ御飯できるから!一夏君も食べていくでしょ?」

 

「へ?お、俺も?」

 

「良いんじゃないか?プローブの調整もまだなんだし。」

 

「むぅ…それもそうか。…じゃあ直葉、御馳走になるよ。」

 

3人がそぞろと部屋を後にした部屋。

人も1人と居ないはずのその場所で。

独特の機械音と共に、プローブのカメラが突如として動いた。

 

『あうあう……』

 

いつの間にか接続が完了したプローブ、そのスピーカーから少女の声が響いた。

 

『一夏……が……ボクに……?』

 

その声は紛れもなく…メディキュボイドの中で暮らしている木綿季の声そのものだ。

…どうやら言葉からして、一夏と和人の会話を聞いていたらしい。

メディキュボイドとプローブの接続が思いのほか早かったようで、繫がると同時に2人の会話がメディキュボイドに響き、その内容に木綿季は言葉を発することが出来ず、結局最後まで聞かされていたことになったのである。

 

『……ボクは…一夏のこと…が……?』

 

どうやら木綿季の方も鈍感だったのか。

昨日マドカに指摘された婚約の言葉を一夏に訪ねていたことを思い出したのも相まって、もはや顔を見なくても彼女の顔は紅潮しているのが容易に想像できた。

 

『うぅ……はぅ………』

 

誰も居ないはずの部屋で、少女の悶絶したような声が響くという、シュールで、そして端から見ればホラーとも思える光景が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして…

 

 

どこまでも広がる青い空に、点々と浮かぶ白い雲

一面に広がる水面

現実にも有り触れていそうな、そんな景色にもかかわらず、どこかそこは幻想的だった。

そんな水面に、少女が1人佇む。

腰まで届く滑らかな白髪

膝辺りまで覆う、清楚を体現したようなワンピース

そこから伸びる、女性特有の白さながらも健康的な脚

そして、頭には鍔の大きな麦わら帽子

端から見れば、まさに画に描いたような光景だった。

そんな彼女は、静かに、ただそっと空を見上げていた。

流れ行く雲と、爽やかにも感じるその空

見上げたことで落ちそうになる麦わら帽子を押さえて、そっと…ただ静かに微笑み…

 

『ようやく…見つけたんだね。』

 

不意に…そう告げた。

 




最後の少女については、恐らく分かる人は居ると思います。ただ、彼女がキーマン…というかキーウーマンになります。


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第24話『近付く想い』

長らくお待たせしました!最新話投下です!

言い訳かも知れないですが、仕事で部署移動があって、慣れない環境での仕事により、休み時間に執筆する余裕がなくなってました。昨日と本日は休みなので一気にか書き上げることが出来ました。それではどうぞ


昼食を終え、洗い物や片付けを終えた和人、明日奈、一夏の三人は再び和人の部屋へと戻り、プローブの最終調整を行うことにした。パソコンのディスプレイには接続が完了したとの表示もあり、早速和人はパソコンと向き合って座り、作業を始める。

 

「さて…プローブの調整を始める訳だけど……ユウキ、いいかな?」

 

『………。』

 

「あれ?繫がってないのか?…それともマイクの調整が………お~い、ユウキ?」

 

『…イチカが…ボクを…イチカが…ボクを………』

 

耳を澄ましても聞こえないほどに、スピーカーから洩れる小さな声。取りあえず接続その物は問題ないらしいのだが、いつものユウキらしからぬ様子に和人と明日奈は顔を見合わせる。

 

「…なんか、様子が変じゃない?」

 

「そうだな。……まぁ、様子が変、と言えば、こっち側にも1人居るっちゃ居るけど…。」

 

半笑いで後ろを見れば、ベッドの陰に隠れてこそこそしている一つ年下の友人。パソコンに繋いであるプローブのカメラの丁度死角になっている。

 

「おいおい一夏。隠れて何やってんだ?」

 

「一夏君が頼み込んだことなんだから、ちゃんと見てないとダメじゃない?」

 

「あ、や、でも…そのぅ………」

 

結構ハッキリ言う彼にしては歯切れの悪い返し。ユウキと言い一夏と言い…。

 

「ど、どんな顔してユウキの前に行ったらいいのか分かんなくて……恥ずかしいんだよ…」

 

「乙女か!?」

 

SAOではボスへ物怖じもせずに勇猛果敢、そして武士(もののふ)と体現するに相応しいまでの戦い振りを見せていたあの絶刀。その彼と同一人物とは到底思えないくらいに引けた腰だった。フロアボスよりもユウキという少女が余程大きな相手なのだろうか?

理由を知らない明日奈は、そんな彼を見かねてか和人にこそっと小声で尋ねてみることにした。

 

「ね、ねぇ和人君…、一夏君どうしちゃったの?ご飯の時から上の空だったし…一夏君らしくないというか…ユウキと何かあったの?」

 

「あ、うん……まぁその…思春期の男子は複雑なんだよ、色々と。」

 

「そ、そうなの…。」

 

まぁ男には男しか分からない心情と言う物があるのだろう。和人の言い分を聞き入れながらも、少し羨ましくも思う明日奈。

 

「まぁなんにせよ一夏君は放っておいても今の所問題ないとして。」

 

「さり気なくヒドいこと言ってるぞ。」

 

「でも事実でしょ?…今はユウキのプローブの調整をしておかないと日が暮れちゃうんじゃ無い?」

 

明日奈の言うことも尤もだ。優先すべきことを把握すること。さすがは血盟騎士団副団長と言ったところか。采配や指示の技量が光る。

 

「ユウキ、ユウキ。聞こえる?」

 

『ふぇっ!?…あ、アスナ?』

 

「お、ようやく答えたくれたなユウキ。さっきから呼びかけていたけど、全く返事が無かったからな。プローブの不調や回線を心配したぞ?」

 

『あ、ご、ごめんね?ちょっとその…考え事してて…』

 

「そうなのか。まぁ悩み事とかなら俺や明日奈、一夏も相談に乗るからな?」

 

『い、イチカ!?』

 

急に上擦った大声を出すと共に、『はぅぅ…』としぼんでいくような声と共に、ユウキは再びブツブツとひとりごとを言い始める。

そこで明日奈は気付いてしまった。

これは…2人の間に何かあった、と。

 

「…和人君。」

 

「え?な、何?」

 

「このままでも…移動してユウキと話すくらいなら問題ない?」

 

「あ、あぁ。こうして会話が成り立っているから問題は無いと思う。回線もWi-Fiだから…家の中なら…」

 

「じゃあ、少しユウキと2人で話したいの。縁側…辺りを使ってもいいかな?」

 

「わかった。カメラの調整はそのあとでいいか。」

 

カメラのレンズ調整は、メディキュボイド内部からのピント調節を口頭で言わなければならないために、ユウキのこの状態ではそれもままならない。それなら話を聞いて落ち着けてからの方が良いだろう。

 

「ありがとう和人君。それじゃ失礼するわよユウキ。」

 

プローブとパソコンを接続していたUSBコードを取り外すと、下部についていた固定用アームで肩を挟むように乗せた。この小さな機器で、本来スマホとかで会話できないユウキと離れていても話すことが出来る。和人やその仲間達の努力に改めて尊敬を抱く。

プローブが落ちてしまわないほどに固定されてのを確認し、踵を返す明日奈。部屋を出る手前、未だベッドの影で隠れている朴念仁改めヘタレの一夏を横目に、

 

「一夏君。」

 

「は、はい。」

 

「何があったのかは、私にはまだわからない。2人が何を考えているのかはわからないけど…。

 

2人で話し合う事も大事だと思うよ。今の状態では無理かも知れない。けど勇気を振り絞って前に踏み出すことも忘れないで。」

 

そう言い残して部屋を後にした。

正直、彼女の言うことも尤もだった。

無自覚でユウキに告白紛いの宣誓をして、それの意味に気付いて今度はヘタレてまともに顔を合わせたり話したり出来ない。

 

「勇気を振り絞って…か。」

 

「…まぁ、明日奈が戻ってくるまでは、少し気を落ち着けておけよ。…もしプローブ越しじゃ無くて面と向かって話したいなら、俺のアミュスフィアを貸してやる。」

 

「…悪いな和人。世話になりっぱなしで…。」

 

「気にするなよ。今度精神的にALOでお礼をしてくれたら十分だ。」

 

大切な友人2人による叱責と背中押しで…一夏の中で一つの決意が固まる。

 

(そうだ、ユウキも言っていた。

ぶつかってみなくちゃ、わからないこともあるって。

だったら俺は、真正面からぶつかってやる。

俺自身の気持ちと…ユウキに!)

 

和人が見た一夏のその目は奇しくも、旧SAOで彼が見せた剣豪としての目と非常に酷似して見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋本番を迎え、そして肌寒さが昼間にも目立ち始めた昼下がりの秋空の下。

縁側から見える植え込みは、秋さながらの色を彩りはじめ、その季節の到来を感じさせるようになってきていた。

そんな景色を一望できる家屋の縁側に、明日奈は腰を下ろして庭を一瞥した。

 

 

「ねえ木綿季。」

 

『な、なに?アスナ…。』

 

少し落ち着いたのか、返事はしてくれた。未だ少し上擦った声ではあるが、それでも大分マシであることに変わることはない。何せここに来るまで一言も発することも無かったのだから…。

 

「何があったのか、私に教えてくれないかな?」

 

『な、何がって……何…?』

 

「誤魔化せないわよ?一夏君のこと。」

 

『っ…!!』

 

やはり思うところがあったのか、一夏という名前に反応したように、ユウキは言葉を詰まらせてしまった。顔を見なくても動揺しているのはヒシヒシと感じる。

 

「私が言うのも何だけど、一夏君て何事にも堂々としていることが多いのよ。そんな彼があそこまで腰が引けてるって言うのは、よっぽどのことがあった。そしてタイミングを同じくして木綿季、貴女も様子がおかしくなってる。…それが偶然の一致なんて、私には到底考えられないわ。」

 

『え…と……そ、それは…。』

 

「今回のこともね?一夏君が木綿季の為を思って和人君を頼ってるの。なのに、一夏君もそうだけど木綿季、貴女までそんな調子じゃちょっと格好付かないと思うわ。」

 

昨日、メディキュボイドに接続されたアミュスフィアを外した一夏は、息つく間もないほどに病院を飛び出して和人に連絡を入れた。以前、和人が高校で研究しているテーマの中に、ユイのように仮想世界の中にいても現実世界を見聞きできるような機器を開発している、と語っていた。それを思い出して、いてもたっても居られなくなって電話して事情を話せば、二つ返事でOKをもらえた。

そこからの和人は物凄い集中力だった。

電話を切る前に、ユウキのメディキュボイド。そのIDとアクセスパスワードを、倉橋医師の許可を得て教えて貰うこと。それを指示すると、夕食と入浴を済ませるや否や、寝る間を惜しんでプローブの調整を行った。何せ、文字通りにプローブのモニターをしてくれる人が現れたのだ。聞かされた木綿季の病状においては両手を挙げて喜ぶことは出来ないが、しかし木綿季の想いを叶えることも出来るし、今までテストに付き合ってくれたユイとは別にプローブの使い心地の感想を聞くことが出来るまたとない機会。

和人も躍起になった。

そして日曜の10時。

徹夜の甲斐あってか、あとは一夏の持ってくるIDとそのパスワードを入力して、木綿季が調整を手伝ってくれれば、晴れてメディキュボイドに調整されたプローブの完成だ。

が、

そんな矢先に木綿季がこの調子では、IDとパスワードの為に倉橋医師に頼み込んだ(事情を話せば、彼は快く承諾してくれたが)一夏や、徹夜の和人の尽力が意味を成さない。

明日奈の言葉で改めてその事に気付かされた木綿季は、再び黙り込んでしまう。

ややあって

意を決したかのように、木綿季は口を開く。

 

『…ねぇ明日奈。』

 

「ん?」

 

『明日奈は、さ……ボクの身体のこと…一夏から聞いた、よね…?』

 

「…えぇ。ある程度は、ね。」

 

『そっか…じゃあボクの命のことも…知ってる、よね?』

 

「…そう、ね。」

 

自身より三つも年下の少女。その命の灯火がもうすぐ消えてしまう運命にある。その事実を知ったとき、明日奈は思わず涙を流してしまった。

にもかかわらず、明るく振る舞える木綿季に明日奈はただただ言葉を詰まらせることしか出来ない。

 

『ボクね。』

 

そんな沈黙を破ったのは木綿季の方だった。

 

『もうすぐ消えちゃう命だから…友達も必要以上に仲良くしないようにしよう。線引きをしておこうって…皆…スリーピングナイツの仲間達と決めてたんだ。もちろんその中には、和人や明日奈も入ってた。』

 

どこか達観したような声の木綿季。

まるで自身の寿命が見えているかのような。そんなどこか悟っていて、でもどこか哀しげな物。

 

『でも…何でかな…?一夏と居たら…その誓いを忘れちゃうくらいに暖かくて、楽しくて、夢中になっちゃってた。』

 

「木綿季…多分それは…」

 

『うん、分かってる…多分…うぅん、ボクはきっと一夏を…好きになっているんだ…。それが…ようやく解ったんだ。』

 

一緒に過ごして、そしてずっと一緒に居てやるって言われて…。

その頃からだろうか?

一夏を仲間の1人としてでは無く、1人の男性…異性として見始めたのは。

 

『…おかしいよね…もうすぐ死んじゃうボクが…人を好きになっちゃう…そんなの…絶対ダメなのに…。』

 

「木綿季…。」

 

『このままじゃ…ボク、おかしくなっちゃうよ…!一夏に好きだって言いたい…!でも…もうすぐボクは…居なくなる…。ボクは…どうしたら良いんだろう…。』

 

残る命

自身の恋心

そんな現実、自身の気持ちの狭間で、木綿季は苦しんでいる。

途方も無いジレンマ、葛藤が、木綿季の心を強く、強く締め付け、重くのし掛かる。

それは涙として流れ落ち、スピーカー越しに声が震え始める。

好きだと言いたいが、言えない。

そんな矛盾の中に、木綿季は囚われている。

 

「木綿季。」

 

『……明日奈?』

 

「木綿季が自分の身体のことで…負い目を感じて、一夏君に少し遠慮してるのは分かったわ。でも、人を想う心に隔たりなんているのかしら?」

 

『隔たり…?』

 

「一夏君は木綿季の身体のことを知っているんでしょう?…だったら簡単よ。想いを…木綿季の気持ちをぶつけてみればいいわ。」

 

『でも…ボクは…。』

 

「もうすぐ居なくなる?…そんなの、関係ないわよ。…確かに辛いかも知れない。でも、燻っているよりも、自分に正直に裏も表も無く、とにかく前へ進んでいく。その方が木綿季らしく思うわ。」

 

『ボク…らしい?』

 

「えぇ。何となく、ね、どんどん前に行って、壁にぶつかっても、とりあえず壊せるかどうか試しそうなのが木綿季って感じだもの。」

 

『ボ、ボク、そんな脳筋じゃ…』

 

そこまで言って、はっと木綿季は言葉を詰まらせた。

例1

迷宮区探索時

行く先行く先出会うモンスターを片っ端から薙ぎ倒し、迂回ややり過ごすと言ったことを全くしなかった。

例2

ぶつかってみなくちゃわからないこともある、と言う持論。

例3

一緒に戦ってくれる人を探すためのOSSをかけた辻デュエル

 

 

…明日奈の言うとおり、脳筋仕様となっている自身を自覚し、仮想世界で木綿季はガクリと膝を着く。

こんな…ハズでは…

 

「ゆ、木綿季?」

 

『へ、へいき、へっちゃらだよ…うん、大丈夫…。』

 

しかし、だからといって明日奈の言ったことも尤もだ。

ぶつかってみなくちゃわからないこともある

それが木綿季の中で大きな物であることには変わりは無いのだから。

 

『ありがとう明日奈…。そう、だよね。ウジウジ悩むなんて…やっぱりボクらしくないや。…ちょっと…その、怖いけど。ボク、頑張って前へ進むよ。…一夏と、向き合ってみせる。』

 

「うん、その方が木綿季らしいわ。…応援、してるからね。」

 

『でももうちょっと時間が欲しい、かな。もう少し心の準備…したいし。』

 

「えぇ、良いわよ。…でも、気持ちを切らさないでよ?」

 

『分かってるよう…。…じゃあ緊張を解すために、明日奈と和人の恋について聞かせてよ!』

 

「えぇっ!?だ、駄目よ恥ずかしい!」

 

『え~?成就した人の話を聞いたら、勇気が湧くかな~って思ったんだけどなぁ~…』

 

中々に痛いところを突いてくるものだ。

さすがに旧SAOやALOでの甘く、そして酸っぱい恋愛談など、ホイホイと人に聞かせるようなものではない。

しかし結果として結ばれた2人だからこそ、木綿季はそこを突いてきた。

成功例を聞かせる。

告白したい木綿季にとって、成功例の話を聞くと言うことは、この上なく魅力的な物なのだろう。顔を見なくても、キラキラと目を輝かせているに違いない。

だがここで断れば、気持ちが切れてしまう可能性もある。

話すべきか、話さざるべきか…

明日奈の中で嫌な葛藤が芽生える。

たっぷり数十秒、考えた末…

 

「じ、じゃあ…その、ちょっとだけ…」

 

『わぁい!じゃあさじゃあさ…!』

 

今まさに和人と明日奈…キリトとアスナの小っ恥ずかしい馴れ初めが、無垢な少女に打ち明けられようとしているなどと、黒ずくめの少年は知る由も無かった。



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第25話『平たくないのに壁とはこれいかに?(胸部的な意味で)』

皆さん、お久しぶりです。
生きてますよ~。
まぁ更新遅くなった理由(言い訳)として、新しい部署のゴタゴタと、身内の不幸が重なってしまったのです。
まぁこれからは少しずつ更新速度を早めて行けたらなぁ。と思っています。


「…よし、これでピント調整は出来たけど…木綿季、他に違和感とかないか?」

 

『うん、大丈夫。快適そのものだよ。』

 

和人の部屋に明日奈と木綿季(inプローブ)が戻って来たのは、2人が部屋を出て30分後のことだった。普通に会話できるまでになった木綿季は、元の明るさを取り戻していた。代わりに、明日奈の方がモジモジしており、時折和人の顔を顔を赤らめながらチラチラ見ていたが、彼はその理由を知る由も無く、一夏と共に首を傾げるだけだった。

…どうやら、木綿季によって和人と明日奈の馴れ初めについてあれやこれやと聞かれ、それに伴ってその時の心境がフラッシュバックしてきたらしい。そんなこんなで恥ずかしくてまともに顔を見れないとか何とか。

一難去ってまた一難とは良く言ったものだ。

 

「じゃあこれでOKだ。プローブそのものは一夏のBluetoothを通じて木綿季に映像と音声が送られるようになってる。プローブのバッテリーは十時間は保つと思うから、帰ったら充電を…」

 

「え?ちょ…和人?」

 

「ん?」

 

「俺の方に…なの?」

 

「え?違うのか?」

 

「いや…IS学園だぜ?」

 

『駄目なの?』

 

「いや…機密機器があるISを扱ってるから…許可が下りるか…」

 

各国の先端技術の塊であるISが集う学園だ。ある意味でISの実験場でもあるこの場は、各機の最新パッケージのテストもままあるので、外部の、それも無関係な木綿季が、見学とはいえ入ることが許されるのか…。

 

「…ん~、それもそうか。まぁそれでも一度千冬さんに相談してみたらどうだ?」

 

「千冬姉にかぁ…あんまり迷惑掛けたくないんだけど…。」

 

「迷惑…というか、頼ってるといった方が良いんじゃないのか?」

 

「頼ってる?」

 

「相談する、って言うのは、その人を信頼してないと出来ない物だ。割と家族から相談を持ちかけられるのは嬉しいと感じるもんだぞ?」

 

「そう言う物なの、か?」

 

「そう言うもんだ。」

 

和人とて兄だ。妹である直葉に時折相談を持ち掛けられることはままある。リアルのことやゲームのことなど、その幅は中々広いものだが、一時期溝を作っていた2人にとって、それでも今は仲の良い兄妹としていてくれることに、相談出来る間柄に戻れたことには、和人も嬉しくもあった。

 

「ん~、まぁ事情が事情だからな、オープンハイスクールとは違うんだ。でも相談は…してみるか。」

 

『ほ、ほんと!?』

 

「お、おう。…でもだからって行けると決まったわけじゃないからな?」

 

『うん!でも楽しみにしてるよ!』

 

念願の学校に行けるかも知れない。そんな希望の光がさしてきたとあって、木綿季の声は弾んでいた。

何やら2人は意を決してから開き直ったのか、以前のように普通に話している。まぁ一時期、かなり初心な2人を見せられたものだが、過ぎ去ってみれば何のことか、和人や明日奈にとって取り越し苦労だったようにも思える。ただ、恥ずかしい思いをしたのは明日奈だったわけだが。

 

『IS学園かぁ…一夏、ISって空を飛べるんだよね?』

 

「ん?たしかにそうだけど。」

 

『やっぱりALOで飛ぶのとは違うの?』

 

「そうだな…その身一つで飛び回るALOと違って、ISを纏って飛ぶのは少し違うけど、スピードそのものはALOとはダンチだぜ。」

 

「あくまでもALOはゲームだからな。さすがに訓練を必要として、競技や戦闘で使う機器とは違うか。」

 

和人自身も、空への憧れは無いことはない。SFにも出て来そうな機械で、自由に空を飛び回れる。そんな夢のような機器。流石に乗れるなどという想いはなかったが、現実で空を飛べるというのは魅力的な響きであることには変わりなかった。

 

『いいなぁ…。』

 

「ん?ISに乗れるのが、か?」

 

『それもだけど…やっぱり本物の空に憧れる、って言うのもあるんだ。ボク、何年もリアルの空を直に見たことないからさ。』

 

仮想世界の空なら、ずっと見てるんだけどね、と木綿季は付け足す。空を切る風や、照り付ける太陽、青々とした空は、限りなく現実に近い物にはなっているものの、やはり作り物には変わりない。幾ら空を飛ぶ楽しさを味わえるとは言っても、どこかしら現実の空を恋い焦がれると言う物だ。

 

『もし、IS学園の許可がもらえたらさ、空を飛ぶって言うのを見てみたいんだ。…画面越しでも良い。リアルの空を、近くで感じたい…。』

 

ずっと無菌室で暮らす木綿季ならではの、純粋で、切なる願いだ。

学校に行きたいという願いに加えて、こんなことまで頼むなんて、厚かましく、虫がよすぎるかも知れない。

だが誰もがそれを咎めることはない。

それは木綿季の身体の事を知る3人だからこそ、それを嗜めない。

 

「まぁ…俺も出来るだけ木綿季の願いを叶えられるようにしてみるよ。」

 

そんな木綿季の想いの全てを叶えてやることは出来ない。だが、それに出来うる限り近付けてやることは出来るはずだ。

プローブを使用して学校へ連れて行く

それも彼女の願いを叶えるための一つなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、

 

3人の前で大きく出てみたはいい。

しかし、いざその巨大な壁が近付いてくるとなると、自然と緊張は高まってくるものだ。

それはまるで、旧SAOにおいて、フロアボスに挑む前のような途方もない緊張感。

しかも25層や、50層、75層のクォーターポイントにおける、特に強力なボスに挑む感覚に近い。いや、もし100層まで攻略していたなら、ラスボスであるハズだったヒースクリフに挑むときも、こんな気持ちになったのかも知れない。

だが自分の望む未来、それを得るために乗り越えるべき壁に挑む。

旧SAOでは現実に戻るために。

そして今は木綿季を学校へ連れて行く為に。

念の為にプローブは、許可が得られるまでは電源をオフにしている。

これでも先進技術が集う学校だ。下手に情報漏洩を疑われるようなことはしたくない。

 

「…よし!」

 

IS学園の門前で大きく意気込んだ一夏は、そこに見えぬはずの門番をジッと睨み付ける。

 

「待ってろよ。ラスボス(千冬姉)…!」

 

「誰が神聖剣の持ち主か、バカモノが。」

 

スパーン!という、もはや学園で聞き慣れている乾いた音が響くとともに、慣れたようで慣れたくない鋭い頭の痛みも同時に襲ってくる。

 

「ぐぉぉ…!!ち、千冬姉…ルビまで読むなんて、可笑しくねえか?」

 

痛む頭を抱えながら、こんなコトをする人物は一人しか居ないので、振り返ることなく、この痛みを与えた人物に恨みがましく呟く。

 

「…まったく、何を学園の前で宣誓しているかと思えば、何を宣っているのだ?用事が済んで帰ってきたのなら、さっさと学園に入れ。」

 

「お、おぅ…。」

 

入らなければ、後ろからヤクザキックをかまされかねないので、素直に従うことにする。門のセキュリティを抜けるために、学生証を翳すと、防犯装置が外れるようになっている。ここまでは難無く来れたのではあるが、セキュリティを抜けたと同時に、後ろを歩いていた千冬がそれに気付く。

 

「おい、一夏。」

 

「ん?」

 

「その肩の装置はなんだ?」

 

装置、と言うのは言わずもがな、十中八九プローブのことだろう。あからさまに肩に乗っかるそれを見て、流石に怪しまないわけにはいかないのか、千冬は怪訝な表情を浮かべる。

 

「えっと…これはさ、今日外出した理由でもあるんだよ。」

 

兎にも角にも、もう少し間を開けてから説明をしようとしたのだが、向こうから切り出してきたのなら仕方もないし、話も早い。

 

「実はさ…」

 

掻い摘まみながら、一夏は説明する。

ALOで出会った木綿季のこと。

親しく、友人として過ごしていたこと。

木綿季の病状のこと。

木綿季の願い。

そしてそれを叶えるために和人に話を持ち掛け、プローブを借りたこと。

そしてその上で姉である千冬に、木綿季に授業を受けさせて欲しいと相談しようとしていたことを打ち明けた。

二人はいつの間にか外にある休憩スペースへと足を運び、ベンチに座ってコーヒーを飲みながらの話へとなっていた。

 

「だからさ千冬姉。木綿季に授業を受けさせてやってくれないか?」

 

「ふむ…それは、ここがIS学園と知ってての相談なのか?」

 

やはりそこがネックか。

世界最高峰の兵器として名を連ねるISを扱う学校なのだ。情報漏洩が最大の懸念となるのは分かっていた。

だが、だからこそ千冬という最愛の姉を頼った。

姉の名声や権力に縋るのは卑怯かも知れない。

しかし、木綿季の願いを叶えるために、一夏は姉を頼るという選択をした。

受け入れられるかどうかは…賭でしかない。

 

「一夏。」

 

「な、何だよ?」

 

「話をすることはできるのか?」

 

「あ、あぁ。」

 

今のところ、プローブの電源を切っているだけなので、スイッチを入れれば木綿季のメディキュボイドに接続されるようになっている。望むなら話すことも可能だ。

そう一夏から説明を受けた千冬は、まるで珍しい物を見るかのようにプローブに顔を近付けて、マジマジと見つめる。

 

「ふむ。ISの知識ならともかく、フルダイブ系統の技術は全く分からんな。このような小さい装置で、向こうとテレビ電話のような物ができるとは… 」

 

「まだ和人達が研究中のテーマなんだってさ。木綿季の使い心地の感想を聞かせることを条件に、貸して貰ったんだよ。」

 

「最近の学生の知識という物は計り知れんな。…うちの学生も大概だが。」

 

だがIS学園は、修学の一環としてISについての知識を学んではいるが、和人達はその修学とは別に、独学でフルダイブ系統の知識を深めている。その勤勉性に、思わず千冬も内心で舌を巻く。

 

「じゃあ…千冬姉。電源を入れるぞ?」

 

「うむ。」

 

ヴォン…という独特の音と共に、プローブがその機体を起動させる。バッテリーから機体全体に電力が供給されて数秒後、防護用の透明カバーに包まれたカメラが、駆動音と共に左右上下を、まるで何かを探すようにキョロキョロと動き始めた。

 

『あ、電源が入った。…一夏、ここがIS学園なの?』

 

「お、おう。まぁ正確にはその外なんだけどな。…で、だ。」

 

「ほぅ…?本当に繫がっているのだな。さすがに驚いたぞ。」

 

『へ…?』

 

聞き覚えのない声に、装置の向こう側にいる木綿季は、まるでキョトンという擬音が相応しいまでの抜けた声を挙げる。

和人による調整は完璧だ。それ故に、声の主のいる位置や方角まで、まるでその場に居るかのように木綿季に伝わる。

木綿季は恐る恐る、と言った様子でその声の元を辿る。

ピリッとして、そしてキャリアウーマンが着こなしていそうな黒のタイトスカートとスーツ。そして見上げていけば、それに包まれるふくよかな胸部。更にその上には、鋭く、そしてキリッとした表情の女性。

 

『え?あ……え?』

 

「初めましてだな。紺野木綿季。あえて言わせて貰う。織斑一夏の姉、織斑千冬であると!」

 

これが、未来の義姉妹のファーストコンタクトであった。



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第26話『大人の修羅場』

IS学園寮 寮長室

寮長である千冬の私室とあって、かなりの広さを誇るこの部屋に、部屋の主たる彼女と、弟である一夏、そして彼の肩に乗っかるプローブと接続されているメディキュボイドの中で生活する木綿季。その3人が向かい合うように…正確に言えば、千冬と相対すように一夏が座り、その肩に木綿季が乗っかっている、と言うような状況だ。

生徒が暮らす寮の部屋よりも一回り大きいこの一室で、立ち振る舞いからナチュラルにオーラを放っているような千冬と対面して、慣れている一夏はともかくとして、木綿季は緊張でガチガチになっている。

 

「さて、ここに来て貰ったのは言うまでもない。紺野君、だったか?」

 

「は、はいっ。」

 

「…そう固くなるな。何も取って食いやしない。率直に言おう。…キミの境遇については、私の愚弟からある程度説明を受けた。…ま、それを踏まえて一夏が私に頼み事をする、と言うのは中々無いからな。正直驚きはした。」

 

口ではそう言いながらも、口角はどこか吊り上がっており、そこと無く声色も嬉しげである。普段余り頼ってこない弟が自身に頼み事をしてきたことが余程嬉しいのか。否、頼ってくれないことに寂しさを覚えていたからかもしれない。

 

「だが、それと頼み事の内容は別問題だ。この学園にはISに関する最新技術が集まることは、在学中の一夏は勿論、紺野、キミも知っているだろう?」

 

『は、はい。』

 

「機密の漏洩、と言う物はな。下手をすれば世界が転覆しかねない物なんだ。キミを疑うわけでは無い。だが一教師として安易に認める事は出来ない、とだけ言っておこう。」

 

「『………。』」

 

こう言う解答が返ってくるとある程度は予測出来ただろうに、と目の前で落胆する二人に少々呆れる。成長した、とは評したが、こう言ったところはまだまだ子供だとも千冬は思う。しかし、一人抱え込まずに周りを頼り始めたのはよい傾向なのだろうが。

 

『…ご、ごめんね一夏。やっぱり無理はダメだよ。お姉さんのいうように、部外者の授業参加なんて無理があったんだよ…。』

 

「いや、俺もIS学園て立場を甘く見てたみたいだ。…悪いな木綿季。」

 

『うぅん。ボク、嬉しかったよ。一夏や和人がボクのために頑張ってくれたもん。それだけで充分だよ。』

 

「木綿季…。」

 

「んっんんっ!!」

 

どこかお通夜ムードになりつつあった二人に、千冬は大きく咳払いをして話の流れをせき止める。

 

「お前達、何か勘違いしてないか?」

 

「『へ……?』」

 

「私は()()()()()()認める事は出来ない、と言ったんだ。()()()()見放したつもりはないぞ?」

 

してやったり、と言わんばかりにニヤリと口許をつり上げる千冬を、一夏と(恐らく)木綿季はポカンとして見ることしか出来ない。

 

「まぁ私に任せておけ。確約は出来んが、何とか掛け合ってはみてやる。」

 

「ほ、ホントか千冬姉!?」

 

「ふっ…普段から頼ってこない愚弟からの頼みなんだ。ここでYESと言わねば姉が廃ると言うものだぞ。」

 

「お、おぉ……千冬姉が逞しい関羽から、まるで神々しい大天使(アークエンジェル)に変貌を遂げた…!」

 

「千冬スペシャル!!」

 

「たわばっ!?」

 

ゴシャア!という、おおよそ人の頭から響いてはならないような大きな音と共に、何処から取り出したのかは知らないが、IS用の長刀である葵が一夏の頭にめり込んだ。

 

「初日にも同じようなことを言って同じ目に遭ったよなぁ一夏?少しは学習したらどうなんだ?ん?」

 

『一夏~ダメだよ?お姉さんのことを三国志の英雄なんかに例えたらさ~。』

 

逃げ場は無かった。

一夏の中では最大限の賛辞であったはずなのだが、どうやら姉と、そして木綿季にとってはお気に召さなかったらしい。

 

(しかし…)

 

ふむ、と千冬は顎に指を添えて思案する。

目の前でわいのわいのと、一夏と談笑する紺野木綿季なる少女。姿こそ見えないが、一夏から聞いた話では、明るくて人懐っこく、彼女の病状を感じさせないほどに活発だそうだ。

今までこの学園で一夏が自身を頼ってきたことはほぼ無かった。自身で何とかしようという努力をしていたか、もしくは抱え込んでいたのか…。

だがそんな弟が、姉である自分を頼ってまでに願いを叶えたい少女。彼女の立場や現状を加味しても、それだけでは一夏がここまで動くこともないだろう。ともすれば、導き出される可能性の一つに、とある解が浮かび上がる。

 

(ふむ、なるほど…鈍感と朴念仁を足して、攻略王を掛けたような、あの一夏がな…。これはもしかすると…。)

 

なかなかどうして、同級生達から寄せられる好意や恋心、それに伴うアプローチに、ワザとかと言わんばかりに気付かない彼が、いざ好意を持つとこうまで分かりやすくなる物だとは…。

 

(これは姉として喜ぶべきなのだろうが、必死になってコイツを振り向かせようとしているアイツらには、少々同情を禁じ得ないな。)

 

まぁヤキモチ妬いたからと言って、ISの無断展開に加えてそれを制裁に用いる彼女らにも非があるのも確かだと言うのは今更なのだろうが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、

件の二人を部屋に戻したその10分後。

快く引き受けたからには結果を伴わなければメンツが丸潰れと言う物だ。

厳粛な雰囲気が漂うその扉の前で千冬は一息つく。

扉の上には、これまた厳かで、そして達筆な字で『学園長室』と記されており、如何な千冬と言えどその雰囲気に飲まれて固唾を飲み込む。

 

「…よし。」

 

一言

たったその一言が、彼女の意を決するには充分な物だった。軽くノックをすると、中から男性の『どうぞ』という返事が返る。先だってアポを取っていたので、時間は空けておいて貰うことは出来たので、これからの勝負に付き合って貰うことは可能なはずだ。

 

「失礼します。」

 

開かれた扉の先。

学園長室と言うに相応しいまでの広いその部屋。中央には接客用の高級ソファが対って設けられ、その奥に個人の机にしては大きなそれに備え付けられた椅子に座る、白髪が大半を占めた初老の男性。

 

「今日は貴重なお時間、裂いて頂きありがとうございます。」

 

「なに、構いませんよ。それよりも織斑先生、貴女が私に頼み事などと…ほっほ!いやいや、なかなかに珍しいこともありますな?」

 

「それほどまでのことでしょうか?」

 

「逆に貴女が頼み込むほどの案件だ。それほどまでのことでしょう?」

 

どうにもこの学園長こと轡木十蔵は食えない人物で、千冬はどこか苦手意識を持っている。

常に笑みを絶やさず、そしてそれを崩すことは無く、界隈でついたあだ名が『白髪仏(ホワイトヘアードブッダ)』。しかしこの女尊男卑蔓延る風習の中で、その象徴であろうIS学園の長という立場に上り詰める手腕は推して知るべしだろう。

 

「単刀直入に言います。そして無理を承知でお願いが…」

 

「ほぅ?」

 

「とある女子の学園の見学、そして授業参加を許可して頂きたく思います。」

 

「…ふむ。」

 

笑みを絶やさずいた轡木学園長の眼が、瞬時にてギラリと鋭くなる。

その鋭利な刃物を思わせるそれに、一瞬千冬は身体を強ばらせ、ゴクリと固唾を飲み込む。

伊達に学園長まで上り詰めているわけでは無いらしい。

 

「その女子…と言うのは、何かしら特別な物なのですかね?今はオープンハイスクールの時期でも無いし、更にはかと言って、言い方は悪いが部外者である人間に授業参加…とてもではないが、易々と許諾できる物ではないことを君も分かるはずですが…?」

 

やはりそうそう甘くはないらしい。

さすがに国際学校でもあるだけあって、その辺りは厳しいのは当然か。

だが千冬とてこのまま引き下がるほど諦めの良い方では無い。

 

「では言い方を変えましょうか。」

 

「と、言いますと?」

 

「貴女ほどの人が1人の女子を授業参加させてあげて欲しいと言わしめる理由、それをまず話して頂けませんか。」

 

「それは……」

 

少し千冬は言葉を詰まらせる。

予め木綿季には、学園長への情報開示の可能性があることを知らせてあるし、彼女もそれを承諾してくれている。

が、千冬としてはやはり病状が病状なだけに、易々と話すべきなのか躊躇うのも事実。

 

(いや…)

 

そんな躊躇いを千冬は脳内で必死に振り解く。

そうだ、木綿季は自身の情報を言っても構わないと言っているのだ。その病状を人に話すのも躊躇うはずの本人が。ならば彼女と、そしてそれを助けようとしている弟の願いを受けた自身が不意にするなど出来ようものか。

 

「わかりました…、お話しします。彼女…紺野木綿季の現状と、そしてその願いを…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

………

 

「…成る程、仮想世界で暮らさざるを得ない病状…しかも終末期医療…と。」

 

「はい。彼女の願いとしましては、……終末期医療であるが故に、一つの心残りとして通学という物をしてみたい、と。」

 

一通り話し終えた千冬と、それによって木綿季の病状に一考する轡木。

通えないでいた学校への憧れに、教職を担う者としては何とかしてやりたい思いもある。

だが立場が複雑な学園であるだけに、それを叶えるのも至難の業…もしかすると不可能な物なのかも知れない。

 

「ふむ、教職としては、同情と、その願いを叶えて差し上げたいという気持ちは山々なのですが…」

 

「やはり、難しいものでしょうか?」

 

「これは骨が折れる案件であることには変わりないですな。」

 

「……それは…つまり?」

 

「えぇ。茨の道ではありますが、可能性はなきにしもあらず、と言ったところでしょうか?…織斑先生。」

 

「は、はい。」

 

「二徹ほど、行う覚悟はおありですかな?」

 

二徹…つまり、二日の徹夜…。

つまりそれだけのことで…可能である、と?

 

「それで二人の願いが叶うるのであれば。」

 

「よろしい。ならば紺野木綿季さんには三日後に授業参加出来るようにスケジュール調整いたしましょう。もちろん、織斑先生にはそれをお手伝いして頂きますが。」

 

「謹んでお受けしましょう。」

 

轡木が言うにはこうだ。

外部に漏れても可能な授業内容を三日後に集中。それに伴うスケジュールの差異を調整して、後々滞ることなく授業を回せるようにすること。

木綿季を参加させるに至って、IS委員会に提出する書類を最優先で纏めること。

IS実習への参加も可能ではあるが、その際には千冬と一夏で責任を持って木綿季をフォローすること。

言うには簡単だが、年を通しての授業スケジュールを調整するのだ。数ヵ月先を見越しての物なので、かなりの作業ともなる。更には数ヵ月前から用意しておく、本来オープンハイスクールの為の必要書類を仕上げろというのだから、徹夜など通り越して、二日で出来るかどうかすら怪しい内容だ。…だが、千冬はそれが茨の道ならば喜んで受ける心積もりだった。

他ならぬ、愛しい愚弟と、その彼が思いを寄せる少女のために…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに

後ほどこの件に関する通信会議が開かれ、轡木と共にIS委員会が参加したのだが、自身らの保身のためと見て取れるような発言で反対しようとする連中を彼は黙らせた。

 

『お前らなぁんか勘違いしとりゃせんか?あ?』

 

『お前らのためにIS学園があるんじゃねぇ。学びたいという生徒のためにIS学園があるんだ。』

 

画面越しでもその凄みと共に、ドスの効いた声が彼の口から放たれ、IS委員会の誰もが言葉を失った。中にはしめやかに失禁する委員もいたとかいなかったとか…。

そして轡木十蔵はIS委員会や関係者からこうも呼ばれることになる。

 

 

白髪鬼(ホワイトヘアードデビル)』、と…




轡木氏のキャラが分からずこうなった…

元ネタ…分かる人多いだろうな


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第27話『嵐の来訪』

執筆中、現実の外では台風が通り過ぎているという謎のリンク。


さて

どこぞのお偉いさんの高そうなスーツに加えて椅子までもが、アンモニア臭漂う液体に蹂躙され、新調せざるを得なくなっていることなど露知らず。

寮長室から自室へ戻った一夏はぐったりと椅子に座り込んだ。ある程度の伸縮機能が設けられたこの椅子は、体重を掛けることによってリクライニングし、得も知れぬ心地良さを与えてくれる。

 

「あ~……マジで疲れた。人に物を頼むって、ホントに緊張するんだな~。久しく忘れてかも。」

 

『でも千冬さんには感謝しても仕切れないよ。もし無理でも、またちゃんとお礼言わなくちゃ。』

 

「和人にもな。プローブ貸してくれたんだから。」

 

『それはもちろんだけど…でも何より…』

 

「何より?」

 

『一夏にありがとう、だよ。一夏が案を出してくれなかったら、何も始まらなかった。このまま燻った思いのままで、その時を待っていたかも知れないもん。だから一夏、ありがとね。』

 

「…おう。」

 

これで後は木綿季の授業参加を認めてもらえれば万々歳、なのだが、そればかりは学園長と、IS委員会の判断に委ねるしか無い。

待っているだけしか出来ない、と言うのは何とも歯痒いものだが、こればかりはどうしようも無いのも事実であった。

 

「夕飯まで少し時間あるし、どうするかな~。」

 

『宿題は?』

 

「抜かりないぜ?昨日木綿季の所から帰ってソッコーで終わらせたからな。」

 

『ALOにインするには…少し中途半端だね~。』

 

「たまにはいっ君が自炊したら良いんじゃない?冷蔵庫の中の豆腐の賞味期限がヤバかったよ~?」

 

「え!?マジで!?それは確かに使わないとな~。捨てるのは勿体ないし。」

 

『そうだね。お豆腐だったら麻婆豆腐とか豆腐ハンバーグとか?』

 

「それ以前に、なんで豆腐って、『腐った豆』って書くんだろうね?腐るって意味じゃ発酵してるのは納豆なのにね~?」

 

「さぁ?」

 

「兎にも角にも、束さんはいっ君特製の豆腐ハンバーグが食べたいゾ☆」

 

「そうだな。束さんのリクエストもあったことだし、豆腐ハンバーグに……………………………………ん?」

 

『へ?』

 

「お?」

 

 

……

 

………

 

ウサギだ。

ウサギがいた。

ウサギの耳を模した機械的なカチューシャ

胸元を大きく開かせたエプロンドレス

腰まで届く深紫の艶やかな髪。

そんな女性がベッドで俯せになりながらも頬杖をつき、ピコピコと足を上げ下げしていたのだから。

 

「た、束さん?」

 

「うん!皆のアイドルの束さんだよん!ハロハロいっ君!久しぶりだねぇ☆」

 

どうしてここにいるのだろう?

念の為に部屋の入口、そのドアの鍵は掛けておいたはずだ。窓も然り。にもかかわらず、何故彼女がここにいるのだろう?

 

「次にいっ君は、『なんで束さんがここに!?鍵は掛けておいたハズなのに…!』…と言う!」

 

「なんで束さんがここに!?鍵は掛けておいたハズなのに…!……ハッ!?」

 

いつの間にやら彼女のペースに乗せられ、とある漫画の主人公の得意技をかまされてしまった。

してやったり、という状況を抜きにしても、束はいつもと変わらずニコニコと笑みを浮かべ、一夏の反応を見て楽しんでいる。

 

「まぁまぁいっ君。細かいことを気にしてはいけないのだよ。…まぁ純粋にいっ君のご飯を食べたいというのもあったんだけど……。」

 

「けど…?」

 

「中々面白い物をつけてるねぇ?」

 

束の視線は一夏…その右肩にあるものをジィッと凝視するように釘付けになる。

さしもの束も、和人達学生が手掛けるプローブの情報は得ていないらしく、物珍しそうに前後左右上下から見つめる。

 

「これは…カメラかな?…にしてはシャッターも切れそうに無いし、……むむ?束さんレーダーが通信を…?これはもしや遠距離でも視聴覚の情報を得られるとか?」

 

「さ、流石束さん…ほぼほぼ正解です。」

 

「むむ?ほぼほぼ、と言うのは…まだ他に機能があるって事なのかな?」

 

どうやら天災で天才の束にとってプローブと言うのは中々に興味深い対称らしく、だがしかし自身の出した見解が100%の解では無かったことが気になるのか、少し頬を膨らませる。

 

「えっと…接続先は…何というか、仮想世界…なんですよ。」

 

「ほへ?」

 

「現実世界での視覚と聴覚で得られる情報を、仮想世界でリアルタイムで得ることが出来る、そんな装置なんです。」

 

「むむむ…仮想世界だったのか。流石の束さんも仮想世界に関しては余り詳しくないからねー。中々に良く出来てるんじゃ無いかな?…作ったの、例のサバイバーの子でしょ?」

 

「え、えぇ。まぁ。」

 

「よしよし、じゃあ今度挨拶に伺うことにするよ~。」

 

世紀の天災の篠ノ乃束博士に『良く出来てる』なんて評価を受ければ、世の科学者達は羨むだろうがしかし、一夏にとっては和人に同情せざるを得なかった。…もし興味をこれ以上持たれでもしたら、結構纏わり付かれそうな予感がするためである。

 

「…で?で?今誰かに繫がっているのかい?」

 

「え、あ、はい、繫がってますよ?」

 

「ほほぅ。」

 

キラリと束の目が怪しく光ると、プローブに向かって手で擬似的なスピーカーを作り一言。

 

「あなたは、そこにいますか?」

 

「………。」

 

『………。』

 

「おふ……無言で、そして白けた視線が束さんには気持ちい…もとい痛いよぅ……。」

 

無言の空気というものに当てられてか、束はくらりくらりとめまいでも起こしたかのように額に手を当て、くるくるりと回りながら実に芝居をかけてベッドに倒れ込んだ。顔がどこか紅潮しているのはなぜだろうか

 

『えっと…。』

 

「大丈夫だ木綿季。束さんは元々こういうキャラだし。」

 

『そ、そうなの?…この人が…世紀の大天才…篠ノ乃博士…。』

 

かのISを作り上げた世界最高峰の天才…もとい天災と謳われる女性だ。さぞ聡明でインドアな雰囲気の人物かと思っていた木綿季だったが、実際目にしてみれば何の事か、かなりテンションの高く、ユーモア溢れる明るい人物であることに呆気とられてしまった。

 

「…とにかく束さん。これで繋がっているのはわかってもらえましたか?」

 

「あ、うん。その辺はオッケーだよん。…しかしまぁ…いっ君、また女の子だねぇ…。」

 

『………また?』

 

束の発言に、木綿季の声のトーンががくりと下がり、底冷えするようなそれがプローブから発せられた。それはまさに閻魔か何かを彷彿させるような、それでいて部屋な空気の温度が軽く3度ほど下がるような…。

 

『一夏、どれだけ女の子に手を出してるの?』

 

「て、手を出してるって…俺は…」

 

「んとね~、束さんのかわゆい妹の箒ちゃんに、中国とイギリスとフランスとドイツと日本の国家代表候補生と、ロシアの国家代表かな~?」

 

『い・ち・か?』

 

「ひっ!?」

 

部屋の温度が更に低下し、プローブから発せられる絵もしれぬプレッシャーから、一夏は情けない悲鳴を上げる。

あぁ、これは結ばれたら尻に敷かれるかもしれないなぁ、と束はしみじみと感じる。

もちろん束としては、妹の箒が幼馴染みであり、長年の思い人である一夏とくっつくならばそれはそれで喜ばしいと思う。

だが一夏が箒を選ぶかどうかはまた別問題だ。それは確かに、愛する妹の悲しむ顔など見たくはないが、こればかりは当人たちの問題である。さしもの天災であっても、人の心まで把握しきれないのは歯痒いところではあった。

 

「ところで束さん。ここに来た本当の目的って何ですか?」

 

「ほへ?」

 

「何の目的もなく束さんがここに来るとは思えませんし……俺の料理が食べたい、とか言うのはあくまでも建前なんじゃないですか?」

 

「へぇ…、いっ君鋭いねぇ。ちょっと束さんも驚いたよ。」

 

束の目が、いつものぽわぽわと、そしてにこにこしたものから、どこか鋭いそれへと変わる。口元は笑っているのだが、そのギャップと、今までみたことのない彼女に、一夏に加えて初対面である木綿季までもがゴクリと喉を鳴らしてしまう。

 

「おっと、束さんとしたことがシリアスモードになっちゃったよ。」

 

直ぐさまにパッと表情をいつもの柔らかな物へと戻した束は、一夏の右手をとって、自身の顔に近づけていく。

 

「いっ君、あのね……」

 

「は、はい……?」

 

「あのね…束さんに…」

 

「束…さんに……?」

 

いつになく妖艶な束の声色に、思わず声を裏返してしまう。

少し前屈みで一夏の顔をのぞき込む束。その服は胸元が開けており、肌があらわになっている部位からは、普段から自己主張してやまない、おっきなおっきなメロンの谷間がこれでもかと、そして嫌が応にも眼に入ってしまう。

文字通り大人の色気に一夏は、先程とは違う意味でゴクリと喉を鳴らす。

徐々に近付く顔と顔。

具体的には唇と唇。

もはやこのままでは、アーンで、イヤーンなことになってしまう!

そうなれば、この小説は『こっから先はR指定だぜ』な事になりかねない!

 

『だ…ダメーーーーー!!!』

 

そんな二人に待ったをかけたのがプローブ、その中にいる木綿季だった。

突如とした大声に、一夏はビクリと身体を跳ね上げ、束は何の驚きもないようにプローブを見詰める。

 

「おやおやぁ?何がダメなのかな?」

 

『えっと…そ、それは…そのぅ……』

 

「何が…というか、何を想像してたのかな?ん?」

 

そんな束の囁きに、プローブの向こう側で『ボンッ!』とか言う効果音が聞こえた気がした。

その後は何故か、『あぅ……』とか細い声での呟きがポツポツと聞こえ始める。

 

「あっはは!中々面白いね君!」

 

「えと…束さん?」

 

「別にいっ君を取ったりしないよ?あ、でも、取るって意味じゃ取ったことに変わりないかな?」

 

『へ?』

 

変に思わせぶりな束の言動に、一夏のみならず、木綿季も気の抜けた返事をしてしまう。

そんな二人を知ってか知らずか、半分一夏に寄りかかっていた束は、ピョン、という音が相応しいまでの動きで飛び退き、窓の方へと小躍りしながらその位置を移す。

 

「じゃあじゃあ!束さんの目的は果たせたからさ!そろそろちーちゃんが来そうなんでお暇するねー!!」

 

そういった瞬間、一夏の部屋を重々しいもので叩いているかと思うような、ゴンゴン!という音が響く。何故か知らないが、『束ぇぇええええぇぇぇ!!!!!』とか叫んでいるのは気のせいだろうが…。

 

「おやおや、もう嗅ぎつけてきちゃったんだね。いやいや、束さんてば愛されてるねぇ~。思わず鼻から命の水が噴き出しそうだよ。」

 

相も変わらず扉からは、重々しいノックと共に、『そんなわけあるか!この駄兎があぁぁぁぁ!!』などと言う叫びが木霊しているが、多分きっと恐らくメイビー空耳だろう。

 

「そんじゃ!いっ君に()()()()()!サラダバー!!」

 

そう言って束は窓を全開にすると、ここは一階でないにも関わらずそこから身を投げ出した。

それと同時に、一夏の部屋の入り口のドアが()()に砕け散り、黒い何かが目にもとまらぬ速さで駆け抜け、束の後を追うように窓から飛び出していった…。

 

「………。」

 

『な、なんか…嵐みたいな人だったね…』

 

「あぁ…なんせ天災だからな。ホントに。」

 

昔からの付き合いもあるが、極端なまでの好感と嫌悪の隔たりをつける彼女は性格もかなり破天荒なので、そんな彼女は良くも悪くも子供をそのまま大きくしたような性格だった。

 

「ん…?」

 

『どしたの一夏?』

 

「いや…木綿季のこと、ゆうちゃん、て。」

 

『あ、そーいえば…一夏のこともいっ君て呼んでたし、人に呼び名をつけるのが癖なの?』

 

「いや……あの人は人見知りなんだ…それも極端な。」

 

『へ?』

 

「あの人は自身が好きな人間とそうでない人間に対する対応が極端なんだ。前者はあんなハイテンションで、後者はあからさまな嫌悪感…下手すりゃ認識そのものをしない扱いをするんだ。」

 

『そ、そーなんだ…。』

 

自身の生みの親ですら正しく認識していなかった束を見ていただけに、彼女の気難しさという物を理解はしているつもりだった。

しかし…

 

「気をつけろよ木綿季。」

 

『へ?』

 

「名前を呼ばれたって事は、あの人に気に入られたって事だ。…つまり目をつけられた。」

 

『え、と?』

 

「まぁ…下手すりゃ熱烈ラブコールがあるかもな。千冬姉みたいに…」

 

「えぇぇ……」

 

プローブ越しからの木綿季のゲンナリした声に、一夏は同情以外の選択肢が思い浮かばなかったのは言うまでもない。



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第28話『異変』

「いやいや~!ちーちゃんと鬼ごっこなんて何年ぶりかな~!久々に束さんも童心に返ったみたいで新鮮だったな~!」

 

喜色満面でラボに戻った束は、泥だらけになったエプロンドレスを脱ぎ捨て、瞬時に同じデザインの新しいものへと着替えた。

 

「あれあれ~?もしかして、読者のみんなは束さんのお着替えサービスシーンを期待してたのかな~?でも残念~!挿絵もないので、そこは想像力でカバーしてね~?」

 

誰に話しているのかわからないが、兎にも角にも着替え終えたことに変わりなく、ルンルン気分丸出しのまま、ラボのメインコンピュータの椅子にどかっと座ると、懐…胸の谷間に手を突っ込んで、とある装置を取り出す。

それはちょっとした端末。データ蓄積用の媒体から細く伸びたケーブルの先には、差し込み用の端子が備わっており、これを差し込むことでデータの抽出、もしくは送信を高速で行うことが出来る、束お手製のものだ。

 

「お帰りなさいませ、束様。」

 

端子を差し込んだところで、束の娘的存在であるクロエが、トレイにコーヒーを乗せて彼女の元へとやってくる。

 

「たっだいま~クーちゃん!」

 

「束様、いつになくご機嫌がよろしいですね。何かありましたのでしょうか?」

 

「ん~?まぁね~?ちーちゃんと遊べたし、面白い子と出会えたし、なによりも…」

 

端末からのデータ抽出を終え、そのファイルデータをディスプレイに表示する。待ちに待ったデータの閲覧に、束の心はいつになく昂揚する。

 

「白式の最新データが取れたからね~。」

 

白式…つまり一夏の専用機だ。

実を言うと、前話で一夏に迫ったとき、密かに袖口に忍ばせておいた抽出装置の端末を、待機状態の白式に挿入。一夏や木綿季と話している隙に、まんまとデータの吸い出しをしていたのである。

 

「さてさてではでは~!御開帳~!」

 

「束様、少し表現が卑猥な気がします。」

 

そんなクロエのつぶやきなど耳に入っているのかわからないが、兎にも角にも束は嬉々としてファイルデータに目を通していく。

高速でディスプレイを流れゆく数式の羅列は、並大抵の動体視力では閲覧もかなわず、よしんば見ることが出来たとしても理解できる物ではない。

だがこの篠ノ乃束のスペックは、そういった分野に置いてもオーバースペックであり、その全てに目を通していく。

待ちに待ったデータに喜色満面の束の表情。

 

しかし…

 

数式の羅列を1分ほど流した辺りから、彼女の表情は曇り…否、険しい物へと変わっていく。

 

「な、なんなの…これ……。」

 

「…?束…様?」

 

普段、いや、今まで聞いたことのない彼女の震えを孕ませた声に、クロエですら不安げな声を上げてしまう。

ディスプレイを見詰める束は、どこかあり得ない物を見るようであり、口を半開きにして唖然としている。

 

「い、いっ君……一体…君は……白式を……」

 

静かなはずのラボの中で、そのつぶやきだけがいつまでも残滓として残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日月曜日

世間では一週間の始まりと言うことで、ある者はやる気を出し、ある者は逆に削がれ、両極端な気持ちの物が大半を占めるであろうこの日。

一夏はいつも通りの授業を行っていた。

明日菜と共に行う予習・復習による勉強によって、一夏の学力はメキメキと上昇しており、授業もかなり余裕を持ててきている。

 

だが…

 

そんな中で一つの問題…それも前代未聞の問題が起ころうなどと、誰も予想だにしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏。」

 

二限目の授業が終わり、更衣室へ向かおうとする一夏を、よく知った声が呼び止めた。

振り返れば、自身の担任であり姉でもある千冬が、出席簿を片手に立っていた。

 

「えっと、どうかしましたか?織斑先生。」

 

「今はプライベートで話しかけたのだ。名前で構わん。」

 

「わかったよ。それで、どうしたんだ千冬姉。」

 

「例の件だが…」

 

「例の件…?」

 

ここで一夏は一考する。

解りやすいように言うでもなく、例の件、などと伏せたような言い回し。

だが木綿季のことと察したのか、『あぁ。』と応じる。

 

「昨日、学園長と話し合った結果、明後日に日程が決まった。それだけを伝えようと思ってな。」

 

「そ、それって……」

 

「そういうことだ。『彼女』にはそのつもりで居るように伝えておけ。」

 

「そっか……そっか…!!これで木綿季の夢が…!」

 

「感極まって喜ぶのは構わんが、次はISの実技授業だ。遅れるなよ、織斑。」

 

「おう!解ってるよ千冬ねばっ!?」

 

千冬姉、そう言おうとした時、一夏の頭に漆黒の出席簿がめり込んだ。

 

「…いいか織斑。紺野のことは姉としてなんとかするとは言ったがな。授業に関してはあくまでも担任として言ったのだ。いい加減に、公私の切り替えという物を学べ。これから生きる上で必要な事だ。」

 

「は、はい…。」

 

「宜しい。では行ってよし。…兎にも角にも遅れるなよ。」

 

素直に聞き入れた一夏に満足したのか、口元を少し吊り上げつつ踵を返すと、千冬はその場を後にする。未だ頭の痛みが治まらぬ中で、廊下の角を曲がり姿が見えなくなった姉を見送る彼のその顔は、申し訳ないやら嬉しいやらで複雑なものだった。

 

「一夏さん、早くしないと遅れますわ……って!一夏さん!?大丈夫ですの!?」

 

教室から着替えるISスーツを持ったセシリア。遅れないか心配で声をかけたのだろうが、何を驚いたのか、慌てて駆け寄ってくる。

 

「セシリア?どうかしたのか?」

 

「どうかって……一夏さん、その頭は…!」

 

頭?あぁそうか。さっきの出席簿アタックでデッカいタンコブでも出来てるのかな?

 

「大丈夫だよ。さっき織斑先生に例の折檻を貰ったんだ。慣れたよ。こんなの、時間が経てば直るさ。」

 

「い、いえ、その…時間云々の問題ではないような気がするのですが…。」

 

「へ?」

 

「出席簿…頭にめり込んだままなのですが…。」

 

………。

どうやら、千冬の折檻のレベルがどんどんレベルアップ…むしろ、移行(シフト)してきているようだ。ISに関わっているだけに、こういう所まで合わせなくても良いのに。

 

「そうか…めり込んだままかぁ…。」

 

「で、ですので保健室に…」

 

「千冬姉…出席簿なしでどうやって出席取るんだよ…。」

 

「心配する所はそこですの!?」

 

セシリアの突っ込みもよそに、一夏の心配は明後日の方向へ向いているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、ではこれよりISによる格闘訓練を始める。」

 

数分後

第一ISアリーナ

広大な敷地の中で一年一組と二組の生徒がおのおの整列し、向き合う形でジャージに着替えた千冬と副担任の山田真耶という立ち位置。

それぞれが支給品のISスーツ、専用機持ちは各種デザインの物を着用し、千冬の号令に耳を傾ける。

 

「各班に分かれ、それぞれ打鉄、もしくはラファール・リヴァイブを選択。順番に近接武器による近接戦闘を行って貰う。」

 

と、ここで千冬は、ただし、と言葉を繋ぐ。

 

「打鉄には近接長刀の葵、ラファール・リヴァイブにはブレッド・スライサーを固定とさせて貰う。それぞれ班員で相談し、望む方を選択しろ。」

 

打鉄とラファール・リヴァイブの特性においても、防御型か機動性型かの違いもあるのだが、各々の武器にもその傾向が見られる。

葵においては、その長い刀身から繰り出される斬擊とリーチはなかなかの物だが、その分重量があり、取り回しが難しい。

対しブレッド・スライサーは、短い分リーチも一撃の重みもないが、小型故の取り回しが長所だ。

つまり、高い防御から来る高い攻撃力(スーパーロボット系)か、高い機動性からの小技(リアルロボット系)かである。…たぶん。

 

「…よし、各班にISが行き渡ったようだな。なら一番目、搭乗しろ。」

 

IS学園に入ってから早半年。入学当初に千冬は、ISの基礎を半年で覚えて貰うと宣ったとおり、クラスの生徒は最初のようなおっかなびっくりではなくなり、もはやほぼ流れるような動作で打鉄、ないしラファール・リヴァイブを身に纏うようになっている。あの頃に比べれば随分と成長したものだと、内心千冬は感慨深く感じる。あくまでも内心感じるだけで口にはしないが。

 

「では各班の専用機持ち。ISを纏い、近接装備を展開しろ。」

 

ここにきて、若干セシリアの顔色が悪くなる。

なんとなく、なんとなくこれから行われる訓練が読めてしまう。

…恐らく、これから行われるのは、専用機持ちと訓練機による近接装備による模擬戦。…つまり、彼女の苦手分野だ。普段、射撃ほどではないにせよ、それなりにインターセプター(ダガー)の訓練はしてはいるのだが、そこまで芳しい成果を得られていないのも確かだ。さすがに武装呼称せずとも展開は出来るのだが…。

ともあれ、嘆いていても始まらないので、大人しくブルーティアーズを展開し、件の武装も装備する。機体色も相俟ってなのか、ブルーが入るセシリアの心境とは別に、とある班でざわめきが生まれている事に気付く。

 

「どうした織斑。早くISを展開しろ。」

 

絶対君主である千冬が、件の班…セシリアの思い人たる一夏の班へと言葉を鋭く発しながら近付く。他の専用機持ちが既に展開する中で、彼だけが未だ展開せずにいたのだ。

右手のガントレットに左手を添え、目を瞑り、必死に集中しているのだが、肝心の白式がうんともすんとも言わないのだ。

普段の彼なら、代表候補生には一歩及ばないにせよ、かなりの展開速度で身に纏うことが出来るはずなのに…。

 

「織斑、ふざけているのか?早く白式を展開しろ。」

 

「やったんだ…。やったんだよ!必死に!その結果がこれなんだよ!!」

 

展開できない苛立ちからか、語気を強める一夏。どうやら千冬の言うようにふざけているようではないのだが、端から見れば、普段展開できるにもかかわらず何故展開しないのか、という疑問に行き着くのは自然な形ではある。だが一夏の表情に、まるでふざけているそれはなく、真剣そのものだった。

 

(なんで…なんでだよ白式!?なんで起動してくれないんだ!)

 

物言わぬ相棒に、一夏は必死に念を送るものの、未だ答えぬ白銀の鎧。焦りと不安だけが、一夏と、周囲に蔓延していく。

 

「くそっ……頼む!来てくれ………来い…白式ぃぃぃぃ!!!」

 

一夏の叫びの刹那、

彼のガントレットからまばゆい光が発せられ、アリーナの一角を包み込む。周囲の生徒もさることながら、教師陣も突然のことに目を庇い、まぶたを必死に閉じる。

 

「くっ!何が起こった!?」

 

「私の目が!目をぁぁぁ!!」

 

「ら、ラウラ…余裕だね…。」

 

「で、でもこの光じゃまともに見えないわよー!!」

 

ハイパーセンサーによって視野が広まっているだけに、否が応でも光が眼に入ってしまうため、専用機持ちの面々も身動きが取れずにいた。

 

そんな時間が…10秒ほど続いたのだろうか。

 

ようやっと白式からの発光が収まり、目がチカチカとする中で一人が呟いた。

 

「い、一夏…?」

 

やはり、と言うか、視界が最初に正常化して声を発したのは、ISを纏った面々ではなく、生身で規格外のスペックを持つ千冬であった。その声には、どこか見るはずもないもの、信じられないものを見たと言わんばかりに震えており、普段の彼女の立ち振る舞いからは到底想像出来ないものだ。動揺しているのか、授業中にも関わらず彼を名で呼んでいる。

 

「それは…そのISは…?」

 

「千冬姉…?俺のISがどうしたんだ?」

 

「それは…それは…!」

 

目が見えるようになってきた生徒も、一夏のISには見覚えがあった。

その姿は、一夏が纏う『白式雪羅』ではなかった。

左手の複合武装ユニットである雪羅の姿形はない。

背面の大型四連スラスターもない。

その白式は…

 

「なぜ…一次移行(ファーストシフト)の白式に戻っているんだ!?」

 

銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)との戦いの最中に二次移行(セカンド・シフト)を遂げる前の姿だったのだから。




三次移行ではなく、まさかの一次移行までの退化!


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第29話『激戦の予兆』

放課後 IS学園地下 秘匿研究室

データ取りや整備を行うこの部屋の一角に、白亜のISが展開、鎮座されていた。幾本にも及ぶケーブルを接続され、その先に大型のコンピュータ。それに複雑な数式の羅列がスクロールしていく。

 

「ISの逆移行(シフト)…確かに前例がない…ですね。」

 

白亜のIS…白式のデータを見ながら、彼女…山田真耶は呟いた。そもそも、二次移行(セカンド・シフト)そのものの実例が少ないのが現状だ。その中での逆移行(シフト)など、聞いた話もない。

今まで蓄積したデータと照らし合わせても、ほとんど寸分違いなく一次移行(ファースト・シフト)したときと変わらない。それは文字通り、退化と言っても過言ではないほどに。

 

「…そうか。…すまんな山田君。手間をかけさせた。」

 

「いえ。流石にあんなのを見せられて、放っておけないですから。」

 

「それでも、済まなかった。」

 

「あはは…まぁ何にしても、織斑君も大変ですね。ISにしても、女性関係にしても。」

 

軽く頭を垂れる千冬に、真耶も苦笑いを隠せないでいた。

どちらにせよ、白式の退化と言うものは信じがたい物だが、受け入れなければならない事実であるのも確かで、それは一夏においても同じ事だった。

あの後、一夏は白式の姿が戻ってしまったことに、取り乱すことはないにせよ、少なからずショックを受けていた。自身の半身ともいえる機体の退化にショックを受けない方がおかしいのだが、それでも踏みとどまったのか何なのか解らないが、そのまま授業をなんとか終えた後に、白式を預かって今に至るわけだ。

そして件の一夏はというと、平穏平常を装っていたが、やはりどこか陰りを見せており、元気を演じている…所謂、空元気であった。

そんな一夏の気張りを察してか…いや、落ち込む姿を見せまいとする彼を支えて、その位置を不動のものとしようとする算段があってかは解らないが、例の女子軍団は我先にと一夏に優しくし始めていた。そして優しくされる彼を見て、嫉妬に駆られた残りのメンバーが実力行使に至るのはいつもの流れである。

 

「…アイツは誰に対しても分け隔てなさすぎるんだ。それが時に自身を傷つける茨となるのにな。」

 

「でも無自覚でも、そうした振る舞いが出来るのが、良くも悪くも彼が彼たる由縁だと思います。」

 

「そう、だな。」

 

よく言えば誰にでも優しく、悪く言えば八方美人。

しかしそんな彼の思い人を…それも仮想の現実に生きる少女の存在を知ればどうなるか?

…下手をすれば、学園内で世界大戦が起こるかもしれない。

どちらにせよ、せめてアリーナでドンパチして欲しいと千冬は思う。

嫉妬に駆られて無断のIS、そしてそれによる教室…いや、校舎の破壊は不必要だ。今までお咎めがなかったのは誰のおかげだと、一晩語り尽くしたいほどである。

 

「…とにかく、白式を解析しても何も解らなかった。…これ以上は時間の浪費だな。」

 

「そう、ですね。せめて原因究明が出来れば、元に戻すことも出来たのですが…。」

 

「こればかりはどうしようもない。…我々とてISの研究家ではないからな。…移行(シフト)、恐らくはコア関連の問題だろうが、こればかりは開発者(あの阿呆兎)でもなければわからんだろう。」

 

昨日の来訪を嗅ぎつけて逃げた束を追走したはいいが、肉体こそこちらに軍配が上がるとはいえ、科学を駆使した逃走には流石に撤退を許してしまった。

ともあれ、あの天災が何の目的もなくのこのこやってくるとは思えない。…もしかしたら、白式の何らかの異質な反応でも感じて、それを確かめにでも来たのか…。

 

「一夏には酷かもしれんが、この現状を受け入れて貰うしかあるまい。その上で研鑽を積み、二次移行(セカンドシフト)を待つしかないだろう。」

 

「そう、ですね。」

 

解決になっているのかは解らないが、結論としては弾き出されたようではある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………。」

 

その日一日の学業を終え、ふらりと自室に戻った一夏は、バッグを床へ無造作に放置すると、ベッドへ前のめりに倒れ伏した。布団の柔らかなクッションが程よく一夏の身体を受け止めてくれるのだが、彼にとっては取るに足りないものである。

 

『お、お帰り一夏。』

 

「おう…ただいま木綿季…。」

 

顔を上げることなく、ベッドに突っ伏したまま、プローブ越しの木綿季の迎えに応じる一夏。身動き取るわけでもなく、ベッドに寝転んだままの彼に、木綿季はどこかしら違和感を覚えた。

木綿季は彼の性格をなんとなくだが解ってきている。恐らく普段の一夏は、帰っていの一番に制服を脱いでハンガーに掛け、シワが付かないようにするはずだ。シワ伸ばしのアイロン掛けという手間を省くために。だが今の彼は、そんなことも気にかけることなく、制服のままベッドに突っ伏している。

 

『い、一夏…何か、あったの?』

 

「ん~…何でも…ない。」

 

嘘だ。

無気力に応じる彼の言葉に、覇気というか、自信というか、そう言った確たる物がない。木綿季の中で、彼に何かあったことは確かだと、確信に変わっていった。

だがIS学園…その機密に関わる事だとすれば、自分はお払い箱だ。相談に乗りたいが、しかし乗れないかもしれない可能性に、木綿季はもどかしさや歯痒さを感じる。

 

『あ、そだ一夏。』

 

「ん~…?」

 

『今日って、ALOにインできる?』

 

「出来るって言えば出来るけど…。」

 

『やたっ!なんかね、一夏が燃えそうな催しがあるらしいよ!』

 

「燃えそうな催し?…なんだよそれ?」

 

『ふっふ~ん♪それは見てのお楽しみ!』

 

妙に勿体振る木綿季を不思議に思いつつ、一夏はようやくベッドから身体を起こした。

そういえば昨日はインしていなかったな。

あんなことがあったんだ。少し気晴らしするのもいいかもしれない。

 

「解った。…じゃあ、宿題と夕飯終わったら、な?」

 

『うん!』

 

いっぱいの喜びを声に乗せて、木綿季は答えた。

仮想世界とはいえ、想い人と共に時間を過ごす為なら、待つことなど造作もない。

そう…!一夏の為なら…

 

「うへ…少しシワになってる…。」

 

『へ?』

 

意気込む木綿季が一夏に視線を戻せば、制服上衣を脱いで、上半身をインナー一枚にした彼の姿が目に飛び込んできた。白いシンプルなインナーの下には、普段の鍛錬で鍛えられた筋肉が隆々としており、ボディビルダー程とまではいかないが、かなりの筋肉質であることが窺い知れる。

割れた腹筋と、盛り上がった胸筋。太く、逞しい上腕二頭筋。

ALOのアバターでは、筋力があっても姿に反映はされないが、リアルの彼の肉体を見て、改めて木綿季の視線を釘付けにされてしまう。

 

「こりゃ…寝る前にアイロンでもかけておかなきゃな…。」

 

『はわ…わ…!』

 

「ん?どーした木綿季。」

 

『な、何でもない!何でもないよっ!?』

 

思春期真っ盛りの木綿季にとって、同年代の…一夏の半裸は中々に刺激的だったようで、彼女が目を逸らしたのがプローブにフィードバックされ、カメラアイが真後ろを向いてしまった。

 

「…変なヤツだな。」

 

(一夏の馬鹿~っ!なんでいきなり目の前で脱ぐのさ!?さ、流石のボクだって…恥ずかしいんだからね…!!)

 

メディキュボイドの空間で、顔を真っ赤に紅潮させた木綿季は、一夏の準備が終わるまでずっと後ろを向いたままだったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リンク・スタート。」

 

夕食と宿題、そしてシャワーを浴び終えてベッドで横になった一夏は、アミュスフィアを装着して言葉を紡いだ。見慣れた虹のトンネルを抜け、ログインIDとパスワードを確認し、意識は別世界へと到達した。

27層ロンバールの宿屋の一室にインした一夏…もといイチカは、早速手足の感触を確かめながら歩き出す。一日とはいえ、インしないとやはり違和感を多少なりとも感じるもので、最初は少しふらつきながらもすぐに慣れてきたのか、部屋を後にして一階への階段を降りてゆく。

一階のレストラン兼酒場スペースには、ログインしてきた種族様々なプレイヤー達でごった返していた。まるで宴会のように飲めや食えやの騒ぎの中、その一角で見知った少女がチビチビとジュースを飲んでいる。腰まで届く特徴的な紫髪は見紛うことはない。立ち飲みをもしているプレイヤー達の合間を抜け、イチカはその少女に声を掛けた。

 

「よ、待たせたなユウキ。」

 

「あ、イチカ!だ、大丈夫だよ。そ、そんなに待ってないから。」

 

イチカに気付いたユウキは、どこか顔を赤らめつつ、指をもじもじさせながらイチカから視線を逸らしている。そんなユウキに、『なにかあったのか?』と疑問符を浮かべつつも、席と向かい合う椅子に腰を下ろしたイチカは、店員NPCに烏龍茶と軽食を注文する。

 

「で?面白そうな催しって、何なんだ?」

 

「あ。そ、そうだった!えっと…それはね~?」

 

得意げな笑みを浮かべながらユウキは指でメニューを開くと、アイテムストレージをスクロールさせ、とあるアイテムをオブジェクト化させる。

ヒラヒラと物体として可視化したそれは、A3用紙サイズほどの紙媒体。これがなんだ?と思うだろうが、それに記される文面に意味があった。

 

「今日の昼間にね、こんなチラシが配布されてたんだ。」

 

「えっと…何々?」

 

そこに記されていたのは、『第一回ALO統一デュエル・トーナメント開催』の参加案内の用紙だった。

内容としては誰でも希望者なら参加可で、ルールは時間制限性のトーナメント制で敗者復活あり。ソードスキルあり、魔法あり、飛行ありの戦い。8つの予選リーグのトップが決勝トーナメントに駒を進める方式らしい。

エントリーは四日後の金曜一杯まで。大会は日曜日の一日通して行われるらしい。

 

「へぇ、ALOも中々粋なイベントをするんだな~。」

 

「でしょでしょ!?勿論イチカも出るよね!?」

 

「ちなみに…」

 

「ボクも出るよ!」

 

「だろうな。」

 

この流れだと…キリトやアスナ、リーファやクライン、ユージーン等、腕に覚えのあるプレイヤーがこぞってエントリーするのは目に見える。…流石に知古の仲でもリズベットあたりは、

 

『アンタらみたいな戦闘狂(バトルマニア)とデュエルしてたら、蘇生アイテムやデスペナがいくらあっても足りないわよ!』

 

とかいって辞退しそうだが。

ともあれ、

白式のことで少しブルーになっていた一夏には、すこし気分転換と言うものもいいか、と言う気持ちも芽生えてきたのも確かだ。

 

「そうだな。あたるかどうかは解らないけど、ユウキにはリベンジしたいし、キリトとは久しぶりに戦ってみたいしな。」

 

「じゃあ!」

 

「俺も出るよ。…ユウキ、当たったら…全力でやり合おうぜ!」

 

「うん!こっちこそ、手加減したら許さないんだからね!」

 

かくして…第一回にして、波乱のデュエル・トーナメントの開催が近付いてきていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう…彼も出られるデュエル・トーナメント…。」

 

酒場の一角で、件の二人を見つめる一人の少女。腰まで届く白髪で、幼く、華奢で軽装のそのアバター。しかしその背には、その体躯に似つかわしくない、巨大な太刀を背負っていた。

 

「本来こんな機会はないけど…思わぬチャンスだね。」

 

そんな彼女の小さな呟きは、酒場の喧騒に消えるだけで、誰の耳にも入らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして…

 

「ほう…中々面白いイベントをやるのだな。」

 

薄暗い部屋の中で、書類の山に囲まれた女性が気晴らしにスマホで見たALOのイベント。その項目が目に付き、ニヤリと口元を吊り上げる。

 

「ふむ…これはそそられる。…勿論アイツらも出るのだろうな。…ならば。」

 

言うや否や、彼女はスマホのとあるアプリ(密林さん)を起動し、アミュスフィアとALOソフトをカートにイン!カード引き落とし決算で発送を選択した。到着は木曜日!

 

「仮想世界…アイツの興味の行く先、少し見てみるとしよう。そして…そこで私の剣が通ずるか…試すのも悪くない。」

 

そうと決まれば目の前の書類の山を片付けるに限る!購買で買い溜めておいた『眠眠爆破』を一気飲みし、再び仕事に没頭するのだった。




最後の二人のうち、一人はバレバレだろうな。


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第30話『学校へいこう!』

二日後

 

『ね、ねぇ一夏。』

 

「ん?」

 

『ぼ、ボクまだ心の準備が…。』

 

「大丈夫だ、問題ない。」

 

『それダメなパターンだよ!?』

 

08:30

ざわざわざわめく生徒が、SHRの為に静まりかえった廊下で。

一夏の肩に乗る木綿季はどこか裏返った声で彼に話しかける。

誰もいない廊下はどこか普段以上に声も響きわたり、彼女のその緊張をより一層高めていく。

 

「木綿季が望んだことだろ?腹をくくろうぜ?」

 

『う…うぅぅぅ~…』

 

妙なうなり声を上げる木綿季だが、段取りは着々と進むわけで…

 

「よし、では入ってこい。」

 

 千冬のそんな声が、木綿季にとって死刑宣告にも思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遡ること数分前。

 

SHRの始まるまでのほんのわずかな時間ながらも、1ー1の生徒は未だ談義に花を咲かせて賑わっていた。女三人寄れば姦しい、ともいうが、このクラスではそれがより顕著でもあった。

そんな中、一夏ラバーズの4人はとある席周囲にたむろして、とある懸念を抱いていた。

 

「一夏さん、遅いですわね。」

 

「確かに…いつもなら席に座ってゆっくりしてるのに、珍しいこともあるんだね。」

 

そう、後数分でチャイムが鳴るというのに、4人の中心にある席の主…唯一の男子生徒の一夏が、未だに登校してこないのだ。

 

「ふむ、しかし一夏は普通に私達と朝食は取っていたよな?」

 

「あぁ、定番の焼き鮭定食だった。今日の鮭もよい物だったぞ。」

 

「いやラウラ、鮭の善し悪しはともかくとして…。でも確かに心配だよね。」

 

何を手間取っているのか?普段は可能な限り余裕を持って行動し、規則正しい生活を心掛ける彼が遅刻など、明日はIS学園に隕石でも降ってきて、宇宙からの敵対勢力が現れるんじゃないかと思うほどだ。

そんな心配をしていても、時の流れという物は皆等しく平等に与えられるわけで、聞き慣れた号令が天井のスピーカーから流れ始めた。

 

「仕方ない。席に着くとしよう。遅刻していないのに離席したままで叱責を食らうのは本意ではない。」

 

「ですわね。一夏さんのことは心配ですが…」

 

後ろ髪を引かれる思いではあるが、流石に出席簿を頭部に食らうのは避けたいが為に、そそくさと自分の席へと散っていく4人。

生徒が席について、チャイムが鳴り終わるのを見計らったかのように教室の扉が開き、見慣れたスーツと服に身を包んだ千冬と真耶が入室してくる。

 

「諸君、おはよう。」

 

『おはようございます。』

 

「うむ、では今からSHRを始めるとしよう。」

 

「あの、きょうか……織斑先生。」

 

ビシッと、物怖じすることなく挙手したのはラウラだった。恐らく彼女の言わんとすることは、今この教室にいる大半の生徒の代弁になるだろう。

 

「なんだ?ボーデヴィッヒ。」

 

「嫁…織斑一夏は欠席でしょうか?」

 

「今からその件について話す。聞いていろ。」

 

…どういう事だろう?

SHRで一夏について説明がある?

ここで、生徒の脳内で様々な憶測が飛び交う。

 

まさか転校!?

 

いやいや、とうとう『切り落として』名実共に女の子になったとか!?

 

ここは、IS学園第2分校が出来て、そこの教官に抜擢されたんだよ!

 

うぅん、もしかしたら可能性の獣(意味深)に…!

 

想像力豊かな女子高生は、憶測が爆発し、最初こそ小さかったざわめきが教室中を巻き込んで、大きな喧騒へと変わっていった。

 

「あ、あのぅ…と、とりあえず静かにしてください~…。」

 

弱々しく、あせった真耶が静粛を促すが、小さな彼女の声は女子高生のざわめきにむなしく打ち消され、その無力感から涙が目尻に浮かんでくる。

だがそんな彼女の現状に、『担任』で『世界最強』の女性が黙っているはずもなかった。

 

「し・ず・か・に…

 

 

 

せんかぁぁぁぁぁ!!!」

 

キ、キィィィィィ~!!!

なんとも表見しがたく、そして耳障りな音…いや、むしろ超音波と言っても過言ではないような音が、1ー1の教室内に反響する。

何処から現れたのか解らないが、巨大で、深緑色の、恐らくは中学あたりまでで見慣れた黒板。それを千冬が爪を立てて引っ掻いていたのである。発泡スチロールが擦れる音と並んで不快な音にピックアップされるこれに、先程までざわめいていた生徒はその口…歯を食いしばり、耳を塞いで必死に耐えていた。

 

「山田先生が静かにしろと言ったのが聞こえんのか?んんん?」

 

悦を得たのか、より一層力を込めると共に黒板に爪を立てて、白い痕跡を残していく。より強力な不快音が響くと共に、空間その物が歪んでいる…かもしれない。

 

「…全く、いい加減己を律すると言うことを学べ。騒ぐのは休み時間にしろ。そのために設けられている。…まさか高校生にもなってその程度のことが解らんわけではあるまいな?」

 

愚弟もそうだが、そろそろ学習という物をしてくれという、口にはしないが、そんな千冬の想いは中々叶いそうにない。

 

「よし、では入ってこい。」

 

『し、失礼しますっ!!!』

 

良く言えば元気一杯、悪く言えば喧しいほどの女の子の声の後に、入り口の自動ドアが開け放たれた。

一呼吸置いて入ってきたのは、話題の渦中にあった見慣れた男子生徒である織斑一夏その人である。

何でこんなシチュエーションになっているのか解らず仕舞いの生徒達は、皆が困惑に満ちあふれてきていた。

 

「紹介しよう。」

 

紹介?

織斑一夏じゃないのか?

肩に何か乗っけているが、今更紹介なんて、と言う彼女らの思惑は外れ、黒板が天井に収納された後のスクリーンに、1つの姓名が表示される。

 

「今日から一週間、諸君らと勉強を共に学ぶ、『紺野 木綿季』だ。」

 

『は、初めまして!こ、紺野木綿季です!よ、よろしくお願いしまひゅっ!』

 

 

……

 

………

 

((((か、噛んだ…!))))

 

この時、クラス中の想いが1つになった…!

 

『ふ、ふぇぇ…』

 

「んっんん!!あ~、うん。諸君の気になることは、目の前にいるのは私の弟、織斑一夏の筈が、なぜ紺野木綿季と紹介されたのか、だろう?…厳密にいえば、この場に紺野木綿季なる人物はいない。彼女は今、闘病の真っ直中でな。意識を仮想空間に預けながらの入院生活を送っているんだ。」

 

ただ、と千冬は繋げる。

長い闘病なだけに、外の世界を長らく見ることなく生活している。無論、それに比例して学校へ通うこともなかった。そんな彼女の切望を特例で、一夏の肩にあるプローブを通しての授業参加を許可されたのだ、と。

 

「異例中の異例ではあるが、IS委員会も学園長の説得(意味深)で承認している。IS実技もプローブ越しに見学も許可している。期間は土日を挟んで一週間。…短い期間だが、親睦を深めて欲しい。以上!」

 

「じ、じゃあ、紺野さん。解らないことがあれば、何でも聞いてくださいね。」

 

『ふ、ふぁい…。』

 

かくして…紺野木綿季のIS学園への授業参加が幕を開けることとなったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてつつがなく終えた一限目

ISの座学、その今までの復習を内容とした授業。PICやシールドエネルギー、絶対防御にISコア、アラスカ条約に触れる物など、一般でも調べれば得られる情報ばかりのものだ。生徒達はこの内容に若干の疑問符を浮かべるが、改めて基本を振り返るという事で自己完結させ、その授業内容に集中していた。

その休み時間

やはり、と言うか案の定と言うべきか、一夏の周りには女子による人垣が出来ていた。

わらわらと集まってきた生徒の数々に、一夏はもちろんのこと、プローブ越しの木綿季ですら目を丸くする。

 

「ねぇねぇ!紺野さんて、好きな食べ物は?」

 

『うぇっ!?え、えと…特に好き嫌いはない、です…。』

 

「すごいね、コレ!仮想世界と繋がってるんでしょ!?ねぇねぇ、どんな技術使ってるの!?」

 

『えっと…一夏の友達から借りてるから…ボクはわかんないです。』

 

「好きなタイプは!?」

 

『そ、それは…そのぅ……ひ、秘密です!!』

 

「「「………。」」」

 

いくつか質問をしてみて、全員が一斉に固まって、そして沈黙する。その視線はどこか呆れたかのようで、じっと一夏と木綿季を見詰める。

 

「紺野さん、なんか堅いよ?」

 

『へ?』

 

「もっとフランクにいこうよフランクに!敬語なんていらないよ?」

 

『で、でも、ボクは皆さんより1つ年下で…。』

 

「一週間とはいえ、クラスメイトでしょ?クラスメイトは対等なのよ?年なんて気にしたら負けよ?」

 

押しの強い女子生徒に、どこか気圧されていた木綿季だったが、どこかその押しの強さが嬉しかった。以前の学校生活では、皆に避けられ、虐められていただけに、こうしてにこやかに話しかけてくれるのが心地よく思える。

そして何よりも、自身をクラスメイトとして受け入れてくれたことが、何よりも喜ばしかった。

 

『うん…わかった。じゃあ、改めてみんな、一週間だけど宜しくね!』

 

どこか余所余所しかった木綿季が吹っ切れたのか、おどおどしていた口調は何処へやら、本来の明るく物怖じしない声色へと変化した。

そんな木綿季のテンションにつられてか、周囲の女子生徒は皆が満面の笑みに包まれる。

 

「じゃ~、打ち解けたところでもう一つ質問~」

 

『いいよ!ドンと来て!』

 

こんな気持ちでいられるのは初めて…。もう何も怖くない。

そんな心の底から湧き上がる温かな気持ちを胸に、布仏本音こと、のほほんさんからの質問に応じると木綿季は声高らかに宣った。

 

「ずばり~、おりむ~との関係について~」

 

ピシリ…!と空気が固まった気がした。

主に、一歩引いて見ていた4人からの圧力(プレッシャー)によって。

そうだ、気にはなっていた。

『なぜ、木綿季のプローブが一夏の肩にあるのか』

加えて仮想世界という単語。

つまり、

つまりだ。

仮想(向こうの)世界で二人は出会った。と考えるのが自然と言うものだろう。

 

「もしかして~、おりむ~とはゲームの中で出会ったの~?」

 

皆が問いあぐねている最中、ズバズバと問い詰めるのほほんさん…恐ろしい子…!!

 

『う、うん。一夏とはALOで出会ってね。一緒にボスに挑んだんだよ。ね?一夏。』

 

「そうだよ(便乗)」

 

これは紛れもない事実だ。あれから一週間も経っていないのにずいぶん昔のようにも感じるほどではあるが…。

 

『それで、一夏にボクが病気で入院してることがバレちゃって…お見舞いに来てくれたんだよ。マドカと。』

 

((((マドカ!?また新しい女子……!?))))

 

さり気なく爆弾を投下した木綿季に、例の4人は凍り付く。

どうなってる…どうなっているのだALO!?男女の出会いの場になっているとは…

 

『それでその…病気で長い間入院してるって話したら、友達…和人に掛け合って、このプローブを借りたの。』

 

「そうだよ(便乗)」

 

『一夏は…ボクの願いを叶えてくれた大切な恩人…かな。それも感謝しても仕切れないくらいの…。』

 

しんみりと…だがしかし、どこかその恥ずかしげな声色に、その場にいた誰もが察した。

コイツ(一夏)はまたやらか(オト)した。』…と。だが、実際に結果として惚れる惚れないにも関わらず、誰かの力になろうとするのは彼の魅力でもあり、彼に好意を寄せる面々もそこに惚れ込んだ所もあるので、あぁだこうだと口にする物は誰も居なかった。

 

「じゃあじゃあ!次の質問!」

 

「次の質問は私から出させて貰おうか?」

 

ゾクリ

そんな擬音が、教室中に走った。

加えて、

┣″┣″┣″┣″┣″┣″┣″┣″

とかいうのもしっくりくるプレッシャーも。

 

誰も彼もが視線をプローブから、ゆっくりと背後へ移していく。それこそ油を差していないブリキ人形のように、ギギギギ…という空耳が聞こえんばかりに。

 

阿修羅がいた…いや、阿修羅すら超越する存在(世界最強)がそこにはいた。

 

「お前達はいつになったら席に着くんだ?」

 

何の事かと時計を見やれば、休み時間は終わりを告げている時刻となっており、つまりチャイムは鳴ったと言うことだ。

それを解った彼女らに千冬は、目は怒りを、口元は笑みを浮かべる。

 

「とっくにチャイムは鳴っている!!席に着かんか馬鹿者共が!!」

 

彼女の怒号と共に、蜘蛛の子を散らすかの如く解散し、我先にと席に着く。

やれやれとこめかみを押さえながら千冬は壇上に戻り、2時限目の授業を始める。

 

(一夏…)

 

(な、なんだ?)

 

プローブ越しに小声で話す木綿季。その声は震えており、恐らくは涙目なのだろう。

 

(千冬さんて…怖いね…)

 

(お、おう。まぁ授業中は特にな。でもプライベートだとだらしn…)

 

スコーン!!という音と共に、一夏の言葉は遮られ、同時にプローブも何かの衝撃でカメラがひどく振動する。それと共に、何故かメディキュボイド内部にいる木綿季の額に、鋭い痛みが走った。

 

「『いったぁぁぁぁぁっ!?』」

 

「おい織斑、紺野。授業中だ。静かに受けろ。いいな?」

 

「『は、はい。』」

 

投げられたのはチョーク。一夏の額と、そしてプローブに、見事なまでのコントロールでぶつけてきたのである。

しかし現実世界の一夏ならまだしも、仮想世界の木綿季にまでダメージを与えるとは、やはりいろいろと自分の姉は規格外だと改めて思い知らされた一夏だった。



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第31話『紫天』

「やた!出来た!!」

 

薄暗いラボで、束は歓喜した。

三日間の貫徹で仕上げた1つの作品。それがそこにある。

それは白でもなく

ましてや紅でも

そして黒でもない

束がある人物のために作り上げた、『完全新機種(オリジネイター)』。

今までのISの機構の一線を画し、そして何より斬新!

 

『おめでとう、束君。』

 

「いやいや!ありがとね~!君の協力がなければ、このシステムの実装は出来なかったよ。これは束さんの分野外だからね~。」

 

『こちらこそ…君の頭脳には改めて感服させられたよ。君のIS発表当時はあまり興味が湧かなかったが、実際触れてみれば何の事か、中々にそそられるではないか。』

 

束の問いに対して、ディスプレイから一人の男性の声が響く。音声だけで顔は解らないが、声からして四十代ほどと言ったところだろう。

 

『しかし話してみれば、君の夢と、そして私の夢とは似たところもあるものだな。』

 

「そうだね。束さんは宇宙という無限のフロンティア。そっちは夢に見た、城が空に浮かぶ世界。見たこともない世界を求める。そんな意味じゃ似たもの同士なのかな?」

 

『世間じゃ、我々は犯罪者や手配犯という点においてもね?』

 

「類友だね類友!」

 

フッ…違いない、と男性も、自身に少し皮肉を込めたように声を響かせる。釣られて束も声を上げて笑い出した。

 

 

ひとしきり笑い合った束は、仕上げた物が格納されたソレを手にし、立ち上がる。

 

『早速渡しにいくのかい?』

 

「モチロン!二人の合作の勇姿をみてみたいじゃん?」

 

『それもそうだ。…いやはや、キリト君…いや、和人君らが作り上げたプローブ。それと私達が作り上げたものが、どれ程の相乗を生み出すのか…少し熱くなる物があるね。』

 

彼は、どこか懐かしむようにそう宣う。

そんな彼のつぶやきを背中越しに聞きながら、束は格納庫にあるニンジン型ロケットへと歩を進めていく。

 

「じゃあ、あっ君!少し行ってくるねぇ!」

 

『だから、あっ君はやめたまえと何度も…』

 

彼が言い終わらぬ内に、束はニンジン型ロケットに乗り込んでハッチを閉めてしまう。恐らく聞こえていないだろうし、聞こえていても聞かないだろうから、糠に釘なのだが。

 

『…やれやれ。……しかし、紺野木綿季君、か。

 

 

 

 

 

 

和人君と並ぶまでのそのフルダイブ適正。それをいかに活かせるか、実に楽しみだよ。』

 

そう言い残し、かの音声はぷつりと途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、実技の授業に入る。」

 

三限目は場所をアリーナに移しての訓練だ。

天気は晴天。十一月に差し掛かってはいるが、差し込む日の光が暖かく、露出の多いISスーツでもそこまで寒さを感じることはない。

そんな天候にも恵まれた中で一夏の肩から、木綿季はISの実技授業に目を輝かせていた。

何せ他の学校では学ぶことが出来ない内容だ。しかも世間を賑わすISを間近で見ることが出来るのだから、木綿季の性格を考えるとワクワクするなという方がおかしいかもしれない。

 

「昨日は少しハプニングもあったが、それでも格闘の基礎は理解できたように思う。」

 

ハプニング、と言う単語で、誰しもがチラリと一夏を見やる。

前代未聞のIS退化は瞬く間に学校中に知れ渡り、軽く一種の事件として取り沙汰されたほどだ。

なんせ、学園内で初めての二次移行(セカンドシフト)なので、専用機を持つ生徒は勿論、そうでない生徒からも羨望と嫉妬の入り交じった目で見られていた。

それが元の形態に戻ってしまったなどと、話題にならないはずもないのである。

 

「今日は機動。それも瞬時加速(イグニッションブースト)についてだ。」

 

この機動に関しては、専用機を持つ面々ならまだしも、授業でしか習わない生徒にとってはまだ理論を学んだ段階だ。それだけに、実績ともなれば若干の緊張が走ってくる。

加速時に放出するエネルギーを一度取り込み、一気に解放して高機動を生み出す、ISの戦闘における基本技術の1つだ。

 

「昨日行った近接戦闘へと移行するためには、瞬時加速はほぼ必須の技術だ。ここから派生する加速技術も幾つかあるが、まずこの瞬時加速を覚えておくことが前提だからな。」

 

流石に瞬時加速の高等技術である個別連続瞬時加速(リボルバーイグニッションブースト)は学生に覚えろと言うのも酷だが、それでも瞬時加速を覚えておくことはそれだけで大きなアドバンテージを得られる。ただ、この瞬時加速もそれなりに高い技術を求められる為に、覚えられるかどうかは別問題になるが。

とまぁ、そんなこんなでいつものように班別に分かれ、それぞれに訓練用ISを貸し出し終わった。

 

「よし、じゃあいつも通りに出席番号順にISに乗り込んでくれ。…最初は相川さんだな。」

 

「今日も宜しくね、織斑君!」

 

「おう。」

 

いつも通りの実技訓練。変わらぬ光景。

唯一違うところがあるとしたら…

 

『…むむ……』

 

一夏の肩のプローブを通して、唸り声を上げる木綿季の存在だろう。

何を感じたのか、木綿季は一夏の班にいる面々を見て、少々ご立腹の様子。

 

(前から思ってたけど…このISスーツって…なんでこんなデザインなの…)

 

彼女の思いもその筈。

ワンピースタイプの水着のようなデザインであるISスーツがどうにも気になるらしい。ましてやそれを纏うのは、十代半ばを過ぎた年頃の女子。体付きは大人へとほぼ変わり終え、出るところは出て、引っ込むところは引っ込む。そしてその肢体の形をまざまざと表すかのように身体にフィットするそのスーツは、女子の『格差社会』を表すのに十分すぎる物だった。

誰もが皆、胸部装甲が分厚くなってきている年頃である。だが、木綿季は視線を落として自身のその部位を見やると、自然にテンションが下がってくる。

壁だった。

つるぺただった。

絶壁だった。

 

(姉ちゃん…ボク…泣いてもいいかな…)

 

流石に1つ年が下なので、その差はあっても仕方がないだろう。だが木綿季にとって、その心象的なダメージは大きな物だった。

 

「ど、どうしたんだ木綿季。急に静かになって…。」

 

『な、何でもないっ。』

 

静かになったり拗ねたようになったりする木綿季に疑問符を浮かべるが、そんなことは関係なく授業は進んでいく。

 

「よし、各班1人目の生徒が搭乗したな。なら…」

 

『待てぃ!!』

 

いざ機動の実技を始めようとしたとき、1つの声が響いてそれを遮った。

何処ともしれぬ所からの声に、生徒は勿論、教諭である真耶も何事かと動揺を見せる。

 

『有史以来、人は平等ではない…。人は皆、嫉妬と羨望に満ちた生を過ごさねばならない。そして女性間で最も妬み、羨み、望むもの……

 

 

 

 

人それを……バストサイズという…!!』

 

「だ、誰だ!?誰なんだ!?」

 

遙か上空で太陽をバックにして、宙に浮く逆三角形の物体の上で腕を組む人物の影に、皆の声を代表してか、一夏が叫ぶ。

皆が何者かと視線を鋭くする中、何かを察したのか、千冬だけはこめかみを押さえて顔をしかめている。

 

『いっ君と箒ちゃんとゆうちゃんとちーちゃん以外に名乗る名前はな…』

 

「束ぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

遙か上空、恐らくは10メートルはあろうかという高さに跳躍したのは千冬だった。

明らかに人間的に跳躍できる高さではないにも関わらず、それをやってのける彼女。もう千冬は人間やめてる、はっきりわかんだね。

 

「あ!ちーちゃん!束さんに会うために、遙々この高さまで飛んできてくれるなんて!これも愛がなせる技なんだね!!さぁ!束さんと愛のハグを…」

 

「シャアァァアァァァ!!!」

 

千冬はウサギカチューシャの頭部を、その強靱な握力を以て掴むと、そのまま重力落下に従って降下する。

 

「あれ?あれれ?ちーちゃんちーちゃん!このままだと束さん、地面に顔面からダイブして、地球にちゅーしちゃうよ?だめだよ?束さんのファーストキッスはちーちゃんと心に決め…」

 

束の抗議も虚しく

途方もない轟音と共に束はアリーナの地面に頭からめり込み、

そしてアリーナの地面には蜘蛛の巣の如く数多の亀裂が入った。

容赦のないまでの制裁…いや…愛情表現?に、生徒皆がドン引きである。そしてデジャヴである。

 

「済まない、どうやら大きな虫が入り込んでいた。今から野に放ってくるから、山田君、授業の続きを…」

 

「ぷはっ!ひどいよちーちゃん!!束さんのファーストキッスが…」

 

「うるさい黙れ、そして()ね。」

 

「はぅん!?ちーちゃんの罵倒でゾクゾクするぅ!?」

 

びくんびくんと愉悦に浸る束と、そんな血の繋がった姉を見て他人の振りを決め込むかのように視線を逸らす箒さん。

 

「全く、何をしに来たのだ?アリーナの遮断シールドをもすり抜けてまで…。」

 

「あ、それね~。実は束さんは、ここにいるゲストさんにちょっとお願いがあってきたのだ!」

 

そう宣うや否や、固まっている一夏の元へ、束はそそくさと距離を縮めていく。その顔に浮かべている笑みが、実に不気味である。

そして…

 

「ゆうちゃん!!」

 

『ファッ!?』

 

「IS、動かしてみたくないかい?」

 

束の新たな獲物は選定された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん…へーえ!なるほど、ほうほう…!」

 

束はアリーナの隅で、一夏の肩から拝借したプローブをノーパソに繋いで、あれやこれやとデータを取っている。正直、この場にいる彼女をよく知っている3人は、束が何をやらかすのか気が気ではないのだが、授業中と言うことで気には留めつつも、ISの機動訓練を再開している。

 

『あ、あの……篠ノ乃博士?』

 

「ん~?何かな?…って、篠ノ乃博士なんて余所余所しいよ~。愛嬌と親しみを込めて、束さんて呼んでくれていいよ?」

 

『えと……じゃあ、束さん?』

 

「うん!何かな?」

 

『その…ISって…生身の身体で動かすんでしょ?ボク、現実の身体は動かせないんだけど…。』

 

「そこは束さん驚異の技術力と頭脳とでなんとか出来るのさ!まぁ任せなさい!」

 

どやっと豊満な胸を張る束に、木綿季の憂鬱はぶり返しかける。そんな彼女を知ってか知らずか束は、でも、と話を続ける。

 

「実を言うとね~、今から見せる作品は、束さんの独力じゃないんだよね~。」

 

『???』

 

「ま、ま、ま!とにかくゆうちゃんは、ゆったりどっしり構えていてよ!」

 

木綿季の視界では、時々一夏が不安げにこちらに視線を移すたびに、千冬による出席簿投擲を受けて痛い思いをしているのが見えている。…機体を保護するシールドエネルギーによるバリアを抜けて、頭に直接当たっているなど、やはりあらゆる意味で彼女は人類を超越している。…石仮面でもかぶったのだろうか?

 

「おっけー!じゃあ次はこのデータをインストールするからねー?」

 

ひとしきりノーパソでデータをあれやこれや操作した束は、胸の谷間から1つのUSBメモリを取り出すと、プローブのUSBポートにブスッと差し込んだ。差し込んだ瞬間、木綿季の意識が存在するメディキュボイドのスペースに何らかのデータによるオブジェクトが構築されていく。骨格となるフレームを構成し、そこに肉付けとなるポリゴンが貼り付けられ、徐々に形を成していくそれは、あるものに似通っていた。

 

『た、束さん!?こ、これって…』

 

「うん、見て察するが如しだよ。とりあえず、それに触るのはもう少し待っててね?」

 

驚く木綿季の声を嬉しげに聞きながらも次々と作業を進める束は、彼女のいる仮想空間に()()が形成されたことを確認できたので、次の行程に進める。取り出したリモコンのスイッチを押せば、傍らの地面に突き刺さっている先程足場にしていた逆三角形の…恐らくはコンテナの外部装甲が展開していく。流石の展開に、木綿季は勿論のこと、授業中の生徒や教師陣もそちらに釘付けになっている。

 

「さぁさぁ!遠からんものは音に聞け!近くば寄って目にも見よ!ってね!これが!束さんとあっ君謹製のIS、『紫天』だよ!」

 

日の光がコンテナの中に差し込んでいく。

そこにあるのは紫。

スリムながらも、シャープなデザインのそれはそこにあった。

 

『………。』

 

「おやおや?驚きのあまり声も出ないかな?だよね?ゆうちゃんの身体は仮想世界なのに、どうやって動かすのかって?」

 

コクコクと頷くように、プローブのカメラアイが上下に駆動する。

それはそうだ。

見学だけのつもりが、ISを動かしてみないか?などと言われれば。

だが冗談なんかで天才の束が、こうやって堂々?とIS学園に来たり、ISを持ってきたあげく、段取りを組むなどとあり得ない。

 

「まぁまぁ。とにもかくにも…っと!」

 

差し込まれていたUSBメモリを抜き取ると、紫天と呼ばれたISの頭部と思う場所に収納(パイルダー・オン)すると、そこから伸びるコードに接続してカバーを閉じる。よくよく見れば他のISと違って、人の乗るスペースが全くない。ほぼほぼ、無人機のそれと変わりない構造である。

 

「じゃあゆうちゃん。目の前のそれに乗ってみてよ。」

 

『え?あ、はい。』

 

「おい束。何をするつもりなんだ?」

 

「ん?何をするも、さっき言ったとおりだよ?」

 

流石に見かねた千冬が訝しげにやってくる。千冬にとって木綿季は、今は大切な生徒の一人であり、同時に一夏の思い人なのだ。彼女に何かあれば、一夏にも申し訳が立たない。だが、そんな彼女にも束はいつもと変わる事のない笑顔で答えた。

 

『え?わ!な、なにこれ!?』

 

「紺野!?どうした!?」

 

「木綿季!!」

 

紫天に収められたプローブから、木綿季の驚き、慌てふためいた声が漏れたのを皮切りに、千冬と、そして聞きつけた一夏が食らいつく。…何故か一夏は、今回の実技の題目である瞬時加速を実演してだ。

普段ならば、一夏に千冬からの制裁が下るのであるが、生憎と千冬にそんな余裕がない。

 

『ま、周りの景色が…変わって…!それに…変な情報が…ボクの頭に入って…!』

 

「束!紺野に何をしている!?」

 

木綿季の異常に、千冬が束の胸倉に掴み掛かる。

 

「何もしてないよ?ただね、ゆうちゃんを実技授業に参加させてあげたいって一心なだけさ。」

 

そう言ってのけた直後。

ヴォン…という何かの点灯音と共に、ギギギ…と何かが軋む音が木霊した。

紫天の、その頭部のバイザーの中に灯るのはツインアイだ。それが人間の頭部のように、まるでキョロキョロと上下左右に動かして周囲を見渡している。

 

「ゆ、木綿季?」

 

『一夏?』

 

「だ、大丈夫、なのか?」

 

『うん。なんか、インストールされた装置に乗ったらね、PICとか、シールドエネルギーとか、絶対防御とか、そんな情報が流れ込んできて…気付いたら、周りの景色が全部外に変わってたんだ。』

 

「それって…。」

 

それはまさに、一夏がISに初めて触れたときのそれと同じだった。それがメディキュボイドの中にいる木綿季にも起こったと言うことは…

 

『…これって、どうなってるのかな…?』

 

「とりあえず成功だね~。」

 

唖然とする千冬の手からするりと抜けると、ノーパソに表示されるデータの羅列に目をやる。

 

「ゆうちゃん、繋がれている手で、バンザイしてみてくれる?耳の横に並ぶように。」

 

『こ、こう、ですか?』

 

おそらくメディキュボイド内で両腕を挙げたのだろう。それと同じ動作を、紫天の両腕がトレースして動かしていく。

 

「むむ、角度調整がまだ甘かったか。バイラテラル角の調整を…。」

 

「おい束。…まさかと思うが。」

 

「うん、そのまさかだよ?ゆうちゃんは今、ISを操縦しているんだ。」

 

いやいや、さすがは束さん!ほかの科学者には出来ないことを平然とやってのける!そこにシビれる憧れるゥ!

そんな愉悦に浸る彼女に、誰もがついて行けずに唖然としていた。




ちょい長めでした。
とりあえず、紫天の開発協力者に関しては予想はつくでしょうね。


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第32話『千冬さんの気苦労が絶えないのは仕方ないのだろうか』

木綿季好きな人すいません!
泣かせちゃいました!


おもむろに、懐からプラスチックのケースを取り出し、蓋を開ける。振ってみればシャカシャカと、小さな何かが中でぶつかり合う。蓋を開けて、手のひらにその中身を二粒ほど取り出して、煽るように口へと放り込んだ。

今となっては飲み慣れたこの錠剤。

本来、飲み慣れるというのは宜しくないのだが、それでも飲まなきゃやってられない。というか、保たない。

 

「ハァ…また、書類提出、か。」

 

生徒のIS所持イコール、政府やIS委員会や学園理事への書類提出と認可を取らなければならない。不意にキリキリと締まる胃を押さえる速効の胃薬。それが喉を通過して胃に落ちる感覚を感じながら、空を飛び回る紫色のISを見やり、千冬は内心涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ちーちゃん!」

 

「…なんだ?」

 

「譲渡って訳じゃないんだ。レンタルなんだよね。紫天って。それに、IS委員会にナシは通してあるからもーまんたいなんだよね!」

 

「は?」

 

「束さんとしては、ISの可能性。協力者のあっ君としては、フルダイブ技術の可能性。その両方を詰め込んだハイブリッド・モデルが紫天なのさ。世代的には、どの世代にも分類されない、外の世代。」

 

「…何が言いたい?」

 

詰まるところ…と、束は頭言葉をつけて、両の腕を空を仰ぐように広げる。

 

「紫天の制作の傍らでゆうちゃんの病気、束さん、ちゃちゃっと調べてみたんだ。」

 

「…ヲイ…勝手に調べたのか?」

 

「まぁまぁちーちゃん。話を最後まで聞こうよ。ね?だからチョークスリーパーはやめて欲しいなぁ。でも背中におっぱいが当たって至福のひとときだねぇ。」

 

千冬の人外腕力によって首を決められても、顔色と表情を変えることなく、むしろニコニコと背中の感触を味わう束。彼女もいろいろ危ない。

 

「束さんからしても、ゆうちゃんの現状には流石に思うところもあったよ。…で、慈善を宣う訳じゃないけど、ゆうちゃんみたいに、病気で寝たきりの人とかが空を飛べるなんて、夢に見るような話だと思ってね。開発しようと考えてみたんだよ。」

 

「束…。」

 

「でも、ゆうちゃんの意識はプローブにある。まぁ投薬の副作用による苦痛遮断の為だし仕方ない。仮想世界からじゃないとISは動かせない。でも仮想世界に対しての技術は束さんにない。…そんな中で手を貸してくれたのが、あっ君だったんだー。」

 

機体はほぼほぼ完成。後はどうやって仮想世界にいる木綿季がISを動かすか。そこで開発は難航してしまっていた。そんな中で、束のPCに現れたのが『彼』だった。

『彼』は、仮想世界における技術を惜しみなく提供し、束はその技術を用いての『主観による仮想世界からのIS遠隔操作』を成し遂げた。

 

「だからこれは、そのための1つの足掛かりなんだよね。上手くいくかは解んなかったけど、首尾よく動けてよかったよ。」

 

「…お前が他者のための足掛かりの機体を制作したこと、それについては驚いたし、感嘆の意を示すに値するだろう。だがな?」

 

ガッ!と束の胸倉を再度掴むと、千冬は一気に顔の前まで引き寄せる。対し束はというと、彼女のその行為が予想済みなのか、大して表情を変えることなく千冬の目を見続けた。

 

「上手くいくかの実験に、木綿季を…私の生徒を使うな!お前がやったことは、アイツを実験動物にしたのと変わりないんだぞ!?」

 

「うん、それに関しては反論の余地がないのは()もよくわかってるよ。」

 

いつもの自身を名前で読み、そしてへらりとした束はそこにはなく。一人の大人の女性としての顔をした彼女がいた。

 

「罵倒してくれても構わない。拒絶してくれても構わない。でもね?私はゆうちゃんに空が似合う。そう感じたから紫天を作ったの。…病気にも重力にも縛られない、自由な翼。それが紫天。」

 

自由に

気ままに

世界中駆けていく

それを実現できる大翼。

 

「この子がいずれ、世の中の床に伏せる人々に、自由な手足、そして翼を与えられると信じてる。」

 

「…束。お前に一体何があった?何がお前をそうまで…」

 

木綿季にISを与えようと考えた、そこまではいい。だが、世の中の人々を有象無象と称して目にも留めようとしたなかった束が、病に伏せる人々のことまで思うなどと、幼い頃から彼女を知る千冬にとっては、まさに天災の天変地異のようなものだからだ。

 

「ん~、まぁ強いて言うなら…

 

 

 

 

 

 

 

愛!

かな?」

 

「何故そこで愛!?」

 

やはり二十年近くの付き合いをもってしてもコイツの考えは読めない。

そう改めて千冬は認識せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

溯ること数分

 

木綿季に紫天を渡されて、束は混乱する生徒達を尻目に開発者直々のレクチャーが始まった。

基本的な動作を経て慣熟飛行に移行するまでそこまでの時間を要することはなかった。まるでスポンジが水を吸い上げるかのように、それこそIS適正がAはありそうなくらいにスムーズだった。

そして…特筆すべきは、飛行はまるで水を得た魚のように縦横無尽にその紫色の羽根からのブースターを吹かして、真っ青な大空を駆け巡っている。勿論アリーナ内部なので高度制限があるものの、それでも見るものを魅了する飛び方に誰もが頬を緩めてしまうほどだった。

 

「い、一夏さん?」

 

「ん?」

 

「あの方…紺野さんは一体何者ですの?」

 

「うむ…あそこまでの飲み込みの良さ…というか、飛ぶイメージが出来上がっていると言うのも私は驚きなのだが…。」

 

さしものセシリアや箒が不思議に思うのも無理はないだろう。木綿季の飛び方に堅苦しさが感じられないのだ。どちらかと言えば滑らかで、空を飛ぶことに慣れている。そう感じるものだ。

 

「まぁ…俺も、なんだけど、木綿季はALOで結構良く飛び回って慣れているからな。…多分その『飛ぶ』イメージが染みついてるんだと思う。」

 

「飛ぶイメージ?」

 

「ん~、なんて言うのかな?補助コントローラーで飛べるんだけど、慣れると背中に翅があって、それで飛ぶイメージを使ってるからな。それがISの飛行イメージと合ってるんだと思うんだ。」

 

「へ、へぇ…ゲームでそんな…。」

 

「前にセシリアが言ってた、イメージはあくまでイメージ。まさにそれなんだろうな。」

 

どちらも脳でイメージして、それをアミュスフィアもしくはISを通して操作している点には変わりない。今や瞬時加速などの特殊技術を除けば、代表候補生と見紛うまでに滑らかな動きだった。

 

「…はぁ…織斑。皆が紺野に気を取られて授業どころではない。…連れ戻してこい。」

 

「は、はい。」

 

まぁ初めてのISで、しかも現実の空を画面越しとはいえ飛んでいるのだからはしゃぐのも無理はないだろう。だが、あくまでも今の木綿季はIS学園の生徒だ。授業中に身勝手な行動は控えるべきだ。それに関しては一夏も同意であるので、直ぐさま白式のブースターを吹かして飛翔し、空を舞う紫天を纏う木綿季へと迫る。相も変わらず、柔軟な軌道で飛び回る彼女に舌を巻きながらも、一夏は白式を更に加速させる。

 

『あ、一夏!凄いねISって!ボク、こんなに気持ちよく飛べたの初めてかも!』

 

一夏の接近に感づいた木綿季が、宙をロールしながら、やはりというか玩具を買い与えられた子供のように無邪気に飛び回る。

 

「木綿季。楽しむのも良いけどそろそろ戻ろうぜ?今は授業中なんだからさ。」

 

『あ、そ、そうだったね。…もしかして、迎えに来てくれたの?』

 

「…おう。…ちなみに、千冬姉は少々お冠だぜ?」

 

『ヒッ!?』

 

ここ数日間で彼女の人外さの端々を味わった木綿季の中では、既に千冬は恐怖の対象としての立場を確立してきているようだ。彼女を怒らせれば、どんな折檻が待っているか解らないし、受けるなんて事はたまったものでもない。…正直、双子の姉である藍子とは違うベクトルの怖さだ。

 

『戻る!戻ります!今すぐ帰投します!』

 

「アッハイ。」

 

それからの木綿季の行動は早かった。

意図せずしてか否か。

ここでも無意識の内に瞬時加速を使った木綿季は、その強大な加速をもってして千冬の元へと突っ込んだ。急激な加速による、意識が引っ張られるような感覚まで仮想世界の身体に味わわせてくれる点にも驚きだが、そんなことよりも千冬の折檻が恐ろしくて仕方ない木綿季は、一瞬一秒でも早く戻らねばと言う思いでいっぱいだった。

が、ここで一夏の中でデジャヴ再発。

このままでは木綿季はアリーナの地面に大きなクレーターを作り上げてしまうだろう。そうなれば折檻どころの話ではない。正式な生徒ではない彼女が学園に損害を与えてしまっては、下手をすれば初日で授業参加がおじゃんになってしまう。

 

(どうする…どうする!?どうすれば…木綿季は難なく着地出来る!?)

 

下手に専門用語を用いれば、逆に混乱して失敗する可能性がある。ならば、聞き慣れた単語での方が無意識な反応が出来るのではないか?

着地体勢…減速……

 

そうだ!

 

「木綿季!!ランディング!!」

 

『あっ!そうだっ!!』

 

一夏の声と、目の前に迫り来る地面に我を取り戻したのか、木綿季はブースターを逆噴射させる。急激に掛かる慣性にぐっと耐えながら、脚部を下方に移動させ、文字通りに空中でブレーキを掛けて減速させ、地面ギリギリで完全停止させた。

まではいい。瞬時加速による超高速を逆噴射によるブレーキを掛けたことにより、周囲に突風と見紛うまでの衝撃と共に、生徒達の悲鳴が走る。

 

『あ、危なかった~。でも上手く着地が出来て…』

 

なんとか激突だけは避けられたからか、ほっとする木綿季。しかし、『彼女』はそれを看過することは出来なかった。

 

「この…馬鹿者!!」

 

『ひっ!?』

 

突如の怒鳴り声に、身を萎縮する木綿季。目の前には、まさに怒り心頭、怒髪衝天と言わんばかりの千冬の顔が迫っていた。

 

「誰が急ぎ戻れと言った!?着地が上手くいったのは結果論だ!今お前は、ここにいる生徒皆の生命を脅かしていたのだぞ!?それを解っているのか!?」

 

『え……ぁ……!』

 

千冬の言い分は最もである。いくらこの場にいる面々が、強度の高いISスーツを身に纏っているとは言え、加速落下してくるISが激突しようものならば、それは大怪我どころか死者が出かねない。

一夏も庇い立てしたいところだが、過去に自分も同じ過ちを犯しているために、ぐうの音も出ずにいた。

 

「束からISを借りて有頂天になっているのはお前の勝手だ。だがな!そのとばっちりが他の生徒に回るなどと、許されると思うのか!?」

 

『………っ』

 

木綿季も、千冬の言わんとすることが解るのか、そして自身のしでかした重大さ、深刻さを自覚したのか、スピーカー越しに啜り泣く声が木霊し始めた。

 

「…今回は大事がなかったのは偶然だ。だが、生徒を危険にさらしたのには変わりない。…いいか?ISというのは、宇宙進出を目指したマルチフォームスーツであると同時に、現代における兵器のトップを走るものだ。イコール、人の命を容易く奪える代物と言うことを改めて認識しておけ。わかったか?」

 

『は…ぃ……ごめん…なさい…。』

 

優しく、とはいかないが、それでも諭すように千冬は木綿季に伝える。

それは世界初のIS搭乗者で、そしてその力を世間に知らしめた張本人であるからという意味もある。

だが何よりも、一夏が大切に思う少女だからこそ解って欲しい。知って欲しいと思うから。

そして木綿季は、自身が受け持つ生徒なのだから。

その思いを解った木綿季に得心したのか、よし、と微笑して紫天から離れると、腕を組んで仁王立ちすると、生徒達を一瞥し声高々に話を始める。

 

「これで解ったろう!瞬時加速はその圧倒的な出力を得られるが、その分状況を十二分に把握していないと自滅につながりかねない!その点をしっかり覚えておけ!!」

 

『はい!!』

 

おぉ。千冬姉がいつになく教師してるぜ。

目の前で生徒に教訓を宣う彼女に、弟である一夏は感心していた。

だが…それがよくなかった。

相手は()()織斑千冬。いろいろ規格外であることは、常々一夏も痛感しているはずなのだが…。

 

「あばっ!?」

 

彼の頭に振り下ろされた出席簿が、一夏の学習能力の低さをありありと物語っていた。

 

「おい織斑。随分と失礼なことを考えているようだな?ん?」

 

「め、滅相もない…」

 

「ふん。罰として放課後、紺野のISの練習に付き合ってやれ。申請は私の方からしておいてやる。」

 

「えぇ…ぶっちゃけ罰とは言わないんですがそれは…」

 

難色、とはいかないが、それでいいのかという疑問符を浮かべる一夏に、千冬は顔を寄せて小声で話し始める。

 

「…私が補習をしてもいいのだが、アイツの飛び方はお前が着いてやっている方が伸びるはずだ。…これは、私からのお願いだ。頼めるか?」

 

「…おう、解ったぜ千冬姉。任せてく…」

 

もう数えるのも嫌になった出席簿制裁が、快音と共に一夏の頭部にたたき込まれた。

 

最後の一言で台無しだった。



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幕間『大切な人と二人で』

今日は11(いい)22(夫婦)日ということで、記念番外です。
こんな時くらいしか中々出番がない二人…


「良い天気だな。」

 

「うん、そうだね~。絶好のお弁当日和だね~。」

 

ぽかぽかと照らす日の光が、黒髪の少年と栗色の髪の少女の顔をほころばせる。

11月という暦ながらも、この日差しのおかげで心地よい環境がそこにあった。

 

「じゃ、そろそろお弁当にしましょっか?」

 

「お、待ってました!」

 

少女…結城 明日菜の言葉に少年…桐ヶ谷 和人はほころばせていた顔を、若干血走った物へと変える。それ程までに彼女の弁当は魅力的で、そして待ち遠しい物だった。

そんな彼を見た明日菜は現金な和人に苦笑しながらも、鞄の中から2つの包みを取り出した。

1つは黒を基調とした中に白のラインが入った色合いの

もう1つは白を基調とした生地に赤いラインが入った包みだ。

互いの思い入れの深いカラーである、その片方の黒い包みを和人に渡すと、彼は嬉々として包みを開き、中のバスケットの蓋を開ける。

そこには、サンドイッチがあった。柔らかなパンに挟まれた瑞々しいレタスと、食欲をそそられる鶏肉のグリル。肉が赤い色合いなのは、少し辛めの香辛料のスパイスだろう。

 

「これって…」

 

「そう。ユイちゃんが初めて食べた朝ご飯のサンドイッチ。何となく作ってみようって思ったの。」

 

「そうだったな。…そういえばもう1年近く前になるんだな。」

 

2024年11月7日

思えばあの日からもう1年近くも経っていた。

あの最悪のデスゲームから始まり、そして二年掛けて生還し、今を生きている。何もかもが遠い昔のようで、でも今でもその想い出は鮮明に思い出せる。

それ程までに必死で、そしてその日その日を懸命に生きていた。

全てが現実に戻って、皆と再会して…

 

「SAOに巻き込まれて…つらいこともいっぱいあったけど…でもやっぱり、アレが無くて良かったとは思わないなぁ…。」

 

「…そうだな。SAOがあって…今がある。」

 

「かけがえのない人達と出会えたのもSAOだもの。…亡くなった人達もいるのは確かだけど、でもそこでの出会いも別れもあって、今がある。」

 

空に浮かぶ城を夢見た男…茅場昌彦の凶行とも取れるSAO。奪われた命もあるが、それと同時に得るものも確かにあった。

 

「だから…SAOに出会えて…キリト君…うぅん。和人君に出会えて良かった。」

 

「俺もだよ。明日奈に出会えて良かった。」

 

そして…どちらからとも無く唇を重ねる。

…あの浮遊城で得られた、確かにここにある大切な物。それは仮想世界でも現実世界でも不変の物。

1と0とで構築された世界であっても変わることはない。この気持ちも、そしてこの人の温もりも。

数秒程…触れあった唇を話した二人は顔を見合わせ、その頬を赤らめながらも顔をほころばせて笑い合う。

これからも、ずっと一緒にいたい大切な人。

 

「さ!お昼休みが終わっちゃう!食べましょ!」

 

「あぁ。そうだな!」

 

二人どちらからとも無く、サンドイッチを一つ掴むと、同時に齧り付いた。口に広がるスパイシーなチキンと、シャキシャキのレタスが次の一口を求めさせる。

愛する人の作ってくれた料理を、これまた愛する人と共に食べる日常…そんな中で和人は思う。

隣に座る大切な人とは別に、共に戦場を駆け抜けた友人も、今頃は同じ日の下で昼食を食べているのだろうか?

先日、ようやく恋心を自覚した彼にも味わって欲しい。

大切な…愛する人と過ごす時間の温かさを…。

 

そして、嫉妬に孕んだ視線を送る二人の女子生徒の存在には気付かぬ二人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏さん!私、今日はたまたま早起きいたしまして、たまたまお弁当を作ろうと思いましたの!」

 

「あ、あぁ。そ、そう、なのか。」

 

「それで沢山作りすぎてしまいましたので…一夏さん、よろしければ食べていただけませんこと?」

 

IS学園屋上で…

帰還者学園で和人が明日菜の作る極上と言っても過言ではないサンドイッチを堪能している同時刻、よもや一夏が同じ料理たるサンドイッチで命の危機に立たされているなどと、二人は知るよしも無かった。




和人と明日菜は甘さ控えめの微糖。
そして一夏はポイズンクッキングにより即倒。


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第33話『昼休み…屋上にて』

間が開いてしまいましたが、なんとか次話です。
クリスマス?なんですかそれは?


秋の日差しが暖かく差す中、IS学園にも学生のお楽しみタイムがやってきた!

午前で消費させられた糖分や、その他諸々の栄養素を補給し、午後への糧とする時間。

それは万物にも代え難い、そして命を育む時間。

 

「お弁ッ当ッターイムッ!!」

 

「「イエーイ!!」」

 

「「「イ、イエーイ…?」」」

 

「あらあらうふふ。」

 

鈴の盛大な幹事により、ノリの良い一夏とシャルロットは併せて盛り上がり、イマイチノリについて行けない箒、ラウラ、簪は戸惑い、キャラが違うセシリアは微笑みを浮かべながらそのノリを見詰めている。

とにもかくにも、いつものメンツはIS学園の屋上にて、ドンドンパフパフという効果音が出かねないようなノリに包まれているわけだ。

…が。

 

『………。』

 

この場に身体が存在せず、精神のみがここにある木綿季。彼女の視覚と聴覚になっているプローブ。それを通して、どうにもこうにもブルーな気持ちがどよどよと滲み出ていた。

 

「ど、どうしたんだよ木綿季。」

 

『ふぇ…っ?あ、うぅん。なんでも…ないよ?』

 

「…もしかしなくても、さっき織斑先生に怒られたことを気にしてたりするの?」

 

ここで世話焼き担当のシャルロットが心配気に突っついてくる。

それに関しては誰もが同意だった。

あそこまで本気で怒った千冬を、皆は見たことがなかったのである。

 

『ん……シャルロットの言うとおり…だよ。浮かれて…危険行為してしまったボク自身が情けなくて…』

 

「ふむ…その事を気にしていたのか。…それならもっとひどい失敗例があるぞ?…なぁ一夏?」

 

「ほ、箒さん?その話は…その…」

 

「えぇ。箒さんの言うとおりですわね。確かにアレは木綿季さんのものよりもひどかったですわ。その時の映像が、ティアーズの記録量域に…」

 

「セシリアさぁん!?」

 

一夏の悲観の叫びは右耳から左耳へ流れゆく。そう、それは地球が自転し、太陽の周りを回るかのように。それは森羅万象、自然の摂理の如く。

空中に展開されたディスプレイには、木綿季と同じように空中から地上に向けての加速を行い、見事なまでに地面にクレーターを作っている白式を纏った男子生徒の姿。その真ん中で倒れ伏すその姿は、何故かヤ無茶した格好だった。

そして過去の恥ずかしい失態を暴露され、羞恥のあまり、両手の平で真っ赤になった顔を隠して背を向ける一夏。

 

「とまぁこのように、この映像の男子はもっと恥ずかしい失態を犯しているのだ。…故に、木綿季がいつまでも落ち込むのは割に合わないと思うぞ?」

 

「そうですわね。木綿季さんの場合、瞬時加速をかけて、それでもなお地上にぶつかること無く停止できたんですもの。それに、この映像の殿方がISに乗るのは数回目。木綿季さんは初めてでこの急停止を行えたのですから、危険行為であったことを差し引くにあたっては、恥じるどころか誇るべきです。」

 

映像は丁度授業を終えて、男子生徒が渋々自身の開けてしまった大きなクレーターを、白式を用いて埋めているところに差し掛かる。そんな映像の中の生徒と、今現在木綿季のすぐ横で羞恥に満ちた顔をしている一夏が重なって見える。

 

『えっと…この映像の人って…』

 

「木綿季さん。この映像の殿方の名誉の為に、実名は控えさせていただきますわ。」

 

『は、はぁ…。』

 

明らか且つあからさまなぼかし方である。何か踏み入ってはいけない事情でもあるのかと木綿季は解釈し、セシリアの言を飲み込む。と言うか、名誉どうのこうのいうのなら、顔当たりにモザイクなり修正を掛けるなりして欲しいものである。

 

「…アンタ…あたしらが転校してくる前にこんな事してたのね。」

 

「こ、こればっかりは…ボクもなんとも言えないや…。」

 

「…俺もうお婿に行けない…。」

 

「大丈夫だ嫁!私が嫁に貰ってやる!心配は要らんぞ!」

 

暴露された失態。そしてそれによる同情やら呆れやらの視線と、約一名の的外れのようなそうでないような言葉に、一夏の心はさめざめと涙を流す。

…あれ?そういえば箒とセシリアってこんなキャラだっけ?と一瞬思ってしまうほどにまで二人は辛辣であった。

 

「そんなわけだ。誰にでも失態はある。それを忘れろとは言わん。だがそれを糧にして次に進めば良い。…学ぶというのはそういうことではないのか?」

 

「偉いお方はこう言ったものです。『過ちを気に病むことはない。ただ認めて、次の糧にすればいい。』と。…つまり、そういうことですわ。」

 

「セシリア。それ、大人の特権だから…。」

 

かく言う箒もセシリアも、片や専用機を得た慢心からの僚機撃墜、片や女尊男卑の思想に染まった問題発言と言った失態を過去に起こしている。それが結果としてかどうかはわからないが、前者は専用機を持つに相応しくなるべく研鑽を重ねているし、後者は男性に対する認識を改めるに至った。そんな二人の言葉だからこそ、一夏もどこか妙に納得してしまう。

 

「さて…一夏の恥ずかしい秘密暴露は追々として…そろそろお弁当食べましょ!時間がなくなっちゃうわよ。」

 

「ぅぉい鈴!せっかくぼかしてたのにぶっちゃけるなよ!?てか、秘密暴露を追々って、どういう意味なんだ!?」

 

「今日は豚の生姜焼きを作ってきたんだ。良かったら皆つままないか?」

 

「私は…食後にカップケーキ焼いてきたから…。」

 

「ボクはキッシュを焼いてきたんだ。中々上手く焼けたよ~。」

 

「アタシは勿論酢豚よ!」

 

「私は…隊の仲間がソーセージを送ってくれてな。焼いただけなのだが…」

 

鈴の意味深な言葉に対する一夏の悲痛な叫びなど何処へやら。誰も彼もが耳を傾ける事は無く、それぞれの弁当の包みを開けて発表し始めた。

それはさておき、プローブ越しに映る色取り取り、そして食欲をそそられる弁当の数々に、木綿季メディキュボイドの中でゴクリと喉を鳴らす。

何せ、長年口にしていない現実世界の料理なのだ。その味という物を木綿季は忘れかけているだけに、その羨望の視線という物は、否が応でもプローブ越しに一夏には伝わっていた。

 

「…仮想世界でも…現実の味を再現できるかな…先生に掛け合ってみるか。」

 

「…?一夏、何か言った?」

 

「いや、何でもねぇよ。…とりあえず木綿季。後でALOで何か作ってやるよ。」

 

『どしたの?急に。』

 

「いや、何となくな。」

 

思えば、現実の食べ物を口に出来ない木綿季の目の前で昼食と言うのも、いささか配慮に欠けていたかも知れない。

だったら…仮想世界ででも手料理を振る舞ってやるとしよう。それで満たされるかどうかと言えば、答えは確実に『NO』と言えるだろう。だが、それが少しでも木綿季にとって喜んでもらえるなら。そう考えて一夏は、どんなメニューにしようかと思案するのであった。

 

だが…

 

「コホン…」

 

上品で、気品に満ちた咳払いが耳に入った。

今現在、各々の昼食を披露しているタイミング。

そんな中で、何かをもの申したいのであろうその咳払い。

だが、この場にいる面々にとって、恐らくそんな咳払いをする人物であろう彼女の言葉は、あまり聞きたくない物であることが共通の認識であった。

 

「一夏さん!私、今日はたまたま早起きいたしまして、たまたまお弁当を作ろうと思いましたの!」

 

「あ、あぁ。そ、そう、なのか。」

 

それは死の宣告。

それは死神の囁き。

 

「それで沢山作りすぎてしまいましたので…一夏さん、よろしければ食べていただけませんこと?」

 

それは……人の…いや、生き物の食べ物ではない。

それだけは確かであると、作った本人以外が認識する言葉。

 

その日…

 

一夏の腹は限界を迎えた。




次回予告!

鈴「やめて!香り付けとかなんとかの理由で、料理に香水をふっかけるようなセシリアの料理を食べちゃったら、幾ら鈍い一夏でも胃袋は限界を迎えるし、精神まで燃え尽きちゃう!
お願い、死なないで一夏!あんたが今ここで倒れたら、木綿季との約束はどうなっちゃうの? イベントはまだ残ってる。ここを耐えれば、デュエルトーナメントに出れるんだから!
次回、「織斑一夏死す」。胃薬スタンバイ!」


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番外編『新年、2人』

リハビリがてら正月ネタです。…一週間過ぎまして、乗り遅れた感がありますが…

甘酸っぱさを味わっていただけたら僥倖です。


暦はすでに年を明けて1月1日。

ALOでも現実と季節がリンクしているために、窓から見える外の景色には、しんしんと雪が舞い降りている。それに伴い、気候の設定も真冬に合わせており、突き刺すほどでは無いにせよ、かなりの寒さとなっていた。

だが、

 

「はふぅ……」

 

屋内ではあるが、向かって座るユウキの表情は蕩けきっていた。まるで、猫がマタタビを食らったかのように酔っ払うかの如く、力無く垂れている。

 

「ユウキ、ミカン食べるか?」

 

「食べる~…イチカ~…剥いて~…」

 

「それくらい自分でやれよ…」

 

「だって~…コタツの魔力には逆らえないもん~…」

 

そう、2人が向かい合って座るのは、日本人が冬に愛して止まない文明の利器、コタツ。漢字で炬燵。

何の因果か、偶々レアなクエストに挑戦出来たイチカがそれをクリアして、その報酬に得たのがこのコタツのオブジェクトアイテムだ。

キリトとアスナの邸宅ほど広くも、そして値段も高くも無いにせよ、年末に購入したマイホーム。先方の内装と同じく洋風のログハウスではあるものの、暖炉も無く、特にこれと言った趣向も無かったために、一部屋に畳を敷き詰め、そこにコタツを設置してみたところ、見事なまでに和風の一部屋が出来上がったのだ。

で、設置するや否や、遊びにきたユウキがコタツを見付けて目を輝かせて、その魅力と魔力に取り付かれてしまい、暇さえあればコタツムリをしに来ているのである。

 

閑話休題

 

ミカンの皮を丁寧に剥き、薄皮に付いた筋も取り去って、一房手に取ると、

 

「あ~ん…」

 

………まるでツバメの雛が餌を求めるかのように、口を開いて待つユウキ。

ヤレヤレと苦笑しつつ、イチカはその慎ましいとは言い難い目の前の少女の口にミカンの房を入れてやる。

モグモグと、数回咀嚼した後、ゴクンと音はしないにせよ、聞こえかねないように飲み込んだ。

そして次を求めて再び口を開くユウキ。

そんなやりとりが、ミカン1個平らげるまで続いた。

時間を見れば、丁度10時になろうかという時間。

 

「なぁユウキ。」

 

「え~?なに~?」

 

相変わらず力が抜けきったような声で応じる彼女。

このままコタツムリ状態が続くのも何だし、何よりもイチカ自身、ユウキと出掛けたいのもあった。折角の正月なのだ。現実の木綿季は入院中ではあるものの、ALOではこうして動ける。なので、正月ということもあり…

 

「折角の正月だ、初詣に行かないか?」

 

「初詣~?」

 

「おう。一年の計は元旦にあり、って言うからな。どうせなら行ってみようぜ。」

 

「ん~…そうだね~…あと五分待って~…」

 

「…それ、ダメなフラグだろ。…えぇい!」

 

このままではズルズルと行かないことになりかねないので、イチカはステータス画面を開き、マイホームの家具オブジェクトを操作して、コタツをストレージ内部には仕舞い込んだ。同時に、ユウキが垂れていたコタツの天板も消えてしまったので、ガクリと彼女が前のめりに伏せてしまった。

 

「い、イチカ!?何するの!?」

 

「いい加減コタツムリは止めとけって。たまには出掛けないとダメだぜ?」

 

「うぅ…寒いよぅ。」

 

見れば、ユウキの服装はかなりの軽装になっていた。部屋着として着用しているそれは、普段の戦闘時に装備しているクロークとはまた違い、少しゆったりとした物だった。ゆったり、とは言っても、活発なユウキに似つかわしい、動きやすさも見込まれた物である。

今までの服装よりも明るい配色の紫と赤を基調とした物で、クロークのスリットで見え隠れしていた健康的なユウキの脚が、ミニスカートと言っても差し支え無いくらいまでに短いソレから惜しげも無く晒されている。加えて、脚を投げ出してコタツに入っていたものだから、艶めかしいまでに彼女の脚がイチカの目に留まり、そりゃもう釘付けになっていた。

 

「イチカ、どーかしたの?」

 

無意識なのか、首をかしげるユウキの声にハッと我に返ったイチカ。思春期真っ盛りの彼にとっては目に毒なものである。悶々としていた煩悩を振り払い再びメニューを開くと、とある服装アイテムをユウキにプレゼントする。

 

「何、これ?」

 

「良いから、とりあえず受け取っとけ。」

 

「…?う、うん。分かった。」

 

アイテムを受け取ったユウキは、ストレージに移動したそれをスクロールして特定すると、概要を確認し始めた。

 

「い、イチカ、これって…!」

 

「まぁ初詣に出掛けるんだ。それなりの服装をしないとな。…とりあえず、俺は部屋から出るから、装備してみろよ。」

 

「う、うん。」

 

何処か戸惑いを隠せずにいるユウキを一人残して、イチカは和室に隣り合ったリビングに移動する。

さっきまでコタツでぬくぬくしていたので、少し肌寒いのもあるが、それでもこれから外に出るのだ。少しでも寒さに慣れておかなければならない。

 

「気に入って…くれるかな。」

 

誰に聞かせるとも無く、一人呟いた。

思えば押しつけにも等しいかも知れない。

でも、折角の正月だから、どうせなら楽しみたいと思うのはエゴなのかも知れない。

 

「い、イチカ…。」

 

趣味で和室に合わせてリビングとの隔たりを襖にしていたが、それを少し開いてそこから顔を覗かせるユウキ。恥ずかしいのか何なのか、少し顔を赤らめている。

 

「えっと…その……これって……。」

 

「どうだ?サイズとかは問題ないと思うけど。」

 

「い、いや、そうじゃなくって……」

 

どうにも煮え切らないユウキに、今度はイチカが首を傾げる番だった。

 

「ぼ、ボク、こんなの着たこと無くて……似合ってなかったら……嫌だなって……」

 

「大丈夫だ。俺は似合ってるって思ったからユウキにプレゼントしたんだぜ?…それに、ユウキは元が可愛いからな。…十中八九間違いなく似合ってるって確信してる。…だからさ、もっと自信を持って良いと思うぞ?」

 

「そ、そんな恥ずかしいこと、サラッと言わないでよ…イチカのバカぁ……」

 

流れるように可愛いなどと口にされて、赤みの掛かっていたユウキの頬は、更に紅く染まっていく。もはや沸騰寸前のようだ。

だが、ここまで言われてユウキも引き下がる訳にもいかない。

意を決して、ゆっくりと、その身を襖の陰から出してきた。

 

そして…彼女の姿に、イチカは息を飲んだ。

 

その身に纏うのは、ユウキのパーソナルカラーである紫の着物だった。紫の生地に、所々散りばめられた黄色い花柄の文様と、赤い帯がとても映えてみえる。コスチュームアイテムだからか、全て一環統一されており、足袋まで装備されている。

 

「………。」

 

「い、イチカ?…な、何とか言ってよぅ……、そ、その…あんまり見詰められると……恥ずかしいし、さ……」

 

「あ、あぁ…、わ、悪い。」

 

見惚れていた、などと言えば安直だろうが、実際その通りだった。

似合うだろうな~、と思って、紫を基調としてとある人物にオーダーしたのだが、思った以上に似合っていて、一瞬我を失ってしまうほどに惚けていたようだ。

 

「そ、その……すっげぇ可愛いし…似合ってる…。……想像以上…かも……。」

 

「う…ん………その……あり、がと…。」

 

髪型も、いつものようにハチマキをヘアバンドのようにしているストレートヘアのものではなく、首の付け根でお団子にまとめた物にしてあり、ヘアースタイルまでもコスチュームの一環に設定してあるようだった。

そして…あらわになったユウキのうなじが、イチカの煩悩を更に引き立てていく。

 

「い、イチカ。」

 

「は、はぃっ!?」

 

「その……いこ?」

 

「い、いこ、って…?」

 

「は、初詣っ!…行くん、でしょ?」

 

「お、おう…。」

 

少し小っ恥ずかしい雰囲気のままで、二人は玄関口へと向かう。外に出るその際に、イチカは黒いブーツをストレージから装備するのだが、ユウキが外に出ると、これまた用意が良いのか何なのか、着物と同じく紫の配色の草履までオブジェクト化してユウキの脚に装備された。

 

「…全く、準備が良すぎるんだかなんだか……」

 

「イチカ?」

 

「いや。こっちの話さ。」

 

外に出てみれば、先程まで振っていた雪は止み、辺り一面に銀世界を作り出していた。

家の周囲の木々には白銀の装飾を纏い、遠くそびえる山々にも真っ白な雪景色。

 

「わぁっ!凄い!」

 

「見事に積もったもんだな。」

 

今日はイチカのマイホームからのログインだったので、よく雪が降っていたのは見えていた物の、ここまで積もっているとは思わなかったようだ。

 

「イチカ!帰ってきたら雪合戦しようよ!雪合戦!」

 

「それも良いけど、まずは初詣だな。帰ってからの予定はそれから立てても良いだろ?」

 

「えへへ、そうだね。」

 

まぁ、ユウキと遊ぶのであれば何でも良いけどな、とイチカが雪にはしゃぐ彼女を見ていると、お隣の家のドアが開く音がした。

 

「わぁあ!凄いですパパ!辺り一面雪ですよ!」

 

「ホントね!ほら、お正月なんだから、少しは出掛けましょ!」

 

「い、いや、俺は寝正月が一番…。」

 

「「あ。」」

 

「「「…あ。」」」

 

お隣の家から出てきたのは、桃色の着物を着たリアルサイズのユイと、赤い着物を着たアスナだった。そしてアスナに手を引かれていやいや出てきたのは、いつもと変わらぬ真っ黒のキリトである。

 

「イチカ君にユウキ。あけましておめでとう!」

 

「あけましておめでとうございます、お二人とも!」

 

「あけましておめでとう!アスナ、ユイちゃん!キリト!」

 

「あけましておめでとう。」

 

「あ、あぁ。あけましておめでとう…。」

 

正月早々、寝正月を決め込んでいた事がバレて、少々バツの悪そうなブラッキー先生。そんな彼にお構いなく、アウトドア寄りなアスナと、年相応なユイは元気いっぱいだ。

 

「もしかして、2人も初詣に行くの?」

 

「えぇ。折角の正月ですしね。そちらも?」

 

「そうなのよ。キリト君が寝正月って言うからね。少し引っ張ってきたの。」

 

「あ、あはは…。」

 

かく言うユウキも、先程まで寝正月とまではいかなくても、コタツムリ状態となっていたために苦笑するしか無い。

 

「そうだ!どうせなら五人で行きましょ?」

 

「いや、いいんですか?親子水入らずの中に俺達が入っても…」

 

「良いと思うわ。キリト君はどう?」

 

「いいんじゃないか?…知らない仲じゃ無いしな。」

 

「だってさ。ユウキ、いいか?」

 

「もちろんだよ。皆で行った方が楽しいし!」

 

「じゃ、ご一緒させて貰います。」

 

「決まりね!」

 

「じゃ!いきましょー!」

 

ユイの号令と共に、五人は連れ立って…キリト達親子と、それから一歩引いてイチカとユウキは歩いて行く。

目の前では三人がユイを中心に、子を挟んで手を繋いで仲睦まじく歩いている。

 

「パパとママの手、温かいです!」

 

「ユイの手も温かいな。ホカホカだ。」

 

「ふふっ。」

 

そんな三人の空気に当てられてか、ユウキはそっと、隣を歩くイチカの手を掴む。

いきなりの行為に、イチカはビクリと身体を跳ねさせた。

 

「……寒いんだから……手…繋いで。」

 

ユウキも恥ずかしいのか、イチカから目を逸らしてボソボソと消え入りそうな声で言葉にした。

よっぽど恥ずかしいのか、それとも寒さからか、ユウキの耳は真っ赤だ。

 

「…わかった。」

 

自身の手を掴んでいたユウキの手。その指とイチカの指をしっかりと絡ませ、離れないように少し力を込める。

恥ずかしさで沸騰しそうだった。

でもそれ以上に、隣を歩く大好きなその人の手の温もりが、暖かく、そして愛おしかった。

 

「いこ…イチカ。置いて行かれちゃうよ?」

 

「…おう。」

 

サク…サク…と、降り積もった新雪に二人の歩んだ跡がしっかりと残っている。

今年も…これからも…二人で足跡を残していこう。そう、誓い合うかのように。




とりあえずイチカのマイホームは、キリアスの愛の巣のお隣にしました。
で、描写が出来てないですが、ユウキの部屋着のイメージとしては、ゲームのホロウリアリゼーションの服装をイメージしていただければと思います。


初詣本編…どうしようかな


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第34話『リアルでのデュエル!』

タグ追加の通り、展開上の使用でこうなる可能性大です。なんとか調整してなくなったら消します。曖昧で申し訳ないです。


夕日が差し込むアリーナで、白と紫。そのISの刃と刃がぶつかり合い、火花を散らす。

未だ慣れきっていないはずの紫のIS…『紫天』の操縦者である木綿季は、白のISである白式の武装『雪片弐型』と相反する色の黒いブレードによる、華麗な剣戟で一夏の刃と斬り合う。

 

「おぉっ!!」

 

鍔競り合いの状態から力任せに一夏は紫天を押す。普段鍛えた筋力と、ISによるパワーアシストで、紫天は剣を押し上げられて体勢を崩す。だが、そんな状態でも紫天を仮想世界から操作する木綿季に焦りは無かった。

一夏は体勢を崩させ、その勢いで畳みかけようとしていた。だが、木綿季は押し上げられた勢いそのままに、脚部のスラスターを吹かしてバック宙の軌道で、追撃してくる雪片の横薙ぎの一閃を掠めさせること無く回避した。

 

『覚悟は良いかな?』

 

バック宙の体勢から、ブレードを弓引くように構えると、背部のブースターから粒子が噴出し、瞬時加速(イグニッション・ブースト)の速度にその切っ先を突き出して突っ込んでくる。

その軌道は、ソードスキルであるソニックリーブか、はたまたヴォーバルストライクのような、突進系のものを彷彿させるそれだった。

 

「あぶっ!?」

 

雪片の刃をブレードの切っ先に当て、逸らしに掛かる。目の前で赤い火花と、甲高い金属音が木霊し、そして鋭い刃が目の横を10センチほどの距離で通過している。正直、現実でこんな物を間近で見ていると生きた心地がしないものだ。

だが…これは逆にチャンスだ。瞬時加速を使うと、一定時間はそのままの軌道で突き進む。つまり、攻撃を逸らした今なら、木綿季の紫天は無防備な背中を晒したまま。

 

「取ったっ!」

 

すかさず一夏はターンすると同時に、自身も瞬時加速を掛けて追撃する。

今なら…零落白夜を…!

そう狙い、雪片の刃からエネルギーが放出され、シールドエネルギーを含む、ありとあらゆるエネルギーを切り裂く光刃が展開される。

これを当てられたなら…!

勝てる、そう確信して口元を吊り上げた彼の目に飛び込んできたのは、重厚で、そして黒光りする大型拳銃。

こちらに視線を向けること無く、ただ背面越しに、寸分狂い無く一夏の眉間に狙いを定めたそれを目の当たりにし、彼は冷や汗を流すしかない。

 

「お、おいおい…マジですか…。」

 

そんな言葉を残して、火薬の炸裂する音が試合終了を告げる物となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事の発端は、放課後に一夏が保健室に担ぎ込まれたときに遡る。

『名前を言ってはいけないアレ』を口にして保健室に担ぎ込まれた一夏は、5、6限目と休んでいた。

その際に、プローブから現実世界を覗く木綿季は、一夏を見舞うと言いだしたのだが、千冬の

 

「お前は今現在、IS学園1ー1の生徒だ。保健委員でも無いお前が、クラスメイトの見舞いで授業を休むなど通るわけが無いだろう?」

 

との言葉に口を閉ざすしかなかった。ぐうの音も出ないとはこのことだ。確かに千冬の言うことも尤もである。それでも一夏を見舞えない歯痒さと同時に、改めて生徒として認められていることの喜びで、少し複雑な心境でもあったが。

まぁそんなこんなで。

一夏がそんな状況なのもあってか木綿季のプローブの位置は、一時的に一夏の方からシャルロットの肩に移動していた。

成績も優秀で、社交性もある彼女が抜擢されたのである。

ちなみに

箒は成績がそこまで良くないため

ラウラは副官による、少々偏った知識を持っているため

という理由らしい。

成績優秀で淑女である英国国家代表候補生?アンタが事態の渦中にある人物でしょう、とだけ言っておく。

 

で、

 

放課後

 

何とか復活した一夏は、狙ったかのように終わりのSHR(ショートホームルーム)に姿を現し、保健室で寝込んでいたことを忘れさせるほどに元気な姿を見せていた。

 

「全く、心配したのだぞ嫁。」

 

「あ~、悪い悪い。でももう大丈夫だ。毒は綺麗さっぱりなくなったみたいでさ。」

 

「ど、毒とは…まぁあながち間違いでもないが…」

 

「まぁ!一夏さん毒を盛られましたの!?何故そのような…もしや何某かの刺客が一夏さんの命を狙って!?学園の警備は何をしてるんですの!?」

 

おめーの料理が原因だよと、本人以外の誰も彼もがセシリアに視線を向ける。

無自覚というのはかくも厄介な物である。

 

『一夏ぁ…心配したんだよ…?』

 

いつもの元気は何処へやら。シャルロットの肩から弱々しげに木綿季は、画面越しに一夏に声を掛ける。顔は実際には見えないから表情はわからないが、しかし彼女の眉はハの字で、なお且つ泣きそうな顔をしているのだろうと、声色から容易に想像できる。

 

『もしあのまま一夏に何かあったら…ボク……ボク……!!』

 

「お、おい…木綿季…大袈裟な…。」

 

泣きじゃくり始めた木綿季に、そこまで言って一夏はハッとする。

木綿季はすでに両親と、姉である藍子を失っていることを思い出したのだ。齢にして15と言う歳で天涯孤独となっている彼女は、大切な人、身近な人を失う辛さや悲しみ、そしてそれによって残される孤独感や寂しさを嫌という程すでに味わっている。加えて一度木綿季は、結果としてではあるが一夏を死地(アインクラッド)に送り込んでしまったという事もある。そしてなによりも、片想い(で両想い)の一夏と言う、近しい人間を喪うことを極端に恐れても居たのである。

 

「…悪ぃ木綿季。大丈夫だ。俺はここに居る。…な?」

 

『…ホント?』

 

「あぁ。…だから泣くな。…何なら後でALOで出会ってやるからさ。どうせなら生きてるって証拠にデュエルしてもいいぜ?」

 

『え~、それはトーナメントの楽しみにしておくよ。』

 

「おっ、そうだな。」

 

何とか木綿季の気持ちを持ち直すことが出来たようで、一夏も一安心し、同時に彼女も浮かべて居るであろう笑顔を自身にも伝染させてくる。

そうだ。

やはり木綿季は笑顔で明るい、一緒に居たり話したりするだけで、まるで太陽の日差しのような暖かな気持ちにさせてくれる。一夏は改めて、そんな彼女に惚れ込んでしまったことを実感させられた。

だが…

 

「む…一夏。いつまでシャルロット…もとい、木綿季にヘラヘラしているつもりだ?」

 

「そうですわ。織斑先生から、木綿季さんの鍛錬を見るように仰せつかっていらっしゃるのではなくって?」

 

やはり、自分以外の女子と仲良く話しているのが気に食わないのか、声色を低くした箒とセシリアが詰め寄ってくる。ラウラも、自身にも構って欲しいと言わんばかりに頬を膨らませて一夏を睨んできていた。

ちなみに、一夏が近くに寄ってきているシャルロットは、不機嫌どころか少し役得と感じていたりする。

 

「そ、それもそうだな。じゃあそろそろアリーナに向かおうぜ。」

 

『ご、ごめんね。ボクがグズっちゃったから、一夏が怒られちゃって…。』

 

「いや、木綿季が気にすることないぜ。心配してくれて、ありがとな?」

 

『え?あ、ぅん…えへへ…。』

 

また目の前でほのかな桃色空間を作りかけている2人。もはや、箒のムカムカは頂点である。

 

「い、いい加減にしろ!は、早く移動しろと言っているのだ!あと、場をわきまえろ!!」

 

周囲を見れば、若干甘ったるげな雰囲気に飲まれている生徒がちらほら見え、その表情はゲンナリしている。そしてまだ教室に残っていた教師二人の内、真耶の方は『若いですね~青春ですね~…うらやましいですね~…』とかなんとか言っているし(ちなみに後に行くに連れて声も小さくなるし、若干涙声にもなっていた)、千冬に至っては、額に手を当てて呆れている。もしかしたら、空気に当てられて赤面している、かも知れない。

何せラバーズのみならず、この学園のほとんどの生徒が男に飢えている。なので、こうしたカップル紛いの行為に耐性が0。むしろ、マイナス数値をたたき出している可能性が高いのである。

そんなわけで教室にいた生徒の内数名は、購買にブラックコーヒー、または苦めのお茶を買いに退室していたりする。

 

「まぁ一夏。アリーナの使用時間も限られているんだから、話の方はその道中ですれば良いんじゃないかな?」

 

ここでようやくシャルロットが口を開いたと共に、肩のプローブを外して一夏の方に装着させる。固定アームで制服がシワにならないよう留意し、顔を近付けて大丈夫か確認する。その様子はさながら、夫のネクタイを直す妻…の用に見えなくもない。

 

『ありがとねシャルロット。色々教えてくれて。』

 

「うぅん。いいよ。またボクの肩で良かったら貸すからね。」

 

5、6時間目の授業の合間の休み時間。木綿季はシャルロットに、5時間目の授業内容で判らなかった事を、怖ず怖ずとではあるが聞いてみた。

一応、一般科目であったため、木綿季のノートとりは許可されており、仮想空間におけるディスプレイに、授業や話の内容をとっていた。が、やはり矢継ぎ早のように話される内容を理解しようと思えば、木綿季の4年近くのブランクという物は大きいものであり、追っつかない状態であった。

なので、書き取れなかった分。そして理解しきれなかった分を、肩を貸してくれているシャルロットに聞いてみたところ、快くノートを見せると共にわかりやすい解説を入れてくれたのである。そのノートも、後で読んだり、他者が見やすいように綺麗にまとめられており、まさしく優等生女子のノートと言うに相応しい物だった。

そんなやりとりがあったため、どうやら木綿季とシャルロットの仲はかなり縮まった様子である。アリーナへ向かう間も、2人の会話は途切れることなく、むしろ一夏そっちのけで盛り上がっていた。

そしてその様子を見て、一夏が少しシャルロットに嫉妬していたのは全くの余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴や簪と合流した後、更衣室前でプローブを再びシャルロットに預けて、一夏はISスーツに着替えてアリーナに出る。

広大なアリーナ。一夏の見える範囲では、他に訓練中の生徒はおらず、貸し切りと言っても過言ではない状態。これなら、広い範囲で訓練を展開することが出来るし、木綿季も自由に飛ぶことが出来るだろう。

 

「ふっ……いつからアリーナに誰も居ないと錯覚していたんだい?」

 

「うぉあっ!?」

 

いつの間にか背後に腕を組んで立っていたのは天災。入ってきたときは誰も居なかったはずなのに…。…まさか男子更衣室から入ってきたわけでは…無いと信じたい。

 

「ふっふっふっふっ…ふが4つ。あれ?5つになったか、まぁいいや。箒ちゃん達はまだ着替え中かな?」

 

「そ、そうですね。もう少し掛かるんじゃないかと…。」

 

「よし!じゃあ箒ちゃんの生パイオツを…ぐえっ!?」

 

「よし!じゃねーでしょ。」

 

意気込んで女子更衣室に凸しようとする天災の襟を引っ掴んで、同性による覗き、もしくはセクハラを阻止する。変な声が出たようだが、別にそんなことは気にしなくても問題ない。

 

「な、何すんのさいっ君!束さんはただ、かわゆいかわゆい妹の成長を…!」

 

「そう言って臨海学校の時、そのかわゆいかわゆい妹にシバかれたのは誰でした?」

 

「え~?束さん、そんなの覚えてないや☆」

 

「大体なんですか!その…パイオツって!」

 

「え?いっ君知らない?」

 

「いや、そういう訳じゃなくて…」

 

「いっ君もさ、女の子のおっぱいには夢が詰まっていると思わない?大っきなおっぱい、小っさいおっぱい、美しいおっぱい…どれも皆おっぱいだけど、その全ては須く愛されるべき物なんだよ!」

 

「は、はぁ…。」

 

「大きなおっぱいに埋もれるもよし!小さいおっぱいを愛でるもよし!美しいおっぱいに芸術を感じるもよし!そしてそれらはどれを一つとっても同じ物がない、世界に一つだけのおっぱいなのさ!

 

さぁ!いっ君もおっぱいへの愛を解放しよう!束さんも、箒ちゃんと、そしてちーちゃん、んで、ゆうちゃんのおっぱいへの愛を解き放つよ!」

 

「ちょっ…え?先の2人はいいとして…いや良くはないけど、なんで木綿季も!?」

 

「ん?こまけぇこたぁいいんだよ!」

 

「よくない!!」

 

もう彼女の暴走を止めるのは無理かと、一夏が半ば諦め掛けたとき、ドゴォッ!という、人体から聞こえてはならないような重く、そして壮大な音と共に、束の頭はアリーナの地面に沈んだ。

見れば、木刀を振り下ろした箒が、肩で息をしながら地に沈む束を睨み下ろしていた。

 

「ま、全く…!何を言っているんですか姉さん!身内として恥ずかしい!!」

 

「おぉ!箒ちゃん!待ってたよ!」

 

「何が『待ってたよ!』ですか!あ、あんな単語を恥ずかしげもなく、何度も何度も連呼して…!は、恥を知ってください恥を!」

 

「ん?あんな単語って、何を差すのかな?具体的に言ってくれないと、束さんわかんな~い☆」

 

「…もう一撃、おかわりは要りますか?」

 

「ノーセンキュー。」

 

ユラリと、まるで悪鬼のようなオーラを出しながら木刀を上段に構える愛する妹を見て、流石にやばいと思ったのか、さしもの束さんも押し黙った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆に囲まれて、そして正座させられている束。皆が彼女を見る眼が鋭く、特に箒においてはゲスい何かを見るような目である。そんな視線も束にとってはご褒美らしく、ゾクゾクしながら悶えている。

 

「それで?束さん、まだ居たんですか?他に何かIS学園に用が?」

 

「あ!それね!紫天の武装について説明がなかったでしょ?」

 

『武装?』

 

「そそ。一応ね、紫天も競技用の武装を入れてたりするんだよね。」

 

曰く、一応は木綿季を空へ羽ばたかせようとするためのISだったが、どうせならと言うことで武器を放り込んでいたという。ISバトル、と言うのを体験するのもいいんじゃないか、と束は言う。

 

「そんなわけでゆうちゃん!」

 

『は、はいっ!』

 

「いっ君とISで模擬戦、してみない?」

 

それが、冒頭の戦いの狼煙と言っても過言ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、まけた…!」

 

『えっへへ…ブイッ!』

 

OTZの体勢で跪く一夏と裏腹に、木綿季は紫天の指でVサインを作る。

授業で既にISの操作法をほぼマスターしてしまった木綿季は、武器の展開を学んだ、それだけで、一夏を負かしてしまうまでの腕前になってしまった。仮想世界の身体の動かし方といった、元々イメージや精神的なもので操作する、と言う物においては木綿季に一日の長がある。加えてALOの剣技の延長もあり、絶剣の二つ名に負けぬ程の攻め、そして新たに扱うことになったハンドガンを用いて一夏を下したのである。

 

「す、凄いんだね木綿季…。ホントに今日初めてISに乗ったの?」

 

『うん。でも楽しいよねISの模擬戦って。ALOのデュエルも良いけど、こうやって高速戦闘で戦えるのも良いなぁ。』

 

労いと驚きの入り交じった声のシャルロットに、木綿季は弾んだ声で応える。流石に魔法やソードスキルは無いものの、機体性能差もあるが、ただ純粋に己の技量で雌雄を決する事が出来るのも、木綿季にはお気に召したようである。

 

「木綿季!次はあたしと勝負しましょ!」

 

「り、鈴?」

 

「うむ、何故か木綿季の戦いぶりを見ていると…私も…何というのか、血が滾ってきた。そんなわけで、私とも戦え。決定事項だ。」

 

「ちょっ…2人とも、木綿季は今日ISを動かしたばかりで…」

 

『うん!いいよ!』

 

「いいのかよ!?」

 

流石に連戦という物は、幾ら肉体で動かさないとは言え、今日初めてISに触れた人間にはキツいものだとも思い、一夏は2人を止めに掛かるが、戦う当の本人たる木綿季がやる気満々だった。

そうだ、そういう性格だった。

バトルジャンキーと言うか脳筋と言うか…。そんな言葉が相応しくなってきているようにも見える彼女は、疲れなんか知らないと言わんばかりに再び空へ浮かび上がり、後を追うように甲龍を纏った鈴が高度を上げていく。

 

「まぁ…木綿季が楽しんでるなら、良いかな?」

 

これも一つの部活みたいな物と捉えるなら、木綿季が望む『学校生活』の在り方なのだろう。

そう思いながら、一夏は上空でブレードと青竜刀のぶつかり合う様を見詰めた。




紫天の戦闘スタイルは、ガンゲイル・オンライン フェイタルバレットのユウキを模しています。
武装については、

超硬質近接ブレード『リヒトメッサー』
15ミリ弾仕様IS用大型ハンドガン『マーゲイ・ストライフ』

元ネタがわかる人は、恐らくニュード汚染されていることだろう…


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番外編『彼女のキスはチョコの味』

何とか間に合った!
はい、そんなわけでバレンタインですね!コンチクショー!
書いててうらやましいなんて思ってないんだからね!コンチクショー!
時系列とかアレなことは気にしないでね!コンチクショー!
でも早いとこ本編書き上げて、日常編したいんだからね!コンチクショー!
…そこはかとなくRー15あたりになってます。

…本編書いてますが、フェイタルバレットしてて中々筆が進まない…


男子進入禁止

 

そんな貼り紙がキリトとアスナの邸宅の玄関のドアに貼られていた。

キリトがいざログインしてみれば、マイホームでセーブしていたはずなのに、22層主街区からのスタートになっていたのだ。

何かの不具合かと首を傾げながらも、ログハウスへと飛翔したキリト。そんな矢先にこの張り紙だ。ドアを開けようとしても、システムロックがかかっているらしく、うんともすんとも言わない。

 

「…なんか、締め出された亭主ってこんな気持ちなんだろうかな?」

 

ぽつりと呟くが、誰も聞くものはいない。むしろ、静かすぎて虚しくなってくる。

 

「…仕方ない。イチカの家は…どうだろう?」

 

すっかりお隣さんとしての認識が強まったイチカと、ほぼほぼ同居に近い形になっているユウキの邸宅のドアをノックすると、やや待ってイチカがひょっこりとドアを開ける。

 

「よっ、イチカ。」

 

「キリト?どうかしたのか?」

 

「いや…締め出された。」

 

「は?」

 

現状を理解できぬイチカは素っ頓狂な声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キリトとアスナの邸宅 キッチン

 

テーブルの上には、今日この日のために集めに集めた素材アイテムがずらりと並び、そしてソレを調理するための器具が所狭しと広げられている。それらを囲むのは、いつもの女子メンバー。

 

「いい!?女の子にとって、今日は勝負の日よ!全てを得るか、地獄に落ちるかの瀬戸際よ!」

 

「あ、アスナ、地獄にって大袈裟な…たかだか…」

 

「たかだか…?このイベントをたかだかで一蹴する気なの?リズ?」

 

「あ、いや、そんなわけじゃ……」

 

ギラリと睨むのは、愛用のフリル付きエプロンを着けたアスナ。その目はかつてSAO時代に名を馳せた、閃光とは別の二つ名である、攻略の鬼を彷彿とさせる物である。

 

「恋する女の子にとって、一年の計は元旦じゃなくて、この日にあると言っても過言ではないわ!いいわね!?」

 

「り、リーファ…なんかアスナ怖いよ~…」

 

「う、うん。あたしもあんなアスナさん…初めて見た…かも。」

 

「まるで鬼教官みたいね。」

 

ここにいるメンバーの中で、ユウキ、リーファ、シノンは、攻略の鬼であったアスナを知らないため、先の二人はともかくとして、シノンまでどこか引かせるほどの迫力である。

 

「返事がないわ、いいわね!?」

 

『い、イエスマム!!』

 

「…よろしい!」

 

「ママ…今から作るものに、そんな重要性があるのですか?…確かにデータベースでは、男女にとってクリスマスに並ぶ重要イベントと聞いていますけど…」

 

「そうよ。これを成功させれば、2人の関係性はより一層深まるわ。でも逆にこれを失敗すれば……」

 

「し、失敗すれば…?」

 

アスナの物言いに、幼いユイはゴクリと固唾を飲み込む。

 

「…考えただけでも恐ろしいわね。」

 

「ひっ!?」

 

「アスナ、アンタとキリトの関係性は切ろうにも切れないんだから、そんな鬼気迫ってちゃダメじゃない?」

 

「そ、そうですよ!怖い顔して作っても、多分美味しい物は出来ませんよ?」

 

この中でも付き合いの長いリズベットとシリカの言に、アスナもハッとする。

そうだ、こんな焦った気持ちで作っても美味しい物が作れようものか。

今向いていたのは、キリトと関係が潰えないかの危機感、それに気持ちを込めようとしていた。

これではたとえ味と形が良くても、キリトへの想いを込めて作れたとは言えない。

 

「…そうね。少し…冷静さを失っていたわ。ごめんなさい。」

 

「ま、まぁアスナさんのお兄ちゃんに対する想いは重々わかってますので…。気持ちはわからなくはないですよ。」

 

「…ありがとう、リーファちゃん。…それじゃあ皆!気を取り直して、頑張って美味しいのを作りましょう!」

 

『おぉーー!!!』

 

やがて…キリトとアスナの家のリビングには、甘くもほろ苦い香りが漂い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし…あとは焼き上がるのを待つだけだな。」

 

所変わってイチカ(とユウキ)の邸宅。先日設置したオーブンに耐熱プレートと、その上に乗せた何らかの生地を投入し、焼き上げの時間を調整する。

男2人、エプロンを着用しての調理である。

 

「しかし…中々の数だな。渡す相手が多いと骨が折れる。」

 

「まぁ普段から世話になってるからな。現実でも仮想でも。」

 

「精神的なお礼はこれとして…現実でのお礼もしないとダメ、だよな?」

 

「そればかりは本命だけで良いんじゃないか?…あとは家族とか。」

 

「そんなもんか?」

 

「俺も千冬姉や、ALOしてない友達にはするつもりだよ。」

 

もっとも、男女比率のとんでもないIS学園に通うイチカだ。恐らく貰うものはとんでもなく多いために、来月のお返しが同じくとんでもないことになりかねないだろうが。

しかし見ていて未だ付き合いたてのカップルのような、それに近しい友人のようなイチカとユウキ、2人の距離感は、見ていて甘々な物だとキリトは言うが、そっくりそのまま、新婚夫婦のイチャイチャぶりを見せつけるお前らにブーメランを返してやるとイチカはいう。なんせ、夫婦イチャイチャだけならともかく、愛娘ラブラブまで見せつけてくれるのだから、なおのこと始末が悪い。

エプロンを外して、焼き上がるまでの手持ち無沙汰な時間を潰すため、テーブルにカップに入れたコーヒーを二つ置いて一息つく。

 

「…で?」

 

「で?って?」

 

「進展は?」

 

「え、えと……。」

 

「…もしかして、そんなに進展してないのか?」

 

「…べ、別にいいだろ!?俺とユウキの問題なんだし。」

 

「そりゃそうだな。」

 

まぁ幾ら下積みがあったとは言え、告白してその日にベッドインした目の前の黒ずくめの少年には敵わない。

だがイチカは、ゆっくりと、そして確かにその距離を縮めていこうと思っている。それに関してはユウキもわかっているのか、ヤキモキする事もなくイチカのそばにいてくれていた。

 

「まぁゆっくりとも大事だけど、時には押してみるのも大切だぞ?…まぁアドバイスの一つとして留めておいてくれ。」

 

「…わかった。サンキューな。」

 

「おう。」

 

窓の外にはチラホラと舞い降りる雪。

そして今日は2月14日。

聖バレンタイン。

男女が互いの気持ちを伝え合う絶好の日だ。

それだけではなく、普段世話になっている人への感謝と義理を伝えるのにも丁度良い日でもある。

 

「ユウキ、喜んでくれるかな。」

 

「…まぁ、お前がユウキに向ける思いはわかってるつもりだからさ。…喜んでくれるだろ。」

 

「…だと良いな。」

 

下手な女の子よりも乙女なイチカにキリトは若干引きながらも、彼と、そしてその思い人の少女の恋路が上手くいくことを切に願う。

ただその2人の気持ちが縮まるであろう時は、刻一刻と近付いてきていた。

 

 

 

 

 

さて、

オーブンに入れて焼いていたクッキーが焼き上がり、あらかじめ用意していた透明の小袋にそれぞれ詰め、相手のイメージカラーに合わせたリボンでラッピングしていく。プレゼントに相応しい蝶々結びで黙々と、世話になっている面々を想いながら。

 

「でも悪いなイチカ。」

 

「何がだよ?」

 

「本当は俺も作らせてくれ、なんていうのは想定してなかったんじゃないか?料理経験…いやお菓子作りの経験の無い俺が一緒となると、材料もそうだけど、作るのに時間と手間を掛けさせただろ?」

 

キリトが入ってきたときには既に、殆ど生地が完成していた。そこに自身も何か作ると言い出したのだから、彼にとっては二度手間、そしてタイムスケジュールがあったなら、それを狂わせたことになる。

申し訳なさそうにするキリトに、イチカは苦笑を隠せない。

 

「いや、材料程度ならさして問題ないし、料理って誰かと作るのも楽しいもんだぜ?…まぁどうしても気になるなら、この前の27層のお礼、とでも思ってくれ。」

 

「…じゃ、そういうことにしておくか。」

 

初めてユウキ達スリーピングナイツの皆と挑んだあのボス。その一戦、いや、それにリベンジするためにボスに挑もうとした時に、攻略ギルドと一悶着あった。それを助けるために、キリト達はデスペナルティーを顧みず、数多の軍勢を相手に奮闘。自身らがボス部屋に突入するのを手助けしてくれたのである。結果として、リメインライトと化してセーブポイントに巻き戻ったのだが、相手ギルドの八割方の戦力を奪うことが出来た。

……ちなみに余談だが、最多撃破したのは、後衛にて魔法を駆使していたが、血が騒いで前線に出たウンディーネのあの人である。直線通路であったために、細剣スキルであるフラッシングペネトレイターの格好の餌食になったとかならなかったとか。

 

「ま、それは差し引いて、キリトには普段世話になってるしな。だからほら、これ。」

 

そう言ってイチカが手渡してきたのは、彼が手がけたチョコチップクッキーだ。生地に散りばめられたチョコチップもそうだが、生地に練り込まれたココアパウダー、そしてほのかに香るブランデーがたまらない。

 

「いい…のか?」

 

「まぁな。言ったろ?普段世話になってるって。遠慮しないでくれよ?」

 

「…わかった、ありがたく貰うよ。」

 

これは所謂『友チョコ』や『義理チョコ』だ。さして大きな意味は無い。ましてや薄い本が厚くなるような感情や今後の展開は全く持ってないことを記しておく。

しかし…

 

「運営も中々凝ったことするよな。」

 

「ん?何がだよ?」

 

「だってさ。バレンタイン期間は、料理スキル無効化されてるんだぜ?…これって、いかにもシステムに頼らずにチョコを作れって言ってるような物だろ?」

 

「そうだな。…作り方もリアルと変わらない、むしろ現実と謙遜無い程までに本格的だった。…システムに慣れてる人間にはつらいかもだけど、作り甲斐はあるだろうな。」

 

以前アスナも言っていた。

システムによって簡略化された料理で少し味気ない、と。

確かに普段料理する人にとっては物足りないだろうとも思う。

それだけに、今回の仕様でリアルのスキルが物を言うように設定した運営の努力には頭が下がるばかりである。

…一部では文句を言われそうな物だが。

 

「よし…こんな物だな。」

 

テーブルには一通り詰め終えたクッキーが所狭しと、色とりどりのリボンでコーディネートされて並べられていた。数が数だけに中々の圧巻である。

 

「あとは…まぁお隣さんの終わりを待つか。」

 

「いつまでかかるんだろな。…時間がわかれば一狩り行きたいところだけどさ。」

 

「ただいま~。」

 

噂をすれば、である。どうやら居候(仮)の帰宅のようだ。

テーブルに並べてあるクッキーをお互いに作った分に分けてストレージに仕舞うと、丁度ユウキがリビングのドアを開けて入ってきた。

 

「あ、キリト。来てたんだ。」

 

「まぁな。…自宅の締め出し食らったからさ。」

 

「あはは。まぁ今日は仕方ないよ。もう終わったからさ、アスナ達が呼んでたよ?」

 

「おう。じゃあそろそろお暇するかな。」

 

「じゃあな、キリト。皆の分はまた後日にでも持って行くよ。」

 

「わかった。そう伝えとく。」

 

そう言うと、キリトはほぼユウキと入れ替わるようにイチカの家を後にする。…向こうに行けば、恐らくはほぼ全員からの本命を貰うのだろう。…中々のモテ男のようだ。

 

「とりあえずユウキ、何か飲むか?」

 

「あ、うん。じゃあカフェオレお願いしていい?」

 

「了解っ。」

 

そう言ってイチカはキッチンへと向かう。その後ろ姿を見送り彼が死角に入ると、椅子に座ったユウキはストレージからあるものを取り出した。

白い包装紙でラッピングされた小さな四角い箱。両手で持つと、程よい、10センチ四方のそれをユウキはじっと見詰める。

自然と、胸の鼓動が早くなるのを感じる。

顔が紅潮するのを感じる。

 

どうやって渡そう?

 

どう言って渡そう?

 

そんな自問自答が彼女の中で次々と思い浮かぶ。

 

受け取ってもらえなかったらどうしよう?

 

仮に受け取ってもらえても、美味しいと言ってくれるかわからない…。

 

そんな負のスパイラルにはまっていくユウキは思わず小さな溜め息を漏らす。

 

「…どうかしたのかユウキ。ため息なんかついて。」

 

「ふぇぁっ!?」

 

驚き、見上げれば、互いの愛用するマグカップを両手に持ったイチカが目の前に立っていた。

少し心配そうにユウキを見詰めながら、テーブルに湯気が立つカフェオレを置いてくれる。

向かいにイチカもゆっくりと座ると、カフェオレを一口口に含む。ユウキも釣られて白い箱をテーブルの傍らに置くと、カフェオレを一口。程よい甘さとミルクたっぷりのまろやかな味わい。そしてほのかに口に広がるコーヒーの苦みが、ユウキの気持ちを落ち着かせてくれる。

 

「少し、浮かない顔だな。」

 

「へ?そ、そうかな?」

 

「…何か失敗でもしたのか?」

 

「えと…そのぅ……。」

 

煮え切らないユウキの返事に、イチカは思わず首を傾げる。目を泳がせ、まるで失敗を叱責されるのに怯える子供のようにも見える。

 

「う…ぅ…………イチカ…ごめん…。」

 

「へ?ど、どうしたんだよ?いきなり謝るなんて…」

 

「……これ…。」

 

立ち上がって手渡してくるのは、先程の白い箱だった。

箱の上面には、『St.Valentine』と達筆な英語が描かれたシールが貼られている。

 

「これって……。」

 

「う、うん…、ボク…アスナ達と、チョコを作ってたの…。」

 

「これ…俺に?」

 

「う、うん。」

 

「開けても良いか?」

 

「………うん。」

 

少し考えた先、そして意を決したかのような返事に、彼女の落ち込み具合はチョコにあると確信した。

綺麗にラッピングされた包装紙を、出来るだけ破らないように丁寧に広げていくと、中には球状…とは言えない、いや、多少歪ではあるが形の崩れたチョコトリュフが、紙状の箱に入れられていた。

 

「…ごめん。もっと綺麗に作るつもりだったんだけど、上手く丸くならなくて…。」

 

「…もしかして、チョコを丸める時に手を冷やさなかったんじゃないか?」

 

「よく、わかったね。」

 

「俺もおんなじ失敗をしたからな。」

 

世話になっている人、と言うことで、SAOに囚われる前、バレンタインに千冬を労ってのトリュフを一夏も作ったことがあった。だが、手を冷やさずにチョコを丸めようとしたことにより、手の体温でチョコが溶け出してしまい、トリュフは見るも無惨な形となってしまったと言う、思い出すのもチョコの味も苦い思い出だった。

だが、目の前にあるトリュフ。あの経験があったからこそ、これがどれ程自分を想って作ってくれたのかがよくわかる。

一つ手に取ってみれば、形は歪な物であれ、しっかりとコーティングもしてあり、問題は見てくれだけなのだともわかる。

そんなトリュフを、イチカは迷うこと無く口へ放り込んだ。

苦みのある外のチョコが口の中で溶け出し、更にその中から生クリームを混ぜ合わせたまろやかなチョコの風味が口いっぱいに広がっていく。

 

「ど、どう…かな…?」

 

無言で咀嚼するイチカに不安を抱え、おどおどした様子で味の感想を聞いてみる。

しっかりじっくりと味わったイチカは、チョコをゴクリと飲み込む。同時にユウキも緊張からか、同じく固唾を飲み込んでしまう。

 

…やっぱり、見てくれが悪いのがダメだったのかな。

 

そんな絶望にも似た思いを抱くユウキに、ややあってイチカは口を開いた。

 

「うん。すっげぇ旨いよユウキ!」

 

「へ…?」

 

「なんて言うのか…味もそうだけど…ユウキが一生懸命作ってくれたのがよくわかるよ。…ありがとなユウキ。」

 

「え…そ、そんなので…いいの?」

 

「おう。月並みだけどさ。そりゃ見てくれは良いと言えないけど、しっかりとトリュフの味になってるし、ユウキが頑張って作ったって言うのが伝わってくる。…だからこのトリュフは、世界に一つだけの、ユウキが作ってくれた最高のトリュフだって、俺は胸を張って言えるよ。」

 

実際、味もそうだが、しっかりチョコを溶かして、ダマが残らないよう、丁寧に手を加えてある。形は関係なく、自身を想って作り、ただただ旨いと感じれる最高のチョコがそこにはあった。

 

「だから…ありがとなユウキ。こんな嬉しいバレンタイン、初めてだ。」

 

「うんっ。」

 

先程のベソをかきかけていた顔は何処へやら。溢れんばかりの眩しい笑顔が目の前にあり、釣られてイチカも笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

「そうだユウキ。」

 

トリュフを食べ終えたイチカは、ストレージを操作して、先程のクッキーをオブジェクト化すると、ユウキに渡した。彼女のイメージカラーに合わせた、紫の水玉模様のリボンでラッピングされている。

 

「これ…ボクに?」

 

「あぁ。皆にも配るのと一緒の奴なんだけどな。」

 

「へぇ…食べてみていい?」

 

「もちろんだ。」

 

聞くや否や、リボンをシュルシュルと解いて、中のチョコクッキーを一枚手に取る。チョコの香りと、そしてほのかに香る芳醇な香りが食欲をそそる。

 

「いただきまーす!」

 

パクリと口に頬張るユウキ。サクサクと、心地よい咀嚼音がリビングに響く。口いっぱいに広がるチョコの味。そして鼻を抜けていくブランデーの香り。ゴクリと飲み込んだユウキは、目を輝かせてとびきりの笑顔を浮かべた。

 

「美味しいっ!」

 

「そりゃ良かった。…ブランデーの風味は大丈夫か?」

 

「うん!なんかほろ苦い感じだけど、むしろそれがボクの好みだよ!」

 

幸せそうに次々とクッキーを食べていくユウキを見て、イチカにも幸せな思いが伝染してくる。少し冷めたカフェオレを飲みながら、ユウキの食べっぷりに幸せを感じるイチカ。

 

「ご馳走さま~。」

 

そんなことを考えていたら、いつの間にやらクッキーを完食してしまったようだ。本当に美味しそうに食べるものだから、バレンタインでなくともまた作ろうと思ってしまう。

 

「あ~!お腹いっぱいっ!」

 

「お粗末様。片付けておくから、ユウキはソファでゆっくりしておけよ。慣れない料理で疲れただろ?」

 

「え?あ~…うん。正直言うと、ね。」

 

「じゃあ尚のことだ。くつろいでていいからさ。」

 

「うん。ありがとねイチカ。」

 

ほぼ同時に立ち上がり、それぞれ洗い場とソファを目指して移動する。

マグカップ二つ洗うのと、テーブルを拭くだけなのでたいした手間は無い。

物の数分もかからない内に双方を済ませたイチカはエプロンを外すと、ソファに座るユウキの隣に腰を下ろした。椅子とは違い柔らかなクッションが、イチカを受け入れてくれた。

 

「ふぅ~…。」

 

「お疲れ様っイチカ!」

 

座るや否や、腕に抱きついて労を労ってくれる。労ってくれるのだが…。

 

「えへへ~。」

 

今度は身体に抱きついて、胸板に頬をこすりつけてくる。

おかしい

いつもテンションが高めとは言え、ここまでスキンシップをとるほどユウキは積極的ではない。

 

「ゆ、ユウキ?どうかしたのか?」

 

「ん~?何にもしないよ~?」

 

「そ、そうなのか。」

 

だが何処か違和感がある。

少し間延びした声に、少し紅潮した頬。…こんなユウキを過去に何処かで見たことがある。…あれは確か…

 

「ねぇイチカ。さっきのクッキー、すっごく美味しかったよ~?」

 

「そ、そうか。良かったな。」

 

思い出すのに集中させる暇も無く、ユウキが話しかけてくる。相も変わらず、間延びした口調である。

 

「イチカは食べたの~?」

 

「いや…味見で少しかじっただけで…」

 

「じゃあそんなに食べてないんだ~?」

 

「ま、まぁな。」

 

「じゃあさ、ボクがお裾分けしてあげる~!」

 

言うや否や、ぽふっとユウキによってソファに押し倒されたイチカは、一体何をされたのかを理解する暇も無く、彼の唇は柔らかな物によって塞がれた。

 

「な…んむっ……!?」

 

なんだ、と言おうとした矢先に、ユウキの唇によって塞がれたのだ。柔らかな彼女の唇の接触がイチカの顔を紅潮させるには充分すぎるものだった。

 

しかし…

 

今日のユウキさんはひと味違った。

 

「む…むむぅ……!」

 

「ん…ちゅ……る……。」

 

口を開き掛けたままキスをしたからか、あろうことかその隙間からユウキは舌を腔内にねじ込ませてきたのだ。

突然のことにイチカは目を見開き、そしてされるがままとなる。

絡み合う舌と舌。

混ざり合う唾液と唾液。

それによる卑猥な水音が、2人だけの静かなリビングを支配していた。

 

ややあって…

 

口を離したユウキとイチカの間には、唾液によるキラリと光る銀の糸が成され、それは突如としてぷつりと切れる。

未だ何をされたのかわからないイチカ。

そしてそんな彼に馬乗りになって、顔は紅潮し、目元をとろんとさせて見下ろすユウキ。

 

「…どう?イチカ~。」

 

「……へ?」

 

「クッキーの味、した~?」

 

そんなもの味わう余裕なんて無い。まぁほのかに口に残るチョコの味と、ブランデーの風味があるのも確かであるが…

 

…ん?

 

……ブランデー?

 

「ま、まさかユウキさん…」

 

「ん~?」

 

「酔ってらっしゃいます?」

 

「ボクは酔ってないよ~?」

 

嘘だ。

思い出したが、27層ボス攻略の打ち上げの時に酔ったユウキのそれと同じ雰囲気である。

今回のことでも何となく察したが…どうやら彼女は、酔うとかなり大胆なスキンシップをとるようになるらしい。がしかし、そんなことが理解できたからと言って、現状がどうなるわけでは無く…

 

「イチカ、もっかいしよ~?」

 

もはやまな板の鯉どころか、ソファのイチカと成り果てた彼にとって、ありのままを受け入れるしか無い。

理性を保ちながらユウキのディープなキスに耐えて、それは彼女が寝てしまうまで、軽く一時間は続いたそうな。



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第35話『疑似チーター現る?』

「おい、イチカ。」

 

空都ライン ダイシーカフェ

カウンターの向こう側で腕を組んで立つ、黒い肌、そしてスキンヘッドで長身のノーム族の男性エギルは、向かいのカウンター席に座るイチカに怪訝な表情を浮かべながら声を掛けた。

 

「一体アレは何なんだ?」

 

「ん?」

 

イチカの後方の円卓席、それに突っ伏すソレを顎で指す。そこには、テーブルに突っ伏して微動だにしないユウキ。よくよく耳を澄ませると、穏やかな寝息を立てている。

 

「何って…ユウキだろ?」

 

「そんなことはわかってる。俺が言いたいのは、あんだけデュエルしまくってたユウキが、ここへ来るなり眠りこけ始めた理由を聞きてぇんだ。」

 

そうエギルの言うとおり、ユウキはALOにログインすると共に、イチカとダイシーカフェにやって来たのだが、席に着いた途端、まるで糸が切れたかのように眠りに落ちていったのだ。

 

「今日って確か、ユウキがお前の所の学校に通う初日だったんだろ?…あんなになるまでハードなのか?」

 

「いや…そこまでハードじゃない。…まぁユウキにとって疲れたのは事実だろうけどさ。」

 

「…?どういうことだ?」

 

「現実でもデュエルしまくってた。」

 

「…ますます意味がわからんぞ?」

 

エギルが困惑するのも無理のない話なのだが、事実としてそうなのだから他に言い様がないのも確かである。あの後、鈴とラウラの連戦に加えて、箒まで戦ったものだから、知らず知らずの内に疲労が蓄積して、椅子に座った瞬間にそれが一気に押し寄せてきたのだろう。すやすやと、文字通り遊び疲れた子供の様に眠るユウキに苦笑しながらも、カウンター席から立ち上がったイチカは、ストレージから毛布を展開して彼女に掛けてやる。その感触に一瞬身じろぐものの、再び安らかな寝息を立て始めた。彼が再びカウンター席に戻ったのを見計らったようにして、エギルは口を開いた。

 

「なぁ。」

 

「ん~?」

 

「お前、噂はホントなのか?」

 

「噂?」

 

応じながらイチカは、カウンターテーブルに置かれていたグラスを持って、中身を口に流す。

 

絶刀(お前)絶剣(ユウキ)が付き合ってるって噂。」

 

「ブフォッ!?」

 

口に含んでいたグラスの中身…ウーロン茶を思わず吹き出してしまった。変なところに入ったのか、ゴホゴホと数回咳き込む。

 

「オイオイ、汚えな。」

 

「お、お前が変なこと口走るからだろ!?」

 

「いや、別に変な事じゃねえぞ?ALOではそこそこ出回ってる噂だしな。」

 

ここにきて、ふと以前キリトこと和人が言っていた言葉を思い出す。

イチカとユウキの関係性について、()()()()()()で噂が立っている…そんなことを言っていた。

 

「なぁ……まさかその噂の根元って…」

 

「…たぶん、お前が想像している奴だな。」

 

厄介な鼠もいたもんだ、とイチカは頭を抱えた。

実際、仲間として、友人としての立場で、こうして学校に行けるように皆と協力したのである。未だ付き合ってるや何やと言う次元ではない。好意を抱いているのは確かではあるのだが。

 

「そのリアクションじゃ、まだ付き合ってるわけじゃないみたいだな。」

 

「…まだって。」

 

「でも、異性として好きだ、ってのは事実なんだろ?」

 

「…まぁな。」

 

ここに来て、素直にユウキへの好意を認めるイチカに、一瞬エギルは驚いた物の、すぐに静かな笑みを浮かべる。その笑みはどことなく、余裕を持つ大人ならではのモノだ。…やはり色恋沙汰となっては、既婚者である彼に一日の長があるのだろう。

 

「そうか。…『朴念仁のイチカ』にもようやく、だな。」

 

「…なんだよ、その朴念仁って。」

 

「…知らねぇのか?SAO時代に付いていた、『絶刀』とは別のお前の二つ名だよ。」

 

「…は?そんなの…聞いたことないぞ!?」

 

「まぁ…まことしやかに噂されていたからな。…他にも『唐変木のイチカ』『鈍感のイチカ』『徹夜のイチカ』『童貞のイチカ』『ホモのイチカ』『キリト×イチカ』…」

 

「待て待て待て待て!何なんだよ後半のは!?いや、後半だけじゃなくても何なんだよ!?」

 

「…全部、お前がSAOでやっていたことの成れの果てだ。」

 

以前語ったが、SAOでイチカはその恵まれた容姿から女性プレイヤーに声を掛けられることは少なくなかった。中には、

 

『(恋人として)付き合って欲しい。』

 

と告白されることもあった。しかし、

 

『いいぜ。何のクエストだ?』

 

と、素で返していたものだから、数多くの女性プレイヤーがその恋心を打ち砕かれていた。

そしてそんなイチカの境遇に、とある赤毛の侍プレイヤーが嫉妬と共に枕を濡らしていたのは全くの余談だが。

 

「まぁお前がホモかも知れないって心の何処かで危惧していたが、お前もノーマルだったんだな。好きな女が出来たのは良いことだ。祝福するぜ。」

 

「…ここは怒るべきなのか。それとも感謝すべきなのか。」

 

「モチロン、後者だろうよ。ほら、祝いにそのウーロン茶は無料サービスだ。」

 

「…ずいぶん安い祝い金もあったもんだな。」

 

まぁ何にせよ、タダより高い物はないと言う言葉があるだけに、阿漕な彼からの珍しい祝いを受け取ってウーロン茶をあおるように飲み干す。一息つくと、スクッと立ち上がり、ユウキを起こしに掛かる。

 

「おい、ユウキ。そろそろ約束の時間だぞ?」

 

「ん~、あと五分…」

 

「ベタな寝言を言うなよ…。」

 

「…約束の時間?」

 

「おう。これからフレンドとダンジョンに、な。」

 

この言葉でエギルは思考する。

彼の言うフレンドは、自身が既知であるいつものメンバーと違うのだろうか?

もしキリトやアスナならば、フレンドという代名詞を入れる必要がない筈だ。

…まぁ二人に新しいフレンドが出来たのなら、それをどうこう言う必要ないか、とエギルは自己完結に至る。

 

「ほら、アイツも待ってるだろうから行くぞ。」

 

「うにゅ…ふぁい……」

 

「じゃあなエギル。また来るよ。」

 

「おう。気をつけてな。」

 

半分寝惚けながら立ち上がるユウキの手を引いて店を出るイチカ。そんな彼らを見送りながら、エギルは一つ思った。

 

「あぁやって手を繋いで歩いていたら、また噂が広がるんだろうがな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻

 

ここに、一人の新たなALOプレイヤーがログインした。種族はスプリガン。

腰までの流れるような黒髪。

尖った耳。

そしてクールという言葉をそのまま体現したような顔つき。

 

「ほう……きゃりぶれーしょん…とやらに少し手間取ったが……いざ始めてみるとその手間を忘れんばかりの体感だな。」

 

手も足も、何もかもが現実と変わらない感覚。

周囲の明暗も、

鼻を擽る匂いも、

そして耳に入る喧騒も。

 

「さて……例の大会とやらに出るには、武器が入り用だろうな。…正直ゲームその物が初めてだから、勝手がイマイチわからんものだ。」

 

「なぁ、アンタ…。」

 

「む?」

 

声を掛けられることで、その方向に向くと、自身と同じく黒髪の…少年プレイヤーアバターが話しかけている。顔つきは中性的で、背丈は…同じくらいか。

 

「なんかさっきから挙動不審…と言うか、キョロキョロしてたけど、もしかしてALO始めたばかりのニュービーか?」

 

「にゅーびー?」

 

「あぁ、悪い。つまり、初心者か?」

 

「あぁ。そうだ。…始めたばかりでどうにも勝手がわからなくてな。少し困っていたところだ。」

 

説明書は一通り読んだのだが、やはり実際に体験するのとでは勝手が違ってしまい、困り果てていたのが現実である。

 

「よかったら、初歩的なことをレクチャーしようか?特にこれからの予定もないしさ。」

 

「…レクチャーか。」

 

女性にとってこれは渡りに船だ。全くの初心者なので、経験者に教えてもらえるならばこれ程ありがたいことはない。

 

「…ならば頼めるか?このままでは埒があかないのでな。」

 

「わかった。…じゃあ自己紹介だ。俺は…キリト。よろしくな。えっと…」

 

キリト…はて、何処かで聞いたことのある名前だ、と女性プレイヤーは首を傾げる。だが生憎と、リアルでハードワークをこなした後の彼女には、そこまで深く思い出すことは不可能なので、頭の隅にとどめておく。

 

「ふむ、ここはプレイヤーネームを名乗るのだったな。…私は…オウカ。よろしく頼むキリト。」

 

「あぁ。じゃあ…まずは武器探しだな。…時間もあるけど、良かったら歩きながらでも良いか?」

 

「構わんさ。むしろその方が効率が良いだろう。」

 

「わかった。…ちなみにオウカは何かリアルで武術をしているのか?」

 

スプリガンのホームタウンにある、初心者用の武器を欄列している店に向かいながら、キリトはオウカに問うた。やはり仮想世界といえども、身体を動かす感覚というモノは現実と変わらない。使い慣れた武器が一番なので、参考までに聞いてみたのである。

 

「そうだな。幼少から知り合いの道場で、剣道や剣術を学んでいた。…それくらいしかないのだが。」

 

「いや、充分参考にはなる。…あとはオウカの好み次第だけどな。」

 

「お前は…何を使っているんだ?」

 

「俺は片手直剣。長い間使ってるからな。これが一番馴染む。」

 

「そうか…馴染む、か。」

 

そう話している内に、スタート位置よりそこまで離れていない、メインストリート沿いにある武器屋に辿り着いた。流石に初心者が減りつつある現在において、客足は決して多くない店ではあるが、NPC経営なので問題ない。

 

「いらっしゃいませ。」

 

「ここがニュービーが大抵訪れる店だ。各武器の最初期のモノが全種類そろえてあるからな。なじむモノを選ぶと良いぜ。」

 

「…ほう。棍や槍までもあるのだな。」

 

「あぁ。リーチや攻撃属性も攻略の要だからな。こう言った多種多様な武器のプレイヤーのロールで役割分担してたりするんだ。」

 

「ふむ…たかがゲームといえども侮れんな。」

 

感心の色を浮かべつつ、店員との会話でショップウインドウを開いたオウカは、ほぼほぼ決めていた武器をチョイスして、試着のためにオブジェクト化して貰うことにした。

ガラス張りのショウウインドウの上に現れたのは、片刃で刀身に紋を描き、わずかな反りを持つ武器……刀であった。

 

「やはり、長年振るってきた獲物だからな。こっちの方がしっくりくる。…少々軽いがな。」

 

「は、はは…。」

 

本来両手武器であるはずの刀を片手で軽々と振るうオウカに、乾いた笑みを浮かべる。

STRが初期値の筈なのにここまで振るえるのは、相当の剣技の持ち主だろう。刀を速く振るう為の身体の使い方を熟知していなければ、ステータス補正によっての重さが動きを妨げるはずである。

 

「よし……この武器にしよう。」

 

ほぼほぼ即決に近い形で刀初期装備である『鉄刀』を購入。その顔は何処かほくほくしている。

 

「じ、じゃあ次は……」

 

 

 

 

 

そんなこんなで防具一式を買いそろえると共に、各種施設やその使用法を説明し終える頃には、一時間ほど暮れていた。

キリトが次に言い出したのは、外での狩り、そしてレベリングだった。

飛翔の練習などもこなしておこうと考え、オウカに手順をレクチャーする。

初心者なので補助コントローラーを使用しての飛び方を教えるのだが、しばらく飛んでみて、

 

「…まどろっこしい飛び方だ。」

 

などと宣ったのだ。

ならばと慣れたプレイヤーが行う、感覚による飛翔を教えたところ、なんというのか、天賦の才と言うのか何なのか判らないが、こっちの方が合っていると言わんばかりに縦横無尽に、それこそ補助コントローラーを用いていたときよりも滑らかに飛んで見せたのである。

まぁ唖然としながらも、飛翔に関しては問題ないと判断したキリトは、オウカを引き連れてスプリガンのホームタウン近郊にある、初心者にうってつけの狩り場へとやって来た。

そこで身体の動かし方に加えて、ソードスキルのレクチャーをしようとしたのだが…

 

「はぁぁっ!!!」

 

そんな一喝したかのような剣閃に、フレンジーボアは文字通り一刀両断され、プギィ!と情けない声を出しながら四散した。

次いで近くに沸いてきたボアに狙いを定め、横薙ぎに一閃。物の見事にクリティカル判定を出して一撃で仕留めた。

 

(な、何だよこれ…!)

 

鉄刀の攻撃力はそこまで高くは無い。いや、初期武器の中では両手持ちなだけあって高い方ではある。しかし、全く何もステ振りをしてない状態では、STRの補正も少ないので、その重さに振り回されるものだ。

だがこのオウカというプレイヤーは違った。

刀の振り方という物を熟知している。力任せに振るうのでは無く、技術を以てしてその重量を御している。そしてその技術のままに、フレンジーボアの弱点である眉間を切り裂き、クリティカルの元に一撃で仕留めている。

 

(もうチートかチーターじゃないのか?これ…。)

 

かつて自分が言われた言葉を思い浮かべてみる。

そういえば、あの愉快な髪型の人は元気にしているだろうか?…名前は思い出せないけど。

 

「ふむ、この身体での刀の振りは大体慣れてきたな。…キリト。」

 

「ん?あぁ、なんだ?」

 

「ソードスキルとやらはどうやって出すのだ?」

 

「そうだな……まずは…」

 

そんなタイミングを見計らってか否か、2人の周囲にはフレンジーボアが七体ほどリポップした。先程からオウカが間髪入れずに討伐したものだから、リポップするタイミングが被ったのだろう。

 

「丁度いい、刀スキルには自分の周辺を薙ぎ払う…」

 

「はぁぁっ!!」

 

説明しようとするや否や、鉄刀の刀身にソードスキルのエフェクトを纏わせたオウカ、彼女が放つ刀スキル『旋車』によって、フレンジーボア共は皆、粉々に砕け散ってしまった。

 

「ふむ…すまないキリト。敵が沸いたのでな。…で?ソードスキルのやり方は?」

 

「…もういいです。」

 

仮想世界でもこんなんだから、現実でもチートなのだろうな…と、おおよそ的を射た予想を立てながら、キリトは大きなため息をついた。



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第36話『洞窟で出会いを求めるのはあながち間違いでは無いのだろうか』

サブタイに特に深い意味はないです。


「…遅かったじゃないか。」

 

ラインより飛翔すること10分ほどのダンジョン入り口。その傍らにいるのは黒いフードを被った女性プレイヤー。その風貌が怪しいと、苛立ちのオーラを立たせていることで、普通なら近寄りたくないの一言に尽きるが、降り立ったイチカとユウキは何のためらいも無く駆け寄る。

 

「悪い悪い。ちょっと寝坊助さんがいてさ。起こすのに手間取った。」

 

「む……寝坊助はひどいんじゃないかな?」

 

「いや…飛びながら船を漕いでたのは誰だよ?しかも目が覚めたのも数分前だろ?」

 

「き、気のせいじゃ無いかなっ?」

 

若干声が裏返った。

事実、イチカの言うように、寝惚け眼で飛行していたユウキを途中まで文字通り牽引していたのだ。

少しの間寝ていたのだが、空気抵抗によって顔に当てられた冷たい風によって、ついさっきようやく目が覚めたのである。

 

「…まぁいい。今日はこの洞窟で私のレベリングに付き合ってくれるのだろう?」

 

これ以上放っておくと、またイチャコラされかねない予感がするので、フードの人物…マドカは話を本題に戻した。

 

「おう。…でも大丈夫か?ここ、結構難易度高いぞ?」

 

「なに、多少の差なら腕前でカバー出来る。…それに、ALOトッププレイヤーが二人もいるんだ。そうそう負けは無いはずだろう?」

 

「そだね。その為のパーティプレイだもん。」

 

さぁ!そうと決まればさくさくっと行こう!と言わんばかりにマクアフィテルを抜き取ったユウキは、右に左にステップを踏んでウォーミングアップを始める。このまま放っておいては一人で抜き出かねない。

 

「じゃ…改めて行くとしようか。…マドカ、PT振るぞ?」

 

「…わかった。」

 

未だ何処かイチカ…いや、一夏に対しての蟠りが残っているのか一瞬躊躇うが、それを差し引いてもマドカの中ではユウキの存在は大きいらしく、拒みはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

洞窟特有の鬱蒼とした空気の中を進むこと数分。

距離的に入り口から100メートルは進んだところだ。ジメジメとした空気と、そしてやや泥濘(ぬかる)んだ地面を抜けて、奥へ奥へと進む3人。順調その物に見える行軍なのだが、ここに潜ったことのあるイチカは違和感を感じていた。

 

「…おかしい。」

 

「どしたのイチカ?」

 

我先にと先頭を歩いていたユウキが、一夏の呟きに足を止めて振り返る。

 

「この洞窟、ここまでモンスターに出会わずに潜れない。」

 

「…まだ数分だぞ?偶々なんじゃないのか?」

 

「偶々、にしては出会わなさすぎるんだ。…ここの難易度の高さって言うのは、敵の強さだけじゃ無い。高いエンカウント率も起因しているんだ。」

 

この洞窟の難易度というのはそこだった。

SAOの時みたいに、レベルを上げ、充分なマージンを取っていれば、並大抵のモンスターにやられることなどほぼ無いものだった。

だがこのALOではレベルという概念はほぼ無く、装備もそうだが、プレイヤースキルの高低が雌雄を決する。その為、並大抵のプレイヤースキルでは、この洞窟のモンスターの湧き具合に太刀打ちできず、強いモンスターによる数の暴力によって、呆気なくリメインライトと化してしまうのだ。流石のイチカも、最初こそ数に驚きはしたし、この難易度で運営の性格の悪さを恨みもしたものの、リポップその物は他のそれと変わりない…むしろ、少し長い方だと感じたのは幸いだった。

 

「だとしたら…考えられるのは…。」

 

「他に誰か潜ってるって事?」

 

「そう考えるのが自然だな。」

 

それも、先行しているのはそこまで先では無い。リポップしない時間とは言っても、10分やそこらなので、湧き具合や敵の強さから見ても、追い着くことは容易いだろう。

 

「…ふむ。今日は私のレベリングに付き合って貰ったのに、敵が居ないのではな…。」

 

「どうする?マドカ。狩り場、変えるか?」

 

「いや…。」

 

イチカの案に対して、否と応じたマドカの口は、何処か獰猛な何かを思わせる物だ。

 

「先行されているのならば、先行し返してやれば良い。モンスターも先にタゲを取ってしまえば向こうも文句は言うまい?」

 

「そりゃまぁ…そうだが。」

 

「ならば話は早い。道なりに行けばモンスターとエンカウントすることも無いだろう。追い着き、追い抜くこともそう時間は掛からん。全力疾走で行くぞ。」

 

言うや否や、黒いフードを靡かせて、マドカは低姿勢による疾走で洞窟を奥へと駆け抜ける。

 

「あっ!待ってよマドカ~!」

 

そんな彼女を、ユウキがせこせこと追いかけていく。

やれやれ、と目の前の元気が有り余る2人を見送りながら、イチカはポリポリと頭を掻く。

 

「なんだかんだで、マドカもALOにのめり込んでるな~。」

 

某テロ組織のエージェントなどと微塵も感じさせないほどに、今の彼女は紛うこと無くただ1人のALOプレイヤーだ。飾り無く、ただ純粋にゲームを楽しめている彼女に、何処か嬉しさを感じていた。もしかしたら…これが素の彼女の一面なのかも知れない。冷徹無比と感じていたマドカの意外な一面に、どこか微笑ましくも思える。

 

「イチカイチカ~!!ちょ…ちょっと来て~!!」

 

そんなイチカのトリップをぶち破ったのは、少しテンパりかけていたユウキの大声だった。流石に洞窟内だけあってよく反響する。

何かあったのだろうか?

 

「おう!今行く!」

 

もしかしたら、潜っていた例のプレイヤーと出会しでもしたのだろうか?

悪い足場に気をつけながら、ユウキの声が響いた方に急ぎ行く。十メートルは続く狭い洞穴を抜け、少しばかり開けた場所に出た。

周囲の壁は一メートル四方の穴だらけ、そして天井から鍾乳石が氷柱の様に突き出すその空間の真ん中で、ユウキはイチカに向かって手を振って、ここだとアピールしている。

 

「どうかしたのか?」

 

「これ!これ!」

 

ユウキが視線を移す先…彼女の足下にはぼうぼうと燃えながら地面近くに浮くそれは、妖精の魂とも言うべきリメインライトだった。

 

「…リメインライト?」

 

「うん!もしかして、先行してたプレイヤーじゃないかな?」

 

「だろうな。」

 

周りを見てみれば、他にリメインライトは見当たらない。仲間に見捨てられたか、あるいはソロなのか。

何にせよ、もし後者ならば、まだ半分も行っていないとは言え、ここまで単独で潜れるとなると、中々の手練れだろう。

 

「ねぇ、イチカ。」

 

「ん?」

 

「蘇生…してあげても良いかな?」

 

ユウキとしてはゲームといえども、流石に目の前で消えゆく命というのは捨て置けないのだろう。敵対者ならともかく、こうしてリメインライトが残っている間に出会うことが出来たのだ。イチカにとっても助けたいという気持ちは充分共感できるものだった。

 

「…そうだな。良いと思うぞ?」

 

そう応えたことで、ユウキの顔はぱぁっと明るくなり、早速ストレージを操作して復活アイテムである『世界樹の雫』をオブジェクト化する。青い半透明の瓶に詰められた蓋を外し、中に入れられたピンクの液体を、未だ燃えさかるリメインライトにトクトクと垂らしていく。中身を全て垂らし終えると、瓶の耐久力が尽きたのか、ポリゴンの破片となって霧散する。同時にリメインライトも、眩い輝きと共にその形を大きく変えていく。炎を象っていたそれは、四肢を形成し、人の形としてその姿を変えていく。色もリメインライトの色から、大半が白へと変わる。

うつ伏せに倒れていたのか、白く、そして艶やかな長い髪が、身体を覆うどころが地面にまで広がっている。

 

「あ…ありがとう。」

 

声からして女性プレイヤーか、ゆっくりと立ち上がりながら礼を言う彼女を見て、何処かイチカは既視感を覚えた。

 

「君は…」

 

「何かな?」

 

「…いや…。」

 

何処かで出会ったか?

そう尋ねようとしたが、その雰囲気によって出掛けた疑問は再び喉の奥へと戻っていく。

その身には白い女騎士を思わせるような装備。凛々しい女性プレイヤーが身に纏いそうな物だが、目の前の少女は凛々しいと言うよりも、愛らしいという印象が強く見受けられる。だが、彼女の容姿はシリカと同年代と思わせるほどに幼いが、それでも似合っていないと言うよりも、寧ろ別な意味でしっくりくる。

 

「リメインライトになったときはどうなるかと思ったけど、お陰で助かったよ。ここまでは順調だったんだけど、結構なモンスターに囲まれちゃって…。」

 

「そりゃそうだろ。ここのいやらしい所の一つはモンスターの数なんだ。ソロだと結構喰われる名所なんだぜ?」

 

だがソロだとしても、ここまで彼女が単独で潜り込んだとしたら、目の前の幼い少女はその容姿とは裏腹にとんでもない実力者と言うことになる。

 

「…で?どうするの?追い着いちゃったんだけど…。」

 

「そうだな。そっちもレベリング目的なら、一時的に俺達とパーティ組まないか?」

 

奥に行くに連れて、モンスターの沸きも多くなる。そうなればソロは勿論、3人のパーティでも厳しい。それならば1人でも多く組んで行けるなら生存確率も上がるはずだ。もちろん、誰でも良いというわけでもない。動きが悪いプレイヤーなら、ヘタすれば共倒れ…言い方は悪いかも知れないが、足を引っ張られる事もある。だが目の前の少女はここまでソロで潜ってきた。実力は充分だと言えるだろう。…まぁ連携ともなれば話は別になるのだが…。

 

「おい、お前ら。」

 

先程から黙っていたマドカが、スラリと短剣を抜き取る。それも2本、逆手に構えて。

 

「お話ししてるとこ悪いんだがな。団体さんが歓迎してくれるみたいだぞ?」

 

周囲に反響するのは、獣の唸り声。洞窟の壁に音がぶつかり合い、幾重にもなって木霊しており、一匹どころか、何十匹も居るような予感がする。

 

「パーティは構わんが、まずこいつらを始末するのが先決だと思うのだが?」

 

「そうだね。…貴女の言うとおりかも。」

 

互いが互いに背中を向け合い、周囲の何処からでも現れてきても大丈夫なように警戒する。イチカは雪華を、ユウキはマクアフィテルを構える。

 

「どうやら…囲まれてるかな?」

 

「…だろうな。」

 

「あぁもう!タイミング悪い!」

 

ただでさえ強力なMobだと言うのに、もし壁の穴という穴から湧き出そうものならば、それこそ万事休すと言うものだろう。

無意識のうちに、互いが互いの死角を補うかのように背を預け、四方を警戒する中で、白髪の少女も自身の得物を抜き取った。

それは刀。

だがそれは普通の刀では無い。

イチカの扱う刀の雪華。これは大方柄を合わせて100cm…刀身は約75cmと、歴史の中で大体の日本刀の平均的な長さとなっている。

だが、目の前の少女のそれは、あまりに異質なほどに長かった。

そしてそれは刀を扱うプレイヤーなら、その長さから来る取り回しの悪さに関して酷評を下すレアドロップの武器。

『菊一文字』

先に述べた雪華と比べれば、その刀身は2倍近い150cm。素早い剣戟を求められる刀としては、その長さは致命的なまでに取り回しを悪くしており、重さも洒落にならない。それだけに誰も彼もが装備しないという、不遇のレアドロップ。誰も装備しない=露天売りにもならないため、大体入手すれば、不遇といえどもレアドロップなので、NPC店売りにするのがセオリーであった。

しかし…目の前の少女は、自身の身長以上の刀を構え、これから現れるであろうMobと相対する腹積もりのようだった。思えば、ここに来るまでソロ潜りをしていたのだから、菊一文字を扱うのに慣れているはずだ。イチカですら扱うのを諦めたあのじゃじゃ馬刀をどうやって…

 

「…来るよ!」

 

ユウキの言葉に、イチカは思考を現実に戻すと共に、目の前に迫ったオオカミ型Mobの頭部を切り飛ばす。ゲームなのでHPと言う概念もあり、一撃で首を跳ねることは出来なかったものの、すんでの所で切り払うことが出来た。

…どうやら、先のMobは鉄砲玉の役割だったのだ。奴の攻撃を皮切りに、穴という穴からMobが次々と飛び出してくる。

 

「うぇぇ!?何この数!?」

 

「驚く暇があれば手を動かせユウキ!…あぁ!くそっ!」

 

さしものマドカと言えど、数の暴力には対応しきれないのか、フードをMobの爪によって剥ぎ取られてしまう。どうにもこうにも、この数は流石にマズい。

 

「ハァァッ!!」

 

そんな中で、バカ長い菊一文字の刀身からのソードスキル・旋車によってMobが10体ほど吹き飛ばされ、洞窟の壁に強かに背を打ち付けた。

圧巻の一撃に、イチカ達は気を取られる。囲まれた状況でそれは危険行為であったが、気を取られたのはMobも同じであった。どうやら、仲間の受けた攻撃によるヘイト集中も備わっているらしく、Mob達の狙いは白髪の少女へと向いていく。

 

「オイオイオイ。」

 

「死ぬわアイツ。」

 

「って2人とも!悠長にしすぎでしょ!?援護援護!!」

 

ネタに走る織斑兄妹にツッコミを入れつつ、自身にヘイトが来ていないMobを切り裂いていくユウキ。ボケつつも、しっかりと刀と、そして双短剣で敵を切り裂いていく腕利きの2人、更に広い攻撃範囲でヘイトを一気に集めていく少女によって、上手い具合に敵は鎮圧されていくのであった。




白髪の少女の持つ武器。元ネタわかる人いるだろうか。






最近PS4のドラクエ3を始めました。
戦士♂を作って、イチカと名付けて、種によるステ振りして、出た性格『むっつりスケベ』
即採用しましたよ。


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第37話『屍を纏う者』

何匹目…

いや、何十匹目だろう?

もはや数えるのも嫌になるまでに斬り捨てたモンスター。

雪華が跳ねたオオカミ型Mobの首がポリゴンとなって弾けた音を皮切りに、洞窟内を無音の静寂が包み込んだ。

ぜぇぜぇと、上がった呼吸を整えながら、まだ飛び出してくるのかも知れないという状況で、敵が見当たらないにも関わらず、警戒を緩めることが出来なかった。

 

「………。」

 

「………。」

 

「………。」

 

「………終わった、のかな?」

 

たっぷり10秒ほど警戒しながらも待機した中で、ユウキが呟いた。

先程まで嫌というほど相手をしてきたモンスターの姿も、そしてその存在を示す唸り声もない。

…どうやらこれで打ちきりらしい。

それを確信した4人は、緊張の糸が切れたのが誰からとも無くその場にへたり込んでしまった。

 

「ぐぇ……しんど……。」

 

「流石に……これ以上…無いくらいの……レベリング…だったな……。」

 

イチカもそうだが、マドカもぐったりと壁を背にして休んでいた。ハードなレベリングしに来た、とは言っていたものの、流石にここまでハードなものになるとは予想だにしなかった。

 

「み、皆。HPやマナ、アイテムはどんな感じだ?」

 

「私は…少し心許ないが……そこまで困窮する程でも無いな。」

 

「ん~。ボクはまだ少しくらいなら余裕あるよ。」

 

流石絶剣と言ったところか。現実ならともかく、こと仮想世界…ALOでの戦闘ではユウキの実力の方が上回っているようだ。双短剣という珍しい戦闘スタイルであるマドカだが、取り回しはともかく、リーチそのものは片手直剣に比べればやはり短いので、その影響によって被弾率も高かった。

 

「そっちのキミはどうなんだ?」

 

「え?私は……ちょっと苦しい…と言うか、もうアイテムが無かったりするかな。」

 

件の少女の状況もイチカは案じた。元々どれ程買い込んでこのダンジョンに臨んだのかはわからないが、このエリアに辿り着くまでソロだったのだ。その消費は決して少なくないだろう。そして先程の戦闘でも敵のヘイト、その殆どを広い攻撃範囲を用いて一身に引き受け、他の3人がその隙を突いての各個撃破して持ちこたえていた。敵のヘイトが集まれば、比例して被弾率も増えてくる。そんなタンクにも似たロールをこなした彼女は、刀装備故に盾も無かったので、その分回復アイテムの消費量が増えていた。

 

「これ以上は潜れそうに無いし、今回は切り上げようと…」

 

「アイテムが切れたんなら、ボクのを分けたげる!」

 

白髪の少女の返事を聞く以前にメニューを操作し、癒しの薬液や理力の薬液。ユウキが持つその半分の量を、目の前の少女に譲渡するウインドウを開いた。

ユウキによる突如の行動に、白髪の少女は目を見開いてキョトンとする。

中々譲受承認を押さない彼女に、ユウキはというと首を傾げた。

ややあって、我を取り戻した少女は、助けを求めるかのようにイチカへ視線を移す。

 

「…まぁ受け取っておけば良いんじゃないか?…多分ユウキはテコでも動かないと思うぜ?」

 

「む~、イチカ、それってどういう意味なのさ?」

 

「変な所で頑固、と言うことだな。」

 

マドカまで!?とまさかのマドカによる追い打ちで、何故かショックを受けるユウキ。…事実に変わりないし今更なのだから、別段衝撃を受けるほどのことでも無いはずなのだが…、

 

「ま、とにかく受け取っておけば良いんじゃないのか?その分、礼としてコイツを助けて手打ちにすればいいだろう?」

 

「……わかった、ありがたく貰っておくね。」

 

ようやっと承認を押して、アイテムが件の少女のストレージへと収まった。その光景に、ユウキは満足げにウンウンと頷いている。先程のショックは何処へやら、立ち直りの早いことである。

 

「じゃあ改めてパーティ組もうぜ。」

 

「そうだね。じゃあ…振って貰ってもいいかな?」

 

承諾を得たところで、パーティリーダーであるイチカから、少女へのパーティ申請を送る。

手元にパーティ加入承認ウインドウが開いたのを確認して、少女は認可。晴れて4人パーティとなる。

視界の左上…そこに現れた4人目のプレイヤー

『Shiro』

 

「んと、シロ…で良いのかな?」

 

「うん。それじゃ…改めてよろしくね。ユウキにマドカに、m……イチカ。」

 

「…?お、おう。よろしくなシロ。」

 

少し妙な引っかかりを感じながらも、イチカは新しい戦友に握手を求める。

その彼の行為に一瞬戸惑いながらも、それに応じて握り返すシロ。

…あぁ。

やはり仮想世界と言えども、彼の手には安心感がある。

そう感じながら。

 

「よしっ。じゃぁパーティも組んだところで、出来るだけ奥に行ってみようぜ。」

 

握られた手が離されたことに、若干のもの寂しさをを覚えたシロであったが、とりあえず今はこのダンジョンを攻略することを念頭に入れておこう。そう自身に言い聞かせて、シロは先に歩き始めた3人を追いかけてダンジョンに潜っていった。

 

 

 

 

 

 

 

あれから数十分

3人から4人のパーティ編成となり、奥へ奥へと進んでいった。

奥に行くに伴い、敵の数も自然と多くなっているものの、不思議と4人はこれと言った負傷もなく進んでこれた。やはり、ディーラーばかり3人の編成ではなく、タンクが1人加わることでここまでの違いが生まれるのかと改めて思ったほどだ。幸いにして、さっきの広場ほどの湧きは起こらず、数が増える奥地に進むに従い、4人の連携も確かなものへと変わっていった。

 

そして…

 

「…なぁ。これって…。」

 

「…それらしい、というか、十中八九そうだろうな。」

 

辿り着いたのは行き止まり。否、こじんまりとした広場、その最奥に聳え立つ巨大な扉を構えて、道は途絶えていたのだ。

 

難関ダンジョンの奥地。

 

開けた広場。

 

そして巨大な扉。

 

ここまで条件が揃っていて、考えられるのは、その扉の奥にて待ち構える存在。

 

「「「「ボス部屋…」」」」

 

異口同音、同じタイミングで皆が口にした。

途中から開いていない宝箱があったため、もしやと思っていたが…案の定、いつの間にか4人は、未踏破区画へと進んでいたのである。

 

「…レベリング目的の筈が、よもやいつの間にか未踏破ダンジョンの攻略になっていたとは、笑い話にもならんな。」

 

「連携に夢中で、未踏破区画なんて全く意識してなかったからね、仕方ないね。」

 

「…で?どうするの?」

 

「モチロン、ボクは挑戦したい!」

 

シロの問いに即答するのは、チャレンジ精神旺盛なユウキだ。ウキウキ、と言う言葉がこれほどまでに似合う状態がないほどに、彼女の目は輝いていた。そして、ユウキの答えがある程度予想できていたイチカとマドカは、それぞれ苦笑と呆れを隠せずにいる。

そしてここでイチカは思案する。旧SAOで言えば、おそらくは強さとしてフロアボスに該当するそれを持つであろうことが想像できるが…。

経験談から言えば、フロアボス相手には最低でも1パーティフルメンバーが欲しいところである。階層ボスほどではないにせよ、強力なモンスターには変わりない。

だが…

 

 

 

不思議とイチカの中では、勝てるという自信があった。

ユウキ、マドカ、そしてシロ。

そして自分を含めた4人ならば勝てる。

倒せる。

そんな確証じみたものがあった。

 

「さ、流石にボス攻略が目的でないのだから、控えてもいいんじゃないのか?アイテムもそこまで潤沢ではないし…私は…そこまで高望みは…」

 

「マドカ!」

 

消極的なマドカに、ユウキがこれまた大きな声で制する。

いつになく強く、そしてまっすぐな眼差しに、当のマドカも一瞬たじろぐ。

 

「昔の偉い人は言ったんだよ。」

 

「な、何を、だ?」

 

「諦めたら、そこで試合終了ですよ、って。」

 

それ、バスケ漫画の監督の台詞だからな。と、イチカは口にしようとしたが、ぐっと喉に仕舞い込む。ユウキの言葉に、マドカがどことなく感銘を受けたのか、目から鱗が落ちるというか、名言を聞いたかのように目を輝かせているからだ。…どうやら元ネタは知らないらしい。

 

「諦めたら…か。…うむ。そうだな。精神論ではあるが、言い得て妙とも思える。」

 

そしてまんまとそれを鵜呑みにしてしまう。

…まぁ、確かに諦めたらそこまでだけどさぁ。と、イチカも理解はすれども納得はできずにいた。

ともあれ、

 

「で?挑むの?」

 

シロの言葉に、コントのようなやりとりを見ていた思考から、現実(仮想世界だが)に意識が戻る。

 

「「「もちろん。」」」

 

誰からともなく、だが先ほどと同じように異口同音で答えた3人。言い終えるや否や、互いの顔を呆気取られたように見合わせる。ややあって、おかしな偶然に、苦笑いを浮かべた。

 

「よし!じゃあ挑むとしようぜ!やるからには全力全開だ!」

 

「おーっ!!」

 

「「お、お~…?」」

 

イチカとユウキのノリについて行けないのか、若干出遅れたマドカとシロは、控え目ながらもユウキの模倣をする。

そして…先だってイチカはその厳かで重々しい観音開きの扉を押し開ける。

ゴゴゴ…と言う、荘厳な摩擦音と供に、その扉の隙間から光が差し込んでいく。

さぁ、選手入場だ。

挑むのは4人の妖精。

光の差し込まれるボス部屋には、白いナニかがそこらかしこに転がっているのを露わにする。

白く、細長い。物によっては鋭利な物や、明らかに折れたと見える物も見受けられる。

…そして、五感をダイブさせているからこそ漂うその匂いに、マドカ以外の3人は思わず顔を顰める。

腐臭…いや、死臭。

明らかにグロテスクな物はない。だが、足元に散らばる白い物…白骨がここに至る経緯、そして部屋に漂う臭気には、それを想像させるに容易な物である。

 

「なん…だよ、この匂いっ!」

 

「気分、悪くなりそう……!」

 

人の死臭という物に慣れきっていないイチカとユウキは、腕で鼻や口を覆いながら顔を顰める。そして、その臭気があまりにも濃いのか、空気にも硫黄と思しきまでの色合いの黄色い霧がかかっているようにも感じた。

 

「…さすがに、私もこれは…」

 

「おい、気を引き締めろ。」

 

各々、気分の不調を訴える中、精神的なダメージをあまり受けていないマドカが鋭い声で喚起する。その手には既に短刀の二振りが逆手に握られていること、それ即ち臨戦態勢を意味する。

そうだ、ここはボス部屋。

この数多の骸、その元凶たる存在がここには居る。

それを意識し直した3人は、各々の得物を構える。

何時、

何処から、

ボスが現れても良いように、気配に、音に、その神経を研ぎ澄ます。

そして…

 

カラン…

 

何かが転げ落ちた様な、乾いた音が部屋に響いた。

ふと、4人の誰もがその音の方向へと視線を向ける。

部屋の奥、

そこには、骸骨の山が出来上がっている。そこから骨が転がり落ちる音だった。

…だが、やはりそこはボス部屋。その骨の山に、4人は視線を集中させる。

その視線を感じてか否か、地響きと共に、その山は骨が雪崩れ落ちて崩壊していく。

中から現れたのは、体躯は四つ脚ながらも、飛翔には到底向かない、むしろその必要がなく退化した翼。その姿はさながら西洋の龍だった。

だがその体躯には、龍たる特徴である分厚い鱗や、堅牢な甲殻はない。

あるのは、むき出しの骨と思しき刺や、赤々とした筋肉を思わせる皮膜。そして前述のトゲには、恐らく足下に積み上げられた亡者の物と思しき、屍肉や皮を纏っており、見た目はさながら、『生きならがらも屍と化した龍』だった。

 

「うわ~…グロ…。」

 

若干引き気味の表情でユウキは呟くが、それはほかの3人も同様だった。

男子たるイチカはそれ程ではないにせよ、それでも嫌悪感は抱かずにはいられない。

そんな4人の心境にお構いなく、かの龍は甲高い雄叫びと共に、その体から周囲の霧と同色の粒子を噴出させる。まるで花で言う花粉か何かのようにそれは巻き散らかされ、津波のように迫りながら4人を飲み込んでいく。

 

「ぐぅっ…!?」

 

「な、中々の刺激臭だな…!?」

 

酷く、鼻がもげそうなその匂いに、シロもイチカも顔を歪ませる。マドカもその酷さに息を控えるが、それと同時に視界に見える『それ』の異常に気づいた。

 

「これは……!?」

 

「ど、どうしたのマドカ?」

 

「HPが…削られていく…!?」

 

マドカの言葉に3人は自身の視界、その左上にあるHPゲージを見やる。そこには、まるで毒を食らったかのようにジワリジワリと減っていく皆のHP。

 

「なんで…毒なんか食らってないのに…!?」

 

「…憶測だけど…」

 

「何か分かるのか?シロ。」

 

「…多分、この霧だと思う。…恐らく、毒霧と同じような効果で、吸い込んだと同時に体内を蝕んでいく…みたいな感じなのかも。」

 

「…まったく!バイオテロも真っ青なモンスターだな。」

 

テロ組織に所属しているマドカが言うと妙な感じだが、それは置いておいてもやっかいな相手に変わりはないようだ。

兎にも角にも、体力が減り続ける状況での討伐が否めないのは確かだ。

つまり…

 

「全員、敵の動向を探りつつ、隙あらばフルボッコ!体力と回復アイテムが切れる前に片を付けるぞ!」

 

「「「おぉっ!」」」

 

イチカの言葉を皮切りに、4人は得物を構えて龍に突撃する。

体力ゲージが三本現れ、現れた名前は『屍套龍(しとうりゅう)ヴァルハザク』。その甲高い咆吼が、開戦の狼煙となった。



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第38話『フラグは回収するもの』

マドカが段々ネタキャラ化してきている件について


まず切り出したのは、俊敏性の高いマドカとユウキだった。

ヴァルハザクの動きそのものをを見極めるために、恐らくは脚を伸ばして届くかどうかの距離まで詰める。それに釣られてか、奴は右前脚を振り上げると、正面から迫る2人を薙ぎ払わんと、足下の白骨を、まるでブルドーザーの様に蹴散らしながら薙いだ。だが2人はそれを読んだのか、左右に散りながら薙ぎ払った前脚が引っ込められるまでに後ろ脚まで駆けると、ほぼ同時に後ろ脚を切り抜ける。赤黒い鮮血を模したポリゴンと共に、それがダメージを与えたことへの確信に変わる。ダメージを与えたことによって、2人にヘイトが向いたのか、ゆっくりとその巨大な体躯を旋回し、先ずは手数の多いマドカへと狙いを定める。

しかし、

 

「おいおい、こっちも忘れるなよ!」

 

そのモーションのうちにヴァルハザクの懐に飛び込んだイチカは、雪華を鞘から居合抜刀し、神速の斬撃を見舞った。そのグロテスクながらもしなやかな尻尾に、数本の斬撃痕が刻まれる。

鞘に納めた瞬間、お返しとばかりにヴァルハザクの尻尾がイチカに叩き付けられる。例の霧を纏いながらのそれは、叩き付けられた衝撃で舞い上がり、紙一重で躱したイチカの視界を塞ぐと共に、肺にその毒霧を有無を言わさず吸い込まさせる。

 

「ぐぉっ!?」

 

直接的なダメージは無いにせよ、毒霧を吸い込んだことにより勢いよく蓄積ダメージを受けてしまった。兎にも角にも、この霧から離れる為にバックステップを踏んで距離を取る。

 

「イチカっ下がって!」

 

この混沌とした空間に似つかわしくない透き通った声が響き、白い閃光が目の前を通り過ぎた。

残る1人であるシロであることは自明であった。

彼女は小柄なその体を利用し、そして姿勢を低く保つと、滑るようにヴァルハザクの身体の下へと潜り込む。そして、その勢いのままに身体を旋回して、菊一文字の長い刀身による回転切りを見舞う。

瞬間、鮮血が飛び散り、ヴァルハザクの四脚にそれぞれ一閃が刻み込まれた。

シロが身体の下を駆け抜けると、4人は一旦距離を取る。

 

「…ダメージの通り自体は悪くない。」

 

「うん。普通に切るだけでも、手応えは感じるね。」

 

奴の体力ゲージを見れば、さっきの応酬で一本目のゲージのうち、四分の一削れていた。先程の手応えから察するに、防御そのものは、アストラル種のモンスターと同じくしてそこまで高くないようだ。

…高くないようなのだが…

 

「でもやっぱり、あの霧が厄介だね。」

 

「だな…攻撃そのものが直撃はしなくても、フィールドダメージに加えて、霧による削りダメージが出てる。…体格の割に、攻撃範囲は広いとみた方が良い。」

 

癒やしの薬液を飲みながらイチカは冷静に、極めて冷静に分析していく。

フィールドダメージがある以上、迅速に片を付ける必要がある。しかし、焦って畳みかけようとすれば、あの広い攻撃範囲によって、瞬く間にリメインライトへと変えられてしまうだろう。

冷静かつ積極的に攻め、確実に避けていくスタンスが求められるのは道理としても、やはりヒーラーが居ないことに後悔が生まれる。

しっかりと躱すことを主観に置く以上、装備に敏捷性の高い軽装を多くしているユウキやマドカ、そこそこに軽くしているイチカはともかく、シロはタンク重視の重装だ。走行ならまだしも、ステップなどの瞬発力はそうまで無いため、霧による削りダメージを必然的に受けやすくなるだろう。

 

「…で?どうするんだ?リーダー。」

 

「…ユウキとマドカは、機動力を生かして左右から遊撃。俺とシロは魔法で攻撃しつつ、隙を突いての一撃をたたき込む。これに限るかな。…あと、継続ダメージがある以上、体力が半分を切った所で回復すること。これが鉄則だ。」

 

「らじゃっ!」

 

「あと、分かってると思うけど、回避は余裕を持ってだ!」

 

散開すると同時に、4人の間を霧の奔流が駆け抜ける。

奴の口から放たれるそれは、まるでジェット噴射のように霧を濃縮して吐き出している。差し詰め、ブレスのような物なのだろう。

 

「ユウキ、私は左を、お前は右を頼む。」

 

「任せてよ!」

 

再び初撃のように、足の速い2人が先行し、ブレスを横目に見ながら駆けぬける。

ガシャガシャと、骨を踏み抜く音を聞きながら、先ずはマドカが先手を取った。純手に構えた二振りの短剣に、ソードスキルの光を纏わせ、交差させるようにヴァルハザクの横っ腹に斬り付ける。

 

「まだだ!」

 

まだソードスキルの光は消えない。返す刃で、左手の短剣を逆手に持ち替え、更に十字傷を斬り付ける。その傷跡は、まるでオオカミか何かの牙による裂傷にも思える。

 

「私のOSS…名付けて、マドカ・ファング…貴様に見切れる筋m…ぐはっ!?」

 

「マドカー!?」

 

OSSのお披露目大いに結構。

確かに、以前は何処か一匹狼の雰囲気を持っていた彼女には、らしいと言えばらしいが、ドヤ顔で、しかも仕留め切れてない相手に背を向けて、決め台詞を吐いていたところに、尻尾による薙ぎ払いで吹き飛ばされていては、何もかもが台無しである。

 

「マドカの仇ぃっ!」

 

マドカと正反対に回り込んでいたことで、ユウキの目の前には丁度ヴァルハザクの顔面があった。

古今東西、大抵の生き物の尤もたる弱点に頭があげられるため、狙ってみて損はないはず、そう判断した彼女は、腰撓めにマクアフィテルを構えると、脚のバネを利用して跳躍する。同時に、ソードスキルの光を纏わせて、ヴァルハザクの、まるで骨のみと思われるような顎を、下から切り上げた。骨に当たったと言う感覚はあったが、それでもダメージは通っているのか、脚を斬り付けたときよりもダメージエフェクトは派手だった。その手応えにユウキはもう一撃と言わんばかりに、振り上げた剣を返す刃で振り下ろすと、先程と同じように大きなダメージエフェクトが入る。その恩恵があってか、ヴァルハザクは先程の咆吼よりも低い声で呻きをあげると共に、その体躯をよろめかせた。。

 

「よし!合わせろシロ!」

 

「うん。」

 

抜刀し、両手で構えた雪華と菊一文字の刃が煌めき、片や地面スレスレを這いながら、片やその長い刀身からやむを得ずだろうが、地面と、そして転がる骨共をガリガリと削りながら、その刃をヴァルハザクの片翼に向けて切り上げる。ソードスキルによるシステムアシストからの跳躍で、数メートルはあろうその高さの翼に、それぞれカタナソードスキル『浮舟』の一太刀を打ち込んだ。

自身らが飛び上がった事で、蹌踉めきから回復したヴァルハザクにとっては格好の獲物。太陽や月の光が差し込まないこの洞窟では飛翔が出来ないため、着地するまでの2人は正に隙だらけなのだ。

…だが、

 

「「はぁぁぁあっ!!」」

 

『浮舟』の跳躍の体勢から2人は身体をひねる。それと共に、消えたはずの『浮舟』によるソードスキルの光が、また別色の輝きを放っていた。捻った身体のその反発を利用し、眼前の翼、その先端と空気を巻き込む様に切り裂き、その根元へ向けて剣閃を穿つ。システムアシストによる、身体が引っ張られる感覚に従いながらヴァルハザクの胴体、その横っ腹に2人は着地する。同時に巻き込んだ空気と共に、周囲360度をソードスキル『旋車』による剣戟が生まれた。

翼の根元を深々と切り裂いただけに、普通ならば翼そのものを切り落としかねないものだが、そこはゲームというシステム上、極端なダメージはなかった。だが、旋車による巻き込みダメージによってかなり体力を減らすことに成功したらしく、ゲージも1本目を削りきることが出来た。

回復もかねて体勢を立て直すべく、4人は固まりすぎない程度の距離で一旦集合をかける。

 

「早くも三分の一か。ハイペースだな。」

 

「肉質が柔らかいのが幸いしてるが…ゲージ1本削ったんだ。パターン変化に気をつけろ。」

 

旧SAOのボスもそうだったが、体力を一定数減らすごとに攻撃パターンを変えていくのがRPGの常と言うべきか。

そして目の前のヴァルハザクも例に漏れず、その体躯を振り上げ、あの甲高い雄叫びを響かせたかと思うと、その身に纏う霧を更に濃密な物へと変化させていく。

 

「…え~……。」

 

少々ゲンナリした声で、変貌を遂げた奴を見やるユウキ。

ただでさえフィールドダメージに加えてさっきの一合で体力が三分の一程削られ、今もなお減少中だというのに、見るからに更に霧のダメージを増やすと言う状況なのだ。

 

「…悪質だね。この設定。…ヒーラーが居たら良かったけど。」

 

「言うな、…同感だけど、今更どうしようも無いだろ。」

 

シロの意見も尤もだ。

だからと言って、今更どうのこうのと言っても詮無きこと。兎にも角にも、目の前の龍をどうにかするのが先決に変わりない。

 

「攻め手を緩めるな。…より一層攻撃を確実に回避する。それだけだ。…決め台詞とか、ドヤ顔は要らないからな。」

 

そうイチカに言われて、バツの悪そうに顔を背けるマドカの顔は、小っ恥ずかしさからかほんのり赤くなっている。

さて、仕切り直しだ。

ヴァルハザクがその体躯を仰け反らせ、大きく息を吸い込んでいく。それに伴い、ボス部屋に漂う霧も、奴の体内に吸引されていくのが目に見えて分かる。比例して、霧によるダメージも、僅かながら減少した…

そう感じたのもつかの間。

大抵、大きく息を吸い込むモーションの後に行う攻撃と言えば想像がついてくる。

 

「ブレス攻撃が来るぞ!!」

 

イチカの声に、散開する。

先程のような直線的なブレス攻撃ならば、大きな攻撃のチャンスだ。

奴の直線上を避けながら、誰しもそう狙いを定め、着地と同時に奴の真正面を避けながら突っ込む準備をしていた。

だが…

体力が減少した事による変化は、纏う霧の濃度のみではなかったことに気付かされた時は、皆がそれに吹き飛ばされた後だった。

奴は、その細長い首を捻り、まるで自身の前方を薙ぎ払うようにブレスを吐き出してきたのだ。

左から右へと

そして返す首で右から左へ

広範囲を薙ぎ払うそれにより、距離を詰めるべく駆けだしていた4人は物の見事に直撃を受けて、後方へと吹き飛ばされる。

 

「いったぁ……!」

 

「まさか薙ぎ払ってくるとは…思わなかったな。」

 

急ぎ起き上がる最中でも、ヴァルハザクは容赦が無い。

起き上がるタイミングを狙う起き攻めの如く、細い四脚で駆け、その巨大な体躯をぶつけんとしていた。その狙う先は…

 

「シロ!躱せ!」

 

タンク役であるシロだ。

機動性の低い重装備の彼女はその装備の重量から、どうしても他の三人と比べて体制を整える時間を要してしまった。そこにヴァルハザクの巨大が、骸骨を蹴散らしながら迫り来る。

ガキィッ!!

甲高い音がボス部屋に木霊した。

 

「ぐっ!」

 

菊一文字を地面に突き刺し、それを軸にしての防御。だが細い刀身に加えて、ヴァルハザクの巨体による突進は、重装備といえどもシロの身体を吹き飛ばすには十分な物だ。

踏ん張りが効かず、軽々と吹き飛ばされたシロは、その体躯を骸骨の上に転がす。

 

「く……首の皮一枚…!」

 

ブレスに加えて、突進の一撃を受けてしまったことで、シロの体力ゲージは一気にレッドにまで減少していた。恐らく、ガードをしなければリメインライトへと変えられていただろうことは容易に予想がつく。

そしてシロの目の前には、未だ巨大な龍が、その身体を擡げている。

絶体絶命。

ガードをしたことにより、その反動によって一時的な硬直に陥った彼女は、ヴァルハザクにとって格好の獲物と化している。

 

情けない。

 

耐久性を上げるための重装備が、今回はかえって仇となったのだ。

護るための装いが、足を引っ張ってしまっては、余りにも皮肉な物である。このままリメインライトになってしまうのは火を見るよりも明らかだ。

ゆっくりと立ち上がりながら、シロを薙ぎ払わんとする目の前の龍、その狂気に満ちた目を見やった。

これから身に降る衝撃に身構えながら…。

 

 

 

…だが、

 

「やらせるかよっ!」

 

一番近くに居たイチカは、体力を回復させることもなく、旧SAOで居合ソードスキルの模倣のOSS『刹那』を発動させる。旧SAOでは、イチカの剣戟、それを神速たらしめたソードスキルがこの『刹那』。消えたと思わせるかのような速度で相手との距離を詰め、大振りの薙ぎ払いで一網打尽にする、正に先手を取るべくあるような物だ。見てからの回避の難しさもあり、奇襲に向いているこの技だが、ひとたび避けたり防いだりされれば、一気に追い詰められる諸刃の剣だ。

そして現在はあくまでも模倣である『刹那』は、システムアシストがない以上、そこまでの速度は出ず、イチカの全力でのステップが関の山だ。だが、その分の隙が少なくなっており、ピーキーな性能から、バランスの良い物へと変わっていた。

 

 

そして…

 

 

抜き放つ刃。

その軌道は、もはや視認は出来なかった。ただ、キラリと何かが光った、そう感じただけ。

正しく、閃の軌跡。

風を、空を断つ音のみが、その残響を残した。

そして抜き放ち、その一閃を終えた刃が煌めくことで、雪華が抜き放たれた事を認識する。

 

『刹那』による剣閃は、今まさにシロにとどめを刺さんとするヴァルハザクの前足を深く斬り裂く。

その痛みに耐えきれないかのように、奴は悲痛な雄叫びをあげながらその巨体を横転させ、まるで浜に打ち上げられた魚のように藻掻き始めた。

 

「ダウンだ!シロ、今の間に体勢を整えろ!」

 

「う、うん。」

 

癒やしの薬晶を取り出しながら、ヴァルハザクの正面を避けるように抜け出すと、その結晶を握り砕き、中に秘められた治癒効果がシロを覆い尽くす。レッドまで下がっていたHPが半分以上までこれで回復する。

 

 

そう思っていた。

 

「…あれ?」

 

「どうしたの?シロ。」

 

未だ何とかHPをグリーンに保っているユウキが、シロの言に問いかけた。

 

「HPが…グリーンにならない…?」

 

実質、最大HPの75%を回復する薬晶。それを使用したのだから、いくらレッドまで下がっていたとしても、これによって安全圏とされるグリーンまで回復するはずだ。にもかかわらず、シロのHPバーのカラーは未だイエロー。それも、丁度50%のところで止まっていた。

 

「…俺もだ。…何で?」

 

同じく、ヴァルハザクが転倒したことで体勢を整えようとして距離をとったイチカ。彼も回復せずにシロを救うためにヴァルハザクを攻撃しに行ったため、このタイミングで薬晶を使用した。…だがシロと同じくイチカのHPも、50%の所までは回復したものの、それ以上にまではリカバリーしない。

 

「ボクとマドカはグリーンまで回復してるのに?」

 

「あぁ。私も確かに問題なく50%以上の所まで回復出来たぞ?」

 

何がどうなってこうなったのか?

まだなお藻掻いているヴァルハザク。それにより吹き上げられる霧を見ながら、まだ安全であることが伺える。

だが遅からず奴は起き上がり攻めてくるだろう。出来るならばそれまでに最大体力の減少の原因を解明したい所だ。

 

「…もしかして。」

 

ポツリと、思案していたシロが呟くように口を開いた。

 

「フィールドダメージに加えての…特殊な状態異常…とか?」

 

そんな馬鹿な。

スリップダメージに加えて最大体力減少など、回復アイテムをどれだけ消費させるつもりなのか。…いや、ヒーラーが居ればある程度問題ないはずなのではあるが、居ない者をどうこう言っても仕方ない。

 

「状態異常の原因として考えられるのは…アイツの出している霧…みたいなのだと思う。…証拠に、私とイチカの身体に、同じ色の霧みたいなエフェクトが纏わり付いてる。」

 

「言われてみれば…。」

 

「多分…マドカとユウキが掛かってないのは、私とイチカは…2人よりもアイツに近付いている時間が若干多いからだと思う。」

 

「…つまり?」

 

今ひとつ理解しきれないユウキが首をかしげる。

 

「つまり、アイツに近付いて攻撃すれば、体力を半減させられるリスクを孕んでるって事だよ。」

 

「えぇ……じゃぁどうやって攻撃すればいいの?」

 

体力半減に加えてスリップダメージ。それに加えて、ヴァルハザクの巨大な体躯による攻撃範囲…。

正直、最初はダメージの通りやすさに、スリップダメージは気にはならず、このダンジョンの過程を見るにあたっては、割とヌル目のボスだとは思った。

だがこの状態異常が存在することを認知した事により、先程まで攻め気だったユウキが不安な声を出すに至るまでに攻撃の積極性を削ぐことになってしまった。

過去のSAOにおけるデスゲーム、イチカの中で『HP0=リアルでの死』というその名残が根強く残り、この窮地に拍車をかけていた。そして思案する時間の中でも、未だにHPは少しずつすり減り、ヴァルハザクもその体躯をゆっくりと持ち上げている。…どうやら転倒状態が解除されたようだ。

 

「大丈夫だ、問題ない。」

 

目の前の無理ゲーに気圧されかけていた面々に対して、不敵な笑みを浮かべてそう言い放ったのは、他でもないマドカだ。

 

「私が囮をやってやる。その隙に畳みかけろ。」

 

「囮って…正気なの?」

 

「本気も本気、正気も正気だ。…今この中で一番手数が多いのは私だ。…それに比例してヘイトも貯めやすい。そしてSPDも私が一番高い。つまり、ヘイト集めに私は適していると言うことだ。」

 

確かに両手に持った短剣から繰り出される連撃は、キリトの二刀流に差し迫る手数だ。さすがにダメージは彼に軍配が上がるものの、それでも手数による蓄積ダメージとヘイト集めは他の追従を許さないのも確かである。

 

「マドカ…大丈夫なの?」

 

「心配いらん。…私に任せろ。」

 

短剣を構えるとともに、まるで猛禽類を思わせるかのような笑みを浮かべたマドカは、起き上がったヴァルハザクを見やり一瞥する。転ばされてお冠なのか、あの甲高い咆吼をあげてこちらを威嚇してきている。

 

「ところで…イチカ。一つ確認してもいいか?」

 

「いいぜ?なんだ?」

 

「ああ。囮を務めるのはいいが…… 別に、あれを倒してしまっても構わんのだろう?」

 

「お、おう。」

 

「がつんと痛い目にあわせちゃえマドカ!」

 

意気揚々と、囮以上の役目を果たさんとする彼女に、ユウキは発破というか、エールを送る。

それに満足したのか、

 

「そうか。ならば、期待に応えるとしよう!」

 

マドカはヴァルハザクへ向けて、全力で駆けていった。

 

「イチカ。」

 

不安そうな声で話しかけてきたのはシロだった。

 

「…なに?」

 

「俗に言うあれは、死亡フラg」

 

「いや、問題ない。…多分な。」

 

シロの予感めいたものは気になるのだが、とりあえず視界の隅でヴァルハザクの尻尾によって黒猫が吹っ飛ばされていたのは、幻覚だと自身に言い聞かせることにした。



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第39話『決着の一閃』

遅くなりました。
精神的にダウンして、ただいま絶賛休職なうです。

あ、気分転換に、シロの設定画的な何かを書いてみました。汚いので申し訳ないです。モチーフは、リリカルなのはの雲の騎士のバリアジャケットだったりします。


【挿絵表示】



「ぬわーっ!!」

 

囮役を買って出て、意気揚々とヴァルハザクに向かっていったにも関わらず、何処かの父親のような断末魔をあげながら、マドカは軽々とボスフィールドの端まで吹き飛ばされた。

ガラガラと、うち捨てられた骨々を巻き上げながら、その体躯を転がし、フィールドの壁面にぶつかって漸く止まったのだ。

 

「くそ…!私を本気にさせたな…!」

 

「おいマドカ!フラグおっ立ててる暇があったら回復しろ回復!」

 

イチカに言われて見れば、イエローゾーンの色を示しているHPゲージに漸く気付く。

確かに今のダメージ量からすれば、回復しないとやられてしまうだろう。

一時置いて少し冷静になったマドカは、ストレージから癒やしの妙薬を取り出して口に含む。

瞬時にして回復するHP。だがここにきて、マドカのHPも半分までしか回復しないようになってしまっていた。

 

「く……私もか…!」

 

だが、自身を囮にするという作戦上、状態異常に陥ったからと言えどもここでリタイアするわけにもいかない。

囮役のための軽装も体力半減によって、体力が満タンである数値であっても、一撃で仕留められてしまうだろう。

 

「いや…、ここで尻込みしていても仕方ないな。」

 

引き受けたからには任務を全うする。

それは現実でもここでも変わりない。

ならば…

 

「後は…征くのみっ!」

 

姿勢を低くし、短剣を逆手に構える。

狙うは奴の足。

素早さを生かし、その上でソードスキルのスピードで切り抜ける。

一撃離脱

ヒットアンドアウェイ

それを念頭に置いて立ち回るしかない。

 

「まずはこれだ…!」

 

駆けだしたマドカは、左手に持った短剣にソードスキルの光を煌めかせ、それを持つ腕を振り上げると同時に、振り返るヴァルハザクの右の目玉目がけて投げ付ける。

短剣投擲ソードスキルの『クイック・スロー』

その切っ先は寸分狂い無く、かの龍の妖しく光る琥珀のそれに物の見事に突き刺さる。目に異物が突き刺さるその激痛に、ヴァルハザクは顔を庇うように身を縮める。それを目視すると、手元に残った右手の短剣に先程とは違うソードスキル、その光を纏わせたかと思えばマドカはヴァルハザクの後ろ足、それをすれ違い様に切り抜けていた。突進タイプのソードスキル『ラピッド・バイト』だ。

その速度は、やはり4人で一番の軽装とだけあって最速にして俊敏だった。

 

「マドカ!スイッチ!!」

 

その声に反応してマドカはバックステップを踏み、ヴァルハザクから数メートル距離をとる。そこに超高速の突進によって踏み込んできたのは紫色の妖精。見事なまでのポジションチェンジに、マドカは思わず口元をつり上げる。

 

「やぁぁぁぁっ!!」

 

突き出したマクアフィテルがソードスキルの輝きを放つ。片手直剣の突進ソードスキル『ヴォーパル・ストライク』その速度とシステムアシストによってヴァルハザクの赤々とした皮膜を持つ脇腹に深々と突き刺さる。

手応えは十分だ。

上位ソードスキルとされる『ヴォーパル・ストライク』は単発の攻撃なので、空振ると大きな隙を生んでしまうが、非常に大きな一撃を放てるものだ。その威力が嘘偽りではないのを証明するかの如く、先程のイチカによる『刹那』、マドカの連撃、ユウキのこの一撃により、ヴァルハザクのHPゲージの二本目の二分の一が消し飛んだ。

 

「ナイスだユウキ!」

 

ユウキにヘイトを向けようとするヴァルハザク、奴の眼下に潜り込んだイチカが、納刀した雪華を腰だめに構え、身体を捻るようにして力を貯める。一瞬で、まるで弓矢のように引き絞り、正に閃光の一撃を抜刀と同時に抜き放つ。その軌跡は、まるで三日月を思わせるように美しく曲を描く。ヴァルハザクの胸膜を始点に、人間でいう鎖骨、首、頸部を、まるで真っ二つに両断するように切り上げた。

ヘイトがユウキに移り、方向転換を始める予備動作、その一瞬に、恐らく弱点部位のそこに一撃を与えることに成功した。今の所、最大HP半減の状態異常に陥っていないのはユウキだけだ。防御はタンクにはほど遠いものの、それでも体力は一番多い。最悪、自身がマドカに代わり、引きつけ役をしようと試みる。

 

「おっと!!」

 

奴の脇腹からマクアフィテルを抜き取ると同時に、振り返る動作と連動して、爪による一撃でユウキを引き裂かんと薙ぎ払う。

が、そこはキリトに迫る反射神経を持つ絶剣。身軽に見事なまでの後方宙返りでヴァルハザクの一撃、その軌跡を眼下に見やりながら一旦距離をとる。その視界内を白い小柄な影が飛び抜けると共に、真正面に向いたヴァルハザクの顔に、シロによる見事なまでの唐竹割りが入った。僅かながら、ヴァルハザクの頭殻に食い込んだ菊一文字、それを支点にして左脚でヴァルハザクの右目にブーツのつま先による蹴りを入れる。

夥しいまでの出血を模した赤いポリゴンを撒き散らす。そしてシロの蹴りによって、目玉に突き刺さっていたマドカの短剣が解放されて、円を描きながら宙を舞った。

 

「ナイスだ…!」

 

まるで、このことを見越していたかのように、マドカは空中でこれをキャッチすると、そのままの勢いで両手で逆手に構えた短剣をヴァルハザクの背中に突き刺す。

 

「ふっ…骨ばかりで丁度良い。ここがお前の墓場となる!」

 

背中というマウントポジションを取ったマドカは、滅多刺しよろしく、短剣をザクザクと抜き、そして刺し続ける。ヴァルハザクが背面への攻撃手段がないと踏んだ決断だった。

だが、ヴァルハザクとてただでやられるつもりはない。身体を振るい、マドカを振り落とそうと藻搔き、そして暴れる。

 

「くっ…無駄な抵抗を…!」

 

だが必死に抵抗する分、かなりの勢いでヴァルハザクのゲージが減少しているのも確かだ。吹き飛ばされないようにマドカはしがみつく。だが、しがみつくと言う行為=至近距離で奴の霧をモロに食らう事態に繋がっており、見る見るうちに体力が削られていく。

 

「マドカ!一旦離れて回復して!」

 

「まだだ!まだ終わらんよ!」

 

ユウキの警告を無視して、ヴァルハザクの背に裂傷を与えていくマドカ。確かに一方的に攻撃出来るのは魅力的だが、現に体力がレッドに染まってきているのは看過できないのも事実だ。

 

「この……!」

 

もはや数ドットを残したところでの渾身の一太刀。力一杯、両手の刃を奴の背に食い込ませる。その一撃によってヴァルハザクは大きな唸りを上げながら、その巨大な体躯をもたげさせながら地響きと共に横たわらせた。

 

「やった!やったよ!マド…」

 

歓喜するユウキ。倒れた勢いで飛び退いたかのようにヴァルハザクから離れたマドカ。だがその身体は力無く、まるで吹き飛ばされたように、錐揉みながら宙を仰いでいた。

 

「マド…カ…?」

 

「ふ…ふふっ……」

 

乾いた笑い声だった。

その声と共に、マドカのアバターは徐々に光を帯びていく。

今まで幾度となく目にしてきたその現象。

それは誰しも起こりうるもの。

それは…戦闘不能。

しかし、マドカの顔には悔しさを感じることはなかった。

浮かぶのはただただ、やり遂げたという満足感による笑み。

 

「ふっ…!やはり私は、不可能を可能に…!」

 

そんな言葉を残し、ガラスが飛び散るようなSEと共にマドカの身体はポリゴンの結晶となり四散した。

残るのは、彼女のイメージカラーと思える黒々と燃え盛るリメインライトのみだ。

 

「マドカ…くっ!」

 

唖然として、そして彼女が散った事実を噛み締めて、三人は顔をしかめる。だが彼女はその犠牲と共に大きなチャンスを残してくれた。

しかしこれを活かしてヴァルハザクを討伐しなければ、その犠牲も無為になってしまう。

 

「二人とも!何が何でもコイツを潰すぞ!何が何でもだ!」

 

「イチカ…。」

 

「マドカの作った最大のチャンスだ!これを利用しない手はない!」

 

「同感。正直、ここで畳みかけないと、全滅させられる…かも。だからユウキ、今は倒すことだけに集中…。」

 

「…うん!」

 

先程の連携とマドカの猛攻もあって、残るヴァルハザクのHPゲージは一本に差し掛かった。

今奴は転倒している。最高にして、もしかしたら最後のチャンスになるかもしれない。もし、削りきれずに新しい攻撃パターン…ないし、強化でもされれば、一人減ってしまったメンバーで戦い抜けるかと言えば、無理だと断言できる。ならばこのチャンスに、ありったけの攻撃をたたき込んで決着を付けるのが理想的だろう。

 

「狙うは…顔面っ!」

 

やはりセオリー通りに頭部に集中させるのが効率的と各々判断していたようで、司令塔たるイチカの号令、それと同時に頭に向かって三人は全力で走り出した。

一分一秒

いや、コンマ一秒ですら惜しいと感じるまでに、三人の表情は鬼気迫っていた。

残る自身らのHPゲージはレッドに差し迫ってきている。

だが回復などする暇も惜しい。

やるか、やられるかのデッドオアアライブ。

削りきれなければ…敗北の二文字。

 

「叩く…うぅん。斬る…徹底的に。」

 

全力で自身の間合いに駆け入ったシロが、ブレーキを掛けながら右手に持った菊一文字の刃を上に向け、右半身を引き、刃の先をヴァルハザクに向ける。

左手は地に向けられた峰の中腹に添え、その構えはただ繰り出されるのが突きであることを容易に想像させる。

だが、ただの突きではない。この構えにより、その刃に光が灯り、ソードスキルの輝きが周囲を照らす。

 

「先ずは…一撃。」

 

瞬間、システムアシストによる挙動により、シロの身体は消え、甲高い音響と共にヴァルハザクの左目に深々と突き刺さる。

システムアシストによって瞬時に間合いを詰め、渾身の一突きを放つそれは、片手直剣ソードスキルのヴォーパル・ストライクや、細剣ソードスキルのリニアーを彷彿させるものだが、刀のこれは違った。

突き刺した刃、音速の刺突の余波として無数の真空波がヴァルハザクの身体を切り刻んでいく。

 

刀最上位の奥義にカテゴライズされるソードスキル『散華』

それは風に華が舞い散るかの如く剣戟を刻む、多段ヒットソードスキルだ。

 

奥義、と聞けば、強力な物というイメージがあるが、もちろん威力は最上位ソードスキルと銘打つだけあって最高峰の物だ。並大抵のMobなら、直撃で大抵は一撃で消し飛ばすことが可能だ。しかし、その分デメリットとして、技後の硬直とスキルのリチャージが長いため、ここぞというチャンスに生かされる。

そして、この最後のチャンスとなろうタイミングで使うのは、もはや定石だろう。

 

「シロ!スイッチ!」

 

長い硬直と言っても、何秒掛かるものでもないため、ユウキが踏み込んできたほんの僅かな暇でそれは解け、深く突き刺した菊一文字の刃を抜き放ち、バックステップで間合いを開ける。

入れ替わり、ユウキがマクアフィテルの刀身に紫の閃光が走った。

 

「やぁぁぁぁあっ!!!」

 

赤い鮮血のエフェクトが未だ消え切らぬその間に、神速の突きがヴァルハザクの顔面に突き刺さっていく。

技名、それに違わぬ刺突が刻む軌跡のそれは、正しく十字架(ロザリオ)

最も自信を持ち、最も信頼するOSS、自信の切り札であるマザーズロザリオ。

 

「これで…ラストォ!!」

 

十字架の交錯点に、渾身の11撃目を突き刺す。

大きな唸りを上げて、ヴァルハザクはその身体を捩るが、未だ起き上がれていない。が、HPも削り切れていないのも確かだ。

 

「イチカ!トドメ、任せたよ!!」

 

「あぁ!任された!」

 

再びスイッチし、ユウキと入れ替わってイチカがその間合いを詰める。体を左に引き絞るように捻り、前進をバネにしてその力を溜めていく。

 

「最大最後のチャンス…コイツを抜く…!」

 

納刀した雪華に意識を集中し、ソードスキルを発動させる。

白銀

その神々しいまでの発光エフェクトを経て、イチカの意識は手先に集中する。

以前、千冬に見て貰った、僅かなブレの残った太刀筋。

その全てを払拭する、イチカの中で最高で、そして最大の一閃。

SAOで培った剣技。

死線を潜り抜けて磨き上げた、その剣閃。

それは敵を斬り、その脅威を『絶』つ『刀』。

 

「これが…俺の……()()のOSSっ!」

 

その一閃は全てを穿つ、

その一閃は全てを拓く、

その一閃は全てを断つ。

しかし、その刃を捉えることは出来ない。

それは、見る物に『無』という『現』実の感覚しか与えない。

 

故に『無現』

 

チン…。

 

鞘口と鍔がぶつかる音だけがボス部屋に響いた。

シロも、ユウキも、ソードスキルの閃光が輝いたのは見た。

だがそれだけだった。

剣戟や斬撃を見ていない。

刃を抜いたまでは見た。

しかし、斬る動作までは見えず、気付けば納刀していたのだ。

 

唖然とする二人に、残心するイチカ。

 

長く感じる静寂だけが、その場にあった。

 

「あ………!」

 

数分に感じていた…いや、現実には数秒の間だった。

ユウキの声が、静寂を打ち破った。

 

横たわり、藻搔いていたはずのヴァルハザクの身体が、ピクリとも動かなくなっていた。

 

ややあって

 

その頭部に赤い亀裂が走った。

 

その亀裂は鼻先、頬、首へと伸び、胸部や腹部へと広がっていく。

 

やがてその亀裂は文字通りヴァルハザクの身体を真っ二つにするように伸びきった。

 

一筋の、全くブレのない、見事なまでの一閃。

 

イチカが求め、そして現実で千冬が賛辞を送ったその剣閃。

 

奇しくもそれは、このボス戦という逆境で真の完成に至った。

 

両断されたヴァルハザク、その身体はやがて白い輝きを放ち、無数の輝く結晶となって砕け散った。

 

それはまるでイチカのOSS、その完成を祝福する花吹雪のように舞い散りながら。




今回、SS、OSSの独自解釈が入っています。
イチカがOSS『無現』の完成と、今回の最後に入りましたが、OSSは、登録した動作のシステムアシストに上乗せして、プレイヤースキルを反映するようにしています。なので、システムアシストに逆らって、ある程度の軌道調整も出来れば、今回のように洗練されたプレイヤースキルを加えて、さらなる強力な物に昇華も出来る。…まぁアニメのマザーズロザリオ見てたら、システムアシストに逆らわないと、ユウキがアスナに放ったマザーズロザリオの最後の一撃を寸止め出来ないんじゃないかと思ったので。

…とにもかくにも本編、中二っぽい文章やな…。


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第40話『微かな本音』

黒々と燃えるリメインライトに、本日2個目の世界樹の雫を垂らす。

瓶の中身を一本分注ぎ落とすと、リメインライトはシステムによる発光を行い、シロの時と同じく人の形を象っていく。

ややあって発光が収まると、そこには見慣れた黒猫が座り込んでいた。

 

「ん……やれやれ、リメインライトになる感覚というのは、どうも窮屈で敵わ…」

 

「マドカァァッ!!」

 

凝り固まった身体を解すマドカに勢いよく飛びついてきたのは、蘇生を行ったユウキだった。全力で飛び付いたからか、勢い余って吹っ飛んでいく。何やら『ぐほっ!?』とか言う、女子としてあるまじき声が聞こえたのは気のせいだろう。

 

「よかった…よかったよマドカァ……!」

 

まるで、敵に追われる中で殿を務めた仲間の生存を喜ぶかのように、地面に倒れ伏したマドカの身体に覆い被さりながら、顔をこすりつけて再会を喜ぶユウキ。そのオーバーリアクションに、さしものマドカもたじたじだ。

 

「ゆ、ユウキ?別にやられたからといって、死ぬわけじゃないんだ。それなのに少し大袈裟な…」

 

「でも無茶した…」

 

「や、アタッカーばかりでボスに挑んだのも無茶だろう?それに、誰かがやらなければ、やられていたのは私達の…」

 

「だからってマドカが一人で犠牲になるのは、ボクはやだ…。」

 

囮を買って出るのと、捨て身による自己犠牲は別物だ。それだけに、ユウキにとってマドカのラフプレイとも言える無茶を認めたくなかった。

目の前で仲間が消える。そんなのは、いくらゲームであっても見たくない。ユウキの事情があればこそ、余計のことである。

 

「ま、今回は結果論として倒せたのは賞賛するけど、あの無茶っぷりは頂けないな。」

 

ここに来てイチカもユウキに同調した。

彼としても、旧SAOを経験した自身としては、仲間が目の前で戦闘不能になるというのは、やはり受け入れがたいもの。さすがに現実での死は起こり得ないが、それでも仲間のHPが0になると言う事態に対しては機敏になっている。

もちろん、彼の友人たるキリトも同じ考えで、自身が生きている内は、パーティメンバーを戦闘不能にさせないという確固たる思いを持っている程だ。

 

「ま、精々ユウキの文句を受けておけ。…俺も言いたいことはあるけど、ユウキが全部言ってくれそうだし。」

 

「ぬ、ぅ……。」

 

「…マドカに対するお説教は良いけど…」

 

マドカへのお説教ムード漂う中、控え目な声を出したのはシロだ。

 

「とりあえず…ここを出ない?…その、精神的にあんまり長居したくないし。」

 

言われてみれば、と周囲を見渡せば、そこらかしこに転がっている骨の数々に、精神衛生上宜しくない匂いの漂う空間。さすがにヴァルハザクが振りまいていた霧は、奴が討伐されたことで晴れ渡り、スリップダメージは無くなっている。そして体力半減の状態異常も解除されていた。

とにもかくにも、好き好んでここに居座りたいとは思わない空間であることには変わりない。

 

「…それもそうだな。…一度ラインに帰るか。」

 

「そうだな、そうしよう。私とてここにはあまり居たくないからな、さっさと行こう!うむ!」

 

「…そだね。…マドカ、続きは向こうに帰ってからだからね。」

 

「くっ…!」

 

話題を変えたことで有耶無耶に出来るとマドカは考えていたようだが、そうは問屋が卸さない。ユウキさんは誤魔化せないのだ。

 

「続けるかどうかはついてからにしよう。とにかく転移だ。」

 

ストレージから転移結晶を取り出したイチカに続き、シロやユウキ、マドカも、その直方体のそれを取り出して天に掲げる。

 

「「「「転移、空都ライン!!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そもそもだよ?マドカのレベリング目的であのダンジョンに挑んだのに、当の本人が戦闘不能になってどうするのさ?ヴァルハザクの経験値だって結構入ってたんだよ?」

 

「いやだけど全滅したら…」

 

「マドカありきのレベリングなの!」

 

再びやってきたダイシーカフェ。その木造の床に正座させられたマドカを見下ろして、ユウキがこんこんとマドカの無茶に対しての説教をしていた。マドカも彼女なりの思いがあったのは理解できるが、それを踏まえてもあの行動はユウキ氏にとってお気に召さなかったらしい。

 

「…なぁ、イチカ。」

 

「…なんだよエギル。」

 

2人のやり取りをカウンター席に座って眺めながら、再び烏龍茶を飲んでいるイチカに、マスターであるエギルは話し掛ける。さしもの既婚者たるエギルですら、目の前で繰り広げられる説教は鬼気迫るものを感じていたのか、その声に威勢が余り感じられないものだった。

 

「将来、尻に敷かれるなよ。」

 

「ブフォッ!?!?」

 

突拍子もないことを口にするエギルに喉を通っていた烏龍茶が気管に入り、イチカは盛大にむせ込んだ。彼の隣でアイスココアを飲んでいたシロが、イチカの背を優しくさする。

 

「げほっ…ごほっ……!エ、エギル…おまっ…何言ってるんだよ!?」

 

「ん?」

 

「え?なんだよその『俺、なんか変なこと言ったか?』みたいな顔は…」

 

「俺、なんか変なこと言ったか?」

 

「………。」

 

自覚無し。

そもそもまだ付き合ってないのに、尻に敷くやなんやの話に飛躍するとは思ってもみなかった。

とりあえず、長々と説教し続けるユウキの喉を案じて、エギルからミネラルウォーターを二つ貰い、2人の元に持って行く。

 

「ほら、話し続けて喉渇いたろ?…それに、マドカも。2人とも、ボス戦終わって一服すらしてないんだ。ユウキもこれくらいで…な?」

 

「…むぅ……分かった。」

 

まだまだ話足りない、と言わんばかりに不服そうだが、イチカの言うことも分かるため、腰に当てていた手を下ろしてミネラルウォーターを受け取り、喉を潤す。

 

「ほら、マドカも。」

 

「……正直、助かった。」

 

「…正直、怒らせると怖いだろ?」

 

そっと耳打ちしてくるイチカに、口をつぐんでコクコクと頷くマドカ。

確かにリアルでも、同僚のオータムやスコールと言った面々が怒る場面を目にすることがあったし、正直少なからずビビる事もあった。だが、ユウキのそれは、彼女らとは別のベクトルで恐ろしいと感じていたが、それがなんなのかはマドカは理解できずにいた。

 

「…イチカ?…な・に・は・な・し・て・る・の?」

 

耳打ちしているのが目に入り、ギロリと睨み付けてくるユウキに、2人は冷や汗を流しながら首を振り切らんばかりに横に振りまくる。

…正直、エギルの言っていたことも、もしかしたらあながち間違いではないかもしれない、と、3人のやりとりを見つつ、アイスココアを飲み干しながらシロは思った。

 

 

 

 

 

 

「そういえばイチカ、トーナメントの登録は終わったの?」

 

ユウキの怒りを鎮め、ボス討伐のちょっとした打ち上げをしながら、ユウキはふと話題を切り出した。

三日後に迫った予選、そして二日後には登録締め切り。なので最終確認として聞いてきたようである。

 

「あ、まだだった。」

 

「え~?もう…しっかりしてよ?登録忘れて出場出来ませんでした~で戦えないなんて、ボク嫌だからね?」

 

「分かった分かった。」

 

「…トーナメント?」

 

ここで、寝耳に水と言わんばかりにマドカが疑問の声を上げる。

 

「今度の日曜日に開催されるデュエルトーナメントの事だよ。」

 

「…初耳だ。」

 

「チラシ配布の他に、運営からの通知もあったでしょ?」

 

「通知…?」

 

ここまで言われてマドカは指をスライドさせてメニューを表示し、運営からのメールや不具合情報を表示する。公開設定になっていたのか、彼女のステータスがチラホラ見えたが、そこは気にせず、メールボックスを開いた途端に、3人は目を丸くした。

なんとメールボックス内のメール、それやな赤いタグが全て貼り付けてあったのだ。そしてそのタグには『NEW!』の文字が…。

 

「……マドカ。」

 

「な、なんだ?」

 

「運営のお知らせくらい読もうよ…。」

 

変なところで物臭を発揮したマドカ。現実での生身やISによる戦闘能力、仮想世界における身のこなしは、確かに特筆すべきところがある。が、こういった面で抜けていると言うのは、イチカ自身が尊敬する姉と重ねてしまう。彼女も、外面や仕事面ではバリバリのキャリアウーマンで、同性からも尊敬の念を多々集めている。しかしいざプライベートとなれば、

掃除できない

料理できない

洗濯できない

などという、だらしなさを発揮している。

やはり血は争えないのかと、イチカは一人納得してしまった。

 

「まぁともかく、日曜日にデュエルトーナメントがあって、明後日が参加受付締切なんだ。俺もユウキも参加するから、それの登録確認だったんだよ。」

 

「で、案の定登録まだだった、と。」

 

「ぐぬ……こ、この後行ってきます…。」

 

イグドラシルシティの管理区に行けば、サクサクッと終えることが出来るので、時間にしてみれば30分も掛からないだろう。ログアウト前の30分で済ませれば問題ない。

 

「しかし…デュエルトーナメントか…」

 

ポツリと呟いたマドカの言葉に、バトルマニアのユウキはピクリと反応する。

 

「もしかして、マドカも出る?」

 

「いや、一瞬思案したが、私はそこまで戦闘特化な訳でもない。生産スキルも取っているしな。だから遠慮しておこう。」

 

「よく言うぜ。OSS(マドカ・ファング)まで編み出しておいてぐわぁっ!?」

 

「うるさい黙れ。」

 

以前の黒猫よろしく、爪による一撃で、イチカの目は引っ掻かれ、町中であるためにダメージはないものの、一時的に暗闇(ブラインド)状態になる。ムスカ状態でのたうち回るイチカを横で睨みながら、マドカはフンと鼻を鳴らす。

 

「とにもかくにも、OSSを編み出したからと言って、デュエルトーナメントに出るかどうかは別問題だ。」

 

かくいう生産職のリズベットも、自分だけのソードスキルという魅力的な響きに吸い寄せられ、密かに編み出そうとしていたのはここだけの話である。

ガチでのトップ争いにマドカはそこまで興味はない。ただ新しい冒険のためにレベリング。それだけだ。

 

「ま、私は、お前達が敗れたときの罰ゲームでも考えておいてやる。精々負けないように足掻くんだな。」

 

「…罰ゲーム?」

 

「あぁ、飛び切りの奴を考えておいてやる。…それに、私以外にも参加するか否か尋ねる奴がいるだろう。」

 

マドカが視線をずらすと、それに釣られてイチカとユウキもそちらに目を向ける。そこには、ココアが空になったグラスの中身を、ストローでズズズズと音を立てて吸い出すシロの姿。

 

「シロ。」

 

「何?」

 

「音を立てて吸い上げるの、行儀悪いから止めときなさい。」

 

「ん。」

 

素直にイチカの言葉に従って口を離す。

 

「それで、なんで皆は私の方を向いてるの?」

 

「もしかして、話聞いてなかったの?」

 

さも当然のようにこくりと頷く。どうやらアイスココアに御執心で聞こえなかったらしい。

 

「…まぁ簡潔に言うとな。シロはデュエルトーナメントに参加するのか?」

 

「あぁ、その話…。もちろん参加する。」

 

「だよね。あれだけ強いんだもん。参加しなきゃ損だよ!…ね?マドカ?」

 

「しないからな。」

 

どうやらユウキのお強請りも、マドカの意思を崩すには至らないようで、頑なにYESとしない彼女に、ユウキは頬を膨らませてぶー垂れる。

 

「そう拗ねるな。…別に強制参加ではないんだ。それに…、」

 

拗ねるユウキを苦笑いで嗜めていると、マドカの表情が一変、

 

ALO(ココ)で位は…仮想とは言え、人との戦いから離れたい…からな。」

 

…まるで自嘲するかのような、そして物憂げな笑みを浮かべて彼女はそう呟いた。

思わぬ言葉に、その場にいた誰しもが言葉を失う。

 

「……なんてな。ただ、人と戦うことに抵抗がある。それだけさ。他意はないよ。」

 

静まり返った空気を察してか、マドカは先程の表情から一変させ、場の空気を和らげる。そんな彼女にユウキ、そしてエギルも表情を綻ばせる。

 

「び、ビックリしたぁ…マドカってば急に真顔でそんなこと言うんだもん!本気にしちゃったじゃないか~!」

 

「なんだ、冗談だと見抜けなかったのか?そんなんじゃ、悪い男に騙されかねないぞ?惚れた男には注意するんだな。」

 

「なっ!い、イチカは悪い人じゃないもん!!」

 

「誰もイチカなどと言ってないがな?」

 

「~~~っ!!!!マドカ~ッ!!!」

 

ドタドタと、先程の重苦しい空気は何処へやら。カマを掛けられて、からかわれて、恥ずかしさの頂点に至ってマドカを追い回すユウキを見ながら、エギルは大きく息を吐き出す。

 

「なんだよ、マドカの嬢ちゃんも冗談が言えるのか。仏頂面してたからもっとお堅いのかと思ってたぜ。なぁイチカ?」

 

「…そう、だな。」

 

あれが冗談…なのだろうか?

この中で、唯一リアルでのマドカの生業を知るイチカは、そんな疑問を巡らせる。

亡国機業(ファントム・タスク)というテロリストのエージェントを務める彼女は、先の言葉が冗談ではない可能性があることを予測できる。

初めて会ったとき、彼女は冷酷な物だとも感じた。だがその心の奥底で、人と戦い、そして殺めることに抵抗を感じていたとしたら?

今の冗談を言って、ユウキと笑い合ってるマドカが、本心の彼女だとしたら?

そんな考えが駆け巡り、現実と仮想、その双方でのマドカに混乱していく。

 

「どーしたの?イチカ、難しい顔して…。」

 

気付けば目の前にはユウキが、顔をのぞき込むようにして立っていた。どうやらマドカへの制裁は終えたらしい。その証拠に店の隅では黒猫が、自身の耳や尻尾の毛並みを整えるかのように優しく撫でている。

 

「いや……現実と仮想の隔たりって…何なんだろうな~ってさ。」

 

「うわ、何かイチカが哲学的なことを言い出した!」

 

失礼な、と一瞬ムッとするが、思ってみればそう取られても仕方ないかもしれない。

 

「そんなに深いものじゃないよ。現実での思いと仮想での思いって、違うところがあるのかなって。」

 

「現実と仮想の…思い?」

 

「あぁ。現実での自分と仮想での自分。それを動かすのはやっぱり俺達自身の思いや考えだろ?その中でやっぱり仮想世界は脳にスキャンを掛けている分、ダイレクトに思いや感情が出てくるわけだから、こっちの方が正直なのかなって…うぉっ!?」

 

ヒュン、と。気付けば頬をかすめるように投げられた短剣がイチカの背後の壁に突き刺さり、ビィィン…と震えていた。ユウキの背後には。手を振り下ろした黒猫が、殺意を込めた目でこう訴えかけていた。

 

『ヨケイナセンサクハスルナ』

 

と。

 

「そ、そだ!俺そろそろ登録に行ってくるよ!覚えてる内に行っておくに超したことないからな!」

 

冷や汗をだらだらと流しながら、まるで逃げるように席から立ち上がったイチカは、そそくさとダイシーカフェを後にした。その身の速さはとても滑らかで、そして何よりも素早かった。

 

「ど、どーしちゃったんだろねイチカ…」

 

「……さぁな。」

 

如何ともし難い表情を浮かべながら、マドカは壁に突き刺さった短剣を抜き取る。

…しくじった。

そんな思いがにじみ出ていそうな顔だった。



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第41話『デュエルトーナメント開幕』

ユグドラシルシティ、その一角に、まるでそびえ立つかの如く設置された円形のコロセウム型施設。普段はそこまで賑わわない、それこそ個人的なデュエルを行うために、その雰囲気作りとしてここを選ぶプレイヤーがチラホラいる程度であり、古代ローマのコロッセオを彷彿させるその形状に魅せられてやってくる人もまた、多くはないが存在した。

だが今現在のこの場所は、まるでお祭り騒ぎのように人々の喧噪に包まれていた。NPCによる露店があちらこちらに設けられ、行き交う人々を魅了していく。また、これから行われるそのイベントにおいて、誰が勝ち進むかを予想するトトカルチョを取り仕切るプレイヤーがチラホラ見受けられた。

日曜日 ALO統一デュエルトーナメント

その熱戦に次ぐ熱戦が、今始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甲高い金属同士がぶつかり合う音に、観客の誰しもが歓声を上げる。普段なら耳を塞ぎたくなるような音だが、目の前の熱戦に誰しもが夢中なので、気にする者は誰もいない。

 

「…鼠のように逃げおおせるか、この場で死ぬか、どちらか選べぇぇぇぃ!!!」

 

筋骨隆々とした浅黒い肌の男性プレイヤー。その手に持つ禍々しい巨大な斧から繰り出される斬撃は、恐らくまともに当たれば一撃でやられるという印象を与えるに相応しい。

だが、

 

「うるさいな、オルガ達の応援が聞こえないじゃないか。」

 

相対する小柄な少年は、人の胴はありそうなほどに巨大な鉄のメイスを振るい、斧による斬撃を易々といなす。

斧と、そしてメイス。片手では扱いきれないだろうその武器を、それぞれ片手で振るいながら、何合も武器を打ち合わせる。

巨大な武器を軽々と扱いながら、それでいて高度な応酬を繰り広げる両名に、観衆は大きな声を張り上げる。

 

「おぉっ!すっごい熱戦だね!」

 

始まった予選に、ユウキは観客席で目を輝かせて観戦しながら歓喜の声を上げる。目の前では魔法など用いず、かといってソードスキルを扱うこともなく、ただただ無骨に己の技量のみを競い合っている。現実の武闘大会とそう変わらないかもしれないが、それでもハイレベルな戦いは、仮想世界と言えども人々を惹きつけるものがあった。

 

「えっと…ギルド『鉄華団』のミカと、ギルド『天上軍』のバルバドスか。余り聞かない名前だな。」

 

「私も聞かないなぁ。…もしかして最近始めたプレイヤーなのかしら?」

 

大会参加者の名簿に目を通しながら、キリトは顎に手を当てて思案する。あれだけの実力の持ち主なら、ある程度は名が通っているだろうが…。

 

「オレっちの網によると、アーちゃんの言うとおり、どっちもギルドとして活動し始めたのはつい最近らしいヨ。プレイヤー個人としても日が浅いみたいダ。」

 

キリトとアスナの疑問に応ずる形でキリトの隣に座ったのが、旧友で、現在はケットシーでALOをプレイしているアルゴだ。彼女の手には、恐らく露店販売していたであろうホットドッグと、紙コップに入れられた炭酸飲料的な何かだ。

 

「「「アルゴ」」さん!」

 

「ヤ!久しぶりだナ。」

 

人懐っこい笑みを浮かべながら、既知の仲であるキリト、アスナ、イチカと挨拶を交わす。

そんな中で1人知らないユウキは、誰?と言わんばかりに首をかしげた。

 

「あぁ。ユウキは知らなかったな。コイツはアルゴ。結構名の通った情報屋だ。」

 

ヨロシク、と、アルゴはユウキに、初見の者から見れば愛想良く、既知の者から見ればこの上なく胡散臭い笑顔を向ける。

 

「よ、ヨロシクお願いします。アルゴさん。」

 

「あ~堅い、堅いよ絶剣さん。もっとこう…フランクに接して良いんだヨ?ゲーム内で年上や年下もそんなに関係ないんだからサ?」

 

「う、うん、わかった。ボクのこともその…ユウキでいいから。絶剣って…少し恥ずかしいんだよね…。」

 

「おーらいおーらい、じゃあユウちゃんデ。」

 

「オッケー!」

 

社交性溢れる2人はすぐに打ち解け、砕けた口調になる。こればかりは元々コミュ障だったキリトにとって持ち得ない能力であり、少し憧れてたりする。

 

「まぁオレっちとしちゃ、ユウちゃんに畏まられるのは、正直申し訳ないやら恐れ多いやらって感じなんだヨ。」

 

「へ?ボク、アルゴさんに何かしたかな?初対面の筈…だよね?」

 

「いやいや、初対面には違いないヨ。でも、ユウちゃんには間接的にコレをしこたま稼がせて貰ったからネ。」

 

にんまりと、人差し指と親指を繋げて輪を作る、所謂『銭』のサインを見せるアルゴ。益々彼女の意図が読めないユウキは首を傾げるばかりである。

 

「お金が、どうかしたの?」

 

「ん?いやぁね、ユウちゃんと『刀を使うとある男性インププレイヤー』との関係についての情報を求める声が相次いでネ。その提供代をこっちの言い値を冗談で多めに吹っ掛けたら、二つ返事で買い取ってくれたのサ。」

 

「言い値って…どれくらいなんだよ。」

 

多少なりとも興味をもったキリトが、怖ず怖ずといった様子で尋ねる。隣に座るアスナも同じく気になるのか、耳を傾けていたりする。

 

「まぁ10万ユルドをPON!とくれたヨ。」

 

「「「ジ、10万ユルド!?!?」」」

 

たかだかユウキとそのプレイヤーとの関係を知りたいだけに、10万ユルドもの大金を即決で払うとは、何処の物好きなのか。

 

「でもネ。オレっちはこの情報でALOが面白おかしくなるなら、タダでも喜んで提供したヨ。」

 

「ちょっと待てアルゴ。」

 

ここに来て、ニコニコと自身の武勇伝を語るアルゴに、イチカが少々ドスの効いた声で静止させる。

 

「お前の言う、『刀を使うとある男性インププレイヤー』って……。」

 

「おっと、ここから先は有料だよイッくん。それに、別にイッくんだなんて、オレっちは一言も言ってないゾ?…もしかして心当たりでもあったりしたのかナ?ン?ン?」

 

「………。」

 

斬りたい。

目の前の鼠なのに猫耳のコイツを途轍もなく斬りたい。

ニヤニヤと、正しくしてやったりと言わんばかりのアルゴに対し、そんな衝動がイチカの中で芽生える。

今ならあの極限状態で使用できた無現も容易く放てる。そんな気がする。

 

「と、ところでさ!そのユウキの情報を買ったって人って、どんな人だったのかな?」

 

イチカが腰に携えた雪華に手を掛ける。そんな修羅場と化しかけたこの場の雰囲気を変えようと、アスナは少し話題を変えてみた。確かにアルゴの言いようも気にはなるが、アスナの言うことも気になる。

 

「そりゃ依頼人の情報を買うと言うことだヨ、アーちゃん。占めて1000ユルドだネ。」

 

「守銭奴め…。」

 

「キー坊だけ、次から割増料金ナ。」

 

「え!?あ!いや!何も言ってねぇ!」

 

口が滑るとはこのことか、どうやらケットシーの種族特性を差し引いても、アルゴは情報屋らしく耳も利くようだ。思わぬ反撃に、キリトは慌てて自身の呟きを訂正する。

そんな自身の恋人を見て苦笑いしながらも、アスナは、しっかりと1000ユルドをアルゴに支払う。これで空気が変わるならお安いものだ。

 

「毎度!…んじゃあそのプレイヤーなんだけど…お!」

 

いざその情報が語られようとした瞬間、アルゴが何かを見つけたらしく、視線をコロッセオのステージへと向ける。その動きに釣られてか、その場にいた面々も彼女の視線の先へと目を向ける。

 

『Aブロック第一試合最終戦!先ずは青コーナー。種族はサラマンダーより出場!その独特のヘアスタイルから付けられた二つ名は【赤いサボテンダー】。キバーオーウ!!!』

 

なんでや!!という抗議の声を上げながら、石畳のステージへと上るのは、サラマンダーらしい赤を基調とした装備に身を包んだ赤いトゲトゲヘアーの男だ。実況の紹介に得心がいかないのか、その表情はとても不機嫌だ。

 

「アイツ…どこかで見たことあるんだよな~。」

 

「キリト君も?…実は私もなんだよね。…誰だったかしら?イチカ君は?」

 

「俺もどこかで見覚えがあるようなないような……あれ?ん~……。」

 

うんうんと腕を組んだり、額に指をあてて思い出そうとする3人。

知った人なのかと思いながらも、そんなに影の薄い人なのかと納得するユウキ。

そして、そんな悩む3人に呆れた目で見つめるアルゴ。

 

「おいおい。3人共アイツを忘れるなんてサアイツは…お!」

 

哀れキバオウ。アルゴが説明を始めようとした矢先、目的のプレイヤーが入場してきたためにそれは中断させられる。

 

『続きまして赤コーナー!何とこのALOを始めたのは数日前!しかしその実力は未知数!黒衣の軽装に身を包むは、スプリガンの女性プレイヤー!!』

 

「アレがユウちゃんの情報を買ったプレイヤー…」

 

「お、おいおい…あのスプリガンプレイヤーは……」

 

腰まで伸びた艶やかな髪と、装備の上からもわかるすらりとした身体。そして凜々しくも鋭いその眼差し。

 

『オウーカーー!!』

 

「オウカじゃないか!」「オウカだヨ。」



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第42話『デュエル開始!キバオウ死す!』

え?サブタイがネタバレ?何のことやら。


少し時間は遡り…

 

「ねぇシャルロット、まだ繋がんないの?」

 

シャルロットとラウラの部屋にあるソファに座って足をぶらつかせながら、鈴は不服そうに口を開いた。

 

「も、もうちょっと待って。このコードを繋いで…よし!」

 

PCから伸びるプラグを壁掛けの大型テレビに差し込むと、数個のウインドウを開いたPCのディスプレイと同じ映像がテレビに映し出される。

 

「あとは…うむ、嫁から預かったURLで…。」

 

PCに向き合っていたラウラはマウスやキーボードを駆使して目的のサイトを開く。

ALO公式サイト。

そこに繋がったブラウザから、メモに書かれている項目を探し出してクリック。

動画再生用ソフトを起動させ、フルスクリーンでの再生を選択する。

 

「あ!映りましたわ!」

 

セシリアの声に作業を終えたシャルロットとラウラは、それぞれ自身のベッドに腰を下ろして、映し出される映像に目をやる。

そこに映されたのは、色彩鮮やかな人間…いや、妖精のキャラクター同士による激戦の火蓋が切って落とされた時だった。

 

「へぇ~、これが一夏と木綿季がプレイしてるALOなのね。」

 

リアルな、それこそ現実かと思わせるようなそのクオリティに、鈴のみならず、その場にいた誰もが釘付けになる。

正直なところ、誰もがフルダイブタイプのゲームには、かじり程度の知識しかなかった。意識を飛ばしてもう一つの現実を味わう。だが、以前のSAO事件によって、未だフルダイブする一夏に理解は出来ても、そのゲーム自体に余り良い印象を持てずにいた。

だが目の前のクオリティは、想像していた物よりも遙かに高く、悪い先入観を吹き飛ばしかねない物だった。

 

「凄いな…今のゲームというのはここまでリアルな物なのか。」

 

ゲームのアバターとは思えないほどの、なめらかに動いて目の前で繰り広げられる応酬に、箒は思わず息をのむ。

 

「これは…一夏達が夢中になるのもわかるかなぁ」

 

同じく魅入っていた簪の言葉に、その部屋にいた誰もが示し合わせたかのように頷く。

 

 

そもそも彼女らがこうしてALOのデュエルトーナメントを見ているのには、とある切っ掛けがあった。

 

『皆にもVRMMOの魅力を知って欲しい。』

 

そんな一夏と、そして木綿季の言葉だった。

食事時、いつものようにあつまった面々にそう告げて、URLを記入した紙を渡してきたのは土曜日のこと。

翌日から始まるALOのイベントが、公式サイトを通じてネットで生配信される。一夏も木綿季も参加するので、良かったら見て欲しい。と言うのだ。

そんな二人の言葉に、箒達は顔を見合わせて目を丸くしていたが、特に予定もないのでこうして皆が集まって、その生配信とやらを視聴することになったのだ。

ちなみに、

生徒会長である楯無も視聴希望していたのだが、布仏虚に捕縛され、残った生徒会の仕事を片付けるために生徒会室に連行されていたりする。

 

そんな回想を語っている内に、映像の中の試合は一つ終え、次の試合の準備に掛かっていた。

 

「す、凄い試合だったわね。…なんなの?あの浅黒い肌のプレイヤー…。魔法使ったら、『魔法に頼るか!雑魚が!』って魔法で反撃とか…。」

 

「しかも戦いが激しすぎて、余波が観客席に及んでいましたわね。巻き込まれた方、大丈夫でしょうか?」

 

先程のミカとバルバトス双方による激戦は、予選一回戦とは思えぬほどの激戦だった。その激しさに、リングは破壊され、その巻き添えに最前列の観客席にいたプレイヤーが巻き込まれて、リメインライトにさせられるというアクシデントがあった。

死屍累々となった観客席の中で、一人の銀髪の浅黒い肌のプレイヤーが倒れていたのを見たミカは、ブチ切れたのか怒濤のラッシュでバルバトスを攻め立てる。が、バルバトスも負けじと食い下がり、結果として引き分けとなったのだった。

 

「最初からこんな凄い戦いとは…。ALO、侮りがたいな。」

 

「うん。最初からクライマックス…。」

 

各々が初戦の凄まじさに驚く中でも次の試合の準備は進み、漸く予選二回戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時は戻る。

 

コロッセオのリング

そこには数多の剣…否、刀が突き刺さっていた。

その数はゆうに十本は軽く超える。

 

「なんのつもりや…?」

 

そんな光景を作り出した本人…オウカに向かい、キバオウは憤りを隠すことなく尋ねた。

何せ彼女は、試合開始と同時にストレージを操作して、手持ちの武器を、恐らく全てをオブジェクト化したのだ。

 

「なに。私は初心者だからな。勝つための腕前や能力を埋めるために工夫したに過ぎない。」

 

そう、相手は始めて数日の初心者。周囲に突き立てられた刀も、中堅どころが使う物ばかりだ。始めて数日で中堅の扱う武具を装備や所持するまでに成長しているのは確かに舌を巻く。

だが、キバオウにとってそのようなことは些末な事だった。

何せ、相手は初心者。意気揚々とデュエルトーナメントに参加したはいいが、初戦が初心者などとは笑えない冗談だ。もし勝てば、初心者に対して大人気なく本気を出したと。負ければ、初心者に負けた。そんな言葉で後ろ指を指されるだろう。よしんば勝てたとしても、苦戦しよう物なら、また侮蔑のネタになる。つまり、勝っても負けても顰蹙を買うことに変わりないのだ。

 

「まぁそう憤るな。…いくら私が初心者だからといって退屈させようなどとは思わんさ。」

 

「…なんやと?」

 

「…つまり、初心者などと侮って貰っては困る、と言うことだ。」

 

手近にあった刀を抜き取り、脱力しながらも形だけの下段の構えを見せる。緩やかな動きだが、しかしそれでいて隙もない。

そして何よりも、肌を刺すような闘志を感じるのだ。仮想世界にも関わらず、鳥肌が立ちかねないほどの。

 

「行くぞ、キバオウとやら。

 

 

 

 

 

武器の耐久力は十分か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこからは、正に電光石火。

オウカはその踏み込みを以てして、瞬時に刀の間合いに入るや否や、リングの石畳を刃で削りながら、キバオウを両断するかの如く下から切りあげる。

その一連の流れが余りにも早く、キバオウは身体を反らして二枚に下ろされるのを避けるのが関の山だった。

 

(ち、致命傷は避けたか…。)

 

キバオウとしても、肝が零下あたりまで冷えた気がした。

地面を削ることによって、石畳を擬似的な鞘とし、振り上げる瞬間の剣閃を早めた、いわば即席の居合。

 

「居合擬き…刀と言い、気に食わんわ!アイツを思い出すんや!」

 

身体を反らしたことで後方に蹈鞴を踏んだことにより、人一人分の間合いが開く。そこを埋めるようにキバオウはソニックリーブで踏み込んで一閃する。オウカは残心しているのか振り上げたままの状態が最後に見えた。あの体勢からなら普通なら防御が間に合わずに直撃出来るはず。そうすれば大きな優位性(アドバンテージ)を得られる。そう確信したキバオウは口許を釣り上げて、ソニックリーブを気持ち後押しするかのように腕を突き出した。

 

 

 

 

だが生憎と彼女は()()ではなかった。

 

 

キィン!という剣がぶつかる甲高い音。

 

アバターが斬られるような効果音ではない。

 

その音を聞いたとき、キバオウの視界は天と地が逆転していた。

 

(な、なんや?何が起こったんや?)

 

まるでスローモーションのように反転した視界がゆっくりと動き、それはやがて青一色の空が支配したところで背中に大きな衝撃が走った。肺から空気を吐き出され、その不快感にキバオウは顔を顰める。

オウカはソニックリーブによって繰り出された剣を、振り上げた刀、その返す刃でハエ叩きの如く叩き落とした。その勢いでキバオウは、まるで浴びせ蹴りのモーションの如く空中で前転回転し、地面に倒れたのだ。

だがキバオウ本人は、その痛みと何が起こったかを理解する暇もなく、そして目の前には倒れた自身に刃を突き立てんとするスプリガンプレイヤー。

一瞬で危険を察したキバオウは、地面を転がってそれを避ける。

間一髪、先程まで頭があったところに、刃が深々と突き刺さった。

 

「…良い反応速度だな。」

 

だがオウカは、その刃を抜くことはなかった。

未だキバオウは立位をとれていない。つまりフットワークを活かせない。絶好の攻め時にも関わらず、彼女は追い打ちをかけてこない。そんな状況にキバオウは怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「三回でお釈迦か。…やはりままならんな。」

 

突き刺さった刀が光を放つ。それはソードスキルのそれではない。光と共に刀のポリゴンはぼやけ、次の瞬間には粉々のポリゴン片となって砕け散った。すると一番手近にあった刀に手を伸ばし、それを引き抜く。先程と違う刀なので、軽く右手で一振りし、その感触を確かめる。

 

「さ、三回で耐久力切れやと?どんなナマクラ使うてんねん。」

 

「いや、正真正銘新品さ。だがなぜか()()に使っていてもすぐに壊れてしまうのでね。数でカバーしようというわけだ。」

 

オウカの言葉にキバオウ本人はもとより、キリト達にも驚きが走る。

 

「さ、三発で武器が壊れるとか…おかしくない?」

 

「あぁ、()()なら店売りの物でも何十回と斬ろうとも耐えきれる。今さっき壊れた武器も、耐久力は平均的な物の筈だ。」

 

「じゃあ何で…?」

 

「確証はないけど…」

 

ここで、オウカと一度パーティを組んだことのあるキリト。

 

「彼女の武器の振りの速さ。それが関係してるかもしれない。」

 

キリトが言うには、オウカの剣閃の速さは、ALOの中でも群を抜いて速い。それこそ一撃の速さは、イチカの居合のそれ程でも無いにせよ、迫るほどの物だ。だが、振る速さが速い=ぶつけたときの摩耗も激しいものとなる。ましてや、雪華のようなオーダーメイドの武器ならばまだしも、店売りの武器の耐久力はそこまで高くはないために、オウカの剣戟の激しさに耐えられないようだ。

 

「は、はは……ボク…勝てる気しないんですけど。」

 

「安心しろ、俺もだ。」

 

因みに…オウカのブロックはA、ユウキはBとなっており、互いに勝ち進んでいけば顔見知りの中では、彼女と最初にかち合うのはユウキだったりする。

 

「ゴメンねイチカ、再戦の約束、守れそうにないや。」

 

アハハ…と半ば死んだ目をするユウキはもはや別人だったと、後のイチカは語る。

 

 

 

 

 

 

「何なんや…」

 

オウカの鋭い一閃が、キバオウの脇腹をかすめる。

 

「何なんや何なんや…」

 

間一髪で躱したつもりが、頬をかすめてHPを微量減少させる。

 

「お前は…何なんやぁ!」

 

決死の思いで反撃し、片手剣を一閃するが、既にオウカはそこには居らず、背後から斬り付けられる。

余りの実力差にキバオウは苛立ちを隠せない。勝つことを揺るぎないものだと思っていた矢先に、とんでもないダークホースと当たってしまったのだから。

 

「私はただの初心者だが?」

 

「お前のような初心者がおるかい!」

 

「事実だ。何なら…後日にでも運営に問い合わせるが良い。」

 

そう言い終えたとき、オウカの刀が再び四散した。これで6本破損したことになる。リングに突き刺さった刀は徐々に減ってきているが、それに伴ってキバオウのHPも半分を切っている。刀の弾切れまで耐えようかとも思ったが、刀の減り具合と自身のHP。その減少比はHPの方が多い為、このままでは破れるのがオチだ。

 

(なんか…なんか逆転の策は…お!)

 

一縷の望み

そんな言葉と光景が見つかった。

二人の周囲に、オウカの予備の刀は無かったのだ。ほぼ定位置で剣戟を繰り出して居たために、周囲の刀はあらかた使い尽くしており、最寄りの刀でも目測五メートルはある。

 

(チャンスや!得物を手にするまでに仕留めたら…!)

 

ここが好機!とばかりに、キバオウはオウカにダメージを与えようと片手剣を振りかぶる。これでダメージを与え、こちらに流れを傾ける。それしかない。ここを逃せば負けは免れない。

一気に踏み込み、オウカを切り捨てんと意気込む…

 

 

が、

 

間合いに入った時に、キバオウは身体に悪寒を感じた。

 

あの時…

 

デスゲームの時にも感じていた嫌な感覚…

 

つまり第六感からくる勘というものを。

 

考える前にキバオウの身体が動き、防御態勢を取る。

 

その動きは2年という年月、SAOというデスゲームで戦場を生き抜いてきたプレイヤーならではのものだった。

 

急所である(チン)を守り、反撃に備える。

 

格闘技術の基本をキバオウは習得していた。

 

だが--

 

 

ドグチァッ!!!!

 

「ッッッッッッッ!?!?!?!?」

 

もう一つのチンは守れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キバオウ オウカの格闘攻撃が急所に入り戦闘続行不能により敗北。

 

 

 

 

奇しくも、コロッセオに居た男性観客。

その誰もが一人残らず縮こまったのは言うまでも無い。




キバオウのトドメ、とある漫画のネタです。


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番外編『これはTrick or Treatですか?いいえ、Cheatです。』その1

ネタと趣味に走ってたりします。特に中の人ネタ


10月最終週

 

徐々に冬に向けて気温が下がり征く中、町は華やかな装飾に包まれていた。

クリスマス程の煌びやかなものではない。だが、見るものの心を躍らせる、そんな賑やかな印象を与えるハロウィンのそれは子供心をくすぐり止まない。

そしてそれは、ALOも同様のものだった。

 

妖精の舞い踊るこのゲームはハロウィンというイベントに妙にマッチしており、ユグドラシルシティや他の町もカボチャの装飾に彩られていた。

 

 

 

 

 

 

 

「トリック・オア・トリートだよ!イチカ!」

 

「うぉっと!?」

 

インするや否や、目の前にユウキが待ってましたと言わんばかりに飛びついてきた。

新生アインクラッド22層の自宅の自室でログアウトしたので、飛び付かれた勢いでベッドに背中から倒れ込んだ。いきなりの衝撃に、思わず目を閉じてしまう。

驚きが残る中、腹部に重みを感じ、目をゆっくりと見開くと、目の前には見知った少女が自身に馬乗りになっていた。

だがその服装はいつもと違った。

普段常用している赤いヘアバンドではなく、黒のリボンで髪を整えている。服装も、普段の紫のクロークではなく、何処かの制服をモチーフとしたかのようなそれにフリルがあしらわれ、どことなくゴスロリチックな印象を感じさせるものだ。

 

「と、トリック…オア?」

 

「トリック・オア・トリート!お菓子をくれなきゃ…イタズラしちゃうぞぅ!」

 

あぁ、そうか、ハロウィンの季節か。と、ようやくイタズラ小僧のような笑みを浮かべるユウキの言葉の意味を理解したイチカは、ストレージから一口チョコをオブジェクト化し、ユウキに手渡す。さも当然のように渡してきたことにより、ユウキはキョトンとして馬乗りのまま固まった。

 

「ほら、トリートだ。…これでイタズラはなし、だな?」

 

「ほへ?あ、う、うん。」

 

何処かしら残念そうにイチカの上から退いたユウキ。短いスカートなので一時ドキリとするが、緋と地に錬成された『(オオ)イナル(イチ)』のこどき鋼の理性をフル稼働させ、何とか平常心を保つ。

 

「と、ところで…なんだかいつもと大分違う服なんだな。」

 

「えへへ。そーでしょ?何となくビビッと来てね。武器も併せて買っちゃったんだ!」

 

そう言って展開したのは、ユウキの背丈ほどもある柄がある大鎌だった。金の装飾が施されたシンプルな構造なのだが、その巨大さは見る者に恐怖と死を彷彿させる。

 

「なんかね~装備説明には、『殲滅天使なりきりセット』って書いてあったの。『家族と引き裂かれた少女が、孤独の果てに手に入れたのは敵を斬り裂く圧倒的な力。その行く末に出逢うのは、自身を思ってくれるかけがえのない大切な人。』…だってさ。」

 

…何やら何処かで聞いたことあるような…その設定の少女と、目の前に居るユウキ。何となくではあるが、似通った点が感じられてならない。

 

「しかもハロウィン期間中は装備パラメータが1.5倍らしいんだよ。」

 

「へぇ…それは結構大きいな。」

 

「でしょでしょ!そんなわけで、イチカも買いに行こうよ!」

 

「え?いや…俺はそういうのはあまり…」

 

「物は試しだよ!さあ行こう!思い立ったら吉日、だよ!」

 

どうやらその殲滅天使の服はSTR補正が利くらしく、イチカの身体をズルズルと、そして軽々と引き摺られていく。かくして…イチカは半分ユウキに連行される形でユグドラシルシティへと向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユグドラシルシティ ハロウィン特設ショップ

 

ハロウィン一色に彩られた同市街の中央広場の一角に、これまた派手な飾り付けが施された店が構えられている。下手をすれば、ユグドラシルシティの象徴である世界樹よりも目立っているかの如くのそれに、強制連行という名の拉致によってやってきたイチカは、その華美な飾り付けに思わず目を細める。

 

「な、なんか目がチカチカするんだが…」

 

「そう?ボクはもう慣れちゃったかな~。」

 

流石に殲滅天使の服を買いに来たときに一度見ているからだろうか。

 

「でもこういうイベント特有装備って、課金したりとか、イベント特有アイテムやポイントを使わないと手に入らない物なんじゃないのか?」

 

「え?普通にユルドで手に入ったよ?イチカってば重く考えすぎじゃない?」

 

「…そう、なのか。」

 

「あ、でもね。店員の人に聞いたんだけど、この装備で敵を倒すと特別なドロップがあるらしいんだ。それでいろんな物と交換出来るらしいよ。」

 

なるほど。それならユルドで装備購入できるのも納得だ。イベント特有アイテムそのものが装備がないと手に入らないのなら、装備を実質無課金のユルド購入にしなければイベントの意味がないのだから。まぁ運営としても、ユルド購入でではあるが気軽に仮装を楽しんでほしいという計らいもあるのかもしれない。

 

「そんなわけだからさ、ハロウィンなんだしイチカも仮装しようよ!どうせ同じALOをプレイするなら、より楽しいと思う方にしようよ。」

 

確かにユウキの言わんとするところもわかる。イベントあってこそのオンラインゲームだ。ならばそのイベントにどっぷり浸かるのも一興だろう。

 

「そう、だな。どうせなら仮装してハロウィンらしく過ごすのも楽しいだろうな。」

 

「でしょでしょ!?イチカもそう思…」

 

「だ が 断 る」

 

へ?と、まさかこの前振りで断られるとは思わなかったユウキは、目を点にしてしまった。

 

「このイチカの最も好きなことの一つは、面白そうだと思っていてもイベント参加に『NO』と言ってやることだ。」

 

何となく一度言ってみたかった岸部露伴の台詞、その愉悦に心を震わせる。

だが、

 

「イチカ…参加、しないの?」

 

(あ、これアカン奴か。)

 

目の前のユウキが半泣きになってしまわれると、イチカは弱い。それこそフレンジーボアにカモられる位に弱くなる。

 

「じょ、冗談だって!な?俺もハロウィンに参加するから!」

 

「ホント…?」

 

「おう!もちろん!やっぱりイベントは楽しんでこそだよな!」

 

「うんっ!」

 

先程と打って変わったイチカに、ユウキも釣られて満開の笑顔を咲かせる。

そんなわけで、気を取り直してショップの中に入ったわけだが…

 

「な、何なのだこれは!」

 

とある女性プレイヤーの声が店内に響き渡る。その声量に、店内にいたプレイヤーが何事かとその声の発生源に目を向ける。

 

「ほう?いつもの飾り気のない黒のバトルスーツから、随分と印象が変わったではないか。」

 

「わ、私はこんな…こんな服は…!」

 

「私とてハロウィンの衣装を着ているんだ。大人しくそれを着ておけ。」

 

「…やっぱり、マドカとちふ…いや、オウカだったか。」

 

「なになに~?何かトラブル?」

 

知った声だったので向かってみれば、なんのことか、オウカとマドカだった。どうやらマドカがオウカにハロウィン衣装を着せられていたようで、その服装が余りに恥ずかしいのか、自身を抱くようにして服装を隠そうとしているが、全くの蛇足になっている。

 

「…メイド服?」

 

「み、見るな…見ないでくれぇ…。」

 

顔を真っ赤に紅潮させ、若干涙目になっている。

なんだこの可愛い生き物。

如何せん、マドカのケットシーという種族特有のネコ耳。それも黒猫と言うだけあり、水色のメイド服…正確にはエプロンドレスなのも相俟ってその破壊力は計り知れない。

 

「くっくく…、どうだ?中々のものだろう?」

 

そう自身の行ったコーディネートを賞賛するかのように笑うのはオウカ。彼女の出で立ちもこれまた普段黒を好む彼女らしからぬものだ。青のジーンズタイプの生地に、動きやすいように深いスリットが入ったドレスタイプのスカート。ウエストを引き締めるコルセットに、クリーム色の薄手のジャケットという服装だ。普段なら、機能性を重視した格好の彼女だが、こうして少しラフさを感じる服装というのはなかなかどうして、新鮮に感じられる物だった。

 

「オウカさんも仮装してるんだね。」

 

「あぁ。せっかくのハロウィンだからな。仮装してみるのも一興だろう?ユウキも中々愛らしいじゃないか。」

 

「ホント!?ありがとー!オウカさんも、なんか格好いいよ!」

 

どうやら堅物に見えて、その実結構良いノリをしているらしい。

互いに衣装を褒め合うなか、未だエプロンドレスに羞恥しているマドカに、話に入り込めないイチカがどうしたものかと思案する。

 

「…なんだ、言いたいことがあるなら言えば良いだろう?」

 

「え?いや…そんなことは…」

 

「ふんっ、どうせ『似合わねー』とか、『ないわー』とか、『ドン引きです』とか考えてるんだろう!そうなんだろう!」

 

「いや、普通に見違えたんだけど。似合ってるぞ?」

 

「………はぁっ!?」

 

予想だにし無かった肯定の言葉に、マドカは思わず裏返るほどに素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「何というのか、現実もALOも、戦闘重視の服ばかりだからな。新鮮というか何というか……現実でもそんな服を着てみたらどうだ?」

 

そんなことをしてみたら最後、上司二人に徹底的にネタにされて死にたくなるからお断りだ。

脳天気に宣うイチカに、心の中で怨みがましく反論しておく。と言うか段々腹が立ってきた。

 

「そういえば、お前だけ何の仮装もしていない、と言うのは不公平だよなぁ?」

 

そんなマドカの言葉に、先程まで談笑していたオウカとユウキがまるで獲物を見つけた猛獣の如く目を光らせてこちらを見てくる。

 

「ふむ、マドカの言うことにも一理あるな。」

 

「そんなわけだからイチカ!ちゃちゃっと着替えよっか♪」

 

ガシッとマドカとユウキの二人に両脇を抱えられ、ズルズルと引き摺られていく。向かう先は…試着室。

しかし…

 

(うーん…普通こういう場面て、腕に胸が当たって至福だってクラインさんに聞いたけど……おかしいな、むしろ…」

 

「「むしろ…何?」」

 

「むしろ痛…があああ!!」

 

いつの間にか考えていたことが口に出てしまったらしく、両腕をアームロックされて悲鳴をあげるイチカ。胸部装甲の薄い2人は、こういうネタにびんか…

 

「それ以上、いけない」

 

 

 

 

 

 

 

 

十分後

 

「微妙だね。」

 

「微妙だな。」

 

「微妙だ。」

 

「え?何?何なんだ?」

 

三者のしらけた視線を浴びて、いたたまれなくなる。3人に押される形でチョイスした服に仮装したイチカを待っていたのは、非難囂々。それもそのはず、イチカの仮装した姿と言うのは、普段の装備と余り変わり映えしない物だったからである。いつものインプの基本色である黒、ないし紫なのは良しとしよう。だが、服装のジャンルが普段と被っているのだ。変わったところと言えば、普段は黒のジャケットの所を白のトレンチコートにしている点位だろうか。

 

「なんかこう…インパクトが足りんな。」

 

「だよね。思い切って髪色を変えてみる?」

 

「良いな。…どうせなら()()()()()()を出してみるか。」

 

「「異議無し!」」

 

「え?ちょ…冗談だよな?な?」

 

もはや利く耳持たず。スイッチの入った3人を止められる奴はいない。さしもの黒の剣士だろうが閃光だろうが。

 

「さぁ、覚悟はいいな?」

 

「最高に患っているようにしてやるからな。」

 

「んふふ~♪腹のくくり時だよイチカ♪」

 

イチカの めのまえが まっくらになった!

 

 

 

 

「「こ、これは…何というか…」」

 

「うむうむ!これぞ患った者ならではのコーディネートだな!」

 

2人がややドン引きする中、マドカがそれはもう御満悦と言わんばかりに自身の手掛けた()()を一瞥する。

 

「な、なんじゃこりゃあ……!」

 

そして、鏡に映る自身のアバターを見て、某ジーパン刑事(デカ)の台詞を吐きながら目を丸くするイチカ。

そこにいたのは、正しく鬼の如く。

白髪に染められた頭髪、焼け焦げたかのようにダメージを入れられた先述のトレンチコート。

極めつけは、深紅に染まりきって瞳孔が開いたその眼球だ。

もはや中二病を患っているどころか、重篤な感が否めないそのコーディネートは、手掛けたマドカがどれほど重い症状かを物語っていた。さしものオウカとユウキも、そしてイチカでさえここまでとは思いもしなかったのだ。

 

「いいぞいいぞ。白髪に赤目、いいぞ。こう言うのでいいんだよ、こういうので。」

 

「いや…これで町中を歩き回るのは流石に恥ずかしいんだが…。」

 

確かに()()なら余りに奇抜な服装で誰の目にも止まってしまうし、挙げ句痛い者を見る目で見られるだろう。

だが今はハロウィンの季節。誰も彼もが仮装を楽しむイベント。多少痛々しい形をしていても、そこまで冷めた目で見られることはない。

 

「ハロウィンなんだ、別に変な遠慮は要らないだろう?…そもそも、全てのプレイヤーにおけるALOでの格好が、のっけから仮装だろうが。今更だぞ。」

 

「身も蓋もないねマドカ。」

 

「こういう格好をしてみたかったのやもしれんな。…まぁリアルでも似たり寄ったりの格好だったが。」

 

「リアルの事を話すのは禁止だ。…それで?イベントクエストに参加するのか?しないのか?」

 

「えっと、仮装した状態で敵を倒して、アイテムドロップを狙うって言う?」

 

「わかってるなら話は早い。」

 

「もちろんやるよ。元々そのつもりだったし。」

 

「まぁ仮装装備で狩りをしたら、自然とそうなるだろ。どっちにしても手伝うよ。」

 

「私は一時間程したら抜けるぞ。少し仕事が入っていてな。それまでなら手伝おう。」

 

そんなわけで、

4人(1人ナチュラルなチーター)による、狩りという名の蹂躙が幕を開けた…。




中の人ネタの内訳
イチカ→リィン・シュバルツァー(閃の軌跡)
ユウキ→レン・ブライト(閃の軌跡)
オウカ→サラ・バレスタイン(閃の軌跡)
マドカ→アリス(SAOアリシゼーション)
となっています


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番外編『これはTrick or Treatですか?いいえ、大事件です。』

ハロウィン\(^o^)/オワタ…でも投稿!
ちょい飛ばし気味です。ご了承を。


運営にとあるメールが届いた。

苦情のメールが。

それも一通や二通ではない。

数十に至るまでに、それがほぼ同じ内容で、だ。

そのどれしもが、

『明らかにチートプレイヤーがいる。』

とか、

『あいつらが蹂躙した後は、ペンペン草も生えなくて、逆に草生える。ワロスww』

とか、

『あいつらマジキチ。モンスターに同情する。』

 

そんな内容の数々。

これについては運営も頭を抱えた。

当のプレイヤー集団においては、既にチートの類いがないのかを洗っているため、その可能性は皆無だ。

にもかかわらずこんなメールが届くというのは、如何ともし難い。

今日もまた、例のプレイヤーに対しての運営会議かと、誰もが頭を悩ませる案件となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、掃討完了だな。イチカ、そちらは?」

 

「こっちも粗方…っていうか、オウカが7~8割持って行ったけどな。」

 

ユグドラシルシティ周辺の平原で、件の4人はイベントアイテム収集の為の狩りを行っていた。その首尾は順調そのもの…と言うよりも、明らかにおかしい収集速度だ。

接敵必殺という言葉に違いない程に、敵を見つけてはぶった切り、オウカ衣装装備に付いてきていたというマナを消費して弾丸を発射させるという、片手直剣と片手小銃のセット武器『紫電』によって、距離を選ばない戦いをしていた。更に服装の特殊効果が、『走行・飛行速度が増加』というものだ。それにより、平原の地に空に、正しく縦横無尽に駆け回って、そこに蔓延るモンスターを斬っては撃ち、撃っては斬りという、無双の大暴れであった。

 

「…なんだか、私とイチカがオミソみたいだな、今回の狩りは。」

 

そうぼやくのは、金色の鎧と青のマントに包まれたマドカだった。なぜか街から出た途端に青のエプロンドレスから、この鎧姿に変わったのである。察するに、エプロンドレスは街中での限定衣装で、鎧は戦闘衣と言ったところなのだろう。手に持った金木犀の片手直剣を慣れない手つきで振り回しながらも、そこそこに敵を倒していたりする。

イチカはと言うと、得物が普段の物と変わらないカテゴリであるカタナなので、普段通りに戦っていたりする。

そして…

 

「ひゃっほぉう♪」

 

巨大な鎌を振り回して、ユウキが狩りまくっていた宙域の最後の一体。それを物の見事に両断した。その両断されたモンスター、というのもそこそこにHPが多く、所謂大型モンスターだったのだが、鎌に付いた特殊効果『確率で即死効果』というとんでもステータスによって、オウカほどではないにせよ、かなりの高効率で敵を狩り漁っていた。

討伐の比率的に、

オウカ>ユウキ>イチカ≧マドカ

と言った具合である。

 

「しかしまぁ…ユウキはインプの翅も相俟って、小悪魔そのものだな。」

 

敵をバッサバッサ狩りながら、その愉悦で得意げに八重歯を見せながら笑う彼女は、正しく小悪魔…インプそのもの。華麗…とは言わないが、ハロウィンにこれ程似つかわしい仮装は中々お目に掛かれないだろう。

 

「お前もより鬼の仮装らしく、角と虎柄の腰巻きでも着ければどうだ?」

 

「ハハ……そんでスキンカラーを赤や青にするのか?勘弁してくれ。」

 

そこまでやらかしてしまうと、今度元に戻すのに骨が折れる。ヘアカラーはともかく、スキンカラーまで変更しようと思えば、必要なそのアイテムやユルドは決して安くない物になってくる。

 

「ふむ、敵の反応が消えたか……限定の新しいソードスキルも、大分馴染んできたな。」

 

マナ回復アイテムである理力の液薬を飲み干しながら、オウカは紫電の装備説明を開く。

今回の仮装装備、その一部にはとある特殊効果があった。

それは完全オリジナルソードスキル。

装備することにより、装備の形こそ似通っていても、カテゴリとしてはオリジナルの武器に分類される。それによって、その武器ならではの限定ソードスキルを使用できるようになる仕様だ。

例えば相手のソードスキルを封じて、なおかつ速度低下させる範囲ソードスキルの『鳴神』や、自身の攻撃力、速度、クリティカル率を上昇させる『雷神功』、ソードスキル封じとスタン効果のある範囲ソードスキル『電光石火』等、正直かなり強力な物が揃っている。加えてオウカのプレイヤースキルが相乗効果を成して、普通にチートに見える程のスペックとなっていた。

 

「ボクも、最初は重たい…大剣のイメージがあったけど、そこまで重さもなかったし、慣れたら案外使いやすいね。」

 

重さがない、と言いながらも、やはりその武器そのものから滲み出る威圧感がそうは思わせない。

ユウキの扱う大鎌『ネメシスリップ』には、前述の通り確率で即死効果付き。

限定ソードスキルはというと、実際の所3つだけ。

大鎌を投げて敵を斬り裂く遠距離ソードスキル『カラミティスロウ』。回転による斬撃で周囲を斬り裂く範囲ソードスキル『ブラッドサークル』。突撃と同時にすれ違い様に両断する突撃ソードスキル『レ・ラナンデス』。これらのソードスキルには、オウカの装備のような、デバフ…所謂バッドステータスを付与する物はない。だが、これらのソードスキルには確率で即死効果が発生するようになっている。装備効果+ソードスキル効果となっているため、即死確率を更に引き上げていた。

 

「俺は…いつもの武器とあんまり変わんない…な。」

 

「いつもと変わらぬ物と言うのは存外良いものだぞ?下手に普段と違う物を扱えば、少なからず型が崩れるもの。お前はカタナと、それによる抜刀術を直向きに磨いたのなら、それを大切にするといい。」

 

「そりゃまあ…そうだけどな。」

 

たまには違う武器を試してみたかった思いもあるが、オウカの言葉もわかるので煮え切らない言葉を返す。

イチカの持つ武器は、カタナそのものの形をした『ヴァリ丸』だ。普段使っている雪華と同じく白の色味だが、鞘や鍔、柄には所々金の装飾が施され、戦闘で扱うには勿体ないイメージを湧かせる。

ソードスキルは、先述の二人よりも多い八つ。

強力な一撃を穿つ『一の型 螺旋撃』

一定範囲の敵を自動ロックし、次々に切り抜ける『二の型 疾風』

炎上の状態異常を付与する『三の型 業炎撃』

隙が少なく、スタンを見込める『四の型 紅葉切り』

納刀からのカウンター『伍の型 残月』

斬撃を飛ばす『六の型 緋空斬』

切り抜けると同時に、数多の斬撃をたたき込む『七の型 無』

素手の状態で掌底を叩き込む『八の型 無手』

威力やデバフ付与は飛び抜けて高くないが、引き出しが多いのが強みとも言える。

 

「しかし…このあたりは粗方狩り尽くしてしまったな。どうする?」

 

「…ふむ、すまんがそろそろ私は抜けよう。後は3人で楽しむといい。」

 

時間を確認したオウカは、そろそろ頃合いと言わんばかりに端末を操作すると、パーティを離脱する。短い暇を縫ってまで付き合ってくれたオウカ。…いや、その短い暇をゲームに費やしている分、かなりのめり込んできている様だ。

 

「千冬姉、休み時間にゲームもいいけど、ゆっくりするのも忘れないでくれよ?」

 

「なに。体力には自信がある。それに、こうして羽目を外して遊ぶも言うのも、私にとっては十分な息抜きだ。」

 

確かに色々桁外れな彼女は、メンタル面は知らないが、体力面では心配ないかもしれない。だが、何事も油断や慢心は大敵。今度、今回の狩りの礼も兼ねてマッサージでもしてやろうと、イチカは内心誓う。

 

「ではな。また狩りに行こう。」

 

「うん!オウカさんも、お仕事頑張ってね。」

 

「………。」

 

ログアウトの為に街へ戻ろうと転移するオウカ。そんな彼女をブンブンと手をフルに振るユウキ。そして視線だけを向けて腕を組みながら、指先だけを立てて別れを告げるマドカ。そんな二人と弟に見送られながら、オウカは現実世界へと帰還した。

 

「…さて、これからどうする?」

 

「ボクはもう少し狩りをしたいかな…マドカは?」

 

「…そうだな。私は……」

 

瞬間、耳をつんざくような爆音が響いてきた。その余りの大きさに、3人は堪らず耳を塞ぐが、それでも脳を揺らすほどの音量による振動で、立っているのがやっとだ。

 

「ぎ……っ…!な、なんなの……コレェ…!」

 

「ぐ……新手の…魔法かなんかか…!」

 

超音波による不快感で揺らぐ視界。耳の良いケットシーであるポーカーフェイスのマドカも、流石にその顔を歪めて止まない。

余りの音響に周囲の草木が、まるで風に煽られているかのように凪いでいる。

 

10秒…いや、20秒ほどだっただろうか?

 

「よ、ようやく収まったか…2人とも、無事か?」

 

ようやく収まったその音の残響に顔をしかめながら、三人は互いの無事を確認し合う。と言っても、パーティを組んでいる以上、視界の隅にステータスが簡易ながらも表示されており、HPダメージはおろか、デバフの類いも受けていないのは確かだ。…となると、ただの巨大な音のエフェクトか。

 

「しかし…何だってこんな音が?」

 

「音による衝撃波による木の傾きから…あっちか。」

 

どれだけの強風に煽られたのかわからないが、木々の枝や葉が逆立った髪のように一方向に纏められている。その為、音の震源を察するのは容易い。

 

「…見に行ってみる?」

 

「正気か?」

 

「でも気にはなるな。」

 

「む、むぅ…す、少しだけだぞ?」

 

もはや怖い物見たさの類で、3人は翅をひろげて飛翔する。

敵の攻撃か、はたまたプレイヤーの攻撃によるものか。

どちらにせよ、危険な可能性があるにも関わらず、その元凶を確かめなければ気が済まないのは、ゲーマーとしての性なのだろうか。

ある程度の高度まで飛翔したとき、3人はその翅を止めてその目に入る物に唖然とする。

 

目の前に、青々と続いていたはずの平原。

それが無残に抉られた巨大なクレーターに置き換えられていた。

先程の爆音、それによって出来たのがこのクレーターなのだと理解するのに、そう時間はかからなかった。

 

「な…何が…あったんだ?」

 

「何らかの攻撃?…いや、攻撃じゃあ普通はここまで地形変化するまでに、イモータルオブジェクトに当たるはずだ。」

 

攻撃などで多少地面が抉れたりすれども、ここまで巨大なクレーターが出来るなどとは思いにくい。ともすれば、何らかのイベント的な物によるのか…。

 

「ね、ねぇ。あそこ…。」

 

ユウキが何かに気付き、その指が指す先には、数人のプレイヤーが戦う光景。その相手は、以前戦ったヴァルハザクの様な四足歩行タイプの巨大なドラゴン。

だがその体躯は、ヴァルハザクとは違った意味で禍々しかった。

体と前後の脚から突き出たような無数のトゲ。

 

それと同じように身体に寄生しているかのような紫色のクリスタル。

 

更に額に当たる部位や、身体の鱗と思しきところに見開かれた不気味で紫色の瞳。

 

見るだけでおぞましさを与える存在。もはやアレがドラゴンと言っても良いのかすらわからない。

 

ゆっくりと、ある一定の距離に近付いたことにより、その『存在』の名前を認識、表示される。

 

『黒の聖獣』

 

見るからにその強大で巨大な存在によって、先述のクレーターが作られたのは、火を見るよりも明らかだ。

そして、遠巻きに見るに、戦ってるプレイヤーは防戦気味にも見える。

 

「なんか苦戦してそうだし、手伝いに行かない?」

 

「…ん、まぁアレと似たような奴と戦ったこともあるからな。良いかもしれん。」

 

そんなユウキの提案に、マドカも乗り気だ。

しかし、もう1人であるイチカのその顔は、何処か難色を示している。

 

「…なぁ?」

 

「ん?」

 

「アイツ、俺が戦ったらいけないパターンじゃないか?」

 

「何を言っているんだ?そんなわけないだろう?」

 

第六感的な何かで乗り気にならないイチカに、マドカとユウキは顔を見合わせる。

 

「まぁ、乗り気じゃないなら構わんぞ。私とユウキで行くさ。」

 

渋る仲間を無理強いするまでもないのか、イチカを気にするユウキを連れて、マドカは金木犀の剣を構えて黒の聖獣に向かい、飛翔していく。遠巻きに見ても、黒の聖獣はその巨体さながらの攻撃範囲と怪力で、有象無象全てを須く薙ぎ払い、蹂躙している。人一人増えたところでどうなるものでもないだろうが、いないよりはマシと言ったところだ。

 

「あ~もう!やってやる!やってやるよ!」

 

燻っているのは性に合わない。だったら行動に移すまでだ。

そう決心したイチカは高速飛行に移行、ヴァリ丸を抜刀して黒の聖獣に斬り掛かる。

 

「イチカじゃねぇか!なんだ、お前も仮装クエスト受けてたのか?」

 

そんな彼に親しげに声をかけるのは、黒い肌に顎髭、筋骨隆々とした巨体。そして『深い蒼の髪』をしたノームプレイヤー。その手に持つのは、装飾剣と言わんばかりの煌びやかな巨剣。そして身に纏うのは淡い青のコート。

 

「えっと……初めまして?」

 

誰だろう。

どこかで聞いた声だし、見たことあるような気もするけど、似た特徴を持つ彼は、『こんな豊かな髪をしていない』。

 

「い、イチカ君?エギルさんよ?エギルさん。」

 

「あぁ。アスナさんも参加して……ってエギルゥゥゥゥ!?」

 

同じくコスプレをしたアスナは、長いその髪を三つ編みにし、服装は青を基調としたものになっている。インナーに黒い短パンと、薄紫のシャツ。胸部や肩部、手首やブーツには、青く同じデザインのプロテクターが着けられている。そしてその手には、片手小銃と片刃の細剣。名称は『ヴァリアント・ユニット』であり、コアユニットをベースに、金属や無機物を素材として様々なツールに変化させる事が出来る、汎用性の高い武装だ。小銃や細剣も、その一つに過ぎない。

 

「オイオイ…俺だって普通気付くだろ?なあ?」

 

「だってその…髪があるから…。エギルって言ったらハゲじゃん?」

 

「スキンヘッドと呼べ!ス・キ・ン・ヘ・ッ・ド!!」

 

どうやら、周囲からのエギルに対する判断材料は髪らしい。

 

「いや…私もキリト君も、最初は気付かなかったんだけど…。」

 

「あたしも、最初は素で『どちら様ですか?』って聞いちゃったくらいですし、普段とのギャップは相当な物じゃないですか?」

 

そう言い放つのはリーファだ。かくいう彼女もコスプレの衣装を身に纏っている。が、その服装は如何せん刺激が強い物になっていたりする。

まずその髪型は、普段のポニーテールからストレートに下ろしたものだ。普段と違う髪型なので、そこはギャップによるものを加味して、かなりの新鮮味を感じるだろう。

だが、問題はその服装だ。もはや下着に限りなく近い布面積の短パン、そして胸元を強調するかのようなヘソ出しの露出の多いカットソー。その上にファーの付いたコート。

…何というのか、彼女のバストサイズと相俟って、物凄く刺激の強い服装である。

 

「ちょっ…イチカ君、ジロジロ見ないでよ…。」

 

「じ、ジロジロなんて……はっ!?」

 

思わずその服装に魅入ってしまったとき、久しく感じていなかった、懐かしくも、そして日常で感じてはいけない気配を感じてしまった。

 

「……………。」

 

もう振り返るのも怖い。

と言うか振り返ったら死ねる。

確定。

 

「イチカ?」

 

「は、ハヒッ!?」

 

「あとでお話。OK?」

 

「お、おーけー。」

 

女の嫉妬とはかくも恐ろしい。

そんな一幕。

 

『はぁ……はぁ……リーファちゃん……なんて刺激的なんだ…!はぁ…はぁ…!』

 

「ん?何か聞こえないか?」

 

耳の良いマドカがその黒い猫耳をピクピクさせて、この場にいるプレイヤー以外の声に反応する。

 

「あぁ、これね。」

 

名を呼ばれたリーファは、近くにあった茂みに向かって、手に持つ物々しい大型ライフルのトリガーを、何の躊躇いも無く引いた。

瞬間、

 

「ひぎゃぁぁぁぁっ!?燃える!?燃えるぅぅぅ!?」

 

大型ライフル『テスタ・ロッサ』の銃口から放たれたのは銃弾ではなく、高熱の火炎放射だ。その威力は射程こそ短い物の、高度の炎魔法に匹敵するものだ。

そしてその炎に燃やされた茂みから飛び出したのは、1人のプレイヤーだ。出てきてすぐにリメインライトと化したものの、一瞬だけおかっぱの髪型が見えた……気がした。

 

「まぁ変質プレイヤーだから気にしなくて良いよ?」

 

「あ……そう。」

 

「…懲りないな、アイツ。アスナを助けるときには男気見せたのに、何処でこじれたのやら。」

 

おかっぱの彼を知るキリト。その彼に視線を移したイチカとユウキは、一瞬目を見開き、次の瞬間には吹き出してしまった。

 

「ぷっ!くくく!キ、キリト!な、何だよその格好!」

 

「に、似合わないっ!似合わないぃっ!あっははは!」

 

そのキリトの格好、というのは、代名詞たる黒を基調とした軽装ではない。

明らかにタンク寄りの重装甲。

青と黄色、白と言ったトリコロールに染められた鎧に、胸部と両手の甲、そして額充てにあしらわれた水色のクリスタル。短いながらも背中には赤いマント。

…明らかに普段のキリトの方向性と違った、正統派勇者の装備。

そしてその手に持つのは黄色い柄と鍔、そしてそこからすらりと伸びる銀色の両刃の刀身の騎士剣。

 

「だ、だから言ったろ!俺には黒以外似合わないって!」

 

「えー?だって折角のハロウィンだよ?仮装しなきゃ勿体ないよ?」

 

「いやだぁぁ!俺には黒以外ないんだぁぁ!!黒以外なのに黒歴史になるぅぅぅ!?」

 

「お!キリトに座布団一枚!」

 

ちなみに…

キリトの装備している鎧は、『ファルセイバー』。

手に持つ剣は『ファルブレード』。

境界を操る力を持つらしい。

ちなみに精錬することにより、鎧は『グリッターファルセイバー』、剣は『グリッターファルブレード』になるとか何とか。

 

「盛り上がってるのは構わんのだが。アイツはどうするんだ?」

 

何故か律儀に待っていた『黒の聖獣』。確かにコイツを倒す積もりで駆け付けたのだ。断じて漫才をするためではない。

 

「も、勿論倒すぜ!なっ!」

 

「えぇ!勿論よ!私たち4人じゃ苦戦してたけど、イチカ君達が加わったら勝てるわ!」

 

「買い被りかもですけど。」

 

キリト・アスナ・エギル・リーファの4人に加え、イチカ・ユウキ・マドカが加わったことにより、フルパーティを組むことが出来た。

後は目の前の敵を倒すのみ…!

 

「よっしゃっ!タンクは任せろ!行くぜぇぇ!!」

 

『おおおお!!!』

 

エギルの野太い掛け声で、レアモンスターとの決戦が始まった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、

 

『黒の聖獣』は体力が減少することで、強力なバフを自身に付与していたが、何の偶然が、イチカの持つ『ヴァリ丸』のソードスキルを一の型から順番に七の型までコネクトさせることで、『奥義・無仭剣』という強力な隠しソードスキルを発動させ、敵のバフを消し去るという偉業を達成。あと一歩まで追い詰めた。しかし、ここに来て再生という何とも鬼畜な能力を発揮。これは『奥義・無仭剣』でも解除できず、万事休すかと思われたが…

 

「皆!10秒でいい!持ち堪えてくれ!」

 

かつてキリトが二刀流を披露したときの台詞を、今度はエギルが宣う。

その声に何か期待してしまうのは、追い詰められた者の性と言うべきか、6人は死力を尽くして時間を稼ぐ。

HPはレッドに染まり、

マナは枯渇し、

息は切れて集中力は欠け始める。

 

10秒。

 

その時間がとんでもなく長く、体感的に10分と感じなくもなかった。

 

 

 

 

 

そして……

 

 

 

 

『待たせたな…!』

 

何故かエコーの掛かったエギルの声。

 

現れたのは、ふわりと揺れる赤いワンピース、

アクセントで黒のラインが入った白の上着をその上に羽織り、

その手に持つのはマイク。

膝上のスカートから覗く、浅黒く、筋骨隆々とした脚が眩しい。

 

『これが……超Sレアの課金コスプレ装備!【七森中学校制服】だ!!!!』

 

そして!と言葉を繋げる彼を見る皆の目は、もはや現実の物を見る目ではない。実際現実ではなく仮想世界だが。

 

『これがソードスキル!!!』

 

そして彼は歌い出す。

野太い声で、

マイクを用いた大声量で。

 

ゆりゆららららゆるゆり

 

ゆりゆららららゆるゆり

 

ゆりゆららららゆるゆり

 

大事件!!!

 

 

 

その圧倒的パフォーマンスにより、

 

『黒の聖獣』は跡形もなく消し飛んだ。

 

そして

 

彼の歌を聴いた他のプレイヤーにより、エギルの二つ名がALOに畏怖の象徴として蔓延ることになる。

 

『筋肉モリモリマッチョマンの変態』と…。




コスプレ装備一覧
キリト…スパロボBXより『ファルセイバー』とその武器の『ファルブレード』(パイロットが松岡氏)
アスナ…リリカルなのはより『アミティエ・フローリアン』(映画版)
リーファ…閃の軌跡よりシャーリィ・オルランド
エギル…閃の軌跡よりヴィクター・S・アルゼイド&安元洋貴氏のアレ


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第43話『俺達の戦いは、これからだ!』

前話のハロウィン後編を投稿した翌日

日間ランキング8位

(ºДº)



……

………

「そして時は動き出す…ッ!」

あ、ありがとうございます!
まさかランキング一桁とか夢にも思ってなかったので…。
これからも当小説をヨロシクお願いします!


さて、今回はゲームのオリキャラを一名出しています。

少々短めはご了承下さい。


何やらヤバげな第二試合を終え、着々と対戦が進んでいく。Aブロックはやはりと言うべきか、オウカの圧倒的な戦いによって、決勝トーナメントへと進出していった。なお、彼女と当たった男プレイヤー、その(ことごと)くは腰が引き気味になっており、その隙を突かれて十分な実力を発揮できずに敗れ去った事をここに記す。

 

「じゃあイチカ。行ってくるね。」

 

「応!全力でぶつかってこい!」

 

選手の待機アリーナ、ユウキに付き添ってここで待っていたイチカは、やる気に満ちた表情の彼女を見送った。オウカの実力を目の当たりにしたユウキのメンタルがこれ以上磨り減らないよう、二人きりになれるルームを見つけて、ユウキの精神面を立て直すに至った。

確かにユウキが絶望を抱くのはわかる。

正直、オウカの実力は異常だ。

あの戦いぶりを見るに、初心者かどうかは別にしても、戦い慣れしているようにも感じる。

だがゲームというシステム上、やはりプレイ時間の長さ=システムの熟知に繋がる。それはやはり、長い時間プレイして培われるもの。ユウキがつけ込むとしたらそこか、若しくは彼女の並外れたフルダイブ適正による反応速度。これがオウカに対抗しうる鍵になるだろう。

 

(頑張れよ…ユウキ…!)

 

応援することしか出来ないもどかしさにうちひしがれながら、大歓声に包まれる中で始まるユウキの試合を見守るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果から言えば、ユウキに緊張からくる堅さはなく、いつも通りの軽やかで俊敏な動きで翻弄し、鋭い剣戟によって的確なダメージを与え、特に苦戦も無く切り抜けた。

文字通り快進撃を続け、全勝による予選突破を果たした。

続くCブロック。

イチカの属するブロックだ。

目の前の相手。それは異質とも言えるほどに研ぎ澄まされたものだった。

いわば、極限までに研がれた真剣のような…。

無言。

だが試合前にもかかわらず、彼から滲み出る気配や気迫は、恐ろしいまでにこちらを圧倒してくる。

 

「絶刀のイチカ…。」

 

「…なんだ?」

 

「ALO随一と謳われる貴様と手合わせ出来るとは、俺としてはとても喜ばしく思う。」

 

こちらを圧すプレッシャーこそ強大なものだが、その目や口許は笑っている。

自身の手に持つ雪華に自然と力が入る。

 

「そんな、たいそうなものじゃないさ。ただ研鑽を重ねた、馬鹿の一つ覚えの成果なだけだからな。…それよりも、アンタの方こそ何者だ?その気迫は只者じゃない割に聞かない名前だけど。」

 

「俺は、ただ知り合いの付き合いで、仕方なくこのゲームを始めただけだ。…だがまぁ…こうして現実のように動かせて強者と戦える、というのは悪くはないと思っている。」

 

そう自嘲気味に笑ったウンディーネのプレイヤーは、手に持った刀『天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)』、その切っ先をイチカに向け、その表情から笑みをけす。

 

「故に、貴様のような男と戦えるのは、このVRMMOの楽しみだ。そして貴様を打ち負かし、かの絶剣や黒の剣士、Aブロックのオウカとやらと手合わせさせて貰う。」

 

「…悪いな。」

 

左手に持った雪華、その鞘から優美な白銀の刃を抜き放ち、同じく相手にその切っ先を向ける。

 

「約束しててね。また戦おうって。だから俺も負けない。負けられない。」

 

互いに勝ちたい、負けない。その気持ちは気迫となり、闘気となり、フィールドを包み込んでいく。

 

『それでは!Cブロック一回戦…インププレイヤー・イチカ対…』

 

「………。」

 

名を呼ばれた瞬間、基本の構えである下段に構える。

 

「ウンディーネプレイヤー・スメラギ!」

 

スメラギと呼ばれたプレイヤーも、天叢雲剣を上段に構え、切っ先と視線をイチカに集中する。

 

『試合開始!!!!』

 

「「オオオオオオオォォッ!!!」」

 

試合が始まると同時、2人は瞬時に距離を詰め、片や下からの切り上げ、片や上からの振り下ろし。互いに示し合わせたかのように同時にブレーキをかけ、互いの得物で相手を斬り捨てんと振るったのだ。

刃と刃がぶつかり合い、コロッセオ中に響き渡る甲高い金属音を轟かせた。

ビリビリと手に伝わる振動、イチカはその痛みに一瞬顔をしかめるが、目の前の相手はそれが治まるまで待ってはくれない。

 

「うぉっ!?」

 

鍔迫り合いで負けまいと押していた腕、その抵抗が一切なくなり、イチカは前のめりになる。スメラギが雪華を受け流し、イチカの体勢を崩したのだ。その隙を見逃さず、スメラギは天叢雲剣の刃を、まるで断頭台の刃(ギロチン)の如く振り下ろす。

普通ならばこれで決着となるだろう。

 

だが、

 

生憎とイチカは普通ではない。

 

体勢を崩されながらも地を向いていた身体をひねり、その勢いで雪華を振るう。

再びぶつかり合うその音と共に、イチカは相手の振り下ろしの勢いを上手く利用して距離を取る。

 

「なかなか機転が利くではないか。」

 

「そりゃどーも。」

 

流石にあの程度で終わってしまっては、面目も何もない。呆気なさ過ぎるだろう。とっさに身体が動いたのは、2年という間に命を賭けた戦場を生き延びる上で身についた慣れに過ぎない。

 

「俺としてもあの程度で終わられては困るからな。…絶刀の実力、この程度ではあるまい?」

 

「どうだろうな?…アンタのお眼鏡にかなうかどうかなわからないけど。」

 

「フッ……ならば貴様の実力…否が応でも引き出させよう。」

 

瞬間、スメラギが5メートルは開いていた距離を一飛びで詰め、横凪に刀を振るう。彼のその速さは、親友のそれと大差ない程のものだ。だがその速さにイチカはある程度慣れている。咄嗟に後ろに飛び退いて躱すと、腰に差していたピックを3本抜き取り、スメラギに投げ付ける。だが彼の反応速度も普通ではない。瞬時に刃を返し、刃の腹でピックを防ぎ落とす。

だが、イチカは当てようなどとは思ってはいない。一瞬、スメラギの視線がイチカから切れた。それを狙っていた。

飛び退きから着地し、一息の暇もなく再び距離を詰め、撃ち落とした直後のスメラギに迫る。右への凪払いで胴を狙う。

しかしスメラギもそうはさせまいと刀を縦に構えて壁を作り、雪華の刃を受け止める。

 

「今のを防ぐかよ…!」

 

「先程より迅いな…!ギアが上がった、とでも?」

 

「どうだろうな?身体があったまってきただけかも知れないぜ?」

 

「フッ、どちらにせよ、ギアを上げてきたのなら、こちらも上げるだけだ。」

 

ギィンッ!とイチカの刃を力任せに弾くと、ワンステップ後ろに飛び退くと、剣道での上段の構えを取る。

ここまでなら何の変哲のないものに感じるだろう。

 

だがこのスメラギは違った。

 

彼の身体の輪郭、それが陽炎のように揺らいでいるのだ。

 

いや、よくよく見れば、身体からオーラのような何かが滲みでている。

 

そしてそれは、爪先から膝、腰、胸を介して腕…その先である天叢雲剣へと集約していく。

 

「さぁ…征くぞ…!」

 

揺らぎが光った瞬間、彼の背後に浮かぶ何かが見えた。

 

幻覚?

 

にしては徐々にハッキリとその見目形が現れつつある。

 

それがなんなのか。

 

それを理解したとき、現れた彼のその巨大な()()()()は振りかぶっていた。

 

「受けてみよ…!この俺の一撃…OSS(オリジナルソードスキル)…!」

 

透き通りつつも、巨大なその腕に持つ、その大きさに比例した巨大な刀。

 

それはもはや異質とも言えるほどで。

 

「デュールの…隻腕…!」

 

そして振り下ろされた刃は、

 

巨大な粉塵を巻き上げて、フィールドを一刀の元に真っ二つに叩き割った。




スメラギさん現る。

今回、スメラギさんは原作までピリピリしてないです。
セブンが企てをしてないので、セブンに付き合いつつも、本音を言えば
「俺より強いプレイヤーに会いに行く」
というスタンスでプレイしてます。


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第44話『誰よりも強く』

IS学園 シャルロット・ラウラの自室

 

「な、なん…だ、あれは…?」

 

見ていたメンバーの中で、ゲームというものに興奮していたラウラが、その場にいる面々の気持ちを代表して呟いた。

知った仲であるユウキがブロック突破をした時には皆が我が事のように喜んでいた。初心者にも関わらずISで卓越した技術を披露した彼女が、こうしてゲーム内でもそれに違わぬ強さを見せていたことが喜ばしいものだった。しかしアバターが紫色の髪をした活発そうな美少女であったことに対して、密かにヤキモキていたのはここだけの話である。

そしてここにいる皆が好意を寄せる一夏ことイチカが入場し、試合が始まるまでは皆が画面に釘付けになっていた。

しかし、スメラギのはなったOSS『デュールの隻腕』により盛大に壊されたリングを見て、誰も彼もが大わらわになっていた。

 

「ちょっ…一夏は!?一夏はどーなったのよ!?は・や・く映しなさいよ!」

 

「ちょっ!鈴!?ディスプレイを揺らさないで!?落ちる!落ちるってば!」

 

「ですがシャルロットさん、一夏さんがどうなったのか、仮想世界といえども気になるのは致し方ないことですわ。」

 

「一夏…負けちゃったのかな…?」

 

「否!断じて否!嫁はあの程度で負けるほど柔な存在では…!」

 

ぎゃあのぎゃあのと、ここが寮であることを忘れているのか、どったんばったん大騒ぎする年頃の少女(中と独の二名)。思い人が一大事とあっては冷静でいられないのは、若さゆえか。

そんな中…

 

「狼狽えるなっ!」

 

一際大声でぴしゃりとその場を律したのは箒だ。腕を組み、未だ椅子に座ったまま、その眼を閉じて眉間にしわを寄せている。

 

「まだ試合終了のコールがされていない。と言うことは一夏は無事なのだろう。我々から見えずとも審判や他のプレイヤーには、両者のえいちぴーげーじ…とやらが見えているはず。…つまり狼狽えても一夏が無事なのには変わりない。」

 

こんなとき、一番取り乱しそうな箒が冷静でいることに皆は目を丸くするが、冷静になってみれば彼女の言うことが理解できる。どったんばったんしていた鈴とラウラは画面への食いつきを止めて、そっと距離を取る。

 

「うむ…確かにお前の言うとおりだな。…私としたことが…。」

 

「私も、少々冷静さを欠いていましたわ。面目次第もございません…。」

 

しゅん、となって、改めて席について画面に向き合う面々に苦笑しながらも、箒は相手の技前に舌を巻く。

 

(しかし…あのスメラギというプレイヤー…あの奇怪な技はそれとしても、刀の振り方や速度…そして間合いの詰め方…未だそこまで見たわけではないが、それでも実力者であると私でもわかるぞ…。)

 

武を極めるものとして、身の振り方や間合い取り方一つとっても、洗練された者は動きからして違ってくる。剣道や篠ノ乃流剣術を学んだ箒から見てみれば、スメラギのそれは確かな研鑽を積んだものだった。

 

(さて、どうする一夏。相手は恐らく達人クラス…出し惜しみしてては勝てないぞ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デュールの隻腕の威力は、見ていた観客の誰もを黙らせるには十分なものだった。

その威力を証明するかのように、細かな砂塵が高く舞上げられ、巻き込まれたであろうイチカを隠し、剰えスメラギを始点として、放射線状に数多の亀裂がリングに入れられていたのだから。

 

「な、何て出鱈目な威力だ…!」

 

旧SAOという修羅場を潜ってきたキリトでさえ、この威力の凄まじさに驚愕を隠せない。そしてそれはアスナやアルゴも同様だった。

 

「イチカは…?イチカはどうなっちゃったの…?」

 

「さぁナ…アレに巻き込まれていたらただじゃ済まないだろうけど、試合はまだ終わってなイ。無事なのには変わりないだろうけド…。」

 

食らっていて、よしんば耐えれたとしても、ダメージは相当なものだろう。願わくば、避けていて欲しいと願うばかりだが、こればかりは神のみぞ知る所だ。

もうもうと立ちこめる粉塵が疎ましく感じる中、その中に一つの陰が映し出される。

 

「…ほう?」

 

それを見たスメラギは、切り札を目の当たりにして無事なことに驚くどころか、喜ばしいと言わんばかりに口許を釣り上げる。

 

「初見でデュールの隻腕を防ぐか…期待以上に予想外だったぞ。」

 

「期待の上乗せされても困る…けどな。」

 

白塵の中から現れたのは、雪華とその白銀の鞘を交差して、デュールの隻腕を受け止めたイチカだった。だが防いだ、とは言っても、その衝撃まで完全に防御出来なかったらしく、脚はリングにめり込み、そして何より…

 

『きゃぁぁぁぁっ!!』

 

女性プレイヤーの黄色い悲鳴が木霊した。その元凶、それはイチカの背格好にあった。

デュールの隻腕の余波は、身体を突き抜ける衝撃のみならず、イチカの防具にもダメージを与えていたのだ。それにより、イチカの上半身防具、そしてインナーはその耐久力を失い、アバターの素肌そのものが露わになったのだ。現実世界の肉体でないにせよ、男子の鍛えられた肉体というものは、女性にとって大好物らしく、なまじイチカが美男子なだけにその効果は絶大なものだ。

 

「……………。」

 

「あの…ユウキ?」

 

リングを見つめたまま微動だにしないユウキを不思議に思ったのか、隣に座るアスナが呼びかける。が、それに応じず、ただぼーっとリング…否、イチカを見つめるのみ。

 

 

ややあって、

 

 

「ぶはっ!?」

 

鼻から命の液体、そのポリゴンを盛大に撒き散らしてユウキは大きく仰け反った。

 

「ユウキーー!?!?」

 

「な、なんだ!?どうしたんだ!?」

 

余りの異常な光景に、アスナは思わず取り乱してユウキを支える。キリトもキリトで、突然の事態にその表情を驚愕に染める。

何かの体調不良か!?

それとも現実の身体に何か異常が!?

そんな彼女の心配をよそに、当のユウキは苦悶の表情を浮かべるどころか、恍惚とした表情をしているではないか。

 

「え…と……?」

 

「えへ……えへへ……イチカの……筋肉……!」

 

…これは所謂あれか。男子が女の子の裸を見て鼻血を出す。それと同じ現象か。

だがそれにしたって…

如何ともし難いこの状況にアスナはどうしたものかと困惑する。

 

「…まぁとりあえず……何ともなさそうだし、寝かせといてやろうぜ。」

 

「そ、そう、ね。」

 

ベンチにとりあえず横にして、なぜか異常に疲れた表情を浮かべながら、アスナは自分の席に戻った。

 

 

ちなみに

 

 

現実のIS学園の一室でも、盛大な出血騒ぎがあったとか無かったとか……

 

 

閑話休題(まぁどうでもいいか)

 

 

「鞘と刀の疑似二刀流…それが貴様のスタイルか。」

 

「さて…どうだろうな?まだ他に隠し球があるかもしれないぜ?」

 

「それはそれで僥倖。ならばそれも引き出すまで。そしてあえて言わせて貰うぞ。引き出しがあるなら、出し切ることだ。負けてから後悔しても遅いからな。」

 

「忠告どうも…。」

 

確かに今のこの状況下で、スメラギの言うとおりだと納得せざるを得ない。

正直、現状からしてみれば、

HPはイエローゾーン。

上半身防具損壊により、防御力絶賛低下中。

そんな不利な状況た。

その場合、勝つために居合の封を解くべきなのだろう。そうすれば、勝ち進める可能性が上がるのは確かだ。

だが、居合は切り札。切り札は最後まで取っておくものだ。出来るなら温存しておきたいのが心境…だが。

 

「出し惜しむか…ならば負けて後悔するのも致し方ないぞ!」

 

踏み込みの勢いと、STR偏向のビルドなのか、その力による一撃。食らえば恐らく負ける。咄嗟にスウェーで躱す。目の前を豪剣と呼ぶに相応しい一撃が過り、幾分肝が冷やされる。しかしやられるつもりは毛頭無い。咄嗟に鞘を逆手から純手に持ち替えると、空振りしたスメラギの喉元に突きを放つ。流石に刃の攻撃力と比べるべくもないが、不意を突いた事によるノックバックが引き起こされる。よろけたスメラギに追い打ちをかけるべく、鞘を引く勢いを利用して身体を回転。そのままに雪華による薙ぎ払い。恐らく入れば大きなダメージになるであろうそれは、スメラギがバックステップを行ったことにより、クリーンヒット出来ずだった。だが、一瞬反応が遅れたことにより脇腹を掠めさせることには成功した。

 

「避けきれると思ったのだがな。中々どうして…ままならんな!」

 

だがやはり彼のその表情は歓喜に満ちていた。斬られたことがよほど嬉しいのか、口許を釣り上げながら斬り掛かるその姿は、もはやサイコパスに見えなくもない。鞘と刀による防御で、スメラギの力強い高速の剣戟を防いでいく。

 

「勝負ってのは…思い通りに行かないのが定石…だろっ!」

 

「違いない…久しく忘れていたぞ!」

 

「忘れてたって…どんな日常…だっての!」

 

「平和で、そして平凡な日々だ!だが何処か俺自身と環境の間で奇妙な『ズレ』を感じていた。満たされたようで、だが何処か乾きを感じる…そんな日常!しかしそんな中で、俺はこのALOに出会った!ここならば、そんな飢えにも似た乾きを満たすものが見つかるかと!そして…!」

 

ギィンッ!と更なる渾身の一撃により、イチカは大きく後退させられる。力任せながらも、的確に仕留めにかかってくる。その一撃全てが致命傷に至らしめるものだ。その攻撃を何とか防いでいたが、そろそろ限界が近い。

 

「やはりここには俺の求める者がいた!仮想世界と言えど、数多の強者がひしめき合う!素晴らしい世界だ。…無論、絶刀イチカ。貴様も。」

 

「それは…光栄至極…だな。」

 

「故に俺は貴様という強者を乗り越え、更なる強者と戦おう!己が武、それが何処まで通用するのか見てみたい。ただそれだけだ!」

 

成る程。

こうして、純粋にALOというゲームの戦闘を芯から楽しむプレイヤーと言うのもなかなか最近では見ない。レベリングや製作、友人との駄弁りや、はたまた冒険心を滾らせたプレイ。そのどれもがALOの楽しみであるし、そしてそれを否定もしない。イチカもそんなプレイヤーの一人だ。

だが目の前のスメラギは、何処までも純粋に高みを目指していた。それは誰よりも強く、そして誰よりも生き残らんとしていたあのデスゲームの時の想いと似通うものがあった。流石に強者と戦いたいというまではなくとも、強くありたいと思う気持ちは恐らくは同じだろう。

 

「そうだな…俺も久しく忘れていたよ。」

 

誰よりも戦い抜いてみせる。あのアインクラッド中の誰よりも。

生還したあの日から、その想いは何処か空虚へと消えかけていた。

だが目の前の強者のそれに当てられて、ふつふつと蘇ってきた。

 

「今、お前と俺とは…どちらが強く、戦い抜くか…その戦いの最中だったんだよな。」

 

「何を今更…。」

 

「それを何処か…失念していた気がする。…互いに上を目指して戦っているのに、引き出しも切り札も何もないよな。…だったら、」

 

チン…と、刃を鞘に納め、腰だめに構えて姿勢を低く取る。

 

「俺の全てを以てして、お前の全てを乗り越える。その上で…誰よりも戦い抜いて…勝ちすすむ!」

 

「その意気や良し!ならばお前の全てに、俺の全てを以てして応えよう!」

 

再びデュールの隻腕を出現させ、イチカを斬り捨てんと構える。

対し、イチカもそれに物怖じすることはない。ただひたすら冷静に、静寂の意識の元に目を閉じ、手元の雪華と、斬り捨てるべき相手に意識をかき集める。

 

次の一撃

 

恐らくはそれで全てが終わる。

 

片や、ほぼほぼ全快のスメラギ。

 

片や、ボロボロで、体力もイエローゾーンに陥ったイチカ。

 

どちらが勝つのかと言われれば、観客は十中八九は前者と答えるだろうと容易に予測できる。

 

だがそんなことは至極どうだっていい。

 

ただ勝つ。

 

それだけが二人の世界だ。

 

静止し、そして動くことのない二人の気に当てられ、会場は連れられて静寂に包まれる。

 

誰も彼もが2人の動向を窺う。

 

 

 

 

 

 

そして、

 

 

 

踏み込んだのは同時。

 

 

「しぇぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

デュールの隻腕を、踏み込みの速度超過をそのままに乗せて、雄叫びと共にスメラギは振り下ろす。

 

狙うイチカは正に真正面。

 

獲った!!

 

そう確信してスメラギの口角は吊り上がる。

 

しかしその笑みは一瞬にして凍り付いた。

 

 

 

ギャリギャリとリングをブーツで擦りながらブレーキング。

 

その溜め込まれた力を脚を通し、胴を抜け、腕に伝えて、雪華に。

 

あの時の一撃を、

 

あの時の一閃を、

 

そして、目の前にいる()き者に勝つ一太刀を!

 

ただそれだけを。

 

「おぉぉぉあぁぁが!!!」

 

白銀の閃光が生まれる。

 

眼前に迫った、半透明の巨大な太刀をものともせず、

 

一撃を以てして、それに応える。

 

全力、そして全開の、

 

自身の持ちうる最強にして最速の一閃。

 

「無現…!」

 

研ぎ澄まされた集中力により、イチカの意識は色の抜け落ちた世界へと至る。

 

スメラギも、そしてイチカ自身も、全てがまるで、水中にでも居るかのようなスローな動きへと変わっている。

 

そんな中でもイチカの無現による刃は止まらない。

 

抜き放たれた刃はデュールの隻腕、その巨大な太刀を、まるで煙を斬り裂くように両断。

 

そしてその中にあるスメラギの天叢雲剣を弾き、

 

更にはその奥にあったスメラギそのものを、一撃の下に切り飛ばす。

 

その瞬間、世界に色が戻る。

 

抜き放たれたその刃の速度により、周囲にはまるで突風が吹いたかのように衝撃波が走った。

 

そして、相対するスメラギも、

 

「…な…ん……!?」

 

まさか差し迫っていたあの状態。

 

勝利を確信していたあの瞬間、

 

嫌な予感がした。

 

そして次の思考に至ったときには、HPは0となっていた。

 

一瞬の煌めき、その中に抜き放たれた一撃。

 

「これが…絶刀の太刀、か…。」

 

何処か満足げで、そして悔しそうな苦笑いを浮かべて、スメラギはその姿を水色のリメインライトへと変える。

 

そして…静寂。

 

誰も彼もがその何が起こったのかが判らなかった。

 

あの一瞬で何があった?

 

困惑するのも当然か。

 

何せいつの間にか予想していた勝敗が逆転していたのだから。

 

 

 

 

『しょ…勝者!イチカ選手!!!』

 

瞬間、

 

コロッセオは割れんばかりの大歓声に包まれた。



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第45話『目指せ!鈍ちん脱却!』

皆様あけましておめでとうございます(今更)

一昨年から去年にかけては入院。
去年から今年にかけては風邪をこじらせるという、年末年始に体調崩してました。ボーッとしながらぼちぼち書き上げましたので、文章めちゃくちゃかもしれませんが、ご容赦の程お願いするとともに、今年もよろしくお願いします。


『き、決まった!!決まりました~!!イチカ選手の神速かつ正確無比な抜刀により、スメラギ選手を両断!!不利かと思えた状況から、一太刀!たった一太刀で覆しました!!』

 

とんでもない第一試合となった。ALOでも名の通ったイチカ。恐らくは勝ち進むであろうと予想されていた彼が苦戦を強いられ、寧ろ敗北しかけた。無名のスメラギ優位で試合に進み、彼の勝利が濃厚となってきた状況で、無現の一撃によって形勢逆転。観客の誰もがその試合運びに感嘆の声を上げた。

大歓声を背に受けて、イチカは自身のコーナーの控室へと戻る。と、同時に、前面から強い衝撃を受けて軽く蹌踉めく。そして首に回されたそれが、誰かの腕であることに気付いた。

 

「バカバカ!イチカのバカ!」

 

解せぬ

勝ち上がったのに、なにゆえ罵倒されなければならないのか?

そんな思いが一瞬イチカの中で過るが、まぁあれだけ苦戦してたら心配をかけるのも当然が。

 

「悪いな。…心配掛けた。」

 

そう言って、抱き着いているユウキの頭をそっと撫でる。耳の傍らでは、泣いているのか鼻をすする音。あれだけみっともない姿をさらしたのだ。多大な心配を掛けたのは容易に想像できる。

そんなユウキをあやすように、イチカは彼女が泣き止むまでなで続けた。

 

 

 

 

 

「なぁアスナ。」

 

「ん、キリト君の言いたいことはわかってる。」

 

そんな2人を控え室の入り口から見守るのは、最強夫婦であるキリトとアスナだ。端から見れば、感極まったユウキが心配を爆発させてイチカに抱き着き、それを彼が抱きしめ返して慰めている、そんな微笑ましげな構図。

だが

 

「アレで、付き合ってないんだよな。」

 

「付き合ってないのよね。…ユウキってば、結局あの時の勢いはどうしたのよ…。」

 

以前のプローブ越しに、ユウキはアスナにイチカへの好意を打ち明けている。そして彼に想いを打ち明けることを話し合ったハズなのだが…。

のらりくらりと付かず離れずの関係のままである。…まぁ、それでもウジウジしていたあの時よりは幾分マシだが。

 

「まぁあの状態だと、くっつくのも時間の問題だろ。俺達は見守りに徹しようぜ。…だが少なくとも、ユウキのタイムリミットまでには…くっつけなきゃな。」

 

「…うん。」

 

ユウキの…紺野木綿季の身体を蝕むHIV……AIDSがその魔手を伸ばしているのは確かである。それだけに何時、更なるその牙を木綿季に突き立ててくるかが解らない。そうなってしまっては、人間の精神で動き回るアバターにも少なからず影響を及ぼすだろうし、告白するなんていう余裕すらもなくなる。

それでは後の祭りだ。折角の両想いなのだから、その好意を伝え合って、新しい幸せ噛み締めて欲しいとも思う。

 

「何かしら、良い方法は……むしろ、きっかけさえあればとんとん拍子に行くんだけど………お!」

 

「どうしたの?キリト君。」

 

「いやなに、ベタなんだけど、イケそうなきっかけがあるなって。」

 

「???」

 

「まぁ…後のお楽しみって奴さ。」

 

意味深な笑みを浮かべる恋人に、アスナは首を傾げることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユウキに心配をかけた、という罪悪感からそれからの予選でイチカは、抜刀と共に無現を解禁。遍く敵を、正しく一刀の元に斬り捨て、試合時間ももはや一分を切る程のもので切り抜けていった。文字通りの一撃死により、余裕で予選を突破していた。

余談ではあるが、チートの類ではないかと、嫉妬に駆られた観客の一部や敗者から運営に報告が入ったが、運営も同時にチートの可能性を疑って調査し、その結果が何の異常も無かったため、大々的にイチカの潔白が運営から発表されるという事態に陥っていたのは、本人の預かり知らぬことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして……

 

予選がつつがなく終わり、決勝トーナメントに進出を果たしたプレイヤーが、コロッセウムの受付ロビーにデカデカと映し出されていた。

 

Aブロック オウカ

Bブロック ユウキ

Cブロック イチカ

Dブロック シロ

Eブロック キリト

Fブロック ゼンガー

Gブロック Mr.ブシドー

Hブロック パトリック

 

「これはまた……そうそうたる顔触れだ…。」

 

対戦表のホログラムを、イチカはあんぐりと口を開けて見上げる。

オウカやユウキ、イチカやキリトは勿論のことだが、まさかシロが居るのは虚を突かれたと言っても過言ではないだろう。正直、彼女はこう言った催しに興味がなさそうだったからだ。

そしてF~Gブロックの面々は、少し、いや、かなりアクが強いメンツが揃っている。

まずFブロックのゼンガーは大剣使い。なんでも古来より伝わる示現流の使い手で、STR偏重のビルドによる高い攻撃力を有する。振りが遅いのかと思いきや、その卓越した剣技によって敵を悠々と薙ぎ払うという。本人曰く、「悪を断つ剣」なのだとか。

次にGブロックのMr.ブシドーは、赤い仮面の頭部防具『マスラオ』を付けて陣羽織を羽織るという、なかなか独特のファッションをしていたりする。芝居がかった物言いにより、とても濃い印象を与える人物だが、それより何よりも目を惹かれるのが、本気のキリトと同じく二刀流の使い手である、と言うことだ。本人曰く、左手の長剣は『ハワード』、右手の短剣は『ダリル』だとか何とか。ともあれ、珍しい二刀流というスタイルのみならず、剣技そのものも卓越しており、圧倒的な手数によって他を寄せ付けない。

最後にHブロックのパトリックは、本人曰く『スペシャルで、2000回で、模擬戦』らしい。詳細不明。

 

ともあれ、

予選が終わったことにより、ALOにおける最強プレイヤーが8人にまで絞られた。

ここで少し遅めの昼食時間を一時間ほど挟み、決勝トーナメントが開始される予定だ。空腹が限界に近いのか、心なしか隣に居るユウキの元気がない。その証拠に、先程から可愛らしい腹の虫が幾度となく鳴き、そのたびにユウキが顔を赤らめている。

 

「ハハッ、ユウキも限界みたいだし、そろそろお昼にするか。」

 

「ち、違うよ!これはその……」

 

「隠さなくていいぞ?お昼過ぎてるし、仕方ないさ。」

 

「う…うぅ……。」

 

「とにかく飯にしようぜ。正直俺も腹が減ってきたし。」

 

そう言うと、イチカはストレージを操作し、少し大きめのバスケットをオブジェクト化する。データ化したそれは、耐久力によって風味や味が多少劣化するが、料理スキルがカンストしているイチカの作ったそれは、恐らく作り上げて数時間は経っているにもかかわらず、バスケットの隙間から食欲をそそる香りを漂わせていた。その芳醇な香りは、周囲で空腹に苛むプレイヤーの視線を集めていたりする。

 

「ほら、皆見てるしさ、早く行こう。」

 

「う、うん……。」

 

ユウキはイチカに手を引かれ、妖精特有の尖った耳まで真っ赤に染めてつつ、周囲の視線を集めながらロビーをあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アスナやキリトと合流して昼食を終えた面々。ハーブティーで一息つきながら、時の流れるのを味わう。鳥がさえずり、そして澄み渡った空に暖かな日差し。かつてSAOで味わった、絶好の昼寝日和のそれと酷似しており、満腹感も相俟って瞼が重くなってくる。このまま時間一杯昼寝としゃれ込むのも一興とも思えるような空気の中で、キリトがその腰を上げた。

 

「イチカ、ちょっといいか?」

 

「ん?」

 

少しまどろみに沈みかけていた意識を浮上させ、名を呼んだ友人に目を向ける。

 

「少し、話があるんだ。」

 

「話?」

 

「あぁ。出来れば場所を移して話したい。…いいか?」

 

ここでは話せないようなことなのか。キリトの不可解な言葉に戸惑いながらも、彼の話というのが気になったイチカはその腰を上げる。

 

「解った、じゃあ行くか。」

 

「私達はここでゆっくりしてるから、またここに戻ってきてね。」

 

「あぁ。じゃあ少し行ってくる。」

 

黒と白、その2人が広場の奥へ向かう背中を、芝生でゴロゴロしていたユウキはじっと見ていた。

 

「…何の話なんだろうね?」

 

「男の子同士ならではの話ってあるんじゃない?」

 

恋人である自身とは別に、同性という意味でも比類無きほどの信頼を置くイチカに、本人も気付かない程度に小さな嫉妬が生まれる。恋人になったら大抵は独り占めしたいという願望が生まれるが、それは敵わないものであるとまざまざと示されていた。

 

「じゃ、ユウキ。私達は私達で、女の子同士でのOHANASHIをしましょうか?」

 

「へ……?」

 

そう笑顔で言ってのけるアスナに、何処か薄ら寒いものを感じずには居られない。

 

そして…

 

かつて桐ヶ谷家での誓いに対する、半ばお説教が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この辺で良いか。」

 

人気が少ない、それこそ広場とは真逆のサイドにある日陰。コロッセウムが日光を遮り、朽ちかけのオブジェクトの外壁か点在するこの場所で、キリトはその足を止めた。

 

「それで、なんなんだ?話ってのは。」

 

着いてきたイチカは、足を止めるや否や本題に入る。やはりわざわざ2人だけになって話すべきことがある、と言うのは気にせずには居られない。

 

「いや、一つ確認したいことがあってな。」

 

振り返るキリトのその目は、いつもの穏やかさがなく、どこかイチカを射貫かんと見つめる。

 

「イチカ、お前は先週、ユウキのことが好きだと、そう言ったよな?」

 

「う…!お、おう…。」

 

思っても見なかった質問に、イチカは一瞬ビクリと身体を震わせる。

 

「…で?いつ告白するんだよ?」

 

「え、と…そ、それはだな…。」

 

言葉を濁しながら目線を逸らすイチカ。どうやら何も考えていなかった様で、そんな彼にキリトは軽くため息をつく。

どうして、こと恋愛に関してはこうも奥手なのか、と。

 

「仲良くやってるのは…まぁ見てるこっちが恥ずかしいと思うくらいで良いんだけどな。」

 

見てるこっちが恥ずかしい。

普段イチャついてるキリトとアスナ。そんな言葉がどの口で言えるのだろうかと、内心イチカは毒突くが、口にすると厄介そうなので言葉を飲み込むことにする。

 

「まぁ告白するにもタイミングって奴があるよな。」

 

「そりゃまぁ…そうだよな。」

 

「…で、絶好の告白の機会があるわけだが、利用しない手はないと思うぜ?」

 

キリトは思うところがあるのか、口許をニヤリとさせる。

だが、イチカは彼の意図することが察することが出来ず、目を点にして首を傾げる。

 

「…絶好の、機会?」

 

「…お前、モテる割には、こういうパターンとかにも弱いよな。」

 

「???」

 

益々疑問の渦に飲まれるイチカの恋愛事情にほとほと呆れながらも、これも彼の美点かと無理矢理キリトは自身に納得させる。

 

「いいか…?」

 

そうしてキリトは説明を続ける。

超鈍感から鈍感へと進化しつつある親友に、ラノベで培った告白のシチュエーションというものを。

そんな彼の話に、イチカはまるで目から鱗とでも言わんばかりに目を輝かせて聞き入っていた。



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第46話『決勝トーナメント開幕!』

ユウキが少年漫画並みに熱血してきている件について。


穏やかな昼食の一時を終え、再びコロッセウムの観客席には数多の観客であふれかえる。試合開始前にもかかわらず、彼ら彼女らのボルテージは臨界寸前であり、場内は割れんばかりの喧噪や歓声に包まれていた。

 

そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

『それではこれより、第1回ALO統一デュエルトーナメント、決勝トーナメントを開始します!!』

 

アナウンサーの声に、先程から場内割れんばかりの歓声が上がる。

 

『激戦に次ぐ激戦、熱戦に次ぐ熱戦!それらを勝ち抜いて、この大舞台に立つ面々!予選とは比べものにならないほどの決闘を見せてくれるでしょう!…それでは!決勝トーナメント第一試合!先ずはAブロックより、その腕は数多の刀を次々に壊し、そして振り回す!そう!彼女こそは!空前絶後の!超絶怒濤のハイスペックルーキー!闘いに愛され!闘いを愛したプレイヤー!オウカーーー!!!』

 

「…なぜにサンシャイン風の紹介なのだ…。」

 

アナウンサーの紹介文に頭を抱えながら、スプリガン特有の黒衣を靡かせてリングに上がる。その彼女の凜々しい佇まいに、男性は畏怖を覚え、女性は黄色い悲鳴を上げる。

 

「きゃあぁぁぁ!!」

 

「オウカお姉様ーーー!!」

 

「あぁ!お姉様の闘いがまた見れるなんて、もう私死んでも良いわ!」

 

「怒濤の勢いで上がってきた噂のオウカお姉様の闘いをナマで見るために、別鯖から来ました!」

 

「姉御ー!!負けんといてやー!!!」

 

デシャブる、とはこのことか。どうやら現実も仮想も、この扱いは変わらないらしい。…若干一名、彼女の虜になったサボテンが居たようだが。

しかし、とんだALOデビューになってしまった、と心中で深い深いため息をつく。

だが、見る物を惹きつける圧倒的な強さというのも、大きな魅力であり長所でもあるのだが、生憎とオウカのリアルはその弊害で男性経験に恵まれていなかったりする。

 

『さぁ!対するは、かつて数多のプレイヤーとデュエルで剣を斬り結び、その戦績は無敗!繰り出されるは、最大11連撃のOSS!そしてその剣閃から、付いた二つ名は絶剣!!ユウキーーー!!!』

 

どもども、と自身に向けられる大歓声に苦笑いを浮かべて手を振りながら、ユウキはリングへと上がる。予選の時も、先んじて轟かせていた彼女の名は大きな歓声となっていたので、慣れたものである。

 

「うぉぉぉぉ!!」

 

「ユウキちゃーん!!!!」

 

「俺だー!結婚してくれー!!」

 

観客席でユウキに声援を送ろうとスタンバっていたイチカは、最後の1人の言葉に得も知れぬ感情が生まれる。

ドロドロと、そしてドス黒いそれは、今までに感じたことのないものだ。

気付けば、近くで見ていたキリト達に何故か羽交い締めされていた。聞けば、雪華の柄に手をかけて、今にも件のプレイヤーを斬滅しに行こうとしていたらしい。それもドス黒いオーラを浮かべながら。

 

ともあれ、

 

相対するリング上の2人は互いに目を合わせ、その火花を散らせる。

片や、年長者から来る余裕。

片や、これから始まるだろう激戦から来る緊張の眼差し。

だが後者に関しては、緊張から来るガチガチの堅さはない。寧ろ、ほどよい緊張なのか、その目にはギラギラとしたものを滾らせ、勝利をもぎ取らんとしている。

 

(ほう…。)

 

表には出さないが、オウカは感心していた。

予選では、初戦のアレがよほど効いたのか知らないが、ガチガチの、それこそ壊れかけのロボットか何かと思わせるような悪い動きのプレイヤーの相手ばかりで、何処か退屈にも似たものを感じていた。そして、『彼女の目的の一つでもある』ユウキと相対することとなったはいいが、そのユウキが奴らと同じく、緊張から普段の動きをとれないのではないかと、心の何処かで思ってしまっていた。

だが、目の前の少女はそんなものを予想させない、むしろ、存分に楽しませてくれると期待してしまうほどに闘志を滾らせていた。

 

「さて…ユウキとやら。」

 

「ん?何かな?」

 

集中しているのか、いつもの朗らかな声ではなく、低く、重みのある声で応じるユウキ。

 

「お手柔らかに頼むぞ?」

 

「冗談。手を抜いたりなんかしたら、一瞬で畳みかけられちゃうよ。」

 

ジョークのつもりだったのだが、ままならないものだ、通じなかったらしい。

 

「ボクは…勝ち抜いて、イチカと戦うんだ。たとえ技量が負けていたとしても…ボクは貴女には負けない…絶対!」

 

「その意気や良し。…ならば私はそのお前を全力で倒そう。お前という戦士に恥じぬよう、な。」

 

そしてどちらからともなく実体化させる各々の得物。

片や片手直剣マクアフィテルを鞘から抜き取り。

片や地に突き刺さる数多の刀の一本を抜き取り。

半身を引き、その時を待つ。

歓声は止んだ……否、聞こえなくなった。

自身の意識は、目の前の圧倒的な強者にのみ。

 

『それでは!決勝トーナメント第一試合!!始め!!!!!』

 

瞬間、ユウキとオウカは土煙を残して姿を消す。と、同時に響いたのは、甲高い金属音。先程まで2人が立っていた位置のほぼ中間地点で、剣を切り結んでいた。互いの動きがシンクロしたことに妙に嬉しさを覚えながら弾いた刃を返して、これまた同時に斬り掛かる。が、やはりここは仮想世界に慣れているユウキに一歩軍配が上がった。身体の動かし方を熟知。それも日常動作レベルで一日の殆どを用いて反復している彼女のそれは、全プレイヤーの中でもトップクラス。浅くではあるが、オウカのボディに下からの一閃によって、赤いダメージエフェクトが入る。と同時にノックバックが生まれたことで、僅かばかりにオウカの剣閃にズレが生まれ、ユウキの頬の横数ミリの位置を突いた。

初手はユウキに辛うじて軍配が上がることとなった。しかしダメージを与えたといえどもごくごく僅かなもの。これから切り返しなどどうとでもなる。

だがこの相手が空振りをし、そして自身が先に動いている今なら、更にラッシュをかけられる。

そう判断したユウキは、切り上げたマクアフィテルの重さと勢いを使い、身体を反転させる。紫のクロークがふわりと舞い、そのままの流れで左脚を軸にし、オウカの脇腹にミドルキックをうちこむ。体術系のソードスキルを持っていないために、威力はそれ程でもないが、それでも一発は一発だ。

 

「ぐ…ぅっ!?」

 

予想だにしなかったユウキの連携。低ダメージといえど、クリーンヒットによるシステムノックバックで、オウカは数メートルその身を退かせる。

 

『おぉっと!?予選をノーダメージで切り抜けてきたオウカ選手!その記録がついぞ破られました!!』

 

オォォォォォ!!!

 

オウカの圧倒的な強さを見てきた観客に、まさかの大歓声が生まれる。これまで完封に完封を重ねてきたオウカのHPゲージが、僅かといえども減少したのだ。

流石に決勝トーナメントに残るだけ、そして絶剣と謳われるだけあり、その技量に誰もが惹きつけられる。

 

「く…クク……!油断したつもりはなかったのだがな…。」

 

思わずオウカは笑みを零してしまう。

現実ではそうはいかなくとも、このALOでは自身に太刀打ち出来るプレイヤーはいるのだ。事実、目の前の年頃の少女がそうなのだから。

 

「やはりこの世界に飛び込んで正解だったよ。…これは、私の弟がのめり込むのも得心がいくと言うものだな。」

 

「…弟?」

 

「さぁ、続きと行こうか!とことんまで楽しむとしよう!ユウキ!」

 

そう言い終えたオウカ、そのアバターが一瞬ブレてその場から搔き消える。

刹那、風を切る音が耳に入り、警戒してサイドにステップを踏む。

しかし、

 

「くっ!」

 

脇腹に鈍い感覚。

見ずとも解る。

斬られた。

咄嗟に避けていなければ即死だったかもしれない。

 

「ほう、直撃を躱したか。いい反応だ。」

 

避けた先に居たオウカ。

感心こそされていても、ユウキにとっては寒気しかしない。

反撃とばかりにマクアフィテルで薙ぐが、その手応えはない。代わりとばかりに左肩口に再びダメージによる僅かながらの痛みが走った。

 

(は、速い…!?)

 

避けて、駆け抜け様に切り抜ける。

防御と攻撃の一体となった、正にカウンターのような流れ。

この2撃で、先程の先制攻撃のダメージ量を尽く巻き返されてしまった。

余りの速さに驚きを隠せずに居ると、間髪入れず太股に剣閃が走り、朱に染まる。

 

(驚いている暇があったら、避けろ…反撃しろ…!でなければ、負けるぞ…!)

 

そうだ、ボクはこの人に勝って、大好きなイチカとまた戦うんだ。

この大舞台で!

心ゆくまで!

 

(ほう…!)

 

この本気の速度に退き気味になるかと思いきや、その目には不屈の闘志を感じさせるほどの強さを宿し続けている。

やはり弟が見初めるだけのことはあると、オウカは…否、織斑千冬は密かに嬉しく思う。

 

一夏が欲しいなら、奪うつもりで来い。

 

確かそのようなことを臨海学校の際に言ってはいたが、現実で一夏に思いを寄せる面々は『織斑千冬という絶対存在』に逆らうことを恐れて挑みかかってこなかった。

仮想世界でもその力の一端を見せたが、それによって現れたのは現在と変わらない畏怖と羨望の眼差し。

やはり仮想世界といえど変わらないのか。

そう落胆していた矢先に、このユウキはイチカと戦うために自身を倒そうと挑みかかってきている。それも力を目の当たりにしたにもかかわらず、だ。

 

(面白い…面白いぞ!ならば私という存在を乗り越えてイチカをもぎ取って見せろ!)

 

だがそう簡単にやられてやるつもりも、与えてやるつもりもオウカには毛頭無い。

やるからには全力で、そして力を出し尽くして。

まぐれか否かは解らないが、縦の一閃を躱され、リングにめり込んだ刀が霧散する。こうなればオウカは僅かばかりの時間といえども武器がなくなる。

最小にして最大のチャンス。そう判断したユウキはマクアフィテルを構えてソードスキルであるホリゾンタル・アークを発動させる。左右で往復の薙ぎ払いの2連撃を放つこれは、新たな刀を取りに行こうとサイドに避けると踏んでのチョイスだ。

だが、オウカがその隙をカバーする手立てを立てないはずがない。

リングにめり込んだ刀によって出来た亀裂に、拳を思い切り叩き付ける。

圧倒的な力によって、一瞬と言えど衝撃波が放たれる。リングの亀裂は更に広がり、その一撃は瓦礫を舞い上げ、オウカを中心に小さなクレーターが出来上がるほどだった。

生じた衝撃波によって軽く吹き飛ばされたユウキは、ホリゾンタル・アークをキャンセルさせられ、距離を取ることを余儀なくされる。

僅かな隙すら潰しにかかっている。

光明が小さくなる感覚に見舞われるユウキだが、目の前の強者はそれを許してくれない。

 

「さて、仕切り直しと行こうか?」

 

両手に刀を携えたオウカ。

両手武器であるはずの刀による二刀流。

確かに不可能ではないが、システム制限によりソードスキルは発動できなくなっている。

しかし目の前のオウカは、先程までソードスキルを使わずに戦っていた。…つまり、ソードスキル使用不可の仕様も、さしたる問題ではない。

だがそれを差し引いても、両手武器を片手に持つと言うことは、重量による攻撃速度低下や正確性低下のデバフがかかるはずだ。それを承知の上での二刀流なのか。

 

「ふっ!」

 

だが速い。

間合いを詰めるそれは、やはり目で追い切れるか妖しいほどのものだ。

だが、

やはり二刀流によって僅かばかり速度が落ちているようにユウキは感じる。

攻撃速度低下を物ともしない袈裟切り。

一刀による先程の速度なら、よしんば避けられたとしても掠めていただろうそれを、ユウキは直撃することなく回避した。

 

「むっ…!」

 

引いていた左手の刀で貫かんと顔めがけて突き出すも、マクアフィテルを添えることで顔の横へと逸らす。

ギャリギャリと金属同士が火花を散らして擦り合う中、ユウキはその小さな体躯を屈ませる。

刀を突き出したオウカは、ユウキに対して身を乗り出しており、弱点設定されている頭部がガラ空きだ。

 

「てぇい!!!」

 

アッパーの容量で、右拳による一撃がオウカの顎に撃ち込まれる。が、実際に当たったのは拳ではなくマクアフィテルの柄の先。拳による物に比べてマクアフィテルの攻撃力の一部が乗せられているため、斬撃ほどでは無いにせよ、それなりのダメージは与えることに成功する。

よし、ここでラッシュを…!

飛び上がった勢いそのままに、切り札であるマザーズ・ロザリオを繰り出そうと思考したが、それは強制的に断念させられた。

 

「か…はっ!!」

 

腹に走る嫌な感覚。

ダメージを受けた証左である赤い視界エフェクト。視界の隅のHPゲージが見る見るうちに減少していく。

 

(直…撃…!?)

 

吹き飛ばされながら自身の腹部に目をやると、正に横に一閃されたダメージエフェクト。切断のデバフこそ無いのが不思議なくらいの一撃だ。

軽く数メートルは吹き飛ばされたユウキは、ゴロゴロとリングを転がって、リングの端ギリギリで止まった。

 

「ぐ…うぅ……!」

 

一瞬意識が飛びそうになったがどうにか持ち直すことが出来た。痛みによる視界のぼやけの中、イエローに突入したにもかかわらず、未だ減少が止まらないHP。

 

(止まれ…止まれ止まれ止まれ…!止まって…!)

 

このまま0になってしまえばその時点で負け。そうなってしまっては、イチカと戦うことが出来なくなる。

 

嫌だ…

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!

 

止まれ、止まってくれ。

天に願えど結果は変わらない。しかし、望むならばとただひたすらに願う。

 

レッドに入った。

 

負ける…負けちゃう…!

ボクは…イチカと…!

 

気付けば涙を流していた。

それ程までに強く願う。

残りレッドのスペースも半分を切る。

 

「~っ!!」

 

もはや声にならない。

もう…数秒しか保たない。

ギュッと目を閉じ、負けたくない思いをただ募らせる。

 

 

 

 

 

どれくらい経ったのか?

目を閉じたままそうふと考えた。

リメインライトになったのだろうか?

目を開けて確認したいが、それも怖い。

HPゲージの確認すら怖い。

目を閉じていても視界の隅にはそれがあるのだが、そちらに視線を向けたくない。

0になったHPを見たくない。

敗北を、見たくない。

ただぎゅっと目を閉じているユウキの耳に、大きな歓声が徐々に入ってくる。

 

あぁ、試合終了の歓声かな?

やっぱり負けちゃったのかな。

 

…だが、それはユウキの想像を良い意味で裏切る形となった。

 

『首の皮一枚!首の皮一枚繋がった!!!ユウキ選手!僅か数ドットのHPを残して、辛うじて敗北は免れたァァァ!!!!!!』

 

実況の喧しい声がゆっくりとユウキの目を開かせる。

ぼやけた目の前には、マクアフィテルを握る自身の手。

力を入れればまだ動く。

足も…問題ない。

だがダメージの余韻からか、膝が若干笑っているらしく、マクアフィテルで杖のように支えて、ゆっくりと立ち上がる。

 

「…削りきれなかったか。」

 

未だ二刀を構えるオウカ。そのHPは未だグリーン。割合にして四分の三残っている。

 

「ならば一撃を以てして屠ろう。…良い戦いだった。」

 

何を勝った気で居るのか。

こちとらまだ負けたわけじゃない。

まだ逆転のチャンスはある。

 

(あと、一撃でも掠めたら終わる…。)

 

もはや完全回避以外に防ぐ方法はない。

だが二刀という手数を超える方法はもう限られてきている。

もはや躊躇は出来ない。

切るときが来たのだ。切り札(マザーズ・ロザリオ)を。

 

(ボクは…この人に勝ちたい!…絶対に…勝つ!)

 

圧倒的な不利であれ諦観はしない。

イチカだって第一試合で逆転したのだ。

ここでひっくり返さずに何とするか。

 

(やるんだ…!ボクの全力で!)

 

瞬間、

ユウキは自身の中で何かが弾けた感覚に見舞われた。



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第47話『最強対無敗の決着』

彼我の優位の差は明確だった。

片や辛うじて数ドットの体力を残したユウキ。

片や半分以上を残した体力を残したオウカ。

一撃で終わる前者と、未だ数発は直撃に耐えうるであろう後者。客席から見る試合の傾きは明らかなもの。観客の声も、オウカが勝利するムードへと変わりつつある。

 

「やっぱオウカが勝つかねぇ。」

 

「だよな。絶剣も頑張ったけど、さすがに実力差がありすぎるよ。」

 

そんな言葉が飛び交う観客席で、イチカはひたすらに拳を硬く握り混み、リングで追い詰められているユウキを見つめる。

頑張れ

負けるな

諦めちゃダメだ

そんな安っぽい言葉が頭に浮かぶが、そのどれもが役にも立たない薄っぺらい物としか感じられない。

しかし、

 

「………ん?」

 

今まで構えを取っていたユウキが、ダラリと腕を下ろした。脱力し、ただマクアフィテルを持つ手の力だけは入れているだけ。

…まさか、諦めた?

考えたくなかったその予想に至ってしまったイチカだったが、直ぐにそれを撤回する。

 

「雰囲気が、変わったな。」

 

イチカと同じく、アスナと共に見守っていたキリトが彼の考えを代弁する。

感じられる闘気、というのだろうか。データでしかないこの世界でそんな物を感じられるというのもおかしな物だが、直感でユウキを纏う空気が変わったと感じられたのだ。

 

「…もしかしたら、どんでん返しがあったりするのかな?」

 

「さぁな。そればっかりは俺にもわかんないけど、でも…」

 

「ただ、何かを仕掛ける。それだけは確かだと思います。」

 

願わくば、愛しい少女に勝利を。

戦いの行く末を見つめるイチカの願いはただそれだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……む。)

 

そして相対するオウカも、ユウキの雰囲気の変化に気付いていた。

先程までのギラついた物はなく、何処か静かで、だが無音と言うものでもなく、寧ろ川の流れのように穏やかで…。先程までを赤とするならば、今は青。

上手く表現できないが、とにかく何かが変わったとだけ言えるのは確かだ。

 

(どうやら…すんなりと行きそうにないか。)

 

勝ちは見えている。なのにその道のりは険しく、そして遠く感じる。ままならないこの状況に、オウカは顔をしかめるどころか、逆に綻ばせていた。

 

(良いぞ良いぞ、この状況良いぞ。こう言うので良いんだ、こう言うので。)

 

やはりすんなりと勝つよりも、凌ぎ合ってもぎ取る勝利の方が身になると言うもの。目の前に立ち塞がるユウキと言う存在が、堪らなく嬉しい。

 

「ボクは…勝つんだ…!そうさ…いつだって…!」

 

オウカに聞こえるか否かの音量でユウキは呟くと、カッと目を見開いて顔を上げる。同時に、予選で使うことのなかったALOのアバター、その大きな特徴の翅を広げる。

 

(空中戦に持ち込む気か?)

 

現実でISのマニューバーを見る限り、ユウキの空戦能力はかなり高い。オウカ自身も空戦に自信があるとはいえ、どう流れが変わるかも解らない。ユウキの初動に注意していると、

 

翅が一瞬羽ばたいたかと思えばユウキは地面スレスレ。超低空飛行による、まさかの下からの奇襲によって、オウカは意表を突かれる。

 

「ぬおっ!?」

 

加えて飛行による速度に上乗せして、片手直剣の大技の一つであるヴォーパル・ストライクを発動しており、その速度は並大抵のそれとは比較にならないほどだ。

何とか気付いたときには、目の前にユウキの剣、その切っ先が迫ってきている。すんでの所で上体を反らして躱した物の、鼻先にダメージエフェクトが入ってしまう。あたりそのものが小さいので、それに比例してダメージも小さかったが、遅れていれば大ダメージを受けていたのは想像に難くない。

不意に放たれた攻撃を躱したことにより、体勢が崩れてしまったオウカは、急ぎ整えていく。上体を起こし、振り返った先にはソードスキルの光を纏ったマクアフィテルを構えるユウキ。その目には、立ち塞がるオウカしか入っておらず、ただ直向きに剣を振るう。

先ずは左から右への一閃。システムアシストが加わったただのソードスキルであるにも関わらず、その速さは先程の物よりも洗練され、そして速い物だった。

だがオウカとて並の反射神経をしているわけではない。右に持つ刃で剣閃を防ぎながら、左手の刀で縦に一閃をかける。

当たりさえすれば勝てる。

だが、ユウキはソードスキルの硬直もなくヒラリと右へ回避し、それを認識したときには土手っ腹を横に一閃されていた。予想だにしなかった衝撃に、思わずオウカは目を見開いてしまう。

そして、ユウキの初めて与えた直撃は、オウカの残る体力を10分の1減らすに至るが、彼女の猛攻はまだ止まらない。

くるりと身体を回転させ、更にそのステップでオウカの背後へ回ると横にもう一閃。同様に、更にもう一撃加えると、ソードスキルの完成の証と言わんばかりに、剣の軌跡が周囲に四角形の光の線を映し出した。

ホリゾンタル・スクエア

ホリゾンタル系統の最上位スキルで、回避運動を交えての攻撃は上級者といえども、見切るのには至難の業である。

そして、ユウキがオウカに攻め入る隙はここにあった。

 

「…もしかしたら、ユウキは勝てるかも知れない。」

 

「え?どういうことなの?」

 

キリトの呟きに、思わずアスナは聞き返してしまう。

 

「ここに来て、2人のVRMMO…いや、ALOの経験差が出てきているんだ。」

 

「今のホリゾンタル・スクエアの直撃もそれが理由なのか?」

 

イチカの問いにキリトはコクリと頷き、そして続ける。

 

「オウカは恐らく、刀での戦闘スタイルを磨いて、ユルドを稼ぎ、装備を調えてこの大会に挑んできている。その密度は恐らく、俺達にも迫るほどの熟練度を上げているくらいだろう。」

 

「それって…よっぽどの時間と効率なんじゃ…。」

 

「それを短縮するために、彼女は高難易度ダンジョンに潜ったんだろう。その並外れたプレイヤースキルを最大の武器にして。」

 

だが、とキリトはそこで区切る。

 

「モンスターを数多く倒していたこの数日は、オウカに並外れた経験を積ませたのは確かだろうけど、ユウキにはあって、オウカには圧倒的に足りない物がある。それは…」

 

「ALOにおける対人戦闘、か。」

 

「御名答。」

 

オウカが現実での対人スキルがどれほど高いのかは知らないが、このALOならではの対人スキルは全くの皆無と言って良いだろう。それ故に、自身の扱う刀以外のソードスキルを見たり感じたり受けたりすることがなかった為、ホリゾンタル・スクエアという、回避運動を交えたソードスキルの動きを見切れなかった。逆にユウキは、あの沢山のデュエルを通して対人戦闘経験を積み、オウカに対する攻めのスタイルを変え、ソードスキルによる直撃を成し遂げた。ここに来て、二人の経験差が露わになってきているのだ。

 

「でもここで攻めきれず、逆にオウカの対人戦闘経験を積ませていけば、希望の芽は摘まれることになる。…勝負所を見誤らなければ、恐らく…。」

 

 

 

 

 

「く…そっ!」

 

ここに来て、オウカの表情から余裕が消える。

よもやソードスキルの直撃を貰うとは思いもしなかったからだ。勝ちを確信して居た自身が情けなくも思えてくる。

だが、慢心していたつもりはない。確実に仕留めるまでは気を抜かないものだ。にもかかわらず自身はダメージを受け、HPゲージはイエローへと色を変えていた。

 

「やはり、こうでなくてはならんな。」

 

剣を交えて苦戦したのはどれほどぶりか。

目の前の、それこそ現実では自身より一回り近く下の歳の少女に攻め倦ねているのだ。ゲームといえども世の中解らないものである。

 

「だが、簡単に私の(シルシ)をとれるものと思うなよ、ユウキィィ!!」

 

数メートル先に居る少女に、左で持つ刀を投擲する。まさか刀を投げるなどと思わなかったが、ユウキはそれを弾くことで対処する。

しかし、弾いた刀、その直ぐ後ろから右に持っていた刀が投げられ、全く同じ軌道で迫ってきていた。だが、反射神経はズバ抜けているユウキは、それを身を屈めることで回避する。自身のアバターの髪が一房千切れ飛んだが、髪にダメージ判定はないので問題ない。

これでオウカは丸腰になったかと思えば、突き刺さった刃を引き抜き、再び二刀の構えで間合いを詰め、切り上げてきていた。それを屈んだバネを利用して宙返りで回避し、掠めることなくその身を宙に跳ね上げる。

 

「逃がさん!」

 

今度はオウカが黒い半透明の翅を展開し、宙を舞うユウキを追う。その速度は最速の域に瞬時に至り、ユウキを串刺しにせんとその刀の切っ先を突き出した。

だがここに来て未だ彼女の反撃は止まらない。彼女の手に持つマクアフィテルの刀身には、バチバチと稲光が走る。それはソードスキル。それに加えての魔法効果。

 

「やぁぁぁぁっ!!!」

 

自身に突き刺される寸前の刀の峰を、電流を纏ったマクアフィテルの切っ先で突く。それによって刀の軌道がねじ曲げられ、その刃がユウキを貫くことはなかった。

だがユウキの攻撃は終わらない。

ソードスキルのモーションにより急降下したユウキは、マクアフィテルをリングに突き刺す。

瞬間、マクアフィテルを中心として、周囲に雷鳴が迸る。

ユウキが放ったのは片手直剣ソードスキルであるライトニング・フォール。自己中心型の範囲ソードスキルだ。

発生した雷撃は、未だ宙を舞うオウカにも影響を及ぼし、広範囲に及ぶ攻撃により、幾ばくか被弾を許してしまう。

それでも稲妻を最低限の被弾で、そして直撃を避けると言うのも、やはり人間離れした反応に変わりなく、雷撃が収まると同時に着地したオウカのHPゲージはレッドへと突入していた。

 

(…まさかここまでの反撃があろうなどとは…!)

 

ビリビリと痺れるような感覚に陥りながらも、冒頭より変わったユウキの動きに舌を巻く。

 

(この反応速度はなんなんだ?超反応とでも言うのか?)

 

先程の返しもそうだ。

咄嗟に刀の切っ先にピンポイントで打ち下ろしなどと出来るというのか。

 

(いや、考えていても仕方ない。ここまで追い詰められたことへの言い訳にしかならんか。)

 

ただユウキが強くて、

己自身が未熟だった。

ただそれだけのこと。

雷撃を防いだことで自身の持つ刀、その両方が砕け散る。

残るのは手近に刺さっていた一本のみだ。

これでケリを付けろと、そう何かが囁いているかのように。

 

「ユウキ。」

 

「何かな?」

 

「私の持つ得物はこれで終わりだ。そして私もそちらも残る体力は僅か。もし敵うのならば…次の一合で決着としたい。…如何だろうか?」

 

態々対等の条件というリングに立つことを提案するのはいかがなものか。このまま行けば、恐らくは今手に持つ刀も砕け散るのが早いだろう。そうなれば形勢は一気にこちらの不利に傾く。ならばその前にと考えた提案だ。…だがユウキがそれを受け入れるかどうかは別問題だ。折角の有利な状況を、みすみす手放すなどと…

 

「いいよ。」

 

「…本当に良いのか?このまま逃げ切れば、勝利は確実となるんだぞ?」

 

「それでボクがオウカさんに勝っても意味ないし、嬉しくないよ。逃げ勝ちなんて、なんだかカッコ悪いし。やるなら、正面からぶつかって、その上で勝ちたいもん。」

 

なんとも、潔癖というのか騎士道精神というのか…いや、ただのユウキという少女の性分か。

 

「…感謝する。ならば私の全力を以て、その心意気に応じよう。」

 

「ボクも、全力で貴女を倒しに行く…!」

 

互いにその得物の切っ先を相手に向け、呼吸とリズムを整える。

 

勝負は一瞬。

 

瞬きすら敗因に繋がりかねない。

 

1秒…2秒…3秒…

 

動かない2人の気に当てられてか、静まり返った観客席の誰かが固唾を飲み込む。

 

瞬間、

 

その音に反応してか否か、2人は同時に踏み込んだ。

 

オウカの…いや、織斑千冬の最速の刃を以て、ユウキを斬り伏せる。

 

その意思が十二分に籠もっていることが実感できるほどに、その刃は研ぎ澄まされていた。

 

現実でも久しく出していなかった全力。

 

それをユウキという少女を斬り捨てるために振るう。

 

(この剣戟…躱せるか!)

 

もはやその速度は、イチカの無現に迫る一撃と化していた。

もはや一瞬。

それで決着がつく。

 

しかし、

 

キィン!!!

 

甲高い音共に、リング中央から超音波と共に衝撃波が巻き起こり、観客席のプレイヤーに襲いかかる。

 

数々の悲鳴が聞こえる中、オウカの刀を弾き上げたユウキのマクアフィテル。その刀身には彼女のパーソナルカラーとも言うべき紫の光が纏っていた。

 

「やぁぁぁぁっ!!!!!」

 

打ち上げられたことにより、ガラ空きとなったオウカのボディ。彼女のスペックを以てすれば、すぐさま防御に移ることなど容易いだろうが、ユウキのソードスキルはそれを許すことはない。

無防備なそこに刃を突き刺す。

一撃ではない。

 

二撃

 

三撃

 

「そう易々と…負けるかぁぁぁぁ!!!」

 

その剣の合間を縫ってオウカは一撃をと、その刃を振るう。

 

しかしその切っ先がユウキに届くことはなく、弾かれた金属音のみ。

だが一撃で諦めるものではない。

二発

三発と放つも、それが相手のアバターを傷つけることは敵わない。

 

「くっ!おぉぉぉ!!!」

 

渾身の一撃と言わんばかりにもう一撃放つ。

が、その刃が届く前に、何かが砕け散る音が耳に届く。

瞬間、手から重さが消えた。

いや、明確には武器がポリゴンの結晶となっていた。

 

(ここ、までか。)

 

認めよう。

ユウキは、

弟が見初めた少女は強かった。

 

自身のHPを刈り取るべく、続いて七撃、八撃、九撃と貫くユウキ。

HPはもはや風前の灯火。

十撃目を受けたときにはユウキと同じくらいのHP残量となっていた。

 

「はぁぁぁぁぁっ!!!」

 

最後の一撃と言わんばかりの渾身の一撃。

 

そうか、

 

これがお前の切り札。

 

高速の刺突十一連撃とは、全く以て恐れ入るよ。

 

HPが尽き、エンドフレイムとなるオウカの表情は何処までも晴れやかで、そしてほんの少し寂しそうだった。



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第48話『姉が仮想世界に居るのは間違っているだろうか』

サブタイが思いつかない。
そして短め


リング中央。

目の前には、オウカのエンドフレイムのなれの果てであるリメインライトが浮かんでいる。

その幻想的な光景を、試合後の大歓声の中、勝者たるユウキはぺたんと座り込んでボーッと眺めていた。

勝利に喜ぶわけでもなく、はたまた退場することもなく、ただ目の前に浮かぶソレに気を取られていた。

オウカを蘇生しに来た進行員のアバターは、勝者のその様子に肩をすくめながらも自らの仕事をこなすために、特別な蘇生アイテムをオウカのリメインライトに使用する。程なくして淡い光と共に、オウカはその姿をスプリガンのアバターのそれへと戻った。

 

「…やれやれ、勝者がそんな腑抜けていて如何するんだ?」

 

こめかみを押さえながら、如何したものかと眉間にしわを寄せる。女性にしては低いその独特の声に、心ここにあらずと言った様子のユウキは、ハッとなってその視線を声の源である、蘇生されたオウカへと向ける。

 

「あ、えっと…その、なんというか、戦い終わったら急に力が抜けちゃって…」

 

察するに、緊張で張り詰めていた糸が切れたことにより、文字通り腰が抜けてしまったと言うことなのだろう。

それ程までの激戦だったのだ。当の本人の一人であるオウカも、致し方ないものだと得心する。

 

「…やれやれ、これではどちらが勝者なのか解らんな。」

 

スッと、未だ座り込むユウキに手を差し出す。

その意図がわからず、一瞬目を点にするユウキだったが、直ぐにその顔に喜色を浮かべてその手を取る。

グッと引き上げるように、未だ小さく、そして軽い症状を立ち上がらせ、自身を倒したその小柄な勝者を見やる。

…全く、とんでもない奴もいるものだ。

そんな思いを巡らせながら、未だふらつくユウキに肩を貸して、彼女のコーナーへと歩いて行く。

 

「え?あ、ちょっ…」

 

「構うな。…全く、仮想世界といえども敗れるとは、そろそろ私も引退かな。」

 

「引退?オウカさんて、何かスポーツしてるの?」

 

「まぁな。国際的なものでな、これでも世界一位になったことがあるんだ。」

 

「へぇ!そんな人と戦えたなんて、ボク光栄だなぁ!」

 

「その功績からか、今はそれを学ぶ女子ばかりの学園の教師をしているがな。」

 

「はぇ~、じゃあ先生だっ…た…ん?」

 

あれ?

え?

どっかで聞いたことあるような無いような…

 

「そんな女子ばかりのスポーツのはずなんだがな。今年から男が一人学ぶことになって…しかもそれが私の愚弟とは…笑える冗談だと思わないか?」

 

「エ?アー、ソウ…デス、ネー。」

 

え~…

いやいやいや!

まさかまさかまさか!

 

「最近になってな、色恋沙汰に、それこそカビゴンが霞んでしまうほどに鈍かった弟がな、闘病生活ながらも、好いている女子を紹介してきてな。それはそれは嬉しい物だったよ。」

 

「ア、アババババ…。」

 

もはやユウキの顔は赤いやら青いやら、色が代わる代わる変化して面白いことになっていた。

 

「いやはや、これでいつでも弟を婿にやれるよ。…なぁ?紺野木綿季?」

 

「アバーッ!?」

 

大きな歓声を背に受けながら控え室に入った瞬間、まるでニンジャがスレイされたかのように悲鳴を上げて、ユウキは気を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…で?」

 

「なんだ?」

 

「なんで千冬姉がALOしてるの?」

 

「ふっ、愚問だな。やりたかったからに決まってるだろう。」

 

ユウキが心配でやって来たイチカ(+キリ&アス)は開口一番にこれである。

気絶したユウキを控室の椅子に横たえながら、ドヤ顔で彼女の心配をして付き添うイチカの問いに答える。

どうやらイチカには太刀筋である程度バレていたらしい。で、カマを掛けてみたら案の定、と。しかし、太刀筋で正体を見破ってくるとは……観察眼を培っているようで何よりだと、内心オウカは弟の成長に歓喜する。が、決して表には出さない。

 

「…まぁなんだ。このデュエルトーナメント()があると聞いてな。仮想世界がどう言うものか知るのも兼ねて参加してみたんだよ。」

 

もっとも他の理由としては、一夏の言う和人ことキリトや、仮想世界における一夏の実力を知ってみたい所にあった。しかし侮っていたわけでは無いにせよ、まさかユウキにしてやられるとは少々予想外だったが。

 

「そういえば、自己紹介を忘れていたな。キリトにも改めて挨拶させて貰おうか。私はオウカ。今のイチカとの会話で察していると思うが、現実ではコイツの姉などやっている。愚弟共々よろしく頼むぞ。」

 

「ま、マジで…お姉さんなのかよ…。」

 

「は、初めまして!私アスナと言います!千冬さんのお噂はかねがね…」

 

「止してくれ。今の私はオウカだ。織斑千冬とは違うよ。…しかし、君がアスナか。イチカの奴からよく聞いていたよ。旧SAOに囚われていた際に、勉学を見て貰っていたとな。」

 

「あ!いえ!べ、別に私、大したことをしたわけじゃ…!」

 

「そう謙遜しなくても良いんじゃないか?現実の話になるが、お陰で愚弟は一般の勉学では、この前のテストを含めて良い成績を残しているし、その分の時間をISの鍛錬や学習に当てられている。この御時世だ。鍛えていて損はない。だから一人の姉として、礼を言わせて欲しい。」

 

そう言ってオウカは深々と頭を下げる。アスナ自身は善意でやっていたことの結果であり、いくらアバターと言えど、世の織斑千冬に頭を下げさせるなどとあっては、申し訳ないやら何やらでアスナが焦り始める。

如何したものかと、隣に居るキリトに視線で助けを求めると、

 

「まぁ良いんじゃないか?お礼は受け取っておいてもさ。…たぶんオウカは礼を受け取るまで梃子でも譲らなさそうだぜ?」

 

そんなアドバイスを頂けたので、ありがたくオウカの言葉を受け取っておくことにした。

 

「そして…キリト。今更だが、旧SAOで君が居てくれたことが、恐らくイチカの向上心に火を付けたことへの一因となっていると私は思う。ありがとう。」

 

「いや、俺は大したことはしてませんよ。確かにきっかけになった可能性はあるかも知れませんが、強くなろうと思ったのは他でもないイチカだ。それに、イチカというライバルがいたからこそ、俺だって強くなろうと思えたくらいなんだ。寧ろ礼を言いたいのはこっちです。」

 

「いやいや…」

 

「いやいやいやいや…」

 

黒い二人が謙遜し合うのは中々奇妙な光景である。

 

「じゃあ今度俺とデュエルしてください。それでチャラっていうのはどうですか?」

 

「それはそれは…私としては願ってもない案だ。では後日、思いっきり仕合おうか。そう、思いっきり、な。」

 

「あ、あはは……お、お手柔らかに。」

 

ちなみに

後日、とある平原で、真っ黒なスプリガン、片や二刀流、片や数多の刀を使いこなすプレイヤー2人が、他を寄せ付けぬ激闘を繰り広げることとなり、それが後々ALOで語られる伝説の一戦となるのは、全くの余談である。

 

「さて、イチカ。そろそろ開始時間が近づいてきている。俺達は応援席に行くけど頑張れよ。」

 

「あぁ。…相手はシロ、だな。」

 

「シロって…この前レベルでパーティを組んだっていう?」

 

「えぇ。扱いにくい長太刀を扱うタンクタイプのプレイヤーです。…技量も高いので、おそらく一刀では決まりそうにないですね。」

 

「だがどんなプレイヤーだろうと、打ち勝って進め。…その先に約束があるんだろう?」

 

そうだ。

目の前に居るALOトップクラスに君臨する剣士2人に挑むために、シロには悪いが勝ち進む。

何よりも…

 

「行って、そして勝つ。その上で…」

 

「ん?」

 

「ん、何でも無いさ。」

 

傍らに置いた雪華を手に取り、腰に納刀。未だ目覚めぬユウキを優しく見下ろし、アウターであるコートを翻してコーナー入り口へと向かう。

 

「…よし。」

 

パチン!と両手で頬を叩き、気合いを入れ直す。

背には自身を応援してくれる人々がいる。

良き親友(ライバル)、良き先生、そして愛する姉と、愛する少女。

勝ち進み、そしてこの大舞台でもう一度戦うために、

イチカはその歩を進めた。



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第49話『白対白』

ネタが多すぎて、シリアスからシリアルになってる気がしなくもない


決勝トーナメント第二試合

Cブロック代表イチカ

    VS

Dブロック代表シロ

 

大歓声に包まれるリングに、2人のプレイヤーが。

片や白のコートに和装束のインプ。

片や白の騎士装束のプーカ。

両者何も言わず、3メートルほどの距離でただ見つめ合うだけ。

先日、共にレベリングをした相手が、今日は対戦相手なのだから、何処かしら思うところがあるのだろう。

 

「私は」

 

先に口を開いたのはシロだった。

 

「私はこの時を待ち望んでいた。」

 

「待ち望んで…いた?」

 

コクリとシロは静かに頷く。その目は、以前のような何処かほんわかした物はなく、ただ実直にイチカと相対することに全意識を向けているように見える。

 

「以前、貴方達とレベリングして、目的の一つを達成できた。でも、まだ足りない。」

 

「もっとレベリングや素材集めをしたかった、ってことか?」

 

イチカの憶測に、シロはただ首を横に振るう。

 

「私が、本当の強さを得るために。そして貴方と共にある未来のために。もっと、もっと貴方を知らなければならない。だから、この機会を待ち望んでいた。」

 

そう引っかかる言葉を残してシロは、その手に自身の得物である刀をオブジェクト化する。

以前のレベリング時や、予選の時のように菊一文字を展開するのかと思いきや、その予想は大きく外れることとなった。

 

「…それって菊一文字以上のじゃじゃ馬刀じゃねえのか?」

 

「ん、攻撃力も長さもレア度も、菊一文字の上位互換。」

 

「扱いにくさもだけどな。」

 

シロが取り出したのは、以前使っていた刀身1.5メートルの菊一文字よりも更に長身のものだった。

目測でおよそ刀身は2メートル。攻撃力やレア度の高さは、先程シロが言ったとおりに菊一文字のグレードアップという所のパラメーターなのに変わりない。

そして長さも。

ただでさえ長い刀身で振り回される菊一文字なのに、さらに刀身を伸ばすことで、リーチと扱いにくさをもグレードアップさせたのだ。

さすが日本企業。大艦巨砲主義を感じる設定だ。

 

「名刀・正宗。この刃で、貴方と戦う。」

 

「俺も負けるわけにはいかない。…悪いけど勝たせて貰うぜ。」

 

初手から本気で行く。

その気概を見せるかのように、鞘に納刀した雪華を腰撓めに構える。対しシロは、その馬鹿長い刀を下段に構え、いつでも迎え撃てるように少し腰を落とす。

 

『さぁ!ALO屈指の刀使いと名高いイチカ選手!そしてオウカ選手と同じく無名ながらも決勝トーナメントへ勝ち進んだシロ選手!二人には第一試合のような熱盛な展開を期待して…試合開始!!!』

 

試合開始のブザーと共にタンッ!と先に動いたのはイチカの方だ。

小刻みに、そして不規則にステップを踏み、間合いを計らせないようにしながらも徐々に距離を詰める。

攻撃速度は彼が上。しかしリーチはシロが上だ。

ならば正宗のリーチギリギリを維持しつつ、見計らって間合いを詰めるのがセオリー。あれだけ馬鹿長い太刀だ。さすがに距離を詰めてしまえば取り回しにくいだろう。

そう画策していた。

 

しかし、

 

「うぉっ!?」

 

あろうことかシロは自ら踏み込み、イチカの顔面目がけて正宗で突きを放ったのだ。その速度たるや、ユウキに迫る物を感じられる程に。辛うじて顔を横に逸らしたことで、耳の僅か数センチ横をその刃が風を斬り裂いて通過する。

…あと少し遅れていたら即死だった、かもしれない。

だがシロが踏み込んだことで、図らずもだが自然とイチカは自身の間合いへとその距離を詰めることが出来た。回避した勢いをそのままに右足を軸にし、回転という予備動作を経て、イチカは抜刀。シロの腹部に斬り掛かる。

しかし、伊達にここまで勝ち進んできていないらしい。左手のガントレットで防御することで、ダメージを最低限に抑えて再び間合いを取った。

が、ここで相手に時間を与えるのは得策ではないと判断したのか、イチカは雪華を納刀すると、間髪を入れずに再び間合いを詰める。小回りが利かない刀なら、その体勢のバランスは良いものではない。ならば絶え間ない連続的な攻撃で切り崩すのみ。

実践で培った踏み込みを生かし、その距離を即座に詰める。

恐らくシロは、イチカが踏み込むのを慎重になっていると思い込み、その行動に意表を突かれている。

 

そう、予想したはずだった。

 

「ぐっ!?」

 

右頬に鈍い痛みを感じた。

予期せぬ痛覚に、抜刀の体勢に入っていたイチカは蹈鞴を踏む。

なんだ?

何か食らったのか?

目の前には黒々と装飾された正宗の柄の先と理解したのは数瞬後。 

意表を突くつもりが逆に突かれてしまったことで、その動きに大きな隙を生んでしまった。

 

「イチカ!!避けろ!!!!」

 

だがオウカの一際大きな声で我を取り戻したイチカは、咄嗟にバックステップを踏む。

しかし、リーチが破格の正宗の縦一閃は並大抵のステップでは躱しきれないものだ。

再び感じた痛みは、右肩から腹にかけての、辛うじて深くはないものだった。

あそこまで踏み込んでおいて咄嗟の回避でこの程度で済んだなら、幸運と言うべきなのだろうが、生憎とそんな自身の幸運を賞賛する暇はなかった。

自身の視界に影が映る。

嫌な予感を感じたイチカは咄嗟に再び飛び退いた次の瞬間、上空からイチカを串刺しにせんと、切っ先を地に向けて構えたシロがリングに深々とその刃を突き刺した。

 

「…約束の地へ行けなかった。」

 

「…約束の地って、あの世かよ。」

 

SAOではないので死にやしないが、それでも背筋がぞくりとする言い回しである。ちんまいのに色々危ない少女だ。

が、冷静に考えてみればこれはチャンスだ。その長い刀身が深々とリングに突き刺さっている。あんなのを食らっていたときのことを想像すると背筋に薄ら寒い物が走るが、だが明らかに抜き取るのに手間がかかるはずだ。

 

「はぁっ!!」

 

お返しと言わんばかりに、反撃の一閃の構えに入る。今の状況なら直撃させられるはずだ。

が、そう思った矢先に、再びピリッとしたような嫌な予感を覚えたイチカは、抜刀を中断して間合いを取る。

瞬間、

轟く破砕音と共に、リングがまるで掘り返されるかのようにその石材が巻き上げられた。その中心にはシロが持つ正宗の長い刀身がキラリと光る。

 

「…むぅ。意外と鋭い。」

 

奇策としての自信があったらしく、それが功を奏さなかったことでシロが若干むくれる。対しイチカも、自身の嫌な予感が当たったことに驚いていた。何となく感じたままに避けただけなのだが、それが幸運にも上手く回避できた。まぁこれもSAOでの実戦経験の賜物だろうと自身で納得する。

だが、かといって事態が好転しているわけでもない。一撃顔面に殴打を食らったのと、身体にかすったとは言え斬撃を受けたことで、ダメージ比はこちらが大きい。長いリーチと巧みな剣術でガントレットへの一撃以外果たせずに居る。

思っていた以上に難敵だった。

決して侮っていたわけではない。

だがその技量は、予選の強敵であったスメラギに迫る物を感じさせる。

 

(…さて…どう攻めたもんか…。)

 

おそらく攻めたところで、シロの剣術に型がない以上、直感で反撃してくる。型がない以上、良くも悪くも柔軟だ。それだけに厄介そのものである。

 

「来ないなら…こっちから行くよ。」

 

「ぐっ!」

 

踏みこんだシロは、正宗のリーチを生かして、イチカの反撃が及ばない距離を維持して攻めてくる。

その懐に飛び込もうにも、カウンターで柄の先による殴打。攻めあぐねている、と言うのがイチカの現状だった。

 

(防戦するには問題ないけど…!)

 

激しい剣戟に対し、攻めあぐねているのは確かだが、直撃は受けては居ない。

剣戟は速い。

しかし何とか防げる。

だが攻め手が見つからない。

 

「だったら…!」

 

イチカは、攻め込むには小さい、だが確かで僅かな間隙を突いて腰に差していたピックを抜き取り、投擲する。

まさかの投剣に意表を突かれ、正宗をそちらの迎撃に当てたことにより、イチカは何とか長太刀の攻撃範囲外へと抜け出すことに成功した。

かといって何をするでもなく、その暇にイチカは雪華を納刀し、腰の後ろへ回す。

如何したものかとシロは元より、観客はどよめき出す。

イチカと言えば刀というイメージで根付いている為、居合のポジションから刀を外したことが予想外だったのだ。

そして、さらに会場はざわめくことになる。

腰に回した刀と入れ替わるようにその両手に構えられたのは、先程投げられたピックだ。指と指の間にその短い柄を挟み、両手合わせて六本の装備である。

 

「…ピック?」

 

目を丸くするシロや観客をよそに、イチカは両手のそのピックを予想通り投擲してきた。

少し反応が遅れたものの、身を屈めて迫り来る投剣を躱す。

 

「その僅かな死角を…突く!」

 

一瞬とはいえ、イチカから目を切ってしまったことにより、その姿を見失う。そして次の瞬間には、背後からその声が響いたのだ。

見上げれば、両手にピックを逆手に構えたイチカが手を振り上げていた。

 

「ぐっ!!」

 

振り下ろされるピックを避けるべく飛び退く。

だがタンク型の装備が祟ったのか挙動が少し遅れ、ピックが掠めた両肩口に深くもないが浅くもない切り傷を負うこととなった。

だが攻撃を受けたことに戸惑っている暇はない。

次いで飛び退いた先に再びピックが投擲されたのだ。今度は先程と違い二本だけだ。ならば避けるのは容易い。今度はイチカから目をそらさぬように正面から正宗で弾き飛ばした。

次ばかりは隙は突けない。

そう踏んだシロは甘かったと後悔する。

 

【汝、幻惑の霧を纏え。】

 

魔法のスペル

気付いたときにその詠唱が完了した矢先に、シロとイチカの間には、ポフンという気の抜ける音と共に、もうもうとした黒煙が広範囲に発生し、二人を包み込んでいく。

 

「これは…!」

 

今まで魔法の類を使用してこなかったイチカが?

いや、

逆に言えば、スメラギを含めてピックや魔法を行使しなければ、持ちうる全てを行使しなければ勝ち得ない。

シロはそんな相手と言うことだ。

 

(ここで焦りは禁物だ。…この霧に紛れて仕掛けてくるのは明白。冷静に…冷静に…!)

 

そう自身落ち着かせて居た矢先に、眼前の霧に黒い影が映り込む。人一人、それこそイチカほどの影。死角を突くであろうという考えを逆に突いてきたのか。

そして飛び出してきたのはやはりイチカの姿。

 

(でも、これは幻惑の霧。だったら!)

 

雪華を抜刀し、今にも縦一閃に斬り裂こうとするイチカを、シロは意に介さない。

 

(これは…ブラフ…!)

 

物の見事にシロの予想が当たったのか、雪華の刃を受けたにもかかわらずダメージは皆無。むしろ雪華…いや、目の前に現れたイチカそのものが、刃が当たったと同時にその姿が揺らぎ、まるで何もなかったかのように消え失せた。

 

(そして…本命は…!)

 

シロの背後でキラリと何かが光る。

恐らくは抜刀した雪華の刃に光が当たったことで反射したのだろう。そしてそれは幻ではなく本物であるという証左だ。

読み通りだと言わんばかりに、シロは正宗のその切っ先を、背後から迫り来る雪華のその先、イチカが居るであろう場所に向かい、勢いよく突き込む。

 

 

 

 

 

しかし、

 

(えっ…!?)

 

勢いをつけて突き刺した。

そのつもりだった。

しかし、

 

(手応えが…全く……ない…!?)

 

雪華の刃の反射光は確かに本物だ。ならばその先にイチカが居るはずだ。だが、その確定事項であるはずの事態が存在し得ないのだ。

困惑するシロの耳に、カシャン!という雪華がリングに落ちる音が響く。

この霧に紛れて、メインウエポンである雪華で斬り掛かってくる。

そう予想していた。

だが目の前の刀、それを持つはずの少年の姿はない。

 

「手加減は出来ない…シロ、覚悟してもらう!」

 

声が聞こえる。

普段の彼と変わらない声。

なのになぜだろう、

まるで底冷えするかのような恐ろしさを感じるのは。

そして、

彼は懐に飛び込んでいた。

その右手を手刀に、

そしてその手刀にソードスキルの光を纏わせて。

 

「はぁぁぁぁぁ!!!!」

 

手刀から相手を貫く体術ソードスキル『エンブレイザー』

体術ソードスキルの中でも、とりわけ高い威力を持つソードスキル。

かつて旧SAOで、血盟騎士団に所属していながらも殺人者に堕ちたクラディール。キリトが彼を屠った際に使ったものだ。

その知識がシロの中にあったのか、食らえばマズいと咄嗟に正宗を、そして左手のガントレットを盾にして防御へ移行する。タンク装備の彼女の敏捷性ででは避けることは出来ない。ならば防御態勢に移行することで、少しでも生存性を高めようと判断したのだ。

 

「貫けぇぇぇ!!」

 

正宗の刀身に、極限まで研ぎ澄まされた手刀が突き刺さる。しかも偶然か否かシロが構えたのは、刀身の脆い箇所で刀の弱点である峰の部位だ。本来刀は峰で衝撃を受けることを想定していない作りになっている。峰打ちを聞いたことがあるだろうが、腹などの柔らかい部位を叩いているので、折れるのを極力避けられているのだ。なので、ここを叩かれることは即ち弱点を突かれると言うこと。

名刀と呼ばれるには実に儚く、そして呆気ないまでに単純な音を立てて、その長い刀身は真っ二つに断たれる。

だがイチカの手刀はそこでは終わらない。

刀が折られたことで目を見開くシロ。眼前に迫るエンブレイザーが、次いで左手のガントレットを穿つ。

そこからは…経験したくない感触だった。

確かにあるはずの腕、なのにその感覚が無い。一瞬で左腕がガントレットごと捻り切れて飛び、その断面は桃色の光に包まれている。目の前で宙を舞い飛ぶ自身の腕が、まるで別の何かのようだった。

そして…

ドスリ、という鈍い音と、胸に何かがめり込んだ感触が同時だった。

自身の呼吸が苦しくなり、喉から空気が強制的に排出される。

視界が、感覚が徐々にぼやけてくる。

これ以上無いくらいの手刀が、シロの胸部を文字通り貫いた。

それは急所。人間でいう心臓に当たる部位をイチカは貫いた。

 

(…こんな戦い方、出来たんだ。)

 

刀一本で戦うイメージが根強く残っている為、シロにとってはこの戦い方は全くの予想外だった。

一撃の下に斬り捨てる戦法は、現実だろうと仮想だろうと変わらないと踏んでいた結果だ。

だが如何だろう。

今の彼の戦いは、二年という命を懸けた戦いで培われた洗練されたものだ。付け焼き刃の戦法とは訳が違う。

 

(…うん、こんな戦い方が出来るなら…私は…)

 

自身を負かした少年、その勇姿を見届けたとき、シロのHPは0へと至る。その姿をエンドフレイムへと変え、同時に勝者のアナウンスが走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中々どうして、日本のサムライと言う物は面白い。」

 

観客席の一角で、陣羽織を羽織った仮面の男が試合の行く末を見守っていた。その両腰には、長短一対の片刃剣が収められている。その独特のオーラは、このALOという世界で一層浮いていた。

 

「あのイチカと言う少年!まさに修羅…いや、何処か仕事人と言うような物々しさすら感じられた!抱き締めたいな!少年ンンン!!」

 

声高々に、彼は自身の意味不明な性癖?を暴露し始めた。その内容に、一部はヒソヒソと距離を取り、一部の女性プレイヤーは鼻息荒くメモをとる。

 

「しかし、私が勝ち進み、そして当たる相手であるキリトという彼とも戦いたいものだ。このような巡り合わせ、自分が乙女座であった事を、これ程嬉しく思った事は無い!!」

 

もはや誰も止められない!彼の欲望と興奮は既にメーターを振り切っている!

 

「今日の私は!阿修羅すら凌駕する存在だ!」

 

この日、類い希に見る変人プレイヤーが、このサーバーほぼ全てのプレイヤーに認知されることとなる。

そして、

勝って興奮冷めやらぬイチカと、

次の戦いに備えてアップするキリトに、

途轍もない悪寒を感じさせたのはここだけの話である。



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第50話『立ち塞がるは巨刀』

「ん……ふぁ…。」

 

イチカとシロの試合終了による観客の大歓声に、試合前から気を失っていたユウキがようやく目を覚ます。どうやら途中から寝てしまっていたようで、半開きの眼をゴシゴシと擦りつつ観客席から起き上がる。

見渡してみれば、観客総立ちの大喝采。雄叫びや指笛が壮大に耳に響く。

 

「ん……何の騒ぎ…?」

 

「あ、ようやく起きたわねユウキ!試合、終わっちゃったよ?」

 

「試合……?終わっちゃった……?」

 

はて。なんのことか?アスナの言う言葉の端々を、覚醒しつつある頭で必死に呼び覚ます。

…?

 

……。

 

………!!!

 

「あ~!!そうだ!!イチカとシロの試合!!!」

 

やってしまったと言わんばかりに頭を抱えて膝をつく。大切な仲間二人の試合、その内容を眠りこけて見ていなかったなんて、紺野木綿季!一生の不覚!!!

 

「ど、どっちが勝ったの?」

 

「安心しろ、イチカが勝ち進んだぞ。……まぁヒヤヒヤさせられはしたがな。」

 

成長したとは言え、まだまだ修行が足りない弟に肩をすくめるオウカだったが、その内心は喜色に満ちあふれていた。刀一本気かと思えば、他の戦法をも持ち合わせていた。

あれを実戦でこなせる実行力。やはりSAOの2年は何物にも代えがたい、そして得がたい経験だったのだと改めて感じる。

そんな弟を、オウカは内心で誇らしく思っていた。

 

「そ、そっか、良かった…。」

 

勝ったことにより、ユウキの対戦相手は決まった。

この大舞台で臨む再戦、そして決着。

思えばここにくるまでいろんなことがあった。

27層ボス戦や、マドカとの出会い、リアルでの邂逅、IS学園の授業参加に、ISの操縦。

あの出会いと決闘からそんなに時間が経っていないはずなのに、とても濃密な時間過ごしていた。

でも今度は、本気の戦いになる。イチカは最初から全力で来るだろう。無論、それはあえて望むところだと言わせてもらおう。だが決着はまともな物にしたいとも思う。最初の決着のような…あんな……

 

ボンッ!!

 

思い出したら、一気に顔が熱くなってくる。

仮想世界とはいえ、そして事故とはいえ、唇を重ねてしまったのだ。思春期真っ盛りのユウキとしては、刺激が強いなんて物ではないだろう。

だがその勝負をきっかけに、スリーピングナイツの面々やイチカと一緒に冒険したり、一緒に騒いだり、マドカと出会ったり。

たぶんアレが無ければこんなにも満ち溢れた日々は過ごせなかった。

そして、募った想いに決着を着けるためにも、次の戦いは全力で望むのみ。

 

(ボク、負けないよ。イチカにも…そしてボク自身にも…。)

 

アスナとともに、イチカへの恋を確かめてから、啖呵を切っても何処か臆病で居てしまった弱い自身の心。この憶病風に負けないように、ユウキは今一度深呼吸する。

そして視線の先には、観客席に戻ってくる先の激闘を繰り広げた2人。

絶の剣と刀、そして気持ちへの決着の刻は、確実に近付いてきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決勝トーナメント第三回戦

 

Eブロック代表 ゼンガー

    VS

Fブロック代表 キリト

 

リングの中央に、がっしりした体つきの銀髪の成人男性アバターであるゼンガー、そして黒の剣士ことキリトがその剣を構える。

片やオーソドックスな形状の片手直剣のユナイティウォークス。キリトが好んで使う攻撃力重視の一振り。

だが相対するゼンガーの持つ得物。それは異質なまでに巨大な物だった。

先の試合でシロが使っていた正宗が霞んでしまう程にその威圧感は強大。刀身およそ3メートル。だがただ長いだけではない。その刃の幅ですら人の胴ほどもありそうなまでの物だ。

 

「…遠巻きに見ても思ってたけど、実際近くで見ると想像以上にでっかいな…。」

 

「我が霊式斬艦刀にて、黒の剣士の相手を仕る。」

 

その巨大なまでの剣、その重量に囚われることなく振り回し、圧倒的な攻撃力で敵を薙ぎ払ってきた。それはまさしく一撃必殺と言うに相応しい。ただでさえズバ抜けた攻撃力に、STR偏重のビルドがそれに拍車をかけている。

 

(こりゃ…直撃したら一発で終わりだな…。)

 

 

ブーーー!!!

たらりと頬を伝う冷や汗をよそに、試合開始のブザーがリングに鳴り響く。

 

「推して参る!!」

 

霊式斬艦刀を片手に構え、SPDに割り振っているのかと疑うほどに素早い踏み込みで自身の間合いへと立ち入る。

この踏み込みと、斬艦刀の薙ぎ払いで数多のプレイヤーが斬り捨てられてきた。

 

「ぬぉぉぉぉ!!!」

 

そしてそのセオリー通り、ゼンガーは出鼻を挫くかのように巨大なその刃の錆にせんとぶん回してきた。並大抵のプレイヤーなら、予選のように斬艦刀の威圧とゼンガーの気迫で尻込みし、先手の一撃で敗退しているだろう。

だが、生憎とキリトは並大抵のプレイヤーではない。

 

「よっ!」

 

横凪に払われた斬艦刀、その刃を跳躍して躱したキリトはその刃の腹に着地すると、それを足場にゼンガーに迫る。折角ゼンガーまでの『直通の道』が出来ているのだ、利用しない手はないだろう。

何処か初手で決まる期待をしていたゼンガーは、躱されたことに一瞬驚くも、直ぐに我を取り戻して刃の向きを変える。すると当然キリトの足場の向きも変わるわけで、その勢いを利用して跳躍。ゼンガーの背後へと回り込む。

 

(先ずは初手を取る!)

 

まずは体力に優位性を持たせることで、試合の主導権を握る。それだけでいい。

ブレーキの勢いを利用してユナイティウォークスをホリゾンタルを発動して薙ぎ払う。これは入る!そう確信していたキリトは、自身の甘さを文字通り痛感する。

響いたのは、ダメージを入れた斬撃音ではない。

金属と金属がぶつかり合う甲高い音だ。

 

「まだ甘いぞ。」

 

横凪に迫ってきた斬艦刀の腹によって、キリトはユナイティウォークスごと大きく吹き飛ばされる。

やはりその質量に違わぬ一撃に顔をしかめながらも、翅を利用して空中制御する。

 

(やっべぇ……身体に直撃してたら…!)

 

想像しただけでも血の気が引く思いだ。

だが、キリトに休む暇などない。

 

「はぁぁぁぁっ!!!」

 

跳躍し、斬艦刀を振りかぶったゼンガーが、キリトを文字通り両断せんと巨大な刃を振り下ろしてきた。

咄嗟に横に躱したは良い物の、その威力はリングの惨状を見れば食らわずとも理解できる。

文字通り、リングを半壊させるほどの一撃。それはスメラギの『デュールの隻腕』に迫るほどで、PVPにおいて過剰なまでの威力だ。

 

(ここで尻込みしてちゃ、勝てる物も勝てない…!)

 

攻める!

ただそれだけだ。

攻めて攻めて、反撃の暇を与えない!

及び腰になった腰を上げて、斬艦刀から遠ざかるようにしてゼンガーの周囲を駆ける。振りの大きさの隙を突いて懐に飛び込む以外無い。

想像したとおり、自身を背後から薙ぎ払おうと刃を水平に構えて振りに掛かるのが目に入る。これを飛び避けて、その隙に踏み込めば勝ちを引き寄せられるはず。そう企てて、避けるタイミングを見計らおうとリズムを整える。

 

しかし、

 

彼が耳にしたのは、風切り音ではない。

ガリガリと、何かを掘り返すような甲高い音だ。

 

「いぃっ!?」

 

振り返ってみれば、リングとその下の土台を巻き込み、数多の破片と砂塵を巻き上げながら迫る斬艦刀の姿。その姿たるや、まるで巨大なブルドーザーが迫り来るかのように錯覚させる。

 

「斬艦刀・星薙ぎの太刀!!!ぬぅぁぁぁぁ!!!」

 

その長いリーチと砂塵の巻き上げ。それにより外面へのダメージ判定範囲が広がっているため、射程範囲外へ出ることも出来ず、ましてや当初の予定通りに飛んで避けるとも敵わない。文字通り八方塞がりだ。

 

(ちっ!どうする…どうする!?)

 

手をこまねいている間にも、背後から壁の如く迫る斬艦刀。ここで直撃を食らうわけには行かない。

…そうなったキリトに委ねられた選択肢は、一つしか無かった。

そして意を決したとき、キリトの姿は砂塵の嵐の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

「キリト君!!」

 

砂塵に消えたキリトに、恋人のアスナは思わず悲鳴にも似た声を上げる。予想以上に攻め立てるゼンガーの斬撃は、キリトの実力を知る面々を驚愕させるには十分なほどで、彼が攻めあぐねているのが更なる拍車をかけていた。

 

「あわ……キリト、見えなくなっちゃった…。」

 

「っていうか、観客席(ここ)まで土煙に呑まれるとか、どれだけの力を入れてんだよ!?」

 

もうもうと視界を遮られ、観客席のあちこちから悲鳴が響き渡る。

 

「………。」

 

「………。」

 

そんな中、不動でリングを見つめるのは、規格外のオウカと、意外にもシロだった。

 

「やはりキリトとの対戦は楽しみになってきたな。」

 

「ん、私も戦ってみたくなってきた。」

 

2人が見据える先、徐々に晴れゆく粉塵の中、鈍い黒の輝きと、神々しい黄金の輝きが光る。

 

「あの咄嗟の判断で展開したか。この試合、まだまだ解らんな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「む……!」

 

星薙ぎの太刀で、リングごとキリトを薙ぎ払った気で居た。

だが、途中で斬艦刀の刃がその動きを止めた。まるで何かが自身の刃を押し止めるかのように。

 

(我が斬艦刀を一振りの剣で止めた?いや、それはあり得ぬはずだ。)

 

あれだけの勢いで薙ぎ払えば、並大抵の『片手直剣一本』など、初手の時と同様にプレイヤーごと吹き飛ばせる。

ならば何がせき止めているのか?

その答えは、砂塵が晴れる中、幾何もしない内に明かされることとなった。

右の手にはユナイティウォークス、左の手には黄金に輝く片手直剣。その神々しいそれは、明らかにオーダーメイドや店売りでないことを物語るかのように眩しい。

伝説級(レジェンダリィ)ウェポン『エクスキャリバー』

その刃が白日の下にさらされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二刀流!少年!やはり私と君は運命の赤い糸で結ばれていたようだな!乙女座の私には、センチメンタリズムな運命を感じずにはいられない!」

 

もはや陣羽織の男のテンションは、オーバーフローしていた…。



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第51話『雲耀VS流星群』

圧倒的な攻撃力による怒濤の攻めに、キリトは咄嗟に切り札を切った。

漆黒と黄金の刃をそれぞれ手にし、薙ぎ払われた斬艦刀を、刃と刃に咬ませるように堰き止める。

だが二刀の防御を以てしても完全に衝撃は殺しきれず、ジワリジワリとだが身体が押されている。

しかし、星薙ぎの太刀を最小限のダメージで防ぐことには成功した。そして、刃の速度を落とし込むことにより、数多の粉塵を止めるということにも。

チャンスとばかりに刃と刃の接点を支点にして身体を倒立させると、そのまま再び斬艦刀の刃の腹に飛び乗る。切り札を切ったからには、ここから攻めの姿勢に入る。道という名の刀身を駆けながら、自身の攻めの手を考案するが、やはり初手と同じくして刀身の向きを変えるゼンガー。そして再び飛び退くのかと予測するゼンガーを余所に、キリトは横ではなく、上に飛び上がった。黒のコートをはためかせ、その刃を突き立てんとする狙いだろう。

しかしゼンガーの斬り返しは速かった。刀身を縦に構えると、切り上げるように空中にいるキリトへと振り上げたのだ。

だがキリトとて負けては居ない。

再び両手の剣をクロスさせると、迫りくる斬艦刀に咬ませる。そしてそのままスライドするように刃を滑り降り、ゼンガーへと一直線に迫る!

 

「ぬぅっ!」

 

しかしゼンガーとてこのまま敵の間合いに入るつもりなど毛頭無い。振りあげた斬艦刀をその勢いのまま真上を通過し、背負い投げるかのようにキリトごとリングに叩き付ける。

再びリングを、いやコロッセウムを揺るがすような轟音が鳴り響くとともに、砕け散ったリングの石片が宙に舞上げられた。

 

「…やはり二刀を操るだけの技量を持ち合わせているか。」

 

手数が多くなることで戦力が単純に増えるかと言えばそうではない。両の手それぞれの剣を的確に扱いきれなければ、二刀の強みを活かせない。

だが目の前のキリトは、この防御と攻撃の逸らし方だけで、その技量の高さを物語るものとなっている。

現にゼンガーの斬艦刀。先程のその重厚な振り下ろしを、二振りの剣によって見事に防いでいるのだから。

 

「修練という名目でこの大会に参加したが、その意義は十二分に存在したようだ。貴様ほどの剣士が存在しようとはな。」

 

「お褒めに預かり光栄至極…とでも言えばいいか?アンタこそこれ程の腕があるんなら、修練だけじゃ勿体ない。この世界、修練以外にもっと楽しめば良いんじゃないか?」

 

「無論、今のこの時を楽しんでいる。如何に何を楽しむかという意味では、その感じ方は千差万別だろう?」

 

「確かに、な!」

 

踏ん張る四肢に力を込め、そのバネを使って斬艦刀を勢いよく競り返した。ゼンガーとて、決して力を抜いたわけではない。だが単純な攻撃力そのものには軍配が上がっても、キリトの技量の高さや仮想世界における身体の使い方は、ゼンガーを上回っているようにも見えた。

 

「やっぱりゲームは…楽しまなきゃ損だよな!」

 

「ふっ…!ならば俺は貴様を倒し、次なる強者と相見え、その楽しみを享受するとしよう!」

 

「冗談!勝ち進むのはこっちさ。決勝で戦いたい奴もいるからな!」

 

「その意気や良し!ならば我が斬艦刀にて、黒の剣士の相手を仕る!我が太刀筋、しかと受け止めよ!」

 

「上等だ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前で繰り広げられるのは、巨大な刃と二刀の剣の激しい応酬。

金属音が

粉砕音が

風切り音が

そしてそのやりとりの度に巻き起こる歓声が、その戦闘の激しさを物語るには容易な物だった。

力では劣るキリトがそれをカバーすべく、手数と技量、そして長いVRでの経験値を活かして、一撃必殺と言わんばかりのゼンガーの剣戟を避け、そして時には防いでいく。

その高レベルのやりとりに、コロッセウムのボルテージは最高潮に達していた。

だが、キリトを応援する者にとっては、その表情に陰りを見せ始める。

未だキリトはゼンガーに一太刀も入れられていない。寧ろ、防戦に傾いている戦況では、防御ダメージが蓄積しており、現に凡そ30%のHPが削られている。

試合時間も無限では無い。制限時間10分。その間に決着がつかなければ、残りHP残量の割合が多い方に軍配が上がる。

 

「攻めあぐねているな。」

 

「あぁ。…やっぱりあのリーチと一発の重さが足枷になってる感じかな。」

 

観客席最前列で観戦していたオウカとイチカは、2人の試合の行く末を見守っている。

 

「だが、何とかなると信じているのだろう?」

 

何処か確信めいたように口許を釣り上げながら、隣で視線を逸らさずに試合の行方を見守る弟に、オウカは尋ねる。

そして、

 

「あぁ。…じゃなきゃ、あの2年をフロントランナーとして生き残れるはずもないさ。」

 

即答、そして力強いその言葉が、何よりもキリトの勝利を信じさせるに値する物だった。

試合残り時間3分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

威圧感と共に剛風を乗せて巨剣が振るわれる。

それを躱し、防ぐ。

大振りだが鋭いその剣戟に目が慣れてきた。

少しずつ、少しずつゼンガーの剣戟、その間隙を見極める。

だが同時に、じっくりと見極める事は制限時間が許してくれず、それが少なからず焦燥感を湧かせてくる。

 

(ソードスキルを使うか…?いや、下手に使って防がれたら、その後の硬直を狙われる。)

 

使えるとしたら、確実に直撃させることが大前提だ。だがソードスキルの火力や手数に頼らなければ、逆転が難しいだろう。どちらにしても大きなリスクを孕んでいるこの現状に、もどかしさが湧き上がる。

 

「…迷ってる暇はない…!」

 

「む…!」

 

意を決したキリトが、斬艦刀を弾くように切り上げる。勿論、重量の影響で弾くことはなかったが、逆にノックバックこ勢いを利用して距離を取る。

突然間合いを開いたことで、ゼンガーが訝しげに様子を窺う。それもそのはず、自ら自身の射程距離外に行くと言うことは、斬艦刀に有利な間合いへと変わると言うことなのだ。だがあえてその選択をする意図が、ゼンガーには読めずに居た。

右手のユナイティウォークスを弓を引き絞るように後方へ柄を突き出す。その漆黒の刀身が、ソードスキルの光を宿した刹那、突進型片手直剣ソードスキルである『ヴォーパル・ストライク』のシステムアシストにより、一筋の光を残して音速に迫る速度へと達する。

 

「ぬぉっ!?」

 

よもやあの間合いを瞬間的に詰め、突進の一撃を穿ってくるなどとは思いもしなかったらしく、ゼンガーはその目を見開く。だが彼も剣術においては素人ではない、寧ろ達人の域に達している人物だ。おいそれとやられるものではなく、斬艦刀の刃でヴォーパル・ストライクの軌道を何とか逸らす。しかし今一歩キリトに軍配が上がったようで、ゼンガーの頬に一筋の赤いダメージエフェクトが灯る。この場に来て、掠めたとは言えゼンガーが初めて手傷を負った。

しかし、直撃でなかったことが不幸中の幸いか。ヴォーパル・ストライクによるノックバックが発生しなかったのだ。

ヴォーパル・ストライクは、直撃すればノックバックと共に大きなダメージを与えられる。しかし、外したり、ノックバックが発生しなかった場合、上位ソードスキル故にその大きな硬直(ディレイ)が発生してしまう。ノックバックが発生すればそれを十分カバーできるのだが、逆にそう出なかった場合に大きな隙が生まれてしまう。

そこをゼンガーは狙い、結果として背後に位置が移ったキリトに斬艦刀をお見舞いすべく、その身を翻す。

だが、彼の目に飛び込んできたのは、『左手のエクスキャリバーが纏うソードスキルの光』だった。

そう、キリトにはそれをカバーする秘策があった。

スペルブラストと同じく、システム外スキルである『スキルコネクト』。左右に持つ片手剣、それぞれのソードスキルをシビアなタイミングで交互に使うものだ。

 

「おぉぉっ!!」

 

ヴォーパル・ストライクのブレーキで踏ん張り、その屈んだ低姿勢から、銀のライトエフェクトを纏った切り上げがゼンガーに迫りくる。

ゼンガーの振りの速さにはある程度慣れてきた。未だ彼は振りかぶりのモーションに掛かった所だ。

このタイミングなら直撃させられる!

そう踏んだキリトはスキルコネクトで意表を突き、更にゼンガーの対応できない速さで斬り返す!この大一番で小回りが利くが、そこそこ大きなダメージを見込める斬り上げ型のソードスキル『レディアント・アーク』で勝負に出た。

 

 

 

だが、

 

 

甲高い金属音と共に、キリトは宙を舞った。

 

 

 

「なん…っ…!?」

 

何が起こったのか解らず、軽いパニックに陥る。

あのタイミングなら斬り込めた、なのに何故今自分は宙を舞っている?

 

「キリト!下から来るぞ!!」

 

「!!!!」

 

咄嗟のイチカの声で我を取り戻すと、翅を制御して下から来るであろう剣戟に備え、両手の剣を交差させてクロス・ブロックする。

次の瞬間、

ソードスキルの光を纏った斬艦刀により、今まで一番と思わせるほどの強い衝撃が剣を通じて伝わった。

 

「…我が斬艦刀の雷光斬りを防ぐか。」

 

両断できず、どこか口惜しげに大きく吹き飛ぶキリトを見やるゼンガー。

斬艦刀を用いて彼が得意とする剣技で、彼のOSSである『雷光斬り』。横への薙ぎ払いで浮き上げ、そして高速の斬り返しと踏み込みで下から両断する連撃だ。レディアント・アークを横への薙ぎ払いで弾き、下からの斬り上げで仕留めるつもりが、物の見事に防がれたのだ。

 

「くそ…っ!何て威力だ!」

 

対し吹き飛ばされたキリトも、何とか体勢を立て直して着地しながらも、ゼンガーの一撃の重さに改めて歯噛みする。ガードしたと言えども、元々3割ほど減っていた体力ゲージは、グリーンからイエローへと変色させていた。今まで直撃こそしなかったが、やはり直撃していれば敗北必至。

 

「だったら…」

 

「ならば…」

 

「切り札を切るしかない…!」

 

「我が奥義にて、この勝負…決着としよう!」

 

片や相手の技量を

片や相手の力を

それぞれが(おのの)き、そして賞賛するからこそ。

自身が持つ最大を以てして、目の前の最大を斬り捨てる。

 

「征くぞ、キリト…!我が斬艦刀の一太刀を以て、貴様との戦いに終止符を討つ!」

 

「後がないんだ…!だったら受けて立つぜ!コイツで…勝ちをもぎ取るだけだ!」

 

「その意気や良し!ならば敢えて言おう!」

 

声高々に、そしてその巨大な斬艦刀を正眼に構え、そして天高くに突き上げる。

 

「我が名はゼンガー!貴様を断つ(つるぎ)なり!」

 

気迫

システム上、そのような現象やステータスは存在し得ないのだが、目の前の漢から放たれる威圧のそれは、まさしくそうとしか言えない物だった。

 

「推して…参る!そして受けよ!我が乾坤一擲の一撃を!」

 

瞬間、ヒビがあちこちに入ったリングを踏み抜かんばかりに強く蹴り出す。

 

「吠えろ!斬艦刀!届け!雲耀の速さまで!!」

 

その強靭なまでのバネを使い、彼は跳躍する。

翅を使い、

ブーストを掛け、

何処までも、

高く…

高く!

 

「はぁぁぁぁぁ!!!」

 

もはや観客席やキリト自身からも、ゼンガーは黒い点になるかという位までの、それこそ制限高度限界ギリギリまで彼は跳躍していた。

そして翅を消す。

浮遊能力としての翅を消す=自由落下を始まりだ。

だがゼンガーはそれを剣術に活かす。

総ては雲耀…稲妻という光の速さに達するために!

 

斬艦刀の圧倒的な重さにより更に加速しながら重力に引かれ、ぐんぐん迫るのはリングに佇む黒の剣士。

この圧倒的な速度と斬艦刀の重量、そこに更にゼンガーの振りの速さを加えることで、もはや何物にも防ぐことは敵わない、正しく示現流の信念である『一の太刀を疑わず、二の太刀要らず』そのものの一撃となり得る。

もはやこれを防ぐことは敵わない。この一撃ならば防御を貫き、キリトを仕留められるという確信があった。 

 

「チェェェェストォォォォォォォォッ!!!!」

 

彼のその雄叫びは、勝利の咆吼のようにも聞こえた。

 

 

 

 

「あれを防御してもやられる…防げないな。」

 

もはや逃げ場はない。だったら、

 

「迎え撃つまでだ!」

 

迫りくる巨大な太刀。それを待ち受けるのかと思いきや、逆に彼はその翅を展開して、あろうことか斬艦刀へと跳躍したのだ。

もはや自殺行為に等しい、誰しもキリトは勝負を諦めたのかと思った時、彼の両手に持つ二振りの片手直剣にソードスキルの青い光が宿る。彼にとって二刀流の始まりであり、そして今となっては必殺のOSS。

 

「スターバースト…ストリーム!!!」

 

高速…否、神速で迫るその巨大な太刀に、真っ向から刃を克ち当てる。

瞬間、高周波の音がコロッセウムを支配、一部を残して観客の誰しもが耳を防いでその音波を防ぐ。

だが当の2人にそんな物を気にする余裕はない。

スターバースト・ストリームを当てたとは言え、斬艦刀を止めるには至っていない。象に挑む子蟻のような感覚に陥るが、だがキリトは構わず二の太刀を撃ち込む。が、金属音だけで効果が無い様子だ。

 

「もっとだ!もっと速く!!」

 

ゼンガーと同じように、速さを求めて必死に光を纏った剣を振るう。その速度はもはや音速の領域に達し、多方向からの青い光の軌跡が、まるで流星群のように錯覚できる。

 

「まだだ!まだまだぁ!!」

 

しかしタイムリミットが迫ってきている。

キリトの背中に迫るのは、コロッセウムのリング。

叩き付けられれば、目の前の斬艦刀で真っ二つ。その前に、『彼の狙い』を見事に的中させなければならない。

 

「ぅぉおおおおぉぉ!!!」

 

もはや我武者羅に、一心不乱に剣を振るう。

斬り、

そして払い、

自身が挑み、そして再現したスターバースト・ストリームの16連撃。

その15撃目が、斬艦刀に吸い込まれる。

残るは一撃。

これで狙い通りにならないなら、ソードスキル後の硬直によって斬られる。

文字通り後が無い。

一縷の望みを掛けて、

そして全力の力を込めてその一撃を斬艦刀に撃ち込む。

…これで切り札を切った。

何も変わらないなら…そこまでだ。

ゆっくりと迫る斬艦刀を目の前に、キリトはその目を閉じた。

あとはなるようになれ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピシリ…

そんな何かが欠ける音が静寂に響く。

 

「ぬっ…!これは、まさか…!」

 

声を先に挙げたのはゼンガーだった。

自身の持つ斬艦刀。そこから発せられる音に耳を疑ったのだ。

それはとても小さな罅。それが斬艦刀の刃に走っていた。

そしてそれは徐々に木々が枝を伸ばすかのように広げ、刀身全体へと広がっていく。

 

「…やった、か。」

 

目の前で砕け散る斬艦刀に、やり遂げたのと、ホッとした表情で見遣るキリト。

彼が狙ったのは『アーム・ブラスト』。

武器の構成上で脆い部分にソードスキルを当てて、武器破壊を行うシステム外スキルだ。

 

「よもや、斬艦刀が折られるなどとは。」

 

目の前でポリゴン片となった自身の愛剣を見つめながら、ゼンガーはポツリと呟いた。

雲耀の太刀の下、勝利を確信していた結果の敗北。それが何より信じられなかった。

 

「………。」

 

武器を失ったとは言え、未だ諦めずに向かってくることを警戒し、キリトは再び剣を構える。あれほどの攻撃力を持つプレイヤーだ。素手でも脅威となり得る可能性が高い。

 

「…そう身構えるな。」

 

そんなキリトに待ったを掛けたのは、他の誰でも無いゼンガーだ。

 

「審判!!!」

 

『は、はい!』

 

コロッセウムを揺るがすような大音量の声に、思わず審判もビクリと身体を震わせる。

 

「俺はここで降りる!リザインだ!!」

 

へ?と思わず聞き返したくなるような言葉に、審判も一瞬思考が停止する。だが、プレイヤーからリザイン宣告が出た以上、試合を終了させなければならないわけで、

 

「え、えと!ゼンガー選手のリザイン宣言により、勝者はキリト選手!!!!」

 

途端、会場がざわめき始める。何せ、ゼンガーのHPゲージは9割、キリトは4割。優位なのは前者であるにもかかわらずリザインをしたことに、誰しもがどよめきを隠せない。

 

「俺が持つ得物は斬艦刀の一振りのみ。それを壊された以上、戦いを続けることは出来ん。それだけのことだ。」

 

それに、とゼンガーは言葉を繋げる。

 

「我が信念とも言える斬艦刀を叩き折ったのだ。それ即ち俺を斬ったも同じこと。ならば勝者は決まっている。」

 

踵を返すゼンガーに拍手はごくごく小さな物だった。

だがキリトは心中、目の前から去る漢に最大限の賞賛を送っていた。

一本気で、そして何処までも潔く感じたゼンガー。

あんなプレイヤーがいるALOは、まだまだ素晴らしい物になるだろうと確信しながら。




リング「もうあかん…試合毎にワイ壊されすぎや…」


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第52話『刀と剣』

キリの良いところまでで切ったら短くなってしまった。申し訳ない。


「よかったのかね?」

 

コロッセウムの通路を歩くゼンガーに、仮面の彼は語りかける。

 

「なにがだ?」

 

「とぼけなくても構わんよ。あの黒い少年との試合のことさ。あれだけの体力差がありながらも試合を放棄した。君ならば徒手空拳と言えども渡り合えたのではないか?」

 

「無理だな。」

 

「ほう?君ほどの男にそう言わしめる程の実力者なのかね?」

 

「いや、単に体術のスキルとやらを習得していない。いくら現実で戦えようと、ここはあくまでもゲームの世界だ。そういう物に左右されるのは仕方あるまい。」

 

「そうだったな。いや、ここまでリアリティに凝っていると、どうしてもイコール現実と捉えてしまいがちになってしまう。」

 

くっくと笑う仮面の男に…ブシドーは改めて仮想世界の技術、その高さに感嘆する。

 

「そういうお前の次の対戦相手は…」

 

「あぁ、知らぬ相手ではない。恐らくな。」

 

「…軍のトップガンの力、とくと見せて貰うとしよう。」

 

「軍のトップガン?否!人は私を、Mr.ブシドーと呼ぶ。ここではそう呼ぶと良い。…迷惑千万だがな。」

 

アバター名を呼べと言って迷惑千万と言うのもおかしな話だが、ともあれ、ブシドーはゼンガーを背にして自身の戦場へと赴く。その後ろ姿は何処か様になっている。

 

「我が盟友が鍛えしこの二振りで、少年の目を釘付けにして見せよう!」

 

何処かおかしな彼の言動が、それを台無しにしているのは言うまでも無いが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Gブロック代表 Mr.ブシドー

    VS

Hブロック代表 パトリック

 

片や二刀流の金髪でシルフ剣士

片や赤髪で軽装のサラマンダーの槍使い

ダイレクトに結果を伝えるならば、卓越した剣技のブシドーに対し、彼ほどでは無いにせよ、熟練の槍使いのパトリック。怒濤の攻めによるブシドーの有利かと思いきや、躓いて危うい攻撃を紙一重で躱したり、足に当たった小石が上手い具合にブシドーの脛にぶつかったりと、何かとパトリックは悪運が強く、中々勝敗が決しなかった。結果としては時間切れ(タイムアップ)でHP残量による判定でブシドーに軍配が上がる結果となった。

試合後、観客席で『大佐ぁ~!』と眼鏡を掛けたウンディーネのプレイヤーに泣きつくパトリックが目撃されたとかされてないとか。

 

 

そして…

 

 

 

 

『皆様お待たせしました!これより第1回ALO統一デュエルトーナメント準決勝を開始します!!』

 

勝ち進む毎に上がっていくボルテージは、当事者にとっては緊張と共に熱意を与えていく。そして目の前の相手が相手ならなおのこと。目の前で不敵な笑みを浮かべる想い人に、どちらも釣られて声も出さずに笑い合う。

 

『では!Bブロック代表、絶剣ことユウキ選手!!ダークホースと思われたオウカ選手を、どんでん返しの逆転劇で勝ち抜き、その無敗の戦績を継続しています!!』

 

「ユウキー!!頑張ってー!!」

 

「負けんじゃねぇぞー!!」

 

「ふ、ファイト、です…!」

 

「良い試合をお願いしますよ!」

 

「頑張れリーダー!!!」

 

しばらく治療で会えなかったスリーピングナイツの面々が、ここに来て短い治療の暇を縫って駆け付けてきてくれた。病院のモニターや携帯端末でも観戦できたのだが、それでも生での応援という物は何物にも代え難いもので、ユウキは片手を上げてそれに応える。

 

『対しCブロック代表、絶刀のイチカ!予選では並み居る強豪をその鮮烈なる刃で斬り捨て、決勝1回戦では魔法や体術、そして投剣スキルを駆使したトリッキーな戦いで魅せてくれました!』

 

「イチカー!負けるなよー!」

 

「イチカ…ファイト…!」

 

「えと…私、ユウキとイチカ君、どっちを応援すれば……う~!どっちも勝って~!!」

 

「いや、落ち着けアスナ。気持ちはわからんでもないが。」

 

約一名、気持ちのせめぎ合いの中で錯乱していたが、ここは一先ず置いておこう。

ともあれ…

 

「やっと、この時が来たね。」

 

「あぁ。」

 

「こんな大舞台でイチカと決着を着けられるなんて…ね。」

 

「あの時のデュエルとはダンチのギャラリーだ。その分盛り上がる。」

 

「流石にこの人数の観客の前で、アレは無しで…頼むよ?」

 

「アレ?」

 

アレと言う代名詞を出されても、イチカにとっては何のことか見当がつかずに首を傾げる。そんな彼に少し憤慨して、ユウキは顔を赤らめていく。

 

「あ、アレってのは…そのぅ………キ…」

 

「キ?」

 

「キ…!」

 

「キ?」

 

「~~!!!あぁぁ!もう!この鈍ちん!鈍感!とーへんぼく!!」

 

「えぇ~…」

 

何故か罵倒された。

ユウキからしてみれば、前回のデュエルで事故とはいえキスしてしまったのだ。それを再び、それも前回とは比べものにならないギャラリーの前でしようものなら、羞恥心でALOにログイン出来なくなってしまいそうだ。

 

『なにやら痴話喧嘩を繰り広げております両名ですが、そんなもんは犬にでも食わせておくとして…。』

 

酷い言いように2人は抗議の声を上げるが、審判には聞かぬ存ぜぬの一心でスルーされる。

 

『それでは!準決勝第一試合…カウントスタート!』

 

「ユウキ。」

 

「…なに?」

 

少しムスッと頬を膨らませるユウキ。鈍いイチカに御立腹のようだ。しかし、そんな彼女を意に介する事無く、彼は続ける。

 

「俺は、この試合に勝ったら…。」

 

「し…試合に、勝ったら?」

 

今度はユウキが首を傾げる番だ。だが真っ直ぐに自身を見つめるイチカの表情に何処か押され、同時になぜかありもしないはずの胸の鼓動が速くなり、そして頬が熱くなってくる。

 

「俺は、お前に俺の気持ちを伝えたい。」

 

そう、これがキリトに勧められた告白のシチュエーション。自身の想い人に向き合い、そしてその試合の後に気持ちを伝える。何処かベタながら、しかしピッタリのシチュエーション。

イチカの、気持ち。

その言葉にユウキは、ここにあるはずのない心臓がバクバクとその鼓動を跳ね上げ、そして耳障りに感じた。

自身が予想する物をイチカが考えているなら、負けるのもやぶさかではない。そんな考えが一瞬頭を過るが、直ぐにそれを霧散させる。

そんなことをして何の意味がある?

この時の、そしてこの決着の為に2人は勝ち進んで来たと言っても過言ではない。なのに負けても構わないなどと、そんな考えに至った自身が恥ずかしくなる。

全力でぶつかって、その上で負けるのは致し方ないだろう。だが負けても構わない考えでその想いを受け止めては、イチカにも、そして自分自身の想いにも反する。

だったら、自分に正直に裏も表も無く、とにかく前へ進んでいく。アスナがそう自身を評してくれた事を思い出し、熱くなってきた顔と想いを少しだけ冷静に移す。

そう。

ボクだって、この戦いの先に伝えたい『想い(大好き)』があるんだ。

 

「奇遇だね。ボクもこの戦いに勝ったら、イチカに伝えたい想いがあるんだ。」

 

思わぬ返しにイチカは一瞬目を見開くが、直ぐに戻すと、何処か嬉しそうに口許を釣り上げる。ほんのり、頬が朱に染まっているように感じたのは気のせいだろうか?

 

「負けられないな、互いに。」

 

「でも、この戦いも楽しみたいよね、思いっきり。」

 

「あぁ。勝っても負けても恨みっこ無し。」

 

「ぶつけ合おう!ボク達の…全力を…!!」

 

「応!!!」

 

同時に、

狙ったかのようにブザーが鳴り響き、2人は踏み込んだ。

 

絶剣と絶剣

 

2人の戦いの火蓋は、ここに切って落とされた。



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第53話『絶えぬ刃・前編』

令和、あけましておめでとうございます(今更)
2カ月ほど開きましたが、何とか前編完成に至りました。


「「おぉぉぉっ!!!」」

 

声高らかに雄叫びをあげながら、互いに己の得物を突き出して突貫する。が、互いに半身を逸らした体勢で突き出したため、見事にすれ違うように交錯した。

お互い、考えることは同じかと、視界の端を過る相手の切っ先を見送り、交差した瞬間に顔を見合わせて笑みを零し合う。

イチカがブレーキと同時に振り返るも、その視線の先にユウキは居ない。

 

「…上か!」

 

雪華を振りあげれば、確かな手応えと共に甲高い音がユウキのマクアフィテルによる刺突を弾き飛ばす。

だがユウキとて一発弾かれた程度でひるむものでもない。すかさずその刃を引き、再び突く、突く、突く!その速度は、OSSに11連撃の刺突を仕込めるほどの物であるため、並の速度ではない。

しかし、イチカも伊達に旧SAOを生き延びた訳ではない。自身の手足のようにその白銀の刃で次々といなし、ダメージを負うことなく捌く。

5発目を捌いたとき、マクアフィテルのその刃がソードスキルの光を帯びて輝き始める。大きく振りかぶった腕、その陰から振り下ろされたのは単発で垂直に剣を振るうソードスキルのバーチカル。システムアシストによって上乗せされた力強い一撃が迫るが、イチカは至極冷静だった。意図してか否かは解らないが、ユウキと同じく、雪華の刃にソードスキルの光を纏わせたその一閃は、彼女とは対と言わんばかりに下から斬り上げる。互いの得物がぶつかり、そして弾かれるが、ユウキと違ってイチカのソードスキルは終わっていない。斬り上げた刃を返し、

すかさず斬り下ろす。弾かれた勢いでのディレイで直撃するかと思いきや、翅による微調整でギリギリ紙一重で回避。どうにか避けた事で肝を冷やすユウキだったが、ソードスキルの光を放ちながら目の前に迫る白銀の刃に目を見開く。繰り上げと斬り下ろし、そして最後に突きを放つカタナソードスキル『緋扇』である。結果的にバーチカル単発だったので残りの2発を攻撃に移せたのは僥倖で、2発目で防御を崩すことで最後の突きを命中させられる。

 

 

そう確信していた。

 

しかし、

 

ギィン!という甲高い音が、その確信を覆した事を無理矢理認識させる。

次の瞬間、得物を思い切り弾かれ、胴体をガラ空きにさせられたのは自身だとイチカは気付く。

 

ヤバい!

そう確信したときにユウキは、既にソードスキルの光をマクアフィテルに纏わせていた。

このままではヴォーパル・ストライクの一撃がクリティカル判定で打ち込まれ、大きくHPを削られてしまうのは明白だ。

 

(ヤバい!防げ…!じゃないと…!)

 

頭では身体に動かせと命令しても、それを実行するまでのプロセスによるタイムラグが阻んでくる。頭の回転が出来ても、仮想世界といえどもそれは現実と変わりない。

しかし、

 

鈍い音と衝撃によって、迫り来る切っ先を大きく跳ね上げられた。

 

「…………!」

 

正直、間に合うと思いもしなかった。だが、跳ね上げられている右手の刃が間に合わないならと左手に持つ『ソレ』を振りあげれば、何のことかものの見事に防ぐことが出来た。

防がれたことに目を丸くしていたのはユウキも弾かれた事による反動を利用して距離をとる。

彼女が見据えるイチカの左手、そこに握られるのは雪華と同じく白銀の鞘。細長く、そして反ったその身によってユウキのヴォーパル・ストライクは弾かれたのだ。

 

「………ふ…ふふっ!」

 

ポカンとしていたユウキがその表情を崩し、クスクスと笑い出した。コロコロ変わるその表情に、今度はイチカがポカンとする番である。

 

「何か、おかしなとこでもあったか?」

 

「あ、違うんだよイチカ。その、何だか最初に戦ったときと似たようなシチュエーションだからさ。ちょっとおかしくなって。」

 

24層の小島でも、初手の攻防の終止符を打ったのは、雪華の攻撃をかち上げ、ガラ空きになった所にヴォーパル・ストライク。それをイチカがまさかの鞘で防ぐという流れだった。奇しくもそのパターンの再来に、確かに思い返してみればとイチカも口許を綻ばせる。

 

「あれからまだ10日そこそこの日にちしか経ってないのに、随分昔のことのように感じるな。」

 

「そうだね。…でもやっぱり日常を過ごしながらも、ボクは今この時を心の何処かで待ち遠しくしてたんだ。…だから、その間の日々は、長くて、輝いてて……ん~…まぁ上手く言えないけど…。でも、イチカや皆と過ごしたこの日々は、それだけ満ち足りていた物だったって言うのは、ハッキリ言えるよ。」

 

「…そうだな。俺も、今この時を何処かで心待ちにしてたんだろうな。」

 

キリトにも言われたからか、恐らく今となって欲しくなったのは切欠。彼女に対する思いを伝える、何かしらの状況を無意識に欲していたというのもあるのかも知れない。

 

「だからボクは。」

 

「だから俺は。」

 

「「一分一秒、一瞬でもこの時を楽しんでいたい!」」

 

瞬間、2人はシステムアシストを全開にして踏み込み、互いの刃と刃をぶつけ合う。

ユウキはその圧倒的な反応速度と剣戟を。

イチカは雪華とその鞘による手数と、剣術で。

やはり最初の戦いのようにその見る者を惹きつける剣による応酬は、場の雰囲気を最高潮に引き立てるスパイスとなっていく。

目で追うことは難しく、他のプレイヤーからはただただひたすらにとんでもない速度で斬り合っているとしか見えないほどに、2人のデュエルは激しいものだった。

 

「やれやれ、私の弟とユウキはゲームの中で常日頃あそこまで動いているのか?…正直末恐ろしいな。」

 

「いや、あんたがそれを言うのかよオウカ。」

 

「だがキリト、お前も気付いているだろう?私と戦ったときよりも、今のユウキの速さは上回っている、と。」

 

2人の戦いの行く末を観客席から見守る面々の中、オウカの受け答えにキリトは押し黙る。彼女の言い分も尤もだ。ほんの少し、僅かではあるが、ユウキの速さはオウカとの戦いより上がっている。装備や熟練度の変更などはない。だが現に目の前の彼女は確実にギアが上がっている。

 

「互いが互いを…高めあってる、の?」

 

「多分な。相手が一歩前へ行くなら自分は更に一歩前へ。そしてその逆もまた、だ。」

 

文字通り互いを高め合う好敵手(ライバル)。かつてSAOで、キリトと彼が互いに競い、そしてアインクラッドの高みを目指していたように。

今現在、絶の名をもつ2人の剣士が、互いをぶつけ合って次の次元へと上り詰めていく。

好いた相手が、もしかしたら恋人兼ライバルなどという複雑な立ち位置になりそうなのは想像に難くないが。

 

(高め遭う存在…ライバル…強敵(とも)?)

 

そして約一名、世紀末的な連鎖を起こしている少女がいたことに誰も気付かずに居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故だろう、

身体が思った以上に軽い。

寧ろ自身の身体(アバター)じゃないと思うくらいに。

いや違う。

どんどん身体が軽くなり、そして頭の中がクリアになってくる。

相手の剣閃が読める。

そして次の動きを予測させる。

だがそれは相手も同じらしく、

避けて、

弾いて、

防いで、

その応酬の繰り返し。クリーンヒットなど無く、じわりじわりとHPを互いに削り合う。

端から見ればつまらない試合と見えるかも知れない。だが当の本人達にはこの上なく昂揚する一時だ。

 

((まだだ!))

 

再び2人の剣は交錯し、甲高い音と共に火花を散らす。

 

((まだ(ボク)は、総てを出し切っていない!!))

 

そう思い、先に動いたのはユウキだ。マクアフィテルに携えていない左手を固く握り込むと、プレートアーマーで防護されていないイチカの腹部にめり込ませる。よもや今まで使ってこなかった体術で攻撃してこようなどと想像だにしなかったイチカは不意を突かれ、蹌踉めきと共に目を丸くする。

元々キリトと同じく、避けて当てるを念頭に置くために盾を装備しないスタイルのユウキなので、こういった芸当が可能なのだが、実際に使用したのは今回初だ。

ダメージは皆無に近いにせよ、よろけをとったのは大きい。ここで一撃を与えられたなら、それは大きなアドバンテージとなる。

 

「てやぁぁぁぁっ!!!」

 

ここぞとばかりに、再びヴォーパルストライクを発動。今度ばかりは当てる、当てられる。そう確信できるタイミング。

突き出したマクアフィテルの切っ先が、俯くイチカの額に向かい、そして吸い込まれていく。

 

万事休す

 

2人を包む爆炎を目にして、その言葉が誰の脳裏にも過った。

 

 

 

 

 

 

爆炎の後に漂うのは灰色の厚い煙霧。2人の姿を遮り、あの一撃のあとどうなったのかが解らない状況がコロッセウムを包み込む。

誰しもがイチカのHPを確認しようと顔を上げたとき、その濃密な煙霧から空中に飛び出したものが目にとまった。

細長く、そして太陽の光に反射して輝くもの。

それがイチカの雪華と判断したのは、その切っ先がリングに突き立ったときだった。

 

 

 

一撃の手応えはあった。

しかしヴォーパルストライクの一撃が、イチカのアバターに突き刺さった感触はない。

そして爆発の際、僅かに聞こえた金属音。

ユウキの脳内で、現状に対しての疑問が飛び交う中、ぞくりと背筋に突き刺さるような悪寒が迸った。

視界を遮る煙霧。ユウキはその悪寒のまま、バックステップを踏んで距離をとる判断を下した。

先のイチカとシロの試合を見ていたなら、この悪寒の正体を打ち立てて直ぐに対処できていただろう。

だが生憎と彼女は、その試合を見ることが出来なかった。

それによって一瞬、ただ一瞬、判断が遅れてしまう。

それが手痛い一撃を受けることになった。

 

「ぎっ!?」

 

右脇腹に、鋭い痛みに似た感覚が走る。

ダメージを受けた?

だがイチカの動きが解らない以上、視界を遮ったまま居るのは得策ではない。

ダメージによる痛みを我慢しながら、着地と同時に再度後方へステップを踏むと、その濃密な煙からようやく抜け出すことが出来た。

 

「………っ!」

 

さっきの痛みは、やはりイチカによる何らかの攻撃だったのだろう。現にダメージを受けたとされる右脇腹には、赤々としたダメージエフェクトがその光を帯びており、さらに視線を移せば2割ほど減少していたHPが更に1割程減っていた。

少し視線をずらせば、リングに突き刺さったイチカの愛刀である雪華。

やはりヴォーパルストライクの一撃は防がれていたのだ。

だがあのタイミングで防ぐことが出来たというのは、ユウキにとって信じがたい事実だが、現に目の前で防がれたともなれば認めざるを得ない。

しかしそうなれば、どうやって1割程のダメージを雪華無しで与えることができたのか。その答えは、煙霧の晴れた中に居たイチカ、彼の突き出した手刀が物語っていた。

 

「体術…スキル?」

 

「ご明察、だな。」

 

刀スキルと、それによる居合ばかりに気を取られていたために、体術スキルに関しては盲点だった。ユウキにしてみれば、シロとの試合を見ていない為に、イチカの手刀…それによる体術ソードスキルのエンブレイザーは初見であったため、その目には驚きを隠せない。

 

「咄嗟に防がれたのにも驚いたけどさ、まさかこんな隠し球があったなんて思いもしなかったよ。」

 

「武器が壊れたり、弾かれたりしたときの緊急用に、旧SAOの時から取得してたんだよ。…あくまでも緊急用なんだけどな。シロとの試合じゃ、自分から使っちまったよ。」

 

シロとの試合で使用していたのは、気絶していたユウキにとって寝耳に水だが、しかしそれによってイチカの新しい一面として驚くことが出来たので、内心で良しとしておくことにした。

ともあれ

イチカと雪華との距離はそこそこ開いているため、直ぐに拾うことはないと予想できるが、かといって主武装を手放した彼に対しての優位性が確立できたかと言えばそうではなくなった。体術スキルを会得しているだけあって、リーチや攻撃力こそこちらに分があったとしても、懐に飛び込まれれば手痛い一撃を食らうのは目に見えている。

対しイチカも内心では少なからずの焦燥感を抱いていた。やはり主武装を弾かれてしまっては、戦力的に大きく低下している。体術スキルも、エンブレイザーを取得しているとは言え、そこまでスキルレベルを上げているわけでもなく、かといって体術を嗜んでいる訳でもない。現実の技量が大きく反映されるこのALOでその意味合いはとても大きく、彼の体術の強みはほぼソードスキル頼りのものだ。巧みな剣術を扱うユウキに通じるかと言えばイエスだが、慣れられたらそこでお終いだろう。

互いが互いを警戒し、にらみ合いが続く。今の所、イチカの方がHPゲージの割合としては勝っている状態。このままタイムアップになれば、彼が決勝へ進むことが出来る。

しかし当の2人はそんなことで納得できるものではない。望むべくは互いに全力でぶつかり合い、その上での完全決着だ。逃げ勝ちなど到底認められない。

2人の答えとそのタイミングが一致したのか、再三同時に互いの距離を詰める。リーチが長いのはユウキ。一足早く自身の射程圏内にイチカを収めた彼女は、先手必勝と引き絞っていたマクアフィテルをイチカ目がけて突きを放つ。

しかしイチカもそれを予見していなかったわけではない。身を屈んで躱すと、眼前にはユウキのがら空きの懐。…のはずが、迫り来るのはユウキの膝蹴り。クロスカウンターを入れようと振りかぶった拳を咄嗟に引き、突き出される彼女の膝を支点にハンドスプリングの要領で顔面への膝直撃を免れる。

まさか躱されるとは想わなかったユウキは急ぎ振り返って反撃体勢を整えるも、頬を走る痛みに顔をしかめる。イチカは飛び退き際にピックを展開し、それを投げ付けたものが頬を掠めたのだ。しかし、ダメージそのものは頬を掠めた程度なのでそれ程まで受けていない。このまま怯まずに押し込む。着地したタイミング…所謂、着地取りを狙い、マクアフィテルを振り下ろす。が、その刃はイチカが両手に構えたピックを交差させ、物の見事に受け止めた。

 

「…ピックって、投擲用じゃなかったっけ?」

 

「別にこういう使い方が出来ないわけじゃない、だろ?」

 

何とも型破りなピックの使用法だが、出来てしまっているのだから仕方ない。何にせよ、リーチはそれ程無いにしても、イチカに武器が出来たのは、ユウキにとって意外で、そして嬉しい誤算だ。

そう口許を緩めていると、イチカは身体を反転させ、背をユウキの懐に潜り込ませる。何をする気なのかと疑問符を浮かべた瞬間、ユウキの視界はその一瞬で物の見事に天地が反転した。何が起こったのか、何をされたのかを把握できないまま、ユウキは背中を強かにリングに打ち付けられる。意もせぬ衝撃と痛みに顔を顰めるが、その集中のブレの暇を縫うようにイチカはピックを振り下ろす。かろうじて首を捻ることでその鋭利な先端が突き刺さるのを避ける事は出来たのは不幸中の幸いとするべきか、警戒してユウキは一旦距離を取る。

 

『イチカ選手!ピックや体術スキルによるトリッキーな戦闘のみならず、見事なまでの一本背負いでユウキ選手の体勢を崩しましたぁ!!しかし、ユウキ選手も伊達ではないその実力!見事なまでの判断力と反射神経でイチカ選手の追い打ちを避け、距離を取ることに成功!手に汗握る攻防が絶え間なく続いています!!』

 

成る程、さっきのは柔道の一本背負いによる物だったのかとユウキは得心する。

逆にイチカにしてみれば、現実で楯無に稽古を付けて貰ったときの経験が生きたのだと内心安堵する。よもやこのような形でとは思いもしなかったが、何にせよ一つの手札になったことには変わりない。

だが2人はここで臆する程、この戦いに掛けた思いは小さくない。

片や片手直剣を、

片や両手にピックを、

それぞれの得物が、甲高い金属音を響かせ、その剣戟の重さを物語らせる。

残り時間は5分…

2人の戦いは、ようやく折り返し地点を迎えたのだった。



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第54話『絶えぬ刃・後編』

大変長らくお待たせしました。
これにてイチカとユウキ。2人のデュエルが閉幕となります。



一進一退、勢力伯仲。

その言葉がふさわしいまでに互いは譲らず、退かず。ただただ優劣付けがたい攻防がそこにはあった。

金属同士がぶつかり合い、火花と甲高い音がリングを支配し、それを観客の歓声が包み込む。

2人のインプは、互いにピックと片手直剣。後者はともかく、前者を手に持って戦うプレイヤーは初めてに等しい為、2人のそのせめぎ合いに、場内のボルテージは最高潮に達していた。

 

「はっ!!せぇい!!」

 

手数の上では劣るが、ユウキはリーチと持ち前の反応速度でイチカを圧倒しにかかる。

しかしイチカは実戦経験において、一日の長がある。冷静に、確実にユウキの剣筋を見極めつつ隙を窺う。

捌かれる自身の剣戟に功を焦ったのか、ユウキはそれまでコンパクトに攻めていたが、その大きく腕を振りかざして大振りの攻撃を繰り出す。彼女の戦闘スタイルに似つかわしくないその攻撃は少しばかりイチカを驚かせるものの、彼は冷静にその一撃に右手のピックを滑らせて易々といなす。

大きな力を込めた分、それを受け流されたことにより、ユウキの体勢は前のめりに崩れる。イチカがそれを見逃すはずもなく、ピックを突き刺さんと振りかぶった。

だが、彼の右手に持ったピックは、そのポリゴンを蜃気楼の様にブレさせたと思えば、ガラスが割れる音と共に霧散する。元々投げ付けて使い捨てるアイテムのピック。その耐久性は決して高いものではない。それが仇となったのか、イチカの思惑通りにはならず、口惜しげに歯噛みする。ユウキからしてみれば命拾いしたことに変わりなく、距離を取ると同時に頬を流れ落ちる冷や汗を手の甲で拭った。

危ない危ない。勝負を急いでやられるところだった…。

言葉には出さないが、ユウキは自身の我慢弱さに反省して呼吸を整える。

対するイチカも腰から新たなピックを抜き取りながら、冷静に振る舞っていた自身が内心焦っていたことに気付かされる。ピックの耐久値を計算せずに斬り合っていたのだ。先程隙を見せたのは結果的にユウキとは言え、一歩間違えればピンチを招いていたのは自身だったのかも知れない。

…やはり、『アレ』を使うのが無難で、そして自信があるか。

そうして視線を送るのは、ユウキの背後の位置のリングに突き刺さる愛刀。どうにかしてアレを手にできれば、少なくとも不慣れなスタイルで戦わなくて済む。

問題は目の前の少女だ。恐らく狙いが解れば、正々堂々を信条とする彼女は、取りに行かせてくれるだろう。だがそれではお情けを掛けられたようでどうにも釈然としない。ならばユウキを出し抜いて、その上で愛刀を手にする。ユウキに勝つと言うことは、試合だけではなく、勝負にも勝つ。全力で戦った上での決着を互いに望むなら尚のこと、だ。

 

「いっちょ…やるか!」

 

そう宣言すると同時に、様子をうかがうユウキに向かって一直線にピックを構えて間合いを詰める。そんなイチカを迎え撃たんと、ユウキは姿勢を低くマクアフィテルを構える。互いの距離が3メートルを切ったとき、イチカが横回転しながらの跳躍を繰り出してきた。ブレイクダンスなどで見られるフォーリアと呼ばれるジャンプで、宙返りやバック宙が縦の回転としたら、フォーリアは横の回転をしながらのジャンプだ。

その強烈な横回転によって生み出される遠心力で、イチカのコートが大きく舞い、ユウキの視界を大きく遮る。何を仕掛けるのかと警戒してみれば、そのコートはまるで引き寄せられるかのようにユウキに覆い被さってきたのだ。

意表を突かれたその現実にユウキは一瞬目を丸くするが直ぐに取り直し、そのコートを文字通り両断する。防御効果があるとは言えあくまでも布生地を基調としたそれは、マクアフィテルのその剣閃によりいとも容易く引き裂かれた。

だが、ユウキはその手応えに物足りなさを感じざるを得なかった。

そのコートの先にあるはずのイチカのアバター。それを斬り裂いた感覚がない。

となると、彼は何処に…?

そう疑問符を浮かべた刹那、脳裏に走る『嫌な予感』。身を翻して、マクアフィテルを構えて、恐らく来るであろう衝撃に身を固くする。

そしてそれは、その矢先に訪れた。

ギィンっ!!!という鋭く、甲高い音、そしてその衝撃の強さを物語るかのように大きくノックバックさせられるユウキの身体。

先程ユウキが斬り裂いたイチカのコート。それが目の前をハラリと舞うようにリングに落ちる。そしてその先に居たのは、愛刀を構えたイチカの姿。

脱ぎ捨てられたコートは、恐らくフォーリアの一瞬でアイテム装備を解除して目眩ましのために使ったのだろう。そして視界を奪っている隙に翅を展開して背後にある雪華を回収、斬り返しての高速の踏み込みによる斬撃…。

コートという防具を捨ててまで回収した愛刀。恐らくここから攻撃に転じてくるはずだ。ここから始まるであろう苛烈な攻防を想像し、ユウキは身震いするが、同時に不敵に笑みを浮かべてしまう。

やっぱりこの鬩ぎ合いが、駆け引きが、どうしようもなく楽しくて仕方ない。

そしてそれは、間合いを詰めて剣戟を繰り出すイチカも同じだった。

決着を着けて、早く思いを打ち明けたい。しかし、この戦いを楽しんでいたい。

矛盾する二つの思いを胸に、2人のギアは更に加速していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの戦い、少年はどう見るね?」

 

「ファッ!?」

 

食い入るように2人の試合の行方を見守るキリト達の隣には、彼が次に戦う相手であるブシドーがいつの間にやら平然と立っていた。思わず変な悲鳴を上げてキリトは飛び退いて距離をとってしまう。…キリトが気付かないともすれば、ハインディングをかなり高めている…と思われた。

 

「なに、この程度は『極』を僅かでも見ることが出来たのなら、自ずと身に付けることは出来る。」

 

「あの、誰にしゃべっているんですか?」

 

怖ず怖ず、と言う言葉が相応しいまでに、アスナはそっと挙手して尋ねる。

 

「愚問だな。無論読者であると言わせて貰おう。」

 

「…いや、読者?」

 

「話を戻そう。」

 

「いやいや、気になるだろ!」

 

「私が以前、この国で親友の父上に師事し、得ようとした極。その境地にあの2人は立とうとしていると私は感じる。」

 

「その、極…というのは?」

 

「言い方は様々だ。理、至り。私の言うそれは、闘う者のみが到達すると言う極み。極限の集中の中で、周囲の音や色が消え、意識の中にあるのは己が相対する者の視線、筋肉の細かな動き。そしてそれらによって無意識に浮かぶのは、次なる一手の先読み。更にその先。」

 

「それって…スポーツ選手とかがなるっていう、ゾーンみたいなものなんですか?」

 

「うむ。極限の緊張と集中による産物という意味ではそれも同類なのだろう。」

 

所謂、『ボールが止まって見えた』と言われる現象と同じで、今のイチカとユウキは、相手のありとあらゆる動きと、それによる得物の切っ先の動きに、文字通り釘付けだ。周りを気にせず、己が相対する者のみに総てを注ぐ集中力。そこから生み出される剣戟は、そうそうお目に掛かれないほどの鮮烈さを現に生み出している。

 

「やはりこのゲームに身を投じたのは正解だったな。未だ至れぬ極。仮想とは言え、現実さながらの動きを求められるのならば、その境地に至れる要素を孕んでいるのも十二分に納得できる。現にあの2人は、その敷居を跨ごうとしているのだ。」

 

言うだけ言ってブシドーは、踵を返して陣羽織を翻してキリト達に背を向ける。

 

「時に少年。次の試合、初手から二刀流で来て貰いたい。

でなければ、

決闘に進むのは私となるだろう。」

 

「…言ってくれるな。後悔するなよ?」

 

「臨むところだと言わせて貰おう。我が剣技を以て、君の視線を釘付けにする。楽しみにしていたまえ。」

 

試合前から不敵に火花を散らす2人。

互いの表情は見えない。

しかしその口許は釣り上がっていた。

手は武者震いのように震えていた。

 

「…簡単には、勝ち進めそうにない、な。」

 

「なんだ?怖じ気づいたか?」

 

返ってくる答えなど分かりきっているはずにもかかわらず、オウカはキリトに問い掛ける。そんな彼女の問いに、キリトは不敵な笑みを浮かべてこう言うのだった。

 

「まさか。さっきの人を倒して、俺は決勝で戦ってやるさ。イチカかユウキ、どっちが勝ち進んできてもな。」

 

片や往年のライバルと、片や自身を負かした少女と。どちらと闘うにしても相手にとって不足はない。

だがどちらにしても、今行われている試合。その結果を見届けないことには始まらない。

そんな彼の思いに応じるかの如く、試合はクライマックスを迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ…!はぁっ…!」

 

「ふぅっ…!ふぅっ…!」

 

度重なる激しい剣戟を終え、互いに距離を取り整息。幾度となく切り結んだ結果として、互いのHPは3割ほどにまで減少していた。極限の緊張と集中によるやりとり。もしブシドーの言うとおり、極の境地に足を踏み入れていたとしても、その身体はあくまでも人間。アバターと言えどもそれを操るのもまた人ならば、その集中力にも限界は訪れるものだ。

残り時間はもうすぐ1分を切ろうかとしている。

この心躍り、そして名残惜しい時間はもうすぐ終わる。

 

決着を、付けるときが来た。

 

互いにその意を決したのか、

イチカは雪華を鞘に納め、

ユウキはマクアフィテルを突きの構えに。

そう、

互いの最大技で決着とするのだ。

総てをぶつける。そのために。

 

 

……

 

………

 

『残り、1分。』

 

戦闘限界時間を告げるアナウンス。

それが口火を切った。

 

片や紫を、

 

片や白銀を、

 

己が得物に纏わせて間合いを詰めた。

 

「やぁぁぁぁっ!!!」

 

初撃を取ったのはユウキだった。

身体を、そして腕を最大限に伸ばして放たれる刺突のリーチは、イチカのそれを僅かばかりに上回る。初撃を直撃してしまえば怯むだろうし、ましてやイチカはコートの防御が無くなっているので、なおのこと受けるわけにはいかない。

ユウキの腕に伝わるのは確かな手応え。

しかしその手応えはイチカに突き刺したことによるものでは無かった。

雪華の柄の(かしら)

寸分違うこと無く、そこでマクアフィテルの切っ先をせき止めていたのだ。

 

(先ずは一撃目…!)

 

一先ずは先制のダメージを防ぐことには成功した。

だが残るは10撃。

それら総てを先程のように受けきれるかと問われれば、答えはNOだ。

それならば、

 

ザクッ…と力を溜めるために丸めた背に鈍い痛みが走る。一度先程の防御で雪華を突き出し、そして戻した反動により、ある程度は無現の『タメ』にも似た予備動作を省略している。

 

本来それ程気にはならない予備動作ではあるが、この一瞬が命取りになる場面でのそれは、致命的な隙となり得る。

だからこそ、その僅かな短縮が、少しでも勝利の可能性を引き寄せるものと信じて、イチカは続く三撃目にも歯を食いしばり、亀のように耐える。

 

(まだだ。

まだ絶えなきゃならない。

肉ならくれてやる。

だったら俺は、

骨を頂く!)

 

クリティカル判定にならない背や足を掠めているのが幸いか。

四撃目を耐えて残り体力は2割。

 

その耐えに耐えた刃は、その牙を抜き放つとき、勝つも負けるも総てが決まる。

 

狙いを定めるために見上げた矢先、頬に鋭い痛みが走る。

五撃目。

まだ運は尽きていない。

 

一閃。

 

その一撃に総てを賭ける!

 

「斬ッ!!!!!!」

 

刹那

 

 

 

 

抜き放った刃が、まるで周囲の空気や音を斬り裂いたかの如く無音へと変えた。

巻き上げられた砂塵を総て吹き飛ばし、大歓声の観客のそれすらも。

 

すべてが静寂と化した中、ただただ音のない世界がそこにある。

 

時が止まったのか。

 

はたまたバグなのか。

 

そう体感するほどの不可思議なもの。

 

しばし誰も言葉を発しない中で、その世界を壊すように最初にして唯一声を上げた人物。

 

「ふ…ふふっ……。」

 

笑い声だった。

 

だがその声は何処か掠れていた。

 

しかしその声には喜色が孕んでいる。

 

そしてその主は…

 

「やっぱ……イチカ、は…強い…なぁ……。」

 

ユウキだった。

そのアバターの胸部には、横一線に赤いダメージエフェクトが刻まれており、イチカの無現、その直撃を受けたことをありありと物語っている。

 

「へ…へへ……ユウキ、だって……強いだろ…。」

 

相対する雪華を振り抜いたイチカ。そのアバターの右肩には、マクアフィテルが深々と突き刺さっており、ジワリジワリとHPを削っている。

 

「でも…今回は、ボクの負け…だね…。」

 

潔く負けを認めるユウキのアバターはブレてきており、彼女のHPが尽きたことを告げていた。

 

「…イチカ。」

 

「ん…?」

 

「後で、楽しみに、してるね。」

 

そう告げた彼女の少し悔しげで、でも晴れ晴れとした笑顔を最後に、ユウキのアバターのポリゴンは霧散し、その身体をエンドフレイムへと変える。

 

「…おう。」

 

見送ったイチカの表情もまた、笑顔で、そして決闘が終わった直後にも関わらず、覇気に満ち溢れていた。

 

『勝者!イチカ選手!!!』

 

そう告げるアナウンサーの声など耳に入らない。次なる大きな戦いが2つ、イチカを待ち受けているのだから。

 

 

 

絶刀イチカ 絶剣ユウキを僅差で下し、決勝進出




半分嘘予告
イメージCV.秋本洋介氏
『皆さんお待ちかね!少々駆け足気味でしたが、こんな感じでイチカとユウキに1つの決着がつきました。次は、黒の剣士キリト選手と、皆さん大好きMr.ブシドーとの一戦となります。なにやら興奮冷めやらぬ後者に些か危機感を覚えますが、そこはそれ、キリト選手が主人公補正的な何かで乗り切ってくれるものと信じましょう!
次回!【剣士VS武士】に!レディー…ゴー!!!』


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第55話『courage』

ようやく…ようやくこの時を書けた。
告白シーンなんて初めてだから、ベタすぎにならないように気を付けるのは難産でした。
少し短めで駆け足ですが、どうぞ!


『続く準決勝第二試合、キリト選手とMr.ブシドー選手の試合は20分後に執り行います。各選手は五分前に各コーナー控室にて待機してください。』

 

先程の試合後にそんなアナウンスがコロッセウムに鳴り響く中、イチカはそんなものが耳に入らないとばかりにやや急ぎ足で目的地に向かっていた。廊下ですれ違う人々からは、賞賛や激励の声を多々掛けられるも、今のイチカはそれの一つ一つに対して丁寧に応じられるほど余裕はない。

向かう先はただ一つ。

約束を果たす為に。

 

「「あ。」」

 

しかしその約束を果たす相手は、向こうからも向かってきていた。丁度各コーナー控室から中間点。円形のコロッセウムのロビーにて、目的の少女と鉢合わせた。

 

「………。」

 

「………。」

 

言葉が出てこない。

意気揚々と彼女に会うために急ぎ足で着たというのに、いざ目の前にしてみれば言葉に詰まってしまい、嫌な沈黙が生まれてしまう。

それは向こうも同じのようで、手を後ろで組んでモジモジと、顔を赤らめながら視線を逸らして、何処か居心地悪そうにしている。

ど、どうすれば…。

思い悩むが、時間は刻一刻と過ぎていくし、人が集まるこの場所の、それもど真ん中で突っ立っていれば、徐々に視線を集めてきてしまう。

このままでは余計に空気は重くなってくる一方だ。

 

(えぇい!ままよ!)

 

兎にも角にも、思いを伝える為には人目に付きすぎる。

意を決したイチカは一歩踏み出すと、目の前の少女の手を取る。

 

「場所、変えようぜ。ここじゃ流石に目立ちすぎる。」

 

「あ、う、うん。そう、だね。」

 

突如手を取られ、顔を更に赤らめる。

身体が上気する。

胸がドキドキする。

緊張で気絶しそうだ。

 

でも、

 

確かに感じるのは、心が満たされていく感覚。

 

そして得も知れぬ幸福感と充足感が確かにそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロッセウムから出て、歩くこと数分。

 

緑豊かな公園エリアへと足を踏み入れた。

普段ならデートスポットとして賑わうこの場所だが、近くのコロッセウムで統一トーナメントという一大イベントが催されているため人影はまばらであり、居るとすればNPCの出店店員くらいだ。

だがそんなものは今の2人には取るに足らない存在。

今、2人は先程の準決勝と同じ、若しくはそれ以上の大勝負を迎えようとしているのだから。

 

「………。」

 

「………。」

 

だがやはり言葉が出てこない。

2人揃ってこれが初恋。

そして初めての告白。

緊張するなと言う方がおかしいのだ。

たなびく風と、少し離れたコロッセウムの喧騒。そして空を舞う鳥のさえずりだけが場を支配している。

手を繋いだまま2人並んで立ち尽くして居た最中、片方が口を開く。

 

「イチカ。」

 

ユウキだった。

視線を合わせないまま同じ景色を眺めているが、その声色はいつもの活発さはなりを潜め、何処か艶めかしくも大人びた、そんな雰囲気を滲ませている。

 

「イチカが勝ったんだよ。ボク…キミの言葉を待ってる…。だからさ

 

 

 

イチカの気持ち、聞きたいな。」

 

チラリと横目で見れば、その頬を朱に染め、不動で自身の言葉を待つ少女がいる。

そうだ、意を決して気持ちを伝えるための1つの節目として彼女と戦い、そして勝った。

負けた彼女が、こうして自身の言葉を、気持ちを伝えてくれるのを待っててくれている。

自身よりも年下の少女が、だ。

ここで年上としての矜持を見せずして、何が大和男児か!

箒がここに居たならそう言ってきそうだ。

だが確かにその言葉は尤もたるものだ。

よしっ!と心で意気込み、大きく息を吸い込む。

緊張していた気持ちが、幾何か楽になった。

今なら、

今ならきっと、

自身の気持ちを素直に伝えられる。

 

「ユウキ。」

 

ようやっと1つの言葉を、

愛しい少女の名を口にすることが出来た。

 

「なぁに?」

 

そんな返事も、こんな状況になっていればとても魅力的に映ってしまうが、煩悩は後で爆発させる(意味深)として、まさに明鏡止水のハイパーモードの如く心を落ち着かせる。

 

「その…自分、不器用ですから。ロマンチックな言葉とか、甘い言葉とか思い浮かばないんだ。」

 

「いいよ。そのままの、イチカの真っ直ぐな気持ちを、ボクにぶつけて欲しい。」

 

イチカの言葉に、ユウキは優しく包み込むように促してくれる。

そんな彼女の優しさが、イチカの気持ちを瞬時加速(イグニッション・ブースト)してくれる。

 

「やっぱり、ユウキの言ったとおり、ぶつかってみなくちゃわからなかったよ。」

 

何が?と尋ねるユウキにイチカは言葉を続ける。

 

「最初のデュエルの時、ユウキのことは強い女の子だって印象だった。

でも、一緒に冒険して、ボスを倒して、マドカと街を回って、剣士の碑にいって。ユウキがいきなりログアウトしたとき、心にぽっかり穴が空いたような気分だった。

でも病院に会いに行って、一緒に学校に行ってさ。やっぱり一緒に居るのが段々と当たり前みたいで、もっと一緒に居たいって欲望が出てきてたんだ。

で、今日のデュエルで気持ちが決定的になったよ。

 

 

 

俺にとってユウキは、紺野木綿季はずっと一緒に居たい、大切な女の子なんだって。」

 

気付けば、まるで決壊したダムのように次から次へと言葉を紡いでいた。

そうだ、この気持ちに隔たりや迷いなんてあるものか。

そう意を決したイチカは、ユウキに向き直り、その言葉を出した。

 

「ぶつかることで、俺自身の気持ちがわかるって言うのも変かも知れないけど、それでもさっきの戦いは確かにこの気持ちを打ち立ててくれた。

 

だから…

 

木綿季。

 

俺はお前が好きだ!これからも、ずっと、ずっと、俺と一緒に居てほしい!

 

 

 

 

 

 

 

 

静寂が再び公園を支配した。

自身の、思いの丈を叫び、それが幾重にも山彦のように木霊しているとも感じる。

ユウキの返事がない。

そんなに時間は経っていないはずが、数倍、数十倍の遅さにイチカは感じられた。

 

「ホントに、ボクで良いの?」

 

ようやく振り向いてくれた彼女は、口許は笑いながらも、その眉をハの字にし、嬉しいながらも悲しみに耐えているようだった。

 

「ボク、もうすぐ居なくなるよ?悲しい思いをするよ?」

 

やはりと言うべきか、ユウキの気持ちの恐らく最後の隔たりは、現実の身体を蝕むHIVの存在か。

彼女の迫り来る命の限界が、告白を受け入れられない痼りとなっている。

だが、今のイチカはもう止まらない。

 

「前にも言ったろ?俺がずっと一緒に居てやる。俺が沢山の思い出を一緒に作ってやる。もし最期の刻が来たら、俺が一番泣いてやる。ってさ。その時が来るのは、正直嫌だ。けど、それでも俺はユウキといたい。たとえ僅かでも、一分一秒でも、俺はお前の恋人として居たいんだ。」

 

「ホントに…良いの?」

 

「良くなきゃ、告白なんてするかよ。ユウキって女の子が好きだから、俺は言ったんだ。そこに健康だとか病気だとか、そんなモンは必要ないさ。」

 

その言葉に、ユウキはもう限界だった。

その真紅の眼に涙を一杯に溜め、子供のように泣きじゃくりだした。まるで箍が外れたか、もしくは張り詰めたものが切れたかのように。

 

「う…うぇぇぇ……!!ボク…ボク…!!

 

辛かったよぉ…!!

 

イチカが好きで…!

 

でも!病気だからダメだって思ってっ…!」

 

震える声で彼女は続けた。

共に過ごす内に、ダメな気持ちよりも好きな気持ちが大きくなってきたこと。

好きな気持ちを抑える内にどうしたら良いか解らなかったこと。

ユウキの葛藤が、涙と共に言葉としてイチカの心に突き刺さってくる。

 

「でもっ…明日奈に励まされてっ…!

 

イチカと向き合ってっ…!

 

やっぱりボクはイチカのこと、諦められなかったっ…!」

 

人を想う心に隔たりは要らない。

明日菜がそう教えてくれた。

病気を差し引いてもイチカの存在はユウキの中で大きくて。

意を決して、伝えたい想いを燻ったまま日々を過ごしていた。

 

「だから…ボク…!イチカのこと、好きなままで、諦めなくて良かったよぉ…!」

 

気付けばユウキは、勢いよくイチカに抱き着いていた。

いきなりのことにイチカは若干驚くが、直ぐに彼女を優しく抱き締める。

涙を流し、鼻を鳴らし、待ちに待ったその時を迎えた。

イチカと同じくして、ユウキの心を縛るものは、最早瓦解した。

大好きな人に抱き着き、想いの総てをぶちまける。

2人の想いを隔てるものは、最早存在しない。

 

「ユウキ、愛してる。」

 

「ボクも…イチカを愛してるよ…。」

 

改めて紡ぐ2人の気持ち。

どちらからともなく目を閉じ、ゆっくりと互いの唇を近付ける。

一度は事故とはいえ、唇を重ねた仲だ。

しかし今度は違う。

互いの意思で、

恋人として、

情愛を込めて、

2人はその唇を重ねたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐすっ。良かったわねユウキ。」

 

「ようやくくっついたか。やれやれだな。」

 

「オット!これは号外として売りに出さなきゃナ。タイトルは『絶剣と絶刀の絶愛』ってのが良さげだネ。」

 

「くっ…我が弟の事だけに祝いたい!祝いたいが、なんだ!?この得も知れぬ敗北感は…!」

 

「知らぬがブリュンヒルデという奴…と思う。」

 

「SAOの時から思ってたけどよぅ。ホモじゃなくて良かったぜ。いつ俺の尻が狙われるかと…。」

 

「アンタ馬っ鹿ねぇ。どっちかと言えば、手を出すならアンタよりキリトにするわよイチカも。」

 

「そ、そうですよ!キリト×イチカは、そこそこ話題だったんですから!」

 

「お前ら…いくら恋人出来ないからって、文字通り腐ってきてるのか?」

 

「お兄ちゃん×一夏君……うぇへへ…アリかなぁ…!」

 

「ちょっ…リーファ!アンタまでそっちに逝ってどうするの!?」

 

「その気持ち…まさしく愛だ!!」

 

甘い空気を滲ませる2人を見守っていた面々は、最早混沌としていたのは、本人達以外は与り知らぬ所である。




サブタイは『勇気』と言う意味です。
告白する勇気、そしてSAO第二期OP2の曲名。
1つの節目としてこの言葉をチョイスしました。


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第56話『敢えて言わせて貰おう!この戦いにシリアスを求めるなどナンセンスだ!』

シリアスかと思った?残念!ブシドーです(錯乱)


準決勝第二試合開始数分前

 

ようやく結ばれた2人は、仲睦まじく、それこそ周囲どころか見るもの総てに砂糖を吐き出させかねないほどにイチャコラしながら……と言うこともなく。甘酸っぱい、恋人になっての距離の変化に戸惑い、そして照れながら元の客席に戻ってきた。

 

「お、新たなカップルのお帰りだヨ。」

 

声高々に宣う鼠の彼女の一言に、友人達は元より、女に飢えた男プレイヤーが、まるで某敵兵士の如く目を光らせてこちらを睨んでくる。

カップル、と言う単語に、未だ恋人という関係に慣れない2人は、見事に揃いも揃って顔を真っ赤に染めあげた。

 

「あ、アルゴ…!ちょ…カップルって!?」

 

「ン?ここに居るメンツは皆知ってるゾ?…まさか秘密だなんて思ってないよナ?」

 

辺りに居る友人達を見遣れば、微笑ましく見る者やら、嫉妬に孕んだ目を向ける者、どっかのバカップルみたいになるなよと目で訴えて来る者。

あとは…、いざ弟に先を越されて、喜んで良いやら悲しんで良いやら複雑な表情を浮かべる1名くらいか。

 

「えと…何処から見てたの?」

 

「勿論、全部、だヨ?」

 

「「ファッ!?」」

 

聞かれていた。

あの大々的な告白も。

盛大に泣いて抱き着いたことも。

その後キスしたことも…!

 

「「アババババ…!!」」

 

もはや当の2人は恥ずかしさでオーバーヒートしていた。そんな茹で蛸の2人をケタケタ笑いながら、どうやってネタにしようかとアルゴが考える最中、アスナがゆっくりと2人の前に歩み寄る。

 

「おめでとう、2人とも。その…からかう意味じゃなくてね。」

 

「あ……、んっ。ありがと、アスナ。」

 

自身の背を後押ししてくれた親友。彼女のおかげで、ユウキは意を決して一歩踏み出し、イチカの告白を受け入れる覚悟を得ることが出来のだ。言わばユウキにとってアスナは恋のキューピッドなのだ。そんな彼女の祝福に、ユウキは顔を赤らめながらもいつもの笑顔で応える。

 

「ようよう!イチカよぅ!朴念仁の代名詞のお前さんが恋人作るたぁ、ALOが明日サービス終了すんじゃねぇか?」

 

「おいおい、そこまで驚くものか?」

 

「いや、そのお前…SAOの事は知らんが、私の中では、現実で学校が閉鎖するんじゃないかと思うほどの緊急事態だぞ?」

 

「えぇ…千冬姉まで…?」

 

それ程までの大問題に取り上げられるとは露とも思わなかったイチカだが、周囲からしてみれば誇張でも何でも無い。彼の鈍さはその領域に達していた。

そんな彼が好きになったユウキという少女は、いったいどんなアプローチをしたのだろうか。そんな疑問が旧SAOの生き残りは浮かべそうなものである。そしてIS学園に居る彼女らも、だ。

 

「今日はトーナメントの打ち上げも兼ねてお祝いのパーティーもしなきゃなんないわね!2人とも、挨拶考えといてよ?」

 

「そうね。事の顛末を根掘り葉掘り聞かせて貰うから、楽しみにしておくわ。」

 

「思ったんですけど、根掘り葉掘りって言葉の、根掘りは土に埋まってるから解るんですけど、葉掘りって何で葉を掘るんですか?」

 

「そりゃ勿論、細かいとこまで掘るってことから、子細に至るまで聞くって意味合いがあるからよ。」

 

とまぁ当の2人を祝福するやらネタに走るやらしている間に時は過ぎていき、司会による試合開始予告まで騒がしくする一行だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ちわびたぞ少年!この時を!」

 

目の前の仮面の男…ブシドーは、リングに上がるや否や声高々に叫んだ。

仮面を付けているために表情は解りづらいが、興奮して居るであろう事は見て取れる。下手をしたら、鼻息を荒くしている可能性も否ではない。

 

「私は自分が乙女座であったことをこれ程嬉しく思ったことはない。」

 

「いや、乙女座関係なくないか?」

 

「センチメンタリズムな運命であると言わせて貰おう。そして!!」

 

彼は長剣と短剣、それぞれ一本づつを抜き取り、まるで昔の剣豪である宮本武蔵、彼のよく知られる二天一流の構えを取る。人が見れば失笑を買うであろうその構えだが、相対するキリトにそれはない。むしろ彼のその構えが、彼の強さそのものを相対する者に重圧としてのし掛かってくる。なるほど、彼の言っていた二刀での戦いを望むと言うのは、その技量が自信の裏付けとなったからか。

 

「少年、抜きたまえ。そして二刀を使え。」

 

改めて彼が敢えてそう言うからには、こちらも使わざるを得ない。ユナイティウォークスと、エクスキャリバーをその手に、キリトも長年培ってきた二刀流の構えを見せる。

 

「それでこそだ、少年!」

 

「リクエストにお応えしないと、マジでヤバい。アンタ、強いからな。」

 

「何という僥倖!少年にそこまでの賛辞を賜るとは、ここまで勝ち進んできた甲斐があったと言うもの!さすれば!!審判!!!」

 

『は、はいっ!!』

 

「早く試合を始めたまえ!!私は我慢弱く、落ち着きがない男だ!!」

 

もはや試合の進行を彼が握っていると言っても過言ではないようにも感じるが、それでも最後の一線として、勝手に闘わなかっただけまだマシか。

 

『それでは!準決勝二戦目!始め!!』

 

それでも試合のゴングが鳴り響くと同時に、ブシドーは有無を言わさずに、キリトとの間合いを一瞬で詰める。

 

「斬り捨て…御免!!!!」

 

鋭い一閃だった。

やはりキリトの言うように、その踏み込みと剣閃の速さは、ALOのプレイヤー全体を見ても頭1つ抜きん出ており、並大抵の技量ならこの一撃で真っ二つにされるのが関の山だろう。

だが、キリトとて並大抵のそれで収まるものではない。

構えたユナイティウォークスが、迫り来る長剣を受け止める。

ギチギチと刃と刃が噛み合い、鍔競り合いのまま互いを睨み合う。

 

「かつてこれ程までにVRMMOの世界で心躍る果たし合いを行うことが出来ただろうか!?予選で君を見たとき!私とを結ぶ何かを感じたのだ!!」

 

「感じたって…何をだよ!?」

 

身の危険を感じたキリトは、もう片手で持つエクスキャリバーを振るう。しかしブシドーは呆気なく後退し、再び距離を詰める。

 

「無論!」

 

また剣閃が来る!

そう読んで防御に入るキリトの視界からブシドーはかき消えた。

 

(何処だ!?)

 

視線を泳がせて探すキリト。その目に陰りが走る。ブシドーはその身を跳躍させていた。

 

「運命の赤い糸だ!」

 

ダリルとハワード。その二本の刃が同時に振り下ろされる。

が、キリトとてSAOで随一の反応速度を持つプレイヤー。間一髪で彼の凶刃をクロスさせた両手の剣で防ぐことに成功する。ブシドーの陰が視界に入らなければ、やられていたかも知れないことに、内心ヒヤリとしながら。

 

「そう!私とキミとは闘う運命にあったのだ!」

 

「いや、勝ち進んだら否が応でも闘うだろ!?」

 

体重を乗せた圧力を上乗せした剣戟を、足のバネを使って弾き返す。

まさか弾き飛ばされるとは思わなかったブシドーだが、その身を軽やかに翻し、ものの見事に着地する。

が、その着地取りと言わんばかりに距離を詰めたキリトは、ソードスキルの光を纏わせながら振りかぶったユナイティウォークスを横薙ぎに薙ぎ払う。

その一閃にブシドーは何のことはなく長剣で防ぐが、ソードスキルに上乗せされた攻撃力でその刃を跳ね上げられてしまう。

だがキリトの攻撃は一撃では終わらない。間髪入れずに返す刃と言わんばかりに振り抜かれたのは、同色のソードスキルの光を纏ったエクスキャリバー。一撃目は右から左へ、二撃目は左から右へ振り抜く。SAO時代に二刀流ソードスキルとして存在したダブルサーキュラー。そのOSS版である。

ブシドーは咄嗟に弾かれた勢いに身を任せる事で、辛うじて脇腹を掠める程度にダメージを抑えることに成功した。

 

「ちっ…浅いか…!」

 

直撃させられなかったことにキリトは苦虫をかみつぶしたかのような気分になる。

対しブシドーは、軽微ながらダメージを入れられたことに対して、悔しがるどころか、その口許を釣り上げているではないか。

 

「ふっ…ふふふ……!ようやく…ようやく理解した!」

 

「………?」

 

「予選から何処かキミの圧倒的な剣技に私は魅せられてきた!そして先の試合で見せた二刀流!それを見たとき私は理解し、そして確信したのだ!!私はキミの圧倒的な実力に心奪われた!!

 

 

 

 

 

 

この気持ち!!まさしく愛だ!!

 

「「「「「「「「愛!!??」」」」」」」」

 

ブシドーのその宣言に、キリトに加えてコロッセウムに居た観客全員が声を揃えて言葉を返した。

 

「時に少年!!」

 

「は、はいっ!?」

 

先のやりとりから思わぬ緊張が走り、ついつい敬語での返事になってしまった。

 

「好物は何かね!?」

 

「え?あぁ…か、辛いもの、かな?スパイシーなチキンとか、チョリソーとか…。」

 

「そうか、好きな食べ物はチョリソーか!ますます気に入ったよ、少年!!」

 

もはや唐突すぎて目の前の男がいったい何なのか解らなくなってきた。

素なのか?

はたまた相手を混乱させるための戦術か?

 

「細かな詮索は不要だと言わせて貰おう。私はそのような小賢しい戦術は興が乗らん。」

 

まるで読心術でも嗜んでいるのか。心中を看破されたかのような台詞に、キリトの表情は強張る。

 

「少し脱線したな。そろそろ逢瀬の続きと行こうか少年!まだ決着は付いていないのだから。心ゆくまで踊り明かそうではないか、少年。豪快さと繊細さの織りなす武の舞いによってだ、少年。そうだ、キミは私のプリマドンナ!エスコートをさせてもらおう!」

 

「誤解を招きそうな台詞宣ってんじゃねぇぇぇ!!」

 

「むぅ!エクスキャリバーとは!だが武器の性能差が、勝敗を分かつ絶対条件ではないさ…当てにしているぞ!ダリル!ハワード!!」

 

織り成す剣戟は凄まじいのだが、飛び交う言葉はもはや準決勝に相応しいかと言えば、9割方首を傾げかねない。そんな混沌とした戦いに、誰しもが得も知れぬ不安を抱えていたとか何とか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キリト君はホモじゃないそうよ絶対あり得ないわ何よあのホモ仮面愛だの赤い糸だのふざけるんじゃないわよキリト君が貴方なんかに靡くものですかえぇ絶対に靡かないわキリト君はノーマルだものSAOで噂になってたイチカ君とのカップリングなんて…あ、でも少し見たいところもないわけじゃなくてでも恋人としてそれは超えちゃいけない一線というかでもでも…」

 

「うわーん!ママが何か怖いですよイチカさ~ん!」

 

「な、何か負のオーラを感じる…。」




ふぅ…(投石防御)


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第57話『身持ちが堅いな、少年!それでこそ口説き甲斐があるというもの!』

警告:サブタイトルがブシドーにハッキングされつつあります


「きぇえ!!ブシパンチ!ブシキック!ブシチョップ!チョップ!!チョップ!!!」

 

「ちょっ!?ハワードとダリルの二刀流はどうした!?」

 

「敢えて言わせて貰おう!これが極と!!」

 

先の日本の刀を腰に納刀し、奇声を上げながら体術を仕掛けてくる。ダメージそのものは大したことはないが、奇抜な動きに翻弄されて上手く回避できないのが現状だった。

そして会話が成立しているようで成立していなかったりする。

加えてキリトにしてみれば、素手で向かってくるブシドーを斬り捨てることに躊躇が生まれ、そこにブシドーのブシパンチやら何やらが上手い具合に噛み合ってしまっているとかいないとか。

 

「何を躊躇している!少年!!」

 

「いや、何かやりにくくて仕方ないんだけど!?」

 

「何を言うか!戦場(いくさば)において躊躇は即ち死!如何に相手が奇抜で型破りであろうとも!敗北すればそれまで…それを理解しているハズだ!少年!」

 

「や、これはあくまでもゲームで…。」

 

「ゲームであろうとも!この果たし合いにおいて、手加減、躊躇は一切無用!そうでなければ私に対する侮蔑と取らせて貰う!」

 

「そんなつもりはないんだけど。」

 

「ならば闘え少年!闘って勝利を切り開け!」

 

「……あぁ~もう!やってやる!やってやるよ!!徹底的に!!」

 

「それでこそだ、少年!」

 

「スターバーストストリーム!!」

 

徒乱斬無(トランザム)!!」

 

「ジ・イクリプス!!!」

 

「グラハム・スペシャル!!」

 

「うぉぉぉぉおおお!!!」

 

「ぬぅぅぁぁあああ!!!」

 

もはややけくそだった。

互いに大技をぶちかまし、互いの剣と剣をぶつけ合う。どっちが先にぶっ倒れるのか解らないガチンコ勝負だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「泥試合だな。」

 

「泥試合だね。」

 

「泥試合ね。」

 

「泥試合だ…。」

 

「泥試合…。」

 

「泥試合だネ。」

 

「泥試合じゃねーか。」

 

観戦している面々が口を揃えてこう宣った。

優雅さなど欠片もない。むさ苦しい力任せのぶつかり合い。

どこかから、

『男に後退の二文字はねぇぇ!!』

『縮こまってんじゃねぇぇ!!』

と同意しているやら何やら解らない声が聞こえている。

それに便乗してかどうかわからないが、観客の中にも

『いいぞー!!』

『もっとやれー!!』

と言った声もチラホラ出ていたりする。

魔法や駆け引きもなく、ただの猪戦法であるが、それに惹きつけられるものもあるらしい。

 

「試合内容的には泥試合ですが、何だかパパ、楽しそうですね。」

 

「そういえばそうだね。一心不乱だけど、どこか口許が笑ってるって言うか。」

 

「今までにないデュエルのジャンルだからだと思いますけど…。」

 

「ノーガードデュエルかぁ…ねぇイチカ!ボク達も次はそんなデュエルをやってみようよ!足が動いたら負けね!」

 

「やめてください死んでしまいます。」

 

ここにもデュエル狂がいた。とんだとばっちりを受けそうになり、イチカは身震いを禁じ得ない。

 

「お、ブシドーの情報が入ってきたゾ。……入って…きた、けド……。」

 

ブシドーに付いての情報を、情報屋仲間を通じて集めていたアルゴが、送られてきた内容を閲覧して表情が固まり、言葉に詰まらせる。

 

「アーちゃん。」

 

「えと、何、かな?」

 

「今からオレっちの伝えることを、しっかり気を持って聞いて欲しイ。決して何があっても冷静に、正気を失っちゃダメだヨ?」

 

「え………あ、はい。」

 

「ブシドーは男色家、それも中性的な青年のような少年がドの付くストライクゾーンだそうダ。」

 

「いやぁぁぁあああ!!!」

 

((((((知ってた))))))

 

アスナの悲痛な悲鳴とは裏腹に、その場にいた彼女以外の誰もが冷静に、心中キリトの貞操に対して念仏を唱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ…!はぁっ…!」

 

「ふぅっ…!ふぅっ…!」

 

互いに全力でぶつかり、互いに全力で受けた二人。

彼らのHPゲージは既にレッドで、身を守る防具も見るも無惨な程にボロボロだ。

 

「ふっ…ククク…!これだ!これとやりたかった…!」

 

「あ、アンタ…!こんな状況でも余裕だな…?」

 

「そうでもないさ。正直、己を律するのに一杯一杯だよ。キミの吐息、立ち振る舞い、視線、その総てが私を解き放たんと攻め立てるのだ!」

 

「ゑ?」

 

「さぁ少年!さらけ出すと良い!キミという存在を!その総てを!」

 

「うぉぉっ!?」

 

ブシドーの一撃が、キリトの胸元を一閃する。

これで決まりか!?と誰しもが思うが、キリトのHPは一向に減らない。

 

「ハァ…ハァ……少年…青年のような少年……!」

 

斬り裂かれたのはキリトのアバターではない、彼の纏う身体防具であるコート・オブ・ナイトブリーズ。その胸部が横一線に斬り裂かれていたのだ。その斬り裂かれた先には、キリトのアバターの地肌が露わになり、ブシドーはそれを鼻息荒く凝視している。

そしてそれは戦いを見守る観客、とりわけ女性プレイヤーの視線を集めていた。彼の恋人であるアスナも例外なく。

 

「き、キリト君…そんな……チラリズムでエロリズムだなんて…!!」

 

下手すれば、予選の時のユウキのように、鼻から命の水を拭きだして気を失いかねないほどの恍惚とした表情。が、すでに彼女は、仮想世界とは言えキリトと裸と裸のプロレスごっこをした仲であるため、辛うじて正気を保っていた。

 

「柔肌を晒すとは…破廉恥だぞ!少年!!」

 

「いやいや!アンタがやったんだろアンタが!!」

 

「しかし…これは……眼福と言うもの!そして私は我慢弱いと言った!アプローチを変えさせて貰おう!」

 

言うやブシドーはシルフの翅を羽ばたかせ、リング上空へと舞い上がる。

 

「次のダンス会場はこちらだ少年。」

 

「空中戦か…望むところだ。」

 

ブシドーの性格云々はともかく、技量的にはかなりのものであることは、斬り合いを通して熟知している。言動云々もともかくとして、だ。

何処かで彼との斬り合いが心躍るものなのだと自覚してきたキリトは黒い翅を羽ばたかせ、ブシドーの元へと向かう。

 

「さぁ第二部を始めようか!妖精と妖精、空におけるその舞踊…さながらフェアリィ・ダンスと言ったところだな!」

 

「そのネーミングは色々危ないぞ?苦情が来そうだ…」

 

「その様な道理!私の無理でこじ開ける!!」

 

再び始まる2人の壮絶な剣閃による応酬。遥か上空で小さく剣と剣がぶつかり合う金属音が響き、翅から溢れる光の粒子が彼らの軌跡を描いていく。

キリト自身、空中戦にある程度の自信はあった。妹であるリーファほどではないにせよ、それでも飛び方の練習は日々積んできていた為、並大抵のプレイヤーに引けは取らないという確固たるものがあった。

だが目の前のブシドーはそれを更に上回る技量を有していた。空を舞うその一つ一つの動作に淀みが無く、むしろ地上よりも空中の方が彼のホームグラウンドだと思わせるほどに。

 

「やはり空は良い…!私はここに来て正解だった…!」

 

「そりゃよかったな…!空が好きならリーファと気が合うんじゃ無いか?」

 

「興が乗らん!!」

 

「は?」

 

「女性に興味は無い!私は!私はノンケな美少年が、嫌がりながらも私に屈服していく状況を所望している!!」

 

「ちょっ!?何考えてんだあんた!?」

 

「無論!ナニを考えている!!」

 

ぞわり

ブシドーのこの発言に途方も無いほどの悪寒を感じた。それは旧SAO第75層のボス、スカルリーパーと相対した時よりも恐ろしいものを。

 

「お、俺のそばによるなぁぁ!!」

 

「待った!今のいい!なんかいい!!私の心に油が注がれた!!!今の気分は正にバースト・レイヴ!!」

 

「くそっ!こんのぉ!!」

 

咄嗟に発動したのはかつてユージーンと闘った際に使った幻惑範囲魔法。黒い煙と雲を生成し、ブシドーの視界を奪う。

 

「何と!!これでは何も…!いや!これは所謂目隠しプレイと言う奴か!!このようなプレイを所望するとは…少年…キミも中々…!」

 

「うぉぉぉお!!!」

 

愛しの少年の声で位置を察したブシドーは、我慢弱さの余りに飛び出そうと飛翔するが、突如として四肢を拘束され、空中に大の字で固定されてしまう。

幻惑範囲魔法が解け、自身を縛るものを見遣れば、空中の魔方陣から伸びた鎖が自身の手足を拘束していていた。

 

「次は束縛プレイとは…!やはりキミにはSの素質が…!」

 

「もう喋るな!!頼むから!!」

 

次いでベノムショットを打ち込まれたブシドーには毒のデバフが付与される。じわじわ削られる自身のHPを見遣る彼は、苦悶どころが恍惚とした表情である。

 

「フッ…このまま毒で朽ちるまで待つかい?よもや放置プレイまでとは…恐れ入るよ…。」

 

「うるっさい!!」

 

キリト渾身のアッパーカットがブシドーの顎を的確に捉え、毒の継続ダメージも合わさってブシドーはそのHPを尽きる。彼の表情は最後の最後まで恍惚としたまま。

 

『え、えと…ブシドー選手、HPエンプティーでキリト選手の勝利!!』

 

審判の勝利宣言が何処か遠い世界の言葉に聞こえる。途方も無いほどの疲労感が一気に身体を駆け巡り、キリトはリングに座り込んだ。

勝った…

勝ったが、途方も無いほどの安堵が同時に駆け巡った。

そう、それはきっと、

勝ったことよりも、

自身の貞操が守られたからだと思いたい。

 

「敢えて言わせてもらうぞ、少年。」

 

「っ!?!?」

 

進行委員によって恐る恐る蘇生されたブシドーは、どこか満足げに顔をほころばせながらキリトを見下ろす。先のやり取りがあったからか、キリトは思わず剣を構える。

 

「覚えておくがいい。私はしつこく、諦めの悪い男だ。」

 

そう言い残すや否や、踵を返して自身のコーナーへと退いていく。

 

「え?諦めの悪いって…」

 

自身の解釈が正しいのならば、これから彼に付きまとわれる可能性があると言うことになる。

これからのALO生活にゲンナリとしながら、キリトは自身のコーナーへと戻っていった。

 

「決勝戦…まともに戦えるかなぁ…。」

 

そんな言葉をポツリと呟きながら。



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第58話『頂上決戦、開始』

『さぁ!第一ALO統一デュエルトーナメント!!泣いても笑っても最後の一戦!この戦いが!ALO最強プレイヤーを決定付けるものとなります!先ずは勝ち進んできた選手を紹介だぁ!!

 

第1コーナーより!腰に刀を携えるその威風堂々たる佇まいは、正にいにしえのサムライ!抜き放たれる刃は遍く相手を切り伏せる!通称・絶刀!インププレイヤー!イチカ選手!!!

 

対するは!その剣技は伝説(レジェンド)級!!その手に持つのも伝説級(レジェンダリィ)!!ALOでも稀な二刀を操るトッププレイヤー!!通称・黒づくめ(ブラッキー)!!スプリガンプレイヤー!キリト選手!!』

 

大歓声の元、互いに往年のライバルであり親友と見つめ合う。激戦に次ぐ激戦を勝ち抜き、ここまで勝ち進んできた。その頂上決戦で、こうして戦えるということに、どこか武者震いしてしまう。

 

「そういや、ここ1年間はキリトとデュエルしてなかったな。」

 

「そういえばそうだな。最後にしたのは…SAOの75層フロアボス攻略前か。」

 

「そうそう。クォーターポイントボスだからさ。最終調整も兼ねて初撃決着で。」

 

思い返せば、クォーターポイントという正念場を前に、勝負勘を高めるための初撃決着デュエル。全力で挑むという意気込みを込めて、互いにユニークスキルを用いてのデュエルは、観戦していた生還者達からはかなりの語り草となっている。ユニークスキル同士のぶつかり合いは、キリトとヒースクリフ、彼らの『二刀流』と『神聖剣』しかお目に掛かれなかった為、レアなこのデュエル…しかもトッププレイヤー同士と言う意味でも凄まじいものだった。

 

「SAOじゃ、全損決着出来なかったからな。…あの時は『偶然』にも俺が負けたけど、最後までやれば俺が勝つんじゃないかな?」

 

あの時の勝負の結果はキリトが勝利を収めた。イチカもその結果には得心していた。だが何処かで悔しいという想いが燻っていたようで、何処か挑発的になっている。

 

「どうだろうな。あれの延長でも結果は変わること無く俺が勝っていた可能性は十二分にあると思うぜ?」

 

対するキリトも売り言葉に買い言葉。煽るようにイチカの言葉に返す。

彼の中でも、先程のブシドーとの戦いがかなりのストレスであったらしく、無性にイラついていた。

 

『何やら盛り上がっておりますので、私めはそれに便乗して行きたいと思います!それでは!決勝戦!!』

 

「じゃあ着けるか…」

 

「良いぜ。」

 

「キリト」

 

「イチカ」

 

「「決着を!!」」『スタート!!』

 

「おぉぉぉぉ!!」

 

「だぁぁぁぁ!!」

 

最初からクライマックスにしてフルにギアを入れる。

あの時から付かず仕舞いだったライバルとの雌雄。

ここで、

この大舞台で決する。

 

SAOではレベルがあるために、装備は元より、その差でもかなりのアドバンテージを得られる。

だがALOではその概念がない。

装備の差こそあれ、それを差し引けば後は互いの技量と戦略のぶつかり合いだ。

これによって、互いの上下をより明確に着けることが出来る。

 

ユナイティウォークスとエクスキャリバー。

 

雪華とその鞘。

 

奇しくも二刀とそれにも似たスタイルで、互いの優劣を決めに掛かる。

 

目の前に迫る黄金の刃、その切っ先を白銀の刃で受け止める。

 

持ち替えた鞘の先で怯ませようとするが、漆黒の刃で弾かれる。

 

弾かれた勢いを利用して雪華を滑らせて受け流し、体勢を崩しに掛かるも、キリトはそれを見越してユナイティウォークスの斬り下ろしで滑る刃を塞き止める。

 

だがイチカは攻め手を緩めず、ガラ空きのキリトの脇腹に左膝を打ち込むと、思わぬ衝撃にキリトはノックバックを利用して一旦距離をとった。

 

一見すればただの応酬にすぎないだろうが、その速さは今までの戦いのそれを上回っていた。

 

「み、見えたか?今の…。」

 

「いや…早すぎて見えなかった…。」

 

それを見るプレイヤーが口々にその言葉を口にする。

それは2人を取り巻く面々も同様であった。

 

「あの…アタシ見えなかったんだけど、視覚の調整した方が良いのかしら?」

 

「だ、大丈夫ですよ、多分。私も見えませんでしたし。」

 

「あ、アタシは見えなくはないけど…正直身体が追いつかないかも…。シノンさんは?」

 

「私もリーファと同意見。あれを目で追えてもそれに合わせて身体を動かすなんて、そんな芸当は無理ね。」

 

現実で剣道を学んでいるリーファや、GGOで狙撃手をしていたシノンはともかく、リズベットやシリカの意見がごくごく一般的なものだ。

 

「やっぱ、簡単にはいかないか。」

 

「当然だろ。俺だってあの時のままじゃないからな。」

 

「そりゃ俺もだぜイチカ。…お前といつか闘うことを想定して研鑽は積んできているからな。」

 

「だろうな。」

 

キリトの返しに得心したのか、口許を綻ばせばせながら、イチカは雪華を鞘に納める。

居合

その前触れだ。

 

「やっぱり俺のSAOは、まだ終わってなかったんだ。」

 

「……?」

 

「アスナさんを助けて、それでようやくSAOは終わったと思っていた。でも何処かで無意識に痼りは残っていたんだよ。お前と、全力で全開の真剣勝負を決めなきゃ、俺の中でSAOは本当の意味で終わらないんだ。」

 

「…成る程な。」

 

キリトもそれに応えるように一息入れると、再び二刀を構え直す。

 

「言われてみれば俺も、お前と完全決着を着けなきゃどうにもスッキリしないな。」

 

類は友を呼ぶとでもいうのか。やはり目の前の親友(ライバル)は同じ事を感じていた。感じていてくれた。

 

「それじゃ、軽く身体も温まった所で…。」

 

「勝負と行くかぁ!!」

 

「上等ッ!!」

 

再び2人はその足で駆ける。

先に手を出したのはイチカだ。

納刀した雪華を瞬時に抜き、まるで鎌鼬の如く水平に一閃する。鞘を引き絞るように抜き放たれたその刃は、一瞬の煌めきを見せただけで、刃の軌跡そのものを捉えることは出来ないほどの高速の一閃だ。

だがそれを読んだキリトは、漆黒の翅をはためかせて跳躍。抜刀から納刀への一瞬、その隙を狙って上空からエクスキャリバーの刺突を繰り出す。

しかしイチカも負けじと、一閃を躱されたと悟るや否や、雪華を納刀するどころかその刃を持つ腕を振り切り、左脚を軸にして右脚を浮かせ、身体を沈ませて大きく旋回させる。頭を狙っていたキリトの一撃は、身体を沈ませたことで背中を掠める程度に抑えることが出来た。だがイチカの思惑はここで途切れるものでは無い。その勢いのまま身体を回転させ、浮かせた右脚をキリトの頭部目がけて振り抜いた。

だがキリトも負けてはいない。迫ってきたのが右側なのが幸いしてか、ユナイティウォークスを盾にすることで、イチカの剛脚を防ぐに至った。

が、やはりままならないのが世の常か、ダメージは防げども衝撃までは殺しきれずに数メートル吹き飛ばされてしまった。

翅を展開していたのが幸いしてか、咄嗟に飛翔したことで転倒にはならなかった。

ホッとしたのも束の間、キラリと太陽に反射しながら迫る白銀の刃が目に入った。容赦ない追い打ちを掛けてきた事に歯噛みをしながら、逆加速を行い、その一閃をまるでボクシングのスウェーを決めたかのように間一髪で避けることに成功した。

ヒヤリと背筋に薄ら寒いものを感じるが、イチカの怒濤の攻めはまだ止んではいなかった。

 

()ぅっ…!」

 

右肩に鋭い痛みが走る。

視線を移せば、ピックが右肩に深くは無いにせよ突き刺さっていた。

鞘を腰に収めたイチカがその左手でピックを投擲してきたのだろう。現に目の前には左腕を振り抜いたイチカが立っているのだから。

だがここで怯んでいてはまた踏み込まれる。

気休めにしかならないと確信しながらも、先の戦いでも使用した幻惑範囲魔法を詠唱。自身とイチカの間を中心にして、黒煙が広範囲に渡って朦々と巻き上がる。

恐らく稼げて数秒間。その間に立て直す。右肩に突き刺さったピックを抜き捨て、距離を開く。

反応速度と手数ならば負けはしないが、踏み込みからの振りの速さはイチカに軍配が上がる。懐に入られれば、さっきのように立て直すのも至難の業だ。それに、先程のような奇策も次は通用するかどうか…。

思案する最中、幻惑範囲魔法の黒煙が中から破裂するかのように霧散する。イチカが雪華を振り抜いて、その風圧で吹き飛ばしたのだろう。

 

「相変わらず出鱈目な抜刀速度だな。」

 

先日完成させたOSSの無現は、それより更に早いのだから尚のこと質が悪い。

だが、距離を取っていれば少なくとも安全ではある。

しかし逆に言えば、このまま攻め手をこまねいていては、体力減少割合の少ないこちらが不利になる。

そして何よりも、イチカは完全決着を望んでいるのだ。

 

「だったら…!」

 

何か策があるわけでも無い。だがここで何もせずにいるというのは、全力を望むイチカを否定すること。往年のライバルとして、それだけはあってはならない。

ならば…

 

「らぁ!!!」

 

「しゃあ!!!」

 

抜き放たれた刃と、踏み込みと翅の加速を上乗せした渾身の突きが、火花を散らして交わる。

身体のバネだけで渾身の突きを受け止めるイチカにキリトは舌を巻くが、生憎と相手を賞賛させる暇を与えるほど、この決闘におけるイチカは甘さを持ち合わせてはいない。

 

「一閃!!」

 

左手を手刀に構えてその腕を引く。

エンブレイサーの一撃が来る!

そう察したキリトは翅を羽ばたかせて上昇と前方加速を同時に行使。剣の交錯を支点にしてイチカの上方を取る。

ガラ空きだ。

エクスキャリバーの刃を縦に振るえば、イチカの左肩へ確かな手応えと共に一撃入れることが出来た。

 

「っ…!!」

 

だがイチカもただやられる訳では無い。雪華にソードスキルの光を纏わせ、抜刀状態で居合と同じように身体を捻り横一閃。カタナソードスキル『旋車』を発動する。自身を中心として360度に攻撃範囲を持つため、背後に飛んだキリトにも攻撃を及ばせることが出来る。

しかしキリトも伊達にSAOを生き延びたわけでは無い。

その反応速度により、エクスキャリバーによる武器防御でなんとか防ぐことに成功する。

しかしソードスキルをいくらエクスキャリバーで防御したといえども、ダメージとノックバックはゼロにすることは出来ず、微量ながらもダメージを受けて、吹き飛ばされて距離を取らされてしまう。

キリトは未だノックバックの体勢を整えきっていない。

それを肩越しに目視したイチカは、旋車の硬直が解けるや否や反転し雪華を納刀、リングを蹴った。

肩の一撃…決して浅くは無く、エクスキャリバーの攻撃力も相俟ってHPは1割ほど持って行かれてしまった。

ソードスキルでなく、ただの一撃でここまでやられてしまっては、少なからず焦燥感を抱いてしまう。

だからこそ、体勢が崩れている今を好機として畳みかける。

踏み込みの速度なら負けない。

 

(体勢が整っても、反応速度を超える一閃を放てれば…勝てるはず!)

 

無現は最後の切り札。それを出すにはまだ早い。可能な限り削って、確実に仕留めるためのリーサルウエポン。

この状況、しかもキリト相手で最大の技を使えないのは縛りに近いが、それはキリトも同じはず。

互いに地力で攻め続けるしかないのだ。

抜き放たれた刃は下からの斬り上げ。キリトも間一髪体勢を整え、二刀でクロス・ブロックして防御に入る。イチカの居合、その威力と速さを知るからこそ全力で防御しなければ、防御ごと捲られてしまうと危惧したからに他ならない。

だが…

 

「うぉっ!?」

 

驚愕の声を上げたのはキリトだった。

鋭い金属音、そして眩い火花と共に腕に走ったのは、途方も無いほどの重み。これがソードスキルじゃない、ただの一撃なのかと疑うほどの重撃。

二刀による防御は、ものの見事にガード・ブレイクさせられてしまった。

早く立て直さないと…!

そんな焦りはすでに遅く…

ヒュン!!

という風切り音、

肩から走る鋭い痛み、

つい先程斬り上げた刃をすでに振り下ろしたイチカ。

 

(何だ…今の……見えなかった…?)

 

余りにも高速の返しの刃に、キリトは一瞬混乱する。しかし、ここで思考力を低下させてしまっては、一気に畳みかけられてしまう。

ノックバックで後退りながら、先程の攻撃を、出来るだけ素早く、そして冷静に分析する。

 

(あれだけの高速の二連撃…しかも一撃目は防御を跳ね上げるだけの威力。防御が崩れたところに二撃目の一閃か…。)

 

言うなれば逆の虎切り…ポピュラーなネーミングで言えば燕返し。かの佐々木小次郎が使用したとされる剣技の軌跡を逆にしたものだ。

一の太刀を二の太刀の布石とするそのコンビネーション。恐らくイチカは無意識の内に組み合わせたのだろうが、逆にその無意識が末恐ろしくもある。

 

「くっそ……!なんだよその振りの速さ…!やっぱ出鱈目だな!」

 

「そっちこそ…!咄嗟の反応と判断がチートかチーターじゃんか!」

 

互いの持ち味を罵倒しているようで、実際は賞賛を送る。

自身には無い強さがある。

だからこそ互いにライバルだと意識できる。

ダメージを受けた悔しさよりも、互いの全力で戦える歓喜。

悪態をつきながらも、自然と口角は釣り上がってしまう。

SAOでは全力で戦えなかったライバルと、ここでなら存分に斬り合える。

それが何よりも昂揚させ、そして楽しませてくれるのだから。

 

「「だったら…

 

 

その出鱈目をねじ伏せた上で勝つ!!」」

 

どちらからとも無く異口同音に。

2人の剣士はその刃を再び交差させた。



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第59話『雌雄』

ふぅ……(賢者モード)


誰もが口を揃えて言う。

こんな激しい戦いは見たことがない、と。

大きな興奮がコロッセウムを包み込み、大歓声が会場を支配する。

観客の視線の先には、激しい剣戟を繰り広げる2人の少年。

 

「否!少年のような青年だ!」

 

等と1人仮面の漢が宣っているが、それは置いておこう。

ともかく彼らの表情は、もはや鬼気迫るという言葉が相応しいほどだ。

瞳孔とかがアレなことになってるし、目元は三白眼かと言わんばかりに釣り上がっている。

知り合いが見てみれば、『誰だコイツ?』と口にしそうなモノだ。

だがそんな自身らの状態など露とも気にせず、唯々目の前のライバルを捻伏せんとひたすらに剣を振るい、そして防ぐ。

だが互いの剣戟は超高速。腕前は既に達人の域。流石の2人でも避けきれないのか、時折頬や肩、大腿部を掠めて僅かながらダメージが蓄積されていく。

だが頭部や胴体、四肢への直撃は免れていることを見れば、多少のダメージは承知の上での攻めの姿勢を取っていることがうかがい知れる。

 

「「うぉぉおおおおお!!!」」

 

また一つ、甲高い金属音と、ド派手な火花を散らして、2人の得物がぶつかり合う。

ぶつかり合った剣は鍔競り合いとなり、お互いの力勝負になっていた。

 

「やっぱりお前とのデュエルは格別だな!これ程の緊張感、他に類を見ないぜ?」

 

「俺もだ!ユウキとはまた違った意味での楽しさが、お前とのデュエルにはある!」

 

余裕がないはずなのに、その表情は笑みを浮かべられる。下手をすれば狂人のそれだが、2人は全く気にするものでもない。掛け替えのないライバルと初めて全力のデュエルが出来る喜びに打ち震えているのだから。

 

「1年前の借り…楽しんだ上で返させて貰うぜ!」

 

「冗談!俺の首をそう易々とくれてやるものかよ!」

 

どちらからともなく再び飛び退いて距離を取り、そして間髪入れずに踏み込む。次の一閃は互いの剣にぶつかることなく、互いの身体が交錯し、そして切り抜ける。

キリトは脇腹に、

イチカは右肩に深く、

互いに直撃に近い刀傷を与えられ、そして負わせた。

やはり相手は互角…いや、自身より上なのだと、互いに相手への感心が過る。命を賭ける戦場を共にしたライバルは、やはり偉大で、だからこそ意識していた。

キリトとイチカは、それぞれ1年前のデュエルで、

片や中途半端な決着を、

片や敗北という辛酸を、

互いにその痼りを抱き続けてきた。

だからこそこの場で、1年前の清算と、一年間の成果を存分にぶつけるのだ。

残る体力は互いにほぼ1割。

次の一撃で決着となるだろう。そしてそれはキリトも同様に考えているに違いない。

望むならばそうしたいところだ。

 

(…とは言え。)

 

しかしイチカは正直に言って焦っていた。

先の一撃…肩へのダメージが思いの外深いのか、力が余り入らない。肩への部位的なダメージ蓄積によるデバフが入ったのだろう。

 

(ヤバいな…。これじゃ…無現は愚か、居合もまともに出来そうにないぞ。)

 

利き腕である右肩へのデバフは、イチカにとって致命的だった。彼の攻撃手段の殆ど…8割は右手に強く依存している。残りの2割…足技や左手での攻撃手段もあると言えばあるが、その威力は居合に遠く及ばない。

 

(何か…何か打開策はないか…?)

 

刻一刻と過ぎる時の中で、何かないかと思考を巡らせて模索するも、妙案が思い浮かぶわけではない。

だが臆面に出れば、キリトに察されるだろう。

表に出さず、ポーカーフェイスでやり過ごしながら、居合抜刀の構えを取る。

こうなれば出たとこ勝負だ。

それを見たキリトも、二刀の剣を構えて腰を落とす。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「勝負ッ!!」」

 

同時に駆けた。

力が入らない右手で、震えるその手で、心で治まれと願いながら柄をできるかぎり握り込む。

どうせやるなら…思いっきりだ。

ここで…勝っても負けても俺のSAOを終わらせるんだ!

そう意気込んだ時、思いが通じたのだろうか?雪華が白銀の光を…無現のライトエフェクトを纏ったのだ。

 

(…やれる…!俺と雪華なら!)

 

間合いに入るより一瞬先に身体を捻り、螺旋の力を溜め込む。

足を踏ん張り、そのエネルギーを力が入らないはずの右手に集約する。

二つの力、それを渾然一体として、『その一瞬のために』溜め込む。

目の前にソードスキルの光を纏った漆黒の刃が迫る。姿勢を低くし、頭上を掠めるようにキリトの一撃を回避する。

 

(懐が開いた!)

 

目の前にはソードスキルを振り下ろしたキリト。彼の脇腹が広がっている。

 

今がチャンスだ!

 

この一撃に賭ける!

 

そう意気込み、雪華のその刃を抜き放った。

 

 

 

 

 

 

会場が沈黙に包まれた。

誰もがその勝負の行方に息を呑んだ。

 

「イチカ!!」

 

1人の少女が悲痛な声で、想い人の名を呼ぶ。

彼女の視線の先には、

イチカの右腕が切り飛ばされ、宙を舞っていたのだから。

 

 

 

 

 

「っ…!?」

 

イチカは目を見開いた。

確かに無現は入ったはずだった。

自身の予想が正しければ、キリトの横っ腹は、エグいかも知れないが真っ二つに出来ていた。

ソードスキルの隙を狙った一撃…なのに手痛い一撃を食らったのはこちらとは…。

目の前には、ユナイティウォークスを()()()()()キリト。

失態だった。

熱中しすぎるあまりに、バーチカルアークの振り下ろしは避けたが、返しの振り上げを食らってしまうとは…。

 

(くそっ…ここまでか…!)

 

利き腕と共に宙を舞う雪華をぼんやりと見ながら諦観に浸る。

ここまで頑張ったんだ。負けたのは少し悔しいけど…でも満足だな。

後はとどめの一撃を食らって…

 

「イチカァァァァッ!!!」

 

目を覚ますような、一際大きな声がイチカの目を見開かせる。

そうだ。

最後の最後まで諦めて堪るか!

虚ろい気味だったその目に再び光が宿る。

まだ、HPは0じゃない。

僅かばかり、それこそ数ドットという、文字通り首の皮一枚繋がっている状態。

幸いにして、キリトはバーチカルアークの硬直中。その間に何か手立てを見つければ、勝ちは充分見える!

その証拠に、無現は不発に終わってない。

『完全に入らなかった』だけなのだ。

見れば、キリトの脇腹には赤いダメージエフェクトが入っている。

完全なダメージでは無いにせよ、それでも幾何か手傷を負わせたはずだ。

だがどうする?

もはや無現は使えない。寧ろ居合は両手でなければ使えない。左手で鞘を持てば、その刃を抜き放つモノが無い。

…いや、

 

(無いなら…別のモノを使う…!)

 

もはやとんでもない博打だ。

しかし何もしないでただ負けを享受するよりも、何倍も納得がいく。

意を決して、イチカは翅を広げて飛翔する。右手の無い感覚に慣れないが、四の五の言ってられない。

そして宙を舞う雪華を、左手で受け止め、そして腰に収め、硬直が切れて油断無く自身を見上げる好敵手を見遣る。

やっぱり強いな。

だからこそ目指し、超える甲斐がある。

千切れた右手をキャッチすると…

 

「ロケット・パーンチ!!!」

 

「何ぃ!?」

 

あろうことか、その千切れた手をキリトに向かって投げ付けた。よもやそんなモノを投げ付けてくるなど思いもよらなかったため、一瞬反応が遅れてしまう。

だが直ぐに冷静になり、投げ付けられた右手をユナイティウォークスで切り払う。何のこと無く斬り裂かれたその手は、ポリゴンとなって霧散した。

 

「コイツで決着だ!キリトッ!!」

 

自称ロケット・パンチを目眩ましに、イチカは再び鞘に収まった雪華を左手に携え、キリトへと急降下する。あの状態で何を仕掛けるのかはわからない。わからないが、それを迎え撃つことで、目の前のライバルを打ち倒す。それが今キリトがすべきことだ。

 

「来いっ!イチカァァァァッ!!」

 

返す刃のエクスキャリバーで、ソードスキルの準備に入る。

確実に、いやそれは無くとも、出来うる限り仕留められる可能性の高い初期ソードスキル。地味だろうが、無難な戦法で行く。

そして射程距離に入ったイチカに向かって放たれたのはホリゾンタル。水平に相手を斬り裂く単発ソードスキル。

これを当てれば勝てる。

迫り来るイチカを仕留めんと、腕力を上乗せして振り下ろす。

だが、振り抜いたその刃を持つ手に手応えは得られなかった。

 

「ぜゃあぁぁぁぁっ!!」

 

下から聞こえるイチカの咆吼にも似た叫び。

イチカは当たる寸前に翅を切り、その軌道を変えたことで懐に潜り込んだのだ。

ガリッ…!

何か硬いものを噛んだかのような音が耳に響く。

何を仕掛けてくる?

だが何をしようとも…勝つのは俺だとキリトは心中で叫ぶ。

 

「おぉぉぉぉぉっ!!」

 

ホリゾンタルの硬直が解けぬ中、『左手のエクスキャリバーにソードスキルの光が輝き出す』。

キリトが編み出したシステム外スキル『剣技連携(スキル・コネクト)』。これによってホリゾンタルの硬直を無効化し、次のソードスキルに繋げたのだ。

放たれるはレイジスパイク。対するイチカは身体を丸くし、動きを見せない。

このまま当てる…!ソードスキルを放った以上、もう止められない。

顔を上げたイチカと目が合う。

その眼光に宿る意思に、背筋にゾクリとしたモノが走る。だが、それ以上に、『その口』に装備しているモノが異常だった。

雪華である。

左手で鞘を持ち、雪華の柄を口にくわえて抜刀することで、居合として形を成したのだ。

 

(そんな奇策で来るのかよ…!)

 

右手を吹き飛ばされても諦めず、挙げ句にそんな型破りな攻撃で来るなんて思いもしなかった。

でも、だからこそ…

 

(やっぱりお前は…最高の親友(ライバル)だな…!)

 

そして

 

 

 

 

 

一閃

 

 

 

 

最後の一合。その展開に誰しもが目を見開き、そして焼き付けた。

2人の剣士の、最強を賭けた一戦を。

そしてその決着を。

 

どちらが勝ったのか?

 

最後の一撃、どちらに軍配が上がった?

 

皆が固唾を呑んで見守る中、それは訪れた。

 

2人の剣士は光に包まれ、その姿は泡沫のように揺らいでいく。

 

そして…

 

同時にエンドフレイムを散らすことで、その答えとなった。

 

『な、なんと!同時に戦闘不能!?よもや決勝戦でまさかの引き分けです!!これは予想だにしなかった展開!!2人とも素晴らしいデュエルを見せてくれました!!しかし!優勝者は1人!このままでは再試合と……え?何々カンペ?……え?マジっすか?…ええの?ホンマに?』

 

マイクを付けたまま何やら揉めてる実況者に、会場内はざわつき始める。

再試合なのか?と、甦生されたイチカとキリトを含め誰しもが予想するが、実況者が発表した内容は、それをある意味裏切るものだった。

 

『太っ腹!運営太っ腹です!ただいま運営から試合結果に対する判定が下りました!今回の優勝者は!!

ダラララララララララ……ダン!!!

キリト選手とイチカ選手両名!!

つまり、

 

同時優勝だぁぁぁ!!!

 

瞬間、

今日一番の歓声がコロッセウムに響いた。




ふぅ……(真っ白)


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第60話『閉幕』

若干ギャグ回めいてます


引き分け

 

同時優勝

 

その言葉に当事者の2人は呆然としていた。

いや、それが何処か遠い世界の言葉のように聞こえた。

全力で戦ったその反動なのか、座り込んだまま、演出による花吹雪を眺めていた。大歓声すら右から左へと抜けて行くだけ。

 

「優勝者とは思えぬ負抜けっぷりだな。」

 

「でも、それだけの激闘だったから、大目に見てあげて欲しい。」

 

低くも凛とした声と、昂揚の低い声に我を取り戻したようで、見上げれば自身らを応援していた皆と共にオウカとシロが2人を見下ろしていた。その顔には呆れやら何やらがない交ぜになって眉をハの字にしている。

 

「ほら、優勝したんだから、もっと堂々としてないと!」

 

「そうだよ!笑顔だよ!笑顔!」

 

それぞれの想い人がそれぞれの脇を抱えて立てせて、その手を握って天高く掲げる。

大歓声に応えるそのパフォーマンスは、より一層観客のボルテージを上げるには十分なものだった。

 

『えー、何やら観客の方々が乱入して来られましたが、ここは演出上オッケーと致しましょう!ちょうど主役も揃ってることですし、それではこれより!閉会式及び表彰式を執り行いたいと思います!!

 

先ずは第3位!!準決勝で、イチカ選手と息を呑むような激闘を繰り広げてくれたユウキ選手!!!』

 

「え?ぼ、ボク?3位決定戦してないよ!?」

 

『それについては「私から説明しよう!!」あぁっ!?マイクゥ!!』

 

やはりフリーダム。ブシドーがどこぞより現れ、実況者のマイクをかっ攫う。実況者が抗議しているが、やはりそこはブシドー。全く気にせずである。

 

「私が棄権したからに他ならない!!」

 

「えっと…敢えて聞かせて貰うけど…なんで?」

 

「ふっ…愚問だな。私は女性を斬る刃を持ち合わせてはいないのだよ。」

 

よもやここでフェミニスト宣言か?と思われたが、無論そんなわけ無い。

 

「私が攻めるのは少年、否!少年のような青年と決まっている!故にキミとの果たし合いは興が乗らん!」

 

「えぇ~…。」

 

「望むべくはイチカ少年!キリト少年もさることながら、キミとの熱い逢瀬をも私は所望する!否!キミの存在を所望する!」

 

「断固辞退します。」

 

「邪険にあしらわれるとは!?ならばキミの視線を釘付けに…!」

 

ブシドーがふしぎなおどりを踊り始める。なぜか見る見るMPが下がっていく中、彼の首元に剣先を突きつける存在が現れる。

 

「ブシドーさん?」

 

「何かね?少女。」

 

「イチカはボクの恋人なんだから…盗ったり狙ったりしたら………

わかるよね?

 

ぞわり!

彼女を中心として途轍もない威圧感を周囲に放たれた。

そう、それはまるで、自身の恋人を狙う輩に強烈な牽制を掛けるかのように。特にイチカに恋心を寄せていた女性プレイヤーはしめやかに失禁。後にユウキ・リアリティーショックと呼ばれる症状を引き起こした。

 

「フッ…!キミは正に阿修羅すら凌駕するのだな。面白い。ユウキ、君の名は覚えておくとしよう。」

 

言うだけ言って、ブシドーはその場を後にする。

場をかき乱すだけかき乱して、彼はいったい何だったのか?

 

『と、とりあえず!ユウキ選手が3位なのは、ブシドー選手が辞退したから、と言うことです!御理解頂けましたか?』

 

「と、とりあえずは。」

 

なんてこったい!!ユウキちゃんがイチカと付き合ってるだなんて!?

畜生!爆発しろ!エクスプロージョン!!

魔法に頼るか雑魚共が!!

ぎゃぁぁぁぁ!!

 

何やら観客席が阿鼻叫喚の悲鳴に包まれているが、そこは無視しておくとして…。

 

『次は特別賞!!その名も、お前のような初心者がいるか賞!!』

 

まだ名前が出されていないにも関わらず、そこにいる面々は一斉に彼女の方を向く。

当の本人はと言うと首を傾げるばかりで、全く自覚が無いようだが。

 

『おめぇホントにルーキーか!?そんな万場一致の思いの元に選出されたのは…オウカ選手ー!!!』

 

「…何?私だと?」

 

『聞けば三日前にALOを始めたばかりのようで、その実力はまさにダイヤモンド級!これからの精進に期待しましょう!!』

 

きゃあぁぁぁぁ!お姉様ー!!!

私にも戦い方を教えて!!

あと躾もして!!!

うぉぉぉぉお!!!姉御ー!!!!

 

黄色い悲鳴とサボテン声が会場内に響く中、オウカはやれやれと頭を抱える。

やはり私はこういう立ち位置なのか、と。

 

『次は!マスコット賞!!』

 

「もはや何でもありだな!?」

 

『こればっかりは運営の匙加減ですのであしからず!これはコーディネートやその立ち振る舞いに、マスコットのようなキュートさを感じたプレイヤーが選出されます!ただし!今回のトーナメントに参加されたプレイヤーの中から選び出されましたので、そこはご了承ください!

 

では!!

 

そのマスコット賞は!!』

 

実況者がトコトコと歩いて行く。どうやら集まったこの面々の中に居るようだ。

そしてとある人物の手を握り、その手を天に掲げた。

 

『シロ選手ー!!!』

 

「……へ?」

 

「「「うぉぉおおおお!!!」」」

 

一部の野郎共狂喜乱舞。

 

『その小さな身体に似つかわしくない大きな得物!そして凜々しいはずが可愛いとしか形容しがたい騎士甲冑に包まれたそのミニマムボディ!これをマスコットと言わず何と言うのか!!』

 

「「「「Yessssssssss!!!!!」」」」

 

「イチカ、彼らは何を言ってるの?」

 

「あ~、そうだな。まぁシロを褒め称えてるんじゃないか?」

 

「そうよね。シロちゃん、性格は違うのに何だかユイちゃんと似たような感じがするのよね。」

 

(…結城明日奈…鋭い…。)

 

表情を全く変えないが、アスナの言葉に核心を突かれたのか内心焦っていた。

 

『シロ選手、何か一言お願いします!』

 

「えと……その…」

 

珍しく言葉に詰まりながら視線をキョロキョロさせ、言葉を選ぶシロは、まさしくマスコットというのはあながち間違いでは無いと、誰もが認識するところであろう。

 

「ちょ…」

 

『ちょ?』

 

「ちょりーっす。」

 

ちょりーっす

 

ちょりーっす

 

ちょりーっす

 

↑エコー

 

瞬間、

コロッセウムに嵐が巻き起こった。

 

「なっ!なんという魅力的な挨拶だ!」

 

そして何故か舞い戻るブシドー。

おもむろにシロの手をとって見つめている。至近距離で。

 

「そうだ、自己紹介がまだだったな!私はグラハm」

 

何か言おうとしていたが、シロは手を握られたことで表示されたハラスメントコードを適用し、どこぞへとブシドーは転送させられた。何一つ、表情を変えること無く。

 

『なにやら乱入者が居たようですが、恐らく気のせいでしょう!!』

 

「え!?スルー!?」

 

「最後の大トリ!見事同時優勝をもぎ取ったイチカ選手とキリト選手!!」

 

瞬間、再び割れんばかりの歓声が2人を祝福する。

こういった場面になれていないのか、2人揃って表情が硬かったりする。

 

『見事なまでに互角にして激しい戦いを繰り広げてくれたお二人、それぞれにインタビューを行いたいと思います!!先ずはキリト選手!おめでとうございます!』

 

「あ、ありがとうございます。」

 

『キリト選手とイチカ選手とはライバル、と言うことですが、今日の戦いはどうでしたか?』

 

「やっぱり強かったです。以前は初撃決着でだったんで、全体を通して闘ってみたら、彼の粘り強い戦いに屈しそうになりました。」

 

『ほうほう。しかし結果として引き分けての同時優勝ともなれば、やっぱり不完全燃焼な感じはありますか?』

 

「最後まで闘ったとは言え、やっぱり引き分けじゃ雌雄を決したとは言えないですし、いずれはもう一度闘いたいと思ってます。」

 

『おぉう!宣戦布告!!これは近々熱い戦いの狼煙となるのでしょうか!?乞うご期待です!!

では次にイチカ選手!!同時優勝おめでとうございます。』

 

「ありがとうございます。」

 

『今回の決勝戦、キリト選手との試合はいかがなものでしたか?』

 

「彼の反応速度と手数にはやはり苦戦しましたね、出鱈目すぎて。負けなかったのが不思議なくらいです。」

 

『最終盤、利き腕と武器が切り飛ばされるというアクシデントがありましたが、その時からの巻き返しが鬼気迫るものでした!咄嗟によくあんな手が思いつきましたね?』

 

「いや…。」

 

その質問にイチカはバツの悪そうな顔をして視線を逸らす。

 

「正直あの時、俺は一度勝ちを諦めてました。ここまでやれたから悔いは無い。そう思ってトドメを刺されようと。」

 

でも、とイチカは言葉を繋ぐ。

 

「一人の女の子が、喉が枯れんばかりの大声で名前を呼んでくれて…その声のお陰で目が覚めたんです。まだ諦めて堪るかって。そこからは無我夢中でしたけどね。」

 

その声の主を見てみれば、照れ隠しにエヘヘ~と苦笑いを浮かべている。

愛の力、等と言えばチープな物かも知れないが、それでもイチカの再起の起因になったことには変わりないだろう。

 

『うんうん、やはり愛の力は偉大ですね~そして御馳走様でした。…末永く爆発してくださいね?』

 

末永く爆発って…どういう意味だ?等と、やはりまだ朴念仁が抜けきっていないイチカに、皆がずっこけて居る中、

 

『それではこれにて!第1回ALO統一デュエルトーナメントを閉会します!!』

 

ALO全体を巻き込んだ一大イベントは、ここに終了したのだった。



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第61話『宴会と失恋』

本編ほのぼの
後書き微妙に鬱です、御注意を。
IS組はこれで気持ちを一区切りになります。


「そんじゃ…ALOデュエルトーナメント…お疲れ様!!そんでユウキとイチカの交際おめでとう!!乾杯っ!!」

 

『乾杯っ!!!!』

 

リズベットが幹事の下らガチンと樽ジョッキがぶつかり合い、各々がその中身を煽るように飲み干す。この世界で未成年禁酒などと言う物は存在しないため、希望する者はアルコール擬きを飲用している。

 

「さぁ!お料理はじゃんじゃん作ってるから、遠慮しないで食べてね!」

 

「うひょぉ!アスナさんの手料理!!」

 

「クライン、はしたないぞ?…気持ちはわかるけどな。」

 

SAO並びにALOでも屈指の美人プレイヤーのアスナの手料理とあって、クラインが飛び付かないわけがない。キリトも呆れながらも、手早くアスナの料理を口に含んでいる辺り大概だが。

 

「あの…本当に私達もお呼ばれして良かったのでしょうか?」

 

遠慮がちにアスナに問うのは、スリーピングナイツのシウネーだ。未だジョッキを両手で持っている辺り、緊張も遠慮が重なっている様子。

それもそうだろう。この中で接点がある人物と言えば、ユウキとイチカくらいなもの。見ず知らずの人達の中に入れられれば、誰だって身体が強張るものだ。

 

「俺が誘ったんだから、別にそんな畏まる必要ないんじゃないか?」

 

「イチカさん。」

 

両手でそれぞれローストビーフのようなものと、魚の香草焼きをプレートで持ち、木造のテーブルの上に並べて切り分けていく。

 

「それに、こういうパーティーは、親交を深めるためでもあるんだ。皆で美味しい料理を食べれば、それだけで仲良くなれるさ。」

 

「そう…ですね。」

 

それでもやはり表情が浮かないのは、スリーピングナイツの誓いだろう。一定以上の距離を保って人と接することを約束し合った面々なのだ。それだけに…

 

「ユウキ…それで良いのかい?」

 

「うん…ゴメンねノリ……リーダーのボクが誓いを破ってちゃ、世話ないよね。」

 

シウネー以外のスリーピングナイツは、ユウキがイチカと交際を始めたことに驚きを隠せず、こうして説明を受けていた。

 

「でもいいのか?その…僕らの身体のことは…。」

 

「うん、イチカもそれを解った上で恋人になってくれた。…最期の時まで一緒にいてやるって…。」

 

「そ、そそそんな情熱的な……?」

 

「ホントにボクの身勝手で、我が儘なんだけど……やっぱり約束を破っちゃったのは許されないことだから…ボク、スリーピングナイツを抜けようかと思ってる…。」

 

「ユウキ!?いきなり何を!?」

 

「だって…やっぱりさ。皆との誓いを守れないボクがリーダーじゃ、示し付かないよ…。だから…。」

 

「…ったく!アンタはいつまで経っても手の掛かるリーダーだよね!」

 

ユウキの首に腕を回し、軽く極めるようにノリはユウキを引き寄せる。

 

「ノリ…?」

 

「そんな情熱的なノロケを聞かされたら、あたしらも恋したくなるじゃんか!」

 

「だよな~…残りの人生、一回くらい恋人欲しいよな~。」

 

「ぼぼぼ僕だって、そういうことに対する興味は、なな無きにしも非ずと言いますか…。」

 

「乙女じゃないけど、命短し恋せよ…そういう方針転換もアリなんじゃないかな?」

 

「み、みんな…。」

 

「あら…私がいない間に話が纏まっちゃったわね。」

 

年長者として、パーティーに参加している面々に挨拶してきたシウネーは、話を終えたメンバーの輪に戻る。

 

「あのユウキが恋をして、こんなに愛らしくなってるんですもの。私も年甲斐もなく張り切っても良いかも知れないわね。」

 

「え?あ、愛らしい!?」

 

「自覚無い?…なんかさ、ユウキ最近美人になった感じするぞ?」

 

「えぇぇぇええ!?」

 

ユウキの驚きの声に、誰も彼もが声の発生源たる彼女に注目する。

思わず出てしまった大声に小さくなりながらも、ジュンの言葉が正直何を言っているのか解らなかった。

 

「ぼ、ボクが愛らしいとか美人になんて…何を言ってるのさ二人とも!?」

 

「え~?だって言うだろ?恋をすれば女の子は美人になるって。まさにユウキのそれだろ?」

 

「いいわね~、私も春が来ないかしら?」

 

「お、スリーピングナイツの皆、食べてるか?」

 

そんなユウキの心境なぞ何処吹く風。渦中になりかねないイチカが、スリーピングナイツの輪に加わる。

 

「おぅ、ありがたく楽しませて貰ってるよ。」

 

「そいつは何よりだ。…と、どうした?ユウキ。顔が真っ赤だぞ?」

 

「な…なんでもない、よ。」

 

「まぁまぁユウキは付き合ったばかりだからまだ恥ずかしいのよ。それよりもイチカさん?」

 

「ん?」

 

「ユウキとお付き合いすることは素直にお祝いします。ですが…もし…もしユウキを泣かせたりしたら…」

 

「な、泣かせたりしたら…?」

 

シウネーの言葉を皮切りに、ユウキ以外のスリーピングナイツから得も知れぬ威圧感がズッシリとイチカにのし掛かってくる。その重圧に、思わず一歩退いてしまうイチカ。

 

「斬り落とすぞ?」

 

「ねじり切っちゃうわよ?」

 

「すりつぶすよ?」

 

「串刺しにしますよ?」

 

「ミンチにしますよ?」

 

(グチャッとしますよ?)

 

上からジュン、シウネー、ノリ、タルケン、テッチである。

 

「あ、あれ?もう一人は誰だよ!?」

 

「は?ユウキ以外のスリーピングナイツは五人だろ?」

 

「幽霊でもいたんですか?」

 

「…おっかしいなぁ…?」

 

幻聴だろうか?それにしてもハッキリと物騒な言葉が聞こえたものだ。

 

(疲れてんのかなぁ俺。)

 

確かに激戦を繰り広げたのだから、疲れが出ていても仕方ないだろう。

少し甘いものでも飲んで、身体を楽にしよう。

そう思ってジュースを汲みに行こうと振り返ったとき。

 

(妹を…木綿季を…よろしくお願いしますね。一夏さん。)

 

「……!」

 

幻聴じゃない。

ハッキリと聞こえた。

木綿季を妹と呼ぶ存在は既にこの世にはいないのに…。

でも確かに感じる。

そこにいる。

彼女が。

 

(じゃないと…ホントにグチャッとしますよ?)

 

…木綿季のお姉さんはとても物騒なようだ。

 

「安心してくれ…俺は…ユウキを幸せにするから。」

 

振り返ること無く、その言葉でイチカは応じる。

その言葉に二言は無い。

得心したのか、その気配は霧が晴れるかのように薄くなり、やがて消えていった。

 

「お、イチカさん、もうプロポーズかい?」

 

「ふぉっ!?」

 

「プププププロポーズゥ!?」

 

「あら!素敵ね!そういえば私もキリト君に告白されてすぐにプロポーズされたなぁ…ちょっとデジャヴね。」

 

「あーもう!このバカップルめ!アタシがエンゲージリング作ってやるわよ!えぇ!こうなりゃヤケよ!」

 

「じゃあ私はユウキのウエディングドレスを作らなきゃね!あとケーキも…」

 

「は、話を飛躍しすぎだよ皆ァ!!」

 

真っ赤な顔で、かといって怒ってるわけでも無く。

心許せる仲間達と冗談を言い合って過ごす彼女に安心したのか、その存在は完全に姿を消したのだった。

 

(幸せにね、ユウキ。)

 

そんな言葉を残して。




ようやく戻ってIS学園のとある一室
先程まで激闘に次ぐ激闘に興奮が最高潮に達していた温度から一転。空気が途轍もないほどに冷えていた。それは赤道から北極までと言えばわかるだろうか?何せ、冷え切っていた。
沈黙が閉会式を終えてなお続いていた。

「…ねぇ?」

口火を切ったのは鈴だった。
その目は虚ろで、以前のように『よし、殺そう』とか言い出しかねないものを感じさせる。

「さっき…ユウキがイチカのこと…恋人って言ってたの、私の空耳かしら?」

「奇偶ですわね。私もその様に聞こえましたわ。」

同じくセシリアも目を虚ろにして目が笑っていない笑みを浮かべる。

「そっかそっか…アタシだけじゃ無かったのね?」

同意者が得られたことで、満面の笑みで、壊れたおもちゃのように何度も何度も頷く。正直怖い。

「…よし、殺そう。」

やはりである。双天牙月を展開して、今にも一夏の部屋へと凸しそうな鈴。そんな彼女の腕をつかんで待ったを掛けたのは箒であった。

「何よ、離しなさいよ箒。」

「まさか鈴、一夏の寝込みに奇襲を掛けるつもりではあるまいな?」

「はぁ?何言ってんのよ。当たり前じゃない!アイツを向こうから引きずり出してやるんだから!その上できっちりOHANASHIを…。」

「止めといた方が良いと思うよ。」

箒に便乗して制止するのはシャルロット。視線こそ鈴には向けないが、その言葉には力が籠もっている。

「一夏がどれだけフルダイブVRの世界を大切にしてるか…鈴は知ってるでしょ?それを邪魔したり蔑ろにしたりしたら…幼馴染みといっても一夏は許さないかも知れないよ?」

「そ、それは…!」

シャルロットの指摘に鈴はたじろぐ。一夏が旧SAOを通して、仮想世界という物に強い思い入れがあるのは鈴も知っている。それを彼に恋人が出来たと言う理由で嫉妬に駆られ、邪魔したり、VRを断つためにアミュスフィアを潰そうものなら、一夏の怒りはどれほどのものになるかは想像が付かない。

「だから…黙ってろっての?」

「…少なくとも、それは今じゃ無くても良いと思う。一夏がログアウトして、それからこっちで話せば済む話し…だから。」

「簪さんまで…。」

「…よくわからんが、嫁が楽しんでいる時間を邪魔するのは私としては反対だ。」

ラウラにまで同意されてしまっては、もはやぐうの音も出ない。
4:2で議論が分かたれたが、それでも鈴は食い下がる。

「でも何とも思わないの!?一夏が…一夏が木綿季と恋人だって…!そんなの、黙ってアンタ達は認められるの!?」

「そんなわけないじゃないか!」

鈴の叫びに同じく叫び返したのはシャルロットだった。そのアメジストの瞳に涙を溜め、必死に泣きたいのを我慢しているのが見て取れる。

「ボクだって…一夏が取られるのは悔しいよ!!でも、一夏が選んだのが木綿季なら仕方ないじゃないか!!一夏が…好きになったのが…木綿季、なんだ…っ!」

「…私だって、何も思わぬわけがない。だが…やはり一夏が奪われることより、一夏に嫌われる方が勝ってしまう私は…恋心が弱かったのやも知れないな…。」

箒も顔を伏せていてわからないが、それでもその声色から察するに、表情に陰りを差しているのだろう。

「箒は…強いわよ…少なくともアタシよりは…ね。きっと今までの箒なら、アタシより先に木刀抜いて一夏のトコに行きそうだもん…。」

「鈴…。」

「でもやっぱ…悔しいわ…。ずっと…好きだったのに…!」

「…今は…思い切り……泣こう…。明日、アイツらに出会って……普段通りに話せるように…!」

その日、少なくとも6人の少女達が初恋を散らすことになった。
だが彼女達は今は泣いて、明日は普段と変わらぬ生活が過ごせるように、せめて今夜だけはと、互いに慰め合うようにすすり泣いた。


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第62話『婚約』

飲めや歌えのどんちゃん騒ぎも最高潮に達した頃。

一人の黒衣を纏ったマドカが打ち上げ会場に姿を現した。

やはり初見が多いこの場において、その黒猫耳を見られるのが恥ずかしいのか、フードを深く被っている。

 

「あ、マドカ、来てくれたんだね!」

 

「あぁ、リアルの仕事が一段落してな。ログインしたらお前からのメッセージが来てたから間に合えばとも思って来たら…どうやらちょうど良かったようだ。」

 

「おう、マドカ。料理ならまだあるから、食べながら話したらどうだ?」

 

取り皿とフォークを渡しながら、イチカは気さくにユウキとの交流を促す。

一瞬ピクリと耳が反応するが、ユウキの前だ。特に気取られることもそれを受け取る。

 

「…食べられるものなんだろうな?」

 

「料理スキルカンストプレイヤーの先生と俺が作ったんだぜ?味は保証するさ。」

 

「む…。」

 

「ほらマドカ。これ、イチカが作ったんだよ?美味しいから食べてみてよ!」

 

自身でよそったローストビーフのような料理をフォークで刺して、マドカの口の前へと持って行く。

これはあれか。

所謂アーンとか言う奴か。

 

「いや、ユウキ…私は自分で食べれ…」

 

「アーン。」

 

「いやだから…」

 

「アーン。」

 

「人の話を…」

 

笑顔のまま微動だにしないユウキに若干引きながらも、このままでは埒があかないと悟ったマドカは意を決して、その突き出された料理をパクリと食べる。

若干頬を赤らめているのが伺える中、モグモグと可愛らしく咀嚼する様を見て、なぜかアスナが愛玩動物を見るような目で釘付けになっていたが、全くの余談である。

数回その味を噛み締めると、程よく火の入った肉の旨みが、噛めば噛むほど口を蹂躙していく。掛けられているのは、和風のソースだろうか?薄くスライスされたタマネギの辛みが、大根おろしと酸味を利かせたソースと非常にマッチし、ローストビーフ本体の表面に掛けられたスパイスも相俟って、味をより一層引き立てている。

即ち、

 

「う、美味すぎるっ!!」

 

何処かの全裸の蛇は初めてツチノコを食べたとき、恐らくこんな感動に打ち震えていたのだろうか?

感動の余りに落涙しているかも知れない。

余談だが、現実でアミュスフィアをしながら泣いている彼女を見て、オータムとスコールがドン引きしたのはここだけの話だ。

ともあれ、料理を美味いと食べてくれるのは嬉しいことで、イチカが自身やアスナの手がけた料理をよそって渡せば、それらもまるで料理漫画か何かのように、目から光子力ビームを出しつつ平らげる。そんなマドカはたちまち周囲からほのぼのとした視線を集めていることに全く気付いていなかったりする。

 

「なんだこれは!?まろやかでコクのある…だがしかし全くしつこくない…!現実の世界でもこんな料理は…」

 

「そぉい!」

 

料理に夢中になっていたマドカは、背後からソロリソロリと近付く存在に気付かなかった。

気合いの入った掛け声と共に、目深に被っていたフードは捲られ、黒くピンと立ったケットシーの耳が白日の下にさらされたのである。

 

「なっ!?」

 

「やっぱり黒猫!可愛い~っ!!」

 

ムギューっと、マドカを背後から抱き締めるのは、彼女が今頬張っている料理の製作者であるアスナである。艶やかな黒髪と猫耳に、まるで蕩けたような表情でスリスリする彼女は、普段の凜々しさなど何処へ行ったのか解らないほどにキャラが崩壊していた。

 

「な、なにをするだー!?」

 

「え~?良いじゃない?減るものじゃないんだし。」

 

「いや私のSAN値が…」

 

もはやお構いなし。精気でも吸い取っているのだろうかと言わんばかりにアスナは艶々とし、逆にマドカは窶れていく。

ユウキと目が合った。

助けてくれ…!

そう目で訴える。

ユウキは友人だ。

きっと助けてくれる。

 

「あぁ!アスナズルい!ボクも!」

 

この世に神はいない。

前から後ろから。

ギュウギュウとサンドイッチにされるマドカの精神的HPは、もはやレッドゾーンである。

 

「随分と可愛がられているんだな?」

 

そんな彼女の表情を一変させたのは、オウカの声だった。人の悪そうな笑みを浮かべて揉みくちゃにされているマドカを見る彼女は、明らかに狙って言っているのがわかる。

 

「…私が望んだわけでは無い。」

 

「ほう?そうか。それにしては随分と年頃の娘らしい反応をしていたようだがな?それにその猫耳、よく似合ってるではないか。」

 

くっくと笑いを堪えるオウカに、仕事上がりでフラストレーションの堪っていたマドカの中のナニかが、ブチリと千切れた。

 

「なんならそちらも着けてみるか?」

 

「…ダニィ!?」

 

マドカが取り出したるは、頭装備の猫耳カチューシャ(黒)と背中装備の猫ロングテール(黒)だ。

 

「私お手製の装備だ。料金はまけといてやる。存分にケットシーごっこを堪能するが良い。」

 

そこからが速かった。アスナとユウキの拘束から抜け出したマドカは、酒で酔ったオウカの不意を突いて、まるで仕事人かのようにすり抜け様に件の装備を装着する。

 

「…ちなみに、その装備はすこし失敗していてな。一度装備したらログイン時間二時間装備しないと外せないデバフ付きなんだ。…どうしたものかと置いておいたが、こんなところで役立つとは思わなかったよ。」

 

「なん…だと…」

 

頭を触ってみれば、もふもふの毛が生えたピコピコの猫耳と、お尻にはすらっと細長い猫の尻尾。よもやこんな物を装着したと世間に知れれば、末代までの恥だ。何とかして外そうと画策する中、悪寒を感じてそちらに目をやる。

アスナとユウキが、手をワキワキしながら、こちらに迫ってきていた。

 

「お、お前達、冗談だろう…?本気か?な?は、早まるな…!

 

 

 

私のそばに近寄るなああーッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「平和だな。」

 

「あぁ、平和だ。」

 

優勝の二人は恋人と家族のほのぼの?とした団欒に、茶をすすりながら英気を養うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、お前とユウキは付き合いだしたらしいな。」

 

「…早いな。アルゴ辺りの情報網か?」

 

「いや、号外のビラだ。鼠印のな。ログインしたら盛大にばらまかれていたぞ?」

 

「アイツ何してくれてんのォオオオオ!?」

 

「デュエルトーナメントの記事が主でな。その片隅にお前達の報道が載っていたわけだ。」

 

「プライバシーもクソも無いな。」

 

とりあえず今度、ネタのギャラでもせしめておくことをイチカは硬く心に違った。

 

「で?式はいつ挙げるんだ?」

 

「…前話でも同じネタがあったんだけど?」

 

「なんならエンゲージリングと婚約指輪は…」

 

「そこはアタシが何とかするわ。…一応マスタースミスよ?」

 

「…ふむ、先約がいるのなら、ウエディングドレスを…」

 

「それは私がしようかなって思うんだけど…、あ、本体は私が作るから、マドカちゃんはベールや靴みたいな小物を頼めるかしら?」

 

「合点承知!」

 

「え?あれ?なんで式を挙げる前提で話が進んでるの?」

 

「まぁ良いんじゃないか?結婚は良いぞ?所帯を持つと見る世界も変わってくるからな。」

 

「既婚者は言うことが違うねぇエギル。」

 

「そういうクラインも、そろそろ身を固める時期なんじゃないのか?」

 

「うるせぇ。相手がいたら俺もしてぇよ。」

 

やいのやいのという間に本人達をよそに仮想世界で結婚する方向で話が進んでいく。

自身らの幸せを願って話を進めてくれるのは有り難いのだが、にしても少し暴走しすぎではないだろうか?

 

「あとは…そうだな。愛の巣を買うのも良いんじゃねぇか?」

 

「「「「愛の巣ぅ!?」」」」

 

クラインの発案に、全員が声を揃えて復唱する。

 

「ちょっ…いいかたってものがあるでしょ!?」

 

「直球過ぎるわね。」

 

「クラインさん、少しデリカシーが無いです。」

 

「いや、クラインの言い方はアレだけど、悪くないかもしれないな。」

 

よもやキリトがクラインの案に賛同するとは思わなかったのか、皆が目を丸くする。

 

「愛の巣って言葉は語弊があるかも知れないけど、現実世界でも家庭を持つってことは、その身を安らぐ場所が必要不可欠だ。その為の確りとしたマイホームを確保するというのは、悪くない案だと俺も思う。」

 

流石、所帯とマイホームを持つ男の言うことには説得力がある。若干17歳とは思えない程の。

 

「丁度、22層の俺達の家の傍に同じような家があるから、そこを購入するのも良いかもしれないぜ?」

 

「素敵ね!イチカ君とユウキがお隣さんなんて!」

 

「イチカさんとユウキさん、パパとママ共々よろしくお願いしますね。」

 

「幸い、デュエルトーナメントの賞金もあるんだし、それを元手に…」

 

コイツらマジで初号機並に暴走しすぎだろ。

どんどん外堀を埋められていくのを冷や汗をかきながら見つめる中、イチカの手をそっと握ってくるユウキ。その顔にはやはり赤みが差しており、奴らが話す結婚について思うところがあるようだ。

 

「イチカ…その…結婚て……。」

 

「あ、あぁ!気にすることないぞ?皆が勝手に盛り上がってるだけで…」

 

「ボクはその…嫌じゃ、ないよ?」

 

「ほぁっ!?」

 

「ボク…イチカとなら……」

 

マジですかユウキさん。

貴女も結構乗り気なんですか。

空気に当てられてその気になってしまった恋人。

確かにイチカとしても結婚と言うのは悪くないと思う。

まだ心の準備的な物は出来てない。

仮想世界であっても、結婚生活のビジョンが湧かない。

でも、ユウキが…多くの女の子の夢であるお嫁さんになることを望んでいる。

恋人がそう望むのなら、それを叶えずして何が男か!何が恋人か!

 

「オ、俺で良いなら……ユウキ、結婚…するか?」

 

「…っ!…うんっ!その…ふ、不束者ですが…。」

 

花を咲かせたような笑顔に承諾して良かったと、自身の選択を自画自賛するイチカ。

そうだ、その時が来るまで一緒にいると決めたのなら迷うことはないはずだ。

残された時間、精一杯2人の思い出と幸せを刻んでいこう。

そう心で誓ったイチカだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余談だが、リズベットやアスナ、マドカから、とんでもない量の素材集めを依頼されたのは後の話である。



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第63話『確かめあう気持ち』

宴も酣と言うことで、片付けを終え、夜の9時を回った辺りで次々に皆がログアウトしていく。キリトやアスナ達も現実での食事や入浴があるためにログアウトした。

皆を見送り、残ったのはイチカとユウキ、そしてマドカだった。

ALOフィールドの草原に川の字で寝そべり、天上を照らす星々を眺め、頬を撫でる夜風に身を委ねる。

静かで、そして穏やかな時間。

 

「でね?その時のテッチが後で言ったんだよ。ぼ、僕を踏み台にした!?って。」

 

「味方に踏み台にされるなどと、彼も思いもしなかっただろうな。」

 

「でもそのお陰で俺達はボスを倒せたんだから、結果オーライだろ。」

 

3人が語り合うのは、27層のボス戦。その武勇伝だ。

マドカと出会う前の2日間。所謂2人の馴れ初めを語り、中々濃厚な内容に少しマドカは退いていたが、それでも最後までその内容に耳を傾けていた。

 

「本当にお前達出会って10日やそこらなんだな。どれだけスピード婚なんだ。」

 

「べ、別にいいだろ?好きになるのに月日は関係ないって。」

 

「そ、そうだよ!マドカとだって出会って即友達になったじゃないか。」

 

「いや、あれはお前の押しの強さに負けたほうが大きいんだが…。」

 

「でもボクは、マドカとフレンドになって正解だったと思ってるよ?だから、これからも友達でいてね?仮想世界でも現実世界でも。」

 

「…フン、まぁそこまで言うなら友達でいてやるのもやぶさかではないな。」

 

「素直じゃねえな。」

 

「うるさい黙れ。ちょん切るぞ。」

 

「ヒッ!?」

 

敢えて冷たい声で言えば、思わず股間をガードするイチカに、してやったりと悪い笑顔を浮かべるマドカ。

そんな仲良さげな2人を、ユウキは何処か羨望にも似た眼差しで見つめていた。

 

「ほらほら、兄妹なんだから、仲良くしなきゃ!」

 

「ふんっ!こんなバカチンを兄などと認めるか!」

 

「俺も妹なら、もっと可愛げのある妹がいいな。」

 

「イチカ…マドカは充分可愛いよ?」

 

「「はぁっ!?」」

 

ユウキの思わぬ味方に、イチカは愚か、側に付かれたマドカですら素っ頓狂な声を挙げる。

 

「そんなに驚くことかな?ボクが感じた限りだと、照れ屋で、少し奥手で、かっこ付けたがり(厨二病)で、友達思いの優しい女の子だよ?そんな子が妹でもっと可愛げを求めるのは、ボクは高望みだと思うよ?」

 

「や、やめろユウキ…何だか身体がむず痒くて仕方ないぞ!?」

 

「ほら紅くなった!やっぱり照れ屋で可愛いじゃない!」

 

「ぐわぁぁぁっ!?」

 

何故が腹がよじれんばかりに悶えるマドカは、イチカからしてみれば可愛いと言うより面白いと感じる。これが命を狙ってきたテロリストのMの素なのかと、未だに信じられないでいるが、それでも少なくともユウキと接している彼女は、打算無しでありのままなのだろうと言うのは何となく解る。

 

「全く…!人をからかうのも大概にしろっ。」

 

「からかってないんだけどなぁ…。」

 

「お前も!何をニヤニヤしている!?」

 

「え?ニヤニヤしてたか!?」

 

「ふんぬー!!!!」

 

やはり俺に対してはトゲが鋭い。

爪でバリバリと引っ掻かれながら、ツンギレケットシーを刺激して良いのはユウキだけだと改めて認識したイチカだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さて、私もそろそろログアウトしよう。流石に仕事上がりでの長時間プレイは骨だ。」

 

「あ、そうだったね。お仕事ご苦労様マドカ。」

 

「あぁ、ログアウトしたら少し休むさ。お前達も、余り遅くならないようにな。」

 

「…おう、お疲れ。」

 

「…ふんっ。」

 

「またねっ!マドカ!」

 

「…あぁ、またな。」

 

爪傷だらけで面白い顔になってるイチカからプイッとそっぽを向きながら、マドカは翅を展開して宿屋へと飛翔していった。

そして…残されたのはイチカとユウキのみ。

 

「………。」

 

「…あ、あはは……二人きりに…なっちゃったね。」

 

「そ、そう…だな。」

 

気まずい。

恋人で、そして今では仮想世界と言っても婚約者が隣にいる。

恋人同士の期間をすっ飛ばして、いきなり結婚なんてことを考え出したのだ。その距離感に2人はどうも慣れていなかった。

 

「ねぇ、イチカ。」

 

イチカの視界に影が差す。

頬に垂れるのは絹のように滑らかで、そして艶のある黒髪。

月の光に当てられて、艶めかしく光るそれは、イチカの上に覆い被さるように乗っかったユウキの物だった。イチカの腹部の上に馬乗りになり、手をイチカの頭の傍に突き、まるでイチカが壁ドンならぬ床ドンされている形となる。

 

「ボクの…いつ消えるか解らない命の灯火だけど…

 

まだまだ女の子として未熟かも知れないけど…

 

イチカ…

 

 

 

ボクを…お嫁さんとして…幸せにしてくれますか?」

 

イチカはゴクリと固唾を飲み込む。

目の前にいる少女が、自身の知るユウキと別人に感じる。

月の光に照らされて、大人びて、それでいて大人の色香が漂っている。

潤んだ深紅の双眼が、彼を捉えて放さない。

イチカも目の前の少女から目が離せない。

それは文字通り魅了されたかのように。

 

それでも、

 

固まった口を辛うじて動かして、彼女の問いに応える。

 

「俺は…ずっと一緒にいてユウキを幸せにする。言ったろ?…健やかなる時も、病めるときも、富める時も、貧しい時も、良い時も、悪い時も、ずっと一緒にいるって。」

 

「あ……、それって…。」

 

以前ユウキがイチカ達の前から姿を消して、木綿季に会いに行った際に交わした言葉だ。

あの時、ユウキはそんなつもりはなかったはずが、よもやこんな形で結実となるとは思いもしなかった。

 

「だからユウキ、俺と…結婚しよう。」

 

「…!…うん…!…ありがと…イチカ…。」

 

そっと、ユウキは目を閉じる。

ここで何を彼女が望んでいるか、察せないほどイチカは鈍くはなかった。

ユウキの背にそっと手を添え、ゆっくりと自身へと引き寄せる。

 

 

 

やがて、

 

 

 

2人の影は一つとなり、

ここに婚約の契りを果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここまでは良かった。

 

「むぎゅっ!?」

 

背中に受けた強い衝撃によって、カエルが潰れたかのような女の子が発してはいけない声を出して、ユウキは完全にイチカに身を預けて気絶してしまった。

何が起こったのが解らないまま、イチカはユウキを抱き留め、何が彼女に何があったのかを模索する。

周囲に何か原因があるのかと見渡してみれば、2人から数メートル離れた位置に倒れ伏して目を回す1人の少女のプレイヤー。

…察するに、彼女が飛行ミスか何かが原因で、まるでピンポイントにユウキの背中に落下した、と。

 

「…泣けるぜ(ままならないもんだ)。」

 

そんな呟きは、月光が照らすALOの草原に寂しくかき消えるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……。」

 

簡素なベッドと机、あとはキャビネットが置かれただけの質素な部屋で、マドカ…否、Mは目を覚ます。先程までのどんちゃん騒ぎが嘘のように静まり返り、生活感も何もあったもんじゃない自室へと戻ってきた。

アミュスフィアを外し、目を閉じて仮想世界の余韻に浸る。

殺すべき男と大切な友人との婚約。あくまでも仮想世界での話だが、互いを大切に思う気持ちは現実のそれと謙遜ない。

仮想世界ではイチカは一応の友人ではあるものの、現実世界に戻れば織斑一夏は抹殺対象。否が応でも殺ささざるを得ない存在。

の、はずが。

以前までは思い出すだけで殺意が満ち溢れていた彼への憎悪が、今はその存在にただのムカつくだけ。壁に押しピンで止められ、ナイフの刺し傷がある一夏の写真に、今はナイフが突き刺っている訳でもなく。

その隣には、以前ユウキとイチカとマドカで撮った写真をプリントアウトして貼り付けていた。

 

「…私は、おかしくなってきているのか?」

 

任務を遂行するだけの自身。

そして一夏を抹殺すること。

それが自身のアイデンティティーだというのに。

今ではただ任務をこなし、暇があればALOで皆と触れ合う。そんな日常になれてきていた。

 

「いや、考えていても詮無きことか。」

 

今はただ無事に生き残り、またALOにログインしよう。

新しくフレンドになっ(させられ)たアスナ達ともまた仮想世界を楽しむためにも。

 

「んだよ、ニヤニヤして気持ち悪ィな。」

 

「ノックぐらいしろオータム。」

 

いつの間にやら部屋に入ってきたオータムが、まるで変な物を見たかのように訝しげにMを見ている。

 

「ケチくせぇこと言ってんなよ。それより仕事だ仕事。さっさと身支度整えやがれ。集合はブリーフィングルームな。」

 

「…解った。」

 

言うだけ言うと足早に退室するオータムを見送り、Mはベッドから立ち上がると、キャビネットから取り出した白と紺のISスーツを身に纏い、その上から黒のポンチョを羽織る。

 

「…さて、行くか。」

 

待機状態のサイレント・ゼフィルス(静かなる蝶)を装着し、ブーツをならしながらブリーフィングルームに向かう。

亡国機業(ファントム・タスク)のMとしての本分を果たすために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…な…!正気…なのか…スコール…!」

 

「それが御上の命令よM。作戦は二カ所で同時進行。同時に動かないと対策を練られる可能性もあるわ。」

 

「じゃあ私かMは学園だろうけど…流石に1人で奪取は難しくねぇか?」

 

「大丈夫よ。2人とも学園に向かって貰っても問題ないわ。」

 

「へ?…じゃあもう一つは…。」

 

()に行って貰うの。聞けば彼はそこに顔が利くらしいのよ。だから油断なく潜入して奪取出来るわ。」

 

スコールが呼ぶ彼という存在。

暗がりのブリーフィングルームの一角から現れたその存在に、オータムは元より、Mは目を丸くして驚きを隠せない。

 

「驚いたかしら?…貴女のお陰で彼をスムーズに潜入させるお膳立てが出来たわ。偶然とは言えお手柄ね。」

 

「わ、私は…そんなつもりじゃ……!」

 

この作戦が始まれば、恐らく全てが崩壊する。暖かに感じていたあの世界も、マドカとして過ごしていたあの日々も。

そして…木綿季との友人としての日々も。

 

(木綿季…一夏……私は…。)

 

そんな彼女の虚しくも悲痛な呟きに応える者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終幕への歯車は、ゆっくりと時を刻み始めた。



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第64話『シオンと言う少女』

22時00分 ロンバール宿屋

イチカは木造のチェアに座り、頭を抱えていた。

2つあるベッドの内、手前の方には、先程改めて婚約したユウキが気を失っている。まぁゲーム内での気絶なので問題はない。逆にあるのは奥ですよすよと寝息を立ててるユウキの上に落ちてきた少女。見た所外見年齢は一桁。ユウキよりも明るい紫色のセミロングを三つ編みにし、服装は初期装備。…察するに、ニュービーで飛行していたら操作をミスって、それがものの見事にユウキの上に…と言うことだろうか。

とにかく2人を草原にそのままにすることが出来なかったので、気を失った彼女らを脇に抱えて宿屋に入り、こうして休ませている次第なのだ。

折角イチャイチャしそうな雰囲気…ヘタをすれば翌日シロ辺りに『ゆうべはお楽しみでしたね』と言われかねない方向に進んでいたかも知れなかった。

それが頭を抱える原因ともつゆ知らず、イチカは逃した魚は大きいと言わんばかりのクソデカ溜息を一つ吐き出した。

 

「ん…。」

 

そんな部屋にイチカ以外の声が響く。

先にうっすらと目を見開いたのは、件の少女だった。

一応ここまで運んできた責任的なもので容態を確認するためにベッドサイドへと歩み寄る。

ぼんやりと天上を見つめるその双眼は、髪と同じく紫色。

数秒ほど天上を見つめた後、周囲を目だけ動かしてゆっくりと見回せば、傍らに立つイチカの姿。

 

「よ、気が付いたか?」

 

「………?」

 

「あれ?…どこか調子が悪いのか?」

 

「…いえ。…私はどうしてここに?」

 

「気を失う前のこと、覚えてないのか?」

 

イチカの問いに、無表情でコクリと頷く少女。

まぁユウキとぶつかってあれだけ吹っ飛んだのだ。その落下速度は推して知るべしだろうし、それだけの速さで落下の恐怖を味わえば、記憶が混乱しても致し方ないだろう。

 

「いきなり空から落ちてきて隣のユウキにぶつかって気を失ってたんだよ。で、悪質なプレイヤーにイタズラされるのを懸念して、念の為に宿屋へ運んで休ませたんだ。」

 

「そう…ですか、ありがとうございます。」

 

どうやら外見年齢に比べてかなり大人びているらしく、丁寧な敬語で謝礼してくる。表情が余りないのが気になるが、まぁそこは目を瞑っておいても問題ないだろう。

 

「…と、自己紹介がまだだったな。俺はイチカ。」

 

「…シオン。」

 

「そっか、よろしくなシオン。」

 

「…はい。」

 

「………。」

 

「………。」

 

自己紹介は一応済ませておいたが、必要最低限の受け答えにイチカはどうしたものかと頭を悩ませる。

空気が重い。

重いだけならまだ良い。それが悪くならないよう、イチカは必死に愛想笑いを浮かべることで、空気の維持を図る。が、

 

「…何か、おかしなことでもあるんですか?」

 

「あ、いや…何もないんだけどな…ハ…ハハ…。」

 

余計に悪化した…ような気がする。

どうにもこの空気は苦手だ。

それにこのシオンという子は、落ち着きすぎていて逆に怖い。

恐らく初めてのALOなのだろうが、初めてのゲームというのはやはり興奮冷めやらぬ物があるはずだ。現に、初めてイチカがALOにインしたときは、アスナを救出しなければならないという義務感から来るものにも関わらず、空を飛べるというシステムに惹かれて、不謹慎ながら興奮した物だった。

しかし目の前の少女は余りにも落ち着きすぎていている。そこに妙な違和感を感じて止まないのだ。

 

「ん~…?」

 

思考の海に填まっていると、もう一人の声が部屋に木霊した。

のっそりと、寝ぼけ眼を擦りながら起き上がる。

 

「あれ…イチカ…?…それに室内…?ボク、どうして…?確か草原に居たんじゃ…」

 

「いや、気絶したから宿屋に運んだんだよ。流石に外で休ませるわけにもいかないからさ。」

 

「それもそっか、なんか迷惑掛けちゃったね。」

 

「気にするな、俺も気にしないから。」

 

「では、私はそろそろお暇します。…後はどうぞお楽しみください。その、ぶつかってしまい、申し訳ありませんでした。」

 

甘くなりそうな空気を察して、シオンは謝罪してそそくさと退室しようとする。

しかし、そこは絶剣の射程範囲内。ギラリと目を光らせたユウキが、まるで某怪盗三世のようにベッドから跳躍。飛び込み気味にシオンを鹵獲する。

野性を思わせるその動きに、彼女を縛る理性は要らないというのか。

 

「ねぇねぇキミ、名前は?」

 

「し、シオン…」

 

「じゃあシオン!もしかして、ALOは初心者だったりする?」

 

「…は、はい。」

 

「じゃあ一緒に飛ぶ練習をしよう!ね?フレンドになって狩りにも一緒に行こうよ!一人よりも皆で遊んだ方が楽しいよ、きっと!」

 

おぉ、ゴウランガ!見るがいい!これがユウキのコミュ力の高さ(押しの強さともいう)である。

実際、無表情だったシオンの表情が崩れ、若干引き気味になっていた。

 

「じゃあフレンド登録の仕方ね?まず指をこう…上から下にスライドさせて…で、ここを押して…これで……」

 

しかし…残りの人生に対しての人間関係への縛りを吹っ切ったからか、その押しの強さに拍車が掛かっている。悪くないと言えば悪くないが、押しの強さは見方を変えれば強引ともなるため、引き際という物が肝心だ。即ち。

 

「よし、じゃあ今からパーティ組んで、飛ぶ練習を…」

 

「こらこら、ユウキ明日は学校だろ?夜更かしして、授業中にうたた寝したりなんかしたら、怖い先生からの折檻だぞ?」

 

「ヒッ!?」

 

どうやらユウキにとっての千冬は、先生であると同時に畏怖の対象となっているらしく、まるで土下座を強要した外務大臣のようなクッソ情けない悲鳴を上げる。

 

「そんなわけだからシオン。明日に、な?」

 

「あ、はい…。私もそれで構いません。」

 

「アイエエ…アイエエ…。」

 

「ほらユウキ!ログアウトするぞ。じゃ、またなシオン!」

 

千冬リアリティショックを受けたユウキをログアウトさせつつ、イチカもログアウト。部屋に残されたのはシオン1人。

目の前に浮かぶのは、フレンドに登録された『Yuuki』の文字。

 

「…フレンド…為すがままに登録してしまいましたが…どういう意味なのでしょうか…。」

 

理解できぬまま、明日にでも聞いてみようと心に決めて、シオンも同じくログアウトしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

制服に着替え、朝食のため食堂に足を運んだ一夏。その肩にプローブは見当たらず、1人で黙々とだし巻き玉子定食を口に運ぶ。食べることが出来ないのに目の前で食べるというのは流石に酷だと配慮した様だ。と言っても、木綿季は未だ夢の中に居るらしく、電源を付けたプローブ越しに、可愛らしい寝息が聞こえていたので、どちらにせよ連れてこなかったが。

 

「今日も早いな一夏。」

 

「千冬姉は今から朝食か?」

 

「少し寝過ごしてな。昨晩遅くまで仕事していればこうもなる。」

 

「…昨晩?」

 

焼き鯖定食を手に持ち、対面の席に座るのは姉である千冬だ。普段は基本的に生徒より先んじて朝食を済ませる彼女が珍しいものだ。

昨晩といえば、デュエルトーナメントを終えて皆で宴会していた。その時の千冬…オウカと言えば、エギルやクライン達大人組とイチカの作ったツマミを肴に、酒的な飲み物をガブガブ飲みながら大騒ぎ。特にオウカは、遅れてやって来たマドカをからかったばっかりに、宴会間はネコ耳と尻尾をネタにされていた。

 

「…もしかして、仕事を終わらせてないのにデュエルトーナメントに参加してたのか?」

 

「………。」

 

目をそらす千冬。

バレバレな上に子供かよと言う心の突っ込み。

 

「ダメだぞ千冬姉。夜更かしは美貌の天敵だからな。しっかり休まなきゃ。」

 

「いや、それを(なげう)った結果としても、昨日は大きな収穫を得ることが出来た。悔いはないさ。」

 

「結果?」

 

「何、お前が漸く恋人を得たという事実さ。」

 

「あ、…いやまぁ……うん…そう、なんだけどさ…」

 

まだまだ付き合い立てで初心なのか、忽ちに顔を赤らめる一夏。普段こんな表情をみせない弟に、改めて愛おしさを感じる。

 

「って、誤魔化すけど、それよりもトーナメントの方が目的だったんだろ?俺と木綿季のことはトーナメント内の事だったんだし。」

 

「…良いではないか。私とて久しぶりに暴れたくなる。…特にお前の周りのことでストレスがマッハなんだ。」

 

「俺の周り?」

 

「…恋人が出来てもその辺りは鈍いのだな。教室破壊に器物損壊。お前の周りでどれだけ起きていると思う?」

 

「そういえば…そうだよな。…何でだ?」

 

「…お前の変な鈍さには、木綿季も苦労しそうだな。」

 

「大丈夫、俺は木綿季に苦労は掛けないって。」

 

やはり唐変木は直っていなかった。木綿季への好意を自覚するのは良いが、自身の恋愛以外での一夏への好意には全くと言って良いほど気付いていない。ヘタをすれば束にも似た偏り。

それ程までに一夏の恋愛に対する感情が極端だった。

 

「まぁ良い。…兎に角、紺野も含めて授業には遅れるなよ織斑。そろそろ出席簿の予備が少ないのでな。」

 

「…あの出席簿、壊れてたのかよ。てっきり特殊合金製かと…。」

 

「何を言う。そんな物あるわけないだろう。それに、そんな物で叩いていては、折角頭に入った授業内容が飛んでしまうだろうが。」

 

「千冬姉にやられたら、授業内容以前に魂が飛んでいくって!」

 

「お前は私を何だと思っているんだ?」

 

「世紀末の荒野でヒャッハーを薙ぎ倒していきかねない姉貴。」

 

「人を殺人拳の継承者扱いするな。」

 

一夏の両こめかみ(頭維)に、千冬姉の親指が突き刺さり、一夏の意識は3秒後に失うこととなった。

 

そして授業にはギリギリ間に合ったとか間に合わなかったとか。



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第65話『終わらせて、始めるために』

キリの良いところまで書いたら、どんどん短くなってきていると言うジレンマ。


今日は何かがおかしい。

休み時間になって一夏が思ったことはこれだった。

大体休み時間になれば、箒やセシリア、シャルロットやラウラ、時々鈴や簪、稀に楯無が絡んでくるはずなのだが、今日は朝から彼女らがこれと言って良いほど話し掛けてこない。明日隕石でも来るんじゃないのかと思いかねないほどに静かだ。

 

「木綿季…なんか静かすぎないか?」

 

『ん~、そだね。確かに違和感あるかも…。』

 

木綿季も何かしら感付いていたらしく、今のこの状況に対して疑問を抱いているようだ。

どうにも変な感じが拭えない一夏は立ち上がり、談笑しているシャルロットとラウラの下へ向かう。

 

「なぁシャル、ラウラ。」

 

名前を呼んだ瞬間、ビクリと身体を震わせた。

まるで話し掛けられるはずもない人から話し掛けられて、驚いたと言わんばかりに。

 

「な、なにかな一夏。」

 

「いや…何かさ、二人もそうだけど、皆今日は話し掛けてこないなぁって思って。」

 

「わ、私達も、所謂がーるずとーく…とやらをしたいときもある。故にそういう日もあるだろう。」

 

「そんなもん、なのか?」

 

「あぁ!もちろんそんなもんだとも!」

 

「だ、だから一夏、悪いんだけど。」

 

「あ、あぁ…。悪かったな。」

 

どうにもこうにも取り付く島もないというのか、少しよそよそしく返されてしまう。

それならばと予習している箒とセシリアに近付けば、そそくさと視線を逸らされてしまう。

 

「えっと…」

 

「す、すまぬな一夏。今は予習に集中したいのだ。」

 

「えぇ、決して箒さんの中間テストの結果が悪くて勉強を教えてるわけではないですわ。オルコット家の名にかけて、それは違うと断言いたします。」

 

何も言ってないのに、家名を賭して勉強の理由を垂れ流すセシリアに、箒は頭を抱えて机に突っ伏した。あの様子を見るに、余程ヤバい点数だったのだろう。これは邪魔しちゃ悪い。

 

「その…箒、頑張ってな。」

 

「うむ…。」

 

「そんなわけで一夏さん、私たちは勉学で忙しいですので、談笑は時間を改めて致しましょう。」

 

やはりおかしい。こういう時、2人なら一緒に勉強をしようとか言って誘ってくるのに、今日はそれがない。シャルやラウラと同じく、何処かしら余所余所しく、距離を感じてしまう。

ふと廊下に目をやれば、恐らくトイレに行っていたであろう鈴と目が合った。瞬間、目をそらしてそそくさと二組の教室で足早に戻っていく。

俺、何かしたのか?

そんな疑問が頭に過る。

 

『一昨日は普通に受け答えしてたよね~。昨日何かあったのかな?』

 

「う~ん…昨日は皆と出会わなかったし、俺達はデュエルトーナメントで一日フルダイブしてたからな。」

 

『そういえば、皆はデュエルトーナメントをネット中継で見てたんだよね?』

 

「そうだな。今日はその話題で話し掛けてくるかなって思ってたけど…。」

 

『……あっ(察し)』

 

「ん?何か気付いたのか?」

 

『な、何でもないよ!何でも!』

 

一夏よりはマシな感性を持つ木綿季は気付いてしまった。

彼女らが好意を寄せている一夏、そんな彼と、見るように勧めたALOデュエルトーナメントの中で恋人になってしまったことに。

デュエル中のやり取りや準決勝後の告白は、撮影や音声を拾っていないだろうから置いとくとしても、表彰式のユウキが行った『イチカはボクの恋人宣言』はネットを通して全国に放映されたことになる。

その事の重大さに気付いた木綿季は、穴があったら入りたい恥ずかしさがこみ上げてきたのだ、今更ながら。

そして何となく木綿季は、一夏がIS学園で多数の女子から好意を寄せられていることに気付いていた。その少女達に見せ付けるように宣ってしまったのだ。

ボクが

イチカの

恋人だ

と。

彼女らの余所余所しさがそこから来るものだと確信めいた物を感じたからこそ、木綿季は口をつぐんでしまった。

ボクは、皆の恋心を無為にしてしまった、と。

以前の木綿季なら、彼女らの思いを尊重して身を退いていただろう。

しかし、今の彼女は完全に吹っ切っている。一夏の恋人だと堂々と(無い)胸を張って言える。

だからこそ問われれば返すだろう。

 

ボクは一夏の恋人なんだ、と。

 

その上で、謝るなり罵倒を聞くなりすればいい。

そんな想いも受け止めなければ、彼の恋人などと宣えるものか。

 

「よし!では皆の者、席に着け!」

 

チャイムが鳴ったことで、鬼教師が教鞭を振るい始める。

切り替えよう。

今は授業に集中しないと。

だが近々、彼女達としっかりと話さなければならない。それが…彼女達へのケジメともなるのだから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと良いか。」

 

その時は意外と早く来た。

放課後、向こうから話し掛けてきた。

箒である。

その後ろには、一夏に好意を寄せていた箒以下6名が勢揃いしていた。

 

「一夏、木綿季。今日は2人とも一緒に訓練…いや…。」

 

言い直す。

取り繕っても仕方が無い。

これは、彼女達のゴールでありスタート。

木綿季にとっては、一つのケジメ。

 

「木綿季、一夏、私達と…模擬戦をしてくれないか?」

 

「模擬戦?…俺と木綿季ってことは……タッグマッチで良いのか?」

 

「それで良いわよ。アタシ達も2人ずつで組んで闘うから。」

 

「私達、是非ともお二人と闘ってみたい。そう思いまして。」

 

「そうだな…タッグマッチって長い間してなかったしな。俺は良いけど…木綿季は?」

 

『………。』

 

ここで木綿季は一考する。

よもや向こうから持ちかけてくるとは思わなかった。

正直まだ慣れないISでの闘いは自信が無い。

だが勝っても負けても、闘って彼女達へのケジメを付けるのが筋と言うものだろう。

そして、解って貰う必要がある。

どれだけ真剣なのか。

どれくらい好きなのか。

ぶつかってみなくちゃ…わからないのだから。

意地があんだよ!女の子には!!

 

『うん、良いよ。やろう、模擬戦。』

 

その声は、普段の人懐っこさはなりを潜め、ボスに挑む前のシリアスな雰囲気を感じさせるものだ。

木綿季のその様変わりした様相に意図を感じてくれたと察した面々は、真剣な笑みを浮かべる。

 

「感謝するぞ、木綿季。私達は先にアリーナへ向かっている。」

 

そぞろと連れ立って教室から去る6人は、もはや戦場に向かう戦士の如き様相を呈しており、その異様な佇まいに、あののほほんさんですら表情を引きつらせていた。その中に自身の仕える簪が居たのだから余計のことだろう。

 

「いいのか?木綿季。」

 

『…うん。これが、ボクが…ううん、一夏、ボクとキミとでやらなきゃならないことなんだ。』

 

「お、俺もか?」

 

『じゃなきゃ、皆にシツレイに値するからね。…覚悟した方が良いよ一夏。今日の皆、凄く強いよ…きっと。』

 

「マジか…。」

 

がっくり項垂れる彼のその様子から察するに、全く彼女達からの好意に気付いていないようだ。

…一度、一夏は皆にボッコボコにされた方が良いのかも知れない。

普段からそうされていたとはつゆ知らず、木綿季は密かにそんな思いが過った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三アリーナ

 

都合良く貸し切り状態となったここで、2人と6人はその身にISスーツ、木綿季はISにプローブを装着し相対する。

 

「一夏と木綿季には、ボク達2人ずつとタッグ戦をして欲しい。勿論、シールドエネルギーはインターバルで回復して、休憩もしても構わないよ。」

 

「今日で全員とやるのか?少しキツくないか?」

 

「出来るなら今日中が良い…。じゃないと…こっちの気持ちが切れるかもしれないから。」

 

どれだけ極限状態なのだろうか。

だが彼女らのその眼差しは、正に真剣その物のように研ぎ澄まされ、そして鋭い。

何があったのかは(約一名は)さっぱり解らないが、それでも気合いを入れなければ瞬く間に畳みかけられかねない。

 

「やるからには、本腰入れないとマズそうだな。」

 

『当然だよ…それだけ皆の想いは真剣で…本気なんだ。』

 

「…木綿季は、皆が何でこんなに気合いが入ってるか知ってるのか?」

 

『…うん、大体は。』

 

「なんで教えてくれないんだよ?」

 

『それは…多分この模擬戦を通して、皆が伝えてくれると思うよ。…そして、一夏とボクは…それを受け止めなきゃならない。』

 

いつになく声のトーンが低い木綿季。それ程までに深刻な案件なのかと、流石の鈍感一夏も察したのか、胸の鼓動が高まる。

ここにきて、漸く箒達の『気』に当てられたのだ。

高まる緊張と気持ちが、一夏の意識を研ぎ澄ませていく。

 

「…よし、…やるか、木綿季!」

 

『うん!』

 

受け止めよう、皆の気持ちを、言葉を。

そしてボク達は進もう。2人の道を。

6人の少女達。

彼女達の初恋、その終止符を打つための模擬戦が、ここで始まろうとしていた。

 



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第66話『気持ちのケジメ』

「はぁ……はぁ……!」

 

『ふぅ……ふぅ……!』

 

もう剣を振るえない。

いや、それどころか立ち上がる気力も無い。

アリーナの特殊合金に覆われた床に大の字になって寝転ぶ一夏と仮想世界から紫天を身に纏った木綿季は整息しながら、ここまでの模擬戦三連戦を振り返る。

簡単に言えば…全ての模擬戦に勝利した。

僅差ではあったが、初めてISで組んだにもかかわらず、2人は高度な連携によって並み居る面々を打ち破ったのだ。

 

「な、何という…。」

 

「ま、まさかボク達相手に三連戦で勝っちゃうなんて思いもしなかった。」

 

油断したつもりもない。

むしろ叩き潰すくらいの勢いで気持ちを乗せた攻撃だった。

武装もフルに使い、第3世代組は単一仕様(ワンオフアビリティー)をも酷使してぶつかった。

だが、2人はそれを上回って見せたのだ。

 

「…へへ……やったな、木綿季。」

 

『うん、やったね、一夏。』

 

互いの拳をコツンとかち合わせ、勝利の喜びを分かち合う。

そんな一夏の笑顔は、今までに見たことのないほどの眩しく、そして明るい物だった。

そして、改めて感じた。

自分達の恋は、やはり終わっていたのだ、と。

 

「………みんな。」

 

そんな彼女等の気を察してか、一夏はその身を起こして悲痛な面持ちで見詰める。

全力での模擬戦を通して、ひしひしと伝わってきた。

どれほど彼女達が自身を想ってくれていたのか。

そしてそれに気付かなかった自身の不甲斐なさを。

 

「その…なんて言うかさ…」

 

「言うな、嫁よ。」

 

言葉を探る一夏を遮ったのは、ラウラだった。

 

「我々とて、お前にどうのこうの言われたくて挑んだわけではない。ただ、知って欲しかったのだ。…どれだけ想っていたのかを。」

 

「ラウラ…」

 

「そんなわけだから…これで私達の片想いはお終い。」

 

「うむ…痼りがないと言えば嘘になるが、それでもお前に私達の気持ちを知ってもらえたなら、それはそれで重畳と言うものだ。」

 

「木綿季。」

 

『何?鈴。』

 

「このアタシが…アタシ達が身を退いたの。だから…何が何でも幸せになりなさい。…じゃないと、許してあげないんだから。」

 

『…うん。ありがと。』

 

鈴からしてみれば、一夏が選んだ木綿季が幸せになって欲しいのは紛れもない本心。だからこそ、鈴はこの言葉を選んだ。

敢えて…木綿季の病気に目を伏せて。

 

「ふう…久々に激しい運動になったから汗だくだよ。…じゃあ一夏。ボク達はシャワー浴びてくるからさ。先に出るよ?」

 

「おう…ありがとな、みんな。」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒはクールに去るさ…。」

 

「??ラウラさんはいつもクールなのではなくて?」

 

「…そうなのか?自覚は無いぞ?」

 

「スピードワゴンの台詞…。何となく今の私達に合ってる台詞、かもね。」

 

談笑しながらアリーナを後にする彼女等の表情は、何処か晴れやかでスッキリしたものだった。

出来る限り、後腐れ無いように思いっきりぶつかってきたのだ。色々発散できたのだろう。

一夏の鈍さに対するフラストレーションとか、

一夏の鈍さに対するフラストレーションとか、

一夏の鈍さに対するフラストレーションとか、そういったものを。

 

『…幸せに、か。』

 

「木綿季?」

 

『ボク、幸せにならなきゃ、ね。病気なんかに…負けらんないや。』

 

「…そうだな。その意気だ。病は気から、なんだからさ。」

 

『よぉし!じゃあ一夏!気合い入れて超ソッコーで宿題終わらせて、シオンと飛行訓練だよ!』

 

「え?…あの、休憩は…?」

 

『気合いでカバー!一夏!ボクを幸せにしてくれるって言ったよね?ぬるま湯なんかに浸かってちゃダメだよ一夏!』

 

「あの、木綿季さん?」

 

『一生懸命生きていれば、不思議なことに疲れないって、ある人が言ってたよ!』

 

「修〇じゃねぇか…。」

 

暑苦しい木綿季に半ば呆れながらも、一夏は深呼吸一回。よしっ!と気合いを入れる一言を吐き出す。

 

「じゃあ、一丁やってやるか!」

 

『おぉ!いいねぇ一夏!』

 

「木綿季も頑張れよ?」

 

『へ?ボクも?』

 

「今の木綿季はIS学園一年一組、これは解るな?」

 

『う、うん。』

 

「同じクラスの俺が宿題を受けている。他のクラスメイトもな。ってことは、わかるよな?」

 

『ん?んん?』

 

嫌な予感がする。

そう、今の心境は夏休み最終日8月31日に何か忘れてるな~と言う感覚に酷似している。

 

「木綿季も宿題が出てる、はっきりわかんだね。」

 

『え?えぇっ!?』

 

「当たり前だよなぁ?」

 

『えと…ふぇあっ!?』

 

混乱して訳のわからない悲鳴を上げる木綿季。

宿題という言葉に懐かしくも嫌な響きを感じていた。

 

「入って早々の宿題は勘弁しようって千冬姉が言ってたけど、週明けだからそろそろ出すってさ。データ形式で良いから提出しろって。」

 

『おぅふ……。』

 

「じゃ、お互い頑張ろうぜ。」

 

爽やかにエールを送り、更衣室に向かう一夏。普通なら、恋人になったばかりというフィルターもあって、心が躍るものなのだろうが、今の木綿季には恨めしい以外の何物でも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

「うぁ~………。」

 

ALO ロンバール宿屋の一室。

データ形式で送られてきた宿題のファイルを開いて、ユウキは頭を抱えた。

未だ追いつき切れていない彼女は、シャルロットや一夏と言ったアドバイスや解説をしてくれる人が居ない今の状況で宿題を進めると言うことが難儀なものだった。

 

「もうダメだ…おしまいだぁ…」

 

(諦めんなよ、お前!!)

 

「ふぁっ!?」

 

突然脳内に響いた暑苦しい声に、ユウキは飛び起きて周囲を見回す。しかし、この部屋にはユウキ1人しかおらず、誰も男性はいない。

 

「…おかしいなぁ…。」

 

(どうしてそこでやめるんだ、そこで!!もう少し頑張ってみろよ!)

 

「え?あ?ほぁぁ!?誰!?」

 

(ダメダメダメ!諦めたら!周りのこと思えよ、応援してる人たちのこと、思ってみろって!あともうちょっとのところなんだから!)

 

なぜだろう。混乱する中でも、頭に響く彼?の声が心に響き、その胸で鳴りを潜めていた闘志に火をくべてくれる。

 

(本気になれば自分が変わる!本気になれば全てが変わる!!)

 

「そうだ。ボクは本気なんだ!いつだって、どんなときだって!だから…」

 

(だから…)

 

「(もっと熱くなれよ(んだよ)ぉぉ!!)」

 

シンクロした。

燃え尽きる。その時まで!

最後の一秒まで!

ボクは…命を燃やすんだ!

 

(もっと熱くなれよ…!!熱い血燃やしてけよ…!!人間熱くなったときがホントの自分に出会えるんだ!)

 

まさに目から鱗が落ちると言う言葉がこれ程しっくりくることはない。

その闘志にイデの如く無現力を蓄えたユウキに、もはや怖いものは千冬以外にない!

 

「ボクは…熱くなる!!」

 

ペンを手に取り、ユウキは心を燃やす。

挑戦者ユウキのその道のりは、始まったばかりだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりダメかも…。」

 

数分もしない内に、再びユウキは突っ伏した。

いくらやる気があっても、闘志をいくら燃やしても、問題の解き方が解らなければ意味が無いのだ。

 

「…なに、してるんですか?」

 

「ふぉあ?」

 

もはや精神的ダメージが半端ないユウキが、先程の男性の声の幻聴以外の声に、その主のほうを見上げる。

 

「シオン?」

 

「ログインしてみたら、いきなり机に伏せてるんですから、驚きもします。…それで?どうかしたんですか?」

 

「へ?あぁ、いや…宿題してたんだけど、わかんなくて…。」

 

「宿題、ですか?」

 

「あ、気にしないで!ボクが何とかしなきゃダメなんだ。ちゃちゃっと終わらせるから、シオンは待っててよ。」

 

「…この数式には公式を当てはめて計算しないとダメです。」

 

「ヘァッ!?」

 

「その公式は…こうなりますので、そこにこの設問の数式を…」

 

スラスラと解いていくシオンに、ユウキは目を丸くする。

明らかに年下の彼女が、自身の知り得ない数学の問題を、難なく答えていくのだから。

普通なら、彼女の言う公式やら解き方が正解なのかと疑惑が浮かぶだろうが、不思議とそういったものは浮かばず、正解なのだという確信めいたものがあった。

 

「…ですので、この設問の解はこうなります……あの、大丈夫ですか?」

 

「あ…うん、だいじょぶ…肉体的には。」

 

「…やはり少し休んだ方がよいのでは?」

 

「い、いいよ、気にしないで。よし!シオンっていう強い味方が出来たんだ!頑張るぞぉ!」

 

「―私でよいのなら、微力ながら助力します。」

 

水を得た魚とはこの事か。シオンが的確なアドバイスをくれるお陰で、ユウキは問題を難なく解いていく。公式が解ればこちらのもの。新しい公式はシオンが再び教えてくれる。

とても心強い。

頭がクリアになる。

こんな気持ちで勉強するなんて初めて。

 

(もう何もーー怖くない!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ…ユウキの奴、頑張ったんだな。」

 

「勿論です。」

 

「というか、シオンもよくこの問題の公式を知ってたな。高校レベルだぞ?」

 

「………。リアルの年齢についての検索はタブーであると記憶してますけど?」

 

「そりゃまぁ…そうなんだけどさ。」

 

ユウキが勉強を始めて数時間後。

夕食や入浴、宿題を済ませたイチカがログインしてみれば、机に突っ伏して眠るユウキ。

その傍らには、シオンが姿勢をきちっとして座り、微動だにしていなかった。

シオンに尋ねれば、宿題を集中して終えたら眠ってしまったと。

それは仕方ないか。

なんせALOにログインする前には、代表候補生との三連戦を済ませたのだから。

流石にそれで疲れるのは無理はない。

ユウキの解いた宿題のデータベースを覗けば、見事なまでに全問正解だった。

 

「お疲れさまだったな、ユウキ。」

 

少しくらい休ませてやらないと、明日の授業にも支障が出るだろう。

ベッドサイドにたたんであった毛布をユウキの肩に掛けてやる。

身動ぎするが、それも一瞬。再び夢の世界へと旅立つ。

しかし、こうなってしまってはイチカは手持ち無沙汰になる。話し相手がいるとすればシオンが居るが…。

 

「ユウキが寝てる間、俺と飛行練習するか?」

 

「結構です。私はユウキに教えて貰うと約束しましたので。」

 

取り付く島もないとはこの事か。

素っ気なくあしらわれてしまい、どうしたものかと悩みながら、イチカは一旦部屋をあとにした。



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第67話『近付く刻』

「ファッ!?」

 

20時。

何かのスイッチが入ったようにバチッと目を覚ましたユウキは、ガバッと立ち上がる。

しまった、思わず寝てしまっていた!

今日はシオンと飛行訓練するつもりだったのに!

 

「お、起きたか?」

 

「イチカ…?」

 

部屋の入り口から入ってきたのはイチカだ。

その両手で大きめのお盆を持っており、ほわほわと白い湯気が立ちこめている。

 

「よく寝てたな。連戦がよっぽど響いたのか?」

 

「え…あ、うん。…ちょっと疲れてた、かな。」

 

「その分だと腹も減ってるだろ?つまめるものでよかったら作ったから、食べてから訓練に行こう。」

 

そして、漂うのは腹を刺激する芳醇な香り。

寝起きにも関わらず、その香りはユウキの腹の虫を覚醒させるには十分すぎるもので、

クゥゥゥ~…

という可愛らしい音が()()となって部屋に響いた。

 

「あ………。」

 

シオンである。

まさか腹の虫が鳴るなどと思わなかったのか、すかさずお腹を押さえるも時は既に遅し。

羞恥に頬を染める。

 

「あ、これは違うんです…その…えっと……。」

 

いくら取り繕っても、鳴ってしまったのは事実。あたふたとしている分、尚のことだ。

 

「少し多めに作っておいたから、シオンも食べたら良い。」

 

「そ、そんな、私は卑しん坊じゃ…あむぅっ!?」

 

言い逃れは聞かない、と言わんばかりに、ユウキはイチカの持つ盆の皿にのっていた唐揚げ的な何かを放り込む。

出来たてホヤホヤのそれを放り込まれたシオンは思わず噛んでしまい、その熱さでのたうち回る。

 

「に、にゃにふるんへふかー!」

 

「どう?イチカの料理、美味しいでしょ?」

 

涙目になりながら、口腔内で冷めてきた料理を咀嚼し、ゴクリと飲み込む。

…美味しい。

からっと揚げられたスパイシーな衣。

それを噛み破れば、中には鳥形モンスターの肉という設定であろうものが、衣によって閉じ込められた油を口の中に弾けさせる。

システム的なものとは言え、美味しいものは美味しいのだから困ったものだ。

 

「っ…まぁまぁですね。」

 

「素直じゃないなぁ。」

 

ここで美味しいと言ってしまっては負けな気がする。それでもシオンは目の前に置かれた唐揚げ擬き、それに手を伸ばして口に運んだ。

 

「あ、味はともかく…もぐ……今は長靴一杯…んぐ、食べたいので。」

 

「正直にに美味しいって言えば良いのに…もぐ。ん~、美味しい!」

 

本当に幸せそうな顔で食べるユウキの表情は、料理人冥利に尽きると言うものだ。

目の前で我先にと食べ勧める年頃の少女2人。色気よりも食い気とはよく言ったもので、次々と口に運ばれる唐揚げ擬きは、見る見るうちにその数を減らして、ものの数分できれいさっぱりなくなってしまった。

 

「美味しかった~…!ご馳走様!」

 

「…悪くは、なかったです。」

 

「はい、お粗末様。」

 

空っぽになった皿を引き、洗い場へと持って行くイチカを横目で追いながら、ユウキは話を切り出す。

 

「じゃあシオン、イチカが戻ってきたら飛行訓練に行こうか。」

 

「はい、よろしくお願いします。」

 

「そんなに畏まらなくてもいいよ?もっとフランクにいかなきゃ!」

 

「フランク、と言われましても、これが素ですので。」

 

そう言われちゃぐうの音も出ない。

ともあれ、ここで無理に話し方を修整するように言って雰囲気を悪くするのもどうかと思うので、ユウキはここで引き下がっておく。

 

「お待たせ。…じゃあ、行くとするか。」

 

「オッケー!」

 

「解りました。」

 

宿屋を抜け、ロンバールの転移門へ足を運び、アルヴヘイムのフィールドへと繰り出す。

途中、恋人らしくユウキはイチカの手を握ろうと手を伸ばすが、恥ずかしさが勝るのか、それを成就するには至らずに居た。そんなユウキに、イチカと、そしてシオンですら首を傾げていたのは全くの余談だったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぎゅっ!?」

 

気の抜けた声と共に、シオンは草原に見事なヘッドスライディング。もうもうと土煙をあげて小さな体躯を、その中に消した。

あれから30分。

周囲の草原には、数メートルの堀が何本も作られ、端から見れば何事かと思うような光景へと変貌していた。

 

「…おかしいですね。…イメージは出来ているはずなのに。やはり空気抵抗と、それによる速度低下の計算式を…」

 

頭に土を被りながら、座ってブツブツと何かを計算し始める。

端から見ているイチカと共に、並列飛行していたユウキもライディングしてその様子に顔を引きつらせる。

 

「なんかさ、シオンてインテリなのかな?」

 

「だよな。…というか、理論で飛行方法を組み立てるって、どことなくセシリアと似通ってるんだよな。」

 

「そうなの?」

 

「おう、もっともISの飛行方法のコツを聞いた時には反重力力翼だの流動派干渉だの、聞いただけで頭が痛くなる説明だったけど。」

 

「うわぁ…。」

 

「でもなぁ。セシリアも言ってたけど、イメージは飽くまでもイメージだから、自分に合う飛び方を見つけるのが向上の近道なんだよ。」

 

イチカやユウキがALOでの飛び方をISでイメージするように、逆もまた然り。

ALOでも、自身に合うイメージというものは如何にスムーズに飛べるかを左右するものだ。

だからといって、何処かの誰かみたいに、擬音のみのイメージというのも考え物だが。

 

「思ったんだけど、シオンの理論的な飛行方法って、何か合ってない気がするよね。」

 

「ユウキもそう思ったか?俺もなんだよなぁ。」

 

初動の跳躍まではまぁ問題ない。高所からのスタートもあって、高度は十分。十分なのだが、そこからは飛行と言うには程遠く、例えるなら折り方を間違えた紙飛行機の様に、ひょろひょろと風に煽られるかのような軌道のまま、軌道が上昇することもなく草原にダイブしていた。

それが一度や二度ではなく、十回近くなのだから、これは今の飛ぶイメージがシオンに合っていないと考えるのが自然だろう。

 

「お~い!シオ~ン!」

 

「やはり風力と、それによる翅によって生成される力場を……何でしょうか?」

 

「理詰めにするのも良いけどさ。別の飛び方も試してみるのはどうかな?」

 

「別の、飛び方ですか?しかし、飛行における力場の計算を完成させなければ、安定した飛行は…。」

 

「いや、それだとALOプレイヤー皆が皆インテリ揃いになってしまうんじゃないか?少なくとも俺やユウキは違うからな?」

 

「それはまぁ…そうでしょうけれど…。」

 

「だからさ、俺達の飛び方も聞いてみて、その上で飛びやすいイメージを固めてみたらどうだ?飽くまでも参考までにって事で。」

 

イチカの案に、フム…と顎に手を当てて一考する。

一考する、と言うことは、選択肢の1つとして捉えてくれていることの証左だろう。でなければ、即答で拒んでいるはずだ。

 

「では、飽くまでも参考までに…参考までに!聞くだけ聞いてみましょうか。」

 

素直じゃないなぁ、と改めて苦笑する2人は、シオンに1つの手解きをする。

自身らが空に抱くイメージを。

自由に、何処までも高く、速く。

そう飛べるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして…

 

「おっ?おぉ…っ?」

 

先程とはまるで別人。

未だぎこちなさこそ取れていないが、それでも最初に比べれば雲泥の差という言葉が相応しいまでにシオンの技術は向上していた。

宙返りや、バレルロール、インメルマンターン…。

自覚は無いのだろうが空中戦闘機動(ACM)のマニューバを、少々危なっかしげではあるが形となったものを披露している。

 

「ここまでユウキの飛行のコツがハマるとは…たまげたなぁ…。」

 

「うん、ボクも正直驚いてたりするかな。」

 

理詰めではなく、ただ自由に空を舞うイメージを勧めただけ。

本来ならば翅があるという感覚を自覚して、その上で羽ばたくイメージで飛ぶことが出来る。ユウキは翅の感覚を無自覚にイメージをし、その上で上記のイメージをして飛んでいる。これは飽くまでも慣れなのであって、初心者(ニュービー)であるシオンには難しいもののはずだった。

しかし現実はどうだ。目の前にはユウキの助言で見事なまでの上達を見せるシオンがいるのだ。これはセンスと言うほかないのではないだろうか。

 

「………。」

 

スムーズに飛び続ける彼女を見て、身体をウズウズさせるユウキ。

 

「…一緒に飛んできたらどうだ?」

 

「…っ!うんっ!行って来るね!」

 

どうやらウズウズの原因に自覚はなかったようで、イチカの勧めに合点がいったらしく、まるでリードを外された飼い犬が駆けるように翅を広げて飛翔する。

その速度は、やはりシオンに比べて一夕の長があるためか、その飛び方は淀みなく、そしてスムーズだった。

ふわりとシオンの近くでホバリングすると、まるで誘うようにゆっくりとシオンの前方を先行していく。シオンも最初こそ何なのか解らなかったが、引き離さず、一定の距離を保って飛行するユウキの意を察してか、彼女が少しスピードを上げる。するとユウキは、自然とそれに比例してスピードを上げ、まるでエスコートするかのように夜空を舞っていく。

 

「まるで親鳥が雛に飛び方を教えてるみたいだな。」

 

そんな2人を見上げながら、イチカはポツリとそんな言葉を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人だけの夜空の散歩。

ゆっくりと、後ろをついてくるシオンのスピードに合わせながら、肌に感じる風を堪能する。

何だか最近、こうやって空を飛ぶことはなかった。

でも改めてこうして飛んでみると、自分達の最後の思い出を刻もうとこのALOを選んだ理由をまざまざと感じる。

自分達スリーピングナイツは病室や病院から出ることは敵わない存在。

ましてやユウキ…紺野木綿季は意識をメデュキボイドへと移して、現実で過ごすことはほぼない。

それだけに、このALOで自由に剣を振るい、自由に空を飛ぶことが、どれほどまでに斬新で心奪われるものだったか。

当初の目的である、自身らの名を刻む快挙は、イチカやキリト達の協力もあり、既に成し遂げることが出来た。

後は最期の時まで…そう思っていた矢先、イチカという恋人が出来た。

今までは何のことはなく、ただその時が来るまで全力で生きていたら…そう考えていたユウキ。

しかしここ最近は少し違った。

いつ止まるとも知れない自身の心臓。

明日?はたまた明後日?

もしかしたら次の瞬間には止まってしまうかも知れない。

だが望むならば…願わくば。

神様。

どうかその1日でも…1秒でも長くこの心臓を動かしていて下さい。

大切な人と、愛すべき人と、ほんの少しでも…一緒に過ごすために。

 

「…どうかしたんですか?ユウキ。」

 

「へ?」

 

すぐ傍から聞こえるシオンの声。いつの間にか速度が下がっていたのか、並列して飛行する彼女の顔に間の抜けた返事をしてしまった。

 

「あ~、うん、何でもないよ、何でも。ちょっと…最近思うことがあってさ。」

 

思わせぶりな彼女の言葉に、シオンは首を傾げる。

 

「そんな大したことじゃないんだよ!ただね?」

 

「ただ?」

 

「楽しい時間って、一分一秒でも長い方が良いなって。」

 

「それはまぁ…そうですね。」

 

「だからさ。シオン。」

 

クルリとシオンの前に躍り出ると、ユウキはその手を身体の後ろで組み、こう言った。

 

「もっともっと…いっぱいいっぱい、思い出を作ろうね。このALOで…この世界で!」

 

「…はい。私もユウキと…ついでにイチカと、もっといろんな所を冒険してみたいです。」

 

「その意気だよ!じゃあ…飛行もそこそこに、次はせんと…っ!」

 

ドクン…!

 

まるで世界その物が振動したかのようにユウキの身体を揺さぶった。

 

視界がぐらぐらと揺らぐ。

 

耳につんざくような高音が刺さる。

 

(アレ……?ボク…どう…なっ…て…?)

 

目の前でシオンが何かを叫んでいるが、まるで遠い世界の事のように、何を言っているのか全然解らない。

 

それどころか…彼女の身体がどんどん上昇していくのだ。

 

いや、

 

違う。

 

(ボクが…落ち…てる…の?)

 

落下の感覚がない。

 

それどころか、視界がぼやけている。

 

暗くなっていく視界の中で、

 

自身を抱き留める確かな感触を最後に、

 

ユウキの意識はそこで途絶えた。



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幕間『ボクの報告』

横浜港北総合病院

 

深夜にもなりつつある時間にも関わらず、遅番や夜勤で勤務に当たっていた職員はバタついていた。

木綿季の担当医師である倉橋医師もその1人だった。

内科医師や循環器科、そして特殊機器技師もが医療器具や計器を持って、その目指す先へ足早に目指す。

 

「まさか…いや、まだ早すぎる…まだ…彼女は…!」

 

冷や汗は元より、若干青ざめた顔でブツブツと独り言を言いながら、他の職員に負けじと急ぐ。

 

『第一特殊機器計測室』

 

そのセキュリティ管理され、普段はカードがなければ開かないその扉は、職員がスムーズに出入りできるように解放されていた。

忙しなく職員が出入りする中で、倉橋医師もするりとその中へと入る。一面の壁に張り巡らされたガラス越しに見たその光景は、彼が想像したくない物と合致していた。

殺菌された防護服を急ぎ身に纏い、消毒液のシャワーを浴びて倉橋は其処へと足を踏み入れる。

 

「木綿季君!」

 

大声を出して良いわけではない。しかし呼びかけねばならないと思うからこそ、叫んでしまった。

ズカズカと木綿季が横たわるメデュキュボイドの傍らで計器と睨めっこしている医師に詰め寄る。

 

「状況は?」

 

「先程…紺野さんの心肺が一時的に停止しました。」

 

さぁ…っと血の気が引くのが解った。

が、ここで臆面に出してはならない。

冷静に、飽くまでも冷静に。

震える身体を押さえつけながら、倉橋は口を開く。

 

「一時的に、と言うことは、今は?」

 

「先述の状態以外は普段と変わらない症状です。心拍も落ち着いています。」

 

「そう、ですか。」

 

ホッと胸をなで下ろす倉橋。

よかった。

その安堵感で胸は一杯だった。

 

「しかし、覚悟はしておいた方が良いかもしれません。」

 

そう…今の彼女の身体を一番よく把握しているのは倉橋自身。すぐに現実に引き戻される。

 

「えぇ…ヘタをすれば…何らかの兆候…前触れやも知れませんね。」

 

そうであって欲しくはない。しかし現実は非情で、そして時として医者はリアリストでなければならない。

 

「一度…木綿季君をメデュキュボイドへと引き戻します。」

 

メデュキボイドの計器を操作し、緊急時の仮想意識リカバリープログラムを実行する。

今木綿季は、ALOにログインしているはず。

誰かと交流中だったのなら、相手にも申し訳ないのだが、如何せん今は命に関わる事態だ。一度帰還して貰わないことには、どうにもならない。

帰還の実行メーターが貯まっていくのが堪らなく遅く感じるが、焦っても仕方がない。

じっと待つこと10秒ほど。

ピーッと言う機械音が、木綿季の意識を拾い上げたと告げる。

 

「木綿季君!木綿季君!」

 

急ぎマイクを引ったくるように取った倉橋は、起動すると必死の形相で呼びかける。

返事がない?

今バイタルは異常を示していない。

呼びかけに答えないのは、意識消失しているのか?

若しくは脳内に何らかの異常が!?

嫌な想像ばかり浮かんでしまう倉橋。願わくば、この声に応じてくれ…!

 

『あ…れ?倉橋…先生?』

 

ややあって、まるで寝起きのように、ぼんやりとした声で彼女は返した。

 

『どうか…したんですか…?どうしてボク、メデュキュボイドに…?』

 

全く…こっちの気も知らないで…!

泣きたくなるのを必死で抑えながらも安堵に胸を再びなで下ろす。

 

「私が木綿季君の意識を回収したんですよ。たしか…木綿季君はALOにインしていましたね?」

 

『あ、はい…そうですけど…。』

 

「ALOでの最後の記憶…何があったか話せますか?」

 

心拍に異常があったなら、彼女の精神にも何らかの影響が出るだろう。木綿季に自覚症状があるなら、それは…。

 

『えっと…確か…友達と飛んでたら…急に胸が痛くなって…目眩がして…耳鳴りがして……』

 

「やはり、ですか。」

 

矢張り自覚症状はあった。そして仮想世界でもそれは顕著だった。

 

『先生、ボク、何かあったんですか?』

 

不安そうに訊ねる木綿季に、倉橋は真実を伝えるべきか思案する。

ここで嘘偽りなく教えてしまえば、気持ちが後ろ向きになり、症状が進行しやすくなる可能性もある。

病は気から、と言う言葉があるように、気の持ちようによって病状の進行が左右すると言っても過言ではない。

かと言って、何の問題もないと言って嘘を付き、いざ次なる症状が出て木綿季がそれを知れば、そのショックは大きなものだろう。ヘタをすれば、急激に落ちる可能性も否定できない。

 

『先生。』

 

如何するべきかと悩む中、強い意志が籠もった木綿季の言葉が耳を刺す。

 

『ボク、覚悟は出来てる。だから、ボクに何があったのか。教えてください。』

 

その言葉は、倉橋の胸に強く響いた。

木綿季が覚悟してそう言うのなら。

それに医師が応えず如何するのか。

 

「先程…木綿季君の心臓が、一時的に停止しました。」

 

重く、辛い言葉。

聞く方もだが、言う方もこれ程重くのし掛かる物があろうか。

倉橋の宣告に、木綿季が息を吞む音が聞こえる。

 

「今は…バイタルに問題はありません。ですが…」

 

『うん、わかってるよ先生。…何となく、想像はついてたから。』

 

「そう…ですか。」

 

『大丈夫…落ち込んでなんていられませんから。』

 

木綿季の強い言葉に胸が締め付けられる思いに駆られる。しかし、ここ数日で木綿季の声色は明るくなり、どことなく強く感じられたのは気のせいではなかったらしい。

幾つかのモニタリングを終えて、集まってきた医師がメデュキュボイドの部屋を後にする中、木綿季は倉橋を呼び止めた。

他の医師が完全に退室したのを見計らって、木綿季は漸く言葉を紡ぎ出す。

 

『先生、あの、ね?』

 

「はい、どうかしましたか?」

 

『ボク、ボクね……』

 

言葉を選びながら、

心の準備をしながら、

モジモジといじらしい気配を漂わせながら、

年頃の少女らしさを滲ませて…木綿季は言葉を紡ぐ。

 

『恋人が…出来ました…。』

 

What?

恋人?

こいびと?

コイビト?

KOIBITO?

Lover?

史上最弱のアレ?

 

いやいやいや!

ステイ!ステイ!!

落ち着け…落ち着け…!

今の木綿季から汲み取れる感情、声色、そしてこの状況。

そして十数年前に味わったこの得も知れぬ甘酸っぱい空気。

そうだ、あれは妻と出会った東京の繁華街。

あの時妻は、道に迷っていた。スカイトゥリーに行くにはどうすれば良いかと。

それを私は快く案内した。

自身の目的も同じだったからだ。

そして一緒に観光して、連絡先を交換して、幾度目かのデートの時に告白して恋人に…

そう、恋人!

儚くも、何とも心地よく、そして甘酸っぱい響きなのか…!

 

『おーい…倉橋先生~。』

 

「ハッ!?いけないいけない…そうだ、木綿季君に恋人が出来た、と言う話でしたね、」

 

『えと……ハイ…。』

 

「やはり相手は一夏君ですか?」

 

『フォァッ!?な、何故にわかったのでございまするのことですか!?』

 

「さぁ?何ででしょうね?…私も、木綿季君がALOで活躍するのを動画で見てましてね?」

 

『へ?』

 

「『イチカはボクの恋人なんだから…』でしたか?これ、ネットの急上昇ワードになってたりしますよ?」

 

『ホァァッ!?』

 

何ということか。

倉橋があの動画を見ていたとは!?

よもや近しい知人にあの告白が知れ渡っているとは…

頭を抱えたくなる状況のなか、木綿季は頭を振るい、必死で冷静さを取り戻す。

 

『ご、ご明察…ボク、一夏と恋人になったんです。』

 

「そうですか…それは、おめでとう木綿季君。」

 

今度ばかりは茶化さず、ただただ純粋に祝福する。

人との距離を意識して置いていた木綿季が、恋人を作るともなれば、気持ちの変化は元より、その目出度いことに思わず顔が綻ぶ。

 

『だから…ね、さっきのボクの症状…もし一夏から尋ねられても…教えないで下さい。』

 

「それはまた…どうして?」

 

『その…やっぱり心配掛けたくないので…。』

 

「そうですか…それもそうですね。わかりました。尋ねられても一夏君()()話さないと約束しましょう。」

 

『お願いします。…とりあえずボクはALOの友達に、何でも無かったことを伝えてきますね。…ログアウトの理由は…回線トラブルにでも……』

 

そう言いながらALOへのログインを始める木綿季を尻目に、倉橋は第一特殊機器計測室を後にする。

恋人が出来た。

成る程、それが最近、明るくなった理由ですか。

思わぬ明るいニュースに、倉橋は思わず笑みを零してしまう。

この喜ぶべき事が、願わくば木綿季の症状に良い意味で影響するように。

そんな切なる思いを秘めて、倉橋は業務へと戻るのだった。



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第68話『疑問』

気付けば翅を広げて飛び出していた。

嫌な直感というのは当たるものだと、後々嫌になった。

だが今はそれを考える余裕すらない。

もしかしたら遊び感覚で自由落下をしているだけだったのかも知れない。

だが、イチカの脳裏にチリチリと焼き付くような、所謂嫌な予感と言うモノが駆り立てた。

 

「ユウキィッ!!」

 

ともすれば、自身の最高速度をたたき出していたのかも知れない速度。

重力に引かれて落ち行くユウキの名を叫び、その身体を地表ギリギリで受け止める。

引き上げすぎた速度は、足で地面を削りながら無理矢理減速する。

完全に静止し、イチカは必死の思いでユウキの顔を覗き込む。

 

「ユウキ、どうしたんだよ!ユウキ!」

 

視界の片隅に表示されるPTメンバーのステータス。ユウキのそれは灰色で塗りつぶされていた。

ログアウト状態の表記である。

一緒に飛行していたシオンも、普段無表情なその顔色を青くして降下してきた。

 

「イチカ…ユウキが突然…。」

 

「わかってる…突然のログアウトなんて…どうしたんだよ…!」

 

基本的にメデュキボイドは有線接続なので、回線落ちはまずない。そして電気を継続的に機器に送電しなければならない病院では、その面においては万全と言っても過言ではない。咄嗟の停電が起きたとしても、即座に予備電源に切り替えて、電源を落としてはならない生命維持装置の電力を確保する仕組みになっている。

勿論メデュキボイドもその1つであり、突然のログアウトなどありえないはずだが…。

残る可能性として…想定しうるもの。

 

「まさか…タイムリミット…なのか?」

 

口にはしたくない。

だが事実としていずれ迫り来るそれは、イチカの中で耐え難いものだ。

 

「その…タイムリミット、というのは?」

 

ユウキの…木綿季の事を知らないシオンは、その表情を不安げに変えながら尋ねる。

 

「ユウキは…病気なんだ…それも、末期の。」

 

「…え?」

 

耳を疑いたくなる言葉だった。

あれほどまでに元気で、それこそ病気の気配すら感じさせない底抜けの明るさを持つユウキが、末期の病気などと…。

 

「いつ、どうなるか解らない状態だから…だから、最後の一瞬だって…全力で生きたいからって。こうやってALOで、ユウキは頑張ってここ(仮想世界)で…生きてるんだ。」

 

それでも、

もしそうだとしたら、

余りにもいきなりで、そして呆気なさ過ぎる。

まだ最後の言葉も交わしていないというのに…。

 

「なぁ…?嘘だよな?ユウキ…。まだ…一緒にいられるんだよな?」

 

折角恋人になったばかりなのに…

こんなあっさりとした別れなんて絶対に嫌だ。

 

「イチカ…泣いてるんですか?」

 

「…恋人が…いなくなるかも知れないのに…泣かない奴がいるかよ…。」

 

気付けば泣いていた。

頬から止めどなく溢れる涙。

仮想世界では…感情に嘘はつけない。

脳から直接感情を読み取るこの世界では、それがダイレクトにアバターに伝わってしまう。

 

「…これは…私の、涙?」

 

自覚も無いままに、シオンもその双眼から涙を浮かべていた。驚きを隠せないのか、何度拭っても溢れ出るそれを抑えようと、袖で拭きつづける。

 

「ユウキ…まだ…まだ俺達…思い出を作りたいんだ…だから…まだ…逝かないでくれ…!」

 

腕の中で目を閉じて微動だにしない彼女のアバターを必死に抱き締める。ヘタをすればハラスメントコードに抵触しかねないが、そんなことを気にしている場合ではない。

つぅ…っと、イチカの頬から流れた涙が、ユウキの頬にポタリと落ちる。

それが…お姫様の目覚めの合図となった。

 

「ん…イチカ…?」

 

「ユウキ…!良かった…!」

 

再び抱き締める恋人に驚きながら、ユウキは照れ臭そうに背中に手を回す。

不謹慎だけど、こうやって抱き締められるのも、悪くないなぁ。

 

「何ともないのか!?具合は!?痛いところは!?」

 

「だ、大丈夫だよ!その…ちょっとした回線トラブルで…。」

 

「病院なのにか?そういったトラブルは極力ないように万全を期してるはずだけど…。」

 

恋心には鈍いのに、如何してこういう所は鋭いのか。

それもイチカらしいと内心苦笑しながら、どうにかそれらしい言い訳を瞬時に考える。

 

「えと…倉橋先生がね?メデュキボイドの有線コードに足を引っかけちゃって…その時にスポッて抜けちゃったんだよね。」

 

「…倉橋先生が?…なんだ、あの先生もおっちょこちょいなところがあるんだなぁ。」

 

ごめんなさい倉橋先生。

本人の与り知らぬ所で、ドジっ子先生の印象が与えられたことに、ユウキは内心手を合わせて謝罪する。

ともあれ、何とかイチカを誤魔化すことが出来たのは確かだが、嘘で塗り固めてしまったことに、ユウキは少し罪悪感を覚える。心配掛けたくないのは紛れもない事実だが、それでも嘘をついてまでと言うのはやはり後ろめたいモノがあった。

 

「それよりもイチカ…泣いてたの?」

 

「悪いかよ…お前の身体に…もしもの事があったんじゃないかって…!」

 

「えへへ…心配掛けて…ごめんね?シオンも…。」

 

「わ、わたしは別に…そんなつもりじゃ…。」

 

取り繕おうとも今更だ。

羞恥で顔を背けるシオンに、ユウキもイチカも顔を見合わせて苦笑いする。

 

「じゃあ…飛ぶ練習の続きを…」

 

「「ダメ(です)!」」

 

「お、おぉう?」

 

見事にイチカとシオンの声が重なった。

 

「今日は模擬戦もしたんですから!大事を取って休むべきです!」

 

「アッハイ」

 

「そうだよ(便乗)明日にでも出来るんだからさ。焦ることはないって、な?それに、夜更かしは折檻の元だぜ?」

 

「ひっ!?」

 

昨日と同じ流れになってしまうが、それでも怖い物は怖い。

仮想世界なら負けないのだが…現実は非情である。

 

「とにもかくにも、今日はしっかり休養してください。私の練習は後日で構いませんので。」

 

「うん、ごめんね?シオン。あと、心配してくれてありがと。」

 

「か、勘違いしないでください!わ、私は別に貴女の体調を心配しているわけではないのであって、貴女が無理をして体調を崩したら寝覚めが悪いからなんですから!」

 

「え?意味一緒じゃない?」

 

「しゃらっぷ!」

 

「たわば!」

 

イチカの突っ込みには誰も彼も辛口である。

彼の顔面にシオンの拳がめり込む。

 

「ふんっ!…まぁ、また明日…体調を整えてから、飛び方を教えてください。」

 

「うん、じゃあシオン…また明日。」

 

照れ臭そうにしながら、随分と上達した翅の使い方でロンバール目指してシオンは飛翔する。

 

「いてて…マドカと言いシオンと言い…なんでだ?」

 

「大丈夫だよ。あれ、シオンなりの照れ隠しだから。」

 

「…マジ?」

 

「…多分。」

 

「多分!?」

 

「…でもシオンと言えば、なんか変じゃない?」

 

「変?」

 

「うん。何でシオンはボクが今日模擬戦したのを知ってるんだろ?」

 

思えば今日はALOで闘ってはいない。闘ったと言えば、ISで一夏とタッグを組んで模擬戦をしたくらいだ。

 

「そういえば…そうだな。」

 

「…まぁいっか。明日にでも聞いたら良いんだし。」

 

「そうだな。」

 

妙な引っかかりを感じながら、2人もログアウトの為に飛翔するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思えば今日は調子を崩されっぱなしだった。

イメージしていたのは、

もっと物静かで、

クールで、

無表情で、

所謂ミステリアスな…そう!目指すところは深窓の令嬢のはず。

にもかかわらず、あぁもスタンスを崩されていては、イメージしたキャラが崩壊一直線だ。

脳内で一人ごちながら、ロンバールの一角に降り立ったシオン。今日のやり取りが余りにも自身のキャラ崩壊に繋がっていたために、しゃがみ込んで一人反省会を行う。

 

「次はもっとこう……流し目やジト目を多用していくべきでしょうか…。いや、若しくは…」

 

「キャラ作り…?」

 

「キャラ作りとは失敬な!せめてロールプレイと……ほぇ?」

 

見上げれば、白い騎士と言うに相応しい装備を纏ったシロが、首を傾げてシオンを見下ろしていた。

 

「…どなたですか?」

 

「私はシロ…、まぁほぼソロのプレイヤー…。」

 

「そのソロのプレイヤーさんが、私に何の用で?」

 

「何となく…悩んでたみたいだから気になって。」

 

「別に…ただ予想してた私のキャラの崩壊が激しいな~って思ってただけで、別にたいした悩みではないんですけど。」

 

ありのままのキャラというのも良いかも知れないが、ここはゲーム内。キャラ作りやロールプレイと言うのも楽しみ方の一つなのだから、その悩みをどうこう言うことは出来ない。

 

「でもキャラ作り…と言うのは中々難しいと思う。本来の貴女の性格がどんな物かはわからないけど…それと正反対のモノを求めるのは難しいかも知れない。」

 

「そ、そうなのですか?…ちなみに…シロさんのその喋りって、素だったりするんですか?」

 

「うん、素だよ。」

 

何と言うことだ。

言葉や喋りの端々に感じるモノがあったが、今目の前にいるプレイヤー、その素こそがシオンの求める深窓の令嬢に近しいものだ。

正に渡りに船、キャラ作りにシロ!

正にカモネギ!

 

「シロさん…いえ!シロお姉様!」

 

「ひゃい!?」

 

シロの手を包み込むように握り、キラキラと、まるで懇願するような目を向けるシオン。

いきなりのリスペクト発言とかで、流石のシロも上ずった声を上げるのは仕方のないものなのかも知れない。

 

「お姉様!私に…お姉様のキャラを教えてください!」

 

「え…えぇ…?」

 

いきなりの弟子入りなのかスールの契りなのかを求められて、シロの無表情なそれは困惑の声と共に夜の街に消えていった。



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第69話『願いの終わる日』

数日後

放課後のHR

 

普段ならば、これから待ち遠しい放課後が間近に迫り、ほんの少し色めきだつ教室だが、この日ばかりはその空気が少々神妙なものだった。

その場にいる誰もの表情に喜色はない、悲壮を秘めたものだ。

今日この日を境に、1ー1から1人のクラスメイトが去る。

そんな時に、誰が喜びに打ち震えようか。

 

「では、1週間の特別授業参加を終え、今日一杯を以て紺野木綿季はこのクラスを去ることになる。織斑、前へ出てやれ。」

 

「…はい。」

 

プローブを肩に乗っける一夏は、少しばかり重い足取りで壇上に立つ。その表情は暗く、また肩にあるプローブの視線も俯いている。

 

「では、紺野。皆に挨拶を。」

 

『はい。』

 

だが彼女は、クラスの雰囲気とは相反するかのように、しっかりとした声で応じた。

 

『皆さん、1週間の間…短かったけど、ありがとうございました!長年の夢だった学校…しかも有名な国際学校であるIS学園に行けるなんて、それこそ夢じゃないかって思ったくらいです!』

 

視線をあげ、プローブの視点を操作して、クラスメイト1人1人を、ゆっくりと網膜に焼き付けるように、その顔を見渡していく。

 

『正直、最初は受け入れてもらえるか凄く不安でした。ホントのことを言うとボク、学校に通ってたときは虐められてたし、少し怖いところもあったんだ。でも…学校に通いたいって思いが、それに勝っちゃったんだよね。』

 

ラウラと視線が合う。

少し…常識外れな所もあったけど、ボクという存在に分け隔てなく接して、模擬戦もしてくれた可愛い少佐さん。

 

『でも通い始めて…ボクが1つ年が下にも関わらず、皆はクラスメイトだからフランクに行こうって、優しく受け入れてくれた。』

 

シャルロットと視線が合う。

優しくて勉強を解りやすく教えてくれた、何処か親近感があるシャルロット。

 

『この1週間は…ボクにとって、得がたい体験だったし、忘れられない…一生の宝物になるとおもいます。』

 

セシリアと視線が合う。

明日奈とは違う、お嬢様然としたお嬢様。料理は壊滅的…だけど、その優雅さとお淑やかさには少し憧れるものがあった。

 

『だから…ボクがここに居たこと、ここで過ごしたこと、皆も忘れないでいてくれたら…と、そう思うのはおこがましいのかも知れないけど…。』

 

箒と視線が合う。

ここに居ない鈴もそうだった。模擬戦の時には一番強いと感じた2人。幾年の一夏への思いが、痛いくらいにこれでもかと伝わってきた。あれ以降、2人は皆と同じように…さっぱりと接してくれて、申し訳ないやら嬉しいやらで少し困惑した。

 

『皆と…このIS学園…で過ごせ…た時間は、ボクは…幸せ…者です…!』

 

そして…己の肩に乗せてくれている一夏と、その少し横で目を閉じて聞き入っている姉の千冬さん。

千冬さんが学園長に直談判してくれなかったら、きっとボクはここへ来れなかった。…知ってるんだよ?ボクのために徹夜して、大きな隈を作ってたの。

一夏も、キミと出会って、学校へ行ける方法を言い出してくれなかったら、きっと燻ったままALOで過ごしていたと思う。ありがとう、ボクの…大好きで、大切な人。

一夏や千冬さんとはこれから会うことは出来る。けれどクラスメイトとして、皆とここで過ごすことはこれで最後。そう思うと思わず涙が溢れてきて止まらなくなる。

 

『皆…1週間…ありがとうございましたっ!』

 

涙声高らかに、それでも元気いっぱいに。

自身の持ち味である明るさを全面に押し出して。

皆には伝わらないだろうけれど、仮想世界で溢れんばかりの笑顔で。

木綿季は最後の言葉を締めくくる。

そして

静寂が教室を包み込む。

 

 

 

 

 

ややあって…

 

パチ…パチ…と

1人の生徒が、その手で拍手を始める。

そしてそれを皮切りに、2人、3人と重なり、やがて教室を包む喝采へ変わっていく。

 

「こっちこそありがとう!」

 

「もう1週間なんて早いよ~!」

 

「こんちゃ~ん!」

 

「絶対、また会おうね!」

 

端々から、別れを惜しむ声と再会を誓う言葉。

また会おう。

そんな言葉が叶うかどうかは解らない。

でも、それを糧の1つとして生きてみたい。

だから木綿季はこう答えた。

 

『うん!また、ボクは皆と…会いたい!』

 

これ程までに暖かな一時は、今までの人生でそれ程ない。

仮想世界での木綿季は、何処までも澄み切った笑顔でクラスメイトに見送られ、夢の1週間を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…終わっちゃった。』

 

「そうだな…。」

 

西日が差す校舎の屋上で、一夏と木綿季は黄昏ていた。

1週間、その短い時間が、余韻として木綿季の心に響き、そしてそれが終わったことによる空白。

それが2人を脱力させるには十分なものだった。

 

『改めて…ありがとう、一夏。』

 

「ん?」

 

『一夏と出会ってなかったら、ボクはこうやって夢を叶えられなかったとおもう。』

 

きっと辻デュエルで相手を見つけて剣士の碑に名を刻んで満足して、後は夢を夢で終わらせていただろう。

でも今は…夢を叶えられたどころか、恋人までもが出来てしまった。

幸せどころか、夢心地のような日々が流れていることが、木綿季にとって信じられないものだ。

だから、こんな日々を与えてくれたことに、感謝では言い表せないでいた。

 

「前も言ったけど、俺だけじゃない。プローブを貸してくれた和人もだし、千冬姉も頑張ってくれたからだ。今度、和人に会ったら礼を言っといた方が良いぞ。」

 

『でも一夏がいなかったら元も子もなかったんだからさ。そこは誇って良いんじゃない?』

 

「そういうもんかな?」

 

『そういうもんなの。』

 

どうにも一夏は、自身に対する評価に謙遜や卑下する気質らしく、中々受け入れてはくれない。謙遜は大いに結構だが、それは過ぎれば嫌みでしかないので、そこは直して欲しいところである。

 

「…さて、じゃぁ行くか。」

 

『ん?ALOにインするの?』

 

「それはもうちょっと後。やり残したこと、あるだろ?」

 

『???』

 

「リベンジだよ、リベンジ。」

 

含みのある言い方で、一夏は屋上を後にする。彼の肩に乗っかっている以上、彼の行くまま気の向くままに任せるしかない木綿季にとって、行き先が見えないので不安が募る。

 

『…何処に行くの?』

 

「俺なりの、木綿季の学校生活の最後を締めくくる催し。」

 

そして着いたのは、IS格納庫。

既に許可を得ている一夏は、目的のその機体まで迷うことなく辿り着く。

 

『これって…。』

 

目の前には1週間、自身の半身として幾度となく空を舞った機体。

紫色が織り成すその鋭角的なフォルムは見間違えようがない。

 

『紫天…。』

 

「今日一日は…まだ木綿季は1ー1の生徒なんだ。最後に…模擬戦、しようぜ。」

 

授業は終わったが、もう模擬戦をしてはいけないとは言われていない。

もしかしたら、これが紫天を纏う最後のチャンスかも知れない。

そして…ISを用いた最後の模擬戦でもある可能性も…。

そう思えば、感慨深い物もある。

どうせなら…やれるだけやって引くのも良いかもしれない。

 

『…いいね!やろうよ。なんか俄然やる気が出てきたよ!』

 

「よし、どうせなら何か商品を出そうぜ。その方が盛り上がるし!」

 

『商品…?何を?』

 

「そうだな…まぁ、何でも言うこと1つ聞くってのはどうだ?」

 

何でも…。

そんな言葉に魅力を感じてしまう木綿季は子供っぽいと思われるだろうか。

しかし、一夏のその言葉にやる気は更に漲ってくるのは現金すぎる気もするが…。

 

『よぉし!じゃあボクが勝っちゃうから、一夏、約束忘れないでよね!』

 

「俺だって負けないぞ?…勝って今夜は寝かせないからな?」

 

『待って一夏、一体全体ボクに何させる気なの!?』

 

「何って…そりゃナニだろ?」

 

『ブシドーみたいなこと言わないでよぉ!』

 

「よっし!とりあえずセットだ!」

 

『ちょ…一夏、話を聞いてよ!?』

 

「じゃ、向こうのピットに行って来るから、先に出て待っててくれよ~!」

 

『あ!一夏!?一夏~!!』

 

言うだけ言って向かいのピットに行ってしまった一夏。

木綿季の必死の叫びも虚しく、誰もいない格納庫に木霊するだけ。

一夏の言うナニって…何だろう…。

それも夜寝かせないって…。

想像しうるナニの数々に妄想は膨らみ、それは仮想世界の木綿季の顔をボンッと上気させる。

 

(ボボボボボクってば、何を想像してるの!?…そ、そりゃ一夏とそう言うのは…その…やぶさかじゃないけど、やっぱりボクだって順序というか、ムードというか、そう言うのは必要だと思うわけで、でもでも、一夏に迫られたら嫌と言えないというか何というか…。)

 

恋する乙女の妄想力恐るべし。

セシリアもかくやと言わんばかりの妄想の渦に吞まれた木綿季は、中々出てこないことに心配した一夏のプライベート通信が入るまで続いたそうな。



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クリスマス特別編『家族を想うこと』

本編に入れても良いかなと思える話です。
え?あぁ、クリスマス?雪音さんと鱒がどうかしましたか?(すっとぼけ)


「クリスマスの…バッキャロー!!!!!」

 

血涙を流しながらALOの西日に向かって叫ぶ1人のバンダナ野武士。

それに不本意ながら同情を禁じ得ない不特定多数のプレイヤー。

彼ないし彼女らの恨み辛み妬みの矛先は、世に蔓延るリア充…ここは仮想世界なのだが、そういう存在に向けられていた。

 

「クラインの奴、何を叫んでるんだ?クリスマスが馬鹿って…今一意味がわかんないんだけど。」

 

「それをお前が聞きに行くなよ?絶対行くなよ?」

 

クラインの暴挙?をカフェでまったりしながら見ているのは、鈍さが抜けきらないイチカと、そんな彼の行動を先読みして止めるのはキリトだ。彼もまた、ヘタをしなくともクライン一党のスレイ対象なのだから、ここは近付かないに越したことはない。

 

「ねぇねぇキリト君!今日はクリスマスなんだし、ケーキ食べましょケーキ!」

 

「私もケーキ食べたいです、パパ!」

 

「そうだな…折角のクリスマスだしな。何処のにする?」

 

要望を尋ねたキリトに、アスナはキラリとその目を光らせる。まるでこの流れを誘導させたかのような問いかけに、キリトは嫌な予感を禁じ得ない。

 

「実はね、前々から目を付けていたメニューがあるのよ。」

 

「へぇ…アスナほどのプレイヤーが目を付けても、まだ手を付けてないなんてどんなメニューなのか、中々興味ありますな。」

 

「でしょ?…場所は、アインクラッド2層ウルバスのNPCレストランでね?」

 

「ほうほう………ん?」

 

あれ?

何か途轍もなく嫌な予感が…

 

「そこのトレンブル・ショートケーキが食べたいの!」

 

「ぶふぅっ!?」

 

思わず吞んでいたコーヒー擬きをイチカに向けて吹き出した。

 

「うわっ!?き、汚ぇ!?」

 

「あ、あぁ、悪ぃ!!」

 

「ママ、トレンブル・ショートケーキと言うのは、どんなケーキなんですか?私、気になります!」

 

「ふふっ、それはね…」

 

(アレか…アレをまた奢らされるのか…!?)

 

トレンブル・ショートケーキ…

その巨大さたるや、頂点の角度60度、一辺の長さ18㎝、高さ8㎝で、おおよその体積1350㎤と言うのが、旧SAOでアスナに奢らされたキリトの目測だ。

 

「すごいです!パパ!早く行きましょう!」

 

アスナの説明を受けて食べる気満々になっている愛娘にまで強請られて断るようでは、男として父親として如何なのか!

 

「よし!こうなったら俺も男だ!今夜は俺のおごりだぜ!」

 

「やった!流石キリト君!」

 

「パパ!太っ腹です!」

 

「フッ…そう持ち上げるなよ!それ程でもあるけどな!」

 

数十分後…

ウルバスのとあるレストランに、

 

『なんじゃこりゃぁぁぁぁ!!』

 

と言う、値段に絶叫する男の声が木霊したとか何とか。

 

 

 

 

 

 

 

時間は戻り

 

「ケーキかぁ…。」

 

うっとりと、その濃厚な甘さ引き立つその甘味に恍惚とした表情を浮かべるのはユウキだ。

やはり甘い物は女子共通の話題であり、その味が気になるのは性と言うべきか。

 

「ユウキもケーキ食べたいのか?」

 

「食べたいと思っても、流石にトレンブル・ショートケーキは大きすぎるし…値段がねぇ…。」

 

「…そんなになのか?」

 

「ユルド5桁って言ったらわかるかな?」

 

あぁ、なるほど。

確かに食べ物で万単位が飛ぶともなれば、流石に躊躇ってしまうだろう。

奢ると豪語して行ってしまったキリトに合掌しながら、自分は如何したものかと思案する。

ここでユウキを誘って、何処かのカフェでケーキを食べるのも良いが、どうせならもう少し趣向を凝らしたい。そんな密かな欲望を抱きながら、それとなくシステムメニューのプレイヤーショップを開く。

プレイヤーショップと言うのは、一概に言えばバザーである。プレイヤーが出品し値付けしたアイテムを、他のプレイヤーが購入するというシステムだ。

そんなショップ内の出店アイテムをカラカラとスライドして、何かしらアイデアが浮かばないかと考えていた矢先、それはあった。

 

「お。」

 

「ん?どうかしたのイチカ?」

 

「良いもん見つけた。」

 

インスピレーションが湧いてくるそのアイテムを速攻で購入。自身のアイテムボックスに移されたそれを早速オブジェクト化することで、なにを購入したのかをユウキに見せた。

 

「これって…?」

 

「これを使って、クリスマスケーキを作る…って言うのはどうだ?トレンブル程じゃないけど、A級食材だしさ。」

 

「これで…ケーキを?」

 

想像してみた。

スキルカンストのイチカが作る、オブジェクト化したA級食材…てらてらと赤く光沢を放つのは、拳ほどの大きさを誇るマンモスイチゴ…それを使ったケーキ。きっと、NPC経営のケーキよりも美味しいに違いないのだろう。

 

「…その顔を見るに、賛成みたいだな。」

 

「へ?ぼ、ボクそんな顔してた?」

 

「してた。」

 

イチカは手鏡をオブジェクト化してユウキに手渡せば、そこには涎を垂らしている、なんともだらしがないユウキの顔が映り込んでいた。

 

「………。」

 

「と、とりあえず…俺んちに移動で…いいか?」

 

「………。」

 

よもや恋人にこんな情けのない顔を見せていたとあっては、恋するうら若き乙女としてショックだったらしく、固まっているユウキ。

余程想像したケーキが美味しそうだったのだろうか。

 

「こりゃ、腕によりを掛けないとユウキのお眼鏡にかなわないかもな。」

 

勿論、そんな事でユウキは文句は言わないだろうが、解っていてもユウキの期待通り…いや、それ以上をと思ってしまうのは惚れた弱みと言うものだろうか。

そんな意欲を湧かせながら、ユウキの手を取り転移結晶を取り出す。

 

「転移、コラルの村」

 

自身のマイホームがある22層へ転移しながら、イチカはイメージする。

どんなケーキしようか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁっ!?」

 

鼻腔を擽る甘い匂いに誘われて、意識を取り戻したユウキ。

先程までNPC経営のカフェでイチカとお茶をしていたはずが、何故か室内の椅子に座っていた。

木で出来た壁面に、パチパチと暖かな灯が灯る暖炉。目の前のテーブルには、自身の愛用する紫のマグカップ。そこに入れられているのは、ユウキが大好きなミルクたっぷりのカフェオレ。

漸く理解した。

ここはイチカのマイホームだ。

 

「いつの間に…ボクはここに来たんだろ…。」

 

先程の醜態は余程ショックだったのか、脳が記憶を消したのだろう。

そんな事実は露知らず、先程からカフェオレとは別の、甘く香ばしい匂いが立ち込める匂いに釣られ、ユウキは立ち上がってその歩を進める。

この匂いの根元、それはキッチンであることは明白。

木目の扉を開いた先、そこにはエプロンをしたイチカが、ボールを抱えて泡立て器でシャカシャカと生クリームをホイップしているところだった。

 

「起きたのか、ユウキ。」

 

視線を向けることなく、泡立て続けるイチカ。料理するその様は実に絵になっており、思わず見惚れてしまう。

 

「う、うん。…何でボク、イチカのホームにいるの?カフェテリアでお茶してたはずなのに…。」

 

「それは……いや、何でもない。」

 

事実を教えてまた気絶されるのも事だ。ここは敢えて黙っておいたほうが彼女のためだろう。

 

「それより、もうすぐケーキが出来上がるから、ゆっくり座って待っててくれ。」

 

「ケーキが…?そういえば…そんな話してたような…。」

 

「おう。とびっきりの奴を作るから、楽しみに…。」

 

待っててくれ。

そう言葉を続けようとした。

しかし目の前には薄紫色のエプロンを纏ったユウキが居たために、その言葉を詰まらせてしまう。

 

「えと、ユウキ?」

 

「ん?なにかな?イチカ。」

 

「なにゆえエプロンを装備してるのかな?」

 

「勿論手伝うつもりなんだけど…。」

 

その気持ちは有り難いのだが…ユウキは料理スキルを取っていないはずのため、それは遠慮したい…。だがあからさまに拒否してしまっては、かえってユウキを傷付けてしまう。

 

「ん~…じゃぁ、スポンジが焼けたらクリームを塗ってくれるか?」

 

「オッケーだよ!…えへへ、実はね。クリスマスのお菓子作りってすっごい久しぶりの経験なんだぁ。」

 

オーブンで焼かれるスポンジの生地を覗き込みながら、ウキウキとした表情でユウキは過去を語る。

 

「へぇ…もしかしてALOで料理経験があったのか?」

 

「うぅん。」

 

そこで、ウキウキとした表情から一転、ユウキはどこか物悲し気な表情に包まれる。

 

「ママと…姉ちゃんと、お家で一緒に作ったことがあったんだ。…入院する前にね、クリスマスになったらウチはクリスチャンだったから家族揃って教会で礼拝(ミサ)をして、終わったらママと姉ちゃんと一緒にクリスマスケーキを焼いてたの。今日みたいに、スポンジはママが焼いてくれて…ボクと姉ちゃんとでクリームを塗ったり、フルーツを飾ったり…。一番最初は、ボクも姉ちゃんも生クリームまみれになってたっけ…懐かしいなぁ…。」

 

だが家族で入院してからは、クリスマスだろうと礼拝(ミサ)にも行けず、ただ病院で家族とお祈りをし、気を利かせて倉橋医師が買ってきてくれたケーキに舌鼓を打つ。そんな過ごし方へと変わってしまった。

確かに倉橋医師が買ってきてくれたケーキは美味しかった。甘くて美味しくて、きっと良い店で買ってきてくれていたことは明白だ。

だが、それでもどこか家で焼いていたケーキとは違った。

 

「…あれ?…何でボク、泣いてるんだろ…。」

 

気付けばその目元から雫か流れ落ちる。

もしかして…思い出して泣いてしまったのか?

だとしたらボクとしたことが女々しいものだと、ユウキは内心自嘲する。

今はイチカや…オウカこと千冬、マドカ…キリトやアスナ…沢山の友達や仲間がいて、決して1人なんかじゃないのに…。

そんな彼女の身体を、ふわりと暖かな何かが背中からそっと包み込む。

 

「イチカ…?」

 

「悪い…寂しくなること…思い出させて…。」

 

「うぅん。ボクの方こそごめんね。…今はイチカや皆がいるのに…こんなこと考えちゃって…」

 

「謝る必要ないぞユウキ。」

 

「ふぇ!?」

 

いつになく鋭く、そして重く感じるイチカの声に、思わずユウキは驚きの声を上げてしまう。

 

「今は俺達がいるから…だからって、ユウキの両親やお姉さんの事を思い出しちゃいけないって、そんなことは絶対ない!俺達が居てもユウキにとって3人は、紛れもない家族に変わりないんだ!それはこれからも変わることない!…それに、ユウキが思い出してあげなくて…誰が思い出すんだ?」

 

「そ、それは…。」

 

「紺野家はユウキ、もうお前だけなんだ。お前が思い出さないようになってしまったら…3人は本当の意味で居なくなることになるぞ。」

 

陳腐な言い方なのかも知れない。

だが亡くなった人が思い出されることを失ってしまえば、それは本当の意味でその人の死を意味する。だからこそイチカはユウキが家族のことを思い出すことを否定しない。

 

「…だからユウキ。変に強がらなくて良い。家族のことを懐かしんで、思い出してあげてくれ。…俺が言えるのは、それだけだ。」

 

そのイチカの言葉を最後に、ユウキは押し黙り、キッチンにはただただオーブンの焼ける音だけが木霊している。

2人とも動くことはなく、ただ静かに、互いの温もりと、互いの言葉を噛み締めている。

 

「ありがとう…イチカ。」

 

ややあって、最初に言葉を口にしたのはユウキの方だった。そっと自身の涙を袖でぐしぐしと拭い、よしっ!と勢いよく顔を上げる。

 

「いつまでも泣いてなんていられないや!今はケーキを作んなきゃ!ね?イチカ。」

 

「いいのか?もう少し気持ちの整理を…」

 

「あんまりめそめそしてたら、姉ちゃんに叱られそうだからさ。…でも、いつか、お墓参りに行かないとって改めて感じたよ。」

 

「…そっか。」

 

「それに!皆にイチカを紹介しなきゃね!ボクの恋人を。」

 

お付き合いさせて頂いています報告のことか。

まぁいずれは行かなければならないわけだし、今更動揺するものでもないだろう。

 

「そうだな…いつか必ずな。…よし!じゃあ今日はケーキをたらふく食べるぞ!ユウキもデコレーション、手伝ってくれよな!」

 

「うんっ!」

 

飛び切りの笑顔を弾ませて、ユウキは焼き上がったスポンジにデコレーションしていく。

パパ、ママ、姉ちゃん。

ボク、ここで生きる。頑張って生きるから…。

また会ったとき、ボクの大切な人を紹介したいんだ。

ちょっと鈍いけど…でも、ボクを包み込んでくれる、ずっと一緒にいたい、大切な人(イチカ)を…。



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第70話『卒業試験』

新年明けましておめでとうございます。
今年も当筆者及び当小説をよろしくお願いします。


静かな空

 

アリーナの開けた天井の端から差し込むのは、紅く染まった西日

 

吹き抜けるのは、肌寒い11月の風

 

そして目の前には、白を纏った一夏

 

今から始まるのは、IS学園での最後の催し。

自身が駆る紫天と白式のぶつかり合い。

右手にリヒトメッサー、右手にマーゲイ・ストライフを。

向こうは雪片弐型を正眼に。

 

『2人とも、準備は良いな?』

 

『へ?お、織斑先生?』

 

一夏との2人だけの闘いと思っていたら、思わぬ声に木綿季は驚く。

 

『何を驚く必要がある?私の生徒がアリーナを使用するのに教師がいなければならんだろう?それが私なだけだ。』

 

「俺が頼んだんだよ。…ちょっと粋な計らいだろ?」

 

確かに、これ以上ないくらいのお膳立てだ。

プローブ越しのモニターの奥で、不適に笑う千冬がこれ以上なく木綿季を昂揚させていく。

対する一夏も、ちょっと照れ臭そうに白式のアームを解除してポリポリと頬を搔く。

 

『これは言わば、お前のこの1週間。その集大成を見せて貰う。…これまで学んだ全てを以て、一夏を破り、…1週間という短いながらも学校生活を……【卒業】して見せろ。』

 

『………っ!』

 

卒業

その言葉がどれ程まで心に響いただろうか。

思わず息を吞むほどに、その二文字は木綿季にとって…小学校で叶わなかった願いだ。

感極まる思いで、その響きを噛み締める。

 

『卒業…ボクが…?』

 

『あぁ。…言わばこれは卒業試験だ。…心して掛かれ!』

 

『…っ!はい!』

 

千冬が管制室のコンソールを操作すると、アリーナの中央にカウントダウンが表示される。

 

(卒業…うん。これが心の何処かで望んでいた、学校へ行きたいって思いの果てなんだ…。

ボクが…千冬さんの思いに応えて…見せないとダメだ。…生徒としての…成長を!)

 

目の前には愛しい一夏が、雪片弐型を構えて戦闘態勢でカウントダウンを待っている。

千冬とともに、一夏もボクのためにこうして時間を割いてくれている。

それに応えないで…一体どうするというのか。

 

(だから…紫天。ボクの…この1週間を…一夏と千冬さんに見せたい!)

 

相棒は何も応えない。しかしこの1週間、共に飛んだパートナー。短い時間ながら、唯一にして無二の相棒。

 

(ボクと…一緒に…飛ぼう!)

 

ヴォン…

木綿季のその想いに応えるかのように、紫天のカメラアイに光が灯る。

それを木綿季が確認することは出来ない。それでも、紫天というISと一心同体となり駆ける。それだけなのだ。

 

だから…

 

『レディ…!』

 

『最大で…!』

 

『ファイト!』

 

『駆ける!』

 

カウントゼロと共に、アンロックユニットを吹かして瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動し、最大戦速で距離を詰める。

だが、一夏もそれを見越して居ないわけではない。それを迎え撃たんと雪片弐型を構えてすれ違い様に一閃をと、己も加速する。

だが木綿季の武器はリヒトメッサーだけではない、マーゲイ・ストライフという飛び道具もある。

瞬時加速(イグニッション・ブースト)の速度から、漆黒の銃身から撃ち出される弾丸。

ガンッガンッ!と撃鉄が射出した大口径のそれは、音速を超えて一夏へと迫る。

シールド・エネルギーに大ダメージを与えんと頭部狙いの連射。しかし、一夏は軌道を上昇させて眼下を通過する弾丸を見送る。一夏も瞬時加速(イグニッション・ブースト)をしていれば、恐らくは先制攻撃を受けていたのは明白だ。

木綿季もまさか避けられるとは思わなかったのか、瞬時加速(イグニッション・ブースト)の速度そのままに突っ込んでしまう。予定では銃弾で怯んだ隙にリヒトメッサーの斬撃を加えようとしたのだ。これはGGOでキリトが死銃(デス・ガン)にトドメを刺したコンビネーションを模倣しようとしたのだが、そうそう上手くいかないものだ。

減速したときには、背後に強い衝撃が加わり、急速落下してしまう。

木綿季の上を取った一夏が、浴びせ蹴りのように蹴り落としてきたのだ。

急ぎ体勢を整え、更なる追撃に備える木綿季の目の前に、瞬時加速(イグニッション・ブースト)の勢いそのままに、雪片弐型を振りかぶって突撃してくる一夏。避けられるものでもなく、ぎりぎリヒトメッサーを構えることで、甲高い金属音を響かせて白と黒の刃はかち合う。

しかし瞬時加速(イグニッション・ブースト)の勢いが加味された雪片の重みは、リヒトメッサーのそれとは比べものにならない。ましてや、リヒトメッサーは振りやすいように重量をかなり落としているので尚のことだ。

圧し負けて紫天の背後に迫るのはアリーナの床。

このままでは押し切られてしまうのは明白だろう。

だからこそここで機転を利かせなければならない。

 

「うぉっ!?」

 

紫天が目の前から消えたと思えば、腹部の圧迫感と共に景色が逆転していた。

 

(ほぅ…見事なフォームの巴投げだな。)

 

管制室からモニターしていた千冬は、偶然なのだろうが紫天の…木綿季の放った巴投げに舌を巻く。

もしかすれば、木綿季は格闘技のセンスがあるのではないかと思ってしまうほどに足の蹴り込みも見事なものだった。

 

「っと…!」

 

左手と両爪先でアリーナの地面を削りながら静止する一夏。

だが休む暇などない。

花火どころか爆弾が爆ぜたかのような轟音が重く響くと同時に、一夏は横に飛び退いた。

一瞬後、肩先を掠める様に大口径の弾丸が撃ち込まれ、それによりシールド・エネルギーが減少する。

転がるように避ければ、先程まで身体があった位置に二発、三発と銃弾がめり込んでいく。

起き上がる勢いで跳躍し、再び宙へと戻る。

上を飛翔する白式を追うように銃弾が連射されるが、ランダム回避運動によって何とか当たらずには済んでいる。

 

(やっぱ…飛び道具が厄介だよな。)

 

ここに来て雪羅がない状況というのは悔やまれるものの、無い物ねだりしていても仕方ない。

だが雪片しかないこの状況を打破するには、あの銃弾の嵐をくぐり抜けなければならないのも事実。

 

(…よし、一丁賭けるか!)

 

旋回すると、木綿季に向かって一直線に突撃する。

 

(一夏…突撃戦法は通用するほど木綿季は甘くはないぞ!?)

 

ここに来て昔のような脳筋スタイルに切り替えるとは思わず、千冬も内心驚き半分呆れ半分だ。

楯無との特訓で、それなりに上達しているのではないのかと。

木綿季にとっても向かってくるなら好都合。

マーゲイストライフのアイアンサイト越しに向かってくる白式、それを纏う一夏の眉間に狙いを定める。

引き金を引く。

大口径に違わぬ反動が、木綿季の腕に伝わる。

マズルフラッシュと共に空を裂いて弾丸が射出される。

それが向かう先は、一寸違わず一夏の額に向かって、まるで吸い込まれるように進んでいく。

このまま着弾は明白だ。

そう、木綿季と千冬は思っていた。

 

 

だが、

 

 

一筋の閃光が、その弾丸の軌道を『逸らした』ことで、それは叶わぬものとなった。

 

「「は…?」」

 

気の抜けた声が2つ、アリーナに響いた。

何が起こったのか、理解できない。

しかし、現に白式のシールド・エネルギーは全く減っていない。

と言うことは、白式に弾丸はヒットしていない。

 

『くっ…!』

 

ガンッ!ガンッ!と立て続けに狙いを定めて発射する。

流石に当たるだろうと自負する狙い。

しかし、再び迸る光がによって銃弾は白式に触れることなく通過していく。

 

(なん…だと…?)

 

どんな手品を使ったのか。

それを見極めるために千冬は目を凝らして見ていた。

弾丸の軌道は、確かに白式にヒットするものに間違いはない。

だがその軌道を『何か』が逸らしていた。

それが何なのかを凝視した。

だがそれは、千冬からしてみても、『有り得ない』ものに他ならない。

そう、彼が弾丸を逸らしたもの。

そしてその為に使用したもの。

彼が持つ唯一の得物が、その答えだった。

 

「うぉぉぉぉっ!!」

 

紫天を雪片の…否、零落白夜の射程内に収めた一夏は、その刀身を分割させ、シールド・エネルギーを使用した諸刃の剣を展開。

 

『なんとぉぉぉっ!!』

 

だが木綿季は、敢えて距離を詰めることで、刃が振り下ろされる寸前にリヒトメッサーで雪片の刀身その物を受け止める。

シールド・エネルギー消滅効果のあるエネルギー刃に触れなければ、何とでもなるため、この場においては最善策と言えるだろう。

 

『な、なんで…銃弾が当たんなかったのさ?』

 

鍔競り合いをしながら、先程の不可解な現象について尋ねる。

確かに直撃コースであったはずなのに、それが悉く外れればそんな疑問も生まれるだろう。

 

「弾を、雪片で斬った。」

 

『……ほへ?』

 

「実体弾だからな。別に問題ないだろ?」

 

いやいや…いやいやいやいや!

 

(なに、さも当然って顔で言ってるの!?)

 

音速を超える速さで迫る弾丸を…斬った?斬ったと申すか!?

 

「いや、キリトだって、GGOで斬ってたんだし、現実でも出来るはずだろ?」

 

『あ、あれはあくまでもゲームだし、フォトンソード使ってるから斬れたんでしょ!?そもそも現実でだと、銃弾の勢いに圧し負けて…』

 

「ISのパワーアシストだとイケるんじゃないかって思った。」

 

いや、だからって…。

あんな弾を刀の一振りで…?

 

「じゃ…そろそろ形勢逆転と行くぜ!」

 

更にブーストを吹かしてくる一夏。

圧されていく紫天の躯体。

どうやら木綿季の卒業試験は、一筋縄ではいかないようだった。



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第71話『激闘の果て』

拝啓 生きてるか死んでいるか以前に、居るかどうか解らない父さん母さん

私の弟が人間の範疇を超え始めました。

 

脳内で、名も知らぬ両親に、とりあえず今の気持ちを綴ってみた。

目の前で、甲高い音を立てて銃弾を弾きながら距離を詰める一夏。もはや呆れを通り越して感嘆すら覚えてくる。

その剣の技量もさることながら、ここ最近のIS技術の向上も目覚ましい一夏。そして銃を差し引いても、彼に迫る実力で相対するのは、ISに触れて1週間の木綿季。

ISに乗り始めての1週間の一夏と言えば、イギリス代表候補生のセシリアとの一戦構えたのと同じ時期だ。あの時の一夏は、相手が慢心していたとは言え、あと一歩の所まで追い詰めていた。今の一夏は全力で闘うセシリアの技量に迫るほどにまで成長している。半年という期間ながら、ここまでの成長というのは著しいものだ。

対する木綿季。

僅か1週間で先述の一夏に迫る実力にまで上り詰めているのはもはや異常に近い。

更に言えば、初日にも行ったという模擬戦では一夏に勝利したと聞く。

 

(…磨けば…眩い光を放つダイヤモンドとなり得るのだろうな。)

 

願わくば。

この手で本格的に指導したいと思うのは贅沢だろうか。

だが、木綿季は今日を以て卒業。その想いは叶わないものだ。

本来、彼女の年齢を考えれば、半年後に入学する時期。しかしそれは…現実として訪れぬもの。

 

(それは…奇跡でも起こらねば、ありえんのだろうな。)

 

願うなら、その奇跡の先にある彼女の未来を見てみたいものだと、千冬は思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイアンサイト越しに迫る白が、銃弾で牽制する木綿季にプレッシャーを与えていた。

撃てども撃てども、その弾丸は雪片弐型に弾かれ、シールドエネルギーを減少させることはない。

チラリと画面端を見れば、マーゲイストライフの弾丸は残り1マガジン…即ち11発。

もはや正面からでは当たらないと判断したのか、マーゲイストライフを量子化し、リヒトメッサー1本を手に持つのみとする。

銃の牽制が止んだことで、一夏は一気にその距離を詰めて横薙ぎに払う。

しかし木綿季も伊達に仮想世界で絶剣と呼ばれたわけではない。迫る白刃に漆黒の刃を噛ませて、その勢いを見事に殺す。

 

『やっぱり…ボクはこっちの方がしっくりくる!』

 

「俺も同感だ。…やっぱり木綿季とは剣で切り結びたいって思ってた!」

 

『でも現実で銃弾弾きは流石に人間辞めてない!?』

 

「何言ってんだ。和人に出来て、俺に出来ない訳ないだろ?」

 

剣戟を結びながらの一夏の無茶苦茶なこじつけに、木綿季は顔を引きつらせる。

だがだからと言って攻勢を緩めてしまえば、瞬く間に畳みかけられてしまうだろう。

正直、優位に立てる射撃武器を封じられて、更にISでの経験が浅い以上、木綿季の勝ちはかなり薄くなった。

ここは近接でも強気で行かなければ。

 

『たぁぁぁっ!!』

 

木綿季の仮想世界への適応能力は一夏や和人を凌ぐ。その反応速度を生かし、高速の剣閃、それを極限までイメージした。

 

「うぉっ!?」

 

驚愕するその斬撃。若干攻撃力に重きを置いた雪片弐型では、軽量化して斬撃速度を求めたリヒトメッサーのそれを捌ききることは不可能だった。

現に捌ききれなかった一撃一撃は、確実に白式のシールドエネルギーを削って行っている。

 

(やっぱり…速いな…仮想世界も…現実も!)

 

だからこそこうして剣を交えるのが楽しくて仕方ないのだ。

木綿季の卒業試験であると言うことも忘れ、ただひたすらに目の前の強敵との闘いに打ち震える一夏。

そしてそれは木綿季も同様だった。

 

(当たりはしてる…けど、直撃コースだけは捌いてる…やっぱり一夏は凄いや!)

 

仮想世界の中で、目を爛々と輝かせる木綿季は、ただただ今のこの瞬間を最高に楽しんでいる。

デュエルもそうだが、ISでの闘いというのは、如何してこうも楽しいのだろうか?

いや、ISでの闘いにではない。

きっと一夏(イチカ)との闘い…ぶつかり合いが楽しいのだろう。

だからこそ…負けたくない。

ここでデュエルトーナメントでのリベンジを果たす!

 

剣戟を交える最中、紫天の左アームが一夏にボディブローを放つ。予期せぬ搦め手に一夏は反応しきれず、ものの見事に直撃を貰ってしまう。

ALOとは違い、現実世界はスキル云々は無しに、殴られればそれ相応のダメージが入る。剣による一撃ほどでは無いにせよ、それでもそこそこにシールドエネルギーが削られているのは事実だ。

 

「んなろっ!」

 

殴った次はミドルキックが放たれる。だがいつまでも良いようにさせるのも尺だ。

ミドルキックを敢えて受けると、その足を腋でガッチリ掴み、しっかりと挟み込む。

 

「木綿季、メリーゴーランドとかジェットコースターは好きか?」

 

『へ?うん。大好きだけど…もしかして、今度連れて行ってくれるの?』

 

「いや…。」

 

木綿季の期待を裏切るかのような否定。

だが一夏は何処までもさわやかな笑顔を浮かべていた。

 

「今すぐ両方体験させてやるよ!」

 

そのままなんと、一夏はその場で白式のブースターを吹かせて高速回転し始めた。さながらプロレスのジャイアントスイングのように。

 

『ぴゃぁぁぁあっ!?』

 

紫天と感覚がリンクしているというのがここで祟った。

ブォンブォンと豪快に振り回され、仮想世界でも遠心力が加わって、木綿季の頭髪は逆立ち、逆の重力が身体を突き抜け、振り回されることで頭がシェイクされる感覚が駆け抜けていく。

そしてシュール且つISでのジャイアントスイングという奇抜な光景に、観戦する千冬も唖然とするしかなかった。

 

「おぉぉぉぉっらっ!」

 

散々振り回して、その勢いのままに紫天を明後日の方向へ放り投げる。

白式のパワーアシストもあって、あっという間にアリーナの壁までかっ飛び、派手な轟音と砂塵を巻き上げて突っ込んだ。

何処かで、また修繕費が…予算が…と言う声が聞こえた気がするが、あくまで気がするだけである。

 

『いつつ……星が見えたスター…って…言ってる場合じゃないよね!』

 

ダメージを確認する暇もない。

目の前には零落白夜を展開して突っ込んでくる一夏が居るのだ。

飛び退けば、そこに重厚な刀身と、エネルギーを断ち切る光刃が深々とめり込んだ。

 

『たぁぁっ!』

 

その一夏の空振りを好機とばかりにリヒトメッサーを振り下ろす。

だが一夏は斬り返し、その刃を弾き返す。

流石に重さによるパワーでは負けるのか、軽く弾き飛ばされて、結果として木綿季は距離を取る事になる。

 

『うわ…シールドエネルギー半分切ってる…。』

 

あのジャイアントスイングが余程効いたのか、紫天のシールドエネルギーはあの一撃で3割ほど持って行かれていた。対する白式も、零落白夜の使用でそれなりにエネルギーを減少している。

 

(…エネルギー残量は互角…。どう攻めようかな…。)

 

スピードは勝てても、それを覆す一撃で弾かれてしまう。

何かしら逆転の一手が無ければ、このまま押し切られるだろう。

 

(やっぱり…勝ちたいな…)

 

今のところ、仮想世界での戦績は一勝一敗。現実世界は一勝。

ここは勝ち越して気持ちよく卒業したい。

その為には、やはり裏をかいて攻めを打ち立てるしかないだろう。

 

(…よし。)

 

やるからには、意表をつかなければ。

グッとリヒトメッサーを握り込む。

軽めの長剣だが、その振りの速さはやはりしっくりくる。

やれる、ボクと紫天なら。

だが、その為には繊細且つ大胆に勝利への道を導き出して行かなければならない。

 

(紫天、ボク達の最後のコンビ、勝って終わらせよう!)

 

物言わぬ相棒に語りかけながら、目の前の相手に集中する。

脳内に残る裏をかくための切り札は、やはりマーゲイストライフだろう。

残るワンマガジンを如何に有効活用するかが肝になる。そしてそれは、彼の意識からマーゲイストライフと言う存在を如何に逸らすかに掛かってくる。

如何に読まれず、そして悟らせないか。

ちょっとした心理戦となる駆け引きに、今までにない緊張が走る。

 

(よし…!)

 

心中の掛け声と共に、紫は閃光となり、白へと間合いを詰める。

派手な火花を散らして、白と黒の刃はその刃をぶつけ合った。だが、力その物は白式に軍配が上がるようで、リヒトメッサーの刀身ははじれてしまう。

しかし木綿季はそれを見越した上で、敢えて弾かれると共に、その勢いを乗せて身体を旋回し、大きな薙ぎ払いを打ち放つ。

 

『はぁぁぁぁっ!!!』

 

雪片弐型がその大きな薙ぎ払いを防ごうと身構えるも、軽量級のリヒトメッサーの刃からでは想像が付かないほどの重い一撃に、PICで踏ん張ることも出来ずに大きく後ずさりしてしまう。

大振りの一撃なら、立て直すのに多少の間隙が必要だろう。

だが紫天の攻撃挙動とリヒトメッサーの刀身、それぞれの軽さが噛み合って、その立て直し時間(ディレイ)は極々僅かなものだった。

 

(畳みかける!)

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動し、離れた間合いを一気に詰める。

今ならイケる!

目の前の一夏は、防御した反動で動けないハズだ。

そう思ったのが、大きな失態だった。

雪片弐型…その後ろにある一夏の眼。それを視界に入れた瞬間、背筋を走る悪寒に木綿季は支配されてしまった。

その悪寒が何なのかが解らない。だが、自身を貫くかのようなそれは、一瞬木綿季の攻撃タイミングを遅らせてしまった。

その一瞬

最有効打点がズレたことで、迫り来る木綿季の紫天の胴に、剣道の抜き胴の如く、一夏は切り抜けた。

腹部に走る鈍い痛み。

見遣れば紫天の胴体の装甲が痛々しくひしゃげている。

 

「終わりだぁっ!!」

 

背後から極光が差す。

見なくても解る。

零落白夜。

トドメと言わんばかりに、雪片弐型の刀身が展開してエネルギーブレードが迸る。

これを受ければ、さっきの抜き胴のダメージも合わさって終わるだろう。

 

(でも…)

 

だからといって、すんなりとそれを食らうほど、木綿季の諦めは良くは無かった。

刀身を突き刺さんと前方に構えた零落白夜。

その視線を向けることなく木綿季はその切っ先に向けて、()()を突き出した。

 

「っ!?」

 

マーゲイストライフ。

トドメに意識が向いてしまい、失念していたその武器。

ガン!

反応する間もなく、撃ち出された弾丸。

その軌道は螺旋を描きながら、突き出された雪片弐型…その零落白夜の射出光へと吸い込まれていく。

 

瞬間、

 

その零落白夜というエネルギーの奔流を生み出すその機構に比例し、白式を大きく吹き飛ばすほどの爆風を伴って爆ぜた。

 

「くそっ!」

 

吹き飛ばされて体勢を立て直す一夏。だが、その間隙を与えることは無く、一夏は何かによって吹き飛ばされる。

正面のハイパーセンサー一杯に映るのは紫天の装甲。

その所々が煤こけて、雪片弐型の爆炎を突っ切って来たのが見て取れる。

その紫天が組み付き、そのブーストを生かして一夏を押しやってくる。

 

『やぁぁぁぁっ!!』

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)を吹かし、その高度を速度そのままに、地面に向かって一直線に突き進む。

 

「がぁっ!?」

 

背中から、とんでもない衝撃が一夏の身体を突き抜けた。

瞬時加速の速度で地面に叩き付けられたのだから当然だ。

しかし、絶対防御とシールドエネルギーが無ければ、ミンチより酷い物になっていただろう。

 

「っつぅ…!」

 

痛みに耐えながら、目を見開く。

ガチャ…

その目先には、黒光りする大型拳銃であるマーゲイストライフの銃口。

それを紫天が一夏に馬乗りで跨がり、突きつけていたのだ。

 

「り、リザイン…。」

 

最早この状況を覆す等という芸当を出来るほど、一夏は人間を辞めていない。

雪片弐型を喪い、シールドエネルギーは2割。

その状況で頭部に撃ち込まれれば、瞬く間にシールドエネルギーは枯渇し、結果は変わらないだろう。

 

『白式、操縦者のギブアップで、紫天の勝利。』

 

木綿季の卒業は、激闘の末にもぎ取った勝利で彩られることとなった。



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第72話『白式魔改造☆計画』

3/4はシリアス、残りはネタ


負けた。

 

悔しい。

 

普段ならそう思うだろう。

 

だが今は違う。

 

悔しいという気持ちが皆無と言えば嘘にはなる。

 

だがそれを勝る清々しさがあった。

 

雪片弐型の爆発で右手が痛む。

 

その痛みが掠れてしまうほどに。

 

『えへへ…勝っちゃった。』

 

馬乗りになって目の前に居る紫天。

 

その奥に居る少女が、恐らくは弾けるような笑顔で居るのがありありと想像できる。

 

見えないはずなのに、それは容易だ。

 

「…本気で行ったのに、まさか負けるとはな。」

 

『良い勝負だったね、ボク達。』

 

「そうだな。そんで、楽しかった。」

 

『…うん。』

 

これで、

 

これで楽しかったIS学園での生活も終わってしまう。

楽しい時間はあっという間だった。

もっともっと皆と…一夏と、学校に行きたかった。

でもそれは叶わない夢。

しかし一時とは言え、こうして学生としての生活を味わえた事に、なんとも言えない充足感があった。

 

『よくやったな、紺野。…良い試合だった。思わず言葉を失うほどに、な。』

 

そして、彼女を労う千冬の声。

それが木綿季の涙腺を後押ししていくのは当然だろう。

 

『えぐ……うぁぁ……。』

 

くぐもった声が、紫天に装着されたスピーカーから漏れ出す。

泣いているのは明らかだ。

感極まった、と言ったところだろう。

 

お゛り゛む゛ら゛ぜん゛ぜぇ゛(織斑先生)~!』

 

『あ~、うん。まぁ卒業…だけあって涙はつきものだな。』

 

よもやここまで泣き出すとは思いもしなかった千冬は若干引いていた。

 

『それよりも…そろそろ一夏の上から退いてやれ。紫天の重量は、生身の人間が纏うISよりも遥かに重いのだからな。』

 

そう言われてハッとした木綿季は、いそいそと紫天を操作して一夏の上から退ける。

確かに外部操作とは言え、自身の身体は今、機械の身体。

それを失念してズッシリと一夏の上に乗っかっていたのだから、恥ずかしいやら何やらで言葉を失う。

 

『ご、ごめん、一夏。重かったよね。』

 

「い、いや、そんなことはないぞ?うん。」

 

というか一夏は、紫天=木綿季が自身に馬乗りになっていた、というのを想像して、ほんの少し興奮したのは心の中に止めておくことにする。

 

『さて、と。一夏。後で白式をこちらに預けろ。…雪片弐型を修理せねばならん。』

 

「あ、…ゴメン千冬姉。派手に壊して。」

 

『構わん。駄兎にでも送りつけておいてやるさ。あとは…右腕に関しては自己修復に任せれば良い。』

 

頭を抱えて『何したのいっ君!?』と嘆いている束を想像して、思わず小さく吹き出してしまう。

 

『さぁ、あとは私が片付けておく。…一夏、卒業生のことは任せるぞ。』

 

「了解。じゃあ木綿季、向こうのピットで待っててくれ。着替えていくからさ。」

 

『ん、じゃあ待ってるね一夏。』

 

損傷が少ない紫天のスラスターを吹かして、悠々と飛翔していく。その夕日に照らされて煌びやかに飛び行くその姿は目を奪われるものがある。

 

『…強かったか?』

 

「強かった。お世辞抜きに。」

 

『ほう…ならば試験官は私にしておけば良かったかな。』

 

「紫天とアリーナが潰れるだろ。」

 

『だが、闘ってみたくなる、そんな闘いぶりだった。』

 

「…それはわかるけどさ。」

 

姉ならやりかねない。

デュエルトーナメントに参加するという名目だけで、ALOデビューするほどなのだ。ヘタをすればバトルジャンキーにカテゴライズされてしまいかねないほどの。

そんな彼女が木綿季と闘ってみたら…

ダメだ。

慣れてなかったあの時のALOならともかく、現実でISを操って闘えば、アリーナが崩壊して、紫天のダメージレベルがエラいことになりかねない。

 

「とにかく、自重してくれよ。そう言うのは、入学の実技だけで十分だろ。」

 

『失礼な。私とて入試は手加減しているぞ。』

 

「ホントかよ。」

 

『全く!早く着替えて木綿季を迎えにいかんか!女性を待たせるなど、男としてナンセンスだぞ。』

 

「はいはい、でも千冬姉から男女の駆け引きじみた言葉が出るなんてなぁ…。」

 

『一夏ァ!!』

 

ヒィッ!というクッソ情けない悲鳴をあげると、朽ちかけのスラスターを吹かせてピットへ戻る一夏。

そんな弟を見送りつつ、千冬はマイクのスイッチを切って大きな溜息を吐く。

 

「私だって…恋愛に興味ないわけではないのだぞ…。」

 

二十代半ばの世界最強の呟きは、誰も居ない管制室に寂しく木霊するだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後

 

所変わり、とある天災の研究所。

親友から、まるで速達便の様に送られてきたソレを見て、束は頭を抱えた。

 

「こ、こんなに白式を…雪片弐型をボロボロにするなんて…何したのいっ君!?」

 

白く光沢を放っていたその装甲は、見るも無惨に歪み、煤こけ、そして所々砕けている。

原型こそギリギリ留めているが、ダメージレベルが深刻であると言うことには変わりない。

 

「これは…自己修復に任せても、どれ程かかるかわかりませんね。」

 

「特に雪片はね~。やっぱり束さん直々に…やること山積みだぁ…。」

 

「その割には楽しそうですね束様。」

 

ぼやきながらも、不思議と口許を緩める束に、白式に繋いだコンソールを操作しながら問う。

 

「そりゃね~。だって被弾の損傷より、駆動部の損傷が酷いんだもん。」

 

「???損傷の上下が何か関係あるんですか?」

 

「いいかいクーちゃん。闘って被弾したら損傷する。ソレによって損傷するのは装甲部位が大半。これはわかるよね?」

 

「はい、白式もそうですが、ISは駆動部の上に被せるように装甲を装着しています。外部からの攻撃なら装甲が壊れるのは自然です。」

 

流石クーちゃん。と、クロエの頭を一撫でし、束は白式のデータを閲覧する。

 

「じゃあその装甲よりも駆動部の損傷が激しい、と言うことは、どういうことかわかる?」

 

表示した白式の電子データ。そこに表示されるのは、白式の構成フレーム。腕を中心として赤く染められているのが、駆動部が損傷している箇所だ。脚部に弾痕があり、装甲が損傷しているのだが、内部フレームに損傷はない。しかし逆に、腕部の装甲は被弾箇所が脚部に比べてマシにもかかわらず、フレームは深刻と言っても差し支えないほどのダメージを受けていた。

これが示唆するものは…

 

「内部からのダメージ…若しくは、駆動の負荷が過多に…?」

 

「うん、その通りだね。束さんが思うに後者だと思うんだよね。」

 

駆動データを見てみると、腕の稼働負荷は確かに普通では考えられないほどに高い動きを取っていることがわかる。

ISに保管されていたISの戦闘映像データには、例の弾丸弾きという、人間業と言いがたいそれが映し出されていたのだから。

 

「…いっ君、ちーちゃんに近付いてきてるね。」

 

「確かに、弾丸を…しかも現実に連続して弾くなんて、ISのパワーアシストやハイパーセンサーの恩恵があると言っても、並大抵…というか、普通はあり得ません。」

 

「これだけの動きに、一般的な材質の内部フレームじゃ、耐えきれないのは仕方ないかぁ…。」

 

これらが示すもの、それは一夏のISを操る腕前が著しく向上して来ていると言う証拠だ。このまま使い続ければ、駆動負荷に耐えきれずに更に深刻な状態になりかねない。

 

「よし、じゃあ束さん直々にちょちょいと強化しちゃいますか。白式のこの結果を鑑みて、『黒』の剛性も見直さないといけないしね。」

 

「では、内部フレームの強化プランをリストアップしていきます。」

 

「束さんが思うに、関節の可動摩擦面に磁力コーティングを施すことで抵抗を減らし、反応速度を上げるのはどうかな?」

 

「それだと、機体の反応は上がっても、剛性が高まるわけではないですね。…私のプランは、内部フレームを一定の電圧の電流を流すことで相転移する特殊な金属に変えることで、剛性を飛躍的に向上させることが出来るものです。ただ、最大稼働時にフレームが金色に発光して光子の形で負荷を放散するので、ステルス性は皆無ですけど。」

 

「それだと、ただでさえ燃費の悪い白式が、最大稼働時にさらにエネルギーを食っちゃうことになるなぁ…。うーん、どれもこれも一概にはパッとしないね。…むしろこの脳波コントロール・システムの基礎機能を持つコンピューター・チップを、金属粒子レベルで鋳込んだ材質をフレームに…」

 

天災による白式の魔改造…人知れずそれは夜通し行われた事を一夏は知らない…。



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第73話『宝石言葉 ロシアの知人』

沈み行く太陽がALOを照らし出す。

 

ただ広々としたこの草原で、2人のプレイヤーは並んで寝そべり、黒く染まり行くその景色をボーッと見詰めていた。

何とも言えない脱力感。

全力を出し切った後に感じるそれは、2人の身体を支配していた。

現実で全力を賭して刃を交えた2人は、疲労感に身を任せて、こうして仮想世界でだべっているのだ。

 

言葉を交わすことはない。

 

ただ2人でこうして一緒に過ごす事が、疲れた身体に充足感を与えていた。

 

「ん……。」

 

どちらからともなく、隣で寝そべる恋人に手を伸ばす。その指先は相手の指にそっと触れ、そしてどちらからともなく手を握り、繋ぐ。

視線を向ければ、互いの双眼が瞳を映し合う。

 

「ユウキ。」

 

ややあって、イチカは口を開いた。

 

「今度の日曜…会いに行って良いか?」

 

「ふぇ?」

 

今会ってるじゃん?

そう言いかけてユウキは言葉を飲み込む。

イチカの言う『会う』と言う意味。

それは、現実でユウキに…木綿季に会いに行く。所謂お見舞いに行くと言うことだ。

 

「うん、勿論だよ。むしろ…来てくれたら…うれしいな。」

 

願ってもないことだった。

木綿季自身、前回のイチカとマドカの面会以降、誰も会いに来ては居ない。そもそも面会に来る人が皆無に等しい木綿季は、こうして誰かが会いに来てくれることが堪らなく嬉しい出来事なのだ。

以前の彼女なら、深い付き合いを避けるために突っぱねていただろうが、今の彼女は誰かとの繋がりを恋しく思い、面会を心から歓迎していた。

 

「…でもどうして急に?こうやってALOでも会ってるし、プローブ越しにも…。」

 

「こう言うのって、直接会うのが大事なんだよ。…現実で、この身で木綿季に会いに行きたいんだ。」

 

「そっか…嬉しいなぁ…。」

 

現実の木綿季の身体は、長い間運動しておらず寝たきりであるため、筋肉は痩せ細り、とてもじゃないが人に見せられたものではない。恋人である一夏なら殊更だ。

だが木綿季はそれすらも受け入れてくれている一夏が堪らなく愛おしい。願うならば…仮想世界でなく、現実世界で、彼に触れたい。願わぬ望みと知りながらも、一夏と最期まで共に居ると決意したあの時から、そんな思いが木綿季の中で芽生えていた。

 

「じゃ、日曜日な。昼前後に行く予定にするから、倉橋先生に伝えておいてくれ。」

 

「ん、じゃあ待ってるね一夏。」

 

「おう。サプライズも用意してるから楽しみにしとけよ?」

 

「サ、サプライズ?」

 

そんな言葉に、会えるという楽しみと共に一縷の不安がユウキの中に芽生えた。

良くも悪くもサプライズという言葉はとれるため、少し表情を曇らせたユウキにイチカは慌てて弁解する。

 

「や、悪い!変な想像をさせちまった!別に変な意味じゃないんだ!」

 

「ほぇ?」

 

「ま、まぁ…その…楽しみにしててくれれば問題ないぞ。悪いことじゃないから。」

 

「う、うん。イチカを信じる。」

 

イチカがそう言うのならそうなのだろう。未だ完全に不安は拭いきれないが、お楽しみのサプライズということなので、ちょっとプレゼントにも似たワクワクである。

思えばプレゼントと言えば…

 

「そう言えば、イチカ。」

 

「ん~?」

 

言うだけ言って、再びぼんやり夕日の沈み行く様を眺めるイチカに、ユウキはふと尋ねる。

 

「この前プレゼントしてくれたロザリオのさ。」

 

「ん?あぁ…、マドカに作って貰った奴か。」

 

「うん、そうだよ。覚えててくれたんだね。」

 

「勿論だろ?…そう言えば初めてのプレゼントだったなぁ。」

 

「それで、付けてくれたアメジストの宝石言葉、調べてみたんだけどね?」

 

(宝石言葉?そういうのもあるのか。花言葉みたいな感じかな。)

 

「アメジストの宝石言葉は…『真実の愛、誠実』だって。」

 

「ふぅん…真実の愛……………へ?」

 

「…イチカ、その時からボクを…?」

 

頬を染め上げ、モジモジとイチカを見詰めるユウキ。

実際、可愛い。

 

正直、役得だ。

 

しかし出会って2日やそこらで真実の愛だのを宝石に乗せて贈って居たともなれば、チャラ男か何かと思われかねない。

 

「へぁっ!?ち、ちがっ…それは偶然偶々で…!」

 

「違うの?」

 

イチカの否定に、しょんぼりと眉をハの字にして、見るからに表情を悲観の表情に変えていく。

ユウキを失望させてしまったことにイチカは、どう取り繕おうかと表情をあたふたさせる。

そんな彼が余りにも愉快だったのか、ユウキはコロッとその顔に笑みを浮かべて、クスクスと笑い始める。

 

「ふふっ、大丈夫だよイチカ。」

 

「おぅ?」

 

「そーいう打算的なとこはなくって、偶然なんでしょ?流石に出会ってそんな時間経ってないのに、意図してイチカにそんな事されるなんて、ボクは思わないもん。」

 

どうやら揶揄われたらしい。

自身が軽薄な男と思われていなかったことに内心安堵する。しかし、揶揄われていたことに何処か釈然しない。

 

「…イチカ、怒った?」

 

「怒ってねーですよ。」

 

「嘘だ、怒ってる。」

 

「だから怒ってねーですって。」

 

口ではそう言うが、その口調は何処かぶっきらぼうで、拗ねて居るであろうことがありありと感じた。彼の顔を覗き込もうとすれば、プイッとそっぽを向いてしまう。

子供か。

しかし、そんな子供みたいに不貞腐れる彼に、どことなくユウキは保護欲というか…母性をくすぐられた。

だから、

 

「イチカ、こっち向いて?」

 

「…ん?うぉ…!」

 

ゴロリと、ユウキの方に顔を向ければ、視界いっぱいに彼女の整った顔立ち。

そして…唇に伝わる、柔らかで、そして甘美な感触。

ややあって…

 

「…きげん、なおった?」

 

唇を離すと、少し赤らめながら…ユウキは尋ねる。

そんな艶めかし気な彼女に、イチカは我慢が出来なかった。

 

「…まだ。」

 

「ふぇ…?」

 

「まだ足りない。」

 

「え?い、イチカ?ひゃあっ!?」

 

ユウキが覗き込んでいたハズが、あっという間にイチカに押し倒された形になった。

 

「え、えと…イチカ、さん?」

 

「もっとだ、ユウキ。」

 

「ふぇえ!?ん…んん…!」

 

暗く成り行く草原で、

誰も居ないのを良いことに、2人はしばらくイチャイチャしていた。

終わったのは辺りがすっかり真っ暗になったときだったとか何とか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「祝!出番!」

 

誰も居ないIS学園生徒会室。

最奥の一際大きな机で、生徒会長たる更識楯無は一人ドヤ顔で呟いた。手に持つ扇子には達筆な字で『一日千秋』そして裏返せば『全世界一億人の楯無ファンの皆様、お ま た せ』。しかしそれを祝福する者は誰もおらず、ただただ虚しく部屋の中を言霊が木霊するだけだ。

その代わりと言わんばかりに目の前には山のような書類が聳え立っており、もしかしたら現実逃避もあるのかも知れない。

 

「………はぁ。中々減らないわね。」

 

転じて大きな溜息を吐く。

世界中から生徒が集まるIS学園だけあり、その書類の溜まり易さは他の高校の比にならない。毎日のように書類と格闘する日々があり、少しでもサボればご覧の有様である。

 

「ちょぉっと簪ちゃんが落ち込んでたら、遠目に見守る日々が数日続いただけなのにねぇ…。」

 

ぶっちゃけ、ただの自業自得でストーカーである。

以前のような仲違いしているわけではないのだが、落ち込んでいる事情が事情だけに助言も出来ず、生徒会長の仕事をほっぽって見守りに徹していた次第である。

そして昨日、とうとう堪忍袋の緒が切れた虚に鹵獲され、こうして生徒会室に缶詰にされているわけだ。

 

「うぅ……眠気が…。」

 

襲い来る眠気に何本目かわからない眠気覚ましのドリンクを一気に飲み干して無理矢理打ち消し、再び書類との戦闘に臨もうか。そう意気込んだとき、楯無のスマホがその着信をバイブレーションと共に告げた。

 

「……誰かしら?あら?」

 

着信相手を見れば、珍しいこともあるものだ。自身が代表として在籍するロシアの知人からだった。

少し心を躍らせながら、受話器のボタンをスワイプし、スマホを耳に当てる。

 

「もしもし?」

 

『あ、たっちゃん?プリヴィエート!久しぶり!』

 

「うん、久しぶりね博士。」

 

スマホ越しに話す幼い少女の声。彼女は世界的に有名な仮想世界技術の研究者で、アイドルだ。楯無もちょっとした縁で、こうして電話番号を交換するまでに親交を深めていたりする。

 

「珍しいわね。博士からこうして電話してくるなんて。」

 

『私だって、気心知れた友達とガールズトークしたくなることもあるわよ。アイドルにもプライベートは必要なの。』

 

「まぁ…確かにそうね。…そう言えばお姉ちゃんは?訓練頑張ってる?」

 

『うん。たっちゃんに言われたメニューをずっと反復してる。飽きないのかなって思うくらいにね。…そうそう!代表候補生に選抜された辺りからトップ(上層部)がね、お姉ちゃんのビジュアルも売りに出し始めたのよ。』

 

「あ~…確かにあの子、見た目も良いからね~。その気持ちもわからなくもないわ。」

 

『ね。だからいずれ、私とデュエット出来ないかなって期待してるのよね。もしデュエット組めたら、たっちゃん見に来てよね?』

 

「勿論よ。こっちの方は簪ちゃんが…」

 

互いの近況報告。

他愛のない会話。

普段は更識家当主としての仮面を被っていた楯無だが、この時ばかりはその仮面(ペルソナ)を取り払い、年相応の少女として盛り上がっていた。

 

『あとね、住良木君が研究もそこそこに、剣術の鍛錬に打ち込み出しちゃって…まぁ滞ってるわけじゃ無いから良いんだけどね~。』

 

「へぇ…あの住良木君がねぇ。」

 

『うん。何でもリベンジに燃えてるんだって。【次こそは…あの一太刀を見切る!】とかなんとか。』

 

「リベンジ?住良木君、負けたの?」

 

『うん、何でもALOのトーナメントでね?』

 

思い返せば、ALOのデュエルトーナメントを楯無は見ることが叶わなかった。と言うのも、今現在と同じように書類の山と格闘していただけなのだが。それだけに、住良木がトーナメントに参加していたというのは初耳だった。

そうであっても住良木の実力について、楯無は高く評価している。時々手合わせして、戦績はほぼ五分五分。それ程までの実力者が負けるとは、一体どんな相手なのか。

虚が入れていってくれた紅茶を口に含みながら、どんなマッチョな対戦相手だったのかと、想像を膨らませる。

 

『イチカってプレイヤーに負けたって。』

 

「ぶふぅぅぅうっ!?!?」

 

哀れ。吹き出した紅茶が書類の山にぶちまけられ、楯無は唖然とすることになった。

世間は狭い。そんな人生の教訓を刻むと共に。




ロシアの博士とそのお姉ちゃん…一体何色さんと何架さんなんだ…

ちなみにお姉ちゃんは公式で運動音痴設定らしいですが、本作ではIS操縦者として楯無による訓練をしているので、だいぶマシになっている状態です。


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第74話『現実の再会と初対面』

遅くなり申し訳ないです。別小説の方の筆が進んでしまい、こちらが疎かになっていました。徐々に書いていきますので、よろしくお願いします。


日曜日 横浜港北総合病院 

 

第一特殊機器計測室の一室、そのスピーカー越しに、いかにもご機嫌であるかのような鼻歌が聞こえてくる。

そのハミングは、目の前で耳にする白衣の中年男性にも、何処かしら気分を穏やかしていた。

 

「今日は一段と御機嫌ですね、木綿季君。何かありましたか?」

 

『へ?あ~、わかっちゃいます?』

 

えへへ~、とデレデレと言わんばかりのだらしなさがスピーカー越しに伝わってくる。

ここまで心底御機嫌の原因は、倉橋医師には容易に想像できた。

 

「もしかしなくても、一夏君がらみでしょうね?」

 

『へっ!?な、なんでわかったんですか!?』

 

「むしろわからない理由を教えて欲しいものです。」

 

ここ最近、バイタルチェックの度に彼女の口から一度は一夏の名を聞く。まぁ生まれて初めての恋人なのだから、浮かれるなと言う方が無理な相談なのだろう。

しかし、こうも気分が上向きだと、やはり光明が見えてくるのも確か。

今、彼女は以前のように迫る死を受け入れていない。

むしろ、一分一秒でも長く生きようとする気概を感じる。

それが何よりも病気と闘う力なのだ。

 

『じつは今日、一夏が会いに来てくれる約束なんです!』

 

「ほう…それはまた良いことですね。随分とお熱い。」

 

成る程。

恋人の面会ともなれば、浮かれるのも無理は無いだろう。

ここまで声を弾ませる木綿季は初めてかも知れない。

 

「では面会時間に合わせて回診を調整しましょうか。」

 

『へ?良いんですか?』

 

「えぇ。折角の恋人同士の逢瀬に横槍を入れるようなことはしたくありませんしね。馬に蹴られて何とやらも遠慮したいところです。」

 

一夏の学校事情というのも理解している倉橋医師は、あまり機会が無いであろう2人の面会時間。その一分一秒を大切にして欲しいと願う。

一夏も言ったが、仮想世界で出会うことと、現実世界で出会うこと。同じ会うという言葉でも、そこに込められた意味はまた違ってくるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、

 

その時は訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

「よっ!こっちでは久しぶりだな、木綿季。」

 

数時間後のガラス越し。

目に飛び込んできたのは、会いたくて止まなかった愛しい恋人の姿だった。

彼も、顔を合わせるのが待ち遠しかったのか、その表情は目に見えてほころんでいた。

 

『うん!久しぶり一夏!来てくれてありがとう!!』

 

以前の木綿季ならば、自身のこの肉体と病を知られたくない思いから、面会を拒んでいただろうが、一夏はそれを受け入れ、その上でこうして出会いに来てくれている。

それが木綿季にはたまらなく嬉しかった。

 

「最近の具合はどうだ?」

 

『それがね?ここしばらくは具合が良いんだって!ウイルスの進行も少し減退しているって倉橋先生が言ってたんだ。』

 

「へえ!そりゃ吉報だな。何かあったのか?」

 

『う~ん…ボクもよくわかんないけど…デュエルトーナメントが終わった辺りから、かな?』

 

タイミングとしては恋人が出来たということから来る心境の変化だろうか。やはり一夏という生きる意味を見いだしたことが原因なのか。

病は気からという格言を体現するかのように…。

 

「何にせよ、ウイルスの進行が少ないのは良いことだな。この調子でいこうぜ。」

 

『うん!この調子で完治しちゃうよ完治!』

 

頼もしい限りの張り切りぶりに、思わず一夏は頬を緩める。

やはり仮想世界でも現実でも、木綿季(ユウキ)は元気が一番似合うと一夏は改めて感じる。

 

「じゃ…今日は元気になる、も1つのサプライズがあるんだよ。」

 

『へ?』

 

「勝手にお前のことを教えてたんだけど…でも木綿季なら、喜んでくれると思ってさ。」

 

そう一夏の説明の後に、第一特殊機器計測室の入口。その自動ドアが感知によってスライドする。

そこから入ってくる二人の人物。ソレを見て、木綿季は息を吞んだ。

一人は少年。中性的な顔立ちで短く切りそろえられた黒髪に、全身真っ黒なコーディネート。

もう一人は少女。腰まで届く整えられた栗色の髪に、同じく整った顔立ち。装いは品が良く、何処かの御嬢様と言うに相応しいものだ。

 

ボクは…知ってる…二人を。髪の色や細かなところは違う。けれども雰囲気や彼らから感じる何かは、きっとボクがよく知ってる二人だ。

 

「こんにちは、木綿季。こっちじゃ、初めてね。」

 

少女が挨拶する。

この声…柔らかくて、ボクを包み込んでくれる、温かい声。

 

『もしかして…アスナ…なの?』

 

「うん、そうだよ。現実の私は結城明日奈。で、こっちが…。」

 

『あ~…大体わかる。キリトでしょ?』

 

明日奈の紹介する前に、木綿季はズバリと言い当てる。名乗りを上げようとしたキリトこと和人は拍子抜けして少し固まっていた表情を崩す。

 

「…なんだ、バレバレか。」

 

『だって、明日奈と一緒の黒ずくめって言ったら一人しか居ないからね~。』

 

「ぐ…!」

 

「やっぱりもう少し黒以外を見繕うべきだと思うのですが、先生。」

 

「そうね。白とかどうかしら?血盟騎士団の時に一回着てみてたけど………ぷっ!」

 

「く…くくく……!だめだめ!あ、あれは……ひっ…ひぃ!ぷっぷぷ…!」

 

キリトの血盟騎士団特有の白い装いを思い出した一夏と明日奈は、部屋の隅で隠れるように思いっきり思い出し笑い。

 

「…帰って良いか?」

 

『だ!ダメだよキリト!来たばっかりでしょ?』

 

「俺の精神的HPが継続ダメージを受けてて耐えられそうにないんだ。」

 

「くっ…くく…!わ、悪かったって!」

 

「ご、ゴメンゴメン、許して和人君。」

 

やや豆腐メンタルのキリトにとって、過去の黒歴史を抉られるのは耐えられないらしい。ともあれ、ヘソを曲げた和人の機嫌をとるまで、ほんの少し時間をかけることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、改めて…俺は桐ヶ谷和人。…初めまして木綿季。」

 

『うん、初めまして…えっと和人で良いかな?』

 

「あぁ。構わないぜ。」

 

『じゃ和人で。…でも一夏、どうして二人が?』

 

「そ、それは…まぁ…俺なりのドッキリだったんだ。…でも、木綿季の承諾無く勝手に連れてきて、悪かったな。」

 

『うぅん…そんな事無い。ボク、すっごく嬉しいよ。…ありがとね、一夏。それに、来てくれてありがとう和人、明日奈。』

 

やはり一夏としてみても、木綿季の病状や状態を第三者に打ち明けることに対して思うところがあったようだ。だが、彼なりに木綿季を喜ばせようとした試みであり、他意はない。

以前の木綿季なら一夏を糾弾していたかも知れない。だが今の彼女は違う。以前のように人と人との繋がりを恐れては居なかった。一夏という恋人が出来たことで、人との繋がりをより一層重んじるようになっていた。

 

『それはそうと、けつめーきしだん?の制服って、そんなに和人に似合わなかったの?』

 

「似合わないって言うか……。」

 

「見慣れない光景で…。」

 

普段からずっと黒いコーディネート全開で、二つ名が黒の剣士とまで言われたキリト。そんな彼が黒とは真逆の真っ白な服に身を包んだともなれば、キリト=黒の方程式が成り立ったものにとっては斬新すぎる光景だっただろう。

 

「だからこんな事にならないためにも、和人君は黒以外も着るべきだと思います。」

 

「やだ。」

 

「子供かよ。」

 

「俺には黒以外似合わないし。」

 

「も、物は試しよ。」

 

「それであんだけ大爆笑されたら世話ないだろ?」

 

「せ、せめて黒に近い暗色から行ってみたらどうでしょうかね?」

 

「それ採用!」

 

「止めてください(精神的に)死んでしまいます。」

 

『ぷっ…ふふふ…!』

 

目の前で三人が繰り広げる漫才に、思わず木綿季は吹き出してしまう。

 

「なんだよ~、木綿季も似合わないってか?」

 

『ゴメンゴメン…違うんだよ。なんか、こういうの良いなって思って。』

 

「漫才が?」

 

『う~ん…漫才が…と言うよりも、こうやって賑やかにお見舞いしてくれる人が居るって、何だか嬉しくて…楽しくて…思わず笑っちゃったんだ。ボク、一夏やマドカが来るまで面会してくれる人って、全然居なかったから。』

 

「全然…?親戚の方とかは?」

 

『それこそ全然来ないよ。でも一度だけ、親戚の人が来たよ。けど…あれはお見舞いって言うよりも、ボクの住んでた家の所有権を譲れって来たから…。』

 

以前紺野一家が住んでいた家。今は誰も住んでいない為、その家を譲れと図々しくも病院に乗り込んできたのだ。確かに勿体ない物もある。けど、まるで生前贈与と言わんばかりにサインとハンコを押させようとする親類。その時ばかりは木綿季の目に映るのは親類ではなく、別のナニかにも見えた。

 

「何それ…ちょっと非常識にも程があるわよ。」

 

『うん、だから倉橋先生が「もう二度と来ないで下さい!」って怒って追い返してた。』

 

「へぇ…倉橋先生がねぇ…あの人が怒る、なんて想像つかないけどな。」

 

『だから…皆が来てくれたことが、ボクは何よりも嬉しいんだ。だから、ありがとう、皆。』

 

「おう、こんな事で良いなら、毎日来るさ。」

 

「ちょっと一夏君?学校はどうするのよ?流石に優秀でも、サボるのは頂けません!」

 

「や、明日奈さん、冗談!冗談です!だから…何処から取り出したかわからないランベントライトを振りかぶるのは…!

 

 

 

 

 

アッー!!!

 

『和人。』

 

「ん?」

 

『尻に敷かれないようにね。』

 

「お、おう。」

 

少し賑やかなお見舞いも、

ほんのささやかなやり取りも、

木綿季には掛け替えのない、大切な物だ。

お尻にランペントライトが突き刺さった一夏を見ながら、胸に溢れる温かな気持ちと共に、木綿季は今日一番の笑顔を仮想世界で浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

横浜港北総合病院

 

そのエントランスを一人の人物が抜けていく。

 

黒いフードを目深に被り、その顔は窺い知れない。

 

ポケットに手を突っ込み、ブーツをならして迷うことなく。

 

その行く先は…

 

第一特殊機器計測室の方に向かっていた。



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第75話『侵入者』

遅くなり申し訳ないです。
仕事が重なったのと、某オープンワールドアクションRPGをプレイしてて中々筆が執れなかった…。
オープンワールドって、中毒性高い…!


夢はいずれ覚める。

 

良い夢でも

 

悪夢でも

 

そして目覚めたとき、人は始める。

 

生きるという戦いを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幸せな時間だった。

 

親友2人と、大切な恋人がお見舞いに来てくれた。

今の自身の身体を見られたことにほんの少し抵抗があったけど、それを補って余りある充足感が木綿季の中に満ちていた。

何のことはない世間話が楽しくて楽しくて仕方ない。

こんな時間がいつまでも続けば良い。

そんなささやかな彼女の願いは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

計測室の扉が吹き飛ばされる轟音によって終わりを告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

「な…!」

 

突如の耳を突くような轟音は、中に居た4人を固まらせるには十分な物だった。

剛性のあるであろう自動ドアは、ものの見事に『く』の字に折れ曲がっており、その上大きく吹き飛ばされていた。一体どれ程の力が加えられたらこうなるのか?そしてその元凶は誰なのか?

異常事態発生によって鳴り響く警報と共に、ソイツはブーツの重厚な音を木霊させて、部屋に足を踏み入れた。

 

「…メディキュボイド、コイツがそうか。」

 

深く被ったフードの奥から、男の声が発せられた。少し低い、だが若い声だ。背丈は一夏と同じくらい。身体付きもしっかりしていて、鍛えられていることがありありと解る。

彼はガラス越しにメディキュボイドを…そしてそこに繋がれている木綿季を一瞥する。

瞬間、

フードの下から覗かせる口許が、歪に、まるで三日月のように形を変えて笑った。

 

「目標確認、確保するか。」

 

奴は拳を振りかぶる。

その先は、面会室とメディキュボイドが設置されている部屋を隔てる強化ガラス。

 

まさか…

 

まさか奴のやろうとしてることは…!

 

「やめろぉっ!」

 

呆けていた気を取り戻し、させまいと彼に飛びかかったのは一夏だ。

剣術で培った踏み込みを活かし、あっという間に距離を詰める。その速さは、並大抵の素人には見切れないほどに素早く、そして的確だった。

右拳を固く握り込み、振りかぶる。

このガラスを壊されれば、滅菌されている部屋に外気が入り込み、微細な菌が木綿季の身体に入り込んでしまう。健全な一夏達には何ともないウイルスでも、免疫力が極端に低下している木綿季にとって、それは大きな脅威となりかねない。ヘタをすれば…。

想像したくない未来を防ぐため、奴を組み倒す。手っ取り早いのは殴り倒すこと。咄嗟の一夏の動きに奴は反応できないでいる。

 

 

 

そう、誰もが思った。

 

 

「ッ…!!」

 

軋む音が聞こえる。

苦痛に歪む顔。

それは一夏の方だった。

突き出した拳を、奴は何の苦も無く掌で受け止め、それを強靭な握力で握っていたのだから。

 

「悪くないな。…だが悲しいかな。地力の差は大きいようだ。」

 

軽くその手を押し返せば、一夏の身体はまるで風船のように軽く吹き飛ばされて、対面の壁に背中から強かに打ち付ける。強い衝撃に、一夏は噎せ込み、一気に放出された空気を取り入れる。

 

『一夏!?』

 

「ん…?ふむ、良いのか?…解った。」

 

一夏を吹き飛ばすや否や、彼は耳に当たる所に指を充て、誰かと通信していた。

その隙に、明日奈は一夏を介抱し、和人は奴と2人の間に入る。

 

「お前達にクライアントが話したいそうだ。」

 

奴は余裕の口調で腕の端末を操作する。どうやら耳にイヤホンが付いているらしく、腕の端末で細かな操作をしているらしい。端末から1枚のプレートが展開され、発光。宙に仮想ディスプレイを映し出す。

そこに映し出された人物…。

 

『やぁ…久しぶりだねぇ。和人君、明日奈君…そして一夏君?』

 

ねっとりと、そして身の毛もよだつその声に、3人は目を見開いた。

忘れようものか。

そしてそんなはずはない。

だって奴は刑務所生活を満喫しているはず…!

 

「須郷…!」

 

「伸之…!」

 

髪をオールバックにして、普通なら知性を感じさせるような眼鏡を掛けた男…。

かつて、SAO事件の帰還者の一部の人間の意識を隔離し、VRを通した人体実験を行っていた男。

須郷伸之

彼が奴のクライアントだというのだ。

 

『んん~?どうして僕がシャバに居て、こうやってクライアントしてるかって?』

 

まるで心を読んだかのように、そして憎たらしく勝ち誇ったような笑みを浮かべて奴は顔をアップにする。

まだ表情筋がヒクヒクと痙攣している。

どうやらペインアブソーバーを切った事による後遺症はまだ残っているらしい。

 

『も、ち、ろ、ん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前達への復讐に決まってるだろうがぁっ!!』

 

音割れ不可避のフルシャウトが、病室に木霊した。

一夏も明日奈も和人も、思わぬ爆音声に耳を塞がざるを得ない。仮想空間に意識がある木綿季でさえ、向こうで耳を塞いでいる。唯一、彼の使いであるフードの男は微動だにしていない。

 

『…と言うのも1つの目的なワケだが…。』

 

先程のシャウトとは打って変わって、

須郷はズレた眼鏡をかけ直すと、落ち着いた口調でカメラから距離を取る。その落ち着きすぎた豹変具合が、逆に恐怖心を煽っていく。

 

『もう一つはね、僕が行っていた実験、それを完成させる為さ。』

 

「…実験?」

 

『黒の剣士サマなら知ってるだろ?僕がやっていた素ン晴らしい実験を!』

 

「仮想世界における意識に外的な要因を与え、意志や感情をコントロールする…反吐が出るような実験だ…!」

 

あまりの胸糞悪い内容に、口にしながら和人は顔を歪める。仮想世界を愛する一人の人間として、到底認めることが出来ない内容だった。

 

『そう!その通り!さすが英雄キリトだ!やりますねぇ!やりますやります!』

 

気持ちのこもらない乾いた拍手が、ディスプレイごしに木霊する。

 

『まぁ簡潔に言うと、だ。そこに【実験機】と【モルモット】が、まるでカモネギのように居るから、僕の研究のために持ってくるように指示したわけだ。』

 

「実験機…モルモット…?」

 

痛む身体を無理矢理起こし、須郷の言葉を噛み締めるように読み返す。奴の隠語に戸惑いながらも、一夏は1つの解に行き着く。

 

「…まさか…!」

 

『そう!そのまさか!そこにあるメディキュボイドと病人!それを貰っていくよ!』

 

奴の言葉が、何処までも、何処までも三人の神経を逆撫でしていく。

そしてここが、一夏と木綿季。2人の壮絶な運命の転機だった。




オベイロン様
降☆臨


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第76話『別離』

長らく放置して申し訳ないです!
そろりそろりと更新していけるように致しますので…


『…モルモット…?ボクが…?』

 

ポツリと漏れ出た木綿季の呟き。

須郷の口から語られた目的を、彼女は飲み込めずに居た。

 

『そう!君はこの僕に選ばれた名誉あるモルモット!!幾億と存在する人間の中で選ばれたんだよ!』

 

「…何が名誉あるだ!相変わらず…人を何だと…!」

 

『無論、観察と研究の対象さ!…さぁ木綿季クン、僕と共に新世界の扉を開こうじゃないか!』

 

言葉だけ聞けば甘い誘惑なのだろう。もし木綿季が何も知らずここに居たのなら、多少は警戒心を解いていただろう。

だがここにいる気の置けない友人3人の彼に対する表情と警戒心が、彼女に『コイツの言葉に耳を貸してはならない』と警笛を鳴らさせるに至っていた。

 

『やだ…!』

 

故にハッキリとした拒絶。

声だけでの意思表示しか出来ない。しかし精一杯の敵意を込めて。

そんな彼女の意志に、須郷はやや間を開け、くっくと笑い始める。

 

『そうか!そうだろうね!…そうじゃなきゃ面白みが無い!』

 

「面白み…?」

 

『じゃ、ゼロ。感動の再会はここまでにしておこうか。対象を回収しろ。』

 

クライアントである須郷の命により、ゼロと呼ばれたフードの彼は再び防護ガラスに向き直る。その固めた拳を振りかぶる。

 

「…ん、なろぉぉぉっ!!」

 

痛む身体を圧して、一夏は拳を握り込む。

右腕の白銀のガントレットに念じる。

粒子と共に右手に集うのは機械の拳。

生成されたそれは、パワーアシストによって先程の、生身の一夏の拳とは比べものにならないほどの威力を有する。

奴を殴り飛ばして止める!

いくら奴が鍛えていても、ISの拳は受け止めきれない!

 

「ISか。」

 

だが奴は何処までも冷静だった。

再び握り込んだ手を一夏に向けて翳す。

 

「まさか…生身で受け止めるつもりか!?」

 

和人の声も尤もだ。

受け止めようものなら、人間の限界を超えているとしか思えない!

一夏の、

白式の拳が、奴の手に吸い込まれていく。

 

瞬間、

 

大きな、途轍もなく大きな風船が破裂したかのような甲高い音が、第一特殊機器計測室を支配した。

 

「……ISを扱えるのはお前だけと思うなよ。」

 

それは灰。

白式の様な純白ではない。

まるで煤こけた…燃えかすのようなその色。

奴の右手にはめられた『機械の灰の腕』は白式のそれを、先程のやり取りと同じように易々と受け止めていた。

 

「あ…IS…!?」

 

明日奈の驚きの声も至極当然のものだった。

何せ、世間でISの使える男は、目の前に居る織斑一夏その人のみのハズ。

にも拘わらず、ゼロと呼ばれたフードの男はISを展開し、あまつさえ一夏の拳を受け止めていたのだ。

 

「なぜ、か?知る必要はあるまいよ。これきりの出会いなのだからな。」

 

ぐしゃり…

 

何かが圧壊する音が木霊した。

 

「そして…お前達に教えることもない。」

 

握り込まれたその灰のISの握力により、手中にあった白式の拳を、容易く握りつぶしたのだ。

 

「なっ…!」

 

「遅い…!」

 

ISの腕を破壊されたことに目を見開き、そして隙を見せた一夏。その間隙にゼロは彼の懐に潜り込み、肘打ちを鳩尾に突き込んだ。

まともに生身で喰らえば、意識を飛ばすであろうことは想像に難くない。だが、

 

「っ………!」

 

「ほう?」

 

フードの奥で薄いながらも感嘆の声が漏れる。

自身の肘。それを受け止める透明な膜が張られていたのだから。

ぎりぎり、本当に僅差だった。一夏の防御本能で、白式が展開。シールドが張られたことによって、彼は鳩尾への一撃を防いでいた。だが、シールドで受け止めたとはいえ、数メートル仰け反ってしまったのは、奴の力が末恐ろしいものだということには変わりない。

 

「悪くない展開速度だ。」

 

「木綿季を………連れて行かせるか!」

 

右手は潰された。だが、まだ左が残っている。

振りかぶる腕と共に構築されていく白式。

ブースターを吹かし、速度を乗せた左の一撃。これを喰らえば、幾ら奴が規格外といえどもタダでは済まない。

 

「ISそのもののスピードも悪くはない。」

 

しかし、利き腕ではないとはいえ、速度を乗せた彼の拳も、易々と受け止められてしまう。

ギリギリと、まるで鍔迫り合いのように睨み合う2人。一夏は押せ押せとブースターを更に吹かし、押し上げんと拳に力を込める。

 

「舐めるな!パワーなら!!」

 

近接戦を主体とした白式。その出力は抜きんでており、馬力そのものはトップクラスだ。並大抵のISに、力勝負で負けるなどということはないほどに。

だが、

 

「押せよ………破式…!」

 

フードの奴が展開するは、まるで灰のようなグレーを基調としたIS。所々紅く発光し、まるで抜き身の刃物と思わせるようなフォルム。同時に禍々しさすら感じられる機体だった。

その背後に浮かばせたブースターから赤の閃光が走り、掴んだ一夏の拳を徐々に徐々に押し返していく。

 

「うぐ…ぉ…!」

 

白式の、一夏の腕が軋む。

並大抵のパワーじゃなかった。

燃費と拡張領域(パススロット)以外のスペックなら高性能機の域である白式を、まるで赤子の手をひねるかのように押し返すなどと、正直のところ信じられなかった。

 

「ふっ!」

 

瞬間、背面ブースターの閃光が迸り、風を切るかのような音とともに、室内に轟音が響き渡る。男が破式と呼んだIS。それが軽々と、しかも片手で一夏を壁に押し付けていたのだから。

まるで一息という言葉がこれ以上ないほどに当てはまる一瞬の出来事だった。

 

「ヌルいな、こんなものか。」

 

「ちく、しょぉ…!」

 

「これでケリを付けてやってもいいが…?」

 

ギリギリと、嫌な音が軋む。

破式のマニピュレータが、一夏の首を絞めあげているのだ。ISのパワーアシストを持ってすれば、やろうと思えば容易く首をへし折って命を刈り取ることもできるだろう。

だがそうしない。

生殺与奪の権を握っているということを、そして圧倒的な力の差を、奴は一夏に刻み込んでいた。

 

『や………!やめて………!!』

 

そんな彼を静止させんと、声を張り上げる。

それは、奴らのターゲットたる紺野木綿季その人だった。

 

『ボク………行く…!行くから!!だから…!一夏を、離して…!』

 

「賢明な判断だ。」

 

男は一夏の首を掴んでいたマニピュレータを緩める。

ドサリと、糸の切れた人形のように倒れ込む一夏。

 

「だめ、だ………木綿…季………!」

 

その目は意識が朦朧としているのか、まるで焦点が合っていない。文字通り、気力を振り絞っている状態だ。

 

「織斑一夏。女が男を守るために身を挺す。スクリーンなら感動モノだ。だが同時に、実に情けない。貴様は、3年前からまるで成長していない。」

 

「3年………前…?」

 

倒れ込む自身を見下ろすその目に籠もるのは、蔑み。そして…

 

「貴様などが…、この程度の貴様如きが……俺の…!」

 

おぞましいほどの憎悪。

なぜ?

それを問う間もなく、ゼロは踵を返し、そして……。

 

ガラスに拳を打ち込む。

恐らくは、外気が滅菌室に流入するであろうその光景を最後に、一夏の意識は限界を迎え、ぷつりと途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つうっ!?」

 

「一夏君!目を覚ましましたか!」

 

身体に走った激痛で、一夏の意識は呼び戻された。

顔しかめながら目を見開けば、そこには見知った顔ぶれが3人居た。

 

「倉橋…先生……?」

 

白衣を着た中年の男性…倉橋医師は、一夏の意識が戻ったことでホッと一息つく。同じく覗き込んでいた他の2人…和人と明日奈も釣られて一息吐き出す。

 

「俺……どうして……?」

 

「そ、それは…!」

 

「………そうだ!あの男は!?須郷は!?木綿季…は…?」

 

件の2人、そして大切な少女を探して辺りを見回す。

そして…それは見えてしまった。

 

夢であって欲しかった。

 

だがあれは現実だった。

 

砕け散った防護ガラス。

 

その奥の部屋にあったはずのメディキュボイド。

 

それを繋ぎ止めていたコードや金具が痛々しいほどに千切れている。

 

そして…

 

メディキュボイドに繋がっていた彼女。

 

それらが…まるでそこだけえぐり取られたかのように…

 

「うそ……だろ……?」

 

さっきまでそこにいた

 

居たはずの少女

 

一緒に居たかった彼女は

 

彼女の命を繋ぎ止めていた機械と共に

 

消えていた。



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未来・日常編
(微ネタバレ注意!)未来を見据えて


本編の息抜き程度に書きました。
だってさぁ…バトル書きまくってたらほのぼの書きたいんだもん!
息抜きとガス抜きと微イチャイチャ執筆したい…そんな衝動に駆られた短編。
タイトル通り、本編のネタバレが含まれますので、
『2人のイチャつき見せろやゴルァヽ(*`Д´)ノ』
とか、
『円夏の厨二病見せろやゴルァヽ(*`Д´)ノ』
って方以外はバックして、どうぞ。


10月半ば

織斑家のリビング。

ソファでゴロゴロとファッション誌を読んでいた木綿季が、読み飽きたかのようにその誌面を閉じて目を半目にする。

時は既に秋口。涼しい日々が続いてきており、服も半袖から長袖へと替わりつつある。

そんな時期。

木綿季が視線を移せば、黙々と家計簿を付けている恋人の姿。

 

「一夏~。」

 

「ん~?」

 

「暇だよ~。」

 

駄々をこねるようにお気に入りのクッションを抱きかかえ、足をばたつかせる。

 

「暇なら円夏とゲームでもしてたらどうだ?」

 

「ヌッ!対戦か!?生憎と今、私はレアアビリティが付与した装備の厳選中だ。少し待て。」

 

「ゲームも良いけど、もう少しアクティブなお勧めとかないの?」

 

「…ぶっちゃけると?」

 

「お出かけしたい!!」

 

まさしく風の子だと言わんばかりの元気いっぱいの木綿季。

まだ無菌室に籠もっていた時の鬱憤を晴らし切れていないようで、何かと言えばこうして外に出たがるのだ。

 

「ね~ね~!外に行こうよ一夏~円夏~!」

 

「ん~。」

 

「天気も良いしさ~。」

 

「だ、ダメだ!太陽神(ソル)聖域(サンクチュアリ)に私は踏み入ることは禁じられている!踏み込めばたちまち浄化(カタルシス)の光によって…。」

 

「えっと、つまり出かけたくないと。」

 

「流石我が妹。ニュータイプか。」

 

「いや、ボクがお姉ちゃんだし。」

 

「いやいや…」

 

「いやいやいや…」

 

「じゃあ円夏は留守番でいいのか?」

 

「大丈夫だ、問題ないキリッ」

 

「何かお土産買ってくるね~。」

 

「いや、散歩だろ?」

 

「散歩でもコンビニとか寄れるじゃん。」

 

「ならば木星帰り絶殺アイスを所望する。」

 

「え…と?」

 

「つまりスイカバーだな。」

 

「涼しくなってきてるのにアイス?…ん~まぁ美味しいけどね。」

 

「アイスは年がら年中美味いものだ。偉い人にはそれがわからんのだ。…ムッ!☆14が泥したか!」

 

「…とりあえず行くか。」

 

「…そだね。」

 

どうやらレアドロップがあったらしく、自身の世界にトリップした円夏を尻目に一夏は家計簿を閉じ、準備を整えて木綿季と共に外へ繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

のんびりと並木道を連れ立って歩く。

青春の典型的なワンシーンだ。

よもや病床に伏していた自分がこうして外を歩き、さらに恋人とそう出来るなんてことが未だ夢じゃ無いのかと未だに疑ってしまう。

夢ならば覚めないで欲しい。それほどまでに今の生活が心地よく、それでいて魅力溢れるものだった。

 

「随分ご機嫌だな木綿季。」

 

「ん~?だって一夏とお出掛けだもん。当たり前だよ。」

 

木綿季は先述の事情があってか、何をするにしてもこうやってウキウキしており、まるで常日頃が旅行か何かなのかと思わせる程に楽しげに過ごしている。その証左に、無意識なのか軽くステップを踏んでいたりする。

 

「所で一夏?今日のデートプランは?」

 

「そだな~。丁度食材が微妙に足りないから、このままスーパーに行くとしようか?それでも良いか?」

 

「うむ、よしなに!…でもいつの間に食材チェックしてたの?」

 

「準備したついでに、な。」

 

「相変わらず主夫してるねぇ…。」

 

「なんなら木綿季も今の間に練習しとくか?」

 

「練習?」

 

「将来のために、だ。…俺、木綿季の料理とか食べてみたいしさ。」

 

「へ…?……あっ!」

 

一夏の言葉の意味を理解して、ボンッと茹で蛸のように紅潮していく木綿季。

彼の言う将来のための練習…木綿季の料理…。つまりは結婚生活を見据えての物だった。

確かに木綿季としてもいずれはそうなればと言う夢もある。だが、まだまだ華の16歳。今を楽しむのに一杯一杯で、将来の具体的なビジョンは朧気だったりする。

 

「ぼ、ボクの…料理…?」

 

「おう。やっぱり好きな女の子の料理って、食べてみたいものなんだよ。男ってのはさ。」

 

「うぅ~……。」

 

木綿季は未だ料理経験が無い。興味を持ち、母親の料理を手伝い始める年頃を病院で過ごしていたため、そのスイッチが未だ入っていなかったりする。

だが一夏の『木綿季の料理を食べてみたい』と言う言葉に、彼女のスイッチがOFFからONに変わりつつあった。

 

「ほ、ホントに食べたい?」

 

「おう。」

 

「ボク、美味しくないかも知れないよ?」

 

「俺だって最初から上手かったわけじゃ無いさ。こう言うのは経験だからな。」

 

「…そっか。…うん!ボク、頑張ってみるよ。」

 

木綿季、覚醒。

ここに将来、『プロ級に料理上手な元国家代表おしどり夫婦』と雑誌の片隅に記載され、密かに有名になる2人のスタート地点となることを記しておく。

 

「じゃあ、簡単な物から行くか!早速今日からやってみようぜ。」

 

「うん!」

 

「あとは…エプロンも買わなきゃな…それに簡単なものだと……」

 

あーだこーだと今日の献立を考えながら、何気ない会話と共にスーパーへと消えていく2人。その姿はさながら、新婚ほやほやの若夫婦の雰囲気だったと目撃者は語るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オマケ

 

「むむむ…やはりこのドゥドゥは許せん…何が『素晴らしく運が無いな、キミは!』だ!」

 

「ただいま~!」

 

「私の装備強化を失敗したことを呪え…!」

 

「マドカ!ボク達の世界に帰るんだ!」

 

開封されたスイカバーが円夏のお口にシュゥゥゥゥゥッ!!超!!エキサイティンッ!!!!

 

「むっ!むぉああああっ!?!?」

 

織斑家は今日も平和である。



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『木綿季の初体験』

R指定?
大丈夫だ、問題ないキリッ


「う…うぅぅ…!一夏…ボク、初めてなんだよ?こんなにおっきくて硬いの、無理だよぉ…!」

 

「大丈夫、俺がついてるから…だから力を抜いて…?変に力を入れると進まないぞ?」

 

織斑家の一室。

一夏と木綿季が身体を押しつけ合う。

木綿季の手には、太く、そして長いモノが添えられている。そしてその手を覆うように、一夏が手で握る。

 

「く…うぅ…!」

 

「大丈夫…怖いのは最初だけだ。一線を越えてしまえば、後は楽なんだからさ。」

 

「ん…!ボク、一夏を信じるっ…!」

 

「じゃ…一気に行くぞ?」

 

「…うん…!」

 

そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ストンッ!

 

「やった!切れたよ一夏!」

 

「よし!第一歩踏み出せたな木綿季!」

 

台所

木綿季が相対していたのは、白いまな板の上に横たわる人参だ。そしてそれが動かないように、木綿季が左手を猫の手にして押さえつけ、それを一夏がさらに動かないように押さえていたのだ。

木綿季の後ろから抱擁するようにして、一夏は木綿季に包丁の使い方をレクチャーしていた。

 

「ゆっくり、ゆっくり切るんだ。焦る必要はないぞ。初めてなんだからな。」

 

ストンッストンッとぎこちなく、そしてゆっくりながらも人参を1センチ角に切り分けていく。

 

「木綿季、ホントに初めてなのか?初めてにしちゃ上手いぞ?」

 

「そ、そう、かなっ…?」

 

一夏の賞賛への返事もそこそこに、木綿季の視線は包丁から離れることは無い。研ぎ澄まされた集中力が彼女を支配している。

包丁を強く握る右手の平と額からはジワリと汗が滲出する。

 

「よし、人参はそんな感じで良いかな。次は玉葱にいこうか。」

 

そうして買い物袋から取り出したのは、丸々とした玉葱だ。見事なまでに球体で、傷一つ無い皮はよく乾燥しつやがある。美味しい玉葱である証左だ。

 

「まずは頭と根を切るんだ。ここもしっかり押さえて、玉葱が動かないように要注意だぞ。」

 

「ん…!」

 

飲み込みが早いのか、一夏の助言一つで難なく玉葱の下処理をしていく木綿季。もしかしたら料理の才能があるんじゃ無いかと思うくらいにその手際の上達は顕著なものだった。

 

「切り落とせたら、水で流しながら茶色い皮を剝いていくんだ。」

 

流水に晒すことで、皮が剝きやすくなるのは元より、玉葱調理時の最大の難関である硫化アリルによる涙の滲出を押さえることが出来る。

剥き終われば、一夏が半分は微塵切り、半分は櫛切りにするように指示する。

微塵切りは解るが、櫛切りが解らないので、それだけ指示を仰ぎながら黙々と熟していく。

次いでジャガイモの皮を剝いて、人参よりも大きめの角切りに。

鶏モモ肉は皮を剥いで一口大にきりわけていく。

 

「よし、切り分けはこれでオーケーだな。」

 

「や、やっと終わったぁ~!!」

 

緊迫した空気から解放され、思わず大声を上げてしまった。だがそれ程までに集中して取り組んでいたと言うことだろう。

 

「じゃあサクサクと次に行くか。次は具材を炒めていくぞ。」

 

「オッケー!」

 

深めの鍋を火に掛けて熱してサラダ油を敷き、そこに先程削いだ鶏モモ肉の皮を投入する。ジュワーッと言う油が弾ける音と共に、鶏皮は一気にその身を縮こまらせていく。その身に蓄えた旨みたっぷりの油を、熱に晒すことで体外へと滲み出していった。

 

「もう良いかな?」

 

「まだだ。皮がパリパリになるまで、焦げ付かないように焼くんだ。」

 

そう時間が掛からないうちに、始めはしっとりしていた鶏皮が、まるで天ぷらのようにパリパリと揚げ焼きにされていた。自らの身から滲み出た油によって、だ。

 

「皮を取り出したらとろ火にして、そこに微塵切りの玉葱を投入だ。」

 

細かく刻まれた玉葱を、鶏の旨みたっぷりの油へとぶち込む。しっかり熱された油は、みずみずしい玉葱を盛大に歓迎し、鍋の中でこれまた盛大に弾ける。

 

「このまま玉葱が焦げ付かないように混ぜ続けるんだ。」

 

「ん、わかった。」

 

木べらで玉葱が焦げ付かないように、しっかりと丁寧に。

油が弾けるサウンドをBGMに、ひたすら、丹念に。

地味な作業。

だが、美味しい料理を作るために、こうした作業が必要不可欠なのだ。改めて料理の大変さを実感しながらも、黙々と混ぜ続ける。

 

「もう良いかな?」

 

キツネ色に染まった微塵切りの玉葱。よく火が通っており、充分だろう。

 

「まだだぞ木綿季。まだ炒めなきゃ。」

 

「え?まだ?」

 

だが先生(一夏)はそれを良しとしない。

まだ炒め足りないようで、木綿季はただその指示に従う。

やがて…

 

「よし、これくらい炒めたら充分かな。」

 

鍋の中には、プリンのカラメルくらいまでの色合いになった玉葱。水分は熱されたことで飛びに飛び、その量は極々僅かな物になっていた。

 

「次は櫛切り玉葱、鶏肉、人参、ジャガイモ、前の食材に火が通ったら順に入れて炒めるんだ。」

 

櫛切り玉葱がしんなりとし、鶏肉が焼けた証にその色を変え、人参がその身を柔らかくし、ジャガイモに櫛が通るまでに火が通る。ジュウジュウと食材混ざり、そして躍る音が何とも心地よい。

 

「よし、じゃあ次は具材がひたひたになるまで水を入れて煮込むんだ。」

 

火を再び強火に換えることしばし、鍋底からグツグツと気泡が湧き上がり、間もなくして具材を下から激しく押し上げるかのように沸き立ってきた。

 

「沸騰したらコンソメを入れて一煮立ちだ。」

 

お馴染みの四角い固形コンソメを一つ、ポトリと鍋に落とせば、やがてその水色を茶色く染め上げ、沸き立つ蒸気からはスパイス香る芳醇な香りが漂い、木綿季の胃袋を刺激してくる。ぶっちゃけ、このまま食べても美味しいのではなかろうか?

 

「まだ仕上げが出来てないだろ?」

 

「ぼ、ボク何も言ってないよ!?」

 

「いや、視線が何となく。」

 

何となくで人を食いしん坊キャラと勘違いさせるような物言いにぶー垂れつつも、火を止めて、市販の『黄金大使(アルヴァアロン)カレー』中辛のルゥを投入。弱火に点火しゆっくりかき混ぜて一煮立ちさせれば、スパイス豊かに香り黄金色に輝くカレーの完成である。

 

「お!よく出来たじゃないか、初めての料理!」

 

「え、えへへ~。一夏がいてくれたからだよ。」

 

「でも実際に料理したのは木綿季だ。指示したとおりに出来ないと、こうはいかないからな。もっと誇って良いと思うぞ?」

 

手伝ったと言えば、人参の最初の一太刀のみ。後は木綿季が1人で仕上げたのだ。最初の料理にしては、これ以上ないくらいの出来栄えだろう。

 

「じゃあ木綿季、一番最後の仕上げだ。」

 

「ま、まだあるの?」

 

「これがなきゃ本当の意味で料理として成立しないし、調理をする側としては必要不可欠なんだ。」

 

一夏は戸棚から直径5センチほどの小皿を取り出すと、出来たてのカレーをほんの少しすくい上げ、それに移す。

トロリとしたルゥが、白い小皿に広がり、ゆらゆらと白い湯気がたちのぼる。

 

「ほら、木綿季。」

 

「へ?」

 

カレーがよそわれた小皿を差し出され、何のことやらと首を傾げる。

 

「味見だよ、味見。」

 

「えっと、仕上げって味見?」

 

「そうだよ。人に食べて貰うなら殊更だ。自分が納得して美味いと思うもんじゃなきゃ出せないだろ?」

 

「あ、確かにそうだね。」

 

小皿を受け取り、その中身をジッと見つめる。

香りは大丈夫だ。ママが幼い頃作ってくれたカレーと大差ないあの匂いだ。見た目もカレーそのもの。

だが味はどうだ?

何か間違っていたのか?

ヤバい味ならどうしよう…。

ぐるぐると不安が木綿季を支配していくが、横目で一夏を見れば、優しく微笑んでいる。

そして目で伝えてくる。

大丈夫、自分を信じろ、と。

意を決し、小鉢の縁に口を付け、ゆっくりと傾ける。ほどよい温度になったカレーが、木綿季の腔内に流れ、舌に触れる。

小鉢を口から離して、舌の上でカレーをゆっくり、ゆっくり咀嚼する。

…美味しい。

鼻を抜けるスパイスの香り、ルウに溶け込む具材の味。ピリッとしていて、それでいてそこまで辛くない。むしろ白米や福神漬け、ラッキョウが欲しくなるような、食欲を促進させるような味わい。

 

「美味しい…美味しいよ一夏…!」

 

「だろ?」

 

「ほら!一夏も味見してみてよ!」

 

「お、おう。」

 

受け取った小鉢を口に付け、一夏も味見してみる。

成る程確かに。

これは美味い。

 

「うん。ここまで美味いとは想像以上だな。教えた甲斐があったよ。」

 

「えへへ~。また次もよろしくお願いします。一夏先生?」

 

「お、おう。」

 

先生と呼ばれることに若干のむず痒さを感じてしまう。

もしかしたら明日菜もこんな気持ちだったんだろうかとほんの少し同情するが、この感覚…うん。悪くない、決して悪くないぞ。

 

「おい、おまえら。」

 

ビクッ!と2人の世界に入ってしまっていたら、円夏がソファから身体を起こして2人をジト目で睨んでいる。その表情はほんの少し、甘ったるい何かを取ったかのようにゲンナリしていた。

 

「料理を作るのは良いが…イチャコラするのは2人だけのときにしてくれ。」

 

「べ、別にイチャコラなんて…。」

 

「間接キスまでしておいて何を言う。」

 

「か、かんせっ…!?」

 

ここまで言いかけて木綿季は顔を上気させた。

思い返せば、自身が味見した小鉢で一夏にも味見させたのだ。

美味しく出来た料理に興奮し、無意識ながら何と言うことをしてしまったのだ…。

 

「別に良いだろ?俺達恋人なんだから。」

 

隣の恋人は何食わぬ顔で平然とこう宣った。

漢らしい発言に惚れ直しながらも、もう少し恥じらいがあっても良いんじゃないかと不満で、複雑な心境の木綿季。

 

「はいはい、まだ夕食を食べていないが御馳走様という奴だな。」

 

これ以上何か言っても見せつけられるだけのような気がして、円夏は早々と引き下がる。

 

「じゃあ木綿季。片付けと夕食の準備、終わらせちまおうぜ。千冬姉がもうすぐ帰ってくるからな。」

 

「あ、そ、そだね。」

 

未だ収まらぬ胸の鼓動にドギマギしながら、付け合わせの用意に取り掛かる木綿季だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーまーいーぞー!!」

 

まるで料理漫画のリアクションのように目から光線が出るんじゃないかと言わんばかりに、円夏がカレーの感想を述べる。彼女のリアクションが総てを物語るかのように、木綿季の作ったカレーは美味なものだった。

鶏皮から出た旨みたっぷりの油分と、しっかりと炒められた玉葱がルウに見事に溶け込み、奥深い味わいとコクを生み出している。ジャガイモはホックリ柔らか、人参はほどよい歯ごたえ、鶏肉本体はしっかりと油で炒められたことで旨みを逃していない。そして玉葱は丁度良いくらいにトロリと柔らかくなっており、ルウがしっかりと絡み付く。

付け合わせの福神漬けやラッキョウは言わずもがなだが、ルウの上から散らされているのは、カリカリに炒めた鶏皮を粗みじんにしたものだ。それがまるでチップスのようにパリパリとし、食感に楽しさと、味に香ばしさをチョイスしていた。

 

「ほう…初めての料理でこれ程までに美味いものを作れるとは…木綿季、本格的に料理を学んでみてはどうだ?」

 

教師の時の硬派な表情は何処へやら、柔らかな笑みを浮かべながら千冬も木綿季のカレーに絶賛する。

 

「そ、そんなに、かな?」

 

「あぁ。一夏と言えども、最初はここまで出来なかったさ。師事するものがなかったというのもあるがな。見よう見まねで、それでも初めて作ってくれた時は、今日のように感慨深いモノだったさ。」

 

「ち、千冬姉。あの時のことは木綿季に黙っててくれよ。」

 

「なんだ!?一夏の黒歴史か!?」

 

「人の過去をそんな大仰なネーミングにするなよ!?」

 

「人には誰しも口外できず、そして逃れられぬ(カルマ)があるものだ。だがそれを暴くのもまた一興だろう?」

 

「やめてください(羞恥心で)死んでしまいます」

 

「ボクも知りたい!」

 

「木綿季!?」

 

やはり織斑家は今日も平和である。




……一夏が包丁で指を怪我するシチュエーションも考えた。
そして木綿季が…(以下省略)というのもエロスを感じた。
だが自分の執筆力では無理と判断して飯テロ擬きを投下します。
時間に投稿したのも、そろそろお腹がすいてくるかな…って気遣いです(黒笑)


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『一夏の悩み』

ネタとエロスが混同した、カオティックワールド
これもうわかんねぇな


織斑一夏には悩みがある。

以前の最大の悩みは、唯一の男子生徒としてIS学園に放り込まれたときだった。

だが今はそれに慣れてしまったために解消された…と言うわけではなく、今の悩みが大きすぎるが為に霞んでしまっているだけなのかも知れない。

何せ…

 

「すぅ……すぅ……。」

 

夜中に目が覚めたら自身の布団の中で、まるで小動物のように身体を丸めて寝ていた恋人である少女…木綿季が原因なのだから。

 

 

当たり前だが、織斑一夏は男♂である。

現役バリバリの高校生である。

ついでに言えば、性欲盛んな17歳である。

そんな彼の布団の中で、年頃の…しかも最愛の恋人が可愛らしい寝息を立てていれば、そりゃゴクリと固唾を飲み込むのは自然現象だろう。ついでに、理性で抑えていた我が息子も、どうやらお目覚めになってきているようだ。

ステイ!

ステイ!!

今はマズい、途方もなくマズい。

いくら木綿季が魅力的で、最近そこはかとなく胸も大きくなってきているな~とか、色気付いてきたな~とか、そんな煩悩が日頃から募っていても、下半身に集まる野獣の本能に身を任せては、取り返しの付かないことになりかねない。

ヘタをすれば妊娠…。

それはまぁ…木綿季との子供は欲しいのは事実。

さぞかし木綿季に似て天使のような愛くるしさに、親バカコースまっしぐらなのは、もはや約束された勝利の未来のようなものだ。

だがしかし、

だがしかしだ。

そんな一夏の欲望と欲棒を押さえ込むのは、社会的なモラルだ。

今木綿季は16歳。

結婚できるギリギリの年齢だ。

それだけに、そんなうら若き彼女が懐妊したなどという事実が知れ渡れば、世間様から冷ややかな視線を向けられてしまうだろう。

それだけはダメだ。

自身の一時の暴走で、これからの木綿季の歩む人生を茨の道に変えるなどと、あってはならないのだ。

今までの人生で木綿季は、

大病に冒され、

差別を受け、

家族を失い、

十分すぎる苦悩の日々を過ごしてきたのだから…。

せめて…せめて、高校を卒業するまでは…

 

(落ち着け………… 心を平静にして考えるんだ…こんな時どうするか…あの神父様が教えてくれた、心を落ち着かせる方法……2… 3…5… 7… 落ち着くんだ…『素数』を数えて落ち着くんだ…『素数』は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字……俺に勇気を与えてくれる。そして、右の頬を殴られたら、左の方へパイルドライバー…)

 

一意専心

一点集中

煩悩退散

臥薪嘗胆

電光石火

焼肉定食

 

冷静に…冷静に深呼吸をする。そうすることで彼のそそり立つバベルの塔はその鳴りを潜め、大きさは比較して火の見櫓位まで鎮火することが出来た。

よし!よし!よくやった俺!

歓喜

勝利

大喝采

一夏の脳内は、もはや宴会が執り行われ、選挙に当選したかのようにどんちゃん騒ぎしている。

 

「ふぅ………にしても…なんで気配無く潜り込んでくるんだろう…」

 

木綿季は円夏と同室だ。元テロ組織のエージェントの彼女は、気配や動きに敏感だ。それこそ寝込みを搔かれないように、睡眠を取っていても僅かな物音に目を覚ます訓練を積んできている。

そんな彼女に気付かれることなく一夏の部屋に忍び込むとは…木綿季…恐ろしい子ッ!

 

「…一度千冬姉に相談して…みる…か……。」

 

そんな件の少女をどうするかと見遣ってしまったとき、それは見えてしまった。

外れたパジャマのボタン

はだけたパジャマ

その隙間から見える僅かながら出来ている谷間が。

最近、70代から80代に乗ったと、男である一夏の前で恥ずかしげも無く宣って小躍りしていた。それを円夏が血涙を流して恨めしそうに見ていたのは余談だが。

ともあれ、成長してきているソレの谷間が目に入ってしまった。側臥位で寝ているため、ふにゃりと柔らかそうにその形を崩しているソレは、触ってみたいという男の欲望を刺激し、一夏の欲棒をスカイツリーへと成長させるには十分すぎるものだった。

そこはかとなく、パジャマとは違う白色の布が見えた…ような気がした。

 

ドクン  ドクン

 

心臓の鼓動が、五月蠅いくらいに高まってくる…否、昂ぶってくる。

下半身に血液が漲る…否、迸る。

欲望を抑える理性に、僅かながら亀裂が走る。それは、加速度的に大きくなり、このままでは幾何もしないうちにその存在理由を失うだろう。

 

(俺は…俺を止めたい…!止めなきゃならないんだ!!白式!!俺に力を貸せ!!)

 

『( °Д°)ダニィ!?』

 

何というハイテクの無駄遣い。

そしてマスターを思い、応えようとするIS。

いいISだ。

感動的だな。

だが無意味だ。

 

表示されたのは、『不可』の二文字。

 

(ウソダードンドコドーン!!)

 

ガックリと項垂れる一夏。

人間だけが神を持つのではなかったのか…可能性という名の神を…。

 

(オンドゥルルラギッタンディスカー!!ナズェダマッデルンディス!!)

 

しかし白式は沈黙を通しており、一夏の脳内の訴えにはうんともすんとも言わない。

 

「ん~…一夏~…。」

 

寝言なのだろうか、自身の名前を呼びつつ身体に手を回して、あろうことか木綿季は密着してきたのだ。

 

(フォォォォォ!?)

 

ふにょりと、まるで極上のクッションか何かを思わせるものが、一夏の胸板に押しつけられる。

それが何なのかはもはや説明不要だろう。そして一夏の理性は限界寸前だ。

 

(どうする!?このままじゃ俺のビームマグナムが火を噴いちまう!)

 

何やら自分のムスコのサイズを誇張しているが、この際スルーするとして、兎にも角にもこのままだと冗談抜きで発射、もしくは木綿季を襲ってしまい、事案となりかねない。感覚をシャットアウト出来ればこんなことには…。

 

(…ん?五感をシャットアウト?…これだ!)

 

天啓が舞い降りた。

自身の閃きを賞賛しながら、一夏は枕元にあるその機器を手に取り、頭に装着する。

アミュスフィア

これを使用すれば…

 

「リンク…スタート…!」

 

こうして一夏の意識は仮想世界へと飛び立ち、どうにか自身の社会的地位を死守できたのだった。

 

 

 

 

「…一夏のヘタレ。」

 

そんな彼の部屋に、むくれた少女の呟きが木霊したのは、本人以外に誰も気付かなかった。



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『迫真メイド喫茶!売り上げの裏技。』

(特にタイトルに深い意味は)ないです。


『お帰りなさいませ、御主人様。』

 

ファンシーに彩られたその部屋に、うら若き乙女達の麗しい声が通る。

その部屋には、誰も彼もが白と黒を基調にしたメイド服に身を包み、お客様第一号の男性に慎ましやかにお出迎えの挨拶。

IS学園一年一組。

学園祭の催し物としてメイド喫茶を執り行うこととなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遡ること10分。

本日の仕事服たるメイド服に着替えたクラスの面々は、普段着慣れないその服に少々浮き足立っていた。

普段は漫画やメイド喫茶くらいでしかお目に掛かれないメイド服に袖を通すと言うことで、ワクワクと緊張がクラスを支配していた。

だがその固くなったクラスメイトの中で、一人の少女が皆の前に立って、つつましやかな胸部を張って腰に手を当てて息を吸い込む。

 

「野郎共!我々の目的は何だ!?」

 

クラス代表補佐をしている円夏だ。野郎なんか居ないのにも関わらず、まるで軍隊形式のように張った声が教室内に響き渡り、その声は他のクラスにまで届き、そこの生徒が何事かとその顔を覗かせる。

 

「もう一度聞く!私達の目的は何だ!?」

 

「ほ、奉仕?」

 

クラス代表である木綿季が怖ず怖ずと声を挙げる。普段共に過ごしている円夏は、クールで物静かなイメージが強いため、この変貌ぶりに少々戸惑っていた。

 

「そうだ!今日この時のために、我々は辛く、そして過酷な日々を過ごしてきた!そして!それを遺憾なく発揮せねばならん!訪れてくれる御主人様の為に!御嬢様の為に!我々は最大限の奉仕を行うのだ!」

 

「そうだよ(便乗)、本番で練習の成果が出るって、それ一番言われてるから。」

 

「こ↑こ↓で全力で御奉仕しなくちゃならない、はっきりわかんだね。」

 

「その為の王道を往く…ロングスカートメイドですからね。」

 

円夏の発破にクラスのボルテージは徐々に向上し、その目にはギラギラと闘争心が滾ってきている。

 

「ならば今一度問う!我々の目的は何だ!?」

 

『奉仕!奉仕!奉仕!』

 

「この学園祭の目的は何だ!?」

 

『奉仕!!奉仕!!奉仕!!』

 

「私達はメイド服を愛しているか!?献身的な御奉仕を約束するか!?」

 

『ガンホーッ!!!ガンホーッ!!!ガンホーッ!!!』

 

「よし!戦闘準備!!」

 

ビシッと、そしてズラッと、教室入り口からの花道の如く、二列に並ぶ。

そして、冒頭に戻るのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「円夏!三番テーブルに萌え萌えオムライス二つあがったよ!」

 

「任された!」

 

「木綿季ちゃん!六番テーブルのメニューを聞いてきて!」

 

「らじゃっ!」

 

1時間後には一年一組は大盛況だった。

各々が練習の成果を存分に発揮し、見事なまでの御奉仕をしていたのだ。

これにはメイドをガチで雇っている彼女は、

 

「まぁ!何という見事な御奉仕なのでしょうか!?是非とも卒業後私の所においでになってくださいまし!少し拙いところもございますが、チェルシーの指導を受ければ、立派なメイドになれることを約束いたしますわ!」

 

と絶賛の中で萌えと萌えと、あと萌えと、オマケに萌えが詰まったオムライスに舌鼓を打っていた。

ともあれ、御奉仕もさることながら、そのルックスも粒揃いであるため、先のイギリス貴族の御令嬢もそうだが、彼女等の噂が噂を呼び、男性集客数が圧倒的に多くなってきていた。

 

「ま、円夏ちゃん…その…愛を注入……オナシャスセンセンシャル!」

 

「ふん!良いだろう!!燃え燃えキュンキュン燃えキュンキュン!」

 

「字が違ぇ!?」

 

「五月蠅い黙れ、仕様だ。」

 

御奉仕とはほど遠い円夏のその接客。

クレームが来るかと思いきや、その鋭く冷たい眼差しを求めるドMが殺到していた。

 

「お待たせしました!激萌えマキアートです!キュン死パンケーキはもう少々お待ちください!」

 

五反田弾の妹である五反田蘭は、実家が食事処だけあってその手腕は確かな物であり、見事な接客で客の評価は上々だった。

 

「おっとと!お待たせしましたぁ!ラブパフェと、初恋ジュースです!ご注文は以上ですか!?ごゆっくりどうぞ!」

 

元気一杯に教室中を駆け回るのは木綿季。その人懐っこい愛嬌ある笑顔は、来る人来る人を魅了し、一躍注目の的になっていた。…少し危なっかしいのはご愛嬌か。

皆総じて評価の高いメイド度ではあるが、特に上記の3人が客の注目を集めていた。

売り上げは上々。

このまま行けば、集客トップのクラスに送られるスイーツ1ヶ月無料パスは貰ったも当然。

そう誰もが思っていた矢先に、事件は起こった。

 

「きゃあ!?」

 

一人の生徒の甲高い悲鳴が教室に木霊した。

場違いとも言えるその声に、メイド達は元より、客も皆其方に視線を集める。

そして視線の先…悲鳴を上げた女子生徒は胸元を護るように手を交差させ、まるで怯えるかのように彼女の視線の先にいる客達から後退っていた。

 

「なになに?どうかしたの?」

 

颯爽と木綿季は大事なクラスメイトに何かあったのかと駆け寄る。

 

「こ、この御客様が、む、胸を…」

 

「何だよ…減るもんじゃねぇんだから触るくらい良いじゃねぇか~。」

 

「そうそう!御奉仕してくれよ!ご・ほ・う・し!」

 

ゲスい笑みを浮かべるのは、20代くらいのチャラチャラした男性客2人。明らかに頭が悪そうで、金髪に染めた頭にパーマを掛け、耳や口許にピアスをつけ、趣味の悪いネックレスを掛けている。

当事者の言い分からするに、男性客がメイドの胸部を触ったと言うことだろう。

 

「ホラホラホラホラ!御主人様だろ?俺達は!」

 

「御主人様の言いつけ守んないと、メーカー失格だぜぇ!?」

 

ヒャハハハ!と、いかにも悪役然とした笑いに、教室内には嫌な空気が流れつつある。

そんな皆が顔をしかめる空気が、木綿季は大っ嫌いだった。

 

「御客様。」

 

被害に遭った女子生徒を庇うように、そして男達の前に立ち塞がり、見下すように。

木綿季は冷ややかなスマイルで奴らを御主人様と呼んだ。

 

「当店では、その様な御奉仕を行っていません。その様なサービスを求めるなら、IS学園外でお求めください。」

 

「はぁ?俺らは御奉仕を求めてここまで来たの!」

 

「何なら、お嬢ちゃんが御奉仕してくれても良いんだぜぇ?俺好みの胸だし!」

 

ヌッと木綿季の胸に伸びる男の手。だが、たどり着くよりも早く、木綿季はその男の手首を掴み、それを阻止する。

 

「いっつ!!何しやがる!!」

 

「当店ではその様なサービスはありません、そう言いましたよねぇ?」

 

「御主人様に手を上げるなんて、メイドのすることかよ!!」

 

「生憎ですが…」

 

ここで木綿季は、先程の冷ややかさから一転、満面の笑みへとその表情を変える。

 

「ボクの心の御主人様は……一夏一人って決めてるんだ。ボクの胸を触って良いのも、ね!」

 

つかみ上げた手を捻り上げ、関節を極めて制圧する。伊達にIS学園での授業で鍛え上げている訳ではない。

 

「この…手を離しやがれ!」

 

「ならば御退店ください、元御主人様。」

 

木綿季に掴みかかろうとした男の前に、円夏が立ち塞がる。未だ営業スマイルを崩さない辺り、まだ平静らしい。

 

「うるせぇ!退け!まな板!」

 

ブチィ!!

 

何かが…ブチ切れる音がした。

教室の空気が、まるで凍ってしまうかのように冷え込み始める。

室内であるはずなのに、メイド達のスカートがパタパタとはためき出す。

そして何よりも、彼女から放たれる圧力が、冷や汗を噴出させて止まない。

 

「イッテしまった…キレれてしまった…良いだろう…」

 

円夏は冷たく言い放つと、自身の胸部を侮辱した男の胴を、まるでお米様抱っこの様に担ぎ上げ、窓の方へとノッシノッシと歩いて行く。

何をされたのか解らない男は、ポカンとした表情で運ばれていく先で…。

ガラガラと教室の窓を全開にする。

 

「では…貴様には強制退店して貰う!!」

 

マウンド場にはピッチャー織斑!

その強肩から放たれる剛速球は、遠投数百メートルは届くほどだ!

さぁ!ピッチャー第1球!

振りかぶって!

 

「は?え?ちょっ…おい!」

 

「いっぺん…死んでこい!!!」

 

投げたぁぁぁぁ!!!

 

窓から思いっきりぶん投げられた男は、見る見るうちにグラウンドを越え、

森林部を越え、

海岸部を越え、

東京湾に大きな飛沫を上げて着水した。

その距離は大凡300mと言ったところか。

まぁ運が良ければ死んでないだろう。

と言うか、これ、ギャグ補正かかってるし。

 

「木綿季、第2球だ。」

 

「おっけい!」

 

「すいません許してください!何でもしますから!(何でもするとは言っていない)」

 

後ろでずっとスタンバってた木綿季が、自身の胸を触ろうとした不埒者を円夏に引き渡すと、これまた同じように東京湾に沈める。

 

「ヴォーダの闇に沈め、痴れ者が。」

 

事をなした後に振り返れば、教室に居るメイド、客全てからポカンとした目で注目されていた。

 

「あ、いや…私は…その…!」

 

無我夢中で気付かなかった円夏は我に返り、あたふたし始める。

折角の学園祭なのに、こんな大立ち回りをしてしまっては台無しだ。

このままでは…

そう悲観していた円夏の耳に、一人のぱちぱちと手を打つ音が静かに教室に鳴り渡る。

やがてそれは、二人、三人と増え始め、まるて嵐のように喝采へと変わる。

客は総立ち。まるでスタンディングオベーションのように。

 

「よくやったメイドさん!」

 

「やりますねぇ!やりますやります!」

 

「あぁ~、いいっすねぇ~」

 

「円夏、格好いい~!」

 

どうやら皆が不埒者に嫌気がさしたようで、誰も非難しようともしなかった。

むしろ賞賛の嵐。

誰も彼もが円夏を称えていた。

 

「じゃあ皆さん!メイド喫茶再開します!改めて楽しんでいってください!」

 

木綿季の通る大声で、客やメイドの皆がそれぞれの席や持ち場に戻る。

木綿季は未だ固まっている円夏の手を取り、駆け出す。

 

「ほら!円夏、仕事仕事!」

 

「…そうだな、頑張るとしようか。」

 

こうして、メイド喫茶はつつがなく最後までやり遂げ、見事売り上げトップに輝くことになった。

後日、学食で円夏と木綿季が特大パフェに舌鼓を打っている姿が見られたとか何とか…。

そしてさらに後日、

脱衣場から、2人分の悲鳴が聞こえたとか何とか。



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『お風呂パニック!』

敢えて言います。
17.9禁にかもしれない、と!


「ババンババンバンバン…ババンババンバンバン…っと。」

 

今日も1日ご苦労様。

自身の着ていた服とサヨナラし、生まれたままの姿へと変える。

洗濯機にそれらを放り込み、腰に手ぬぐいを巻き付ける事も忘れない。

そう、服は今から洗濯。

そして自身が今から始めるのは…

 

命の洗濯

 

そう、

 

風呂だ。

 

寒い空気が突き刺す今日この頃にコイツは欠かせない。

 

いくら暖房を付けども、末端までの暖は中々取れない。

 

故に

 

だからこそ

 

リリンの生み出した文化の極みは必要なのだ。

 

「おっと、そういえばボディーソープがそろそろ切れかけてたな。ついでに補充しとくか。」

 

ボディーソープと言えばシャルロットが女の子と解ったときも、切れかけていた風呂用品を届けたのが切っ掛けだったなぁ…。

そんなに長い時間が経っていないはずなのに、何処か懐かしんで思い出し笑いを浮かべてしまう。

 

ガチャ

 

「あ……。」

 

「ふぇ……?」

 

一夏は思った。

風呂用品を風呂の時間帯に補給するのは金輪際止めようと。

 

「い…ちか…?」

 

「ゆう…き?」

 

目の前で身体を洗っているのは、恋人である木綿季だ。

既に髪は洗い終えたのかしっとりと濡れており、今はボディーソープを泡立てて、その細身の体躯を洗っている最中なのだろう。

細く、しなやかな四肢。

年頃の少女らしくキュッとくびれたウエスト。

いかにも柔らかであると断言できる(意味深)ヒップ。

そして美しく張りのあるバスト。

 

恋人フィルター的な物もあって美化しているかも知れないが、一夏からすれば完成された芸術がそこにはあった。

 

「あれ?え…なんで…?」

 

見る見るうちに顔を赤らめる木綿季に我を取り戻した一夏は、思わず背を向ける。

 

「ご、ごめん木綿季!は、入ってるって…気付かなかったから…。」

 

そうか、鍵をかけ忘れていたのか、と自身の失態を悔いる木綿季。

まぁ浴室に電気が着いていることに一夏も気付かなかったのでどっこいどっこいなのだが。

 

「す、すぐ出て行くから!」

 

「待って!」

 

よもや呼び止められるとは思わず、ビクッと静止する一夏。

振り返る事は出来ない。

振り返りたいが、それは理性が許さない。

背中越しにシャワーが流れる音が耳に入り、何を思って呼び止めたのか確かめたくなる。

ややあって

シャワーが止まり。ちゃぷん…という水音の後、木綿季は漸く口を開いた。

 

「ど、どうぞ…。」

 

「な、何が?」

 

「入ってきても、良いよ?」

 

「What?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

如何してこうなった。

洗身を終え、浴槽に入りながら一夏は自問する。

ゆったりと、それこそ足を伸ばして入っているのは至上のことだ。風呂に入りに来たのだから、それは普通だろう。

だが…

広げた足の間にすっぽりと収まるように湯に浸かる木綿季が、一夏の入浴をただならぬ物へと変えていた。

 

「あ、温かいね、一夏。」

 

「お、おう、そう、だな。」

 

すこしぎこちないやり取りが浴室に木霊する。

木綿季が『入って、どうぞ』と促し、戸惑いながらもなるべく木綿季を見ないようにしながら一夏は身体を洗った。思えば、木綿季の誘いを断らなかった地点で、理性の抑制が弱まっていたのかも知れない。

いざ身体を洗い終え、出ようとした矢先、次は

 

「一緒に…入ろ?」

 

等という爆弾発言が木綿季の口から飛び出してきた。

こうなれば毒を食らわば皿まで。

流石に2人で背を向け合って入るのは狭いと言うことで、比べて体格の大きい一夏が身体を伸ばして入り、その中に木綿季が一夏に背を預けるように入ることとなった。

 

(ど、どうするんだよこれ…!)

 

目の前には全裸の木綿季。

ほんのりと漂うボディーソープの香り。

しっとりと濡れた肌。

髪を結い上げているので、露わになっているうなじ。

断言しよう。

今この状況で興奮しない男子高校生がいるだろうか?いや、いない!

肌が触れるか触れないかのこの距離感。

手を伸ばせば、その柔らかな少女の体躯に届く。

心臓がバクバクと波打ち、その血流は下半身へと…

 

(これ、あかん奴や!)

 

スーパー理性の本領発揮。

今この場でおっ立ててしまっては、その伸びた先にある柔らかな木綿季のお尻に触れてしまう!

そうなってしまっては、ただでさえヤバい理性が瞬く間に崩壊し、一夏は野獣と化してしまうだろう。

そうなってしまっては、『入浴レ〇プ!野獣と化した可能性の獣』などという見出しで事案になりかねない。

 

(うぉぉぉぉ!!!静まれ…静まりたまえ!さぞかし名のある名器《誇張》と言うモノが、なぜこの場でおっ立とうというのか!?)

 

端から見れば必死の形相だっただろう。

襲うまいと、零落白夜を発動させようとする雪片弐型を鞘に納めることに成功した一夏は、ふぅ…と安堵の溜息を漏らす。

イケないけど…イッちゃいけない。

そんなお預けのようなもどかしさを噛み締めながら。

 

「ね、一夏。」

 

「お、おぅ?なん…」

 

何だ、と、そう言いかけた矢先に、木綿季は一夏の手を取ると、自身の脇を通してお腹に回し、まるで抱きかかえるような形へともっていった。

 

(な、なん…だと……)

 

「こうやって…ボク、ギュッて…して欲しいな。」

 

いつになく甘い声が耳を甘噛みするように囁かれる。

手のひらに触れる柔らかな木綿季の腹部が、一夏の理性をガンガンぶち壊しに来る。

 

「その…ギュッてしたら…色々ヤバいんですけど…。」

 

「ヤバいって何が?」

 

故意?

故意なのか?

男の性欲を知らないとでも?

まるで小悪魔かとも思える木綿季のスキンシップは、一夏の脳を麻薬か何かのように麻痺させてくる。

 

「もしかして…一夏、エッチなこと考えてたりするの?」

 

「んなっ!?ち、ちがっ…!」

 

「一夏のエッチ。」

 

シャルロットと言い木綿季と言い、どうしてこうも人をスケベ扱いしたがるのか。いや、あながち間違いではないのだが…。

 

「でも一夏、そういうことを無理矢理しないって、ボク信じてるから…だから一緒に入ろって誘ったんだよ。」

 

「木綿季…。」

 

「それにさ、恋人同士でお風呂って、ちょっと憧れてたんだよね。」

 

ゆっくりと背中を一夏に預けてくる木綿季は、一夏の顔を覗き込むように顔を向ける。

 

「身体だけじゃなくて…心もポカポカするよ。」

 

ポカポカというよりドキドキしてるんだけど。

 

「えへへ…一夏ってば、すっごくドキドキしてるでしょ?背中にバクバク伝わってくるよ。」

 

「こ、こんな状況で…ドキドキしない奴が…いるかよ。」

 

「うん、そうだね。…ほら。ボクも…。」

 

ふにょり…と、手のひらに伝わる柔らかな感触。

そしてその後に伝わってくる、早く波打つ確かな振動。

 

「ゆゆゆゆゆゆゆゆゆ木綿季さん!?」

 

「ボクも…ドキドキしてるんだよ…?」

 

あろうことか、木綿季は一夏の手を自身の左胸へと導いたのだ。

もはや木綿季の鼓動を確かめる余裕などない。

柔らかなその感触、そして手のひらに押しつけられる()()()が、一夏の脳内と理性を、まるで津波のように覆い尽くそうとしている。

 

「ひゃぅっ!?い、一夏…指…動かしちゃ……ん…っ!」

 

無意識だった。

その麻薬のように求めて止まないその柔らかな感触を味わおうと、手を軽く握る。手に強くもなく、かと言って張りがないわけでもないその弾力が伝わる。

そして指を動かされる度に耳に響く、木綿季の甘美な嬌声…。

もはや、一夏の理性は1989年の11月10日のベルリンの壁。

胸の感触が重機で、理性というベルリンの壁を破壊せしめんと迫り来る。

歴史を覆す事は出来ない。

故に、理性の崩壊は時間の問題。

 

「ゴクッ…!」

 

思わず固唾を飲み込む。

このまま…木綿季を快楽の海に沈めたい。

自身も快楽の海に沈みたい。

一線を越えたい気持ちが、理性の崩壊を推し進めていく。重機の強固なアームが、コンクリート製の壁にヒビを入れ始めた。

 

「ふぁ…ん…っ……一夏ぁ…んっ…!」

 

こちらに顔を向ける木綿季の、柔らかな唇を奪う。

木綿季に抵抗はなかった。むしろ、彼女からその舌を絡めてきている。

 

「んっ…ちゅ……ぷぁ……んん…っ!」

 

上気したその肌、そして…潤ませる彼女の瞳。

もはや一夏を止められるものは何もない…。

いざ…人類の…否!生命の神秘を解き明かす旅路へ…

 

「ブクブク……!」

 

「へ…?」

 

唇を離したのかと思えば、何かが泡立つ音共に一夏の姿は消えた。

眼下には湯船に沈み、目を回す彼の姿。

その顔は真っ赤に染まり、その原因は風呂場で興奮状態に陥ったことによってのぼせたことであるのは明確だった。

 

「い、一夏!?一夏ぁぁぁっ!?」

 

静かな夜の織斑家に、木綿季の悲鳴が響き渡った。

一夏が沈んだのは快楽の海ではなく、風呂の湯とは皮肉であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…全く…一緒に風呂に入ってイチャコラして、挙げ句のぼせるとは…。」

 

「うぅ…面目次第もない…。」

 

足を高くして、額にぬれタオルを置いてソファに横たわる一夏の看病をしながら、木綿季は円夏に正座させられて説教を受けていた。

木綿季の悲鳴を聞いて何事かと円夏が駆け付けた所、全裸の木綿季と湯に沈む一夏。状況が飲み込めず、流石の円夏も混乱した。

幸い呼吸停止などはなかったが、やはりのぼせていたのは間違いないらしく、円夏が一夏を引き上げてこうして安静にさせて今に至る。

 

「…まぁこの馬鹿兄が手を出してこないことにヤキモキするのは解るが、コイツの気持ちも考えてやれ。」

 

「一夏の…気持ち?」

 

「手を出さないのは、単にコイツが鈍いわけではない。…コイツなりに考えて手を出さないようにしてるんだよ。」

 

円夏は続ける。

手を出して、取り返しの付かない事態になる訳にはいかない。

だからせめて、学生の間は清い関係でいることに誓いを立てているのだ、と。

だが木綿季の誘惑はそれに反故させるもので、耐えるのに必死なのだという。

 

「まぁ…お前がもどかしく思う気持ちもわかる。だがな、コイツなりにお前を大切に思っているからこそ手を出さないことも理解してやれ。」

 

「…うん。」

 

「…なら傍に着いていてやれ。私はスポーツドリンクでも買ってくる。」

 

円夏は上着を羽織り、家を後にする。

残されたのは2人だけ。

千冬はまだ帰ってこない。

 

「ゴメンね、ボクが変に焦ってて…。」

 

思えば木綿季は悩んでいた。

一夏が手を出してこないのは、自身の魅力が足りないからだろうかと。

だから誘惑した。

布団に潜り込み、

はては今回の一緒の入浴だ。

だが一夏は手を出さないように堪えていた。

それは木綿季の魅力がないからではない。

木綿季が大切だからこその選択で誓いなのだと。

それをつゆ知らず、寧ろそれを破るような行為をしてしまった自身の不甲斐なさ、そして一夏の優しさに、木綿季は胸を締め付けられる。

 

「ありがと…ごめんね、一夏。」

 

これはせめてものお詫びと…

静かに目を閉じている一夏の唇に、キスを落としたのだった。



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『木綿季のちょっとしたバイト体験記』

個人的に好きな外部作品のキャラを出してます。
知ってる方は、店内BGMをあの曲で脳内再生です


「いらっしゃいませ!」

 

カウベルの音に反応し、ウェイトレス姿の木綿季は満面の笑顔で来客に応対する。

 

「クッ……!嬢ちゃん…4番テーブルにブレンドの3を2つだぜ。」

 

浅黒い肌で、ボサボサの黒髪と短く整えた顎髭の男性が、慣れた手つきでコーヒーのブレンドをカップに注ぎ、カウンターに乗せる。

木綿季は足早にそれをトレイに乗せると、注文のあった席へと急ぎ運ぶ。

 

「お待たせしました!ブレンド3になります!」

 

ここ、『ゴドー・カフェ』。ブレンドコーヒーのみで勝負をするハードボイルドな店長が経営するカフェで、木綿季はちょっとしたアルバイトをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クッ…!さすが嬢ちゃんだ。『掘り斑』の坊主が紹介するわけだぜ。」

 

「掘り斑じゃなくて織斑ですけど。」

 

客がはけた店内で、そう言って売り物のブレンドを飲み干すのは、オーナーで店長である『神乃木(かみのぎ) 荘龍(そうりゅう)』。休憩と称して今日30杯目のコーヒーだ。

木綿季も休憩として甘いミルクコーヒーを入れて貰っている訳だが、それを口にする度に目の前の男が『クッ…!』とコーヒーを飲みながら苦虫をかみつぶしたような顔をするので、正直言って鬱陶しいし飲みにくい。

 

「クッ…!やっぱりおこちゃまには俺のブレンドは早かったか。」

 

「お、おこちゃま言わないで下さい!」

 

「ブラックという人生の闇を飲み干せねぇ時点で、まだおこちゃまなんだよ。…嬢ちゃんも、掘り斑の坊主も。」

 

「え?普通に一夏はブラックですよ?」

 

「クッ…!男はヒドい目にあって、初めて大人に成長するもんだぜ…!」

 

普通に一夏はヒドい目に遭っていると思う。

SAOに囚われて、

IS学園に放り込まれて、

そこで何度も命のやり取りをして、

怪我をして、

生死の境をさまよって、

ヘタをしたら、もう既に一生分はヒドい目に遭っているかも知れない。

 

「そもそも、あの掘り斑が嬢ちゃんみたいな恋人を、大人の溜まり場にほうりこむなんざ…何考えてんだ?」

 

「う~ん、まぁ店長のこと、安心して預けれるって言ってたし、ボクも一夏の信頼する人なら大丈夫かなって、ここをバイト先に選んだんですよ?」

 

「クッ…!よせやい、テレちまうぜ。」

 

 

 

 

 

 

 

そもそも一夏と荘龍…イチカとゴドーの出会いはひょんなことだった。

何の気無しにGGOにログインした先に、そっとカフェを営むプレイヤーに、イチカは出会ったのだ。

それこそゴドーの営むカフェだった。

殺伐としたGGOで、こうしてカフェを営むプレイヤーに興味を持つのは必然かも知れない。

聞けばエギルのように、仮想世界と現実世界の両方でカフェを経営していると言うことで、益々興味を持ったイチカは、ちょくちょくゴドーのカフェを訪れるようになった。

コーヒーしか無いその店のブレンド。味覚エンジンをフル稼働させているかの如く、全てのブレンドは微妙に味が違う。コーヒーのその僅かな味の差異に引かれ、現実世界でも荘龍のカフェに足を運ぶようになったのである。

 

 

 

 

 

 

「クッ…!短い間だろうが、精々味わいな。オトナの、コーヒーの様に黒く、そして苦い世界を、な。」

 

(もちろん!オトナの世界を味わって、オトナの魅力を身に付けて、一夏を悩殺するんだから!)

 

目的を微妙にはき違えているような気がしなくも無い木綿季。

そもそも彼女が悩殺しなくとも、一夏は木綿季に惹かれているのは周知の事実なのだが、そこは割愛すべきだろう。

 

「クッ…!微妙に煩悩が感じられたが気のせいか?」

 

「え?き、気のせいですよ気のせい!」

 

「否定するこたぁねぇさ。煩悩ってぇのは、人間に与えられた人間らしさだぜ。煩悩といえば、俺もアイツと出会ったのは、5年前のあの日…6杯目のモーニングコーヒーを飲み干したときだった…。」

 

「え?ここで回想ですか!?」

 

「嬢ちゃんの煩悩に合わせて、俺の煩悩をさらけ出してやってんだよ。5年前のあの日!17杯目のモーニングコーヒーを飲み干したときの話だ。」

 

(え?さっきと数変わってないですか!?)

 

突っ込んではまた反論される。

ここは聞きに徹するしか無い。

恐らくは長々しい惚気話にになることは請け合いだろうが。

 

しかし、

ここで木綿季に女神が舞い降りた。

 

「うぇ……さ、流石にあのフランス料理店のランチは…ハズレだった…。」

 

「う…うむ……アレを食べるくらいなら…軍用レーションの方が何倍もマシだ…。」

 

顔を青くして項垂れながら入店してきたのは、木綿季のよく知る2人だった。

片や金髪のセミロング、片やプラチナのロングヘアに眼帯。

 

「あれ?シャルロットとラウラ?いらっしゃい!」

 

「え?木綿季?な、なんでこんなとこに?」

 

「クッ…!こんなとこで悪かったな。」

 

「ボク?バイトだよバイト!」

 

「ほう…何の気無しに入った場所でお前に出会うとは…奇偶だな。」

 

とりあえずお客様なので2人を席に誘導し、メニューを渡して伝票を取る。

メニューをしばらく眺めていた2人だが、読み進めて行くにつれて少々怪訝な表情を向ける。

 

「あの…木綿季?」

 

「ん?」

 

「ここって…コーヒーしかないの?」

 

「ないよ?」

 

何当たり前のこと聞いてるの?と言わんばかりに首を傾げる木綿季。

 

「さ、流石にケーキセットとかは…。」

 

「ねぇぜ。」

 

ゴクッと、荘龍は31杯目のコーヒーを飲みながら、シャルロットの問いにバッサリ異議を唱える。

 

「クッ…!男には1本の筋が通って魂を込められるもの…それがあれば良いのさ。」

 

「…つまり?」

 

「コーヒーだけで勝負ッてこと。」

 

荘龍節が理解できないシャルロットとラウラに、何となく理解というか翻訳が出来る木綿季が代弁する。この神乃木荘龍という男、例え話や揶揄が遠回りになって理解されないことが多く、こうして木綿季が訳しているのだ。

 

「クッ…!察しの良い奴はキライじゃねぇぜ。ブレンドのナンバーと味の趣向をメニューに書いてあるから、参考にして頼むんだな。」

 

確かにメニューには、酸味や苦み、香りの趣向に合わせて細かくナンバリングされており、コーヒー1つ取っても数十種類ある。ケーキセットの様なものを探すのに夢中で気付かなかったようだ。

数分ほど思考し、シャルロットとラウラはそれぞれ酸味、香りに重きを置いたブレンドを注文。荘龍は相変わらず『クッ…!』とか言いながらそれぞれの番号に合わせた配合のコーヒー豆を手早く挽き、ドリッパーで抽出していく。その手際に見とれていると、やがて喫茶店内に豊かなコーヒーの香りが漂い始める。

 

「ふわぁ……良い香り…。」

 

「そうだな。インスタントや缶コーヒーはよく飲むが、この香りはまたひと味違うな。」

 

「クッ…!嬢ちゃん達…わかってるじゃねえか。」

 

予め温めておいたカップに注ぎ入れ、ソーサーに乗せてカウンターに乗せる。

木綿季がトレイに乗せると、やはり『クッ…!』と32杯目のコーヒーを飲む荘龍を無視して、木綿季は友人達の下へと急ぐ。

 

「はい、こっちがシャルロット、こっちがラウラね。」

 

「クッ…!試させて貰うぜ…お嬢ちゃん達がオトナかどうかをな。」

 

なぜコーヒーを飲みに来てまで試されなければならないのか。

目を丸くしていると、木綿季が『無視しといて良いよ。』 と肩を竦める。

荘龍の言葉は気になるが、それはそれとしてもあれだけ豊かな香りを漂わせていたのだ。普段は砂糖やミルクを入れようとも、まずはそのまま飲んでみたいと言う意欲が2人に湧いてきた。

 

「い、いただきます。」

 

カップを顔に近付ける。

先程から感じていたコーヒーの香りが、より鮮烈に鼻腔を突き抜ける。

今まで感じたことの無い、挽き立ての豆ならではの香りに緊張しつつも、ゆっくり、そっと一口含む。

 

「…おいしい。」

 

「あぁ。確かに…今までに味わったことの無い…何というのか、香ばしい。」

 

「クッ…!挽き立てだからな。それがコーヒー本来の味って奴だぜ。」

 

確かにブラック特有の苦みはある。

だがそれぞれの酸味と香りが、自然と身体に染み入り、何の躊躇いも無く味わえる。そんな一杯。

 

「うん、さっきのフランス料理店に比べたら雲泥の差だな。」

 

「フランス料理?」

 

昼間っからフランス料理とはブルジョアなものだが、2人は代表候補生。ある程度の給金もあれば、ラウラはそれに加えて現役の少佐。それくらいの貯金は十分あったりする。

 

「クッ…!お嬢ちゃん達、『あの』店に行ったのかい?」

 

「あの店?」

 

一人話が見えない木綿季は首を傾げる。

生まれてこの方フレンチレストランの料理なぞ食べたことが無いので、尚のことだ。

 

「この近くにね?『吐麗美庵(トレビアン)』てフランス料理店があるんだけど…けど…」

 

「…アレはヒドかった…あらゆる意味で。」

 

2人は思い出していくうちに、眼のハイライトが消え失せていく。

フランス料理店吐麗美庵

ゴドー・カフェからそう遠くない位置に店を構えるフレンチレストラン。

一見普通のフレンチレストランなのだが、

内装がフレンチレストランらしからぬファンシー且つショッキングピンク。

店の端々から香るアロマの香り。

極めつけは店長と、その料理だ。

店長は本土坊(ほんどぼう) (かおる)。フランスで5年修行を積んだ料理人だ。その心は乙女心を理解し、バラを慈しみ、アロマ作りが趣味という、とても女性的なものだ。そしてフランス語を嗜み、実に女性らしい口調で話す。

ここまで聞けば、聞こえは良いだろう。

だが男だ。

そのルックスは40手前のムッチリとしたオッサンがピンクでノースリーブのコック服に身を包み、カールした髪や顎髭を蓄えている。その強烈なインパクトは、二人に決して小さくない衝撃を与えていた。

そして二つ目の料理。

フランス料理と聞けば、繊細で奥深いものとイメージするだろう。

だが彼の料理は

本格的な変化球を追求した味

なのだ。

ちょっとした変わった変化球の味ではない。

本格的な変化球

である。

メニューを見ても、料理名は

『オマール海老とアワビのフリカッセバルサミコ酢風味のなにか』

という、一見高級食材を使っているようなニュアンスであるが、実際は使っていないらしく、消費者センターから突っ込み待ったなしの内容なのだ。

そんな強烈なフランス料理を味わった…否、味わわされてきた2人は、その店で食後にコーヒーを頼んだのだが、例に違わず…その味は想像にお任せする。

 

「クッ…!あの店のコーヒーは、一口飲む価値はあるが、それ以上の価値はないぜ。」

 

荘龍は想像しただけで、また苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。味を思い出してしまった口直し、と言わんばかりに、33杯目のコーヒーをごくごくと飲み干していく。

 

「…まァ、あの店の尻拭いってェのも少し癪だが、あの店を選んだ嬢ちゃん達の不幸を偲んでそのコーヒー…奢っちゃうぜ。」

 

「え、えぇっ!?そ、そんな、悪いですよ!」

 

「クッ…!その代わり…また来てくれたら良いだけだ。お友達でも連れてな。」

 

「わかった。ならば次回は教官に声を掛けてみよう。確約は出来んがな。」

 

「クッ…!期待してるぜ。」

 

「…2人が悶絶するほどの料理…。」

 

本場の人間が言うからにはよっぽどのものなのだろう。

怖い物見たさに、今度一夏を誘って行ってみようかな。

ぶつかってみなくちゃわからない。

そんな彼女のポリシーにより、ちょっとした事件の蕾が、木綿季の中で芽生えてしまったのは不幸としか言えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました~!」

 

西日が差し掛かる時間。木綿季や荘龍との談笑をしながら彼の淹れたコーヒーを味わったことで、吐麗美庵でのダメージを癒した2人は、足取り軽くゴドー・カフェを後にした。丁度店じまいの時間なので、2人を見送った後に木綿季は店のオープンプレートをクローズに裏返しておく。

 

「クッ…!嬢ちゃん、今日はもう上がって良いぜ。」

 

2人の使用したカップを洗いながら、荘龍は木綿季に終わるよう促した。

まだ店の後片付けが終わってないのに、と首を傾げる彼女を尻目に、荘龍は本日40杯目のコーヒーに口を付ける。

 

「クッ…!今日はお前さん、買いに行くもんがあるんだろ?…早くしないと遅くなっちゃうぜ?」

 

「え?で、でも片付けまでが仕事だって…。」

 

「クッ…!片付けまでして、買い物行ってたら、掘り斑が心配するだろうが。お子ちゃまが1人で、コーヒーみてぇな暗い夜道を歩くもんじゃねぇぜ。それに、俺が良いって言ってんだ。…行きな。」

 

「荘龍さん…ありがとうございます!」

 

彼の気遣いを不意にしないよう、足早にスタッフルームまで走る木綿季。

 

「嬢ちゃん!」

 

横薙ぎに投げ付けた何かを、木綿季は振り向きざまに何とか受け止める。

それは茶封筒。そこそこの重さがある。

 

「御駄賃だ。持ってきな。」

 

御駄賃…と言うよりバイト代だろう。

 

「あ、ありがとうございます。」

 

「クッ…!良い買い物しなよ、木綿季。」

 

「…!ハイッ!」

 

名前を呼ばれたことが余程嬉しかったのか、バイトの疲れなどどこ吹く風と言わんばかりに、花が咲いたような笑顔と共に、弾けるような返事でスタッフルームへと姿を消した。

 

「…クッ…!これが若さかよ。」

 

30代という微妙なお年頃で、荘龍はそうごちて、コップのコーヒーを飲み干した。

 

「苦ぇ…。俺もまだまだ青いってことかよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏!」

 

時は進み、夕飯が終わった織斑家。

洗い物をする一夏に、木綿季は声を掛ける。

 

「ん?どうかしたか?」

 

「あ、あの…ね?その…。」

 

洗い物の手を止めて、彼女の話を聞こうとするが、件の木綿季はモジモジと手を後ろで組んで何か言いたげだ。

 

「えと…んと……!」

 

どう言えば良いのか。

いつもは色々一夏にして貰ってばかりのお礼と思ってバイト代をつぎ込んだ。

いつもならサラッと言えるはずなのに、どうして意識するとこんなに恥ずかしくて、緊張してしまうんだろう。五月蠅いくらいに心臓がバクバクしてるし。

 

「木綿季、大丈夫。深呼吸して。ゆっくりな。それからで良いからさ。」

 

「う、うん。すぅ~……はぁ~……。……よし!」

 

一夏の気遣いによって、気を入れた掛け声と共に、心に勇気が湧いてくる。

幾何か落ち着いた心臓により、頭の中が少しばかりクールになってきていた。

そうだ、頭はクールに、心は熱く。

誰かがそう言っていた。

 

「あの、これ…。」

 

スッと差し出されたのは、とあるテーマパークのワンデイフリーパスだ。全国的に人気があるらしく、日本各地からここを訪れるために足を伸ばすほどである。

 

「これ、どうしたんだ?」

 

「ば、バイト代を…その…使ったんだ。一緒に行きたくて。」

 

「なんだ。行きたいんだったら言ってくれたら連れて行ってやるのに…バイト代は木綿季が好きなものを買うために…」

 

「こ、これが欲しかったの!…ボク、思い返したら何処か遊びに行くにも、一夏に連れて行って貰ってばかりだし…。だから、ボクの方からこうして一夏を誘いたかったの。」

 

「木綿季…。」

 

「だから…一夏。ボクと一緒に…行ってくれますか―?」

 

これは木綿季からのお礼と、そしてデートのお誘いだ。

自分のために彼女は働いて、そのお金を使ってくれている。

ここはYesと言う選択肢以外は無いだろう。

 

「あぁ、有り難く御一緒させて貰うよ。」

 

そんな一夏の返事に、ぱぁっと向日葵のような笑顔を咲かせる木綿季。

一夏としては、これだけで十分過ぎるお礼だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…で?まるほどうは事務所を継げそうかい?」

 

日も沈んだゴドー・カフェ。

2人用のテーブルで荘龍と、彼より少し若い女性がコーヒーを飲み交わしていた。

黒のピッチリとしたスーツ。襟首には弁護士バッジを付け、首からネックレスのように下げた勾玉の様なアクセサリー。腰までの茶掛かった黒髪と合わせて、誰もが振り向くであろう美貌を醸し出していた。

 

「えぇ。まぁ法廷じゃ相変わらず綱渡りな感じだけど。でも大丈夫そう。」

 

「そうかい?俺からしてみりゃ、まだまだお前さんがいてやらにゃならねぇように見えるがな。…ハッタリの勢いは認めるが。」

 

「ハッタリも1つの戦略よ。危なっかしいのは変わりないわ…けど。」

 

「けど、なんだい?」

 

「あの子が一緒だからね。2人で力を合わせて、何とかしていけるって、そう思えるのよ。」

 

「クッ…!そんな曖昧な…。」

 

「あら?女のカンって、よく当たるのよ?」

 

そう荘龍を一蹴し、彼の淹れてくれたコーヒーを一口含む。

相変わらず、今飲みたいブレンドを淹れてくれる細かな気遣い。

ハードボイルドで、ちょっとキザだけど、そんな彼に、彼女は惹かれたのだ。

 

「成歩堂くんが一人前になるまで…もう少しなの…。だから…一人前になったら、事務所を譲って…その時に、あの返事をしたい。」

 

クッ…!と荘龍が笑う彼のポケット。

彼女に会ったときにいつでも渡せるように、1つのケースを忍ばせてある。

その中身は指輪。

 

「いいぜ。…俺はいつまでも待ってる。コネコちゃんが得心するまで、まるほどうをしごいてやんな。」

 

「あー!またコネコちゃんて!もう!私はもう新人じゃないんですからね!」

 

「そう癇癪を起こすから、いつまでもコネコちゃんなんだぜ千尋。」

 

夜はコーヒーのように深く、黒く更けていく。

2人の婚約者の夜はまだまだ長い。




ちょっと長くなった。

ちなみに

柄の悪い客が来るイベントを考えてました。
で、
木綿季がブチ切れてアホ毛を抜く

オルタ化

大暴れ

そんな流れです。
元ネタは…知ってる人居るかな。


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木綿季誕生日記念短編

ギリギリ!間に合った!


その部屋にはとんでもない重圧が掛かっていた。

と言っても物理的な物ではない。ただ、そこに居るだけでプレッシャーやら威圧感やら。それこそフロアボス所かクォーターポイントボスを彷彿させる程の。

その部屋のど真ん中。ゆうに5、6人で使用できるテーブル。その傍らに立つ一人の青年がそのプレッシャーの原因だった。

無論、その青年はボスでも何でもない、ただの人間である。にもかかわらず、そんな雰囲気を出すことができるのは最早異常に近しいものだが、その視線はボスに挑む際の彼のそれと変わりなかった。そんな彼にとって、今その視線の先にある物は、下手をすればクォーターポイントボスを凌駕しかねないほどの物なのは変わりなかった。

額から汗がしたたり落ちそうになるのを手拭いで手早く拭う。

万が一、億が一、支障や不備があってはならない。それ程までのものと相対しているのだと、見て取れる形相だった。

 

「…なぁ妹よ。」

 

「何だ、姉よ。」

 

「アイツは…一体何と相対しているのだ?」

 

そんな彼が居る部屋を覗き込む二人。揃ってみればまるで双子の如く瓜二つ。千冬と円夏だ。

命の遣り取りをしているかのような彼…一夏。その理由が何なのか、千冬はわからないらしく、こうして一緒に覗く円夏に尋ねたわけだ。

 

「…アイツがあそこまでのめり込むもの…と言えば、十中八九、関係してくる奴がいる。」

 

「…??誰だ?ソレは…。」

 

「…そんなんだから27にもなって男の影が無いんだよ。」

 

「ヲイ…。」

 

未だ年齢=恋人居ない歴を絶賛更新中の千冬の急所を抉るかのような言い様に、思わず低い声が喉から飛び出る。

恋人が出来ない理由としては、やはり彼女の肩書きが猛威を振るっているのは間違いないだろう。世界最強の女ともあっては、世の男は釣り合いがとれないと思うばかりなのだ。

 

「木綿季だよ。」

 

「ん?」

 

今絶賛遊びに出掛けている、件の一夏の恋人の少女だ。

現在彼女は、明日奈や直葉に連れられてお買い物の真っ最中だ。一夏とのデートも勿論これ以上に無いくらい楽しいものだが、女友達とのショッピングも、今更ながら心躍るものと気付いた木綿季は、たまにこうして女友達と、時々円夏とも街へ繰り出していた。

しかし…ここまでヒントを出しておいてまだこの姉は気付かないのかと、内心、円夏は呆れる。

 

「今日の日付は?」

 

「5月23日だろう?それが?」

 

未だ気付かぬ駄姉に、クイッと顎でカレンダーを指す円夏。何のことかと見て見れば、5月23日の予定に何か書いてある。目を細めて、じっと見てみれば…。

 

「あ……。」

 

「漸く気付いたのか。…さては忘れていたのか?」

 

「い、いや。そんな事は無いぞ、全く。うん。」

 

「そうか。ならプレゼントは…」

 

「あっ、そうだ(唐突)今から少し山田君と出掛ける予定があったんだ。…済まないが留守番しておいてくれ。」

 

手早く自身のバッグやスマホを引っ掴むと、焦りながら上着を羽織り、まるで飛び出すかのように家を飛び出す千冬。

 

「…やはり忘れていたか。」

 

そんな姉の後ろ姿に、円夏は思わず肩をすくめる。

 

「…一夏、飾り付けの件だが…」

 

円夏も円夏で今日の主役を祝福すべく、1つ年上の兄と共に追い込みを掛けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい木綿季!お誕生日おめでとう!」

 

ダイシーカフェにて。

SAO帰還者の関係者にとっては溜まり場となりつつあるこの店で、お茶を交えながら木綿季はプレゼントを渡されていた。

いきなり渡されて、へ?と目を丸くしている本人に、明日奈達は少々戸惑う。

 

「えと…今日って、木綿季の誕生日よね?5月23日…。」

 

「えっと…あっ!うん!そう!そうだったね!すっかり忘れてた!あはは…。」

 

うっかりしてましたと言わんばかりに苦笑い。

当の本人がこれなのだからプレゼントを渡した明日奈も、思わず苦笑いが伝染する。

入院中の木綿季にとってみれば、誕生日はただ歳を重ねるだけの日でしか無かった。唯一、主治医の倉橋医師が祝ってくれてはいた物の、やはり虚しく心に響くだけの物だった。

だがこうして外の世界を謳歌し、木綿季にとって何気なく過ごす日々が輝いていたため、誕生日という、何の気無く過ぎ去っていた日が、特別な日たらしめるように改めて認識させていた。

 

「全く、当の本人が忘れてるんじゃ世話無いな。」

 

「でもまぁ、サプライズへのちょっとしたスパイスになって良かったんじゃない?」

 

呆れるのは箒。結果オーライと評するのは直葉だ。

特技がお互い剣道、と言うことで意気投合した2人は、時折出会うほどの間柄となっていた。もっとも、2人での出掛け先は、剣道用品店という、女子力も何も無いところなのだが。

 

「てことは、忘れてたとこを見るに、さっき初めて今日が誕生日を知った感じかしら?」

 

ウーロン茶をすすりながら、鈴音が軽く探りを入れる。

 

「う、うん。そうだけど?」

 

「起きてから出掛けるまで、一夏にそれらしいこと言われた?」

 

「ん~…いつも通り…だったかも?」

 

「ってことは、一夏の奴、誕生日のこと忘れてんのかしら?」

 

唐変木再びかと言わんばかりに鈴音は呆れた声を出す。

恋人が出来たことでマシになったと思っていたら…。

 

「あ、でもなんか朝からケーキ焼いてたけど、関係あるのかな?」

 

「それよ!一夏君、木綿季にケーキを焼いてくれているんじゃないかしら?」

 

「良いわね。恋人の手作りケーキなんて、妬けるじゃない。」

 

「うむ、ケーキを焼くだけにな。」

 

喜色満面の明日奈と、リズベットこと里香の、ロマンチックな一夏の計らいにキャーキャーする中、ラウラはアプフェルショーレ(ドイツの炭酸リンゴジュース)をストローでチューチュー吸いながら、上手いことを言ったつもりのようにドヤ顔を決め込む。

 

「ら、ラウラ…ソレは流石に…。」

 

「ん?なんだ?日本ではこうして会話に駄洒落を仕込むのが風習ではないのか?」

 

「それ、中年男性が良く口にする、所謂親父ギャグなんだけど。」

 

「ふむ、長らく日本に居て、日本人に感化されたのかもしれんな。実に喜ばしい。」

 

うら若き少女が親父化して、それを喜んでいる本人はさて置くとして。

 

「でもうらやましいですね。恋人の手料理とかお菓子が食べれるなんて。」

 

「全くよ…独り身には想像つかないイベントだけどね。」

 

シリカこと珪子の年の割に少しマセた願望に、彼女の相棒兼姉御的ポジションとなっている里香は同意しながらも、恋人がいない自身にごちる。

そしてここにいる2人以外が同意の思いで頷いていた。

 

「一夏がフリーの時は、手料理をたまに食べさせてもらったけど…。」

 

「でもそれって、誰か一人のためじゃなくて、皆のため…なんだよね。」

 

「全く…恋人冥利に尽きるな?木綿季。」

 

「明日奈も、一度はキリトに料理振る舞って貰ったら?ご馳走してばっかりもアレでしょ?」

 

「お兄ちゃん、簡単な料理は出来ますから、頼んだら作ってくれますよ?」

 

「「あ…あはは…。」」

 

友人からの勧めに、ほんのちょっぴり僻みをアクセントにして、独り身の友人に周囲をブロックされて、時間は瞬く間に過ぎていくのだった…。

 

 

 

 

 

 

「わたくしも、恋人が出来たならば、是非とも手料理を振る舞って……」

 

「やめときなさい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こちらサマーゼロ、ターゲット接近。距離、100。』

 

『こちらウィンターサウザンド。了解。各員、所定の位置に付け。フラッシュバンも用意し、臨戦態勢をとれ。』

 

『えっと…こちらサマーワン、了解。…てかこれ、必要なのか?』

 

『雰囲気作りだ雰囲気作り。わかったらさっさと準備しろ馬鹿者。』

 

『はいはい、わかったよちふゆね…あばっ!?』

 

『千冬姉ではない!ウィンターサウザンドだ!』

 

 

 

 

 

「たっだいまぁ~!」

 

自身に持たされた織斑家玄関の鍵を使い、意気揚々と玄関を開け放つ木綿季。

普段なら一夏が、時々円夏や千冬が出迎えてくれる暖かな家。

しかし、今日の織斑家は違った。

 

「あれ…?だれも…いないの?」

 

誰からの応じもなく、家の中はただ静寂の暗闇に包まれていた。

時間的には六時を過ぎ、日が沈みかけているため、家の中が暗いのは仕方ないだろう。

しかし、ここまで暗いというのもおかしな話だ。

リビングに続くドアすらも見えないなんて…。

木綿季を、得も知れぬ恐怖が包み込んでいく。

暗い家が、彼女を不安へと引きずり込む。

 

「い、一夏、円夏…?」

 

思い切って震える声で2人を呼べども返事はない。

 

「お、お姉ちゃん?」

 

思い切って世界最強を呼んでみる。しかし、返事は…ない。

何処かで液体のような何かが吹き出す音が聞こえたが、気のせいだろう。

得も知れぬ不安を抱きながら靴を脱ぎ、一歩、また一歩、廊下をゆっくりと進んでいく。

いつもの廊下はそれ程長いものでもないはずなのに、今日に限っては体感的に底知れぬ長さを感じる。

ごくりと固唾を呑んで踏み出した足。ひたひたと、靴下越しに木製のそれから伝わるヒンヤリとした感触が、余計に木綿季の不安をかき立てていた。

 

「へいき、へっちゃら、へいき、へっちゃら、へいき、へっちゃら…。」

 

じっとりと背中に嫌な汗が伝う。

ゆっくりと…しかし、早く明かりを付けたいと言うはやる気持ちを抑えながら。

体感時間として何分かかったかわからないくらいにゆっくりと歩き、ガチャリ、とリビングを隔てるドアを、これまたゆっくりと開く。

やはり、そのリビングも静寂と暗闇に包まれていた。

カーテンは閉め切り、電気すらつけていない。とてもじゃないが、日の暮れかけた時間帯の家の状況とは到底思えなかった。

 

「み、みんな…いない、の?」

 

真っ暗なリビングに問いかけても、自身の声が嫌に木霊するだけ。それが木綿季の不安を余計に駆り立てていく。

 

「う、うぅ~、と、とりあえず…電気電気…。」

 

手探りでリビング入り口付近の壁に取り付けられたスイッチを探る。大まかな位置は把握していたため、程なくしてプラスチックのそれが指先に触れる。

兎にも角にもこの暗闇を何とかしたい木綿季は、思い切ってそのスイッチを押し込んだ。

 

 

パチッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、

 

パンッ!パンッ!パンッ!

 

甲高い破裂の音と共に、自身の顔に何か細長い物がペタリと貼りつく。

 

「ひゃあっ!?」

 

電気は接触がアレなのか、何度かフラッシュのように点滅。それがまた木綿季の恐怖心を余計に煽ってしまう。

 

ややあって、

 

眩いLEDの光の下、照らされたリビング。木綿季の目の前には見知った3人が飛び出してくる。

 

『木綿季!誕生日おめでとう!』

 

再び、先程の乾いた音が、3人の持つクラッカーから放たれ、そこから発射された紙テープが、木綿季の頭に降り注いでいく。

何が何なのか…さっぱりわからない木綿季は、目の前の3人の顔をボーッと眺める。

3人共、パーティーでよく見かける三角錐の帽子を身に付けていた。

円夏と千冬は、それに加えてお揃いのヒゲ眼鏡をしているのは謎だが。…そして千冬のヒゲ眼鏡は血塗れなのだが、何かあったのだろうか?

そんな疑問符を浮かべる木綿季は、3人から見れば呆然と立ち尽くしているらしく、円夏が彼女の目の前を手で仰いでみる。

視界の変化にハッとしたのか、木綿季は意識を元に戻す。

 

「え、えと…。」

 

「流石に驚かせてしまったな。…少々やり過ぎだったのではないか?」

 

「何を言う。サプライズと言うのは、驚かせなければ意味はないだろう?現に軽く気を失うくらいの驚きようなのだ。大成功と言っても過言ではないな。」

 

どうやら発案者は円夏のようで、千冬の心配を余所に、未だに平たい胸を張って充足感に満たされている。

 

「た、確かに驚いたけど…でもこんなに暗くしなくても良いんじゃない?それにボク、ちょっと怖かったんだよ?」

 

「ちょっと?あれだけおっかなびっくりで?」

 

「……少し?」

 

「少し?」

 

「…そこそこ。」

 

「それくらいが妥当か。」

 

「ほら、そろそろ席に着こうぜ。…料理が冷めちまう。」

 

姉妹漫才を余所に、せっせと料理を運んでいた一夏。いつの間にかテーブルの上には、普段に比べて数段豪勢な料理の品々が所狭しと軒を連ねていた。

 

「わぁ…!」

 

その料理達が奏でている鼻腔をくすぐる香りに、木綿季は興奮して目を輝かせる。

唯でさえ大好きな一夏の料理、それがこんなにあるのだから、興奮するなと言う方が無理と言うものだろう。

早く食べたい一心で、いそいそと席に着く木綿季の姿を見て、3人共顔を合わせて苦笑いを浮かべる。

彼女に続いて千冬と円夏も席に着き、後は一夏を待つだけと言う時。

木綿季の目の前に、ドドン!という効果音がこれと言うほどに合うものはないと言わんばかりに置かれる。

 

「これ…ケーキ?」

 

「おう。俺の自信作。」

 

鼻の下を指で擦りながら、自身が手掛けたそのホールケーキを見下ろす。

その造形は見事の一言に尽きる。

クリームの塗り加減にムラはなく、イチゴも計測したのかと言わんばかりに均一の感覚で彩られ、

そしてケーキ中央にはホワイトチョコレートにチョコペンで達筆に、

『HAPPY BIRTHDAY YUUKI』

と記され、その傍らには自身の似顔絵と言わんばかりのチョコレートによるイラストが描かれていた。

満面の笑みでVサインしているこの絵…と言うよりもこのモデルとなった写真に、木綿季は覚えがあった。

 

「これって…剣士の碑の前で撮った時(本編17話参照)の…?」

 

「あぁ。…良く覚えてたな。」

 

「…忘れるわけ、ないじゃん。」

 

ある意味、ここから一夏と木綿季、2人の距離が急に近くなったと言っても過言ではない。あれから紆余曲折あって、こうして恋人として、家族として一緒の時間を過ごしているのだから。

 

「あの時、こうして一夏や円夏、お姉ちゃんと誕生日を祝えるなんて…夢にも思ってなかったよ。」

 

「そ、そうだな。だか、私はうれしいぞ。」

 

再びダクダクと鼻から赤い何かを噴出させている千冬は置いておくとして。

 

「これからは…毎年祝えるぞ。…それこそ、天命を全うするまでだ。」

 

「うん。」

 

「さ、木綿季、一息で消して見せてくれよ?」

 

こうして出会えた新しい家族。その暖かい家庭に包まれて、木綿季は目を閉じて思いを馳せる。

 

(パパ、ママ、姉ちゃん…ボク、皆と頑張って生きる…皆の分も、ここで生きるよ。)

 

目を開き、血の繋がった家族への思いを込めて、目の前で揺れるロウソクに、思いっきり息を吹きかけた。



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お祭り編『カーニバル・グランプリ』1

久々に観て書いた。
後悔はしていない。

短め投下です。


あー、あー。

 

本日は晴天なり。

空は突き抜けるような青。

雲は殆ど無し。

降水確率午前午後共に0%0%0%。

気温湿度も快適な1日を約束する、そんな日曜日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ、第1回SAO×ISコラボグランプリ!このように晴天の下開催できたのは、一重に読者の支えがあってのことでしょう。実況は私、ヒースクリフこと茅場晶彦。解説は。』

 

『どうも…IS学園1ー1担任、織斑千冬です。』

 

サーキットの観客席もかくやと言われそうなスタート地点。そこには大小様々なマシンが羅列しており、それに跨がるもの、乗り込む者の目は、いずれもギラギラと血走っている。

 

『さて、織斑さん。今回唐突に開かれたこのグランプリですが、正直どう思われますか?』

 

『まず名前が安直すぎますね。筆者の頭の悪さとネーミングセンスがありありと伝わってきます。あと、優勝が何でも好きな願いを叶えるとか…。』

 

『そもそも私は電子の妖精…いや、生命体になっているのに、なんで現実世界にいるんですかねぇ?』

 

『そこは…所謂お祭りですので。』

 

『はぁ…。…まぁ疑問もそこそこに選手を紹介していきましょうか。』

 

 

 

 

1番!イギリス代表候補生!セシリア・オルコット!

「絶対優勝して、お料理を上手くなってみせますわ!」

搭乗するのは…青いボデーに緑のフロントガラス!ブルー・ディスティニー号!オメェ未成年だろ!

『暴走せず、安全運転を心がけて欲しいですねぇ。』

 

2番!漆黒は正義!織斑円夏!

「優勝した暁には…胸を大きく…。」

登場するのは同じく漆黒のバイク!シューター号!

『黒い何かが漏れてますが、排気ガスだと思いたいですね。』

 

3番!主人公&ヒロイン!織斑一夏と紺野木綿季!

「がんばろーね!一夏!」

「おう!勝って貯金だ!」

乗り込むのは…白と紫のタンデム自転車だぁぁ!!

『弟にはもう少し欲を持って欲しいと思うのは、姉として間違ってるのでしょうか。』

 

4番!地獄から舞い戻ってきた気持ち的に騎士(ナイト)!ディアベル!

「気持ち的に、目指すのは優勝だからね。」

乗機は…ドラッグカー!ヴラドMarkーⅢ!

『あっ……(察し)』

 

5番!もう一人の主人公と嫁!桐ヶ谷和人&結城明日奈!

「俺達は勝つ!勝って!」

「ユイちゃんと一緒に現実で暮らすの!」

乗り込むのは…純白のオープンカー!オメェらも未成年だろ!

『明日奈はともかく、和人には絶望的に似合いませんねぇ。』

 

そして最後!誰だコイツを招待したの!須郷伸之!

「このマシン凄いよォ!流石金をつぎ込んだ極上マシン!」

乗り込むのは…何というのか、見るからにヤバそうな…えっと?ターンしてもX号?

『とりあえず…問題だけは起こさないで欲しいですね。』

 

※注:全て車両です。

 

 

 

『さぁ、選手の紹介を終わったところで、各選手スタートラインに!』

 

スタートとゴールを兼ねたゲートからつるされたランプ。赤が3つ、青が1つ。そのランプが一斉に全て灯る。

 

『それではカウント!

 

3!

 

 

2!

 

 

1!

 

 

スタート!!』

 

同時に、出場選手各位がアクセル(一組ペダル)を操作し、一斉に躍り出る。

そのスピードはある程度僅差はある物の、一組を除き拮抗していた。

そして、その中から1つの影が音速と違わぬ速度で抜き出た。

 

ヴラドMarkーⅢ号だ。

その速度は余りに抜きん出ており、後続との距離をぐんぐん引き離していく。

 

「勝てる…!俺は、今度こそ死の運命を乗り越える!」

 

第一層でやられてあの世行き。それを乗り越えて、優勝して、願いを叶えるのだ。

 

「俺は!生きる!生きて!小説本編に…!」

 

瞬間、

 

彼は一直線に、

 

コーナーを曲がること無く、

 

高々と聳え立つビルに突っ込み、

 

ヴラドMarkーⅢと共に爆ぜた。

 

「ディアベルが死んだ!」

 

『この人でなし!』

 

 

 

4番ディアベル スタート18秒で脱落



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『カーニバル・グランプリ』2

『約一名早速再起不能(リタイア)となりましたが、どうせすぐ復活するんで放置で行きましょう。』

 

『さて…第1コーナーを曲がったところで、まずトップグループを見ていきましょう。』

 

トップグループ

 

セシリア

マドカ

和人&明日奈

須郷

 

少し開いて

 

一夏&木綿季

 

『流石に自動車量と自力稼働とでは差がありますね。』

 

『頑張れぇぇ!!一夏ぁぁ!!木綿季ぃぃぃ!!!!』

 

『織斑さん。自身の家族に頑張って欲しいのはわかりますが、あくまで公平に解説をお願いします。』

 

『はっ!?私としたことが…。』

 

「オ~ッホッホッホ!今の私を止めることは叶いませんでしてよ!!」

 

「くそっ!やっぱり速いな…!」

 

「いいなぁ…黒のバイク。」

 

「キリト君!?何で競争相手の車両を羨ましがってるの!?しかも何か黒いナニかが漏れ出してるし、普通じゃ無いわよあのバイク!…ひぃっ!?」

 

「う~ん、やはり良い匂いだ…!いや…もっとこう…男心を擽るフェロモン…それを僕は感じるんだよ明日奈君!」

 

ターンしてもX号…略してターンX号を和人と明日奈の車に横付けし、助手席に座る明日奈の匂いを身を乗り出して嗅ぎ出す須郷。嫌なトラウマが蘇り、思わず身を引いて和人の方へと寄る。

 

「き、キリト君!右!右に行って!」

 

「わ、わかった!」

 

「つれないじゃないか!いや、いやよいやよも…と言う奴か!中々奥ゆかしいじゃないか明日奈君!」

 

「こっち来ないでぇ!」

 

明日奈、半泣きである。

車を避けようとも、須郷はそれを追って寄せてくるんだから溜まったもんじゃない。

 

「明日奈君アスナクンあすなくんアスナクン明日奈君あすなくん明日奈君アスナクン…!」

 

「い、いやぁぁぁっ!!」

 

何処から取り出したのかわからないが、ランベントライトを抜き取り、SAOで猛威を振るった高速の刺突を繰り出す。

ブスッ!と言う何とも良いがたい効果音が当たりに響いた。

 

「うぎゃぁぁぁああぁぁあっ!僕の目が!目がぁぁっ!」

 

両目を押さえながらのたうち回り、ハンドルを操作することも出来ず、須郷のターンX号は道路脇に植えられた木に正面から突っ込んだ。

 

「はぁっ!はぁっ!清々したっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして…

 

「あれ?一夏…事故かな?」

 

「みたいだな。危険運転したのか?それとも妨害しようとして返り討ちにあったのか?」

 

先頭集団からやや遅れていた一夏と木綿季は、須郷と明日奈のやり取りを知らず、ただただ物言わぬ須郷を横目で見送りながら追い抜いていく。

 

「でも良いのか木綿季。こんなにゆっくりで。」

 

「いいの。ボク、タンデム自転車って初めて乗るから楽しんでいたいんだ。」

 

「そっか。」

 

「それに、一夏とこうしてツーリングって中々無いだろうし…この時間を大事にしたいの。」

 

「…おう。」

 

まぁ確かに一夏からしてみても、こうして木綿季とツーリングするのは新鮮だし、心が洗われるような気分になるため、ゆっくり漕いで走るのも良いんじゃないかって思う。

 

「木綿季。」

 

「なぁに?」

 

「このままどっかに出掛けるか?」

 

「へ?で、でも大会は…。」

 

「あぁ。貯金の為って言ったけど、別に生活が苦しいってわけでも無いからさ。俺達が学園卒業しても大丈夫なくらいはな。」

 

「そ、そーなの?」

 

「お金なんて、働きさえすればどうとでもなるし、今は…木綿季との時間を大事にしたい。」

 

「一夏…。」

 

うれしいこと言ってくれるじゃないの。

彼の心遣いに心が温かくなる。

木綿季としても、一夏が貯金したいというから一緒に出ただけで、それ程彼女自身に強い願いがあるわけでも無い。なので、一夏がこうしてお出かけのお誘いを掛けてくれるのは願ってもないことだった。

 

「それじゃあ…今日はこのままデートに変更だね一夏!」

 

「おう!」

 

丁度差し掛かったT字路。

本来レースの順路は右なのだが、2人のタンデム自転車は左へとその進路を変える。

 

『い、一夏君!?』

 

「悪ぃ!俺はこのまま木綿季とデートに変更する!」

 

「皆~!頑張ってね~!」

 

木綿季は大きく手を振りながら、一夏と共に路地の中へと消えていく。

観客もポカンとするしかないらしく、レース会場は静まり返っていた。

 

『フッ…相も変わらず仲睦まじいことだ。』

 

約一名、姉バカを除いて。

 

「じゃ、俺と木綿季の代わりにレースの方、楽しんでくれよ。」

 

「うむ、了解した!」

 

「バッチリ優勝してくるね!」

 

一夏と木綿季が消えた路地の路肩から、1台の車両が飛び出した。

それは、真っ黒に染められたハンヴィー…。

物々しさ抜群のソレが先頭集団目掛けてトップギアで追いすがっていった。



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『カーニバル・グランプリ』3

コースは中盤。山岳部に差し掛かった一行は、背後から迫るその物々しい車両から逃げるように細めのコースをひた走っていた。

 

「な、なぜハンヴィーが!?」

 

「知りませんわ!と言うか、一夏さん達はどうしましたの?!」

 

『あぁ。アイツらならデートに洒落込んだぞ。あのハンヴィーは代打…いや、代走だ。』

 

「…黒のハンヴィー……なんて魅力的なんだ…!」

 

「ちょっ!?キリト君!?鼻息荒くなってない!?」

 

事も無げに出場選手の疑問に答える千冬。それを余所に、ハンヴィーのルーフに設置された黒光りするナニかに一同の目線が集まる。

それは異質だった。

ハンヴィーに積載するには余りに巨大で過重。

25mm7連砲身ガトリング

ラファール・リヴァイブのパッケージ装備であるクァッド・ファランクス。IS用4連ガトリングの1つをハンヴィー用に改造して搭載していた。

 

「ロックンロール!!!」

 

キュィィン…と言う、その長々としたバレルが嫌な音と共に回転し始める。

ややあって、

殺戮兵器がその牙を剝いた。

それはまさに銃弾の嵐と言うに相応しいものだ。

高速回転する銃口から放たれる数多の銃弾は、道路に数多の銃痕を残し、砕けたアスファルトが砂塵のように巻き上げられる。

その背中から迫り来る死の代名詞に、誰も彼もが散り散りに走って避ける。

 

「アッハハハハハ!見て見てラウラ!皆蜘蛛の子を散らすように逃げるよお!」

 

「流石IS用の装備!その威力はお墨付きだな。」

 

ヨーロッパの金銀連合だ。

軍の経験上、運転するのはラウラ。

銃座で狂気の笑みを浮かべてガトリングガンをぶっぱするのはシャルロット。

2人のその目は血走っており、普段の温厚なシャルロットと、冷静なラウラからは想像できない物だった。

 

「くそっ…!あんな物直撃食らえば一発でバラバラだぞ!」

 

普通のガトリングガンですらヤバいのに、IS用のソレを持ち出して来た。その圧倒的な火力に晒されれば、どうなるかは火を見るより明らかだろう。

 

「クッ…!流石にヨーロッパの同志として、賞賛せざるを得ませんわね…。ですが!」

 

ヒールを鳴らして、ブルー・ディスティニー号のルーフに立つセシリア。その手にはイギリスのアーキュラシーインターナショナルが開発した、『アキュラシーインターナショナル AW50』。全長1420mm。セシリアの身長より僅かに短いその銃身を、後方で無法と化したハンヴィーへと向ける。

 

「ちょっ!おま…運転は!?」

 

「心配に及ばず…私のブルー・ディスティニーには、ティアーズと同じくイメージインターフェースでの操縦を可能としてますので。」

 

「な、なんじゃそりゃ…。」

 

「では…やんちゃが過ぎるお二人には折檻しなくてはなりませんわね。」

 

ガシャン!とコッキングレバーを引き込み、初弾を装填する。そのスコープ越しに、相変わらず狂気の笑みを浮かべて乱射するハンヴィーに狙いを定める。

 

「へカートⅡでも宜しかったのですが、ここは自国の技術力を見せ付けねばなりませんしね。」

 

「おい!そんな膝立ちの状態で撃つと…。」

 

対物ライフルだけに、威力に比例してその反動はかなりのものだ。それだけに接地による支持射撃状態…所謂、伏射でなければ、その狙撃銃としての正確な射撃を行うことが出来ないし、その反動で腕に大きな負担を強いることになる。

 

「大丈夫ですわ、問題ありません。」

 

しかしセシリアは、円夏の注意喚起に狼狽えることも無く、唯その口許に不敵な笑みを浮かべる。

 

「伊達に、『OF THE END』をやり込んでおりませんわ!」

 

「それゲームの話ぃぃ!!」

 

円夏の叫びと共に、マズル・コンペンセーターから閃光が走る。

12.7口径のNATO弾が空気を裂き、ハンヴィー……その僅か前方のアスファルトに吸い込まれ、小規模ながらもまるで爆発のようにその数多の破片を巻き上げた。

 

「うおっ!?」

 

思わずラウラはハンドルを右へ切る。しかし、僅かに遅れたのか、巻き上げられた破片が、ガトリングガンを構えるシャルロットに襲いかかる。

 

「いったぁぁっ!!」

 

思わぬ妨害に人としての防衛本能に従ってしまい、ガトリングガンの猛攻はなりを潜める。

 

「もう1発!」

 

再び爆ぜるハンヴィーの進路。今度は左に避ける。

 

「ぐぇっ!?」

 

左右に振られ、運転するラウラはともかく、同乗するシャルロットは乙女としてどうかと思う声と共に、ゆらり揺られてしまう。

 

「流石はセシリア…直撃ではなく、道路を狙った牽制…しかもハンヴィーの予測進路2メートル先を的確にとは…。我が隊に欲しくなるほどのスナイピングだ!」

 

不敵な笑みを浮かべながら、知り合い随一の狙撃手の腕に舌を巻く。

だが、少し自身の反応が遅い。急なハンドル切りでは、その分追い付くのが遅くなる。より早く、正確な相手の射撃タイミングを計らなければならない。

 

「…矢張り、距離を詰めるには、これが必要となるか!」

 

自身の左眼。ソレを覆う黒い眼帯を、ラウラは剥ぎ取る。

越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)

ナノマシンを移植された琥珀色の瞳は、脳への視覚信号伝達の爆発的速度向上と、超高速戦闘状況下における動体反射の強化を目的とされており、その能力は視覚能力を数倍に跳ね上げる。その能力は、数十メートル先で対物ライフルを構えるセシリア。その睫毛すら視認できるほどだ。

 

「さぁ…!こいセシリア!」

 

瞬間、ラウラはハンドルを右へ切る。

刹那、ハンヴィーの助手席のサイドガラスにコンクリ片が降り注ぐ。

 

「…流石はラウラさん…!早くも対応してきましたか。」

 

流石はドイツの現役少佐と言ったところか。切り替えが早いものだ。

その肩書きに恥じぬ判断能力に、セシリアもラウラと同じく舌を巻くに至る。

 

「読み通りだ…!見える!見えるぞ!私にも敵が…」

 

「オロロロロ……!」

 

ルーフから聞こえる如何ともし難い声。

言わずもがなシャルロットだろう。

しかし、彼女にしては少々不気味なその声に首を傾げると、ハンヴィーのフロントガラスに、何とも形容しがたいものが上から流れ落ちてくる。

 

「なっ!?なんだこれは!?」

 

ドロリとした、あらゆる色を混ぜ合わせたかのようなその液体。そこに含まれるのは、赤や緑、黒い点々としたもの。

越界の瞳で強化された視覚は、それらがなんなのかを否が応でも理解させる。

赤は人参

緑はほうれん草。

黒はトーストの耳の部分。

…そういえば、一緒に朝食を食べたシャルロットのメニュー。ソレにはほうれん草と人参のスープとトーストが含まれていたような…。

 

「ぬぁぁっ!?前が見えん!?」

 

だが運転するラウラにはそれを理解する事は出来ず、ワイパーフル稼働させて、フロントガラスを覆うソレを拭おうとするが、粘りのあるソレは白く広がってしまい、余計に状況を悪化させてしまう。

そして…

カーブの先…切り立った崖からの転落防止用のガードレールに気付くこと無く、ソレを真っ直ぐぶち破った。

 

「「あ……!」」

 

ハンヴィーは、眼下に広がる森林へと姿を消していったのだった。



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