ようこそ、ナースカフェへ (ピラサワ)
しおりを挟む

織斑 一夏①

間違っているんじゃないのか?私はヒラサワ ススムではない、ピラサワだ。
本人とは一切関係ありません。


感想や指摘等あれば宜しくお願いします。


 ディナータイムが始まるか、というそんな時間帯。

 

 グラスを磨いていると、カランカラン、と来客を告げる鈴の音が鳴った。

 

「ま、マスター!ごめんなさい、ちょっと匿って下さい!!」

 

 息を切らせてやってきたのは織斑 一夏くん。

 

 IS――インフィニット・ストラトスというモノが作られ、尚且つそれは女性にしか動かせない。このことは世間どころか世界全ての風潮を一変させ、現在では女尊男卑がどんどんと強まっている、そんな世の中。

 

 そんな中に現れた、唯一の男性操縦者が彼だ。

 

「おや、一夏くん。また楽しそうな事をしていますね」

 

「ちょ、何笑ってるんですか!」

 

「ふふふ、これは失礼。では、こちら側のカウンターにどうぞ」

 

「ありがとうございます!たぶん箒か鈴が来るのでなんとか…………!」

 

 急ぎながらコソコソ、と妙にレベルの高い芸当をこなしつつ彼は裏へと潜っていった。それを確認した後、再びグラスを磨き始める。

 

 暫くもしない内に、また鈴の音。さっきの音よりも強く扉を押されたのか、その音はカラコロカラコロ、と大きく響いた。

 

「いらっしゃいま「「一夏ぁーーー!!」」」

 

 ……思わずグラスを落とす所だった。

 

「ねえマスター!一夏見なかった!?」

「マスター!一夏がドコに行ったか知らないか!?」

 

 店の雰囲気をぶち壊しながら叫んだ女の子の一人はISを開発した篠ノ之 束博士の妹さんであり一夏くん曰く「ファースト幼馴染」である篠ノ之 箒さん。そしてもう一人は、中国の代表候補生である凰 鈴音さん。一夏くん曰く、「セカンド幼馴染」らしい。

 

「鈴音さん、箒さん。あまり大きな声を出されるとグラスを落としてしまうかもしれないのでそろそろやめて頂けませんか?」

 

「まだ開店してないんだしいいじゃないの」

 

「ワタシがグラスを落としかけたのですがねぇ。これ、高いんですよ?」

 

「割れてないからセーフでしょ。それよりも!」

 

 このままいくら注意をしようとしても今の精神状態では聞いてもらえないだろうなあ。なら、大人しくご退場願うとしよう。

 

「ここに来なかったら見てないですねえ」

 

「来たのか!?」

 

「少なくとも先程も言ったように準備中なので、ある程度の良識がある彼は来ないと思いますよ」

 

 嫌味を込めて言ってみた。非があちらにあるのでこちらは何を言われても痛くない。

 

「っく……!それについてはすみません、ですが!」

 

 素直に謝ってくれる箒さん。だけどその後は少し余計かなぁ。

 

「……ねえ、それってまるであたし達には良識が無いって言ってるようなもんじゃないの?」

 

 一方、鈴音さんは最後の煽りに反応してしまった様子。沸点が低いところはまだまだ未熟ですね、と思わず呟いてしまったけど聞こえてはいなかったようだ。ふぅ。

 

「来るなりいきなり叫ぶお客様に良識があるのでしょうか?」

 

 まあ、態度は変えないんですがね。少なくとも、今の二人の態度はいただけないなぁと思うし。他の場所でやられたらもっと困ってしまうから。

 

「……うう、悪かったわよ!とにかくいないのね!?別の場所を探すことにするわ」

 

 ブスっとした顔で謝られても、と言おうとしたが、彼がいないと分かるとさっさと出ていってしまった。

 

「…………元気なのは良いことなのですがねぇ」

 

「すみませんでした……」

 

「おや」

 

 この呟きは箒さんの耳に届いてしまったようだ。貴女が謝ることではないのだからいいのですよ、と言うと余計に頭を下げさせてしまった。コミュニケーションとは何と難儀なことか。

 

 私も失礼します、そう言って箒さんは再び駆けていった。本当の事を伝えなかった彼女らにほんの少しの罪悪感を覚えたが、

 

「……来ないと思う、と言っただけで来ていないとは言っていませんし」

 

 少なくともワタシはウソをついてはいない。もし問い詰められてもそれで逃れられるだろう。……それにしても。

 

 

「……いやはや、中々治らないですねぇ」

 

 

 

 本当に、一夏くんは大変だ。

 

 そして、ワタシも。

 

 ……彼は変わったのだけどねぇ、どうして周りはこんなに彼に優しくないのか。思わずため息が漏れた。ともかくこれ以上来ないように一旦鍵を掛けて、と。

 

 

「一夏くん、もう大丈夫ですよ」

 

 

 

 

     ▽ ▽ ▽

 

 

 俺がISを動かしてしまったせいで入ることになったIS学園。そこの食堂スペースの隅の隅、少し気を配らないと気が付かないところには扉があって、その中では数少ない男の人がマスターをしている喫茶店がある。因みに夜にはバーになるらしい。千冬姉とかが通ってそうだなぁ……。

 

 そのマスターの左胸には『平沢』と書いたプレートがあるんだけど、義務だからつけているだけであり、その名前では呼んでほしくないと言われた。だからここに来る人達はみんなマスター、って呼んでるらしい。

 

 ……そして、俺がよく匿ってもらうスペースでもある。いつも迷惑かけてすみません、と何回謝ったことやら。

 

「今日もお世話になっちゃって、ホントすいません」

 

「いえいえ、君の大変さが分からない訳ではないですからね。毎日毎日大変でしょう?」

 

 うう、優しさが目にしみるぜ。箒達もこれくらい優しかったらなぁ…………イメージが出来ない、どうしようか。

 

 

 

 

 思えばマスターと初めてこうして話したのは何時だっただろうか?

 

 

 

 ……ああ、そうだ。あれは確か、クラスの代表を決める模擬戦の後に偶々この店の扉を見つけたのがキッカケだったんだ――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 カランカランと扉の裏から鈴の音。如何にも喫茶店っぽい、そんな感じだった。

 

「……へ?」

 

 そして、俺の第一声がこれ。……いや、これは仕方ないだろ。まさかこんなところで男の人が働いてるなんて思ってなかったんだから。

 マスターも声質を聞いて少し驚いていたようで、

 

「……! いやいや、まさかここをもう見つけてしまうとは。中々観察眼があるようですねぇ」

 

「い、いやあ……偶々ですよ」

 

「そうですか。ですが、今こうしてこちらに入られたのです。何かお飲みになりますか? ああ、勿論お酒はダメですよ」

 

 マスターの第一印象は、若いなあ、というものだった。なんか漫画とかでも、マスターってのは髭を生やしたおじさん、みたいなイメージがあったから余計にそれが新鮮に感じた。それにしても、なんか俺達とかと同年代なんじゃないかってくらい若い。……実際聞いてみると、千冬姉の一つ下だったんだけどな。

 

「飲みませんよ! うーん……コーヒーとか紅茶ってありますか?」

 

「はい。今からですと紅茶のほうが早く出来上がりますが、どうしますか?」

 

「んー、じゃあそれで!」

 

「畏まりました。少々お待ち下さい」

 

「えっ?」

 

 そう言ったきり、黙り込んでお茶を淹れ始めてしまった。

 

「あの、俺何も注文してないんですけど……」

 

「ああ、大丈夫ですよ。サービスです」

 

 

 

「どうぞ」

 

 そう言って出されたのは強い赤みが見えるお茶。何か底に沈んでいるのが見えるけど、とにかく。ありがとうございます、と断って早速飲んでみた。

 

 

「…………甘い。けど、さっぱりとしてる」

 

「はい。……これは、『DEMMER』というブランドのオレンジジンジャーという紅茶です。フルーツティーの一種ですね」

 

 底にあるものを口に入れてみると、ほんのりとした甘み、そしてとても濃厚な香りを感じた。こんなもの、あったっけ? と記憶を掘り起こしていると、もしかして? というものがあった。

 

「これは……ドライフルーツ、ですか?」

 

「ご名答です。ドライフルーツ特有の香りの深さが分かるとは中々将来有望ですねぇ」

 

 確かに噛むたびに、ふわっと口に香りが広がる感覚が分かった。レーズンとか柑橘系のものとか、色んな風味が口の中を支配する。だけどその中で、甘くない風味が立ってたんだ。そしてそれは直ぐに分かった。

 

「甘さが広がってるのに、生姜の風味が目立ってる……?」

 

「ふふふ。どうですか?」

 

 甘くて、酸味もあって。紅茶の熱とその甘さが引き逢うかのように噛み合ってた。思わず大きく息を吐いてしまうくらい、今までのモヤモヤとかが吹っ飛んだ感覚があった。

 

「なんか、落ち着きます。今まで重い荷物を背負ってたのに、急に軽くなったみたいな」

 

「少しお疲れのようでしたので、リラックス効果がありそうなものを選ばせて頂きました」

 

「す、すげえ!」

 

 そんな事まで分かるなんて、まるでマスターみたいじゃないか!?

 

「マスターなんですよ」

 

 いや、なんていうかベテランっぽいなっていうか。

 

 

 

 

 

 

「ご馳走様でした、美味しかったです!」

 

「いえいえ。美味しそうに飲んでいただけるとこちらも淹れた甲斐がありました。……ああ、お帰りになる前に」

 

「ん?」

 

 マスターが急に裏に回っていってしまった。まだお金も払っていないのに帰るわけにも行かず、待っていると、直ぐに戻ってきた。そして、

 

「この花をお部屋にでもお飾りください」

 

 そう言って、一輪のキレイな花を渡された。

 

「えっと、これって蓮ですか?でも、なんでいきなり」

 

 理由が分からないから聞いた単純な質問だった。

 

 

 

 だけど……そう聞いた瞬間、一気にマスターの雰囲気が変わったんだ。ニコニコとした柔らかい雰囲気じゃなくて、凄く厳かな、千冬姉みたいな感じ。

 

「一夏くん」

 

「……はい?」

 

 口調も変わっていて、ワケが分からないままとにかく返事をすることしかその時は出来なかった。そして。

 

「君はまだ何も知らない」

 

「なっ……!」

 

 いきなり初対面の人にそんな事を言われて、思わず大きな声を出しそうになってしまったその時。

 

「――だけどそれは、決して悪いことではない」

 

「………………え?」

 

「その蓮は単に咲いているのではない、キミに咲いているのだから。

 

 蓮の花言葉は『清らかな心』『神聖』。キミが何も知らないという事は、まだ何者にも穢されていない、ということでもある。

 

 これから先、キミは泥に塗れる事があるだろう。汚れる事があるだろう。

 

 だが、蓮は泥の中でも決して汚れを見せずに輝き続ける。清く、そして美しく。

 

 なればこそ、キミは蓮を咲かせ続けなければならない。それが枯れた時、きっとキミは泥に呑まれてしまうだろう。

 

 悪意に呑まれてはならない。

 

 自分の心のままに、清くあれ。

 

 正しい心を持ち続ける限り、その蓮は咲き続けるだろう。

 

 巡り廻る命。その中での特異点。

 

 蓮は再生の象徴。貴方に渡した華が咲き誇った時にきっと貴方は少し、生まれ変わることが出来る。

 

 生の中の輪廻、再生。

 

 人には夜が来て、夢を見て、そして朝を迎える。変わらない流れ、輪は巡る。

 

 キミに夜が来るまで、Lotusが咲き続けることをワタシは祈ろう。

 

 さあ、謳いなさい。その花はきっと、道を示してくれる」

 

 

 

 

 

 

 意味は、分からなかった。そして、何故急に雰囲気が変わったのかも分からない。口調が変わった理由すら――――分からない。

 

 だけど、その言葉一つ一つは俺の心、俺の全てに染み渡るかのように身体に響いた。まるでその一句一句を刻みつけるかのように、脳に吸い込まれていく。

 

 

 

 蓮が咲き続ける。

 

 それは花という存在である限り、決してあり得ないことだ。だって、花は咲いて枯れ、種を残してまた蕾が出てくるんだから。それでも、何故か。

 

 この蓮が枯れないようにしようと、思ってしまった。

 

 もらった蓮を無意識のまま胸ポケットに挿し込み、そして気づく。

 

「――――はっ!? ……マスター、今のは!?」

 

「ふふ。ワタシからのアドバイスです」

 

「アドバイス……」

 

「はい。お茶共々、気に入って頂けましたか?」

 

「――――はいっ!」

 

 そう答えると、マスターは優しく笑ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――なんてことが」

 

「ありましたねぇ」

 

 カウンターでマスターと料理の仕込み。匿ってもらったお礼をしたい、と言うと、「では少し手伝って頂けますか?」と聞かれ、野菜を切ったりする手伝いをしている。

 

 数ヶ月前の出来事に花を咲かせていると、マスターが「それはそうと」という言葉とともに

 

「その蓮はまだ、咲いていますか?」

 

 答える。

 

「一度枯れかけましたけど」

 

 だけど、

 

「また、咲き直しました!」

 

 

 

 ……あの時くれた蓮の意味。今ならその全てが分かる。だからこそ、この答えなんだ。

 

 

 

「それは、良かったです」

 

 

 

 そう言って微笑んでくれたマスターが、まるで弟の成長を喜んでいる兄のように見えた。




メインキャラクターとの対話が殆どになるでしょう。

・Lotus
日本語で「蓮」という意味。

・DEMMER
オーストリアで創設された紅茶ブランド。フルーツティーの評判がいいことでおなじみ。オレンジジンジャーは100gで1900円(袋入り)、缶入りは100g2100円。

使用曲:Lotus
作者コメント:平沢氏の代表曲の一つと言っても過言ではないでしょう。絶対に一夏くんで使いたかった曲でもあります。チューブラヘルツは登場する予定です()


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラウラ・ボーデヴィッヒ①

 続きました。

 因みにこの話自分で書いててワケがわからなくなりましたが、そもそもこれを子供相手に流すNHKの精神がもっと分からなくなりました。



 独自解釈ですので読者の方の解釈もお待ちしています。よろしくお願いします。誤字等もありましたら指摘のほどお願いいたします。


 今の私の姿をもし、昔の私が見ていたらどんな反応をするだろうか?

 

 恐らく初めに浮かぶ感情は怒りだろう。「何故教官の邪魔をした男と仲良くしているのだ!!」とでも叫ぶに違いない。容易に思い浮かべる事ができる辺り、当時の私は相当頑なな性格だったのだろう。

 

 弱くなった。甘くなった。

 

 きっと昔の私はそう言うだろう。「お前はそんなにナヨナヨとした人間ではなかった筈だ」「何のためにそこにいるのだ」と、今の私と出会ったときには散々罵られること間違い無しだ。

 

 あと、これも間違いなく聞かれるだろうな。

 

 

 

「お前が『師匠』と呼んでいるあの男は――――一体何なのだ?」 と。

 

 

 

 

 

      ▽ ▽ ▽

 

 IS学園の食堂。私はいつも空いていそうな席を見つけてそこに物を置いている。そこのテーブルに私の物が置いてあると分かれば、私の事を知らない人間でない限りはそこに近づくことはないからだ。そもそも女子というのはかくも噂が好きな人種だ。私の事は恐らく1年生の大体には伝わっているだろう。ふん、どいつもこいつもファッションとしてしかISを知ろうとしない馬鹿ばかりだ。とっとと教官を説得し帰ってきていただかなくては……。そんな事を考えながら席を探していると、隅の方、それも殆ど目立たない位置に、壁と似た色をした扉があるのに気づいた。気になって近づいてみれば『OPEN』の文字。

 

 ……ここなら余り人もいないだろう。目立たないしな。誰にも邪魔を入れられることのない空間であることを密かに期待しつつ扉を開くと、軽やかな鈴の音が聞こえた。

 

 中は静かだ。あんなに五月蝿かった食堂の甲高い声が何処かに行ってしまったかのように感じた。客は誰もおらず、カウンターには店主らしき男が一人だけ…………男、だと!?

 だが少し考えて納得する。女尊男卑になったとはいえ、職業にはそれに見合った性別というのが存在する場合がある。こうした喫茶店の店長であればそれは男のほうが相応しい事が多い、ただそれだけの話だろう。

 

「いらっしゃいませ。カウンターで宜しいですか?」

 

「ああ。お前はここの店主なのか?」

 

「はい。ここでマスターをさせて頂いています」

 

 柔らかい口調だ。媚びているわけでもなく、飾っているわけでもない。クラリッサから喫茶店というものは『髭を生やした強面の男性がコーヒーを淹れている所なのです』と聞いていたのだが……あれは間違いだったのだろうか?

 

「ランチメニューはこちらになります」

 

 手渡されたメニューを見ると、そこにはクラリッサに教えてもらったような物が並んでいた。やはり私の部下は間違ってなどいなかったのだな! この男が特殊なだけだろう。そうに違いない。

 

「このホットサンドのセットを頼む」

 

「畏まりました。お飲み物はコーヒーと紅茶、どちらになさいますか?」

 

 少し考えてから、紅茶を頼む、と伝えた。

 

 

 

 

 5分くらい経った頃に料理は来た。

 

「お待たせ致しました。こちらがホットサンド、そしてセットのサラダと紅茶です。砂糖は如何なさいますか?」

 

「要らん」

 

「畏まりました」

 

 ホットサンドを齧る。サクッとした食感がしたかと思えば、すぐに中のチーズのトロトロとした感触があった。まあ、十分だな。

 

 サラダに関しては文句なしの一言だった。金を掛けているだけあって、食材は全てキチンと一流のものが使われている。ホットサンドも十分に食える代物だった。まあ、喫茶店のマスターを名乗っているのだからコレくらいは当然なのだろうがな。それにしても、セットの紅茶が妙に美味い。いや、美味すぎるくらいだ。一体これは……?

 

「これはダージリンか……? いや、それにしては何処かスッキリとしすぎているような」

 

「はい。こちらはロンネフェルトの『クイーンズ・ティー』という銘柄です。お客様の仰る通りダージリンと、そしてセイロンティーがブレンドされております」

 

「『ロンネフェルト』……!? それは我が母国のものではないか!」

 

 思わず声を上げてしまった。

 

 ロンネフェルト。実際にこれまで飲んだことは無かったが、その名前をドイツで知らない者は殆どいないだろう。何しろ高級ブランドで、飲める場所は高いレストランや一流のホテルが殆どなのだ。私はそのような所に行く習慣は無かったし、あったとしてもそれを頼んだ事は無かった。

 

「ああ、お客様――ラウラさんはドイツのご出身でしたね。お飲みになった事はお有りですか?」

 

「我が隊にあのような高級な紅茶がある訳がないだろう。ただ、ドイツの人間として私が母国が持っている誇りを……待て。どうして貴様が私の出身を知っている?」

 

 回答はある意味当然で、しかしながら驚くべきものだった。

 

「ワタシはこの学年の全員の顔と名前、出身地を覚えておりますので。転校生の方であってもそれは変わりません。マスターという職業は何かと記憶力が大切なのでねぇ」

 

「……ふむ、なる程な」

 

 この男はマスター、という職業にキチンと誇りを持ち、そして努力をしているらしい。それは素直に評価すべき点だろう。私が軍人として誇りを持っているように、この男には男なりの誇りがあるのだ。この学園全体の顔も名前も覚えるのにはかなりの労力がかかるに違いなかっただろう。ISをまるでステイタスか何かと勘違いしている連中よりも余程好感が持てた。

 

「それにしても、こんなに高級なモノを何故店で出せるくらい仕入れられるのだ?」

 

「ふふ、紅茶を集めるのはワタシの趣味でしてね、先生方には秘密のルートでコッソリと……良いモノを仕入れさせて頂いているのですよ。ああ、これは秘密にしておいて下さい。バレると大目玉ですからねぇ」

 

「……いいだろう。中々飲めないモノを飲ませてもらったのだ、口止め料として受け取っておく。因みに教師にはバレないルートだと聞いたが、それは教官にもバレていないのか?」

 

 その問いにマスターは少し考える素振りを見せ、少し悔しそうに笑った。

 

「教官……ああ、織斑先生ですか。先生にはすぐにバレてしまいましたよ。いやはや、誤魔化すのには自信があったのですがやはりあの人は鋭すぎる」

 

 そうかそうか、やはりあの方は凄い! 何しろ見た目と話し方からして掴めなさそうなこの男の企みを見抜いたのだ、ドイツで教鞭を取っていた時と変わりのない鋭さなのだろう。

 

「当然だ、教官は最強なのだからな!」

 

 声が大きすぎたか?マスターは少し驚いた顔をしていたが、また直ぐに笑みを浮かべ直した。

 

「……ふふふ、そうですね。ああ、お皿を片付けさせて頂きます。紅茶のほうは如何でしたか?」

 

 落ち着いた雰囲気の中でマスターと談笑しているコレは、まるで喫茶店なるものではなくバーのようではないか、とどうでも良いことを考える。

 

 憎き男の事もその取り巻きの女共の事も、今は思い浮かばなかった。

 

「私は紅茶には詳しくないのだが……良かった。ここに入る前は少し気分が悪かったのだが、今はこんなにも落ち着いている」

 

「そう仰っていただけると幸いです」

 

 そう言ってまたマスターは笑った。

 

 

 

 

 

 

「さて」

 

「…………!!?」

 

 そして襲い来る強烈な悪寒。

 

「いきなりで悪いのですが」

 

 ワケも分からないままマスターを見た。……笑顔だ。だが、ただの笑顔ではないように思えた。

 

 ニコニコとした笑みは変わっていない。だが、何故か――私はその笑顔を見て――――これから先忘れようがないような恐怖を感じた。

 

 そして、それは間違いなどではなかったのだ。

 

「いいですか?ワタシが今から言う言葉を、しっかりと聞いておいて下さいね?」

 

 

 

 雰囲気が、一気に変わった。

 

 

 

 

「っ!? ぐぅっ……!?」

 

 大きな鉛を担いでいるかのような重さでのしかかる重圧。目を合わせただけで更に増えるソレに、膝を地面に突きかけるのを必死で堪えた。

 

 このようなプレッシャーを出せる人間を、私は一人しか知らない。……ああ、そうさ。教官だ!

 

「後で先輩にドヤされるのはワタシなのですから。怖いですねぇ」

 

 何故だ!? 何故こんなに弱そうな男が……こんなに強いプレッシャーを与えることが出来る!?

 

 分からない。

 

 分からない。

 

 何故? 何故? 何故? 何故? 外見にとらわれてはならないのは分かっている。だがしかし……余りにも、違いすぎるではないか!!

 

 そんなこちらの焦燥などまるで興味がないかのように男は語り始めた。

 

 さっきの笑みは、いつの間にか消えていた。

 

 

 

 

 

「ああ、貴女は子供だ。母親に甘えることが出来なかった、哀れな子供だ」

 

 子供。哀れ。

 

 ドイツの研究者の連中にこれまで何度も言われたことを、初対面の赤の他人から言われたことで頭に血が上る感覚が分かった。

 

「っ、何を……急に何を言っている!!」

 

 必死に虚勢を張っては見たが、動けない。こんなにも屈辱な言葉を味わったのに、さらに屈辱を重ねられた気分だ……!

 

 

 

 そんな私の胸中など見向きもしないかのように、男は語りだす。

 

 

「なればこそ、貴女は世界を知るがいい。赤い夕日のその先には、気紛れな貴女がいるであろう。チキュウを知る貴女が外を知らぬ子供の貴女を見ている。

 

 

 

 ああ、子供は素晴らしい。好奇心と純粋で溢れている。身体がエネルギーで満ちている。だが、それは一度失わなければならないのかもしれない。

 

 

 

 全ては一つであり、一つは全てなのだ。一つすら得られない子供は全てになれず、全てになれないのだから一つにはなれない。

 

 

 

 一つを知り、全てを知る。

 

 

 

 全てとは世界であり、自己を取り巻く環境。

 

 

 

 貴女はきっと気づくだろう。貴女の世界には、貴女を守ってくれるモノが沢山、沢山有るということを。

 

 

 

 世界ではゾウが水を浴びている。

 

 

 

 朝日を浴びて鳥が鳴いている。

 

 

 

 獲物を追いかけ虎が走っている。

 

 

 

 犬が撫でられて幸せそうに眠っている。

 

 

 

 ゾウも、トリも、トラも、そしてイヌもヒトも。全ては繋がりを持って生きているのだ。知識を分け合っているのだ。

 

 

 

 そしてそんな中、ヒトも生きている!

 

 

 

 奇跡の連続で、動物たちと繋がりを持ちながらワタシたちヒトも生きているのだ!

 

 

 

 少女よ、後は気づくのみだ。子供の貴女が世界の貴女になるように。

 

 

 

 世界が貴女を作り、貴女が世界を作る。世界が貴女であり、貴女が世界なのだ!

 

 

 

 だが忘れるな、貴女が世界を見つけた時。それはチキュウを知る貴女がいなくなる時だ。

 

 

 

 自らの世界に気づいた時、誰かの泣き声が聞こえるだろう。それは合図だ。

 受け入れなさい、その哀しみを。泣きなさい、声を震わせて。

 

 

 

 守ってくれる者がいる。抱きしめてくれる者がいる。一緒に泣いてくれる者もいる。

 

 

 

 全てに愛されない子などいない。愛されて、ヒトは人に、そして大人になっていくのだから!

 

 

 

 愛を知るがいい。愛される事を知り、愛する事を知る。守られている事を知る。全てを知ろうと思えた時、貴女は何かに気づく。その思いを胸に、未来へと生きるのだ。探しに行くが良い、チキュウを知る貴女自身を!」

 

 

 

 

 ……そう言い終えた瞬間、教官が放つようなプレッシャーは霧のように薄くなって、消えた。

 

「…………!」

 

 今なら、身体が動く。

 

 殴ってやろうと思った。屈辱的な事を言ったのだ、それくらいは許されるだろう。

 

「…………!?」

 

 だが、出来ない。私の身体は「アイツを殴れ!」という私の命令に反して、NOを叫び続けている。

 

「ふふふ。喋りすぎてしまいましたね、申し訳ありません」

 

 苦笑いを浮かべながら頭を下げられた。

 

 違う! 今してほしいのはそういう事ではないのだ!

 

「ですが、貴女の気持ちも分かります。一夏くんには一夏くんの理由があるように、貴女には貴女の理由がある。どちらかが間違っている、というわけではないのです」

 

 いいから、私の身体を開放しろ!!

 

「そういう時にぶつかり合えるのは、若者の特権です。タッグマッチ、頑張ってください」

 

 

 

 ええい、勝手に話を進めるな!!

 

 

 

 

 

 

 

      ▽ ▽ ▽

 

 

 

 

 ……などと言うこともありましたねぇ、と思い返す。そんな今は、ラウラさんと共に洗濯物を干し終わったところだった。本日も晴天だ。

 

 

 

「師匠!今日はセシリアが久しぶりにマトモな弁当を作ってきたのだ!これも師匠の教えのお陰だな!」

 

「ワタシを何時まで師匠と呼ぶのですかねえ」

 

 あの話を終えた日の数日後。タッグマッチが終わり、色々と重大な出来事が有ってから、ラウラさんはワタシを「師匠」と呼ぶようになった。もう少し年を取ってからならともかく、まだまだ三十路に届かないワタシが「師匠」と呼ばれるのはどうにもむず痒いものがある。

 

「私を救い出してくれたのは確かに嫁だ、一夏だ。だがしかし、私に生きる道を指し示してくれたのは貴方ではないか! ならば、私にとって貴方は永遠に師匠なワケだな!」

 

「いや、そのりくつはおかしい。 ……まあ、悪い気分ではありませんがね」

 

 苦笑いを浮かべると、そうだろうそうだろう、とドヤ顔で頷かれた。可愛らしい。恐らく一夏くんの周りで一番純粋で良い子なのではないだろうか?素直なのは良いことだ。

 そんな彼女はワタシの隣に座って空を見上げて笑っている。

 

「私には仲間がいる、部下がいる、教官がいる、嫁がいる! クラリッサ達には守られて生きてきた事が分かっている今、今度は私が皆を守り導くのだ。師匠が言っていた、全ての動物達のように!」

 

「……やはり刺激が強すぎましたかねぇ。ですが、貴女は確実に良い方向へと進んでいる。頑ななだけだったラウラさんはもういなくなってしまいました」

 

 変わることが必ず良いことか、悪いことかなんてワタシには分からないが、少なくともあの時の何も知らない少女は消えてしまった、ということだけは確かだ。

 

 今あるのは……。

 

「むっ!? すまない師匠、そろそろ嫁達と訓練の時間なのだ。これで失礼する」

 

「はい、頑張ってきて下さいね」

 

「ああ!」

 

 一夏くん達と笑い合える、守り合える。世界を持ち、純粋さを忘れない、そんな可愛い女の子だ。




馬の骨、早速折れそう。皆さんは話の意味が判りましたか?ワタシは分かりませんでした。

 ユング心理学の「集合的無意識」が参考になりましたが、それでも。

 ……歌詞の解釈は人それぞれだから(震え声)

・ロンネフェルト
ドイツのフランクフルトで創設された紅茶ブランド。日本ではかなりマイナーですが知ってる人は知ってます。香りが強すぎないため好き嫌い別れることが殆どなく、どんな銘柄でも美味しく頂けました。
・チキュウを知る貴女
ねこです
・先輩
やばそう

使用曲:地球ネコ
作者コメント:正直やりすぎたと思っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

セシリア・オルコット①

 3話目にして難産でした。

 あと、この物語は基本一話完結形式です。短編ですので。



 独自解釈が入っております。皆様自身の解釈等ございましたら是非ご教授ください。感想、指摘等もお待ちしています。励みとさせて頂きます。


「………………」

 

「………………」

 

「………………イケる」

 

「え…………?」

 

「ああ……普通に食える、な」

 

「うむ、特に問題ない」

 

「これなら……うん、大丈夫ね」

 

「食べられる! 味わえるよ!」

 

 

 

 

「や……やりましたわっ! わたくし、ついに、ついに成し遂げました!」

 

「ああ、本当によくやったよ……!」

 

「一夏さん……」

 

「一夏の言う通りだ、よく頑張ったな……!」

 

「箒さん……!」

 

「そうね、その努力に関しては素直に尊敬するわ」

 

「鈴さん……!」

 

「頑張ったね、本当によく頑張ったねっ……!」

 

「シャルロットさん……!」

 

「よくぞ成し遂げた! 流石だな!」

 

「ラウラさん……! 皆さん…………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「ありがとう、マスター!!!!!」」」」」

 

「えっ、そっちですのっ!?」

 

 

 

 

 

 

     ▽ ▽ ▽

 

 

 その話を聞いたのは、一夏さんと訓練をしていた時でした。

 

 あんまり客が入られても忙しすぎるらしいから内緒な、と前置きをされてから一夏さんに教えていただいた情報は、なんでも食堂のそれも隅の方に目立たない扉があり、そこを開けると喫茶店があるとの事でした。

 

「紅茶が凄く美味かったからセシリアも気に入るんじゃないかと思ったんだ」

 

 無邪気に笑う一夏さん……ああ、素敵ですわ。

 

「まあ、私の為に……ありがとうございます一夏さん!」

 

「ああ!」

 

 あらあら、箒さん。そんなに睨まないで下さいませ。これは普段からのわたくしの行いによる当然の報酬なのですわ。ああ、今からもう楽しみで仕方ありませんわ!

 

 

 

 お昼休み。

 

 早めの昼食を済ませてから少し周りを歩いたのち数分のこと。

 

「えっと…………ここでしょうか?」

 

 見つけたのは白い壁が続く食堂の隅にポツリと見えるクリーム色の扉。注視しなければ判別不可能なそれを見つけるのには少し時間がかかりました。

 

 それにしても、

 

「本当に判りにくいですわね……」

 

 客商売なのですからもっと扉を目立たせたほうが良いのではと思うのですが、兎に角入ってみましょう。

 

 扉を引けば鈴の音、そして奥には……マスターと思わしき男性が棚のビンを整えておりました。

 

「いらっしゃいませ」

 

 彼はこちらに気づくとにこやかな顔を保ったままこちらに一礼、カウンターへと案内をしてくれました。この対応だけで既にサービスの良さが伺えますわね。

 

「一夏さんから聞いてはおりましたが、本当に男性なのですね」

 

「ええ。皆様初めてご来店された方は驚かれますねぇ。特に一夏くんが入学される前は男性のスタッフは用務員の方とワタシ一人でしたから」

 

 成る程、と頷きながら話題はもう一つの方へ移行します。

 

「何故あのような判りにくい扉にしているのですか?入るお客も入らないと思うのですけれど」

 

「この店とワタシが男性であることがバレると、恐らく大勢の生徒の皆様が来られるでしょう?繁盛するのは確かに嬉しいのですが、その分お待たせする方々も増えてしまうのでねぇ。昼休憩を有効に活用して欲しいこちらとしては、ここが溢れるよりも食堂が繁盛するほうがありがたいのですよ」

 

「まあ、確かに予想は出来ますわね……一夏さんもそうでしたもの」

 

 今ならクラスメイトの方々の気持ちも分かりますわね……ああ、今思い出しても恥ずかしい! あの時の私はどうかしていましたわ!

 

「そうでしょう。その分、来られた数少ないお客様には出来る限りのおもてなしをさせて頂いております。ご注文はどうなさいますか?」

 

「お昼は食べて来たので紅茶をお願いしますわ。茶葉は……」

 

「畏まりました」

 

 注文に一礼すると早速茶葉を用意し始めたマスターを慌てて呼び止めます。

 

「ちょっと、私はまだ紅茶としか言っておりませんわよ!?」

 

 あまりに早計に過ぎないでしょうか? と詰め寄ると、マスターから聞こえたのは「ああ、説明不足で申し訳ありません」というものでした。そのまま言葉は続きます。

 

「この喫茶店では初めて紅茶を頼まれた方にはこちらの勝手で銘柄を決めさせていただいているのですよ。ああ勿論、お味は保証します。もしもご満足いただけないようなら、お代は頂きません」

 

 最後の方は強い口調でした。

 

「はぁ……」

 

 まあ、そこまで自信があるのでしたら、と言って送り出しました。紅茶の本場から来たのは分かっていらっしゃる筈なのに、本当に自信があるのかそれとも蛮勇なのか……そんな事を考えながら紅茶を待つこと10分程。

 

「お待たせしました。アールグレイでございます」

 

「ありがとうございます」

 

 カップとティーポットがカウンターの上に出され、手慣れた手つきで注がれる紅茶の色を眺めます。淹れ方もカップの温度も完璧でした。

 

「砂糖は宜しいですか」

 

「ええ、結構ですわ」

 

 カップを顔に近づけて、香りを確かめます。……ああ、これは自信を持たれて当然ですわ。通常の安いアールグレイの茶葉はどうにも香りが強いことが多いのですが、これはツンと来ることがない、柔らかい香りがします。この時点でもうしっかりとした茶葉であることは間違いありません。

 

 認めます、これは十分お代を取れる茶葉ですわ。

 

「では、頂きます」

 

「どうぞ」

 

 英国淑女たるもの決して音を立てず、静かに口に含みます。

 

 何処かで飲んだことのある味。何か柑橘系のようなスッキリとした香りが口中に広がって、フワリと溶ける風味。間違いなく、いえ、ですがこのような離島に……でも私がこの紅茶の味を間違えることは無いはず。これは……

 

「……Jing Tea、ですの?」

 

「流石、ご名答です」

 

 一瞬目を見開いたかと思うと、直ぐに笑みを向けてくれました。その驚いた顔が見ることが出来たからか、思わず気分は良くなってしまいました。

 

「私もオルコット家の人間ですもの。これくらいは判りますわ! ……いえ、そうではなく、よくこのような高価な物がありますわね」

 

「紅茶は各国のブランドを出来るだけ取り揃えています。色々な国から生徒さんが来られますからねぇ。ここを見つけた方々には少しでも祖国の味を味わって頂きたいなと思っているのですよ」

 

「まあ! 律儀ですのね」

 

「マスターの嗜みです」

 

 笑うマスターはまさしく理想の英国紳士でした。もし一夏さんに先に出会ってなければ……私はもしかしたら、この方に心を惹かれていたかもしれません。勿論今の私は一夏さん一筋なのですけれど!

 

 それにしても、何かお礼をしたいところですわね……そうですわ! 私の作ったサンドイッチをお裾分けしてあげましょう! 本来は一夏さんに渡す予定でしたが、紅茶のお礼――チップ代わりにしましょう。

 

「あの、マスター」

 

「何でしょうか?」

 

「お礼と言っては何ですが、よければサンドイッチを食べて頂けますか?」

 

 一つ取り出すと、それを両手で受け取って早速口に入れてくださいました。

 

「これはこれは、ありがとうございます。若い方の手料理がいただけるとは、年を取るのもいいもので……す……ね…………」

 

 暫く咀嚼していたマスターが、急に両手を広げました。どうしたのでしょうか?

 

 

「ラーーーーーイーラーーーーラ ライヨラ そーらにみごとなキノコのくーもー!」

 

 そう言い残して……倒れました。

 

「ちょ、ちょっと!どうしましたの?」

 

「」

 

 息を……していないですって……!?

 

「ま、マスター? マスター! きゅ、救急車、じゃなくて、先生、あ、電話を……」

 

「せ……セシリアさん、大丈夫ですよ」

 

「え?」

 

 声が聞こえたので思わず振り向くと、息が止まった筈のマスターが笑顔で立っていました……顔が凄く引きつっていますが。

 

「セシリアさん」

 

「は……はい」

 

「その料理、人前で出してはいけませんよ。絶対です」

 

「そんな!? 一体どうしてですか?」

 

「美味しくないからです」

 

 ……即答されたそのハッキリとした言葉に、少なくないショックを受けました。

 

 うつむいていると、頭上から唸り声、最後にため息が聞こえました。

 

 セシリアさん、という声に顔を上げると、マスターが頭を下げておりました。

 

「失礼な物言いをしてしまい申し訳ありませんでした。お詫びと言っては何ですが……少し料理を見て差し上げましょう。被害者が増えてはいけませんからねぇ」

 

「言葉の棘を鋭くするのはやめてくださいまし!」

 

 

 

 

 

 それからというもの、マスターと私で料理の特訓は続きました。暫くはマスターの料理を見てイメージを覚え、その後はマスターが各種材料を用意して、私が作り、それをマスターが評価する……という形で行ったのですが……

 

「ラーーーーーイーラーーーーラ ライヨラ あんなにみごとなひこうきぐーもー!」

 

 

 

 

「ラーーーーーイーラーーーーラ ライヨラ ゆーめにみなれたほのおのあーめー!」

 

 

 

 試食の度にマスターは歌って倒れてしまいます。……恥ずかしながら、私も倒れることがあるのですが。その度に問題点を指摘されるのですが、そこを直してもまた新しい問題点がどんどんと出てきてしまい、キリがありませんでした。

 

「セシリアさん」

 

「はい……」

 

 そして、あの時。

 

 3度めの復活をされた時に言われた言葉が、酷く胸に突き刺さりました。

 

「諦めませんか?」

 

「…………」

 

 突然残酷な目つきになったかと思うと、まるで私をあざ笑うかのようにマスターは謡い始めました。

 

「そう、諦めに行こう!

 

 ヒトには得手不得手があるもの。しかし、その不得手をさも得手であるかのように見せるオマエの法螺は非常に滑稽であり、愚かである。だがしかしその法螺吹くオマエをワタシは評価する。何故ならオマエは機械ではないのだから。

 

今のオマエはそう、吹き矢だ! 逃げながら放たれる毒に彼らは苦しみ悶えるだろう。オマエの放つ矢はヒトを彼ら彼女らを死に至らせる。

 

 少女よ、ワタシは問う。

 

 そのままでいいのか?」

 

 その問いに対して、どうすればいいのかを考えます。考えます。ですが、理屈で考えれば考えるほど、どんどん思考は袋小路へと迷いこんでしまいます。

 

 そして気づきました。

 

 もう理屈ではダメなのです。常に冷静で、なんて不可能。なら、後は感情をそのままぶつけるしかないではありませんか。

 

「――――わ」

 

「……」

 

「このままでいいわけなんて、ありませんわ! わたくしだって判ります、ええ、きっと料理の才能なんて備わっていないのでしょう。ですが、それでも!」

 

 精一杯の言葉を送りました。目を瞑りたい気持ちを堪え、こちらを見下す冷たい目に負けないように。

 

 暫くの沈黙。マスターが突然フッと笑ったかと思うと、

 

 

「ならば石の橋を叩いて渡るが良い!

 

 ダイアグラムだって折り紙で折ることが出来る!

 

 やれば出来るがやらねば出来ない!

 

 前時代を捨てて未来に生きる、ああ、確かにそれも一つの生き方。だが生き方は無数にあるのだ!

 

 

 

 そう、オマエは磁石を目指すがいい。大切な者達を、大切な誇りをひっつけ続ける、そんな磁石。愚鈍過ぎる錆びた銅などをくっつける必要など無い。

 

 ヒトとは本来愚かであり我儘な生き物。何を遠慮することがあるだろう。

 

 機械を纏う少女達はそう、まるで戦うために生まれたサイボーグ。身体に機械がついているのだ、心までどうして機械にすることがあるだろうか?

 

 さあ、今こそ本能の、感情の重さを知るがいい!

 

 覚悟せよ、オマエの道は険しい道。山があり谷があり、崖があり、そして罠があるだろう。されどオマエは登らねばならない。心まで機械になる前に……」

 

「登る……」

 

「オマエが望むならワタシは杖と為ろう! 支えなくして登れぬ山なら支えを使えばいいだけなのだから! さて」

 

 言葉は曖昧ですけれど、仰りたい事は判ります。日本語とはかくも難しいもの、中々覚えるのは大変です。ですけれど、この言葉が意味するものは。

 

 私が助けを求めれば、マスターはきっと支えてくれるであろうということ。

 

 私は応えねばなりません。その言葉に。そして、

 

「ついてこられますか?」

 

 恐ろしい雰囲気は無くなったものの、未だ私を見据えるマスターの鋭い目に。

 

「私、私は――――!!」

 

 

    ▽ ▽ ▽

 

 

 ラウラさんからセシリアさんの話を聞いた時は顔には勿論出さないものの思わずガッツポーズをしそうになった。もう若くもないし恥ずかしいので堪えたが。

 

「いやあ、セシリアさんは強敵でしたねぇ……」

 

 皿を洗いながら感慨に耽った。

 

 マスターの嗜みとして毒物の訓練等も半ば強制的に受けさせられたが、まさかあの訓練を超える劇薬があるとは想定していなかった。これは明らかにワタシの落ち度であり、反省点である。

 

「まあ、矯正は出来たでしょう」

 

 20年を超える時の中で初めて胃薬を使った。二度と使うことがないように祈る。

 

 だが、ここではた、と気づく。果たしてメシマズだった彼女が、こんな事で素直にレシピを参考にしだすだろうか?先輩もそうだったが、ああいう輩は教科書通りを嫌う傾向にある。寧ろ、自分に合った料理を作ると意気込み、自分で新たなレシピを…………

 

「――マスター!! わたくし、マスターに少しでも追いつく為に、オリジナルレシピを考えてきましたわ! 是非一度味見してくださいませ!」

 

 

 アーーーーー オワッターーーー オワッターーーー

 

 ……じゃあ、またこんど!




 原作よりもセシリアさんのメシマズにブーストがかかっています。最後はTw(hz)ネタ。あと口調分かりませんすみません。

・Jing Tea
創設されてから数年で一気にトップクラスのブランドになったイギリス発祥の凄い紅茶ブランド。アッサムティーは是非一度召し上がってほしい一品です。

・空に見事なキノコの雲 あんなに見事な飛行機雲 夢に見慣れた炎の雨
作者、これを戦争の出来事と解釈。その内容はお察しください。マスターの口内は大惨事世界大戦。

 使用曲の下部に個人的なコメントを記す事にしました。ヒラサワシリーズ執筆の手助けにしてください。同じ苦しみを味わいましょう。

使用曲:夢の島思念公園

作者コメント:色々な意味で汎用性が高く、今後も使用する可能性大。というよりこれが使用された作品に作者は多分に影響を受けました。今敏監督の夢みる機械が見られなかったのが何よりの心残りです。

使用曲2:サイボーグ

作者コメント:この曲に関してはかなりオリジナル要素を付け加えてしまいました。また、メッセージ性をつけるためワタシの本来の解釈とも異なってしまったことをお詫びします。歌詞が短すぎるんだよ(逆ギレ)


じゃあ、またこんど!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

凰 鈴音①

 今回はとてもわかり易い(当社比)解釈です。



 この小説における歌詞の解釈は完全な独自解釈によるものです。意見の異なる方のコメントやその他感想、指摘等あれば是非、よろしくお願いします。


 何も考える気になれないまま、歩いてた。

 

 事の発端は中学校の頃の約束だった。

 

『一夏……もし、あたしの料理が上手くなったら、毎日酢豚を食べてくれる?』

 

 最後まで素直になれなかったあたしの、精一杯のアプローチ。

 

 日本では「俺の為に毎日味噌汁を作って下さい」というプロポーズがあると聞いて、必死に考えだした言葉。

 

『ああ!』

 

 頷いた時の真剣な、そしてカッコいいその顔をあたしは忘れていない。

 

 

 だから、再開した時、あたしの事を覚えていてくれた事が嬉しかった。

 

「あの約束だろ?」

 

 約束していた事も覚えていたのが嬉しかった。

 

 だからこそ。

 

「料理が上手くなったら毎日酢豚を奢ってくれるんだよな!」

 

 肝心な所に欠落があったのがどうしても許せなくて、つい手を出してしまった。

 

 

 

 これまでにも――転校する前にも、嫉妬から思わず手が出てしまう事があった。

 

 だけど、こんなのはあんまりじゃない。あたしはこんなに待っていたのに。

 

 一夏は変わってなかった。良くも、悪くも。

 

 

 

 

 あたしの告白、一体何だったんだろうなあ。

 

 座り込む気分にもなれずに歩き続けていると、いつの間にか食堂に来てた。

 

「やば、門限に遅れる前に戻らないと……はぁ」

 

 戻らないととは思いつつ、手を出してしまったという後悔と、なんで肝心な所を忘れているのだという怒り。二つの思いがごちゃまぜになってよく分からなくなってきた。

 

「考え込んじゃダメダメ! しっかりしないと……ん?」

 

 頭を振って気分を入れ替えようとした先に、仄かな明かり。

 

 こんな所にこんなドアあったかしら? と思いながら、小さな取っ手を引いた。

 

「いらっしゃいませ。こんな夜分に学生のお客様とは珍しいですねぇ」

 

 そこにはゆったりとした雰囲気のフロア、そして男の――バーテンダーの格好をした――店員がいた。目を凝らしてネームプレートを見る。そこには

 

『Master SHINICHI HIRASAWA』 の文字があった。

 

 マスターと書いてあるってことは、まあきっとそういう事なんでしょうね

と思いながらカウンターに座った。そしてすぐに突っ伏した。

 

 マスターはこちらの様子を一瞥すると、こちらに何が合ったのかも聞かず。ただ静かにメニューを差し出してくれた。その気遣いが、少しだけ嬉しい。 

 

「ご注文は如何なさいますか?」

 

「なんでもいい」

 

 普段なら絶対することのない、やる気のない注文。だけどマスターは困った顔をすることもなくただ微笑み続けるだけだった。

 

「では取り敢えずお茶を出させて頂きますが、宜しいですか?」

 

「それでいいわ」

 

「チョトマテネ-」

 

「なんで片言なのよ」

 

「いえ、なんとなく」

 

 ……コイツ、結構変なやつね。弾よりはずっとマシだけど。

 

 カウンターに暫く突っ伏していると、顔の近くでカタリという音が聞こえた。

 

「はい、どうぞ」

 

「ん、ありがと」

 

 できたてのお茶、カップからは湯気が溶けていくのが見える。薄い緑色は昔一夏の家で飲ませてもらった緑茶を思い出す。喧嘩した筈なのに一夏が頭から離れないのは惚れてしまった弱みってヤツなのか。

 

 取り敢えず心を落ち着ける為に一口。……? あれ、これ緑茶っぽいけど緑茶じゃない?

 

 あー、なんだっけこれ。確か……あっ!

 

「これ、凍頂烏龍?」

 

「ええ。良くお分かりになりましたねぇ」

 

「香りが緑茶と全然違うもの。そりゃ分かるわよ。しかもこれ、多分高いやつでしょ」

 

「そこまで分かるものなのですか?」

 

「ふふん、案外あたしもマスター向いてるんじゃないかしら。……ねえ、それより、高い凍頂烏龍っていうことは」

 

 身を少し乗り出してみると、「ええ」、とマスターは笑った。

 

「お代わりはまだまだ用意出来ますよ」

 

「よっし、アンタかなり出来るじゃない」

 

「ふふふ、マスターですから」

 

 

 

 ………………………………。

 

 

 そこからは、暫く愚痴を聞いてもらった。

 

「それでね、一夏たら」

 

 どんどんと場の雰囲気が悪くなってしまうのが分かるけど、あたしは止まれなかった。感情に任せて、ただただ愚痴を言うばかり。

 

 そして。

 

「第一、あたしはあんなに頑張って告白したのにアイツは全然気づいてくれなかった!」

 

 そう口に出した瞬間、ゾクリと背中にムカデのようなものが走ったような気がした。

 

 そしてかかる重圧。

 

「甘えるな凰 鈴音」

 

 重い頭をギリギリと動かしながら発信源の方を向いた。

 

 それは、今までとは打って変わった表情をしたマスター。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 気味の悪さに目を背けたくなった。だけど、簡単に逃げるのはあたしのプライドが許してくれない。

 

「な、急に何よ!」

 

 出来るのは精々、空元気で吠えるくらい。

 

「オマエの言うことは間違ってはいない。確かにオマエにとってその約束は支えだったのだろう。織斑一夏が約束を間違えて覚えていたのは彼が悪い。

 

 だが、この世には口に出して言わねば分からない事が数多くあるのだ。特にオマエの胸に秘めている想いなどは尚更だ。

 

 恋心とはかくも素晴らしいものだし、何も言わずに伝わり合う心など如何にも文学にあるようなロマンンティックなものだろうな。だが、そんなものは滅多にない出来事でしかないのだ!」

 

「じゃあどうすればいいのよ! どうすればよかったのよ! どんなに頑張って伝えても、アイツには伝わらなかったのに!」

 

 夜なのに思わず叫んじゃった。だけど、それくらい……今のマスターの後ろであたしを睨んでいるナニカは気持ちが悪かった。

 

 だけど、マスターはあたしの叫びなど意に介せぬように鼻で笑った。

 

「オマエがその約束をした時、オマエは必死だっただろう? それは何故だ」

 

「それは、だって……もしかしたら、このままずっと離れちゃうんじゃないかと思っちゃって」

 

「なら今日再開して、約束が噛み合っていなかった時。もうダメだと思ったか?」

 

「え……?」

 

 そういえばあたしはまだ怒ってしかいない。いや、落ち込んでもいるけど。だけど、あの時みたいな『振られたらどうしよう』なんて恐怖は全然浮かばなかった。

 

「ワタシが言いたいのはそれだ、凰 鈴音。

 

 そもそも別れる時と今とで環境も状況も違うに決まっているではないかバカモノ。

 

 ワタシの甘えるなとはそういうことだ。一度の失敗でオマエは諦めるような臆病者か?ましてや、相手は人気のある織斑一夏。

 

 ああ、昔のオマエも今のオマエも本気なのは分かっている。だが余りにもオマエは肝心な所で臆病になってしまうクセがある。

 

 毎日のように幸せな未来、幸せな夢を想像するがいい。その時のオマエは何と言っている? 愛を紡いでいる時と同じリズムで素直に口を開けば良いのだ!

 

 晴れた日の空を見て未来にある知らない地図を書け! オマエの願う未来を空想――まさしく、空に想い続けるのだ!

 

 大体、昔のオマエと違い、今のオマエにはまだまだ機会はあるではないか。

 

 今日がダメなら明日、明日でダメならもう一つの日、その日がダメでももう一つの日がある!」

 

「続くもう一つの、チャンス」

 

 チャンス。あたしにもまだまだ、チャンスがある。

 

 胸に刻みつけて気合を入れる。重いプレッシャーはいつの間にか消えていた。

 

 

 マスターを見ると、さっきみたいな背後にあったワケの分からないナニカも消えて、最初の時みたいな笑顔に戻っていた。

 

「いいですか? 合言葉は『消去可能』です」

 

「消去、可能?」

 

「ええ。過去の事でやり直しが効くことなんて沢山あるのです。貴女の昔の約束を存在させ続けることもできれば消去する事も出来る。その後でまた約束を契れば良いだけなのですから。昔のもう消してしまいたい涸れた声など、未来のいらない言葉で洗い流してしまえばいい」

 

「第一、拳で語るなど論外なのですよ。彼にとっては恐怖の対象にしかなりませんよ?」

 

「あ、あれは一夏が鈍感なのが悪いのよ!」

 

 もう少し女心を理解してくれたっていいじゃない!

 

 だけど、マスターは「そうですね」とも「いや」とも言うこと無く、

 

「うーん……」

 

 って暫く考え込んだ。その後、まだ考えながら言葉を捻り出しているのが分かるようなゆっくりとした口調で話しだした。

 

「鈍感なのは別の問題として、恋愛云々についてのあの対応はワタシ、仕方ないと思うんですよねぇ。何しろ、色んな国、色んな人が彼を狙っています。それは恋愛的な意味でも、ハニートラップ的な意味でも。それに気づいて尚且つ悟られていないように振る舞う。どれ程それが心にストレスを与えていることか」

 

「う…………」

 

 あたしはハニートラップなんか考えてない! そう言いたかったけど、政府の方からはそういった指示が出ていたと聞いたことがある以上、あたしにキッパリと否定する事なんて出来ない。

 

 そういえば、と、思考はたらればに入っていく。あたしが転校する前から一夏は色んな女子からの告白を断ってた。そういった話を聞く度に、その子には申し訳ないけどホッとしたしまだまだチャンスがあると思えた。

 

 だけど、もしあの時から一夏が鈍感じゃなかったら?

 

 ……想像しただけで怖くなった。あたしのあのアプローチにも気づいていたら。そして断りそうな素振りを見せていたら。申し訳無さそうな顔で話しかけられたら、辛くて逃げ出してしまいそう。

 

 そう考えたら、マスターの言う通り今の状態はあたしにとっても他の子にとってもまだまだチャンスがあると言えるのかもしれない。

 

 ……よし!

 

「まだアイツの事を許したわけじゃないけど……でも、気持ちの整理は出来たわ。ありがとね」

 

 

 待ってなさいよ一夏! 何時かあたしに振り向かせてみせるんだから!

 

 

「それなら何よりです。先生に見つからないように気をつけてお帰り下さい」

 

「…………」

 

 

 あたし、無事に帰れるかな。

 

 

      ▽ ▽ ▽

 

 

 

 

 

 一夏くんをn回くらい匿って逃した後、ふぅとため息をついた。

 

「なんとかしてあげたいのですがねぇ」

 

 ワタシが聞いた所によると、一夏くんは小学校の頃から既にモテていたらしい。そして女尊男卑の風潮を抱えたまま中学校に上がり、ドイツでの例の事件、そしてこのIS学園への入学……彼にどれだけの重圧がかかっているのか、それを考えただけで哀れに思えてしまう。

 色々な子からの好意に気づかない彼だが、その鈍感さはもしかすると後天的なものではないだろうか、と考える事がある。

 

 元々、彼は凄く真面目、且つ自分にプレッシャーを掛けている子だ。

 

「俺がやらなきゃ」と、まるで全て自分がしないといけないかのような言動をすることがある。「俺が皆を守る」「俺が千冬姉を守る」 ああ、その心がけは素晴らしいものだ。だけど、ヒトの身体は一つしかない。器に合わない物を守り続けようとすればその器は何時か割れてしまう。その器が例え身体であっても、心であっても。

 

 

 

 以前鈴音さんが言っていた記憶がある、「一夏くんが鈍感じゃなければ」というIF。

 

 誠実な彼はその一つ一つに真剣に応えるに違いない。でも、普段からのアピールにまで気を遣わなければいけないとすると、きっとストレスは相当なものになるだろう。その上でここに放り込まれ、ハニートラップ等にもいちいち警戒しつつ毎日誰にも頼れない環境の中過ごしていく。

 

 無理だ。精神が崩壊するか、若しくは自らの精神を守るために人を拒絶する未来しか見えない。

 

「一番簡単なのは彼女たちが素直になることなのですが……難しいでしょうねぇ。ああ、このままではワタシまで敵に負けてしまう」

 

 どうにもならなさそうなら先輩に相談したほうがいいかもしれない。

 




あとがき

今回の鈴ちゃんの語りが静かだったのはきっと機嫌が悪かったからです。そんなわけで原作主人公があんなにも鈍感な理由にも持論を踏まえて少し語らせていただきました。
彼の境遇上、鈍感過ぎるというよりも心を閉ざしてると言ったほうが正しいと思われます。大勢の人から向けられる好意というのは存外疲れるもの。その数が多く、また性格が純粋であればあるほどその重みは更に増すでしょう。私はあの鈍感具合は逃避行動の一種だと思っています。つまり、環境が全部悪い。

・チョトマテネー
いまそこーまでーいーくーかーらー

・凍頂烏龍
見た目は緑茶、香りは烏龍茶というどこぞの名探偵のようなお茶。緑茶よりも爽やかな風味が特徴です。

・お代わり
このような高級なお茶(凍頂烏龍だけかどうかは不明ですが)は高い分非常に味が長持ちしまして、少しの茶葉でコップ3杯以上飲めることがザラにあります。

・敵
一体何テノールなんだ……。


使用曲:Another Day
作者コメント:突弦変異の方を使用。メッセージ性においてもこちらの方が使いやすかった為。P-MODELの曲ではサイボーグの次に好きな曲です。相変わらず解釈は都合のイイように変えていますがご了承下さい。また、ヒラサワ曲の中では珍し目の明るい曲調なので初心者向けかと思われます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

織斑一夏&シャルル・デュノア①

 歌詞の解釈の書き溜めはしていません。その為解釈の進捗具合によって投稿ペースはまちまちに……。あ、今回短めです。喫茶店の名前が判明するだけの回。

 歌詞は独自解釈です、他の方とは違う解釈があるかもしれませんがご了承下さい。感想や指摘等もお待ちしています。


 世界で二人目の男性操縦者がIS学園に入学してから、俺の周りは更に騒がしく……もとい、賑やかになった。

 更衣室の案内をしようと思えば阻まれ、何故か手を繋いでいる写真が学園全体にばら撒かれ、一部の界隈ではなんか俺とシャルルの本まで出回っているらしい。いや、どんな本だよ。聞いてはみたが、

 

「織斑くんにはまだ早いよ!」

 

 の一点張りで全然教えてくれなかった。まあ、別に俺たちへの態度が横暴になってるとかそんな感じでもないから今は気にしなくてもいいか。

 

 

 

 それはともかく、何処にいても女子がシャルルを追って来るのだ。これではおちおち案内もしていられない。食堂にまで集団で押し寄せてきたときにはどうしようかと思った。だから――――

 

 

 

 

 

 

「こちらに来た、というワケですか」

 

「いや、ホントすみません」

 

「あ、ご、ごめんなさい」

 

 いつもの喫茶店に逃げ込んできた。

 

 この喫茶店は、俺にとってはやけに居心地が良い空間だ。どんなに授業がしんどい時でも、ここに行くときは足取りが軽くなるような気になる。それこそ、朝に女子に追いかけられた時なんかは窓を突き破ってでもここに逃げ込もうかと思ったくらいだ。

 

「大丈夫か、シャルル?」

 

「はぁっ、はぁ……うん、なんとか。ありがとう、一夏」

 

「おう!」

 

 お互いに一息をつく。さっきから全力疾走だったせいでいつの間にか肩で息をしていた。というか俺は勉強はともかく体育には割と自信があったのだが、何故こちらの全力疾走に彼女たちはついて来られたのだろうか。俺の運動神経がもしかするとIS学園の学生の平均なのだとしたら……。

 

 

 考えないことにした。現実逃避とも言う。

 

 二人用のテーブルに揃って突っ伏していると、いつの間にかその上には水のはいったグラスが置いてあった。

 

「「いつの間に!?」」

 

 マスターは俺達の驚きように悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「マスターとしての嗜みです」

 

 その言葉に、シャルルはほう、と息を吐く。

 

「一夏」

 

「なんだ?」

 

「ジャパニーズニンジャは実在したんだね」

 

「絶対違うと思うぞ」

 

 確かに足音しなかったし気配も分かんなかったけどさ。

 

 

 

「そういえば今更だけど」

 

 そうシャルルは前置きをした。

 

「ここって男の人がマスターなんだね」

 

「そうなんだよ。だから俺も気楽にココに来られるんだ」

 

「……? どういうこと?」

 

「クラスメイトの皆には悪いと思ってるんだけどさ。……やっぱり、女の子ばっかりの空間ってのはなんていうか、どうしても疲れるんだよな。何処に行っても視線があって、落ち着く暇もないっていうか。シャルルもそんな事はあったろ?」

 

「ほぇ? ……あ、う、うん! 話しかけられたら中々断りにくいし、やっぱりちょっとしんどいなーって思う時はあるよ」

 

 話を振ってみると、ちょっと慌てたような仕草をしながら同意してくれた。やっぱりフランスの男性ってのはこういった紳士的な人が多いんだろうか? より傷つける事無く、というニュアンスにそういう事を思いながらも愚痴を吐く口は止まらない。

 

「だろ? 今までみたいに弾――あっ、中学生の時の同級生で親友のヤツなんだ、ソイツらとバカな話とかも出来なかったし、正直初めの時はしんどかった」

 

 そりゃもう辛かった。

 

 確かに、興味本位で打鉄に触ってしまったのは俺が悪いと思ってるし、色々と迷惑をかけて申し訳ない、とも思う。

 

 だけどそれとこれとはまた別の問題っていうか。女子の話題なんて分からないし(分かるのは精々料理とか家事とか)、いきなり話を振られても周りには頼れる人もいないし。セシリアに喧嘩を売ってしまって色々と言われた時も辛いものがあったし、そんな俺の心なんて読める人もいるわけが――いるっちゃいるけど、でも片方には連絡したくないし、もう片方にもあまり頼りたくなかった。

 

 実際に試合をしてからはちゃんと仲直り出来てよかったと思う。もしもあのまま喧嘩しっぱなしだったら俺のメンタルはもっとボロボロだっただろう。

 しかもその後にこの店を見つけられたのは俺にとって恐らく最大級の幸運だと思う。マスターは「中々の観察眼」なんて言っていたけど、そんな大したもんじゃなくて、偶々見つけただけなんだ。

 

 マスターには色々と愚痴を聞いてもらっている。悪いとは思いつつも、どうしてもしんどい時やどうすればいいか分からない時、困ったらココに来て取り敢えずお茶を飲んだりもしている。マスターの淹れるお茶はどれもめちゃくちゃ美味しくて、ホッとして、一旦状況を見つめ直す余裕が出てくる。

 

 女子ばかりの学園の中で、ここは俺にとってはオアシスと言ってもいいくらいだ。愚痴を黙って、時にはやんわりとアドバイスをしてくれるマスターはやっぱり大人だなあ、と思ったりもする。

 時折、態度が急に変わることもあったけど……でも、怒ってるとかそんなんじゃなく、あれも単にアドバイスだったし。かと言って雰囲気が変わらないままにアドバイスをくれる時だってある。本当に不思議な人だ。

 

 少し気になったのは、このお店の事をあまり他の人に教えないでくれ、と言われたこと。

 

「ワタシはマイナーな人間でいたいのですよ。メジャーデビューなんて、とんでもない!」

 

 理由を聞いたけれど、目立ちたくないって事くらいしか分からなかった。メジャーデビューって、アイドルでもあるまいし。……あ、でも今の俺の境遇って、ある意味アイドルっぽいかも。嬉しくないけどな!

 

 

 

 

 ある程度時間も経ったし、息も落ち着いてきた。

 

 すると、カウンターに戻り棚を整えていたマスターがこちらへと顔を向けた。

 

「そういえば、そちらの方に自己紹介するのがまだでしたね」

 

「ああ、確かに!」

 

 静かな足取りで俺たちの座っているテーブルへと歩いてきて、丁寧に頭を下げた。

 

「はじめまして、ワタシはこのお店でマスターをさせてもらっています。『ヒラサワ』などという名前はありますが、どうぞマスター、とお呼び下さい」

 

「あ、はい! 僕はシャルル、シャルル・デュノアです。マスター、どうぞよろしくお願いします」

 

「ふふふ、これはご丁寧にどうも。それにしても……ふむ」

 

「な、なんですか?」

 

 マスターは自分の紹介を終えると、シャルルをじいっと、観察するかのように見つめていた。それに気づいたシャルルは、少し顔を赤らめて胸を隠すようにして身を引く。なんかそれ、女の子みたいなポーズだよな。見た目が中性的なせいか、妙に似合っているのが可笑しかった。

 

「これはこれは、失礼致しました。キレイな髪をしていたものですから、つい見入ってしまった」

 

「え!? あ、えっと、ありがとうございます」

 

「え、まさかマスター……」

 

 まさか、そういった趣味があるのか? 疑惑の視線を向けていると、さっきも見せた悪戯っぽい笑みを深める。

 

「ふふふふ。一夏くん、今から少しタノシイ事をしませんか?」

 

「変態だー!!」

 

「冗談ですよ。ワタシの恋愛対象はキチンと女性ですから」

 

 心臓に悪い冗談はやめて欲しい、マジで背筋が凍った。

 

 そういえば、こんなコントをやっていてシャルルは気持ち悪くは無かっただろうか。ヨーロッパって、同性愛が好ましくない、みたいなの聞いたことがあったような…・・。

 

 チラ、とシャルルを見た。

 

「う、うわあ。成る程、やっぱりジャパンでは禁断の関係があるんだね……!」

 

 凄くキラキラした目でこちらを見ていた。

 

 

 

 見なかったことにした。

 

 

 

「シャルルさん」

 

 マスターが苦笑しながら首を振る。

 

「…………え!? あ、いやこれは……違うよ! 違うからね!?」

 

 こちらに詰め寄りながら、「違うんだよ一夏!」と叫ぶシャルルから一歩身を引く。特に今は恋愛なんかに興味はないけど、流石に男子と付き合う趣味はないからな。なんて。

 

 だけど、やっぱり相手が男子だとこうして気楽にからかえるからいいな。ちょっとここはこのノリを続けてみよう。

 

「シャルル……お前、まさか」

 

「だーーー! もうっ! 違うって言ってるじゃないか!」

 

「おわっ!?」

 

 さっきまで二人して逃げていた筈なのに今度はシャルルが俺を追いかけ始めた。やっべ、タノシイ…………はっ!?

 

 マスターを巻き込もうとさっきまでいた所を見ると、またいつの間にかカウンターの方へと戻っていた。速っ!

 

 

 

 ……今はシャルルから逃げるのを優先するかな。

 

「マスター、ありがとうございました!」

 

「あー! 逃げないでよ一夏! あっ、ありがとうございますっ」

 

 やっぱ男子っていうのはこうしてバカ騒ぎするのが一番だよな!

 

 

 

 

 

 

     ▽ ▽ ▽

 

 

 

 

 

 

 これは、一夏が箒やシャルロットなど、専用機持ちを引き連れて喫茶店に訪れていたときのこと。

 皆でお茶やケーキを楽しんでいる中、ふと一夏は気になったことがあった。

 

「そういや、このお店ってなんか名前とかあるんですか?」

 

「はい、ありますよ。どちらにしろ貴方がたには教えたかったのでちょうどいい機会です」

 

 まるでその言葉を聞きたかったかのようにマスターは喜々とした笑顔へと変わる。それは自慢をしたがる子供のような、純粋な笑顔だった。

 

 磨いていたグラスを置き、格好をつけるように両腕を左右に広げた。その格好は、ある鬼教官からすれば殺意が湧くほどに似合っているとも言われるほどであり。

 

 そしてまた、彼女以外の人間からすれば。何故か酷く、安心した気持ちになるような、不思議と落ち着くような……ごくごく自然な格好に感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは、隣人との友情を。愛を。憧憬を発見する所。また、自分が持つ様々な感情と向き合い、そして落ち着ける場所、心のクリニック――――――ナース・カフェ、です」




色々とこじつけている気しかしません。

・ジャパニーズニンジャ
某アニメーションではないかもしれない。イヤー!

・一夏くんのメンタルやばそう
誰でもキツイと思う。女尊男卑の風潮を知っているなら尚更。女子は須らく恐ろしいものです。

・中々の観察眼
1話参照。こっそり改稿なんてしてません。セリフの入れ忘れに気づいたりなんてしてません。

・やっべ、タノシイ
原作主人公、プチSに目覚める

・鬼教官
誰のことやろなあ



使用曲:Nurse Cafe
作者コメント:アルバム「SIREN」で恐らく作者が一番好きな曲。サビの部分を聞くだけでなんとなく元気が出る、そんな曲です。歌詞は相変わらずあんまり分からなかったりする。新参者の馬の骨なんです……。


 次回は恐らく楽器回。それでは。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シャルロット・デュノア①

 一体いつまで続けられるのかがこの作品の一番の謎です。



 歌詞の解釈に独自解釈を含めております。ご了承ください。
 感想や指摘、誤字報告等もお待ちしています。


 場所はIS学園の食堂。食券を買う所と配膳口の付近が毎日凄く混雑している一方で、返却口が遠いという事もあって中々人がいないところも存在する。

 

 例えば、隅のほう、とか。

 

 そして隅の方のさらに隅っこの方には、じいっと見ないと誰も分からない、目立たない扉がある。

 

 そこを開けると……。

 

「いらっしゃいませ」

 

 若い(と思われる)マスターが出迎えてくれる、喫茶店がある。

 

「マスター、こんにちは」

 

「おや、シャルロットさん。こんにちは」

 

 カウンターに座るとお冷を渡された。それを口に含んで落ち着いた後、早速本題に入る。

 

「早速使ってみましたよ、あれ!」

 

「ほう。どうでしたか、ワタシ特製の楽器――チューブラ・ヘルツは」

 

「えっと、まず――」

 

 

 

 

 

 

 

 チューブラ・ヘルツ。僕のラファールに試験的に組み込まれた武装で、なんと開発・調整はこのマスターだ。

 パイプオルガンのような管をトリガーにして、それを引くと音が鳴る。管の長さによって音の高さは違うんだけど、その音の高さの違いがこと武装の最大の特徴だ。

 チューブラ・ヘルツには攻撃だけでなく補助や妨害機能も充実していて、それぞれに対応した音楽をタイミング通りに鳴らす事で全てに対応出来る。その代わり、明らかにタイミングがずれた瞬間また鳴らし直し、というデメリットも存在する。また、拡張領域をかなり大きく喰うのもデメリットだ。

 だけどその欠点を踏まえてもかなり優秀な武装だし、何よりも結構楽しい。飛行しながら使用するのは難易度がとっても高いけど、上手く演奏が出来た時の達成感、相手のハイパーセンサーを惑わせる楽しさ、もとい愉しさ。ワケの分からない武器で勝った時の相手のワケが分からないという顔を見た時の愉悦。全てが私を…………。

 

 

 いや、待って。そもそもだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで武器が作れるんですか!?」

 

「ふふふ、マスターの嗜みですよ」

 

「マスターになる敷居が高すぎるよぅ……」

 

 IS学園のマスターは武器の開発や整備なども出来ないといけないのだろうか? いや、でもマスターは喫茶店のマスターなんだから別にISの改造ができる必要はない筈なんだけど……。その内男性IS操縦者もマスターの嗜みとか言ってそうで怖い。

 

「それにしても、楽しく使えて頂けたようで」

 

「あっ、はい! 使いにくさはあったけど、今までこんな武器が無かったのでとっても……って、そもそもこんな武器あるわけないじゃないですか!」

 

「それはそうでしょう。ワタシが初めて開発したのですから」

 

 こんな武器がちゃんと攻撃になるなんて、皆思うわけもないしね。仕組み自体も詳しくは分かってない。『MIDI』っていう、昔使われてた音源? みたいなのが使われてるらしいんだけど、そのMIDIについて知ってる人は本当に少なかった。というか、先生や用務員のおじさんしか知らないみたいだ。

 ……織斑先生には聞いてないよ? 怖いから。

 

 で、MIDIから出る音を相手のセンサー類やらに影響を与える電波に変換したり超音波やビームに変換したりするなんやかんやがあってああなるらしい。マスター曰く、

 

「禁則事項です」

 

 とのこと。

 

 私には秘密事に首を突っ込む趣味もないし、別に使っていて不具合が起こることもないので気にしない事にした。

 

 

 そもそも、私達はマスターに関して知らないことが多すぎるのだ。

 

「年齢は?」 「秘密です」

 

「年収は?」 「禁則事項です」

 

「休日の過ごし方は?」 「禁則事項です」

 

「得意教科は?」 「禁則事項(ry」

 

「何処に住んでいたの?」 「何処かです」

 

「好きなタイプは?」 「かくとう・エスパーです」

「そうじゃない」

 

「異性の好みは?」 「秘密です」

 

 

 

 いやどうしろと?

 

 

 

 

 

 と、いうように、中々隙を見せてくれない。

 

「ワタシの事を知りたい時は、まずは現象の花の秘密を暴くことからです」

 

 とか言ってたけど、現象の花の秘密が何か、がまず分からないからどうしようもない。そんな謎な人だけど、私にとっては道を示してくれた恩人でもあるんだ。

 

 

 

 

 今でもハッキリ覚えてる。そう、あれは――――――――

 

 

 

 

 

     ▽ ▽ ▽

 

 

 私が『シャルロット・デュノア』として初めてマスターに会ったのは、タッグトーナメント戦が終わった後だった。謝らないととは思ってたんだけど、中々タイミングが掴めないまま――今に至る。

 

「うぅ、緊張するなあ」

 

 一夏や他の皆には許してもらえた。だけど、じゃあ他の人にも許してもらえるなんて甘い考えなんて出来るわけもない。いや、一夏はそう思ってるのかもしれないけど。彼は優しすぎる人だから。

 

 でも、恨まれても何かお小言を言われても、筋を通さなければ行けない時っていうのはある。この前来た時は軽かった扉を重く感じたまま、ゆっくりと開いた。

 

「いらっしゃいませ」

 

 軽い鈴の音と共に前と同じような声。きっといつも変わらないであろうそれも、妙に恐ろしく感じる。

 

「ああ、シャルルさん。いえ……シャルロットさんの方が宜しかったですか?」

 

「シャルロットで、お願いします」

 

 私が男装していたことを皆に伝えた後とはいえ、伝達速度が早すぎるような気がするのだが、気の所為なのだろうか?

 

「あの、騙してて、済みま――」

 

 その謝罪は、目の前のマスターの一言によってかき消された。

 

「ああ、謝らなければいけないのはワタシの方なのです」

 

「え……?」

 

 どういう事なんだろう? マスターには何の非も無いはずだ。少なくとも私は何もされていないのだけど。

 

 だけど、マスターの謝罪は全く違うベクトルのものだった。

 

「貴女の身体が女性であると言うことはひと目見た時から見抜いておりました」

 

「…………えっ?」

 

 

 

 あまりの驚きに身体が固まってしまった。え、じゃあ……私が男装してここに入っていたことを知った上で男性として接していたという事? なら、その理由は……?

 

「そ、そうなんですか!?」

 

「マスターですから」

 

 ……もしかして『シャルル』のまま他のバーに行っても見抜かれていたのだろうか? いやでも、他の子達にはバレてなかったわけだし!

 

「ただ、精神が男性の方……つまり、性同一性障害の方だとばかり」

 

「え、えぇ?」

 

 予想だにしていなかった答えが帰ってきた。少し混乱した頭をなんとか鎮めて考えを纏める作業に入る。

 

 

 

 つまり、身体は女の子だけど中身は男の子だと思ったから、男性操縦者の一人として接した……という事なのだろうか?

 

 確かにそれを聞くとなんだか複雑な気分になってしまったが、それでも私がやった事は消えないわけなので謝らなければいけないのは変わらない。制止の声を無視して頭を下げた。

 

「でも、それでも、すいませんでした!」

 

 

 

 ――コト、とカウンターに何かが置かれた音がした。少し顔を上げてみればその正体はキレイなティーカップ。

 

 頭を上げて下さい、と優しい声で言われたのでおずおずと頭を上げる。

 

 カウンターの先には、前と変わらない優しげな笑顔が待っていた。

 

 

 

「勿論ワタシは怒っていませんよ。――よく、頑張りましたね」

 

「っ」

 

 …………なんなのだろう、一夏に抱いた想いとはまた違ったこの温もりは。

 

 恋愛感情じゃない。

 

 友情でもない。

 

 まるで、母さんに褒められた時のような、そんな気持ち。思い出せるはずなのに、うまく表現が出来ない。

 

 

 

 

 

 自らが生んだ感情に疑問を抱いたまま、出された紅茶を口に含んだ。

 

 

 

 爽やかな風味の中で香る甘さ。一見相反するかもしれないその二つは決して混じらずお互いがお互いを活かし合うように揺れ動く。

 

 底に少し沈んでいるドライフルーツの甘さや酸味は少し強いけれど、その瑞々しさは私に元気を与えてくれるようで。

 

 故郷の、味がしたような気がした。

 

 

 

 

「これ……飲んだことがある気がします」

 

「マリアージュ・フレールの『ハッピー・バースディ』という銘柄です。日本で買うと高いのですが、ワタシに関してはちょっとしたコネで安く仕入れられているのですよ」

 

「マリアージュ・フレール……ああ! うちの!」

 

 ええ、とマスターは柔らかい笑みを浮かべた。

 

「なんか、すっきりした味わいですね。なんだか、明日も頑張れそうな気がします」

 

 えへへ、と笑っていると、彼はニコニコと微笑んだまま指を一本立てた。

 

「そんな貴女にアドバイスです」

 

「え?」

 

 

 

 そして、マスターは目を閉じた。

 

「いいですか? 貴女にはこれから先、色々と大変なことがあるでしょう。それは貴女の家庭だけではなく、IS学園での出来事でも。

 

 

 

 だけど今、この時は自分を祝ってあげなさい。

 

 雲に隠れていた貴女の名前は、月、そして太陽により照らされたのでしょう。

 

 

 

 今日は貴女の始まりの日。窓にオーロラは舞い、空を包みます。

 

 その時こそ夜が歌う時。

 

 貴女の誕生を祝う時。

 

 その時に祈りなさい。貴女を包み込む宇宙に祈りなさい。

 

 始まりは始まるのではなく、始まりへと還るだけ。

 

 貴女の願いはオーロラが聞いてくれる。叶う時はきっと、再びオーロラが舞う日。

 

 そして貴女は如雨露になる。

 

 目覚めてしまったが為に貴女は隠れてしまったのかもしれませんが、太陽の蓮は貴女を見つけてくれた。

 

 満ちて花開く太陽に寄り添い歩むことで、きっと丘は応えてくれる。

 

 

 

 

 目を見張り、願い、そして歩くのです。

 

 もしも蓮が枯れかけたら水を与えなさい。黄泉帰らないように、そして蘇るように。

 

 水が廻り、再び蓮を咲かせられるように。

 

 それが如雨露の役割なのです」

 

 

 

 

「おー、ろら」

 

 月。

 

 太陽。

 

 蓮。

 

 夜の歌。

 

 

 

 そして、如雨露。

 

 いきなり並べられた意味不明なキーワード。普通に考えればこの地でオーロラなんて出るわけもない。きっと普通の人からすれば、マスターはおかしいのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……なのに。

 

 与えられた詞は、きっととても大事なような気がした。彫りつけるように記憶付ける。いや、彫らなかったとしても……絶対に、これは消えないだろう。

 

 私はマスターに何を返せるのだろう。行先を教えてくれた彼に、何が出来るのだろう。……考えるのは後だ。考える前に、まずやるべきことがある。

 

 

「マスター、ありがとうございます!」

 

 御礼の言葉は意識せずとも出てきた。なら、後は気持ちを添えるだけだ。

 

 一夏と母さんにしか見せたことのない、私の最高の笑顔で。

 

 

 

 

 

 

 私はこの日を一生忘れない。『僕』が眠り、雲に隠れて『私』として生き始めた日。

 

 

 そして、夜中にオーロラを見た日を。

 

 

 

 

 

 

     ▽ ▲ ▽

 

 

 目の端に涙を浮かべながら、それでも笑顔で出ていったシャルロットさんを見送ったあと、静かに独りごちた。

 

「それにしても、IS委員会も中々質が悪いことをするものです。デュノア社の社長の性格の悪さも……いや、親バカ具合も中々ですが」

 

 そもそも男装といった、バレた場合のリスクが大きすぎる事をせずとも、ハニートラップや単に仲良くなって聞くほうがローリスクではないか。色々と子への風当たりが強い中、IS学園に逃してやりたかったというデュノア社社長の気持ちも分からんではないが、それにしてももう少し賢いやり方があっただろうに。

 しかも、データの収集などという()()を信じさせて送り込むのだから面倒臭い。夫人の追求を躱す為だとは思われるが、それで愛娘に嫌われては本末転倒だろうに。そこまでして助けたいのなら、もっと表立って行ったほうが良かったのではないだろうか。

 

 

 

 まあ、他所の家庭の事情にこれ以上踏み込むつもりはワタシにはない。だが、何も知らなかった哀れな子に少しばかりの同情を覚えるのも事実。先輩はこの件に関しては沈黙を貫くつもりだろうし。

 

 ここは一つ、理由付けを増やしてやるとしよう。そうと決まれば早速実行だ。

 

「久しぶりに取り掛かるとしますかねぇ。腕が落ちていないといいのですが、どうにも自信がない」

 

 

 

 試作()()のテストパイロット。うむ、中々オモシロソウな響きではないか。

 

 

 

 

 

 

 

     ▽ ▽ ▽

 

 

 全てを知った彼女は社長に対しある程度怒りを覚えたものの、最終的には和解出来たという。いやはや、これは社長が大泣きしたことだろう。良かった良かった、もしも話が拗れたまま倒産してしまったら――――安く紅茶が仕入れられないではないか。

 

 テストパイロットの件については既に了承を取ってある、逆にお願いされたくらいだ――し、恐らくもう暫くは彼女は楽しく日常を過ごせることだろう。その間に事態が好転するか、それとも悪化してしまうのか。それは確率の丘が示してくれるだろうし、ワタシがどうにかすることでもない。

 

 

 

 ワタシが彼女に望んでいる最も大きな役割――――創作楽器のモニター。

 

 これに協力してもらえるのはとても大きい。リヴァイヴの汎用性に感謝、そしてシャルロットさんの要領の良さには圧倒的感謝だ。

 

 

 

「次は何を創りましょうかねぇ」

 

 そうだ、レーザーハーブなどはどうだろう。きっとまたオモシロイ出来になるに違いない。

 

 

 

 シャルロットさん、楽しみに待っていてくださいね。

 

 

 

 

 

 




 難産でした。解釈とかそれ以前に話に合う歌を探す作業に時間がかかりすぎた。



ちょっとした解説とか。

・チューブラヘルツ:武器になった。某一狩りゲーでいう狩猟笛みたいなアレ。

・MIDI:この世界では骨董品も同然らしい

・マリアージュ・フレール:フランスの紅茶ブランド。フランスで買うと結構安いってのはマジ。フレーバーティーの知名度はかなり高い筈。

・先輩:みんな知ってる

・IS委員会とかデュノアのネタどっかで見たぞ:他の二番煎じよりも母数が少ないのでご容赦を 一応完全な丸パクリにはしていません




使用曲:オーロラ
作者コメント:AURORA3のほうがメロディー的に好きだが、まあ歌詞が同じだしどっちでもいいでしょうという事でこっち。ホントはもうひとりの登場人物に使いたかったが、この話を作るのにとても難儀したため先に使ってしまった。一度使った曲を二度と使わない、ということもないので。


 頭おかしい兎とかの登場はもうちょっと先の予定。暫くは生徒や他の教師中心です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

篠ノ之 箒①

 辛いです、文章書くのが難しいから。長期連載の方を尊敬する毎日。
 あと、ヒラサワっぽさを全く出せないのが悔しい。

お気に入り作品に登録してくださった方々、ありがとうございます。細々とやっていきますがこれからもよろしくお願い致します。

 歌詞の解釈は独自のものであります。ご了承下さい。


 IS学園の食堂、その隅も隅の方にあるこじんまりとした扉の奥にある喫茶店。ワタシの勤務地であり、身や心を疲れさせた方々が訪れる静かなカフェだ。そこでマスターであるワタシは一体何をしているのか?

 

「全く、一夏の奴はまた……」

 

「まあまあ落ち着いて下さい」

 

「分かってはいるのです! ですが、むむむむ……」

 

 絶賛箒さんの愚痴を聞いていた。彼女、少し愚痴が多すぎやしませんかねぇ。基本、重い女性というのは中々好き嫌いが別れるものなのだが、彼は一体どちらのタイプなのだろうか。

 ……彼の話を聞く限り、周りに重い女性しかいないようではあるが。箒さんを筆頭に、シャルロットさん、鈴音さん、あとは更識姉妹も相当重そうだ。セシリアさんとラウラさんはまだ寛大な方だろう。まだ。

 誰も彼もが美人、若しくは美少女であるために傍から見れば羨ましいのであろうが、こうして見ている側としては一夏くんがとても心配になってくる。女難の相でもあるのではないだろうか。

 

 ここまで来るとワタシとしても全然うらやましくない。まあそもそもワタシは別に鈍感ではないので、ああなることはないと思われるが。

 

 そもそもこんな事をしているのには、ちょっとした作戦があったりする。

 

 名付けて、『(一夏くん)救済の技法作戦』。その初めの標的が彼女なのだ。

 

 

 

 

 

     ▽ ▽ ▽

 

 

 最近、よく一夏が行方不明になる。いつも留守なので一時間後くらいにまたドアを叩いてみるといつの間にか帰ってきている。何処に行っていたのだと聞いても、

 

「なんでそこまで俺が教えなきゃいけないんだよ」 の一点張りで全く教えてくれなかった。

 

 

 

 

 怪しい。非常に怪しい。

 

 そう思った私が一夏を尾行し、それを見つけるまでさほど時間はかからなかった。

 

 殆どの人が気づかないような、隅の方にある扉の向こう側。

 

 一夏はそこに通っていたのだ。

 

 

 

 どんな女が一夏を誑かしているのかなどと思いながら扉を静かに開けてみると、そこには柔らかな表情で皿を磨いている男性が一人いるのみだった。

 

「いらっしゃいませ。夜分遅くに珍しい」

 

「あ……」

 

「ああ、これはこれは篠ノ之箒さん。こんばんは」

 

「ええ、こんばんは。あの……」

 

 一夏はどうしてここに? という疑問をそのまま初対面の人間に言ってしまうのはどうにも気が引ける。だが、聞けなかったそれをなんとなく彼は察してくれたようだった。

 

「ああ、一夏くんですか。彼はよくここにお茶を飲みに来てくれるのですよ。マスターとしては嬉しい限りですねぇ」

 

「マスター……?」

 

「申し遅れましたね。ワタシはこの喫茶店『Nurse Cafe』でマスターを勤めさせて頂いております。一応ヒラサワという名前はありますが、どうぞマスターとお呼び下さい」

 

「分かりました。あの、他に従業員の方はいらっしゃらないのですか?」

 

「はい。まあご覧の通り狭く静かな空間ですので、他に従業員を雇う理由も特にないのです」

 

 成る程、ということは一夏が他の女に靡いた、などということはまずないだろう。いやそもそもよく考えろ、アイツが簡単に女に靡くか? 小学校の頃から人気があったが、そんな印象など何処にもない。

 

 つまり、私のこの行動はただの空回りだったということだ。

 

 今までの勘違いで少し恥ずかしくなってきた。今すぐにでも帰って寝たい気分だが……。

 

「取り敢えず、お茶など如何ですか?」

 

 ……マスターの言葉に従おう。

 

「日本茶はあるか?」

 

「勿論御座います。少々お待ちを」

 

 そう言うとカウンターの奥にある棚、冷暗室だろうか? から一つの筒を取り出し始めた。待っている間にでも落ち着こう、そう思いながら目を閉じた。

 

 

 

 

 

 暫くして、「お待たせしました」の声。

 

 それに釣られて目を開けると、私の目前には上品な柄をした湯呑みが一つ置いてあった。そしてそれにマスターが急須から茶を流し始める。

 

 とても透き通っているキレイな緑色が湯呑を満たしていく。雰囲気が違うせいか、普段よりもそれはとても美味しそうに見えた。

 

「では頂きます」

 

 マスターが笑顔で頷くのを合図に一口含んだ。

 

「静岡県は掛川の『さえみどり』を淹れさせて頂きました。どうです?」

 

「どうですって……それって確かかなり高いお茶だと思うのですが」

 

「はい」

 

「そんな高級品を一生徒に出して大丈夫なのですか……? まあ、兎に角。とても上品な香りがします。渋みが少ないから飲みやすいし、何よりとてもまろやかだ。淡い甘みが落ち着きますね」

 

「……お家の環境もあるのでしょうが、ここの生徒はやけにお茶に関してのレビューが細かいですねぇ」

 

「はい?」

 

「いえ、独り言です。お気になさらず」

 

 ニコリと笑うマスターになんとなく圧されながらお茶を飲み進める。全く飽きがこない味だ。これが高級茶、篠ノ之家で高級茶を淹れていた事も稀にあったが、その時もとても美味しかったのを覚えている。あの時は珍しく姉さんもお茶だけ飲みにきたのだったか。

 

「そういえば」

 

 と前置きしながらマスターが他所を向いて喋り始めた。

 

「最近、また一夏くんが傷を増やしていましてねぇ。苛められているのかと考えもしたのですが話を聞く限りどうにもそういった気配も感じない」

 

「う……」

 

 図星、それも思わずいじめ問題にまで発展しそうになっていた事に気づいて思わずうめき声を上げてしまった。気づいてくれるなと思ったりもしたが、そう都合よくなど行きはしない。

 

「ほう、何かがあるとは思っていましたが……成る程、そういうことだったのですね」

 

 ……第三者にジト目で見られるとかなりの罪悪感が押し寄せてくるものだ。だが、そもそも一夏に問題があるだろう。少し目を離せば他の女に囲まれて……全く!

 

 なんてことを思っていると、いつの間にかマスターの目はハッキリとこちらを向いていた。

 

「箒さん。お聞きしますが、男性が女性を殴るのは果たして許されるでしょうか?」

 

「許されるわけがないでしょう!」

 

 ……いきなり何を当然の事を言っているのだこの人は?

 

「そうですね。では、女性が男性を殴るのは許されるのですか?」

 

「……っ」

 

 一瞬、返答に詰まった。

 

 当然だ。同じく許されるハズがない。だが、もしそう答えてしまえば私自身がその許されない事をしていることになってしまう。

 

 そんなプライドが邪魔をして、「許されない」と口に出すことが、出来なかった。出たのは誤魔化そうとする浅ましい言葉だけ。

 

「……それは、でも!」

 

「どのような理由があるにせよ、暴力はいけません。感情を爆発させる度に手が出るようでは、それは男性女性以前に人として問題アリ、です」

 

「別に誰彼なく手が出るわけではありませんっ!」

 

「彼なら許されるのですか? 彼なら殴っても蹴っても良いと考えている、そう判断させて頂いて宜しいのですか?」

 

 何も返すことが出来ない。

 

「貴女が学んだ篠ノ之流というのは、想い人に対し気に入らないことがあると暴力に走ることを許す流派だったでしょうか」

 

 反論すら許してくれない。

 

「勿論、貴女のお気持ちも分からなくはありません。時は全ての人に波を立て急激な勢いで襲ってきます。いつの間にか皆が大きくなっている。全てが変わっている。特に白騎士事件があってから、時間というものはまさに津波となりました」

 

「…………」

 

「政府保護プログラム、でしたか。あれにより心の拠り所を失った事、事件に身内が関わっている事。ええ、貴女は激動の人生を送っている。それも、中々生きづらい人生を」

 

 と、ここで一つの疑問が浮かんだ。

 

 何故この人はこんなに沢山の情報を持っているのだ、と。

 

 だが、そんな思考を目の前の彼は許してはくれなかった。

 

「ですがそれは、彼を殴る理由にはなりません」

 

 

 

 

 

 そして、気配が変わった。殺気が生まれた。寒気がするくらいのソレに思わず呑まれそうになる。

 

「オマエはただのBerserker(狂人)だ。

 

 オマエの力は何の為にある? 何の為に力を得たのだ?

 

 自らの信念の元に力――Forceは使われるべきなのだ。決して

 

 チカラとは責任だ。大いなるチカラには大きな責任が伴う。

 

 撃たれた鳥のような優雅さを忘れてはならない」

 

「撃たれた鳥、優雅さ……?」

 

 最後の一文だけが分からない。

 

 撃たれた鳥。恐らく鉄砲か何かだと考える。だが、優雅さとは何だ?

 

 思考に没入したいのに、胸を打つマスターの声がそうさせてくれない。

 

 雰囲気が、そうさせてくれない。

 

「オマエの舵を取るのはオマエだ。

 

 どの道に生きるのか。何を成そうと努むのか。

 

 全て、オマエが決めなければいけない。

 

 だから舵を取れ!

 

 オマエが目指す自身になれるように。

 

 舵を取れ!

 

 オマエの憧れへ追いつくために。

 

 舵を取れ!

 

 誤った行き先から針路を変更する為に。

 

 ――――そして最後に、正しくあれ。

 

 どれだけ失敗しようとも。どれだけ悔いようとも。どれだけ妬んだとしても。

 

 オマエが望む未来は、まだ遠い。だからこそ、負の感情に操られてはならないのだ。操られれば操られるだけその未来は遠くなる。決して訪れなくなってしまう可能性もある。

 

 オマエの想い、オマエの信念。オマエの苦しみ、喜び、哀しみ。

 

 無限に道は広がっている。オマエを構成する全てが道標になるだろう。

 

 さあ、選べ。オマエたちの目指す未来の為に!」

 

 

 

 

 最後にひときわ大きな声で叫んだかと思うと、そのまま数秒ほど動かなくなった。

 

 私も、動けなかった。

 

 

 自分に問う。

 

 あの日決めた私の道は何処へ行った?

 

 まだ私は小さな子どものような我儘な想いを彼に向けるのか? 素直になれないままで?

 

 ……いや、それではきっと駄目だ。アイツは鈍感だから、このままじゃ一生私の想いは届かない。

 

 

 

 だから、まずは私が変わろう。私の舵があるとすれば、今が針路変更の時だ。

 

 私が正しくあるために、正しき力を得るために。

 

 

 一つ、大きな深呼吸。

 

 そんな簡単なことさえ理解しようとしなかった、私に別れを告げるために。

 

「…………まだまだ、未熟、ですね」

 

「はい。ならば、貴女はどうすればよいでしょうか?」

 

「決まっているでしょう」

 

 やるべき事は決まっている。

 

 

「頑張って謝ってきます。私は……その、中々素直になれないですけど。でも、今ならきっと出来る気がするんです」

 

「ふふふ、そうですか。ではワタシは成功を祈ることにしましょうかねぇ」

 

 頭を静かに下げてお金を払い店を出た。

 

 店に入る前、あんなに腹に溜まっていたドロドロとした怒りは、今では奇麗さっぱりと消えていた。

 

 とても、清々しい気分だ。

 

 そう、今ならきっと素直になれる。マスターにこう宣言してしまったのだから、きちんと有言実行せねばならない。

 

 真っ直ぐに進むのが、私の道の筈だから。

 

 

 

 

     ▽ ▽ ▽

 

 

 

「で、今週は何回やらかしましたか?」

 

「言い方が失礼ですねマスター。0回に決まっているではありませんか」

 

「一夏くん」

 

「一回やられました!」

 

「お、おい一夏!」

 

 その後。まあ、順調に箒さんは暴力に訴えかける回数を減らしている。願わくば0回を続けて欲しいのだが、二、三週間に一回は手が出てしまうようだ、とは一夏くん、つまりは被害者側からの証言。

 

 「なんてことをしてくれたのだ!」「やったのはお前だろ!?」 という言い争いを尻目にグラスを磨く。……うむ、最近ワタシの技術がグングンと伸びている。良き傾向だ。

 

 ま、そんなことより。

 

「箒さん」

 

「は、はい……」

 

「今週は一回との事なので、そうですね……。今日の一夏くんの会計は箒さんに払っていただきましょうか」

 

 その瞬間、一夏くんの目が輝いた。

 

「マジっすか! じゃあマスター、チーズケーキと前のアールグレイ一つ!」

 

「ちょ、ちょっと待て一夏。落ち着こう。な?」

 

 箒さんはそんな彼を見て冷や汗を垂らしながら、なんとか宥めようと肩に手を置いた。少し顔を赤らめているのがとても青春しているようで微笑ましい。

 

「いやー、ありがとうな箒! 俺、嬉しいよ!」

 

「全然嬉しくないのは何故だ……」

 

 そんなやりとりを目にしながら紅茶の用意を始める。ケーキはすぐに準備出来るが、紅茶は中々難しいのだ。少し時間を掛けたほうが美味しかったりする銘柄もあれば、あまり濃くない方が評判が良いものもある。今回は前者なので、少し早めに準備をする、というわけだ。

 

 最近、鈴音さんからの暴力も減っているという。どうやら箒さんが我慢を覚えたことにより危機感を覚えたようだ。と、これはあくまでワタシの予想。本当の所はどうかは知らないが、少なくとも低い確率ではないと思う。

 

 ともかくこれはいい傾向だ。ただでさえ彼は精神的に大きく傷ついているのだから、肉体的にも傷を増やしていればその内彼は完全に壊れてしまうだろう。本来であれば大人が支えるべきなのだが、不幸な事にその大人が周りには殆どいなかった。彼女は実に難儀したことだろう。いや、現在進行形で難儀しているのか。

 

 箒さんが舵をとる方向は、願わくば彼を支える方向であってほしい。そんなことを祈りつつ準備を進めていると、扉から鈴の音が聞こえた。今日のナースカフェは賑やかになりそうだ。

 

 

 さて、今日もまた楽しい一日になりますように。

 

「いらっしゃいませ」




 ちょっとした解説とか。
・重い女性
 ISのヒロインちょっと重すぎませんかね 束縛激しすぎるのはNG

・さえみどり
 今年の取引額がエグい有名なお茶。

・Berserker
 適当な和訳。やっちゃえ!

・チカラ
 なんでも出来ると思ったら大間違い

・なんでマスターは箒の家庭環境知ってるの?
 マスターだから

・なんでマスターは色々と一夏に気をかけてるの?
 肉体的にも精神的にも彼を守るため。あの環境で羨ましいとか思えるのは馬鹿だけだと思います。誰も男友達がいない学校とか冗談でもワタシは行きたくありません。



使用曲:BERSERK ~Forces~
作者コメント:ステルス某といえばコレ! という曲に挙げられる一つだろう。正直ここで使うか織斑姉で使うか悩んだ。でも何時迄も(暴力系ヒロインじゃ)いかんでしょ、とのコトでこれを採用。

使用曲その2:舵をとれ
作者コメント:上の元ネタ。ニコニコ動画に挙がっていた動画になんかいいMADがあったはず。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

織斑 千冬①

 原作ヒロインが多すぎて色々と追いつきません。ファッキュー弓弦

 という事でおやすみ回です。

 
 お気に入り登録をしてくださった方、読んで下さった方、何時もありがとうございます。ゆっくりとした更新になりますが、どうぞお付き合いくだされば、と思います。


 また、歌詞については独自の解釈を含みます、ご了承ください。

 今回、時系列的には一話よりも少し前。


 IS学園には門限が存在し、それ以降部屋の外を出歩くことは原則として禁止されている。通路には日々学園の教師たちが交代制で見回りを行っており、またその教師の中でも最もこの見回りをしている事が多いのが……。

 

「来たぞ、マスター」

 

「いらっしゃいませ」

 

 目の前にいる、第一回モンド・グロッソの優勝者である織斑 千冬さんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、随分と久しぶりの気がするな」

 

「そうですねぇ。お仕事の方は大変そうで」

 

「全くだ。今年の入学生も私を見るなりキャイキャイと喚き出すし……あれが若さなのか」

 

「いえいえ、あれは一流芸能人を見た時のギャラリーのようなものでしょう。先生はまだまだお若いですよ」

 

 唐突に雰囲気が暗くなった彼女に、慌てて声をかける。このまま酔われると実に面倒だからだ。普段から冷静であるように心がけているワタシであるが、彼女の悪酔いした時だけは必死にならねばならない。

 

「今はプライベートだ、()()

 

 ……全く。この人の仕事とプライベートの切り替えスイッチはどれ位のスピードで押されているのか。毎回毎回被害にある一夏くんとワタシ――いや、私の身にもなってもらいたいものだ。

 

 

 

 

 

「はいはい、分かりましたよ、せん……じゃなかった、千冬さん」

 

 

 そう、私にとって彼女――千冬さんは中高においての先輩であり、私がここで働くことになった切欠になった、そんな存在なのだ。良い意味でも、悪い意味でも。

 

 

 

「何を飲みますか?」

 

「ビールだ。プレミアムモ○ツを頼む」

 

「ここにはもっといいお酒があるんですがねぇ」

 

 もっと頼むものがあるだろうに。日本酒やワインは良いものを揃えているのだが、私はビールだけはどうも好きになれない為にどうしても手を出せずにいる。マスターとして、出来るだけ美味しいものをと考えながら様々なお茶やお酒を味見して仕入れる品を選んでいる私だが、どうにもビールには疎い。

 

 前に「中々ここには売られていないようなモノを仕入れてみよう」と考えてナギサビールや網走ビールの商品を仕入れてみたのだが、目の前にいる先輩に、

 

「プレミアム○ルツの方が美味いな」

 

 と断言された記憶があるため今ではビールはそれしか仕入れていない。

 

 

 決して拗ねてなんかいない。

 

 

 

「はい、どうぞ」

 

「ああ。…………ッぷはぁ! やっぱりプレモルは最高だな!」

 

「一応サントリーから独自ルートで仕入れてますからねぇ」

 

「お前のコネは相変わらず謎だな……まぁいい、私が美味いビールを飲めているんだ、許してやる」

 

「……千冬さん、中学校の頃の暴君スタイル復活させたんですか?」

 

「あの頃の事は忘れろ!」

 

 付き合いが長いと、世界最強と呼ばれる女性の弱みなんかも握れることもあって中々悪くない。理不尽な要求に襲われることもあるが……まあ。

 

「まったく……」

 

 顔を少し赤らめ、目を逸らしながらビールを飲む千冬さんを見られるだけで私にとってはプラスなのだ。

 

 

 

「お前は今年もあの訳の分からない言葉を使うつもりなのか?」

 

「使うときが来れば使いますねぇ」

 

「そうか……」

 

 何故彼女は私の言動に気を遣うのか。これには理由がある。

 

 そもそも私が「ワタシ」を始めたのは十中八九この人のせい……というのは悪いか、切欠になったのは確かではあるが。まあ、事情が事情だったということだ。

 

 そしてそれを千冬さんは未だに気にしている節がある。というか間違いなく気にしている。この人の良くない癖は他人には頼れと言う癖に、自分は悩みや苦しみを一人で抱え込む所だ。そして先程目を逸らして恥ずかしそうにしていた顔は、今は少し落ち込んでいるようにも見える。

 

 ……こういうのを無視できないのは、私の悪い癖なのだろうか。

 

「それで、今回はどうしたんですか? 私で良ければ聞きますよ、今夜は他に誰もいませんし」

 

「……悪い」

 

 彼女は少し、甘えることを覚えるべきだ。環境が環境だったとはいえ、今ではきっと一夏くんも成長しているだろうし、周りに友人もいるのだから。それでも甘えられないのなら、私が甘やかす。

 

 やっぱり私も千冬さんのファンなのだなあ、としみじみ思わされる。

 

 

「……一夏がここに入ってきたのは聞いているだろう?」

 

「勿論。あの時は私も大層驚いたものですから」

 

「そうだ。あいつはISを動かしてしまった。奴が言っていた"ISには意志がある"という話から考えると、もしかすると初めにISに乗った私のせいで一夏も巻き込まれたんじゃないかと思うと、な」

 

 そう語る千冬さんの顔は赤らんではいるものの、暗い。今すぐ励ましたい思いもあるが、それはカウンセリングとしては悪手だ。

 

「成る程」

 

 まずは最後まで話を聞くこと。後悔や思いを全て吐露させた上でどうするかを考える。

 

 マスターの基本だ。

 

「それに」

 

「?」

 

「初日から、他の奴らが見ている前で思い切り頭を殴ってしまった」

 

「…………」

 

 それはちょっと貴女が悪いんじゃないだろうか。

 

 

 

 

 

 その後も様々な話を聞いた。

 

 一夏くんになにもしてやれていないこと。

 

 頼れる友人がいないのにも関わらず放り込んでしまったこと。

 

 委員会の介入を阻止しきれなかったこと。

 

 他の人に素直になれないこと。

 

 

 全てを吐き出した時には、千冬さんはもうかなり酔っていた。

 

「随分溜め込んでいましたねぇ」

 

「…………悪い」

 

 ああ、全く。

 

「本当に、貴女は悪い御人だ」

 

「え……?」

 

「そんなところで謝られては許す以外ないではないですか。そうでないと、私はまるで悪人のようだ」

 

 そんなに悲しそうな顔をされては、笑って許す事しか出来ないではないか。

 

「一度責任を感じるとすぐ溜め込んだり謝ったりするのは貴女の悪い癖ですよ。

 

 私が聞きます。私が許します。だから、あまり自分を傷つけないで下さい」

 

「……しかし」

 

 ……少し、焦れったい。とっとと了承してくれればいいのだが、この人はどうにも頭が硬すぎる。こういう時は『ワタシ』の出番だ。

 

「大体、一夏くんはちゃんと分かってますよ。自分が、貴女に護られながら育ってきたことくらい」

 

「だが」

 

「彼が自分で言ってるんですから。ふふふ、こういう情報を得られるのは同性の強みですねぇ。まぁそれは兎も角。一夏くん、昔はこんな事を言ってましたよ。『何時か、千冬姉を守れるくらい強くなるんだ! 』」

 

「っ!」

 

「『俺はガキだからまだ護られてばっかだけど……でも、強くなる! 強くなって千冬姉に「今まで護ってくれてありがとう、これからは俺が守るよ」って言うんだ!』……と」

 

 これを聞いたのはもう何年も前だったし、ワタシはあの時と髪の色も雰囲気も違うから、彼はきっと暫くワタシには気づかないだろう。初見で見破れたら褒めてあげよう。

 

 さて、ここからだ。

 

「貴女は不思議な鏡なのです」

 

「……鏡?」

 

「ええ。影絵のようにも、月明かりのようにもなれる不思議な鏡。

 

 影絵は教えます。空の飛び方を。

 

 月明かりは教えます、夜の歩き方を。

 

 貴女のお陰で一夏くんは熱血漢な子に良い子になり、ワタシはこうして夢を叶える事が出来ました。ワタシ達は二人共、貴女という鏡、いえ……鑑を見て歩いてきたのです」

 

「……」

 

 彼女は何も話さない。今のワタシを知っているから。

 

「一夏くんが貴女を護るのなら、ワタシは月明かりになりましょう。

 

 貴女の道は霧一面の獣道。険しくて厳しい、孤独な道。

 

 だからワタシが照らします。獣道を抜け、幾つもの世界、幾つもの光が見られるように。

 

 雲を超え、霧を突き抜けて。

 

 貴女を良き道へと導けるような、そんなマスターとなりましょう。

 

 その後は貴女の弟が一緒についてきてくれる。

 

 護ってくれる。

 

 そして辿り着いた暖かな光の中で、ワタシ達は貴女に言うのです」

 

 

 

 

「『おかえりなさい』と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか」

 

 

 反応はたった一言。

 

 

 

 

 

「…………」

 

「ふふ」

 

 

 

 

 笑いに混じった、震えた声。

 

 

 

 それを聴いた時、私の瞳は自然と閉じられた。

 

「まったく、みじゅくもののくせにくちだけはたっしゃだなあ」

 

「ふふふ、すみません」

 

 下を向いて顔を隠す千冬さん。勿論私はそれを見ようとはしない。

 

 ここはナースカフェ。弱音も怒りも、全て吐き出せる場所。ここで私が干渉すると、きっとこの人はまた強がってしまう。

 

 だから、それが終わるまで。

 

 私はそっと、お茶を出した。

 

 

 

 

 暫くして、顔を上げた千冬さんはお茶を飲み始めた。まだ少し目元は赤いが、もう大丈夫だろう。

 

「すまな……」

 

「ストップです」

 

 迷惑を掛けてすまなかった、そう言いたかったであろう彼女の言葉を止める。私はこの人にこの場所について話しているはずなのだが。

 

「また謝ろうとしているじゃないですか。こういう時はお礼を言えばいいのですよ」

 

「お、お前! 私がそういうのが苦手だって……」

 

「知ってますよ」

 

「んなっ」

 

「ふふふふふ」

 

 そう言って笑ってやる。

 

 こうすれば、彼女は怒って私を殴る。それできっと元通り。全てを悟り、目を静かに瞑る。

 

 

 

「……全く」

 

 

 

 

 

 

 だが、予想していた一撃は何時までたってもやって来ない。

 

 訝しんで少し目を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには怒りの形相を浮かべた鬼の先輩の顔はなく。

 

 

 

 

 ただ、少しぎこちない、笑顔があった。

 

 クールな笑みではない、にこやかに笑おうとしている不格好なソレは、だがしかしあの時と同じ感覚を受けた時のもの。

 

 まるであの時と変わらぬ美しいもので。

 

 

 

 

「ありがとう、シン」

 

 その声はとても小さかったけれど。

 

 だけど。

 

 

 

 

 

 ああ、どうしようもなく私は彼女に惹かれているんだなあ、と。再度確認させられるような、ふんわりとした柔らかいものだった。

 

 




 実は、このヒラサワとかいう男。オリ主なのです。


 ちょっとした解説とか。

・千冬と平沢
本文の通り、先輩後輩の関係だった。ついでに部活も一緒。
更に言うなら練習の時は良く打ち合いを続けていた。平均1時間くらい。

・平沢のキャラブレブレじゃねえか
平沢はあくまで「ヒラサワ」を演じているだけです。あんなやべーオッサン(平沢進氏)をそのまま描写できる訳ないでしょう。

・プレモル
 美味いらしい。作者はアルコールに弱いので飲んだことはありません。

・マスターの基本
 カウンセリングはマスターの必須技能

・あの時
 どの時やろなあ

・シン
「ヒラサワ シンイチ」→シン  彼と仲のいい連中はこう呼ぶ事が多いらしい

使用曲:魂のふる里
作者コメント:本当はForcesを使いたかったのだが、前話で使ってしまったので話のムードとも合うこれを使用。ヴァイオリンの旋律がキレイで落ち着く曲調です。今回は楽に分かるのではないでしょうか。

 次回誰にしようかは未だ不明。馬の骨、早くもネタ切れ説。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

篠ノ之 束①

 お久しぶりです、少し忙しく遅れてしまいました。
 暗い曲が多すぎて明るいムードに持っていくのが難しいです。


 お気に入りに登録してくださった方々、読んでくださった方、ありがとうございます。ヘボ文章の馬の骨ですがこれからもひっそりと、ステルスな感じでやっていくので宜しくお願いします。


 IS学園の食堂。

 

 その隅には、生徒の殆どが知らない喫茶店がある。

 

 何故か気づかない不思議な扉。

 

 IS学園内でも生徒や教師の一部しかそれを知ることはない。況やIS学園外の人間でこの喫茶店を知るものはほぼ皆無と言っていいだろう。

 

 

 

 

 ……ただし、ごく一部を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 扉が乱暴に開かれ、唐突に現れた一人の女性。

 

「やあやあやあやあ! シンくん、今日も元気にやってるね!」

 

 

 

 

「…………貴女はまたセキュリティを抜いてきたのですか、元気ですねぇ」

 

『私もいますよ、進一様』

 

「マスターと呼んで下さいと言っているではないですか」

 

 彼女(たち)こそが、そのごく一部である。

 

 

 

 

 そしてそのごく一部は唐突に表れるのがまた質が悪い。ちゃんとアポイントメントを取るべきではないのだろうか、社会人として。

 

 いや、社会人……? まあ、博士だから社会人だろう。

 

 兎も角、そんな彼女とはこれまた学校の先輩に当たる。千冬さんと違いれっきとした接点は無かったものの、ある時から色々とちょっかいを掛けられるようになった。なってしまった。

 

 そんな彼女が言うには、「凡人の癖に狂ってる。狂ってる癖に凡人でいられる。キミは頭がおかしいよ」。

 

 なんて失礼なのだろうか。ワタシは自らを凡人であると認めたことはあっても狂ってる等と思ったことは一度もないのに。

 

 

 閑話休題。

 

 

 さて、そんなごく一部である彼女たち。篠ノ之束さんとクロエ・クロニクルさん。

 

 天才はどこか頭のネジが一本抜けている、などという話を聞いたことがあるが、彼女の場合は一本どころではない。多分十本くらいは抜けているのではないだろうか。

 

 そんな話を千冬さんにしてみたら、「奴に関して真面目に考えたら負けなんだ」とのこと。それ以来、彼女に関してはあまり考えないようにしている。

 

 

 

「儲かりまっか?」

 

「いえ、そんなに。如何せんここ、目立ちませんしねぇ」

 

「むー……相変わらずシンくんは面白くないなあ。ここは『ぼちぼちでんな』って言うのが定石でしょ?」

 

「ぼちぼち程も儲かってないからなんですよ。それに」

 

「それに?」

 

「初見様が少なくとも、リピーターのお客様が多いのでそれでいいのです。これも一種のステルスメジャー、ですよ」

 

 

 

 

     *

 

 

「んー、やっぱシンくんの煎れるお茶は美味しいね! まぁ箒ちゃんのお茶のほうが美味しいんだけど!」

 

「ありがとうございます。以前に箒さんに好評だったお茶を淹れてみました」

 

「さっすが分かってるぅー!」

 

 『さえみどり』を少し箒さんに譲ってみた所、一夏くんからも高評価だったとか。喜んでくれて何よりである。

 

 その姉である束さんも美味しそうに飲んでくれているようで良かった。一方、こちらに来ていないクロエさんは少し不満顔に見える。

 

「……少し茶葉を渡しますので」

 

『いえ、私はヒ……マスターの煎れたものを飲みたいのです』

 

 少しだけ表情が明るくなるかと思いきや、直ぐに元の不満顔。やれやれ、やはり子供は難しい。

 

「……タンブラーでよろしいですか?」

 

『はいっ!』

 

 普段はポーカーフェイスを心がけているらしい彼女だが、こういった所は年相応だ。感情の発露がないと子供の発達に悪影響が出ることがあるため、彼女にはもう少し喜怒哀楽を表に出してもらいたいものなのだが。

 

「それで、人気者の貴女がどうして夜更けにこんな所へ?」

 

「自分でこんな所って言う辺り、実にシンくんっぽくていいね! そんで、目的だっけ?

 

 

 

   ――――――昔話でも一緒にしようかなあ、ってさ」

 

 

 

 

       ▽ ▽ ▽

 

 

 

 

 

 

 思えば、彼は最初から奇妙な人間だった。

 

 私がいくらちーちゃんから彼を遠ざけようと邪魔をしても、いつの間にか現れて、いつの間にかちーちゃんとお話をしている。

 

 

 

 気に喰わなかった。あんな男がちーちゃんと仲良くしている所が。

 

 だから何時かは忘れたけど、兎に角人気のないトコで待ち伏せたんだよね。

 

 

 

「ねぇねぇ、そこの凡人さん」

 

「……貴女は確か篠ノ之先輩、でしたか? 何か御用でしょうか」

 

「まどろっこしいのは嫌いだから単刀直入に言うよ。……ちーちゃんの前から消えてくんない? オマエみたいなのが邪魔すると、ちーちゃんが輝けないんだよ。幸せになれないんだよ。だからさ、消えてよ」

 

 あの時の私は、兎に角この凡人を彼女の前から消すことしか考えていなかった。他の有象無象の雑魚なんかどうでもいい、私と箒ちゃんと、ちーちゃんといっくん。この四人で幸せになれればそれで良かった。まぁ、今でもそれはあんまり変わんないんだけど。

 

 ともかく、もしこれで彼が拒否したなら、多少暴力的な手段を使っても無理やりなんとかしようと思っていた。寧ろ、自分の手で邪魔なやつを消せるのならそっちの方が楽しいだろう、とも。

 

 

 

 ――――だけどそんな私に対する彼の返答は、酷くあっけないもので。

 

「はぁ。では部長にその旨を説明して参ります」

 

 これだけ。特に狼狽するでもなく、落ち込むわけでも怒るわけでもなく、ただ淡々と変わらぬ、腹が立つほど優しい声音でそれを言って、とっとと剣道場へと向かっていってしまった。

 

 もっと違うリアクションを期待していた私も、「あっうん」としか言えずにそれを見送って。

 

 なんだか分かんないけどラッキーと思って。

 

 ちーちゃんとの未来図に思いを寄せて。

 

 

 

「あれ、今の剣道部の部長って……あ」

 

 それに思考を巡らせた瞬間、全てを理解した。

 

 

 

「……あぁぁぁぁんの、クソガキイイイイイ!!」

 

 そりゃもう焦った焦った。

 

 だって当時の剣道部部長、ちーちゃんだったから。

 

 

 

 そして結局少しも追いつくことが出来ずに企みは崩壊、日の下へ晒された。……私、相当全力でトバしたはずだったんだけど。

 

 目の前には鬼。まさに鬼神。……そして、その後ろには汗一つかいていない、ヤツの姿。

 

「た・ば・ね?」

 

「ヒィッ」

 

「何か言いたいことは?」

 

 死刑宣告を前にして。

 

「なんであんなに素早いんだよ、雑魚の癖に……」

 

 最後に言い残したのは、奴への呪詛だった。

 

 

 

 

       *

 

 

「さて、束。説明してもらおうか」

 

「だから、さっきから言ってるじゃん! 邪魔なんだよコイツ!」

 

 そんな私に向けて、ちーちゃんは青筋を立てたまま笑顔で此方を向いた。こういう時は本気でヤバイ時のちーちゃんだ。だけど、どれだけ怖くても私は私達の未来の為に張り合うしか無かったのだ。

 

「ほう…………この部で唯一私と()()()()に渡り合える平沢が、邪魔だと言いたいのか?」

 

「そうだよ、邪魔――――――――え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、ちーちゃんは何と言った?

 

「そうか、そうか」

 

 確か今、ちーちゃんは互角と言った。

 

 アイツが?

 

 あの、凡人が?

 

「お前はそんなに私の邪魔をしたいみたいだなぁ、束ぇ?」

 

 この規格外と、互角と言ったのか?

 

 

 

 

「おい、どういう事だよ!なんでお前なんかが、ちーちゃんと互角なんだッッ!」

 

「束ッ!」

 

「いやいや、私は織斑先輩と互角などではありませんよ」

 

 どんなに怒鳴っても、彼は全く動じなかった。ただただ平然と此方を向くだけ。それが余計に気に入らなかった。

 

「はぁ!? この期に及んで何とぼけて……」

 

「ただ、()()()()()()()()()()()()()だけなのですから。勝つこと、となると百回に一回出来るかどうか……」

 

 いいですか? と生意気にも奴は私の前で人差し指を立てた。その少し気取った動作がもっと腹を立たせる。

 

「そもそも先輩の剣は雑念のない、澄んでいる剣です。

 

 それはまるで静かな海のよう。

 

 そのリズムに歪みはなく、淀みはない。

 

 不規則の剣技の中にも規則を見いだせる、真っ直ぐな剣。誰にでも出来ることではありません」

 

 当然、親友を褒められて悪い気はしない。それに奴は嘘を言ってはいないようだった。つまり本気でコイツはちーちゃんを褒め称えていたのだ。ここで少し、機嫌を治した。殺さないでおいてあげようかな、程度には。

 

「当然だよ。ちーちゃんは天才なんだから」

 

 ねっ、と横を向くとちーちゃんは顔を赤らめて「うるさいっ」の一言。

 

 だけど、そんな良くなった機嫌も次の言葉で直ぐに悪くなることになる。

 

 

 

 

 

「――そう、天才。だからこそ、私は先輩に対抗出来るのです」

 

 

 

 

 まるで意味が分からなかった。

 

「相手が天才なら、雑魚が勝てるわけないじゃないか。ちーちゃんなんだぞ?」

 

「…………人の話を聞く時」

 

「は?」

 

「私のような凡人が人の話を聞く時は、話す相手のリズムに合わせて聞くのです。それが出来るからこそ、会話のやり取りは上手く噛み合い、繋げる事が出来ます」

 

 ここで私は、こいつは頭がおかしいのだ、狂っているのだと判断した。いきなり関係のない話をし始めるなんて、私じゃあるまいし。

 だけど私は優しいし、何よりちーちゃんの前でこれ以上何かすると殺されそうなので話を促してやる。

 

「……だから?」

 

「簡単なことです」

 

 

 

 

 ――この時、私はようやく理解した。

 

 

 

 

「相手のリズムを理解出来れば、会話も剣も変わらないでしょう? 合わせるだけで良いのですから。つまり私はただ、織斑先輩のリズムに合わせているだけなのですよ」

 

 コイツは狂ったんじゃない、元から狂っていたからこそ、狂っていないように見えるんだ、と。

 

 

 

 

 

     *

 

 

「ホント、キミも大概頭おかしいよね」

 

 そんな話をしてみたけれど、この目の前のマスターくんの反応は薄い。というか冷たい。酷いよね!

 

「貴女は自分の黒歴史を掘り起こすのが本当に好きですねぇ」

 

「う"……いいんだよ、今は今、昔は昔ってねっ!」

 

「昔も今も良くも悪くも、本当に貴女は変わっていませんよ」

 

 都合の悪いことを一々考えるのは間抜けのやることなんだよね。そうやってウジウジしてるから雑魚はどう足掻いても雑魚にしかなれない。ヒントさえあれば抜け出せそうなそこそこ頭のいい人間もいるっちゃいるけどね。

 

 ま、勿論そんな事は教えませんけど?

 

 教えるのはいっくんやちーちゃん、箒ちゃんみたいな大切な人達。

 

 

 

「あ、そうだ!」

 

 それと。

 

 

 

「そんなにチンタラしてちゃ、何時まで経っても捕まえられないよ、ハンターさんっ」

 

 

 

 

 

 

 

 彼のように自力で凡人の域を抜けた、結構面白い人間だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「じゃあね~!」

 

 そう言い残してから、黙りこくるシンくんをよそにとっとと退散。ちーちゃんと鉢合わせてもマズいしね。

 

 

 

 

 さーて、帰ったら早速アレの続きだ! 待っててね、箒ちゃん!

 

 

 

「ふ……ふフ、アハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 

 

 ああ、楽しいなあ! 世界なんてクソつまんないけど、追いかけっこをするのは本当に楽しい!

 

 

 

 

 シンくん、ちーちゃん、いっくん、箒ちゃん。

 

 速く捕まえに来ないと……ウサギは寂しくて、死んじゃうんだよ?

 

 

 

▽ ▽ ▽

 

 

 彼女が消えた後。

 

「フ…………クク」

 

 握りこぶしに力を入れながら、もう片方の手で頭を押さえる。そうでもしないと、この感情の行き場が混ざり合ってしまうからだ。

 

 また、逃げられた。

 

 

 

 

 科学と幻想が入り混じった月のウサギとは、いやはや面白いものもあるものだと思う。幻想ははるか昔、百年以上前に科学に殺された。静かの海でさえも、かぐや姫の諸説さえも、皆科学に殺された。筈だった。

 

 だがしかし、ウサギは生きている。科学により殺されることなく、今、こうして生きているのだ。

 

 ……いや、それは恐らく正確ではないだろう。きっとウサギは一度死んだのだ。科学によって、その幻想は消された。

 

 しかしソレは蘇った。「蘇り」は「死からの再生」、そして「死」とは科学によって消滅させられた概念の一つ。つまりウサギは幻想として科学に勝ち、そして取り込んだのだ。それが、彼女なのだろう。

 

 

 さて。

 

 貴女が科学と幻想に生きるヴァーチュアル・ラビットであれば、私達はそれを追うヴァーチュアル・ハンターだろう。

 ウサギを捕まえるためには餌がいる。ならば私が餌となり、あの人が狩人となろう。そして貴女を捕まえてみせる。貴女は私達から逃げ続けてみせる。……そう互いに決めたあの日から、未だに彼女は捕まえられていない。

 

 

 

 ああ、笑いが込み上げてくる。あんなに迷惑だったのに、いざ帰ってしまうととても寂しくなるのはきっと、口惜しいからなのだろう。そんな悔しさを思い返すと、何故だか笑いが止まらないのだった。

 

「またのご来店、お待ちしております……天災様」

 

 

 

 何処かで、口笛の音がした。




 これからもこれくらい支離滅裂な文章を書いていこうと思いました。


 使用曲:ヴァーチュアル・ラビット
作者コメント:某ステルスメジャー氏の中では少し珍しい、軽やかなリズムの曲。ヴァーチュアルといいラビットといい、この曲と言えば彼女しか思い浮かびませんでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

更識 楯無①

 新参馬の骨、一つ悟りました。某ステルスメジャーの曲のイメージをキャラクターと合わせていくのは愚の骨頂であったのだと。キャラクターが曲に負ける……
 今回も拙文です。話を一から創るのは難しいですね。



 評価してくださった方、お気に入り登録してくださった方。また、見てくださっている方、いつも有難うございます。


 IS学園の食堂。

 

 価格が安く、また栄養素のバランスも考えられたメニューを中心にしているこの食堂。ほぼ全ての生徒が女性であることから、ヘルシーなメニューも非常に多く、生徒だけでなく教師からも大人気のスポットである。

 

 そんな食堂の隅には、生徒や教師のごく一部(例外あり)にしか知られていない、静かな喫茶店が存在する。

 

 

 

 

 

    ▽ ▽ ▽

 

 

 

 昼休みや放課後なら兎も角、夜にこの店を訪れる人間は限られている。それは例えば仕事上がりの教師であったり、はたまた女性陣から逃げるために匿ってもらおうと飛び込んでくる男性操縦者であったりが精々だ。……ああ、それと。

 

「やっほ~」

 

「おや、更識さん。いつもお疲れ様です」

 

「あいあい。何時ものお願いー」

 

「かしこまりました」

 

 一生徒でありながら、教師と同じレベルの仕事をさせられているこの生徒会長も、その一人だ。

 

 更識 楯無さん。IS学園の二年生でありながら生徒会長に就任している凄い女性である。一般の高等学校では、春までは三年生が生徒会長を生徒会長並びにその他役職を務めている事が殆どなのだが、基本的にこのIS学園では、生徒会長は学園最強の"生徒"が務めることになっている。つまり、彼女は『現時点で』学園最強の生徒、ということになる。

 

 

 

*

 

 

 突然だが、マスターという職業には様々なスキルが必要だ。

 

「ホント、やってらんないわよー……」

 

「ご苦労様です」

 

 バーには当然こうして愚痴を吐きにくる方々もご来店される。よって我々マスターには”聞く”スキルというものが必須になっているのだ。そしてその"聞く"というものの中には「話を繋ぐこと」も含まれている。お客様に気持ちよく話させてこそ一流のマスターなのだ。その点、ワタシはどうにも話題を盛り上げるのが上手でないのでまだまだ二流だ。

 

「そういえば、ココの客足は伸びたのかしら? 見た感じ、相変わらず閑古鳥が鳴いてそうだけれど」

 

「客足が伸びたら伸びたで大変なのですよ。ワタシも流石に三人以上に分身出来るほど器用ではないですからねぇ」

 

「ま、その御蔭で私はこうして愚痴れるしいいんだけど……え? 三人以上?」

 

 歯に衣着せぬ物言いだが、ワタシは嫌いではない。変に取り繕われるよりもそのままをさらけ出してくれる方が有り難いのだ。

 

 そうこうしている内にお茶の蒸らし時間も良い具合になってきたので淹れ始める。どんなお茶でも……もちろん例外はあるが――一番大事なのは淹れ方とそれまでの過程だ。

 

 基本的に高いお茶程美味しいというのは間違っていない。安いお茶は原材料上、どうしても品質が低くなりがちだからだ。だが、どんなに高いモノを買ったとしても、淹れ方が拙ければその茶葉は無駄遣いになってしまう。

 

 お茶の趣味を始めたい時にまずするべき事は、安いお茶でもいいのでそれぞれお茶にあった淹れ方を勉強することだ。それを完璧にこなせるようになれば、安いモノであってもある程度美味しく飲む事が出来るようになる。逆に言えば、この技術がないと美味しいお茶というものは何時までたっても出来ないのだ。

 

「お待たせしました。今日は少し銘柄を変えてみました」

 

「ありがと。これは?」

 

「福寿園の宇治茶を安く頂いたので、それを」

 

「……ここのお茶って、妙にブランド物ばかりよね。それにしては凄い安いけど、大丈夫なの?」

 

「まあ、色々とコネがありますので」

 

「ふ~ん? ちょっと気になるけど、そういうのって聞かないほうがいいんでしょ?」

 

「そうして頂けると助かります」

 

 情報、コネ。これらはワタシだけではなく我々、つまりマスターという職種についている者殆どが重要視する点だ。安い仕入れコース、取引などなど、上手くそれらを利用しなければ今日の厳しい社会では生き残ることが出来ないのである。

 故に決してそれらが外に漏れてはならない。同じマスターであっても仲間ではなくライバル、もしも情報が漏れてしまえば他のマスターにすぐさま付け込まれるだろう。それもこんな辺境で細々とカフェを開いているワタシだ、都会の人気店の人間にバレてしまえばもうマスター人生の終わりだろう。

 

 

 

 

 ……と、そんなことはどうでもいい。今すべき事は彼女の愚痴を聞くことだ。

 

「第一、なんで私の所ばっかに仕事来るのよ!? 偶に教師の仕事まで持ってくる人もいるのよ!?」

 

「教師の仕事、までですか? それは宜しくありませんねぇ」

 

「でしょう? しかも言うに事欠いて『貴女なら出来るんだからいいでしょ?』よ! 自分の仕事サボりたいだけの癖に」

 

 中々エグい話題が早速出てきているが、勿論コレを他のお客様に話すことは決してない。……他の()()()には。

 

「ホント、私がいなくなったらあの人どうするつもりなのかし――あっ」

 

 と、楯無さんが何かを思い出したかのように声を出した。

 

「そういえば――――」

 

 

 

 

 

       ▽ ▽ ▽

 

 

 女子という生き物はとかく噂というものが好きで、あることないこと様々を噂として話題に取り上げ、盛り上げる。そしてその中に「IS学園には教員しかしらない幻の店が存在する」なんてものもある。

 

 当時の私はロシアの国家代表と生徒会長就任、暗部の仕事の三つに挟まれててんやわんやしていたからそういった話題に参加したことは無かったけれど、まあ大体が創作でしょうね などと考えながら彼女たちの会話を小耳に挟んでいた。

 

 その喫茶店を知ったのは本当にちょっとした偶然だった。偶には食堂でご飯を、という気紛れで適当な席――人が賑わっていたから隅の方に座って静かに昼食を取っていた時に、目の隅に壁とは少し違う色が混じっていたのが分かった。

 

 近づいてみればそれは扉の取っ手の色で、少なくともこの先に何か別のフロアがある事も理解した。

 

 生徒会長を務める以上、学園の全てを把握しておかなければならない。そんな使命感――などなく、ただちょっとした好奇心から扉を引いてみた。

 

 

 

「本当にあったのね……」

 

 そこには小ぢんまりとしたスペースがあり、テーブルが二つ、そしてカウンター席が幾つか並んだ喫茶店になっていた。あの噂は本当だったのね……。

 

「いらっしゃいませ」

 

 がらんとしたそのお店を見渡していると、奥から男性が出てきた。ウソ、本当にいたよ……!

 

「こんにちは。こんな所にお店なんかあったのね。何時からあったのかしら?」

 

「そうですね……二年くらい前でしょうか?」

 

 ということは私は一年間、この店を見つけられなかったのだ。

 

 少し悔しい思いをしたままカウンター席に座った。

 

「何かメニューはあるのかしら?」

 

「はい。こちらをどうぞ」

 

 そう言って渡されたメニューから、サンドイッチとコーヒーのセットを頼んだ。一礼をしてメニューを片付け、水を沸かしだすマスター。折角なので色々と聞いてみることにした。

 

「ねぇ、どうして貴方はこんな目立たない場所で店を開いてるの?」

 

 マスターはふむ、と顎に手をやったあと、まず……と口を開いた。

 

「単純に、ワタシ一人だと回転が間に合わないのですよ。この学園という事情上、中々人を雇うのも骨が折れるものでして。回転が間に合わないもう一つの理由は察して頂けると」

 

 困った顔で笑われた。まあ、こんな女の園に男性が開くカフェなんかがあればそりゃ繁盛するだろう。

 

「確かにそうね。大きなイベントでもない限り、関係者以外立ち入り禁止だし」

 

「……というのが、建前の理由です」

 

「建前? 今のが」

 

 建前、ということは他に理由があるのだろう。面白そうなので本音も聞いてみた。

 

「ワタシはどうにも目立つ事が好きではないのです。ですがこの学園であからさまに店を開くと目立たない、なんてことは不可能でしょう?」

 

 店をやってる癖に目立つのが嫌いというのはどうにもおかしな気がするけど、女子校で開けっぴろげに店を広げたくない気持ちは理解出来る気がした。

 

「まず無理よね。女尊男卑の思想を持ってる子も勿論いるけど、やっぱりこの年頃だと他の男性が気になるこの方が多いもの」

 

「ええ。なのでああして少し細工をしてみたのです」

 

 成る程、たしかに扉の色は壁の色とほぼ同じで、余程の注意力がないと分からないくらいのものだった。しかし、やはりこの疑問はついてまわる。

 

「だけど、扉を開いたらそれを見た子達にも見つかるんじゃない?」

 

 というか、何故今までこれが見つかってないのかが不思議でならないんだけど。しかしマスターは困った顔一つせず、ただニコニコと微笑むばかりだ。

 

「そこが細工のしどころなのですよ。フフ」

 

 ……コレ以上は教えてくれそうになさそうなので追求はしない。

 

 

 

 

 差し出されたお茶を飲みながら、気づけば私はマスターに愚痴の限りを尽くしていた。

 

 周りの環境。家族との確執。いろんなことを喋っていた。……暗部失格ね。だけど、心は疲れ切っていたのだ。

 

「ねぇ。……私、大丈夫なのかしら」

 

 

 

 そんな中で思わず漏れた弱音。

 

 

「詳しくは判りませんが……貴女がとても――生徒会長とはまた別の――重い職務を背負っていることは知っております」

 

「えっ? ……ッ!」

 

 突然出てきたその言葉に弱い自分は引っ込み、いつもの――生徒会長の、そして暗部としての自分を引き出した。そしてそのまま警戒をする。

 

「貴方、まさか私の事を調べたの?」

 

「いいえ。私は無闇に個人情報を調べたりは致しません」

 

「だったらどうして!」

 

 警戒をしながら出来るだけ情報を引き出そうと動揺する素振りを見せる。だけど彼の口から出てきたのは、自分には理解できない理論だった。

 

「人の意志というものはまず瞳に宿るものなのです。余程感情を隠すのが上手い人でないとそれを誤魔化すことは出来ません。そして、貴女の普段の振る舞いこそ飄々としていますが、その瞳はいつでも真剣であり、固い。それは人間が重大な覚悟をしている時の瞳なのです。誰にでも宿せるようなものではない」

 

「瞳……?」

 

「ええ、瞳です。目は口程にモノを言う、なんて諺がありますがとんでもない。目程モノを言う、意志を表している器官をワタシは知りません」

 

 だから貴女の演技に気づかないハズもないのです、と笑ってこの人は言う。その笑顔に悪意は見えず、ただただ余裕だけが感じられた。

 

 気に喰わなかった。

 

「……で、ソレを知ってどうするの?」

 

 知って、だからどうするのだろう。

 

 あの子達みたいに拒絶するのだろうか。もしくはあの人達みたいに媚びだすのだろうか。

 

「故にワタシは貴女を讃えましょう。誰もが最早当然だと思い気にもしていない、その行動を」

 

 それは、諦めきっていた私のココロを留めるのには充分すぎるほどの効果を持ったもので。

 

 

 

「え?」

 

 思わず声を漏らしてしまう自分がいた。

 

 

 

 

「誰もがそれを認識している筈。しかしそれでも気づけない人間がいる。

 

 灯台は足元を照らせず、人間は首を動かさねば下を、周りを見ることが出来ない。

 

 故に意識は流れ、廻り、分かれる。首の向く方向が異なれば、意識の向かう方向も異なる。

 

 それはまるで山を下り流れ続ける水のよう。

 

 

 

 ――――そう、貴女は水脈。

 

 幾多に分岐するその流れは静かであり、且つ騒々と叫んでいる。

 

 分岐はいくつにも分かれ、だがしかし最後には二つになります。

 

 気づく人間、気づかない人間。

 

 気づく者はいずれ貴女を護ってくれるでしょう。何故なら貴女は強く、しかし繊細で脆いのだから。

 

 気づかない者はいずれ悔いるでしょう。「なぜ気づけなかったのか」と。いなくなってから初めてその重大さに気づくのです。しかし覆水は盆に返りません。

 

 ワタシは彼らに言いましょう。 アナタは分岐を間違えたのだ と」

 

 私が、水脈?

 

 水?

 

 混乱する私を他所に、マスターの話はどんどんと進んでいく。

 

 

 さっきまでの怒りは、何処かへと消えていた。

 

 

 

 

 

 

「更識楯無さん。貴女は水脈であり、つまり流水です。

 

 良いですか? 確かに水は留まれば澱んでしまいます。しかし急すぎる流れは周りだけでなく自分自身をも砕いてしまう。

 

 水のあるべき姿は飄々として掴まらず、且つ時に止まるモノ。

 

 貴女はもっとゆっくりでいい。気を抜いていいのです。

 

 もし気を抜ける場所がないのなら……このナース・カフェをその居場所にしてください」

 

 口を出せる雰囲気は消え去り、最後には笑顔が現れた。

 

 

 

 黙ることしか、出来なかった。

 

 意味がわからなかった、からじゃない。

 

 偉そうに、などと腹が立ったからでもない。

 

 ただ、少し嬉しかったのだ。 

 

 私のことをこんなに考えてくれた大人は、両親以外にいただろうか? 私に「止まれ」などと言うヒトを、私は片手で数えられる程しか知らない。

 

 教師は身近にいた。だけど彼女たちは何時でも「頑張れ」「やれば出来る」と背中を押すことしかしてくれなかったから。

 

 親戚の人間は媚を売ってくる人間か敵視してくる人間ばかり。誰も彼も、私を「次期当主」「楯無」という建前だけでしか見てこなかったのだ。

 

 私を"私"として気遣ってくれた人は父さんと母さん、そして布仏の人達だけ。だった。

 

 

 

 

 

 そしてそんな父さん達とも今では余り会えることはなく。だからこそ私はより"楯無"であるようにいられるように必死に頑張った。頑張って頑張って……いつの間にか、止まれなくなっていた。

 

 だけどここにも、私を止めてくれる大人が現れてくれた。私が私でいられるような人が。

 

 見知らぬ人間の筈なのに――それこそ、今日初めて会ったような、そんな人に救われた。

 

 こんな少しの言葉で――意味は分からないのに――心が洗われたように清々しいのは何故だろう。

 

 なんて私は恵まれているのだろう。こんな小娘を、どうして皆救ってくれるのだろう。だけれどやっぱり嬉しくて、でもついつい恥ずかしくなってきてしまう。だから。

 

「マスターさん、ありがと」

 

 小さな声でお礼を一つ。面と向かって言うのは恥ずかしいから後ろを向いて。

 

 とても晴れやかな気分になった。明日からまた、頑張れそうだ。もし頑張れそうになくなった時は……また、ここに来るとしよう。

 

「そろそろ授業が始まるから行くわね。それじゃ、またね~」

 

 扉を開いて手を振ると、笑顔で返された。

 

「またのご来店、お待ちしております」

 

「ええ、また来るわ」

 

 

 

 

 ――――扉を閉める直前。

 

 後ろで「どういたしまして」という、優しげな声が聞こえた。……かなわないなあ。

 

 

 

 

 

       *

 

 

 

 

「いやー、懐かしいわねぇ」

 

「時の流れというものは速いものですねぇ」

 

「あはははは、オジサンみたーい!」

 

 織斑先生よりも年下という事だけは分かっているため、この言葉はとても失礼(主に先生にとって)なのだけど、マスターはそれを気にもせず笑うばかり。

 

「ワタシは生徒の皆さんからすればもうおじさんでしょう」

 

 そんな他愛のない話や昔話をしながらお茶を飲む一時は落ち着く。けれどこの会話の目的はただ落ち着くためじゃない。

 

「マスター、それ織斑先生の前で言っちゃ駄目よ?」

 

「まさか! 自殺行為など出来るわけがないではないですか。全く、貴女も中々お人が悪い」

 

 マスターの困り顔、というか苦笑を見るのが最近の楽しみの一つなのだ。ここを訪れたときはなるべく一回は苦笑が見られるように工夫しながら喋っている。そうしないと彼は見せてくれないから。

 

「しかも最近また言葉遣いが上手になりましたねぇ。お陰でますます掴みどころが無くなってしまいました」

 

 大仰にため息をつくマスター。勿論彼も私もおふざけ半分で、マスターのため息だって演技だ。

 

「ふふふ。だって私は水なんでしょ?」

 

 

 そう言って笑ってやる。

 

 だけど、今度は演技ではなく本心から。

 

 アナタが水だと言ってくれたから。

 

 

 

 そう。

 

 ただ誰かに認めてもらえるだけで、心はこんなに軽くなるのだとあの時、私は知った。

 

 元々妹さえ……簪ちゃんさえ守れれば、私がどうなろうともいいのだ。彼女が平穏に暮らせること、ただそれさえ叶えば私は幸せだ。

 

 それでもやっぱり、辛いものは辛い。簪ちゃんの為とは言え、やっぱりあの子に嫌われたり無視されたりするのは――堪える。生徒会長の仕事だって多いししんどいし、ロシア国家代表を背負っている以上日々の練習だって欠かせない。

 

 だけどここには、"私"を見てくれている大人がいる。"刀奈"ではなく、"楯無"でもなく、全てひっくるめた『私』そのものを見てくれる、そんな人。

 

 恋愛感情――とはきっと違う。小説やドラマなんかで描かれるドキドキなど、彼には抱かない。

 

 姉であり、生徒会長であり、そして"楯無"である私が唯一この学園で甘えられる場所。甘えられる人。

 

 それがきっとマスターなのだ。言うなれば……お兄さん、だろうか。

 

 

 

 

 

  

 

 

「ご馳走様。それじゃまた」

 

「またのご来店、お待ちしております」

 

 

 

 店を出たあと、ふと想像してみた。

 物腰が柔らかく、また知識が豊富でありそれでいて強い。話す人話す人に勇気を与えてくれる言葉。そしてとても温かい味がする料理の腕前を持つ、そんな兄がいたら。

 

「……うーん」

 

 ブラコンになる未来が簡単に見えてしまった。今からもしあの人が兄になったとしたら……私も簪ちゃんも――あの子も大概チョロいから――ベッタリだろう。それくらい、マスターの包容力というものは凄まじい。

 

 だけどそんなIfなんて想像するだけ無駄だ。彼は私の兄にはなり得ない。だからこそ姉である私がしっかりしなければいけない。そうしなければ、色んな人に迷惑がかかる。織斑一夏君や篠ノ之箒ちゃんの事もあるし、まだまだ気を抜くことは出来ない。

 

 だけど、あそこならきっと気を抜ける。

 

 足取りは軽く、鼻歌を添えて。そんな楽しい気分で行ける、そんな場所。

 

 今日も行こうかしら――ナース・カフェ。




 未だ全ての曲を把握しきれていない辺りまだまだ新参者なのですね。

・教師と同じレベルの仕事
学校にもよりますが、基本的に生徒会の仕事というものはかなり多いです(私はそうでした)。またこれは劇中でも描写しましたが、IS学園というのは機密の塊のような学園です。そしてここの生徒会長というものは立場上、どうしてもその機密に触れる機会が増えるでしょう。よってここの生徒会にもどんどん仕事があるのではないか、と考えました。

・コネ
情報は力です

・お茶淹れの技術について
 スポーツでもなんでも、まずは基本から練習して上達するように、こういったお茶淹れだって基本の技術の積み重ねで上達していくものではないでしょうか。

 使用曲:水脈
 作者コメント:割りとマイナーな作品を選んだつもりです。古参の方がいらっしゃれば是非判定をお願いします。タイトルを見た瞬間にこれは更識姉で使おうと考えていました。彼女の機体の特性にも合っているのではないかと思った次第です。






 ここで少し考察……というか私の考えを。読まなくても構いません、興味のある方だけどうぞ。






 この更識楯無というキャラクターは食えない生徒会長、そして更識の暗殺うんたらの長、として描かれています。
 ただ気になったのは、楯無が卒業した時、次期生徒会長を決める必要があるのですが……その新しい生徒会長(恐らく特機所有組の誰かなのでしょうが)は、果たして楯無と同じ量の仕事がこなせるものでしょうか?

 勿論、布仏姉の存在も大きいでしょう。彼女は実に優秀な会計であり補佐であると私は思います。しかしやはり大本は楯無なのです。生徒会としての職務を果たし、一夏や箒を鍛えねばならず、また暗部の長としても……と、とても一人の人間にこなせるものではないのではないでしょうか。ブラックですブラック。
 そもそも生徒会が三人(うち一人は仕事を増やす模様)しかいなかったという現状そのものがおかしいのですが。一夏が増えることで大分負担は軽減する……筈?

 そしてそれを当たり前だという風に振る舞っている周りの人間の感性が私には分からない……と、これは個人の感想です。

『今まで普通にやってもらっていた事、当たり前のようにあったモノが実は余りにも重く、また大変である事はそれを失って初めて気づく。まるで水のように』
 水脈という曲を選んだのは、更識楯無の立ち位置がちょうど歌詞に当てはまっているのではないかと考えた為でもあります。私の妄想なのですがね。

 まあ本当は別の歌詞解釈もあったりするのですが、それはまた皆さんそれぞれで考えていただくのが一番なのではないかと。私の歌詞の解釈なぞまだまだ半人前です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

織斑 一夏②

 前話を見返してみて、「やはり水脈か……何時出発する? 私も同行する」「Water Ve院」とか考えちゃいました。捻りがない、3点。

 本当はもう少し後に入れたかったお話。時系列が曖昧ですがお許し下さい。

 評価をくださった方、感想をくださった方、そして見てくださった方。いつもありがとうございます。


 

 

 

 雨上がりのIS学園。

 

 その近くにある林で、佇んでいる黒い外套の男が一人。

 

 男は黄金の月を見上げていた。

 

 月の光が草の露に反射して、辺り一帯、幾万もの月が上っている。

 

 幻想的な光景。だがしかし、彼はそれらに見向きもせず、ただ本物の月だけを見上げるだけだった。

 

 

 

「始まりましたか」

 

 

 

 一人呟く声は少し強く吹いている風と木々の喧騒によりかき消され、消える。

 

 

 

「全く、憎らしいくらいに輝く月だ。さぞ兎も嘲笑っているに違いない」

 

 

 

 月から目を逸らし自嘲するような笑みを浮かべた男は上着を翻しながら、光る月々から背を向けて歩き出した。

 

 

 熱帯夜の夜、額に汗すら浮かばせていない彼は地面の水たまりに浮かぶ月を見つけるとフッと微笑み――静かにそれを踏み消した。

 

 

「……しかし、思い通りにはさせません。露が月を浮かべるのなら、太陽もまた露の中で光り輝く事が出来るのだから」

 

 

 

 

      ▽ ▽ ▽

 

 

 気がつくと、波打ち際に立っていた。さっきまで立っていたあの人の姿はどこにもなく、ただ砂浜に一人。ふと空を見てみると、そこには黄金色をした綺麗な月があった。もしも夢なら届いたりするんだろうか。

 視線を少し下げれば広い海。海面にはユラユラと揺れる月が一つ、空と同じ色をさせながら輝いていた。

 

 幻想的な光景に目を奪われていると、何かが近づいてくる気配がした。その方向に振り向くと……一人の、白い甲冑を着た騎士のような格好をした人がいた。

 

『力を――求めますか?』

 

 女性なのだろうか。その声は高く、この砂浜に響いていた。それが一体誰なのかは分からない。だけど、嫌な感じはしなかった。それどころか、こちらを包んでくれているような、そんな気さえしてくる。

 

「ああ。そりゃ欲しいさ」

 

『人は何時でも力を求めます。貴方はどうして力を求めるのですか?』

 

 その声はどこか泣きそうで、だけれど厳しい――そんな声だった。

 

『力は争いを呼び、傲慢を呼び、混乱を呼ぶものへと簡単に変わってしまう。力を得た者はそれに驕り高ぶり、力なき弱者を踏み潰す。それはまた新たな闘争の歴史へと変わる。

 

 それなのに、何故?』

 

 声のトーンは変わらない。ひたすらその人は力の持つ悲しみを語っていた。

 

 俺はその問いに、少し考える。

 

 昔の俺はどう考えていただろう? 今の俺はどう考えているんだろう?

 

 あの人は、どう考えているんだろう。そう考えてみたけれど、どうにも俺にはまだあの人を理解出来そうにない。

 

 だから俺は、俺でいよう。今の俺の持つ答えは。

 

「俺自身が正しくあるため。俺はずっと『他の人を助けるため』とか言って、自分から目を背けてきた。そこから起きるまた他の人への危険とも。……だけど、それじゃ駄目だってあの人に教えてもらったから。助けたいという想いだけでも、単なる力だけでもきっと足りない。だからまず自分と向き合って、俺自身が俺のために強くならなくちゃいけないんだ。

 

 ソレが例え例え泥臭い生き方でも良い。綺麗じゃないと言われても良い。

 

 まず、自分が"自分"としていられるような――"それでも"と言い続けられる、そんな意志。そんな力が、欲しいんだ」

 

 

 

 そして、これだけじゃない。

 

「さっき貴方は言った。『力は傲慢を生んで、混乱を生んで、争いを生む』って。だけど、きっとそれだけじゃないだろ?」

 

『?』

 

「確かに力が在る事はきっと、色んな人を調子に乗らせてしまうんだと思う。俺だって、あの箒だってそうだった。だけど、それでも! 力がある事で、俺は色んな人を護ることが出来るようになると思うんだ。力は包むことが出来る。護ることが出来る。信じることが出来る。……そりゃ、俺にはまだまだ足りないものがいっぱいある、それは分かってるさ。けど……でも今、力がないときっとより多くの人達の悲しみを生んでしまう。

 だから……皆がその先で笑えるように。花を咲かせられるように。俺は、強くなりたい」

 

『……貴方の言ったその先には、きっと多くの苦難が待ち受けていることでしょう。時には傷つき、悲しみ、そして絶望することもあるかもしれない。それでも、行くのですか?』

 

 つい前に教えてもらった事。今はもう、迷わない。

 

「ああ。"それでも"」

 

『ならば――――ええ。行きましょう』

 

「……え?」

 

 騎士

 

 光が、溢れていく。砂浜も、海も、空も、そして月も、全て、全て光になって。

 

 

 そんな中で、あの騎士が笑っているような気がして。

 

 

 光が広がって、消えて。そして――目を覚ました。

 

 あんなに痛かった傷は何故か綺麗サッパリ姿を消している。

 

 それだけじゃない。とても、とても身体が軽い気がする。まるで全身が生まれ変わったみたいだ。

 

 今なら大丈夫だ。

 

「行くぞ……」

 

『いいですか、一夏君』

 

 何時だったかは忘れたけど、前にマスターはあんなことを言っていたような気がする。あの時もまるで意味がわからないまま受け取ってしまったけど、今なら少しだけ、理解できたような気がする。

 

 

 

 生まれ変わるというのは何も肉体とか魂とかそれだけじゃなくて、きっと心にも『生まれ変わる』っていう概念は存在するんだ。

 

 ちょっと前の俺とはまるで違う心持ちでいられる。落ち着いていられる。

 

 一時のものかもしれないけれど。

 

 それでもいい。今この瞬間だけでもいい。生まれ変わった自分でいられるように。

 

 

 

『ロータスは輪廻転生――再生の象徴。ソレが咲いた時』

 

 

「白式ィッ!!」

 

 

『キミはきっと、生まれ変わる』

 

 

 

 

     ▽ ▽ ▽

 

 

 

「ワタシが夢の中に?」

 

「はい。マスター、俺の夢の中でこう言ってたんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『泥臭くありなさい。キミは蓮を咲かせ続けねばならない。それは象徴として。希望として。

 

 これから先、貴方には無数の試練がある。

 

 それは辛く、時に苦しく痛く。折れそうになることもあるでしょう。

 

 綺麗事ではきっと解決しないことだって出てくるでしょう。

 

 パラレルに行く船団は何時でもワタシ達を運んでくれますが、今はまだその時ではない。人間には生きるべき時と死ぬべき時が存在し、今の貴方は生きるべき時なのです。

 

 だから、今はまだ眠りの時ではない。目覚めるのです』

 

「だけど、俺は……俺の機体も……」

 

『――ワタシが貴方に渡した花。それを強く想いなさい。

 

 泥に塗れ、汚れ、一度は枯れかけて。それでもその中で優雅に咲き誇る白い花をイメージしなさい。

 

 その白は貴方の誇り。

 

 貴方の願い。貴方の根幹。

 

 いくら汚れても白が在る限り、決して貴方は折れることがない。

 

 足掻き続けなさい。

 

 「それでも」と言い続けなさい。

 

 そうすればいずれキミは彼女を守ることが出来る――白い騎士(ナイト)として。

 

 

 

 

 ――――さあ、目覚めの時。新たなキミの始まりの日。呼びなさい、』

 

 

「しろ……しき」

 

 

 

 

 

     

「――――――で、その後俺はその白式と会ったんです」

 

 

 

 

 IS学園の食堂の隅にある喫茶店。

 

 お客様である一夏君とカウンター越しに向き合いながらワタシはいつもの様に話を聞いていたのだが……今回もとても興味深い内容であった。 

 

「……ふぅむ。我ながら言うのも何ですが、如何にもワタシが喋りそうな言葉ですねぇ。一夏くんは中々ワタシの事を分かっているようだ」

 

 というか、ほぼワタシであった。夢の中でまでこんな説教を喰らえば少しはウンザリするものだと思うのだが、しっかり覚えていて且つウンザリしていない一夏君は本当に広い心を持っている。

 

「えぇ!? いやまあ、手伝いとかしてますし色々匿って貰ってるので少しは……えーと、なんか、すみません?」

 

「いえいえ、責めてはいませんよ。寧ろ褒めているのです詳しい状況は判りませんし聞くつもりもありません。寧ろ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え?」

 

「いえ、こちらの話です。…………それより一夏君、臨海学校で何か思い出は作れましたか?」

 

「うぇ!? っ、ゲホッゲホッ」

 

 素っ頓狂な声を上げたかと思うと、お茶が器官に入ったのだろう――激しくむせ始めた。

 

 少しいつもと様子が違うようだったので軽く突っ込んでみただけなのだが、これは予想以上の反応であった。もしかすると『歩く朴念仁』等という渾名をつけられている彼にも遂に進展が来たのかもしれない。勿論そういった恋愛事というのは個人の自由だが、なんとなくこの機会を逃すと一夏君の色恋事情にコレ以上の発展が見込めないような気がした。

 

 子供の発育にとって最も大事なのは、主に母親からの愛情だと言われている。生まれる前にはもう胎内で母親の声を聞いており、また幼少期に一番多く顔を見る機会が多いのもまた母親である。その為、健全な精神の発達には深く"親"の存在が関わってくるのだ。

 

 しかし一夏君達の両親は彼の幼少期に消えてしまったと千冬さんは言っていた。そうなると無論、彼の精神発達にも問題が発生する可能性が高くなってくる。彼が他人からの恋慕を殆ど唯の好意としか受け取れないのは、そこら辺に理由があるのではないかと私は考えているのである。そんな一夏君に今最も必要なのは母性と愛情ではないだろうか? 家族としての愛情なら彼女が与えられるだろうが、いざ母性となると性格的に難しいものがある。そして今、彼はもしかするとその母性や愛情を持った女性を認識した可能性がある。

 

 よって、ここは少し深く首を突っ込んで無理にでも意識をさせてやることにした。

 

「……ほほう?」

 

「いや、いきなりそれは卑怯ですよマスター!」

 

「こういう年齢になると若者の色恋沙汰にも興味が湧くものでして」

 

「こういう年齢って……マスターって千冬姉より」

 

「いけません一夏君ッ!!」

 

「っとあぶねぇ! えーっと……まだまだ若いじゃないすか」

 

 思わず声を荒げてしまった。

 

 年齢の話に女性を絡めるのはタブーだと言うが、これが千冬さんになると更に危険度が上がる。一度言い切ってしまえばもう地獄行き待ったなしである。あの人は一体全体どういう聴力をしているのか、今度調べさせてもらいたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し顔を赤らめたまま出ていった彼を見送った後、一息つくとビールのグラスを用意した。恐らく……来るだろうから。

 

 

 

 噂をすれば何とやら――ゆっくりと開かれた扉の先には、先程話題にも出た女性が俯いて立っていた。

 

「いらっしゃいませ」

 

「…………」

 

 その人は何も言わずカウンターに座ると突っ伏した。ああ、今日はかなり酷く落ち込んでいるようだ。こういう時はとっとと貸切にするに限る。

 お絞りと冷たい麦茶を出した後、カフェの扉の鍵を締めた。この部屋は防音なので、ここの声が外に漏れることもない。

 

「私の判断はIS学園の教師としては合格だったのかもしれない。だが……一人の教育者として、そして姉としては最早、そう名乗る資格がないのだろうな」

 

 その顔は伺うことが出来ないが、声音で分かる。酷く憔悴しているようだった。この人の中には今、様々は感情が唸りを上げて暴れまわっているのだろう。

 

 怒り。悲しみ。後悔。苦しみ。自嘲。それら全てがぐちゃぐちゃになって、彼女の目を暗く閉ざしている。

 

 ――救わなければならない。彼女もまだ、若い。荒むべき時ではないから。

 

「私は……どうすればいい? 私はあいつらに何をしてやれるんだ……」

 

 迷っている。行先をまた、彼と同じように探しているのだ。放っておけば時間が解決してくれるだろうが、ここに来られた以上、放っておく訳にはいかないだろう。

 

「あの子達は貴女に憧れを抱いています。"世界最強"のイメージというものは早々取れるものではないですからねぇ。だから難しく考えず、まずは彼らの前では強く凛々しくあれば良いのではないでしょうか。子供たちはひたすら前を見て歩けます。その先に貴女がいる限り、挫けることはきっとないでしょう」

 

 どんなに目の前の人が苦しんでいても私は、ワタシは何時もと同じように在らねばならない。それは私がワタシとして生きるために決めた掟だから。分け隔てなく、そして迷いなく。少しでも手助けになるように、導くのがワタシの、マスターの仕事だからだ。

 

「ですが、ずっと気を張っていては貴女がいずれ潰れてしまう。疲れや愚痴が溜まればまた何時でもお越し下さい」

 

「……すまない」

 

「いえいえ、ここはそういう場所ですから」

 

 

 

 ――今日は寝るのが遅くなりそうだ。




使用曲:ロタティオン(Lotus-2)
作者コメント:Lotus三部作の中で私が最も好きな作品です。また、ロタティオンやLotusが再生だったり弔い、輪廻を意味していると思われる歌である以上、この作品における一夏の復活(?)シーンには必ず入れようと思っていました。第一話でいきなりLotusを使用したのはその為でもあります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クラリッサ・ハルフォーフ①

 評価を下さった方々、見てくださっている方々、お気に入りに入れてくださっている皆様。何時も有難うございます。こうして評価して頂いて感謝の限りです。出来るだけいろいろなキャラクターと絡ませられるように、そしてなんとか平沢成分っぽさを出せるように頑張りますのでよろしくお願いいたします。



 IS学園の食堂。

 

 夏休みになると流石に客足も少なくなってくるそこの隅の隅。

 

 そこには知る人ぞ知る小さな喫茶店が隠れている。

 

 ――――ただし、本日は閉店のようだが。

 

 

 

 

 

    ▽ ▽ ▽

 

 

 マスターという職業に必要なスキルには料理やコーヒー、紅茶を淹れる腕に仕入れ時の値切りの腕は勿論として他にも様々なものが存在する。その中の一つには『受け入れる感性を増やす』というものもあるのだ。

 

 IS学園に限らず、この世界には様々な性格の人間が存在する。そしてその一人一人が違う意志を持つ存在である以上、どうしても人間の好き嫌いという概念は欠かせないと言えるだろう。それは我々人間が人間で在るために必要不可欠な要素であり、且つ人間が如何に面倒な存在かをも表すものである。

 

 当然、私にも人間の好き嫌いというものは存在する。このような人は好ましいしあのような人は好きではない……と話す中でその人を自分の好き、若しくは嫌いのスペースに位置づけている。

 だが、それはプライベートでの『私』である。仮にも接客業を生業にしている以上、『ワタシ』である時にその好き嫌いを表に出すのは論外だ。しかしいくら我々が仕事とそうでない時でオンオフが切り替えられると言えども限度がある。嫌いなものは嫌いだし、気に入らないものは気に入らないことに変わりはないからだ。

 

 そこで我々マスターは様々な場所に赴き、色々な人々を観察し……その在り方を知るのである。得る知識に無駄なものなどなく、人を知り世を知ることは愚かな賢者であるためには必要な事であるからして。

 

「むっ? 貴方は……! すまない!」

 

 それらを見ながら街を練り歩いていると、何処からか声を掛けられた。

 

「そうです! 貴方は確か美術館で出会った方だ!」

 

 振り向けば右目に眼帯をした女性。ここ最近でそのようなものをつけているのはボーデヴィッヒさんだけなのでそうでないとすると中々に思い浮かばない。

 

 しかも美術館とは。

 

「ワタシですか? 美術館となると……ワタシが行ったのは相当前の話ですので人間違いなのでは?」

 

「いいえ、貴方で間違いありません。記憶力には自信があるのです」

 

 さて、あちらはワタシの事を覚えているようだ。それでは私も思い出すしかない。様々なお客様――最もあの学園でよくご来店頂くのは、非常に限られた方々なのだが――が出入りする店で働くのだからワタシも記憶力には少しばかりの自信がある。

 先程は反射的に人違いではと言ってみたがそうでないとすれば、そう……美術館…………! いや、確かに美術館とも言えるだろうか。博物館との区別が怪しいところではあるが。

 

「ああ! 貴女はそう、確か京都の……」

 

「そうです! 覚えていてくれたのですね!」

 

 それにしても彼女に限らず、外国の方々に日本語の発音はとてもむずかしいと言われている中で完璧にそれを使いこなしているのには日々驚きだ。あの月の兎、機械に死の概念を植え付けた元凶の影響はここまで大きかったのかということを改めて実感させられる。

 

「知らぬふりをされたかと思いました。もしあのまま無視され続けたのであれば――」

 

「あれば?」

 

「近くの美術館に火をつけていたかもしれません」

 

 そして唐突な爆弾発言。

 

「……あぁ」

 

 今、完璧に彼女の事を思い出した。彼女――クラリッサ・ハルフォーフさんは京都のアニメイション・ミュウジアムで出会った…………とても個性的な女性だ。

 

 

 

 

   ▽ ▽ ▽

 

 

 

 クラリッサ・ハルフォーフさん。彼女の事を調べてみれば彼女の情報は直ぐに出てきた。なんでも国家的にもかなり有名なISの操縦者であるとか。少し詳しく巣をくぐると、どうやら彼女のファンクラブなぞもあるようで、その人気は中々に高いようだ。

 だがしかしその一面に興味がなく、私が実際に見て、聞いて、感じたものしか信じない――時にはそれすら信じない事もある我ながら捻れた性格をしているワタシにとって、彼女はただの少女漫画……ならびに誤った日本文化オタクであると言わざるを得ない。

 「日本の女子の髪には芋けんぴがついているものだと信じていたのに……」と本気で落ち込んでいるその姿を見た時、私は酷く驚愕したのを覚えている。

 

 ISの誕生、そして篠ノ之束の宣言は良くも悪くも外国の女性や政府の面々に日本の文化を研究させる、または正しく知るキッカケにもなっている。その為、現在において海外の女性の日本文化の理解の高さは偶に我々が置いていかれるレベルのものになっているのだ。無論その影響を受けたのか、海外の男性陣も日本語が話せる方々が増えてはいるのだが、こちらについては未だに「サイタマには悪いニンジャを殺すニンジャスレイヤーなる者が存在する」という誤解があったりする。

 

 そんな中、少女漫画でしか学んでいない彼女を発見し色々と正しい文化を教え――――そして、事情を調べて色々と納得したのだ。ここまで強い出来事があったのにも関わらず瞬時に思い出せなかったとは、このヒラサワ一生の不覚である。

 

 

 

 さて、今。その彼女とは近くのファミレスにて同席している。話題は昔に教えたある伝承について。

 

「……確かにその通りです。歴史からの発展、いつだって足りないものを補うために造られた筈のソレが、いつの間にか『足りすぎている』」

 

「そうです。現代人――とは言っても我々が生まれる前の人々からの話ですが、この世は飽和しきっているのです。人間という生物はもう既に満腹であるのにも関わらず、自らの欲望、人間たちの更なる発展の為にもっと、もっとと色々なモノを創り続けている。さっき仰ったように()()()()()()()のです」

 

 無知は半端な知に優る。半端な知識を持ち、それが一旦固定してしまえばその価値観は中々壊れることがなくなってしまう。

 しかし彼女、そしてラウラ・ボーデヴィッヒさんはそれがない。植え付けられたもの、教えられたもの以外の事を知らなかった。だからこそクラリッサさんは少女漫画からそれを学ぼうとしたのだろう。彼女よりも小さいラウラさんの為に。 

 だが、少女漫画は所詮創作であり、現実にそのような都合のいいことなぞはそうそう訪れるものではない。少女の髪に芋けんぴがついている確率は恐らく宝くじ一枚で一等賞を当てる確率くらい低いだろうし、ましてや人の頬に自分のSNSアカウントを表示するコードを書ける男性などもはやゼロであろう。

 

 そうやって彼女は間違った知識を得た。しかしそれは固まりきっていなかった。

 

 何故ならば、人間個人の価値観というのは周りとの触れ合い、コミュニケイションの中で剥がれたりより強固になったりすることがあり得るからであり、また彼女が賢い人間であるからでもある。

 

 自らの価値観を持ちながら、それをより柔軟に、より正しくあろうと変化させられる人間は少ない。親、そして義務教育という名のマニュアルの植え付けに、更にガチガチに固まった価値観に囲われた世の中で育っている子供がどれだけ正しくあろうと思えるだろうか? 線が既に書かれ、更に色の指定までされている塗り絵に溺れると、一からの想像は難くなる。

 テレビという綺麗な額を指差して、「子供が泣いているね」という。無感動、無関心。憐れむ事もなく同情さえしない。あるのはただ「泣いている」という事実を言っているだけ。その映像は彼ら彼女らにとってはただの絵に過ぎない。そういう風に育ってしまったのである。

 

 その点、彼女たちの価値観というのは言わば「大部分が白紙のキャンバス」なのである。あちらでの教育によりある程度キャンバスは塗られているが、だがしかし人生を生きていく上で無駄になる知識や価値観については真っ白。そのムダ知識に人生が彩られている事を踏まえると、彼女達の未来にはまだまだ無限の可能性が秘められているとも言えるし、ちょっとしたことで全て台無しになってしまう危険さもあると言える。だからまずは誰かが下書きを書かねばならないだろう。

 

 ワタシは2Hの鉛筆。彼女たちのキャンバスに書き込めはするものの、それは彼女――いや彼女だけではない。一夏くんや鈴音さん達、恐らく色々な人間の心のキャンバスに書き込めることだろう。だが、それは直ぐに消すことが出来る。ワタシの語りはとどのつまりワタシの価値観の押し付けであるが故に。

 

「そのような飽和した世の中、それを一部でも薄くしようと考えた『百足らず様』。江戸時代の庶民、旅人を足らす為に励んだ『楽足り屋』……。素晴らしいですね」

 

「ええ。我々が長らく忘れていた……というよりは、正しく認識をしていなかった とでも言うべきなのでしょうが。ともかくその『百足らず様』によってワタシは現在の歪んだ在り方、錯覚から抜け出せたのであります」

 

「私も認識を改めないといけないかもしれません。機械もISも便利な代物ですが、物事には何でも欠点がある事を忘れていた事を否定できませんから」

 

 

 

 ワタシの下書きは時代の逆行。栄養飽和状態なのに栄養不足だと嘆き、満腹なのに空腹だと不満を感じる……ましてや、もっと便利な時代にしろなどと喚く愚かでどうしようもない人間になるのと、足りすぎを知るが故に強請らず駄々をこねず身の周りの環境を受け入れられる人間になること。どちらが正しいと言えるのか? と考えると、勿論私は後者である。彼らは負債が次の世代に影響を与えることを失念しているのだ。積もる悪習も負債も、全ては子孫の、孫子の代まで受け継がれている。それは現代も昔も関係なく人間の歴史として証明されている。

 

『SAY NO!』

 

 本当は誰かがそう言って止めるべきなのだ。各種とりどりの負を次代に押し付ける事の何が正なのか。

 

 とは言え、ただの一般人であるワタシに出来ることは、真っ白な彼女たちが汚れないようにただ下地を作っておくことだけだ。彼女たちには有象無象のようになってもらいたくはないから。勿論、ワタシのような良くもわからない凡骨になるなど以ての外である。彼ら彼女らは磨けば綺麗に光る原石だ、それを磨かず、導かずして何が大人か、何がマスターか。新しい時代を作るのは何時も少年少女、つまり若者なのである。

 

 

 自らを戒めているであろうクラリッサさんに語りかける。例え国や文化が違えど、この認識が彼女を通してより多くの人に受け入れられる事を願って。

 

「その意識を忘れなければ良いのです。今この世の中が『足りすぎている』と考えている人はあまりにも少ない。であるなら、これから増やしていくしかありません。ですから、貴女の周りでも『百足らず様』について語ってみて下さい。少しずつ、少しずつ。身の回りからの改革が大切なのです」

 

「はい!」

 

 

 

 

「…………ああ、そうそう。クラリッサさん」

 

 ……さて、ここで少し釘を刺しておこう。前に聞いた一夏君の話とラウラさんの話からするに、あの例の事件の犯人は彼女だろうから。

 

「はい?」

 

「夢を見る事は大切な事です。しかし、流石に現実に少女漫画の勢いを持ち出して来ると彼女は困惑してしまうでしょう。彼女は貴女よりも更に純粋なのですから。彼女を想う気持ちは解りますが、暴走してはいけませんよ?」

 

「くっ……善処します」

 

「何故そこで悔しそうになるんですかねぇ」

 

 思わず苦笑が漏れた。

 これでは果たして釘を刺せているのか、怪しい所だ。……そもそもこれはワタシが前もって予防すべき案件なのだろうか? 変に刺激を加えてしまうと漫画文化に深い興味を持つ彼女のことだ、『少女漫画がダメならば少年漫画がある、織斑一夏は男性なのだからそこにヒントが……!』などと思いかねない。いや、なんにせよ一長一短であるため間違っているとは言えないのではあるが。

 

 まあ、それにしても。

 

「確かに先程認識を改めさせられたばかりだ。つまり――」

 

 他人のために悩める人の、どんなに尊いことか。

 

 真剣にどうすればよいかを考えている彼女を見て思わず笑ってしまった。

 

 勿論貶すつもりなどない。寧ろ微笑ましいのである。何故ならば……。

 

 

 

 そういったものにこそ、人生の美は詰まっているのだから。

 

 

 

 

 

    ▽ ▽ ▽

 

 

 

 

『いいですか、隊長? 私の知人から聞いた話なのですが、ここ(日本)には『百足らず様』というとても――これを――』

 

「お、おおぅ……成る程! 確かに好きな男を獲る為にはまずはこういった世間話から交友を深めればよいと借りた本にも書いてあった! 実践してみるとしよう」

 

『御武運を』

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫁よ」

 

「ん? ラウラか。どうしたんだ?」

 

「偶には世間話でも、と思ってな。それより、こんな話を聞いたことはないか?」

 

「え? ――――へえ、ここにもそんなものがあったのか」

 

「ここにも!? ということは他にもあったのか!?」

 

「ああ。ウチの中学にも七不思議ってのがあってさ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、マスター」

 

「なんでしょう。織斑先生?」

 

「IS学園の七不思議とやらに新しく『百枚の紙があったはずなのにいつの間にか九十九枚に減っているのは『百足らず』の仕業だ』……などというものが出ていると噂している学生がいたのだが」

 

「!?」

 

 

 

 正しい『百足らず様』の浸透には程遠いようだ。




 私が彼女を描写しようとするとどうしても、あからさまな『外国人のにわかアニメオタク』になってしまいます。これはピラサワの不徳の致すところであり、コンテキスト・ケイジに囚われてしまい、庭師により整地されてしまった細い細い通信ケーブルを綱渡りで進む事が出来なかった事をお詫び申し上げます。

使用曲:美術館で会った人だろ
作者コメント:ステルスメジャー氏のデビュー曲であり、今と当時では歌い方にかなりの差があると感じました。
クラリッサをここで使ったのは某氏の昔のグループはまさにサブカルチャー、特に当時ではテクノブームの先駆けともなっている存在であったため、彼女のサブカル知識と半ば無理やり関連付けさせて頂きました。
 歌詞の解釈については他に真面目なものがあるのですがあまりに文章にするのが難しいため省略。

使用曲2:原子力
作者コメント:間違えてヒラサワではない曲を使ってしまいました。申し訳ありません。BOATに似ていたのでつい。
 解釈もへったくれもない、直球ド真ん中な歌詞。ステルスマン氏はかなりのお怒りだったのであろうと想像。本来の歌とはターゲットが違いますが、アトムも悪習も全ては積もる負債であることから関連付けさせて頂きました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シャルロット・デュノア②

 

  ご!





 作品を見て下さった方々、またお気に入り登録、評価して下さった方々。いつも有難うございます。励みになります。
 今回少し難儀しまして非常に筆が胡乱な足跡を残しております。ご容赦下さい。

 あと第九曼荼羅に行った方々がいらっしゃればお疲れ様でした。私は残念ながら行けませんでしたが、知人から「アヴァター・アローンあったよ」という言葉を聞きまして無事DVDの購入を決意いたしました。


 IS学園の食堂。

 

 夏休みも終わりに近づき、少しずつ賑わいが戻ってきたその食堂の隅。

 

 誰も気づかないように巧妙に隠している扉の先には、小さな喫茶店が存在する。

 

 

 

 ……そして、地下にはとある人物により作られた実験場も。

 

 

 

 

 

    ▽ ▽ ▽

 

 

 

「マスター、これが……?」

 

 ――目前にあるソレを見て、思わず疑問の声が出てしまった。

 

「ええ、そうです」

 

 何の変哲もなくただ首肯するマスターを見るに、嘘はついていないのだろう。この前に試験的に渡された『チューブラ・ヘルツ』だって、始めは訳が分からなかったけれと使ってみるとこれがまた案外楽しかった。

 

 だが、今回のコレは一体何なんだ。

 

 ――砲身の後部、そして恐らく展開時の背中部分に当たる場所に設置されている太陽光パネル。

 

 そして、何よりも。

 

「え、あの。これIS用ですよね?」

 

「ええ」

 

「何ですか、これ?」

 

「これは太陽光集光並びに収縮発射システム、試験兵器『ソーラ・レイ』です」

 

「『ソーラ・レイ』……」

 

 

 とてもISが使えるとは思えないような巨大な砲身。昔フランスで流行っていた日本のロボットアニメーションを想起させるような、それこそISをつけた僕達と同じくらいの大きさだ。

 

 

 どう見ても、ISが使って良いような武器じゃなかった。

 

 

 

 

       *

 

 

「えっと、威力はどれ位?」

 

「チャージ量によります」

 

「最大まで溜めたら?」

 

「アリーナの障壁を余裕でぶち破れます」

 

「却下ッ!」

 

 あの障壁自体正攻法じゃまともに壊せないものなのに(今年に入ってから何回か破られてるって聞いたけど)、それが余裕だって? そんなのはIS用の武器じゃない、ただの質量兵器だ。

 

 そんな僕の困惑や憤りとは裏腹に、マスターはいつものようにニコニコ笑っていた。

 

「まあ、こう言っては何ですが……いざ戦闘という時に最大までエネルギーを溜められる猶予などありません。よって実際の使い所としては数%から十数%まで溜めての発射となるでしょう」

 

 そこからの説明を聞くに、どうやら最大威力はあくまで理論値であり実際に試した訳ではないらしい。それもそうだ、もしこの平気の最大威力の試験なんかやっていたらこの実験場がバレる所の騒ぎではなくなるだろうし、そもそもマスターはISに乗ることが出来ないので使用することは――多分出来ないだろう。

 

「それじゃあラウラやセシリアの武器のほうが便利じゃないですか?」

 

「それがそうとも言い切れないのです」

 

「この『ソーラ・レイ』は基本的に使用エネルギー全てを太陽光パネル式のエネルギー充填板で賄っています。よって、緊急時以外はISのエネルギーを一切使用しないのです」

 

「余談ですが、実はこの喫茶店や実験場の電気も全て太陽光で補っているのですよ」

 

「えっ、そうなんですか!?」

 

「はい。生活設備の技術がどんどんと発達し人間にとっては便利になっている一方で、電力は未だに有限資源による発電に頼っている現実にワタシは兼ねてから疑問を抱いていました。しかしワタシは非力で無名な凡人、いくら一人で叫ぼうと耳を貸す物好きは滅多にいないでしょう。ですから先ずは実績を、ということでここの校長や色んな方に頼み込みましてねぇ。太陽光を電力に変えるシステムを――」

 

「ああ、ソーラーパネルとかは昔から売ってますよね。だけどあれって高いんじゃ……」

 

「作らせていただきました」

 

「自作ぅ!?」

 

 なんだろう、マスターの話を聞く度にどんどんと疑問が増していく。自力で発電システムを作り上げられるこの人は一体何なのだろう。さっき自分は非力で無名だなんだと言っていたが、あんなのは絶対にウソだ。昔から日本人は謙虚さを大事にすると聞いている。きっとこのマスターは裏では第二のふる里である緑の地球を守っている戦士の為に、研究をしているに違いない。

 

「マスターですから」

 

「マスターって一体何なんだろう……」

 

 喫茶店のマスターという言葉を聞くと本来「喫茶店の店主」と連想するのが当然だけれど、最近この人の「マスター」発言は「熟練者」という意味を示しているように思えてならない。紅茶やコーヒーを入れるのがとても上手なのはまさに喫茶店のマスターという感じだけど、武器が作れて機械が修理できたりするのは喫茶店のマスターとして果たして正しいのか。

 

 ……だけど、これで。

 

 これで僕だって遠距離からでも撃てる。アレに頼らなくても、工夫をすれば脅威になれる。

 

 ――結局、あの時に僕は殆ど役に立てなかった。

 

 悔しかった。

 

 だけど、これなら。これなら……!

 

「ああ、シャルロットさん」

 

「っ! はいっ」

 

 急に話しかけられて慌てて返事をする。ちょっと不自然だったかもしれないけれど、いきなりで驚いたと考えてくれれば問題はないだろう。大丈夫だ。演技には慣れているから。

 

 こう考えてしまったのは、まだ自分の内心などバレないだろうと思っていたからだ。

 

「これは凡人の戯言です。ですので聞き流してもらっても構いません」

 

「…………」

 

 ……この一言を聞くまでは。

 

 そう、他の人ならば大丈夫だった。これで切り抜けられた筈だ。……だけど、やっぱりこの人には敵わないんだなあ。織斑先生もそうだけど、こんな凄い大人たちに囲まれてしまってはどうにも自信がなくなってしまう。転校生でまだそこまで付き合いが長くない僕でさえそう思うのだから、僕よりももっと彼らとの距離が近い一夏はもっと大変なんだろうなぁ。目標をあんなに遠くに置くのも分かる気がした。

 抵抗を諦め、大人しく忠告を聞くことにした。

 

「人々は皆違った価値観を持つ、教育者はそう教えます。しかしそれは誤りで、実は人間の価値観というものは大抵何者かの誘導により同じ方向に向けられているのです。勿論例外は存在し、また影響の強弱にも個人差はありますが……しかし尚その植え付けられた価値観を人々は自発的なものだと信じている」

 

 必死に頭の中でマスターの言葉を噛み砕く。何時迄も「意味は分からないけど響く」なんて考えていたら成長なんて訪れないから。言葉、本質を理解することで始めて本当のメッセージを受け入れることが出来る。日本語でもフランス語でも変わらない、コミュニケーションというのはそういうものだから。

 

「価値観の在り方はその言葉の通り『その物体に価値があるのかどうかの考え方』です。例えばISの特機、ソレを持っていない操縦者達は口を揃えて「羨ましい」と言います。若しくは捻くれた者ならば「アレのせいで国を背負わされるのだから可哀想だ」と考えるかもしれません。しかし彼女たちの価値観は違うわけではなく、皆一様に『特機は価値のあるものだ』そう考えている。価値があるから羨ましい、価値があるからその分のプレッシャーを負う。感じ方さえ違えどその特機に向けられる価値の大きさは皆同じである、そう()()()()()()()。しかしそれを確かめるすべなどないのです。何故なら思考が全て読み取れる人間など存在せず、また脳の信号を目視できる眼を持つ人間も存在しないからです。そこに人間の思考の根源、クオリアがある」

 

 価値観の在り方。

 

 方向性の誘導。

 

 他人の気持ちなどそうそう分からない。

 

 感情の信号。

 

 クオリア。

 

 詰め込む。詰め込む。脳内に語彙を詰め込んでゆっくりと後で整理する。

 

 だから今は、聞き取る。 

 

「貴女の在り方は何ですか?

 

 貴女の本当の価値観とは?

 

 無意識の中に生まれた本当のクオリア、根深く埋まり、権力者の洗脳から逃れたソレをどうか探してあげてください。

 

 その先には混乱と嘆き、苦悩と葛藤が待っていることでしょう。しかしそれら負の渦の中には貴女の感じる『空洞』を埋めるモノがある。ソレを埋めた時、貴女が本当にしたかったこと、目指したかったことが分かるでしょう」

 

 それでは、頑張ってください。そう言って静かに一礼したマスターに一言、「ありがとう」とだけ残して店を出た。

 

 焦ることはなかった。目先の負に囚われる所だった。

 

 そう、僕の本質。僕の役割。

 

 そして、本当の望みを見つけたい。それにはまだまだ実力も意識も足りないだろうけど、まだ時間はあるんだ。ゆっくりと見つけていこう。 

 

「さて、頑張るぞー!」

 

 

      ▼ ▼ ▼

 

 

 シャルロットさんが出ていく数分前から、ある一つの気配が微かに見えた。すぐに消えてしまったのはきっと彼女から隠れておく為だろうと判断し、ワタシもそれを口には出さず、彼女を見送った。さて、そろそろ来るだろう。

 予測してジョッキを用意した瞬間、ドアが開かれる音がした。

 

「いらっしゃいませ、織斑先生」

 

「……お前な」

 

 開口一番、やってきたお客様――千冬さんは録音・再生機器を取り出し、再生ボタンを押した。

 

 

 

 

 

『太陽系からサワディークラップ!

 

 一億四千九百キロの果てより到来する太陽PHOTONの翻訳者として。

 

 はたまた混沌の姉妹、CHAOSの淑女たる突風……或いは高波、さざ波に秘めたる秩序、"回転"より感電を齎す者として諸君は讃えられる。

 

 HUNTERとして行け! 唯普通に呼吸する地球の行為者として、その足跡(そくせき)を毒で汚さぬ太陽系の歩行者として。例え今生で”変人”と呼ばれようとも、宇宙の秩序が諸君の隣人にある限りにおいて――――』

 

 

 

 

「こんなものを色んな所に送りつけておいて、何が”協力”だ馬鹿者。こんな不気味な音声、半ば脅しではないか」

 

「はて。見覚えがありませんが……」

 

「阿呆、下手な演技をするな。……まあいい。生」

 

「畏まりました」

 

 ――賢き者は気付く。愚か者は気付かない。非常に簡単なことであり、彼は少なくとも前者である、ただそれだけの事なのだ。

 

 翻訳者、或いは狩る者がいなくなった時、つまりはハンターが消えた時。それは終焉であり、絶望なのだと。何故なら有限には終わりが存在するのだから。

 

 狩る者が消えれば狩られる者は増える。其れが例え有害であろうとも。

 

 故に我らハンターは狩り続け、そして翻訳し続けなければならない。更に私の場合は狩る対象が増えてしまっている。この科学に塗れた世界の中で、科学により殺され科学により蘇った賢き月の兎を捕らえねばならない。全く運命というモノはいつも私を振り回す。

 

「それで、アイツはどんな感じだ?」

 

 千冬さんはよく人名をぼかす。例え兄弟でも友人でも、気が抜けると直ぐに「奴」「あいつ」と呼ぶので誰の事を聞いているのか、言っているのかを判断するのが難しい。何回も注意はしているのだが一向に改善しない所を踏まえるに、最早癖なのだろうと諦めた。

 

 因みに、ココでの「アイツ」とは彼女の事である。

 

「非常に優秀ですねぇ。彼女には一夏くんや篠ノ之さん、或いはセシリアさん達のように特段と秀でている点こそないものの、全体的に能力が纏まっているためにとても応用が利きます」

 

「確かにな。座学や実技でも安定した成績を残している」

 

「はい。よって彼女を評価するならば『万能』という言葉が一番似合うでしょう。しかし」

 

「悪くいうならば『中途半端』……そう言いたいのだろう?」

 

「ええ。彼女の機体とも噛み合っているのでしょう、動きにおいても判断においても合理的で冷静です。ですが、故に()()()()()()

 

 一夏君達が他に比べて兎に角秀でている点、そこが瞬時に最大限の能力を引き出す『爆発力』だ。彼で言えば勿論『零落白夜』による一撃必殺が売りであるし、セシリアさんは中・遠距離における射撃能力で言えば一年生の専用機持ちでは頭抜けている。箒さんの格闘技術などは上級生相手でも十二分に通用するだろう。

 当然その分彼らには明確な弱点が存在しているわけだが、そこを長所で無理やりカバーすることが出来るのが強みでもある。故にハマればとてつもない実力を発揮できるだろう。

 

 だが、彼女――即ちシャルロットさんにはそれがない。威力だけで言えば『盾殺し』なるものが存在しているが、あれは一夏君達よりもさらに限定的な条件下で効力を発揮する武器であり、長所とは言い難い。安定しているからこそ、形勢を無理やりひっくり返すような能力がない。それがシャルロットさんの弱点である。

 

 そして、それを彼女自身が理解している。一年生の特機持ちの中でも最も素直で自らを冷静に省みる事が出来るであろう彼女は、夏以降からどうにも焦っているように感じられた。恐らくは例の一件が原因なのであろうが。

 

「ですが人の得手不得手は決まっており、また進むべき道を歪ませるのはワタシの望む所ではない。なので少し手を加えているのです」

 

「だからあんな毒沼に突き進ませるような忠告など吐いたのか」

 

「毒沼とは失礼な。寧ろ目隠しをほどく手伝いをしたのですが」

 

「反権力主義の権化め」

 

「物騒なことを仰る。ワタシはただアウトローを気取りたいだけなのですよ」

 

「ハッ、どうだかな」

 

 教育者、という語彙を使用したのが癪に触ったのだろうか、彼女の今日の当たりはどうにもきついものがある。ワタシに言わせれば、彼女は人々の言う一般の『教育者』というカテゴリには全く当てはまらないので気にしなくて良いと思うのだが。

 

 グラスを磨きながらそんな事を考えていると、ジョッキを置く音が聞こえた。

 

「……権力主義に真っ向から喧嘩を売った筈が、いつの間にか自分が権力を握る側になった。全く、余りにもやるせない」

 

「………………」

 

「速く捕まえねば、いずれ()()()は壊れてしまうぞ」

 

「……難儀ですね。お互いに」

 

「全くだ」

 

 苦笑し合いながら溜息を吐いた。

 

 

 

 洗脳を受けなかったが故に。自らの本質を貫き続けたが為に社会に絶望した哀しい兎。彼女の抵抗すら未だ人間の洗脳を解くには至らず、逆に新しい価値観を受け付けるキッカケを作ってしまった。

 

 その時の彼女の悔しさはどれ位のものであっただろうか。歯車の愚かさに失望し見向きすらしなくなったのも私達には理解できるが故に、早く止めなければならない。速く救わなければならない。

 

 だがそれで果たして彼女は治るのか? 幸せになれるのか?

 

 答えの浮かばない問いとともに、静かな夜は更けていく。




 機動戦士から少しアイデアを頂きました。

使用曲:ソーラ・レイ
作者コメント:本当は先に「グラヴィトン」を登場させる予定だったのですが、あれを武器としてどう使うのか、と考えた時にこの曲が浮かび、初代機動戦士が浮かび、こうなりました。

使用曲(?):ハンターを称える音声ファイル
作者コメント:Hirasawa Energy Worksの協力者に贈られた音声の一部を抜粋。なんやかんや言ってはいますが結局伝えたいのは「協力ありがとね」ということだと思います。ツンデレかな?

補足:第二のふる里、緑の地球
「ふる里」が「故郷」ではないのはヒラサワ曲に「魂のふる里」という曲があるため。緑の地球はフランスで昔大流行したと言われている『UFOロボ グレンダイザー』から拝借しました。
 
 また、シャルロットの弱点云々に関してはあくまで「この作品における弱点」だとお考えいただければ幸いです。

 それでは、またこんど!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

山田真耶①

 ご!

 現実が押し寄せて襲ってきたために投稿が遅くなり申し訳ありません。

 今回とても難産です。自分の表現の拙さが恨めしい……。

 作品を見て下さった方々、またお気に入り登録、評価して下さった方々。いつも有難うございます。いつの間にか評価ゲージが赤色になっていて驚きました。こうして評価して頂きとても光栄であると同時に、妙なプレッシャーが肩に乗った気分でもあります。某氏と同じくステルスな作品をモットーとしてこれからも努力するのでよろしくお願い致します。


 IS学園の食堂。

 

 新学期が始まり、途端に賑わうようになった生徒たちの憩い場であるそこの奥隅には他人に気付かせる気が全くないような、目立たない扉。

 

 そしてその先には日常の喧騒から引き剥がされたような静寂が包む、小さな喫茶店が存在する。

 

 

    ▽ ▽ ▽

 

 

「はぁ……」

 

 今日もまた、失敗してしまった。

 

 自分が理解しているのと、それを他人に教えるという事は違うと理解したのはIS学園に教員として入って直ぐの時。そこからは、出来るだけ分かり易く噛み砕いて教えられるように精一杯工夫をしてきた。つもりだった。

 

 だけど授業を始めようとするとからかわれるばかり。慣れようとしているのにどうしても慣れられない自分が嫌になる。

 

「はぁ……」

 

 あんまり、迷惑は掛けたくない。本来、こんなことなんか自分一人でなんとかするべき事なのだろう。きっと織斑先生なら自分でなんとかしているに違いない。あの銀の福音の暴走事件から後、私の目にもハッキリと映るくらいにあの人は落ち込んでいたのに、数日後にはもういつものあの人に戻っていた。自分を戒める事で切り替えたのか、その方法は知らないけれど……凄いなぁ、と思う。きっと私も教師として、それを見習わないといけないんだろう。

 

 でも、やっぱり辛いものは辛い。胸のモヤモヤがどうにも抱えきれなくなった時。私はいつもあそこへ向かう。

 

 

 

 

 

「こんばんは~……」

 

 ゆっくりと扉を開けると、何時も通りのがらんどうのフロア。そしてカウンターの向こうに一人の男性がいる。

 

 

 

「いらっしゃいませ。こんばんは、山田先生」

 

 ここの喫茶店のマスターであるヒラサワさんだ。ここにいつの間にか喫茶店を作っていたIS学園でも数少ない男性で、なんと織斑先生の一つ下、後輩にあたる方なのだとか。

 

「また中々難しいお顔をされていますが、何かあったのですか?」

 

「……あの、やっぱり私は教師に向いていないのかなあって。その、前に来た時にもこんな事を言った気がして……すいません」

 

「いえいえ、構いませんよ。ここは癒しを求める方々の集い場として作られているので。……と言っても、集い場と言う割には殆どの方が単独でのご来店になるのですがねぇ」

 

 しかし、それはつまり皆様が元気にやれている、ということなので嬉しいものです。そう言ってニコリと笑った。

 

 

 

「それで、教師に向いているのか、とは一体何があったのか……お聞かせ願えますか?」

 

「私、ドジだし気が弱いし。生徒の子達も授業中のお喋りをやめてくれないし……。いえ、私が生徒だった時も偶にそういう事があったので彼女たちを責めてるわけじゃないんですけれど。それでも、やっぱり辛いんです。話を聞いてくれない時、私は果たして必要なのかなあ、そう思ってしまうと止まらなくなってしまって……」

 

 いざ声に出すと自己嫌悪が止まらない。やはり自分なんかダメなんだ。もっと実力のある者が教師になるべきなのだ、という声が心に囁きかけてくる。それが苦しくて、思わず視線が下へと向いてしまった。

 

「自分はダメかもしれない……そう考えてしまう、という事でしょうか?」

 

「はい……」

 

「ふむ……では一つ、喩え話をしましょう」

 

 そう言って、マスターはグラスをコトリ、と置いた。

 

「ある所に、一人の男がいました。裕福でもない貧乏でもない、ただただ平凡な人生を歩んでいる男です。

 

 そんな彼はある時、とある噂を聞きます。なんでも、鉄で出来た山があり、そこの頂へと至った者は一生分の幸福が得られるであろう、と」

 

 一生分の幸福。それはとても夢のある話だ。それが得られればどれだけ心が軽くなるだろうか。

 

「彼は思い至ります。

 

『そこに登ることができれば、私はこの退屈で停滞した日常から抜け出せる。どうせ人の生など儚いものなのだから、いっそ死ぬ気で登ってしまおう』と」

 

「それは……」

 

 それはきっと、中々出来ることじゃない覚悟だ。覚悟も自信もない私などと比べることは出来ないと思うのだけど……。

 

 マスターの話は続く。

 

「しかし、その山の道中には幾つもの茨が這っており、とても前に進める状態ではありませんでした。更にその茨は山と同じように鉄で出来ており、半端なやり方では切れそうにありません」

 

「うわぁ……」

 

 喩え話である筈なのに、何故かこっちまでウンザリさせられるかのような錯覚を覚える。

 

「鉄山を登るために鉄の茨を切る者は『そらワッセーラ、エーイ!』と気合を入れますがソレだけで闇雲になってもソレは切れることはありませんでした。よって彼は鉄を切るための技を覚えることにしたのです。

 

 時間をかけ、努力し、技術を高めた。そのお陰で鉄をだんだんと切れるようになってきた。男は思いました。『ああ、これで前に進める。もう少しで私は頂を見ることが出来る』、と。

 

 ――しかし彼はある時限界を覚えました。いくら身につけた技を使っても、どれだけ目の前の鉄を切っても、目指す山頂ははるか遠かったが故に」

 

 ああ――それは、とても良く分かる。研鑽を積んで代表候補生になれた時、私はとても嬉しかった。だけどいつからだろう、才能の壁が見えるような気がした。自分なんかでは到底壊せそうにもない壁が。もしかすると、話の中の男性も同じ絶望を味わったのかもしれない。

 だからこそ、聞いてみたくなった。

 

「彼は……」

 

「はい?」

 

「その鉄を切る人は、どうなったんですか?諦めてしまったんですか?」

 

 いつかの私のように。

 

「はい、彼は一度諦めました……しかし、彼がふと空を見上げた時、見たのです。天高く空飛ぶ人を。

 

 その人は羽を纏っていました。勿論、それは彼が見た幻想だったのかもしれません。しかし確かに分かったことがあった。それはその人の顔が酷く明るく、晴れやかだったこと。

 

 そして気づいた。”――ああ、自分が今切るべき鉄は目の前にある鉄ではなく、自分に巣食った『諦め』『絶望』で出来た鉄であるのだ”、と」

 

「自分の中の、鉄?」

 

「はい。その鉄はワタシ達の身体を重くします。意志を弱くします。今日も死ぬ気で頑張ってきたのに、いつまで経っても明日……つまり良い未来を迎えられない。その現実が自分の中に鉄を生み出すのです。そしてそれは誰にでも生まれるモノ。大事なのは、その自分の中の鉄を切ることが出来るかどうかなのです」

 

 『諦め』『絶望』の鉄。思わず納得してしまう。私はあの人のようにはなれない、身体能力が違うから。才能がないから。そう思い始めた瞬間から、自分の動きが鈍くなったような気がした。

 

 もう駄目だと思った時、頭に浮かんだ「自分は才能がないから、負けても仕方がない」という言葉。昔の私がよく考えていたソレは、今まさに私自身を縛る鉄の鎖になっていた。

 

 そして、彼はそんな自分の中の鉄を――鎖を、切れと言う。だけど、どうすれば?

 

「自らの鎖を引き千切る方法」

 

「ッ!?」

 

 まるでこちらの心を読んでいると言わんばかりの言葉に、自分の心中を見透かされたかのような感覚を覚え、思わず身体が震えた。マスターを見ても、にこやかに笑うばかりで何も読み取ることが出来なかった。この人は一体どこまで私の事を分かっているのだろう?

 

「それは単純な方法です。自己を肯定してあげてください」

 

「自己……自分を、受け入れるっていう事ですか?」

 

「ええ。まあ、要は捉え方の問題なのです。

 

 例えば"自分には才能がない"というネガティヴな側面を、果たして『自分には才能がない。自分はここまでなのだ』と考えるのか、それとも『自分には才能がないようだ。ではここからどうやって伸ばそうか』と考えるのか。同じネガティヴの受け入れ方でも、心の持ちようはだいぶ違うものです。 ……ただ、中々にこれが難しい。特に自己肯定感があまりない方なら尚更でしょう。ですからまずは少しずつ、『今日はこれが出来た。今日の自分は頑張った』と、小さなことからでもいいので自分を励ますようにするといかがでしょうか?」

 

「小さなことから、ですか」

 

 なるほど。少しずつなら、私でもなんとかなるかもしれない。だけれど自分を励ます……なんて、どうやって?

 

「――あれ?」

 

 そんな時、何故か少し前の出来事を思い出した。

 

 

 

 

 ……そう、あれは何時かの昼休み。

 

『山田先生! 今日はここが聞きたいんですけど……』

 

 

 

『あら、織斑くん。勿論いいですよー! えっとですね、ここでもし速度をそのままにすると直角に曲がらざるを得ないので、機体や操縦者に凄く負担がかかってしまうんです。ですからこうやって……』

 

 

 

『えーっと……ああ、そういうことか。 だからこの軌道に入る瞬間に出力を少し落として……出来たっ!』

 

 

 

『はい、そうです。よく出来ましたね!』

 

 

 

『よし、これで小テストはなんとかなりそうだ。先生、ありがとうございました!』

 

 

 

 

 

 ――そうだ、あの時。私はちゃんと教師をやれていたじゃないか。

 

 たとえ数が少なくても、私にお礼を言ってくれる子達がいる。アドバイスを求めてきてくれる子達がいる。それを喜べないなんて、それこそ教師失格だ。だから、それを誇りに思おう。まずは、それから始めよう。

 ……ああ、そうか――これか! これが、『自分を励ます』という事なんだ! なんて胸がスッキリするんだろう。

 そうして一人で感慨に浸っていると、

 

「あっ! ご、ごめんなさい!」

 

「いえ、構いませんよ。少し、元気が戻られたようで何よりです。もしも、先程『自分を励ます』事を実践されていたのでしたら、きっとそれは成功しているでしょう。いい調子です」

 

 そう言って、笑ってくれた。

 それはとっても優しい笑みで、なんだかお父さんのようだった。

 

「はい! ……あの、お話をしてくれてありがとうございました。なんだかとっても胸に響いてきて、感動しちゃいました!」

 

 そして、肩の荷を降ろすのを手伝ってくれた。沢山の感謝を込めて頭を下げる。

 

 だけどマスターは首を横に降った。

 

「いえいえ、そんなことはありません。ワタシは寧ろ、酷く分かりにくく、不親切で憎ったらしい人間なのですよ。でなければ、こんなに回りくどくは言わないでしょう。真の善人であれば、素直に言葉を贈るものです」

 

 そう言うとマスターはニヤリ、と笑った。

 

「ですから、ワタシは貴女が期待している程の者ではないのです。ワタシはただの一介のマスター。それ以上でもそれ以下でもありません」

 

 

     

     

 

 

 

 会計を終えてから店を出る間際、もう一度お礼を言おうと振り返る。

 

「ありがとうございました。私、頑張って自分の中の鉄を切ってみせますね!」

 

「はい。しかし一人で自らの鉄を切るというのは中々難しいもの。困ったら誰かの手を借りる。それもまた、鉄を切るための方法の一つであることをお忘れなきよう」

 

「はいっ! それではマスター、失礼しますね!」

 

「ええ、お休みなさいませ」

 

 ありがとうございました、という言葉を背中に店を出た。

 

 

 

 もう少し、頑張ろうと思えた。自分の中ですぐ諦めるんじゃなくて、考えてみよう。

 

 でも、それでももし辛くなってきたら……また行こう、()()の元へ。

 

 

 

     ▽ ▽ ▽

 

 

 

 人には向き不向きが存在する。それは人間が脳の感覚や身体の大きさ、性格などの様々な複雑な部分が混ざりあって出来ている以上当然のことだ。

 ワタシからすれば山田先生は決して教師に不向きな訳ではない。一競技者としての映像も見せてもらったことがあるが、効率と読みに優れていたいい動きをしており、才能がない……などと言うのは憚られるくらいのものであった。教師としても、寧ろ理解を深めさせてくれるという点では織斑先生など目でないくらいだ。まあ、これは性格の問題もあるので深くは触れないが。

 

 ワタシのような男性がこうして働く際、変に口出しをして生徒を混乱させたり、非常事態において迅速に行動が出来るように講習を受けることになっている。ワタシはその時彼女から講習を受けたのだが、兎に角山田先生は『物事を噛み砕いて教える事』に長けているのである。

 ワタシ自身以前からISの知識は無いわけではなかった――これは若き知的好奇心の暴走によるものである――のだが、では専門的な内容にも明るいかと聞かれれば決してそんな事は無かった。寧ろ無知の部分のほうが余程多かったくらいである。そのようなワタシでも理解できるよう、懇切丁寧に解説をくれたのが彼女であった。

 彼女による解説の良い所は全ての話に筋道が通っている所である。何をどうすればどうなるか、何故そうなるのか。どうすれば成功率が上がるか。それら全てを数学的理論と脳の動作仕様により綺麗に繋げることが出来るのだ。当然、脳の動作などその状況におけるストレスや感情により変わってくるため、『大勢が想像するような普通の人間』をベースに物事を考える。それらが応用になってくると、理論の組み合わせや個人個人による能力、強いイメージ等個人差のある脳の動作が関係してくる。

 つまり、山田先生は『基本を身につけさせる・記憶させる』ような内容を教えるのが非常に上手だと言うことだ。

 

 

 

 しかし、これが却って仇となるとも言える。生徒たちの世代は丁度モンド・グロッソの影響を多大に受けて育ってきた世代だ。つまりそれだけレベルの高い戦いを彼女たちは見ているため、いざ自分たちが動かす側になった時、TVの向こう側の世界への憧れにより応用技術への好奇心がとても強いのである。そして初歩的な動作――つまりは基本の理論になってくるとどうしても地味な要素が強いため、華やかな応用技術を早く学びたい彼女らにとっては「地味」「格好悪い」と言ったイメージが強くなってしまう。これが基本への関心が薄い原因である、そうワタシは踏んでいる。

 

 更にその点で言えば織斑先生は応用技術のスペシャリストの一人である。彼女自身の技量、そして一挙一動に現れる闘気、カリスマがそれらの華やかさを際立たせている。これは今の山田先生では辿り着けぬある種の高みの一つであり、そして多くの人間を魅了する一面でもあるのだ。生徒たちが応用ばかりに目が行くのも幾らか仕方のないことであろう。

 

 

 

 ――では、基本を放っておいてもいいのか?

 

 答えは否だ。そもそも応用技術というのは"基本技術を状況に応じて変化させて出来上がった技術"であるために、基本技術の土台を確立させなければそうそう出来るようになるものではない。そういったことがいきなり出来るのは際立った才能のある者だけだろう。

 

 ワタシは若者が明るい未来を切り開くのを楽しみにしている。だが、だからといって何でもかんでも教えてやるほど、()()()()()()()()()()()()()。山田先生にも言ったように、私はとても意地悪な男であるのだから。技術などは自らの努力や教師の教えを受ければ自ずと身についてくるのだ。ワタシが教えるのはそれにほんの少し変化を加えるような部分だけである。

 

 彼女は迷いながら、苦しみながらも教師の務めを果たそうとしている。その姿のなんと尊く、また眩いことか。

 

 願わくば……彼女がワタシや仮想に住む兎のように性根が捻じ曲がった人間にならないように。手遅れな人間からの言葉がその支えになることを願うばかりである。

 

 そんなことを考えていると、また扉の開く音がした。さて、今度はどんな話が聞けるだろうか。

 

 

 

「いらっしゃいませ」




使用曲:鉄切り歌(鉄山を登る男)
作者コメント:『何度も落ちる』=失敗してはやり直す 『だんだん切れ』=努力により少しずつ云々 このような感じで選びました。あのアルバムの中ではかなり明るい曲調で希望のある曲だと思います。他の解釈は本文に書いたものがほぼ全て私の解釈です。見返すと結構幼稚ですね(汗)

・校長先生のよう
某ステルス氏「起立! 気をつけ! 回れー右! 解散!」

 山田真耶は原作においては丁寧語を主に使用しているようだったのでその文体で行こうとも考えたのですが……果たして心の中でまで丁寧語を使っているのだろうか? そう考えた結果、普段通りの文体となりました。ご了承下さい。

 さて、山田先生は実力こそ高いものの、生来からの過ぎるほどの優しさが勝利への貪欲さを削ってしまったのでは、などという想像をした結果、このようなキャラクターになりました。自身の評価の低さ故に彼女の成長が阻まれたのではないか、そう考えたのが理由であります。

 当然といえば当然かもしれませんが、自己評価の低い人間ほど努力家が多いと私は考えています。自己評価が適正であり且つ才能がある、尚且つ努力家である……そういった人間は希少であります。自己評価が高く努力家、と言うのも無論存在します。ISですと鈴音などが例としてあげられるでしょうか。
 更に自論になり申し訳ないのですが、自己評価の低い方は褒めるのが上手な印象があります。兎に角自分を低く置くために、『あの人は私なんかと違ってこんな事が出来て凄い』と評価するためです。逆に極端に自己評価や自尊心が高いと『アイツはコレが下手だしこういう部分がダメだから俺(私)の方がマシだ』と思ってしまいがちだと聞きます。


 そんなこんなで、またこんど!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラウラ・ボーデヴィッヒ②

 ごきげんよう! 本当にお久しぶりです。……お久しぶりです。

 作品を見て下さった方々、またお気に入り登録、評価して下さった方々。そして感想を下さった方々。いつも有難うございます。相変わらずの不定期更新ではありますが、宜しくお願い致します。また、歌詞の解釈は独自のものですので読者の方の解釈もお待ちしています。よろしくお願いします。誤字等もありましたら指摘のほどお願いいたします。

 やはりというか、今回も難産です。寧ろヒラサワ曲で簡単な解釈が出来る作品があるのか……?


 新学期が始まってから数日。始めのうちはどこか気だるげな雰囲気が蔓延していた食堂も、今は春の活気を取り戻しつつある。

 

 そんな食堂の隅の隅、食堂カウンターからも返却口からも遠い不人気席近くに存在する壁の向こう側には、閑散としているのが日常の喫茶店がある。

 

 

 

     ▽ ▽ ▽

 

 

「師匠、少し相談があるのだが、いいだろうか?」

 

 喫茶店のマスター――私が師匠と呼ぶその男性は、カップを拭きながら笑顔で返事をしてくれた。

 

「ええ、構いませんよ。ここはそういう場所ですから」

 

 その言葉に甘えて、口を開く。といっても、あの戦闘は確か秘密裏に処理されるべき戦闘の筈だ。端から直接言えるわけもなく、当たり障りのない所から話を始める。

 

「まあ、相談というよりは愚痴に近いのだが……。臨海学校で事件があった、という話を聞いているか」

 

「ええ、一夏くんから聞いています。随分苦労された、と」

 

「そうか。……あの時、私は指揮を執っていた」

 

「はい。――福音との戦い、お見事でした」

 

「な……!?」

 

 どうしてマスターがそれを――福音の事を知っている?

 そんな疑問を口にする前に、彼は口を開いた。

 

「ラウラさん、家を造るのに必要なものは何でしょう?」

 

「は?」

 

 唐突な、それも意図の読めない質問。困惑しながらも"大まかにで構いません"、という言葉に従うことにする。

 

「……設計をする者と、建築材料。そしてそれらを設計通りに組み立てる者達、くらいだろうか」

 

「はい。それで構いません」

 

 頷いた後、マスターは指を1本立てた。

 

「では急ですが1つ、イメージをしてみましょう……と、その前に前提を。貴女方はこれから先、よりチームで動く事が多くなると予想されます。なので、これからイメージしてもらうのは集団における戦闘となります。宜しいですか?」

 

「分かった」

 


 

 ことり。かちゃり。

 

 食器を並べる音をBGMにして、師匠は話を始める。

 

「ではまず始めに、大きな概念を作っておきましょう。今回の場合はそうですね……家の完成。これを戦闘における勝利と考えて下さい。そして建築の過程は戦闘の過程、設計士は指揮官を、大工は兵士を指し、建築材料は戦術の数ですね。途中で建材がなくなった時、あるいは大工がいなくなってしまった時に敗北としましょう」

 

「ふむ」

 

 脳内で大凡のイメージをする。嫁の大工姿……ふむ、中々に似合っているな。……ではなくて!

 慌てて首を振る私。師匠はそれに苦笑しつつも、再び真剣な顔を見せた。

 

「ここでまずハッキリと言っておきましょう。ラウラさん、一夏くんを含む貴女方のグループにおいて、設計士は貴女以外考えられません」

 

「私が……?しかし私はあの時」

 

 負けたのだ、そう言おうとした口は続く言葉により塞がれた。

 

「何も勝負に勝つだけが戦闘の勝利ではないでしょう? 先の戦闘の時、最悪のケースはどのようなものでしたか?」

 

 先の戦闘における最悪のケース。それに対する答えは決まっている。

 

「私達が死ぬことだ。まだまだ技術が足りないにも関わらず軍用のモノと戦うのだからな。死ぬ。これが考えられる最悪だった」

 

「成る程。では、貴女にとって戦闘における完璧な勝利とは、何でしょうか?」

 

「それは勿論敵を倒して、全員生き残るこ――!」

 

 ――ああ、そうか。

 

 師匠は私の事など気にしないかのように話を続ける。

 

「勝利……つまり、家の完成において重要な要素に屋根があります。いくら土台が強固で骨組みが完璧であっても、屋根に隙間があれば雨漏りが起こりますし、夏は熱気、冬は冷気が入り込んで蓋の役目を成すことはないでしょう。これが所謂"詰めが甘い"という奴ですね」

 

「ならば、そうならないような屋根を作れば良い」

 

「ええ。そして、《それが設計士の仕事です》」

 

「……成る程な。指揮官、とはそういうことか」

 

「設計資格のない大工ばかりでは、何時迄も善い家は完成することがないように、戦士だけでは戦場で勝利を掴み取ることは基本的には不可能なのです。家には設計をし指示をする者、そして戦場には冷静に指揮を執る者が必要不可欠なのです。……そして、あの中でそれが出来るのは経験が豊富であるラウラさん、貴女しかいないでしょう」

 

 戦士と指揮官、という例えに納得する。指揮官が落ちる事で混乱する兵士たちを、戦場の中で何度も見たことがある。それと同時に、屋根の例えも理解が出来た。

 考え込む私を前に、師匠は話は変わりますが、と思い出したように言を発した。

 

「この前、クラリッサ・ハルフォーフさんにお会いしました」

 

「何ッ!?」

 

 予想していない名を出され、思わず大声を出してしまった。

 

「なんでも、貴女の部下にあたる方であるとか」

 

「……ああ。彼女は私達の部隊で最も慕われている副隊長だ。私が周りを突き放していた時も、彼女はついてきてくれた。信頼できる、優秀な部下だよ」

 

 今でこそ他の部下とも良好な関係を築けているが、昔の私は兎に角他人を拒絶していた。そんな中、ただひたすらついてきてくれた彼女。私の一番の部下だ。

 

「クラリッサさんと会話している中、彼女もまた、貴女の事を信頼している事が読み取れました。貴女の自慢話をしている時はそれはもう饒舌でしたよ。昼にお店に入った筈なのに、いつの間にか夜になっていましたが」

 

「……すまない。良く言っておく」

 

 疲れたような苦笑を見せる師匠に対し、私は謝罪をするしかなかった。私の知らない所で何をやっているのだ、奴は。確かに師匠には何でも話してしまいたくなるような雰囲気があるが、だからと言って私の話をしなくても良いだろうに……。

 

 そして、一つの仮説が思い浮かぶ。もしかしたら、師匠が私達のことをこんなに把握できているのは、私達と関わりが深い人間全員と話しているからではないのか? ……いや、まさかな。いくら何でも人脈が広すぎる。という事は、やはり師匠の観察眼が優れているのか。

 

 話を戻しましょう、そう言って師匠は再びグラスを磨き始めた。

 

「シェブロン、という言葉をご存知でしょうか?」

 

「シェブロン?」

 

 唐突な問い。話を戻す、と言ったからには恐らく意味があるのだろうが、その言葉は初耳だった。

 

「いや、知らないな」

 

「シェブロンは、紋章学における帯状で逆V字型の模様の1種です。さて、逆V字型と言えば?」

 

 手で模様を作っている師匠を見ると、なるほど確かに屋根に見える。

 

 だがそれに何の意味が――そう言おうとした刹那、さっきまでの話を思い出した。

 

「そうか、さっきの屋根の話は!」

 

 ご名答です、そう言って師匠は笑う。

 

「……さて、シェブロンの意味の1つには『信頼できる働きを成した建築家その他の者』というものがあるそうです。しっかりとした屋根を作る事はその働きの1つだと言えるでしょう。そして建築家が指揮官であるのならば」

 

「そうか、屋根は詰めだから、屋根の完成はつまり……!」

 

「はい――ということで、ワタシからこれをお贈りします」

 

 答えようとした言葉は遮られ、手をお出しください、と言われた。言葉に従うと、師匠はその掌の上に何かを置いた。

 

「これは……勲章?」

 

 いい素材を使っている、と一目で分かるくらいの輝きだ。幾つか勲章を授与された事はあるが、このような素材で大仰に作られたような物は授与されたことがない。そしてその紋様は。

 

「ええ。シェブロンの形をした勲章です。拙作ながら、作らせて頂きました」

 

「これだけのものを師匠が作ったのか!? ……いや、そんなことよりも私はこれを受け取る資格など」

 

「ありますよ」

 

 ふわっと、頭の上に何かが乗る感覚がした。頭上には師匠の大きな手。どうやら撫でられているようだ。……ああ、暖かいな。

 

「もしかすると、先の事件は貴女にとっては詰めが甘かった、勝てなかった……そう考えているかもしれません。しかし、貴女たちは負けなかった。貴女達は軍用の機体を相手にして全員が生きて帰ってこられた。私にとって、これは間違いなく朗報でした。皆が帰ってくることが、私にとっての勝利です。そしてそれは貴女の努力の結果でもあります――よく、頑張りましたね」

 

「……っ!」

 

 屈託のない優しい笑顔に、胸が燃えているような錯覚を覚えた。同時に目頭が熱くなるのを必死に堪える。軍人たる者、泣いてはならない。過去に教えられた言葉を守るべく、平静を。これは教官から褒められるものとは違う、まるで包まれているかのような……。

 

 

 

 ――ああ。そうか。教官は”師匠”で、師匠はきっと”親”なのだ。教官は認める者、そして師匠は受け入れる者。

 

「貴女はとても優秀な方です。IS操縦の技量も高く、誰かに技術を教える事も出来る。そして戦闘では戦闘を行いながら指揮を執る……今の一年生において、これだけの事を安定して行えるのはラウラさんくらいでしょう。だからこそ、迷うことなく、自分に自信を持つ事が大切なのです。しかし簡単にそのようなことが出来るはずはありません。人間というものは、とかく弱い生き物だからです」

 

 瞬間の沈黙。

 

「……だからこそ、どうしても迷った時。その悩みの、自分の中に呼びかけてみるといいかもしれません。その時心の底から返ってきた答えは、きっと貴女を光へと導くでしょう。自分ほど自分を知らぬ者はいませんが、それと同時に自分ほど自分を知る者はいないのですから。自分との対話こそ、新たな気付きへの道なのです」

 

「自分との対話、か。私にとっては中々難しい問題だ。何せ私は」

 

 造られた者であり、あのおぞましいモノと同一なのだから――。そう続けようとした言葉は、遮られた。

 

「生まれは関係ありませんよ、ラウラさん」

 

「え……?」

 

「貴女は今、自分の意志でここに在る。これは間違いなく真実です。出生がどうあれ、育ちがどうあれ、今の貴方は少なくともこの学園の一生徒、それ以上でもそれ以下でもありません。……それに、ここに来る方は、皆が何かしらの悩みを持っています。そしてそれは今の貴方と同じです。皆が皆、自分との対話に苦しみながら生きているのです。そう、同じなのですよ。皆も、貴方も」

 

「……私は。私は悩んでいていいのか?迷っていても、いいのか?」

 

「ええ、勿論ですとも。我々は人間なのですから」

 

 そう言った彼の柔らかい眼差しに、包まれるかのような感覚を覚えた。安心感に、頬が緩むのを止められない。

 

「……ああ。そうだな!」

 

 ――本当に。この人は、どこまでも私を知っている。心地よく耳に残る言葉で私を救ってくれる。

 しかし、まだアレが聞けていない。

 

 聞きたい。彼女が聞いた言葉を。彼女のような質問をすれば、聞けるだろうか。そう考えて聞いてみる。

 

 

 

「師匠。どうして貴方は、そんなに私達の事を知っているんだ? まるで思考を全て見透かしているかのようだ」

 

 


 

『へ? マスターについて知りたい?』

 

『ああ。弟子たる者、師匠の情報を集め越えようと努めるべきだと教わったからな』

 

『そ、そうなんだ。うーん、でも僕も全然あの人の事は分かんないよ?』

 

『? 何故だ?』

 

『だってあの人ちょっと追求したら直ぐに――』

 


 

 

 少しの間。彼はいつものように微笑んだ。

 

「マスターですから」

 

 

 

『――って言うんだもん』

 

 

 

 

 そう言った時の目。仕草や一言。全てが私を惹きつける。ドイツにいた時には誰も見ることのなかったその暖かな眼差しが、私にはとても輝いて見えた。

 

「……フ、やはり師匠は流石だな! その的確な判断力に洞察力、これなら教師や教官になっても多くの実績を残せそうだ」

 

 いや、どちらかと言えば僧侶や牧師の方が向いているかもしれない。師匠の語りの一言一句に迷いは無く、まるで神のような強固な存在が後ろにいるかのような、揺るぎない自信がある。それはまさしく宗教家のような――

 

 ……などと考えている中、師匠は静かに首を横に振る。

 

「お褒め頂くのは光栄ですが、生憎ワタシはそのようなガラではありませんよ。ワタシが好きなのは教師のように生徒を直接導くのではなく、あくまで皆様のお膳立てをすることですので。そうですね……教職ではありませんが、『用務員』などはどうでしょうか」

 

 その言葉に、目の前の男性が帽子と用務員服、それに清掃用具を持った姿を想像する。

 

 

 

 絶望的に似合っていない。しかしそれを師匠に直接言うのは憚られる。

 

「ふっ、似合わんな。用務員と名乗るには、少々線が細すぎる」

 

「それは残念です」

 

 そう言いながらも全く残念でもなさそうな顔をしていた。相変わらず掴めない人だが、それもまたこの人の魅力の一つなのだろう。……さて、そろそろ時間だ。

 

「会計を」

 

「はい。有難うございました」

 

 しかし、やられっぱなしというのも気に食わない。

 

「ああ……そうだ」

 

「はい?」

 

 帰り際、師匠の方に目を向ける。

 

()()()が言っていたのだが、何でもある国には師匠に位置するものを『父』と呼び慕うような文化があるらしいぞ? ……ではな、()()

 

「――」

 

 初めて見る、目を丸めた師匠を横目に店を出た。少しは意趣返しになっただろうか。……父上か、存外悪くない響きだ。

 

 

 

 

 

 

「……やってくれましたねぇ。お陰で、私としたことが不覚をとってしまった。全く、()()()()()()()は今度は何を参考にしたのか」

 

 

     *

 

 

 

 ナース・カフェからの帰り道。師匠との会話を脳内で繰り返しながら、私はあの時の戦いを思い出していた。

 

 さっき、師匠は私の事を頑張ったと労ってくれた。だが、あれは一夏や箒の奮起、そして偶然が勝ちを呼んだようなものであって、決して私の指揮が勝因ではないと思っている。

 

 日本のとある人間の言葉に『勝ちに不思議の勝ちあり 負けに不思議の負けなし』というものがあるらしい。そしてあの時の戦いは……間違いなく”不思議の勝ち”だった。

 

 だから私はもっと上を目指したい。”不思議の勝ち”を”勝ち”にするために。私に戦い方を教えてくれた教官や、生き方を教えてくれるクラリッサや部隊の皆、一夏達。前に進む道を整えてくれる師匠のためにも。

 

「……待っていてくれ、クラリッサ、皆。私はもっと――強くなって帰ってくる」

 

 握った拳に迷いは無く。今まで心にかかっていた靄も、どこかへと消え去った。なら後は、進むだけだ。

 

 

 

 ……そういえば師匠は、何故アレの事を知っていたのだろうか。




 ※CHEVRONの意味を語るために本編で建築の例えを用いましたが、私は建築関係の知識がないため実際の建築の流れとは異なるかもしれません。申し訳ありません。ついでに兵士や指揮官の例えも急造です。

使用曲:CHEVRON
作者コメント:これを解釈するにあたり、紋章学(シェブロン)やら紡錘体(スピンドル・ファイバー)等について知らねばならず、非常に難儀しました。この作品ではタイトルのCHEVRON(シェブロン)、つまり紋章学における概念を重要視して解釈しました。というか、紡錘体という単語とシェブロンを繋げると余りにもややこしい分野に関わらざるを得なかったので諦めました……。また、シェブロン(紋章学)の意味についてはwikipediaより一部引用させて頂きました。
 曲について。そもそもこの曲が収録されている『big body』というアルバム自体、身体の部位に因んだ歌が多いのですが、この曲はその中でも細胞分裂について取り扱われた曲だと思われ、他の方の解釈もそれに近しいものでありました。歌詞も割と直接的で聞きやすいのではないかと感じます。軽快なリズムと鼻歌がとても素敵な曲なのでぜひ一聴することを勧めたいです。

 ラウラ・ボーデヴィッヒはその設定上、主要キャラクターの中で最も指揮官として立ち回れる人間と言えると考えています。というか、原作は短気あるいはせっかちなキャラクターが余りに多すぎるのです……。ISという精密機械を扱っている以上、いくら若さが云々とはいえ直ぐに冷静さを失うというデメリットは国家候補には相応しくないような気もするのですがどうなのでしょうか。
 それはさておき。ラウラは今は経験こそ劣るものの、将来的には織斑千冬をも凌ぐ指揮官となり得るでしょう。何故ならば、織斑千冬はその類稀な戦闘力とカリスマ、そして経験という3つの大きな力が彼女を指揮官たらしめているだけであり、本来の立ち位置はどこまでも『兵士』である……そう私は考えているからです。……頭に「一騎当千の」が付きますが。しかしいつ超えられるかはこれからの研鑽次第。さて、彼女が『教官』を超えるのはいつの日か。



 ~謎の男に頭を殴られてまたこんど~


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 5~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。