GOD EATER 【Ghost in the Rain】 (謝意・ハルード)
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Eat,00「prologue」

 

 

 

 

 

かつてその圧倒的な繁栄力でその将来を確実視されていた人類は、今や衰退、ひいては絶滅の危機にさえ苛まれていた。

 

 

 

原因は、生命のサイクルの劇的な変化である。

 

 

これまでは生命の中でも最も理知的な生命、人間が食物連鎖の頂点に立つことで、世界の生命の均衡はかなりの高次元で保たれていた。

 

 

 

繋がり合う命と命。これが神が望まれた世界だと、人類はそう思っていた。

 

 

 

 

 

しかし、どうやら神はこの人類の行いを良しとしなかった様だ。

 

 

 

 

 

神はその鉄槌を生命の姿に変え、世界に向けて振り下ろす。

 

 

 

 

鉄槌の名は「アラガミ」

 

 

 

 

まさに荒ぶる神の如きその存在は突如として人類の前に姿を現し、そして瞬く間に彼らの全てを喰らい尽くさんと襲い掛かった。

 

 

 

 

食物連鎖の頂点に捕食本能の塊のような生命が立った事で、今までの安定した世界の循環は完全に崩壊。平行線上にあったはずのそれは即座に負の螺旋(ダウンワード•スパイラル)へと姿を変えた。

 

 

 

 

生命を喰らい、文明を喰らい、そして世界をも喰らい続け破滅への道を一直線に進むそれは、言うならば神の定めた世界の再生の過程である。

 

 

 

 

 

星の、世界の再生とはそういうものだ。神にとって世界を壊す事は、芸術家が納得のいかない出来の作品を捨てることと同じである。

 

 

 

 

 

創るのが神の役目ならば、壊すのも神の役目だ。とでも言わんばかりに神の化身達はその強大な力を世界に見せつけ、その全てを無慈悲に喰らっていった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし神は一つ重大な見落としをしていた。

 

 

 

 

 

世界は、その中でも人類は神に言われるがままに滅ぼされる程従順な存在では無かった、という点だ。

 

 

 

 

 

人間には考え、実行し、生き抜く力があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目には目を、歯には歯を、アラガミには……アラガミを。

 

 

 

 

 

 

 

 

かのハンムラビ法典の理論の元で生み出されたるは神を喰らう力、「ゴッドイーター」。

 

 

 

 

 

 

 

アラガミを構成する超小型の生命体「オラクル細胞」をその身に宿し、同じくオラクル細胞で作られた巨大な対アラガミ兵器「神機」を軽々と振るって人々の未来を脅かすアラガミ達に立ち向かうその姿は、この世界にとって間違いなく勇者そのものの姿であった。

 

 

 

 

 

 

神と人が互いに喰らい合う。

 

 

 

実に胡散臭くて馬鹿馬鹿しい話だか、この世界ではそれが世の理となりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし物語の歯車はそんな悠長な結末を許さない。

 

 

 

 

 

それは西暦2071年、ふとした出来事を引き金に突然回り出した。

 

 

 

 

 

物語の舞台となるのはゴッドイーター達の根城とも言える対アラガミ組織「フェンリル」。その中でもかつての日本に存在し、組織内でも屈指の実権と実力を有する「フェンリル極東支部」である。

 

 

 

 

 

 

この支部に某日、ほんの数年前に開発され、絶対数の少ないゴッドイーターの中でも更に使い手を選ぶとされる「新型神機」の適合者が同時に2人配属されるという異例の事態が発生する。

 

 

 

 

 

 

 

 

この時より錆び付いていた運命の歯車と物語の歯車は軋みながらも噛み合い、互いをぶつけ合いながら回転を加速させていく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Let us, then, be up and doing, With a heart for any fate.』

 

                                                           

 

ー  さあ始めよう、如何なる運命にあろうとも、精一杯。ー

 

                                                                                                               

【 ヘンリー・ワーズワース・ロングフェロー 】

 




メインタイトルは日本のロックバンド「the HIATUS」の楽曲より。


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Eat,01「Awakening」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――夢を見るんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――何時も瞼を閉じる度に、同じ夢を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――何も、分からなくなる夢を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――夢の中では深い霧に全てが飲み込まれていて、何もかもが曖昧になっていく。

 

 

 

 

 

 

 

――――目の前に何かがぼんやりと見えると思えば、何も見えないようにも思える。

 

 

 

 

 

 

 

――――耳には何かノイズのような音が響いている気がしないでも無いが、完全な静寂に包まれているようにも感じられる。

 

 

 

 

 

――――ここが夢の世界であると今現在に至るまで知覚しているのに、同時にここが現実の世界であると錯覚している自分がいる。

 

 

 

 

 

――――そんな、矛盾した感覚。

 

 

 

 

 

――――確信できることなんて、何一つとしてない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――自分が今、立っているのか座っているのか、それとも倒れ伏しているのかさえ分からない。

 

 

 

 

 

 

――――自分が今、どんな状態なのかも全く感じ取れない。

 

 

 

 

 

 

 

――――それどころか、自分が今「存在」しているかさえ、感覚がぼやけてて認識できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――倒れた花瓶から水が零れ落ちる様に、自分の認識が次々に何処かへ流れ去っていってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――こうして最後には何時も、自分が何者なのかさえ分からなくなっていくんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――……ああ、違うか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――毎回、夢の終わり際になって思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――何も分からなくなっていく中、最後に一つだけ気付かされるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――在るかどうかも分からない地を打つ音と、在るかどうかも分からない身体を伝うこの感覚。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ほかの事は全て霧にかき消されるのに、この事だけははっきりと分かるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………雨が、降ってる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして夢の主――八雲 時雨(ヤクモ シグレ)は目覚めの時を迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__【Eat,01「Awakening」】~目覚めの時~__

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 某日、フェンリル極東支部 第六ブロック 適合者管理エリア D区間

 

 

 

 

 

 

 

「…あ…? ……丈夫……え…………るの!? 」

 

 

(……ン…ぁ? )

 

 

聞き覚えの無い女性の声で、部屋の隅のベンチで眠りこけていた時雨の意識は現実へと帰還した。

 

声は両耳のヘッドホンから流れる歪んだギターサウンドに紛れて聞き取りづらい。

 

 

襲い来る倦怠感を撥ね退け、うっすらと瞼から紅く鋭い瞳を覗かせる。目が覚めても、思考は未だ正常に作動しない。

 

 

(あー……寝てたのか、俺……)

 

おぼつかない動作で上着のポケットに突っ込んだプレイヤーの電源を切り、一間置いて思考回路の回復を待つとようやく視界を遮っていた靄のようなものが晴れた気がした。

 

 

 

 

 

「あ、やっと起きた……大丈夫? うなされてたみたいだけど……」

 

 

それとほぼ同時に、先程聞いたものと同じトーンをした女性の声が時雨の耳に入る。透き通る様な声質で、可愛らしさと艶やかさを併せ持った実に女性らしい声だ。

 

「ん……あぁ、大丈夫……」

 

時雨が言葉を返しながら少し頭を上げると、彼の眼前に声の主である少女の姿が映し出された。

 

 

 

歳は時雨と同じくらいだろうか。

 

少女は整った輪郭と大きな浅葱色の瞳を持ち、どちらかと言えば綺麗と言うより可愛いといった印象の強い、所謂「美少女」と言って差し支えない容姿をしていた。

 

特に目を惹くのが頭髪であった。見事なまでに美しい菫色の長髪を持ち、それを左側頭部でポニーテールにして纏めてある。

 

その肉体も時雨の素人目から見ても非常に整っており、主張しすぎず謙虚すぎない、女性としての繊細さが全面に押し出されたスタイルを持っていた。両肩と腹部を露出させた制服も健康的な肢体にスポーティな上品さを加え、その魅力を引き立てるのに一役買っている。

 

 

 

 

 

「87点」

 

「え?  」

 

「……いやなんでもない」

 

 

突然の時雨の採点に少女が怪訝な眼差しを向ける。少女は自分が品定めされている事に気付いていない様子だったが、その無垢な反応は逆に時雨に奇妙な罪悪感を与える要因となっていた。

 

 

 

「……ここにいるって事は……アンタも『候補者』って事か?」

 

 

時雨はばつが悪そうに少し乱れた黒髪を手櫛で直しながら、少女に答えの解かり切った問いを投げかける。

 

 

 

時雨たちがいる第六ブロックはフェンリルにゴッドイーター候補者と判断された人間がまず初めに入れられるエリアであり、A、B、C、D、Eの5つの区間で成り立っている。このうちA~Cの三区間は適合試験を受ける前の健康診断や血液検査等を行うエリアであり、休憩所の役割を持つD区間を挟んでゴッドイーターに値するか否かを判断する適合試験の場であるE区間が存在している。

 

時雨たちは事前の検査を全て終え、検査結果の分析と適合試験の準備完了の数時間をこのD区間で待機している所であった。

 

 

 

「勿論、ついさっき検査が終わった所だよ……確か私がここに来たときにはキミはもう寝てたかな」

 

 

 

怖い夢でも見てたの? と少女が少し不安げな表情を浮かべ、ベンチに座った時雨を覗き込む様にして続ける。それに対して時雨は一度クスッと笑みを作った後「まさか」と呟きながら少女に対して呆れのポーズをとっておどけて見せた。

 

 

 

 

 

「……っと、そういえばまだお互い自己紹介してないよね」

 

 

 

少女は束の間の沈黙を断ち切るようにして身体を戻すと、時雨に向かって右手を伸ばしてきた。

 

 

 

「私は『向坂 桔梗(サキサカ キキョウ)』、同じ日に入隊する同期って事で一つ、よろしくね」

 

 

少女ーー桔梗はそう言って時雨に屈託の無い笑顔を見せる。

 

 

「…八雲 時雨だ。よろしく、桔梗」

 

 

こちらは仏頂面のまま、桔梗の右手に自身の右手を重ねる。

 

 

すると桔梗の右手が時雨の右手をがっちりと捉え、そのまま何度も上下に振り回した。

 

 

 

 

「………随分、嬉しそうだな」

 

「え? あ、うん……やっぱりこういうのって、一人だと寂しいっていうか……なんていうか……」

 

 

 

軽い痛みに苦笑いを浮かべる時雨を見て桔梗は慌てて彼の右手を解放すると、目を泳がせ恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

 

 

 

桔梗が実際にどう思っているかは時雨には分からなかったが、彼女もまた有無を言わさず連れて来られ、たった一人で検査に次ぐ検査を強制されて来たのだ。普通の女の子ならば事の大小はあれど不安に駆られるものなのだろう。ましてやこれからいつ命を失うかも分からない戦場に駆り出される身になるのなら尚更だ。

 

 

それが自分がただここにいるだけで少しでも解消されたという事実に、時雨はほんの少しの満足感を感じていた。

 

 

 

時雨にとって桔梗は、そして桔梗にとっても時雨はこの極東支部で始めて出会った友人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……にしても、いつまで待たせる気かねぇ……」

 

 

「ホントにねー……」

 

 

時雨と桔梗が顔を合わせてから凡そ1時間、他愛のない雑談で暇を潰していた二人であったが、適合試験へのラブコールは一向に送られる気配がない。

 

 

 

 

「二人とも検査で落とされてたりしてな」

 

 

「アハハ、本末転倒って奴だ」

 

 

 

皮肉っぽく笑う時雨に桔梗が続く。

 

 

 

 

 

 

 

    ▼

 

 

 

 

 

 

 

結局、事が動き出したのはあれから更に1時間ほど後の事であった。

 

 

 

 

 

室内に響き渡るポップなアナウンス音。

 

 

落ち着かずに一人室内をうろついていた桔梗も、ちょうどトイレから出て来た時雨も一斉に音のするスピーカーに視線を移す。

 

 

 

 

『大変お待たせしました。番号667「向坂 桔梗」様、適合試験の準備が完了しましたので、手前のゲートよりE区間へとお進みください。なお番号666「八雲 時雨」様は引き続きその場でお待ちください。繰り返します……』

 

 

エコーがかった女性の業務連絡が淡々と繰り返される中、空調音と共に二人の眼前にある巨大なゲートが開いた。再び待機を指示された時雨は深いため息をつき、ついにお呼びのかかった桔梗は呆気にとられていた。

 

「……足切りか? 」

 

「わ、わわ私が先!? 検査は時雨の方が早く済んだ筈じゃ……? 」

 

 

桔梗の声は緊張からか震えている。遅いだなんだと愚痴を零してはいたものの、いざその時が来てしまうとやはり不安に怯えてしまうものらしい。

 

 

 

「なんか病気でも見つかったんかねぇ……少なくとも息子の方は異常無いと思うんだが」

 

時雨は自身の下半身を凝視しながら冗談を呟いた後、桔梗の方を見る。

 

 

 

桔梗はおどおどした様子で周りを見渡したり、唇に指を当てたりと落ち着きがない。

 

 

「桔梗? 」

 

「きゃわッ!!? 」

 

見かねた時雨が後ろから声をかけると、桔梗は素っ頓狂な声を上げて体全体を跳ね上げた。尚もそわそわと動きを止めない様子に時雨は「ダメだこりゃ」と頭を抱える。

 

 

「桔梗? 顔こっち向けて、落ち着いて」

 

「ふえ…? 」

 

突然の時雨の申し出に混乱するも桔梗はそれに従って緊張で表情の固まった顔を身体ごと時雨の方に向ける。

 

 

「あーそうそう、はい息吸ってー……」

 

 

「(すぅ~~)」

 

 

「はい吐いてー」

 

 

「(はぁ~~)」

 

 

「また吸ってー……」

 

 

時雨に言われた通りに深呼吸を繰り返す。何とも原始的な緊張のほぐし方であったが、何度も繰り返す内に桔梗の心には幾分かの余裕が生まれてきた。

 

 

 

 

「……少しは落ち着いたろ? 」

 

 

 

「……う、うん。ありがと……」

 

 

平静を取り戻した桔梗は少しうつむいたまま時雨に礼をする。その顔は恥じらいで赤く染まっていた。

 

 

「……すごいね、時雨はさ」

 

「何が? 」

 

「全然慌てたりしないし、私なんかよりずっと大人だなーって……」

 

「どうだかな……っと、そろそろ行けよ。あんまり遅れてお偉いさん方を怒らせるのもアレだろ? 」

 

時雨が目をやった先には開いたゲートと、それに続く長い廊下が見えていた。この先がいよいよ本当の目的地であるE区間……即ち試験会場である。

 

「ん…それもそうだね。じゃあもう行くよ」

 

そう言って桔梗はゲートに向かって歩き出す。その後ろ姿からは気品と力強さが感じられ、先程までのか弱い少女の姿はどこにも見えなかった。

 

「時雨! 」

 

「ん? 」

 

ゲートを超える所で桔梗が一旦止まり、振り返って時雨を呼ぶ。その表情はとても穏やかで暖かいものであった。

 

 

 

「先に行ってくるよ、また後でね! 」

 

時雨が軽く掌を見せて答えるのを見た後、桔梗は再び前を向いて奥へと続く道を駆け出した。

 

 

桔梗がゲートを過ぎて数歩進んだ所で自動で扉が作動し、腹部に響く轟音と共に門が閉じられる。それからもしばらくの間、金属製の床を足で鳴らす音が部屋まで響いていた。

 

 

桔梗を見送り、時雨は深く息を吐きながら側の壁に寄りかかる。

 

 

 

 

「……「後」がありゃいいけどなぁ……」

 

 

 

ヘッドホンからは、再び音漏れが聞こえ始めていた。

 




主人公の容姿は原作(バーストの方)のエディット主人公をモデルにしているので原作にてある程度の再現ができます。ゲームをお持ちの方は再現してみると脳内補完に役立つかもしれません。

①八雲 時雨(男主人公)

ヘアスタイル⇒9
ヘアカラー⇒1
フェイス⇒6
スキン⇒7
ボイス(イメージ)⇒15
トップス⇒ペチュニアブルゾン上(首のヘッドフォン無し)
ボトムス⇒F略式下衣ブラック



②向坂 桔梗(女主人公)

ヘアスタイル⇒19(原作より長髪+テールのウェーブ無し)
ヘアカラー⇒14
フェイス⇒1
スキン⇒1
ボイス(イメージ)⇒1
トップス⇒F強襲上衣ブラック
ボトムス⇒F強襲下衣ブラック


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Eat,02「Deus ex machina」

 

 

 

 

 

 

桔梗がこの部屋を出てからどのくらいの時間が過ぎた後の事だろうか。

 

D区間に設置されたスピーカーから再び呼び出しのSEが鳴り響く。

 

音楽プレイヤーの電池も底を尽き、余りの静寂に再び眠りに着きかけていた時雨の上体が勢い良くスピーカーの方に向かって起こされた。

 

『大変お待たせしました。番号666「八雲 時雨」様。適合試験の準備が完了しましたので、手前のゲートよりE区間へとお進みください。繰り返します……』

 

先程の放送と何ら変わり無い呼び出しのアナウンスに続いて、時雨の眼前のゲートが鈍い音を立てて開放される。

 

「……内定は取れそうかな」

 

ベンチから腰を上げると、時雨は先の桔梗とは対象的にゆっくりとした足取りでゲート奥の廊下を進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_【Eat,02「Deus ex machina」】~機械仕掛けの神~_

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廊下の突き当たにあったこれまた巨大な自動ドアを過ぎると、休憩所であるD区間より一回りも二回りも広い大部屋――E区間がその姿を現した。照明が弱いのか、少し薄暗い。

 

時雨の後ろで扉が閉まる音が聞こえたのとほぼ同時に部屋の電気が一斉に強くなり、一瞬にして室内全体を照らした。その眩しさに時雨は手で顔を抑える。

 

(うおっまぶしっ)

 

 

 

 

目が慣れてきた所で時雨は辺りを見渡し、部屋の細かな情報をその赤い瞳に映して記憶する。

 

周囲の壁には弾痕や何か鋭利な刃物で斬りつけたと思しき刀傷が散見しており、何らかの激しいやりとりが発生した事がおぼろげながらも伝わってくる。

 

とはいえ流石に血痕や異臭といった直接的なものは見当たらない。その事実に時雨は取り敢えず胸を撫で下ろした。

 

 

 

そして部屋の中央に何かプレス機の様な機械が置いてある事に気付く。それが何かを確かめようと時雨が歩を進めた瞬間、何処からか声が聞こえてきた。

 

 

 

『長らく待たせてすまない』

 

(ホントだよ)

 

声の出先を確認するよりも前に時雨は能天気に心中で突っ込みを入れる。

 

 

足を止めて再び周囲を確認すると部屋奥に上階から監視する為の窓が設置されており、その向こう側には数人の人影が見える。どうやら話しているのは中央に立つ人物のようで、体格や声質から男性である事までは分かるが容姿は窓がぼやけていて確認できない。

 

 

『さて…ようこそ、人類最後の砦「フェンリル」へ。今から対アラガミ討伐部隊『ゴッドイーター』としての適性試験を始める』

 

力強い声色で淡々と事務的な言葉が述べられる。その言葉を聞くやいな時雨は無言で部屋中央のケースへと歩を進めた。

 

『…フフ、迷いは無し、か。君にはいろいろと期待が出来そうだよ』

 

語り口に変化は見られないが、その声には歓喜に近い感情が聞いて取れた。

 

 

 

機械の目の前で足を止めると、いよいよそれの全貌が明らかになる。

 

機械は上下に分離した構造で、いかにも何かを挟むための様相を成していた。下部の方には何やら半月型の赤いリングが装着されており、どうやら此処に手を掛けるらしい。

 

そして何よりも目に付くのがリングの先に堂々と置かれている巨大な剣の様な武具――――神機である。

 

それは青を基調とした色合いを持ち、かつてこの極東の武人が愛用した「刀」を模した刀身が装着されていた。他にも大砲や盾と思しきパーツも見られ、何とも欲張りな武器だなと時雨は溜息を漏らす。

 

『では、準備が出来次第その武器の柄を持つようにしてケースに右手を掛けてくれ』

 

言われるがままに右手首を赤いリングに掛け、神機の柄を握り締める。容易に想像できるこの後の出来事を思い、時雨の表情は少しだけ歪む。

 

 

 

そして数秒の間を置いた後、ケースの上半分が時雨の右腕を押し潰すようにして落下した。

 

 

「ぐうっ……ッ!! 」

 

それと同時に時雨に今まで感じたことの無い程の激痛が襲い掛かる。痛みは右腕の神経を焼き切る様な速さで脳髄まで駆け抜け、シナプスを通して全身を暴れまわる。それと同時に時雨は右腕から何かが蛇の様にしてぬるりと身体に入り込んでいく感覚を覚え、底知れぬ悪寒を感じた。

 

右腕を左手で押さえるも激痛と不快感は全く引かず、砕けんばかりの力で奥歯を噛み締める。

 

体中に根を張られていく様な感覚。この得体の知れない悪寒に、時雨は強烈な吐き気を覚えたが何とか喉奥で嘔吐を止める。

 

 

 

 

 

永遠に続くように思われた痛みと悪寒だったが、実際の時間にして約五秒、それは時雨の身体から一瞬にして消え去った。

 

それと同時に何やら黒い煙を吹きながら再びケースの上半分が持ち上げられる。

 

 

痛みと悪寒の消滅で時雨は我に返り、顔を上げてケースの下敷きになっていた右腕をふと見る。

 

 

「……なんだコレ? 」

 

 

右手首には先程見た赤いリングが丁度上下に重なり、腕輪の様になって装着されていた。腕輪というには少々図体が大きかったが、特に異物感や圧迫感は感じられない。

 

 

 

右腕を上げてみると、いとも簡単に神機が持ち上がる。

 

その直後、神機からコードに似た触手が生え、腕輪のジャック部分に自動で突き刺さった。特に痛み等の感覚は無く、その様子を時雨はただただぼんやりと眺める。

 

 

『……おめでとう、これで君も晴れて我々の仲間入りだ。尚この後は適合試験後のメディカルテェックが予定されている。指示があるまで指定された場所で待機していてくれ』

 

 

 

試験の終了を告げる男の声が部屋に響き渡った。その声色には若干の驚嘆の意が含まれている様に感じられる。

 

 

 

 

 

 

 

「……コレ、邪魔だな……」

 

しかしそんな男の声を余所に時雨の頭は腕輪に対する不満で一杯であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが今後貴方がミッションの受注や報酬の受取、作戦のブリーフィング等を行う事になるエントランスになります。この後は教官担当者による業務概要の説明とその後のメディカルチェックが予定されておりますので、指示があるまでここで待機していてください」

 

「どーも」

 

案内役の研究員に時雨は右手を挙げて軽く礼を済まし、区間移動用エレベーターを後にする。

 

 

その先に見えたのはエントランスとされる広間だった。時計塔の内部を彷彿とさせるエントランスは受付を挟んだ二階構成となっており、上階には中央のゲートを取り囲む様にして電子端末と思しき機械が設置されている。

 

(……桔梗の奴は……いないか。メディカルチェックとやらに行ったんだろうか? )

 

エントランス入り口から目線を左右に動かして桔梗の姿を探す。広間内には受付嬢を含めた複数の人物が確認できたが、その中に試験会場で知り合った菫色の髪の少女の姿はない。

 

 

 

 

 

(……にしても暇だな……)

 

他にする事も思いつかなかったので、大人しく下階に設置されたベンチに座って時間を潰す事にする。

 

エントランスに入ってすぐ左側のベンチの方に身体ごと視線を向けると、既に先客の少年が一人頬をもごつかせながら座っていた。時雨と同じ様に右腕に赤い腕輪を装着しており、一目で同業者である事が理解できる。

 

時雨は退屈そうに足を振る少年と人一人分程度の間を開けてベンチに腰掛け、暇潰しにとブルゾンのポケットから音楽プレーヤーを取り出し電源ボタンを押したが、その画面に映るのは無常にも大きな「電池切れ」の表示のみ。

 

 

(……クソっ、試験前に切らしたの忘れてた……)

 

心底つまらなさそうに時雨は短く強い溜息を吐き、背後の壁に背中をもたれかけさせた。このままもう一度寝てやろうかと誰に言うわけでも無く喧嘩腰に思った矢先――、

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ガム食べる? 」

 

 

退屈に苦しむ時雨を見かねたのか、隣に座っていた少年が時雨に声をかけてきた。先ほどから口をもごつかせていたのはどうやらガムを噛んでいた時のものらしい。

 

 

「……ミント味じゃないなら、もらおうかな」

 

「マスカット味だよ……って切れてる。今食べてるので最後だったみたい、ゴメンゴメン」

 

「……そりゃ残念」

 

 

わざとらしく落ちこむ仕草をする時雨を見て少年は少しだけ申し訳無さそうな表情になる。

 

 

会話が途切れ、沈黙が二人の周りを覆った。

 

 

 

「アンタも適合者……だよね、腕輪付けてるし」

 

又もや少年の方から沈黙が破られる。少年の問いに対して時雨は無言で右腕の腕輪を小さく掲げてアピールする事で答えた。

 

「見て分かると思うけど、俺も今日ここに入った適合者なんだ 。名前は『藤木コウタ」、よろしくな!! 」

 

アンタは? と付け加え、少年――藤木コウタは時雨に名前を聞き返す。

 

「……八雲 時雨。好物はマスカット味のガムだ」

 

「まだ引きずってんのかよ!! 」

 

 

自分の冗談に割と本気で面食らっているコウタの様子が何処か可笑しくて、時雨はいつもの仏頂面を少しだけ崩す。

 

 

「……冗談だ。こっちこそよろしく、コウタ」

 

「な、なんだ冗談か……」

 

コウタは時雨の人を煙に巻く様な態度に少し辟易した様子を見せながらも、差し出された右手を同じく右手で握り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「立て」

 

「「え?」」

 

互いの手を離した直後、突然耳に入る高圧的な声。

 

声のした方向に時雨とコウタが一斉に振り返ると、そこにはたわわな胸を惜しげもなく引き立たせ、純白の衣装に身を包んだ女性の姿があった。凛とした眼差しが二人の視線を鋭く射抜く。

 

 

「立てと言っている、立たんか! 」

 

より一層の怒気を強めた女性の一喝に気圧され、あせあせと二人が立ち上がった。

 

「……案内役から話は聞いているな? 私がお前達の教官担当者となる「雨宮 ツバキ」だ。これから今後の予定についてかいつまんだ説明を行うので聞き漏らしのないように 」

 

 

「はぁ……」

 

「お、オッス!! 」

 

未だ状況を理解しきれていない時雨とコウタを余所に、ツバキによる今後の予定及び業務内容についての説明が始まる。

 

今後の予定としては研究区間「ラボラトリ」でのメディカルチェックを済ませた後、基礎体力の強化及び基礎戦術の学習訓練と神機の取扱い訓練を行う、といったものが企画されており、大半の話は時雨もコウタも適合試験前のプレゼンテーションにて先んじて説明を受けていた為、すぐに理解する事ができた。

 

しかし後の業務内容の説明の際「定期的な学習講義への参加義務」についての話に入ると、二人は「そんなの聞いていない」といった様子で終始苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……では、説明はこれくらいにしてメディカルチェックを始めるとしよう」

 

 

 

そう言ってツバキは手にした資料と2人を品定めする様にして交互に見つめる。

 

 

「(……な、なんていうか、凄い迫力だねツバキさんって……俺ちょっと苦手かも)」

 

「(…………)」

 

 

ツバキが資料の方に目を向けた隙にコウタが時雨に軽く耳打ちをするが、時雨はツバキの方を見ながら神妙な顔つきで考え事をしている様子だった。

 

「(時雨? )」

 

 

「(……ん? いや……どうオブラートに包んだ聞き方したら「何カップ? 」って質問しても殺されずに済むかなーって考えてた)」

 

「お前アホだろ!!? 」

 

このやりとりの直後、コウタの大声での突っ込みが原因で無駄話がバレた二人はツバキから強烈な拳骨を頭に貰う事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……では、この後八雲 時雨は一一○○に、藤木 コウタは一二○○に『ペイラー・榊博士』の研究室まで行く様に、遅れるんじゃないぞ 」

 

ツバキはメディカルチェックの実施場所を教えると、二人――特にコウタを一度強い眼力で睨みつけ、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

「……っぷはーー!! 息が止まるかと思った……恐すぎだよあの人!! 」

 

「あだだ……神を喰らう前に拳骨なんか食らってちゃ世話ねーな……」

 

 

ツバキの姿が上階に設置された区間移動用エレベーターの中に消えた事を確認した後、コウタが息を吐く仕草と共に安堵の声を漏らす。時雨はツバキの鉄拳を受けた際に少し頭からズレたヘッドホンを直しながら愚痴を呟いた。

 

 

 

「ーーにしても俺のメディカルチェックは一時間後か……暇だからここの探検にでも行こうかな! 時雨はどーする? 」

 

「んー…………いや、やめとくわ。時間もないし」

 

コウタは大きく背伸びをして肩の関節を鳴らしながら時雨に散歩の提案をする。時雨は少しの間口元に手を当てて悩むような仕草を見せたが、頭上の巨大な時計を見上げてみるとメディカルチェックの時間までは既に10分を切っており、とてもじゃないがこの巨大な施設を見て回れる程の時間は取れないと判断してコウタの申し出を断った。

 

 

「そっかー……ま、仕方ないね。んじゃ俺さっそく言ってくるわ!時雨も遅れてツバキさんにどやされないように気をつけなよ! 」

 

 

「そりゃお前の事だろ……あ、コウタ。ちょっといいか? 」

 

悪戯っぽい笑みを見せてその場を離れようとするコウタに時雨は両手で呆れのポーズを作りながら見送ろうとしたが、何かを思いついたかの様にコウタを引き止める。

 

「ん、 何だよ? 」

 

「どうせここらをブラつくならちょいと言伝を頼まれてくんない?」

 

「へ? まあ、いいけど……一体誰に? 」

 

「さっき試験会場で知り合った奴なんだが……「向坂 桔梗」って名前の女だ。紫色の左に束ねた髪が目立つから多分見りゃすぐに分かる」

 

コウタに伝言の相手――桔梗の簡潔な特徴を教える。先程エントランスを見渡した際に見た複数の人物の中には中々に派手な髪色をしている者も多くこれだけの説明で良いのかと若干の不安を覚えた時雨だったが、結局はまあ大丈夫だろうと鷹を括る事にした。

 

 

「え!? 俺ら以外にも新しく入った人いたの!?しかも女の子だって!!? 」

 

 

桔梗の存在を知った途端、コウタの様子があからさまにおかしい。

 

 

「……可愛い? 」

 

「んー……多分な」

 

「いよっしゃー! なんかテンション上がってきたぁ!! んで、その桔梗ちゃんに何伝えりゃいいの? 」

 

時雨に桔梗の容姿に対する評価を聞いたコウタは露骨に興奮している様子を見せた。そんな良くも悪くも単純な反応のコウタを見る時雨の目は微妙に冷やかである。

 

「ああ、別に大した事でもねーんだけどさ 」

 

「おう」

 

 

一息置いて言伝の中身をコウタに発表する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、ツバキさんいるだろ? 多分アイツあの人の胸見て劣等感感じてるだろうからさ、もし見つけたら「お前にはお前に似合った乳がある」って励ましといてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沈黙。

 

 

 

 

沈黙。

 

 

 

 

 

 

長い沈黙が、時雨とコウタの間を吹き抜ける。

 

 

「…………あー、うん。見つけたら伝えとくよ、うん……」

 

「おー、サンキュー」

 

強張る表情を隠す様に後ろを振り返り、煮え切らない様子のコウタがその場を後にする。そんな様子に気付く素振りも見せずに時雨はそのどこか哀愁すら漂わせる少年の背中を手を降って見送っていた。

 

 

 

無機質な音を立てて、コウタを乗せる区間移動用エレベーターの扉が閉じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……ぜってーアイツにだけは負けねぇ……)

 

 

エレベーターの中で、コウタは自分でも何に対するものなのか解らない謎のライバル意識を時雨に燃やしていた。

 



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Eat,03「Wolves At The Gate」

――某日、フェンリル極東支部 ラボラトリ区間「榊博士の研究室」

 

 

 

 

 

 

 

「……これをどう見る、ペイラー? 」

 

 

古風なインテリアと精密機械が同居する独特な空間の中、神妙な顔つきをした金髪の男性が傍らに座る眼鏡越しに写る狐目が印象的な部屋の主――ペイラー・榊に問いを投げかけた。

 

「――実に興味深いね。僕も長い事オラクル細胞の研究に携わってきたと自負していたけど、()の様なケースは他に例がない」

 

自身を半月状に囲う複数のディスプレイを見渡しながら、榊は金髪の男とは対象的に歓喜に満ち溢れた様子で応答する。

 

「……では、彼のこの状態は全く説明がつかないものだと?」

 

「それは早合点というものだよ、ヨハン。君も知っての通り適合試験前の事前検査は只の健康診断みたいなもので、彼の状態を証明するものだって精々少量の血液ぐらいしかないんだ。これ以上の事は、これから行うメディカルチェックも含めて少しずつ調べていくしかないだろうね」

 

結論を急ぐ男――ヨハネス(ヨハン)に対して榊はそう指摘すると、十指を素早くキーボードに打ち付けてディスプレイ上の情報処理を進める。

 

 

「それにしてもヨハン、君は本当に大した男だよ。一体どんな手を使って新型神機の適合者を同時に二人も極東支部に配属させたんだい? ほかの支部だって喉から手が出る程欲しがっただろうに」

 

「最終的な決定は本部からの直轄指令だ。私の力など些細なモノだよ……それに以前から新型神機の研究をしたがっていた君にとっては願ってもない事だろう? 」

 

「そうだね、全く君には感謝してもし足りないよ」

 

ディスプレイに向けた視線はそのままに、榊がヨハネスに含みを持って問いかけるもヨハネスの応答に綻びは見られない。しかし榊自身もその結果はすでに想定済みといった様子であり、特に険悪な空気が流れる事もなく自然に会話は終了していた。

 

 

 

 

「……っと、まあこんな感じでいいだろう。ヨハン、君もメディカルチェックを見ていくよね? 」

 

 

一瞬の間を置いて榊の両手がキーボードから離される。

 

「……いや、今回は彼に業務内容と()の計画の話をしたら戻ろう。二度も君の邪魔をするつもりはないさ」

 

「……お気遣い痛み入るよ、シックザール支部長(・・・・・・・・・)

 

「フッ……その呼び方は止めてくれ。君とは対等な関係でいたいのだよ、ペイラー」

 

 

 

こりゃ失礼。と榊は自分の頭を軽く小突き、エンターキーを右の中指で叩く。

 

 

 

 

 

「……さて、二人目の「新型」君……君は一体何を見せてくれるのかな? 」

 

口元に笑みをたたえ、悪戯っぽく榊はディスプレイに映る青年――八雲 時雨の姿を見据えた。

 

 

 

 

 

_【Eat,03「Wolves At The Gate」】~開かれし狼門~_

 

 

 

 

 

鈍い音を立てて区間移動用エレベーターの扉が開かれる、奥には時雨の姿があった。

 

両手をブルゾンのポケットに突っ込んだままエレベーターと区間の境目を軽やかに飛び越え、隠そうとする仕草もせずに大きな欠伸を漏らす。その立ち振る舞いに一切の不安や恐怖といった感情は表れていない。

 

 

――と言うより、これからの出来事にあまり関心が無い様に見える。

 

 

「ここか……嫌なニオイだ」

 

周囲に設置された病室と思しき部屋から漂う薬品の独特な香りに顔をしかめ、時雨は右手で鼻を塞ぎながら目的地の研究室へと脇目も振らずに向かっていった。

 

 

 

 

 

「――おおっ、待ちくたびれたよ~! よく来たね「新型」君」

 

「うおっ!!? 」

 

研究室のドアが上に開くとほぼ同時に、時雨の視界全体に酷く好奇心に溢れた榊博士の笑顔が映し出される。この突然の事態には流石の時雨も面食らい、驚嘆の声を上げながら身体全体を大きく後方へと仰け反らせた。

 

「ふーむ、写真で見るより男前だね。これはいい結果が期待できそうだ」

 

「どーいう理屈だそれ……ってか顔近い近い! 」

 

さらに顔を近づけてくる榊を避けようと、時雨は上半身を水平に近い所まで反らす。

 

 

 

「落ち着きたまえ、榊博士。そのままだと彼の腰が折れてしまうぞ? 」

 

榊の顔面の後ろから、心底呆れ返った様子の男の声が聞こえる。榊も声に気づいた様子であり、少し慌てた様子で時雨から身体を遠ざけた。

 

「いや~ゴメンゴメン、昔から研究の話となると前が見えなくなってね……」

 

(こっちはオッサンの顔しか見えなかったけどな)

 

笑顔のまま反省の様子を見せない榊に対して心中で嫌味を吐き、軋む腰をくねらせて姿勢を戻した時雨は部屋奥に凝然と立つ白服の男――ヨハネスの姿を視界に捉える。時雨はこの厳格そうな男の声に聞き覚えがあった。

 

 

「アンタは……確か適合試験の時の」

 

「ほう、覚えていてくれるとは光栄だよ。その件ではご苦労だったね」

 

左目にかかった金髪を掻き分けながら、少しだけ嬉しそうにヨハネスが続ける。

 

「私はヨハネス・フォン・シックザール、ここ極東支部の統括を任されている者だ。君にとっては耳にたこが出来る様な話だろうが、改めて君のこれからの業務についての説明をさせてもらうよ。」

 

早速で申し訳ないがね、と続けるヨハネスに露骨に面倒くさそうな表情を向ける時雨だったが、その「聞き飽きた」という無言の抗議は結局無視されてしまった。

 

 

 

 

説明の概要は主にフェンリル全体の目標と時雨の配属部隊について絞られており、途中何度か解析中のデータの数値に驚愕する榊の邪魔が入ったものの解説は滞りなく行われた。

 

 

まず初めに説明を受けたのは、時雨の配属が決定されている「第一部隊」は主に極東地帯一帯のアラガミの排除、及び素材の回収の任を任されているという事であった。「主に」というのは神機使いはどの部隊でも恒久的に人手不足の状態であり、複数の部隊間を通じての人での貸し借りがほぼ毎回の任務で行われているという事情があっての表現ある。

 

事務員や調査隊員達が至る所に張り巡らせた情報網を利用して迅速にアラガミの存在を察知、確認し、極東支部きっての精鋭部隊である第一部隊の神機使いたちはこれらを殲滅すべく現地に赴く。

 

そして激闘の末に討ち滅ぼしたアラガミから彼らの生態の核を成すオラクル細胞の集合体「コア」を回収し、無傷の状態で支部へと持ち帰る事が任務として課せられているのだ。

 

数多くの業種が存在するフェンリルの従業の中で最悪の死亡率を誇る神機使いの内でも特に大きな危険を伴った任務であり、それゆえに隊員には相当の素質を持つ物が選任され、その報酬、生活水準もかなり優遇されたものとなっている。

 

とどのつまり、第一部隊に配属される。という事実そのものが誉れ高い事なのであり、上層部から素質をより大きく認められているという何よりの証なのであった。

 

 

こうして回収されたコアは支部お抱えの研究員、整備員達によって加工されて様々な分野において貴重な素材となり、純度が高く損傷が少ないものはこれから生まれる新たなゴッドイーターの為の神機として改造される事になる。

 

しかし現在はそのコアの大部分をある計画の為に利用しており、この計画こそが極東支部、ひいてはフェンリル全体の目標でもある「エイジス計画」である。時雨が受けた説明の二つ目はこの計画についての簡単な説明であった。

 

ヨハネス曰く「エイジス計画」とは、この極東支部沖合の旧日本海溝付近にアラガミからの脅威を完全に廃した「楽園」を築くための計画であり、その為には多種多様なアラガミのコアの存在が必要不可欠であるという。

 

計算されているコアの必要量は生半可な個数では無いらしく実現は困難を極めるとされているが、この計画を完遂する事が出来た暁には人類は当面の間絶滅の危機から脱する事が可能であるとされている。

 

当初は眉唾な話であると時雨は鷹を括りながら説明を聞いていたのだが、計画について語るヨハネスの語り口には何やら決意に似たものが感じられ、一端に疑いを持つのは憚られるようになっていた。

 

 

 

人類を未来へと導く、平和の礎。

 

 

希望はあるにこしたことはないと、時雨は捻くれ気味ではあるが肯定的に解釈することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふむ、では話は以上だ。ペイラー、後はよろしく」

 

「了解。先の桔梗君のデータ解析も済んだから、合わせて君の所に送っておくよ」

 

「ああ、頼む」

 

 

榊に後を任せ、ヨハネスは「君には期待してるよ」と時雨に軽く耳打ちすると、力強い足取りで研究所を後にした。

 

 

 

 

 

(うわー……あんまりこのオッサンと二人きりになりたくないんだがなぁ……)

 

 

榊と同じ空間に取り残され、不快とまでは言わなくとも居心地の悪い時雨は天井を見上げて途方に暮れる。

 

「……よし、これで準備完了だ。じゃあ早速メディカルチェックを始めよう」

 

そんな時雨の心中を知ってか知らずか、相変わらず興奮冷めやまぬ様子の榊がこれまた嬉しそうにメディカルチェックの開始を宣言する。

 

「……うぃーっス」

 

そんな榊の様子を見て、時雨は逃げ場は無いと諦観をもって返答した。

 

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『君は、誰? 』

 

 

 

 

 

薄暗い病室の中、菫色の長髪をその身と共にベッドに横たえた少女は目の前の人影に問いかける。

 

 

――自分は何故、こんな所に? 

 

 

浮かんで当然の疑問が、まるで湧かない。

 

 

 

『君は、誰? 』

 

 

それなのに、突然眼前に現れた人影の存在だけが酷く不可解に思え、その正体を暴きたくて仕方が無い。

 

 

生気の無い少女の瞳が人影を見据える。

 

 

 

人影の姿は少女の瞳に映らない。

 

 

ただ漠然と「誰か」が「そこ」にいるという曖昧な認識が、少女の眼前に黒い影として存在している。

 

 

 

 

『■■■■■■■■』

 

 

 

 

人影が少女に言葉を返す。

 

 

人影の声は少女の耳に届かない。

 

 

何かを伝えようとしている事は理解できるのだが、言葉として理解しようとする前に人影の声はどこか遠くへと消えてしまう。

 

 

男の声か、女の声か、それとも化物の声か、それすらも聞き取れない。

 

 

 

人影の手が少女の手に重ねられる。

 

 

人影の温もりは少女の体に伝わらない。

 

 

生命の鼓動も、人肌の暖かさも持たない人影の手は只々冷たく、少女の手の皮を突き刺す。

 

 

 

人影は何も答えない。

 

 

人影は何も映さない。

 

 

人影は何も受け入れない。

 

 

 

 

ふと、少女の生気の無い双眸から雨が零れ落ちる。

 

 

 

 

悲しい訳ではない。

 

 

苦しい訳ではない。

 

 

恐ろしい訳ではない。

 

 

 

それなのに――――

 

 

 

 

『ーーどうして? 』

 

 

ぽろぽろ、ぽろぽろと頬を伝って落ちるそれは、ひどく熱い。

 

 

その様子に人影が少女の手から自らの手を離す。

 

 

少女は解放された右手で目元を懸命に拭うが、雨は止むことはない。

 

 

 

『ーーどうして? 』

 

 

嗚咽混じりに少女が声を絞り出す。

 

人影はこちらを向いたまま、微動だにしない。

 

 

 

無反応の人影を見て、少女の雨は瞬く間にその勢いを増す。

 

 

 

 

 

 

――――ああ、そうか。

 

 

 

 

 

 

『どうして……』

 

 

悲しい訳ではないのだ。

 

 

苦しい訳ではないのだ。

 

 

恐ろしい訳ではないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

『何も答えてくれないの? 』

 

 

 

 

 

 

 

 

寂しい。

 

 

寂しいのだ。

 

 

ただ、寂しいのだ。

 

 

人影が、人の姿を見せてくれない事が。

 

 

人影が、人の声を聞かせてくれない事が。

 

 

人影が、人の温もりを持たない事が。

 

 

どうしようもなく、少女は寂しかった。

 

 

 

 

 

目を閉じて

 

 

耳を塞いで

 

 

心を閉ざして

 

 

少女は、世界の全てを止める。

 

 

 

 

少女――向坂桔梗は、こうして元の世界への帰還を果たす。



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