混沌重層世界-CHAOS REGION- (揺れる天秤)
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第零章 ハジマリの世界
第0話 神様のキマグレ


 ───あちこちで火の手が上がり、夥しい数の屍が辺りを埋め尽くしている。

 そんな中を、一人の男が重そうな強化外骨格《パワードスーツ》を壊すように脱ぎ捨てると数m歩いてから壁に背中を預けるように座り込んだ。

 

「…っ、はぁ。こりゃあ、間に合いそうにはないな…」

 

 火の勢いは瞬く間に広がり、山のような死体に燃え移っていくのを男は、ボーッと眺めていた。

 

『───い、───るか?!生きてるなら返事しやがれ!』

「うーい。まだなんとか生きてるよ…」

 

 男は腰から響いた通信機器の声に気だるそうに声を返す。

 

『生きてやがったか!ビーコンの反応が消えた時には生存も絶望的だと思ったんだがな!』

「悪いな。パワードスーツがガラクタになっちまってさ…。ビーコンもどっかに落っことしたっぽいわ」

『作戦の支給品無くした程度じゃ文句は出ないほどの活躍だ!生きて帰ってきたら浴びるほどの酒、飲ませてやらぁ!』

「嬉しいなぁ。涙出てくるぜ…」

『おう!で、今はどの辺りだ?』

「わりぃ。帰れそうにないわ」

 

 男の諦めたような返事に、通信機器の向こうの声が止まる。

 

「パワードスーツはオシャカ。俺自身も、今は生きているってだけで、いつ死んでもおかしくはないな」

 

 男の座り込んだ床にゆっくりとではあるが血が広がっていく。男の顔からも少しずつ血の気は失せてきていた。

 

『───なんとか、ならないか…?』

「暴走した反応炉もあと30分もしないうちに吹き飛ぶ。それに合わせて星の重力バランスにも致命的な亀裂が入る。俺が生きて帰るには、停泊地まで5分もかけられないが、残念ながら俺がいる位置は停泊地のおよそ真反対だ。スーツがあっても間に合わねえよ」

『───マスター!』

『おい、通信に割り込むなっ』

『マスター!マスター!マスター!!』

 

 通信機器から響くのは悲痛さを秘めた女性の声。気だるそうな男もやや顔をしかめつつも、苦笑して───

 

「聞こえてるよ、姫。お前、なんつー声出してんだよ」

『マスターが死ぬかもしれないと聞いて静かになんかできません!』

「わかったからもう少し声のボリューム、落とせ。聞こえてるからよ」

『…マスター。約束、しましたよね?』

「…ああ、したな」

 

 何があっても必ず帰る。この任務に出る際に姫と約束した。

 

『今、帰れないと、聞こえました』

「ちょっと、難しいなぁ。悪い。約束、破っちまうな…」

『私との約束…、マスターには…、そんなに、簡単に──』

 

 嗚咽の混じる声。『また泣かせちまったな…』と心の奥底で詫びる。

 

「大丈夫だ。お前なら」

『マスターの、その、不可思議な…自信は、聞き飽きました!』

『っ!くそっ、─信の──が───い!いいか、─前がどう─っ──るかは知──…───帰っ──い!─かったか、剣!!』

 

 酷いノイズ音を吐き出しながら通信機器は沈黙する。

 

「──帰ってこい、か。…くそっ」

 

 言うことの聞かない身体に力を込めようともがく。たが、指先はわずかに動くものの、その場からは動くことはできなかった。

 

「くそっ!…帰りてぇよ。お前の、…姫にもう一度、笑ってもらいてぇよ!会いてぇよ!諦めなんかつくかよ!俺は、姫ともっともっと一緒に生きてぇよ!!」

 

 男は涙を流しながら吼える。自分の無力さに腹を立て、腹の奥底からあらんかぎりの声を上げる。

 

「神だろうが悪魔だろうが誰でもいい!俺を、ここから救って、姫とまた笑って過ごせるってならどんな犠牲だって払ってやるよ!どんな運命だって受け入れてやるよ!!だから、───だから!誰でも構わねえ!俺を、救ってくれぇ!!」

 

 絶叫する男を燃え広がる炎が呑み込んだ───

 

 

 

 ★

 

 

 

 男は何も無い真っ白な空間を漂っていた。意識はある。だが、手足は少しも動くことはない。

 

(あーあ…。カッコ悪く叫んではみたが結果は一緒か。まあ、神だの悪魔だのがいりゃあ、世の中あんなに苦労することもねぇよな…)

「残念ながら、神だの悪魔だのは存在したりします」

 

 ギョッとして目を開けた先には、右に天使のような純白の羽根、左に悪魔のような漆黒の羽根を持った中性的な人形(ひとがた)が笑っていた。

 

「なっ──」

「おお、良いリアクションだね!」

「てめえが神様?」

「そうだねぇ。人によっては『神様』とも呼ぶし『悪魔』だと言う人だっている。まあ、この二つは本質としては大した差は無いから好きに考えてよ」

「ノリの軽い『神様』も居たもんだ…」

 

 『神様』でも『悪魔』でもなんでもいいとは思ったものだが、実際に対峙するとなるといろいろと考えるものもあった。

 

「──で、お前さんは俺の絶叫という願いを叶えてくれるのか?」

「その前に君には聞いておくべきことがあるね。君は本当にどんな『運命』だって受け入れてみせるかい?」

「今更の愚問だな。受けいれなきゃ『死ぬ』だけだ。だったら迷わず受け入れるさ」

「──ふぅん。胆は据わっているみたいだね。なら、受け入れてもらうとしようかな!」

 

 真っ白な空間が一瞬のうちに広大な明るさの空間に変わる。そこに見えるのは全体像の見えない巨大な『樹』のようなもの。

 

「な、んだ、これ…」

「これは『世界樹』。君が生きていた『世界樹』とはまったく異なる、世界の根底から別物の『世界樹』だ」

「世界樹…」

「君にはこちらの世界樹で生き直してもらうよ。もちろん、君が望んだ通り──『姫』という女性も一緒にね!」

「生き直してって、赤ん坊からやり直せって?!」

「うん?どんな運命だって受け入れてやるよ!でしょ?」

 

 開いた口が塞がらない。確かに言ったが、まさか本当の最初からのやり直しとは考えてなかった。

 

「大丈夫だよ!記憶も知識も、全部引き継いでいってもらうから!」

「いやいや!待て待て待て!そういう話じゃなくないか?!」

「僕にとってはそういう話だね。じゃあね、人間。新しい世界での新しい生活。君という人間に幸あらんことを!ってね!」

 

 清清しい笑顔で見送る神様?に苛立ちをぶつけることもできず、男の意識は再び暗転する。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ───そんな出来事を通してから早十数年。

 

「兄さん、行きますよ?」

「わかったからもう少しゆっくりさせろよ、姫」

 

 男──神代剣(かみしろつるぎ)と姫こと少女──神代姫玲(かみしろきれい)の新しい世界での新しい生活が始まる。

 



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第1話 転校生

 神代剣。生まれは地球の日本の片田舎。今は高校二年で国立『月鳴館学院』に通う高校生。

 本来の世界では名を馳せた傭兵で、今の生活に至るまでの間に肉体を限界まで鍛え上げることで、まだ高校生ながらにその辺のヤクザ者程度ならばたやすく倒せる戦闘スペックを有している。

 

 神代姫玲。剣の双子の妹で同じく月鳴館学院の二年生。中性的な見た目をしているが女性。

 彼女は本来の世界では剣によって救われた幼き少女。当時の最終年齢は今よりも若かった。

 戦闘スペックとしては高校生としては異様。暗殺術も会得しているが、日常としては家事スペックをフルに使って兄である剣の女房役。

 

 この二人、端から見ていると双子というよりは夫婦に近いというのは両親の談。ちなみにその両親は現在において海外出張のために二人そろって日本には居ない。

 

「しかし、なんだかんだでもう高校二年。年月ってのは経つの早いわ」

「兄さんは今の生活にはなれましたか?」

「ぼちぼち、かな。傭兵暮らしの記憶が無ければもっと馴染んでるんだろうが…。そうなったらなったで姫のこと、忘れてるわけだしな。どっちもどっちだな」

「剣兄さんのおかげで私も転生したわけですしね」

「言うなよ。まさかこうなるなんざ、思ってもみなかったんだ」

 

 本来の世界に未練が無いわけではない。だが、この世界は元いた世界以上に混沌とした世界なのだと成長してから知ることとなった。

 

「まずは、御伽話には付き物の『魔法』ってのが存在すること」

 

 《魔法》───世界の法則とは違う異質な力の総称とされているもの。具体例は幅広く、いわゆる『奇蹟』の類いはこの《魔法》に分類される。

 だが、魔法には技術体系が存在しており、ある程度の才能さえあれば誰にでも習得できる。

 

「次に、人間以外の種族が居るってこと」

 

 こちらの世界では人間以外の種族が存在している。が、全ての種族を明確に区分けする言葉とは存在せず、ただ《吸血姫》だの《エルフ》だのといった単語が多数存在している。

 

「あとは、《魔法》以外にも生まれによっては様々な力を宿している可能性を人間は持っているということ」

 

 その名は《異能》。《魔法》とは違い、人間の血に宿るとされており、こちらは完全に才能の有無が存在している。《異能》も広く区分けされており、有名な力の名は『魔眼』・『導力』・『具現化(リ・アクト)』・『魔術兵装(ゲートオープン)』等。

 

「この世界はとても生きやすいように見えて、実際にはとてつもないほどに難しい」

「ですね。学生は学業に専念できるけれど、選ぶ学校によっては特色豊かですし」

「月鳴館も大概だがな」

 

 笑いながら、今日も今日とて学院へと到着する。

 教室に到着するとそれぞれの席に座り、本日の授業の準備を行いつつ、クラス内を見渡す。

 

「よう、玲児」

「ああ、おはよう。剣」

 

 真後ろの席に座る速水玲児(はやみれいじ)。最近、階段から転げ落ちたとかで幻聴が聴こえるらしい。

 

「安納は、もう寝てるのか…」

「最近、何かやってるみたいなんだけどな」

 

 玲児の隣の席に座り、マヌケな顔で寝息を立てているのは安納塔子(あのうとうこ)

 玲児の幼馴染で、けっこう──というより休み時間はほぼ確実に寝ている。

 

「うちの委員長様は、相変わらずみたいだな」

 

 教室の後ろの方には女子の集まる人だかりがあり、その中心にいるのは高階直緒(たかはしすなお)

 クラスのムードメーカー兼まとめ役。知りたいことがあるなら彼女に聞けば大抵はわかると言わしめるほどの情報通。

 

「まあ、基本的にはこの辺りって平和だよなぁ。都会に近いとはいっても東京や大阪とかの大都会ってわけでもないし」

「今の日本で穏やかな日々ってけっこう貴重だからな」

「ですけど、速水さん。占術研は平和というべきですか?貴方、最近階段から転げ落ちたり、響が突発的に泣き出したりと話題には事欠かなくなりつつあるようですけど…」

「前者はともかくとして後者は今初めて知ったぞ?!」

「まあ、仕方ないんじゃないか?階段から転げ落ちた理由って響が原因なんだろ?」

「いやまぁ、そうなんだが…」

 

 つい先日のことだが、階段付近でいつものようにじゃれあっていた玲児と響はふとしたことで響が玲児をついたところ、階段から転げ落ちた。

 コレによって頭をしこたま打った玲児は、幻聴が聴こえるようになったらしい。

 

「なんか変なフレーズ入れなかったか?」

「気のせいだ、気のせい。それより、幻聴って本当に大丈夫なのか?」

「医者曰く幻聴だけ現れる事例はかなり特殊らしくて確かなことは言えないそうだ。とりあえず定期的に通院してくれ、とだけ言われてる」

「そうか。ヤバそうなら医者の紹介もしてやるぞ?」

「ああ。本当にヤバそうなら頼むよ」

 

 チャイムが鳴り、このクラスの担任教師──冴島多香子(さえじまたかこ)──通称『カコちゃん』が入ってきた。

 ───見たことのない女生徒を連れて。

 

「はーい、みんな。席に着いて」

「カコちゃん、その子は?」

 

 こういう時に真っ先に声を上げるのはやはり高階になる。

 

「はいはい。わかっているから静かにして。それじゃ、神尾さん。自己紹介をお願いできる?」

「はい。はじめまして──」

 

 自己紹介を始めた女生徒の名前は神尾愛生(かみおあみ)

 自己紹介を聞きながらも、剣はその女生徒の持つ雰囲気に警戒心を持っていた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 時間は過ぎて昼休み。休み時間ごとに神尾愛生の周りには人だかりができて、いろいろなことを聞こうと男女問わず次々に集まってくる。

 その横を剣、姫玲、玲児、直緒の四人は神尾愛生について話しながら食堂へと移動していた。

 

「いやぁ、朝から盛り上がりっぱなしだねぇ」

「そうだな。あれ、神尾のやつ疲れないのか?」

「大丈夫だろうよ。あいつ自身の話はほとんど出てないようだしな」

「は?えっ、それってどういうこと?」

 

 それぞれが注文した食事のトレイを席に置いて座ったところで剣は説明に入る。

 

「話をしばらく離れて聞いていたが、神尾に関する質問からいつの間にか周囲の人間のことを神尾が聞いている話にすり変わっていた。おそらくだが、神尾自身はそういう話題の切り替えとやらが得意なのかもしれん」

「へぇー。それってかなり凄いんじゃないの?」

「まあ、そうだな。あれだけ違和感なく話題の切り替えができるってことはそれぞれの反応を恣意的に動かす必要がある。もちろん、これは人数が増えれば増えるだけ難易度は上がるだろうが…」

「彼女はそれをこなしている、ということですか?」

「そうだな。そして、さすがに昼休みにもなれば神尾自身への質問は『終わった』空気になっているはず。こうなったらわざわざ転校生たる本人が切り替えをする必要性は薄くなる」

「しかし、なんでそんなことしてるんだ?」

 

 玲児からの質問に剣は即決せずにしばし黙考する。それぞれが食事を進めていき、ほとんど食べ終わり──

 

「可能性の域を出ないが、考えられる可能性は2つ。1つは探られたくない過去がある。もう1つはこの学院で何かやることがある」

「やることがある?」

「前者はなんとなくわかるけど、後者はなんで?」

「後者の可能性についてだが、あいつが聞き出しているのはもっぱらクラス内の交友関係についてだった。誰と誰が仲が良く、誰と誰が付き合っているとかな」

「なるほど、ね。人間関係を気にしているってことは干渉する相手を探っているって可能性があるんだ」

「そういうことだな。ただ、これらはあくまでも憶測に基づく推測だからな。正直、どこまで当たっているかはわからん」

「ふーん。私もちょっと気にしてみるかなぁ」

「するのはいいが、相手は相当に勘がいいだろうから安易に踏み込むとあっという間に絡めとられるぞ?」

「なんのなんの!そうじゃなきゃ、情報通の名が泣くってね!」

 

 おどけて笑う直緒に、剣も肩をすくめて苦笑を返すしかなかった。

 



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第2話 喚ばれる者達

 一つの屋敷。その縁側で──

 

 今、一人の男の命が燃え尽きようとしていた。

 

「俺は、姉さん達の力になれたのかな…?」

「総紫様…」

 

 幼き少女の膝枕のまま、男は空を見上げていた。今尽きる命を感じながら。

 

「俺が、鳥だったら…。会いに、いけるのに…」

「総紫、様…?」

 

 ゆっくりと男の瞼は落ちる。その目尻から一筋の涙が流れ落ちて───

 

 

 

 ★

 

 

 

 男は、目を覚ました。身体を起こして、周りを見渡す。そこは一面の草原。

 

「ここは、いったい…。俺は、いったいどうして…?」

 

 男は先ほどまで居たはずの縁側で無いことに驚き、いきなり見覚えのない草原で目を覚ましたことに困惑していた。

 

「いったい、ここは…」

 

 起き上がり、周囲を見渡していて気がつく。自分が縁側で着ていた寝間着ではなく、隊服を着ている。

 

「いつの間に…。というか、何がなにやら…」

 

 男は途方に暮れて──いるわけにはいかなかった。

 

「──っ!」

 

 見つけたものめがけて走り出す。ガサガサと草原を走り抜け、そこに倒れていた、先ほどまで自分を膝枕していた少女を助け起こす。

 

「──孝ちゃん!」

「…ん、ぅん…」

 

 少女──(こう)は小さく身動ぎするとゆるゆると目を開ける。

 定まらない視線が男の顔に合わさると両手を伸ばして男の頬を包み込むと柔らかく笑った。

 

「沖田、総紫、様…」

「…はい。俺ですよ」

「ふふっ、ふふふ」

「…?あの、孝、ちゃん?」

 

 孝は俺──沖田総紫(おきたそうし)の顔を触りながら、しまいには頭を撫で始める。

 ───どうやらまだ寝ぼけているらしい。

 

 数分後。ようやく頭が覚醒したらしく、孝は総紫の前で土下座していた。

 

「も、申し訳ありませんでした、総紫様」

「い、いえ。頭を上げて、孝ちゃん。別に痛かったとかそんなことはなかったから…」

「はい…」

 

 上体を起こした孝はそこでようやく周りを見る余裕が生まれたのだろう。周囲を見渡して、改めて総紫に向き直る。

 

「総紫様、ここはいったい…?」

「ええ。俺もわからなくて困っていたところで…。それに──」

 

 自分は死んだ、はずだ。目の前にいる孝に看取られて。だというはずが、気がついてみれば未知の草原にその孝とともに寝転んでいたというのはどういうことなのか。

 

(…考えてもわかるわけないか)

 

 そもそもここがどこなのか。そんなもの、情報として見渡すかぎりの草原である以外の情報がなければ考えるだけ無駄というものだ。

 

「孝ちゃん。俺は少しこの辺りを歩いてみようと思っているんですが」

「は、はい!お供します!」

 

 いそいそと立ち上がる孝を微笑ましく見ながら、総紫は改めて自分の成りを確認する。

 自身の隊服に腰に差さる大小の刀。何の因果か刀は『乞食清光』だ。鬼瘴石も変わることなく清光に納まっている。

 

「戦いになってもなんとかなりそう、か」

 

 そうして総紫は孝を連れて草原を歩き始めた。が、自分の見通しが甘かったことを感じ始めたのは30分も歩かぬ内に気づいた。

 歩けど歩けど草原以外に何も見えてこないからだ。

 

「油断、していた…」

 

 歩いていれば何か見つかるだろう。そんな甘い考えを嘲笑うような草原だ。

 

(もしかしたら、ここは死後の世界で…孝ちゃんは──!?)

 

 そこまで考えて嫌な想像を振り払うように頭を振る。

 

(そんな、そんなこと考えてどうする!孝ちゃんは、生きてここにいるんじゃないか!)

 

 悪い予感を追い出す。そして、改めて視線を上げる。

 

(何か、見つけるんだ!)

 

 

 

 ☆

 

 

 

 そうしてさらに一時間近く歩いて、総紫と孝は河原で一休みしていた。

 

(ここは、どこなのか…。まるで、わからない)

 

 まずわかったのは海が近いということ。川が見つかり、そこから下ると10分もしないうちに海岸に到着した。

 しかし、時期が悪いのか海上には濃霧がかかっており海の向こうの様子は確認できなかった。

 二人は川の上流に向けて歩いていたのだが、草原と違い河原は砂利道になるため歩くにはなかなかに体力を使う。

 

(まあ、飲み水には困らないのだしゆっくりと調べよう)

 

 少なくとも川があることで飲み水の確保に悩む必要はなくなったため、総紫の心にも余裕が生まれていた。

 

「総紫様~、冷たくて気持ちいいですよ~!」

「俺はここにいるので、孝ちゃんは存分に楽しんでいいですよ」

「もうっ」

 

 川で楽しそうにしていた孝が戻ってくる。だが、その足は総紫の前に来る前に止まり、総紫は立ち上がると同時に振り返りながら下がって孝の隣に立つ。

 

「へぇー、なかなか良い身のこなしじゃねーか」

 

 そこにいたのは着物を着崩した、しかし目には獣を宿したような、獰猛な笑みを浮かべて肩に刀を背負う女性が立っていた。

 

「見回りの最中にまさかお前みたいな強者に出会うとは思わなかったぜ。──だが、まずは聞いとかねーとな。おい、どっから渡ってきやがった?」

「渡って…?いや、自分達は──」

「隠すってのか?まあ、それなら別に構わねーぜ。なにせ──」

「っ、孝ちゃん、下がって!」

 

 総紫が乞食清光を抜き、鬼瘴石を励起させる。瞬間、刀に女性の刀が当たり火花を散らす。

 

「テメェをのして捕まえてから聞かせてもらうから、よっ!!」

「ぐっ、お、おおぉぉぉ!!」

 

 鬼瘴石を励起させたことで身体を一瞬、痛みが走る。だが、すぐさま立て直した総紫は鍔迫り合いをいなして女性に向けて峰で打ち込む。

 

「チィっ!」

「っ!?」

 

 総紫の打ち込みを女性は左の拳で弾く。いくら峰打ちとはいえ、鬼瘴石を励起させる総紫の打ち込みであれば並の侍なら拳が砕ける。

 しかし、目の前の女性は一撃目とは違い、全身に闘気をみなぎらせて吼える。

 

「おうらああぁぁぁ!!」

「っ、せいっ!」

 

 大振りの上段に総紫は突きを放つ。突きの軌道に刀が振り下ろされて刀を打たれ、総紫はあやうく刀を取り落とすところだった。

 

「っ、つぅ…」

「ほお?今ので落とさねーとはな。なかなかやるやつみてーだな」

「なんて、力…」

 

 鬼瘴石を励起している総紫は常人をはるかに上回る身体能力を有している。瘴姫とやり合うにはそれほどの力が必要だからだ。

 しかし、眼前の相手からは鬼瘴石を励起させた様子が見えない。

 

(これで、鬼瘴石を使われたら…)

 

 勝ち目など無い。自分が斬られるだけならば総紫も諦めることはできる。だが、背後にいる孝はどうなるのか?

 今ここで守れなければ、一緒に斬り殺される可能性がある。

 

(そんな、…そんなことは──)

「だが、次で終わりにしてやるよ!」

「させて、たまるかぁ!」

 

 再び上段から振り下ろされてくる。総紫はそれを──

 

「せえあああああ!!」

「なにっ?!」

 

 刀の腹に滑らせるようにいなす。刀が砂利を打つ音とともに総紫は刀を構えて、打つ!

 

「はあああぁぁぁ!!」

「──っ!」

 

 『ギィィンッ!』と、甲高い音とともに総紫の手から清光が弾き飛ばされた。目の前の女性はすでにそちらを向いており、総紫も遅れてその相手を視界に捉える。

 

「その戦い、決着はすでに着きました。ですが、その方は私の命の恩人です!申し訳ありませんが、それ以上の狼藉を働くようであれば貴女を殺します!」

 

 凜とした声に艶めいた金髪を風に靡かせて、右手に小銃、左手に横に構えた刀を持って一人の女性が立っていた。

 そして、その女性は総紫にとっては見知っていて、総紫の記憶では『死んでいる』はずの人物だった。

 

「龍真、さん…?」

「…うん?その声…。その出で立ち。もしかして、総さん!?」

 

 お互いを見知った相手であることに驚き、そして困惑した。

 

「どうして、龍真さんが…」

「な、なんで総さんが…」

「…ああ、まあ、なんだ。龍の知り合いってんならこれ以上戦うわけにはいかねーな」

 

 もう一人の女性は刀を拾って鞘に戻すと清光を拾ってきて総紫へと手渡す。

 

「何がどうなってんのかは俺にもわかんねーけどな。とりあえず、だ。龍と積もる話ぐらいあんだろ?ついてこい」

 

 女性は龍真を連れて歩き出す。

 

「…孝ちゃん、行こう」

「そ、総紫様…」

「大丈夫。次はいきなり襲われることはないと思う」

 

 少なくとも相手は警戒を解き、自分達をどこかへ連れて行こうというのだ。行く宛すらないいまの総紫達にとってはまさに渡りに船だ。

 

「何がどうなったのか。俺や孝ちゃんは何に巻き込まれているのか。それがきっと明らかになる」

 

 総紫は少し離れてしまった二人の背中に向けて歩き始めた。孝も一瞬遅れて総紫に習うように走る。

 その先で二人が知ることになるのは、想像を遥かに超えた事態なのは──現状の二人にはわかるわけなかった。

 



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第3話 意志を持つこと

 女性に連れられて歩くこと一時間余り。途中で疲れてしまった孝を背中に乗せた総紫は、見えてきた場所に驚いていた。

 

「これは、村…ですか?」

「ああ。つっても、住んでんのは百にも満たねーぜ。──っと、まだ名乗ってなかったな。俺は不破数右衛門(ふわかずえもん)だ」

「沖田総紫と言います。俺の背中に乗せているのは孝ちゃんです」

「よ、よろしくお願いいたします」

「ははっ!まあ、そんなに固くなんなよ。龍の知り合いってんならお前達は客なんだ。ゆっくりしていってくれよ」

 

 集落と呼んでもいい規模の村の中を数右衛門の先導で歩いていく。総紫は村の住人を見ていて、ふと──

 

「女性が、多い…?」

「やっぱり、総さんは総さんのようで安心しました」

 

 総紫の呟きに前を歩いていた龍真が笑う。

 

「総さん。いろいろと不安になるとは思うけど、落ち着くように。ここの人達はすごく優しい方々ですから」

「えっと、はぁ…」

 

 気がつくと一際大きな屋敷の庭先にたどり着いていた。

 

「御城代!龍の知り合いが島に来ました!」

『ほう?坂本の知り合いとは…。以庵のようなものでなければよいのだが…』

「今回は、もっとヤバいかもしれません。なにせ『沖田』を名乗りましたから」

『沖田?なるほど。坂本の時代の知り合いの沖田ともなれば有名人が一人居るな』

 

 屋敷の中から現れたのは総紫ですら一瞬身構え、しかしすぐに警戒を解いた。向かい合っただけでわかってしまった。

 

(普通にやり合えば、俺なんかひとたまりもない相手ですね…)

「よう来たの。ここは播州赤穂の播磨灘の沖合い、赤穂浪士の島へようこそ。大したもてなしも出来ぬかもしれませんが、まずは屋敷に上がられよ。数右衛門、茶の用意を頼む」

「わかりました!」

 

 屋敷に上がると孝を背中から降ろす。屋敷の中には今現れた女性以外に三人が大きめのちゃぶ台を囲んで座っていた。

 

「さて、茶がまだ来てはおらんが…自己紹介でもしておこうかの。私は一応、ここの顔役をやっておる大石内蔵助(おおいしくらのすけ)。こっちに座っているのは左から大石主税(おおいしちから)矢頭右衛門七(やとうえもしち)堀部安兵衛(ほりべやすべえ)じゃ。島でわからないことがあれば基本的には私を含む四人の誰かに声をかけてくれれば対応しよう」

 

 自己紹介を賜った他三人がそれぞれ会釈するのを総紫と孝はただ呆然と見ているしかなかった。

 

「次は、私も自己紹介しておきましょうか。私は土佐逐電、坂本龍真(さかもとりょうま)。総さんはよく知ってくれているとは思いますけど、そっちの子はわからないかもしれませんものね」

「は、はい。私は孝といいます。よろしくお願いいたします」

 

 まだ緊張こそ解けてはいないが、孝はかろうじて返事を返した。しかし、そこまでで力尽きたのか、隣に座る総紫に寄りかかる。

 

「さて、沖田…といったか。島にはどうやって来たか聞かせてはもらえるか?まさか、そこの坂本のように海岸に打ち上げられていたわけでもなさそうだ」

「龍さん、流されてきたんですか?」

「正直なところ、自分ではよくわからないんです。私は以庵と一緒に気がつけばこのお屋敷で保護されていましたから。あとで聞くと二人そろって海岸に流れついていたらしく…」

 

 恥ずかしそうに指を突き合わせる龍真に総紫は苦笑する。

 

「俺と孝ちゃんは気がつけば島の草原に寝ていたようです。歩いた先で川や海を見つけるまでは自分達がどこにいたのかすらわからない状態だったので…」

「なるほど。変な言い方だが坂本や岡田とは大した違いはないようだ」

『御城代。お茶を持ってきましたよ』

「ふむ。ならば一息入れようかの。数右衛門、配ってくれ」

『了解でーす』

 

 襖を開けてお盆を片手に数右衛門が入ってくる。全員にお茶を配ると自分の分を持って内蔵助の隣に腰を下ろす。

 

「──となれば、状況は坂本と一緒といったところか。沖田、お前はどうする?」

「どうする、とは…?」

「坂本のようにこの島に留まるか。岡田のように島を出るか、だ」

「そういえば先ほどから出る岡田って、もしかして岡田以庵(おかだいおり)のことですか?」

「そうじゃ。あいつは島が暇だからと沖田の来る少し前に島から出ていったのだ」

「龍真さんは、止めなかったんですか?」

「い、いや。何度も引き留めはしたんだよ?でも、以庵もその、…なんていうか──」

 

 言いにくそうにする龍真に総紫もなんとなくわかる。数度しか顔を合わせてはいないが、彼女──岡田以庵という人物はどこか危うい雰囲気を持っている。

 無理に引き留めようとすれば、どんな凶行に出るかわからないほどに…。

 

「この島の人達は外に行こうとは思っていないんですか?」

「昔はそうでもなかったのだがな。外の様子が一変してからはできるだけ島からは出ないようにしておる」

「一変…?」

「我等は『江戸の世』を生きていた者だ。だが、今の島の外は少なくとも『江戸の世』ではない。外のことをよく知りもしない今の我等が大勢で行っても何もできん」

「それはつまり、数名の斥候のような方々は行っているということですね?」

「詳しくはいえんよ。島の今後に関わるのでな」

「龍真さんは行かなかったんですか?」

「…外が戦乱だというなら、私だって行っていたとは思うのだけど、ね」

 

 少なくとも島の外は『戦乱の世』でも『江戸の世』でもない。表面上は平和な世界とやらが広がってはいるのだろう、と総紫は考える。

 だが、同時にその世界は自分や目の前の人物達には住みづらい世界である可能性もある。だから、今は様子見をしているのだと。

 

 ───ならば、自分の取る行動はすでに決まっている。

 

「なら、俺は島から出ます」

「えっ?!」

「ふむ。理由を聞いても?」

 

 『島を出る』という決断に驚きの声を上げるのは龍真、理由を尋ねるは内蔵助。

 

「ただ生きるだけならきっと、この島の生活は俺にとっても過ごしやすい頼もしい場所だと思います。それは、このほんの少しのやり取りからもわかることです」

「総さん。だったらどうして──!」

「でも、それはきっと、俺がここにいる理由じゃない。俺に、今一度生きるための時間が与えられたのなら、俺は──この世界を知るために生きてみたい!」

「総さん…」

 

 総紫の考えに、内蔵助はただ静かに耳を傾けるだけ。

 

「こんなちっぽけな俺が一人、世界に出たところで世界は何も変わらないでしょう。ですが、俺は──俺達が変えたかもしれない歴史の先の未来にいるのだとするのなら、俺は、ここにいる理由を知りたい!」

「その結果が、絶望しかない。そうだとしても、か?」

 

 内蔵助の言葉に総紫は口を閉じる。だが、それも一瞬のこと──

 

「たとえそうだとしても、俺は行きます。だって俺は──『新撰組』だから」

「──そうか。そこまでの覚悟があるのなら、行ってみるとよい。絶望するだけか、はたまた希望を手に入れるのか。それはきっとお前次第だろうが、それに我等は何も言わんよ。主税、舟を一艘、沖田にくれてやってくれ」

「わかりました、母上。沖田、私が案内する。ついてこい!」

「はい。…うん?」

 

 総紫が立ち上がろうとして、袖を引かれたことに気がつく。そこには、袖を掴む孝の姿があった。

 

「孝ちゃん。孝ちゃんは、島に残ってもいいんだよ?」

「・・・」

「島を出るのは俺のわがままだし、さっき言った通り生活するだけならこの島の方がずっと楽です」

「…総紫様にとって、私は、邪魔ですか…?」

「…えっ?」

 

 総紫を見上げる孝の瞳には涙が溢れていた。零れ落ちる涙が頬を伝うのも構わず、孝はただ、総紫を見上げる。

 

「孝、ちゃん…?」

「総紫様が島を出るのに私が邪魔だというのなら、私は総紫様の言に従って島に残ります」

「…えっと…。邪魔だなんて思ってはいないよ。でも、生きるだけならきっと島の方が──」

「それなら孝は総紫様についてゆきます」

「孝ちゃん…?」

「孝は総紫様のお世話をお任せいただき、その任を解かれたとも思ってはいません。総紫様の行くところ、孝は必ずついてゆきます」

 

 溢れる涙はとめどなく。しかし、その瞳には強い覚悟が宿っているように見えた。だから、総紫も覚悟を決める。

 

「大変な生活になると思う。それでもいいなら──」

「孝はそのようなこと、厭いません」

「じゃあ、お供、お願いします。孝ちゃん」

「はい。承りました。総紫様」

 

 そこには他人にはわからない、二人の信頼がある。それはきっと、ここに来る前に二人が育んだ小さな──『強い絆』の形。

 

「沖田総紫。孝。少しの間ではありましたが、お世話になりました」

 

 総紫が内蔵助に頭を下げて、玄関に通じる廊下で待っていた主税の方へと孝を伴って歩いていく。

 孝が振り返り、お辞儀をしてから静かに襖を閉める。三人の姿が見えなくなる。

 

「よかったのか、坂本。止めれば止まったと私は思うが…?」

「あれほどの覚悟を決めた総さんを止めることなんてできませんよ。私自身、何かの覚悟とか気持ちがあって島に残っているわけでもありません。こんな私には、総さんを止める資格はありませんよ…」

「そうか。彼は、強いな」

「はい。総さんは、とても強いです…」

 

 内蔵助は冷めてしまったお茶を飲む。目を閉じて、辛そうに唇を噛む龍真の様子を見ながら──

 

 



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第4話 スパーリングの相手

 そこは、剣達の住む地球からは遠く離れた次元に存在する世界。

 『魔法』が一般に浸透し、『魔法』によって文明が発展してきた世界。

 

 ───そんな世界の一都市『クラナガン』。そこには夢を持った少年少女達がその世界のスポーツ競技に凌ぎを削っていた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「よーし、今日はここまでにしときます」

「コーチ、いつにもまして、ようしゃ、無さすぎ…」

「しぬ…、しぬ…、しぬ…」

「なぁにアホなこと言ってやがる。これで死んでたら大会で勝てるわきゃあないだろ。アホ言ってないで、とっととシャワー浴びてこい!」

 

 一喝入れて先にスパーリング用の部屋から出ていく『コーチ』。

 それを仰向けに倒れたまま見送る一組の男女。

 

「勝てるわきゃあないだろ、か。まあ、確かにな、っと!」

 

 少年の方は起き上がると軽く伸びをして身体をほぐす。

 

「…だね。夢は大きく、世界最強。私達は、ようやく、スタートライン」

 

 少女も少年にならって身体をほぐすべくストレッチ。

 

「じゃあ、行くか!」

「うん」

 

 楽しそうに笑って歩いていく少年の後ろを、少女は小走りについていく。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 『コーチ』は事務所の事務机に座るとモニターを立ち上げる。すると、仕事を始めようとしたところでどこかから通信が入る。

 

「はい。こちら『FW(フライトウイング)』ですが?」

『えっと、はじめまして。ナカジマジムのノーヴェ・ナカジマです。そちらFWの会長のセフィル・セフィラメントでお間違いないでしょうか?』

「えぇ。間違いありませんよ。それにしても、ナカジマジムですか。また有名なジムがうちのような弱小ジムにご連絡ありがとうございます。で、どのようなご用件で?」

 

 『たはは…』と苦笑するノーヴェだが仕方ないことでもある。現在のナカジマジムは有名選手が複数名登録されており、対してFWは有名な選手は一人としていない。

 そんな無名のジムに、有名なジムがわざわざ連絡してくる理由がセフィルにはわからない。

 

『急なお話ではあるのですが、そちらの選手とスパーリングを組むことはできませんか?』

「──うちと、ですか?」

 

 ノーヴェ・ナカジマからの申し出にセフィルは頭を傾げる。有名なジムが弱小ジムにスパーリングをお願いする理由とは?

 

『正直な話、この辺りのジムのほとんどにスパーリングを断られてしまって…』

「ああ、なるほど。災難なことですね」

 

 今、近々大きな大会がある。そのためのスパーリングの相手を探して連絡をしているのだろう。しかし、ジムが有名になれば当然、他のジムは手の内を明かさぬためにも大会前には他所のジムとのスパーリングは試合に出ない選手を保有していないかぎりは難しい。

 しかも今大会は大規模であるため、ナカジマジムの選手のほぼ全てが参加することは周知の事実。

 彼等の情報を得る以上に、こちらの情報を与えたくないというジムが多いのだろう。だから、普通なら声のかからない自分達のようなジムに連絡がきたのだろう。

 

「こちらとしては構いませんよ。ただ、そちらの選手の練習相手になるかは甚だ疑問が残りますが…」

『えっと、自分の選手の評価がえらく辛いですね…』

「辛くならざるをえません。しかし、それでもよいと言われるのでしたら構いませんよ。大会前に大会上位の選手とスパーリングができるのはうちとしてはプラスが大きい」

『本当ですか!ありがとうございます!』

「では、日程のほうですが──」

 

 スパーリングの詳細を詰める。試合を行う場所はナカジマジムのリングを使うことで落ち着いたため、時間指定をいただく。

 

「わかりました。では、その日程の時刻にそちらに行かせていただきます」

『はい!よろしくお願いします!』

 

 通信が切れたところでセフィルはジムの名簿を画面に表示する。今大会に参加する選手含みで何名連れていくかをピックアップする必要がある。

 

「うちからとりあえず確定なのは、この子とこの子と──」

 

 選択していたセフィルだったが、二、三人選んでから思考を切り替える。

 

「いや、せっかくの機会なのだし。うちの主要メンバー全員を連れて行きましょうか」

 

 改めて画面に選手の情報を表示し直す。

 

「戦闘技術が全員違うのだし、わざわざピックアップせずとも全員連れていき経験を積んで帰ることにしましょう。よし、そうしましょう」

 

 楽しそうに笑って画面に映る選手の情報を確認しているセフィルの様子を、選手達が見ていたら逃げていたかもしれない。

 それほどまでに悪どい笑みをセフィルは浮かべていた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 シャワーを浴びて清潔なシャツに着替えた二人は、不意に悪寒に襲われた。

 

「なんだ…、今の…?」

「背筋が、凍るような、感覚…、?」

「まさかとは思うが、うちのコーチがなんか悪巧みしてるとかねぇよなぁ?」

「大丈夫、だと、思いたい」

「なんでわかんだよ?」

「今までの、経験からの、推測」

「んなもんがあのコーチに通じると思わんが…」

「そう…?」

 

 選手にとって『コーチ』とは。

 敬われたり、頼りがいがあったりといろいろといるのだが、恐れられる存在でもある。

 



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第5話 真っ向勝負

 数日後。ナカジマジムのリングの回りにはナカジマジム所属の選手達が集まり、そこにフロンティアジムからリンネとコーチのジルが来ていた。

 

「本日はお招きありがとうございます、ノーヴェ」

「いや、うちもリンネとやれるのは大きいからさ。正直、アインハルトのスパー相手ってかなり限定されちまうし」

「そうですね。腕のある選手にとってそこは死活問題ですものね。でも、いいの?リンネにとってはナカジマジムの選手は最高のスパー相手だけれど」

「今日のメインは別のジムの選手だからうちとはあんまりやらないかもよ?」

「あら?どこのジム?」

「フライトウイングってジムなんだけど…、知ってるか?」

「フライトウイング…」

 

 ジルは顎に手を当てて考えるが、出てこなかったのか首を横に振る。

 

「少なくとも聞いたことはないわね。有名な選手とかは?」

「今のところ、これといった選手の名前は聞いたことなくてさ。ジルなら何か知ってるかな、と」

「ジムのオーナーは?」

「オーナー兼コーチが『セフィル・セフィラメント』って人」

「セフィル・セフィラメント!?」

「えっと、有名人?」

「むしろ知らなかったことに少し驚いたわ…」

「ごめんごめん!──で、どんな経歴の人?」

「十年以上前だかのワールドチャンピオン、よ。今ならジークリンデ・エレミア選手と同ランクの選手だったと聞くわ」

「はっ?!」

 

 予想の遥か上に位置した選手だったことにさすがのノーヴェですら開いた口が塞がらない。

 

「えっ、ちょっ、マジな話?」

「ええ。数年前にジムを開いたとは聞いてはいたけれど、関係のある選手が出てくることがなかったから眉唾物かと思っていたのだけど…」

「それは、少しは期待してもいいのかね?」

「どうかしら?今まで無名のジムに甘んじている以上、優秀な選手が居ないのかも」

「こりゃあ、心してかからないとな」

『申し訳ありません。少し遅れてしまいましたね…』

 

 姿を現したのは妙齢の女性。その後ろをついてくるのは一人の少年と八人の少女。

 

「お、大所帯ですね」

「せっかくの機会ですからうちの選りすぐり九人、全員を連れてきました」

「「本日はよろしくお願いいたします!!」」

 

 選手同士はあいさつを交わすとウォーミングアップを始める。コーチ陣三人はリング近くに集まってスパーの対戦について話し合う。

 

「まさか九人も連れてきてくださるとは思ってもみませんでした」

「でしょうね。でしたら、私達はローテーションしますからそちらの選手達が順番にリングに上がるというのはどうですか?本番さながらにした方が選手のやる気も上がるでしょうし」

「こちらとしては構いませんが、よろしいんですか?」

「はい。次の大会に出るのは九人中でわずかに二人。彼等もトップランカーとは未だに当たったことのないヒヨッコばかりですから全力で来ていただける方がこちらとしても助かります」

「わかりました。では、こちらも順番を決めます」

「よい練習になりますよう、努めましょう」

 

 両コーナーに分かれ、ジルは相手選手を見ながら考えている。

 

「どうかしたのか?」

「彼女達、雰囲気がそれぞれ違うのよ。もしかしたら戦闘スタイルがそれぞれ違うのかも…」

「と、なれば。最初は誰から行くべきか…」

「私から行かせてください」

 

 前に出てきたのはリンネ・ベルリネッタ。その様子にジルは意外そうにリンネを見返す。

 

「今日は珍しいわね。いつもなら一、二戦見てから決めるものだと思っていたのだけど」

「今日はちょっと…。私なら大丈夫です、コーチ」

「ノーヴェ、いいかしら?」

「やる気あるのはいいことだし、いいんじゃねぇかな。お前達はいいのか?」

 

 ノーヴェの確認に全員が頷く。どうやら先に選手同士である程度順番は決めているらしい。

 

「なら、一番手は任せますかね!」

「わかりました!」

「リンネ。スパーだけれど武装はしなさい。本番さながらで、というのが本日の主旨になっています」

「えっ?は、はい!」

 

 リンネは武装形態に姿を変えるとリングに上がる。すると、すぐに一人の少女がリングに上がる。

 

「よろしくお願いいたします」

「よろしく!じゃあ、行くか!戦乙女外装(モード・ヴァルキリー)!」

 

 幼い子供の姿から少女は女性へと姿を変える。黒紅色の髪がショートカットに変わり、黒い籠手、脛当、白銀のインナーに黒紅のジャケットを纏う。

 

「──っ!」

 

 姿が変わった途端に先ほどまでの緩い空気は消える。

 

「対戦前に自己紹介だよな!私はソルド・シュヴェルトライテ!《剣の戦乙女》を冠する者!」

「フロンティアジム所属、リンネ・ベルリネッタ」

「知ってる!あんたに勝てたら他のやつに自慢できるほどの猛者だってコーチが言ってやがるから。まあ、向かい合ってわかんのは、勝率1割ねーかな」

 

 ソルドは女性の外見とは裏腹に仕草はどこまでも男性のようだ。

 

「だけど、やれるだけやんのが私のモットーだ。付き合ってくれよな?」

「ええ。お願いいたします」

「では、第一ラウンド、ファイッ!」

 

 ゴングの音が響き、リンネは一歩踏み込む。

 

「残念──そこは私の射程内だ」

「えっ?」

 

 リンネの見えたのは眼前に迫る拳。

 

「──っ!」

 

 持ち前の反応の鋭さ故か、奇襲に近い一撃は頬を掠める。だが───

 

「最初っから抜いてんだからよ。手加減いっかよ?」

「───!」

 

 二撃目がリンネの顎を下から打ち抜く。大きく仰け反るリンネの腹部に掌底が入り、ロープへと吹き飛──

 

「甘ぇって」

 

 襟首を逆の手で掴み、引き寄せる。額が眉間に叩き込まれてリンネの視界は火花が散った。

 

「カッ…?!」

「ヌリィぞ!」

 

 再びリンネの顎を下から打ち抜く。身体が宙に浮くほどに吹き飛んで、リンネはリングに背中から叩きつけられた。

 

「まだまだやれんだろ?立てよ?」

 

 リンネは身体のバネを利用して素早く起き上がる。身体のダメージを確認しているのか、腕を振ったり首を回したり。

 

「リンネ、大丈夫そう?」

「は、はい!」

「…?」

 

 一方的に打たれていたわりにはリンネにダメージが蓄積している様子は無い。ジルはクラッシュエミュレートも確認するが、ボディのダメージ蓄積値は5%未満。

 

(開始早々にあれだけ一方的になったにしては、身体への蓄積値が低すぎる…。打撃の威力を捨てて速さに特化しているのかしら?)

 

 リンネ自身も首を傾げる。顎に二回も正確に打ち抜かれれば普通なら中度脳震盪のクラッシュエミュレートをもらってもおかしくない。

 しかも、当たった時のインパクト音は強いのだが、身体に残るダメージがほとんど無いと言ってもいい。

 

(これは、いったい…?)

 

 目の前で首を傾げながらも構えを取り直す相手をみながらソルドは内心苦笑していた。

 

(結局、私の弱点って『コレ』なんだよな。出力を『九つの剣』に分けることで抜いた『数』で出力が変わる。一太刀だけだと今みたいに速力は有名選手ですら反応が遅れるほどだが、火力についちゃ蚊が刺したようなものだ…)

 

 胸に手を当て、ソルドは目を閉じる。

 

(故に、抜いた『数』を増やせばその分威力は増す。だが、その分…速力は削れ落ちる。一番バランスがいいのは四太刀だが、それはあまりに愚策。せっかく『先生』の用意してくれた訓練の場。全力を──九つを抜かずして…)

 

 目を開く。周囲に浮くは九つの『剣』。

 

「全力を持ってお相手致す!シュヴェルトライテの全力を持って──!」

 

 九つの剣が鞘から抜かれてソルドの身体に突き刺さる。咆哮とともに剣の姿がソルドの身体に収まる。

 

「なっ…」

「ゆくぞ、リンネ・ベルリネッタ!」

 

 身体を深く沈めてリングを蹴る。ただ蹴った、その脚力のみで建物を揺らす。

 

「──っ!」

「ぬぅおおぉぉぉぅ!!」

 

 小細工も無いただまっすぐ振るわれる拳をリンネは避ける。カウンター気味の拳はソルドの顔を捉えて打ち抜き、だがソルドは止まることなくリンネに肉薄する。

 インファイトですらここまで身体を密着させて打ち合うということはないと思えるほどの近接戦。回避は用を成さず、振るわれた拳や蹴りは迷わず相手を打ち抜く。

 

「はあぁぁぁ!」

「ぬぅおおぉぉぉ!」

 

 顔を打ち、顎をかち上げ、胸に拳を沈める。

 腹を蹴り、足を打ち、膝を叩き込む。

 互いの攻撃を避けるという余裕は二人にはすでに無い。1ラウンドの終了を告げるゴングが鳴るまで、二人は相手を倒すために拳を蹴りを打ち続けた。

 

 ゴングが鳴って、二人がお互いのコーチのいるポストへと下がる。

 

「リンネ!大丈夫?!」

「ふぅ、はぁ…。だ、大丈夫…」

 

 打たれ強いのはリンネの強みではある。だが、これほどの密着、そして技を打つ隙すらない乱打戦は過去に経験が無い。

 体力は否応なしに削られ、ダメージも確実に蓄積してきている。相手も同じはずなのだが、対面のポストに身体を預けて立つソルドは闘気を隠すことなくリンネを見つめている。

 

「…キツイ、けど…」

 

 純粋に楽しいと考える自分がいることがリンネには嬉しかった。まだまだ自分は強くなれると実感できる相手がいる。

 

「だから、勝ってきます」

「…ふぅ。頑張って」

 

 ジルに送り出されて、リング上で再び向かい合う。

 

「さあ、やりましょう!」

「まだまだへばる気配無し。その意気、乗らせていただく!」

 

 2ラウンド目を告げるゴングとともに、二人は再び乱打戦を開始した。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 リング上で乱打戦を繰り広げる二人を見ながら、フーカは素直に驚いていた。

 

「まさかリンネがこれほど泥臭い試合をするとはのぉ」

「確かに、リンネさんにしては意外な感じはしますね。ですが、これほどの真っ向からの殴り合いは普通ならそう経験できるものでめありませんから、そういう意味では貴重な経験ともいえますね」

 

 リング上で相手を倒すためにひたすら殴り合う。普通ならこんな試合はお目にかかることはなかなかない。

 でも、だからこそアインハルトはこの試合を少し羨ましげに見ていた。

 

「本来であれば経験できない試合をできる。これほどの有意義な試合は羨ましいですね」

 

 できるなら、自分がこんな試合をしてみたかった。アインハルトは純粋に羨ましそうに試合を見ていた。

 



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第6話 『特異点』

 丸一日かけて行われたスパーリングはナカジマジム所属、フロンティアジム所属の選手達が全勝する形で幕を閉じる。

 

「本日はありがとうございました」

「いえ。こちらも貴重な経験をさせていただきました」

「また機会がありましたら。今度は私のジムにもお招きいたします」

「フロンティアジムから誘いを受ければ私としても鼻が高い。また、よろしくお願いいたします」

 

 選手・コーチ合わせて全員が一礼して帰っていく。それを見送りながら、ノーヴェとジルは───

 

「かなり強いな…」

「ええ。むしろ、今までどうして彼等が無名のまま来ているのか不思議なほど」

 

 スパーリングは全勝してはいるが、ほとんどが辛勝といった内容で、圧勝するなど不可能なほどだった。

 

「あれでセフィルさん曰く、試合に出られるほどに完成している選手は二人しかいないっていうんだから、目標設定がそもそも高いのかも…」

「だとしたら、強力なライバルの出現になるわね」

「だな。あいつらも今回は貴重な経験だと思ってくれているみたいだし」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 セフィルは選手を連れてジムに戻ると、早々に会長室に引っ込んだ。しばらくするとソルドと二人の男女が入室してきた。

 

「お呼びですか、セフィルさん?」

「今日の、反省、会…?」

「俺としてはリンネとの試合をもう少し考えるべきだとは思ってはいるぞ?」

「入ってくるなり反省会をしろとは言いませんよ。さて、アイン、エリア、ソルド。貴方達三人には折り入って相談があります」

「相談、ですか?」

「私達、だけ、に?」

 

 少年──アイン・ブリュンヒルデは首を傾げる。

 少女──エリア・ヘルムヴィーゲも同じ反応。

 

「カカッ!セフィル会長から相談とはな。内容も気にはなるが、どのような難題なのやら…!」

 

 ソルドだけは愉快そうに笑っていた。

 

「相談、とは言いましたが実際のところ他六人には話すことは構いません。問題があるとはいえ、貴方達三人に行ってもらうのがいいと判断しているのはあくまで私だけなので」

「ずいぶんと訳のわからない相談のようですね」

「もったいぶられるのは、怖い…」

「そうですね。ですが、まずは貴方達と私の知識のレベルを同一にしましょう。管理外世界の『地球』と呼ばれる場所は知っていますか?」

「会長、俺が勉強嫌いなのわかってて聞いてんね?」

「確か、エース、オブ、エース、の故郷?」

「あとはハラオウン執務官や八神空佐の故郷だったと記憶していますが…」

「はい。エリアとアインの答えで間違いありません。有名な方々の名前を挙げるとするならその三人が真っ先に挙がります」

 

 セフィルは選手の見識を素直に褒める。

 

「実はその地球からこんな通信が届いています」

 

 セフィルは執務デスクのモニターを可視化すると画面を三人の方へと向ける。そこにはこう綴られている。

 

『汝等は選ばれた。選択する権利はある。ココより「人」は新たなステージへと昇るべく、闘争の火蓋は切って落とされる。我こそはと想う者よ。己が力を持って参加せよ。ココに始まるは「カミ」を討ちて「神」へと至る聖戦。多くの「人類」よ。参戦を期待する』

 

  モニターの文面を見終わった三人はお互いの顔を見合い、数秒おいてセフィルへと向き直る。

 

「どう思いましたか?」

「そう、ですね。頭の悪い文面だとは感じました」

「勧誘、にしては、稚拙」

「まあ、率直に言えば興味深いものではあるな。行くかと問われると幾分悩むが…」

「おおよそ私の予測した回答をありがとうございます。そして、そう言いたくなる気持ちもわからないではあります」

 

 弟子と言える選手達から呆れた表情を向けられることはわかっていた。むしろ、これを生真面目に受け取られたらそれはそれで悲しいものがある。

 

「さて、問題点に戻りますが…。実は現在の『地球』は管理局や地上本部の監察官が何らかの要因によって現在まで帰還出来ていないことが確認できています」

「帰還出来ていない?」

「遊んで、る?」

「詳しくはわからないのですが、最後の定時連絡によると『地球の様子がおかしい』ということ、だそうです。無論、どう『おかしい』かまではそれ以降の連絡が途絶えているために不明です」

 

 セフィルの答えにソルドは頭をかきながら──

 

「それはまた。難儀な話ではあるな」

「ええ。そして、本題ですが…現在の『地球』は一種の『特異点』と呼ばれる場所になっていると推測されています」

「『特異点』?」

「『特異点』というのはわかりやすく答えると『本来であれば存在するはずのない可能性を持つ場所』です。これをふまえて思考する必要があります」

「ややこしそうじゃな」

 

 ソルドは頭を抱える。セフィルもそうしたいが、セフィルはあくまで送り出す側だ。ここで問題を投げ出すわけにはいかないのだ。

 

「簡略的に言えば、この文面を送ってきた『地球』は先ほど挙げた三人の『故郷』ではないが、根本的に違う『地球』というわけではない場所、という答えになる」

「ますますもってわからん」

「極めて近い、でも、限りなく遠い、地球…。OK?」

「エリアの言い方がある意味正しいですね。そして、今繋がっているのはその『地球』なのです」

「なるほど。まあ、なんとなくではありますけど理解はできました。それで、自分達はその文面の通りに地球へ行く、と?」

「できれば、お願いいたします。文面の『聖戦』とやらも気にはなりますが、もっとも気にするべきことはこちらにどれほどの影響が出てくるのか。その一点に尽きます」

「特別、手当、欲しい、な…?」

「いいでしょう。調査、及び何らかの成果をあげていただけたら三人には特別報奨を出します」

 

 いつものセフィルであれば報奨は出さない。だが、今回に限っては危険度はセフィルであっても未知数。

 そもそも管理局や地上本部の監察官という一種のエリートでさえ帰還不能の『特異点』だ。本来であればセフィルは自身こそが赴くべきだと思っている。

 だが、今はそれは許されない。ジムを経営する前ならいざ知らず。今は後身を育てる立場にある以上、フラフラと帰れるかわからない場所には出ていけない。

 

「わかりました。自分達でよければ、その地球へ向かいましょう」

「特別、手当。必ず、ゲット」

「ふむ。楽しそうだ!」

「よろしく頼みます。アイン、エリア、ソルド」

 

 こうして、三人は行道が決まる。世界の『特異点』───混沌重層世界『地球』への道。

 



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第7話 よく眠るのはなぜ?

 場所は再び地球へと戻る。

 

 学院への道を歩きながら、剣は最近の学院の様子──特に転校生である神尾愛生のことが気にかかっていた。

 

(神尾愛生が転校してきてから早一週間。学院内で変わったことといえば、あいつが速水経由で占術研に入部しにきたということぐらい、なんだが…)

 

 最近、どうにも玲児の様子がおかしい。どうおかしいかと聞かれると明確に『こう』とは言えないのだが、何かしらややこしいことには巻き込まれている様子ではある。

 

(まあ、どうにもならなくなったらあいつから何か言ってくるか。それより問題なのは──)

 

 占術研の部長である章辺映瑠(あきべえる)のことだ。

 とある事情から占術研の部長をやっている章辺映瑠なのだが、とにかく神尾愛生との相性が悪い。

 映瑠は基本的に規則というものを重んじる。法律や憲法等もしかりで、とにかくガチガチな人間とも言える。結果として、『月命館の聖女』なんていう通り名をもらっている───本人は不本意らしい。

 対して神尾愛生は言い方は悪くなるが実利主義だ。得るもののためには多少の違反等は許容する。下手な話、犯罪スレスレの行為でも『望んだ結果』が得られるのならその行為を選択できる。

 こんな対照的な二人が仲良くなるはずはなく、神尾愛生が入部してから5日ほど経つが、部室の方は未だに少し空気が悪い。

 

(まあ、こっちは時間が解決してくれることを願うとしよう。それより問題が1つ)

 

 実は担任であるカコちゃんから相談──という名のお願いが来た。相談の中身は『最近、安納塔子がやたらと居眠りをしているのだが何か知らないか?』というもの。

 こちらに関しては剣はよくわかっていない。が、ここ数日は以前からの居眠りの域を超えて眠っている。

 一応、玲児も塔子の様子は気にしている様子で、本人に確認を取っていたが本人曰く『小説を読むのに夢中になって寝ることをついつい忘れてしまう』と言っているのだが…。

 

(あまりにも雑な言い訳だよなぁ…)

 

 小説を読んで寝不足というのは剣にも経験はある。だが、昼夜が逆転するような状態になるまで続けるというのはなかなかに難しい。

 人間の身体というのは基本的には夜寝て朝起きるように体内時計がそう設定されているからで、これを逆転させるには相当の期間が必要になる。

 

(つまり、何かを隠しているってことになる。だが、あの塔子が玲児にも隠さないといけないことってなんだ?)

 

 神代剣の安納塔子という人物像は速水玲児にはあまり隠し事をしようとしない、比較的オープンな人物だ。

 だが、今回のことは頑なに隠し通そうとしている。

 

(バレたらまずい、か。バレたくない何かがあるってことなんだよな)

 

 とりあえず、学院に着いたら相談してみようとそこで意識を切り替える。

 

「姫、集中するのは構わないが周りは見ろよ?そのままだと電信柱にぶつかるぞ」

「ん~…」

 

 姫の襟首を掴んで進路上の電信柱から無理やり回避させる。本人はかなり集中しているようである──本を読むことに…。

 

「珍しいな。お前がそこまで本を読み込むなんて」

「久しぶりに当たりを引いたかも…」

「…そうか」

 

 姫玲の趣味は読書で、かなりの愛読家でもある。元々頭は良いので大抵の本は一度読むと興味を失ってしまうことがほとんどなのだが、極たまに今のように何度も読み返す時がある。

 本人曰く、そういう本は他人にオススメしたくなるらしい。そのためだけにレビューブログを開設しているほどなのだが、姫玲の薦める作品はかなりの確率で周囲で爆発的ヒットになる。

 

(今回もそうなりそうだな…)

 

 おそらくレビューブログに載せるために内容を深く読み込んでいる最中なのだろう。こうなると剣の声など右から左へ流れていく。

 そんな姫玲を通学中の危険を回避させつつ、剣は通学路を歩いていく。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 教室にたどり着くとまずは本の虫状態の姫玲を自身の席に座らせてから自分の席へと向かう。そこにはすでに登校していた玲児と塔子──なのだが…。

 

「すでに寝てるとか…。こいつ、大丈夫か?」

「さすがに最近は寝過ぎな気はするんだけどな」

 

 塔子はすでに机に突っ伏して眠っている。その横で玲児は呆れ顔だ。

 

「さすがは『眠り姫』ってところか?」

「いや、さすがに異常な気はしてる。本人曰く、読書に夢中らしいけど…」

「うちの姫ほどにか?」

 

 思わず二人で眺めるのは自身の席で黙々と本を読み込んでいる姫玲の姿。

 

「あれは、別だろ?」

「俺としては本の虫状態のあいつはいろいろと危ないから元に戻ってほしいんだがな」

「なになに、何の話してるの?」

 

 高階の登校とともに女子会の輪から愛生が抜けてくる。

 

「お前って高階が来るとかなりの確率で女子会から抜けてくるな?」

「なに?剣は私のこと気になる?」

「いろんな意味で気にはしてる」

「…どういう意味かな?」

 

 そこでわずかに愛生の雰囲気が変化する。他の人にはわからない、ごくごくわずかな変化。

 だが、剣はそれに気にした風もなく。

 

「まだ転校から一週間なのにここまでクラスに溶け込んでるんだ。話上手なのか。聞き上手なのか。はたまた両方なのか。他に実は得意なことがあるから周りが惹かれているのか。一週間足らずの対面と会話じゃ、俺でも見当がつけきれなくてな」

「おおっ?学院の『生字引』さんからそんな判断されてるとは思わなかったよ」

「おい。その二つ名やめろ」

「えっ?じゃあ…『学院相談所』?」

「なんでそっちの方も知って───いや、いいわ…」

 

 自分のつけられた二つ名を知らない生徒の方がこの学院においては珍しいぐらいだ。

 いくら転校一週間とはいえ、わからないことなら神代剣(学院相談所)に聞け。とはよく聞いたことだろう。

 

「仕方ないよな。『聖女の右腕』なんだし」

「玲児。次にその二つ名言ったら殺すぞ?社会的に」

「社会的に!?」

「ただ殺したら苦しむのは一回こっきりだからな」

「うわぁ…、なにやら恐ろしい言葉が聞こえてきたんですけど」

「神尾もだ。今の名前は聞かなかった。いいな?」

「はいはい。私も竜の尻尾を踏む度胸はありませんよ…」

 

 未だに気に入らん名前だ。何の因果であんな二つ名つけられたやら…。

 

「はーい。授業始めるわよ~」

 

 カコちゃんの登場でそれぞれの席へと散っていく。

 

「むにゃ…」

(こいつ、本当に大丈夫か?)

 

 先生のあいさつも気にせずに眠り続ける眠り姫(塔子)

 

 

 

 ☆

 

 

 

 そんなこんなで昼休み。

 

「起きないな」

「ダメだねぇ」

「今はほっとくしかないさ」

 

 幼馴染はこの辺り距離感というものをわかっているようだ。寝てるなら先に自分達の食事を終えるということか。

 

「夜更かし、らしいが実際のところどうなんだ?」

「うーん、俺にも本を読んでるってぐらいしか言わなくてさ」

「でも、今の塔子を見る限りは確実に嘘だよね?」

「そうなんだよなぁ」

 

 玲児相手にすら隠しているということは確定したが、そうなるといよいよ何を隠しているのか気になる。

 

「というより剣。なんでそんなに塔子のこと気にしてるの?」

「悪いがカコちゃんからの依頼だよ。眠り姫の睡眠理由を調べてくれって」

「先生達の間で問題になってるってことなのか?」

「そこまではまだ、みたいだな。職員会議の槍玉に上がったら確実にカコちゃん、鬱憤晴らしに部室に来るだろうし。ただ、今の状況が続いたら目をつけられるのは確実だそうだ」

「けっこうまずそうだね…」

「だなぁ。あいつ、何を隠しているのやら…」

 

 食堂に着くが、そこそこに混雑している。と、テーブルの一角で手を振る一団──

 

「直緒達か」

「席はあるみたいだし、さっさと注文しちゃお?」

「そうだな」

 

 それぞれに注文した品を持って直緒達の下へ。席に着くとなにやら盛り上がっている。

 

「何にそんなに盛り上がってんだ?」

「えっとね。とあるサイトの本に関するレビューブログを陽子が見つけてさ」

 

 高階直緒の前に座る女生徒──笠井陽子(かさいようこ)が今回の盛り上がる話題の提供者らしい。

 

「レビューブログなんて普段はあんまり読まないんだけどさ。そのサイト、まるで流行が見えてるみたいに作品を推してるんだよ!」

「へぇー!それってどんなサイト?」

「私も少し気になる…」

 

 陽子の言葉に真っ先に食いついたのは意外にも愛生だった。次いで陽子の隣に座る広瀬水城(ひろせみずき)

 広瀬水城は学院のサッカー部マネージャー。今年は地区優勝も狙える強チームだとかで一時期盛り上がっていた。

 

「えっと…。あった。このサイト──」

 

 スマートフォンに表示されているサイトを覗き込む女子陣を横目に玲児と剣は食事優先。

 

「あんた達は興味無いの?」

「いや、お前達の後ろから雁首そろえて画面覗くわけにもいかんだろ…」

 

 状況によってはセクハラで文句言われかねない。

 

「たはは。確かにそうだね。はい、このサイト」

 

 あらためて差し出されたスマートフォンの画面を見て気づいた。剣にとってはすごく見おぼえのあるサイトだ。

 

(姫のサイトじゃねーか…)

「確かに、更新されてる時期がどれも有名になる少し前だな。流行の先取りってこういうことか」

「どう、直緒?!」

「確かに凄いサイトだね。本の流行知りたかったらこのサイト見ればその時々の流行がよくわかるわ」

「だよね!だよね!」

 

 愛生や水城も混じって盛り上がる横で剣は苦笑していた。なにせ、妹のレビューサイトがここまで盛り上がっていても下手な感想は出せない。

 特に神尾辺りは下手をすれば感づく。それほどまでに神尾愛生という人物は勘がいい。

 

「俺達は先に食べ終わるか」

「そうするか」

 

 女子が盛り上がっている中にホイホイ飛び込んで話ができるほど、二人はコミュ力は高くない。

 素直に話が一段落するまで食事を終わらせて待つことにした。



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第8話 神様のいる社

 食事も終わって、残りの時間もサイトのことで話している女子陣をほったらかして、剣は玲児と屋上に来ていた。

 

「やっぱ、食後はのんびりするにかぎる…!」

「そうだな~…」

 

 おもむろにストレッチを始めた剣と近くで仰向けに寝転がる玲児。

 

「なぁ、玲児」

「なんだ?」

「塔子のやつ、何隠してると思う?」

「なんだよ、藪から棒に…?」

「いや。食堂行く前にも話したが、教師の間で問題になるのも時間の問題だぜ?そうなる前にあいつの状況を改善しないと、本人の望まない状況にもなりかねない」

「そうなるよなぁ」

「あと、カコちゃんがうるさい」

「確実にお前、そっちが本音だろ!?」

 

 空を見上げて悩む玲児の横、剣はふと──屋上の扉が小さく開いているのを見つける。

 ほどなくして玲児が寝息を立てたのを確認したようにその少女は姿を現した。

 

「芙美香か」

「・・・」

 

 現れたのは乾芙美香(いぬいふみか)。占術研所属の一年で連城響(れんじょうひびき)(じゃれあいで玲児を階段から誤って落とした)のクラスメイト。

 喋ることが苦手らしく、部活でも切れ切れに喋っており、なにやら玲児になついている様子。

 

「玲児なら寝てるぞ?」

「うん。それを、確認してた」

 

 そう言うと玲児の胸元辺りに頭を置いて芙美香も昼寝モードに入る。静かな寝息が聞こえてきたので早くも寝入ったようだ。

 

「猫だな…」

 

 ストレッチを終えた剣は二人を放置して教室へと戻る。五限目を告げるチャイムが鳴る中、眠る二人をほったらかして。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 授業が終わり部室に寄るも、本日は所属メンツ全員が何かしら忙しいのだろう。顧問であるカコちゃんがすでに施錠していた。

 

「あら?今日は無いそうよ」

「そういうのは事前に伝えろよな、あの人は…」

 

 ぶつくさ文句を言いながら家路へとつく。しかし、いつもより早い時間でもあり、このまま帰るのも釈然としない。

 

(いつもと違う道で帰ってみるか…)

 

 部活が無かったり、早く終わった日は少し遠回りするように散歩して帰る。それが剣の日課だ。

 何もないことがほとんどで、あってもせいぜいが猫の集会を見つけたりする程度だ。

 

「まあ、たまにはこういう時間も欲しくなるもんだ」

 

 誰とはなしに独りごちる。いつもと違う道で帰っているので中々に新鮮なもので、それを見つけたのは新しい発見だった。

 

「神社、か?」

 

 見えてきたのはかなりの長い石段。上の方には赤い鳥居が見えているのでおそらく神社なのだろう。

 

「──まあ、せっかくの縁だしな」

 

 石段を登っていく。最上段の鳥居をくぐると清廉な空気とこじんまりとした社。

 

『おや。珍しいの…。参拝客かえ?』

 

 ───そして、真っ白な頭髪をなびかせて狐の尻尾を揺らす女性。手にもつ紅色の扇子と黒を基調とした桜の模様が印象的な着物を着ているので、堂に入った立ち振舞いがある。

 

「──何者だ?」

『ふむ?我が見えて聞こえておるのか、童よ』

「これでもちょっとばかし特殊な眼をもっていてな。あんたみたいなのは見分けられる」

『そうかえ。珍しい客とやらは珍しい力をもっておることが多いが…。いやはや、2日続けてというのも驚きよの』

 

 扇子で口元を隠して笑う女性に剣は力を抜いて社へと近づく。

 

「悪霊の類じゃなさそうだな」

『ふん。その辺の小さきものと同列に語るでないわ。こう見えても長く生きておるのだからな!』

「そうだな。守り神ってところか?」

 

 社を中心にしてこの女性から清らかな空気が流れている。かなり高位の神様の連なるものだろう。

 

『まあ、そのようなもんじゃ。『姫将石』を祀る祠での。アレの守護を任されておるのじゃ』

 

 社を指差しながらその場でくるくると回っている。

 

「『姫将石』?」

『その昔、女子(おなご)男子(おのこ)のような力を得るために使われた竜脈より取り出された神通力の石のことを『姫将石』という。(おなご)(おのこ)のようにする石じゃ』

「へぇー。そんなものがあるんだな」

 

 そんな便利なものがあるのなら世界はもっと混沌としていてもおかしくはないのだが…。

 

『便利なものがあると思うておるようじゃが姫将石はその性質から数が希少での。そもそも、『竜脈の力を得る石』なんじゃ。適応できる女子がそもそも希少じゃしな』

「ああ。だから聞いたことなかったのか」

 

 もとより数が少なく、一部の女性しか使えないとなれば『万能なもの』ではない。

 歴史の中でだんだんと使われなくなり(正確には使える女性がいなくなった)、こんな感じで魔除けの結界の要石のような扱いを受けているのだろう。

 

『ところで童。せっかくの縁。ちと頼まれ事をされてくれぬか?』

「──ものによる」

『そう難しいことでもないのじゃ。先ほどの我の言葉を覚えておるか?』

「どれだよ?」

『2日続けて、と言ったじゃろう』

「あぁ。確かに言ってたな。それで?」

『実はな。昨日来た女子なんじゃが、社の裏っ側で死にかけておっての。傷の手当てなどは我が姫将石を通じて行ったんじゃが、明らかに衰弱しておる。せっかくの縁じゃし助けてやってくれぬか?』

「はあ!?」

 

 社へと駆け寄ると確かに社に背中を預けて寝ている一人の女性。顔は青白く、唇も紫色で見た目からまずい状態なのがわかる。

 

「なんでこんなになってるやつがいるのを言わなかった?!」

『今言うたじゃろう?』

「そりゃそうだな。とにかく、このままじゃ下手したら肺炎になる。連れて帰るしかないな」

『すまぬな、童よ』

「神代剣、だ」

 

 瀕死の女性を背中に載せると名を名乗る。それに狐の女性は少し驚き──すぐに破顔する。

 

『我はハクアと呼ばれておる。基本的にはここに居るゆえ、何かあれば顔を出しにこい』

「よろしく。じゃあ、悪いが俺は帰るな?」

『その娘をよろしく頼む』

「ああ。じゃあ、またなハクア!」

 

 石段を駆け下りる剣をハクアは手を振って見送る。鳥居から見下ろして、剣の姿が見えなくなると小さく息をつく。

 

『良い縁を得たものよな。あの童──剣と言いよったか。また会えたら酒でも酌み交わしたいものよ』

『───一人で何を言っているのですか?』

 

 不意に聞こえた声にハクアは隣に現れた女性を見やる。

 

『あなた様がわざわざ我のところに顔を出すとは思わんかったわ』

『誰か来ていたようですね』

『利発そうな童と《系譜》の娘が2日続けて現れただけじゃよ。主こそ、急にどうしたんじゃ?』

『ええ。実は、世界に数多の『石』の反応が現れたので、ここには異変が無いか調べにきたんです。結果は、なんとも言えませんね…』

『『石』の反応が、のぉ…』

 

 ハクアは扇子を開いたり閉じたりを繰り返す。だが再び破顔すると───

 

『まあ、気にするだけ無駄というものよ。『石』は意志の元に集うもの。いずれ、いずかに集まる』

『そういうもの、なのですか?』

『そういうものじゃよ。ゆえに気にしすぎるな──』

 

 風が吹く。流れる黒髪と白髪をそれぞれが押さえながら、ハクアは女性の名を呼ぶ。

 

『───天照大御神(アマテラス)よ』

 



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第9話 作家様は友の助けを受け入れる

 ──次の日。

 

「──さて、行くか」

「兄さん。いいんですか?」

「仕方ないさ。無理矢理起こして連れていこうにもあんな高熱じゃ動かせん」

 

 昨日、ハクアという女性から預かった人は家まで連れて帰ると家に居た姫玲にも手伝ってもらって世話をした。

 高熱が出ていたので訪問診療の行える医者に頼むと、肺炎を起こしかけているとの回答をもらったので、薬を飲ませながら様子を見ていた。

 しかし、一晩たっても意識の戻る様子もなく、ギリギリまで看病していたのだが、時間もなくなってきたので諦めて学院に向かうところだ。

 

「まあ、昨日ほど苦しそうにはしてないからほったらかしても大丈夫だろ。一応、枕元に飲み物と簡単に食べられる物は置いてきたんだしな」

「ですがあの人、どうしてそのような場所で死にかけておられたのでしょうか?」

「さあなぁ…。服もなんつーか、ヨレヨレだったし埃臭かったから家無しなのかもな」

「ですけど、腰には立派な大小の刀がありましたよ?」

「大事な物はそう簡単には手放せないってことだろうよ。とりあえず、今日はできるだけ早めに帰るようにしないとな」

 

 昨晩拾ってきた女性。幸いにも肺炎などにもならず、今もスヤスヤと眠っている。

 本来なら叩き起こしてでも話を聞いたりはするべきなのだろうが、今日も学院はあるので寝ているのなら放っておくことにした。

 とは言うものの、飢えて部屋を荒らされてもそれはそれで困るので枕元にパンやおにぎり、水やお茶といった手軽に飲み食いできるものは置いてある。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 教室に着くと今日は玲児と愛生の二人はいるのだが、眠り姫の姿が見えない。

 

「塔子はどうしたんだ?」

「ああ。今日は輪にかけて眠そうだったから保健室に放り込んできた」

「いよいよもって大丈夫じゃなくなってきてないか?」

「そうなんだけどな…。何を隠してるのかは神尾とも話してなんとなく掴んだ。ただ、証拠みたいなのがなぁ…」

「それについては昼休みに、ね?」

 

 愛生は何かを入手しているのか小さく笑う。小悪魔のような笑みに剣と玲児はただただ嫌な予感しかしない。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 そんなこんなで昼休み。他の人にバレても困るからと屋上へとやってきた。そして、愛生の取り出したるは塔子の携帯電話。

 

「お前…、いくらなんでも個人情報の塊をくすねてくんなよ…」

「まあまあ。手っ取り早いでしょ?」

 

 ちなみに塔子は屋上に来る前に様子を見に行ったが爆睡していて起きる気配がなかったため、保健教師に丸投げしてきた。

 

「えっと、認証は──要らないっと。塔子、こういうところ無用心だよね…」

「塔子に限らず、大概の人間はそんなものだ」

 

 普段から身につけているだろう携帯電話(スマホ)にいちいち認証システムをしっかり使っている人は実は少なかったりする。

 まあ、手順をいちいち面倒くさがるのが多いというのもあるのだろうが…。

 

「えっと、電話帳…」

「なんかあるか?」

「もはやお前等って怖いもの無いな…」

 

 二人してスマホを見る愛生と剣。その傍らでげんなりしている玲児。良心を持つ者と持たざる者がよくわかる状態だった。

 

「…これじゃないのか。蒼生社」

「知ってるの?」

「少女小説を中心に扱ってる雑誌を出版してる会社だ」

「じゃあ、やっぱり塔子は小説を書いてるってことか」

「二人は知ってたのか?」

「私と速水は状況証拠はあったんだけどさすがにそれ以上は調べられなかったの。でも、これで確定…かな」

「塔子が小説を、なぁ…」

「とりあえず、かけてみてくれ、神尾」

「了解」

「いやさすがにそれは──」

 

 『止めといた方がいい』と玲児が言い切る前に愛生はすでにかけていたようで、誰かと話している。

 電話が終わると愛生と剣はハイタッチを交わして笑い合う。

 

「意外にばれないもんだな」

「今日は夕方に打ち合わせするみたいだし、そのタイミングに合わせて突撃しますか」

「お前等なぁ…」

 

 止まるということを知らない二人に玲児はただただ深いため息をつくしかなかった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 夕方。とある喫茶店にて───

 

「あっ、安納さん。こちらです」

「えっと…、今日もよろしくお願いします赤坂さん」

「はい。よろしくお願いします。さっそくなんですが──」

 

 編集者であろう女性──『赤坂』と呼ばれた人は雑誌の売上と作品に対する批評の様子。最近発売したばかりの単行本の売れ行きを矢継ぎ早に説明していく。

 その様子に塔子は疲れたようなため息をつくしかなかった。後ろで新たな来店者を知らせるベルが鳴り──その入ってきた三人。玲児、愛生、剣を見るまでは。

 

「───っ」

「──?安納さん。どうかしましたか?」

「えっ!?い、いえ、大丈夫、です…」

「そうですか?それでですが───」

 

 女性が説明に戻る間にも塔子はただただ青褪める。そして、頭が上げられなかった。

 

 女性が伝票を持って立ちあがり、お会計をして先に店から出ていった。それを見送った塔子はノロノロと店の奥に座っていた三人の席へと歩いていく。

 

「愛生ちゃん、玲ちゃん、剣くん…」

「うん!ここ、けっこう旨いな。あっ、打ち合わせ終わったか?」

「まあまあ。とりあえず座りなよ、塔子」

 

 自分の隣を叩く愛生の下へ塔子は座る。目線を上げると対面に座っていた玲児が軽く手を合わせた。

 

「悪い。だけど、さすがに最近の塔子の様子が心配だった。それで、悪いとは思っていたんだが、一応、な…」

「塔子のこと、ちょっと調べてたの。そしたら、どうやらこの辺りでよく見かけるって話だったから」

 

 玲児、愛生の説明に塔子は目から大粒の涙が溢れ──すぐにそれは頬を流れ落ちる。

 

「ごめん、なさい!みんなを心配、させてる、なんて…思わなかったの…!」

 

 顔を手で覆って泣き始めてしまった塔子の頭を愛生は優しく撫でる。塔子が落ち着くまで、ゆったりと三人は待った。

 

「…っ、ごめんね。急に、泣いたり、して…」

「いいって、それくらい」

「そうだな。でも、そんなに切羽詰まるような状況なら相談ぐらいはしてくれよ。明かさなくても、聞ける範囲で聞けばアドバイスとかできるかもしれなかったんだからな」

「うん。ごめんね、愛生ちゃん、玲ちゃん」

「しかし、端から聞いていたがけっこう売れ行きいいみたいだな、塔子の本」

「うーん。そうなんだよ。でも、それに比例するみたいに『次は』『次は』ってなってきちゃって…」

「寝る時間すら確保出来なくなりつつあるわけ、か」

「うん…」

 

 落ち込むように頷く塔子に愛生は優しく撫でる。玲児は腕を組んで頭を悩ましているが、剣は泰然としていた。

 

「まあ、確かにあの編集者はやり手なんだろうな。だが、少し塔子を蔑ろにし過ぎだ」

「そ、そこまでは私も思ってない、よ?」

「いや、隠すな、んな気持ち。しかし、あの編集者は一つわかってないことがあるようだな!」

「わかってないこと?」

「ああ。神尾は、わかってるみたいだな?」

「なんとなく、ね。そこを『交渉材料』にすれば、塔子の今の状況を改善できるわね」

「神尾に任せたらなんとかなるな。玲児、俺達の出番はなさそうだ」

「それはいいんだけど。『交渉材料』って、なんなんだ?」

 

 玲児の質問に、剣は目の前の皿を空にして爪楊枝を加えながらクックッと喉で笑う。

 

「いくら編集者がやり手だろうとよ。作品を作るのは結局のところ──作家様に頼るしかないってこと、さ」

 

 剣の答えに玲児は眉を寄せるしかなかった。当たり前の答えにいぶかしむが、その様子に愛生は苦笑している。

 

「速水。とりあえず、塔子のことは私に任せてよ。数日中には片付く問題だからさ」

「はぁ…」

 

 わかりきったような反応しか見せない愛生と剣の様子に玲児はため息しかない。渦中の塔子でさえ、いまいち話が理解しきれていなかった。

 



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第10話 変革のハジマリ

 ───それから数日後。

 

「えっと、安納塔子です。今日から占星術研究部に参加することになりました。よろしくお願いします」

 

 塔子は占星術研究部の部室にいた。どうやら、編集者との話し合いは神尾愛生という『悪魔』監修の元で話がついたらしく、今までの過剰なペースでの雑誌提載のペースを遅くする──具体的には学業に影響が出ないレベルにまで落とすことに成功したらしい。

 残念ながら『悪魔』の力を借りた以上、無利子とはいかなかったが──

 

「解決したんだから、空いた時間で占術研に所属してほしいって愛生ちゃんに頼まれたの」

「完全に脅しじゃないか…」

「持ちつ持たれつってやつだ、玲児」

「いや、でもだな…」

 

 玲児が納得いかない様子だったが、すでに安納塔子の所属が受理されている以上、言ってもしょうがないことなのだ。

 脅されたとは言うものの、塔子自身が納得できる理由を持ってもいるので、部長である映瑠も不満気にはしつつも、愛生相手にチクチクとつつくようなことは言うも。あまり大きくは反対しない。

 

「にしても、安納さんは小説家なんですね」

「ひゃい!?な、なんで部長さんも知ってるの?」

「先ほど剣くんが教えてくれました。本も帰りに買って帰ろうかと」

「ぎゃひぃ!?」

「塔子さんや。ちょっと驚き通り越してその悲鳴どうにかならん?」

「なんで広めてるの!?」

「部活動メンバーぐらいは知られてもいいだろ?」

「ううっ、恥ずかしいんだよ…。勘弁してよ…」

「大変そうですね」

「部長。本当にそう思って言ってる?」

 

 愛生の勘繰りに映瑠は眉を寄せるも反論はしなかった。無駄だと思ったようだ。

 

「それにな、塔子。たぶん、…いや、間違いなくお前の単行本はこれから爆発的に売れるだろうし、学院の中で広がるのは確定事項だぞ?」

「ど、どういうこと、です…?」

「では、まずはこちらをご覧いただきましょう。芙美香、先ほど説明したページ出してくれるか?」

「うん」

 

 ネットのとあるページをパソコンに表示してもらう。それを見て最初に気づいたのは愛生だった。

 

「あっ、これって確か陽子が高階ちゃんに教えてたサイト」

「これはどういうサイトなのですか?」

「いわゆる個人ブログのサイトなんですが、ここにはサイト開設者の読んだ多くの本の批評が載ってるんですよ。まあ、驚きなのはだいたい有名になった作品がまだ無名の頃にここで高評価を受けていることが多く、ネット民がオススメの本を探す時の良サイトになってるんですよ。で、これが最新の投稿ね」

 

 芙美香がページの最上部にあった『ソレ』を表示させる。そこに表示されたのは───

 

「あら?塔子さんの作品ね。初の単行本、ですよね?」

「うわっ、本当だ!しかも、発売日その日に批評されてるし☆10の中で☆9.5だって!すごい高評価じゃん!」

「というわけ。サイトの存在は学院の情報源が広めてるから学院中には少なくとも広がってるだろうな。女子はたぶんだけど、ここまで高評価な作品なら一度は見ようと買うやついるだろうし、買わなかったやつも買ったやつの評価聞いたら意識変わる確率は加速度的に上がるさ」

「なぜですか?」

「部長。女子がクラスの話題に置いていかれたくないって思ったらどうする?」

「それは当然、話題に上がるものを確認──ああ、なるほど…」

「塔子、大丈夫か?」

「あは、あはは、あははははは…」

 

 先ほど映瑠に言われた時以上に青ざめた顔のまま、壊れた笑顔で笑い続ける塔子。

 

「ありゃ、壊れてる…。塔子、しっかりしなって。いいことじゃない」

「そうですね。少なくとも、とても良い評価をされているのですからそこまで卑下することもないと思うのですけれど…」

「いや、映瑠部長。卑下してるわけじゃないんだと思うんだ。今後しばらくはクラスの話題に上がるのに恐怖してるんだと思う」

 

 というより、すでに話題になっている可能性の方が大だ。学院の情報源が握っている情報としてはこれほどホットにできる話題はないし、小説はおあつらえ向きに少女物だ。

 読めば確実に話題にできてすでに話題性が高いとなれば、あとは推して知るべしだろう。

 

(恐るべし、我が妹の慧眼…)

 

 

 

 ★

 

 

 

 夜闇を切り裂く一条の光。星空を切り裂くは長大な光の柱を振り回す人形の存在。

 対峙しているは靄のような不定形としかいえない存在。光を避け、靄からは針のようなものが次々と射ち出される。

 周囲の被害など知ったことかと二つの存在は攻撃を繰り返す。山が割け、川が蒸発し、大地に大穴が穿たれる。

 

『いい加減、無為な争いはやめましょう?私と貴方が戦ったところで喜ぶ者などいませんでしょう?』

 

 靄は自分を殺そうとしているだろう人形に語りかけている。対する人形は意に介していないのか、上段から光の柱を振り下ろす。

 

『むっ?』

 

 靄が避けると光の柱は大地に深々と突き刺さり、凪ぎ払われる勢いで川が寸断された。

 

『まったく…。元の世界には影響が出ないとはいえ、よくもまあこれほどの破壊を行えるものですね…』

「うるさい。さっさと討たれれば話は終わる」

『おや?ようやくコンタクトが取れましたね。はじめまして。《人類の守護者(アラヤシキ)》様』

「貴様の話を聞く気は無い。さっさと討たれろ《混沌たる破壊者(ナイアルラトホテップ)》」

『うむうむ。名を知っていて頂けているとは光栄の至りでごさいますなぁ』

 

 靄──ナイアルラトホテップは人形に靄を集めて形作ると、真っ黒なスーツに道化師の仮面を付けた人形へと変わり、ぞんざいな手つきで空間に生み出した杭を投げる。

 

『アラヤシキ──いえ、ここは《阿頼耶識》と呼ぶべきでしょうか?』

「その名は呼ぶな、ナイアルラ!」

 

 杭を光の柱で消し飛ばし、射線上のナイアルラトホテップを凪ぎ払うが、空を蹴るナイアルラトホテップは易々と光の柱をかわしていく。

 

「私にはナハトという名前がある!」

『人類の記号で呼ぶのも甚だ嫌らしい話ですが、貴方と話を進めるにはそちらで呼ぶ必要がありそうですね。でしたら、私のことはナイアとでも呼んでください。一々長々と呼ぶのも面倒でしょうから』

「ふざけるな!」

 

 阿頼耶識──ナハトは柱を生み出す右手とは逆に左手から極大の砲撃を見舞う。しかし、ナイアの姿が消えて後ろの山々が消し飛ぶ。

 

『ふむ。何をそこまで怒る必要があるのでしょうか?私は多くは干渉してはおりますまいに』

「ならばなぜここに来た!?」

『私はちょっとした所用ですとだけ。あとは、神様の召喚、私の召喚、貴方の召喚の手番は一通り終わりましたし、再びの召喚はどなたから行うのかの確認をと思いまして』

「今はしない、させない!」

『おや?それはまたどういった意味合いで?』

「召喚された者達が世界に馴染むには相応の時間がかかる以上、超短期における召喚は世界に致命的な破綻を呼び込みかねない!」

『ふむ。それは確かに…』

 

 ナイアが再び光を避ける。顎に手を当てて空をクルクルと回りながら、しかし不意に手を打つ。

 

『しかし、私のした召喚は十年以上前。神様の召喚は半年ぐらいですか?貴方がつい先日といった具合に召喚におけるタイムラグはむしろ短期スパンに近づいている様子。だというのに何をそこまで焦っているのですか?』

「全世界線への影響を考えればこれ以上の短期召喚は危険を要する!」

『なるほど。しかし、神様達は最初の召喚以降は続々と高天原から降りてきている。召喚よりも自分達も物語への介入が必要と判断したが故の行動と見受けられる。そう、貴方のように!』

「だからなんだ!」

『だからですね。私の意見が貴方には受け入れがたいのであれば、私はこう提案しましょう!召喚なんてまどろっこしいことはせずに世界の境界を変えましょう!』

「な、にを…」

『任意の召喚なぞ生ぬるい。世界が必要と断じた時点で必要な要素を自動的に召喚するようにしてしまえばいい!そこには私や貴方の思惑も絡まなければ、世界中の組織が召喚に合わせて企てを起こすこともない!故に、取り払いましょう──世界の境界を!』

「ふざけるな!それは、すべての世界を否定することだ!」

『いいえ!我々の目指すは《因果律の運命(カミサマ)》を殺すことにある。一介の神様、一介の人間には不可能でも──因果に絡まぬ存在達であれば或いは、というのが本来のこの《混沌重層世界(CHAOS REGION)》であるはず!故に、立ち戻りましょう!原点へと!』

 

 瞬間、ナイアを中心として周囲の空間が歪んでいく。

 

「何をする!?」

『私は私という存在を利用して境界を崩しましょう。しばしのお別れと相成りますが、大丈夫。阿頼耶識たる貴方が居る以上、世界の崩壊は起きませんとも。さあさあさあ!世界様!ここで、お立ち会い!変わり行く世界を見つめ、我々は《因果律の運命》をコロシテみせましょう!故に世界よ!貴方はすべてを受け入れなさい!この混沌とした世界を──美しく儚く、それを愛でる強さを見せてください!』

 

 ───そして、世界は大きく変じていく。

 

 ───変わることは、因果に干渉すること。それは、大きな変革をもたらしていく。世界にも、人類にも、神様にも…。

 

 



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第一章 変容の世界
第11話 四国内から見た世界


 地球の日本という国は古くから神話などでも語られる神様達が息づく土地として有名だった。

 

 そんな八百万(やおよろず)の神々は日本の各地において寺社仏閣に宿り、人知れず『国』というものを護ってきた。

 

 しかし、それも先日のナイアルラトホテップによる境界の崩壊をもって終焉を迎える。

 世界の外側より来る数多の存在へと対抗するためか、一部の神々は本来の自身の拠点としていた場所から離れ、それぞれが『国』を護るために行動を開始した。

 

 ───そして、日本の中で最も大きな変革を受けた大地。それは──四国地方。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 そこはとある学園の一室。集まるのはその部屋を部室として使っている六人の少女達だった。

 

「さて、急な召集だったにも関わらず全員が集まってくれたことは嬉しいわ」

「風先輩!今日って何をするのに集まったんですか?」

 

 六人の中で、一人黒板の前に立つのは犬吠埼風(いぬぼうさきふう)。この部室───『勇者部』の部長である。

 質問をしたのは片手におはぎ、反対にはお茶を持ち、桜の髪飾りをつける結城友奈(ゆうきゆうな)

 そして、実はその隣で友奈を世話する少女、大和撫子と表現できる黒髪の少女──東郷美森(とうごうみもり)がおはぎの入った重箱を膝に載せて座っている。

 

「友奈、良い質問ね!本当なら今日は何もなかったのよ。ええ、朝早くに『大赦』から連絡が来なかったら、だけど…」

「大赦からって…。なんでいまさら?」

 

 疑問に首を傾げるのは三好夏凜(みよしかりん)。こちらはこちらでにぼしの徳用パックを持っている。

 

「お姉ちゃん。いったい何があったの?」

「もしかして~、何かまずいことでも起きたのかなぁ~」

 

 風を『お姉ちゃん』と呼ぶは犬吠埼樹(いぬぼうさきいつき)

 その隣でのほほんとした様子で(実は半分寝ている)しゃべる乃木園子(のぎそのこ)

 

「ああ、うん…。私としても大赦に説明されたことに関してはいまいち飲み込みきれてなかったりするの。正直な話、信じられなかったから」

「なによ。ずいぶんともったいぶるわね」

「相当にまずい事態なんでしょうか?」

「じゃあ、あんた達にまず聞くけど…今日は何月何日?」

「えっ?今日、ですか?」

「今日は…この前、勇者部で演劇の出し物を終えたので、確か10月の初頭では?」

「そうよね。東郷、あんたの答えは正しい。…正しい、はずなのよね…」

「はず?」

「実は、大赦の観測によると四国は4月の月末辺りに巻き戻ってるらしいわ。ちなみに、原因は不明」

 

 風の言葉に4人──園子は夢の中へダイブ──が顔を見合わせる。

 

「風先輩。どういったことで大赦はそう結論付けたんでしょうか?」

「いろいろな要件があるそうだから一概にどれが信憑性が高いとか判断し難いらしいんだけど、一番の決め手は『気温』らしいわ」

「気温?」

「10月の初頭にしては暑すぎる。あと、調べてみるといつの間にやらすべてのカレンダーが4月に巻き戻ってたそうよ。私も大赦に言われるまで気づかなかった」

 

 そう言われて4人も初めて部室内にあるカレンダーに目を向ける。そこには『4月』という文字。

 

「な、なんで…」

「風先輩。大赦はいったいこのことをなんて言っているんですか?」

「目下調査中、とだけ。あと、園子以外の私達には『勇者システム』の使用を命じてきたわ。はい、それぞれの端末」

 

 風が配る携帯には、『神樹様』と呼ぶ四国を護っている存在から力を借りる『勇者システム』というものが入っている。

 

「また、私達に戦えと、大赦は言ってきたわけですか」

「東郷、言いたいことはわかる。でも、残念だけど今回はちょっと違うみたいなのよ」

「違う?」

「どういうことよ?」

「大赦からの命令は『結界の外の確認』。できれば複数箇所での確認を頼まれてる」

「結界の外の確認って。風先輩、結界の外ってバーテックスの群れがいるじゃないですか」

「友奈のいう通りよ。私も確認するまでもないはずだって言ったんだけど…」

「確認してこい、と」

「ええ。そう言われた」

「ったく。大赦はいったい何考えてそんなこと…」

「ねえ~。なんで私だけ端末無いの?」

 

 一人、端末をもらえなかった園子は羨ましそうに身体を揺らしている。

 

「それは、私にもよくわからない。でも、何かしら理由はあるとは思う」

「端末返したら真っ先に大赦に突っ込んでくる筆頭だからじゃない?」

「夏凜ちゃん、ひどいなぁ…。私でもさすがに問答無用で突っ込んだりはしないよ~」

 

 逆を言えば問答無用にしてから突っ込んでくる可能性があるのでもらえなかったとも言える。

 乃木園子はこの勇者部の中でも実力は別格と言ってもいい。数年近く『勇者』をしていて『勇者システム』における切り札、『満開』を数十回に渡って使ったことのあるベテランだ。

 今さらだとは思うが大赦が乃木園子という存在を警戒している可能性はある。

 

「まあ、結界の確認程度なら園子に頼らないといけないこともないでしょうし、大丈夫」

「私も調査したいな~」

「諦めなさいよ。あんたに武器持たせるのが恐いってことでしょう」

「では、結界の確認は二手に分けますか?」

「そうね。大橋の方は友奈、東郷、夏凜でお願い。樹は私と一緒に最寄りの結界の確認」

「はぁい!」

「それじゃ、大赦のお勤め、行きましょうか」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 大橋。そこは四国と外の世界を繋いでいた大きな橋があり、今は朽ちた姿を晒している──はずなのだ。少なくとも、確認に来た三人の記憶では、だが。

 

「どう見ても大橋が使える状態にあるわよね…?」

「そう、ですね。こうやって見上げるかぎりでは…」

 

 大橋の根元から橋を見上げる友奈達は目の前の光景の意味がわからない。なぜ、橋が直っているのか。

 その理由に対する明確な答えを三人は持ち合わせていない。

 

「とりあえずさ、結界の確認に行こうよ」

「友奈の言う通りね。私達の仕事はそっちなんだし、目の前の事態は大赦に任せよう」

「そう、ね…」

 

 勇者システムによって三人は神樹様の造る結界の中へと移動する。結界の内部は大きな変化はなく、見渡すかぎりはバーテックスの姿も見えない。

 

「バーテックスが一匹も入ってきてない、か。良いことのはずなんだけど不気味に感じるのはなんでなんだか…」

 

 結界の際を三人は並んで歩いている。調査は結界の外の確認なのだが、結界は基本的に出入りが出来るような穴は無い。そんな穴があればバーテックスが自由に行来できてしまう。

 そのため、結界の外の確認とはいえ結界に少なからず小さな穴を開けなければいけないため、不用意な場所に穴を開けるわけにもいかないのだ。

 状態の良い結界に穴を開けて三人は出る。そこにはバーテックスが蹂躙した世界が存在する、はずだった。

 

「なん、なのよ、これ…」

「────っ…」

 

 そこにあるのは紅く灼けた世界、ではなかった。

 青い空、青い海。存在するはずの無い世界が目の前に広がっていた。

 

「…東郷、友奈。あんた達には、どう見えてる?」

「…何も、起きていない世界。バーテックスは…?」

「東郷にも見えてるってことは私の目がおかしくなったわけでもない、か。友奈は───…友奈?」

「えっ、友奈ちゃん?」

 

 夏凜と美森、二人の後ろにいたはずの友奈の姿がどこにもない。

 

「ちょっ、いつから居なかった!?」

「わ、わからないわ…。結界を抜ける前までは確かにいたはずなのに…」

「まさかと思うけど、まだ出てきてないとか無いわよね?」

 

 結界の中へと戻るがそこにも友奈の姿は無い。二人は周囲を見渡すが──

 

「あっ!東郷さん、夏凜ちゃん!ようやく見つけたよ!」

 

 声に気づいて振り返ると結界の中へと戻ってくる笑顔の友奈の姿。その様子に夏凜の眉間に青筋がたつ。

 

「あ、ん、た、こそ!どこ行ってたのよ!!」

「痛いっ?!」

 

 近づく勢いそのままに友奈の頭へと拳骨を落とす。涙目に膝をつく友奈は上目遣いに恨みがましく夏凜を見返す。

 

「何するのさ~…」

「あのね…、あんたはどこ行ってたのよ?」

「結界の外だよ…。バーテックスがいっぱいいたからとりあえず何体か倒してから振り向いたら二人共居なかったから…」

「はぁ?居なかったって…。居なくなったのは友奈の方でしょうが」

「えっ?」

「んっ?」

 

 夏凜と友奈の噛み合わない話。端で聞いていた美森は友奈の話に気づいたことがあった。

 

「友奈ちゃん。友奈ちゃんが見たのは前に見たバーテックスの世界だったの?」

「えっ?うん、そうだけど…」

 

 友奈の答えに夏凜と美森はお互いに顔を見合わせる。そして結界の穴へと目を向ける。

 

「私と東郷が出た場所と友奈の出た場所に違いがある…?」

「そう、なると思うのだけど…」

「じゃあ、もう一回通ってみるしかない、わよね?」

「そう、ね。もう一回、通ってみましょう」

 

 友奈を立ち上がらせて改めて結界の穴へと入る。通り抜けた先は先ほどと同じく青い世界。

 

「やっぱり、ここに出るのね」

「うわー!東郷さん!ここってどこ?!結界の外なのかな?」

「今度は友奈ちゃんがいて、夏凜さんがいない、と…」

 

 振り返った先には目の前の景色に目を輝かせている友奈。しかし、今度は夏凜の姿がどこにもない。

 

「どういうことなのかしら?」

「…って、あれ?夏凜ちゃんは?」

「来ていない、ってことはないはず…。となると…」

 

 友奈と美森が結界の中へと戻ってくると憮然とした表情で夏凜が仁王立ちしていた。

 

「…おかえり」

「やっぱり夏凜さんはバーテックスの方へ?」

「ええ。とりあえず数体倒してから戻ってきたの。振り向いたら二人共居なかったから」

「わーい。さっきの私と一緒だ~」

「そんなことを嬉しがらない」

「でも、どういうことなんでしょうか?あの、青い世界とバーテックスの世界…。結界の外には『二つの世界が広がっている』ことになるのでしょうか?」

「うーん…。とりあえずこのことは私から大赦に報告しとくわ。結界の外の状態がよくわからないことになってるのは事実だし、現状をありのままに報告して後は大赦からの連絡待ちにするしかない」

 

 結界の外の変容。その意味を彼女達が知るには暫しの時を要することになるのを、この時点では知るよしもない。

 



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第12話 居候の人斬り

 世界が変容しようとも、多くの人々にとってはその変容というものはあまり関心はなかった。日本という国にとっては『四国』へと入る術が失われた以外では大きな変化はなく、入れなくなったとはいえ、衛星写真から確認するかぎりでは四国そのものが失われたわけではないことが確認されたこともあり、人々は数日と経たずに気にしなくなった。

 神代剣もそれに漏れることはなく、しかしつい最近増えた居候に少しばかり関心を持ち始めていた。

 

「なんていうか、以庵って色々と規格外だよな…」

「まあ、いいんじゃないですか?以庵さんのおかげでこうして休日の朝からのんびりとできるわけですし」

「剣さま、お洗濯、終わりました」

「うん。ありがとう、以庵」

「はい!」

 

 元気な声を返して剣の隣にぺたんと座るのは少し前に剣が預かってきた女性。名は岡田以庵(おかだいおり)

 本人曰く、幕末の人斬りだったとのことで念のために歴史を勉強したのだが、名前は確かに残っていた。

 

「問題は、史実だと『男』のはずなんだよな…」

「以庵のこと、でございますか?」

「ああ、うん。まあ、ここにいる以庵が『女』だからってこの世界でいちいちこういうことを気にしてるわけにもいかないしなぁ…」

 

 じゃれる猫のように胸元に頭をぐりぐりと擦り付けてくる以庵の頭を撫でながら剣は考える。

 どういうわけだかこの世界。史実の人間が性別が逆になっていることはままある。

 ──というのも、歴史というものは必ずどこかしらに綻びは存在し、また数多に分岐点を持つが故に性別が『反転』している人物が現れることはあるのだ。

 そもそもの話として、昔の偉人が何らかの形でこうして現界してくるのにはこの世界に何かあるのだろうが、剣自身もさすがにその辺りのシステムについてはよく知らない。

 

「ところで、俺はなんでこんなに以庵に懐かれてるの?」

「さあ?」

 

 目を覚ました以庵から情報を聞き出して、しばらくは家に住まわせることにした。預り人でもあるのだし、軽々に放り出すわけにもいかない。

 そもそも以庵が浮浪者になっていたのは急にこの世界へと招かれ、国内を半ば無一文で旅をするはめになってしまっていたということもある。

 そのため、住まわせるかわりにと家事の手伝いをしてもらっているのだが、一通りの技術は有しており──当然ながら機械に関する知識は無く──端々で細やかな気遣いに溢れた行動を取ることが多かったので、つい姫玲に接するような態度で接していたら──

 

「剣さま、何かありますか?」

「いや、今は無いからゆっくりしてていいよ」

「…はい」

「…膝くらいなら使ってもいいから」

「っ。はい!」

 

 今もやることは終わっているので『休んでいい』と言ったら寝転ぼうとしたが、膝枕は失礼に当たると感じたのか中途半端な体勢で悩み始める始末。

 許可を与えると嬉しそうに寝転がり、楽しそうに頭を揺らしている。なんだかんだでその様子が可愛いので剣も甘やかすように頭を撫でている。

 その様子を端から眺めていた姫玲は、小さくため息をつく。

 

「兄さんがなんだかんだで甘やかすからなついているのだと思いますけど」

「いやだってさ。見た目と違っていちいちやること可愛くない?」

「言いたいことはわからなくはありませんけどね…」

 

 見た目は凛々しい感じの以庵なのだが、育ちが特殊なのか何かと甘えるように傍へと寄ってくる。独りでいることを怖がっているようにも見えるので、剣自身なんとなくあやすように頭を撫でてしまっている。

 そんなスキンシップにも以庵自身はご満悦なようで、今も嬉しそうにしている。

 

「このままいけば際限なく甘えるようになると思いますよ?」

「やっぱりそうか?」

「ええ。少なくとも、兄さんに依存し始めると思います」

「どっかで歯止めをかけないとなぁ」

 

 そう言いつつも以庵の頭をナデナデ。

 すっかり蕩けたようで、以庵は膝枕のまま小さく寝息をたて始める。

 

「…これが、幕末の人斬りだったんだってな」

「そう言いたくなる気持ちはわかりますけど、可愛いからといって好きなようにさせていると後が大変だと思いますよ」

「それでも、なぁ…」

 

 剣は以庵を邪険に扱おうとは思えなかった。

 夜な夜な独りで眠っている以庵は辛そうに、涙を流して眠っている。起きてからは本人はそんな素振りを一瞬たりとも見せたりしないので気づかない──実際に姫玲は気づいていない。

 何が辛くて泣いているのか。それを聞きたいと思っている剣としては、今は多少自分に依存傾向にあろうとも必要なことだと感じている。

 そも、寂しさから来る涙であるのであればなおのことだとも。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 そんな以庵も平日の剣達が学院に行っている間は家事や買い物とわりに忙しく働いている。

 一時は『アルバイト』を薦められたが、働き先で何が起きたのやらヤクザ者を数名叩きのめしたことで出禁になった。

 

(あの時はなぜあれほどに驚かれたのか疑問ではありましたが、剣さまから説明を受けてみればなるほど。私は『この世界』についてはまだまだ不慣れだと理解できましたし…?)

 

 そんな時、ふとその石段が気になった。聞いたところによると自分はこの上にある小さな社の近くで死にかけていた、と。

 自分自身、なぜそのような場所に倒れていたのかは思い出せない。

 だが、今はなぜかここを上がらなければいけない。そんな気持ちに駆られて──以庵は石段を上り出す。

 

 石段を上がりきった先には以前に剣が訪ねた頃と変わらぬ、清廉な空気の中にその社はあった。当然、そこには白い尾を揺らす女性も───

 

『おや?数週ぶりよな、お主』

「その節はお世話になったそうで。近くに寄りましたのでごあいさつだけでもと」

『クフフッ。主はそこまで神様とやらを信じてはいまいよ。とはいえ、せっかく来てくれたのだし主にも頼み事をしようかえ』

「私に、ですか?」

『そう難しいことでもあらへん。どうもウチの社、別世界線における特異点になっとるようでな。お主みたいなんが次々と来とるのよ。申し訳ないとは思わんでもないけど、引き取ってもらえるやろか?』

 

 なんだか嫌な予感がした。以庵は社に近づくとそこにいたのはどこかの学生服を着た少女が二人。そろって意識を失っている様子。

 

「剣さまに怒られます…」

『カカッ!あんの(おのこ)がこの程度の苦難でぶつくさ文句は言わぬよ。世界を越えることの大変さはあやつがよく知っておること故な』

「…?それはどういう…?」

『まあ、それは本人に確認せいよ。そういうわけで、こん二人、預けたよ?』

 

 風景が揺らいで、一瞬後には邸宅の前に二人の少女を抱えた状態で以庵は立っていた。

 周囲を見渡すがそこは間違いなく神代家である。

 

(狐か狸にでも化かされた気持ちになりますね…。剣さま、怒らないでお話聞いてくれるでしょうか?)

 

 少々憂鬱な気分になりながらも以庵は二人の少女を邸宅内へと運び込むと、改めて買い物を済ませるべくスーパーへと向かって歩き出した。

 



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第13話 中枢機関-陰陽-

 日本の中枢、永田町。

 国会議事堂の遥か地下には神世の時代に建築されたとされる特殊な空間があるとされていた。

 これは日本の天皇によって代々管理されてきた場所で、一説には『神様の住まう場所』とも称されている場所である。

 

 だが、今もそこは日本という国を守護する者達の集う大いなる場所へと生まれ変わっていた。

 その組織の名は───陰陽機関(おんようきかん)

 

「ただいま帰った」

「おかえりなさい、所長!」

 

 陰陽機関の中枢空間、白衣の職員達がそこかしこを歩いているそこに所長──阿頼耶識ことナハト・Y・ナハトヴァールがナイアルラトホテップとの戦いの傷を癒して帰ってきた。

 

「所長、今回は療養長かったですね?」

「ナイアルラトホテップとやり合うことになるとは思ってなかった。まあ、そっちはいい。実験はどうなっている?」

「はい。英霊召還(サーヴァントしょうかん)をベースに組み上げた術式の完成度はようやく90%を超えました。これであれば失われた叡智の召還も可能ではないかと」

「そう…。ナイアルラトホテップが境界を破壊したことで結果的にはこちらの召還システムの完成が早まるなんて…。因果なものだ…」

「どうします?とりあえず、一度試運転してみますか?成功するかはまだ五分でしょうが…」

「そう、だな…。何はともあれまずは動かそう。成功・失敗に関わらず、世界は大きな変革を迎えることができる」

「わかりました!みんな、準備に移れ!」

 

 大型の機械に膨大な電力の供給が始まる。

 静かに動いていた機械は次第に活発な機能を発揮して空間を揺るがすほどの音が響き渡る。

 

(召喚に成功したとして、その者が本当に役に立つ存在なのかどうか…。でも、それは召喚してみないことには何もわからない。自分の運とやらを信じてみよう…)

 

 機械はいよいよ最終段階に入ったのか、稲光のような電光が迸る。

 雷が落ちたような轟音とともに機械から水蒸気が吐き出され、機械の前には二人の少女が座り込んでいた。

 

「実験、成功…か」

「彼女達が召喚された者、なんですか?どう見ても中学生ぐらいにしか──」

「召喚システムによって召喚された以上、何らかの力を有しているのは間違いない。私から話しかけてみる」

「気をつけてくださいよ、所長」

「大丈夫」

 

 ナハトは互いを見合って固まっている二人の少女の前まで歩いていくと片膝を立ててしゃがみこむ。

 

「ようこそ、混沌重層世界『地球』へ。私はナハト。よければ、名前を教えてはくれないだろうか…?」

 

 少女達は警戒していたようだが、勝ち気な方の少女がもう一人を背に庇いながら──

 

「私は土井。土井球子。こっちは伊予島杏」

「はじめまして。君達は、どんな存在なのか理解はあるかい?」

「人間だけど?」

「そうではあるがそうじゃない。何か、力を有してはいないかな?」

「『勇者』のことか?」

「…『勇者』。それが、力の総称か。君、彼女達に良き部屋を一つと美味しい食事を。風呂なども用意しておくとなお良い」

「わ、わかりました!」

 

 一人の研究員が慌てて部屋から出ていく。それを見送ったナハトは二人に向き直る。

 

「いろいろと混乱していることもあるだろうし、何が起きたのかすらわからないだろうけれど…。安心できるのは私達は君達に危害を加えるつもりは微塵もない。助力を乞いたいとも思うが今すぐには無理だともわかっている。だから、今はこの場所で英気を養ってくれ。いずれ、より詳しく説明に行こう」

「あっ…」

 

 ナハトはしゃべるだけしゃべると一人部屋から出ていった。

 それを見送った二人は呆然としていたのだが…。

 

「球子様、杏様。お部屋の用意ができましたゆえ、ご案内致します」

「た、球子、様?」

「杏様って…」

「恭しいのは苦手でございましょうか?ですが、お二方は我等の初めての召喚成功の方々。どうか、我等の謝辞は受け取っていただきたく存じ上げ──」

「わ、わかった。わかりました!だから、とりあえず部屋ってのに案内してくれる?」

「これは、気が効きませんで。では、お二方をご案内致します」

 

 二人を先導するように歩きだした研究員についていく。

 

「球っち先輩、大丈夫なんですか?」

「いろいろわからないことが多いのはそうだけど今はついていくしかない。何もわからないのにどうにかするのは良くねーと思う」

「わかった。そういうことならとりあえず様子見だね?」

 

 二人は静かについていくが…。

 

「何が、起きたんだろうね…?」

「それもきっと説明してくれるだろうし、今は部屋に行って休もう」

「もう、球っち先輩はこういうときでも楽観的だよね?」

「私がシリアスしてたらそれはそれで変だと思うだろ?」

「まあ、そうかな?」

「いい度胸だよな杏は!」

 

 ヘッドロックをかけながらも球子はしっかりと研究員についていく。

 何が待ち構えているかまでは自分にもわからない。

 でも、きっとこれは必要なこと。

 そう自分を納得させて球子は杏を引きずりながら歩いていく。

 

 



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第14話 総紫と考の約束

 島から出て、地理のわかる京の都を越えて、沖田総紫は孝とともに東へと進み続けていた。

 

「考ちゃん、疲れてはいませんか?」

「平気ですよ。総紫様こそ、大丈夫なんですか?」

「いやぁ。山登りはあまりしなかったのもあってけっこうきついものがあるかな…」

 

 二人は現在、山の中を横断する形で東京近辺を目指していた。

 島から出て、最初は行く宛はなかったのだが、総紫はふと疑問を感じた。

 

(この世界の中心部とはどうなっているのか?)

 

 島から出て最初にたどり着いた街で情報収集していく内にわかったことはいくつかあるのだが、総紫が興味を惹かれたものが一つあった。

 それは、日本には『姫将石』と呼ばれる特殊な鉱石が東京近辺から多数発掘されており、最近、これの研究を始めた者がいる。というものだった。

 

(姫将石と鬼瘴石。名こそ違えど性質までも違うのだろうか…?それに、研究者がいるのなら俺の持つ鬼瘴石にも興味を持つかもしれない)

 

 その一心で、二人は関西圏から徒歩で東京までの強行旅行を行っていた。

 さすがに島を出たのが4月の頭ではあるが今はもう5月になる。

 現代人であれば途中であきらめてしまうような強行旅行を、二人は元の世界──幕末で鍛え上げた体力を物に言わせて今日まで歩いてきた。

 

「とはいえ、少し休憩しましょうか。考ちゃん、一時間ほど休みましょう。山を下りはじめているとはいえ、地図を見る限りでは東京まではまだまだありそうですから」

「はい。総紫様」

 

 偶然見つけた大きめの倒木に二人は並んで座ると近くの枯木を集めて、山に入る前のコンビニで購入したライターで火をつける。

 

「この世界に来て何が驚いたって、幕末のあの時でさえ鉄馬とかエレキテルに驚いたけど、今はこの小さなビンのようなもの一つで簡単に火がつけられるんだよね」

「あとはこの…ペット、ボトル?でしょうか。竹筒と違って頑丈でそれでいてすごく軽いんです!」

「ええ。それらを市井の人間が簡単に買える。日ノ本は外国に負けることなくこれほどに発展したのだと思うと感慨深い…」

 

 実は二人は携帯電話にも手を出してみようとしたのだが、自分達の戸籍が無いことに気がつき泣く泣く諦めざるをえなかった経緯がある。

 

「住所が不定で存在があやふやな人間に高価なものは手に入れられないのは仕方ないといえば仕方ないですよね…」

「総紫様。今は諦めるしかありません。ですけど、いつかは手に入れましょう!」

「考ちゃん…。そうですね。今は無理ですけど、いつかは──?」

「総紫様?」

 

 総紫は孝の口を手で塞ぐ。耳を澄ませるように目を閉じていた総紫は目を開くと、山の下る先に視線を向ける。

 

「何かが、います。それも、誰かを追いかけている…!」

 

 乞食清光に手をかけて立ち上がる。だが、その手を孝がすがりつくように止めた。

 

「考ちゃん…?」

「総紫様。清光を、使うのですか…?」

「え、ええ。誰かが何か得体のしれないものに追われているようです。音を聞くかぎりでは獣の類いではありませんし…」

「総紫様…。清光を使いすぎたら…総紫様は…」

「っ!」

 

 それを聞いて総紫は考が怯えている理由に思い当たった。

 そもそも前の世界で総紫が早くに亡くなった最大の理由はおそらく、この『乞食清光』の使用による魂の劣化が原因である可能性が高い。

 当時の医者に診てもらった時にも『肉体的には何も異常は見当たらない。だが、確かに君の身体は弱ってきている。まるで、魂を失っているように』と言われた。

 乞食清光を使い過ぎることは前の世界の二の舞になるということだ。誰かを助けようとするたびに使っていれば、おそらく一年と経たずに前の世界のように床に臥せるようになるだろう。

 

「…確かに、考ちゃんが気にすることですね。わかりました。清光の鬼瘴石は使いません」

「総紫様…?」

「ですけど、俺は剣客ですから刀を使うことは許してくれないだろうか?さすがにそれもダメだと言われると…」

「いいえ。さしでがましいことをしました…」

 

 考は静かに総紫から離れる。瞳から零れ落ちる涙を手で拭きながらも、強気に笑ってみせる。

 

「行ってきてください総紫様!」

「考ちゃん…」

 

 笑ってはいるがその手は、膝は震えている。

 総紫はそんな孝を抱きしめる。優しく、しかし不安にさせないために心もち強く。

 

「考ちゃんをここまで不安にさせてしまっては俺もダメですね」

「総紫様…」

「考ちゃん。鬼瘴石は俺の命が危機に瀕しないかぎりは今後は絶対に使いません。約束します。今度は、孝ちゃんを置いてきぼりにしないためにも」

「──っ、はい。約束、ですよ?」

「ええ、約束です」

 

 お互いの顔を見ながら額をくっつける。

 涙はまだ流れてはいるが震えは止まった。総紫は立ち上がると考の頭を軽く撫でてから音のする方へと駆け出した。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 息を荒げて一人の少女は山の斜面を駆け回っていた。

 それを追うのは白い蚕の繭を大きくしたような異形の物体。それが群れを成して木々をなぎ倒しながら少女を追ってきていた。

 

「くっ、なんで…!なんで、大葉刈の刃が通らないの!?」

 

 少女は手に持つ大鎌を異形に振り回すも、異形の身体に刃は弾かれてしまう。

 その隙に刃を向けられた異形以外が次々と少女に襲いかかり、身体中を傷だらけにしていく。

 

「ぐっ。く、そ…!」

 

 いくら振るっても大鎌は異形を傷つけられない。

 少女は困惑と焦燥を募らせていき───それが油断となって少女を襲った。

 

「──っ?!」

 

 枯れ葉の足場に足を滑らせる。大きく体勢を崩した少女を異形は見逃すはずもなく、獰猛な歯が少女の身体に噛りつく。

 

「──っ!ギッ、がはっ?!」

 

 身体を左右から潰されるような圧迫に身体中の骨が軋み、圧迫された内臓に傷がついたのか、口から大量の血を吐く。

 

「ゲホッ…!こんな、ところで…。私、は…」

 

 少女の手から大鎌が滑り落ちる。

 他の異形が集まってきて少女の身体を引きちぎるためか身体のあちこちに噛みつこうと口を開ける。

 

(あぁ…。ここまで、か…)

 

 少女の瞳から光が失われる。涙が一筋、頬を流れ落ちる。

 

「たか、しま、さん…」

 

 異形達が今まさに少女の身体を引きちぎろうと四肢に歯をたてようとした───瞬間、一陣の風が異形達の回りを駆け抜けた。

 

『───?』

 

 少女に噛みついている異形以外が何事かと身体を捻り、そのまま捻った場所から斜めに身体が滑り落ちる。

 少女に噛みついていた異形がそこで初めて危険を察知したのか、少女を手放す。

 身体を捻り、周囲を警戒するように動いて、異形は気づいた。

 自身以外の仲間は全て絶命しているということに。

 

「──多少硬くはありますが、斬れないほどではないようで安心しました。考ちゃんに心配かけずにすみそうです!」

 

 異形の背後でそんな声が聞こえ、残されていた異形が振り返る前に総紫はその異形を上下真っ二つに斬り捨てていた。

 枯れ葉の地面に絶命した異形達の屍が転がる中を総紫は無視して仰向けに倒れている少女の元へと駆け寄る。

 

「──っ。これは…」

 

 少女はわずかに息はしている。だが、全身をまるで斬り刻まれたように出血をしており、口からもわずかに血を吐いている。

 総紫は少女の身体のあちこちを触り状況を確認する。

 

(かろうじて骨は折れてはいない。ヒビは入っている可能性はあるが、問題は全身にある傷だ。とにかく出血が多い。このままでは、もたない…!)

 

 総紫は少女を抱えると急いで考の元へと駆け出した。

 異形達が光の粒となって消滅していくのに目もくれずに───

 

 



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第15話 人斬り姫

 考の元へと戻ってきた総紫の姿に孝は安堵のため息をつき、しかしすぐに表情を引き締める。

 

「考ちゃん!手当てを手伝ってください!」

「はい!任せてください!」

 

 枯れ葉の地面にすばやくビニールシートを敷き、そこへ少女を寝かせると少女の容態を考が確認していく。

 その横で総紫は荷物から包帯や薬など、治療に使えそうなものを手当たり次第に出していく。

 

「(骨は肋骨の一部にヒビがある。固定は難しいからこれは置いておいて…)総紫様!傷口を水で洗ったら包帯を巻いてください!それと、できるだけ急いで山を下りましょう!」

「それは…」

「一日二日程度ならまだなんとかなるかもしれません。でも、そうじゃないかもしれません。できるだけ急いで清潔な場所で治療しないと…」

「…わかりました。急ぎましょう、孝ちゃん」

 

 二人は手早く少女の応急処置を終えると荷物を背負い直し、山を下り始める。

 少女を抱きながらのために先ほどまでの速度は出せないが、できるだけ急いで山を下っていく。

 日が暮れて山を闇が覆うなかでも、二人は足を止めることなく下っていく。

 

「考ちゃん、大丈夫ですか!?」

「はい!総紫様は!?」

「大丈夫です!」

 

 本来であれば二人はこの辺りで一晩休憩を取り、日が昇り始める頃から下るのが理想的だ。

 だが、それでは少女が死んでしまうかもしれない。

 今も腕の中で弱々しい呼吸を繰り返している少女に総紫は焦りながらも決して無茶はせずに山を下っていく。

 ───だが、その強行軍も止まらざるをえなかった。

 

「──っ!考ちゃん、止まって!」

「は、はいっ!」

 

 二人が止まったほんの数m先は崖になっていた。

 周囲を見渡すも、すでに真夜中に近いのか視界はほとんど効かない。

 これ以上の強行軍はさすがに無理があった。

 

「考ちゃん、これ以上は危険過ぎます。少し手前に拓けた場所がありましたからそこまで戻って朝を待ちましょう」

「…はい」

 

 少女は救いたいが自分達が大ケガをしてしまっては本末転倒である。

 仕方なく二人は火を起こせそうな拓けた場所へと戻るとたき火を起こしてコンビニで購入していたおにぎりとパンを食べ、総紫が先に睡眠を取ることにした。

 木にもたれかかるように座り込んで眠る総紫と、火の番をしながらも少女の様子を考は観察していた。

 

(私、ぐらいかな?)

 

 考は早い段階から深雪太夫の下にいたので同年代の少女との接点は少なかった。

 静かな中でいつの間にか少女が薄く目を開けてこちらを見ていることに孝は気づいた。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、なた、は…」

「私は考、といいます」

「こ、う…?」

「はい。考です。疲れなければ、お名前を教えてくださいませんか?」

「…おり、ち、かげ…」

「こおり、ちかげ、さんですね」

 

 少女は弱々しく、しかし確かに頷いた。

 

「安心してください。今、私達は急いで山を下っています。朝になれば街に行けると思います」

「そっ、か…。あり、がとう…」

「お礼は、元気になったらください。今はまだ予断を許してはいません」

「ぅ、ん…」

「ちかげさん?」

 

 少女───ちかげは小さな寝息をたてて眠っていた。

 考は枯れ枝をたき火にくべながら、ちかげの汗を軽く拭いていた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 日が昇り周囲がよく見えるようになってから二人は再び山を下り始める。

 傾斜も終わり、平地が見えてきたところで総紫の足が止まる。抱えていた少女を地面に寝かせると油断なく周囲を見渡す。

 

「考ちゃん、彼女を任せます」

「総紫様、これは…」

「ええ。囲まれているようですね」

 

 周囲の木々の合間に少女を襲っていた異形の姿が見え隠れしている。

 

(厄介ですね…)

 

 ざっと見えただけで二十はくだらない数の異形が周囲をうろついている。

 自分一人が斬り結び、逃げ出すぐらいはわけないが今は考と少女がいる。二人を守りながらではこれ以上の数はさすがの総紫といえども──

 

(鬼瘴石を使えば…いや──)

 

 そこまで考えておく総紫は思考を止めるように頭を左右に振る。

 考に『できるだけ鬼瘴石は使わない』と昨日約束したばかりだ。だというのに、目の前の脅威に思わず約束を違えようとした自分を叱咤する。

 

(バカげた自己犠牲なんか考ちゃんは望んでいない。俺が生きて二人も生きている。それが俺に預けられている命ということだ。だから───)

 

 総紫は目を閉じて意識を深く深く内へと沈めていく。

 ──研ぎ澄ませるように…

 ──荒く削り出すように…

 再び総紫が目を開いた時には周囲をうろついている異形は合図でも得たかのように一斉に距離を詰めてきていた。

 

「───いきます」

 

 ──しかし、それはもはや恐るるにたらず。

 

 

 

 ★

 

 

 

 その女性は勢いよく山を駆け抜けていた。

 女性の向かっているのは異形の集まっていく場所。この先に異形達が目指す『何か』が存在する。

 

(修理を置いてきてしまったが、今はいいか)

 

 女性は異形達がなぜ山に集まりだしたのかを調査にきていた相手の護衛をしていた。

 そんな時、突如として姿を見せた異形達が自分達や回りの物に目もくれずに山を上がっていくのに女性は気になって同じように駆け抜けていた。

 

(──っ、あれか!)

 

 異形達が群がる場所。そこにたどり着いた女性は──目の前の光景が信じられなかった。

 異形が次々と両断されていく。舞うように煌めく一迅の刃が見えるだけで、その刃を振るう者の姿を見ることができない。

 

(鬼瘴石を使う私の目でも捉えられない速さだというのか!?)

 

 視界にある異形の遺骸の数はすでに四十を超えている。それだけの異様な光景が広がり、ようやく異形達が集まらなくなり、集まった全ての異形が遺骸へと変わり果てた。

 そこにようやく、一人の剣士の姿を見出だすことができた。

 

「あれ、は…」

 

 女性──河上彦斎(かわかみときお)はその女性を知っている。

 自分が唯一、人斬りとして生涯に斬り棄てることのできなかった相手。

 今の自分が護衛をしている女性を護衛していた女性。

 

「沖田、総紫…」

 

 『人斬り姫』と呼ばれた、自分と同類たる人斬り。

 



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第16話 再会

 彦斎は総紫を見つめるように固まっていたが、いつの間にか総紫はこちらへと振り向いており、その殺気がこちらへと向けられていることに気がつく。

 

「ま、待て!お前は、沖田総紫で違いないか?!」

「…あなたは?」

「──むっ?」

 

 聞き返されてから彦斎はふと疑問がよぎる。この目の前にいる沖田総紫はどのタイミングの『沖田総紫』なのだろうか、と。

 もし。もし、目の前の沖田総紫は佐久間修理(さくましゅり)という女性が斬り殺された時代から来ていて、それを為したのが自分であるとするなら──

 自分がここに立っているのは何やら誤解を受けるような事態ではないのか?

 なにせ、目の前の沖田総紫はこちらのことをキチンと認識したようで。その刀が構えられ、腰が落とされ──

 

「河上、彦斎ぉぉぉ!!」

「っ、やはり、か!」

 

 とっさに抜いた刀が鍔迫り合い、鋭く重い衝撃に彦斎は刀を取り落としそうになりながらも──

 

「くっ。ま、待て!沖田、総紫!」

「ふざけるなっ!お前は、お前だけはっ!」

「ぐっ!?」

 

 怒りは剣筋を鈍らせるはずが、総紫の剣閃は鈍るどころか一撃ごとに鋭さを増して彦斎に襲いかかる。

 

(これが、沖田総紫の本気なのかっ?!)

「はああぁぁぁぁ!!」

「っ、しまっ!?」

 

 彦斎の手から刀が弾き飛ばされ、彦斎自身は腐葉土の地面に背中を叩きつけられる。

 痛みに息が詰まり、しかしすぐに立ち上がろうとした彦斎の眼前に切っ先が向けられていた。

 

「河上、彦斎。こんなところで仇を討ったところで何かがあるわけでもない。だけど、お前だけは──俺が殺す!」

「──っ!」

 

 振り上げられた刀が迫る中で彦斎は目を閉じることはしなかった。

 これは、自分の過ちが招いたこと。ゆえに、一発の銃声とその銃弾を総紫は迷うことなく斬って棄てて見せた。

 

「だれ、ですか?」

「おぉ、おぉ。すごいなぁ、総紫!まさか、銃弾を斬ってみせてくれるとは私もびっくりだよ。あと、彦斎。お前足速すぎるぞ。追いかける身にもなってくれ。私はお前ほど鬼瘴石の性能は身体にいってないんだからな」

 

 木々の合間から姿を見せた相手に総紫の目が見開かれる。

 そんな総紫の様子に表れた女性──佐久間修理は愉快そうに肩を揺らして笑っていた。

 

「久しぶりだな、総紫。お前にとって私は彦斎に殺された時代から来ているって認識で間違いはないか?」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 異形の遺骸が全て消滅した山の中。修理は総紫と考が連れていた少女の怪我を診ていた。

 

「酷いな…。できるだけ急いで山を下る必要はあるだろうな」

「そうですか。なら、今は一分一秒も惜しい。行きましょう、考ちゃん」

「は、はい!」

「ちょい待て、総紫。おそらくだが数年来の再会だろうにあまりにも淡白過ぎやしないか?」

「それは…」

「それにそんなにその子が大切ならなおのこと私達についてくるといいだろう。少なくとも一番近い街は私達がいる街なんだろうし。そう、だよな?」

「ええ。修理の言うとおりです。沖田、いろいろと言いたいことや聞きたいことがお互いにあるとは思うが、まずはその子の治療を優先しよう。そのために私達はお前の力になってやれるはずだ」

「…本当ですか?」

「こんなことでさすがに彦斎も嘘なんかつかんさ。さて、そうなると調査は残念だが中止だな。彦斎、山を下りるぞ」

「わかりました。俺が先導しますから修理は考をお願いします」

「ああ、任せておけ。というわけで、考ちゃん。悪いけどかつぐよ?」

 

 考を背中に乗せた修理と少女を背負う総紫は彦斎の先導の下、山を下る。

 

「修理、河上は…」

「うん?ああ、今のお前にとっては不思議な光景に見えているんだろうな。まあ、今のところはお前にとっても敵じゃない。それは私が保証しよう!」

「そう、ですか…」

 

 納得のいかない表情で先導する彦斎の背中を見つめる総紫に、修理は可笑しそうに笑う。

 

「本当に、私が知っている総紫じゃないようだな。そうだな、せっかくだからお前の半生、聞かせてはくれないか?」

「俺の、ですか?」

「ああ。沖田総紫がこの世界へと来る理由となった半生を私に教えてくれ。できれば、『私』がどうなったのかもな」

「…、わかりました」

 

 そうして、総紫は語る。失うことを続けた生き様を───

 

「───最期は、江戸の片隅で考ちゃんに見守られる形で俺の生涯は幕を降ろしました」

「ふむ。予想していたよりも数段ヤバい生涯を送ったようだな…。であれば、あれほどの強さを発揮できるのも納得だ」

「その、沖田…?その世界の『私』は修理を殺した後、どうなった?」

「…わかりません。それ以降は『河上彦斎』という人斬りを京では終ぞ姿を見ることはありませんでしたから」

「そう、か…」

 

 それだけ聞くと彦斎は振り返ることなく歩いていく。

 

「そうなると時代ってのはどう動いたのかはわからんよな。この世界とは違う歴史──というか、そもそもこの世界は私達の知る歴史とは根本から違ってはいるが」

「あの、修理。この世界には『姫将石』というものを研究している人がいると知って、俺と孝ちゃんは東京を目指していたんですが…」

「ほう?総紫も『姫将石』のことは気になっていたのか」

「ええ。この世界にある『姫将石』と俺達の世界にある『鬼瘴石』。名前は違ってはいるけども当て字のようにも思えてしまって…」

「クハハハハ…!そうかそうか!」

 

 高らかに修理は笑う。まるで総紫の考え方が『面白い』とでもいうかのように。

 

「その意見はあながち間違いじゃあない。ただまあ、説明するにも現物を見ながらの方が説明しやすいしな。まずは私達の今の活動拠点まで行くとしようじゃないか」

「修理、見えてきた」

「ようやくか。それでは、ようこそだ沖田総紫。現在の我々の拠点である、《樫ノ森学園》へ!」

 

 山から下って見えてきた建物。それは、広大な一つの学園だった。

 



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第17話 樫ノ森学園

 『国立《樫ノ森学園》』

 この世界において日常に溶け込んだ異質な力『導力』を研鑽する学園。

 この『導力』と呼ばれる力は平安時代から存在しているとされ、その頃に人類に敵対した侵略者『コトナ』を討ち取った力と伝承には残っている。

 現在のところ、日本の導力者の多くはここ『樫ノ森学園』か『聖デイビット学園』のどちらかに所属し、日々研鑽の毎日を送っている。

 

「──そんな寮の一角で私と彦斎は生活しているというわけだ」

「私達は何が起きたのやら、この学園に突然現れたらしくてな。何者かがわからないような者を学園に置くべきかは随分と話し合いが為されたらしいが…」

「そこは私の交渉術でなんとかした。住まわせてもらう代わりに生徒達の剣術指南を彦斎がやったり、私が導力者が使う『導力器』と呼ばれるもののアイデアを出したり、とかをな」

「修理は俺の知っている修理と変わらないようですね…」

「アッハッハ!そうかそうか。だが、今はこの立ち話の時間すら惜しいな。急いで保健室へと向かうとしよう!」

 

 修理の案内の下、学園内を歩く総紫達。『保健室』に到着すると修理はノックもせずに扉を開けた。

 

「石橋先生、すまない!至急対応してほしい急患を連れてきた!」

「もう、佐久間さん!ノックは必ずしてくださいって何度もですねぇ!」

「それについてはすまない。しかし、こちらも急を要する!」

「もう。それで急患というのは?」

「総紫!」

「はい。すみません、お願いします」

 

 ベッドの上に少女を寝かせるとぽやっとしていた『石橋先生』の雰囲気が引き締まる。

 直ぐ様、治療に必要そうな薬品などを棚から集めると治療を始めた。

 数分の間に治療を終えたのか、石橋先生は額の汗を拭いて総紫達に向き直る。

 

「危ないところでしたがなんとか間に合いました。しばらくは絶対に安静ですが、意識が回復したらお話しないといけませんね」

「あの、先生。ちかげは…」

 

 修理の傍らから現れた考に石橋先生は少し驚き、しかしすぐにやんわりと笑うと考の頭を撫でながら──

 

「今は眠っていますが命に別状はありません。今言った通り、しばらくは絶対に安静ですが容体が落ち着いた頃に聴取したいと思います。いいですね、佐久間さん?」

「ああ。助かったよ、石橋先生」

「そうですか。さて、それでは改めて聞くことにしましょうか。佐久間さん、こちらの二人を紹介していただけますか?」

「ああ。彼等は剣客が沖田総紫。今、石橋先生が撫でていたのは考。共に、私が生きていた世界の知り合いだ」

 

 修理の紹介に二人は石橋先生へと頭を下げる。

 

「なるほど。であれば、あまりどうこう言う必要はなさそうですけど…。と、自己紹介がまだですね。私は石橋美佐(いしばしみさ)。この学園の保健医であり、Cクラスの補助担任も兼任しています」

「沖田総紫です。彼女の治療、ありがとうございました」

「いえいえ。困った時はお互い様、ですよ。佐久間さん、二人のことは藤島先生には?」

「まだだ。彼女の治療を優先するのに説明は後回しにした」

「そうですか。それで正解だったと思いますが、今は状況説明に向かいましょう。沖田さん、考さん。お手数おかけしますがついてきてください」

 

 立ち上がる石橋先生に総紫達はついていく。途中、一つのクラスに寄って別の先生と合流するとそのまま『面談室』へと皆で入った。

 先生二人と総紫達が対峙するように座る。

 

「半年ほどで早くも新しい同居人か。佐久間さん、説明していただけますか?」

「藤島先生、そんなに見つめなくても説明しますから」

 

 修理は再び説明する。合間にいくつかの質疑応答を繰り返し、藤島先生はイスに深く座り直す。

 

「なるほど。佐久間さんの知り合いだがこの世界の人間ではない、と。となるなら当然だが──」

「ええ。戸籍は無いでしょうね」

「またか。次は誰が保証人になるか、だが──」

「あの、藤島先生。その役、私が請け負います」

「石橋先生が、ですか?」

「はい。私は藤島先生より少しだけですけど彼女達と話す機会を持てました。その時の感想としては彼女達は佐久間さん同様、危険な人だとは思えません」

「そうですか。なら、彼女達のことは石橋先生に任せましょう」

「ありがとうございます」

「さて、私の自己紹介がまだだったな。私は藤島直(ふじしまなお)。Aクラスの担任をしている」

 

 ジャージ姿の女性──藤島直は腕を組んでいっそ不遜な態度で自己紹介をしている。だが、そこに嫌味な感じは受けなかった。

 

(かなり豪快な人って感じか。歳姉さんみたいだな)

 

 総紫達も改めて自己紹介を行った。

 

「さて。二人の居室は佐久間さん達の隣でいいとして、働くのはどうしてもらうか?」

「藤島先生。総紫なら剣術指南にもってこいですよ。なにせ、天然理心流の免許皆伝だ」

「…ほう?それなら話は早そうだ。ちょうど次の時間はウチのクラスが野外授業だ。そこで腕前を見せてもらうとしようか?」

「だ、そうだぞ総紫?」

「──わかりました。置いてもらうのですからしっかりと働きます」

「では、行くとしようか。河上さんにも来てもらう!」

「承知した。腕を振るわせてもらおう」

「じゃあ、考ちゃん。行ってきます」

「はい。いってらっしゃいませ、総紫様」

 

 藤島先生先導で総紫と彦斎の二人が先に部屋から出ていった。

 

「じゃあ、考ちゃんには私の研究の手伝いをしてもらおうかな?」

「佐久間先生の、ですか?」

「ああ。いつもは石橋先生に頼んでいたが、孝ちゃんなら問題ない」

「それなら安心ですね。考ちゃん。頑張ってください」

「はい。ありがとうございます、石橋先生」

 

 面談室から出ると石橋先生は足早に駆けていってしまった。修理は考を引き連れて研究棟へと歩く。

 

「しかし、総紫と出会えてよかった」

「佐久間様、総紫様の命はどうにかなりませんか?」

「ああ、鬼瘴石による衰弱か。アレの解決法は私も彦斎も知っているよ」

「本当ですか!」

 

 嬉しそうに笑う考を見ながら修理は頭をかく。その様子に考は笑顔を引っ込めて首を傾げる。

 

「何か、問題があるのですか?」

「問題か…。まあ、問題といえば問題だな」

「なんでしょうか?考にお手伝いできることならお手伝いいたします!」

「ああ、いや。別に難しいことじゃないんだよ。ただまあ、安易には出来ないことでね」

「なぜですか?」

「うーん…。今は内緒だ。私達は構わないが総紫は構う話だと思うからね」

「総紫様が、構うのですか?」

「うん、まあ。詳しい話は総紫が居るときにする。最終的に決めるのは総紫自身なんだしな」

 

 考には何が何やら訳がわからない。総紫様が決めることとは何だ?そして、なぜ話している修理の顔が赤いのか?

 修理の言葉の意味を考が理解するのはもう少し先の話。

 



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第18話 日常的な非日常

 そこは東京のとある喫茶店のオープンテラスの一画。一組の男女がそれぞれに注文した飲み物を飲み、男の方は腕時計に視線を落としてはため息をつく。

 

「…ったく。向こうから言ってきといてなんで遅刻してくるんだ…。待ち合わせから一時間は経つぞ」

「まぁまぁ直刃ちゃん。一魅さんって医大生なんでしょ?忙しい人なんだしゆっくり待とうよ。どうせやることなくて家でのんびりしてたんだし」

「そりゃあ、そうなんだけどよ…」

 

 男──深海直刃(ふかみすぐは)は頬杖をついて向かいに座りパフェを頬張っている女性──矢頭莉桜(やとうりお)に面倒そうにしている。

 

「直刃ちゃんだって『暇だな~』なんて文句言ってたんだしいいじゃない」

「それとこれとは別だろ。そもそも向こうからここに来いって言ってきといて本人が時間に来ないとかどういう了見なんだか──」

 

 二人が待っているのは一人の女性。名は甲佐一魅(こうさかずみ)

 とある理由から知り合った相手だが仲良くしたいわけでもない。いろいろと複雑な相手ではあるのだが、とある境遇を持つ者同士でもあるので邪険にはできない。

 

 

 ☆

 

 

「───遅くなったわね…」

 

 待ち合わせ時間から早くも二時間を過ぎた頃。ようやく本人が現れた。ひどく疲れた様子で…。

 

「俺が言うのもなんだが、大丈夫か?」

「一魅さん、目の下に隈出来てますよ?」

「ここ最近、忙しくてね」

 

 イスに腰掛けるとそれに合わせるように一魅の後ろからついてきていた二人の人物が一魅の左右に座る。

 

「…で、急に呼び出したのはその二人についてなのか?」

「あら?察しがいいのね?」

「この状況でむしろ無関係と言われる方が驚くよ」

「まあ、そうでしょうね。二人共、帽子取っていいわよ」

 

 左右に座る人物が帽子を取る。その二人に直刃は自然と腰に差していた刀の柄に手を伸ばす。

 見間違えるはずはない。そして、その人物がここには居るはずはないというのに…。

 

「ふふっ。深海、刀を抜くのは止めときなさい。いくらあんたでも二人を同時に相手では勝ち目は無いでしょう?」

「──そうだな。だが、聞かせてもらえるか?どうしてその二人がここに居る?」

「さて、どこから説明すべきなのかしらねぇ。そもそも、自分の境遇にすら答えの出ていない私達のことだし」

「わかる範囲でいいから教えろ…」

「そうね。とりあえず、二人は貴方の知る清水一学と山吉新八郎で間違いないわ。二人共、この世界では敵ではないから刃は向けないよう頼むわね?」

 

 なぜか今にもこちらへと駆け寄ってきそうなほど喜色に満ちた新八郎とどのタイミングの一学が来たのやら、視線をわずかに向けるもすぐにそらされる。

 

「まあ、あとは新八のことがネックなのかしらね。深海、貴方には寝耳に水の話なのだけど。この新八、貴方にベタ惚れ状態みたいだから気をつけなさいな」

「──は?」

 

 かつては刃を交えたりすることこそあれど惚れられているとはどういうことか?

 

「どうも向こうの深海直刃と新八が結ばれる未来があったようなの。そんな世界から来ているものだから、ね?」

「えっと…?」

 

 直刃はすぐに記憶を掘り返して思い出す。三度目の折、初めて新八と出会った時に確かにそんな感じの話はしていた。

 自分は突っぱねてその後は山科へと戻り、その後は新八と斬り合ったりと決別の道を選択したが──

 

「そういう可能性もあったんだろうな…。新八と一緒になるっていう…」

 

 新八の方を見れば目が合ったことが嬉しいのか、可愛く手を振っている。

 

「一魅」

「あら?なんでしょうか、一学さん」

「あなたは私にこう説明したはず。『この時代では赤穂浪士によって討たれた吉良は悪人として伝記している。それは歴史としての認識だから変えようなどとは考えるな』と」

「はい。確かに言いました」

「だけど、私はやはり納得がいかない。奴等に討たれた吉良様の普段の様子が未来に伝わっていないなど…。なんとか名誉回復はできないの?」

「それは…。できることなら──」

「あっ。一魅、俺からその事とかについて少し話があるんだけど」

「話?」

「ああ。莉桜、頼んでた資料あるか?」

「はーい。もう、直刃ちゃんってば急に私にはわからない話始めるから私、おいてけぼりにされるのかと思ったよ…」

「ここに話が繋がるんだよ」

「なら良かった。はい、これだよ」

 

 直刃が莉桜から受け取った資料。それは歴史上では吉良は赤穂浪士に討たれた悪人としての通説があるが、直刃と莉桜の集めた資料には少し違ったものが書かれている。

 

「近年の研究においては『吉良上野介は領民に優しく、善政を敷いていた者でもあり、むしろ忠臣蔵における吉良上野介の行動には幾点か矛盾があり、今後はこの点が当時の幕府も絡む権謀術数があったのではないか?』って、最新の資料が見つかったよ」

「これは、いったい…」

「俺にもわからない。過去に一魅から聞いた話の断片もある以上、憶測と切って棄てるような資料じゃない。少なくとも今居るこの『未来』において、吉良上野介のただの悪人としては片付けていないんだ」

「深海、これはいったい…?」

「ああ。あとな、家には無いはずの蔵からこんな刀も出てきたぜ?」

 

 直刃は腰に差していた刀を鞘ごとテーブルの上に置く。うっすらと、視える者にだけは金色の光が刀から漏れていた。

 

「これは、雷切!?」

「しかも、師匠がわざわざ打ち直して用意してた五本目の雷切──『雷切・真打』」

 

 その刀を腰に差し直すと、直刃はテーブルに置かれたコーヒーを飲み干す。

 

「元居た時代に帰れなかったこと。雷切が家には無かったはずの蔵に納められていたこと。清水一学や山吉新八郎がいること。疑問を上げればキリがないが、俺やあんたはかなりややこしい事態に巻き込まれているようだぜ、一魅さんよ?」

「…そうね。説明のつかないことだらけ、ね」

 

 甲佐一魅は深くため息をついて空を仰ぐしかなかった。

 



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第19話 剣と姫玲の異能講座

 とある休日。剣と姫玲、以庵は新しい居候の二人に世界の説明をしていた。

 

「──と、いうのがこの世界の現状だ」

「質問、ある人?」

 

 手を上げる二人にまずはと手の平を向けて一人を指名する。

 

「バーテックスがこの世界にも居るのはなぜなんだ?」

「そうだな。では、乃木若葉(のぎわかば)。挙げられる可能性とはなんだ?」

 

 乃木若葉と呼ばれたアップテールの少女は口元に手を当ててわずかに黙考する。

 

「可能性の域は出ないが…、四国に神樹様がいるからではないかと思う」

「なるほど。俺とおおよそ同じか。銀はどう思う?」

 

 もう一人──三ノ輪銀(みのわぎん)は…。

 

「うーん。そもそもとしてこの世界って神樹様がある場所とは異なった世界なんですよね?」

「そうだな。銀が俺達に語ってくれた神世紀という世界とは似て非なる世界ってことになる。若葉も似たような話をしてくれたからわかると思うが、おそらくバーテックスが世界に出現するか否かがターニングポイントになってるんだろうな」

「だけど、この世界にもバーテックスは現れ始めた」

「まあな。今のところ人類はバーテックスにも負けてはいないが、いかんせんあいつらは底無しに現れているって話だからな。通常兵器はお前達のいた世界同様に役に立たないし」

「だが、ならばなぜこの世界はバーテックスに押されていないんだ?」

「その説明、する?」

「そうだな。以庵も気になってるようだし…」

 

 一人楽しそうに話を聞いているのは以庵。銀や若葉を、以庵を預かることになった神様のところから連れてきて早数日。

 世界のことを教えれば教えるだけ、銀と若葉は困惑を深め、対して以庵は素直さからかすぐにその知識を吸収している。

 

「そうだな。要因はいろいろあるんだろうが…おそらく最たる原因、『異能』について説明しよう」

「異能?」

「って、なんだ?」

「『異能』。読んで字の如し、異なる能力を発現できる、現在の通説としては人類に初めから備わっていた力とされるもの。まあ、もちろん素質とかも必要な異能もあるけどな」

「剣様。具体的にはどのような力があるのでしょう?」

「そうだな。まずはわかりやすいところからでいくなら、具現化(リ・アクト)だな」

具現化(リ・アクト)…」

 

 名前だけではわからないのだろう。銀と若葉も興味深そうにしている。

 

「『具現化(リ・アクト)』は基本的には人類であれば誰でも使える力のことで、昔なら超能力とか第六感とか呼ばれてた力だ」

「超能力!はい、はーい!それってアタシ達も使えたりするの!?」

 

 『超能力』という単語に銀が目を輝かせる。それに対して剣は肩をすくめる。

 

「どうだろうな。実際のところ、この『具現化』には最初だけは発動条件というものを満たさないと発現しない。あとは…」

「第二次性徴期を迎えてから、ですね。女性なら初経が来てからになります」

「初経…?」

 

 銀にはまだ馴染みのない答えだったのか首を傾げる。そして、目線が姫玲から剣の方へと向くが…。

 

「うん。その説明は後から聞いてくれ。俺の前で生々し過ぎる説明は無しで」

 

 銀を除く他の女性達はやや顔が赤い。仕方ないことだが…。

 

「あと、発動条件を満たして具現化を使えるようになったとしても、だ。具現化にはメリット・デメリットが存在する」

「そうなんですか?」

「例えを出そう。俺の具現化だが『制限限界負荷領域(オーバーロード)』。性能面は100%の能力開放」

「100%の能力開放?」

「人間というのはどれだけ全力を出してもせいぜいが80%が限界だ。身体が耐えきれないからな。だが、俺の具現化は100%を出しても身体が壊れることなく力を使えるようになる」

「っ!それならば、強いどころではないじゃないか!」

「まあ、年間で30分しか使えないけどな」

「「…は?」」

 

 剣の説明を聞いていた若葉は目を丸くしていたが、補足説明を聞いた途端に銀とともにマヌケな声が出る。

 

「俺の具現化『制限限界負荷領域』のメリットは身体を壊すことなく100%の力を発揮できる。デメリットは一年間の間に使える時間は合算30分だけだ」

「それは…、いや、ものは考えようか?」

「扱いそのものは俺の肉体に依存してるから一概に使えるかは判断しにくいが、時間をしっかりと把握出来れば十分に使える異能だ」

「剣様。姫玲様の具現化は?」

「私の具現化は『智識事典開帳(カテゴライズチョイス)』。私の有する智識を一日一つ一人にまで与えることができる。使用回数は一日一回。メリット・デメリットはわかりやすいよ」

「智識の共有、といったところか。こちらもかなり強力な具現化といえる。二人は兄妹でしたよね?やはり、その辺りにも関係があるんですか?」

「わからん。遺伝子性の力ではあるがどこまでが影響下にある力かは未だ研究途上の異能だからな。他の異能と違ってわからないことはまだまだ多い」

「でもさ、智識の共有ってことは今の授業、必要ないんじゃ…」

「銀ちゃん。残念ながらそこまで便利な力じゃないの。私の具現化は『私の有する智識』を【他者】に与えること。つまり、私の主観的智識を相手に与えることになるの」

 

 その説明に銀は首を傾げる。しかし、若葉は得心したようで…。

 

「なるほど。辞書等にある『客観性』のある智識を与えることはできないということか。デメリットが明確なんだな」

「そう。だから、ある意味では兄さんの力よりも使い方は限定的」

「なるほど。便利な力とはいえ不便なのですね…」

 

 以庵は頬に手を当ててため息をつく。

 銀はそれでもうらやましいようではある。

 

「他の異能というのは何があるんだろうか?少なくとも『具現化』だけで人類がバーテックスに対処しているというわけではないんだよな?」

「そうだな。じゃあ、次は『魔眼』と『導力』について説明しよう。まずは『魔眼』だが、こちらは読んで字のごとく『眼に魔法を宿す』力だ。だが、この異能はとにかく魔法適性と呼ばれる魔法に対する適性値が一定値以上無いと発現しない稀少なものだ」

「えっと、たとえばどんなことができるんですか?」

「わかりやすくいうなら見ただけで物を燃やす『灼眼』とか同じように見ただけで物を凍らせる『凍眼』とかだな。あと、魔眼には直接干渉型と間接干渉型の二つがあり、前者二つは直接干渉型だ。間接干渉型については有名なのは未来を視る『未来視』とかになる」

「どれも強力な力。デメリットは無いのか?」

「明確にあるのかは不明だ。ただ、魔眼は基本的に常時発動状態といって力のON・OFFが無い。したがって特殊なレンズ『魔眼殺し』と呼ばれる魔術礼装が必須になる。そういう意味ではデメリットになるかな」

「魔眼殺しは高いから」

「あの、具体的には…?」

 

 銀の素朴な質問に対して姫玲は電卓に数字を打ち込んで渡す。それを見て悲鳴を上げる銀。

 

「まあ、一般人には辛い金額なんだよ。ただ、適性が無いと発現しない力だからな。持ってるやつがそもそも稀だ」

「そうか…。となると『導力』という力も適性があるのか?」

「勘がいいな。そうだ。導力も適性があり、こちらは適性値が明確に決まっている。下はCランク。上はSSS(トライエス)ランクまで存在し、ランクによって性能は千差万別。こちらも異能としての幅は具現化並に多い。現在のところ、バーテックスとの戦いにおいて最も功績を上げている異能は間違いなく『導力』だ」

「異能っていってもいろいろあるんだなぁ」

「他にもあるが、あとの異能は明確な適性とかがあるかすらわからない、いわゆる伝説上の代物も混じるから今回は説明しない。正直なところ、存在すら怪しい力もあるんでな」

 

 説明を終えた剣は軽く伸びをする。

 

「まあ、いきなりいろいろとややこしい世界に来て混乱はしてるとは思う。ただ、ゆっくりで構わないから慣れてくれ」

「明日以降、それぞれの能力を見て家事の再分担するからそのつもりで。新人二人」



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第20話 渡航者

 結界の外の調査から数日。勇者部の一同は部室で大赦からの進捗報告を行っていた。

 

「えっと。大赦からの総合的判断としては『現状を維持。結界の外には確かに別の世界が広がっていることは確認できてはいるが、彼らが友好的かどうかまでは推し量れておらず、勇者一同は不測の事態に備えよ』だってさ」

「大赦としては、あまり良い判断とは思えないのですが…」

「そうはいうけどさ、東郷。実際問題としてどうするかって話になってくるわけよ。私達が外に向かえば結界内が手薄になって神樹様が危険だし、かといって外が本当に危険の無い場所なのか現状ではまるでわからない。そんな状況で大赦が易々と外に戦力割くわけないわよ」

「風の話に付け加えるなら外の安全性が不確定なうちは結界内の防衛に戦力を置くのは理にかなってる。不用意に外に戦力割いたばっかりに神樹様がバーテックスに倒されましたなんて笑えないわ」

 

 風と夏凜の説明に美森はそれ以上の言葉を重ねることはしなかった。確かに実際問題として結界内の防衛が手薄になってしまっては本末転倒だ。

 

「でも、風先輩。そのことと今日は園子ちゃんが居ないのは何か理由があったりするんですか?」

 

 実は園子だけこの場に居なかった。風は肩をすくめると───

 

「この前の自分だけ勇者から除け者にされたのを根に持ってたみたいでね。大赦本部に殴り込みにいったみたいよ?」

「と、止めなかったんだね…お姉ちゃん…」

「まあ、気持ちはわからないでもないからね。あっ、あと《満開》について説明があるの」

「《満開》について、ですか?」

「あっ。そういえば満開のゲージが無くなってましたよね?」

「友奈はよく見てるみたいね。《満開》は勇者にとっての切札ではあるけど、いかんせん人体への負荷がでかすぎるからって今は調整中だって。使うにしても今よりは使い勝手を良くするらしいわ」

「使い勝手を良くするって…。そんな簡単に出来たりするんですか?」

「まあ、大赦はやるって言ってるんだし任せてみましょう?成功したら私達としては万歳なわけだし。さて、じゃあいつもの通り、勇者部の活動始めるわよ!」

 

 風の言葉に勇者部の面々は自分の担当している仕事へと動き始める。

 

 

 

 ★

 

 

 

 四国地方。そこは現在、神樹様の力により外界とは隔離されている場所。本来であれば何人たりとも四国へと入ることは出来ず、ましてや結界の中にまで人が降り立つことなどあり得ない──はずだった。

 

「のう、リンネ。ここはどの辺りじゃろうか?」

「…さあ。少なくとも地球って感じはしないけど…」

 

 見渡すかぎり一面の樹海のような場所。今いる場所さえわからなくなりそうなほどに広く、空は薄暗闇だが星などはない。

 

「結界の一種、とは思う。けど、ここまで大規模な結界がなんであるのか、って思うと…」

「そうじゃな。まあ、とりあえずはジルさんに合流することにせんか?二人でうろちょろしておっても何も解決しそうにないし」

「そうだね、フーちゃん。けど、本当にここってどこなんだろ?」

「わからん。わからんが──ウーラ、準備じゃ」

《にゃあ!》

「スクーデリア、セットアップ」

 

 二人はアイコンタクトだけで戦闘態勢に移行する。二人は結界の外壁のようになる方角へと目を向ける。

 

「何か来るようじゃな」

「なんだろう。念のためにセットアップしたけど…」

 

 二人の見つめる先には暗い空間が広がるばかり。見渡したところで今までと大きく変わる様子はない。

 しかし、ソレを二人は捉えていた。

 

「くる!」

「なんじゃ、あれは…」

 

 暗い空間に現れたのは無数の白い何か。ソレ等は迷わず二人に向かって突っ込んできていた。

 

「迎え討つぞ、リンネ!」

「うん、フーちゃん!」

 

 大口を開けて迫りくる白いソレを二人は次々と殴り飛ばす。蹴りあげ、叩き落とし、踏み潰す。

 時には魔法を駆使して撃ち抜き、大口をそのまま上下に引き千切る。

 二人の足下からその周辺に夥しいほどの白い骸が増えていき、ソレ等は徐々に光となって散っていく。

 

「いったい何匹おるんじゃ…」

「数えるのも嫌になるね…」

 

 倒せども倒せども数は減る気配がない。二人は疲労している様子はなく、むしろ飽きてきている。

 というのも、ソレ等の基本的な行動は大口を開けてただ突っ込んでくるのみ。格闘技の選手である二人からすれば、同じ攻めに対して色々な対応で迎撃を試す機会にはなったが、そんなものは最初の数十まで。あとは機械的にただただ倒していくだけだ。

 飽きてこないはずがなかった。

 

「少しはなんかの練習にでもなるかと思ってはみたが、拍子抜けした…」

「これなら、フーちゃんとスパーリングした方がいい、のにっ!」

 

 荒々しく吼えたリンネは魔法砲撃によって射線上のソレ等を消しとばす。

 そこで打ち止めだったのか、ソレ等が急に現れなくなる。

 

「結局、なんだったのか、あいつらは…」

「わからない。でも、まだ来るみたいだよ」

 

 リンネが指さす先には先程までとは違う巨大な物体がゆっくりと近づいてきている。

 

「さっきの奴らとは気色の違うやつが来たな。だが──」

「──行こう、フーちゃん」

「遅れるなよ、リンネ!」

「なめないでよ、フーカ!」

 

 二人は走り出す。ソレに向かって。

 巨大な物体が口のようなものを開けたように見えた。同時に、空を覆い尽くさんばかりに光のような針が降り注いでくる。

 

「なめる、なぁ!」

「シッ!」

 

 二人は針の雨をものともせずに凪ぎ払いながら一瞬たりとも止まることなく突っ切っていく。

 

「──っ、リンネ!新手が来たぞ!」

「フーちゃん、そっちは任せて!」

「おう!任せる!」

 

 側面から現れた巨大な物体にリンネが方向を変えて突っ込む。蠍の尾のようなものがリンネに向かって振り下ろされる。

 尾の先が、リンネに触れる瞬間──リンネの足元が爆発するようにへこむ。

 

「一点、集中…!」

 

 リンネの振るう拳が尾の先を捉えて叩く。普通であれば質量差でリンネの腕が肩から無くなるだろう。

 だが、鍛え抜かれた肉体とそこから放たれた完成された技術の粋でもある一撃は物体の予測すら簡単に否定してみせた。

 尾が先から半ばまで弾けるように破砕された。更に、破砕を免れた箇所から尾が千切れる。

 

「──っ!」

 

 だが、リンネはそこで止まらない。拳を振り抜いた勢いを殺すことなく再度加速。

 巨大な物体の真下にたどり着くと魔力を集束させる。

 

「貫けっ!」

 

 一閃。その一撃は物体をまっすぐに貫通。物体は光となって消滅する。

 

 対してフーカは密度の増した針の雨に足を止めていた。

 

「ムッ。…だが、ようやく、読めてきたぞ!」

 

 針を弾いていたフーカだったが、次第にまた近づいていく。そして──

 

「悪いが、練習にはもってこいの攻撃だったのでな。くらうがいい。覇王流、旋衝破!」

 

 弾き飛ばされていた針のいくつかが跳ね返されて物体に突き刺さる。だが、針の雨は止まらず、跳ね返される数は次第に増えていく。

 

「おおおおおおっ!」

 

 最早、フーカに届くはずの針の雨はそのことごとくが物体の表面に突き刺さっていく。

 そして、針の雨は止み、巨体が落着する。そこにはすでに拳を構えるフーカがいた。

 

「覇王、断空拳!」

 

 振り抜かれた一撃は物体を微塵に砕いた。衝撃に乗って光が散っていく。

 

「…さて、なんだかんだと倒してはみたが、なんじゃったのか、あいつらは」

 

 すると、結界の中を花弁が舞う。花弁は数を増していき───

 

 フーカとリンネはどこかの学校の屋上にいた。二人以外に勇者部の五人も居たが。

 

「…お前達は、誰だ?」

「えっと、それはこっちが聞きたいんですが…」

 



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第21話 数奇な縁

 勇者部部室。そこには勇者部五人と先ほど結界から出てきた際に一緒になったフーカとリンネもいた。

 

「つまり、さっきの奴らはバーテックスとかいうもので、結界を維持する神樹とやらを攻撃する敵だったと」

「はい。おおむねそれで間違いありません」

 

 東郷美森主体で行われた四国の現状と先ほどの敵──バーテックスについての説明が行われた。

 フーカとリンネは話をしっかりと聞き終え、唸るように天井を見上げていた。

 

「何やらややこしいことに巻き込まれたのは理解したが…。今の話を聞くかぎりじゃとワシやリンネが結界の中に居ったのはおかしいということになるんじゃよな?」

「それは…。はい、そうです」

「ふむ。どう思う、リンネ?」

「うん。とりあえずジルに連絡は取れたし、話についてはなんとも言えない、ね。私達が居たのがおかしいのはわかるけど、そもそもなんで居たのかがわからないんだから貴方達でも理解はできていない。ですよね?」

「そうです。風先輩の方でわかることってありますか?」

「私からは…無いわ。大赦の方にも一応連絡してみたけど返事が無いし」

「そうか。お前達の上がわからんことに答えは返せんわな。しかし、どうするかな?」

「ジルが迎えにくるのを待っておこう。と、言ってもさっきの話を聞くかぎりだと結界を越えられない可能性はあるけど」

 

 どうやら四国内に来ているのはフーカとリンネだけらしく、ジルとの連絡こそは取れたが結界を越えられるかはわからないとの返答だった。

 

「そうか。…うん?となると、今日からの活動拠点はどうする?ジルさんが全部してくれとったってことは…」

「うん。衣食住、全部何も無い状態なんだよ、フーちゃん…」

 

 リンネの返事にフーカは頭を抱える。四国内においては二人には生活基盤は存在しない。

 

「あの、私達の誰かの家にそれぞれが一時的に居候したらどうかな?」

「なるほど。樹、良いこと言った!」

「いや、しかし、いいのか?」

 

 いくらなんでもそれは厚かましくはないか?とフーカは思う。しかし…。

 

「大丈夫でしょ、貴方達二人なら。少なくとも防衛に遅れた私達の分まで神樹様の防衛してくれた人達なんだし。それに──」

「ここで見捨てたら勇者部じゃないですよ、風先輩!」

「友奈の言う通り。困ってる人を助けるのは勇者部の仕事なんだから」

「おっ?夏凜もすっかり勇者の一員ですなぁ?」

「ちょっ、風?どういう意味よ!?」

「…すまない。世話になる」

「よろしくお願いします」

 

 ありがたい好意に二人は頭を下げる。

 

「さて。では、誰の家に二人を住まわせるか、ですけど…」

「なら、一人は私が引き受けるわ。この中で私は一人暮らしだし」

「ほい。んじゃ、夏凜は決定。あとは、うちにするか?」

「はい!はい、風先輩!私が引き受けます!」

「友奈ちゃん?」

 

 いつになく積極的な友奈にさすがの美森も少し驚いていた。困ってる人を助けるのは勇者の勤めとはいえ、ここまで積極的なのは珍しくもある。

 

「そうねぇ。やる気もあることだし、友奈にお願いしようかしら。あっ、ご両親には私からも話にいくわよ」

「はい。よろしくお願いします、風先輩」

「決まりね。じゃあ、二人には悪いけどどっちの家に行くのかだけは決めてくれる?」

 

 

 

 ★

 

 

 

「じゃあ、今日からしばらくよろしくね、フーカ」

「ああ、よろしく頼む夏凜」

 

 夏凜のマンションに来たのはフーカ。というのも家事全般を過不足なくこなせるのはどちらかといえばフーカで、一人暮らしへ厄介になるのだからとフーカが言い出したことで決定した。

 

「とりあえずキッチンをかりて夕食を作ろうと思うがリクエストはあるだろうか?」

「冷蔵庫の中身で適当にお願い」

「うむ。なら、さっそく──」

 

 冷蔵庫を開けて中の食材を確認する。いくつかを取り出すと材料を切り始める。

 

「フーカ。今日、バーテックスと戦ったのよね?」

「うん?ああ、戦ったな」

「どうだった?」

「…どうだった、か。強くはあった。だが、どう言えばわかりやすいのかわからないが、どこか単調には感じたな」

「単調…」

 

 夏凜はストレッチを行いながらもフーカの答えに思考を巡らせる。

 フーカとリンネの話を聞くかぎり今回の襲撃で出現したバーテックスは蠍座と射手座の二種類だ。この二体は友奈達が対応した時にもそろって出現している。

 さらに言えば2年前の戦いにおいてもそうだと美森は言っていた。

 

(やっぱりバーテックスを使役してる親玉は神樹様の撃破を諦めてはいないってことか。おそらくその二体をわざわざ使ったってことは攻め込める確率が一番高いからとかそんな感じ…)

「夏凜、料理できたぞ!」

 

 テーブルに並べられる料理の数々。予想よりも遥かに豪華な料理に夏凜は開いた口が塞がらない。

 

「えっと…。冷蔵庫の材料を使ったのよね?」

「うむ。なぜか煮干しが大量にあったからそれをベースに色々とアレンジしてみた。煮干しは良質な出汁も出るし、出汁に使った分も粉末状にして他の料理に使ってある。一部の無駄もなく仕上げたぞ!」

 

 キッチンを見に行くが料理に使った鍋やフライパン以外の、いわゆる食材の残骸は一切見当たらない。

 

「野菜の皮とかって…」

「よく水洗いをすれば煮干しの出汁のきいている味噌汁の具材になるし、炒め物にも使える。皮というが一番栄養価の高い部分は皮に近いのだ。そもそも、今日から居候させてもらうというのに皮を捨てたりする贅沢なんかできん!」

 

 フーカは孤児院出身ということもあり、こういう倹約家な一面はある。だからこそ、夏凜の方へと立候補したのだろう。

 夏凜は改めてテーブルに並べられた料理を見て感嘆のため息をつくしかなかった。

 

「これは…。最高の掘り出し物じゃないかしらね…」

「食べないのか?」

「いいえ。いただきます!」

「うむ。いただきます!」

 

 この日、夏凜は賑やかな晩御飯を過ごすことになった。

 



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第22話 小悪魔の思惑

 週も明けて、月曜日。

 授業は滞りなく終わった学院の部室棟。占星術研究会の部室にはいつもの面々が集まっていた。

 

「それで、神代君。愛生の様子はどうですか?」

「どう…、というのは?」

「何かしら問題を起こしたりはしていませんか?」

 

 いつもの通りに表情の読みにくい顔で映瑠が剣に質問を投げかける。だが、話の張本人はというと…。

 

「ちょいちょい。部長、本人に聞こえるこの距離でなんでわざわざ神代に聞くわけ?」

「貴女に聞いたところでごまかすでしょう。速水君に聞くにもそちらで何か話をしていたようなので」

「うーん…。俺から見てるかぎりでは特に何も。玲児の方で問題ないなら何も起きてないんじゃないか?」

「今し方、神尾から訳のわからない話を振られた矢先に俺に矛先向けないでくれないか?」

「なんだよ、悪巧み中か?」

 

 玲児の言葉に映瑠が愛生の前に立つ。それに愛生は軽くため息をつくと───

 

「べつに塔子の時みたいな話じゃないですけど。ただ、そろそろクラスの管理が億劫になってきたから元の管理人に返そうか考えてただけです」

「貴女はまた訳のわからないことを言い出しますね…。クラスの管理とはどういうことですか?」

「うーん…。部長にわかりやすく説明するにはどうしたらいいかなぁ…」

 

 愛生が悩む姿に剣は思わず笑い声を漏らす。部室内の視線が剣に集まり、剣は息をつくと──

 

「部長。クラス内の意見をまとめようとする場合、部長ならどうしますか?」

「クラスで会議を開きます」

「なるほど。正道です。では、簡単には答えの出ないような議論の場合は?」

「できるかぎりの時間をかけてクラス内の妥協点を探します」

「ふむ、さすがは部長。清々しいまでの正道ですね。予想通りの答え」

「何を言っているんですか、神代君」

 

 軽く拍手をした剣に対して映瑠は避難がましい視線を向けてくる。

 

「じゃあ、神尾。お前ならどうする?」

「手段は?」

「選ばなくていい」

「だったら、クラスのグループトップを抱き込むわ」

「お前も予想通りの答えをありがとう」

 

 愛生の答えに剣は改めて拍手をした。対して、映瑠には今の会話はあまりピンときていないのか首を傾げる。

 

「いったいどういう…」

「部長。派閥(グループ)ってわかります?」

派閥(グループ)、ですか?」

「そう。まあ、友達関係といっても間違いではないけど…」

「ある程度、なら把握はしてますが…。それが何か?」

「神尾の言っているのはその派閥ごとに存在するリーダーの意見を取りまとめればクラス会議はする必要なく話し合いが終わるって言ってるんですよ」

「そんなバカなこと…。愛生、それは難しいのではなくて?」

「神代~、部長に説明してもわからないってば」

「そんなことないさ。部長、理解はしているが意味はわかりたくない、ってところでしょう?」

「──っ」

 

 噛みしめるように黙った映瑠に愛生は驚いている。

 

「部長自身、クラスの意見を取りまとめる際には神尾と一緒のことを無意識に行ってるはずだ。クラスの意見っていうのは派閥のリーダー間の妥協点。それがわからない部長じゃないよ」

「ですが…、愛生。今の話から察するかぎりでは貴女はクラスを掌握している、というのですか?」

「うーん、掌握はしてないかなぁ。確かにある程度はクラスの意向を操れる位置にはいるけど、それを許さない相手がクラス内にいるからね…」

「愛生でもそういう相手がいるのですね」

「あのね、部長。私をどういう人間だと思ってるわけ?」

 

 さすがに神尾愛生とて対峙するには荷が勝ちすぎる相手は存在する。考えてみれば当たり前の話ではあるのだが。

 

「まあ、話を戻そう。でだ、神尾はクラスの意向をある程度は操れる立場にあるわけだが、それを手放そうとする理由はなんなんだ?」

「べつに。純粋にうちみたいなクラスだと時間が足りなさすぎて大変なのよ」

「時間が足りない、ね。それは、話題作りって意味でか?」

「わかってるならわざわざ聞く必要なくない?」

「話題作り、ですか?」

 

 剣と愛生の会話に映瑠は納得がいかないのか不思議そうな顔で二人を眺める。

 

「部長にわかりやすく説明するとだな。うちのクラスって女子の話題って基本的には高階か神尾から提供される話をベースに盛り上がってるんだ。ただまあ、毎日のように同じ話題で盛り上がるかと言われればそうじゃない。となると───」

「基本的にはその日その日である程度話題作りをしなきゃいけなくなるの。ドラマだとか映画だとか、ね。でもこういうのって数日とかなら問題なくても毎日ってなるとね…」

「なるほど。見たくもないテレビを見たり、新聞を読み漁ったりとかが必要になってくる、と…」

「有り体に言ってしまえばそういうことだ」

「そういう生活って向かないなぁって。だから、クラスのコントロールはそろそろ元の持ち主に返そうかな、と」

 

 愛生は伸びをしてテーブルへと突っ伏する。相当に疲れているのか、そのまま垂れている。

 

「ですが、返すと言いますがその、高階さんですか?彼女がクラスをコントロールしていたとは限らないのでは?」

「いや?それは案外、神尾が言い当ててる節はあるな。意識的にか無意識的にかはしらんが」

 

 剣の補足にはさすがの映瑠でも不満そうに黙ってしまう。しかし、今まで傍観するように黙っていたクラスの二人が話に入る。

 

「だけど、剣。高階ってそんな感じはまったくしないんだが…」

「そう、だよね。確かに話の中心にはよくいるけれど…」

「二人がそう思うってことは、裏を返せばそれだけ周りに溶け込むほどの光景ってことだよ、速水、塔子」

「「あっ…!!」」

 

 愛生の指摘に今さら気づいたように驚く二人。

 

「まあ、そういうことだ。意識的にしてるなら大した狸だし、無意識的にしてるならこれ以上の神尾の介入は神尾自身がクラスでの孤立を生みかねない。そうなる前に主導権を返しておこうって魂胆だろ?」

「…こういうのを全部把握されてるから神代は厄介だよね…」

 

 垂れていた愛生はふてくされるように剣から顔をそらす。その様子を玲児と塔子は意外なものでも見たように驚き、映瑠は何か納得がいったような顔で頷いていた。

 

 

 ★

 

 

 

「私達、置いてきぼりだよねぇ」

「わからない、話には、加わらない…方が、いい」

 

 部室の端でゲームに興じる二人──響と芙美香は疎外感を感じながらも何も言わずにゲームへと思考を戻していた。

 



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第23話 小悪魔の暗躍、剣の立ち回り

 部室の出来事から早三日。

 剣達のクラスでは少しの変化が生まれていた。

 

「お、おおっ…?」

「ああ、そんなに焦る必要はないよ。俺達で引き付けるから」

「いや、引き付けるなら一人でやれよ…」

 

 クラスのあちこちでゲーム機を持ち寄って狩りゲームに興じる生徒が男女共に増えていた。

 

「何が起きてるんだ、剣?」

「大方、神尾が裏で何かしてるんだろうよ。この前の塔子からの相談にも関係してるんじゃないか?」

「えっ?何かしたっけ?」

「『恋愛物の書き初めってどんな感じになるものなのか?』って話してなかったか?」

「ああ~、してたねぇ。えっ?これがその答えってこと?」

 

 クラスのあちこちで行われているのはゲーム機を持ち寄っての男女の交流。つまり───

 

「コミュニケーションのツールはさておいて。共通の事柄があれば男女の交流は始まるってことだよ」

「あっ、愛生ちゃん」

「どうよ、速水?」

「いや。『どうよ』って言われてもな…」

「俺達からしたら何を当たり前なことを…、って意識しかないぞ。なあ、速水?」

「いや。その同意の取り付けもおかしいぞ」

「あれ?これって趣味持ちの人間の意識か?」

 

 思わず周りを見るが剣の視線を周囲のクラスメイトは視線をそらしてしまう。剣はその予想外の反応に固まる。

 

「…マジで、か?」

「珍しい顔が見れたわね…」

「で、今のクラスの状況を神尾が作ったのはわかった。これが塔子の小説関連なのもなんとなくわかった…けど、これって高階のことにも関係あるのか?」

「ん?あるよ。っていうか、本命はそっちだしね」

 

 笑う愛生に対して玲児は渋い顔をしている。おそらくある程度は愛生自身から説明は受けてはいるのだろう。

 だが、それについて納得しているわけではないようで…。

 

「俺も好きに動くからな?」

「いいよいいよ。速水が私に手を貸すとも思ってないから。そもそも、クラスメイトを陥れるようなことに速水が片棒を担げるとは思わないし」

「愛生ちゃん。私も、積極的にはお手伝いしないよ?」

「いいってば。塔子は小説の方を優先しなって」

「そうか。玲児も塔子も消極的か」

「神代も好きにしなよ?」

「神尾に言われるまでもねぇよ」

 

 

 

 ★

 

 

 

 昼休み。剣は食堂を訪れると直緒を見つける。

 

「よう、高階。珍しいな、お前が一人で食堂とは」

「えっ?ああ、神代か。まあ、たまには、ね」

「なら、一緒に食わねーか?」

「…そうだね。せっかくだし一緒にしようかな」

 

 お互いにトレーを持って席に着く。始めはお互いに無言で食事を続けていたが──

 

「なんていうのかな。クラスにちょっと居にくくてさ」

「教室に、か?」

「うん。ほら、今ってクラス内でゲームが流行ってるみたいじゃない?」

「ああ。狩りするゲームな」

 

 『そのブームを意図的に発生させたやつ』を頭に浮かべつつも、剣は平常心を心がける。

 

「それがどうかしたのか?」

「みんなにさ。『直緒はやらないの?』とか『一緒にやろうよ!』とか誘われるんだけどさ。私ってば、どうもああいうのって苦手なんだよね」

「ゲームが苦手なのか?」

「ゲームというか、ゲーム機をポチポチしてるのが苦手なんだよね。なんていうのかな…。やってると『ムキーッ!』みたいになる?」

 

 頭をかくようなジェスチャーを交えて話す直緒に剣は思わず噴き出す。

 

「くっ…。細かい作業が似合わなそうだよな、高階の場合は」

「まあね。苦手なんだよ、ああいうの」

「で、なんとなく教室に居づらいと…」

「『空気』ってあるじゃん?『みんなはやってるのに直緒はなんで?』みたいな空気がどうしてもね…」

「まあ、普段ならお前はああいうのの先頭にいるようなやつだからな」

「そうなんだけどね…」

 

 普段ならクラス内で話の中心には必ずといっていいほど『高階直緒』というムードメーカーがいる。

 しかし、今回のブーム──『ゲーム』においてはそのムードメーカーは静観を決め込んでおり、周りから──特に女子達からは不信感みたいな雰囲気が出てきている。

 『いつもなら率先しているのになんで今回は?』みたいな空気。普通に考えれば苦手なものの一つや二つ、誰が持っていてもおかしくはないというのに。

 

(なるほどな。神尾にはこういう空気が見えてるのか。なんだかんだとあいつも特殊な人種ではありそうだしな)

「神代はゲームしないの?」

 

 直緒はクラス内をよく見ている。クラス内でゲームをほとんどしていないのは剣と姫玲、あとは塔子くらいのものだ。

 姫玲はゲームよりも本、塔子は小説書きに重きを置いているからしていないが剣もゲームぐらいはしている。

 

「いや。俺もゲームはするぞ?」

「そうなの?教室でしてるところ見たことないし」

「俺もあの狩りゲームはしてるさ。ただ、玲児曰く俺のプレイスタイルに合うプレイヤーは少ないんだってさ。お前のプレイについていけるやつはクラス内には居ないと思うってさ」

「プッ。なにそれ?」

 

 ここまで憂鬱そうな雰囲気が一転、和やかな空気に変わる。

 

「俺のプレイスタイルは良くも悪くも効率性重視みたいでな。ゲームをクリアするって面からみれば他からも一目置かれるようなプレイらしいが、今のクラスで求められてるのは男女間での読み合いだろ?俺はゲームでもそういうことはしないって玲児に言われて『なるほど』と感じてな」

 

 ちなみにこういうプレイスタイルは嫌われがちにみられるが仲間に一人いると格段に楽しくはなるとも玲児からは言われている。

 しかし、今クラス内で起きているゲームブームに対しては俺のプレイスタイルは嫌われやすい。なにせ、男子がしているのはいわゆる慣れていない女子を持ち上げる『接待プレイ』というやつだ。

 女子に良いところを見せるために男子は常にフォローに回る。代わりに普段なら女子とも積極的に話せない男子は楽しくお話しできる。

 そんな需要と供給が成り立っているのが今のゲームブームの根幹だ。これにゲームに傾倒する剣のプレイスタイルは周りからブーイングが出る可能性があるのだ。

 その説明をすると直緒は意外そうに目を見開いていた。

 

「つまり、今のゲームブームって『お見合い』ってこと?」

「おっ?見方を変えればそうなるな。まあ、そういうことだよ。男子は女子と楽しくできる。女子は男子と話して普段なら知れない男子達のことを勉強できる。言い方は悪いがお互いに得があるから今のブームは発生している」

 

 まあ、塔子の恋愛小説のネタにも繋がるからそういう発展を意図的に行ったのだと剣にはわかっているのだが…。

 

「じゃあ、けっこう短かったりするのかな?」

「ブームがってことか?」

「うん」

「クラス全体でのブームなんて所詮は短期だ。特にこういうブームならなおさら。そこから先に発展した奴等は今後も続けていくだろうが、そうでないならこういうブームはあっという間に過ぎ去る」

「そっかー。しばらくの辛抱か…」

「なあ、高階。教室に居づらいってなら今日の放課後、うちの部活に来ないか?」

「部活に?」

「ああ。占星術研究会って銘打ってはいるがほとんど暇人が集まっての雑談会だ。他の女子と下校タイミング被るのが面倒なら、どうだ?」

 

 直緒は箸を咥えたまま考え込むように天井を見上げる。しばらくの間そうしていると──

 

「そう、だね。せっかくだから一度のぞかせてもらおうかな?」

「了解だ。部長の方には俺から後で伝えておくよ」

「なんか、ありがとうね、神代」

「別に。俺は何もしてねーよ」

「なんとなく、ね」

「そうかい。礼は礼として受け取っておくよ」

 

 お互いに食べ終わったトレーを厨房に返すと教室へ向かって歩き出す。

 

「さーて、午後の授業もがんばりますか」

「そうだね…」

 



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第24話 剣の思惑

 午後の授業も滞りなく終わって放課後。

 占星術研究会の部室には直緒が愛生のレクチャーを受けながら占い──タロットについて勉強していた。

 

「なんで私が…。こういうのって普通は部長の仕事でしょ?」

「仕方ないだろ。部長は先生からの呼び出しで遅れるって言ってるんだ。せっかく来てくれた見学者を待ちぼうけにさせるわけにもいかんだろ?」

「それで私に白羽の矢が立つ理由は?」

「高階の興味を持った占いがタロットで、そのタロットを熟知してるのは神尾だったから。わかったか?」

「なんだろうね。この『文句を言わずに仕事をしろ』って言われた気分…」

 

 愛生の説明を熱心に聞く直緒を横目に、剣はとある一枚の紙を取り出す。

 

(ったく…。あの人も人使いが荒い…。いや、今の生活ができてるのはあの人の力もあるんだが…)

 

 そこの紙には『指令』と書かれており、中身はその下に書かれている。その指令書を眺めて剣はただため息をつく。

 

「にしても、今日は集まり悪いなぁ」

「塔子は小説書きにとっとと帰ったし、響と芙美香は仲良く買い物らしいぞ」

「で、部長は先生からの呼び出しで遅れる、と。なんだかんだとうちのクラスの人間しか居ないあたり、この部活も稀有な集まりだよな」

「というか、剣。最近、姫玲って部活に来ないけど忙しいのか?」

「本の発売日前後はこんなもんだ。あいつの優先事項はあくまでも『本』だよ」

「そうか」

 

 窓際で剣と玲児はコーヒーをまったりと飲んでいる。

 そこへ、一通りの説明を終えた愛生が近づいてきた。

 

「男子二人そろって何をたそがれてるの」

「なんだよ。もう、説明は終わりか?」

「まあね。あとは人相手に数こなして読み慣れるしかないわ」

「ふーん。俺みたいな当てはまらない人間の運命を読めるようにならないといけないからな」

「無茶苦茶難易度高いところ目指すのやめなさい。で、神代は高階ちゃんに何を吹き込んでるわけ?」

「吹き込む、とは。えらく物騒な言葉を使うな、神尾」

 

 二人の視線が交錯する。お互いに何らかの工作は行っている。それはわかっているからこそのやり取りではあるのだが…。

 

「策謀家二人もいるとか…。ここってここまで殺伐としてたか?」

「速水はまったりの方が好み?」

「いや、好みとかそうじゃなくてだな…」

「まあ、仕方ないだろ玲児。俺と神尾じゃスタンスが違いすぎる。争いは起きて然るべきなんだよ」

 

 お互いに笑みを貼り付けた顔で相手を見合う二人に玲児はため息をつく。この争いの中心にはタロットを熱心に行っている直緒がいる。

 だが、二人の状況に決着が着いた時に『勝ち』を宣言するのはどちらなのか?

 

「申し訳ありません。存外に長引いてしまって──どうかしましたか?」

 

 ようやく部室に顔を出した暎瑠は意味深に笑い合っている愛生と剣を見て不思議そうに眉を寄せている。

 

「なんでもないさ。俺と神尾の目指す答えはおそらく別物ってことぐらいでな」

「はぁ…?」

 

 今までのやり取りを見ていない暎瑠にとっては何が何やらな返答だった。

 

 

 

 ★

 

 

 

 ──そして、一週間が経過して…

 

「まあ、こうなるよな」

 

 クラス内はほとんど元に戻っていた。高階の周りには変わらず女子が集まって談笑している。一部の女子──ゲームにハマった、男子との付き合いを始めた──は離れているもののおおむね元に戻っていた。

 

「結局、神尾のやったことってカップルの増加だったり趣味を持った女子ができただけで大した影響なかったんだな」

「こんなはずじゃなかったんだけどね」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で愛生はクラスの様子を眺めていた。

 

「結果的には高階ちゃんに全権委任して速水あたりが籠絡してくれたら私にとってはWin-Winだったんだけど…」

「俺、今回はほとんど高階と話す機会なかった気がするんだが…」

「そうなんだよねぇ。何度かそれとなくセッティングしたつもりだったのに尽く潰されたんだよねぇ…」

「潰された、って誰に?」

「なに?速水は気づいてないわけ?」

 

 しばらくすると女子の輪に一人の男子が近づく。高階といくつか話すと、男子と高階は連れ立って教室から出ていった。

 

「今のって、剣?」

「そう。私がやろうとしてたことに尽く先回りして潰してたやつ…」

 

 

 

 ★

 

 

 

 屋上へと上がってきた剣と直緒は柵から校庭を見下ろす。

 

「さて、お互いに利のある形には収まったな」

「でも、本当に一過性だったね。ゲームブーム」

「まあ、男子ほどゲームに傾倒できる女子は少ないってことさ。そうなると、接待プレイも一歩先を考える必要が出てくる」

 

 剣が行ったことはなんてことはない。ただ、高階直緒と遊びに行っていただけだ。ただし、男女共に楽しめそうな場所を選びはしたが…。

 

「ゲームなんてのは確かに話の種にはなるし、お互いにプレイすれば楽しいさ。ただまあ、それが長期的に持続する楽しみになるかといわれるとそうでもない」

「結果的には飽きが早くきた女子の方がゲームブームを下火にしたわけで…。でもさ、どうしてそれが神代のいう『外出』に繋がるわけ?」

 

 剣のいう『外出』とは「男女が楽しめそうな外出先」ということだ。

 

「今回のゲームブームは『お互いに楽しめそうなものがあれば男子とも気軽に話せるようになる』という前提が存在するブームだ。だから、女子が好きな買い物とかでも『男子が楽しめそうな要素』のある場所をピックアップすれば一緒に出かけて楽しくできるだろ?」

「だからって私と神代で出かける意味ってなんかあった?」

「話の種を作ったやつがすでに男子と実践してきてる。これ以上の説得力のある話もないだろ」

「なるほどね…」

 

 結果的にはクラス内での直緒の立ち位置はほとんど変化していない。ただ神尾愛生という異物がヒエラルキーの中枢から外れたというだけだ。

 代わりに直緒が得られたのは神代剣という相談役と占星術研究会という新しい居場所だ。これは神尾愛生にとっては完全に想定外の状況といえるだろう。

 

「ただ単に神尾の邪魔をしようとするとそれすら織り込んで動かれるだけ。自称悪魔なだけはある。だが、あいつの求める結末に予測を立ててその先を準備してやれば、あいつを上回ることは可能だとこれで証明できた」

「──で、私はその悪魔二人に踊らされたピエロってこと?」

「言い方は悪いがな」

 

 直緒はため息をつくしかなかった。自分が最近やたらと人間関係で悩まされた理由は実はこの剣と愛生の二人のやり取りによるものだというのだから。

 

「人間不信になりそう」

「元々そんな感じだろ、直緒は。今さらだよ」

「うっさいなぁ…」

 

 授業の始まりを告げる予鈴を聞きながら二人は教室へと戻るべく歩いていく。

 



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第25話 召喚された者の集い

 陰陽機関のとある部屋。そこにはナハトを始めとした様々な人が集まっていた。

 

「急な召集にも関わらずこの場に集まってもらって申し訳なく思う。でも、そろそろ顔合わせをした方がいいと我々の側で判断した」

 

 会議室のような円形のテーブルの回りに十人の男女が座っている。中には当然、球子と杏もいる。

 

「えっと、ナハト様。顔合わせ、といいましたが私達はそれぞれに違う時代・違う時間から召喚されているように見受けられるのですが…」

「確かに。そういう場であるのは理解してはいますが、誰から自己紹介をするのですか?」

「なら、こっちから選ぶ?」

「その方が無難だと思います」

「じゃあ四国の『勇者』からお願い」

 

 全員の目が自分達に向いたことがわかると球子と杏が立ち上がる。

 

(あたし)は土居球子。中学2年の14歳。元の世界だと……四国で『勇者』やってました!」

「同じく『勇者』をしてました伊予島杏といいます」

「『勇者』ですか。戦える力を持っているということですか?」

 

 着物姿の女性は『勇者』という言葉に馴染みがないのだろう。首を傾げている。

 

「その通りです。えっと、ここでは一番最初に召喚されたと聞いています」

「なるほど。彼女達が私よりも先達だったと。…せっかくですから私も名乗りましょうか。私の名前は西郷吉之(さいごうよしの)。まあ、この場にいる面々の中では一番異質な人間だと自負はしますが気になさらず…」

「そう、ですか。では、私も。私は浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)。隣に座っているのは妹の阿久里(あぐり)といいます」

 

 紹介された少女──阿久里は小さく頭を下げる。

 そこで吉之は未だに黙している面々へと目を向けた。

 

「私達の自己紹介の間にも貴方達は喋ろうとしませんでしたね。何かしら思うことでもあるのでしょうか?」

 

 黙っていた内の二人──その内の一人は『農業王』と書かれたTシャツを着ていて、もう一人は巫女服──はいやいやと軽く手を振る。

 

「別にそんなつもりはなかったんだけど、下手に口を挟んでもややこしくなるかなぁ、って思って」

「なら、自己紹介をしてくれるのかしら?」

「はいはい。私は白鳥歌野(しらとりうたの)。えっと、そっちの二人は実は私達は知っているんだけど私も長野の諏訪で『勇者』してました」

「私は藤森水都(ふじもりみと)。諏訪で巫女をやっていました。一方的なんですが私も球子さんと杏さんのことは知っています」

 

 二人の自己紹介に球子と杏は驚いたように立ち上がっていた。

 

「もしかして、あの鍬の持ち主!?」

「あら?ということは諏訪の畑に埋めた手紙とかは見てくれてるってこと?」

「スゲー!手紙の本人にも会えるとかどんな偶然なんだよ。なぁ、杏!」

「そ、そうだね。とりあえず、球っち先輩、落ち着こう?」

「なるほど。貴女方があえて口を挟まなかったのは相手が自分達を知っているかわからなかったからなのですね」

「すみませんでした。本当ならすぐにでも話したかったんですが、わからなかったら混乱させるだけだと思って…」

「仕方のないことです。さて、あとは貴方達ですね?」

 

 未だに黙している三人の女性。ただ、黙っているというよりは困惑していて話へ参加するタイミングを見失っているように見える。

 

「いえ、本当に自分達の知っている場所とは違うところに来たんだという実感を得られたところで…」

「なんていうのか、場違いな感じがしてね…」

「・・・」

 

 仕方のないことではあるのだが、ナハトは全ての召喚者が戦える者だとは感じていない。先の七名は立場の違う者が多けれど戦いに知識を持つ者ばかりだった。

 だが、こちらの三人はそういう感じがしない。実力を隠している可能性はあるが、無理に戦ってもらうわけにもいかない。喚び出したのはこちらの勝手なのだから。

 

「とりあえず、名前だけでもお願いしたい。今後のことはこちらでしっかりとケアはする」

「…わかりました。私は、山南敬助(やまなみけいすけ)といいます」

「…井上源三郎(いのうえげんざぶろう)

新見錦(にいみにしき)よ」

「ありがとう。三人に関してはこちらで住む場所の提供をする。他の七名は当初に話した通り、戦ってもらえるの?」

 

 ナハトの質問に対して──

 

「まあ、四国に居た頃よりだいぶ贅沢させてもらってるし、バーテックスは私達の専門だ。力貸すよ!」

「球っち先輩がこう言ってますし、バーテックスのことは放置できません。できる限り、微力ながらお手伝いさせてください」

 

 四国の勇者たる球子と杏は乗り気。

 

「戦略としての知識は貸せますが現場で戦えるかはわかりませんよ。それでよければ、力を貸しましょう」

 

 西郷吉之は消極的ながらも了承。

 

「私達に何ができるかはわかりませんが、使えるのであればこの内匠頭、および阿久里。微力なれどお手伝いいたします」

「よろしくお願いいたします」

 

 戦うことはできないとはわかっていても、やれることはやろうと内匠頭と阿久里。

 

「まあ、バーテックスのことは勇者が頑張らないとダメでしょ。もちろん、力貸すわよ。ねぇ、みーちゃん?」

「うたちゃんの言う通り、バーテックスのことは勇者の責務。それを支える巫女も一緒です」

 

 戦うことは勇者の責務。歌野と水都の意思は世界を越えても変わらない。

 それぞれの言葉を聞いて、ナハトは頭を下げる。

 

「よろしくお願いする」

 

 

 

 ★

 

 

 

 それぞれが会議室から出て、宛がわれている部屋へと向かう。

 

「──私達は、どうしますか?」

 

 その道すがら、山南敬助は自分の同僚たる二人に聞く。

 

「どうするって言われてもね。刀もないのに私達がどうこうできることもないだろうし、あのナハトって人のことを信じて生活先を決めてもらうしかないんじゃない?」

「同感ね。ここは江戸でもなければ京都でもなかった。今更、私達が何ができるということもないわ。山南はそれをわかっているのでしょう?」

「わかってはいるのですが…」

 

 それでも、とは思わずにはいられない。こうして再び得られたこの命。使うことなく無意味に腐らせていいものか…。

 

「まあ、山南さんの考えることもわからなくはないよ。でも、今はナハトって人に任せてみよう。戦えないのは事実だし、あの西郷って人みたいに戦略がわかるわけでもない。今の私達は、きっと役立たずだ」

「まあ、次の生活先も斡旋してくれるというのだから任せていいじゃない。私達に何ができるわけでもないのだし」

 

 山南はただ一人、次の行く末に不安を感じていた。

 



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第26話 異変

『───というわけで三人ほどそっちで預かってほしい』

「なーにが、というわけで、ですか」

 

 世間はGW。銀や若葉、以庵達を連れてあちこちを旅行に行って、なんだかんだと今日は最終日。

 家でみんなまったりとしていたところへ上司ことナハトから連絡が入った。『召喚した存在の数名を預かってほしい』と──

 

「勘弁してくださいよ。ウチ、なんだかんだと三人も増えてるんです。更に三人とか、さすがに部屋たりませんよ」

『それなら安心してくれていい。こちらで手筈を整えてその家の隣にある大きめの庭・道場付きの家は押さえた』

 

 それで急に引っ越し業者が来ていたのか。と昨日帰ってきた時に来ていた業者の存在を思い出す。

 

「というかですね。なんで俺のところに送ってくるんですか?手駒なら他にもごまんといるでしょうが」

『いきなり押しつけてもあまり文句言わない、剣なら』

「さすがに今回は文句言いたい気分です」

 

 今年に入ってから周囲の環境やら人間関係やら、剣の周りでは目まぐるしいほどの変化が続いている。

 自身で変えている部分もあるから周りのせいに出来ないところもあるが、それにしては一月足らずで代わり映えし過ぎではないか?

 

『そういうものだと諦めたら早い』

「他人の心を読むんじゃない」

『こちらでは役立てることはないがそちらならきっと役立てる。そんな気はする』

「体よく押しつける気満々ですね。───わかりました。あんたに恩を売っておいて損はありませんし」

『感謝』

「いつ頃来ます?」

『GW休み明けには行く。よろしく頼む』

「貸し一つですからね?」

『覚えておく』

 

 電話が切れたところで剣はため息をつきながらリビングへと戻る。テレビを見ていた全員がこちらへと振り向く。

 

「どうかしたのですか、兄さん?」

「上司からの直々のお願いでな。明日か明後日か、同居人が増えることになった。住む場所は隣の空き家だけどな」

「隣の空き家。といいますと、昨日引っ越しされておられたのは…」

「ああ。ウチの上司の仕込みだよ」

 

 ソファーに座ると以庵が冷たいお茶の入ったコップを前にあるテーブルに置いた。一息にお茶を飲み干す。

 

「というわけだから、以庵。もし俺達が学院に行ってる間に誰か訪ねてきたら応対頼むわ。誰が越してくるまでは聞いてないが三人組らしいから」

「はい。わかりました」

 

 そんなやり取りをした翌日。朝にもう一度だけ年押しをし、学院へと向かっている。

 

「大丈夫かねぇ…」

「以庵さんのことですからそつなくこなすでしょう。何かあったとしても若葉や銀がフォローしてくれることを願いましょう」

「──そうだな。任したのは俺なんだし…」

 

 そうして学院が見えてくれば学生も増えてくるのだが…

 

「…なんか、おかしいな」

「どうかしましたか?」

「いや。なんか、挙動不審なやつが目立つな…と思ってよ」

「はぁ…」

 

 確かにあいさつのために声をかけられて肩をすくめたり、中には小さな悲鳴をあげる生徒までいる。

 

「確かに…。何か、あったのでしょうか?」

「しかも、よく見れば全員男子だ。こいつら、何か共通点でもあるのか?」

 

 見回してみればけっこうな割合でそういった生徒が目についた。

 

「姫。俺はちょっと調べてから教室に行く。悪いが、一つ頼まれてくれるか?」

「ええ。構いませんよ」

「教室に着いたら神尾にこのネタ流してくれ。あいつならほいほい乗ってくるだろう。もし、部長とどっかで出会えたら昼休みに部室に集まるよう連絡回してもらえ」

「はい。わかりました。任せてください」

 

 姫玲の返事を聞くと剣は目についた挙動不審な生徒へとあいさつすべく突進していく。

 

 姫玲は靴を履き替えて教室に着くと、鞄を置いて教室を見渡す。目当ての人物はすぐに見つかった。

 

「神尾さん、速水さん、おはようございます」

「おはよう」

「おはよう、姫玲。あんたからあいさつされるなんて珍しいね」

「兄さんから神尾さんに伝言がありまして」

「神代から?」

「学院内で複数名、挙動不審な生徒がいる。全て男子。探りを入れてほしいそうです」

「挙動不審な生徒、ねぇ…。ちょっと、当たってみましょうか」

 

 愛生が離れていくのを二人は見送る。

 

「挙動不審な生徒ってそんなにいたか?」

「気にしていなければそうとはわかりませんでした。しかし、兄さんに言われてから見ていましたが確かに幾人か挙動不審とまではいかなくとも様子のおかしい生徒は私でもわかりましたね」

「何か起こってるのは間違いない、か」

「はい。しかし、兄さんの宛は一つ外れましたね」

「宛て?」

「はい。神尾さんが問題の渦中にいるかも、という宛です」

「──そうだな。それは確かに外れてくれて助かったよ」

 

 小さくため息をついた玲児だったが、そこでふと、その二人が視界に入った。

 二人は何かを話して教室から出ていく。普通に見れば別に問題のない二人だ。なのに、今はなぜか妙に目についた。

 

「速水さん。どうかしましたか?」

「いや…。順哉と水城がなんか話してたから気になってさ」

「兵藤さんと広瀬さん、ですか?」

 

 振り返ってクラス内を見渡すが二人はすでにいない。

 

「サッカー部のエースとマネージャーですからサッカー部関連では?」

「そうだとは思う。だけど──」

 

 玲児にはなぜかそうは見えなかった。二人の顔は真剣なものだったが、順哉の方はどちらかといえば──

 

「速水さん」

「えっ?」

 

 ボーッとしていた。声をかけられて顔を上げると優しそうな笑顔を浮かべた姫玲。

 

「速水さんが何を心配しているのかは二人を見ていない私には何をとは言えませんが。兵藤さんは速水さんの親友なのですよね?」

「あ、ああ…」

「でしたら、きっと頼ってもらえます。その時に力になってあげればよろしいのですよ。頼られて、それを無下にする速水さんではないでしょう?」

「──そうだな。その通りだ」

 

 今は気に止めておくだけでいいはずだ。頼られた時にしっかりと手を貸してやればいいのだから。

 

 

 

 ★

 

 

 

 昼休み。部長経由で部活メンバー全員が昼食持参で部室へと集まってきた。

 

「朝の裏付けが取れたのか?」

「うーん、正直なところ速水も知っておいた方がいいと思う。これは、けっこうヤバいかも」

 

 ヤバい案件など神尾愛生が学院に来てからは事欠かないが、本人の口から言われると真剣味が増すというものだ。

 

「申し訳ありません。呼集をかけた私が遅れてしまって…」

「いや、部長。気にすんな。頼んだのは俺なんだし」

「それでそれで。集まった理由ってなに?」

 

 なぜかすでに弁当を食べ終わっている響が話を催促する。剣はイスに座り、持参したお茶を飲む。

 

「神尾と手分けして調べたからあらかた裏付けも終わっている状態なんだが…。正直な話、何が起こっているのかまではまだ把握できていないのが現状だ」

「愛生と剣の二人がかりでか?」

「そんなことってあるの、愛生ちゃん」

「具体的なことがわからないのは本当。ただ、今朝から挙動不審だった男子達は全員が『サッカー部所属』だったってこと」

「「───っ!?」」

 

 愛生の言葉に反応したのは玲児と姫玲。二人そろって腰を浮かしかけて──周りのみんなが驚いた表情で見ているのに気がついて腰を下ろした。

 

「悪い…」

「申し訳ありません」

「か、構わないけど。二人は何か心当たりあるの?」

 

 愛生の質問に姫玲は玲児の方を見る。話すべきかは玲児に一任している。そんな玲児は──

 

「今朝、神尾が教室から出ていったあと、深刻そうな表情で二人が連れだって教室から出ていくのを見かけた」

 

 玲児の答えに剣は嘆息し、腕を組む。

 

「──となると、サッカー部でほぼ確定か」

「で、でもさ。サッカー部って確か今度の地方大会で優勝狙えるかもって言われてなかった?」

「そうですね。響の言う通りです。そのような部活がこの時期に何かあったというのは考えにくくはありますが…」

「とりあえず調べる必要があるのは『何があったのか』だ。内容によっては外から手を出すのは危険を要することもあるし、内部で片付く問題なら藪をつつくようなもんだ」

「そうですね。わかりましたか、愛生」

「なぁんで名指しで言いますかね」

「今回は関わってないとはいえ学院的にはデリケートな問題かもしれないからだよ。とりあえず、明日の放課後にまた集まるぞ。1日あればある程度情報集まるだろ」

 

 以降は昼食を取りつつ、情報の整理を芙美香に頼み、暎瑠と剣は複数の状況予測。

 愛生はスマホをポチポチと弄り、玲児はただ昼食に集中していた。

 

「あれ、そういえば直緒は来てないのか?」

「いや、連絡はしたはずだよ」

 

 しばらく経つと扉を開けて直緒が入ってきた。

 

「ごめんごめん。すっかり忘れてたわ!」

「まあ、構わんけどな。お前の場合、クラス内での付き合いも多いだろ」

「うーん、実は水城が食事中に吐いちゃってさ。食堂の一角で大騒ぎにしちゃって」

「はあ!?」

「水城が、吐いた…?」

「原因は!?」

「え、ちょっ、ちょっと…。なんでこんな話題にみんな食い付きいいわけ…?」

「剣君と愛生、速水君も落ち着いてください。高階さん、実は──」

 

 響と塔子が剣達を宥める隣で直緒は暎瑠から先ほどまで話されていた話を聞く。

 

「なるほど。そりゃ、ホットな話題を提供すれば食い付きいいわけよね…」

「だが、そうなると問題の中心には『広瀬水城』がいるってことになるのか?」

「どうなんだろ…。少なくとも関係はありそうではあるけど…」

「剣君、愛生、二人が情報を集められるのなら広瀬さんとサッカー部を関連付けて集めてもらえますか?」

「できなくはないが…」

「どこまで集まるやら…」

「今回のこと、どうやら根が深いものと感じます。私達にできることがあるかはわかりませんが、まずは情報を集めてみましょう」

 

 暎瑠の言葉に全員が頷く。どうにも、予測されているよりは幾分か良くない方向へと事態は動いているようだと部室の全員は感じていた。

 



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第27話 不祥事

 次の日の放課後。昨日集まった部活メンバーはそれぞれの席に座っていた。

 だが、剣と愛生だけはその雰囲気に苛立ちを隠そうともせずに、目を閉じて座っている。

 一番最後に玲児が入って、一度扉の外に人がいないかを確認してから扉を閉める。玲児が座ると暎瑠が手を叩く。

 

「──さて。状況報告を始めましょう。愛生、剣君、お願いできますか?」

「どっちから話す?」

「…俺から話そう。正直、今からでもサッカー部のやつらを殴りにいきたい気分だがな」

 

 剣は芙美香にまとめてもらった資料をテーブルの上に投げ出す。

 

「資料にはまとめたが、サッカー部はGW中にちょっとした合宿を行ってたみたいだ。今までのOBとかが他校の情報を集めたりして、けっこう本格的な合宿だったようだ」

「へぇー。今年は本気って感じなんだ」

「これが、ただの強化合宿で終わってくれてるならな。問題なのは、どうやらこの合宿にどうにも酒が持ち込まれた形跡があるらしい」

「お酒、ですか…」

 

 資料を眺める暎瑠は渋い顔をしている。しかし──

 

「でもさ。お酒だけなら水城関係なくない?」

「そうだな。俺が拾えたのはせいぜいがこの辺りまでだった。だが、これが手に入ったことで神尾の方で問題が拾えちまった」

 

 剣は隣に座る愛生に視線で促す。

 

「今日の昼休み、兵藤君が速水に屋上のカギを借りに来たわけ。そこで──」

 

 どうやら順哉と水城は睦み合っていたらしい。だが、それにしては二人は幸せそうには見えなかった。

 二人は泣いていた。付き合い始めたにしてはそれはあまりにも悲しそうにしか見えなかった。

 

「まあ、それだけならあんまり気にすることもなかった。放課後の掃除が終わるまでは──」

 

 水城と愛生、他数名の生徒が掃除を終えてそれぞれに教室を出ようとした時、水城が突然に下腹部を押さえてしゃがみこんだ。

 愛生達で水城を保健室に運ぶも原因が不明。どれだけ調べてもわからないということで、部活には出ずに帰ることになったのだが──

 

「──そうしたら、さっきまでの苦しみ具合がなんだったのかってぐらいに水城の体調が回復したの。まあ、血の気は失せてたから完調ではないのだろうけど…」

「これを聞いたからここへ来る前に使える情報網をフルに使って調べあげた。そしてわかったことだが、サッカー部の不祥事は『暴行事件』である可能性が濃厚だ」

 

 後から取り出した紙をテーブルに叩きつける。できることなら出てほしくはなかった可能性が全員の前に示された。

 

「暴行事件…。しかも、相手は、広瀬だっての…?」

 

 直緒の声は震えていた。何が起きたのかが理解できてしまう。

 

「ああ。そして、この結論ならサッカー部のやつらが挙動不審なのも、水城の体調が休み明けからおかしいのにも説明がつく──ついちまう、んだよ…!」

 

 剣は何を思うまでもなくテーブルに拳を叩きつけていた。

 資料を読み切ったのか、紙をテーブルに置いた暎瑠は視線を上げる。

 

「二人のおかげでおおよその状況は掴めましたが、さて──どうしましょうか」

「どうしましょうか、ですって?」

 

 暎瑠の言葉に愛生が憤怒の雰囲気も隠すことなく睨み付ける。

 

「状況は把握できたでしょう。私達ならサッカー部を煮るなり焼くなりなんでもできるでしょうが!」

「猛るのはわかるが、少し落ち着け神尾」

「落ち着け、って…?」

 

 愛生の視線が剣に向くが、そこで愛生の言葉は止まる。剣が叩きつけた拳からは血が流れている。

 剣自身、腸煮えくり返るほどの憤怒を精一杯の自制心で抑えつけているのがわかる。

 

「これを俺達が断罪したら水城はどうなる?確かにサッカー部には罪には罰を突きつけられるだろう。だが、水城はどうなると思ってやがる」

「それは──」

「お前は女性だから余計に理解できるだろ…」

「ですが、愛生の言うこともわかります。罪は断罪されるべきもの。それは間違いないでしょう」

「部長。こればかりはさすがに俺でも反論するぞ。このまま断罪したら水城は間違いなく破滅するしかなくなる。罪状は『婦女暴行』だとしても、今のままサッカー部を断罪したら暴行された相手は水城一択だ。学院に残れなくなるばかりか、下手を打てば外を歩くことすらできなくなる」

「今の社会って、被害者に優しくないもんね…」

 

 罪は断罪されるべきもの。しかし、今の世の中、これを優先しては守られないものも確実に存在する。

 瑛瑠は少し引いて考える。そこで、玲児の方へと向いた。

 

「速水君はどうしたいですか?」

「えっ…?」

「今回のこと。私は真っ向から断罪すべきだと述べましょう。愛生は…手段は私とは変わると思いますが断罪には肯定なようです。ですが、速水君はどうでしょう。今回の件で、知り合いがもっとも多く関わっているのは速水君です」

「俺は──」

「お前の気持ちで構わない。断罪したいのはきっと、この場にいる全員の総意だとは思うが、関わりが一番濃いのはお前だ。俺達は、お前の言葉に付く」

 

 俯く玲児に、剣は説得などしなかった。ただ、玲児の決断に全員が従うと──関わりが深い人間の気持ちを優先すると答えた。

 

「俺は──まず、その暴行事件に順哉が関わっているのかが知りたい…!」

「「「───っ!」」」

 

 玲児の言葉に全員が息を呑む。確かに、兵藤順哉も『サッカー部部員』である。しかし、『広瀬水城』と睦み合っている現場は見ている。

 ならば、兵藤順哉の立場は今、どこに立っているのか。サッカー部寄りなのか、広瀬水城寄りなのか。

 

「そうだな。まずはそこを当たってみるか。玲児、今からでも順哉に連絡取れるか」

「ああ。してみる」

 

 

 

 ★

 

 

 

 玲児が連絡すると順哉にはすぐに繋がった。学院内では時間も遅いということで、玲児はとある喫茶店で待ち合わせすることにした。

 

「悪いな。急に呼び出したりして」

「いや。構わないさ。玲児とこうやって過ごすのも久しぶりな気がするからな」

「そうだな」

 

 二人はコーヒーを注文。出てきたコーヒーを一口飲む。

 

「それで、本当にどうしたんだ。急に俺と話がしたいって」

「いろいろと聞きたいことがあるんだが、まずは確認しておきたいことがある。お前、広瀬と付き合いだしたのか」

 

 コーヒーを飲んでいた順哉がむせる。数度咳き込んで落ち着いたのか、しかし驚いてはいた。

 

「…っ、なんで…」

「あのなぁ。屋上のカギを借りに来たその日の昼休みに弁当も持たないで二人で連れだって教室を出ていけば誰だって感づくだろ」

「…ああ、そうだな。そこまでは、考えてなかった」

「まあ、学院内でそういうことしたくなる気持ちは同じ男子としてはわからないでもないが、リスクは高いんだから気をつけろよ」

「ああ。次からはあからさまにならないようにするよ」

 

 お互いに笑い合って、コーヒーを一口。

 

「──それだけなら、わざわざ呼び出したりしないよな」

「…ああ。ここからは正直なところ、噂話の域を出ないからなんて聞いていいのか困惑してるところではある。ただ、確かめないといけないと思った」

「なんだ?」

「又聞きだから出所は俺もわからない。ただ、GW中にサッカー部が何かしらの不祥事を起こしたんじゃないか、って話を聞いた」

「────」

 

 そこで、初めて平静を装っていた順哉の表情にヒビが入る。わずかに手が震えてコーヒーのカップを掴みそこねる。

 

「──その、話。どんな噂、なんだ?サッカー部の不祥事って…」

「具体的なことは何も…。ただ、休み明けからサッカー部の部員が挙動不審なやつが多いだとかって話を聞いたんだ」

「…それ、は…」

 

 順哉が目を閉じて天を仰ぐ。少しの間、そうしていたが視線を玲児に戻すと平静を取り戻していた。

 

「そうだ。サッカー部には今、とてつもない不祥事を抱えてる。事が公になればサッカー部は解散、部員のほとんどは学院を辞めざるをえない不祥事を抱えた状態にある」

「…そうか」

 

 まず一つ目はクリア。だが、これから確認することは玲児自身、間違いであってほしいと願ってやまない。

 これをもし、順哉が肯定してしまったら──玲児自身、後には退けなくなる。

 

「その不祥事に、広瀬が関わってる…んだよな…」

 

 絞り出した声に順哉はあからさまに動揺した。

 

「…っ、あ、そ…な、なん、で、…」

 

 当たってはほしくなかった。だが、これで玲児は覚悟が決まった。この問題ばかりは最後まで関わりぬくと。

 神尾がどうだとか剣がどうだとか関係ない。玲児にとってこの問題はもう、他人事では無くなった。

 目の前で頭を抱えて俯く順哉に玲児は呼吸を整える。

 

「順哉。ここまで言っちまった以上、俺は最後まで手伝う」

「…っ、手伝う?」

「ああ。お前と広瀬を助けたい。これは嘘偽りのない、俺の本音だ。あと───手伝うのは俺だけじゃない」

 

 玲児は後ろの席を指さす。そこには───

 

「あーあ、結局読み通り。何も良いことなかったな」

「明日から忙しいわね」

「何したらいいわけ」

「直緒は噂になってないかアンテナ張っててくれ。情報収集は俺と神尾の方が専売だからな。部長は芙美香と一緒に情報整理頼みます」

「わかりました」

「がん、ばる…!」

「わ、私は何したらいいかな?」

「塔子さんは私達の整理した情報を紙におこしてください」

「───って感じでいいか、玲児?」

「ああ。よろしく頼むよ」

 

 玲児が視線を前に戻すとポカンとした順哉がこちらを見ていた。

 

「──安心してくれ、順哉。俺達が、占術研がお前達を全力で助ける!」

「──っ、ありがとう…、玲児っ!」

 

 テーブルに額を擦り付けるほどに頭を下げる順哉に玲児に笑う。

 

「ねえ、神代。今日ぐらい奢りなさいよ」

「なんでお前は急にたかってきやがった。…まあ、いいよ。今日は特別だ」

「マジで?やった」

「部長達も何か一品だけならどうぞ。今日だけですから。そっちの二人も食いたいもんあったら頼めよ。今日だけは俺持ちで会計してやる」

「ありがとうな、剣」

「玲児に礼を言われることでもねーよ」

 

 女性陣がメニュー表を見ながら騒ぐ傍らで剣が肩をすくめた。明日からは忙しくなる。それはもう、決定事項だ。

 



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第28話 調べること

 その夜。神代家の隣の家に到着した新しい住人を迎えていた。

 

「…ったく、あの人は…。思いきり歴史の偉人達じゃねーか。しかも新撰組の人間三人とか…」

「私達のことを知っているのですか?」

 

 剣と話していたのは山南敬助。新見錦は家の中が気になるのか若葉の先導の下、屋内を探索している。

 井上源三郎は山南の隣に座ってお茶をすすっている。

 

「新撰組は有名だし、貴女方三人はそれぞれに逸話がありますし…。まあ、例によって性別が違うってことぐらいですかね」

 

 来る偉人がことごとく女性なのは何でなのか。考えるだけ無駄なのはわかっているのだが、口に出さずにはいられない。

 

「とりあえず…。銀!」

「呼んだ?」

 

 キッチンの中で食料品の整理をしていた銀が手を洗ってからこちらへと歩いてくる。

 

「ひとまずこっちの家事に関してはお前に任せる。居候の中で一番、現代技術に精通してて家事に抜かりがないお前なら問題ないだろ」

「あっちはいいの?」

「ウチは以庵いるからなんとかなる。しばらく大変だとは思うが、よろしく頼むよ」

「了解~」

「じゃあ、あんた達より若いの付けるのは悪いと思うが、基本的には銀の指示に従ってくれ」

「わかりました。配慮の方、感謝します」

 

 家へと向かって歩くなか。姫玲から話しかけてきた。

 

「兄さん。今回の学院での問題、えらく積極的に関わりますね?」

「おかしいか?」

「いえ、おかしいとは思いませんけど…。でも、普段よりは熱が入っている気がして…」

「──そうだな。姫には説明しとくか。お前は俺の左目のことは知ってるわけだしな」

 

 剣の左目には魔眼が宿っている。しかし、その性質はひどく限定的で、普段の生活には何にも役には立たない魔眼である。

 では、この魔眼は何を視るのか。視えるもの──それは《人の死の気配》

 

 魔眼名《彼岸視》

 人の死の気配を色の濃淡で視ることができる。死が近いほどに濃く、人の形しかわからないほどに濃くなってしまった人はその時点から数日内に確実に死ぬ。ただし、どうやって死ぬかまでは視ることはできない。

 

「休み明けにチラッと視ただけだったから気のせいだと流していたが、気のせいじゃなかった」

「まさか──」

「水城が黒くなり始めている。下手を打てば、今回のことで水城が死ぬ」

 

 そんなことを剣は認めない。自身の手が届く範囲で誰かが死ぬことなど許容できない。

 

「だからこそ、今回ばかりは俺は手を抜けない。水城は死なせない──絶対にだ!」

「──わかりました。私もできる限りの力を貸しましょう」

 

 クラスメイトが死ぬなど姫玲も認めたくない。しかし、兄の眼が確かなのは知っている。ならば、自分は手伝いに回るのだ。死なせないために。

 

 

 

 ★

 

 

 

 次の日の昼休み。屋上に剣と姫玲、玲児と愛生。順哉と水城の六人が集まっていた。

 

「こういう時は同じクラスだってのが便利だよな」

 

 全員が手に持つのは弁当箱。

 

「さて、時間もないしさっさと話をしたいんだが…。まずは俺達の認識がズレてないか確認しよう。順哉は俺と玲児、水城は神尾と姫に別れて答え合わせだ」

 

 水城を連れて離れていく二人を見ながら、玲児は剣を見る。

 

「答え合わせっていうが、お前はほとんど知ってるだろ」

「まあな。ただ、水城に何があったのかを答え合わせしとかないと俺達の意識に微妙なズレがあっても困る。今後のことを考えて情報の共有は必須だ」

 

 しばらくすると誰かが泣く声が聞こえてきた。それを慰める声も。

 それを聞いていた順哉が強く歯を噛み締める。

 

「順哉。俺、一つだけ聞いておきたいことがあったんだ」

「玲児。なんだよ急に…」

「たぶんだけど、お前と広瀬を助けるとなったら間違いなくサッカー部を敵に回すことになる。最悪、順哉にはサッカー部を辞めてもらうことになるかもしれない。そうなった時、順哉はサッカーと広瀬のどっちを取るんだ?」

 

 聞くべきではないことだとは玲児自身思っている。だけど、これだけは知っておきたかった。

 

「…サッカーってスポーツはいわゆる、チームプレーが必須のスポーツだ。俺は今回のことで他の部員が信頼できなくなっちまった。今の俺があいつらとサッカーを続けられるかと聞かれたら、ノーだ」

「順哉…」

「それにな、玲児。俺がバカだったばっかりに水城を傷つけたんだ。俺はもう、同じ間違いはしたくないんだ…!」

 

 固く拳を握りしめる順哉の背中を剣は軽く叩く。

 

「それが聞けて俺達としては安心した。安心して、お前達を全力で助けてやれそうだ」

「ああ。広瀬が落ち着いたら、対策を考えよう」

 

 二人に付き添われてきた水城は泣いたためか目が赤い。しかし、屋上に来た時よりは少し落ち着いた様子だ。

 

「順哉、みんな、全部わかってる、みたい…」

「そうか。だが、なら、もう、気にする必要はないってことだ。頼む!水城を護るためにも、力を貸してくれ!」

「うん。できる限りのことはするからさ」

 

 こんな時でも愛生の状態はフラットだ。

 

「で、兵藤君。たぶん速水あたりが聞いてるとは思うけど──」

「水城かサッカー部を選べってなら、水城だ。今の俺はそこを間違えることはない」

「うん。オッケー。あと、一つだけ聞いておきたいのは兵藤君は水城が暴行を受けてた時、何してたの?」

「っ、それは…」

 

 少し逡巡したようだったが、順哉は話し始めた。

 最初にお酒を持ってきたのはOB。それが周りに振る舞われ始め、順哉も流れで飲まないわけにはいかなかった。

 だが、順哉は酒にめっぽう弱かったのだろう。少し飲んだだけで眠りこけてしまった。

 

「俺が起きた時には、全てが終わった後だったんだ…」

「わかった。ごめんね、こんなことわざわざ説明させて」

「いいさ」

「さて、じゃあ、二人をどうやってサッカー部から抜くかってことなんだが…」

「それについてさ、水城からちょっと気になることを聞いたんだけど、話しちゃっていい?」

「うん。いいよ」

 

 話された内容は寝耳に水の話だった。というのも、暴行事件を水城自身から話されないために兵藤順哉はボディーガード兼彼氏に選ばれたはずなのだ。

 だというのに、なぜかこの『彼氏役』のことで二人に脅迫メールが届いているというのだ。

 

「…うーん、ちょっと待っててもらえるか」

 

 剣はとりあえず直緒に連絡する。しかし、不祥事に関しては洩れている様子はなく、サッカー部のことも噂になっている様子はないという返事が返ってきた。

 

「わかった、ありがとう。…となると、脅迫してるのはサッカー部の部員か…?」

「どうしたんだ?」

「直緒に確認を取ってみたが、サッカー部のことが表に広がり始めているわけでもないようだ。となると、この脅迫メールを送ったのは──」

「まさか、同じサッカー部の部員だってのか?」

「そうなる…。順哉、サッカー部は今回のことについては一枚岩じゃないのか?」

「いや、わからない…。表に出れば全員が問題になることは認識しているはずだが…」

「となると、兵藤君達を脅しても大丈夫な部員がサッカー部にいたり──」

 

 順哉は考えるが、それを遮ったのは水城だった。

 

「それはないと、思う。あの合宿を欠席してた部員は居なかったはずだから」

「当日居なかった部員がいないとなると脅しをかけてる部員は自分だけ逃れる方法を持ってるってことなのか」

「案外何も考えてないやつの可能性の方が高いと思うけど」

「俺も神尾の意見に賛成だな。物事に対しての認識が甘過ぎるやつが一人ぐらいいてもおかしくはないな」

「でも、それならやりようはある」

「そ、そうなのか…?」

「とりあえず水城に頼みたいことがあるんだけど」

「なに、愛生?」

「水城のメールアドレスを入手しただろう部員を特定してほしいの。それさえできればこっちでケリをつけてみせるから」

 

 水城はしばらく悩んでいたが…。

 

「わかった。少し、時間はかかるかもしれないけど…」

「こういうのは相手にバレないのが一番だからね。でも、できるだけ早い方がいいかな。相手が痺れを切らす前に──」

「うん、わかった」

 

 水城自身は交友関係全てに疑いの目を向けねばならないのに、フラットな返事が返ってきた。

 

(神尾に任せていれば大丈夫だと思いたい…。だが──)

 

 ただ一人、剣だけは水城を見て歯軋りをしていた。

 



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第29話 最善の解決策

 放課後。部室には一年生二人以外の部員が全員集まっていた。

 

「それで、愛生は具体的にはどのような策を考えているのですか?」

「えっ?具体的に…ねぇ。まあ、サッカー部が一枚岩じゃないってわかったからこそできることでもあるんだけど、離反者を見せしめ代わりに使って兵藤君と水城をサッカー部から離れてもらおうと思うの」

「そんなに簡単にいく──いや、愛生ならやりそうだけどさ…」

「そう?神代だってそれくらいは水城から話を聞いた時に思いついてるよね」

「ああ。それは否定しないが…」

「何か、懸念材料でもあるのですか?」

「懸念材料というかな──」

 

 剣が不安に感じているのは魔眼が原因だ。こちらが動けば動くほどに水城の色は黒く染まっていく。

 今回の神尾の策についてもそうだ。神尾が提案し、水城が受け入れた途端に黒さが増した。まるで最初から水城を助ける道は存在していないかのように…。

 

「神尾のやり方が一番効果的なのは俺でも理解はしているつもりだ。内容を聞かなくともなんとなく想像もつく。だが、成功率は正直な話、半々だろ?」

「うーん、私はうまくいくと思っているけど。神代はどこが不安なわけ?」

「果たして脅迫してるやつは一人だけなのか、ってことだ。それに、もし裏切り者が出たと知った時に脅迫に関わっていなかった部員が暴走しないとも限らない」

「でも、そこまで考えてたら動けなくない?」

 

 直緒の意見ももっともなのだ。だが、やはり剣としては考えてしまう。

 

「私は神代君の意見に賛成です。愛生の策には一定の可能性はあるのでしょう。ですが、それによって生じることまでは計算に入れていないのでは?」

「確かに入れてないね。でも、このままいけば水城は潰れるよ。それも遠からずすぐに。自分で少しでも救いのある道を選んだつもりがその道まで揺らぎ始めた。今の水城を支えるのは献身的に寄り添ってる兵藤君っていう存在だけなんだから」

「ああ。それは俺にもわかっているさ」

「具体的には剣にとって何が不安なんだ?」

 

 玲児の問いに剣は黙考する。

 

「脅迫者はなんで合宿が終わったタイミングで脅迫し始めたのか。確かに合宿中ってのは難しいのはわかるが終わった途端にするのはなんでだ?」

「あー、言われてみれば確かに…」

「ほとぼりがある程度冷めて周囲からも勘繰られるような状況から脱したというならわかる。だが、合宿が終わって間もないこのタイミングだと下手したら外にバラすようなもののはずだ」

「そこまで考えてないと思うけどな~」

「そうだな。その可能性は高いと思う。剣の心配もわからなくはないけどさ。水瀬は限界に近いんだろ?だったら、多少のリスクは承知の上で動くしかないんじゃないのか?」

「そう、なんだがな…」

 

 わかっている。水瀬がもう、今の生活を維持できないことぐらい。そして、俺達に知られたからこそ、どんなに重いリスクでも背負ってくれていることも。

 

「わかった。とにかく実行は神尾と玲児に任せた。俺は──無いに越したことはないんだが、いくつか裏方回りをしとく」

「いいのか?」

「神尾の策が成功すれば万々歳だろうしな。俺は元から裏方仕事をよくしてたってのもあるし」

「「「ああ…」」」

「あの、どうして皆さんは私を見ているのでしょうか?」

 

 映瑠の方を見て一同が納得する。間違ってはいないのだが、それで納得されるのはどうなのか。

 そんな折りに神尾の携帯から着信音が鳴る。

 

「水城から。どうやら思いの外早く判明したみたいだね。じゃあ、速水にもお手伝いお願いしよっかな」

「なんでもいいが、面倒なのは勘弁だからな…」

 

 二人が部室から出ていくのを確認して、剣はため息をつく。

 

「不安そうですね」

「なんというかな…。今回のことは俺達にとっても早く解決してやりたい話ではあるんだが…、どうにも動きが早すぎるように感じるんだ。誰の思惑かはわからないが…」

「確かに。話を知ってからまだ一週間たってないもんね」

「何もなければ、それでいいんだがな…」

 

 

 

 ★

 

 

 

 その後、順哉と水城を脅していたのは立原慎次というサッカー部員だと判明した。どうやら、暴行の現場にはいたが、参加はしていないから自分は関係ないことだと神尾に語ったらしい。

 だが、本人にとって予想外だったのは口止めの代わりに水城の要求したことが順哉をボディーガードに指名したことだったようだ。おそらくだが、傷心の相手であれば自分にも目があるとでも考えていたのだろう。

 

 結果としては、まんまと神尾の挑発に乗って『神尾に対する暴行事件』を作らされてサッカー部からの裏切り行為を立証するハメになったのだから救えない。

 

「あとは、明日にはこれをサッカー部に突きつけて兵藤君と水城をサッカー部から切り離せば問題は解決、と」

 

 立原慎次を自身の暴行で脅したとは思えないほどの落ち着き様で帰宅途中の神尾は笑っていた。

 

「でも、これで水城ちゃんも平穏を取り戻せるんだよね?」

「そうだね。まあ、明日中にはって感じだけど」

「というか。神尾、お前…他人の挑発に慣れすぎだろ…」

「おやおや?速水には驚くような話ですかね~?」

「お前の本性は知っていても実行に移せる胆力は別だろう」

「まあね。さあ、神代。これで、解決じゃないかな?」

 

 楽しそうに笑ってこちらを見る神尾に、剣は──

 

「──そうだな。このまま終わってほしいものだ…」

「あら?まだ何か不安?」

「不安、か。神尾、今回の件だが妙に話の動きが早すぎるとは思わないか?」

「それは、まあ。でも、情報収集に優れてる面々がこれだけ動けばあり得ると思うけど?」

「そうだな。だが、俺はやはり何か腑に落ちない。何かしらの思惑が動いているようで──」

「深読みし過ぎじゃない?たかだか一学校で起きた不祥事で…」

「そうだと、いいんだが…。考え過ぎで終わってほしいものだよ…」

 

 玲児達と別れて家に帰り着く。

 

「お帰りなさい」

 

 リビングには隣家にいるはずの銀と山南がいた。

 

「昨日の今日でどうした?」

「いえ。とりあえず、報告をと思いまして」

「報告?」

「はい。あの、広瀬さん、という方の道中の見張りについてです」

「ああ、それか」

 

 不安が拭えない。ならば、取れるだけの手は取るべきだろうという判断で、昨日から居候に加わった三人に、学院への移動に際しての水城の様子を見張ってもらうことにした。

 そこまですることなのかとは自分でも思わないでもないが、用心するに越したことはないだろうと頼んだ。

 

「足取りは重たそうですが、道中では特に問題はなさそうでした。接触しているのも御家族か兵藤さん?という方ぐらいです」

「そうか。とりあえず、明日に片がつけば頼んでおいてなんだが、もう見張る必要もなくなる。悪いな、無茶苦茶な言い分で」

「いいえ。こうして何かしている方が我々としても気が紛れますし…」

「とはいってもなぁ…」

 

 ふと、剣は隣の家はそこそこに広く、なぜか道場が併設されていることを思い出した。

 

「それなら、今回のことが終わってからでいいから俺や以庵、銀や若葉に剣術の指南を頼めるか?」

「剣術の指南を、ですか?」

「ああ。今の時代、幕末にあるような戦闘面に重きを置いた剣術は数える程度しか残ってなくて、ほとんどの剣術は独学が主流だ。それが悪いとは思ってはいないが、きちんと体系化された剣術も学んでおいて損はないからな」

「なるほど。そういうことでしたら」

「ああ。よろしく頼むよ」

 

 期せずして剣術を学べる機会を得ることができた。

 



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第30話 命を救う力

 翌日。

 学院に登校した剣はクラス内の様子に違和感を覚えた。

 

「──なんだ…?」

「皆さん、何か落ち着きがありませんね…」

 

 それは姫玲も感じたようで、周囲の生徒を見渡す。そこへ、息を切らして直緒が入ってきた。

 

「はぁ、はぁ…。あっ、剣!」

「どうした?」

「こ、これ…。マズイことになってる!」

 

 直緒が見せてきたのはとあるネットのサイトだった。

 そこには、今回のサッカー部の不祥事に関する内容が暴露されていた。

 

「───なっ…!?」

「どうして…こんな──」

「水城はさっき、カコちゃんが連れていったのが見えて──」

 

 直緒の言葉を聞きながら剣は強く歯を食いしばるしかなかった。こうしてネットで公開されてしまった以上、神尾の策ではもはや広瀬水城を救う方法は存在しない。

 同時に、映瑠の考えていたことが間接的に行われたことも意味している。

 

「誰が、こんなこと…」

「おはよう~…って、何かあったの?」

 

 そこに現れたのは神尾と玲児。

 

「神尾。一歩、遅かったな…」

「えっ?」

「直緒、説明してやってくれ…」

「う、うん…」

 

 ネットサイトと直緒の説明に神尾の目が見開かれた。玲児に至っては順哉に連絡でも入れているのだろう──繋がるわけはないが…

 

「兄さん…」

「──まだ、だ。まだ、諦めるわけにいくか…!」

 

 

 

 ★

 

 

 

 それからの流れは簡単なものだった。

 サッカー部及びそのOBは警察の手に委ねられた。法において裁かれていくことだろう。

 

 そんな中、広瀬水城は学院に通っていた。だが、ネットサイトには写真こそ上がってはいなかったが日時・場所などのことは説明されていて、その頃にサッカー部は合宿を行っていたこそすら書かれていた。

 こんな状態の情報の中で『暴行事件』が起きたとなれば、被害者は絞られてしまう。週末には広瀬水城の姿は学院から姿を消してしまった。

 学院側には広瀬の両親からとりあえずの休学届が出されたことは知ることができた。

 

 数日前には解決できる手段を手に入れられていた占術研の面々は、意気消沈した様子で部室へと集まっていた。

 

「なんか、後味の悪い結果になっちゃったね…」

「そうだな…」

 

 塔子はずっと携帯を手の中でいじっている。返事をする玲児の声にも覇気はない。

 

「卵をどうにかしようってのに形の決まった箱に無理矢理入れようとしたんだから、割れて当然でしょ」

「愛生、あんた、キツイこと言うねぇ…」

「わかったでしょ、部長。部長がやろうとしてたことはこういう結末が待ってたんだよ」

「何が言いたいのですか、愛生」

「べつに。でも、正しいことをすればみんなが救われるなんてことは所詮夢物語だって、これで部長もわかったでしょ」

「ですが、愛生。あなたですら今回のことはどうにもできなかった。そうでしょう?」

「どっかのバカが暴露してくれたおかげでね…」

 

 愛生も苦々しく息をつく。映瑠も愛生から視線を外して窓の外を眺める。

 

「どうにか、ならなかったのでしょうか。こんな後味の悪い結果になることなく、皆が笑っていられた状況は──」

「理想を語るのは結構だけど、皆が笑っていられた状況なんて事件が起きた時点であり得なかったんだから、夢物語だって言ってるの。その時点で水城はもう笑えないんだから、私達ができたことは最善を選ぶことだったんだよ。その最善すら、選べないバカに道を絶たれたわけなんだけど…」

「・・・」

 

 部室が暗い雰囲気に呑まれている中、剣の携帯から着信音が鳴る。

 

「──はい。どうした?」

『剣さん。彼女が動きました!』

「…どこに向かってる」

『方向からして駅前でしょうか。電車に乗ろうとしているのかもしれません』

「わかった。俺も合流する。引き続き追跡と、無線モードにして常時連絡を頼む」

『わかりました。他の方にも連絡します』

「頼む」

 

 携帯を切ると鞄を手に取る。

 

「悪い、急用が出来た。先に帰るな」

「え、ええ。お疲れさまです」

 

 映瑠の返事を聞き流しながら剣は廊下に出るなり走り出す。学院から出ると、周りの目を一瞬だけ確認し、見られていないことを把握するなり建物の屋根伝いに駆け出した。

 

「──全員、聞こえているか?」

 

 耳のインカムに手を当てて話す。返事はすぐに返ってきた。

 

『こちら勇者。聞こえている』

『はい。こちら以庵です。聞こえています』

『こちら新撰組。聞こえています』

「ここで負の連鎖は断ち切りたい。だが、俺一人では力が足りない」

『勇者は人々のためにいる。私や銀の力で足りるならいくらでも貸そう』

『以庵はもとより剣様のためにこの力を振るうと決めています』

『居候である身。私達の力、役立つなら使ってください』

「頼む。あいつは…水城はこんな簡単に死んでいいわけない。あいつは、順哉と幸せになってほしいんだ!」

 

 剣はしばらく走っていたが、不意にインカムから声が響く。

 

『剣殿、彼女は現在電車で街の中心へと向かっています』

「中心へと向かって…?」

『はい。大きなビルが見えてきているので…』

「──っ。新撰組はそのまま追跡を頼む」

『わかりました』

「若葉、銀」

『聞こえている』

「摩天楼のある街の中心へと急いでくれ。嫌な予感しかしない」

『わかっている。以庵さんとも合流した』

『剣様。先に行っております』

 

 通信が切れたところで、剣は一気に加速する。

 

 

 

 ★

 

 

 

 ゴウゴウと響く風の音を、少女──広瀬水城は聞きながらゆっくりとそこへと歩いていく。

 

「もう、いい…よね…。わたし、…疲れ、ちゃった…」

 

 踏み出す足に力は入っておらず、身体をフラフラと揺らしながら歩いていく様は幽鬼か何かのようで、水城の瞳に生気はない。

 

「ごめん、ね…順哉。わたし、まってる、から…。いつまでも、まってる、から…──」

 

 水城はゆっくりと虚空へと踏み出す。水城の身体が空へと投げ出され───

 

「『制限限界負荷領域(オーバーロード)・絶界《フルブレイク》』!」

 

 水城の腕を剣が掴み、限界を超えた身体は水城を屋上へと投げ飛ばす。

 

「銀!以庵!」

 

 二人が飛んできた水城を受け止めたのを見るも、剣は気づく。勢いをつけ過ぎた身体はビルに戻る方法がない。

 

(ま、ず…)

 

 加速した思考の中、助かる方法は見えない。それを──

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ──この世界に来てから、私は勇者の力を使わなくなっていた。

 

 勇者の力はバーテックスに対する切札であり、おいそれと使うべきではないと自分を戒める意味でも使わないようにしていた。

 だが『それでいいのか?』と誰かが問う。力を持っているのに、それを使わないのは卑怯なのではないか…と。

 

 自問自答を繰り返しても答えは出なかった。しかし、今はもう──どうでもいいことなのかもしれない。

 

 恩人が、一人の少女を助けた。だが、その恩人はこちらに戻れず、視界から消え去ろうとしている。

 救う力は、私の中にある。使えば、助けられる。

 

 ───使わないのか?

 

 私は、この自問自答に答えを得た。私は、勇者の力を『人々のために使う』と決めていたのだから。

 

「──だから、力を貸してくれ『義経』!」

 

 ビルの屋上を一息に駆け抜けて若葉はその身を空へと投げ出した。

 まるで、自分達を使えといわんばかりに鳩達が下から上がってきている。若葉は、もう迷わない。

 

「いくぞっ!」

 

 守るために。救うために。求めるは速さ。天を駆けるがごとく。彼の跳躍を再び身に纏う!

 

「天駆ける武人──源義経!」

 

 鳩達を一瞬の足場にして、若葉は剣を空中で拾って対面にあったビルを屋上へと降り立つ。

 

「無事か、剣さん?!」

「お、おう…。なんつーか、すごいな、若葉…」

 

 鳩達はすでに体勢を立て直して飛び去っていく。

 勇者の力が霧散するように消えて、若葉の腕から剣は降りる。

 

「ありがとうな、若葉。おかげで命拾いした」

「いや。私も無我夢中だったからな。成功するかは、正直わからなかった」

 

 勇者の力はこの身にあることは理解していた。

 しかし、精霊の力は使えるかまでは若葉自身わからなかった。それでも、精霊は若葉の意思に応えてくれた。

 

「さて、とにかく今はここから離れるぞ」

「ああ。いこう、剣さん」

 

 若葉を伴って剣はビルからでていく。途中、水城を確保した二人を褒めながら、電車に乗って帰宅の途についた。

 



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第31話 時間は立ち返って…

 家に帰ってくると、玄関前に仁王立ちで待つ姫玲がいた。

 

「おかえりなさい、お兄様」

「お、おう。ただいま、姫」

「皆様を連れて、どこへ出かけていたのでしょうか?」

 

 なぜか怒っている。それだけは雰囲気で察せられた。

 

「姫はなんで怒ってるんだ?」

「帰ってきたら誰もいませんし、家事の片付けも中途半端。隣の家に三人の様子を見に行ってみてもそちらにも誰もいない。あげく、先に帰った兄さんの携帯や他の方々に連絡を入れても出てくれませんし」

 

 全員が携帯を取り出すと複数回の着信履歴。うん。これは怒っていても仕方ないのかもしれない。

 

「わ、悪かった。いろいろと、忙しかったんだ…」

「何が、忙しかったんですか」

「とりあえず、家の中に入らないか?あいつを、寝かしたいし…」

「あいつ?」

 

 剣の指した先。以庵の背中には意識を失った水城がいる。

 

「水城!?…兄さん。これはいったいどういう…」

「ちゃんと説明はする。だから、とりあえず家に入れてくれ」

「…わかりました。ちゃんと、説明してくださいよ?」

 

 家に入ると以庵と銀は二階へと上がっていった。水城を寝かせにいったのだろう。新撰組の三人は隣の家に戻っていった。

 リビングのイスに姫玲と剣が座ると、キッチンに若葉が立ち、お茶の準備を始める。

 

 お茶を四つ用意してテーブルに置いたところで、以庵が下りてきた。

 

「水城さんの様子は銀が見ていてくれるそうです」

「そうか。後でお茶を持っていくよ」

「お願いします、若葉」

「それで、どうして兄さん達が水城を連れているのですか?」

「それはな──」

 

 剣の魔眼のことを姫玲は知っている。故に必要な話は水城が死を選ぼうとしていたことだけを説明した。

 

「そう、ですか。水城は、死のうとしたんですね。全てを、諦めて…」

「彼岸視の力である程度は死期の予測も立てられていたから新撰組に頼んで水城の身辺を洗っていたんだ。突発的な死は基本的に本人の意志によってのみ起きる可能性が高いから」

「水城は、これからどうなると思いますか?」

「さあな。だが、見捨てる気はない。幸いにも休学届けも出ていることだし、親から失踪届けが警察に出されるのも時間の問題ではある。あるが、そこは上と話してなんとかしてもらうさ」

「兄さん。水城のことは──」

「銀もいれば若葉だっている。簡単に死を選ばせたりはしないさ、こいつらなら」

 

 隣で静かにお茶を飲んでいた以庵や若葉は姫玲からのすがるような視線に頷く。

 

「今後は、どうなると思いますか?」

「それこそわからない。わからないが、しばらくは…おとなしくしているしかないだろうな」

 

 二階で寝ているだろう少女はいま、どのような気持ちを持っているのか。それは、この場の誰にもわかりはしない。

 

 

 

 ★

 

 

 

 水城の救出作戦から数日後。学院と占術研はひとまず落ち着いていた。水城の失踪が生徒達に伝えられたりはしたが、水城の行き先を知る者は『剣と姫玲』ぐらいで、あとの生徒には関係のない話でしかないのだから。

 

 部室の窓から映瑠が外を眺めている。部室にいるのは他には直緒と剣ぐらいだ。

 

「誰もが安心に暮らせることなどはない。わかってはいても実際にその問題が身に起こった時には全てがどうにもならなくなっている可能性が高いというのは…」

「仕方ないさ。今回のことだって最初の問題──暴行事件が無ければよかった話なんだしさ」

「やるせないよね…。なんとか、ならなかったのかな?」

「わかりません。わかりませんが、彼女のことを引きずって、私達が歩みを止めては誰にもいいことはないということ。私達は確かに当事者に関わった者達ですが、足りなかったことを悔やんでも何もありません」

「ただ、俺達は──忘れるなよ。あいつらを救いたいと言ったのは俺達で、救えなかったのも俺達なんだからな」

「ずいぶんと念を押すじゃない、剣。何か知ってるの?」

「さあな。神尾ほど情報通じゃないんだよ、俺は」

 

 

 今は何も話せない。しかし、いつか相談しないといけない日が来る。それまでは───水城が目を覚ますまでは、俺達の中で隠しておくしかない。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ───ここで、一度、剣達の物語は幕を閉じる。事件は何一つ解決していない。しかし、ここから先に関わる彼らの話が前に進まねば、剣達の物語も前には進めない。

 

 ───ゆえに、時間は巻き戻る。時は5月の頭。世間はGWになろうかという時。

 

 ───場所は、樫ノ森学園。さあ、はじめましょう。もう一つの物語の主人公の舞台へと。多くの少女達(勇者)の先頭を歩くことになる、一人の志士の物語へと。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ──5月。樫ノ森学園にて。

 

 世間はGWになろうかというとき。沖田総紫は周囲から斬りかかってくる学生達をあしらっていた。

 

「踏み込みが浅い。それでは、届かない!」

「げっ!?」

「不意を打つのであれば気配はギリギリまで隠す!」

「ごふっ?!」

「浅く、見極めが遅いっ!」

「「がっ、はっ?!」」

 

 挑みかかってくる学生達を次々に打ち据えてはすぐに立ち上がってくる学生達。もはや乱取りといっても差し支えないほどに十数人からの連続攻撃を、総紫は油断なく全てを返り討ちにしていく。

 

「──そこまで!」

 

 藤島直の声に学生の全員がその場にへたり込んだ。総紫だけは軽く額の汗を拭う程度で、まだまだ余裕はありそうだ。

 

「どうしたっ!確かに導力は使うなと決めたが、相手はたった一人のはずだ。だというのにAクラスの上位陣が徒党を組んでも一撃すら入らないとはどういう体たらくだ!」

「いや、先生…。総紫教官、強すぎますから…」

 

 生徒の一人の答えに周囲から同意の声があがる。しかし、直は───

 

「今のまま導力を解禁すれば同士討ちは避けられんぞ!いくら沖田が強いとはいえ、その辺りはお前達が一番よくわかるはずだ!」

「直さん。やはり、学生達に乱取りは無茶苦茶だと思います」

「そうか?」

 

 ここ数日、学生達相手に総紫は指導という名の戦いを演じてきての感想だ。彼らはあくまでも『導力者』であり『剣士』ではない。

 むろん、剣士としての素養は鍛えるべきものでもあるが、それは導力をしっかりと扱えてこそだ。

 

「基本的に導力使いは三人一組と聞いています。なるほど、乱取りのような立ち回りを見ればよくわかりますが、この人数で導力など使えば同士討ちは避けられないでしょう。しかし、本来の三人一組であるなら…」

「沖田を追い詰める程度にはなる、か?」

「追い詰められるかは答えにくいですが、戦いづらくはあるでしょうね。導力そのものというよりはそれを駆使した戦略には、ということですが」

「まあ、一対一では相手にならなかったからな」

 

 学園に来て、総紫が最初に体験したのは導力者との一騎打ち(Sクラス全員)。

 結果は全戦全勝という圧倒的なまでの強さを見せつけた総紫。しかし、本来は三人一組が基本運用とされるのが導力使い。一人では発揮しきれないこともあるだろうし、逆に多すぎては同士討ちの未来しかない。

 

「そうだな。次回以降は三人一組でのチーム戦をメインに据えるようにしよう。夏休み明けには学園対抗戦もある。今から本番に備えて鍛えるのは実利が多いか」

「俺や河上でできる限りはお手伝いします」

「わかった。今日は少し早いがここまでにする。全員、しっかりと身体を休めて午後の授業に出るように!」

 

 『うぇ~い』と幽鬼のような声が出てくるなか、直は校舎へと歩いていく。

 

「しかし、いくらなんでも強すぎる…。イヴ達も強いとは思うが、ただ一人の沖田教官に一太刀も浴びせられないのは忸怩たるものを感じるな…」

 

 剣を杖代わりに立ち上がるのは安国茜(やすくにあかね)。導力者の家系では名のある家でもあるが、本人は今手元にある大剣型導力器《ホムラコトナオサメ》を扱いきれておらず、クラスの中では中の下程度。

 

「教官は、背中にも目があるみたい…。どれだけ隙を探してもまるで見つからない…」

 

 茜の隣で女の子座りでため息をついているのは神代透子(かみしろとうこ)。日本刀型導力器《蒼氷》を使う氷雪系の導力者。茜と仲がよい。クラスの中では上の下程度。

 

「でも、これで何もできないといよいよ俺はどうしたらいいやら…」

 

 胡座をかいてため息をつくのは大場誠一(おおばせいいち)。世界初のSSS(トライエス)ランクの導力者なのだが、導力の性能が不明。クラスの中では性能が不明のため下の下。

 

「しかし、組み合わせとしては俺の脅威が高いのは誠一、茜、透子のチームですけど…」

「そうなんですか?」

「どうして…?」

「まず第一に、誠一は目がいいようで、乱取りでも適切に隙を見極めて打ち込んできていました。気配を悟らせなければ通用するはずです。茜は大剣に振り回されない体幹を身につければいいと思いますよ。重さはほとんどないとは聞いてますけど、大剣の大きさにまだ慣れていないように見えました。

 透子はそんな二人のフォローに回るのが速く、しかし早すぎるようにも見えました。もう少し落ち着いて立ち回れるようになれば、三人は俺には脅威になり得ますね」

 

 説明を受けていた三人以外の生徒達が『自分は、自分は~』と集まってきてしまう。しかし、三人は笑っていた。

 

「褒められたみたいだな」

「ああ。まだまだ精進はたりていないみたいだが、成長の余地はあるということだ」

「早すぎる、とはいうけど…。どうしたらいいんだろう…?」

「そこは一人で考えるな、透子。私達は、チームなのだからな!」

 

 明るく話す三人の生徒達に説明しながら、総紫は笑っていた。

 



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第32話 『勇者システム』

 昼食を取るために総紫は一度、寮の部屋へと戻ってきていた。基本的には食堂で取るのが通例なのだが、総紫は考が食事を作ってくれるので寮の部屋で落ち着いて食べる方が気に入っている。

 それに、寮の部屋には考以外に一人、居候もいる。

 

「ただいま戻りました」

「総紫様、おかえりなさいませ」

「…おかえりなさい」

 

 出迎えてくれた割烹着姿の少女は(こう)。元の時代では京都の祇園で禿(かむろ)をしていたが、今は総紫付のお手伝いだ。

 もう一人、考の作った料理をテーブルに並べていたのは郡千景(こおりちかげ)。本人から聞いたのは四国の『勇者』と呼ばれる存在で、今はとある理由からここに居候している。

 

「千景は今日は何を?」

「…ゲーム」

「そうですか。勉強はしてますか?」

「沖田さんに言われた分は、やってる」

「なら、いいですが。できるなら、少しは外で身体を動かしてほしいですけど…」

「運動は、苦手で…」

「そうはいうけど『勇者』をこれからも続けていくとなれば、身体を動かしておく必要はあると思いますよ」

「それは…」

「総紫様、千景さんもそれくらいはわかっていると思います。でも、今の千景さんの『勇者』の力では太刀打ちできないと修理様も言ってましたし」

「そうなんですよね」

 

 千景が部屋にこもりがちな理由の大きな影響を与えているものは、千景が『勇者』となるためのシステムにはいろいろなロスがあり、この世界に現れているバーテックスと呼ばれる存在に太刀打ちできない状態にあるらしい。

 修理自身、それは千景にも困りものだろうということで姫将石の研究の傍ら、『勇者システム』の解明にも力を入れている。

 

「今は、修理の解析待ちですね。…っと、ありがとう、七人御先(しちにんみさき)

 

 総紫の傍らから醤油の入った小ビンを体長30~40cmぐらいの七人の白装束を着けた存在が受け渡す。

 

『七人御先』

 郡千景を守護している『勇者』として契約しているとされる精霊。この精霊の力を借りれば、千景は七人に分かれることができ、また七人が同時にやられないかぎりは死なないという性質を得ることができる。

 

 千景の傷が癒えた頃に千景の身体から現れ、千景本人から説明が為された。考には七人御先はお手伝い役といったところで、家事の手伝いをしてもらっている。

 お礼におやつをもらったりすると七人それぞれに大層喜ぶのが可愛いとは考の話。総紫もたまにお世話になった際には食べ物を渡している。

 

 どうにも精霊にとっては人間から直接渡されたものはいわゆる『供物』であるらしく、本来は供物をもらって力を貸すことが精霊の在り方のようだ。

 しかし、『勇者システム』とやらにはその辺りがどういう仕組みになっているのかは千景も知らないという。大社という組織がその辺りは一括管理していたとのこと。

 

「組織には必ず秘密が付きまとうのが常ですが、現場で戦う人間に対してそこまで過剰に情報を隠す意図とはいったい何なのか…」

「総紫様?」

「いえ。午後からは手すきなので修理の下へ行ってきます。研究が進んでいるのかも確認したいところです。千景、よかったら一緒に来ませんか?」

「──っ。わかりました」

「…お願いしますね」

 

 総紫の言葉に千景は一瞬肩を震わせた。未だに慣れてくれないようだが、いきなり見知らぬ世界の見知らぬ場所に一人、放り出されたのだ。

 自分には考ちゃんが居たから『守らねば』と気合いは入れられたが、千景はそうではない。今しばらく見守るべきなのだろう。

 

 

 

 ★

 

 

 

 千景を伴って修理の下へと向かう。七人御先はふわふわと千景の隣に浮かんでいる。

 

「修理、研究の方は進んでいますか?」

「おっ、総紫。いいところに来た。千景を呼んで──って、連れてきてるのか。重畳だ」

「そう言うということは…?」

「ああ。千景、端末を返すぞ」

 

 千景に端末を渡すと修理は近くに置いていたコップから水を飲む。

 

「『勇者システム』とやらには驚かされる。これほどの呪術めいたものをこのスマホのアプリにまで落とし込むとは…。一から組むとなれば、私でも半年は欲しい代物だよ」

「組めないとは言わない辺りが修理ですね」

「ああ。とりあえず、千景の『勇者システム』には何十もの出力制限のプロテクトがかけられていたから、いくつかのプロテクトを外して最適化しておいた。まだ火力は足りない可能性はあるが、バーテックスへの対抗策無しに外はうろうろしたくないだろうからな」

「あ、ありがとう、ございます…」

 

 頭を下げる千景に修理は苦笑で返す。

 

「礼を言われるほどのものじゃないから気にしなさんな。千景、今なら一方的にバーテックスに負ける心配は少ないだろう。だが、あくまでもあの白いやつに対してのみだ。中型以上にはそこにいる精霊の力が必須だし、システムを見る限りは精霊との一体化は諸刃の剣だ。短期間で何度も使えるものじゃない」

「どれくらいの期間を空ければいいんですか?」

「一度使えば最低一ヶ月は空けた方がいい」

「そんなに…」

 

 うなだれるように端末を見る千景に修理は──

 

「とはいっても『今は』だ。『勇者システム』はこっちの私専用のパソコンにコピー出来たし、こちらでアップデートできたものを随時その端末に更新出来るようにしてある。今はまだまだ私も『勇者システム』とやらに不慣れだが、なに、きっちりとバックアップしてやろう」

「頼もしいですね。よかったですね、千景」

「はい。本当に、ありがとうございます!」

 

 深々と頭を下げる千景に修理は『いいからいいから』と笑っていた。

 

「──さて、『勇者システム』は今のところその程度の成果しかないが、そのシステムの解析のおかげで姫将石の解析が一気に前へ進んだ」

 

 パソコンのキーボードを叩くと『姫将石』に関する資料が表示される。

 

「基本的には私や総紫の持つ『鬼瘴石』との性質としての変わりはない。問題は『何を基点に励起するのか?』というところだ」

「と、いうと?」

「『鬼瘴石』は地脈の力を女性の身体を通して発現させるが『姫将石』はどうやら地脈とは別の力を使うようだ。だが、そのエネルギー源がわからない」

「俺のように魂を使ったりとか?」

「さてな。試そうにも私や彦斎、総紫にさえ反応がなかった。いや、総紫は仕方ないのかもしれないが…。まあ、少なくとも鬼瘴石のように使い手を選ぶものなのは確実だ」

「現状ではわからないってことですね」

「ああ。だが、『鬼瘴石』が呪術をベースに生み出された産物なのは知っているが『姫将石』はまったくの別物だ──が、性質だけに着目すれば極めて近似のものがある」

「それが、『勇者システム』…」

 

 隣で静かに聞いていた千景が呟く。その答えに修理は頷いた。

 

「そうだ。人並み外れた力を得るが使い手を選び、代償もおそらく存在する。『鬼瘴石』も『姫将石』も『勇者システム』も根底のところだけを視れば近似のものである可能性が高い」

「つまり、安易に使用はできないってことか」

「まあ、そういうわけだな。使い方がわかったとしても危険性が高ければ使わないに越したことはない。千景も『勇者システム』はある程度の安全性は保証されてはいるが先ほども説明した通り諸刃の剣だ。今までは気軽に使っていたのかもしれないが、今後は命の危機とかだけで使うようにした方がいい」

「…わかりました」

 

 千景が出ていき、総紫がついていこうとした。そこへ、修理が呼び止めた。

 

「総紫。千景は出来る限り一人にはするな」

「…急にどうしたんですか?」

「千景は『勇者システム』に対して何かしらの意味を見出だしているのは間違いない。今ならある程度の使用は問題ないが、口酸っぱく言っている通り…あれは諸刃の剣だ。お前の鬼瘴石と同じように、な」

「…っ」

「千景は勇者であることに何かしらの強い思い入れをしている。それが、悪い方へと流れないともかぎらん」

「わかりました。出来る限り、千景のそばにいるように心がけます」

「ああ。言い方は悪いが、千景は生き急いでいるように見える。ああいうやつは死に魅いられやすい。気をつけてやってくれ」

「忠告、しっかりと受けとります」

 

 総紫が出ていくと、修理はパソコンに向き直る。

 

「『勇者システム』…。これは、何のために生み出された…?バーテックスとは、何のために存在している…」

 

 修理の独り言に応える者はいない…。

 



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第33話 勇者

 数日後。千景は一人で街へと出かけていた。

 

(・・・)

 

 街並みを眺めていればわかる。ここは自分の知っている場所とは違う。

 

(高嶋さん…)

 

 胸に渦巻くこの気持ちはおそらく、不安。思い出せるのは自分の最後。

 

(乃木さん…。貴女なら、今の私のようになったらどうしているのかしら…)

 

 好きだけど嫌いで、それでも憧れた彼女を思い出しながら、千景は街を歩く。行く宛があるわけでもない。

 ただ、今は少し、一人になりたかった。ふらふらと宛てもなく街を歩いていた。

 

 人々の喧騒を聞きながら千景は思う。自分は最期まで自分のためだけに戦っていた。

 『誰かを守りたい』だとか『人の未来を~』だとか思うことすらなかった。ただただ自分の人生を守るためだけにその身を戦いへと投げ入れた。

 

(だから、私は最期の最期まで自分の抱えた闇に向き合うことはできなかった。ただただ『死にたくない』とわめき、向けられた人々の悪意に対して自身の中にあった悪意を向けた。そして、最終的には神様に見捨てられて──)

 

 今なら自分はどれだけ子どもだったのかがわかる。当たり散らしてわめき散らす、ただただ癇癪を起こした子どもだった。

 

(…この世界に居られるのは『変われ』って言われてるのかしらね…)

 

 ここで生きていくなら今までの自分では駄目だろう。総紫や考に守られながらぬくぬくと生きてはいけるだろう。だけど、それでは何も変わらない。

 

(変われるのかしら。私みたいな…)

 

 不意に千景は足を止めて周囲を見渡した。気がつくと街の裏側に来ていたのだろう。喧騒が無くなり、静けさだけがあった。

 

 ──そんな中、今歩いてきた方から悲鳴が響く。

 

(───っ)

 

 戻ろうとした足が止まる。悲鳴や怒号が続けて聞こえてきている。何かが起きている。

 

(──見に、行こう)

 

 日の当たる大通りを覗くように千景が戻るとそこには先ほどまでは居なかったはずの星屑がいた。周囲の人々が逃げ惑う中、星屑はゆっくりと一つの建物へと近づいていく。

 

(なに…?)

 

 千景が建物に目を向けるとそこには瓦礫に下半身を潰されかけている女性。その傍で泣く一人の少女。女性は必死に少女を逃がそうとしているが少女は女性の腕にしがみついて離れようとしない。

 星屑が口を開き、少女と女性を噛み潰さんと近づいていく。

 

(助け、なきゃ…)

 

 取り出した機器を手に荒れる呼吸を整えようと千景は胸を押さえる。震える膝を叩いて前に出ようとしてその足が動かない。

 

(助け、なきゃ…。私、は…)

 

 そんな中、女性の腕にしがみついていた少女は星屑へと向き直ると両腕を目一杯開いて『通さない』とでもいうように立っていた。涙や鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、震える膝でも『退かない』と決めて少女は星屑へと立ち塞がる。

 

(──私はっ)

 

 それは、目の前で起きた小さな変化だ。ただただ泣きわめいていた少女は、死を前にして守ろうと立ち上がった。

 

(──私は…!!)

 

 震える膝はどうしようもない。

 死を怖がって何が悪い。

 生きたいと思って何が悪い。

 

 ───それでも。

 

「私は、『勇者』だ!」

 

 千景の姿が消える。少女の目の前にあった巨大な口が吹き飛ぶ。驚いたように前を見ている少女の視界に映るのは一人の姿。

 手許の大鎌をクルリと回し、勇者服を着た千景はゆっくりと振り返る。少女の頭を軽く撫でると瓦礫に手をかけて持ち上げた。女性は体を起こすと駆け寄ってきた少女を抱きしめながら千景を見る。

 

「大丈夫でしたか?」

「…あ、あの、ありがとう、ございます…」

「いえ。遅くなりました」

 

 千景は周囲を見渡すと少し離れた位置に隠れていた人を呼び寄せた。男達が女性と少女を背中に乗せたところで、先ほど吹き飛んだ星屑がいつの間にか千景の後ろに現れていた。

 

「嬢ちゃん!!」

「大丈夫です」

 

 千景はいつの間にか白い外套を頭から被っていた。星屑が口を開けた──瞬間、横合いから現れた二人目の千景に蹴り飛ばされる。

 

「ここで私が食い止めます。皆さんはその方をつれて避難を」

「あ、ああ。ありがとう、嬢ちゃん」

「いいから早く行ってください」

 

 離れていく男達を見送ると千景は振り返った先に集まりだした星屑達を見上げる。

 

「私は、変わる…。変わらなくちゃ、いけないんだっ。若葉に、高嶋さんに、皆に、追いつくために!!」

 

 群れて突っ込んでくる星屑へと千景達は大鎌を構えて走り出した。

 

 切り裂き、薙ぎ、払い、捌き、時には蹴り飛ばし、殴り倒し、しかし自身の後ろには一体たりとも通さない。

 無論、千景自身無傷とはいかない。いくらこの世界の星屑と戦えるように調整されたとはいえ戦力差は歴然。しかも千景は事実上この場から動けない。

 本当は逃げ出したい。耳を塞いでこの場から一刻も早く──

 

「それでも──」

 

 ──変わると決めたのだ。

 

 憧れた背中へと追いつくために。

 あの背中の隣へと並び立てるように。

 

 恐怖を、怯えを捩じ伏せて千景は終わることなく現れる星屑を斬り伏せていく。

 

「まだまだぁっ!!」

 

 分身したそれぞれの千景が街の各所にいる星屑を斬り伏せては市民の避難誘導もこなしていく。息があがり、視界が明滅する。明らかにオーバーワークだが千景は口の端を噛みきってでも意識を繋ぐ。

 

 ──それでも、限界は唐突に訪れる。

 

 斬り捨て、持ち上げようとした鎌が持ち上がらない。息を吸おうとして喉の痛みに空気の漏れた呼気が出た。

 

「…っ、ぁ…。は…っ、…」

 

 気がつけば膝をついていて分身は解けていた。顔を上げた先にはまだまだ増えている星屑。それがゆっくりとこちらへと近づいてくる。

 

「…っ!」

 

 立ち上がり──視界が回って千景は尻もちをついていた。星屑を見上げるように千景はその場に倒れる。

 

(…『勇者』として戦えたのだから、いいわ。私は…変われたの…)

 

 千景は目を閉じる。気配が近づいてくるのを感じながら──

 

(…ごめんなさい、総紫さん)

 

「──よく守ってくださいましたわ」

「──ああ、今からは私達に任せてくれ」

 

 意識を失う寸前、薄く目を開けて見えたのは朱と緑の二つの色だった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 街に星屑が現れる少し前に、総紫は学園の生徒である茜や透子に街の案内をしてもらっていた。

 

「はぁ~…。ここにくればなんでもそろいそうですね」

「なんでもは難しいが一通りのものはそろっているはずだぞ」

「同感」

「あら、安国茜ではありません?」

「むっ、イヴか」

 

 正面から歩いてきたのは金髪縦ロールの髪をなびかせながら二人の生徒を連れた少女。

 

「茜、知り合い?」

「イヴ・エレイン・オースティン。幼馴染みみたいなものだ」

「はじめまして。沖田総紫といいます」

「あら。これはご丁寧に。改めましてはご紹介にあずかりましたイヴ・エレイン・オースティンと申します」

「ご丁寧にありがとうございます」

「いえ。それで、安国はこんなところで何をしていますの?」

「沖田先生に街を案内しているんだ。街にはあまり来ていないという話だったからな」

「先生?」

「ああ。沖田先生は剣術指南役として樫ノ森で働いているんだ」

「最近赴任したばかりですけどね」

「なるほど。それで聞きなれないわけでしたの」

 

 イヴ達の会話を聞いていた後の二人は総紫を見ながら鼻で笑う。

 

「これで剣術指南役、ねぇ。どう見てもそうには見えないがな」

「にゃはは。そこは佐田に同感。イヴ様~、そんなの放っておいて早くいきましょうよ~」

 

 お供の二人──髪をかきあげる『佐田』と呼ばれた青年とお団子ヘアの少女『小林』というらしい──が総紫を見ながら笑うのを茜と透子は不機嫌そうにしていたが当人である総紫はただただ笑っていた。

 

「まあ、学生というのは自信過剰な人が多いですから」

「はあ?」

「なかなか言うじゃないか。しょせんは雇われ教師なんだろ」

 

 佐田と小林が総紫の前に立つ。総紫はわずかに目を伏せ──殺気を漲らせて見上げる。

 その場にいた茜や透子は少し後退りしていたが殺気を向けられた佐田と小林は凍りつき、イヴはため息をつきながら二人の肩を叩く。

 

「相手の力量も読めずにケンカを売るからそうなるの。明らかに『雇われ』なんて話で済むような人ではないでしょうに…」

 

 総紫は殺気をしまうと二人に笑顔を向ける。

 

「歳が離れていないことと力量を考えることは別物だと理解してくれたならそれ以上は何も言わない」

「お目こぼし、ありがとうございます」

 

 イヴのお礼に総紫は笑って流す。そこへ少し遠くから悲鳴が聞こえた。

 茜やイヴは首を傾げただけだったが、総紫だけは刀を腰から抜いていた。

 

「みんなは下がるか武器を構えてください」

「なんなんですの?」

「沖田先生、何か知っていることでも?」

「感じたことがある気配がある。異形ですから油断できる相手ではありません」

「そう」

 

 透子は空間から蒼氷を取り出し、茜もホムラコトナオサメを取り出す。

 悲鳴の聞こえた方から次々と人々が走り出してきて、総紫が一人の男性を捕まえて話を聞く。男性が言うには『白い化物が人を襲っている』という。

 

「俺はすぐに向かいます。茜と透子はここで防衛を──」

「いや、私達も一緒に向かいます」

「一人でも多い方がよさそう」

「佐田、小林。二人は避難誘導を。私は安国達とともに行きます」

「わかりました」

「任せておいてください」

 

 二人が波のように訪れる人々を誘導していくのを尻目に総紫達は駆け出す。

 

「手分けをしましょう。透子は俺の援護を。茜はイヴとともに別の場所へ。ここだけが襲われているとは思えない」

「わかりました!」

「行きますわよ、安国!」

 

 駆けていく二人の背を見送り、総紫は目の前の光景に視線を戻す。星屑が一つ二つと姿を見せ始める。

 

「透子はとにかく奴等の動きを制限するように氷を張ってください」

「わかった。…沖田先生は?」

「俺ですか。俺は──」

 

 総紫は水平眼に刀を構えながら──

 

「全て斬り伏せていきます──」

 



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第34話 導力者

 総紫と別れてから茜とイヴはカフェなどが建ち並ぶ方へと迂回していた。

 

「こっちもそれなりに人がいるはずだ」

「にしても、安国。白い化物とやらはどんなものか知っていますの?」

「実物は見たことはないが教えてはもらっている。人を無差別に襲うらしい」

「…厄介そうな相手ですわね」

「対抗できるのは導力者とかの特殊な力がないとダメらしい。沖田先生もあれで凄く強いからな!」

「見ただけでわかりましたわ。私達とは比べものにならないほどの腕前の持ち主であることくらいなら…」

 

 イヴは見ただけで総紫の強さには気がついていた。茜が曲がり角を曲がろうとしたところで背中に女性を背負う逃げてきた男性とぶつかりそうになる。

 

「す、すまない…」

「いや、私達もちゃんと前を見ていなかった」

「お姉ちゃん、導力者?」

 

 イヴの制服を涙目の少女が引っ張っていた。

 

「え、ええ…」

「…お願いします、お姉ちゃんを助けてくださいっ」

 

 少女は制服を引っ張ったままに頭を下げる。困惑する茜とイヴに───

 

「俺達からも頼む。俺達を逃がすために嬢ちゃんがこの先で化物を食い止めてくれてるんだ!」

 

 男性の言葉に茜とイヴは顔を見合せ───すぐに破顔し、頷いた。

 

「私達に任せてくれ!」

「その人はおそらく知り合いですわ。私達が加勢に向かいますから、貴方達はこのまま避難を」

「すまない。ふがいない大人で…」

「力ある者が戦うのは当然です。任せなさい!」

 

 少女の手を優しい手つきで制服から放させるとイヴと茜は走り出す。背中に少女の大声が聞こえる。

 

「イヴ、急ぐぞ」

「安国、誰に言っていますの?」

 

 二人は示し合わせたように加速する。その二人の視界の端に何かが見え、二人が止まった。

 

「「今のは──」」

 

 二人の見上げた先には白い外套をはためかせ、鎌を振るう少女の姿。それがあちらこちらに見える。

 

「安国、いっぱいいますわよ」

「ああ。だけど、本物はこの先にいる!」

 

 茜が再び走り出す。イヴはそれについていき───

 

「いたっ!」

「安国っ!」

 

 二人に見えたのは尻餅をついて今まさに化物に喰われようとしている少女の姿。二人は走る勢いそのままに跳躍、茜の大太刀が正面の一体を両断し、イヴのレイピアがもう一体の化物を突き刺し──勢いそのままに吹き飛ばす。

 

「──よく守ってくださいましたわ」

「──ああ、今からは私達に任せてくれ」

 

 導力器を構える二人の後ろにいた少女、千景は仰向けに倒れる。

 

「イヴ、彼女の様子を見てくれないか」

「安国一人で抑えられますの」

「やるさっ。彼女の分まで頑張るぞ!」

 

 獰猛な笑顔を浮かべた茜は間合いに入る化物を次々に斬り伏せる。イヴは少女の傍らに跪くと首筋に手を当てたり口元に耳をもっていったりする。

 

「安国、大丈夫。緊張の糸が切れたのか気を失っているだけですわ」

「そうか。なら、よかったっ!」

 

 また一体斬り伏せる。イヴも参戦すると、化物の数はなかなか減らないが勢いは少しずつ収まりを見せてきていた。

 どれくらい斬り伏せたのかわからない。化物の返り血で制服が真っ赤になり始めた頃───

 

「なんですの?」

 

 化物達の姿が霞みがかるように薄靄へと転じ、次々と消滅していく。すべての化物が消えたところで二人はようやく導力器を下ろした。

 

「あいつら、長い間存在できなかったりするのか?」

「そうなのかもしれませんわね。まあ、目的は達成できたわけですし戻りますわよ、安国」

「うむ、そうだな」

 

 茜が少女を背中に背負う。少女はされるがままだ。

 

「なあ、イヴ。本当にこの子は大丈夫なのか?」

「精密検査したわけでもないから絶対とは言えませんけど、少なくとも身体中の傷は私の方で癒したから、後は学園に帰って詳しく診てもらうしかありませんわ」

 

 化物は全て消え失せたのか、建物から立ち上る煙以外には動くものは見つからない。総紫達と別れた場所まで戻ってくると、透子と総紫、佐田と小林も待っていた。

 茜とイヴの姿に透子は安堵したように息をついていたが、総紫は茜の背中に背負われた千景に気づき、足早に近づいてきた。

 

「安国、千景は…」

「大丈夫だ。今は眠っているだけだしイヴが治療もしてくれたから」

「イヴさん、ありがとうございます」

「これくらいならなんでもないですわ。それより、沖田さんには聞きたいことがあります」

「…なんですか?」

「あの化物のことです。あんなもの、初めて見ました」

 

 佐田や小林も避難誘導中に見たのだろう。頷きなからもどこか釈然としない表情をしている。

 

「俺も詳しくは何も…。ただ、アレの名前が『星屑(バーテックス)』と呼ばれていること、どうやら千景と何らかの接点のようなものがあること、突如出現してしばらくの破壊を重ねた後に姿を消すこと。俺にわかるのはせいぜいそれくらいなんだ」

「なるほど。未知の敵、ということですのね。うちの学園にも通達するように取り計らいますわ」

「ありがとう」

「礼など不要ですわよ。あんなもの、存在していることは許されませんもの」

 

 イヴが歩き出すと佐田と小林が小走りで付いていった。イヴ達を見送った総紫達も学園へと向けて歩き出す。

 

「安国、千景を預かります」

「うん?」

 

 背負っていた千景を総紫は抱き上げる。背中が軽くなった茜は最後尾を歩いていた透子に並んで歩き始める。

 

「そういえば透子、沖田先生の戦いぶりはどうだったんだ?」

「…戦いぶり、ね」

 

 透子は立ち止まる。つられて止まった茜が見た透子は両腕で自身の身を抱きしめるように震えていた。

 

「と、透子…大丈夫か?」

「あの人が学園でしている指導。あれは、あの人にとってはぬるま湯なんて優しさですらなかった…」

「…え?」

 

 透子は目を閉じて先ほど見た戦いを思い出していた。

 

「あれが沖田先生の全力なのだとしたら、私達はあまりにも無力なんだと思う」

「それほど、なのか…」

 

 二人は先を歩く総紫の背中をしばし眺めていた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 一人の少女が息を切らして走っていた。時折振り返ってはいるがその表情は蒼白なまま恐怖に染まっていた。

 走る少女の前に『星屑』が現れる。少女は悲鳴を圧し殺して別の方角へと逃げる。もはや後ろを見る余裕はない。後ろから聞こえてくるのは木々やものが壊れる破砕音と星屑の歯が噛み合う「ガチガチ」という音。

 

 どこをどう逃げたのか少女はもうわからない。わかるのは自分が立つのは袋小路の公園で公園入口には空まで覆い尽くすほどの星屑の群れ。

 少女はその場に膝をつくしかない。もはや少女にできることはない。

 

 獲物である『少女』が逃げなくなったことで星屑達の包囲網の狭まる勢いは落ちたがそれは少女に残された時間でしかない。少女はただ歯の根の噛み合わない、確実に近づいてくる『死の気配』に耐えきれずに悲鳴をあげた。

 

 ───悲鳴をあげた少女の目の前で星屑は潰れた。

 

「───…ぇっ?」

 

 少女はすぐには目の前の光景が理解できなかった。自分を殺そうとしていた化物は真っ二つに割れて光へと変じている。そして、そこには…

 

 ───『真っ赤な鬼』が立っていた。

 

 数多の星屑を前に『鬼』が咆哮をあげる。『鬼』は次々と星屑を引き裂き、叩き潰し、雄叫びをあげる。

 

 少女は恐怖を再び圧し殺して走り出す。少女に気づいた星屑が口を開けるが、その口から『鬼』が上下に星屑を引き裂いた。

 

「────」

 

 振り返って見えた『鬼』は少女を護るように星屑へと立ち向かっていった。

 



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第35話 真っ赤な鬼

「───以上が、概要になります」

 

 樫ノ森学園では近頃頻発している『星屑』の襲撃事件に手を焼いていた。特に街の外まで行くと襲われる可能性が飛躍的に高くなるのだが、そこに更なる『問題』らしきものが現れた。

 

「『真っ赤な鬼』ですか。こいつはほぼ必ず現れるんですか?」

 

 話を聞いていた総紫の質問に説明していた美佐は手元の資料に視線を落とす。

 

「そうですね。星屑に襲われた生徒の全員がこの『真っ赤な鬼』に救われているようです」

「なんで『真っ赤な鬼』なんだ?」

 

 資料をめくっていた直は首を傾げている。

 

「えっと、『鬼』を見た生徒達の証言は一致していて、赤い装束に赤い瞳だからだということみたいです」

「体格的には生徒達と大差はなかったんでしたらそう見えているだけの可能性は…」

「あり得るだろうが、問題はこの『鬼』の目的だ。今のところはあの化物達と対峙してくれているから大きな問題にはなっていないが、これが生徒達を襲い始めたらと思うとな」

 

 直の言い分もわかる。今のところ生徒に被害が出ていないだけで、このままでは遠からず被害が出てくるだろう。

 

「調査、するべきでしょうね」

「誰がするんだ?」

「いや、ここから行くんでしたら間違いなく俺でしょう」

「沖田さん、大丈夫なんですか?」

「いやまあ、万全とは言えませんけど…。でも、どうにかするのなら早いに越したことはないと思います」

 

 実は最近妙に疲れやすくなっている。そのことを修理に伝えるとひどく怒られてしまった。

 どうやら清光の使いすぎによる『魂の摩耗』とやらが再び進行してきている予兆であるらしい。このまま使い過ぎればまずは遠からず血を吐いて倒れることになる、と言われてしまった。

 

「とはいえ、先生方のお仕事の手を止めて調査に向かうわけにもいかないでしょう。俺はあくまでも臨時講師なのでこういう時はそっちに回りますよ」

「…すまない、沖田」

「いえいえ。それに、一人では行かせてもらえないでしょうし…」

 

 絶対に修理や彦斎あたりはついていくと言い出す。それにもしかしたら千景も便乗してくるかもしれない。

 

 

 

 ★

 

 

 

「当たり前だ。ついていくに決まっている」

「ですよね」

 

 部屋に戻ると考の用意した朝食を食べる修理と彦斎がいたので先ほどの話をしたところ、案の定の返事が返ってきた。

 

「しかし『真っ赤な鬼』か。あの星屑といい、この世界にはいろんなものが居すぎる」

「それは同感ですけど本当に修理も来るんですか?彦斎だけならまだしも」

「なんだ。私がついていったら何かまずいことでもあるのか」

「そういうわけではないんですが…」

 

 真っ赤な鬼が現れるところには星屑もいる。戦闘に向いていない修理を護衛しながら対処できるのか。

 

「何を不安に思っているのか知らんが安心しろ。私には柚に頼んで作ってもらった『コレ』がある。そろそろ試してみたいとも思っていたんだ」

「『コレ』?」

 

 修理が取り出したのは一対の銃。見た目だけはマグナム銃のようには見えるが───

 

「鬼瘴石によって肉体の強化が行われる性質を転化して銃弾と成す『鬼瘴銃』だ。導力器による導力の変換システムをベースに共同開発してみた。試運転では銃弾を成して撃つことはできた。あとはどれくらいの威力が出るのか試してみないとな」

「また奇っ怪なものを作りましたね…」

「まあ、彦斎や総紫ほどに強くなれるとは思っていないがさすがに元の世界で使っていた火縄銃程度の火力で戦えるとも思えないからな」

 

 腰に備え付けたホルスターへと銃を差し込む。更に取り出すは一対の短剣。

 

「さて、これは千景用だ。今のうちに渡しておこう」

「私、ですか?」

 

 部屋の隅、千景のパーソナルスペースとなっている布団に座っていた千景は短剣を受け取りながらも修理を見ながら首を傾げる。

 

「ああ。とはいえあくまでも護身用だ。勇者システムをほいほい使っていては総紫みたいになる可能性は否定できない。今回の『真っ赤な鬼』とやらがどのような存在かわからないが、千景にも手伝ってもらった方がいいだろう」

「…千景はいいんですか」

「私は…、別にいいけど…」

 

 千景は短剣を弄びながら視線をそらしつつ答える。

 

「そういうわけだ、総紫。相手がどのような存在かはわからないが、今ある最大戦力で事に当たろうじゃないか!」

「まあ、確かに俺一人で対応するよりはいいのかもしれませんけど…」

 

 それぞれに準備を済ませ、学外へと出る。調査書類を基に総紫達は街外れまで歩いてきた。

 

「…この近辺で目撃情報が一番多いようですけど」

「…特に変わったことはなさそうだが」

 

 街外れとはいえまったく人通りが無いわけでもない。通りかかった人へ聞き込みもしてみるが───

 

「今のところ目撃情報は無し。出現条件が不明である以上は仕方ないのかもしれないが…」

「そういえばあの星屑達は何の目的があって人を襲うんでしょうか。食べるため、という感じでもなさそうですし…」

「千景は知っているのか?」

「元の世界のままなら、あいつらの目的は『人類の殲滅』よ」

 

 千景の言葉に総紫達が千景の方へと向く。

 

「人類の殲滅…?」

「あの星屑──『バーテックス』は私達の世界の天の神が人類に遣わした人類を殲滅するための尖兵、ということらしいわ。詳しいことまでは私達のような現場の勇者にまで情報は下りてきてないけど」

 

 千景の説明に修理は腕を組んで空を見上げる。

 

「なるほど。で、あれば奴等が人の多くいる街に現れるのも理解できるな」

「人類の殲滅…。ですが、それにしては散発的な気がしますけど」

「尖兵というくらいだ。あくまでも様子見なんだろう。本格的に動きがある前になんとか対策を取るべきだろうが…」

「難しいと思う。あいつらは、そう簡単には減らないから」

「確かに…。これだけ倒しても減っている気配が無い以上、何らか対策を個人で立てる意味はなさそうですし」

「そうだな。私達みたいなのが個人的に考えてどうにかなる相手じゃないのは確かだろうな」

「──…総紫、修理、囲まれたようだ」

 

 彦斎が構えると、先ほどまではいなかったはずの場所から星屑が次々と姿を現す。

 

「相変わらず唐突に現れますね」

「まあ、いいじゃないか。我等が負けることはない、そうだろご両人」

「私も、戦います」

「そうだな。──くるぞっ!」

 

 千景は勇者に、修理は銃を、総紫は刀を構えると星屑が一斉に詰めてくる。

 

「──遅いっ!」

 

 総紫が詰めてくる星屑へ向かって駆ける。その背を守るように千景が大鎌を構えて走る。

 総紫が斬り、千景が薙ぐ。二人の討ち漏らしを修理が撃ち、そのトドメを彦斎が決める。必然的に役割を分担し、四人はたちまち星屑を屠っていく。

 

「思ったより簡単に倒しきれそうじゃないか?」

「修理、気を抜くな。まだまだ現れて──いるぞっ!」

 

 修理の背後に落ちた星屑を彦斎が真っ二つに斬り裂く。

 

「私には優秀な護衛がいるから安心して戦える。背中を気にするだけ野暮ってものだろう?」

「少しは戦場に慣れた方がありがたいがな」

 

 彦斎が視線で前を示す。そこでは勇者と人斬りが躍っていた。

 総紫が斬り、突き、払う。千景が薙ぎ、突き、叩き落とす。一糸乱れぬ二人はもはや長年お互いに背中を預けてきたように息が合っている。

 

「あそこまで成れ、とは言わんが」

「あの二人、本当にこの世界で初顔合わせなんだよな?」

 

 総紫が体勢を崩せば千景がフォローのために前に出る。千景が呼吸を入れるタイミングで総紫と前後が入れ替わる。

 二人はお互いを見ていない。その状態でもお互いの動きを理解し、的確にフォローし合う二人は──

 

「ダンスを躍る男女だな」

「普通にすごい動きでしかないんだよな」

 

 戦端を開いてから数分、星屑の動きが鈍り始める。顎を流れ落ちる汗を手で払う千景、総紫はそんな千景を隠すように刀を構えて立つ。

 

「思ったより攻勢が鈍い。わりに数が多い…」

「おかしい…。星屑だけならもっと物量で圧してきてもおかしくないのに…」

「まるで何かを待っているような──」

 

 その時──天を揺るがすほどの咆哮が響く。

 

「なっ…」

「何の声…っ」

 

 ───それは星屑達の向こうへと落着する。

 

 砂煙の中、ゆらゆらと赤い光が二つ、揺れている。

 

「…お出ましのようだな」

「あれが、『真っ赤な鬼』か」

 

 砂煙の晴れた先、そこには確かに『鬼』がいた。

 真っ赤な装束に額から伸びる二本の角。たくましい両腕を揺らしながらその顔があがる。

 

「…たか、しま…さん?」

「千景?」

 

 『鬼』が()える。その姿を千景は見覚えがある──否、その『鬼』を知っている。

 

 

 ───その『鬼』の名は──高嶋友奈。

 

 

 



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第36話 『鬼』と『人斬り』

 『鬼』は咆哮する。その声を聞いて星屑達はたちまち数を増やし、『鬼』へと殺到する。

 

「おおおオオオあぁァ…!!」

 

 耳障りな咆哮とともに『鬼』は自らへと群がる星屑を屠っていく。叩き潰し、引きちぎり、殴り飛ばす。踏み潰して、握り潰して、掴んだまま振り回す。

 膂力に任せた破壊の力を振り回し、集まる星屑達を瞬く間に破壊していく。

 

「──凄まじいな」

「あれが『真っ赤な鬼』か。なるほど、悪鬼羅刹と呼んでもいいほどの暴れっぷりだ」

 

 『鬼』が現れてから、星屑達は修理達からは興味が失せたように向かってこなくなった。次々に姿を現す星屑でさえ、迷いなく『鬼』へと向かっていく。

 その様子を見ていた千景が震える手を『鬼』へと伸ばしながら歩き始め──その肩を総紫がつかむ。

 

「千景、大丈夫ですか?」

「総紫、…さん…あれは…」

「千景はあの『鬼』が誰なのかわかるんですね?」

「──はい。あれは、高嶋さん…」

「高嶋…?」

「高嶋、友奈。私と同じ…『勇者』です」

「あれが──」

 

 暴虐の嵐の中心にいる『鬼』。それを見ながら千景は震えている。そこへ修理と彦斎が近づいてきた。

 

「あれが何かわかるのか?」

「千景曰く、『勇者』の一人だそうです」

「なるほど。精霊を身に降ろしているからか。だが…それにしては様子が変だ」

 

 星屑の間から見える『鬼』───高嶋友奈の瞳には破壊の色はあれど理性が抜け落ちているように見える。暴れ、目の前の敵を捩じ伏せるためだけに意識が向いているようにしか見えない。

 

「暴走しているようだが…」

「しかし、千景と同じ勇者とはいえ端末は旧式だろう。あれだけの破壊を生み出せるものなのか?」

「高嶋さんの降ろしている精霊──酒呑童子は精霊の格でも別格だと聞いてる…。その分、反動も強すぎるはずなのに…」

 

 確かに暴れている『鬼』は星屑に触れられたわけでもないというのに傷だらけだ。おそらく発揮している力が自身すら傷つけているのだろう。

 

「あのままでは、そう長く戦えんぞ」

「だが、先に星屑が打止めのようだな。数が減ってきている」

 

 最後の星屑を踏み潰して『鬼』は動きを止める。赤い装束に傷だらけになることで身体が血で赤く染まりつつある。この姿を見れば『真っ赤な鬼』と言われたら納得できる。

 

 

「さて、問題はあの『鬼』がこちらに気づいた時にどう動くかだ。千景に気づいて理性を取り戻してくれると楽なんだろうが…」

「修理、さすがにそれは楽観的過ぎると思うぞ。とはいえ、俺も鬼退治をしたいわけでもないし、そうなってくれると嬉しくはあるが」

「高嶋さんっ!!」

「───…」

 

 千景の声に『鬼』はゆったりとした様子でこちらへと目を向けた。赤く爛々と輝く瞳がゆっくりと千景達に焦点を合わせる。

 

「高嶋、さん…?」

 

 『鬼』は薄く口を開けた。しかし、その動きを見て総紫と彦斎は刀を構える。

 

 

 ───『鬼』はこちらを見て、笑っていた。

 

 

「千景は下がってください。友人に刃を向けられないでしょう」

「そうだな。総紫、俺とお前でどうにかするしかないだろう。修理、千景を頼む」

「わかった。千景、下がるぞ」

「あのっ!!総紫さん、彦斎さん!」

 

 肩を押さえられ、修理に引きずられるように下がらされる千景は悲壮感溢れる声で二人を呼んだ。

 だが、二人は一度振り返ると千景を安心させるように笑った。

 

「千景、大丈夫ですよ」

「別に殺してしまおうなんてことはない。要は、止めてしまえばいいだけだ」

「彦斎の言う通り、止めないとどうにもならなそうですから。止まれなくなっているのならなおさらです」

 

 『鬼』は吼える。しかし、そこにこちらを畏怖させるようなものはなく、まるで自身を鼓舞しているかのよう。

 

「どういった経緯でそうなったのか、俺にはわからない。ただ、お前がその子を護るために力を振るっているのなら」

「止めてやろう。我等、人斬りがな」

 

 身体を沈めた『鬼』に対して、彦斎が数mの距離を一息で踏み抜く。『鬼』の反応を上回って逆刃に構えた刀を首へと振るう。

 『鬼』はその一撃を更に身体を深く沈めることで避ける。地に伏せた体勢を、しかしその瞳は総紫を捉えている。

 

「───…ッッ!!」

 

 『鬼』は声にならない音を発して跳ぶ。彦斎を避け、振り抜かれる拳はしかし総紫を捉えることなく空を切る。

 最小限の身体の捻り。それだけで総紫は『鬼』の拳をかわす。『鬼』は怯むことなく二撃、三撃と拳を振り回す。

 

「…っ!!」

「ガアァッッ!!」

 

 総紫が放つのは平突き。正確無比な突きを連続して放つが『鬼』はその本能ともいえる脅威的な反応速度で避け続ける。

 人体急所と呼ばれる突きだけを避け、掠めるものや動きを阻害しない致命とならない攻撃は避けようともしない。

 

 総紫は深く踏み切り後退する。その隣へと彦斎も下がってきた。

 

「なかなかに厄介ですね」

「ああ。致命さえ食らわなければいい、その勢いであの拳を振り回されると深く踏み込むのは自殺行為だ」

「とはいえ、踏み込まなければ決定打には繋がらない…」

 

 総紫は目を閉じる。今のままでは『鬼』は止まらない。止めるためには──全力をもって相手をするべきだと。

 

 ──意識を静める。

 

 ──感情を鎮める。

 

 全身に意識を向け、一挙手一投足を制圧し、全てをただ刀を振るうための一つと成す。

 

「彦斎、下がってください」

「なにを…」

「勘違いしないでください。ただ、巻き込みたくないだけですから──」

 

 腰を落とし、右腕を顔のそばまで引く。左手を切っ先に添うように構える。右足を後ろへ、姿勢は前傾させる。

 動作の一つ一つを確かめるように構え直す。鬼瘴石が呼応するように強く光を発し始める。

 

 その総紫を見て彦斎は後ろへと下がる。目を開いた総紫はその目で『鬼』を捉える。

 

「新選組、隊式平突き──」

 

 『鬼』が身構えたのが見える。両腕を開いた構えからしてカウンターを狙っているのだろう。

 

「沖田、改式──四段突き」

 

 ──総紫の姿が消える。

 

 見失った『鬼』はとっさに人体急所となる心臓、首、頭の正中線を守るように両腕を防御へと回す。その耳に、総紫の声が届く。

 

「───変式、四方討ち」

 

 その突きを正確に『鬼』は認識できなかった。『鬼』の腕が下がり、膝をつく。崩れるように尻もちをついた『鬼』は目の前に立ち、刀を払う総紫を見上げていた。

 

「何が起きたんだ…?」

 

 後方から見ていた修理ですら何が起きたのか理解できていない。総紫の姿が消え、『鬼』が防御の姿勢を取った。そう思ったら『鬼』が崩れ落ちたのだ。

 

「──あれが、この世界の沖田総紫なのか…」

「彦斎には見えたのか?」

「ああ、かろうじて、だが…」

 

 彦斎には見えた。防御を構えた『鬼』の前──突きを四回、正確無比な鋭さをもって瞬きの間に両肩と両膝を貫き壊す沖田総紫の突き。

 普通に考えてもそんな芸当は不可能に近い。膝の皿骨を貫いたこともそうだが的確に人体の中にある骨の脆いところを四回連続で、しかも一瞬で貫くという神業染みた連撃など──

 

「俺や修理と生きた総紫でもあんな芸当はできなかった。あいつは、あの総紫は、どんな修羅場をくぐり抜けてきたというんだ…」

「新選組の人斬り姫の完成形、ということか」

 

 『鬼』を見下ろす総紫は刀を逆刃に構えると振り下ろす。首を痛打した途端、『鬼』は今度こそ仰向けに倒れる。

 その身体が淡く輝くと少女が倒れていた。その胸元には目を『✕』にした精霊が二体乗っかっていた。両方共に気絶しているようだ。

 

「終わったようだな」

「総紫さん、高嶋さん!」

 

 千景が走り出すと総紫が振り返った。その姿を見て千景の足が止まった。

 

「総紫…、さん…?」

「千景…?」

 

 総紫はなぜ千景が立ち止まったのかわからなかった。だが、その理由はすぐに知覚できた。

 喉をせりあがる『何か』の感覚、視界を染める赤い世界。

 

「ぐっ、ゴホ…」

 

 身体が咳き込むと同時に折れる。とっさに口元を押さえた左手を見ると真っ赤に染まっていた。

 

「…ああ。…ごめん、考、ちゃん…」

 

 修理達が駆け寄ってきている足音が聞こえている中で、総紫の意識は黒く塗り潰された。

 

 



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第37話 反動

 樫ノ森学園、保健室。

 

 そこに備え付けられたベッドに二人は寝かされていた。

 

「石橋先生、二人の容態は」

「女の子の方は特に問題ありません。二、三日もすれば自然と目を覚ますでしょう。ただ──」

 

 石橋先生の見る先、沖田総紫の眠るベッドを見る。血の気が失せ、見ようによって死んでいるように見えてしまう。

 

「沖田さんに関しては断言できません。著しいまでの肉体の衰弱──むしろなぜ、まだ息があるのかわからないくらいです」

「そこまで、なのか」

 

 総紫を見つめる修理は眉間にシワが寄る。

 

「千景、私は一度部屋に戻るが…」

「私は、ここにいます…」

「ああ。二人を見ていてくれ」

 

 ベッド脇にイスを置いて座る千景は総紫の手を握っている。

 千景を保健室に置いて、美佐と修理は廊下を歩く。

 

「いったい何があれば沖田さんはあんな風になるんですか…」

「私や彦斎が使っている鬼瘴石が原因です」

 

 修理は自身の鬼瘴石を美佐に見せる。

 

「これは本来、女性にしか使えない特殊なものです。ですが、条件を整えれば総紫のような男でも使えるようになります。ただ、女性と違って男が使う場合、石を使う際の反動が蓄積していくんです。そうして、肉体の限界を越えると──」

「今のようになってしまう、と…?」

「はい。最悪の場合、死にいたることもあります」

「どうにかする方法はあるんですか?」

「無いわけではありません。ただ、総紫が起きないことには…」

「そう、ですか…」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ベッドで眠る二人を見ていた千景は血の気の失せている総紫を見る。

 

(私が、高嶋さんを救いたいと思ったから、総紫さんはこんな無理をしたの…?)

 

 千景は考から聞いていたことを思い出していた。

 総紫は鬼瘴石を使いすぎると倒れてしまうこと、場合によっては死んでしまうこと。そんな無茶をしないように見ていてほしいと頼まれたこと。

 

(そんな無茶を、私が、させたの…?)

 

 千景は高嶋友奈の眠るベッドに視線を移した。枕元には同じように意識を失っている二体の精霊、一目連と酒呑童子。

 この二体の側には二体を起こそうとしているのか丸く取り囲んでいる七人御先がいる。

 

(あの『鬼』の状態に、高嶋さんの意識はなかった、と思う。総紫さんも言っていた──「その子を護るために」…。つまり、精霊は高嶋さんを守るためにああなっていたってこと)

 

 千景は端末を取り出す。『勇者システム』は修理のアップデートを受けて性能向上こそしていても細かなところは修理自身わからないというブラックボックスだ。

 使い方には総紫の鬼瘴石とともに注意が多い。それでもこうなる可能性があるのかすらわからない。

 

(私は、何も知らなさすぎる…)

 

 勇者のことも、総紫のことも、今いるこの世界のことでさえ…

 

(泣いても、怯えても、どうにもならない…。私は私なりに、何かをしないと…)

 

 これからも、総紫とともに戦うのであれば。こんなところで足踏みしている場合ではない。

 

「総紫さん、高嶋さんを救ってくれて、ありがとうございます」

 

 手を握って話しかける。総紫は意識が無い。返事が返ってくることは───

 

「…ちかげが、ないておれいを、いってくれるなら…。むりをした、かいがあった…、ということかな…」

「───っ!!」

 

 千景が顔を上げた先──総紫は薄く目を開けていた。

 

「総紫さん…」

「ここは…、ほけんしつ、かな…」

「…ぁ。ちょっと、まってて」

 

 空咳をする総紫から離れて入口付近に置かれていた水をコップに注ぐとすぐに持ってくる。

 

「総紫さん、はい」

「ありがとう。ちかげ」

 

 身体をなんとか起こした総紫の背中を支え、コップを渡すと総紫は少しずつ水を飲む。水を飲みきると小さく息をついた。

 

「ふぅ…。あらためて、ありがとう千景」

「いえ。…その、目が覚めて、よかった…」

「ああ。うん。心配をかけました」

 

 ベッドの天板に背中を預けるように座り直す総紫。

 

「…あれから何日たちましたか?」

「まだ半日くらい。かな。日が落ちたくらい」

「ああ。となると喀血やら血涙やらしたわりには軽度ですんだとみるべきかな。昔なら一週間は寝込むことになってただろうし」

「死にかけるのは軽度って言わないと思う…」

「そうですね」

 

 総紫は力なく笑っている。

 

「まあ、この対処は修理に聞いてみることにします。どうにかできるみたいなことは言ってましたから」

「そうなんですか?」

「ええ。俺自身、こんなに早く限界がくるとは思ってなかったので聞いてなかったんですけど…」

 

 総紫は頭をかく。そんな様子に辛そうにうつむく千景。

 

「千景、そんな辛そうな顔しないでください。そう簡単には死ねませんし死にませんよ、俺は」

「…総紫さん、約束、してください」

「約束?」

「体調が悪いときは必ず言って。私じゃなくてもいい、考に言って。休めるように二人で頑張るから」

 

 言われた総紫は視線をそらす。その様子に千景が眉を寄せる。

 

「総紫さん?」

「あ…、えっと…。実はもう、考ちゃんには似たようなこと言われてて。今日のことがバレたら泣かれてしまいそうで…」

 

 早口に言い訳を並べ立てるほどに千景の目に険呑な雰囲気が満ちていく。

 

「総紫さん?」

「…はい」

「修理さんと相談して鬼瘴石付きの刀は考ちゃんと管理します」

「…えっ?」

「考ちゃんと私がいいと思った時以外は刀を預かります!」

「えっ、ちょっ…」

「今から行ってきますから刀は預かります」

 

 千景は胸に抱くように清光を抱えると保健室から飛び出した。あとに残されたのはその千景に手を伸ばそうとして放置された総紫だけ。

 

「…みんなに怒られそうだな」

 

 疲れている身体をベッドに横たえると総紫は目を閉じた。すぐに寝息が聞こえてきたその横を、二体の精霊を運ぶ七人御先が飛んで保健室から出ていった。

 

 



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第38話 精霊の悩み事

 ───七人御先。

 

 その存在は千景の精霊として存在しており、基本的には千景から離れては存在ができないはずだった。それは神樹様という神様の集合体の一部であるためでもあった。

 しかし、その神樹様から切り離され、千景の内にいることで存在することになってしまった今の世界に来てからは有り様が大きく変わったとも言える。

 

 ──一つは、精霊としての扱いである。

 

 本来であれば精霊である七人御先は千景の求めに応じて力を貸し与え、その代償に感情という力を受け取るはずだった。

 しかし、この世界に来てからは千景よりもむしろ「考」という少女に日常の手伝いを請われることの方が多くなった。もちろん、頼られれば精霊としては否やなどない。積極的に手伝い、その分の代価は千景よりいただくつもりで当初の七人御先は考えていた。

 

 しかし、考の手伝いをすると「人間の菓子を手渡される」ようになった。それはいわば精霊にとっては『供物(くもつ)』であり。本来であれば千景より代価として提供されるべきものであった。

 とはいえ、もらえるものはもらいたい。精霊としても供物という形でもらえるのであればありがたくいただく所存だった──だったのだが…。

 

 ──二つに、「考」という人間から見た精霊について。

 

 どうやら「考」という人間の少女にとって自分達精霊というものは『お手伝いをしてもらったらちゃんと供物を与えるべき相手』と見てくれているようだ。精霊としてはこれはとても嬉しいことである。

 しかし、同時に『千景の家族』のような存在としても見られているようだ。というのも、仕事を手伝い、供物をいただいた時点で精霊の中では全てのやり取りは完結している。これ以上もらうことは本来は無いのだ。

 しかし、毎日三食+間食のおやつ付。ちゃんと精霊である自分達の分まで「考」は用意してくれる。最初こそ『なんと献身的な人間がいたものか』と感心しきりであった。

 

 

 ──そう、『毎日三食+間食のおやつ付』である。何もしていない精霊たる七人御先に対して。

 

 

 ある時から「考」に対して自分達の食事の準備を断った。あまりにも『貰いすぎている』からだ。しかし、その意思表示をしたらとても落ち込んでしまった。どうやら『不味いものを食べさせていた』と勘違いされたらしい。

 必死にアピールし、そんなことはないと伝わった結果として『家族の食事は用意させてほしい』という返答がきた。

 まあ、もらえるものはもらっておこうと決めた。

 

 

 ──なんて、悪どいことを思える精霊であればもっと楽だっただろう。

 

 

 日に日に七人御先の中には「考」に対する罪悪感が膨らんでいった。力を貸す代価以上のものを毎日のように受け取っているのは七人御先にとっては初めての経験だ。

 彼らの上位存在ともいえる国津神や天津神であればそこまで悩まなかっただろう。七人御先は精霊であって神ではない。奉られることはあれどここまで丁寧なものは初めてであった。

 

 

 ──故に、七人御先は悩んでいた。

 

 

 毎日のように積み上がっていく「考」という少女からの感謝の念と有り余るほどに渡される供物の数々。

 この返礼をどうするべきかと悩みを深めていた頃、「考」にとって涙を流し、強い想いを向ける相手「沖田総紫」が力を使いすぎたことで倒れるという事態が起きた。

 

 幸いにも大事には至らなかったよう。さらにその際に知り合いと呼べる精霊、一目連と酒呑童子の二体が仲間となった。別の勇者に力を与えている精霊である。

 

 

 二体が目を覚ましてからは「考」について相談することが多くなった。なにせ、精霊が増えたところで考のやることは変わらない。むしろ二体+新たな勇者の分まで食事などの用意をするようになっている始末。

 重なる「負債」とも呼べる多くの想いを昇華する方法を精霊達は日々議論する。

 

 

 ──そして、酒呑童子から提案された。

 

 

 精霊の力にはいくつか種類がある。例えば「戦う力」──これは勇者に力を貸し与えるものがほとんどである。

 他にも使い道のある力はあるが酒呑童子が提案するのは人の「命」に関わる力。こちらは本来、精霊だけで行使することは許されていない。必ず上位存在である神樹様の許可が必要となる。

 

 しかし、今の自分達は神樹様の管理下にはなく、またこの力の使い道には七人御先にも心当たりがある。それも日々自分達すら世話をしてくれている「考」を喜ばせることのできる使い道。

 七人御先は酒呑童子の提案に乗る。一目連も否やは無いようだ。この日、精霊達はその力を少しずつ行使していく。日々、「考」から与えられるだけに足る「生命の力」を。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 -総紫視点-

 保健室から開放されること3日。修理の提案を聞き、決断すること4日。死の淵に再び立ってから十日あまり。総紫は首を捻ることばかりである。

 

「修理、あの処置は俺の命を伸ばすとは聞きましたがこんな短期間、しかもまだ一度しか行っていないというのにこれだけ劇的に回復するものなのですか?」

「いや。さすがにそんなことはない、はずなんだが…」

 

 修理曰く、回復が早すぎるというのだ。しかし、実際に今はこの世界に来た頃並に、下手をすれば元の世界で清光を得る前くらいの身体の軽さである。

 

「普通にこの世界に来た頃よりも身体が軽い気がする…」

「元気になってるんならそれでいいじゃない。ねえ、考」

「千景のいう通りですよ、総紫様」

「いえ、俺自身…不都合があるわけではないんですが…。なんで急にこんな回復をしたのか──」

『───』

 

 ふと、千景が総紫の脇に座る酒呑童子に目がいく。酒呑童子は何をするわけでもなく、総紫に寄りかかるように座っているだけだ。

 しかし、その様子が千景には妙に気になった。酒呑童子は五分もその場にはいることなく、すぐに離れていってしまったが。

 

 一度気になってしまうと目についてしまうもの。よくよく見ていると総紫の食事時には精霊三体のうちのどれかは必ず姿を見せ、お茶を飲んで一息ついている総紫に寄りかかること数分。

 そのあとはいつものルーチンのごとく考の方へと近づいていき、手伝いの内容を聞いて仕事を始める。

 

「…修理さん」

「うん?どうした、千景」

「確か、総紫さんの命を伸ばすのはそういった特殊な力みたいなものを総紫さんの身体に入れるんですよね」

「まあ…、すごーく大雑把に言えば、な」

「それって、精霊達の力でも可能だったりはしませんか」

「うん?あー、どうだろうな。確かに自然に近い精霊の力であれば生命力を伸ばすような力には溢れていそうだが…」

「最近、精霊達は総紫さんに引っ付いていることが多いんです」

「精霊が?」

「はい。ご飯後の休憩を取っている時や寝る前といったタイミングでは必ず」

「……あり得なくはないのかもしれないが、精霊が力を行使すると千景に影響が出てもおかしくないはずだ。あともう一人の方にも」

「そう、ですよね」

「とはいえ、千景のその目撃情報も気になるな。ちょっと精霊を捕まえて話ができるか試してみるよ」

「わかりました」

 

 この日以降に修理は考を通じて精霊のやっていることを知ることになり、大層驚かせることになるのだった……。

 



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