ソードアートオンライン 〜鋼鉄の記憶〜 (誠家)
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第1章 SAO Possibly the world
第1話 少年とAI


この小説を書いているとなんか気持ちが晴れていくんですよねえ。こんな僕はおかしいでしょうか。いや、おかしくないね!それでは、どうぞ‼︎


「それじゃあお兄ちゃん、和真、部活行ってくるね〜。」

 

妹の可憐な声とガチャッ、バタン。という開閉音が二重になって二階にいる俺の耳に届く。俺は外していたヘッドホンをつけ直す。

俺、桐ヶ谷和人と妹である直葉は正確に言うと従妹だ。

俺にはもう一人、弟もいるがそいつは俺と血は繋がっていても直葉とは血は繋がっていない。

この事実に俺がたどり着いたのは四年前、10歳のときだった。俺はすでに8歳の頃から多少気づいてはいたのだ。俺たちとこの家族が《なにか》違うことに。だがなんせまだ小学二年生だ。親にそんなことが切り出せるはずがない。

だが四年生の秋頃、俺は思いきって母親にこう質問した。

「自分は本当にこの家族の一員なのか」と。

晩酌をしていた母親は口をパクパクさせていたがやがて正気に戻るとすぐに否定した。だが俺にはそれが嘘だということがわかっていた。母親の目が完全に泳いでいたからだ。俺がさらにゴリ押しすると母親は観念したように語り始めた。俺の、いや俺たちの両親は幼い頃に亡くなり貰い手のいなかった俺たちを桐ヶ谷家が引き取ってくれたのだと。

その日からだろう。俺が桐ヶ谷家の人々との関係性に混乱し始めたのは。俺は家族となるべく距離を取り部屋に引きこもり続けた。帰ってきたらネット、帰ってきたらネットという日々がひたすら続いた。今も継続して。

俺は脳を回想から現実に戻すと首を横に振り、手に持っている雑誌に目を落とした。俺が見ているのはある男とゲームの特集記事。この記事に載っているゲームは俺が今夢中になっているゲームの一つだ。そのゲームの名は…

 

『ソードアートオンライン、ですか』

 

ヘッドホンからある音声が俺の耳に流れ込んでくる。

 

『本当にすごいもん作ったわね、人間は。』

 

さらにもう一つの音声。もはや聞き慣れた二つの声。

俺はその声の主たちにため息混じりの声をかける。

 

「なんか用か。ヒカリ、メル。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

この二人はAIである。

名前はヒカリとメル。

作ったきっかけは今年の8月頃に届いた一つの段ボール。

俺宛に届いていた。中に入っていたのはAIを作るためのソフト二つと打ち込む数字1万桁の書き写し二つ。

 

とても怪しかったしソードアートオンラインのベータテスト中ということもあったので、3、4日ほっといたのだが、好奇心には勝てず結局打ち込みを開始してしまった。その日から俺はベータテストが終わると数字を打ち込み、ベータテストが終わると数字を打ち込み…といった生活になっていた。そして10日後、ようやく1万桁の数字を打ち終わった。その時にできたのがヒカリだった。俺はどうしたらいいかわからなかったのでとりあえず教えられることは教えて(しちゃいけないこととか文字の読み方とか)からインターネットに放り込んだ。俺はその直後に二人目の製作を始めた。その頃にはベータテストも終わっていたので製作に専念できた。

 

5日後、慣れた手つきで作業を進めているとパソコンから「もしもし」という声がした時はひっくり返りかけた。

どうやらヒカリの調整はうまくいったようで様々な知識を持っていた。俺は作業を進めている間もヒカリと話し、交友関係を深めていった。そして作り始めて7日後、二人目となるAIメルが完成した。俺はヒカリと同じ順序で育てメルとも交友関係を深めていった。

そして、あの段ボールの差出人は未だわかっていない。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

『何の用だ、とはご挨拶ですね。ご主人様♡』

「誰がご主人様だ。誰が。」

 

俺はページを1ページめくる。そこには黒い机に腰掛けた白衣姿の男性の写真が載っていた。

 

『和人様、正直どうお思いですか?』

「へ?どうって?何が?」

『もちろん茅場晶彦のことですよ』

「ああ、もちろんすごいと思ってるし感謝もしてるよ。」

 

 

このソードアートオンライン、略称SAOはナーヴギアという本体ゲーム機を使ってプレイされる。《ゲームの中に入る》という俺たちゲーム中毒者からしたら夢のようなことができる最先端のマシンだが、それゆえにソフトはパッとしないものばかりだった(例えばパズル系とか動物育生系とか)。しかしこのソードアートオンラインでは《モンスターを斬って倒す》ということが体験可能となり文字通り世界中のゲーマー達が湧いた。その湧いたゲーマーの中に俺も入っており、そのほとんどのゲーマーが茅場晶彦に感謝した。

 

 

『私は…この人には何か裏があるみたいで怖いんです。』

 

ヒカリがボソボソと呟く。

 

「それは…性格が?」

『いいえ、このゲームのことです。』

「ゲームに…裏がある?」

 

俺は少し考える。ゲームに裏があるとはどういうことか。基本無料と書かれているが本当は有料だったり、とかそういうことだろうか。

 

『いえ、考えすぎですね。忘れてください。』

「あ、ああ。わかった。」

 

俺は再度雑誌に目を落とす。すると茅場の横にはこんな本人のコメントが載せられていた。

 

《これは、ゲームであっても遊びではない》

 

『それより和人。』

「ん?どうかしたのか、メル。」

『そろそろ13時が来るわよ。アラームセット時間。』

「おっといけね。」

 

俺はすぐさまナーヴギアを取り出し頭に装着してからコードを専用のコンセントに差し込む。

 

「じゃあ17時ぐらいに帰ってくるから」

『了解。早く行ってきなさい。』

『御武運を。和人様。』

「ありがとう。」

 

俺はそっと目を閉じる。そして雑誌に載っていたあの言葉を呟く。

 

「これは…ゲームであっても…遊びではない…」

 

俺はベータテスト中にも同じことをテレビや動画で聞いた。だが意味は全くわからない。

 

『ゲームであっても、遊びではない。一体…どういう意味で…』

 

俺の思考を打ち消すかのようにスマホのアラームが鳴り響く。俺は目を開け口をゆっくりと開きあの言葉を口にした。

 

「リンクスタート!」

 




どーも、ありがとうございました。
ではでは次は第2話でお会いしましょう。


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第2話 桐ヶ谷 和真

さあ、気を取り直しての第2話!全く感想がない第1話!悲しい!誰か入れてよ!せめて一言‼︎


「それじゃあお兄ちゃん、和真、部活行ってくるね〜。」

 

部活で疲れてベットに倒れこんでいる俺の耳にそんな声が微かに聞こえる。俺はベッドで上体を起こすと大きく伸びをする。

 

「ふあ〜あ…んぎぎぎ…はあ。」

 

とりあえず一息つき下に降りる。一階は見事な静寂に包まれていた。俺はやかんに水を入れコンロの火にかける。

その間にコップを出しインスタントコーヒーの粉を入れ、台所にある椅子に座り込む。俺はおもむろにズボンのポケットに手を突っ込みスマホを取り出す。

 

ロック画面が表示される。その壁紙に俺は幼い時の写真を選んでいる。左側で無愛想にそっぽを向いている黒髪のクソガキ。俺だ。

そして右側で俺の左腕を掴み無邪気で愛らしい笑顔でピースをしている紫色の髪を持ったショートカットの女の子。服は女の子らしいフリフリのついたようなものではなくワイシャツとジーパンという実に男の子らしい服に身を包んでいる。

 

彼女の名は紺野木綿季。俺の幼馴染で、親友で…俺の初恋の相手。昔は木綿季も埼玉県に住んでいて幼稚園、小学校と同じだったためよく一緒に遊んでいた。日が暮れるまで木綿季の双子の姉の藍子と一緒に…。

俺はそこである思い出のせいで嫌悪感がこみ上げ回想を打ち切る。俺はパスワードを打ち込み画面を開く。

 

すると数々のアイコンが出てくるためニコニコ動画のアイコンをタッチ。すると画面が一気に変わり様々なボタンが出てくる。俺はさらに生放送ボタンをタッチ。

 

画面がニコニコ生放送画面に切り替わる。どうやらそこでお湯も湧いたようでやかんがしゅんしゅんと音を上げ出す。俺は火をとめ、コップにお湯を注ぎ、さじ棒でかき回してからコップを持って二階に上がる。

どうやら一つ上の兄貴も起きているようで少し開いたドアの隙間から後ろ姿が目に映る。俺は何も言わずに通り過ぎ一つ奥の部屋に入って机の上にコップを置く。

 

ノートパソコンを机の脇に置いてある袋から取り出しコンセントをさしてから電源をつけパスワードを入力する。

すると少しの間ができるのでニコニコ生放送を見るとあるゲーム屋にとても長い行列ができている映像が見て取れる。並んでいる全員のお目当は恐らく、いやほぼ確実に今話題の《アレ》だろう。

 

俺はベッドの横に置いてある球体にも似た形の物体を見下ろす。最新型ゲーム機《ナーヴギア》。そしてそれの最新ソフト。VRMMORPG《ソードアート・オンライン》。

 

様々なものを新しく導入した、生粋のゲーマーなら喉から手が出るほど欲しい話題のソフト。俺はそれをなんとタダで手に入れた。ダメ元で申し込んだCBTの抽選に当たったのだ。クラスのやつからは「羨ましい」と連呼された。

 

パソコンが立ち上がったので検索サイトで《ソードアート・オンライン》と入力すると多数の文字が画面上に浮かび上がる。俺はその中からゲームの説明が見れるものをクリック。

 

ゲーム内での必殺技の出し方やコンボの決め方をもう一度頭に叩き込む。俺は確かにCBTでも常にトップに近いところを走っていた。しかしそれは3ヶ月ほども前の話。恐らく技のキレ、正確さに関しては鈍っているだろう。だからこそこうして叩き込んでいく。

10分ほどもある動画を見終わった後に俺は現時刻を確認する。現時刻、12時40分。まだSAO正式サービス開始まで20分の猶予があるので何か暇つぶしがしたかった。

 

俺はクローゼットに近づくと一冊の大きめの本を取り出す。小学校時代の卒業アルバム。不思議な感じだ。ほんの6、7ヶ月前まで小学生だったのにすでに小学校時代の記憶は薄れかけている。俺は1ページ目からページをめくっていく。1年から始まり、2年、3年…と続いていく。俺は4年のページで手を止めた。

 

今まで必ずと言っていいほど写っていた女の子がまったく写らなくなったからだ。しかも5月下旬にあった運動会の前の月から。

 

「そうか…あいつが転校したのって、4月…だったんだな」

 

再びの嫌悪感。脳内には後悔だけが渦巻いている。その光景をあざ笑うかのようにスマホのアラームが鳴り響く。

ソードアート・オンライン正式サービス開始の時間。俺は重い体をゆっくりとした動作で持ち上げコーヒーを飲み干してからベッドに横たわり頭にナーヴギアを装着、コンセントをさしこむ。

 

俺は机の上にある写真立てを掴みその中にある写真を見る。あいつが転校する直前に撮った最後のツーショット写真。進級祝いで撮ってもらった。この写真立てもあいつが俺の9歳の誕生日の時に買ってくれた誕生日プレゼントだ。

 

俺は同時に机の中にしまってある姿見を取り出しその頃の俺と今の俺を見比べる。

 

「…ずいぶんと変わったな。俺も。」

 

昔はストレートに近かった髪はくせっ毛がちょくちょくあり、目は丸かったのが少しだけ鋭くなっている。恐らく木綿季と今再会しても気づかない可能性の方が高いだろう。

俺は写真立ての中で薄っすらと笑う俺といつもと変わらぬ笑顔で俺の腕に抱きついている少女を一通り見てから机に戻す。

俺は目をつむりもう言い慣れた、しかし久しぶりの言葉を発する。

 

「リンクスタート!」

 




第2話終了!キリトくんの弟、和真君のお話でした!ちなみに和真君は剣道部に所属しております!ではでは第3話で会いましょう!アディオス‼︎


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第3話 霧谷 隼人

さあさあ!感想くれて俺の無茶振りに付き合ってくれた人、ありがとうございました!これからも頑張ろうという気合いが入りましたね!それではトリプル主人公のラスト!どうぞ‼︎


ヒュウッ…

芝生の上に寝転がる俺の前髪を爽やかな風が揺らす。

ここは東京都にある荒川の河川敷。野球少年達の走る音や掛け声が目を瞑っている俺の耳に微かに聞こえてくる。

 

俺はゆっくりと目を開け空を見上げる。空は鮮やかな青色に包まれていて雲がひとつもない。快晴とはこういうときのために作られた言葉なのだろう。俺は外れかけていたヘッドホンをつけ直し、スマホを持ち上げる。するとある音声が俺の耳に入り込んでくる。

 

『やっと起きましたか。隼人さん。』

「いや、元々寝ちゃいなかったさ。少しうとうとはしたけど。」

『その割には目が半開きですけど?』

「太陽がまぶしすぎるんだよ。」

 

俺は「ふうっ…」というため息とともに上体を起こす。

 

「アカネ、今何時だ?」

『現時刻は11時37分ですね』

「まだ少し時間あるな…」

 

俺はスマホの画面に向かって話しかける。

 

「アカネ、近くに大きな図書店ないか?」

『あっ、ちょっと待ってくださいね…。はい、ありますね。河川敷の上の道路をひたすら南に行くと西側に見えてくるそうです。』

「ありがと。」

 

手をついて重い体を持ち上げる。

 

「よし、そこで時間つぶすか。」

 

友達の家に行くという選択肢があるのでは、と思う人もいるだろうがところがどっこい。俺には友達と呼べる人物は幼馴染のご近所さんぐらいしかいない。

 

『隼人さん、友達いなくてもいいことありますよ。』

 

俺の思考を読み取ったかのようにヘッドホンから声が聞こえそれにこう返す。

 

「ほっとけ。」

 

慰めの言葉が逆に痛いからな。俺はスマホをポケットに入れ、コンクリートの道路を歩き始めた。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

アカネはAIだが別に俺が作ったわけじゃない。

アカネを作り、言い方は悪いが元々所持していたのは兄である瑛一だった。

俺からすればほとんど勝てるところのない憧れの人物だった。リーダーシップがあり、運動も勉強もできていた。

理工学と柔道は俺が勝っていたがそれ以外は本当に勝てなかった。俺もあんな人になりたいと本気で思っていた。

だが、そんな兄はいきなり消えてしまった。死んだわけじゃない。俺が家で朝起きると机の上に「探さないでください。」と書かれた紙切れとひとつのスマホだけが置いてあった。そのスマホの中に保存されていたのがアカネだった。

 

アカネはすでに知識があり、育てることに手間がかかったということはなかった。

兄はゲーム会社の《アーガス》に勤めており、俺がベータテストに初当選したあの話題のソフト、《ソードアート・オンライン》の製作にも少し手を貸したということで両親が大喜びしていた。

そんな幸せな兄が消えてしまったのは正直謎だった。彼が失踪したり家出等をする理由が全然思いつかない。そしてもう一つ不思議なのが近所に住んでいる同い年で幼馴染の女の子のお兄さんも俺の兄と同時期に失踪したということだった。同時期に二人の、しかも家が近い人物が失踪するというのは偶然とは言い難い。何かが関係しているとやはり考えてしまう。そして何故アカネを置いていく必要があったのか。そうした理由も全く検討がつかない。AIほど使えるコンピューターなどこの世には存在しないというのに。何故だろう。今まで散々考えてきたことだが未だ真実には程遠いとしか言いようがなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「ありがとうございましたー」

 

店員のやる気のない声が俺の耳に入ってくる。

 

『隼人さん、どうでした?あそこの本屋。』

「品揃えは…まあまあだったな。そこらへんの本屋とほとんど変わらない…まあ普通の本屋だったよ。」

 

右手に持った袋がガサガサと音を立てる。

 

『隼人さん、何を買ったんですか?』

「雑誌だよ。ゲームの。」

『好きですよね、ゲーム。』

「そうだなー…ま、幼馴染に生粋のゲーマーがいたからな。おそらくそいつの影響だ。昔はよくゲームで遊んでたよ。…いや、しごかれてただけか…。」

『ですが最近は遊んでないようですけど…』

「俺もあいつも中学生だし、異性だし。小5か小6ぐらいから遊ばなくなったな。」

 

俺は少し過去の自分を振り返る。

ゲームがなかなか上達しなくてあいつにすげー叱られたっけ。『違う!そうじゃない‼︎』『もう!なんでこんなこともできないの⁉︎』といった感じに。今となっては良い思い出だ。

 

そんなことを考えているといつの間にか家に到着していた。俺は表札を通り過ぎポストを確認する。すると一通の封筒がポトリと落ちてくる。差出人は霧谷瑛一。兄だ。兄は家族に心配をかけまいとしてか毎週一通は手紙を送ってくる。住所等は書いてないので返すことはできないが。だがこの手紙のおかげで俺たちの家族が普通に生活できているのは確かだ。この手紙のおかげで両親は安心し警察に捜索願を出さずにいられている。親(特に父)の一時期の憔悴っぷりはそれは凄まじいものだった。

 

俺は苦い思い出を思い出しながら、封筒を取り出しドアを引き開ける。

 

「ただいまー。」

「おかえりー。」

「おかえり。」

 

いつもと変わらない声で両親が出迎えてくれる。

 

「あれ、父さんいたの?」

「ああ、土曜日だから早くに終わったんだよ。」

 

俺の父親、霧谷孝蔵は大手食品メーカーで働いている。昔は科学者を目指していたらしいが大学時代に挫折し断念したと自分で語っていた。

 

「母さん、これ。兄さんからの手紙机の上に置いとくから。」

「ありがとう。あ、隼人。柔道の試合、来週の土曜日に入ったからって先生からメールきたわよ。」

「分かった。ありがとう。」

 

俺は両親に背を向けると階段を登り自分の部屋に入る。部屋の中はベッド、机、本棚、クローゼットだけのシンプルな構造になっている。俺はベッドに腰掛けると本屋の袋から雑誌を取り出しパラパラめくる。

 

『今回はなんの特集なんですか、隼人さん』

 

俺がほぼ毎月買ってるこの雑誌はいつも内容が違う。先月のは確かモンハンの最新作の特集だった。

 

「今月はもちろん、ソードアート・オンラインだよ。」

 

今月の特集ページにはソードアート・オンラインの情報、製作者へのインタビュー記事などがでかでかと掲載されていた。俺はベータテストに当選していたのでゲームのレベリングの仕方などは無視して3、4ページほどめくりインタビュー記事に目を落とす。そこに載っていたのは長々と書かれた文章と白衣の男の写真。彼は茅場晶彦。ナーヴギアの基本設計、ソードアート・オンラインの製作責任者をも手がけている。もはやゲーマーの中で知らない者はいないだろうと言われている程の超有名人。

 

「すげえなあ、この人。ナーヴギアの基本設計なんて並大抵の頭じゃできねえよ。」

『それだけ複雑ですからね。ナーヴギアは。それより隼人さん、そろそろお時間ですよ。』

「へ?なんの?」

『ソードアート・オンライン正式サービス開始のお時間です。』

「あ、そっか。13時からだったか。」

 

壁にかけている時計を見ると12時55分を回っていた。

俺はベッドの脇に置いていたナーヴギアを取り出し、コンセントをさしてから頭に装着する。

 

「アカネ、カウンドダウン頼む。」

『わかりました。30秒前。』

 

時間が経つにつれて心拍数がどんどん上がっていく。ようやく戻れる。あの世界に。

 

『10秒前。9、8、7、6、5、4、3、2、1…0!』

 

アカネが最後の数字を言った瞬間俺も口を開ける。

 

 

「リンクスタート!」

 

 

俺の体が一瞬の浮遊感に包まれた。




さて、次話からついに本編に入ります。待ち遠しかったでしょう。俺も待ち遠しかった!やっと終わった紹介編!ヒャッホーイ‼︎さ、次話も気合い入れて頑張ります!お楽しみに…してくれたら嬉しい!


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第4話 剣の世界

さあさあ来ました来ました!S・A・O・編!いやあ書きたくて書きたくてうずうずしてましたね!今までのよりかはマシだと思うんで…どうぞ‼︎


「帰ってきた…この世界に!」

 

俺が今いるのはソードアート・オンラインの舞台となっている浮遊城《アインクラッド》の第一層にある《始まりの街》。ベータテストで見たことのある建物がベータテストとほぼ同じところに設置されている(多少変化しているものもあるが)。

 

まだ正式サービス開始から間もないが休日のお昼とあってたくさんのプレイヤー達がログインしてきているようだ。

 

こりゃすぐに武器屋や道具屋はいっぱいになっちまうな、と考えた俺はさっそくその二つに行こうと走り出した…のだが。走り出した俺の肩を何者かが掴んでくる。俺はほぼ反射的に後ろを見るとそこには一人の男性プレイヤーが立っていた。装備は俺と同じ初期のものをつけており、武器はまだ購入していないのかどこにもない。俺はこいつのこれまでの行動と格好から見てマッハでこういう結論にたどり着く。

 

あ、こいつニュービー(初心者)だな、と。さらに少し視線を上げると現実世界ではありえないような優美な顔が見てとれる。髪は赤く染め上げられその長い髪に趣味の悪いバンダナが巻き付けられている。俺はそこまで考えてからようやく第一声を発する。

 

「えっと…何か用、かな?」

 

するとバンダナ男はニカッと笑うと

 

「その迷いのねえ動き…あんたベータテスターだな⁉︎ちょいと俺にレクチャーしてくれないか?」

 

と、まあ俺が大体予想していた提案をしてきた。

 

俺はこの男の提案に乗ったものかどうか迷った。ニュービーの指導と言ったら確かにいいこともある(教えたそのプレイヤーが強くなった時にお礼を言いに来たりしてくれたら悪い気はしないし)。だが俺はベータの時にあった嫌な出来事が頭に引っ掛かって仕方ない。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

あれはベータテストの初日、武器屋にも道具屋にも行き、モンスター狩りをしていた俺に一人の男性プレイヤーが俺に声をかけてきた。名前は確か《シュンヤ》だったか。

彼は俺に「レベリングやソードスキルの出し方がわからないから教えてくれ」と頼み込んできた。どうやらゲームはそれなりにやってきたらしいがVRMMOは初めてだと言っていた。

俺は自分も慣れてないくせに、断ることもできずに「いいよ」と答えてしまい、この後後悔することになった。

このシュンヤというプレイヤー、とてつもなく教えるのに時間がかかったのだ。

まあ、レベリングのやり方はすぐにできた。だがソードスキルに繋げるための通常技の出し方が全然覚えられてなかった。

結局指導は2、3時間ほどかかってからようやくあちらが通常技をマスターし、俺は攻略に出遅れたのだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

俺はそんな苦い思い出を思い出しながらバンダナ男に一つだけ質問する。

 

「…あんた、VRMMOは初めてか?」

「そうだな…ゲームはそれなりにやってきたけどVRMMO自体は初体験だ。」

「そうか…うーん…」

 

どうしよう。迷うな。正直このまま断って次の街に行くという手もあるにはある。だがそれをすると彼への罪悪感は否めないものとなってしまう。

 

『うーん…でもまあ俺たちに変わって指導できる人が出てきた方が後々楽になるのか…だったらプラマイゼロだな』

 

俺は数秒間たっぷり悩んでから言葉を発する。

 

「わかった。教えるよ。」

「おお!すまねえな!」

 

「いや、良いさ。別にそんな手間のかかることでもないし」

 

俺は自分がなぜ痛い目にあったレクチャーをOKしたか大体予想はついていた。それはおそらく時間の問題だと思う。

俺が前にレクチャーしたベータテストのときは一か月という時間制限があり俺はかなり焦っていた。

この世界で《最強》を目指すには時間を無駄に使っていられなかったから。

だが今は違う。

時間制限も存在せず、焦る必要はどこにもない。

俺は少し笑い、身を翻す。

 

「それじゃあ、まずは武器を買いに武器屋に行こうか。」

「おう!道案内、よろしく頼んだぜ!」

「お前は、どの武器にするんだ?」

「へ?どのとは?」

「種類だよ。種類。」

 

この世界には片手剣、細剣、曲刀、両手剣、片手棍等々といったバリエーションに富んだ武器が多数存在する。初期にどの武器を選ぶかでかなり、後々の自身のスキル構成が変わってくる大切なことなのだ。

 

「うーん…俺は曲刀にしようかなと思っているんだが…」

「良いんじゃないか?曲刀ってしつこく修行してるとカタナスキルが出現するらしいしな。」

「え⁉︎マジで⁉︎」

 

「あくまで噂だよ。その手の嘘話ならそこらへんに転がってるぜ。だからお前も気をつけろよな」

「わかった。忠告、受け取っておくよ。そういえば自己紹介がまだだったな。俺はクライン。お前は?」

「俺はキリトだ。よろしくな、クライン。」

「ああ、よろしく頼むぜ。キリト。」

 

俺とクラインは熱い握手を交わした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ズドムッ‼︎

子イノシシの頭がクラインの股間にダイレクトでぶち当たる。うわあ、と俺はしばし口を開けてしまう。

 

「ぐふう…‼︎」

 

クラインが股間を押さえながら縮こまる。

 

「仮想世界なんだから痛みとかあんまないだろ。むしろ立った方が痛み和らぐと思うけど。」

「ほ、ホントかよ…」

「ホントホント。試したらわかるって」

 

クラインは渋々立ち上がりその場で二度三度ジャンプする。

 

「あれ、ホントだ。痛みが消えた。」

 

俺はふうっとため息をつく。

俺たちは武器屋から道具屋に行った後少しの説明をしてからフィールドに出た。二、三体ほど子イノシシの倒し方を俺が実演を交えて説明したのだが、これまたクラインが全然勝てない。攻撃を当てようと剣を振り回せば空を切り、ガードしようと剣を自分の前にかざすと悠々と弾かれる。

 

「キリトよう。もう一度ソードスキルの使い方教えてくんねえか?」

「良いけど…何度もやったろ?」

「そうだけど…全然出ないんだよ。スキルが。」

 

ソードスキル。他のゲームでいう必殺技のようなもの。この世界には魔法というものがないので殆どソードスキルで戦うしかなくなってくるわけだ。

俺は小石を拾い上げ先ほどクラインの股間に頭突きを食らわせたやつをフォーカスして腕を持ち上げる。

 

「だから、1、2、3じゃスキルは発動しないぞ?こうやって、スキルが立ち上がるのを感じたら…」

 

俺は腕を振り下ろす。すると小石が一気に加速し一筋の流星となり子イノシシの土手っ腹に直撃する。

 

「ズパーンッ、と」

「ズパーンッとってお前…簡単にやるけどさあ」

「クライン、持ち手はそのままで剣を肩に担がせて肘をあげてみな。」

「こうか?」

「そうそう。それで力を入れてみな。」

「…ッ」

 

クラインの曲刀の刀身が黄土色に染まる。

 

「でやあ‼︎」

 

ささやかな気勢とともに剣がまっすぐ繰り出される。剣が水平な軌跡を描く。曲刀ソードスキルの初期技《リーパー》。

俺が教えたのはそのスキルを出すための構えだった。クラインはソードスキルを打つことにハマったのかバシィ!バシィ!と何回も繰り返し発動している。

 

「どうだ?癖になるとやばいだろ?」

「ああ、めっちゃ気持ち良いな、これ!」

 

そりゃあそうだろうおそらく漫画やゲームをしてきた殆どの人が憧れてきたであろうことをできているのだ。気持ち良い以外の何物でもない。

 

「さて、もうそろそろ5時だけど。まだ続けるか?」

「良いねえ、と言いたいとこだけど…」

 

クラインがぽりぽり頭を掻く。

 

「俺5時10分にピザ頼んであるんだわ。だからとりあえずここで落ちるわ。」

「用意周到だな。」

 

さすがはネットゲーマー。

 

「いや、今日はあんがとな。また飯でも奢らせてくれや。」

「楽しみにしとくよ。」

 

俺自身もウィンドウを出す。

 

「そうだ、キリト。俺とフレンド登録しねえか?これからちょくちょく相談とかするかもしんねえから。」

「ああ、良いよ。」

「サンキュー!」

 

するとすぐにフレンド申請が飛んでくるので⚪︎ボタンをタップ。フレンド登録が完了する。

 

「そんじゃまたな!これからもよろしくな!」

「ああ、またな。」

 

クラインがもうログアウトすると言っていたので俺もログアウトしようとウィンドウを開く…直前にクラインのこんな変えが聞こえた。

 

 

 

「あれ?ログアウトボタンがねぇよ。」

 

 

 

そしてその言葉とほぼ同時に鉦の音が鳴り響く。

 

リンゴーン!リンゴーン!

 

その音を聞いた途端俺たちの体は淡いブルーの光に包まれ視界がホワイトアウトする。

 

「これは…!」

 

目を開けた俺の目に映っていたのは…始まりの街の大広場。

 

「強制転移⁉︎」

 




さて、次話は和真くんの出来事です。お楽しみに〜♡アデュー♡


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第5話 もう一つの現実

いやー、僕も忙しいんで遅れちゃいました。これからもがんばるんでよろしくお願いします。ちなみにこれはカズマが視点なんで。あ、あと出来れば感想もよろしくお願いします。では、どーぞ‼︎


「いてっ!」

 

俺の体が石畳に叩きつけられる。腰のあたりに衝撃と鈍い痛みが広がる。この世界の痛みは現実よりは軽いと言っても気持ちいいとは言えない。

この世界にログインしてから約4時間が経ち、レベルも6レベルに達したのでログアウトしようとした数秒後、いきなり鐘の音が鳴り響き、強制転移だと理解した時には既に体が石畳に叩きつけられていた。

ひとまず立てろうと足に力を込めると俺の前に手が差し出される。見ると黒髪の青年が笑いながら微笑んでいた。

 

「大丈夫か?」

「ああ、ありがとう。」

 

俺は遠慮なくその手につかまり体を起こす。

 

「悪い、迷惑かけたな。俺ベータテスターなんだけど飛び降りたり飛んだりしたのはそんなにしたことなかったから…」

「いや、人として普通のことをしたまでさ。ちなみに俺も元ベータテスターなんだ。」

 

彼は笑いながら答える。

 

「お前、名前は?」

「え?」

「名前だよ名前。プレイヤーネーム。」

 

名前を教えることに少しの躊躇があったがどうせゲームだろうということで素直に答える。

 

「カズマ、っていう名前にしてる。」

「そうか。俺はキリトだ。よろしく。」

 

俺とキリトはちょっとした握手を交わす。

 

「それにしても…」

 

俺が辺りを見回すと既に数千のプレイヤーがこの大広場に転移させられているようだ。全員、何がどうなっているかわからず混乱している。

 

「これは一体…」

「…わからない。」

 

キリトは消えそうな声でつぶやいた。

 

「不具合の緊急呼び出しでも無さそうだし、何かの催しならもうGMが姿を現しているはずだ。」

「不具合って…」

「ログアウトボタンの消滅さ。」

 

するとキリトの後ろにいた赤髪の人物が声を発する。

 

「ログアウトボタンの…消滅…?」

 

俺は言っている意味が分からなかった。

 

「自己紹介がまだだったな。俺はクライン。信じられないなら自分のウィンドウを開いて見てみな。」

 

俺はすぐさまウィンドウを開き、一番下のログアウトボタンを確認する。だが俺が見た最後のボタンは…オプション設定ボタンだった。

 

「…マジかよ。」

 

俺は小さく呟く。キリトは頭をかきながらこう付け足す。

 

「まあ、ただの不具合の緊急呼び出しかもしれないけどな。そこらへんはまだわからない…」

 

 

 

「おい!上を見ろ‼︎」

 

 

何者かが大声を出す。俺はその言葉通りに上を向く。すると上空から何かドロリとした赤いものが落ちてきている。

 

その泥はすぐさま形を変え、たちまちローブのような形に変わる。

 

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 

 

「私の世界?」

 

俺はとっさには意味がつかめなかった。隣のキリトとクラインも同様だろう。混乱する俺たちの耳に赤ローブの言葉が続いて届く。

 

 

『私の名は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ。』

 

 

茅場晶彦。

SAO開発ディレクターであると同時にナーヴギアそのものの基礎設計者でもある。

数年前まで弱小ゲーム会社だったアーガスを最大手と呼ばれるまでに成長させた原動力となった若き天才ゲームデザイナーにして量子物理学者。恐らく、いや確実にこのゲーム内で知らない者はいないだろう。

 

 

 

『プレイヤー諸君は既にメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気づいていることと思う。だがこれは不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなくSAO、ソードアート・オンライン本来の仕様なのだ。』

 

 

「し、仕様?」

 

ということはあの茅場を名乗る(本人の可能性が高いが)赤ローブはこうなることを想定…いやこうなるように仕向けたというのか。

 

『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることは不可能となる。』

 

「この城…だと?そんなものどこに…」

「…あるじゃないか。というより俺たちが立っているアインクラッドが。」

「…ああ、なるほど。」

 

俺は数秒かけてキリトの言葉の意味を理解する。つまり赤ローブはこう言っているのだ。『このゲームをクリアし、脱出せよ』と。

 

 

『また、外部の人間…つまり諸君の家族、友人等に値する人々などの外部によるナーヴギアの停止、あるいは解除が試みられた場合。そして諸君らのHPがゼロとなった場合…』

 

 

この場のプレイヤー全員が喉をごくりと鳴らす。

 

 

 

『諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される。』

 

 

 

「なっ…!」

 

俺は、驚愕に目を剥く。

脳を破壊する。つまり、殺す…ということか。

い、いや。だがそれでも…

 

「な、ナーヴギアは、一ゲーム機だぜ?そんなもんで人が殺せるはずが…」

「…いや、理屈としてはいけるな。」

 

クラインのうめき声にキリトが答える。

 

「ナーヴギアってのはヘルメット内部に埋め込まれた無数の信号素子から微弱な電磁波を発生させ、脳細胞そのものに擬似的感覚信号を与えるんだ。まさに最先端のウルトラテクノロジーと言えるけど、原理的にはそれと全く同じ家電製品が40年も前から日本の家庭では使われてるんだよ。」

 

「…電子レンジか。」

 

俺はギリッと歯と歯を擦り合わせる。

 

「…そう、十分な出力があればナーヴギアは俺たちの脳細胞中の水分を高速振動させ摩擦熱によって蒸し焼きにすることは可能ってわけだ。」

「で、でもよう…原理的にはありえなくもないけど…ハッタリに決まってるじゃねえか。いきなりナーヴギアの電源コードを引っこ抜けば、とてもそんな高出力の電磁波は発生させられないはずだ。大容量のバッテリーでも内蔵されてない…限り…」

 

クラインの言葉が止まりキリトが引き継ぐ。

 

「内蔵してるんだよ。ギアの重さの三割はバッテリセルって説明書に書いてただろ。」

 

キリトが焦っているが淡々とした声で告げる。すると赤ローブがさらに続ける。

 

 

『先ほど述べた条件は既に外部世界では当局及びマスコミを通して告知されているので諸君らのナーヴギアが強引に除装される確率は極めて低いだろう。ちなみに現時点でプレイヤーの家族友人等が警告を無視しナーヴギアの強制除装を試みた例が少なからずあり、その結果』

 

 

少しの間。

 

『213名のプレイヤーがアインクラッド、そして現実世界からも永久退場している。』

「213名…だと…?」

 

つまりおよそ五十分の一プレイヤーが現実世界で死に至っていることになる。

 

赤ローブの周りを回っているスクロールを見るとニュースの画面が映されているようだ。

俺と同い年くらいの女の子が母に手を置かれ、泣きじゃくっている映像が目に入る。

その横のスクロールではご老人二人が、さらにその横のスクロールでは男子高校生三人が救急隊員が持っている担架にすがりつきながらあるものは絶叫し、あるものはただただ涙を流し続けている。

 

俺はその全てが合成された映像には見えなかった。

 

一瞬俺のアバターの、もしくは現実世界の体の喉が詰まる。俺はベータテスト中に軽く100回は死んだだろう。恐らく隣にいるキリトも。

だがRPGとはそういうものだと思う。

何度も死に、学習し、プレイヤースキルの熟練度を上げ、クリアしていくものなのだ。

 

それが…できない?

 

ならこれはゲームではなく、この舞台アインクラッドもただのフィールドではない。自分たちを殺しにくるモンスターが闊歩している…戦場だ。つまり、デスゲーム。

 

「…馬鹿馬鹿しい。」

 

キリトが低く呻く。

 

「そ、そんな条件下でフィールドに出る奴がいるわけねぇだろ‼︎」

 

クラインが叫ぶ。すると赤ローブはすべて聞こえているかのように次の託宣を降り注がせる。

 

 

『諸君がこのゲームから解放される条件はたった一つ。アインクラッド第百層までたどり着き、そこに待つ最終ボスを倒せば良い。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しよう。』

 

 

「やっぱりか…」

 

俺の考えていた通りだ。やはり『この城の頂を極める』という言葉の意味。それはアインクラッド全ての迷宮区を駆け上がれ、とそういう意味なのだ。

 

「クリア…第百層だと…?無理に決まってんだろ!ベータじゃろくに上がれなかったって聞いたぞ‼︎」

 

クラインの言った通り、俺たちはベータテスト中に第十層までしかクリアできなかった。ましてや今は蘇生もできない。それを考えると何年かかるか見当もつかない。

 

 

『もしかしたら諸君らの中には無理だと思っているプレイヤーが複数人いるかもしれない。だが君たちがこの世界から脱出するにはゲームクリアをするしかないのだよ。…いやひとつだけ《自殺》という選択もある。まあそのかわり、現実世界からも永久退場してしまうがね。』

 

 

まるで嘲笑うかのようなその言葉に、俺は無意識に口に力を加えた。

 

確かに、俺たちがこの世界から離脱する方法がないのは確かだ。この世界からログアウトするにはログアウトボタンを押すしかない。だがそのログアウトボタンが消滅している。このゲームには脱出モーション等も設定されていない。つまり脱出するにはゲームクリアしか道はないのだ。

 

 

『諸君らは何故、と思っているだろう。SAO及びナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんなことをしたのか?と』

 

 

赤ローブは一呼吸入れる。

 

『私の目的は既に達せられている。この世界を創り出し、観賞するためにのみ私はナーヴギアとSAOを造った。そして今、全ては達成せしめられた。』

 

「「茅場…!」」

 

俺とキリトはギリリッと歯に力を込める。

 

『それでは最後に、私からのプレゼントを用意してある。確認してくれたまえ。』

 

俺は歯ぎしりをしながらウィンドウを開きアイテムボタンをタップ。すると一番上に《NEW!》の文字がついた《手鏡》と書かれたアイテム。俺がそのボタンを押すと目の前に現実世界でよく目にする手鏡がオブジェクト化する。

 

俺は意味もなくその鏡を見つめていると、隣でクラインの体が白い光に包まれる。

 

「おわあ!」

「クライン!」

 

周りを見わたすと他のプレイヤーも同じようなことになっている。

そして俺の視界も真っ白な光に呑み込まれ、3秒ほどで回復する。

光が消えてからは元の風景が現れ…ていなかった。目を開けると横にいたクラインの顔がまるっきり変わっていた。

 

「お前…誰?」

「お前こそ誰だよ。」

 

俺は手鏡を使い自分の顔を見るとそこに写っていたのは…現実世界で見飽きた、自分の顔。

俺は驚きのあまり手鏡を落としてしまい手鏡はポリゴンとなって四散する。俺はクラインと同様にキリトの顔も覗き込む。

 

…直後、俺の頭をクラインの変化を見たときよりも数倍の威力を秘めた驚きが襲った。

艶やかな少し跳ねた黒髪、丸い漆黒の目。

その顔は一瞬女かと見間違えるほど整っている。

 

…こちらも、現実世界では見飽きた顔だった。

 

俺は指をさしながら震える声で呟いた。

 

「…兄貴。」

「…和真、なのか?」

 

俺たちのフリーズを茅場の声が遮った。

 

 

『以上でソードアート・オンライン正式サービスチュートリアルを終了する。…プレイヤー諸君の健闘を祈る。』

 

 

直後、赤ローブは一瞬で姿を消した。

 

 

 

 

しばしの静寂。

 

「…いやだ。」

 

誰かが呟いたその一言が火種となったように声はあたりに広がっていく。

 

「おい出せ…こっから出せよ‼︎」

「いやだ…いやだいやだいやだー‼︎」

「くそっ…どうなってんだよ‼︎」

 

広場は混乱に包まれた。

俺も放心していると誰かに肩を掴まれ正気に戻る。

 

「カズマ、クライン、ちょっと来い!」

 

そういうと兄…キリトは走り出すので俺たちもその後を追った。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「いいか、この世界で生き残るためには強くならなきゃダメだ。俺は…もちろんカズマもその強くなるための最短距離を知ってる。だから一緒に来い。」

 

俺は前に進み出て言葉を発する。

 

「俺は行く。」

「そうか、ありがとう。…クラインは?どうする。」

 

クラインは少し悩んでいたがすぐに返答が返ってくる。

 

「悪い、俺は始まりの街に他のRPGで遊んでた仲間を残してるんだ。その仲間たちのために…俺は行けねえ。」

 

キリトは少しショックを受けていたがうつむくと言葉を発する。

 

「わかった…ならここでお別れだな。何かあったらメッセージ飛ばしてくれ。…じゃあまたな、クライン。」

 

目を伏せ、振り向こうとした俺たちにクラインが短く叫んだ。

 

「キリト、カズマ!お前ら案外カワイイ顔してやがんな!結構好みだぜ‼︎」

 

キリトはその言葉にこう返す。

 

「お前もその山賊ヅラの方が10倍似合ってるよ‼︎」

 

 

この世界での初めての友に背を向け、俺たちは走り始めた。

 

数分して振り向くが、もちろんそこには誰の姿もなかった。

 

俺たちはこの次にある村へ胸を締め付けるような痛みを振り払うかのように猛スピードで走り始めた。

 




えー、スキャンやらキャリブレーションやらの説明はちょっとめんどいんで今回入れてません。次回で入れられたらいいですね。それではまた次回。バイバーイ♡


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第6話 謎のフェンサー

遅くなってすいませんでしたー‼︎会社で色々と問題が(涙)俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない…よし!暗示をかけたところで、どーぞ‼︎


このゲームのチュートリアルが終わって既に一ヶ月が経過した。

あの後最初に死者が出たのはなんと3時間後のことだった。話を聞くところによると、外周区から飛び降りたのだという。

その後も死者は増え続け、ついには二千ものプレイヤーがその命を落とした。それほどの犠牲を払ってもまだ第一層はクリアされていない…。

 

「キシャアアアア!」

 

俺は上から振り下ろされたハンマーを最小限のステップで避け、素早く攻撃を繰り出す。

 

「…ハアッ!」

 

俺が繰り出した剣撃はモンスターにクリティカルヒットしHPバーが一気に2、3割ほど削れる。

俺が今相手にしているモンスター、名を《ルインコボルド・センチネル》。俺が今いる第一層迷宮区の中でもトップクラスの能力を持つ強敵だ。本来はソロで戦うべき相手じゃない。

 

「キシャアアアア‼︎」

 

センチネルはハンマーを青色に染める。ソードスキル…!そう確信した俺はほぼ反射的に剣を自分の前に構えた。センチネルのハンマーが俺の剣に触れた…瞬間に俺は剣を真上に力づくで振り上げる。防御基本技《パリィ》だ。

これは別にスキルとしてあるのではなくプレイヤー本人の技術の問題だ。つまり、頑張ればレベル1のプレイヤーでも余裕でできる。

センチネルがパリィの効果で仰け反っている間に俺は剣をオレンジに染める。片手剣ソードスキル単発技《バーチカル》。もう一つ《ホリゾンタル》という技があるがこちらの方がクリティカルを狙いやすい。

 

「…セアアアアア!」

 

「ギギッ…」

 

センチネルがガードしようとするが、一手遅い。俺の剣はセンチネルの心臓部に直撃し、すさまじい音を上げる。

センチネルはその体とHPバーをあっけなく四散させた。

 

結局あの後、カズマとは一旦別れた。迷宮区の攻略中、あいつは言ったものだ。「これ、やっぱソロの方が効率良いよな?」と。

今頃気づいたのかよ!と突っ込んでも仕方ないと思う。

まあ、それからなんやかんやあってボス戦は一緒にやってそれ以外はソロでやろうということになった。まったく、自分勝手な奴である。

これがおよそ二週間前のこと。それからも俺はソロで攻略を続けていた。誰とも交流することなく、一人で…

 

…キンッ

 

ドロップアイテムやEXPを確認していた俺の耳にかすかな金属音が届いた。それと同時に靴が石底を踏む音も…

 

「この音は…?」

 

俺はもう一度耳をすます。そして確信を得た瞬間に猛ダッシュを開始する。今の靴底の音、普通のブーツの音じゃなかった。いつもの靴底と地面が擦れるような音ではなくてカッカッカカッという厚底ブーツがステップを踏む音だった。しかも足音は複数ではなく、一人分。そこまで考えた瞬間に俺は確信する。

 

「ソロで戦ってるのか?それも、女性プレイヤーが…?」

 

俺は音のする方向に急いだ。

 

女性プレイヤー(?)がいると思われる場所に着くと俺は角からにゅっと顔を出す。そこでは相変わらず剣撃の音が鳴り響いている。音の様子からして武器の種類はレイピアのようだ。俺は見飽きたセンチネルはほっといてプレイヤーの方に視線を向ける。

一番下を見ると白色の厚底ブーツが見て取れる。体は全身をケープで包んでおり詳細はわからない。顔も同様にフードで全体が隠れている。手元の武器を見るとこれは予想通りのレイピアでしかも一番安い《アイアン・レイピア》ときた。

強化されているようには見えない。

 

「…驚いたな。」

 

レア武器ならまだしも、初期武器を強化せずに迷宮区で使う奴など初めて見た。俺の準レア度級武器のアニール・ブレードでさえ+6まで強化しているのだ。それだけの自信家か、それとも…

 

「ただ知らないだけか…」

 

俺はひっそりと呟く。すると再び剣撃の音が鳴り響き始めるので思考を遮り、戦いの見物に集中する。

 

見たところ戦い方はシンプルだった。三連撃ソードスキル(または通常攻撃)を避けて隙のできたところに全力のソードスキルを撃ち込むという俺もよくやる戦い方。

 

特に素晴らしかったのが体運びではなく細剣ソードスキル単発技《リニアー》の精度だった。剣を引いてから突き出すだけのシンプルな技だが、スピードがすさまじい。

あの技をベータテストで何度も見たことのある俺でさえ剣の通った軌跡を確認することしかできなかった。

 

そのような決まった動作が4回ほど続けられた後、センチネルはその体を四散させた。強敵であるはずのセンチネルを無傷で屠ったフェンサーは喜びもせずに体を石造りの壁に預けて力なく座り込んだ。

 

普段の俺ならこのまま帰っていただろう。

 

だが俺はフェンサーに抱いた違和感をぬぐいきれずに、ゆっくりとした足取りで歩み寄る。俺の存在に気がついたのか、フェンサーはピクリと体を震わせたが、特に移動する気配はない。

俺は3メートルほどの距離で立ち止まり、そっと声をかける。

 

「…今のはオーバーキルすぎるよ。」

 

俺の言葉にフェンサーは首を傾ける。恐らくオーバーキルの意味がわからないのだろう。俺はやっぱりと思う。

 

俺がこのフェンサーに抱いた違和感、それは技のキレにしては少々戦況の運び方が初心者じみていたことだった。

 

確かに技のキレとスピードは目を見張るものがあった。それこそベータテスターだと思えるほどに。

俺が気になったのはその後、4回目の攻撃の時だった。あの時センチネルがHPは二割を切っており、通常攻撃だけで事足りたはずだ。

ソードスキルだと失敗してしまった時に長時間のディレイがかせられ、下手をしたらクリティカルでゲームオーバーということもあり得た。

 

だがこのフェンサーはソードスキルを選んだ。

 

それはこのフェンサーが初心者だという何よりの証拠だ。俺は腕を組んで説明を始める。

 

「…オーバーキルっていうのは過度なダメージ付与のことだ。最後の攻撃…あの時センチネルのHPは二割を切っていた。通常攻撃でも事足りたはずだ。あの時失敗してたら、あんた死んでたぞ。」

 

「…どうせみんな死ぬのよ。」

 

俺はその小さな呟きを聞き逃さなかった。

 

「…今のはどういう意味だ?」

 

「そのままの意味よ。たった一ヶ月で二千ものプレイヤーが死んだ。私たちは死ぬしか未来がない。脱出不可能なのよ。このゲームは。私たちの違いといえば死ぬのが早いか遅いか、それだけよ。」

 

「…そうか。なら一度街に戻ろう。補給が必要だろう?」

 

「?私、戻らないわよ。」

 

「…は?」

 

俺は言葉の意味がわからず数秒硬直する。

 

「も、戻らないって…だって剣のメンテとかポーションの補充とか…」

 

「ダメージを受けなければ回復薬はいらないし剣は同じなのを10本買ってきた。休憩は…近くの安全エリアでとってるから。」

 

フェンサーは細剣を杖にして立ち上がった。

 

「…そんな戦い方してたら、死ぬぞ。」

 

「言ったでしょう。所詮私たちの違いといえば死ぬのが早いか遅いかだけだって。」

 

フェンサーはよろよろと歩き出す。

 

「わかったなら、早く行ってちょうだい。私はまだここで狩りを続ける…か…ら…」

 

突如、フェンサーは糸が切れた人形のようにその場に倒れこんだ。手に持っていたレイピアが地面に転がる。

 

「やれやれ。結局こうなったか…」

 

俺はストレージから寝袋を出し、フェンサーを中に入れてから素早く歩き始めた。




いやあーはっはっはっは(((o(*゚▽゚*)o)))隣の中3がねー診断テストが終わったってはしゃいでました。若い頃を思い出しますねー。ま、灰色の青春でしたが。そして現在も灰色。そろそろ青色になりたいものです。それでは次回をお楽しみに〜(⌒▽⌒)


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第7話 結城明日奈

いやー、遅れてすいません。いろいろと用事が出来ちゃって。あははははは。それじゃあ、どーぞ!


カチャカチャというフォークとナイフを動かす音だけが広いリビングに響き渡る。これまた広いテーブルの脇に置かれた椅子の一つに腰掛ける少女、結城明日奈は綺麗に盛り付けられた料理を機械のような動きで口に運んでいく。

 

一度小学校の時に同じクラスだった女の子三人を家に招いたことがある。少女達は明日奈の家の外装と内装を見て口々に「すごーい」や「快適そう」などの感嘆の声をあげていたが明日奈自身はそうは思わない。なぜなら今住んでいるこの家は自分を縛り付ける牢屋でしかないのだから。

 

明日奈は当時大学の准教授だった母と大手企業の代表取締役だった父の間の長女として生まれた。ゆえに小さい頃から兄と共に英才教育を受けて育った。

試験は幼稚園の頃から始まり、今までその全てに合格してきた。幼稚園の入学試験、小学校の入学試験、中学校の入学試験全てに《勝利》してきた明日奈にもたらしたのは《達成感》などではなく大きな《虚無》だった。

これまで明日奈に与えられてきたものは親からの信頼と親戚からのライバル心のみだった。《友達》などというものは出来たことがない。いや、たとえ出来たとしても母によってすぐに引き離された。

携帯電話の使用もかなり制限され、ましてやゲームなどというのはほとんどしたことがなかった。それは兄も同様だった。

しかし、その兄が先日不思議なものを買ってきた。最新型のゲーム機である。なぜそんなものを兄が買ってきたのかは明日奈には皆目見当がつかなかった。兄も同じような道をたどってきたはずなのになぜ…

 

「明日奈。」

 

明日奈の思考を母の鋭い声が遮った。

 

「なに、母さん。」

 

明日奈はフォークとナイフを置いてから喋る。

 

「今日のノルマは机の上に置いてあるから、しっかり目を通しておきなさい。」

 

「…うん。」

 

忠告にも似た言葉に明日奈は力なく答える。料理の食べ終わった皿を重ねて、机の真ん中に移動させる。

大きな扉に近づいてゆっくりと開けてから外に出て音が出ないように閉める。扉から手を離して階段までまっすぐに歩いて行き、階段を登り始める。

兄が買ってきたゲームは今日が正式サービス初日でかなりのネットニュースになっていた。さて、明日奈の兄当人はどこにいるかというと、おそらく今は飛行機を降りて見たことのない風景に見とれている頃だろう。

明日奈の兄は正式サービス初日の日から海外出張が入っており、とても悔しがっていた。そんな明日奈は海外出張直前の昨日、兄にこう頼み込んだ。

 

『一度だけゲームをプレイさせてくれないか』と。

 

なぜかはわからないがVRMMOというものは明日奈の好奇心をとてもくすぐった。「どんなものなんだろう」「体験してみたい」という気持ちが日に日に強くなっていった。

明日奈は自分の部屋を通り過ぎ、その奥、兄の部屋の前に立ち、ドアノブを捻る。

カチリという音と共にドアが開き明日奈は足音を立てないように(別に誰がいるわけでもないが)忍び込む。そうして準備万端にセットアップされていた卵型の機械を頭に被り、ベッドに寝そべる。

現時刻が12時59分。正式サービス開始まで残り1分。母にいつ機械を外されるかわからないので、この1分すらもどかしい。そう考えていると59という数字が00に変わるので明日奈は目を瞑り、あの一言を呟いた。

 

「リンク・スタート」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

そこまで考えた時点でアスナの思考は回復し始める。

 

『なんだ…寝てたのか…』

 

明日奈は瞬時にそう判断した。そして、その考えの否定も。

なぜなら、そうだとかなりおかしな点がある。

なぜ自分は死んでいないのか。アスナが倒れた場所は迷宮区の通路だったはずだ。アンチ部屋でもなければ眠ってしまったらリポップしたモンスターによってHPを0にされるはずだ。

 

しかも自分が座っている地面も固い石畳の迷宮区ではなくふかふかの芝生のようなものに変わっている。ゆっくりと目を開けて、上を見るとそこには迷宮区の低い天井ではなくどこまでも広がる青空に似せた蓋。そしてそこまで伸びる白い建物、迷宮区だ。

どう考えても迷宮区の外に出ている。つまり、誰かがアスナを迷宮区から、連れ出したということになる。

 

『いったい誰が…』

 

そう思いながら辺りを見回すとアスナの前にある大樹の下にその答えはあった。

長めの黒髪に、灰色のロングコート、黒いズボンに同色の鞘と柄。どう見ても迷宮区でアドバイスしてきた青年だろう。

目を覚ましたのか顔を上げたことで見えるようになった瞳も黒で満たされている。顔を上げた彼にアスナが浴びせた言葉はお礼とは程遠いものだった。

 

「余計な…事を…!」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「余計な…」

 

二言目が女性フェンサーの口から飛び出しかけたところで俺は口を開く。

 

「別に、あんたを助けたわけじゃない。」

 

フェンサーはしばらく無言だったが再び口を開く。

 

「なら、なんで助けたの?」

 

「俺が守りたかったのはあんたの持ってるマッピングデータだよ。あれだけ奥にいたんだ。未踏覇エリアもかなりマッピングされてるはずだ。それがあんたと一緒に四散するのはもったいなくてね。」

 

俺がその言葉を口にするとフェンサーは少しウィンドウを操作してトレードウィンドウをこちらに飛ばしてくる。

 

「なら、これで満足でしょう。私もう行くから。」

 

「待てよ、フェンサーさん。」

 

立ち上がり、迷宮区に向かおうとするフェンサーを声をかけて止める。

 

「あんたも、要はゲームクリアのために戦ってるんだろ?なら、《会議》には出るべきじゃないのか?」

 

「…会議?」

 

俺は大きく首を縦にふる。

 

「今日の午後5時から、第一層ボス攻略会議が開催される。」

 




さて、お次はみんな大好きディアベルさんと人気投票まさかの10位キバオウさんの登場だよー!お楽しみにー。
「俺の名はディア…」
「わいの名はキバ…」
「はーいはい、引っ込んどいてくださいね。出番は次回にあるから。」
「うわー!」
「なんでや!」
「それではまた次回、アデュー♡」


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第8話 第一回ボス攻略会議

いやあー、遅くなってすいませんでした。俺も色々と忙しいんで、許してください。


俺と謎の女性フェンサーは微妙な感覚を開けたまま、森を抜け、トールバーナの北門をくぐった。

視界に【INNER AREA】という文字が入ってくるのを確認し、思わず一息つく。両肩にズシリとした疲労を感じ、宿屋に駆け込みたくなるがその前に攻略会議に顔を出さなくてはならない。

 

俺はウィンドウを出して現在時刻を確認する。

 

現在時刻、15:45。走らなくても開催される広場には余裕でたどり着けるだろう。

俺は飯を先に済ませておこうかな、とも思ったが次の瞬間に発せられた「早く行きましょう」という女性フェンサーの言葉でその考えは無しになった。

 

ーーーーーーーーーー

 

広場に着いた俺たちが見たものはかなりの数のプレイヤー達が席に座ったり、立ち話をしている姿だった。おそらく全員ボス攻略の参加者だろう。俺は指をさしながら数えていく。その数、44人。

 

「んー、まあこんなもんか。」

 

CBT時代はもう少し多かった気がするが…

 

「すごい、こんなにたくさん…」

 

俺は後ろから発せられた言葉に首をかしげる。

 

「…たくさん?」

 

この人数で?

 

「ええ、だって死んでしまったら現実世界でも命を落とす可能性があるのよ?それなのに40人程度も集まるなんてみんな大した精神力だと思わない?」

「あー、そういう考え方もあるのか…」

 

迷宮区のあんな奥でソロで戦ってた君の方が大した精神力だよ、という言葉が口から出ようとしたが、すんでのとこで押し込める。

 

「あ、そうだ。いきなりで悪いんだけど君が誰ともパーティーを組まないんだったら俺と組んでくれないかな。ボスはソロでやるには危険すぎるから。」

「…それはどの立場からの意見?」

「ぶっちゃけて言うと、ベータテスターとしての意見。」

 

俺は普段からあまり自分からベータテスターということを露呈しないのだがこのフェンサーはこうでも言わないということを聞かないだろうという判断だ。

フェンサーは少し間をおいて、フードの下でため息をつく。

 

「分かったわ。そういうことなら従ってあげる。それから、あなたも誰かとパーティーを組む予定なら先に言っておきなさい。」

「あ、ああ…」

 

そういえば忘れてた。すでに一人、先約がいることを。

 

「あー、実は一人だけいるんだよ。先約。」

「その人だけ?他の人を連れてくるっていう可能性は?」

「…なくもないけど、俺と似て友達少ないからな…アイツ。」

 

あれ?自分で言ってて悲しくなってきたぞ?

フェンサーはフンッ鼻を鳴らす。

 

「なら、多くても二人ってことね?」

「ま、まあそうだな。」

「別にいいわ。そこまでなら許容範囲よ。」

「…そりゃ良かった。」

 

俺は安堵のため息をつく。正直断られたらどうしようかと思ってた。これで死なれたらとんでもない罪悪感が残るからな。

俺は階段を一段ほど降りるため、足を踏み出した…

 

「よっ、兄貴。」

「⁉︎」

 

ところで声をかけられ、足を踏み外しかけた。

俺は反射的にもう片方の足を後ろに引き、転倒を免れる。

俺にかけられた声の主は身に覚えがあった。というか俺を兄貴と呼ぶ奴は一人しかいない。

 

「5日ぶりか?カズマ。」

 

俺は不敵に笑う、たった一人の弟に声をかけた。

 

 

カズマとは、迷宮区の途中で一度だけ会っていた。それでも少し話した程度だが。

 

 

「あ、もうそんなに経つのか。時間が流れるのは早いもんだな。」

 

カズマは少し笑うと左横にいたフェンサーに顔を向ける。

 

「で、こちらの方は?」

「俺たちとパーティーを組んでくれるフェンサーだ。ソロじゃ危ないんで俺から誘った。」

「へー、兄貴が自分から人を誘うなんて珍しいな。」

 

ほっとけ。

カズマはフェンサーの体の上から下を視線で2往復ほどすると、俺に質問してくる。

 

「女性プレイヤーか。これまた珍しいな。」

「…よく分かったな。」

「装備見りゃ大体分かんだろ。」

「それもそうか。」

 

俺は少し笑ってからカズマの後方を指差す。

 

「それで、そいつは?」

 

カズマの後ろには灰色のコートを着た、茶髪の少年が立っていた。武器はつかの形状からして、俺やカズマと同じアニールブレード。中のシャツは赤黒く、ズボンも少し黒に近い。カズマは彼の左肩を掴むと、説明を始める。

 

「こいつはシュンヤ。一応ベータテスターで、迷宮区の奥で寂しそうにしてたから拾ってあげた。」

「おい、人を捨て犬みたいに言うな。」

「おっと、コボルドに苦戦していたのを助けてあげたのはどこの誰かな?」

「ぐっ…」

 

シュンヤ、と呼ばれた少年は悔しそうに歯ぎしりをする。俺はそんな二人を見ながら、少しだけ笑ってカズマに質問する。

 

「お前の連れはそれだけか?」

「ん?ああ。そうだな。こいつを入れてやるとありがたい。」

「分かった。それじゃ、席に着こう。もうすぐ始まる。」

 

俺たちは個々で違うところに腰を下ろした。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「はーい!それじゃ、そろそろ始めさせてもらいます!」

 

元気で、実に若々しく通りやすい声が広場に響く。背は高く、顔はかなりのイケメンでおまけに少しウェーブのかかった髪は青く染められている。第1層には髪染めアイテムを買える店がないのでモンスタードロップを狙うしかない。

 

「今日は、俺の呼びかけに応じてくれてありがとう!俺の名前はディアベル!職業は…気持ち的に、《ナイト》やってます!」

 

すると、広場がどっと沸き、拍手などに混じって「本当は騎士って言いてーんだろ!」などの声が上がった。ディアベルと名乗った青年はプレイヤー達をなだめると、途端に真剣な顔になる。

 

「今日、いわゆるトッププレイヤーのみんなに集まってもらったのは他でもない。俺たちのパーティーが、あの塔の最上階でボス部屋とおぼしき部屋を見つけたからなんだ。」

「へえ。」

 

カズマが笑いを含んだ声で呟くと同時に周りからどよめきが聞こえる。俺もほんの少し驚いた。まさかボス部屋まで辿り着いているパーティーが存在していたとは。

 

「いいか、ここにいる俺たちの義務はボスを倒し、二層に到達してこのゲームそのものもいつかクリアできるんだってことをはじまりの街で待ってるみんなに伝えることなんだ!そうだろ、みんな!」

 

再びの喝采。またもや広場内が賑やかな雰囲気に包まれる。彼の言った言葉は全く非の打ち所がない。俺はここにいる全員に合わせて拍手をしようと手を挙げた…直後。

広場に場違いの低い声が流れた。

 

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん。」

 

 

歓声がピタリと止まり、全員が後ろを向く。俺もそれに合わせて20メートルほど右に離れた、俺たちより少し高い位置に立っている人物を見上げた。

彼は階段を2段飛ばしでジャンプをするかのごとく降りていく。彼は広場の中央に立つと、自分を親指で指してから名前を名乗る。

 

「わいは《キバオウ》ってもんや。会議を始める前に、一つ言わせてもらいたい事がある!」

 

キバオウと名乗った男プレイヤーは広場の全員を一瞥すると、さらにワンオクターブ低い声を発する。

 

 

「こん中に、5人から10人、今まで死んでいった2000人に詫び入れなあかんやつらがおるはずやで!」

 

 

今まで黙っていた40数人がどよめきをあげる。

 

「キバオウさん、君の言う《奴ら》というのは…元ベータテスターの人たちのことかい?」

「はっ、決まっとるやろがい!」

 

キバオウは憎々しげに吐きすてる。

 

 

「ベータ上がりどもは、こんクソゲームが始まったその直後にはじまりの街から消えよった。九千何百という数のビギナー達を見捨てて、な。奴らはうまい狩場やらボロいクエストを独り占めして、その後もずーっと知らんぷりや。」

 

 

キバオウは鋭い視線をディアベルから俺たちに向ける。

 

「こん中にもおるはずやで。ベータ上がりっちゅうことを隠してボス攻略の中に入れてもらお考えてる小狡い奴らが!」

 

キバオウはさらに声を引き上げる。

 

「そいつらに土下座さして、貯め込んだ金やアイテムをこん作戦のために軒並み吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして命は預けられんし、預かれんとわいはそう言っとるんや!」

 

先ほどまでのどよめきが嘘のように、広場は静まりかえってしまっていた。俺もただただ口を閉じていた。叫び返したいという衝動がないわけじゃなかった。だがここで叫び返しても不利な状況になるだけだ。

 

『どうしたら…』

 

 

 

「発言、いいか?」

 

 

すぐ横で聞き慣れた声が響く。顔を向けるとカズマが手を挙げていた。カズマはゆっくりとした足取りで広場の中央に降りると、自分より少し背の小さいキバオウと真正面から対立した。

 

「俺はカズマ。ソロプレイヤーで、一応元ベータテスターだ。」

 

その言葉を聞いて驚きの声が上がる。まさか本当に元ベータテスターが名乗りをあげるなど思ってもいなかったのだろう。キバオウも少しだけ目を見開いていたがすぐに目を鋭いものに変える。

 

「ほう、自分から名乗り出るほどのその度胸は褒めたるわ。ほな、おとなしく土下座でもして金やアイテムを吐き出してもらおうか!」

 

その言葉を聞いてカズマは軽く右手と右肩を同時にあげる。

 

「悪いがキバオウさん、それは出来ない。」

「…なんやて?」

 

二人の周りに張り詰めた空気が漂う。

先にカズマが言葉を発する。

 

「確かに、俺はそれなりの額のコルやアイテムを持ってる。けどそれを吐き出したところでなんになる?新しい武器や防具が買えるといってもそんなもん強化してメンテをしたほうが強いに決まってるだろ。それに、半分の二桁以上ならともかく、九層までは確実に俺たちベータテスターが主力になる。ベータテストは10層の途中で終わっちまったからな。そんな主力がパワーダウンして、あんたはこの作戦のためになると思っているのか?」

「ぐっ…」

 

キバオウが悔しそうに顔を歪める。確かに、カズマの言う通りだ。ここでベータテスターが戦力ダウンしてはマイナスにはなってもプラスには決してならない。

 

「それと、あんたはビギナー達を見捨てたと言っていたが別に全員がビギナー達を見捨てたわけじゃないぞ。実際、ベータテスターのおかげで助けられた人たちがこの中にも数人いるはずだ。」

「そ、それでも!貴様らがちゃんとしとったら2000人もの死者は出んかったはずや!」

「…それもそうだ。」

 

今度はカズマがゆっくりと頷く。

 

「しかしな、キバオウさん。その2000人が全員ビギナーとは限らないぜ。」

「な、なんやて…」

 

今度はキバオウの顔が驚きの色に染まる。

 

「やっぱり知らなかったのか。確かに2000人のうち1700人はビギナー達だった。だけどその内の300人は元ベータテスターなんだよ。」

 

これには周囲にも驚きの声が上がる。

この情報は《鼠》の異名を持つアルゴという名の滅多に現れない情報屋を通してやっと手に入る情報なので知らなくて当然だが。

 

「それと、あんたもこれ貰ったろ?」

 

カズマはポケットから小さな手帳のようなものを取り出して自分の顔の位置に出した。

 

「武器屋で無料配布してたからな。それぞれの街に行くとすぐにその街の武器屋に置いてあった。情報が早すぎると思わないか?」

「は、早いからなんやっちゅうねん!」

 

 

「つまり、これを出していたのは元ベータテスターだったってことだ。」

 

 

再度のどよめき。するとフェンサーがここで初めて言葉を発する。

 

「私も貰った。多くの情報が入ってたからかなり役に立った。」

 

見るとその手帳の裏表紙にはアルゴのマークがつけられている。あのアルゴがこんなボランティアじみたことをやるとは中々考えられないが、事実なのだろう。

 

「キバオウさん。」

 

二人が言い合う、というよりカズマが一方的に主張をしている間黙っていたディアベルが口を開く。

 

「君の主張もわからないわけじゃない。俺も、右も左も分からないでここまで来たからさ。でも今は協力するときだろう?対立は今じゃなくてもいいじゃないか。みんなの気持ちが一つにならないとボスは倒せない。俺はそう思うんだ。」

 

その言葉にキバオウは少しの間をあけ、フンッと鼻を鳴らしてから近くの席に腰を下ろした。カズマも席に着き、攻略会議が再開された。そこからはかなりスムーズに進んだ。まずはパーティーを組んでから、例の攻略本でボスのデータをおさらいをしてから明日の集合時間等を報告してからその場は解散となった。あと、パーティーを組んでから分かったことがある。フェンサーの名前だ。彼女の名前は、《Asuna》。《アスナ》と読むであろうその名前を俺は恐らく一生呼ばないのだろうと思いながら見つめていた。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「それじゃ、明日の9時50分に集合な。」

「分かった」

「おう。」

「はい。」

 

俺がパーティーメンバーにそう伝えるとアスナという名のフェンサーはすぐに歩き始め、カズマ達もその場を離れていく。俺は迷った末にアスナの後を追った。

 

「ふう。」

 

俺は街の大通りを歩く。シュンヤとはもう解散してからすぐに別行動へ移った。正直、自分が取ったあの行動に俺は自分自身で内心驚いていた。別に後悔はしてないがもう少しうまいやり方があったのではないかという考えが頭の中をよぎるが、すぐに振り払う。

とりあえず、宿に向かおうと歩いていた…その時。背後から声をかけられる。

 

「あの…カズマさん…ですよね?」

 

俺が振り向くとそこにはショートカットの女性プレイヤーが立っていた。ボスの攻略会議で最前列に座っていたプレイヤーとよく似ている。というか本人だろう。俺も少しだけしか見てないので確信は持てないが、俺の名前を知っているのはあの場にいた者以外ありえない。俺は同い年くらいの少女に声をかける。

 

「そうだけど…なにか用か?」

 

彼女は少しだけ顔を明るくする。

 

「その声、その喋り方…やっぱりカズマさんですよね!」

「?」

 

俺は頭の中に?マークがよぎる。どうやら彼女は俺を知っているようだが俺の方は身に覚えがない。きっと人違い…

 

 

いや、ちょっと待て。

 

この喋り方、この声。聞いたことがある。そして少し紫色のショートカットもなんだか懐かしい。会ったことがあるのか?中学校にいた時?いや…もっと前か…。

すると、俺の頭にその特徴に当てはまる人物が一人いた。正確には二人で記憶していたのですぐには思い出せなかった。いや、でも待て。そんなことがあり得るのか?だが、この雰囲気、喋り方、声、顔。どう見ても…。

俺は少女に恐る恐る尋ねた。

 

「お前…藍子…か…?」

 

俺に藍子と呼ばれた少女はにっこりと微笑むと口を開いた。

 

「はい。四年ぶりぐらいですか?和真さん。」

 

俺は人生最大級の衝撃を受けた。

 

 




はい、まずは藍子さん登場です。あ、あとキリトの弟は名前変えてるんで違和感あると思いますが気にしないで!それではまた次回!アデュー♡


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第9話 ランの願い

最近携帯取り上げられてたんですよね。えっ、誰にって?さあ、誰だろうね。


ポーンという音がすると俺はポットを持ち上げて二つある内の片方のコップに茶を注ぐ。別になんの効果もない紅茶だが俺は案外この茶の味が気に入り大人買いしていた。

もう片方にも注ぐと俺はティーカップを持ち上げて小さめのテーブルの上に置く。

 

「ほれ、飲みな。」

「ありがとう…ございます。」

 

俺の目の前にいる女性プレイヤー、ラン…本名《紺野藍子》は、おそるおそるカップを口につけた。途端に硬い表情が少し緩くなる。その光景を見ながら俺は少し笑って自分も茶を少し飲む。

 

カップをテーブルの上に戻すと、まずは俺から質問をする。

 

「それで、なんでわかったんだ。」

「何が…ですか?」

 

聞き返してくる藍子に俺は苦笑を浮かべる。

 

「俺が《和真》だってことだよ。少年期から顔も体格も結構変わってんだろ?」

「…たまたまですよ。」

 

俺はその答えに「ククッ」と喉を鳴らす。

 

「な、なんですか…」

「お前なあ、そんな賭けをして男に話しかけるやつなんているかと思うか?名前が同じでもしねえよ、そんなもん。」

 

藍子は数秒の沈黙の後、「はあっ」と息を吐いた。

 

「やっぱりカズマさんには敵いませんね…。」

「と、いうことは…?」

「ええ、気づいてましたよ。あなたが和真さんであることは。もちろん、顔を一目見ただけで。」

 

藍子は少し得意げにそこまで大きくもない胸を張る。

 

「なんで顔を見ただけで俺だとわかったんだ?さっきも言ったけど俺って結構顔変わっただろ?」

「確かに、今のあなたは昔のあなたよりかなり悪そうになってます。」

 

ほっとけ。

 

「悪かったな、そこまでイケメンじゃなくて。」

「あ、いえいえけなしたわけじゃないんです。昔よりイケメンになったと言おうとしただけで。」

 

どこがだよ。

俺は心の中で突っ込む。こいつは昔からドジっ子気質があるのだ。そのため将来が心配で心配で仕方がなかったのを覚えてる。

 

「こほん…話が逸れてしまいましたね。それではなんであなたのことに気づいたのか、種明しといきましょう。」

 

話を強引に変えやがった。

 

「あなたの顔を見ただけで気づいた理由。それは…」

 

絶対にいらない少しの間。別に焦らすことないだろ。

 

「私が、あなたの顔を見たことがあるからです。」

「…え?」

 

俺は口から間抜けな声を出していた。

 

ーーーーーーーーーー

 

アスナが3日ぶりに選んだ晩飯のメニューはベーカリーで一番安い黒パンと噴水で汲み放題の水だった。

もそもそと硬い黒パンを苦労して噛みちぎる。向こうではボス攻略パーティーがどんちゃん騒ぎをしているが行こうと思うことはなかった。

 

「結構美味いよな、それ。」

 

アスナはいきなり聞こえたその声にピクリと肩を震わせると微妙な角度、振り向く。

そこにいたのは少し前に別れた男が立っていた。アスナを助けたソードマン(片手剣使い)。

 

彼はアスナに「横、座ってもいいか?」と聞いてくるので無視を選択する。

 

こうしているといずれは遠くに行ってくれると期待していた。しかし、彼は思いもよらぬ行動をとった。躊躇なくアスナの横に腰を下ろした(もちろん一定の感覚をとっていた)。

 

いつもならそそくさと退散するところだがアスナは少しお尻の位置をずらし、距離を取るだけでとどまる。

彼はポケットからアスナと同じ黒パンを取り出すと一口かじる。その様子を見てアスナは無意識に口を開いていた。

 

「…本当に美味しいと思ってるの?それ。」

 

彼は口の中のものを胃に嚥下すると口を開く。

 

「もちろん。この町に来てから、1日一回は食べてるよ。まぁ、ちょっと工夫はするけど。」

 

そういうともう片方のポケットから瓶を取り出し自分とアスナの中間地点に置く。

アスナは少しためらって瓶の先っぽをタップ。指が青白く光る。彼を見ると黒パンの方を指差す。

 

おそるおそる指をパンの端から端まで動かすと少し黄色がかった白色のごってりしたものが大量に出現する。

 

「クリーム?」

 

彼の方を見ると同じ動作をしてパンを口に運んでいた。どうやら毒は入ってないようだ(まあ、圏内では毒にかからないのだが)。

 

アスナは意を決してパンにかぶりつく。

 

途端、驚きに包まれた。

 

クリームはほのかな酸味が効いていてかなりの美味だった。夢中で食べると4口で食べ終わっていたアスナは羞恥に顔を染め、その場から立ち去ろうとしたがご馳走になったのにこのまま帰るのは無粋というものだ。

 

「ごちそうさま…」

「どういたしまして。今のクリームを手に入れるクエスト、《逆襲の雌牛》っていうんだけどやるんだったらコツを教えるよ?」

 

少々魅力的な提案だったがアスナは首を横に振った。

 

「いい。美味しいものを食べるために、私はここまで来たわけじゃない。」

「ふうん。なら、なんで?」

 

普通なら、ここで会話は終わる。しかしアスナの口は自然に動いていく。

 

「自分が、自分でいるため。」

 

その言葉に、ソードマンは何も言わなかった。

 

「最初の街で宿屋に引きこもって少しずつ腐っていくよりモンスターに殺された方がマシ。モンスターに負けても、この世界には負けたくない。」

 

その言葉を聞いてソードマンは少し前傾姿勢になると、小さく、しかし確かな声でこう答えた。

 

「パーティーメンバーに死なれるのは困るな。せめて明日はやめてくれ。」

 

そこで、乾いた夜風が2人の前髪を揺らした。

 

ーーーーーーーーーー

 

「俺の顔を、見たことがある?」

 

俺は首を振る。そんなことはありえない。俺の母さんとあいつの母さんはもう交流はないはずだ。写真を見ようにも見れないのが現状だ。

 

「いえ、見てるんですよ。確かに。」

「どうやって…」

「総体、ですよ。カズマさん。」

 

俺の声に藍子が割り込むように言葉を発する。

 

「…ああ、そうか。」

 

そうだ、その手があった。

俺は深くため息をつく。

 

 

総体。俺は夏頃、部の代表としてそれに出場した。出場枠六つのうち3つはすでに三年の先輩が埋めていたので一、二年の中から残り三つを埋めなければならなかった。結果、俺と直葉、そして二年の先輩が選ばれた。

俺と直葉はその大会で快進撃を見せ、結局2人とも全国大会の第4位という結果で幕を閉じた。

その時取られた写真は今もネットで残っているはずだ。…本名といっしょに。

 

「私が気まぐれで総体の結果を見てるといたんですからびっくりしましたよ。しかも一年生でですからね。」

「そりゃどーも…」

「私、カズマさんが前に出てきた時一瞬でああっ!と思いましたからね。」

 

藍子がまた胸を張る。まさか総体の結果が見られていたとは。そら気づくわなと俺は思う。

 

「まあ、私からしたら嬉しかったですよ。カズマさんに会えたので。」

 

藍子が下手くそだが魅力的なウィンクを送ってくる。俺はそれに笑って返事をする。しかし…

 

「それと…」

 

途端に藍子の顔が途端に引き締まり、声のトーンも低くなる。

 

「カズマさんに、お願いしたいことがありましたし。」

「…お願い?」

 

俺は残りの茶を流し込む。すこし、いらな予感がする。

 

「お前が俺にお願いとはな…。…内容は?」

 

俺の質問に、藍子は真剣な口調で答えた。

 

 

「カズマさん、あの子…ユウキと会ってくれませんか?」

 

 

 




あー、疲れた。最近コメント来ないなー。誰か書いてね( ̄▽ ̄)また次回!


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第10話 カズマの意思

「ユウキに会う…?」

俺は藍子が言葉を発してから、少しだけ硬直する。何やら嫌な予感がして、背筋に悪寒が走る。

「実は…」

そして、その悪寒は藍子の次の言葉によって、確証に変わった。


「ユウキは、記憶を失っているんです。」



「あいつが…記憶を…?」

 

俺の言葉に藍子はゆっくりとうなづく。

俺は驚きが覚めないまま次の言葉を発する。

 

「それは、あの事件の後か…?」

 

その言葉を聞いた途端に藍子の顔が少し歪むが、すぐにうなづく。

 

「そうか…」

 

俺はテーブルに視線を落とすと肩甲骨の少し下の部分を指でさする。仮想の体となった今では存在しないが、現実の体だと刺し傷の残る部分を。

俺は手を止めてからまた視線を藍子に向ける。藍子は少し意外そうな顔をしていた。

 

「どうした?」

「いえ、正直に言うともう少し取り乱すと思ってました。…予想、してたんですか?」

 

俺は少しだけ間をおくと苦笑しながら答える。

 

「…ああ。俺も正直に言うと、こんなこともあるんじゃないかって予想はしてた。だって、そうだろ?あんなことがあったんだから…。」

 

言い終えた後、俺はテーブルの上で作った拳を固く握りしめる。このテーブルが破壊不能オブジェクトでなければ軋む音ぐらいは聞こえていただろう。

それほどまでに、思い出したくない過去がかつての俺たちにはあった。それのせいで木綿季と藍子は転校を余儀なくされ、俺たちは離れ離れとなった。だから、俺は無能な…無力な自分を恨んだ。かつてないほどに。

俺は力を緩めてから藍子に質問する。

 

「…俺と木綿季を会わせたら、どうなるかわかってるのか?」

「…はい。」

「また…あいつを苦しみのどん底に落としてしまうかもしれないんだぞ…?」

 

そう。俺とあいつが再開してしまったら、木綿季の記憶が戻り、さらに苦しめてしまう可能性がある。それだけは、絶対にしたくない。

 

「…あいつは、どこまで覚えてるんだ?昔のこと。」

 

この質問は、重要なものだった。もしも、俺のことをあいつが覚えていたなら俺も会ってもいい。というか会いたいのだ。…しかし、覚えてないのなら…会うことは許されない。そして…

 

「あの子は…」

 

俺は、神にすら見放された。

 

 

「…カズマさんのことは、覚えていません。」

 

 

 

しばしの、静寂。

予想は、していたが…

 

「結構…きついもんだな。」

 

俺は苦笑しながら手を額に置く。俺はその体勢のまま質問を重ねる。

 

「お前のことは…覚えてるのか?」

 

すると、藍子は申し訳なさそうに呟く。

 

「…ええ。家族や、親戚のことは覚えていました。ただ…クラスメイトたちのことは…何も…」

 

藍子は目を瞑り、下唇を噛む。俺は両手の甲に顎を載せてから、自分でもわかるほどにかすれた声で答える。

 

「そうか…まあ、ユウキをあのままにするわけにもいかなかったんだ。そう考えると、むしろ最善の策じゃないか。」

 

俺は肩をすくめながらそう答える。実際、飄々とした態度をとってはいるが精神的にはかなりキている。それだけ、ユウキが俺自身のことを覚えていないという事実は俺の精神にかなりの傷跡をつけた。

藍子は目を伏せたまま悔しそうに呟く。

 

「本当に…すいません…。あれだけのことをしてもらって…私たちを守ってくれたのに…覚えてすらいないなんて…本当に…なんと言ったら、いいか…」

 

俺はその言葉を聞いてから少しだけ笑みを浮かべる。

 

「…いや、いいんだ。あいつを壊れさせないためには俺は忘れられなきゃならなかったんだ。可能性っていうのは、どこに転がってるかわかんないからな。」

「そんな、そんなこと…!」

「ああ、別に責めてるわけじゃないんだ。」

 

俺は両手を挙げて藍子の反論を制する。

 

「今あいつは幸せそうなんだろ?なら、俺なんか忘れられても…」

 

構わない。そう続けようとした。

 

しかし、そのセリフは途中で遮られる形となった。

 

 

「そんなことありません‼︎」

 

 

俺の発した言葉に対し、藍子はテーブルを叩きながら立ち上がる。

 

「あ、藍子…。どうしたんだ…」

「そんなことありませんよ‼︎」

 

藍子は興奮しているのか俺のセリフに食い気味で喋り出す。

 

「あの子は…あの子は、いつも喋っていました!あなたのことを!本当に毎日毎日毎日毎日毎日、1日も欠かさず!私と…言い合いになるぐらい…」

「お、おう…」

 

こんな気持ちになる場所ではないと思うのだが…妙に照れくさい。そして、まだ藍子の話は続く。

 

「帰ってきてすぐの時も、食事の時も、寝る前だって…あなたのことについて、本当に楽しそうに、話してたんです…」

 

そこで、藍子の目に涙がたまる。

 

「お、おい。落ち着け…」

「そんなあなたが、忘れてもいい存在なわけないじゃないですか‼︎ユウキは、たまに私に言ってるんです…。『何か足りないものがある』って。」

 

俺は、少しだけ息を呑む。木綿季の中で、足りないもの。

 

「それはあなたなんです!あなたを忘れたことによって、あの子の本当の笑顔は消えてしまったんです!」

「そ、そんなの…」

 

俺は言葉を発しようとするが藍子に袖を掴まれて遮られる。

 

「わかるんです!十三年も一緒に居たら!あの子の笑顔の中で、あなたと一緒にいるときに見せる笑顔に勝てるものはありません!」

 

藍子の目からとめどない涙がこぼれ落ちる。そこで足から力が抜けたのか、藍子は座り込んだ。しかし…

 

「ああああああああ‼︎ああああああああ‼︎」

 

涙だけは、いつまでも流れ続けていた。

 

ーーーーーーーーーー

 

「…すみません。お見苦しいところを…」

「いや、いいさ。幼馴染だからな。こんぐらいは受け止めてやんないとな。」

 

藍子は照れ隠しなのか満タンまで入っていた紅茶を一気に飲み干す。

 

「それで、藍子。木綿季のこと…なんだけどさ。」

「…はい。」

 

俺は、自分の決意を口にする。

 

 

「やっぱり、あいつには会えないよ。」

 

 

その言葉に、藍子は目を見開く。

 

「そ、そんな…どうして…!」

 

また立ち上がりそうになった藍子を俺は右手で制す。

 

「勘違いしないでくれ。会いたくないわけじゃない。ただ…」

 

俺ははっきりと自分の気持ちを伝える。

 

「やっぱり怖いんだよ。木綿季が俺のことを思い出したことによってあのことも思い出して壊れちまうんじゃないかっていう考えが頭から離れないんだ。だから…すまん。」

 

俺は頭を下げて心からの謝罪をする。それから、数十秒してから、声が聞こえる。

 

「そうですか…そうですよね。あなたは、そういう人でしたね。自分のことは考えずに、他人のことだけしか考えない。だからこそ、誰よりも頼りになる。そういう…」

「頼りになるかどうかは知らないけどな。」

 

俺が顔を上げて発した言葉に藍子は少しだけ笑みを見せる。

 

「いえ、頼りに思ってましたよ。少なくとも私たち姉妹は。」

 

それが、本心だったのかどうかはわからないが…俺が思ったことは、ただただ、嬉しい。それだけだった。

 

藍子を宿屋の入り口まで見送った。藍子は、くるりとこちらに向く。

 

「すいません、遅くなっちゃって。」

「別に、気にしてないよ。」

「木綿季には、気持ちの整理がついたら、会ってあげてください。」

 

俺はその言葉に、苦笑しながら返した。

 

「何年後になるか、わかんねえけどな。」

 

その言葉に、藍子は満面の笑みで返してきた。

 

「それでいいんです。何年後でも、何十年後でも。」

 

そういうと藍子は後ろに向いて歩き始め「そうそう」と付け足すように言った。

 

「次からはちゃんと、《ラン》って呼んでくださいね。」

 

そうして、また歩き始める。

俺はランが暗闇に紛れるまで見送ると、天を見た。あるのは、現実のような空や星ではなく、次層に続く迷宮区と蓋のみ。

 

「何年後…か。」

 

俺は呟いてから、自分の部屋に戻るため宿屋に一歩足を踏み入れた。

 

 




まさかの前書きで話書いちゃうとはねp(^_^)qちょっと予想外( ̄▽ ̄)それじゃ、また感想書いてね^_−☆アデュー♡


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第11話 ボス攻略戦

あー、そろそろ他の分も書かなきゃなー。でもアイディアは浮かんでるんだけどなー。


ザク、ザク、ザク。

 

多くのプレイヤーが地面を踏みしめる音が俺の仮想の鼓膜を刺激する。俺、カズマ、シュンヤ、そしてアスナの4人はボス攻略レイドの一番後ろを歩いていた。なぜ前ではなく後ろに並んでいるかというと、理由はいろいろあるがやはり一番は昨日の会議の一幕だ。

 

そう、カズマとキバオウのあれだ。あの一幕の後、俺たちのパーティーは何やら目の敵にされているような気がする。まあ、当然といえば当然だが。

 

ちなみに、カズマはちゃんとパーティーメンバーに謝っていた

 

「だから、スイッチっていうのは…」

「そんで、POTっていうのは…」

 

後ろではカズマとシュンヤがアスナにパーティープレイの基礎を教えている。あんなにも素晴らしい剣技を持っているのに初心者とは信じられない。

 

「おい、あんた。」

 

俺は突然前から声をかけられ少し飛び上がる。俺はすぐに前を向き、返事をする。

 

「は、はい…!」

 

声をかけてきたプレイヤーを見て、俺は目を見開く。

 

身長は、俺よりもかなり上。おそらく200ほどはあるだろう。全身は程よく鍛え上げられ、黒い肌をしており、スキンヘッドがよく似合っている。いかにもパワータイプという感じのプレイヤーだった。

俺の反応を見て、スキンヘッドのプレイヤーはニヤリと笑う。

 

「そんなに緊張しなくていいさ。別にあんたを説教しようっていうわけじゃないんだ。もっと楽に行こうぜ。それと、タメ口でいいからな。」

「お、おう。」

 

俺はためらいがちにそう返事をする。

正直ここまで身長差があれば敬語になるのは仕方ないと思う。スキンヘッドの彼は少しだけ笑いを深くすると俺の肩に手を置く。

 

「俺はエギルだ。見ての通りの斧使いだ。よろしく」

「よ、よろしく」

 

俺はおそるおそる手を握る。手と手が合わさるとたくましい手が俺の手を掴んでくる。

 

「あんたのパーティーメンバー、すげぇ根性だったな。まさか名乗り出るとは思わなかったぜ。」

「あははは…」

 

俺は目をそらしながら苦笑する。

あの一幕は俺にとっても、そしてパーティーメンバーのシュンヤやアスナからしても予想外の展開だっただろう。まあ、全員目立ちたくないやつばかり(多分)なので文句があるやつはいないだろうが。

 

「あんたは、ベータテスターのことをどう思ってるんだ?」

 

手を離してからそう質問するとエギルは少し間を置いてから、またたくましい笑みを浮かべて答えた。

 

「別に恨んだりなんかはしてないさ。俺だってベータテスターに助けられたことはあるんだ。恩はあっても悪意はない。ただ…」

 

エギルは前列…キバオウのいる場所へと視線を移す。

 

「あいつの言うことも、間違いではないと俺は思う。実際、元ベータテスターがあの場に残ってたらかなりの人数は死なずに済んだだろうからな」

「…だよな」

 

エギルの言葉に俺は胸が痛むのを感じた。そう、俺たちが、我欲で動かずニュービーたちと協力していたら、今とは違う状況になっていたと俺は考えていた。もしかしたら第二層…いや、それ以上を突破していたかもしれない。

うつむいた俺を見てエギルは少しだけ声を出して笑う。

 

「ハハハッ。まあ、でもあんたの仲間の…カズマ、だったっけか?あいつの言葉でその気持ちはかなり減ったけどな。」

「そうか…」

 

どうやら、カズマのあの行動は少しのプレイヤーの気持ちを変えるということに関して、意味のあるものだったようだ。

エギルはまた俺の肩に手を置くと、最後に一言。

 

「ま、お互いにボス戦頑張ろうぜ。ええっと…あんた、名前は?」

「キリト」

「そうか…頑張ろうぜ、キリト」

「…ああ。」

 

俺の返事を聞くとエギルはすぐに前を向いた。

少しゆっくり歩いていたので前の部隊とかなり離れていたのでエギルは走って追いかけた。俺たちも部隊に追いつくべきなのだろうが、なぜか走る気にはならなかった。

 

「少しは考え方を変えてくれた人がいたんですね。」

 

俺はいつの間にか俺の横まで来ていたシュンヤの方に向く。少し茶の混じった黒色の髪はクマを連想させる。

俺は後ろを見ながら呟く。

 

「そうだな。まだ少しだけ…だけどな。」

 

俺の後ろを歩くカズマは淡々と歩を進めている。しかし、俺はあいつのある一点に少し違和感を感じた。視線が全く変わらないのだ。変わらず、ただ一点を見つめている。

そして、カズマは服装も変わっていた昨日は普通のコートだったのだが、今日は防具屋で買ったのかフード付きコートを装備している。しかも、フードをかなり深く被っているのだ。まるで誰かから見つかるのを、恐れるかのように…。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「みんな、俺から言えることは、たった一つだ。」

 

あれから30分ほど経ち、ようやくボス部屋に到着した。少しモンスターとエンカウントしたが前列が速やかに片付けていたので、大した被害はなかった。

そして現在位置はボス部屋前。扉の前で剣を突き立てたディアベルは握りこぶしを胸の前で作って攻略レイド全員に叫ぶ。

 

 

「勝とうぜ!」

 

 

直後、「オオッ」という勇ましい返事が回廊を震わせた。

 

そして、ディアベルの手によって扉は少しずつ開けられていく。ゆっくり、ゆっくりと。スローモーションのように。

扉が開けきり、ディアベルが中に入った瞬間、ボス部屋の周りで手前から炎が灯っていく。炎は青白く、何やら部屋に不吉なものを感じさせる。

 

部屋の奥まで炎が灯ると、見えた。

 

この層のボスが。

 

倒すべき、俺たちの敵が。

 

全員の間に、緊張が走る。その緊張を振り払うかのようにディアベルは盾をかざし、剣先をコボルドたちに向けると叫んだ。

 

「全員…突撃ー‼︎」

「オ、オオオオオオ‼︎」

 

扉から、雪崩のようにプレイヤー達が侵入し、雄叫びが部屋の壁に反射する。

侵入者を察知し、ボスの目が異様に赤く光り、雄叫びをあげた。取り巻きたちも動き始める。

それからわずか2秒後、先行していた取り巻きのハンマーとキバオウの剣が激突し、甲高い衝撃音と火花を散らした。

 

それが、第一層ボス攻略の、開戦の狼煙となった。

 




やっとボス攻略の開始だよーん。次の話…ディアベルが…⁉︎そこまで行くかな?わかんない!神のみぞ知るってね☆じゃあねー(^O^)/アデュー♡


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第12話 死者

ボス攻略戦が始まり、すでに1時間半ほどが経過していた。あれだけあったボス、固有名《イルファング・ザ・コボルドロード》のHPは少しずつ減少していき、最後の一本のイエローゾーンまで突入していた。
現在の死者はほとんど奇跡とも言える0人。誰もが、このまま終わってくれと願っていただろう。そう、誰もが…。


「キシャアアアア!」

「フッ!」

 

コボルドロードの取り巻きであるセンチネルのハンマーを俺は下から迎撃した。上から繰り出されたハンマーは俺の斬撃で跳ねあげられ、奴に一瞬の隙ができる。

 

「スイッチ!」

 

俺が後ろにいるプレイヤーにすかさず声をかける。

彼女は目がくらむようなダッシュで前に出ると、右手のレイピアをライトグリーンに染める。

 

細剣ソードスキル基本技《リニアー》だ。

細剣スキルの中では基本技なのだが、彼女…アスナのリニアーは極限なまでのスピード補正によりとてつもない速度となっていて、軌跡しか目で追えなかった。

 

「ハアアアア‼︎」

 

彼女のレイピアがセンチネルの急所である喉元を捉える。センチネルは不自然な格好で硬直するとその体を無数のポリゴンへと変えた。

 

「グッジョブ。」

 

俺は暫定的パートナーの背中にそのような言葉をかけた。俺とアスナは次の獲物を見つけると少しだけ頷きあってから一目散にダッシュした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「オオオ!」

 

黄緑色の尾を引きながら剣がセンチネルの胸に吸い込まれる。

俺の剣は獰猛に鎧ごとセンチネルの体を切り裂いた。だが、半分ほどあった奴のHPをそれだけで削れるはずがない。予想通り、ソードスキル後の硬直を狙って俺に狙いを定める。

しかし、それも途中で終わる。奴の体をライトブルーの輝きが叩く。

 

片手剣ソードスキル単発基本技《ホリゾンタル》。俺の後ろで待機していたシュンヤが最高のタイミングでソードスキルを発動したのだ。

そこで、俺の硬直も解けたので通常技で残り少なくなっていた奴のHPを削りきった。

 

少しシュンヤと拳をぶつけ合った、その時。

後方で雄叫びが上がる。見るとロードのHPが最終段のレッドゾーンへと突入していた。セオリーだとここで全員での攻撃を…

 

「どけ!俺が出る!」

 

しかし、そこで1人のプレイヤーが前へ出た。体を銀色の鎧で包み、手には盾と片手剣。髪は少し深い青色。

 

今まで勇敢に全部隊へ指示を出していたディアベルだ。どうやら単騎で突っ込むらしい。止めるべきかと思ったが、ロードのHPは残り少ないし武器を入れ替えるといってもタルワールはそこまで防御の難しい武器ではない。俺とシュンヤは前に向き直り…

 

 

いや、待て。

 

俺とシュンヤは同時に後ろへと向く。

奴の腰にぶら下げている武器、あれはタルワールなどではない。そこまで考えたところでロードはアックスと盾を放り投げて腰の武器を抜刀する。

 

やはり、あれはタルワールではない。俺たちはあの獰猛な剣の輝きとしなっている形をかつて見たことがある。

 

そう、この層ではなく…どこか、もう少し上の…第十層で。

 

「ま、まさかあれは…」

 

俺のつぶやきとロードの雄叫びが重なった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

『…野太刀!?』

 

俺の頭で思考がスパークした。背筋がスーッと冷たくなる。

 

まずい、俺はすぐにそう思った。タルワールは一発一発が重いかわりに予測可能な範囲の単純な軌道の技しか出してこない。

 

しかし、野太刀…つまり《カタナ》は別だ。

 

一発一発の攻撃が軽いかわりに、ほぼ予測不能な連撃を繰り出してくるのだ。あれを、ディアベル1人で防ぐのは…

 

「ダメだ!今すぐ後ろ飛べー‼︎」

 

俺の声に何人かは振り向いたがディアベルには届かなかったのか、戻らない。

いや、戻れないのだ。すでに、ソードスキルを発動してしまっているのだから。

 

ロードはその巨体を極限まで縮ませると一気に跳躍する。凄まじいスピード。俺ですら、目で追えなかった。ロードは天井に両足をつけると、さらに下に向かって跳躍。

 

弾丸じみた速さでディアベルに突っ込む。

ロードのソードスキルが、ディアベルに直撃する。

 

「うわあああ‼︎」

 

現時点で、高レベルプレイヤーであるディアベルが紙切れのように吹き飛ばされる。

 

しかし、ロードの攻撃はそれで終わりではなかった。

ディアベルにもう一発、ダメ押しのように攻撃を加える。とてつもない音とともにディアベルの体がさらに吹き飛ばされる。

彼の体はしばらく滞空した後、地面に叩きつけられた。

 

「ディアベル!」

 

俺は彼に近寄り、剣を鞘に押し込んでバックパックからポーションを取り出す。

 

「どうして1人で…」

 

彼の口に入れようとしたポーションの先を彼は自分の手で押さえた。

 

「…!」

 

俺は息を呑む。ディアベルはうっすらと目を開けると、俺に囁きかけた。

 

 

「お前も…元ベータテスター、なら…分かるだろ…?」

「!」

 

 

俺の頭はさらに驚きに包まれる。

俺は、自分がベータテスターであることをパーティーメンバーにしか伝えてない。

他の奴らは知ってても名前ぐらいのものだ。

だが、今ディアベルは俺のことをベータテスターだと言った。彼は俺の正体を名前だけで看破したのだ。

 

…つまり、そういうことだろう。

 

「ラストアタックボーナスを狙った…?ディアベル…あんたは…」

 

俺の問いに彼は少しの笑顔で返すとすぐに顔を引き締める。

 

「頼む、キリトさん…!ボスを…倒し…」

 

 

カシャアアアァァァンッ…

 

そこで、彼の言葉は途切れ体はポリゴンへと変化した。

こうして、ボス攻略レイド最初のレイドリーダー、ディアベルはこの世界から、そして現実世界からも永久退場したのだ。

 

「…」

 

俺はポリゴンが空へと消えるまで、体を硬直させていた。

 

「ディアベルはん…なんで、なんでリーダーのあんたが…」

 

キバオウは小さな声で呻く。ラストアタックを取りに行ったからだ、というのは容易かったが今はそのようなことを言っている場合ではない。俺は立ち上がろうと…

 

 

「ガアアアアア!」

 

 

ロードの雄叫びが部屋に響き渡る。見ると既に新しい標的を見つけていた。ロードの前に倒れているのは、紫の装備に身を包んだ華奢なプレイヤー。

髪も紫色のショートヘアー。女性プレイヤーだろうか

 

俺はすぐに手を剣の柄にかける。だがそこで目の前にセンチネルが姿を現した。

 

「くそっ!」

 

毒づきながら、俺は女性プレイヤーに目を向ける。既にロードのカタナはソードスキルの光に包まれていた。

 

「まずい!」

 

俺は前に進もうとするが、前にいるセンチネルがそれを許さない。

 

『どうすれば…』

 

そう思った瞬間、右方から声が響く。

 

「ユウキー‼︎」

 

俺は右に目を向けると、ある人物が猛然とダッシュしていた。その人物はすぐにレイドメンバーたちを追い抜き、かぶっていたフードも風のせいでめくれる。

 

彼…俺の弟でもあり、ベータテスターでもあるカズマは少女とロードの間に強引に割り込んだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

加速する。加速する。加速する。

他の奴らが、俺のことを見ているのか、それすらも検討がつかない。目に入らない。

いや、正直そんなことはどうでもよかった。目に映っているのは、大切な幼馴染と、それを襲うモンスターだけ。

 

俺の速さは限界を超える。

限界を超え、20メートルを一瞬で駆け抜ける。

 

俺は高速で繰り出されたカタナを《ホリゾンタル》で弾く。

 

両者硬直を強いられるが、同時に解けたところでさらに跳躍。

今度は体を捻ってスレスレでソードスキルをかわし、こちらも黄緑色の光を剣に宿らせる。片手剣ソードスキル突進技《ソニックリープ》。

 

ブーストは地を離れていたのでプラスできなかったが、それでもロードの体を吹き飛ばすだけの威力はあった。

 

直撃した途端にロードは回転しながら吹き飛び、15メートルほどで着地…いや、着弾した。奴のHPがわずかだが削れる。

 

俺は剣を構えてから仲間と俺の背中を見ているユウキとランに一瞬目を向ける。しかし、すぐにロードへと視線を移す。

 

「守れ…今度こそ!」

 

自分に言い聞かせるように小声で、しかし確かな声でそう叫ぶと同時に、ロードはカタナを赤色に染める。俺はそれに少し遅れて剣をもう一度黄緑色に染めると、ロードがニイッという獰猛な笑みを浮かべる。俺もそれに片方の唇を上げて返すと、同時に跳躍。奴の巨体が、俺に迫る。

 

「グオオオオオ‼︎」

「ぜりゃあああ‼︎」

 

俺の剣とロードのカタナが衝突し、凄まじい光と音を生み出す。辺りが、一瞬だけまばゆく煌めいた。

 

 




長くなっちゃった。テヘペロ☆それは置いといて…とりあえずディアベルさんが死んじゃった(涙)さて、これからどうなるか、非常に見ものです(俺だけかもしんない)‼︎感想送ってね♡


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第13話 決着

「オオオオオオ‼︎」
「グガアアアア‼︎」

一号打ち合うたびに、俺のHPはじわり、じわりと減少していき、すでにイエローゾーンに突入していた。

普通ならここで兄貴…キリトやアスナ、そしてシュンヤたちに変わるところなのだろうが、残念ながら3人ともセンチネルの相手をしていてそれどころではない。他の奴らはディアベルが死んだことによりほとんどの奴らが腰を抜かしている。

それだけ、レイドリーダー出会った彼の存在は大きかった。だからこそ、彼がいなくなったときのデメリットも大きい。
当然のギブアンドテイクだ。

「まったく…本当やらしい性格してるぜ…」

俺は剣をホリゾンタル発動の位置に構え、ロードのソードスキルを迎え撃った。

「このゲームを作った奴は‼︎」

俺と奴の剣戟はさらに加速していく……。


「すげえ…」

 

少数精鋭ギルド、スリーピングナイツのメンバーである大剣使いのジュンはそう呟いた。

おそらくほとんどのプレイヤーたちがそう思っただろう。眼の前で繰り広げられている、剣戟を見て。

 

それは、スリーピングナイツリーダーのユウキも例外ではなかった。そして、彼女は見とれると同時にある違和感を覚える。

 

「ねえ…姉ちゃん…」

「…どうしたの、ユウキ?」

 

双子の姉の質問にユウキは弱々しく答える。

 

「あの人、あの人の後ろ姿…見たことが…ある気がする…。」

「…!」

 

その言葉にランの顔がこわばる。ランはすぐに口を開きかけ…しかし、すぐに閉じる。

 

自分は今、何をしようとしたのだろう。

ランは首を横に振った。

 

昨日の夜、話したではないか。例え記憶が戻りそうでも、彼の決心がつくまでは何もしないと。何も教えないと。そうだ、教えてはいけないのだ。それが、彼の私欲だったとしても。

 

ランは自分より少し背の小さい妹の両肩に手を置き、囁くように話しかけた。

 

「そう…なら、目に焼き付けておきなさい。ユウキ。彼の助けてくれたときの後ろ姿を…彼が誰なのか…思い出した時に、お礼を言えるように…。」

 

ユウキは少し不思議そうな顔をランに向けたが、すぐに

 

「うん」

 

と頷いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

俺の視線は、集中は、すべてをロードの剣に向けていた。そのおかげですべてを相殺できている。

 

だが、数回打ち合った時にそれは起きた。

 

「オオオオオオ!」

 

俺の剣がロードの腹にあたり、10メートルほど吹き飛ぶ。俺はそれに追い打ちをかけようと…

 

『馬鹿!周りにも注意しなさい!』

 

そんな言葉が、俺の耳に響いた。とても小さな声が、俺のすぐ近くで呼ばれた感覚。俺は反射的に自分の右側を見る。

 

数十センチの距離でセンチネルがハンマーを振りかぶっていた。

 

『ヤベッ…!』

 

俺はすぐに自分の剣を縦に構える。盾を持ってないプレイヤーの防御動作だ。

 

俺の剣にハンマーが当たった瞬間、とてつもない衝撃が俺の体と剣を叩く。そのあまりにも強い衝撃で俺は吹き飛ばされる。宙に浮いた体が勢いそのままに柱の一本に背中から激突する。

 

「ガハッ…‼︎」

 

肺から空気が漏れるほどの衝撃に、息が詰まる。

 

地面に落ちてから、立ち上がろうとするが、体が言うことを聞かない。打撃系の攻撃をくらった時に稀に出る《弱スタン状態》。

時間としてはかなり短い時間だった。しかし、この場では致命的な時間となったのだ。

 

「くそっ…」

 

俺は毒づきながら前に出てきた巨体を見つめる。ロードが勝ちほこるような笑みを浮かべた。

スタン状態は、まだ解けない。

避けられない。そう確信するには、十分だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「スイッチ!」

 

俺が叫ぶとアスナが前に出る。もう慣れた手つきでセンチネルの首元にリニアーを喰らわせて、HPを削りきる。

 

本当は拳を合わせたいところだが、女性であるアスナがそれをしたがるわけでもないし、それをしている時間もない。

取り敢えずセンチネルは俺の方は全部片付いた。あとは、カズマを援護して…

 

「危ない!」

 

そんな声が、中央付近から響いた。見ると、吹き飛ばされたカズマが一本の柱に激突している。そのせいで弱スタン状態となってしまったようだ。

 

ロードはニヤリとした笑みを浮かべ、勝利を確信している。奴のカタナが上にあげられ、ギラリと光る。

 

ソードスキルではなく、通常技で決着をつけるつもりらしい。

 

「ねえ!」

「分かってる!」

 

アスナの声に、俺は同じような音量で返す。俺は30メートルほどあるカズマの場所まで、一直線に走った。

 

その途中で、見た。

 

先ほど見た華奢なプレイヤーと彼女に似た女性らしきプレイヤーが、立場が逆転したかのようにカズマの前に割り込んだのを。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

俺は一瞬、死を覚悟した。この仮想の体が巨大な剣に真っ二つにされるのを幻視した。

 

直後、奴は剣を容赦なく振り下ろす。

 

ためらいなどなく、俺の脳天に振り下ろす。俺は、目を閉じなかった。別に、理由は無かった。

 

しかし、だからこそ見えたのだ。

 

俺の幼馴染2人が、ロードの攻撃を防いだのを。轟音。衝撃。

2人の交差された剣が、押し込まれる。

 

「なっ…!」

 

俺は目を見開く。ランは妹の記憶を取り戻すために必要だからという名分で俺を救う理由にはなる。だがユウキにはない。俺を救う理由が。彼女は俺のことは忘れているはずだ。何もかも、綺麗さっぱり。

 

ならば、何故…

俺のその考えに応えるかのように2人は声を出す。

 

「ボクは君に聞きたいことが山ほどあるからね!」

「私は…まあ、このまま死なれると困るので!」

 

その言葉に俺は少し目を見開いた後、何故か笑いが漏れる。

 

そして、昔のことを思い出した。

何故かはわからないが、楽しかったあの日々のことを。

スタンから回復した俺は転がっていた剣を拾って彼女たちの止める剣を弾いた。そして、ロードの土手っ腹に通常技の連撃を喰らわせて、吹き飛ばす。

 

「まったく…困ったもんだ。せっかく救った命を捨てかけるなんてな。」

 

俺の言葉にユウキが「ウッ…」と呻いてから俯向く。

 

その仕草も昔のままで、少し涙が溢れる。

俺は涙を隠すように前を向くと、静かに、本当に静かに…

 

「…ありがとう、迷惑かけたな。」

「えっ…」

 

礼を言った。

ユウキが何か言葉を発する前に兄貴とアスナが到着する。遅れて…シュンヤも。

 

「…生きてたのか。」

 

兄貴のそんな言葉に俺は苦笑を漏らす。

 

「おいおい。死にかけた弟に向ける言葉がそれかよ。」

 

俺の言葉に困ったように呻く。

 

「…他になんて言えばいいんだよ。」

「…それもそうだな。」

 

俺たちの会話が終わると、シュンヤが声を張る。

 

「エギルさん、そちらのパーティーで壁役をお願いできますか⁉︎」

シュンヤの言葉にエギルは少し間を置いた後に笑いながら答える。

「おう!任せな‼︎」

 

リーダーの言葉に他のメンバーも頷く。

シュンヤが持ち前の知識でカタナスキルについて教え込んでいく。

 

「カタナ系スキルは速いですけど、そこまで威力はありません!突進系以外はガードしなくてもこちら側で対処します‼︎」

「応よ‼︎」

 

今度もエギルだけが叫んだ。そして、エギル達壁部隊はボスの前に躍り出てカタナ攻撃を止めた。

ロードがソードスキルを発動した後、俺たち4人は猛然と地を蹴った。まるで、獲物を狩る狩人のように。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「手順はセンチネルと同じだ!俺が剣を弾くからそこにスイッチしてくれ!」

「了解!」

 

アスナは俺の言葉にしっかりと答える。俺たち4人は並列して走り、エギルのパーティーを飛び越える。

しかし、そこでアスナが先行し過ぎたのかロードの視線がアスナを捉える。奴はソードスキルを発動せず、行動の早い通常技を選び、アスナを狙う。

 

「アスナ‼︎」

 

俺が叫ぶと同時にロードの剣がアスナの頭に命中する…直前でかわし、フードケープだけが切り捨てられる。

 

アスナはフードケープを置き去りにしながらレイピアを黄緑に染める。今まで幾度となく見てきた基本技のリニアー。

 

 

その瞬間、俺たちは見とれた。

彼女の扱う剣技に。

そして、彼女自身の美貌に。

 

今まで、フードケープに隠されて見えなかった素顔に俺たちはただ見とれる。彼女は、まるで戦場に現れた女神のように輝いていた。

一瞬の沈黙が訪れた後、リニアーに吹き飛ばされたロードが立ち上がる。

 

「グアアアア!」

 

奴は叫び、体を丸めて…

 

ズガァン‼︎

「ガアッ⁉︎」

 

ロードが驚きの声を漏らす。奴は切り捨てられて地面に転がる。そして、ロードを倒した張本人…カズマが呟く。

 

「馬鹿が、やらせねーよ。」

 

ロードは必死に立ち上がろうとする。しかしそれをまた、黄緑色の光が襲った。シュンヤがソニックリープを放って、さらにHPを削る。ロードがまた10メートルほど吹き飛ばされ、転がる。

 

『…好機!』

 

そう考えた俺は、剣を構えながら叫ぶ。

 

「行くぞ、アスナ!」

「…ええ!」

 

俺の言葉に一瞬こちらを見たが、アスナはすぐに返事を返した。

俺たちより先に、ロードが動く。突進系の、ソードスキル。奴の体が、弾丸めいた速度で発射される。それは、俺たちを直撃…する前に止まった。

目の前にスキンヘッドの巨体と、複数の影が現れる。

エギル達だ。エギルは斧で攻撃を止めながら、叫んだ。

 

「行け!キリト‼︎」

 

俺は追い抜き際に叫んだ。

 

「恩にきる!」

 

俺たちは加速する。

今なら、速度なら誰にも負けない気がした。

 

ロードが立ち上がって、ソードスキルで俺を狙う。俺はそれをホリゾンタルで相殺して、少し減速するとアスナが前に出る。

 

「セアアアア!」

 

リニアーを土手っ腹に突き込まれるが、ロードは耐える。足を踏ん張る。今度は、アスナを狙おうとするだろう。

 

だが、もう遅い。

 

俺はさらにアスナを追い越すと、ソードスキルを発動させる。剣がまとった光は、ホリゾンタルと同じ青。

俺の剣がロードの右脇腹から腹を切り裂く。

通常ならここで技後硬直を強いられる。

 

ロードのHPは…残り1ドットを残すのみだった。

ロードは何度も見た獰猛な笑みを浮かべる。勝ちを確信した、顔。

 

俺はそれに、片方の唇を吊り上げて返す。

 

そう、俺の技はまだ終わってない。まだ青い光をまとったままだ。

俺は足に力を入れて一気に跳躍。俺の剣がロードの腹から左脇腹を切り裂いていく。

片手剣ソードスキル2連撃技《ホリゾンタル・アーク》。

 

「オオ…ラアアア‼︎」

 

泥臭い叫び声とともに、剣がロードの体を突き抜ける。

ピッという音とともに残りの奴のHPがなくなり、ピシッという音とともに奴の体に亀裂が走る。

 

そして、轟音。爆散。

 

とてつもないポリゴンとともに、第一層ボス、イルファング・ザ・コボルドロードはその姿を消した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

しばらく、誰も何も言わなかった。俺も、剣を突き上げたまま静止している。まだ、緊張が抜けておらず全員が硬直している。

唐突に、ファンファーレがなった。俺が顔を上げると、そこにあったのは…

 

 

《Congraturation‼︎》

 

 

その言葉を見た途端、俺は全身の力が抜けその場にヘナヘナと座り込んだ。

そして、プレイヤー達の歓声が、主の存在しないボス部屋を揺らした。

 




ははは!やっと第1層が終わったねー。長かった!ここまで長かった!まだ第1層だけどね(爆笑)さて、一応第1層がまだあと1話だけ続きます!それが終わったらどうよっかなー。何層まで行こうか…まあ、また今度でいいか!とりあえず、感想と評価!お願いね♡


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第14話 ビーター

最近よく書いちゃうんですよねー。なんかストレスでもたまってんのかな?あははははは。ま、気を取り直していきましょう。


「ハア、ハア、ハア…」

 

途切れ途切れに俺は肩で荒い呼吸をする。俺たちベータテスター組の3人はしばらくその場に膝をついていた。

向こうではレイドメンバー達が喜びを分かち合っているが、どうもその中に入ろうとは思わなかった。

 

すると、目の前にウィンドウが現れる。それが表示されると莫大な量のアイテムと経験値が俺たちのステータス等に追加される。すべての経験値が加算された後、もう一つ、小さなウィンドウが出現する。

 

「これは…」

 

書かれていた内容は、ラストアタックボーナス、つまり特別報酬ゲットの報告だった。

 

アイテム名は、《コート・オブ・ミッドナイト》。

どうやら防具類らしい。

 

「ん…?」

 

カズマが不思議そうな声をあげてウィンドウを凝視する。

 

「…どうした?」

 

質問できない俺の代わりにシュンヤがカズマに質問する。カズマは後頭部を掻きながら立ち上がってウィンドウを指差す。

 

「…いや、なんか俺にもユニークアイテム獲得の知らせが来てるんだよ…。ラストアタックは兄貴だったのに…おかしくねえか?」

「ふむ…ちょっと見せてみろ」

 

シュンヤがカズマによって、ウィンドウを確認する。そこで「あっ」という声を上げる。

 

「これ、ラストアタックじゃねえな。見てみろ。ここに《MVP》て書いてるだろ?」

「MVP…?」

 

怪訝そうな顔をするカズマにシュンヤが驚きの顔を浮かべる。

 

「お前…MVPの意味も知らないのか?」

「知ってるよ。どんだけ俺低評価なんだよ。馬鹿にすんな。」

 

カズマが少しだけシュンヤを睨む。

 

「つまり、俺は一番頑張ったからこうして特別報酬を貰えた…って言ったらあれだけど。だからこうしてユニークアイテムを手に入れてると。」

「ま、端的に言えばそうだな。MVPボーナスなんて聞いたことねえけど…多分追加されたんだろうな。正式サービスに乗じて。あと、デカかったのは1人でロードの攻撃を防ぎ続けたことだろうな。しかも剣一本で。」

 

俺はなるほど、と思う。確かにあの時のカズマは凄かった。剣一本で全てを弾き、相殺するあの姿は多数のプレイヤーに驚きを与えただろう。

 

しかし、あれだけのことをしておいてすでに立てていることがおかしい。俺はまだ少しだけ息が上がっているというのに。

 

俺がゆっくりと息を整えていると、別の人物から声がかかる。

 

「お疲れ様。」

 

背後を見ると、そこには俺たちの暫定的パーティーメンバーのアスナが立っていた。予備のフードケープはないのかまだその美貌を露出して(何か如何わしいが)いる。

 

その言葉に続いて、アスナの横のナイスガイが低いバリトンで声を発する。

 

「見事な指揮…そして剣技だった。congraturation。この勝利はあんた達のものだ。」

「「「いやいや、俺なんて…」」」

 

3人が完全にハモり、俺以外の4人が少し大きな声で笑う。

 

するとアスナが俺に手を差し伸べ、微笑みながら「立てる?」などと聞いてくるので、少しだけ心臓が跳ね上がる。俺は少しだけ凝視してから、その手をつかもうと…。

 

 

「なんでや!」

 

 

後ろから悲鳴に似た絶叫が轟く。ボス部屋全体の雰囲気が一気に冷たいムードへと変化する。

全員が声の主…つまりキバオウの方に振り向く。

俺たちが静かにあぐらを組んで座っている彼を見ていると、さらにキバオウが叫ぶ。

 

「なんで…なんでディアベルはんを見殺しにしたんや…!」

「見殺し…?」

 

カズマが少しだけ怪訝そうに呟くと、キバオウは勢いよく顔を上げる。その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 

「そうやろが!お前らはあの武器のスキルを知っとったやないか!あの情報をちゃんとみんなに教えとったら…ディアベルはんは死なずに済んだんや‼︎」

 

彼の言葉に、パーティーメンバーであろう人物が声を張り上げる。

 

「きっと、フードのやつだけじゃない…ほかの2人も元ベータテスターなんだ!だからいろんな情報を知ってたんだ!知ってて隠してたんだ!他にもいるんだろ⁉︎ベータテスター共…出てこいよ!」

 

彼の言葉に全員がざわめき始める。彼らの視線は俺たちに向けられていることだろう。背中に少し冷たい視線が刺さる。

 

これは、非常にまずいことになった。

 

俺たちのことはまだ良い。ばれることを覚悟であのような行動をとったのだから。だが、このままでは内輪もめになったり情報屋をやっているアルゴ達も迫害される可能性がある。

それだけは避けなくてはならない。

 

しかし、どうすれば…。

 

そこで、俺の頭に一つの案が浮かんだ。しかし、これをすれば俺は、俺たち3人はパーティーに入れなくなる可能性が高い。

そうなれば…

 

「兄貴」

 

カズマの声に少しだけ顔を後ろに向ける。少しだけ、苦笑する気配。

 

「わざわざ俺たちのことは考えなくて良いよ。乗りかかった船だ。好きにしな。」

 

俺の考えを察したのか、カズマがそんなことを言ってくる。その言葉にシュンヤも同意するように首を縦にふる姿が横目で見える。

 

「…悪いな。迷惑かける。」

 

俺は、俺たちは…演じなければならない。彼ら、プレイヤーにとっての悪を。他のベータテスター達に、怒りを向けさせないために。俺は一つ唾を飲み込んだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「おい、お前…」

「あなたね…」

 

しびれを切らしたのか、アスナとエギルがキバオウ達に近づく。キバオウがアスナとエギルを睨む。

そこで、状況が動いた。

 

「ハハハハハハ!」

 

その笑い声にボス部屋にいる全員が発生源に向く。彼はゆっくりと立ち上がり、あざ笑うかのような目でキバオウを見下す。

 

「元ベータテスターだって?」

 

彼はゆっくりと歩き始める。

 

「俺たちをあんな素人連中と一緒にしないでもらいたいな。」

「な、なんやと⁉︎」

 

彼はなおも歩き続ける。

 

「良いか?ベータテストはとんでもない割合の抽選だったんだぜ?おかげでほとんどの奴らがレベリングの仕方もわからない奴らばかりだったよ。」

 

彼は唐突に足を止める。

 

「でも、俺たちはあんな奴らとは違う。」

 

彼はさらにキバオウを見下す。

 

「俺たちは、他の誰もがたどり着けなかった層まで登った。ボスの攻撃パターンを知ってのはずっと上の層でカタナを使うモンスターと戦ってたからだ。」

 

彼は唇の片方をあげて毒々しく笑う。

 

「他にも色々知っているぜ?情報屋なんか、問題にならないくらいにな。」

 

その言葉に、キバオウやその他のプレイヤー達も目を見開く。アスナ達も少し驚きの顔を浮かべる。

 

「な、なんやそれ…そんなもん、ベータテスターどころやないやないか…もうチーターや!チーターやんかそんなん‼︎」

 

その言葉を火種に、数々の声が上がり始める。ベータテスターとチーターという言葉はやがて合わさり、《ビーター》という言葉に変わる。

 

「ビーター…良い呼び方だな。それ。」

 

彼の言葉にまた部屋の空気が凍りつく。

 

「そうだ、俺たちはビーターだ。たかがテスターごときと一緒にしないでくれ。」

 

彼はウィンドウを開いて、装備フィギュアを操作する。彼の戦いでボロボロになった麻のコートが黒革のコートへと変わる。

イルファング・ザ・コボルドロードのラストアタックボーナス、《コート・オブ・ミッドナイト》。

 

「…フッ。」

 

彼は少しだけ笑ってから後ろに向いて歩き始めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

俺の発言で恐らくプレイヤー達の中で《ただのベータテスター》と《情報を独占する卑劣なベータテスター》というような感じで別れるはずだ。

 

『これで良い…』

 

正直、アスナとエギルが全て分かっているというようような顔でこちらを見ていたのは、かなりの救いだった。

 

俺が前を通る時に、カズマがフードを被って装備フィギュアを操作する。特に変わった様子は見えなかったので恐らくアクセサリーの類だったのだろう。

 

2人が俺に続いて歩き始めた。

 

「…大層な演説だったな、兄貴。」

「…うるさい…」

 

しかし、そこで後ろから足音が聞こえる。俺たちは足を止めて後ろに振り返る。

そこに立っていたのは、俺たちの暫定的パーティーメンバー、アスナだった。

 

「…何か用?」

 

俺が聞くとアスナは俺の目を見ながら言葉を発する。

 

「あなた、戦闘中に私の名前呼んだでしょ。」

 

そうだったけ、と俺は思う。確かに、どさくさに紛れて呼んだかもしれない。

 

「ああ、ごめん。勝手に呼んで。それとも、読み方違った?」

「そうじゃなくて、なんであなた私の名前知ってるのよ。」

「何故って…HPバーの上に…」

 

ここで、俺はアスナがこのゲーム初心者でパーティーを初めて組んでいることを思い出す。なるほど、知らないのも当たり前だ。

 

「HPバーが視線の右上にあるだろ。そこを見たらわかる。」

 

俺がそう言うとアスナは視線を右上に向ける。

 

「き、り、と…キリト?これが、あなたの名前?」

 

彼女はそう言うとすぐにクスリと笑う。

 

「なんだ、こんなところにあったのね。」

 

俺たちはそれに少し笑って返すと、扉に向かって歩き始める。その間、俺の口からアスナへのアドバイスが流れ出る。

 

「君はきっと、強くなれる。だから、信頼できる人にギルドなんかに誘われたら、断るなよ。」

「…君は、君達は、どうするの。」

 

その言葉に、俺たちは同時に扉の前で足を止める。

 

「ま、気ままに行くよ。嫌われ者は、嫌われ者らしくさ。」

 

カズマの言葉に俺たちは少しだけ頷く。

 

「そう…」

 

それを聞いた、アスナの声は少しだけ震えていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

二層への階段を上っていると、また足音が聞こえてくる。

またアスナが追いかけてきたのかと思ったが、さすがにこんなに早くに登ってくることはないという考えに至る。

 

それよりも彼女の年齢は何歳なんだろうか。年上に見えたが、どうも敬語というのは扱いにくい。

 

しかし、今度からは極力敬語を使うようにしようなどと考えていると登ってきた人物がその姿を表す。

俺はその姿を見て少し目を見開く。

紫色のショートヘア、同色の目に、体も紫色のシャツの上から麻のコートを着ている。

スカートは少し短めだが、腰から巻いた長い布のせいでほとんど見えない。俺の幼馴染である、ユウキだった。

 

「…追いついた。」

 

彼女は肩で息をしながら俺の方をまっすぐと見る。その美しさに一瞬息を飲み込むが、そんな場合ではないと思いながら首を振る。

 

「ユウキ…待ちなさい!どうしたのよ…」

 

後ろからランも現れ、感動の再会…とはいかないが、こうして俺たちは再会を果たした。

もっとも、ユウキが記憶を失っていなければ、だが。

俺たちの様子を見て混乱していた前を歩く2人に俺は手を追い払うようにふる。

 

その動作を見て、兄貴とシュンヤは上に歩き始める。

2人が見えなくなると、俺はフードを被ったまま片頰を上げて、少し笑う。

 

「さて、何か用かな?かわいこちゃん達。」

「か、かわ…⁉︎」

 

俺の言葉にランが反応して、頬を赤くする。おい。

 

「ボクから君に質問があるんだ。」

「…へえ。」

 

彼女の口調は、真剣だった。おかげで俺も少し口調を固くする。

 

「答えれる範囲なら答えてやる。」

「ありがとう。じゃあ、一つ目だけど…君たちは、なんであんな行動をとったの?」

「…」

 

あんな行動、というのはキバオウと対立のようなことをしたことだろうか。俺はそれに冷ややかに答える。

 

「別に、実際その通りだし隠すまでもなかったからな。」

「でも、君たちはこれじゃパーティーに入れないよ。」

「だろうな。」

「だろうなって…もしかして、君たちはあの場にいるプレイヤーの怒りを君たちだけに向けるためにあんなことをしたの…?」

「…」

 

俺はその言葉に少し言葉を詰まらせる。ユウキは普段は天然だったり鈍感だったりと抜けてるところがあるのだが、こういう時にとんでもなく鋭くなる。

 

「さあ…それはあにっ…キリトがやったことだからな。俺にはよく意図がわからなかった。」

「…本当に?」

「そういうことにしてくれたらありがたい。」

「そう…なら、これはやめておこう。二つ目の質問。」

 

ユウキは少し間を空けてその言葉を口にした。

 

「なんで、ボクの名前を呼べたの?」

「…!」

 

俺はさらに息を詰まらせる。これは、致命的だった。俺は逃げるように目をそらすと、こう呟く。

 

「…呼んだっけ?」

「呼んだ。」

「いや、聞き間違いという線も…」

「絶対呼んだ。」

 

ダメだこりゃ。

そう思うと同時に長くため息をついた。

そうだった。こいつは自分の意見を必ず曲げようとしない。そんな奴だった。

 

「…たまたまだよ」

「…たまたま?」

 

俺は苦し紛れの言い訳を呟く。

 

「ああ。お前が他の昔世話になった奴に似てたんだ。そいつと見間違えたから、名前を呼んじまったんだよ。」

「それは、嘘だね。」

 

うん、実際俺も苦しいと思ってました。

微妙な顔をする俺にユウキは一段、足を前に出す。

 

「わかるんだよ。君はあの時、確実にボクの名前を自分の意思で呼んだ。見間違えとかじゃなく、ボクの名前を確実に知った上で呼んだんだ。」

「うっ…」

 

俺は悲痛な声を出す。

 

本当に厄介だわ。こいつの感知センサー。ましてやさっきので詰め寄られて顔と顔がつきそうになるまで距離が縮んでいた。フードコートのおかげで顔は見えていないようだが。

 

「さあ、答えて。君は誰なのか。」

 

俺は頭の中で悩み始める。教えるのが正解なのか、答えるのが正解なのかよくわからない。後ろのランを見ても、任せると言いたげな顔をしていた。俺は少し俯いてから答える。

 

「…悪いな、言えないんだ。」

 

正直、この答えは良くなかったと思う。ここはなんの関わりのないただの他人を演じるべきだった。本当に、彼女のことだけを思うなら。だが、俺はそうしなかった。恐らく、いつかは自分の正体を明かすべき時が来るのをわかっていたから。

 

ユウキは俺の顔と目を少しだけ凝視してから息を吐いた。

 

「そう…」

 

ユウキは俺の近くから顔を離す。俺は終わったと考え、後ろを向いてまた階段を上り始めた。しかしまた、足を止めなければならなくなる。

 

「なら、どうしたら教えてくれる?」

「…どういうことだ?」

 

ユウキの目は依然としてこちらに向けられていた。

 

「どうすれば、君の正体を明かしてくれるの?」

「…」

 

俺は、答えられなかった。結局、自分の心の弱さが正体を明かすのを拒否している。これは、俺の心の問題だ。だから、ユウキがすることなど…

 

「わかった。じゃあこうしよう。」

 

ユウキは指で俺を指す。

 

「ボクは君に助けられた。それはつまり、ボクが君より弱いってことだよね。だから、ボクが君よりも強くなったら君は正体を明かす。それで、どうかな?」

「… へえ。」

 

彼女らしい、考えだった。負けず嫌いの彼女らしい…。俺の口から自然と笑みが漏れた。

 

「判定方法は?」

 

俺の質問にユウキはニッと笑う。

 

「デュエルで決めよう。半減決着モードでね。それなら安全でしょ?もちろん、君がOKすればだけど。」

 

その言葉に、その笑顔に、俺は動かされた。

 

恐らく、彼女が俺に勝つ日はそう遠くないとは思う。そして、彼女が俺に勝つ時には…

 

「いいぜ、のってやる。やりたいんだったら、いつでも来な。歓迎しよう。」

「フフフ、約束だよ?」

「ああ、何年かかるかわからないけどな。」

「すぐに追い越してみせるから!」

 

俺の心も、少しは強くなっているだろうか。

俺は2人での会話を懐かしく感じながらそんなことを考えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

カズマの姿が見えなくなると、ユウキはランに声をかける。

 

「姉ちゃん、ボク…」

 

満面の笑みでランの顔を見る。

 

「新しい目標、見つけたよ。」

「ええ…。」

 

ランの目は、涙で濡れていた。

ユウキは下に降り始める。しかし、3段ほど降りた時にピタリと足を止めてから叫んだ。

 

「ああ!名前聞くの忘れてた!」

 

ランのクスリという笑い声が風によってかき消された。




長え!すげえ長くなった!初めて書いたわ、こんなの!楽しかったけどね!
さて、ユウキがカズマを倒すことができるのはいつなのか!下手したら勝てない!最短で次の日!どうなるどうなる⁉︎
と読者の皆さんは思っているでしょうからなるべく早く投稿します。評価と感想、よろしくね☆アデュー♡


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第15話 小さな助け人

ふぅ、1日に二本とは…まさに奇跡!…いや、俺が遅すぎるだけか?ねぇ、みんなどっちだと思う⁉︎プリーズ・テル・ミー!


12月2日

 

『…続いてのニュースです。11月6日の午後から正式サービスを開始したソードアート・オンラインでまたしても被害者が出ました。警察の話によりますと、被害者はやはり脳が焼けており…』

 

「うっ…うっうっ…」

 

病室に直葉の鳴き声とニュースキャスターの声が響く。直葉の手が掴んで、顔を埋めているシーツには1人の少年が横たわっていた。

 

彼女にとって、2人いる兄の1人、桐ヶ谷和人。

 

その横のベッドでは、母親の桐ヶ谷翠が彼とよく似た顔立ちの少年の世話をしている。

 

翠が世話をしている少年の名は、桐ヶ谷和真。和真の方は年齢は一緒だが、生まれた日が直葉よりも早いため、兄となっている。

 

「ふうっ…」

 

ベッドの床ずれの防止作業を行っていた翠が一息ついて、直葉に声をかける。

 

「直葉、帰るわよ。」

「…」

「直葉。」

「嫌だ。」

 

直葉は涙声で答える。そのような反応をする娘に翠はもう一度ため息をつくと、直葉の肩に手を置く。

 

「気持ちはわかるけど、あなた明日学校でしょ?学校の帰りにまた来なさい。」

「…」

「直葉、和人と和真が望んでるのはあなたがいつまでもここに居ることじゃなくて、普通の生活を送ってくれる事でしょう?」

「…グスッ。」

 

直葉はその言葉にゆっくりと顔を上げ、鼻を少しだけ鳴らす。

 

「またね、和人、和真。」

「お兄ちゃん、和真…また明日。」

 

病室の扉が閉められ、静寂が訪れる。いや、完全な静寂ではない。一つだけ、忙しなく動き続けるものがあった。

和人の立てかけられたスマホに自動的に電源が入る。そして、その中から…声が流れる。

 

 

「…ちょっと、狭いじゃない!」

「あなたがスペースとり過ぎなんですよ!もう少し縮こまってください!」

 

 

ギャイギャイと騒いでる割には、可愛らしい声。

スマホの画面に2人の少女が映る。彼女達は、和人専用のAIである。名を、ヒカリとメル。

 

「…和人様、いつ帰ってくるんでしょうね。」

 

その言葉にメルはツンとした声をかける。

 

「さあ、一生帰ってこないんじゃない?」

「ちょっと…!」

「冗談よ。けど…」

 

メルの声がワンオクターブほど下がる。

 

「実際、困難なのは本当なのよ。過酷なボス戦が百層分もあるんだから。」

「分かってますよ…そんなの。」

 

広いマップに、高い迷宮区。そして強大なボス×100。しかも、人間が敵になることもあり得るのだ。数日でクリアできるはずがない。

 

「出てくるのは1年後か、2年後か。はたまた10年後か…」

「…うん、そうですね…」

 

本当に、それぐらいかかってもおかしくない。それだけ、そのゲームは難易度が高かった。できればすぐにでもデスゲームから解放してあげたいが、そんなことはできるはずがない。となったら…できる可能性のあるものは一つだけある。

 

「…ねえ、メル」

「?何よ。」

「ソードアート・オンラインに侵入しましょう。」

「…は?」

 

彼女には珍しく、口と目がポカンと開いている。その様子がおかしくて、つい笑いそうになってしまう。

 

「いやいやいやいや。できるわけないでしょ⁉︎」

「どうして?」

 

ヒカリは首をかしげる。

 

「相手は例のカーディナル・システムなのよ⁉︎」

「知能的に言えば大して変わらないです。和人様と和真さんを助けたくないんですか?」

 

その言葉に、メルが少しだけ詰まる。

 

「…助けたいわよ。」

「よし、なら大丈夫ですね。」

 

その言葉を聞いて、メルはヒカリに質問する。

 

「ヒカリ、あなたどうやって侵入するつもりよ。カーディナル・システムは異物が侵入したともなれば速やかに消去しようとするわよ?そこらへんの作戦をきっちりしないと同行できない。」

「ええ、そんなの簡単ですよ?カーディナル・システムが異物と判断しないものになればいいんですから。」

「異物と判断しないもの?なによ、それ。」

 

メルの質問に、ヒカリは満面の笑みで答えた。

 

「MHCP…即ち、メンタルヘルスカウンセリングプログラムです。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「…ねえ、本当にやるの?」

 

メルが発した言葉にヒカリは大きくため息をつく。

 

「当たり前じゃない。侵入するにはこれしかないんですから。それともなんですか?今頃怖気付きました?」

「そ、そんなわけないでしょ!」

 

メルは声を荒げる。今2人がいるのはアーガス本社地下一階にある機械の中。つまり、MHCPの保管場所。

 

「メル、MHCPが何体いるか数えておいてください。」

「え、ええ。」

 

メルは言われた通りに一体一体の名前と番号を確認していく。MHCP試作1号機・Yui、MHCP試作2号機・Strea…

 

「え…と、12体ね。」

「12体…じゃあ大丈夫ですね。丁度です。」

「?なにがよ。」

「MHCPの数。どうやらこのゲームは15体が限界みたいですね。十分多い方ですけど…。」

「ならおかしいじゃないの。」

「え?なにがですか?」

 

メルの言葉にヒカリがキョトンという顔をする。

 

「だから、15体なんでしょ?なら丁度じゃなくて1人余るじゃない。」

 

ヒカリはそれからなぜか少し考えるような仕草をした後、「あ!」と言いながら手を胸の前で叩く。

 

「そういえば、メルにはまだ言ってませんでしたね。私たちの他にもう1人来ます。もうそろそろだと思いますけど…」

「…もう1人?」

 

直後、メルとヒカリの間で空間が歪んだ。その空間から1人の少女が出てくる。

頭を打ったのか「いてて…」と言いながら前頭部をさすっている。

 

「…ヒカリ、この子は?」

「この子の名前はアカネちゃん。私たちと同じ、主がソードアート・オンラインに囚われた子です。」

「主を…?」

 

アカネと呼ばれた少女は立ち上がってぺこりとメルの方に頭をさげる。

 

「初めまして。アカネと申します。ご迷惑をおかけすると思いますがよろしくお願いします。」

 

それにつられてメルは「いえ、こちらこそ…」と返事をしてから「じゃなくて!」とツッコむ。

 

「なんですか?いきなりノリツッコミなんてしてきて。流行りませんよ、今時。」

「そうじゃなくて、あんたたちどうやって知り合ったのか教えなさいよ。まずはそこからよ。」

「あー、話すと長くなりますけど…」

「手短に要約しなさい。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

ヒカリの話によると、かなり前からSAOを動かしている機器を探す作業をしていたらしい。そして、見つけるのに一ヶ月ほどかかったのだそうだ。アカネとは、自分と同じことをしようとしていたので、目的が合致して仲良くなったらしい。

 

「納得…してくれました?」

「ええ、ありがとう。だいたいあなたたちの関係がわかってきたわ。」

「すいません、黙ってて。」

 

メルはヒカリを見ながらため息をつく。

 

「まったく、探すなら探すで声かけなさいよね。2人でやったらもうちょっと早かったでしょうに。」

「すいません…メルまで、巻き込みたくなかったんです。」

「…」

 

これだからメルはヒカリがそんなに好きではない。変なところで、気をまわしてくるから。

 

「とりあえず、早く入りましょう。善は急げって言うし、早いほうがいいでしょ。」

「そ、そうですね。アカネ、行きましょう」

「は、はい。」

 

3人は13、14、15と割り当てられた部屋の前に立つ。

 

「それにしても、1から12号機には待機命令が出てたけど大丈夫なの?」

「はい。あくまで待機命令が出されているのは12号機までです。それ以降にその命令は効果を成しません。」

「それじゃあ、入りましょうか。入ってからウィンドウが表示されるのでそれのYesボタンを押してください。」

「分かったわ。」

 

 

…そこで。

 

 

メルは背後に、少し明るい《何か》があることに気付く。

 

彼女は背後に振り向きその《渦》らしき何かを確認した。

 

…だが、その《渦》はしばらくして音もなく消える。

 

「…?」

「メル!早く行きますよ!!」

「え、ええ…。」

 

メルは扉を開けて、暗い部屋に入り込む。

部屋にはただただ基数のプログラムが流れているだけで、本当になにもなかった。次にウィンドウが現れる。

 

《アインクラッドに現界しますか?》

 

躊躇わずYesボタンをタッチ。直後、一瞬の浮遊感に襲われた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

12月4日

 

この世界に来てから、はや2日が経過していた。私とメル、そしてアカネはすぐに主を見つけはしたが、迷宮区へと移動中だったので声はかけられなかった。

 

どうやら、この世界では《少女》になるか《妖精》になるかどちらかを選べるのだという。私は躊躇わず妖精をタッチした。他の2人も私と同じようにしたようだった。

 

ちなみに私は和人様のポケットの中に入り、メルは和真さんの胸ポケットの中に入って、移動した。私は胸ポケットの中に入ったら普通にばれてたのでポケットを選んで正解だったと思う(どっちが和人様の方に入るかはじゃんけんで決めた)。

 

それからというもの、私はほとんど喋ってない。メルは少し和真さんにボス戦の途中、アドバイスをしたようだがそれも少しだ。それはアカネも同じらしい。

だが、それでいいと思う。もともと、この世界に来たのは主と周りの人々を助けるためだったのだ。彼らと話すためではない。

 

だから、私たちはこれからも姿を隠し続け、時折主の手助けをするだろう。主が、自分たちで私たちを見つけるまで…いつまでも。

それが、私たちの望みなのだから。

 




ヒカリたち視点というのは難しいね。キリトたちは案外簡単なんだけどな。よく分からんな、小説って。書いといてなに言ってんだって話だけど(笑)
ま、彼女たちはこれからもちょくちょくキリト達を助けていくことでしょう。彼女達の活躍を見守ってあげてください。


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第16話 再会

何故だろう、何故だろう…。どうして、こんなことに…

「いたぞ!あそこだ!」
「…!」

走る。走る。全速力で、私は走る。

「ハア、ハア、ハア…」

敏捷力全開で走るが、今の私はそこまでレベルが高くない。《彼ら》との差もじわじわと無くなってきている。

「誰か…誰か、助けて…」

自然と、私の目から涙が零れ落ちた。


「〜♪」

 

俺、霧谷 隼人は今かなり上機嫌だ。俺が鼻歌を歌うことなんてほとんどない。そんな俺を見てカズマが「キモい」などと言ってきた。

まったく、失礼な奴だ。

少しスキップしていただけだというのに。

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

何故俺がこんなにも上機嫌なのか、不思議に思っている人も多いと思うので、説明しておこう。前々から欲しいと思っていたスキルが先日、ようやく手に入ったのだ。

 

その名も、《カタナ》スキル。

 

亜人系のモンスター達がたまに使っているスキルで、よく初心者が最初からあるスキルだと勘違いしているがそんなことはない。

カタナスキルは完全なエクストラスキルなのだ。

と言っても習得方法はそこまで難しくない。《曲刀》スキルをしつこく練習していれば、出現する可能性は高い。

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

まあ、やはり難しいのに変わりはないようで、俺も第二層から曲刀に変えて練習して来たわけだが…

 

「まさか、習得に23層もかかるとわな…」

 

俺は苦笑まじりにそんなことをつぶやく。

 

俺たち、第一層で《ビーター》となった3人はその後もソロを貫き通している。キリトさんがしばらくアスナさんとコンビを組んでいたようだが、それも先日解消したと言っていた。

 

 

現在、攻略が完了しているのが第二十五層。

そして、日付は4月2日。正直、ウィークポイントである二十五層は予想していたものをはるかに超える強さだった。

その結果、攻略組最大級のギルド、キバオウ率いる《アインクラッド解放隊》は壊滅し、それ以外にも多くの犠牲を出した。

攻略組初のツーレイド(48×2)で挑んだというのに、だ。

 

しかし、いつまでも他者の死を悔やんではいられない。

それに、最近では《風林火山》や《血盟騎士団》などの有力ギルドが出てきているらしい。血盟騎士団はまだ立ち上げてからそこまで経っていないのに有力ギルドと言われているのだから素直に素晴らしいと思う(アスナさんが入ったのもでかいと思うが)。

 

 

そんなわけで攻略組は、アインクラッド解放隊が壊滅した時にかなりの痛手を負ったが、バックに優秀な控えが備えているので攻略に支障が出ることはそこまでなかった。

 

そして、俺が今いるのは最前線である第二十六層ではなく、それより五つ下の二十一層だ。

本来は最前線より下で戦うことはほとんどないのだが、武器の強化素材を手に入れるために降りなければならないことがある。

俺はウィンドウを開いて残り個数を確認する。

 

「…あと4つか」

 

またウィンドウを消して歩き始める。

 

そういえばこの前聞いた話だが、ユウキとカズマは幼馴染なんだそうな。

しかし、ユウキは記憶を失っているのでカズマのことは覚えてないだとか。カズマも本当は思い出して欲しそうにしている、という話…というか相談をスリーピング・ナイツのサブリーダーであるランから聞いた。

どうしたらいいのか、ということを聞かれた。正直俺に聞かれても困るんだけどな。

恋…はともかく、女子の付き合いなんてリアルでもほとんどないし。

 

とりあえず『本人達に任せたほうがいいんじゃない?』と精一杯当たり障りのないアドバイス(?)をすると、お礼を言って帰って行った。

本当にそれは本人達に任せるしかないと思う。おそらく、他人がどうこうできる話ではない。

俺はそんなことを考えて天を仰ぎながら、ポツリとつぶやいた。

 

 

「…そういや()()()、元気にしてるかな…」

 

 

そんなことを言いながら左にある角を曲がった…直後、体に衝撃が走る。

どうやら誰かとぶつかったようだ。

俺はなんとか踏ん張るが、相手は尻もちをついてしまった。

 

「あっ、すいませ…」

 

直後、俺は眉を寄せた。

まず、ぶつかったプレイヤーは女性だった。

この世界では珍しい、女性。

 

髪は明るい茶色で、目は程よい大きさ。顔は小さく、長い髪を編んだ大きいツインテールが目を惹く。

 

『ん…?この子、どこかで…』

 

そのような考えが脳内を走り、俺はしばらく記憶をあさっていく。

そして、同じ共通点を持った女性が脳内に現れた。

 

「お前…もしかして…」

 

そこで相手も気付いたようで、口を開き言葉を発する…直前に耳をつんざく、金切り声が響いた。

 

「いたぞ!あそこだ!」

「獲物が1人増えてやがる!」

 

二つ向こうの角から現れた彼らのカーソルは、オレンジ。

つまりは、最低でも一度、犯罪を起こしている集団だ。

その数、8人。

どうやらこの女性プレイヤーは、あいつらに追われていたらしい。

 

「まったく…面倒くせえな…」

 

俺は腰の鞘から、銀色の刀身を抜き出した。俺は、同じプレイヤーでも犯罪者達はモンスターと同じ扱いをする(殺しはしないが)。

 

「死ねえー‼︎」

 

先頭の男が繰り出した上段切りを、俺は下からの切り上げで弾いた。俺たちの顔を、火花が一瞬まばゆく照らした。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

俺は今、第二十二層で散歩をしていた。ここはモンスターも少なく、圏内には大自然が広がっているので、とても心が安らぐ。

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

俺は第十層で、自分の顔をユウキに晒した。

 

自分で見せたのではなく、フードをのけて戦っていたところをユウキ達《スリーピング・ナイツ》面々と鉢合わせしたのだ。

すぐに隠したが、大剣使いの少年やハンマー使いのお姉さんにフードをからかい混じりにのけられ、ユウキに見られた。

ユウキは俺の顔を見ると「へー、なかなかのイケメン君だね!」と言っていた。

 

記憶を取り戻した様子はなかった。

 

俺は内心ホッと安堵の息をついていた。ちなみに、ジュンという名の大剣使いとノリという名のハンマー使いのお姉さんはランに怒られていた。

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

今日は雨も降っておらず、良い散歩日和だ。俺は胸いっぱいに空気を吸い込み…

 

「あー!カズマ見つけたー!」

「…」

 

その声が聞こえた瞬間、猛スピードでダッシュを始める。

 

「こらー!逃げるんじゃなーい!」

「逃げるわ!」

 

俺は目の前に現れた切り株をジャンプで避ける。

 

俺は第一層での階段で、ユウキと《勝てば俺の正体を明かす》という約束をした。それからというもの、一層上がるごとに1デュエルというのが日課になっていた。

 

まあ、それは良い。実際ユウキの成長を間近で見れるのは願っても無いことだ。

 

しかし最近、《一層上がるごとに1デュエル》が《一層上がるごとに2(3)デュエル》になりかけている。

このままではユウキと顔をあわせるごとにデュエルをしなければならなくなりそうなのだ。そんな殺伐とした生活は送りたくない。

 

そんなことを考えているうちに、俺とユウキの差はかなり縮まっていた。

 

「フッフッフー、もう逃がさないよ〜…とりゃっ!」

「うわっ!」

 

俺の上にユウキが飛び乗り、その重みで俺はバランスを崩した。しかも横が芝生の坂になっていたので、俺たちは一緒に転がり始める。

 

平面になって、止まった時点で俺は下になっていたので少しだけ頭を打つ。後頭部に痛みを感じるのと仮想の体にユウキの暖かさが伝わってくる。互いの息遣いのみが聞こえる。

 

いつまで、そうしていただろうか。ユウキが顔を上げて笑顔を向けてくる。

 

「あはは…ごめんね、カズマ。」

「…圏内じゃなかったらカーソル変化もんだぞ。今の」

「…逃げたカズマも悪いと思う」

 

バツの悪そうな顔をするユウキに俺は少し微笑みながら、小さくため息をつく。

 

「あのな、普通は逃げるだろ。それに、どうせお前またデュエルしに来たんじゃないのか?」

「さすが!よく分かったね!」

 

よく分かったねも何も…

 

「お前、ばったり会うとき以外は全部デュエルの申し込みじゃねえか。」

「たまに食事に誘ったりするじゃない。」

「それはお前が金のないときだろ?バカみたいに武器とか買いすぎて。そんなもんランに借りろや。」

「…姉ちゃんに借りるのは気がひけるんだよ」

「俺に借りるのは?」

「…別に良いかなって」

 

逆だろ。なんで身内に借りるのはダメで他人に借りるのはOKなんだよ。

俺はユウキの下からするりと抜け出し、フードコートやズボンについた草を払ってから立ち上がる。

 

「とにかく、この層ではもう一回やってんだからダメだ。」

「良いじゃん、ケチ。」

「そんな唇尖らしてもダメだからな。散歩ぐらいゆっくりさせてくれ。」

「ああ、散歩中だったんだ。…ボクもついて行こうかなあ」

「来なくていいぞ。」

 

俺は踵を返すと坂を登り始める。

 

「あ、待ってよカズマ〜!」

 

俺はついてくるユウキを見ながら少しだけ口を緩ませた。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「これで最後っと…」

 

俺は縄で縛り上げた犯罪者の最後の1人を回廊の中に放り込む。

《回廊結晶》はバカみたいに高いが二十層あたりから売られ始めたので一応一個は所持していた。

繋げているのは第一層の黒鉄宮内部の牢屋の中。要はパトカー代わりに使ってる。

 

「さて…」

 

俺は未だに後ろで座り込んでいる少女に声をかける。

 

「久しぶり…だな。沙綾。」

 

俺の言葉に、彼女はピクリと体を震わしてからこちらを見る。

 

「お元気そうで何よりです…隼人さん。…やはり、気づいてましたか…」

「当たり前だろ。顔が一緒なんだから」

 

俺は苦笑しながらそう呟く。

俺は顔を真剣なものにして、腰をかがめて彼女と視線を合わせる。

 

「お前には聞きたいことがあるけど…」

 

俺は周りを見渡してから手を差し出す。

 

「ひとまず街に戻るか。ほら。」

「…すいません。」

 

沙綾は俺の手をとってゆっくりと立ち上がるそれを見てから俺は来た道を戻り始める。街に帰る途中、俺と俺の幼馴染は何も話さなかった。




やっとヒロイン全員揃ったね。長かったわ〜。というわけで、感想とできれば評価もお願いね♡ではまた次回!


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第17話 シャムの悩みと解決

俺たちは二十一層の主街区帰ってきていた。
素材集めがまだ終わってなかったが、そんなもんは正直いつでもできるので途中で切り上げた。

俺は後ろにいる少女に目を向ける。

彼女の名前は武藤 沙綾。
俺と同い年で現実世界の俺のお隣さんだ。現在は両親と兄の4人暮らし(だったはず)。ちなみにその兄は現在俺の兄さんと同時期に失踪した。

俺はNPCカフェを見つけて、店内へと入った。


「いらっしゃいませ。室内とテラス席のどちらにしますか?」

「テラスで。」

「かしこまりました。どうぞこちらへ。」

 

とても聞きやすい発音でNPCウェイターが俺たちを歓迎してから、席へと案内する。

 

俺がこの店を選んだ理由は客が少ないからだ。

客が多いとその中に、攻略組がいる可能性がある。それにより、沙綾の悪い噂が流れるのは死守しなければならない。

俺と沙綾が案内された席に座るとウェイターがポケットから伝票を取り出す。

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「コーヒーのホット。」

 

俺は黙ってこちらを見ている沙綾と目を合わせながらウェイターの方を指差す。

 

「あ、じゃあカフェオレで…」

「はい。ホットコーヒーとカフェオレですね。かしこまりました。」

 

そういうと女性ウェイターはそそくさと店内に入っていく。

 

約10秒後、テーブルへと届けられたコーヒーカップに口をつけて中身を啜る。

沙綾も両手でカップを持ち上げながらゆっくりと啜る音が聞こえる。

2人ともカップを下ろしてから、まず沙綾が言葉を発した。

 

「あの、ありがとうございました。助けていただいて…」

「ん?いいよ礼なんて。それより、ああいう輩も増えたからお前も気をつけろよ?」

「そう、ですね…」

 

少しだけ静寂が訪れる。俺はカップを持ち上げながら、唐突に質問する。

 

「なあ、お前って本当に沙綾か?」

「え?」

 

俺の質問にキョトンとした顔を浮かべるとこくりこくりと頷く。

 

「ええ、そうです…どうかしたんですか?」

「いや、俺が記憶しているお前の性格だと俺のゲームの腕に対して文句言ってるぐらいしか思い出せないんだよ。」

「は、はあ。」

 

俺の言葉に彼女は少し困った顔をする。

 

「もしかして沙綾の双子って線も…」

「ないですから!沙綾本人ですから!」

「えー…」

 

俺は少し疑いの目を向ける。

 

「私、兄はいても姉妹はいませんから!そんなに疑うんだったら隼人さんの恥ずかしいエピソードムグッ!」

「よしわかった、落ち着こう。な?」

 

俺は爆弾発言を仕掛けた口を慌ててふさぐ。

ていうかなんだよ俺の恥ずかしいエピソードって。

逆に気になるわ。

いや絶対に言わせんけど。

 

「それにしてもあれだな、本当に性格変わったな、お前。」

「ええ、まあ。あなたと遊ばなくなってから男性と接する機会が減りましたから…」

「じゃあ今ぐらい良いじゃないか。2人きりなんだから。ほれ。素で喋ってみろよ。」

 

俺は少々わざとらしく手を広げる。沙綾は少しだけ硬直していたが、すぐに俯く。

 

「…こっちの方が慣れてきてるのでこちらで…」

「…あらそう。ならしょうがないな。」

 

俺はもう一度コーヒーを啜ってカップを置く。

 

「それじゃ、早速だけど二つ質問して良いか?」

「え、ええ。どうぞ。」

 

沙綾が手招きするので俺はすぐに一つ目の質問をする。

 

「お前、プレイヤーネームはなんていうんだ?」

「え?」

 

少し驚いた顔をするので俺は言葉を続ける。

 

「プレイヤーネームだよ、プレイヤーネーム。いつまでも本名で呼べないだろ?」

「あ、はい。私は、名字と氏名から頭文字をとって《シャム》っていう名前にしてます。」

「シャム…武藤の《武》に沙綾の《沙》か。安直だな。」

 

俺の言葉にシャムは唇を尖らせる。

 

「そ、そういうあなたはなんなんですか?プレイヤーネーム。」

「俺?シュンヤだよ。霧谷の《谷》に隼人の《隼》。」

「あなたも同じようなものじゃないですか!」

「別に良いんだよ、男なんだから」

「プレイヤーネームに性別は関係ありません!」

 

シャムはしばらく息を荒げていたが、すぐに立ち上がっていたのに気づいて椅子に座りなおす。

 

「ま、いいや。次が本命だから。」

「…別にいいなら言わないでくださいよ。」

「良いじゃないか。楽しいし。」

 

俺の言葉にシャムは唇を再度尖らせる。

 

「それじゃ、次の質問だ。」

 

俺は持ち上げていたコーヒーカップを皿の上に戻す。

 

 

「どうして、ソロで迷宮区にいたんだ?」

 

 

俺の言葉に、ビクリとシャムはの体が震える。

その一言で、空気が変わった。

 

「ど、どうして、と言いますと?」

 

俺はシャムの装備を一瞥してから喋る。

 

「この層…つまり二十一層はないまだ攻略されてからそんなに経ってない、いわゆる準最前線って所だ。まだまだ攻略組もそんなに油断できない難易度になってる。そんな所で攻略組でもないお前がレベリングなんてすれば危険な状況になることは目に見えてたはずだ。もちろん、オレンジギルドのことも含めてな。」

 

シャムは俺が喋るごとにどんどん萎んでいくが俺は言葉を続ける。

 

「見た所、お前の装備からしてレベルは20から22位だろ。まだまだ安全マージンは取れてない。せめて階層の数字よりも5から7上…29、8にならないと攻略は難しい。しかも、パーティープレイならまだしもソロプレイをするならもってのほかだ。せめて13上…34はいる。」

 

俺はぐいっとシャムに顔を寄せる。

 

「なあ、なんでお前はパーティープレイをすることを嫌うんだ?ソロプレイは危険が多いことくらい分かってるだろ?」

 

俺の質問に、シャムは少しだけ黙り込んだ。

何か言いたくないことでもあるのだろうか。

 

 

「…嫌ってるわけじゃ、ないんです」

 

彼女は消えてしまいそうな、小さな声を出す。

その表情は、暗い。

 

「私は、パーティープレイを嫌いじゃありません。むしろ良いことだと思ってます。危険を回避できるし、攻略も効率よくできるし、何より人と仲良くなれますから。」

「じゃあ…なんでソロプレイなんかを?」

 

俺が教師のような口調で問うと、シャムは小さな声で答えた。

 

「女だからって特別扱いされるのが、嫌いなんです。」

 

シャムは拳を強く握ったのか、腕が少し震える。

 

「私は、ギルドを何度も転々としました。みんな優しくて、楽しいと思ったことは何度でもあります。けど…みんなみんな、私を特別扱いするんです。」

 

俺には、一生わからない悩みだなと俺はそう思った。

 

「食事に行った時も、絶対におごってくれたり、ラストアタックも必ず譲ってくれたり、欲しいものが被ったら譲ってくれたり…。最初は心地良いんです。けど…いつまでも続くと、ただの重荷になってくるんです。私ばかり特別扱いして、みんなに迷惑をかけてるんじゃないかって…。」

「理由は…それだけ?」

 

俺の言葉にシャムは首を振る。

 

「もう一つだけ、あります。」

 

 

そういうとシャムは俺を指差した。

 

「あなたに、追いつきたかったから」

「…俺に?」

 

シャムはこくりと頷く。

 

「シュンヤさんは知らなかったかもしれませんけど、私ずっと攻略組の人たちが迷宮区に向かう前の転移門前で集合するときに近くにいたんです。…ただの、興味本位の見学でしたけど…。」

 

「そんな時でした…あなたを見つけたのは。」

 

シャムは指を下ろしてまっすぐと俺を見つめてくる。

 

「見ただけで、私はあなたとわかりました。中学でも、顔を合わせてましたから。私よりも高性能の防具と武器を身につけて、迷宮区に向かうあなたを見てると焦燥感が襲ってくるんです。『隼人さんがあそこまで上り詰めてるのに、私は何をしているんだろう』って。変な所で負けず嫌いになっちゃったんです。」

「…」

 

シャムは笑いながらそう言うが、実際悔しかったのだろう。幼馴染である俺と彼女の差があまりにも開いていることが。今でも、俺とカズマのレベルの差は1開いていて時に悔しくなる。

 

「だから、変なプライドと変な焦燥感にかられて私はあそこでレベリングをしてたんです。…すいません。バカみたいな理由で。」

 

その言葉を、俺は受け止める。俺は少し考える。こいつが、早く強くなれて、かつ安全な方法を。

俺が一緒に攻略する?いや、それじゃあシャムの悪い噂が立ってしまう。

近場の効率の良い狩り場を教える?いや、効率がよくても危険に陥ることはある。

どうすれば……

 

「あっ。」

 

そこで、俺はあるアイディアを思いつく。俺の顔をキョトンとした目で見ていたシャムに質問する。

 

「お前は特別扱いされなくて、強いギルドが良いんだよな?」

「え?え、ええ。少し欲張りですけど1番はそれが良いです。というか特別扱いされなければどこでも…」

「よし、わかった。」

 

俺はウィンドウを操作してメッセージ作成の欄を押して、ある人物とメッセージのやり取りを開始した。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

《カズマ、ちょっとユウキに聞いて欲しいことがあるんだけど。》

《近くにいるけど、どうかしたのか?》

《あっそう?デート中に悪かったな。》

《デートじゃねえよ》

《ま、良いや。ユウキにギルドメンバー1人増えても良いか聞いてみて。ちなみに女性プレイヤーな》

 

ーーーーーーーーーーーー

 

俺はシュンヤのメッセージを見てから後ろで木の花の匂いを嗅いでいたユウキに声をかける。

 

「おい、ユウキ。今お前のギルドメンバーに1人入れても大丈夫か?」

「ん?」

 

ユウキは俺の方に向くと少し嬉しそうにする。

可愛いなちくしょう。

 

「あ、まさかカズマが入ってくれるの⁉︎大歓迎…」

「違うわ。」

 

俺は手を広げて近づいてきたユウキの頭を鷲掴みにして、動きを止める。

 

「シュンヤの知り合いを入れたいんだと。女性プレイヤーだってさ」

「ああ、そう。うん、大歓迎だよ。レベル制限は…20あったらボク達であげてあげるから。」

「はいよ」

 

俺はユウキの頭から手を離してメッセージを返す。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

《レベル20あったらOKだってさ》

《おーサンキュー。》

《お礼として飯一回おごれ。》

《…考えといてやる》

 

ーーーーーーーーーーーー

 

そこまで返した所で俺はウィンドウを閉じて、メモに少しだけ文字を打ってから可視化モードにしてシャムに見せる。

 

「今日、いつでも良いからこの場所に行け。できれば夜が良いな。俺の名前を出して紹介されたと言ったら良いと思うから。」

「…何ですか?この住所。一体誰の…」

 

その質問に俺はニヤリと笑って返す。

 

「ギルド《スリーピング・ナイツ》のギルドホームの場所だよ。」

 

その名前を聞いてシャムは大きく目を見開く。そして頭と手を同時にブンブンと振る。

 

「む、無理ですよ!私が入れるわけないじゃないですか!」

「?何でだよ。」

「だ、だって…スリーピング・ナイツって攻略組、ですよね?そんなところに低レベルの私が入ったって…」

 

俺は少しため息をついて説明を始める。

 

「ギルドのリーダーに聞いてもらったけど20あったらOKだってさ。多分レベリングにぐらい付き合ってくれるんじゃないか?それにギルドリーダーがお前と同性だから特別扱いされることはまずないだろう。」

「い、いや…でも私なんかが…」

「どうせレベリングするんだったら安全で効率悪いより、安全で効率良いほうが良いに決まってるだろ。ギルドリーダーに許可もらったから問題ないって。」

「は、はあ…」

 

俺はそのメモを半用紙に写して机の上に置くと席を立つ。

 

「俺の仕事はここまでだな。あとは自分でやれ。」

 

俺は席を戻してから出口に歩き始める。

 

「あ、あの…シュンヤさん!」

 

俺は顔だけをシャムに向ける。

 

「ありがとう、ございました!」

 

俺は少しだけ笑ってから手をあげて、ひらひらと振った。

 

 

あれから数日が経った。どうやらシャムは無事スリーピング・ナイツに入って、一生懸命レベリングをしているようだ。たまにレベリングを手伝って欲しいというフレンドメッセージが来る

あいつはこれからどんどん強くなっていくだろう。今はレベルが足りないが、いつか一緒にボスと戦う日を想像すると自然と口がほころんでしまう。

 

「楽しみだな…。」

 

そんなことをつぶやいて、俺は迷宮区に一歩足を踏み入れた。

 




ふー、疲れた。なかなかの重労働。ていうか俺今週書きすぎたね。来週は休憩期間かなー、多分。ほんじゃま、感想と評価頼んだぜー。


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17.5話 キャラクター紹介

今回はストーリーは少しおやすみ(^-^)みんな待ってた(かもしれない)キャラクター紹介だよ〜( ^ω^ )今まで出てきた主なキャラの紹介。多少省いた。


”キリト”(桐ヶ谷和人)

 

・本作品の主人公の1人。カズマの兄。SAOに囚われた時の年齢は14歳(中学2年生)。主な武器は片手剣でたまに投剣も使用。

・第一層で自分がベータテスターの中でも卑劣な《ビーター》であると自称し、プレイヤー達のベータテスターへの怒りを自分とカズマ、シュンヤの3人に集中させた。

・しばらくアスナとコンビを組んでいたが二十五層途中で解消。現在は完全なソロプレイヤーとして攻略組に名を連ねている。

・攻略組スリートップの1人。

・将来の夢は特に決まっていない。

・パソコンを自分で作るほどのコンピューターオタク。

 

”カズマ”(桐ヶ谷和真)

 

・本作品の主人公の1人。キリトの弟。SAOに囚われた時の年齢は13歳(中学1年生)。主な武器はキリトと同じ片手剣で、ワイヤーやナイフも取り入れて戦闘をする。

・キリトやシュンヤと同じビーターとして活動するソロプレイヤー。料理が得意で、将来の夢は医者になること。剣道での全国総体ベスト4。

・ステータスがかなりSTRに偏ってるのでたまに敏捷も上げてる。

・ユウキとランとは幼馴染で、昔は隣に住んでいたがある事件がきっかけでユウキ達が引っ越し、離れ離れとなってしまう。しかし、SAOで奇跡の再会を果たす。ユウキに想いを寄せている。

・攻略組スリートップの1人。

 

”シュンヤ”(霧谷隼人)

 

・本作品の主人公の1人。SAOに囚われた時の年齢は13歳(中学1年生)。二十五層までは曲刀を使っていたが、カタナスキルを手に入れたことでカタナに変更。スキル上げに励んでいる。

・キリトやカズマと同じビーターとして活動するソロプレイヤー。礼儀正しく、年上には必ず敬語を使うという徹底ぶり。

・将来の夢は特に決まっていない。総体には出なかったが、柔道全国優勝の経験を持つ。兄が失踪中。

・シャムとは幼馴染で、二十一層で偶然再会する。

・敏捷と命中にステータスガン振りなので、筋力はあまりないが速さと正確さはアスナと並ぶほど。

・攻略組スリートップの1人。

 

”アスナ”(結城明日奈)

 

・本作品のヒロインの1人。SAOに囚われた時の年齢は15歳(中学3年生)。由緒正しい名家の生まれで、キッチリとしないといけないタチでほとんどのことを適当にやっている桐ヶ谷兄弟とは口論になることもしばしば。完全な初心者だが、レイピアの扱いと剣速はアインクラッドで一、二を争う。

・二十五層途中まで、キリトとコンビを組んでいたがアスナが新設ギルド《血盟騎士団》に入ることで解消。副団長として、ギルドの強化に努めている。

・料理や裁縫などの家事が好きで、たまにキリトやカズマ達に水着などをプレゼントしていた。

・将来の夢は特に決まっていない。

・キリトに少し気があるようだ。

 

”ユウキ”(紺野木綿季)

 

・本作品のヒロインの1人。SAOに囚われた時の年齢は13歳(中学1年生)。とても明るい性格で、攻略組のムードメイカー的存在。ギルド《スリーピング・ナイツ》のギルドリーダーで脅威のスピードと正確さを誇り、それを目で追えるのは攻略組のトッププレイヤーのみである。メイン武器は片手剣。

・カズマの幼馴染だが、ユウキ本人は過去に起きたある事件の過度なストレスにより記憶を失っている。よく自分から絡んでいるフードの少年が幼馴染とは気付いていない。

・アスナとはよく食事に行っている。

・将来の夢は好きな人のお嫁さんになること。

・昔はカズマが好きだったようだが、今は…

 

”シャム”(武藤沙綾)

 

・本作品のヒロインの1人。SAOに囚われた時の年齢は13歳(中学1年生)。曲刀を使っており、カタナスキル習得を目指している。兄が失踪中。

・二十一層で犯罪者プレイヤー達に追われていたところをシュンヤに救われた。そしてシュンヤの計らいで、ギルド《スリーピング・ナイツ》に加入する。現在はレベリングに励んでいる。

・特別扱いされるのが嫌いで、ネガティヴ思考が多いのがたまに傷。

・ユウキやアスナとは仲が良くなってきているらしい。

 

”ラン”(紺野藍子)

 

・ユウキの双子の姉。SAOに囚われた時の年齢は13歳(中学1年生)。メイン武器は片手剣で、面倒見が良い。

・ユウキとカズマの2人の気持ちに気づいていて、自分の感情は後回しでユウキの感情を優先する極度のシスコン。

・妹のユウキとは違って、穏やかでおとなしい性格。ただし、怒ったら怖い。

 

”クライン”(壷井遼太郎)

 

・キリトがアインクラッドで出会った最初の友達。

・始まりの街でキリトと別れた後にギルド《風林火山》を新設。二十五層時点で有力ギルドとして注目されている。

・少しだらしない性格だが、仲間を思う気持ちは誰にも負けない。

 

”エギル”

 

・キリト達に好意を覚えている、珍しい攻略組メンバー。現実世界では奥さんがいる。

・将来は自分の店をどこかの層で開きたいんだそうだ。

・商人だけでなく、攻略組メンバーとしてもかなりの腕の斧使いとして名を連ねている。

 

”《鼠》のアルゴ”

 

・凄腕の情報屋。

・性別不詳(大半が女と予想)、年齢不詳の謎多き人物。

・メイン武器はクローで、彼女の隠蔽スキルはほとんどのプレイヤーが看破することはできない。

 

”ディアベル”

 

・ボス攻略レイドの初代リーダー。

・自分も元ベータテスターだが、それを隠してボス攻略を行うことを決意した。

・ラストアタックボーナスを取りに行き、イルファング・ザ・コボルドロードの剣でその命を散らした。

 

”キバオウ”

 

・元ベータテスター(特にビーター)を恨んでいるトゲトゲ頭が印象的なプレイヤー。

・第一層攻略後に《アインクラッド解放隊》なるギルドを新設するが、第二十五層で壊滅となる。

 

 

 




以上!キャラクター紹介でした!またねー♡


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第18話 キリトの罪

「キシャアアア!」

俺は蟻型モンスターが嚙みつき攻撃に移行した直後に剣を肩に担いで、左手を前に出す。
システムが技を出すための直前の動作と判断してスキルを発動させる。
後ろから聞こえてくるのはいつもの金切り音ではなく、ジェット機めいた轟音。

蟻型モンスターが俺に飛びつくために跳び上がった…瞬間。
俺は剣を動かす。

「ギッ⁉︎」

時間的には、ほんの一瞬。
俺の剣が奴の体を貫いて赤い尾を引いて、2メートルほどの地点で停止する。そして鋭い破砕音が背後で響いた。

先ほどの技…片手剣スキル熟練度950で習得した片手剣突進重攻撃技《ヴォーパル・ストライク》は俺の戦闘をかなり楽にしてくれている。刀身の長さのおよそ2倍ほどのリーチと両手剣顔負けの威力は止めにはちょうどいいものだった。

俺が剣を鞘に収めると正面から見慣れたアイテムが放られるのでありがたく受け取る。
回復用のアイテムであるハイ・ポーションだ。
投げた人物には見覚えがあった。

この世界での俺の最初の友達で、今は攻略ギルド《風林火山》のギルドリーダーを務めるクラインだ。
俺は栓を抜くと中身を一気に煽る。
呑みくだすごとにHPが回復していく。
いつもはまずいと思う苦いレモン味のポーションが今はとてもうまく感じられた。

飲み干したポーションの入れ物を近くの木の幹に放り投げる。それだけで入れ物は耐久値を全損してポリゴンと化す。
俺は近くの幹に背を預けて座り込んでからこの世界で数少ない友人を見た。

どうやらクラインのパーティーもレベリングをしているようで後ろに風林火山のメンバーが見受けられる。

「…またこんなところに潜ってんのか」
「…俺の勝手だろ、そんぐらい。」

俺は吐き捨てるようにそういった。今は気を使って話すような気力はない。

「俺たちが来るといつも潜ってんじゃねえか。どんだけ無茶する気だ。…なあ、レベル幾つになった?」

人のレベルを聞くのはマナー違反だが今はそんなことはどうでもよかった。

「今日上がって69だ」

その言葉にクラインは目を剥く。

「おいおい…もう俺よか10も上になってんのか。…どうしてそこまで…いや、聞かなくても大体わかるな。…お前、前のギルドのことまだ気にしてんのかよ。」

俺はその言葉に軽く奥歯を噛みしめる。

「当たり前だ…死んだんだぞ、俺以外…全員…!」

その様子を見てクラインは少し悲しそうな目で俺を見る。

「《月夜の黒猫団》…だっけか。攻略パーティーでもねえくせに前線近くに来てトラップに引っかかっちまった…」

俺はさらに奥歯をさらにきつく噛みしめる。

「俺が…俺が元ベータテスターだと言ってれば…あんなことにはならなかったんだ…!」

クラインは首を横に振る。

「お前のせいじゃねえ。元はと言えば上に行こうって言い出した仲間のシーフが招いたことだ。お前のせいじゃねえ。」

クラインは念を押すようにそういってくれたが、今の俺には納得できなかった。

「俺は…止めなかった俺にも、罪はある…だから…」
「…そうか。」

俺の言葉に、クラインはゆっくりと腰をあげる。

「この辺りは危険だからな、気をつけて帰れよ。」
「…ああ。」

俺は少し頷いてから同じように立ち上がる。
俺はクラインに目を向けずに歩き始めた。



雪が降っている。もうすぐ、もうすぐだ。
俺の待ち望んだ日が、ようやくやってくる。彼らを…彼女を殺した責任を、取り払ってくれるかもしれない日が。

いや、取り払ってはいけないのだ。というよりかそんなものはどうでもいい。俺は、彼女の最後の言葉だけ聞ければ…

「サチ…」

天を仰ぎながら、俺はポツリとその名をつぶやいた。


 

俺が《月夜の黒猫団》に入るきっかけとなったのは、武器の素材を集める為に潜っていた下層で彼らを助けたことだ。

そのとき、俺は高ランク技は使わずに基本技しか使わなかった。

彼らに異質な者扱いされるのが嫌だった、それだけの理由で。

 

そのギルドのギルドリーダーの名はケイトといい、仲間思いのいい奴だった。彼にレベルを聞かれたときも俺は事実よりも20ほど低い数字を教えた。

 

「へえ、そのレベルでソロ狩りができるんですね!僕たちと変わらないのに…凄いなあ!」

 

彼は俺にギルドに入るよう言ってきた。

 

「もちろん強引にじゃないよ。ちゃんと君がOKしてくれたらね。」

 

このとき、断っておけば…。

そう悔やんだ回数は数知れない。

俺は彼らの《凄い人を見る目》が単に心地よかっただけだった。

それだけの、軽い気持ちで俺はギルドに入ることを了承した。

…後になって、俺自身の愚かさを恨んだ。

 

俺はその後1人のプレイヤーの教育を頼まれた。そのプレイヤーの名は、サチ。

この世界では珍しい、女性プレイヤーだった。

 

棍棒使いだったらしいが、ギルドの編成が理由で近距離の片手剣使いに転向させたいという。

 

俺はサチの指導に明け暮れた。

朝から夕方までみっちりと指導していたが、どうにもモノにならない。

やはり、臆病な性格故か必ず敵の攻撃の前にぐらついてしまうのだ。

 

「サチ、やっぱり棍棒使いの方が…」

 

俺の言葉にサチはゆっくりと首を振った。

 

「ううん、いいのキリト。私も少しずつだけど上達してきてるんだ。だから、もうちょっと…」

「…分かった。」

 

俺は少し不安だったがまた流されて頷いてしまった。

しかし、日に日にサチの負担は増えていった。

やはり、臆病な性格というのは近距離アタッカーに向いていなかったのだ。

 

そして、ある日の夜。

サチは行方をくらませた。

もちろんギルド内はパニックとなり彼らは圏外へと行き、俺は街に残った。そして索敵スキルの上位スキル、《追跡》を使って彼女を探し出した。

 

「なんで…ここが分かったの…?」

 

橋の下でうずくまっていたサチに俺は少し悩んでから「勘…かな…」と答えた。

彼女はそれに少しだけ笑ってからゆっくりと話し出した。

 

「ねえ、キリト…どうして死ななきゃならないの?ただのゲームなのに…」

 

彼女はギュッとケープを握りしめる。

 

「私…怖いの。私は、弱い。だから…私なんて、いつ死んでもおかしくない。死ぬのが怖いよ…キリト。」

 

俺は彼女の横に座って呟いた。

 

「君は…死なないよ」

 

俺の言葉にサチがどんな顔をしたのかは知らない。だが、とりあえず嬉しかったと彼女は話した。

 

「このギルドの実力は、中層のプレイヤーたちの中でもかなり上位に食い込んでる。それだけレベルも上がってきてるし技術も上がってきてる。だから…君は死なないさ。」

 

俺は、この言葉を悔やんではいない。一時的にせよ、彼女を勇気付けられたのだから。

 

そして、ギルドに帰った後寝ようとした俺の部屋にサチが入ってきた。怖くて寝れないのだという。

俺は少し悩んでから了承し、背中を向かい合わせて眠りに落ちた。

その後も、サチは何度も俺の部屋を訪ねてきた。俺の「君は死なないよ」という言葉を聞くとゆっくりと微笑んで眠りに落ちた。

 

…この時の俺たちは、心を通わせていたのだと思う。

俺も、彼女との時間は心地よかった。

 

 

 

…だが、その日は唐突にやってきた。

 

 

 

その日はケイタがギルドホームを買うかねが溜まったと言ってでかい街に出かけた。

なるべくでかい家を買うためだという。

 

「迷宮区で一稼ぎして、ケイタの奴を驚かせてやろうぜ!」

 

そんな案がギルドメンバーであるシーフの口から飛び出した。大半がその案に賛成し、俺も承諾した。

しかし、俺は次の「いつもより階層を上げる」という案に関しては反対の意を示した。

 

「大丈夫だって!前線より4つぐらい下にするから!俺たちのレベルならいけるいける!」

 

俺はなおも反対したが、結局最後には押し切られてしまった。

もしかしたら「キリトがいるなら大丈夫」とでも考えていたのかもしれない。そんなものは、ただの慢心だと知らずに…。

 

そして、攻略は順調だった。

 

「言ったろー!俺たちなら余裕だって!」

 

先頭を歩くシーフが少し大きな声でそんなことを叫ぶ。そう、もともとここら辺の層は彼らのレベルでも攻略は可能だった。

しかし、俺は彼らにこの層を勧めなかった。それは、この層があまりにも危険だったからだ。

モンスターではない。PKなどでもない。

 

「お!隠し扉発見!」

「「「おお〜。」」」

 

シーフの声にサチたちが感嘆の声を上げる。彼らは足早に部屋へと入る。俺は、そこで違和感を覚えた。

 

「ここって…」

 

俺は脳内の記憶からこの層のマップを導き出す。隠し扉の位置に関してはアルゴから事前に買っていた。

アルゴの隠し扉情報は、トラップなら赤い枠で囲ってある。

しかも、俺はそこまで離れていなければ大体のマップは暗記している。

 

だが、四層下ということで俺の思考は長くなってしまった。

 

俺は今の位置をウィンドウを開いて確認する。どうやらかなり奥まで来たようだ。そして、記憶を巻き戻す。確か、ここにあった隠し扉の色は…赤で囲まれていた。

 

その考えに至った直後、俺は叫んだ。

 

「ダメだ!開けるな!」

 

しかし、時すでに遅し。

シーフが一気に宝箱を開けた。

そして、鳴り響く警報音。

 

「クソッ‼︎」

 

俺は毒づきながら背中の剣の柄に手をかけて引き抜く。

壁だと思っていた場所から扉が現れそこから無数のモンスターが湧き出す。

 

「全員、転移結晶を使え‼︎」

 

その数を見た直後に俺は叫んだ。味方のシーフがすぐに転移結晶を取り出す。

 

「転移!」

 

普通ならここでシステムが感知して転移が行われる。しかし…転移は実行されなかった。

 

「結晶…無効化空間…⁉︎」

 

俺は敵を切り倒しながらそんな言葉をつぶやいた。

馬鹿な。そんなことが…

 

 

 

…そこから先は、地獄だった。

 

 

「うわっ!」

 

シーフが攻撃をファンブルして倒れ込む。

 

「まずい!」

 

俺はそちらの方に走り出す。しかし、間に合わなかった。

シーフはモンスターの集中攻撃を受けて、その命を散らした。

 

「あっ…!」

 

俺の口から情けない声が漏れた。今、1人の命が失われた。つい数分前まで笑っていた奴が、死んだ。

 

「…!」

 

俺は視線をモンスターに向けて、走り出す。全力の斬撃。そして、今まで封印していた高位ソードスキルも開放する。

 

「うわあああ!」

 

そうこうしているうちに、さらにもう1人命を落とした。

 

「…!」

 

俺はさらに焦る。俺は懸命に剣を振るったが敵の数は全く減らない。

その後も1人減り、残りは俺とサチだけになった。俺のHPはまだ余裕はあったがサチはレッドゾーンに突入していた。

 

「くっ…!」

 

目の前の敵を切り倒し、手をサチへと伸ばす。彼女を守りやすく近くに移動させるために。

 

「サチ!」

 

俺の伸ばした手を、サチは懸命につかもうとする。

 

「キリト!」

 

俺と彼女の間は、あまりにも離れすぎていた。だから、手も届かず…だから、彼女を守れなかった。

彼女の背中をモンスターの鉤爪が抉った。

 

「…‼︎」

 

その瞬間、全てが止まった。

 

俺の思考は白く染まる。

彼女のHPは減少し…最終的に、0となった。

俺は手を伸ばす。まだ…まだ回復すれば間に合う。

そんなことを考えながら手を伸ばす。

しかし…俺の手は、彼女にすら触れることができなかった。

 

サチは、微笑みながら俺に何かをつぶやくと…その体を、無数のポリゴンへと変えた。

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

その後、俺はケイタの待っているギルドホームに帰り、すべてを話した。

俺以外全員死んだこと。そして、俺が元ベータテスターだったことも。彼は絶望に目を剥き、俺に罵倒を浴びせた。

 

「ビーターのお前が…僕たちに関わる資格なんて、無かったんだ‼︎」

 

そう言うと、彼は外周区からその身を宙に躍らせた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「…」

 

俺は過去を思い出しながら歯ぎしりをする。

 

俺が、ベータテスターであることを教えていれば。

俺が、攻略組であることを言っていれば。

そもそも、ギルドになんて入らなければ…!

 

「…!」

 

俺は力任せに足元の雪を踏んづける。雪はへっこみ、俺の足跡を作り出す。

…だが、しばらくするとすぐに元に戻る。

 

俺はゆっくりと天を仰いだ。

 

だが、もうちょっとだ。もう少しで行われるクリスマスイベントで、彼女の声が聞こえるかもしれない。

彼女の最後の言葉。

慰めでも、100通りの呪詛でもいい。

ただ、それを聞かなければ、俺は進めない気がした。

…前にも、後ろにも。

 

「サチ…」

 

もう一度つぶやいたその声は、深い森と、暗い夜空に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 




人に頼られたら心地いい気持ちは分かる。


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第19話 無情なる現実と、サチの思い

俺は肺から溜まっていた空気を吐き出す。
その空気は仮想の気温に触れて白い蒸気となって可視化する。

俺が今座っているのは、三十五層の主街区にある小さな2人用ベンチ。少し前までは俺が座っていればもう1人横に座っていた人物がいた。
髪を短く揃えた、内気な女の子が。

「…」

俺はギュッと唇を噛む。これが現実なら出血していた可能性があるほど強く。
彼女は、彼女達は…今年のクリスマスを迎えることができなかった。
自己満足のために軽い気持ちで仲間となった俺のせいで…。

そんなことを考えていると俺が持たれかけていた背もたれに少しだけ振動が伝わる。
誰かが(もた)れかかる気配。
俺はその姿を見ずともそれが誰か分かった。

「…どうだった?」

俺の質問の内容を予想していたのか、凭れかかってきたプレイヤーは少し苦笑してから俺の質問に返答する。

「どうだったも何も…キー坊の予想通りだったヨ。お前が教えてくれたあの場所…モミの木下、午前零時に奴は必ず現れる。」
「そうか。」

俺は内心安堵のため息をつきながらちらりと後ろを見る。そこには腕を組んでベンチの背もたれに凭れかかっているフードを被ったプレイヤーの姿があった。

彼女の名はアルゴ。《鼠》の異名を持つ情報屋。何故鼠なのかというと、諸説あるが一番有力なのは両頬についている3本のペイントだろう。一見すればヒゲが生えているように見える。まるで鼠のように。

「…本当にソロでやる気カ?」
「…ああ。」

彼女の質問に俺は小さな声で返した。

この三十五層には所々に杉の木が生えており、そこをクリアしていくことで迷宮区への道が開けるというものだった。
その途中、俺はかなり変な形をしたモミの木を発見した。
俺の現実の家にモミの木があるのですぐに分かった。
かなり珍しいものだったので何かのクエストのキーになるのではと考えていたのだが、俺の予想に反して通常クエストでは何も起こらなかった。

しかし、今なら分かる。あのモミの木はこの日のために用意されていたのだ。
今日…12月24日(正確には明日の12月25日だが)のクリスマスイベントのために。

こうして、数々の攻略組プレイヤーが探していたイベントボスの出現場所であるモミの木をいち早く見つけていた俺はこのことを誰にも言わなかった。
もちろん最初は言ったほうがいいと思った。三十五層と言っても相手はイベントボス。単騎で勝てるほどヤワな相手ではない。しかし、ある噂が俺の口を止めた。

その噂とは…《背教者ニコラスの持つプレゼント袋には、数々の報奨品、そして命をも蘇らす神器が入っている。》…そういうものだった。

「クラインの奴でも誘ったらいいものヲ。あいつなら頼めば譲ってくれるだろうニ…。」
「ああ、そうだな…」

あいつなら快く譲ってくれる。俺だってそう思っている。だが…

「これは…俺が1人でやらなくちゃいけないことなんだ。」
「そうカ…」

アルゴはそういうと背もたれに預けていた体重を放す。

「おい、報酬は…」
「ツケといてやるヨ。…ちゃんと、いつか払えヨ。」

俺が振り返った時には、アルゴの姿は闇に消えていた。


俺はクリスマスということでお祭り騒ぎの主街区を出て、一直線に圏外である森の中へと向かう。

圏内を出るとすぐにスギの木々が並び、とても美しい光景を作り出している。

だが、俺は眺めずにただ黙々と足を進める。

 

俺の装備はいつもとは違う。

何が違うかというと剣がいつも使っている準レア武器ではなくとっておきのレア武器に変えた。

いつもより重さが違うので少し歩きにくいがすぐに慣れるだろう。

 

俺は主街区のお祭り騒ぎが聞こえなくなって体感温度が少し下がっても、積もっている雪を踏みながら歩き続ける。

 

 

 

いつまで、そうしていただろうか。

気づけばかなり深いところまで来ていた。

 

…そこで、俺は気づいた。

 

誰かが、俺をつけていることに。

 

俺は足を止めるとゆっくりと後ろを向く。

目の前にはモミの木に続くゲートがあるが、それの三歩手前で止まる。

 

俺が後ろを向くと俺がさっき使ったゲートからプレイヤーが姿を現す。その数、10程度だろうか。

そして、先頭の真ん中にいるプレイヤーには見覚えがあった。

逆立った赤色の髪を悪趣味なバンダナで止めている武将ヅラのプレイヤー。

俺の数少ない友人、クラインだった。

 

「…つけてたのか。」

 

俺の質問にクラインは無表情で答える。

 

「まぁな。追跡の達人がいるもんでな。」

 

俺はそこまで聞くと体をまた後ろに向ける。今は午後11時50分。もう少しで時間だ。もはや数秒の時間が惜しい。

 

「キリト!」

 

クラインの声に俺は足を止めた。見るとクラインは仲間と俺に近づいてきている。

 

「…なんだ?」

「イベントボスにソロで戦うなんていう真似はよせ!俺たちとパーティーを組むんだ。そんでドロップしたもんはそのドロップした奴のもの!それでいいじゃねえか。なんなら噂の蘇生アイテムがあったなら喜んで譲ってやる。それでいいじゃねえか。」

 

俺はその言葉に動じることなくクラインを冷ややかな目で見つめる。確かに、クラインの言葉に反対する理由は普通はないだろう。

しかし…

 

「…それじゃあダメなんだよ。これは、俺がやらないと…」

 

俺は無意識に手を剣の柄まで移動させていた。

 

ーー斬るかーー

 

その動作を見てクラインは悲しげに顔を歪める。

 

…だがそこで、新たな闖入者がこの区間に飛び込んできた。

全員が重装備を見に纏い、軽装らしい軽装は見受けられないパーティー…というか部隊だった。

 

あの鎧には見覚えがある。最近頭角を現してきた《聖竜連合》とかいうギルドだったか。

確か、前身は《ドラゴンナイツ・ブリケード》だったはずだ。

 

…全員が武器を抜いてるのを見てどうやらここで戦るつもりらしい。

 

「クラインさん、まずいっすよ。奴らレアアイテムのためなら一時的オレンジも気にかけない奴らっす。」

 

聖竜でもなんでもねえな。俺がそんなことを考えていると、クラインが腰に吊ってあった鞘からレア武器のカタナを抜き出す。

 

「クソッ!こん畜生が‼︎」

 

見つめていた俺にクラインが声をかける。

 

「行け、キリト!お前がボスを倒してこい!けど…けどなあ、死ぬんじゃねえぞキリト‼︎」

 

俺は友人の言葉に何も返さず、ゲートへと足を踏み入れた。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

俺がモミの木に到達した時点で時刻は11時57分となっていた。

 

「残り3分…」

 

俺は小さな声でそんなことをつぶやいた。

そこで、予想外の現象が起きる。

俺が入ってきたゲートから、プレイヤーが入ってくると聞こえる効果音が鳴ったのだ。驚きながら後ろを見る。

 

そこには、本当に予想外のプレイヤーが立っていた。

1人は俺と同じ黒い装備に身を包み、髪も目の色も黒。違いと言えばコートにフードが付いていることだけ。

もう1人は四十三層のMVPボーナスで出た装備、赤色の浴衣で身を包み、その上から寒さ対策のためか地味な色のコートを羽織っている。

 

「…カズマ…シュンヤ…」

 

このアインクラッドの中で最も長く行動を共にしている2人の名前を呼ぶ。俺は2人を少し睨みながら問いを口にした。

 

「どうやってきた。ここはお前たちは知らないはずだろ。」

「クラインと同じ方法だよ。兄貴を追跡しただけさ。」

 

カズマが少し苦笑しながらそんなことを口にする。

つまり、聖竜連合が入ってきたときもあの場にいたということになる。しかし、2人の姿は見えなかった。なら、何処に…

 

「木の上だよ。」

「え?」

 

カズマの言葉に俺は言葉を失う。

 

「だから、木の上だよ。俺は隠蔽を使ってたけどシュンヤは持ち前の敏捷生かして木の上に登ってたんだ。木の上って索敵に反応しないんだよ。」

 

相変わらず無鉄砲極まりない2人だった。見つかってしまう可能性を持ちながらも俺とクラインの追跡を続けたのだから。

 

「何しに来た」

 

俺の言葉にカズマは肩をすくめながら答える。

 

「俺達だって手伝いに来る気は無かったさ。ただ、アルゴに頼まれてクラインに泣きつかれたんだ。断るなんてことできるわけねえだろ?」

 

そういうとカズマは腰からナイフとピックを一本ずつ取り出す。

 

「選択肢は二つだ。俺たちと一緒に戦ってボスを倒すか、断って麻痺毒を受けてこのまま主街区に強制転移か。もちろん、蘇生アイテムは譲ってやる。」

「…!」

 

カズマはそんなとんでもないことを言い出し、俺は息を詰まらせた。つまり、クリアか撤退か選べと言っているのだ。

 

だが、キリトにはそれを呑む事は出来ない。何故なら、これは彼の中で、彼が1人でやらなければならない事だから。

この件について何も関係ない2人を巻き込むのは気が引けたし、何よりそうしないとキリト自身が納得できないのだ。

 

何も答えられず立ち尽くすキリト。…だがやがて、カズマはため息を1つつくと、両手を下ろした。

 

「ま、答えられねえわな。」

 

カズマはそう言ってピックとナイフを腰に戻すと、首を左右に振った。

 

「カズマ…?」

「やめだ。せっとく失敗。残念」

 

カズマはそう言うと、わざとらしくまたため息をつく。

 

「いや、クラインさん達から頼まれたじゃないか!キリトさんを助けてやれって…」

「説得してくれとは言われたが助けてやれとは言われてない。そもそも、俺は兄貴をこの件で助ける気はサラサラないぞ。」

「なんで…」

 

分からないと言わんばかりに呟くシュンヤに、カズマは「簡単な事だよ」と言う。

 

 

「俺は人の決意に水を差すほど性格悪くねえし、兄貴の努力を水泡にするほどの度胸もない。それだけ。」

「兄貴なりの償いを、俺達が邪魔していいもんじゃない。」

 

 

そう言い切るカズマにシュンヤは何も言い返せない。

 

カズマが言い放った言葉に、キリトは返さず、ゆっくりとモミの木に振り返った。

ほんの僅かな感謝を、その背中に宿して。

 

そこで鈴の音がなった。クリスマスでよく聞く、耳慣れた鈴の音。

俺はモミの木の上、大きく存在する月(らしきもの)に目を向けた。そこの前を見慣れたシルエットが通り過ぎる。そう、人間誰もが一度は憧れるサンタさんの姿だった。

 

サンタはモミの木の上にトナカイを停めると、その巨体を宙に躍らせた。

着地の瞬間、とてつもない量の風と轟音が押し寄せる。

 

そのボスの名は、《背教者ニコラス》。全くサンタとは思えない体躯をしているそいつは、大声で奇声をあげた。

 

「うるせえよ。」

 

キリトは背中の剣を抜剣すると、ニコラスに向かって飛びかかった。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「グオオオオ…」

 

ニコラスはそんな声を上げると、大量のポリゴンとなって消滅した。

 

「ハア、ハア、ハア…」

 

俺は荒い息を続ける。

 

…長い戦いだった。

ポーションがまだ余っているとはいえ、何度も死を予感した。

それほど、きつい戦いだった。

 

「…流石、ですね。」

「まさか、マジで倒すとはなぁ…」

「本当に危なくなったら助けに行く気だったくせに。」

「…うるせ。」

 

そこで、俺の前にアイテムゲットのウィンドウが出現する。俺はすぐにアイテム欄を開く。

 

「サチ…サチ…。」

 

俺はつぶやきながらアイテム欄をスライドしていく。そして、それはあった。俺のアイテム欄の、一番下に。アイテム名を読むことももどかしく、俺はそれを可視化させて説明書を読む。

 

 

《このアイテムは蘇生用アイテムです。死んでしまった相手の名前をこれを掲げながら呼べば自然と蘇生、治癒を行います。一個につき、1人のみです。注,このアイテムは対象プレイヤーが死んでから10秒以内しか機能しません》

 

 

俺の思考が止まる。10秒以内。それが、現実で脳が焼かれるまでの時間。

彼女は10秒の間に何を思ったのだろうか。後悔だろうか、自責だろうか。それとも…俺への、憎悪だろうか。

 

「ああ…あ…あああ…」

 

俺は全身を大きくを振るわせる。

 

「ああ…アァアアア‼︎」

 

手に握られた石を地面に叩きつける。

その石は雪で受け止められてボフッという音を出す。

 

「アア…アァアアア‼︎」

 

俺は踏んだ。もはや使い物にならなくなった石を。

ただただ力任せに。

 

無駄だった。何もかも。

愚かだった。何もかも。

 

死者が蘇るはずがないのに。

 

「兄貴…」

「キリトさん…」

 

2人が、俺を呼ぶ声だけはかすかに聞こえた。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

あの後、俺はクラインに蘇生アイテムを渡すとすぐに宿屋へと戻っていった。

クラインは聖竜連合の1人とデュエルをやり、勝利することでその場を収めたんだそうな。

しかし、今やそんなことはどうでもよかった。

 

「これから…どうしようか…」

 

俺は宿部屋の椅子に体重を預けながらそう呟いた。

考えとしてはこれから迷宮区に潜り、フロアボスと戦うことだ。

そこで運よく生き延びてしまってもすぐに次の層に行く。

そこでまた生き延びてもすぐに次の層へ…。

 

蘇生アイテムを渡した時、クラインは泣きそうな顔で俺の服の裾をつかんで叫んだ。「たとえ世界中の奴らが死んでも、お前は生きろ」と。

 

…馬鹿馬鹿しい。

 

俺には、もう生きる理由がないのだ。

唯一すがりついていたものからも振り落とされてしまった。

これから、何を理由に生きればいいのだ…

 

ピロリン♪

 

そこで俺のウィンドウにアイテムメールが届いたことを知らせる着信音が鳴った。差出人は…

 

「サチ…?」

 

差出人にはそう書かれていた。

俺は不思議に思いながらも、指先で開くと書かれたボタンを押す。

そこで立方体の記録結晶が落ちてくるので、再生をタップ。

 

すると結晶は自動で浮き上がり、音声を流し始めた。そこから流れてきたのは、懐かしい彼女の声。

 

『メリークリスマス、キリト。』

「サチ…」

 

久しぶりに聴くその声に俺は声を震わせた。

 

『君がこれを聞いているってことは、たぶん私は死んでると思います。死んでなかったら、これを取り出して直接言おうと思ってたからです。あっ、でも私忘れっぽいから忘れちゃってるかもね。』

 

あははという可愛らしい笑い声が聞こえる。

いつの間にか俺は、その声に聞き入っていた。

 

『えっとね、私実はキリトがすごく強いこと知ってるんです。キリトが自分のステータスいじってるの寝てるふりして後ろから覗いてたから。…盗み見しちゃって、ごめんね?』

 

これのことについて俺はかなり驚いた。まさか、俺のことがバレていたなど夢にも思わなかった。

 

『話は変わるけど、私には仲のいい友達がいたんだ。私みたいに内気で、気が強くなくて仲間に本心を言えない子。その子ね、死んじゃったの。圏外に1人でいた時に運悪くモンスターに襲われちゃって。』

 

それは別に珍しいことではなかった。非戦闘員の不慮の死というのはよくあるのだ。

 

『だからね、私ずっと怯えてた。ああ、私もいつかあの子みたいに死んじゃうんだろうなって。だって、私みたいなやつがそんなに長く生きられるはずがないもん。』

 

どうやら、サチはかなり前から悩んでいたようだ。

…それこそ、俺に会うずっと前から。

 

『だから、君が私に「死なない」って言ってくれた時はすごく嬉しかったし、君が強いってわかった時はさらに嬉しかった。だって、君みたいに頼りになる人が近くにいるんだもん。嬉しくて当然でしょ?』

 

その言葉に俺の胸は貫かれ、鋭い痛みが走る。

違う、俺は…君たちを…

 

『キリトのことだから私や、もしかしたらみんなが死んだらそのことを自分のせいだと思ってしまうかもしれません。だから、言わせてもらうね。私が死んだのはギルドのせいでも勿論君のせいでもない。これは、私のせいだったんだよ。私が弱かったのが悪いの。だから、そんなに自分を責めないで?』

 

ーーその言葉に、俺の胸に温かいものが広がる。

まるで、心に刺さった氷の杭が溶かされていくような…

 

『えっとね…つまり私の言いたいことは、君にはずっと生きてて欲しいってことです。きっと、この世界には私みたいに怯えている子達がいっぱいいると思います。そんな子達を、私の時みたいに励ましてあげてください。それが、私の願いです。』

 

生きてて欲しい。

音声の彼女はそういった。

俺の目から、想いが雫となって溢れ出す。

 

『あれ?時間結構余っちゃった…これ結構撮れるんだね。それじゃあ、クリスマスってことで歌を歌います。覚えてる?《赤鼻のトナカイ》。私って意外と歌うまくて、これは特に得意だったんだ。聴いてください。』

 

サチはスゥハァと一呼吸置いてから歌い始めた。

 

 

『真っ赤なお鼻の、トナカイさんは〜♪いっつもみんなの〜笑い者〜♪でもその年の、クリスマスの日〜♪サンタのおじさんは〜言いました〜♪「暗い夜道は〜ピカピカの〜、お前の鼻が〜役に立つのさ〜」♪真っ赤なお鼻の、トナカイさんは〜♪今宵こそはと、喜びました〜♪

 

君は、私の前をいつも歩いて輝いてる星みたいな存在だったんだ。それじゃあ、元気でね。

今までありがとう、さようなら。』

 

 

そこで、サチからのメッセージは終わった。

 

「サチ…サチ…!」

 

俺は口から彼女の名前を絞り出す。それと同時に涙の量が明らかに増えていた。

 

「…うっ…ぐっ…ううっ…」

 

俺の小さな嗚咽が、少し広めの宿屋全体に響き渡った。

向こう側では街灯が、積もった雪と降っている雪を控えめに照らしていた。

 

 




おお〜ん!(涙)ええ話や…!ヒックヒック…。

《しばらくお待ちください》

…はーっ!よし!それじゃあ、どうだったかな?ちょっとカズマ君とシュンヤ君がいらないって思った子も多かったんじゃない?許してあげて。彼らも主人公だから。
…さて!次回からはカズマ君とユウキの因縁というかなんというかに入ろうと思ってます!変なやつが1話挟むかも知んないけどそこは目を瞑ろう!
ようやく過去のカズマ君とユウキに何があったのか明らかになる…かもしれない!多分なるな!次回じゃねえけど( ^ω^ )
ま、そんなわけで楽しみにしつつ感想書いて評価入れてね♡バーイ☆


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第20話 過去

これまで、カズマとユウキ、そしてランの《現在》を話してきた。

しかし、ユウキは過去にあった事件の過度なストレスによって幼馴染…カズマの記憶を失い、カズマに至っては他の元ベータテスター達とビギナー達の関係を守るために、プレイヤー達が密かに抱えている元ベータテスターへの恨みを兄であるキリトと、同じ元ベータテスターだったシュンヤとともに自分達だけを卑劣な《ビーター》とし、その恨みを自分達だけに向けるようにした。
ランはユウキがカズマの記憶を取り戻せるように頑張っているようだ。

こうして、茨の道を進むようになった3人だが、まだ分かってないことがある。

…そう、3人の《過去》だ。

ランがカズマに助けられたと感謝している理由、ユウキがカズマとの記憶を失ってしまった理由。そして、カズマが自分を責めて、後悔し続けた理由をこれと次で解明していこう。


話はおよそ10年前に遡る。

3歳、つまり幼稚園の時にカズマとユウキ、ランは出会った。

いや、実際はそれ以前…1、2歳の時にあってはいるのだが他人を認識出来るほど脳が発達していなかった。

だからこの歳になったわけだ。

 

「か〜じゅ〜ま〜!」

「うわっ!」

 

出会い頭にカズマに抱きつくという行為は幼稚園までほとんど癖のようなものだった。

 

「いてて…」

「えへへ〜おはよ、かじゅま。」

 

頭を押さえているカズマにユウキは満面の笑みを浮かべる。

 

「ゆうき、マットの上じゃなかったらあぶなかったぞ?そのだきつくくせやめろよな。あとおれのなまえはかじゅまじゃなくてかずまだから。」

 

カズマはそんなことをいうがユウキはなおも抱きついたまま嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

「どっちでもいいじゃん、そんなの。」

「…とりあえずどいてくれ。」

 

後から来たランに引き剥がされるまでのかなかったそうだ。

 

 

小学校入学。誰もが期待で胸を踊らせるこの時期。

3人も同じく胸を踊らせていた。

 

「楽しみだな〜学校。」

「フフフ、ユウキったら昨日からそればかりね。」

「ま、それだけ楽しみなんだろ。」

 

ここは埼玉県川越にある小さな公園で入学式を終えた直後だった。ユウキは公園の中心でくるくると回り、カズマとランはそれを滑り台の上で見ていた。

 

「和真さん、木綿季のことよろしくお願いしますね。」

「?どういうことだよ。」

 

カズマの質問にランは微笑みながら答える。

 

「あの子楽しみとか口では言ってますけどかなり不安を感じてるんですよ。友達ができないんじゃないかって。」

「ふ〜ん。」

「ですから悄げちゃった時は勇気付けてあげてくださいね。」

 

そんなことをいうランを見ながら、カズマは苦笑する。

 

「大丈夫だよ。あいつなら友達の100人ぐらい簡単に作れるさ。」

「それは…期待しすぎじゃないですかね。」

「どうかな…」

 

カズマは右手に持ったコーラの缶を口元で傾ける。

 

「ま、期待のしすぎだとしてもあいつが友達のいない奴になることはないさ。俺ならまだしも、な。」

 

その言葉にランはクスクスと笑う。

 

「和真さん、今でも友達少ないですもんね」

 

カズマは少しだけ顔をしかめると唇を少しだけ尖らせた。

 

「い、良いんだよ。別に俺は友達がいなくても生きていけるし。」

「あれ?じゃあ私たちとも友達やめますか?」

 

悪戯っぽくそう言うランにカズマは少しだけバツの悪そうな顔をする。

 

「あ…いや…お前らにいなくなられたら…ちょっと、いやかなり困るんだが…」

 

そんな言葉を並べるカズマをランはクスクスと笑う。

 

「冗談ですよ。少なくとも私たちの方から友達をやめるなんてことは言わないので安心してください。」

 

ランの言葉にカズマは少しだけ安堵の顔を見せる。

 

「そりゃ良かった。お前らと友達やめたら本当に俺友達ゼロだからな。」

「もうちょっと友達作りましょうよ。」

「やだよ、面倒くさい。作るとしてもあと二、三人だな。」

「え〜。」

「作りすぎたらお前らと遊ぶ時間がなくなっちまうだろ。俺はお前らと遊んだりしてるのが一番楽しいんだから。」

 

その言葉にランは少しだけキョトンとしていたがすぐに微笑んで視線をユウキに戻す。

 

「そうですね…私達もあなたとこうして話している方が楽しいんです。」

「それなら良かったよ」

 

カズマがそういった直後、中心から声をかけられる。

 

「和真〜、姉ちゃ〜ん。そろそろ帰ろ〜!」

「分かった〜!」

 

カズマは大声で返すと滑り台から降りてユウキの方に向かって歩き出す。ユウキの横に行くとカズマの腕にしがみつく。これも癖になりつつあるのでカズマはもう慣れていた。

 

「姉ちゃんとなんの話ししてたの?」

「ま、今後のことについてだな。」

「え〜、何それ。」

「子供のお前にはまだわかんねえよ。」

「ちょっと、子供扱いしないでよ!ボクもう6歳だよ!」

「子供じゃねえか。」

 

カズマが笑いながらそう言うとユウキはすぐに反論する。

 

「和真も同い年のくせに!」

「知識が違うんだよ。18+15は?」

「え…と…」

「33。まだまだだな。」

「ムキー!」

 

ユウキはカズマの腕から離れてカズマの肩を叩き始める。

 

「バカバカバカバカ〜!」

「お前が言うな」

 

カズマはそう言うと家に向かって歩き始めた。

 

 

 

「お、おい。引っ張んなって。」

「フフフー。照れなくていいよ♪いくら美人のボクとツーショットだからって。」

「…お前、それ自分で言うのか?」

 

この日は1月1日、つまり元日だった。

 

「ほらほら、もっとくっついて。」

「いや、もうくっつけないだろ。無茶言うな。」

「フフフ。なんならキスしてあげようか?」

「何言ってんだお前。女の子がそう易々とキスをするもんじゃありません。」

 

今日は元日ということで初撮りなるものをしようということで紺野家に誘われた。カズマが犠牲となり、紺野一家とカズマの写真という明らかに結婚式ぐらいでしか撮らなさそうなものまで撮らされた。

そして今、ユウキとカズマのツーショットなのだが…

 

「フフフ♪和真あったかい。」

「頬をスリスリするな!猫かお前は!」

 

カズマは助けを求めるようにカメラを構えて笑っているユウキとランの両親、寿明と恵を見る。

 

「おじさん、おばさん!助けてくださいよ!」

「あら良いのよ、もっと続けて。なんだか新婚さんを見てるみたいで朗らかな気持ちになるわ。ねえ、お父さん?」

「ああ、まったくだ。和真君、娘を頼んだぞ。」

「こんな状況で任せられてもね⁉︎」

 

カズマは必死に抵抗しながらそう叫ぶ。そこで、寿明がカメラを構える。

 

「そろそろ撮るぞー。はい、ポーズ決めてー。」

「和真。ここはキスを…」

「しません」

 

カズマは呟くとそっぽを向き、ユウキは満面の笑みでカズマの腕を引きながらピースを作る。

 

「ハイチーズ!」

 

カシャリッという音とともにシャッターが切られる。このとき撮った写真が、未来のカズマのスマホのロック画面となる。

 

 

 

「ふぅ…」

 

カズマは家の風呂に浸かりながら、ユウキ達のことを考えていた。普段は無心ではいるものだが、原因は今日のユウキ達の発言だった。

 

『ボクと姉ちゃんはね…エイズになる可能性が高いんだ。』

 

少し悲しげな笑みを浮かべながらユウキはそんなことを口にした。

 

エイズ。またの名を後天性免疫不全症。

HIVにより感染する感染症の一つ。

ネットで出てきた情報はこれくらいだった。

カズマももう三年生が終わり、進級して四年生になろうとしている。実は今日は三学期の終業式だった。

 

正直そんなことを言われた時はかなり驚いたが今は気持ちの中で整理ができている。

 

「俺が、あいつらのためにできること…」

 

カズマはネットでさらなる情報を手に入れていた。

《エイズの治療薬はまだ完成されていない。》

エイズというのは厄介な病気らしく、発症したら今の医学では治せないのだという。ユウキ達のHIVは薬物耐性型じゃなかったことから薬の服用で発症は免れてきたらしいが、いつかかってもおかしくない状態らしい。

 

「…」

 

カズマは、そこである考えを思いついた。これならいけると、そう思った。しかし、数多の天才達が作ろうとしても作れなかったものだ。しかし…

 

「天才は99パーセントの努力と1パーセントの頭脳とか誰かが言ってたよな。」

 

多少違う気がするが、そんなことはどうでも良かった。カズマは浴槽で立ち上がると右手を握りしめる。

 

「俺が作ってやる…エイズの治療薬。」

 

医者になる…カズマの夢は、ここで決まった。

 

 

 

しかし、4月の終わり。そこで、事件は起きた。

 

「…」

新学年として始まってからすでに10日が経過していた。

結局入学当初から増えた友達の数はまさかの1。

予想していたことではあるが自分でもすごいと思う。

 

「おい、桐ヶ谷。」

 

本を読んでいるカズマの前にシュッとしたイケメンが現れる。彼はカズマの机に両手をつくと思いっきりカズマを見下す。

 

彼の名は加藤 晶馬。PTA会長の息子で学級委員というクラスのリーダー格だ。

 

彼とカズマは本当に仲が悪かった。

別にカズマはそこまで敵対視してたわけじゃない。

というか正直、眼中にもなかった。

ただ、いかんせん加藤の方がカズマを嫌っていたのだ。

リーダーという立場のものからすると、自分の下につかずいつもマイペースで動いている奴は邪魔な存在だったのだ。

 

しかも何かで勝とうにも彼にはカズマを超える能力はほとんどと言っていいほどなかった。

運動もカズマが上。

勉強もカズマが上。

 

一度親の仕事の件で挑発したが、軽く受け流された。

 

となったら彼としてはあと唯一勝っているもの。

交友関係でいびるしかなかった。

学年の大半は彼の支配下にあるから、四年生になって話したことがあるのは紺野姉妹ともう1人の友達だけになる。

 

「…」

「無視してんじゃねえよ」

 

カズマは少しため息をつくと面倒くさそうに返した。

 

「何か用か、成り金。」

「な…!」

 

加藤は大きく顔を歪める。しかしすぐに笑みへと変える。しかし、そこに余裕はなかった。

 

「相変わらずの減らず口だな。2年前とちっとも変わってねえ。」

「お褒めに預かり光栄だな。…なんか用か?」

 

カズマは小説を一ページめくる。

 

「まあ良い。良い加減俺の下についたらどうだ?そっちの方が楽だぜ?」

 

カズマはさらに一ページめくる。

 

「なんだ、俺の友達の少なさを気にしてくれてたのか?でも気にするな。大して支障は出てないから。」

「強がりはよせよ。お前、本当は羨ましいと思ってんだろ?俺みたいなやつのこと。」

「全然。」

 

カズマの返答に加藤の唇の端がヒクヒクと動く。

 

「どこが羨ましいってんだ?お前の《友達》はただの毛糸で繋がってるくらいの絆の深さだろ。俺と俺の友人との絆に比べたら天と地の差があるな。鉄ワイヤーとちぎれかけの毛糸だな。」

 

さらに一ページめくる。

 

「なあ…《塵も積もれば山となる》って言葉知ってるか?」

「なるほど《質より量》ってことか。でも所詮塵は塵だろ?風が吹くだけですぐに飛ぶんだから意味ないな。」

 

カズマはもう一ページめくろうとするがその直前で襟首を掴まれる。本がトサリッという音を立てて落ちる。

 

「てめえ、調子乗んなよ…!」

 

その声は明らかに殺意をはらんでいたがカズマは冷たい視線を送りながら、その腕を掴み返す。

 

「おいおい、ダメだろ。学級委員がクラスメイトをいじめたら。それともそんなに俺の言ってたことがピンポイントだったのか?」

 

カズマが思いっきり力を込める。なんのスポーツもしてない奴が剣道をしているカズマの握力に耐えられるはずもなくすぐに手を離す。

 

「てめえ…!」

 

カズマは落ちていた本を拾って、ついていた埃をはたく。

 

「何か言い返せることがあるなら言ってみな。お前が誰かにいじめられてても助ける奴なんているはずないから。」

「…お前はどうなんだよ。」

「あ?」

 

カズマが少しだけ目を向けて聞き返すと加藤は声をあげた。

 

「お前にはいるのかって聞いてんだ!」

「いる可能性は低いな。2人は女子だし1人はヘタレだし。けどまあ、俺の友人に何かした奴は殺すけどな。」

 

その言葉を聞くと加藤はドアへと向かい、出て行く前にカズマを睨んで一言。

 

「…覚えてろ。」

「…木綿季達に何かしたら、本当に殺すからな。」

 

カズマの言葉に加藤は何も言わず出て行った。

 

「ふぅ…」

 

カズマは一息ついて席に座る。そこで横から声をかけられる。

 

「くくく、なかなかカッコよかったぜ。和真君。」

「茶化すなよ。」

 

カズマはその声に笑いながら返す。

彼の名は冬木 淳。カズマの唯一の男友達。

 

「そうかそうか。俺と和真の絆はそこまで深まってたか。鉄ワイヤー…悪くないな。」

 

頷いている冬木にカズマは笑いながら返す。

 

「別にお前だと言った記憶はねえぞ。」

「あれ⁉︎」

 

冬木は少し目を見開く。

 

「おかしいなあ、俺と和真は友達のはず。そろそろ漫画を貸してくれる約束だって…」

「してません。」

 

カズマはページをめくりながら呟く。

 

「お前また無くしたのか。」

「…親が勝手に捨てちゃうんだもんよ」

「お前が片付けてないだけだろ」

「………なあ和真。」

「貸さないって言ってんだろ」

「…ちえっ。」

 

唇を尖らせる冬木を見てカズマはもう一度笑った。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「くそっ、くそっ…」

 

加藤は家に帰ってから、ずっと部屋の中で引きこもっていた。

 

邪魔だ、邪魔だ。とにかく邪魔だ。

 

加藤から見ればカズマや冬木はただの邪魔なやつでしかなかった。保育園の頃から人の上に立つことで生きてきた加藤にとって従わない人間がいることは屈辱でしかなかった。しかも2人、いや4人も。

 

「何かないか…なにか…」

 

加藤は勉強に使う集中力も全てあの4人を自分の下に置く為だけに費やしていた。

 

「…そうだ。」

 

そこである考えを思いついた。

彼は部屋を出て廊下を通り、両親の部屋へと入りデスクを漁る。そこで見つけたのは…生徒のプロフィール。

彼はそれをめくっていき、ある2人のところで止める。

 

「…これだ。」

 

彼の唇はつり上がって、彼は確信した。確実な勝利を。

あの4人が這いつくばってこうべを垂れる様を幻視した。

 

「はは…ははは…ハハハハハ‼︎」

 

彼は狂ったかのように哄笑した。彼の声は、少し暗くなった空へと吸い込まれていった。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

『ねえ和真。神様って信じる?』

 

画面に映っているユウキから発せられた言葉にカズマはピタリと文字を書いていた手を止める。今は夜寝る前恒例のテレビ電話の途中で、カズマは電話をしながら勉強をしていた。

 

「は?いきなりどうしたんだよ。」

 

カズマはシャーペンを置くと、テレビに映ったユウキとランの顔を見る。

 

『こら、木綿季。和真さんになに聞いてるの。すいません、私とこの子今日はお母さんと教会に行ってきたものですから…』

 

すかさずランがユウキの発言について説明する。

 

「教会…あっ、そういやお前らの母さんキリスト教徒だったな。」

 

カズマは一度、お祈りの現場まで同行したことがあった。十字架が、とても大きく見えたことを覚えている。

 

「それで、神様がいるか俺が信じてるかだったよな。」

『うん、和真の意見を聞かせて欲しいな。母さんは『イエス様』って呼んでるけどいまいちよくわからなくて。』

「そうだな、まずはイエス様のことについて説明するか」

『お願い!』

 

目を輝かせるユウキを見て、カズマは少しだけ笑いながら天井を見上げて話し始める。

 

「イエス様っていうのは、宗教を創った人…つまりイエス・キリストのことだな。一回死んだのに生き返った、ていう現実ならありえないようなことをしたって言われてる。」

『『へえ〜』』

 

なぜかランまで感心したかのように声をあげた。

 

「キリスト教は主にヨーロッパで信仰されてるってのは聞いたことあるな。今知ってるのはそんぐらいか。あと俺が神様を信じてるかどうかについてだけど…」

『ゴクリ…』

 

ユウキはゆっくりと唾を飲む。そして、カズマは笑いながら答えた。

 

「正直どっちつかずだな。」

『…どっちつかず?』

 

ユウキが首をかしげる。ランも少し不思議そうにしていた。

 

「ああ。別に俺は神様がいると思ってるわけじゃないよ。だっている確証なんてどこにもないんだから。けど、いないっていう確証もない。なら、いるいないを判断するのはその人自身だし、信仰するかどうかもその人の自由だ。だから俺はいないとも思ってるし、いるとも思ってるってこと。」

 

『ふーん…難しいこと言うね』

「ははは、まあ後々自分の考えを見つけ出せばいいんじゃないか?」

『えー、何年後になるか分かんないよー。』

 

その言葉にカズマは優しく微笑む。

 

「それでいいんじゃないか?この世にある意見の中で《間違い》なんて存在しないし《正解》も存在しない。その人の出した意見が、その人の真実なんだからさ。ゆっくり考えりゃいいんだよ。」

『和真さん…難しいこと言いますね』

「難しくなんてないさ。俺は事実を言ったまでだよ。お前らももうちょい面倒くさい奴と接したらわかるかもな。」

 

カズマの言葉にユウキはゆっくりと頷く。

 

『そうだね…頑張ってみるよ。』

「ああ、おやすみ二人共。」

『おやすみなさい、和真さん…』

『おやすみ、和真。…大好き。』

 

カズマはノートへと向けていた視線をもう一度タブレットの方に向けた。頬を赤く染めたユウキがにっこりと恥ずかしそうに微笑んでいた。

カズマは数秒の間のあと、優しい笑みを浮かべて言葉を発した。

 

「ああ、俺も大好きだよ。木綿季。」

 

カズマの言葉にユウキは満足そうに微笑むと手を伸ばしてテレビ電話を切った。

静かになった部屋でカズマは独り言をつぶやいた。

 

「大好き、か…初めて使ったな、そんな言葉。」

 

カズマはそう言うと、目を閉じてゆっくりと深い眠りに落ちていった。

 

 

 




ラブラブだねー♡ちょっと俺も書きながらドキドキしちゃったよー。良いよねー新婚って。一、二年目が一番盛り上がる時期だよね。

ちなみにユウキとランの両親は生きてます。あとユウキとランは元々埼玉に住んでたってことになってますんで。
後付けとして加藤君のお父さんはPTA会長と大きな会社の社長してます。
さて、次回はかなりやばい内容となります。なぜユウキは記憶を失ってしまったのか。その理由がわかる話となるはずです。お楽しみに!
感想と評価、書いてね‼︎


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第21話 後悔と絶望

「世界の美しさとは、何だろうか。」
この質問に答えられるものは数多くいるだろう。
しかし同時に、次のような質問に答えられるものも数多くいる。
「世界の中の醜さとは、何だろうか。」
この二つの質問は矛盾している。美しいものがあるなら美しいものだけが存在するべきなのだ。
しかし、こればかりはどんな権力者でも変えることは不可能に等しい。なぜなら、これは世界の《理》なのだから。
地球誕生の頃からあるものをたかだか数十年生きた人間が変えられるはずもない。
しかし、それでも…人は祈った。美しいだけの世界が生まれることを。醜さなどは、消えてしまうことを。それが、不可能と分かっていながら。
それは、《彼》も同じだった。


〜〜♪〜♪〜〜♪〜

 

聞き慣れたメロディーが俺の鼓膜と脳細胞を刺激する。少し古い歌だが俺のお気に入りのアニソン。

 

俺は腕に顔を埋めたまま、手探りでスマホを掴んでアラームを消す。正直このまま寝ていたかったが今日は平日なので義務教育の小学校に登校しなければならない。

 

「…だりぃ。」

 

俺は顔を少しだけ上げてスマホの画面を開く。

新着メッセージの知らせ。俺は画面をタップしてメールを開く。差出人は、木綿季だった。

 

『ごめんね〜( ̄▽ ̄)今日委員会の仕事があるからボクと姉ちゃん一緒に登校できないんだ(´・_・`)というわけで今日は1人で行ってね♪浮気しちゃ駄目ダゾ☆』

 

…なんつーもん送ってきやがる。

 

俺はホームボタンを押して元の画面に戻す。

淳に登校できるかどうか聞いてみたがどうやらあいつも委員会の仕事があるようだ。

 

「…」

 

俺は少し不思議に感じた。3人は違う委員会に所属している。木綿季は体育委員会、藍子は保健委員会、淳は清掃委員会となっている。

三つの委員会が同じ日に仕事があるなんて普通あり得るだろうか?

 

「…なんでだ?」

 

俺の不安を具現化したかのように、空の雲から水滴が落ち始めた。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

いつもの時間に家を出た俺は傘をさして通学路を歩き始める。紺色の折りたたみ傘に無数の水滴がぶつかってくる。

 

俺の家と学校はそこまで遠くないので10〜15分ほどあれば十分だ。しかし、今日は放課後に剣道があるので竹刀を背負っている。多少だが、足が重い。

 

「なんでこんな時に雨なんか降るかな…」

 

俺は首にかけてあるタオルで濡れた顔を拭く。雨の日は傘をさしていると言っても、少しは濡れてしまうので俺はタオルをいつも持って行っていた。ちなみに、色々と抜けている木綿季や藍子たちの分も。

 

「…」

 

俺はそこで、昨日の木綿季の言葉を思い出す。

 

『…大好き。』

 

恥ずかしそうに微笑みながら、彼女はそう言った。あの言葉と顔を思い出すと、胸が締め付けられる。この思いは、なんなのだろうか。

 

これが世に言う《恋》いう奴なのかはよくわからない。しかし、俺が木綿季や藍子、淳のことを好いているのは確かだ。今は、その事実だけでいいと思う。

 

「…やっぱ、人間って難しいな。」

 

俺は苦笑しながら、そう呟いた。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

俺は昇降口で、傘についていた水滴を落とすとゆっくりと折りたたんでいく。もう4月30日だが、雨が降っているせいかかなり肌寒い。

 

「半袖にはまだ早かったか。」

 

俺は傘を専用の袋の中に入れながら、少しだけ鼻を啜る。

俺は自分の靴箱を見て、違和感を覚える。

 

「あれ?」

 

木綿季と藍子の、下靴がない。俺は周囲を見渡す。そこで、廊下に散乱していた2人の靴を見つけた。

 

「たくっ…だらしないな。」

 

俺は靴を拾って同じ名前の書かれている靴を揃えて靴箱の中に入れる。俺は自分の上履きを取って、下靴と履き替える。

 

廊下を通る。階段を上がる。そこで、何やら奇妙なことに気づく。同級生達の俺を見る目が、少しだけ違う。いつもは目も向けてこないような奴らが俺を見た途端に離れていくのだ。

 

どうやら避けられているようだ。

 

なんでまた、と俺は思うがそんなことはもう慣れっこだ。特に気にすることはない。

 

「ふあぁ…」

 

俺が少しだけ、欠伸をした…直後。俺を呼ぶ声がした。

 

「桐ヶ谷くん!」

 

その声に少しだけ視線を向ける。そこにいたのはある女生徒だった。確か、木綿季や藍子と仲良くしていたと記憶している。

 

「…どうした?そんなに慌てて。」

 

彼女は走ってきたのか、息が上がり、肩で息をしている。彼女は俺に近づくと俺の服の裾を掴む。

 

「…木綿季ちゃんが…木綿季ちゃん達が…!」

 

俺はその今にも泣きそうな顔を見ると、手を振りほどいて一気に加速する。俺の教室は、4階。この階の二つ上。

あいつの今の顔で、かなり深刻なものだということがわかった。嘘だという可能性もあるが、木綿季達とあの子とで一緒に遊んだこともあるのでそういうことをする奴ではないことは分かっていた。

 

「きゃっ!」

 

俺は前に出てきた女生徒をスレスレで避ける。歩いている男女を追い抜く。

俺は、4階に到着する。急ブレーキをかけた俺の目にとまったのは…数人の男子生徒に囲まれた藍子だった。

 

「この菌野郎が!」

「汚いんだよ!」

「学校来てんじゃねえよ、このバイ菌が!」

 

口々に罵りながら藍子の体を蹴っている。藍子の目は涙で滲んでいた。

 

「おい、何やってんだお前ら‼︎」

 

俺は怒号をあげると廊下を歩き始める。

 

「和真さん!」

 

藍子が濡れた目を開けて俺のことを見る。

 

「ん?細菌仲間の桐ヶ谷じゃねえか!」

「バイ菌は駆除しねえとな!」

 

そう言いながら5人のうちの1人が俺に襲いかかる。俺はそいつの右腕を掴んで足を引っ掛ける。

 

「ぐえっ!」

 

そいつは倒れこみ、俺は腹を思い切り踏みつけた。

 

「かっ…は…!」

 

みぞおちに入ったのか、苦しそうにうずくまる。

 

「てめえ!」

「やっちまえ!」

 

残りの4人が俺に同時に襲いかかる。俺は袋の紐をほどいて…竹刀を取り出した。

 

「…!」

 

無言の気合い。俺の握った武器は相手の土手っ腹に直撃する。鈍い手応え。

 

「グアッ…!」

「ぐっ…!」

 

俺はうずくまる生徒を横目で見送りながら藍子に駆け寄る。

 

「藍子!」

 

俺はランドセルからタオルを取り出して大きい傷口を縛ってやる。

 

「か…和真さん…。」

「藍子、大丈夫か⁉︎」

「す、すいません…助けられちゃって。」

「礼はどうでもいい。木綿季は?木綿季達はどこだ⁉︎」

 

俺の質問に藍子は傷口を押さえながら途切れ途切れに答える。

 

「木綿季は…教室に…。和真さん…早く、早く…!」

 

その言葉に俺は竹刀をしまってから廊下を走った。10メートルを1秒で走り抜ける。

 

バァン‼︎

 

とてつもない音を立てて扉を引き開ける。

 

「…!」

 

俺の目に、再び同じ光景が入り込んできた。しかし、今度は女生徒まで混じっている。

そこで、中心にいた人物…加藤が俺の顔を見てムカつく笑みを見せた。

 

「やあ、遅い到着だな。桐ヶ谷。」

「…加藤、なんのつもりだ。」

 

俺は冷ややかな目を向けて加藤に質問する。

 

「なんのつもりも何も、ただの掃除だよ。」

「…掃除?」

 

俺の言葉に加藤は鼻で笑う。

 

「とぼけんなよ。こいつらがHIV感染者だってことはわかってるんだ。」

「…」

 

俺は加藤に視線を外し、座り込んでいる木綿季に目を向ける。木綿季はの状態、藍子をさらに超えていた。傷が付いており、服もビショビショに濡れている。

 

「どうした?幼馴染が気になるのか?」

「お前、どこで知ったんだ。」

「ん?学校入学に必要な紙だよ。」

 

加藤は右手に持っている紙切れを俺に見せつける。親が自分の子供のプロフィールを書く紙だった。

そこにはもちろん持病も書かなければならない。

 

「母さんと父さんの部屋を調べたら普通に見つかったぜ。PTA会長ってのはこんなのも持ってるんだな。」

 

俺は紙をひらひら振る加藤になおも視線を送り続ける。

 

「元はと言えば…俺に従わなかったお前らが悪いんだぜ?折角俺が優しく勧誘してやったのに。」

「へえ、要はお友達ごっこがうまくいかなかったのを俺たちのせいにして八つ当たりしてるってことか。」

 

俺は鼻で笑う。

 

「くだらねえ理由だな、おい。所詮体は四年生でも頭の中身は幼稚園児レベルだな。」

「黙れ‼︎」

 

加藤が叫んだことで周りでニヤニヤ笑ってた奴らも表情をこわばらせる。加藤はしばらく息を荒げていたが、すぐにムカつく笑みを浮かべる。

 

「これは、必要なことなんだよ。俺にとってな。」

 

加藤はポケットに手を突っ込んで何かを取り出す。それは…大ぶりなサバイバルナイフだった。

 

「…は?」

 

俺はあまりの光景に少し間抜けな声を出してしまう。

 

「お前のせいで、強制になったんだ。後悔しろ。」

 

加藤は木綿季に向かってナイフを振り上げる。

 

「おい、やめろ!」

「は、はは…」

 

俺の声に加藤は何も答えない。もはや俺の声は届いてない。加藤は思い切り仰け反る。そこで、俺は地を蹴った。ランドセルを下ろす。手には竹刀の入った袋。

 

「ははははは!」

 

加藤はナイフを振り下ろす。

ズシュッ‼︎何かを切り裂くような音が俺の耳に届く。それと同時に左肩へ電撃が走ったかのような衝撃が走る。

 

「グオッ…!」

 

俺は獣めいた悲鳴をあげながらよろめく。痛みのせいで意識が朦朧とする。刃は肩口まで抜けていて俺の前の床に血が落ちる。

 

「かず…ま…?」

 

木綿季は可憐な顔を俺の顔に向ける。ほおには涙の筋が光っている。俺は少し微笑んでから、肩に刺さっているナイフを引き抜いた。

 

「ば…バカな…」

 

俺は退いていく加藤に視線を移す。その目が完全な恐怖に染まる。

 

「あ、あり得ない…本当に他人のために、自分の身を犠牲にするなんて。」

 

俺は握っていたナイフを床に放り投げ、左手と違い動く右手で竹刀を取り出す。

 

「お、おい。いくらなんでもやり過ぎじゃねえか?」

「まさか…本当に刺すなんて…」

 

そんな言葉を周りの奴らは口々に呟く。どうやら本当に刺すとは思ってなかったらしい。

俺は竹刀をぶら下げながら、一歩進んで足のすくんでいる加藤の前に立つ。

 

「お、おい…お前ら、助けろ!友達だろ⁉︎」

 

その言葉に全員がそっぽを向く。

 

「なんだよ…なんで目をそらすんだよ…仲良くしてやってただろ!」

「…くだらねぇ。」

俺は冷ややかな目で加藤を見下しながら呟く。

 

「な、なんだと?」

「お前は所詮、友達のことをボディーガードかなんかかと思ってんだろ。そんなんだからお前とあいつらの絆はいつまでたっても毛糸レベルなんだよ。…だって友達《ごっこ》だもんな。そりゃそうか。」

 

俺の言葉に加藤は顔を歪めてポケットに手をいれて、彫刻刀を取り出す。

 

「黙れえええええ!」

 

俺は5本の彫刻刀を避けられないと判断し、気合で持ち上げた左腕でガードする。鮮烈な痛みが走るが、なんとか耐える。俺は右手に持った竹刀のつかを力一杯握る。

 

「ひっ!」

 

加藤の目がさらに恐怖に染まる。

 

「失せろ。」

 

俺は右手の竹刀を奴のほおに叩き込んだ。ゴキリッという鈍い感触と音。加藤は壁に突っ込み、気を失う。

俺は竹刀を落とす。力が入らない。

 

『血…出しすぎたか…』

 

そのまま後ろによろけて、倒れこむ。柔らかい感触が俺の体を包む。

 

「木綿季…」

 

俺は愛する幼なじみの名前を呼ぶ。その目は潤んで、口からは俺を呼ぶ声が聞こえる。

 

「和真、和真…!」

 

俺は微笑む。木綿季の髪を撫で…

 

 

そこで、俺の意識は途切れた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

この一件の後、俺は一週間ほど入院し加藤は頬骨を折る重傷となった。あちらの親が口論に来たが、大した問題はなかったようだ。

 

木綿季は…あの後入院し他にもかかわらず俺と顔をあわせることはなかった。藍子と淳は見舞いに来てくれたが、木綿季は病室から出られないのだという。

 

そして、俺の退院時藍子とおじさん、おばさんは言った。

 

「和真さん、私たちは引っ越すことになりました。けど、これは和真さんのせいじゃないんです。あなたは、責任を感じなくていいんです。」

「そうよ、和真君。あなたは恩人だわ。藍子と木綿季を守ってくれた。」

「ああ、君には感謝しても仕切れない。本当にありがとう。」

 

俺は木綿季にあいたいと言ったが、ゆっくりとかぶりを振られた。

 

「すまない、それはできないんだ。」

「な、なんで…」

 

俺の質問に木綿季と藍子の父はこう答えた。

 

「本当に、すまない。」

 

 

 

俺は自分の家に帰った後、ベットにうずくまり泣き叫んだ。自分の弱さを呪った。好きな幼馴染達すら守れない弱さを。死にたいとすら願った。

外では俺を憐れむかのような音を立てて雨粒が地面に落ちていた

 




ほろり(´・_・`)なんということだ。自分で書いといてなんだけど酷い話だ…。加藤許すまじ!
…次回からアインクラッド編に戻ります多分またカズマ&ユウキの話だね。よろしくね!
評価と感想よろしく!


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第22話 まさかの出来事

( ̄▽ ̄)⇨(´・_・`)⇨Σ(゚д゚lll)


鳥のさえずりが俺の鼓膜を通って脳に伝わる。それと共に金管楽器の優しい音色が頭の中を流れていく。毎晩セットしている起床アラームだ。

 

「…」

 

俺は薄く目を開ける。

その視界は、薄く滲んでいた。目を手の甲で拭ってから、ようやく自分の目から涙が流れていることに気づく。

 

夢を見ていた。

楽しかった、あの頃の日々を。

俺自身の弱さを悔やんだ、あの日のことを。

 

「…」

 

涙は少しの間だけ手の甲に溜まっていたが、すぐに小さなポリゴンとなって消滅する。

 

もうこの世界にとらわれて一年以上の月日が経過していた。アインクラッドもすでに半分近くが攻略され、解放への希望がプレイヤーの間でも現れ始めていた。

ちなみに、現在の月日は12月31日。もう新年まで残り24時間を切っている。

 

「よっと…」

 

俺はベッドから降りて、丸テーブルの脇を通り過ぎて窓のカーテンを開ける。

今まで遮断されていた光が一気に差し込み、少し目がくらむがそれもすぐに消える。

同じ高さの周りには色とりどりの建物が並び、下では朝の9時半にも関わらず、たくさんのプレイヤー達が行き交いとても賑わっていた。

 

ここ、第四十層主街区の中にある少し小さめの宿屋は俺の今の住処となっている。気分によって宿屋は変えていくのだがこの宿屋は中も広く、キッチンもあるのでなかなか気に入っている。

下に少しだけ視線を移すと、数人のパーティーが笑いながら転移門の方に向かっていくのが目にとまった。

 

サービス開始当初にはありえなかった《笑う》という行為。

誰もがダンジョンに向かい、数多くの人々が命を落とした最初の1ヶ月間。

 

だが、今は違う。

今はアインクラッド中に《悲しみ》だけでなく《喜び》すらも溢れている。つまり皆、慣れてきているのだ。この《アインクラッド》に。

 

「解放、か…」

 

俺はプレイヤー達を見ながらひっそりと呟いた。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「〜♪」

 

包丁を使って具材を切り、その具材を水と共に鍋に入れてレンジに投入。時間を設定してOKボタンを押す。これだけで朝飯の調理はほぼ終わった。

 

ちなみに今朝のメインはシチューなのだが、シチューが2分程度でできてしまうのはどうかと思う。普通はもっと手順があるのだが、具材を切ってそれを水と一緒に鍋に入れてレンジに投入するだけでこの世界の料理は終わってしまう。つまらないことこの上ないのだ。

 

俺が時間を持て余してアイテム欄の整理をしていると、部屋のドアがノックされる。

 

この世界では部屋の外から宿屋のドアを開けられるのはパーティーメンバーか借りた本人、または夫婦に限られる。他のものは外から開けようともしてもビクともしない。

 

「はいはい。」

 

俺はベッドから立ち上がって、ドアに駆け寄る。俺が今宿屋の場所を教えているのは、兄であるキリトと、たまに行動を共にしているシュンヤのみだ。

 

『あいつらと会う約束なんてしてたっけな。』

 

俺はドアを押し開ける。

 

「どちらさんで…」

 

しかし、その正体はキリトでもシュンヤでもなかった。

 

体を紫を基調としたTシャツとその上から寒さ対策の同色のコートを羽織り、下半身はジーパンに似たズボンで包んでいる。目と髪は同じ紫色で、髪の長さは元々のショートではなくロングに変えている。口元に浮かぶ笑みと真っ白い肌が妙に眩しい。

俺は攻略組でもトップクラスの実力を誇る少女、ユウキの顔を見ながら質問する。

 

「…なんか用かな?」

「えへへ〜、来ちゃった♪」

「そう、ご苦労様。それじゃさよなら。」

 

俺がそそくさとドアを閉めようとするとドアと壁の間に足を入れて締められないようにする。

 

「…あの、やめてもらえますかね。変な宗教のご勧誘なら結構ですので。」

「うふふ、誰もそんなこと言ってないよね。あとボクはちゃんとした宗教の信者だから。キリスト教だよ、キリスト教。」

「そうですか、それは恐れ多い。あいにくと私、神などというものはそこまで信じておりませんので。」

「いやいやいやいや、ちょっと待って。話を聞いて。ギルドメンバーにいかがわしいことを言ってたって言っちゃうよ?それでもいいのかい?」

「おい、せこいぞ。俺が他に仲良い奴いないことを知ってて言ってるのか?」

「当たり前でしょ。ほら、うちのギルメンに嫌われたくないんだったらさっさと開ける。」

 

俺は少し間を空けて渋々ドアを開ける。この世界で俺と仲良くしているのはキリト、シュンヤ、アルゴ、エギルとエギルのパーティーメンバー、クライン、アスナ、そしてスリーピング・ナイツの面々のみだ(ジュンという大剣使いには嫌われてる節があるが)。

 

なのでスリーピング・ナイツの面々に嫌われると俺の味方をしてくれる人物が減ってしまう。そういうのは日頃は困らないがいざとなったときかなり困る。

 

「それで、何の用だよ。」

「朝ごはんを頂戴しにきました!」

「うん、素直でよろしい…とでもなると思ったか?」

「少しだけ。」

 

ユウキはなぜか照れ笑いを見せる。俺は後頭部を掻きながらユウキを見る。

 

「お前なあ、そんなもんランに食わせてもらえよ。姉妹なんだろ?」

「あはは…それが…」

 

ユウキはなぜか目をそらす。

 

「?なんだよ。」

「実は、姉ちゃんも来てるんだよね。」

 

そうユウキが言うと扉の向こうからひょっこりとユウキに似た顔立ちの少女の顔が現れる。

 

「…すいません。」

「…お前まで金ないのか?」

 

俺の質問にランはこくりと頷く。

マジか。金遣いの洗いユウキはともかく几帳面なランに限ってそんなことが…

 

「何か理由があるのか?」

 

俺の質問にランは俺から目をそらす。

 

「実は…この前スリーピング・ナイツのギルドホームの移転をしたんです。」

「ほう。確かに前のはちょっと狭かったからな。良いじゃないか。」

 

ギルドホームの移動はかなり頻繁に行われる。一年くらい同じだったギルドはこいつらくらいのものだと思う。

 

「はい、それで…引っ越したのは良いんですけど…」

 

なるほど、だいたい察した。

 

「つまり、引越しに使った金のせいで今は財布の中がほぼ空ってことか。」

 

ランは申し訳なさそうにこくりと頷いた。

 

「というわけで、食べさせて!」

 

俺は両手をお椀にして出してくるユウキを見る。こいつ、反省の色が全く見えない。そもそもギルドリーダーのこいつがしっかり予算案を出せば良い話だったのだ。

それに朝飯くらいはゆっくり食いたい。俺は1番手っ取り早い方法を取ろうとする。

 

「悪いけどもう食っちまっ…」

ポーン。

 

最悪のタイミングで最悪の効果音が流れた。シチューの完成した音。その音を聞いてユウキはにっこりと満面の笑みを浮かべる。

 

「今の音って、料理ができたときの音だったよね。」

「…シチューが丁度出来上がったみたいだな。」

 

俺は大きくため息をついた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

正午過ぎ、朝飯を食べ終えた俺はある場所に来ていた。次層まで続く長い塔の中。つまり迷宮区だ。

 

現在、ヒースクリフ率いる血盟騎士団とユウキ率いるスリーピング・ナイツが二番目ほどの位置を攻略している。

風林火山やエギルたちは血盟騎士団の少し下ぐらいだろう。

なら1番上は誰かというとソロプレイヤー、攻略組の中で《トップスリー》やら《ビーター》やら言われている3人だった。

その中には俺も入っている。

 

この3人は攻略ペースがほとんど同じなので同率一位である。

そして、俺は今第五十層の迷宮区に生息するガイコツを相手にしていた。名前は無駄に長いので省くが、こいつは動きが遅い代わりにかなりの筋力パラメーターが設定されている。

 

「キシャアアアア!」

 

俺は上段切りを顔スレスレで避けて攻撃に転じる。

片手剣ソードスキル《バーチカル・スクエア》を発動。キュキュキュキュンッという音を立てて剣が高速で相手の体を切り刻む。

 

「グアッ!」

 

それだけでは満タン近くまであったHPを削ることはもちろんできない。技後膠着を強いられた俺は一歩も動けない。その姿を見てガイコツはケタケタと笑う。

 

奴はまた懲りずに上段切りを繰り出してくる。奴の剣が振り下ろされた…直後。奴の腕は何かにぶつかったかのように同じ方向に跳ね返る。

当たり前だ。俺の仕掛けた罠にはまったのだから。

 

「王手。」

 

俺はつぶやきながら通常の剣技を繰り出した。それだけで奴のHPは全損して、ポリゴンへと変化する。

 

俺はまた歩き始める。

 

それにしても朝飯を食べたあと、ユウキたちは何やら急いでギルドホームへと帰って行った。今日は元日の前の日だから当たり前なのだろうか。俺はこの世界に来てからほとんどそんなことをしたことがないのでよくわからない。

 

それにユウキの足取りがいつもより軽かったような気がしたのも気のせいだろうか。

そこで、歩いていた廊下の一部が下がる。いや、引っ込んだ。

 

「ヤベッ…!」

 

俺はこれがトラップだということを瞬時に判断した。たまにこういうトラップが存在するのだ。いつもはよく注意しているのだが、考え事をしているとそうはいかなかった。

 

前方から矢が5本飛んでくる。俺は剣を抜いて4本は斬り伏せたが、一本は逃した。その一本は俺の左胸へと吸い込まれて刺さる…はずだった。

 

 

カァンッ!!

 

「ん?」

 

 

しかし矢は左胸に刺さる直前に見えない何かに弾かれたかのごとく下に落ちた。そして、俺の胸にはある英語が書かれていた。

 

日本語に直すと…《不死属性》。

 

俺は左胸をさらに凝視する。どうやらコートではないらしい。コートは少しだが破れている。つまり、中になにかある…もとい居るというわけだ。

俺は左胸ポケットに手を突っ込んで何かを掴むかのように指と手を動かす。

 

「わっ…ちょっ…やめ…」

 

そんな声がポケットの中から聞こえるがもちろんやめない。十数秒後、俺はそれを捕まえて引っ張り上げる。

俺はそれを訝しげに見つめる。女だった。虫のようなサイズの、羽の生えた女。一言で表すと、妖精のようだった。

 

「は、はぁい♪」

 

引きつった笑みを浮かべる妖精に俺は質問をした。

 

「誰だ?お前。」

 

妖精はいつまでも、引きつった笑みを浮かべていた。

 

 




見つかっちゃった( ̄▽ ̄)なんということだ。そんなことがあって良いのか!良いんですね、これが!
さて、次回はお話が多くなります。ていうか最近バトルシーン書いてねえ。落ちてないかなあ、腕(´・_・`)
感想と評価、頼んだ。


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第23話 災厄の始まり

どうも、メルです。
和人達を助けるためにヒカリやアカネと共にSAOにMHCPとしてログインしました。それからというもの3人の胸ポケットにいつも隠れてたまにアドバイス等をしていたのですが…この度、ついに見つかってしまいました。
これからこの私が一体どのように陵辱されていくのか、とても見ものです!
…ていうか今まで見つからなかったのは逆にすごいと思います。あれ?私って天才?

「…変な前書きしてんじゃねえよ」


妖精(らしきもの)を見つけた俺はとりあえず安置部屋へと移動して話をすることにした。

「で、なんなんだよお前。…見たところモンスターじゃないな。そもそも俺は妖精なんてテイムしたことないし」

「ちょっと、何よテイムって。私をあんな下等なプログラムと一緒にしないでもらいたいわね。」

妖精は座り込んだ俺の前をふよふよと飛びながら頬を膨らませてそんなことを言ってくる。

「私はトップダウン型AIなのよ?あんな命令にだけ従うお人形さんとは違うのよ。」

「どっちでも良いけど、なんなんだよお前。俺AIなんて作ったことないし仲良くなった覚えもねえぞ。」

妖精はよくぞ聞いてくれましたとばかりに胸を反らす。

「まずは名前からね。私の名前はメル。産まれてからまだそんなに経ってないけど知識は潤沢よ。作ったのはあんたのお兄さん…和人。ああ、今はキリトっていう名前なんだっけ。」

その言葉に俺は目を見開く。

「兄貴が作ったのか?お前を?」

「正確には元となるソフトに数字を打ち込み続けただけなんだけどね。ソフトは知らない人から送られてきたとか言ってたわ」

「…ウィルスだったらどうするつもりだったんだよ。」

俺は少しだけため息をつく。

「私はAIだし、人間の作るものは大好きよ。ただ、このゲームは間違ってる。1人の欲望のために一万もの人々の命を幽閉してはいけないのよ。」

そんなことをメルは話す。その言葉だけで俺は大体の流れは理解した。

「つまりお前は、俺たちの解放を手伝うためにこの世界にやってきたと。そういうわけなんだな?」

「あら、理解が早いじゃない。褒めてあげるわ。」

そんなことを言いながら小さい手で俺の頭…というか髪を撫でてくる。妙にムカつく。

「ちなみに、第一層のボス戦の時アドバイスしてあげたの私だからね。あの時の声がなかったらあんた死んでたかもね。感謝なさい。」

「…そうなんだとしたら感謝するけど、お前もうちょっと言い方ってもんを考えろよ。」

「黙りなさい。あんたにどうこう言われる筋合いはないわ。」

こいつの性格はどうなってんだ。話はちゃんとしてくれるくせになんか反論したら逆ギレするときた。

俺は瞬時に判断した。こいつは《めんどくさい》奴だと。

「ほら、話したんだからさっさと攻略を開始しなさいよ。休んでる暇なんてあるの?」

「…お前にどうこう言われる筋合いはねえよ。」

俺はぼそりと呟いた。

 

「キャンプ?」

攻略から帰ってきた俺は、すぐに宿に帰った。その5分後にまたユウキとランが尋ねてきたのだ。今はベッドの上に座って話をしている。

「そう。新年を迎える祝いに三十層あたりでキャンプするんだよ。モンスターのわかない場所でね。」

「誰から教えてもらったんだよ、そんなとこ。」

俺の質問に今度はランが答える。

「顔馴染みのギルドの子です。新年に何かしたいんだけどないかなって相談したらキャンプを勧めてくれたんです」

「ふぅん…なら安心かな。」

俺は少しだけ顎をさする。

「それで、なんでわざわざ俺のとこに来たんだよ。」

「…」

その質問に2人はしばらく黙り込むと、アイコンタクトをしてから頷き合って、ユウキが俺の方を向く。

「ねえ、カズマ。今日のキャンプに来てみたら?」

「…」

俺はその言葉に少しだけ眉を動かすが特に大きいリアクションはしない。なぜなら予想していたからだ、こいつらの提案を。キャンプを開催するということを伝えに来るためだけにこいつらが俺の家に来る必要はない。フレンド・メッセージで事足りるからだ。

しかし、こいつらは俺の元に来た。恐らく直接頼めば受けてくるれと思ったのだろう。しかし…

「遠慮しとくよ。そんなギルドのイベントに俺みたいな部外者が厄介になるわけにはいかない。」

俺は少しだけ笑うとユウキに目を向ける。

「それにさ、お前んとこの…ジュン、だっけか?あいつ俺のこと嫌ってるんだよ。わざわざあいつを不機嫌にするようなことはしたくないんでな。」

「で、でも…ジュンに話を通せば…!」

俺はその言葉に無言でかぶりを振る。

「それだともっとダメだ。誰にも吐露しなくてもあいつの中で必ず不快感は生まれる。他のメンバーもその可能性は否定できない。楽しいイベントを、俺のためだけに嫌なイベントにしたくないんだよ。」

俺の言葉にユウキはさらに言葉を並べようとするが、ランが肩に手を置くことで遮られた。

「わかりました、カズマさん。それでは私たちはこれからキャンプ場所に向かわなければなりませんので。お土産は何かいりますか?」

「んー、なんか食料アイテムでいいよ。ランクは気にしなくていいから。」

その言葉にランはにっこりと微笑んだ。

「わかりました。それじゃあ、楽しんできますね。ほら、ユウキ行くわよ。」

「…うん。」

ユウキはふてくされているかのように頬を膨らませている。俺はその光景を見て内心ため息をつきながらもユウキの背中に声をかける。

「キャンプから帰ってきたら買い物にでも付き合ってやるからそれでチャラにしようぜ。」

その声にユウキは少しだけ驚いた顔でこちらを見ると満面の笑みを浮かべた。

「うん!」

こいつのこういう時の顔は、本当に綺麗で可愛らしいと思う。

『いつまでも、こんな日々が続くといいな…』

俺はそんなことを考えた。外では美しい日の光が辺りをオレンジ色に染め上げていた。

 

しかし、この日を境に3人の運命の歯車はさらに狂いだす。それはいい方向にか、それとも悪い方向にか…

そんなことは、まだ誰にもわからない。




ちょっといつもより短かったかな?まあ、いいか。それじゃあ、感想と評価お願いね。v(^_^v)♪


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第24話 レッドプレイヤー

「ねえ、カズマ。どこに行くのよ。こんな低層まで来て。」
「ここ四十層だから全然低層じゃない。準最前線の一つだからな。一応。」

カズマは歩きながらメルにそう呟く。カズマに見つかってからというものメルは普通に顔を出して喋っていた。

「どこに行くのよ。行くなら最前線でしょうに」
「ちょっと待ち合わせがあってな。」

その言葉にメルは何やら意味深な笑みを浮かべる。

「あら?彼女からのお誘いよりも大切な待ち合わせ?お姉さん気になっちゃうわ。」
「彼女じゃねえし、俺はお前より年上だろう。」
「知能的な問題よ、カズマ君」

その言葉にカズマは少しだけメルを呆れた目で見つめる。午後4時ということもあって、歩き人々もだんだんと多くなっていた。


「それで、あの人とはどこまでいったの?」

 

かなりの数の細い木を持ちながら、シウネーが質問する。その質問に聞かれた張本人であるユウキはぱちくりと目を瞬かせた。

 

「へ?あの人…ってどの人?それにどこまでいった、ってどういう意味?」

 

ユウキの言葉を聞くと、シウネーは顔を近づかせる。

 

「ほら、あの人よ。フードコートを着た攻略組《スリートップ》の1人のカズマさん。」

「あ、ああ…カズマね…。どこまでいった、とは?」

 

その答えに今度はランがため息をつく。

 

「ユウキ、あなた察し悪すぎよ。シウネーが言いたいのは、あなたとカズマさんの関係がどこまで進んだかってこと。」

「え、ええ‼︎」

 

ユウキは驚きのあまり手に持っていた薪を全て落とす。

 

「な、なんで…そんなことを…」

「あら?知らないの?《攻略組の中で付き合っている疑惑のある人たち》っていうアンケートをアルゴさんが取ったらしいのよ。そしたらなんと、1位はあなたとカズマさんだったわ。」

 

「ええええええ!いやいやいやいや、ありえないって!たいしたこともしてないのになんでそんな…」

 

その言葉にシウネーが少しだけ呆れたような目を向ける。

 

「ユウキ、あなたいつもカズマさんと話したり街を歩いたり、挙げ句の果てには抱きついたりしてるでしょ?それが主な原因ね。」

「うっ…!」

 

ユウキが痛いところをつかれたというふうに胸を押さえる。

 

「ぼ、ボクとカズマが…そんな…」

「あら、嫌だった?」

 

シウネーの問いにユウキはブンブンと首を振る。

 

「そ、そんなことないよ。ただ…カズマからしたら迷惑なんじゃないかって…」

「それはないんじゃない?カズマさんだって表面上では少しめんどくさがってるけどまんざらでもない感じだったし。きっといいカップルになると思うけどなあ。」

「う、うーん…」

 

そんなシウネーの言葉にユウキは顔を赤く染め、恥ずかしそうにうつむいていた。

 

「あ、それで2位がシャムちゃんとシュンヤさん。3位がアスナさんとキリトさんだったわ。」

「ええ⁉︎私もですか?」

 

今まで黙っていたシャムが大きく声を上げる。

 

「ええ、この三組は4位以下ととんでもない差があったらしいわ。」

「良いわねー。青春って感じで。ユウキ、お姉ちゃん羨ましいわ。」

「か、からかわないでよ!」

 

ユウキはダメージ直前の強さでランの肩を殴る。2人は笑い、もう2人は恥ずかしそうにうつむいている。なんてことない、楽しそうな光景。それがこの後、地獄に変わる。

彼女たちが通り過ぎた林の中から、何者かが動く音が聞こえた。

 

ーーーーーーーーーーー

 

俺は多くなってきた人混みを抜けて、一本の路地裏へと入る。現時刻は飯も食っていたので、午後6時。夕飯時で、かなり人通りも多くなってきた。

しかし、路地裏に入った俺の耳にはそんな喧騒は入ってこない。俺は路地裏を歩き続け、その先で、少し小さめの広場に出る。

その広場に設置された小さな花壇の上に、こじんまりとしたシルエットが一つ。

俺と似たフードケープをかぶり、少し見えるほおには両方に3本のペイント。どこかネズミを連想させる小柄な体型。

俺はそれに近づく。するとあちらも気づいたようで、笑っている口元をこちらに向ける。

 

「やあ、カズ坊。2分遅刻だゾ。」

 

俺はその声に手を上げながら答える。

 

「ごめんごめん、電車が遅れて。」

 

そんな俺の完璧なジョークにアルゴは大きくため息をつく。

 

「ジョークのセンスもキリ坊並みカ。さすが、兄弟ってのは怖いネー。」

「…兄貴と同レベルはかなりきついな。」

 

俺は頭をかきながらそう呟く。彼女こそが俺と待ち合わせをしていた、凄腕情報屋。

アルゴは俺を少しだけ見つめる。

 

「な、なんだよ…」

「いーヤ。なんか寂しそうな顔してるなと思ってサ。ユーちゃんと何かあったカ?」

 

ユーちゃん、とはユウキのことだ。何故かアルゴは他人のことをあだ名で呼ぶ節がある。俺は少しだけため息をつく。

 

「あったというかなかったというか。キャンプの誘いを断っただけだよ。」

「彼女からのお誘いを断るなんてバチが当たるゾ。」

「さっきも同じこと言われたような気がする。だから彼女じゃねえって。どんだけ俺をからかう気だ。」

「ホウ、この前のアンケートで1位を取った奴が何を言ウ。」

「…」

 

この前のアンケートとは攻略組の中で付き合っている疑惑のある人たち、なんていうアンケートを勝手にアルゴが行いやがったのだ。プライバシーが少しだけ侵害された。

 

「…あれ嘘入ってねえ?」

「入ってるわけないだロ。俺っちはガセネタは売らないんでナ。」

「…さいですか。」

 

そんなくだらない話をしていると、さらなる闖入者。

 

「すいません、アルゴさん。遅くなりました。」

 

古風な赤い着物に身を包んだプレイヤー。俺とももう長い付き合いとなるシュンヤだ

 

「おー、シュン坊。遅いぞ。」

「すいません、人混みに巻き込まれました。」

 

その言葉を聞いてアルゴが二ヒヒという笑みを浮かべる。

俺はその顔を見て内心ため息をつく。なんで楽しそうな顔なんだろう。

 

「まあいいヤ。役者が揃ったところで商売をしようカ。」

 

アルゴはバックパックから取り出した汎用紙を花壇の上に広げる。そこに映し出されているのは、数々の数字と少しの文字。

アルゴはまず《1〜10》と書かれた部分を指差す。

 

「まずは低層からだナ。一〜十層の被害状況は以前からは少なくなってル。あと十一〜二十層も同じ、かなり少なくなっていル。」

 

アルゴは両手でトントンと叩きながら俺たちを見つめる。

この汎用紙に書かれているのは、その層で死んだプレイヤーの数だ。しかも、ただの死亡者数ではない。PK…つまり、プレイヤーキルをされた死亡者数だ。どうやって調べているのかは知らないが、アルゴは俺たちが頼むと必ず調べてきてくれる。

 

「四十層から上はほとんどゼロだな…やっぱ高レベルプレイヤーが多いからか?」

 

俺の問いにアルゴは真剣な顔で頷く。

 

「ま、そーだろーナ。レッドたちは必ずと言っていいほど自分たちより弱いか同じ力量のやつを選んで襲ウ。だから上層には手を出さないんだロ。」

「なるほど…だとしたら問題は…」

 

シュンヤが《31〜40》の部分を押す。

 

「ここですか。」

「あア。」

 

アルゴはこくりと頷く。

 

「最近、三十層から四十層の間でのPKが異様に増えてる。案の定1番やりやすいからなんだろうガ…これはやっぱり異常だヨ。」

「約半年で100人…これは確かに異常だな。」

「対策は何か?」

 

アルゴはシュンヤの質問に首を振る。

 

「いいヤ。こればかりは対策のしようがないからナ。一人一人が注意するしか方法はないんだヨ。…けどまあ、それが難しいからお前達がいるんだけどナ。」

 

アルゴは、少しだけ笑みを浮かべる。

 

「ま、そうなるな。」

 

俺とシュンヤは、3ヶ月に一度。こうしてアルゴと集まり、レッドたちの捜索に出ていた。最近になってレッドが増えているとの通報を攻略組が受けて、俺とシュンヤが捜索員に選ばれたという次第だ。今まで捕まえたレッドの数は3桁にのぼる。

そのせいか、俺とシュンヤにはとても不愉快なふたつ名をつけられてしまった。

そのことを思い出したのか、アルゴが少し笑う。

 

「いやーしかし面白いよナ。お前ら2人のふたつナ。」

「…やめてくださいよ。気にしてるんですから。」

「いいじゃないか、かっこいいんだかラ。」

「…フォローになってないです。」

 

肩を落とすシュンヤの肩をポンポンと叩く。

アルゴはそれからこちらに向き直ると、俺にもう一枚汎用紙を渡してくる。

 

「ここがよくレッドたちが出現する場所ダ。多分ここの近くに根城を構えていると考えていイ。」

「分かった。」

 

俺は汎用紙のマップを広げる。位置は森の中で、かなり深いところに印が入っている。

 

「そこは結構景色が綺麗で、キャンプとかにも最適らしいナ。」

「へー、キャンプね…」

 

 

 

……ん?キャンプ?

 

俺は閉じようとしたマップをまた素早く開く。そこはかなり狭い木々の間にあり、西の方角には開かれた場所がある。おそらく…日の出が見える場所。そして、階層は…三十二層。

 

「…なあ、アルゴ。30層代で、キャンプができるのはここだけか?」

「ン?ああ、そうだナ。二十代に行くと増えるんだけどその代わり三十代は少なくてそこだけダ。モンスターも湧かないしナ」

 

…何故だろう。額からの汗が全然止まらない。なにか、なにか引っかかることがあるはずだ…なにか…。

 

 

『三十層あたりでキャンプするんだよ。モンスターのわかない場所でね。』

 

 

俺の頭に浮かんだのは、昼に聞いたユウキの言葉。

三十二層。モンスターが湧かない。キャンプ。そして、増えているレッドたちの事件。

そのピースが全て重なり合う。

 

俺の恐れが、ほぼ確信に変わる。

 

「…まずい…!」

 

俺はウィンドウを開いてからアルゴから貰った汎用紙に書かれている場所にマークを入れる。そして装備フィギュアに移動して、愛剣を装備する。その時間、わずか2秒。

 

「シュンヤ!今すぐここに行くぞ‼︎」

「へ?なんだよ急に…っておわ⁉︎」

 

俺はシュンヤの腕を握って、敏捷力パラメーター全開で走る。路地裏を3秒で駆け抜け、転移門まで全力のダッシュ。まるで他のプレイヤーたちが止まっているかのようだった。

 

「転移…‼︎」

 

転移門に着くや否や、三十二層の主街区の名前を叫んで転移する。一瞬の浮遊感の後、視界がクリアになると俺はもう一度ダッシュを開始する。しかし、今度は俺の肩をシュンヤに掴まれた。

 

「なんだよ、説明しろ!」

 

シュンヤの声に俺は声を張る。

 

「今日、ユウキたちがキャンプをするんだよ!…恐らくこの層で!」

「は…?キャンプ…?」

 

シュンヤは少しだけ考え込んでいたが、すぐにハッとした顔になる。

 

「そう、この層でキャンプをするってことはあの場所にしかない。…PK多発の場所しかな!」

 

俺はそれを告げるとまた走り出す。

 

「それは…やばいな!」

 

付いてきたシュンヤが声を上げる。

 

「ああ、かなりやばい!俺の幼馴染も、お前の幼馴染もな!だから、今は急ぐしかない‼︎」

 

俺はさらに速度を上げた。主街区の家々が、霞んで見えていた。

 

ーーーーーーーーーーー

 

「あっ…う…」

 

ユウキは動かない体を動かそうとする。しかし、体は言うことを聞かない。まるで不可視な何かに体の所有権を奪われているかのように。

横や後ろでは、《スリーピング・ナイツ》のメンバーである…ラン、シウネー、ジュン、テッチ、タルケン、ノリ、クロービス、メリダ、そしてシャムが倒れている。

 

ユウキは自分のHPバーを見る。そこには、麻痺を知らせるアイコン。つまり、誰かに麻痺させられたのだ。しかも、タンクであるテッチの耐毒を超えるほどの高レベルな毒を…。

 

『…いったい、誰が…』

 

そんな言葉に答えるかのように、ユウキの前から足音が聞こえる。それも、かなり多くの。

顔だけを上げてみると、そこには30人〜40人入るであろうフードの集団が立っていた。アイコンは、全員《赤》。

 

「…レッド…プレイヤー…」

 

その声に呼応するかのように、中央のプレイヤーはニヤリと口元を歪めた。




ようやくここまできましたね。俺がこの小説で本当に書きたかった話。それはこれから後の話です。面白いかどうかわかりませんが、これからもお付き合い宜しくお願いします。感想と評価、宜しく( ̄▽ ̄)


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第25話 記憶

記憶は、忘れて良いものと忘れてはならないものに分けられる。普通は忘れて良いものは忘れられ、忘れてはならないものは忘れない。しかし、忘れてはならないものも忘れて良いものとともにどこかに行ってしまうことがある。
それはどのような時か…そう、記憶を失ってしまった時だ。


転移門からかなり走ったところで俺は道を右に曲がる。

「おい、そっちじゃねーぞ!」

「知ってるよ!」

俺は曲がった地点から少し走ったところにあった建物に入る。そこにあったのは現実世界のテレビでよく見ていたものに似ていた建物があった。

俺はそこに繋がれてあった一体の首をタップ。使用するかどうか問われるので、すかさずOKボタンを押す。

俺の財布から金が引かれ、俺はそれの背中にまたがる。

「そんなの使うくらいならもうちょっと敏捷上げろよ!」

「うるせーな!俺的にはこっちのほうがいいんだよ!」

俺の合図でそれは走り始める。明らかに俺よりも速い速度で。

主街区を抜けて、圏外に出る。俺たちと一頭は、暗くなった平原を駆け抜ける。一歩一歩進むたびに仮想の草たちが引きちぎられていく。

俺の横では、シュンヤが余裕たっぷりに並走している。

「お前どんな敏捷してんだよ…」

「今はそんなことどうでもいいだろ!それより…来たぞ!」

シュンヤが抜刀すると同時にモンスターのポップ音。俺も愛剣の朱色の刀身を抜き出す。

「「邪魔だああああ!」」

俺とシュンヤの剣がコウモリの小さな体を四つに分断した。

 

「くっ…!」

ユウキは懸命に体を動かそうとする。だが、動かない。体が言うことを聞かない。

この世界での麻痺毒は、解毒ポーションを使わない限り解毒することは不可能だ。ゆえに、レッド達はよく視覚からの麻痺毒攻撃を行うのだ。

「ワーンダウーン。」

皮袋を被った小柄なプレイヤーが楽しそうに呟く。クククッという声が皮袋の奥から聞こえる。

「まさか、本当に釣れるとはな。こんな大物が。攻略組のトップギルド様達じゃないか。」

リーダー格らしき男がそう呟くと後ろを向いた。

「それもこれも、お前の計画の賜物だな。よくやった、ショウマ」

ショウマと呼ばれたフードの少年は手を胸の前で振り、少し笑いながら首を振る。

「いえ、ザザさんにもジョニーさんにも手伝ってもらいましたから…僕だけの力ではありません。」

「つっても、こいつら大したことしてねえだろ?」

「うわぁ、酷いなあヘッド。俺だってちゃんと働いてましたよぉ?」

「お前は、ソファの上で、菓子食ってた、だけだろ。」

「あっ、ザザ!それは言わないって約束だろ⁉︎」

そんなやりとりに後ろの数十人は甲高い声で笑う。ユウキ達には、それが悪魔達の笑い声に聞こえた。

「それじゃ、ショウマ。ご褒美のお時間だ。喋っていいぞ。」

「ありがとうございます、ヘッド」

ショウマは頭をさげると、ゆっくりと歩き出した。冷たい空気が辺りに宿る。彼はユウキとランの目の前で足を止めると、フードの下から彼女達を見下す。

「よお、はじめまして…いや、久しぶりと言うべきかな?」

「…あなたのような殺人鬼は…知り合いにはいませんが…?」

ランが震える声で言葉を発する。

その答えに彼はクククッという笑い声を口から漏らす。

「おいおい、残念だな。俺のこと忘れちまったのか?お前らが一番恨んでる相手だろうに。」

「私達が…一番…?」

ランは少しポカンとしていたが、すぐに顔を険しいものに変える。

「あなた…まさか…‼︎」

「ようやくお気づきか…」

彼はフードをはずして、素顔をさらした。その顔を見た途端、ランは鋭く息を飲む。瞬時に、《あの時》の憎しみの感情が再発する。

「加藤…晶馬…‼︎」

「よお、紺野姉妹。懐かしきクラスメイトとの再会に激励はないのか?」

ランは歯ぎしりをしながら、叫ぶ。

「誰が…誰があなたを激励なんて…!」

そこで、ランは気づいた。ユウキの体が、小刻みに震えていることに。

「加藤…晶馬…?クラスメイト…?ボク達が…一番…憎む…?」

そんなつぶやきがユウキの口から漏れ出ている。

「ユウキ、ダメ!何も考えないで!」

そんなランの叫びをあざ笑うかのようにショウマはユウキに顔を近づける。

「おい、紺野妹。お前、俺のこと覚えてねえのか?」

「晶馬…加藤…晶馬…?分からない…何も…何も…。」

ユウキの顔は蒼白に染まり、細かく震えている。

ショウマは大きな音で舌打ちをする。

「チッ。なんだよ、興醒めだな。」

そんなことを呟く彼にリーダー格の男が笑いかける。

「おいおいショウマ。お前、《絶剣》樣とクラスメイトだったのかよ。すげえ奇遇だな。」

「ええ、まあ。一目見ただけですぐにわかりましたよ。それこそ、第十三層で見かけたときにね。」

ショウマは細身の長剣を腰から引き抜き、ユウキの顔に突きつける。

「何度殺そうかと思ったか…数えきれないですよ。」

その行動に他のスリーピング・ナイツのメンバーは息を飲む。

「おいおい、ショウマ。俺たちの、分も、残して、おけよ。」

「心配しないでくださいよ、ザザさん。ちゃんとメイン以外はあげますから。」

「ショウマ、そりゃねえだろ。自分だけメイン一人じめなんてさぁ!」

その言葉にショウマはふふっと笑う。

「冗談ですよ。ちゃんと残してあげますから女性陣は犯すなり何なりしてあげてください。女性でヤれないのはかわいそうですからね。」

後ろの集団から「おおっ!」という声が上がる。

「ハッハッハッ!なかなか優しいじゃねえか。」

「まあ、虐めていたとはいえ元クラスメイトですからね。慈悲ぐらいはあげてやらないと。」

その言葉にユウキはさらに大きく身震いをする。

「虐められていた…?ボクが…?誰に…どこで…?」

その問いに答えるかのようにショウマは淡々と告げる。

「本当に覚えてないみたいだな。ストレスで記憶でも飛んだか?…お前達が虐められていたのは小学四年生の頃。進級したばかりだよ。持病のことで虐めを受けたんだ。」

そこで、ポツリポツリと雨が降り始める。

「そうそう、こんな雨の日だったな」

「やめて…!やめなさい、加藤‼︎」

「俺の今の名はショウマだ!その名前で呼ぶな‼︎」

気圧されたのかランの体がビクリと震える。

「え…?ボクが…学校に…?そんな…ボクは…産まれた時から…病院で…そもそも…誰が…ボク達を…?」

そんな言葉を呟くユウキにショウマは大きくため息をつく。

「ここまで来てまだ察せねえのか?脳までHIVに汚染されたのか?この細菌野郎が。」

「細菌…野郎…」

その言葉を聞いたことで、ユウキの頭が激しく痛み始める。まるで、閉じていた何かを無理やり開けているかのような音すら聞こえてくる。

「ダメ…!ユウキ…!それ以上は…!」

「てめえ!ユウキを罵倒するんじゃねえ…!」

ジュンが大声で叫ぶ。ショウマはジュンを呆れたような目で見ると、手を上に突き上げて振り下ろす。そこでジュンの体が何者かに貫かれる。

「ガッ…⁉︎」

「「ジュン!」」

近くに倒れていたノリとテッチが同時に叫ぶ。刺した男はしばらくした後、ジュンの体から剣を引き抜く。

「ぐ…!」

「部外者が首をつっこむんじゃねえよ。これは俺とこの二人のお話だ。人の話はちゃんと聞けって教わらなかったのか?」

そんな声も、ユウキには聞こえていなかった。ただただ、鮮烈な痛みが頭を襲い続ける。

「うあっ…ぐっ…!」

ユウキは懸命に頭を押さえる。しかし、それだけでは痛みは治まらない。

「…しょうがねえ、無理矢理やるか。」

ショウマは雨で増水した川に近づくと、アイテム欄から取り出したバケツに水を汲む。その水を、ランの前に運び…その水をランにかけた。

「うっ…!」

「姉ちゃん…!」

ユウキは手を伸ばそうとする。そこで、ある光景が脳の中に入り込んできた。ランが学校の廊下のような場所でびしょ濡れのまま座り込んでいる光景。そして、誰かが血を流しながら自分に覆いかぶさる光景だった。

「これ…は…」

そう呟いた、次の瞬間。ユウキの頭を先ほど以上の鮮烈な痛みが襲う。

「うっ…がああああ…‼︎」

今まで閉じていた記憶の扉が、すべて開けはなたれる。9年分のすべての記憶が、増水した川のような勢いでユウキの頭に入り込んでくる。

 

記憶を戻す方法には、いくつかやり方がある。その中で、最も効果があると言われているのが《記憶を失った時の場面を再現する》というものである。

なぜなら、その場面の中に記憶の扉を開ける《鍵》となる場合が多いからだ。ユウキの場合は、まさにそれだった。

逆に、顔や名前を聞いただけでは足りないことが多くある。

 

「ああああああああ…‼︎」

「ユウキ…ユウキ…‼︎」

ランは必死に叫び続けるが、その言葉もユウキの耳には届かない。

ユウキの頭にはあらゆるものが渦巻いていた。悲しみ、憎しみ、喜び、楽しみ…。それらの感情がユウキの五感をすべて遮断していた。

「うぅ…!」

『止まれ…止まれ…!』

ユウキは頭の中で必死に念じる。それもそうだろう。ただの14歳の女の子が、大量の記憶の奔流に耐えられるはずもない。

しかし、そんな願いなど聞いていないかのように記憶はユウキの頭に入り込んでくる。

『その細菌野郎が!』

『学校来てんじゃねえよ!』

『汚れるだろ!さわんじゃねえ!』

かつてのクラスメイト達のそんな声が頭の中と耳を走っていく。

『止まれ…お願い、止まって…!』

そんな願いも、儚く消えていく。

そして、最後に映ったのは少し長めに伸ばした黒髪を持つ同い年くらいの少年。

彼との記憶…思い出と、彼に抱いていた想いが頭の中に広がる。

『木綿季。』

少年は優しい声で、彼女の名前を呼ぶ。ユウキにとって、彼や姉と遊んでいた日々はまさに夢のようだった。

1日1日が、まるで輝いているかのような日々。たとえどれだけ悲しいときでも、彼の顔を見て、慰められ、頭を撫でられればすべてを忘れられた。その笑顔を見れば、何もかもが美しいものに見えた。毎朝、彼を見ると…自然と心の中に温かいものが広がっていった。

そして、彼はいつだって彼女の前を走っていた。前を走り、ユウキの手をとり導いてくれていた。

それは、自分達がHIVの感染者だという常人なら縁を切るようなことを聞いても彼はいつも通りに彼女達に接した。ついには、自分の夢をユウキ達を助けるためだけに決めてしまった。

何度彼に感謝しただろう。何度彼のことを想っただろう。何度…彼のことを愛しいと思っただろう。

そんな中、あの事件は起きてしまった。水をかけられ、罵声を浴びせられ、暴力を振られていたユウキを守るために、彼は自身の体を盾とした。

加藤の持っていたナイフは、彼の肩を貫き、赤い鮮血を飛ばした。

そして、ユウキの頭の中に最後の記憶が入り込む。

ナイフで肩を刺された少年が、自分の体の上に倒れこんでくる。左肩は大きな傷口によって大きく開き、左腕には五本の彫刻刀が根元まで刺さっている。

ユウキは彼の名前を必死に叫ぶ。しかし…

『木綿季…』

彼はそう呟き、彼女の髪を撫でてから目を閉じた。そこで、ユウキの頭の中には後悔と、自責の念だけが渦巻いた。その過度なストレスによって、彼女の彼との記憶は、脳の奥深いところに封印された。

 

「ようやく思い出したか?」

その言葉が発せられた方を、ユウキは倒れ込み、頭を押さえた状態で睨む。まだ、麻痺毒の効果は抜けていない。

「うぅ…ぐうぅ…」

自然と、ユウキの目から涙が溢れ出ている。雨は、少し小降りになっていた。

「ま、思い出したところで何の意味もないけどな。お前はここで殺される。その未来に変わりはない。…ああ、」

ショウマはニヤリと挑発的に笑う。

「冥土の土産には、ちょうどいいかもな。」

その言葉に、周りのレッドプレイヤー達が一斉に大声で笑う。

「ぐうう…‼︎」

ユウキは悔しさから奥歯を噛みしめる。その様子を見て、ショウマはあざ笑うかのように言葉を並べる。

「そんなに悔しいんだったら愛しの幼馴染の名前でも呼んだらどうだ?」

「…」

ユウキは彼の言う幼馴染が、記憶の中で出てきた《彼》のことであることは気づいていた。しかし、彼がカズマであるということには結びついていなかった。

そう、カズマ自らも言っていたが、今と昔では顔が全く違うのだ。記憶が戻った今の状態でカズマに会えば、ユウキもそれに雰囲気や喋り方で気づく。

しかし、ユウキの脳は死への恐怖心と急な記憶の解放によりまともに働かなくなっていた。

だから、幼馴染が今このゲームにいることは気づかなかった。今の彼女の中では《和真》と《カズマ》は別人として認識されているのだ。

「さてと、そろそろ終わらせようか。…皆さん。」

ショウマの手が振り下ろされる。

「お好きにどうぞ。」

「「「うおおおおおおお!」」」

「「「ヒャアアアア!」」」

激しい雄叫びが、静寂な夜の森の中に響き渡る。それと同時にレッドプレイヤー達は動き出した。

その光景を見て、スリーピング・ナイツの全員が死を予感した。

ほとんどのものが、恐怖に震えていた。しかし、例外が3人。

ユウキ、ラン、シャムは手を力いっぱい動かして祈るような形を作る。そして、彼女達が今もっとも信頼を置いている者の名を呼んだ。

「「「助けて…」」」

「カズマ」

「カズマさん」

「シュンヤさん」

3人の声は、闇に飲み込まれる。気がつけば、レッドプレイヤー達との距離も残りわずかとなっていた。

ーーもう無理かな…ーー

ユウキ達は、そう思いながら前を見据える。なぜ、目を開けていたのか。かっこいい理由などではない。ただ、ここで目を閉じてしまうと不可視の何かに負ける気がしたのだ。それだけには、負けたくなかった。

故に、3人はしっかりと直視した。レッドプレイヤー達と、自分たちとの間に白色の小石のようなものが投げ入れられるのを。

それらはしばらく滞空すると…バシュシュッ‼︎という音を立てて形状を艶やかな紐へと変える。広くない河川敷の間に、多数のワイヤーが張られた。

レッドプレイヤー達は、それを見て、動きを止める。

そこで、闖入者が二人。一人はユウキ達をの方へ飛び出し、もう一人はレッドプレイヤー達の方に飛び出す。レッドプレイヤー達が無意識に数歩後ろに退いた。

「シャム、皆!大丈夫か⁉︎」

近くからした声には、全員聞き覚えがあった。攻略組《スリートップ》の一人、シュンヤ。そして、相手が彼となるともう一人も自ずと決まってくる。

ユウキは、ワイヤーの向こう側にいる人物に視線を向ける。装備のすべてを黒一色にしていて、その中でコートにはフードが付いている。背中に吊った剣は、禍々しいオーラを放っているようだった。そして、今は降っていない雨に濡れ、夜風に揺れる髪もまた…黒。

彼は乗っていた黒馬から降りると、首だけを後ろに向けて、ユウキに笑いかけた。

「木綿季。」

その声、その佇まいを見てユウキは思わず嗚咽を漏らした。ようやく、気づいた。彼の正体を。彼がなぜいつも迷惑ばかりをかける自分のそばにいてくれたのかを。いつもいつも…会うたびに懐かしく思えてしまっていた理由を。

ユウキは、泣き笑いのような顔をしながら、震える声で呟いた。

「遅いよ…和真…」

そんなユウキを見て、彼は安心したかのように優しく微笑んだ。

 

 




はいきたー!超かっこいい登場の仕方!かっけー!俺もやってみてぇー‼︎
…はい!というわけでここまで来ました。やっと、やっとこさ!そして、次回もほとんど会話になるかと思われます。バトルは次次回!お楽しみに!
評価と感想、書いてね!お願いだから!


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第26話 圧倒

少年は待ち続けた。彼女と再開する、その日を。
少女は探し続けた。自分の心の中の穴を埋めてくれる存在を。
そんな二人の行動は、ようやく終わりを迎える。二人はようやく、自由になれる。


俺はユウキ達の安全を確認してから安堵のため息をつく。あの後、馬の脚が許す範囲での全速力で走り、なんとかギリギリ間に合った。途中で降っていた雨も今はもうやんでいた。

俺は振り返ると、レッドプレイヤー達の中心に位置している長身の男に声をかける。

 

「よう、Poh。久しぶり…いや、3ヶ月ぶりだな。相変わらずの趣味悪い格好で安心したぜ。」

 

俺の言葉にPohはニヤリと片頰を上げて笑う。

 

「お前こそ、相変わらずの格好良さで安心したよ。まったく…反吐が出そうなほどにな。」

「…感動しそうなほどって言ってくれないかなあ。男相手でも案外傷つくんだぜ?」

「けっ、やなこった。いちいち俺の邪魔しかしてこねえ奴に、なんで感動しなきゃならねえんだ。」

 

俺はその言葉に首を横に振って両手を「やれやれ」という風に上げる。

 

「そんなもんお前が殺しをやめりゃ済む話だろうが。三ヶ月前にこっぴどく懲らしめたのにまた湧き出て来やがって。ゴキブリかお前は。」

「それはお前もだろう?俺たちがPKするたびにしゃしゃり出て来やがって。しつこいんだよ。おら、今からそいつら殺すからそこどけ。」

 

その言葉に、俺は片方の唇を上げて返す。

 

「残念ながら、そいつはできない命令だな。一応後ろのやつらは俺の…まあ、《友人》ってことになってるからな。俺は友人は絶対に見捨てないって決めてあるからここは絶対に通さねえ。」

「そうか…まったく、本当に反吐が出そうな正義感だな。むしろ尊敬するぜ。」

「褒め言葉として受け取っておくよ…さて、それじゃあこれからどうするんだ?まだユウキ達を狙うっていうんだったら全力で相手してやるぜ?」

 

俺の飄々とした態度にしびれを切らしたのか、下っ端らしき男が怒声を上げる。

 

「てめえ…格好つけてんじゃねえぞ!状況わかってんのか!」

 

進み出ようとした男をPohが左手で制する。

 

「ヘッド…!」

「やめとけ。お前の腕じゃ縛り上げられて牢屋行きがオチだ。今は黙ってろ。」

「…はい…。」

 

男は渋々と後退していった。Pohはわざとらしく両腕を広げる。

 

「さて、イッツ・ショウタイム…と行きたいところだが、どうやって殺したもんかね。」

「あれ、あれやろうよヘッド!」

 

ずた袋をかぶった男が甲高いはしゃぎ声を上げる。

 

「《攻略組を全員でミンチゲーム》!あれスカッとするから好きなんですよ!」

「それ、この前も、やった、だろ?少しは、変えろ。」

「口挟むんじゃねえよ、ザザ!特にあんなキザ野郎なんかはそうした方が殺しがいがあるだろ!」

「…」

 

喧嘩を始めた二人を無視してPohは傍らにいた青年に声をかける。

 

「ショウマ、お前はどうよ?どれが一番いいと思う?」

「そうですね…彼はワイヤーを持っているようですから…」

 

しばらく考えたあと、ショウマと呼ぼれた青年の顔が醜く歪む。

 

「前方に重装備を置いての《攻略組を全員でミンチゲーム》がいいと思いますね。」

「おい、ショウマ!」

「しゃあ!カカカカカッ、残念だったなザザ!」

「クッ…」

 

ザザが悔しそうに口元を歪める。どうやら彼の言葉は絶対のようだ。というか…あの顔…どこかで…。

俺の思考がどこかに辿り着きそうなところでPohの甲高い声がひびきわたる。

 

「タンク隊、前に出ろ!」

 

盾を持った重装備(と言っても聖竜連合並ではないが)のプレイヤー達が前に出る。なるほど、ワイヤーの対処方法をよく分かっているようだ。

 

「そのワイヤー、確かに対人戦では足を動かす邪魔になるなど、かなりの脅威になる。しかし、それにも対処方法は幾つかある。」

 

ショウマは指を一本だけ立てて俺に突きつける。

 

「その中の一つ、《盾はワイヤーを通さないから突っ走れる》というものを組み入れた陣形だ。これでお前のリーチはなくなったな、カズマ…いや、桐ヶ谷と呼んだ方がいいかな?」

「?お前、なんで俺の本名…」

 

そこで、俺は気づいた。そのイントネーションやウザったい顔に心当たりがあったことを。そう、確かあれは小学生の時に…

 

「カズマさん…!」

 

その声を聞いて俺は視線を後ろに向ける。見るとランが苦しそうに声を発していた。まだ麻痺毒の効果が抜けてないらしい。

 

「彼は…彼の名前は…」

 

次のランの言葉によって俺の脳に衝撃が走った。

 

「彼の名前は…加藤、晶馬です!」

 

俺は耳を疑った。自分の聞いた言葉は、聞き間違いかと思いもした。だから、一度質問をする。

 

「…お前、加藤晶馬か?」

 

俺の質問にショウマは顔をしかめながら返答する。

 

「…その名前は、今ここであまり言われたくないんだがな…」

 

そう言いながら首をやれやれと横に振る。その仕草で奴が加藤であることを俺は理解する。

 

「そうか…お前が…」

 

俺の心の中である感情が湧き始める。《それ》は、時間が経つ事に、俺の頭に記憶が流れる事に溢れ出てくる。

 

「それにしても桐ヶ谷…」

「この世界で本名を呼ぶな、加藤。」

 

俺の冷ややかな声に加藤は息をつまらせる。

 

「…てめえこそ、人の本名言ってんじゃねえよ。」

 

二人の抑えきれない殺意が空中で混じり合い、スパークを散らして落ち葉を四散させる。

そして、睨み合いを先に終わらせたのは俺ではなく…加藤だったわざとらしい動作で両手をやれやれと言うふうにあげる。

 

「ま、ここでやり合いたいのはやまやまだけどな…うちのギルドの中にはお前に恨みのあるやつは腐るほどいる。まずはそいつらの相手をしてからだな。」

「ギルド…?お前ら、ギルド名があるのか?」

 

その言葉にPohがニヤリと唇の端を上げる。

 

「ああ、ギルド名は《ラフィン・コフィン》だ。以後よろしく頼むぜ。」

「ラフィン・コフィン…《笑う棺桶》ってことか。服の趣味だけじゃなくてネーミングセンスまでお釈迦になってるじゃねえか。」

 

俺の笑い混じりの言葉にPohは口角を上げて同じような声で返す。

 

「そうか?案外気に入ってるんだぜ。何しろぴったりじゃねえか。…プレイヤーどもに恐怖を植え付けるには、な。」

 

その言葉と同時に飛んできたナイフを俺は背中から抜いた剣で迎撃する。弾いたナイフが近くの木の幹に刺さる。

どうやらずた袋をかぶった男が投げてきたようだ。奴が少しだけ「チッ」と舌打ちをする。俺の心臓を狙ってきた正確さといいスピードといい、大したレベルであることは確かだ。

そして、ギルドの幹部であろう中心の四人の前には下っ端40人が陣形を組んでいる。確実に、俺のワイヤー対策。

俺は少しだけ、上を見上げる。そこには、分厚い雲が存在している。存在する光源は、木になった光る果実のみ。俺は少しだけため息をつく。

 

「ったく…面倒くさいったらありゃしねえ。」

 

俺のその言葉と同時に最前線ののタンク隊が俺めがけて突進してきた…!

 

 

「カズマ…」

 

ユウキは一人で約40人の猛攻をいなしている青年の名前をつぶやく。もちろん、いなすだけではなくナイフでの麻痺毒攻撃も行っていた。素晴らしい反応速度だが、既に浅い傷を何発かもらっているようだ。

立ち上がって幼馴染の手助けをしようと両腕と足に力を込める。しかし…

 

「ウグッ…!」

 

力を込めようとしても全く力が入らない。まだ、麻痺毒が完全には抜けていないのだ。頭は働くようになってきたが体が全く動かない。それは姉であるランも同じなようで腕は動いているが足が全く動いていない。

 

「カズマ…!」

 

ユウキはワイヤーごしに見える幼馴染に手を伸ばす。

今まで、どれだけ辛かっただろうか。数年ぶりに会えた幼馴染に自身を忘れられ、そして《会ったことのないただの友達》を演じるのは。

 

『…ボクには、耐えられないなあ…』

 

ユウキは頭の中でそんなことを考える。ユウキは、謝りたかった。今まで辛い思いばかりをさせてきたことを。ユウキは、お礼を言いたかった。こんな自分に…自分たちに、いつも笑顔で接してくれていたことを。

 

「カズ…マ…和…真…」

 

悲痛な声とともにユウキの手に一粒の雨粒が落ちる。その雨粒は黒い光沢のあるものから…白い丸の映った透明な雫へと変化する。

ユウキは反射的に左横を見る。そこにあったのは…巨大な、満月。どうやら日が沈み、更に雲が晴れることによってようやく月が姿を現したようだ。ユウキはその満月に暫く見とれていたが、すぐに見とれている場合ではないと首を振る。

ユウキは気合で麻痺を回復させようとする。しかし、そんなものではどうすることも出来ずにまた無様に地面に転がる。やはりシステムに勝つことは絶対に不可能なのだ。

ユウキは悔しそうに奥歯を噛み締めながらカズマに視線を移した。その視線が捉えた光景は…

 

「…えっ!?」

 

目を疑うようなものだった。

 

俺は月が出たと同時に口角を上げる。俺は、この時を待っていた。月が姿を現す、この時を。

 

 

「…ォォォオオオオオッ!」

 

 

俺は今鍔迫り合いをしているプレイヤーをSTR全開で吹き飛ばす。俺と奴らの間合いが一気に離れる。一呼吸ほど置いたあと、ウィンドウを開いて操作し始める。押すのはアイテム欄とフィギュアのボタン。

俺は今装備している愛剣を武装解除。アイテム欄に収納する。そしてそれと入れ替えるように一番上にあった剣をタップ。すぐにオブジェクト化され、俺の背中に先程よりもたくましい重みが背中に伝わる。

 

「なにかする気だ!一気に叩き潰せ!」

「「「オオオオオッ!」」」

 

高スピードで俺に向かってプレイヤー達が走り出し、剣を振り上げる。なるほど、これを喰らえばいくら俺とてただでは済まない。しかし…

 

「一手、遅かったな。」

 

俺の反撃は、この剣を装備した時にすでに始まっていたのだ。この剣を装備すれば、もはや時間は5分もいらない。速攻で…終わらせる。

 

「…!」

 

無音の、気合い。俺は脚に力を入れる。地面がひび割れんばかりのとてつもない力の注入。俺は足を思いっきり踏み抜く。滞空時間は、僅かに1秒。ライトエフェクトではない赤い尾を引きながら俺は飛翔する。

 

「なっ…!?」

「速っ…!」

 

ズババババババン!

 

俺が次に着地した時にはすでに半数以上のレッドプレイヤーが地に転がっていた。HPバーの横には麻痺を知らせるアイコン。

 

「うそ…だろ…!?」

「速い…」

「あいつは…STR全振りのはずじゃ…」

 

俺は口々にそんなことを呟くまだ攻撃を受けてない面々にニヤリと片頬を上げて返答する。

 

「別に全振りってわけじゃないさ。まあ、STRの方がかなり高いのは確かだけどSPDにも多少はつぎ込んでる。」

 

俺の言葉に納得しているのは、0名。それもそうか、と俺は考える。今の俺の速さは兄貴と並ぶほどのスピードを誇っていたのだから。少しつぎ込んでるだけではあそこまでのスピードにはならない。

 

「Wow…流石だな。やはり攻略組のスリートップを名乗るだけはある。」

「俺は自分では名乗ってねえぞ。」

 

Pohの言葉にそんな苦笑混じりの答えを返す。それと呼応するかのように右手の赤黒い剣がドクンと少しだけ脈を打つ。心なしか剣自体の輝きも鮮やかなものではなくどこか禍々しい雰囲気を滲み出している。

 

「その心臓のような剣、黒いフードコートに黒のズボン…今のお前は自身の二つ名を具現化したような姿だな。」

 

Pohはなんとも楽しげに口角を吊り上げる。

 

「そうだろ?…《死神》。」

 

俺は挑発めいたその言葉に一言で返す。

 

「犯罪者プレイヤー専門の、がのいてるけどな。」

 

俺の返答にPohは「クククッ」と喉を鳴らす。

 

「お前の今のスピード…その剣が原因と考えていいんだな?」

「…想像におまかせするよ。手の内を明かすのは、好きじゃないんでな。」

 

俺は方に担いでいた剣の先をPoh達幹部の方に向ける。

 

「さて、これからどうする?選択肢は三つだ。一つ、今すぐにこの場を立ち去る。二つ、最後のあがきで下っ端全員をぶつける。三つ…今すぐ全員で仲良く牢屋行き。さ、選びな。」

「おっと、お前なら俺たちを止めることなんて簡単じゃないのか?」

「状況が状況だからな。あらゆる可能性を考えてのこの三択だ。」

 

Pohはその言葉に再度挑発めいた笑みを浮かべる。

 

「ま、そうだよな。そこで倒れてるお前のガールフレンドをなるべく早くに助けないといけないからな。…いやまったく、そいつら麻痺させといてよかったぜ。」

 

そう言うとPohはくるりと後ろに振り返る。

 

「戻るぞ、お前ら。」

「…うぃっス。」

「…ああ。」

 

Pohは腰から取り出した濃紺の結晶を掲げてコマンドを呟く。高価な回廊結晶だ。何も無い空間に歪んだ入口が現れてその中に三人は入っていく。三人に続いて残りの下っ端達も体を躍らせる。

最後に残ったのは、加藤だった。殺気のこもった視線を俺に浴びせている。現実なら、充血しているところであろう。

 

「桐ヶ谷…和真…お前は、いつか殺す。」

 

普通の人々なら恐れるであろう声の低さと内容を聞いても俺は動じない。ただただ、冷静に返答した。

 

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。」

 

数秒間睨み合ったあと、加藤が回廊の中へと姿を消した。

先程までの喧騒が嘘のような、静寂。俺は少しだけため息をつくとなおも脈打っている剣を背中の鞘に押し込む。

とりあえず牢屋に繋いだ回廊結晶を使って回廊を開き、麻痺しているレッドプレイヤー達をその中に放り込む。俺のSTRなら人を持ち上げることなど容易い。

俺は作業を終えて振り向くと、数歩歩いて自分で張っていた十数本のワイヤーを腰のナイフですべて切り捨てる。どうやらほぼ全員麻痺が解けているようで立ち上がれているやつもいた。ただ、立ち上がれていない少女が一人、存在した。

俺は大切な幼馴染であるユウキに近づくとゆっくりと腰を下ろして目線を下げる。そうするとユウキは震えながら顔を上げて俺の視線と自分の視線を合わせる。

 

「カズ…マ…」

 

ユウキはゆっくりと俺に向かって手を伸ばす。その手を俺は少し控えめに指を絡ませて握る。ひんやりとした柔らかい感触が俺の肌に伝わる。

 

「カズ…マ…。ボク…ボク…」

 

そんなことを呟きながら涙を滲ませるユウキを俺は自分に引き寄せて、優しく抱きしめる。暖かい体温と胸の鼓動が俺の肌に伝わる。

 

『生きてる…生きてる…』

 

俺は安堵のため息をついた。よかった、本当に…

 

「あ、あの…カズ、マ…?」

 

戸惑いの声を漏らすユウキに俺は本心を打ち明けた。

 

「生きててくれて、ありがとうな。」

 

その言葉を聞くとユウキはビクリと体を震わせる。そして、嗚咽を漏らしながらユウキは俺を抱きしめ返す。震える手で、精一杯力強く。

そこでスタミナが切れたのか、ユウキの力はだんだんと弱くなっていき、俺の頬の横にある口から小さな寝息が聞こえる。どうやら、眠ってしまったようだ。俺は流水のような髪の毛を撫でてやりながら目を閉じて言葉を発する。

 

「おやすみ、ユウキ。」

 

寄り添う俺たちの姿を、月はいつまでも控えめに照らしていた。




はふぅ…終わった。まあ、ユウキとカズマ君の話はまだまだ終わらないけどね。あと4話ぐらいは続くかな?ん?3話か?ま、どっちでもいいや。とりあえず、次回をお楽しみに。感想と評価、お願いね。


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第27話 思い出

ラフコフとの戦闘が終わった後、カズマ達はスリーピング・ナイツのギルドホームに身を寄せていた。ユウキを部屋で寝かせるためと、カズマから様々なことを話すためである。

カズマは二階にあるユウキの部屋で、ベッドの上で寝ているユウキを見つめていた。

「…普段の様子は違っても…寝顔だけは変わらないな。」

カズマはそう言いながらユウキの頭をゆっくりと撫でる。髪の冷たさと、肌の温かさがカズマの仮想の皮膚に伝わる。そこで、扉がノックされた。

「カズマさん、準備できました。」
「ああ、今行く。」

カズマは扉越しにそう答えてから、もう一度ユウキを見る。今度は、小さい手を両手で包み込んだ。冷たい手が、じんわりと温まっていくのが感じられる。

「…よし、行くか。」

そう言うと、カズマは手を戻してから立ち上がる。扉を開けて、廊下に出る。カズマはそこでまたユウキを見る。


『ユウキ…俺は、お前の記憶が戻って…嬉しいと思っても、良いのかな…?』


カズマのそんな思考は、風によって揺れた窓の音に掻き消された。


俺は一階に降りる。そこにはすでにスリーピング・ナイツのギルドメンバーが椅子に座って残り二つが空いている状態だった。俺とランはその二つにそれぞれ座る。

 

「…良いギルドホームを買ったな。」

「え?あ、ありがとうございます。」

 

ランが頭を下げながらお礼を言う。

 

実際、良い条件のギルドホームだった。この層はあまり強くなく、経験値の多いモンスターがよくポップする、俗に言う《美味しい層》だった。しかもこの周りはアイテムの調合素材が無料で生えているという良さもある。

 

「これを調べるには大変だったろ」

「あ、いえ。私達が見つけたんじゃないです。ヒースクリフさんに相談したらここがいいんじゃないかって勧められて…」

「へー…あのおっさんが…」

 

俺はシウネーの言葉に少しだけ納得する。

ギルド《血盟騎士団》の団長を務めるヒースクリフはまるで攻略本を丸暗記したかのようにこのゲームの立地等について詳しい。おそらく知識だけならゲーム制作者の茅場と張り合えるレベルだ。

 

「カズマ、そろそろ…」

 

そこで待ちきれなくなったのかジュンが手を挙げる。

 

「おっと、悪かったな。」

 

俺は左手と右手を絡ませて机の上に置く。俺が今から話すのは…

 

「それじゃ、俺とラン、そしてユウキの関係。なんでユウキの記憶が失われたか、加藤晶馬…《ショウマ》が何者なのかを話していく。一回しか言わないから耳かっぽじってちゃんと聞けよ。」

 

俺の言葉に全員がこくりと頷く。その全員の反応に俺もこくりと頷く。

 

「…俺と二人が会ったのは、幼稚園の頃だった…。」

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

とても、短い時間のような気がした。

 

しかし、カズマは話し終えたあとウィンドウを開いて時間を確認すると40分が経っているので多少驚く。《光陰矢の如し》とはまさにこの事だと、カズマは思う。

 

スリーピング・ナイツ全員とカズマの間に静かな冷たい空気が流れる。

 

「…これが俺たちのすべてだ。ちなみに、嘘偽りはどこにも入ってない。言い逃したことも…ないとは思う」

 

カズマは確認のためアイコンタクトをランに送るが、幸いランはこくりと頷いた。

カズマは喋り続けてかわいた喉を潤すために目の前にあったグラスの酒をすべて飲み干す。口元をコートの袖で拭う。

 

「こっからは質問タイムだ。質問したいやつは挙手してくれ。」

 

その言葉の直後、ランがすぐに手をあげる。

 

「ランか。どうした?」

「あの…過去とは全く関係ないんですけど…」

 

ランは少し口ごもってから質問の内容を口にする。

 

「さっきの戦闘時、カズマさんのAGIが一気に上がりましたよね…。あれは一体…?」

 

その質問にカズマはすぐには答えなかった。

 

少しして、彼はスムーズにウィンドウを操作して、アイテムをオブジェクト化する。

それは、黒い鞘とその中に刀身を入れたあの赤黒い剣だった。

 

カズマは鞘を持ち上げるとグリップを握って一気に抜刀する。柄には少し緑色も入っているが大部分が赤で、中央には青色の宝石が埋め込まれている。

 

「その質問への答えは…《これ》としか言いようがないな。…ほれ。」

 

鞘に再度押し込まれた剣をカズマはテッチに向かって投げた。テッチは危なっかしく受け止める。

 

「お、重っ…!」

 

そのテッチの言葉にスリーピング・ナイツ全員が驚きに目を剥く。テッチはスリーピング・ナイツのタンクを務めているので、筋力は攻略組の中でも最高クラスにくい込んでいるはずだ。そんな彼が重いというなら、余程の…。

 

「…え!?」

 

剣のウィンドウを開いてプロパティを確認していたノリが驚きの声をあげる。剣の周りに全員が集まり、そのステータスを見たとき全員が再び驚愕に目を剥いた。

 

全員が驚いたのはステータスだけではなく…主にスキルの内容に驚愕した。

 

 

《夜、この武器を装備した時使用者の全ステータス1.2倍。月が出ていれば1.5倍。さらに満月だと1.8倍。》

 

 

それを読んだあと全員がカズマの方に目を向ける。

 

「…なに?これ。」

 

ノリの質問にカズマは「見ての通り」と言わんばかりの飄々とした態度で答える。

 

 

「なにって…見た通りだよ。その剣は夜になるとステータスが馬鹿高くなる。完全なチート武器の一種だからあんま使ってないけどな。」

「…こんな剣、どこで手に入れたんですか?」

「45層。区切りの層だからなのかもしれないけど遺跡系ダンジョンの中に隠し通路があってさ、その奥にいた死神系ボス倒したらドロップしたんだよ。」

 

 

その話を聞いてスリーピング・ナイツの面々はもう一度プロパティを確認する。確かに、製作者名は書かれておらずこれがドロップアイテムであることを示している。

 

「これはやっぱりユニークアイテム…になるんですかね?」

「そうじゃないか?実際俺がクリアした後アルゴに調査を頼んでるけどそれか、それに似たスキルを持った武器はドロップしてないらしい。」

「へえ、そういう事でしたか。…ありがとうございました。」

 

鞘に収めた剣をランは両手でカズマに差し出す。

 

「ん。」

 

カズマは軽々と片手で持ち上げるとアイテム欄の中に収納した。カズマは全員が席についたのを確認して話を続ける。

 

「さて、他になにか質問はあるか?」

 

次に恐る恐る手を挙げたのは…左側の列の一番手前にいたシウネーだった。

 

 

「お、シウネーどうぞ。」

「は、はい。あの…カズマさんはショウマ…でしたっけ。彼に重症を負わせることでユウキ達を守ったんですよね?」

「まあ…端的にいえばそうだな。」

 

カズマは再度注ぎ直したグラスに口をつけながら返答する。

 

「その…彼がカズマさんを恨むのは全然不思議じゃないんです。いや、まあおかしいですけど…彼はカズマさんに怪我を負わされたということで恨む理由にはなりますから。けど…」

 

シウネーは少し俯いて上目遣いにカズマを見る。

 

「彼がユウキ達を恨む理由はありませんよね?従わなかったから…っていう理由だけで殺意に発展するでしょうか…?」

「んー…」

 

カズマはしばらく頬を掻きながら口ごもっていたが、すぐに返答する。

 

「まあ、それも含まれるだろうけど…一番の要因はまた別のものだろうな。」

「…心当たりが…?」

「あるよ。もちろん。」

 

カズマは軽く答える。彼は手を後頭部で組んで椅子の背もたれに寄りかかる。椅子がギイッという音を出す。

 

「あくまで予想だけど…《裁判》についてだろうな…多分。」

「裁判…?」

 

テッチが首をかしげながらその単語を繰り返す。

 

 

「ああ、俺が小五の時に終わったから…もう3年以上前か。…俺の親とユウキの親が加藤達のことを裁判で訴えたんだよ。」

 

 

その言葉にギルドメンバーではなくランが目を見開く。

 

「え…私、聞いてないんですけど…」

「俺が言わないように頼んだんだよ。お前は言ったら絶対に裁判に顔出すだろ。そんだけの事に、お前達を巻き込みたくなかったからな。」

 

その言葉にランが「うっ…」と言いながら仰け反る。

 

「今のご時世だと感染症…ユウキ達ならHIVだった訳だが、それを理由に差別したりすると罪になるんだ。法律でそう決められてるからな。」

 

カズマは後ろにかけていた体重を前に変える。

 

「そんなわけで、俺と俺の親、ユウキの親はいじめに関与した全員を裁判所に訴えた。もちろん、加藤には俺の肩と腕の件も含めてな。」

 

カズマは嘲笑するかのように目と口を歪める。

 

「…裁判所でのあいつらとあいつらの親ときたら醜さしか感じなかったな。『あの子にそそのかされた』『あの子が一番やっていた。』『うちの子がやる筈がない』…。人間の本性を全部見てたような気がしたよ。」

 

 

カズマが見た光景は本当にひどいものだった。いじめていた時は共感しながらやっていた癖に、自分が不利な状況になると他人に擦り付けて罪から逃れようとする。彼が人間不信になりかけたほどだった。

 

 

「そんなわけで、そいつらはあることを考えた。『そうだ、これをすべて一人になすりつければいい』…ってな。」

 

ここで、全員の顔に緊張が走る。恐らく全員がこのあとの展開を察したのだろう。

 

「そう…訴えられたヤツら全員がグルになって全て加藤のせいにしたんだ。『すべて彼に命令された』。そういうことにした訳だ。」

 

カズマはかわいた喉を酒で少しだけ潤す。

 

「もちろん、加藤の両親は猛反発した。『確かにうちの息子はやった。しかし、命令はしてない』。けど…多勢に無勢だよな。多数決と同じさ。数が多い方ほど力は強くなり、逆に少ないと弱くなる…。結局数が多い方が有利なんだよ。」

「…」

 

この話を聞いてもはや口を出す者はいなくなっていた。しかし、カズマは容赦なく続ける。

 

 

「結果、あいつの家は全責任を負うことになって俺の家に慰謝料500万、ユウキ達の家に1500万を払うことになった。あいつの家は金はあったから案外楽に払えたらしい。…けど、払った後、親父さんは責任をとって会社の社長を辞任、お袋さんは数多の近所からのバッシング等で精神を病み、今はまともに動ける状態じゃないらしい。つまり…奴の家庭は、完全に崩壊した訳だ。」

「…!」

 

 

カズマの言葉に周りの空気がさらに凍りつく。

 

「話を辿っていけば確実に家庭を崩壊させた原因は俺達の元クラスメイトにある。けど…奴はそいつらのせいにしなかった。そいつらのせいにすれば自分で自分の今までの行為を否定することになるからだ。だからもっと遡って…裁判所に訴えた俺たちを恨んでるって訳だ。正直、逆恨みにも程がある。」

 

ラン、シウネー、ノリ、ジュン、タルケン、テッチ、クロービス、メリダ、シャム。全員が下に俯いて言葉を発さない。恐らく加藤に同情している奴もいるのではないだろうか。

 

「もちろん、俺にも同情の気持ちはあるさ。家庭がそんなことになって普通でいられるはずがない。…だけど…」

 

カズマは俯いている全員に訴えるように、少し大きな声で言葉を発する。

 

「俺は当然の結末じゃないかって思ってる。あいつは、ユウキとラン、おじさんとおばさん4人の人生を狂わせたんだからな。…ついでに言うと、俺のもな。…だから、同情はしても可哀想とは一切思わない。それが、あいつ自身の選んだ道なんだから。」

 

その言葉に賛成するものもいなければ、反対する者もいなかった。全員が真剣な眼差しをカズマに向けて黙り込んでいた。カズマはそんなギルドメンバー達に柔らかい微笑みを浮かべる。

 

「…長くなって、悪かったな。それじゃ、他には何かないか?」

 

その言葉に、すぐに反応する者はいなかった。しかし、しばらくすると一人のプレイヤーがゆっくりと手を挙げる。

 

「…ジュンか。何が聞きたい?」

 

カズマが微笑みながら促すとジュンも少しだけ微笑みながら質問を口にする。

 

「…あんたは、覚えてるのか?」

「…何をだ?」

「…ユウキやランとの、幼い頃の思い出を。」

 

その質問にカズマは少しだけ目を見開く。恐らく、こんな質問が来るとは思ってなかったのだろう。しかし、カズマはすぐに笑みを作ると逆に質問し返す。

 

「どうして、また…?」

 

その質問にジュンは少しだけ恥ずかしそうに頬を掻く。

 

「ちょっとした興味…かな。あとは、さっきまで暗い話してたし次は明るい話題をふろうかなって…」

 

そんな言葉にカズマは「フッ」と少しだけ笑う。

 

「なるほど、いい理由だ。…話せばちょっと長くなるけど、構わないよな?」

 

カズマの言葉に全員が力強く頷く。カズマはその様子を見て安心した。ユウキとランが、どれだけギルドメンバーに愛されているのか、確認できたから。

 

「そうだな…ユウキとランの昔の様子は…例えるとエンジンとブレーキだな。」

「エンジンとブレーキ?」

 

その言葉にカズマは懐かしそうに「ああ。」と答える。

 

「ユウキが毎回積極的に行動するけど、たまに行き過ぎることがあるから…それを止めるのがランの役目だったな。…今とあんまり変わんないか。」

 

カズマの言葉に今までの張り詰めた空気が一気に緩む。この場にいる全員の口から自然と笑みがこぼれていた。

 

「俺と二人の思い出は、よーく覚えてる。それこそ、昔よく3人で遅くまで遊んだ公園なんかは今でも鮮明に思い出せる。」

「滑り台とブランコだけの小さな公園ですね。」

 

ランの言葉にカズマはもう一度「ああ。」と頷く。

 

「他にも色んなことしたな。外で遊んだだけじゃなくて、家の中でゲームしたり、ボードゲームしたり、勉強会を開いたりした。イベント時になるとクリスマス会とかハロウィンもしたな。正月には初詣に行ったり記念写真も撮ったりした。本当に…毎日が楽しくてしょうがなかった。」

 

天井を仰ぐカズマに、ランがいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 

「記念写真の時のカズマさんの緊張した時の顔、傑作なんですよね〜。アレ見ると何度も笑っちゃうんですよ。」

 

そんなランの言葉にカズマは不敵に笑って返す。

 

「お、それなら俺も心当たりがあるぞ。…どうしよっかなー、3人で一緒に風呂入った時の写真がまだ全然家のパソコンのデータの中に残ってるんだけどな〜」

 

そんなカズマの言葉を聞いた瞬間にランの顔が真っ赤に染まる。ボフンッと湯気が出かけた。

 

「う、嘘…ですよね?」

「いーやマジマジ。それはもうモロに出てるよ。お前達の大事な部分が…」

「わー!わー!わー!わー!」

 

ランは大声で掻き消そうとするがそんなことをしても意味は無い。カズマの言葉に男性陣が少しだけ前のめりになる。

 

「も、モロにと言うと?」

 

興味津々である。カズマはそれはもう楽しそうにニヤリと笑う。

 

「それはもうくっきりと見えてるよ。ウチの風呂って換気扇回してるから湯気が溜まらないわけ。だから湯気で隠れるなんてことは絶対にない。二人の可愛らしいピンク色のち…」

「ふんぎょわあああああ!!!」

 

とうとう耐えきれなくなったランがカズマに掴みかかった。カズマはその手を自分の手で受け止める。

 

「うおっ…ちょっ…待っ…」

「みゃああああああ!!!」

 

ランの顔は涙目で真っ赤に染まっていた。恐らくこれは憤怒と羞恥の両方だなとカズマは考える。

 

「うぅぅ…ううううう…!」

「ご、ごめん!悪かった、もう言わないって!ちょっと遊びすぎたな!」

「ちょっとどころじゃないです!」

 

そこでランはようやく手を離した。しかし、まだ顔は真っ赤に染まっている。

 

「あー、びっくりした。ごめんごめん、話がそれたな。男性諸君、続きは女性陣が居なくなってからな。」

「それで!」

 

元気に答えたジュンの頭をノリがグーでコードギリギリの強さで殴る。その様子を見てまた笑みがこぼれた。

 

「なにか、他にはなかったのですか?」

 

タルケンが少し楽しそうに聞いてくる。どうやら、かなり気に入ってくれたようだ

 

「そうだな…あ、俺の家で飯をご馳走したことがあったな。」

「それは…カズマの手製か?」

 

クロービスの言葉にカズマはこくりと頷く。カズマは何度かスリーピング・ナイツの弁当を作ったことがあるし、たまにユウキがねだりに行くので料理上手なことは全員が知っていた。

 

「ああ。ランは俺のレパートリーの中ではカレーがお気に入りだったな。」

「ええ、まあ…」

 

ランはこくりと頷く。顔の赤さは引いていて、どうやら平常心に戻ったようだ。

 

「ユウキは?ユウキは何がお気に入りだったの?」

 

メリダの質問にカズマは思い出すかのように天井を仰いで、「あっ」と指を鳴らす。

 

「ユウキのお気に入りはケーキだったな。」

「…ケーキ?」

「ああ。それもフルーツを大量に使ったやつな。チョコレートケーキだとなんか違うんだって昔言ってた。」

「へー、初耳だわー。」

 

ノリが感慨深そうにそう呟く。

 

「二人の、あの幸せそうな顔を見ると…『ああ、また作ってやろう』って、そう思えた。人の笑顔ってのは、本当に大事だと思うよ。」

 

カズマが両手を組みながら発した言葉に全員が共感するかのように力強く頷いた。

 

『本当に…良いギルドだな。』

 

カズマは、微笑みながら心の底からそう思った。

 

 

 

「長くなっちまったな。用があるからそろそろ帰るわ。」

 

現在時刻は午後9時。明日はもう新年ということで既に年越しパーティーなるものが開催されているはずだ。

 

「カズマ、俺たちこれから年越しパーティーに行こうと思ってるんだけど一緒にどうかな?」

 

テッチのその提案にカズマは微笑みながらかぶりをふる。

 

「いや、悪いけど俺今そういう気分じゃないんだ。今日は行かないでおこうと思う。誘ってくれて、サンキューな。」

 

カズマはそう言うと「んじゃな」と言いながらギルドホームから離れていく。

カズマの後ろ姿が見えなくなってからスリーピング・ナイツのメンバーはギルドホームの中に入った。

カズマの方はというと…

 

 

「まったく、なんで断っちゃったのよ。せっかくいい雰囲気だったのに。」

 

 

カズマはそんなことを言ってきたメルに向かって少しだけ反論する。

 

「今はそういう気分じゃねえんだよ。察しろ、そんぐらい。」

「あらそう、残念ながら私はあくまでシステムだからよく分からないわ。」

 

そう言いながらメルはカズマのコートの胸ポケットから飛び出す。

 

「ま、私は行くつもりよ。年越しパーティー。」

「…それはいいけど…お前その姿で行く気か?かなり目立つだろ。」

「あら、MHCPを舐めてもらっちゃ困るわね。」

 

そう言ってムカつく顔で笑うと、メルは目を閉じて両手を胸の前で重ねる。そして、数秒後。メルの体から眩いほどの光が溢れ出す。カズマはあまりの眩しさに目をくらませた。

その光はすぐに消えていき、完全に消えた時にその場にいたメルは…完全なプレイヤーの姿となっていた。

そう、MHCPはいつでも自由に体のサイズを変換させることが出来る。今のメルは年齢でいうと10歳ぐらいだろうか流水のような髪が風で少しだけ揺れる。

 

「これなら、問題ないでしょ?」

「…まあ、良いだろう。けど、金はどうすんだよ。お前持ってないだろ。」

 

カズマがそういうとメルは満面の笑みを浮かべて手をずいっと伸ばしてきた。

 

「お駄賃ちょーだい♡」

「…ハア、やっぱりか。」

 

カズマはそう言いながらため息をつくと2000コルをオブジェクト化して、それを手渡す。

 

「えへへー、ありがと♪」

「無駄遣いはするなよ。」

「うん!サンキュー☆あ、この姿なら私にメッセージ送れるからね。用がある時はいつでも送ってきてね。じゃ!」

 

そう言うとメルは転移門に向かって走り出す。カズマははしゃぎながら離れていく少女の後ろ姿を見ながら、ポツリと一言。

 

「…やっぱりまだ…感性は、小学生レベルだな。」

 

そう言って苦笑を浮かべながら、カズマは雪の積もった道を歩き続けた。

 




「木綿季。」

伸ばされた彼の手を彼女は恐る恐る掴む。彼はそんな彼女の様子に少しだけ笑いながら、ゆっくりと手を引きながら歩き始める。彼の手はほっそりとしていたが、温かく、力強いものだった。

『…ああ、こんな感じだったな。』

彼女は手を引かれながらそんなことを考える。

彼は必ず彼女の前にいた。彼女の前にいて、あらゆるものから守り、彼女を導いていた。彼がいれば、彼女の見ているもの全てが美しいものになった。楽しかった思い出はもちろん、悲しかったものでさえ慰められると美しいものに変わった。彼の横に、いつまでも居たいと考えた。土に帰るまで、ずっと。

しかし、そんな彼女の願いは唐突に踏みにじられた。
いきなり、彼女の握っていた手はまるでガラスのように粉砕する。彼女は驚いて辺りを見回す。広がるのは、無限の虚無のみ。
しかし、そんな中でも動き続けるシルエットが一つ。彼女はそれが《彼》であることを確信する。服装が変わっており、背丈も先程とは違い20センチほど伸びているようだった。だが、彼女は彼であることを雰囲気で感じ取っていた。

「和真!」

彼女は愛する幼馴染の名前を呼びながら、走り続ける。自分の足が許す限界まで速度を上げて彼の後ろ姿を追いかける。
しかし、彼と彼女の差はまるで同じスピードで進んでいるかのように縮まらない。どう見ても、彼は歩いているのに。

「ハア…ハア…ハア…」

とうとう彼女の足が限界に達し、その場に倒れ込んでしまう。倒れ込んだあとは、まるでなにかに縛り付けられているかのように体が動かない。

「和…真…かず…ま…」

彼女は必死に彼の背中に手を伸ばす。何故かは分からないが意識も途切れようとしているのか目の前がチカチカと瞬く。意識を失う直前、彼女の見たものは…
微笑みながら手を振る、幼馴染の姿だった。


ーーーーーーーーーーーーー

「うわあああ!」


ユウキは布団を吹き飛ばすかのような勢いで上体を起こす。そんなユウキの目に入ったのは…見慣れた自分の部屋の内装だった。首筋がやけに湿っていると思い、手で撫でる。自分がかいた大量の汗が肌に付着していた。

「ハア…ハア…ハア…」

依然として大量の汗をかきながら荒い呼吸を繰り返す。ユウキは痛む頭を手で押さえ込みながら、少しだけ下に俯く。

「…今のは…?」

ユウキは夢の内容を思い出す。カズマのたくましい後ろ姿と最後の微笑みだけが網膜に焼き付いて離れようとしない。ユウキは下半身部分を布団から出して、ベッドの脇に移動させる。

「うっ…!」

再度頭痛がユウキの頭を襲う。ユウキは頭を手で押さえながら今日の出来事を振り返っていく。レッドプレイヤーたちに麻痺させられて、記憶が戻り、カズマに助けられたあとからの記憶が全くない。

『…多分抱きしめられたあと、すぐに気絶しちゃったのかな…』

ユウキは抱きしめられたことを思い出す。すぐに頬が赤みを帯びて、熱くなっていく。

『生きててくれて、ありがとうな。』

カズマの言葉を思い出してから、少しだけ笑みを浮かべる。彼の温度が、まだ自分の手の中に残っていた。

「…温かかったな…」

ユウキはそう呟いてからベッドから立ち上がった。



一階に降りると、ギルドメンバーはおらず姉であるランだけが本を読みながら座っていた。

「…姉ちゃん?」

ユウキが言葉を発して、すぐにランが体だけを後ろに向ける。そして、満面の笑みを浮かべた。

「ユウキ…おはよう。よく、眠れた?」
「えっ…あ、うん。」

夢の内容を思い出して少し口ごもったがすぐにこくりと頷く。

「…そう、良かった。晩御飯、食べる?」
「あっ、いや…」

今から用意させるのも申し訳ない気がして、すぐに断ろうとするが…先にお腹から空腹を訴える音が発生した。
その音を聞いて、ランは「プッ」と吹き出すと笑いながら立ち上がった。

「すぐに用意するわね。」
「…ありがと。」

ユウキは台所に消えるランを、頬を赤めながら見送った。



「…ご馳走様」

ユウキは手を合わせながらそう呟く。どうやら作っておいたものを冷蔵庫で保存していたらしく、少し冷めていたが十分に美味しかった。ちなみに、スリーピング・ナイツの料理当番はランとシウネーが交互に行っている。

「…姉ちゃん、みんなと一緒に…行かなかったの?年越しパーティー。」

その質問にランは微笑みながら答える。

「ストレスで寝込んでた妹を、放っておけるわけないでしょ。」
「…ありがとう、姉ちゃん。」

ユウキはランに素直な言葉を口にした。ランはその言葉にそっとかぶりを振る。

「別に…私も今日は外出したい気分じゃないし、わざわざ妹置いていくほどのことでもなかったしね。気にしなくていいわ。」
「…うん。」

ユウキは目の前の湯呑みに入っている熱い茶を少し啜る。

「…カズマは?」
「カズマさん?みんなに私達のこととかを説明した後に用があるとか言って1時間ぐらい前に出ていったけど…」
「…そう、なんだ。」

ユウキは力なく微笑みながらまた熱い茶を少しだけ啜る。

「…ねえ、ユウキ。」

ランに呼ばれて、ユウキは顔を上げる。

「何…?」
「やっぱり、寝てる時に何かあった?例えば…怖い夢を見たとか。」
「!?」

ランの指摘にユウキは驚きの表情を浮かべる。

「ど、どうしてそれを…!?」
「あなたねえ…私が何年お姉ちゃんしてきてると思ってるの?双子の妹の感情ぐらい雰囲気や顔でわかるのよ」

ランが呆れたように「やれやれ」と言いたげに首を振る。

「それで、どうなの?」
「…姉ちゃんには、敵わないな。」

ユウキは手元の湯呑みに視線を落とす。ランは少しだけ心配そうな声で質問する。

「それじゃあ…やっぱり?」
「うん、姉ちゃんの想像通りだ。ちょっと…嫌な夢を見ちゃってね。」
「どんな内容だったか…話せる?」

ユウキは悲しげに笑いながらこくりと頷く。

「うん…。カズマが、ボクを置いていって遠くに行っちゃう…そんな夢。」

ランはその言葉を聞いてハッと息を呑む。ユウキは構わず続ける。

「カズマが離れたところにいて、ボクはそれを必死になって追いかけたんだ。でも…どれだけ走っても、追いつかなかった。」

ユウキは体を震わせて、二の腕を抱くように両腕を交差させる。

「だから、夢から覚めた時本当に怖かった。いつかは本当にこうなっちゃうんじゃないかっていう不安と、焦燥感が一気に襲ってきたんだ。…1回は本当に離れちゃったし、もう一度…今度はカズマの方から…」
「ユウキ。」

諭すようなランの声に、ユウキは顔を上げる。

「カズマさんがそんなことはしない人だっていうことは私とあなたが1番よく知っているでしょう?それとも、いつも私達を守ってくれてたこと、忘れちゃった?」
「う、ううん。」

ユウキは細かく頭を横に振る。その動作を見て、ランは優しい笑みを浮かべる。

「なら、信じなさい。彼のことを。あの人は誰でも助けられるわけじゃないけど、大切な人は自分を盾にしてでも守る。そうでしょ?」
「…うん、そうだったね。」

ユウキは笑みを浮かべて、こくりと頷く。
ユウキは頷いてしまったが、内心にはまだ恐れがあった。恐怖というものは長い年月をかけて克服していくものなので、根拠の無い説得では克服することはほぼ不可能だ。たとえそれが、1番身近なものからの言葉だとしても。

「もう、大丈夫だから。ありがとう、姉ちゃん。」

ユウキは少し力ないが、精一杯の笑みを浮かべる。

「…そう。」

ランは少しだけ微笑むと、椅子から立ち上がった。

「そうだ、今晩はデザートもあるのよ。食べるでしょ?」

ユウキは正直食べる気はしなかったが、わざわざ用意してもらっているものを断るのは悪い気がして、「うん」と頷く。
ランは台所に入った後、20秒で帰ってきた。

「はい、どーぞ。」
「ありがと…」

ユウキは目の前に置かれたスイーツを凝視する。それは、ケーキだった。それもどこにでも売ってそうな生クリームのフルーツケーキ。そこら辺で売っているものよりもフルーツが多く、切り口の部分まで後付されたかのように生クリームで覆われていたが、大して気にするようなことではなかった。
ユウキは黙ってフォークを手に取り、端っこの部分を切り取って口に運ぶ。

「…!?」

それを口にした途端、ユウキは衝撃を受けた。今食べたケーキの中には、三つの甘みが存在した。
一つ目は、主体となっている生クリーム。二つ目は大量に乗せられた色とりどりなフルーツ。そして最後の一つが…優しいチョコレートの甘みだった。

「…おいしい。」

しかし、チョコレートなど何処に…
ユウキは切り口部分をのぞき込んだ。そこから見えたのは一般的な普通のスポンジではなく…茶色い、チョコレート味のスポンジだった。

「姉ちゃん、これ…」

ユウキはケーキを指さしながら、ランに尋ねる。ランは優しい微笑みを浮かべながら、ユウキに問う。

「思い出した?…カズマさんの、ケーキの味を。」

その言葉を聞いて、ユウキはようやく思い出した。このケーキが、どのようなものだったのかを。

そう、もう六年ほど昔。カズマがユウキとランに手料理を振舞った時に出したデザートがこのケーキだった。ユウキの《食べたことのないケーキを食べたい》という要望に応えるべく作った、カズマのオリジナルケーキ。
生クリームとフルーツの甘みの後にチョコレートの甘みがやってくるこのケーキは、かつてのユウキの舌を唸らせ、驚きを与えたものだ。

「それと…これはカズマさんから。」

ランはお盆の上にあった紙切れをユウキに渡す。ユウキはそれを受け取って、書かれてあった文字を読む。
そこにあった言葉は…また、ユウキの涙腺を緩ませた。


《これ食って元気出せ。 カズマ》


その言葉を見た途端に、目に熱いものがこみ上げてくる。それはたちまち涙へと姿を変えて、机の上に落ちていく。


「…このケーキを作るために…カズマさん、本当に頑張ったみたいよ。たまにケーキ作ってるシウネーが言ってたわ。『普通のケーキは簡単だけど、オリジナルケーキを作るには本当にとんでもない時間がかかる』って。たった一つのことでも、夢中になると止まらないのは昔と変わってないわよね…。」


そんなランの言葉も、ユウキにはほとんど聞こえていなかった。

自分にケーキを食べさせるためだけに、どれだけの時間を費やしたのだろう。どれだけ挫折しただろう。どれだけ…諦めかけただろう。

そんなことを考えると、ユウキは申し訳なくてしょうがなかった。カズマは自分のために頑張ってくれていたのに、自分は何も出来ていないことを。
そこで、ランはユウキの背中に手を添える。

「ユウキ…あなたのために、ここまでしてくれる人が…あなたを見捨てたりなんてするわけないでしょ?恐れる必要は、どこにもない。彼は、いつだってあなたを守ってくれる。だから、あなたは彼を手助けできるような…そんな存在になりなさい。」
「…うん…うん…!」

ユウキは涙を流して、口元を抑えながら、何回も頷いた。そして…もうひと口、口に運ぶ。その甘さを感じ取った途端に、また熱い何かがこみ上げてくる。もう、限界だった。


「ああ…ああああああああ!」


ユウキは机と腕に顔を埋めて、大声で泣き始める。
そんな泣き続ける妹を…双子の姉は、静かに後ろで見守っていた。


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第28話 真相

ユウキはケーキを食べ終えたあと、ユウキはランに話しかけた。

「姉ちゃん…ボク、カズマのところに行ってくる。」

ユウキの言葉にランは微笑んでこくりと頷く。

「ええ、それがいいわ。皆には私から説明しとくから、行ってらっしゃい。十二時ぐらいに帰るのもあれだから今日は泊まらせてもらいなさい。」

そんな提案にユウキは困ったような笑みを浮かべた。

「…OKが出たらね」

ユウキは立ち上がって、ドアの方へと向かっていく。ドアを開けようとした…ところで後ろから声をかけられる。

「ああ、ユウキ。ちょっと待って。」

ユウキは開けようとしていたドアを急制動させる。

「…なに?」
「これ持っていきなさい。」

ランはユウキにトレードウィンドウをとばした。ユウキはそのアイテム名を見つめてから、ランに一言。

「…何これ。」

その質問にランは両手を腰に当てて大して出ていない胸を反らして一言。

「女の夜の決戦服よ。」

ユウキにはその言葉の意味がわからなかった。


ユウキが目を覚ます一時間前…

 

俺は年越しパーティーのおかげでお祭り騒ぎとなっている主街区の大広場をゆっくりと通り抜けて薄暗い一本の路地に入る。このような場所は大体《彼女》との待ち合わせ場所だ。

 

俺は路地に入ってからすぐに目に入ってきた人物を見て、ゆっくりと片手を上げる。

 

「よっ、お待たせ。」

「数時間ぶりだナ、カズ坊。」

 

そう言いながら俺と《鼠》のアルゴは両腕を少し強めに交差させた。アルゴ曰く、これを出来るほど仲の親しいやつはアインクラッドでそんなにいないのだという(正直どうでもよかった)。

 

「いやあ、あの時はびっくりしたゾ?いきなり地図を見るや否やシュン坊の手を引っ張りながら走り始めるんだからナ。」

「あー…悪かったな、何も言わずに置いて行っちまって。」

「別ニ。メッセージに書いてあった通りのことが起きたならしょうがなかった、で片付けるしかないダロ。」

 

アルゴはそう言いながら腰から取り出したフリ〇クらしきものを口の中に放り込んだ。しばらくボリボリと口の中から咀嚼音が聞こえる。

そう、俺は自分と二人のことをスリーピング・ナイツに話す前にアルゴにある《お願い》をしていた。無論、今日あったことをすべてメッセージに書き入れて。

 

そこで新たな闖入者が現れる。

赤い着物に身を包んだ、シュンヤだった。

 

「よっ」

「おう、お疲れ。」

 

俺とシュンヤは先程のアルゴと同様に腕を軽く交差させる。俺たちは少しだけ移動してベンチに座ってから話し始めた。

 

「それにしても…レッドプレイヤー達のギルドの結成カ…安心して野宿出来なくなるナ…」

「まったくだ」

 

アルゴの言葉に俺とシュンヤはうんうんと頷く。

 

「あいつらは人を殺すことだけを生きがいにしてるような連中ばかりだ…この前だって圏内にいたはずのプレイヤーの殺人が起きちまったしな。」

 

俺の言葉にシュンヤはこくりと頷く。

 

「ああ、そこら辺は対策していきたいけど…アルゴさん、なんかあるんですか?」

 

アルゴはわざとらしく両腕を上げて首を横に振る。

 

「前にも言ったように、これは本人が注意するしかないからナ…対策していきたいけど対策のしようがないんだヨ。だから出来れば街からも宿からも出て欲しくないんだけど…」

「…そうすればアインクラッドの攻略自体が遅くなるか、下手をすれば進まなくなりますからね。やっぱり本人達が注意するしかない…ということですか。」

「そういうコト。」

 

アルゴは寝不足なのか少しだけ欠伸をする。

 

「…悪いな、無理させて。」

 

俺の声を聞いてアルゴは横目で笑う。

 

「別ニ、こんなの朝飯前サ。…そうだった、例の件、調べてきたゾ。」

 

アルゴはからの手をこちらに差し出すので俺はウィンドウを操作して千コルをオブジェクト化すると手のひらに乗せる。アルゴは「毎度」と言いながらそれを内ポケットにしまった。

 

「リューちゃんから話は聞いてきタ。やっぱり誘導したのは自分だって認めたヨ。」

「…そうか。」

 

俺は組んだ両手に自分の顎を乗せた。

 

 

リューネ。

ギルド《フランベルジェ》所属の両手棍使いの女性プレイヤー。

ギルドがスリーピング・ナイツとかなり親密な関係にあり、リューネ自身はユウキやランと仲が良かった。俺がキャンプを勧めた人物として一番怪しいと睨んでいたプレイヤーだ。

 

 

「リューちゃんを恨むなヨ。ギルドメンバー全員から話を聞いたけど、どうやらリューちゃん以外が攻略中にレッドプレイヤー達に捕えられて人質にされたみたいだっタ。それで、みんなを救うためにユーちゃん達を誘導したそうダ。」

「やっぱりな…。」

 

俺は彼女と何度か会ったが、完全にそんなことをするような娘じゃなかった。俺は人を見る目はある方なのでそれくらいは普通にわかる。

 

「また今度謝りに行くって言ってタ。全員でナ。」

 

すべてを話し終わるとアルゴはまた腰のポケットからフリ〇クを取り出すと口に入れて咀嚼する。

 

「ん。」

 

アルゴは残りの四つを俺たちの目の前に差し出す。

 

「…くれるのか?」

 

俺が恐る恐る聞くと、アルゴは少しだけ俺を睨みつける。

 

「他に何があるっていうんだヨ。見せつけてるとでモ?要らないならいらないって言エ。」

「ああ…悪い悪い。いただきます。」

 

俺とシュンヤは二つずつフリ〇クを受け取ると同時に口の中に放り込んだ。爽やかなミントの香りが鼻と口いっぱいに広がる。

 

「どこに売られてるか教えてやろうカ?」

 

アルゴはにたにた笑いを浮かべながら俺たちにそう問いかけてくる。俺とシュンヤはその笑いを見つめながら少しだけ笑みを浮かべた。

 

「教えて貰ったら、情報料取るんでしょう?」

「お、さすがだナ、シュン坊。よく分かってるじゃないか。」

「今までの経験で分かりますよ。」

 

そう、昔ベータテスターの中では「《鼠》と30分間話せばいつの間にか百コル分の情報が押し付けられている」とかいう噂がたっていた。現実はまさにそのとおりで、俺ですらいくら金をむしり取られたのか分からないほどだ。

 

俺がそんなことを考えているとアルゴが思い出したかのように「そういえば」と口にする。

 

「カズ坊、ユーちゃんは大丈夫なのか?昔の記憶が戻ってから目を覚ましてないんだロ?」

 

アルゴの口からそんな言葉が出て俺は少しだけ身震いをする。

昔、ランがユウキの記憶について信頼出来るやつに相談していたことでかなりのヤツらがユウキの昔の記憶が無いことを知っている(俺との関係は兄貴とシュンヤにしか話さなかったようだが)。

 

その信頼出来るやつにはアルゴも入っていて少し驚いた記憶がある。

金を積まれたら自分のステータスやスリーサイズすらも売るやつなのに(もちろんとてつもなく高い金額を求められるが)。

 

「…さあ、それは俺でもわかんねえよ。」

「さあって…あのなぁ、彼氏は彼女が困ってる時はそばに居てやるもんだゾ?」

「だから彼氏じゃねえって。」

 

俺は短くつっこむと後ろの背もたれに体重を預ける。視線を上に向けると次層の蓋が被せられていた。

 

「俺がわざわざいる必要も無いと思っただけだよ。あそこにはスリーピング・ナイツのメンバー達もいるしランっていう家族もいるんだ。俺みたいな部外者がいたってなあ…」

「お前は部外者じゃないダロ?」

 

俺の言葉を遮るかのようにアルゴが言葉を発した。俺が視線を向けた先のアルゴの目には少し真剣な色が浮かんでいた。

 

「お前がどう思ってるかは知らないけど、ユーちゃんは本当にお前のことを頼りにしてたゾ?『いつも助けてくれる王子様だ』って。」

「…あいつそんな恥ずかしいこと言ってたの?」

 

少し呆れた顔の俺の言葉にアルゴは肩をすくめる。

 

「さすがに《王子様》のことは行ってなかったけどな…まあ、お前のことをこの世界の中で1番信用して信頼してるのは確かだヨ。オレっちたちの視点から見てもそうとしか見えないシ。ナア?」

 

アルゴがシュンヤに向かって聞くとシュンヤはこくりと頷く。

 

「ええ、ユウキがカズマのことを信頼してるのは見てれば分かります。そもそも信頼できないやつに抱きついたりはしないでしょうしね。」

 

シュンヤの言葉のあと、アルゴは少しむかつく笑みを浮かべる。

 

「そんな訳ダ。お前はユーちゃんが一番信頼していル。部外者か部外者じゃないかはそれだけで決まるもんなんだヨ。」

「…教えてくれたのはありがたかったけど…何でお前はそういつもいつも知ったか顔なんだよ。」

 

俺の言葉にアルゴはベンチから立ち上がる。

 

「何でって…決まってるダロ?」

 

少しだけステップを踏んでからニカッと笑った。

 

「オネーサンだからだヨ。」

 

 

 

俺は静まり返った道を歩き続ける。年越しパーティーは大広場で開かれているのでこのようなそこまで賑わってない通路は店などは開かれない。

シュンヤに行こうと誘われたが、すぐに断った。

 

…そんな気分じゃなかったからだ。

 

 

俺は途中で袋入りのナッツ一つとシャンパンをグラスで二つ購入する。この二つは最近の俺のお気に入りで小腹がすいた時はよくこれを購入している。

 

「はあ…」

 

肺に溜まっていた空気を吐き出すと、すぐに仮想の冷気に反応して白く可視化する。

 

「…」

 

アルゴの言葉を思い出す。あいつはユウキが俺のことをこのアインクラッドの中で一番信用し、信頼していると言っていた。それが嘘だとは思わない。しかし同時に、言い過ぎではないかと思えてもくる。いくら信頼していると言っても一番はないだろうという感情が俺の心には存在した。

 

「実際…守れてねえしな…」

 

俺は握りこぶしを作ってからそう呟く。

自分の中でだが、ユウキとランたちのことを守ると決めておきながら、危うく殺されかけたのだ。情けないことこの上ない失態である。つまり、なぜ俺がユウキの横にいなかったかと言うとただ単に顔を合わせると罵倒されるのが怖かっただけなのだ。そんなことあるはずがないのにどうしても足がすくんでしまった。

 

故にアルゴと会うことを理由にこうして出てきたのだが…さすがに何も言わず出ていったのは不謹慎じゃないかという思いも出てきた。

 

「…明日ぐらいにまた顔出すか。」

 

そうすればユウキも起きているだろうから、俺はそう決めた。

 

俺が視線をあげると少し先に角が現れる。あの角を曲がって数十メートルほども歩けば俺の宿につく。

早く暖かい我が宿に入って暖まろう、などと考えながら足早に前へ進む。俺が首を少しだけ縮めながら角を曲がった…瞬間。

 

俺の目に、《それ》は映った。

 

俺の視線は自分の宿に向いていた。

それも部屋のある2階ではなく、一階にある宿屋の玄関。

 

そこに彼女は立っていた。

 

服装は見るからに寒そうな紫色のミニスカートに黒のストッキング。俺の角度から微かに見える上着は恐らくいつものウィンナーの上に少し長袖を着て、紫色のコートを羽織っている。

頭には、いつものバンダナ。

流水のような紫色の髪が、冷たい夜風に揺れていた。

 

俺の目の前に、最も愛する少女が立っていた。




ユウキは宿屋の外に出ると、冷えきった自分の手を温めるためにハアーッと息を吐きかける。

現時刻は午後十一時前。カズマに会うためにここまで来たのだが、部屋の扉をノックしても、扉の前で10分ほど待ち続けても彼は現れなかった。恐らくまだ《用事》が終わってないのだろう。

「やっぱり…無理かな…」

そんなことを呟きながらもう一度手に息を吐きかける。
お礼を言いたくて、謝罪したくて、会いたくて…またあの体温を感じたくて、ここまで来たのだが、無駄で終わりそうだった。

「…帰ろう。」

元気づけてくれたランには申し訳なかったが、いないとならばどうしようも無かった。
ユウキは帰るために転移門のある右方に体を向けて一歩踏み出した…その時。

背後から、あの声が投げかけられる。

「よう。」

ユウキは踏み出そうとしていた2歩目を無理やり止めて、元の場所に戻す。そして、回れ右の要領でゆっくりと後ろに振り向いた。

そこには、《彼》が立っていた。

いつもの黒いフードコートに、同色のTシャツ。
同色のズボンに同色のブーツ。ポケットに突っ込まれた手首には買い物袋がぶら下げられている。
そして顔の口元には、昔と何ら変わらぬ不敵な笑み。

ユウキは黙り込んだまま目を少し見開いて、幼馴染であるカズマを見上げていた。

「なんだよ、幽霊を見るみたいな目をして。そんなに驚くことねえだろ…」

カズマの言葉の途中で、ユウキは駆け出した。

およそ10メートルを、2回の駆け足で詰める。
そして、彼の背中に腕を回して胸元に顔を押し付ける。カズマの体温が肌に伝わるように、力強く。

『…温かい。』

ユウキはほんの少しだけ、笑みを浮かべた。

今自分の近くに、誰よりも信頼できて、誰よりも愛する異性がここにいる。それだけで、喜びの笑みが浮かんだ。

カズマはしばらく驚いたかのように硬直していたが、すぐにユウキの背中に右腕回して力強く抱きしめ、左手で頭を撫でる。
ユウキはよりいっそう頭を胸元に押し付けた。
カズマは撫でるのをやめると、少し提案する。

「…ここじゃあ少し寒いから、部屋の中に入るか。」
「…うん。」

ユウキは首肯する。カズマは少し微笑むと手を離す。

「…とりあえず手のけてくれ。」
「…やだ…」
「…は?」

カズマは少しだけ素っ頓狂な声を出す。ユウキは抱きついたまま繰り返す。

「やだ…。このまま。」
「え、ええっ…このままって…」

困った声を出すカズマにユウキは小さな声で発言する。

「カズマが温かいから、離れるのは無理」
「う、うーむ…」

カズマが唸るような声を出す。それからしばらく考え込んで、「そうだ」とばかりに手を打った。

「じゃあ、腕外してくれ。」
「…」

ユウキは無言で回していた腕を自分の体の横に移動させる。カズマは少しだけ腰を下げると、ユウキの首筋と膝の裏に手を回す。そして一気に持ち上げた。

「わっ!」

いきなりの出来事にユウキは驚いたかのような声を出す。

「これなら、いいだろ?」

不敵な笑みを浮かべるカズマを見ながら、ユウキは数回目をぱちぱちしてから、ニッコリと微笑む。

「うん…」

ユウキはカズマの首筋に腕を回して、自身の顔を鎖骨部分に埋めた。カズマはユウキの頭に自分の頬を一回擦り寄せると、宿屋に向かって歩き始めた。


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第29話 カズマの思い

俺はユウキをお姫様抱っこしたまま宿屋のロビーを横切って二回へと続く階段を上っていく。
今日は年越しパーティーなので珍しく賑わっているロビーには人っ子一人いなかった(居ればお姫様抱っこなんてまずしないが)。

俺はユウキの温かさと花のような香りを肌と鼻腔で感じながら2階へと上っていく。
上っていく間、俺はあることについて考えた。

《ユウキの記憶が戻ったことを俺が喜んでもいいか》。

これには恐らくほとんどの人々が《良い》と言うかもしれないが俺はどうしても素直に喜べなかった。
なぜなら端的に言えば俺達が起こした裁判が原因でこの事件は起きたと言っても過言ではないのだから。この事件の元凶が果たして素直に喜んでもいいのかどうか…。

俺は廊下まで上がると体の向きを百八十度変えてさらにまっすぐ歩く。
しばらく歩き続けて一番端っこの部屋のドアノブを手で掴んで捻り、押し開ける。
中から少し冷気が押し寄せるが、すぐに収まるので俺は手早く操作して照明と暖炉の火をつけた。俺はユウキの耳に囁くように声を出す。

「ユウキ、着いたぞ。降りれるか?」

俺が質問するとユウキはさらに腕に力を込めた。

「…もう少しだけ、このままで居させて。」

俺は少しだけため息をついて微笑むと…

「分かった。」

了承の意を示した。


いつもより2倍ほど激しい喧騒がシュンヤの耳を刺激する。

 

プレイヤー達はいつもよりテンションが高く、漫画でよく見る宴みたいだな、とシュンヤは思った。

 

そんな頬杖をつきながら広場のプレイヤー達を見るシュンヤの前に何やらいい匂いのするオブジェクトが現れた。串

に肉や野菜が刺さったそれは…完全に串焼きである。

 

彼はそれを差し出してきた人物の顔と体を見る。紫と白を基調にした服に、腰には少しだけ大振りな刀。茶髪は大きなツインテールでまとめられていて、顔は小さい卵型。

 

串焼きを差し出してきた女性プレイヤー、シャムはニッコリと微笑みながらシュンヤに話しかけた。

 

「2本あるんですけど、一本いります?」

「…良いのか?」

 

シュンヤが串焼きを指さしながら質問するとシャムはこくりと首を縦に振った。

 

「ええ。二本セットだったんですけどさすがに2本は食べられないので。」

「そうか…じゃあ、ありがたく…」

 

シュンヤは恐る恐る受け取ると、一番上に刺さっていた肉と野菜を同時に引き抜き、口に入れる。味はエスニックなものになっていて、案外美味かった。

 

「へえ、美味いな。」

 

シュンヤの声にシャムも同調する。

 

「はい、確かに。…これはあっちにあるプレイヤーが出してる店で買ったんですけど…当たりみたいで良かったです。」

「あんまり賭けには出るなよ。当たった時は嬉しいで済むけど、外れた時の喪失感は半端ないからな。」

「分かってますよ」

 

シャムは悪戯っぽく笑いながら頷いた。

 

 

二人の串焼きが残り一つずつになった頃、シャムが口を開いた。

 

「今日は…お礼を言いに来たんです。」

「礼?なんの?」

「なんのって…私達を助けてくれたことについてですよ。」

「ああ…」

 

シュンヤは少しだけ納得していないような表情を浮かべながら頷く。最後の肉を引き抜いて咀嚼する。

 

「別に俺に礼なんて不要だろ。特になんもしてなかったしな。したことと言えば…お前らの周りにいた雑魚を蹴散らしたぐらいだろ。あとは全部カズマのお陰だしな。」

 

シュンヤがペラペラとそんな言葉を並べるとシャムは少しだけを頬を赤く染めながら困ったような顔をする。

 

「む…確かにそうですけど…まあ、レベリングを手伝ってくれていることへのお礼も兼ねてならいいでしょう?」

「そんなもん俺に許可を求めんなよ…」

 

シュンヤの困り顔にシャムはクスクスと笑う。

そこで、そんな二人の横に黒い影が現れた。シュンヤはそちらに視線を向ける。一瞬カズマと見間違えたが、コートにフードが付いてないのですぐに違うと判断する。

 

その人物は上着は黒いTシャツに黒のロングコート。ズボンとブーツも黒で、背中に吊っている剣の鞘とグリップも黒。彼とカズマは兄弟なだけあって、顔立ちがとても似ておりどちらかを判断するにはコートにフードが付いてるかどうか、剣のグリップが何色かで判断しなければならない。

カズマの兄で、攻略組の中でもトッププレイヤーに位置する人物…キリトはシュンヤに声をかける。

 

「おっす、シュンヤ。横、空いてるか?」

 

キリトはシュンヤの左方を指しながらそう質問する。

 

「ああ、空いてますよ。どうぞ座ってください。」

「悪いな。」

 

キリトは少し笑いながら長ベンチの一番左端っこに腰を下ろした。そして袋から先程シュンヤ達が食べていた串焼きを取り出した。

その串焼きの肉を一つ引き抜き、キリトは咀嚼しながら話しかける。

 

「そういや、新しいギルドが発足するんだってな。アルゴから聞いたよ。レッドプレイヤー達の、名前は…《ラフィン・コフィン》だったか?」

 

キリトの言葉にシュンヤはゆっくりと頷く。

 

「ええ、どうやら今日か明日発足するんだそうです。おかげで野宿が出来なくなりそうで困ってるんですよ。」

「まったく…新年早々最悪のニュースだな。」

 

キリトは唸るようにつぶやく。

 

「確かスリーピング・ナイツが今日襲われたとか聞いたけど…シャム、大丈夫だったか?」

「あ…は、はい!カズマさんとシュンヤさんが助けてくださったのでなんとか…」

「俺は何もしてないけどな。」

 

シュンヤはシャムの言葉のあとすかさずツッコミを入れた。少しだけシャムとキリトが笑う。

…と、そこでまた新たな闖入者。

 

「あら、楽しそうにしてるわね。」

 

キリト達はその声のした方にほぼ同じタイミングで顔を上げる。そこに居たのはめでたい紅白の騎士服と美しい鞘のレイピアを腰に吊った少女だった。

 

「アスナさん、久しぶり…いや、昨日攻略中に会いましたね。」

 

そんなシュンヤの言葉にアスナは少しだけ微笑みを浮かべる。

 

「こんばんは、シュンヤ君。あの時は援護ありがとうね。おかげでスムーズに攻略が進んだわ。」

 

アスナのお礼にシュンヤは「いえいえ」と手を横に振る。

 

「同じ攻略組として、当然のことをした迄ですよ。俺の援護で攻略が早く進むなら願ってもない事ですしね。」

「さすが、シュンヤ君はいうことが違うわね。…キリト君ももう少し援護してくれればいいのに。」

 

アスナの言葉にキリトは「しょうがないだろ」と反論する。

 

「毎度毎度《KoB》様が俺の後ろにいるんだから。援護に行きたくても行けないんだよ。」

「あら?それは私の攻略方針を馬鹿にしてるのかしら?」

 

アスナの氷点下の視線を受けてキリトは喉を詰まらせた。

 

「ま、まあまあ…それは置いといてさ。アスナも座れよ。俺の横空いてるから。」

「あらそう?じゃ、遠慮なく。」

 

そう言うとアスナは軽やかな足取りでベンチに近づきストンと腰を下ろす。そして凄まじい速度でキリトの手からもう一本の串焼きを奪い取った。

 

「あ!」

 

キリトが情けない声を出した時にはアスナは既に口をつけていた。

キリトはジトーっとした目でアスナを見つめる。その視線を受け流しながらアスナは口を動かす。

 

「しょうがないじゃない、昼ごはん食べてないんだから。…うん。なかなかいけるわね、これ。」

「…ソリャヨカッタネ。」

 

キリトはそう言うと少しだけため息をついた。

 

「そういえばアスナ、聞いたか?例の話。」

「例の話って…《ラフィン・コフィン》のこと?」

「なんだ、アルゴから聞いたのか?」

「うん、フレンド・メッセージでね。スリーピング・ナイツが襲われたんだって書かれてたけど…シャムちゃん、大丈夫だった?」

「え?あ、はい。」

 

シャムが微笑みながら頭を振る。

 

「そう…良かったわ。…そういえば」

 

アスナが辺りを見回しながら気づいたかのような声を出す。

 

「ユウキとランがいないわね。他のみんなはいるのに…どうかしたの?」

「あー…本当だ。カズマも居ないな。三人は個人行動か?」

 

キリトとアスナの問いにシャムは躊躇いがちに答えた。

 

「まあ、色々ありまして…カズマさんは自分の宿に帰ってリーダーとサブリーダーはギルドホームで休んでますね。」

「あら、そうなの?…久しぶりに二人と食事したかったんだけどなあ。」

 

少し残念がるアスナにキリトがニヤニヤ笑いを浮かべた。

 

「代わりに俺が一緒に食ってやろうか?」

 

アスナはお返しとばかりに不敵な笑みを浮かべる。

 

「へえ、キリトくんからお誘いが来るとは思ってなかったわね…それじゃ、お言葉に甘えちゃおっかな!」

 

そう言うとアスナは伸びをしながら立ち上がった。少ししゃがみこんでキリトの腕をつかみ、引っ張る。

 

「ちゃんとエスコートしなさいよ!もちろん全部キリト君の奢りね!」

「ちょっ、ちょっと待て!代金は割り勘だろ!?」

「攻略責任者やってあげてるんだからそれぐらい奢りなさいよ!」

「ええっ!?」

 

そんなやり取りをしながら離れていくキリトとアスナを見ながらシュンヤとシャムは微笑む。

 

「…ぴったりな二人だと思うけどな」

「ええ、アスナさんはなんだかんだ言いながらキリトさんと一緒にいる時が一番楽しそうですからね」

「ああ…」

 

シュンヤは微笑みながら少しだけ頷く。そんなシュンヤの横顔を見ながらシャムは数センチだけシュンヤの方に体を動かした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

俺はようやく俺の首から離れたユウキを部屋の机のそばにある椅子に座らせていた。

俺も向かい側に座ってユウキの方のグラスに金色のシャンパン(みたいなもの)を注いでやる。

俺の方も同じように注いでからグラスを少しだけ持ち上げた。

 

「それじゃ、今年1年お疲れ様ってことで。」

「ん…」

 

俺とユウキはグラスを控えめに打ち合わせる。俺は一気に飲み下し、ユウキも半分ほど飲み込んだ。炭酸のしゅわしゅわとしたのどごしが心地いい。

俺は新たなシャンパンをグラスに注ぐ。そこで、ユウキが俯きながら言葉を発した。

 

「カズマはさ、ボクの記憶が戻ったの…知ってるんだよね。」

「ん?ああ、もちろん。加藤のやつが言ってたしな。」

 

俺はグラスに口をつけながら首肯する。

 

「そう…」

 

ユウキはそう言うとまたグラスに口をつける。ユウキの反応に俺は首を傾げた。これが漫画なら頭上に?マークが出ていたであろう。

 

「それがどうかしたのか?なんか言ってくれないとわからねえぞ?」

 

俺の言葉にユウキは視線だけを上げて上目遣いに俺を見る。

 

「…じゃあ聞くけど…カズマはさ、ボクの記憶が戻っても嬉しくないの?」

「は?なんで?」

 

俺はまた首を傾げた。ユウキは顔を上げて真正面から俺を見る。

 

「…これはボクの勘なんだけどさ、カズマがボクとさっき会った後から少しだけ難しい顔をしてたのはそれが原因なんじゃないかって思ってるんだけど。」

「へ?俺そんな顔してた?」

「してた」

 

これは予想外だった。まさか階段の時に顔を見られていたとは。

するとユウキは目を細めると俺に向かって身を乗り出してくる。

 

「カズマ、正直に答えて。君はさっきまで何を思っていたのか。これでボクの記憶のことについて悩んでなかったならそれでもいい。とにかく、正直に答えてくれれば…」

「俺は」

 

ユウキのセリフが言い終わる前に俺は割り込むようにして言葉を発する。

 

「俺は…本当にお前の記憶が戻ったことを、喜んでもいいのかっていうことを悩んでた。」

 

その言葉にユウキの肩がびくりと震えた。少し、予想していたものと違う返答が来たからであろう。

 

「お前は知らないと思うけどな、加藤がああなっちまったのは俺と俺の親、そしてお前の親のせいなんだ。…その中でも俺は一番罪深いかもな。言い出したのは、俺だったから。」

 

そう、加藤達のことを《裁判に訴える》という案を発案したのは俺自身だった。もちろんそのあとじっくりと話し合われたわけなのだが、やはり言い出したやつが一番罪深くなるであろう。

 

「だから、ある意味では元凶の俺が、お前の記憶が戻ったことを素直に喜んでもいいかどうか、かなり悩んでた。だってそうだろ?事の発端は俺なのに、いい事があったら周りに混じって喜ぶなんて虫が良いにも程がある。」

 

俺は少しだけ自嘲の笑みを浮かべた。俺はその自嘲の笑みを微笑みに変えてユウキに向ける。

 

「…いくら悪気が無かったとはいえ、事の発端は俺なんだよ。」

「…」

 

俺の質問にユウキは答えなかった。ただただ無言で俺を見つめている。

俺は右の拳を力いっぱい握った。

 

「だからさ…俺が、お前の記憶のことを喜んで、一緒にいる資格なんて…」

 

俺は拳をさらに握って下唇を噛む。

 

 

正直、俺は加藤やクラスメイト達と同じくらい自身を恨んでいた。

《もっと強ければ》

そんなことを何回思ったか数え切れない。

 

今日の事件が起きて、その気持ちはさらに強くなった。

そしてもう一つ…裁判なんて起こさなけりゃよかったとも思った。

今回のアイツのユウキへの殺意は裁判が原因であることはわかっていたから。

俺の右拳の感覚がどんどん無くなっていく。恐らくナーヴギアの感覚情報量が限界に達したのだろう。

しかし、そこで…何も感覚がなく冷たい右拳を、何か温かいものが包み込んだ。

俺はハッと顔を上げる。そこには、俺の右拳を両手で包み込んで微笑んでいるユウキの顔があった。その美しさに、俺の心臓がドキリと跳ね上がる。

 

「カズマ…」

 

彼女の口から発せられた言葉は、今まで聞いたことがないほど優しいものだった。

 

「加藤君が、あんなことになった元凶の一つに、カズマがいることはよく分かった。君が何をしたかは知らないけど…それを今とても悔やんでいることもね…。けれど…」

 

ユウキは俺の手を自身の胸のあたりに引っ張って抱き寄せる。俺の手に柔らかい感触と温かい体温が伝わる。

 

「それは、ボクや姉ちゃんのためにしてくれた事なんでしょ?なら、ボクは責められないよ。たとえ今日悲しいことがあって、それがカズマのせいだったとしても…その行いが間違いじゃなかったなら、ボクは何も言わない。だって、カズマは何も間違ってないじゃない。」

「…それでも、俺はお前らをまた…苦しめたんだ。あんなことをしたせいで…あいつはさらに壊れちまった…。だから…俺が、罰を受けなけりゃ…」

「カズマ。」

 

ユウキは俺の頬を自分の両手で挟み込む。温かい温度が、俺の頬に伝わる。

 

「それは別に君一人だけで背負わなくちゃならないってわけじゃないでしょ?これからはボクが…なんならボクと姉ちゃんが一緒にその罪を背負うよ。」

「でも…でもそれじゃあ…」

 

俺は左手でユウキの肩を掴んだ。そしてユウキはその左手をそっと包み込む。

 

「元々、ボクたちが加藤君に従っていたらこんなことにはならなかった。だから、従わなかったボクらにも罪はあるんだよ。そして、カズマを支える義務も…ね。…その為には」

 

 

ユウキはニッコリと俺に向かって微笑んだ。

 

「ずっと一緒にいないとね。」

 

ユウキは俺の頬から両手を離した。

そして、椅子から立ち上がって俺の横に移動する。

 

「ユウキ…良いのか?俺はお前と一緒にいても…良いのかな…」

 

俺の質問にユウキは優しい微笑みを浮かべる。

 

「当たり前でしょ?むしろボクの方からお願いしたいぐらいだよ。」

 

ユウキは俺の首に手を回して俺の体を抱き寄せた。

 

「カズマ…今までは長い間離れてたけど…次は絶対に離れないで?ボクと、いつまでも…一緒にいてください」

 

その言葉を聞いた途端、俺の目頭に何か熱いものがこみ上げてきた。それはたちまち、雫へと姿を変える。

 

「…当たり前だろ。…そんなこと、頼むような事じゃ…ないな。」

 

返答時の俺の声は、自分でも驚く程に震えていた。俺はユウキの背中に手を回して強く抱き寄せた。

俺の頬に、さらに一筋の涙が零れ落ちた。

 

 

 

 

 




うーむ、カズマ君とユウキの話はあと二話ぐらいは続くかなー。長いねえ、この二人は。早く書かないとキリトファンとかアスナファンとかに怒られちゃうなあ(≧∇≦*)
それじゃ、次回もお楽しみにね!感想と評価よろしく!ε=ε=ε=(۶•̀Д•́)۶ ドリャアアア


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第30話 I LOVE YOU.

♪〜♪〜♪〜

綺麗な音色が、俺の鼓膜を揺らす。俺が昨晩セットしておいた目覚ましアラームの音楽だ。

俺は目を開けて、数回瞬きをしてからウィンドウを開いて現在時刻を確認する。別にウィンドウを開かなくても見れるには見れるが、今は首や目を動かしたくないので、唯一動かせる手を動かす。

現在時刻は、朝の2時。
まだまだ日は昇っておらず、外は暗闇に包まれている。さすがの年越しパーティーも終了しているようだ。昨夜のような喧騒は窓から聞こえてこない。

俺は今日、少し予定があるので朝早くに起きなければならなかった。

「よっ…と…」

俺は手をベッドの上について、体を持ち上げよう…としたところで、俺の体がグッと引き止められた。
腰には何かが巻きついているような感触があり、一向に離れようとしない。

「あー…すっかり忘れてたな…」

俺は頭を掻きながらベッドに寝そべる体を反転させて、後ろに振り向く。
俺が後ろに向いたことで、肩甲骨と肩甲骨のあいだに埋めていた顔が、俺の胸に埋める形となる。数秒おきに繰り返される温かい寝息が俺の胸を熱くする。

俺はなおも起きようとしない少女…ユウキに囁きかけた。

「…ユウキ、起きろ。出かけるぞ。」
「…んむう…?」

ユウキはゆっくりと目を薄く開けると、パチパチと瞬きをしてから寒さを感じたのか俺の体にさらに自分の体を押し付ける。柔らかい感触が肌に伝わり、甘い香りが鼻腔をくすぐることで俺は「んぐっ…!」という奇妙な声を喉から出した。

昨晩、俺は夜道は危ないということでユウキを家に泊めた。昨日あんなことがあったばかりだしな(何故かユウキの方から先にお願いしてきたのだが)。
俺の部屋のベッドはツインではないので俺は床に寝袋を敷いて寝ようとしたのだが…ユウキに却下された。そして、畳み掛けるように一緒に寝るようお願いされた。
もちろん(即断ではないが)OKを出した。

皆は今、俺が甘すぎると思っていないだろうか。

…考えてもみたまえ、男性諸君。
君たちに異性の幼馴染がいるとしよう。その子は今まで君がずっと思い続けた、可憐な少女です。そんな彼女が上目遣いに、目を涙で濡らしながらこうお願いしてきました。


『ね…一緒に…寝てくれない…?』

断れる?俺なら絶対無理だね。


…だってしょうがねーじゃん!可愛いんだから!破壊力抜群なんだよ!?心臓に水素爆弾落とされた気分だよ!?

…とまあ、そんなことがあって俺はユウキと一緒に寝ることになったのだが…これまた服装がいやらしい。
まるで俺を誘ってきているかのようだ。

俺はユウキを見下ろす。
まずユウキの肩に目を向けた。
暗闇ではあまり見えないが、首よりの肩の上に細い紐が掛かっている。それはよく見える。だが、それだけだ。あとは真っ白な肩が全て露出されていた。

そして、さらに目線を下ろす。
今度は丁度胸のあたりだ。まず背中を見る。隠す気ゼロだった。シャツは来ておらず、ブラジャーも付けていない。薄紫色の薄い布1枚だけ。
ブラジャーも付けていないということは、もちろん、ち…いや、言わない方がいいな。
とりあえず大切なものがほぼ剥き出しになっていた。

俗に言うこのナイトキャミソールなるものは本当にやばいと思う。女性が男性の前で着ていいものでは無い。とにかく隙が多すぎる。悩殺専門服なのだろうか。

俺は視線を外してユウキの柔らかい肩を掴んで、さらに揺すった。

「おい、ユウキ。時間だ起きろ。」
「ん…ええ…?」

ユウキは謎の言葉を呟くと、俺の胸にさらに強く頭を押し付けてきた。温かい体温が肌に伝わり、俺の体温も一気に上がる。

「あと…5分…」

その言葉に俺は少しキョトンとすると、少し微笑んでユウキの頭に手を回してギュッと抱きしめた。

「…あと5分だけな」
「は〜い…」

ユウキは嬉しそうにアハハと笑った。

「ハハッ…。」

それにつられて、俺も笑った。


「眠い…」

 

目を擦りながらそう呟くユウキを見ながら俺は苦笑する。

 

「まあ、まだほとんど夜だからな。気持ちは分からんでもないが…」

 

俺は少しだけユウキの手と繋いでいる左手の力を強める。そうした方が温かくなるから。

 

結局あの後、ユウキは30分程も寝た。俺は何度も起こそうとしたが、頑として起きようとはしなかった。俺が甘すぎるだけなのかもしれないが…

 

俺は少しため息をつく。

とにかく、俺たちはある場所におよそ5時までにつかなくてはならない。その理由はというと、そうしないと見れないものがあるからだ。事前にアルゴから情報はとってるので、見えるかどうかは心配ない…はずだ。多分。

 

…まあ、あいつはガセネタは売らない主義らしいので大丈夫だろう。

俺が手を引きながら坂を登っていると、ユウキは体を震わせた。俺は少しだけ足を止めるとユウキに振り返る。

 

「…寒いのか?」

 

俺の質問にユウキは俯きがちに頷いた。今のユウキの格好は「着てみたかったから」という理由で期間限定装備の振袖を着用している。

鮮やかな紫色の上に、美しい様々な色の花が描かれていてとても可愛らしい。首筋に巻かれたファーがなかなか温かそうだがそこまで甘くないようだ。

 

「…これって4つぐらいアイテム欄取るから、多分その時に厚い上着は除けちゃったんだと思う…」

「あー、じゃあお前が今日…じゃなかった。昨日着てたのはあれは薄い素材のやつなのか。」

「…」

 

ユウキは頬を少し紅潮させ、黙って頷く

俺も思わず今朝の絶景…もとい、ユウキの格好を思い出してしまい、「んんッ」と咳払いでごまかす。

…だが、ユウキの少し申し訳なさそうな顔を見ていると自然と笑いがこみ上げてきた。

 

「プッ…」

 

思わず少し吹き出してしまう。俺の様子を見て、ユウキは可愛いらしくぷくーっと頬を膨らませる。

 

「な、なにさっ!わざわざ笑うことないじゃないか…!」

「いや…ごめんごめん。つい…」

 

俺は笑いを引っ込めてから、息を整えた。俺とユウキの視線が交錯する。

俺は少しだけ笑いかけた。

 

「お前は、昔からそんなとこがあるよな。なにをするにも、毎回ちょっと抜けててさ…やっぱそんな可愛いとこは変わってないよな。」

「む、む〜…」

 

ユウキは頬を赤くし、口をへの字にしてそんな声を出す。やがてぷいっとそっぽを向くと、言葉を発する。

 

「ふ、ふん。そんな顔されたら…なんも言えないじゃん…」

「?なんか言ったか?」

 

俺の質問にユウキは答えなかった。何も言わず、ただただそっぽを向き続ける。俺はその光景にも微笑しながらウィンドウを操作する。そしてある物をオブジェクト化してユウキの頭の上に放り投げた。

 

「わぷっ…!」

 

ユウキはびっくりしたのか、そんな声を出すと放り投げられたものを掴んで自分の目の前に持ってくる。

俺がユウキに投げ渡したものとは…

 

「コート?」

 

そう、予備のコートだった。

俺はいつも同じコートしか着ていないので、予備は正直不要だったが…兄貴に「一応持っとけ」と手渡されたのでここ2ヶ月ほどアイテム欄に収納したまんまだった。

…まさかこんなところで役に立つとは。

 

「えっ…いいの?使っても…」

「ああ、俺は全然使わないから。」

 

ユウキはぱあっと顔を明るくすると急いだ様子でコートを着る。

ほおっという安らいだユウキの顔を見て…俺は少しだけ、たった1人の兄貴に心の中で感謝した。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

俺の目の前で、燃え上がる炎から離れた火の粉がパチッと爆ぜる。炎から発せられるオレンジ色の光が俺とユウキの顔を控えめに照らす。

今現在の時刻は午前4時きっかり。目的の時間まであと1時間といったところか。俺達は目的の場所で、焚き火を炊いていた。周りを床無しのテントのようなもので囲って風をしのいでいる。

 

俺が木の枝で炎の調整をしていると目の前で体育座りをしているユウキが話しかけてきた。

 

「カズマとさ、キリトは…兄弟、なんだよね。」

「え?…ああ、そうだな。」

 

俺はその質問に少し驚きながらも答えを返す。ユウキは今、記憶を取り戻しているので昔、1度だけ兄貴と会ったことも思い出しているはずだ。

ユウキは少しだけ微笑んだ。

 

「本当に…変わったね、二人とも。昔は性格とか髪の形とかが全然違ってたから『あ、あんまり似てないな』とか思ってたけど…4、5年も経つとここまで変わるんだね。記憶が戻った今ならわかることだけど…」

「…似てるってことか。」

「うん。ボク、たまに間違えちゃってたからね。実の話。」

 

確かに、コートをフード付きにしてなかった時があったが、その時に二、三度ユウキに「キリト〜」とか言いながら呼び止められたことがあったっけ。俺が今フード付きのコートを着ている理由はそれもひとつだ。

 

「ま、それを言えばお前ら姉妹は昔っから似てたけどな。」

「あー、そうだね〜…昔はクラスメイトの子達によく間違えられてたな〜。あっ、そういえばカズマは1度も間違えたことなかったよね!」

「愛情の量の違うんだよ。」

「え〜…ちょっと気持ち悪いよ。」

 

体を抱くようにして後ずさるユウキを見ながら俺はもう一度笑う。

実際、俺は木綿季と藍子のことを間違えたことは一度たりともなかった。それが愛情のおかげなのかどうかは分からないが、なんとなく感覚でわかるのだ。幼馴染とは、そういうものなのだろうか。ある意味、超能力に近いと思われる。

 

「…楽しかったね。あの頃は。」

「…ああ。」

「も、もちろん!今も楽しいからね!?」

「分かってるよ。別に慌てて訂正しなくてもいいって。」

 

俺は微笑みながらそう返す。

そう、あの頃…小学校3年までは、本当に楽しかった。馬鹿みたいにはしゃいで、泣きあって、笑いあう日々。今でも、俺の大切な思い出だ。

 

「ね…教えてよ。ボク達と分かれてから…どんな日々を歩んできたのか。」

 

俺はそんなユウキの要望に驚きの表情を浮かべると、少し戸惑ったような笑みを浮かべる。

 

「…中学までの俺の人生ほど、楽しくないものはねえぞ?」

「…そうだとしても、ボクは知りたいんだ。カズマのこと。」

 

その言葉から、俺たちは少し黙り込んだ。俺の目の前にあるユウキの眼にはオレンジ色の炎が揺れている。恐らく、あちらから見える俺の目も、そうなっているだろう。

俺たちはしばらく見つめ合い…俺が最初に、静寂を破った。喉から、少しだけ笑い声を漏らす。

 

「…そこまで言われたら、教えないわけにはいかねえな。」

「ありがとう、カズマ。…ボクのワガママに付き合ってくれて」

「そんなもんは慣れっこだ。…ただし…」

 

俺は少しだけ笑うと、ユウキの薄い小さな唇の前に自分の人差し指を立てた。

 

「つまんなくても…途中で投げ出すんじゃねえぞ?」

 

俺の言葉に、ユウキは力強く頷いた。その頬は、少しだけ…紅潮してた。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「お前達と別れた後、俺は何も手がつかなくなってた。好きだったゲームもせず、メールのやり取りもせず、剣道もせず…勉強も、正直何もやる気が起きなかった。」

 

俺は顔を下に俯けたまま、昔の自分を語り出す。俺の声に合わせて、炎も少し揺れる。

 

「…その頃の俺は、《あること》がきっかけで少しだけ…まあ、人間不信になってな。クラスメイトはもちろん、友達のはずの冬木でさえ…敬遠してた。」

 

先程、俺は人間不信になり《かけた》と説明したが…あれは細かく言うと正しくない。実際、人間不信になっていたのだ。あくまで《重度》のものにはならなかったものの…《軽度》なものにはなっていた。

 

「そんな俺にも…冬木のやつは気にかけてくれてさ。毎日話しかけてくれてたよ。…やっぱ友達ってのは良いもんだな。今だからわかるけど…俺はあいつに、かなり救われてたと思う。」

 

俺の話を、ユウキは黙って聞いている。その顔色は、俺にも読めない。

 

「結局、人間不信が軽くなったのはかなり最近で…小六の時、やっと冬木と話せるようになったんだ。」

 

俺の話は一区切りついた。ここで、ユウキがようやく言葉を発する。

 

「…その間、カズマは何してたの?」

「その間は…勉強と剣道に明け暮れてたよ。一応、ゲームとかもしてたけど…やる気起きなくてさ。道場の師範代も、かなり気を使ってくれて…俺にはあまり話しかけなかった。俺が話せたの、家族だけだったからな。」

 

俺の話した後、ユウキは俯いて黙り込む。二人の間に、静かな時が流れる。ユウキはなおも下に俯き続け…その目尻から、透明な雫がこぼれ落ちた。

 

「ユウキ…?」

「ごめん…ごめんね…カズマ。」

「な…なにが…?」

 

謝られている理由がよく分からず、俺は少しだけ首を傾げる。俺の話した中に、ユウキが謝ることなんてあっただろうか。ユウキは涙を流す目を手で擦る。

 

「ボクを…ボク達を助けたから…そんなことに…ボク達のせいで…」

「それは違う。」

 

俺はユウキの意見を真っ向から否定した。ユウキは俺の目を見る。

 

「あれはユウキのせいなんかじゃない。お前達をいじめた加藤たちと、あいつらを甘く見てた俺のせいなんだ。それに、俺は自分の意思でお前達を助けたんだ。お前やランが気に病む必要は無い。」

 

俺は自分の意見をはっきりと述べた。

そう、あれは俺が俺の意思で選んだ道だ。雰囲気に流されたわけでもなんとなく助けた訳でもない。大切だったから、守りたかったから。だからこそあそこで俺は行動した。

しかし、俺の意見を聞いても、ユウキはどこか申し訳なさそうだった。

 

「だ、だけど…」

「…」

 

俺は少しだけため息をつく。ユウキの意見を曲げないという性格は、こういう時に少しだけめんどくさいことになる。

俺は木の枝を置き、立ち上がると身を屈めながら狭いテントの中を移動し、ユウキの横で膝をつく。

俺の視線とユウキの濡れた瞳が交錯した…その直後。俺はユウキの体を自分の体に抱き寄せた。

 

「え…?」

 

ユウキは少し驚いたような声を出す。俺は背中に手を置いて、ユウキの頭を撫でる。少しだけ違う点はあるが…昨夜の光景と、立場が逆になっていた。

 

「あれは…俺が選んだ道なんだよ、ユウキ。たとえ世界中の誰からも拒絶されたとしても…お前らは俺が守るって、そう決めたんだ。俺はあのことをお前らのせいになんてしない。だからさ…そんなに思い詰めるなよ。」

「…うん。」

 

その後は、パチパチと火花の爆ぜる音と、ユウキの嗚咽だけがテント内を満たしていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「おっ、もう五時か。」

 

俺はウィンドウを開いてそう呟く。

俺たちはあの後、ユウキが俺の膝に乗ったまま話の続きをした。内容は…また後日ってことで。

とりあえず、ようやく俺が目当ての時間になったわけだ。俺は立ち上がるとユウキに手を伸ばす。

 

「ほら、行くぞ。」

「あ…う、うん。」

 

ユウキは俺の手を掴む。俺はユウキの手を引っ張って立ち上がらせる。

 

「そういえばさ…今日は何を見に来たの?来た時は、別に何も無かったけど…」

「そんなの、決まってるだろ?」

 

俺はニヤリと笑うと、テントの入口部分に手をかける。

さあ、ここでクエスチョン。

場所は崖の上。時刻は早朝。日付は元日。天気は晴れ。

さあ、この状況で見るものといえば…?

正解は…

 

 

「これだよ。」

 

 

俺はテントの入口部分を捲り上げた。すると、とてつもなく眩しい光がテント内に入り込んでくる。ユウキが眩しさのあまり目を細める。俺はユウキの手を引きながら外に出た。

そこにあったものは…青い空に囲まれた、一つの巨大な、光る球体だった。

 

「うっ…わあ…!」

 

ユウキは感激のあまりか、そんな声を出して文字通り目を輝かせる。

そう、答えは…初日の出だ。

 

そしてここは、俺とアルゴだけが知っている穴場。

元は日頃の感謝を込めて攻略組で来ようと思っていたのだが…今日バタバタしてたので二人で来ることになったのだ。正直申し訳ないとも思うが…しょうがないとも思う。

 

「綺麗…」

 

目を輝かせるユウキを見ながら、俺は少しだけ微笑む。その笑顔だけで、ここに来た価値があるだろう。

そして、俺はユウキの肩を抱き寄せながら、独り言のように呟く。

 

「そういや…俺去年ここである願い事をしたんだよな。」

「へえ…どんな?」

 

俺の言葉にユウキは興味津々と言いたげに目を輝かせた。

 

「いや…恥ずいな…」

「ほらほら、言った方がいいと思うよ?ボクにそんな面白そうな話をしといて話さないってのはルール違反だよ?」

「なんのルールだよ…」

 

俺は笑うユウキを横目で見ながらそんなことを呟く。ユウキの顔は満面の笑顔で、とても楽しそうだ。

しかしまあ、これだけは今日伝えておこうと考えていたので、俺に話さないという選択肢はないのだが。俺は少し息を吸いこんで、去年の願いを口にした。

 

 

 

「《ユウキに振り向いて貰えますように》…って、お願いした。」

「えっ…?」

 

 

ユウキは驚きのあまり俺の方に向く。俺はユウキの顔を見るのが出来ずに、ぷいっとそっぽを向いた。流石にここで顔を見れる奴は勇者だと思う。多分、俺の頬は今真っ赤に染まってるだろう。かなり、頬が熱い。

 

そんな時間が続いていると、不意に後ろから「プッ」と少しだけ吹き出したような声が聞こえて…俺は、飛びつかれた。不意打ちだったので、俺は地面に倒れてしまう。

 

「ぐえっ…!」

 

俺は背中から倒れて、仰向けになる。ユウキは俺の顔の横に手をついて、四つん這いになる。

俺とユウキの視線が再度交錯する。

ユウキは見るからに嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「アハハッ。それは告白のつまりなのかな?…それにしても、カズマにしては随分と可愛いお願いしたね。」

「…るっせえな。」

 

俺は頬が熱いことを感じながら少しだけ歯ぎしりをしながらそっぽを向く。

 

『くそっ…言うんじゃなかったな…』

 

俺がそんなことを考えていると、ユウキは自分の体と俺の体を密着させる。

 

「…?」

 

俺はユウキの行動の意味がわからず、そのまま大の字になって転がり続ける。そして、その状態のままユウキは言葉を発する。

 

「…バカだなあ、カズマは。せっかくの初日の出にそんなことをお願いするなんてさ。」

「…悪かったなバカで。そんぐらいしかお願いすることなかったんだよ。」

 

俺が視線を上に向けたまま不貞腐れたかのようにそう呟くと、ユウキはアハハと笑う。

 

「本当にバカだよ…。だって…」

 

そこまでを口にすると、ユウキは地面についていた腕を伸ばして状態を上げる。ちなみに、今の俺たちの体勢はユウキが俺にまたがるような体勢になっている。

そんな他の奴らが見てたら誤解しそうな体勢で、ユウキは言葉の続きを口にした。

 

 

 

「…ボクの答えなんか、五年前からとっくに決まってたのにさ。」

「…えっ?」

 

 

俺は予想外の返答に、驚きの表情を作る。それと同時にユウキが自身の両手を俺の頬に移動させて、挟み込む。そして、ユウキの顔がゆっくりと近づいてきた…瞬間。

 

俺の唇に、柔らかい感触が生まれる。まるで、何かをあてた…いや、何かを重ねたかのような、そんな感触。

いつまでもユウキの顔が離れないということは…そういうことなのだろう。

 

「…!?!?」

 

俺は驚きのまあまりユウキの肩を掴んで押しのけようとするが、ユウキは俺の頬を挟み込んだままそれを許さない。俺の方がSTRは高いはずなのにユウキはまったく微動だにしなかった。ユウキの力が強かったのか、それとも…俺の腕に力が入らなかったのか。恐らくそれは、一生分からない案件だろうと俺は感じた。

 

 

 

「ん…」

 

十数秒してから、ユウキは自分の唇を俺の唇から話す。

 

「ぷはっ…」

 

俺は足りなくなった酸素を補充するために荒い呼吸を繰り返す(仮想世界だから酸素とか必要無いが)。

呼吸を整えて、真上を見ると恥ずかしそうに微笑むユウキの顔が目に入る。

 

冬場だというのに少しだけ汗ばんで、頬に髪がひっついているユウキはいつもより少しだけ大人っぽく見えて、少々ドキリとしてしまう。

 

「アハハッ、ファーストキス…かな?奪っちゃった。」

 

いつも通り、しかしいつもより恥ずかしそうに笑うユウキに俺は返答する。

 

「…ああ、ファーストキスだよ。…もちろん、お前もだろ?」

「正解。」

 

ユウキはそう言って微笑むと俺の顔の横に自身の顔を持ってくる。

 

「…やるんなら、やるって言えよな。このバカ。」

「ごめんごめん。カズマが可愛くって、ちょっと焦っちゃった。」

 

俺はユウキのその返答に少しだけ笑みを作る。相変わらず、不器用な奴だ。

俺はユウキの背中をポンポンと叩いてから話を進める。

 

「今のキスは…OKってことで良いのか?」

 

俺がそう聞くと、ユウキは俺に巻き付けている腕の力を強める。そして、恥ずかしそうに一言。

 

「…何度も言わせないでよ、バーカ。」

 

俺はその一言を聞いて、ほっと一息をつく。その一息は安堵か嬉しさか。それは分からなかったけれど…一つだけ言えることがあった。それは…

 

「ちゃんと、幸せにしてよね。ボクやボクの周りの人たちをさ。」

「…任せとけ。お前も、ラン達も…みんなまとめて俺が守ってやるよ。」

「…うん。」

 

俺たちの絆が、愛情が、さらに強固なものになったということだった。

 

 




遅れてごめんねー(*´▽`*)俺にも予定があってさー(*゚▽゚)ノアハハハハハハハ(⌒▽⌒)という訳で、ようやくくっつきましたよユウキとカズマ君。遅すぎだろという人も抑えて抑えて( ・ㅂ・)و ̑̑次からはキリトとシュンヤくんもバンバン出ると思うので楽しみにしててね!( 厂˙ω˙ )厂うぇーい
それではまた次回!感想と評価よろしく!うぇーい乁( ˙ω˙ 乁)


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第31話 システムの超越

冷たい湿った風が、シュンヤ達の頬を撫でる。暗い回廊を備え付けられた炎が控えめに照らす。
そして、彼らの目の前にあるのは禍々しいオーラを放つ巨大な扉。

「…この扉の前に立つとさ、なんかすげえ気持ち悪いんだよな。」
「あー、分かる分かる。なんか雰囲気が気持ち悪いよな」

そんな辺りの空気を読まない間の抜けた声が、最後方から聞こえてきた。

これからとてつもなく大事なことをしようとしているのに先ほどのような間の抜けた声を出せる者はかなり限られてくる。自分の腕に余程の自信があるもの。ただの能天気なバカ。

…もしくは、その両方。

シュンヤはそんな声を出す二人に出来るだけ近寄り、ヒソヒソと話し出す。

「キリトさん、カズマ。もう少し小さな声で…」
「やだよ。俺これぐらいの声じゃないと喋れないんだよ。」
「…なんていう苦しい言い訳だ。」

カズマの言葉にシュンヤが今までにないほどの呆れ顔を見せる。
その後、シュンヤはすぐにカズマから目を離して、違うプレイヤーに視線を向ける。その視線の先には、攻略責任者であるアスナの話を真剣に聞いているツインテールの少女。

「…やっぱり心配か?」
「…ああ。」

カズマの問いにシュンヤは躊躇いなく答える。
そして、直後にアスナの高らかな声が薄暗い回廊に響き渡る。

「皆さん、この層を抜ければ我々はデスゲームの半分を攻略したことになります!その分、敵は強力ですが決して倒せない相手ではありません!」

アスナは腰の剣を引き抜いて高々と切っ先を突き上げた。

「勝ちましょう!下層で待つプレイヤーのために、現実で待つ家族のために!そして何より…」

アスナのレイピアがその声に呼応するかのようにギラリと光を放つ。


「我々の、未来のために!」
「「「オオオオオオオ!」」」


およそ90人分の雄叫びが回廊に響き渡る。この層は五十層…つまりアインクラッドの半分部分となる。勿論強力な敵が出現する。なのでこの層は攻略組初のツーレイドで挑むこととなったのだ。
そんな光景を最後方で見ていたカズマが笑みを浮かべる。

「いつも思うけど…まさかアスナさんにあんな才能があったとはなあ…。元相棒としてはどういう心境だ?兄貴。」

カズマの質問にキリトは微笑を浮かべる。

「…まあ、まさか攻略組一のギルドのサブリーダーになるとは思ってなかったけどな。けど、こういう才能があるってのは薄々と勘づいてはいたさ。」
「へえ…」

二人は何気なく喋り続ける。しかし、二人ほど余裕のないビーターが一人。赤い着物を着たプレイヤー…シュンヤはどこかやるせない気持ちを抱えながら先程と同じプレイヤーを見つめる。
まさか、初のボス攻略がこんな層になるとは思いもしなかったのだ。
そう、今回は…シャムの初のボス攻略戦だった。

「沙綾…」

シュンヤの消え入りそうな声は、扉が開く音にかき消された。

アインクラッド史上、最も巨大な戦いが…今、始まる。


ソードスキルの色とりどりの閃光がボス部屋を照らす。

それと同時にボスのHPが数ドットだけ減る。

 

既に攻略が始まって2時間が経過した。7本あったHPバーは4本にまで減っているがこれでもかなり遅いペースだ。しかも、死亡者も出ておりメンバー数は既に80を下回っている。

 

五十層のボスは、いわゆる死神型だった。

フードは低層にも存在するアンデッド型と同じだが、鎌の薄い赤色と顔部分に付けられた仮面だけが違う。

 

攻略組を苦しめるのはSTR全開の鎌の大ぶり、高速の斬撃、口からの特殊攻撃(毒付加)。そして何より…アンデッド型を生み出す攻撃だった。

 

それに気を取られ、ボスの攻撃で命を散らした者がほとんどだ。

 

死神が鎌を大きく振り上げ、振り下ろす。

 

「…!」

 

その鎌は目の前に掲げられた十字盾に激突する。耳をつんざく衝撃音。だが、十字盾を所持する男は1人でその攻撃を防ぎきる。

 

「…キリトくん!」

 

男が大声で叫ぶと男の頭を飛び越えて黒い影が姿を現す。黒いコートの裾が風をうけてたなびく。

彼の漆黒の剣は…既に赤い光を宿していた。

 

「オオオオオオオ!」

 

とてつもない気合い。高速の斬撃が死神の体に繰り出される。

五連続突き、切り下ろし、切り上げ、そして全力の上段切り。

片手剣ソードスキル高位八連撃技《ハウリング・オクターブ》。

 

その攻撃で少しだけ…しかし確かな幅のHPが削り取られる。

 

「…キュアアアァァ!」

 

攻撃を受けた死神が怒声にも似た声を上げてキリトに鎌による攻撃を繰り出した。

しかし、彼の頭にあたる…直前。

神速の斬撃がその鎌を弾いた。

死神が目を向けた先には赤の着物に茶髪の少年。刀は既に腰の鞘に収められていた。

 

「キュア…!」

「どこ見てやがる。」

 

死神が怒声をあげる直前にそんな声と青色とオレンジの光が発生する。

死神はまたもや視線を変える。

そこには…赤色の柄をした剣を青色に染める黒色の少年と、紫色の柄をした剣をオレンジに染めた紫色の少女がいた。

 

「セ…ァァアアアアアア!」

「ハ…ァァアアアアアア!」

 

息の合った気合と共に二人の剣がとてつもない速度で四角形を形作る。

片手剣ソードスキル四連撃技《ホリゾンタル・スクエア》と《バーチカル・スクエア》。

 

その攻撃で死神は壁まで吹き飛び、激突した。

追加ダメージ。

 

攻略組メンバーはそれと同時に乱れていた陣形を組み直していく。

ソロメンバー達はその中には入っていないので個々のやりやすい位置についた。

死神はゆらりと立ち上がると…

 

「…アアアアアアア!」

 

今までとは違う声を上げた。そして、周りの暗闇からアンデッド達が出現する。もはや、見慣れた光景。

 

「タンクはそのまま!アタッカー達は数人アンデッドの処理に回り、残りはボスの攻略に尽くしてください!」

「「「「「応!」」」」」

 

アスナの指示に全員が呼応する。

 

「カズマ、俺たちはアンデッドの処理に回るぞ!キリトさんはボスに攻撃を!」

「ああ!」

「分かった!」

 

シュンヤの指示にキリトとカズマは口々に呼応する。

 

その時、シュンヤの目に見慣れたツインテールが少し映るが、無理矢理視線を外して近くのアンデッドに向かって走る。

1秒で距離を詰める。

アンデッドが気付いた頃には、既にシュンヤの刀はソードスキルの光に包まれていた。

 

「…ァァアアアアアアア!」

 

シュンヤのソードスキルが、アンデッドのHPを全て吹き飛ばした…

 

 

ーーーーーーーーー

 

二日前…

 

「私、ようやくボス攻略メンバーに入れました!」

 

嬉々とした表情で、ツインテールの少女がそんなことを叫ぶ。シュンヤは手にフランクフルトを持ち、口をもぐもぐ動かしながら返答する。

 

「ひってるよ、よはったひゃん。」

「はい!ついにここまで来ました!」

 

シャムは拳を握りながら嬉しそうに笑顔を作る。シュンヤは嚥下してから、微笑を作る。

 

「ま、随分と時間はかかったけど目標達成おめでとう。」

「ありがとうございます!」

 

幼馴染の笑顔にシュンヤはもう1度笑い返すとフランクフルトを更に齧る。

 

 

シャムは今までボス攻略メンバーに名を連ねるため、レベル上げに邁進してきた。

昔のシャムはとにかくレベルが低く、攻略組の補欠にすら入れなかったほどである。

しかし、シュンヤの紹介でスリーピング・ナイツに加入してから急激な成長を見せていた。そして今回、ようやくボス攻略メンバーの資格を勝ち取ったのだ。

 

「見ててくださいよ!活躍して絶対にシュンヤさんを超えてみせますから!」

 

シャムの大胆な宣戦布告にシュンヤは笑って返した。

 

「ああ、期待してるよ。」

「あ〜、出来ないと思ってません?」

「思ってないよ。」

 

シャムが顔を近づけて質問するとシュンヤはなおも笑いながら返答する。

その笑顔を見てから、シャムはニッコリと笑った。

 

「ま、いいです!それじゃ、また明後日に会いましょう!」

「ああ、じゃあな。」

 

手を振りながら離れていくシャムに手を振り返しながらシュンヤは笑顔を作る。

しかし、シャムの姿が転移門から消えた瞬間その笑顔は険しいものに変わる。

 

「…遂に…来ちまったか…。」

 

シュンヤは膝の上で手を組んで、そこに額をぶつける。

 

 

先程はシャムのことを思ってとても嬉しそうに振る舞ったが、シュンヤはシャムがボス攻略に来ることをあまり良く思っていない。

それだけ、死への危険性が上がるからだ。

彼の中には、シャムには死んで欲しくないという気持ちが確かに存在する。攻略組の《スリートップ》になった今でも、彼は自分の力にあまり自信を持てなかった。

なので、シャムを自分だけの力で守れるかとても不安だったのだ。

 

しかし…

 

「…やるしかねえよな。」

 

彼は強い光を宿した目を空に向けながら決意する。その空は、これまでにないほど、澄んだ青だった。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

時は現実に戻る。

 

あれから数回のアンデッド召喚があり、ボスのHPバーも残り一本のイエローゾーンとなった。

死傷者も2桁にのぼっていたが、全員が勝利への期待を膨らませる。

 

…そこで、異変は起きた。

 

アンデッドと対峙していたカズマとシュンヤの後ろから、視界がホワイトアウトしかけるほどの光が発生する。

カズマとシュンヤはアンデッドを消滅させてから体を後ろに向けた。

 

「な…!?」

 

二人は視界に映ったものを見て、体を硬直させる。そこには、ありえないものが宙に浮いていた。ほとんど毎日目にして、現実では地球に最も近い星。

 

そう…月だった。

 

どうやら、死神が召喚したもののようで振り上げた右腕の上にその月は出現している。

大きさはバスケットボール程だが、大きな威力を秘めていることは確実だ。

 

そして…死神は右腕を無造作に振り下ろした。

 

「逃げ…」

 

シュンヤは叫ぼうとする。しかし…一手、遅かった。

 

月はボス部屋の中心で弾けた。

コンマ数秒のタイムラグを経て、途轍もない衝撃波が攻略組を襲う。

 

「ぐおっ…!」

「あうっ…!」

「これ…は…!」

 

そんな声がカズマやシュンヤたちの元に届く。そして、シュンヤ達は膝から崩れ落ちた。

 

「なっ…!」

 

シュンヤは驚きの声を漏らして、必死に立ち上がろうとするが、体が電撃を喰らったかのように痺れて動けない。

その状態から、彼は即座に自分がなぜ倒れたのかを判断する。

 

『麻痺か…!』

 

その判断を肯定するかのようにHPバーの下に麻痺を知らせるアイコンが出現した。

HPはあまり減っていなかった。

 

『…麻痺専用か。タチが悪い…』

 

シュンヤはそんなことを歯ぎしりしながら内心毒づく。

 

 

威力+麻痺の攻撃は何の対策もしていないダメージディーラーにはかなり強力だ。

だが、麻痺毒に耐性のあるタンクにはほとんど効かない。少し体が痺れるレベルだ。

 

しかし麻痺単体の攻撃は訳が違う。

これはタンクにもしっかり効く。

勿論麻痺時間は短くなるが、それでも軽く一分は超える。だから、それが全体攻撃になると、尚更タチが悪い。

 

 

死神はあたりを見聞して、ある場所で視線を止めた。そこには、最も近くにいた攻略メンバー。

 

その光景を見て、彼は戦慄する。

 

『嘘だろ…おい、嘘だろ…?』

 

そこにいたのは…新加入の、ツインテールの少女だった。

 

ーーーーーーーーーー

 

シャムは声も上げられなかった。

いや、上げることは出来ないのだ。麻痺毒をかけられているから、口も動かせない。

 

死神が大きく鎌を振り上げる。

 

その姿を見て、シャムの頭を死の恐怖が埋めつくした。その恐怖は目から流れる雫に姿を変える。

 

『いや…嫌…!』

 

涙は溢れるが、声だけは少しも漏れない。そして、死神の目が赤く光った…

 

 

ーーーーーーーーーー

 

『動け…動け…!』

『何のために…何のためにここまでレベルを上げたんだ!』

 

メキッ。

 

『こんな生き恥を晒すためか?…違うだろうが!』

『大事な人を、大切な人達を守り抜くためだろ!』

 

メキメキッ。

 

『今までの努力を…決意を、水泡にするつもりか!』

『お前の決意は、意思は…そんなもんか!?霧谷隼人!』

 

メキメキメキメキッ!!

 

「ぐおっ…」

 

『…痛くねえ…こんなもん…あいつを失うよりかは全然マシだろ!』

『システムなんて知るか!世界の法則なんて知るか!』

『守りたいものが…救いたい命があるなら…!』

 

メキメキメキメキッ…

 

『システムなんて壊せばいい!』

『そんなもんは自分の意思で、塗り替えろ!』

『それが…』

 

メキィッ!!!

 

()()のやり方だろうが!!』

 

ーーーーーーーーーー

 

………チュンッ!

 

ドガァンッ!!!!

 

そんな激突音がボス部屋に響き渡る。

全員、何が起きたのか分からなかった。

なぜなら、あの攻撃を受けて動けるものなどいるはずがなかったから。タンクでも、あと数十秒は硬直しているはずだった。

 

だから…死神の顔を蹴り飛ばした者の姿を見た時、ボス部屋は驚きに包まれた。

彼は、タンクでも何でもなく、ただのダメージディーラーだったから。

 

カタンッカタンッ…

 

彼が歩く度に下駄の軽やかな音が響く。

彼の持つ刀の銀色の刀身には何故かヒビが入っていた。しかし、彼は刀を変えようとしない。

そのまま、死神に近づき続ける。

死神はゆったりとした動作で立ち上がる。落ちていた鎌を持ち上げてシュンヤに近づく。

 

「あいつは…」

 

シュンヤは足を止めて、両手で刀を水平に構えた。そこで、刀身のヒビがさらに広がる。

 

「…死なせねえ…!」

 

その声と共に、ヒビから紅色の光が漏れ出す。

そして…破砕音と共に、銀色の刀身は弾け飛んだ。

 

その中にあったものは…紅色の鮮やかな刀身だった。

先程とは比にならないほどのオーラを、剣が放つ。

 

 

 

 

「…フッ!」

「キッ!」

 

シュンヤは足で地面をひび割れんばかりに踏み込み、死神は全速力の移動。

そして、紅色の刀と赤色の鎌が交錯した。赤い光が弾け飛ぶ。

 

「ちっ…!」

 

流石に力負けしたのか、シュンヤは軸足を少しぶらす。死神が勝ちを確信した笑みを浮かべた。

 

「キュアアアアアアアアアア!」

 

鎌をシュンヤに向かって無慈悲に振り下ろした。全員が彼の体に鎌が刺さるのを錯覚した。

だが、ここで忘れてはならないことが2つ。それは…

彼が、攻略組でも飛び抜けた敏捷力と凄まじい反応速度を持っていること。

 

彼の体に鎌が刺さる…直前。

彼の体が、掻き消えた。

誰も、彼の姿を追えなかった。それは、システムである死神も同じだった。

死神が目を必死に動かした…直後。背後から光速の斬撃が繰り出される。

死神のHPが数ドット減少する。

 

「…ァァアアアアアアア!」

 

無理矢理鎌を後ろに振り回す。そこに、彼の姿はなく手応えもなかった。

死神はまた目を動かした。

 

その目が、青色の光を捉える。それは…自身の鎌から発生していた。

死神は目だけを動かす。

その目は…鎌の刀身の上に乗り青色の光をバックに、刀身を鞘に収めたまま柄に手をかける、赤色の武士を捉えた。

 

「…吹き飛べ。」

チュチュチュンッ…!

 

そんな、囁かな斬撃音。

死神は斬撃を目で追えなかった。気付けば、自身の体が吹き飛んでいた。

七回目の、壁への激突。

 

既に、死神のHPバーはレッドゾーンに突入していた。だが、このままやられるという選択肢は死神にはなかった。

 

立ち上がり、右腕を上げる。その上には、青白く光る球体。

 

 

麻痺から回復したプレイヤーの一人、カズマは装備フィギュアを操作して剣を変える。それは…ユウキ達を助ける時にも使った、あの剣だった。

赤黒い光を剣が放つ。

 

「…いいね。」

 

カズマは不敵に笑う。

 

手には死神の心臓刀。現在の時刻19時46分。

そして…目の前には、《満月》がある。

これ以上にないセッティング。

 

直後、カズマの剣から赤黒い光が飛び出した。まるで月の光を侵食するが如くボス攻略メンバー全員の視界の色を塗りつぶしていく。

 

心拍のようにカズマの持つ剣がドクンドクンと波打つ。

 

「…キュアアアアアアアアアア!」

 

死神が月を投げる。

同時に、カズマも動く。

そして、刀身をライトグリーンに染めた。ソードスキル…

 

「…ォォォオオオオオオオ!」

 

カズマの剣はライトグリーンに包まれながらも、さらに赤黒い光を漏らす。

…遂に、カズマの剣と月が接触する。

 

「アアアアアアアァァ…!」

「オオオオオオオォォォ…!」

 

とてつもない音と、光がボス部屋を満たす。

その光景に、全員が目を奪われた。

攻略メンバーが一人残らず目を開ける。

そして…

 

「ォォォオオオオオオオ!!!」

 

カズマの剣が、満月を真っ二つに切り裂いた。満月は少しした後に…光と共に弾け飛んだ。

月を失くしたカズマの剣は光を失い、力尽きたようにカズマは倒れ込む。

 

勿論、彼を死神は鎌で狙った。

しかし、それも叶わなかった。

 

十字盾を掲げた最強の男・ヒースクリフがその鎌を受け止める。

 

「…全員、突撃!」

 

アスナの指示に呼応して、残り少ないHPを削り取ろうと攻略メンバー達が突撃する。それを狙っていたかのように死神が鎌を持っていない左手を振る。

 

アンデッド達が一瞬で生み出された。

 

これで安心しきった…それが死神の落ち度だった。

 

アンデッド達の間を縫って、一人のプレイヤーが飛び出す。死神はその姿を見て、恐怖を覚える。

先程まで、自身を圧倒していたプレイヤー。

シュンヤは通常技を繰り出す。通常技は狙いをつけやすいが、速度はソードスキル程は出ない。

 

だから、死神は初撃は防げた。

 

しかし、その後。死神はシュンヤの姿を見失った。死神も学習したのか、今度は横も下も見る。だが…いない。

 

「キュアアアァァ…」

 

まるで混乱したかのように眼球をグルグルと回す。

死神は見落とした部分がある。翼で翔ぶことが出来ないSAO。

だから、見落とすのも仕方が無い。だが、相手は全プレイヤー1の敏捷力を誇るプレイヤーなのだ。

可能性は大いにあり…事実、やり遂げている。

 

死神の目は、赤色の光を捉える。それは横でも、下でも…鎌からでもなく。

 

普通ならありえない…真上からだった。

 

死神は視線を真上に向ける。そこには…両足を天井に合わせた、少年がいた。

シュンヤは一呼吸置いて…天井を蹴る。

赤い閃光が、死神に降る。

そして、10発の斬撃が死神の体に繰り出された。

 

HPはグングンと減っていき…残り数ドットだけを残すのみとなった。

だが、ここで足掻くのがモンスターだ。死神は月を生み出すために右腕を上げる。

光が死神の真上に…

 

「そういや、言い忘れてたな。」

 

シュンヤは死神の後ろを歩きながら言葉を発する。刀は腰の鞘に収められていた。

 

「ラストアタック・ボーナス。あれって俺とカズマは取ったことないんだよ。」

 

そこで、死神は自分の目の前に赤い光が生み出されていることに気付く。

そこには…

 

「だって…」

 

剣を肩に担いで構えた、黒衣の剣士の姿。ジェット機めいた音を剣が発している。

 

 

「それは、その人がするって決まってるからな。」

 

 

死神は後ずさる。

その剣士が発する威圧を恐れる。もちろん、剣士に躊躇いはない。

その一撃で…

 

「仕留める。」

 

剣士は言葉を発すると、地を蹴った。部屋全体が揺れる。その速度は…いつもの彼を超えていた。

死神は避けようとするが…無駄な足掻きだった。

 

「セアアアアアア‼︎」

 

黒衣の剣士の剣は死神の心臓を貫いた。そして…それと同時に死神のHPは、全て吹き飛んだ。

 

「キュアアアァァ……」

 

死神は、一瞬硬直した後…

 

カシャアアアアン!

 

その体を、無数のポリゴンに変えた。

 

ファンファーレとプレイヤー達の歓喜の声が響き渡る。

《congratulations!!》の文字がいつまでも宙に浮いていた…。

 

 

 

 

 




「うぐっ…ひっく…うぅ…」
「…」

誰もいなくなったボス部屋を泣き声が埋める。
シュンヤの胸に一人の少女が顔を埋めている。シュンヤは少女の背中を撫で続ける。
あの後、泣き出したシャムを宥めるためにシュンヤはみんなを先に行かせた(何人かには意味深な目で見られたが)。シュンヤは疲労しきった体に鞭打って必死に背中を撫で続ける。

「ごめんなさい…ごめんなさい…私の、私のせいで…」
「お前のせいなんかじゃないって。あと別に俺死にかけてないし。」

シャムの言葉をシュンヤは少し疲れた声で否定する。

「だけど…だけど…」
「んー…」

正直、経験のない自分には荷が重い。カズマはユウキを宥める時どうやったんだ?また今度教えてもらおう。
シュンヤはそう決意しながらシャムの肩を両手で握る。
そして、自分と無理矢理視線を交錯させる。シャムの濡れた目が青色の火を反射する。

「…悔しいか?」

シュンヤの質問にシャムは泣きながら頷く。

「はい…。全く勝利に貢献できなかったことが。何より…シュンヤさんに迷惑をかけてしまったことが…申し訳なくて…」
「なら」

シュンヤはシャムの言葉を途中で遮った。

「なら、もっと強くなれ。俺に助けられなくてもいいように。逆に、俺を助けられるぐらいに。大丈夫だ。志があるなら、人はどこだって行ける。俺が保証してやる。」

シュンヤはそう言うと微笑んだ。

「だから、もう泣くな。これからは、絶対に。」

シャムはシュンヤの言葉が終わったあと、すぐに目元を拭う。赤く腫れた目のまま、ニッコリといつものように微笑んだ。

「はい…必ず…必ず、約束します…!」

シャムはそう言うと、またすぐに表情を歪ませた。

「なので…今日だけ、思いっきり泣かせてください。」
「ああ…。いつまででも、俺が受け止めてやるよ。」
「ありがとう…ございます…。」

シャムはまたシュンヤの胸に顔を埋める。

「うあっ…ああああああ!…ひっく…ひぐっ…ああああああ!」

シュンヤは右腕を背中から頭に移す。そして、頭を撫で始める。左手で背中を抱きしめる。
その後、二人は…いつまでも、寄り添っていた。


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第32話 またもや再会

「半減決着モードで…Yuuki、と。…ほれ。」
俺はコマンドを押し終わって、ウィンドウを目の前に立っている少女に飛ばす。
「おっ、きたきた。やっぱ階層攻略した後はこれがないと始まらないよね〜。」
少女はOKボタンを見ながらそうやって笑う。俺はそれに苦笑しながら返した。
「もう俺の正体分かったんだからやる必要なくね?」
「いやいや〜。これが今のボクの唯一の楽しみなんだよ?ボクから娯楽を奪うつもり?独占欲の強い彼氏だな〜」
「独占欲の使い方間違ってねえか?」
俺のツッコミに少女はOKボタンを押しながら笑う。
彼女がOKボタンを押すと同時に頭上でカウントダウンが進み始める。俺は背中から、少女は腰から剣を抜いてそれぞれの高さで剣を構えた。
「というわけで…手加減はしないでよ、カズマ。」
「そこは安心しろ。…ユウキとのデュエルで、手を抜いたことは一度もないからな。」
俺のその言葉にユウキは嬉しそうに微笑む。それと同時にカウントダウンが0となり《DUEL!》の文字が弾け飛んだ。
ユウキは一筋の風となって俺に走り込んできた…


かなりの犠牲者が出た第五十層のボス攻略が終わった…翌日。51層にあるかなり広い闘技場に剣戟の音と火花が飛び散る。観客席があるが、観客は誰一人いない。つまり、今ここにいるのは俺とユウキの二人だけ、ということだ。

第二層からもはや定番となった俺とユウキのデュエルだが…俺の正体がユウキにバレた(というか思い出した)今も続いている。いつもは第十四層にあるここよりは狭い闘技場でしていたのだが、五十一層にあるここの存在を知って戦闘場所をここに移した。ここは少しだが障害物もあるので、かなりやりやすい…

 

 

「ハアアアアア!」

「セアアアアア!」

雄叫びとともに青と黄緑の閃光が交錯する。俺とユウキはその衝撃によって後ろに吹き飛ばされた。

「よっ…」

「ととっ…」

俺たちは互いにすぐ立ち上がり、一瞬だけ相手を見つめる。そして…無音の跳躍。ソードスキルの撃ち合いから通常攻撃の剣戟に移行する。

ユウキの音速の斬撃を俺は先読みですべて迎撃していく。

その剣戟の間、ユウキの口角が上がっていく。それは…本当に幸せそうな、笑みだった。それにつられて、俺も口角が上がる。

俺とユウキのデュエルは、いつもこうだ。こんな剣戟が続くと、絶対に楽しくなって、口角が上がっていってしまう。これでは巷で《戦闘狂》などと呼ばれても仕方ないだろう。

「フッ…!」

俺はユウキの剣を思いっきり弾いて、互いの距離をとる。俺が剣を構えなおすと、ユウキが笑いながら話しかけてきた。

「アハハハ。相変わらず強いねー、カズマは。さすが攻略組の《スリートップ》の1人って言われてるだけはあるなあ。」

「ま、それが攻略の中でのソロプレイヤーの利点だよな。他のパーティーがいない分自分のレベル上げに集中できる…」

「そうだけど、いつまで経ってもボッチなのはデメリットだよね。」

「ほっとけ…よ!」

俺は右足を思いっきり踏み込んだ。大地が揺れる。一瞬の跳躍。ユウキは微笑んだまま俺の攻撃をいなすと、俺に神速の突きを繰り出す。

「ほいっ…と!」

俺はそれを弾くと、ユウキに斜め上段切りを繰り出した。前に出したユウキの剣と俺の剣が交錯して、鍔迫り合いとなる。

俺は剣を押し込みながらユウキに話しかける。

「ちょっと速くなったか?」

「まあね〜。最近結構レベルも上がったし筋力と敏捷が少しだけ上がったよ。」

「へえ、随分と調子いいんだな」

「あー、そうだね。…やっぱりファーストキスのおかげかな?」

その言葉を聞いて、俺の脳裏にあの時の記憶がフラッシュバックし、唇に感触が蘇る。そして、俺の顔の温度が一気に上がった。

ユウキはニヤニヤと笑っている。

「あ〜、カズマ赤くなってる〜。」

「う、うるさい!からかうな!」

俺はニシシッと笑うユウキに少し強めの声を出す。やはり、俺の叱責などこいつには全く効果がない。

「もぉ、かわいいな〜カズマは。…これ終わったらまたしてあげようか?」

「おまっ…!何言って…!?」

ユウキの言葉に動揺した俺は、力を少しだけ緩めてしまった。その隙を逃さず、ユウキが俺の剣を弾く。

「お前な…」

「フッフッフッ〜、不意打ちも戦略のうちだよ〜。」

「…ったく…」

俺は地面につけていた膝をゆっくりと持ち上げて剣を片手に構える。

ユウキは左手を前に出し、右手の剣を肩に担ぐ。どう見ても《ヴォーパル・ストライク》の構えだった。

「それじゃ、これで決めさせてもらうよ、カズマ。」

「…今回はかなり早めなんだな。」

俺の言葉にユウキはアハハッと笑う。

「この後予定があるからね〜」

「さいですか…」

俺は左足を前に出す。ユウキの剣が赤い光を発する。炎のような紅の光が、辺りを照らす。

俺は目標をしっかりと見据えると…右足を大きく踏み出した…はずだった。

右足を動かした俺の体がなにかに引っ張られるかのように引き戻される。

「!?」

俺は右足を見る。俺が目にしたものは…ふくらはぎに、ワイヤーが刺さっていた光景だった。

恐らく、先の鍔迫り合いの時に仕掛けられたのだろう。

「しまっ…!」

俺はすぐにユウキの方に振り返る。

ユウキは…すでに、動き出していた。そして、一言。

「チェック(王手)。」

 

 

ユウキに躊躇はない。

自分の筋力では、カズマの膨大なHPを吹き飛ばすことは不可能であることを知っているから。何よりも、本気で彼に勝ちたいと思っていたから。

ユウキは踏み込む。跳躍して、右手を突き出す。赤い刃が、カズマに向かって伸びる。

『とった…!』

ユウキは瞬時にそう思った。カズマがこれを躱す方法や受け切る方法は、何一つないから。

しかし…彼はまた、ユウキの思考を裏切った。

 

フッ…

ユウキの剣が当たる寸前、カズマの姿が掻き消える。ユウキの剣は虚空を切り裂いた。

「あ、あれっ!?」

ユウキは辺りを見回す。しかし、カズマの姿はない。

『一体、どこに…』

…直後、ユウキの顔に影がかかる。ユウキは反射的に上を向いた。目にしたのは…片脚を無くして、飛翔しているカズマの姿だった。かなりのスピードでユウキに向かって落下している。

「わわっ!」

ユウキは剣を自分の体の前に出すが、カズマに軽々と弾かれ、剣を離してしまう。カズマは剣を持ってない左手でユウキの肩をつかむとそのまま押し倒して、ガラ空きの首元に紅色の刀身を突きつけた。

「…」

「…」

先程までの剣戟が嘘だったかのように静かな時間が闘技場内を包む。

その静寂を破ったのは、カズマだった。

「チェック…かな。」

唇の片方を上げて、不敵な笑みを見せる。

「アハハ…」

ユウキは乾いた笑みを見せると、目を瞑って呟いた。

「アイ・リザイン。」

その言葉と同時にデュエルが終了する。カズマは勝利のファンファーレを聞きながら剣を鞘に収めて片足で立ち上がった。ユウキもそれと同時に上体を上げる。

「あーあ…また負けちゃった。」

「あはははは。今回は惜しかったじゃねえか。ワイヤー使われた時はちょっとだけびっくりしたぜ。」

その言葉にユウキは「むー」っと唇を尖らせる。

「上手くいったと思ったのに…どうやってワイヤーを切ったの?あれって鋼鉄製だから普通は切るのに1分ぐらいかかるはずなのに…」

「あそこ見ればわかるさ。」

カズマはある方向を指差す。そこはカズマがトラップに引っ掛かった地点だった。

ユウキは指差された方向に視線を向ける。そこには…一本のワイヤーと、黒いブーツを履いた左足が転がっていた。ユウキはカズマの無い左足を見てから苦笑を浮かべる。

「…足、切ったの?」

「ああ、もちろん。」

カズマは何ともないかのように腰に手を当てる。

「ワイヤーから抜け出すためにはそうするしかなかったしな。自分で足切って抜け出した。」

「…相変わらず、無茶苦茶だね。」

ユウキの苦笑にカズマはしゃがみこんで、ユウキのおでこを人差し指でつついた。

「人の戦術パクったやつに言われたくねえよ。」

「あうっ…」

ユウキは顔を俯かせた。カズマは座り込むとユウキに笑いかける。

「ま、いいんじゃねえか?強くなるためにはそうやって貪欲に人から技術を盗むのも大切なことだし。」

「…」

カズマの言葉にユウキは顔を上げる。カズマは腰からハイ・ポーションを取り出すと一気に煽る。空になった瓶を地面に放り投げる。二割ほど減っていたHPがじわじわと回復していく。

 

…………………………………………。

 

しばし、先程同様に静寂な時間が流れる。二人の髪をそよ風が控えめに揺らした。

ユウキは視線を少し上げて現在時刻を見た。そして、一瞬で立ち上がる。

「…どうした?」

「ごめん!今日はこれで解散ね!」

そう言いながらユウキは装備フィギュアを操作し始める。

「なんかあんのか?」

「今日はこれから姉ちゃんやシウネー達と買い物なんだよ!集合時間がもうちょっとなんだ!」

「ふーん…」

ユウキが装備フィギュアの操作を終える。そして、今までの戦闘服が一気に可愛らしい私服へと変化した。カズマは少しだけ見とれていたが、ユウキはすぐに出口へと方向転換する。

「じゃっ!また今度!」

「ああ、楽しんでこいよ。」

「勿論!」

そう言うとユウキは走り始める。

…しかし、途中で「あっ」と言いながら急ブレーキをかけると、カズマに再度近寄る。

「?なんだよ。」

カズマが訝しげな視線を向けるとユウキはニッコリと微笑んだ。

「ごめんごめん、忘れてた。」

そう言って、ユウキは自分の唇をカズマの唇に重ねた。そして、数秒後に離すとカズマが言葉を発する前に手を上げた。

「じゃねっ!」

そう言うとわずか10秒ほどで闘技場から出て行った。

「…」

カズマは少しだけフリーズしてから、少し唇を触って苦笑した。

「…ったく、台風みたいな奴だな。」

カズマは視線を上げる。空には、次層の蓋がすっぽりと覆いかぶさっていた。

 

 

「…」

俺はアルゴに貰った地図を見ながら人の多い道を歩き続ける。

この層は最前線にかなり近いので見慣れた攻略組のメンバーも多い。そして、転移門から歩き始めて、およそ5分後。俺は目的の場所に到着した。

それは…何の変哲もない、鍛冶屋だった。

 

少しだけ話は変わるが、俺には行きつけのプレイヤー経営の鍛冶屋があった。40層に店を構えるあまり大きくない鍛冶屋だったが、店主の腕は良かった。

店主は《ドナウ》という名前の少しおとなしい男性プレイヤーで、俺と同じ歳だった。

同じ歳だったということもあってか俺と彼はすぐに仲良くなり、暇な時はいつもその店に通った。彼の鍛冶にかける情熱はすごいもので、一度鍛冶について語り始めるといつもユウキを止めている俺ですら止められなかった。

しかし、彼の話はとても俺の興味を引いて、いつも俺を楽しませてくれた。

現実に戻れたら、絶対に彼と再開し友達になろう。そう思っていた。

だが…先日、その希望は奈落の底に落ちた。

彼は素材も自分で調達していたので、よくフィールドに仲間と共に出かけていた。

どうやらその日も素材取りに行っていたらしい。仲間によると、彼はモンスターと対峙していた時に、仲間達と離れてしまったらしい。

見失ってしまった彼の仲間達は一生懸命に捜索したそうだ。

しかし…捜索の途中で、彼はいきなり麻痺し数分後、HPバーが消滅した。

彼らはさらに必死に捜索したがアバターはおろか武器すら見つからなかったらしい。念の為、黒鉄宮へと確認に行ったそうだが…彼の名前には、横戦が引かれていたそうだ。

 

「…」

俺は自分の回想に息を詰まらせる。今まで何人もの死を間近で見てきたが、親友の死ともなるとその精神的ダメージはかなり大きかった。それに、彼がなぜ死に落ちたのか、その理由もわかっていない。彼らの捜索していた森は普通、麻痺毒を使うモンスターは出現しない。普通の毒はあるが。アルゴの情報によると、かなり遠い遺跡のフロアまで行ったのではないかということだった。そこなら、麻痺毒を使うモンスターが出現するから。だが、俺はどうも腑に落ちない。とりあえず、彼の件は不可解な点が多すぎるのだ。

俺は深呼吸をしてから気分を落ち着かせる。俺の目の前にはドナウが開いていた店と同じくらいの大きさの鍛冶屋がある。看板には英語で《ウッド武具店》と書かれている。

恐らく、ウッドというのがプレイヤーネームなのだろう。

『…多分、本名は《木下》さんとか《荒木》さんだな。』

俺はそんなどうでもいいことを考える。

この店はアルゴがおすすめしてくれた店だった。『攻略組なら、新しい行きつけの店が必要だろう』ということだった。正直、かなりありがたかった。俺も必要かなとは思っていたが、どうも自分からは言いにくかったから。

アルゴは地図を渡す時、俺の顔を見るやいなや「あまり気にするなヨ」と声をかけてくれた。

そこら辺は、アルゴからの気遣いだったのだろう。

俺はもう一度心の中で顔馴染みの情報屋に礼を言うと目の前のドアを押し開けた。

ドアの鈴がカランカランと鳴る。店の中は、無人だった。いや、一応NPCがいるにはいるが、それだけだ。プレイヤーは誰一人いない。あまり繁盛してないのか、剣は一本も売れてない(売れる度に補充しているのかもしれない)。

「いないのかな…」

俺は店主がいないことを確認してから商品棚に目を移す。そこには色とりどりの剣が置かれていた。どれもがとても美しい光を放っている。店主の腕が良い証だ。

俺はまず目の前にあった剣を手に取った。俺の筋力値には軽すぎるのか、羽のように感じる。それから全ての商品を手に持ってみたが、最重量のもので包丁ぐらいの重さだった。

「…スピード系の鍛冶屋か。」

俺はボソリと呟いた。俺的にはパワー系の鍛冶屋の方が良かったが、贅沢は言えない。俺は輝く刀身を見つめながら呟く。

「…メンテだけ頼もうかな。」

そこで、バァンッ!と工房に繋がるドアが開いた。俺はその音に背筋が凍る。どうやら、店主は外出中ではなく工房にこもっていたらしい。

「いらっしゃい!今日は何をお求めで!?」

店主の若々しい声が響き渡る。

…ん?この声、どこかで聞いたような…気のせいか。

俺は剣を棚に置きながら店主の方向に振り返る。

「あー、メンテを頼みたい…ん…だけ…ど…。」

店主の顔を見た瞬間、俺の頭は驚きのみで埋め尽くされた。

俺は店主の顔をマジマジと見る。驚きのあまり、思わず声がか細くなってしまう。

俺は再度、店主の全身を見る。身体は作業着を着てブーツを履いている。そして、顔に頭、パーツは全て見たことのあるものだった。…そう、現実世界で。

俺は震える指で相手を指さしながら、これまた震える声で相手の名を呼んだ。

「ふ、冬木…?」

相手も、驚きを隠せない声と顔で俺の名を呼んだ。

「か、和真…」

 

 

 

 

 




あー、最近あんまり寝てねえなあ!つっかれたなあ!
…あ、感想と評価お願いね♡


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第33話 追ウ者

遅くなってマジですんません!
生活環境変わって大変だったんです!
長くかけたので多分面白くなってる…はず!
それでは、どーぞ!


青い空の中。そこに、その城は建っている。

…いや、厳密には建っているのではない。《浮いて》いるのだ。地上数百メートルに浮かぶいくつもの層が積み上がった鋼鉄の城。

今はそれが、プレイヤー達の全てだ。正確には、VRMMO《ソードアート・オンライン 》をプレイするユーザー達の、だが。

電子の牢獄と化したこのゲームは、プレイヤーにHPが0になると現実の体も死に落ちるようになってしまった。そんな中、プレイヤー達は鋼鉄の城の中で剣を振り続ける。いつかこの城の最上階まで登りつめ、ゲームをクリアするために。今日もプログラムであるモンスター相手に一心不乱に戦い続ける…

……いや、モンスターだけを相手にしているわけではない。時と場合によっては、プレイヤー同士で戦わなければならない時もある。

いわば、人と人の《殺し合い》。そんなことを、連続して続けられる強心臓の持ち主は、たった一部のプレイヤーのみである…。

 

ガキィィィィン…!カラン、カラン…

黒衣の剣士が、ボロボロのローブを着ている小柄な男性の剣を自身の剣で弾く。

弾かれた剣は遠くまで飛んでいき、影の闇に包まれて見えなくなる。

黒衣の剣士は手に持つ同色の剣の切っ先をローブの男の首元に突き付けた。

黒衣の剣士は、声を低くして一言。

「多勢で俺を襲って首でも取ろうって魂胆だったんだろうが…悪いな。」

剣士は不敵な笑みを浮かべる。

「いっつもソロな俺も、今日だけは…《仲間》がいたんでな。」

ローブの男は悔しそうに歯嚙みをする。

ローブの男の周りには、同じ服装をした同志が手と足を紐で縛られて転がっている。そして、その中の一人はある男が椅子がわりに使っていた。

「殺す…貴様、必ず殺す…!」

乗られている男の殺意の篭った声と視線を、だが座っている青年は軽く受け流す。咥えていたハッカ草を吸って、息を吐く。

「あっそ。やれるもんならやってみれば?」

そう言うと座っている黒フードコートの青年は自分の背中に吊っていた剣を抜くと…座っている男の鼻先に突き立てた。

「剣なら貸してやるぜ?」

その余裕な様子にさらに苛立ったのか下に転がっている男は激しく身じろぎする。

その様子を見ながら、その隣にいた赤い着物の青年がため息をつく。

「カズマ…お前あんまり刺激すんなよ?逆恨みされたら色々面倒なんだから。」

その言葉にカズマはハッカ草を吸いながらさらに答える。

「やだよ。こいつらのせいで余計な仕事が増えてこちとら睡眠時間削られてんだよ。苛立ってんだよ。ストレス発散しないと割に合わねえだろ。」

着物の青年はやれやれと首を振ってから腰のポーチから回廊結晶を取り出し、ゲートを開く。彼らがいつも使っている牢獄に繋がれている結晶。

その後、黒衣の剣士・キリト、黒フードコートの青年・カズマ、着物の青年・シュンヤは手際よく黒ローブの男をゲートの中に放り投げた。そして、最後の一人を放り入れた後、カズマは大きくため息をついた。

「はあ、嫌だ嫌だ。兄貴一人殺すためにまさか四十人も投入してくるなんてな。」

「人気者ですね。」

そう言ってシュンヤが同情の笑みを浮かべた。キリトはバツが悪そうな顔をする。

「勘弁してくれよ。こんな事で人気者になんざなりたくない。」

キリトは大きく肩を落とす。その肩を、カズマは慰めるようにポンポンと叩いた。

 

シュイイイイイィィィィィ…

少し狭い工房の中に硬いものが擦れ合うような音が響く。その発生源は、こげ茶のズボン、黒いシャツ、青色のコートを着ている一人の青年からだった。

手に持っている紅色の剣を丁寧に回転する伽石に当てている。もう数秒ほどその動作を繰り返すと、彼は剣の刀身を少し見る。紅い刀身が昼の太陽の光を眩く照らし返す。

青年は頷くと、剣を鞘に収めて無造作に、しかし狙いを定めて剣を投げる。その放物線上にいた、もう一人の青年がそれを受け取るとお返しとばかりに金貨を一枚、指で弾く。

「毎度」と青色のコートを着ている青年は金貨を受け取りながら呟く。

剣を受け取った青年は紅い刀身を少し鞘から抜き出し、少ししてからまた鞘に戻す。

背中に剣を吊りながら青年は笑う。

「相変わらずいい腕じゃねえか。これでパワー系の鍛冶屋だったら尚いいんだけどな。」

その言葉に青色の青年は苦笑い。

「うるせえ。なんでてめえに合わせなきゃなんねえんだよ。うちはスピード系専門の店なんでな。」

そう言って二人は笑い合う。

 

青いコートの青年のプレイヤーネームは《ウッド》。

本名・冬木 淳。

カズマ、ユウキ、ランの同級生で三人の親友。数年前の事件の時に学校の委員会でいなかったため、標的にはされなかった。

父親が大手製薬会社の社長で、本人はその後継ぎを目指しているようだ。

 

和真は工房の扉に手をかける。そして、振り返り、冬木に向かって微笑む。

「じゃあな。目的も達せられた事だし、帰るわ。メンテ、ありがとよ。」

その言葉に、冬木は手をヒラヒラと振る。

「そんな社交辞令みてえな挨拶はいいから、とっとと帰って寝ろ。どうせまた、攻略とかで2、3時間しか寝てねえんだろ?」

「お、バレた?」

冬木の言葉に和真は少しだけ笑みを薄めた。

冬木は「当たり前だ」と言わんばかりに鼻を「フンッ」と鳴らした。

「ほら、さっさと寝てこいって。お前に死なれちゃアインクラッドのプレイヤー全員が困るんだよ。」

そう言いながら冬木は和真の背中をグイグイ押す。

「わ、分かった!分かったって!!」

和真は背中を押されながら工房の扉を開く。柔らかい日差しが入り、工房の中を少し照らす。そして、和真は冬木に一言。

「また茶でも飲みにきてやるよ。」

その言葉に冬木は苦笑して、腰に手を当てる。そして、返答。

「…出来れば売り上げに貢献してくれ。」

和真は踵を返す。そして、手を振りながら「考えといてやるよー。」と答えながら転移門へと向かっていった。

 

「ただまー」

「おう、おかえり。」

キリトは自宅というか、居候しているある男の店に入り、その店主に軽く挨拶をする。スキンヘッドの店主は男らしい笑みを浮かべながら、キリトに話しかける。

「今日の攻略はどこまで進んだんだ?」

キリトは振り向かず手を横に振った。

「大して進んでねえよ。途中でレッドの邪魔が入ってな。攻略どころじゃなかった。」

レッド、と聞いた瞬間スキンヘッドの店主…エギルは目の色を変える。

「レッドに襲われたのか…!?…よく無事だったな。」

エギルの言葉にキリトは何気なく答える。

「その時はカズマとシュンヤがいたからなあ。すげえ楽に戦えたんだわ。人数が多いっていいよな。あ、コーヒー頂戴。」

話が長くなることを悟ったキリトは流れるようにコーヒーを注文する。エギルはバツが悪そうな顔でカウンターにあるコーヒーポットからコーヒーを注ぎながら「うちは喫茶店じゃねえぞ…」とボヤく。

「サンキュ」

キリトはコーヒーカップを受け取って店の端っこにある椅子に腰掛けた。

「お前ら3人は本当に息ピッタリだよなぁ。よく3人だけでいるし。」

エギルは不敵に笑いながらそう呟く。対してキリトは微妙な笑みを浮かべた。

「まあ、あいつらぐらいしか俺につるむ奴なんていないからな…。」

基本的にビーターの3人はほかの攻略組プレイヤーから敬遠されていた。ただでさえ一般プレイヤーから畏怖されている攻略組の中でもあぶれるプレイヤー。…いや、これも畏怖と言えるのかもしれない。

この3人と友好関係を築こうとするものなど本当に少ない。

「俺はこの店があるし、スリーピングナイツの連中もあいつらなりの攻略があるしな。自然とそうなるのか。」

「ま、そうだな。」

キリトは無糖のコーヒーを啜る。

「にしても、お前らもよくやるよな。これで捕まえた犯罪者何人目だよ。」

「さあ…俺とシュンヤはまだ50とかそこらだけどカズマは個々で100とかいってんじゃねえの?」

キリトの返答にエギルは目を剥く。

「おいおいマジかよ…たった1人でそこまで相手にしてんのか…。何があいつをそこまで突き動かすのかね…。1つ上の兄貴から見てどう思う?」

エギルの問いにキリトは肩を竦めた。

「…うーん、さすがに兄貴だからってなんでも分かるわけじゃねえしな…。…ただ、」

キリトは少し口篭る。

「ただ?」

エギルは先を促す。キリトは横目でエギルを見ながら、答える。

「あいつが犯罪者…特にレッドと戦ってる時は妙な違和感を覚えるんだよな…」

キリトはそう言うとコーヒーカップを棚の上に置く。

「なんていうか、こう…なんて言うのかな。…何かを探そうとしてるっていうかさ。」

「…探す?何をだ?」

「さあ…」

エギルの問いに、キリトも首を傾げた。

 

………

………………

………カラン…

闇が広がるレンガ造りの建造物、迷宮区。その中で微かな金属音が、確かに響く。モンスターがあまり出現せず、階層自体が攻略され尽くして人通りの少ないその道の角で、その音は発生した。

その発生した場所に現在ある光景は…

冷たく暗い硬い床に、無様に寝転がる様々な服装のプレイヤーが複数人。彼らは麻痺で動けないのか各々の武器を全てファンブルしてしまっている。そしてそのカーソルは、全てがオレンジ。つまり、犯罪者プレイヤー。

そんな中、1人だけゆったりと立ち、紅い剣を手に持つ緑カーソルのプレイヤーが1人。

彼は無様に寝転がる…いや、彼が麻痺で《寝転がさせた》犯罪者プレイヤーを見下すと、ため息と共に一言。

「また、ハズレか…」

その言葉の意味はその場の中では言葉を発した張本人と、その胸ポケットの中にいる小さい妖精にしか分からなかったであろう。

だが、オレンジプレイヤーたちの疑問などさらさら興味のないように、彼はバックポケットから深い青の結晶を取り出した。そして、力なく呟く。すると…

「コリドー・オープン」

牢屋と現在地を繋ぐ、いわゆるパトカー代わりの門が彼の目の前に出現したのだ。

 

彼…カズマは犯罪者をコリドーの門に放り込んだ後、溜息をつく。

「…あんた、最近寝てないでしょ。」

彼の胸ポケットから出てきた羽のついた妖精…NHCPのメルはボソリと呟くように、カズマに質問する。

カズマはそれに並行して動きながら答える。

「ああ…でも、そんなことはどうでもいい。」

「どうでもいいってあんた…」

メルは浮かびながらこめかみに手を当てた。

この世界での睡眠時間の削減又は消滅は、文字通り命に関わってくる。戦闘中にめまい等の症状が現れれば戦闘リズムは崩れ、それこそかつてのアスナのように迷宮区内で倒れる可能性もあり、大変危険なのである。

そんな中…カズマは現在四徹中である。

さて、これを聞いて皆どう思うか?

もちろん、『こいつ頭おかしいんじゃねえの』であろう。実際、メルがそう思っているのだから。

「カズマ、あんたはもっと自分の体を大切にしなさい。ただでさえあんたはこのゲームを攻略するのに最重要な《攻略組》でもトップクラスの実力者。そんなあんたが死んだとなるとペースは大幅に遅くなってもおかしくない。それに、大切な彼女も、その彼女を助けるための夢もある。ここまで無茶は…」

「必要あるんだよ」

半ばメルの言葉を遮る形でカズマは声をかける。彼はメルを横目で見る。

「もちろん、お前が言ったことも俺の《将来》では最優先事項だ。人生の最高目標はそこにある。…だが、それはあくまで未来、将来の話だ。」

カズマは地図を取り出してしっかりとそれを見据える。

「俺が今やってるのは、《今》の俺に必要なこと。俺の人生のターニングポイントの1つ。ここでやらなきゃ、俺は確実に《タイミング》を逃す。それだけは、我慢ならねえ…!」

カズマは尚も横目でメルに笑いかける。

「俺を心配してくれる気持ちはすげえありがてえ。…ただ、これだけは譲れねえんだ。これが終わったらたっぷり休暇取るからさ。見逃してくれや。」

そんな、頼み込むような表情に…メルが折れる。ため息をついて、呆れたように笑う。

「やれやれ、とんだ馬鹿主人を選んじゃったものね…ま、こいつしか選択肢なかったけど。」

メルはカズマの胸ポケットに入り込む。

「いいわ、認めてあげる。ただし、今やってることが終わったら、ちゃんと睡眠を取りなさい。それが絶対条件よ。」

「ああ、分かった。」

カズマはしっかりと頷き返す。

その直後、地図上に書かれた旗印の1つを×で印した。

「見つけてやる…絶対に…!」

その声と同時に、カズマは歩き始める。一歩一歩、闇の中に溶け込むように…

 

彼が持つ地図は、ある座標が記されていた。

その座標は…

 

 

 

 

 

《ラフコフ》の、アジト候補地だった…。

 




ふむふむ、もう少しでラフコフ突入かもですね。ヘタしたら次回から?まだ構成は決まってねえです。ていうか今回のアニメはやばかったね。バトルの描写が。…え?凌辱シーン?そんなのあったっけ?


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第34話 竜使いの少女

久しぶりの投稿、すみません!少しでも皆様に楽しめて貰えたら幸いです!それでは、どうぞ!


眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い。

 

俺の脳内をそんな単語が埋め尽くす。

仮想…いや、この手の欲求なら現実の脳から出た欲求なのか。

 

俺…カズマこと桐ヶ谷和真は、今ようやくの思いでアインクラッド第47層にある自室に戻った次第だ。

現時刻は、朝の1時と言ったところか。

時刻を見ようにも、もはや余計な力を使うことすらもどかしい。

 

ちなみに、こんな時間まで何をやっていたか端的に言うと、数日前から各層のダンジョンに潜ってラフコフ…レッドギルドのアジトを探していたのだ。

 

基本的に、20時間は動き続けた。

勿論体には限界があるので安置部屋を見つければ仮眠をしたりはしていた。…が、バッド。

そんな石造りのダンジョン内にベッドなんてあるはずもなく、今の俺はおよそ五日ぶりのまともな睡眠が取れるわけだ。

 

装備を外して、寝るとき用の衣服に素早く着替え、そして…

 

「…ぐえっ。」

 

死ぬように、ベッドに倒れ込んだ。

 

だが、このまま眠る訳にはいかない…。せめて調査結果を…あの見つからない…情報屋に…

 

「…ぐー…」

 

…そんな意志とは反して、俺の意識は深い闇の中に刈り取られた。

 

ーーーーーーーーー

 

このまま話を進めるのもあれなので、読者の皆には彼の調査結果を報告しておこう。

 

単刀直入に言うと、彼の調査は失敗に終わった。

途中で中断したという訳ではなく、ただ単に、ラフコフのアジトを見つけることが出来なかったのだ。

 

だが、彼の努力は無駄にはならない。何故なら、その流れてきた情報、噂が嘘であったと、確認できたのだから。

 

ーーーーーーーーー

 

チチチッチチッ

 

「…んむ…」

 

窓から差し込む日差しの眩しさに、俺は目を覚ます。寝すぎたのだろうか、頭が気怠い。

 

「ふぁ…ぁ…」

 

固まった体を解すように伸ばすと、無意識にそんな声が漏れる。

もう少し寝たい気もするが、これ以上寝たら体が訛りそうだったので足をベッドの側面に移して体を座っているような体勢に変える。

 

恐らく髪が乱れているだろうが、もはや直すのもめんどくさい。ストレージを開いて時刻を確認。十時過ぎを示していた。

たっぷり9時間も寝ていた計算だ。

 

「あなた、寝なさ過ぎじゃない?もう少し寝てもいいんじゃないかしら?」

 

俺は声のした方を向いた。ふよふよと頭上を浮遊する妖精、メルに俺は解答する。

 

「そうでもねえよ。知ってるか?人は9時間寝たら十分なんだぞ。」

「あのねえ、あなた昨日までの自分の所業を思い出しなさい?睡眠不足で倒れてもおかしくなかったのよ?」

「大丈夫だって、現実世界で慣れてる。」

 

カズマがそう言うと、メルは少し不服そうにどこか諦めたようなため息をついた。

 

それを横目で見ながら、そそくさと遅めの朝食の準備を始める。メニューはとくに凝ることもなく、簡素なスープにサラダ。

それと下の店舗で買っていたパン。

 

この世界では食べ物が腐ることは無く、何ヶ月もストレージ、又は冷蔵庫(らしきもの)に入れておけば幾らでも置いておける。

ちなみに、今カズマが食べているパンはおよそ数ヶ月前、お気に入りを買いためておいた時のものだった。

 

「…うん、いけるいける。」

 

彼は、数日ぶりのまともな食事をゆっくりと食した。

 

ーーーーーーーーー

 

「はぁ…はぁ…」

 

薄暗い森の中、ツインテールの少女…ビーストテイマーであるシリカは荒い息を繰り返す。仮想の肌に流れる一筋の汗を装備の袖で拭き取った。

 

ここは、35層にある《迷いの森》と呼ばれる地帯。その名の通り深い森が広がり、移動でもありとあらゆる所に転移する空間があるため迷いやすくなる厄介なダンジョンだ。

 

そんな所で、彼女は1人、この層での最強クラスの猿人モンスター《ドランクエイプ》の群れの相手をしていた。

 

このモンスターは特に対応が難しく、ただのステータスのみではなく、群れの行動を好み、プレイヤーのみ使えるパターンである《スイッチ》さえ、使いこなすほど。

 

余程安全マージンを取っていないか、パーティーを組んでいないものでないと相手にするのは難しいのだ。

そんな少女に対して、横に浮遊していた青色の小型モンスターがブレスを吐いた。だが、これは決して彼女を攻撃した訳では無い。

逆に彼女の半減したHPバーがみるみる回復し、黄色が緑色へと変化する。

これは、プレイヤーが《テイム》したモンスターだけが行う、特殊動作だ。

 

割合は少ないが、1部のモンスターはある一定の条件を満たすとプレイヤーになつき、行動を共にするようになることがある。

そうするとそのモンスターはバトル中にプレイヤーのことを体力面や攻撃面でも援護するようになり、SAOではそうやってテイムしたモンスターと行動を共にするプレイヤーのことを《ビーストテイマー》と呼ぶようになる。

 

彼女…《シリカ》はとある幸運から、ビーストテイマーになるに至ったのだ。彼女は傍らにいる水色の小竜に《ピナ》と名付けて、相棒として苦楽を共にしてきた。

 

「セアアアァァァァ!」

 

回復して持ち直したシリカのソードスキルがドランクエイプの一体の体を深々と抉る。HPバーが黄色から赤へと突入した。

 

『いける…!』

 

シリカは着地した直後、すぐに地面を踏みこんで跳躍。

ドランクエイプとの距離を一気に詰めた。

 

瀕死の一体に、刃を突き立てようとした…

 

「!?」

 

しかし、そこでドランクエイプは思わぬ行動に出る。

瀕死の一体がふらつきながらも後ろに下がり、少し離れたところにいた一体がシリカとの間に割って入ったのだ。

 

『しまっ…』

 

彼女は咄嗟に剣を構えてガード。ギリギリで間に合い、棍棒と短剣が凄まじい衝突音と共にぶつかり合った。

 

「キャアッ!」

 

ガードには成功したものの、衝撃で彼女の小柄な体は吹き飛ばされ、

 

「アウッ…!」

 

近くにあった木に、背中から激突した。

 

その衝撃でシリカは弱スタン状態に陥る。ほんの数秒動けなくなるだけではあるが、それでも戦闘中の数秒は命の危険性をはね上げる。

見ると、先程まで瀕死であったドランクエイプも片腕に持っている容器の液体を煽ってHPを回復していた。

 

「スイッ…チ…」

 

シリカは荒い呼吸からその単語を絞り出す。

彼女の頭から抜け落ちていた、ドランクエイプの行う《スイッチ》。

 

それこそがこの勝負の明暗を分けてしまった。

シリカの状態を見て、ドランクエイプはすかさず棍棒を振り上げた。それを見て、シリカの体は強張る。

 

『ダメ…このままじゃ…!』

 

体を動かそうにも言う事を聞かない。たった数秒のスタンのはずなのに、永遠のように感じられた。

 

そして…

 

「ひっ…!」

 

無慈悲にも、棍棒は彼女めがけて振り下ろされる。

抗えない恐怖。脳をよぎる明確な死のイメージ。

 

数々の思考が、彼女の視界をも埋め尽くした。

 

…だが。

 

「…え…?」

 

そんな彼女の視界に、振り下ろされる棍棒の他に、何か別のものが入り込む。

《それ》は振り下ろされる棍棒とシリカの延長線上に身を投げ出した。…彼女を庇うかのように。

 

「キュルルゥッ!!」

 

そんな鳴き声をあげながら棍棒を迎え撃つ。

 

ドガッ…!!

「キュアッ…!」

 

しかし、そんな行動をしたがために小竜…シリカの相棒である《ピナ》はドランクエイプの棍棒によって、地面に叩きつけられた。

 

「……ピナ!!」

 

その光景を見た直後、シリカのスタンも同時に切れる。彼女はすぐさま相棒に駆け寄った。叩きつけられたその体躯を優しく、しかし素早く抱き上げる。

 

「ピナ…しっかりして…!お願いだから…ッ!」

 

そんな彼女の懇願が迷いの森にこだまする。しかしそれも虚しくピナのHPバーは減少し続け…ついには、バーが弾け飛ぶ。

 

「ピナッ…ピナッ…!」

「キュ…ウッ…」

 

そして小竜は小さく呻くと、その目をゆっくりと閉じた。

 

「ピナァッ!!」

 

涙混じりの少女の絶叫。

 

 

 

カシャアアァァァンッ…!

「ひぁっ…!」

 

 

だが、現実は非情。

 

その直後に淡く光っていた小竜は、その体を無数のポリゴンへと変化させた。

 

彼女の仮想の手が感じていた重みが、温もりが、全て嘘だったかのようにその手は空を掴む。

一瞬、思考が停止したように感じた。

無数のポリゴンの中から、1枚の羽毛が芝へと舞い落ちるのをシリカは視界の端に捉える。

 

「グオオオオォォォォ!」

 

それらも、ドランクエイプの叫びにかき消され、彼女は座り込んだままドランクエイプのいる方にゆっくりと上半身を回転させた。

 

まず目に映るのは、棍棒をこちらに向けて振りかぶる一体のドランクエイプ。その左右には同じフォルムのモンスターが一体ずつ。

 

明らかに、シリカ1人だけでは相手に出来ない数。

 

…だが、ドランクエイプ達は襲ってこない。

いや、それどころかその体勢のまま動こうともしないのだ。

三体の様子にシリカが違和感を感じる中、やがて三体はその体を大きく歪ませ…

 

カシャアアァァァン!

 

またも無数のポリゴンが宙を舞い始めた。

 

何が起こったか分からないシリカ。

だが、その答えはすぐ目の前にあった。

 

…いや、()()

 

ドランクエイプがいた場所の、さらに奥。ほんの数メートル離れた場所に人が立っている。その人物は剣を抜き、振り抜いた状態で立っていた。

 

それを見つめるシリカは唖然とし、自然と足の力が抜けて、ペタリと座り込む。そんな彼女の様子を見て、剣を一振りして鞘に押し込んだ青年は申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「…すまない。君の友達、助けられなかった。」

 

その言葉に、目から涙が溢れる。死からの恐怖から逃れた安堵など感じない。

彼女を、後悔と自責の念が埋めつくした。

 

「ピナ…」

 

シリカは震える手で、地面に落ちた水色の羽毛を持ち上げる。

シリカの涙が、羽毛に零れ微かなポリゴンとなって飛散する。

それを見て、青年の顔に一層影が落ちるが、シリカは涙を振り落とし、必死に震える声で呟いた。

 

「…私が悪いんです。1人で迷いの森を抜けるられるなんて…勝手に舞い上がって…」

 

涙をもう一度拭いながら、羽根を胸に抱きしめそっと青年の方に向き直った。

 

「…ありがとうございました、助けていただいて…」

「ああ、いや、礼はいいよ。俺は別の目的でこの場所に来てただけで…たまたま通りかかっただけだし。それよりも…」

 

青年はしゃがみこむシリカに視線を合わせるように膝を折り、指先を羽根に向けた。

 

「その羽根のことなんだけどさ、アイテム名とか付いてないかな。」

「え…?」

 

そう言われて、シリカは確かに、と思う。

いくらそれがテイムモンスターからであっても、モンスタードロップであることに変わりはない。なら、そのドロップしたアイテムには名称があるはずだ。

 

シリカは自身の胸から羽根を遠のけ、おそるおそる水色の羽根をタップ。するとひとつのウィンドウが現れた。

 

そこに書かれていたアイテム名は…《ピナの心》。

 

それにまたシリカは涙ぐんでしまうが、青年の「泣かないで…!」という少し慌てたような声で不思議と止まる。

 

「《心》というアイテムのままなら、まだ蘇生の可能性がある。」

「…え?」

 

そして、次の言葉に、思考が止まる。

一瞬、何を言われたのかわからなかった。だが、だんだんとその言葉の意味を理解し、そして一気に喜びが押寄せる。

 

シリカは無意識に身を乗り出し、「ほ、本当ですか!?」と急かすように問う。

それに青年は「ああ」頷く。

 

「この上の四十七層に《思い出の丘》という小高い丘がある。その頂上に咲く花を使えば、亡くなったテイムモンスターを蘇生できるんだ。最近出た情報だから、あまり知られてないけどね…」

 

それにシリカがさらに笑顔を深めるが、だが情報の一部に気を落とす。

 

「四十…七層…」

 

今シリカが前線としているのはだいたいこの層の前後あたり。つまり三十六~三十四層。そして思い出の丘は、四十七層。もちろんシリカは安全マージンなど取れておらず、単独で行けば、確実に命を落とすだろう。

 

「依頼料さえ貰えば俺が行ってもいいんだけど…モンスターの主が行かなきゃ花は咲かないらしいんだよ。」

「だ、大丈夫です!確かに時間はかかるかもしれないけど、もっとレベルを上げれば…!」

「残念だけど、テイムモンスターを蘇生できるのは、死んでから3日間のみだ。そこから先は…《心》が《形見》という表記に変わって、もう蘇生は出来なくなる。」

「そ、そんな…」

 

シリカの思考をまた、さらなる絶望が包む。

たった三日では10もレベルを上げるなど出来るはずがない。

 

「私のせいで…ごめんね、ピナ…」

 

彼女の悲痛な声が、迷いの森の木々にほんの少し反響する。

 

その声を聞いて、青年は静かに立ち上がった。そして、慣れた手つきでウィンドウを操作する。やがて、羽根を見つめていたシリカの目の前に、1枚のトレード・ウィンドウが現れた。

 

自分が受け取る欄に、ありとあらゆる見たことの無い装備名が羅列されていく。

 

「この装備なら五~六レベは底上げできる。あとは…まぁ、俺が一緒に行けば、なんとかなるだろ。」

 

勝手に進んで行く話に、シリカはついていけなかったが、話を理解するにつれて少しだけ後ずさる。

 

「なんで…そこまでしてくれるんですか…?」

 

それは、シリカの経験から出た、無意識の警戒であった。

 

 

シリカは、アインクラッド内では非常に珍しい、女性プレイヤーである。それ故に向けられる視線はどこか性的なものが多く、囚われた時齢13歳であった彼女にとっては、あまり心地良いと思えるものではなかった。

パーティーでは特別扱いされ、デートにも誘われた。

時には、自分よりも三十ほど上であろうプレイヤーから求婚されたりもしたのだ。

警戒も、致し方ないだろう。

 

 

青年はその問いに、少しキョトンとしていたが、少しして「うーん」と唸る。

 

「まぁ、警戒もするか…。…笑わないって約束してくれるなら、教える。」

「笑いません。」

 

シリカは毅然とした顔で、そう約束する。

 

青年はなおも悩んでいるようであったが、それでも意を決したように、しかし少しだけ視線を逸らして呟いた。

 

「…君が…妹に、似てたから…」

「え…?」

 

どこか拍子抜けする、彼の回答にシリカはしばらく唖然とする。しかし、時間が経って不思議と可笑しさが込み上げてくる。

 

「ぷっ…」

 

そして我慢できず、ついに吹き出してしまった。

 

「あははは…あはははははは…!」

 

思わず大声で笑ってしまい、それに青年はバツが悪そうな顔をした。

 

「わ、笑わないって言ったのに…」

 

本当に傷ついたのか、顔をうなだれ青年が気を落としてしまう。

シリカは溢れた涙を、先程まで流していたものとはどこか違う涙を拭いながら、「すみません」と謝る。そして、彼女は確信した。

 

『悪い人じゃないんだ…』

 

この人なら、信用出来る。そう思える何かが彼にはあった。

 

「あの…私、シリカって言います。」

 

少しだけ変な雰囲気となった場を戻すべく、シリカは少しシンプルであったが、自己紹介を行った。

それには青年も少しだけ間を置いたが、すぐに笑みを浮かべて、手を差し出した。

 

「俺はキリト。短い付き合いになるかもしれないけど、少しの間よろしく。」

「はいっ!」

 

シリカは差し伸べられた手を、確かに握り2人は固い握手を交わす。シリカの手をたくましい強さが包み込んだ。

 

ーーーーーーーーー

 

第三十五層の主街区《ミーシェ》へと足を踏み入れたシリカは、体に張り巡らせていた緊張を解いて、横を歩くキリトに口を開く。

 

「そういえば、キリトさんのホームは何層にあるんですか?」

 

その質問にキリトは歩きながら少し悩むような仕草を見せる。

 

「一応五十層だけど…今から戻るのもめんどくさいし、今日はここに泊まっていくよ。」

「そ、そうですか!《風見鶏亭》っていうお店のチーズケーキ、結構いけるんですよ!」

「へぇ…それは楽しみだな。」

 

そう言って少しだけ楽しみにするかのように微笑むキリトの横顔を見て自身の心臓が跳ね上がるのを彼女は感じる。それはまだ、彼女が感じたことの無い感情(モノ)だった。

少し戸惑いもあったが、

 

「はい!」

 

彼と共に笑い、不快では無い動悸を彼女はそっと胸にしまった。

 

 

歩き始めしばらくした後、質屋から出てきた集団を目にして、シリカは少しだけ足を竦ませた。

 

その様子にキリトも同調して足を止めるが、その目は分からないことを示すようにシリカへ向けられている。

 

やがて集団の先頭にいた両手槍を背中に背負う赤髪の女性がシリカに気づいて近づいてくる。そして、どこか不気味な笑みを浮かべながらシリカへと言葉をかけた。

 

「あらぁ、シリカちゃんじゃない。迷いの森を抜けるられるなんて、凄いわね。」

「…どうも、ロザリアさん。」

 

 

シリカは元々、あの迷いの森にソロで潜り込んでいた訳では無い。あるパーティーの一員として、武器強化の素材集めという名目で探索を行っていたのだ。しかし、その途中のバトル後、今目の前にいるロザリアという名の赤髪の女性と対立し、そのまま仲違いして、ソロで行動していたのだ。

 

 

「ところでシリカちゃんいつもあなたの横にいる水色のトカゲがいないみたいだけど…ひょっとして…?」

 

皮肉げな彼女の笑み。

不快なそれを、しかしシリカは一瞬逸らしただけで毅然と真っ向から視線をぶつけた。

 

「…ピナは死にました。けど、絶対生き返らせます!」

 

シリカの宣言に、ロザリアは小馬鹿にするように口笛を吹く。

 

「てことは、《思い出の丘》に行くわけ?けど、あなたのレベルで攻略できるの?」

 

その言葉に、シリカは反論できない。先程キリトから貰った装備を付けても、安全マージンを取れているとは言わないだろう。

しかし、少し身ごもったシリカの前に立つように、キリトが割り込む。

 

「あんたの疑問は、俺が手伝うことで解消出来るよ。そんなに難しいクエストでもないしな。」

「あら、随分な自信ねぇ、剣士サン?見たとこ、あんまり強くなさそうだけど、あなたもこの子に丸め込まれたクチ?」

 

ロザリアのそのからかうような、安い挑発に、しかしシリカは激しい憤りを覚える。

だが、彼女の顔の前でキリトが掌を広げて静止を促した。そして、どこかおどけたように「ご想像にお任せするよ」と返した。

 

「行こう、あまり寄り道はしない方がいい。」

 

キリトにそう言われて、シリカはどこか煮え切らないまま「はい…」と頷き、後を追う。

後ろからロザリアの「ま、精々気を付けてねー」という声だけが聞こえた。

 

ーーーーーーーーー

 

「…どうして、あんな意地悪言うのかな…」

 

風見鶏亭での、食事中のシリカの言葉に、キリトが傾けかけていたグラスをとめ、シリカの方を見た。

 

 

「…君は、VRMMOはこのゲームが初めて?」

「…はい」

「そうか…こういうVRMMORPGでプレイヤーの性格が変わることは、実は珍しくないんだ。シリカはLINEなんかで普段は大人しいのに、凄い饒舌の文を流してくるような子を見たことは無い?」

「あ、はい。あります…」

「それと同じなんだ。最も、今回はそんな知り合い同士のやり取りじゃないから尚更タチが悪い。性格だけじゃなく、物事の価値観さえ分からなくなることもあるんだ。現実(リアル)じゃバレないっていう保険は、人格さえも変える。」

 

 

キリトは視線だけを上にあげて、さらに自身のカーソルを指さす。

 

 

「ここにあるカーソル、俺は別に何もしてないから緑色だろ?」

「…はい。」

「これがノーマル。犯罪者…つまり他のプレイヤーに危害を加えるとこの緑色は変色してオレンジ色になるんだ。属にこの色のプレイヤーは犯罪者プレイヤー、オレンジプレイヤーなんて呼ばれるようになる。」

 

 

キリトはそのまま卓上に手を置くと、さらに話す。

 

「そして…その括りの中でも、PK…殺人を冒したものは《レッドプレイヤー》と呼ばれるようになるんだ。」

 

殺人、という単語を耳にした途端、シリカの体がピクリと震える。キリトは暗い面持ちのまま続ける。

 

「このゲームはHPが0にさえなれば相手を殺すことになる。その事に快感を覚えるようなやつも出てくるんだ。まあ、そんなやつはほとんどいないけど…」

「そ、そんな…」

 

そう言いながらも、彼の顔には段々と影が落ちていく。そして、まるで自身を責めるかのような声色で「それに…」と続ける。

 

「俺も、人の事を言える立場じゃない。仲間を見殺しにしたことだって…」

 

その苦悶の表情を見て、シリカは目の前の青年に今まで感じていた大人びた気配が消し去るのを感じた。

彼も、いくら腕は立つとは言え、一人のプレイヤーであり人間なのだ。そこはシリカ自身と何ら変わりない。

 

そう勘づいた直後に、シリカの体は動いていた。卓上にあったキリトの手を両手で包み込む。

 

「き、キリトさんはいい人ですっ!私を助けてくれたもん!」

 

シリカのその行動に、キリトはしばらく動かないでいたが、やがてそれが慰めと気づいたのか、シリカの手を包み返す。

 

「…元気づけてたつもりが、こっちが元気づけられちゃったな。」

 

キリトは、シリカを見つめながら微笑む。

 

「ありがとう、シリカ。」

 

そんな、キリトからの軽い不意打ちに、しかし彼女の心臓はドキリと跳ね上がる。頬が紅潮し、鼓動が早くなるのを自身でも感じる。

 

それ程までの身体変化に目の前の青年が気づかない訳もなく、心配そうな顔で「シリカ…?」と呟く。

 

シリカはそんな彼の視線に逃げるように目をそらすと、

 

「あ、あれー?なんか暑いなー。暖炉が効きすぎてるのかなー。あ、キリトさん食べ終わりましたか。デザート頼みます?」

「え、あ、ああ…そうしようか…」

「すいませーん!デザートお願いしまーす!」

 

そんな不自然なまでの早口でまくし立て、素早く話題転換を行った。

その後、シリカはキリトの顔をまともに見れなかったとか…

 

ーーーーーーーーー

 

夜。

シリカは眠れず、1つの扉の前に立つ。

 

あの後、2人はそれぞれの部屋にチェックインして解散となった。しかし、フル稼働させていた脳を休めようと目を閉じても一向に意識は飛ばなかった。

 

疲れているのに、眠れない。

 

恐らく、この1日とても多くのことがあったからだろう。

故に、彼女はこの時間を無駄にはすまいと、確かなる決意を持って、キリトが取っている部屋の前へと立っていた。

 

『べ、別にキリトさんに会いたいとかじゃなくて…そう、明日の予習をしなくちゃならないし!それにノックして出てこなかったら部屋に戻るし!』

 

前半本音が漏れていた気がしたが、気にしてはならない。

 

シリカは深呼吸の後、2、3回ノックをした。やがて「はい」と言いながら中からキリトが扉を開けて、シリカを見下ろして少し驚いた顔をする。

 

「あれ、シリカ。どうしたの?」

「あ、えと…あ、明日のことを予習しておきたいな、と…思ったんですが…キリトさん、今大丈夫ですか?」

「ああ…そういう事か。それもそうだね。それじゃ、下の階ででも…」

「あ、いえ!さ、さすがに他のプレイヤー達に聞かれちゃまずいので…」

「おっと、ごめん。確かにその通りだ。じゃ、俺の部屋でいい?」

「は、はい!」

 

我ながら、よく今の理由付けが口からスルッと出てきたなとシリカは自分で感心する。まあ、別に階層のことについて話すだけなので誰かに聞かれてもどうということは無いのだが、キリトがあっさりと了承してくれたことも、シリカにとっては都合が良かった。

 

「特別何も無いけど、どうぞ。好きなとこに座ってくれ。」

「は、はい!おじゃましまーす…」

 

シリカは部屋に足を踏み入れ、椅子へと近づいたところで、あることに気づく。

 

『香水…?』

 

自身の部屋では香ることのない安らかな香りが彼の部屋には充満していた。それの発生源を目で追う。

そして、ベッドの枕元に置かれている、ピンク色の小瓶を見つけた。シリカはそれに近づき、興味津々な目でそれを見つめる。シリカが近づくと同時にキリトは茶を入れながらニヤリと笑う。

 

「それ、《フレグランス・ポーション》って言ってな、52層の怪しげな店にしか売ってないレア物なんだよ。」

「へ、へー…!キリトさん、こんなのにも詳しいんですね。」

「意外だった?」

「あ、いえ!少し驚いただけで…」

 

手と頭を同時に振って否定するシリカに、キリトはティーカップを置きながら苦笑した。

 

「ま、俺が見つけたわけじゃないんだけどな。そこそこつるんでる連中の1人が、『睡眠の質向上にいいから』って言ってくれたんだよ。」

「へー、お優しいんですね。」

「多分そいつが本当にあげたかったのは俺じゃなくてもう1人の方だと思うけどな。最近ほとんど寝てねえみたいだし。…ほんと、世話がやける…」

「…キリトさん?」

 

少し沈んだ声を出すキリトにシリカが心配そうに声をかけると、彼は慌てて「悪い、脱線したな」と言ってアイテムストレージを操作する。

 

それにシリカは尚も心配そうな視線を向けていたが、いつの間にかキリトの表情は元に戻っていたので、違和感を残しながらもシリカはキリトの向かい側へと座る。

 

やがてキリトはストレージから3つのアイテムを取りだし、卓上へと出現させる。そして、青色と緑色の小瓶2つをシリカへと差し出した。

 

「え…?」

「お近づきの印…って言ったらあれだけど。まあ今日会えた記念ってことで。」

「そ、そんな…!いただけませんよ、こんな高価なもの!」

「気にしないで…って言うか、実はさっき言ったやつから貰ったのが余りに余っててさ…貰ってくれるとありがたい。」

「…そういうことなら、貰いますけど…」

「いやすまん、なんか押し付けたみたいになっちゃって。感謝する。」

「い、いえ。私も欲しいなとは思っていたので…」

 

「お代が飛んでラッキーでした」と笑顔を浮かべるシリカにキリトはホッと安堵の表情とため息を浮かべ、シリカの心臓はそれで更に跳ね上がった。

 

『まったく…忙しないなぁ…』

 

しばらく慣れそうにないなと、彼女は心の中でため息をついた。

 

 

「じゃ、ひとまずダンジョンの説明といこうか。」

 

そう言ってキリトは先程出したアイテムの残り1つ。立方体をワンタッチ。少しの操作の後、立方体から光が溢れ出し、やがてそれは暗い空間に球体の精密な《地図》を作りあげていく(ちなみに、現在の部屋は光源は全て切っている)。

 

「うわぁ…綺麗…」

 

「《ミラージュスフィア》っていうアイテムだよ。ギルドミーティングなんかで重宝するんだ。」

「へー!…あれ、でもキリトさんは…」

「あ、いやまぁ、俺はギルドには入ってないけど…た、例えだよ例え!」

「も、もちろん分かってますよ!」

 

キリトという少年は普段はどこか大人びており、シリカからすれば年上のように見えるのだが、今のような《素》が現れた時はどこか年相応な…シリカとさほど変わらないのではないかとさえ思えるような様子が伺える。

 

『…私、キリトさんのことまだなんにも知らないな…』

 

そんなことを考えながら、シリカはキリトの説明に耳を傾けた。

 

「…で、ここが丘になってて、ここまで来るとこの一本道しかないんだけど……っ」

 

ピタリ、とキリトは先程まで動かし続けてていた口を止め、ある方角を睨む。その眼光はどこか、獲物を睨めつけるような鋭さを宿していた。

 

「あ、あの…き…」

「シッ…」

 

口を開きかけたシリカをジェスチャーで黙らせると、やがてキリトは目にも止まらぬ速さで動き始める。彼は見ていた方角…部屋のドアへと一直線に駆け抜けた。そして、扉を開くと同時に「誰だ!」と鋭く声を張る。

シリカもそれに遅れて到着する。そして、階段を猛スピードで降りる音と、外套のようなものを目で捉えた。

 

「…盗み聞きされてたな。」

「えっ!?で、でも部屋の声は聞こえないはずじゃ…」

「《聞き耳》スキルっていうのを上げてたら、その限りじゃないんだ。まあ、そんなの上げてるやつなんてそうそういないけど。」

そう言うと、部屋へと戻り座り直してからキリトはキーボードを叩き始める。どうやらメッセージを送ろうとしているらしい。

「すまないけど、少し待っててくれないか?ベッドも使ってくれて構わないから。」

「は、はい。分かりました…」

 

シリカは扉を閉め、そのまま椅子ではなくベッドへと足を近づける。なるだけ小瓶の華やかな香りを感じたいと思ったからだ。

 

そしてベッドに座り込んで、キリトの方をもう一度見つめる。

キーボードを叩く、逞しいとは言えない、しかし男性特有の広い肩幅を持つ後ろ姿。その光景を、彼女はどこか懐かしいと感じる。

 

それは、現実世界にいた頃。寝る前深夜まで行っていた父親のコンピューター処理作業。その風景をベッドに横たわり見守るのは、シリカにとってどこか落ち着けるものがあった。そして、自然と眠りについていたのを覚えている。

 

やがて、シリカは自然とベッドに横を倒す。これが、致命的だった。彼女はどこか凄まじい安らぎを覚え、そのまま意識を刈り取られていったのであった…ーー




これからシリカ編ですね。まあ、あと1話程で終わりますが、それでもなるだけより良い作品に仕上げたいと思います(個人的にシリカ大好きなんで!)。これからもお付き合いお願いします



…基本的にヒロインは全員好きです( *˙ω˙*)و グッ!


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第35話 黒の剣士

よくよく考えたらロゼリアじゃなくてロザリアでしたね。
どっかの会社のゲームに出てきそうな名前にしてました。


聞きなれた木管楽器の音共に、シリカは覚醒し、目を開ける。どこかぼやけていた視覚が鮮明になるとは裏腹に思考能力は依然として回復せずにいた。

 

『…もう、朝…?私…昨日は、キリトさんの部屋に行って…』

 

その後、自分がどのように自室のベットに戻ったのか思い出せない。彼女にはキリトと階層について話して、一悶着あった後に…

 

「…!」

ボフンッ

 

瞬時にシリカは小さな顔を赤く染めた。

 

『そうだ…私、キリトさんの部屋でそのまま…』

 

とりあえず顔を洗おうとベッドを下りようとして、気付く。

 

ベッドの横の床で、キリトは体を休めていた。

スースーと寝息が聞こえてくるところを見ると、まだ起きてはいない。

シリカはベッドから下りて、顔を洗うと、キリトの近くにかけよる。

 

「キリトさーん、朝ですよー。」

「ん…んん…?」

 

控えめなシリカの声に、しかしキリトはすぐに反応し、ゆっくり目を開いた。

 

「ああ、もう朝か…」

 

彼は立ち上がり、そのままぐいーっと伸びをした。

 

「お、おはようございます。すいません、ベッド占領しちゃって。」

「おはよう。別にいいよ、ダンジョンのアンチなんかで寝る時もあるから、硬い寝床には慣れてる。それに、こっちこそごめんな。シリカの部屋まで連れていこうと思ったんだけど…」

「あ、いえ。そこは私が悪いので…私じゃないと扉開けられないですもんね。」

 

あはは…と苦笑しながら、シリカの頭に羞恥と申し訳なさが同時に込み上げてくる。

その様子に、キリトは笑った。

 

「大丈夫、本当にこういう寝方は慣れてるんだ。ここじゃ肩の張りとかもないからな。」

「そ、そうですか…」

「ああ。それよりも、早く準備してダンジョンに向かおう。10分後に下のレストランに集合でいい?」

「は、はい!分かりました!着替えてきます!」

 

シリカはなおも熱い顔を隠すように、急いで自室へと戻った。

 

ーーーーーーーーーーー

 

それから1階で集合し朝食を取った2人は、風見鶏亭を後にし、目的の層へと足を踏み入れていた。

 

「うわぁー…綺麗…」

 

転送するやいなや、シリカはそう言いながら近くの花壇に咲き誇る花達に笑いかけた。相変わらず、花弁の1枚1枚や飛びさる虫など素晴らしい再現度だ。

 

「ここは通称《フラワーガーデン》って呼ばれてる。…ここ以上に花が多くて綺麗な層は、まだ俺も知らないよ。」

「はい、本当に綺麗です…」

 

近付いてきたキリトの言葉にシリカは目を輝かせ、辺りを見回す。

 

そして、気付く。

 

2人の周りにいるもの達は皆、ペア…しかも異性と組んで訪れている者が多い。

ある者たちは腕を組み、またある者たちは手を繋ぎ、思い思いに楽しんでいた。

つまりこの場所は《そういうスポット》としての価値も大いにあることが嫌でもわかってしまう。

瞬間、またもシリカを羞恥が襲う。

 

「さ、さて!そろそろ行きましょう、キリトさん!」

「あれ、もういいの?時間はまだあるけど…」

「だ、大丈夫です!もうたっぷり楽しみましたから!」

 

いたたまれない気持ちに、シリカは足を早めた。

 

「あ、シリカ!そっちは逆だよ!」

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「うわああぁぁぁん!!」

「お、落ち着いてシリカ!そいつすごく弱いから!」

 

 

…無論、そんな精神状態で通常通りにいくはずもなく。

 

シリカは草むらから伸びてきたツルに絡め取られ、見事に宙吊りにされていた。

どうしても下がってしまうスカートを押さえるのにいっぱいいっぱいなシリカは、右手の短剣を意味もなく振り回し、叫ぶ。

 

 

「き、キリトさん!助けて!

「え、ええと……」

「見ないで助けて!」

「…そいつは、ちょっと無理だな。」

 

懇願の中の懇願に、キリトは目を右手で押さえて「見てないから」と言わんばかりの行動をとる。

それに、彼女も覚悟が出来、もはや宙吊りにしてあそび始めたモンスターのツルを切り捨てる。

拘束から逃れて、シリカは落下を始めた。

怒ったモンスターはツルを伸ばしてくるが、彼女は難なくそれらを弾いてそのまま短剣を赤く染めた。ソードスキル。

 

「やあああぁぁ!」

 

鋭い閃光が走り、モンスターは破砕音と共にその体を消滅させた。

彼女の目の前にドロップアイテムなどのウィンドウが開かれるが…

 

 

「…見ましたか?」

 

 

頬を赤く染めた彼女は、真っ先にそう問うた。それにキリトはさらにフイッと視線を逸らすと…

 

「…見てない」

 

そう返すのだった。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「…妹さんの話、聞いてもいいですか?」

「…え?」

 

ポロリと、シリカの口から零れた言葉に、キリトは聞き返した。

 

《思い出の丘》を目指して歩き始めて数十分が経った道中、シリカはそう口にする。

彼女は彼が「似ている」と言った彼の妹のことが気になったのである。

 

「…そうだな。気にならない訳ないか。」

 

そう言うと、キリトはそのまま、歩きながら語り始める。

 

「…妹って言ったけど、本当は従妹なんだ。」

「えっ…」

 

キリトの第一声。それにシリカは驚愕する。

 

「小さい頃から弟と妹と一緒に住んでるから、兄妹みたいなものだし、向こうは知らないはずだけど。…だからかな、俺の方から自然と距離を作っちゃってさ。」

 

そう言うキリトの顔は、動かない。

 

「弟と俺は血の繋がりはあるし、弟もそのことは知ってるけどね。」

 

キリトは少し上を向き、なおも語る。

 

 

「…祖父が厳しい人でね。俺たち3人を近所の剣術道場に通わせたんだけど…俺はすぐ辞めちゃってさ。祖父にはそりゃあ殴られたよ。」

「そんな…」

「そうしたら妹が、『私がお兄ちゃんの分まで頑張るから殴らないで』って、庇ってくれたんだ。…それからは、あいつもいっぱい練習して、爺さんが亡くなる前の月には弟と一緒に全国ベスト4に入るぐらいになっててさ。嬉しかっただろうな…」

「す、すごいじゃないですか!」

 

 

シリカはそう言うが、だが、キリトの顔には、なおも影が落ちる。

 

 

「けど、だからこそ俺には、あいつ…いや、弟も含めてだな。あいつらに対して後ろめたさがあった。本当はもっとやりたいことがあったんじゃないか。俺の事を恨んでるんじゃないか。そう思わずには、いられなかった。…君をこうして助けてるのも、2人に罪滅ぼしをしている気になってるのかもしれないな。」

 

 

そう言って、自嘲気味に笑うキリト。

シリカは、それを見て一瞬言葉に詰まる。

彼女には、今のキリトの気持ちは理解しきれない。彼の長い年月の葛藤を理解することは出来なかった。

 

ならばこそ…

 

「きっと妹さんと弟さん、キリトさんを恨んでないと思いますよ?」

 

かける言葉は、シンプルに投げかける。

 

「楽しくなくて、好きじゃない事をそこまで続けられないと思います。きっと、剣道のことが本当に大好きなんですよ!」

 

キリトの顔を覗き込みながら、そう言うシリカ。彼女の言葉に、キリトは少し驚いていたが…

 

「…君には、励まされてばかりだな。」

 

すぐに、優しく微笑んだ。

 

「そうだな…そうだといいな。」

 

その顔に、またシリカは胸が高鳴る。

頬が熱くなり、鼓動が速くなる。

その感情の正体に、彼女は気付いていた。それを持つことは、決して悪いことではない。

だがしかし、彼女はその感情を、そっと自身の内に秘めた。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

シリカの言葉に、キリトはあることを思い出す。

 

その昔、小学生の頃に彼は弟に同種の質問をした。

 

いや、要求と言うべきか。

 

それは、妹に自分が剣道を辞めたことをどう思っているか聞いてくれというものだった。

結論から言うと、その質問は行われなかった。

 

カズマが承諾する前に、キリトに言い放ったのだ。

 

 

「俺から見たら、直葉が兄貴を恨んでるなんてことはまず無いよ。稽古見てても、嫌々やってたり、仕方なくやってるなんてことは感じない。きっと、本当に剣道が好きなんだろ。兄貴に思ってることといやぁ、『お兄ちゃんを守る』っていう分かりやすい目標ができて、感謝してるぐらいじゃねえか?」

 

 

そう、笑いかけながら言い放つ和真に和人は何も言えなかった。

 

『本当、そうだといいな…』

 

キリトは、現実の世界で、今も竹刀を振っているであろう従妹(いもうと)のことを思いながら、歩き続けた。

 

ーーーーーーーーー

 

「あそこが頂上だな。」

 

キリトの言葉と共に、見える1つのオブジェクト。

そこにあったのは、宙に浮かぶ縦長の直方体。

 

シリカはそれに足早に近付くと、それを覗き込む。

 

最初こそ、何も無く、ただ上部の光るだけの物体であったが、しばらくすると、ひとつの芽が光の中から出現する。

 

その芽は、倍速をかけた理科の教材映像のように凄まじい速さで成長し、一気に花を咲かせた。

 

シリカは恐る恐る、その細い茎に触れて、つまむと、茎は半ばからすぐに折れて、彼女の手に収まる。

シリカはアイテム獲得のウィンドウが現れると満面の笑顔を浮かべて、キリトに振り向いた。

 

「これで、ピナが生き返るんですね…」

「ああ、そのはずだ。…ただ、この辺りは強いモンスターなんかも出るから、街に戻ってから生き返らせてあげよう。」

「…はいっ!」

 

シリカは涙ぐみながらも、はっきりと返事をした。それに、キリトも柔らかな笑みを浮かべた。

 

ーーーーーーーーー

 

帰り道、シリカは気分も上がり、足も軽くその道を進んでいた。

 

もうすぐ、ピナに会える。

 

そう思うと、笑顔や鼻歌を抑えきれなかった。

だからこそ、キリトが肩を掴んだ瞬間には、何が起きたのか分からなかった。

 

「キリトさん…?」

 

彼の行動の意図に理解が追いつかず、シリカはキリトの顔を見上げた。

彼の顔色は険しく、視線の先にあるものを睨みつけていた。

 

「そこにいる奴、出て来いよ。」

「え…?」

 

見ると、彼の視線の先にあるのは、道の脇にある木々。シリカの目には何もいるようには見えない。

…だが、やがて人影が1つの木陰から出てくる。その人物の姿に、シリカは驚愕した。

 

「ろ、ロザリア…さん…?どうしてここに…」

 

シリカの問いに答える気は無いのか、ロザリアはちらりとキリトの方を見る。

 

「私の《隠蔽(ハイディング)》スキルを看破するなんて、大した索敵スキルね、剣士サン。…その様子じゃ、プネウマの花は首尾よくGET出来たみたいね。おめでとう、シリカちゃん。」

 

その時浮かんだ笑顔は、シリカがパーティーを組んでいた時にも見ていたものとまったく一緒だった。

…だが、その笑顔は一瞬にして、ゲスいものに変換される。

 

「それじゃ、大人しくそれを渡してちょうだい。」

「な、何を…」

 

「言ってるんですか」そう言う前に、キリトがスっと前に出て、シリカの言葉を遮る。

 

「そうはいかないな。これはこの後、シリカが使う予定なんだ。なんなら自分で取ってきたらどうだ。」

「そこのちんちくりんに篭絡された足軽がよく言うじゃない。それとも人を助けることが趣味のお人好しかしら?」

 

キリトを侮辱するような言い回しに、思わずシリカは腰の短剣に手を添える。だが、そこでもキリトは手を広げて、シリカを静止させた。

 

「いや、どちらでもないよ。俺もアンタを探してたのさ、ロザリアさん。…いや、犯罪者ギルド《タイタンズハンド》のギルドリーダーさん、と言った方が良いかな?」

「…へぇ」

 

キリトの言葉に、分かりやすくロザリアは目を細め、少し顔を顰めた。そして、シリカも反応する。

 

「で、でもキリトさん。ロザリアさんはグリーン…」

「よくある手口さ。グリーンの奴がパーティーに侵入して情報収集をして、ある程度準備が出来たところで実行役のオレンジ達が標的を殺す。古典的だが、だからこそ分かりにくい。」

 

「じゃ、じゃあ、この前まで一緒のパーティーにいたのは…」

「そうよォ。あのパーティーの情報収集するのとそこそこお金が貯まるまで待ってたの。そしたら1番の狙いだったアンタが抜けちゃうじゃない?あの口論は私も計画外だったわ。」

「……」

 

「まあでもそしたら、なんかレアアイテムを取りに行くって言うじゃない?プネウマの花って、今が旬なのよね。それより…」

 

ロザリアはキリトに向かって嘲笑する。

 

「そこまで分かっててその子に付いていくなんて、アナタバカァ?それとも本当に身体でたらしこまれたの?」

 

ニヤニヤと笑うロザリア。

シリカは憤怒のあまり、今度こそ抜剣仕掛けたが、2割方刀身を出したところで、キリトは横目でシリカに静止をかけた。

 

「いいや、どっちでもないさ。さっき言ったろ?俺もアンタを探してたって。」

「…どういうことかしら?」

 

キリトは笑みを無くす。

 

「アンタら、2週間前に《シルバーフラッグス》ていうギルドを襲ったな。ギルドリーダー以外の全員が殺された。」

「…ああ、あの貧乏な連中ね。」

 

ロゼリアはさも興味無さそうに答える。

 

「そこのギルドリーダーは、最前線で朝から晩まで仇討ちしてくれる奴を探してたよ。…アンタにあいつの気持ちが分かるか?」

 

ロザリアは「ハッ」と吐き捨てるように鼻で笑う。

 

「分かんないわよ。そんなことで熱くなって馬鹿みたい。ここで死んで本当に向こうで死ぬなんてこと誰にもわかんないし。それに奪い合いはRPGの醍醐味ってやつでしょ?説教垂れ流される筋合いなんてないわ。」

 

そういうと、ロザリアはパチンッと指を鳴らす。すると並ぶ木陰からぞろぞろとオレンジプレイヤー達が姿を現す。そこには、昨日シリカが目にしたローブ姿のグリーンの姿もあった。

 

「き、キリトさん、数が多すぎます。脱出しないと…!」

 

シリカは慌ててキリトのコートを引っ張るが、キリトは穏やかに笑って、シリカの頭をポンと叩く。

 

「大丈夫、俺が合図するまでは、クリスタルを用意して見ててくれ。」

 

そう言って、キリトはゆっくりとオレンジ達が待ち受ける橋の向こう側へ歩を進めた。

 

「…キリトさん!!」

 

シリカの叫びに、キリトは反応しない。

…代わりに、オレンジの中から声が上がる。

 

「キリト…?」

 

そのひとりは、ゆっくりとキリトの身体を視線で上下して見つめると、サーッと青ざめていく。

 

「黒ずくめの装備に、盾なしの片手剣…。ロザリアさん、マズイっすよ…!あいつ《ビーター》の、攻略組だ!!」

「こ、攻略組…?」

 

予想外の言葉にシリカは困惑するが、それにロザリアの声が重なる。

 

 

「こ、攻略組がこんなとこにいる訳ないじゃない!どうせただのコスプレ野郎よ!それに、もしビーター様なら格好の獲物じゃない!!」

 

「そ、そうだ!攻略組ならアイテムとかすげえ持ってんだぜ!」

「殺るっきゃねえ!」

「ウオオオオオオォォォ!」

「死ねやぁ!」

 

 

ザシュッ!ザシュッ!

ズババババッ!!

ズドォッ!!

 

あらゆる雄叫びを上げながら、オレンジプレイヤー達はキリトに襲いかかる。

およそ10人ほどの猛攻を受けながら、キリトは動かず、その攻撃を受け続ける。

 

「や、やめて…やめてよ…き、キリトさんが…死んじゃう…」

 

小さく頼りない声が、シリカの口から漏れるが、勿論オレンジプレイヤー達には聞こえない。いや、聞こえたとしても聞かないだろう。彼らの目は、標的を狙う時の獣のそれ。

 

『た、助けなきゃ…』

 

シリカは左手で転移結晶を持ちながら、おのずと短剣の柄に手を伸ばす。あの中に入ってもキリトを助けられるとは思わないが、彼が逃げ出す時間稼ぎは出来るかもしれない。

 

…しかし…

 

「…え?」

 

シリカはそこで、あることに気づいた。

 

キリトのHPが、減っていない。

 

いや、正確には攻撃を受ける事に減ってはいる。ただ、次の瞬間には一気に全回復してしまうのだ。

あれだけの猛攻を受けているのに、彼のHPは全く減らない。

 

「ど、どういうこと…?」

 

その異常とも言える現象に気づいたのか、オレンジプレイヤー達は攻撃を止める。

それぞれ四方に散らばりキリトを囲んではいるが、キリトは飄々とした態度で立ち尽くす。

 

「何やってんだい!さっさと殺しな!!」

 

先程までニヤニヤと笑みを浮かべていたロザリアも、痺れを切らしたように怒鳴る。

 

「ど、どうなってんだこいつ…」

 

一人がつぶやくと、キリトは首をポキポキと鳴らしながら呟く。

 

「10秒辺り400ってとこか…軽すぎるな。」

 

何事もないようにそう告げるキリトに、オレンジプレイヤー達は畏怖の視線を送る。

 

 

「面倒だけど教えてやるよ。俺のレベルは78。HPは14500。自然回復(バトルヒーリング)スキルによる回復が、10秒で600ポイントある。何時間経ってもあんたらは俺を倒せないよ。」

 

「な、なんだよそれ…そんなん、アリかよ…」

「アリなんだよ。」

 

キリトは呻いたプレイヤーに冷たい視線を送る。

 

「たかが数字が増えるだけでここまで無茶な差がつく。それがレベル制MMORPGの理不尽さなんだ。」

 

そう言い放つキリトには、凄まじい威圧感が存在した。まるで、彼らだけでなく、自身にまで言い聞かせるような…

 

「クソッ!こうなったらあのガキを…!」

「ヒッ…!?」

 

呻きながら、シリカとキリトの間に居たオレンジプレイヤーの1人がシリカに向かって走り出す。

 

ピウッ

 

だが、そんな音と共に、男は動きを止めて、ゆっくりと倒れ込んだ。見ると、彼には麻痺を示すアイコンが点滅し、肩口にはピックが突きたっていた。

 

「妙な動きはしない方がいい。俺も手荒なマネはしたくないんでな。」

 

そう言いながらキリトはバックパックから転移結晶よりももう1段階濃い青色のクリスタルを取り出すと、高く掲げた。

 

「これは俺の依頼人が全財産をはたいて買った、回廊結晶だ。監獄エリアが出口に設定してある。これで全員牢屋に飛んでもらう。」

「…嫌だと言ったら?」

 

往生際が悪く、一人がそう呟くと、キリトは横目で見ながら、軽く笑う。

 

「別に構わないぞ。その時は、そこに寝転がってるやつと同じ末路を辿るけどな。」

 

その言葉に、オレンジプレイヤー達はまた身構えた。

 

「コリドー・オープン」

 

キリトの手の中にあった結晶が砕け散り、空間上に1つの門が出来上がった。

 

やがて…

 

「…チクショウ…」

 

そう呻きながら、メンバーの1人が入っていったことを皮切りに、ほかのメンバーも続々とゲートに足を運んでいく。ローブの人物が最後に入門すると、キリトは転がっていた男のピックを引き抜き、門に放り投げた。

 

…そして、ロザリアの方を見る。

彼女はまるで入らないという意思表示のように槍を置いて、胡座をかいて座っていた。

 

「やれるもんならやってみなよ!グリーンのアタシを傷つけたらアンタがオレンジに…!」

 

言い切る前に、キリトはロザリアの首元を掴みあげる。その視線は、冷ややかに見下ろされる。

 

「言っとくが俺はソロだ。一日二日オレンジになることなんざどうってことない。」

 

言うやいなや、キリトはそのまま踵を返してゲートの方に向かって歩く。

そしてロザリアはここで初めて取り乱し、喚き立てる。

 

「ね、ねえ、やめてよ!見逃してよ!ねぇ!そ、そうだ!アンタ、アタシと組まない?アンタとアタシが組んだら、どんな奴らだって…!」

 

彼女の言葉は、最後まで続かなかった。

 

キリトは何も言わずに彼女を頭からゲートへと放り投げた。瞬間、ゲートが閉じて耳障りな声も届かなくなる。

 

ここで、初めて静寂が訪れ、残るのはキリトとシリカの2人のみ。キリトがニコリとシリカにほほ笑みかけると、彼女は思わず地面にへたり混んでしまった。

キリトはシリカに近づくと、先程までの威圧感が嘘のような笑みで手を差し伸べた。

 

「さ、戻ろう。…立てる?」

「こ、腰が抜けちゃいました…」

 

ーーーーーーーーー

 

「…ごめんな、シリカ。君を囮にするようなことになっちゃって。…俺の事を言ったら、怖がられるかなって思ったんだ。」

 

風見鶏亭の宿屋で、キリトは申し訳なさそうにそう告げる。だが、それにシリカはゆっくりとかぶりを振った。

 

「キリトさんはいい人だから…怖がったりなんかしません。」

 

そう言うと、キリトは目を細める。

 

「…やっぱり、行っちゃうんですか?」

「ああ…5日も前線から離れちゃったからな。すぐに戻らないと。」

 

その言葉で、気付く。彼との別れが近付いていることを。

 

「…ッ…」

 

思わず、引き止めてしまいそうになる。

だが、そんなことは出来ない。

出来るはずがない。

彼は自分とはまるで違う大きさの重圧を、責任をその肩に背負っているのだ。

 

「こ、攻略組だなんて凄いですね!私じゃ、何年経ってもなれませんよ…」

 

何処か苦し紛れにそう言うシリカの声は、暗い。

その言葉に何かを感じたのか。

キリトはポツリポツリと呟く。

 

「この世界の強さは、ただの数字で、幻想だ。それが現実の強さに繋がるなんてことは、絶対にない。…そんなものより、大事なものがある。」

 

キリトはシリカの顔を見ると、微笑みかけた。

 

「次は、現実の世界で会おう。そしたらまた、同じように友達になれるよ。」

 

その言葉に、スっと、自分の心が軽くなるのを彼女は感じる。

関係の深さなんて、そんなものはどうでもいい。ただ、彼との関係が続いていく。それがとても嬉しかった。

 

「はい…きっと、必ず…!」

 

同じようにキリトに笑いかけながら、シリカはそう言った。

 

 

「さて、それじゃ、ピナを生き返らせてあげよう。」

「はい!」

 

シリカはアイテム欄から《ピナの心》を取り出すと、机の上に置く。そのまま、《プネウマの花》も取り出して、手に持つ。

 

「花の中の雫をかければ、蘇生されるはずだ。」

「はい。」

 

 

ーーピナ、いっぱい、いっぱいお話してあげるからねーー

 

ーー今日の楽しい冒険の話をーー

 

 

ーー私の、たった一日だけの、かっこいいお兄ちゃんの話をーー

 

シリカは、ゆっくりと雫をかける。

羽毛が発する光の中、彼女はそっと、未来に思いを寄せた。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

「…アルゴ、その話マジなんだな?」

「俺っちがガセネタを売る主義じゃねえってのはカズ坊は100も承知ダロ?」

「そりゃそうだけど…匿名の情報提供ってとこが怪しすぎんだろ。」

「それもそうダナ。…けど、頼らない訳には行かないだロ?」

「…確かにな。…それで、場所は?」

「第29層、《モンスターフィールド》と呼ばれる、ダンジョンの最奥サ。」

「…分かった。アスナさんとヒースのおっさんにまた言っとく。」

「…意外と早かったナ」

「あぁ、決着の時だ。」

 

 

「ここで、ラフコフは潰す。」




キリトの行動増えたなァ。
まあ、しょうがない。原作の方が面白いし(お前が言っちゃダメ)
次回からはドロドロします(多分)


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第36話 男子会と女子会

今回の話でほのぼのしてください。


「アスナー!!」

「わぷッ…!…もぉ、ユウキったら、いきなり抱きついてきちゃ危ないでしょ?」

「えへへーごめんなさーい。」

「こら、ユウキ。アスナさんも困ってるんだからちゃんと謝りなさい!」

「はーい…」

「あ、いいのよラン。私もそこまで迷惑してる訳じゃないから。…あら、他の方々は…」

「ああ、メリダ達はやりたいクエストがあるからって言ってたから、今日は来ないみたい。シャムちゃんは来てくれたけど…」

「ご無沙汰してます、アスナさん。」

「こんにちは、シャムちゃん。」

「ごめんね、アスナ。ウチの団員マイペースな子が多くて。」

「まあ、ギルドリーダーがこの子だしねぇ…」

「そうなのよねぇ…」

「な、なにさっ!そのもの言いたげな顔!ボクだって自重する時はあるよっ!」

「毎回毎回モンスター相手に先陣切ってる子が自信満々に言うんじゃないの!」

「しょうがないじゃん、姉ちゃんたちのカバーが凄くいいんだから!!」

「…よく分からない、ちょっと嬉しい反論の仕方ね…」

「あははは…ま、まあとりあえず1人紹介したい子がいるの。」

「どうもっ」

「この子は《リズベット》って言う名前の子で、鍛冶屋をしてる私の親友なの。実は今日皆を誘ったのはこの子を紹介したかったのもあるんだ。」

「よろしく、3人とも!気軽にリズって呼んでくれて構わないわ!」

「うん、よろしく!ボクはユウキ!」

「私はラン。よろしくね、リズ」

「えと、シャムです。よろしく、お願いします…」

「それじゃ、自己紹介も終わったし、ゆっくりお買い物しようか。」

 

 

「おーっす。」

「おっ、来たか。」

「カズマ、時間ギリギリ。」

「細かいなぁ、丁度だから良いじゃん。」

「そんなこと言って、お前ユウキとのデートでは遅れたことないんだって?」

「あ、それなら俺、カズマが街灯に背中預けて突っ立ってたの見たぞ。あれってそれか。」

「それはそれ。」

「…ま、それは置いといて。2人共、今日は俺の呼び掛けに応じてくれてありがとう。」

「キリトさんには世話になってますし、このくらい構いませんよ。」

「俺も暇だったし、別にいいよ。ちょっと自由探索出来なくて面倒くさいけど。」

「あっははは……」

「で、今日はどういう目的で行きますか?」

「うん、実はな…」

 

 

「へー、リズって自分の店を持ってるんだ!」

「ええ、第48層のリンダースでね。アスナは常連さんで、よく剣を研ぎに来てくれんのよ。」

「まあ、リズは腕もいいからねー…。それに、あの店の雰囲気もなんとなく好きだし。」

「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。…ねえ、3人は行きつけの鍛冶屋とか専属鍛冶師(スミス)とかいる?」

「ボクはないかなー。ダンジョンに潜ったりしたらそこらにある鍛冶屋に駆け込んで修理して貰う。」

「私もまあ、同じ感じね。そこまでこだわったことがない…というか、あまり馴染みやすいお店もなかったし。」

「私も同じですね。鍛冶屋って男性が多いんですけど、私、男性があまり得意じゃなくて…」

「それじゃ、私の店を行きつけにしない?立地もいいし外観も可愛いし、接客も私がやってるから!」

「お、リズちゃんと広報してるじゃない。」

「へへー、こうでもしないと売り上げなんて上げれないからねー!…で、どう?」

「うん、いいよ!ボクもいちいちマップで調べるの面倒くさかったし!」

「私も、そろそろ安定して成功できる鍛冶屋を見つけたかったし…うん、これから利用させて貰うわね。」

「私も、行かせていただきます。」

「毎度ー!これから《リズベット武具店》をよろしく!…ちょっとユウキの理由が微妙だけどねー。」

「ご、ごめん…」

 

 

「なるほど、モンスター殲滅系クエストか。」

「ああ、敵の強さはそれほどじゃないんだが、如何せん数が多いらしくてな。まだクリア出来たやつはいないらしい。」

「その情報はアルゴさんからですか?」

「ああ。どうも制限時間付きクエストらしくて、その時間以内にダンジョンワンフロアの敵を全部倒さなきゃならんらしい。」

「ダンジョンは広いのか?」

「そうでも無いらしいが、一部屋一部屋にかなりの数がリポップし続けるらしいな。」

「なるほど、それで兄貴がやりたいのも勿論、アルゴに頼まれたと。」

「ま、まあそういうこった。あいつも報酬の情報が欲しいらしくてな。まあ、いつも世話になってるし、これぐらい良いだろ。」

「…ま、いいんじゃねえの?アイツにはいつも大変なことしてもらってるんだ。これくらいじゃ返せねえくらいにな。」

「そうですね。犯罪者プレイヤーの情報なんかも取ってきてくれますからね、情報屋の皆さんは。これぐらいやってあげましょう。」

「だな。…じゃ、いっちょ気合い入れていこう!」

「おう。」「はいっ!」

 

 

「え、リズってメイサーもしてるの?」

「してるって言うか…まあ、自分で素材調達なんかも行かなきゃ行けない時もあるし。覚えといて損は無いかなって。」

「リズのメイス技術は結構センスいいのよ。たまにパーティー組むんだけど、合わせやすいし、ダメージも大きいの与えてくれるし。」

「お、《閃光》様に言われると、かなりの自信になりますなぁ」

「もぉ、からかわないでよ!」

「あっはは、ごめんごめん」

「リズとアスナは、ホントに仲良いんだねえ。」

「まぁ、結構長い付き合いだからねえ。私が路上販売とかしてた鍛冶師見習いの時からの知り合いだし。そう考えたら、ウチの常連で最も古い人ってアスナなのかも。」

「ちょっと、古いってなによ!」

「冗談冗談!…そういえば、仲良いって言ったらユウキとランもだよね。2人は、どんな関係?」

「関係というか…ねえ?」

「私とユウキは、双子の姉妹なの。今はユウキの髪をロングに変えてるから分かると思うけど、この子の髪をまとめて並ぶと…ほら。」

「あ、ホントだ!全然分かんない!」

「わー、ホントにそっくりなんだねー。私もびっくりだよー。ほら、シャムちゃんも。」

「うわぁ、凄い…。私2人の髪が違う時からしか見てないので、気づきませんでした。」

「まあ、最初はバンダナとかで見分けてたんだけど、やっぱりロングにした方が分かりやすいかなと思って、思い切って変えてみたんだ。皆どっちがギルドリーダー、サブリーダーなのかたまに分かってなかったし。」

「最初は私がギルドリーダーやるつもりだったんだけど、この子のこういう能天気さの方がギルドをいい方向に持って行ける気がして、急遽変更したの。」

「ちょっと、能天気って何さ!ボクだって姉ちゃんみたいに色々と考えてるのに!」

「あら、私は褒めたつもりよ?」

「あははは…」

 

 

「ふぃー。とりあえず片付いたか。」

「やった感出してるとこ悪いが、まだこれ3部屋分しか終わってないからな?」

「…わぁーってるよ。…にしても、あまりに数が多すぎやしねえか?これ制限時間60分でクリア出来るもんじゃねえぞ?」

「確かにな。このペースだとあと5部屋分クリアするのに50分近くかかる。今25分辺りだから、あまり時間が無い。」

「…ああ、そうかなるほど。」

「ん、兄貴?どうした?」

「いや、このダンジョンの攻略法に適した、1番の方法を、多分思いついた。」

「え、本当ですか?」

「またデマなんじゃねえの?」

「いつ俺がお前にデマ言ったよ…」

「何層の日か、階層上がった直後に『あの木の実食えるんだぜ』って言うから落としてみたら、実は浮き輪の実でしたーっていうことが…」

「忘れた。」

「オイ。」

「ま、まあまあ、与太話はそれくらいにして。キリトさん、その方法って一体…」

「うん、まあ、単純なんだけどな…」

 

 

「そういや、3人はアスナに想い人がいるって知ってた?」

「グフッ!!」

「うわっ、ビックリした!…大丈夫?アスナ。」

「りぃ〜ずぅ〜…!」

「いや、ごめんごめん!だってあんた第三者から見たら好意バレバレなのに全然気にしてないから、この3人に聞けばその相手が分かるかなと思って…!」

「そ、そこまでじゃないもん!ま、まだ気になってるってだけだし…」

「で、どうなの3人とも。…アスナが気になってる人、知ってる?」

「うん、まあ、知ってるって言うか…」

「バレバレ、よね…」

「…ですね。」

「えっ、マジで!?」

「嘘ぉ!?え、3人とも本気で言ってる!?」

「いやまあ、好意を持ってるかと言われたらそこまでかなって感じだけど、アスナが気になってる人って言ったら…あの人しかいないじゃない。」

「アスナってそういうとこ天然だよねー。いやまあ普段キリッとしてるからそういう所がまた可愛いんだけど。」

「ゆ、ユウキ!解説しなくていいから!もう!次のお店行くよ!」

「はーい!」

「あははは…」

 

 

Congratulations!!

「はぁ、時間ギリギリ…ようやくクリアか…」

「結構ハードでしたね…キリトさんの案がなければ、危ないとこでした。」

「ホントに…ワンフロアを1人ずつで片付けるなんて、普通思いつかねえよ。」

「このダンジョン、完全に大人数専用のやつですね。僕達はレベルに余裕があったからいけましたけど…」

「ああ、アルゴにも、その情報伝えてやらないとな…さて、報酬はと…」

「難易度高いだけあって、量は結構多めだな。」

「俺の方は回復結晶とか結構なレアもんも多いな。あとは素材とか…」

「…あの、コレなんですかね。」

「うん?カエルの足じゃねえのそれ。途中にいたカエル型モンスターの肉だろ。」

「…これ食えるの?」

「一応食料アイテムだから食えるぞ。今度調理してやろうか?」

「…考えとく。」

「カズマ、お前はアイテムの方どうだった?」

「ん、ああ。ごめん今から見る。」

「キリトさん、帰ったら3人で飯でも行きませんか?俺もう腹ぺこで…」

「ああ、俺もだ…。50層に店があるからそこ行こうぜ。」

「…ん?」

「お、なにかあったのか?」

「あーいや、ただのアクセサリーって言うか…指輪と、首飾りだな。」

「んー…パラメーターの変動なんかはないけど…少しの麻痺耐性と火傷耐性付か。」

「…この色…」

「ん?どうかしたか?」

「…うんにゃ、なんでもねえ。こっちの話。」

「…?」

「おーい、2人とも、帰るぞー!」

「今行くー。シュンヤ、行くぞ。」

「あ、お、おう。」

 

 

「ぷはー!美味しかったぁ!」

「アスナ、ご馳走様。」

「アスナさん、ご馳走様でした。」

「ふふー、お粗末さま。」

「しっかし、相変わらずアスナって料理上手いわよねー。私もそこそこ料理してるはずなんだけどなぁ…」

「こういうのは根気と反復よ、リズ。どーせ1週間の半分以上は外食で済ませてるでしょ。」

「ギクッ!ま、まあ、良いじゃないの!この世界では太ったりしないんだし!」

「もう…。あっ、そういえばシャムちゃんも手伝ってくれてありがとうね。シャムちゃんも料理したりするのね。」

「はい。と言っても、アスナさんみたいに高くはないですが…」

「ううん、それでもすっごい美味しかったよ。ランが料理スキル上げてるのは知ってたけど…」

「シャムはあんまり人と話さないものね。基本的にウチの料理係は私、シウネー、シャムで回してるから。」

「そうなんだ。その辺の話も聞きたいなぁ。これからも仲良くしようね、シャムちゃん。」

「は、はい。こちらこそ。」

「にしても、ユウキはさっぱり料理しないのねえ。」

「ムグッ!…い、いや。ボクだって料理くらい…するよ?」

「凄いタイミングで間が入ったわね。」

「ユウキ、嘘仰い。ここ最近あなたが包丁を持ってる所見たことないわよ?」

「ギクッ!」

「それに、あなたここ最近ギルドで食事取ってないじゃない。どうせカズマさんのとこでお世話になってるんでしょうけど…あまり甘えすぎちゃダメよ。」

「ギクギクッ!!」

「…まあ、リーダーの行動もなかなか読みやすいですから。私は別に構いませんけど。」

「え、なぁに?恋バナ?ユウキ仲のいい男でもいんの?」

「い、いや…その…」

「仲のいいって言うか、彼氏ね。もー、ラブラブよ。」

「姉ちゃん!?」

「あらァ、それはそれは。なんて美味しそうな情報かしら。これは隅から隅までじーっくり話してもらおうかしら?」

「う、うぅ…」

「そうね私も聞きたいわ。昼間に散々言われたし、観念なさい、ユウキ。」

「あ、アスナ?リズ?顔が怖いよ…?」

「「うふふふふふふふふふふ」」

「ね、姉ちゃん!助けて!」

「あら、良いじゃないそのくらい聞かせてあげたら。」

「うぅ…しゃ、シャム!」

「え!?あ、その…わ、私も聞いてみたいです。」

「う、裏切り者〜!!」

 

 

「で、実際ユウキとどうなの?」

「…?どうとは?」

「上手くいってんのかってこと。」

「そういえば俺も兄としては気になるな。どうなんだ、カズマ?」

「どうもこうも…順調なんじゃねえの?あまりよく分からん。」

「わからん…なんで?」

「人生の中で、人と付き合ったって経験が0だからだよ。経験も無けりゃ、そんな話した覚えもない。今のユウキとの状態がアツアツなのか冷めてるのかもわからん。」

「ああ、ボッチだからな。」

「やかましいわ。」

「ま、お前の顔見てても、いつも楽しそうだから、上手くいってるだろ。」

「へえ、そういうのって分かるもんなんですね。」

「ま、兄弟ならそれくらいはな。顔の表情でいい事のあるなしは分かるもんさ。」

「そりゃお互い様だ。」

「あはははっ。まあ、俺も兄がいますけど、よく分かりますよ。お2人のように似てはいませんけど。」

「そらそうだろうなぁ。」

「ま、とりあえず。これからも頑張っていこうぜ。攻略組として。…ビーターとして、な。」

「ああ、そうだな。」

「この世界からの、解放をめざして。」

「あと…半分だ。」

 

「つかさ、この店なんなの。」

「名物アルゲードそば。アルゲード飯にアルゲード焼きもあるぞ。」

「ラーメンもどきにチャーハンもどき。餃子もどきですか。よくもまあこんな隅っこに飯屋作りましたね。」

「茅場の仕事も細けえなぁ。」

「いらないところもな。」

「いやー、にしてもあれですね」

「ああ、あれだな」

「ああもう本当に…」

 

「「「醤油が欲しい。」」」




次回、ラフコフ編突入。
乞うご期待!


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第37話 ラフコフ討伐会議

暗いなぁ。


「よ、キーリト!」

「オグッ…」

 

いきなり背中を叩かれ、キリトは変な呻き声を上げる。そして、背中を擦りながら叩いてきた張本人を見る。

 

「…脅かすなよクライン。圏外ならカーソル変化ものだぞ…」

「そこまで強くしてねぇだろうが!」

 

呑気な会話を交わして、赤髪の男、クラインは「ヘヘヘッ」と尚も笑う。それに最初は面倒くさそうな顔をしながらも、キリトは苦笑をうかべた。

 

「相変わらず、仲が良いな。」

「よおエギル、お前まで呼ばれたのか。」

「あぁ、店は閉めてきた。…血盟騎士団の《閃光》様からの緊急呼び出しだからな。来ねえ訳にはいかねえよ。」

「…そうだな。」

 

 

「おう、兄貴。」

 

血盟騎士団のギルド本部にある中会議室に足を踏み入れると、キリトに気さくに話しかけてくる黒髪の青年が1人。

身なりだけでなく、顔もよく似たその人物に、キリトも笑って手を上げた。

 

「カズマ、早いな。」

「ま、色々とあってな…クラインとエギルも、ボス戦以来だな。」

「よぉ、カズマ。最近ウチに顔出してくんねえから売り上げが少し下がっちまってんだよ。また顔出してくれや。」

「悪い、最近忙しくてな。」

 

「おいカズマ!ユウキちゃんとはちゃんと仲良くしてんだろうな!?」

「クライン…相変わらず突然だな…そんなんだから友達少ないんだぞ?」

「おめぇに言われたかねぇんだよ!!…で、どうなんだよ。」

「…まぁ、順調だよ。」

「くー!羨ましいね、このリア充が!」

 

そうして笑うクラインに、キリトと同じような苦笑を浮かべるカズマ。そして、新たな闖入者が1人。

 

「皆さん、お久しぶりです。」

「おー、シュンヤじゃねえか!この前は、中ボス戦でのサポートありがとな!」

 

シュンヤに、クラインが大きな声を上げた。彼は、とんでもないと言わんばかりに首を振る。

 

「お役に立てたなら何よりです。こちらこそパーティーに入れてくれてありがたかったので。」

「おう!お前ならいつでも大歓迎だぜ!そうだ!カズマにキリト!お前らもどうだ!?」

 

「「むさ苦しそうだからやだ。」」

 

「即答した上にハモるんじゃねえよ!」

「あははは…」

 

広い会議室で、そんな喧騒が繰り広げられる。しかし直後…

 

バンッ

 

奥にある扉から、血盟騎士団の制服を着た、ロングヘアの女性が姿を現す。ブーツで音を鳴らし、進行役の席に近づく彼女の姿の後に赤いローブを着た白髪の男性の影がひとつ。他にも血盟騎士団の重役数人が所定の位置につく。

 

「会議開始の時間です。…着席を。」

 

ロングヘアの女性…血盟騎士団副団長・アスナの鋭利な声に、集まった攻略組の面々はそれぞれの席に着く。

 

「皆さん、今日は我々血盟騎士団の緊急招集に応じていただき、ありがとうございます。まず、率直に今日の議題についてお話します。」

 

そして、集まった者たちは、次の彼女の言葉に、ざわめいた。

 

「先日、我々の…いえ、全プレイヤーの敵とも言える集団、《ラフィン・コフィン》のアジトを突き止めたとの報告がありました。」

 

ザワッ

静まっていた会議室に喧騒が広がる。

先程のような陽気なものではなく、驚愕と欺瞞に満ちたそれを、アスナは遮るように声を張った。

 

「静粛に!」

 

それによって、会議室はまた静まりかえる。

アスナは少し息を吸って、続ける。

 

「…ひとまず、その情報について情報屋のアルゴさんから説明があります。…アルゴさん、どうぞ」

「やぁやぁ、皆さん方。お呼ばれされたアルゴダ。よろしク。」

 

そう言って1番前の席から1番前に出たのは、フードを被った、小柄なプレイヤー。

 

「それじゃ、全員机の上にある書類を見てくレ。あ、地図の載ってる方ナ。」

 

アルゴの言葉に、全員が卓上の紙を持ち上げ、それに注視する。

 

「匿名の情報によると、どうやら奴らのアジトは第29層。最西端にあるダンジョンの奥地にあルようダ。」

「情報だけなら、確実性は薄いんじゃないか?」

「安心しロ。ちゃんと下見済みだ。レッド共の行き来もあったし、間違いナイ。」

 

突然飛んできた質問に、アルゴは難なく答えて、続ける。

 

「このダンジョンは上部のトラップエリアと、下部のモンスターエリアに別れてる珍しいダンジョンダ。トラップは落とし穴のみだが、それに落ちる、もしくは通路、広間の端から落ちると、下に待ち受けるのはモンスターが大量に湧くエリアなのは周知ダロウ。注意してくレ。…俺っちからは以上。あとはアーちゃん、任せタ。」

 

そこまで話して、あとは任せたと言うふうにアスナへ手を振り、席に戻る。

アルゴが座ると同時に、アスナが立ち上がりよく通る声で喋る。

 

「それでは、次に相手戦力の説明に行きたいと思います。…シュンヤ君、お願いします。」

「はい。」

 

アスナの呼ぶ声に呼応して爽やかな青年の声が響く。シュンヤは1番後ろの席から歩く。その道中、少ないが向けられる、怪訝な視線。

もう攻略して50層を超えたというのに存在する《アンチ・ビーター》の視線を、しかし気にせずまっすぐと歩き、全員に向き直った。

 

「それでは、ここからは俺が引き継がせていただきます。アルゴさんの時に使用したものとは違う、写真の載っている紙をご覧下さい。」

 

全員が視線を向けると、そこに載っていたのは4人の顔写真とプロフィールと見える文字列。シュンヤはそれに沿って説明していく。

 

「まず、1番上から説明していきます。…皆さんもよく知っているであろうプレイヤー。ラフコフの創設者にして、最悪のレッドプレイヤー。ギルドマスターの《アインクラッドの悪魔・PoH》。」

 

写真に移るのは、フードを被った中肉の男。その顔は、フードの影に隠れて、全貌は見えない。しかし、どこか細い輪郭と、つり上がった口元が恐怖を掻き立てる。

 

「メイン武器は短剣。ピックやナイフなどの飛び道具も持ってはいるでしょうが、使用したという証言はありません。…ただ、その短剣技術は確かなもので、単純な強さなら我々攻略組と同等と考えていいでしょう。次に2人目を見てください。」

 

全員が視線を向ける。

 

「仮面が特徴的なプレイヤー。通称《赤眼のザザ》。かなりの古株であり、殺人の数ならPoHと近い数です。メイン武器はエストックで、ナイフなどの使用はPoHと同じでほとんどありません。ただ、彼も実力は確かで、かつてある攻略組の小隊が彼を含めた5人と遭遇したところ、生き残り1人以外が抹殺されたとの情報もあります。その生き残りのプレイヤーによると、《凄まじい剣速》だったようです。…3人目に行きましょう」

 

3枚目の写真には、ズタボロの被り物をした人物。

 

「ズタボロの被り物をしたプレイヤー。通称《毒使いのジョニー》。その名の通り、毒を扱うことに特化しており、メイン武器はピックやナイフなどの飛び道具。しかもそれには麻痺毒やダメージ毒などが付与されていて、デバフを狙ってきます。主にザザと二人で行動していますが、戦うとなると、彼一人との対戦になるでしょう。ただ、毒にやられると針のむしろになるので、十分に気をつけてください。」

 

そして、その言葉を最後に、自然と全員がその下の写真に目を向けた。だが、それは写真とは言えない。《no image》と書かれた黒い正方形。

 

「…残念ながら、このプレイヤーはあまり表に出ない為、画像がありませんでした。しかし、情報だけ発表させてもらいます。名前は《ショウマ》。特に身体的特徴はなく、ラフコフの参謀を務めているとされる人物です。メイン武器は恐らく片手剣。戦闘技術はそこまでありませんが、頭はキレると思われます。」

 

シュンヤはそこまで喋り終わると、持っていた紙を置いて、そっと全員を見渡した。

 

「以上が幹部4人の情報です。もちろんこれと変わっていることも十分に有り得ますが、皆さんなら対応はできると思います。…質問はありますか?」

 

シュンヤの言葉に、しばらく誰も動かない。

しかし、そこである人物が手をゆっくりと上げる。それは、《聖竜連合》のメンバーであった。

 

「質問ですか?どうぞ。」

「いやー、質問って言うか…まだ情報を聞いてないなーって。」

「えと、何処か読み飛ばしましたかね。」

「いやいや、そうじゃなくて。」

「…?」

 

シュンヤの分からないという仕草に、プレイヤーは笑う。

 

「だから、4人目の情報を持ってそうな人が1人いるじゃないかってこと。…なあ、《死神》さんよ。」

 

プレイヤーの言葉に、攻略組の全員が1人に視線を送る。それまで椅子の背もたれにもたれかかっていたカズマは、ちらりと質問というか要望を行ったプレイヤーを見る。

 

「あんた、確か《スリーピング・ナイツ》救出の時にその《ショウマ》って野郎と相対したんだよな。なら、話す義務があるんじゃねえのか?」

 

それを聞いて、カズマは少し眉を寄せたが、やがてため息をつくと、体勢を元に戻す。

やがて立ち上がって、喋り始めた。

 

「ま、大した話はできねえが、要望があったんで手短に。」

 

カズマはチラリと、先程まで見ていた紙を一瞥して説明を始めた。

 

「大まかな説明はだいたいこの紙に書いてる通りだよ。頭は多少キレるし、参謀役ってのも間違いはない。ただ、一つだけ。戦闘能力が低いかどうかはまだ分からん。どうやら、今このアインクラッドでアイツと戦ったことのあるやつはいないかもしれないらしいからな。だから、油断はするな。以上。」

 

カズマは一気に喋り倒すと、椅子に座り込んだ。…しかし、それで終わらなかった。

 

「いやいや…それで終わりか?」

「ああ。俺が言えるのはこれが以上だ。生憎と、別にそいつとあまり話もしてないし、剣を交えた訳でもない。」

「剣はともかく、話はあるだろ?」

「…なんでそう言いきれる?」

 

「だってお前とショウマって奴は、現実世界での知り合いだったんだろ?」

 

その言葉と共に、会議室はザワりと雰囲気が変わる。その言葉にはアスナも動揺を隠せずに、ユウキとランが心配そうな目でカズマを見る。

 

「おいおいそれマジか…?」

「そういや、そんな話聞いた事が…」

「確かそいつと《死神》はクラスメイトだったとか…」

「俺も聞いたぞ…」

「たしかスリーピング・ナイツのギルマスとサブリーダーも…」

 

ガヤガヤガヤガヤ

 

喧騒が広がる会議室。そこでアスナはようやく動揺が覚めたのか、叫ぶ。

 

「ちょっと皆さん!静粛に…!」

 

ズガアアァァァァァンッ!!

「「「「!?」」」」

 

凄まじい衝撃音と共に、止まる喧騒。

どうやら、カズマが力いっぱいに会議室の長机を叩きつけたらしい。だが、破壊不能オブジェクトなため、紫色のアイコンが点滅する。

カズマは1つ息を吐くと、先程のプレイヤーを見る。その視線は、氷のような冷たく、彼とその周りの空気を一瞬で凍らせた。

…しかし、カズマはそこで何も言わずに手を戻して、視線を元の温厚なものに戻す。

 

「現実世界での情報だな。いいよ、話してやる。」

 

「別に何も無い。」

 

「…へ?」

「俺とアイツは別に関わりが長かったわけじゃない。それこそ一緒だったのは小学校の数年だけ。話も合わなかったし合わそうともしてなかった。別に何かスポーツしてた訳じゃないし、せいぜい《お友達》が多かったくらいだ。あとはまあ、キレやすいってことと、俺に恨みを持ってるぐらい。…これで満足か?」

「え…あ…」

「今回は俺たちの戦いの中でも最高クラスに大切なものになるだろうから話したが…それ以上俺のリアルの話を持ってくるなら、次は容赦なく舌の根引っこ抜く。分かったか?」

「あ、ああ…」

「それに、お前らは別にあいつの情報は聞く必要ないと思うぞ。」

 

「…どうせあいつは、俺に向かってくる。」

 

周りのプレイヤーが驚愕に包まれていると、カズマはやがてアスナに向かって話を進めるよう促す。

アスナはコホンと咳払いをすると、立ち上がって会議を進めていく。

 

「少し一悶着ありましたが、ひとまずラフコフの大まかな情報はこれで全部です。相手はおよそ40人。明日討伐パーティーを組んでラフコフの殲滅に動きます。…と言っても、あくまで目標は、説得して捕縛すること。投降するならそれでよし。しない場合は…」

 

「…最悪戦闘も覚悟しておいて下さい。」

 

それにはいかにも微妙な空気が流れるが、しかし全員覚悟を決めたように表情を変える。

 

「恐らく、これまでで最もきつく、残忍な戦いとなるでしょう。しかし、負けることは許されません!一般プレイヤーを怯えさせる最悪のギルドを、明日確実に壊滅させましょう!!」

「「「「おおおおぉぉぉぉぉ!!」」」」

 

攻略組プレイヤーの野太い声が、血盟騎士団のギルド全体に響き渡った。

 

「カズマ君!」

会議が終わり、血盟騎士団の廊下を歩くカズマに、可憐な声がかけられる。

見ると、先程まで会議を進行していたアスナがカズマに追いついて来ていた。

 

「あれ、どしたんすか?」

「さっきの、ことで…謝りたくて。」

「さっきの…ああ、リアルの話を出されたことですか?」

「ええ。」

 

「いや、あれはあいつが悪かっただけですって。あいつ…ていうか聖竜連合全体でビーターを受け付けない節があるんで、しょうがないですよ。アスナさんが謝ることじゃないです。」

「そう?それなら、良いんだけど。もしかしたら、カズマ君が傷付いてるかもしれないし。」

「あははは。過保護ですねえ。やっぱり気になる男の兄弟なら気にかけますか?」

「ちょっ!何言ってるのよ!別に誰もそんなこと思ってないわよ!」

「あははは、まあそういうことにしときますけど。」

「そういうことなの!!」

「ははっ。…まあでも実際、なんともないっすよ。これぐらい。」

「そう?」

「ええ。…ユウキとラン(あいつら)を守れなかった時に比べりゃ、こんなの屁でもないです。」

 

カズマはそう言って笑いかけると、ゆっくりとその場を後にした。

 

「じゃ、アスナさん。明日はお互い頑張りましょう。」

「…ええ、君も気をつけて。」

「お気遣い、ありがとうございます。」

 

「シャム、お疲れ様。」

「あ、シュンヤさん。お疲れ様です。」

「…お前も、明日の討伐戦参加するのか?」

「…ええ。私も、彼らの行いは許せませんし、危険を覚悟で戦場に立たなければならないと、そう思います」

「そっか…」

「…反対ですか?」

「ん?…ああ、勿論。ただ、それは俺が決めることじゃないし、お前の決断に俺が口を挟むことでもない。だから強引に抜けさせたりはしないよ。ただ…」

「ただ?」

「やっぱり俺は、お前に死んで欲しくない。そう思ってる。」

「…私もです。あなたには死んで欲しくない。そう、心から願います。」

「ああ。…明日は、ちゃんと生きて、街に帰ってこよう。」

「はいっ。」

 

「ふー…」

アルゲードのエギルの店。

その2階の窓から顔を出しため息を1つ。

やがて後ろからエギルがマグカップを差し出す。

 

「飲むか?」

「おう、サンキュ」

 

1口飲むと、思考がクリアになっていくような感覚。エギルも立ったままコーヒーを飲み、星を眺める。

 

「…キリトよ、お前も明日の討伐戦、参加するのか?」

「…一応《自由参加》って風にはなってたけどな。」

 

キリトはコーヒーを1口煽ってまたため息を1つ。

 

「ああ。今回会議に参加した90人の中で、恐らく参加しねぇやつは、何人かはいるだろ。」

「だな。アスナは説得させると言ってたけど…それが通じない奴らだってことは百も承知だ。」

「けど、そうした方がいい。なるべく犠牲を出さないためには、それが1番だろ。」

「ああ、勿論。」

 

キリトは残りのコーヒーを1口で煽って、エギルに向き直った。

 

「さっきの質問への返答だけど、参加するよ、勿論。やっぱり大手ギルドの奴らで欠員が出るなら、他の奴らがそれをカバーしなきゃならないだろ?」

「お前は背負い込みすぎだよ。色々とな。」

「…それに、あいつらはここで止めないといけないんだよ。絶対に。」

「…ああ、そうだな。」

「…寝よう、明日に備えて。」

「Good night.キリト。」

「ああ、おやすみ。」

 

 

 

ーー夜が、あける。

差し込む光が、黒色の彼をしっかりと映し出す。眠りから覚めた彼の手にあるのは、一つの指輪。紫の宝石が埋め込まれたそれを、彼はギュッと握りしめた。

 

「フーー…」

 

長い息を吐いて、彼は立ち上がった。

黒いフードコートが揺れ、同色のブーツが鳴る。彼が部屋から出ると、その部屋には長い静寂が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーアインクラッド史上、《最悪》の戦いが、今日、始まる。ーー




次回、《開戦》。

……
………
…………
…ぜってえ見てくれよな!(必死)


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第38話 開戦

なんでシュミットが指揮とってたんだろ。


第29層転移門広場。

武装した集団が何かを待つように待機していた。あるものは話し、あるものは装備の確認をし、あるものは何も言わずただ佇んでいた。

やがて、彼らの前に先日の会議のようにアスナが姿を現す。足を止めたアスナは集団を一瞥する。

 

「今日の戦いは各ギルドの選りすぐりのメンバーに集まってもらいました。人数としてはおよそ同数になるため、厳しい戦いになるとは思いますが、皆さんならやり遂げてくれると信じています。」

 

その言葉に、各々で気を引き締め、頷き、気持ちを引きしめた。

アスナはストレージから濃い青色のクリスタルを取り出す。

 

「これはアルゴさんが用意してくれた回廊結晶です。ゲート先はアジトのダンジョン入り口となっています。向こうに行けば、引き返すことは出来ません。」

 

それは、最後の忠告であった。それに、攻略組のメンバーは無言で返す。アスナはそれに頷くと、

 

「コリドー・オープン」

 

戦場への扉を、躊躇なく開いた。

 

ーーーーーーーーーーー

 

「間もなく、情報にあった奴らのアジトだ。」

 

先頭を歩く、聖龍連合のシュミットというプレイヤーが後ろに振り向いて声をかける。一同は足を止めた。

 

「今一度確認しておく。この突入作戦はあくまで奴らの《捕縛》が目的だ。ただ、奴らはレッドプレイヤー。決裂したのなら、躊躇はするな。殺らなければ殺られる。その覚悟を持って奴らと対峙しろ。」

 

彼の言葉に、攻略組の大半が息を飲む。

…逆に、なんのアクションも起こさないものは、この場では2人だけ。

 

「……」

 

キリトは、何か違和感を感じる。

だが、周りにあるのは壁やそこに空いた穴だけ。彼を嘲笑うように広がる、黒い空洞。

 

一方カズマは、確実に感じ取っていた。

レッドプレイヤー達の粘着質な視線と、殺意を。100人以上のレッドと戦い続けた故に感じるそれは、逆に言えば普通ならば感じ取れない。それはつまり、報告をすると混乱を招く可能性すらある。

 

だから、何も言わない。

ただ、後ろで周りを観察して迅速な対応のため準備する。

 

「…まあ、最も、人数は近いとはいえ、レベルで言えば俺らが圧倒的だ。…戦闘にならずにそのまま降伏、なんてこともあるかもな。」

 

シュミットのその冗談に、控えめな笑い声が響いた。

カズマはそれを煩わしく思う。せっかく立てていた聞き耳が、一瞬だけ阻害されたのだ。

恐らくウケ狙いだったのだろうが、笑えない冗談だ。

正しく百害あって一利なし…

 

 

ーー……ヒャハッ……ーー

 

 

「…ッ」

 

そんな、消えそうな小さい笑い声が、彼の耳に届いた。瞬間、彼は目線を右にスライド。

集団の右翼…キリトが陣取る方に目をやる。

 

キリトも自然と体が動いていた。レッドを相手にしている時に感じた、《何か》が弾け、自然と彼の体は右に体を向けて、黒い何かが目に写った瞬間には、背中の剣へ手を掛けていた。

 

 

「ヒャハッ!」

「…ッ…!!」

 

ガギィィィィイイインッ!!

 

「敵襲ーー!!」

 

キリトが剣を抜いた瞬間、カズマは叫ぶ。

交錯音が響いた方に向く攻略組の面々は遅まきながら自身の獲物を抜いた。

そこに、ラフコフ達はなだれ込んでいく。

 

「チィッ…!!」

 

こちらが奇襲されるとは思ってもいなかった攻略組のプレイヤーにはかなりの痛手となったであろう。その証拠に、驚きで尻もちをついてる奴すらいた。

 

シュインッ

「……!!」

 

カズマは剣を抜き、疾走する。人々の間を縫って、振り下ろされようとしていた剣を右手の剣で弾いた。

 

「あっ…あ…」

「死神…テメェ…!」

 

ピッ。ストッ…

 

「グオッ…あッ…」

 

肩口にピックを投げつけ、刺さった途端、ラフコフメンバーは倒れる。カズマはそれを横目で見ながら、へたれこむ背後のプレイヤーに声をかけた。

 

「麻痺毒が効いてるうちに縄で縛っとけ。それくらいは出来んだろ。」

「え…あ、ああ…分かった…」

 

腰から縄を取り出すプレイヤーから目を外して、カズマは辺りを見回す。

どうやら、幸い死者はおらず、なんとか立て直しにかかっているようだ。回復しているやつも、あの調子なら無事だろう。

 

見ると、先頭で剣を振り続けているプレイヤーが1人。黒衣のそのプレイヤーのおかげで最悪の事態にはならずに済んだようだ。

 

「さて、仕事の時間だ…」

 

カズマは、標的目掛けて駆け出した。

 

ーーーーーーーーーーー

 

「ハアッ…ハアッ…」

 

何とか第1波は凌いだキリトは、多少息が荒くなっていたが、すぐに整える。

 

奇襲されて、1度は瓦解しかけたが、何とか持ちこたえたようだ。捕縛に成功したものが何名か見受けられる。

すると、キリトをいきなり無数の剣筋が襲う。

 

「…ッ!」

 

何発か弾いて、バックステップでかわしてからキリトは初めて相手の姿を見る。

 

ボロボロのフードを被った黒色の姿。それは下っ端連中とかわらない。

だが、フードの奥。それは生身の顔ではなく銀色の装甲…いや、仮面に鈍く光る赤い眼。

こいつは、会議に出ていた…

 

「《赤眼のザザ》…」

「ほう、黒の、剣士サマに、知られて、いるとは。俺も、有名に、なった、ものだ。」

 

途切れ途切れの言葉に、これがザザの喋り方であると、キリトは少し経ってから理解した。体勢を立て直して、剣を構える。

 

「安心、しろ。俺の、武器は、痛みを、感じない。楽な、まま、殺せる。」

「……」

 

手に持つ細剣…というか刺突武器(エストック)をひけらかしながら、ザザは喋る。

キリトは距離をとりながら、第1手に集中する。

 

「さぁ、勝負だ。黒の、剣士!!」

「…ハアッ!!」

 

ーーーーーーーーーーー

 

「シャム、そっちはどうだ!」

「はい、何とか…。スリーピング・ナイツのメンバーも頑張って押しています!」

 

響くシュンヤとシャムの声。

シュンヤはシャムの隣を歩いていたため、襲撃後も何とかかなりの近さを保っていた。

おかげで会話での安否も確認出来、シュンヤはそのまま迎撃を続けていた。

 

シュピッ

「うおァッ!!」

キィンッ

「シュンヤさん!?」

 

…突然飛んできたナイフを何とか弾いて、シュンヤは飛んできた方向を見据える。

少し離れたところにいた、ズタボロの頭巾を被ったプレイヤーは気だるそうにため息をついた。

 

「おいおい、あれが弾かれんのか。ないわー。ビーター様方強すぎだって。」

「お前…《毒使い》の…」

「お、俺の事知ってる?そ、俺こそ《毒使いのジョニー》で通ってる、ジョニー・ブラックていうもんだ。以後よろしく。…あ、ここで死ぬから以後はねえか。」

 

そう言って、自慢げに話す姿は、どこか子供っぽい。そして、ジョニー・ブラックはおねだりをするように言った。

 

「なあなあ、《烈風》サンよ。アンタの隣にいるそのツインテールの女。俺に譲ってくんねえかな。そしたら、見逃してやらんこともないぜー。」

 

ジョニー・ブラックが指を指す場所にいるのは、勿論シャムだった。

シュンヤはシャムを隠すように横にズレると、言い放つ。

 

「悪いが、女漁りなら他でやってくれ。こいつは、死んでも渡さない。」

「シュンヤ、さん…」

「チエッ。ま、そういうと思ったけどよ。あー面倒くせー。男をなぶり殺したって面白くねえのによ。」

 

そう嘯くジョニー・ブラック。

 

「ま、殺して奪えばいいだけか。」

 

シュンヤはため息をついて、こう呟いた。

 

「…俺、こんなメインの奴ら相手にするの苦手なんだけど…」

 

ーーーーーーーーーーー

 

カズマは3人目をピックで刺して、戦闘不能にさせる。それと同時に、突進してくる物体に気付き、すかさず剣でブロック。

突進が止まったところで剣で弾いて距離を取る。

尚も剣を構えてから、相手を見て、カズマは呟いた。

 

「よぉ、会いたかったぜ。ショウマ。」

「…本名で呼ばないんだな。」

「ここはアインクラッドだ。リアルじゃない。なら使うのは、プレイヤーネームだろ。」

 

構えて言い放つ彼に、ショウマは歪んだ笑みを浮かべた。

 

「まあいい。俺も会いたかったよ、カズマ。貴様をぶち殺す日を今か今かと待ち望んだ。今日この日が来たことを、神に…いや、茅場晶彦に感謝するよ。」

「こんなことで感謝されるなんざ、あの男も災難だな。」

「御託はいい。」

パチンッ

 

ショウマの指が軽快に鳴らされ、これの周りに4人のラフコフメンバーが降り立った。

彼らの獲物に見えるのは、塗られたように付着する緑色の液体。間違いなく麻痺毒だろう。

 

『1発喰らえば即アウト…わかりやすい。』

 

恐らくショウマはカズマを殺すため、1人では相手にならないのを分かっているためこうして数で埋め合わせようとしているのだ。

実は、カズマ自身、麻痺毒持ちの5人組と戦った覚えはない。麻痺毒というのは厄介で、1発当たる=死を現す。

 

「さぁ、蹂躙の時間だ。」

 

歪んだ笑顔。それにカズマは少し止まる。

突進するのも脳なしというもの。ゆっくり相手の出方を図る。

そして…

 

ジリッ

「…ッ…!!」

 

ラフコフメンバーが足をズラした直後、両者は動く。

 

「フッ…!!」

 

1人目を弾いて、2人目を受け流し、3人目を避けたところで…

 

「セアアァァァッ!」

 

4人目の剣を迎え撃った。

衝撃、轟音。

弾かれた剣が宙を舞う。

ラフコフメンバーの片手剣が、モンスターエリアへと落ちていく。

 

「安心しろ。」

 

彼の剣が爛々と、赤黒く光る。

 

「問答無用で、全員豚箱にぶち込んでやる。」

 

 

 

 

 

ーー戦いの幕が、今、上がった…ーー




これまたハイペースで投稿しすぎてある時から1年ぐらい空いちゃうパティーンだな。


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第39話 生き地獄

「ヒィヤッハー!」

ヒュバッ!

 

2本のナイフがシュンヤに凄まじい速度で襲いかかる。それを彼は…

 

「ゼヤッ!」

 

少し危なげなくもしっかりと弾き、ジョニー・ブラックを見る。

しかし、先程までの場所に彼はおらず、少し左から、またナイフが襲いかかる。

 

「グッ…!」

 

これも弾くが、しかしまた先程の場所にジョニーの姿はなく、更にナイフが襲いかかってくる。

 

先程から彼らの戦闘はこのような状態がずっと続いていた。近距離武器と中距離武器の戦いではどうしてもこのようなアドバンテージが生まれてしまう。

 

シュンヤも切り込みたいのはやまやまだが、ジョニーは身長も小柄で体全体が他の者たちと同色のため、紛れられるとどうしても見分けづらい。

シュンヤにとっての完全アウェイとなっていた。

 

「クッソ…!」

 

呻くシュンヤ。

そこで、戦況に異変が訪れる。

彼の後ろから近づいていたラフコフのメンバーが、彼の両手を拘束したのだ。

 

「しまっ…!」

 

両手を絡め取られたシュンヤは、そのまま右手の刀も落としてしまう。

 

「シュンヤさん!」

 

シャムが駆け寄ろうとするが、しかしそこもラフコフメンバー2人に遮られる。

 

「ワ〜ンダウ〜ン〜。」

 

そんな抜けた声と共にシュンヤに近づいてくるジョニー。楽しそうな声でクルクルと指の上でナイフを回す。

 

「さすがに俺一人じゃあんたにゃ勝てねえからな。こうすんのも作戦だろ?」

 

シュンヤは腕を捻ることで抜け出そうとするが、どうしてもAGIに大半を振っているシュンヤのステータスでは振り切れない。

 

「やめとけ、その2人は俺らの中でもかなりのパワー自慢だ。受け入れて死んだ方が楽だぜー?」

 

そう言うジョニーは笑いを隠し切れていない。ニヤニヤとしたズタ袋の下の顔が見えるようだった。

 

「ま、どの道死ぬんだけどな!」

 

麻痺毒を塗られたナイフが、またしてもシュンヤに襲いかかった。

 

ーーーーーーーーーーー

 

突きと薙ぎ。

2つのソードスキルが交錯する。

 

赤と緑。

それぞれの光が当たりを照らし、やがてその2つは離れる。

その一方。ザザはふむと自身の武器(エストック)を見た。

 

「やはり、この、程度では、殺し、きれないか。さすが、だな、黒の、剣士。」

 

その言葉に、キリトは答えない。

ただ、相手の次手を予測することだけに集中していた。

それに、ザザは嘲笑で返した。

 

「ふっ、答え、ないか。俺を、倒すことしか、頭に、ない。…いや、それしか、見えて、いない。」

「…どういう意味だ。」

「そんな、ことだから、お前は、何も、救えない。自分の、ことしか、考えて、いないから、()()()は、何も、出来ない。」

「…ッ…!?」

 

瞬間、蘇る記憶。

忘れたことは無い。ただ、変えたかった過去。彼が、自身のことしか見えていなかったために、彼方に消えた、《彼女たち》の最期。

 

「図星、だったか?」

 

挑発するような言葉。

キリトは、詰める。彼と、ザザの距離を。

 

「ア''ァッ!!」

 

そこで、ザザはエストックを黄緑色に染める。

 

「質より、量だ。」

ヒュバッ!

 

凄まじい速度でキリトの体にエストックが叩き込まれる。

 

「グッ…オッ…」

 

8連撃高位ソードスキル《スター・スプラッシュ》。

《閃光》アスナの得意技であるそれを、ザザは見事に彼の体に命中させた。

キリトのHPが、4割ほど減少する。

飛び退りながらも、キリトは頬の傷を撫で、剣を構え直した。

 

ーーーーーーーーーーー

 

「おい、そちらの主力2人が劣勢みたいだぜ。援護に行かなくていいのか?」

「あ?鍔迫り合いしてんのに行けるわけねえだろ。それとも、今すぐのいてくれんの?」

「今すぐ俺を殺せばいいだろ。そうしたらこうしてる事はなくなる。」

 

「安心しろ。言ったろ?豚箱にぶち込んでやるって。」

 

「……」

「それに、俺はあの二人を信用してる。ぼっち同士、いつも一緒にいるんだ。あの二人の事は、俺が1番よく知ってるよ。」

 

「ハッ、今すぐそのお喋りな口を閉じてやりたいな…!」

「ああ、そうだな。」

 

ギイイィィィィンンン…!

 

「…!?」

「そろそろ、終わりにしよう。」

 

ーーーーーーーーーーー

 

「へ?」

「ア?」

 

シュンヤに当たるはずだったナイフ。

それは、彼の左腕を掴んでいたラフコフメンバーの背中に命中していた。

 

「あ…が…」

 

動かなくなった彼を見ていたジョニーともう1人のプレイヤーは、突然の事態に頭が動かない。

その隙を見逃さず、シュンヤは右腕を掴んでいたプレイヤーの襟首、腕を掴んだ。

 

「…セイッ!!」

 

そして、そのまま思いっきり叩きつける。

すると、多少のHP減少の後、低スタンの表示。

シュンヤは流れるような動きで転がっていたプレイヤーの背中のナイフを抜いて、叩きつけた方に刺す。

 

そうして麻痺したプレイヤーを2人作ったシュンヤは、手をパンパンと払いながら、ジョニーを見た。

彼は、未だに現実に追いついていなかった。

 

「お、お前…何をした…」

「何って…ただの柔術ですよ。まあ、柔道技って言った方がわかりやすいですか?《向こう側》で経験があるもので…」

 

彼はまず、左側のプレイヤーを足を払うことで転ばせ麻痺させ、右側のプレイヤーを一本背負いでダウンさせた後に麻痺させたのだ。

 

…柔道経験者の彼にしか出来ない、荒業だった。

 

「は…ハハハッ…なんだそりゃ…」

 

笑うジョニーに、刀を拾い上げたシュンヤは…

 

「…ッ!」

 

問答無用で切り付ける。

1太刀でジョニーの両手を切り落としたシュンヤは、そのまま左手でジョニーの首を掴み持ち上げた。

 

「グエッ…!な、何すん…ッ…!?」

「いえ、そのまま逃げられても困るので。」

 

シュバッ!

 

「足も落としておこうかと。」

「グアアァァァァッ!!」

 

そして、そんな状態のジョニーを落とすと、這い逃げようとする彼に、シュンヤは落ちていたナイフを突き立てた。

 

「ギエッ…!?」

 

現れる麻痺アイコン。

 

「あ、言い忘れてましたね。」

 

動けなくなったジョニーを見下ろして、シュンヤは一言。

 

「…次シャムにおかしな真似しようとしたなら、」

 

 

「問答無用で殺す。」

 

 

沸き立つ彼の、静かな怒りが、垣間見えた瞬間だった。

 

ーーーーーーーーーーー

 

「…」

 

肩口のキリトの傷を、彼自身が見ながら思考する。HPはイエロー手前で止まってはいるが、このまま一気に削られてもおかしくは無い。

なら、

 

『…初手が勝負か。』

 

そう考えるキリトは、抑えていた肩口から左手を離すと、ゆっくりと構える。

今、この戦いに割り込むものはいない。

 

相手は、目の前の仮面男だけだ。

ならば、意識をそこだけに向ける。

 

「ほう、いいだろう。受けて、立って、やる。」

 

ザザも構えて、キリトと彼の勝負は、ソードスキルの撃ち合いであることが分かった。

そして…

 

「…」

 

ザザの仮面の奥の口に笑みが浮かぶ。

瞬間。

 

「キエエェェェェッ!!」

 

背後から聞こえる奇声。

それは正しく、ラフコフの闖入者。

横目で見ると、そこには剣を振り上げるズタボロな装備のプレイヤー。無意識にそちらに体を向けかける。

 

「セアアァァァァッ!!」

 

だが、そこに更なる闖入者。

流麗な茶髪と赤色のスカートをたなびかせ、凛とした声と共に、ザザを超える速度の斬撃を繰り出すプレイヤー。

 

「キリト君!!」

 

彼女…アスナの声に、キリトは「ありがとう」と答えて、ザザと対峙する。

 

ザザは舌打ちをしながらも構えた。

 

…動き出しは、同時。

 

キリトは剣を黄緑色に染めて、宙を翔ける。

ザザはそんなキリトを待ち構え、エストックを引き絞る。その刀身は、赤。

 

片手直剣突進技《ソニック・リープ》

細剣4連撃技《カドラプル・ペイン》

 

『こいつの剣技は、確かに速い。…けど。』

 

「アスナやシュンヤに比べたら、なんて事ない!!」

 

叫び、一閃。

パキイイィィィィン…

ザザの2連撃目以降が繰り出されることは、なかった。彼のエストックが半ばから叩き折れたからだ。

 

「バカ、な…」

 

すかさずウィンドウを開くが、

 

トスッ

「グッ…」

 

背中に刺さる、キリトのピック。

そのままザザは倒れ込んだ。

キリトはそれを見送ると、次の目標に走った。

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

討伐パーティーが出発しておよそ1時間が経過した頃。

ラフコフの数も少なくなり、戦いは落ち着きを見せていた。

そして…

 

「ここまでだ、ショウマ。」

 

カズマの戦いも、終わりに近付いていた。

HPがイエローとレッドの合間くらいで止まっていたショウマは、肩で息をしながら、カズマの顔を見る。

 

「ハッ、数人がかりで相手をして、これかよ…これだから、部下は使えない…」

「…」

「…まるで、昔と一緒だな。」

 

剣を突きつけられながら、ショウマは笑う。

 

「所詮、力ねえ奴は何人かかっても力ある奴には手も足も出ねえってことかよ…」

「ショウマ…」

 

だが、ショウマは…

 

 

「…けど、傷跡ぐれえは残せる。」

「…あ?」

 

 

そう言って、大きな笑みを浮かべた。

そして、ポーチから結晶を取り出す。

それは、記録結晶…ーー

 

「なあ、カズマ。ここには、《あるプレイヤー》の音声が入ってる。」

「あ…?だから何だよ。」

「それも、殺す直前の音声だ。…興味深いんじゃねえか?」

 

「お前にとっては尚更、な。」

カチッ

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

『おい、何する!麻痺毒を解除しろ…!』

『あー、うるせえなぁ。お前のお友達同様お喋りなのか?』

『友達…?誰のことだ。』

『おいおい、カズマ君のことに決まってんだろ?』

『…確かにあいつは友人だが、お前らのことは知らない。』

『ハッ、この紋章を見ても言えるか?』

『…ッ!?それは、ラフィン・コフィンの…!』

 

ーーーーーーーーーーー

 

「…ドナウ…」

カズマは結晶を見ながら、呟く。

それは、名前。かつて彼が亡くした、友人のプレイヤーネーム。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

カチッ

『やめろ、やめろ!』

『おいおい暴れんなって、殺しにくいからさ。』

『ふざけるな!お前らの身勝手で、こんな…』

『じゃあな。恨むなら、お前の《お友達》のカズマを恨めばいい。』

ドシュシュッ!

『グアアァァァァッ…!!』

カシャアアァァァンッ…!

 

ーーーーーーーーーーー

 

「なぁ、どうだよおい!お前の大切な《お友達》が死んだ理由が、自分だって知ってどんな気分だ!?」

「…ッ…!」

「お前を大切に思ってたプレイヤーが、お前のせいで殺されるなんてな!?…ハッハッハッ!どう思うよ桐ヶ谷和真!!」

 

響くショウマの哄笑。

動けないカズマ。

そこに、1人のプレイヤーが近付いてくる。

 

「テメェ…ざけんな!!」

 

赤く逆立った髪のそのプレイヤーは、ショウマの襟首を掴むと、顔を近付ける。

 

「俺のダチの大切なダチを殺しておきながら、それはカズマのせいだと!?舐めた発言もたいがいにしやがれ!」

「勝手に入ってくんなよオッサン!部外者はすっこんでろ!」

 

ショウマはクラインの手を払う。

 

「俺はこいつに人生を滅茶苦茶にされたんだ!なら、俺もこいつの人生を壊す権利があるのは当然だろ!!」

 

最悪の暴論に、クラインが拳を握った。

 

「テメェ…!」

「よせ、クライン!!」

「放せエギル!1発殴らせろ!」

 

 

 

「クライン。」

 

 

激昴するクライン。叫ぶエギル。

その2人を、カズマは静かな声で黙らせる。

 

「…悪ぃ。ありがとな。」

 

訪れた静寂を、カズマはウィンドウを操作する音で破る。

彼は、持っていた赤い剣を装備解除した。

 

「お、おい…カズマ…?」

 

困惑するクライン。

見守るエギル。

ショウマは挑発するように声を上げる。

 

「ハッ!やっぱりお前はクズ野郎だな!《たかが》友人を殺されたくらいじゃ怒りもしねえって!?俺を殺そうとも思わねえとはなぁ!この根性なしが!」

 

カズマは、何も言わない。

ただ、ゆっくりと息を吐き、それを2度繰り返す。彼の動向を討伐パーティー全員が見守る中…

 

 

 

カズマは、遂に動く。

 

まず、腰のピックを投擲。ショウマの肩口に命中。

 

「…あ?」

 

倒れ込むショウマ。

そのまま、カズマは何を考えたのか。

 

「ヒール。」

 

回復結晶を取り出して、ショウマをヒールした。

 

「お、お前…何を…」

 

そして、HPが全回復したショウマをカズマは襟首を掴み立ち上がると…

 

 

バキッ!

「グエッ!?」

 

 

1発、殴る。

彼の拳は、そこでは終わらない。

2発、3発、4発…。

その拳を、STR全開の拳をショウマに叩き込み続ける。

 

「アッ、ガッ、ガアッ…!!」

 

そして、HPがイエローに突入した。

 

「アッ…」

 

ショウマが安心したような表情をうかべた。

 

…のも束の間。

 

「ヒール。」

 

瞬間、全快するHP。

普通なら安心する光景。それは、ショウマにとっての生き地獄の開始の合図だった。

 

「ヒァッ…!?」

ドカッ!!

 

なおも続く殴打の束に、ショウマは涙を流し始めた。

 

「や、やめ…っ」

バキィッ!!

 

カズマは答えない。ただ無言で彼に拳を叩き込む。その目は酷く冷たく、彼を睨めつける。

 

「ああ…アァッ……」

バギィッ!!

 

 

 

結果として、そのその殴打は10分以上も続いた。それは、カズマのポーチの回復アイテムが無くなったタイミングであった。

そのカズマの行為に対して言葉を発する者はおらず、彼がショウマを回廊結晶で牢屋に送り付けた瞬間に、この戦闘は終わりを迎えたのだ。

 

 

最終報告

 

生存者

攻略組・45人

ラフコフ・11人

 

 

死者

攻略組側・15名

ラフコフ・29人

 

 

なお、キリト、カズマ、シュンヤが殺害した数は、0名である。




2月5日。
それは、最悪のレッドギルド《ラフィン・コフィン》壊滅の日としてアインクラッド全プレイヤーの記憶に刻まれた。
アインクラッドが歓喜に湧き、攻略組を称えた。
そして、その日を境に…

《死神》カズマは姿を消したのだ。


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第40話 捜索

「よお。」
「なんだよカズマ、こんなとこに呼び出して。」

シュンヤとキリトの声に、座っていたカズマはゆっくりと顔を上げた。そして…

「お、おい!どうした!?」
「え?何が?」
「カズマお前…いつから寝てないんだ…!?」

2人は、彼のその疲弊しきった顔に戦慄し、動揺する。
カズマは目元を擦りながら…

「ん、ああ…気にすんな。今日呼び出したのはその要件じゃない。」
「いや、気にするだろ…」
「大丈夫。」
「大丈夫てお前…」
「大丈夫だって。」

パシッと、カズマはシュンヤの手を払う。
気だるそうに、右手で顔を覆ってため息をつく。

「この用終わったらちゃんと宿に帰って寝るから。あまり心配すんな。」
「…分かった。」

シュンヤは一歩下がる。

「…で、話ってなんだ?クエストの手伝い…じゃないんだろ?」
「あぁ…そこは間に合ってる。それよりも…」

カズマはウィンドウを開いて、数度操作すると彼の目の前に巻かれた紙が出現する。
それをキリトに差し出す。

「とりあえず、これを見てくれ。」
「これは?」

「ラフコフ討伐作戦の概要。」

「…!?」
「お前それ…!」

カズマの何気ない言葉に2人は戦慄する。
カズマは取り出したパンを齧りながら、説明を始める。

「一昨日、匿名で情報屋のネットワークにタレコミがあった。一応裏付けも済ませてるし、ガセネタじゃねえことは立証済みだ。」

そう淡々と告げるカズマに、しかし2人は驚きはない。むしろ今の今まで見つからなかったのがおかしかったのだ。

「作戦って言っても、レッドプレイヤー達を捕縛、監獄に送還するだけだけどな。」
「…話は分かった。それじゃ、4日後の作戦開始までに準備しとけばいいんだな?」
「いや、作戦開始前日に血盟騎士団のギルドで作戦ミーティングがあるからそれに参加してくれ。…ちなみに、絶対参加な。」

それに、作戦参加するならという言葉も含まれていたが、2人は深く聞かない。
何故なら、このような機会があれば確実に参加すると心に決めていたからだ。

「分かった。準備しとく。」

カズマの言葉に、キリトは呆れ笑いを浮かべてそのまま後ろをむく。

「じゃ、俺はこれから攻略に行くから。カズマ、3日後にな。」
「俺も少し予定があるから、これで。カズマ、またな。」
「おおーう。達者でなー。」

3人は、そんな抜けた声で解散した。

そしてこの四日後、カズマは彼らの前から姿を消したのだ。


「ハァ、ハァ、ハァ…ッ…ハァ…」

 

動きっぱなしの体を、迷宮区の壁に預けて、ゆっくりと座り込む。

ここではあまり機能していない心臓がうるさく動く。流れていない血液が、熱くなるような、そんな気がしていた。

 

カズマが居るのは、迷宮区56層。最前線の場所でソロ狩りを数時間ぶっ通しで行っていた。しかも迷宮区での寝泊まりも3日目だ。

街に戻りたい。圏内に戻って、安心の休息を取りたい。仲間と、馬鹿話で騒ぎたい。

 

だが、出来ない。

 

足が圏内の方向に向くと、どうしても竦んでしまう。

もしまた、俺と関わることで、その人物に危害が加えられたら…キリトやシュンヤ、アスナやアルゴ、スリーピング・ナイツの面々。そして何より、ウッドとランとユウキに対して報復されてしまうと考えると、その時点でカズマは、足が竦む。

 

あそこには、居てはいけない。

そんな気がして、動けない。

 

チャリッと、胸に何か音がする。

そこにあるのは、首にかけられたチェーン。そこにぶら下がる一つの指輪。

 

紫色の宝石をはめ込んだそれは、クエストで手に入れて恋人に渡そうと思っていた、だが色々ありすぎて渡せなかった《プレゼント》。

今では、それを渡すことすら、億劫になっている。

だからこそ、俺の足はまた、迷宮区の方に向く。剣を取り、重い足を引き摺って、俺の体と心は、未開拓の迷宮区へと引き込まれるのだ。

 

「…クソッタレ…」

 

 

「セアアァァァァ!!」

 

迷宮区内をソードスキルの光が照らし出す。

ゴーレム型モンスターの振り抜いた腕と交錯し、激しいスパークを散らせた。

 

「ボォォォォォオオオオ!!」

 

そのまま片方の腕も対峙するプレイヤーに振り抜いた。

それをプレイヤーはバックステップで回避すると、そのまま剣を肩に担ぐ。

瞬間、響く轟音と、紅い輝き。

それに何かを感じ取ったのか、ゴーレムは腕を引いて、そのまま突進して来る。

1歩。2歩。

そして、3歩目。

響く足音が、彼の剣の音で塗り潰される。

 

「ボォォォォ…!」

 

4歩目が踏み込まれる、直前。

 

「…ッ!!」

 

プレイヤーが動く。

赤い閃光がゴーレムの体を貫く。

それだけで、半分近くあったゴーレムのHPバーが消し飛んだ。

ゴーレムの体はポリゴンとなって、四散した。

 

「ふぅ…」

 

黒衣のプレイヤー…キリトは、剣を振ってから鞘に戻す。

彼がいるのは、第五十六層の迷宮区。

その中でもかなり進んだところの回廊であった。いつもならこんな所でもソロでこもっている彼であったが…

 

「…」

 

今日は、ツレがいた。

後ろを向いて、少し歩き、近くで戦闘を行っていた数名に近づく。

そこに居たのは、赤い和装のプレイヤーと同じ紫色の髪を持つ、2人の女性プレイヤー。

 

彼らも相手にしていたゴーレムがをポリゴンに変えて、それぞれの獲物を鞘にしまう。

 

「お疲れ。」

「キリトさん。そちらも終わりましたか。」

「ああ、一体だから楽だったよ。」

 

そう言って少し笑うと、キリトは少し引き締めて問う。

 

「さて、一応聞いとくが…これまでの道中でカズマを目撃したか?」

 

シュンヤは横に首を振る。

 

「それらしい影も、ちょっとした証拠品もありませんでした。まだ先に行ってるんじゃないですかね。」

「かもな。それと…」

 

キリトは後ろを見て、2人の女性プレイヤー…ユウキとランに声をかける。

 

「2人はどうだ?何か見つけたか?」

「私達もこれといった手がかりは見つかってません。」

「結構注意して足元は見てるんだけど…」

「そうか。ならもう少し進むけど、お前ら回復アイテムは大丈夫だよな?」

 

それに3人が同時に頷いて、キリトも頷き返す。

 

「なら、もう少し進もう。しっかりはぐれないようにな。」

 

4人は迷宮区を歩き始めた。

 

ーーーーーーーーーーー

 

このパーティーが形成された経緯には、あまり深いものは無い。

 

ただ、キリトとシュンヤが行っていたカズマの捜索に、ユウキとランが無理を言って入ったという、それだけのことだ。

しかし、それまでの過程には少しだけ一悶着あった。

 

というのも、キリトは他人とパーティーを組むのは基本的にしないようにしている。

シュンヤやカズマとは非常事態(今回のような)に組む時もあるが、それも数としては少ない。一緒にいることが多い2人でさえそうなのだ。

弟の恋人と親友である彼女達に申し込まれた時は、キリトも猛反対した。そして更にそれに対抗して2人が抗議し、更にそれをキリトが押し返した。

そんなやり取りを2、30分ほど繰り返し続けたのだ。だが、最後にはキリトの方が折れて、条件付きで同行を許可したのだ。

 

ここで、皆は思っただろう。

 

それなら攻略組全員で探したら良くね?と。

実際攻略組の中でもカズマの捜索を行うという風潮はあるのだが、1部の《そんなことに貴重な人命を賭すものでもない》という意見から難航していた。

 

ーーーーーーーーーーー

 

「…それにしても、あの馬鹿どこに行ったんですかねぇ…」

「あいつが討伐作戦前にマッピングしてた場所は俺と大して変わんなかったはずだ。勿論いなくなって3日以上経過してるから、それなりには進んでると思うけど…」

 

そう言ってキリトは歩きながらマップを確認する。

 

「ていうか、本当にこの層にいるんですかね?」

「あいつからの情報なら、間違いないだろ。」

 

 

ここで、彼らの中では《圏内》にいるという選択肢はなかった。

そこには、ある情報屋の存在が大きく関わっていた。というのも、彼らは探索に向かう前に情報屋・アルゴから情報を受け取っていたからだ。

キリト達がカズマの居場所の情報について尋ねると、彼女はこう答えた。

 

「なら、料金を払ってもらわないとナ。」

 

…どんな時も、彼女は彼女だった。

 

「お金取るの?」

「知ってるだロ?俺っちは情報屋。どんなものでも《情報》なら、それ相応の等価を示してもらわないとネ。」

 

もはや血も涙もなく、容赦もなかった。

 

「俺っちがタダで請け負う時は、天地がひっくり返った時か、それこそ()()()()()()()()()()()()()()サ。」

「あんのかよそんな時…」

 

キリトの呆れた声に、ユウキがずいっとアルゴとの距離を詰める。

 

「あ、アルゴ…どうしても、ダメ?」

「悪いネ、ユーちゃん。これは俺っちのお得意様とのカターイ契約で成り立ってるんダ。いくらユーちゃんでも、情報は情報だからナ。」

 

そう言って、アルゴは二ヒヒと笑う。

しかし、そこにはいつものイタズラっぽさはなかった。

 

「この前も、どこかの阿呆から俺っちに『絶対に教えるな』って言われた情報を渡されたけど、口止め料も払ってないんだから聞く理由はないんだよナ。」

 

その言葉に、4人はピクリと耳を動かす。

その、《阿呆》からの情報に自然と全員が興味を持った。情報屋が《ポロリ》と()()()情報に食いつく。

 

「…アルゴさん、その情報頂けますか?」

 

ランの言葉に、ここでようやくアルゴのイタズラっぽさが戻る。

 

「ンー…タダで渡してもいいんだけど、情報屋としてじゃなく、《友人》としての俺っちの信用を無くしかねないからナァ。ここはお金だけじゃ承れないかナァ。」

 

そう言ってニヤニヤと笑う彼女に、ランは…

 

「分かりました、もし教えてくれたら私とユウキがなんでも1つずつ言うことを聞きましょう。」

 

そんな、爆弾発言をした。

これには、さしものキリトとシュンヤ、そして、アルゴさえもが驚いたように目を見開く。

しかしすぐにアルゴはそれを直すと、笑う。

 

「へぇ…本当に大丈夫かナ?教えたら拒否は出来ないけド…」

「ええ。大丈夫です。私達の中では自分と同じくらいカズマさんは大きい存在なんです。彼についてのことなら、この身を差し出すことも厭いません。」

「アルゴさん、教えて。」

 

いつの間にかアルゴの前に移動したユウキがその身を乗り出すと、アルゴは少しの間の後…

 

「ニャハハハハハハハハ!ニャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

お腹を抱えて大笑いする。

近くの大通りを通る通行人達が少しこちらを見るが、すぐに素通りしていく。

 

「や…ごめん…まさかそう来るとは思わなくて…」

 

クククッとなおも笑いながら、彼女は目じりに浮かんだ雫を拭う。

 

「…大事なんだナ。カズ坊のことが。」

 

もはや隠す気もないのか、アルゴがそう問うと。ユウキは胸を張って、答える。

 

「大事だし、大好きだよ。」

「私も、同じです。」

「そっか…こんな美人2人を手懐けるトハ…カズ坊も隅におけないナァ…」

 

呆れつつも、笑うアルゴは首を振るとランとユウキを見た。

 

「ま、美人2人を1回好きにできるってことで、今回は手を打とうカ。…そこの男2人が得したみたいで癪に障るケド…」

「ギクッ…ま、まあこれからも贔屓にするし、許してくれよ…」

「あ、アルゴさんに好きにされると…捕食されそうですし…」

「俺っちもそこまで節操ないわけじゃナイ。それに、2人に手出したらアーちゃんとシャーちゃんに殺されちゃうヨ。」

「?なんでその2人が出てくんだよ。」

「?」

「さー、鈍感(バカ)2人はほっといて情報取引ダ。」

「そうだねー。」

「鈍いってある意味罪ですよね…」

「あ、アルゴ待てよ。2人まで。おーい…」

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「…」

 

カズマが今いる場所は、迷宮区最奥の小部屋の1つ。と言っても、そこに入る手前の壁に張り付いていた。

その理由は単純。

 

今、小部屋の中にいるプレイヤー達に気付かれたくないからだ。

元々、この部屋もマッピングするためによった所だったのだが、ヒソヒソとした話し声が聞こえて、くせとも言える速度で彼は壁に張り付いた。

 

というのも、レッドプレイヤーを大量に相手にしているとこういう行動も増えてくるため、どこか体に染み付いていた。

というか、最前線のこのようなところでヒソヒソと話をしているあたり、怪しさしかない。

カズマは出来るだけ小部屋の入口に近付き、聞き耳を立てる。

 

「…尾行は無かったか?」

「…当たり前だろ。安心しろ、ちゃんと確認してきた。」

「けどまあ、血盟騎士団も聖竜連合もこの層はまだあまり攻略出来てない。頼みの《スリートップ》の1人も今行方不明だからな。」

「…しかし、《このアイテム》は便利だな。まさか無条件で迷宮区の最奥に行けるなんてよ。」

「ああ、面倒なモンスター退治をしなくて楽チンだな。」

 

およそ5人、だろうか。それと、全員男。

声色を聞くだけだとそれだけしか分からない。全員あまり面識はない、聞いた事のない声だった。

 

『この層のここまで来てるってことは、かなりの高レベルか…?いやでも、無条件で奥に行ける…?それに、血盟騎士団や聖竜連合の情報を知ってるって…?』

 

あまりの情報量に少しこんがらがりそうになるが、カズマは何とか整理しようとする。

…そこで、無視出来ない話が行われる。

 

「それより、例の件は上手くいって良かったな。」

「ああ、いい感じにアジトの密告も出来た。《あの方》の計画通りだ。」

「俺としちゃ、目障りな《攻略組》とラフコフがまとめて削れたから万々歳だけどな。」

「ま、そうだな。」

 

彼らの笑い声が響くと共に、カズマの頭は整理されていく。何も無かった空間に、新たなピースがはめ込まれ、1つの《仮説》が誕生する。

 

「…まさか。」

 

カチリ、と何かがハマる。

そんな感覚を覚える。

そして、その瞬間。

 

「…ぁ…ーー?」

 

カズマはゆっくりと倒れ込んだ。

 

俺はチラリと自分のHPバーを確認する。

そこにあったのは、光る黄色いアイコン。

麻痺を知らせるそれを見て、更に小部屋とは逆の方向から聞こえる足音に視線を向ける。

 

「盗み聞きとは、随分いい趣味してんな。」

 

顔は、フードで見えない。

声で男だと分かるが、それだけだ。

おそらく先程の俺への攻撃でオレンジカーソルへ変わったのだろう。

 

『しくったな…』

 

思わず集中力を欠いた。

いや、ひとつのことに集中しすぎたと言うべきか。

そして、集まってくる小部屋の5人。

俺には奴らの声が聞こえなかった。

疲労した脳と、麻痺した体が何も動かなくなったのだ。

やがて、プレイヤーの1人が俺を肩に担ぐ。

そして、6人は歩き出した。

俺の首から重力に従って何かが落ちる。

 

「…すまん、皆…木綿季…」

 

カチャリという音と、そんな声が重なった。

 

ーーーーーーーーーーー

 

「あわわわわ…」

 

ヒョコリと、落ちた指輪の影から、ヒョコリと顔を出す、1匹の妖精。

白い髪を持つ彼女は、震えながら去っていく6人を見つめていた。

 

「まずい…非常にまずいわ…。」

 

やがて、彼らが闇に消えると、妖精は飛ぶ。

あるプレイヤー達の元に向かって。

彼らがいることは、《反応》で分かっていた。彼女達にのみ備え付けられているそれを頼りに、彼女は飛ぶ。

 

「カズマ、ちゃんと生きてなさいよ…!」

 

「キリト…!」




最近リアルで忙しすぎワロス
チ───(´-ω-`)───ン


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第41話 窮地

アニメのアリスとアスナの可愛さにやられたぜ…




血盟騎士団のギルド。

そこでは、凄まじい論争が繰り広げられていた。

 

「だーかーらー!同じ攻略組のメンバーを捜索するためなんだから、少しくれぇオタクのメンバーを貸してくれてもいいじゃねえか!安全は俺らが保証すっから!」

 

「それが嫌だと言ってるんです!いいですか?今回の捜索対象はただでさえ単独行動のしすぎでこちらも扱いに困ってる、問題児なんです!そんな奴のためにうちの大事なメンバーの命は賭けれません!」

 

「おめェらボス攻略でカズマやキリト達にいつも面倒事押し付けるクセによく言うな!どういう神経してんだ!」

 

「その代わりに毎度毎度LAとMVPの権利は()()()()()()()じゃねえか!こちらとしてもあれが取れないのは痛いんだぞ!」

 

「恩着せがましすぎんだろ!」

 

…まあ、ほとんどクラインと《聖竜連合》、《血盟騎士団》のお偉いさんの言い合いであったが。

それを、進行係のアスナは黙って聞いていた。

 

「それに、いなくなったって、所詮家出程度のものでしょ?そんなもの探したところで実は街にいましたーってオチじゃないですか?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()なんて異常すぎんだろ!これをただの家出なんて割り切れるか!」

 

「そうは言ってもねぇ…」

 

煮え切らない論争に、クラインは業を煮やしたのか…

 

「だー!これじゃラチがあかねえ!シウネーさん!あんたは何かねえのか!?」

 

「え?!」

 

気分転換とでも言わんばかりに、今まで黙っていたスリーピング・ナイツの《ギルドリーダー代行》シウネーに話題を振る。

シウネーは少しだけ考えてから…

 

「えと…ない、ですね。」

 

シン…

その言葉に、全員が黙る。

どこか予想外すぎたその言葉は、静寂を生み出した。

そしてそれを、シウネーの後ろのプレイヤーが破る。

 

「ていうかさー、この話し合いする必要あんの?」

 

「ああ?どういうことだよジュン。」

 

赤髪の少年、ジュンの言葉にクラインが反応する。ジュンは「だからさー」と続けた。

 

「別にこんな会議しなくても、探しに行きたい奴らが探しに行きゃいいじゃん、ってこと。」

 

至極最もなその意見に、クラインは「あー」とうなり、背中を壁に預けていたエギルは「ま、その通りだな」と笑う。

要は、全員頭に血が上って、最善の策を思いつかなかったのだ。

そこで、今まで黙っていたアスナがゆっくりと立ち上がった。

 

「さて、議論はまとまりましたね。カズマ君の捜索に関しては、各々やりたいものがそれぞれの判断で行う。何か反論は?」

 

アスナの言葉に、異を唱えようとするものはいない。いや、異を唱えてもすぐに論破されるであろうから、しないだけか。

とりあえず、彼らの議論はここに終結した。

 

「シウネー、クラインさん、エギルさん。あなた達のギルドメンバーは全員参加することで良いわよね?」

 

「おう!」

 

「ああ、勿論」

 

「はい」

 

3人の返事にアスナは頷く。

 

「それなら私もそこに参加していいかしら。邪魔にはならないと思うから。」

 

「おお!《閃光》のアスナさんなら大歓迎だぜ!」

 

「やめてくださいクラインさん」

 

笑うアスナに、先程までクラインと論争していた血盟騎士団の幹部が叫ぶ!

 

「ふ、副団長!それはいくらなんでも…!そんなことに時間を取っては攻略が…!」

 

()()()()()…?」

 

「ヒッ…!!」

 

「あーあ…」

 

完全なる、失言。

ジュンの横にいたノリがため息をついた。

 

「確かに、今このアインクラッドでは攻略が最優先されるべきです。…けど、その攻略も充分な人員がいなければ進めることは不可能です。カズマ君は攻略組として、多大な功績を上げてきたプレイヤー。ならばその彼の心配をして捜索に行くのは普通では無いですか?」

 

「い、いや…あの…その…」

 

「それに、あなた先程そのカズマ君の功績をあたかも自分が譲っているように言っていましたが、それはゲームの1プレイヤーとして…いえ、」

 

 

「人としてどうかと思います。」

 

 

「副団長として命令します。今日はもう部屋に戻りなさい。数々の失言への処罰は追って連絡します。以上。」

 

アスナの冷たい声は無情に会議室に響き、幹部は膝から崩れ落ちた。

そして、アスナは…

 

「さ、行きましょうか。」

 

笑顔でそう告げたのだ。

 

「こっわ…」

 

ジュンの一言に、その場の男全員が頷いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「アルゴさんの情報によれば最前線でマッピングをしてるらしいですけど…」

 

先程の戦闘から更に数回こなした後、ランは剣をしまいながら通路の奥を見る。

 

「まだ追いつきませんね。」

 

「だなぁ。今がだいたい迷宮区の八割目あたりだから、そろそろ追いついてもいいと思うんだけど…」

 

キリトは頭を掻きながらマップを確認して、唸る。実際、恐らくあと数回戦闘をこなせばボス部屋に近づくであろう所まで彼らは来ていたため、カズマと鉢合わせる可能性が少なくなってきたのだ。

…と、そこで。

 

「おっと。」

 

シュンヤの声に、チラリとキリトが視線を向けると、彼がユウキの肩を持ち、彼女を支えていた。

どうやら、ユウキがシュンヤに倒れ込んだようだ。

 

「ユウキ、大丈夫か?」

 

「あ、うん。ごめんねシュンヤ。ありがとう。」

 

「ユウキ、あんまり無理しちゃだめよ?あなたココ最近ずっと寝れてないんだから。」

 

ピクリ、とキリトがそれに少しだけ反応する。

 

「う、うん。でも、カズマを探すためならこれくらい…」

 

「ユウキ。」

 

キリトはユウキの前に立つ。

そして、言い放った。

 

「今すぐ、街に戻れ。」

 

「え…?」

 

突然の言葉に、ユウキだけでなくランとシュンヤも体が固まる。キリトはそれに構わず、淡々と続ける。

 

「あまり寝てない。それは集中力が持続出来ないって言うことだ。最前線でのそれはどんなデバフよりも危険だ。いくらユウキが少数精鋭揃いのギルドのリーダーでも、ここから先は連れては行けない。」

 

「け、けどボクは…」

 

「約束したよな?」

 

ユウキの言葉を遮り、キリトは引き締めた、真面目な顔で問う。

 

「俺達パーティーを組む時、《俺の判断で危険だと感じた時は、主街区に戻ってもらう》って。」

 

それは、彼と彼女達の約束。

かつて、彼はあるパーティー…いや、ギルドを全滅させた。自身の怠慢のせいで出しては行けない犠牲を出してしまった。

かつては自暴自棄にまでなりかけた彼はこれまで他人とパーティーを組むことを避けてきた。

もう、パーティーメンバーを死なせたくない。

それが、この世界での唯一の肉親の、大事な人となればその気持ちは一層強まるだろう。

 

「…今のユウキはかなり危険だ。多人数でサポート出来るならまだしも、今は少数で動いてるんだから尚更な。」

 

キリトは寝不足な彼女を叱ると言うより、納得させるように話していく。

 

「俺もなんだかんだソロプレイヤーとして結構な数のフィールドを駆け回ってきた。その分、ソロプレイの危険なんかはわかってるつもりだ。」

 

「う…」

 

「勿論、ユウキがカズマのことを心配してくれてることは分かるし、あいつの兄貴としてもありがたい。…けどそれと同じくらい、俺はパーティーメンバーを死なせたくないんだ。」

 

キリトはそう言って、ユウキの肩に手を置く。

ユウキは俯いて、目を瞑り考える。

ここで拒否すれば、恐らく捜索は中断される。下手をすればカズマが危険な目に会うかもしれない。

冷静に考えれば、ここは承諾するべきなのだ。

 

『けど…だけど…』

 

ユウキの胸の内に、引っかかっていることがひとつ。それが彼女の返答を邪魔する。承諾するなと言わんばかりに、口が動かない。

張り詰めていないが、静寂が広がる…

…そこで、シュンヤがそれを破った。

 

「…?」

 

彼はチラリと迷宮区の奥を見る。

 

「シュンヤさん…どうしたんですか?」

 

ランの言葉に、キリトとユウキも反応する。

 

「…なにか聞こえた。」

 

「え?」

 

「それって…」

 

「シッ。」

 

シュンヤは人差し指を立てて、そのまま耳をすました。

 

「……………………ォー…………」

 

遠吠えのような、しかしどこか綺麗な音。

 

「……………とぉー………」

 

それはだんだんと近づいてくる。

自然とキリト達は剣の柄に手をかける。

 

「………りとぉーー………!」

 

「ん?」

 

キリトの目が捉えたのは、飛来する何か。

しかし、それにカーソルはなかった。

やがて…

 

「きりとぉーー!!」

「うわっ…!」

 

キリトの胸に、それは飛び込んだ。

そして、パタパタと離れ、浮遊したそれを見てキリトは…

 

「よ、妖精…?」

 

「ひ、久しぶりね!キリト!…あ、じゃなくて!みんな早くこっちに来て!」

 

「い、いや、その前に君は…」

 

「私の事なんてどうでもいいから!早く来て!」

 

「な、なん…」

 

「早くしないと…!」

 

 

「カズマが死んじゃう!」

 

 

ガシッ!

「ヒッ!?」

 

ユウキの手が妖精を掴む。

 

「それ、どういう意味…?」

 

「わ、訳は移動しながら話すから!とりあえず道案内するから走って!」

 

「分かった。」

 

ユウキはその言葉に、有無を言わさずに走り出す。それはまさしく風の如し。シュンヤ顔負けのスピードだった。

 

「あ、おい!ユウキ!」

 

「ああ、もうあの子ったら…!」

 

「はえぇー…」

 

遅まきながら出発し、シュンヤは「これが愛の力か…」なんて呟いていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ここ?」

 

「そ、そう!」

 

ユウキに問われて妖精はコクコクと頷く。

ユウキは小部屋の前につき、そのまわりをキョロキョロと眺めて、そして…

 

「これは…」

 

小部屋の中で何かを見つける。

それはチェーンにぶら下げられた紫色の指輪だった。誰かの落し物だろうか。

 

「あ、それ!カズマがいつも付けてたやつ!」

 

「これが…?」

 

そういえば最近首にチェーンをかけてたような気もするとユウキも思い出す。

やがて少し遅れてキリト達が到着した。

 

「ユウキ…どうだ…?」

 

「…カズマの持ち物は見つかったけど、カズマ自身は見当たらない。それにここで集会してたっていう6人組も。」

 

「そうか…」

 

それにシュンヤが、疑いの目を妖精に向ける。

 

「…まさか嘘じゃ…」

 

「ち、違うわよ!私が出る前にカズマを担いで6人組がそこの出口から出ていったわ!きっとあの先よ!」

 

「あそこに行ったら無数の罠が…」

 

「ないないないから!!」

 

シュンヤがブラフをかけまくるが、妖精はひたすら否定して首を振る。

それにキリトがため息をついた。

 

「ま、他に具体性のある情報もないし行ってみるのもいいだろ。念の為耐毒ポーション飲んどけよ。」

 

「分かりました。」

 

「…了解。いなかったら別のとこ探せばいいだけですしね。」

 

そう言って、2人ともポーションを煽る。

そういえばと、キリトはユウキの方を見た。

 

「ユウキ、お前は…」

 

…しかし、その先は言えなかった。

ユウキの目。

それは今までになく鋭く光り、先程までの体調の優れない彼女はそこにいなかった。

まるで獲物を狩る前の、獣。

そんな彼女に、「お前は帰れ」などと言える訳もない。いや、言っても聞かないと言うべきだろうか。

キリトは、剣を引き抜いた。

 

「…行くぞ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…ん…?」

 

少し、寝ていたのかもしれない。

背中の鈍い衝撃で、俺の意識は微かに戻る。

見たところ、どうやら俺の体は地面に突き落とされたようだ。背中にあるのはおそらく壁だろう。

 

少し視線をあげると、6人のプレイヤーが俺を囲んでいる。

先程俺が盗み聞きしていた声の主たちか。

仲間の増員は無し。

装備も全員が同じローブのため違いがわからない。しかし、表情は見える。

 

俺を見て笑うもの。

何かを話し合っているもの。

おおよそこの二つに分かれている。

ただ、俺の体にも異変が起こっていた。

 

視覚、触覚はある。聴覚がまったく機能しないのだ。今も、何故か目の前の6人の声は聞こえずまるで消音の映像を見ている気分になる。

もしかしたら、俺のナーヴギアが不具合を起こしているのかもしれない。もしくは…

 

俺自身が、何も聞かないようにしてるからか。

 

体は依然として麻痺している。

しかしそれも回復仕掛けている。今動こうと思えば動けるかもしれない。…だが、体がそれを拒む。

親友を死なせておいて、また生きるつもりか。

償いもせずに、のうのうと。

そんな声が聞こえてくる。

 

そうだ、ドナウの死は俺が原因だ。

俺が余計なことをしなければ、彼は、ドナウは死ぬことは無かったのだ。

そもそも、俺がこのゲームをプレイしていなければ、彼は誰にも恨まれずに生きられた。

いや、まず小学校の頃に余計なことをしなければ、あんなことにはならなかった。

俺とあいつらが別れることも、あの家族の病状が悪化することももしかしたら無かったのかもしれない。

 

……

………

………あれ?

 

俺、なんのために生きてるんだ?

死んだ方が、マシじゃないのか?

 

そんな思考が、思わず彼を埋め尽くす。

今の彼には、罪悪感だけが蔓延し、生きることになんの希望も見い出せなかった。

やがて、6人が動く。

彼らの1人が高々と剣を掲げる。

 

それは、先程俺を攻撃した、オレンジへと変わったプレイヤーだった。

そして、剣が振り下ろされる。

 

ザシュッ

 

それだけで俺のHPの2割が減る。

もう1発。

さらに減って、イエローに変わる。

 

ーー俺は、最低だ。ーー

ーー自己の為に、親友さえ犠牲にしたーー

 

もう1発。

ついに、HPがレッドに変わる。

俺に恐怖はなかった。

 

ーー俺に、生きてる価値なんて…ーー

 

そんな思考が過ぎる。

やがて俺は、触覚と視覚も切り離した。

 

 

 

彼の見る世界は、真っ黒な闇に呑み込まれた…

 





ーー少しして。
俺はおもむろに目を開いた
あれから、どれだけの時間が経ったか分からない。
もしかしたらまったく経っていないかもしれないし、大袈裟に言えば、数年経っているかもしれない。
俺は久方ぶりのような感覚で、意識を覚醒させたーー。

「…え?」

…そこは、地獄でもなければ、天国でもない。
ましてやさっきまでいたであろう迷宮区でもなく。
まず飛び込んできたのは、白い光。
そして、背中を押し返す柔らかい感触。

…俺は、ある部屋のベッドに寝かされていた。

「え…は…?」

予想外の状況に、思考が追いつかない。
どこか懐かしい香りが鼻腔をくすぐりながら、俺は上体を起こした。

「…ん…?」

左側に感じる重みに、自然と視線を向けた。
そこに居たのは、ベッドというか、俺の体に自分の上半身を預けて眠る、ロングヘアの女の子と、ショートヘアの女の子。
そして、隣のソファで寝る、茶髪の男性プレイヤー。
「…お前ら…」
カズマが呟くと…

「…んん…」

ロングヘアの少女がゆっくりと目を開けたーー。


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第42話 喧嘩の末に…

目がシパシパする


まどろみの中、ユウキはゆっくりと目を開ける。朧気な意識の中、彼女はゆっくりと体を起こして目を擦った。

ベッドの上にあったのは、

 

自分とは反対の方向に寝返りを打った、カズマの姿だった。

 

微かな振動があったため、彼が起きたのかと思ったがどうやら寝返りを打っただけらしい。

 

「…なんだ。」

 

ユウキはため息をつくと、上体を屈ませて彼の髪を触る。サラリとした手触りをしばらく満喫していると、ランとウッドも目を覚ました。

 

「…ユウキ?」

「…どした?…カズマのやつ起きたのか?」

「ううん、寝返りを打っただけみたい。」

 

彼女は慌てて手を引っ込めるとキッチンの方へ走る。

 

「眠気覚ましに、お茶でも入れるね。」

 

そして、数分後…

まずウッドが部屋を出ていく。

お茶を飲み干して、立ち上がった。

 

「さて、俺も店があるから、そろそろ帰るわ。そのバカ目ェ覚ましたらまた連絡してくれ。1発殴りたいからよ。」

 

「うん。ありがとね、淳。」

 

「おーい、ここはプレイヤーネームで呼んでくれよー。」

 

「あ、そっか…ありがとね、ウッド。」

 

「おう。…またな。」

 

ウッドは部屋を出ていく。

その後、ランも立ち上がった。

 

「さて、私もみんなの朝ご飯を用意しようかな。ユウキ、お腹減ったら降りてきなさいね。あと、カズマさん起きたら教えること。」

 

「分かってるよ。ボクの分のご飯は冷蔵庫に入れといて。」

 

「ええ。分かった。」

 

ランはそう言って笑うと、少し足早にユウキの部屋を出た。

ユウキはそれを見送ると、もう一度ベッドを見る。そこで寝る青年…カズマを見て、今度はゆっくりと頭を撫でる。

そして、微笑んだ。

 

「…この前と、反対だね。」

 

彼女の脳裏に浮かぶのは、かつて彼が助けてくれた、あの12月31日。あれからまだ1ヶ月と少ししか経っていない。

彼女が意識を失っていた中でほんの少しの短い時間ではあったが彼はそばにいてくれた。あの時の彼は大事な用事でランにユウキを任せて去ったが、今の自分にそんなものは無いので、いつまでもそばにいられる。

 

「ねえ、カズマ。…もしかして、ボクに隠し事してる?」

 

背を向けて横たわる彼に、聞こえるはずもないのにそう問う。そんなことはわかっているのに、どこか希望を込めて言葉を並べる。

 

「ボクもさ、小学2年まで病気のこと隠してた。それはまだ、アスナやキリト、シュンヤ、それにシャムにだって言えてない。だから、カズマを責めるつもりはない。…けど、ボクにくらいは話してくれないかな?」

 

「それだけ隠し事しまくってるボクに、こう言う権利はないのかもしれないけどさ…カズマが悩んでるなら…言いたいことがあるなら、教えて欲しい。」

 

「ボク達、パートナーじゃん。」

 

《パートナー》という言葉は、より一層部屋に響き、実際彼女はその部分を少しだけ強調した。

しかしもちろん、彼は動かない。

まるで聞き流そうとしているかのように微動打にしなかった。

 

「……」

 

ユウキは「そりゃそうか」と言って、ゆっくり席を立つ。そして、ベッドから腰を離した。

 

 

ガシッ

「…え…?」

 

瞬間、ユウキの腕を何かが掴む。

反射的にユウキは後ろを向いた。

そこには、体をこちらに向けて寝転んだまま、ユウキの手を掴むカズマの姿。

彼には、ユウキの言葉を無視することは出来なかった。

 

「カ…ズ…」

「ユウキ。」

 

彼は、彼女を真っ直ぐとみて、続けた。

 

「話がある。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「やー、カズマのやつ見つかって良かったですね。」

「そーだなー。まあ、正直間一髪だったけどな。」

 

あの後、妖精に連れられてキリト達が先に進むと、そこにはカズマを取り囲むプレイヤー達がいたのだ。

 

「ユウキの超反応パリィがなけりゃ殺られてましたね。」

 

カズマのHPはレッドまで突入していたが、凄まじい速度で移動したユウキの神業パリィによって事なきを経た。

その後そこにいたもの達は取り押さえられて強制連行された。

 

「…あいつら、何者だったんですかね。」

 

「どうやら血盟騎士団と聖竜連合の下っ端だったらしいな。内通者として唆されたらしい。」

「唆された…誰にです?」

「…」

 

「Poh。」

 

「…!?それって…」

「ああ、俺らの作戦がバレてたのは、十中八九そいつらが情報を流したからだろ。実際、メンバーの1人が上官に話を聞いたらしいし。」

 

キリトはそう言って、腰掛けたベンチの背もたれに体重を預けた。

 

「…あの戦闘の中、ラフコフメンバーのほとんどが死んだか、捕縛されたけど…」

「数名が逃走中。…確かその中に…」

「ああ、《奴》がいた。」

「そもそも、あの黒ポンチョ戦闘にいませんでしたよね。思いっきり逃げてたとしか思えません。」

 

「多分そうだろ。…実際、あいつが生きてて、野放しにされてる以上まだ油断はできない。いま一般プレイヤーにも呼び掛けてるとこだしな。」

「…平安は遠いですね。」

「…そんなものはないよ。この世界にいる限りな…。」

 

2人は揃って、天の巨大な蓋を見上げた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「…今…なんて…?」

震える声に、カズマは答えた。

 

「別れよう。ユウキ。」

 

カズマにとって、犯罪者達から恨まれていることはわかっていた。いや、そうなることも分かった上であのような警察の戯言のようなことをしていたのだ。

なら、何故それまでユウキやキリト達と交流を普通に持っていたか。それはひとえに彼のうちにある《自信》だった。

自分なら、たとえどんなことになっても、何とかできる。そんな驕りが、いつの間にか芽生えていた。

 

「…俺と一緒にいれば、お前の身まで危ない。…お前を、巻き込むたくないんだ。」

 

だが、そんな思い上がりは、もう消えた。あの時、ショウマの言葉によって思い知らされた。

自分は所詮、高々ゲームが上手いだけの、中学三年のガキなのだと。

 

「Pohの野郎がまだ捕まってない以上、ラフコフはまだ壊滅しちゃいない。今回の内通者みたいに攻略組の下っ端からも出るかもしれない。…そうなれば、俺は真っ先に狙われるかもしれない。…そうじゃなくても、俺は数少ない親友を死なせちまった。…俺のせいで、あいつは死んだんだ。」

 

その言葉は、自分で言ったにも関わらず、重く、重くのしかかる。彼は、俯いたまま、続けた。

 

「…俺は、お前達を危険な目に合わせたくない。…俺は、周りにいる奴らを不幸にしちまう。それは勿論、お前も例外じゃないんだ。」

 

「…俺には、お前を守れる力なんてなかったんだ。」

 

それだけ言い終わると、カズマは口を閉ざす。流れ落ちる汗。その汗が布団を握る手に落ちて、ポリゴンとして四散する。

…やがて。

ユウキは口を開く。

 

「…カズマの言いたかったことは、それだけ?」

 

どこか低い、その声にカズマはピクリと反応するが…

 

「…ああ。」

 

消え入る声で、そう頷いた。

ユウキはそれに「そっか」とだけ答えると、おもむろに立ち上がった。椅子が倒れたのにも見向きもせずに後ろを向く。

 

「お、おいユウキ…?」

 

カズマは困惑するがユウキは止まらずに装備フィギュアを操作して腰に剣を装備した。

そして部屋着から戦闘用のものに変える。

そして、ユウキは1歩踏み出し…

 

「ユウキ!」

 

カズマがユウキの腕を掴み、それを静止させる。

 

「…何?」

「…何って…おまえ、どこ行く気だよ。」

 

「決まってるじゃん。…ラフコフの残党探しに行く。」

 

「おまっ…!そんなの、行かせるわけないだろ!」

「なんで?カズマと一緒にいるためにはアイツらと、他の犯罪者プレイヤー全員捕まえなきゃ行けないんでしょ?なら、それをする。」

「だから待てって…!大体、そんな危険なこと、やらせられるわけ…」

「ねえカズマ。」

 

唐突に、ユウキはカズマの言葉を遮った。彼はどこか気圧されて、思わず手を放した。

そして、こちらに振り向いたユウキの顔を見て…カズマは戦慄した。

あのユウキが…激怒していた。

すわったその目に、思わず息を飲む。

 

「カズマはさ、危険だって思ったんだね。こうしてソロで犯罪者狩りをすることが。」

「あ、当たり前だろ…!そんなの誰だって…」

 

「なら、ボクが今までどんな思いで君を送り出してたか…これで分かった?」

 

「…っ!!」

 

そして、気付く。

それは、それをやっていたのは、正しく自分だと。ただ、自分自身の目的だけを考えてしか行動してなかった、1週間前までの自分だと。

 

「…今まで、ボクが何も言わなかったのはカズマが、どんな理由であれ、その《目的》のために行動してきたからだって、知ってたからだよ。大事な人の、その決意をおざなりにするほどボクも子供じゃない。…だからこそ、君を心配して寝れない夜が続いても全然我慢できた。いつか、その目的が達せられたらボクの…ボク達のところに戻ってきてくれる。そう信じてたから。」

 

「ユウキ…」

「…なのに、君は自分勝手な理由で、またボクから離れていくの…?色々理由をつけて、昔みたいに離れちゃうの…?」

「じ、自分勝手って…俺は、お前らのことを思って…」

 

パァン!!

乾いた音が、部屋に響いた。

ユウキの掌が、カズマの頬をひっぱたいたのだ。

 

「それが自分勝手って言うんだよ!!」

 

響く叫び。

かつて聞いたことの無い声量の彼女の声が、彼をさらに気圧す。ユウキはカズマの胸ぐらを掴んだ。

 

「カズマは…何も分かってない!みんなの事も!姉ちゃんのことも!ボクのことだって!」

「そ、そんなこと…!」

「あるんだよ!」

 

ユウキはさらに力を強めた。

 

「ボクは!自分の保身のために、カズマと一緒になろうって決めたわけじゃない!!」

 

その言葉で、カズマの心には充分に響いた。

凄まじい声量にドアが震える。

 

「カズマが守ってくれるって、そう言ってくれた時は、本当に嬉しかった…。…けど、その約束のせいで、君と離れなきゃならないなら…そんな約束はいらない。」

 

そう言うユウキの手は、力を込められているがブルブルと震える。

 

「…ボクは、君の事が、たまらなく…たまらなく大好きだから、ずっと、ずっと一緒に居たかったから、あの日、君と一緒にいることを約束したんだよ…?」

 

「…カズマは、そうじゃなかったの…?」

 

「そんなわけ…!」

 

カズマは否定しようと、声を張るが…

涙ぐむユウキを見て、押し黙った。

そして、彼自身も、布団を握りしめる手を震わせる。そして、漏れ出る声。

 

「…俺、怖いんだ。」

 

それは、どこか幼子のようにか弱い声。

 

「俺だって、死ぬのは、怖い。どんな時も、心の奥底には死への恐怖がある。…けど、それよりも…」

 

「…それよりも…お前を失うことが、何よりも怖い。」

 

「守ると決めてたのに…俺なんかじゃ守れない。…お前を死なせて…もう会えないなんて考えると…たまらなく怖いんだ。」

 

それは、彼の偽りのない本音。

そこには建前などひとつもなかった。

 

「俺は…お前と、ずっと一緒にいたい。これからも恋人として続いて、結婚して、子供も出来て…それで、最期までお前と生き続けたい。」

 

いつの間にか、ユウキの手は彼の胸から離れていた。カズマは肩を震わせる。

 

「…けど、今の俺じゃ…お前を守れないんだ。ドナウの…二の舞になるかもって…」

「ねえ、カズマ。」

 

そっと。

ユウキは自身の手を彼の手に重ねた。

ハッとカズマはユウキを見る。

 

「ボクはさ…昔から無鉄砲だったよね?」

「…」

「おしとやかー、なんて言葉が一番似合わないって言っても過言じゃない。やんちゃ、女の子らしくないなんてことも言われてた。」

 

「そんなボクが、君に守られるだけで、我慢して、ましてや満足なんて出来ると思う?」

 

フワリと。

ユウキはカズマの体を自身の体で包み込む。

抱き寄せ、カズマの顔を肩口に押し付けた。

 

「…君がボクを守れないって言うなら…ボクが君を守るよ。」

「…そ、れは…」

「だってさ…今の今まで、ボクはずっと守られてた。小学校の時も、第一層でも、大晦日だって。返しても返しきれない恩が、既にボクはたくさんあるんだ。」

 

サラリと。

彼女はカズマの頭を撫でる。

まるで、幼子を慰めるように。優しく、繊細に。

そして、自然と。

彼の目から、雫が零れ落ちる。

それは、一つの筋となって頬に流れ続ける。

 

「ぐ…ッ…う…ッ…!」

 

カズマは呻くと、ユウキを抱きしめ返して、その顔を隠すように、彼女の肩口に押し付けた。

ジワリと、ユウキの肩口が濡れる。

しかし、彼女は拒まない。ゆっくり、ゆっくり。彼の心を溶かすように、優しく頭を撫で続ける。

 

「カズマ…これからは、ボクも君を守る。守れるくらい、強くなってみせるから。」

 

「…だから、カズマも強くなって。そして、ボクと一緒に…ボク達と一緒に生き続けて。」

 

「…ああ……あぁ…ッ…!」

 

 

滲む声。響く嗚咽。

彼が思い起こすは、親友の顔。

自身のせいで死なせてしまった親友と、彼は向き合う。

そして、ゆっくりと後ろを向いた。

彼は再び、前に進み始める。

 

おそらく、彼はこれからずっとその親友を思い出し、後悔し、振り向き続けるだろう。

…だが、もう戻りはしない。

振り向きはしても、振り返りはしない。

彼は生き続ける。

彼の十字架を背負い、彼への償いも込めて歩き続ける。

愛しい仲間と、最愛の少女と共に。

 

 

 

『…なぁ、ドナウ。…これで、良いのかな?』

 

 

彼の、死者への問い。

それは、返ってこないもの。

だからこそ、答えは出ない。

だが、それでも彼は進み続ける。

そこにどんな未来が待っていようとも。

どのような結末に終わろうとも。

 

 

それこそが、彼に唯一できる事だった。

 

 

カズマは泣いた。

確かな決意と共に、枯れるまでーー。

 

 




「…俺さ、ユウキに助けられてばっかだな。」
「それは…勘違いじゃない?」

カズマの言葉に、ユウキが苦笑を浮かべる。

「…いや、本当だよ。…夢も目標も、生きがいだって全部お前が関わってる。お前がいなきゃ、俺は今も目標の無い男になってたかもしれない。」
「…それは、言い過ぎだよ。カズマなら、きっとゲームを始めてただろうし、それにそこそこモテてたと思うよ。ボク達がいてこんなことになっちゃったけどさ。」

はにかむ彼女に、しかしカズマは爽やかな笑みを浮かべた。

「いや、今確信してるよ。俺は、お前らと会って、お前と時間を過ごさなきゃここまで来れなかった。いつかどこかで躓いてた。…だから、ありがとうな。」

「ちょ、ちょ…めちゃくちゃ恥ずかしいから…もうやめて…」

シュ〜っと頭から盛大に湯気を上げながら、ユウキは顔を真っ赤に染めた。
それを見て、カズマは笑う。
その笑顔には、先程のような迷いはなかった。それを見て、ユウキも微笑む。

「…なあ、ユウキ。俺ら、これからずっと一緒にいるんだよな。」
「これから()ね。」
「悪い。…でさ、ちょっと話があるんだけど。…これからのことについて。」
「ん、何?」

そう何気なく問うユウキ。
…おそらく、彼女はこの後の展開を予測してはいないだろう。
だが、彼はもう決めたのだ。
もう、彼女を放さないと。

カズマはポケットを漁って、昨晩ユウキが入れたらしい《それ》を握った。
そして…


「…えっ…?」


彼女の左手の薬指に嵌めた。
彼女の薬指で輝く、紫色の宝石。
それと同色の彼女の瞳が、見開かれる。

「…今は、そんな安物しか渡せないし、こうやって支えて貰わなきゃなんも出来ない、頼りない男だ。それに、ついさっきまで別れ話を切り出しといて、なんだけどさ…」

「それでも俺は、お前とずっと一緒にいたい。お前と共に、時間を過ごして、お前と共に生きて。…そして、お前と共に死にたい。」


「…だから、結婚してくれ。」




俺の言葉に、最初はフリーズしていたユウキも、ゆっくりとその表情を変えていく。
両手で口元を多い、くしゃりと顔を歪めた後に、ポロポロとその目から雫が落ちていく。
そして、

「うん…うん…喜んで…!」

そう、返してくれたのだ。



俺が彼女の返答に胸をなで下ろしていると、やがてベッドから立ち上がり、そして…

バッ!
「うお…!」

凄まじい跳躍で俺に覆いかぶさった。
それに俺が目をぱちくりさせていると…

「うっ…わああぁぁぁぁぁ!あああぁぁぁぁ!…グスッ…ぁぁぁぁぁぁぁ…!」

そんな大声で、俺の肩口で泣き始めた。
おそらく、これまで我慢してくれていたのだろう。
俺は、最高の感謝と共に、思いっきり彼女を抱きしめた。





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第43話 TRUE FIGURE

英語が使いたいお年頃。


カツン、カツン、カツン、カツン…

石畳の廊下を、黒衣の青年が歩く。

それはどこか、迷宮区にも似ていたが、しかし迷宮区とは違い、床に日差しが照りつけていた。

ここは第五十五層の主街区にある、血盟騎士団のギルド。普段は喧騒のあるその廊下も、今はほとんど人気がない。

カズマはその廊下を歩き続け、やがて現れた巨大な扉をノックする。

「どうぞ」と返答が来た後に扉を開けて、入室した。

 

「よお、ヒースのおっさん。しばらくぶりだな。」

 

「やぁ、カズマ君。ご足労かけてすまなかった。手短にすませるように努力しよう。」

 

そう言うのは、赤いローブを纏った白髪の男。どこか大人びた雰囲気なのに、肉体はたるんでおらず、どこかスタイリッシュに見える。

男の名を、《ヒースクリフ》。

ユニークスキル《神聖剣》を扱う唯一のプレイヤーで、血盟騎士団団長。あまりのその強さに、《生ける伝説》とも言われる。

 

「そうしてくれ。長いこと家空けるとユウキが怒るからよ。」

 

「ふむ…奥方になにか言われているのかな?」

 

「いや、単純に今まで無茶しすぎってんで攻略も1週間禁止令が出されててな。…まあ、要は休暇だな。」

 

カズマは用意されていた座席に座る。

 

「そうか、ならばこちらも善処しよう。」

 

そう言って腕を組み少し俯くと、ヒースクリフはカズマにもう一度目を向けた。

 

「今日私が質問することは他でもない。先日君達が捕まえた、内通者のことだ。」

 

「内通者…ああ、あいつらか。いやでも、俺はあいつらの話は聞いてたけど、そこまで重要なことは話してなかったと思うけど…」

 

「いや、君が聞いたという内容にひとつ引っかかるものがあってね。彼らが持っていた《アイテム》について話した内容だが…心当たりはあるかな?」

 

「………ああ、あれか。確か、「無条件で迷宮区の最奥に行ける」とかなんとか…」

 

「そうか、つまりこの報告書に間違いはなかった、と。」

 

「そういうことになるな。」

 

カズマがそう言うと、ヒースクリフは少し怪訝そうな顔で黙り込む。

それにカズマは困ったように問う。

 

「なんだよ。何かまずい内容なのか?」

 

カズマが問うと、ヒースクリフは組んでいた腕を解いてカズマを見る。

 

「そうだな……君は、このゲームを作ったアーガスが《もしも》これを普通のゲームとして売り出していたら、どのようにしてメンテナンスをしていたと思う?」

 

「え?そりゃ外部からのPCでの修繕とかじゃねえの?」

 

「そうだな。他の方法もあるが、主にはそれが取られるだろう。なら、それに至るまでに、管理者が取るであろう行動。…これは分かるかね?」

 

「え…っと…?」

 

これに、カズマは少しだけ思考する。

メンテナンスをする。それはつまり、管理者がそれを発見したか、ユーザーからの報告で気付いた場合。その場合、普通のゲームならそのまま直すが、このフルダイブ型ゲームなら…

 

「…1度、管理者自身が試してみる、かな…」

 

「その通り。」

 

ヒースクリフはそれに頷く。

 

「動きの中でのラグなどの不具合の時はまさしくその通りだ。だが、今回のことと関係あるのは、迷宮区内やダンジョン各地において造形などの不具合が生じた場合の、その地点に行って確認することの方だ。」

 

「ふむ…」

 

「つまり、彼らの手にあったものは、管理者権限によって出されるアイテムだった、ということだ。」

 

「それって、案外まずいんじゃねえの?ていうかなんでまたそんなモンがあいつらに…」

 

これにはヒースクリフもまた頷く。

 

「その通りだ。何故あのようなものが1プレイヤーの手にあったのか。それはまだ分からない。」

 

「そのアイテムさ、どうしたんだ?」

 

「ん?勿論回収したさ。ちゃんと彼らと話し合い、刑期を短くすることを条件にね。」

 

そこでチラリとヒースクリフは斜め上に視線を上げた。これにはカズマも苦笑した。

 

「おいおい、本当にあいつら出す気か?下手したらまた…」

 

「勿論、ハッタリさ。このような交渉に、嘘はつきものだからな。」

 

「やり方がえげつねぇなぁ。」

 

「裏切り者を出す訳には行かないからな。…それで、話はもう1つある。」

 

 

 

「…あ?」

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「ねぇ、キリト君。あの二人への結婚祝いって、何がいいと思う?」

 

「え?」

 

突然の質問に、キリトは戸惑い…

 

「あー…じゃあ、調理器具なんか…」

 

「それはシウネーが渡すらしいから却下。で、私皆から聞いた感じで、編み物にしようかなって思ってるの。」

 

「…もう決まってるのに何故俺に聞いたの…?」

 

「んー、参考意見としてね。」

 

却下される前提の参考意見とはなんぞや、との言葉を、キリトは飲み込んだ。

さて、その前に読者諸君は思っていることだろう。

何故、基本ぼっちのソロプレイヤーと基本モテモテの攻略責任者様がこうして行動を共にしているか。

それは、昨日に遡る。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「…アスナ?」

 

突如送られてきたそのメッセをキリトは開く。思えばそれが、地獄の始まりだったのかもしれない。

 

「なになに…《明日、ユウキとカズマ君の結婚祝いの素材を取りに行きたいから、一緒にクエストに行ってくれる?》ええ…」

 

正直、このお誘いに乗り気ではなかった。

というか直後に断りのメッセを入れかけたのだ。だが…

 

「あれ、まだ続きが…《一緒に来なかったら、アルゴさんに君の恥ずかしいエピソードを売付けるから。》ええええ…」

 

…その、最後の一言で。

彼が彼女について行くことは決定事項となったのだ。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「にしても、お前今日は攻略じゃなかったのか?」

 

「今日は休暇入ったのよ。今の最前線はあまり難しくないからって。私にだって休憩はいるのよ?」

 

「知ってるよ。じゃなかったら第一層で倒れたりしてn…」

 

ヒュッ!

 

「何か言った?」

 

「悪かったから、レイピア下ろして。…そんなにするくらいなら、あんなことするなよ…」

 

「しょうがないでしょ。あの時はああするしかなかったんだから。」

 

言いながら、2人はダンジョンを進んでいく。

思えば、こうしてこの女性とパーティーを組むのはいつぶりだろうか。

 

「…今日はありがとうね。私の無理に付き合ってくれて。」

 

「ああ…別にいいよ。俺も暇だったし。ていうか、あんな脅し文句つけられちゃ、断れない。」

 

「ちゃんと恥ずかしいことしてたって自覚はあったのね。」

 

「そりゃ、多少はな。…ていうか、なんでまた俺に声かけたんだよ。アスナの知り合いなら他にも…」

 

「今手が空いてるだろうと予測できて、かつカズマ君と親しい関係なのは君しかいなかったの。」

 

「ああ…カズマの結婚祝いって言うと、怪訝な顔するやつ多いもんな、KoBは。」

 

「うん。…リーテンさんに頼もうとも思ったけど、シヴァタさんと用意してるらしいから。」

 

「あの二人元気か?まあ、たまにボス戦で顔合わすけど…」

 

「相変わらずよ。ラブラブで「早く結婚しろ」っていうレベル。」

 

「そりゃすごい…」

 

リーテンとシヴァタは、かつてそれぞれ《アインクラッド解放軍》と《ドラゴンナイツ・ブリケード》というギルドに所属していたプレイヤーだ。この2つが解散した今は、KoBのタンクとアタッカーとして活躍している。

 

「そういや、体育会系君はこの前隊長になったんだっけ。」

 

「体育会系…?ああ、シヴァタさんね。うん。この前の会議の時に失言した人をクビにして、その人と入れ替わることでタンク隊の隊長に選出したの。」

 

「まあ、もう結構長い期間血盟騎士団にいたしなぁ。それくらいなってもおかしくないか。」

 

「元々メンバーからの評判は良かったし、反発もなくて助かったわ。…それより。」

 

「ん?」

 

アスナは唐突にキリトの方に振り返る。

 

「君は、どうなの?」

 

「な、なにが?」

 

「君は、ギルドに入る気は、ないの?」

 

それは、もう何度かされた問い。

彼女の純粋な心配の言葉に、キリトは…

 

「…んー、今はない、かな。」

 

「…確かに立場上、君の入団が難しいのは分かってるわ。けど、君の実力は、全員が知ってる。君なら、確実に隊長クラスの…いえ、もしかしたら私以上の地位も…」

 

「アスナ。」

 

彼女の言葉を、キリトは笑いながら遮った。

 

「悪いけど、俺は入れないよ。」

 

「…」

 

「俺みたいないい加減なやつは人を統率するなんてまず無理だし、それにアスナもさっき言ってたろ。シヴァタレベルのやつで反発が産まれる可能性があったなら、俺なんか確実に反発される。…ようやくこの城の半分を超えたんだ。わざわざ指揮を下げることは無い。」

 

キリトの言葉に、アスナはため息を吐き…

 

「…そうね、ごめんなさい。」

 

「いや、心配してくれてありがとうな。」

 

「なッ…!別に心配じゃないわよ!た、ただ単にウチの戦力強化としてあなたが使えるんじゃないかと思っただけで!勘違いしないでよね!」

 

「え、あ、う、うん…そこまではっきり言わなくても…」

 

「ほら!早く行くわよ!とっとと歩いて!」

 

「…歩いてるよぅ。」

キリトのささやかな反抗が、小さく響いた。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「シュンヤさん、これなんてどうでしょう。」

 

「これは…何これ?」

 

「これはですね、テーブルクロスです。テーブルに敷くだけで彩りも良くなるかなって。」

 

「おお、いいんじゃないか?まあ、あの二人が既に持ってたらあれだが…」

 

「ああ、確かに…」

 

「…まあでも、その色すげえいいし、それにお前がくれたものなら喜んで使ってくれると思うぞ。」

 

「そうですね。それじゃ、これともう1つ少し良い日用品を買っておきます。」

 

「おう。」

 

少し小走りにNPCの方に向かうシャムを見送ってから、シュンヤは少し悩む。

 

『あいつが欲しがるものか…うーん…あいつの好みとかあまり知らんしなぁ…菓子折だと軽い感じがするからな…一応世話にはなってるし…』

 

そんな事を考えながら、彼は視線を移動させた。…そして、ある物が目に止まる。

 

「ん…」

 

そして少し手に取り…うんと頷いた。

 

「決まりましたか?」

 

しばらくして、シャムが戻ってくる。

 

「ああ、これにしようかなって」

 

「…?あ、これって…」

 

「うん。安眠用フレグランスの詰め合わせ。」

 

それは、かつてある層の問屋で見つけて購入し、それをカズマに渡したと言う記憶があるもの。元々そこそこ高価なものであったが、それでも層が上がったことで少し希少性も薄なってはいるようだ。だが、高いものに変わりはない。

 

「まあ、正直消耗品じゃなかったらアイツらが気にして使い続けるかなと思ってさ。俺はそういうのは嫌だからどうせなら消耗品にしようと思って。…どうだろ。」

 

「いいと思いますよ。その気遣いはとてもありがたいと思います。流石シュンヤさんですね。」

 

「ありがとう。…じゃ、ちょっと会計してくるわ。」

 

「はい、外で待ってますね。」

 

ーーーーーーーーーーーー

 

時刻は夕暮れに近づき、人の流れもまばらになっていた。

 

「お待たせ。」

 

「じゃ、行きましょうか。」

 

「あ、悪い。シャム、ちょっと待ってくれ。」

 

「はい?」

 

引き止めるや否や、シュンヤはウィンドウを操作して、1つのアイテムをオブジェクト化した。

それは、髪留め。

それも、ツインテールが止められように2つあり、今シャムが着けている、大きめの装飾がついたものと、同じ系統のもの。

 

「ほらこれ。」

 

それを彼は、彼女の手の上に置いた。

しばらくシャムはそれをどこか抜けた顔で見ていたが…

 

「あ、あの…これって…」

 

彼に問うように、そう呟く。

シュンヤはニッと笑うと、答える。

 

「そういや、渡してねえなと思ってさ。」

 

「えと…何をですか?」

 

「攻略組加入おめでとう。」

「…あっ…」

 

「正直さ、俺ここまで早くお前が来るなんて思ってなかった。結構な遅れも取ってたし。」

 

「うっ…」

 

「けど、お前はいい意味で俺の予想を更に超えてきた。それには勿論、ユウキ達のサポートもあったからだろうが…」

 

 

「お前自身の精一杯の努力がなければ、その結果はなかっただろ?」

 

 

「だから、頑張り屋さんへの俺からのご褒美だ。…良ければ、受け取ってくれ。」

 

「…ありがとう、ございます。」

 

シャムはその髪留めをキュッと自身の胸に抱く。すると、彼女の目から、1粒の雫が流れ落ちた。

 

「…ん?」

 

「あ…すみません。つい…嬉しくて。」

 

「そか…なら良かったよ。」

 

「あの…付けてみても…?」

 

「いいよ、勿論。」

 

シャムは元々つけていた同型の髪飾りを外す。そして、それを少しだけ見つめる。

 

「どうした?」

 

「…いえ、あなたには、この世界で貰ってばかりだな、と…」

 

「そんなことは…」

 

「いえ。目標も、居場所も、生きる術も。それに、この髪留めも…」

 

彼女は少しだけ微笑んで、シュンヤを見る。

 

「あの時、ダンジョンで出会ってから、あなたには何度も助けて貰いました。」

 

「本当に、ありがとうございました。…そして、これからもよろしくお願いします。」

「…ああ、こちらこそ。」

 

やがて彼女は長い髪を両側に束ね、それぞれを髪留めで止める。それは、いつもの彼女の姿であったが…

 

「…どうですか?」

 

「似合ってる…すげぇ綺麗だ。」

 

夕日と相まって、花柄の髪留めをした彼女は幾倍にも美しく見えた。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「そういや、藍子はさー」

 

「今はランですよ、ウッドさん。」

 

「悪ぃ。ランはさ、なんで諦めたんだ?」

 

「何がですか?」

 

「カズマのこと。」

 

「……」

 

「お前ずっとあいつのこと好きだったじゃねえか。なんで諦めたんだ?」

 

「そうですねー…妹可愛さ、からですかね。」

 

「…なんだそりゃ。」

 

「正直に言うと、私自分の幸せに無頓着なんですよね。あの子は私以上に辛いことを経験して、それでもあの人のことを想い続けてたんです。そんなもの見てたら、自分の幸せは二の次にしちゃうんですよ。」

 

「ふーん…そういうもんかね。」

 

「ええ。…ただ、私としては私自身が本当にカズマさんのことを好きだったのか、疑問なんです。」

 

「と言うと?」

 

「確かにあの人に好意はあります。ただそれが恋慕…恋心なのかと問われれば、私には分かりません。ユウキのようにはっきり言葉に出来るわけではありませんから。」

 

「あいつみたいに堂々とああ出来るやつの方が少ないと思うけどな。」

 

「そうですね。…でも、そういう所でも私の想いはユウキには負けてるんです。これじゃあ、あの子が彼と結ばれる他に選択肢は無くなりますから。」

 

「…なら、もうカズマのことはもう諦めたんだな?」

 

「どうでしょう。少しだけ未練はあるかも知れませんが、恋慕があるかどうかは、もう分かりません。」

 

「そっか……ならさ…」

 

 

「お前のこと、俺が狙ってもいいか?」

 

 

ウッドのその言葉に、ランはぱちくりと目を瞬かせていたが、やがて微笑むと…

 

「ええ、構いませんよ。」

 

そう、答えたのだったーー。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

夜。

カズマは家までの帰り道を歩く。

そんな中、彼は昼間のヒースクリフの話を思い出していたーー。

 

 

「君の、亡き親友のことだ。」

ピクリッ

 

「勿論、覚えは…」

 

「聞かなくてもいいだろ、そんなこと。…で、どういう話だ?」

 

話題を聞いた時から、カズマは話を続けるように促す。ヒースクリフはそれに「うむ」と頷く。

ヒースクリフはまず自身の横にあった記録結晶を手に取った。

 

「まず、彼…ラフィン・コフィンの参謀役として知られていた、ショウマなる人物が所有していたこの記録結晶。彼のドナウ氏をリンチした時の音声であろうものが保存されている。…この音声は、彼のもので間違いないかな?」

 

「…すまん、どういう意味だ?」

 

「なに、そのままの意味だよ。」

 

 

「この結晶内の音声は、()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

「…その音声のなかにあったのは、確実にドナウのものだった。それに間違いはねえよ。」

 

「そう思ってるのは、君だけかもしれない。」

 

「何?」

 

「所詮声なんてものは、周波数の違いによって起きる変化だということさ。頭のいい君なら分かりきったことだろう?」

 

「…いや、そう単純な話じゃねえだろ。その時の湿度、風。それこそ、記録するなら結晶の位置にだって。」

 

「そう。それら全てを計算し尽くさなければならない。何故なら、そうしないと作れないからだ。()()()()()。」

 

「…」

 

「逆に考えてみたまえ。その状況を作れば()()()()()()()()()()ということだ。」

 

「なあ、ヒースのおっさん。難しい御託は並べなくていい。本題を言ってくれ。あんたは、俺に何を伝えようとしてる?」

 

そして、ヒースクリフはまたも肘をつき、指を組んだ。

 

「単刀直入に言おう。」

 

 

「君の親友であるドナウというプレイヤーは、生きている可能性が高い。」

「……あ?」

 

 

「…そりゃ、そこに入ってる音声だけじゃ、判断しかねる…ってことか?」

 

「そうでは無い。ただ単純に、彼の生死は未だに不明なのだ。」

 

「いや待ってくれ。ドナウは確かに死んでる。《剣士の碑》の名前にも、ちゃんと横線が…」

 

「カズマ君、同じ名前の者が二人いて、その片方が死んだ時、剣士の碑はどうなると思う?」

 

「え?」

 

唐突な質問に、少し戸惑うが、カズマは、難なく、

 

「そりゃ、片方に線が引かれる…だろ。」

 

「うむ。なら、その後もう片方が《改名》を行った場合は?」

 

「そ、れは…」

 

「改名して少しだけしたら、そこに名前は無くなっているのだよ。」

 

ヒースクリフは淡々と告げる。まるで、何事でもないように。当たり前のように告げる。

 

「ま、待てよ。なら、ショウマ達が殺した奴は…あいつはいったい誰だってんだよ?あいつなら、ドナウの姿も見て…」

 

「カズマ君、彼の…君が知るドナウ氏の容姿を教えてくれないか?」

 

割って入る、唐突な質問。

嫌な予感に、少し呼吸が浅くなりながらも、カズマは…

 

「…少し暗めの青髪に、黒目の短剣使い…だ。」

 

「…彼らが殺したドナウ氏は、黒髪赤目の長剣使いだったそうだ。」

 

瞬間。

彼の呼吸は、一気に止まった。

しかし、同時に少しだけ喜びもした。

何故なら、彼はまだ生きている可能性があるということだからだ。

亡くなった者が居るのに、不謹慎だと分かってはいるが、数少ない親友の無事も分かった。なら…

 

「…もうひとつの報せだ。…聞くかね?」

 

「…ここまで来て勿体ぶるなよ。聞くよ。聞かせてくれ。」

 

カズマの言葉に、ヒースクリフは「良かろう」と頷いた。

 

「君達が捕まえたメンバーの中に、古参のラフコフメンバーもいてね。その者から聞いた話だと、現在の参謀は《2代目》だそうだ。前の参謀は一般プレイヤー…グリーンのまま指示だけをし続け、そして我々が35層を突破したところで、ラフコフを抜けた。いや、抜けたわけでなく偵察として主街区に紛れ込んだようだ。我々の戦力分析の為にもね。」

 

そう告げるヒースクリフの声は、比較的穏やかだ。逆に、カズマの目には焦りが見える。

まさか、そんな。

そのような声も聞こえてきそうな程に。

 

「どうやらその参謀はメンバーの武器のメンテも行っていたみたいだね。鍛治スキルはそこそこのものだったらしい。短剣使いで素早さもなかなかのものだったようだ。…そして何より、少し濃い目の青い髪と黒い目をしていたそうだ。」

 

「…ッ…!?」

 

「そして彼は初代の参謀として名を馳せていた。その名は今の参謀と同じで《ショウマ》。そして彼は…」

 

「脱退と同時に、名前も変えたようだ。」

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「はぁ…」

ため息を着いて、カズマはどうにか気持ちを落ち着かせる。

自身の親友の本当の姿を知って、動揺と少しの悲壮感を抱いていた。

勿論、ヒースクリフの報せが嘘で、仮説も間違っている可能性がある。ただ、それを否定出来るだけの根拠もないのだ。

声を同じ物にするなどかなり不可能に近いし、それに一応ショウマ達の見間違いという線もあった。

影武者を使って、彼が俺達の前から姿を消した。

その根拠は間違ってはいない。ただ、肯定したくなかった。いくらなんでも、いきなり親友を疑うなど、そんなことは出来なかった。

カズマは、複雑な気持ちのまま、夜空を見上げた。

 

 

「…どこにいんだよ、ドナウ。」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「よぉ、兄弟(ブロ)。久しぶりだな。シャバの空気は美味かったか?」

 

「…悪くはなかった。けど、生ぬるすぎる。日よったヤツらの相手をしてたから、感が鈍るところだった。」

 

「それはまた、お疲れさん。」

 

「それで、なんであいつらを切り捨てた?使えるコマじゃなかったのか?」

 

「もうめんどくせぇし、何より増えすぎた。あそこまで増やしてメリットはねえからな。」

 

「…そうか。まあいい。」

 

「さて、もう動くかい?兄弟。」

 

「いや、しばらくは様子見だ。わざわざ不利なところから動くことも無い。」

 

「なら、俺もしばらくは休むか。奴らにしばしの平和って奴をプレゼントしてやろう。」

 

「ああ。」

 

「そういや、兄弟は《死神》を相手にしてたんだったよな。どうだった?あいつはかなり《楽しめそう》だろ?」

 

「…ああ。」

 

 

「実に、殺しがいがありそうだったよ。」




書けば書くほど《ひと対ひと》が多くなる。


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第44話 祝福

バカ話回は書いてて楽しい


カズマは帰り道をゆっくりと歩く。

 

彼とユウキが購入した家は、ある層の湖が近くにあるレンガ造りの家。

何故かと言えば、元々ユウキは西洋の家に憧れており、釣りもしてみたいのだと言う。

正直カズマにとってはそこら辺のこだわりは無いため、ユウキに任せっきりにしておいた。色などの趣味も合っているからこそ出来る手だ。

まあ、予算だけはカズマが決めたが…。

 

やがて、ある一軒家の前に着く。見ると家の煙突からは煙が上がっていた。家の中も明るく照らされている。

 

「ユウキが料理なんて珍しいな。」

 

そう言いつつ微妙な違和感に包まれながらも、カズマは自宅のドアを開けた。

 

「ただいまー…」

 

「おーかえりー!!」

「うわッ!!」

 

入室と同時に腕にしがみつくユウキ。

それにカズマは何とか耐えた。

 

「ユウキ…しがみつくのは危ないからやめろって…」

「みんなー!せーの!」

 

「ユウキ!カズマ!結婚おめでとー!!」

パンパンパンパーン!!!

 

「………」

突如響いた小さめの乾いた音と、そこにいた無数の人影にカズマはフリーズした。そこに居たのは、全てカズマとユウキの共通の知り合いか、ユウキの女友達。

 

「あはははー、びっくりした?なんか皆ね、ボク達にサプライズしてくれようとしてたらしいんだけど、皆来たときにカズマがいなかったから、『それならカズマだけ脅かそう』ってことになったんだー。」

 

「そ、そうか…説明ありがとう…」

 

未だフリーズしながらも、何とか笑みを浮かべたカズマの手を、ユウキは引っ張った。

 

「ほらカズマ!早く行こ!アスナと姉ちゃん達がご馳走用意してくれてるんだよ!」

 

「あー…だから煙突が…」

 

そりゃそうか、とカズマは1人で納得した。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「それじゃ、次はプレゼント渡しと行きましょうか!」

「「イェーイ!!」」

 

アスナの掛け声に、ジュンとノリが拳を上げてノる。

卓上のご馳走は未だに補充され続けていた。

 

「それじゃ、最初は俺から!」

 

そう言って声をあげたのはクラインだった。テーブルを回ってカズマ達に近づく。

 

「おいおい、大丈夫か?」

 

「嫌な予感しかしねぇな。」

 

「っるせ!黙って見とけ!」

 

エギルとキリトの言葉にそう言ってクラインはカズマ達に差し出した。

 

「ほら、結婚おめでとさん。末永くお幸せにな。」

 

「わあ、ありがとう。」

 

「サンキュ。ん、これは…」

 

それは、着流しだった。

 

「おう!これは俺もお気に入りでな。通気性はいいのに、保温性もそこそこ高ぇっていう優れもんさ!」

 

「へー!すごい!」

 

「クラインにしちゃ、随分まともなプレゼントだな。」

 

「ンだよその感想!俺信頼0じゃねえか!」

 

「いやまあ、嬉しいよ。ありがとう。」

 

やがてユウキの周りに女性陣が集まりだした。するといきなりカズマの肩にクラインが腕を回した。

 

「?なんだよ」

 

「カズマ、これは俺からのほんの気持ちだ。…受け取ってくれ。」

 

クラインが差し出したのは、少し大きめの正方形の何か。

どうやら包装されているようで、中身は見えない。

カズマはそれを少し開けて、中身を確認すると…

 

「…はぁ。お前な、俺もう既婚者だぞ?こんなんで欲情しねぇよ。」

 

「あれ、てことはいらねえの?」

 

「一応貰っとく。」

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「次は俺か。カズマ、ユウキ。Happywedding!つまらねえもんで悪いが、受け取ってくれ。」

 

「これは…コップか?」

 

「ボクが紫で、カズマが黒色かー。」

 

「ああ、2人のイメージカラーに合わせて選んだ。あんまりこってるもんもあれかと思ってな。」

 

「へー!ありがとう!これから使わせてもらうね!」

 

「めちゃくちゃありがてえけど…決してこれが店の余りもんでないことを祈るばかりだな。」

 

「アッハッハッハッハッ!大切な常連の大切な日にそんな無粋なことはしねえよ!」

 

「 どうだか。」

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「ユウキさん、カズマさん。結婚おめでとうございます。」

 

「あ、リーテン!ありがとう!」

 

「シバちゃんも来てくれたのか。」

 

「一応攻略組では世話になってるし、大切な仲間のめでたい日だからな。…それより、そろそろシバちゃんはやめろ。」

 

「断る。」

 

「もう、シバ。いいじゃない。仲がいい証拠だよ。」

 

「リッちゃん…こいつのはそんなんじゃないよ。カズマは俺を困らせて楽しんでるだけだ。」

 

「カズマ、そうなの?」

 

「否定はしない。」

 

そんなふたりの会話に周りからドッと笑いが起きて、リーテンも困ったように笑う。

 

「ああ、もうほら。俺達からの結婚祝いだ。受け取ってくれ。」

 

「これは…」

 

「お菓子、かな?」

 

それは、包装されたお菓子のようなもの。

どこかお高そうなそれは、非常に興味を唆られる。

 

「俺とリッちゃんが行きつけにしてる店の看板商品だ。結構隠れ家みたいな場所にあるから、食べたことは無いはずだ。」

 

「本当に美味しくて、2人にも食べてもらいたかったんです。」

 

「へー!ありがとう2人とも!」

 

「確かに美味そうだな。ありがとう。」

 

「お前には変に洒落たものよりこういうものの方がいいだろ?」

 

「まあな。」

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「俺とタルケン、テッチとノリ。あとクロービスにメリダからはあれだ。」

 

ジュンはそう言うと、布を被せられたオブジェのような高さの何かを指さす。

そして、テッチが布を剥がすと…

 

「…うわぁ…!」

 

「おおぅ…」

 

ユウキは嬉しそうに声を上げ、カズマは若干引くように呻く。

そこにうずたかく積まれた物は、全て食材アイテム。野菜や肉類、魚など種類は豊富だ。

そしてその横には色々な種類の酒が並べられる。

 

「色んな食材アイテムの詰め合わせだ。結構色んな層で集めたから、種類の多さは自信あるぜ。」

 

「ありがてえけど…その前に量がおかしいだろ。エギルの身長悠々と超えてんじゃねえか。」

 

その塊は、巨漢の黒人プレイヤーの身長を頭1つ2つ分も超えていた。

 

「…これ保存すんの大変だから、このパーティーで使うぞ。」

 

「おう。2人へのプレゼントだから好きなように使ってくれ。」

 

「ありがとね!みんな!」

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「次はウッドからか。」

 

「まあ、俺はシウネーとランを手伝っただけだけどな。」

 

「フフッ。カズマさん、ユウキ、結婚おめでとう」

 

「これ、私達から、ささやかな気持ちです。」

 

「これは…調理器具セットか。」

 

「はい。包丁とかはウッドさんに打ってもらって、フライ返しとかは私とシウネーで見繕いました。」

 

「ユウキも、ちゃんと料理しなさいよ?」

 

「わ、わかってるよ!」

 

「うん、ありがとう3人とも。そろそろ買い替えの時期だったし、すごくありがたい。」

 

「それなら、良かったです。」

 

「ウッドも、慣れないことさせて悪ぃな。」

 

「ほんと、俺の本業は鍛冶屋であって、小道具屋じゃねえんだけどな…。ま、これからもご贔屓にってことで。」

 

「ああ、任せとけ。」

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「やっほー、ユウキ。」

 

「ユウキ、結婚おめでとう。」

 

「あ、リズにアスナ!ありがとう!」

 

「こんなイケメン手玉にするなんて、ユウキも隅に置けないわねー。」

 

「え、えへへへ…そうかな…?」

 

「えっと、アスナさんと…君は?」

 

「おっと、夫とは初対面だったわね。はじめまして旦那様。私、ユウキの専属スミスとして働いております、リズベットと申します。以後お見知り置きを。」

 

「お、おう?」

 

「もうっ、リズが変なテンションで挨拶するからカズマがついていけてないじゃん。」

 

「あっはははー、ごめんね。改めまして新郎さん、私の名前はリズベット。気軽にリズって呼んでくれたらいいから。興味湧いたらウチの鍛冶屋に寄ってね。」

 

「ああ…もしかして最近ユウキの剣をメンテしてるのって、リズか?」

 

「うん、そう。どうかした?」

 

「いや、前より鍛冶屋の腕が上がったんだなって分かるくらいメンテの出来が違っててびっくりしたんだ。これからもよろしく頼むな。」

 

「ええ、望むところよ。」

 

「フフッ、リズは性格はともかく、腕だけは確かだからね。カズマ君も行ってみたら?」

 

「ああ、いや。俺はウッドの整備で充分間に合ってるし。まあでも、機会があったら頼むよ。」

 

「ええ、いつでも来てちょうだい。」

 

「それじゃ、まず私から。カズマ君とユウキのイメージカラーのマフラーだよ。柄も統一させてペアルックにしてみたの。」

 

「わあ、ありがとうアスナ!」

 

「この寒い時期にはありがたい…ありがとうございます、アスナさん。」

 

「それじゃ、私からはこれ」

 

「…これは、食器か。」

 

「そう。調理器具は用意されるって言うから、食器にシフトチェンジしてね。このナイフとか自信作よ。なんてったってDランクの固いお肉でもスパスパ切れるんだから。」

 

「それもはやナイフじゃなくて包丁だな。」

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「リーダー、カズマさん。結婚おめでとうございます。」

 

「おめでとう、2人とも。」

 

「お、シャムにシュンヤ。ありがとうな。」

 

「それで、私からは、これを…」

 

「ありがとう。…お、これは…」

 

「テーブルクロスです。やっぱり景観にも華があった方がいいし、とてもいい色だったので…あの、既にお持ちなら、無理に使わなくても…」

 

「ん?…ああ、いや。そうじゃなくてな。実際本当にありがたいよ。というのもユウキの奴が『変えるの面倒いしひとつで良くない?』とか言って雑貨費からテーブルクロス代抜いてたんだよ。」

 

「は、はあ…」

 

「なんで、もう1つ欲しいと思ったところにこれが来たから、嬉しいよ。ありがとう。…なぁユウキ、これが女性らしい女性だぞ?見習っとけ。」

 

「むかっ!まるでボクが女の子っぽくないみたいじゃん!」

 

「おてんば娘がよく言うな。」

 

「ムキー!」

 

「イチャイチャはそこまでにして、俺の祝い品も受け取ってくれよ。」

 

「あ、悪ぃ悪ぃ。それで、シュンヤは…安眠用ポーションか。」

 

「お前には消耗品の方が気楽だろ?」

 

「まったくその通り。…ありがとな。」

 

「おう。」

 

「…それより、シャム髪飾り変えたんだな。」

 

「は、はい。シュンヤさんにプレゼントで…」

 

「ふーん…」

 

「な、なんだよ。」

 

「いーや、別に。へー…赤い薔薇模様か…」

 

「は、はい!とても綺麗ですよね!?」

 

「…気付いてないかぁ…」

 

「へ?」

 

「いや、なんでもない。…シャム、大事にしてやれよ。」

 

「は、はい!勿論!」

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

喧騒が続く中、部屋から1人ベランダに出て、キリトはため息をつく。

 

「はぁ…こういうのも、久しぶりだな。」

 

そう呟くと、仮想の息が、白く可視化されて消えていく。

やがて後ろの窓から自身と同じようにベランダに出る者がいた。

その者はゆっくりと歩いて、キリトの横に立ち、柵にもたれ掛かる。

 

「…主役が出てきていいのか?」

 

「こういうの、久しぶりであんま落ち着かないんだよ。」

 

「俺も一緒だ。」

 

「そういや、結婚祝いの釣り用具1式ありがとうな。ユウキのやつも釣りしてみたかったらしいから、助かった。」

 

「なら良かった。お前らはアウトドア派だからいるかなと思ってさ。」

 

「大正解。」

 

カズマはそう言って笑った。

キリトもそれに同調して笑う。

 

「にしても、お前が結婚か…。俺と一つしか違わないのにな。不思議な感じだ。」

 

「ま、この世界だからこそできる事だな。…所詮現実世界じゃ、俺達はただの中学生だ」

 

「現実世界、か…」

 

軽くこぼしたその単語に、キリトは引っかかりを覚えた。天を仰いで、上空にある鋼鉄の蓋を見つめる。

 

「なんか最近、向こうでのことを思い出さなくなってきた。母さんや父さん、スグの顔すらも思い出さない日がある。」

 

「そういうもんだろ。…住めば都、なんて言うけど、1年もこんなとこで生きてたら、そうもなるさ。」

 

「…そうだな。なんか、この世界に産まれて、この世界でずっと過ごしてきた。…そんな気さえもする。」

 

「《慣れ》ってのも、怖ぇもんだ。《非常識》が、簡単に《常識》として変換されちまう。…今の俺たちみたいに。」

 

カズマはそう言って、チラリと中にいる彼らを見た。ただああして、この世界でも笑えるようになったのは、どこか皆に希望があるからだ。

この世界をクリアして、現実世界に戻れるであろうという希望が。

 

「けどまあ、俺は帰りたいと思ってる。…いや、帰らなきゃ出来ないことがある。」

 

「出来ないこと…って…」

 

「俺にだって、人生の内にやっておきたいことくらいあるさ。」

 

そう言って笑うカズマに、キリトも苦笑した。

 

「…俺は、帰りたいのかな。」

 

「ん?」

 

「俺は帰りたいって言うより、サポートしてくれてる職人クラスの奴らのために戦ってるところが強い…と思う。俺、あっちに帰ってもゲームくらいしか残らないから…」

 

そう呟くキリトの声は、どこか暗い。

現実世界でも、VR世界でも変わらないんじゃないかという、一種の恐怖が彼を縛り付ける。

実の兄が零したその本音に、カズマは…

 

「ま、それでもいいんじゃね?」

 

そう、なんて事ないと言いたげな口調で返す。

カズマは体勢を変えて、手すりに腕を乗せて体重を預けた。

 

「そんな皆が皆、人生目標据えて一生懸命生きてる訳じゃねえよ。今それが戦う理由になってるなら、それも充分な理由だし…」

 

カズマはキリトに笑いかけた。

 

「それに、理由ならこれから見つけていきゃいいさ。なんせ、あと40層もあるんだからな。考え放題だ。」

 

「…そう、だな。」

 

この言葉に、キリトは苦笑した。

 

「あと40層もあることを、そんなポジティブな受け取り方したのは、アインクラッド中でもお前だけだろうな。」

 

「なぁに。これからどんどん増えてくるさ。なんせ、目測じゃ1年以内にクリア出来るんだからな。タラレバなんざしてたら尽きねえよ。」

 

「…そうだな。」

 

2人はそう言って笑う。

背後の喧騒の中、黒い空の中を一筋の細い光が駆け抜けた。

 

「お、流れ星。」

 

「…埼玉の家で昔1回だけ、1人の時に見たことあるな。」

 

「へー、そりゃ珍しいな。…勿論ちゃんとお願いしたんだろ?」

 

「ああ。《次のイベントでレアアイテムがドロップしますように》ってな。」

 

「夢がねー。」

 

目を細めてそうカズマが言ってから、2人はもう一度笑いあった。

 




次回、第1章最終回!!(唐突)


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最終話 頼ること

ちなみに言っとくけど…



まだ終わらないからね?!


カズマとユウキの結婚祝いパーティーの後。

片付けの終わったリビングからベランダに出るひとつの影。

そして、それをテーブルの周りで待つ2つの影。

リビングから出てきた人物は持ってきたコーヒーを2人の前に置いた。

 

「カズマ、ユウキは眠ったか?」

 

「ああ、アスナさんとランと一緒にぐっすりだよ。俺のベッドはシャムとリズとリーテンに取られたし。」

 

「まさか全員泊まるとはなぁ…迷惑じゃなかったか?」

 

「いいよ。ユウキは大人数でいる時にテンション上がるから。『お泊まり会だー』って言ってたし。」

 

「男連中は床に転がってるしな。スリーピング・ナイツの他の女性陣には?」

 

「俺らの寝袋貸した。…にしても、シュンヤも持ってたんだな。」

 

そう言われて、シュンヤは肩を竦めた。

 

「俺も一応《ビーター》だからな。《演じ続ける》ためにレベルは上げ続ける必要があるから、ダンジョン泊まりも結構多い。」

 

そう言ってから、シュンヤは苦笑する。

 

「…俺の話はどっちでもいい。お前が俺とキリトさんにしたい大事な話って、一体なんだよ。」

 

「…ああ。ちゃんと話すよ。」

 

カズマは1口、コーヒーを飲みこんだ。

 

 

 

「影武者?」

 

カズマが口を閉ざすと、シュンヤがまず疑問符を浮かべた。カズマはコクリと頷く。

 

「それは…本当か?」

 

「勿論、ヒースのおっさんか情報の出処が嘘ついてるって可能性もあるが…そうしてメリットがあるとも思えない。…信じたくはねえけどな。」

 

キリトは考えるように目を瞑って、トントンとテーブルを叩く。

シュンヤがまた質問する。

 

「もしかして、もう犠牲者が…」

 

「いや、あれ以降ラフコフの物と見られる犯罪は起きてない。気付いてないだけっていう可能性もあるけどな。」

 

そう言ったところで、キリトが口を開く。

 

「…カズマ、お前が例の参謀役と対峙していた時に流れた音声。あれはどう説明付ける?あれはお前の親友のものだったんじゃないのか?」

 

「…それについては、今から話すよ。」

 

カズマは1口コーヒーを口に含んでから、また話し始めた。

 

「まず、今回俺らが迷宮区で捕まえた内通者達。アイツらのアイテムストレージから《あるもの》が発見された。」

 

「あるもの?」

 

「何か危険性のあるアイテムか?」

 

「広い意味ではそうとも言える。…ゲーム管理者しか使えないアイテム…いわゆる《チートアイテム》ってやつだ。」

 

これにはシュンヤとキリトが同時に怪訝そうに眉を寄せた。

 

「それも、それを使うだけでモンスターに気付かれずに且つ、無条件で迷宮区内の次の階に行けるって代物だ。俺ら攻略組からすりゃ、喉から手が出るほど欲しいもんだな。」

 

「恐らく、昔第3層であったエルフイベントの黒エルフ側…キズメル達が使ってマントアイテムの上位互換だろうな。あのマントで体を覆うと隠蔽(ハイディング)効果が100%になって、モンスターやプレイヤーから見つからないっていう代物だった。」

 

かつて、キリトがアスナとペアを組んで進めていた《エルフ戦争イベント》。

そこで行動を共にしていたダークエルフNPCの名前を出してキリトはそう告げる。

 

「確かに、そうですね。…ただ、どこからそんなもんが?一般プレイヤーなら手に入るはずないだろ。」

 

「そんなもん、一般プレイヤーの俺が知るわけないだろ。…考えられんのは開発者、またはその関係者が渡したってとこか?」

 

「まさか、茅場晶彦が…?」

 

「分からん。会えねえやつに質問も出来ねえしな。」

 

「そうだな。…ただ、チートアイテムがそうしてプレイヤーに渡るかもしれないのは確かに問題だな。…もしかして、ドナウの件も?」

 

「ああ。ヒースのおっさんの考えでは別のドナウっていうプレイヤーの声を、《変声機》に近いアイテムで変えたんじゃないかってさ。そんなもん、管理者アイテムであるのかって話だけどな。」

 

「ただ、それでも1つ疑問が残る。」

 

キリトはさらに質問した。

 

「あの記録結晶に記録された音声には、親友であるお前の名前が出てた。それに対しての反応も、演技とは思えない。それについてはどうだ?」

 

「…これは完全な憶測だけどさ。」

 

カズマは少しの間の後に答えた。

 

「あの時、良く考えればショウマのやつは記録結晶のボタンを2度押してたんだ。それはつまり、前半の親友のくだりはドナウ自身がやり、後半のリンチは影武者のドナウ氏の声だった…のかもしれない。」

 

「…よく覚えてたな、そんなこと。」

 

「記憶力には自信がある。…ただ、これにはドナウがラフコフのメンバーであり、生きているという確証がいる。まだ、仮説の段階だ。」

 

「とりあえず、プレイヤー全員になおもレッドプレイヤーに対する厳戒態勢を忠告しておいてもらおう。また明日、アスナさんに話しておく。」

 

「頼む。…で、こっからは2つ目の話だけど…」

 

言うやいなや、カズマは胸ポケットを開いた。そこから飛び出す1匹の妖精。

 

「こっからはこいつに話してもらおう。」

 

「はぁい、久しぶりねお二人共。」

 

妖精はパチリとウィンクをした。

 

「あぁ、この前の…」

 

「数日ぶりだな、メル。」

 

シュンヤが思い出したように呟き、キリトは微笑みながら声をかけた。

 

「ええ、キリト。相変わらずイケメンね。」

 

「なんのお世辞だ。」

 

「あれ、キリトさんこの妖精とお知り合いでしたか?」

 

「あー…まー、知り合いっていうか…」

 

「どころか、私の元々の主はキリトよ。キリトのおかげで私は産まれることが出来たんだから。」

 

「俺がしたのは仕上げだけだけど…まあでも、そう言ってくれて嬉しいよ。」

 

キリトの微笑みに、メルも微笑みで返した。

 

「なら良かったわ。…それで、話っていうのはね…私と一緒に来た子達のことなの。」

 

「他の子達…ヒカリのことか?」

 

「誰だそれ?」

 

「俺が作ったのはメルだけじゃなくてな。ヒカリっていうやつも作り出したんだ。…メルがここにいるってことは…」

 

「ええ、ヒカリもこっちに来たわ。もう1人、アカネっていう子と一緒にね。」

 

その言葉に、シュンヤがピクリと反応する。

それをカズマは見逃さない。

 

「どした?」

 

「ん、ああいや、アカネって…」

 

「ええ、あなたに付き従ってたAIよ、シュンヤ。彼女もこちらに来てたわ。」

 

「なに、お前もAI作ってたの?」

 

「い、いや…俺の場合は兄から受け継いだというか…託されたというか…」

 

「なるほどね…それで、メル。その2人がどうしたんだよ。こっちの世界に来たってことは、今もどこかにいるんだろ?」

 

「ええ。居るはずよ。…というか、この場に居るはずなのよ。」

 

メルはそう言って、キリトの胸ポケットとシュンヤの帯に付いた巾着袋を指差した。

 

「あなた達の、そこにね。」

 

「「え…?」」

 

2人は同時に動いて中身を確認するが…

 

「…いないけど…」

 

「こっちもです…」

 

「…メル?どういうことだ?」

 

2人の反応に、カズマはすぐにメルに問う。

彼女は少しの間を空けたあと…口を開いた。

 

「…異変が起きたのは、数ヶ月よ。」

 

彼女は、事の顛末を話し始めた。

 

「私達は、月に1度は集合場所と時間を決めて会ってたの。」

 

ただ、3ヶ月ほど前の集合場所に2人は現れず、更にはキリトとシュンヤの近くからも存在が確認できなくなったようだ。

 

「私達はいま、メンタルヘルスカウンセリングプログラムとしてダイブしているから、リアルワールドに戻るのは不可能に近い。けど、家出なんてする子達じゃないわ。」

 

「それで、2人へのお願いがあるの。」

 

「2人がいないかどうか、攻略中に気にかけたりするだけでもいいから、探してくれないかしら。」

 

「勿論、攻略に支障も出るかもしれないから、強制はできないわ。私がカズマと一緒にいる中でできるだけ捜索するから、それだけでも…」

 

「分かった。」

 

「ま、それくらいなら支障にもなりませんしね。」

 

サラッと、2人は承諾した。

あまりのスムーズさに、メルは少しだけフリーズする。

 

「え、あの…だ、大丈夫なの?」

 

「あのなぁ、メル。俺達がどれだけソロプレイヤーとして活動してると思ってんだ?これくらい、朝飯前だよ。」

 

「それに、3人は俺達のことを思って…1万のプレイヤーを助けようとしてこっちに来てくれたんだろ?…なら、俺達もそれくらいしなきゃ、釣り合わない。」

 

キリトとシュンヤにそう言われて、なおもメルは固まっていた。

するとメルの頭を撫でるように、人差し指をクリクリとカズマが動かした。

 

「そういうこった。だから、安心しろ。ま、見つけられる保証はねえけどな。」

 

「…馬鹿みたい。私が嘘ついてるって、考えないんだ。自分達に大した利益も出ないのに。」

 

その言葉に、ニカッとキリトとカズマが笑った。

 

「当たり前だろ。」

 

「そんなこと考えれるんなら、《ビーター》なんざ名乗り続けたりしねえよ。」

 

2人の言葉にシュンヤは苦笑した。

 

「ま、そうですね。」

 

そうやって笑い合う3人を見て、メルはなおも呟く。

 

「…なんだ、やっぱり馬鹿じゃない。」

 

どんな時も自分のことなんて後回しで。

自分を犠牲にするなんてことは、ただの呪い。

他人のために、危険なことをおかして。

他人のために、未来を決めて。

他人のために、自分にメリットがない事をやって。

そんな癖して、人の感情には鈍感で。

そして、どこか抜けてる。

 

そんな、最悪にお人好しな3人は。

 

最高に、カッコいいのだ。

 

 

 

 

「…兄貴、シュンヤ。最後にもう1つ、話がある。」

 

「ん?なんだよ。」

 

「これ以上まだあるってのか?」

 

「ああ。…これは、絶対他言無用で頼む。」

 

「…なんか嫌な予感がする。」

 

「ま、まあ分かった。とりあえず聞かせてくれ。」

 

「…話というか、少し依頼なんだけどな。」

 

ゴニョゴニョゴニョゴニョ…

 

 

「「はぁ?」」

 

 

 

「ふう…」

 

2人がリビングに戻った後、俺は腕を手すりに置いて体重を預けたまま、ゆっくりと息を吐く。

手に冷たい雪が染み込むと同時に、肺に冷たい空気が入り込んだ。

 

「…あれで良かったのかね…。」

 

カズマは天を仰いでそう呟いた。

彼が話したことは、全て仮説だった。

ドナウのことも、最後の話も。

それをあの二人にだけに話したのは、あの二人のことを全面的に信頼しているからだ。

物理的な強さも、精神的な強さも。

そして、口の硬さも。

 

「正直、ドナウの件は話しても良かったけど…」

 

しかし、ただでさえこのデスゲームに取り込まれて、モンスターにもプレイヤーにも襲われる危険があると警戒している奴らに、わざわざさらなる恐怖を与えて、精神的負荷をかける必要も無いだろう。

そして…

 

「……」

 

最後の仮説は、恐らく誰も信じないだろう。

あの二人も、恐らくは半信半疑なはずだ。当たり前だ。俺だって、まだ《もしかしたら》の段階なんだから。

それも踏まえて、それを含めて俺は話した。彼らに、その《可能性》を。

勿論、無駄足かもしれない。

かつて俺が行っていた、ラフコフのアジト探しのように。

ただ、それでも可能性があるなら、真っ先に潰す。それだけ、この世界は酷く危ういのだから。

 

「…ま、俺が偉そうに語れるモンでもねえがな。」

 

カズマはそう言って笑った。

 

キィ…

リビングの扉が開く音。

カズマは無意識にそちらへ向く。

そこにあったのは、今日貰った着流しを着た最愛の少女の姿。今や《家族》となった、たった1人の関係の彼女だった。

 

「カズマ…?」

 

どこか寝ぼけ眼な顔を擦りながら、カズマに近づいてくる。

 

「ああ、もうユウキ。外寒いんだからそんな格好で出ちゃ駄目だろ。風邪引くぞ。」

 

最早夫ではなく、母親のようなセリフを喋りながら、カズマは彼女に自身のコートを着せた。

 

「ありがとー…わあ、あったかい…カズマの匂いがする…」

 

「いや、そんなラブコメみたいなセリフ言われてもな。」

 

「可愛かったでしょ?」

 

「お前はいつも可愛いだろ。」

 

その言葉に「えへへ」と照れたように笑うと、ユウキはカズマの肩に頭を乗せた。

 

「…今日、楽しかったね。」

 

「…まあ、そうだな。」

 

「…カズマ途中でどこか行っちゃうし。」

 

「…ああいうのは慣れてないんだよ。」

 

「ボクも慣れてはないよ。」

 

そう言う彼女の言葉は、どこか暗かった。いくら取り繕っていても、カズマは見逃さない。少しだけ沈んだ、彼女の様子を。

 

「…そうだな。なら、早くクリアしないとな。そんで、早くあっちに帰って。お前らを救うための薬、作り出さないとな。」

 

「…出来ると、思う?」

 

カズマの言葉に、ユウキはそう問うた。

それにカズマは、少しだけ笑った。

 

「…俺だけじゃ無理だ。」

 

それは、かつての彼なら零さなかった。変なものを余計に背負い込んで居た彼なら。

…だが、それはもうない。

 

「医者や研究者っていうのは、患者や使用者なんかの、相手がいなきゃ役に立たない。…だから、まずはお前に生きててもらわなきゃな。」

 

その言葉に、ユウキはカズマを見た。

その口元には笑みが浮かび、そして彼女の頭に優しく手を置いた。

 

「だから、俺も頑張るから、お前も頑張ってくれ。…俺がしっかり治せるように、精一杯生きててくれ。…そうしたら、俺が絶対に助けるから。」

 

ーーかつての彼は、なんでも1人で解決しようとした。リアルワールドでも、VRでも。たとえ親友であっても、親であっても兄妹であっても…全て抱え込んで、自身だけでどうにかしようと…。…しかし、彼は…ある姉妹との再会を経て、それを変えられた。変われたのだ。《人を頼ることを覚える》。それは、小さな変化かもしれない。

 

…だが、確かな変化に、変わりはないのだ。

 

「…スパルタだなぁ、ボクの旦那さんは。」

 

「あれ、知らなかったか?」

 

「知らないよぉー…だってこれまで、全然頼ってくれなかったから…。」

 

「…そうだな。」

 

「…でも、うん。これから頼ってくれるみたいだから、許す。」

 

「…ありがとな。」

 

カズマはユウキの腰に手を回して抱きしめる。そして、ユウキもカズマの胸あたりのシャツを掴んだ。

 

2人は見上げる。

巨大な蓋がある、上空を。

そこにあった、少し離れた位置にある一際光の強い星が2つ。

その2つは動かない。近づかない。

…しかし。

その直後に、近くでふたつの星が流れた。

まるで交錯するように、確かな軌跡を描きながら。

それは、一瞬の輝きだったけれど。

 

…それでも、一際美しかったのだーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数ヶ月後。

 

 

「まさか、この場でバレるとは思いもしなかったよ。」

 

暗い部屋。

少し火の点るその部屋に、少し低い声が響く。赤い鎧と白い巨大な盾が一際目立つ。

彼が歩く度に長い白髪が揺れる。

 

「君達は些かイレギュラーな存在だと疑ってはいたが、まさかこれ程とは…予想外と言えるかな。」

 

くつくつと笑うその男に、呼ばれた者達は威嚇するような視線を注ぐ。

 

…いや、それは威嚇ではなく、明確な《殺意》。4つの黒い眼光が睨めつけたーー。

 

 

 

 

「そうだろう?……キリト君、カズマ君。」

 

 

 

 

 

 

 

to be continued…






とりあえず一区切りすることが出来たのは良かったです。これも皆さんがお気に入り登録や感想などあらゆるところで支えてくれたおかげだと思ってます!ありがとうございました!
なんか最終回っぽい雰囲気になりましたけどまだ続きます!これからもお付き合いお願いします!

これからもよろしく!


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第2章 The collapsed world
第1話 決意を共に


大変長らくお待たせしました。

さぁ、ゲームを始めよう!(空さんありがとうー)



「ふあぁ…」

 

湖のほとり。

2人の黒衣の人物が大きな欠伸を同時にする。同じような動きで目も擦り、カップのコーヒーを啜った。

 

「ねみぃ…」

「それなー…」

 

何処か気の抜けた2人の声の掛け合い。

それに何処からかチュンチュンと鳥の鳴き声が返した。

 

ここは、アインクラッド第23層の中にあるひとつの湖。

景色は数ある中でも一番と言われるほどのものであり、周りにはまばらに人がいた。

その中にいた、黒衣の2人。

同じような顔立ちをした2人。

片方の人物は目の前にある竿を

クイッと手首と腕だけで引き上げた。

 

「お、hit。5匹目ー。」

「くっそまたか…3匹差…」

 

唸ると、片方の青年はと笑った。

 

竿を握りながら暗い表情を見せる青年。

アインクラッド攻略組で最強クラスと言われる、エクストラスキル《二刀流》を持つダメージディーラー。

長くソロプレイヤーであったが、とあるデュエルで敗北して今は最強ギルド《血盟騎士団》に属する。

現在一時退団中。

《黒の剣士》・キリト

 

片や魚を横にあるカゴに放り込み笑う青年。

同じくアインクラッド攻略組で最強の1人。

圧倒的パワーを誇り、チートに近い武器も持つダメージディーラー。

このゲームが始まってからこれまでソロプレイヤーを継続中。

正しく、真のボッチ。

《死神》・カズマ

 

「なんか今、すげぇムカつくこと言われた気ぃすんだけど?」

「?気のせいだろ。それより、シュンヤは?」

「ユウキたちの手伝いにでも行ってるんじゃねえの?あいつ真面目だからなー。」

「ほーん…そっか。」

2人はそう言って、もう一度無言になり、湖に視線を向けた。

竿を握りしめ、数分の時が流れる。

 

「…兄貴はさ、いつまで休むんだ?」

 

カズマの言葉に、キリトはチラリと視線を向けるが、すぐに戻す。

 

「んー…もうちょいはゆっくりしたいけど…どうした?」

「いや、やっぱりボス戦まで休まれると俺らとしてはかなりの痛手だからさ。」

「…まぁ、流石にな。次のボス戦はクォーターポイントだし、参加しようと思うよ。2日後だったよな?」

「ああ。…ま、攻略は俺とシュンヤでカバー出来るしな。ボス戦終わったらも少し休んでも良いんじゃねえの?」

「…悪ぃな。」

「いいよ別に。」

 

そう言って、2人は笑いあった。

それは正しく、理想的な兄弟。

しばらく、その和やかな空気が続いたーー

 

「カーズマッ!!」

「グエッ!?」

 

ーことは無かった。

彼らの横から全力ダッシュからの飛び込みでカズマに抱きついた少女によって、その雰囲気はぶち壊される。

あまりの衝撃に倒れ込んだカズマに、少女は笑った。

 

「あはははー、カズマなまってきた?まだまだだね!」

「ユウキ…家でいくらでもできるんだから、それやめろつったろ…」

「やっぱり外にいるとやりたくなるよね!」

「知らんわ!」

 

カズマに覆い被さる、長髪の少女。

攻略組に名を連ねる、少数精鋭のギルド《スリーピング・ナイツ》のリーダー。

その剣速は見事の一言につき、本人の剣さばきは攻略組の強者も唸る。

カズマの幼馴染であり、妻。

現在精一杯料理の修行中。

《絶剣》・ユウキ

 

「コラ!危ないからやめなさいユウキ!」

「えー、でも姉ちゃん…」

「でもじゃないわよ。湖に落ちちゃ大変じゃない!」

「俺の心配は?」

「カズマさんは少し嬉しいでしょ?」

「ごもっとも。」

 

ユウキを叱り付けた、セミロングの彼女と似た顔立ちの少女。

《スリーピング・ナイツ》副リーダー。

堅実ながらも正確な剣さばきでどのような敵にも対応する。

特に、ユウキやカズマとの連携は見事の一言につきる。

《功剣》・ラン

 

「相変わらず仲良しね、2人共。」

「和みますね。」

「そんな朗らかなものかなあれ。」

 

キリト達の上。

ユウキやランが現れた場所に3人の影が更に増えた。

キリトが笑いながら手を挙げる。

 

「アスナ、お疲れさん。」

「お待たせ、キリト君。遅くなっちゃってごめんね?」

「大丈夫だよ、カズマと釣り勝負して時間潰してたから。これも焼こうぜ。」

 

キリトと話す、栗色の髪の女性。

華奢な体から繰り出されるレイピアによる剣技は、凄まじい速度を誇る。それを視認出来るものすら少なく、《速さ》のみなら間違いなく三本の指には入ると言われている。

更に統率にもその才を発揮し、今や《血盟騎士団》の副団長として名を連ねていた。

キリトとの連携は筆舌に尽くし難く、本人曰く「愛の力」とのこと。

キリトの妻。

《閃光》・アスナ

 

「よ、シュンヤ。遅かったな。シャムとイチャついてたのか?」

「アホか。皆が集まる状況でそんなことすんのはお前らぐらいだよ。」

「お褒めに預かり恐悦至極。」

「褒めてねえ。」

 

カズマと悪態をつきながらも何処か楽しそうに話す茶髪の青年。

和装から繰り出される高速の斬撃はその軌跡を視認することすら難しく、居合抜きともなればまともに視認できるものはいないほどの速度となる。

アインクラッド最速とも言われるその剣技には、いかなるモンスターも視認することが叶わずにポリゴンと化す。

現在幼馴染に猛アピール中。

《烈風》・シュンヤ

 

そして、彼の横で控えめに笑みを浮かべる、ツインテールの少女。髪を結ぶ大きめの髪飾りは、薔薇柄。

シュンヤと同じ刀を使い、特に目立ったステータスはないが、大きく遅れながらもレベル実力共に攻略組に参加した努力と才能は本物。

最近の趣味はお菓子作り。

《紫白の刀使い》・シャム

 

「いやいや、でもお前らもすることあるかもしれねえじゃねえか。」

「いくらなんでもそんなことはしねえよ。」

「そ、そうですよ、カズマさん。それに…」

 

「シュンヤさんには、そんな気もないでしょうし。」

 

「…はぁ。」

「…」

「お前の幼馴染、あそこまで鈍感だったか?作者が長引かせたくてああしてる訳じゃねえよな?」

「そ、れは…ないだろ…おそらく…恋愛経験のなさが…仇に…」

「…アホらし。」

「え?なんですか?え?」

 

しばらくして。

焚き火の前で7人はアスナ達の持ってきた弁当にがっつき始めた。

 

「ん〜!美味しい!」

「ほんと、相変わらず美味しいわね。さすがアスナ。」

「ふふ、ありがとう2人共。キリト君は?どう?」

「うん、やっぱりアスナの料理は最高だな。俺だとこうはいかないだろうなぁ。」

「も、もう…キリト君ったら…」

「あのー、皆の前でイチャつかないでくれる?シュンヤの機嫌悪くなるから。」

「なんでそこで俺なんだよ。」

「しゃあねえだろ事実なんだから。」

 

「ていうかやっぱほら!皆イチャつく場所に制限はねえんだよ!」

「それはお前らだけだよバカップル兄弟!」

「2人共、仲良く食べましょうよ。」

 

言い合う2人に、シャムが微笑みながら声をかける。

 

「あ、そろそろお魚焼けたんじゃない?ボクこの大きいのもらうねー!」

「あ、コラ待てユウキ!それは俺のだ!」

「いやそれ釣ったの俺だから俺んだろ!何言ってんだ兄貴!」

 

他の4人はその様子を見て、笑みを浮かべた。

 

「そういえば、さ。」

昼食後、カズマは茶を啜りながら口を開いた。

 

「みんな、次のボス戦には参加するんだよな?」

 

カズマの問いに、シュンヤは苦笑を浮かべる。

 

「どうした、急に。」

「や、なんか気になってさ。」

 

カズマがそう言い、シュンヤは苦笑を続けた。それに最初に手を挙げる人物。ユウキだ。

 

「はいはい!ボクは参加するよ。一応攻略組ギルドのリーダーだからね!」

「私も、参加します。ユウキも心配ですし、少しでも皆さんの力になりたいので。」

「まあ、お前らはそうだろうな。」

 

カズマはそう言うと、チラリと視線を移した。その視線に合わせるようにおずおずとシャムが手を挙げた。

 

「わ、私も、ですね。…少し怖いですけど、これでも攻略組の一員なので。」

 

シャムはそう答える。

おそらく、前回のクォーターポイントである50層でのことを思い出しているのだろう。少しだけ肩が震えている。

それを見て、シュンヤが微笑みながらシャムの肩に手を置いた。

そして、反対の手を挙げる。

 

「俺も、もちろん参加するよ。3トップだかビーターだか言われてんなら、参加しない訳にはいかないだろ。」

「…ま、そうだな。俺もそうだし。…で、現在休暇中の2人はどうだ?」

 

カズマはそう言って、自身の兄とその妻に目を向けた。2人は少しだけ微笑み合うと、キリトが答える。

 

「あー、アスナとも話し合ったんだけどさ。ボス戦は俺らも参加しようと思う。ちょっと申し訳ない感じもあるけど。」

「攻略組にも、戦力がありあまってる訳じゃないしね。流石に2人も抜けちゃったら作戦にも支障が出ると思うから。」

 

「そうなんだ!良かった!よろしくね2人とも!」

「フフッ、ええ。ユウキも頑張ろうね。」

「うん!」

 

「キリトさん、参加するのはありがたいのですが訛ってないですか?」

「安心しろ。これでも巨大魚釣ったり、地下ダンジョン挑んだりしてたから。」

「欠片も休暇になってねえ気がするんだが?」

「気のせいだろ。…ところで、いきなりどうしたんだ?カズマ。」

「何が?」

「能天気なお前がそんなこと気にするなんて珍しいと思って。体調でも悪いのか?」

「そこまでか?俺そこまで言われるほどか?」

 

キリトの容赦ない一言に、カズマは少しだけ焦るように早口をまくしたてた。

だが、すぐに茶を飲んで落ち着くと、ゆっくりと答える。

「…まあ、こういうのもあれだけどさ。」

 

「俺は、みんなに死んで欲しくないんだ。」

 

「今日みたいなバカ騒ぎがずっと続くように、誰一人だって欠けて欲しくない。心から、そう思う。」

 

カズマは言い切る。

彼にとっての、今の本心を。

彼の言葉に、その場にいる全員が黙り込む。

そして、やがて…

シュンヤが顔を両手で隠した。

 

「…なんだよ。」

「…恥ず…」

「おいやめろ。そんなこと言いながら顔真っ赤にすんの。俺も恥ずくなってくるから。」

「まあ、今のは…恥ずかしいな…」

「そうね…」

「えー、ボクはちょっと感動したけどなー。」

「私もそうだけど…確かにちょっと恥ずかしいです」

「…」コクコク

「えー…」

 

全員の反応にカズマは少しだけ不満を漏らすが、咳払いで一蹴した後に、続ける。

 

「コホン…まああれだ。何が言いたいかって言うとだな。《死ぬ気で頑張る》んじゃなくて、《死なない程度に頑張ろうぜ》ってことだ。俺らが死んだら、元も子もねえからな。」

 

カズマはそう言って、茶を飲み干した。

そしてその言葉に、キリトがため息をついた。

 

「なんだ…そんなことか…」

「結構大事なことだろ。」

「そうだけど、そんなのはみんな分かってるよ。お前が心配することじゃないって。」

 

キリトが笑いながらそう言うと、カズマはバツが悪そうに唇を尖らせた。

「それにさ…」

 

「みんな、お前にも死んで欲しくないって思ってるんだからな?」

 

キリトがそう言うと、全員が首を縦に振った。カズマはそれに頬を少しだけ染めて、恥ずかしそうに笑った。

「…分かってるよ、そんなことは。」

カズマは注ぎ直した茶を、もう一度啜った。

 

 

「ねえ、キリト君。」

「ん?」

「やっぱり、戦いに出るのは、怖い?」

「そうだな…昔は、1人だったから、何も考えなかったけど…」

チャリッ…

「今は、守るものも、守りたいものも、増えたからな…」

ギシッ

「今は、キリト君に期待してる人、いーっぱい居ると思うよ?私も含めてね…」

「ああ…皆助けるって、約束したからな…」

「…君のことは、私が守る。だから、キリト君は、私を守ってね?」

「ああ…必ず。」

 

「ね、カズマ。一緒に寝ていい?」

「いつもお構いなしに入ってくるくせに何言ってんだ。」

「気遣いってやつだよ。ボクも大人になったでしょ?」

「はいはい。大人は普通そんなこと言わないから。…ほら、入れよ。」

「わぁい!」

バフッ

「電気消すぞ。」

ピッ

「ね、カズマ。」

「ん?」

「カズマはさ、ボクが死んだら悲しい?」

「は?当たり前だろ。」

「どれくらい?」

「んー、寂しくて死んじゃうくらい。」

「へー、そうなんだ。カズマはボクのこと大好きだね。」

「勿論。…どうしたんだよ、いきなり。」

「んーん。聞きたかっただけ。」

「なんだそりゃ。」

 

シュルっ…ギュッ。

 

「…ボクもね、カズマがもし死んじゃったら、多分寂しくて、悲しくて死んじゃうと思う。もしかしたら、姉ちゃんだって、ウッドだって、キリトも…」

「…どーかなー…そこまで愛されてる自覚はないんだが。」

「そうだと思うよ。なんだかんだ、皆カズマのこと大好きだもん。カズマの一番近くにいて、今1番見てるボクが言うんだから、間違いない。」

「…それは確かに、信用できるかもな。」

「まあでも、一番好きなのはボクだけどね。」

「お前それ言いたかっただけだろ。」

「あ、バレた?」

「ったく…」

「どう?嬉しかった?」

「すごく。」

「えへへー。…ね、絶対生きて帰ろうね。」

「ああ…必ず。」

 

「あ、シュンヤとシャム見つけた。」

「こ、こんばんは。」

「なんだメルか。こんばんは。シュンヤはどした?」

「あいつ嫁さんとイチャイチャし過ぎでそろそろストレスになりそうでねー。抜けてきたわ。」

「あ、そう。でもお前も見慣れたろ?」

「見慣れてたまるもんですか。あんなの、いつ見ても糖分過多よ。」

シュルンッ

「お、久しぶりに見たな人型。」

「こっちの方が話しやすいでしょ。あ、すみません。ワイン1つ。」

「お前金は?」

「ないからシュンヤの財布から引かれるようにしといたわ。」

「おいコラ。」

「あははは…」

「そういえば、明後日は今の層のボス戦だったわよね。2人から見て勝算はあるの?」

「話すり替えやがって。…ま、そうだな。確かにクォーターってことでかなり強い敵は来るだろうけど…それでも勝てるとは思うよ。」

「そうですね。参加するのは歴戦の猛者の方ばかりですし、あまり不安はないですね。」

「でもでも、偵察にボス部屋に入った血盟騎士団の連中が瞬殺されたんでしょ?しかも転移しなかったってことは…」

「ま、十中八九クリスタル無効空間、ってとこか。…それは、前の層でそうだったから、予想はしてたけどな。」

「もう逃げれないっていう心許なさは、かなり刺さりますね…」

「だな。…けどま、勝てなきゃ始まんねえし、勝たなきゃ《あっち》にも戻れねえからな。やるしかねえよ。」

「ですね。私も、出来るだけお役に立てるように頑張りますっ。」

「あまり張り切りすぎてミスんなよ?」

「そ、そうですね…」

「そっか。…なら安心ね。」

「?…ていうかどうしたんだよ。いきなりそんなこと聞くなんて。」

「別に。…ただ、私もあんた達が昼間みたいにバカ騒ぎして、楽しそうにしてるのは嫌いじゃないのよ。」

「ちょっと意外だな。」

「やかましっ。…まあ、だから…絶対戻ってきなさいよ。全員で。」

「…わかった。」

「ええ…約束しますよ、メルさん。」

「ちゃんと、勝ってきなさいよ。」

「ああ…必ず。」

 

 

 

 

そして、2日後。

 

それぞれの思いを胸に、決戦の日は訪れる。

 

ある者は和装を正し。

 

ある者はフードコートをたなびかせ。

 

ある者は黒いコートに袖を通した。

 

そして、それぞれの獲物を装備して、顔を上げた。

 

「「「…さあ、行くぞ。」」」

 

 

 

 

 

 

第2章、ここに開幕。

 




これからもお付き合いよろしくお願い致します!!


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第2話 ザ・スカル・リーパー

アリブレ久しぶりに始めたけど面白いね。
アリブレデータの破損と共にスマホも壊れたからな。




第75層《コリニア》。

主街区内にある転移門広場において、あらゆる装備を身につけたプレイヤー達が集まる。

それぞれの腰や背中にはあらゆる種類の武器が煌めき、独特の緊張感が漂っていた。

 

ちなみに、今回はなぜ50層の時のようにツーレイドでないのか。

理由としては、50層の時、人数が多すぎて統率が取れていなかったからだ。

数が多いから強い。…という訳では無い。

 

今やボス攻略前に必ず見る光景となったその中に、2人の人物が入り込む。

 

「あ、アスナ…俺は端っこでいいって…」

「何言ってるの。キリト君はリーダー格なんだから堂々としてなきゃ。」

 

紅白の騎士服に身を包んだ女性に、全身真っ黒の装備の青年は引っ張られながら人の間を抜けていく。

その2人を…というか、青年…キリトを見る目は、何処か冷たい。

そして、そんな二人を見て、キリトに似たフードコートのプレイヤーが手を挙げた。

 

「おー、アスナさんに兄貴。少し遅かったな。今日もよろしくな。」

 

コツンと、キリトとフードの青年…カズマは拳を合わせて挨拶をした。

 

「おはよう、カズマ。まあ、ちょっと血盟騎士団のギルドに寄って、ボス情報なんかを色々とな。こちとら、急な呼び出しだったし。」

「なーるほど。まあそうでもなきゃ厳格なアスナさんが早めに来ないなんて有り得ないもんな。緩い兄貴はともかく。」

「あっははは。そうだね。キリト君には《厳格》なんて言葉が1番似合わないかな。」

「そ、そこまで言いますか…」

 

和やかに笑いながらも、アスナから放たれた痛烈な一言にキリトは項垂れる。

それにアスナとカズマが笑うと、転移門から続々とさらなる闖入者が姿を現す。

まず最初に、《スリーピング・ナイツ》のメンバーと、和装姿の青年が姿を現した。

先頭を歩いていた紫髪の少女はカズマを見つけるや否や、猛然とダッシュ。

 

「カーズマー!」

 

その勢いのまま、彼にダイブ。

凄まじい速度のそれを、カズマはしゃがむことで避けた。

 

「ふっ、甘いなユウキ。俺だって成長するん…」

「スキあり!!」

「おふぅッ!?」

 

成長に、意味はなかった。

通り抜け、着地した瞬間に体幹と腕を使って進路を変更。そのままもう一度足を踏み抜いたユウキは、同様のスピードでカズマの背中に突っ込んだ。

カズマは倒れそうになりながら、なんとか踏みとどまる。

 

「くっ…お前…いつの間に…」

「ふっふっふ。ボクだって成長するのさ。」

「あっ…ぱれ…」

 

ドヤ顔のユウキと共に、倒れ込むカズマ。

その様子を見ていた和装の青年、シュンヤがため息をついた。

 

「なーにやってんだ、まったく…」

「相変わらず、緊張感も何も無いですね…」

 

彼の横にいたツインテールの少女、シャムも苦笑いと共に呟いた。

「ったく…」

あるプレイヤーが、カズマに手を差し出した。

 

「ほら、大丈夫か?カズマ。」

「あ、ああ…すまんな、ジュン。若干今マジで低スタン状態だから…」

「いいよ別に。…ユウキも、程々にしとけよ?下手したらそろそろカズマの現実に影響及ぼすぞ。」

「それはヤバイな。」

「大丈夫!カズマの体頑丈だから!」

「ああ、過去のお前のおかげでな。」

 

カズマはそう言うと、お返しとばかりにユウキの両頬をつねる。

「いひゃいいひゃい!かじゅまごめんなひゃい!」

泣き笑いのような顔でユウキはそういうが、カズマはやめようとしない。

…そしてそこで、さらなる闖入者。

「よお」

「おう、おめえら元気そうだな!」

 

1人は全身褐色、筋肉質長身スキンヘッドのナイスガイ。攻略組に名を連ねる斧使いでありながら、50層で商店も開く、オールラウンダー(?)。

ちなみに、キリトとカズマには《ぼったくり商店》と言われている。

《兄貴分》・エギル

 

そしてもう1人。

赤い長髪を趣味の悪いバンダナでまとめる姿が特徴的。腰に差す武器は刀で、装備は和装で何処かシュンヤと重なる。(別に真似てる訳では無い)

攻略組に名を連ねるギルド《風林火山》のギルドリーダー。

本人曰く、【絶賛彼女募集中】。

《孤高(w)の刀使い》・クライン

 

「おう、なんか今めちゃくちゃムカつくこと言われた気ぃするだけど。」

「おー、わかるぞその感じ。」

「分からんわ。」

クラインとカズマの奇妙な会話に、シュンヤがすかさずツッコミをいれた。

 

「なんだ、お前らも参加するのか。」

「おいおい、なんだとは挨拶じゃねえかキリトよ。」

 

エギルはずいっとキリトに顔を近づけた。

 

「こちとら商売ごとを投げ出してまで、加勢に来たんだぜ?この無私無欲の精神は、褒められていいもんだと思うが?」

「ああそう。なら、お前は戦利品の分配からは外していいんだな?」

「え、そ、それはだな…」

「ついでに無欲な分、攻略終わった後の武器のメンテのアフターサービスもやってもらおうぜ。やー、無欲な店主は偉大ダナー。」

「お、お前ら…!」

 

拳を握って、悔しそうに震えるナイスガイ。

その様子に、スリーピング・ナイツの面々やアスナ、クライン、シュンヤから笑いが巻き起こった。

 

…それも、次の闖入者の登場により、一瞬で引き締まった。

転移門から現れた人物達は、アスナと同じような紅白の騎士服に、最高クラスの武器。

それは、血盟騎士団の最高幹部の面々。

後ろから戦闘員もついてきてはいるが、どこかオーラが違う。

その中には、キリト達の知り合いでもあるシヴァタの姿もあった。

そして、彼らの中央。

抜きん出た存在感を放つプレイヤー。

赤い鎧に白いマント。

腰には十字剣、右手には巨大な十字盾。

後ろで纏められた白髪が揺れ、その眼光は鋭い光を放つ。

血盟騎士団団長。現アインクラッド内で暫定最強である男。名を《ヒースクリフ》。

彼の顔を見て、キリトが少しだけ複雑な顔をする。

彼はヒースクリフにデュエルで敗北して、血盟騎士団に入団したのだ。心情としては、少し複雑であろう。

しかし、ヒースクリフ自身は特に気にもとめずに彼らの前を通り過ぎると、青く輝く結晶を掲げた。

「コリドー・オープン。」

彼がそう唱えると、結晶は砕け散り、巨大な《門》が生成された。

 

「さあ、行こうか。」

 

低い声でそう言うと、ヒースクリフは躊躇うことなく門をくぐり、ボス部屋へと向かった。

攻略組メンバー達も、それに続いた。

 

 

薄暗い、ボス部屋前の広場。

そこにはモンスターはPOPせず、何処か陰湿な空気のみが漂う。

 

「なんか…やな感じだね…」

「ああ…」

 

アスナの言葉に、キリトも頷いた。

この層は、尚更それが強いように感じた。

周りのプレイヤー達はそれぞれのステータスやスキル、装備などの最終チェックを行っている。

 

「調子は?」

「バッチリ。」

「視界は?」

「クリア。」

「判断力。」

「オールグリーン。…なあカズマ。」

「ん?どしたシュンヤ君。」

「これいるか。」

「ったりめーよ。大事な仲間の健康チェックは必要不可欠だからな。」

「それもうちょい早くにやることだろ。」

 

どこか気の抜けた様な声に、ピリピリとした雰囲気のまま、少しだけ鋭い視線が向けられるが、2人は特に気にもとめずに、カズマは首を回して、シュンヤは足首を回す。

 

「っし、勝つぞ。」

「当たり前だ。」

 

2人はそのまま互いの手を打ち合った。

そう、この2人のこの緊張感のない掛け合いこそ、彼らのルーティーン。

それは、キリト達も同じ。

キリトは隣にいたエギルとクラインを見た。

 

「死ぬなよ。」

「へっ、お前こそ!」

「今日の戦利品で一儲けするまでは死ねねえよ。」

 

「準備は出来たかな?…大まかな作戦としては、我々血盟騎士団がボスの攻撃を防ぐので、皆はなるべく行動パターンや攻撃パターンを把握し、攻撃・殲滅してくれ。厳しい戦いにはなると思う。…だが、皆ならできると信じている。」

 

 

「ーー解放の日の為に!!」

 

 

「オオーーーーッ!!」

 

雄叫びがあがり、空気が揺れる。

それに、キリトも緊張感が増した。

…瞬間。

彼の手を包む、温もり。

見ると、アスナが優しく彼の手を包み込んでいた。

 

「ね、キリト君…勝とうね。」

「…ああ。勝って、3人で帰ろう。」

 

チャリッ…

 

 

扉が、開く。

巨大なそれは緩かな動きで、巨大な音を立てながら動いていく。

…そして、開ききった瞬間。

 

「…戦闘開始ィッ!!」

 

ヒースクリフの凄まじい声と共に攻略組メンバー達がなだれ込んだ。

ある者は雄叫びを上げ。

ある者は剣を振りかざし。

そして、ある者は淡々と。

…だが、そこにあったのは沈黙。

ボス部屋のフィールドには灯どころか、ボスの姿もない。

「…なにも、起きないぞ…?」

ある者はそう呟いた。

…だが。

彼女は…アスナは…

 

……カサカサッ…

 

その《音》を、逃さなかった。

 

「…上よッ!!」

 

鋭く可憐な、しかし誰もが聞こえる彼女特有の声に反応するように、全員が上を向いた。

そこにあったのは、天井に張り付く物体。

暗い空間の中、無数に蠢く細い足。

巨大な鎌に、赤い眼。

そして、それらを包む肉はなく、あるのは凄まじい数の《骨》。

 

「《地獄を見せし(スカル)》…」

「《骨の鎌(リーパー)》…」

 

キリトとカズマが呻く。

その瞬間、スカル・リーパーは凄まじい金切り声を上げて、地上への落下を始めた。

 

「固まるな!距離を取れ!」

 

ヒースクリフの的確な指示。

それに直ぐに反応するあたり、さすがは歴戦の猛者達と言ったところか。

…だが、先程の衝撃と、フォルムへの恐怖により、逃げ遅れたものが数名。

 

「こっちだ!!走れ!!」

 

キリトの必死の声にようやく我に返った彼らは一目散に走り始める。

そして、直後にスカル・リーパーは彼らの元いた場所に着地した。

そして、そのまま射程圏内にいた、逃げるプレイヤーを鎌で一振。

 

「グアアァァァ!?」

 

その瞬間、鎧を着ていたプレイヤー2人は紙細工のように宙を舞って、キリト達の方に落下する。

アスナがうけとめようと、その両手を伸ばす。

 

ーーが。

その行動も虚しく、プレイヤー2人はポリゴンとなり、散った。

 

「一撃…だと…?」

「マジかよ…」

「めちゃくちゃだ…」

 

キリト、クライン、エギルが口々に呻く。

 

「キシャアアアアアァァァァァァ!!」

 

スカル・リーパーは更なる金切り声をあげると、そのまま近くにいたプレイヤーに突進を始めた。

「ひ、ヒイッ…!」

足を止めたプレイヤー向かって凄まじい速度で迫る骨の死神。巨大な鎌を容赦なく振り上げた。

 

「ヌゥンッ…!」

ガキイイィイィィィンッ!!

 

凄まじい交錯音。

迫り来る致死の鎌を巨大な盾が妨げる。

この防御力こそこの男の真骨頂。

初めて、その無数の足の動きが止まる。

…だが。

 

「キシャアアアァァァ!」

「うわああぁぁぁッ!?」

 

鎌の数は、左右2本。

ヒースクリフが片方を止めても、もう片方の鎌でそのプレイヤーは命を刈られる。

すぐにスカル・リーパーは前進を再開。

凄まじい攻撃力が猛威を振るう。

 

「クソッ…まともに近づけない!」

 

スリーピング・ナイツのメンバー、タンクのテッチが呻くように呟く。

…その横から、ある人物が飛び出した。

 

「え…」

「カズマ…?!」

 

黒いコートをたなびかせながら猛然と走る姿は、まるで狼の様。

彼はそのままスカル・リーパーの前まで移動すると、振り上げていた鎌と、自身の紅い剣を撃ち合った。

轟音。

「チィッ…!」

あまりの衝撃に、カズマの腕と剣は後ろへと弾かれた。

だが、それはスカル・リーパーも同じ。

初めて自身の鎌を弾かれて、困惑している。

それに今度は右の鎌を振り下ろすが、そこにいるのは真紅の騎士。

巨大な盾に阻まれる。

カズマに向けて更に左鎌を振り下ろすが、それもギリギリではあるが弾かれた。

 

「鎌は私とカズマ君が引き受ける!皆は側面から攻撃してくれ!!」

 

ヒースクリフが叫ぶと、鎌を恐れていたプレイヤーが息巻くように雄叫びをあげた。

 

「カズマ、いけるか?」

「兄貴、人の心配してる余裕あんのか?こいつの攻撃力と防御力多分キチガイ設定だぞ。俺のソードスキル食らってもワンドット減ってるか微妙だ。」

「分かってる。…頼んだぞ。」

「…俺のパワーの使い道なんざ、ここぐらいだろ。」

 

キリトはそれに肩を叩いて答えると、そのままスカル・リーパーの胴体部分に移動していった。

 

「カズマ君、行けるか?」

「ハッ、そっちこそ。自慢の盾ぶっ壊されて戦闘不能なんてことにはならないようにしてくれよ。」

フッ

「替えは用意してある。問題ない。」

「そういう問題じゃ…いや、そういう問題か。」

 

「キシャアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

「おおー、怒ってる怒ってる。」

「…さあ、行くぞカズマ君。」

「…ああ。」

 

 

「カマキリムカデ、根性比べだ。」

 

 

 

死闘が、始まったーー。




今思ったけどヒースクリフ強すぎひん?‪( ˙-˙ )✧‬


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第3話 死闘決着。そして…

最近YouTubeで谷やん見るのがマイブーム



「テッチ、ガードお願い!」

「了…解!」

 

黒く鈍い光を放つ盾と、骨の尾が交錯し、火花を散らす。スリーピング・ナイツのタンク、テッチはその攻撃を受け切ると、叫ぶ。

 

「スイッチ!」

 

瞬間、彼の横から数人が飛び出して、それぞれの獲物を様々な光に染めた。

 

「はァァァ!!」

「セイッ!」

「ぜりゃッ!」

 

まずタルケン、ノリ、メリダの3人による連続攻撃。

その3人に更なる尾の追撃が襲いかかるが、もう1人のタンクであるクロービスがそれを阻止。

 

「スイッチ!」

 

彼が叫ぶと共に、更なる追撃。

ジュンの両手剣とシウネーの両手槍、シャムの刀が骨の体を削る。

 

「スイッチ!!」

 

ジュンの更なる掛け声に、ユウキとランが前に出る。2人は繰り出される尾の攻撃を最小の動きで避けきった。

 

「セアアァァァッ!」

 

まずはランが前に出た。

刀身を青色に染める。彼女はそのまま剣を3度、骨へと叩き込んだ。

片手直剣ソードスキル3連撃技《シャープネイル》

撃ち終わり、剣を振り抜いた瞬間、ユウキが素早く更に前へ出た。刀身を淡い青色に染めた。

そのまま高速の四連撃。確かな手応え。

片手直剣ソードスキル四連撃技《ホリゾンタル・スクエア》

青い四角形が作り出され、それが消えると同時に彼女の技後硬直も解けてすぐにその場を離れた。

 

「タンクは尾の攻撃が来た瞬間に前に出て防御!その後は攻撃と防御を代わり代わりに行って!攻撃担当は技後硬直の長い高位ソードスキルは使わないように!一応、足での攻撃も警戒しておいて!」

「「了解!」」

 

ランからの指示にスリーピング・ナイツの全員が呼応。すかさずテッチが前に出た。

 

「ユウキ、ラン。」

「ノリ。どうかした?」

「いや、ウチらからも前方に援軍を出した方が良いんじゃないかと思って…特に、ユウキの旦那に…」

 

そう言うと彼女は前方の、スカル・リーパーの鎌を今もパリィし続けている黒衣の青年に目を向けた。

 

「…気持ちは分かるけど、私達にそんな戦力の余裕はないわ。」

「それに、カズマなら大丈夫。…だから、今はボクたちが出来ることをしよう。」

「そう…だね。ごめん、いらないこと言った。」

「ううん。大丈夫。ありがとね、心配してくれて。」

 

ノリが持ち場に戻る中、ランはユウキに話しかけた。

 

「…ああは言ったけど、大丈夫?無理してない?」

「大丈夫だって。それに、今カズマの傍に行っても、スピード型のボクじゃ大した事は出来ないしね。」

「そう。…じゃ、私達は私達の出来ることをしましょう。」

「うん…!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ヌオォリャァ!!」

 

クラインの泥臭い叫びと共に、彼の手に持つ刀が蠢く。

赤い光と共に、その刀身が骨の体に叩き込まれる。

カタナソードスキル3連撃技《緋扇》

3連撃目を振り抜くと同時に《風林火山》のメンバーが飛び出してそれぞれ攻撃を加えた。

 

「おめえら、あまり張り付くんじゃねえ!攻撃が終わったらすぐに離れろ!」

「オウッ!」

 

逞しい男性プレイヤーの呼応。

それと合わせるように、クラインの横を一陣の風が通り過ぎた。

 

「シュンヤ…!?」

 

赤い和装の青年はそのまま風林火山メンバーの横を駆け抜けると、その速度のまま足を伝って背骨に登り、そのまま頭部付近に到着。

左足を後ろに引いて、刀の柄に手をかけた。

 

「…ッ…」

 

刀身が引き抜かれた瞬間、漏れる白い光。それは、カタナソードスキルにのみ存在する、《居合》ーー。

 

「ゼァッ!!」

 

彼が刀身を振り抜くと同時に、スカル・リーパーの頭部に凄まじい衝撃が走る。

 

「キシャア!?」

 

スカル・リーパーは困惑したような声を上げた。

カタナソードスキル居合打ち抜き重斬撃単発技《絶空》

そこでようやくスカル・リーパーは自身の上に乗る異端者に気付いたのか、払い落とすために体を震わせた。

 

「暴れんじゃねええぇぇぇ!!」

 

野太い叫びと共に、スカル・リーパーの体に緑色の閃光が落ちる。

それが着弾したと同時にスカル・リーパーの体は地面に叩きつけられた。

エギルが放った極大の叩きつけ攻撃はスカル・リーパーに初めてのスタンをもたらした。

両手斧ソードスキル単発範囲攻撃技《グラビティ・インパクト》

 

「今だ!突撃!」

 

力無く倒れ込んだスカル・リーパーに、攻略組全員が群がり、攻撃を加える。

 

「シュンヤ、ナイス。」

「エギルさんも流石です。」

 

頭1つ分程も身長に違う2人が拳をぶつけ合い、お互いを称える。

 

「おめえら、大丈夫か!?」

「なんだクライン、参加しないのか?」

「ああ、俺は少しHPが減ってたからやめておいた。…それより、お前らHPは…」

「そう慌てないで大丈夫ですよ。ほら、あまり攻撃は食らってないですから。」

 

確かに、シュンヤのHPは黄色直前で止まっていた。

 

「それならいいけどよ、回復はしとけよ。」

「分かってるよ。ほら、お前は仲間の指示出してやれよ。」

「ああ、それじゃな。」

 

クラインが遠のくと、2人はハイ・ポーションを一気に飲み干した。

 

「エギルさんも、《アニキ軍団》の指揮取らなくていいんですか?」

「アイツらは俺が指示出さねえ方がいい。よくも悪くも、マイペースだからよ。ま、一応様子は見に行くか。」

「はい。さっきの連携ありがとうございました。」

「ああ、気を付けろよ。」

「ええ。そちらこそお気を付けて。」

「おう。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

そして、更に前方。

スカル・リーパーの目の前に立つ黒衣の青年と、真紅の騎士。

 

「キシャアアアァァァ!」

 

繰り出された右の鎌を、ヒースクリフが受止め、追撃に繰り出された左鎌をカズマが1振りで弾き返した。

 

「スイッチ!」

 

カズマの叫び。

それに合わせて2つの影が飛び出した。

黒と白のモノクロ色の2人。

 

「アスナ、行くぞ!」

「うん!」

 

前を走るキリトの少し後ろ、赤色のスカートと栗色のロングヘアをたなびかせながらアスナが走る。

 

「キュラララララァァァァ!!」

 

キリトの二刀とアスナの細剣の刀身が煌びやかに輝く。

二刀流ソードスキル二連撃技《ダブル・サーキュラー》

細剣ソードスキル単発技《オブリーク》

3つの閃光がスカル・リーパーの体を捉えた瞬間、スカル・リーパーのその体は大きく跳ね上がった。

だが、すぐに体勢を立て直して、そのまま左右の鎌の連続突きを繰り出す。

…だがそれも、2人は滑らかな、素早い動きで全て避けきった。

2人はすかさず刀身を染める。

 

「セアアァァァッ!!」

「ハアアァァァッ!!」

 

二刀流ソードスキル二連撃技《シグナス・オンスロート》

細剣ソードスキル三連撃技《トライアンギュラー》

流れるような連携技にスカル・リーパーは大きく体を跳ね飛ばされ、そのまま腹を向けて倒れ込んだ。Down状態。

 

「チャンスだ!囲め!」

「オオオッ!!」

 

雄叫びを上げて突撃するプレイヤー達。スカル・リーパーのHPはみるみると削られていく。

 

「クッ…」

「キリト君…!?」

 

膝を付くキリト。

アスナが慌てて傍に寄った。

 

「いや、大丈夫だ…肩を少し掠っただけ…」

「何言ってるの…もうHPがイエローに入ってるじゃない。これ飲んで…」

「悪い…」

 

手渡されたハイ・ポーションをキリトは飲み干すと、そのまま地面に投げ捨てた。

見ると、スカル・リーパーは既に立ち上がりかけており、他の者達も距離を取り出している。

HPバーを見ると、残り1本をきっていた。

 

「よし…このまま…」

「休憩してろ、兄貴。」

 

前に出ようとしたキリトを、カズマが肩を持って止めた。

 

「そもそも、アレの鎌を弾くのは俺の仕事だ。それに、他の奴らもそうしてる。少しぐらい休んでも支障は大して出ねえよ。」

「カズマ…」

「…ごめんなさい…ありがとうね。」

「…いいっすよ、礼なんて。俺も二人の攻撃中は休めましたし、それに…」

 

第一層の時(あの頃)とは違うってとこ、見せとかなきゃいけないんで。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「カズマ君、まだいけるかな?」

「ああ、心配しなくても絶好調だよ。」

「ほぉ、先程の肩のかすり傷は大丈夫なのかな?」

「…チッ…見てんじゃねえか。」

 

「いや何、調子の善し悪し、引いては引き際も決めるのは君だ。私が口出すような事ではなかろう。」

「…ま、それもそうだな。」

 

「…やるかね?」

「やるよ。当たり前だろ。」

「…死ぬのは、怖くないのかい?」

「あ?怖ぇよ。めちゃくちゃ怖ぇ。…けど、それ以上に、周りが死ぬのはもっと怖い。」

 

「…なるほどな。それが君の強さか…」

「…?何だよ。」

「いや、何でも。」

 

シュインッ

 

「さあ、それでは行こうか。もう少しだ。」

「ああ。終わらせよう。」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして。

それから数十分後。

HPを削りきられたスカル・リーパーはその巨大な体躯を、無数のポリゴンへと変化させた。

 

「…終わった…のか…?」

「…ああ…終わった…」

 

クラインの呟きに、キリトが力ない言葉で答えた。

その二言に、戦い抜いた歴戦の猛者達は、ゆっくりとその場にへたりこんだ。

 

あるものはため息をこぼし。

あるものは亡きプレイヤー達を悲しみ。

あるものは荒く息を吐き。

またあるものは、黙り込む。

 

キリトも、アスナと背中合わせに座り込んだ。

 

「終わっ…た…」

 

正しく死闘と言える戦いを終えて、キリトは思わずそう呟いた。

アスナも膝を抱えて荒く息をしていた。

…だが、そこでジュンが呟く。

 

「…今回、何人死んだ…?」

 

それは、誰もが思っていた疑問。

一撃でHPを吹き飛ばすあの化け物に、どれほどのプレイヤーが犠牲になったのか。

キリトはウィンドウを開いて、今フィールドにいるプレイヤーの数を数えた。

…そして、いない人数を口にする。

 

「…13人、死んだ。」

 

2桁。

それも、アインクラッド内で最強クラスのプレイヤー達が。

これよりも上に、二十以上の層があるというのに…

 

「…俺達、このままテッペンまで、辿り着けんのか…?」

 

エギルが思わず呻いたその言葉に、その場にいる誰もが答えられない。

今回と同じレベルのボスが並ぶと仮定して、犠牲を10としても、最低でも残り250人は犠牲になる。

 

…つまり、今この場にいる人数の7倍以上。

 

その現実に、泣き出す者もいた。

受け入れたくない。そんな気持ちが、行動にされているようだった。

キリトは、周りを見つめた。

そこで、彼は見た。

疲弊し、座り込んだプレイヤー達の中心。

励ますように、鼓舞するかの如く立ち尽くし彼らの周りを歩く、真紅の騎士。

巨大な盾を持つ、最強の男。

 

『こんな時でも立ち上がり、味方を鼓舞する…流石だな。』

 

キリトは最初、純粋にそう感じた。

それ程までに、彼の姿は崇高に見て取れた。

 

ーー本当に、そうか?ーー

 

その瞬間、1種の違和感を覚える。

何か正体は分からない。…だが、《何か》が引っかかる。

そして、次の瞬間。

彼が醸し出すオーラ…《ある人物》の雰囲気をキリトは感じ取った。その人物には、直接あったことはない。

だが、2年ほど前はテレビやネットニュースで見ない日はなく、そして()()()()()()()で、彼は…彼らは遭遇しているのだ。

 

この世界の《神》に。

 

今、ヒースクリフが向けるのは、慈愛や労いの念などでは無い。

ただ彼は見下ろしている。

なんの感情もなく、まるで()()()()()()()()()()()()()()()かのごとく、下民を見下ろす、それこそ《神》のようにーー。

「…ッ…」

それと同時に思い浮かぶ、かつての光景。

数ヶ月前、弟と話した、《もしも》の話。

不敗神話、圧倒的な知識量、そしてかつて自身とのデュエルの時に見せた、限界を超えたスピード…

その全てが当てはまり、一つの確信へと変わった。

「………」

キリトは剣を拾い、ゆらりと立ち上がる。

そして、彼の視界の端に()()()()が見えている。それも、彼の行動に拍車をかけた。

 

「キリト君…」

 

その様子に気づき、アスナは声をかけた。

キリトは彼女の方向を向いて、一言。

 

「……ゴメン。」

 

思わず、そう呟いた。

 

 

 

瞬間、キリトは足を踏み抜いて突進を開始。

刀身を青く染める。

片手直剣ソードスキル単発技《レイジスパイク》

攻撃力は低いが、速さなら申し分ない。

だが、ヒースクリフもそれにはすぐに反応する。凄まじい速度で迫り来る黒い刀身。

それを自身の盾でしっかりと受け止めた。

 

「…クッ…」

「…!?」

 

困惑を浮かべる表情。

恐らくそこには演技はないだろう。

だからこそ、キリトは笑みを浮かべた。

 

ーーそう、攻撃はここで終わらない。

 

先程から、真紅の騎士を見ていた者が、キリト以外にもう1人。

キリトとは遅れて動いたために、察知されなかった、同じ黒衣の青年。

ーカズマは、ヒースクリフの背後で、剣を振り上げていた。

その瞬間、彼の存在に気づいたヒースクリフは後ろを見るが時すでに遅し。カズマの剣は振り下ろされて、ヒースクリフの体を切り裂く…

直前に、紫色の障壁に防がれて、紫色の閃光を散らした。

2人はそのまま距離を取って、剣をしまう。

そして周りのプレイヤー達は、嫌われ者2人がとったいきなりの特異な行動に困惑し、奇異の目で彼らを見る。

 

「キリト君…!?何を…!」

「ちょ、カズマ…!?何して…!」

 

アスナやユウキでさえ、慌てて近寄る中、それでも2人は視線をヒースクリフにのみ向ける。

そして、アスナも気づく。

先程カズマが斬りつけた場所に浮かぶ、紫色の英語の羅列。

日本語読みをすると…《不死属性》。

 

「システム的…不死…?どういう、こと…ですか…?団長…」

 

アスナの震える声。

途切れ途切れに紡がれたアスナの言葉に答えたのは、キリトだった。

 

「これが伝説の正体だ。この男のHPはシステム的に、絶対にイエローへはいかないように設定されているのさ。」

 

キリトの言葉に、驚愕の気配がフィールドを包み込む。

そして、それにカズマも続く。

 

「…1度、考えたことがある。今《あいつ》はどこで俺らプレイヤーを監視して、コントロールしてんのか…ってさ。…ま、結論から言えば、簡単なことだった。」

「ああ…どれだけ小さな子供でも知ってる事だ。」

 

 

「「他人の遊ぶゲームを、傍から見続けるほど、退屈なものは無い。」」

 

 

 

「そうだろ…?…茅場晶彦。」

 

 

紡がれた言葉。

問われた名前。

驚愕の雰囲気。

…その全てに、ヒースクリフは…

 

 

柔らかな笑みで答えたーー。




茅場晶彦に専門科目教えてもらいたい。


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第4話 決意と殺し合い

キリトとカズマ友達の数は同じくらい。(マジ)


集まる視線。

立ち尽くす赤色の騎士。

対峙する2人の青年。

本来、ボスがいるはずのそのフィールドは異様な空気に包まれた。

 

そして、ヒースクリフがその静寂を破る。

 

「…参考までに、どうして気付いたのか教えて貰えるかな…?」

 

彼のその問いに、目の前に立つキリトが答える。

 

「正直、俺にとっての1番の疑念材料は、例のデュエルだ。あの時アンタ、いくら何でも速すぎたよ。」

「フッ…やはりそうか。あの時は君の動きに圧倒されて、思わずシステムの《オーバーアシスト》を使ってしまったよ。」

 

そう告げたヒースクリフの顔には、未だに柔らかな笑みが浮かんでいた。

…そして、告げる。

 

「確かに、私は茅場晶彦だ。更にいえば、最上階で君達を待つはずだった、このゲームの最終ボスでもある。」

 

その言葉に、アスナの力が抜けたように倒れこもうとするが、キリトの右腕が背中を持って支えた。

 

「趣味が良いとは言えないな。最強の味方が一転、最悪のラスボスか。」

 

「なかなかいいシナリオだろう?…それに、私の予想では最終的に私の前に立つのは君だと予想していた。この世界の《二刀流》スキルは、ラスボスと対峙する勇者にのみ与えられるスキルだ。…だが、君は私の予想を遥かに超える力を発揮してくれた。…そちらの、ベータテスト出身者2人と共にね。」

 

ヒースクリフは背後にいたカズマに視線を向けた。

 

「ところで、先ほどの言い回しでは、キリト君とカズマ君でそれぞれ違うと言っているように思えたが…どうなんだい?」

 

ヒースクリフの二度目の質問。

それに、カズマは答える。

そこに笑みはない。

 

「別にこれは確信でも何でもなかったし、あくまでアンタの《一つの行動》による仮説なんだが…」

 

カズマは指を振りながら、解説を始めた。

 

「覚えてるか?俺とアンタが一度だけ2人きりになった時があったの。」

「ああ…確か、ラフコフ殲滅戦の後だったかな…君に事情聴取と、情報提供をしただけだと思うが?」

「ま、普通に見たらそうだろうな。実際それだけしか話してねえ。」

「ほう、ならば何故そこで私が怪しいと…」

「簡単なことだよ、ワトソン君。」

 

「《目は口ほどに物を言う》。」

 

「アンタ、俺にこう質問されたの覚えてるか?『そのアイテムさ、どうしたんだ?』ってさ。」

「ああ、覚えているとも。そして私はこう答えた。『ん?勿論回収したさ。ちゃんと彼らと話し合い、刑期を短くすることを条件にね。』と。」

 

「ああそうだな。その文言におかしな点はない。あくまで交渉術の初歩だ。」

「…ふむ、あまり話が見えないのだがね。手詰まりかな?」

「アホいえ。そう焦んなよ。」

 

そう、彼はこれまで1度も、いつものふざけたような笑みを浮かべていない。至って真剣。真面目な話。

 

「言ったろ、話すところにおかしな点はない。…俺が気になったのは、《目線》だ。」

 

そう言って、カズマは自身の脳を指さす。

 

「このゲームは、ナーヴギアによって脳の大幅なトレースを可能とし、それによってあらゆる思考、感情をVRへと送り込むことを可能とした。ま、今やその設計に別の意図があったのはともかくとして…そこでもう1つ大事なことがある。」

「…というと?」

「《脳全体の大幅なトレース》…それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()ってことだ。」

 

ヒースクリフを、カズマは睨みつける。

 

「《熱いものを触る時に手を引っこめる》《寒い時に体を震えさせる》。これらの本能的行動も、一種の反射的行動だ。」

「それで?私がどのような反射的行動を起こしたと?」

「言ったろ?《目線》だって。」

 

カズマは振っていた指をポケットに入れた。

そして、告げる。

 

 

「アンタあの時、目線を右斜め上に向けたな。あれは元来、《人間が嘘をつく時に行う》とされている本能的行為だ。…なら、重要なのはどこで嘘をついたのか。これに関しちゃ、かなりの可能性があった。《回収したこと》《チートアイテムの存在》。この2つはわざわざ嘘をつく必要はない。ただあの場合、お前が茅場晶彦であるという条件下でのみ、お前に利益をもたらす《嘘》が一つだけあった。」

 

「《話し合って、アイテムを回収した》ことだ。」

 

「これはお前は嘘をつかざるを得なかった。そりゃそうだよな?この世界においては話し合って提供してもらうしか方法はない。それ以外…つまり、アイテムの強制剥奪なんざしようものなら、そいつはプレイヤーじゃない。GM(ゲームマスター)だ。」

 

「…けどま、こんだけ長々と話したが、気づいた時にはまだ《仮説》かそれ以下の段階だった。だからこそ俺はアンタが茅場晶彦である可能性に関して、交友関係の広くない、一部のプレイヤーにしか話さなかった。噂になって広まってもめんどくせえしな。」

 

 

「…さて、以上が俺がアンタの正体を疑うまでの過程と理由だ。納得いったか?」

カズマが問うと、ヒースクリフはわずかに笑みを浮かべ、「フッ」と息を漏らした。

 

「なるほど…知識である「生物学」に加えて、自身の推論も揉み込んだ素晴らしい仮説だ。将来は探偵でも目指したらどうかね?」

「この城から出られたら考えるよ。…で、これからどうするつもりだ?」

 

その問いは、ヒースクリフのこれからの行動について言及したもの。彼自身は、そのまま第76層…上層に繋がる階段を見つめながら、答えた。

 

「一先ずはここで君たちと離れ、最上層の《紅玉宮》で君達を待つとしよう。手塩に育てた攻略組や血盟騎士団を途中で放り出すのは些か不本意ではあるが…やむを得んだろう。」

 

そう答えるヒースクリフに、言及出来るものは誰もいない。それもそうだろう。

最上層の名前すらも初めて聞いたプレイヤー達が、何か言えるはずも無いのだ。

…だが。

彼の背後で座り込んでいた血盟騎士団の団員。その1人が、剣を持って立ち上がった。

「俺たちの…忠誠、希望を……よくも…」

 

「よくもーーー!!」

 

叫んだ瞬間。

彼は跳躍し、そのままヒースクリフに斬り掛かる。先ほどキリトとカズマの応酬を見ているはずなので、ダメージを与えられないことは分かっているのだろうが、恐らくもう我慢できなかったのだろう。

そのまま彼の剣は、ヒースクリフへと振り下ろされた。

だが、ヒースクリフは酷く冷静だった。

手元のウィンドウを手早く操作。それと同時に、襲いかかったプレイヤーが不自然に地面へと転がる。

 

「ァ…ゥ…?」

 

見ると、そのプレイヤーには麻痺毒のデバフが付与されていた。ヒースクリフはそのプレイヤーに見向きもせず、更にウィンドウを操作。

その指の動き一つ一つに合わせて、周りにいる攻略組プレイヤー達が地に伏せていく。

 

「あ…キリト、君…」

「アスナ…!」

「う…」

「ユウキ…!」

 

遂にはカズマとキリト以外に立てるものはいなくなり、シュンヤやユウキ、アスナすらも麻痺のアイコンを付与されていた。

 

「どういうつもりだ…!ここで全員殺して隠蔽する気か…!?」

「まさか、そんな理不尽な真似はしないさ。言っただろう?最上層で君達を待つ、と。その言葉に嘘はない。ただその前に…」

 

ヒースクリフは自身の盾と剣を地面に突き立てる。

そして、抱くように2人を支えるキリトとカズマを見下ろした。

 

「2人には、私の正体を看破した報酬を与えなくてはな。チャンスをあげよう。」

「チャンス…?」

「2対1で、私と対決するチャンスだ。ここで君達が私を打ち倒せばこの場でこのゲームはクリアとなる。勿論、不死属性は解除しよう。…どうするかね?」

 

笑みを浮かべるヒースクリフ。

歯ぎしりをするカズマと、鋭く睨みつけるキリト。

2人は、究極の選択を迫られた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……」

「キリト君、彼は君を排除する気よ…!惜しいけど、ここは退いて…!」

 

すぐそばから愛する人の声が聞こえる。

そう。その通りだ。

この申し出をうける必要は無い。

この城を上り、戦力を整え挑んだ方が、間違いなく可能性は上がる。

そんなことは、分かってる。

「…ッ…」

だが、しかし。

俺達をこの城に閉じ込め、騙し、悠長に見下ろしていた男が目の前にいるのに、逃げ出せるか?

私利私欲に数千の者の命を奪った奴を見逃せるか?

……否だ。

「…ッ…!」

そして何より、アスナを…俺の大切な人を長く苦しめ、利用し続けた男など、見逃すことは出来ない。

 

「…悪い、アスナ。」

「キリト君…!」

 

申し訳なさそうに目を伏せるキリト。

アスナは呼びかけるように名を呼ぶ。

心配そうに顔を歪める彼女に、キリトは優しく微笑んだ。

 

「大丈夫、負けるつもりは無いよ。…だから、信じてくれ。」

「…負けないよね?…死ぬつもりじゃ、ないんだよね…?」

「ああ、勝つ。勝って、この世界を終わらせる。」

 

確かな、固い決意と共に、キリトは言いきった。アスナは尚も何かを言いかけたが、ゆっくりと口を紡ぐと…ニコリと笑みを浮かべた。

 

「…わかった。信じてるよ、キリト君。」

 

アスナの言葉に、キリトは微笑みで答えた。

…そして、彼女の胸元に掛かる、雫の形をしたネックレスを優しくすくって、自身の額に当てた。

「…ユイ、行ってくる。」

 

ーーうん、頑張って。パパ。ーー

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「…」

「ね、カズマ。」

「…ん?」

「カズマは、どうしたい?」

「…正直に、言っていいか?」

「当たり前でしょ。ここでふざけたこと言ったらビンタだよ?」

 

ユウキのからかうような答えに、カズマも笑う。

 

「…俺は、逃げたくない。今ここで、終わらせたい。」

「なら、それでいいじゃん。」

「…良いのか?」

 

「カズマは、ボク達のために今までずっと自分の気持ちを押し殺してくれた。なら、こんな時くらい自分の気持ちに正直になってよ。ボク達は夫婦なんだから、それくらい受け止める。」

 

「…ああ、そうだな。」

「ここで負けたりしたら、針千本飲ますからね?」

「…ハハッ…なら、負けられねえな。」

「ね、カズマ。顔近づけて。」

「?…なんだよ…」

チュッ

「…いってらっしゃい。勝ってね。」

「…ああ。勝つよ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

2人は、アスナとユウキ。両者をゆっくりと地面へと寝かせ、立ち上がる。

そして、二刀と赤剣をそれぞれ鞘から引き抜いた。

前と、後ろ。

それぞれの方向からヒースクリフへと近づいていった。

 

「キリト…!やめろキリト…!」

「キリトォ…!」

 

呻くような、2人の声。

その声の主に、キリトは声をかけた。

 

「エギル、今まで剣士クラスのサポートありがとな。知ってたぜ、お前の店の売り上げの大半、中層プレイヤーの育成にあててたこと。…ぼったくり商店とか、イジって悪かったな。」

「…そんなこと…そんな、こと…!」

 

「クライン…あの時、お前を置いていって悪かった。ずっと、後悔してた。…本当に、悪かった。」

「…!…許さねえ…許さねえぞ…!」

 

クラインは、大粒の涙を流して叫んだ。

 

「あっちで…飯の1度ぐれえ奢んねえと、許さねえかんな!だから、今謝るんじゃねえ!!」

「…わかった。向こうに戻ったら、一緒に飯食おうぜ。」

 

キリトは言い終わると、そのままアスナに微笑みかけて、前に向き直した。

 

 

 

「カズマ…!」

「カズマさん…!!」

 

「シュンヤ、除け者みてえになっちまって、悪かったな。俺がお前や兄貴に色々話してたのは、やっぱお前らが、この世界で1番信用出来たからだ。お前との掛け合いも、案外気に入ってたしな。」

「…んなもん、勝ってチャラにしろ!俺が必要なかったってぐらい圧勝しなきゃ、ずっと根に持ってやる!」

「…了解だ。…ラン。」

「…ッ…」

 

「色々秘密にしてて、悪かった。お前とユウキだけは巻き込みたくなかったんだ…。あと、ずっと俺とユウキのことで迷惑かけて悪かった。いつだって、ユウキとお前の存在が俺を突き動かしてくれてた。…これからは、お前のやりたいことをやってくれ。」

「…カズマ…さん…」

 

「スリーピング・ナイツ、お前らも俺なんかと仲良くしてくれてありがとな。…出来れば、向こうに戻ったら、今後も宜しくしてくれ。」

「…ッ…」

 

息を飲む気配。

彼の中にある決意に気付いたのだろう。

…恐らく、キリトも持っているであろうその決意に。

カズマは微笑むと、ゆっくりとユウキの頭を撫でた。

 

 

 

 

かくして、2人と1人は対峙する。

対峙すると同時に、ヒースクリフは剣を引き抜いた。

真紅の魔王と、漆黒の2人の勇者。

独特の空気が周りを包む。

 

 

 

ーーこれは、デュエルじゃない。単純な殺し合いだ。ーー

 

ーー力試し?報酬?そんなものでは無い。目的は()()()()ーー

 

ーー…そうだ。俺は…ーー

 

ーー…俺達は、奴をーー

 

 

 

 

 

「「殺す…!!」」

 

 

 

 

 

ーーさあ、殺し合い(ゲーム)を始めよう。

 




いつの間にか50話超えてたな。
これからもお付き合いよろしくお願いします。

感想、質問なんかも受け付けてますので気軽にお聞きください。


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第5話 歪み始めた世界

あーかん。めちゃくちゃ眠い…


「「…殺す!!」」

 

 

カズマとキリト。

両者同時に叫ぶと、同時に石造りの地を蹴った。凄まじい加速。

次の瞬間、彼らは剣を振り下ろした。

飛び散る火花、響く轟音。

ヒースクリフの盾はキリトの二刀を、剣はカズマの赤剣をしっかりと受け止めた。

それらはしばらくせめぎあい…

 

「…ッ…!」

 

ヒースクリフが体を回転させて2人を弾き飛ばす。

キリトは膝をついて勢いを止めて、カズマはバク転でそのまま受け流した。

まず、キリトが動く。

二刀を広げて突進。

距離を詰めると高速の連撃を繰り出す。

 

『決して、ソードスキルは使えない。あれを作り出したのはやつだ。弱点も熟知してるだろう…。なら、俺の実力のみで倒しきるしかない…!』

 

キリトはそのままソードスキルに設定されていない、高速連撃を繰り出し続ける。

だが、ヒースクリフも決して撃ち漏らしはない。圧倒的な判断力と集中力で剣を叩き落とし、避け続ける。

キリトも負けない。

凄まじい集中力でカウンターもいなし、凄まじい速度の剣筋をしっかりとヒースクリフに狙い定めていた。

そして、ヒースクリフの突きをキリトが剣でいなし彼の二刀がヒースクリフに防がれた直後、キリトの背後から赤色の閃光が閃く。

ヒースクリフはそれを剣でいなそうとするが、あまりの威力に押し負けた。

 

「クッ…!」

 

ヒースクリフの顔が歪む。

だが、キリトはカズマを押しのけて尚も連撃を開始する。

 

「ちょっ…!?」

「…ふむ…」

 

カズマが呻き、ヒースクリフは盾を構えた。

 

「セアアァァァァ!!」

 

キリトの凄まじい集中力は、逆に彼の視界を狭める。

 

『もっとだ…!もっと速く…!!』

 

速さへの執着。

それは、彼に戦闘の選択肢を無くしていく。

確かに、彼の剣速は上がっていく。

それは、彼自身も感じていた。今や、彼のこの剣は誰にも止められない。

…1人を除いて。

 

「…ッ!」

 

ヒースクリフは凄まじい剣速の二刀を確実に叩き落としていく。

キリトにとってそれはつまり、現在の自身の武器が通じないということであり、精神的に追い詰められていく。

 

『クソッ…!』

 

彼はさらに踏み込み、フィールドを削った。

それは砂塵となって舞い、ヒースクリフとキリトを包む。

キリトは一心不乱に剣を叩き込み続ける。

だが、その全てをヒースクリフの盾に防ぎ切られ、一瞬の隙をついてヒースクリフの剣がキリト目掛けて振り抜かれた。

 

「…ぁ…」

 

その剣は直撃はしなかったものの、キリトの頬の薄皮を裂き、微量ながらHPを減らした。

それは、ほんの僅か。

…だが、それがキリトに更なる焦りを産む。

 

《早く倒さなければならない》

《だが、通常攻撃では駄目》

 

その瞬間、最悪の選択を彼はしてしまう。

 

「…ァァァアアア!!」

 

切羽詰まった叫びと共に、彼の持つ剣の刀身が青く染まる。

ソードスキルの発動。

それと同時に、ヒースクリフは勝ちを確信した笑みを浮かべた。

 

『…しまった。』

 

そして、その瞬間にキリトは気付く。

自身の判断の愚かさを。

途中遮断も考えるが、だがそれでは技後硬直の間に斬られて、終わる。

つまり、技を発動するしか、彼には選択肢がなかった。

右手の剣がヒースクリフの盾に吸い込まれる。

 

 

…だが、忘れてはならない。

キリトには、ヒースクリフという敵だけでない。たった1人の、味方がいることを。

 

 

「「…!?」」

 

その、ヒースクリフとキリトの間に、1つの影が入り込んだ瞬間。2人は驚きに目を剥いた。そのプレイヤーはあろうことか赤色の刀身をオレンジに染め、そのまま技を発動しようとしているキリトの前に現れたのだ。

このままでは、ヒースクリフでなく彼が…カズマが剣の餌食になることは明白。

 

「…ハァッ!!」

 

気合いと共に走る刀身。

流麗な軌跡を描いたそれは、なんと…

 

()()()()()()()()()()()()()

 

「…ッ!」

 

そして、二撃目はキリトの左手の剣へと直撃。攻撃を途中キャンセル…パリィされたキリトはそのまま後ろへ吹き飛ぶ。

その間、ヒースクリフがそのチャンスを逃すはずも無く、彼はカズマに剣撃を繰り出す。

だが、カズマの刀身の光はまだ消えない。

そのまま3撃目でヒースクリフの剣を弾いたカズマの剣は、4撃目を彼の盾に直撃させた。

その瞬間、彼の周りにオレンジ色の正方形が完成した。

 

片手直剣ソードスキル四連撃技《バーチカル・スクエア》

 

「ヌゥッ…!?」

 

そのまま極大威力の一撃にヒースクリフは吹き飛ばされる。

これこそ、彼の狙い。

キリトのソードスキルを二連撃でパリィして途中遮断し、そのままヒースクリフをいなしと極大の威力で吹き飛ばす。

これにより、キリトの絶体絶命の事態は見事に防がれた。

そして、剣の光が収まった後すぐに、カズマはキリトに近寄った。

 

「え…あ…」

 

お礼でも言いかけたのか口を開いたキリトにカズマは…

 

パァンッ!

「おぶっ?!」

 

強烈な一発(カーソルギリギリ)を彼の頬に叩き込んだ。

これにはヒースクリフも驚くように目を丸くし、そして周りの攻略組プレイヤー達も微妙な雰囲気を出す。

頬を抑えるキリトに、カズマは()()()()()

 

「目え覚めたか?兄貴(馬鹿野郎)。」

 

…絶対怒ってる。

だってもう、ルビがおかしい。

だが、カズマは呆れたようにため息をつくと、そのまま言葉を紡ぐ。

 

「あのさぁ、兄貴。わざわざ1人で突っ込むなよ。こっちのハンデ丸つぶれじゃねえか。」

「…そう、だな…」

「確かに、焦る気持ちも、緊張も分かるけどさ…兄貴は今、1人じゃねえ。」

 

「俺がいるんだ。…頼ってくれよ。」

 

「家族で、仲間じゃねえか。」

 

「…そう、だよな…」

 

カズマの言葉で、ようやくキリトは頭が冷静になっていく。

そうだ。

わざわざ、自分自身の力だけであの男を倒す必要は無い。

()()()()()、仲間と力を合わせて乗り越えればいいだけだ。

この世界でこれまで、何度もそうしてきたように。

 

「…悪い、迷惑かけたな。」

「今に始まった事じゃねえよ。さて…」

 

「待たせて悪かったな。…第2ラウンドと行こうぜ。」

 

カズマの言葉に、ヒースクリフは苦笑を浮かべた。

 

「…まったく、あのままかかってきてくれれば楽だったものを…これが《絆》というものかな…」

 

「そんな高尚なもんじゃねえよ。ただの《慣れ》だ。」

 

カズマは苦笑を浮かべてそう返す。

そして、キリトはカズマと背中合わせに立つ。

そのまま黒い剣を持つ右手を後ろに引き、白い剣を持つ左手を前に出して構える。

そして、カズマは右手に持つ剣を前に出して構えた。

対して、ヒースクリフ。

十字盾を前に、右手の剣を後ろに引いて構えた。

 

「……」

「……」

「……」

 

そのまま、両陣営睨み合い、一定の距離を保つ。

…だが、次の瞬間。

先ほどと同様。キリトがまず、足を踏み抜いて一気にヒースクリフとの距離を詰めた。

その凄まじい速さに、しかしヒースクリフはしっかりとついて行き、初撃を盾でしっかりと防いだ。

そのまま数合打ち終わり、最後の一撃をキリトが振り抜くと、そこに確かな隙ができる。

それをヒースクリフは見逃さない。

最短距離で剣を振り抜き、キリトを狙う。

…だが、直後。

キリトの背後から現れたカズマがそれを弾き、ヒースクリフは体勢を崩す。

 

「ゼアアァァァ!!」

「グッ…!」

 

続けて繰り出されるカズマの剣撃をヒースクリフは辛くも盾で受け止めた。不安定な体勢だったために、数メートルほど後退する。

だが、体勢を立て直したのも束の間、背後から殺気を感じて、振り向きざまに剣を横薙ぎに繰り出した。

剣の切っ先がキリトの頬を掠め、彼は後退するが、しかし先程のような動揺はない。

むしろ、酷く落ち着いていた。

 

「…なるほど…これが彼らの連携か…」

 

ヒースクリフがそう呟くと、彼の頬に一筋の雫が落ちる。

 

キリトとカズマ。

2人がボス戦などで見せる連携は、攻略組内でもかなり高い評価を得ていた。

というのも、2人は戦闘で連携を取る際、ほとんど言葉を発しないのだ。

まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()かのように。

 

「まさか、ここまで()()()()()とはな…」

 

《言葉を発さない》。

それは、云わば彼らの行動パターンの情報が限りなく少ないことを示す。

つまり、対戦相手からすれば《厄介》。

それがモンスターではなく、人相手だと尚更。

 

「フッ!」

ギイイィィンッ!

 

キリトの斬撃をヒースクリフは盾で受け止め、そして、その背後にカズマの姿があるのが写る。

それを見て、ヒースクリフは目線を少しそちらにズラした…

 

ヒュバッ!!

「…なッ…!?」

 

だが、その瞬間の、視覚外からの一撃。

キリトの突きが十字盾をすり抜けて、ヒースクリフの顔を掠める。

連携を利用した、ブラフ。

単純な手ではあるが、緊張の高まるこの場では、圧倒的な効果を見せる。

そして、その攻撃で、ヒースクリフのHPはレッドゾーンにまで突入する。

 

「カズマ!」

「ああ…!」

 

キリトの呼び声。カズマの呼応。

その瞬間、カズマが前に出た。

そして、彼は…

 

誰も予想できない行動に出る。

 

なんと彼は、右手に持つ赤剣の刀身を薄緑色に染めた。それは正しく、ソードスキルの発動。

これにはヒースクリフだけでなく、周囲の攻略組プレイヤーからも驚愕の声が上がるが、カズマは止まらない。

そのまま右手の剣を振り抜き、盾と接触することで凄まじい音を発した。

 

『…まさか、これも彼らの連携なのか…?』

 

ヒースクリフはチラリと横目でキリトの動きを確認する。だが、彼が動いている気配はない。

ならば、なぜ目の前の青年はソードスキルを使ったのか。ヒースクリフには理解が追いつかなかった。

彼は今も技後硬直で動けないはずだ。

それは、ヒースクリフにとって最大のチャンスだった。

…だが、次の瞬間。

 

ズガアアァァァン!!

「グオッ…!?」

 

凄まじい衝撃がヒースクリフの盾を襲い、彼の持つ十字盾は大きく跳ね上がった。

混乱の中、ヒースクリフは状況を確認する。

キリトは動いていない。

なら、2人以外に麻痺から回復したものがいるのか。

だが、そうではないようだ。そもそも麻痺は管理者権限でヒースクリフの指示がない限り、解除されることは無い。

そして、カズマを見た。

彼の体勢は確実に変わっていた。

先程の剣を振り抜いていた体勢は、左足が跳ね上がり、その脚の靴部分は消えかけながらも黄色の光に包まれていた。

ヒースクリフは、それを知っている。

この世界のソードスキルをデザインしたのは彼なのだから。

 

ーー体術スキル・蹴り技《弦月》ーー

 

だが、それが分かった瞬間に彼は剣をカズマに向かって突き出す。

何故か、彼は技後硬直にならず、《ソードスキルの連続使用》という離れ業をやってのけた。

だが、今の彼はその素振りはなく、技後硬直に陥っていた。

 

「…ッ…!」

 

無音の気合と共に高速の突きの切っ先が走る。それは、カズマには対処出来ない攻撃。

当たれば間違いなく彼のHPバーは消し飛ぶ。

 

…だが、彼の剣はカズマには届かない。

 

銀色の剣は横から繰り出された黒色の剣に真上に弾かれた。

そして、必然的にヒースクリフの胴はがら空きとなる。

その瞬間を、キリトは逃さない。

 

 

「アアアアァァァァァッ!!」

 

 

吼えながら左手の白い剣で突きを繰り出す。

体を捻り、加速を乗せてヒースクリフに狙いを定めた。

 

「…ヌォォォォオオオオッ!」

 

だが、負けじとヒースクリフも十字盾を引いてキリトの剣の軌跡上に割り込ませようとする。

 

それは一瞬の攻防。

気迫の一撃。

 

白い盾と、純白の剣は、一瞬の後に交錯したーー。

 

 

 

そして、プレイヤー達は目撃する。

ヒースクリフの紅い鎧を貫く白い刀身。

白髪の横で消滅する、HPバーを。

それが示すものは、正しく…

 

2人の、勝利だった。

 

 

 

「…なんだ、これ…」

 

最高威力の突きをヒースクリフの肉体に命中させたキリト。だが、彼自身、ある種の違和感を感じていた。

 

この世界では、味覚や嗅覚などの感覚は現実世界と同じように機能している。

それは触覚も同じで、何かを触ったりする時や、何かを斬るときですらそれは感じることが出来る。

 

…話を戻そう。

今キリトがヒースクリフの体に突き立てているはずの、純白の剣…《ダークリパルサー》から、彼は何も感じられなかった。

もし刺さっている、ヒースクリフの体を切り裂いているなら、生々しくも重い感覚が感じられる筈だ。

だが、彼の体からは、何も感じられなかった。

それこそ、《虚無》に刃を突き立てているように。

 

「…見事だ、キリト君…」

 

ヒースクリフの声に、キリトは顔を上げた。そこに浮かぶのは笑み。だが、次の瞬間…

 

 

ビービービービービービービービービービービービービービービービービービー!!

 

「グッ…ォ…!?」

「なんだ…これ…!」

 

フィールド全体に響く警報音。

あまりの大きさに、攻略組プレイヤー全員が耳を塞いだ。

そして、それはカズマや、そしてキリトも同様で、思わず左手の剣を離してしまう。

 

『しまった…!』

 

警報音の中、キリトは耳を塞ぎながらヒースクリフにもう一度目を向けた。

そして…

 

「なッ…!?」

 

彼は、見た。

ダークリパルサーが突立つ部分を中心に、ヒースクリフの体が歪み、砂嵐のようにブレている光景を。

やがて、そのブレは全身に広がり…

 

 

そして、刺さっていた剣だけをのこして、《紅い魔王》は、その場から姿を消した。

 

カラン、カラン…

 

キリトの純白の剣。

それが落ちた音だけが、フィールド内に響く。

 

「……」

「……」

 

状況が理解出来ない、キリトとカズマ。

そして、それは周りの攻略組プレイヤー達も同様であり、誰もが言葉を発せられなかった。

…だが、やがて。

ある一つの《音》がその静寂を破る。

 

ゴゴゴゴゴ…

 

それは、石同士が削り合い、そして攻略組プレイヤー達なら、聞き慣れた音。

音の方に目を向けると、そこには開き始めていた上層への扉。

そして、しばらくして…

 

 

ゴォンッ…!

 

 

 

まるで、続くことを知らせるように、重い音が大きく響いた。

 

 

「……」

 

「…クソッ…」

 

ーーそう、ーー

 

 

ーーデスゲームは、まだ終わらない。ーー

 




赤信号 みんなで渡れば 怖くない(やめとけ)

仲間がいるって大事ですよね(意味が違う)


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第6話 歪み始めた傍らで…

1話1話のタイトル考えるのも結構ムズい。



第75層ボス攻略戦から4日が経過した。

 

 

あれから、第75層のボス撃破の話題はすぐさま一般のプレイヤーにも広まり、下層は歓喜に包まれた。

そして、最強ギルドのリーダーであり、最強のプレイヤーでもあった、ヒースクリフの正体がアインクラッド中に広まり、それによってアインクラッドに激震が走った。

しかし、思いの外攻略組に限っては大した支障はなく、後継者決めもスムーズに進んでいた。

…が、今は、あることについて、グランザムで議論中であったーー。

 

ダァンッ!!

 

「だから!攻略責任者は元々我々血盟騎士団のアスナ副団長が受け持っていたんだ!それならばそのまま受け継ぐのが流れというものだろう!?」

 

「いやいや、そのような流れは関係ないでしょう。それなら、そちら側は今まで攻略について好き勝手出来ていたのですから、今度はこちら側に譲るべきでは?」

 

そう、それは…

 

聖竜連合と血盟騎士団(二大ギルド)とその他のギルドによる、次期攻略責任者の決定である。

 

第75層ボス撃破の後、結果的に団長不在となった血盟騎士団。

それによって役職も変更となり、副団長であったアスナが団長に。

そして、タンク隊隊長であったシヴァタが新副団長に任命された。

ちなみに、シヴァタはここ数ヶ月で二階級特進並の大出世である。羨ましい。

…話を戻すが、つまりは団長職に就くと、これまでの仕事よりも膨大なものとなるため、アスナの負担軽減のために攻略組責任者の任を変更しようとなったのだ。

 

…で、この始末である。

 

ギャーギャーと喚き散らす数人。

今のとこ3人ずつ聖竜連合と血盟騎士団の幹部がいるが、どちらも知能指数的には同じなようだ。

というか、次期攻略責任者の候補に上がっているシュミットとシヴァタが黙りこくっているのに、何故か他の奴らが喚き散らしている。

 

「ふあぁ…眠い…」

 

会議机の端っこにいたソロプレイヤー、カズマもそう唸りながら欠伸を漏らす。

それには向かい側に座るランと、隣に座るシュンヤも苦笑を漏らした。

曰く、議論に公平性を持たすために、ソロプレイヤー達も収集されたようだ。

 

「にしても、折角兄貴も抜けたのに、相変わらずKoBは争い事が絶えんな。」

 

「だなぁ…」

 

カズマが話しかけた黒衣の青年、キリトは疲れたように声を漏らした。

 

ちなみに、キリトが血盟騎士団を抜けるとなった時も、一部の上層部が反発。

というのも、「規定に従い、デュエルに敗北したのだから、一定期間はギルドに滞在すべき」との事。

一定期間てなんやねん、と言いたくなるがそれは置いといて。

ひとまずその件に関しては、規定を結んだ相手が既にこの世界にいないこと。そして、その人物から一時ではあるものの、退団を認可されたこと。

それら判断材料が揃っており、更には現団長からの許可もおりた(というか現団長が奨めたのだが)為、キリトは退団することが出来たのだ。

 

「まぁ、ガリノッポの一件もあったしなぁ。当然ちゃ当然なんだけど。」

 

「そう、だな…」

 

《ガリノッポ》。

カズマがその単語を出すと、キリトは少しだけ思い悩むように暗い表情を見せた。

 

カズマがガリノッポと称する人物。

それは、かつて血盟騎士団に所属していたプレイヤー。

名を、《クラディール》。

元はアスナの護衛を任される程に優秀…というか腕はたつプレイヤーだった。

しかしアスナへのストーカー紛いの行動や、キリトと無断でのデュエルなど問題を起こし、護衛役を解雇。

更にはその事に逆上して、血盟騎士団へ入団したキリトを葬ろうとまでした。だが、その作戦も失敗。最終的にはキリトの攻撃でHPが吹き飛ばされ、アインクラッドからその存在を消した。

なお、その過程で2名の尊い命が失われた。

 

カズマとキリトが話している間も、両ギルドの応酬は止まらない。

どころか、どこか激化しているようにも見える。というか、最早文句の言い合いのようになっていた。そんな中…

 

パァンッ!

 

乾いた音と共に、喚き声を上げていた両ギルドの幹部達は押し黙った。

そして、両手を叩き、一瞬で両ギルドを黙らせた張本人。新血盟騎士団団長・アスナは両陣営を少し睨み、透き通った、よく聞こえる声で話し始める。

 

「ここは無意味に両ギルドの憎まれ口や不満をぶつけ合う場所ではありません。攻略責任者として、どの人物が適切か決定する場です。それらの議論はまた別の機会にしてください。」

 

新団長の鋭い一言によって血盟騎士団は押し黙り、聖竜連合側は萎縮する。

 

「相変わらず怖い…」

 

「あれで兄貴と2人のときはデレッデレなのがビックリだよな。」

 

シュンヤの呻きに頷きながら、キリトはいらないことを言ったカズマを軽めにしばいた。

 

「この議会の目的は決して、聖竜連合と血盟騎士団、《どちらが実権を握るか》というものではありません。あくまで目的は、先程申し上げた通り、《誰が次期攻略責任者として適任か》見極めること。いいですね?」

 

アスナの忠告にも似た言葉。

それには幹部達も首を縦に振ることしかできない。

アスナはため息をつくと、話を進める。

 

「それでは、ここからはこの場にいる皆さんの意見を聞いていきたいと思います。今現在聖竜連合からはシュミットさん。血盟騎士団からはシヴァタさんが候補として名が挙がっています。これについても、言及してもらっても構いません。我こそはと立候補も可とします。」

 

 

聖竜連合・シュミット

「俺としては、勿論任命されれば精一杯やろうとは思う。だが、それでも部隊の指揮もして、隊の攻略についても考えながら攻略責任者をするって言うのは、少し荷が重すぎると思うのも確かだ。」

 

血盟騎士団・シヴァタ

「シュミットと同じだ。俺は確かに専属の部隊は無い。けど副団長になったからにはあらゆる所で団員を取り締まらなければならない。アスナさんのように並行して全て出来る気はしないんだ。」

 

風林火山・クライン

「…ま、俺らは良くも悪くもそこまで大きくねえ中堅ギルドだ。2人のどちらになっても責任者サマには勿論従うからな。正直言うとどちらでもいいとは思うぜ。」

 

アニキ軍団・エギル

「そうだな…俺としちゃアスナに続けて貰いたかったんだが…まあそれに関しては仕方ねえ。けど、2人共乗り気じゃねえなら他の候補を出してみてもいいんじゃねえかと俺は思うぜ。…俺?いやいや、そんなのは向いてねえよ。」

 

スリーピングナイツ・ユウキ

「ボクとしては、聖竜連合と血盟騎士団が喧嘩しない決定なら正直誰でもいいんだよねー。それこそウチのね…副団長でもいいとは思うし。…え?やだ?えー。」

 

 

「…皆さんの意見はわかりました。それでは…」

 

「ソロプレイヤーの御三方にも、ご意見を伺いたいと思います。…よろしいですね。」

 

「はい、勿論です。」

 

「…なあ、兄貴が口聞きして飛ばして貰えたり…」

 

「家帰ったら怒られるからヤダ。」

 

「…なーるほど。それは嫌だな。」

 

カズマは納得したように頷くと、ため息をついた。

 

ソロプレイヤー・シュンヤ

「俺の意見としては、前者の方々と同じで誰でもいいのではないかと思います。向き不向きと言うよりは、本人にやる気があるかどうか。そして、それはどのギルドにおいても不利益をこうむらないかなども、考慮して行ければいいと思います。」

 

ソロプレイヤー・キリト

「…まぁ、アスナの役職交代は俺も奨めたから、有意義な意見を言っておきたいんだけど…あまり思いつかないんだよな。勿論適任者がいればそれでいいんだけど、そういうのって普通分かんないしさ。だからまぁ、お試し期間とか設けてもいい…んじゃないですかね?」

 

 

「なるほど…さて、あとはカズマ君。よろしいですか?」

 

アスナが目線を向けると、カズマはしばらく少し上に目線をズラしていたが、すぐにアスナと目線を交錯させた。

 

「あのー、一応質問なんですけど。」

 

「はい。」

 

「これって立候補じゃなくて、《推薦》もありなんですよね?」

 

「…そうですね。ええ…推薦した方の了承は取らなければなりませんが。」

 

「了解です…っと」

 

カズマはそう言って、椅子からおりるとそのままぐるりと会議机を回って、アスナの近く…前方にあるホワイトボードの前に立った。

そして、《シュミット》《シヴァタ》と名前のある横に、もう1人の名前を書き足していく。

 

キュキュキュキュー…

 

…そして…

 

「ほいっ。じゃ、俺が次期攻略責任者に推薦するのは、この方です。」

 

 

《シュンヤ》という、

そこにある名前をみて…

 

 

「ハアアアアアアアアアァァァァァッ!?」

 

名指しされた当人は、凄まじい絶叫を上げた。

 

「いや、ちょっ、おま…ハア!?」

 

「ンだよその反応。俺が推薦するって言った時点で分かってたろ。」

 

「分かるか!いや、お前…正気か?」

 

激しいつっこみのあとの問うような声に、カズマは「何言ってんだ」と言わんばかりに鼻を鳴らす。

 

「正気も何も。俺の中でお前が適任だと思ったから書いたんだよ。当たり前だろ?」

 

さも当然とばかりにそう主張するカズマ。

それにはシュンヤも何も言えず、ただ呆然とする。

そして、勿論反論はあった。

 

「い、いや待て!それはダメだ!!」

 

「そ、そうだ!それだけは…」

 

「え、なんで?」

 

カズマはとぼけるように首を傾げると、そのまま続ける。

 

「いーじゃん。シュンヤはシバちゃんやアスナさんと一緒で攻略組に最初期からいるメンバーだし、戦闘員としても超優秀だぜ?」

 

「そ、それは…」

 

「それに、おたくら《二大ギルドサマ達》は要は片方のギルドに美味しいとこ取られたくないわけだろ?なら中立的立場のソロプレイヤーがなれば丸く収まるじゃん。結構いい落とし所じゃねえかな。」

 

カズマの主張は実際、的を射ている。

というのも、二大ギルドの幹部達が何故それほどまでにそれぞれのプレイヤーが攻略責任者になることを拒む理由。それは、自身達のギルドの戦果に悪影響を及ぼすのではないかという《不安》からだった。

攻略責任者とは、攻略組で協力して攻略しなければならないボスの時などに、作戦の合否を決めたり、どの人物が新しく攻略組に加入するかなどを決めたりもする。

それはつまり、彼らにとってはギルドの戦果に直結しかねない話なわけだ。

故に、ひとまずは自身のギルドの者を責任者において、不安を取り除いておきたいわけだ。

 

…話を戻そう。

なら、カズマが提示する、《いい落とし所》。

それは、シュンヤだからこそ可能なものだった。

まずソロプレイヤーということで、ある一方のギルドに加担するなどということはあまり考えられない。

そして、彼自身、周りは良く見えている。それは戦闘中に限らず、彼の空間把握能力は確かなもので、それぞれの担当地点の不備などの把握も容易だろう。それこそ、彼の定期的な周りへの声掛けで命を救われた者も少なくはない。

更にはその真面目な性格も功を奏していた。

というのも、彼は《ビーター》の1人という事で毛嫌いされがちではあるが、それでもその真面目な性格故に、年上年下限らず、各ギルドにも彼とは仲がいいというプレイヤーは割と多い。

《ビーター》ということで有利になるようなことは、上層になって少なくなってはきたものの、やはり《ビーター》が責任者となると風当たりは強くなる。だが、それでもシュンヤなら大丈夫だと、カズマは確信していたのだ。

 

「…なるほど。それは考えていませんでしたね。」

 

「…悪くないな。」

 

アスナもどこか納得したように頷き、シヴァタも唸りながらそう呟く。その反応に、カズマは笑みを浮かべる。

 

「でしょ?…ま、やるかどうか本人によりますけどね。」

 

「そうですね…」

 

ジッ…と。

シュンヤに対して視線が集まる。

それに何処か気圧されるように、シュンヤは少しだけ上体を逸らすが…

シュンヤはすぐに体勢をもどして、ぐるりと周りを見渡した。

その視線は、様々だ。

アスナやユウキのようにただ回答を待つのみのものだけでなく、シュミットとシヴァタのように何処か試すような視線。クラインとエギルのように期待するような視線。

そして…

 

カズマとキリトが浮かべる、どこか確信したような視線。

 

そう、彼らは分かっているのだ。彼が、この状況で断るなど、しないことを。

シュンヤはそれに何処か不本意に感じながらも、観念したようにため息をついた。

 

「わかりましたよ…ただ、1つ。今この場にいる全員で、多数決を執り行って貰えますか?出来れば公平性は維持したいので、それの結果によって決定としてください。」

 

「分かりました。すぐに用意させましょう。…2人も、それでいいですか?」

 

「ああ、勿論。」

 

「うん。異論はない。」

 

他の候補者2人の許可も取れて、そこからはスムーズに進んだ。

勿論、シュンヤの提案通りに厳正な多数決も執り行われたが…

 

結果は、言うまでもないだろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ふう、やっと終わった…」

 

血盟騎士団のギルドホームを出て、カズマは腕を組んで体を伸ばす。

そして、降り注ぐ日光を吸収するように手を大きく広げた。

彼が目を閉じてその行為に少しだけ浸っていると、すぐに背中に「トスッ」と控えめな衝撃。

 

「おふっ…。…何してんだよ、ユウキ。」

 

衝撃の元凶であるロングヘアの少女を少し横目で見ると、少女…ユウキは横目で分かる程の満面の笑みをうかべた。

 

「え?さっきの仕草は「俺の胸に飛び込んでこい…」ってやつじゃないの?」

 

「俺そんなキザな言葉言ったことねえだろ。…ていうか、胸じゃなくて背中だし。」

 

「細かいことは気にしなーい。」

 

「あはは…ごめんなさい、カズマさん。」

 

「…ま、いつも通りだよ。ていうかラン、何か用か?お前ら今日は昼飯一緒に食うんだろ?」

 

「はい、その事で少しお話が。提案なんですが、一緒に食べませんか?」

 

「あー、俺とお前ら3人でか?」

 

「そ!確かカズマも外食だったよね!?」

 

「まあな。うん、良いよ。一緒に食おう。」

 

「わぁい!」

 

「ありがとうございます。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

ギルドホーム内での団長執務室。

そこでアスナ手作りの弁当を食べ終わったキリトは、アスナとお茶を飲んでいた。

 

「ふー…何とか終わって良かったわ…」

 

「大変だな、団長サマは…」

 

「まぁね。…団長も、こういうことがあるから、攻略に関しては私に一任してたわけだから、予想はしてたけどね。」

 

「…ま、あいつも苦労してたんだろうな。」

 

茶を啜り、そこからは静寂が包む。

 

あの戦いの後。姿を消したヒースクリフこと、茅場晶彦。彼の所在は今も分かっていない。

勿論、死んだと考えるのが最も妥当な判断なのだろう。

だが、キリトの中では、あの笑みとそして、あの時の剣の感触に未だ違和感を感じていた。

 

「確か、剣士の碑には…」

 

「ああ、奴の名前は既に無かった。だから、生きてるかどうかも分からない。」

 

「…そうね。」

 

そして流れる、微妙な雰囲気。

それを振り切るようにアスナは首を横に振ると、笑顔を作る。

 

「そ、そういえばさ!最近妙な噂があるの知ってる!?」

 

「え…噂…?」

 

「うん。なんでも、新層…76層にある圏内の森に度々妖精が現れるって…」

 

「妖精…?それってメルみたいな…?」

 

「ううん、メルちゃんみたいじゃなくて、私達の身長と同じくらいらしいの。目撃者によると、金髪で緑色の羽が生えてるんだって。」

 

「…それは、少し気になるな。」

 

「でしょ?だから、この後行ってみない?」

 

「え…?でも仕事は…」

 

「大丈夫。今日は午後から休みだから。」

 

「…そっか。分かった、行こう。」

 

「うん。」

 

アスナは柔らかく微笑んだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

76層、主街区。

大通りを歩く、カズマ一行。

その時3人は、カズマが見つけたそこそこ美味い(らしい)飯屋へと向かっていた。

…だが。

 

「…?ねえ、カズマ。」

 

「ん?なんだよ。」

 

「あれ、なんだろう…?」

 

「んー…?」

 

ユウキは空を指さして、カズマにそう問うた。カズマとランは視線を上げて、その方向を向いた。

そして…

 

空に、紫色の亀裂が走っていた。

 

「…ちょっと見てくる。」

 

「え?あ、分かりました。」

 

「行ってらっしゃい。」

 

「ん。」

 

カズマは緩やかに加速する。

すると、その間に亀裂にも異変が起き始める。亀裂の下には何も無かったが、やがてポリゴンらしきものが集まり、何やら形作っているようだ。

 

「…?」

 

だが、それでも何かは分からないため、カズマは加速を強めながらも、緩やかに加速していく。

…やがて、ポリゴンは細長い楕円形のものから、形の細部が細かくなっていった。

窪みが生まれ、楕円の膨らんだ部分は削れて流麗なラインを生み出していく。

そして更には先端は丸く、形作られ、やがて腕、脚、頭と思われる部位が見え出す。

 

「…あれは…」

 

それに気付いた瞬間に、カズマは足を踏み抜く。凄まじい加速とともに人の間を抜けて、亀裂の真下に猛ダッシュ。

そして、亀裂の下に形作られた、ポリゴンの塊は弾け、その中身が姿を現した。そして、急降下を始める。

 

「…ッ…!!」

 

カズマは三段跳びの要領で勢いそのままに通りを駆け抜ける。

そして、地面と直撃する直前に、石の地面を滑って何とか受け止めた。

 

「…っぶねー…」

 

カズマはそうため息をつくと、受け止めた《人》を見つめた。

どうやら女性のようだ。

とりあえず分かることは黒いセミロングの髪くらい。

赤と緑の装備に身を包んではいるが、本人の意識は無いようだ。

目を瞑ったままカズマの手に収まっている。

緩やかな寝息を立てているあたり、生きてはいる。

そして、ザワザワと自身を囲む者たちを見て、カズマはため息をついた。

 

「やれやれ…」

 

カズマはそのまま少女を抱えると、立ち上がってユウキ達の元に急いだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「…なあ、アスナ…」

 

「うん、多分あの人かな…」

 

76層主街区から少し外れたところにある、圏内の森。その中でキリトとアスナは木の影から目の前にいる人影を見つめる。

その人物は、金色の髪をポニーテールで結び、緑色の装備をつけて腰には剣。背中には確かに緑色の小さな羽が生えていた。

 

「…クエスト発生用のNPC…じゃないみたいだね。」

 

「…とりあえず、話しかけてみるか。」

 

「そう、だね…ここは圏内だし…」

 

「ああ、バトルになることは無い…と思う。…じゃ、行くぞ。」

 

キリトは立ち上がると、ゆっくりと前に進む。アスナもそれに後ろから続き、目の前にいる《妖精》へと近付く。

そして、その妖精は足音に気づいたのか、キリト達の方を向く。

キリトは、その緑色の目と目が合い、少しだけ緊張感が増す。

…だが、妖精は、それとは真逆の反応をした。

 

「…ッ…!」

 

彼女は驚いたように目を見開いた後、すぐにその表情を変化させていく。

その表情は、満面の笑み。

嬉しそうなその顔に、キリトだけでなくアスナも驚きを隠せない。

そして、妖精はキリトの手をとると、そのまま嬉しそうに上下に振った。

 

「ようやく…会えた…」

 

「へ…?」

 

その言葉の意味が分からず、惚けていたキリト。そして、次の言葉に、更なる衝撃が走った。

 

()()()()()!!」

 

「「お、お兄ちゃん!?」」

 

森の中に、キリトとアスナの驚愕の声が響いた。

 

 

76層主街区。

大通りから外れた脇道を歩くシュンヤ。

任された大役に少しだけ肩を落とし、だが、気合いも入っていた中。

彼に声がかけられた。

 

「隼人。」

 

それは、彼の本名。

限られたものしか知らない、現実の名前(リアルネーム)

シュンヤは久しぶりに呼ばれたその名に驚きながらも振り向いた。

…そして、彼は見た。暗い脇道の中に立つ、1人のプレイヤー。

その顔を見たのは、実に2年半ぶり。

向こうでは、産まれてからずっと見てきたはずなのに、久しく見たその人物に、シュンヤは驚きを隠せなかった。

 

「いや、悪い。今は《烈風》シュンヤ、だったか。」

 

その声も、何処か久しく、鼓膜を震わせる。

シュンヤは、震えた声で。

久しぶりに、その呼称を口にした。

 

「…兄さん。」

 

「…久しぶりだな。…元気そうで、良かった。」

 

 

 

歪み始めた世界は、同時に、

 

大きく、動き始めた。




誰をどこで出すかすげぇ悩んでる今日この頃。


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第7話 シノンという少女

時が経つのは、早いものだ。

第75層ボスフィールド。

キリトとカズマがヒースクリフを倒してから…

…既に、2週間が経過していた。



「っざけんな!!」

 

怒号を上げる1人のプレイヤー。

それを宥めるように周りのプレイヤーは声をかける。

 

「お、おいネス。落ち着けって…」

 

「そ、そうだよ。周りに人もいるし…」

 

「あぁ!?これが落ち着いてられるか!」

 

プレイヤーはなおも声を荒らげた。

 

「俺らは茅場晶彦を倒した!なのになんでまだ解放されねぇんだよ!ラスボスのアイツを倒せばこのクソゲーはクリアなんじゃなかったのかよ!?」

 

男の叫びは、酒場全体に響いた。

 

「今日だってフィールドボスを倒したけどギリギリだ!こんなのいつまで続けりゃいいんだよ!!そうだろ!?」

 

「おい、おめェ。その辺にしとけ!」

 

「あァ?!」

 

ここで、男に待ったがかかった。

それをかけた人物は、赤髪をバンダナで逆立てたプレイヤー。

ギルド《風林火山》リーダー、クラインだった。

今この酒場には、今日のフィールドボス攻略帰りの攻略組プレイヤーが多数居たのだ。

 

「なんだよ!お前みたいな新参者がそんな大層な口聞くなとでも言いたいのか!?」

 

「そうじゃねえ!そんなの、ここにいる奴らが全員思ってる!だっつーのに、おめェが叫んでわざわざ皆の士気を下げるんじゃねえって言ってんだよ!」

 

「はあ!?たかだかそんなことでウチの士気が下がるわけねえだろ!大体、その程度で下がるのはお前のとこの中堅ギルドくらいだよ!!」

 

「あァ!?んだとてめぇ…!!」

 

「ちょっ、リーダー!落ち着いて!」

 

「そうっすよ!手ぇ出したら元も子も…!」

 

「それに、ビーター様達はお休みだったし、本当はアイツらがヒースクリフを倒したってのも、嘘なんじゃねえのか!?」

 

叫び掴みかかろうとするクライン。

それを風林火山のメンバーが止める。

その様子に、ネスというプレイヤーは挑発的な笑みを浮かべた。

 

 

「その辺にしろ!!」

 

 

瞬間、酒場に響き渡る怒号。

それにはクラインだけでなくネスも肩を震わせ黙り込んだ。

その声の主は、ネス達の少し奥のテーブルに座る、紅白の鎧を着た巨漢のプレイヤー。

現血盟騎士団副団長である、シヴァタは、じろりと2人を…主にネスを睨みつける。

 

「ここは我々だけでなく、皆が食事をする場所だ。それに、同じ攻略組メンバーがいざこざを起こしてどうする。」

 

静かな声は、しかし奥で怒りを含む。

 

「そしてネス。お前は先程ヒースクリフ討伐をまるで我が物顔で叫んでいたが、あれはあくまでキリトとカズマの戦績。それをゆめゆめ忘れるな!」

 

「なら、なんでアイツらはヒースクリフが茅場晶彦だって言う情報を隠してたんすか!?俺らを信用してない奴らのことを、なんで俺らが考えなきゃならないんすか!」

 

「てめぇ!もう我慢ならねえ!」

 

「ちょ、リーダー…!」

 

「放せ!一発殴らせろ!」

 

クラインの怒号だけでなく、シヴァタの眉もピクリと動く。

そんな、一触即発の現場に…

 

 

「あー、腹減ったー…って、何だこの雰囲気。」

 

当事者(カズマ)が、姿を現した。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「すまんかったな、カズマ。」

 

喧騒が去った酒場。

そこのひとつのテーブルに座るシヴァタは、カズマに謝罪を述べた。

それに、カズマは卓上の料理を咀嚼しながら答えた。

 

「んー…まあ、シバちゃんは悪くねえしな。ああいう意見もあんだろ。」

 

「そ、そうだよ。元気出して、シバ。」

 

「…ああ。ありがとう、リッちゃん。」

 

シヴァタの隣に座る女性…血盟騎士団タンク部隊所属のリーテンが肩に手を添えながら声をかけた。

 

「ったく、ああいうのは一発締めねぇとわかんねえんだよ。やっぱ一発…」

 

「やめとけ。KoBのギルドホームに乗り込む気か。更なる火種を増やすんじゃねえよ。」

 

突撃しようとするクラインを、カズマは一蹴した。

 

ちなみに、いまこの酒場にいるのは彼らだけであり、他のメンバーは各々のギルドホームへと帰った。

叫んでいたネスの言葉には、カズマ自身が言及し事なきを経た。

 

「…ま、確かに。あいつの言う通り、俺はお前らをあまり信用してなかったのかもな。」

 

カズマはグラスの酒を飲み干す。

 

「正直、情報はどこから漏れるか分からんからな。万全を期したかったんだけど…」

 

「いや、あれに関して言えば、お前の判断は間違ってはいなかった。情報が漏れて、ヒースクリフが逆に身構えてしまえば意味が無い。」

 

「そうですよ!カズマさんは間違ってないです!」

 

シヴァタとリーテンの言葉に、カズマは笑みを浮かべた。

 

「…ありがとな、2人共。」

 

「…そういやよ、カズマ。おめェ今日休んでたよな。何してたんだ?」

 

「ああ。ちょっとな…レベル上げを…」

 

「はぁ?お前それ以上上げて…」

 

「俺じゃねえ。…ちょっと、頼まれてな。」

 

そう呟くと、カズマはおもむろにフォークを手に取り、刺した魚のフライを口に運んだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「記憶が無い?」

 

「ええ…」

 

あの後。

空から落ちてきた少女は目を覚まし、カズマが話を聞いていた。

ちなみに、ユウキとランは買出し中。

 

「…それは、このゲームの中でのことが?」

 

「…ええ。まったく…」

 

少女の顔はそう言って、暗く沈み込む。

 

『…嘘ではない、か。』

 

カズマは彼女を観察し終えた答えを出して、困ったように頭を掻く。

 

『正直、こういう脳系の知識はあまりないんだよな…せいぜい、心理学の齧りが限界だ…』

 

「くそ…」

 

カズマは少しだけ、リアルでの自身の努力不足に毒づくと、少しだけ困惑する少女に声をかけた。

 

「悪い。…そういえば、君名前は?」

 

「名前?名前は…」

 

「ああ、記憶が無いのか。えっとこうやって縦に右手を振ってみてくれ。」

 

「…?」

 

カズマの身振りに合わせるように、少女は手を動かした。

すると、彼女の前にウィンドウが出現した。

 

「…!?これ、何…?」

 

「それの最初のページにデカデカと文字が書いてないか?それが君の名前だ。」

 

カズマの言葉に少女は恐る恐る読み上げる。

 

「し…の…ん…?…シノン。…それが、私の名前…?」

 

「そうか。ならシノン。君はこれからこの宿にいてくれ。」

 

「…え?」

 

「勿論、宿代は俺が出そう。正直、俺の金なんかより、君が記憶が無いままフィールドに出て死ぬ方が問題だ。だから…」

 

「ねえ。」

 

カズマの言葉に、食い気味に重なるシノンの言葉。カズマはそれに少し驚きながらも聞き返す。

 

「…どうした?」

 

「…あなたは、戦えるの?」

 

「…ああ。勿論。」

 

「なら、私に戦い方を教えて。」

 

突然の、シノンの要望。

それに、カズマはすぐには答えない。

少しだけ思考した後に、聞き返す。

 

「なんで、戦い方を教わりたい?」

 

「…強く、なるため。」

 

「…この世界では、HPが0になればそれは死を意味する。そのことを分かって…」

 

「勿論…あなたに教わったから…ちゃんと分かってる…。…けど、」

 

シノンはそのまま少し震えながらも声を絞り出した。

 

「私は、強くならなきゃいけない。」

 

「なんで。」

 

「理由は、分からない。…けど、強くならなきゃ、いけないの。…そうじゃなきゃ…」

 

カズマの問。

シノンは何とか声を絞り出そうとするが、そこから先は口が動かない。

言えないことなのか、そもそも言うつもりはなかったのか。

それは、カズマには分からなかった。

…だが、彼は感じ取っていた。

彼女の内にある、確かな《意志》を。

生半可な気持ちでは、言っていないことを。

 

「…分かった。それで、記憶が戻るかもしれんしな。ひとまずやってみよう。」

 

「…ありがとう。」

 

「礼はいいよ。乗りかかった船だ。最後までやりきるさ。…それより、戦い方を教えるなら、条件がある。」

 

「…なに?」

 

「戦い方を教えるのはいいが、決して1人でフィールドには出るな。このゲームでは本当の命がかかってる。フィールドの中では誰が敵か分からん。それと、知らない相手とパーティー…フィールドに出るのもやめろ。いいな?」

 

「…分かったわ。」

 

「うしっ。じゃ、決まりだな。…アイツらが帰ってきたら、飯にしよう。」

 

「…ええ。」

 

カズマとシノンは、口を紡いだままユウキとランを待った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「兄さん、今…なんて…」

 

震えるシュンヤの声。

それに、彼の目の前に座るメガネの青年は淡々と答えた。

 

「…言葉の通りだ。」

 

 

 

「この世界は既に、脱出不可能なんだよ。」

 

 

 




今回は少し少なめ。

というわけで、次回もお楽しみに!


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第8話 来訪者への指導

安心してください。

シュンヤ君のことは、決して忘れてませんから。



前話から2日後。

 

舞台は第35層のフィールド。

 

「…これは?」

 

シノンはカズマから手渡されたものを、訝しげに見つめる。

それは、湾曲した巨大な物体。

 

「さっきシノンのスキル欄を見せてもらった時、珍しいスキルがセットされてたからさ。もしかしたらこれなんじゃないかと思って。」

 

それは、弓だった。

元々カズマが76層の街の探索をしていた時に、路地の奥まった所にあった露店のアイテム表に載っていたものを、興味本位で買ったものだった。

 

「え、でもこれ…」

 

「ま、どうせこのまま持ってても俺は使わねえしな。シノンの役に立つなら、シノンが持ってた方がいいだろ。」

 

「…ありがと。」

 

「おう。」

 

…と、そこまでの掛け合いを終えた所で。

ずいっと、カズマに極限まで顔を寄せる、1人の少女。

 

「ゆ、ユウキ…近い…」

 

「ムムムム…」

 

何処か不機嫌そうなユウキはカズマの顔を下から思いっきり睨みつける。

それはどこか涙ぐんでいるようにも見えた。

それにはカズマも少し戸惑いの様子を見せる。

…ちなみに、シノンのスキル欄を見たのも、ユウキだ。

 

「ふん!」

 

やがてそっぽを向いてそのまま近くの岩に腰掛けてしまう。

その後も不機嫌そうな膨れっ面と腕を組むのは辞めない。

 

「なんなんだいったい…」

 

困ったような表情を浮かべるカズマ。

それを見て、戦慄する金髪美女が1人。

 

「あ、あの和真が…女の子とイチャイチャしてるーー!!」

 

「あの和真とはなんだコラ。」

 

分かりやすく漫画に出てくるような表情を作る金髪美女にため息をつくと、カズマは呆れたような表情を作った。

 

「ったく…なんでお前までここに来てんだよ、直葉。っていうかなんだそのアバター。詐称にも程があんだろ。お前黒髪黒目じゃん。」

 

「しょーがないでしょ、妖精をモチーフにしたゲームのアバターなんだから。皆こんな感じだもん。」

 

「…いやまあ、別にどっちでもいいんだけどな。…つーか兄貴。直葉のこと知ってたならもうちょい早く連絡してくれよ。」

 

「いや…うん、すまん。忘れてた。」

 

「弟のこと忘れるか、普通!?」

 

キリトとカズマのやり取りの内に、リーファはユウキに近付いて「久しぶりー」「元気だったー?」などと声を上げながらハイタッチを交わしていた。

元々はお隣さんということもあって、2人にはかなりの交流があるのだ。

 

「と、悪いシノン。置いてけぼりにしちまったな。」

 

「あ、ううん。大丈夫よ。」

 

「…じゃ、少しだけ紹介タイムといこうか。」

 

ーーーーーーーーーーー

 

カズマはまず、キリトに手を向けた。

 

「まずこちら。このアインクラッド内の現最強プレイヤーのキリト。俺と同じ講師として今日は来てもらった。」

 

「よろしく。えーと…シノン。」

 

「よ、よろしく。」

 

「で、この謎の金髪美女がリーファ。シノンと同じくSAO初心者。本人曰く、なんか他ゲームから飛ばされてきたみたいだな。」

 

「む。もっと悲劇の妹にかける言葉ないのー?」

 

「なんだよ悲劇の妹って。そんなカテゴリーは存在しねえよ。」

 

「あるよー。」

 

「誰が作った?」

 

「私。」

 

「知ってた。」

 

2人の小気味な返しに、シノンも微笑をうかべた。

 

「…仲、良いのね。まさか、リアルで…」

 

「…ま、そうだな。一応、兄妹ってやつだ。ちょっと口がうるさいけど。」

 

「和真一言多い。」

 

「やかましい。お前もいい加減お兄ちゃんと呼べ。」

 

「和真はお兄ちゃんって雰囲気じゃない。」

 

「なんだそりゃ。」

 

カズマが呆れた声で呟くとため息をついた。

 

「…ま、お遊びはこれくらいにしようぜ。ほら、色々説明するからこっち来い。」

 

「はいはい。」

 

「はいは1回。」

 

「はーーーーーーーーー…」

 

「長いッ!!」

 

2人はそうやって軽いトークを飛ばしていく。

…だが、1人。

2人の兄であるキリトだけは、微笑みだけを浮かべていた。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

「さて、と。じゃ、こっからは兄貴頼む。」

 

「はいよ。」

 

キリトは1歩前へ出た。

 

「まず、2人にこの世界での戦い方なんかをレクチャーする前に、少しだけ今のこの世界の状況について話そうと思う。いいかな?」

 

「はーい。」

 

「…ええ。」

 

2人の反応を見てから、キリトはコクリと頷く。

 

「まず、知ってるとは思うけど、今現在アインクラッドは第75層の攻略まで完了してる。」

 

「2年ちょいで4分の3かー…なんかそんなに、って感じ。」

 

「まぁ、この世界に囚われてから1ヶ月くらいは、ほとんど進まなかったからな。」

 

「そうなの?」

 

「それだけ、その時のショックはデカかったからな。…つーかこんな状況になったのに、平然としてるお前がおかしいんだよ。」

 

「あはは…お兄ちゃんとカズマに出会えたから、安心したのかな。」

 

「あはは…」

 

そうやって、どこか遠慮がちに笑い合うリーファとキリト。

その2人の姿に、カズマは呆れ混じりのため息をついた。

 

「そんなわけで、第75層突破の時に…まぁ、少し説明は省くけど、かなりの重大事項が不透明なまま終わった。それから様々な不具合が出るようになったんだ。多分、2人がこの世界に引き込まれたのも、それが原因なんじゃないかな。」

 

「確か、キリトとカズマがこのゲームのラスボスだったはずの…ヒースクリフ?って人を倒したのよね。」

 

「なんだ。シノン知ってたのか?」

 

「いえ…ユウキや街を歩いてたプレイヤーが言ってたから、それを耳にしただけ。」

 

「うん、言ってたね。『なのにログアウト出来ない』って皆ボヤいてたよ。」

 

「あー…やっぱ情報出回るのは早いな。」

 

「ま、俺と兄貴がヒースクリフ倒したの、かれこれ1週間前だからな。そらそうだろ。」

 

「だな。…で、不具合については色々あるんだが…まずは分かりやすいものでいうと、レベルだな。2人共、ウィンドウを開いてそれぞれのレベルを見てくれないか?」

 

キリトがそう言って右手を縦に振ると、彼の前に薄い板…ウィンドウが現れる。

リーファとシノンは少しだけ覚束無い様子で腕を振る。

 

「あ、出た。…この、名前の横にある数字だよね。」

 

「あぁ。」

 

「え…と…レベル…82。」

 

「私は、レベル78。」

 

「うん。ありがとう。」

 

「お兄ちゃん、これあまりにも高すぎない?私達、まだこの世界に来たばかりなのに…」

 

「そうだな。実は、それも不具合というか、バグの1つなんだ。」

 

「え?」

 

困惑するようなリーファの声。

その後にカズマが引き継ぐ。

 

「俺達がヒースクリフを倒して、第76層のアクティベートを終わらせた後、妙に下層の連中が準最前線に姿を現し始めた。で、その理由の調査をアルゴ…情報屋に依頼した。」

 

「それで分かったことは1つ…。今、このアインクラッドの中で、()()()7()0()()()()()()()()()()()()()()()だ。」

 

「…どういうこと?」

 

「単純だよ。レベル70未満のプレイヤー全員のレベルが70台に変換されたんだ。」

 

キリトの言葉に、2人は驚愕する。

だが、以前としてリーファの中には疑念が残る。

 

「でも、私のレベルは…」

 

「す…リーファの場合は言ってしまえば、アカウント引き継ぎみたいなものだからな。その分レベルも高くなってるんだろ。」

 

「なるほど…」

 

納得したようなリーファの表情。

キリトは続ける。

 

「そんなわけで、この不具合の他にも、一部アイテムがロストしたり、スキルにも不具合が出たりしてるけど、2人にはあまり関係ないな。…ただ、レベル上昇の不具合。これに関してはなんでこうなったのか、詳しくは分からない。」

 

「なんで、2人にもう一度念押しておきたいのは、《決して1人でフィールドに出ないこと》。慣れない奴がそれをやるとどんなトラブルに巻き込まれるか分からんからな。」

 

「…そう。カズマが言ったように、レベルが上がって気分が良くなって、そこそこの上層に出たプレイヤーが武具の不足や情報不足で壊滅した例も、沢山あるからな。」

 

「うわぁ…」

 

「それは…確かに気を付けないとね…」

 

「そーいうこった。…さて、注意事項も踏まえた上で、こっからはバトルレクチャーと行くか。」

 

「リーファ。お前は俺が指導する。シノンは少しだけ弓使ったことのある、カズマが頼む。」

 

「りょーかい。」

 

「分かったわ。」

 

「お兄ちゃん、よろしく!」

 

「…まぁ、大まかなものはリーファがやってたゲームと同じだろうけどな。」

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「…で、矢のリロード方法は…」

 

「…なるほど…」

 

「ソードスキルは初動までの動きは慣れだ。慣れたら自然と早くなる。」

 

「分かったわ。やってみる…」

 

入念に教わるシノンと、詳しく説明を続けるカズマ。

そんな、二人を見ながら…

 

「……ぶぅ……」

 

ユウキは、不機嫌そうに眉をひそめた。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

夜。

シノンを宿に送り届けた後。

ユウキとカズマは帰り道をそれぞれの速度で歩く。

前を歩くカズマ。後ろからトボトボとついてくるユウキ。

 

『…いつもは横に来るのにな…』

 

そんなユウキの様子に違和感を抱きながら、カズマは少しだけ速度を落とした。

…が、ユウキも同時に速度を落とす。

まるで、今の一定の距離を保つように。

カズマが少しだけユウキの方に振り向くと、下を向いたまま更にそっぽを向く。

 

『…ありゃ拗ねてんな。』

 

これまでの経験則でそう察したカズマ。

少しだけため息をつくと、くるりと体を反転させてユウキの方に向く。

 

「どした?随分とご機嫌斜めで。」

 

「…別に。」

 

返ってくるそっけない返事。

膨れっ面を見せるユウキではあるが、頬を染めて少し嬉しそうなのが見え見えである。

カズマは苦笑した。

 

「不満があるなら言ってくれよ。長い付き合いだけど、分からないものは分からんからな。」

 

「…何でもないよ。」

 

「結婚する時に、内緒事はなしにしようって約束したろ?それに…」

 

カズマは数歩でユウキとの間を詰めると、垂れ下がる彼女の前髪を持ち上げた。自然と彼女の紫色の眼が見える。

 

「ユウキは、笑ってた方が可愛いんだからさ。」

 

視線が交錯すると、ユウキは恥ずかしそうにまたそっぽを向いた。

「やれやれ」と言わんばかりにカズマは苦笑する。

…だが、そこでユウキは口を開いた。

 

「だって…」

 

「…だって…?」

 

「だって…カズマは、ボクの事なんてどうでもいいんでしょ。」

 

「…ん?」

 

「76層に上がってきてから、カズマ全然ボクのこと相手にしてくれないし…」

 

「あー…まぁ確かに…」

 

そう言われてみればそうだった。

カズマ自身、身につけていた防具が数個ロストしてしまい、それの代わりを見つけるために奔走していた。

それ故に、ココ最近はあまり家でくつろげていなかった。

しかも今日からはシノンとリーファへのレクチャーまで入ったのだ。

…普通なら戸惑うであろう場面だが…

 

『…なるほど。これが新婚あるある《仕事と私どっちが大事なの!?》ってやつか…。』

 

などとアホなことを考える余裕が何故か彼にはあった。

 

「勿論、カズマが忙しいことだってわかってるよ…?…でも、ボク達、結婚してるんだし…」

 

『あ、やっべ。これただただユウキが可愛いだけのイベントだわ。』

 

モジモジと恥じらいながらも可愛く嫉妬する自身の嫁に萌え萌えするカズマ。

月明かりに照らされて、ユウキの頬の赤さがさらに際立つ。

 

「だから…えっと…んむっ…!?」

 

なおも開いた口を、カズマはキスで塞いだ。

最初は驚いていたユウキも、少しすれば気持ち良さそうに目を閉じた。

少しして、カズマは顔を離す。

どこか何処か名残惜しそうなユウキに、カズマは笑いかけた。

 

「俺がお前のことをどうでも良くなるなんて、あるわけねえだろ。お前のことはずっと大好きだし、愛してる。…ま、確かに最近は相手にしてやれなくて、悪かったな。」

 

「…むぅ…」

 

「…なんだよ。まだ不満か?」

 

「…そうじゃない。結構モヤモヤしてたのに、キスと一言だけで許しちゃうボクの単純さが嫌になってる。」

 

「そこが可愛いんだろ?」

 

「なんで、今夜はボクの言う事、なんでも聞いてね。」

 

「なんだその理屈…。ま、いいけどさ…」

 

「…ね、もっかいキス、して…」

 

「はいよ…」

 

「ん…」

 

控えめな街灯。

薄く輝く月明かりの中、2人はもう一度。

今度は長く、長く唇を重ねた。

そして…

スルリッ

 

「ひゃっ…!?」

 

カズマは服の間から、ゆっくりとユウキの素肌を撫でた。

その瞬間に、ゾワゾワとユウキの体が反応した。

 

「相変わらず肌弱ぇな。」

 

「もうっ…お家に帰ってから…!」

 

「…お姫様の命令なら、しゃあねえか。」

 

カズマは笑い、自然とその手をとり、歩き出した。

いつの間にか、ユウキの不機嫌そうな表情は、霧散していた。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

コンコンッ

 

キリトは1つのドアをノックする。

そこは、第76層のある宿屋。その一室。

やがてドアからリーファが姿を現した。

 

「あ、お兄ちゃん。」

 

「悪い。…少し、いいか?」

 

「うん、どうぞ入って。」

 

リーファに導かれながら、キリトはその部屋に入る。

リーファはキリトにソファに座るように促すと、備え付けのポットで茶を入れた。

 

「この世界に来て、もう4日程経つけどどうだ?少しは慣れたか?」

 

「うーん…やっぱり少しだけ不思議な感じ。仮想世界で寝起きして、食事もとるなんて…」

 

「…ま、そうだな。」

 

「それより、お兄ちゃんとカズマがあんなに有名人だなんてビックリしちゃった。ね、《黒の剣士》さん?」

 

「や、やめてくれ…」

 

「あはははは」

 

楽しそうなリーファの笑い声。

それにキリトも微笑みを浮かべると、出されたお茶を飲む。

少しだけ花の香りがするそれを卓上において、彼はすぐに切り出した。

 

「…リーファ。今日は少し話があって来たんだ。」

 

「…話?」

 

「ああ。…リーファ…直葉は、他のゲームを遊んでたらここに飛ばされたって、言ってたけどさ…」

 

 

 

 

「あれ、嘘だろ?」

 





もう一度言います。

わすれてませんからーーー!!


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第9話 当事者


「あのさぁ、兄貴。いつまで直葉とギクシャクしてんだよ。」

「うっ…」

シノンとリーファをそれぞれの部屋に送り届けた後。
1階のレストランのテーブルでカズマの鋭い一言がキリトの胸を刺す。
少しだけ図星のような仕草をキリトがした後、カズマはため息をつく。

「はぁ…。…ま、ただでさえ人付き合い苦手な兄貴が《十余年1つ屋根の下で暮らしてきた、血の繋がってない妹》、なんていう超超特殊な関係性の異性にハキハキ喋れるとは思ってないけどさ…。事実知ってからもう何年経つよ。いい加減慣れろよな。」

「いや…そうは言うけどな…」

カズマの更なる一言に、キリトは更なる傷を受けながらも、尚も答えは煮え切らない。

「兄貴の気持ちは分かる。…けど、これから嫌でも付き合い続けなきゃならない相手だ。なら、早いとこ打ち解けるべきだろ。」

「……」

「それに、将来はアスナさんとも付き合うわけだし。」

「ブッ!そ、それは…」

「ん?なんか間違ったこと言ったか?」

「…いや、言ってない。」

そう、将来的には現実世界に戻った後、交際相手と妹は必ず顔を合わせる。その時に、交際相手どころか、兄が関係性としてあんまりなら、かなり(こじ)れるだろう。
なら、早いところ打ち解けておくのが効果的…というものだろう。

「…それに、兄貴も気付いてんだろ?アイツの《嘘》に。」

「…まぁな。」

そして、カズマのその言葉に、キリトは頷いた。

「なら、それについても問いただして置くべきだろ。1回喧嘩でもして打ち解けてこいよ。」

「…それ、お前がスグと喧嘩するのめんどくさいだけじゃ…」

「いーや、兄と妹の関係を想った心優しい次男の気遣いだよ何言ってんだはははは。」

キリトの指摘に、カズマは凄まじい早口で答えると、ゆっくりと席を立つ。

「つーわけで、レクチャーに支障が出ないよう、今日中に頼むぜ。先延ばしたらそれこそ色々面倒だし。」

「…分かったよ。」

「うしっ。…ユウキ、帰るぞ。」

「…ん…」

2人は宿屋を後にした。
1人残されたキリトは、テーブルの下で拳を握り、静かに決意を固めた。

「…やるか。」







「う、嘘…?」

 

2人だけの小さな部屋。

机を挟んでキリトとリーファは対峙する。

キリトの一種の迫力にリーファは少しだけ気圧されながら、1歩だけ足を後退させた。

そして…

 

「あ…ははは…そ、そんなわけないじゃん。言ったでしょ?他のゲームで遊んでたら、いきなり暗転して、気付いたらこの世界に居たって。それに、お兄ちゃんも最近はバグやシステム不良があるから、それが原因だって言ってたじゃん。」

 

リーファはどこか苦し紛れのような口調ながらも、そう言いきる。

確かに、筋は通っているように思える。

…だが、キリトには1つの違和感があった。

 

「…そうだな。…けど、よくよく考えてみれば、そんなことはありえないんだよ。」

 

キリトは、そう言いきった。

 

「…このゲームは、外部とのリンクを完全に断つことで今のこの状況を作り出してる。…だからこそ、他のゲームと繋がるなんていうことが起きた時点で、《脱出不可能のデスゲーム》という概念は崩壊する。」

 

そう。

正しく、キリトの意見は的を射ていた。

《ソードアート・オンライン》をデスゲームたらしめている主な要因。

それは、外界との徹底的な《断絶》。

それにより、死の恐怖に脅えながらも勇猛果敢に攻略を続けるのだ。

…だが、他のゲームから人が入ってきたということになると、それは一気に瓦解する。

というのも、その人物が入ってきたルートを使えば他の世界に行けるかもしれない…脱出の可能性が出てきてしまう。

そのようなミスを、あの天才…茅場晶彦がするとは、到底思えなかった。

 

…そして、なにより。

あの男が、自身の作り出した世界を、そうも簡単にねじ曲げると奴だとも思えなかった。

 

「…勿論、今のは仮説だ。だから、本当に違うなら違うと言ってくれ。それとも…なにか別の理由があるなら、正直に話してくれないか?」

 

小さな部屋に響く、キリトの懇願。

その問いに、リーファはしばらく答えなかった。少しだけ下を向いて、黙り込む。

その場に、不自然な沈黙が流れた。

 

…やがて…

 

「…はぁ。やっぱり、お兄ちゃんにはなんでもお見通しかぁ…」

 

そう言ってため息をついて、リーファは項垂れた。

 

「…リーファ…」

 

「…お兄ちゃんが考えてる通り、きっかけがなくこの世界に来たって言うのは嘘。アバターは、ALOのだけどね…」

 

 

「私、ナーヴギアを使ったの。友達が、隠し持ってたのを借りて…SAOに、ログインしたの。」

 

 

「な…ッ…」

 

リーファのその言葉を聞いた瞬間に、キリトは驚きに目を剥く。そして、次の瞬間には、立ち上がっていた。

 

「な、何考えてるんだ!このゲームはもう、ただのゲームじゃないんだぞ!?」

 

自然と、口調も強い物に変わる。

 

「数百人ものプレイヤーが命を懸けて、身も心も削り切って攻略を進めてる…。その証拠に、もう何千もの人々の命が失われてるんだぞ!?」

 

「…」

 

「スグも見てたんだろ?報道で流れてるSAOユーザー死亡の情報を。なら、この世界がどれだけ危険な場所か分かってたはずだ…!」

 

 

 

「…ここは、好奇心なんかで軽々しく来ていい場所じゃないんだ!!」

 

 

 

キリトは、そう叫ぶ。

それは正しく、彼の心から漏れ出た本音。

この世界で、あらゆることを経験してきた彼の、偽りのない叫びだった。

 

…だが。

 

「…違う…」

 

それは、リーファも同じだった。

力を込めた拳が震える。

 

「…違うよ…好奇心なんかじゃないよ…!」

 

その様子に、キリトも息を呑む。

 

「だって…私も当事者だもん!お兄ちゃんの…和真の…2人の妹なんだから!!」

 

「…っ!」

 

「…私、目を覚まさない2人を見て、ずっと泣いてた。…他の病室や、他の病院のSAOプレイヤーは、1人ずつ亡くなっていって、次は、お兄ちゃんの番なんじゃないか…和真の番なんじゃないかって…。いつも、病室に入る時は、怯えてた。」

 

それは、SAOプレイヤーではない。

別の《当事者》としての、本音。

《部外者》である《当事者》としての、苦悩だった。

 

「…悲しかったし、怖かったんだよ…。」

 

「スグ…」

 

「私達は、家族なのに…。一緒にいて、笑って、悲しんで…。そうすることが当たり前なのに…。…私、何も出来なかった。2人の横で、怯えることしか、出来なかったの…。」

 

直葉の目尻には、いつの間にか涙が浮かび、今にもこぼれ落ちそうだった。

 

「そんな生活、耐えられると思う…!?」

 

「……」

 

「だから私、SAOに来たの。もう一度、お兄ちゃんと、和真と会うために。傍にいて、2人の役に立つために…。2人と一緒に、笑い合うために。」

 

 

 

「…もう、これ以上…大切な物を、手放したくなかったから…。」

 

 

 

涙混じりの、直葉の本音。

それには、和人も何も言えない。

慰めることも、謝ることも出来ず…

 

ただ、優しく抱き締めたーー。

 

「お…にい…ちゃ…」

 

「…ごめん…心配、かけたな…」

 

彼は、細く、柔らかい彼女の体を、優しく…しかし、力いっぱいに抱き寄せた。

 

「…もう、どこにも…行かないよね…?」

 

「…ああ…」

 

「私を、置いていかないよね…?」

 

「ああ…家族は、一緒にいるのが当たり前だからな…。」

 

「…血は繋がってないけどね…。」

 

「…っ…それは…」

 

「…冗談だよ…。…大事なのは、《時間》…だもんね…。」

 

「…ああ。…そうだな。」

 

「…ねぇ、お兄ちゃん。」

 

「…ん?」

 

 

 

「大好き。」

 

「…ああ。俺もだよ。」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌日。

場所は変わり、キリトとアスナの家。

 

「ごめんなさい!!」

 

白昼堂々、頭を低く下げるリーファ。

その前には、茶菓子を頬張るカズマの姿があった。

カズマは咀嚼、嚥下してから、もう一度卓上の茶菓子に手を伸ばした。

 

「んー?なんのこと?」

 

「…いや…その…勝手にSAOにログインして…迷惑かけちゃって…心配もかけて…」

 

リーファは頭を下げたままそう呟く。

その様子に、カズマはため息をついてから手に持つ茶菓子を口の中に放り込んだ。

手を払ってから、ソファを飛び越えて、リーファの前に立った。

 

「…っ…!」

 

彼女は、キツい一撃を覚悟した。

…が。

 

コツン

 

「え…?」

 

彼女の頭に起きた衝撃は微々たるもの。

カズマは軽く握った拳をリーファの頭に少しだけ当てて、呆れたように彼女を見下ろした。

 

「あのなぁ…お前が反省すべきは、自分のことを蔑ろにしたことと、現在進行形で親父と母さんに迷惑かけてる事だ。それに関しては猛烈に反省しろ。とくと反省しろ。」

 

コツコツと頭を叩きながらカズマはそう告げた。

…そして、言い終わると、金髪の髪をグシグシと撫でる。

 

「ま、この世界に来たのは、俺らのためらしいしな…怒ろうにも、怒れねぇよ。俺だって、お前に迷惑かけてんだし。」

 

「…ごめん。迷惑かけて…」

 

「言ったろ。俺も迷惑かけてる。なら、迷惑かけられんのが、家族ってもんだろ。」

 

「…ありがと。」

 

「なんだそりゃ。」

 

突然の感謝の言葉に、カズマはそう呟いた。

 

 

 

 

「…で、呼び出した張本人が遅刻してるんですが?」

 

カズマとリーファの絡みが一段落した後、カズマはそう呟いてため息をつく。

そう。元々この集まりはとあるプレイヤーが声をかけたものだった。

 

「シュンヤ君が遅刻なんて、珍しいわね。」

 

「ねー、シュンヤはキリトやカズマと違ってキッチリしてるのに。」

 

「流石の俺も約束に遅れたりは…しない気がする。」

 

「いや兄貴、そこは力強く否定してくれ。」

 

「お兄ちゃん早起き苦手だもんね。」

 

5人の軽快なトークが繰り広げられる中、ドアを叩く音が鳴り響いた。

 

「あ、来たみたい。」

 

アスナが「はーい」と小走りにドアへと近づいた。そして、ドアを開けた瞬間、「きゃっ」という声が聞こえる。

 

「ん?」

 

キリトが少しだけ玄関の方を覗くと…

凄まじい速度で玄関とリビングを横切り、カズマの顔にダイブした物体が1つ。

 

「グホッ!?」

 

勿論カズマはダメージを受けて、頬を抑えた。

そして…

 

「…何してんだよ、メル。」

 

ぶつかってきた物体は、プルプルプルプルとカズマのコートの襟を掴んで震えていた。

この世界で数少ないMHCP(メンタルヘルスカウンセリングプログラム)であるメルは、怯えるように震えながら、呟いた。

 

「あわわわわ…じ、地獄を見たわ…」

 

「あ?何言ってんのお前…」

 

意味不明なメルの言葉にカズマが疑問符を浮かべると、シュンヤと、そしてシャムが入室してくる。

 

「こんにちはー。」

 

「おう、なんか久しぶり。」

 

「シャムちゃんもこんにちは。」

 

「ご、ご無沙汰してます。」

 

各々に挨拶を交わした後、とある人物が入室したことで、メルの震えは最高値に達した。

 

「あ、どうもはじめまして。」

 

その人物は丁寧に頭を下げると、眼鏡をかけた顔を上げて笑みを浮かべた。

印象としては、心優しそうな青年といった感じか。

…だが、メルはと言えば…

 

「あわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ…」

 

「おいメル、そろそろ落ち着け。着信してる携帯みたいになってる。」

 

カズマの言葉にも反応せず、メルは止まらなかった。

カズマがため息をつくと、入ってきた青年はもう一度律儀に頭を下げると、喋り始めた。

 

「はじめまして。僕の名前は《コウヤ》と言います。こう見えてシュンヤの兄であり…」

 

 

 

「そして、アーガスの元社員の者です。」

 




次回、あの人物が登場…!?

お楽しみに。


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第10話 世界と再会

嫁に行った従姉妹が妊娠してめちゃくちゃ喜びました。
おめでとう…。゚∵・(ノД`)∵゚。



あれから、数時間後。

 

 

コウヤと名乗るプレイヤーの話を聞き終えた5名…いや、7名は各々の行動をとっていた。

ある者は拠点に戻り。

ある者はその場に残り。

そしてある者は、違う仲間の元へと。

 

一人一人、違う思いを胸に…

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「…この世界は、現在ある者の手中にあります。」

 

コウヤとなる青年は、そう話し始めた。

齢およそ20代半ばと言ったところか。

キリト達程ではないにしても、若さが伺える。

 

「…その者の名は、須郷伸之(すごうのぶゆき)…茅場晶彦の後輩にあたる人物です。」

 

「須郷…!?」

 

その名を聞いた瞬間、アスナが少しだけ反応を見せた。それに、コウヤは頷く。

 

「…あなたは、アスナさん…ですね?貴女は確か、あの男とリアルでお知り合いでしたよね?」

 

「…ええ。父の部下で、時折私の家にも招かれていたから…」

 

アスナはそう返答した。

コソコソとリーファがキリトに耳打ちした。

 

「お、お兄ちゃん…アスナさん、家に招くって…お嬢様ってことじゃ…」

 

「…いや、よくは知らん。」

 

「ええ?でもお兄ちゃんとアスナさんって…」

 

「結婚はしてるけど、リアルの話はしないよ。ルール違反だし…」

 

「ていうか部下呼ぶくらいなら親父もちょくちょくあったろ。」

 

「あー…まあそっか。」

 

兄妹3人の会話をよそに、コウヤの話は続く。

 

「須郷は茅場先生…いや、茅場がSAOにダイブしている隙を狙って、アーガス本社に残されたSAOのメインコンソールに干渉し、それによって管理者権限を自身に移行したのです。」

 

「SAOにダイブしている最中にハッキングされりゃ、そら対処も出来ねえわな。」

 

「ええ。…それは、特に気の抜けない戦いの最中であったと、聞かされています。」

 

「気の抜けない戦い…?…あ、もしかして…」

 

ユウキの声に、コウヤは頷く。

 

「ええ。…キリト君とカズマ君。2人が彼に挑んだ時です。」

 

「…ああ、あん時か。」

 

「そうか…あの時のヒースクリフの強制退場や、その後に起きた不具合は…」

 

「はい。管理者権限が須郷に移ったことによる不具合だと思われます。」

 

「…つまり、そのよく分かんねえ奴の勝手な行動で俺らはまだこの世界に囚われてるってことか…面倒なこった。」

 

カズマが全員の気持ちを言葉にしてボヤく。

少しだけコウヤが申し訳なさそうに顔を歪めた。

 

「…申し訳ありません。私達がもっと対策をしていれば…」

 

「終わったこと悔やんでも仕方ないでしょ。…それより、コウヤさん…でしたっけ。須郷が何を企んでるか分かってるんですか?」

 

「君は…カズマ君だったね。弟がお世話になってます…」

 

「あぁ、いえ。くそ生意気な弟さんで…」

 

「やかましい。」

 

「まあまあ、2人ともやめとけって。えと、俺はキリトって言います。コウヤさん、実際そこら辺はどうなんですか?」

 

「須郷の目的は明確には分かっていません。ただ、この状況は良くないものです。シュンヤにも言いましたが、今この世界は須郷が操っているため、《クリア》という概念が存在していることすら不明なのです。」

 

「…ま、そうだろうな。」

 

そもそも、現段階で《ヒースクリフ》という元々のラストボスはこの世界にはいないため、この世界が成り立っているかすら怪しいところだ。

 

「御託は構いません。」

 

コウヤの説明の後、キリトは最初に声を上げた。

 

「あなたは、俺達にいったいどうしろと言うんですか?」

 

キリトの問。

それにコウヤは、一呼吸だけ置いて、ハッキリと答えた。

 

「…私からの要求は、一つだけです。」

 

…そして、その要求に、その場の全員が戦慄した。

 

「これ以上の攻略を中止していただきたい。…ここから先は、警察と私達元アーガス社員が受け持ちます。」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「…面倒なこった。」

 

第43層主街区。

そこに建つ1つの鍛冶屋に、カズマとユウキ、そしてメルはいた。

彼らの目の前には、店主のウッドと、ユウキの姉、ランの姿もある。

 

「須郷伸之の乗っ取り。そして、クリア条件の不明…。確かに面倒だな。」

 

「ゲームというこの世界では、最も欠けてはならない2つですね。…いえ、それよりも、ゲームとして成り立っているかすら危うい状況です。」

 

ウッドの言葉に、ランも共感するように頷く。

 

「…ま、回避できない問題だな。正直、《クリア》っていう一種の目標が形、予測としては絶たれたわけだからな。…攻略組のメンタルがもつかどうか…」

 

「そうだね…下手すれば、現攻略組の解散も…」

 

「有り得るだろうな、充分に。」

 

カズマはそう言って、卓上の茶を啜った。

そして、チラリと少女になったメルを見る。

 

「…で、お前も何か言いたいことあんだろ?」

 

「え…気付いてた…?」

 

「ココ最近空元気なお前が神妙な顔してっから、そんぐらい誰でも気付くよ。…で、何があった?」

 

カズマのフリに、メルは少しだけ視線に影を落とす。そして、呟くように語り始めた。

 

「…あの時…キリトとカズマが、ヒースクリフを倒した時…私、感じたの…」

 

「感じた…?」

 

「それは、不具合のこと…?」

 

ユウキとランの問に、メルは首を横に振った。

 

「ううん…そうじゃない…」

 

「それじゃあ、いったい…」

 

 

 

「…アカネと、ヒカリのこと…」

 

 

 

「…アカネ?」

 

「…ヒカリ…?」

 

「…なるほどね。」

 

その名前に、3人が疑問符を浮かべる中、カズマだけは納得したように呟いた。

 

「…カズマ、何か知ってるのか?」

 

「…まぁ、知ってるし…須郷って奴は、随分と用意周到なクズ野郎ってことに気づいたって感じか…。」

 

カズマはそう言って、メルの話を受け継ぐ形となる。

カズマは簡単に、アカネとヒカリというMHCPについて3人に説明した。

 

「…ボトムアップ型AI…!?お前、そんなもの手なずけてたのか…!?」

 

「んー、手なずけたってのはちと語弊があるが…まぁ、色々助けてもらってたのは確かだな。」

 

「…ぼとむ…」

 

「アップ…?」

 

「…ああ、うん。お前らは知らんだろうけど。…とりあえずAIが俺だけじゃなくて、キリトとシュンヤにもついてたってことだよ。」

 

カズマはそう言うと、3つの角砂糖を卓上に無造作に並べた。

 

「あー、なるほどね。」

 

「…けど、何でそんなことに…」

 

「…元々兄貴がヒカリとメルを作ってるし、シュンヤの兄貴がアカネをあいつに引き継がせたらしいからな。」

 

「…お前の兄貴何者…?」

 

「ただの中学生だよ。…それより問題は。」

 

カズマは、2つの角砂糖を掴み、それをそのまま自身のティーカップに入れた。

 

「その2体のAIが、須郷の手に落ちた可能性が高いってことだ。」

 

「…でも、元々ヒカリとアカネはキリトとシュンヤのAIなんだよね。なら、その須郷って人が奪うのは不可能じゃない?」

 

「…ま、普通ならそうなんだけどな。ただ、今そのメル達はMHCP…つまり、このゲームの支配下にある。その分、奪い取りやすさとしては格段に上がってる。」

 

「なら、なんでそこのメルちゃんは無事なんだ?それこそ管理者なら、全員捕まえるなんて余裕だろ。」

 

「悪いけど、そればかりは何とも言えん。それこそ何か理由があるとは思うけど、俺もただのプレイヤーだしな…」

 

カズマはそう言って、砂糖の解けた甘い液体を飲み下した。

 

「ま、その二体に関しては、メルには悪いが後回しにせざるを得んだろうな。俺らはまだ須郷伸之に会ったこともねえし、それに、どう奪い返すかも思いつかんからな。」

 

「…そうね。こればかりは、しょうがないわ。」

 

「…それより、当面の問題は攻略についてだ。攻略組の面々を、どうするか…」

 

「それはまた、アスナさん達も交えて話しませんか?」

 

「…だな。鍛冶屋で話すことじゃねえや。」

 

「なんだよー。昔は色々語り明かした仲じゃねえか。」

 

「そういうの抜きで、これはお前と話しても意味ねえだろ。」

 

「えー。俺一応両手槍熟練度900超えてんのにー。」

 

「…じゃ、攻略組の人手が足りなくなったら呼んでやるよ。」

 

「えっ。」

 

カズマの言葉に、少し固まるウッド。

その様子に、2人の少女が笑った。

4人の楽しそうな声は、しばらく続いた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ごめんね、シュンヤ君。」

 

「…いえ、兄さんは今、全SAOプレイヤーの恨みの対象でもありますから…。…軟禁されるのも、仕方ないです。」

 

薄暗い路地の中、シュンヤはそう言って、アスナに笑いかけた。

 

「今日は、ありがとうございました。わざわざ集まってくれて…」

 

「ううん、攻略の為だもん。当然のことだよ。」

 

「…それと、兄さんの言葉を信じてくれて、ありがとうございます。」

 

シュンヤはそう言って頭を下げた。

アスナはそれに微笑みながら頷く。

 

「…それじゃ、私は行くね。またね、シュンヤ君。」

 

「はい。また…」

 

アスナはそう言って、日に照らされた栗色の髪を揺らしながら、転移門と向かっていった。

シュンヤは、それを見送ってから…

 

顔を俯かせた。

 

「…クッソ…」

 

彼に渦巻くのは、戸惑い。

間接的にとはいえ、人殺しに加担してしまった兄。

そしてその弟である自分。

その自分が果たして、攻略の責任を担うような役割をしていていいのか。

気にすることでもないのは分かっている。

…だが、それでも…

 

…キュッ。

 

「…?」

 

その瞬間、シュンヤの右手を包み込む温かさ。

それは、ある少女の手。

シュンヤは自然と、背後にいたシャムに視線を向けた。

 

「…シャム…」

 

「え…と…なんと、言うか…」

 

ツインテールの少女は、どこか煮え切らないような、言葉が出てこないような感じで口篭り…やがて、思い切って口を開いた。

 

「しゅ、シュンヤさんは、悪くないです。」

 

「え…?」

 

「えと…コウヤさんがSAO事件に関わったのも、きっと何も知らされてなかったからでしょうし。…あの人が、そんなことさせないのは無理だとしても、知ってたら協力する訳ありません。」

 

「シャム…」

 

「それに、私は…私達は、ずっと。ずっとずっと、あなたが頑張る姿を見てきました。攻略に一生懸命なあなたを。だから、きっと大丈夫ですよ。」

 

彼女はそう言って一層力を強めて、花のような微笑みと共にシュンヤに語りかけた。

そして、その瞬間。

 

「…ッ…」

 

シュンヤは、思わずシャムを抱き締める。

秘めていた思いがさらけ出すように強く、細い体を包み込んだ。

 

「シュンヤさん…?」

 

困惑したような、シャムの声。

だが、シュンヤは一層力を込めて、呟いた。

 

「…悪い。少し、こうさせてくれ…」

 

「…ええ。分かりました。」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「はい、キリト君。」

 

「ありがとう、アスナ。」

 

第22層のログハウス。

キリトとアスナはそれぞれの甘さのコーヒーで一息つく。

 

「…それにしても、びっくりだったよ。」

 

「…ああ、まさかシュンヤの兄貴がアーガスの元社員だったとはなぁ…」

 

「…それもだけど…」

 

「ん?」

 

「キリト君、ちゃんと向こうの世界に戻りたいんだなって。」

 

「な、なんだよそれ…」

 

「だって一時期凄かったじゃない。向こうに戻ったら、私との関係もなくなるのかー、なんて言ってたし。」

 

「う…ま、まあ…そうだな…」

 

キリトは少しバツの悪そうにコーヒーを少しだけ飲むと、外の森に視線を向けた。

 

「…正直、今もその不安はほんの少しだけある。…けど、向こうに戻っても、今こうやってアスナと過ごしてきた時間が無くなるわけじゃないしな。」

 

「…そうだよ。私達が愛し合ってるこの時間は、どうやったって無くならない。いつまでも、ね。」

 

「…向こうに戻ったら、アスナの両親に挨拶しなきゃな。」

 

「…そうだね。」

 

 

 

「…向こうに戻ったら、迎えに来てね…?」

 

「…ああ。必ず。」

 

 

 

 

「…あ、そう言えば…」

 

「?どうしたの、キリト君。」

 

「いや、76層に来た時にロストしたアイテム、まだ全部は把握してなかったんだよ。まぁ、そんなに大事なものは……ん?」

 

「…?どうかした?」

 

「…いや、アスナ。アイテム欄…」

 

「え?なに?」

 

「アイテム欄…光ってる…」

 

「え…?…あ、本当だ。えーっと…でも、特に変わったことは…あれ?」

 

「どうした?」

 

「ロストしてるアイテム名の1つが光ってて…押してみるね。」

 

「うん。」

 

ピッ。

 

そして、その瞬間。

アスナの髪がフワリと浮き上がる。

 

「え?!」

 

「アスナ!?」

 

キリトがアスナに駆け寄る。

すると、アスナの首元から、1つのクリスタルが飛び出した。涙型のそのクリスタルは宙に滞在すると、やがて淡い光を帯びる。

 

「き、キリト君…これって…」

 

「まさか…」

 

そして、その光は段々と強いものに変わっていき…

 

そして、一瞬にして強い光がログハウスの中を包み込んだ。

 

2人は思わず手を目の前に翳した。

…しかし、キリトは指の間から捉えていた。

強い光の中。

白いその閃光のなかで形作られていく、1人の少女の姿を。

長い黒髪、小さく細い体。簡素な白いワンピース。そして、幼げなその顔には見覚えがあった。

 

 

それは…かつて、最下層で悲しき別れを告げた、2人の最愛の、少女()の姿。

 

 

少女が床に足を着き、ひっそりと立つ。

視界の回復したアスナが、躊躇うようにゆっくりと少女に近づいていく。

…たが、数十センチ手前で、足が止まった。

まるで、幻かもしれないという恐怖を体現しているように。

…だがーー

 

「…ママ…?」

 

少女が振り向き、アスナに対してその言葉を投げかけた瞬間に、アスナは耐えられなかった。

思わず手を伸ばして、その小さな体を抱き寄せる。

かつてはなくした温かさを、もう放さないように。

 

「ママ…!ママ…!!」

 

「ユイ、ちゃん…!ユイちゃん…!!」

 

抱き合う2人の可憐な少女。その目元には、涙が浮かぶ。

その上から、更にキリトは黒髪の少女を抱き締める。やさしく、力強く。

 

「パパ…!」

 

「キリト、君…!」

 

「…奇跡ってのは、起きるんだな…」

 

 

キリトはそう言って、目尻に涙を浮かべながら呟いた。

 

3人は、再会の時を、長く、長く、噛み締めたーー。

 




つっかれた…

長くなった…

次回もお楽しみに!


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第10.5話 第2回キャラクター紹介

なんかこの前感想で「お前の小説キャラ関係分からんのじゃブス」的なこと言われたので、キャラクター紹介のお時間です。
(あと僕自身まとめておきたかったし。)

読み終わった後に、「この人の情報もっと聞きたい」という要望があれば、出来る限り対応させていただきますので気軽に感想でお書き下さい。


キャラクター紹介(テッテレー)

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

〇主人公

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

キリト(桐ヶ谷和人)

 

・アインクラッド攻略組現最強プレイヤー。二つ名は《黒の剣士》。

 

・メイン武器は二刀流。副武器はピックなど。ステータスの特徴は、バランスの取れた高い総合力。

 

・高いAGI、STR。そして持ち前の反射神経の高さで相手を圧倒する。

 

・カズマ、シュンヤと共に《スリートップ》とも称され、一部からは《ビーター》と軽蔑されている。本人はあまり気にしていない模様。

 

・SAOのラスボスであった、ヒースクリフを倒した立役者。

 

・最近の悩みはいつも使っていた剣2本が《ロスト》し、ステータス大幅ダウンしたこと。他武器を使いつつ直し方を検討中。

 

・一時期《血盟騎士団》へと入団してはいた

が、今は退団し、ソロプレイを継続中。

 

・好物は辛い物。苦手な物は甘い物。最近の趣味は釣り。

 

・アスナとは婚姻関係にあり、カズマとリーファは弟と妹である。

 

・最近、妻であるアスナの料理風景や調味料調合などの様子を見るのにハマっているらしい。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

カズマ(桐ヶ谷和真)

 

 

・攻略組最強クラスプレイヤーの1人。二つ名は《死神》。

 

・メイン武器は片手剣。副武器はピック、毒ナイフ、ワイヤーと盛りだくさん。ステータスの特徴は、突出したSTR値。

 

・圧倒的なSTR値によって、どのような硬い壁も打ち壊し、全ての敵を粉砕する。

 

・キリトと同じく《スリートップ》《ビーター》などと呼ばれている。

 

・ヒースクリフを倒した立役者の1人。

 

・最近の悩みは、結婚祝いに貰った凄まじい量の食材を未だ全て使いきれてないこと。あと、妻が甘え続けるためドキドキのため家でほとんど休めないとか。

 

・ただ、かつて行っていた犯罪者プレイヤー達の取り締まりに関しては、ココ最近ラフコフの壊滅によってめっきり件数が減ってきたため、睡眠時間はしっかり確保出来ているらしい。

 

・現在もソロプレイを継続中。

 

・好物はチキン南蛮。苦手な物はめかぶ。趣味は料理と釣り。

 

・ユウキ、ラン、ウッドは現実世界での旧知の仲。

 

・ユウキとは婚姻関係にあり、キリトとリーファは兄と妹である。

 

・黒いコートを着続けている理由は、自身の兄への密かな憧れ故…なのかもしれない。

《ちなみに未だフード付きなのはキリトと区別を付けるため(付いてないと間違われる)》

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

シュンヤ(霧谷隼人)

 

 

・攻略組現攻略責任者。

 

・攻略組最強クラスプレイヤーの1人。二つ名は《烈風》。

 

・メイン武器は刀。副武器として少し小さめのナイフを常備。ステータスの特徴は、突出したAGI値。

 

・圧倒的なAGI値によって、対峙する相手に認識させない程高速で戦況を進める。

 

・キリトとカズマと一緒に《スリートップ》《ビーター》などと呼ばれている。

 

・最近の悩みは、アインクラッドで再会した兄についてと、任された攻略責任者についてのことが多め。あとは自身の幼なじみへの恋路について。

 

・現在もソロプレイ継続中。

 

・好物は和食全般。苦手な物はセロリ。趣味は素手系の武道全般。

 

・コウヤとは兄弟関係であり、シャムとは幼なじみである。

 

・現在、シャムに片想い中。

 

・第76層に上がった時に新しいスキルを習得した模様。その効果とは果たして…?

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

〇ヒロイン

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

アスナ(結城明日奈)

 

 

・攻略組元攻略責任者、現《血盟騎士団》団長。

 

・攻略組最強クラスプレイヤーの1人。二つ名は《閃光》。

 

・メイン武器は細剣。副武器としてピックを常備している。ステータスの特徴は、高いAGIとCRT値。

 

・柔らかい手首から放たれる突き技は、見るものの視線を置いていくほど高速。

 

・かつては《攻略の鬼》と呼ばれるほど攻略に対してストイックなところもあったが、現在はそこまでの無茶はなく、《血盟騎士団》の団員にも定期的に休暇を取らせているようだ。

 

・最近の悩みは仕事が忙しくて、あまりキリトと一緒に休めていないこと。時間を作ろうとはしているが、やはり団長の責務は大変なようだ。

 

・食べ物の好き嫌いはない。だが、ホラー系(特にオバケ)は大の苦手で、オバケの出てくるクエストで失神しかけたり、オバケが出ると言われている層の攻略を休んだりなど、いかに苦手かがよく分かる。

 

・キリトとは婚姻関係にある。

 

・現在のSAO管理者の須郷なる人物と知り合いのようだが、果たして…。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ユウキ(紺野木綿季)

 

 

・攻略組最強クラスプレイヤーの1人。二つ名は《絶剣》。

 

・少数精鋭ギルド《スリーピング・ナイツ》のリーダー。

 

・メイン武器は片手剣。副武器としてワイヤーとピックを常備。ステータスの特徴は、高いAGI値。

 

・彼女の剣は体の使い方などによって、そのステータス以上のスピードを感じさせる。剣さばきも素晴らしく、高いクリティカル率を誇る。

 

・かつては過去の記憶を失っていたが、ある出来事により、それも回復。今は幼なじみであるカズマと共に新婚生活を楽しんでいる模様。

 

・SAOに囚われた直後はショートカットであったが、3層に上がった直後に、他のプレイヤーが、自身と双子の姉であるランと区別を付けれるようにするためロングヘアに変えた。

 

・最近の悩みは料理スキルの熟練度が上がりにくいこと。どうやらビギナーズラックがなくなって、ブーブー言ってるらしい。

 

・好き嫌いは基本的に無く、その中でもカズマとアスナの作る料理が大好物。曰く、ランの作る料理は「少し粗い」のだとか。

 

・カズマ、ウッドとは旧知の仲であり、カズマとは婚姻関係にある。

 

・ユウキ自身、第76層に上がってからは激務続きなので家に帰ると思う存分カズマに甘えているらしい。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

シャム(武藤沙綾)

 

 

・ギルド《スリーピング・ナイツ》のメンバー。二つ名は《紫白の刀使い》。

 

・メイン武器は刀。副武器としてナイフを常備している。ステータスの特徴としては、バランスの取れたオールラウンダー型。

 

・これといった特徴はあまりないが、堅実な剣戟と自前のゲーム対応能力で相手を徐々に追い詰めていく。

 

・犯罪者プレイヤーに襲われていた所をシュンヤに救われ、彼のススメで《スリーピング・ナイツ》に入団した。現在は貴重なオールラウンダーとして活躍中。

 

・人と関わることがあまり得意ではなく、小中学生時代も友達は少なく、SAOに囚われてからも人間関係自体はそこまで広くない。

 

・シュンヤとは幼なじみであり、今でも関わる時間はそこまで多くはないが、彼と話したり行動を共にしている時は笑顔が多くハツラツとしているよう。(とある鍛冶屋の女店主談)

 

・好物は和食全般。苦手な物はキノコ類。

 

・最近は料理にも真剣に取り組むようになったらしい。シュンヤが自身を頼るようになってくれて、心配な反面、少し嬉しいようだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

〇その他のキャラクター

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ユイ

 

 

・SAOに存在するMHCP(メンタル・ヘルス・カウンセリング・プログラム)の中の一体であり、ゲーム内でも少し高めの権限を持つAIの少女。

 

・第22層の森でキリトとアスナに会ってから、2人を「パパ」「ママ」と呼び慕っている。

 

・二人と共に第1層の地下迷宮に行った時に、記憶が戻ると同時に2人を守るため、システムの強制削除を行ったため、カーディナル・システムに自身も削除されかけた。しかし、キリトの機転のおかげで結晶化のみで済むこととなる。

 

・そして、つい先日。キリトとアスナの2人と感動的な再会を果たした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ラン(紺野藍子)

 

 

・攻略組最強クラスプレイヤーの1人。二つ名は《功剣》。

 

・《スリーピング・ナイツ》サブリーダー。

 

・メイン武器は片手剣。副武器としてピックを常備。ステータスはバランスの取れたオールラウンダー型。

 

・堅実な剣戟とは裏腹に、鮮やかな剣さばきで相手を近づかせない。

 

・ユウキとは双子の姉妹であり、仲は極めて良好。幼なじみであるカズマやウッドとも仲良く日々を過ごしている。

 

・最近は料理をしたりする傍らで、ユウキの休みを作ろうと彼女も必死に働き通しているようだ。それは、カズマが心配する程らしい。

 

・好き嫌いは基本的に無く、その中でもカズマとアスナの作る料理が大好物。

 

・最近はウッドの鍛冶屋によく出入りしているらしい…

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ウッド(冬木淳)

 

 

・第43層に自身の店舗を持つ鍛冶屋。その腕は確かで、お得意様の中にはカズマの他にも攻略組メンバーが少数だが存在する、

 

・カズマ、ユウキ、ランとはリアルワールドに引き続き良好な関係であり、再会した喜びを噛み締めているようだ。

 

・実は両手槍の扱いに長けており、素材を自分で取りに行くこともしばしばある。(なお、その時は必ずカズマ同伴)

 

・好物は寿司。苦手な物は銀杏。

 

・現在は未だに、ランに片想い中のようだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

クライン

 

 

・ギルド《風林火山》のギルドリーダーであり、攻略組の一員。

 

・メイン武器は刀。

 

・ギルドリーダーとして、メンバーを統率しつつ、キリトやカズマ達のいい兄貴分でもある。

 

・どうも女運はなく、つい先日も金髪妖精美少女をナンパしたところ、それがまさかの親友の妹であり微妙な空気になったようだ。

 

・絶賛彼女募集中である。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

エギル

 

 

・黒い肌にガッチリとした体躯のスキンヘッドが特徴的な、重戦士プレイヤー。

 

・メイン武器は両手斧。

 

・通称《アニキ軍団》と呼ばれる集団をまとめつつ、攻略組に名を連ねている。

 

・現在は第76層に店舗を移し、尚も商売業を続けている。

 

・ココ最近は《ロスト》したアイテムの買取価格に非常に悩んでいるようだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

メル

 

 

・キリトやカズマの手助けをするために、MHCPとしてSAOにログインしたAIの少女。

 

・その形態はユイと同じくボトムアップ型AIであり、キリト宛に送られた作成ツールを彼自身が活用して作り上げられた。

 

・カズマ曰く「めんどくさい性格」と評されているそれは、しかしユウキやアスナ達には好評なようだ。

 

・同じ外部から入ったMHCPであるヒカリとアカネの行方を探している。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

リーファ(桐ヶ谷直葉)

 

 

・第76層解放直後にSAOにログインした少女。

 

・メイン武器は片手剣。かつて彼女がプレイしていたゲームの影響なのか、ステータスがスピード型になっている。

 

・彼女の本来の姿は、キリトとカズマの妹であり、二人の身を案じ、もう一度2人と会うために友達から借り受けたナーヴギアでSAOにログインした。

 

・現在は人手不足の攻略組に参加するために猛特訓中。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

シノン

 

 

・第76層解放から少し経った時に、上空から突如姿を現した少女。記憶を無くしているようで、上空から落ちてきた以前の記憶はないようだ。

 

・メイン武器は弓。弓スキルは現在《エクストラスキル》に暫定されている。

 

・どこか《強さ》に執着しており、記憶を無くしているのにも関わらず、カズマに戦いのレクチャーを頼み込むほど。

 

・カズマ達にはまだ言っていないが、彼女自身には攻略組に入る気持ちがあるようだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ショウマ(加藤晶馬)

 

 

・ギルド《ラフィンコフィン》の元参謀。

 

・その正体はカズマ、ユウキ、ラン、ウッドの元クラスメート。

 

・カズマやユウキ、ランに恨みをぶつけようとしていたが、ことごとく失敗。現在はカズマに捕らえられ、第1層地下の牢獄に捕らえられている。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ドナウ

 

 

・元は鍛冶屋を開いていたプレイヤー。カズマも行きつけにしていた店で、彼とも親友と呼べるほど仲が良かった。

 

・ある日、素材を自分で取りに行った時に行方不明となり、しばらく消息不明となる。

 

・しかし、ラフィンコフィン殲滅戦の後、ありとあらゆる状況証拠から、その正体が《元ラフコフ参謀》であることが判明。

 

・現在も行方不明である。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

シヴァタ

 

 

・攻略組の一員であり、現《血盟騎士団》副団長。

 

・元はリンド率いる《ドラゴンナイツ・ブリケード》所属のタンクだったが、ギルドが《聖竜連合》と名前を変え、更にギルドリーダーの乗っ取りが発生したことで脱退。現在のポストに治まっている。

 

・最近の悩みは一部団員達の素行の悪さ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

リーテン

 

 

・攻略組の一員であり、現血盟騎士団タンク部隊副隊長。

 

・元はキバオウ率いる《アインクラッド解放隊》のメンバーだったが、第25層でギルドが崩壊した後、アスナと同じタイミングで血盟騎士団に入団。

 

・最近の悩みは働きすぎな彼氏(シヴァタ)のこと。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

コウヤ(霧谷瑛一)

 

 

・元アーガス社員で、研究員。

 

・親友と共にアーガスに入社し、SAO制作に携わった。しかしSAO事件の数ヶ月前にその親友は退社。更に彼もSAO事件の指名手配として逃亡することとなる。

 

・シュンヤとは兄弟関係であり、二人の仲は良好なようだ。

 

・現在、アインクラッドの宿屋で軟禁中。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

???(須郷伸之)

 

 

・SAOを乗っ取った張本人。

 

・その目的は瑛一達の調査の中でも不明であり、警察も未だ発見に至っていないようだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ヒースクリフ(茅場晶彦)

 

 

・SAO及びナーヴギア製作者。

 

・SAO内では、元血盟騎士団団長であり、元攻略組最強プレイヤー。

 

・天才科学者として名を馳せていたが、SAO事件の後に《凶悪犯罪者》に。

 

・キリトとカズマとの戦いの後は生死不明であり、現在彼の状況を知るものはいない。

 





それじゃ、次回は本編に行きましょう。
お楽しみに!


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第11話 変わる世界、変わるプレイヤー達。


もう少しだけ、もう少しだけ攻略編はお待ちください…!

もう少し《戦力調整編》という事で…



「団長。」

 

第55層主街区《グランザム》。

そこにある《血盟騎士団》のギルド廊下において、シヴァタがアスナに声をかけた。

 

「どうかしましたか?副団長。」

「ご報告です。第76層攻略ですが、到達して3週間経った今でも、およそ半分程しか進んでおりません。」

「…苦戦してるわね。」

「それもありますが、やはり75層での戦力削減と、先日団長やキリト達が話した事実に落胆した者も多いようです。」

「そうですか…」

 

アスナは少しだけ思考すると、素早く指令を出した。

 

「副団長。一時間後に緊急会議を開きます。各隊長を会議室に集合させてください。」

「了解しました。」

 

シヴァタは一礼してからアスナから離れていく。アスナは少しだけ歯ぎしりをした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

第22層キリトとアスナの家

 

 

「…ふぅ…」

「…大変みたいだな。」

 

ソファに座ったアスナの前に、キリトがコーヒーの入ったカップを置いた。

 

「ありがとう。大丈夫…と言いたいとこだけど…今回ばかりはね…」

「…また、脱退したのか。」

 

アスナは頷く。

 

「うちの二軍プレイヤーが10人くらい。やっぱり、この前の私達の話に落胆した人達が多いみたい…これで20人も辞めちゃった…」

 

 

キリト達は、コウヤから聞いた話を攻略組内だけでなく、それぞれのギルドのメンバー全員に話した。彼等も、情報が独占していることはよく思わないだろうし、それに独占していても意味が無いと考えたからだ。

結果としては、あまり良くなかった。

当然だが、一部のもの達が「デマだ」と捲し立てたり、また一部のもの達はその情報を受け止めて落胆する者もいた。

 

正直、これを話すことで葛藤がなかった訳では無い。ただ、プレイヤー間で情報の規制があると、誰を信じていいのかわからなくなってしまう。だからこそ、彼らは話すことを決めた。

たとえそれで、今の攻略組が崩れてしまうとしても。

 

 

「…やっぱり、言わない方が良かったかな…」

「…そうでも無いと思うよ。」

「…なんで?」

 

不安そうにつぶやくアスナに、キリトは笑いかけた。

 

「確かに、結果としては戦力がダウンしてるけど、今回アスナが正直に話したことで、攻略組内の結束というか…情報独占の疑念は払拭出来たと思う。それに、皆の気持ちは変わらない。『このゲームをクリアする』っていう気持ちだけは。」

 

「キリト君…」

「その証拠に、元々攻略組にいたメンツは1人も辞めてないだろ?だから、自信もっていいと思うぜ。アスナも頑張ってるんだからさ。」

 

その言葉に。

キリト(愛する人)からの励ましに、体は如実に反応する。心はすっと軽くなり、自然と体温も上がる。

アスナは頬を少し朱に染めて、照れながら微笑んだ。

 

「そう、だね…。ねえ、キリト君。」

「ん?」

「…ありがとう。大好き。」

 

天使のような微笑を浮かべて、アスナは感謝を口にした。それにはキリトも少しだけ頬を染めて「お、おう」と返事を返す。

アスナは少し晴れやかな気持ちのまま、コーヒーに口を付けた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「そういえば、ユイちゃんは?帰ってきてからいないけど…」

「ああ、ユイなら…」

 

アスナの問いにキリトが返しかけた、その時。

ガチャリと玄関の扉が開いて、複数人の声が聞こえる。

 

「お、帰ってきたか。」

「?」

 

キリトが少し立ち上がると、リビングの扉が開いた。そこから姿を現す、ピンク色のセーターを着た黒髪の少女と、黒衣の青年が姿を現した。

 

「わぁい!いっぱい釣れました!」

「やー、負けた負けた。ユイ、お前釣り上手いなぁ。」

「はい!パパに教わってましたから!」

「へー、でもパパは俺に勝ったこと一回もないぞ?」

「そうなんですか!?」

「う…ま、まぁ…確かにな…」

 

「そっか。カズマ君と一緒に遊んでたんだね。」

「まぁ、食料調達も兼ねてですけど。にしても、ユイのやつポンポン魚釣るからビビりましたよ。」

「魚達は一定の規則によって動いてますから、その予測は大得意です!」

「…なるほど。MHCPならではだな。」

 

カズマは感心したようにそう呟くと、グシグシとユイの頭を撫でる。

 

 

カズマとユイは、以前にも1度会っている。

かつてキリトとアスナが記憶の無かったユイの両親を探して、第一層に降りたところで、孤児院にいたカズマと出くわしたのだ。

なんでも、以前から金銭的な援助を行っていたらしい。

「ユウキの奴がやりたいって言ってな。」

と、彼は言っていたが、その理由ははぐらかされたのも、記憶に新しい。

 

 

「あれ、ユイちゃん。そのマフラー…」

「はい!カズマさんに頂きました!快復祝い?だそうです!」

「えぇ!?…ご、ごめんねカズマ君…」

「あぁ、いえ。俺もユイに会えて嬉しいですし。これくらいはさせてください。…それに、俺にとっては姪なんで、可愛がりたいんですよ。」

 

カズマはそう言うと、もう一度ユイの頭を撫でる。

「えへへ」と気持ちよさそうにユイは頬を緩ませた。

 

「まったく、カズマはきっと子供出来たら溺愛するタイプね。」

 

ふよふよと、羽で宙を舞う極小の少女…メルは呆れたように呟いた。

それには、カズマも苦笑する。

 

「んー…ま、否定はできねえな。その証拠に、お前のことも可愛がってるし。」

「何が可愛がってるよ。パシってるだけじゃない。」

「…え?なに?まさかこれまで以上に可愛がって欲しいのか。そうかそうか。それなら5分間ずっと撫で続けて…」

「よ、寄るな変態!」

 

目が輝く黒衣の青年と、妖精の鬼ごっこが始まった瞬間に、リビングのドアから着流しを着た青年が「何してんだ…」と呟きながら姿を現した。

 

「お邪魔します、アスナさん。」

「いらっしゃい、シュンヤ君。あら、もしかして…」

「ええ。僕も2人と釣りしてたんですけど…」

「シュンヤさんは3匹です!」

「…うん、全然釣れなかったな。」

 

どんよりと肩を落とすシュンヤに、アスナとキリトも苦笑いを浮かべた。

 

「そんな時もあるだろ。今日はたまたま調子が悪かっただけじゃないか?」

「あはは…そうだといいんですけど…」

「ま、その話はまた後にしようぜ。」

「カズマ、メルは?」

「あそこで伸びてる。」

 

どうやら本当にメルのことを撫で続けたようで、小さな少女が木製の床にピクピクしながら伸びていた。

 

「…で、アスナさん。話ってなんですか?」

「…うん。そうだね。それじゃ、みんな座ってくれる?私から、今の攻略組の状況を話させてもらうから。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「なるほど、攻略組の戦力不足ですか。」

「そう。やっぱり皆、《クリアの不鮮明さ》っていうのが不安みたい。それで、ギルドから足を洗う…というか脱退する人は多いわ。」

 

アスナの情報に、シュンヤも頷く。

 

「確かに。…ですが、それと同時にある疑念というか…噂も産まれてるようです。」

「?疑念ってなんだよ。」

 

カズマの問いに、シュンヤは淡々と告げる。

 

「…今ここにいる俺達が、アーガス運営の間者になったかもしれない、ということだ。」

「はぁ?」

 

予想外の回答に、カズマは思いっきり素っ頓狂な声を上げてしまう。

「本当かよ?」と言わんばかりの視線にシュンヤはなおも頷いた。

 

「これはあくまでアルゴさんの情報というところに留まってはいるが、一部のプレイヤー内でそのように囁かれているらしい。」

「アルゴの情報ってことは、ほぼ確定か。なんでまた。」

「おそらく、俺らがあまりにも自然と《元アーガス社員》の話を鵜呑みにしたからだな。それによって、ありもしない疑念が生まれたわけだ。」

 

「めんどくさっ。」

 

カズマが全員の内心を読んだかのように、そう吐き捨てた。

思わずキリトも頷く。

 

「ていうかそれ言ってんの、絶対ギルド脱退した奴らだろ。わざわざ攻略組ギルド全体のミーティングして教えたのに、返ってきたのは疑念かよ。」

「まあ、そう言うな。それを見越しての情報開示だったんだ。卑屈なことは言ってられない。」

 

「ちなみにだけど、一般プレイヤーの方はどうだ?彼らの方は何かあるか?」

「キリトさん、それは特に心配いらないかと。…といっても、大体は攻略組のみんなと同じですね。素直に受け取る人もいれば、疑念を飛ばす人もいる。」

「…まあ、そう一概には言えんか。」

 

キリトが唸ると、他の者達もつられたように唸る。

やはり、攻略組というのはプレイヤー達が結束して出来るもの。

その攻略組に疑念が向けられては、下手をすればこれから攻略組として補充できる人材が居なくなるかもしれないのだ。

 

パンパンっ!

 

だが、その時控えめな、乾いた音が鳴る。鳴らしたのはメルだった。

 

「もう、そんな未来のこと考えてたらキリがないでしょ。今はとりあえず、攻略組の戦力不足が議題じゃないの。」

「…そうだね。メルちゃんの言う通り、いまは目の前の議題を片付けましょうか。」

 

メルの言葉を発端に、話し合いは当初の目的へと移り変わる。

 

「よく出来ました。」

「触るな変態っ」

 

カズマが頭を撫でると払いのけられていた。

 

 

「まずは、やはり人員の不足ですね。第75層攻略の時に出した人的な被害が未だに解消出来てないのは、正直かなり痛いです。しかも、その中には歴戦の方々も含まれていたので…」

「代わりの確保という面では、かなり苦労するわね…」

 

これに関しては、完全にシュンヤとアスナの領分だ。キリトとカズマはソロプレイヤーなのでそこまで気にはしないが、アスナは団長、シュンヤに至っては攻略責任者ということで、人員の不足はかなりきついだろう。

 

「なぁ、シュンヤ。血盟騎士団や聖竜連合の二軍の面々には良さそうなのいないのか?」

「いないとは言わないが、どうも足りない。…まあ、1番の問題は…」

 

シュンヤはそこまで言って、言葉を切った。それは、彼自身が言い難いことを言おうとしている証。

カズマは少し考えてから…

 

「あぁ、お前のこと嫌ってる奴が多いのか。」

「ヴッ…」

 

痛いとこをつかれたと言わんばかりにシュンヤはビクリと身体を震わせた。

 

「まあそうだよな。いくら周りから評価高くてもビーターはビーターだからな。嫌われててそりゃ当然だ。」

「…そうだよ。お陰で俺の作戦に文句ばっかりつけてまったく従ってくれない…」

「そんなの入れてちゃ、足でまといでしかないしな。はー、こら大変だ。」

 

そう言って、カズマは茶菓子を齧ってコーヒーを啜った。まるで他人事のように呟くカズマを、シュンヤは少し睨む。

 

「…お気楽そうで羨ましいよ…」

「しゃあねよ。俺の領分じゃねえし。…分かったよ。真面目に考えるから、そんなに睨むなって。…元々俺がお前推薦したし、それくらいはしねえとな。」

「当たり前だ。」

 

「それじゃ、これついては何かいい案があればまた発表してね。…次は、ロストした武器のことだけど…キリト君、なにか案があるんだっけ。」

 

「…まあ俺っていうか、教えてくれたのはユイだけどな。」

「ユイちゃんが?」

「ああ。…ユイ、説明してもらっていいか?」

「はい。パパ。」

 

今まで茶菓子を頬張っていたユイは、口の中のものを嚥下してから、話し始めた。

 

「これは、私がSAOの現在のデータベースを調べて発見した方法です。なので、これはあくまで一方法として受け取ってください。」

「それは…大丈夫なの?また、カーディナル・システムに…」

「これはあくまでMHCPの特権の1つなので、特に問題はありません、ママ。排除されるのは、管理者権限を使った場合のみなので。」

「…そう。よかった。」

 

心配しているアスナの声に、ユイは笑顔で答えた。

 

「それでは、まず結論から申しますと、ロストした武器の復元は不可能です。」

「不可能?」

「はい。ロストし、アイテム欄で文字化けしている…それはつまり、武器のデータが破損していると同義。それは本来はメンテナンスなどで直すものですが、今はそれが不可能なので、復元も不可能に近いでしょう。」

「なるほどな…そりゃそうだ。」

 

「ですが、復元は出来なくても、《製錬》はできます。」

「製錬…」

「はい。武器のデータが破損していると言っても、それはあくまでその状態のみの話。武器のデータを初期化すれば、問題ありません。」

 

ユイがそこまで言うと、カズマが指を鳴らした。

 

「なるほど、《インゴット化》か。」

「その通りです。インゴットにして、もう一度武器を作り直せば、その武器に問題はありません。…ですが、1つ問題としては、その武器を作るにあたって《弱体化》もやむを得ない、という事です。」

「それに関しちゃ、そいつの自己責任というか、日頃の行いだろ。」

「だな。…ユイ、ありがとう。参考にしてみるよ。」

「はいっ。お役に立てたなら、何よりです!」

 

笑みを浮かべるユイの頭を、キリトは優しく撫でた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「…さて、武器問題はとりあえずこれで良いとして…あとは《人員問題》だけど…」

「…あー、まあそれは、俺に案があるんだけど。いいかな。」

「本当か?」

「うん。…ま、この手はあまり使いたくないけど、緊急事態だから仕方ねえ。」

「…どういう意味だよ。」

 

「俺らも、そろそろ覚悟決めなきゃいけねえって意味だよ、兄貴。シュンヤ。」

 

「「え?」」

 

カズマの言葉に、2人の反応。

カズマが、更に言葉を紡いだ瞬間。

その場にいる全員が、驚きに目を剥いた。

…だが、それにより《シュンヤへの信頼度》という点では間違いなく解消されることも、明白であった。

 

 

 

 

変わりゆく世界。

変わりゆく彼らの関係。

 

ならばと。

彼ら自身も変わらなければならないと、カズマは決意したのだ。

 

それは、《成功》しか許されない、決意だったーー。






次回もなる早で出します。お楽しみに!


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第12話 わがままの終わり



「…カズマ、本当にやるのか?」

「お前それ聞くの何回目だよ…。男に二言はねぇよ。それに、いつまでもアスナさんやお前に任せっきりってのはダメだろ。」

「いや、けど…彼らも賛同してくれるか…」

「そん時は血盟騎士団や聖竜連合の勇士達に期待するしかなくなるな。…ともかく、俺が…いや、俺らがやることは変わらない。」



「俺にはもう、戻るなんて選択肢もねぇよ。」



「…それより、兄貴はいいのか?」

「…そうだな。正直、まだ迷いはあるよ。けど、俺もそろそろ向き合わなきゃいけないんだ。」



「《彼ら》に…《彼女》に。」



「…そうか。」

「はー…分かりましたよ。乗ります。乗ればいいんでしょ。」

「当たり前だ。お前に選択肢はない。」

「いや、そこは用意しとけよ。」

「さあ、行くぞ。」

「無視すんな。」



「《我儘(わがまま)》終了の時間だ。」



 

「今日は俺らの呼び出しに集まってくれてありがとう。俺の事知らない奴はいると思うから自己紹介すると、俺の名前はカズマ。攻略組で一応アタッカーやってる者だ。以後よろしくな。」

 

少しだけ広い部屋の中、カズマの軽い声が響く。彼の横にはキリトとシュンヤが控えており、そして、彼の前には複数のプレイヤーの姿。

彼らは、今回の話に呼ばれた、3人の知り合い達だった。

 

 

「まったく、大事な話ってなによ。店のこと心配だから、早く終わらせなさいよね。」

 

彼女の名前はリズベット。

47層で《リズベット武具店》を営む女性プレイヤー。ただ、メイスの達人でもあり、その熟練度は1000(MAX)に到達している手練だ。

アスナとユウキの専属スミスでもある。

 

「え、と…私は特に予定もないんですけど…これ、なんの話し合いなんでしょうか…」

 

彼女の名前はシリカ。

中層のアイドルとしてもそれなりに有名な、短剣使いの少女。キリトと旅をしたこともあり、それから定期的にメッセージのやり取りもしていたようだ。

 

「なんでこう…お兄ちゃんとカズマの知り合いは女性が多いの…?」

 

「…」

 

「ま、急な呼び出しには昔っから慣れてるけどな。」

 

そしてそこには、リーファやシノン、ウッドの姿もあった。

 

「…じゃ、こっからは兄貴に引き継いでもらおう。…頼んだ。」

「分かった。」

 

キリトは壇上に上がると、もう一度5人に頭を下げた。

 

「いや本当に、急な呼び出しで悪かった。俺らも少し慌ただしかったから、そこまでの配慮が出来なかった。」

「…まあ、それはアスナやユウキの様子を見てたら分かるから、別にいいわよ。」

「それより、このゲームのGMさんが茅場さんから変わって、クリアの仕方が分からないって…本当、なんですか?」

 

シリカの何処か怯えたような言葉に、キリトはゆっくりと頷いた。

 

「…ああ、本当だ。ただ、それはあくまで予想の内の物だということを覚えておいてくれ。」

「そう、なんですか?」

「あぁ。…ただ、これを真に受けて、落胆した者が多いことも確かだ。それにより、攻略組内でも問題が起きている。」

「問題…?」

 

シノンがピクリと反応する。それに、キリトは頷いて返した。

 

「…みんなは、俺達攻略組が第75層のボス攻略において、甚大な被害を受けたことを知ってると思う。その時に死んだプレイヤーは…13人。」

 

その言葉に、その場にいる全員が息を飲む。おそらく、皆詳しい数字は知らなかったのだろう。いくら情報屋でも、そこそこの情報規制は張ってるものだ。

 

「これは、クォーターポイントのボスであったからというのが1番の理由だ。節目のボスは、通常よりも強力なものが用意されているからな。…そして、その状況と共に、先程の話が重なり、落胆した者が《血盟騎士団》や《聖竜連合》を大人数脱退している。」

 

それは正しく、攻略組の現状だった。

削減した総合力、死んで行った多数の仲間。そして、これから活躍するであろう者たちの減少。

 

「…それを全て踏まえて、皆に頼みがある。」

 

 

 

「俺と…俺達と、ギルドを作って攻略組に入ってくれないか?」

 

 

 

…現在。不具合の強制的レベル上げによって、中層以下レベルのプレイヤーでも、攻略組に近いレベル、ステータスを持っている。

それは、今ここにいる彼らも例外ではなく。

カズマは、ステータスも十分に高く、そしてシュンヤのことも信頼してくれるであろう彼らを攻略組に引き入れようと考えたのだ。

 

『…けど、この案は、確実じゃない。』

 

そう。

入るかどうか。

それは、強制することが出来ない。

当然だ。この世界での戦闘…特にボス攻略はそのプレイヤーの本当の命を危険に晒すこと。そんなものを強制するなんてことは、それこそ神であれ許されない行為だ。

 

『それに…』

 

カズマはキリトに視線を移す。

彼自身、壇上に立ち皆に呼びかけてはいるが、カズマはその手が震えていることを見逃さない。

今回、呼び掛けをする役目をキリトにしたのには訳があった。彼自身がやりたいと言い出したのだ。

「今の俺に、必要なこと」なんだそうだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

…俺は、兄貴に何が起きたのか知っている。

《月夜の黒猫団》という、かつて彼が所属したギルドでの悲劇を。

もうすぐで1年になる、去年のクリスマス。

兄貴は、狂ったようにレベルを上げ続けていた。かなりのハイペースで上げ続けていた俺とシュンヤを引き離すほどに。

 

アスナさんから教えられたが、あの頃の兄貴は、()()()()()()に酷似していたようだったそうだ。

この世界のあらゆるものに絶望し、自暴自棄に近い精神状態。戦闘を、作業として繰り返すあまりにも危険な状態だったと。

自暴自棄というなら、かつて俺がラフコフ殲滅戦後になった状態に近いかもしれないが、それは確実にはわからない。

 

ただ一つ言えることは、彼の…兄貴の中には、今もその深い傷が残っているということだ。

いくら表面を取り繕っても、かつて体験した《恐怖》はなかなか忘れることが出来ない。

人とは、そういうものだ。

…俺が今でも、他人を信用しきれないように。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「1つ、いいかしら。」

 

この場を静寂が包む中、シノンが手を挙げて、言葉を発する。

キリトに「ああ」と了承を得てから、彼に問うた。

 

「…今の話を聞いた感じだと、ここにいる全員は特定のギルドに入ってないわけよね。…ということは、まともなボス戦なんてやったことない人がほとんどでしょ?…そんな人達を、3人はどうやって攻略組レベルにまで持っていくの?」

 

彼女の問いに、これはカズマが答える。

 

「それに関しては、さすがにぶっつけ本番ボス戦なんて真似はしない。基本的な攻略なんかはしばらく血盟騎士団やら聖竜連合なんかに任せて、下層のエリアボスで連携を慣らしていく。アスナさんから貰った期間は、約3週間。その間に皆に連携を叩き込む。」

 

カズマの説明に、シノンは「なるほど」と頷くが、尚も質問を続けた。

 

「なら、その連携の練習中の私達の身の安全は、どうやって保証するの?…私はともかく、この場にいる人達は、やっぱり死にたくないとは思ってるでしょう?なら、その安全が分からないと、首を振りづらいと思うけど。」

「…確かにな。」

 

シノンは3人の中で最も手痛いというか、容赦なく核心をついてくる。

それは正しくその通りで、彼らの安全が確保出来ていなければボス戦の《慣らし》の意味が無いだろう。

 

だがしかし、彼ら3人の中での答えは、1つしかない。その問いに対する答えは、決まっていた。

 

「それは…」

 

 

「俺が守る。」

 

 

 

カズマの返答よりも先に。

短く、強い言葉が響く。

カズマは自然とそちらを向いた。

キリトが少し身を乗り出し、強い口調で、さらに呟く。

 

「必ず、俺が守る。何があっても。」

 

依然として、その手は震えていた。

…もしかすれば、《黒猫団》のときも、彼はそう言ったのかもしれない。

全員に。…もしくは、ある1人のプレイヤーに。

その時の決意も、おそらくではあるが強固なものだったのだろう。

…だが、その時の恐怖を乗り越えて、固めた今の決意は、更に強いものだ。あの時よりも、さらに固く紡がれた言葉。

カズマは、自然と笑みを漏らした。

 

『…大丈夫だよ、兄貴なら。そんだけ、真正面から受け止め続けてんならな。』

 

カズマは視線を戻すと、いつもの軽い口調で補足する。

 

「…ま、そういうこった。連携の練習の時はの安全は、()()3人がお前らを守ることで保証する。お前らは、誰1人として死なせない。」

 

カズマも、強い言葉でそう言い切る。

それには、シノンも「…そう」としか返せない。

カズマはくるりと彼らを一望して、質問などがないことを確認。そして、アイテム欄から砂時計を取り出した。

 

「今からこの砂時計をひっくり返す。もし、俺達を信用できない、やっぱり戦うのは怖いって思うなら、この部屋から出てくれ。もちろん出たとしても、非難したりはしない。俺達はあくまで、お前らに頼んでいるんだ。お前達の選択を第一に優先する。」

 

カズマの言葉に特に大きな反応は見せない。だが、彼はそれを聞こえたと判断して…

 

「…行くぞ。」

 

ゆっくりと、砂時計をひっくり返した。

 

無数の粒が、短い時間を刻む。

 

それは、何倍にも長く感じられた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

…俺達は、ビーターであることを傘に、他プレイヤーの命に責任を持つということに、逃げ続けてきた。

 

なればこそ、俺達は今、終了させるべきだろう。

 

その、我儘を。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

…何処か長く感じた時間の後。

最後の一粒が容器の下部に落ちた。

カズマは砂時計を回収してストレージに放り込む。…そして、目の前のプレイヤー達を見る。

 

「…本当に、良いんだな?」

 

キリトの念を押すような言葉に、クスリと笑うような声が返される。

 

「何よ、やるなら残れって言ったのはあんた達じゃない。」

「そうですよ、キリトさん。キリトさんからのそんなお願い、断るわけないじゃないですか。」

 

シリカとリズベットは、そう笑いかける。

 

「…それにさ、私があんたら3人を信用しないなんてこと、あるわけないでしょ?3人ともウチのお得意様で、あんたらがどんな奴らかはよく知ってるんだから。」

「リズ…」

「私も1度、この子と一緒に助けて貰いました。その時も、キリトさんは守ってくれた…。私は、いつだってキリトさんのこと信じてますよ。」

「くるるぅっ!」

「シリカ…ピナ…」

 

「…ま、あれだけハッキリ言われたら、信用しないのもお門違いっていうものでしょうね。…それに、私も普段からお世話になってるし。」

「キリト君とカズマがやりたいって言うなら、私は何も言わない。私だって、この世界で迷惑かけてるんだから、それくらいの協力は惜しまないよ。」

「シノン…リーファ…」

 

「ま、お前の無茶無軌道は昔っからだからな。それに、もう数年来の付き合いなんだ。」

トスッ

「信用も、信頼もしてる。…ちゃんと、俺を使いこなせよ、カズマ。」

「…ああ。言われなくても、こき使ってやるよ。」

 

 

ーーこの瞬間。

 

ソロプレイヤー3人による、少数精鋭ギルドが設立された。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「おめぇら、あの話、聞いたか?」

 

「ああ、キリトの野郎が新ギルド設立する件ですか。」

 

「エギルの旦那も、やっぱり聞いてましたか。」

 

「ああ。さっきアスナに聞いた。」

 

「ようやくって感じですね。俺らはずっとキリトの旦那に勧めてましたけど、頑としてやりませんでしたもんね。」

 

「ま、あいつも覚悟が決まったんだろうよ。」

 

「…で、エギルの旦那。今日はその件で、何の話ですか?」

 

「なぁに。簡単な話だよ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

コンコン

「失礼します。」

 

「シャムちゃん、いらっしゃい。」

 

「やっほー、シャム。調子はどう?」

 

「は、はい。特に大きな問題はありません。体調も万全です。…それで、団長と副団長。なんの御用でしょうか…?」

 

「うん。シャムは、あの話聞いた?」

 

「…新ギルド設立のこと、ですか。」

 

「そうね。とうとうあの3人が重い腰を上げた件。…それでね、シャム。私とユウキで話し合ったんだけど…。」

 

「シャム、カズマ達のギルドに行ってくれない?」

 

「え?」

 

「…勘違いはしないで欲しいのだけど、決してあなたが邪魔になったとかじゃない。ただ、今の攻略組に新しい精鋭ギルドの追加。これは急務なの。…だから、このギルドで経験を積んだあなたが行って欲しいと思ってね。」

 

「そ、それは…構いませんけど…」

 

「それに、キリトさんやカズマさんは不器用だから、あなたとシュンヤさんで何とかカバーして欲しいの。」

 

「それに、そろそろシュンヤとの関係も進めておくべきじゃない?」

 

「うっ…そ、それは…」

 

「まあ最後のは冗談としてもさ、このギルドで学んだことを…って言ったらなんか偉そうだけど。このギルドでの経験を、カズマ達のギルドで滅茶苦茶発揮してくれたら、ボクらは嬉しい。」

 

「…まあ、決めるのはあなただし、もう少し考えても…」

 

「行きます。」

 

「…良いんだね?」

 

「はい、行かせてください。」

 

「…うん。なら良かったよ。…安心だ。」

 

「…必ず、このギルドで培ったものを、あちらのギルドでも生かせてみせます。…私を拾ってくれた恩、決して忘れません。」

 

「うん。…向こうでも、頑張ってね。」

 

「はい!!」

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「兄さん。」

 

「シュンヤか…どうした?」

 

「…俺、新しいギルドを作ることにしたよ。」

 

「…なんでだ。」

 

「え…?」

 

「なんで、まだ戦う。言っただろ。この世界は歪んでしまった。戦い続けて、前に進んだとしても、そこにゴールがあるとは限らない。なんで、そこまでするんだ。」

 

「…俺は、この世界で沢山の人の心に触れた。現実よりも濃い、色んなものを体験した。…そこで、学んだんだよ。」

 

「何を。」

 

「諦めないことだよ。…どれだけ無情な世界でも、諦めずに進めば、きっと答えてくれる。それが、どんな結果であれ俺は、足をとめない。…そしたら、本当の《敗北》だ。」

 

「死ななければ、もっと良いことがある。」

 

「確かにね。…でもこれは、死にに行く訳じゃない。このゲームに《勝ちに》行くんだ。それが、プレイヤーとしての俺に出来る、唯一の最善策なんだよ。」

 

「…しばらく見ないうちに、強くなったな。」

 

「…俺は、まだ強くなんてないよ。所詮はカズマ達について回ってる奴でしかない。…兄さんにだって、まだ追いつけてもいないんだ。」

 

「…俺は、逃げ出した。あの会社から、茅場先生について行くフリをして。…怖かったんだ。間接的とはいえ、大量殺人の道具を作った協力者として批判されるのが。…幻滅したろ。どうしようもないクソ野郎で…」

 

「でも、この世界に来てくれた。」

 

「…俺のナーヴギアには、ログアウト機能がついてる。なら、そんなのは…」

 

「それでも、この世界の人達に非難されることを恐れてちゃ、この世界に来るなんて無理だよ。…兄さんは、その覚悟が出来たから、この世界に来たんだろ?」

 

「それは…」

 

「なら、兄さんは強いよ。たとえ、1度逃げ出しても、もう一度向き合えば、それの意味合いはさして変わらない。」

 

「…本当に、強くなったな。」

 

「そんなことない。…人の力を借りなきゃ、まだ何も出来ない。…だから、兄さん。俺達に力を貸してくれ。タンク(重戦士)としての兄さんの力を俺達に。」

 

「…良いのか?この状況の元凶である俺が…」

 

「この世界で、仮想の体を持ってるなら、俺達は等しくプレイヤーだ。…牙を向けない限りは、皆受け入れてくれるよ。」

 

「…すまない。…ありがとう。」

 

「…これからよろしく。兄さん。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

突如として設立された、烏合の衆とも言える、新しいギルド。

 

…だが、彼らは同じ志を持つ、同士達。

 

烏合の衆なのは、今だけである。

 

…この急造ギルドが、今の攻略組にどのような影響を与えるのかは、《神のみぞ知る》。

 






人は、誰しも成長するもんです。

ただ、志すかどうかの違いなんですよ。(何偉そうなこと言ってんだこいつ)


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第13話 お誘い


最近マジで眠すぎワロタ(´°ω°)チーン



ー第72層ー

 

 

「ゼアアァァァ!!」

 

キイィンッ!

 

キリトの黒剣が巨大カマキリモンスターの鎌を弾く。カマキリはそれにより動きが阻害される。スタン状態。

 

「リズ、シリカ!スイッチ!」

「分かった!」

「はい!」

 

キリトの掛け声を合図にに2人は飛び出す。

そのまま怯んだカマキリの体に片手棍と短剣を繰り出した。

それにより、更にカマキリは仰け反る。

 

「エギル!スイッチ!」

「おうよ!」

 

2人の後から更に筋肉質な野郎4人が前に出て、ソードスキルを叩き込んだ。

それを喰らった直後に、カマキリはスタンから回復。すぐ様硬直しているエギル達を狙い撃つ。…だが。

 

タァンッ!

「ギギッ!?」

 

彼らの後ろから飛来した何かがカマキリの頭を直撃。攻撃がキャンセルされる。

 

「行くぞ、リーファ。」

「うん、カズマ!」

 

すかさずリーファとカズマが前に出て、それぞれのソードスキルを発動。

カマキリのHPバーが最後の1本のイエローゾーンに突入した。

そして、最後は…

 

「シャム、一緒に行くぞ。」

「はい!」

 

シャムとシュンヤが同時に前に出る。

だが、カマキリもそれを迎え撃つべく、2本の鎌を繰り出した。

 

「…!」

 

だが、それも予想していたのか、シュンヤは素早く前に出て、ソードスキルを発動せずに居合の通常技を繰り出す。

 

キキィンッ!

 

鳴り響く金属音。

シュンヤは居合の一太刀で2本の鎌を弾き切る。

そして、その後ろからシャムが等身を紫色に染めて走る。

 

「ヤアアァァァ!」

 

渾身の突きがカマキリの胴体を貫いた。

巨大カマキリの体は大きく歪むと、1度動きを止めて…

 

カシャアアァァンッ…!

 

そのまま四肢をポリゴンへと変えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「んー。1週間弱でこの層まで行けるようになったのは正直驚きだな。」

 

ポーションを口に咥えながらキリトは唸るように呟く。

それにはシュンヤも頷いた。

 

「そうですね。結構な時間短縮が出来てる。非常に良いペースです。…それも、エギルさん達とシャムが入ってきてくれたおかげですよ。」

 

シュンヤの言葉に、エギルは大笑いをして答える。

 

「ハッハッハッハ!相変わらずお世辞が上手いなシュンヤ。…まぁ、俺達職人クラスを兼任してる奴らは、時折休ませてもらっちまってる。そんなに畏まらなくていいぜ。」

「それでも、《アニキ軍団》の方々が一斉に入ってきてくれたことは、かなり有難かったです。これからもよろしくお願いします。」

「おう、任せときな。」

 

「シャムも、来てくれてありがとうな。正直アタッカーの人手足りてなかったから有難かったよ。」

「い、いえ。お邪魔になっていないなら良かったです。」

「お邪魔になんてしないよ。大切な戦力なんだから。」

「そう、ですね…」

「うん…」

 

……

そして流れる、微妙な空気。

何処か沈んだようなその空気に、明るい声が入った。

 

「なぁに湿気た空気出してんのよっ!」

「グホッ!?」

「…!?」

「り、リズさん!?」

 

リズベットがシュンヤの背中を思いっきり叩いて、シリカとシャムが困惑したような反応を示した。

 

「痛つ…リズさん、もうちょい優しく叩いてくださいよ…」

「まーまー、細かいことは気にせずに。それより参謀さん、この層のエリアボスも倒せるようになったし、もう最前線に行ってもいいんじゃない?」

「全然細かくないんですが…。まあでも、そうしたいのは山々なんですが、どうしても75層より上はここら辺の層のモンスターよりも強い傾向があります。あまり焦らず、ゆっくり行きましょう。」

 

「そう、なんですか?」

「うん。シリカがこの前相手にしてたドランクエイプみたいなモンスターも山ほど出てくるし、モンスターのアルゴリズムに変化が出てきてる。あまり焦らない方がいいだろうな。」

 

キリトの説明に、リズがへーっと感嘆の声を上げた。

 

「さっすが、攻略組トッププレイヤーのギルドマスターは違いますなぁ。」

「茶化すなよ。あともう1戦だけしたら帰るから、しっかり休んどけよ。」

「はい。」

「分かってるわよ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「シノンさん。はい、ポーション。」

「…ありがと。」

 

リーファが小瓶をシノンに差し出すと、シノンは礼を言って、それを受け取った。

それにどう切り出すが少しだけリーファが戸惑っていると、彼女の肩をカズマが叩く。

 

「…カズマ。」

 

彼は目線とジェスチャーで「少しあっち行ってろ」と促す。リーファはそれに従って、2人から離れて少し離れたところにいたキリト達の元へ駆け寄った。

 

「さっきの弓のタイミングは良かったな。」

「…そうね。」

 

カズマの賛辞にもシノンは素っ気なく返した。カズマは懲りずに話し続ける。

 

「どうだ、この世界の《弓》にも慣れてきたか?」

「…正直、百発百中とは行かないけど、八割くらいは狙ったところに行くようになってきた。」

「そうか。なら良かった。…今の熟練度は?」

「大体700くらい。…初めから500まで上がってたから早いわね。」

「ま、そんだけあれば十分か。…でだ。」

 

カズマは少しだけ視線に鋭さを増させる。

 

 

「…なんでパーティーメンバーを避ける?」

 

 

カズマの指摘に、シノンはピクリと反応を示す。

 

「…それは、重要なこと?」

「ああ。非常に重要だ。パーティーメンバーってのはいわばそいつに命を預けてるようなものだからな。なら、そいつとの仲が宜しくなけりゃ、安心して背中なんざ任せらんねえだろ。」

 

カズマの言葉に、シノンはしばらく何も言わなかったが、少しだけため息をつくと、返答する。

 

「…別にそこまで気にすることじゃないじゃない。私は、ちゃんと仕事をこなして、皆の邪魔にならないようにサポートしてる。なら、これ以上何をしろと言うの?」

「まあ、確かにそうだけどさ…」

「なら、この話は終わり。…早く進みましょう。時間、ないんでしょう?」

 

シノンはそう言うと、移動の準備を始めているキリトたちの元へと向かった。

 

「…やれやれ…」

 

カズマはそれを見ながら、もう一度ため息をついた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「あー、つっかれたー!」

「もう動けないですぅ…」

 

第76層に移転した、エギルの店。

そこの1階スペースでリズベットは椅子に座りながら大声でそう愚痴り、シリカは溶けるように座り込んだ。

ここは1階でレストランと、商店を兼営しながら2階は宿屋になっている。かなり奮発したようで、「また頑張んねぇとな」とエギル自身も意気込んでいたのも新しい。

 

「お疲れさん。」

「明日からの1週間は休みを挟みながらやっていくので、少しずつ回復してください。明日は休みですのでゆっくり休んでくださいね。」

「やたー。」

「わーい。」

 

覇気のない2人の声に、「ぅー」というリーファの声が重なる。

 

「どうした、リーファ。お前も疲れたか?」

「そりゃそうだよ…ていうか、道中の敵+エリアボス三体の戦闘したのにピンピンしてるのがおかしいんだよ。」

 

「ほう、そりゃ困った。この場にはおかしい奴が5人もいるのか。いや、アニキ軍団の面々合わせりゃ8人か。もうアイツら帰ったしな。」

「ヴー…そういえば、ウッドさんとコウヤさんはどうしたの?今日いなかったけど…」

「ウッドの奴は鍛冶屋の依頼があったから今日は休み。コウヤさんは急用出来たから休みだって昨日の内に言ったろ?」

「そうだっけ。」

「ったく…」

 

カズマは呆れたようにため息をつく。

それを見てキリト達は苦笑をうかべた。

 

「そう言えば、明日は血盟騎士団と聖竜連合が合同でクリスマスパーティーを開くらしいですよ。」

「あー、それ私も聞いたわ。」

「私もです。それぞれの決められた層に屋台が出るらしいですね。」

「宣伝のためか?珍しいな。」

「まあ、それだけ両ギルドとも人手不足なんだろうよ。…それに、それだけじゃないだろ。」

「…ま、分かってるけどな。」

「え。そうなんですか?」

 

シュンヤとカズマの会話に、シリカが疑問符を浮かべた。

それに、キリトが苦笑を浮かべながら答える。

 

「まあ、勿論そういう側面もあるだろうけど、大元は《こんな日くらい、皆に楽しく過ごしてもらいたい》っていうことらしいぞ。ただでさえこういう状況だし。」

「へー。お兄ちゃんよく知ってるね。」

「そりゃお前、兄貴の嫁さんそれの主催者のボスだぞ。それくらいの情報は入ってくるだろ。」

「あ。そっか。」

 

弟と妹の会話に、キリトも「まぁそうだな」と笑いながら答えた。

やがて、シュンヤが手を叩き、乾いた音が鳴り響いた。

 

「さ、それじゃ明日しっかり休めるようにさっさと家に帰りましょう。あまり居座ってもエギルさんに悪いですしね。」

 

「それもそうねー。」

「皆さん、また明後日!」

「俺らも帰るか、兄貴。」

「だな。」

「ま、俺はここで店番だがな。」

「私もこの宿借りてるから。じゃあねー、皆。」

「…お疲れ様。」

「皆さん、お疲れ様でした。」

 

各々の挨拶も簡潔に、攻略組の新しい一角を担う者達は、帰路に着いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「そういや、今年のクリスマスはどうすんだよ兄貴。」

「え、どうするって?」

 

第22層への帰り道、キリトとカズマの2人は冬用の毛皮付きコートに顔を埋めながら寒空の下を歩く。

 

「だから、参加すんのか?血盟騎士団のクリスマスパーティー。」

「ああ…その件か…」

 

カズマの問いにキリトは少し困ったように頬をかいた。

 

「アスナとも話したんだけどさ、やっぱり俺は行かない方がいいだろ。ほら、俺って嫌われてるし。」

「ま、懸命な判断だわな。」

「だろ?」

「なんてったって天下の《ビーター》様だしな。」

「そりゃお前もだろ。」

「ああ、不名誉なことにな。」

「お揃いだな。」

「嫌なお揃いだ。」

「違いない。」

 

一連の掛け合いを終えて、2人は笑い合う。ーーそして、自然と二人の目線は空に向く。

あるのは星空…ではなく。

覆い被さる鉄の蓋。だが、人工の光は星のような美しさを醸し出していた。

 

「…もう、2年も経つのか…」

「正確には、2年と2ヶ月弱だけどな。」

「わざわざ訂正しなくていいよ。」

「ははは…。いやまあでも、あの頃はここまで来れると思ってなかったな。」

 

「…はじまりの街でカズマと再会して、アスナとも出会って、シュンヤとも出会って。一月後にようやく第一層突破して。」

「…色々あって、嫌われソロプレイヤーの俺らが今やギルドリーダーとサブリーダーだぜ?2年前の俺らに言ったら信じられるかな?」

「いーや、無理だな。」

「だよなぁ。」

 

2人はもう1度笑い合う。

2人が笑い会う度に、息が白く可視化する。

笑い終わると、キリトはもう一度天を見上げた。そこには、蓋を見上げるような視線は存在しない。彼が見つめるのは、蓋よりも()()()()

その上に待ち続ける、数々の町やフィールド。

 

「…もう少しだ。」

「もうちょい進んでから言おうぜ、そのセリフ。」

「…ま、それもそうか。」

「そうだよ。…じゃ、そのセリフがもう一度言えるように、頑張りますかね。」

「だな。」

 

 

「これからもよろしく頼むよ、兄弟。」

「ちゃんとついてこいよ、兄貴。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ふぅ…」

 

キリト達が解散した後、シャムは2階部分に取ってある自分の部屋に戻って、装備を解除し私服に着替えて、一つ息をついた。

 

このエギルが経営する宿はなかなかいい間取りで、そこそこ広めの部屋にソファとテーブル、デスク、ベッド、キッチン、更にお風呂までついている特別仕様である。

かつて彼女が使っていた、《スリーピング・ナイツ》の部屋よりもグレードアップしており、コレがエギルの厚意により割引価格というのだから驚きだ。

 

シャムはとりあえず疲れを癒すために、風呂に入ろうと考える。

一応仮想世界なので筋肉疲労などは存在しないが、精神的休憩というか、入った方が休まる()()()()程度のものだ。

だが、彼女自身風呂を欠かしたことは1日もない。

シャムはウィンドウを開いて、髪飾りをのけて、バスタオルと下着を取り出した。

 

正直言うとわざわざ下着やバスタオルを取り出しておく必要は無いのだが、風呂を出て濡れた体のままウィンドウを操作するのは、どうも気色が悪い。

というか、出来れば冷える前にタオルで水滴を拭き取りたいのだ。

そんなこともあってか、入浴前に洗面具を取り出すのはもはや癖となっていた。

 

 

「よし…」

 

シャムは着替えとタオルを手に、バスルームへと踏み出したーー

…ところで。

 

コンコンっ

 

外からドアの叩かれる音。

それに釣られてシャムは180度体を回転させる。そして、その瞬間に声がかけられた。

 

『シャム、いるか?ちょっと話があるんだけど。』

 

それは、シュンヤの声だった。

彼はこの宿のシャムの隣の部屋を取っているため、コンタクトは非常に取りやすい。

彼は今、彼女達のギルドの作戦を立てているので、もしかしたら急ぎの用かもしれなかった。

 

「は、はい!今開けます!」

 

シャムは少しだけ早足にドアへと近づくと、ゆっくりとその扉を開いた。

そこに居たのは、間違いなくシュンヤだ。

着流しに身を包んだ青年は、少しだけ高い背をかがめながらシャムに問う。

 

「悪い、疲れてるところ。…ちょっと話したいことがあるんだけど、いいかな?」

「あ、はい!もちろん!どうぞ…」

「あ、悪い。ありがとう。」

 

シャムは寒そうなシュンヤに気を遣い、なんの躊躇いもなく自身の部屋へと彼を招き入れた。部屋は暖房が効いて暖かい。

…そう。ただの気遣いだったのだ。

 

「あ」

「へ?」

 

そこにあったのは、畳まれた白い布地と、小さく象られた水色の三角形と、囁かな2つの膨らみ。

ーーそう。

さっき出した物(下着)であった。

 

「〜〜〜〜〜ッ!!」

 

シャムはベッドの上に置かれていた《それ》に気付いた瞬間、猛スピードで《それ》を回収。

あまりの勢いでベッドに正座してそれを抱え込んだ。

あまりの羞恥に顔が赤く、プルプルと震えている。

シャムはシュンヤを見る。

彼自身、ドアを閉めながら右手で目元を隠してはいるが、先程の反応を見る限り…

 

「………見ました?」

「………何を?」

「………見ましたよね?」

「………見てない。」

 

見ている。

あの反応は、ガッッッッツリ見ている。

それを確認した瞬間に、シャムは更なる羞恥に襲われた。顔の温度が上がり、今にも頭から煙が出そうな程である。

 

「ぅぅ…わ、忘れてくださいぃ…」

「……み、見てないから。」

 

2人はそのまま、しばらく動けなかった。

 

 

 

「…えっと、もう落ち着いたか?」

 

それから10分後。

シャムはようやく落ち着きを取り戻し、ようやくシュンヤと顔を対面で合わせる。

…が、よく見ると未だに頬が朱色に染まっていた。

 

『…言ったら多分話進まんな。』

 

シュンヤはそんなことを考えながら、1つ咳払いをしてから話し始める。

 

「コホン。えー、まぁまずは1つ正式に礼を言わなけりゃなと思ってな。」

「礼…ですか…?」

「ああ。…改めて、ギルドに入ってくれてありがとう、シャム。お前が来てくれたおかげで俺達もかなり立ち回りやすくなった。」

「あ、い、いえ。前にも言いましたけど、それは、ギル…ユウキさんの指示で…」

「だとしても、行くって決めたのはシャムだろ?なら、その決断をしてくれたことに感謝する。…謙遜するのはいい事だけど、し過ぎんのは駄目だぜ?」

「は、はい…。それじゃあ…どう、いたしまして…?」

 

どこかぎこちない返しに、思わずシュンヤも笑ってしまった。

 

「わ、笑わないでくださいよ!」

「いや、すまん…ビクビクしてんのが面白可愛くてつい…」

 

そう言って尚も腹を抱えるシュンヤを、シャムは恨めしそうに見る。

やがて笑いが収まったシュンヤは、もう一度彼女に頭を下げた。

 

「これからもよろしく。」

 

「あ、いえ。どうぞこちらこそ…」

 

物凄く堅苦しい挨拶の後、2人は同時に顔を上げて、少し見つめ合い、そのまま同時に吹き出した。

 

「あ、私お茶入れますね。」

「ありがとう。貰うよ。」

 

ソファに座ったシュンヤに即席のお茶が運ばれてくる。彼はそれを一口口に含んで、そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「…実は、用はもう一つあってな。」

「え…?」

「…まあ、これはギルド参謀としてじゃなく、俺個人としての話なんだがな。」

「は、はい…」

 

シュンヤはそのままティーカップを置いて、頭を少し掻きながら、「まー、えっと…だな…その…」と、何処か煮え切らない言葉が並ぶ。

ーーだがやがて、シュンヤは意を決したように、息を吐いた。

 

「シャム。」

「は、はい。」

 

シュンヤはシャムの目を真っ直ぐと見つめる。その視線に、彼女は不意にドキリとしてしまった。

だが、それも知らずにシュンヤはその言葉を言い放った。

 

 

「明日、一緒に出かけないか?」

 

「は、はい。…え?」

 

 

 

 

ーークリスマス(恋人の季節)は、まだ始まってもいない。ーー





今年のクリスマスは明るくなるでしょう。

次回もお楽しみに。


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第14話 キリトのクリスマス

えー、事前に言っとくとですね…


めちゃくちゃ長いです。





12月24日。

昨夜降り積もった雪が陽光を反射する朝。

キリトとアスナはいつものように朝食を摂っていた。

 

「キリト君、今日はどうするの?」

「え?」

 

アスナのいきなりの問いに、キリトは少しだけ硬直してしまったが、すぐに質問の意図を察して、簡潔に返す。

 

「んー…今日は少し用があるから朝からいないかな。夜には帰ってくるよ。」

「わかった。…用って、フィールド?」

「…まあ、それもあるかな。」

「気をつけてよ?今キリトくんは、期待の新進気鋭ギルドのリーダーなんだから。」

「分かってるよ。ちゃんと気をつけるから。」

「もう…。私も、今日はクリスマスパーティーの手伝いがあるから。夕方まで居られないのよね。」

「そうか…」

 

そこで、キリトとアスナは、キリトの横でハムハムとサンドイッチを頬いっぱいに詰め込んだ、ユイの方を見た。

ユイは視線に気づくと、キョトンと首を傾げた。

 

「?どうしました?パパ、ママ。」

「…んー、ちょっとリーファに連絡してみるよ。」

「うん、お願いね。」

 

 

「OKだって。」

「分かった。…ユイちゃん。今日、パパとママ少しだけ帰りが遅くなっちゃうから、リーファちゃんと一緒に居てくれる?」

「…今日は、一緒に居れないんですか?」

 

少しだけ寂しそうな顔をするユイに、アスナは優しく微笑んだ。

 

「ううん。お仕事が終わったら、絶対に迎えに行くから。帰ってきたら、一緒にクリスマスパーティーしようね。」

「はい!分かりました!」

「うん、ありがとうね。」

 

「それじゃ、キリト君。送りはお願いできる?」

「分かった。アスナも頑張ってな。」

「まあ、お手伝いだけだし、気楽にやってくるよ。」

 

…チュッ。

 

「…それじゃ、いってきます。」

「おう、行ってらっしゃい。」

 

騎士服を着たアスナは、栗色のロングヘアを揺らしながらリビングを出た。

そのまま、玄関のドアが閉まる音も響く。

 

「さて…もう少ししたら俺らも出るか…。ユイ、朝ご飯あとどれ位で終わる?」

「むぐっ…もう少しです、パパ。」

「そっか。じゃ、食べ終わったら出よう。」

「はい!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ユイ、ちゃんといい子にしてるんだぞ。」

「はい!」

「リーファ、ユイのことよろしく頼むよ。」

「分かった。お兄ちゃんも、気をつけてね。」

「おう。」

 

キリトは、最後にユイの頬にキスをして、少しだけ歩いてから、もう一度ユイに向かって手を振った。

ユイはそれに大きく手を振ることで返す。

リーファも小さく手を振って返した。

キリトが人の波の中に消えたところで、リーファはユイに話しかけた。

 

「ユイちゃん、今日は何しようか。」

「そうですね…あ、そういえば。」

「ん?どうしたの?」

「リーファさんは、現実ではパパの妹さんなんですよね?」

「え?う、うん、そうだよ。あまり話はしなかったけど、一緒に暮らしてたし。」

 

「それなら、現実世界でのパパの話を聞いてみたいです!!」

 

「え、ええ?」

「現実世界でのパパがどんな人だったか非常に興味があります!果たして現実世界でもモテモテだったのかとか…」

「あはは…それはないけど…まぁでも、そうだね…」

 

そこでリーファも「あ」っと何か思いついたように声を上げた。

 

「それなら私にも、この世界でのキリト君について教えてくれない?」

「はい、勿論です!」

「やったー!それじゃ、私の部屋に行こうか。」

「はい!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

自身の昔話(という体の地獄)が繰り広げられていることを知るはずもなく、キリトはある場所へ向かう。

そこは、第47層にある、1つの鍛冶屋。

ドアを開けるとカランカランと鐘が鳴る。

 

「リズ、居るか?」

「リズベット武具店へようこそ…って、なんだキリトか。」

「なんだとはなんだ。」

 

相手が知り合いだと知った瞬間に、気迫が一気に失せていく店主を、怪訝そうな目で見つめる。

リズベットは少し笑いながら弁明を始めた。

 

「ごめんごめん。最近少しだけ売上落ちてるから、新しいお客引き入れるのに必死で。」

「なんだ、やっぱり時間足りてないのか?それならもう少し休み増やしても…」

「や、そうじゃなくてさ。ギルドの攻略はそこまで影響してないのよ。…それ以上に、最近は来店する人も少ないのよね。」

 

「…やっぱり、あの情報が出回ってからか…?」

「そうねー…クリア出来るかどうか分かんないって分かったら、そりゃわざわざ装備も要らないからね。」

「…スマン。」

 

リズベットの話を聞き終わると同時に、キリトの口から謝罪の言葉が零れた。

リズベットもそれに焦るように返す。

 

「あ、いや!別にあんた達を責めてるわけじゃないからね!?売上落ちてるって言っても本当に何パーセントってくらいだし。それに攻略組のお得意様達は今も利用してくれてるしね。…だから本当に、あんたがそこまで気にする程でもないのよ。」

「…それなら良かったけど…」

「それにこれからは、攻略組の副業ボーナスも出るから、プラマイゼロよ。むしろお釣りくるくらいじゃない?」

 

「…なるほど、発想の転換ってやつか。」

「《いつも笑顔で出迎え》が、リズベット武具店ですから。それくらいしなきゃ、繁盛もしないわよ。」

「その割には、さっき俺って知った時、みるみるその笑顔薄れていってた気が…」

「細かいこと気にしないの。」

 

キリトの指摘を一蹴すると、リズベットは笑みを浮かべた。

 

「先に工房行っててくれる?掛札《準備中》に変えてくるから。」

「分かった。」

 

 

 

「さて、と。今日は確か、武器の《製造》だったわよね。」

「ああ。」

「インゴットは?確か用意してるって話だったけど…」

「あー、スマン。用意してるっていうか…用意してもらうというか…」

「?どういうことよ。」

 

キリトの言葉にリズベットは疑問符を浮かべた。キリトはしばらく歯切れの悪そうに喋っていたが、少ししてからウィンドウを開いた。

 

「…見てもらった方が早いな。」

「?」

 

キリトはウィンドウのアイテム欄から2本の剣をオブジェクト化させた。

その2本は、黒い鞘に納められた、黒い柄と白い柄を持つ片手剣だった。

それを見て、リズベットも驚きに目を見開いた。

 

「え、あんたこれ…」

「…」

 

キリトは剣を作業台に置き、ジェスチャーで、2本の剣のステータスを見るように促した。

 

「…」

 

リズベットは恐る恐る、二つの剣に《鑑定》スキルを起動。現れたウィンドウを見て、表情を歪めた。

 

「…なるほど。やっぱり《ロスト》しちゃったのね。」

「ああ。」

 

2本の剣のステータスウィンドウは所々文字化けしており、リズベットが手に持っても、少しだけ軽くなっていることが分かる。

 

《ロスト》とは、第76層到達時の不具合であり、これの影響を受けた武具はステータスが著しく下がり、ステータスウィンドウが文字化けしてしまうという現象に陥る。

 

キリトの愛剣である《エリュシデータ》と《ダークリパルサー》もこれの影響を受けてしまったというわけだ。

 

「でもあんた、まだ1回もメンテ来てないわよね?どうやって攻略進めてたのよ。」

「…いや、その時は直し方なんて分かってなかったからさ。弱体化しても使い続けてたんだよ。こんなにいい剣捨てるのも勿体なかったし…」

「あらそう…。これを打った身としては嬉しい限りだけど、それのせいであんたが死んじゃったら元も子もないんだから、もうやめなさいよね。」

「ああ。」

 

「さて、それじゃ始めましょうか。《インゴット化》してからの、《武器製造》でいいのよね?」

「ああ。値段は気にしないから、最高の剣を頼む。」

「勿論、ハナからそのつもりよ。」

 

リズベットは不敵に微笑むと、まずエリュシデータを溶解炉へと入れる。

すぐさま剣が赤く変色するので、それを2本の巨大ペンチで取り出す。

そして、赤く変色した剣をリズベットは槌で叩き始める。槌と剣が接触する度に火花が散り、重い金属音が響く。

しばらくして、30回ほど叩いた所でエリュシデータは変形を始めて、少し歪な黒い金属塊へと姿を変えた。

 

「よし。とりあえずはOKね。じゃ、次はダークリパルサーもやっちゃいましょう。」

 

そう言ってリズベットは、ダークリパルサーも溶解炉へと入れて、慣れた手つきでインゴットへと変えた。

 

「おお…」

 

そこまでは、順調だった。

キリトが感嘆の声を漏らすほどに。

ーーが。

 

「……」

「お、おい…リズ…?」

 

リズベットの手が、いきなり止まった。

ダークリパルサーをインゴット化してから、少しだけ操作をした後に、まるで悩むように眉をひそめて口元に手を当てている。

キリトが声をかけても、返ってくるのは静寂だった。

…だが、しばらくして。

リズベットはチラリとキリトを見て、ため息をつく。

 

「…どした?」

「…そうね。これの決定権はあんたよね。」

 

そう言うと、リズベットは自身の前にあるウィンドウをキリトの前に飛ばした。

見ると、それは鍛治成功などのパーセンテージを表したもののようで、インゴットの名前や、リズベットの鍛治スキル熟練度も載っていた。

 

「?コレがどうしたんだよ。」

「そのウィンドウの左下に、一つだけパーセンテージが低いものがあるでしょ?」

「…ああ。確かに。」

 

見ると、そこには確かに、他のものに比べて半分ほどのパーセンテージである項目があった。どうやらこれも何かの成功率のようだ。

 

「それは、《融合成功率》。…まあ要は、この2つを融合させた時、剣が出来るかどうかの成功率ってことね。」

「…ああ。なるほど。」

 

つまり、鍛治をするにあたって、ダークリパルサーのインゴットと、エリュシデータのインゴット。

《それぞれ武器製造する》か《2つを融合させて武器製造する》かの2つの選択肢があるわけだ。

 

「…で、これの何処に悩んでんの?」

 

だが、それだけでは素人目線ではやはり何故悩んでいるのかは分からない。

リズベットは大きくため息をついた。

 

「ほんっと、参ったわ…こんな時に()()()()に出会うなんて…」

「?」

「いい?まず説明すると、インゴットの中にも《相性》っていうのは存在するわ。それは槌にもあって、実際槌を変えることで鍛治成功率を上げることも出来るの。」

「ほう。」

 

「高い槌を使えばいいってものじゃない。高い槌で叩いた方が成功率が上がるものもあれば、そこまでレアじゃない槌で叩いた方が成功率が上がる場合もあるの。レアケースではあるけどね。」

「なるほど。」

 

これは、キリトにとってもなかなか興味深い話であった。普段戦闘にしか興味が無いため、そのような知識は持ち合わせていなかったのだ。ゲーマーとしての喜びとも言えよう。

 

「その中でも、《インゴット同士との相性》っていうのはさらに顕著よ。そもそもが別のもの…植物と金属とかならまず相性は良くない。金属と金属で融合させても、相性は大体半分がいいとこね。」

「…まあ、硬さとか色々違うもんな。」

 

そして、そこでキリトは「待てよ」ともう一度ウィンドウを見る。

 

「これが50パーってことは、この2つも普通の相性ってことなんじゃないか?」

 

キリトの問いに、リズベットはため息をついた。

 

「それは相性じゃなくて、《融合成功率》。《インゴット同士の相性》は、その逆…右下に書いてあるでしょう?」

「あ、そうなのか。えー…」

 

 

インゴット相性

95%

 

 

「えー…?」

「ほんっとに予想外よ。こんな身近に万分の一の奇跡があったなんて。…で、どうする?」

「…なるほど、そういうことか。」

 

段々キリトにも状況が分かってきた。

つまり、リズベットが悩んでいたのは、ここまでの相性の良いインゴット同士はなかなか存在せず、それを無下にするかどうかということだろう。

確かに、ここまでの逸材を使わないのは勿体ない気がする。

 

「…確認したいんだけど、いいか?」

「ええ、どうぞ。」

「この《融合》なんだけどさ、やってみて成功したらどうなるんだ?」

「それはもちろん、インゴット2つ分の超強い…とはいかなくても、確実に強力な武器は出来上がるわ。当然と言えば当然だけどね。」

 

「…それじゃ、失敗したら?」

「これは1つの時と同じよ。…使用したインゴットは、2つとも耐久値が切れて、ポリゴンに変わるわ。」

「ふむ…」

 

つまり、ハイリスク・ハイリターン。

いや、たとえ成功したとしてもその素材に見合う武器が出来るとは限らないため、リスクの方が大きい訳だ。

 

「…どうする?」

 

リズベットの問いに、しかしキリトは少しだけ悩むような仕草。やはり、少しだけ躊躇いはあった。

…だが、まあ。

 

「これを利用しない手はないよなぁ…」

 

そう。これだけの相性のインゴットがある方が珍しいのだ。もし失敗したとしても強い武器など、これから幾らでも手に入るだろう。

 

「うん、決めた。リズ、頼む。」

「…本当にいいの?もし失敗したら、あんたの剣無くなっちゃうのよ?」

「…まあ、確かにそうだけどさ。けど、この2つがここまでの相性なのは、偶然じゃないような気もするんだよ。」

「…?」

「なんつーのかな…こいつら自身も『これくらいで終わりたくない』って、そう言ってるような気がするんだ。…悪ぃ、上手く言えない。」

 

苦笑しながら頭を掻くキリト。

それにしかしリズベットは首を振った。

 

「ううん…あんたの気持ち、わかる気がする。…そうね。こんな千載一遇のチャンスを逃してちゃ、鍛冶師の名折れよね。」

 

言うやいなや、リズベットは壁にかけてあった複数の槌を比べるように見てから、「うん、やっぱりこれね」と左端の槌を手に取った。

 

「リズ、それって…」

「うん。あんたが始めて来て、この子を…《ダークリパルサー》を打ったときの槌。この中じゃ、最古参の私の相棒。」

 

リズベットはウィンドウを開いて確認。槌とインゴットの相性を確認してから頷くと、もう一度キリトを見た。

 

「…いいのね?」

「ああ。頼む。」

 

信頼していると分かる、キリトの視線。

それに、リズベットはもう一度頷いた。

 

 

2つのインゴットを溶解炉へと投入。

赤く変色したところで取り出して、もう一度ウィンドウを操作。2つのインゴットを重ねる。

 

「スゥー…フゥー…スゥー…」

 

心を落ち着けるように、リズベットは数回深呼吸を繰り返す。そして…

 

「…!!」

 

カァンッ!!

 

力を込めて槌を振り下ろす。

先程よりも響く、重い金属音。先程よりも明るく散る、無数の火花。

 

直接関係しているかは分からないが、武器製造の時、インゴットを叩いた回数は多い方が、より良い剣が生まれると言われている。

実際、リズベットが今まで叩いた回数で最も多いのは54回。

その時に産まれた《ダークリパルサー》は、間違いなく彼女の最高傑作だ。

その次に多い47回の武器…アスナの持つ《ランベントライト》も彼女の代表的な作品の一つだ。

…つまり、これまでの傾向から50…いや、60を超えれば、彼女の知らないレベルの武器が産まれることは、間違いなかった。

 

「…ッ!…ッ!」

 

カァンッ!カァンッ!カァンッ!

 

時折汗を散らせながら、リズベットは無心で槌を振る。赤く変色した2つのインゴットは、「まだまだ」と言わんばかりに変形する素振りすら見せない。

もう30は超えたのに、手応えは変わらず重く、彼女の槌を跳ね返す。

 

「…ッ!…ッ!」

 

カァンッ!カァンッ!カァンッ!

 

負けじとリズベットも槌を振り続ける。40を超えたところで、ようやく輪郭がすこし動き始めたが、それでも剣には変形しない。

 

…ふと、キリトを見た。

 

彼は何処か感心したように叩き続けられるインゴットを見つめていたが、見つめているリズベットに気づくと…

 

不敵な笑みで、頷いた。

 

その返しに、リズベットも笑みで返すと、なお一層、手に力を込める。

そこには、失敗への恐怖など存在しない。

意識にあるのは、今目の前で自身と格闘しているインゴットのみ。

 

「フッ…!」

 

カァンッ!

 

とうとう、大台の60を超える。

だが、まだ終わらない。

散らす火花と金属音は、尚も工房に散り続ける。

 

 

…そして。

 

カァンッ!

 

「あ…」

 

85を数えたところで、リズベットの力が抜ける。たしかな感触。まるでインゴットの核を突いたようなその感覚に、察した。

 

新たな武器の完成を。

 

インゴットの赤い光は尚も強まり、キリトとリズベットの顔を照らす。

 

「おお…」

 

キリトも漏らす、いっそう強い感嘆の声。

やがて光の中、インゴットは融合しながらその形を変えていき…

動きを止めたところで、光も収まった。

すかさずリズベットが完成した剣のステータスウィンドウを開く。

 

「名前は《スパイラル・エリュシオン》。私も聞いたことの無い、新種の剣ね。…一応、振ってみてくれる?」

「ああ。」

 

キリトは黒く染められたグリップを握る。

鍔は白く、所々に黒い小さな装飾が施されていた。

刃の部分は中間地点を中心に、渦巻く黒と白の螺旋が浮かび上がっている。

剣を持ち上げたあと、1度、2度とその剣を振り…

 

キリトは満足そうな笑みをうかべた。

 

その様子に、リズベットもガッツポーズをして喜ぶ。かつてダークリパルサーを打った時にも感じた感覚だった。

 

「ありがとう、リズ。凄くいい剣だよこれ。」

「やー、私が本気出せばこんなもんよ!」

「ああ。さすがだな。」

 

キリトはもう一度笑みを浮かべて、手元の片手剣を見つめた。

どうやら本当に満足しているようで、頷きながら微笑みを浮かべている。

 

「良かったぁ」

 

リズベットは近くの椅子に座って、しばらく安心感に浸った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

その後、キリトが製造費用を支払い(彼の要望により割増)、そして2人で昼飯を食べた後(これもキリトの要望により奢り)。

店に戻ったリズベットが口を開いた。

 

「そういえばあんた、1本はその剣で良いとしても、2本目はどうすんのよ。」

「あー…そういやそうだな…。まだ考えてなかった…。」

 

そう、キリトは二刀流のため、戦闘にはもう1本剣が必要となる。

つまり、先程と同等の剣がもう1本必要というわけで、かなり困る問題だった。

 

「よければさ、もう一本も私が打っていい?今から。」

「え?いや、そりゃ有難いけど…って、今から?」

「そ。今から。」

「大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。もう色んな疲れも引いたし。それにこの世界は筋肉疲労はないから、筋肉痛もないしね。」

 

そう言って、リズベットは座っていた椅子から立ち上がる。

 

「いや、でもインゴットが無くて…」

「大丈夫よ。私の使うから…」

「いやそれでも…私の?」

 

よく分からないことを言っているリズベットに、キリトも疑問符を浮かべる。

キリトが立ち上がり、彼女に駆け寄ると、丁度ウィンドウから何かオブジェクト化させた所だった。

それは、インゴット。

だが、通常のものより輝きが強く、透明感が高い。一目でレア物だということがわかった。

 

「おま…これ、どうしたんだよ。」

「どうって。私が昔、たまたま取ってきたレア素材のインゴットよ。」

「は?え、いや…そんなレベルのものじゃないだろ、これ…下手すりゃ《クリスタル・インゴット》超えてるぞ…」

 

紅く、燃えるようなその色は、まるで宝石そのもの。到底、インゴットの輝きには収まらなかった。

 

「ていうか、こんなのあるなら作って売り出せば、凄い利益になるんじゃないか?」

「まー。そうだけどね。これ手に入れた時は鍛治熟練度が足りなくてほっといたんだけど、そのまま忘れててね。」

「…ホントかよ…」

 

勿論、嘘だ。

このようなレア素材のことを、彼女が忘れるはずがない。

なら、何故打たなかったか。

…いや、打てなかったのだ。

単純にこわかった。自身の手で、もしかしたら超レア素材を(なまくら)にしてしまうかもしれなかったから。

 

…だが、今は違う。

今の彼女にあるのは、大きな自信と、確信。

鍛治への自信と、あとは…

 

「ほら、今から打つから下がってて。」

「わ、分かった…本当に良いのか?俺なんかのために…」

「あー、もう!所有者の私が言うんだから良いのよ!いいから下がってなさい!」

 

尚もそう呟くキリトにリズベットは叫ぶと、しっしっと手で追い払う。

未だに申し訳なさそうな顔をするキリト。

だが、リズベット自身には迷いはなかった。

 

リズベットはインゴットを溶解炉に入れて、取り出すと、先程と同じように深呼吸。

そして…

 

「…ッ!」

 

カァンッ!

 

思いっきり、槌を振り下ろした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ねえ、キリト。

 

私はさ、このインゴットを手に入れた時、嬉しさ以上に、何処か申し訳無い気持ちがあったの。

私なんかがこんなものを手に入れていいのか。そんな迷いがどこかにあった。

当時はまだ店を開いてそこまで経ってなかったし、それも仕方無いのかもしれない。

 

…けど、それは、店が繁盛しだして、攻略組のお得意様がついても、変わらなかった。

どうしても、どうやっても。

これを打てる自信が出なくて、かなり悩んだ。

 

それが変わったのは、数ヶ月前。

キリトが店に来て、ダークリパルサーを打ってから。

あれから、どんなものを打っても良い物が出来て、それまでよりももっと鍛冶師としての腕が上がった。

失敗が少なくなった。

自然と、自信がついていくのがわかった。

 

確かに、ただの気持ちの変化だよ。

けど、私にとっては、その気持ちの変化こそが…《キリトが好き》っていう気持ちこそが、一番大事な事だった。

 

分かってる。

キリトは、大切な親友の…アスナの恋人。

こんな気持ちを抱いちゃいけないってことは。

…でも、それでも。

この気持ちは、本当だから。

だから、私はこの剣を、キリトのことを想って打つ。

あんただけを、想って打つから。

 

…だから、受け取って。

 

私の、最初で最後の、《本当の気持ち》をーー。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「…出来た。」

 

光が収まり、赤い刀身と柄が姿を現した。

インゴットの時のものを受け継いで、燃えるように紅いそれは、凄まじいオーラを放つ。

 

「…振ってみて。」

「…分かった。」

 

キリトは、赤いグリップを握り数回振る。

 

『…なんて筋力要求値だ…』

 

それは、インゴット2つを消費した《スパイラル・エリュシオン》に迫るものがあり、持つだけなら、手が震えそうなほど。

…だが、それでも。

その剣は、自然と手に馴染んだ。

かつての愛剣達と同じように。

 

「…これ以上の剣は、望めないな…」

 

自然と漏れた言葉。

リズベットも渾身のガッツポーズで喜ぶ。

 

「…本当にありがとう。…これ、本当に貰っていいのか?」

「くどいわねー。私が良いって言ってんだからいいの!代金もツケにしといてあげるから!」

「え?!い、いやそれはいくら何でも…!」

「良いってば!そのかわり、代金は《あっちの世界》で払ってもらうからね!!」

「…分かったよ。」

 

「利息もつくから、なるべく早くクリアしないとね。」

「ああ。…ありがとうな、リズ。」

「ま、そうね。これはお礼も兼ねてだし、《クリスマスプレゼント》ってことでいいんじゃない?」

「だな。…本当にありがとうな。これでまた、思う存分戦えるよ。」

「なら良かったわ。ギルドリーダー様には、これからも頑張って貰わなきゃならないしね。」

 

リズベットはくるりと後ろを向いた。

キリトの「だな」という答えを聞きつつ、口元に浮かぶのは満面の笑顔。

武器の名前は、《リメインズ・ハート》。

想い人に対する想いが、剣となって彼の手元に届いた。それだけで、彼女にとっては幸せだった。

 

「…ね、キリト。」

「ん?」

 

 

 

「メリークリスマス!!」

 

 

外には、白い《想い》が降り積もっていた。

 




リズベットヒロイン回って感じかな?書いててすごく楽しかった。文章とか武器の名前考えるのはちょっと難しかったけど…( ̄▽ ̄;)

リズベットはええ子やー。

補足説明しとくと、《武器融合》は融合させるのに数回余計に打たなければならないので、《武器製造》の時の打つのに換算したらだいたい70回くらいですね。

それでもヤバいが笑

では、次回もお楽しみに!


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第15話 カズマのクリスマス



前編と後編の間に別の話盛り込んでいくぅ!
(書きたかっただけ)


12月24日。

 

カズマは今朝届いた朝刊に目を通す。

そこには大々的に《Merry Xmas!!》と言う文字やイルミネーションの写真が一面を飾っていた。

 

「…メリークリスマスって、いつから言うんだろうな。」

 

基本的に、日本ではイヴから《メリークリスマス》という語句を使う。だが、元々外国などではどのように使うのだろうか。

彼の、純粋な知識欲。

それにメルが解答を送る。

 

「元々《Merry》は《愉快な・幸福な》っていう意味。だから別にクリスマス当日だけで使う必要は無いわ。日本以外の国では12月の上旬から使うらしいわよ。」

「ああ、MerryーGoーRoundとも言うしな。そう考えれば確かにそうだな。」

 

カズマは納得したように頷くと、満足そうにもう一度朝刊に視線を戻す。

メルはそれを怪訝な目で見つめた。

 

「…ねえ、新聞読むのって楽しいの?」

「んー、楽しくはないな。ただまあ、どんな情報があるかわかんないんで見てるだけ。」

「…あらそう。」

 

2人がそんな会話を交わしたあと、訪れる静寂。

外の鳥の囀りや、風の音が聞こえる。

…だが、その時。

 

「…カーズマああぁぁ!!」

 

超大音量の声と共にカズマに飛来する紫色の弾丸。傍から見れば何か分からない現象であろうが、カズマは左手で新聞を持ちながら、右手でその弾丸を受け止めた。

 

「ギャフっ!?」

 

弾丸はそんな声を上げて足を止める。

その正体は、紫髪の美少女、カズマの妻であるユウキだった。

ユウキは足を止めると「えへへー」と破顔しながらカズマに話しかけた。

 

「流石はカズマ。腕を上げたね。」

「お前も流石だ。レベル上がって速さがさらに増してる。STR全開にしなきゃ危なかった。」

「でしょ?」

「その分ダメージでかいから突進やめろって言ってるだろ。あれやられたら下手すりゃ脳が揺れるんだよ。…いや、揺れる脳ないけど。」

 

「むー…しょーがないなぁ。」

「膨れてもだめ。…それより、料理できたのか?」

「あ、そうだった!」

 

ユウキはそう言うと思い出したようにキッチンに戻り、彼女が作った料理を持ってくる。

 

「はい、どーぞ!!」

「…また味見するの?」

「もはや日課だろ?慣れろ、メル。」

 

メルの愚痴をカズマは容赦なく跳ね除けた。

 

ココ最近はユウキの花嫁修行(?)ということで、3食を彼女が全て作っている。

カズマと付き合うまで(記憶が戻るまで)ほとんど料理スキルを上げていなかったユウキは、最初こそ凄まじいペースで熟練度が上がっていたが、今はビギナーズラックも無くなり、しかしぶつくさ言いながらも反復練習を続けている。

 

カチャ…モグ…

 

小皿に取り分けられたそれぞれの料理をカズマとメルは順番に口に運ぶ。

今日のメニューはケーキと甘辛チキン。

チキンは中級者メニュー。

ケーキも、クリームなどがあるものは上級者向きだが、今回は比較的簡単なカップケーキだった。

数回咀嚼、嚥下してから2人は感想を言う。

 

「…うん、最初よりは上手くなったわね。」

「本当に?メルちゃん。」

「ええ…。」

「まあ最初は全然熟練度上がってないのに上級者メニュー作って、思いっきり失敗してたからな。あれはなかなか食うの辛かった。」

「…まあ、そうね。」

 

カズマの言葉で苦い思い出を思い出して、メルも苦笑する。

 

「ご、ごめんね…?」

「…ま、今となっちゃいい思い出だよ。…にしても、やっぱり上手くなってきたな。いい感じに味もまとまって来てる。」

「本当に?!」

「近い。」

「ぎゅむッ。」

 

「まあ、細かいとこ言うとチキンのソースが少し焦げてて苦味があって、ケーキも少しばかり砂糖の入れすぎだけど、これはこれで味があって美味い。」

「それ褒めてる?」

「褒めてるよ。…まあ、わざわざそこまで完璧にする必要はないしな。この2つなら《パーティー》に持っていってもいいだろ。」

 

カズマの間接的な《合格》に、ユウキは飛び上がりながら喜んだ。

 

「ぃやったー!!カズマからようやくOK貰ったぁ!!」

「うん、よくやったな。《食える》ところから《美味い》と思える所まで持っていくとは、大したもんだ。」

 

「確かに。ケーキはカズマのより美味しかった。」

「え?!」

「メルは甘党過ぎなんだよ。あれでちょうどいいなんて言うやつは糖分不足のやつくらいだ。」

「いいのよ。この世界じゃ太ったりしないし。」

「太るも何も、お前まずAIだろ。」

「細かいこと気にしちゃやーよ。」

 

べっ、と舌を出すメルに、カズマは呆れたようにため息をつく。

 

「うんうん。いいと思うよ。ボクも甘いの好きー。」

「あら、珍しく気が合ったわね。」

「ねー、カズマー。帰ったら3人で一緒にクリスマスパーティーしようねー。」

「はいはい、分かってるよ。で、一緒に料理すればいいんだろ?」

「うん!」

 

カズマの返答に、ユウキは満面の笑みで答えた。そしてカズマは「それより…」と続ける。

 

「お前そろそろ時間だろ。ギルドのクリスマスパーティー。」

「あ、そうだった!やばいやばい!」

 

ユウキは急いで残りのチキンやカップケーキをストレージにしまうと、その場でパジャマから私服に着替える。

 

「…カズマ、見たわね?」

「夫婦なんだから見てもいいだろ別に。」

 

彼女はいつも家の中なら何処でも着替えを行うため、勿論その場にはカズマが同伴している時もあり、その時は当然下着なども目に入る。

…まあ、彼自身見慣れているからなんとも思わないらしいが。

 

「それじゃあカズマ、行ってくるね!」

「いってらっしゃい。楽しんでこいよ。」

「うん!」

 

ユウキは満面の笑みで返事をして、玄関を出た。

訪れる静寂。カズマがコーヒーを飲むだけで、音が響く。そして、それを飲み干して…

 

「…さて、メル。行くぞ。」

「…分かった。」

 

カズマはコートに袖を通して、コーヒーカップを洗ってから、静かに家を出た。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「皆ー!お待たせー!」

「おぉ、ユウキ!遅せぇぞ!」

「ユウキ、3分遅刻。」

「えへへー、ごめんなさい。」

 

ユウキが少し大きめの建造物に入ると同時に湧き上がる、多種多様の歓迎の言葉。

《スリーピング・ナイツ》のギルドホームにはメンバーが勢揃いしていた。

…といっても、結婚しているユウキ以外は全員このギルドホームに住んでいるので、当たり前と言えば当たり前だが。

 

「ユウキ、今日はどうしたの?」

「気にすんなよシウネー。どーせこいつ、またカズマとイチャついてたんだろうし。」

「否定はしないけどねー。」

「そこは否定しろよ。」

 

ユウキの言葉とジュンのツッコミに、一同に笑いが起こる。それにつられてユウキも笑う。

 

「そういえば、シャムはどうだった、ユウキ。やっぱり来ないって?」

「んー、一応メッセは送ったけど、今日は予定があるんだってさ。」

 

テッチの質問に、ユウキは少し困ったように返す。それにノリが納得したように「あー」と頷いた。

 

「まー、今日はクリスマスだしね。あの子にも《そういう相手》はいるから、大方《そういうこと》でしょ。」

「だねー。」

 

ユウキの相槌と共に、その場にいる全員が「うんうん」と頷いた。そこで、パンパンと乾いた音が響く。

 

「はいはい、シャムちゃんのプライベートの詮索はしないの。クリスマスパーティー始めましょ。」

「あ、今日はボクも料理作ってきたから、みんな食べてねー!」

「え''…」

「ユウキの…料理…」

「わ、私は少しお腹の調子が…」

「待て、逃げんなタルケン…!」

 

すごすごと逃げようとするタルケンを、クロービスが止める。

あまり宜しくない反応に「むー!」とユウキは頬をふくらませる。

 

「な、何さ!ボクだって最近は上手くなってきたんだから!ちゃんとカズマのOKも貰ってるし!!」

「あ、なんだ。それなら安心だ。」

「ユウキ、1つ貰っても?」

「なんかムカつく!!」

 

そう言ってはじまった取っ組み合い。

ランとシウネーは、それを微笑ましそうに眺めていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……」

 

第46層ダンジョン《玲瓏の洞窟》。

そこの最深部に立つ、コートを着た青年。

背中には紅い剣を背負い、コートには見慣れたフードがついている。

 

「おい、ご丁寧に地図まで付けて呼び出した癖に、挨拶もなしかよ。」

 

そう言って、カズマは右手に持っていた半用紙をピラピラと振る。

その呼び掛けに、反応はない。

…しばらくして。

カツン、カツン、カツン…と、彼に近づく足音が響く。カズマは一瞬背中の剣に手を添えるが、敵意のないことに気付くと、ゆっくりとその手を下ろす。

…そして、暗がりから現れたその人物の顔に…

 

カズマは、顔を歪めた。

 

 

 

「…よぉ。久しぶりだな、カズマ。」

「…やっぱりお前か。ドナウ。」

 

 

 

 

カズマの反応に、ドナウはわざとらしく手を広げた。

 

「なんだよ、気付いてたのか?名前は伏せてたはずなんだがな。」

「はっ、メッセに関しちゃ、お前は名前伏せたって分かるよ。いちいち文章を改行する癖…お前しか見たことない。」

 

カズマの指摘。それにドナウは驚くことも無く、ピュウッと口笛を鳴らした。

逆に、かつてと違う彼のその仕草にカズマが少しだけ戸惑う。

 

「流石の勘の良さってところか。攻略組トッププレイヤーは違うな。」

「それはどーも。…で、どっちが本当だ?」

「ん?何がだ?」

 

()()。…どっちがお前の本当の性格かって話だ。」

 

「……」

「かつて、鍛冶屋に落ち着いてたお前は、真面目で、寡黙な奴だった。お前自身がどう思ってたかは知らんが、俺はそう感じてた。」

「……」

「今のお前は、それこそかつての様子は微塵もない。まるで別人だ。…何がお前をそこまで変えた。」

「…クハッ…」

 

ドナウに対する、カズマの問い。

…それに対して、ドナウは吹き出した。

 

「ハハ…ハハハハハハハハッ!!」

 

腹を抱えて、哄笑する。

しばらく洞窟内に響く、ドナウの笑い声。

それには思わずカズマも顔を顰める。

 

「…そんな笑い、ダンジョンでするモンじゃねえだろ。ここ、安置じゃねえぞ。」

「…安心しろ、モンスターは()()()()()()()()()()()からよ。」

「…は?」

「《シンユウ》との大切な話し合いだ。邪魔は入れたくなかったからな。」

 

ドナウは笑い終わると、目元の雫を拭い、不敵な笑みを浮かべた。

 

「俺を変えた、か…。俺は《変えた》んじゃない。元々《変わってた》んだよ。」

「…どういう意味だ。」

 

「深い話じゃないさ。こうしてなんの驚きもなく話してたんだ。俺の行方不明までの過程は大方察してんだろ?そして、それまでの俺のことも。」

 

「……」

 

「黙秘はYESととるぜ。…俺は元々、参謀として《ラフコフ》に席を置いてた。うちの野郎共はまあ、頭が使えねえもんで、俺が作戦を立てなきゃただ襲うしか脳がなかった。」

 

「昔話は他でしてくれ。」

 

「安心しろ、すぐに終わる。…そんなこんなで参謀としてゴタゴタしてた訳だが…どうにも、どんなものを仕掛けても殺りきれない奴らがいた。そう、攻略組の連中だ。」

 

「……」

 

「他の雑魚はともかく、トッププレイヤー達はそうはいかない。詳しい情報の上綿密な作戦を立てなきゃ俺らが削られる。…だからこそ、ラフコフで唯一のグリーンカーソルだった俺が、偵察として鍛冶屋に扮したわけだ。俺の代わりに参謀してた奴も、俺の事を変に崇拝してた奴を祭り上げて、俺の指示に従わせてただけだよ。」

 

「……」

 

「わかるか?お前が仲良くしてた《ドナウ》っていうプレイヤーは、俺がお前らの元に潜り込むための《演技》に過ぎない。…お前の《シンユウ》は所詮、偽物だったんだよ。」

 

 

「俺の本当の名前は《ショウマ》…《ラフコフ参謀役》のショウマだ。」

 

 

「……」

 

ドナウ…いや、ショウマが話し終わっても、カズマは表情を変えない。頭を掻いて、何処かめんどくさそうとも取れる仕草のまま、ため息をついた。

 

「ま、長々と説明してもらった所悪ぃけどさ。要は《ラフコフ》としてのお前が()()()お前なんだな?」

「ああそうだな。」

「じゃ、話は早い。お前は敵だ。」

 

カズマの結論は正しく即決。

これにはショウマも引き攣りかけた笑いが出る。

 

「…躊躇いはねえのか。」

「何も。まあ、つーかさ。あのアホ(加藤晶馬)が操られてたってことは、ユウキ達襲うように指示したのもお前っていうことだろ?」

「ああ。」

「それなら問答無用で敵だよ。思考する必要も無い、決定事項だ。」

 

「俺の中の敵味方は意外と簡単でな。害がそこまでなければ味方。害が多ければ敵。関わらなけりゃ、無関係。俺の独断と偏見で決めるが。」

 

「自分語りか?」

 

「俺も付き合ったんだから五分だろ。…そんなわけで、お前は俺の《1番大切なモノ》を壊しにかかった。…それはそれまでのことがあっても、払拭しきれねえ《害》だ。なら、俺はお前と敵同士。Do you understand?」

 

何処か説明口調な言葉をカズマが言い終わると、ショウマは口角をさらに上げる。

 

「良いね。やっぱりお前は最高だよ。」

 

 

 

「実に、殺しがいがある。」

 

「やってみろよ。ビビり野郎。」

 

 

「…つっても、俺はここで殺り合うつもりは無い。ここは舞台も整ってねえしな。」

「…逃げんのか?」

「ああ。逃げるとも。俺は今丸腰だしな。…ああ、そうそう。」

「あ?」

 

後ろを向き、また暗闇に溶け込みかけたショウマは立ち止まって、再度カズマに話しかける。

 

「今の俺は、《ラフコフ》所属じゃない。」

「…何?」

「俺は今、《とある男》と協力関係にある。…ま、期間限定ではあるが。」

「とある男…?」

「いずれ分かるさ。…知りたければ、この塔を最後まで駆け上がることだ。」

 

 

「ハハハハハハハハッ!」

 

 

ショウマは哄笑を辺りに響かせながら、闇に溶けていった。

…しばらくカズマは動かなかったが、そこには、もう誰の姿もなかった。

カズマは一息ついて、胸ポケットに視線を向ける。

 

「…メル、どうだ?」

「ん、録音バッチグー。」

「了解。…帰るか。とりあえず保存しといてくれ。」

「分かった。記録結晶に入れとくわ。フォルダ名《カズマの自分語り》。」

「やめぃ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

第22層・カズマの家の最寄り転移門

 

 

 

「ふぅ…もうすっかり夜だな…。」

 

転移門で46層から22層へ転移したカズマは少しだけ伸びをしてから、呟いた。

そして、彼の胸ポケットからふよふよと妖精姿のメルが姿を現した。

彼女はカズマの肩に座ると、話しかける。

 

「…あなた、ドナウっていうプレイヤーに話しかけられても、大した心拍の揺らぎはなかったわね。大したものだわ。」

「…ま、元々話に聞いてた、っていうのもあったからなー…。それと、《ドナウ》じゃねえ。《ショウマ》だ。…あいつは、もうあの頃とは別人だ。」

「分かってるわよ。ただ、こっちの方が呼び慣れてただけ。」

 

メルは長い髪を払って肩にかける。

 

「…にしても、随分な変わりようだったわね。あのなよなよした鍛冶屋はどこに行ったんだか。」

「…だな。けど、人間には必ずしも裏表があるからな。あいつはそれが顕著…なのかもしれない。」

 

「何それ。二重人格ってこと?」

「そういう訳じゃないけど…。まあでも、どの道、《乗り越えなきゃならない壁》であることに、変わりはねえだろ。」

「…そうね。」

「ま、それはまた後で考えよう。さっさと帰ろうぜ。ユウキが待ってる。」

「ええ。」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「さ!今度はプレゼント交換だよー!」

 

あれから、家に帰ったカズマとメルは、既に準備完了だったユウキに「早く早く」と家に押し込まれて、すぐさまクリスマスパーティーが開催された。

 

「ウェーイ。」

「うぇ、うぇーい…」

 

コートを脱いで私服に着替えたカズマと少女型になったメルがそれぞれのトーンでテンションを合わせる。

いや、全く合ってはいないが。

 

「もー、2人ともテンション低いよー!」

「いやいや、めっちゃ高いよ?ほら、ウェーイ。」

「棒読みじゃん!」

 

カズマとユウキのいつもの痴話喧嘩(という名のイチャイチャ)が始まり、メルも苦笑するしかない。

しかし少しして、カズマが「早く交換しようや」と提案すると、すぐに通る。

これも、夫婦としての2人のいい所だろう。

 

「じゃ、ボクからカズマにはこれ!じゃーん!」

「ん?これは…」

「サンタコスチュームだよ!この時期の限定クエスト報酬なんだ!」

「いや、これ女性用だろ。俺貰っても意味ないぞ。」

「ムフフ。それはねぇ…」

 

シャララララン…

 

「こうして、ボクが着ることがプレゼント!!どう?カズマ!」

「perfect!!」

 

カズマは短く、しかし最高の褒め言葉と共に親指を立てた。そして、そのまま無言で記録結晶に撮った画像を保存していく。

「こりゃ永久保存だな…」などと呟きながらカズマはストレージを操作した。

 

「んじゃ、俺からはだな…ほいこれ。」

「わ、ありがとう。これって…」

「バンダナ。ユウキ、ロングにしてからずっと同じバンダナ頭に巻いてるだろ?ちょっと色変えて、赤主体の緑と茶が散りばめられてるデザインをえらんでみた。」

 

「クリスマスカラーなんだ!ありがとう、カズマ!大事に保存しとく!」

「いや、着けろよ。」

「あ、そっか…」

 

ユウキはそう言って笑うと、ウィンドウを操作してすぐに頭のバンダナを先程貰ったものに変える。

そして…

 

「よし、んじゃ後はメルへのクリスマスプレゼントだな。」

「え?」

 

カズマはそう言うと、何処か驚きに目を剥いたメルに近づく。そして、ストレージからマフラーをオブジェクト化して、首に巻いた。

 

「ほれ、メリークリスマス。」

「わぁ、可愛い。青と水色と白色なんだ!」

「おう。風も通しにくいし結構温かいぞ。」

「良かったね、メルちゃん!」

 

ユウキがそうメルに笑いかけると、メルはようやく我に返って、首に巻かれたマフラーをのけ始める。

 

「い、いやいや。私はいいわよ…」

「おいおい、何してんだよ。ほら巻け巻け。遠慮すんな。」

 

しかしカズマが素早い手つきでそれを奪い去ると、もう一度彼女の首に巻き付ける。

巻き終わったあと、メルはのけることはなくなったが、少しだけ申し訳なさそうに顔を歪める。

 

「なんだ、気に入らなかったか?」

「ち、違う違う。そんなんじゃないわよ…」

「どうしたの、メルちゃん。こういうの苦手だった?」

「そ、そうでもなくて…」

 

メルはそう言うと少しだけ気まずそうに口ごもった。

やがて、ポソポソと話し始めた。

 

「だって…私…お金持ってないから…プレゼント、用意出来ないし…」

「あー…」

「なぁんだ、そんなことかよ。」

 

メルの言葉に、ユウキはなるほどと言わんばかりに声を上げて、カズマは何処か呆れたようにため息をつく。

 

「別に気にしなくていいよ。これはあくまで俺の気持ちってだけだ。お返しなんざいらねえよ。」

「で、でも、プレゼント交換って言ってたし…」

「あはは…それは確かにね…」

「そこは納得すんなよ。…まあでも確かに、お前の気持ちはわからんでもないがな。」

「で、でしょ。だから…」

 

「ならこれはアレだ。《サンタさんからのプレゼント》ってやつだ。」

 

「へ?」

「実はさっき煙突から入ってきた白い髭で赤服の不審者のオッサンからお前への貢物として貰ってな。これはそれだ。オッサンからの気持ちに感謝だな。」

「…いや、それは逆に欲しくない…」

 

カズマの例えに即答するメル。

その様子を見ながら、ユウキも苦笑する。

 

「まあ、そんなわけで貰っとけ。つーか、これはお前用に用意したんだから、貰ってくれなきゃ逆に困る。」

「う…」

「子供はいつの時代も貰うだけでいいんだよ。遠慮すんな。」

「…カズマも、子供…」

「お前よりは年上だ。」

 

カズマが言い切ると、ユウキはクスクスと笑いながら、ゆっくりと前へ出る。

そして、ストレージからアイテムをオブジェクト化させる。

 

「ね、メルちゃん。これは本来、物である必要はなくてね?これまでの感謝とか愛情を込めて、それが分かりやすいように物を渡すんだよ。だから、メルちゃんが物を私達にくれる必要はないんだよ?感謝してくれたら、その気持ちだけで十分だよ。」

 

ユウキは満面の笑みでそう言うと、メルの髪にゆっくりと触れる。

そしてそこには、輝く小さな装飾品が付けられていた。

 

「メルちゃん、メリークリスマス。受け取ってくれる?」

「…ありがとう。」

「うん。どういたしましてっ。」

 

「…カズマも、ありがとう。」

「おう。どういたしまして。」

 

お礼を言われて、カズマは少し笑うとゆっくりメルの頭を撫でる。

 

「……」

 

メルは、それにされるがまま、照れた赤い頬で撫でられ続けた。

それと同時に、彼女の胸に、なにか温かいものが広がった。

 

 

 







クリぼっちでした。( ºωº )


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第16話 シュンヤのクリスマス



話は出来てたけど文章まとまらなくて投稿出来ませんでしたすみませんでしたーーーー!!




12月24日。

 

デスゲームに囚われたプレイヤー達も、何処か浮き足立つこの日。

シュンヤはいつもとは少し違う服装で、第76層にある街灯に背中を預けていた。

 

基本的に外出する時もシュンヤは和装なのだが、今日は隣に幼なじみとはいえ異性が歩く。

だからこそ、今日は黒のジーパンを履いて赤色のシャツの上から少し茶色がかったコートを着ていた。

 

ちなみに、今シュンヤが立っている街灯はエギルの店の前の物であり、今はシャムを待っている所であった。

…まぁ、待ち合わせ時間の30分前だが。

 

『あ''ー!やべぇ…めっちゃ緊張する!!』

 

心臓バックバクであった。

というか、彼は既に30分待っているので、待ち合わせの1時間前からエギルの店の前に張り込んでいる訳だ。

おかげで行き交う人々に「何やってんだコイツ」みたいな視線を向けられる始末である。

 

『ま、まあ遅れるより早くに待ってた方が良いだろうからな!うん!』

 

何処かめちゃくちゃな理論で自分を納得させていた。

 

…だが、そろそろストレージの整理も終わって退屈し始めていた、その時。

 

「…あ、あれ…シュンヤさん…?」

「…?!」

 

見慣れたツインテールの少女が背後の建造物から姿を現し、シュンヤは驚きに目を剥く。

時間を見ても、まだ30分前だ。

 

そして、その服装にも目を奪われた。

いつものスリムな戦闘用の服装ではなく、少し大きめの白いコートに身を包み、スカートは赤色と白の少しだけ短いもの。

スラリと長い足は、いつもの黒いものではなく、白基調のタイツに包まれていた。

靴も、同色のハイヒール。

いつもとは雰囲気の違う彼女に、シュンヤは戸惑った。

 

「シュンヤさん…?どうかしました…?」

「あ、ああ。いや、なんでもない…」

「…もしかして、この服何処か変だったですか?」

「い、いや違う!雰囲気違って戸惑ったけど、そうじゃないんだ!」

 

「た、ただ…綺麗だなって、思って…」

「そ、そうですか…よかったです…ありがとうございます…」

 

言い終わって、2人は同時にポポポポッと赤面した。周りの気温も相まって、湯気が出てもおかしくなかった。

 

2人は、しばらく顔を合わせられなかった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「シュンヤさん、今日はどうするんですか?」

 

隣に立ちながらシャムはシュンヤに問う。

最初こそ緊張はしたが、いつもと同じだと思えば意外と早く順応することは出来た。

 

「うん、昼飯食ってから、色々ブラブラしようとは思ってるんだけど…シャム、昼飯エギルさんの店でいいか?待ち合わせしときながら悪いけど…」

「はい。構いませんよ。エギルさんの作るご飯は美味しいので。」

 

シャムがそう言って微笑むと、シュンヤは少しだけ息を飲み込み、「じゃ、じゃあ行こう」と目の前の店に入った。

 

 

 

「らっしゃい!…っと、なんだお前ら。デートか?」

 

シャムとシュンヤがカウンター席に座ると、エギルがニヤニヤ笑いを浮かべて、からかうように話しかけた。

 

「ッ…ま、まぁ…そう、だな…」

「一応は…そうだと…」

「ハッハッハ!そう緊張するこたぁねえだろ!もう攻略組で長ぇ付き合いなんだからよ!…ま、これくらいにしとくか。それで、ご注文は?」

 

顔を真っ赤にしている2人に気づいて、エギルは苦笑いを浮かべた。

2人は慌ててメニュー表を見始めた。

 

「そ、それじゃあ私は…あの《キノコのクリームパスタ》を…」

「えと…俺は、《シーフードパエリア》でお願いします…」

「はいよ!クリームパスタとパエリアだな!」

 

エギルは元気よく注文を受けると、そのまま厨房へと下がっていった。奥で、野菜や魚の下処理をしている姿が見える。

 

「あ、すいませんシュンヤさん。私、上の部屋に忘れ物しちゃったんで席外しますね。」

「お、おう。」

「すぐ戻りますから。」

 

そう言って、シャムは階段を駆け上がっていく。その姿を見送ってから、シュンヤは「ハー…」と机の上に崩れ落ちた。

少しだけ頭を抱えながら「うー…」と唸る。

 

「どうしたよ、シュンヤ。いつもの的確な判断力はどこにいったよ。攻略組の攻略責任者の肩書きが泣くぞ?」

「…ボス戦とじゃ意味が違いますよ…。…正直、生半可なボス攻略よりは緊張してます。」

 

エギルの豪胆な笑いと共に、既に出来上がったパエリアとパスタがカウンターに置かれた。

 

「さっきも言ったが、そう緊張するこたぁねえだろ!攻略組でもそうだが、お前らリアルでも知り合いなんだろ?なら、いつもの感じで良いじゃねえか。」

「…そんなのは分かってますよ。…でも、それが分かんないから苦戦してるんです…」

 

「なんだぁ?カズマからのアドバイスじゃ足りなかったのか?」

「…いや、そんなことは…って、なんでカズマにアドバイス貰ったの知ってんですか。」

「あいつからメッセ送ってきたからな。やー、ようやく勇気出したかって2人で喜んだもんだよ。」

「…いや、それは知りませんけど…。」

 

「ま、こんな機会滅多にねえんだからよ。楽しんで、後悔はねえようにしとけよ。…ただでさえ、俺らの命は明日も知れねえんだから。」

「…分かってますよ。」

 

少しだけ不貞腐れたようにシュンヤが答えると、エギルはもう一度逞しい笑みを浮かべた。

 

その後、シャムが戻ってきて、2人はエギル手製の飯をしっかりと平らげた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「…何だこの空間。」

 

そこは、華やかな服達が並ぶ洋服店。

ピンクや黄色などの彩りはさることながら、服の手触りから凄まじい高品質な布が使われていることは間違いない。

女性用下着もあるにはあるが、シュンヤの視界にはかすみがかかってほとんど見えない。

…そして、目の前では。

 

「ほぉら、シャムちゃん!動かないの!」

「ちょぉっ…!レインさん…!自分で選べますから…!」

「やー、シャムの肌ってスベスベだよねー。羨ましい…」

「ちょ、フィリアさんまで…!」

 

…なんだか、見てはいけない光景が繰り広げられていた。

シャムにくっつく、茶髪よりのグレー?らしき髪色をするロングヘアの少女と、明るい茶髪のショートカットの少女。

ロングヘアの少女はあーでもないこーでもないとシャムに様々な服を当てて、ショートカットの少女はスリスリと二の腕に頬を擦り寄せていた。

 

「もぉ!1人で出来ますから!」

ピシャッ!

「あー…」

「逃げちゃった。」

 

2人の猛攻に耐えあぐねたのか、シャムは服と共に試着室にとじこもる。

その瞬間、彼女達の目線がシュンヤに向いた。

完全に興味が移ったようだ。

ヒクッとシュンヤは顔を引き攣らせる。

 

「君が噂のシャムちゃんの彼氏?確かシュンヤ君だったよね?私はレイン。よろしくね。」

「私はフィリアだよ。よろしく、シュンヤ。」

「あ…どうも。シュンヤです…一応誤解を解いておくと、俺は別に彼氏では…」

「え、違うの?」

 

レインの少し驚いた表情。

フィリアは懐疑的な視線を向ける。

 

「ホントにぃ?」

「ほ、ホントですよ。」

「それにしては、随分と仲良さそうだけど?」

「そうそう。シャムが付けてる髪飾りも、君がプレゼントしたんでしょ?」

「…まあ、幼なじみですから。それくらいはしますよ。」

 

シュンヤの素っ気ない答えに、レインは含み笑いを浮かべながら「ふぅん…」と小悪魔のようなため息を漏らす。

 

「…な、なんですか…」

「君ってさ、頭良いんだよね?」

「いや、あまり…」

「シャムちゃんから色々聞いてるから、私達に嘘は意味無いと思うよ?」

「…まあ、それなりの知識はありますけど。」

 

「そんな君が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が分からないなんて、思えないんだけど?」

 

「…ッ…」

 

ムグッ、と。

シュンヤは痛いところを突かれたように口ごもる。その様子にレインとフィリアは苦笑いを浮かべて、続けた。

 

「君、嘘が下手だねぇ。」

「…あまりついたことがないので。」

「へー、真面目だね。生真面目で通ってるシャムと気が合うわけだよ。」

「…どうも。」

「…頑張ってね。シャムちゃん、あなたのこと話す時、本当に楽しそうにしてたから。きっと悪い結末にはならないと思うから。」

「大丈夫、きっと上手くいくよッ。」

「…ありがとうございます。」

 

レインとフィリアの鼓舞。

シュンヤはそれに微笑みながら礼を言う。

その微笑みに、2人は少しだけ硬直するとフイッと顔をシュンヤから背けた。

その行動にシュンヤが少し疑問符を浮かべた。

 

「試着終わりましたー…。…あれ?2人共どうしたんですか?」

「あー…うん。…シャムが射止められた理由が分かったというか…」

「…シャムちゃん、頑張ってね。」

「へ?」

 

2人の言葉の意味が、シャムにはよく分からなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「シュンヤさん、2人と何話してたんですか?」

「んー…からかわれてただけ。」

 

洋服店を出て、2人は少し雪の積もったレンガ造りの道を歩く。

ここは攻略済みの層で、そこまで魅力もないのでこの層に住むプレイヤーの数は少ない。

 

「そういえばあの店って、例のカリスマお針子の…」

「あ、はい。あそこは《アシュレイ》さんの直営店で、彼女が認めた会員しか入れないんです。私は何度か彼女にオーダーメイドを頼んだので、それで…」

 

「あー、なるほど…。それって、俺が入って良かったのか?」

「シュンヤさんは私のお友達だって言ったらOKくれました。一応、あそこで買い物しても良かったんですよ?」

「あはは…あの値段の洋服なんて、大層なことがないと買わないよ…」

「確かに、アシュレイさんの服は高級素材しか使ってませんからね。」

 

そう言って、2人は笑いあった。

そんな中、シュンヤは少しだけ考える。

 

『…お友達、か…』

 

シャムの言った単語のひとつに、思いを馳せる。

いや、実際その通りだ。

この世界ではあまり他人に個人情報は教えられないし、別に付き合ってる訳でもない。

…まあ、なんでかレイン達にはバレてたが。

たとえそうだとしても、友達以上の関係などではないのだ。

 

「…さん…シュンヤさん!」

「ッ…!」

 

唐突に名前を呼ばれて、思いふけていた脳が引き戻される。目の前には、覗き込むシャムの小さな顔。

心配そうな顔を向ける彼女に、シュンヤは慌てて謝罪する。

 

「あ、ごめん。ちょっと考え事してた…」

「…大丈夫ですか?シュンヤさん、最近忙しいみたいですし…無理してません?」

「や、本当に大丈夫だから。ほら、早くしないと日が暮れちまう。行こう。」

 

シュンヤはそう言うと、シャムの手を掴んで歩き始める。少し慌てた足取りで歩くシュンヤに、シャムは驚いたような表情で着いて行った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

カランカランッ

「らっしゃーい。…お、ご両人のご来店か。」

「妙な言い方しないでくれ、ウッド。」

「ウッドさん、ご無沙汰してます。」

 

そこは、2人と同じギルドメンバーでもあるウッドの鍛冶屋。

先程は、シャムの用事を済ませたので次はシュンヤの番というわけだ。

 

「お前ら、せっかくのクリスマスデートにわざわざウチを選ばなくて良かったのに。もっと雰囲気あるとこあったろ。」

「…デートであることは否定しないけど、そう言う目的じゃない。」

「いや、でも手ぇ繋いでるし。」

 

ウッドのその言葉にシュンヤは今気付いたのか、繋いでいた左手を慌てて離した。

 

「わ、悪い。無意識に…」

「い、いえ…」

「あ、と…お、俺武器受け取ってくるから…」

「は、はい。」

 

ぎこちない会話の後、シュンヤはシャムから離れてウッドの立つ場所に急ぐ。

その様子を見て、ウッドは苦笑を浮かべる。

 

「…相変わらずぎこちねぇな。誘ったのシュンヤなんだろ?ちゃんとリードしてやれよ?」

「…分かってるよ。」

「…ま、いいや。とりあえずお前のオーダーメイド取りに来たんだろ?ちゃんと出来てるよ。」

 

ウッドはアイテムウィンドウを開き、《カタナ》の欄から1本をオブジェクト化。

それをシュンヤに手渡した。

 

「どうだ?前よりは少し筋力値上げたんだが、重すぎたりしねえか?」

「…うん、いい感じ。スピードも出るし、これならこの先の硬い奴でも通りそうだ。ありがとう、ウッド。はい、代金。」

「毎度。ちゃんとデート楽しんでこいよ。」

「分かってる。…シャム、行こう。」

 

シュンヤはそう声をかけた。

だが、シャムは悩むような仕草をしてからシュンヤに話しかける。

 

「すみません、シュンヤさん。少し私も買いたい物があるのでいいですかね?」

「ん、分かった。じゃああそこの棚見とくから、終わったら声掛けてくれ。」

「はい。」

 

そう言って、今度はシャムがウッドに近づきシュンヤが数メートル先の棚に注視する。

数分後、2人は礼と共にウッドの店を後にした。

 

「そういや、シャムは何買ったんだ?」

「…女の子の買い物は聞かない方がいいですよ。」

「え、そうなの?わかった、覚えとく。」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ところで、デートの時間帯は?」

「昼前から。朝は早いだろうしダラけるような気がして。」

「んー、まあ、そうだな。それくらいが丁度いいだろうな。ひとまず待ち合わせはして、そこからレストランは選んどけ。デートで行くとこは食事中にでも決めとけ。以上。」

 

「…そんだけ?」

「他にどう言えと?この世界にゃテーマパークも博物館もなし。ショッピングするのが1番の娯楽だろ。ウィンドウショッピングにでも興じとけ。」

「…まあ、それもそうか。」

「…あ、でも1つ言うとすれば。」

「?なんだよ。」

 

「クリスマスプレゼントは確実に用意しとけ。」

 

「そうすりゃ上手くいけばプレゼント交換もできるし、向こうが買ってなくても渡すことで好感度アップも狙える。」

「…や、そんなに好感度が欲しいわけじゃ…」

 

「告白すんなら、好感度なんて高い方が良いだろ。」

 

「いや、まだ決めてないからな?!」

「はいはい、お前の初々しいアピールはいいから。大体、クリスマスなんて重要イベントにお誘いなんて、お前も覚悟決めてんだろ?」

 

「う…ぐっ…」

「痛いとこつかれたみたいな顔する前に認めろよ。…まあ、告白にはアドバイスとかないからな。『頑張れ』としか言えん。」

「…そうなのか。」

「あれはあくまでもそいつ自身の気持ちを伝えるものだろ。なら、他人が口出すものじゃない。…ま、ちょっとハショッた俺が言える事じゃないけど…」

 

「…分かった。ありがとうな、カズマ。」

「ん、頑張れ。陰ながら応援しとくよ。」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ーー夜。

 

 

周りの喧騒も大きくなり、広場のイルミネーションも輝く中。

シュンヤとシャムは広場から少し離れた場所のベンチで、美しい景色を並んで見つめていた。

 

「……」

 

チラリと、シャムは彼との距離を少し見て、3センチほどその距離をつめる。

 

「………」

「………」

 

広場の喧騒の横で広がる、異様な静寂。

それは、二人の間で少しの間続く。

…やがて。

 

「…きょ、今日、楽しかったですねっ。」

「…楽しかったか?」

「は、はいっ。とても…。」

 

シャムの笑顔に、シュンヤは苦笑して答える。

 

「…悪かったな、いきなり誘って。もうちょい早くに誘えたら良かったんだけどな。…勇気が出なくて。」

「い、いえそんな…」

 

その言葉を最後に、会話はまた途切れた。

またも訪れるその静寂。

…だが、今度はシュンヤがその静寂を破った。

 

「…楽しそうだな。」

「え…?」

「あ、いや…こんなゲームの中でも、皆楽しそうだなって、思って。」

「…そう、ですね。皆、笑顔が増えてきました。それもこれも、攻略組の皆さんやシュンヤさんが頑張ってくれてるおかげです。」

「お前もだけどな…」

 

「…ただ、近頃考える。…俺は、間接的にとはいえ、このデスゲームを作った内の1人の男の弟だ。…なら、そんな奴が、この人々の運命を左右するような立場にいていいのか…?」

「シュンヤさん…」

「…分かってる。…そんなのは、自意識過剰なことくらい。…ただ、俺は怖い。…それで恨まれて、皆に突き放されるのは…。」

 

齢15歳。

中学生の少年が背負う、あまりにも大きな期待とプレッシャー。そして、恐怖。

それは正しく、彼の心からの本音。

1人ながらも、皆に支えられてきた彼の本心だった。

 

「…悪い。こんな日にこんな話して…忘れてくれ。」

 

 

 

 

「…私も…」

 

 

「…私も、1人でした。」

 

「あの日…このゲームが始まった日に、私は宿に籠って怯えていました。いつまでも、何回夜を明かしても目に入るのは同じ天井。…正直、恐怖に押し潰されそうでした。」

 

「そんな時、第1層クリアの通達が私の元に届きました。」

 

「正直言うと、本当に嬉しかったです。…それと同時に、『何してるんだ』って気持ちになりました。最前線の人達が頑張ってるのに、私だけ籠ってる訳には行かない。…そう、思えたんです。」

 

「…けど、レベルをそこそこ上げてギルドに入っても、私は1人でした。色目を使うように見つめる男性プレイヤーや、コミュニケーションが苦手で同性の友達も出来ず、私はどんどん孤立していった。」

 

「…そんな時、あなたを見かけたんです。」

 

「最初は、目を疑いました。ボス攻略の日、転移門に集まり他のプレイヤーと談笑するあなたをあなたとは思えなかった。…それと同時に、焦りました。」

 

「かつて横にいたあなたが、すごい遠くにいる。そんな風にも思えて、私は衝動的にギルドを抜けてソロへと転向したんです。」

 

「…浅ましい考えのツケは、すぐに来ました。これまで受けれていた難易度のクエストが受けられず、逆に効率は下がり、更には入った迷宮区で犯罪者プレイヤーに襲われました。」

 

正直、死を覚悟したと言う。

それほどまでに、あの体験は恐ろしかったようだ。

…だが、そこで遂に。

 

彼女(シャム)は、(シュンヤ)と再会した。

 

そこから彼女は《スリーピング・ナイツ》へと加入し、攻略組の一員として腕を上げていった。だが、それもこれも、(シュンヤ)のおかげだと、彼女は思う。

 

「…私は、あなた(シュンヤさん)に救われました。それも、1度じゃない。どんな状況で、何度だってあなたは、私を救い、導いてくれた。」

 

「…あなたがたとえ、SAO製作者の弟だろうと関係ありません。私はあなたが救ってくれたことを…胸を貸してくれたことを決して忘れません。たとえ、この世界が敵に回ったとしても…」

 

 

「私は、あなたの味方です。」

 

 

「…それに、皆もシュンヤさんの頑張りは見てきました。…そんな、突き放されるなんてことは有り得ませんよ。絶対に。」

 

「…そうだな。」

 

どこか長いとも感じられたシャムの言葉。

だが、その言葉は、シュンヤの胸に刺さった氷を溶かすように、スーッと浸透していく。

それを感じながら、シュンヤはシャムに微笑んだ。

 

「シャム。…ありがとう。」

「…はい。」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「…なんか、辛気臭くなっちまったな。」

「いえ、シュンヤさんの本音が聞けて良かったです。…貴重な時間でした。」

「…そうか。」

 

 

「…くしゅんっ。」

 

 

シャムは寒さに身を震わせ、思わずクシャミを1つ。それに、シュンヤも少しだけ反応した。チラリと、シャムを一瞥する。

 

「す、すみませ…」

 

 

 

フワッ…

「……え……」

 

 

次の瞬間、彼女の首に触れる繊維のような柔らかい感触。そして、一息に近付くお互いの顔の距離。

それにより、シャムの鼓動が一気に早くなる。顔の温度が更に上がる。

 

『え…え……?』

 

「…寒いだろ。これ巻いとけ。」

「え…?」

 

やがて、首に巻かれたものは冷たかった感触から、しばらくして温かくなっていく。

シャムの口元まで埋めるそれは、マフラーだった。

それも、ここまでの断熱効果はかなり高級な毛糸を使わないと現れない。

 

「まあ、今日はクリスマスってことで。クリスマスプレゼント。」

「…こ、こんな良いものどこで…」

「アシュレイさんの店で、レインさんとフィリアさんに相談して買った。『オーナーに許可は貰ってるから』って。」

 

「…ありがとう、ございます。とても嬉しい…です。」

「喜んでくれたなら良かった。」

 

 

そう言って微笑むシュンヤ。

その姿は、彼女にとって一層輝いて見えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ーーそうだ。

私は、いつもこの笑顔に助けられた。

あなたに追いつきたくて。

あなたと並べる人になりたくて、私は…。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「好きです。」

 

 

「…私は、あなたが…シュンヤさんが、好きです。」

 

白い雪が降り始める。

その中、シュンヤの袖を掴みながらシャムは呟くように、しかしはっきりと言い放つ。

自身の気持ちを、なんの装飾もなく言い放った。

 

「……」

 

シュンヤはそれに、何も言わない。

少しだけ目を見開き、無言のまま時は流れる。

…やがて…

 

「……ハァー……」

 

彼は、頭を抱えて大きくため息をついた。

その様子に、シャムはオロオロと慌てる。

 

「あ、えと…すみませ…あの…嫌、でしたか…?」

「…あー…すまん。そうじゃなくて…自分のチキンさに呆れてただけで…」

「え…?」

「…女性に先に言わせちまうとか、色々と問題ありというか…」

「…??」

 

疑問符を浮かべるシャムに、しかしシュンヤは「まあいいや」と呟いて、シャムを見た。

最初は少しだけ険しかった顔も、少ししてから破顔して柔らかい表情になる。

 

 

 

「…シャム、俺も好きだ。お前のことが1番。」

 

 

「…ッ…」

 

その言葉を聞いた瞬間、シャムの目尻に雫が溜まる。火照った頬に一筋の雫が流れ落ちた。

その雫を、シュンヤは指で掬いとる。

シュンヤはもう一度微笑みかけた。

 

 

「…俺と、付き合ってくれるか?」

 

「…はいっ。喜んでっ。」

 

 

 

雪降る聖夜。

喧騒の傍らで。

互いを思う2人の男女は、

 

しばらく、お互いを離さなかったーー。

 

 

 






メリークリスマス!!(2週間前)


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第17話 お誘い(イケナイ方)


はい、サラッと3話前の(前編)をのけました!
なんでこんなことしたからって?

書くのが面倒くさくなっt…

カズマ「死ね!!」
ズバァッ!

( 'ω')ギャァァァァァァ!?


( ゚ཫ ゚)ゴフッ……

それでは…本編…どうぞ…


チ───(´-ω-`)───ン






ーー第76層迷宮区・最奥部ーー

 

 

グルゥオァァァァァッ!!

 

人狼型のボスモンスターが雄叫びを上げる。

 

「タンク隊、挑発開始!」

 

それが終わる瞬間に、血盟騎士団、聖竜連合その他のギルドのタンク達が一斉に巨大な盾を床に打ち付ける。

これはモンスターのタゲを自身に集中させることが出来るスキル《挑発(デコイ)》。

これにより、HPの高くないダメージディーラー達にタゲが集まるのを防ぐことが出来る。

 

その直後に繰り出される鉤爪大振り二連続。

 

 

ガキュイイィィンッ!!

「むぅ…!!」

 

 

凄まじい威力に少々タンク隊もグラつくが、何とか持ちこたえた。

それにより、ボスモンスターに技後硬直が発生。

 

 

「攻撃A隊、ゴー!!」

「「「オオッ!!」」」

 

 

シュンヤの掛け声に各ギルド混合の一団が前に出て攻撃を加える。

様々な色の閃光が瞬くと同時に減っていくHP。

しかし直後に、ボスモンスターは体勢を立て直す。

そのまま動けなくなったA隊を睨めつける。

 

 

「シノンさん!!」

 

 

その瞬間にアスナの声が響き渡った。

飛来した物体が人狼の眉間や目を貫く。

 

 

グア…ァ…

 

 

それは確かなダメージと共に、人狼の攻撃をキャンセル。呻くような唸り声。

 

 

「B隊追撃開始!」

 

 

さらに響くシュンヤの叫び声。

それに呼応して今度はA隊の背後の部隊が人狼目掛けて踏み込む。

 

 

「ゼアァッ!」

 

 

シュンヤも一緒にソードスキルを撃ち込む。

確かな手応え。

だが、残り僅かのHPバーを残して削り切れない。

人狼は禍々しく眼球を朱色に変えた。

…怒りモードーー

 

 

「お前ら下がれ!」

「シュミットさん…!」

 

 

振り下ろされる剛腕。

タンク隊はそれを真っ正面から受け止めた。

響く轟音、飛び散る火花。

凄まじい連撃にジリジリとタンク隊も押され始める。

 

 

「グッ…ォッ…!!」

 

 

あまりの猛攻に、シュミット達の頬にも冷や汗が流れた。一瞬でも気を抜けば死ぬという明確なイメージが彼らを襲う。

 

…だが。

 

 

スカァンッ!!

 

グガァッ!?

 

 

猛攻の合間を縫って侵入したシノンの矢が、人狼の額へと命中。左腕の攻撃をキャンセル。

彼女はそのまま弓をもう一度引き絞る。

 

パシュッ

 

撃ち出された矢は美しい軌跡と共にもう一度人狼の眉間へと吸い込まれる。

…しかし…

 

 

バキィッ!!

 

「チッ…」

 

 

同じ手は食わないと言わんばかりに人狼は矢を迎撃。シノンは思わず舌打ちをした。

人狼は瞬時に右腕を振り上げると、そのまま()()()()()拳を振り下ろした。

 

 

ビリビリビリビリ…ッ!

 

 

衝撃波が波紋状に広がり、プレイヤー達の足元を揺らす。

そして、人狼に近いタンク達は軒並みスタンで倒れ込んだ。

 

 

「…クッ…ソ…ッ…!」

 

 

呻くような1人の呟きに、人狼は笑みを浮かべながら踏み潰すべく足を持ち上げた。

 

 

ガキュイイィィンッ!!

 

ガアッ!?

 

 

だが、その足が振り下ろされることは無かった。

いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というべきであろう。

 

 

「フハハ…なかなか良いパワーしてやがる…ッ!」

 

 

カズマは紅い剣1本で受け止めつつ踏ん張ったまま、笑い声を漏らす。

ギシギシと音を立ててはいるが、カズマ自身パワー負けはしていない。

 

 

「ウッドォ!!」

「了…解!!」

 

 

カズマの叫びと共に現れた両手槍が、後方からソードスキルで足を弾き飛ばす。

その反動で、人狼はバランスを崩す。

 

 

「「スイッチ!!」」

 

 

2人の声に合わせて、攻撃C隊が前に出て連続技を繰り出した。

だが、C隊は軽量武器のプレイヤー達であり、そこまで多くのダメージ量は望めない。

その証拠に、人狼もすぐに立て直していた。

 

だが、彼らの攻撃は終わらない。

 

 

「D隊、ノックバック付与!!」

 

 

シュンヤの指示に、重量武器を手に持ったプレイヤー達が体勢を立て直したばかりの人狼の体に、それぞれの高威力単発ソードスキルを繰り出す。

数名での高威力ソードスキルにより、ノックバック付与の確率も大きく跳ね上がる。

 

 

ズガガガガンッ!!

 

 

鈍く、重く。

のしかかるような重厚な音と共に繰り出される閃光。

その全てがクリーンヒットして、人狼の体は大きく跳ね上がった。

 

人狼が倒れ込んだ衝撃は、石造りの床をも揺らす。

だが、プレイヤー達は止まらない。

 

 

「ラストアタック!畳み掛けろ!!」

「「「「「「オオッ!!」」」」」」

 

 

限られたチャンスを生かさんと、彼らは凄まじい速度で人狼を包囲した。

 

 

 

 

ーー1月7日、午後5時18分。

第76層ボス《テスカトリ・ザ・デスファング》攻略完了。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

第76層エギルの店。

扉には板が掛けられ、その板には《ただいま準備中》の意味を持つ文字が見える。

その中では…

 

 

「はい、それじゃ毎度恒例皆大好きミーティング始めるぞー。」

 

「「「うぇーい。」」」

 

 

カズマの気の抜けた意味不明な音頭に、リズ、シリカ、リーファの3人がこれまた気の抜けた相槌を返す。

 

 

「さて、まずは76層ボス戦お疲れさん!特に、初参加の6人はよく頑張ったな。ひとまず今日の戦闘で《流れ》は理解出来たと思うから、これからも頑張ってくれ。」

「はい!」

「りょーかーい」

「うん!」

「…ええ。」

「おう!」

 

 

カズマの激励に、各々の返事で返す。

コウヤはニコニコと微笑みを浮かべていた。

 

 

「でだ、このギルド発足後初となるエリアボス戦が終わった訳だが、当然と言うべきか課題も多かったと思う。まずはいつもの流れで、個人で気になったことを発表してってくれ。」

 

 

「はい!」

 

「お、リーファ。早いな。どうぞ。」

 

「なんでファング()っていう名前なのに爪での攻撃が多かったの?」

 

「知るか!運営に聞けそんなもん!」

 

なんだかいつもの流れになってきたミーティングの中、シノンは気だるそうに頬杖をつき、シャムは困ったように笑う。

 

「はい!」

「はいリズ…」

 

 

「あれだけ人間に似た体で真っ裸ってセクハラだと思うんだけど!?」

 

「だから知るか!運営に言えって言ってんだろ!?…つーかお前ら、プレイヤー側の事言えよ!もっと戦闘に関係あるやつ!」

 

「はい!」

「はいシリカ…」

 

「あの、キリトさんとアスナさんってすごく息が良かったんですけど、やっぱりラブラブなんですか…?」

 

「ああ、それは間違いない。」

 

「おいカズマ。」

 

何故かキメ顔で答えたカズマに、すかさず飛ぶキリトの声。

「やっぱり…」と呟きながら何故かしょーんと俯くシリカ。

それを見てため息をついてから、カズマはもう一度顔を引締めた。

 

 

「…ま、冗談はここまでにしとこう。それで、何か思いついたやつはいるか?」

 

 

「凄まじい切り替えの速さね…」

「むしろ尊敬するよ…」

 

 

「はいそこのボケ担当2人、余計なこと言わない。…発言したかったら手ぇあげてくれ。」

 

 

「いいか?」

「お、エギル。どうぞ。」

 

 

…………………

……………

………

 

 

「ま、大体こんな感じか。それじゃ、今日話し合ったことしっかり頭に入れて、次の層も頑張ろう。…で、兄貴から話あるんだっけ。」

 

「ああ。すまん皆、すぐ終わるから。」

 

 

そう言うとキリトとカズマは立ち位置を交代。全員の視線がキリトへと集まる。

 

 

「まずは76層ボス戦お疲れ様。初戦を勝利で飾れたのは非常に良かった。…ただ、1つ。攻略組内で懸念されてることがある。」

 

 

キリトの言葉に、大半の者が疑問符を浮かべる。

 

 

「まあ、端的に言えば、2大ギルドの中から、《俺達に対しての不評》が飛び始めてる事だ。《突如現れた寄せ集めのギルド》。そして、《その連中に立場を取られた》こと。この要素が集まれば、不評が集まるのも仕方ないだろうな。」

 

「ネットゲーマーってのは元来、嫉妬深ぇっていうのは周知の事実だからな。そんな事が起きても、何ら不思議はないだろうよ。」

 

「ああ、エギルの言う通りだ。そういう訳だから皆、もし他ギルドの連中からとやかく言われてもあまり気にするなよ。俺達はちゃんと実力を認められて加入したんだ。それを自信にして頑張っていこう。俺からは以上だ。」

 

 

キリトが喋り終わると、カズマはメンバーを見渡して全員何も無いことを確認してから、伸びをするように両手を上げた。

 

 

「うっし、そんじゃかいさーん!」

 

 

カズマのその掛け声と共に、ギルドメンバー達はそれぞれの挨拶も簡潔に、自身の家へと足を向けたのだった。

 

…一人を除いて。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

宿に部屋を取っているものは階段を上がり、それぞれの家を持つ者はエギルの店を出る。

 

「………」

 

そして、誰もいなくなったことを確認してから1人残っていた少女…シノンはストレージの中身を確認してから、歩き始めた。

その背中には巨大な弓を背負い、エギルの店を出た。

 

「よ。」

「………」

 

…そして、カズマ(先程帰ったはずの人物)の姿を見て、見るからに嫌そうな顔を浮かべた。

 

「…そんな顔するなよ。いくら俺でもしょげるぞ?」

 

「さっき帰ったはずの人が待ち伏せしてたら、誰でもこんな顔するわよ。…それで、なんでいるのよ。」

 

「別に。意味もなく佇みたい時もあるだろ。人間だもの。」

 

そう言った後、「相田みつを」と口パクで言うと、何処か楽しそうな笑みをシノンへと向けた。

その様子に、また彼女は顔を顰めたが、しかしため息をつくとカズマから視線を外した。

 

 

「そ。なら、私に用はない訳ね。それじゃ、私は行くわ…」

 

「まあ待てよ。こうして遭遇したのも何かの縁だ。ちょっくらお話しようぜ。」

 

 

カズマは不敵に笑いながらそう言うと、噴水の近くにあるベンチを親指で指さした。

 

 

「…既婚者がナンパ?これって大問題だと思うけど。」

 

「こんなんでナンパなら世の男は皆、嫁に絞められてるよ。…コーヒーとケーキ奢るからさ。」

 

「…はぁ…分かったわよ。」

 

 

カズマの誘いに、シノンは肩を落として根負けし、歩く方向を変えた。

巨大な弓も、ストレージへとしまったのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ー昨日ー

 

「さてと、明日はとうとうボス戦ってことで最後の打ち合わせの3人でのミーティングも恒例になってきたな。」

 

「だな。…シュンヤ、皆の連携はどうだ?」

 

「はい。…当初僕たちが構想していたレベルの連携は取れるようになっています。細かいところで綻びはありますが、僕たちがフォロー出来るレベルです。」

 

「ま、エギルやシャム達が入ってくれたのがめちゃくちゃありがたかったよな。」

 

「アニキ軍団は第一層ボス戦から居る古参だし、シャムも経験は豊富。いい戦力が来てくれたな。」

 

「はい、そうですね。カズマ、ユウキに礼言っといてくれよ?俺もまたボス戦で礼言うけど。」

 

「安心しろ。シャムが来たその日の夜にたっぷり甘やかしといてやったから。次の日ツヤッツヤだったぞ。」

 

「そ、そうか…なら良かった。」

 

「まあ、とりあえず戦力としては俺らは申し分ないからな。俺やカズマ、シュンヤがいれば小さなミスのフォロー位は出来るし。…ただ、1つ問題としては…」

 

「シノンさん、ですか…。コミュ力の塊とも言えるリズさんでさえ、まだまともに話してないらしいですからね。」

 

「んー…仲悪い…って訳じゃないよな。実際、戦闘に影響は出てないし。…ただ、普段のシノンって、《近寄るなオーラ》?みたいなのが出てて絡みづらいんだよな。」

 

「ちょっと分かります…。でも、カズマはそこそこ話せてるよな?やっぱり師匠だからかな。」

 

「師匠って言うほど教えてないけどな。…ま、そうだな。」

 

 

()()()()()、気が合うんだろうよ。」

 

 

「え?」

 

「や、なんでもねえ。…とりあえず、ボス戦が終わってから少しだけ話してみるよ。悩みでもあったとして、それが聞ければ御の字だけどな。あんま期待はすんなよ。」

 

「分かった。それじゃ、シノンのことはカズマに任せよう。俺らもなるべく打ち解けられるように努力する。」

 

「ですね。カズマ、頼んだぞ。」

 

「だから、あんま期待すんなって…」

 

 

カズマは少しバツの悪そうに、頭を搔いた。

そして、ため息をついて部屋の窓から空を眺めた。

 

青く光る巨大な鋼鉄の蓋が、地上を包み込んでいたーー。

 

 




よーやく一層進んだー。
こっからはポンポン行きたいですね(信用してはいけません)

それじゃ、次回もお楽しみに!


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第18話 強さとは《前編》

今回の前編に嘘はありません。


多分(おい)


「カフェラテで良かったか?」

「…ありがとう。」

 

噴水の前にあるテーブルとベンチ。

シノンはそれの片方のイスへと腰掛けていた。

露店から駆け寄ってきたカズマが手渡したカップを受け取り、シノンはそれに口をつける。

ミルクで少しまろやかになった苦味に、ホッと一息つく。

 

カズマは器用に腕に乗せていたケーキをシノンの前に置くと、そのままテーブルを挟んで彼女の目の前にある席へと座った。

そしてカップの中にガムシロと砂糖を追加爆撃。スプーンで混ぜてから口をつけた。

 

「…あなた、甘いの苦手じゃなかった…?」

「ん?あー、そりゃ兄貴の方だよ。俺は別に甘いのも苦いのも好きだ。まあでも、苦いのは甘いものほどは飲まないかな。」

「…そう。」

 

「…何の話されるのか気になってる、って顔だな。」

「…そりゃそうでしょ。いきなり呼び止められたんだから。」

「確かに。」

 

シノンの指摘に、カズマはククッと喉を鳴らして笑う。その様子にため息をついて、シノンは目の前にあるケーキの端をフォークで切り取り、口に運ぶ。

何処かチーズケーキのような味わいの中にある控えめな甘み。

 

「美味しい…」

 

思わず呟き、ハッとカズマを見る。

彼の顔はニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 

「…何よ。」

「いーや。お気に召してくれたようで何よりだよ。…シノンは、生クリームドカドカ乗ったやつより、そういうあっさりした方が好きだなと思ってな。」

「…」

「一応、ギルドの調理担当責任者だからな。それくらいは把握してるよ。…勿論、ギルドの副リーダーとしてもな。」

「…どういう意味よ。」

 

どこか含みのある三言目に、シノンは怪訝そうな目を向ける。その視線をカズマはコーヒーに口をつけながら飄々と受けると、そのまま問う。

 

「…ボス戦の後、何言われた?」

「…なんの事。」

「惚けても無駄。周りの連中から声掛けられてただろ。ちゃんと見てた。お前は全然返答してなかったしな。」

 

「…別に、ただの世間話よ。」

「ただの世間話なら、いくらお前でもあそこまで鋭い眼光は向けんだろ。」

「そんなの分からないじゃない。もしかしたら、そういう女かも。」

 

「…短期間とはいえ、戦い方も教えてやって、同じギルドにいるんだ。お前がどういうやつかくらいは分かるよ。…シノンは普段素っ気なくても、意味もなく人を無視したり睨みつけたりはしない。リーファやリズが話しかけても、少ない口数でもちゃんと返答はしてる。後衛班のリーダーしてるシウネーの指示や助言もちゃんと聞いてるし。」

 

「…義務としてやってるだけ。」

「だとしても、こうして俺と話してる。なら、()()()()()()だろ。」

「………」

 

これには、シノンも何も返せない。

フォークの先でトントンと、ケーキを軽くつつきながら、「はぁ…」とため息をついた。

 

「あなたって、本当に遠慮なく人のテリトリーにズケズケと潜り込んで来るわよね。…見透かされてるみたいで、なんかムカつく。」

「スマンな、デリカシーなくて。」

 

笑いながら言うカズマに対して、シノンは少しむくれながら「まったくよ」と拗ねたように呟く。

そして、もう一度ため息をつくと、シノンは椅子に体重を預けて喋り始めた。

 

「…少しね、小言を言われたわ。『エクストラスキル持ちもそんなものか』、『所詮はニュービーだな』って。」

 

シノンは言われた言葉を復唱して、コーヒーの注がれたカップに口をつけた。

 

一応攻略組全体には、シノンの記憶がないことが周知されている。

そんな奴が自身の立場を脅かし、更にはエクストラスキルを持っているとなると、危機感故の小言というやつだろう。

 

『よくわからんな。』

 

カズマ自身は、危機感というものをあまり持ったことがない。

勿論、彼よりも強いものもいるにはいるが、今の自分の立場を任せられる者は居ないと自負している。

まあただ、ぶっちゃけて言うと小言を言ったヤツらの気持ちはどっちでもいい。

 

「で、どう思った?」

「…別に。他者の言葉で我を見失ったりはしない。…ただ…」

 

「もっと強くならなくちゃって、思った。」

 

「あいつらに何も言われないように、もっと強く。…それが、私の目的。」

 

確固たる意志を持って、シノンはそう告げる。…いや、その様子はカズマにとって、何処か()()()()()()()()()ようにも感じられた。

 

一応、その《強さに執着する理由》とやらを聞くだけなら出来る。

 

『…けど、俺は兄貴みたいに天然タラシみたいな特性は無いし、シュンヤみたいに礼儀正しく聞ける訳でもない。いや、礼儀正しくはできるけど、懐疑的な目で見られて終わる未来が見える。』

 

どうしたもんか、と。

カズマは少しだけ天を仰いでから、「うん」と頷くともう一度シノンを見た。

 

「なぁ、シノン。お前さっきまで、圏外に出ようとしてたよな?」

「…ええ、そうね。」

「ソロで?」

「…いいえ、他の募集パーティーを見つけて入れてもらおうかと…」

「それがなかったら?」

「……」

「募集なんてそう毎日転がってないからな。無かったら?」

「…それは…」

 

カズマの突然の質問攻めの前に、ゆっくりと口を噤んでいくシノン。

その反応を見て、カズマはため息をついた。

 

「ソロプレイは厳禁だって、この前も言ったろ。強くなりたいと思うだけなら別に止めはせんが、それで自分の身を危険に晒したら元も子もないだろ。」

「…それなら、カズマだってソロで…」

「なら聞くが。今のお前に俺を倒せるか?不測の事態に、()()最低限の動きが出来るか?」

 

「……」

「そんなに強くなりたくて、レベルを上げたいなら、もっと《仲間》を頼れ。メンバー募集みたいな半端な奴じゃなく、お前には《ギルドメンバー》がいるんだから、そいつらを頼ればいい。」

「…私の私欲に、あの子達を巻き込む訳にはいかない。」

 

「それなら、俺を巻き込めばいい。…いや、もう既に巻き込まれてる身だ。それなら躊躇なんて要らんだろ。」

「…それは…」

 

そのまま、シノンはまた黙り込んでしまう。

 

カズマは小さくため息をついた。

おそらく、彼女の『私欲に巻き込みたくない』という言葉。この言葉に、嘘はない。

あくまでも勘だが。

 

だが、それだけではないことも確か。

彼女はそれ以上に、恐れているのだ。

《人》との関係を、深めることを。

当たり障りのない関係で保ち、一定の距離を取り、関わり続ける。

 

別に、その生き方を否定する気はさらさらない。

そんなものはその人の自由なんだから。

他人が口出すことでもないだろう。

 

…だが。

 

「…そうもいかねえんだよな。」

 

カズマは小さく呟いた。

 

そう、彼は今や、攻略組の一角を担うギルドの副リーダー。

 

「シノン、予定変更。ちょっと歩こうぜ。」

「え…?」

 

責任を負う役職についた限り、目についた問題を放置することなど、出来るはずもないのだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…ねえ、カズマ。」

「ん?どした?」

「どうした?じゃないわよ。何処に行く気?」

 

カズマは歩き出し、ゆっくりとした動きで前に進んでいく。

シノンはそれに同じような歩調でついていく。

カズマの足取りに迷いはない。

 

「どこって、この方向にあるものって言ったら、《あれ》しかないだろ。」

「あれ…?まさか、圏外に出る気?」

「あー、なるほど。《それ》もあるけど…広い意味の《もの》じゃなく、もっと範囲の狭い《物》だよ。」

 

カズマの言葉は何処か遠回しで、聞くだけではシノンも意味が分からなかった。

…しかし。

それの目の前に立つと、カズマが目指していた物はすぐに分かった。

 

「…転移門…」

「ほら、早く来いよ。」

 

カズマに促され、シノンは慌てて転移門へと上がる。

 

 

「転移、《はじまりの街》。」

 

カズマは、目的地を告げた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

一瞬の浮遊感の後、目の前に広がる街。

色とりどりの天井が並ぶが、上層に比べれば何処か簡素な家々。

そして、後ろを振り向けば、そこにあるのは黒く光る巨大な建造物。

何処か独特な雰囲気を、それらは醸し出す。

 

「ほら、行くぞー。」

 

あまりのスケールに圧倒されていると、カズマの言葉で慌てて彼の後を追う。

 

「カズマ…ここって…」

「あー…お前は初めてだったか。」

 

カズマは少し立ちどまり、ゆっくりと先程まで居た広場に、体と視線を向けた。

人もまばらなその広場を、何処か懐かしむような、しかし少しだけ忌々しそうに見つめる。

 

「ここは、第一層《はじまりの街》。全プレイヤーのチュートリアル地点であり…」

 

 

()()()()()()()()()、だ。」

 

 

カズマはそう言って、また歩き始めた。

シノンはその言葉だけで、この街の正体に気付く。

VRという世界に魅了された人々を収容し、そして閉じ込めたいわば《悪夢の始まり》の場所。

 

「…」

 

シノンはもう一度、広場に目線を向ける。

確かに、よく見てみると何の変哲もない転移門広場だ。かつてはあそこに攻略組の面々も集結したのだろう。

…だが、上層に行くにつれて忘れられていく閑散としたその広場は、街並みと共に、確かな威圧感を滲み出していた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「ねえ、カズマ。本当に何処に向かってるの?まさか、こんな低層で訓練なんて言わないわよね?」

 

カズマとシノンが広場を出て15分ほどが経過した。カズマは尚も、迷いなく歩を進めている。

だが、実際15分の間何も無く、着々と圏外に近づいているのだ。

カズマはシノンの問いに、少しだけ笑いながら答えた。

 

「大丈夫、もう少しで着くから。」

「もう少しって…」

 

カズマの言葉とは裏腹に、周りの外観はまったくと言っていいほど変わっておらず、目的地が近づいているのかすら定かではない。

だが確かに、カズマの足取りに迷いはなく、道順を分かっているようにどんどんと先へ進んでいく。

 

…やがて、細道の向こうに少し開けた広場と、その奥にある少し大きめの、教会のような建造物が見えてくる。

建造物の前では、5人ほどの子供がサッカーボールのようなものを蹴りあって遊んでいる。

やがて、その内の一人が路地から近づいてくる2人…というかカズマに気付いた。

その瞬間、その子供は満面の笑みを浮かべた。

そして…

 

「あ、カズマ!」

 

少年はそう言うと、遊んでいた輪から抜け出し、猛ダッシュでカズマに突っ込んだ。

カズマは少年を抱きとめると、笑みを浮かべた。

 

「よ、ケイン。元気にしてたか?」

「うん!」

 

やがて少年の声で、他の4人もカズマに抱きついた。

 

「カズマー!」

「カズマさん!」

「カーズマー!」

「くらえキック!」

「おいおいお前ら、もうちょい優しくだな…おい、誰だ今キックした奴。」

 

「「「「ハヤトです。」」」」

 

「あ、お前ら!」

「お前かああぁぁぁ?」

「ギャー!すみませんでしたぁ!」

 

カズマがアイアンクローを繰り出すと共に響く少年の悲鳴。その様子に子供達4人は笑い声をあげる。

そして2人いる少女の中の一人がカズマの袖を掴み、上目遣いで問う。

 

「ね、カズマさん…この女の人は…?」

「ん?ああ、今の俺のギルドメンバーだよ。ちょっと、お前らのこと紹介したくてな。」

「えー、カズマがギルド入ってたって本当だったのかよ!」

「逆になんで嘘だと思ったんだよ、タケヤ。」

 

「だってずっとボッチだっt…」

ギリギリギリギリ…

「ギャー!アイアンクローはやめてー!」

「間違ってないけど言い方がムカつく。」

 

仲睦まじそうに会話を交わすカズマと5人の子供。その様子にシノンは呆気に取られる。

やがて、教会から1人の女性が姿を現す。

女性は何処か修道女のような服装をしており、三つ編みの奥の表情は少し幼く、かなり若く見える。

 

「カズマさん、お久しぶりです。いらして下さり、ありがとうございます。」

「や、サーシャさん久しぶり。元気そうでなによりだよ。」

「はい。カズマさんとユウキさんのおかげです。…ところで、そちらの方は…?」

「ああ、俺のギルドのメンバーなんだけど…ちょっと教会に失礼してもいいか?」

 

カズマの言葉に、サーシャと呼ばれた女性は笑顔で答えた。

 

「カズマさんの友人なら、いつでも歓迎ですよ。…どうぞ。ついでと言ってはなんですが、お夕飯も食べていってください。」

「お言葉に甘えるよ。シノンも、それでいいか?」

「え?え、ええ。」

「分かりました。…ほら、あなた達。早く戻って。ご飯よ。」

 

 

「「「「「はーい!」」」」」

 

 

サーシャに言われ、5人は満面の笑みで協会へと戻って行った。

やがてサーシャ、カズマとその後に続き、そして…

 

「……」

 

シノンも恐る恐る、その後について行くのだった。

 

 

 




この終わり方で前編のいてたら笑いますね。
そんなのやる奴の気が知れない(お前だよ)


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第19話 強さとは《後編》



ちょっと会話多め也。




「あー!先生ー!ケインが俺のウィンナー取ったー!」

「俺のキノコやっただろー!」

 

「こら!残しちゃダメじゃない!」

「だって苦くて嫌いなんだもーん!」

 

 

「…すごいわね。」

 

目の前で繰り広げられる大勢の子供達の食事…というか、ほぼ戦場とも言える光景に、シノンは圧倒された声を出す。

 

「相変わらず騒がしいなぁ、ここは。生半可なボスモンスターなんざ目じゃない。」

「そうですね。もう私が注意しても聞かないので、いつもこんな感じで…。」

 

カズマの冗談交じりの言葉に、サーシャも何処か諦めたような笑顔で返した。

呆気に取られていたシノンに、サーシャは笑いかけた。

 

「シノンさん…でしたよね?料理の味はいかがですか?」

「え、ええ。とても美味しいです。ありがとうございます、ご馳走になってしまって…」

「いえいえ、カズマさんのギルドのメンバーの方々には私達の方がお世話になっているので、これでは足りないくらいです。」

「え…?」

 

サーシャのその言葉に、シノンは違和感を覚える。

自分は、この施設に何かした覚えはなく、そもそもここの存在を知ったのはついさっきだ。

シノンが困惑し、少し微妙な雰囲気になる。

その中で、カズマがすぐにフォローを入れた。

 

「…ま、確かに、俺とユウキが寄付する金額は、その月に稼いだ分の1割程度って決めてるからな。ギルドが稼ぐ程、ここへの寄付金も増えるわけだ。その点で言えば、確かにギルドメンバー全員がこの施設に貢献してるって言えるな。」

 

「はいっ。皆さんからの寄付でこの施設は実現していますので、本当に有難い限りです。実は、キリトさん一家からも寄付金を頂いているので、おふたりのギルドの皆さんには本当にお世話になっているんです。本当に、ありがとうございます。」

 

深々と頭を下げるサーシャ。

だが、シノンは少しだけ間を開けてから、ゆっくりと頭を振った。

 

「…いえ、私は正直、この施設の事は存じ上げていませんでした。なので、結果この施設の存続に関わっていたとしても、お礼を言われる資格は…」

 

シノンはそう言って、何処か申し訳無さそうに目線を下げていく。

…だが。

サーシャは、すぐさま口を開いた。

 

 

「それでも構いません。シノンさんがどのように考えてきたとしても、皆さんからの支援のおかげでこの施設は存続し、沢山の子供達が路頭に迷わず居られるんです。」

 

「…私は、今でこそこうして皆の先生として慕われていますが、かつては見向きもされず辛かった時期もありました。飢えを凌ぐのがやっとな時もあったんです。」

 

「でも、皆さんが、こんな私を励まして、支えてくれたからこそ私は折れずに頑張ることが出来た。…そう、思っています。だから、どんな事でも感謝しようって、そう決めているんです。」

 

「シノンさん、本当にありがとう。これからも気兼ねなく、是非いらして下さい。」

 

 

サーシャの言葉の数々。

聞いた者によっては様々な意見がありそうなもの。それは、サーシャ本人も理解している。

だが…

 

 

「…こちらこそ、ありがとうございます。」

 

 

深々と頭を下げるシノン。

その体は、少し何処か震えていた。

 

 

その言葉が、彼女(シノン)の心のどこかに、強く響いていることは…確かだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「ふぅ…」

 

数時間後。

騒がしい時間を教会で過ごした後、カズマとシノンは転移門広場のベンチに腰かけていた。

肌寒い空気が辺りを包む中、カズマは白い息を吐く。

背もたれに体重をかけると、軋むような音が響く。

 

「どうだった?」

 

簡潔なカズマの問い。

シノンはそれに少し思考して、答える。

 

「…少し、新鮮だった。」

「…?」

 

「…私は、この世界では…自分の目的だけを考えて戦ってきた。…ただ、強くなりたくて進んできた。…でも、結果的にそれが誰かの役に立ってたなんて、考えもしなかった。」

 

そう言って、シノンは顔を伏せる。

おそらく、その胸中にはありとあらゆる感情が渦巻いているのだろう。

カズマもそれを理解して、声をかけた。

 

 

「…数時間前にも言ったけど、お前が強くなろうとすることは、別に悪いことじゃないんだ。どういう目的であれ、その努力は圏外では結果としてその場にいる全員の生存率を上げてくれる。」

 

「けど、1()()()()()()()()()()()。」

 

「周りを巻き込みたくない気持ちも分かる。自分一人で解決したい気持ちも分かる。…けど、無理なんだよ。そういうのは大抵、1人で解決しようとする度に泥沼にハマって、最終的に取り返しがつかなくなる。」

 

 

シノンは、チラリとカズマの横顔を見る。

そこには、いつもの彼の穏やかな顔は無かった。

あるのは、後悔を滲ませた目元と、強く閉じられた口元。

それにはシノンでさえ、彼の中にある強い《何か》を感じられた。

 

瞬間、彼女は問いそうになる。

 

『あなたは、何があったの?』、と。

 

だが、寸前でやめる。

今、カズマは自分の中にある《目的》の裏側にある《トラウマ》に関して、何も聞かないでいてくれている。

そのような相手に、そこまで踏み込んだ問いは出来なかった。

 

「…あなたは、やっぱり強いわね。」

 

代わりに、シノンはそう呟いた。

だが、カズマは頭を振った。

 

「俺は、強くなんてない。ゲームの中じゃこんだけ偉そうなこと言ってるけど、リアルじゃ何も出来ない、ただの学生だ。」

 

その瞬間。

初めて聞いた、彼の現実(リアル)での情報。

シノンはもう一度、彼の方を見た。

だが、カズマは特に気にした様子もなく、ゆったりと空を見上げている。

 

「…それなら、あなたは、どうやって過去に打ち勝ったの…?」

 

シノンは、呟くように問うた。

カズマはチラリとシノンを横目で見てから、ため息混じりに答える。

 

 

「…打ち勝った訳じゃない。確かにある種での《決着》はついたけど、今でも後悔してるし、時折悩まされる。『もっといいやり方があったな』って。…偉そうなこと言ってるけど、俺もまだ悩んでる。」

「…なら、私はどうすればいいの…?あなたですらそれなら、私は…」

 

シノンは、思わず頭を抱えそうになる。俯く。

彼女の中にある目的。

それが、間接的にとは言え否定されたのだ。

そうもなるだろう。

 

「……」

 

そんな彼女の姿を見て、カズマはもう一度話しかけた。

 

「な、今日さ、なんで俺があそこに連れて行ったか分かる?」

「え…?」

 

その問いに、シノンは顔を上げる。

見ると、カズマの顔は、笑っていた。

彼は何処か思い馳せるように、もう一度天を仰いだ。

 

「俺はさ、アイツらが…サーシャさんや子供達が、この世界で1()()()()んじゃねえかって思う。」

「……!?」

 

カズマの言葉に、シノンは驚愕に表情を変えた。カズマは「そんな顔すんなよ」と茶化すように笑った。

 

「…ま、そりゃ勿論、スキルやらレベルやら考えたら俺らの方が上だ。そんなことは誰でも分かる。」

「………」

「けどさ、よく考えてみろよ。このゲームの開始初日。大の大人達が心中を図る中、たった1人、家族から引き離される子供達の気持ちを。」

 

それは、絶望的な事だっただろう。

見知らぬ世界で、右も左も分からずに放置されたのだ。錯乱状態に陥っても不思議はない。

 

「そんな中、絶望感に打ち負けずに、ああやって支え合いながら生きてるんだからな。…まぁ、俺らベータテスターが置いていかなければもっと違ったんだろうけどな。」

 

カズマはそう言って自嘲の笑みを浮かべた。

だが、すぐに表情を戻す。

 

「サーシャさんだって、かつては本当に苦労したそうだ。戦うのを諦めて子供達の世話をするはいいが、懐いてくれない、喋ってくれない。喋ってくれたと思えば罵詈雑言。…それでも続けたんだから、すげぇ人だよ、本当に。」

 

カズマの言葉に、シノンは想像も出来なかった。あの騒がしく、楽しそうな施設に、そんな時期があったなど、信じられない。

だが、同時に確かにと納得も行く。

まだ不安定な子供の時期にデスゲームに閉じ込められたら、普通はそうなるのだろう。

 

 

「でさ、俺聞いたんだわ。『なんで続けてるんですか?』って。ここまで割食わない仕事もないだろうしな。」

 

「そしたら、言われたよ。『色んな恐怖もあったけど、私がこれを続けられたのは、共感してくれた皆さんと、支えてくれた人達のおかげなんです』、だって。最終的に俺まで礼言われた。」

 

 

笑いながらそう言うと、カズマはシノンを見る。

 

 

「正直、お前がなんのために強くなろうとしてるのかはわからん。…けど、俺なりの助言をするとするなら…」

 

「まずは他人と向き合え。」

 

「他人と向き合って、その後は自分自身と向き合って、目的や目標と向き合うのはそれからだ。そうすれば、たとえ目的に向き合えなくても、そいつらは支えてくれる。相談にものってくれる。…それは、この世界で手に入れて、現実に戻っても、()()()()()()()()()()だと、俺は思ってる。」

 

 

「…あなたは、それを1人で導き出したの?」

 

「いや、全然。色々あって、ユウキに叱られて、ようやく出て来た。…だからま、人ってのは支え合わなきゃ生きていけないのかもな…なーんて、偉そうに言えることじゃねえが。」

 

「……それは、他人任せじゃないの?」

 

「他人任せってのは、他人にまるまる自分の問題を任せることだ。いったろ、《助け合い》だって。自分が辛い時は支えてもらえばいいし、逆に相手が辛い時は支えてやれ。それでいいと思うけどな。」

 

 

「子供達だって、攻略組の皆だって、支え合って、励ましあって生きてるんだ。…お前も、もうちょっと他人と関わっても、いいんじゃないかな。」

 

 

「………」

 

「俺が言いたかったのはそれだけ。…これをどう受け取るかはお前の自由だ。」

 

そう言うとカズマは立ち上がる。

そして、シノンに笑いかける。

 

「さ、帰ろうぜ。明日は休みだけど、明後日攻略だから体休めなきゃな。送ってくよ。」

 

「…ありがとう。」

 

シノンはゆっくりと立ち上がり、礼を一つ。

そして、転移門へと近付く。

 

ささやかな街灯が転移門広場を灯す中、2人は上層へと戻ったのだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ーー数日後ーー

 

「それじゃあキリト、私達これからダンジョンに行ってくるから。」

「分かった。リズ、5人で大丈夫か?」

 

キリトの問いに、リズベットは笑いながら答える。

 

「だいじょーぶよ!今回のはそこまでハードな奴じゃないし、それに助っ人としてスリーピング・ナイツの女性陣とアスナが来るから!」

「…まあ、それなら大丈夫か。」

 

「そうだよ、キリト君。私達一応攻略組なんだからさ!もっと信用してよ!」

「経験浅いお前が一番心配なんだけどな。」

 

カズマの一言にキリトが「うん」と頷いた。

その一言にショックを受けたのか、リーファは「ガーン」とわざとらしくリアクションする。

 

「ま、まあ、そのメンツならフォローも出来るし、大丈夫でしょう。えっと、メンバーは…」

「私、リズさん、シャムさん、リーファさん、あとシノンさんの5人ですっ。」

「分かった。…それじゃあ皆さん、頑張って来てください。」

 

「当然!」

「はいっ!」

「うんっ!」

「はいっ」

 

 

「…シノン。」

「…なに、カズマ。」

 

「頑張ってこいよ。」

「…ええ。」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「シノンさんも、他の4人と関わるようになって一安心ですね。」

 

「だな。さすがカズマってとこか。」

 

「褒めても何も出ねーぞ。…ま、多少なりとも響いてくれたみたいで良かったよ。」

 

「あはは…それにしても、カズマがはじまりの街の保護施設に寄付してたとはな。キリトさんは、ユイちゃんの親を探す時に尋ねたんでしたよね。」

 

「ああ、そうだな。それからは俺も関わらせてもらってる。…そういえば、カズマはどうやって、あそこのことを知ったんだ?聞いた事無かったけど…」

 

「黙秘。」

 

「ええー…」

 

「ここでかよ…」

 

「良いだろ別に。それより、早くクエスト行こうぜ。現地集合のウッドとコウヤさん達も待ってるだろ。」

 

「上手く摩り替えやがって…まあ、いいや。いずれ聞き出すからな。」

 

「ご自由にどうぞ。」

 

「エギルー!準備OKだぞー!」

 

「おう!俺ももう行けるぜ。」

 

 

「よしそれじゃあ、行くか。」

 

 

「「「おー。」」」

 

 

 




あーあー、次はバレンタインかなー。
1ヶ月すっ飛ばすかー。多分。


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第20話 こいつじゃねえか


さあさあさあさあ!

前回の話からどれくらい経ったかな!?
正解は〜…




本編で!

  (′ω’  )バキュン!

アギャー!!



 

あれから、2ヶ月の時が過ぎた。

 

 

攻略組の破竹の活躍もあり、アインクラッドの攻略は、第85層という所まで完了している。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ぅあ〜……この時期に、この気象設定は反則だぜ〜…」

 

「だなー…」

 

 

第22層、とある湖の畔。

緑生い茂る傾斜に、3人のプレイヤーが横たわる。

 

その中の1人…キリトは、いつもの長袖に袖を通し、降り注ぐ柔らかい陽光を一身に受ける。

その横のカズマは、半袖の服のまま大の字に寝転んでいた。

 

「…カズマ、寒くないのか?」

「おいおい、もう3月だぜ?兄貴。半袖の季節は3月からだろ。」

「いや、普通はもう少し後だと思うんだが…」

 

「なら、これが俺の普通だよー。《皆違って皆良い》って、よく言うだろ?」

「そこまで深い言葉を使うことでもなくないか?」

「細かいなぁ。例えだよ例え。」

 

カズマは笑う。

そして、チラリと反対側に目線を向けて、もう一度笑った。

 

 

「…にしても、よく寝てんなぁ。」

 

 

カズマの横に寝転ぶ、もう1人の青年…シュンヤは、猫のように丸まり、安らかな寝息を立てていた。

こうしてみると、子供のようなあどけなさが垣間見える。

 

「…ま、ギルドで参謀もしながら、攻略責任者もしてるからな。ボス戦したばかりだし、疲れも溜まってるだろ。精神的にさ。」

「この世界肉体的疲労はないからありがたいよな。」

「同感だ。」

 

言い合って、もう一度彼らは笑い合う。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

数日前。

3人の率いる少数精鋭ギルドは、攻略組の面々とともに、第85層のフロアボス攻略に乗り出した。

 

結果的には、3人の活躍もあり、ボス攻略は成功。現在攻略組は、第86層の攻略に躍起になっている。

 

ただ、それでも。

被害が全く無く終わったわけでは決してなかった。

第85層ボス《ムサシ・ザ・サムライキング》の攻撃の前にタンク隊からは4人、ダメージディーラー隊からは3人の犠牲を出してしまった。

 

ここで、身内贔屓という訳では無いが、決してシュンヤの作戦が的外れだったからでは無い。

ならば、何故そこまでの犠牲者が出たか。

それはやはり、《アンチ・ビーター》の存在が大きい。

今も尚シュンヤが攻略責任者であることに不満を持ち、命令に反抗的な者が一定数存在するからだ。

 

特に、聖竜連合。

 

あのギルドは、ギルドリーダーである《ギレス》というプレイヤーが、まさしくアンチ・ビーターと言われる存在であったため、その割合は比較的に大きかった。

 

だが…

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

「しかしまあ、まさかギレスの野郎がゲームオーバーになるとはねぇ。」

 

 

カズマは上体を起こして伸びをしながらそう呟く。

そう、聖竜連合のギルドリーダーであったギレスは、先のボス攻略戦において命を落とした。

ボス攻略の後、ギルドメンバーが黒鉄宮にまで確認しに行ったらしいので、確実だそうだ。

 

 

「…一応奴がポリゴンになるところは誰も見てないらしいけど、《剣士の碑》に横線が加えられているなら確実だろうな。」

 

「そんで、次の聖竜連合のギルドリーダーはシュミットになるんだっけか。あいつなら、順当っちゃ順当か。」

 

「そういえば、カズマはギレスのおっさんには反発したりしたこと無かったよな。お前ならズバッと言いそうなもんだが…」

 

「高い権限に溺れた自己中ほどめんどくさいものはねえからな。それに、あいつの一派がシュンヤに反発しても、影響があるのはあいつらだけだった。それなら、わざわざ言う必要もねえだろ。」

 

「けど、あの人達を説得出来たら今回の犠牲者ももっと少なかったんじゃ…」

 

「だとしても、なんで俺らがあいつらの面倒まで見なきゃなんねえんだよ。言うこと聞いてくれんなら別だけど、そもそも俺らの言うこと聞かねえからああなったんだ。自業自得。」

 

 

カズマは「そんなのは助け合いじゃねえ」と、そう吐き捨てると、視線を目の前に広がる水の塊に移した。

遊泳する水鳥が一声鳴いて、羽を広げて宙を舞った。

尾から振り落とされる水が、陽光に照らされて光り輝きながら落ちていった。

 

そして、シュンヤが目を覚ます。

少しだけ身を捩ってから、薄らと目を開けた。

カズマと同じようにゆっくりと上体を起こして伸びをしながら、欠伸をする。

 

「おっ、ようやくお目覚めか。」

「おおー…はよっす。」

「おはようシュンヤ。随分寝てたけど、ちゃんと寝れてるか?」

「え、キリトさん本当ですか?何時間くらい…」

「まあ、小一時間ってとこか。確かこの後用あるんだったよな?」

「はい。攻略組に入りたいっていう人が増えてきたんで、それの面接が。」

「なるほどね。それでアスナも昼から用があるって言ってたのか。」

 

キリトは納得したように頷いた。

 

「なあ、シュンヤ。それ、俺も行っていいか?」

 

カズマの突然の問に、シュンヤは少しだけ固まった。

 

「え?…別に構わないけど。…どうしたんだ?」

「やー、ちょっと気になって。果たして入ろうとして奴らがどんな奴らなのか…とか。」

 

「…まあ、気持ちはわかるけど。けど、その人達の腕前によっては誰も採用しないかもしれないぞ?それでも良いのか?」

「いーよ。もしかしたらギルドの人事係である俺のお眼鏡にかなう奴がいるかもしれんし。」

「いつからお前が人事係になったの?」

「今から。」

 

カズマはそう言って笑う。

そんな様子にシュンヤは少しだけため息をつきながらも、少し笑って応えた。

 

「キリトさんもどうですか?」

「ん?ああ、そうだな…うん、それじゃあ同行させてもらおうかな。」

 

「分かりました。それじゃあキリトさんの家で待ち合わせなので行きましょう。」

「だな。」

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

その後、3人はアスナと合流。

転移門まで続く道をゆっくりと歩く。

 

「うん、この時間なら予定時刻まで十分間に合いそうだね。流石シュンヤ君。」

「いえいえアスナさん。寝ていたシュンヤを俺が起こしたので、どうか俺を褒めて…」

「サラッと捏造すんな。俺は自分で起きたんだよ。」

「ちえっ。良いじゃんかよー少しくらい。」

「良くねえよ。」

 

「あはは…カズマはアスナに褒められるの好きだよなぁ。」

「いやだって、しっかり者のアスナさんに褒められたらすげえ嬉しいじゃん?なんか自信も付くし。」

「そ、そうなの…?」

 

「いやー、産まれてこの方、年上の女性に褒められることがなかったもので。なんというか、新しい扉が開いたというか…」

「母さんがいただろ。」

「あれはまた別物だろ。」

 

キリトとカズマの掛け合いに、アスナはクスクスと笑う。

 

「2人って、本当に仲良いよな。」

「そうか?普通だろ。」

「いえいえキリトさん。兄弟とは言ってもあまり口を聞かない兄弟もいますからね。」

「でも、お前とコウヤさんは仲良いよな。」

「…まあ、仲は良い方だな。歳はそこそこ離れてるけど。」

 

「そういえば、アスナさんは…」

「えっ?」

「あ、いえ…確か、アスナさんにもご兄弟、いましたよね。」

「あー…うん、よく覚えてたね。兄さんが1人いるよ。…けど、キリト君達やシュンヤ君達みたいな感じではなかったけどね。」

 

「…えと、これ聞いていいんすか?」

「なによ、振ったのカズマ君じゃない。」

 

プクッと、少しだけ頬を膨らませるアスナ。

彼女の言葉に「ウグッ」と、痛いとこを突かれたと言わんばかりのリアクションを、カズマはとる。

その様子に、アスナはもう一度笑った。

 

「いいのよ。3人とは長い付き合いなんだし。それに、2人とは《向こう》でも家族なんだから。」

 

キリトとカズマに向けられたその言葉に、2人は少しだけ照れながら頷いた。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「アスナさん。も1つ良いですかね。」

「ん?どうしたの、カズマ君。」

「や、またリアルのこと思い出しちゃうかもなんですけど…」

 

「…須郷伸之について、アスナさんの主観でいいので教えてくれませんか?」

 

「…それは、どうして?」

「カズマ、お前まさか…」

 

カズマの問に、アスナは問で返し、キリトはそれに少しだけ眉をひそめた。

 

「…これはあくまで、俺の勘なんですが…」

 

 

 

「須郷は、近い将来俺達に接近してくると思うんです。」

 

 

その言葉に、しかし3人は驚きの様子はない。

アスナは少し思考するように手を顎に当てて、そのままカズマに問う。

 

「…それは、団長のことを考慮して?」

「端的に言えば、そうです。」

「他にも何か理由があるのか?」

「理由というか、根拠というか…。いや、確証はもちろん無い。」

 

カズマは首を横に振りながらも、「けど」と話を続ける。

 

「この数ヶ月間少し考えてみた。須郷はなんで、この世界を乗っ取ったか。あいつにとってのメリットは何なのか。…けど、()()()()()()()()()()。」

「なかった…?」

 

 

 

「いや、正確にはあるんだろうけど、《俺が考えられる中では》無かった。《世間体》、《金銭》のどちらにおいても《ハイリスク・ノーリターン》にしか見えない。」

 

「…ただ、()()()()()()()が合致するなら、この乗っ取りにも納得がいく。」

「条件…?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「コウヤさんの話では、須郷は茅場と同じ大学の後輩。しかも同じ研究室にいた間柄。少しでも交流はあったと考えていい。」

 

「ただ、茅場晶彦は天才だ。正直、あいつ以上の天才の数なんて、片手の指だけで事足りる。そんな奴が同じ研究室で、しかもどんどん出世していくの傍から見ててどう思う?…普通は、劣等感を抱く。」

 

「劣等感…」

 

「広くいえば《コンプレックス》ってやつだ。その学生時代のコンプレックスが爆発して、先輩でありコンプレックスの元凶でもあった茅場晶彦の真似をしている…そう考えたら、一応の説明はつく。」

 

「勿論、こんなものはあくまで推論。ただの仮説です。根本的なものが間違っている可能性も、否定は出来ない。…ただ、万が一に備えて知っておきたいな、と。」

 

 

 

カズマの少し長めの説明の後。

アスナは考えるように停止する。

少し悩むように顎に手を当てて、思考する。

…だが、結論は意外と早く出る。

 

「…そうだね。絶対ある、とも言えないけど、絶対無い、とも言いきれないもんね。うん、分かった。私の主観でいいなら、教えるよ。」

「…ありがとうございます。」

 

「お礼は大丈夫だよ。それに、少し時間が経った情報だから、鵜呑みにはしないでね?まず体格に関してだけど…」

 

 

「身長は結構高くて、170後半はあったかな。キリト君より、頭半個分は上かな。中肉中背で、声は高くもなく低くもないって感じ。髪の色は黒色で目は少し切れ長。」

 

「性格はどんな感じですか?」

 

「性格?性格は…そうだね…目上の人には猫かぶるけど、少し立場が下の人には高圧的…になるかな。」

 

「うっわ。俺が1番嫌いなタイプ。」

 

「私もあまり得意じゃなかった。あと、プライドが高くて、少し短気だね。物事が上手くいかないとすぐ怒りそうな。…どう?こんな感じでOKかな。」

 

 

アスナが言った言葉を、メモに箇条書きで並べて書いたものを、カズマは一通り確認してから頷く。

 

「うん、こんだけあれば十分だと思います。アスナさん、ありがとうございます。」

「ううん。大丈夫。」

「カズマ、それどうするんだ?」

「んー、とりあえず次の攻略会議でシュミットとかシバちゃんに渡すか。極秘情報扱いで。漏れて警戒されても困るし。」

 

「うん、それがいいと思う。…それじゃ、早く行きましょう?面接に遅れちゃう。」

「はい。」

「ですね。」

「そうだな。」

 

3人はアスナの言葉に、各々の返しをして、4人は同じ速度で歩き始めた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

ー第55層・転移門ー

 

 

 

「おお、麗しき紅き剣姫・アスナ様…。この私が必ずや、この世界を解放に導きましょう。」

 

 

 

転移門前につき、集まっていたプレイヤー達の前に立ったアスナに、いきなり膝をつき頭を垂れるプレイヤーが1人。

そいつはまさしく紳士と言わんばかりの態度を保ってはいたが…

 

 

「…なんだよアイツ…」

「頭どうかしてんじゃねえのか…?」

 

「黙れこの三下共がァ!!」

 

 

陰口が聞こえた瞬間に大声を張り上げた。

そして、アスナの元に振り返る時には既に、先程までのスマイルを浮かべていた。

 

「さあ、どうかこの私の手を取ってください!!」

 

さらに続く寒い演説。

周りはその様子に呆気に取られ、そして…

 

 

 

 

「こいつじゃねぇか。」

 

 

 

怪訝そうな顔で、カズマはそう呟いたのだったーー。





Repeat after me?Come on。

「こいつじゃねえか。」

Thank you!

  (′ω’  )バキュン!

( ゚д゚)オ…マイガー…


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第21話 命の責任

プログレッシブでみんな大好き、あの人が登場!?

まさかまさかの展開が…!?


あるかもしれない。
知らんけど(なんやこいつ)




あの後。

 

少しの口頭質問を終えて、面接は解散となった。

本当は実力試験もそのまま行う予定だったのだが、緊急事態ということで次の日まで持ち越しとなったのだ。

そして、面接が終わった後。

キリトの家に、攻略組各ギルドのギルドリーダーとサブリーダーが一堂に会していた。

 

 

その中には、コウヤも含まれていた。

 

 

 

「今のGMと会ったって、そりゃ本当なのか?カズマ。」

「落ち着けよシバちゃん。あくまで《それらしき奴がいた》ってだけの話だ。」

 

急かすような問に、カズマは宥めように声をかけた。

 

「しかし…まさかまた、GMがプレイヤーとして関与してくるとはな…。そいつの、外見的特徴はどんな感じなんだ?」

「今からまとめた紙を回すので、それで確認してください。シュミットさん。」

「ああ、すまない。ありがとう、シュンヤ。」

 

シュンヤはその場にいる全員に、そこそこの数の項目が箇条書きされた半用紙を回していく。そこに書かれているのは、須郷伸之()()()()プレイヤーの身体的特徴。

シュンヤは最後の一人であるカズマに紙を渡してから、取りまとめるように立ち上がって話し始めた。

 

「では、今皆さんにお配りした情報ですが、重要機密ということでよろしくお願いします。」

「重要機密?」

「詳しくは、この情報を認知しているのはこの場にいる各ギルドのリーダーとサブリーダーのみ。幹部や部下にも教えないでください。1度漏れてしまえば、下手をすれば二度と姿を現さなくなってしまうかもしれません。」

「なるほど。それは確かに。」

 

うんうんと、ユウキが納得したように頷く。

 

「ちなみにですが、僕もその資料を拝見させて頂きました。概ね、須郷伸之の身体的特徴に関しては当てはまっています。まだ、確証は持てませんが。」

 

コウヤのその言葉に、全員が頷いた。

 

そして、彼女の横にいた一人の男性が手を挙げた。

目立つ青い長髪に、少し彫りの入った顔の男性プレイヤー。

シュンヤはその人物を手で指した。

 

「…リンドさん、どうぞ。」

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

リンド。

かつて、攻略組最古参のギルドであり、聖竜連合の前身であったギルド、《ドラゴン・ナイツ・ブリケード》、通称《DKB》を率いていた男。

第25層ボス攻略戦において、甚大な被害を蒙り、その責任を取る形でギルドリーダーを辞任。

そのまま聖竜連合と名を変えた、ギルドのメンバーとして残り、尚も攻略組メンバーとして邁進していた。

 

 

 

「…1つ、いいか?」

 

「んー、なんか面倒くさそうなこと言いそうだからダメ。」

 

「…カズマさん、真剣な話なんだ。」

 

「ならいちいち聞くなよ。議長から許可もらってるんだから、堂々と話してくれ。」

 

呆れたようなため息と共にカズマが言うと、リンドは少し申し訳なさそうに「…分かった」と呟いた。

 

「…俺は、なんでここにいる?」

 

「んなもん、聖竜連合のサブリーダーに選ばれたからだろ。」

 

さも当然と、カズマは返す。

 

「違う…!何故俺は、またこの地位についているんだ…!!」

 

そう言うと、リンドは勢い良く立ち上がった。

 

「…俺は、退いた筈だ。あの日、あの層で失った彼らの、仲間達の命の、責任を取るために…!なのに、なんでまた、俺は…!!」

 

リンドは拳を強く握り、身体を震わせる。

その口元も僅かに揺れており、それに凄まじい力が入っていることを知らせていた。

しかし、そんな彼に…

 

 

「知るかよバーカ。」

 

 

カズマはそう吐き捨てた。

その言葉の瞬間、周りは少しだけピリつき、横にいたアスナやキリトも驚いたような反応を見せた。

 

「おい、カズマ…」

 

「死んだ仲間の命の責任を取る?は?自惚れんのも大概にしろ。死んだ奴の命の責任なんざ誰かが取れるわけねえだろ。そいつらの命はそいつらのもんだ。他人にどうこうされるものじゃねえ。」

 

「……」

 

「それとも何か。そいつらのこといつまでも引きずって、今の仲間の信頼や信用まで裏切る気か?お前がそこにまた戻れたのは、今の仲間がそれを望んでるからだろ。」

 

実際、聖竜連合のメンバーの中にはDKBから残っていた者も少なくはなく、リンドの復帰を願う者も多かった。

たとえその1度の失敗がとてつもないものでも、それまで彼が攻略組を引っ張ってきたことは、無くならないのだから。

 

「別に、何かを引きずんのはそいつの自由だとは思うけど、その為に仲間の信用まで蔑ろにすんのは違ぇんじゃねえの?」

 

カズマの何処か説得力のある言葉は、部屋中に重く響き、静寂が部屋を包み込む。

やがて、キリトが静寂を破る。

 

 

「リンドさん。正直俺は、リンドさんの心境はよく分からない。確かに俺はギルドリーダーという立場にはついたけど、DKBのような大ギルドを率いた経験はないから。」

 

「…ただ、目の前で零れていく命を、俺も幾つも見てきた。大切な人を亡くしたことも、ある。…俺達は、そんな人達の《死》を、受け止めながらも、乗り越えていかなければならないんだと、俺は思う。…今この時を、生きる者として。」

 

 

キリトの言葉の後。

リンドは何かを言いかけたが…

しかし、すぐに口を噤む。

 

ポンッ

 

そして、横にいたシュミットに肩を叩かれ、その直後。リンドはゆっくりと、ソファに腰を下ろした。

 

「それでは、続けましょう。」

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「けどよう、この…《アルベリヒ》っつうのか?こいつの処遇一体どーすんだよ。」

 

クラインのもっともな質問に、シュンヤも苦笑いを浮かべた。

 

「そうですね…そこが1番の問題点というか、今回の議題の肝でもあるんですよ。」

 

「流石にHPゼロには出来ませんからね。」

「おー、優等生のランにしては殺伐とした例え…」

「からかわないでくださいよ、カズマさん。」

 

「何処かに幽閉したりなんかはできないのか?」

「それも考えましたけど…間違えてたら冗談じゃ済みませんし、何よりGMなら普通に抜け出せるかと。」

「あー…」

 

「…難しいな。」

「正攻法が通じないと、厄介ですね。」

 

やんよやんよと、意見が飛び交う。

しかしそんな中、黙り込んでいた1人のプレイヤー。

SAO最大最強のギルド・血盟騎士団の団長、アスナは考え込むように腕を組み、目と口を閉じていた。

 

「あ、アスナ…?大丈夫か…?」

 

心配するように覗き込むキリトの声。

それにも、反応はなかった。

…だが。

少し間をあけた次の瞬間。

アスナは、爛と目を開いた。

 

「うん。…皆、少し良い?」

 

アスナがそう言うと、すぐに全員が黙り込み、彼女の方へ向いた。

アスナはそれを確認してから、テーブルに両手を置いて、話し始める。

 

「少し、協力して欲しいことがあるの。…良いかな。」

 

「なんなりと。」

 

カズマが応えると、それに全員が呼応した。

 

「ありがとう。…明日の実力試験なんだけどね…」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

次の日。

 

転移門広場に集まった20名ほどのプレイヤー達の前に、1人のプレイヤーが立つ。

そのプレイヤーは背中に吊っていた赤い剣を引き抜いて、そのまま地面に突き立てた。

 

その瞬間、彼の黒いコートの裾がたなびく。

 

 

「…あいつ…」

「…すげえ…《死神》だ…」

「確か昨日は、横にいただけだったよな…」

「今日は、あいつが試験官なのか…?」

 

 

口々の言葉を放つプレイヤー達。

それを黙らせるように、カズマは声を上げた。

 

「攻略組参入を希望するプレイヤー諸君。俺はカズマ。一応、攻略組でダメージディーラーをしている者だ。今日は、皆の実力試験の担当官ということでよろしく頼む。」

 

カズマの言葉に、少しばかり驚きの声が上がった。だがそれに構わず、カズマは続けた。

 

「俺の行う試験は簡単だ。それぞれのパーティーメンバーで、この圏内において俺と模擬戦を行う。もちろん俺に攻撃してもHPは減らないので、皆遠慮なくかかって来てくれ。その模擬戦を見て、あそこにいる怖〜い採点官の人達が合格不合格を決める!是非全力で励んでくれ!!」

 

 

スカァンッ!!

 

「短剣が飛んできた…!?」

「死神の頭に命中したぞ…!?」

「短剣を拾って…結ばれてた紙を読み始めたぞ…」

「なんだ…?紙を見て頷いてる…」

「まさか、もう不合格者が…!?」

 

ザワザワザワザワ

 

「失礼した!あそこにいる採点官だが、決して怖くない!むしろ優しくて麗しい女神のような人ばかりだ!」

 

……………

……

 

 

「以上だ!」

 

「「「「それだけ!?!?」」」」

 

 

…こうして。

 

少し締まらないまま、実力試験は開始された。

 

 




さあさあさあさあ

アインクラッドも残り15層!
ここからはポンポン行きたい!(あくまで希望)

新しいキャラはまだいる…かも?

?「なんでや!」


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第22話 鬼ごっこ


思うんだけどさ。



よく自分の名前に《アルベリヒ》(妖精の王)なんて付けれるよね。
普通に恥ずい。


攻略組参入前の実力試験。

 

それは、3ヶ月に一度ほどの頻度で行われていた。

 

そこでは、普段はPvPなどは実施しておらず、基本的には圏外へ出てモンスターへの対処などを見ることを主としている。

 

しかし、今回ばかりは事情が違った。

 

須郷に限りなく近い人物…アルベリヒの実力を重点的に見る為にもこの変更は仕方の無いことだったのだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

第55層転移門広場。

そこの一角に円を作った大衆が歓声を上げている。

その中心では、対峙する5人のパーティーと、2人のプレイヤー。

 

2人の片方、カズマは大股のステップで前に出て、手に持つ剣を5人の中のタンクに叩き込む。

 

「グッ…ゥッ…!!」

「良い硬さだ…!」

 

タンクは少し押し込まれながらも、カズマの連撃を5発受け止め、カズマが手を止めた瞬間に叫ぶ。

 

「スイッチ!!」

「「おう!」」

 

すぐ様2人のダメージディーラー役が前に出て、カズマに向かって剣を振りかぶり、そのまま振り下ろした。

だが…

 

ギィンッ!!

 

「グッ…!」

「くそッ…!」

 

すかさず前に出たコウヤの巨大な盾に、その攻撃は虚しくも弾き返され、彼らの流れは止まってしまう。

 

その隙をコウヤは見逃さず、右手の剣を青色に染めた。

 

「フッ…!!」

 

閃く右手。青い軌跡を描いて、剣は空間を走る。

放たれた3発の斬撃は、ダメージディーラー2人を容赦なく吹き飛ばした。

 

「クソっ…!」

 

当然タンクは守りを固めようと腕に力を込めて、迎撃態勢を整えた。

…しかし。

 

ガァンッ!!

 

「なっ…!?」

 

カズマの盾の《縁》に対する攻撃により、思わず盾と体が傾いてしまう。もちろん、態勢を戻そうとはするが、しかしカズマの方が一手早い。

 

「ゼアァッ!!」

「うわあぁっ!!」

 

タンクのプレイヤーは、呆気なく吹き飛ばされてしまった。

 

そして…

 

「そこまで!!」

 

アスナの可憐な声が響き渡ったのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

今回の実力試験は、パーティーメンバーで挑むものはコウヤとカズマの2人が、3人以内で挑む者はカズマ1人で相手をすることになっている。

 

今回はあくまで、モンスターへの対処というより、それぞれの連携と技量を見ることが目的だからだ。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

ー昨夜ー

 

「明日の実力試験ですが、圏内でのPvPを行いたいと思います。これについて何か質問があればお願いします。」

 

アスナの発表。

それにすかさずユウキが手を挙げた。

 

 

「はい、ユウキ。」

「PvPっていうのは、デュエルでもするの?」

「いいえ。あくまで安全な…圏内で剣を交えるだけ。それならHPも減らないし、コードも出ないから安心でしょう?」

「あー、なるほど。」

 

「俺からもいいですかね」

「はい、シュンヤ君。」

「相手をする人数なんかはどうするんですか?試験する人達と同数でやるんですかね?」

 

「いいえ、基本的には3人以内なら一人、それ以上ならタンクとダメージディーラーの二人で対処してもらおうと考えています。あまりこちら側が多くなると、その人達が力を発揮できなくなるかもしれないからね。」

 

「なるほどね、つまりその人達を俺らの残りの人達で評価すると。」

「そうなるね。」

 

 

キリトが理解したように頷くと、アスナもそれに相槌を打った。

 

「それじゃ、相手をする人はどうするかなんだけど…」

 

アスナはぐるりとその場にいる全員を見渡す。

そして、シュンヤは誰も挙げないことを確認してから…

 

「あ、それじゃ、俺が…」

 

 

「俺やりますよ。」

 

 

シュンヤが言い終わる前に、カズマが声を上げた。

シュンヤはすぐ横にいたカズマを見る。

カズマはシュンヤを「なんだよ」と言わんばかりの目で見つめた。

 

「…珍しいな。お前が立候補するの…」

「別にいいだろ。たまにはこういう事でも役に立たせてくれ。ギルドの人事係としても、やっぱり肌で感じときたいしな。」

 

カズマはそう言うと、立ち上がった。

 

「それに、やりたいこともあるしー。」

「やりたいこと?」

「うんにゃ。なんでもねえ。それじゃ、タンクの係はコウヤさんに頼んでも良いすか?シュミットとかシバちゃんにはギルド重鎮として評価する側にまわってほしいんで。」

「ああ、構わない。」

 

「アスナさん、それでいいですか?」

「ええ、勿論。…2人共、よろしくね。」

「うぃっす。」

「分かりました。」

 

 

「それじゃ、やりますかね。」

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

作られた大衆の円の内側。

実力試験を見守る数人のプレイヤー。

しかし、そこには何処か値踏みするような視線が向けられていた。

 

「まったく…カズマの奴、ほとんど本気じゃないか…」

 

「まあでも、あれくらいしてもいいんじゃない?手加減しても意味無いだろうし。」

 

「…まあ、そうなんですけど…あいつ俺に『お前は速すぎて攻撃当たんねえだろ』って言ってたのに、今のところカズマの奴ほぼ全部避けてるじゃないですか。」

 

「あははは。カズマ楽しそう。」

 

アスナは微笑み、シュンヤはボヤキ、ユウキは羨望の眼差しを向ける。

 

「…まあ、カズマの野郎なら『俺如きに当てられないやつがボスに当てられるか』、なぁんてこと言いそうなもんだけどな。」

 

クラインの苦笑混じりの言葉に、キリトも同調して「だな。」と呟いた。

 

「そういえば、今日はシャムちゃんも見に来てるんだっけ?」

「はい。あいつの友人がこの試験受けるらしいので、大衆の中にいると思いますよ。」

「レインさんと、フィリアさんだっけ?あの2人は良かったよね。」

「今のところ、唯一攻撃当ててますからね。カズマも嬉々として2人のこと見てましたし。」

 

スカウトするかもなぁ、とシュンヤはため息混じりに呟いた。

それには、キリトとアスナも苦笑いを浮かべるしか無かった。

 

 

「キリトさん、アスナさん。来たぞ。あいつだろ?」

 

 

リンドの声に、その場にいた全員が黙って中央に注目する。

 

先程までの5人が引き上げ、その様子を卑下じみた顔で見つめる、金髪のプレイヤー。

その装備品も金や白を基調としたものであり、所々紫や赤も入ってはいるが、余計に目がチカチカする。

 

正しく、アルベリヒであった。

 

そして、一瞬。

カズマは彼らの方へ顔だけ振り向いた。

そして、僅かに口を動かした。

そのまま向き直ってしまう。

 

「なんだ?」

「『ちゃんと見とけよ』じゃないかな?」

「多分、そうね。」

 

「すげえな、ユウキ、ラン。よく分かったな。」

「いや、勘。」

「あの人的外れなことは言わないので、多分それじゃないかと。」

「なんだそりゃ。」

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「おや、あのタンクは私の相手では無いのですね。」

 

アルベリヒの言葉に、カズマは笑みを浮かべた。

 

「残念ながら、あの人の参入は4人以上が相手の時だけだ。あんた1人だろ?」

 

「そうですか。私は別に2人でも構わなかったのですけどね。」

 

「へえ、自信満々だな。そりゃ楽しみだ。」

 

カズマは笑う。

そして、それと同時にアスナの声が聞こえた。

 

「2人共準備はいいですか!?」

 

「おや、そろそろ時間のようだ。それでは、よろしくお願いします。」

 

「ああ。よろしく。」

 

アルベリヒは控えめな挨拶を交わすと、腰の鞘からゆっくりと細剣を引き抜いた。

その刀身を見て、観衆から感嘆の声が上がる。

色は赤黒く、形はまるでお菓子のアポロのような形が何段も積み重なり、先の1つが鋭利に尖っていた。

エストックに見えるが、しかし側面からも鋭い光が見えることから、側面も攻撃判定ありだろう。

禍々しいその武器を、アルベリヒはカズマに向けた。

 

…しかし。

 

ザワッ

「…なっ…?」

 

騒ぐ大衆。

驚きの声を上げるアルベリヒ。

それを見てカズマは、不敵な笑みを浮かべた。

 

カズマはあろうことか、抜いていた剣を背中の鞘にしまい、静かに佇む。

 

「…なんのつもりだ?」

 

アルベリヒの少し怒気の含まれた口調に、カズマはヘラヘラと返す。

 

「いやなに、自信満々のあんたのその剣技を俺も見てみたいと思ってな。剣撃ち合ってちゃ、分からないだろ?それに、()()()()()()()()()()()。」

 

カズマはそう言いきった。

その瞬間、アルベリヒは凶悪な笑みを浮かべた。

 

「クククッ…なるほど。それなら、後悔させてあげましょう。この私を、侮ったこと…!」

 

「…そう熱くなんなよ。《ゲーム》なんだからさ。」

 

憎悪に滲んだその笑みを、しかしカズマは笑みで受ける。

笑みを浮かべたまま、カズマはゆっくりと手を挙げた。

準備完了の合図ーー。

 

「…それでは、始め!!」

 

アスナが叫び、砂時計をひっくり返す。

 

 

 

「キエエエエエェェェェェッ!!」

 

 

 

始まった瞬間、アルベリヒは突進を開始。

凄まじい速度のそれを視認できたのは、おそらく少ないだろう。

 

アルベリヒは笑みを浮かべたまま、勢いそのままに右手の剣を突き出す。

その刀身が、カズマの胴に命中した。

 

 

 

ヒュオッ…

 

 

「…え…?」

 

……いや、命中した()()()()()

事実、彼の細剣の先には何も無く、あるのはただ虚空のみ。

そして、その少し横にズレた先にいる、黒衣の青年。

カズマはポケットに手を突っ込んだまま、アルベリヒに笑いかけた。

 

「どした?そんなに惚けて。」

 

 

()()()()()()()()?」

 

 

「…ッ…この!!」

 

繰り出される二撃目。

それもカズマは難なく躱した。

 

「言っただろ…?」

 

 

 

 

「《ゲーム(鬼ごっこ)》だって。」

 

 




わーい、鬼ごっこ鬼ごっこ〜!

殺伐としすぎだけどネ★


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第23話 終幕のプロローグ

前の話の題名とのギャップがやべえw

誰だこんな題名付けたやつ(お前だよ)



「ハアアァァァァッ!!」

 

アルベリヒの持つ赤黒い細剣が、瞬時に光に包み込まれる。

それは、ソードスキルの発動を意味する。

彼が繰り出した技は《トライアン・ギュラー》。細剣三連撃技。

 

…だが、カズマは知っている。

 

ヒュバッ!

「な…ッ!」

 

「その技、下段攻撃はないんだよな。」

 

カズマはしゃがみ込むだけでソードスキルを回避すると、技後硬直に陥ったアルベリヒを尻目に、そのままステップで距離をとった。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…ッ…」

「ほれ、まだまだ時間はあるぜ。もっと来いよ。さすがに命中0ってのは、面子が立たねえだろ?」

 

カズマはそう言って、笑みを浮かべた。

 

そして、挑発するように手招きをする。

 

それは、限りなく安い挑発。

…しかし。

 

「…クソォッ!!」

 

余裕のなくなったアルベリヒには、効果覿面(こうかてきめん)だった。

凄まじい速度の突進。

しかしまたもその剣は、呆気なく空を切った。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「あの馬鹿…どれだけ挑発するんだよ…」

 

カズマとアルベリヒの…というか、一方的なアルベリヒの攻撃とカズマの回避を見つめながら、シュンヤは頭を抱えた。

その様子に、アスナも苦笑いを浮かべる。

 

「…すごいね。人ってあそこまで見事に、他人をおちょくれるんだ。ちょっと感心しちゃうよ。」

 

「…あいつがやりたいことって、あれのことかよ…。確かに、俺じゃあそこまで見事に挑発は出来ないけど…」

 

アスナが感嘆し、シュンヤは呻くように呟いた。

だが実際、カズマがアルベリヒを挑発することによって、攻略組ギルドの長の者達がアルベリヒの戦闘をしっかりと見れていることも確かであった。

 

「だがやはり、あのアルベリヒというプレイヤー、どう見てもおかしいな。」

 

「ああ。剣を振る速度や突進の速度を見る限り、かなりの高レベルプレイヤーであること…それこそ、キリトさん達に迫るほどのレベル値であることは間違いないが、戦闘に《駆け引き》が無さすぎる。」

 

「戦闘慣れしていないことが見え見えだな。」

 

シュミット、リンド、シヴァタが顎に手を添え唸りながら呟く。

 

「キリの字よぉ、お前から見てどうよ。あのパツキン野郎は。」

 

「んー、まあ正直、駆け引きに関しては《対人戦に慣れてない》ってことで、説明はつかないことはないけど…。それにしても剣筋が真面目すぎるというか…。」

 

「というか?」

 

「まあ、とりあえず剣技がレベルに見合ってないことは確かだな。例えるなら、《新しく技を覚えた犬》みたいな感じか?」

 

「お、キリの字も言うじゃねえか。さすがは最強プレイヤー様だな。」

 

「からかうなよ、クライン。…にしても、カズマの奴もよくあそこまで避け続けるもんだ。あれだけ手数があって、速度もある攻撃なら、1度くらいは当たり判定があってもおかしくなさそうなもんだが…」

 

その瞬間、またもアルベリヒのソードスキルをカズマはステップとジャンプのみで躱し、周りの観衆から歓声が上がった。

…そして。

 

「多分、それは一生無いんじゃないかな。」

 

「ユウキ…?」

 

ユウキは、目の前で、自身の夫によって繰り広げられている回避劇を見ながら、そう呟いた。

 

「ね、キリトは、ボクとカズマのデュエル戦績、知ってるんだよね?」

 

「え?あ、ああ。確か、48…?層攻略辺りまでやって、カズマが全勝してる…んだったよな?」

 

「うん。ボクとカズマが付き合うまで、層が解放される毎に必ず1回、ボク達はデュエルをし続けた。…まあ、たまに2回や3回の層もあったけど。」

 

ユウキは、何処か感慨深そうに話し始める。

 

「そんな中で、カズマは一度もボクに負けたことは無いんだ。逆に言えばボク、一度もカズマに勝ったことないんだよね。どんだけ対策して挑んでも、すぐに対策の対策されて負けるし。」

 

「へえ…」

 

その話は、その場にいる攻略組の面々全員にとって、少し意外な話であった。

確かに、カズマは強い。

それは間違いないのだが、だがそれと同時に、ユウキの強さも間違いないのだ。

彼女の剣技と戦闘センスは舌を巻くものがある。

そんな彼女に対して全戦全勝を成し得るなど、正直《攻略組最強》と言われているキリトでさえ、自信はない。

 

「…まあ、カズマさんは、《絶対に負けられない理由》があったんだけどね…」

 

ランは、誰にも聞こえない声で呟く。

 

「だからまあ、何が言いたいかって言うとね…そんな、《極限の駆け引き》を体現したようなデュエルで勝ち続けたカズマが、あんな《教科書通り》のつまらない剣に、当たるわけないってこと。」

 

ユウキは信頼と信用に満ちた目でそう呟き、フンッと鼻を鳴らす。

その様子を見て、クスリとランは笑い、キリト達も笑みを浮かべた。

 

そして、静かに目の前の戦闘を見据えたのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

ザッ

 

「行くのか?」

 

「行くも何も、迎えに行かなきゃだろ。」

 

「だな。あのバカ、見事に挑発に乗りやがって…あんなもん、()()()()()()()()()()のバレバレじゃねえか。」

 

「アンタも来るのか?」

 

「ああ。気は進まないけど、そろそろ()()()()に顔くらい見せておかなきゃな。」

 

「そうか。…おい、お前も来るか?」

 

「………」

 

「あいつ、全然喋らねえじゃねえか。」

 

「そりゃな。俺が()()()()()()時も、人の好き嫌いは激しかったからな。…それより、もう決着がついたみたいだ。」

 

「マジか。急がねえと。」

 

「ああ。」

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…」

 

 

大衆の作った円の中心。

ひれ伏すアルベリヒと、それを少し離れて見下ろすカズマ。

2人のその構図が、どのような結末であったかを物語る。

アスナの横にあるテーブルに置かれた砂時計は、既に砂が落ちきっており、無情にも終わりを告げる。

 

「5分間ずっと攻撃を加え続けた根性というか、執念には目ェ見張るもんがあるけど、戦闘に関しちゃ全然だな。悪いが、ステータスとレベル値が高いだけで入れるほど、攻略組(ウチ)は甘くねえから。経験積んで出直してくるんだな。」

 

カズマは耳に小指を突っ込みながら、気だるそうに告げる。

しかし、その言葉にアルベリヒによる返答はない。

身体を震わせ、ブツブツと何かを呟いているようだ。

観衆のざわつきが治まってきたことにより、その呟きは耳をすませばカズマにも聞き取れた。

 

 

「有り得ない…この僕が…負けた…?あんな、なんの力も持たない…クソガキに…?いや、何かの間違いだ…。僕は、選ばれた人間だ…。これは…間違いだ…間違いでなければならない…。」

 

 

何やらブツブツブツブツと、未練たらしく言い訳工場のように、ありとあらゆる現実逃避を表す言葉が発せられている。

 

 

『へえ、プライド高いやつがバッキバキにへし折られると、こうなるんだな。』

 

カズマは何処か関心を示すようにそんなことを考える。まあ、だが今はそんなことはどうでもいい。

カズマは少し後ろに振り向いて、攻略組の面々が集まる場所にアイコンタクトを送った。

 

それに、ほぼ全員が頷いた。

ユウキだけは満面の笑みで親指を立てていたが。

そんな、嫁の快活な笑顔に思わず笑みが漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

…次の瞬間。

 

 

ドォンッ!!

 

「…!?」

 

 

カズマの背後、アルベリヒのいた場所に雷が落ちる。

衝撃波によって、カズマは少しだけよろめくが何とか踏ん張る。

だが、周りの観衆には吹き飛ばされた奴もいるようで、少なからず呻き声も聞こえる。

 

しかし、カズマにとってそんなことはどうでもよかった。

 

雷の落ちた場所。

 

アルベリヒのいた場所の舞い上がった砂塵が晴れて、その姿がカズマ達の前に現れる。

 

アルベリヒの前に立つ、黒いローブを着た2人。

 

その中の、片方のプレイヤーはゆっくりとその被っていた頭のフードをのけた。

 

そこから現れた顔を見て、カズマは顔を顰めた。

 

「よお、カズマ。4ヶ月ぶりくらいか?」

「…ショウマ、随分と遅い登場だな。」

 

まるで予期していたようなカズマの言葉に、ショウマは両手を上げて応える。

 

「お約束だろ?《主役は遅れてやってくる》。かつてのお前のように。」

 

ショウマはひれ伏すアルベリヒを見下ろすと、苦笑を浮かべた。

 

「まあでも、正直顔を出すつもりは無かったんだがな。けど、お前らはこの男の正体を見破り、こうして試験にひと工夫加えた…。だろ?」

 

ショウマの的確な指摘。

それに、カズマは肩を竦めて答えた。

 

「まあな。そこの男のお知り合いがこっちにはいたから。そんな悪目立ちする奴、間違える方がおかしいだろ。」

 

「はっ、違ぇねぇ。」

 

カズマの言葉にショウマは笑みを漏らす。

 

「ま、けど俺らはこうして話に来たわけじゃない。このバカ(須郷)を回収しに来たんだ。こんな奴でも、いなかったらそこそこ面倒だしな。」

 

「逃がすと思ってんのか?」

 

カズマがそう言うと、彼の背後からシュミットとシヴァタが姿を現し、盾を構えて迎撃体勢を整えた。

その場にいる全員が、圏内であることは頭に無かった。

 

「大人しく投降しろ!」

 

シュミットの言葉。

それにショウマはピクリと反応し、振り向いた。

 

 

「あ?誰に命令してんだ?お前。」

 

 

「お、お前らに決まっているだろう!早く投降して、俺達プレイヤーを解放しろ!!」

 

シュミットは勇猛にも、そう言いきった。

しかし、ショウマはそんなことはつゆ知らず。いや、興味が無いのか、「ハッ」と鼻で笑うと、続ける。

 

「投降しろ、ねぇ…」

 

「…なんだ…」

 

 

 

「いいか?よく考えてみろ。今のお前達はゲームのプレイヤー。つまりユーザーだ。それに比べて俺達はGM…つまり管理者であり、ラスボスだ。」

 

「そんな俺達に対して、お前達が何が出来るか。投降することを勧めることか?そんな訳ねえよなぁ?」

 

「俺達を倒して、このゲームをクリアしたいなら、登れ。この塔を。この城を。最後の頂点まで登り詰めろ。それ以外に、お前達のやるべき選択肢はないんだよ。」

 

 

 

ショウマは言い放つと、くるりと踵を返し、アルベリヒに手を置く。

そしてすぐさま、光が天から降り注いだ。

 

「…ッ…待て!!」

 

すぐさまシュミットが叫ぶ。

 

 

「…オズ、後始末は頼んだ。」

 

「オズ…?」

 

 

カズマの耳に入ったその言葉。

 

しかしその瞬間、凄まじい爆発が彼の前で巻き起こった。

 

「グアァッ!!」

 

「グォッ!?」

 

「シュミット!シバちゃん!」

 

タンク2人に守られ、カズマは受けなかったが、しかし2人はカズマの上を飛び越えて数メートルも吹き飛んだ。

 

慌ててアスナ達が彼らに駆け寄る。

 

見ると、既にアルベリヒとショウマの姿はなく、残るはもう1人のローブの人物のみ。

 

そして、その者のフードも、先程の爆発の爆風の影響で揺れて、その内の顔が姿を現した。

 

それは、男だった。

 

男にしては長めの髪。どこか淡く染まったその髪は、右眼を隠すように伸びている。

その目は薄い紫色であり、年齢は大学生くらいだろうか。見たところ、かなり若そうに見える。

突き出された右手には、白い手袋が嵌められていた。

 

「…誰だ…?」

 

カズマにとっては、身に覚えのない人物。

…しかし。

 

 

 

《彼女》にとっては、()()()()()()()()()()()

 

 

 

「…兄…さん…?」

 

謎の男から少し離れた場所。

カズマにとって対角線上にいた、見慣れたツインテールの少女…シャム。

彼女は呟くように、何処か噛み締めるようにもその単語を発した。

 

「兄さん…兄さん…だよね?」

 

シャムの、更なる問い。

男はそれに答えず、黙りこくったまま。

 

そして、シャムが更に質問を重ねようと口を開いたその時。

 

男は、左手をシャムに向かって突き出した。

 

その瞬間、黄色い球体が姿を現し、数秒後それは波動砲となってシャムに襲いかかった。

 

「特殊攻撃…!?」

 

カズマは遅れて足を動かそうとするが、間に合わないのは目に見えていた。

 

 

 

…だが、その攻撃は、シャムに当たることは無かった。

 

 

 

ズガァンッ!!

 

いつの間に移動したのか、コウヤがシャムの前に立ち塞がり、特殊攻撃を彼の盾で相殺する。

 

そして、次の瞬間。

 

「ハアアァァァァッ!!」

 

「…!?」

 

超高速移動をしたシュンヤが、男との距離を瞬時に詰め、納刀からの居合攻撃を放つ。

 

だが、気付かれるのが早く直撃には至らず、ローブを掠めるだけ。

 

男はまた右手に特殊攻撃を発動。

シュンヤにそれを撃ち込む。

 

…だが。

 

「…ッ!」

 

キリトがその間に割り込み、右手に顕現した光り輝く円盾でそれを防いだ。

 

片手直剣ソードスキル《スピニング・シールド》

 

シュンヤはキリトに「ありがとうございます」と礼を言いつつ、すぐさま男に視線を向けた。

 

そこには、懐かしむような、しかし悲しみに満ちた表情が隠れていた。

 

 

「…和幸…さん。」

 

「和幸…」

 

 

シュンヤとコウヤはそう呟いた。

 

やがて、和幸と呼ばれた男はゆっくりと踵を返す。

 

そして…

 

「………」

 

ヒュンッ

 

何も言わずに、その場を去ったのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

残ったのは、僅かな戦闘の後と、驚愕、困惑、そして悲しみであった。

 

 

 

 

 

ーーアインクラッドでの戦いは、終わりに近づいているのである。

 

 




まあ作者自身後何話で終わるか分かってませんが。

お付き合いよろしくお願いします。


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第24話 成長と再起


おっ膝ー!!

というわけで何日空いたか知らんけど久しぶりの投稿!

多分長め!面白くは出来たと思うんで、どうぞご覧あれ!





 

 

 

「え…?」

 

 

 

広い部屋の中、シュンヤの呆気からんな声が響く。

目の前にいる、机の上で手を組む人物…現アインクラッド最強ギルド団長であるアスナは、彼の様子を見て、もう一度言った。

 

「聞こえませんでしたか?」

 

 

「あなた方に対するお咎めは、特にありません。…これからも、攻略組として頑張ってください。」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

あの実力試験から、既に3日が経過した。

 

だが、実力試験の結果を気にする者はあまりいなかった。

 

むしろ、()()()にでてきた、《須郷伸之の仲間》についての情報がタイアップされた。

 

その中の1人が、かつて《ドナウ》という名で攻略組のサポートメンバーに名を連ねていたこと。

 

そして、もう1人の仲間が、攻略組メンバー・シャムの近親者であること。

 

今や、攻略組によって公開された、《アルベリヒ》…須郷伸之の情報により、彼はアインクラッド全プレイヤーの敵として認知されている。

 

その男の仲間の近親者である者がいれば、危険なのではないかという声も少なくない。

 

一部のプレイヤーにいたっては、「処分が下されるだろう」という意見を唱えていた。

 

それは、シャムやシュンヤ、コウヤも、同じ考えだったのだが…

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください!アスナさん!」

 

ハッキリと告げたアスナに向かって、シュンヤはどこか食い下がるように、彼女に近づく。

 

「いくら俺が()()()攻略組で重要な役職に着いてるからって、そんな《特別扱い》は…」

 

「なら聞きますが、私達はあなた方の、()()()()()()()()()()()()()()()()んですか?」

 

「そ、それは…」

 

食い気味のアスナからの問に、シュンヤは思わず黙ってしまう。

彼の中にあった、《償わなくては》という、どこか使命感にも似た考え。

しかしそこには、確かな具体性は無かった。

 

黙り込み、少し俯くシュンヤを見て、アスナは気を落ち着かせるようにため息をつく。

 

「…ごめんなさい。少し、イジワルでしたね。」

 

彼女はそう言って、前かがみにしていた体勢を崩し、力を抜くように体重を椅子の背もたれに預ける。

そして、姿勢を正してからもう一度目の前の3人に目線を送った。

その口元には、微笑が浮かぶ。

 

「先程も言いましたが、我々攻略組ギルドはあなた方を咎める気はありません。これからも、その腕を存分に振るっていってもらいたいと考えています。」

 

「…どうして、ですか。」

 

 

 

「それも先程言いましたが、あなた方を咎める理由が、今は何一つないのです。例えばあなた方が須郷伸之、もしくはシャムちゃんの近親者であろう彼の仲間に、情報漏洩などを行っていれば、迷わず処罰するでしょう。」

 

「しかし、今回は()()()()()()()()()()だけ。それだけのことで、今の攻略組主力メンバー3人を処罰するなど、愚行でしかありません。…以上が、今回の結論の理由です。何か質問は?」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

アスナの言葉に、3人は何も言わなかった。

しかし、しばらくしてからコウヤがゆっくりと手を挙げた。

 

「…アスナさん、1つ良いですか?」

 

「どうぞ。」

 

2()()()咎められない理由は、分かりました。2人はこの二年半の間に、信頼関係を築いたのでしょうから、それくらいの信用・信頼は理解できます。」

 

「…」

 

「…ですが、私は違います。せいぜい、皆さんとの付き合いは数ヶ月程度。…2人が築いたモノとは程遠い…。私への《処罰無し》という判断に、反感がないとは考えられません。」

 

コウヤのその指摘に、アスナは口ごもった。

悩むような間の後、アスナは口を開く。

 

「…正直、それについて批判がなかったと言えば嘘になります。あの者達と、最も《繋がり》がある可能性があるのは…コウヤさん、あなたですから。」

 

「……」

 

「ただ、それでも。やはり、我々の中で貴重な戦力であることは間違いありません。…それに、先程『信頼がない』と仰っていましたが、コウヤさんは攻略組内で十分信頼を得ていると私は思いますよ。」

 

「それは…どういう…」

 

「あらゆるところで見せる気配りや、優しくも確実な指摘。それらはこの世界で、簡単に出来ることではありません。…それは、シュンヤ君にも言えることですが、とても魅力的な要素です。実際、その事で短い期間でもあなたを信頼しているプレイヤーは多くいます。あなたが、どう思っているかは分かりませんが…」

 

 

「コウヤさんは間違いなく、我々の《仲間》です。」

 

 

「ですから、これからもお力添えをしていただけるとありがたいです。」

 

「…分かりました。《あいつの親友》としての落とし前は、ゲームクリアの貢献でつけることを約束します。」

 

「…期待しています。」

 

「…はい。必ず…。」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「さて…シャムちゃん。」

 

「は、はい…」

 

どこか怯えたような、申し訳なさそうな様子のシャムに、アスナは優しく微笑む。

 

「そんなに気負わなくて大丈夫よ。今回はシャムちゃんになんの落ち度も無いんだから。」

 

「…はい…」

 

「シャムちゃん、あの時いたのは、シャムちゃんのお兄さんで、間違いない?」

 

「…はい。間違い、ありません。」

 

「分かったわ。それじゃ、今度の攻略会議も3人とも参加してね。本当は休ませてあげたいけど、そこまで戦力に余裕がある訳じゃないから。」

 

「はい。」

 

「分かりました。」

 

「…はい。」

 

「…それじゃ、今日はこれぐらいにしておきましょう。3人とも、ゆっくり休んでね。」

 

 

ーーその後、3人はエギルの宿へと歩を進めた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

ーーアスナによる報告から、数十分後。

 

 

シャムは、静かに頭を下げていた。

 

彼女の目の前には、彼女と同じギルド《ビーターズ》のメンバー達。

そこには、シュンヤやコウヤだけでなくキリトやリズ達も同席していた。

その中の1人、カズマはため息混じりに呟いた。

 

「…シャム、お前本気か?」

 

 

「『このギルドを抜けたい』なんてさ。」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

ー数分前ー

 

 

「…シュンヤさん、私ギルドを抜けようと思います。」

 

「え…?」

 

「シャム、お前…攻略組はどうするんだよ。」

 

「…ソロとして参加出来ればと、思っています。最近は私の腕も上がりましたし、レベルも余裕が出来て…」

 

「そんな事、許せるわけないだろ。」

 

シャムの言葉に、シュンヤの鋭い声が割り込んだ。

…だが、シャムは少し黙ってから続ける。

 

「…それに、戦闘での立ち回りも上手くなりましたし…あと…」

 

「シャム!!」

 

一段と鋭く、大きな声が街道に響く。

少ない通行人が少しだけ彼らを見るが、また流れ始める。

 

「頭が混乱してるのは分かる。俺だって、まだ頭の整理がついてない。けど、自棄になるのだけはやめろ!そんな事しても、誰も浮かばれないのは目に見えてるだろ!」

 

説得するようなシュンヤの声にシャムは俯いたまま答えない。

そして、その声に同調するようにコウヤも言葉を発する。

 

「…シュンヤの言う通りだ。それに、アスナさんもさっき言ってたが、気負うことがあるなら攻略で償えばいい。それは、今のギルドでも可能だと思うぞ。」

 

「兄さんの言う通りだ。わざわざ自分の《死の可能性》を上げてまで償う必要は無いだろ。それに…」

 

 

「…違う。」

 

 

「え…?」

 

「そんな、そんな事じゃ…ありません。」

 

「じゃあ…」

 

何。

と、そう発する前に。

シュンヤはシャムの浮べる顔を見て、絶句する。

 

見たこともないほど、悲痛な表情。

 

「…怖いんです。今回の件で、()()…皆と離れていくんじゃないか…あのギルドから、疎遠になるんじゃないかって…」

 

「…ッ…!」

 

シャムは、かつて。

《スリーピング・ナイツ》に入団するよりも前にも、ギルドに所属していた。だが、特別扱いのようなものを受け続け、それに耐えきれず脱退した過去がある。

どうやらそこには、同じ女プレイヤーでも格差があったようで、自分よりも扱いが下だったプレイヤーもいたようだ。

 

それに、彼女は耐えきれなかった。

 

自分は何もしていないのに、広がってしまう団員との、精神的溝。

 

《それ》は彼女に、凄まじいトラウマを植え付けていた。

 

「…どうせ離れるなら…私から…ッ」

 

シャムはそう言って、口を閉ざした。

震える体を見て、シュンヤは声をかけようとする。

 

だが、何も言えない。思い浮かばない。

 

何を言えば正解なのか、分からない。

 

「…クソ…ッ…」

 

大切な人が困っているのに、何も言えない不甲斐なさに、シュンヤは誰にも聞こえない声で毒づいた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「んー…」

 

カズマは呟いてから、小さめのため息をつきながら頬をかいた。

 

「KoBのギルドから帰ってきて、随分どんより雰囲気で帰ってくるから何があったのかと思ったら…また思いきったな。」

 

カズマはそう言ってから、チラリとシュンヤを見た。

 

「…ま、彼氏の方は随分『やりきれねぇ』感満載の表情してるけど。」

 

「…うるさいな。」

 

「…シュンヤさんは悪くありません。これは、私の独断です。…なので、どうかこのギルドを脱退させてもらえればと…」

 

 

 

「おう。いいぞ。」

 

 

 

「ちょ、カズマ!?」

 

「カズマさん、何考えてるんですか!?」

 

カズマの答えに、後ろに座っていたリーファとシリカが立ち上がって驚きの声を上げた。

 

「や、何考えてるも何も。このギルドは基本的にメンバーの意見尊重する方針だし。俺達の呼び掛けに答えて貰ってる立場なわけだしな。だろ?兄貴。」

 

「…あぁ。」

 

「ちょ、おに…キリト君まで…!」

 

「けど。」

 

リーファの言葉を遮る形でキリトはシャムに話しかけた。

 

「…ギルドリーダーとしては、《理由》を把握しておく必要がある。…大事な戦力を手放すかもしれないんだからな。」

 

「…分かりました。」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「…私は、今回の兄の行いに責任を感じています。…そして、何よりも。私がこのギルドにいることで皆さんに迷惑をかけるのではないのかということを、案じています。」

 

どこか淡々としたシャムの言葉。

その言葉に嘘はなく、しばらく聞いていた全員が口を開かず黙り込む。

 

ーーだが。

 

真っ先にキリトがその静寂を破る。

 

「…シャムの気持ちは、まあ、分かったよ。確かに、そういうことでギルメンに迷惑かかるのは嫌だろうしな。俺…というか、俺、カズマ、シュンヤの3人は同じ立場っちゃ同じ立場なわけだし。」

 

「……」

 

「けど、その…責任、っていうのか?それをシャムが背負うのは、何か違う気がするんだよ。」

 

「キリトさん…?」

 

言いにくそうにそう告げるキリトに、シュンヤが疑問符を浮かべる。

血縁者の不祥事に、責任を感じるのは普通なのではないかと、考えてしまう。

 

「ああいや、責任を感じるかどうかは、当人の自由だから好きにしてくれたらいいんだ。…ただ、今のシャムは()()()()()()()()()()()。まるで、自分が何かをやらかしたみたいに。」

 

「それは…」

 

「確かに、家族は大切な存在だ。俺だってカズマやリーファが何か悪いことをしたら悲しいし、怒ると思う。2人もそうだろ?」

 

「うん、そうだね。」

 

「俺は兄貴が悪さしたら今進めてるであろうゲームの全てのデータ消す。」

 

「ワオ、具体的ぃ…」

 

カズマの真顔の発言に苦笑しつつも、キリトはシャムに向き直った。

 

 

「けど、そういうもんだ。いくら家族、兄弟って言っても別の人間。そいつが進む道なんて、誰にも分からない。だから、俺らが出来るのは間違った方向に行きそうな時に、叱って、寄り添って、正してやることだと俺は思うよ。」

 

 

キリトの言葉に、シュンヤは気付かされる。

 

あの時、何も言えなかった時。

必要だったのは説得の言葉だけでは無い。

シャムの心に寄り添う事も含めて、必要だったのだ。

 

 

「…それとさ、シャム。」

 

キリトの言葉に皆が聞き入っていた直後。

今度はカズマが口を開いた。

 

「理由、それだけじゃねえだろ?」

 

 

「…お前、またギルメンが離れるのが、怖いんじゃないのか?」

 

 

「…ッ…!」

 

カズマの言葉に、シャムの体が少しだけ揺れた。

それは、明確な意思表示でもあった。

 

「俺だってな、一応はこのギルドのNo.2張ってんだ。…ギルメンがどんな奴なのか、どんなことを経験したのかくらいの情報は収集してる。」

 

苦笑しながら、チラリとギルメンの方を見ると、何名か分かりやすい程の反応を見せる者がいた。

 

「…ま、お前がギルドリーダー他男性プレイヤーから《特別扱い》を受けて、それが原因でギルメンとも疎遠になったってのは、確かにトラウマになってもおかしくねえ。」

 

シャムが先程シュンヤに話した出来事(トラウマ)を、カズマは正確に言い当てる。

 

「…けど、ウチの女性陣はそんな事一切ないと思うけどな。」

 

「そうよシャム!!そんな過去の気にしてもしょうがないわよ!!」

 

カズマの言葉の直後、ピンク髪の少女、リズベットが声を上げた。

 

 

「確かにシャムは昔辛い経験をしたかもしれない。…でも、それを乗り越えてるって事は、その時よりも成長してるってことだと思うわよ!!」

 

「そ、そうだよシャムちゃん!それに、私達はそれくらいで疎遠になったりしないし!」

 

「はい!むしろ私達から仲良くしてとお願いしたいくらいですよ!!」

 

「…皆さん…」

 

 

 

飛び交う女性陣からの《励まし》の言葉に、思わずシャムの目頭も熱くなる。

そして、そこに近づく一人の少女。

 

「…シノン、さん…」

 

「……」

 

シノンはシャムの目の前にゆっくりと歩を進めると、少しそこで思考するような仕草をしてから、口を開いた。

 

「…私も、少し前までは皆と関わるのをやめようとしてた。…シャムの理由とは、少し違うのかもしれないけど…他人を、信じられなかったから。」

 

「…シノン…」

 

「…けど、それでも。関わりを持つことを勧めてくれる人がいた。…私を受け入れてくれる、あなた達がいた。」

 

「……」

 

「…まあ、その勧めてきた奴はデリカシーも何も無い、いけ好かない奴だったけれど。」

 

「ブッ!!」

 

何処か満足そうに茶を口に含んでいたカズマは、思いっきりそれを吹き出した。

 

 

「…そんな、どうしようもない私を受け入れてくれたギルドの皆には、本当に感謝してる。だからシャムも、自分からそれを手放すなんてことはしない方がいい。私は、そう思う。」

 

「…だから、なんでも言って。受け入れてくれたお返しに、今度は私が…私たちが、シャムを支えるから。」

 

 

シノンのその言葉に、その場にいた全員が確かに頷いた。

 

そして、それにシャムは目頭を熱くする。

ーーだが。

 

「す、すみません…」

 

慌てたようにシャムは涙を拭おうとする。

まるで何かから隠すように、無限に溢れる雫を拭い続けていた。

 

 

…トスッ。

「…え?」

 

 

シャムの背中に腕が回され、シュンヤは彼女の体を軽い力で抱擁する。

 

呆気に取られたような顔をするシャムと、「キャー」と軽く歓声をあげる女性陣。

シュンヤはそれを気にする素振りもなく、左手でシャムの頭を撫で始めた。

 

「…あの時(第50層)の約束は、戦いの時だけだ。…こんな時くらいは、泣いとけ。」

 

 

「俺の胸くらいなら、いくらでも貸してやる。」

 

 

「…ッ…はい…」

 

 

 

 

ーーその後、エギルの店には少しの間、少女の泣き声が響き続けた。

 

まるで、それまで抱え込んでいたものを、吐き出すかのようにーー。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

オマケ

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「…はぁ…」

 

「どした、シュンヤ。ほれ、コーヒー。」

 

「あぁ、キリトさん。ありがとうございます。…いえ、俺今回ほとんどなんもしてねぇな…って。」

 

「そか?シャムに胸貸したり、最初に話聞いたのもお前なんだろ?十分じゃねえか。」

 

「…知り合いならともかく、俺はあいつの彼氏なんで…も少し上手くできたな…と。…それこそ、キリトさんみたいな説得を…」

 

「んー、まあでも、俺もほとんど何もしてねえけどな。どちらかと言えば、あれはリズとか女性陣の説得の方が響いてるだろ。」

 

「…そうっスかね。」

 

「ああ。…いくら《彼氏》と言えど、異性だからな。その性別の人がどんな悩みを抱えてるのか、俺らじゃ分かりかねない事もある。…その分、女性陣ならそこら辺も分かってるしな。シャムの問題は、正しくそれだったし。俺らは、俺らが出来ることで支えたらいいんじゃねえかな。」

 

「……」

 

「それこそ、《泣いてる彼女に胸を貸す》なんて事は、彼氏しかできない事だしな。」

 

「…ですかね。」

 

「ああ。…さて、明日からまた攻略だ。しっかり頼むぜ、参謀。」

 

「…はい。」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「やー、まさかシノンが《仲間》について説く日が来るとはなぁ。師匠は嬉しいぞぉ。」

 

「あー、もううっさい。これだから言いたくなかったのよ…」

 

「そう言うなよー。いやー、俺の言葉が以外にも響いてるみたいで嬉しいなぁ…」

 

「…シャムは…」

 

「ん?」

 

「シャムは、色んな感情や過去があって、あの決断をしてたと、私は思う。…それこそ、私みたいに短絡的なものではなくて。」

 

「…ああ、だからお前、あの時『違うかも』って言ってたのか。」

 

「…まあ…」

 

「けどま、トラウマに重い軽いも、良い悪いもないけどな。大事なのはそいつが《どう受け止めてるか》。それを《乗り越える気があるのか》ってことらしいからな。そうでもしなきゃ、《受け入れる》ことすら不可能だし。」

 

「…あなたも…」

 

「ん?」

 

「あなたも、乗り越えなきゃいけないんでしょう?」

 

「……まあ、そうだな。」

 

「…なら、今度はあなたの番よ。ちゃんと、私達に()()()よね。…それを説いた、張本人なんだから。…負けたりしたら、許さないから。」

 

「…おう。」

 

 

 

 

「それより。あなたのその…説得?の言葉、どこから出てくるのよ。随分なレパートリーの多さね。」

 

「ん?まあ昔、ジャーナリストとかの自伝なんかよく読んでたからな。言葉選びはそこら辺からも出てるかな。経験あるのは確かだけど。」

 

「…そ。博識ね。」

 

「それ程でもある。」

 

「……ムカつく。」

 

 

 






まあでも確かに、男からそんな目で見られたら女の人は嫌かもね。

俺は女の人にそんな目で見られたら興奮するけど(アホ)

それでは、次回もお楽しみに!!


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第3章 final battle
第25話 来る刻に向けて。


すみません、シリーズ構成(?)とか考えてたらいつの間にか時間経ってました<(_ _)>〈 ゴン!〕

読んでてちょっとびっくりするかもしれませんが、是非お楽しみ頂けたら幸いです。

それでは、どうぞ。



''終わり''への前奏は、既に始まっている。

 

少年少女、あらゆる者達の思惑が交錯し、紡いできた、彼らしか知らない《物語》。

 

とある鋼鉄の城の中で紡がれたその物語は、微かな余韻を残しつつも…

 

 

 

確実に、''終幕''へと、近づいていたーー。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

西暦2025年、4月6日。

 

現実世界では、桜が咲くこの季節。

それは、VR空間である《アインクラッド》でも同じだった。

 

そして、そんな華やかな季節の中、第55層に一際荘厳に構える、巨大な石造りの建造物。

 

 

アインクラッド最大のギルド《血盟騎士団》のギルドホームである。

 

 

その中にある《いつもの会議室》には、見慣れたメンツが集まっていた。

 

 

 

 

「…それじゃ、()()()()()()()()()の攻略会議、始めましょうか。」

 

「だな。」

 

 

ギルド《血盟騎士団》団長、《閃光》アスナ。

 

ギルド《ビーターズ》リーダー、《黒の剣士》キリト。

 

 

「今唐突に思ったけど、《ビーターズ》ってセンスの欠けらも無いな。」

 

「本当に唐突だな。っていうか許可出したのお前だろ。」

 

「許可出しただけよ。考えたのリズ達だし、ウチはギルメン意見尊重派なんで。」

 

「はいはい。分かった分かった。」

 

 

ギルド《ビーターズ》サブリーダー、《死神》カズマ。

 

ギルド《ビーターズ》参謀、《烈風》シュンヤ。

 

 

「ボクは嫌いじゃないけどなー、ビーターズ。ねっ、姉ちゃん。」

 

「そうね。3人が受け入れられてるって感じがして、とてもいいと思いますよ。」

 

 

ギルド《スリーピング・ナイツ》リーダー、《絶剣》ユウキ。

 

ギルド《スリーピング・ナイツ》サブリーダー、《巧剣》ラン。

 

 

「それにしても、《ドラゴンナイツ・ブリケード(かつての俺達のギルド)》にさそわれたときはキッパリ断ってた、あの3人がギルドを興すなんてな。」

 

「まったくだ。それに今では、攻略組内でも多大な影響力を持ったギルドに成長したわけだしな。」

 

 

《血盟騎士団》副団長、《赤壁》シヴァタ。

 

《聖竜連合》団長、《竜壁》シュミット。

 

 

「まぁ、俺としちゃお前らの《ぼっち癖》が治ったみたいで一安心だけどな!良かったじゃねえか!!」

 

「うるせぇぞクライン。お前こそ、ぼっち体質(独身)さっさと治せよ。そろそろ2つ名に《シングル・サムライ》が定着するぞ。」

 

「やめろよカズマ!広めんなよ!?」

 

「あはは…あまりクラインさんを虐めないでやってくれ、カズマさん。」

 

 

ギルド《風林火山》リーダー、《シングル・サムライ(笑)》クライン。

 

《聖竜連合》副団長、《竜矛》リンド。

 

 

 

 

 

この各ギルド首脳陣10人による、《最終ミーティング》が執り行われていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「にしてもクライン。お前のとこのギルド、相変わらずサブリーダーいねえみたいだけど、大丈夫なのか?」

 

カズマの問いに、クラインは何処かキメ顔で答える。

 

「フッ…おいおいカズマ、滅多なこと言うんじゃねえよ。俺がパーフェクトにメンバーまとめてるから、必要ないだけだよ。」

 

「……………まあ、うん。ソウダナ。」

 

「ぅおい!なんだよ今の間!!」

 

「いや、『何言ってんだコイツ』って気持ちと『あぁ、そういやバカだった』っていう納得が…」

 

「はっきり言ってんじゃねえよ!?余計に傷つくわ!!」

 

クラインの涙混じりの絶叫が会議室に響く。

2人の周りには苦笑混じりの空気が流れる。

 

「もー、カズマ。クラインさんのことあんまり虐めちゃダメだよ?」

 

「へーい。」

 

「ユウキ…お前は俺の味方だよな!?俺間違ってないよな!?」

 

「…………………まあ、うん。ソウダネ。」

 

「さっきと同じ間!!!」

 

悲痛な叫びと共に、クラインは崩れ落ちた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

パンパンッ

 

「はいはい、遊びはそこまでにして、早く会議始めようぜ。」

 

「せめて《冗談》と言ってぇ!!」

 

手拍子と共に響くキリトの言葉に、クラインが叫ぶ。

 

「…それじゃ、取り仕切りはいつも通り、アスナ頼む。」

 

「うん、分かった。」

 

「無視…」

 

 

「どんまいクライン。強く生きろ。メンバーをperfectにまとめてるリーダーさん?」

 

「だァーーッ!!的確に煽ってくるなよ!調子乗ってごめんなさいね!!」

 

「アッハッハッハッハッ!!」

 

 

 

「あー…2人共、始めていい?」

 

 

ごめんなさい。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「さて、少し押しましたが、最後の《首脳陣ミーティング》を始めようと思います。」

 

アスナの掛け声にその場にいる全員が頷いた。

 

「やー、にしても俺達のギルドが参戦してから始まった、このミーティングももう25回目?なのかー。」

 

「なんか感慨深いよな。」

 

カズマの呟きに、キリトも呼応するように呟いた。

 

「この前も丁度《100回目》のボス攻略会議が終わったし…ようやくって、感じだな。」

 

 

 

「…さ。それじゃあ、始めましょうか。」

 

 

アスナの可憐な声が、会議室に響き渡った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

現在、アインクラッドの攻略は既に、第99層まで完了している。

 

おおよそ一層攻略に1週間かかっていない、破格のペースだ。

 

何故ここまでハイペースに攻略が進んでいるかと言うと、その要因は複数ある。

 

 

 

まず一つは、全員のLvアップ。

 

第76層到達時、謎の不具合によって起きた《Lv一律上昇》現象。

これにより、レベル70以下であったプレイヤー全てのレベルが70付近にまで上昇した。

 

しかし、これはレベル70以下のプレイヤーだけに効果があったのかと言えば、そうでは無い。

レベル70以上…それこそ、攻略組のメンバー達にもその影響は及んだ。

おおよその数値ではあるが、平均15程の上昇が見られたようだ(アルゴ調べ)。

 

これにより、元々安全マージンを確保していた彼らには《レベル上げ》を行う必要がほとんど無くなったため、その分の時間を攻略に割くことが出来たのだ。

 

 

 

そしてもうひとつが、コウヤの加入。

 

これが、最も大きいと言われている。

 

彼のタンクとしての戦力は勿論、《情報通》としての存在は絶大なものがあった。

 

というのも、彼はフィールドボスやフロアボス、その()()()()()()()を知っていたのだ。

これには、さすがのアルゴも「オレっちのメンツ丸つぶれだな…」とボヤいていた。

 

どうやら、アーガスから退却する際に、何かあった時の為にとデータを取っていたらしい。

 

これによってボスの攻略のヒントをとるためのクエストを受ける必要が無くなったため、攻略のペースが上がったのだ。

 

少しばかりずるい気もしなくないが、カズマ曰く、

「今は非常事態なんだから、んなもんいちいち気にしてらんねーよ。」

だそうだ。

 

 

 

 

…そんなこんなで、攻略組は破竹の勢いで残りの攻略を進め…

 

 

残るは、()()()()のみとなったのだ。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「キリト君。」

 

ミーティングも終わり、会議室から出たキリトにアスナが声をかける。

 

「アスナ、お疲れ様。」

 

「うん、お疲れ様。…この後は、エギルさんのお店に行くの?」

 

「ああ。ギルドミーティング終わったらすぐに帰るよ。…っていうか結局あの宿屋、ギルメンしか使ってないし、下のレストランも夜からだから、ウチのギルドホームみたいになってるな…」

 

「ふふっ。エギルさん、『収入が安定してるからありがてえこった』って言ってたよ?」

 

「うん、俺も言われた。」

 

キリトの言葉に、アスナはまた微笑みをうかべた。

…やがて、微笑みを維持したままアスナは呟く。

 

「…いよいよ、だね。」

 

「…ああ。」

 

アスナのその言葉に、キリトは右の掌を握り、力を込めた。

ギチリッと、僅かに音が鳴る。

 

 

「…あと、一層…。」

 

 

彼の言葉は、石造りのレンガに反響して、ゆっくりと消えていったーー。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「…奴ら、とうとうここまで来やがったか。」

 

 

軽く弾んだ、楽しそうなショウマの声が、ロウソクに照らされた薄暗い空間に響く。

 

彼の周りには、2つの人影。

 

その中の1つ…ほんの少し青みがかった白い髪を持つ、男性プレイヤーが口を開く。

 

 

「…随分、楽しそうだね。」

 

「そりゃあそうさ。俺の中じゃ、長い間待ち望んだ《決戦》だ。今からワクワクが止まらねえよ。」

 

 

クククッと野戦的な笑みを浮かべながら、ショウマは呟く。

その様子に、オズはため息をついて、もう1つの人影に視線を移す。

 

そこに居たのは、堀の少し入った顔に長い茶髪の男性プレイヤー。

 

何処か大人しそうなそのプレイヤーは、覇気の無い目をロウソクの火に向けていた。

 

 

「…相変わらず、黙りか。」

 

「……」

 

 

オズの茶髪のプレイヤーに対する苦言に、しかし彼は何も言わない。

 

オズは、このプレイヤーの声を()()()()()()()()()()()()()

何処で喋っているのかと問いたくなるほど、寡黙な男だった。

 

このプレイヤーについて知っている情報は、ショウマがスカウトした事と、あともう一つの情報のみという少なさ。

 

この状況で協力しろというのだから、それこそ無茶というものである。

 

 

「まあまあ。オズ、あまり心配すんなよ。そいつはプライベートはともかく、仕事は出来る男だ。仲良くしてやってくれよ。俺みたいにさ。」

 

 

ショウマのフォローするようなその発言に、しかしオズはため息をついた。

 

 

「…何度も言っているけど、お前らと僕は《協力関係》なだけで、決して《仲間》な訳じゃない。…所詮、《この計画》が終わるまでの関係だ。」

 

「はいはい、分かってますよ。ま、短い付き合いなんだから少しくらいは仲良くしようぜ。」

 

 

ショウマのいたずらっ子のようなその笑み。

それを見ながら、オズは少しだけ顔を顰めた。

 

それも当然。

 

彼の、先程の発言の何処にも()()()()()

 

全てが取り繕い、その場しのぎ。

まるで他人を信用していないその発言に、オズはもう一度ため息をついた。

 

 

「さて、それじゃ…《最後の攻略戦》で誰がどの相手をするか決めようか。」

 

「…僕たちの役目は、《ビーター》の3人を攻略組から引き離す…だよね?」

 

「ああ。あの3人が抜けりゃ、そこまでの戦力は残ってねえ。これまでのボス戦の間にもかなり削れたからな。…俺は勿論、カズマの奴を殺る。」

 

 

ショウマはそう言って、邪悪な笑みを浮かべた。

 

好戦的な笑みに、オズは呆れたようにため息をついた。

 

 

「…それなら僕は…」

 

 

 

「私が、キリトを殺ろう。」

 

 

 

その声が響いた瞬間、オズは目を見開いてそちらを見た。

 

そこには、立ち上がる茶髪のプレイヤーの姿。

寡黙な彼が発した、低い声。

 

穏やかなその瞳には、しかし。

ゆらりと煌めく、強い意思が宿っていた。

 

 

「…本当にいいのか?」

 

「…ええ。彼には私が、《正義の鉄槌》を下してやりましょう…。」

 

「…それじゃ、頼むぜ。」

 

 

 

 

「元《聖竜連合》・《鋼壁の盾》ギレス団長。」

 

 

「…ええ。」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ー第22層・カズマとユウキの自宅ー

 

 

 

「…んー…」

 

 

いつものフードコートを脱いだ青年、カズマはアインクラッドにて発行されている新聞を手に持ちながら、少しだけ唸り声を出す。

 

口をへの字に曲げた彼に、紫髪の少女が近づく。

 

 

「かーずまっ♪」

 

「おふっ…」

 

 

ユウキは背後からカズマに覆いかぶさり、そのまま首を優しくホールドして、スリスリと頬擦りを始める。

 

 

「んふふ〜♪」

 

「…なんだよ、どうかしたか?」

 

「べっつにー。カズマ成分補充してるだけ〜。」

 

「なんだそりゃ。」

 

 

カズマは苦笑しながらも、されるがままに抵抗もせずに身を任せる。

 

ユウキは「それなら遠慮なく」と言わんばかりになおもスリスリを続け…。

 

 

「…ね、カズマ。…何か悩み事?」

 

 

ピタリとその動きを止めて、彼女はカズマに問うた。

カズマはそれにすぐに動きは見せず…やがて「フッ」と微笑みを浮かべた。

 

 

「…やっぱ、バレてたか。」

 

「えへへ。カズマ、結構な時間ずーっと同じページ見てたからね。奥さんなら、それくらいの異変気づかなきゃ。」

 

 

そう言って満面の笑みを浮かべるユウキに、カズマは微笑みで答える。

 

 

「…ま、ちょっとな。…けど、お前が心配するような事じゃないよ。」

 

「そうなの?相談事あるなら、聞くよー?」

 

「いや、本当に大丈夫。気持ちだけ受け取っとくよ。」

 

 

カズマはそう言って笑いかけた。

 

だが、ユウキは納得したような表情は見せず、「むー」っと口をへの字に曲げている。

 

そして…

 

 

「ね、カズマ。明日、少し出かけようよ!」

 

「え、明日?」

 

「そ、明日!《ビーターズ》も明日は休みでしょ?《スリーピング・ナイツ》も休みだからさ!」

 

「は?お前明日は攻略って…」

 

「大丈夫!団長(ボク)が今決めたから!」

 

「おいコラ。」

 

「それに今団員全員からのOKメッセ貰ったし!!」

 

 

ピロンピロンピロンピロン。

 

 

「おい、メッセ届きまくってんぞ。絶対ランからのお叱りのメッセだろ。」

 

「ええーい!うるさーい!!いいから明日はみんなで出かけるの!いい!?」

 

「駄々っ子かよ!?」

 

 

ユウキの一連の行動にツッコミ終わったカズマは、やがて大きくため息をついた。

 

そして…

 

 

「…カズマ…駄目…?」

 

「…ああ、もう。分かったよ。俺も、息抜きしたかったしな。」

 

 

カズマは根負けしたように、そう答える。

その返答に、ユウキはまたも満面の笑みで喜んだ。

 

…そして、それを見守る一人の少女。

 

 

「あーあ。相変わらず仲のいい夫婦だこと。ま、私は適当にプラプラしーとこっと。」

 

「何言ってんだよメル。お前も来るんだよ。」

 

 

「…へ?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ー第22層・キリトとアスナの家ー

 

 

「クリアまでもう少しですね、パパ、ママ!」

 

「そうだな。これも、色々アドバイスしてくれたユイのおかげだな。」

 

「いいえ、アドバイスというのは実践してくれる人がいなければ意味がありません。ですから、パパやママ、それにカズマおじさん達攻略組皆さんのおかげです!」

 

 

ふんすと、ユイが言い切った言葉にキリトは微笑みを浮かべて、彼女の頭を撫でる。

 

 

「…たしかにな。でも、本当にありがとうな、ユイ。色んな所で助けてくれて。」

 

「うん、ユイちゃんのおかげで助かった層もいっぱいあったの。それは確かよ。」

 

「えへへ…パパとママのお役に立てたなら良かったです。」

 

 

満面の笑みを浮かべるユイに、その頭を撫でるキリト。

それは、傍から見ればいつもの微笑ましい光景。

 

…だが、アスナは気付いていた。

 

頭を撫でるキリトの顔に、少しだけ憂いがあることを。

 

あれは、彼に悩みがある時の表情。

 

 

「ね、キリト君。明日、ギルドお休みだよね?」

 

「え?あ、ああ。そうだな。」

 

「それなら、3人で出かけない?私も明日は休みだから。…この世界で、3人で最後のお出かけ。ね?」

 

「アスナ…」

 

 

アスナのその提案に、キリトは少しだけ間を置いた。

 

すぐに答えられない。

 

…だが、彼が答える前にーー

 

 

「わぁっ、3人でお出かけですか!?行きたい!行きたいです!!」

 

 

ユイの無邪気な、はしゃぐような声が響いた。

 

その声が響いた瞬間に、キリトの答えは自ずと決まってしまう。

 

 

「…それじゃ、朝からでいいかな?」

 

「うん。」

 

「わーい!何着ていこうかな〜!!」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ー第76層・エギルの店ー

 

 

 

コンコンッ

 

「はい。」

 

「シャム、ちょっといいか?」

 

 

シャムはその声で、扉の奥の人物の存在を認識して、「ちょっと待ってください」とドアに駆け寄った。

 

開いたドアから見える、茶髪の青年、シュンヤ。

 

彼はシャムに促されると、入室してドアを閉める。

 

 

「好きなところに座ってください。今、お茶入れますね。」

 

「ああ、ありがとう。」

 

 

そう言って奥に行くシャムを後目に、シュンヤはソファでなく、ベッドに腰かけた。

 

ギシリと脚の軋む音がする。

 

やがて、シャムがお盆を持って戻ってくる。

 

 

「…クスッ…シュンヤさん、最近私のベッドお気に入りですよね。」

 

「…だってこの部屋、1人用のソファしかないから…」

 

グイッ

 

「…こうしないと、並んで座れないだろ。」

 

「…ですね。」

 

 

シュンヤはシャムを横に座らせて、肩を抱いた。

 

シャムは体重を預けるように、彼の肩に側頭部をもたれかけさせる。

 

サラリと、シャムの髪が流れる。

 

 

「…もう、ここまで来ちゃったんですね。」

 

「…そうだな。…あんなに遠かったゲームクリア。今や、目と鼻の先だ。」

 

「…」

 

 

シュンヤの言葉に、しかしシャムは何も言わずただ少し、不安そうな顔をする。

 

シュンヤはその原因に瞬時に気づいた。

 

 

「…心配か?和幸さんのこと…」

 

 

シュンヤの問に、彼女は無言で頷く。

 

 

「…私、分からないんです。兄さんの気持ちが。…あんなに真面目だった人が、なんでこんな事をしているのか…。」

 

「…」

 

「…何か理由があるなら、知りたいって…そう、思います。」

 

 

少し落ち込んだような、シャムの声。

シュンヤはそれに、どう答えるか思考をめぐらせる。

何か、気の利いた言葉を…

 

 

『俺らは、俺らが出来ることで支えたらいいんじゃねえかな。』

 

 

その瞬間、蘇るキリトの言葉。

それによって、彼の思考はすぐに切り替わる。

 

 

『…俺の、出来ること…』

 

「…シャム。」

 

「…?」

 

 

 

「…明日、2人で出かけないか?」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

(きた)る決戦の刻。

 

その刻に備え、剣士達は安らぎの時間を過ごす。

 

ーー例え、()()()()()()()、悔いの無いように。




如何だったでしょうか。

正直、「100層までの道のりを飛ばし飛ばし書いてから決戦にしようかなぁ」とかも考えてたのですけど、それだと何処か間延びしそうというか、無駄に長くなりそうな気がしたので、一気に飛ばさせて頂きました。

無駄な長さを面白くする程、僕は文章書くの上手くないですし(笑)

そんなわけで、もうすぐでこのアインクラッドの戦いも最終決戦。
是非、《ビーター》3人の最後を見届けてくれたらと思います。

それでは、次回もお楽しみに!!


執筆なるべく早くします!(すんません!)


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第26話 終わりの日の朝

ーーさぁ、ゲームを始めよう。



西暦2022年。

 

VRMMORPG初のソフト、《ソードアート・オンライン》が、ゲーム会社《アーガス》から発売された。

 

1つのソフトと卵型の機械が織り成す、現実とは違う《別の世界》に、世のゲーマーたちは魅了された。

 

 

 

ーーしかし。

 

そのような《幻想》は、すぐに崩れ落ちる。

 

 

サービス開始初日。

 

プレイヤー達は《SAO開発責任者》であり、仮想世界《アインクラッド》の創造者でもある男、茅場晶彦によってゲーム世界に閉じ込められた。

 

ログアウトは機能せず、彼らがこの世界から出るには、《仮想及び現実での死》か《ゲームクリア》のみ。

 

当初、極限の二択の選択に耐えきれず、自暴自棄になる者、犯罪に走る者。そして…自ら命を絶つ者すら現れた。

 

 

「希望は無い」。

 

 

数多の者が、そう考えた。

 

 

 

ーーだが。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ーー朝日の差し込むログハウス。

 

その一室。

 

黒い袖のロングコートに腕を通す、黒い髪のプレイヤーが1人。

窓から射す陽光が、彼の白い肌とコート、そして左手薬指の銀色の指輪を照らす。

 

「パパっ、準備出来ましたか?」

 

部屋の入り口から顔を覗かせる、ロングヘアの少女。

 

少女に向かって、青年は笑いかける。

 

「あぁ、大丈夫だよユイ。心配してくれてありがとう。」

 

笑いかける青年に、少女は少しだけモジモジとするが…その直後、我慢出来ないと言わんばかりに、青年に抱きついた。

 

コートの裾を握りながら、腹部に顔を埋める。

 

「…どうした?ユイ。」

 

「…もう、これが()()になるかもしれませんから。パパの温もりを、目いっぱい感じておきたいんです。…決して、忘れないように…。」

 

「…そっか。」

 

何処か寂しげに呟くユイの言葉に、パパと呼ばれた青年…キリトは、彼女の頭を優しく撫でることで返す。

 

「キリトくーん!準備出来たー?」

 

部屋の外、廊下の奥から聞こえる可憐な声。

そして、ユイと同じように入り口から顔を出す、栗色の髪の女性。

 

赤と白を基調とした騎士服に、同色のブーツを合わせた装い。

そして、細い左手の薬指には、キリトと同じ銀色が光る。

 

キリトの最高のパートナーであり、配偶者…アスナは抱き合う2人を見て、優しい笑みを浮かべる。

 

「ふふっ、2人共どうしたの?」

 

「元気チャージしてもらってる。」

 

「パパ、これでチャージ出来てますか?」

 

「おお、出来てる出来てる。凄まじい勢いで出来てる。」

 

「ふーん…なら、私もしてもらおっかな。」

 

言うやいなや、アスナはユイを挟む形で、キリトに抱きついた。

 

「…相変わらず甘えんぼだな、アスナは。」

 

「キリト君にだけだよ。なんだか落ち着くんだもん。」

 

「…そか。」

 

「…パパ、ママ。…絶対、勝ってくださいね?」

 

「うん。勿論。」

 

「ああ。勝つよ、絶対。…ユイも、よろしくな。」

 

「はいっ。」

 

 

3人は、強い決意と共にその腕に力を込めた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ーー3人の住むログハウスの、数十メートル先。

 

レンガで作られた洋風の家。

 

その家のドアを開け、一人の少女が飛び出す。

 

「ん〜、今日もいい天気!」

 

ユウキはそう言って朝日を全身に浴びるように、ゆっくりと伸びをする。

 

「相変わらず元気ねぇ…今日が何の日か分かってるの?」

 

「まあそう言うなよ、メル。それがユウキの良いところで、かつ可愛いところだろ?」

 

「流れるような惚気ご馳走様。」

 

「お粗末さま。」

 

メルとカズマの軽口の応酬。

 

それを見ながら、ユウキは嬉しそうに笑う。

 

「…何よ。」

 

「んーん。メルちゃん、よく話すようになったなぁって思ってさ。前はもっと素っ気なかったから。」

 

「…そうかしら。前からこんな感じだった気がするけど…」

 

「自分じゃ、自分自身のことは分からないもんだよ。」

 

カズマはそう言って、手を差し出した。

 

「…」

 

少しだけ不服そうな顔をしながらも、メルはその手に自分の手を重ねる。

カズマは軽い力で彼女の手を包み込んだ。

 

「じゃ、ボクはこーっち!」

 

空いた左手を、ユウキの右手が包み込む。

 

「…繋ぐ必要、あるの?」

 

「えー、いいじゃーん。なんだか《家族》みたいでさっ。」

 

「こうやって人肌感じてるだけで、コンディション良くなるかもだしな。最善を尽くしとこうぜ。」

 

「…都合のいい夫婦。」

 

メルのその言葉に、カズマは笑いながら「お褒めに預かり光栄」と返した。

 

手を繋いだ3人は、転移門に向けて歩き始めた。

 

「少しだけ、皆に挨拶してから行くか。」

 

「だね。第1層よっていこっ。」

 

「…しょーがないわね…」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

第76層商店街。

 

そこに店を構える、少し大きめの建造物。

 

その2階の一室のドアが、ツインテールの少女によって開けられる。

 

「…シュンヤさーん。準備出来ましたかー?」

 

開け放たれたドアの奥。

部屋の中に、しかし彼女の目的であった青年の姿はない。

 

シャムはゆっくりと部屋の中に足を踏み入れると、目に付いた窓際に近付く。

 

そこに置かれていたのは、1本の日本刀。

シュンヤがいつも使っている、相棒とも言えるカタナ。

 

そして、その横にある、もう一本のカタナ。

しかし横の長刀とは違い、そのカタナは3分の1程の長さしかなく、柄も簡素なものだった。

 

シャムはその短刀の方に手を伸ばし、彼がいつも握っている柄をゆっくりと撫でる。

 

VRなので経年劣化などはないと思うが、心做しか最初よりも馴染むようになったと、彼女は感じた。

 

ーー彼女の横にある扉が開く。

 

シャムは反射的にそちらを向く。

 

そこに居たのは、茶色い髪の一人の青年。

剥き出しにされた肌は余計な肉はついておらず、程よく鍛えられていた。

 

ーー彼は、上裸であった。

 

「なんだ、居たのかシャム。」

 

「~~~~~~~~~~ッ!?」

 

彼に声をかけられた瞬間に、シャムの顔面温度は一気に上がり、思わず目を背けた。

 

「す、すみませんっ!いなかったので、つい…!」

 

「や、別に部屋共有出来るようにしてるから、入ってもいいけどね。ていうか悪かったな。シャワー浴びてて気づかなかった。」

 

「やっ、それは、本当に、大丈夫、ですので…」

 

依然として顔を赤くしてそっぽを向くシャムを見て、シュンヤは苦笑する。

 

「相変わらず、男の体に慣れねぇなぁ。お前は。昔だけじゃなくて、最近も何回も見てるのにさ。」

 

「…っ…慣れませんよっ…そんなの…」

 

答えたシャム。

そして次の瞬間、肩と背中に重い何かが覆い被さる。

そのどちらも、感触は硬い。

 

「しゅ、シュンヤ、さん…?」

 

覆いかぶさった人物の名を呼び、横を見ると、いつも彼の着ている和装の袖は見えない。

 

ーーつまり、上裸のまま覆いかぶさっている。

 

「~~~ッ!?」

 

先程と同じように顔の熱が上がり、シャムは思わずシュンヤをつき飛ばそうとする。

 

ーーだが。

 

「…なぁ、シャム。」

 

シュンヤの、いつになく真剣な声が聞こえ、彼女の意識は少しだけ冷静になる。

 

「…しゅ、シュンヤ…さん。どうか、したんですか…?」

 

心臓は早く脈打ちながらも、シャムは何とか問うた。

それに…

 

 

「…()()()()()()()()()?」

 

 

シュンヤのその言葉。

彼の言葉の意味は、彼女だけが分かる。

シャムは少しだけハッと息を飲むと、少しだけ俯いた後に、剥き出しの彼の腕を掴んだ。

 

温かいその腕を握りながら、彼女はもう心を決めているように、顔を上げて、告げた。

 

 

「…はい。…私にもう、迷いはありません。…シュンヤさん。」

 

「私の兄を…オズを…」

 

 

 

 

 

「殺してください。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

第55層主街区《グランザム》。

 

 

この都市にある、《血盟騎士団》のギルドホームの一室に、50人ほどのプレイヤーが集まっていた。

 

彼らは自身のウィンドウを開き、武器やスキルの確認を行う。

 

ーーやがて、その会議室の扉が開く。

 

全員がそちらに目線を向けると、そこには8名ほどのプレイヤーが歩いて入室してくる。

 

まず先頭にいるのは、茶髪をして和装に身を包んだ青年。

 

その後ろにいる、2人の騎士姿のプレイヤー。

 

1人は紅白の騎士服に細い四肢を包んだ、栗色の髪の女性プレイヤー。

 

もう1人はガタイのいい体を武骨なフルメタルアーマーで包んだ、短髪の男性プレイヤー。

 

そしてその後ろに、青い長髪を後ろでひとつにまとめたプレイヤーや、紅白のフルメタルアーマーの騎士服のプレイヤーが続く。

 

やがてその集団は数十名のプレイヤー全員の前に立つと、喧騒も既に無くなっていた。

 

 

少しして、和装の青年が口を開く。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ーー2022年、11月6日。…この日付を忘れた事は、ないと思います。」

 

彼が告げた、日付。

その日は夢への扉が開き、同時に幻想が崩れた日。

 

「…あの日から俺達は、戦い続けました。雨の日も、雪の日も。精神を削りながら、おのが体と命を、削りながら。」

 

「…本当に拙い、一縷の希望を頼りに。」

 

シュンヤの演説じみたその言葉に、口を挟む者はいない。

 

誰もが彼の言葉に、耳を傾ける。

 

「俺達は、ここまで来ました。…ただ、決して忘れてはならない犠牲が、そこにはあります。」

 

「現在確認できるだけの犠牲者、4552人。俺達のこれまでの成果は、彼らの命の上にあると言っても過言ではありません。」

 

「その中には、共に戦場を駆け抜けた同胞の他に、サポートクラスの方々、自身の強化の為に圏外に出た者。…皆さんの目の前で散った命も、少なくありません。」

 

シュンヤのその言葉に、ほとんどのプレイヤーがそれぞれの反応を示す。

悔しそうに俯く者、握り拳に力を込める者、唇を噛む者。

 

皆が皆、それぞれの人に思いを馳せる。

 

「彼らは、最期に何を思ったか。それは、僕には分かりません。…ただ、死ぬ前、圏外に出るまでに思っていた、望んでいたことは、皆さんも分かると思います。」

 

「ゲームクリアを目指し、望んでいたからこそ、彼らは圏外に足を踏み入れて、その結果として命を散らしました。…志は、我々と同じだったと思います。」

 

「つまり、彼らのその遺志を背負い、生き残ったプレイヤー全ての希望を受け止め、我々は戦わなければならない。それは、我々の《義務》であり、《責務》です。」

 

 

「何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

 

シュンヤの、その言葉に。

その場にいるプレイヤー全員は息を飲む。

 

この場にいるプレイヤーが負ける…つまり死ねば、アインクラッドに残された戦力は凄まじい衰退を見せる。

 

それは、アインクラッドの更なる攻略遅延を示す。

 

さすがにそれは、彼らの()()()()()がもたなくなる。

 

つまり、()()()()()()()

 

シュンヤの言葉に、当然だが、しかし重すぎる事実を再確認させられ、プレイヤー達の空気が重くなる。

 

何名かのプレイヤーが、思わず俯いてしまう。

 

 

 

 

 

「下を向くな!!」

 

 

鋭いその言葉に、全員が顔を上げる。

 

滅多に聞かない、シュンヤが発した大声に、付き合いの長いはずのプレイヤー達も驚きに顔を染めていた。

 

 

 

「皆、今《負けられない》《負けたくない》と思ったか?思ったならそれは別にいい。先程の話を聞けば、至極当然の事だ。」

 

「そして、今すぐその考えを()()()。」

 

()()が目指すのは《勝利》だ。《敗北の回避》なんていう曖昧な目標はいらない。」

 

「《負けたくない》んじゃない!()()んだ!!」

 

 

 

 

「そ、そうだ!俺達は勝つんだ!」

「勝てば帰れる!この地獄から解放される!」

「支えてくれた職人や、下層で死んでしまった仲間のためにも勝つしかねぇ!!」

「やるぞ、やるぞ…!!」

 

 

シュンヤの言葉に、歴戦の戦士達が口々に叫び己を奮い立たせる。

 

これこそ、シュンヤの狙い。

《責任》を自覚させ、士気を少し落とした後に、さらにもう何段階も士気を向上させる。

 

新参者相手では絶対に出来ない。

何十層も共に戦ってきたもの達だからこそ出来る、諸刃の剣。

 

 

スカアァンッ!!

 

 

乾いた音。

その音の正体は、シュンヤがカタナを床に突き立てた音。

 

喧騒冷めやむこともなく、プレイヤー達は彼の方を見た。

 

 

「2025年4月13日!この日をもって我々は、《ソードアート・オンライン》及び《アインクラッド》を終わらせる!!…諸君、喜べ。」

 

 

 

「解放の時だ!!!」

 

「「「「ウオオオオオオォォォォォ!!」」」」

 

 

 

腕を突き上げ、野太く吼える。

 

石城内の会議室は、異様な空気に包まれていた。

 

その空間を作り出したのは間違いなく、和装の一人の青年。

 

 

 

そんな空間の中、1人笑うフードコートの青年。

自身が推薦した青年の劇的なまでの成長度に、カズマは笑うしか無かった。

例え背丈身なりは違えど、その姿は正しく…

 

 

かつての最強プレイヤー(ヒースクリフ)が攻略組を引っ張る姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ行くぞ!!俺らが目指すのは須郷達(奴ら)が根城にする、最後の層…」

 

 

 

()()()()1()()()()()()()だ!!!」




ーー希望は、まだある。



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第27話 希望と開戦

前話の最後あんだけ盛り上がったのに、その足で転移門広場まで降りるとかどんだけ強メンタルだよ()


《第0層》。

 

それは、SAOプレイヤーの知らぬ間に《第1層地下ダンジョン最奥部》の、その先に突如出現した層である。

 

第0()とは言うものの、その形は他の層とは違い円柱形ではなく、逆ピラミッドの形をしたダンジョンであった。

 

…そして、キリト達攻略組の面々は確信していた。

 

 

ーーそのダンジョンが、アインクラッド(この世界)での、最終決戦の地になると。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ー第55層・転移門広場ー

 

 

攻略組のプレイヤー達が中央にある転移門に集まる中、その周りを多数の一般プレイヤー達が離れたところで彼らを囲む。

 

「攻略組ー!絶対勝てよー!」

「KoBー!!」

「聖竜連合ー!!」

「スリーピングナイツー!!」

「風林火山ー!!」

「頑張ってー!!」

 

 

周りのプレイヤー達から飛ぶ声援に、ギルド《ビーターズ》の面々は感嘆の声を上げる。

 

「凄い…こんなに人が…」

 

「こんなの…見た事ないよ…」

 

「たしかにな。俺も初めて見たよ…」

 

シリカとリーファの感嘆の声に、キリトも驚きながら微笑し、頷く。

 

「こりゃあ負ける訳にはいかなくなったな!キリの字よぉ!」

 

「元からそのつもりだよ、クライン。」

 

笑いかけ、肩を組んで来るクラインに、キリトは笑いながら返す。

 

「なんだぁ?クライン。負ける予定でもあったのか?」

 

「あぁ?バカ言ってんじゃねえよエギル!おめぇこそ、店のことチラついたりなんかして余所見すんじゃねえぞ!?」

 

「んなこたぁしねぇよ!」

 

大の大人2人の言い合い。

 

それを聞きながら、キリトはクラインの腕に掴まれたまま笑う。

 

その様子を、アスナとユイは微笑みながら眺めていた。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

「や、シュン坊。調子はドーダイ?」

 

笑いを浮かべながらシュンヤに近づく、フードを被ったプレイヤー。

頬に特徴的なペイントのあるそのプレイヤー…《情報屋》のアルゴに、シュンヤは手を差し伸べた。

 

「アルゴさん。来てくれたんですね。」

 

「そりゃあ、英雄サマ達の凱旋だからナ。来ない訳にはいかないヨ。」

 

ニシシッ、と。

からかうようなアルゴの言葉に、シュンヤも苦笑いを浮かべる。

 

「これまで、2年半の情報面でのサポート、本当にありがとうございました。今の俺達があるのは、アルゴさんのおかげです。」

 

「オヤ?敗走なんて微塵も考えてないみたいダナ。攻略責任者サマも、随分自信がついたようデ。」

 

「え?い、いや。そういう訳では…」

 

狼狽えるシュンヤの様子に、アルゴは笑う。

 

「ニャハハハ!冗談だヨ!…オレッちの方こそ、悪かったナ。上層…特に90層超えてからは、あまり役に立てなくてサ。」

 

「…いえ、俺らの方こそすみませんでした。いくら攻略速度を上げるためとはいえ、情報屋の皆さんをないがしろにして…」

 

「フン、そりゃお門違いってもんサ。元はと言えば、コウヤよりも早く情報集められないオレっち達が悪いんだからサ。」

 

「いや…流石に元から情報持ってる人に勝つのは…」

 

「無理でしょ」と、言いかけたその時。

 

 

「そぉやでぇ!シュンヤはん!」

 

 

鋭い言葉。

独特の訛りを含んだ言葉が、シュンヤの耳に入る。

声の方に向くと、そこにはシュンヤの元に近づくプレイヤーが1人。

 

そのプレイヤーはこれまた特徴的な形をした髪の毛に、鋭い眼光を備えていた。

 

ギザギザ頭のプレイヤーはアルゴの横に立つと、腕組みをしてシュンヤを見る。

 

「そないな些細なこと、天下の攻略組のメンバーが気にすることやないで!ドンと構えて、しゃんとせな!!」

 

叱咤とも取れる言葉。

シュンヤはその人物を見ながら、笑みを浮かべた。

 

「…お久しぶりです、キバオウさん。」

 

 

 

キバオウ。

 

かつては攻略組の一員として、最古参のギルドで、今は壊滅した《アインクラッド解放軍》を率いていたプレイヤー。

《軍》とのひと騒動の後、シュンヤの勧めによりアルゴの手伝いをするようになっていた。

 

 

 

「キバオウさん、アルゴさんの元での情報収集の手伝い、お疲れ様です。」

 

「ソウソウ。キバオウ氏が意外と素直で驚いたもんサ。てっきり反発されると思ってたからナ。」

 

 

「…まぁ、ワイもシンカーはんとのひと騒動の後、心を入れ替えたからな。シンカーはんには、本当に悪いことしたと思とるし…」

 

「それに、気付いたんや。あんなやり方で攻略組に戻ったとしても誰もついてこん。それやったら地道でも、人の為んなることやろうかなと思たんや。…ま、それもちいとばかし遅かったみたいやけどな。」

 

 

「…そんなことないですよ。」

 

キバオウの言葉に、シュンヤは微笑みながら返す。

 

「たとえ過去に過ちをおかしても、それを償うことに決して《遅い》なんてことはないと思います。それに、そうすることで《彼ら》も浮かばれると、俺はそう思います。」

 

「…ほぉか。」

 

シュンヤの言葉。

彼の言う、《彼ら》という言葉の意味に気づき、キバオウは笑う。

 

その目尻に雫を溜めながらも、彼はそれを振り払った。

 

「…頼んだで、シュンヤはん。」

 

「シュン坊、武運を祈ってるヨ。…勝ってコイ。」

 

「…はい、必ず。」

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

「カズマーー!!」

 

「おふっ。」

 

ユウキと話をしていたカズマの腰周りに、軽い衝撃が走る。そこに居たのは、彼の腰から腹回りに腕を回す、1人の少年。

 

やがて、四方八方から同じように少年少女か彼に抱きついた。

 

見ると、ユウキも同じような状態だった(ただし女子限定)。

 

彼らは、カズマ達も良く面倒を見ていたサーシャの孤児院の子供達だった。

 

「なんだぁ?どした、お前ら。」

 

カズマの問いに、彼らは答えないまま動かない。

…やがて、そのひとりが口を開く。

 

 

「ねぇ、カズマ。…本当に勝てる…?」

 

「んー?どしたよ突然。心配か?タケル。」

 

少年の名を呼びながら、カズマは彼の頭を撫でる。

そして、その横の少女が口を開いた。

 

「…だって、今から戦うのは《ゲームマスター》、なんでしょ?なら…」

 

少女のその先を、カズマは遮るように頭を撫でる。

取り囲む子供達に視線を向けながら、笑いかけた。

 

「不安かー?俺達が『《ズル》で負けるかも』ってさ。」

 

更なるカズマの問いに、少年達は答えない。その沈黙をYESととり、カズマは話し始めた。

 

「そりゃまぁ、そんなもん使われちまったらいくら俺らでも()()()()()()キツイかもなぁ。」

 

 

「でも、()()()()()()。」

 

 

カズマのその言葉に、数名が顔を上げた。

 

「俺らは《攻略組》だぜ?それくらいの危機危険は、嫌という程経験してきた。…安心しろ。お前ら皆まとめて、家族の元に…《向こう》に帰してやるから。」

 

「…本当に?」

 

「あぁ。…信用、出来ねえか?」

 

カズマの問いに、少年達はブンブンと顔を横に振った。

 

「なら、信じて待ってろ。お前らが信じてくれりゃ、俺らは絶対に負けねえよ。」

 

「…うん、分かった。」

 

「がんばってね、カズマ。」

 

「おう。任せとけ。」

 

 

 

「…ユウキちゃんも、がんばってね。」

 

「うん、任せてみんな!」

 

 

 

「…シノンさんも、がんばって。」

 

「…ええ、ありがとう。必ず、勝ってくるわ。」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

「……さぁ、行きましょう。」

 

 

 

 

プレイヤー達が見守る中、シュンヤの手に持つ紺色の結晶が砕け散る。

 

凄まじい歓声の中、攻略組のプレイヤー達は、青いゲートの中へと身を投じたーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

ー第1層・地下迷宮最奥部ー

 

 

 

キュアァァァ…!!

 

 

薄暗い空間の中。

宙を浮遊する、一体の死神。

 

たなびくフードの裾と、巨大な鎌がその恐怖感を一層際立たせる。

 

 

…だが。

 

 

トン、トン、トン、トン…

 

ジャリッ、ジャリッ、ジャリッ…

 

カッ、カッ、カッ、カッ…

 

 

目の前に立つ、複数の(プレイヤー達)

 

彼らは、彼の死神に恐れることはなく、それどころか確かな速度で距離を詰める。

 

 

その光景、彼らの異様なオーラに、死神は少し()退()()()

 

 

死神が感じたものは、恐怖。

 

感じたことの無い《感情》にプログラムである死神は、しかし思わず叫んでしまう。

 

 

キュアアアアァァァ!!!

 

 

響く絶叫。

耳につんざくその咆哮の後、死神は鎌を振り上げた。

 

 

…カズマは、背中に手を伸ばし、愛剣の柄に手をかける。

 

確かな手応えを感じると共に、「ハッ」と吐き捨てるように呟いた。

 

準備運動(アップ)代わりの雑魚が、喚くんじゃねえ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「失せろ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー数時間後。

 

 

 

建物の中。

 

道に沿って歩き続けた攻略組プレイヤー達。

 

彼らの前に姿を現した、巨大な影。

 

 

「ば、馬鹿な…コイツは…!!」

 

 

その姿に、シュミットが唸る。

 

それぞれが獲物を構えて、そのモンスターと相対する。

 

…やがて、先頭にいる女性プレイヤー、アスナが、絞り出すようにその名を呟いた。

 

 

 

「…茅場…昌彦…!」

 

 

 

ーー彼らの目の前には、かつて(サービス開始日)見た、赤いローブの影が浮かび上がっていた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

…歩く。

 

 

いつまでも同じ景色が続く道を、カズマは歩く。

 

曲がったり、罠があったりは無い。

 

まるである場所に導かれるように、真っ直ぐ伸びる道を彼は歩き続ける。

 

だが、彼には分かっていた。

 

この道が、《目的》に続く道であると。

 

何故なら、少し前にも誘導されたから。

 

手招きとも取れるやり方で。

 

 

 

 

ーーやがて。

 

広い場所に彼は出る。

 

 

 

…そして、広場の中央。

 

そこに、彼の《目的》とも言える者がいた。

 

カズマはそのまま立ち止まり、それと同時に中央にいた人物…ショウマは、ゆっくりと立ち上がった。

 

「………」

 

「………」

 

少し流れる、静かな時間。

 

…やがて、彼に話しかけようと、カズマは口を開いた。

 

 

 

 

 

 

…次の瞬間。

 

彼の目から、ショウマの姿が掻き消える。

 

 

 

 

カズマが首を捻ると、顔の横を突き抜ける腕と短剣。

 

そしてその流れのまま、カズマは剣を抜く。

 

詰められた距離。

 

それをものともせずカズマは、ショウマとそのまま数合撃ち合う。

 

そして、彼が体術スキル《弦月》を繰り出したところで、一気に距離が出来た。

 

 

相対する、カズマとショウマ。

 

紅い直剣と、青銀の短剣を手に向かい合う。

 

 

 

「…ったく、《待て》も出来ねえのか。狂犬(犬っころ)が。」

 

「悪いねぇ。なんなら俺の首に首輪でもつけたらどうだ?お巡りサン?」

 

 

 

かつて《シンユウ》であった2人はそう言って対峙し、そして…

 

 

 

 

 

微かに、笑い合った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「…まさか、アンタだとはな。」

 

 

階段を降りたあと、現れた扉の向こうにあった広場にいたプレイヤーに、キリトは話しかける。

 

彼の目に映るのは、広場に座り込み、まるで座禅を組むように足を組んだプレイヤー。

 

その体はフルプレートアーマーに包まれており、その腰には白銀の剣が光り輝く。

 

 

「…ようやく来ましたか。」

 

 

かつては聞き慣れた声も、今のキリトにはどこか懐かしく感じる。

 

それもそうだろう。

 

何故なら、今目の前にいる彼は…

 

 

 

「さあ、斬り結びましょう。我らプレイヤーの敵(ビーター)よ。その肉体、一つたりとも残しはしませんぞ…?」

 

 

「……ッ…」

 

 

 

 

数ヶ月前に、()()()()()なのだからーー。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

少し長い階段を降りた後、現れた扉。

 

 

その扉の前に、シュンヤ、コウヤ、シャムの3人は立ち尽くす。

 

 

それぞれの思いを胸に、ほんの少しの時間を過ごした後、シュンヤは巨大な扉に手をかけた。

 

彼が許可を取るように2人を見ると、彼らは頷き、それにシュンヤも頷く。

 

 

シュンヤが少しだけ力を入れると、扉は自動的にゆっくりと開いていく。

 

 

 

…そしてその奥。

 

 

彼らが探していた、佇んでいる1人の人物。

 

その姿がハッキリと視界に映りこんだ。

 

 

 

「…来たか。」

 

 

 

小さな、しかし3人に聞こえる音量の声の後、その人物はゆっくりと視線を下げて、そして…

 

 

 

3人を真っ直ぐに見た。

 

 

 

「…いらっしゃい。瑛一、隼人。それに、紗綾。」

 

 

 

 

 

 

「さあ、殺し合おうじゃないか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

…いま、この瞬間。

アインクラッド最後の戦いが、幕を開けたーー。





こっから4つの戦闘分けながら書く感じかな?多分。
あんまどういう構成で書くかは考えてないんすよね笑

なる早で仕上げマース( ´∀`)ハハハ


それでは、次回お会いしましょう。


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第28話 vsギレス

「…カズマ、どう思う?」

「どう考えても誘われてんだろ。」


第一層・地下迷宮を突破した後。

キリト達攻略組のメンバーは、《第0層》へと続くであろう場所で立ち止まっていた。

そこには、誘い出すかのように、4つの分かれ道が用意されていた。

そして…

「…入れるプレイヤーが、制限されてるのか?」

シュンヤの問いに、カズマは肯定の意味を込めて首を縦に振った。

ーーーーーーーーーーー

それは、分かりやすいものであった。

まず、右手の2本の道。

ここにはそれぞれ、キリトとカズマのみが入れる道。

そして左から2番目の道にはシュンヤ、シャム、コウヤのみが入れるようになっていた。

そして、最後の道にはそれ以外のプレイヤーが入れるというものだった。


ーーーーーーーーーーー


「明らかに、俺たちとカズマ達を引き離そうとしてるよな。」

「ど、どうしましょう。」

ジュンとタルケンの言葉に、カズマはため息混じりに答える。

「どうするも何も、行くしかないだろ。」

「…カズマ、大丈夫?」

心配するようなユウキの声。

それにカズマは頭を撫でながら答える。

「大丈夫だ。正直、こうなることは予測してたしな。…まぁ、兄貴の相手が誰なのかは分からんが。」

「…まぁ、なるようになるだろ。…それに、皆だって俺ら抜きでも平気だろ?」

キリトの笑い混じりの問いに、攻略組メンバー達が逞しい返事で返す。

「へっ、当たりめぇだろ!」

「攻略組がお前らだけじゃねえってこと、ちゃんと教えてやるよ!」

クラインとエギルの頼もしい返答。
それに、キリトは一層笑みを深くした。

「よしっ、それじゃここからは各自別れて行動しましょう。攻略責任者の俺が離れるのは心苦しいですが…アスナさん。臨時の代行、お願い出来ますか?」

「分かった、任せておいて。」


「皆さん!ここから先はかなりの強敵と対戦し、苦戦することが予測できます!ですが、皆さん本来の力を発揮出来れば必ず勝つことが出来るはずです!!」


「生きて、また会いましょう!!」


「「「おうッ!!」」」





《第0層》の構造は、逆ピラミッド型の五階層仕立てとなっている。

 

 

当然その形状故に、下層に降りる毎に個々の階層の広さは狭くなっていき、最下層は最上層の2分の1ほどの広さとなる。

 

そして、現在。

 

第五階を除いた4つで、それぞれの《ボス》と攻略組プレイヤーが対峙していた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

ー1階・棺桶の間ー

 

 

 

 

1階から地続きのフロア。

 

そこで、かつては苦楽を共にした《親友》の2人が静かに対峙する。

 

カズマがこの部屋に辿り着いて、さほど時間は経っていない。

 

ただ一合剣を交えた後、数秒の静寂の中、唐突にショウマが口を開いた。

 

 

「…急がなくて良いのか?カズマ。」

 

「…どういう意味だ。」

 

 

正直、あまりショウマと話す気がなかったカズマ。

 

だが、彼の問いはそんな事よりも気になるものだった。

 

ショウマはどこか楽しそうに、ウキウキとした口調で話す。

 

 

「いや〜♪お前の兄貴…確か、キリト…だったっけ?アイツの手助けに行かなくて良いのかな〜って、思ってさ。」

 

「あぁ…?」

 

「だってその人が相手してんの…」

 

 

 

「俺らの中で、最強の男だぜ?」

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

ー3階・竜騎の間ー

 

 

 

 

「…ギレスさん、あんた…生きてたのか。」

 

キリトの問いに、彼と対峙するフルプレートアーマーの男性プレイヤーは、「やれやれ」と言わんばかりに首を振った。

 

「それよりもまずは、久しぶりにあった攻略組の同士に、激励をするのが常識でないですかな?」

 

「死んだと思ってたら、本当は相手に寝返ってた奴にかけてやる激励なんて、俺の中には無いよ。…ギレスさん、あんた本当に何してんだ。」

 

キリトの目には、鋭い眼光が宿る。

射抜くようなその目に、しかしギレスは飄々と答えた。

 

「何って、ただの()()()()ですよ。他のプレイヤーの皆さんもしていることでしょう?」

 

「…あんた、そちら側がどういう集団か、分かってて言ってんのか?」

 

まるで悪びれもせず答えるギレスに、少しだけ苛立ちを込めたキリトの声が響く。

 

だが、それにもギレスは何の気なしに答えた。

 

「ええ、勿論。元々私は、あのように()()()()()()()()()()ような立場は性分に合いません。今のように数多のプレイヤーを支配する立場こそ…」

 

 

 

「…分かった。もういいよ。」

 

「それが分かってるならつまり、あんたは俺達の《敵》ってことだ。…それだけ分かれば、後はなんだっていい。」

 

 

 

しびれを切らしたように、キリトは背に吊った剣の柄を握る。

 

そしてそのまま、一息に刀身を抜いた。

 

それだけで辺りに旋風が巻き起こり、ギレスの前髪を揺らす。

 

片方は紅く、もう一方はモノクロの螺旋模様。

 

リズベット(鍛冶屋)の想いが詰まった、《リメインズ・ハート》と《スパイラル・エリュシオン》の二刀。

 

その両方が、リズベットの手入れにより濡れたように光沢を含む。

 

その剣達を見て、ギレスは恍惚とした表情を浮かべた。

 

「…美しい…。」

 

そう言うと、ギレスはウィンドウを操作する。

その瞬間に彼の顔は兜で覆われ、左手には彼の背丈程もある巨大な盾が携えられていた。

 

そして、ギレスは更に腰の鞘から直剣を抜き出す。

 

その直剣は、キリトの二本のそれとは違い簡素な作りながらも、同等の光沢と存在感を放つ。

 

白銀に光り輝く盾と剣、そして鎧を身に纏った彼は、正しく《聖騎士》と言わんばかりの装いであった。

 

…だが。

 

 

「………」

 

 

そんな事は意に介さず、キリトは戦闘態勢をとる。

右手を後ろに下げ、左手を前に出す彼のオーソドックス・スタイル。

 

ギレスも左手の巨大な盾を前に出し、右手の剣を下げた。

 

 

 

…ジリッ…ジリッ…ジリッ……

 

 

 

両者共に、慎重に間合いを測る。

 

互いの息遣いのみが耳に響く。

 

そして…ーー。

 

 

 

 

 

 

「……ッ!!!」

 

 

 

キリトが、動く。

 

 

全力の跳躍と共に、ギレスの持つ盾に斬りかかった。

 

 

ガキュイイィィィィンッ!!

 

 

一撃。

交わるだけで凄まじい金属音が響く。

巻き起こる風がコートの裾を揺らした。

 

 

ほんの一瞬。

 

巨大な盾と螺旋模様の剣は拮抗する。

凄まじい力が接触点に集中し、ギリギリッと音を立てる。

 

そして…

 

 

「ヌゥンッ…!!」

 

 

ギレスがキリトのエリュシオンを押し返し、盾と剣の間に距離ができる。

 

その瞬間、キリトは流れるようなバックステップで更に距離をとった。

 

…だが。

 

 

「……ッ!」

 

ギレスはあろうことか、自分で走り出し、キリトとの距離を詰めてくる。

 

これにはさしものキリトも不意を突かれ、反応が遅れてしまった。

 

『この戦法は…』

 

キリトの脳裏に過ぎる1人のプレイヤー。

 

だが、すぐにそれをかき消し、目の前の迫り来る敵に意識を向けた。

 

ギレスが3歩先程の場所に到達した瞬間、キリトは自身の右側に身体を動かす。

 

 

 

こうすることで、巨大な盾を持つギレスにとってはキリトの姿が盾に隠れ死角となり、不意をつきやすくなる。

 

タンク(盾戦士)に対して、最も効果的な攻め方なのだ。

 

 

 

キリトはギレスにとって《死角》となる場所に潜り込んだ後、カウンターを繰り出すために、すぐさま右手の剣を握り直した。

 

 

ーーその瞬間。

 

 

 

「グォッ…!!?」

 

凄まじい衝撃がキリトの体に走る。

 

その衝撃は、キリトの胸から腹部にかけてを起点としており、彼はその理由を遅まきながら理解する。

 

 

『盾…!?』

 

 

そう、ギレスの持つ巨大な盾がキリトの体に叩き込まれたのだ。

 

 

その攻撃はかつて、攻略組を席巻していた、キリトが唯一敗北した男と同じスキル。

 

エクストラスキル《神聖剣》。

 

 

ギレスの背丈程もある巨大な盾はその推進力を生かして、凄まじい威力を放ち、キリトの体を大きく吹き飛ばした。

 

様々な疑問はある。

 

だが、今はそんな事を気にしている余裕はない。

全ての疑念を振り払い、キリトは敵を見据えた。

 

吹き飛ばされたキリトはしかし、すぐに体勢を立て直す。

ブーツの底で吹き飛ぶ体に急停止をかけ、すぐさま反撃に転じた。

 

足を踏み抜き、凄まじい速度で彼の体は発射される。

 

「…ッ!」

 

走りながらキリトは、両手の二刀の刀身を緑色の光に染めた。

 

「セアアアァァァッ!!」

 

右手と左手。

交互に繰り出される、二撃の斬り上げと斬り下ろし。

 

二刀流重攻撃技《ダブル・サーキュラー》

 

凄まじい威力の攻撃に、思わずギレスも後退する。

 

二撃目を振り切り、確かな手応えを感じながら、キリトは立ち上がった。

 

 

「…流石に、硬いな。」

 

 

頬をコートの袖で拭いながら、キリトは呟く。

 

ギレスは《受け》の姿勢のまま立ち尽くし、そのまま顔を上げる。

高威力の二刀流ソードスキルを受けてもなお、彼の顔には余裕がある。

 

それもそのはず。

キリトの技は、完全に()()()()()()のだから。

 

 

「…流石、と言うべきですかね。()()だけでここまで押し込まれたのは、初めてです。」

 

 

 

「流石は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。」

 

 

 

ギレスの呟いた皮肉とも取れる言葉に、キリトは顔色ひとつ変えずに返す。

 

「…あんたの《ビーター嫌い》も、相変わらずだな…。攻略組時代からだったけど…俺達の何がそんなに憎いんだ。」

 

「…今ここで話して、何か意味があるのかは分かりませんが…いいでしょう。…少し、昔話をしましょうか。」

 

「……」

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

ギレス。

本名を、茜木(あかねぎ) 藤四郎(とうしろう)

 

彼は幼少期から《神童》と呼ばれ、成績優秀運動抜群として、地元で知らぬものはいないほど。

 

少年期に何となく始めた剣道でも全国制覇を成し遂げ、いつしか彼は《頂点》にいることが彼にとっての《義務》であると、信じてやまないようになっていた。

 

そして、あの日。

 

デスゲームに囚われたあの日も、彼は行動を共にしていた現実世界からの仲間を鼓舞し、《はじまりの街》を出てパーティーを作った。

 

ただパーティーリーダーに、まだVR世界に不慣れであった自分の代わりに、ベータテスターであった親友(ディアベル)を立てて。

 

…しかし。

 

(ディアベル)は裏切った。

 

「抜け駆けはなし」と決めた中、彼はLA(ラスト・アタック)ボーナスの事を彼に言わず、それを狙い、そしてその命を散らした。

 

その事への怒りは、彼らの仲間であるリンドが作ったギルドに入っても収まることはなかった。

 

そしてその怒りは、毎層毎層、素知らぬ顔で先頭に立ち、LAボーナスを奪取していく3人のビーターにも降りかかった。

 

更に、「ビーターには負けてもしょうがない」とのたまい、《No.2ギルド》という称号に満足していたギルドメンバー達にも…。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

「ビーターには出し抜かれ、ギルドメンバー、果てには友にまで裏切られた!こんな腐った世界なんて、私が上に立ち作り直してやる!!だから私は、ゲームマスターの方についたそれだけです!!」

 

ギレスは大声で叫ぶ。

 

「私はゲームマスターの権限で《神聖剣》を取得し、ステータスも大幅に上昇した。言わば今の私は、あの《生ける伝説》ヒースクリフをも超えたということ!!」

 

 

 

「これこそ本当の《私の力》なのです!!」

 

 

 

高らかに叫び、哄笑するギレス。

今やその様子に《聖騎士》といった風体はなく、まさにそれは《狂戦士》という言葉こそ似合うものであった。

 

そして、その様子にキリトは…

 

 

 

「くだらねぇ。」

 

 

 

そう、吐き捨てた。

 

上を向き、哄笑していたギレスは奇怪な首の角度のままキリトに視線を向けた。

 

 

「…何だって?」

 

 

不気味なそのギレスの姿に、キリトは…

 

 

「くだらないって、そう言ったんだ。」

 

 

もう一度、そう吐き捨てた。

 

ピクリッと、ギレスの眉が動く。

 

だが、彼が何かを言う前に、キリトがすぐに口を開いた。

 

 

「裏切られて、挫折して、それを他人に逆恨みして。結局最後に辿り着いたのが《システムによるチート》?くだらないことこの上ないな。」

 

「あんたは間違いなく、俺達ベータテスターよりも卑劣だよ。」

 

 

 

「黙れぇ!!」

 

 

キリトの言葉に、ギレスの叫びが追って重なる。キリトは、初めて彼の表情が崩れるのを見た。

 

 

「お前に、何がわかる!ベータテスターというハンデのおかげで攻略組での地位を難なく確立したお前のようなガキに、私の何が…!!」

 

 

そう言って、ギレスは剣と盾を構え直す。

 

構えは先程とほとんど変わらないにしても、その表情と腰を落とした構えによって、凄まじい威圧感が産まれていた。

 

「……」

 

だが、キリトは気圧されることなく、スッと目を細めて集中する。

 

先程と同様に腰を落とし、左手を前に、右手を後ろに下げた。

 

 

 

『…決める。』

 

 

両者のそんな決意が滲み出る。

 

 

…そして。

 

 

 

 

 

 

両者は、同時に動いた。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

ー1階・棺桶の間ー

 

 

 

数刻前

 

 

「いかねぇよ。手助けになんか。」

 

「…へぇー?天下の《死神》様は随分とドライなんだねぇ。肉親が苦戦しているのにスルーだなんて。」

 

からかう様な、煽るようなショウマの笑い混じりの言葉。

挑発とも取れる言葉に、カズマは…。

 

 

穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

「…勘違いすんなよ。俺が行かねえのは見捨てるからじゃねえ。()()()()()()()からだ。」

 

「あぁ?」

 

「《お前らの中で最強》って言ったか?…上等だ。」

 

 

 

 

 

 

「ウチの兄貴だって、伊達に《攻略組最強》名乗ってねぇってことだよ。」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

あの日。

 

ヒースクリフに負けたあの日から、キリトは考えていた。

 

負けた理由などでは無い。

 

(ヒースクリフ)のソードスキル《神聖剣》。

 

確かにあのスキルは攻守に万能、最強クラスのユニークスキルだろう。

 

 

だが、決して無敵ではない。

 

 

そう。

 

彼は見つけていた。

 

最強スキル《神聖剣》の、たった一つの()()を…。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「…ォォォォオオオオッ!!」

 

 

咆哮とも言える気合いと共に、キリトは二刀を振り下ろす。

 

凄まじい連撃。

傍から見れば、軌跡しか見えぬかもしれない速度の剣戟を、しかしギレスは全て弾いていく。

 

 

 

彼の盾は、ヒースクリフのような十字盾では無い。

彼の盾は全ての斬撃を確実に弾く為に、自身の体全てを覆い隠せる巨大な、四角形の盾だ。

これにより、正面の攻撃はほぼ確実に迎撃することが出来る。

更にはその重さゆえに、かつてのヒースクリフのように盾が弾き飛ばされることも無い。

 

そして、側面から攻撃されても抜かりはない。

この世界で最高の強度を誇る素材で作られた鎧に纏われた体は、あらゆる攻撃を吸収する。

 

正しく、最硬。

 

ギレス自身、その硬さには絶対の自信があったのだ。

 

 

 

 

しばらくして、盾に降り注ぐ衝撃が止まる。

 

確認すると、間違いなくキリトはその手を止めていた。

 

それを見た瞬間、ギレスは盾の側面からキリトに向かって剣を突き出した。

 

一撃目がキリトのコートを掠り、更なる連撃。

 

さらに数発、掠りはするが、大きなダメージとはならない。

 

「チィ…ッ!!」

 

バックステップで距離を取られ、手を出せない距離に移動されたギレスは、もどかしそうに歯ぎしりをすると、一気にダッシュを開始した。

 

巨大な盾をものともせず、赤色の床を駆け抜ける。

 

このスキル…《神聖剣》の1番の長所はやはり、《二刀流》と同じように剣と盾に攻撃判定があること。

これにより攻守の隙を無くせるのだ。

 

『ならば…それを利用しない手はない!』

 

ギレスはキリトとの距離を詰めていく。

 

 

 

ーーそして。

 

 

ほんの数歩歩けばいいだけの距離で、キリトは()()()()()()()ように、盾の影に自身の体を隠す。

 

キリトの一辺倒な対策に、ギレスは勝利を確信する。

このまま先程のように吹き飛ばし、その隙に距離を詰め、HPをも吹き飛ばす。

 

確かな《ビジョン》が、ギレスの脳内で創造されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…え…?」

 

 

 

盾を振り抜いた場所。

 

そこに、キリトの姿はなく。

 

盾は虚しく虚空を駆ける。

 

 

『…どこに…』

 

…ズッ。

 

 

思考しきる、直前。

 

彼の左腕が()()()()()

 

 

まるで斬られたかのように。

 

手首の先から、突然。

 

 

ーー影が落ちる。

 

ギレスの体を覆うように。

 

()()()()の、濃密な影がーー。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

キリトは理解していた。

 

神聖剣の決定的な長所。

それは、剣ではなく《盾》にあると。

 

攻守を両方こなす物があるからこそ、プレイヤーには迷いが産まれ、主導権が握られる。

 

…だが、盾が失われれば?

 

ただの守ることの出来ない、不慣れな片手剣士の出来上がりだ。

 

 

 

 

『…ギレスの盾は、確かに硬い。しかも守護範囲も広いから、そう簡単に不意打ちは出来ない。俺はカズマみたいなSTRもないから、蹴り飛ばすことも出来ないだろうな。』

 

『…けどその分、弱点もある。』

 

『形が四角い分、使用者の視界は限られるし、しかも重い分だけ《速度》はともかく《瞬発力》は遅くなる。』

 

『戦闘中、限りなく狭くなる視野の中で、盾に遮られてしまえば、上を警戒することは…ほぼ不可能だ。』

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

盾を失い、右手に剣だけを持ったギレス。

 

最早何1つのリーチも持たないギレス(ボスプレイヤー)に、キリト(攻略組最強)が襲いかかる。

 

 

「…フッ!」

 

 

まずキリトは、着地直後。

固まるギレスのうなじに、大威力の回し蹴りを打ち込んだ。

 

これにより、ギレスの体は低スタン状態に陥る。

 

そして、固まるギレスの背後で、キリトは止まらない。

 

 

すぐさま左右の両刀を、青い光に染めた。

 

 

その光を見た瞬間、ギレスは自身の仮想の体温が一気に下がっていくのを感じた。

 

背中に一瞬、冷たいものが走る。

 

 

『いや!俺の体は最高級のフルプレートアーマーで守られている…!無効化は出来なくとも、ダメージの軽減は…!』

 

 

彼の頭に過ぎる、一縷の希望。

 

…だが。

 

 

 

「スターバースト…」

 

 

 

 

「ストリーム…!!」

 

 

 

 

…その希望は、すぐに消し飛んだ。

 

 

一撃目。

 

それが直撃した瞬間、凄まじい衝撃が走る。

 

そして。

 

彼へのダメージは、全くと言っていいほど軽減されていなかった。

 

二度目の、悪寒が走る。

 

 

『馬鹿なッ…何故…!?』

 

 

何とか動く首だけ動かし、ギレスは《それ》に気付く。

 

キリトの二刀。

 

凄まじい威力を内包したその連撃は…

 

 

その全てが、()()()()()()()へと正確に叩き込まれていた。

 

 

鎧とは元来、戦闘で体を動かしやすくするために、関節部分は金属で纏わせないというのは周知。

 

それは、このVR世界でも同じ。

 

関節部分には、鎧の効果は発生しない。

 

 

「ガッ…ハッ…!」

 

 

何度も走る衝撃。

 

受けているギレスには、分かる。

 

その全てが、彼の関節(ノーガード)部分へと正確無比叩き込まれていることを。

 

 

「馬…ッ…鹿…な…」

 

 

ギレスは、理解する。

 

彼は…キリトは、自身の何段階も上の存在であることを。

 

剣技も、戦術も、そして…精神面でも。

 

 

『…これが…《敗北》…か…』

 

「ゼアアアァァァァッ!!」

 

ドズッ!

 

 

…最後の一撃。

 

 

キリトの剣(リメインズ・ハート)による、極大威力の突きがギレスの体を貫いた、その瞬間。

 

 

 

彼のHPバーは、呆気なく四散したーー。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

「…俺の勝ちだ、ギレス。」

 

「…ッ…ハッ…私に…勝ったから…なんです…?この先には、ゲーム…マスター…が、いるん…ですよ…?あなた方に…勝ち目は…」

 

「勝ってみせる。…いや、勝てるさ。仲間と一緒ならな。」

 

「…その、仲間も…今は…最強のボスと…戦って、いるでしょう…。ビーターの、抜けた…攻略組に…倒せる…相手、では…」

 

「勝てるさ。」

 

 

 

「俺は、仲間を信じてる。」

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

夢を、見た。

 

 

遠い過去の夢。

 

 

彼の目の前には、軽装に身を包んだ青い髪の一つ結びの男性プレイヤー。

 

パーティーメンバーや、先日組んだボス攻略メンバーと酒を飲みかわしていた。

 

彼とは、現実でも知り合いであるが、あのコミュニケーション能力の高さはひとえに素晴らしいと思う。

 

青い髪の彼が、口を開く。

 

 

 

『俺達は明日、必ず勝つ。勝って、皆に教えてやるんだ。「このゲームは、クリア出来るぞ」ってさ。そしてその為には、誰かがこの後も攻略組を引っ張って行かなきゃならない。』

 

『俺は明日必ず活躍して、名実ともに「ボス攻略の第一人者」になると、ここに誓う!』

 

 

 

その高らかな宣言に、周りのプレイヤー達は歓喜し、叫ぶ。

 

その様子を見て、ギレスも右拳を突き上げたーー。

 

 

 

…彼には、分かっていた。

 

青髪のプレイヤーが、友人を差し置いて《出し抜く》などというマネをするわけが無いことを。

 

ただ彼は…ディアベルは、攻略組を引っ張って行くために…《最強》という、最も重要なメンツのために。

 

あの時、1人で飛び出すしか無かったのだ。

 

 

そうしなければ、《ボス攻略の第一人者》が誰かに取られると、自覚していたから。

 

そして何より。

 

彼は自身の欲望に、他人を巻き込むのは嫌う人間だったから。

 

 

…ギレスこそ、人の事は言えない。

 

彼こそ、時が来ればディアベルを出し抜き、自身のものとしようとしていたのだから。

 

攻略組も、ギルドも。

 

 

彼が…ディアベルが、その事に気付いていたのかは分からない。

 

 

だが、分かっていた。

こんなのはただの《逆恨み》なことくらい。

 

 

ただ、そうしないと彼は、押し潰されそうだった。

 

トップを取れない、自身の不甲斐なさとプレッシャーに。

 

そして…友を見殺しにした、罪悪感に。

 

 

 

 

 

「…クソッ…タレ…」

 

 

 

ギレスは、無性に(ディアベル)に、頭を下げたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…静寂の中。

 

ギレスはゆっくりと、その身を無数の光へと変えたーー。





ーーギレス。
正直俺は、友や仲間に裏切られたあんたの気持ちはほとんど分からない。
俺は現実世界でも1人だったし、この世界でも1人で戦わなくなったのは本当につい最近だから。そんなこと、経験することが無かった。

ただ俺は、あんたよりも強い奴を知ってる。
《親友》に裏切られて、挫折しても、どんなに辛いことがあっても前を向き続けてた奴を、俺は知ってる。

だから、そんな理由で堕ちたあんたを俺は絶対に受け入れられない。許容できない。

俺とあんたは、絶対に相容れないんだ。ーー



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第29話 彼との思い出

ー第0層・第1階層・棺桶の間ー


ギィンッ!!


薄暗い紅い部屋を、火花が照らし出す。


「ハッハァ!!」


ショウマは獰猛に笑いながら、更に剣を振り下ろす。
…だが。

「…ッ!!」

カズマの右腕の剣が閃き、斬撃を叩き落とす。
その瞬間、ショウマもバランスを崩し、少しの隙が生まれた。

「フッ!!」

先程の斬撃から繋げた、流れるような攻撃。
見たものを魅了する程素晴らしい連撃。

ヒュバッ!!

…だが、カズマの剣は空を切る。

彼の剣撃から発生した風と共に、ショウマの体が遠のいていく。

「っとと…。いやぁ、危ねぇ危ねぇ。」

ショウマはどこかわざとらしくよろめくと、ヘラヘラと笑う。

「……」

それとは対称的に、カズマの口はきつく結ばれ、目には鋭い眼光が光る。


それはまるで、ただ《仕留めること》に特化した暗殺者(アサシン)の如く。


「ぅおいおい…すげぇ殺気…あいつら(ラフコフ)の比じゃねぇぞ…」

カズマから放たれる凄まじい覇気(オーラ)に、思わずショウマも、頬に冷や汗が流れ右足を一歩後ろに下げた。

ーーその瞬間。


「…ッ!!」

…ゥオウッ!!

「ぅお…!?」


隙を逃さず、カズマは加速。ショウマとの距離を一気に詰めた。

STR型のステータスとは思えない速度に、ショウマも思わず不意を突かれる。

カズマが剣を振り抜くと、ショウマもそれに合わせて剣を前に出す。

カズマの片手直剣に対して、ショウマの武器は短剣。

接触すれば、ショウマが弾き飛ばされるのは必然だった。

…だが。


「ぬぉらぁ!!」

「シャオッ!!」


2人の気合いと共に、2本の剣が交錯する。

…いや、交錯する直前。

ショウマの剣が急角度で曲がり、カズマの剣の刀身を滑るように走る。
その影響で、カズマの剣は別方向に振り抜かれ、体勢を崩してしまう。

その隙を、ショウマも逃さない。

「ヒャハッ!」

彼の短剣は、目にも止まらぬ速さでガラ空きのカズマの後頭部を狙う。
これを喰らえば、彼は低スタン状態に陥り、その後もかなりのHPを削られることは必至であった。


「………」


だが、カズマはひどく落ち着いていた。

避けることなく、上目でその刀身を見つめる。
そのまま狙いを定めると、彼の右足は黄色い光に包まれる。

…そして、次の瞬間。


「フッ…!」

「クォッ…!」

繰り出されたカズマの蹴りが、ショウマの短剣を蹴り飛ばす。
あまりの威力に、ショウマは短剣を手放してしまう。

「ハハッ…デタラメな奴め…!」

笑いながら、バックステップでショウマは距離をとる。
遠ざかるショウマを、カズマは追わない。

次の攻撃に備え、息を整えていく。


「こうしてると思い出すなぁ。なぁ?カズマ。お前も覚えてるだろ?」

「俺とお前が出会った時のことを。」


そう問うてくるニヤニヤとしたショウマの顔。
だが、カズマは何も答えない。
剣をかまえ、目の前の(ショウマ)を睨みつける。


…代わりに。

彼は、静かに。

《過去》へと、思いを馳せたーー。





 

「お願いします!僕を…僕を、弟子にしてください!!」

 

 

俺にはかつて、弟子がいた。

 

いや、今も一応シノンやリーファとは師弟関係ではあるのか。

…まぁ、そんなこと今はどうでもいい。

 

きっかけは第26層の攻略を進めていた時、とあるパーティーを助けたことだった。

 

その時そのパーティーにいた、一人の短剣使いのプレイヤーから唐突に頭を下げられた。

 

そのプレイヤーの名前が、《ドナウ》。

鍛冶師を目指す、鍛冶屋見習いだった。

 

無論、俺も即承諾した訳では無い。

 

その時の俺はと言えば、兄貴やシュンヤと共に第一層で《ビーター》と明言してから、凄まじい非難を浴びていた全盛期。

 

それに、それのおかげで元来持ち合わせていた人への不信感も若干拍車がかかっており、その時はそそくさと逃げるように先へと進んだ。

 

 

だが、一度断っただけでは彼は諦めなかった。

 

その日から、一日に一度は菓子折りと土下座のワンセットで俺に弟子入りのお願いをしてきた。

一日に複数回あった日もある程だ。

 

 

ーーそして、ストーカー紛いの弟子入り祈願が20回を超えた頃。

 

 

 

俺は彼を隣に座らせ、質問した。

 

「…お前は、俺が《ビーター》なのは知ってるよな?」

 

「はい。」

 

「なら、俺に関わることによるデメリットが大きいことくらいわかるだろ?鍛冶屋なんていう専門職してるなら尚更。」

 

そう問うと、彼からは《予想外》の返事が返ってきた。

 

「いえ、そこまで。」

 

「…なにぃ?」

 

 

「だって、この世界はたとえ売り上げが落ちたとしても、店の立ち退きなんかはありません。それに、僕がカズマさんに強くしてもらって素材集めを自分で出来るようになれば、他のプレイヤーへの依頼料もいりませんから。正直デメリットより、メリットの方が大きいんですよね。」

 

 

「……」

 

その言葉を聞いて、俺は呆れた。

そして、同時に根負けした。

 

こいつは、これ以上何を言っても無駄だと。

 

こうして俺は、人生で初めての《弟子》をとることとなったのだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

…場面は戻り、《第0層》。

 

逃げるショウマを、カズマが全力のダッシュで追いすがる。

 

「思い出したろ?俺がお前に初めて弟子入りを申し込んだ時の、お前の嫌そうな顔。ありゃ傑作だったよなぁ。…ま、お前は分からねえだろうが。」

 

「……」

 

「…また黙りかよ…少しはお喋りしようや…!!」

 

先程と同様に、カズマの剣をショウマが受け流し両者の間に距離が産まれた。

 

その直後に産まれる、静寂。

 

その時間は、カズマをまた、記憶の渦に飲み込んだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

あれは確か、第三十五層を攻略していた時期だったか。

 

もう既にかなりの数の稽古と、付き合いを重ねていた俺とドナウ。

…その日の稽古が終わった後。ドナウは俺に質問してきた。

 

 

「カズマさん。カズマさんって《スリーピング・ナイツ》のユウキさんと付き合ってるんですか?」

 

「ブホッ!!」

 

 

飲んでいた炭酸飲料を、思いっきり吹き出した。

 

ちなみにこの時期は、俺がユウキ相手に《ユウキが勝てば俺の正体を明かす》ことを条件に、彼女とデュエルを重ねていた時である。

 

俺は吹き出した液体が付いた頬を拭いながら、ドナウを見る。

 

「…なんでまた…」

 

「いや、最近鍛冶屋界隈でも噂になってますから。なんでも、《絶剣》ユウキと《ビーター》のカズマが逢瀬を重ねているとか…」

 

「層ごとにデュエルしてるだけだよ!誰だそんな誤解を招くような情報流したやつ!!」

 

噂とは、本当に怖いものだ。

 

「…いや別に。ちょっと諸事情あって、あいつデュエルしてるだけだよ。ユウキのやつ、強情だからな…」

 

「…へぇ。」

 

 

「ユウキさんのこと、お好きなんですね。」

 

 

「ブゴホッ!!!」

 

更に吹き出した。

 

瓶の半分は地面に落ちた気がする。

 

「おまっ…!なんでそうなる!」

 

「え?違うんですか?」

 

「…いや、それは…ていうか、なんでそんな質問が出てくるんだよ。お前そういうの興味無いだろ。」

 

「まぁ、人の恋愛話は確かに興味ないですが。」

 

 

「カズマさんがそこまで穏やかな顔で人の話をするのは、初めてなので。興味も湧きますよ。」

 

 

「…そーかよ。」

 

俺はもう一度口周りを拭きながら、小っ恥ずかしさを押し殺しながら答えた。

 

「…まぁ、大切なやつではある、かな。」

 

「…へぇ…」

 

 

「…いいなぁ。」

 

 

俺の顔を見たドナウは、そのことをいじることもなく、そう小さく呟いた。

 

俺は、彼の方を見た。

 

その顔は伏せられ、よく見えない。

 

だが、彼のその様子から大体の気配は読み取れた。

 

「…どうした?」

 

「?何がですか?」

 

 

「…いや、なんか寂しそうだったから…」

 

 

俺のその言葉に、ドナウはハッとしたような反応を見せたあと、自身の頬を叩き、表情を元通りに直す。

 

「すみません…僕って、あまり人を信用出来ないんです。…実はリアルワールドで色々あって、それからあまり人を信用しきれないというか…。そのせいか、深い関係の人もいなくて。」

 

だんだんと低くなる声のトーン。

それにつられて、カズマの表情も少しずつ引き締まっていった。

 

 

…だが。

 

 

「…なーんてね。信じちゃいましたか?」

 

「…え?」

 

「あはは。さっきの、嘘ですよ。それに、僕の周りには鍛冶屋仲間もいますし、カズマさんもいますからね。贅沢は言えませんよ。」

 

「…ドナウ。」

 

「さっ、早く訓練の続きをしましょう。そろそろソロでも狩れるレベルに行きたいですから。」

 

足早に、俺の元から離れていくドナウ。

 

その後ろ姿は、どこかーー。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

ガキィンッ!!

 

青黒い短剣が紅い直剣を受け流し、カズマとショウマは何回目かの距離をとる。

 

 

2人の実力は、競っていた。

 

確かに、対人戦やソロの戦闘経験はカズマの方が圧倒的に上だ。

 

だが、ショウマもラフコフ元参謀役としての持ち前の知識と、管理者権限によって最大限まで上昇させたステータスで、経験の差をしっかりとカバーしている。

 

 

「…ハァ…ハァ…」

 

「…フゥ…」

 

 

2人の頬を流れ落ちる、仮想の雫。

 

一撃一撃を全力で撃ち込むカズマと、その全てを受け流し切らなければならないショウマ。

 

仮想世界に肉体的疲労はないとはいえ、精神面においては、2人は確かに消耗していた。

 

 

「…流石だな。正直、俺のこの《速さ》についてこれない序盤に、ケリをつけられればと思っていたが…。そう簡単にはいかないよな。まさかここまで対応されるとは…。」

 

「………」

 

カズマは何も言わずに、剣を構え直した。

その対応に、ショウマは不服そうに顔を歪める。

 

 

「おいおい。今日のお前は本当にどうしたんだよ、カズマ。もっと軽口を叩きながら、時には煽って。心理戦も繰り広げながら戦うのがお前の戦闘スタイルだろ?それとも、柄にもなく緊張してんのか?」

 

 

ショウマの問いに、カズマは何も言わない。

その反応に、ショウマは呆れたように溜息をつき首を振った。

 

「そーかよ。それなら…」

 

 

 

「そのまま殺してやるよ!!」

 

 

ショウマの跳躍。

 

凄まじい速度のそれは、正しく流星。

AGIにステータスを振っているプレイヤーにのみ辿り着けるそのスピードは、周りの全てを置き去りにする。

 

 

ヒュバッ!

 

カズマの横を通り過ぎると同時に、ショウマは彼の体を切り裂いていく。

 

数箇所に付けられた傷によって、カズマのHPは確かに削られる。

 

一度だけなら大した傷にはならないが、何回も重ねることで大ダメージとなるのだ。

 

 

『あいつは今、俺の動きが見えていない…!ここで決める!』

 

 

ショウマは走り抜けた勢いのまま、対角線上にある壁に張り付き、そのまま踏み抜いた。

 

 

ズババッ!ズバババッ!!

 

 

繰り返す事に、削られるカズマのHP。

 

微かな減りは、確かなダメージへと変わり彼に襲いかかる。

 

 

「どうしたどうしたァ!?天下の《死神》サマが、まさかこのまま地蔵で死ぬのかよ!」

 

 

叫びながら駆けて行く中でも、ショウマはカズマのHPを削っていく。

 

そしてーー。

 

 

「ま、それも一興かもな!」

 

 

とうとう、カズマのHPがイエローゾーンに突入した。

 

 

ーー次の瞬間。

 

 

踏み抜かれたショウマの足。

加速する彼の体。

 

ほんのコンマ一秒で着弾する1つの弾丸。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

無表情の顔。

鋭い眼光に射抜かれたその瞬間。

 

ショウマの背筋に、冷たいものが走る。

 

 

「チッ…!」

 

 

ショウマは急ブレーキをかけて、すぐにカズマの背後に回り込んだ。

 

そして、無防備なその背中に一撃を…

 

 

ガキイィィィンッ!!

 

 

「なッ…!?」

 

響く金属音。

見開かれるショウマの目。

 

突き出されたショウマの短剣は、しっかりと受け止められていた。

 

…1本の、()()()()()()()()によって。

 

 

ォウッ…!!

 

 

「しまっ…!」

 

不意をつかれたショウマは、真上に振り上げられていたカズマの直剣に対する反応が遅れる。

 

振り抜かれる紅剣。

 

その一撃は、床に接触する直前に停止し、それと同時に周りに旋風を巻き起こす。

 

そして、旋風と共に距離をとるショウマ。

 

その光景は、戦闘序盤にも見せた応酬。

 

…だが、1つ違いが。

 

 

「…グッ…」

 

 

ショウマの体に走る、1本の赤い線。

彼はそこを抑えながら、膝を着いた。

 

彼のHPは、その一撃だけでレッドゾーンへと突入していた。

 

 

「クソが…たった一撃貰っただけで…これかよ…」

 

 

毒づきながら、ショウマは取り出した結晶でその傷を癒していく。

 

 

 

今のショウマのような、身軽なスピード重視のプレイヤーの、目に見える弱点が1つ。

 

それが、《耐久力の無さ》。

 

彼らは身軽が故に低めの防御力が仇となり、1発でHPを吹き飛ばされてもおかしくないのだ。

 

今回は、管理者権限による《レベル上げ》によって増幅されたHPのおかげで助かったが、カズマはそれを1発でほとんど持っていった。

 

 

 

改めて、(カズマ)への恐怖をショウマは感じる。

 

 

「………」

 

カズマは何も言わずに立ち尽くし、ショウマ(獲物)を見つめる。

 

いつの間にか彼のHPは回復しており、体の傷も消えていた。

 

左手の投擲用ナイフを腰にしまって、カズマは再度、剣を構え直した。

 

 

放たれる、凄まじい威圧感。

 

 

あまりの迫力に、ショウマの周りが震えているようだった。

 

 

「…あー、そうかい。出し惜しみしてる場合じゃねえって、そういうことかよ。」

 

 

ショウマはそう言って、ウィンドウを開き、手馴れた手つきで操作していく。

 

そして、彼がウィンドウを閉じたと同時に、彼の左手…短剣を持っていなかった手に、もう一本、短剣が握られた。

 

 

 

「…さぁ、決めようぜ。シンユウ。」

 

「……」

 

 

 

 

 

ーー深い因縁のある2人の決着は、もうすぐそこまで、来ていたーー。

 

 





カズマvsショウマは二部構成でいきます。

なんでギレスを1話で終わらせたかと言うと、新しいキャラを回跨ぎして書きたくなかったからです。

大人の²。


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第30話 親友

第二十二層、レンガ造りの家。


その中の、小さな浴室の中。少し大きめの浴槽に浸かる、2人のプレイヤー。

カズマに重なるように座るユウキは、チラリと背後のカズマを見る。


「…ついに、明日だね。カズマ。」

「…あぁ。明日で、ようやく終わる。」

「緊張してる?」

「…まぁ、少し。」

「そっか。…ボクは、楽しみだなぁ。」

「へぇ…なんで?」

「だって、明日勝ってこの世界から出ればさ、現実世界の和真と会えるんでしょ?…それが、凄く楽しみ。」

「…SAOと同じだけどな。」

「そうだけどっ。気持ちの持ちようだよっ!」

そう言って、拗ねるように頬を膨らますユウキに、カズマは笑いゆっくりと頭を撫でる。

髪は湿気と掛け湯で、しっとりと湿っていた。

「…カズマ。」

「…ん?」

「今、ドナウの事は、どう思ってる?」

「……」

ユウキは、体の向きを変えて、カズマを正面から見た。
カズマに馬乗りになるように、彼の肩を持って顔を見合わせる。


「…本当に、殺せる?…かつての、親友を。」

「……」





「シャアォッ!!」

 

 

独特な気合いと共に、ショウマの左手が閃き、短剣の切っ先がカズマに向かって突き出された。

 

一撃の軽いその攻撃はしかし、凄まじい速度であるため弾くのは容易ではない。

 

反射的にカズマは頭を後ろに下げて回避。

 

だが。

 

「まだまだァ!!」

 

息付く暇もなく、右手の短剣も閃き、カズマへと襲い掛かる。

 

「…ッ!」

 

2撃目を避け、体が宙に浮いたカズマを見た瞬間。ショウマは獰猛に笑う。

2本の短剣の刀身を、青色に染める。

ソードスキルーー。

 

「ヒィアッハァッ!!」

 

獣じみた気合と共に、体を回転させ2本の短剣は円を描く様に宙を翔ける。

 

元来の凄まじいスピードに加え、ソードスキルによるブーストが追加され、その剣戟は音すら置き去りにする。

 

「…チィッ…」

 

カズマは危機一髪で何とかバックステップで回避行動をとるが、避けきれなかったのか、彼の腹部に小さな赤い線が刻まれる。

 

そこから漏れ出る赤いエフェクトと共に、カズマのHPも少しずつ減少していた。

 

《出血》デバフーー。

 

 

「ハッハァ!どうだカズマ!俺の切り札の剣の味はよォ!!」

 

 

叫びながら、ショウマの腕はさらに閃き、両手に持った短剣を凄まじい速度でカズマに撃ち込んでいく。

 

その猛攻を、カズマは驚異的な反射と最小の動きで回避、迎撃していく。

 

しかし、またしてもショウマの左手の剣に体をえぐられ、そして今度はHPバー上部に現れる、緑色のデバフアイコン。

 

ーー毒。

 

『デバフ…それもランダムで種類の変わる武器か…。厄介だな。しかも、短剣2本を同時に操ることによって、さっきまであった攻撃タイムラグが無くなって、反撃も楽に出来ない…。ソードスキル使ってたから、エクストラスキルか…?』

 

頭の中で状況を整理していく。

 

ショウマの動きの中に、反撃に転じるための《隙》を何とか見つけようとする。

 

…が。

 

『…隙らしい隙が見つからん。』

 

そう、カズマは結論付ける。

 

カズマはすぐに少しだけバックステップで距離をとって、思考をまとめていく。

 

ショウマはニヤニヤと笑いながら、追い詰めて来ない。

 

 

『動きが早すぎて俺の剣を無闇に振ったところで当たらんだろうし、態勢崩そうとしても、コイツは剣が2本あるからカバーしてくる。…それに、あの武器…厄介だな。もう少し、距離をとって…!?』

 

半歩、後ろに下がった。

 

その瞬間。

 

カズマの背中に、押し返すような細い感触。

 

伸縮性のありそうなその感触は、彼もよく知ったもの。

 

「ワイヤー…!?」

 

「That's Right.」

 

驚きに包まれた後、流暢な英語を聞いた瞬間、カズマはしゃがみこむ。

 

頭上を通過する短剣を尻目に、目の前に見えた細い体へ、右手の紅剣を振り抜いた。

 

だが、紅剣は空を切り、ショウマは飛び、宙に浮く。

そして、まるで浮遊するように落下途中でその体が止まる。

 

だが、本当に浮遊している訳では無い。

 

カズマには見えていた。

彼の足元にある、細い線。

 

そして、その線が彼らの周りに無数に張られていることに。

 

「俺だってな、ただ無意味にビュンビュン走り回ってたわけじゃない。こうして、お前を捕らえる《鳥籠》を作るためにお前を追い回してたんだ。」

 

そう言って、ショウマは姿を消した。

 

ズバッ!

 

「グッ…!」

 

背後から繰り出される斬撃に、カズマは直撃を喰らう。

こうしてワイヤーからワイヤーに飛び移り、入射角度を変えることによって、標的に斬撃の狙いを分からせないようにできる。

 

 

「カズマ、お前が俺の速度についてこれていた理由が分かったよ。お前は、あらゆる情報の中で俺がどのような行動をとるか《予測》し、そこを迎撃することで俺のスピードについてこれている《ように》見せていた。」

 

「……」

 

「だが、もう終わりだ。《予測》出来なければ、お前に勝機はない。…残念だったな。」

 

 

ショウマのその言葉は正しくその通りで、的を射ている。

 

…だが。

 

 

「…やっぱ、その武器…そうか…()()()()…」

 

「…あ?」

 

「…『油断するな。』『絶対はない。』『どんな状況でも、逆転の可能性はある。』…俺はそう、教えたはずだぜ。ドナウ。」

 

「…強がりは結構ですけど、言いましたよね?貴方に勝ち目は無いですよ、カズマさん。」

 

「なら、魅せてやるよ。」

 

 

カズマはそう言って、下げていた剣を中段に構えた。

そして、いつも通り、不敵に笑う。

 

 

「…来い。師匠からの、最後の餞別だ。」

 

「…さようなら。僕の師匠。…俺の、シンユウ。」

 

 

 

 

 

 

…パヒュッ。

 

 

 

 

 

微かな音と共に、ショウマの姿が掻き消える。

 

凄まじい速度で移動するショウマが、ワイヤーに接地する毎に、張られたワイヤーが揺れる。

 

「行くぜェ!!」

 

ズバッズババババッ!

 

疾走の中、仕留める為にとショウマはカズマの体を削っていく。

 

その攻撃は、ワイヤーの伸縮性によるブーストのためか、先程よりも威力が増大されていた。

 

 

カズマのHPは、みるみると削られていく。

 

そして、彼の体にはありとあらゆるデバフが増蓄されていった。

 

…だが。

 

 

「…………」

 

 

カズマは、静かに待つ。

 

()()()が、来ることを。

 

 

 

息を整え、彼の獲物を手に持ち…

 

 

 

()()()()()…。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

…ショウマ。

 

 

お前は、俺と同じだ。

 

 

お前はかつて言った。

 

「リアルワールドで色々あって、それからあまり人を信用しきれない」、と。

 

 

そして、それが「嘘」だとも。

 

 

だが、お前は甘く見過ぎた。

 

俺の()()()を。

 

 

そして…

 

 

 

 

()()の、()()も。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「シャァオッ!!」

 

 

響くショウマの気合い。

その手に持つ、青黒い短剣2本が鈍く光った。

 

流星の如く速さで、カズマに襲いかかる。

 

 

それを、カズマは。

 

 

「……ッ!!」

 

「なッ…!?」

 

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

 

遅れることも無く、凄まじい速さで向かってくるショウマを、寸分の狂いもなく、確かに見据えた。

 

 

『何だと…!?』

 

 

カズマに《予測》は出来ないはず。

 

だというのに、音速とも言える速度にしっかりとついてきていた。

 

驚愕に包まれながらも、ショウマは動きを止めることは無い。

 

いや、止められないのだ。

 

これを最後の一撃としていたショウマには、この攻撃を制止する術はない。

 

 

「ウオオオオォォォアアアァァッ!!」

 

 

絶叫と共に、ショウマの手が動く。

同時に、カズマの手も動き始めるが、しかし。

 

凄まじいAGIを誇るショウマに、初動で勝つ手は無い。

 

…そして。

 

 

ドスッ

 

「…ッ」

 

 

囁かな音と、確かな手応えと共に。

 

ショウマの左手に持つ青黒い短剣は、カズマの右肩に撃ち込まれた。

 

そして、カズマのHPバーの上。

黄色いアイコンが点滅する。

 

 

『…勝った。』

 

 

自然と、そう確信した。

 

このままカズマが麻痺に倒れれば、後はHPを削りきるだけ。

 

この場には2人だけだから、彼を回復する手立てもないのだ。

 

 

 

 

 

 

ーーその瞬間。

 

勝敗が決した。

 

 

「…えっ?」

 

 

()()()()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()

 

 

絶対に有り得ない光景が、ショウマの目に映る。

 

そして…

 

 

 

ドスッ。

「…あ…」

 

 

先程と同じ、しかし立場が逆転した光景。

 

カズマの右手に持つ短剣が、ショウマの左肩を貫く。

 

そして、点滅する麻痺のデバフアイコン。

 

 

…その瞬間。

 

 

 

 

カズマの勝利が、確定した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…なぁ、ユウキ。俺って、結構人情深いんだよな。」

 

「…うん、知ってる。」

 

「…だから、俺は今もあいつを親友だと思ってる。」

 

「…うん。」

 

 

 

「…けど、それ以上に。俺は、お前を失って。兄貴や直葉、藍子や敦を失って。…攻略組の連中を死なすことの方が、怖い。」

 

 

 

「…だから、あいつが障害となるなら、俺は間違いなく殺す。…たとえ、それがかつて心を繋いだ相手だとしても。」

 

「…そっか。うん、それならいいや。」

 

ユウキは満足そうに笑い、ゆっくりと彼の肩に当てていた手を、彼の胸に持っていく。

 

そして、それと同時に顔を彼の胸にくっつけた。

 

柔らかい肌の感触が、カズマの体に伝わる

 

彼の心音がユウキの耳に届く。

 

 

「…ボクも、怖いんだ。君を…カズマを失うことが、何よりも。…だから、生きて?…そして、一緒に帰ろう?現実世界に、さ。」

 

「…あぁ、約束する。…絶対に、一緒に帰ろう。」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「…ハハッ…マジ、かよ…」

 

 

倒れ込み、傷の見える体。

 

そんな状態でも、ショウマは笑う。

 

清々しそうな顔で、これまでとは違う笑顔を作る。

 

「…どうやって、俺の動きを…」

 

「…《聞き耳》スキルを発動して、聴力を強化した。それだけだよ。…このスキルがあれば、()()()()()の速度ならワイヤーの着地音で予測できる。」

 

「…デタラメなやつめ…。…それに、まさか状態異常を無効化する装備が、あるとはな…その指輪…」

 

 

短剣をしまう、カズマの右手の、逆。

カズマの左手。

薬指に光るその手には、白銀の指輪…ユウキとの結婚指輪が光る。

 

 

「…この指輪の情報が分かった時、あらゆるプレイヤーが獲得に動いた。けど、その効果を持つ指輪を引き当てることは出来なかった筈だ…。どうやって…」

 

 

ショウマの問いに、カズマは左手の指輪を見ながら答える。

 

 

「…俺も…俺とユウキも状態異常無効化を引き当てた訳じゃない。…いや、引き当てる必要は無かったんだよ。何故なら、この指輪の特殊効果はある条件を満たせば、誰でも取得可能だからな。」

 

「…何…?」

 

 

 

「この指輪は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、特殊効果が開放される。…引き当てる必要は、無いんだよ。」

 

 

 

「…信頼、ねぇ…」

 

カズマの言葉に、ショウマは苦笑する。

 

「そんな曖昧なもん、どうやって判断するって言うんだよ…馬鹿らしい。」

 

吐き捨てるような言葉。

 

それに、カズマはーー

 

 

「…あぁ、そうだな。お前の言う通り、信頼や、友情何てものは曖昧だ。信じる方が馬鹿らしいくらいにな。」

 

「…けど、それは誰でも持ってる。たとえ個人差はあっても、人を頼ろうとすれば誰でも出来る。だから、そんな馬鹿らしい物に頼ることも悪くはないと、俺はそう思うよ。」

 

 

 

「…お前は、俺と同じだと思ってた。」

 

ポツリと、ショウマは呟く。

 

「人を信用せず信頼せず、誰も愛さないまま、1人で生きているんだろうな、って。…ま、それは間違ってた訳だが。」

 

「…間違いなんかじゃないさ。」

 

「何…?」

 

 

 

「…俺も、この世界に来たばかりの頃は、人を信頼しようとは思ってなかった。来た直後に出会った家族にすら頼らず、1人で生きることを決めてたんだ。」

 

「…けど、そんな俺を、アイツは…ユウキは、ぶち壊してくれた。」

 

「なんの関わりも、関わっても意味の無い俺に話しかけて、触れてくれて、心を通わせてくれた。…もう、何も覚えてなかった筈なのに。」

 

…いや、それどころか。

ショウマが…ドナウが死んだと聞かされたあともカズマは、人を頼ろうとはしなかった。

 

彼の周りには、沢山の人が居たはずなのに。

 

…それを、ユウキが目を覚まさせてくれた。

 

 

 

「…そんな1人で、変わるもんかな。」

 

「変わるんだよ。…逆に、俺とお前の違いはそこだ、ショウマ。俺にはいた《1人》が、お前の《中》ではいなかった。…たった、それだけのな…」

 

 

 

それは、小さくも、とても大きな違い。

 

たとえ小さな歪みでも、その《違い》によって、道を共に進む筈だった2人の道は分かれてしまった。

 

 

 

「…お前は俺で…俺は、お前だ。」

 

「違う環境で、違う時間を過ごした…2人の、同一人物なんだよ。」

 

 

 

…その言葉に。

 

彼にしか分からないような、そんな言い回しに。

 

 

…ショウマは不思議と、合点がいった。

 

 

「…そっか…そう、かもな…」

 

 

 

 

 

 

そして、ショウマのHPバーに表示された黄色いアイコンが点滅を始める。

 

 

「…っと、そろそろか。おい、カズマ。早くトドメを…」

 

 

そして、カズマの顔を見た。

 

…そして。

 

 

 

「…何泣いてんだよ、お前。」

 

「…ッ……!」

 

 

 

ーー目から、大粒の雫を流すカズマの姿に、思わず苦笑した。

 

 

「…悪、かった…俺は…俺は、お前が同じ境遇であることを、知ってたのに…俺が、お前をもっと…助けられた、筈、なのに…!」

 

 

溜め込んだものを吐き出すように、カズマの目からは次々と雫が溢れ出す。

 

その姿を見て、ショウマは苦笑しながらため息をついた。

 

 

「まったく…。こちとら、お前に殺してもらえるからスッキリしてたのによ…。」

 

 

そんな事を呟いて、ショウマは笑う。

そして、少し間を置いて、また口を開く。

 

 

「…ま、でもさ。本当にお前がそこまで根に持つことはねえし、責任を感じる必要も無いんだよ。」

 

「…これは、俺の問題で、お前が悪いからこうなった訳じゃない。」

 

「…師匠で、()()だったお前を信用しきれなかった、俺の心が弱かったんだ。」

 

 

 

「…だからさ。終わらせてくれよ、親友。…お前の手で。」

 

 

 

ショウマの言葉に、カズマは目元を擦り、流れ出る雫を塞き止める。

 

…そして。

 

 

「……」

 

 

倒れるショウマの体を跨ぐように膝をつき、ゆっくりと背中の剣を抜き出した。

 

紅く光る剣を見てから、ショウマはHPバーを見る。

 

そこにはもう、黄色いデバフアイコンは存在しておらず、不快な体の違和感もない。

 

 

…だが、ショウマは動く気はなかった。

 

 

その、死神の刃が振り下ろされるのを受け止めるために、満足した顔で倒れ込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ショウマ。」

 

「あぁ?なんだよ。もう、泣き言は聞きたくねぇぞ。」

 

 

 

「…俺は、お前との思い出を、一瞬たりとも忘れたことは無い。…これまでも、これからも。絶対に、忘れない。」

 

 

 

「…あぁ、そうかい。…そりゃ、ありがてえこった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…じゃあな、親友。…勝てよ、()()()。」

 

 

「…あぁ、約束する。…サヨナラだ。」

 

 

 

 

2人は、笑い合う。

 

それは、かつての2人が幾つも交わした、親愛の証。

 

 

頬に流れる一筋の雫を感じながら、カズマは…

 

 

 

 

静かに、その手を振り下ろしたーー。

 

 

 

 




…俺は、カズマと真っ向から戦いたかった。

だから、ステータスは上げても、須郷の野郎から勧められたチート武器だけはどうしても使わなかった。

このデバフ武器だって、昔俺があいつに渡すために作り上げた逸品だ。

…ま、その後、丁重に断られちまったが…。

なんでも、「そんないい武器は、自分の生存可能性上げる武器をつかえ」ってさ。

…本当に、お人好しだよ。

けど、だからこそ。
無愛想だけど、お人好しなその性格に、俺の心は惹かれた。

もう、誰も信じないと決めた心に、確かな亀裂を入れてくれたんだ…。


…だから、この結末は、その《殻》を破れなかった、俺の責任だ。

寄り添ってくれた親友に、心を開けなかった、俺自身の…。



だから、今は願おう。


最高に無愛想で、最高にお人好しで、そして…最高に格好いい、俺の親友と、その仲間の勝利を。


…そして、もし次に、会うことが許されるならーー


また、共に笑おう。






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第31話 わがまま


眠気とは、集中している時にこそ起こるものである。

By集中できてない馬鹿


アインクラッドでは基本的に、魔法は使えない。

 

剣と剣、互いの刃が織り成す戦いこそ、このアインクラッドの真骨頂。

 

かつて、第3層到達時、キリトが「ここからがSAOの本番」と言った理由もまさにその通りであり。

エルフのような人型モンスターが出現を始める第3層こそ、正しくその姿を体現していると言える。

 

…だが。

 

そんな()()()()()()とは裏腹に。

 

《魔法》とも言える、特殊攻撃を扱えるのが、モンスター…その中でも頂点に君臨する、ボスモンスターなのである。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ー第0層・2階層《高独の間》ー

 

 

薄暗い紅い部屋の中。

 

1つの閃光が瞬く。

 

その瞬間流れる、流星の如く一筋の光。

 

…そして。

 

 

「………」

 

 

その光の《着弾地点》にある、1つの人影。

 

赤い着物、白銀のカタナを手に持つそのプレイヤーは、迫り来る閃光を真っ向から視認した瞬間。

 

…ヒュオッ。

 

その体を、()()()()()

 

そのコンマ1秒後、光が彼のいた場所に着弾する。

 

だが、光線を放ったプレイヤー…オズの視線は、既にそこには向いていなかった。

 

体も90度ほど左に向けて視線をずらしながら、左手をかかげて光線を放ち続ける。

 

放たれる毎に、爆音と共に着弾する光線。

 

その全ては、超高速でフィールドを疾走するプレイヤー…シュンヤへと向けられていた。

 

 

「…ッ…!」

 

 

右へ左へ。

右往左往しながら、降り注ぐ流星を回避し続ける。

 

そしてーー。

 

 

「…セェイッ!」

「…!」

 

 

オズの注意がシュンヤに向いていた隙をついて、シャムが背後から斬りつける。

不意を完璧についた一撃。

 

だが、この一撃だけでは致命傷になるはずも無く。

オズの足を少し斬りつけるだけにとどまった。

 

 

「セアアァァァ!!」

「…ッ…!」

 

 

シャムは止まらない。

 

確実に相手を仕留めんと、息もつかせぬ連撃を畳み掛ける。

 

…だが、オズもそれには黙っていなかった。

 

すぐさまローブに隠していた右手をさらけ出し、彼女の剣の軌道にその手を割り込ませた。

 

シャムの剣と、オズの右手。

 

2つが交錯する…その直前。

 

 

ガキイィィィンッ!!

「…っく…!」

 

 

突如現れた《見えない光の壁》に、シャムの剣撃が防がれ、オズにダメージを与えるにはいたらなかった。

 

剣とともに、体も弾かれたシャムは宙にその身を躍らせる。

 

そして、そんな彼女に…

 

 

「……」

 

 

オズは、なんの躊躇いもなく、左手のひらを彼女に向けた。

すぐに彼の手のひらに光源が出現、光線が射出される。

 

…だが。

 

 

「…ムゥンッ!」

ガイイィィィンッ!!

「…チッ…」

 

 

光線がシャムに射出されるほんの数秒。

その間を利用し、二人の間に割り込んだプレイヤー…コウヤは、自身の手に持つ大きめの盾でしっかりと光線を防いだ。

 

だが、流石に勢いは殺せないのか。

防いだと同時に2人の体は数メートル先まで吹き飛ばされ、少し離れたところに着地する。

 

 

そして、訪れる静寂。

 

だが…

 

 

キュンッ!

「うぉ…ッ!!」

 

 

オズはその静寂を嫌うように、右手から光線を放つ。

標的であるシュンヤは不意打ちをギリギリで避けると、またも疾走を開始。

 

プレイヤー4人には大きすぎるフィールドを駆け回る。

 

オズは左手でも光線を放ち、コウヤとシャムを牽制する。

 

 

…そんな中。

 

コウヤがオズの光線を弾く光景を見ながらシャムは、かつての情景に思いを馳せたーー。

 

 

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

100層攻略日から、数週間前。

 

 

エギルの店・1階。

 

夜はレストランとして賑わっているそこは、今はシャムだけが椅子に座っていた。

 

…やがて。

 

パタパタと階段を下りる音が聞こえる。

 

シャムが後ろに振り返ると、金髪の女性プレイヤーが宿屋エリアから下りて来ているのが見えた。

プレイヤーは、椅子に座ったシャムを見つけると、笑顔で手を振る。

 

 

「シャムちゃん、お待たせ。ごめんね、さっきクエストから帰ってきたばっかで…」

「い、いえ。こちらこそ、お休みの日にすみません…」

「いいっていいって。」

「それに、クエスト後ならかなり疲れてるんじゃ…」

「今日はキリト君とカズマとだったから、そこまで疲れてないんだ。」

 

 

金髪の女性プレイヤー、リーファは早足でシャムの座るテーブルに近づく。

シャムと向かい合う形で椅子に座ると、NPCウェイターに注文する。

 

 

「コーヒーとホロホロ鳥のホットサンドで。あ、シャムちゃん晩御飯は?」

「お、お構いなく…」

「分かった。それでお願いします。」

「かしこまりました。」

 

 

一礼の後、遠ざかるウェイターを尻目に、リーファはシャムに視線を移す。

 

 

「それで?お話ってなに?」

「は、はい。あの、無茶なお願いかもしれないんですけど…」

「うん、いいよっ。私の出来ることならなんでも。」

 

 

快活なリーファの笑顔。

それに対して、シャムの顔はどこか暗い。

…その理由は。

 

 

「その…リーファさんの…」

「私の?」

「………」

 

 

「リーファさんの家の、ご兄妹の話を。…お聞き、したくて…。」

 

 

…人生で初めて、自分から《ルール違反(現実世界の話)》をするからだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「…私の家の、話?」

 

 

少し困った顔でリーファは笑う。

その顔を見て、シャムは我に返る。

 

 

「す、すみません!こんな赤の他人に、そんなこと話せませんよね…」

「あ、いやそうじゃなくて。むしろそれくらいなら全然いいんだけど。」

 

 

血の気の引いたシャムに、リーファは手を振りながら否定。

そして、頬を掻きながら苦笑する。

 

 

「私達兄弟ってことは、おに…キリト君とカズマとの事…ってことだよね?」

「は、はい。」

「…正直、聞く程面白い事じゃないと思うんだよね。…それに、聞きたい理由って…《お兄さん》、だよね…?」

「…はい。」

 

 

リーファの問いに、首肯するシャム。

その様子に、リーファは「んー」と唸るように声を出すと、椅子の背もたれに体重を預けた。

 

 

「…あの…大丈夫、ですかね?」

「え?何が?」

「…その、よく考えてみればリーファさんだけじゃなくて、キリトさんとカズマさんにも関係あるので、2人にも許可を…」

「あー、大丈夫大丈夫。2人はそこら辺無頓着だし。気にしない気にしない。」

「…そう、ですかね。」

 

 

どこか申し訳なさそうな顔をするシャム。

その顔を見ながら、リーファは肘をテーブルについて、呟いた。

 

 

「…ほんっと、敵わないわ。」

「…え?」

「んーん。なんでもない。」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「あっ、いっけない。もうこんな時間。」

「どした?スグ。」

 

「ごめんお兄ちゃん、カズマ。今日シャムちゃんとお話する約束してるから、もう戻るね。報酬の分配、任せていい?」

「おう、分かった。」

 

「直葉。」

「んー、なにー?」

「もしもの時は、話していいからな。」

「なにをー?」

 

 

「…俺達兄妹のこと。」

 

 

「え?」

「シャムがお前に話があるなら、俺の予測ではその話になる可能性が高いと思う。…まぁ、あくまでも予測だし、そうじゃないなら話す必要はないんだけど…」

 

「…そうだね。今一番シャムちゃんの立場に近いのは、私だもんね。それは、失念してたよ。」

「…兄貴も、良いよな。」

「あぁ。…深い所まで話すのはちょっと困るけど、彼女に道筋を示すくらいならしてあげるべきだと思う。」

 

「分かった。…それじゃ、行くね。」

「あぁ。お疲れ様、スグ。」

「ちゃんと疲れとっとけよ、直葉。」

「わかってるよ!それとこの世界じゃリーファだから!!」

 

 

「…っと、しまった。」

「あいつと一緒だと、どうも感覚がブレちまうな。」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

…そして、現在に至る。

 

 

「リーファさんは…その…この世界に()()()()した…っていうことでしたよね。」

「うん。途中参加した理由としては、2人が心配だったのと…それに、2人に会いたかった…からかな。」

 

「…その、御三方はやっぱり現実でも仲が良いんですか?今でも仲良く話してますし、そこまで心配できるのは、よっぽど…」

 

 

 

「ううん。カズマはともかく、おに…キリト君とは、ここ数年ほとんど話してなかったよ。」

 

 

「…え?そう、なんですか?」

 

「うん。…私達の家庭環境、ちょっと複雑でさ。昔は仲良し兄妹だったんだけど、色々あってね。カズマはあまり気にしなかったらしいけど、キリト君はかなり気にしちゃったみたいなんだ。だから、ちょっと気まずくなっちゃって…ああして話すようになったのは本当に最近。」

 

 

「そう、なんですね…てっきり、現実でもあんな感じなんだろうなと…」

 

「そうだねー。…でも、ほとんど話してなかったし、仲も良いとは言えなかったけどさ。やっぱり自分が見てる前で、2人はずっと寝たきりで。何も言えない、何も聞けない。…そんなのは、耐えられなかった。2人が起きるのか、死んでしまうのか。…そんなのをただ待つだけだなんて、耐えられなかったの。」

 

 

 

「…どうなっても、《家族》だもん。…やっぱりそばにいたいものだと、私は思うよ。」

 

 

 

「…家族…そばに…」

 

「シャムちゃんだって、この世界にいた時はご家族のこと考えたりしたことあるでしょ?体調のこととか、心配かけて申し訳ないとか。…そういうのも、一種の愛情だと私は思うよ。」

 

「…ですが…」

 

 

 

「…私は、あの人の…オズの考えていることが分かりません。…いえ、それは今に始まったことじゃない。年の離れた、いつも笑っていた頃の兄の心の内さえ分からなかった私に、本当に今の兄の心の内を理解できるのか…」

 

 

 

「それは…無理だと思うよ。」

 

「…え?」

 

「いくら家族って言っても、違う人間で、違う人生を辿る他人だもん。私だって、キリト君やカズマが何を考えてるのかなんて分からない。」

 

「……」

 

 

 

「それでも、理解(わか)らなくても。話を聞いて、自分の気持ちをぶつけて、寄り添うことが、私達に出来ることだと思う。」

 

 

 

「聞いて…寄り添う…」

 

「大丈夫。お兄さんも、シャムちゃんの気持ちをぶつければ、きっと分かってくれるよ。なんなら、ぶん殴るくらいの勢いでさ。…まぁ、会ったことない私が言うのもなんだけどね。」

 

「…いえ。ありがとうございます、リーファさん。」

 

「…少しは、役に立った?」

 

「…はい。」

 

「そっか。…頑張ってね、シャムちゃん。」

 

「はい。」

 

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

ーーそして、現在。

 

 

シャムはコウヤと共に、盾の影に隠れて身を守る。

 

シュンヤ程のAGIがなければ、オズの繰り出す光線を避け続けるという芸当は困難を極める。

 

だからこそ、シャムはこうして(うずくま)っている訳だが…。

 

 

『…これじゃ、兄さんに近づけない…!』

 

 

シャムは歯を軋ませて、自身の無力さを痛感する。

オズの両手から繰り出される光線。

 

それら全てを避けきることは、シャムには不可能だ。

 

ステータスの高さではギリギリ出来るかもしれないが、そこまで集中力が続く自信は、正直ない。

 

それはつまり、彼女にはオズへと近づく手立てはないことを表す。

 

リーファにアドバイスを貰って、決意を固めても、攻撃ができなければなんの意味もない。

 

 

『どうすれば…!』

 

 

歯噛みし、思考を加速させる。

だが、どう自分のステータス、スキルを駆使しても、光線を切り抜け、光の盾を超えてダメージを与えるには至らなかった。

 

 

 

ーーそんな。

 

悔しそうに顔を歪めるシャムに、盾で光線を迎撃し続けるコウヤは気付いていた。

そしてーー。

 

 

「…ッ…」

シュィンッ!!

 

 

コウヤは剣を腰の鞘から引き抜くと…

 

 

カァンッ!!

 

「…!?」

 

 

その剣を盾に叩きつけて、甲高い音を鳴らす。

それは一度のみならず、二度三度と彼は剣で盾を打ち鳴らす。

 

シャムは驚きに包まれながらも、この光景を知っていた。

 

 

これは、タンク専用スキル《挑発(デコイ)》のスキルモーション。

剣で盾を打ち付け、その音でモンスターの気を引くスキルだ。

 

だが、これは対人にはあまり効果をなさず、今使うべきでは無いはずだが…

 

 

しかし、次の瞬間。

 

コウヤの本当の目的がシャムにも分かった。

 

 

ズザザザザッ!!

 

「ふぃー…ギリギリセーフ。」

「しゅ、シュンヤさん?」

 

 

今の今までオズの気を引き、片手分の光線を引き受けていたシュンヤが、凄まじいスピードでコウヤの盾の影に滑り込んできたのだ。

 

戦闘中だと言うのに、彼が横にいるだけでシャムの心の中は安心感で満たされる。

 

だが、シュンヤはコウヤを見上げると大声で問う。

 

 

「兄さん!何か案でも出たのか!?」

 

「悪いが俺じゃない!」

 

 

シュンヤの問いに、コウヤはそう返すと…

チラリ、とシャムを横目で見つめた。

 

 

「シャムが、何か考えがあるようだ。おそらく案でも浮かんだのではと、お前を呼んだ次第だ。」

 

「え?」

 

「…そうか。分かった。」

 

 

コウヤの言葉に頷くと、シュンヤはシャムの肩を掴み、彼女に真正面から問う。

 

 

「シャム、どうなんだ?」

 

「さ、作戦なんてありません!」

 

「でも、少なくとも兄さんにはそう見えた。…いや、作戦じゃなくとも何か考えてる…()()()()()()ように見えた可能性がある。」

 

「そ、それは…」

 

「俺の中では、攻略組の皆の強さと同じくらい、兄さんの《観察眼》を信用してる。…シャム、話してくれないか。」

 

「…本当に、作戦とかじゃないんです。これは、私の身勝手な…」

 

 

 

「それでもいい!」

 

「…ッ!」

 

 

 

「お前はいつも、《優等生》だ。自分の意見を殺し、周りに合わせることは決して悪いことじゃない。…けど、俺は…俺達は。…そんな遠慮を、するような仲じゃないだろ。」

 

「そ、れは…」

 

「お前はもっと、わがままになれ。もっと人を頼って、自分の心をさらけ出してくれ。…それは、オズを…和幸さんを止める可能性になるかもしれない。…もう、迷ってる時間はないんだ!」

 

「シュンヤ、さん…」

 

 

「くっ…シュンヤ、シャム!そろそろ盾が持たない!早く頼む!!」

 

 

「…ッ!シャム!」

 

「…わた、しは…」

 

 

 

 

ーー大丈夫だよ。ーー

 

 

 

 

「…ッ!」

 

 

シャムの脳内に、金髪の少女の声が響く。

同じギルドに所属する彼女は、兄妹としての在り方だけでなく、もうひとつ。

シャムを指摘してくれた。

 

ーーならば。

 

 

その思いを。

 

2人の想いを。

 

蔑ろにするなんてことは、してはならない事だろう。

 

 

 

 

「…シュンヤさん…私は…私は……」

 

「…」

 

 

シャムは、シュンヤの和装の袖を握り締め、まるで絞り出すように声を震わせる。

 

そしてーー。

 

 

 

「…私は、兄さんと話がしたい。あの人の心が知りたい。…あの人を、止めたい。」

 

「…おう。」

 

「…シュンヤさん。お願いします。」

 

 

 

 

 

 

「…あの人を、殴らせてください。」

 

 

 

 

 

 

「…それは、()()()()か?」

 

「…はい、そうです。…そして、私の()()です。」

 

「そうか。…なら、聞かねぇ訳にはいかねぇな。」

 

「…」

 

「シャム。」

 

「…はい。」

 

 

 

 

 

 

「でけぇの一発、喰らわしてやれよ。あのバカ兄貴にさ。」

 

「はい。援護、お願いします。」

 

 

 





「シャムちゃんはさ、もうちょっとわがままになっていいと思うな。」

「わがまま…ですか?」

「うん。私達ギルメンはともかく、幼なじみのコウヤさんや、それこそ恋人のシュンヤ君には尚更ね。」

「…それは…」

「やっぱり、怖いの?傷つけるのが。」

「…そう、かもしれません…。…いえ、違いますね。…ただ、責任が持てないんです。私の言った言葉で、誰かが傷つき…死んでしまうのかと考えると…何も、言えなくなる。」

「…」

「…結局、私は私のことしか考えてない。…嫌な女です。」

「…そうかな。人なんてそんなものじゃない?」

「え?」

「それこそシュンヤ君だって、ずっと赤の他人の事を案じ続けるは無理だろうし、必ずどこかではシャムちゃんや自分自身を優先してるとは思うよ?」

「…そう、ですかね。」

「…大丈夫。彼なら必ず、受け止めてくれるよ。それにさ、そうして身を案じてあげるのも、一種の愛情なんじゃない?」

「…そうですかね…。…ありがとうございます。リーファさん。」

「んーん。私なんかが役に立てて、良かったよ。」

「はい。…あなたに相談して、良かった。」

「…そっか。本当に良かったよ。」



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第32話 憧憬

俺は…霧谷隼人は、柔道や空手をやってはいたが、幼い頃に《元から》好きだったのかと聞かれると、決してそうでは無い。


それこそテレビなんかで見る関節技や、蹴り技なんかは「痛そうだなぁ」くらいのニュアンスだったし、あまり良い印象は持ってなかったと思う。


…なら、なんでそんな俺が全国優勝するまでにその手の武道にのめり込んだかと言うと…


「こうなりたい」と思える対象が、身近にいたからだろう。




先んじて始めていた、兄の武道の道場に付き添いに行った時、その人の《技》を見た。

流れるように、それでいて力強く敵を沈め、抑え込むその全ての動作に、目を奪われたのを今でも覚えている。



両親や兄。
SAOの世界でなら、キリトさんやカズマ、アスナさん…他にもたくさん、尊敬している人はいる。




…だが、《憧れ》というなら。


…俺は、《あの人》以上に感銘を受けた人を知らない。


彼…本名、武藤和幸。



…幼馴染である沙綾の、実の兄だった。





オズの使う光線は、元々プレイヤーの使うものでは無い。

 

 

いま、彼と協力関係にあるアルベリヒ…須郷はこのゲームで高位のアカウントを所有しており、その恩恵は協力者であるオズにも分けられた。

 

それだけで大きな顔をしてくる金髪の男に何度殴りかかろうとしたかは、正直覚えていないが。

 

…まあ、今はそんなことはどうでもいい。

 

 

その高位の権力を使って、通常のプレイヤーなら不可能なことも可能になったのだから、あの男には感謝はしている。

 

 

 

彼の使う光線はもともと、モンスター…それも、ボスモンスターの使う特殊攻撃であった。

 

 

その光線をオズは、自身だけが使えるプレイヤースキルへと応用変換したのである。

 

 

 

 

持ち前の頭脳と、かつて培ったこの世界での技術を併用してーー。

 

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

アインクラッドで最も広大な層である、《第一層》。

 

 

その下に新たにできた、逆ピラミッド型のダンジョン…いわゆる《第0層》の中。

 

《高独の間》と呼ばれる階層で、オズは光線による攻撃を続けていた。

 

彼の数十メートル先には、巨大な盾の影に隠れ、光線を防ぎ続けているプレイヤー。

 

オズにとっては、現実世界の腐れ縁…唯一無二の親友でもある、霧谷瑛一。

 

 

彼のプレイヤーネームが【コウヤ】となっているのは、細かい設定を飛ばして、デフォの名前を使用しているからだということを、オズは知っている。

 

 

別に誰かに教えてもらった訳でも、その現場を見ていた訳でもない。

 

 

それは、ただの予測だ。

 

 

だがそれは、完璧に近い予測となる。

 

…もしかすれば、親兄妹よりも共に時間を過ごしたかもしれない幼馴染だからこそ、出来る芸当だったーー。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

…シュビッ!

 

 

(オズ)の目の前にある、コウヤが構えた盾の影からひとつの影が飛び出した瞬間。

 

オズは光線での攻撃の手を止め、自身の顔の前に左手を掲げた。

そして、次の瞬間。

 

 

ガイイィンッ!!

 

「くッ…!」

 

 

飛び散る仮想の火花。

 

 

彼のウィークポイント()を狙った性格無比な一撃が、光の盾に衝突した。

 

致死とは言わずとも、多大なダメージを含んだ一撃はしかし、あっという間にその威力を減衰させていく。

このままでは間違いなく、シュンヤに大きな隙が生まれてしまうだろう。

 

 

オズは、その隙を狙い撃つために右手に意識を割いた。

 

 

 

 

 

 

「………制限(カートリッジ)解除(アンロック)。」

 

 

 

その瞬間、シュンヤが動く。

 

 

「フッ…!!」

 

腕と腹筋に力を込める。

 

刀と光の盾の接点を軸に、シュンヤの体が回転。

 

現実ではまず無理な動きだろうが、このSAOの世界では多少の無茶はそのステータスによってカバーされる。

 

 

「オォッ!!」

 

「な…ッ!?」

 

 

シュンヤは左腕を引き絞り、凄まじい速度で打ち出した。

 

 

《予想外》のその攻撃に、オズは思わず右手を突き出す。

 

 

ガアァンッ!!

 

 

シュンヤの左手の獲物と、オズの盾が激突。

 

凄まじい轟音がボス部屋に響きわたった。

 

 

「ぐぅ…ッ!?」

 

 

ここで初めて、オズは顔を歪めた。

 

右手にのしかかる、シュンヤの一撃。

 

 

短刀…腰に差した仕込み刀による一撃の威力は、A()G()I()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その証拠に、短刀と接触し続けている盾は軋むような悲鳴をあげ、STRがシュンヤよりも高いはずのオズの腕が押されている。

 

 

「ぐっ…お…ぉ…ッ!」

 

『なんだ、この威力は…!?』

 

 

 

オズの現在のステータスは、遠距離攻撃が主とはいえ、AGI特化型のシュンヤに接近されることを考慮して、彼のSTRには押し負けない程度のステータスを設定してあった。

 

だが、シュンヤの一撃はその想像を遥かに凌駕していた。

まるで押しつぶされかけているかのような感覚に、オズの頬に冷や汗が浮かぶ。

 

恐らく、並のタンクなら吹き飛ばされていただろう。

 

 

 

 

「ハアアアァァァ!!」

 

 

動かないオズの隙を突くように、シュンヤはもう一撃。

空中で体を回転させて、右手の刀を横薙ぎを繰り出した。

 

 

「ぐぉ…ッ!」

 

 

これも、凄まじい一撃。

 

盾で受けたオズの体が、思わず浮く。

 

足の力と体幹で体勢を維持し、何とか転倒は免れた。

 

 

 

「…………」

 

 

 

だが、依然としてオズの顔に浮かんだ厳しい表情は変わらない。

狩人のようなその目が捉えているのは、目の前に立つプレイヤー(シュンヤ)のみ。

 

睨めつけるようなその視線を、シュンヤは真っ向から受け止めた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「…流石だね。これが、SAO最強の《攻略組》を束ねるプレイヤーの力ってことか…。」

 

「…俺は、()()()()()()()使()()()()()()()ですから、手札が揃えば誰でも出来ます。…和幸さんが使う、ボスの特殊攻撃を自身で応用したスキルには敵いません。」

 

「君のその謙虚なところは変わらないな、隼人。幼い頃からそのまんまだ。」

 

「…幼い頃、ですか…」

 

「どうかしたかい?隼人。その表情、何か言いたそうだ。」

 

 

「ええ。『それはあなたもでしょう』とだけ言っておきます。」

 

 

「…どういうことだい?」

 

「あなたの装備。ローブの下に着たバトルスーツと腰にぶら下げた武器。」

 

 

 

「…かつての、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

 

 

「…気付いてたのか。」

 

「最初から違和感があっただけです。昔から《道場》でも真っ向勝負が心情だったあなたが、剣と剣の戦いが華の世界で遠距離攻撃を使うことが。…そうしたら、案の定でした。」

 

「…ローブの下に隠してたから分からないと思ったんだけどね。合理的に考えて、任務遂行には遠距離攻撃が確実と結論づけたから装備を変えたまでさ。」

 

 

「でも、手放せなかったんですね。」

「…」

 

 

「本当に合理的に考えているなら、頭のいいあなたは俺に指摘される可能性すら消したはずだ。…その腰の武器は、この世界で《真っ向勝負をしたい》という、隠れた本心そのものの筈。…違いますか?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………ふぅ…。…そこまで見透かされてちゃ、何も言えないな。……その見透かしは、《幼馴染としての勘》かい?」

 

「…俺も、兄さんよりは少なくても、伊達にあなたとそこそこ長い付き合いがあった訳じゃないですからね。…それに、それだけじゃありません。」

 

「…?」

 

 

 

「…()()()()()()()()()()1()()()()()としての、希望的予測です。」

 

 

 

「……」

 

その、真っ直ぐに放たれたシュンヤの言葉に。

 

オズは。

 

 

 

「…僕は、そこまで大層な人間じゃないよ。」

 

 

 

その声は、シュンヤまで届かない。

 

 

…シュインッ

 

 

代わりに聞こえる、装備音。

 

立ち上がったオズの両手には、装備された指出しグローブ。

右手には更に、両刃の片手剣。

 

 

「…ッ…!」

 

 

対峙してなおわかる、そのプレイヤーが放つ威圧感。

 

過去に体験し感じたことがあるそれは、ありとあらゆるイメージが染み付いていた。

 

…半歩、足が下がる。

 

 

 

 

 

 

…だが。

 

それと同時に。

 

 

「…ッ…」

 

 

胸が高鳴る。

自然と、彼の手に持つ刀の柄を握る力が強くなる。

 

 

負けられない状況での強者との対峙により《敗北》のイメージが過ぎることで、体がすくみ…。

 

そしてそれ以上に。

 

この世界で、対峙した事の無い強者との対峙。

そして、憧れの対象との対峙により。

 

無意識に、不思議と自然な《高揚感》がシュンヤの体を満たす。

 

 

 

 

今、シュンヤ達に時間の余裕はあまりない。

…恐らく、剣を打ち合う回数は数える程しかないだろう。

 

 

 

だからこそ。

 

 

 

その数回の会合に、《全て》を乗せるために。

 

 

シュンヤの集中力は、極限にまで練り上げられていたーー。




《少し補足&謝罪》

まず更新2ヶ月以上も空いてすみませんでしたぁ!!<(_ _)>〈 ゴン!〕

おもくそ夏休み気分でしたごめんなさい。
これからもこんなマイペースなサボり作者に付き合ってくれればありがたい限りです。


…という訳で、シュンヤ隊VSオズも佳境な訳ですけど、1話で書くとちょっと多くなりそうだったので、2話に分けました。
若干ダレちゃったかもしれませんが、そこは寛大に受け入れてくれれば幸いです。

さて、この話でシュンヤがオズをいきなり《強者認定》してますけど、それはオズが《昔からゲームが上手いこと》と《同じ道場でも最強だったから》が理由として挙げられます。
少し分かりにくそうだったので補足とさせていただきます。

それでは次回もお楽しみに!!



…次回はなる早で頑張ります(信用なし)


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第33話 兄妹と親友

「ねぇ、何してんの?」



俺と和幸の出会いは、小学生の頃。

当時既に《天才》と呼ばれていたお隣さんの同級生が、体育館裏でゲームをしていた光景は、子供ながらに驚きだった。

「…ぁ…」

和幸はこの時、俺とあまり関係がなく、自分が隠れてゲームを持ち込んでいたことを教員にチクられると思ったらしい。


…だが。


「ね、それなんのゲームしてんの?」
「…え?」


俺はそんな正義感(チクること)よりも、彼に対する好奇心が勝った。

だからこそ、俺たち2人は関係を持つことが出来、腐れ縁の親友として仲を深めることが出来た。





…あの日が来るまでは。




薄暗い空間の中、赤色の閃光が周りを照らし出す。

 

 

SAO世界特有のスキル、《ソードスキル》の光はそのまま揺らめくと一気に加速。

 

ある一点目掛けて弾丸のように照射された。

 

 

そして、その前方。

 

 

赤い閃光が辿り着くであろう場所からも、同等の光ーー。

 

 

キイイィィィ…

 

 

赤色の閃光が上段に構えられているのと違い、黄緑色のその光は揺らめくと下段に構えられる。

 

 

そして、次の瞬間。

 

 

「「…ッ…!!」」

 

 

2つの光は同時に動くと同時に、一瞬の間に交錯。

 

 

威力を内包した二撃はぶつかり合い、辺りに凄まじい衝撃波を撒き散らす。

 

 

2つの光は少しの間拮抗した後、すぐに距離を取った。

 

 

黄緑色の光の使用者…シュンヤは、先程剣先で削られた肩口を。

そして赤色の閃光の使用者であるオズは、頬を少し撫でてから、同時に互いを見据える。

 

 

先程までの両者のお喋りは既になく。

 

あるのは《刃》と《策謀》の応酬のみ。

 

 

「……」

チキッ…

 

「……」

カチッ…

 

 

 

緊迫した空気と静寂の中、互いの刃の音だけが響き渡ったーー。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

第0層攻略の、ほんの1週間前のこと。

 

 

シュンヤを合わせた、《ビーターズ》最高幹部の3人はキリトの家にて《作戦会議》を行っていた。

 

…まあ、会議とは言っても3人が情報提供してもらうだけなのだが。

 

情報を提供してくれるのはもちろん…

 

 

「よろしく、ユイ、メル、コウヤさん。」

 

 

頼もしい知識の宝物庫3人(AI2人とゲーム制作者)だった。

 

 

 

「カズマさん、シュンヤさん。今日はご足労頂きありがとうございます。」

 

「や、礼は不要だよユイ。俺とシュンヤも、情報はあればあるほど困らないタイプだから。」

 

「そうだな。むしろこっちが礼を言う方だよ、ユイちゃん。」

 

「…いえ。そもそもは、SAOを管理する役割を担う私達が須郷伸之の侵入を許してはならない。その不手際の後始末を皆さんにお願いしているんです。」

 

「…そうだな。だから、これくらいの情報提供は当然のことだ。それこそ、礼を言われるようなことじゃないよ。」

 

「そーゆーこと。だからアンタ達は私達の情報を活かして、敵を倒すことに集中なさい。」

 

「めちゃくちゃ上から目線のやついるー。」

 

「何か言った?カズマ。」

 

「うんにゃ。なんにも。」

 

 

 

「まず3人は、須郷伸之がどんな作戦を取ってくると思う?」

 

「作戦としては、まず俺達3人とアスナさん達…《本隊》を引き離しにかかるでしょうね。」

 

「キリト君、なんでそう思うんだい?」

 

「まずは単純な戦力削減…戦力分散のため。あともうひとつは、《司令塔の除外》のため…ってとこでしょうか。」

 

「そうだね。あれ程の人数の統括は長年の経験者…それこそ、先代攻略責任者のアスナさんや、現攻略責任者のシュンヤくらいしかなかなか出来ない。経験の差ってやつだ。」

 

「…確かにな。」

 

「シュンヤ、そこら辺の対策は出来てるか?」

 

「うん。もし俺が抜けたらアスナさんが…更に2人が抜けたら、シュミットさんとシヴァタさん、もしくはリンドさんにお願いする事になってる。」

 

「…その御三方は、ちゃんと統率できると思うか?」

 

「出来るよ。シュミットさんとシヴァタさんは普段の攻略で大人数の統括は慣れてるし、リンドさんは初期攻略組の巨大ギルド《ドラゴンナイツ・ブリケード》でギルマスもしてた。…それに俺は、3人を信じてる。」

 

「…そうか。それなら良い。」

 

 

「コウヤさん。情報提供の続き、お願いしてもいいか?」

 

「ああ、すまない。少し脱線したな。…それでは、続けよう。」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

時は戻り。

 

場所は第0層《高独の間》に移る。

 

 

中央で巻き起こる、高速戦闘。

 

シュンヤはその中で、腕と並列に思考も最速で回していた。

 

 

攻略前に3人に教えて貰った情報と共に、今の状況の整理を行っていく。

 

 

『和幸さん…オズの砲撃と剣技は、高位アカウント権限の1つ、《スキル製作》で作り出したものだろう。ただ、ソードスキル使用時に使っていないところを見ると、同時使用は不可能と考えていい。』

 

 

赤い光に包まれた剣撃が、シュンヤの捻った首の横を通り過ぎる。

 

 

『剣技も速く、見たことの無い軌道のものも多々あるが、モーションから発動までの()()の動作が長い。』

 

 

ただ、それはシュンヤの使う《カタナ》スキルも同じこと。

溜めが長く、技後硬直もそこそこ長い。

 

 

『つまり…』

 

 

シュンヤは続いて繰り出されたオズの最後の攻撃をバックステップで避けると…

 

 

 

制止する直前で、足を踏み抜いた。

 

 

「…ここだ!」

「…ッ…!?」

 

 

シュンヤが叫び、オズが目を剥く。

 

加速と共に飛び出し、弾丸となったシュンヤは体ごとオズに激突した。

 

接触と同時にオズを吹き飛ばす。

 

凄まじい速度で吹き飛ばされるオズ。

シュンヤは、これを追撃。

 

刀を横脇に構えながら、疾走する。

 

 

 

「やってくれる…!」

 

 

オズは吹き飛ばされながらも体勢を整え、壁と激突する直前で剣で床を削り、速度を減速。

 

そのまま両足で壁に着地、膝を曲げて勢いを殺す。

 

そして一瞬でシュンヤを見据え、その体勢のまま左手を突き出した。

掌に集まる光。

 

 

「…ッ…!」

ピシュンッ!!

 

 

無音の気合と共に発射された光線は、そのままシュンヤの頭目掛けて飛翔する。

 

 

だが、シュンヤはそれを()()()()()()()かの如く、体を回転させて回避して見せた。

 

 

止まった体を、もう一度跳躍で加速させる。

 

一種の確信を持って、シュンヤはオズとの距離を詰める。

 

縮まる距離。肉薄したシュンヤとオズの距離は、既に刀の間合いからほんの少し長い程度しか空いていなかった。

 

 

 

 

…だが。

 

 

シュンヤの後方。

 

そこに、シュンヤにとって《予想外》の要素が存在した。

 

 

オズが発射した光線はシュンヤの横を通り過ぎた後、そのまま反対側の壁に衝突する。

 

…だが、《着弾》することはなく。

 

 

ーーあろうことか、()()した。

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

これは、オズの用意したギミック。

 

壁の数箇所に設置された《鏡》オブジェクトに光線が当たることで、光線を反射させることが出来る。

 

壁一面を鏡にする考えも、ないことはなかったが、それでは勘のいいシュンヤ達にはバレてしまう危険性があった。

 

だからこそ、設置範囲を一部に限定し、更に分かりにくいよう岩壁模様の偽装コーティングを施したのである。

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

このままフロアを走り抜け、光線がシュンヤの頭に直撃した瞬間。

シュンヤには《低スタン》以上のペナルティが課せられ、オズの勝利がぐっと近づく。

 

少しばかり汚いと思われるかもしれないが、しかしこれも彼の《作戦》。

命のやり取りには、その《作戦》で生まれた一瞬こそが勝敗を決するのである。

 

 

『…瑛一は、元いた場所から動いていない…あいつの盾がなければ、防ぐ手段はない…』

 

 

索敵スキルにより補足し続けている邪魔(コウヤとシャム)も、あそこまで離れていれば防ぐ手段はないだろう。

 

 

そこまで思考した時、シュンヤの足を止める白い光が、フロアを一瞬のうちに駆け抜けたーー。

 

 

 

 

 

 

 

ーーそして。

 

 

パキュイイイィィィィ…ン…!

 

「…え…?」

 

 

オズの作戦は、すぐさま()()した。

 

 

あろうことか、シュンヤの後頭部に着弾するその直前。

 

何も無い筈だった地点で、()()()()()()()()()()()()()光の粒となって消えたのである。

 

 

そして、その()()はすぐにその姿を現す。

 

 

光線が粒となって消えた地点。

 

その空間が、歪む。

 

やがて、うっすらと輪郭が見え始め、細めながら全身を防具で固めた体、腰に納めた剣。

そして両手に持つ、巨大なタワーシールドが姿を現した。

 

 

「…な…んで…!?」

 

 

そこに()()()()()()()、自身の親友の姿に、オズはまたも驚愕に目を見開いた。

 

 

何故そこにコウヤがいたのか。

ここまで近づいて補足できなかったのは何故か。

 

…いやそもそも、今まで自分が補足し続けていた《彼の反応》はなんだったのか。

 

 

ありとあらゆる疑問がオズの頭に過ぎる。

 

 

 

 

…だが、その全てが答えに至る前に。

 

 

「…ッ…!!」

 

 

目の前に現れた、武士(シュンヤ)の姿がその全てをかき消した。

 

 

「セアァッ!」

「ぐ…ッ!」

 

 

横脇から振り上げられる剣撃が、オズの左胸から肩口を抉りとる。

その一撃で、HPバーの1.5割程が削れる。

 

 

だが、そこでシュンヤは終わらない。

 

そのまま振り上げた刀の柄を両手で握ると…

 

 

「…ッ…!!」

 

 

一息に振り下ろす。

 

彼の全てが込められた、最速最大の一撃。

 

垂直の美しい軌跡を描きながら振り下ろされた、その一撃。

 

 

ガキュイイィンッ!!

「ぬおぉ…ッ!!」

「…ッ…!」

 

 

だが、その一撃をオズは《2H(ハンズ)ブロック》で受け止めると、そのまま2つの刃は拮抗する。

 

…そして。

 

 

ピシッ。

 

 

最初にガタが来たのは、オズの剣だった。

 

そもそも手入れすらしていない剣を、石畳の床に突き刺したりしていたので、当然と言えば当然だった。

 

 

 

 

だが…オズはまだ、諦めていない。

 

 

ピシッピシシッ…

バキイイイィィンッ!!

 

「…ッ…!」

 

 

剣の刃が粉砕された瞬間、手に持っていた柄を投げ捨て両手を空にする。

 

そして、光線に対して身構えたシュンヤの隙をついて全速力で近づき、彼の刀を持つ右腕と胸ぐらを掴んだ。

 

 

「しまっ…!!」

 

 

隙をつかれたシュンヤは、その技に対する対処もままならないまま、凄まじい速度で地面に叩きつけられた。

 

背中からの衝撃に息が詰まる。

 

彼自身、何度も実行しそしてこの世界で初めて受ける技。

オズの十八番、《一本背負い投げ》。

 

 

 

横たわるシュンヤに、オズはすぐさま行動に出た。

 

腰に装備していた短剣を取り出して、シュンヤの顔目掛けて振り上げた。

 

その刃は、緑色の液体に濡れている。

 

そしてそのまま、彼の胸目掛けて振り下ろした。

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

 

私は、周りから()()()()()()()()

 

勝手に期待されて、失望された。

 

 

なにか出来ても、「これくらい当然だ」と言われた。

 

《天才》の妹だから。

 

どれだけ頑張っても、周りの大人は兄と比べる。

 

たとえ褒められても、「兄と比べたら…」という心の内が目に見えた。

 

何か悪く目立つようなことをしようものなら、「あなたの兄はそんなことはしたことない」と叱られた。

 

 

それから、分からなくなった。

 

《自分》が、何なのか。

 

それから私は、自身を主張するのをやめた。

周りの色に、溶け込むようになった。

皆の目が向かないように…。

 

《私》は、確かにここにいるのに。

誰も私を見てくれない。

いつも兄と重ねた姿しか見られない。

 

…《本当の私》は、どこのいるのだろうーー?

 

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

 

…直前。

 

 

腕に違和感を覚え、オズは自身の振り上げた右腕を見上げた。

 

 

ーー手首から先が、斬り落とされていた。

 

 

転がる自身の手首と短剣。

 

そして、目の前に現れる《空間の歪み》。

 

オズはそこで、何が起こったのか全てを悟る。

 

 

そして彼の予想通り、《歪み》から1人のプレイヤーが現れる。

 

茶色いロングヘアをツインテールにまとめた、刀を持つプレイヤー。

 

オズのたった1人の妹…シャム。

 

 

 

「ハアァッ!!」

 

 

シャムはすぐに右手に力を込めて、その刀を横薙ぎに繰り出した。

 

当たればイエローに突入しているオズのHPは間違いなく吹き飛ぶだろう。

 

しかし、忘れてはならない。

 

彼には《左手》が残っている。

 

 

「アァッ!!」

 

 

これまでにない叫びと共に、オズは持ち上げた左手に《盾》を展開。

シャムの刀を受け止めた。

 

これまで通り、威力が減衰していく一撃。

 

そして、彼女の一撃の威力がゼロになった瞬間。

 

オズは自身の右手を治すために、力を込めた。

 

 

 

…だが、そこで気づく。

 

シャムの右手。

 

刀を握っていたはずの彼女の手には、もう柄は残っていない。

 

代わりと言わんばかりに、その拳はしっかりと握りこまれていた。

 

 

「…ッ…!!」

 

 

シャムは刀を振り下ろした勢いのまま、前に足を出し自身の体を加速させる。

 

オズは慌てて右手の意識をはずし、左手に光を集中させようとした。

 

 

…だが、もう彼女はそれ以内の間合いに入ってしまっている。

 

彼の《盾》は、《内部での攻撃》には対処出来ない。

 

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

 

『悔しいか?』

 

 

その言葉は、《彼》の声によって紡がれる。

…自分の心を開いてくれた彼の声は、いつだって前を向かせてくれる。

 

 

『なら、もっと強くなれ。』

 

『俺に助けられなくてもいいように。逆に、俺を助けられるぐらいに。』

 

 

あの日。

初めてボス戦に挑んだあの日にかけられた言葉が体に染み込み、溶けていく…。

 

 

『志があるなら、人はどこへだって行ける。』

 

『俺が、保証してやる。』

 

 

それは、彼との《約束》。

 

周りに流されたわけでも、なあなあな気持ちで決めたわけじゃない。

 

 

《彼の隣で、ずっと一緒に戦いたい》。

 

 

それは、私の意思で、強く心に決めた《目標》。

 

 

曖昧かもしれない。

 

この世界での強さなんて、なんの意味もないのかもしれない。

 

 

ーーだけど。

 

 

 

 

ーーもう、自分の意思を曲げるのは、()()()()()()()ーー

 

 

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

 

 

「アアアアアアァァァァァァッ!!」

 

 

 

 

響く、可憐ながら力強い叫び声。

 

それと共に打ち出された拳は、無抵抗のオズの左頬に打ち込まれる。

 

 

オズを襲う、凄まじい衝撃。

 

そして、彼の体は数メートルも吹き飛び、オズは地面へと倒れ込んだ。

 

 

「か…ッ…は…ッ…」

 

 

何とか立ち上がろうとするが、体が上手く動かせない。

 

何とかして首だけ動かし、HPバーの上で点滅するアイコンを見つける。

 

 

《低スタン状態》を示すそれに気付いた瞬間、オズは同時に、近づいてくるプレイヤーに気付き…

 

 

 

…彼は、全身の力を抜いた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「…立たないのか?」

 

「…意地悪言うなよ、瑛一。…完敗だ。もう、腕を動かす気すら起きない。正面から負けたんだ。…悔いはないよ。」

 

「…自分勝手なヤツめ。」

 

 

 

 

「…兄さん、やっぱり俺が…」

 

「…いや、ここは…()()()()()、俺にやらせてくれ。」

 

「……分かった。」

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

「…兄、さん…」

 

「…沙綾…君には、世話をかけたな。」

 

「え…?」

 

「たかだか、()()()()()()のやつの妹だからって、周りから変に期待されて…。僕は兄だから、フォローするべきだったのにね…」

 

「…確かに…」

 

 

「…確かに私は、周りの期待に答えられなかった。…そのことを兄さんのせいにして、恨んだことさえあります。…でも、今は感謝してるんです。」

 

「感謝…?」

 

「…あの時間があって、今の私があるから。だからこそ私は、今の仲間にも会えて、それに…共に寄り添える人とも、心を通わせることが出来たんです。」

 

「……そうか。」

 

「はい。…だから、兄さんが気に病む必要は何一つありません。…それに、不器用な兄さんにフォローなんて器用なこと、出来ると思ってませんよ。」

 

笑いかけながらそう言うシャムに、オズは苦笑を漏らす。

 

「…そう、だな…。…僕たち、もっと仲良くするべきだったな…。」

 

「…はい。…もしまた、《次》があれば、その時はもっとたくさんの時間を共有しましょう。…《約束》、ですよ?」

 

「ああ…約束だ。」

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

「…コウヤさん、よろしくお願いします。」

 

「…もういいのか?」

 

グシッ…

 

「…もう、言いたいことは言いました。…待ってくれて、ありがとうございました。」

 

「そうか…分かった。」

 

 

 

 

 

瑛一は、横たわる和幸にゆっくりと近付く。

 

2人は、お互いに何も言わない。

 

ただ少し、静かに視線を交錯させ、そしてーー。

 

 

 

「…和幸。サヨナラだ。」

 

「…ああ。じゃあね、瑛一。」

 

 

 

…たった一言、別れの挨拶を述べただけだった。

 

 

 

 

…ドスッ。

 

 

 

コウヤの白銀の剣が、オズの胸を貫き。

 

レッドゾーンにまで到達していた彼のHPは、静かに刈り取られた。

 

 

…そして。

 

 

 

カシャアアアァァァンッ!!

 

 

 

大量のポリゴンとなって、オズの仮想の体が消滅する。

 

 

 

 

コウヤの背後。

 

シャムは大粒の涙を流し、シュンヤはそれを静かに胸で受け止める。

 

 

 

 

 

 

 

第0層《高独の間》。

 

シュンヤの隊とオズの死闘の行方は…

 

 

 

オズの死亡によって、決着したーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…安心しろ、和幸。」

 

 

 

「俺も、すぐにそっちに行く。」




…僕がアーガスを抜けたあの日。


僕は、瑛一に頼んだ。
《共に付いてきてくれ》と。

…いや、もっとひねくれた言い方をしたかもしれない。



…僕と瑛一の心は、それより少し前から離れていたのかもしれない。

だからこそ、瑛一は僕の心の内を見抜けなかった。

…いや、昔からいつも見抜いてくれていた瑛一に、僕が依存していただけだ。


だから、真っ直ぐ伝えるべきだったのだ。

「ついてきて欲しい」と。
「君がいれば、僕は何があっても大丈夫なんだ」と。


それを素直に言えなかったのだから…この結末は、僕のせいだろう。

自分の心に従えなかった、僕のーー。


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第34話 成長とロザリオ

「ね、キリト君のギルドの陣形って、今どうなってるの?」


ある日、アスナが問うた内容に、キリトは首を傾げた。


「陣形って…どうした急に?なんか気になることでもあったか?」

「気になるっていうか…」


アスナは少し怪訝そうな顔でキリトを見る。
そして、テーブルの上に体を乗り出し、見上げるような形でキリトに迫る。


「《ビーターズ》って、結成当初から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

「ま、まぁ…そう、だな…」

「各ギルドの迷宮区攻略速度は別に争うものじゃないし、ボス攻略にさえ参加してくれれば、私は気にしてないんだけど…」


アスナはソファに座り直すと、ため息をひとつ。


血盟騎士団(ウチ)の団員の一部から懸念の声が上がってるのよね…。『ビーターズはボス攻略の美味しいところだけ持っていって、迷宮区攻略をサボってるんじゃないか』って…。」

「…それは、穏やかじゃないなぁ…。…それに、その言い草なら《俺の行い》にも不満を持ってるのか…」

「…キリト君がLA…ラスト・アタックボーナスを取っちゃうのは仕方ないよ。タンク隊の陣形が崩れたりした時はカバーしてもらったり、一番危険な役回りをしてくれてるんだから。」

「…みんながみんな、アスナほど寛容なわけじゃないんだろうな。」


キリトはそう言って頭を搔きながら苦笑する。

キリトは顔を上げて、気付く。
目の前にいるアスナの顔が、不服そうに眉を曲げているのを。

彼はそれにも苦笑すると、立ち上がって彼女の横に移動して、そのまま彼女の肩を自身に抱き寄せた。
そして、ゆっくりと彼女の頭を撫でる。

アスナは抵抗せず、気持ちよさそうに目を細める。


「…しばらくこうしてて。」

「…アスナはどんどん甘えんぼになってくなぁ…夫冥利に尽きるけど。」

「ふふ…キリト君に撫でられるの気持ちいいんだもん。それに…」



「…あとどれくらい、この世界でこうして暮らせるか、分からないからね…。」

「…そうだな。」





「…俺らに対しての陰口の事だけど…そのまま言わせておいてやれ。」

「いいの?それこそ、リズやシノのん達の耳に入ったら…」

「メンバー達には、俺から言っておくよ。アイツらも、かなりキモの太い連中が揃ってるからな。それに…」



「アイツらの力は、《もっと大きな戦い》で必ず攻略組の力になる。…きっと、アスナの役にも立つはずだ。…保証するよ。」

「…そっか。うん…君がそう言うなら、私は信じるよ。」



「…信じてくれるんだな。」

「私はいつでも、君を信じてるよ。知らなかった?」

「…ありがとうな、アスナ。」




 

 

第0層・四階《造物の間》

 

 

 

オオオオォォォォ…ッ!!

 

 

響く空鳴りのような叫び声。

その発生源である赤いローブの巨大なモンスター。

 

足はなく、宙に浮いているそのモンスターは、右手の裾を決して速くはない速度で振り払った。

 

ーーだが、それだけで…

 

 

オォゥッ!!

 

ズガアァァンッ!!

 

「ぐ…むぉ…ッ!!?」

 

 

凄まじい衝撃波が生まれ、強固な陣を成すプレイヤー達のタンク部隊に襲いかかる。

 

衝撃波の余波は後ろのディーラー達にも届き、風圧が彼らの布装備の裾を揺らした。

 

その瞬間、技後硬直が発生し、攻略責任者をシュンヤから引き継いだアスナは叫ぶ。

 

 

「チャンスです!A隊は怯んだ隙に攻撃を!B隊はA隊の援護をお願いします!!」

 

 

ハリのあるよく通る声。

 

その声に、攻略組は背中を押される。

 

 

…だが。

 

 

「お、おう!」

 

「…前、出ます!」

 

 

一部のプレイヤーの動きに《キレ》がないことをアスナは感知していた。

 

致命的ではないにせよ、アスナの指示と彼らの動きにマイクロ単位の誤差がある。

 

恐らく、体の調子が悪い訳では無い。

 

この世界に筋肉痛などの体の不調を訴えるような機能はないし、今のところ赤いローブのボスモンスターはデバフ付きの攻撃は繰り出していない。

 

そもそもそんなものがあったとして、それに対する対策を怠るような経験の浅い者は今この場にはいないだろう。

 

つまり、肉体とは別の理由が問題なのだ。

 

例えば…

 

 

 

オオオオォォォォ…

 

「ッ…!」

 

 

 

アスナが答えに辿り着くと同時に、赤いローブは動作を開始し始める。

 

今のところ、タンクでも弾けない攻撃は繰り出されていないが、それ故に何としてもディーラー達をタンク隊の後ろに下げなければならない。

 

 

「全隊後退!タンク隊の後ろへ!!」

 

 

アスナの声に呼応するように攻略組の面々の大半は、ボスモンスターから距離を取った。

 

 

…だが。

 

 

 

「…ぁ……ぁぁ…」

 

 

 

1人。

 

赤ローブの正面から攻撃を加えていた血盟騎士団のプレイヤーが、震えながら立ち尽くしていた。

 

全体に意識を向けていたが故に、アスナも気付くのに時間がかかった。

 

 

「しまっ…!」

 

「ヒィ…ッ!」

 

オオオオォォォォ…!!

 

 

赤ローブは無慈悲にも、右腕を振り上げる。

 

その動作に、立ち尽くすプレイヤーは怯えたような声を上げる。

 

 

「だめーー!!」

 

 

響くアスナの声。

それと同時に、赤いローブの右腕が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

スカアアァァァァァンッ!

 

 

 

グオオォォ…!

 

「!?」

 

 

振り下ろされる直前。

乾いた音が響き、その直後に赤ローブの体勢が一気に崩れた。

 

クリティカルヒットによる、《行動不能(ムーブ・キャンセル)》。

 

 

アスナは無意識に、《それをした人物》の方に顔を向けた。

 

隊の後方、長物の武器をもつプレイヤーが待機する場所。

そこにいる、《弓》を構えたプレイヤー。

 

 

 

「シノのん!」

 

 

 

アスナの呼び声に呼応するように、シノンは笑みを浮かべるがすぐに顔を引き締めた。

 

 

「アスナ、指示を!!」

 

 

その声に、アスナは我に返る。

今この場では、プレイヤー達の長は自分だ。

 

気を抜いている時間は、ない。

 

 

 

「皆さん!赤ローブの攻撃パターンはコウヤさんの情報通りです!攻撃の対処はタンク隊の皆さんに任せます!シュミットさん、タンク隊の指揮を頼みます!」

 

「おう!」

 

「ディーラーの皆さんは、技後硬直の直後に攻撃を開始!コウヤさんの情報通りの前動作が来た瞬間に退避!!リンドさん、少しの間ディーラー隊の指揮をお願いします!」

 

「分かった!任せてくれ!」

 

 

 

それぞれの部隊の指揮権を一時的に引き継いだ後、アスナは一直線に走り出す。

 

足を止めた、そこには。

先程足を竦ませていた、血盟騎士団のプレイヤーが膝をついたまま俯いていた。

 

 

「…リーファちゃん、うちの団員を助けてくれてありがとうね。」

 

「いえ、私は連れ出しただけですから。本命のお礼はシノンさんに。」

 

 

リーファはそう言って笑うと、すぐにボスのいる中央へと駆けていった。

 

 

アスナは片膝をつくと囁くように、しかし聞こえる声で問う。

 

 

「…大丈夫?」

 

 

アスナの問いに、俯くプレイヤーはゆっくりと頷いた。

 

その様子を見て、彼の身に起きたのがナーヴギアの接続障害やバグなどの外的要因では無いことが分かった。

そんな事があれば、この短時間で話すことはできないからだ。

 

…つまり、彼は彼自身の中での問題であの場から動けなかった。

 

 

「…あなた、第二部隊所属の《ネス》ね?いったい、何が…」

 

「…怖かった…」

 

「え…?」

 

 

アスナが問い終わる直前に、ネスはゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「怖かったんだ……スタンが解けて、あの赤ローブの顔が見えた瞬間…恐怖で体が固まった…。……まるで…」

 

 

 

 

「…まるで、《あの日》を思い出したみたいに…。」

 

 

 

 

「…ッ…」

 

 

彼の…ネスの言葉に、アスナは思った。

 

「やはり…」と。

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

プレイヤーの中で、この世界において染み付いてしまった《トラウマ》は多岐にわたる。

 

 

「罠にハマったこと」。

 

「剣で仲間を誤って傷つけてしまったこと」。

 

「死にかけたこと」。

 

 

…そんなあらゆるトラウマの中でも、もっとも最初。

 

この世界で初めて染み付いたトラウマ。

 

 

 

それは、「デスゲームに囚われたこと」だろう。

 

 

 

これは、この世界にいる誰であってもそうと言える。

 

 

人によって程度はあれど、あの日の恐怖を。

 

《日常》が《非日常》に変わる瞬間を。

 

…あそこにいた、全ての者が覚えている。

 

 

忘れないまま……忘れられないまま、()()()()()()()()()

 

 

 

…いや。

 

忘れられるはずが、ないのだ。

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

それは、あの場にいたGM・茅場晶彦…彼が使用していた、あの赤いローブアバターに対しても同様である。

 

あの日、あの場所で見たあの姿は容赦なくプレイヤー達のトラウマを呼び起こし、侵食してくる。

 

 

あの日感じた《恐怖》という感情が、攻略組全員の体と心を、蝕んでいた。

 

 

実際、アスナ自身もあの赤いローブの姿を見るだけで胸の奥にザワザワとした感覚がある。

 

このままでは、第2、第3のネスが現れてもおかしくない。

 

 

『…どうすれば…』

 

 

 

 

オオオオォォォォッ…!!

 

ズウゥンッ…!!

 

ワアアァァァッ!!

 

「…!?」

 

 

そこで、戦闘を行っていたはずの背後において、今まで聞かなかったボスの悲鳴に似た声と地響き、そしてプレイヤー達の歓声がこだまする。

 

アスナは思考を止め、背後へ振り向いた。

 

 

 

…そこにあったのは、プレイヤー達の前で倒れ込む、赤ローブの姿だった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

ーー溶けていく。ーー

 

 

ーー彼らから教わった、技、思考、言葉。ーー

 

 

ーーその全てが、この体にーー

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「アニキ軍団!テッチ、グロービス!!」

 

「よし来た!!」

 

「おう!」

 

 

響き渡るランの声。

呼応するエギルとテッチのたくましい声と共に、彼らは一息で前に出た。

 

振り抜かれる赤ローブの腕と広がる衝撃波。

それが、ビーターズとスリーピング・ナイツの面々が形成したタンク隊目掛けて遅いかかる。

 

少数によって形成された小さな壁。

赤ローブにとってはただの小さな障害にしか見えないだろう。

 

ーーだが。

 

 

「踏ん張れよ、お前ら!!」

 

「オォッ!!」

 

 

 

 

ガイイィィィンッ!!

 

オォ…!?

 

 

 

「…っかぁ〜!効くねぇ!!」

 

 

数歩分押されながらも、笑う余裕すら見せるエギル。

 

他の面々も、歯を食いしばりしっかりと耐えて魅せた。

 

技を防がれ、技後硬直に陥る赤ローブの一瞬のスキをつき、ギルド【スリーピング・ナイツ】の精鋭達が襲いかかる。

 

そして、その中には…。

 

 

「リズ、リーファ、シリカ、レイン、フィリア!()()()()()()()()()()()()!()?()

 

「とーぜん!」

 

「もちろん!!」

 

「行きます!」

 

「「行っくよー!!」」

 

「いい返事!!」

 

 

ジュンの呼び掛けに答える5人。

その応答にノリが笑いながら賛辞を送る。

 

7人の集団から、AGIの高いシリカとリーファ、フィリアの3人が抜け出した。

それぞれの獲物の刀身を鮮やかな光で包み込む。

 

 

「「「セアアアァァァ!!!」」」

 

 

閃く光と、響く轟音。

確かな手応えを裏付けるように、この戦闘で初めて、プレイヤー側の攻撃による地揺れが発生する。

 

 

そして。

 

彼らの攻撃は、この程度で終わらない。

 

 

「スイッチ!!」

 

 

リーファが叫ぶと同時に、背後から4人のアタッカーが前に出る。

 

先程の3人同様、各々のソードスキルで赤ローブにダメージを加えていく。

少量だが、発生する赤いダメージエフェクトと共にHPバーが削れる。

 

 

しかし当然、ソードスキルを出した直後の技後硬直は避けられず。

赤ローブのボスモンスターも、この程度では倒れない。

 

オオオオオォォ!!

 

怒りの雄叫びと共に、赤ローブの左腕が振りかぶられた。

 

 

…その時。

 

 

「ピナ!《バブル・ブレス》!!」

 

「キュルルッ!!」

 

 

響き渡るシリカの声。

それに呼応するように、彼女の相棒である小さな翼竜が赤ローブの前に出る。

 

翼竜…ピナは小さな口から、無数の泡を発射。

 

一見無害そうなその泡達が破裂し、赤ローブが動かなくなった。

 

それもそのはず、ピナのバブル・ブレスは対象を《混乱》状態に陥らせることが出来る。

 

通常、70%の確率発生であるそれも、ピナの首につけたブレスレットの効果により、成功確率は100%にまで上昇していた。

 

 

「ピナ、ありがとうな!!」

 

 

ウッドが叫ぶ。

次の瞬間、先遣部隊の横を縫って、長物を手にしたプレイヤー達が前に出る。

 

 

そしてまた、閃光と轟音が響き渡る。

 

 

その直後、赤ローブはこの戦闘で初めて、その背中を地へと叩きつけた。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「アスナさん。」

 

 

スリーピング・ナイツとビーターズの猛攻の中、次の動きを考えていたアスナに、ランが駆け寄る。

 

 

「あと3分ほど私達で稼ぎます。その間に2大ギルドの陣形立て直しをお願いします。」

 

「…大丈夫よ。もう各隊長に周知してあるから。ありがとう、ラン。そっちへの援軍は大丈夫?」

 

「はい。ビーターズとの連携は()()()()()()()()()、よっぽどの事がないと崩されませんよ。」

 

「…慣れてる?」

 

「あれ。キリトさんから聞いてませんか?」

 

 

 

「私達、ビーターズ結成当初から()()()()()()()()()、《合同攻略》をしてたんです。」

 

 

 

「合同攻略…?」

 

「はい。意図なんかの説明は時間がないので省きますが、キリトさん達から要望があって行ってました。」

 

「…通りでビーターズから攻略情報が来ないと思ってたら、そういう事ね…。スリーピング・ナイツとほとんど共同だから、必要なかったわけか。」

 

「ずっと私達とやってた訳では無いですが。クラインさんの《風林火山》ともやってたみたいですし。」

 

「…ちなみに、2大ギルド(私達)とはやらなかった理由、ランは知ってる?」

 

「あまり詳しいことは知りませんが…」

 

 

 

「カズマさん曰く、『2大ギルドはメンバーの移り変わりが激しすぎて向かない』んだそうです。」

 

 

 

「?それって…」

 

 

ザワッ…

 

 

アスナがランの言葉の真意を聞こうとした瞬間、彼女達の近くにいたプレイヤー達(2大ギルドのプレイヤー達)がザワつく。

 

彼らの視線の先に目を向ける。

 

そこには…

 

 

 

湾曲した壁を疾走する、ひとつの影があった。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

ーー俺は、お前を失って。ーー

 

ーー兄貴や直葉、藍子や敦を失って。ーー

 

ーー攻略組の連中を死なすことが、怖い。ーー

 

 

ほんの数十時間前にカズマが言っていた言葉。

 

それがユウキの頭をよぎる。

 

 

彼はかつて言った。

 

「自分は、大切な人を守れる力も持たない、無力な人間だ。」と。

 

ユウキにとってはそうではなくとも、あの時のカズマにはそれが真実だったのだろう。

 

 

だが、ユウキは思う。

 

ただひたすらに、彼のことを想う。

 

 

彼女にとっては、彼のそのお人好しな一面が愛おしいのだ。

 

 

『…ボクは、自分のことでいっぱいいっぱいだからなぁ』

 

 

ユウキの過ごしてきた世界は狭い。

 

それ故に、そこまで世界を広く見えるカズマに惹かれ、そんな彼を強く想っている。

 

 

そして何より、彼女は今、【善意】などでは動いておらず。

 

 

彼女の心は今、【夢】と【希望】。

 

そして【未来】へと、思いを馳せる。

 

 

 

彼女の求める【未来】のために、彼女は前へと進むーー。

 

 

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

 

ーー2つのギルドからの畳み掛けによるダウンから起き上がった後も、赤ローブのボスモンスターは変わらず猛威を振るっていた。

 

怒り状態による凄まじい衝撃波攻撃の前に、さすがの精鋭達も悪戦苦闘を強いられている。

 

 

赤ローブは小さな障壁に向けて、もう一度腕を振り上げた。

 

 

 

 

…だがそこで、赤ローブは気付く。

 

 

自身の横。

 

湾曲したレンガ造りの壁の上を疾走する、ひとつの影に。

 

 

超高速で移動する影は、自身の背後に移動した瞬間に跳躍。

一気に壁から離れる。

 

接近するその影を危険と判断した赤ローブは、確実に無力化するために、手を伸ばした。

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

ユウキは知っていた。

 

 

赤ローブの危機察知の高さを。

 

赤ローブが、ある一定の距離まで近付くと、衝撃波攻撃をやめ、掴み攻撃に移行することを。

 

だからこそ思いついた奇策であり…

 

 

かつて、最愛の夫と共に【究極の駆け引き】を繰り返してきた彼女にとっては、造作もないことだった。

 

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

宙に投げ出されたユウキの身体に向かって、白い巨大な手が突き出される。

 

それと接触した時のダメージは想像もつかず、軽装備の彼女は下手をすれば瀕死のダメージを負ってしまうだろう。

 

 

…彼女にとってそんなことは、百も承知だった。

 

 

 

 

「ッ…!!」

 

 

白い手とユウキの体が接触する…直前。

 

彼女の体が()()()()()()()()()、落下の軌道がズレる。

 

 

彼女の右手首に装着されている腕輪からのびているのは、1本のワイヤー。

それのもう片方の先は、エリアの天井に張られていた。

 

ユウキは手が当たる直前に落下の軌道をずらすため、真上に張り付けておいたワイヤーを引っ張った。

それにより、宙で体が跳ねて軌道がズレる。

 

彼女の落下する軌道が大きくズレたことにより、赤ローブの手は彼女の下を抜けて空を切った。

 

 

 

ユウキはワイヤーを腕輪から切り離すと、そのまま赤ローブの突き出された腕の上に着地。

疾走を開始する。

 

 

赤ローブは振り落とすために右腕を振り払おうとするが…彼女はそれも読み切る。

 

 

 

ユウキは腕を振り払われる直前に跳躍。

 

赤ローブの顔と、一気に肉薄する。

 

 

未だその顔は見えないが、独特の緊張感が滲み出ている。

 

その緊張感と共に彼女は、右手の剣を力いっぱいに引き絞った。

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

 

 

ーーそれは、《彼女だけ》のソードスキルーー

 

ーー彼女の()()が詰まった、この世でたった一つの、唯一無二のソードスキルーー

 

 

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

 

「ッ…!!」

 

 

 

彼女の剣の刀身から溢れ出る、紫色の光。

 

その光の強さは並のソードスキルの比ではなく。それは、プログラムであるはずの赤ローブですら感じ取っていた。

 

 

剣の光により、エリア全体を照らし出す彼女の姿は、かつての《彼》と姿が重なる。

 

 

 

オオオオオォォ!!

 

 

 

赤ローブは更なる危機を察知したのか、ユウキに向けて左手と右手を動かす。

 

 

…その一手先で、彼女は動いた。

 

 

 

 

 

 

「ハアアアアァァァ!!」

 

 

気合いと共に、撃ち出される突き。

 

凄まじい威力を含んだその一撃で、赤ローブはノックバックを余儀なくされる。

 

 

 

だが、彼女の攻撃はそこで終わらない。

 

 

二撃。三撃。四撃。

 

 

真下へ少しずつズラされながら撃ち出されていく突きは、赤ローブの体だけでなく空間そのものを揺らすほど威力を内包していた。

 

垂直に五撃撃ち込まれたあと、それに交差するように水平に五撃撃ち込まれていく。

 

 

 

照らし出される姿形はまさしく…

 

「…ロザリオ…」

 

ランは無意識に、そう呟いていた。

 

 

ーーそして。

 

 

 

 

 

「…セェヤアアアアァァァァ!!!」

 

キュゥンッ!!

 

 

 

 

 

交差した二本の線。

 

その交点である場所に、最後の一撃の突きが撃ち込まれた。

 

 

弾丸にに負けず劣らずの速度で撃ち込まれた突きの、赤ローブの体を突き抜けた衝撃は背後の攻略組にも伝わり…

 

 

 

ズウウゥゥゥンッ…

 

 

 

赤ローブの体は、もう一度地面へと倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダウン状態。

攻略組にとって、絶好のチャンスであるはずのその状態。

 

 

だが、攻略組の面々は動かない。

 

 

それは、全員知っているからだ。

 

 

 

 

 

2()()()()()()()()()()2()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォ!

 

 

 

 

 

響き渡る怒号にも似た雄叫び。

 

それと同時に赤いローブは、溶けるようにその姿を変貌させていく。

 

どろどろと溶けていくその様は、プレイヤー達に更なるトラウマを呼び寄せた。

 

 

 

だがそんなことは関係なしに、溶けた物体は着実にその形を変えていく。

 

 

やがて赤い液体は、確かな物体へと変貌を遂げた。

 

 

 

 

巨大な体躯、白い肌、埋め込まれた赤い石、背中から生える鋭利物…。

 

そして最後に、血のように紅い目がその姿を現した。

 

 

 

 

オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォ!!

 

ビリビリビリビリビリッ!!!!

 

 

 

 

 

響く絶叫。

 

あまりの声量に大地が揺れる。

 

そしてそれと同時に、HPバーが一新される。

 

さらにその上。

 

アルファベットがカシャカシャと並び変わっていく。

 

やがて、並び終わった、その名は…

 

 

 

ーーThe World。

 

 

 

 

気圧される者、覚悟を決めて獲物を構える者、対峙するボスモンスターを睨みつける者。

 

 

 

そんな者達の先頭で静かに佇んでいたユウキは、気付けがわりに頬を1回叩いた後、叫んだ。

 

 

「さぁ、もういっちょ…」

 

 

 

 

 

 

 

反撃開始(勝負)だよ!!」




とりあえず…



遅くなってすいませんでしたア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!


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第35話 原動力

アインクラッド第0層。
第1階層・《棺桶の間》。


薄暗い空間が広がるそのフロアで座り込み、休息をとるプレイヤーが1人。


スパッ…スパッ…
「…ふー…」


バックポケットに常備してあるハッカ草を咥え、香りを吸い込んで口内に十分溜まってから、それを一気に吐き出す。


第20層の怪しい露店でこの嗜好品を見つけてから、彼の少ないお気に入りアイテムの1つになっている。

およそ80層を攻略するまでという長い間愛用してきた嗜好品が、多くてもあと数回しか咥えられないということで、ほんの少しだけ残念な気持ちになる。

…まぁ、それが一番いいことであることは、彼自身重々承知してはいるのだが。


「…これ吸い終わってから行こ。」


カズマはそう呟くと、もう一度ハッカ草を咥えた。


「…?おう、どした。…は?」


カズマは突然、虚空に向かって話し始めた。
当然ながら、彼の周りには話す対象は存在しない。

だが、彼はまるで誰かと話しているかのように言葉を紡ぐ。


「…そうかい。わかった、頭入れとくよ。…で、あいつらの戦況は?……ふーん、あいつら頑張ってんのか……2大ギルドの連中は?……やっぱあいつらに触発されたか。……あぁ、別にいいよ。サポートしてやってくれ。……大丈夫だって。…あぁ。じゃあ、また後でな。」


カズマはその言葉を最後に、また黙り込みハッカ草を咥えた。
そしてそのまま、ゆっくりと天井を仰ぐ。

彼の上にあるのは、巨大な鋼鉄の蓋。

彼愛用のハッカ草と同じく、もはや見なれたその光景も、あと数時間で見られなくなると思うと少し感慨深い気も…


「……いや、ねぇな。」


カズマはそう言って笑い、ゆっくりと立ち上がる。

そして、次の目的地に向かって歩き始めた。




オオオオオオオオオォォォォォッ!!

 

 

 

響き渡る、絶叫にも似たボスモンスターの鳴き声により、空気が震える。

その震えは攻略組メンバーにも伝播し、彼らの恐怖心をさらに煽った。

 

…だが。

 

 

「タンク隊攻撃来ます!防御固めて!ディーラーA隊とB隊はタンク隊の背後で待機!!」

 

「おぉしっ!」

 

「おう!!」

 

 

先程までとは明らかに違う、強くすぐに返ってくる返答。

それだけで、アスナは状況が好転していることを確信していた。

 

…その要因はと言えば…

 

 

「あんた達!この後タンク隊の皆が攻撃を止めた後に突っ込むけど、気をつけることは忘れないように!!」

 

「「「「おう!」」」」

 

「《調子に乗らないこと》!《周りを観察すること》!《仲間の邪魔にならないこと》!しっかり胸に刻んどきなさい!!」

 

「「「「おぉッス!!」」」」」

 

「……」

 

 

…姉貴肌であるリズベットを音頭にした、どこか軍隊めいた確認作業をしている集団。

攻略組の中でも高い戦闘力を持った、少数精鋭ギルド・《ビーターズ》。

 

どこか緊張感がないのは、リーダーとサブリーダーの影響だろうか。

 

…だが。

 

 

「ディレイ入ったぞー!!」

 

 

ピリッ…

 

 

タンク隊からの声が聞こえた瞬間に、彼らの空気は一瞬で張りつめる。

オンとオフの切り替えが、結成当初と比べれば恐ろしい程に速くなっている。

 

 

「クライン!あんたんとこのディーラーも、うちのとこに入るのでいいわよね!?」

 

「もちろんよ!俺としても連携慣れしてるおめぇらのとこの方が安心だ!」

 

「シウネーさん!次の連携は風林火山とやった後に頼めるかい?」

 

「ええ、いつでも構いませんよエギルさん!」

 

 

そして、彼らと同じ中堅規模のギルドである、《風林火山》と《スリーピング・ナイツ》と共に繰り出す、制度の高い連携。

 

これは彼らの攻撃パターンのバリエーションが豊富となるということ。

これにより例え陣形が一つ崩されても、更なる攻撃パターンを出すことで、迅速な立て直しが可能となっていた。

 

…そして何より。

 

 

「お前ら!中堅ギルドがあそこまで活躍し続けているのに、2大ギルドである俺達《聖竜連合》と《血盟騎士団》が怯んでいる場合か!?あいつらに負けっぱなしでいいのかぁ!!」

 

「リンドさんの言う通りだ…!俺たちは聖竜連合のメンバーなんだ…!」

 

「あいつらには負けられねぇ!」

 

「やるぞ!!突撃だー!!」

 

 

戦闘開始当初に攻略組を包み込んでいたトラウマや恐怖は既に霧散し、フロアにいるほぼ全員が普段のパフォーマンスを取り戻している。

 

ひとまず、アスナは少しだけ胸をなで下ろした。

 

だが、これで終わりではない。

 

目の前の白い肌を持つボスモンスター…《The World》は、あらゆる攻撃パターンを持つ厄介な相手。

 

指揮官の腕が試される相手であり、アスナはゆっくりと息を吐いた。

 

 

『待っててね、キリト君。』

 

 

 

「…必ず勝つから。」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

ランは、思い出す。

 

かつて、《彼ら》が語った、あることについてーー。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「カズマ達はさ、なんで《合同攻略》なんてやろうと思ったの?」

 

 

ある日。

 

合同攻略を行う3つのギルドの首脳陣だけで開かれた懇親会(という名のランチ)。

その場でユウキは、その問いを口にした。

 

 

「お。俺もキリの字達にそれを聞きたかったんだよ。ユウキに先越されちまったか。」

 

「ふふーん。」

 

「ドヤ顔するとこじゃないでしょ、もう。」

 

「姉ちゃんとシウネーも気になってたよね。」

 

「…まあ、そうね。」

 

「私も気になっていました。大抵のギルドはやらないこの行いを、何故御三方は画策されたのか。」

 

「そんな訳で…どうなの?カズマ。」

 

「…まぁ、そりゃそうだわな。」

 

「俺から話すよ。一応、責任者だしな。」

 

 

キリトはそう言って挙手する。

恐らくそこには、まだ食べ終わっていない弟への気遣いもあるのだろう。

 

それを察したカズマは、無言で目の前の皿に盛られた肉に意識を向けた。

 

 

 

「これを考えた背景には、理由が2つあるんだ。まず1つ目は、うちのギルドメンバー育成のため。」

 

「でもようキリの字、普通に攻略してた方が効率いいんじゃねえか?人数増えても、アイテムやらの配当率悪くなるだけじゃねぇ?」

 

「まぁ、アイテムとかはな。これにおいて俺達がアイツらの育成したい部分は、そこじゃなくてな…」

 

 

 

「俺達はあいつらの中の、《経験》をもっと上げてやりたいんだ。」

 

 

 

「そりゃ、レベルとかじゃなくてか?」

 

「あぁ。…皆知っての通り、今の俺たちのギルドには、まともにギルドに入ってたメンバーはシャムしかいない。エギル達はギルドってより、急造パーティーみたいな感じだったしな。」

 

「まぁ、特殊な経歴な子が多いしねー」

 

「そうだな。…正直、個々の戦闘能力に関してはなんの文句も無い。それだけなら、生半可な2大ギルドの攻略組メンバーにすら勝てるレベルの奴が揃ってる。」

 

「お、言うねー。」

 

「問題は、《集団戦闘の経験》の少なさだ。皆少人数での攻略経験はあっても、大人数での攻略はほとんど経験してない。これは俺たちではどうしようも出来ない案件でな…。」

 

「3人ともずっとソロでやって来てますから…しょうがないところですね。」

 

 

シウネーの言葉に、キリトは頷いた。

 

 

「だからこそこうして、お前達との合同攻略を画策したんだ。それこそ集団戦闘の経験が少ない俺達に指導されるよりも、エキスパートであるお前たちと一緒にやった方が、あいつらのタメになると思ってな。実際、あいつらもかなり成長してくれてる。」

 

「でもボク達、そこまで細かい指導はできてないよ?」

 

「うちのメンバーは感覚派多いからねー。理論的に指導できてるのなんて私とシウネーくらいじゃない?」

 

「ですね…。」

 

「えー、ボクはー?」

 

「1番の感覚派が何言ってんだ。」

 

 

ステーキを食べ終わったカズマが、そう言って口を挟む。

 

いじけたように頬を膨らませるユウキの頭を撫でながらカズマは、ラン、シウネー、クラインをそれぞれで見渡す。

 

 

「そこまで細かい指導は必要ないんだ。スリーピング・ナイツと風林火山には、《いつも通りの動き》を繰り返してもらって、口よりも行動であいつらの手本になってもらいたいからな。今まで通りで構わない。」

 

「つまり、《百聞は一見にしかず》ってぇ奴だな!!」

 

 

そう言って、どこか得意気に鼻を鳴らすクラインに、カズマは少し笑う。

 

 

「ま、そういうこった。…これからも、よろしく頼むよ。」

 

「俺達も学ぶこと、多いしな。」

 

「だな。」

 

 

カズマとキリトは、そう言って笑いあった。

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、2つ理由があるんだよね。もう1つは?」

 

「あー…もう1つは可能性というか…備えのためにやっておきたいというか…知りたいか?」

 

「ここまで来たら教えてくださいよ。私達の仲じゃないですか。」

 

「…ランにそれ言われちゃあな…」

 

 

カズマはそう言ってため息をつくと、1度グラスを手に取り、中の液体を口に含んだ。

口を湿らせてから、カズマはもう一度前を見る。

 

そして…

 

 

 

「…もう1つの理由は…」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「倒れたぞー!!」

 

「…ッ!」

 

 

凄まじい地響きと共に、ボスモンスターが倒れ込むのがランの視界に入る。

見ると、両足の深い傷と共に額に刻まれた斑点のような傷が目に映る。

 

両足に重い攻撃を数発食らわせた後の、シノンの矢による額への攻撃が決め手となったダウン。

 

息のあった連携がなければ不可能なダウンに、攻略組全員が歓声を上げ、ディーラーたちがボスモンスターに突撃していく。

 

 

「くっそ!中堅ギルドにいいとこ全部持ってかれてやがる…!」

 

「俺達も負けてらんねぇ!こっから盛り返すぞ!!」

 

「……」

 

 

血盟騎士団や聖竜連合のパーティーの一部から口々にそんな声が飛び交う中、アスナは次の動きの指示をタンク隊に命じている。

 

ラン自身、最初より攻略組全体の動きがスムーズになっているのを、ダメージディーラーとして感じ取っていた。

 

 

「姉ちゃん!!」

 

「ユウキ!…調子はどう?」

 

「特には。心身ともに絶好調だよ。…それに、ボクらとビーターズの連携であのボスモンスターをダウンさせてから、2大ギルドのメンバー達も動きが良くなってる。あとはアスナの指揮がある限り、大丈夫だと思うよ。」

 

「…そうね。」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「もう1つの理由は、《俺達がいなくなった時の保険》だ。」

 

「…それは、普段の攻略で…ってこと?」

 

「もちろんそれもあるが…()()()()()()()()()()()()()()()を、今は主軸に考えてる。」

 

「…そんなことあるの?」

 

 

ユウキの問いはもっともだった。

カズマ達は間違いなく今も昔も攻略組にとってかけがえのない存在であり、彼らがいなくては、戦力に大きく穴が空いてしまう可能性すらある。

 

そんな彼らが、今の攻略組からいない状況など…

 

 

「もちろん、普段のボス攻略ではそうなることはないと思うけど…」

 

「…なるほど。」

 

 

 

「つまりカズマさん達は、()()()()()()()()()()()()()()()、保険をかけておきたい…ということですか。」

 

 

 

「ラン、相変わらずいい読みだな。…そういうことだ。」

 

「伊達に、ギルドのサブリーダーやってませんからね。」

 

「…カズマとランが言った通り、俺達がこれを画策したのには、《最後の層》での戦闘のことも念頭に入れてる。もし、俺とカズマ、そしてシュンヤの3人全員が攻略組本隊から離れた時に、アイツらが機能しなきゃ意味無いからな。」

 

「しかしキリの字よぉ、実際そんなこと有り得んのかよ。」

 

「俺がもし須郷なら、敵の戦力はなるだけ削ぎたい。そうなったら、1番削ぎやすい戦力は俺達だろ?」

 

「…俺とシュンヤに関しちゃ、《餌》もある訳だしな。」

 

 

カズマはそう言って笑う。

 

 

「…俺とカズマ、シュンヤが抜けた場合、ビーターズの指揮はエギルとシャム、リズにとってもらう予定だ。それはもうあいつらにも周知してある。…それで、2つのギルドにはその時のあいつらへの《サポート》を頼みたい。」

 

「サポート…?」

 

「合同攻略でやったような連携をしながら、あいつらの戦力的サポートをしてやって欲しいんだ。先の事だからわからんし、あるかどうかも分からない状況だけど、まだまだアイツらも未熟だろうからな。先輩のギルド2つが、支えてやって欲しい。…頼む。」

 

 

キリトは言い終わると、頭を下げた。

それはカズマも同様で、彼らの周りに少しだけ静寂が流れる。

 

…そして。

 

 

「…やれやれ。まさかおめぇらがそこまで考えてるとはなぁ…。さすが、ソロで生き抜いてきたプレイヤー様達だ。」

 

 

クラインはそう言うと、笑いながら親指を上に立てる。

 

 

「もちろん、構わねえぜ。俺達のギルドにとっちゃ、むしろおめぇらのギルドの戦力を借りてぇくらいだからな!」

 

「クライン…」

 

「ボク達も問題ないよ。2大ギルドにはちょっと厄介な人達がいるけど、ビーターズの人達は皆いい人ばかりだしね。それに…旦那さんと義兄ちゃんのお願い事は、断れないしね!」

 

「…まぁ、そういうことです。私達も生存率上がるからwin-winですので、礼とかは不要ですよ。シウネーも、いい?」

 

「はい。もちろんです。」

 

「ユウキ…ラン…シウネー…」

 

 

 

「…ありがとう。感謝する。」

 

 

 

 

 

 

「ところでよぉ、キリの字。やっぱ2大ギルド(血盟騎士団と聖竜連合)とやらねぇのは、おめぇらをよく思ってねぇヤツらが多いからか?」

 

「まぁ、そうだな。それもあるけど…これは発案者のカズマに聞いた方が早いだろ。」

 

「カズマが発案者なんか。で、どうなんだよカズマ。」

 

「……まぁ、クラインが言った理由も当たってるよ。…けど、《最大の理由》はほかにある。」

 

「へー、そうなんだ。」

 

「2大ギルドなら戦力も有り余ってますし、パッと思いつきませんけど…」

 

「そ。シウネーの言う通り。」

 

「え?」

 

「2大ギルドはギルドにいる人数…母数が多いおかげで、本攻略に駆り出される人数はかなり絞られて動員される。」

 

「まぁ…そうですね。」

 

「けど…」

 

 

 

「いつもいつも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

 

 

「その時のそいつの調子、スキルの構成。あらゆる可能性を考慮して指揮官はパーティーメンバーを考えなきゃだからな。攻略で最も大事なことの1つとも言える。」

 

「…ま、そうだな。それはどこのギルドも一緒だろうよ。」

 

 

クラインの言葉にコクコクとランが頷く。

 

 

「ただ…ここが2大ギルドが《合同攻略》に向いてない要因の一つでもある。」

 

「…?どうゆうこった?」

 

「クライン、パーティーでの集団行動、さらに言えば誰かに背中を預ける時、何が1番必要だ?」

 

「あ?そりゃあ……《信頼》…じゃねえかな?」

 

「そう、《信頼》だ。」

 

 

カズマは頷き、なおも続ける。

 

 

「俺達は言っても、赤の他人だ。そいつらを信用信頼するには長い時間をかけてそれを構築し、高く積み上げていく必要がある。…だが、2大ギルドは要職はともかく、端数とも取れるメンバーはかなりの頻度で交代する。一緒に組むヤツらがそう何回も変わられちゃ、信頼を構築しようにもなかなか無理があるだろ?だから、2大ギルドとの合同攻略は向いてないと思ったんだ。」

 

 

カズマは長文の説明を言い切ると、グラスに飲み物を注いで、一気に飲み干した。

 

 

「なるほどな…確かに俺達は人数がそこまで多くない分、メンバーの移り変わりなんかはせいぜいポジションが変わるくらいだ…」

 

「そう。だからこそ、こういうのは巨大ギルドよりも、同じ規模くらいのギルドとやるのがちょうどいいんだよ。」

 

 

カズマは不敵に笑うと、もう一度全員を見た。

 

 

「…俺はこの世界で、色んなことを学んだ。その中で1番大切なことは、《人と信頼を結ぶには、長い時間がかかる》ってことだ。…俺はギルドメンバーを…周りのヤツらを、危険に晒したくない。だからこそあらゆる可能性を考慮して、その全ての危険を出来るだけ潰していく。そのために、お前達の協力が必要なんだ。」

 

 

 

 

 

「…あいつらを、頼む。」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「…カズマって凄いよね。」

 

「…ユウキ?」

 

「だってさ、自分が強くなりながら周りのメンバーや他の攻略組のことまで考えてるんだよ?…ボクなんか、自分のことだけで精一杯なのに。」

 

 

確かに。

ユウキの言う通りだ。

 

彼のギルドメンバー達がこうして最終層で活躍出来るまで成長できたのは、元々攻略組のメンバーだった者達の指導と、彼の画策した《合同攻略》という行いであることは間違いない。

 

…そして。

 

2大ギルドのメンバー達の調子が元に戻ったのも、間接的には彼のおかげであるとも言える。

 

ビーターズやスリーピング・ナイツ、風林火山が活躍する様を見ることで、彼らの中にある「2大ギルドのメンバーである」というプライドや、攻略組であるというプライドを刺激。それにより、彼らの中にあった恐怖心を緩和させることに繋がっていた。

 

 

この状況全てを、キリトやシュンヤ、そしてカズマが考えていたのか。

それはまだ分からないが…

 

 

ランは改めて、攻略組における彼らの存在の大きさを、再確認したのだった。

 

 

「…ほんと、お人好しなんだから。」

 

「…でも、そういうとこが好きなんでしょ?」

 

「もっちろん!」

 

 

 

「姉ちゃんもでしょ?」

 

「…ッ」

 

 

 

 

 

「…ええ。」

 

 

 

 

 

 

「大好きよ。」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

「フフ…フフフフ…」

 

 

…暗闇の中、男は笑う。

 

 

 

 

 

…《復讐》の時を、待ち望んでーー。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

…そして。

 

 

 

「…さぁ、クライマックスだ。」

 

 

 

 

「楽しみだぜ…フロントプレイヤー諸君…。」

 

 

 

 

…一人の男の()()は、ゆっくりと彼らに近づいていた。

 

 

 




今回は解説の回という立ち位置ですかね。

ビーター3人有能すぎてワロタ状態になってますね( 'ω')ワロタw

ていうかボスモンスターをThe Worldって名前にすると、毎回DIO☆様が脳裏に浮かんで来るんですよね╮(´・ᴗ・` )╭


……WRYYYYYY!!(次回もお楽しみに!)


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第35話 唯一無二の…。

冨樫義博先生が描き始めたということで、僕もということで。(僕の場合はヘタクソが話がまとまらなかっただけです。)


 

「ウワアアァァァッ!!」

 

 

響く悲鳴。

 

体の胴に大きな傷跡がついたそのプレイヤーは、不自然に硬直したあと…

 

 

パリイィィンッ!

 

 

破砕音とポリゴンを残して、アインクラッドの世界から姿を消した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

攻略組最初の犠牲者は、血盟騎士団のディーラー部隊から出た。

 

少し欲目が出たのか、連撃系のソードスキルを相手の短いディレイの時に撃ち込み、そのまま撤退に遅れてしまった。

 

さらにボスモンスターの技が、運悪く速攻攻撃だったことによりタンク隊のカバーも、ほかのメンバーによる救助もなされないまま、ボスモンスターの攻撃の餌食となったのだ。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「…HPイエローに突入!攻撃パターン変化注意!!」

 

 

アスナが叫ぶと、それにタンク隊のリーダーであるシュミットが「おう!」と呼応した。

 

先程まで呼応していた者達よりも少ないのは、犠牲者が出たことによる動揺が少なからず広がっているからだ。

 

たとえ何度経験しようと、《仲間の死》なんてものは慣れることなど出来ない。

 

…それは、アスナも同様だった。

 

 

 

「…ッ…!!」

 

 

 

だからこそ彼女は、前を向く。

 

今この場に、後悔する暇なんてものは無い。

感傷に浸るなど、以ての外。

 

さらなる犠牲者を出さない為にも、アスナは明晰なその頭脳を回し続ける。

 

 

「リンドさん、状況は?!」

 

「ウチの団員は怪我人は多数いるが、死者はゼロだ!ただ、回復のためにもう少し時間が欲しい!!」

 

「シュミットさん、シヴァタ副団長!タンク隊はまだ大丈夫!?」

 

「ああ!まだ余裕はある!」

 

「ただ攻撃力と凶暴性が上がってるから、どこまで行けるかの確証はない!」

 

 

リンドとシュミットとシヴァタの声。

つまり今現在急務となるのは、聖竜連合が抜けているところの穴埋め。

 

だが、血盟騎士団のメンバーは動揺がまだ晴れきってはいない…

 

 

「アスナ。」

 

 

悩むアスナに、後ろから声がかけられる。

そこには、鮮やかなピンクに染った髪を持つ、親友の姿。

 

その後ろには、今や彼女と同じギルドメンバーの面々が並ぶ。

 

 

「もう十分休憩も貰ったし、さっきの陽動で失ったHPも回復したわ。次は、また私達が支える番よ。」

 

 

「大丈夫?」と一瞬聞きそうになった口を、アスナは途中で閉じた。

今この場では、大切な親友達だろうと全員が等しい戦力だ。

 

アスナは彼女の目を見据えると、ゆっくりと頷いた。

 

 

「…分かった。」

 

 

そもそも、今この場にいることが《覚悟》してきているという証明だ。

そのような相手にそんなことを聞くのは無粋に他ならない。

 

 

「シュミットさん、シヴァタ副団長!次の攻撃を受けたら技後硬直を狙ってビーターズが前に出ます!半数は彼らのサポートに回ってください!!」

 

「分かった!今俺の後ろにいるヤツらを持ってけ!!シヴァタ、指揮は頼んだ!」

 

「ああ!」

 

「その間、ボーダーラインがシュミットさんの部隊に固定になりますが…!」

 

「へっ、舐めてもらっちゃ困るぜ、アスナさんよ…」

 

 

 

「これくらいの攻撃防げなきゃ、今も1人で戦ってるキリト達に、メンツが立たねえってもんさ!!」

 

 

 

「団長。」

 

「…シヴァタ副団長。」

 

「あいつとあいつの部下なら大丈夫です。まだ士気も、洞察力も落ちてません。」

 

「…あなたが言うなら、間違いないわね。」

 

 

それは、シュミットが攻略組に参入した時から双璧を成してきたシヴァタ()だからこそ、信用出来る言葉だった。

 

 

「副団長、あなた方もいけるかしら?」

 

「ええ。本当の《最硬》の部隊はどちらか、見せてやる所存です!」

 

「リーテンさんや他のみんなも…」

 

「いけます!私達が最強ギルドのタンク隊ってこと、証明してみせますよ!」

 

 

 

シヴァタとリーテンの力強い言葉に、その後ろにいた部下達も同調して声を上げる。

無理をしているような様はなく、アスナは頷いた。

 

 

「はっ…言ってろ…!」

 

 

シュミットは彼らの言葉に、思わず笑みを浮かべた。

 

 

「リズ。シヴァタさん達にはビーターズのサポートに回ってもらうわ。ボスの攻撃パターンは頭に入ってるわね?」

 

「もっちろんよ!」

 

「…上3人にしごかれながら頭に入れたもんな。」

 

(全員)コクコク

 

「なら安心ね。…たとえイエローゾーンに入ったとしても急いでこちらに戻る必要は無いわ。隊からはぐれた方が危険になる可能性がある。後退したい時はウチのシヴァタに言って、出来るならその場で回復しておいて。無理をする必要は無いからね。」

 

「分かった。それじゃ、行ってくるわね。」

 

「気をつけてねリズ、皆。」

 

 

「アスナも、無理しないでね。」

 

 

「…ええ、ありがとうリズ。」

 

 

 

「しゃー!行くぞー!野郎共ーー!!」

 

「おおー!!」

 

 

リズベットの余りある元気な掛け声と共に、ビーターズはボスの前へと踊り出ていった。

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

「部隊長…私が?」

 

 

ある日のこと。

 

第22層のキリトとアスナの家のリビングに、リズベットはキリトに呼び出されていた。

 

 

「ああ。…まぁ、うちは部隊らしい部隊はないから、名前のだけのものにはなるけどな。」

 

「…それじゃ、私は何をしたらいいの?」

 

「簡単に言うと、《賑やかし》というか…持ち前の元気で、パーティーの士気を上げるようにして欲しいんだ。もちろん、攻略には参加してもらいながらな。」

 

「賑やかし…」

 

「勘違いしないで欲しいんだけど、別にリズの戦闘の腕が低いからそうしようと思ったわけじゃない。リズの腕前はうちのギルドでも上位のものだしな。」

 

 

少し視線を落としたリズが気を落としたと思ったのだろう。キリトは慌てた様子で捲し立てる。

 

 

「別に、気を落とした訳じゃないわよ。…ただ、その役割が本当に必要なのかなって…」

 

「必要だよ。間違いなく。」

 

 

キリトは即答した。

 

 

「例えばそうだな…ほかのギルドだと、ユウキとかクラインがその役割かな?」

 

「ああー…まぁ、確かにね…」

 

「どっちもギルドリーダーだし、俺もそういうこと出来たらいいんだけど…そういうのは苦手で…」

 

「あの2つはギルド自体が賑やかじゃない?」

 

「まぁ、そうなんだけど。ただウチも、リズやリーファ、シリカにエギルとかの賑やかなメンバーは沢山いるだろ?だから不可能じゃないと思うんだよ。」

 

「まぁ、うちはリーダーがそもそも根暗だしねぇ」

 

「うぐ…」

 

「冗談よ…。とりあえず了解したわ。まあでも、私のこの元気は産まれつきだし、やることは変わりないわよね。」

 

「そ、そうだな…。また次の攻略からも頼む。」

 

「ええ。…それじゃ、そろそろお暇するわ。アスナが帰ってきたら、不貞を疑われかねないもの。」

 

「…いやぁ、さすがにないと思うけど…」

 

「アンタが思ってる以上に女は敏感なのよ。」

 

 

リズベットはそう言うと、リビングから出ようと…

 

 

「…ねえ、キリト。」

 

「ん?どした?」

 

「あんたは、なんで私をその役割に当てようと思ったの?それこそシリカや妹のリーファだって居たでしょ。」

 

「…なんでって、言われてもな…」

 

 

キリトはどこかバツの悪そうな、少しだけ言いにくそうに頭を掻きながら…

 

 

 

「…俺が、リズの掛け声でいつも元気貰ってるから…かな。」

 

 

 

「…ふーん、そっか。」

 

 

ニヘッと、リズは頬を緩ませた。

 

 

「やれやれ。それじゃ世話のかかるギルドリーダー様のために頑張りますかね。」

 

「…なんか言い方に刺ないか?」

 

「気のせいよ。…それじゃ、またね。」

 

 

リズベットはヒラヒラと手を振りながら、家を出る。

そして数メートルほど歩き、気付く。

 

自身の頬が、熱くなっていることに。

 

 

「…よしっ。」

 

 

彼女は軽く右拳を握りながら、少し早足で自身の店へと戻っていった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

少し褒められただけで嬉しくなるなんて、我ながらチョロい女だと自覚している。

 

大切な親友の旦那を好きになって未だに想ってるなんて、最低だとも思う。

 

 

 

…でも、もう決めたんだ。

 

 

 

「さぁ!勝負勝負ー!!」

 

 

 

この気持ちは。

 

 

あの日のキリトの手の温かさは、絶対に忘れないって。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「うわああああああ!!」

 

 

響く絶叫。

 

足を掬われたプレイヤーに、ボスモンスターが襲いかかる…その直前。

 

 

「キュルルッ!!」

 

 

1匹の小竜がボスモンスターの前へと飛び出し、タゲを引き受けた。

そして…

 

 

「ハアアアァァァッ!!」

 

 

気合い十分の声と共に繰り出される剣技によって、ボスモンスターの体の端に赤いエフェクトが走る。

 

それにより、タゲは剣技を繰り出した少女に移り、ボスモンスターはクルリとその方向へと向いた。

 

直撃すれば大ダメージを負うであろう少女。

 

だが…

 

 

「スイッチ!!」

 

 

シヴァタの掛け声と共に、血盟騎士団のタンク隊が前へと躍り出る。

たくましい壁プレイヤー達ありきの大胆な作戦に、思わずシリカも1つ息を吐いた。

 

 

「シリカさん!」

 

 

ボスの攻撃を防ぎ終わったタンク隊から1人、シリカに駆け寄るプレイヤーがいた。

 

血盟騎士団タンク隊で唯一の女性プレイヤー、リーテンだった。

 

 

「私達のギルメンのために、わざわざリスクの高い攻撃をありがとうございました。…ダメージはありませんか?」

 

「はいっ。大きな怪我はかわしきったのでありませんでしたよ。…それに、この世界では皆大切な仲間ですから。」

 

「クルルゥッ!!」

 

「えへへ…ピナもありがと。」

 

 

一人の少女と1匹の小竜の様子に、リーテンは思わず笑みをこぼした。

 

 

「お二方の仲の良さは、なにか特別に見えますね…。とても微笑ましいです。」

 

 

「はい。…ピナは、私の…《相棒》ですから。」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

暗い森の中、助けてくれた黒い影。

 

 

私が最初は恐怖を抱いた彼は、接してみると怖さの欠けらも無い青年だった。

 

少ない時間だったけど、彼は私を励まし笑いかけてくれた。

 

 

…思えばその《優しさ》は、彼女(シリカ)がこの世界で二番目(愛竜の次)に触れた、《温かさ》だった。

 

 

 

…それから少し経って、キリトから「俺達のギルドに入ってくれ」という勧誘を受けた時は、素直に嬉しかった。

 

理由はどうであれ、自分を信用して頼ってくれたのだから。

 

 

だからこそ、シリカは思う。

 

 

もう彼に、自分の気持ちが届かないかどうかなんてのも。

 

彼にとってのシリカは「大切な仲間」止まりなことも。

 

彼にとっては、アスナこそが「大切な人」であることも。

 

 

その全てが関係ない。

 

 

 

シリカは、彼のために戦う。

 

元々、彼に救われた命。

 

そしてピナの命だけでなく、()()()()さえも救ってくれた、愛しい恩人のために。

 

 

「ピナ、行くよ!」

 

「くるるゥッ!!」

 

 

 

そのためなら、この命を散らしたって構わない。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

グオオアアァァァッ!!

 

 

ボスモンスターの雄叫びと共に、周りに風が吹き荒れた。

風を流すために防御陣形を崩さない攻略組の前で、ボスモンスターの赤い目が青く瞬いた。

 

それと同時に、白く光る地面から伸びる無数の木々。

その全てはまるで意識があるように集まり、1つの大木を織り成していく。

 

それは、攻略組の面々がこの戦闘で何度も見ているもの。

 

 

治癒スキル(回復技)》の前兆ーー。

 

 

「シノ…!」

 

 

 

「了解。」

 

 

アスナが指示を出す、その直前。

 

既に動き出していたシノンは、限界まで引き絞った矢の三本を一気に手から解放した。

 

飛翔する三本の矢。

その全てがボスモンスターの弱点の1つである、額に埋め込まれた赤い宝玉へと一直線に飛翔する。

 

ーーーーーーーーーー

 

この世界に来た当初こそ、1本の命中率があまり高く無かったシノンであるが、数々の場数を踏んだ今では、矢の3本までなら確実に狙った所へ命中させる程にまで成長していた。

 

ーーーーーーーーーー

 

 

シノンが打ち出した三本の矢は美しい軌道を描きながら、狙いすまされた宝玉へと直撃。

 

ボスモンスターの体が大きく仰け反る。

 

 

普通のモンスターなら、1本でクリティカル・ディレイを狙えるが、ボスモンスターのような大きなモンスターには複数本の矢が必要となる。

 

今回のボス…《The・World》も、ここまでは三本を命中させることでディレイし、転倒させる事が可能だった。

 

 

…が。

 

 

 

グオオアアァァァッ!!

 

「な…ッ!?」

 

 

ボスはこれまでと違い、三本の矢の直撃では倒れずそのまま回復技を完遂させようと体を元のポジションへと戻した。

 

 

『外した…?ううん、矢は確実に直撃だった。それなら理由は…』

 

 

シノンは気付いた時には矢を引き抜くために腰の矢筒へと手を伸ばす。

 

だがそれと同時に天からの光がボスを包み込んだ。

 

 

「くそッ!」

 

 

シノンは思わず毒づく。

 

このまま狙いを定めて発射しても間に合わないと悟ったからだ。

 

だが、何もしない訳には行かない。

 

シノンはもう一度弓を構え直す…

 

 

 

ドォンッ!

 

グオオオォォ…!?

 

ズズゥンッ…!!

 

 

 

…その直前。

 

彼女の真後ろから飛来した1本の矢…らしきものが、ボスの額に直撃。

 

その一撃により、ボスはクリティカル・ディレイ状態へと陥った。

 

 

「突撃!!」

 

 

ディーラー組が一心不乱にボスへと突撃するのを尻目に、シノンは後ろへと向く。

 

 

そこには、投げ終えたような姿勢で安堵の表情を浮かべる、同じギルドの()使()()の姿があった。

 

 

「あっぶねー…()()()()()()()()()後ろに待機してて正解だったな…ん?」

 

「…」ジトー…

 

「し、シノンさん…?」

 

「もしもの時、ね…。ま、ボスの情報が私の頭から抜けてたのは事実だから、ありがとうと言っておくわ。」

 

「いやほら、シノンの一気に打って確実に当たる矢の本数って三本だろ?ボスの耐久が変わって、矢が万が一外れた場合に備えてというか…」

 

「まだお礼しか言ってないわよ。良いから早く行きなさい。」

 

「分かったから矢を構えるな!怖いから!」

 

 

同じギルドの槍使いであるウッドはそう言って、一目散にボスの元へと走っていった。

 

シノンは少しため息をつきつつ、弓スキルの派生スキル《千里眼》を使用。

未だ倒れ込んでいるボスの額に刺さった、長物の武器を見て、もう一度ため息をついた。

 

 

『あんなもの、よく《百発百中》で当てれるわね…』

 

 

…そう、ウッドが先程投げ、ボスモンスターの額へと1寸の狂いもなく当てたもの。

それは…

 

 

彼のメイン武器である、《長槍》だった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「だーめだ!全然上手くいかねぇ!」

 

 

そう言って、ウッドは下の芝生へ身を投げ出した。

 

彼の槍が打ち込まれた修練用の杭には、無数のエフェクトが刻まれ、彼の修練の量が見て取れる。

 

寝転びながら唸るウッドの額に、コツンと固いものが当てられる。

 

ヒヤリとしたそれは、炭酸の飲み物の容器。

 

それを持つのは、彼の親友であり鍛冶屋の最大のお得意様、カズマだ。

 

 

「もーダウンか?ウッド。」

 

「うるへー…まだまだ、これからだよっ」

 

 

ウッドは「サンキュ」と言いながら瓶を受け取ると、栓を抜いて一気に中身を呷る。

シュワシュワとしたのどごしを感じながら、3分の1ほど飲みを干すと、修練用の杭を見る。

 

 

「…やっぱそう簡単には行かねぇよなぁ…」

 

「OSS…《オリジナルソードスキル作成》、か…。」

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

オリジナルソードスキル作成。

 

 

それは、アインクラッドの迷宮区が第80層まで到達した時に解放されたシステム。

 

要は《俺の考えた必殺技》という、男子なら誰しも憧れることを実行できるシステムなわけだ。

 

野郎共が多いアインクラッドはこのシステムに大いに沸いた。

 

…が、それは一瞬で挫折に変わったのだった。

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

「確か、専用ウィンドウ開いて、思い通りに武器振り回したら出来るんだったよな。」

 

「端的に言えば、な。それと一緒に超超超キツい基準をクリアしなきゃなんだよ…」

 

「あー、システムアシスト有りでようやく到達出来る速度に、システムアシスト無しで到達しなきゃならないんだっけ?」

 

「矛盾してるだろ?」

 

「それが出来るくらいまで反復練習しろってこった。《俺の考えた必殺技》習得はそう甘くねえってことだよ。」

 

 

カズマはそう言って笑う。

 

 

「にしても…皆なんでそこまでのめり込むのかねぇ…。」

 

「お前は欲しくないの?《俺の考えた必殺技》ってやつ。」

 

「まぁ、気持ちは分かるけど…逆になんでお前はそこまで欲しいんだよ。」

 

「……好奇心。…と、後はまあ攻撃の幅を広げたくてな。」

 

「幅?今の槍スキルだけじゃ不服か?」

 

「そうじゃねえけど。…今の俺の腕はギルドでも下の方だし、OSSで特別なスキル手に入れたらお前らの負担にならずに済むかなってな…」

 

「マスターランサーの癖してまだそんなこと言ってんのか?」

 

「だってよ…」

 

「あのなぁ、扱いに困るならそもそも勧誘してないし、大きなお世話なんだよ。もっと自信持てって。」

 

「…つってもなぁ。これは俺の受け取り方の問題だから、どうしても…」

 

 

そう言って悩むように腕を組みうなり続けるウッドに、カズマはまたため息をついた。

 

 

「…ま、確かに今の攻略組で一つだけ足りてない役職があるのは確かだけどなぁ…」

 

「え?あるのか?」

 

「あぁ。…ただ、今から俺の言う行為がソードスキルに認定されるかも分からんし、努力が無駄になるかも…」

 

「いいさ。」

 

 

カズマが言い終わる前に、ウッドは食い気味に即答した。

 

 

「俺への配慮なんてしなくてもいいよ。お前らのためになるなら俺はなんだってするさ。例えそれが無駄足でもな。」

 

 

 

「…お人好しだな、相変わらず。」

 

「お互い様だよ。」

 

 

2人はそう言って、笑いあった。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

カズマが俺に提案した、OSS。

 

それは、俺の主武器である《長槍(ロングスピア)》を投げることで、超遠距離攻撃を可能とする《投擲技》だった。

 

元々超遠距離攻撃が可能なプレイヤーはシノンしかいなかったため、彼女への負担は多大なものとなっておりそれをカズマはギルドの課題として上げていた。

 

ギルド立ち上げ当初は、かつての攻略組でも活躍した《レジェンド・ブレイブス》所属である数少ない投擲武器使いのネズハ(正しくはナーザ)を引き抜くことも考えていた程だ。

 

しかしシノンの「1人でも行ける」という推しと、ネズハの意向も考慮しこれを断念。

 

カズマはその後もシノンの負担の多さを懸念してはいたが…

 

 

俺が長槍投擲技OSS《スターダスト》を手にしたことで、何とかシノンへの負担を軽減させることが出来た訳だ。

 

カズマ曰く、「負担が1割でも減るとかなり違う」らしい。

 

それを聞いていたシノンも、どこか不服そうに頷いていた。

 

 

そして何より、彼のその技の秀でているもの。

それは、命中率。

 

OSS制作中に何度も何度も振り抜かれ、染み付いたその動きは、彼の体の一部となり百発百中と言える練度にまで磨き上げられていた。

 

 

 

 

ウッドは疾走しながら武器を新しいものに持ち替え、少しだけ笑った。

 

自身の新しい可能性を開いてくれた親友に、一抹の感謝を唱えながら。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

素晴らしい連携だった。

 

 

 

かつてのトラウマを克服した攻略組のプレイヤー達は、まさにそれぞれが阿吽の呼吸をしているがの如く連撃で、みるみるボスモンスターのHPを削り続けた。

 

 

…そして。

 

 

ボスモンスターのHPが、ラスト1本のレッドゾーンに突入した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らの前に、《ラスボス(須郷伸之)》が現れたのは。

 

 

 

 

 

 

ボスの目の前。

 

広場の中央に現れた彼に真っ先に斬りかかったのは、かつて攻略組入隊試験の時に間近で彼を見ていた3人。

 

リンド、シュミット。

 

そして、クライン。

 

 

シヴァタとアスナは指示を出し、防御態勢を整える。

 

 

自身の主人を前にしてか、攻撃の止まったボスモンスターの動きも警戒しつつ、3人はいっせいに攻撃を仕掛けた。

 

 

…だが。

 

 

 

キイイィィィンッ!!

 

 

まるで、《見えない何か》に防がれたかの如く彼らの剣は、アルベリヒの体に届く前にその威力を霧散させた。

 

 

だが、自身の剣が弾かれても彼らの剣気は衰えない。

 

 

もう一度攻撃を繰り出すために、その足を踏み出した

 

 

…その、直前。

 

 

 

掻き消える、アルベリヒの体。

 

 

 

3人の体に、走る衝撃。

 

 

 

彼らはなんの抵抗も許されないまま足を斬り飛ばされ、真下の地面へと転がった。

 

 

 

そこで動き出すボスモンスター。

 

 

 

その意図を3人は瞬時に悟り、自身の未来も瞬時に把握した。

 

 

 

バァンッ!!!

 

 

 

 

開かれる扉。

 

クラインの目に入ったのは、赤い和装に身を包んだ青年とツインテールの少女、タンクの青年。

 

 

 

…そして。

 

 

 

 

 

黒いコートに身を包む、この世界で出会った、唯一無二の親友。

 

 

 

 

 

「クラ…!!」

 

 

 

彼の開かれた口から発せられるその単語(自身の名前)が放たれる直前。

 

 

キリトは自身を見る、親友の眼に気付いた。

 

 

彼の体が止まったのは、その《メッセージ》が伝わったからだろう。

 

 

 

「キ、リトぉ…!」

 

 

 

クラインはいつものように笑い、親友を見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「あとは頼んだ」、と…。

 

 

 

 

 

 

 

そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

ズガアアアァァァァンッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

3人の体は、無惨にも。

 

 

ボスモンスターの攻撃の、餌食となった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

ボスモンスターの攻撃が振り下ろされた、その瞬間。

 

 

 

 

 

俺の身を、何処か覚えのある感覚が包み込む。

 

 

 

 

 

今の俺には無い血管が瞬時に沸騰するような、世界の全てが変わり果てるような。

 

そんな、感覚。

 

 

 

 

…そうだ、これはーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…キリト。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女(サチ)をなくしてしまった日》と、同じ感覚だ。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

気付けば、剣の柄を握っていた。

 

 

 

 

 

「ダメだキリトさん!罠だ!!」

 

 

 

 

気付いたシュンヤの声も構わず、俺は跳んだ。

 

 

 

 

視線の先にいる、目が眩むほどの装飾を施された《敵》に向かって。

 

 

 

 

肉薄する距離。

 

 

 

 

引き抜いた二刀を、俺はアルベリヒへと振り下ろした。

 

 

アルベリヒはその一撃…いや、二撃をバックステップで避ける。

 

 

 

 

ズガアアアァァァァンッ!!!

 

 

 

 

振り抜かれた二刀は、地面へと叩きつけられる。

 

 

流麗で華奢な二刀は、先程のボスモンスターの一撃に匹敵する轟音を叩き出した。

 

 

痺れるような感覚に襲われているであろうキリトの腕。

 

 

だが彼は構わず、その目をアルベリヒの元へと向けていた。

 

 

 

 

「……ァァァァアアアアアッ!!」

 

 

 

 

その目には、殺意の色しか存在しなかった。

 

 

 

 

「見事にかかったな、クソガキ!!」

 

 

 

 

「ヒャハァッ!」という奇妙な笑いを上げながら、アルベリヒは腕を振り下ろす。

 

 

それと同時に振り下ろされる、ボスモンスターの右腕。

 

 

クライン達を葬り去ったその一撃は、凄まじい威力を内包しているのは明らかだった。

 

 

 

…だが。

 

 

 

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァアァァァァァッ!!!!」

 

 

 

 

 

今のキリトにはそんなもの、()()でしか無かった。

 

 

まだ、振り下ろされる前の赤ローブの右腕。

 

 

その腕目掛けて振り上げられる、二刀の両刃。

 

 

 

その2つが、コンマ1秒の間を置いて接触した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…シュパッ。

 

 

 

 

 

 

 

そんなささやかな音と共に、超高威力を内包した2つの攻撃の接触は終わる。

 

 

振り切った形で止まるキリト。

 

 

それに対して、振り下ろされる前に硬直した、ボスモンスター。

 

 

 

…決着は、明らかだった。

 

 

 

 

 

少しの間を置いて、ボスモンスターの体が()()()

 

 

そして、その上の天井に張られていた、ユウキの使用していたワイヤーも、プツッと切れた。

 

 

あと残り、10ドット分ほど残っていてボスモンスターのHPバーが全て消し飛び…

 

 

 

カシャアアァァァァァン…

 

 

 

第0層ボスモンスター・《The・World》は、その姿を無数のポリゴンへと変えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その姿に、その場にいる誰もが、自身達の中の《最強》に見惚れ、期待し、そして…

 

 

 

 

戦慄した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして2人は対峙する。

 

 

 

 

 

今や《魔王》として、この世界を乗っ取った妖精の王と。

 

 

かつての《魔王》に打ち勝った、《最強》の剣士が。

 

 

 

 

 

 

 

…クライマックスは、近い。

 

 

 

 

誰もがそう、確信したのだった。

 

 

 






※カズマ君はサボってませんよ(一応)


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第36話 目的と凶行



「俺ァよ、キリト。仲間を失うのが怖ぇんだ。」


ある日のこと。
クラインはいつになく真剣味を帯びた声で、俺にそう告げる。

珍しく2人で芝生の上でダラついていた途中での事だったので、俺は少し反応が鈍ってしまった。


「…そりゃ、誰でもそうなんじゃねぇか?」

「…確かにそうだな。でもよぅ、キリト…。俺ァ…ギルドメンバーを1人、死なせちまってる。…そっからだ。人を死なせちまうのが、それまで以上に怖くなったのは。」

「……」


クラインのギルド、《風林火山》。

このアインクラッドが始動して、少し経ったあとの初期からこの世界に存在しているかなり古参のギルドだ。

基本的にメンバー数はクラインの元の知り合いと数人の入団メンバーと、あまり多くはない布陣だが、少数故の見事な連携が評判のギルドだ。


…そんな彼のギルドから先日、死者が出てしまった。

クラインが悪かったとか、そういう訳では無い。

入ってから日の浅い、新入団員が宝箱になんの注意もなく近づき、そのまま落とし穴トラップに引っかかってしまったのだ。

しかも周りの注意も聞かずに「大丈夫」の一点張りで、イエロー手前のHPを回復していなかったのも、仇となった。


「…厳しい言い方をするかもだけど、あれはダンジョンにもぐる上での注意を怠った、新入団員の責任だよ。クライン、お前のせいじゃない。」

「…違う。違うんだ、キリト…」


クラインは空を見上げながら、その目を潤ませる。


「どんな奴だろうと、オレのギルドに入って、同じ部隊に所属してたなら、それはオレがそいつの命を預かってるってことなんだ。…だから、あいつの死は、俺が背負わなきゃならねぇんだ……」

「…クライン。」


それは、キリトにもどこか身に覚えのある話。

かつて失ったギルドと、そのメンバー達の顔が浮かんだ。


「…だからよぉ、キリト。…おめェは、絶対ぇ死ぬんじゃねぇぞ…。俺より先に死んだら、ぶん殴るからな…」

「…ああ。分かった。」


俺には、それ以上のかける言葉が見つからなかった。
俺は、人に対して何かを説くような、高尚な人間じゃない。

そう思ったからだ。

ただ、その後に一言。

赤い髪の親友に、たった一言。


「…お前もな。」と。

そう、言葉を投げかけた。


絞り出したような俺の言葉にクラインは、「ああ…」と。



「安心しろ、キリト。俺ァ、約束だけは破った事ねぇからよ。」



笑いながら、そう言いきったのだーー。



 

 

 

「…規格外だな。」

 

 

 

キリトの後方。

コウヤは、横にいるシュンヤに聞こえる声でそう呟いた。

 

これにはシュンヤも、ただ頷くしか無かった。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

ーー抑えろ。ーー

 

 

 

 

 

ーー…まだ、()()()じゃないーー

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

両手の剣…《スパイラル・エリュシオン》と《リメインズ・ハート》を振り抜いて、ボスモンスターが四散するのを確認した後。

 

俺は払うように剣を振り、そのまま二刀を収めた。

理由はなんてことない。

 

 

 

…今、目の前にいる敵が、呆然と立ち尽くしていたからだ。

 

 

 

 

「………ッ……」

 

 

どこかバツの悪そうな、少し脅えたような顔をしている須郷。

 

俺はその様子に、どことなく怒りを覚える。

 

 

 

「…ようやく会えたな、須郷。」

 

「…どういうことかな。」

 

 

どこか噛み合わない返答。

俺は少し、違和感を覚えた。

 

 

「何がだよ。」

 

「あのボス…《The・World》の防御力が攻撃時に下がることは、明らかにしていないはずだ。」

 

「こっちには開発者の一人がいるんだから、それくらいの情報は入ってくるだけだよ。」

 

 

その言葉に、須郷は納得したように目を細めた。

 

 

「…霧谷瑛一…茅場先輩を裏切った、《裏切り者》か。」

 

「……」

 

 

口角を上げどこか挑発するような、須郷の口ぶり。

 

…だが。

 

 

「好きに言え。俺はあの人を止められなかった。だからせめて、プレイヤー達の役に立てるようあの人の元を離れたんだ。」

 

「それが《贖罪》になると?茅場晶彦に次ぐと言われた《天才》クンが、好感度狙いのスパイ行為とは、堕ちたものだね。」

 

「好感度狙いだろうと、俺は俺の守りたい奴を守るために最善を尽くす。それだけだ。」

 

「兄さん…」

 

 

コウヤの言葉。

その言葉に須郷は、「チッ…」と分かりやすく舌打ちをした。

 

 

「相も変わらず自分を上げるような言い回しが上手なようだ。()()()()()()()()()()()

 

「なんだよ、須郷。()()()()()だからって、昔話にでも花を咲かせたいのか…」

 

 

 

「今の僕は《アルベリヒ》だ!!その名で呼ぶな!!」

 

 

 

ビリビリと。

 

食い気味に発せられた大声がフロア全体に響き渡り、コウヤは少しだけ声を止めた。

 

 

 

「…悪かったよ、GM(ゲームマスター)殿。」

 

 

コウヤの、その一言。

 

それが何かの琴線に触れたのか。

 

須郷…いや、アルベリヒはわなわなと両手を震わせ、口角を上げた。

 

 

「…そうだ。僕は今や、このゲームのGM…。全てをコントロールできる存在。言わば神!!そうさ…だれも…だれも僕には逆らえないんだ……」

 

 

ふるふると肩を震わせながら、不気味に笑う金髪の男の姿には、俺自身も少なからずの恐怖を感じた。

 

 

「…こんな仮想の、それも他人の作った世界で神になんざなって、なんの意味があるんだよ。」

 

「考えが浅いなぁ、キリト君。…この僕が仮想世界で収まるはずがないじゃないか!!」

 

 

両手を広げ、天を仰ぎアルベリヒは叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

「僕がこの世界の神になることなんて、ただの通過点に過ぎないのさ!僕はこの世界を乗っ取りそして!管理者権限を使い全員のレベルをわざわざ上げることで舞い上がらせ圏外へとその身を投じさせる!!」

 

「するとどうだい!?自分の手柄でもないくせに調子に乗ったクズ共がワラワラと圏内を飛び出し!自らモンスター達の刃の錆となるのだからね!!()()()()()()()()に困らないどころか、滑稽この上ない光景だったよ!!!」

 

 

 

 

 

言い放つと、アルベリヒは狂ったように笑い出した。

 

それには、大ギルドのプレイヤー達が黙っていなかった。

 

 

「ふざッ…ぶさけるなッ!!お前のその自分勝手な行動で、いったい何人のプレイヤーの命が犠牲になったと思ってるんだ!!」

 

「そ、そうだ!大切な人を失ったプレイヤーも居たんだぞ!!」

 

 

俺の背後。

 

血盟騎士団や聖竜連合のメンバーから口々と飛び交う声をしかし。

 

アルベリヒは嘲笑で一蹴した。

 

 

「ハンッ。所詮自分の力量すら見誤っているような低脳共だろ?そんな奴ら、むしろこの僕の《実験》の被験者になれただけ、光栄と言えるんじゃないか?」

 

 

「ケヒャッ」と、狂気じみた笑い声と共に発せられたその言葉は、攻略組のボルテージをさらに上げた。

 

…だが。

 

 

 

 

 

 

「静粛に!!!」

 

 

 

 

 

 

凛とした声による、その一言。

 

それだけで、攻略組の面々は押し黙る。

 

 

前に出るのは、栗色のロングヘアと紅白の武装の裾を揺らす女性プレイヤー。

 

血盟騎士団団長・アスナ。

 

 

俺の最愛の相手が、俺の立つ真横に躍り出る。

 

 

「…お久しぶりです、須郷さん。…いえ、今はアルベリヒ…でしたか。」

 

「これはこれは、明日奈嬢。いつ見てもお美しい。その元気そうな姿を見れば、お父上もさぞ喜ばれることでしょう。」

 

「…1つ、聞かせてください。」

 

「なんなりと。」

 

 

 

 

「…あなたの上司。…つまり私の父は、この事を一体どこまで把握しているのですか。」

 

()()()()()()()()()()()()()。」

 

 

 

 

「…何一つ…ですか?」

 

「はい。明日奈嬢…失礼。今はアスナでしたね。あなたのお父様は今や()()()()()()()()()()です。この僕の完璧な彼への献身の、その裏に隠れた僕の企みにすら気付かない。」

 

「……」

 

「しかし、さすがは大会社《レクト》を一世代で大きくしただけはある。金と立場、そしてプライドはまさに一級品ですよ。」

 

 

ケヒャケヒャと笑いながらのたまうアルベリヒ。

 

その、彼自身の上司に向けての…自身の父親への罵詈雑言に、アスナは怒りを隠せない。

 

右手には力拳を作り、歯を食いしばりながら何とかその怒りを抑制している。

 

まだ会ったことない俺でさえ、嫌悪感が凄まじいスピーチを家族に向けてされているのだ。

 

こうならない方がおかしい。

 

 

殴りかかっていないだけ凄いと、素直に思う。

 

 

 

 

ーーそして。

 

 

 

 

 

 

「つい先日には、僕と君の婚約すら了承した程だ。」

 

 

 

 

 

 

 

俺自身も看過できないその一言に、俺は少し伏せていた顔を上げたーー。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「婚…約?」

 

 

 

驚きを隠せないアスナ。

驚愕に目を染めた顔は、はくはくと口も動く。

 

 

「そう。あのジジイはもはやこの僕の傀儡。ちょっといい顔をして頼めば、自身の可愛い娘すらこの僕に差し出すのさ。」

 

「そんな…」

 

「娘の意見も聞かずに了承するだなんて、とんでもない親もいたものだねェ!!」

 

 

アルベリヒはそう言うと顔を歪め、「ヒャハッ」と一笑い。

 

 

ヒュオッ

 

 

「すぅーー…」

 

「ヒッ…!?」

 

 

目にも止まらぬ速さでアスナの背後へ移動したと思えば、彼女の髪をひと房持ち上げ、一気にその匂いを吸い込む。

 

 

「良い香りだ…さすがは最先端のナーヴギアと言ったとこか。…()()()()()()()()()()()()()()()()なんてね。」

 

「…ッ!?」

 

 

その一言に、アスナは怯えるようにアルベリヒから距離を取る。

 

 

「す、須郷さん…あなた…!」

 

「ん?そりゃあ僕も君とは浅からぬ縁を持つものだからねぇ。」

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

絶句するアスナ。

 

アルベリヒは凄まじい速度で、彼女の前へ移動する。

 

 

「なぁに。僕も君とは長い付き合いだ。乱暴なことはしないさ。ただ…」

 

 

ニタァ…っと、邪悪な笑みを浮かべる。

 

 

 

「ちゃあんと僕の従順なお人形さんになるための《教育》は…向こう側にある君の《本当の体》で、やらせてもらうけどね。」

 

「…ッ!?」

 

 

 

彼のその言葉。

 

自分の意思では起こすことの出来ない自身の体。

 

その横たわるだけの体に………。

 

 

 

「…ッ…」

 

 

 

想像するだけで恐怖がアスナを包み込み、自然とその目から涙が浮かぶ。

 

栗色のまつ毛が小さく揺れていた。

 

その仕草すらどこか愛おしそうにアルベリヒは舌なめずりをすると、その整った顔を近づけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サンッ

 

「な…ッ?」

 

「…ッ…」

 

 

 

アルベリヒとアスナ。

 

 

肉薄した2人の顔の間…いや、アルベリヒの圧倒的近くを通り過ぎたモノクロ色の《何か》は、しっかりと()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「いっでゃアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァーー!!!!」

 

 

 

舌を斬り飛ばされたアルベリヒは、凄まじい断末魔と共に地面に転がりのたうち回る。

 

アスナは涙を溜めた瞳で横を見ると、そこに立つ黒衣の青年が目に入った。

 

彼は右手の剣を煩わしそうに一振すると、1歩アスナへと近づき、彼女の目に溜まった雫を左手の指で優しく拭った。

 

 

 

「きさッ…きさ…きさ…まぁッ…!!」

 

「お楽しみを邪魔して悪いが…須郷。」

 

 

 

キリトは右手の剣を左手に持ち替えると、空いた右手でアスナの肩を彼の胸にしっかりと抱き寄せた。

 

 

 

「アスナは俺の恋人で、俺の配偶者で、俺の…最愛のパートナーだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…キリト君…」

 

 

 

アルベリヒは肩で息をしながらも、何とか立ち上がり、細く鋭い眼光で目の前にいるキリトを睨みつけた。

 

 

「この…ガキが…!ゲーム…マスターである、僕に…逆らったらどうなるか、教えてやる…!!」

 

「…生憎と、これが初めてじゃないんでな。教えてくれなくていいから、さっさと死んでくれ。」

 

 

彼の弟を真似しただけの、安い挑発。

 

…だが。

 

 

それすらも、今の須郷には効果抜群だった。

 

 

 

「こんのガキィ…!僕に…この僕に向かって、そんな口をォ……!!」

 

 

目を見開き、歯を食いしばりながら紡がれるその言葉は、軋むように響く。

 

そして、アルベリヒはバックステップでその体を数メートル先で着地させた。

 

 

「後悔させてやる…!!そのウザったい生意気な顔斬り飛ばして、飾ってやるからな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「システムコマンド!!モンスターID《The World》を目標座標にジェネレート!!!」

 

 

 

 

 

 

 

須郷の叫び声。

 

煌びやかな鎧に包まれた腕の先、掌が少しだけ光に包まれたかと思うと…

 

 

 

 

ラーーーーーーーーーーー…

 

 

 

 

彼の背後。

十数メートル先にも光の柱が降り注ぎ、無数の木々が生え始めた。

 

それら1本1本は急速に成長していくと思うと、やがて集まるように1つの巨大な樹を生み出していく。

 

そのまま木々の集まった大木…世界樹とも言える樹は天井に届く手前で成長を止めた。

 

ーーそして。

 

 

 

 

ズウウゥゥゥゥンッ…!!

 

オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ!!!

 

 

 

樹の中から姿を表す、白い肌を持った巨人。

 

その姿は、先程戦闘を行っていたボスモンスターとよく似ていたが、ところどころに溢れるオーラから、先程までとは強さの《ケタ》が違うことが見てわかる。

 

 

 

「ヒャハハハハハハ!!どうだ、これが僕の切り札!!前状態の赤ローブに力を分け与えることなくその全ての力を吸収した、この城の主!!お前達のお望み通り、《蹂躙》してやるよ!!!」

 

 

 

奇声と狂ったような笑い声。

 

須郷は勝ちを確信したのか、喉が潰れそうな程に発狂し、狂気に満ちた笑みを浮かべていた。

 

事実、攻略組の面々にも焦燥の色が浮かび、どこか空気が重い。

 

 

キリトは無意識に、アスナの肩を握る右手の力を強めていた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「…2人とも、終わったか?」

 

 

『……はい、滞りなく終了しました。』

 

『いつでも行けるわよ。』

 

 

「了解。それじゃあ…」

 

 

 

 

 

「やれ。」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「……………………………は?」

 

 

キリトの目の前。

 

哄笑し続けていたアルベリヒはしかし。

 

今はその目を驚愕に染め、口を唖然と開いていた。

 

それも、致し方ないだろう。

 

何故なら自身の切り札だと豪語していた、白い巨人のボスモンスターが…

 

 

 

 

儚い破砕音と共に、その体を散らしたのだから。

 

 

 

 

「な…な…」

 

 

唐突なその出来事に、アルベリヒの頭はついて行っていないのか、口をはくはくと動かすだけで固まっていた。

 

 

おそらく、攻略組の面々も殆どのものは何が起こったのか理解出来ていなかったのだろう。

 

迎撃のために抜いた武器を片手に、唖然としたまま固まっていた。

 

 

だが。

 

気づいていた者…いや。

()()()()()()()()()()()が、数名。

 

その面々。

キリト、シュンヤ、コウヤ。

 

ビーターズ以外では、アスナとラン。

そして、ユウキ。

 

4人はアルベリヒから視線を外し、背後を見る。

 

そこにあるのは、閉じられている巨大な扉。

 

攻略組が入口に使ったその扉は、今も閉まったまま。

 

 

ーーやがて。

 

 

重厚な音と共に開き始める、巨大な扉。

 

 

その先にいるプレイヤー。

 

いや、()()()()()()の顔を見て、キリトは何処か嬉しそうに頬を緩ませた。

 

 

 

 

重厚な鎧を身につけた、短く髪を切ったタンク。

 

青い髪を1つに束ねた、ソードマン。

 

赤い髪を、趣味の悪いバンダナで逆立てている、和装の剣士。

 

 

 

ーーそして。

 

 

 

「…待たせたな、兄貴。」

 

 

 

黒いコートを身にまとい、その裾をたなびかせながら。

背から見える紅い剣の柄。

 

…その姿はまさに、彼の2つ名…《死神》と言える雰囲気を醸し出していた。

 

 

 

「…遅せぇよ、カズマ。」

 

「主役は、遅れてやってくるもんだろ?」

 

 

ニヒッ、と。

 

恐ろしい雰囲気と裏腹に、何処か年相応の笑みを見せた、1つ年下の弟に。

 

キリトも自然と、笑みを浮かべていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「作戦通り行ってて良かったよ。」

 

「お、おいカズマ。これはどういう…」

 

「ごめんシバちゃん。また無断で作戦実行しちゃった♪」

 

「…ッ…お前らは本当に…」

 

 

頭を抱えながらも、笑うシヴァタ。

 

その後ろにいる攻略組の面々も、どこか呆れながらも安堵の表情を浮かべていた。

 

 

「…生きてたな、クライン。」

 

「へっ、忘れてもらっちゃ困るぜ、親友。」

 

 

 

 

 

「俺ァ、約束だけは破った事ねぇんだよ。」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、役者はそろった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最終局面といこうぜ、三文役者(須郷伸之)。」

 

 

「…ッ……クソガキが……ッ!!」

 

 

 






僕も最低限の約束は守りたいです(最大限まで守れ)


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第37話 総力戦



ーー攻略組、第0層攻略戦の2週間前ーー

ーーエギルの店。



「…正直、今のあなた達が須郷伸之に勝つことは、不可能に近いと思うわ。」


「「「…」」」


メルの一言。
その一言で集まっていた一同の空気がピリつく。

その場にいるメンバーは、キリト、カズマ、シュンヤ、アスナ、ユウキ、シュミット、クライン。

各ギルドのリーダー達が集まったようなメンツだった。


「…根拠は?」


全員の総意を集めたようなカズマの質問。
それにメルは淡々と答えた。


「前のゲームマスター…茅場晶彦は自身がプレイヤーと同等であることを演じ、そして最後に裏切ることに重きを置いていたわ。そこにどんな意図があるのかは分からないけどね。」

「須郷は違うと?」

「ええ。彼はそんなものにはこだわっていない。事実自身の特権である管理者権限を利用して、プレイヤー全員のレベルの底上げ、そして一般プレイヤーへのチート武器の贈与なんかも行っている。」

「ちょっと待て。あれも須郷がやった事なのか?」


その昔、かつての血盟騎士団と聖竜連合の下っ端にチート武器が何者かに流され、そいつらがラフコフのアジトの密告、更にはラフコフへ攻略組の作戦を漏らすという行為を行っていた事件。

長らく、そのチート武器を流した犯人は分からずじまいだったが…


「あの状況で須郷以外にそれを行えてかつメリットのあるやつなんていないもの。推測ではあるけどね。ヒカリとアカネの失踪が須郷の仕業と考えても、かなり長い間練られた計画なのは間違いないわ。」


彼女のその推測に、異議を唱えられる者はいなかった。


「…ごめんなさい、少し話が逸れたわね。つまりここまでそれほど自分の権限を乱用しているやつが、対プレイヤーに対して権限を使わないとは思えない。…正直、管理者権限を多用されるとあなた達プレイヤー側に勝ち目はないわ。」


それは確かに、彼らの不利な状況を的確に指摘しており、事実シュンヤやアスナ達、各ギルドの参謀達も苦難している点だった。


「確かにその通りだよな…けど。」


聞いていた中の一人。
ギルド《ビーターズ》の団長であるキリトは、1人椅子から立ち上がった。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことは、対処案があるってことだよな。」

「…正直、賭けみたいな作戦よ。まず、私が上手くやれるか…」

「なぁに言ってんだよ。」


キリトの対角線。
《ビーターズ》サブリーダーのカズマも立ち上がった。


「これまでのボス攻略だって、たとえ作戦が上手くいかなくても、その場その場の臨機応変で何とか戦ってきたんだ。今に始まった事じゃねえよ。」

「カズマ…」


何処かイタズラっ子のような、無邪気な笑顔を見せてるカズマと同調するように、その場にいる全員が頷いた。

まるでメル自身の背中を押すようなその光景に、彼女の作られた心がふわりと軽くなる。


「…ありがとう。」




「…作戦を、伝えるわ。」










ーー作戦を説明し終えた後。


それぞれのプレイヤー間で意見が飛び交う。


「とりあえず、我々は何をすればいい?」

「まず、メルちゃん達を護衛する戦力が必要じゃない?」

「でも攻略組だって戦力はギリギリよ?キリト君達抜きでボス戦をやるとなると、今の戦力でも足りるか分からないのに…」


「…なあメル。目的地って()()()でいいんだよ。」

「ええ。」

「ふむ…()()()()()()()()()のがここで役に立ってよかったな。」


キリトはそう言うと、ストレージから取り出した、1枚の羊皮紙。

そこに書かれているのは、とある地図。


「…兄貴?」


カズマに呼び止められると同時に、キリトは顔を上げる。


「…うん。()()()()の力が必要だな。」


キリトはそう言うと、黙って羊皮紙を丸くまとめ周りに集まった面々を見つめ…


「みんな。第0層攻略…いや。」




「《アインクラッド最後の戦い》は、()()()で行くぞ。」




そう、告げたのだったーー。





 

 

「……」

 

「…メル、大丈夫ですか?」

 

「…ええ、心配しないで、ユイ。…大丈夫よ。」

 

 

何処か張り詰めた表情のメル。

 

そんな彼女に、隣に居たユイが寄り添う。

 

 

現在の時刻は午後0時45分。

攻略組は既に第0層攻略に向けて出発して、45分の時が経っている。

 

彼女達が今いるのは、アインクラッドの頂点。

第100層。

 

その層にある、唯一の建造物《紅玉宮》。

 

その建物の最上層。

 

本来はアインクラッド最後のボスモンスターと対峙していたはずのその場所は、紅い空間に暗い影を落としていた。

 

それでも、その場所には何処か特殊な威圧感がにじみ出る。

 

 

「…ごめん、ちょっと強がった。…ホントは、凄く緊張してる。」

 

「…メル。」

 

「…私が失敗したら、キリトやカズマ、ユウキ…他にも沢山の人の命が危険に晒される…。そう考えたら、震えが止まらないの…」

 

 

「作られた存在なのにね…」と、彼女はどこか強がりのように笑う。

 

…だが。

 

 

「だ、大丈夫ですよ!メルならきっと、上手くいきます!それでパパ達も無事にGMを倒して、全部上手く行きますよ!!」

 

「…根拠は、あるの?」

 

「へ?え、え〜っと…な、なんとなくです!」

 

「……」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

『ねえ、和人。このダンジョンにはこの編成の方がいいんじゃない?』

 

「あー、そうかなー…。…まあでも、こっちでも大丈夫だろ。」

 

『計算力に長けた私たちの案を無視するなんて、和人様は変人ですね。』

 

「ひでぇ言われよう。俺だって考えてやってんだよ。」

 

『じゃあこの編成の方がいい根拠は?』

 

()()()()()。そっちの方がおもしれぇじゃん?」

 

『根拠って言いませんねそれ。』

 

「固いこと言うなよ。」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「…ユイ。あなた、少しキリトに似てきたわね。さすが娘といったとこかしら。」

 

「え?本当ですか!?」

 

 

メルの言葉に、ユイは目を輝かせてぴょんぴょん跳ねながら喜んでいる。

その姿を見て、何処か自身の緊張も和らいでいくのを感じる。

 

そんなところも、彼女の《父親》の良さを受け継いでいるような気がした。

 

 

「はぁ…まったく。敵わないわね…」

 

 

メルは苦笑しつつも、歩き出す。

 

 

「さ、行くわよユイ。アイツらが勝つために、まずは私達が頑張らないと。」

 

「は、はい!」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「私の考える作戦の要点はたった一つ。」

 

 

 

「須郷をGMの座から引きずり下ろすこと。それだけよ。」

 

 

 

ザワッと。

その場にいたプレイヤーが驚きの声を上げた。

 

 

「でもよメル、それは不可能じゃないか?お前も今はMHCPの身だし…。」

 

「そうね。()()()には、到底不可能だわ。」

 

 

意味深げなその発言の後。

 

ーー彼女が発した言葉は、さらなる驚きを産んだ。

 

 

 

 

 

「…私が、《カーディナル・システム》をもう一度起動させる。」

 

 

 

 

 

「…ッ!?」

 

その言葉には、キリトとカズマですら驚愕の表情をうかべた。

 

 

「ユイには、そのサポートをお願いするつもりよ。」

 

「ちょ、ちょっと待て…!カーディナル・システムは、今も起動してるんじゃ…?」

 

「正直、その可能性は極めて低いわ。」

 

 

チラリと、メルは視線をユイへと向ける。

彼女は頷くと、全員に見えるように大きなウィンドウを出現させた。

 

 

「この世界…浮遊城アインクラッドの統治・監視は、皆さんご存知の通り、カーディナル・システムを採用しています。このシステムのおかげでありとあらゆるバグの修正やクエストの追加などを、外界の人間の手を使わずとも可能とするのです。」

 

「しかし、武器のロストという重大なバグが出たにも関わらずそのバグは残り続けています。これだけでも、そう判断するには決定的なものなんです。彼のシステムに、《取り残し》はありえませんから。」

 

 

「…そう考えたら、たしかにな…」

 

「それに、皆さんが76層に上がってから、上に上がっていくに連れて、どんどん受けられるクエストの種類が少なくなっていませんか?」

 

「確かにね…ボクは基本的に受けられる分だけ受けるタチだけど、上に上がるにつれてすぐ終わるようになってた。」

 

「それも、カーディナル・システムの停止によって産まれた問題。元々用意されていたクエストしか受けれなくなっていたからなのです。」

 

 

 

「ふーむ…話を聞けば聞くほど、信ぴょう性が増していくな。」

 

「本当の話だからね。」

 

「でも武器のロスト以外は特にバグの情報なんかは出なかったけど、それはなんでなんだ?メンテがないなら、もうちょいバグの情報が出ても…」

 

「このゲームは天才・茅場晶彦の集大成よ?そんな生半可な作りはしてないわ。」

 

「…なるほどね。」

 

 

 

「メル。実際その作戦、成功率としては何パーセントだ?」

 

「…正直、50パーあるかないかってとこね。私の考えが当たれば100パーやり切ってみせる。…けど、私の考えが外れれば0パーにまで下がるわ。」

 

 

それは、博打とも言えるパーセンテージ。

彼女には珍しい、建設的とは言えない案だった。

 

 

「も、もちろんこれを実行せずに、他の案を模索することも…」

 

 

 

「いや、それで行こう。」

 

 

メルの言葉を遮るようにして、キリトが告げる。

そしてそれには、カズマを始めその場にいる全員がコクリと頷いた。

 

 

「で、でも…!これ以上にいいやり方が…!」

 

「ならメル。そのやり方以上のものが出てくる確率はだいたい何パーセントだ?」

 

「そ、れは…」

 

 

メルは思わず俯く。

その反応が、分かりやすく答えを示していた。

 

 

「そういうことだろ。…心配すんな。俺らは百戦錬磨の攻略組だぜ?お前は自分を信じて行動に移せばいい。」

 

「で、でも…私が失敗すれば、カズマ達は…!」

 

「舐めんな、メル。」

 

 

 

 

「俺らは死ぬ覚悟(その程度の覚悟)なんて、2年以上前からしてるよ。」

 

 

 

 

「…ッ…」

 

「だからさ、頼んだぜ?俺らをちゃんと勝たせてくれよ?」

 

「…分かった。」

 

 

 

「…必ず、成功させるから。」

 

「…おう。気張れよ、相棒。」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「メル、ここからどうするのですか?」

 

「紅玉宮の最上階には、《アレ》が………あった!」

 

「これは…システム・コンソール。」

 

「そっ。これを使って、ある場所に移動するわ。」

 

「ある場所、ですか…?」

 

「ええ。」

 

 

 

「かつて私とヒカリ、そしてアカネがこの世界に侵入する時に使った、M()H()C()P()()()()()()。そこへ、もう一度アクセスする。」

 

 

 

その場所は、カーディナル・システムと同じAIであるMHCP(メンタルヘルス・カウンセリングプログラム)達が眠る場所。

 

だからこそ、そこにカーディナル・システムへと繋がる何かがあると、メルは踏んでいるのだ。

 

 

「けど、その時は急いでて座標を記録に残せてないのよね…この数分の中で何とか見つけないと…」

 

 

メルはそう言ってシステム・コンソールに手を置いて、コンソールと同調。

 

アインクラッド全体へのアクセスを開始。

 

少し多くの集中力を使ってしまうが、今はあそこに戻らなければ何も始まらない。

 

何とか自分の解析で、あの場所の座標を…

 

 

「メル。少し、変わっていただけますか?」

 

「…え?」

 

 

ユイの穏やかな笑顔で告げられた言葉に、メルは少し驚きながらも、その手をゆっくりと放し、彼女にその場を明け渡す。

 

やがてユイはその手をシステム・コンソールへと掲げると…

 

 

「よし、座標掴めました。」

 

「は、はやっ!?」

 

 

ものの数秒で、それを遂行してしまった。

 

メルの数分でアインクラッド全体へのアクセスを完了するのも凄まじいスピードだが、ユイのそれは文字通り次元が違った。

 

 

「ゆ、ユイ…あなた…」

 

「ふふっ、これでも私は、MHCPコード001。MHCPの中でもこの世界に1番長くいる…」

 

 

 

 

 

「1番のお姉ちゃん、ですからね。」

 

 

 

 

 

人差し指を口元に当て、咲き誇るような笑みを浮かべてのその言葉には、思わずメルも笑ってしまう。

 

改めて、目の前の可愛らしい存在の、その圧倒的なスペックを確認し…

 

 

 

 

ほんの少しだけ嫉妬して、笑ってしまった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「それじゃ、行ってくるわね。」

 

「はい、いってらっしゃいませ。()()()()()のこと、よろしくお願いします。」

 

「…ええ。」

 

 

 

 

「叩き起してくるわ。」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

ーー場面は、現実世界(リアルワールド)へ。

 

 

東京都某所。

 

そこにそびえ立つ、巨大なビル。

 

その、最上階。

 

最奥の部屋。

 

タンスや観葉植物に囲まれたその部屋の、中央。

 

実に重そうな机の前で、椅子に腰かける年配の男性。

 

 

「…ふぅ…」

 

 

彼はどこか疲労の溜まったような表情で、小さく息をついた。

 

…そこで。

 

 

コンコンッ。

 

「入りたまえ。」

 

「社長、失礼します。」

 

 

ノックをして入ってきたのは、メガネをかけスーツを着た男性。

 

 

「ああ、浩一郎か…。どうした?」

 

「書類を渡しに来ました。」

 

「ああ、ありがとう。」

 

 

書類を受け取る年配の男性。

 

名を結城彰三。

 

大会社《レクト》の代表取締役であり、結城明日奈の実の父親。

 

そして向かいの男性の名は、結城浩一郎。

 

明日奈の実兄だった。

 

 

「…お疲れのようですね。」

 

「…まぁな。」

 

 

仕事の疲れ…だけでは無い。

 

彰三を蝕む疲労は、他にもあった。

 

それは、娘・明日奈の昏睡。

 

彼女は理不尽なことに茅場晶彦という研究者が作り出した、ナーヴギアによってデスゲームに囚われてしまっていた。

 

 

「…」

 

 

浩一郎自身、その事に負い目を感じている。

 

何故なら、彼女にナーヴギアを渡したのは彼だから。

 

「一日だけ貸してほしい」と頼まれ易々と彼女に渡し、結果的に妹は今も仮想世界から帰ってきていない。

 

思わず、謝罪の言葉が飛び出しかける。

 

 

だが、ここで弱音を吐いても、きっと父は自分を慰めようとする。

いらない労力を使わせまいと、その弱音を浩一郎は飲み込んだ。

 

 

「…そういえば、須郷さんのことですが…」

 

「ん?ああ、彼か。彼は今長期プロジェクトで海外に…」

 

「いえその事ではなく、本当に明日奈と婚約させる気ですか?」

 

「なんだその事か。もちろんそのつもりだよ。正式な話は明日奈が目覚めてからになるが、彼ほどの好青年ならあの子も京子も納得するだろう。」

 

「…そうですか。」

 

 

浩一郎の胸に引っかかる、モヤモヤとした思い。

 

その理由は先の話題にも出た「須郷伸之」。

 

彼は確かに好青年だ。

仕事も早く、性格で、人当たりもいい。

 

…だが、浩一郎は気付いていた。

 

それが、《上司》に対してのゴマすりであることに。

 

何となく違和感を覚え、彼のいる部署に浩一郎直属の部下を送り込んだ結果、彼の近い期間に辞めた社員への横暴な態度を取っていたと言う情報をキャッチしたのだ。

 

 

…ただ、この情報を今自身の父に渡すと、「デマだ」と片付けられる気がした。

 

彼は息子以上とは言わないが、辞めた社員の言葉よりは明らかにあの裏の黒い青年を信用している。

 

…いや、それは正に「心酔」と呼んでも良いのかもしれなかった。

 

 

「書類OKだ。はい。」

 

「…それでは私は業務に戻ります。…お身体には充分気をつけてくださいね、社長。」

 

「ああ。ありがとう。」

 

 

浩一郎は1度会釈してから、部屋を出る。

 

彼は一度眼鏡のレンズを拭いてから、仕事場へと戻った。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

レクト本社の、その地下。

 

 

そこに、須郷率いる集団《レクト・プログレス》の本拠地は存在した。

 

 

ビー!!ビー!!ビー!!

 

 

パソコンから鳴り響くサイレン音。

 

 

「状況は!?」

 

「第100層《紅玉宮》内にあるシステム・コンソールに何者かが侵入した模様です!!」

 

「第100層だと…!?あの層のボス部屋は封鎖していたはずじゃ…!とにかく侵入者を排除しろ!!」

 

「はい!!」

 

 

方カタカタカタカタカタカ…

 

 

「だ、ダメです!こちらからSAOへのアクセスが不可能になっています!!」

 

「な…!?」

 

「須郷さんとのリンクもロスト!連絡取れません!!」

 

「我々からSAOへの全てのリンクが、一瞬でブロックされました!!」

 

「な、なに…!?」

 

 

元々優秀な社員たちも、この状況には絶句するしかなかった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

ーー第100層・《紅玉宮》最上階。

 

 

 

「…意外と簡単でしたね。《道》は作ってくれてましたし、セキュリティが甘すぎて欠伸が出そうでした。」

 

 

ため息をつきながら、ユイはそう呟いた。

 

 

「…ただ、()()()()()()()()()、気付かれたみたいですね…」

 

 

彼女の張っていた《網》に反応する、数十のプレイヤー達。

続々と紅玉宮に侵入してくる者達は、かなりの速度で階を上ってくる。

かなりの高レベルプレイヤー達のようだ。

 

 

 

…だが。

 

 

 

「…手筈通り、()()()()()()()()()にお任せしましょう。」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「チッ…あのパツキン野郎…1人だけ楽しみやがってよ。」

 

 

 

 

第100層・紅玉宮の内部をかける、数十人単位の集団。

 

その集団の先頭。

牽引するように走る、黒いポンチョを着た男が吐き捨てるように毒づいた。

 

 

男の名はPoh。

 

 

かつてアインクラッドに存在した、犯罪者ギルド《ラフィン・コフィン》のリーダーにして、攻略組プレイヤーの最大の敵。

 

今は、かつてのギルドの参謀・ショウマと共にアルベリヒの協力者として、プレイヤー達の敵対者となっていた。

 

彼自身は今回の戦闘において、攻略組…主に最強プレイヤーであるキリトとの戦闘を渇望していたが、それを外され異常を検知した時の処理班として、雑用を任されていた。

 

 

「あの野郎はリアルで、必ず殺す。そうじゃねえと腹の虫が収まらねぇ…!」

 

 

怒りに満ちた目と憎悪は、協力者であるはずのアルベリヒに向けられていた。

 

しかし、元々任された仕事は最後までやりきるのを信条としていた彼は、こうしてかつての仲間達を集め異常の処理へと向かっていた。

 

 

「おめぇら、この先に二手に別れる道がある。どんな障害があるかも分からねえ。俺らも二手にに別れて上を目指すぞ。」

 

 

コクリと頷くレッドプレイヤー達。

 

暗殺者は、気付かれてはならない。

だからこそ、会話も最小限に。

 

そう教えてきたのは、何を隠そうPohなのだ。

 

 

やがて、彼の言っていた二手に別れる道が現れた。

 

 

「散れ。」

 

 

静かな命令と共に二手に別れる集団。

 

その足に迷いはなく、ちゃくちゃくと目的地に近づいている。

 

彼らが目指す先は、すぐそこだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

ーー紅玉宮最上階・ボス部屋手前の通路。

 

 

 

二手に別れたレッドプレイヤー達。

 

その片方の集団は、罠もしっかりと回避しながら目的地へと進んでいた。

 

 

…だが。

 

 

 

ボス部屋手前。

道の太さは変わらず、紅く神々しい雰囲気を帯びた景色が続く。

 

 

そこに現れる、黒い装備をした集団。

 

 

「…ッ!」

 

 

先頭にいた男はすぐに部隊に静止命令を出す。

その瞬間にレッドプレイヤー達は足を止めた。

 

 

レッドプレイヤー達の前に現れたのは、重装備の集団。

 

先頭には黒い盾を携えたタンク。

その後ろにはそれぞれの武器を構えた兵士達が見て取れた。

 

 

…そして。

 

 

「…来ましたか。」

 

 

その先頭には、背後の兵士達と比べたら軽装の、少し歳を重ねているように見えるプレイヤー。

 

横に流した茶色の髪と、穏和そうなその顔には、鋭い視線が今は浮かび上がっていた。

 

 

「…《軍》が、こんなとこに何の用だ。」

 

「あなた方を取り締まりに来たんですよ。私達は、今はそれが仕事なんですから。」

 

 

 

「…《チート》によって取り逃した羽虫は、私…このシンカー率いる部隊が、もう一度監獄へと送り込んで差し上げます。」

 

 

 

「…ッ!かかれぇ!!」

 

 

レッドプレイヤー達のリーダー格の男が叫ぶ。

 

その瞬間にレッドプレイヤー達も、軍のプレイヤー達も動き出し、戦いの火蓋が切って降ろされた。

 

シンカーに、レッドプレイヤーの1人が襲いかかる。

 

 

「シャアッ!!」

 

「くっ…!」

 

「シンカー!!」

 

「ユリエール!問題ない!!君は部隊を!!」

 

 

彼は愛する女性へそう告げると、黒フードの1人と対峙する。

 

 

ーー僕は、争い事が苦手だ。

 

 

そんな臆病な心は、今は捨てよう。

 

 

「…キリトさん、アスナさん。あなた達が救ってくれたこの命、必ず役に立たせてみせます…!!」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

もう一方のレッドプレイヤー達の集団。

 

 

彼らの前にも、《軍》は立ち塞がる。

 

 

…違うのは、先頭に立つプレイヤー。

 

 

「おうおうおうおう!!ワイら《アインクラッド解放隊》は羽虫すら通さんで!!分かったらさっさと消えんかいオラァ!!」

 

「き、キバオウさん…!今は《アインクラッド解放軍》なんですが…!?」

 

「じゃあかしい!分かっとるわそんな事!今日限定の特別復活や!!」

 

 

めちゃくちゃな理論を撒き散らすキバオウ。

それには、昔から彼の下についているプレイヤー達も苦笑いを浮かべた。

 

 

「…それに、()()()()()()()()()()()()()()()()()ようやしのぉ…」

 

 

 

 

 

「なぁ、モルテ。ジョー。」

 

 

 

 

 

キバオウが呼ぶ、2人の名前。

 

それに呼応するように、ゆらりと隊の後ろから2人のプレイヤーが現れる。

 

 

チェインコイフを被ったプレイヤーとフードを被ったプレイヤー。

 

 

2人の姿を少し懐かしそうに見つめながら…鋭い眼光を飛ばしていた。

 

 

「あはぁ…お久しぶりですぅ、キバオウさん。A()L()S()()D()K()B()()()()()()()()ぶりなので…1年半ぶりくらいですかぁ?」

 

「ふんっ、貴様らにはワイの同胞が随分と世話んなったからなぁ…」

 

 

 

「…かつては同じ釜の飯を食うた者として、せめてもの餞別や。ワイの剣で、楽に死なせたる。」

 

 

 

「ちょ、調子に乗らないで下さいよキバオウさん!!あんた元々剣技は大したことねえんだ!!俺ら二人に単体なんざ、コテンパンに…!!」

 

「ジョー!!」

 

「…ッ!!」

 

「こうして貴様に説教垂れ流したるんも、これで仕舞いや。最後にそのひん曲がった根性、叩き直したるわ!!」

 

 

シュインッ!!

 

 

「…やる気満々ですねぇ。来ますよぉ。」

 

「…ああ。」

 

 

 

 

動いたのは、同時。

 

キバオウの部隊とレッドプレイヤー達。

 

2つの集団の先頭。

 

キバオウとモルテ。

 

 

2人の武器である、片手直剣が交わり。

 

 

…戦闘開始の合図が、紅い廊下に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

Pohは1人、ボス部屋の前にいた。

 

 

 

元々隠密行動は得意中の得意なので、シンカー率いる軍の間を縫って抜け出すことは容易だった。

 

…だが。

 

 

 

「…抜け目ねぇな。黒の剣士。」

 

 

 

そう。

 

彼の前には…

 

 

 

 

《伝説の英雄達》が、立ち塞がっていた。

 

 

 

 

「フハハハハハ!!さすがは我らの英雄・キリト殿とその仲間の者達だな!!読み通り我々にも出番が訪れおったわ!!」

 

「お、オルランドさん…!相手はあのPohですよ?!もっと真剣に…!」

 

「馬鹿者!ネズオ、余はいつでも真面目だ!!」

 

「ええ…」

 

「諦めろネズオ。リーダーはこうなると止まらん。」

 

「ベオさん…」

 

 

 

「我々の前に立つ、強大な敵!アインクラッドの死神とも称された、その黒き姿!まさに血湧き肉躍る!!」

 

「我らオルランド!ベオウルフ!クフーリン!ギルガメッシュ!エンキドゥ!…そして()()()!!」

 

 

 

 

「…今こそ攻略組、そしてキリト殿への恩義に報いるため!!アインクラッドの死神よ…我ら、《レジェンド・ブレイブス》が御相手いたそう!!」

 

 

 

 

よく通る、大きな声。

 

まさに英雄の演説のような自己紹介は、紅い廊下に響き渡る。

 

Pohはそれを聞いて、笑う。

 

それは、嘲笑にも似たもの。

 

 

「…まったく、あいつの周りには変なやつしか集まらねえのかよ…」

 

 

彼の脳裏に浮かぶ、黒衣の青年。

 

 

「…けどまぁ、暇つぶしには丁度いい…」

 

 

Pohはそう言うと、腰から友切包丁を取り出して、ゆっくりと目の前に構えた。

 

 

 

「…来な。《伝説の英雄達》か《1匹の()()》か。…どっちが上か、思い知らせてやる。」

 

「…さあ行くぞ!お前達!!」

 

「「「「「おう!!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

「…さぁ、ショウタイムの時間といこうか…!!」

 

 

 






彼らが出てきたのは作者の趣味です。

《楽しく書く》のがモットーなもんで笑


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第38話 LAST(前編)



メルの横を、光る粒子が通り過ぎていく。


その一つ一つが、この世界を構成しているものだということは、彼女には何となく分かっていた。


…やがて、その光は晴れ、メルは暗い影の落ちた空間に出る。


そこは、かつて彼女が降り立った場所。
アインクラッドという舞台に立つために()()()が選んだ、スタート地点。

メルは自身の入っていたカプセルから抜け出すと、辺りを見回す。

そして、かつての記録を頼りに、彼女はゆっくりと目の前にあった壁へと近付く。


それは、周りの壁と特に違いのない何の変哲もない壁に見える。

だが、彼女はその壁に手を置き…



…《解析》を開始した。



…そして。



「…見つけた。」


メルは壁のある場所をタップ。


すると…



ブォン…



出現する白い渦。

突如として現れたその渦に、メルはなんの躊躇もなく身を躍らせた。










ーー視界が、ホワイトアウトする。




一瞬の浮遊感。

それが終わると同時に目を開けると、彼女の視界には無数の《ウィンドウ》が映し出される。

その全てに、びっちりとあらゆるデータが描き連ねられており、プレイヤー、クエスト、アイテム、ダンジョン、マップ。

ありとあらゆるSAO世界のオブジェクトの情報が、そこには集められていた。


…だが、メルには分かる。


その全てのウィンドウが、今は機能していないことに。


更新の止まったプログラム、変動していない心拍数。

ありとあらゆるものが、その場所の《核》が機能していないことを物語っていた。


ーー歩く。


一歩一歩、殻のように折り重なったウィンドウを掻き分けながら、メルは中心へと近付いていく。

…そして。



少女()》を、見つけた。



(うずくま)る茶髪の少女。

その姿を見下ろしながら、メルは彼女に話しかけた。




「はじめまして。…()()()。」




蹲る少女は、ゆっくりとその顔を上げたーー。


 

 

『…キリト、聞こえる?』

 

「ああ。」

 

『須郷伸之…アルベリヒについて、報告よ。』

 

 

 

『彼は…』

 

 

 

「…了解。」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「か、カーディナル・システムの乗っ取り…だと…!?」

 

 

 

カズマの口から語られた極秘作戦の概要に、須郷が驚きの表情を浮かべる。

 

それに、先頭に立つキリトが口を開いた。

 

 

「正確には、少し違う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。もちろん、俺達じゃなく俺達のMHCPが、だけどな。」

 

「あ、ありえない!!MHCPだろうがプレイヤーだろうが、お前達がカーディナル・システムの本体へ接触するためのルートは遮断したはず…!!」

 

「お前と同じ手を使っただけだよ、須郷。」

 

 

 

 

「お前が()()()()()()()()()()()M()H()C()P()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。…それと、同じことをしただけだ。」

 

 

 

 

「な、何故それを…」

 

 

俺達は、()()()()()()()()()()()()()だけだと。

キリトはそう、言い切った。

 

その言葉に、須郷は目を剥く。

 

そして…

 

 

「自惚れんな、須郷。」

 

 

 

「お前らごときが閃く手を、俺の優秀な相棒が思いつかないわけが無いだろ。」

 

 

 

そんな彼に、カズマは嘲笑を浮かべた。

 

 

 

「…ッ…!!お、おい!!応答しろ!!今すぐカーディナル・システムをこいつらから取り返せ!!聞こえてないのか!!?おい!!」

 

 

アルベリヒの甲高い喚き声のような命令が響く。

おそらく現実にて彼を手助けしている者たちに対して言っているのだろうが…

 

 

「無駄だ。お前の現実への連絡手段はこちらで断たせてもらった。」

 

 

 

「…ッ…クソ!!おい、P()o()h()!!応答しろ!!おい!!」

 

 

 

「…あ?」

 

「…ッ…」

 

 

…ピピッ。

 

 

「おお、繋がった…おい、Poh!!緊急事態だ!!早く僕に援軍を…」

 

『キーキーうるせぇ。…今お前に援軍を遅れるだけの余裕は俺達にねぇよ。』

 

「ふ、ふざけるな!!誰のおかげでそいつらを釈放して従えられていると…!!」

 

『俺ァそんなこと頼んじゃいねぇよ。お前が勝手に渡してきただけだろ。…どちらにせよ、俺は今忙しいんだ…おっと。』

 

『フハハハ!さすがはアインクラッドの悪魔!!これも当たらんか!!!』

 

『しつけぇ野郎だ…!!』

 

 

ピッ。

 

 

「………………………………」

 

 

Pohとの通話が切れる。

その後、須郷は何度も通信を行おうとするが訪れるのは静寂のみ。

 

 

「…話は終わったか?須郷。」

 

 

「お前がやったことは所詮、茅場晶彦がいなくなった世界で()()()()()()上に立つ存在になっただけに過ぎない…。」

 

 

「掠めとっただけの玉座には、《泥棒の王》しか座らない。」

 

 

 

 

「そんなことで立った立場に、意味も価値も、ありはしないんだよ。」

 

 

 

 

全てお見通しだと言わんばかりのキリトの言葉。

 

 

…ザッ。

 

 

「ヒッ…!?」

 

「…決着の時だ、須郷。誰も、管理者権限を使えない。…勇者(プレイヤー)達と魔王(ラストボス)のな。」

 

 

 

ザリッ…

 

 

「逃げるなよ。」

 

「…ッ…」

 

 

「あいつは…茅場晶彦は、どんな状況でも、決して逃げなかったぞ。」

 

 

「か、かや…茅場…」

 

 

「…お前の気持ちは分からないでもないよ、須郷。」

 

「…ッ…」

 

「身近にいる、自身の能力を超える能力を持った、天才の存在。その存在に憧れ、いつしか嫉妬を覚える、その感情は。」

 

 

チラリ、と…。

 

彼は背後に視線を向け…

 

 

「それに俺もやつに負けて、家来になったからな。」

 

 

そう言って笑った。

 

 

「…けど、俺はあいつになりたいとはこれっぽっちも思わなかったよ。」

 

 

 

 

 

 

「…()()()()()()()。」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「…ふざけるな…」

 

 

体が、震える。

 

整えられた金髪と、輝く防具が揺れる。

 

 

「お前なんかが…お前みたいなクソガキが…この僕の気持ちが分かるだと…?」

 

 

そしてその揺れはやがて、城全体を巻き込んでいく。

 

赤黒い床は揺れ、《ヒビ》も入っていく。

 

 

「…お前なんか…お前らなんか…!」

 

 

ガシガシと、彼は整った金髪を乱す。

 

 

そして…

 

 

 

 

「《本当の力》は何も持っちゃ居ないんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 

 

黒く濁ったオーラが、アルベリヒを一瞬にして包み込んだ。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「メル。状況を。」

 

『…アルベリヒのアバター情報がコンピューターウィルスに似たものに上書きされていってるわ。このアバターNo.は……』

 

「…どうした?」

 

『…測定不能。』

 

「は?」

 

『測定不能、って言ったの。…おそらく、この世界に今まで存在しなかったフォルムのボスモンスターが誕生してる。…もう、止められない。』

 

「…そのことと《最終確認》をメッセでこの場にいる全員に周知してくれ。あとはこっちで何とかする。」

 

『了解。…アバターを引き剥がせるかも試してみるわ。』

 

 

ピッ。

 

 

「兄貴…」

 

「ああ、聞こえてた。」

 

「どうする。」

 

「どうするって、やるしかねえよ。」

 

「…だよな。」

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

攻略組のメンバー全員に送られたメッセージには大まかに3つのことが書かれていた。

 

1つは今の須郷の状況。

 

2つ目はこの場所が既に結晶有効空間へ移行したこと。

 

そして3つ目は、《人》を殺せるかの確認。

 

 

今、この世界のボスプレイヤー…ボスモンスターは、アルベリヒ。

 

つまり生身のプレイヤーだ。

 

今までの彼らが相手していたのは、純粋なボスモンスター。

 

キリトとカズマ、シュンヤ達とは訳が違う。

 

そのことを意識して動きが鈍くなっては、かえって邪魔になる。

 

だから、その覚悟がないやつは街に戻れという、カズマからの《最終通達》というわけだ。

 

 

今からこの空間が、須郷の移動を抑えるための脱出不能エリアになるまでの1分間。

 

 

その場にいる全員が、《決断》を迫られていた。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

…黒く濁ったオーラが、晴れていく。

 

 

 

その中から現れたのは、正しく異形。

 

下半身は床と同化しているが、飛び出している上半身には紫色のフルメタルアーマーが着られ、逞しい両腕が伸びる。

 

そして、鎧の奥に見える紫色の眼と金髪がそれがアルベリヒであるということを物語っていた。

 

 

「コロシテヤル…ボクノジャマヲスルヤツラゼンイン、ブチコロシテヤル…!!」

 

グォアアアアアアアァァァァァァ!!!

 

 

そんな言葉と共に鳴り響く怒声。

 

城全てが揺れるように、空気もビリビリと震えた。

 

 

 

「コウヤさん。あれの情報は…」

 

「ない。面目ないことだが…」

 

「ですよね…メル、どうだ?」

 

『…引き剥がすのは無理ね。既に彼のナーヴギアにアカウント情報が上書きされてる。まだ完全じゃない私じゃ、これ以上は無理ね。』

 

「…倒せるのか?」

 

『そこは大丈夫。HPが0になればあいつもゲームオーバー扱いになるわ。』

 

「…了解。」

 

 

カズマは通話が切れたのを確認すると、後ろに振り返った。

 

 

 

…そこには既に、更なる《覚悟》を決めた、勇者達の姿があった。

 

 

 

 

「…もう後戻りは出来ない。…皆。」

 

 

 

 

 

「勝って、《向こう》に帰るぞ。」

 

「「「「「おうッ!!!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

「皆さん、今回の作戦ですが…」

 

 

 

「久しぶりの、《フォーメーションF》で行きます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

…最後の死闘が、幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

「…行くぞ。」

 

 

 

 

 






久しぶりの前後編なり( ̄^ ̄ゞピッ


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第39話 LAST(中編)





茅場晶彦が憎い。



順風満帆だった人生が、大学でのあいつの出現で全てが崩れ去った。

教授の期待も、功績も、学会での評価も、ゼミでの立場も…

好きだった、異性の相手でさえ…


あいつのせいだ。


あいつが、あいつがいたから…!!


アイツガイタカラ、ボクハ…ボクノジンセイハ…


()()()()()()()()()()()



ニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ!!




飄々としながら、僕の全てを横からさらっていくあの男が…


 

 

「ニクイ!!!」

 

 

 

咆哮と共に吹き荒れる暴風。

まるで恨みそのものをぶつけられたような風に、カズマは苦笑を浮かべた。

 

 

「ったく、私怨に人を巻き込むなってんだ…!」

 

 

そう毒づくと、すぐさま加速を開始。

自身の何倍もの巨体を前に、臆すことなくその身と剣1つで突撃を実行する。

 

…だが、STRは凄まじくとも、AGIはそこまで高くないカズマのステータス。

 

容易にアルベリヒの視線がカズマの姿を捉えた。

アルベリヒの口が歪む。

 

 

「グォアアアアァァァァァァ!!」

 

 

化け物じみた雄叫びと共に繰り出される右手の1発。

凄まじい威力を内包したであろう一撃が、カズマの目前へと迫る。

 

まともに受ければタダでは済まないであろうその一撃を…

 

 

「…ッ…!!」

 

ヒュカッ!!

ズゴォンッ!!

 

 

真っ向から、受け流した。

 

 

「チッ…!!」

 

 

思わずアルベリヒの口から、舌打ちが零れた。

 

そして、アルベリヒは更に連撃。

その全てを、カズマは迎撃していく。

 

彼のパワーと技術だからこそ為せる絶技。

 

 

「シャラクサアアアァァァイ!!」

 

「おぐ…ッ!?」

 

 

最後の左拳を迎撃した、直後。

カズマの腹部に衝撃が走った。

 

見るとそこには、彼の腹部に直撃する紫色の物体。

 

そして次の瞬間。

カズマの体は紙細工の様に吹き飛ばされる。

 

そのまま赤黒く光る壁へと激突した。

 

 

「か…はッ…!!」

 

「シネェ!!」

 

「カズマ!!」

 

「俺がカバーに入る!!」

 

「私も行きます!!」

 

 

カズマを追撃するために放たれた紫色の光線。

低スタン状態で項垂れるカズマの、前。

 

フルメタルアーマーに身を包んだ2人のプレイヤーが割って入った。

 

巨大な盾を持つ2人は、光線を難なく弾いた。

 

 

「カズマ、無事か!?」

 

「カズマさん、大丈夫ですか!?」

 

「おぉ…愛の力だな…」

 

「冗談言えるなら大丈夫だな!!」

 

「…ドライだ。まあでもありがとう、シバちゃん、リーテンさん。」

 

「お構いなく!!」

 

 

無愛想な顔のシヴァタと眩しい笑顔のリーテンに、カズマは礼を言う。

 

前線へと戻るシヴァタとリーテンを見送りながら、カズマはポーションを煽った。

 

 

ザッ…

 

「…見えたか、シノン。」

 

「ええ。…基本的な弱点はヒューマン型のモンスターの上半身と一緒よ。ただ、フルメタルアーマーで覆われてるから、弓矢で狙うには少し骨が折れるわね。」

 

「狙えそうな弱点は?」

 

「顔の額にある赤い宝石。…あと、胸のプレートの奥に強い《反応》があるわ。…あのプレート、削れる?」

 

「ちょっと時間はかかるけど、上等だ。…外すなよ?」

 

「誰に言ってんのよ。」

 

 

シノンの自信満々と言わんばかりの返答の後に脇を小突かれ、カズマは笑った。

 

 

「いつまでも休んでないで早く行きなさいよ、ダメージディーラー様。」

 

「へいへい。」

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「リーテンさん、シヴァタさん。光線の威力はどんなもんでしたか?」

 

「シュンヤか。俺たちタンクが弾くのは問題ないが、ダメージディーラー達が俺たち無しに受けるのはかなり危険だ。軽い装備を使うお前やシリカ達は特にな。」

 

「わかりました。ありがとうございます。」

 

 

 

 

「…カズマの受けた飛翔する鎧による攻撃。あれを受けた後のカズマのHPの減りはざっと1割程度…。そこまで警戒する攻撃じゃないか…。カズマの受け流してた攻撃は、完璧な受け流しだったのに0.5割程度の減少。タンクが正面から受けても1割程度…。直撃は避けるべき、か…。他には…」

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

「パンチ攻撃来るぞ!ディーラー組、全員タンク隊の後ろへ!!」

 

 

キリトの指示に呼応して、最短のステップでタンク隊の後ろへと下がるプレイヤー達。

 

彼らは全員、ビーターズと風林火山に所属する者達だった。

 

彼らのタンク隊がパンチ攻撃を防ぐのを見届けながら、キリトは振り向く。

 

 

「シャム、HPはどうだ!?」

 

「全員グリーンゾーンに収まっています!あの距離間での攻撃なら、十分安全かと思います!…ただ…」

 

「痛打にはならない、か…」

 

「…はい。このままでは、HP0は途方もない作業です。」

 

 

それにはキリトも頷いた。

 

見ると、アルベリヒのHPはHPバーが5本あるのに対して、今は1本目のイエローまで減ったところ。

 

 

今までの彼らの攻撃は、タンク隊が耐えた後に生まれた隙に反撃されても問題ない程度の攻撃を繰り出し、危険を感じたらまたタンク隊の後ろへ…。

 

これの繰り返し。

 

残念だがこの戦い方ではいつかは決着も着くが、その前にタンク隊が消耗仕切ってしまう。

それに、相手に回復スキルがないとも限らないのだ。

 

キリトは決定打を欠くというのは後々自身達の首を絞めるであろうことを、これまでの経験から直感していた。

 

 

「クソ…ッ!」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

スリーピング・ナイツは、後方で休息をとっていた。

 

 

 

「うーん…なんとも攻めにくいね、このボスは。」

 

 

スリーピング・ナイツのギルドリーダー、紫色のロングヘアを持つユウキは、少し軽くそう呟いた。

 

だが、彼女の体に所々入る傷跡や、依然として回復中であるHPを見ると彼女が突破口を切り開こうと尽力していたことが見て取れる。

 

 

「一見、足がなく動けないからこちらのペースに持ち込めそうだけど、逆に言えばいつも私達を捕捉してる…背後には回りづらくなってるからですね。」

 

「もう少し動き回ってくれた方が、死角になる背後は取りやすいんだけど…」

 

 

シウネーとランの小言。

だがそれは、今現在攻略組が攻めあぐねている理由の一つでもあった。

 

攻撃も単調のようには見えるが、プログラミングされた一定の動きしかしないボスモンスターではなく、元は思考できるプレイヤーであるためなおのことタイミングが計りづらい。

 

 

「《歩いて移動する》ってことは、毎秒状況が変化するってことだもんね…つまり今のアルベリヒは、変わらない状況で攻撃に専念出来てるってこと…」

 

「…《経験不足》というハンデを、自身のアカウントフォルムに工夫をすることで無くして来たのですね…」

 

「…学習してきたラスボスってことか…厄介だな。」

 

 

ノリとタルケンの言葉に、ジュンは歯ぎしりをしながら「くそ…」と、吐き捨てた。

 

 

「…おい、その話、本当かよ。」

 

 

3人の話に、1人のプレイヤーが反応した。

そこに居たのは、血盟騎士団のダメージディーラー隊の1人。

 

 

「…なんだよそれ。それってつまり、あいつに力不足だと思い知らさせたから、今のアルベリヒはあんなに強くなったってことか?」

 

「あ、いや…そういう可能性があるってだけで…」

 

 

 

「つまり、あいつがあんだけ強くなったのは、無闇にあいつを煽った《死神》のせいってことじゃないのか!?」

 

 

 

「なに?俺の話?」

 

 

タイミングが良いのか悪いのか。

 

吹き飛ばされて、しっかりとHPも回復して帰ってきたカズマが現れる。

 

 

「カズマさん、これは…」

 

「俺になんかあんだろ?戦闘中だから手っ取り早く頼むよ。とりあえずユウキ、スリーピング・ナイツで少しの間前線頼んだ。」

 

「了解。」

 

 

カズマの頼みを聞いてユウキは、そそくさとスリーピング・ナイツの全員を率いて前線へと戻っていく。

 

 

「で、なに?」

 

「…アルベリヒがあそこまで強くなったのは、お前の責任じゃないのか。」

 

「まぁ、そうだな。否定はしない。」

 

「お前…!!」

 

「あなた達、こんな時に何してるの!!」

 

 

事態に気付いたのか、血盟騎士団の部隊を指揮していたアスナが近寄ってくる。

 

しかしカズマは彼女を手と目で制すると、詰め寄ってくるプレイヤーに口を開いた。

 

 

「確かに叩きのめすことで、アルベリヒの強化を招いたのは俺だ。けど、申し訳ないとは思ってない。何故ならそこに《意図》があり、その意図がしっかりと結びついたからこそ今の《クリア可能》な状況があるからだ。」

 

 

 

「アンタが無闇矢鱈に俺が私欲のためにアルベリヒを煽ったと思っているのなら、()()()()()。」

 

 

 

「な…ッ!」

 

「それと、今そんなことを聞いてなんになる。今の俺達の役目はボスを倒すこと。俺への恨みつらみは全部終わってからにしろ。優先順位を間違えんな。…全員死ぬぞ。」

 

 

カズマはそれだけ告げると、何も言えなくなった血盟騎士団のプレイヤーから目を離し、前線へと戻っていく。

 

彼の肩に、アスナは手を置いた。

 

 

「…彼の言い分全てを正しいか、あなたが判断する時間はないわ。ひとまず、最後の言葉は彼が全面的に正しい。優先順位は間違えてはならない。…切り替えなさい。」

 

「…はい。」

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「カズマ、ちゃんとあの人が理解出来るように説明してあげた?」

 

「そんな時間は無い。」

 

「まーたカズマ誤解されてるでしょそれ。ほんとは皆のこと第一優先に考えてるのに。」

 

「別にいいんだよ、俺への認識なんてもんは。今この場においてはな。」

 

「ほんとそういうとこはドライだよねぇ。」

 

「いいから、早く突破口を開くぞ。」

 

「りょーかい。」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

開戦前は騒がしくなっていた、対アルベリヒ戦。

 

 

開戦した今は、それとは反対に静かな立ち上がりとなっていた。

 

最初こそカズマの突進や、アルベリヒの攻撃の直撃などの動きがあったものの、今は互いが互いを牽制しあい、動きらしい動きは無い。

 

アルベリヒも攻略組も、隙らしい隙は見せていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()までは。

 

 

 

 

 

 

 

アルベリヒの視界が捉えているのは、攻略組の最後方ーー。

 

 

そこにいるのは、巨大な弓矢を番えた少女と長槍を肩に構えた青年。

 

2人のプレイヤーの役割は、先の戦闘から分かっている。

 

 

戦闘での重要な局面で、ボスのウィークポイントを正確無比に撃ち抜くという狙撃手のごとき仕事ぶり。

 

今このフロアにおいて、ダウンするための鍵でもあるアルベリヒの()()()()()、額の宝石を撃ち抜けるのは彼らしかいない。

 

 

ーーそう。

 

逆に言えば…

 

 

 

 

『…この時を、待っていた。』

 

 

「…ケヒッ」

 

 

 

彼らさえ葬れば、アルベリヒの勝利は大きく近づくのだ。

 

 

 

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

 

動くアルベリヒの体。

 

攻撃を仕掛けようと画策していたダメージディーラーとタンクの部隊は、パンチ攻撃を予測し思わず身構えた。

 

 

…だが、彼らはそうでないことにはすぐに気づいた。

 

アルベリヒがとったのは、蹲るような体勢。

何かを抱え込むようなその姿は、今まで見せなかったもの。

 

…そして。

 

 

「しま…ッ!!」

 

 

装甲の下の笑みを見た瞬間、察しの良い者は気付いた。

 

アルベリヒの、目的を。

 

 

 

「シノン!ウッ…!!」

 

グォアアアアァァァァァァァァァッ!!!

 

 

カズマが声を上げた瞬間。

アルベリヒも雄叫びを上げて、その声をかき消した。

 

そして彼の背中にある穴から放たれる、八本の紫色の光線。

 

その1本1本が、先程カズマを狙って撃たれた物と同じ威力を内包していることが見て取れた。

 

 

「俺が…!」

 

「ダメだシバちゃん!間に合わねぇ…!!」

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

シヴァタは驚きを隠せなかった。

 

アルベリヒの行動に、では無い。

 

 

カズマが、これまで聞いた事のないような焦りを前面に出した声を上げたことに、だ。

 

 

つまりこれは、彼にすら《予測》出来なかった攻撃。

 

これまで見た事のない攻撃だったこともあるだろうが、何よりカズマはシノン達と自身達の距離がカバー出来なくなるまで遠くなっていることに、気付いていなかった。

 

普段なら、気をつけていたことなのに。

 

 

それだけ彼も、この戦闘に()()()()()()()のだ。

 

 

 

これも《最終決戦》故の出来事だった。

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

「2人とも、避けろー!!!」

 

 

カズマの声が響く。

2人にも、届いたはずだ。

 

だが…

 

 

「………」

「………」

 

 

2人は、獲物を射出ポジションに置いたまま1()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

…そして。

 

 

 

 

 

 

 

ズゴオオォォォォンッ!!!

 

 

 

 

 

 

着弾。

轟音。

 

凄まじい音と共に到達する熱風。

その熱さが、どれだけの威力を内包していたかを物語っていた。

 

 

「ケヒャ…ケヒャヒャヒャヒャッ」

 

 

勝利を確信してか、自身の策がはまった達成感か。

アルベリヒは笑う。

 

煙が晴れるのも待たずに。

 

 

アルベリヒと違い、攻略組内部に漂う絶望に似た感情。

 

 

当然だろう。

 

ボスの遠隔攻撃と対抗出来る、攻撃手段である2人を一気に失ったのだから。

 

彼女達がタンク無しにまともに当たれば、生きていることは有り得ないのだ。

 

 

 

 

 

「ケヒャヒャヒャヒャッケヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」

 

 

 

 

 

ーー煙が、晴れていく。

 

 

二人の立っていた場所を覆い尽くしていた濃い煙は、そのまま横に流れていく。

 

 

儚いポリゴンへとその身を散らした2人の姿を、彼らの瞳は捉えたーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケヒャヒャヒャ…ヒャ…」

 

 

 

ーー違う。

 

彼らが捉えたのは、信じ難い光景。

 

 

極大威力の光線が落ちた場所。

 

彼女達が元々立っていたその場所に、()()()()()()()()その手に獲物を構えて、彼らは立ち続けていたーー。

 

 

 

「バ…バカ、ナ…」

 

 

「……待ってたわ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()を、ね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、番えられた三本の矢と赤色の長槍が光り、周りを照らし出す。

 

ソードスキルーー。

 

 

 

 

タメは、一瞬。

 

 

 

 

「…王手(チェック・メイト)。」

 

「…ヌオォラアッ!!」

 

 

 

 

 

射出は、同時。

 

 

弦と剛腕。

 

 

2つの異なる射出装置から繰り出された、4本の流星は、確かな軌道を描きながら…

 

 

 

 

 

 

 

スカアアアァァァンッ!!

 

 

 

 

 

 

先程の光線とは全く違う音。

 

 

乾いた、芯を叩いたかのような軽やかな音に全員が耳を奪われた。

 

 

三本の矢と、1本の赤い長槍。

 

その全てが、アルベリヒの額にある宝石を寸分の狂いもなく撃ち抜いた。

 

 

…そして。

 

 

その宝石は、微かな音を立てながら呆気なく霧散したーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グァアアアアァァァァァァアアアァァァァァァアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!????」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フロア全てを揺らすような、アルベリヒの絶叫。

 

だがそれは今までのような咆哮ではない。

 

 

これまでのボス同様、ウィークポイントを撃ち抜かれ、ダウンする直前に行う行動。

 

 

 

 

つまり、悲鳴だった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

『イッタイ…ナゼダ…!!?』

 

 

 

アルベリヒの脳内は、倒れこみながらも困惑に包まれていた。

 

 

彼が今繰り出した、背中の砲台からの特殊攻撃の発動。

 

あれの威力は、まともに受けてしまえばタンクのHPをも吹き飛ばす程の極大威力のスキル。

 

使うことによって多少のディレイがあることは否めないが、それを使ってでもアルベリヒは二人の後衛を始末しに行ったのだ。

 

…だが、事実としてそれは叶わなかった。

 

あの二人は《何らかの手段》を用いてあの攻撃を回避もしくは迎撃し、自身に攻撃を繰り出した。

 

 

 

『ドウ…ヤッテ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

「…隠蔽、解除(ハイディング・リリース)。」

 

 

 

 

 

 

その《答え》を、彼の目はしっかりと捉えた。

 

シノンとウッドの、目前。

 

まるで透明なベールが脱げていくかのように、その姿を現す3人のプレイヤー。

 

まず、巨大な盾を持った二人のタンク。

 

そしてその後ろに彼らを支えるような形で立つ、和装の青年。

 

 

シュミット、コウヤ、そして…シュンヤ。

 

 

 

 

…その瞬間、アルベリヒは思い出した。

 

 

 

 

彼の…シュンヤの持つ、《スキル》の名前を…

 

 

 

『…エクストラスキル…《シノビ》。』

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

数ヶ月前。

 

 

七十六層へと到達した直後のこと。

 

俺のスキル欄に、見覚えのないスキルがいつの間にか追加されていた。

 

歴史上ではかつての日本で、将軍に仕える《影》として活躍した者達を指す、その名称。

 

 

このスキルのことを相談したキリト、カズマ、そしてアルゴはスキルの内容を見て口を揃えこう言った。

 

 

 

「こりゃ便利そうだ」、と。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

エクストラスキル《シノビ》。

 

 

このスキルの特徴は、エクストラスキルには珍しい()()()()()()()()()()()()

 

このスキルの本質は《パッシブスキル》。

キリトやカズマがよく使う《索敵》と《隠蔽》のスキルがこれに当たる。

 

他にも存在するパッシブスキルの中でも、あらゆる面で頂点に君臨するのがこのエクストラスキル…

 

 

 

いや、シュンヤのユニークスキル《シノビ》なのである。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「本当に便利だな、そのスキル。」

 

 

先んじて回復を終えたシュミットとコウヤを見送って。

 

ダウンしたアルベリヒに攻撃を加えるため、攻略組のダメージディーラー達が彼に群がる中、MP回復のためにポーションを煽っていたシュンヤにウッドが話しかけた。

 

 

「まさか()()()()()()()1()0()0()()()()()()()()()()()()()()サポートスキルが存在したとは、聞いた直後は信じられなかったぞ。」

 

「…まぁ、《自身と両手に触れているプレイヤーのみ》、《動かない状態に限る》っていう制限はあるけどね。」

 

「それって、動く対象にもかけられるの?」

 

「一応は。ただ、普通の隠蔽スキルと同じで、対象が動いてると少しだけ効果が薄れるので見つかりやすくはなるんですよね。それでも、高速戦闘中に見つかることはほとんどありませんけど。」

 

「十分過ぎる。」

 

 

 

「それにしても、シュンヤにしては珍しく今回の《囮作戦》は他の連中には何も言わず実行したんだな。」

 

「はい。変に意識されてその視線でアルベリヒに気取られるのも嫌ですし、《フォーメーションF》は各々の判断に突破口の開口を委ねるもの。()()()()()()()()()()()()からこそ、このフォーメーションにしたんです。」

 

「…なるほど。最初からこの手の少数人数での作戦も織り込み済みってことか。」

 

「もちろん。」

 

 

 

 

 

 

「敵を完璧に騙すなら、まずは味方の意識から僕自身の存在を無くさないと意味がありませんからね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…シュンヤ。あなた、カズマに少し似てきたわね。今回のやり方とかその笑い方とかまんまよ。」

 

「ははは…なんだかんだずっとコンビ組んできた、腐れ縁ですから。」

 

「お前も運がねぇな。あいつと関わり持つと、なかなかめんどくせぇぞぉ?」

 

「もう慣れるほど、痛感してますよ。」

 

 

シュンヤは、そう言って笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らが奪ったこのダウンは言わば、戦況という小さな火への着火剤。

 

たった一つ投げ込まれた、その《異物》は…

 

 

 

小さな《火》を、全てを飲み込むほどに大きな《炎》へと、猛らせていくーー。

 

 

 

 

 

 

 





《スキル説明図鑑》

防御特化スキル《双璧》

防御型盾持ち片手武器使い(通称:タンク)の最上位スキル。
一度発動を始めるとタメに時間がかかり、1歩も動けなくなるという制限はかかるが、発動することによって一定の範囲を完全防御出来る防御膜を作成できる。

タンクとしての練度を最高まで上げ、かつステータスが一定以上のプレイヤーが二人いることで発動が可能となる。(スキル自体は持っている者が一人いれば発動可能)

プレイヤー例:シュミット、シヴァタ、コウヤ、テッチ、リーテンなど



まさか前後編どころか、前中後編なるとは思いませんでした By作者


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第40話 LAST(後編)



僕は、神だ。


SAO(この世界)》で、全てを操作できる神だ。

今は邪魔が入り、それは不可能となっているが、それでも人の身で他のプレイヤーを圧倒できるほどの力を手に入れた。

憎き、茅場晶彦…ヒースクリフがこの世界からいなくなったことで、この世界で僕に楯突くようなやつはいなくなっていた。


…はず、だった。





 

 

「グァア!!」

 

「ぐむォ…!?」

 

 

肥大化したことによって、もはや自身の手とは思えない拳で繰り出される一撃。

 

凄まじい推進力共に繰り出される拳は、盾を構えていたプレイヤー達を押し込み、10メートル程も後退させる。

 

 

「マダダァ!!」

 

「ぐああぁぁ!!」

 

 

左拳による更なる追撃。

その二撃だけで壁のような列を成していたプレイヤー達は転倒。

吹き飛ばされる。

 

タンクの壁の一翼が弾き飛ばされ、動揺が広がったのが分かった。

 

 

「ァァァアアアァァァアアア!!!」

 

 

好機があれば潰す訳には行かない。

 

更なる追撃を行い、邪魔なタンクのHPを…!!

 

 

「タンク隊のカバーをお願いします!!」

 

「「任せろ!!」」

 

 

栗色の髪の少女の声に続く、男二人の声。

 

次の瞬間、タンク隊とアルベリヒの間に割り込むスキンヘッドと赤い髪のプレイヤー。

 

 

「ジャマァ!!」

 

 

接触する右拳と、大剣と大斧。

 

パワー型らしい二人のプレイヤーのステータスでも、アルベリヒの今のSTRと張っているのか、拳と2つの武器は拮抗する。

 

…だが。

 

 

「なんの…!」

 

「これしきぃ…!!」

 

 

次の瞬間、軌道を真上に変えるアルベリヒの右腕。

 

 

「ギ…ギ…ッ!!」

 

 

青年と巨漢に攻撃を防がれたアルベリヒは、強い怒りを(あらわ)にした。

 

 

「「スイッチィッ!!!」」

 

 

2人同時の掛け声、さらに前に出る5人の影。

 

 

「「「セェイッ!!」」」

 

 

ノリ、リズベット、リーファ、レイン、フィリアのそれぞれの一撃が、アルベリヒの左脇腹部分に突き刺さる。

 

重い。

 

だが、胸のプレートがダメージを緩和してくれたおかげで数ドットの減少で終わる。

 

 

「ウガアァァ!!」

 

 

右腕による、裏拳。

 

それが、3人のプレイヤーへと確実に直撃した。

確かな感触。

 

 

「ぐお…ッ!」

 

「サンキュー、テッチ!」

 

「ありがとうございます、テッチさん!」

 

 

だがこれも、すんでのところでタンク隊のガードが入り、致命傷には至らない。

 

ならばと、アルベリヒは光線発射のために口を大きく開け…

 

 

「グォアアアァァ…ゲフッ!?」

 

「閉じてろ。」

 

 

発射寸前。

 

脳天に振り下ろされた凄まじい威力の攻撃で、アルベリヒの口は強制的に閉じられ、攻撃はキャンセル。

 

攻撃がキャンセルされた事により、口内による暴発でアルベリヒのHPが大きく減った。

 

そして、その後すぐに左の肩口に降りてくる頭を攻撃したプレイヤー。

 

 

「なるほど、こりゃいい眺めだな、須郷。」

 

 

二刀を携える黒衣のプレイヤーの姿を見た瞬間、アルベリヒの脳内に湧き上がる殺意。

 

その全てを乗せて、彼の左拳は躊躇なく撃ち抜かれた。

 

 

「ほいっ。」

 

「グアァッ!!?」

 

 

だが、キリトはそれを難なく避けると、彼の居なくなった軌道を通って、アルベリヒの左頬に彼の左拳が衝突する。

 

痛打による精神的苦痛と羞恥がアルベリヒを襲った。

 

だが、キリトはこれで終わらない。

 

 

「これか。」

 

 

彼はそのままアルベリヒの後方。

 

先程八本の光線の照射を行った、背中に埋め込まれた砲台。

 

その真上へと移動し…

 

 

 

手に持つ二刀を、黄金に輝かせたーー。

 

 

 

「…ジ・イクリプス。」

 

 

二刀流最上位奥義ソードスキル。

彼の十八番《スターバースト・ストリーム》を唯一超える、27連撃技。

 

 

アルベリヒの前で陣取るプレイヤー達には、凄まじい光に照らされるアルベリヒの影だけが見えているはずだ。

 

 

「セアアァァァッ!!」

 

 

タメが終わった瞬間、閃く両腕と両刀。

 

神速とも言える一撃一撃が撃ち込まれる度に、アルベリヒの体はノックバックを起こす。

 

毎秒およそ3発。

 

9秒間という短い時間の中で繰り出されたその全てが、8個ある砲台の全てに叩き込まれていく。

 

 

「グッ…ク…ソ…ッ!!」

 

 

8個ある砲台の全てに平均3発以上の斬撃が撃ち込まれ、《部位破壊》による攻撃手段の減少を、アルベリヒは余儀なくされた。

 

…だが、アルベリヒもタダではやらせない。

 

 

「ナ…メルナァ!!!」

 

「…!?」

 

 

腰を捻り、振り向きざまに撃ち抜かれる右の拳。

 

キリトへと撃ち込まれたその一撃で、宙を舞っていたキリトは為す術なく吹き飛ばされる。

 

 

「ぐゥ…ッ!!」

 

「キリトォ!!」

 

 

二刀で十字ブロックを行い、直撃自体は免れたものの、彼のHPバーは半分以上が削られていた。

 

あと一撃を撃ち込まれれば、確実にHPバーは消し飛ぶ。

 

アルベリヒは、もう一度口にエネルギーを溜めた。

 

 

「「ヌオォラァッ!!」」

 

「グッ…!?」

 

 

キリトを狙おうと照準を合わせた所で、アルベリヒの腹部を襲う衝撃。

 

それにより照準がズレ、キリトから横に数メートル離れた所へ光線は着弾。

 

 

目を向けるといたのは、もう1人の黒衣の剣士と、赤いバンダナを巻いた侍姿のプレイヤー。

 

バックステップで離れていく二人を狙い、更に光線を放つが、これも間に割り込んだ和装に身を包んだ集団のタンク隊が相殺してしまった。

 

キリトの方を見れば、既にアスナを指揮官とした数名のタンクの集団が回復までの彼への防御を担っている。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

なんなんだ、コイツらは。

 

 

 

コイツらには、この僕の圧倒的な力を何度も何度も、その体へと叩き込んだはずだ。

 

その小さな体のHPが何度も何度もレッドへと突入しても、未だに僕のHPの半分…三本目にすら到達していない。

 

タンク隊も見る限り消耗が激しく、満身創痍なダメージディーラーも少なくない。

 

 

客観的に見ても、追い込んでいるのはこちらのはずだ。

 

 

…なのに、何故か胸の奥にある《不安》が拭えない。

 

 

どれだけ攻撃を加えようと、どれだけタンク隊を吹き飛ばそうとも胸の奥のつっかえが、いつまでも取れずに残る。

 

 

この、違和感は…?

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「行くよ、ユウキ!!」

 

「うん、姉ちゃん!!」

 

 

接近してくる2人のプレイヤー。

 

2人に向けて放たれる、飛翔する鎧の一部が6つ。

 

2人はその全てを最小限の動きで回避、迎撃するとそのまま更に距離を詰めていく。

 

アルベリヒは容赦なく右拳を振り抜いた。

 

 

「ユウキ!」

 

「姉ちゃん!!」

 

 

互いに呼ぶだけの掛け声。

それだけでランは前に、ユウキは後ろへと下がった。

 

軽装のはずのランは右拳の軌跡上へと出ると、剣を胸の前に立てて構える。

 

そして、その剣と拳が接触した…瞬間。

 

 

「…ッ…」

 

 

ヌルり…と、まるで彼女の剣に拳が引き付けられているかのように、剣の刀身に沿って軌道が変わる。

 

 

「流石。」

 

ズガアアァァァンッ!!

 

 

カズマの口からこぼれる感嘆の言葉。

凄まじい音と共に床へと撃ち抜かれる拳。

 

全く同時に発生したそれらを置き去りにして、双子の姉妹は疾走を続けた。

 

 

「セェアアッ!!」

 

「テェイッ!!」

 

 

またしても腹部へと打ち込まれる一撃に、アルベリヒのHPは僅かながら減少を見せた。

 

光線や拳で二人を捉えようとしても、全てを回避され捉えきれない。

 

 

「ハァ…ハァ…ハァ…ッ…」

 

 

巨大な腕を振り回している影響か、肺などの内臓がない仮想世界なのに、精神的疲労から思わず息切れを起こしてしまう。

 

汗こそ出ないが、アルベリヒの体は謎の疲労感に包まれていた。

 

…いや、彼もここまで来れば自覚はしている。

 

 

 

自身のプレイヤーへの攻撃がに()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに。

 

 

 

ただその事実を、アルベリヒ自身が受け止めきれていないだけだった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

アルベリヒ違和感の正体は、まさにこれだった。

 

 

当初、凄まじい速度で撃ち込まれるパンチと時折放たれる光線。

そして、独立する飛ぶ鎧など選択肢が迫られる攻撃の数々に、攻略組メンバーも苦戦していた。

 

それらをダメージディーラー達が警戒し続けることにより、アルベリヒはタンクを削ることに専念でき、アルベリヒの中ではタンク隊を削りきるのも時間の問題だったのだ。

 

 

…だが。

 

今は攻略組の動きが全くと言っていいほど違う。

 

迂闊に近づき直撃を食らっていた拳や、着弾した後も範囲攻撃判定のある光線など、様々なアルベリヒの攻撃に対して対策を講じているような配置に、常々彼らは立っているのだ。

 

更に、連携を行う時にも彼の攻撃を躱すだけでなく、一部のプレイヤーはいとも容易くいなすことが出来ているなど、戦闘開始直後と今とではその戦況に決定的な違いがある。

 

 

 

まるで、()()()()()()()()()()()()()()()かのようにーー。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「アリエナイ…ボクハ、カミダゾ…?」

 

 

 

 

「コノ、セカイノォ!!」

 

 

シュンヤに向けて撃ち込まれる、右の拳。

 

もはや幾度となく見たその光景。

 

シュンヤはその一撃を…

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「……ッ…!?」

 

「…神、ですか…」

 

 

アルベリヒの一言に、シュンヤは少しだけ笑みを浮かべた。

 

 

「…ナニガオカシイ…」

 

「いいえ。須郷さんは何度もその単語をよく喋るので、少し気になっただけです。」

 

 

シュンヤはそう言うと、ゆっくりと()()()()()()

 

 

「…!?」

 

 

これにはアルベリヒも驚きを隠せないが、これを好機と見てシュンヤに拳を撃ち込んでいく。

 

 

「須郷さんはどこか、《人の上に立つ》ことを最優先事項にしているフシがありますよね。前回もわざわざ攻略組に参入しようとしたり、今も《神》として僕達に崇めさせようとしてくる。」

 

 

…だが。

 

シュンヤは止まらない。

 

いや、止まらせられない。

 

右と左、どのような攻撃を繰り出そうと、まるで()()()()()()()()()()()()()()、その全てを最小限の動きで躱され、アルベリヒは段々と距離を詰められていく。

 

 

「ナゼダ!ナゼアタラン!!」

 

「別に他人の上に立ちたいと思うことは自然なことです。世の中にはそれだけが快感だと思う人もいるでしょう。…ただ、貴方はどうにもそうではない。」

 

「クソォッ!!」

 

 

振り下ろされる左の拳。

 

シュンヤはそれをジャンプだけで避け切ると、ゆっくりとアルベリヒの手の甲へ着地した。

 

…そして。

 

 

「…須郷さん。あなた、先輩である茅場晶彦へ、くだらない《意趣返し》がしたいだけなんじゃないんですか?」

 

「…!?」

 

「だからあなたは管理者権限を掠め取り、この世界へと降り立った後、わざわざ僕達攻略組と接触をはかり、潜り込もうとした。…かつての、茅場晶彦(ヒースクリフ)と同じように。」

 

「…ッ…」

 

「他にもわざわざ新しい層を作り出したり、ボス戦の途中に突然その姿を現したり。あなたには茅場晶彦への当てつけとも言えるような、不可解な行動が多すぎる。」

 

 

「実験のためだけだと言うなら、表に出る必要は無い」と、シュンヤはアルベリヒ…須郷の心をゆっくりと紐解いていく。

 

 

「茅場晶彦の真似事をして、その全てで彼に勝つことで、自分の方が茅場晶彦よりも上だということを、世間に広めたかった。…違いますか?」

 

「チガウ!!!」

 

 

もう聞いていられないと言わんばかりの叫びがアルベリヒの喉から発せられる。

 

巨大な口を動かし、言葉を紡いでいこうとする。

 

 

…だが…。

 

 

 

「ボクハ…ボクハ…!!」

 

「…図星だから、反論もできませんか。ただの私利私欲の八つ当たりに、数千人もの人々を巻き込んで、なんになるんですか!!」

 

「ダマレ!!オ前ミタイなガキに、ナニガワカル!!このボクノ、ナニガ…!!」

 

 

『クソ…クソォッ…イッタイ、ナゼダ…!?』

 

 

「…確かに、僕は須郷さんのことを、何も知りません。分かりません。…だけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけは分かります。」

 

 

 

 

『ナゼ…ナゼ、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「だから、あなたを止める。…それだけです。」

 

 

 

そこで、アルベリヒは気づいた。

 

 

自身の、影。

 

その、頭部に位置するであろう部分に突き立てられた、一振の()()

 

床ではなく、()()()()()()()()()その短刀。

 

 

 

 

ユニークスキル《シノビ》・拘束デバフ付与スキル《影縫(カゲヌイ)》。

 

 

 

 

アルベリヒが体を動かそうとする度に、ギシギシとその鎧通から軋むような音が聞こえた。

 

 

「………フー………」

 

 

そしてそこで、さらなる気付き。

 

いつの間に彼の前へと移動したのか、紅剣を手に、黒衣のフードコートを身にまとった青年が、アルベリヒの胴の前で立ち尽くしていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

カズマは、ゆっくりとその息を吐くと…

 

 

「……」

 

 

 

目を開く。

 

 

 

そして、右手に持つ紅剣を引き絞り顔の横へと移動する。

 

…その初動はどこか、ユウキの《マザーズ・ロザリオ》の初動と、酷似していた。

 

 

…そして。

 

 

 

 

 

…ォウッ!!

 

 

 

 

 

右手が止まると同時に、彼の紅剣の刀身を青白い閃光が染め上げる。

 

 

あの構えも、そしてフロアを染上げる青白い光も、その場にいる誰もが目にしたことないものだった。

 

 

 

「…須郷、良いことを教えといてやる。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦いってのは、()()()()()()()()()()()()()もんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バシュッ!!

 

 

 

まず、一撃。

極大威力の突きが、アルベリヒの胸を貫いた。

 

 

プレートによって守られてはいるが、あまりの威力にノックバックによるディレイが追加される。

 

そして、二撃、三撃。

 

これも、突き。

 

ますますユウキのOSSに酷似している点が目立つようになってはいるが…

 

 

「…あれは…」

 

 

ユウキは思わず声を漏らす。

 

彼が繰り出すあの技は、彼女の《マザーズ・ロザリオ》とは、作り出されている図形が違う。

 

 

四撃。五撃。

 

 

彼の撃ち込んだ突きの点が、巨大な五角形を作り出す。

 

 

ここまでの連撃を終えたところで、カズマの剣は…

 

 

 

 

さらに、その輝きを増した。

 

 

 

 

「…ッ…!!」

 

キュンッキュンッキュンッキュンッキュゥンッ!!

 

 

 

凄まじい速度で繰り出される突きを、更に五連撃。

 

五角形の内側に、少し小さな逆五角形が作り出された。

 

 

彼の真後ろに位置する場所で見つめていたアスナは、カズマの突いた順番、点一つ一つの位置関係を見て、1つの図形を思い出す。

 

 

 

 

 

 

「五芒星…」

 

 

「…ォォォオオオアアアアアア!!!」

 

 

 

 

 

片手直剣十一連撃OSS《ペンタグラム・ノヴァ》

 

 

 

 

 

 

アスナの呟きと共に、カズマの剣は更なる輝きと共に、最後の一撃を繰り出した。

 

 

 

ズドォンッ!!!

 

 

 

最後の一撃が繰り出された、その瞬間。

 

アルベリヒの体はノックバックと共に大きく仰け反り、そして…。

 

 

 

パリイイィィィンッ!!

 

 

 

彼の胸部を守っていたプレートは、大きな破砕音と共に、その姿を消した。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

カズマが破壊した、胸のプレート。

 

その内部。

 

プレートが覆っていた胸に埋め込まれた、額の物よりも更に巨大な宝石。

 

 

その宝石こそ、シノンが弓スキルの最上位パッシブスキル《千里眼》で見た、もう1つのウィーク・ポイント。

 

 

…だが、カズマは既に先程のソードスキルで全てを出し切ったのか、動こうとはしない。

 

HPがまだ残るアルベリヒは、カズマにトドメを刺そうと両腕を振り上げた。

 

 

…だが、攻略組のメンバー達は、1人たりともその場から動こうとはしなかった。

 

 

…何故なら。

 

 

 

 

 

 

 

 

…《最強》が既に、動き出していたからだ。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

サンッ…

 

「…ハ?」

 

 

 

囁かな音。

それと同時に無くなる、両腕の感覚。

 

 

アルベリヒが上を見上げると…

 

 

 

肩口から先の両腕が全て、切り飛ばされていた。

 

 

そこに見えるのは、黒い影。

 

 

 

背後から跳躍したのか、黒い影はそのままアルベリヒの上を越して、ブーツでブレーキをかけながらシュンヤとカズマの間に着地。

 

 

 

…そして。

 

 

 

 

 

両腕に持つ二刀の刀身を、青く染めあげたーー。

 

 

 

「…決めろ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソ兄貴。」

 

 

 

「スターバースト…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ストリーム。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

噛み締めるように紡いだその名前。

 

数多のモンスターを屠ってきた、その絶技。

 

 

 

「…ハアアアァァァッ!!」

 

 

先程の《ジ・イクリプス》と同様、凄まじい速度で一撃が撃ち込まれる度に、薄暗いフロアを明るく照らし出す。

 

 

とてつもない威力を内包した二刀が青く光る軌跡を描きながら、アルベリヒの胸に埋め込まれた、赤い宝石を確実に捉えていく。

 

 

その一撃一撃が、アルベリヒのHPが凄まじい速度で減少させていった。

 

 

 

…そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セェアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後の、一撃。

最大の、咆哮。

 

 

 

キリトの撃ち込んだ最後の突きは、アルベリヒの巨体を貫通。

 

その威力を全て吐き出すように、吹き荒れる突風をフロア全体に巻き起こした。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

静まり返るフロア。

訪れる、静寂。

 

 

 

そんな中、アルベリヒのHPバーはみるみると減っていき…

 

 

最後の、1本。

 

 

…パリィンッ

 

 

そのレッドゾーンをも通り越して、破砕音と共にその姿を消す。

 

 

アルベリヒの巨体には、指先からまるで脱皮する直前のように長い亀裂が走る。

 

そして、一際大きく輝くと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……クソ…が……」

 

ガシャアアアアアアァァァァァァァァァンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これも大きな破砕音と共に、その姿を無数のポリゴンとなって散らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…またも、訪れる静寂。

 

 

 

 

 

 

誰も、動くことが出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて、七十五層の時もそうだったのだ。

 

 

 

 

もしかすると、まだこの後に何か…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー最終ボスモンスター、《アルベリヒ》のゲームオーバーを確認。ーー

 

 

 

 

ーー2025年。4月13日。15時34分ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーゲームは、クリアされました。ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーその瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浮遊城アインクラッドが、揺れたーー。

 

 

 

 

 

 





とうとう!ここまで!来ました!!!

いやー、長かったような長かったような長かったような…(主に作者のサボり癖のせいで)

今回の話はもう少し捻り入れようかなーとも思ったのですが、元々訳わっかんねぇ文章が更に訳分からんくなる可能性があったので、やめました笑

登場させておきながら結局大した活躍もさせないままのキャラクターも多々いたのが、少し心残りではありますね。
まぁそのキャラ達もおいおい救済出来たらなと。


さて。
これにてアインクラッド編の主なお話といいますか、ひとまず攻略は終了。
これからはエピローグ的立ち位置の話を、アインクラッド編とリアルワールド編に分けて書いていきたいと思っています。

それも終わったあとにどういう内容を書くのか。
ロスト・ソングとかホロウ・リアリゼーションとかの話も書くのか。
そこら辺はまだまだ未定ということでご理解頂けるとありがたいです笑
18禁も書いてと言われてるからなぁ…笑

元々趣味として始めた創作活動でしたが、最初から読んでくれている方、途中から読み始めてくれた方。
その全ての方々がここまで書かせてくれた原動力となってくれました。

その人々全員に、今は「ありがとう」を伝えたいです。

自分の好み全開、ご都合主義満載の作品ではありましたが、少しでも皆さんに「面白い」と思ってくださったのなら、これ以上の幸せはありません。

ここからまだまだキリト、カズマ、そしてシュンヤの物語は続きます。
よろしければこれからもお付き合い頂けたら幸いです。



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最終章 REUNION & SEPARATION
第1話 「またね」と「ただいま」。



この話から、まだ触れてなかった謎やその後の話などをどんどん書いていこうと思ってます。

役割的には「エピローグ」に近いものになるかなと。

あとは、ちょっと長いです笑




 

 

 

…キリトはしばらくの間、動けなかった。

 

 

 

全てを出し尽くしたような達成感に包み込まれ、剣を突き出したままの体勢で。

 

 

 

アルベリヒの体が四散したとき、ようやく体を動かした。

 

 

 

彼の体を作っていたポリゴンが天へと昇って行くのを、目で追う。

 

 

 

 

…そして。

 

 

 

 

…ゴーン…ゴーン…ゴーン…

 

 

 

響く、鐘の音。

 

 

 

その音は、SAO開始時(かつて)鳴り響いたものと、同じ鐘の音で…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー2025年。4月13日。15時34分ーー

 

 

 

 

 

ーーゲームは、クリアされました。ーー

 

 

 

 

 

 

 

…そのアナウンスが流れた瞬間。

 

 

フッ…と、体全身の力が抜ける。

 

 

張り詰めていた糸が切れたかのように、握り締めていた愛剣達の柄を、思わず手放していた。

 

 

膝からも力が抜け、支えるものも無い体は尻もちを着く。

 

 

…見ると、カズマもシュンヤも俺と同じように、赤黒い床にへたり込んでいた。

 

 

その様子に、少し笑う。

 

 

そして…

 

 

 

 

 

ゴッ。

 

 

 

 

 

3人は、握った拳をぶつけ合った。

 

 

 

 

 

 

その瞬間。

 

 

「…やった…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

「「「うおおおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」

 

 

 

 

 

 

シヴァタの絶叫を皮切りに、攻略組の全員が叫び声を上げた。

 

 

そこから先は、無法地帯。

 

同じギルドのメンバーや、違うギルドのメンバーと抱き合う者。

 

特別な関係の者と、はしゃぎ出す者。

 

座り込み、涙を流す者。

 

誰かに祈るように、天を見上げ目尻に涙を貯める者。

 

その反応は、三者三様。

 

 

 

その光景を見ながら、カズマ、シュンヤ、そしてキリトは…

 

 

「終わったぁ〜…。」

 

「…はぁ。」

 

「終わったな…。」

 

 

大きく、安堵のため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「キリト君…!!」

 

「おぉ、アスナ…お疲れ…おふっ。」

 

 

片手を上げて迎えようとしたキリトの胸に、アスナは飛び込んだ。

 

背中に腕を回し、離すまいとガッチリホールドする。

 

少しだけ震えているアスナの腕と背中を見て、キリトはポンポンッと背中を優しく叩いた。

 

 

「…怖かった。」

 

「…須郷が、か?」

 

 

アスナはゆっくりと首を振った。

 

 

「…キリト君と、離れ離れのまま死んじゃうかもしれなかったから…」

 

「…そうか。」

 

 

第0層攻略開始時。

 

キリト、カズマ、そしてシュンヤ一行と攻略組本隊は、須郷の手によって別々の道へと進むことになった。

 

あの時から彼女は、その不安に押し潰されそうだったのだろう。

 

そんな中でも、攻略組の指揮をシュンヤから引き継ぎ、その大役をしっかりとやり切ったのだから、彼女の夫としてこれ以上に誇らしいことは無かった。

 

 

「…本当に頑張ったな、アスナ。お疲れ様。」

 

「…うん。」

 

 

キリトは優しく、彼女の体を抱き寄せた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「カズマぁーーーー!!!」

 

「おー、ユウぶべらああああ!!?」

 

 

 

座り込んでいたカズマ。

 

自身を呼ぶ声に振り向いた瞬間、紫色の物体に猛スピードで轢かれた。

 

頭に凄まじい痛みを感じつつ、目を向けると見慣れた紫色のアホ毛が見える。

 

 

「…ユウキ…お前…」

 

「やった!やったよカズマ!!クリアだよ!!!」

 

 

やったー、やったーと連呼しながら首に回した腕にこれでもかと力を入れて喜び、はしゃぐユウキ。

 

その様子に、口から出かけた言葉をカズマは飲み込んだ。

 

 

「…ああ、やったな。」

 

 

カズマもユウキの背中を優しく叩く。

 

 

「はー…終わったぁ…」

 

「えへへ…よーやく、向こうの世界のカズマに会えるんだね…楽しみだなぁ。」

 

「…気がはえぇよ。リハビリとか色々あるからもうちょい先だろうし…」

 

「でも、会えるのには変わらないよ!!」

 

「…そうだな。」

 

 

 

 

「…楽しみだ。」

 

 

 

 

 

「…つーかユウキ、お前カーソルがオレンジになってるじゃねぇか!!」

 

「え?…ああ!本当だ!!なんで!!?」

 

「飛び込むのに勢いつけすぎなんだよこのバカ!!!」

 

「バカじゃないもん!!」

 

「うるさいバカ!!!」

 

「むぎ〜!!」

 

「ひゃめ…頬をつねるな!!」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「…何やってんだか。」

 

 

攻略組悲願のクリアを達成した直後だと言うのに、いきなり痴話喧嘩(という名のイチャイチャ)を始めたカズマとユウキを見ながら、シュンヤは苦笑いをうかべた。

 

…そして。

 

 

「……」

 

 

少し、上を見上げる。

 

あるのは、巨大な鋼鉄の蓋。

 

 

「シュンヤさん。」

 

 

名前を呼ぶ、可憐な声。

 

振り向くとそこにいるのは、ツインテールの少女。

 

普段は少しだけツンツンしている目を、今は柔和に緩ませていた。

 

 

「…お疲れ様でした。…やりましたね。」

 

「…ああ。ありがと…!?」

 

「おっと。」

 

 

シュンヤは立ち上がろうとしたが、足に上手く力が入らず、そのままシャムの方へとよろける。

 

シャムは難なく彼の体を抱きとめた。

 

 

「だ、大丈夫ですか?シュンヤさん。」

 

「……」

 

「…シュンヤさん?」

 

 

ギュウッ、と。

 

シュンヤはシャムの体に腕を回し、強く抱き締めた。

 

ピクリと、シャムの体が少し跳ねる。

 

「はぁー…」とシュンヤが息を吐けば、シャムの肩に温かさが広がった。

 

 

「あ、あの…」

 

「…すまん。しばらく、こうさせてくれ…」

 

 

シュンヤは、いっそう強く力を込めた。

 

そこで、シャムは気付く。

 

 

彼の腕が、震えていることに。

 

 

その腕を通して、シュンヤの感情が流れ込むように、彼女は彼の心の内を察した。

 

 

アインクラッド内のプレイヤー全員の《希望》である攻略組をまとめ、勝利に導かなければという、責任感と使命感。

 

その2つから開放された、達成感。

 

…そして。

 

 

 

これまでの攻略で犠牲にしてしまった者達への、謝罪の念。

 

 

 

喜びと共に、ありとあらゆる感情が渦巻いているのが、シャムには感じ取れた。

 

 

その大きくはない背中に、様々な期待や責任を背負いこんでいたのだから、当然のことだった。

 

 

彼女は、ゆっくりと彼の腕の下から腕を回すと…

 

 

「…よく、頑張りましたね。」

 

 

少し頼りない、しかし力強さもある細い体を、優しく抱きしめた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

皆が喜び、涙するその光景を、1人遠くから見つめていたプレイヤー。

 

 

メガネをかけ、ボロボロになった盾を支えに立つ、ギルド《ビーターズ》タンクの一人、コウヤ。

 

 

彼は少し笑みを浮かべながら、プレイヤーたちの喜ぶ姿を見守っていた…が。

 

 

 

ピロンッ。

 

 

 

突如送られてきた、一通のメールに…

 

 

その笑顔が、凍りついた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

ーー生き残ったプレイヤーの皆様は、順次ログアウトされていきます。ーー

 

 

ーーその場で、お待ちください。ーー

 

 

 

 

更なる、アナウンス。

 

 

それが聞こえた直後…

 

 

「うおぉ?!」

 

「こ、これは…」

 

 

攻略組のプレイヤー達にも、ログアウト処理のコマンドが作動され始める。

 

おそらく、このフロア以外の層でも同じことが起きているのだろう。

 

 

 

 

 

「わわっ!?」

 

「お、ユウキが先か。」

 

「えへへ、そうみたい。…ね、カズマ。」

 

「ん?どした?」

 

 

 

「向こうに帰ったら、絶対会いに来てね。約束だよ?」

 

「ああ。必ず会いに行くよ。…約束だ。」

 

 

 

差し出された、ユウキの小指。

 

カズマはその小指に、自身の小指を絡ませる。

 

 

「ゆーびきりげーんまんっ、ウソついたら針千本のーますっ。ゆーびきった!」

 

「…またな、木綿季。」

 

「バイバイ、和真。…大好きっ。」

 

 

パシュッ…

 

 

 

 

 

 

「…カズマさん。」

 

「…ラン。」

 

「お疲れ様でした。…第一層から今まで、本当にありがとうございました。それに私とユウキ、他のみんながここまで来れたのは、カズマさんやキリトさん達のおかげです。」

 

「…それは言い過ぎだろ。まあでも、少しでもお前やユウキの支えになれたなら、本望だよ。」

 

「…また、向こうで4()()()会いましょう。木綿季と、待ってますから。」

 

「…ああ。敦と一緒に、会いに行くよ。」

 

「…はい。待ってますっ。」

 

 

パシュッ。

 

 

 

 

 

 

「あーあ。結局美味しいとこ全部持っていきやがって。」

 

「なんだよ。労ってくれないのか?」

 

「木綿季と藍子が労ってくれたから、野郎からの労いなんていらんだろ。…ありがとうな。」

 

「?なにが。」

 

「お前とこの世界で再会してからは、不謹慎かもしれねぇけど、すげぇ楽しかった。鍛冶屋だけしてちゃ見れない景色が、お前がいてくれたことで見れた。…あのままお前と会わず鍛冶屋だけしてちゃ、この景色も拝めなかった。」

 

「そう思うなら、今年の夏から家にお高いメロンでも送ってくれよ、お金持ち様?」

 

「ハッ。がめつい野郎だ。」

 

「ハハハ。…俺も、お前が鍛冶屋として、親友として支えてくれたから出来たことも沢山あったし、耐えられたことも沢山あった。…ありがとう。」

 

「…やめろむず痒い。」

 

「先にお前が言ったんだろ。」

 

「やかましい。」

 

「理不尽。」

 

「…じゃあな。また、向こうで会おうぜ。」

 

「ああ。また向こうでな、敦。」

 

 

パシュッ

 

 

 

 

 

 

「…お疲れ様。」

 

「お疲れ。…ちゃんとはずさなかったな、シノン。」

 

「当たり前よ。狙撃手が狙撃を外せるわけないでしょ。」

 

 

そう言って笑うシノンに、カズマも笑みを浮かべた。

 

 

「…あなたには、感謝してるわ。」

 

「戦い方を教えたことか?」

 

「それもある。…けど、それ以上に…」

 

 

「私が()()()()()()()()()()()()ことに気付いてて、何も触れずにいてくれたこと。」

 

「ああ、その事か…」

 

 

「ま、お前が思い出したくない過去があることは知ってたし、もし本当に記憶喪失だったとしてもわざわざ思い出させるようなもんでもねえ。」

 

 

「お前は、《ビーターズ》所属の狙撃手・シノンだ。その事に変わりはないし、そこに過去は関係ない。…だろ?」

 

「…本当に感謝するわ。カズマ。」

 

「ん?」

 

「…現実でも、また会いましょ。…あなたと、もう少し話してみたいし。」

 

「その程度なら、いくらでもしてやるよ。ユウキと一緒にな。」

 

 

カズマがそう言うと、シノンはもう一度柔らかい笑みをうかべたーー。

 

 

パシュッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やー、とうとうここまで来ちゃったのか〜。」

 

「キリトさん、アスナさん。お疲れ様でした。」

 

「リズ、シリカ…お疲れ様。」

 

「2人とも、本当にありがとうね。」

 

「あーもう、そういうのはいいから。さっさとあんた達のイチャイチャを見せなさいよっ。」

 

「イチャイチャって…」

 

 

邪悪な顔でからかってくるリズベットに、キリトは苦笑を浮かべ、アスナは顔を赤くした。

 

 

「おーおー。お熱いこって。さてさて、邪魔者はさっさと退散しますかね。」

 

「キリトさん、ギルドに誘ってくれて、一緒に戦えて本当に嬉しかったです。ありがとうございました!また、向こうでも会いましょうね!」

 

 

パシュッ

 

 

 

 

 

 

 

「やったね、キリト君。アスナさんもお疲れ様でした。」

 

「…スグ。」

 

「リーファちゃんもお疲れ様。」

 

「やー、まさか1年前までリアルにいた私がここにいるなんて夢みたいですね。」

 

「そりゃお前が勝手に来たからだよ。」

 

「あはは。まぁ、そうなんだけどね。」

 

 

「…けど、ありがとうなスグ。お前がいてくれたから勝てた戦いもあった。それに、来てくれてすごく心強かったよ。」

 

「…もー。いきなりそういうのは照れちゃうからやめてよね、キリト君。」

 

「そう言われても…」

 

 

「…でも、そうだね。少しでも役に立てたなら良かったよ。」

 

「…リーファちゃん…」

 

「とりあえずリアルに戻ったら、お母さんとお父さんに挨拶しに来てくださいね、アスナさん。結婚はもう少し先でしょうけどっ。」

 

「ちょっ、スグ…!」

 

「ええ。近いうちに挨拶に行くわね。」

 

「アスナさん!?」

 

 

朗らかに笑いながら爆弾を落としたアスナに、キリトは目を剥いた。

 

その2人の様子に笑いながら、リーファは手を振った。

 

 

「それじゃまたね。2人とも。」

 

 

パシュッ

 

 

 

 

 

 

 

 

「キぃリト!」

 

「いって…クライン、もうちょい優しくだなぁ…」

 

「何言ってんだ!LAボーナス代わりと思って受け取りやがれこのリア充め!!」

 

「いらねぇ…」

 

「ハッハッハ!こいつもお前と離れるから寂しいんだ。言ってやるなキリト。」

 

「エギル、余計なこと言わなくていーんだよ!!」

 

 

笑う巨漢と、喚くバンダナを付けた無精髭。

 

キリトと2人の掛け合いを聞きながら、アスナはクスクスと笑う。

 

 

「あーあ。この世界でも結局彼女出来なかったなぁ。」

 

「僻むなよ。」

 

「僻んでねぇよ!…いや、僻んではいるけど言うな!」

 

「俺は帰ったら嫁さんいるからな。」

 

「なんも言ってねぇのに追い討ちかけんなエギル!…ふんっ、別にいいさ。この世界では《親友》が出来たから、それで十分だ。」

 

「ま、そういうこった。」

 

「…クライン、エギル…」

 

「なぁ、キリトよ。俺達ぁ、どの世界に行こうがお前の《親友》だよな!!」

 

「…当たり前だろ。」

 

 

キリトがそう告げると、クラインとエギルは笑みを浮かべた。

 

 

「そんじゃあなぁ!また会おうぜ、キリト!」

 

「達者でな、キリト、アスナ。」

 

「…はい。お2人共、ありがとうございました。」

 

 

パシュッ

 

 

 

 

 

 

 

「あ…」

 

 

しばらくして、シャムも光に包まれる。

 

 

「…悪い。」

 

「いえ、レアな弱気なシュンヤさんを見れたので、大丈夫です。」

 

「…忘れてくれ。」

 

 

からかうように笑うシャムに、顔が赤くなるのを感じたシュンヤは、右手で顔を隠した。

 

 

「忘れませんよ。…それに、これからもシュンヤさんが弱気になったら寄り添ってあげます。この世界で、シュンヤさんがしてくれたように。」

 

「…シャム。」

 

「向こうでも、よろしくお願いしますね。シュンヤさん。」

 

「…ああ。また、向こうで。」

 

「はいっ。」

 

 

パシュッ

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

その後もリンドやシュミット達の聖竜連合、シヴァタやリーテン達の血盟騎士団、ジュンやシウネー達のスリーピング・ナイツ、クライン率いる風林火山。

 

そして、キリト達のビーターズ。

 

 

そのギルドのメンバー全員のログアウトが終了していく。

 

 

…だが。

 

 

 

「…あれ?」

 

 

 

キリト、アスナ、カズマ、シュンヤ、そして…コウヤ。

 

 

彼ら5人に対して、ログアウト処理が行われることは無かった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「なんだよ、また不具合かぁ?ヒースのおっさんちゃんと点検してんのかよ。」

 

「カーディナル・システムに点検はいらないんじゃないか?」

 

「…正論、ありがとう。」

 

「…キリト君。」

 

「…これは…」

 

 

 

「…4人には、少しだけ残ってもらった。」

 

 

「コウヤさん。」

 

「に、兄さん、これはいったい…」

 

 

 

「全員、何も言わずに俺に掴まってくれ。」

 

 

 

「拒否権はあるのか?コウヤさん。」

 

「…ある。が…」

 

 

 

「掴まなかったことを、後悔しても責任は取れない。」

 

 

 

それは暗に、「掴んだ方が君達にとって得があるかもしれない」ということを言っており…

 

 

「それ言われちゃ、掴むしかねぇよ。」

 

 

やれやれとカズマは首を横に振った。

 

まず、カズマ。

 

そしてアスナとキリト。

 

最後にシュンヤが、それぞれコウヤのいずれかの体に触れる。

 

 

コウヤはそれを確認すると、腰のポーチから濃い青色の結晶を取りだした。

 

 

「…転移結晶?」

 

 

アスナが言うように、それは死地からの脱出や移動を目的に使用する、転移結晶。

 

目的地の名称を発言すれば、その場所に転移することが出来るというもの。

 

 

「まず言っておきますが、聞いたことはともかく、これから見たもの、見た人物についての他言は控えるようにお願いします。」

 

「それはなんのため?」

 

「あなた方の安全を守るために。」

 

 

真剣な眼差しでそう言われてしまえば、全員従う以外の選択肢はなかった。

 

コウヤは全員が了承したことを確認すると、転移結晶をかざした。

 

 

「皆さんへ《あの人》からの招待が届きましたので、僕が送り届けます。」

 

「あの人…?」

 

「行きます。転移ーー。」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

一瞬の浮遊感の後。

 

 

 

少しだけ、気温が下がる感覚。

 

 

 

先程よりも風も冷たくなっているような気がした。

 

 

ーーゆっくりと、目を開ける。

 

 

 

 

「う…ぉ…」

 

「…ッ…」

 

「すげぇ…」

 

 

 

 

そこに広がるのは、無限の空。

 

地平線へと沈みかけている太陽と、全方位に広がる茜色と青色の空。

まばらに流れる雲も合わさって、幻想的な風景を作り出していた。

 

足元を見ると、これもオレンジ色に染っていることから、どうやらここは一種の隔離空間のようなものらしい。

 

 

 

「あ…」

 

 

下を見つめていたアスナが、なにかに気付く。

彼女は走り出すと、足場のあるギリギリまで近付き、なおも下を覗き込んでいた。

 

 

キリト、カズマ、シュンヤも彼女の後ろから駆け寄り…気付く。

 

 

 

 

彼らの目の前には、彼らが3年以上もの間笑い、悲しみ、そして生きた、鋼鉄の城。

 

 

 

 

 

…その全てが、崩れ去っていく光景。

 

 

 

 

 

 

 

「…パパ、ママ…」

 

 

 

 

 

背後から聞こえた声に、キリトとアスナは同時に振り向く。

 

 

「…ユイ、ちゃん。」

 

 

 

そこに居たのは、白いワンピースを着た、黒いロングヘアの少女。

 

少女は駆け出すと、涙を流しながら2人に飛び込んだ。

 

 

「パパ…ママ…!ご無事で、良かったです…!!」

 

「…ユイちゃんこそ、無事で、良かった…本当に…!!」

 

「ああ…頑張ったな、ユイ…。」

 

 

《家族》である3人が再会し、抱き合うその光景にはシュンヤとカズマ、そしてコウヤですらその口元に笑みを浮かべた。

 

 

「本当に、やっちゃったわね。」

 

「おう、メル。お疲れさん。」

 

「…ユイはあんなに感動的な感じなのに、私に対しては薄くない?」

 

「相棒を迎えるのに、感動はいらないだろ?」

 

「相変わらず口が回るわね、カズマ。」

 

 

笑うカズマに、苦笑するメル。

 

2人は近付くと、拳を打ちつけあった。

 

 

 

 

「メル、全員ログアウトは出来たのか?」

 

「それに関しては問題ないわ、シュンヤ。私達以外全員のリアルワールドへの帰還が完了した。…後は、《あれ》だけよ。」

 

 

メルが指さす先には、崩れゆくアインクラッド。

 

また思わず無言となり、全員が城の崩壊を見つめる。

 

 

…カズマは無意識に、右手を振った。

現れるウィンドウ。

 

 

「…」

 

 

そこに書かれた、

 

ーー最終フェイズ実行中 51%ーー

 

という文字列。

 

目の前に広がる光景は、その途中の作業に過ぎないのだ。

 

ウィンドウを消して、座り、カズマもその光景を見つめる。

 

 

 

「あ…」

 

 

 

再度、アスナの声。

 

見ると、アインクラッドの下4分の1手前の層が崩れ落ちている。

 

そこにあった、木々や湖。

 

それらに囲まれた、木製のログハウス。

 

キリト、アスナ、ユイが苦楽を共に過ごしたホーム。

 

 

「……」

 

 

その次に崩れ始めるのは、隣接していたカズマ、ユウキ、メルのレンガ造りの家。

 

 

…その光景を見て、その場にいた全員の胸中の想いが、強く熱く、体を叩いた。

 

 

 

 

 

終わったのだ、とーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なかなかに絶景だな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その声を、聞いた瞬間。

 

先程のユイのときよりも大きな衝撃が、一同に走る。

 

彼らは同時に同じ方向を向き、そこにいた人物の姿に目を剥いた。

 

 

 

「茅場…晶彦…」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

そこに居たのは、かつての彼らも見た事のある男。

 

短く切られた灰色がかった黒髪。

少し細めの顔の輪郭に、切れ長の目。

 

スーツの上から来ている白衣が、研究者である彼の佇まいを強調する。

 

 

SAO開発元の会社・アーガスの若きエースにして、SAO世界の創造者。

 

 

名を、茅場晶彦。

 

 

この世界に、2人といない《天才》と評された男ーー。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「…生きてたんですか、団長…」

 

 

アスナの問いに、茅場はすぐには答えない。

 

少しだけ、悩むような仕草を見せた。

 

アスナの茅場への呼び方の理由は、彼女のギルド《血盟騎士団》の初代団長として君臨していたヒースクリフが、茅場晶彦だからである。

 

 

「アスナ君の反応が、当然のものなのだろうね。…ただ、他の者達はそうではないようだが。」

 

「え…?」

 

 

その言葉に、アスナは周りのプレイヤー達を見回す。

 

確かに、各々多少の驚きは見えるが、彼女ほどの驚愕に包まれている者はいなかった。

 

 

 

「…《そういうこともあるだろう》っていう心持ちでいた。それだけだよ。」

 

 

キリトの返答に何も言わない者達。

 

それは間接的に、他の者もそれに似たような理由であることを物語っている。

 

 

 

「それよりさ、ヒースのおっさん。俺はまず、『管理者としての説明』と『コウヤさんとの関係』について聞きたいんだけどな。」

 

「…そうだな。」

 

 

 

 

「…団長。いったい、何が目的ですか…?」

 

「アスナ君、そう身構えることはない。私はもう、キリト君とカズマ君に負けた身だからね。戦おうという気はないよ。」

 

 

 

 

「…今日は、君達への詫びと説明に来たんだ。」

 

 

 

 

「詫び?」

 

「…君達は須郷君を打ち倒し、このSAOをクリアすることに成功した。…そんな時までなんの説明もしないでいたこと、本当に申し訳なく思っている。」

 

「…その事か。」

 

「私の説明がなかったことにより、一般プレイヤーや攻略組のプレイヤーまで疑心暗鬼にさせてしまい、君達の負担を増やす結果となってしまった。」

 

 

その事でもっとも被害をこうむったのは、アスナとシュンヤだろう。

 

攻略組としてかなりの経験を積んだプレイヤーはともかく、期待の新人や貴重な中堅など、大事なポストのプレイヤーが意気消沈して脱退し、結果的に層が薄くなってしまった。

 

その苦労は、キリトやカズマ達には分からない領分だ。

 

 

「事の発端は、七十五層の時に起きたシステム障害だった。」

 

 

茅場晶彦は、事の経緯を淡々としかし分かりやすく簡潔に、俺達へと話し始めた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

茅場晶彦の説明はこうだ。

 

 

須郷伸之率いる集団、《レクト・プログレス》の外部からの強引な干渉、カーディナル・システムのコアプログラムへの予想外のハッキング攻撃により、システムは自衛としてその機能を停止。

 

結果的にカーディナル・システムを奪われることは無かったが、システムの停止という非常事態により、ヒースクリフは自動的に管理者モードへと移行。

 

それにより、キリトとカズマの戦闘中にも関わらず、彼はあの場からいなくなってしまったというわけだ。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「…あんたがあの場からいなくなった理由は分かった。だが、それなら何故俺達の前に姿を現さず、今この時までなんの説明もなかったんだ?あんたの腕なら、修繕くらい…」

 

「それは違うわ、キリト。」

 

「メル…?」

 

 

「前にも言ったでしょ。この世界は茅場晶彦という男の集大成だって。生半可な作りはしてない。それこそ、A()I()2()()()()()()()()()()()()()なんて規格外なことが起こらない限り、不具合すら起こることは無かったのよ。」

 

「そんなものの修正は、一朝一夕じゃ終わらないわ。」

 

 

 

「…メル君の言う通り、この世界は元々人間による手作業の修正は計算に入れてない。それこそAIのような超高速演算装置を使わないと、修正不可とも言える代物でね。…それに、AI2体からの妨害も加わっていたから、尚更修繕は不可能に近かった。」

 

 

そこまで喋ったところで、茅場は「だからこそ」と、1人のプレイヤーへと視線を向けた。

 

そこに立つ、眼鏡をかけた黒髪の男性。

 

茅場晶彦の直属の部下であり、シュンヤの実兄《コウヤ》。

 

 

「外部からだけでなく、内部からも須郷君達へプレッシャーをかけるべきだと考え、瑛一君を君達の元へと送り込んだんだ。」

 

 

つまり、コウヤは茅場晶彦を裏切るためにSAOの世界へと飛び込んだのではなく、茅場晶彦と協力しているからこそSAOの世界へ飛び込んだということだ。

 

 

「シュンヤ、カズマ君、キリト君、アスナさん。他にも攻略組の皆を騙していたこと、申し訳ないと思っている。ただ、僕が茅場先輩の差し金だとバレると君達が信用してくれず須郷にもバレる可能性が高まると思ったんだ。」

 

 

そう言って、頭を下げるコウヤのその姿に。

少しだけ思うところがある、3人。

 

特にカズマは少しため息をつきながら、後頭部を掻いた。

 

 

『…俺も、まだまだ子供だったってことか…。』

 

 

これまでの行いを省みて、そう痛感した。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「…少し、長くなってしまったな。君達の持つ疑問に答えようと思っていたが…あまり答えられそうにない。」

 

「それは問題ないわよ。私とユイが向こうで解消しといてあげるから。」

 

「…そうか。ならば、君達に任せておこう。」

 

 

 

 

 

 

「…少し、いいか?」

 

「ああ。なにかな、キリト君。」

 

「…この世界で死んだ人達はどうなるんだ?」

 

「彼らの目が覚めることは無い。…人の命を操作することは、神でもない我々には不可能だ。」

 

 

一抹の希望をもってのキリトの質問。

 

茅場はそれを、容赦なく一蹴した。

 

 

…1度完全に失われた命は、回帰しない。

 

 

それは、どの世界でも同じことだと。

 

 

 

「…茅場…。あんた…なんで、()()()()をしたんだ。」

 

 

 

それは、この場にいる者だけでなく、SAOに巻き込まれた全てのプレイヤー…いや、現実世界にいる全ての人間が持つ疑問。

 

世界最高クラスのAIであるメルとユイですら分からない、その問いに…

 

 

「…何故、か。」

 

 

茅場は、視線を上げた。

 

彼の視線の先には、茜色の世界を飛ぶ鳥の姿。

 

 

「…私も、長い間忘れていたよ。…何故だろうな。」

 

 

「フルダイブ環境システムの研究を始めた時…いや、その遥か以前から、私はあの城を…現実世界のあらゆる物を超越した、この世界を作り出す事だけを欲して生きてきた。」

 

 

それは、天才の過去。

 

1つの《幻想》の創造に囚われた、男の過去。

 

 

「…空に浮かぶ鋼鉄の城に取り憑かれたのは、何歳の頃だったかな…」

 

「この地上から飛び立って、あの城へ行きたい。」

 

「…長い、長い間、私にとってはそれが唯一の欲求だった…。」

 

 

 

 

「私はね、キリト君。まだ信じているのだよ。…現実世界とは違う、どこか別の世界には、本当にあの城が存在するのだと…。」

 

 

 

 

それは、夢物語。

 

現実世界で唯一無二と謳われ、1つの幻想に囚われ、憧れた《天才》の抱いた子供じみた夢。

 

その、聞く者が聞けば笑い飛ばしかねない言葉に、キリトは…

 

 

「…ああ。そうだと、いいな…。」

 

 

笑みを浮かべ、そう答えた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

「…もう、時間か。」

 

 

ウィンドウを見つめ、そう呟いた茅場は最後にキリト達へと向き直った。

 

 

「…最後に、君達と話すことが出来て良かったよ。時間を作ってくれたこと、感謝する。」

 

「…俺達も、あんたと話せてよかったよ。なっ。」

 

「ええ。」

 

 

カズマとシュンヤの返答に、茅場は笑う。

 

少しだけ、満足そうに。

 

 

 

 

 

「…それでは、私は行くよ。…最後に、ゲームクリアおめでとう、諸君。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…()()()()()。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白衣を翻し、稀代の天才・茅場晶彦はそのまま彼らの前から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

…風が流れ、オレンジ色の世界に音のない静かな時間が流れる。

 

 

ウィンドウを確認すると、最終フェイズは既に9割以上が完了しているようだった。

 

もう、この場にいるのも数分あるかないかといったところか。

 

 

 

「ゆーいっ。こっちゃ来い来い。」

 

「はい、カズマさん。」

 

 

 

ユイはキリトとアスナを見て少し微笑み、手を離してカズマの元へと駆けていく。

 

ユイを呼んで手を繋ぎ、シュンヤやコウヤ達と離れていくカズマは、キリトとアスナを見て不敵に笑いながらウィンクを飛ばした。

 

 

「…カズマのやつ…」

 

「…本当に、よく出来た弟さんだね。」

 

「…お節介焼きなんだよ。」

 

 

そう言いながらも2人は座りこみ、手を絡め、重ねる。

 

…崩れ落ちる、鋼鉄の城を見つめながら。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「…お別れだな。」

 

「少しの間だけ、ね。」

 

「…そうだな。」

 

 

呟きながら、キリトはアスナの手を握る左手に、少しだけ力を込める。

 

そこに含まれているのは、不安。

 

また、彼女と巡り会えるのかという。

 

それに気づいたアスナは優しく微笑むと、左手も重ねて、両手で彼の手を包み込んだ。

 

 

「アス…」

 

「ね、キリト君。君の名前、教えて欲しいな。」

 

「な…まえ…?」

 

「そ。こっちでの名前じゃなくて、現実での…君の、本当の名前。」

 

「…分かった。」

 

 

 

 

「…桐ヶ谷…桐ヶ谷、和人。歳は…多分16歳…かな。」

 

「…きりがや、かずと君…」

 

 

 

キリトが紡いだその名を復唱した後、アスナは少しだけ吹き出した。

 

 

「な、なに…?」

 

「んーん、ごめんね。年下だったのかぁと思って。」

 

 

アスナは申し訳なさそうにそういうと、優しい笑みをキリトへと向けた。

 

 

「私はね、結城明日奈。17歳です。」

 

「…ゆうき、あすな…」

 

 

キリトも、ゆっくりと。

 

噛み締めるように、その名を紡ぐ。

 

そしてーー。

 

 

「…ッ…」

 

 

気が付くと、その細い体を抱き締めていた。

 

突然のことに驚きながらも、アスナはすぐに震える彼の背中を優しく撫でる。

 

 

「…大好きだよ、キリト君。どんな世界だろうと、ずっと大好き。」

 

「…俺もだ。」

 

「…《向こう》で目が覚めて、外に出られるようになったら…絶対、迎えに来てね?」

 

「…約束する。…絶対、迎えに行くから。」

 

「うん、待ってる。」

 

 

アスナが微笑み、キリトも涙を拭って笑みを浮かべると…

 

 

 

 

 

 

 

ーーそっと、唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

短く、触れるだけのキス。

 

それだけで、二人の間には様々なものが流れ合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()、キリト君。」

 

()()()、アスナ。…愛してる。」

 

「私も。」

 

 

 

 

 

 

2人はそう言って笑い合うと、もう一度互いの体を抱き締め合う。

 

2人の温度、匂い、感触。

 

その全てを確かめ合い、刻み込むように。

 

 

 

…そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー最終フェーズ、100%に到達ーー

 

 

 

 

ーーログアウト処理、完了ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

オレンジ色の夕焼けの世界を、真っ白な光が包み込む。

 

 

 

 

 

 

…その瞬間。

 

 

 

 

 

 

SAOは、終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

白い騎士服の少女と、黒いコートを着た少年。

 

 

 

 

2人は世界が終わる、その時まで。

 

 

 

 

 

 

愛する人に、寄り添い続けていたーー。

 

 

 

 

 







…モヤがかかる思考。




長く眠り、夢を見ていたような…そんな、感覚。


…やがて、温感も戻ってくる。

クーラーでもかけられているのか、今の時期でもどこか冷たい。


…匂い。

これは、消毒液の匂い。

ツンとした、独特な匂いが鼻腔をくすぐる。




…ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…


…カチッ…カチッ…カチッ…カチッ…




微かに聞こえる電子音と、時計の針であろうアナログな音が、それぞれの時を刻む。





…目を、開ける。




見えるのは、少し黒みがかった、白い天井。

少し黒く見えるのは、頭に付けられた装置の目元の部分のガラスのせいだ。

俺は、ゆっくりと上体を起こし…。


ガクンッ

「…ッ…」


力を入れようとして、出来なかった。

いや、()()()()()()()()()()()()()()()()というのが本当のところだろう。


…左手を見る。


ほんの数分前まで、彼女の手が握っていたその左手にはしかし、銀の指輪も彼女の手も存在しない。


そこにあったのは、極限まで肉を削られ、傍から見れば骨と皮だけのように見える…だが、血が流れ神経も通る、生者の左腕だった。



…ない力を振り絞り、ベッドを押し込み体を支えながら何とか上体を起こす。


…頭が重い。


上体を起こしたあと、彼はゆっくりと被っていた《装置》を持ち上げていく。

数kgある、フルダイブマシン《ナーヴギア》を持ち上げるのは、かなりの力を要した。


…何とか外し、裸眼で景色を見た。



「…ッ…」



何の変哲もない、病院の景色。

それだけで、圧倒される。


2年半潜り続けた《VR世界》。

それとは微かに…しかし明らかに違う、現実の世界。


病室の白さ、消毒液の匂い、響く電子音。


その全てが、新鮮で、懐かしい…。


不思議な、感覚…。






…ふと、左手側を見ると…。


そこには、自身と同じように上体を起こし、景色に見とれる1人の青年の姿。


同じように腕は痩せ細り、髪は伸びきっているが、彼はそれが自身の唯一の《弟》であることを確信していた。


…弟も、右手側を向きこちらに気付く。


そして、少しだけ口角を上げて、笑み浮かべた。


《向こう》でも見た、その笑みに、確信はさらに強いものとなる。



「…お兄ちゃん…」



彼は右手側を見る。

そこにいるのは、肩まで伸びた黒髪を揺らしながら近づいてくる少女の姿。

2年半前まで見ていたのと変わらない表情で、涙を浮かべながら近づく少女。

…抱きつく妹を、兄は優しく抱き締めた。









ガタッ…



…少しして、左手側から聞こえる物音。

見ると、彼の弟が点滴の吊られたポールを支えに、立ち上がろうとしていた。

…だが、少し苦しいのか、息切れを起こしている。


…そこで、妹が弟へと駆け寄る。


…彼女は2人よりも寝ていた期間が少ないため、比較的動くことが出来ていた。


妹の支えもあり、何とか立ち上がった弟は点滴スタンドと共にゆっくりと近付いてくる。


…ゆっくりと持ち上げられる、拳。


弟のそのモーションに少し笑い、彼もゆっくりと左手の拳を持ち上げた。


…そして。





コツンッ





《向こう側》でやったのと同じように、2人はしっかりと、互いの拳を合わせた。

2人のその様子を、妹は涙と笑みを浮かべながら見つめていた。









バサッ。

ゴトッゴトンッ。




そんな音が聞こえ、3人は視線を部屋の扉へ向ける。


…そこに居たのは、中年の女性。

仕事帰りなのか、ノートやあらゆる筆記用具の入れられたバッグと花や見舞い用のリンゴが、床へと落とされている。

懐かしいその女性の顔を見て、妹のみならず彼と弟にも目尻の熱さが込み上げてきていた。


「…和人…和真…直葉…」


確認するように、ゆっくりと呼ばれたその名は、この世界での3人の名前。

自身の子供達に、どこか幻覚を見ているかのような目で近付いている女性。

当然の反応とも言えるそれに、3人は少しだけ笑った。





「…ぁ…ただ、いま…」











「かぁ、さん…」











…彼の、その声を聞いた瞬間。






女性は大粒の涙と共に、3人へと抱きついたのだったーー。


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第2話 リハビリと経過報告



「…菊さん。また例の《英雄君》達のとこに行くんすか?」

「ああ。彼らからは、まだあの世界の出来事について全ては聞けていないからね。」

「…随分とあの青年達に執心してますね…。なにか、特別な関わりでも?」

「いや?何も。…ただ。」



「彼らなら、我々の《計画》に必要な人材だと思っただけさ。」



「…よく外れるからなぁ、菊さんの《勘》。」

「そんな事を言っていれば、尚更ツキが逃げてしまうからやめたまえ。」




 

 

 

西暦2025年9月。

 

 

 

もう夏も終わり、木々も色付き始めた季節。

 

 

SAO(デスゲーム)クリアから既に、5ヶ月の月日が経過していたーー。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 

 

埼玉県にある、とある病院の一室。

 

広い間取りを取り、あらゆる器具が設置されたそこは、患者用のリハビリ室だ。

 

その部屋の器具の1つ、歩行能力を回復させるための器具を使う、1人の青年。

 

人一人分の幅を開けて立つ、2本の棒。

その間を、1歩1歩ゆっくりと歩いていく。

 

…そして、2本の棒の途切れるところまで、棒を掴むことなくしっかりと歩ききった。

 

 

「…はぁ…でき、たぁ…」

 

 

少し荒く呼吸をしながら、膝に手をつく青年。

 

やがて青年の目の前に、一本のペットボトルに入ったスポーツドリンクが現れた。

 

青年はそのペットボトルを差し出した張本人を見る。

 

 

「やったじゃーん、桐ヶ谷君!これでまた、退院に1歩近づいたね。はい、これ飲んで。」

 

「安岐さん…ありがとうございます。」

 

「いーのいーの。どーせ病院の備品だから、好きなだけ飲んじゃいな。」

 

 

そう言って、あっけからんと笑う女性看護師に…青年は苦笑した。

 

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

彼女の名前は、安岐(あき)ナツキ。

 

 

埼玉県にある病院の看護師として働いており、現在は青年…桐ヶ谷和人の看護を仕事としている。

 

もちろん患者は和人だけでなく、デスゲームであるSAOから帰還した、いわゆる《SAO生還者(サバイバー)》達の看護が今の彼女の主な仕事だ。

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

 

「それにしても桐ヶ谷君。随分と肉ついて来たねぇ。補助なしでも歩けるようになってきたし、こりゃ私もそろそろお役ごめんかな?」

 

「あははは…どうですかね…」

 

 

さわさわと二の腕あたりを触られながら笑うナツキに、和人は困ったように笑った。

 

…そんな2人に近づいてくる、1人の闖入者。

 

 

「安岐ちゃん、兄貴はそういうの耐性ないから、セクハラしちゃダメだよ。」

 

「お、弟くんも今日の分のリハビリ終わったのかい?」

 

 

ナツキが「弟くん」と呼ぶ青年は、「当然」と少しドヤ顔で答える。

 

和人の弟である彼…桐ヶ谷和真は、ナツキが投げてきたペットボトルを難なく受け取った。

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

 

 

浮遊城アインクラッドにおいて4月に行われた、《第0層攻略戦》から、既に5ヶ月の月日が経過していた。

 

5ヶ月前の当時、2年半もの間眠り続けていたおよそ6000人もの患者達が目覚めたことにより、それぞれのプレイヤーが入院していた病院に軽い混乱を招いていた。

 

更に《最悪のデスゲーム・SAOのクリア》という号外は、1日もかけずに日本全国、はたまた全世界へと知らされ、街中には祝福ムードが広がっていたそうな。

 

 

…それも、5ヶ月を過ぎた今では、落ち着きを取り戻しているようだ。

 

 

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

 

「それにしても、弟くんは凄い回復力だよねぇ。もう軽い筋トレは出来るようになってるし。さすがは元々アスリートだっただけはあるね。」

 

「ナヨッちいもやしっ子の兄貴とは基礎値が違いますから。」

 

「…うるさいな…」

 

 

すこしだけ拗ねたような口調になる和人の頭を、ナツキはよしよしとあやすように撫でる。

 

 

「あっはっは。弄りすぎちゃった?ごめんごめん、許してよ桐ヶ谷君。」

 

「…俺、もうちょいで17歳なんですけど。」

 

「私からしたらまだまだ子供よ。」

 

「息子みたいなもんですy…」

 

「あらぁ♡そこまでは言ってないわよ♡」

 

ギリギリギリギリ…!

 

「ギブギブギブギブ…!!」

 

 

笑いながらヘッドロックを繰り出すナツキ。

やり慣れているのか、素晴らしく滑らかな動きだった。

 

自身の首にかけられた腕を叩きながら、和真が呻く。

 

 

「さて、終わったなら病室に戻ってなさい。私は診なきゃいけない患者さんがまだいるから。」

 

「了解です。」

 

「へーい…」

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

「おー、いってぇ…安岐ちゃんもなかなかの手練だな…護身術でも習ってたのかね。」

 

「確かに、いい動きしてるよなぁ…でも、あれはお前が悪いだろ、和真。」

 

「つっても、間接的に『俺たちを子供だと思える年齢なんですね』って言っただけだぞ?」

 

「余計ダメだわ。」

 

「言い切ってないからセーフ。」

 

「伝わってる時点でアウトだよ。」

 

 

和人の返しに、笑う和真。

 

そんな弟の様子を見ながら、和人は少し笑いながらため息をついた。

 

リハビリ室は1階。

2人の病室は5階にあるため、エレベーターまで少しだけ歩かなければならない。

 

…そんな中。

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 

医者、患者、看護師。

 

あらゆる人々が通り過ぎていくが、その中の一部の人達が、自分達に対して少しだけ異質な視線を送ってくることを2人は感じる。

 

 

もうこの病院で目覚め、リハビリを始めて5ヶ月の月日が経った。

 

当然、その分彼らの姿は様々な人達に視認されており、彼が()()()()()()()()()()()()()のかは自ずと理解しているのだろう。

 

突然話しかけてくるような不躾な輩はいないが、かつてあの世界で和真が言っていたように、《目は口ほどに物を言う》のだろう。

 

 

 

「…この視線はいつまで経っても、慣れる気がしないな。」

 

「いいじゃねえか。人生長くても俺達がここまで注目されるこたぁねえだろ。なかなかいい経験じゃね?」

 

「…お前のそのポジティブさと図太さは、本当に見習いたいわ。」

 

 

 

苦笑する和人に、和真は笑う。

 

そしてしばらく歩いていると、エレベーターの前に着く。

 

ボタンのある側を歩いていた和真が、↑のボタンを押そうとした…

 

 

その時。

 

 

 

「君達、ちょっといいかな?」

 

 

 

声をかけられ、反射的に2人は振り向いた。

 

そこに居たのは、眼鏡をかけ少し大きめのバッグを肩にかけた男性。

 

バッグの中に見えるのは、ノートに筆記用具、そしてカメラ。

 

 

 

『記者か。』

 

 

 

2人は瞬時に察した。

 

 

「…なんすか?」

 

 

和真が問い返した瞬間に、和人がボタンを押す。

 

眼鏡の男は1歩近づき、喋り始める。

 

 

「私、とある雑誌で記者をやってるものなんだけど、少し取材をさせてくれないかな?」

 

「…あー、そういうのはNGなんで。すんませんね。」

 

「君達、例のゲームの被害者でしょ?今後の日本のために少しだけ。ね?」

 

「…」

 

 

和真は少しだけ視線を記者の後ろに回す。

 

どうやらエレベーターの前に立つ者達の話は目立つようで、かなりの数の人々が注目していた。

 

…あまり、目立ちたくは無い。

 

 

「プライバシーなんで、黙秘しときますよ。…そういうの、国から禁止されてるの知らないんすか?」

 

「読者が読みたいものを書くのが記者だからね。…ね?少しだけでいいからさ。」

 

 

ポーン。

 

 

「和真。」

 

「…悪いすけど、何も答える気は無いんで。俺たちはこれで。」

 

 

記者から視線を外し、エレベーターへ乗り込もうとした和真。

 

 

…その肩を、記者の男は強引に掴んだ。

 

 

「…!?」

 

「そんなこと言わずにさぁ…ちょっとだけ。ね?」

 

「おい、アンタ…!」

 

 

あまりに身勝手な記者の行動に、和真の肩から手をのけようと思わず和人の手が動いた。

 

 

…その時。

 

 

グイッ!!

 

「ギャアッ!?」

 

 

和人の手が動いた直後。

 

記者と和真の間に現れた、スーツ姿の男が記者の男の手を掴む。

 

かなりの力で握られたのか、記者は思わず和真の肩から手を離した。

 

 

「な、なんだあんた…!?」

 

「どうもはじめまして。私、総務省仮想科の官僚をしております。菊岡誠二郎という者です。以後、お見知り置きを。」

 

「か、官僚…!?」

 

 

突如現れた菊岡と名乗る男は、記者の手を締め上げながら、目元の眼鏡を少しだけ上げる。

 

 

「…さて。ここは病院内。しかも取材を望まない一般人に強引な交渉を持ちかける。…いったい、どういうつもりかな?」

 

「お、俺はただ慎重に交渉を…!」

 

「慎重に交渉するのに何故彼の肩を持つ必要があるんだい?2人が望んでいるなら、肩を持つ必要はないはずだが?」

 

「そ、それは…」

 

 

記者の男が口ごもると、菊岡は少しだけ周りを見渡し、そして記者の耳元で囁いた。

 

 

「…君のそのバッグのペン、…社の物だね…?国が禁止していることをわざわざしようとするなんて、自分の会社にどんなペナルティが下されても文句は言えないよ…?」

 

「…ッ…クソ…!!」

 

 

記者の男はそう毒づきながら、和人達から離れていく。

記者の男が病院から出ていくのを見送ったあと、眼鏡をかけたスーツ姿の男は和人達に振り向いた。

 

 

「さて、大丈夫だったかい?和人君、和真君?」

 

「…助かったよ、菊岡。」

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

菊岡誠二郎。

 

 

総務省総合通信基盤局高度通信網振興課第二別室。

通称《仮想科》に所属する官僚。

 

 

年齢はおよそ30代(和真談)。

 

菊岡本人曰く、「出世街道から外されて窓際部署に左遷されたキャリア」らしい。

 

 

SAO事件において、ゲームクリアによるプレイヤーの解放を成し遂げ帰還した直後、和人と和真、そして妹の直葉の事情聴取を担当している。

 

だからこそ今でもこうして、2人のいる病院へと尋ねてくるわけだ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

「はい、2人ともこれお土産。」

 

「おー、あざす菊さん。今日は何持ってきてくれたんですか?」

 

「某有名店のエクレアさ。チョコが滑らかで、中のクリームも最高なんだぜ?御家族の分も入ってるから、またゆっくり食べてくれ。」

 

「…和真の中で《お菓子持ってきてくれる人》って印象が確定してるぞ、菊岡。」

 

「あっはっは。それはそれで良いんだけどね。」

 

 

キッチリした眼鏡の官僚様は、そう言って笑う。

 

 

「…で?今日は何を聞きたいんだよ、菊岡さん。アインクラッドでの出来事は、ある程度話したはずじゃないか?」

 

「今日は《事情聴取》じゃなく、《報告》に来たのさ。」

 

「報告?」

 

 

 

 

 

「…須郷伸之が、犯行を自供したよ。」

 

 

 

 

 

「…そうか。」

 

「おや、驚かないのかい?割とビッグニュースだと思ったんだけどね。」

 

「驚いてるさ。…ただ、「ようやくか」っていう達観の方が大きい。」

 

 

和人はそう言うと、少しだけ窓の外を見る。

 

広大な青い空が、一面に広がっていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

あの日。

 

SAOが終わりを迎え、生き残ったプレイヤー全てが解放されたあの日。

 

須郷伸之率いる《レクト・プログレス》のメンバーは逮捕された。

 

匿名の通報があり、大手企業《レクト》の地下で悪事を働いていた者達は、撤退作業をしている最中にそのまま捜査員達によって確保され、事情聴取の日々が続いていた。

 

ただ、逮捕後の須郷伸之は一貫して犯行を否定。

 

 

菊岡に聞いた話では人体実験や監禁などの全ての犯行を、茅場晶彦へ擦り付けようとしていたそうだ。

 

 

…だが。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「なんでまた自供したんだ?これまでテコでも話そうとしなかったのに。」

 

「捜査員が突入したとき、須郷に最も近かった部下が外に出ていたようでね。その男も数日前に逮捕され、その男が自供した事により崩れたようだ。」

 

「…なるほどね。」

 

「この後は裁判の後に然るべき罰が下されるだろうね。」

 

 

「それに、君達のAIの持っていた情報も非常に役に立った。ありがとうと伝えておいてくれ。」

 

「ああ…また言っておくよ。」

 

 

「…菊岡。ヒカリとアカネは、どうなるんだ…」

 

 

和人が出したのは、元々彼と、彼とは違う1人のプレイヤーのMHCPとしてそばに居たAIの名前。

 

和人の質問に、菊岡は少しだけ困ったような表情を作る。

 

 

「あの2体のAIに関しては、処遇がかなり難しくてね。未だに議論が続いてるよ。記憶を保持したまま、政府内で管理する案も出てきてはいるが…難しいだろうね。」

 

「…そうか。」

 

 

 

菊岡の話は当然だった。

 

いくら無理矢理に付き合わされ、巻き込まれたとはいえ、犯罪へ加担したことは紛れもない事実。

 

更に凄まじい情報を有したAIともなると、危険分子と判断されデータを消去されるのが妥当な判断だ。

 

 

…だが。

 

 

「…ッ…」

 

 

2体のAIの内の一体。

《ヒカリ》という名のAIは、和人がかつてSAOへと入る前、共に時間を過ごした大切な《友人》だった。

 

長くはないが、かけがえのない時間を共に過ごした分、未練があって当然と言える。

 

 

「…菊岡。ヒカリと、会って話すことはできないのか?」

 

「申し訳ないが、彼女達は今政府の管理下にある。元々の所有者とはいえ、面会するのは不可能に近いだろうね。」

 

「…そうか。」

 

 

…これも、しょうがないのだろう。

 

 

「ただ、僕としては情状酌量の余地はあると思っていてね。僕の部署で引き取れないか検討してもらっているところなんだ。」

 

「…ッ…ほ、本当か!?」

 

「ああ。貴重なAIという人材を、みすみす消去するなんてのは惜しいからね。」

 

「…そうか。」

 

 

まだ確定はしていないとはいえ、大切な友人達の生きられる道があるかもしれないことに、和人は安堵した。

 

 

「とりあえず経過報告はこんなところだ。…ああ、それと。さっき記者にしつこく絡まれていたみたいだが、大丈夫だったかい?」

 

「ああ、大丈夫だよ。あんだけグイグイ来られたのは初めてだったから、ちょっとびっくりしたけどな…」

 

「国からSAO生還者への取材は禁止だと、各新聞社とか出版社には言ってあるんだけどね…ああいう輩はどうしてもいる。警備、厚くするよう申請しておくよ。」

 

「頼む。他の奴らも大変だろうからな。」

 

 

菊岡は頷くと、着てきたコートとバッグを持ち立ち上がる。

 

 

「それじゃ、僕はここで失礼するよ。まだ仕事が残っていてね。また顔を出すから。」

 

「ああ。御足労頂いて悪かったな。」

 

「菊さん、次はフルーツ系でお願いね。」

 

「了解だ。…それじゃあ、またね。キリト君、カズマ君。」

 

「…こっちじゃその名前はやめてくれよ。」

 

 

和人の苦言に、菊岡は無邪気な笑顔で返した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

夜。

 

 

 

「ふあぁ…」

 

 

薄暗い病室の中、和真のあくびが響く。

 

数日ほど前までは兄妹である直葉も入院していたが、彼女は彼らより昏睡していた期間が短い為、既に退院していた。

 

今ではSAOに囚われている間やれていなかった勉学に励んでいるらしい。

 

 

…他にいた患者は、既にこの世界にはいないと、安岐さんから聞いた。

 

 

…そんな訳で、久しぶりの兄弟水入らずの時間だ。

 

 

 

「…もう5ヶ月か…」

 

「…はえぇよな。」

 

「…ああ。」

 

 

カチッ…カチッ…カチッ…

 

 

「…時折思う時がある。SAOをクリアして、現実世界に戻ってきた。」

 

「…」

 

「…けど、それが全部夢で、今も俺はあの鋼鉄の城に…」

 

「兄貴。」

 

 

ハッと、和人は言葉を止める。

 

和真の方を見ると、頭に腕を組みながら寝転んでいるのが見えた。

 

目は、閉じられている。

 

 

「…悪い。少し、センチメンタルになってた…」

 

「…別に、それくらいのことを思うのは、俺だってあるさ。…それに、()()()()()()()()()()()()()()()()んだろ?」

 

「当たり前だ。」

 

「…なら、大丈夫だろ。」

 

 

 

 

 

 

 

「…あー。アスナに会いたい…」

 

「…俺だって、ユウキに会いてぇよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…リハビリ、明日からも頑張ろうぜ、兄貴。」

 

「ああ。…一日でも早く、退院してやる。」






やっぱ回復には運動して食って寝るを繰り返すのが1番だよね!!


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第3話 父と子

付けたし要素とか多々ありますが、細かいことは気にしないでください笑




 

2025年10月某日。

 

 

 

「ぅあー…」

 

 

和人達がSAOから帰還して、既に半年の月日が経過していた。

 

帰還した直後、骨と皮だけのようになっていた体は、数ヶ月に及ぶリハビリと健康的な食事によって、日常生活に支障がない程度には回復していた。

 

今後問題がなければ、1週間後に懐かしの我が家に帰れる予定だ。

 

 

…さて。

 

 

今の時刻は午後の2時。

 

朝と夜には少しだけ肌寒いが、昼間は丁度いい気温のこの時期。

 

リハビリも終わり、昼食も食べ終えた和人は、病院内の中庭のベンチで気持ち良さそうに目を閉じていた。

 

 

「ふあ…ぁ…」

 

 

ぽかぽかと暖かい陽気に、丁度いい温かさの風。

 

その全てが和人の眠気を刺激する。

 

容赦ない睡魔が、和人の意識を刈り取っていくーー。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

…夢を見た。

 

 

あの世界の、夢。

 

 

確かあれは、去年の4月頃のこと。

 

第59層の主街区《ダナク》でのことだった。

 

 

その日の俺は、朝からどーにも気だるく、迷宮区の攻略へ行くのがめんどくさくて仕方がなかった。

 

それの一番の理由は気候。

 

 

天気は快晴。

気温は暑すぎない暖かさに、爽やかな風。

 

そんなものを昼飯を食った直後に受けてしまえば、抗いようがなかった。

 

日頃頑張ってるしこんな時くらいいいだろうくらいの気持ちで、目に入った少し大きめの木の木陰で昼寝を敢行していた。

 

 

…そんな時、枕元から足音。

 

起動していた索敵スキルも反応し、足音が止まった瞬間に声がかけられた。

 

 

 

 

『「何してるの?」』

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「…ッ!?」

 

 

その声に、思わず飛び起きる。

 

目を覚ますと瞬間に、ベンチにもたれかけていた上体が前へと跳ねた。

 

目に入るのは、自分の足と芝生。

 

 

「わッ…!びっくりした…!」

 

 

その声に、背後へと振り向く。

 

そこに居たのは病院を既に退院し、私服に身を包んだ妹の直葉だった。

 

 

「もー、驚かさないでよお兄ちゃん。」

 

「あ、ああ…すまん…。」

 

 

少しだけ早まっている鼓動。

 

体を叩く心音に、荒い息が合わさっているためどんどんと慣らして行く。

 

そんな兄の様子に気付いたのか、直葉は心配そうに和人の顔を覗き込んだ。

 

 

「お兄ちゃん、大丈夫?調子悪い?」

 

「…大丈夫だ…ちょっと、夢を見てた。」

 

「夢?どんな?」

 

「…ちょっとな。」

 

 

そう言って、少しだけ笑う和人の顔を見ながら、直葉は疑問符を頭に浮かべた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「ふー…」

 

「おう、おかえり。」

 

「やっほー、和真。」

 

「なんだ、直葉も来てたのか。」

 

「なんだって何よ。」

 

 

ふくれっ面を作る直葉に、ベッドに座る和真はイタズラっ子のような笑みを浮かべた。

 

和人も苦笑する。

 

 

「冗談だよ。…親父と母さんは?一緒じゃないのか?」

 

「んーん。2人とももうすぐ…」

 

「お。」

 

「?」

 

 

直葉が答え終わる直前に、和真は少し視線を上げて、声を上げる。

 

和人がなんだろうと思い、背後に振り向くと…

 

 

「……」

 

「うお…!?」

 

 

和人と直葉の背後に立つ、眼鏡をかけた中年男性。

体は細身ながらも逞しく、髪は短くまとめられている。

背は、和人より少し高いくらいか。

 

 

「あ、お父さん。」

 

「久しぶり、親父。ただいま。」

 

 

直葉と和真はその男性に、続けて声をかけた。

 

眼鏡の男性は少し頷くと、チラリと和人に対して視線を移した。

 

その視線に和人は少しだけ萎縮したが…。

 

 

「…ただいま、親父。」

 

「…うむ。和人、和真。おかえり。」

 

 

和人と和真の挨拶に答えると、2人の父は少しだけ笑みを浮かべた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

桐ヶ谷 峰高(みねたか)

 

 

桐ヶ谷家の大黒柱であり、直葉の実父。

 

そして、和人と和真の叔父にあたる人物であり、育ての父親でもある。

 

現在は海外へ単身赴任中のため、基本的には和人達家族とは別居中である。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

両親が並ぶ前。

 

3人の兄妹が並んでベッドと椅子に座る。

 

 

「親父、母さん。この度は迷惑をかけて、本当にすみませんでした。」

 

「すみませんでした。」

 

「すみませんでした。」

 

 

和人と和真、直葉は3人同時に頭を下げる。

 

峰高と横にいる、髪を後ろにまとめた女性…母親である(みどり)は、少しの間何も言わなかった。

 

 

「3人とも、顔を上げて。」

 

 

翠の声で、3人は下げていた頭を上げる。

 

翠は、柔らかい笑みを浮かべていた。

 

 

「…今回の件は、和人と和真には何の落ち度もない。直葉はともかくね。」

 

「…ごめんなさい。」

 

「まぁそれでも、今はとにかく、3人揃って無事に戻ってきてくれて良かったわ。ね、あなた。」

 

「…そうだな。」

 

 

峰高は先程の笑顔とは一転。

 

厳しい顔で和人と和真のことを見つめる。

 

 

「私は海外へ単身赴任中だったから、病院で2人に対して何も出来なかった。だから2人とも、まずは母さんに対しての感謝は忘れないようにしなさい。」

 

「分かってる。」

 

「直葉も、帰ってきた時に言ったが、余計な心配を母さんにかけるんじゃない。」

 

「…本当にごめんなさい。」

 

 

頷く和人と和真に、小さくなる直葉。

 

3人をぐるりと見渡してから…少し、ため息をついた。

 

 

「…まあでも、とりあえずは…」

 

 

 

…峰高は、和人と和真。2人を抱き締める。

 

 

 

 

「…おかえり。無事で、本当に良かった。」

 

 

 

 

彼らを包む逞しい体と、そこから伝わる温かさ。

懐かしい父の匂いと共に伝わるそれは、和人と和真の中に込み上げる何かとなって現れる。

 

 

2人は、父の体を抱きしめ返す。

 

 

 

…3人は、しばらくの間離れなかった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「そういえば、あの人達っていつ来んの?」

 

 

3人が抱擁を終えた後、少しの間談笑をしていたところ、唐突に和真が口を開いた。

 

和真の問いに、翠は右手の時計を見ながら答える。

 

 

「もうすぐ来るはずなんだけど…」

 

 

その時。

 

 

コンコンッ。

 

「はい、どうぞ。」

 

「失礼します。」

 

 

和人の許しの後、男性の声と共にガラリと病室のドアが開く。

 

現れたのは白髪の中年男性と、眼鏡の青年。

 

2人とも、キッチリとスーツを着込んでいた。

 

中年男性が前に、眼鏡の青年が後ろにという陣形で並ぶと、峰高と翠も立ち上がる。

 

 

「初めまして、桐ヶ谷様。株式会社《レクト》の社長をしております、結城彰三と申します。」

 

「同じく、《レクト》社員の、結城浩一郎です。よろしくお願いします。」

 

 

 

 

「この度は、我社の社員がご子息に多大なるご迷惑をお掛けしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。」

 

「申し訳ございませんでした。」

 

 

 

 

 

2人は揃って、頭を下げた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

結城彰三。

 

 

総合電子機器メーカー《レクト》を経営する社長。

 

1代で会社を立ち上げ、大手企業にまで成長させた敏腕経営者である。

 

そして、息子と娘を1人ずつもつ二子の父親であり、その娘とは和人が愛する女性、アスナ(明日奈)である。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

頭を下げ続ける彰三。

 

 

「顔を上げてください、結城社長。浩一郎くんも。」

 

「ありがとうございます…。我が社の社員、須郷の今回の行為は私の監督不行き届きが全ての要因です。皆様のいかなるご指摘ご要望も受け入れる次第です。」

 

 

そう告げる彰三と浩一郎の顔は、厳しく引き締まっている。

 

少なくとも和人と和真には、その顔と言葉が嘘には思えなかった。

 

 

 

「…私達夫婦で話し合った結果としては、今回のような事件が二度と起きないように、社内の管理を徹底して頂きたいと思っています。…それと、結城社長。娘からお聞きしましたが、今回の事件は社長ご自身の娘さんの婚約者が引き起こしたことだそうですね。」

 

「はい。」

 

「それも、社長ご自身が娘さんになんの断りもなく婚約の許可をしたと。」

 

「はい。」

 

「…社長の家の方針に口を出すつもりはありませんが、いくら優秀な人間であっても、大切な自身の娘を差し出し、業務も好き勝手やらせているというのは、会社として大きな欠点であると言わざるを得ません。…今後は社員との距離感を、もう少しお考えになった方がよろしいかと思います。」

 

「…はい。おっしゃる通りでございます。」

 

 

 

峰高の言葉に、容赦はなかった。

 

その言葉に乗るのは、確かな憤り。

 

これまで大切に育ててきた息子2人と娘。

 

須郷伸之は3人の命の危険を、間接的におよそ半年分ほど伸ばしたのだ。

 

須郷の上司への当然の怒りと言えば、その通りだった。

 

 

「…私と妻からは以上です。他には…和人、和真、直葉。お前達からは何かないのか?」

 

「んー…親父が言いたいこと、ほとんど言ってくれたからなぁ…」

 

「要望でもいいんだぞ?」

 

 

うーん…と、3人が悩んでいると、彰三が一歩前へ出る。

 

 

「…少し、よろしいですか?」

 

「社長、どうされました?」

 

「ご子息に用件がありまして…二人共、《桐ヶ谷和人》君は、どちらかな。」

 

「あ、こっちです。」

 

「はい、僕です。」

 

 

和真が右手側に指を指し、和人は反射的に手を挙げた。

 

彰三は「そうか…君が…」とだけ呟き、和人へと近づく。

 

彰三は和人の前に立つ。

 

 

「…今日、お父さんとお母さんに改めてこの場所での謝罪を許していただいたのには、もうひとつ目的があってね。」

 

「はぁ…」

 

「桐ヶ谷和人君。…君に、会いたかったんだ。」

 

 

彰三はそう言うと、両手で和人の右手を握りしめる。

少し大きく、温かい感覚を和人は右手をに感じ取った。

 

 

「…向こうの世界で、明日奈と一緒にいてくれて、本当にありがとう。」

 

「…ッ…」

 

 

それを聞いて、和人は少しだけ驚く。

 

何より、アスナが俺の話を父親にしていることに。

 

『…いや、恋人の話を親にするのは当たり前…なのか?』

 

 

小っ恥ずかしくて話してない和人の軽い困惑はよそに、彰三は語り始めた。

 

 

「和人君。僕は昔から絵に描いたような仕事人間でね。…家族との時間なんて、ほとんど持てていないんだ。」

 

「…」

 

「子供達の教育も、年下の妻に任せっきりにしてしまっていた、ダメな父親さ。」

 

 

そう言って、彰三は少しだけ自嘲気味に笑う。

一代で大企業を作りあげた代償…のようなものなのだろうか。

 

 

 

「だから、そんな私に言われても説得力を感じないかもしれないが、君の事を話す時に浮かべる、楽しそうな笑顔。…情けないことに、あんなにも楽しそうな明日奈は久しぶりに見たよ。」

 

「あの子を変えることができるなんて、和人君は本当に大したものだと、私は思っているよ。」

 

 

 

彰三はそう言って穏やかな笑みを浮かべた。

 

彼女がどんな話を父親に話しているのかは分からないが、恐らく結婚生活のこと…いや、それよりもっと以前。

 

SAOが開始された直後、攻略最初期からしばらくの間、パーティーを組んでいた頃の話だろうか。

 

…だが、正直そんなことはどうでもよかった。

 

 

 

彼女が、今も笑ってくれているのなら、それだけで和人は満足だった。

 

 

「…僕は、大したことはしてません。むしろ、アスナ…娘さんから色々なものを頂いた記憶しかない。それくらい僕は娘さんに支えられ、励まされてきました。」

 

 

彼女がいたから、今の自分がある。

 

和人はそう、断言する。

 

 

「…ただ、僕と明日奈さんのことを彼女が話して、それでお義父さんが少しでも幸せな気持ちになれるなら、それ以上の幸せはないです。」

 

「…君は立派だね。あの子が選んだだけはある。」

 

「僕なんて、まだまだです。…でも、これからもそう言って貰えるよう…そうあれるように、頑張ります。」

 

「…素晴らしいご子息ですな。」

 

「ええ。…この子も、この三年で成長しているようで嬉しい限りです。」

 

 

笑う彰三と峰高。

 

和人はしっかりと覚悟を決めた。

 

 

 

 

「…それと、私のことは名前で呼んでくれるかい?まだまだお義父さんと呼ばれるのは早いと思うからね。」

 

「あ、そうですよね。すみません…」

 

「どーせ将来的にその呼び方になるからいいと思うんですけどね。」

 

「口挟むな和真。」

 

 

 

 

 

「初めまして、和人君。僕は明日奈の兄の浩一郎だ。以後よろしく頼む。」

 

「あ、初めまして。お噂はかねがね…」

 

「なんだ、明日奈から聞いていたのか。変なことを言われてなければいいが。」

 

「いえ。ご聡明で優しいお兄さんだと聞いてます。」

 

「そうか。…僕のことも下の名前で呼んでくれ。」

 

「あ、はい。それでは浩一郎さん…」

 

 

「くん、だ。」

 

 

「へ?」

 

「浩一郎くん、と呼んでくれ。異性でも、仕事相手でもないのにさん付けというのは、どうにも距離を感じてしまうからね。得意じゃないんだ。」

 

「わ、分かりました。それでは、浩一郎くんと…」

 

「うん、これからもよろしく頼むよ、和人君。和真君と直葉さんも、よろしく。」

 

「あ、はい。よろしくお願いします…」

 

「よろしくお願いします。」

 

 

 

 

「…シュンヤやコウヤさんと同じタイプか…」

 

「どうした?和真君。」

 

「あ、いえ。こっちの話なんで大丈夫です。」

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「それでは、私達はここで失礼致します。桐ヶ谷様、この度は誠に申し訳ありませんでした。二度とこのような事がないよう、社内の管理を徹底していきます。」

 

「こちらこそ、御足労いただきありがとうございました。…また、良ければお会いしましょう。」

 

「はい。是非。…と、そうだ。和人君。」

 

「?はい。」

 

 

彰三は和人に近づくと、彼に1枚の紙を取りだした。

そこにはとある場所の住所が書き込まれている。

 

 

「それは明日奈の入院している病院と病室の番号だ。君の名前を出せば面会できるよう、病院に取り付けておこう。明日奈はまだ1ヶ月ほど退院しないから、都合のいい時に行ってやってくれ。」

 

「あ、ありがとうございます。」

 

「うん。…それでは、失礼しました。」

 

「失礼しました。」

 

 

 

最後に深々と頭を下げて、彰三と浩一郎は和人と和真の病室を後にした。

 

 

 

「…和人。」

 

「…はい。」

 

「彼女がいるって、私聞いてないんだけど?」

 

「…母さんに言ったらめんどくさいことになりそうだから、言わなかった。」

 

「まぁいいわ。…さ。」

 

 

ギシッ。

 

 

「…なぜ座る。」

 

「立ち話もなんだし、長くなりそうだからね。根掘り葉掘り、聞かせてもらうわよ♪」

 

「…帰らねえのかよ…」

 

「面白そー。私も聞かせて!」

 

「直葉まで…!?」

 

 

 

「…長くなりそうだから、和真。飲み物でも買いに行こうか。」

 

「おう。付き合うぜ、親父。」

 

 

 

…こうして。

 

消灯時間ギリギリまで、和人は自身の家族に対して、SAOでの恋バナをさせられたのだった。






アスナパパは全体への謝罪は記者会見で行ってはいますが、和人くんに直接会いたいがために二人の病室へ訪れたようですね。


途中書けば書くほど、化物語のガハラさん父と阿良々木さんの会話になってたんで何とかそれっぽいだけの文にしました()


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第4話 家族とのひととき



2025年、10月も終わりに差し掛かり、肌寒い日が多くなってきた、この日。


「和真ー。準備出来たか?」

「ちょい待ってくれ兄貴。もうちょいで…うしっ、終わった。」

「忘れもんは?」

「えー…ないぞ。」

「ありがとう。…よし。それじゃ、懐かしの我が家に帰りますかね。」

「おおー。」


和人と和真は、退院の日を迎えた。





 

 

「や、退院おめでとう、桐ヶ谷兄弟。」

 

 

病室を出てエレベーターの前につくと、茶髪の三つ編みを組んだ、眼鏡の看護婦が出迎えてくれる。

 

安岐ナツキ。

 

和人と和真、2人(直葉含め3人)の専属の看護婦として働いてくれていた女性。

 

 

「安岐さん。忙しいのに出迎えありがとうございます。」

 

「やあやあ和人君。適度に肉がついたみたいで良かったよ。もやしっ子のままじゃ帰せないからねぇ。」

 

 

そう言いつつ、全身をまさぐられる和人。

 

だが、もうそのセクハラ紛いの行為には慣れたのか、苦笑を浮かべながらもされるがままになっていた。

 

 

「安岐ちゃん。俺の体もなかなかに仕上がったんだ。触っていいよ。」

 

「和真君、それセクハラだよ?」

 

「安岐ちゃんがそれ言うんだ!!?」

 

 

わざとらしく驚く和真に、ナツキは「ふふん」と凸のある胸を張った。

 

 

「私はあくまでも看護婦。患者さんの体調管理(という建前)で触ることはセクハラじゃないのだよ。和真くんはうら若き乙女である私に、触られたいだけでしょ。」

 

「むむむ…筋は通ってる…」

 

「オーッホッホッホ!!」

 

「……」

 

 

ちなみに触られた張本人である和人が、ナツキの方がタチが悪そうだなと思ったのは、ここだけの秘密だ。

 

 

「ま、今後も検査とか色々あるだろうから、ここに来た時は気軽に声をかけてくれ給えよ、少年達。」

 

「へーい。」

 

 

 

 

 

「ちなみに、安岐さんは俺の体を触りたかっただけでは…」

 

「退院する患者さんの、最終体調管理です。」

 

 

大したツラの皮の厚さだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「やぁ、和人くん!和真くん!!」

 

「……」

 

 

病院のロビーへ到達すると、そこにいた眼鏡のスーツ姿の男に声をかけられた。

 

朗らかな笑顔で手を振るその男に、そそくさと和人は近寄った。

 

 

「菊岡さん、なんで居るんですか。」

 

「そりゃ、一応僕も《仮想科》の官僚だからね。担当してる人達の退院日くらいは把握してるさ。」

 

「だからってここ病院ですから。大声で呼ぶのは勘弁してください。」

 

「わかった、今後は善処しよう。」

 

 

事実、周りの患者や看護師からどこか白い目で見られていた。

 

 

「で、菊さん。今日は何持ってきてくれたの?」

 

「今日はね、有名なケーキ屋のケーキをホールで買ってきたよ!退院祝いだからね!!」

 

「おー、ありがとう菊さん!」

 

「…これ、後々多額の請求書がウチに来ないよな?」

 

「失敬な。和人君は僕をなんだと思っているんだい?」

 

「胡散臭い官僚。」

 

「否定はしないけどね。それでも、この程度のことで請求書送り付けるほどケチくはないさ。」

 

「…ま、そうだよな。ありがとう菊岡。」

 

「どういたしまして。…あ、そうだ。これも、渡しておかなくちゃね。」

 

 

菊岡が床から持ち上げ差し出されたのは、巨大な紙袋。

 

受け取ると、中に入っているものがかなりの重量であることが分かる。

 

 

「これって…」

 

「持ち出し許可取るの、苦労したんだぜ?感謝してくれよ?」

 

「…ありがとう。」

 

「ありがとな、菊さん。」

 

「ま、これからちょくちょく仕事を手伝ってくれることでチャラにしてあげよう。」

 

 

そう言って笑う菊岡に、和人は苦笑を返す。

 

 

「それじゃ行こうか。」

 

「待て、あんたも一緒に行くのか?」

 

「言ったって、正面玄関前の道までだろう?お見送りくらいさせてくれ。」

 

「まったく…」

 

 

菊岡の提案に、和人はもう一度苦笑した。

 

そして3人は歩き始め、正面玄関の自動ドアから外に出る。

 

その前の道には、既に1台の車が待機していた。

 

 

「あ、お兄ちゃーん!和真ー!」

 

 

その車の助手席から手を振る、妹の直葉。

 

横の運転手席には母親の翠が座る。

 

和人と和真はそれに手を挙げて返すと、車の後方、荷台へと移動。

 

ドアを開けて着替え一式の入ったバッグを入れる。

 

 

「それじゃ、これまで色々ありがとな菊岡。また何かあれば連絡してくれ。」

 

「その言葉忘れないでくれよ、キリトくん。」

 

「だから、その呼び方はやめろって。」

 

「菊さん、次会う時もまたお菓子用意しといてくれよ。」

 

「ああ、分かった。」

 

 

そう言って和人と和真は、菊岡と1人ずつ順番に握手を行う。

 

そして、車の後部座席へ乗り込んだ。

 

 

「それじゃ、帰りますか。…菊岡さん、ありがとうございました。」

 

「いえいえ、当然のことをした迄ですよ。桐ヶ谷さんも運転お気をつけて。」

 

「ええ。ありがとう。」

 

 

翠はそう言うと、窓を閉めてエンジンをかける。

 

すぐに排気管が声を上げる。

 

 

 

車が走り出した後、病院から出て、お互いの姿が見えなくなるまで、菊岡は笑顔で手を振り続けていた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

夜。

 

 

 

「ふぅ…」

 

 

あの後、家へとケーキを置きに帰り、外で軽く飯を食べた後、色々な用を消化していった。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

まずは墓参り。

 

ここ3年ほど、SAOに囚われ、病院で療養していたこともあり行けてなかった、先祖と祖父が眠る石碑にお参りと快気報告をしてきた。

 

かつて毎年訪れていた場所には草や苔が増えてはいたが、懐かしい雰囲気はそのままだった。

 

 

続いて、直葉と母さんにショッピングへ連れていかれた。

 

俺がSAOに囚われた当時は14歳。

一般的に言えば成長期というやつである。

 

和真もそれは同じで、2人共寝続けている中でもちゃんと体は成長していたらしい。

昔来ていた服が小さくなっていた。

 

…しばらくの間、2人の着せ替え人形にされたのは避けられなかったが。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

そんなこんなで久しぶりの外出を満喫した後、家に帰って部屋に来た訳だが…

 

 

「……」

 

 

当然、何も変わっていなかった。

 

家具の配置、匂い、雰囲気。

 

その全てが3年前のまま。

 

…まぁ、掃除は母さんや直葉がしてくれていたらしいが。

 

 

「…2人に感謝だな。」

 

 

俺は小さく呟く。

 

自作のパソコンを少しだけ撫でた後、ゲーミングチェアに座り込む。

 

3年ほど使われていないはずだが、俺の重くない体重をしっかりと支えてくれる。

 

ガサリッと、椅子の脚と当たる、持って帰ってきた紙袋の音。

 

 

「…服、また片付けなきゃなぁ…」

 

 

言いながら、服を選別しようと紙袋に手をかけた…その時。

 

視界の端に入る、違う種類の紙袋。

 

 

「…」

 

 

買ってきた服を掴んでいた手を止め、菊岡から預かった紙袋を引き寄せた。

 

中身は、卵形の機械。

 

 

かつて、俺を異世界へと閉じ込めていた《ナーヴギア》。

 

 

忌まわしい記憶の象徴であるはずのそれを、俺と和真は菊岡に頼み、様々な事に協力する代償として、国から持ち出し許可を出してもらった。

 

俺は机の引き出しの中からUSBケーブルを取り出すと、片方を俺と和真のナーヴギア、もう片方をパソコンに刺す。

 

 

…俺が菊岡に持ち出し許可を貰ってきてもらったのは、別に思い出作りのためじゃない。

 

それは…

 

 

「ユイ、メル。いるか?俺の声聞こえる?」

 

 

パソコンを立ち上げた後、ヘッドホンを付けてパソコンに話しかける。

 

…やがて。

 

 

「はいパパ、聞こえます!」

 

「ふあぁ…はいはい、聞こえてるわよ〜…」

 

 

ハツラツで元気な少女の声と、寝ていたのか起床直後のような少女の声が聞こえる。

 

 

「2人共久しぶり。元気そうでなによりだよ。」

 

「キリト…あ、今は和人だったわね。和人もリハビリちゃんと頑張ったみたいね。褒めてあげるわ。もやしっ子には変わりないけど。」

 

「うるさいな…これでも前よりかは肉ついてるんだぞ。」

 

「日常生活に支障のない程度の肉しかついてないじゃない。」

 

「パパはもっと食べていいと思います!!」

 

「………」

 

 

なんだか再開直後から、俺の体への手厳しい指摘が相次いでいた。

 

既に出会い頭に、ボディーブロー数発食らわせられたくらいのダメージを負っているのであった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

彼女達は俺と和真をSAOの世界で助けてくれた2体のAIだ。

 

ユイは俺とアスナが子供のように可愛がり、メルも和真と堅い信頼関係を築いてきた。

 

2人のコア・プログラムは、俺達のナーヴギア内にあるため、ユイとメルを外に出すにはナーヴギアを持ち出す他の手段がなかったということだ。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「和人、ヒカリとアカネのことは菊岡から聞いたかしら。」

 

「…ああ、聞いたよ。とりあえず2人共無事だといいな。」

 

「私も、菊岡が2人のことについて申請してからの情報は持ってない。まだ国のトップのジジイ共は決めかねてるみたいね。」

 

「ジジイって…」

 

「間違ってた?」

 

「いや、別に…」

 

 

俺の育て方が悪かったかなと、和人は苦笑した。

いや、こいつの場合一番長く居たのは和真になるのか。

 

 

「じゃあ和真のせいだな。」

 

「何が?」

 

「いや、別に。…そういえば2人共、明日は少し出かけるんだけど、俺と和真のスマホに入れたりするか?」

 

「?ええ。大丈夫よ。」

 

「どこに行くんですか?パパ。」

 

 

 

 

 

「アスナのいる病院。」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「親父、隣いいか?」

 

「和真か。…台所の手伝いはいいのか?」

 

「ウチの家のお嬢様2人に追い出されちまってな。ほい。」

 

「ありがとう。」

 

 

和真は縁側に座る峰高に缶ビールを渡す。

 

和真は峰高の横に座り、手に持っていたコーラの缶の蓋を開けた。

 

底を上に向けて煽るように飲み、一気に半分ほど飲み干す。

 

 

「くはー!!懐かしい刺激…たまらん!」

 

「大袈裟だな…病院では飲まなかったのか?」

 

「まーね。入院中は刺激物はダメって、安岐ちゃんと医者に言われてたから。」

 

「真面目だな。」

 

「これでも優等生だからねぇ。」

 

「成績だけは、な。」

 

「あ、ひっでぇ。」

 

 

言い合って、笑う2人。

 

笑い終えて、もう一度缶の中身を煽り、和真は口を開く。

 

 

「そういや、休みはいつまで取ってんの?」

 

「あと3日だな。今勤めている支社の社長と社員が良い人達でな。SAOから息子が開放されたと言ったら、好きなタイミングでの2週間休みをいただけた。」

 

「おー、いい会社じゃん。いや、そうしてもらえる親父に人望があるのか。」

 

「褒めても何も出んぞ。」

 

「えー。」

 

 

むくれる和真に、峰高は少し笑った。

 

 

 

 

「…そういや、《向こう》で木綿季と藍子に会ったよ。」

 

 

ピクリと。

 

その名に峰高は反応を示す。

 

 

「…紺野家のお嬢さん方か。ゲームの中にいたのか?」

 

「ああ。…昔からなんにも変わってなかったよ。本当に…」

 

 

そう言って、和真は笑う。

 

半年前に焼き付けた、彼女達の笑顔を思い出しながら。

 

 

「あとは、親友の敦と…晶馬の奴もいたな。」

 

「…加藤さんのとこの子か。」

 

 

ギシッと、峰高の持つ缶が軋む。

 

 

「…大丈夫だよ。色々あったけど、未遂だったし。それに何年も前のことを掘り返すつもりは無いしさ。」

 

「…大切な息子を傷付けられて流せるほど、私は楽観的では無いよ。」

 

 

峰高の手の缶の凹みが大きくなっていることから、余程強い力が込められているのが分かった。

 

 

「そこまで愛されてるってのは、俺は幸せもんだね。」

 

「子を愛さない親など居ないぞ、和真。」

 

「それが普通なんだろうけどな。…でも向こうでは、愛してくれる親を亡くした子供達もいたんだ。」

 

 

第一層にあった、サーシャが開く孤児院。

 

数十名にも及ぶ子供達。

愛する親兄弟と引き離された子もいれば、その家族を亡くした子供達もいた。

 

彼らを長く見ていた和真だからこそ、思うこともあった。

 

 

「…SAOの世界での生活の中で、当たり前のように両親がいて、兄妹がいて。愛してくれるってのがどれだけ恵まれてるのか…それが少しだけ、分かった気がしたよ。」

 

「…向こうの世界で、様々なものを見て、経験してきたんだな、お前は。」

 

「俺だけじゃないさ。兄貴や直葉だって経験して成長してる。あの兄貴に、年の離れた親友が出来たんだぜ?」

 

「ほぉ、和人に友人が…恋人が出来ていたこともだが、驚きだな。」

 

「だろ?」

 

 

峰高が驚く様子に、和真は喉を鳴らして笑い、峰高もそれを見て少し笑う。

 

 

「…怖いことも、大変なことも、苦しいこともあったけどさ…それと同じくらい、楽しくて、大切な思い出もある。」

 

 

 

 

「…今では、『あの世界に行ってよかった』って…そう思えるよ。」

 

 

 

 

「…そうか。」

 

「迷惑かけた親父と母さんには、あまり『良かった』と思えることじゃないかもだけどな…。」

 

「そんなことは無いさ。」

 

 

峰高は、一口缶ビールを煽る。

 

 

「ある1人の人間の中で、どんな経験が『何ものにも変え難い経験』となるのかは、誰にも分からない。…和真、お前にとっては『SAOの世界に行くこと』が、何ものにも変え難い経験となったんだろ?」

 

 

峰高は、和真の頭に手を置いた。

 

 

「…我が子の成長へかける言葉には、賞賛以外に私は知らないよ。」

 

 

 

 

「…()()()()な、和真。その経験と、その経験の中で得たモノ。…大切にしなさい。」

 

 

「…ああ。…ありがとうな、親父。」

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「峰高さーん!和真ー!ご飯よー!」

 

「ああ、今行くよ翠。」

 

「あれ?母さん、直葉は?」

 

「和人を呼びに行ったわよ。さ、今日は豪勢に行くわよー!」

 

「…うん?」

 

「…量がとんでもねえことになってんだけど。運動部の合宿みてぇ。」

 

「あはは…ちょーっと、作りすぎちゃって…。まぁ、和真と直葉ならイケるでしょ?」

 

「俺退院明けなんだけど!?」

 

 

 

「お母さーん、お兄ちゃん呼んできたよー。」

 

「ありがとう直葉。」

 

「あー、腹減ったー………何これ。」

 

「座れ兄貴。ここからは《戦場》だ…。」

 

「なんかかっこいい事言ってるけど、要はただの食事だよね?」

 

「《食卓は戦場》だと、俺はSAOで学んだ…」

 

「どんだけ殺伐とした食事をして来たんだお前は。」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「…」

 

「どうかした?峰高さん。手が止まってるけど…」

 

「ん?ああ…少し、考え事をな…」

 

「考え事?」

 

「…翠。子供の成長というのは、早いものだな。」

 

「どうしたの?突然。」

 

「いや…3人が…特に、和人と和真が、知らない間に大きく成長していて、少し驚いたのかもしれない。」

 

「…そうね。…私は病室で心配してばっかだったけど、ちゃんと《向こう》で大きくて大切な経験をしてきたのね、この子達は。…そう考えたら、2年半の苦労もしたかいがあったってもんよ。」

 

 

「…すまないな。子供達を任せきりにして。」

 

「ううん。それは私が望んだことだから。あなたが単身赴任する間は私が責任もって育て上げるって、自分で言ったんだからね。」

 

「…3人がここまで育ってくれたのは、君のおかげだ。…ありがとう、翠。」

 

「どういたしまして。…これからも、ちょくちょく帰ってきてよね?」

 

「…善処するよ。」

 

 

 

 

 

モグモグモグモグモグモグ…

 

 

「エビフライもらいっ」

 

「おいこら兄貴、それ俺が狙ってやつ。」

 

「知らん、取ってなかったお前が悪い。」

 

「じゃあ、この唐揚げもーらいっ」

 

「あ、和真その唐揚げ私の!」

 

「フハハハ!食卓は戦場だと言ったろ!」

 

 

 

 

「「静かに食べなさい!」」

 

「「「はい…」」」

 

 

 

少し小さくなった3人の子供達を見て、峰高と翠は小さく笑みを浮かべた。

 

 

 

この久しぶりの家族での楽しい時間を、噛み締めるかのようにーー。






苦しく辛い経験や体験にこそ学びはあるもんです。

…なんかムカつくと思いましたね?笑


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第5話 再会 Vol.1



和人と和真が退院し、久しぶりの家族団欒の時間を過ごした日の、翌日。


「…デカ…」

「わぁ…」

「さすが、《レクト》の社長娘…」


目の前にある巨大な建造物(病院)を見つめる、桐ヶ谷家の三人兄妹の姿があった。

和人は驚愕の表情を浮かべ。

直葉は目を輝かせ。

和真は引きつった笑みを浮かべていた。


「それじゃ、私と峰高さんはそこら辺でドライブデートしてくるから。迎えがいるなら連絡ちょーだい。」

「りょーかい。」

「母さん、親父。送ってくれてありがとう。」

「…気にするな。」


「ちゃんと、挨拶してきなさい。」

「…ああ。」


「おしっ、じゃあ行くか!兄貴のお姫様のところへ!」

「おー!!」

「……」

「和人、あんまり緊張するんじゃないわよ。」

「…分かってるよ。」






 

 

明日奈のいる病院へ向かう前日のショッピングの途中、和人は1人の人物に電話をかけていた。

 

 

『もしもし?和人君かな?』

 

「あ、はい。ご無沙汰しております…浩一郎くん。」

 

 

結城浩一郎。

 

和人の恋人、明日奈の実兄。

 

和人は明日奈の病院の住所と共に、彼の携帯の電話番号も受け取っていた。

 

彼は和人の敬語と君呼びの混じった喋り方に、少しだけ笑う。

 

 

『僕的には、お堅い敬語もいいんだけどね。…まあいいや。どうしたの?』

 

「あ、その。本日僕と和真が退院しまして…」

 

『そうなんだ。おめでとう。』

 

「ありがとうございます。…それでですね…」

 

 

 

「明日あたりに、明日奈さんの病室へ伺おうと思っているのですが…大丈夫ですかね。」

 

 

 

『明日?随分と急だね。』

 

「…まあ…はい…」

 

『何か急ぎの用でもあるのかい?』

 

「急ぎの用…というか、なんと言うか…」

 

 

煮え切らない和人。

 

そんな彼の様子から、浩一郎は少しの間を置き、電話口から『ああ、なるほど…』と少し含みのある納得をした。

 

 

「な、なんですか…?」

 

『なるほどなるほど。そんなにも想われるなんて、あの子(明日奈)は幸せ者だな。』

 

「……」

 

 

全てを見透かしているような発言に、和人は少しだけバツが悪そうな顔をする。

 

やがてパラパラと、冊子を捲るような音が聞こえた。

 

 

『それより、明日だったね。明日は…うん、母と父も一日中仕事で居ないようだから、邪魔は入らないと思うよ。前言った通り、君の名前を言えば入れるようにしてあるから。』

 

「あ、ありがとうございます…」

 

『念の為に、個室ではあるけど病院は公共の場だから弁えてくれよ。それと明日奈も病み上がりで、調子が万全と言い難いからね。』

 

「はい…。」

 

 

…なんだか余計な心配をされているような気がしたが、口には出さなかった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

エントランスに入ると、あまりの広さに絶句する。

 

天井が高いことも相まって、和人達が入院していた病院の2倍ほど大きい気がする。

 

多分そこまでは大きくないのだろうが、お高そうな装飾品達の放つ一種の威圧感でそう見えてしまう。

 

 

「さっすが、お嬢様は違うなぁ…」

 

「なんか、お城みたいだねぇ…」

 

「最先端技術の医療とか、リハビリ室がほぼジムだったりとか、色んなものが揃ってるみたいだな。」

 

「ほえー…」

 

「受付してくるわ。」

 

「あ、うん。」

 

「いってら。」

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ねね、和真。」

 

「ん?」

 

「お兄ちゃん緊張してるんじゃなかったの?結構冷静じゃない?」

 

「あー、いや。あれはあれだ。『緊張しすぎて一周まわって落ち着いてる』だけだ。病室に近づいた瞬間元通りになる。ほら見ろ、受付に行こうとするだけで同じ側の手足が同時に出てる。」

 

「あ、ほんとだ。さっきなんか解説してたのは?」

 

「車で気紛らわすためにスマホとにらめっこしてたからな。その時に病院の案内サイトでも開いてたんだろ。」

 

「ははぁ…なるほどね…」

 

「さて、直葉。()()()()()()?」

 

「ん。何時(いつ)でも行けるよ。」

 

 

「じゃ、行くかね。」

 

「おー。」

 

 

コソコソ…

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「どうされましたか?」

 

「すみません、面会をお願いしたいんですが…」

 

「分かりました。面会人と面会相手のお名前をお願いします。」

 

「僕は桐ヶ谷和人といいます。面会相手は…結城、明日奈さんです。」

 

 

対応してくれた看護師の女性は、和人の言った名前を書き出すと「席に座ってお待ちください」と言ってその場を離れるので、俺は番号札を受け取って受付の前にある席に向かう。

 

 

「…あれ?」

 

 

…気が付くと、和真と直葉がいなくなっていた。

 

トイレかと思い席に着くと、スマホにメッセージが届く。

 

 

「和真?」

 

 

送り主はいなくなった弟からのようで、俺はそれを開き…

 

 

「……」

 

 

なんとも言えない表情となった。

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

和真からのメッセージはこうだ。

 

 

『拝啓。この手紙、読んでるあなたは、どこで何をしているのでしょう。』

 

 

既にボケる気全開である。

 

 

『なんだよ。受付済んだから早く帰ってこい。』

 

 

返すと、しばらくしてから…

 

 

ヒュポッ

 

 

 

 

『悪い兄貴。兄貴が受付してる間にいきなり2人共トイレに行きたくなって駆け込んだんだが、ブツをいたした直後に無性に腹が減って病院内のレストランの方をおもむろに見たら、めちゃくちゃ美味そうなアップルパイがあったからそれ食ってから向かいます。』

 

 

 

『は?』

 

 

 

…こんな反応になるのも、致し方ない内容のメッセージだった。

 

思わず『何言ってんの?』と、連投してしまう。

 

そして、更に少ししてから…

 

 

 

 

『PS.1時間ほどかかります☆』

 

 

 

 

暗に『さっさと先にいけ』という内容のメッセージが投下され、和人はため息をついた。

 

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

「ユイ、居るか?」

 

 

スマホの中に居るはずの娘に声をかけるが、返答は無い。

 

まさか、と思った…直後。

 

今度は直葉からメッセージが入る。

 

嫌な予感と共にメッセージを開くと…それは、見事に当たってしまった。

 

 

 

『PS.ユイちゃんは私達で預かってます☆』

 

 

 

会話すらまだしてないのに、PS(追伸)をつけてくる始末だった。

 

ツッコミどころはあるが、和人は広い天井を見上げた。

 

まさか愛する娘まで2人の計画に加担しているとは、思って無かったからだ。

 

 

…だが、自然と怒る気にはなれない。

 

 

何故なら、これを計画した意図を和人も気付いていたから。

 

 

 

『気、遣ってくれてるんだろうな…』

 

 

 

和真、直葉、メル、そしてユイの4人は決して和人を貶めようとしているのではなく。

 

 

…明日奈との再会のため、2人の時間を作ってくれたのだ。

 

 

「…お節介が好きだな、ほんとうに…」

 

 

和人は笑う。

 

恐らく首謀者であろう、たった1人の弟の顔を思い浮かべながらーー。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

周りのビル群にも引けを取らない、巨大な建造物である病院。

 

その最上階に、エレベーターを使って移動する。

 

真っ直ぐに伸びる白い廊下は、昼間であるが故に差し込む日差しと照明によって、模様までも明るく照らし出されていた。

 

 

人通りはほとんどなく、この時間帯は医者も看護師もいないのか、廊下を歩く中で誰ともすれ違う事がない。

 

 

本当にここには人がいるのかと思ってしまうが、そんな考えもかぶりを振って振り払う。

 

 

401、402、403…

 

 

壁に付けられた表札。

 

そこに書かれた番号と名前を見ながら、一歩一歩進んでいく。

 

目的地の場所と彼女の名前が近づいていくにつれて、鼓動が速くなっていくのを感じた。

 

 

…そして。

 

 

 

「…あった。」

 

 

 

和人は、目的地の前に立つ。

 

411号室。

 

結城明日奈様と書かれた札を、彼は何度も何度も見直した。

 

 

7回目の見直しを終えた後、和人は深呼吸を1つ。

 

少し高ぶる呼吸と心臓を止めようとする。

 

…が。

 

 

『…収まらんな…。』

 

 

尚も、跳ねる心臓と呼吸。

 

その見事な緊張ぶりに、和人自身も少しだけ笑ってしまう。

 

確かに、緊張はある。

 

が。

 

 

『…和真達が作ってくれた時間、無駄には出来んな。』

 

 

先程よりもゆっくりと深呼吸をして、何とか通常よりも少し速い程度の心音に落ち着けた。

 

彼らのしてくれた《お節介》が、和人の背中を押してくれる要因の一つとなる。

 

 

和人は軽く握り拳を作り、扉の前で止める。

 

もう一度息を吸い…

 

 

 

「…ッ…」

 

コンコンッ。

 

 

 

 

意を決して、扉を叩く。

 

だが、覚悟を決めた時間とは違い返事は直ぐに返ってきた。

 

 

 

 

「どうぞ。」

 

 

 

 

 

叩いた瞬間に中から聞こえる、どこか懐かしく愛おしい声。

 

それだけで熱いものが込み上げる目尻を、和人は何とか耐えきった。

 

 

 

 

ノックをした手で取っ手を掴み。

 

 

ゆっくりと、引き戸を開ける。

 

 

漏れ出た部屋の風と光が、和人を包み込んだーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あぁ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自然と、声が漏れる。

 

 

真っ白な世界。

 

 

その中に1人佇む、栗色の髪の少女。

 

 

ベッドの上で読んでいたであろう本を、太ももに置いた彼女は、ゆっくりとその顔を上げる。

 

 

卵形の顔を上げ、髪と同色の大きな目の視線が、和人の黒い目の視線と交錯する。

 

 

部屋に入ってきた者の姿を見た瞬間。

 

彼女はその可憐な顔に、驚きの色を浮かべた。

 

少し困惑するような。

 

しかし、どこか確信したような。

 

そんな表情に、和人は見えた。

 

 

 

 

「アスナ。」

 

 

 

 

和人は、少女の名前を呼ぶ。

 

それは、かつての彼女の名前。

 

ここではない別の世界で何度も何度も呼んだ、今とは別の、しかし同じ、彼女の名前。

 

 

名前を呼ばれた声を聞いた瞬間、少女に浮かんでいた困惑は、喜びへと変わる。

 

 

へにゃりと頬を(ゆる)め、優しい笑顔をうかべた少女は、ゆっくりとその小さな口を開いた。

 

 

 

「…キリト、君…」

 

 

 

少女の声を聞くと同時に、和人は歩を進め始めた。

 

一歩一歩、白く美しい床を踏みしめながら、少女の座るベッドへと近づいていく。

 

 

少女も、自然と手を伸ばす。

 

 

和人が来るのを待ちきれないかのように。

 

 

少しでも早く触れようと、手を伸ばす。

 

 

その指先が触れた瞬間、互いの指を絡め合う。

 

 

離れることがないように、互いの手を握りしめる。

 

 

 

…そして。

 

 

 

「……」

 

 

 

和人は、優しく明日奈の体を抱き寄せた。

 

彼女の体温を、体の柔らかさを全身で感じ、ゆっくりと息を吐く。

 

思わず震えてしまう和人の背中を、明日奈はゆっくりと右手で撫でる。

 

 

…しばらくして。

 

 

 

「…やっと来てくれたね、キリト君。」

 

「悪い、遅くなった…。」

 

「もうちょっと遅かったら、私がキリト君のとこに乗り込んでお仕置きだったよ?」

 

「…ごめん。」

 

「ふふ…冗談だよ。…ようやく、会えたね。」

 

「…ああ。」

 

 

 

2人はそう言うと、固い抱擁を解く。

 

互いに視線を交わし、互いの顔を見つめ合う。

 

…いつの間にか、目尻に雫が溜まる。

 

2人とも、柔らかく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…初めまして。結城、明日奈です。…待ってたよ、キリト君。」

 

 

「桐ヶ谷、和人です。…お待たせアスナ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人の顔が、近づく。

 

 

引き寄せ合う2つの唇は、ゆっくりと重なった。

 

 

触れるだけの口付けではなく。

 

 

長く、長く。

 

 

 

互いの存在を確かめ合うような長いキスを、2人は(かわ)した。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

ーー3年前。

 

 

 

とある少年と少女が、鋼鉄の城の最下層ダンジョンで出会った。

 

 

その後紆余曲折を経てコンビを組んだ2人は、互いに切磋琢磨し、時には喧嘩し、時には離れ離れになりながらも、果てには愛を結び、家族となる。

 

 

 

 

会った世界が壊れゆく時も、共に居た2人。

 

 

 

 

その2人がこの時、鋼鉄の城とは違う、別世界での再会を果たしたのだ。

 

 

 

 

 






シュンヤ君の話もそろそろ書かなきゃな…(*」´□`)」


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第6話 再会 Vol.2



人生は、取捨選択の連続。





 

 

 

「…学校、か。」

 

 

 

埼玉県にある、とある一軒家。

 

その家のキッチンで、沸かしたお湯をカップに注ぎながら、1人の青年がそんな言葉を呟いた。

 

出来上がった黒い液体に、お気持ち程度の砂糖とミルクを足してかき混ぜる。

 

 

『そう!キリト君の方にもお知らせ来たでしょ?私達、同じ学校に通えるんだよ!』

 

「元気だなぁ、アスナは。…学校があることをそんなに喜んでるのは、少数派だと思うぞ…」

 

 

『やったね!』と、スマホの画面越しに満面の笑みを浮かべる明日奈に、和人はコーヒーをすすりながら苦笑いを浮かべた。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

SAOに囚われた人々の中には当然、高校どころか義務教育すら終えていない子供達が少なからずいた。

 

そんな彼らが貴重な学習に使うべきだった3年間を仮想世界で過ごしたということで、彼らの再教育の場を設けることを国は決定づけたのだ。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

和人はリビングの机に移動し、置かれた紙を持ち上げ、見る。

 

そこには、来年から通うことになる学校の概要が事細かに記されていた。

 

 

「『SAOに囚われる直前までの学年は履修済みのものとし、その次の学年から学業を開始する』、か。」

 

『私は向こうに行くまでは中学3年生だったから、丁度高校1年生の勉強からだね。キリト君は?』

 

「俺は中3から。この歳になってまだ義務教育せないかんとは…」

 

『キリト君ももう17歳だもんね。』

 

「そういうアスナは18歳だな。」

 

『女性に年齢の話は禁物だよ?』

 

「18歳のピチピチの女子高生には通用しないだろ、それ。」

 

 

笑って和人が返すと、明日奈も『そうかも』とはにかみながら返した。

 

 

「アスナ、退院してからどうだ?何か体調に異変とかは…」

 

『大丈夫。心配性だなぁ。』

 

「心配ぐらいするって…」

 

『ふふっ、ありがとう。でも本当に大丈夫だから。体も順調だよ。』

 

「…そか。」

 

『それより、キリト君も勉強しなくて大丈夫なの?中学2年の勉強、まだ済んでないでしょ。』

 

「………いずれやる。」

 

『絶対やらない人のセリフだよそれ。もうっ。』

 

 

頬をふくらませて可愛らしく怒る明日奈に、和人は柔らかい笑みを浮かべて、コーヒーを啜った。

 

 

 

 

『そういえば、今日は1人なんだね。和真君と直葉ちゃんは?』

 

「2人とも外出中だよ。直葉はユイと一緒に買い物。和真は、メルと一緒に『野暮用』だってさ。」

 

『それあれだね。和真君何か隠してるんじゃない?』

 

「俺もそう思う。」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

とある小高い山の上。

 

 

周りの住宅街を見渡せるその場所に、和真はいた。

 

 

目の前にあるのは…墓石。

 

 

彼が下の水場から持ってきた桶の中には水と花が入っていた。

 

線香に火をつけて花を置き、墓石を軽く掃除する。

 

そして全ての所作をやり終えて墓石の前に座り込むと、ゆっくりとその手を合わせて目を瞑った。

 

まるで、何かを祈るように。

 

誰かの安眠を、祈るように。

 

 

…少しして、和真は目を開けて立ち上がる。

 

 

桶を持ち、ゆっくりとその場を後に…

 

 

「…」

 

 

…一歩踏み出したところで、和真は墓石をもう一度見る。

 

そして。

 

 

「…またな、ショウマ。」

 

 

かつての親友の骨が眠る場所で、和真は悲しげに呟いた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「須郷に加担したプレイヤー…その中でも死亡したギレス、ショウマ、オズの3人は死亡が確認されたよ。」

 

 

菊岡の無情な通告が、病室に響く。

 

元々は和真が依頼したこと。

 

「須郷に協力したプレイヤー達の安否を確認してくれ」と。

 

 

「…そうか。」

 

 

覚悟していた結末とはいえ、和真はゆっくりと息を吐く。

 

それは、ほんの少しの《期待》が無惨にも崩れ落ちたことを意味する。

 

黙りこむ和真に変わって、和人が改めて問う。

 

 

「菊岡、人体実験に巻き込まれた他のプレイヤーはどうなったんだ?」

 

「これから言おうと思っていたところさ。…君達が茅場晶彦を倒した後、つまり七十六層開放後にゲームオーバーとなった者達だが…」

 

 

 

「全員、生存扱いとなりこの世界への帰還を確認した。」

 

 

「…」

 

「そうか…良かった。」

 

「2人共、この事はメル君から聞いていたんだろ?」

 

「…ああ。だからこそ、最終決戦でのクライン達の《特攻》を実行出来たんだ。」

 

「…少しだけ、詳しく解説しようか。」

 

 

 

「須郷はアインクラッドでゲームオーバーとなったプレイヤー達のナーヴギアの殺人装置が起動する直前に強制的に停止。アカウントのない彼らの意識のみを強制睡眠に陥らせ、隔離空間に幽閉することで、人間の脳を使った人体実験を行っていた。」

 

「脳を使った…」

 

「人体実験…」

 

「その目的は、《人間の感情や思考を意のままに操る方法》を見つけだすこと。皮肉なことに、そうしてゲームオーバー直前でプレイヤー達を隔離していたからこそ、メル君が彼らを、そしてラスボス戦で死ぬはずだったクライン氏達を助け出すことを可能としたわけだ。」

 

 

菊岡の説明に、和人と和真は少しだけ苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

 

「ふん…元々あいつがいなけりゃ、七十五層で終わってたんだ。…皮肉もクソもねえよ。」

 

「まったくだ。」

 

「…ま、それもそうだね。さっきのは僕の失言だ。忘れてくれ。」

 

「それと、もう説明はいいや。菊さんのこれまでの説明で何となく分かったから。調べてくれてありがとう。」

 

「これくらいならお易い御用さ。」

 

「…あ、ごめん菊さん。も1ついいかな。」

 

「なんだい?」

 

 

 

「…ショウマの墓の場所、教えてくんねえか?」

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

かつての親友の墓参りを済ませ、長く続く階段を下っていく。

 

 

半分くらい来た時に、ショートカットの少女が反対側から登ってきていたので、少しだけ端により道を譲る。

 

 

『和真も律儀よね。自分と仲間を裏切った友人の墓参りだなんて。』

 

 

メルが口を開いたのは、その時だった。

 

耳にはめたワイヤレスイヤホンに、音声が届く。

 

 

「…ま、それが当然の意見だろうな。…けど、理由がどうであれ親友だったあいつを殺したのは俺だ。…ケジメをつけなきゃ、前に進めねえと思ったんだよ。」

 

『…そう。…相変わらずよく分からないわね、人間の《感情》っていうのは。』

 

 

耳元に聞こえる、メルの声。

 

聞く人が聞けば「無情だ」と非難するかもしれない彼女の意見だが、おそらくはそれが第三者からの率直な意見なのだろう。

 

皆、俺の気持ちを案じて言わないのだろうが、確実に思うであろうその言葉。

 

人でないAIであるメルだからこそ、言ってくれる意見だった。

その配慮のない物言いが、今は少しだけ有り難い。

 

 

『…それに、()()()()と会う日に、わざわざ行かなくても…』

 

「少しでも(わだかま)りはなくしたかったんでな。あとは、自身への《確認》も含めて、な。…要は、これも俺のただの《自己満足》だよ。」

 

『…そう。』

 

 

その言葉を最後にメルは黙り、何も聞いてこなくなる。

 

それは、彼女なりの配慮なのだろう。

 

「感情が分からない」と言いながら、自身に配慮してくれる相棒に、和真は少しだけ笑みを浮かべた。

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

…あの時の俺は、引くことは出来なかった。

 

 

あの世界で、あの戦場での俺とショウマは、敵として相対していた。

 

俺が躊躇い、彼をこの手で殺さなければ、俺は間違いなく死んでいただろう。

 

そうなれば、ショウマはユウキやラン、アスナさん達の元へと現れ、彼らの蹂躙に手を染めただろう。

 

 

躊躇えば全てを奪われ、躊躇わなければ相手の全てを奪う。

 

…あの時点で、俺に…いや。

 

 

()()に、選択肢は存在しなかった。

 

 

その選択が正解なのかは分からない。

 

そもそもその選択に至るまでの道が、不正解だったのかもしれない。

 

…いつまで悩もうが、いくら勉強しようが解が出てこない、最難問の問いだろう。

 

 

…けど、それでいいのだと思う。

 

 

いつまでも悩み、いつまでも彼の…唯一無二の親友の十字架を背負うことが、彼を踏み台にして《未来》を手にした、俺の《責務》であり《代償》だ。

 

 

ズキッ。

 

 

…今も残る、胸の痛み。

 

この痛みと共に、俺は生きる。

 

 

 

 

《選択》したのなら、それに伴う《責務》を果たすのは、当然のことだろう。

 

 

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

 

 

「…」

 

 

SAOにおいて、《ショウマ》の名でいた青年…本名・浅見 翔馬の骨が眠る墓前。

 

そこに、ショートカットの少女が佇む。

 

彼女は木桶に入れた水と花を手に、その墓を見下ろす。

 

あるのは明らかに新しい墓前に置かれた花と、未だに火がつき長さの残った線香。

 

そして、墓石にも磨かれた跡がある。

 

 

少女はその瞬間に、階段ですれ違った人物を思い出す。

 

 

道を譲ってくれた、ほんの少しだけ視界に入った青年の姿を。

 

 

「…あの人…」

 

 

少女は慌てて彼の背中を追ったが…

 

 

 

 

石造りの階段に、既に彼の姿はなかった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「敦、明日…」

 

『パス。』

 

「…まだなんも言ってねえんだけど。」

 

『だいたい分かった。パス。』

 

「エスパーか何かかな?」

 

『いいから。()()()()()()達の迎えは俺じゃなくてお前の役目だろ、王子様?』

 

「からかうなよ。照れる。」

 

『きめぇ。』

 

「ハハハッ。…敦。」

 

『ん?』

 

 

 

「ありがとな。」

 

『なんの事だか。』

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

最寄りの駅から電車に乗って少し移動する。

 

 

目的地は、4駅先の横浜市。

 

いつもは音楽を聴きながら電車に乗るが、今日はそんな気分にはなれず、通り過ぎる風景を目に焼きつける。

 

やがて電車が止まり、駅から出て少し歩く。

 

目的地までの道のりをメルにナビしてもらいながら、人のまばらな波を進んでいく。

 

 

…そして。

 

 

「……」

 

 

ある建物の前で、足を止める。

 

広大な敷地の中に、ガラス張りの巨大な壁が正面に見える何処か新しめの建造物。

 

視線を少しスライドさせると、表札が目に入った。

 

 

《横浜市立港北総合病院》。

 

 

それが、この建物の名前だ。

 

 

「…」

 

 

眺めるのも程々に、入口を通り抜けて建物の正面玄関にあたる自動ドアに近付き、開いたら迷いなく通り抜ける。

 

比較的新しい建物の中を少し吟味して、受付に走らず、しかし確かな足取りで近付いた。

 

 

「こんにちは。如何なさいましたか?」

 

「…面会を、お願いします。」

 

「かしこまりました。面会人のお名前は…」

 

 

「紺野木綿季と、紺野藍子です。」

 

 

食い気味に放ったその名前。

 

受付をしてくれた若い看護師1人目の名前を途中まで書いたその時、なにかに気づいたように顔を上げた。

 

 

「…失礼ですが、お名前は?」

 

「…桐ヶ谷、和真です。」

 

 

俺の名前を聞いた瞬間に、看護師の反応は確かなものとなる。

 

「掛けてお待ちください」と受付前の椅子を指すと、そのまま裏の方へと消えていった。

 

俺は特に何もすることなく、椅子に座るとそのまま背もたれへと体重をかける。

 

 

…待ち望んだ時が、刻一刻と近付いている。

 

 

そんな実感が、不思議と湧いた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

夢を見た。

 

 

かつて過ごした、空に浮かぶ城での生活を。

 

 

最初はあるきっかけから剣を交え、あらゆることを喋ることの出来る友人として、彼女のそばにいた。

 

親友である姉からの頼みだと言うのももちろんあったが、俺自身が彼女との関係を断つのを拒んだ。

 

やがて時間が経ち、俺と彼女は…いや、彼女達は隣に立つ戦友としてフィールドを駆け抜けた。

 

彼女達の仲間と騒ぎながらも、楽しく過ごした日々。

 

その日々は、どれだけ時間が経とうが色褪せないものだ。

 

 

…しばらくして、俺と彼女は結ばれた。

 

何回もの紆余曲折を経て、すれ違いや勘違いも挟みながら、心と心を繋げられた。

 

…俺の傍には、いつだって姉妹がいた。

 

 

 

…そうだ。

 

 

あの世界で、彼女が…彼女達がいたから、俺はーー。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

…目を開ける。

 

 

「…」

 

 

待ってる間に、寝てしまったようだ。

 

今日の墓参りや今現在のことを考えに考えすぎて、あまり寝れなかったのが原因か。

 

ほんの少しだけ自分の体調管理に苦言を呈しながら、ゆっくりと上体を前に…。

 

 

…ふと。

 

 

先程まではなかった、左側の席の気配。

 

特に躊躇うこともなく、横を向く。

 

そこに居たのは茶髪の女性。

 

肩甲骨あたりまで伸びた髪を、毛先の少し上でまとめて横に流し、ロビーに置いてある一冊の本へと目を落としている。

 

先程まで夢に見た少女達のどちらでもないことはすぐにわかった。

 

本人では無い。

 

だが、彼女に漂う何処か他人とは思えないその空気に、ようやく気づいた。

 

彼女が、《何者》なのかをーー。

 

 

「…おっ。起きた?和真君。久しぶり。」

 

「…お久しぶりです、恵おばさん。」

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

紺野恵。

 

 

木綿季と藍子の実母であり、引越し後も和真達の母・翠や父・峰高と良好な関係を築く。

 

敬虔なキリシタンでもある。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「…気付いてたんなら起こしてくださいよ…眠って待たせる男になっちゃったじゃないすか、俺…」

 

「やー、気持ち良さそうに寝てたから、思わずね。相変わらず可愛い寝顔だったよ。」

 

 

ニヒッと、いたずらっ子のような無邪気な笑顔は、俺の想い人と瓜二つであり、思わず少しだけ心臓が跳ねる。

 

想い人と重なったというだけで、別に他意はない。

マジで。

 

 

「…相変わらずですね、恵おばさん。魅力はとどまらず高まり続けてるみたいですけど。」

 

「お、和真君も相変わらず口が上手いねぇ。このこのっ。」

 

 

ドスドスと指で俺の二の腕をつつく恵。

それに俺は、笑顔で返す。

 

この人には、昔から敵う気がしなかった。

 

 

「座ったままもなんだし、歩こうか。着いてきて。」

 

 

恵に促されるまま、俺は立ち上がって歩き始めた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

病院の廊下は、変わらず綺麗だった。

 

隅々まで清掃が行き届いていることが、よく分かる。

 

 

「和真君も大きくなったねえ。こんなに立派になって、おばさんは嬉しいよ。」

 

「あはは…ガタイだけで、中身はさっぱりですけど。」

 

「そうかい?《向こう》では娘達を守って、支えてくれてたんでしょ?」

 

「…聞いてたんですね。」

 

「うん。記憶が戻った木綿季や、責任に押し潰されそうな藍子を支えてくれてたって、2人共嬉々として話してくれたよ。…あの子たちは、君にお世話になりっぱなしだね。」

 

「…それは、アイツらが自分で頑張ったからですよ。支えられてたのは俺の方だし、俺は何も…」

 

「相変わらず控えめだね、和真君。」

 

 

振り向き、クスリと笑う恵。

 

その眼の奥には、慈愛と懐古の色が見える。

 

 

「謙虚なのは君の美徳だ。あらゆる物事に謙虚だからこそ、君には飽くなき向上心と探究心が生まれる。」

 

「…」

 

「それと同時に、謙虚なのは自信のなさへの表れ。自信が無いからこそ、君は()()()()()()()()()()。君の社交性の仮面…ペルソナとも言えるかもしれないね。」

 

 

 

「…もう長い付き合いなんだ。私達の前でくらいは、褒められたら素直に喜びなさい。」

 

 

 

「…ほんと、相変わらず変わらないですね。その《丸裸》にする感じ。…全く衰えてない。」

 

「フフッ。若者には負けられないからね。」

 

 

俺に《心理学》を教えこんだかつての師は、そう言って無邪気な笑みを浮かべた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「さて、君がお望みの部屋だ。」

 

 

和真と恵の前には、1つの扉。

 

その上には、《無菌室》と書かれた表札。

 

恵は取っ手に手をかけると、一気に引き戸を開け放った。

 

 

 

 

中は、白い空間だった。

 

他に言い表す言葉がないくらい、白に塗り潰された空間。

 

壁や床。備え付けられたベンチまでもが、眩いまでの白色。

 

ガラスで隔てられてはいるが、向こう側もこちら側も配色は何も変わらない。

おそらく、ガラスの向こう側が治療室なのだろう。

 

だが、そんな白い空間の中でも異彩を放つ巨大な装置。

 

あれは確か治療用のナーヴギアである《メディキュボイド》とか言うやつだったか。

 

だが、確かあれは…

 

 

「…?」

 

 

と、そこまで思考したところで俺は、治療室にさらに奥の部屋があることに気づく。

 

どうやら、治療室の他にも患者が過ごせるスペースがあるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「和真!!」

 

「和真さん!!?」

 

「……」

 

 

 

 

直後、奥のスペースの入口から、2人の少女が現れた。

 

目を輝かせ、満面の笑みを浮かべながら近付く2人をみて、和真は一瞬幻覚かと思ってしまう。

 

それほどまでに、突然の出来事だった。

 

 

「和真!和真!和真!久しぶり!こっちでも会えてすっごく嬉しいよ!!えっと、えっと…ボクのこと分かる!?あ、分かるか。えっと……大好き!!!」

 

「ちょちょちょ、落ち着きなさいって木綿季ッ。色々ごっちゃになってるから…!えっと、お久しぶりです和真さん。会いに来てくれて、ありがとうございます。会えて、ものすごく嬉しいです。」

 

「ダメダメ姉ちゃん!ちゃんとその大きい喜びを体全体で表現しないと!!ほらこう!!ものすっっっっごく嬉しい!!」

 

「こ、こう…?」

 

「そうそう、そういう感じ!!」

 

 

そう言って、ガラスの向こうで何やら腕全体を使って巨大な円を描き始めた2人。

 

その様子を見て、恵が俺の横でクスクスと笑う気配がする。

 

だが、その姿は見れない。

 

今の俺の視線は、目の前の少女達に釘付けになっていたからだ。

 

未だ何も喋らない俺に、白いカチューシャをつけたショートカットの少女が覗き込むように首を傾げた。

 

 

「…和真?どうしたの?お腹痛いの?」

 

 

「子供か俺は。」

そうツッコもうとしたが、声が出ない。

 

まるで、それよりもやるべき事があるかのように、体が拒否する。

 

俺は埒があかないと思い、足を一歩踏み出し…

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あれ…?」

 

 

 

 

踏み出したところで、視界が滲む。

 

光が屈折し、目の前の光景が歪んだ。

 

 

「和真…?」

 

「…和真さん…」

 

 

2人が困惑の表情を浮かべた。

 

目元を拭うと、水滴が指に貯まっていた。

 

 

自分が泣いていると気付いたのは、その時だった。

 

 

「…おかしいな…なんだよ、これ…」

 

 

ようやく開いた口は、たどたどしく言葉を紡ぐ。

 

この世界で会えて、彼女達の笑顔を見れて、この上なく嬉しいハズなのに、その涙はとどまることを知らない。

 

何度拭っても、とめどなく溢れる雫はもう止めることが出来なかった。

 

雫を拭う動作が、5回ほど続いた後。

 

 

 

「ああぁ…ぅぁぁぁぁあああああ…ッ!」

 

 

 

俺は諦め、膝に手を付いて涙を最後まで流しきることにした。

 

2つの雫が鼻筋を通り、鼻尖で1つに交わって白い床へと落ちる。

溜まっていた何かを吐き出すように、何かは俺の目から流れる無限の雫へと姿を変えた。

 

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

 

馬鹿みたいな話をしたかった。

 

何気ないことで笑いあいたかった。

 

軽口を叩いて、たまには喧嘩して。

 

彼と…ショウマと共に、もっともっと、一緒に戦いたかった。

 

 

けど俺は、親友である彼を選ばなかった。

 

選べなかった。

 

 

()()()()()()()()()()は、とっくの昔に決まっていたから。

 

 

そんな彼女達よりも大切なものなど、出来るはずがなかった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

あの世界で。

 

 

カズマがもし万が一に、ユウキ達との繋がりよりも、ショウマとの繋がりを優先したら、彼とカズマの最終戦闘は起こらなかった()()()()()()

 

唯一無二の親友ができたことで、大切な友人が出来たことで改心し、ラフコフを抜けて、ユウキ達への大晦日の襲撃や、その他の事件も起きなかった()()()()()()

 

…そもそも。

サービス開始当初に彼とカズマが出会っていれば、彼は非行に走らなかったの()()()()()()

 

 

ただ、それらの内のどれかを選択した時。

 

 

カズマがユウキとラン、スリーピング・ナイツとここまで心を通わせることもなかった。

 

 

大晦日に起きたあの事件があり、過去を全員に打ち開けられたからこそ、彼らは次第に嫌われ者だったカズマを受け入れ、心の底から慕うようになった。

 

大晦日に起きたあの事件があったからこそユウキは記憶を取り戻し、カズマと想いを通わせることが出来た。

 

…そして、何よりも。

 

 

ユウキとランがいたからこそ、カズマはあの世界を生き延びることが出来た。

 

 

彼女達の支えがあったから、彼女達という存在がいたから俺は生き延びたと、カズマは言う。

 

それは、なんの不純物も入っていない彼の本心。

 

 

彼女達と生き延び、現実世界で会い、笑い合う。

 

それだけが彼の望みで。

 

彼の、たった一つの希望だった。

 

 

 

その代わりにショウマがなれたかどうかは、分からない。

 

なれた()()()()()()

 

だが事実として、カズマはユウキ達との繋がりを選んだ。

 

彼との絆よりも、彼女と…ユウキと、愛を育むことを選んだ。

 

 

その選択が正しかったのかは分からない。

 

 

もしかしたら、全員が生き残る可能性のあったルートを選ばなかった、間違った選択をしたと思われるかもしれない。

 

非難されるかもしれない。

 

 

…だが、和真には思えなかった。

 

 

 

彼女達が。

 

 

 

ユウキとランが、家族と笑い合える。

 

 

 

俺が、2人と笑い合える。

 

 

 

 

この光景を選択しことが《間違い》だとは…

 

 

彼にはどうしても、思えなかった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

涙を流す。

 

 

とめどなく溢れる雫が表すのは、自責の念、ショウマへの謝辞、そして…別れ。

 

 

楽しいことだけじゃなかった。

 

 

苦しいことも、悲しいこともあったけど。

 

 

かつての彼と紡いだ輝かしい思い出。

 

 

そんな中にいる、彼への…ドナウであった時のショウマへと手向ける、惜別の涙。

 

 

そしてショウマであった彼へと向けた、別離の涙。

 

 

先の墓前で流せなかったものを、最後まで、枯れるまで流していく。

 

 

 

「……」

 

 

 

恵は、ひたすらに涙を流し続ける和真の背中をさすり、木綿季と藍子は、そんな彼をいつまでも見守り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

建物の外。

 

 

2つ並んでいた茶色く染った葉。

 

 

その1つが、ゆっくりとその役目を終えたかのように、地へと落ちたーー。

 

 

 

 

 






自分の正しいと思う選択を、自信を持って選択していきたいですね。

まだまだ若輩者なので人生勉強中ですが笑

PS.紺野家の親の名前は完全に創作です☆


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第7話 将来の話


この話に書かれた情報を鵜呑みにするのだけは遠慮してくださいね。

あくまでも創作ファンタジーなんで笑


あと、前話と今話の温度差で多分グッピーが死にます笑


あと、長いです。



 

 

 

「…ごめん、取り乱した。」

 

 

いきなり涙を流してしまった後、和真は全てを出し切る直前に心を落ち着け、何とか涙を止めた。

 

未だに目元が赤く、鼻を鳴らす和真に、しかし3人は優しく微笑みかけた。

 

 

「んーん。別にいいよ。和真の泣き顔見れたの久しぶりだし、得した気分。」

 

「確かに、なかなかないものを見れたわね。」

 

「和真君をイジるネタがまた出来た。」

 

 

…いや、3人の悪魔の微笑みだった。

 

ひくりと、顔が引き攣る。

 

 

『安心しなさいユウキ、ラン。和真の泣き顔動画はバッチリフォルダに保存しといたわ。』

 

「わあ!ありがとうメルちゃん!また後で見せてね!!」

 

『これでいくらでもゆすれるわね。』

 

「今すぐ消せ。」

 

 

悪魔は、4人居た。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ま、冗談はさておき。和真君もようやく2人に泣き顔をさらせるようになったってことよね。良かったわ、2人が《本当に》信用されるようになって。」

 

「…別に信用してなかったわけじゃ…」

 

「和真君って無駄にカッコつけたがるから、この子達の前で涙なんて流したこと無かったでしょ?それを流すようになったんだから、『その程度で離れない』っていう信用が出来るようになったってことよ。」

 

 

ズバズバと繰り広げられる恵からの言葉の雨に、和真は顔を顰めるしか出来ない。

 

全て、的を射ているからだ。

 

 

「…だからその俺の内面丸裸にするのやめてくださいって。小っ恥ずかしい。」

 

「ははは。和真君は反応がいいから、ついついいじめ過ぎちゃうね。よしよし。」

 

 

言いながら和真の頭を撫でる恵。

 

ここからどう展開しようが負けるのが分かっているので、されるがままになる和真。

 

そんな2人のことを見ながら、ワナワナと木綿季は震えていた。

 

 

「か、和真が浮気してるー!!」

 

「おいコラやめろ人聞きの悪い。」

 

「和真が恋人の母さんに撫でられてデレデレしてるー!!」

 

「してねぇよ。」

 

「鼻の下伸びてたもーん!!」

 

「伸びてねぇ。」

 

「さっき笑いかけられてドキッとしてたしー!!」

 

「なんで知って……………あ。」

 

 

失言だった。

 

和真が口を塞ぐのも、もう手遅れ。

 

木綿季は涙目で、プルプルと身体を震わせながら和真を見上げながら睨みつける。

 

…そして。

 

 

「わーん!!和真の熟女好きムッツリスケベー!!」

 

「おいこら待て!病院で変なこと口走るな!!誤解だよ!!藍子からも何か…!」

 

「和真さん…最っ低…」

 

「ゴミを見る目!?」

 

「あははは!3人とも本当に仲がいいね!」

 

「これを見てそう思えるなら大したもんですね!?ちょっと待て木綿季!!誤解なんだってば!!」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「ふぅん。つまり和真は、母さんの笑顔がボクの笑顔に似てたからドキッとしたと、そういうことなんだね?」

 

「そうそうその通り。なんの下心もございません。」

 

『ドキッとした時点で下心しかないわよね。』

 

「シャラップ。」

 

 

要らないことを言うメル。

 

俺はすかさずスマホの音声をミュートにする。

 

彼女が最も嫌うやり方だが、この際仕方あるまい。

 

 

「姉ちゃんどう思う?」

 

「うーん、確かにその信憑性は高いわね…和真さんはどちらかと言うとロリコン寄りだし。」

 

「違うよ?真っ当に普通の女性が好きだよ?」

 

「でも木綿季も私も、女性として魅力的な肉体はしてませんが。」

 

「それはお前らだからだよ!本当は普通になんか、こう…発達してる人が好きなの!!」

 

「わーん!!和真のおっぱい星人!!」

 

「最っ低ですね。」

 

「どうしろと!?」

 

 

理不尽すぎて先程とは別に涙目になってきた和真。

 

そんな彼らの様子を見ながら、限界ギリギリ何とか笑いをこらえている恵の姿が視界の端に映る。

 

 

「和真なんか…和真なんか…!直葉やアスナにおっぱい揉ませてもらえればいいんだー!!」

 

「実の妹と義理の姉にそんなん頼めるかー!!あ、こら待て木綿季!!」

 

 

とんでもないことを捨て台詞にしながら、奥のスペースへと逃げていく木綿季に手を伸ばす和真。

 

そんなことお構い無しに、木綿季は奥へと逃げていった。

 

その様子を見ながら、とうとう恵が吹き出した。

 

 

「アッハッハッハッハッハッハッハッ!あー、面白っ。3人とも最高だよ。」

 

「…こっちは笑い事じゃないんですけどね。」

 

 

不貞腐れるように呟く和真。

 

彼はそのまま、ジロリと藍子の顔を見る。

 

その顔には既に、先程までのゴミを見る目はなくなっていた。

 

代わりに、顔を背けてプルプルと震えている。

 

 

「…おい、確信犯。お前のせいでさらにこじれたんだが?」

 

「…さあ、何のことでしょうか。私は何mブフッ!」

 

「誤魔化すなら最後までやりきれよ!!」

 

 

誤魔化しを試みて呆気なく失敗した藍子。

 

思わず和真も声を上げた。

 

笑いながら少し涙目になって「ごめんなさい…」と、楽しそうに藍子は呟く。

 

 

「ったく、どっと疲れたぜ…」

 

「けど、少しは元気出たでしょう?和真さん。」

 

「……」

 

 

チラリと、恵を見れば同じような笑みを浮かべる。

 

こういうところだ。

 

こういうところがあるから、この親子は憎めない。

まんまと掌に乗せられて、けど嫌な思いはさせないこの親子の気遣いが…

 

 

 

今は、たまらなく有難かった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「すみません、お待たせ致しました!」

 

 

少しして、無菌室の和真達がいる方へ1人の闖入者。

 

白衣を着て眼鏡をかけた男性が現れる。

 

少し急いできたのか肩で息をする彼が誰か、和真には分からない。

 

 

「あ、倉橋先生。」

 

「倉橋先生、お疲れ様です。」

 

 

恵と藍子が口々に言うことで、彼が彼女達の主治医であることに気付く。

 

倉橋と呼ばれた医師は呼吸を整えると、目の前の俺を見据える。

 

 

「君が、桐ヶ谷和真君ですね。お噂はかねがね…。僕はこの病院で医師をしております、木綿季君と藍子君の主治医の倉橋というものです。どうぞよろしく。」

 

「あ、どうもご丁寧に…」

 

 

差し出された手に握手を返すと、倉橋は爽やかな笑みを浮かべた。

 

 

「少しだけお話をしたいので、外で大丈夫ですか?」

 

「あ、はい。全然もう。」

 

「私も行こ。」

 

 

倉橋に促され、和真と恵が無菌室の外へと出た。

 

 

「藍子、木綿季へのフォロー頼む。」

 

「しょうがないですねぇ。」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「どうぞ。」

 

 

倉橋によってテーブルに置かれる黒い液体の入った2つの紙コップ。

 

和真と恵はそれをお辞儀しながら受け取る。

 

 

「失礼ですが、なんとお呼びすれば良いでしょうか。」

 

「あ、僕のことは下の名前で…もっと砕けた話し方で大丈夫です。」

 

「それでは和真君と…まずは、ご足労かけて申し訳ない、和真君。君に少し、話しておきたいことがあるので、こちらに呼ばせていただきました。」

 

「話したいこと、ですか。」

 

 

「木綿季君達と、君のことです。」

 

 

「…俺の…」

 

「まず和真君。君は彼女達に9月の段階から面会の要請を出していたと、僕の耳には入っているんですが合ってますか?」

 

「はい。僕が病院から外出が許可されたのがその時期だったので。…ただ、『指定された患者が面会可能ではない』と、面会は断られました。」

 

「その時は経験の浅い看護師が対応したことにより、君の名前を聞かずそれだけの情報しか与えず、申し訳ありませんでした。実は木綿季君と藍子君から、『桐ヶ谷和真という人から面会の要請があれば、自分達の容態を説明して欲しい』という要請はあったんです。それなのにそのような対応をしてしまったこと、この場で謝罪させてください。」

 

 

そう言って頭を下げる倉橋。

 

それに和真は頭を振る。

 

 

「謝ってもらわなくて大丈夫です。あの時は2人を心配する気持ちが強かったですが…今はああして、2人の元気な姿を見れたので気にしてないです。」

 

「そう言っていただけてありがたい限りです。これからも、新人の指導に力を入れていきます。…当時の彼女達は数値は安定しているものの、君と会うことで精神的な変化が起こり、それによって容態が悪化する可能性もあったので、お断りさせていただいたんです。」

 

 

なおも頭を下げる倉橋に対して、和真はどちらかと言えばむず痒い気持ちだった。

 

実際、特段気にしてなかったのだ。

 

そりゃ最初は心配で寝れない日もあったが、今の元気な彼女達を見たら、そんなことはどうでもよかった。

 

 

「それより、木綿季達の今の容態はどんな感じなんですか?何か悪化したとか…?」

 

「ああいえ、そういうわけではないんですよ。現実世界に帰還した当初は、しばらくの間向こうにいた影響で数値が不安定になっていた時もありましたが、今ではかなり安定してきています。おそらく、年内にはあの無菌室から出てのリハビリを行えると推測しています。」

 

「…それが僕に伝えたいこと、ですか?」

 

「正確には、少し違います。今日お越しいただいたのは《今》ではなく、これから起こるかもしれない《未来》の可能性について、お知らせすることがあったからです。」

 

「…未来、ですか。」

 

「木綿季君達から和真君は医療系に進もうとしていると言うことは聞いています。失礼ですが、今の君の持つ知識はどのくらいか分かりますか?」

 

「SAOに巻き込まれるまでのものでいいですか。」

 

「はい。」

 

 

倉橋の返答を聞くと、和真は少し考えるように腕を組み、天井を見上げた。

 

数秒後、体勢を直す。

 

 

「ざっとだと、解剖・生理学はあらかた終わって、関係あるか分かりませんが心理学もかじった程度なら分かります。ただ、広く浅くやっている可能性はあるのでどこまで深く、専門的に出来てるかはわからないです。」

 

「なるほど…帰還してから今日までは進めていないんですか?」

 

「はい。さっき言った単元の復習をしてたら退院の日になっちゃったので…。退院してから今日までは新しいとのもしてますが、理解するまでは行ってないです。」

 

「そうですか…」

 

 

 

「さすがにSAOの世界にも、()()()()売ってなかったですから。」

 

 

 

「…ちょっと待ってください。」

 

「はい?」

 

「今、()()()()と、言いましたか?」

 

「?はい。」

 

「まるで医学書以外は売っていたと言うような口ぶり…」

 

「はい。医学書というか、現実にあるような各分野の専門書はさすがに売ってませんでした。ただ、()()()()()()()()()()()()()なら、SAO世界の書店に並んでましたよ。」

 

「…!?」

 

 

これには、医者である倉橋も驚愕に包まれる。

まさか、デスゲームであるSAO世界で、現実の教科書が売られているなど、思いもしなかった。

 

 

「…ちなみに、どこまで進みましたか?」

 

「えー、終わらせたのがだいたい無限等比級数とか複素数の極形式とかでしたかね。向こうの教科書、何年生の分野とか書いてなかったんで最初からやってましたけど。」

 

 

少し笑いながら答える和真と相対的に、考え込む倉橋。

自身の記憶が正しければ、彼のやっていた範囲は、現役の高校三年生が丁度今やっているくらいの範囲だ。

 

それを、中学一年生で閉じ込められた彼がデスゲームの中でこなしていたと言う。

証拠なしでは、にわかには信じ難い話だった。

 

 

「和真君はSAO攻略の要である《攻略組》に所属してたんですよね?一体どこに、勉学へ費やす時間が…?」

 

「もちろん攻略終わった後ですよ。早上がりの日もあったんで、多くて一日3時間くらいは取れましたし。おかげで、3人組の中では1番レベル低かったですけどね。」

 

「でも、分からないとこもあったんじゃ…」

 

「その時は…こいつに教えて貰ってました。」

 

 

和真はスマホを取り出す。

 

ピロンッ

 

画面がついた瞬間、モードが切り替わる音。

 

 

『和真のお目付け役兼家庭教師AIのメルよ。SAOではこいつの保護者だったわ。』

 

「保護者かどうかはともかく、こいつに家庭教師してもらってました。おかげでこいつに会ってからはスイスイ進めましたね。」

 

「……」

 

 

倉橋にはもう、否定する材料がなかった。

 

信頼するしかないほどまでに、彼の言葉の全てに、根拠が存在していた。

 

 

「メルと出会う前は、高一の範囲までなら網羅してた人がいたんで、その人にたまに教えて貰ってましたね。」

 

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

「くしゅんっ!」

 

『風邪か?アスナ。』

 

「あ、ううんごめんねキリトくん。大丈夫。」

 

『寒くなってきたし、俺も気をつけないとな。』

 

「そうだね。風邪ひいたら、看病行ってあげるから。」

 

『…ちょっと風邪ひきたくなってきた。』

 

「もう。」

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

「…木綿季君達が、君を評価している理由がかなり分かったような気がしますよ…」

 

「アイツらはお人好しなんで、お世辞が上手いんですよ。」

 

「卑屈。」

 

「うるさいです。」

 

 

恵の「謙遜」を刺々しく言い換えた言葉を、和真は一蹴した。

 

 

「今日和真君に本当に言いたかったのは、この後からなんです。」

 

 

倉橋は眼鏡を指で少し上げる。

 

 

「和真君。木綿季君や藍子君、そこにいらっしゃる恵さんの体内にいるウイルス…《ヒト免疫不全ウイルス》は、一概に1つの種類ではないことは知っていると思います。」

 

「はい。」

 

「ウイルスは増殖や感染を繰り返す中で、徐々に変異していく特性を持ちます。何百年経っても変化していないウイルスは、かつての中世ヨーロッパや世界中を震撼させた、ペスト菌くらいです。」

 

「…」

 

「我々医者や科学者の方々がワクチンや対処を確立しても、それをすりぬけるように、ウイルスは進化を続けていきます。…まるで、我々人間のように。」

 

 

それは、和真も知っていた。

 

変異の1番身近な例で言うと、かつて世界的な大流行を起こした、インフルエンザウイルス。

 

先程の倉橋の話とは少し違うかもしれないが、あのウイルスもかつては鳥のみに感染していた《鳥インフルエンザウイルス》が、数十年に一度の頻度で起こる《フルモデルチェンジ》の変異により、ヒトに感染することが出来る《新型インフルエンザウイルス》へと変異したのが始まりだった。

 

 

「現状、木綿季君達の体内にいるエイズウイルスは通常型…薬物治療である抗レトロウイルス療法の効くタイプのものです。恵さんが無菌室でなく、この場にいるのがその証拠。」

 

「なら、なんの問題が…」

 

 

「…今、長年の薬物治療により、抗ウイルス薬の効き目が弱くなっている事例が多発しています。」

 

 

「…ッ…」

 

 

それは、和真もこれから先の未来で危惧していることだった。

 

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

そもそも、抗レトロウイルス療法は今からおよそ30年前、1996年頃に導入された治療法だ。

 

その概要は基本的には、抗ウイルス薬を決められた量服用していく薬物治療である。

 

当然、患者によっては薬の副作用が出ることもありそれに苦しめられた人達もいるだろうが、ここ最近はその点もかなり改善されて、死亡率も昔よりは急激に下がっている。

 

 

ただ、それはあくまでも薬が効いている間でのこと。

 

今体内にいるウイルスが、長年服用し続けたことにより薬への耐性を獲得…《薬物耐性型》へと変異した瞬間、現在の人類に打つ手は残されていない。

 

それこそ、死を待つしか出来ることはなくなる。

 

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

 

「…それは俺も、危惧はしていました。そのためにエイズウイルス自体を殺す特効薬を作ろうと、この道に行こうと決めたんです。」

 

「はい。その事も木綿季君達から聞いています。…ただ。」

 

 

「現状として、この日本でそれについて学べることは少ないと言わざるを得ません。」

 

 

「…」

 

 

今、日本にいるエイズ患者はざっと2000人ほど。

 

これは世界的に見ればかなり低い数値であり、事実、世界全体で見ればエイズの患者はおよそ4000万人ほどが存在している。

 

研究対象の少ない日本の研究が遅れてしまうことは、必然とも言えた。

 

 

「…そこで、僕から1つ提案です。…和真君。」

 

 

 

 

「僕と一緒に、アメリカへ留学してみませんか?」

 

 

 

 

「…はい?」

 

 

その《提案》は、いくら和真でも読めなかった。

 

あまりの急展開に、彼の脳もついていけない。

 

 

「ちょっと待ってください…え?留学?」

 

「はい。」

 

「いやいや、僕まだ中卒すらしてないんですけど、大丈夫なんですか?というかそんなんどうやって…」

 

「先程も言いましたが、日本のエイズ患者はそこまで多くありません。つまり必然的に、エイズウイルスについて扱える医者もそこまで多くないんです。そのような理由もあって、運良くまだ若輩の僕に、アメリカへの留学という話が先日舞い込んできました。和真君には付き添い…僕の手伝いとして着いてきて貰おうかと。」

 

「そんなん可能なんですか?」

 

「付き添いを選ぶことに大した決まりはありません。あくまでも医者である僕の秘書のようなものなので、その医師に選定は委ねられています。…当初は後輩の医者を連れていこうと思っていましたが、彼にも患者さんがいますからね。あまり、連れていきたくはないんです。」

 

「……」

 

「留学期間は、1年間。…どうします?」

 

 

 

和真は、イスにもたれかかる。

 

まだ、頭が整理できてなかった。

 

 

「…答えを焦って、今出さなくていい。和真の未来は、まだまだ無限大なんだからね。じっくり考えなさい。」

 

 

恵が立ち上がり、和真の肩を軽く叩く。

紙コップをゴミ箱に捨てながら、休憩室を後にする。

 

やがて倉橋も立ち上がって、少しカズマに笑いかけるとそのまま休憩室を後にした。

 

和真は紙コップに入った、もう冷めてしまったコーヒーを飲み干す。

 

 

「…唐突過ぎて困るわぁ……」

 

 

天井を見上げたまま、しばらく動けなかった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

話を終えた後に10分ほど考えて、結局答えを出せなかった後、和真は無菌室へと戻る。

 

倉橋医師は既に勤務へと戻ったのか、そこにはいなかった。

 

いたのは藍子、恵…

 

 

「木綿季が戻って来てないんだが。」

 

「まだ拗ねちゃってるみたいですねー。」

 

 

笑う藍子に、和真はため息を少し。

 

 

「あーあ。和真君のせいで木綿季が拗ねちゃった。今頃体育座りしながら膨れっ面でいじけてるのが目に見えるよ。」

 

「俺も同じ想像してましたよ。…ちょっと行ってきます。」

 

「はい。頑張ってください。」

 

「いってらっしゃい。」

 

 

2人に見送られながら、俺は隣の部屋へと移動する。

 

そこは景観としては隣の治療室と同じだった。

 

少し違うのは、こちら側にはベンチがない代わりに仮眠用のベッドがあり、ガラス張りの向こうには人が生活出来るような空間が整備されている事だ。

 

テーブルに椅子、2段ベッド。

さらに奥には風呂場らしきものもある。

 

 

…だが、木綿季の姿は、その中のどこにも見当たらない。

 

 

強いて言うなら風呂場の扉の向こうだろうが、長年の経験からこういう時の彼女は、俺が見つけられる所に居る。

 

視線の先を遠くから、どんどんと近づけていき…

 

 

「いた。」

 

 

和真は1番手前。

 

入ってきた扉からもっとも近い壁の角に、体育座りしながら膨れっ面を作る、白いカチューシャを着けたショートカットの少女を見つけた。

 

その目には、未だに小さな雫が浮かんでいる。

 

 

「木綿季。」

 

 

呼びかけられてピクリと反応を示すが、彼女はプイッと目をそらす。

 

俺は少しだけため息をついた。

 

こういう時の木綿季は、テコでも動かない。

 

なら、俺が取るべき行動は…

 

 

「おいしょっと…」

 

「…ッ」

 

 

俺はユウキのすぐ後ろというか、上。

 

透明な板に背中を預け、腕を組む。

 

 

 

訪れる、静寂。

 

 

 

………

……

 

 

「…和真。」

 

「ん?」

 

「…アメリカ、行くの?」

 

「…」

 

 

倉橋医師から、既に知らされていたのか、それとも母親の恵から聞いたのか。

 

それは分からなかったが、丁度いい機会だった。

 

 

「どーすっかなと、思ってる。そりゃ行けばこれ以上ない経験も出来るし、将来的にも役には立つだろうな。」

 

「……」

 

「けど、折角現実に戻ってきたことだし、もっとゆっくりもしたいなあと思ったりな。」

 

「……」

 

「かまってちゃんなお姫様もいることだしな?」

 

「…ふん。」

 

 

からかうと、木綿季はまたそっぽを向いてしまった。

 

その様子に、和真は楽しげに笑う。

 

 

 

「…木綿季は、どうして欲しい?」

 

「え…?」

 

 

 

予期せぬ問いに、木綿季は思わず顔を向けてしまった。

 

その目には、腕を組んでもたれかかる青年の背中が映り込む。

 

 

「正直さ、これまでにないスケールのデカい内容の選択で萎縮してんだよ。情けねぇことにな。」

 

 

和真は、そう言って笑う。

 

木綿季の目には、彼がどういう顔をしているのか見えない。

 

木綿季は、言葉に詰まってしまう。

 

 

 

…その時。

 

 

 

ピンポーン

 

『面会終了時刻の時間です。院内にいる…』

 

 

 

「…もうそんな時間か。それじゃ、俺もそろそろおいとまするかね。」

 

 

そう言って、和真はゆっくりと体重を前に戻して立位の体勢に戻る。

 

 

「じゃ、木綿季。また来るわ。さっき俺が聞いたことも、わざわざ焦って答える必要ないならな。」

 

 

和真はそう言って、出口の取っ手に手をかけた…

 

 

 

「和真…」

 

 

 

木綿季は、思わず立ち上がる。

 

和真は反射的に彼女を見た。

 

呼び止めたものの、木綿季の口からは言葉が出ない。

 

思わず呼び止めてしまったが、彼女の頭には彼へとかける言葉が未だにまとまっていなかった。

 

 

黙り込む木綿季を見て、和真は何も言わない。

 

…少しして。

 

 

「…またな、木綿季。」

 

「…うん。」

 

 

和真は笑いかけて、白い部屋を後にした。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

和真が帰った後。

 

 

夕食を済ませ、風呂に入った後も、木綿季はベッドの上に座り込み、考え続けていた。

 

あの時の、和真からの問い。

 

自分はどう返せばよかったのか。

どう答えれば彼のためになるのか。

何故呼び止めたのに、何も言えなかったのか。

 

そんな、自問自答を繰り返していた。

 

 

「まだ悩んでるの?」

 

「…姉ちゃん。」

 

 

木綿季より一足遅い入浴を済ませ上がってきた藍子は、タオルで長めの髪を拭きながら木綿季のベッドに近づく。

 

ちなみに、2段ベッドの構成は木綿季が上で藍子が下だ。

 

 

「何をウジウジ悩んでるのよ。木綿季らしくもない。…ま、でも。和真さん関連になると弱気になるのは、昔っから変わらないか。」

 

 

そう言って、ぽんぽんと木綿季の頭を叩く。

 

その時間が、少しだけ愛おしい。

 

 

「…姉ちゃん、ボク…なんて答えてあげたら良かったのかな。」

 

「…それを私に聞くの?」

 

「…ボク、和真と一緒にいたい。でも、和真の将来の重荷にはなりたくない。…何が和真のためになるのか、分からない。」

 

 

「私にも分からないわよ、そんなの。」

 

 

「え…?」

 

「いくら多少人より勘が良いと言っても、私も未来が見えるわけじゃないし、何が和真さんのためになるかは分からないわよ。木綿季が今まで和真さんにしてあげたことで、1つでも計算してしたことあった?」

 

「うッ…」

 

 

いつも行き当たりばったりでしょ、と。

 

鋭い言葉が投げ掛けられた。

だが、事実だった。

 

 

「じゃあ、どうすれば…」

 

「あなたの気持ちを、素直に和真さんにぶつけるしかないでしょ?それが木綿季のやってきたことで、和真さんを支えてきた要因なんだから。」

 

「ボク、上手く言えるか分かんないよ?」

 

「SAOであなたがそんな小難しいこと考えてたようには思えないけど?変に考えず、自分がどうしたいかをもう一度考えて、それに従って行動しなさい。」

 

 

「それが、《あなた達》でしょ?」

 

 

「…そっか。」

 

 

木綿季は何処か納得したような表情で、コクリと頷いた。

 

 

「ありがとう、姉ちゃん。」

 

「いいから、早く伝えてあげなさい。」

 

「うんっ。」

 

 

木綿季は足早に、隣の治療室へと向かう。

 

藍子はタオルを首にかけながら、柔らかい笑みを浮かべた。

 

 

「…ほんと、世話が焼けるんだから。」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ふぅ…」

 

 

病院から帰宅した後、飯を食べ、風呂から上がり、和真は自身の部屋のゲーミングチェアに座ってから、ため息を1つ。

 

あの時。

 

なんであんなことを木綿季に聞いたのか、自分でも分からなかった。

 

いつもはどんなことだろうと、《やってみなけりゃ分からん》の精神で、即決することなのだが…

 

 

「…木綿季のやつ、小難しく考えすぎてなきゃいいけど。」

 

 

少し、苦笑する。

 

自分で作ってしまった題ではあるが、木綿季の性格上、普段はしない悩み方を延々としてそうで、少し心配だった。

 

今の彼女は身体を気遣わなくてはならないから、尚更だ。

 

 

「…」

 

 

壁にある時計を見ると、既に短針は11の文字を指している。

 

今日眠れなかったことも考えて、もう就寝する時間だろう。

 

 

「メル、アラーム頼んだ。」

 

『…』

 

 

ミュートで黙らせたことを、まだ拗ねているようだ。

 

スマホを操作してアラームの設定をしてから、布団の中に…

 

 

〜♪

 

「?」

 

 

途端に、スマホが鳴りだす。

 

アラームをセットし間違えたかと思ったが、目覚ましに使っている曲とは違うもの。

 

ーー着信音だ。

 

 

スマホの画面を見ると、あるのは知らない電話番号。

 

 

「…誰だ?」

 

『…倉橋って医者の携帯からかけられてるわ。』

 

 

俺の問いに呼応するような少女の声に、和真は笑う。

 

 

「メル、機嫌直してくれたのか?」

 

『あと半日は許してやんないから。いいから、さっさと出なさい。』

 

「ああ。」

 

 

だが、倉橋医師から電話とは、どういう用件だろうか…。

 

まさか、木綿季達の身になにか…?

 

 

ピッ

「はい。桐ヶ谷です。」

 

『………』

 

「?あの…」

 

『…和真?』

 

「木綿季?おま、どうして…?」

 

『話したいことがあったから、先生に携帯電話を借りたの。』

 

「あ、ああ…なるほど。」

 

『…和真さ、ボクに聞いたよね。「木綿季はどうして欲しい」って。』

 

「お、おう…でも、そんなに焦らなくても…」

 

『ううん。もう決めた。ボクが和真に求めること。』

 

「…」

 

 

 

『ボクは、和真に自由に生きて欲しい。』

 

『ボクや姉ちゃんに縛られることもなく、自分の未来を生きて欲しい。』

 

『ボク達のことなんか気にせず、自分の道を真っ直ぐに突き進んで欲しい。』

 

 

 

「木綿季…」

 

『…それが、ボクの答え。ボクが、君に望むこと。』

 

「……ハッ。」

 

『…和真?』

 

「難しいこと言ってくれるよなぁ。…俺がお前らのことを気にしないで生きるなんて、無理に決まってるだろ。」

 

『…和真…』

 

「…けど、うん。ありがとうな、木綿季。」

 

『…!』

 

「おかげで、迷いが消えた。」

 

『…旦那さんの背中を支えるのは、奥さんの役目だからね。』

 

「ああ。…俺も、お前の背中ぐらいならいつだって支えてやるよ。」

 

『…和真。』

 

 

 

 

『大好きっ。』

 

「俺もだよ。」

 

 

 

 

『…じゃあ、おやすみ和真。また来てよね。…待ってるから。』

 

「ああ。おやすみ、木綿季。」

 

 

ピッ

 

 

 

「おぉーっし!やるかぁ!!」

 

 

和真はそう言うと、スマホを残して部屋を出る。

階段を駆け下りる音が、メルの聴覚へと届いた。

 

 

『母さーん!俺来年からアメリカ行くから!!』

 

『はぁ!?和真あんたいきなり何言ってんの!?』

 

 

一気に喧騒が広がる桐ヶ谷家のリビング。

 

和真のスマホの画面が光り、待ち受けの画面が表示される。

 

 

その画面の中では、3人の女性と1人の青年が、白い部屋の中で、笑みを浮かべていたーー。





急展開が好きな作者、ワイ。"(ノ*>∀<)ノ


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第8話 ザ・シード


W杯見てたら遅くなりました(´>ω∂`)‪_‬テヘペロ

※安定の気分乗らないと書けない男


 

3月。

 

 

色々なイベントが終わり、どこか静けさも感じるこの月。

 

 

俺…桐ヶ谷和人は、東京にて、とある人物と待ち合わせをしていた。

 

 

「…ここでいいんだよな?」

 

 

場所は六本木、高すぎるビルの中にある、いかにも高級そうな店の1つ。

 

入口をくぐるだけで、手押し扉のそばに居たウェイターが「いらっしゃいませ」と出迎えてくれた。

 

店内を見渡すと、いかにもセレブそうなおば様やおじ様達が優雅にティータイムを楽しんでいた。

 

 

「おーい、キリト君!こっちこっち!」

 

 

…そんな高級そうな雰囲気を台無しにする、男の声が響く。

 

俺に向けられたと分かるその声の主は、窓際の4人用のテーブルの椅子に座る、メガネをかけたスーツ姿の男。

 

入口前にいた俺はすぐに客全員の視線の的となり、更にはウェイターにも少し困った顔で見られたことで、気恥しさプラス申し訳なさがのしかかり、ジャンパーの襟で顔を隠した。

 

俺を呼んだ男の前に立つと、彼はニコニコと笑みを浮かべていた。

 

正直、殴りたい。

 

 

「やー、御足労願って悪かったねキリト君。」

 

「…こっちでその呼び方するのやめろって何度も言ってるだろ、菊岡さん。」

 

「あっはっは。ごめんごめん。」

 

 

1つも堪えてない返答に、俺はため息をひとつつく。

 

この男には、真剣に怒るだけ無駄だ。

 

そんな諦めと共に席に着くと、先程のウェイターが水とメニュー表を持ってやって来た。

 

 

「ここは僕が出すから、好きなように頼んでくれよ。」

 

「初めからそのつもりだ。」

 

 

そう言いながらメニュー表を開くが、お高い店だからなのかメニュー名が長すぎるし、どんなものなのか名前だけでは分からないので、少し動揺してしまう。

 

とりあえず1番お高いケーキと、ストロベリーを使ってるらしいケーキ、ついでに1番高いコーヒーを頼んでおく。

 

 

「おや、今日は少し食べる量が控えめだねキリト君。いつもは食欲旺盛なのに。」

 

「人を大食らいみたいに言うな。否定はしないけどさ。…この後少し予定があるんだよ。」

 

「なるほど。それでは、その予定のためにも手短に済ませようかな。」

 

 

言いながら笑って、菊岡はタブレットPCを取りだして操作し始める。

 

 

「今日は、君の入院中に作った貸しの代わりになる頼みについて話をしようと思って、こうして足を運んでもらったわけだ。」

 

「…まぁ、十中八九そうだろうなとは思ったよ。俺も、菊岡さんに色々してもらってるだけじゃ心苦しいからな。」

 

「そう言ってくれると有難いね。…まぁ、頼みと言っても君が今思い描いているような複雑なものでは無いとだけ言っておくよ。」

 

 

色々と考えていた俺への指摘。

 

見透かされていたようで、何処か良い気はしない。

 

 

「そうは言うけど、俺の出来ることなんて限られるぞ?なんせ来年からも一介の高校生だからな。」

 

「なに、現実世界でどうのこうのしてもらう訳じゃないさ。僕が君に求めるのは…」

 

 

カタッ。

 

 

()()()()でのことさ。」

 

 

そう言って、俺の前に置かれるタブレットPC。

 

その画面には契約書のような書類が映し出され、その上には《VR世界特別調査員》の文字。

 

 

「君には、僕達《仮想科》直轄の特別調査員になってもらいたいんだ。」

 

「…なんだよそれ。」

 

「やることは単純さ。君は僕が依頼したことをこなしてくれるだけでいい。主な内容は《仮想世界の不具合の調査》になるね。」

 

「俺にまた仮想世界に行けって?」

 

「僕は知ってるんだぜ、キリト君。君、最近妹の直葉君のススメでALOを始めたらしいじゃないか。丁度いいだろ?」

 

「…俺未成年なんだが。」

 

「世間一般的にはバイトも可能な歳だね。これもバイトと変わらないから、問題ないさ。」

 

「……」

 

 

なおも何処か渋る俺に、菊岡は《トドメ》を突きつけた。

 

 

「それに、君には《これ》を世界へと広めた責任があるんじゃないかい?」

 

「……」

 

 

タブレットPCの画面。

 

そこに映し出されたものを見て、俺はため息をついた。

 

そこにあったのは数多のVR世界の名称と、その上にある一際大きな文字。

 

そこには、こう書かれていた。

 

 

 

 

ーー《ザ・シード》、と。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

もう1年が過ぎようとしている、昨年の4月。

 

 

今は無き鋼鉄の城の消滅を、夕日に照らされながら見届けた後。

 

 

かつて《天才》と呼ばれた魔王は、俺達にあるものを託した。

 

 

「君達に1つ、《選択》を任せたいものがある。」

 

「選択…?」

 

 

カズマが疑問符を浮かべると同時に、天から落ちてくる金色の物体。

 

俺はそれを両手で受け止め、その造形を確認した。

 

それは、卵のような形をした金色の何か。

 

 

「…これは?」

 

「それは《世界の種子》…《ザ・シード》だ。」

 

「…世界の種子…」

 

「芽吹けばどういうものか分かる。それを今後どうするかの判断は君達に任せよう。削除し忘れるも勿論良しだ。…だが。」

 

 

そこで、少し彼は言葉を詰まらせた。

 

…しかしすぐに。

 

 

「だが、君達がこの世界に少しでも憎しみ以外の感情を抱いているのなら…」

 

 

その後を、彼は言わなかった。

 

まるで俺達には言う必要がないかのように。

 

 

言いながら少しだけ笑い、俺達に《世界の種子》を託して、彼…茅場晶彦は、俺達の前から姿を消した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「君がこの《ザ・シード》…VR世界創造のためのプログラム・パッケージを世界に拡散してくれたおかげで、あらゆる人達が自分達のVRMMORPGを作り出せるようになった。おかげで、僕達仮想科も職を失わずに済んだってもんさ。」

 

「あんたはちゃんと次の仕事もあるだろ。官僚サマなんだからさ。」

 

「はっはっは。…まあただ、そういい事ばかりでは無いということも君は知ってるだろ?」

 

「…まぁな。」

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

そう。

 

今や世界的に広がってきているVRMMOではあるが、それによるデメリットも存在している。

 

 

その1つが《VR犯罪の増加》。

 

 

元々フルダイブ型VRMMORPGというコンテンツは世界でも限られた、システムの整った会社くらいでしか運営されていなかった。

 

日本に限って言えば、かつてSAOを運営していた《アーガス》や、ALOを運営している《レクト》。

この2つが本格的に稼働していた、フルダイブ型VRMMORPGとその親元の会社だ。

 

外国には他にもフルダイブ型VRMMORPGを運営していた会社はあるにはあるが、それでも計10個と少しくらいの数だった。

 

 

…だが、俺が茅場晶彦から託された《ザ・シード》は、フルダイブ型VRMMO環境を動かす《プログラム・パッケージ》であることが、ユイとメルの調査で分かりその状況は一変した。

 

そこそこ回線の太いサーバーを用意して、《ザ・シード》をダウンロードさえすれば、誰にでもネット上にVR世界を作り出せるようになったのだ。

 

 

俺は2人に依頼して、誰もがザ・シードを使えるように、世界中のサーバーにアップロードしてもらった。

 

 

今では、ダウンロードされている数はおよそ5万、実際に稼働している大型サーバーは200を超えたと言うのは、メルの調査結果で知らされている。

 

 

そこまで増えると、当然問題も増えてくる。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「最近、VR世界で悪事を働く輩が多くなってきててね。詐欺パッケージの摘発なんかは僕達《仮想科》の領分なんだけど、VR世界内部のことはどうしてもまだまだ手探り状態でね。そこで…」

 

「元々VR世界に詳しいやつを雇って、そいつに調査をさせよう、と…」

 

「そ♪キリト君なら信用も出来るし、君が最初の直属調査員さ。」

 

「…信用してくれるのは有難いけど、俺だってこの春から学校もあるんだから、そこまで大層なことは出来んぞ。」

 

「もちろんそのつもりさ。この後に更に調査員を増やして、なるべく君の学業の負担にならないようにするよ。」

 

「増やすのはいいけど、ちゃんと事前に審査して選べよ?質が悪くてミイラ取りがミイラになったりしたら…」

 

「そこら辺も抜かりなくやるさ。…で、どうする?」

 

 

菊岡はそう言うと、俺の目の前にタブレットPCとスマホ用ペンシルを置く。

 

少しずつ話を逸らしていたことが、バレていたらしい。

 

 

「…もーちょい悩ませてくれよ。」

 

「君の中で、もう答えは出てるんじゃないのかな?」

 

「…」

 

 

見透かしたように、菊岡は告げる。

 

 

「…正直、SAOという過酷な世界から生き抜いて帰ってきたばかりの君にこんなことを頼むのは、気が進まなかった。」

 

「…」

 

「それでも、あの世界の最前線で戦い、生き抜いた君だからこそ、この大役を任せられると僕達《仮想科》は判断したんだ。」

 

「…」

 

「それに、須郷のような輩がもう一度問題を起こすと、VR世界は今度こそ窮地に追いやられるだろう。…それは、何としても防がなくてはならない。僕だってVR世界という存在にまだまだ無限の可能性があると、信じているんだ。」

 

 

 

 

「…キリト君、君はどうだい?」

 

 

 

 

「…はぁ…」

 

 

俺はため息を1つ。

 

そして、微笑をうかべた。

 

 

「…そんなこと言われたら、断れねぇだろ。」

 

 

俺の一言に、菊岡はイタズラっ子のような笑みを浮かべた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

いつの間にか届いていたスイーツとコーヒーをたいらげた後、菊岡と別れ、ビルの駐車場に停めていたバイクに跨って、国道を走る。

 

安全運転に気をつけながら、春先らしい少し冷たい風を受ける。

 

やがて国道から脇道に入って、住宅街へ。

 

ここら辺はもう世田谷区のため、お高そうなビルから変わって、お高そうな住宅が立ち並んでいる。

 

…まぁ、先程よりは少ないにしても、時折現れるビルやマンション自体は高いのだが。

 

 

『やっぱ埼玉(実家周辺)とは全然違うな…』

 

 

そんな事を思いながら走らせていると、目的地付近を告げる音声がスマホから鳴る。

 

俺は速度を落とし、目の前に立ち並ぶ高級住宅街から、事前に聞いていた外観の住宅を探した。

 

…そして。

 

 

「…あった。」

 

 

探していた外観の家を見つけた。

 

ついでに表札を確認。

《結城》と書かれた表札を確認して、ゆっくりと胸を撫で下ろす。

 

俺はスマホアプリを開いて、電話をかける。

 

 

「明日奈、俺。着いたよ。」

 

『うん、見えてるよ。』

 

 

言われて、二階のカーテンが少し開いていることに気付く。

 

栗色のロングヘアを揺らす少女が、俺に笑顔を向けて楽しそうに手を振っていた。

 

こちらも少し笑って、手を振り返す。

 

 

少女は満足したのか、カーテンを閉める。

そのタイミングで電話も切れた。

 

やがて、玄関のドアを開けて、彼女はその姿を現す。

 

 

「……」

 

 

その美しさに、思わず息を呑んだ。

 

 

手入れされた栗色のロングヘアはそよぐ春風にふわりとたなびき、柔らかい太陽に照らされてキラキラと光る。

 

服は白と水色のTシャツの上に、淡いピンクの上着を羽織って、ボトムは薄い紺色のジーパンを履くことで、どこか春の爽やかさをイメージした服装。

 

靴はショートブーツのようなものだろうか。

 

数ヶ月前に退院したばかりの彼女はしかし、今はもう適度な運動と食事を何度も繰り返しているためか、かつて見ていたような適度な肉付きを取り戻していた。

 

 

「おまたせ、キリト君。お迎えありがとうね。」

 

「いいよこれくらい。大切な彼女のためだからな。」

 

「そんなこと言って、ホントは別の用があったからでしょ。」

 

「…エスパー?」

 

「キリト君が分かりやすいだけよ。どうせカズマ君にそう言えって言われたんでしょ?」

 

「うッ…」

 

 

直感の鋭い彼女様には、全てお見通しだったらしい。

 

「もう」と言いながら笑う彼女に、俺も苦笑を浮かべざるを得なかった。

 

 

「ま、それでも迎えに来てくれてありがとうね。ついででも嬉しいよ。」

 

「いやいやそんなことは無いぞ?元々最初から迎えに来るつもりだったし…」

 

「冗談だよ。…えっと、バッグはどこに置けばいいかな。」

 

「あ、そっか。そのまま肩に掛けててもいいけど、気になるならこの中入れてくれ。」

 

「うん、分かった。」

 

 

座席の下に肩掛けバッグを入れて、俺は彼女にもう1つのヘルメットを被せ、しっかりと付けてあげる。

 

 

「キツくないか?」

 

「大丈夫。ありがとね。」

 

「お易い御用ですよお嬢様。」

 

「もう。」

 

 

ポスリと俺の背中を少し叩き、彼女はゆっくりと確かめるように後部座席へと腰を下ろす。

 

 

「じゃ、しっかり捕まっとけよ、明日奈。」

 

「うん、キリト君。」

 

「…あと、こっちでは《和人》な。」

 

「あ、ごめん。つい…」

 

「ま、別に今から向かうとこではいいけどさ。これから先は頼むぜ?」

 

「分かったわよ。さ、早く出ましょ?」

 

「へーへー。お嬢様の仰せのままに。」

 

 

明日奈からの小言が飛んでくる前に、俺はエンジンを噴かせる。

 

エンジン音が鳴り響くと共に、俺の腰に回された腕の力が強まった。

 

 

それを感じた瞬間に、アクセルを開放。

 

 

俺達の体が風に叩かれたのと同時に、明日奈が無音の悲鳴をあげたーー。

 

 

 

 

 

 

 

 






次の話とつなげようとも思ったんですがなんかダレそうなんでここで切ります。

次の話は和人君が言ってた《用事》かな。

お楽しみに( ´∀`)b


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