Fate/Eleven 〜超次元英霊サッカー〜 (千宮輝和)
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プロローグ:黄金の輝き

Fateシリーズのイナズマイレブンパロが見たかったので自分で書いてみました。キャラの人称は気をつけているつもりですが、間違いがあるかもしれません。極度のキャラ崩壊がないようには務めるつもりです。
超次元英霊サッカー。お楽しみいただければと思います。


曇りの空が少しずつ晴れていく。それはまるでその少女の心を、その少女の周囲にいる彼らの心を、表していたのかもしれない。

グラウンドの中央。引かれたばかりの白線が目立つ急造のコートに彼らはいた。十一人と十一人。とあるスポーツ競技が執り行われていた。

サッカー。

世界中に多くの競技人口を持つ屈指のスポーツ。各々の国のプロリーグや、数年に一度開催されるワールドカップなど、その人気ははかりしれない。

そしてこの国、日本でもそれは例外ではない。プロ、アマチュア問わず多数のプレイヤーが存在する。

 

少女が戦場という名のフィールドを駆けていた。

外見は後ろで団子状に束ねた金髪に、透き通った碧眼、顔は非常に美しく整っている。背は高くないが、彼女の容姿は人を惹きつける力があり、ひと際目立つ存在感を放っていた。

背があまり高くないということは、即ち歩幅の短さにも比例する。十五歳の少女ともなれば、同年代の男子に劣ってしまうのが常だ。

だが、違った。たとえ一歩は小さくとも、回転の速いその脚は何人たりとも近づけさせない。面前の敵をひらりとかわし、空いた隙を逃さず利用する。

誰にも奪えないボールは、少女の足に吸着しているが如き占有時間。男子にも全く引けを取らない。いや、明らかに彼女の動きは、男子のそれを凌駕していた。

キーパーを務めるキャプテンの衛宮士郎(えみやしろう)は、その彼女のプレーを見続けていた。華麗な身のこなしに目を疑い、驚愕したのだ。華奢な少女が魅せる、荒ぶる戦神のようでいて、戦士の活気を(たぎ)らせる戦乙女(いくさおとめ)の如き機動に、士郎は釘付けになっていた。

戦場を駆ける騎士王が、そこには居たのだ。

 

「……すごい。こんなプレー……初めて見た」

思わず感嘆する士郎。士郎だけではない。彼がキャプテンを務める穂群原(ほむらばら)イレブン全員が、彼女のプレーに驚愕していた。

そのうちの一人、柳洞一成(りゅうどういっせい)は相手チームのゴールに向かい走り出した。と同時に仲間に声をかける。

 

「彼女に続け! 反撃の時だぞ!」

声を張り上げる一成。一成は次期生徒会長と目される人物であり、その言葉には先導者としての素質が垣間見えた。

一成のそれを聞くなり、穂群原イレブンは必死の進撃を開始する。この機を逃さんと、一斉に敵陣へ突き進む。

敵陣の真っ只中にいた金髪の少女がそれに気づく。彼女は今まさに敵のディフェンスに阻まれていた。彼女の前には三人のディフェンダー。だが逃げることは出来ない。好機(チャンス)を利用しなければならない。だが強固な守りの前に、思わず体勢を崩してしまう。いまこの状況において、無理をしてまでこの守りを強行突破するのは安全策ではない。

--ならば。と彼女はそれを悟ると、左斜め後ろにいた一成にボールをパスする。一成はそれを受けとると、後方から上がってきた蒔寺楓(まきでらかえで)に譲り渡す。

彼女は陸上部を兼任していることもあり、フィールドを駆けるスピードも早い。ドリブル技術は然程(さほど)ないが、それでも勢いだけは人一倍優れていた。

 

「冬木の黒豹を舐めるなよぉー!」

自ら発案した二つ名を叫び、前へと駆ける蒔寺。

しかし、

 

「うわあああああああーー!」

敵選手の猛烈なスライディングを受け、倒れる蒔寺。ボールを奪われてしまう。

 

「ファール! 今の絶対ファールだって! ジャッジぃ!」

蒔寺が両手を広げ必死の抗議をするが、審判は反応なしだ。

 

「おのれぇー! 流石は魔霧(まきり)学園の悪辣判定! 偏向審判め許さーん!」

うぐぐ、と下唇を噛み、拳を握る蒔寺楓なのだった。

 

「なんということだ! 折角の反撃の攻めが台無しではないか蒔寺!」

「うるさいなポスト生徒会長! あんただって突っ込めなかったからあたしにパスしたんじゃないか! 早く取りに行けぇ!」

「な、何故貴様に一喝されなければならないのだ!」

試合中にも関わらず何故かいがみ合いになる一成と蒔寺。

 

「蒔寺……」

士郎はゴールからその様子を見ていた。頭を抱えている。

そんな間にボールを奪った敵選手が穂群原の自陣に侵入する。

 

「へへ、ちょろいもんだぜ」

ニタァ、と薄ら笑う魔霧学園の選手。

しかし油断は大敵だ。彼がボールを味方にパスしようとした刹那。ボールは彼の足下から消えていた。

 

「なにぃ!」

ボールを奪ったのは、

 

「ナイスめ鐘!」

 

親指を立て褒め称える蒔寺。め鐘とは蒔寺楓と同じく陸上部を兼任している女子、氷室鐘(ひむろかね)のことだった。め鐘という呼びは氷室が眼鏡をはめていることに由来する。

 

「甘いぞ蒔の字。一喜一憂は試合後にやるといい」

氷室がボールを蹴り上げる。パスだ。氷室がパスしたのは、金髪の少女だった。

 

「頼むぞ、セイバーとやら!」

 

セイバー。それが金髪の少女の名だった。

自らを(つるぎ)と名乗る少女。彼女の足捌きは剣の切っ先のようだ。

 

「任された、氷室鐘。このボールで、私が今度こそ勝利へと(いざな)おう」

 

セイバーは再び敵陣へと突入する。そして、再び立ちはだかるディフェンダー達。三つの巨漢は壁の如く(そび)える

 

「先程は攻めを怠ったが、同じ失敗を二度はしない。この技、とく受けるがいい!」

 

風が吹き荒れる。暴風がセイバーの周囲を纏い、それが足下のボールへと集中する。

それが意味するのは必殺技の発動。それも必殺“魔術”ではない。その使用者固有の力である神秘の具現。

 

「この技は!」

 

驚きの声をあげる敵ディフェンダー。

セイバーが発動したのは、必殺“宝具”……必殺宝具(ノーブルファンタズム)と呼ばれるものだった。

 

「インビジブル--エア!」

 

宝具の真名を開放するセイバー。

インビジブル・エア。またの名を風王結界(ふうおうけっかい)。それはセイバーのみが使用できる必殺宝具。ボールに極度に圧縮された空気を幾重にも覆い纏わせ、光の屈折率を変えボールを不可視の状態にするという必殺宝具。

 

「ボールが見えないだと--!」

「--これが、私の必殺宝具だ!」

 

見えないボールをセイバーは空に蹴り上げる。ボールの位置がわかるのは、このフィールドの中でセイバーだけだ。故に彼女を除いて、誰もボールの位置を捉えることは出来ない。

 

セイバーはディフェンダーの横を弧を描くように回り、ゴール前に辿り着く。

そして膝を曲げると、真上へ跳躍した。

ビルの二階ほどの高さまで跳んだセイバー。

 

「すごいな……」

 

氷室が口を開けたまま立ち尽くす。

跳躍したセイバーは虚空を凝視する。そこにボールが現れた。

インビジブル・エアはボールを不可視する必殺宝具だが、その効力は数秒程度しか働かない。故に発動状態は限られるが、不可視のボールという存在は、それだけで圧倒的なアドバンテージを生み出す。

空中に跳んだセイバーは更にボールを上へと蹴り上げる。フィールドにいる皆がそのボールを目で追う。

 

「何をするつもりだ……彼女は。あれだけ高くに蹴り上げたボール、彼女が跳躍しても届くことはないだろうに」

 

一成にはセイバーがやろうとしていることがわからない。彼以外の者も困惑している。ただ、一人を除いて。

衛宮士郎だけが、何故か彼女の行動の意図を理解した。

 

「そうか。セイバーはケリをつけるつもりだ」

 

その声が穂群原イレブンに伝播(でんぱ)する。それを聞くなり、一成も一つの予想が浮かび上がった。

 

「まさか、あの状態から……シュートを!? でもまさか。必殺宝具も先程判明した。ではどうやって? 必殺宝具は一人一つしか持ち合わせないはずだ」

「違うぞ一成。それは通説だ。ごく稀に、例外がいる」

「な、衛宮! ではあれは!」

「ああそうだ。セイバーは、二つ目の宝具を使うつもりだ!」

 

セイバーは文字通り、《飛んだ》。跳んだのではない。飛んだのだ。

 

風がセイバーを背中から突き上げる。まるで彼女を支えるように。天高く運び上げるように。

その高さ二十メートル近く。すなわちビルの六階に相当する!

サッカーコートにいた全ての者が、(おのの)いた。その規格外さに。その--騎士王の姿に。

 

「うおおおおおおおおおおーーー!」

 

魔力をボールに込める。弾頭はゴールを狙い定め、セイバーは蹴る。

そして開放される、二つ目の宝具--!

 

「ストライク・エアーーーーーー!」

 

圧縮された空気が一気に解放される。嵐の如き轟音が響き渡り、ボールが黄金の輝きを放った。

ストライク・エア。またの名を風王鉄槌(ふうおうてっつい)。インビジブル・エアとの連動技である。纏わせた空気を推進源とすることで音速までボールを加速させる、セイバー第二の必殺宝具。

黄金に輝いたボールは、まるで歴史に名高い伝説の聖剣を思わせた。

ボールは瞬く間にゴールへと突き刺さる。

その日。穂群原イレブンの伝説が、幕を開けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 



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1. 決意の日

東の空から照る陽光が多少の肌寒さを感じさせる春の空気と溶け込み、ちょうど過ごしやすいだろう気温へと中和していく。

坂道となっている道路の脇に植えられた桜は散り始めの頃で、満開の時期は過ぎていた。花弁が春風に乗ってひらりと舞い散る。道路の隅の段差には花びらが積もっていた。

そんな桜の木々を、歩を進めながら時折流し目で見る少年が一人。シワの一つない新品の学ランを身にまとっている。それは身体の成長を前提とし大きめのサイズで購入された物であり、その姿は服に着られているという言い方がふさわしい。

赤毛の髪に、背丈は平均より少し下ほど。顔は年相応の幼さが残る。

少年、衛宮士郎(えみやしろう)は本日、穂群原(ほむらばら)学園中等部の入学式を迎える。本人はこの日を待ち望み続けていた。

--ついに、あの穂群原学園のサッカー部に入れるんだ。

そう士郎の目的はサッカー部への入部だった。彼はサッカー部に入部し、プレーすることが念願であった。士郎の父がかつて所属していたというサッカー部。憧れの舞台なのである。

そんな穂群原への途を進む士郎。学園は山の中腹に建てられており、坂を上り終えると校舎は近い。

ふと振り返る。坂は中頃より少し上の辺り。そこから冬木の町が眺望できた。日本海と繋がる未遠川(冬木市の中央を流れ深山町と新都に分割する一級河川。)や冬木中央公園、新都のビル群が確認できる。それらが朝日を受けることで幻想的に見えた。

その光景を眺めながら士郎は呟く。

 

「俺はやるぞ切嗣(きりつぐ)。穂群原イレブンのキャプテンになって、全国で一位になって、そして切嗣……じいさんが成れなかった--」

 

士郎の、夢は、

 

「--プロのサッカー選手になる」

 

その夢想を再確認した。

 

 

◼︎ ◼︎ ◼︎

 

 

士郎は学校に着くと事前に知らされていたクラスに入り、入学式の流れ及び本日の日程についての大まかな説明を受け、すぐに入学式が執り行われる体育館へ向かった。途中で同じ小学校だった柳洞一成(りゅうどういっせい)と出会ったがあまり会話の時間は取れなかった。

入学式はあまり変わったこともなく、ごく普通に終了した。校長、在校生代表、保護者代表、新入生代表などの挨拶が順番に執り行われた。新入生代表挨拶は一成が務めた。本来は理事長挨拶もあったらしいが、理事長は理由は不明だが現れず代行者が代わりを務めた。

式後、新入生は再び教室に戻りホームルームとなった。

士郎のクラスの担任は葛木宗一郎という社会担当の教師だった。細身で身長が高く、スーツをぴしゃりと着こなす様は、何事にも実直に取り組む生真面目な教師の風格、雰囲気を感じさせる。葛木は生徒たちに的確に情報を伝え、ホームルームは早々と終わった。

生徒たちが続々と教室から出て行く。

そんな中教室に入ってくる者が一人。

柳洞一成だった。新品の制服が人一倍似合っている。眼鏡をかけ大人びた雰囲気だからだろうか。

 

「おお一成。さっきの新入生代表挨拶、凄かったな。ついこの前まで小学生だったやつとは思えなかったぞ。終わった後の拍手もなかなか鳴り止まなかった」

「お褒めいただき光栄だ。まああの程度は昨年の冬木市少年の主張大会に比べればぞうさもない」

「あれって確か冬木市民会館で行なわれたっけか。あの大ホールで発表するなんて緊張しただろ」

「多少はな。だからこそ、それに比べれば代表挨拶など寺の掃除より容易い。そういえば衛宮。貴様、宗一郎兄に訊くことがあるのだろう?」

 

一成は円蔵山に立つ寺院、柳洞寺の子である。その柳洞寺には葛木が住み込んでおり、一成は葛木を宗一郎兄と慕っている。

士郎は胸の前で手をポンと叩く。何かを思い出したようだ。

「あ、そうだ!」

「そうだ。宗一郎兄はサッカー部の顧問をやっているらしい」

「この前一成に教えてもらったばっかりだったのにすっかり忘れてた。さんきゅーな一成」

「かまわん。俺はここで待っているから、訊いて来い。ん? どうやら急いだほうがいいみたいだぞ」

 

一成が教室のドアに目をやる。葛木がちょうど教室から出ようとしていた。

 

「わかった。待っててくれ一成」

 

士郎は教室から出た葛木を廊下で引き止めた。

 

「あの、葛木先生。お訊きしたいことが」

「どうした衛宮? 何か」

「葛木先生はサッカー部の顧問だと聞きました。俺、サッカー部への入部を希望します!」

士郎は目を輝かせて訊く。

一方葛木は腕を組み、数秒何かを考えるような仕草をした。

 

「衛宮。わざわざ訊ねてもらったのはありがたいが……」

「俺! この穂群原のサッカー部に入ることが本当に楽しみだったんです! もう昨日は夜も眠れなくて! お願いします! 俺をサッカー部に……!」

「衛宮。私がサッカー部の顧問を務めているというのはどこで聞いた?」

 

その質問の意図を士郎は図りかねた。

 

「ええーと、柳洞一成君ですけど……」

「成程。どこかで断片的に情報を得たのだろうな」

 

葛木は組んでいた腕を下ろす。そして士郎としっかりと目を合わせ話し始めた。

 

「衛宮。私が担当しているのは、あくまで()サッカー部室の管理だ」

()? 旧ってことは新しい部室があるんですか?」

「いやそうではない。サッカー部室はそれだけだ。もっとも、新しい部室が作られたから旧になったのではなく、単純に無くなったから旧サッカー部室と呼んでいるだけだ」

「無くなった? 無くなったって? ええ?」

 

何かの聞き間違いだと思った。そんなわけがないと思った。

 

「衛宮。この学校にサッカー部はない」

「……」

 

時間が停止したように思えた。

士郎の唇は震え、足は小刻みに揺れだし、毛穴からふつふつと汗が湧いてくる。

 

「……な……な……」

「ん?」

「な……な…………なんでさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁぁぁーーーーー!!」

 

絶叫が、学校中にこだました。

 

 

◼︎ ◼︎ ◼︎

斜陽が校舎を照りつける。空は少しずつオレンジ色に染まり始め、カラスの鳴き声が時折虚しく聞こえてくる。カーカーと鳴いている。決してバーカなどとは鳴いていない。士郎にはそう聞こえたが。

士郎は死んだようにグラウンドの脇に座っていた。ぼーっとしながら先輩たちの部活動を眺めている。

グラウンドを使用しているのは野球部、ハンドボール部、陸上部。当然サッカー部の姿はなかった。

 

「その……すまなかった衛宮。俺が早とちりをした故に、このような勘違いを」

「……いいんだ……一成……ちゃんと確認しなかった俺が悪いんだから……」

 

うなだれる士郎と負い目を感じている一成。

あの後士郎は廊下にへたり込んでしまい、一成はそんな士郎を必死に元気付けた。応急処置こそしたものの、士郎が受けた心のダメージは大きかった。

士郎は考察する。

なぜ穂群原学園にサッカー部が無いと知らなかったのか。なぜ今の今まで気がつかなかったのか。

葛木によると、穂群原学園サッカー部は十年前の中学生サッカー全国大会フットボールグレイルウォーを境に廃部されたという。以後復活することもなかったらしい。

かつてこの穂群原学園にサッカー部は存在した。少なくとも十年前までは。士郎の父である衛宮切嗣(えみやきりつぐ)はサッカー部に在籍しており、決勝戦に進出した。これは士郎が聞かされてきた事実だ。その新聞記事などを士郎は実際に目にしたことがある。

では何故サッカー部が無くなったのだろう? 切嗣はそれを知っていたのか? もし知っていたのなら何故士郎に伝えなかったのか。

無論士郎が事前に調べていなかったのは失敗であるかもしれない。だがしかし、穂群原がサッカーの名門校と切嗣に聞かされ続けていたため、いちいち調べることをしなかったのは無理もないだろう。士郎はついこの前まで小学生であった。調べる手段をあまり持ち合わせてはいなかっただろう。

 

「くそ……俺はなんのために穂群原学園に入ったんだ……!」

 

拳を握りしめ、苦渋の表情を浮かべる士郎。一成は声をかけることが出来なかった。

 

「プロのサッカー選手になる。それが切嗣(おやじ)と交わした約束のはずだ。誓いのはずだ。サッカー部がないとなるとそれを果たすことが出来ない。こんなところで諦めないといけないのか……!」

 

---その時、士郎の中で何かが生まれてくるような気がした。躰の奥、心臓か脳かはわからない。だが深淵から何かが押し上げられ、表層に現れんとしている。

--サッカーをやる。

--穂群原のサッカー部に入る。

--プロになる。

--夢を叶える。

--誓いを果たす。

その思いが、願いが、祈りが、夢がカタチをなさんと必死に士郎の起源(なか)から訴えている。

諦めるのか。お前の決意はそんなものか。

「--いや、違う」

 

(--衛宮士郎。お前の夢は果てない。)

 

校舎の屋上から士郎を見つめるものがいた。赤い外套の男だった。現代に不釣り合いなその様相。おそらく生徒でも教師でもない。男は何者なのか。それを()知るのはまだ先のことであろう。

 

「体はボールで出来ている。そうだろう、衛宮士郎」

 

外套の男はそう言うと屋上から姿を消した。

 

I am the bone of my ball(体はボールで出来ている)。その言葉を残して。

 

士郎は一成に語りかけた。

 

「なあ一成。俺決めたよ」

「何をだ、衛宮?」

 

微笑を浮かべ、一つの答えを口にした。

 

 

「サッカー部が無いなら、作ればいい」

 

 

◼︎ ◼︎ ◼︎

東の空が暗がりはじめている。活動していた各々の部活動も後片付けを始めていた。

士郎と一成は職員室に向かった。

葛木にサッカー部の復活を提案するために。

 

「先生。さっきは突然大声をあげてしまい申し訳ありませんでした」

「自分からも謝罪を葛木先生」

 

お辞儀をし、最初に謝罪をする。一成は学校では葛木のことを宗一郎兄ではなく葛木先生と呼ぶ。公私の区別をつけているようだ。

 

「いや気にすることはない。サッカー部が無いことに驚いたのだろう。それより私に何の用だ」

 

淡々と述べる葛木。

士郎は口内にたまった唾をゴクリと嚥下(えんか)する。

「先生。サッカー部を復活させる、というのは可能でしょうか?」

 

士郎の声からは若干の緊張が感じられた。

 

「可能だ」

「本当ですか!?」

 

興奮する士郎を静めるように、葛木は手のひらを差し出す。職員室の教師陣が士郎を注目していた。

 

「……すみません」

 

顔が熱くなる士郎。葛木は続ける。

 

「ただし条件がある。まず部員。最低でも五人は必要だ」

「頑張って集めます!」

 

即答だった。

 

「成程。他にも予算の確保や活動上必要な道具の購入などが必要かもしれないが、衛宮が部員を揃えて来た時は、私が仕事を務めよう。顧問を担当してやっても良い」

「な、いいんですか!?」

「こら衛宮、声が大きいぞ」

「……すまん一成」

 

士郎は葛木の真摯な対応に驚いた。一成は葛木がこのような人間であると納得しているようである。葛木の表情こそ明るくなくむしろ暗いくらいだが、対応こそ素晴らしいものだった。

 

「元々私は旧サッカー部の管理担当であった。ならばそれに関係する生徒の管理も私の仕事だ。衛宮、部員集まると良いな」

 

淡々とした口調ではあるものの、士郎にはその言葉には思いやりが感じられるような気がした。

 

 

士郎と一成が外に出ると辺りは暗くなっている。西の空が僅かに光を残すだけだ。電灯がつき、士郎と一成はともに下校することにした。

 

「よし。早速明日から部員集めだ。頑張るぞ!」

右手を空に突き上げ気合を見せる士郎。

そんな士郎に一成は訊ねた。

 

「なあ衛宮。良かったら俺をサッカー部に入れてくれないか?」

「え!? いいのか一成。お寺の修行とかあるんじゃないのか?」

「スケジュールを調整すればなんとかなるだろう。流石に毎日とまではいかないかもしれないが、活動出来る日には毎日部活に出る次第だ」

 

一成はいつもの生真面目な表情を破顔させる。

その笑顔に士郎は心から喜びを感じた。

 

「ああ勿論だ。改めてよろしくな一成。頑張っていこうぜ!」

 

二人は途中で別れた。それぞれの帰途へ向かって行く。

 

本来はまだ肌寒いだろう春の夜だったが、士郎の熱はそんな空気を暖めて行く太陽。

初めての帰途はまるで新しい世界を開拓するようだった。

 

 



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