サーヴァント日常劇。 (青眼)
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母のなる彼女に捧ぐーーー

よし!ギリギリ十五日までには投稿できたぞ!!
いやぁ、本当は昨日に投稿しようと思ったんですけど、色々と忙しくて無理でした!

さて、今回は調子に乗って短編を書いて見ました!皆さんは、ちゃんと母の日に何かしてあげましたか?私は、とりあえずケーキでも買ってきましたよ!


「あぁ〜〜〜〜今日の仕事がやった終わった〜〜〜」

 

 タブレットに最後の一文字を入力し、誤字脱字検索システムを使った最終確認。オマケでアンデルセンやギルにといった、作家及び王様系のサーヴァント達によるチェックを終え、ごろんとベッド転がり込む。手元にある携帯端末を見れば、時間は夜の十一時をとうに回っていた。

 

「うへぇ、一応国際機関や魔術教会に見せる資料とはいえ、ここまで時間がかかるとは。もうここのまま眠っちまおう」

 

 タブレットの記録をセーブした後、寝巻きに着替えずにそのまま眠りに落ちようと目を閉じる。こんな所を婦長に見られでもすれば、拳銃を一発ぶっ込まれるだろうけど、それでもいいから早く眠りたい。疲れ果てた俺の精神を癒すべく、早々に夢の世界へトリップしたい。

 そう思った矢先だ。コンコンと、誰かが俺の部屋にノックをした。だが、それに応じるだけの気力は今の俺には無い。このまま黙って眠ってしまおうと思ったが、段々と打ち付ける力が強くなってくる。その事にイライラしてきた俺は、ため息を吐きながら起き上がる。

 

「〜〜っ!! ったく何処の誰だよ! こんな時間にノックなんてしやがって! 常識ってのを考えやがれってんだ!!」

 

 一心不乱に手を動かし、ようやく眠れると思ったのにそれを邪魔された俺は、ついキレ気味になりながらドアに近づく。扉に取り付けてあるモニターから、誰が来たのかを確認する。そこにいたのは、どこかの学校の服を着た二人の少女、こことは違う並行世界からやって来た二人の小学五年生。クロエ・フォン・アインツベルンと、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。二人の少女がそこにはいた。

 

《ね、ねぇクロ。やっぱりやめとこ〜よ。もう時間も遅いし〜……》

《何言ってるのよイリヤ。こんな時間だからこそ、わざわざ私たちがやって来たんでしょうが。というか、1日中部屋に籠っているんだから、どうせレポートぐらいしかしてないんだし、別に問題ないわよ》

 

 二人は何やら、俺に何か用があって来たらしい。正直、このままスルーしてやってもいいが、幼女二人が俺の部屋の前にいる、という時点で俺的にはアウトだ。仕方がないので、部屋のロックを解除する。

 

「………おい、今何時だと思ってるんだ。安眠妨害だろうが。常識考えて出直しやがれ」

「あ、こ、こんばんわ研砥さん! お久しぶりです!!」

「やっほ〜研砥。まぁいいじゃない。私と貴方の仲でしょう?」

 

 礼儀正しく挨拶をするイリヤに、快活に笑いながらこっちに手を振ってくるクロエ。イリヤの態度は普通だが、クロエのこれぐらいしても大丈夫だろうという態度に凄いイラッと来たが、俺の海の底より深い自制心でそれをグッと堪える。

 

「はぁ、それで? 狭間の所にいるイリヤまで連れて一体何の用だ? 俺は早くベッドインして眠りたいんだが」

「あははは………その、やっぱり今日も忙しかったんですか?」

「そりゃあな。種火とかはキャットを中心としたパーティーが勝手に周回してくれてるけど、この間の事件だけは、やっぱ纏めておきたかったしな」

「誰も覚えていない、SE.RA.PE(セラフ)って特異点の事だっけ? 本当にそんなのがあったの?」

「頭の痛い事だが、BBがここにいるのが紛れも無い証拠だろう? ったく、急にキャスター勢が増えてきて、キャスター用の石が足りないっつーの」

 

 頭をガシガシと掻きながら愚痴をいうと、イリヤとクロエが苦笑いを返した。まぁ、仕方がないとはいえ、ここまで素材がドロップできないと本当に辛い。もう少しドロップ率向上してくれないかね。

 

「あ、話が脱線しちゃったわね。え〜とね研砥。今日が何の日か知ってる?」

「…………? 五月十四日だろ? それが一体どうしたんだ?」

《あ〜〜〜これは駄目な奴ですね。いや〜、いくら忙しいとはいえ、これは流石にないですよ〜》

「お前は黙ってろよルビー。ギルのお蔵行きの刑に処すぞ」

《ちょ、それは流石に不味いですよ! あの人の蔵から出れるか本当に分からないんですからね!?」

 

 愉快型魔術礼装・カレイドルビーがいつもの陽気な声から一変、ステッキの両端を青くした。これはイリヤ本人から聞いた事だが、どうやらこの魔術礼装。無駄に機能が豊富だったり、悪徳商法染みた喋り方で魔法少女にさせられたりと。まぁ色々とあったらしいが、俺としてはただの面倒臭いステッキだ。別に、破壊してしまっても構わんのだろう?(黒鍵を構えながら)

 

「まぁ、ルビーの処罰はさておき、研砥さん。本当に思い出せない? 今日が何の日か、本当に?」

「いや、悪いが本当に思い出せないんだ。教えてくれ、今日は一体何の日なんだ?」

 

 真剣にイリヤ達に問いかける。すると、二人とステッキ一本が溜め息を漏らした。

 

「はぁ。あのね研砥。今日は五月の第二日曜日。つまり、日本だと母の日なのよ」

「そうそう。私もお母さんにちゃんとプレゼントとか送ったし、金時さんも頼光さんに何かプレゼントしてたよね〜」

《まぁ、感極まった彼女が施設の一部をぶっ壊してましてけどね〜〜」

「いやそれ不味いだろうが!! って、ちょっと待て。母の日………………?」

 

 クロエの言った言葉に反応して、少し頭に手を当てて考える。そうだ、確かこの日には俺も何かプレゼントするって予定が入っていたんだ。でも、一体なんだっただろうか。ここ最近の記憶を振り返ってみるが、全然思い出せない。

 

「でね、あの金ピカキャスターに頼まれてこれを貴方に渡して欲しいんだってさ。中身は貴方が知ってるから、絶対に開けるなって言ってたわ」

「ギルガメッシュさん、やっぱり怖いよね。はぁ、あれがギル君の成長した姿だと思うと、少し複雑な気分だなぁー」

《まぁまぁ。どんな人にも歴史があるってことですよ。というか、むしろ幼少期と少年期と青年期の三つも顔もある英霊なんて、そうはいないですよ》

「それ、アルトリアさんの前でも言えるかなぁ」

 

 目の前でガールズトークに花を咲かせている二人だが、とりあえず渡された物を手に取る。箱は均一な大きさからして立方体。箱をゆっくりと開くと、青い宝石を埋め込まれたブローチがあった。青い宝石には見覚えがあった。というか、これバビロニアの時によく見かけていたラピスラズリだよな。何でこんな高い物があるんだ…………。

 

「わぁ〜。すごく綺麗な宝石だね〜。少し羨ましいかも」

「ふ〜ん。確かに綺麗ね。それで? これを一体誰に渡そうと思ったの?」

「いや、本当に思い出せないんだ。つーか、何で俺はギルにこんな物を………」

 

 ついこの間までSE.RA.PEで活動して、世界を救ってきたばかりで記憶の整理ができていない。BBがやって来たから新たに部屋を作ったりと。色々と忙しかったからここ最近の出来事を振り返ってみるべきか。そこまで考えた時、ポケットからバイブ音が響く。誰からだろうと表示された名前を確認すると、この箱を渡してきたギル本人からだった。

 

「もしもしギル? 一体これは何の」

《そういうと思ったわ戯け。全く、貴様がこの我の為に働いた報酬として渡した物を、彼の母に渡す為に加工しろと言ったのを忘れているようだな》

 

 電話越しに聞こえるギルの声は、とても優しげなものだった。だが、絶対に顔を見たらこめかみがピクピクと動いているだろうと想像してしまった。これあれだ、顔は笑ってるんだけど目が全然笑っていないという奴だ。

 

《ふん。貴様がそれをどうしようと知ったことではないがな。この我の手を煩わせたのだ。とっととあやつに渡してくるがいい》

「いやだから! 俺はその渡す人を思い出せないんだって…………あ? ちょっと待て。プレゼント……母の日……ラピスラズリのブローチ………ああーーーー!!」

 

 今まで言われたキーワード。そして、ギルが渡してくれたブローチを見てから経ってから、ようやく思い出した。そう………ことの発端は、あのSE.RA.PEでの出来事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、これでようやく………ギルとアンデルセンのスキルレベルが、かん、す、と………きゅう」

「おい研砥。こんな所で寝るな。寝るのならせめて教会で寝ろ」

「全く、俺のスキルレベルまで上げおって。お前まで俺を過労させるつもりか」

 

 ここで回収したサクラチップをBBに交換して、QPを大量に集めた後、ようやく二人のスキルレベルがMAXになった。長かった………ここまで来るのに本当に苦労した。

 

「あ〜、ギルの為に毒針130本以上集めたからな〜。本当苦労したわ。あ〜疲れた」

「あのな……貴様は我の小間使いであろう。ならば、我の為に素材を回収するのは当然であろう」

「それより俺に休みを寄越せ。今回はずっと働いているんだ。いい加減休みを寄越さんか」

 

 今回のイベント……というか、何故か発生した亜種特異点を解決した俺たちは、ここで可能な限りの素材回収を続けていた。この特異点には、『Fate/EXTRA』シリーズに関係したサーヴァントがボーナス対象になっている。なので、コストパフォーマンス的な意味でもアンデルセンには働いてもらわなければならないのだ。

 

「まぁ良い。さて、ここまで我を強化したのだ。ならば、それなりに褒美を渡さねばならんな」

 

 呆れた顔から一変、満足そうに笑いながら黄金の波紋がギルの手に出現する。彼の宝具、『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』で何かを取り出した。波紋が消えると、彼の手の中には青く輝く宝石、バビロニアではとても貴重とされていたラピスラズリという宝石があった。

 

「ほれ、今回の報酬だ。臆することなく受け取るがいい」

「お、おう。でも良いのか? 結構貴重な物だろこれ?」

「別に構わん。我が渡すに足る働きをした証拠だ。さっさと受け取れ」

 

 面倒臭そうにラピスラズリを投げ渡しすギル。それに驚いてギリギリの所でキャッチすることに成功する。その事に安堵すると同時に、ズボンのポケットから携帯を落としてしまう。

 

「おいマスター。携帯を落としたぞ。全く、何でこんな事に俺が手を貸さねばならん………む?」

 

 アンデルセンが溜め息を吐きながら携帯を拾うと、何かに気づいたように声を漏らした。すると、今度は勢いよく立ち上がる。

 

「おいマスター! 貴様はこの日を、十四日が何の日か覚えいるか!」

「あ? あ〜いや、別に覚えてないが……」

「馬鹿か貴様! 貴様が最も信頼しているサーヴァントにとって大事な日だろうが!!」

 

 普段は温厚というか皮肉しか言わないアンデルセンが、今まで見たことのないレベルで怒っていた。あまりの出来事に目を丸くするが、次に彼が言った言葉は、俺をもっと驚かせた。

 

「十四日、それは日本でいう母の日! 貴様にとって、ブーディカといった母系のサーヴァントの大事な日だろうが!!」

「…………………あーーーー!! そうか!! 母の日か!! ってやばくないか!? もう一週間も準備期間ないじゃん!!」

 

 今の今まで忘れていた大事な日。そう、今回のイベントのせいで忘れてしまっていた、ブーディカさんといった人たちに感謝を送れる大事な日のことを。

 

「やっべぇぇぇ!! こ、こんな所で素材回収なんてしてる暇なんてないじゃん!! 急いで新宿辺りにレイシフトしてーーーーむ?」

 

 焦ってすぐにここから出て行こうと思ったその時、手の中にあるラピスラズリに目が行く。そこでふと思いついた。ここにいるギルならば、俺の考えたこともできるのではと。

 

「なぁギル。一つばかり頼みがあるんだが………」

「ーーーふっ。仕方があるまい。我もあの女には借りがある。言ってみろ研砥。今回は我も手を貸してやろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく、思い出した。ああそうか、あの時のやつか」

《はっ、思い出すのが遅いわ愚か者め。全く、我の手を煩わせおって、後で何か奢るがいい》

「あとでエミヤに何か作らせよう」

《いいだろう。ではな。早くしろよ研砥? もうすぐ日を跨ぐからな》

 

 そう言ってギルは通信を切った。相変わらずアーチャーの時とは比べ物にならない程優しい彼に感謝を言いつつ、俺はクローゼットに掛けてあるコートを取る。

 

「悪いなイリヤ! それからクロエ! あとで何か奢るわ!」

「え、ちょっと! それ結局誰に渡すのよ〜〜!! こら〜!! 待て〜!!」

 

 クロエの非難する声が聞こえたが、それを無視して俺は施設内を走り回る。召喚場、シュミレーター室に食堂。彼女がいそうな場所を色々と探して回るが、何処にもいない。それどころか、途中で頼光さんに出くわして凄い焦った。令呪とガンドが無ければほぼ即死だったなあれは。

 

「…………残るは、ここだけか」

 

 最後に残ったのは彼女の部屋だけ。正直、あまり女性の部屋に入りたくはないのだけれど、これも彼女に日頃の感謝を伝えるためだ。意を決してインターホンを鳴らす。

 

「あ〜、え〜とブーディカさん? 今大丈夫」

《む? 研砥ではないか? 少し待っておれ》

 

 部屋の中から現れたのは、いつものように赤を基調とした衣類を纏った、自称男装の令嬢。赤王ことネロだった。どうやら、毎度のごとくブーディカさんの部屋に入り浸っていたようだ。

 

「何だネロか。ブーディカさんはいるか?」

「ブーディカ? あやつなら酒を飲んで眠っておるが」

「ブーディカさんが酒ぇ? 何でまた」

「何でも、ママ系サーヴァントの集いだのて言って、さっきまで飲み会に参加しておったのだ。久しぶりに酒を飲んだのか、酔い潰れてしまってな。余が運んできてやったのだ」

 

 やれやれと首を振ったあと、ネロは後は任せると言って、そそくさとブーディカさんの部屋から出て言ってしまった。珍しい事もあるなと思いながらも、部屋の中に入る。そして、その直後に入ったことを後悔してしまった。

 

「って酒くさっ!! なんだこれ、酒呑とかに度の高い奴でも飲まされたのか……?」

 

 部屋の中に入ってすぐ。部屋中に充満した酒の匂いが酷く、鼻を押さえてしまう。普段の彼女からは全くしない匂いに驚きながらも、ゆっくりと部屋の中に入っていく。ブーディカさんはどこにいるのだろう、首を回しながら中を見た直後、誰かが俺にのしかかってきた。

 

「ひでふっ!?」

「あ〜研砥だ〜〜。ど〜したの〜? こんな夜更けに〜〜」

 

 いつもの優しげな声とは違う伸びた声。遠慮無く力強く抱きしめてくる両腕。普段は纏めている髪を外し、長い髪を思いのままに伸ばしたブーディカさんが後ろにいた。

 

「ちょ、ブーディカさん! 離れてくださいって酒くせっ!! 一体どんだけ飲んだんですか!?」

「ん〜〜〜? さぁ〜〜一体どれだけ飲んだのかな〜〜〜!」

 

 完全に酔っ払いのそれになったブーディカさんは、笑い上戸になりながら抱き締める力を更に強くする。おかげでとても柔らかい二つの山に思いっきり触れる事になるのだが、静謐や頼光さんとかのスキンシップ(強制)で、この程度の事に動じる軟い精神ではない。俺は抱きつかれたままゆっくりと立ち上がり、ブーディカさんを背負って移動する。

 

「いっちに、いっちに! いっちにっとぉ!」

「うわぁ〜〜! お布団だ〜〜!」

 

 ベッドにまで辿り着いた俺は、そのまま勢いよく振り向き、ブーディカさんをベッドに寝転がせる。すると、一通り言い尽くしたのか、それとも飲みすぎて疲れたのか。手足を伸ばしたまま眠ってしまった。

 

「すーー………すー……」

「ベッドに運んだらすぐに寝るって、どんだけ疲れてたんですか……」

 

 ふにゃ〜んと、顔を綻ばせながら眠っているブーディカさんを見て苦笑しながら、俺は彼女の部屋にある机の上に、例のブローチが入った箱を置く。直接渡せたわけじゃないけど、起こして渡すのも悪いし、今回はこうさせてもらうとしよう。

 

「さて、と。目的も果たしたし、後は部屋に戻って寝るかな」

「うにゅ〜……研砥ぉ………」

 

 部屋から出ようとした矢先、ブーディカさんの寝言が聞こえた。本当は寝顔も寝言も聞くのは悪いと思うが、自分の名前を出された以上、気になるのは仕方がない。内心で彼女に謝りながら、彼女が眠るベッドに腰をかける。

 

「研砥ぉ〜……いつも……ありがとねぇ……大好きぃ……」

「ーーーーはぁ。全く、この人は夢の中でも俺に会ってるのかよ。旦那さんや娘さんとの夢でも見たらいいのに」

 

 苦笑しながらも、ぼさっとした彼女の髪に手を伸ばし、優しく撫でる。その後、ついこんな言葉を口走ってしまった。

 

「ああ。俺も、大好きだよ。ブーディカさん」

 

 平成二十九年五月十四日。日を既に跨ぎ、五月十五日となった午前一時頃。彼女の部屋で、俺はそんなことを口走った。

 

 

 

 

 

 

 ありがとうブーディカさん。ブリタニアを守らんとした母よ。願わくば、こんな日がいつまでも続くようにと、俺は独り願うのだった。

 




ここまでの既読、ありがとうごさいました!
誤字脱字等がありましたら、是非指摘の方お願いします!感想は沢山送ってくれていいですからね〜!!

あ、よろしければ、『Fate/Boudica Order』や、ガチャ報告作品も読んでいってくださいね!(姑息な宣伝を………)


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短冊に掛けた願い。

なんか、急に書きたくなったので。完成度は低いと思いますのであまり期待しないでくださいねー


「………暑い。くそ、エアコン切れてやがる」

 

 その日は、なんとなくで目が覚めた。この間発見された第二の亜種特異点。『伝承地底世界 アガルタ』でも激動の日々を送り、つい先日それを解決させた俺はゆっくりと休暇を堪能、していなかった。

 たとえ、俺たちの行動―――『レムナントオーダー』と呼称された―――が人理を保つための行動だとしても、レイシフトは本来、簡単に行っていいものではない。行ったのであれば必ずお偉いさま宛にレポートを作成しなければならないのだ。この間の『新宿』でもそうだったが、今回は今回で壮大なスケールで行われた大事件だったから、それを纏めるために日夜レポート作成に時間をつぎ込んでいる。けれど、それで体を壊しそうになってしまい、それでは本末転倒だとエミヤに怒られてしまった。おかげで、今日は絶対休暇だと端末を取り上げられた。

 なので、今日はぐっすり眠って英気を養おうと画策したのだが。どうやら、いつもの癖で早くに起きてしまったようだ。目覚めも良いし、このまま二度寝をしようとも思わない。

 

「仕方ない、食堂に行って飯でも食うか」

 

 クローゼットからいつもの制服を取り出し、手早く着替えてマイルームを出る。今の時間は朝の六時二十分。早い人ならとっくに起きて鍛錬や作業に取り掛かっている時間帯だ。だが、寝ている人の方が多い時間帯ではある。そんな中でも、ここの食堂は今日も平常運転で開店している。

 

「おはようエミヤ。いつもの定食を頼む」

「了解だ。今日はよく眠れたか?」

「それなりに、な。けど、いつもの癖でこんな時間に起きちまったよ」

 

 食堂にて、いつもは立てている髪を下してエプロンを身にまとっている男、この間ようやく再召喚ができたエミヤに注文して、互いに言葉を交わす。俺の言ったことに彼は苦笑しながら、茶碗にご飯を、また別の器には汁物を注いでいく。

 

「ほら、朝の定食だ。昨日も言ったが今日は」

「分かってるっての。今日は何にもしねぇよ。……あ、でも宝物庫集会ぐらいは」

「ドレイクとキャットにいつも通りに任せておけ。毎日周回しているんだ、一日くらいは問題ないだろう」

 

 俺の朝飯を乗せた盆を渡して忠告してくるエミヤにしかめっ面と言葉を返す。最初の方はこっちが頼っている側ということで遠慮していたが、これでも一年くらい一緒の間戦い続けた。お互いにタメ口を言うくらいの仲にはなっている。ちなみに、朝飯は白飯と豚汁、おかずに鮭の炭火焼き大根おろし添えだ。米に汁物。肉とあっさりしたおかずがとても美味しい。毎日食べても飽きない味だ。

 

「いつ食べてもエミヤの飯は美味しいな。よく厨房で手伝いして俺も練習してるけど、追いつける気がしない……」

「ふっ、まぁ私の数少ない誇れる趣味だからな。そう簡単に追いつけるなどと思い上るなよ?」

「このドンファン面うぜぇ………」

 

 あまり意味は理解できなかったが、以前メルトリリスが言っていた文句を俺も言ってみる。といっても、エミヤはそれは意に介さずそのまま厨房へと戻っていった。俺としてもゆっくりと飯を食べたかったので何も言わずに箸を手に取った、その時だった。俺の盆から焼きたての鮭が消えていた。

 

「………………………………………令呪を持って命ずる。自害せよ、ジャガーマ」

「うにゃぁぁぁぁぁぁぁ!? ちょ、いきなり自害命令は酷くない!?」

「黙れ、さっさと自害せよ。令呪を持って」

「だから~! 悪かったって! ごめんなさい反省してま~す!!」

 

 俺の鮭を奪った者。この時間帯でこんなことをする奴は一人しかいないと判断した俺は、無心で自害命令を下そうとしたが、その前に犯人が涙目で寄り縋ってきた。虎を意識した着ぐるみっぽい何かを着て、近くにあった肉球棒を携えた女性。第七特異点『絶対魔獣戦線 バビロニア』から仲間になったランサー。南米で祀られている女神(笑)『ジャガーマン』だ。といっても、彼女は一応女神なので波長の合う人物の体を借りて降臨した、憑代召喚とやらで現界しているらしい。一部の人からは頭の頭の痛い話らしい。

 

「というか人の飯勝手に取ってんじゃねぇよ。一応女神様だろあんた」

「ふふん、食事どころでは常に戦場なのだ! 隙を見せた時点でマスターの負けなのだよ!」

「そうか、なら令呪を持って」

「はいごめんなさい調子乗ってましただから自害だけは許して――――!」

 

 とりあえずで自害させようとした全力で妨害しに来るジャガーマン。正直、朝からこんなハプニングに巻き込まれたから凄いイライラしてきた。本当に自害させてやろうかと思った直後、ジャガーマンの体が壁に叩きつけられた。悲鳴すら上げることができずそのまま吹っ飛ばされたジャガーマンだが、何故か途中にいたクー・フーリン(槍)も巻き込まれていた。

 

「ごめんなさいねマスター。ジャガーがいたからつい手を出してしまったわ」

「い、いや。こっちこそありがとうケツァルさん。ところでランサーが……」

「死んじゃったわね~。この人でなし~」

「な、なんで俺はいっつもこんな役回りにぃ………」

 

 目の前で消えていくクー・フーリンに同情しつつ、俺はようやく戻ってきた平穏な食事を堪能する。当然のように隣にケツァルさんが座ったから少し焦ってしまったが、本人は気にせずそのまま朝食を取り始めた。

 

「うん? 食べないのですかマスター?」

「いや、俺は向こうで食べるから、ケツァルさんはここで」

「え~。一緒に食べましょうよマスター。私、まだ貴方とは一緒に食べたことないんデスよ?」

「はい?」

 

 偶然、というよりも成り行きでケツァルさんと一緒に朝飯を食べることになった俺は、ここに来てからケツァルさんがしたことに耳を傾けた。何でも、一日に一人ずつ朝飯を一緒に食べて、対話を心がけていたらしい。同じ太陽系女神の玉藻さんから、反英霊であるジャックやエリザベート。時にはバーサーカーのヘラクレスともだ。

 最後あたりは大変だったろうなと声に漏らしてしまったが、満面の笑みで楽しかったと言われてしまえば何も言えない。

 

「それにしても、マスターは少し不思議な人ですねー。カルデアにいる彼と比べれば消極的に思ってたけど、意外と積極的な人間ですし」

「そうか? たんにあいつは周回作業をサボってるだけだろ。俺ぁ単に、あれだ。そういうことをするのが嫌いじゃないってだけだ。付き合ってくれる皆には悪いけどな」

 

 食後のサービスに、エミヤが配りに来た紅茶とチョコスコーンを受け取り、ゆっくりと食後の時間を満喫する。さっきはジャガーマンの邪魔が入ったが、今はゆっくりと休日を過ごしている感じがする。これも二人のおかげだ。とてもありがたい。

 

「あ、そう言えばマスターは今日お休みでしたネ。何をするんデスか?」

「特に予定は無いな〜。朝飯も食べたし部屋に戻ってこれまでのの戦いの再確認でも………?」

 

 ここでは娯楽になるものが殆どない。それこそ、レイシフトで現代社会に飛んで買いに行かないといけないレベルでだ。なので、『アガルタ』までの出来事を記録したDVDでも鑑賞しようと思ったその時。ふと、エミヤが緑色の何かを運ぼうとしているのが目に止まった。

 

「なぁエミヤ。その緑色のやつなんだ?」

「これか? 見ての通り笹だよ。今日は七月七日……七夕の日だからな。少々、レイシフトを使って回収して来た」

「過去に飛んで森林伐採とかひでぇ……」

 

 何でも無いように言うエミヤに呆れつつも、彼が小さな箱も持っていたので中を覗いてみる。中には小さい紙に一言二言文字が書かれていて、この笹に飾るための物だということが分かる。

 

「何々? 『おかあさんに会えますように』……これはジャックか。で、こっちは『休みを寄越せ』。アンデルセンかギルのどっちだ……?」

「こら、人の願い事を勝手に見るんじゃない。罰が当たるぞ。罰が」

 

 笹を置いたエミヤがデコピンで俺を諌める。筋力Dだが地味に痛いデコピン顔を顰めながらも、謝って箱を返す。

 

「なぁ、それって俺も書いていいか?」

「ああ。問題ないぞ。短冊はまだ残っているからな」

 

 エミヤが厨房近くの戸口から別の箱を取り出し、俺は手元にあるボールペンで願い事を書く。なんの変哲も無い、ありきたりな願い事だけれど。この旅や戦いを通じて大切だと思ったことだ。少々気恥ずかしいが、気にせずに笹に飾る。

 

「どれどれ……。おい研砥、何だこの恥ずかしい願いは」

「なっ、お前人に見るのは失礼だとか言ってた割に俺のは見るのかよ!?」

「当然だ。この企画を出したのは私だからな。ここに飾る価値のないものは即刻処分している。主に、黒髭やメフィストフェレスの書いたものだけだがね」

「あ〜。分からなくはないですネ〜。あの人たち、少しイラっと来たのでマカナでぶっ飛ばしちゃいましたヨ〜」

「それはそれで物騒だなッ!?」

 

 

 色々とあったが、俺はエミヤの審査に受かり、無事に笹に短冊を飾ることができたのだった。幸い、この短冊は匿名制なので、ここにいる二人がバラさなければ誰にもバレないだろう。そのことだけに安心しながらも、俺は食堂を出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お〜いアーチャー! 余の願い事を飾りに来たぞ!!」

「待ちなさいネロ! 私の方が先よ!」

「やれやれ………。相変わらず仲がいいなぁ二人とも」

 

 研砥がここを出て行った後、新たに三名が私の食堂にやって来た。といっても、ここに来るのは共に戦った戦友や、日頃から研砥を支えてくれているスタッフだけだが。

 

「はぁ。機嫌が変わっていないようで何よりだよ。ブーディカ、君もすまないな。今日は休日だっただろう?」

「別に構わないさね。せっかくの休日だから休もうと思ったら、ネロ公に纏わり付かれているせいで全然休めないしね」

「なにぉ? 余と一緒にいたら楽しいであろう!!」

「い〜や全然? むしろ気疲れで大変だよ」

 

 いつものように口喧嘩、というより意見を突っぱねている彼女たちを見て呆れながら、エリザベートが持って来た短冊を飾る。それを見た彼女は嬉しそうに笑った。

 

「よし! これで準備は完了ね! 次は、今年のハロウィンの準備をしに行かなくちゃ!」

「やれやれ、秋はまだ先だぞ? それに、前回のように執政を怠らないようにな」

「分かってるわよ! あぁ、早く来ないかしら! 私による、私のための、私だけのイベント!!」

 

 半ば自分の夢にトリップして、意気揚々にスキップしながら食堂を去るエリザベート。彼女が関わったハロウィンに良いことがあった試しがないことを知っている私は、ため息を漏らしてしまった。

 

『今年のハロウィンが、前回より派手に。前回より素晴らしく。前回より美しく。何より私が楽しいハロウィンになりますようにッ!!』

 

「…………理想を抱いて溺死しろ」(小声)

「うん? 何か言ったエミヤ?」

「いや、別に何でも。それより、君たちの願いは何かね? 一応、企画者としては飾る願い事を確認しないといけないのでね」

 

 嫌な役割だと理解はしているが、仕事なので仕方がないことだ。ネロが飾ろうとしていた短冊を見せてもらうと、彼女は彼女で頭を抱えたくなる願い事だった。

 

ーーー『今年こそは、余の水着かライダークラスを実装するのだッ!!』

 

「何だこれは。願い事というより願望丸出しの命令ではないか!」

「別に構わぬであろう? 元より、余はライダーのクラス適性を持っておる。加えて、余は既にフィギュア、ならびにEXTRACCCでは水着姿を披露しておるのだ。今年は、余の水着が出ても問題はなかろう?」

「突然メタメタしいことを言うんじゃない! 消されでもしたらどうしてくれる!!」

 

 ネロの発言に危険を感じながらも、研砥も願っていたことだと諦め、不承不承ながらも短冊を飾る。次にブーディカの短冊を確認したが、文句一つでない素晴らしい願い事だった。

 

ーーー『ブリタニアが、私の故郷にいる人たちが幸せでありますように』

 

「素晴らしい。一番高いところに飾らなければな」

「なぬっ!? なぜ余の願い事はダメでブーディカのは良いのだ!?」

「いや、あんな願望丸出しの願い事だとダメでしょうに…」

 

 ブーディカに呆れられて憤慨するネロを見てため息を漏らしながらも、私は黙々と短冊を飾る作業を続ける。あと少しでこれも終わると思ったが、ふと、ある短冊に目が止まった。

 

「………まぁ、私も同意しなくはないがね」

 

 ここにいない彼が飾った短冊を見て、一人つぶやきながら私は厨房に戻る。今日はとても暑い日だ。こんな日には、冷たい素麺でもつくってみるとしようーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

『誰もが平和な世界。とまで行かなくても、笑顔が絶えない世界でありますように』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで、急遽作成した季節イベント七夕編でした〜。
ここまでの既読ありがとうございました。
感想・誤字脱字はいつでもお待ちしております!!


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ありし日の夢、払拭される無念

―――――――衝動的に書き殴った駄作です。暇つぶしにどうぞ。


 皆に一つだけ聞こう。吸血鬼という存在になんという反応をする? 己の同胞を増やすために対象の血を啜り、闇夜に紛れて人を喰らう魔性の生き物。それらは全て悪だと断じられることが多いだろう。

人理焼却を防ぐ旅。魔術王との最終決戦の果てに逃走した魔神柱の討伐。そして、今回のクリプタ―と呼ばれる元カルデアのマスター達との全面対決。様々な過程があったが、少なからずこのカルデアにも―――正確には、彷徨海という組織内に作られた第二のカルデア―――少なからず吸血鬼の能力を得たサーヴァントは複数存在する。例を挙げるとすれば、血を啜ることで美を保とうとしたカーミラ。串刺し公と名高きルーマニアにおける護国の鬼将ヴラド三世などか。血を好んで浴びていたとされている彼らは『無辜の怪物』という、後世に伝わった者達の集団意識によってその能力を付与された。尤も、彼ら自体はその時代を生きた半英雄として英霊の座に登録されており。ヴラド公はドラキュラと呼ばれることを嫌悪するあまり、その力を使用することを強制したマスターを惨殺する覚悟もある。

 さて、今更改まって吸血鬼の話をしたのか。それは、この第二のカルデア。ノウム・カルデアにて新たなサーヴァントが複数召喚され、その中の一騎が吸血鬼。しかも、その中でも上位種である『真祖』というカテゴリーに属する者だからである。クラスはアサシン、名は虞美人。数千以上もの月日を生き、ある魔術師と交わした契約の果てにカルデアと敵対したクリプタ―の一人。その思いは今も、彼女の胸中の中にある一人の男性を恋い焦がれている。これは、そんな彼女が召喚されたばかりの話である。

 

 

 

「まあ、私が言えた義理じゃないけど。仮にもレイシフト適格者ならその義理でも果たしらどう?」

 

 惰眠を貪っていたマイルームの中で一人の女性の声が響く。どこか戸惑ったような声ではあるが、こちらの事を思ってくれているということは伝わってくる。きっと彼女の事だ、無視を決め込んでも何も言わずに部屋を出ていく。基本的に彼女は無関心なのだということは、彼女を召喚してから過ごした数日で身に染みている。こうして起こしに来たのも暇つぶしの一環だろう。

 だが、彼女がわざわざ起こしに来てくれたのは素直に嬉しい。重い瞼に力を込めて開かせ、ぼんやりとした頭で何とか体を起こす。蹴飛ばして床に散乱した布団をベッドに直しながら、律儀に部屋の入り口に立っていた彼女に声をかける。

 

「おはよう、虞美人。今日はありがとな」

「別に、お前がマスターだから仕方なくやっているだけよ。仕方なくね」

 

 忌々しそうに二回も言って強調する彼女の指摘に苦笑しながらも、そそくさと寝間着から普段着へと着替える。女性がいるのに着替えるとは何事かと言われるかもしれないが、彼女自身が服や衣装等にあまり頓着しない気質なのだ。着替え中のマイルームでばったりというのはもう何度もやっていることなので、そういった展開は起こらない。必需品が入っていることを確認したあと、端末に入っている今日の予定を確認する。

 

「とりあえず、虞美人の強化に必要な素材の回収だな。一緒に来てくれるか?」

「構わないわ。というか、ますます私をこき使うつもりね。ま、別にいいけど」

「先輩に頼る非力な後輩と思って勘弁してください……」

 

 隠しもせずに呆れを露わにする彼女の発言に苦笑しながらも、二人は並んで部屋を出る。とりあえず朝飯を食べることや、他愛のない世間話をしている彼らを傍から見ると、知り合い以上友達未満の関係に見える。だが、マスターである彼は自覚していた。自分と彼女との距離感は、未だに崖と崖の向こう側の様に広く深いということを。

 

 

 

「ふぅむ………うむ……ふむふむ」

「貴方がそこまで思い悩むのも珍しいわね。何をそんなに悩んでるのよ」

 

 先ほどのカルデアから一変。組織内に複数存在するシミュレーターの中で虞美人はマスターと別れ、ある高貴な装いをした不思議な存在と言葉を交わしていた。性別でそれを表現するのは出来ない。何故なら、彼女の隣に在る存在はそんなものを超越した正真正銘の仙人だからだ。それが身に纏うオーラというべきか、それともどこか引き付けられるその仕草か。どちらにしても並みいるサーヴァントの中でも抜きん出る能力を身に秘めたそれは、悩まし気に辺りを見ながら思案していたことを口にする。

 

「いやなに。このシミュレーターというものの精度を朕の目を以て測っていてな。やはり、朕が収めていたシンより発展した技術が多い。ここまでのノウハウを一つの組織、否。世界中の各国に溢れ返っておるとは。いやはや汎人類史の人間共は賢しいと再評価していたのだ」

「ああ、確かにそうね。少なくとも、一部の民を除いて技術を独占していたアンタの国よりは発展してるわよ。人間は愚かだから、他者より抜きん出ていないと安心できないのよ。それを競うために争いを起こして、その度に技術を向上させていく。ほんと、どうしようもないくらいに惨めよね」

「辛辣な評価だな仙女よ。まあ、朕もその点に関しては同意なのだが」

 

 笑いながら虞美人の発言を肯定する者の正体。それは、彼女と共に存在していた第三の異聞帯における王だ。異聞帯、即ち剪定事象から汎人類史のマスターと契約するサーヴァントとして現界する際、裁定者のクラスを以て現界せしめた中国における原初の皇帝。名は既に無く、『始皇帝』という銘を以てそれはここに現界している。ちなみに、始皇帝は性別を超越した仙人として霊基グラフに登録されており、性別・朕と表示されているために性別による呼称が出来ないのである。

 

「いやはや、このシミュレーションというのも実に興味深い。適当な数字を入力することで物体や敵だけでなく、世界をも再現することが可能とはな。限度はあるようだがそれはそれ、この通り朕のシンさえも再現出来る事さえ叶おう」

 

尤も、カルデアの技術力はあの天才で底上げされている点も加味されているのだろうがな。わざとらしく理に適った解を言う始皇帝を横目に、虞美人は淡々と作業的にエネミーを屠る。手に握った刀を投げ飛ばし、ある時は魔力を込めた血のように赤い剣の雨を降らせる。戦闘することに躊躇いを持っているわけではない。確かに彼女は真祖の能力を以て召喚されたが、あまり戦闘をこなさずに過ごしたので戦いに向いているサーヴァントではない。だが、こうして召喚された以上はカルデアが使役する使い魔としての務めを果たす程度の事はしなければという義務感で彼女は戦っている。

それは、隣に並び立つ始皇帝も同じこと。話を聞いてくれないことに少しだけつまらぬように眉を寄せながら、己が身に纏う水銀を様々な武具に変化させて戦う。この場には二人しかおらず、敵性エネミーの数は三十は超えていた。だが、その数の差を寄せ付けない強さを隠すことなく奮う二人の前に、再現された八極拳使いや模造戦車が駆逐されていく。だが、僅かばかり残った残党が一段となってこちらに特攻してくるのを見て、虞美人は溜め息を吐きながらも内に宿る魔力を開放する。

 

「面倒ね。纏めて蹴散らすから、下がっていてくれるかしら」

「うむ。仙女の全力、ここに知らしめるがよい。朕は傍らでそれを再評価することとする」

「気やすく言ってくれるわね」

 

 あくまでマイペースな始皇帝の発言にイラっとくるが、あの性格は死んでも直らないことは見ての通りだと諦め、今は眼前のエネミーの駆逐に専念する。二振りの刀を実体化させる魔力も次の行動の為に全て回す。燦然と輝く真紅の瞳、吸血鬼の証たる獰猛な犬歯を惜しげもなく晒しながら体内から血の様に赤い何かを吹き出す。それらすべてを手動で操り、こちらに向かってくる雑兵共に照準を定める。

 

「滅びの定めにすら見放された、我が永遠の慟哭。空よ…! 雲よ…! 憐みの涙で、命を呪えェ!!」

 

 遥か空へと放ったそれらが、鮮血の槍と成りて降り注ぐ。頭上から降り注ぐ無数の雨に打たれ、闘士や戦車はその全てを貫かれ、見るも無残な姿となって霧散する。その最期を看取った張本人はというと、この程度で死ねるなど命の在り方が弱すぎると言わんばかりにそれらを睨み付ける。その隣では、さっき放った虞美人の宝具を見届けた始皇帝が朗らかに評価を下していた。

 

「うむ。其方の用いるその技は向こうでも何度か見たが、やはり強力な物よな。自らの体内に蓄積した魔力等を辺り一面にぶちまける自爆技。其方以外の者が扱えばたちまち肉塊になり果てるのであろう?」

「この身は死することが出来ない身だったからね。捕まって人体実験されるくらいなら自爆してやろうってだけよ。尤も、これでも死ぬことが出来なかったのだけど」

 

 残念そうに眼を閉じながら、辺りに散らばった自分の体の破片を見る。エーテル体であるサーヴァントの体から離れたものは徐々にその身に宿した魔力を失って霧散する。そうある自身の一部だったモノに少しだけ目を見張ったのは消えることが出来るそれへの羨望か。はたまた、また死ねなかったという自分への失望か。どちらとも取れる憂いた表情を浮かべながら、彼女は完全に再生した体で素材を回収する。

 

「行きましょう。ここにはもう何も無いわ」

「うむ。朕の検証も九割方終わった。後は捜査室で機器を見せてもらうとしよう。して仙女よ、貴様も共に来るか?」

「冗談でしょう? 気づいてるとは思うけど私ね、アンタの事嫌いなのよ」

 

 自分が英霊という存在になったきっかけを作ったのは、他でもないこの男のせいなのだから。その事を思い返しながら彼女は疎ましげに始皇帝を睨み、隠すことなく殺気を放つ虞美人に皇帝は笑う。裁定者のクラスで現界した者は、その世界で為した事の記憶を保持して召喚される。つまり、目の前にいる皇帝は虞美人というサーヴァントが生まれるきっかけとなった自分の発言を一字一句記憶している。それを知ったうえで、目の前の皇帝は愉快そうに笑いながら話しかける。

 

「そうさな。確かに、朕の言った甘言に其方は乗り英霊となった。何の因果か、自らと敵対していたカルデアのサーヴァントとして召喚されるというオマケ付きでな。されど、貴様の想い人は未だ現れず。はっはっは。これは貴様の間が悪いのか、それとも―――」

「黙りなさい、今度は躊躇うことなく殺すわよ」

「やれやれ。もう少し素直に生きることが叶えば、今より一層その美しさにも磨きが掛かるであろうに。まこと、仙女めは面倒な思考回路よな」

「大きなお世話よ! とっととどっかに引きこもってなさい!」

 

 怒鳴り散らす虞美人をからかいながら、始皇帝はくわばらくわばらと心にもないことを言いながら部屋を出る。あれの相手は大型エネミーを相手するより疲れると溜め息を零しながら、用済みとなったシミュレーションルームを出る。始皇帝があれなので、仕方なく自分が回収した素材を渡さなければならないことが億劫だと思えたが。少なくとここに留まっている間は少なからず役に立たなければならない。いつの日か、彼女が思い描く未来を手にするためにも少しでも長い間ここにいなければと活を入れ、召喚された際に渡された端末でマスターを呼び出す。

 ところが、端末を取り出したと同時に自分の体が何かに引っ張られるような感覚に陥る。突然の事に目を丸くするが、こういった現象はサーヴァントとしてここに呼ばれた時。つまり、召喚された際の感覚と酷似している。ということは、ここに居る自分は誰かによって強制的に移動させられようとしているということに合点が行く彼女は、十中八九マスターの令呪による強制移動だということにも行き着く。

―――とりあえず、移動し終わったら一発ぶん殴ってやろう。心の中でそう決意した虞美人が飛ぶのは、ほんの数秒後のことだった。

 

 

 

「虞美人! 急に令呪で呼んでごめんね! でも、どうしてもそうしないといけなかったんだ!」

「そう。遺言はそれで良いのかしら?」

 

 令呪による強制移動を終えた虞美人の前に立つ男。現状唯一のカルデアにおけるマスターである藤丸に、彼女は容赦なく拳を振りかざす。魔力の消費を考えずに身に纏い、炎となって拳を覆う。それを見た藤丸が信じられない様に目が点になるが、そんなものは関係ない。とりあえず一発は殴ると決めた以上は絶対に殴り飛ばす。容赦なくそれを振るおうとしたが、その前に眼鏡を掛けた少女が庇うように前に出る。

 

「お、落ち着いてください芥さん! 先輩もわざとしたわけじゃないんです!」

「マシュ……言ったわよね。今の私は虞美人。貴方の知る芥ヒナコという女は存在しないのよ」

 

 藤丸の前に出た少女、マシュに呆れながらも一応諭すように出来るだけ声のトーン抑える。元はと言えばマリスビリーというカルデア創始者の言い分に甘んじてしまった己が悪いのだが、マシュに対しては彼女の人間嫌いはあまり働かない。後から知ったことだが、マシュはデミ・サーヴァントの計画の依り代として作られたデザイナーベビーだったらしい。錬金術師達が鋳造するホムンクルスの様な存在であったからかと、と内心で理解したのは割と記憶に新しいことだ。

 

「まあいいわ。それで? くだらないことで呼んだなら問答無用で八つ裂きにするわよ」

「いやいやいや! 別にそういう訳じゃないんだ! あ、霊体化を解いて大丈夫ですよ!」

 

 霊体化とは、サーヴァントがそれぞれ保有している機能の一つだ。己の存在を文字通り幽霊の様に透明で見えなくし、障害物等をすり抜けることが出来る。尤も、この状態ではマスターを護ることが出来ないのであまり使われない技能の一つである。言われてから気付いてみれば、この男に呼ばれたここが召喚場であることに気付く。ということは、自分と所縁のあるサーヴァントでも呼んだからここに強制召喚したのだろうか。

 ―――死することが出来なかった虞美人は、自身が化け物と謗られることが多く。彼女と会う者は殆どが敵対者だった。だが、そんな彼女にも話し相手という人物がいないわけではなかった。想い人亡きその後の時代を超えて人と話してきたことはあるのだ。第三異聞帯における彼女に仕えたセイバー、蘭陵王もその一人。そして、願うのであればもう一度あのお方に会いたいと願い。彼女は英霊となった。夢の様な奇跡と巡り合う、手の届かぬ星を掴むような夢物語を信じて。そして、その夢はようやく叶う。

 

「―――虞よ。久しいな」

「え? あ、あぁ…………!!」

 

 霊体化を解いたサーヴァントの姿が露わになる。出現したのは人の姿をしているとは到底思えなかった。ケンタウロスのような四本脚に、とても人の物とは思えない足と同じ四本の腕。極めつけに顔はぎりぎり人としての原型を留めているかのような物。だが、彼女には。虞美人にはあり日の彼の顔を思い出す。己と共に生き、そして。目の前で亡くなった愛しい人の顔とその姿を。

 生き続ける苦悩に疲れ、数多の人間に化け物と石を投げられ続けても、数千の時を生きて摩耗してゆく記憶の中でも自分の中に残った狂おしいほどに想っていた彼が。あのお方が眼前に立っていると認識して、彼女の視界が涙で滲む。

 

「わたしは……わたしは……この時を、この時を。お待ちしておりました……!」

「ああ。私もだ。虞よ、息災であったか? 我らは既に英霊という影法師であれど、人の身であるということに変わりはせぬ。風邪は引いておらぬな?」

「はい、はい! 大丈夫です! 虞は、虞は傷一つ負ってはいません!」

 

 歓喜の涙で声を震わせながら虞美人は目の前の男に飛びつく。彼もそれに全ての腕で応え、体を抱えて優しく抱擁する。心なしか表情、というより雰囲気はとても柔らかいそれになっている。嗚咽交じりになりながらも、彼女はただ一人の愛しき男の名を呼ぶ。

 

「項羽様………項羽様………!! 虞は、虞は、貴方と再び会い見えた事を夢の様に思います………!!」

「ああ……私もだ。―――我が主導者。我ら二人をサーヴァントとして再開させたただ一人の主よ。御身に感謝を」

「え、あ、いや! 俺はただ、二人が再会出来たらいいなと召喚を続けてただけだから! それに、項羽さんが召喚に応じてくれたからで」

「それでもだ。我が生涯、唯一の無念が今、払拭された。それがどれだけ私にとって素晴らしく、嬉しい事か。天下泰平の世を築き上げんと万里を疾走し、その果てに死した時よりも満たされている」

 

 立っていた足を曲げ、項羽と呼ばれた武将の一人たる彼は藤丸に首を垂れる。現界するにあたり容姿は人間のそれではないが、この場に呼ばれた一人の英霊として。何より、妻たる彼女と巡り合えたこの奇跡を起こした恩人に対し、彼は万感の敬意を込めて契りを交わす。

 

「姓は項、名を籍、あざなを羽。我が身、我が身命を賭して、この奇跡を齎した御身に報いよう」

 

 中国史における大英雄の誓い。その言葉の重みに藤丸はかつてない迫力を受ける。これまでも、そういった誓いを立てられたことは多い。彼の隣に立つ盾の少女、ブリテンを護らんとした騎士王を筆頭とした円卓の騎士。同盟者として共に世界を救わんと立ち上がった古代のファラオ。似てはいないが、人類最古の英雄王とその神話における神々。世界有数の復讐者から、フランスの聖女まで。数えたらきりがない程までの数の英雄豪傑たちに立てられた盟約。それらの中でも抜きんでる程に、項羽が放った言葉は重かった。それに真摯に応えようとしたが、一つだけ訂正しなければと思い。彼は口を開いた。

 

「ありがとう。項羽さん。でも、身命を賭しちゃだめだと思う。貴方は、もう二度と虞美人さんと離れちゃいけないんだから」

「―――そうであったな。だが、この身に課せられたのは汎人類史を救うこと。なれば、御身の力となる事が我が躯体を動かす第一目標である」

「そうだね。だから、さ。出来れば二人一緒で戦って欲しんだけど……あ、いや。別に無理にとは言わないし、二人だってせっかく会えたんだからゆっくりした時間を過ごしても欲しいと思ってるし……」

「先輩、少し落ち着いてください。しどろもどろになってますよ。それに、先輩に言っていることはちゃんと伝わっていると思います。ですよね、芥さん」

 

 言葉の重みと迫力に押されたのか、思うように言葉を出せずにいる彼をマシュはにこやかに笑いながら指摘し、そのまま項羽に抱き着いたままである虞美人へと話しかける。等の本人は未だに彼に抱き着いたままだったが、ゆっくりとこちらへと顔を見せる。目元は感動の再会のあまり泣き腫らしてしまったが、表情は気丈な笑みを浮かべていた。

 

「ええ。ここまでされたのだもの。せめて、その恩義に報いるくらいの事はしてあげないとね。覚悟しなさいよ後輩?」

「―――そうか。我が妻がそう言うのであれば、私もその通りにしよう。我ら二人、持てる力の限り主導者の力となる事を誓おう」

「はい! それじゃ、これからはよろしくお願いします!!」

「ふふっ。良かったですね、先輩!」

 

 この場に集った四人が皆、朗らかに笑みを浮かべる。これはきっと始まりに過ぎない。人間嫌いの真祖が少しだけ心を許し、彼女と共にあった想い人もこの場に集った。そして、その二人よりも前に出る一人のマスターと盾の少女。彼らの旅は未だ果てが見えず、どれほどの苦難が待ち受けているかは想像出来ない。

 だが、たとえどのような艱難辛苦に陥ろうと。この日の記憶はきっと、とても素晴らしい日常の一つとして燦然と煌めくだろう。とても温かく、誰もが涙するような奇跡の日を。

 

 

 

 

 



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