東方繋華傷 (albtraum)
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第一章 始まり
東方繋華傷 第一話 プロローグ


自由気ままで好き勝手にやっていきます。
これ違くね?とか、これはおかしいというところがあってもあまり叩かないでやってください。

プロフィールに注意事項が書いてあるので、それによく目を通してからこの作品を読むようにお願い申し上げます。

残念ながら高度な心理戦とかはありません。私は脳みそにまで筋肉が達している脳筋なので、ペンは剣よりも強しという言葉など知りません。
基本的に一週間から五日に一度の投稿という感じで、かなりまったりとやっていきます。

この作品には多くはないですが、一部に暴力的な描写もしくは性的な描写が含まれる可能性もなくはないかもしれません。
なので、原作のイメージを壊したくないという方がいらっしゃるならば、見ることをお勧めしません。


もし、アドバイスなどがありましたら気軽に連絡をください!


 人は、、、人に限らず妖怪でも妖精でも、忘れてしまっていても見えない何か、例えるならば、魂で繋がっているものである。

 

 

 いつものように、異変が起こっても博麗の巫女である霊夢が異変を誰よりも真っ先に解決し、幻想郷の調和を保つ。

 いつも通りの時々舞い降りてくる巫女の数少ない仕事、誰もがそう思っていたことだろう。

 

 シュゥゥゥゥゥッ……。

 半分溶けかかっている地面の土から、真っ白で高温な蒸気がモクモクと立ち上っていている。それが周囲の温度を少しずつ上昇させているのか、私はじっとりと汗をかく。

 こういう跡を残すのは、光や熱を凝縮させたエネルギー系のレーザーだけだ。銃の弾丸が当たったところでいうところの弾痕の中心には、まだ溶けて溶岩のように赤い光を発しているドロドロの土が残っていて、すさまじい熱を放出している。

 それが一つならば、上昇する温度もわずかでかなり狭い範囲でしか温度の変化などはないだろう。

 しかし、私の周りにはそれが一つ以上、数十個にもなるほどの数が揃えば広範囲で陽炎ができるほどには周りの温度は上昇する。

 それに加え、この頭の中で鐘がなっていると錯覚するようなひどい頭痛はなんだ。

 放っておけばそのうち頭痛もおさまるかと思っていたがそんなことはなく、少しずつひどくなっていっている。

 ひどくなっている原因は、今もなお近くだったり遠くだったりで何かが爆発している余波を身に受けているからだろうか。

 爆風で吹き飛ばされてきた土や石ころが周りに転がり、靴に当たると跳ね返って地面の上に落ちて止まった。

 大小さまざまなクレーターがあちこちにできているが、爆発の威力によって大きさはまちまちだ。

 強い風が吹き、爆発で舞い上がっていた土の土臭さや流している血の鉄臭さを含んでいた砂煙を運んで行ってくれた。

 私は、私たちは風でスカートと髪をはためかせ、得物を持って高い位置からこちらを見下ろしている女性を見上げる。

「………」

 私は自分の持っている武器を握り、頭から出血して気絶しているのか、していないのかわからない友人の腕を掴み直し、ずり落ちないように肩を貸す。

「……っ…」

 そうしていると頭から血を流す友人の腕に力がともって、ゆっくりと彼女は自分の力で立とうと動き出す。彼女の闘志は折れてはおらず、まだ戦えそうだ。

 今まで閉じられていた瞳が開かれ、彼女は私の肩を借りながらも自分の力で立つことができたらしく、一度私から離れながら私が見上げていた女性を同様に見上げてにらみつける。

 彼女の目はまだ死んではないない。

 しかし、力の差は歴然で圧倒的な力の差が、奴と私にはある。でも、二人ならばあるいは…。

 私がそう思っていると、彼女は額から流れていた血を手の甲でぬぐい取り、邪魔な装備をすべて投げ捨てて一グラムでも自分の身を軽くしようとした。

「「……」」

 かわす言葉は必要ない。私だって戦える。

 あとはタイミングだが、彼女の戦い方は私が一番近くで長く見てきた。彼女の戦いに合わせることができるのは、おそらく自分だけだろう。

 私は彼女の呼吸に自分の呼吸を合わせた。

「…お前を、ぶっ潰すぜ……覚悟しな」

 こちら側がそう宣言すると、その女性はにやりと笑い、やれるもんならやってみろといわんばかりに得物を構えた。

 どちらが正しいかなんて関係ない。相手からすればこちらが悪であり自分が正義なのだ。逆に私たちから見れば相手が悪で自分たちが正義である。

 だから、勝った方が正しい。いつの時代の異変も戦争もそうやって自分たちの行いを正当化してきた。それと今回の異変も変わりやしない。

 とても簡単で単純すぎる世界だ。しかし、だからこそ勝ち負けがはっきりとしていて結果がわかりやすい。

 私と、隣に立っている彼女も戦闘態勢にはとっくに入っており、放つ雰囲気が鋭いものとなっていくがそれは相手お同じであり、一触即発の雰囲気が流れていた。

 そこで、声を呼びかけあったわけではないが、私と彼女は同時に走り出して敵の女性に向かって走り出していた。

 強い土煙に混じる血のにおいを感じながら私たちは最後の戦いに身を投じた。

 

 始まり方がいつものように今までのことを語るような語りで悪いな、でも無理にとは言わないが、どうか、この私たちの話に付き合ってほしい。

 




こんばんは、今回はデータが消えない様にきちんと気を付けながらやっていきます。

できるだけ楽しんでいただけるように努力するので、気が向いたら見てやってください。


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東方繋華傷 第二話 ドッペルゲンガー

自由気ままで好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第二話をお楽しみください。


 今回の異変は、いつものように何の前兆もなしに空が赤色の雲で覆われただとか、夜が終わらなくなったとかで、いきなり異変が始まっていて、急がなければならないという感じではなかった。

 しかし、いつもと変わらないのは、目には見えないがこの幻想郷で異変が始まろうとしているということだけだ。

 

 

「………」

 私は夏の生暖かい風を肌に感じながら、青空で雲一つない空を見上げる。

「……」

 隣に座る彼女も、私につられて上を見上げて晴れ渡り、真っ青な空を眺めた。

「…平和だねぇ」

 チリンチリンと風に揺られて鳴っているのは夏だと再度認識させられる風鈴で、それを聞き流しながら私は縁側に座って空中でプラプラと足を揺らしながら呟く。

「そうね…」

 日向ではないとはいえ結構外気温は高く、隣に座る赤と白色の生地が使われている特注的な巫女服を着た博麗霊夢がそう呟くと、頭の頭頂部と後頭部の間ぐらいの場所で結ばれている赤色の大きなリボンを揺らしながら息をつく。

「「………」」

 少しの間、霊夢と私の間に静寂が顔を見せ、どこかの木にとまっている雄のセミが繁殖をするために求愛行動として、羽をこすり合わせて大きな音を発しているのが静かな分大きく聞こえてくる。

「…しかし、熱いな…」

 私が呟きながら横を見るとじっとりと汗をかき、うなじあたりに浮かんできた汗で髪の毛を皮膚に張り付かせている霊夢が、片手に持っている団扇で自分のことを静かに仰いでいるのが見えた。

「…そうね……チルノでも近くを飛んでないかしら…」

 さすがの霊夢もこんな暑い日には、喉が焼けるのではないかと思うほどの熱々のお茶は飲んでいられないらしく、透明なガラスで作られている氷がいくつか入っているコップに、さっき冷蔵庫から出してきたキンキンに冷えている麦茶を自分のコップに注ぎ、半分ほどまで飲んでいた私のコップにもその麦茶を注いでくれる。

「…ありがとう」

 汗がタラりと額から流れ落ちてきたのを手で拭いながら、お礼を言うと霊夢は軽く手を振ってどういたしましてと私に伝え、彼女は自分のコップを掴んで持ち上げると氷がガラスに当たってガラッと音を鳴らす。

 気分的に多少は涼しくなるような音を聞きながら、私も八分目まで麦茶が注がれているコップを持って縁に口をつけ、少しだけ傾けて三分の一ほど氷で冷えている液体をゆっくりと味わって飲み込む。

「……」

 また私と霊夢の間に静寂が訪れるが、その無言の時間は嫌いじゃない。霊夢は知らないが、私は彼女と一緒にいるだけでもなんだか気分が落ち着くからだ。

「……こうしていると、昔を思い出すわね…」

 十分ほど何もしゃべらずに縁側に座っていた霊夢が、そんなことを呟きながら私の方向を見る。

「…昔のこと?」

 私はむせかえるような熱気でボーッとして頭が回らず、ろくに考えもせずに霊夢に聞き返した。

「…えぇ、私たちが初めて会った日のこと」

 私が霊夢の方に視線を向けると、彼女は私から視線を外して陽炎が揺らめいている赤色の鳥居の方向をずっと見つめている。

「……ああ、確かに…あの日に似てるな…あの日もこんな天気と気温だったよな……雲一つない晴れ渡った空…」

 絵具でもぶちまけたように真っ青な空は、本当に私と霊夢が出会った時に似ている。いや、気のせいかもしれない。あの日はもう少し涼しかった覚えがある。

「…異変でも起こってるわけでも、妖怪に襲われたわけでもないのに、全身が傷だらけだったからとても驚いたのをよく覚えているわ」

「……そうだな」

 少し声がこわばってしまったのを自分でも感じ、私はごまかすようにして横に置いてある。三分の二ほど残っているガラスのコップを掴んで口元に運び、一口だけ口に含んでゆっくりと飲み込んだ。

 緑茶などとはまた違った麦茶の独特な香りが鼻から抜けていき、私は床にコップを置いた。

「まだ……話すことはできない?」

 霊夢はほっと一息ついた私の方向を向き、呟く。

「……ああ、すまねぇ」

 霊夢がただ単に何があったのかを知りたくて私に聞いているのではなく。何か私の力になりたい、そういう思いがあって私に言ったということはわかっている。

 でも、どうしてもいうことができなかった。誰かに口止めされているとか、そういうことではない。

 たぶん私の中で、起こっていたあの出来事は強いトラウマになっているのだろう。

 だから、あれは悪い夢だった。そういうことにしたいが、私の右腕にある古い傷がそれは夢ではないと私に自覚をさせようとしてるように視界に映りこんでくる。

 右手とその手首、さらに肘のあたりまで雷に打たれた後のようなズタズタに引き裂かれた傷跡がズキリと痛んだ気がした。

「…いいわ…私もごめんなさい」

 霊夢がそう言って謝ると前に少しだけ顔を傾けて俯き、太陽な光に焼かれてカッサカサになっている地面を見下ろす。

「…いや、私もすまない……」

 私も小さな声で霊夢に謝ると、太陽の光で熱されて生ぬるくなっている風が私と霊夢の間に吹き、汗ばんでいた肌から地味に熱を奪い取っていく。

「「……」」

 また、しばらくの間無言で静かな時間帯が訪れる。

 壁にかけられている旧式のアナログ時計が午後二時を示す鐘を自動で二回鳴らし、思っていたよりも大きな音が響く鐘の音を聞き終えてから、私は霊夢の方をちらっと見た。

 霊夢は、おそらく私の正体に気が付いていることだろう。でも、それを聞いてこないのはさっき深く聞いてこなかったのと同じ理由で、無理やりに言わせたくはないのだ。

 少しだけ気まずい雰囲気が流れていたため、霊夢がそれを変えようと今の話から話題を変えた。

「…魔理沙、少しシャワーでも浴びてきたら?…すごい汗よ」

 霊夢のように脇などが露出していてある程度は通気性の良い服を着ているわけではない私は、熱中症になるのではないかと思うほどに汗をかいている。

「そういう霊夢も、薄着とはいえかなり汗をかいてるじゃないか」

 霊夢の額から落ちてきた汗はゆっくりと顎まで伝っていくと、そこから胸元のあたりにポタッと落ちて胸の谷間の方向に流れていき、そこをまじまじと見ているわけにもいかず、私は目をそらした。

「そうね……でも…どうせ汗はかいちゃうだろうし、何度も服を変えたりするのが面倒なのよね」

 霊夢がそう呟いてコップを手に取って口に運び、コップに入っていた麦茶を一息で飲み干す。

「…まあ、そうだよな」

 私はそう言いながら床に置いておいたコップを拾い上げ、霊夢のように飲み干すのではなく、チビリと少しだけ飲んだ。

「……そういえば……」

 霊夢が床にコップを置いたとき、私はとあることを思い出して霊夢に聞いてみることにした。

「……霊夢は、例のうわさは知っているか?」

「ええ、知ってるわよ…ドッペルゲンガーでしょう?」

 今、目撃自体が少なくて本当かどうかわからないが、幻想郷でドッペルゲンガーかそれに近い何かの現象が起こっているのだ。

「さすがは博麗の巫女だぜ」

 私が茶化すように言うと霊夢にわき腹を肘で軽く小突かれてしまい、持っていたコップを床に落としてしまいそうになる。

「まあ、私は聞いたのは今朝なんだけどね」

 霊夢は団扇で自分のことを軽く扇いで言い、さらに言葉を続けた。

「…文がうちに来てそのことについて取材をしてきたんだけど、そこで初めて知ったのよね」

 霊夢はそう言って鳥居の奥に見える村の方向を眺め、呟く。

「…そうなのか、私はあったことはないが巷では結構有名になってきてるらしいぜ、霊夢とか咲夜とかがフラフラっと現れては少し村の中を歩いてどこかに消えていく……咲夜に聞いたが村には行っていない…もちろん霊夢もな…」

 私はそう言って霊夢の表情を見て動き出すのか動かないのかを判断しようとしたが、暑さでやる気が出ないのか、面倒くさいといった表情をしている。

「はぁ、…なんでこんな死ぬほど暑いときに外に出なくちゃならないのよ…異変を起こす奴も起こす奴よ……季節を考えてほしいわ」

 はぁ、っと深いため息をついた霊夢はそう呟いて自分のコップに少し温度が高くなってきた麦茶を注いだ。

「…それは全面的に同意だぜ」

 ゴロンと後ろに寝っ転がった私が、天井を見上げながら動きたくないと完全に脱力していたが、麦茶を飲もうとした霊夢に聞いた。

「……誰だと思う?」

「さあ、現段階ではまだわからないわ……ドッペルゲンガーという現象が幻想入りした可能性もなくはないからね……でも、一番近いのはぬえとかよね」

「……まあ、そうだよな…本来の物を別のものに見せることもできる。正体をわからなくする程度の能力…あれを自分かもしくはその辺の人間にかけて霊夢や咲夜のフリをしていた……そう考えるのが妥当だよな」

 私が言いながら起き上がると、寝っ転がっていた状態では見えなかった霊夢の表情が見えた。少しだけしかめたような顔をしている。

「……妙蓮寺には私が行くぜ…あそこまではかなり距離があるからな……早い私の方がいいだろう…その代わりに霊夢は村で情報を集めてきてくれよ」

 私が言いながら、縁側の下に置いておいた日の光にさらされて熱くなっている靴に足を突っ込んで履いた。

「えぇ……。行かなきゃダメかしら?」

「…ああ、行かないとダメだろ…小さいとはいえ異変なんだ。それを解決するのが数少ない博麗の巫女の仕事だぜ」

「…はいはい。わかったわよ……行けばいいんでしょう?…でも、魔理沙に遠い方に行かせるのは少し気が引けるわ」

 霊夢が言いながら立ち上がり、必要最低限の物だけを持ち出して庭に降りている私を縁側から見下ろした。

「……大丈夫だよ、私の方が霊夢よりも飛ぶ速度は速いんだ、行って帰ってきたらちょうどぐらいだろ」

 それに今日はこの暑さだ。だらけている霊夢に妙蓮寺に行くのを任せたら明日になっちまう。

「…もしぬえが異変の犯人だったとして、戦うことになっても大丈夫なの?そんな準備はしてないでしょう?」

「ああ、確かに大したものは無い。でも…ぬえが犯人なら大丈夫だよ…あいつにも何か理由があるんだよ……たぶんな」

 私は壁に立てかけてあった箒を手に取ってまたがり、宙に浮きあがる。

「…それならいいんだけどね…外の世界からドッペルゲンガーが幻想入りしたものならどうしましょう…会ったら殺されるとか言われてるじゃない」

「霊夢なら大丈夫だよ、偽物なんて相手にならないぜ」

 私と同じように霊夢も宙に浮きあがり、簡単に言ってくれちゃってと私の言葉に愚痴をこぼす。

「まあいいわ…それじゃあ妙蓮寺はよろしくね。魔理沙」

「ああ、霊夢もいい情報を持って帰れよ」

 私たちは言い合うと、霊夢は村へと向かい。私は妙蓮寺の方向に向けて上昇しながら空を飛んだ。

 




五日から一週間後に次を投稿します。


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東方繋華傷 第三話 可能性

自由気ままに好き勝手にやっています。駄文です。

それでもいいという方は第三話をお楽しみください。





 博麗神社を離れてから、約十分。

 結構早い速度で飛んでいるというのに、依然として汗をかくほどに熱いのはなぜだろうか。妙蓮寺まで十分も飛べば到着するというところで私は真上にある太陽を見上げながら思う。

 ダラダラと汗が流れ、進んでいる速度で風を受けて汗が蒸発すると、体の熱を同時に吸い取っていく。

 よくよく考えれば私がきている魔女の服は、基本的には黒い生地が使われているところが多い。黒色は光などの熱を吸収しやすくて熱がこもりやすい。こんな服を真夏の太陽の光が強い日なんかに着ていたらそりゃあ熱いわけだ。

 そう思いふけっていると、妙蓮寺までは急げば五分かそこらでつく距離までは近づいてきて、私の場所からは陽炎で揺らめいて見づらいが寺の影はよく見えている。

 これ以上日の光を浴びたくはない私は、魔力をまたがっている箒に込めてスピードを上げた。風のように早く飛ぶと、周りの景色がぶれてどんな形をしているのかわからなくなるような速度で加速していくと、顔や体に当たる風が強くなっていきそれ以上速度を上げることができなくなる。無理に速度を上げようとすると箒につかまっていられなくなってしまうのだ。

 そうして、しばらく進むと妙蓮寺とそれを囲う塀がしっかりと見え始めてくる。門からダウジングをするときに使うL字型に曲がった針金のようなものを持ったナーズリンが出てくるのが見え、私は減速しながらナーズリンの前に降り立った。

「よお、ナーズリン…また星が宝塔でもなくしたのか?」

 私がそう聞くとナーズリンは小さくため息をついて私の方向を見る。彼女の頭から生えているまん丸の耳がピクリと動く。

「ああ…そうだよ……ご主人がまた宝塔をなくしてね…今ネズミたちに探してもらってるところなんだ……それより、君はどうして妙蓮寺に?随分と珍しいね…何かあったのかい?」

 ナーズリンは特に私には興味はないが、私がこんなところまで出てくるということは何かが起こっているのだとわかっているらしく、私にそう聞いてくる。

「ああ、お前も聞いたことぐらいはあるんじゃないか?…ドッペルゲンガーのようなものが起こってるって」

 箒を肩に担ぎながらナーズリンに聞くと、彼女は門の壁に背中をつけてよっかがるために日陰へと移動する。

「さあね、この頃は妙蓮寺にも顔を出してないから村で噂になってることとかはあまり知らないね……でも、ドッペルゲンガーのようなものってことは…ぬえを疑ってるのかい?」

 ダウジングのロットを両手で弄び、返ってきたネズミに次の場所を探すように命令をしたナーズリンは手を団扇の様にパタパタと振る私に返答を返してきた。

「いや、まあ疑ってるというか…可能性はなくはないだろう?一番それを実現できる能力を持っているのがぬえなんだから……まあ、外の世界から幻想入りした可能性もあるけどな……」

「そう思うのが妥当だよ…たぶん私もそう思うだろうしね…ぬえならさっき縁側で座ってるのを見かけたよ。本人に直接聞いてみるといい」

 ナーズリンがそう言ってしゃがみ、帰ってきたネズミたちに次の場所を探す指示を始める。

「おう」

 私は短くナーズリンに返事を返し、門をくぐって妙蓮寺の中へと入る。庭に面している方の縁側にはぬえの姿はなく、どうやら移動してしまったらしい。

 とりあえず日の光で乾いた地面を踏みしめながら陽炎が揺らめいている庭を横切って、屋敷に近づいていくと、襖をガラッと開けて誰かが出て来た。

「…ん?魔理沙じゃないか…久しぶり」

 そう言って縁側から私のことを見下ろしているのは、白色と緑色のあるセーラー服を着て、錨のマークが付けられている帽子をかぶっている村紗水蜜だ。

「おう、水蜜か…久しぶりだな……ぬえいるか?」

 軽くあいさつを済ませ、庭などを見回すがぬえの姿は認められず、視線を水蜜に戻しながら私は彼女にぬえのことを聞いた。

「ぬえ?もしかしてドッペルゲンガーについて調べてるのか?」

 水蜜がそう言って縁側に座り、それでも私よりも身長が十センチも高い水蜜は私を見下ろしてくる。

「ああ、それができる能力を持ってるからな…一応調べないといけないんでな」

「なるほどね…ぬえならさっき聖と一緒に奥の部屋に入っていったよ。たぶんドッペルゲンガーについて聞かれてるんじゃないかな?」

 水蜜は一度座ったが、私にどの部屋に聖とぬえがいるか案内するために立ち上がり、私に案内を始めた。

「しかし、熱いな……水蜜…お前は暑くないのか?」

「熱くないよ?…一応妖怪だしね」

 魔法を使えば私も涼しむことができるが、どこで戦いが始まるかわからない現状では無駄な魔力の消費は抑えたいため、我慢することにした。

「ずるいな……」

 靴を脱いで玄関から妙蓮寺に入ると日陰に入ったことで2℃か3℃気温が低くなり、日の光で照らされていたせいでかなり暑く感じていた状態だったため、すごく涼しく感じる。

「それで、どこまで調べがついてるんだ?」

 水蜜が歩きながら不意に私に話しかけてくる。

「さっき動き始めたばかりで大したところまでは進んでないぜ」

「まあそれもそうか、確信をもってここに来たわけじゃあなさそうだしな」

 確信を持ってたらここまで悠長に話しているわけがない。そういうことなのだろう。

 水蜜はふわーっと噛み殺すこともなく大きく欠伸をし、とある部屋の前で立ち止まると、聖とぬえの話す声が聞こえてきた。

「聖―、入るよー?お客さんが来た」

 水蜜はそう言って襖を開けると、私を部屋の中に招き入れた。部屋の中に入ると金髪で光の加減でキラキラと光る長い髪の聖が初めに見え、いつものように白と黒の特殊な服を着ている。

「あら、魔理沙じゃない」

 あまり怒ったりせず、いつもと同じような温厚な聖の優しい声が私を出迎えた。

「おう、久しぶりだな…聖」

 私が部屋の中を見回すと案内をしてくれた水蜜と正座をして座っている聖、そして聖と向かい合うように座っているぬえが部屋の中にいた。

「…魔理沙」

 背中の右側の肩甲骨から青色、左側の肩甲骨からは赤色の特殊な形をした羽のようなものが三本ずつ生えているぬえが私の方向を見上げながら呟く。

 場の雰囲気的には、少し気まずいようなそんな雰囲気が流れている感じがし、水蜜が言っていた通り、ドッペルゲンガーについて聖にいろいろと聞かれていたのだろうか。

「お取込み中にすまないな。…今、お前たちがしていた会話はドッペルゲンガーについて…でいいんだよな?」

 私が聞くと聖は静かにうなづき、ぬえは聖に視線を戻す。

「ええ、あなたがここに来たってことは…ぬえを退治しに来たってことかしら?」

 話し方は優しい感じがするが、聖が醸し出している雰囲気は声とは正反対で強い敵意を向けられる、私は逃げ出したくなるが戦いに来たわけではないため、聖が勘違いしていることの訂正に入る。

「いや、私や霊夢はついさっき動き出したからな…何か情報があってぬえがドッペルゲンガーで誰かのフリをしているって断定したわけじゃないから、べつに戦いに来たわけじゃない」

 私は二人に言いながら聖とぬえの近くに移動をして、しゃがみ込んでぬえに聞きたいことを直接聞いた。

「…それで、単刀直入に聞くがぬえは誰かのフリをしたのか?」

 私がドッペルゲンガーについて聞くと、ぬえは私はしていないと小さな声で一言だけ、私に言葉を返してくる。

「…そうか、その答えが聞けて良かった…それじゃあ、私はもう行くぜ」

 そのたった一言を聞いただけで出ていこうとした私に、ぬえは驚いてこちらを見ながら言った。

「な…なんでこんな一言だけで私を信じられるんだよ!?私がうそを言っている可能性だってあるんだぞ!?」

「…それを言った時点で、お前が誰かのフリをしていた可能性はほぼゼロだよ。……お前は一時期異変を起こしたことはあったが、自分が悪いとすぐにわかってくれた。そんな奴がこんなやばいことをしでかすはずがないぜ」

 私が言うと、ぬえは首をかしげて疑問符を頭に浮かべている。ドッペルゲンガーでただ単に同じ人物が歩いているだけなのに、どうしてそこまでやばいのかと言いたいのだろう。

「つまりだな…今は人里をブラブラ歩いているだけかもしれんが、本格的に誰かのフリを始めたとして、そいつが例えば霊夢の姿になったとしよう…その霊夢の姿になった誰かが、鬼を一匹殺したとしたら…それだけで戦争が起こるんだぜ?…この幻想郷がめちゃくちゃになるレベルでな…そして、その戦争は霊夢が鬼を根絶やしにするか、鬼が霊夢を殺すまで続く…そんな異変をお前が起こすはずがない……そんなことは聖だってわかってるだろう?」

 それにドッペルゲンガーの犯人が霊夢のことを疲弊させるため、ほかの妖怪たちにまで手を出しかねない。霊夢が死ねば幻想郷は決壊が解けて崩壊する。そうなれば私たちもただでは済まない。

 私が少し考えてこの答えに行きついた。普段は温厚であまり強そうにも見えない聖だが、かなり頭の回転が速い奴だ。そいつがこの程度の答えを出せないはずがない。

 それに、ぬえのことは聖の方が私以上に知っている。初めからぬえのことは疑ってはいないだろう。

「ええ、わかってますよ…私が心配だったのはこの子が何か異変に巻き込まれていないか。それだけが気になってたけど、大丈夫そうですね」

 聖が少し安心したように呟くと、ぬえは少し嬉しそうにうなづく。

「…それじゃあ、私はもう行くぜ。邪魔したな」

 私は水蜜に軽くお礼をして、ぬえと聖がいる部屋から出ようとしたときに、聖に呼び止められる。

「待ちなさい。魔理沙」

「…ん?…なんだ?」

 私が襖に伸ばしていた手を引っ込めて、正座したまま私を呼び止めた聖の方向を見ると、聖は一泊の間をあけて言った。

「異変を解決するのは博麗の巫女の仕事ですし、一つ私が知っている情報を差し上げます」

「何か知っているのか?」

 私が聞くと、聖ははいと短く返事をして正座をした状態から立ち上がり、私の方向に歩み寄ってくる。

「私たちを異変に巻き込まず、出所を伏せておくという条件で情報を提供します」

 聖が介入を避けたいと思うほどの人物が異変を起こしたのかと思ったが、もともと聖たちはあまり異変には関わろうとはしない。それに情報の出所が自分たちで異変を起こした連中から恨みを買うことは避けたいのだろう。

「わかったぜ」

 私が短く返事を返すと聖は私の目の前で立ち止まり、いいでしょうと一言だけ呟くと私を見下ろしながら言った。

「…太陽の畑。あそこに行ってみなさい……多分何かしらの情報は得られると思います」

 太陽の畑というと、そこにいるのは風見幽香だろう。日傘をさして歩く長身で緑色の髪をした女性が頭の中をよぎる。

 ドッペルゲンガーが彼女にどう繋がっているのかはわからないが、霊夢と行くとしよう。だが、その前に、

「…太陽の畑が怪しいというのはわかったが、どうしてだ?…何かあったのか?」

 ここから太陽の畑まではかなりの距離があるし、なにより聖と幽香になにかつながりがあるとは聞いたことはない。妖怪も人間も自分の邪魔ならば遠慮なく屠ろうとする幽香と、人間と妖怪の中立の立場にいる聖は正反対の立場といえるからだ。

「ええ、ドッペルゲンガーの話題が持ち上がり始めた少し前の丑三つ時に……太陽の畑の方で強い力を感じ取りました……私の勘違いかもしれませんが、皆が寝静まったころにそんな魔力を使ったりするようなことをする理由はわかりませんが…」

「寝静まったころにここにいる聖が感じ取るほどに、強い力を放出する物事をしていたのが怪しいということか」

 聖はうなづいて私の言ったことを肯定した。

「私はたまたま起きていたので感じ取りましたが、寝ている人間やほとんどの妖怪は感じ取ることはできなかったでしょうし、たとえ感じ取っていたとしてもそれがドッペルゲンガーと繋がっているとは思わなかったから、こういった情報が出回っていないのでしょう」

「…なるほどな」

 眠っているときはすべての感覚が停止しているため、いくら霊夢などの感覚が優れている者でも、音や光などの物理的なもの以外の、魔力などの刺激では起きにくくなっていて、気が付かなかったのだろう。

「…私が知ってるのはこのぐらいです。それと、そろそろお昼で昼食を作らないといけないので、お引き取りをお願いします」

「ああ、いいことが聞けたからな…お暇させてもらうぜ」

 私は今聞いた情報を霊夢に伝えるため、来た道を戻って靴を履き、門をくぐらずに箒で飛んで博麗神社に向かった。

 




文が読みずらいなどがあったら、どうにかして改善します。

何も予定が入ってこなければ、日曜日か土曜日にもう一度投稿します。

たぶん、今までの話よりはこの話は短くなると思います。


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東方繋華傷 第四話 襲撃

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第四話をお楽しみください。


 神社の後方から近づき、回り込んで神社の庭側に回り込んで庭に着地した。

「あら帰ってきたのね…それで、なにか有益な情報は聞けたのかしら?魔理沙」

 着地した私に、ちょうど村から神社に戻ってきた霊夢が縁側に座っていて、庭に降りた私に言った。

「…ああ、いいことが聞けた…ぬえは違うってことと、もう一つある」

 またがっていた箒から降り、縁側に立てかけて霊夢の隣に座りながら私が言うと、霊夢はどんなこと?と私に聞いてくる。自分から自分のきいた情報を言わないということは、おそらく村ではいい情報なんかは聞けなかったのだろう。

「聖がドッペルゲンガーの噂が広まり始める少し前に…太陽の畑の方向から強い魔力を感じた…っていう情報を聞いたぜ……出所を伏せておく代わりに教えてもらったぜ」

 私が言うと、霊夢は太陽の畑のある方向を眺めながら、ふむっと唸る。幽香の能力からドッペルゲンガーへのつながりを考えているのだろうか。

「私はその強い魔力の力は感じなかったのだけど、何時ごろの話なの?」

 少しの間考え込むと、霊夢は私に聞いてきた。

「丑三つ時だとよ……その時間帯に霊夢は起きてたか?」

 私が聞くと霊夢は首を横に振る。巫女の仕事は朝早くから始まるため、その分だけ夜も早く寝てしまう。だから霊夢は聖が感じたというその魔力を感じてはいないだろう。

「…とりあえず、幽香のところに行きましょうか…誰かを使って今回のドッペルゲンガーを起こしているとは考えられなくもないからね…」

「そうだな…私は一度家に戻っていろいろと準備してくる。今日は弾幕勝負なんかやる予定はなかったからな…荷物なんてないに等しいぜ」

 私はほとんど物が入っていない肩から下げている鞄をひっくり返し、霊夢に中身を見せた。

「わかったわ、じゃあ…一時間後に神社に来てもらえるかしら?」

 霊夢はそう言って神社に上がっていろいろと準備を始めようとし、私は箒に手を伸ばして取ろうとしたとき、下に視線を傾けていたことで気が付かなかったが足元まで誰かの影が伸びていることに気が付いた。

「…ん?」

 参拝客にしては道が外れていて、賽銭箱はもう少し離れた位置にあるため、普段は霊夢とつながりのある人物しかこちら側に来ないはずなのだ。

 それに今日はいつも以上に気温も高く、日の光も強い。そんな日にわざわざ神社に来る人間がいるとは思えない。

 私が顔を上げるとかなりの長身で、座っている私よりも一メートル程度も背の高い人物が立っていた。

「ごきげんよう」

 緑色で肩に当たらない程度の長さがある少し癖のある髪に、真っ赤で血の様に赤い瞳、胸元には黄色いリボン、赤色のチェックのスカートと上着を身に着けている。今回の異変に何かしらかかわりがあるとされている。風見幽香が目の前に立っている。

「…っ!!?」

 私は驚きすぎて飛び上がりそうになりながらも、身構えようとしたとき、幽香は閉じていた弾幕や高出力のレーザーすらも弾くことのできる。日傘としても使える傘を閉じて、剣のよう持ち替えて静かにつぶやく。

「そして、さようなら」

 瞼の瞬きよりも数倍は速い速度で、幽香は私に向けて構えた傘を振り下ろす。剣の達人の振る剣は剣先が見えないなどと話を聞くが、幽香の振る傘の速度はその比ではない。どの角度から傘が降られているのか全く見えず、なすすべもなく殴られてしまう。

「―――っ!!」

 そのとき爆発物が近くで爆発したのではないかと思うほどの爆風が正面方向から吹き荒れ、舞い上げられた砂などによって私は目を瞑ってしまう。

 その時点でおかしいことに気が付いた。もうすでに殴られていなければおかしいぐらいに時間が経過しているはずなのに、私は吹っ飛ぶどころか痛みすら感じてはいない。

 風が収まってから恐る恐る目を開けると、霊夢が私と幽香の間に立ちはだかって彼女は幽香の傘を手の甲で受け止めているのが見えた。普通の人間どころか少し強い妖怪程度までなら、木っ端微塵に吹き飛ばす威力を持つ攻撃だというのに霊夢はそれに耐えきった。彼女の強さには舌を巻かされるばかりである。

「霊夢!」

 私はすぐに動いて幽香に対して高出力でレーザーを放とうとするが、幽香の姿が分裂というよりももう一人の幽香が現れた。そう表現する方が近い感じで増えた幽香に、接近されてしまって腕を殴られ、レーザーの軌道を逸らされてしまう。ズキリと殴られた腕に鈍い痛みが走る。

「っ!!」

 右腕に魔力を集中させていたため、左手にすぐに魔力を集めることができずに幽香に胸倉を掴まれ、幽香の傘を手の甲で受け止めていた霊夢へと投げつけられてしまった。

 霊夢の肩に背中を打ち付けた私は、彼女と一緒に数メートルほど吹っ飛んで地面に倒れこむ。

「…くっ…」

 霊夢は地面に倒れこんだ私とは違い、受け身を取って幽香に隙を見せない様、すぐに起き上がって左腕を庇うように右手で握りこぶしを握る。

「さすがは博麗の巫女…私の攻撃を素手で受け止めて五体満足でいられるなんてね……でも、軽傷でもなさそうね」

 幽香が霊夢にそう言って私は初めて気が付いた。幽香の傘を受け止めていた左手。そこの手の甲が打撲によって紫色に変色して、一部から血が滴っているのだ。

「霊夢!大丈夫か!?」

 私は立ち上がり、幽香と対峙したままにらみ合っている霊夢に駆け寄る。

「ええ、何とかね………まったく…こんな暑い日に異変なんか起こしてんじゃないわよ」

 ダラリと重力に逆らえずに下がったままの左手から、血が時々水滴となってしたたり落ちているのには霊夢は目もくれず、幽香を文句を言い放つ。

「「こっちにもいろいろと事情があってね……今日じゃないといけないらしいからね」」

 質量がそのまま増えた幽香は、一つの体に戻りながら同時にしゃべるため、声が二重になって私たちに聞こえてきた。

「……霊夢、どうする?」

 幽香につかまれた胸元当たりの服が変に破れてしまって邪魔になるため、少し破り捨てて私は全身を魔力で強化し、万全な状態に体をさせた。

「…どうするって……やることはいつもと変わらないわ……敵を倒す…それだけよ」

 霊夢はそう言って魔力で傷を治療させ、応急処置程度に治した手を握ったり開いたりしてきちんと動くかを確認している。

「そうだな……それにしても…随分とひどい挨拶の仕方じゃあないか?幽香…いきなり襲ってくるなんてな」

 私は手先に魔力を手中させて、いつでも攻撃ができるように幽香にわからない様に口の中で魔法の詠唱を済ませた。

「…そうかしら?…ほかの連中が異変を起こしたときは、あいさつにすら来なかったと記憶しているけど?」

 私は幽香の言葉を聞き流し、状況の整理を素早く始める。

 こいつは私が聖から情報を聞いたとたんに奇襲をかけてきた。どこかで情報が漏れたか、幽香が盗み聞きでもしていたのかは知らないが、ドッペルゲンガーの犯人はこいつで間違いはなさそうだ。

 幽香は持っている傘を横になぐように振って、ゆっくりと構えに入る。

「…魔理沙この際そんなことはどうでもいいわ……弾幕で戦うっていうルールを破って直接的な攻撃を仕掛けてきたということは、それ相応の覚悟があるんでしょうね?」

 霊夢がそう呟きながら、この場にいれば鬼でさえ尻込みするような敵意を幽香に向け、妖怪退治用の針を数本持ち出した。

「ええ」

 表情のない幽香はそう言って、岩のタイルを踏み砕きながら私たちに飛びかかってきた。

 




一週間後ぐらいに次を出すと思います。


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東方繋華傷 第五話 分業

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第五話をお楽しみください。


 どんな戦争でも、始まりはとてもあっさりとしていて、くだらない理由から始まるのが大体だろう。

 そして、私たちの平和だった日常をまるで豆腐の様に握りつぶし、バットで殴ったガラスの様に粉々に破壊する。

 平和というのは、命綱をしていない素人がする綱渡りのようなもので、ほんの少しでもバランスを崩しただけで崩壊するほどに、脆くて形だけのものだ。

 

 

「あんた……こんなに強かったのかしら?」

 服のあちこちに隠し持っている針を数本取り出して右手に持ち、右側の視界が血で赤く染まっているため、それを少しでも軽減させようと服の袖で拭うが、すでに目に入ってしまっている血は取ることができず、視界は赤いままだ。

「…霊夢が弱くなったんじゃないの?」

 多少の傷は追っているが致命傷とは程遠い傷しか負っていない幽香は、汗一つかいておらず、肩に傘を担いでこちらに歩み寄ってくる。

「お祓い棒さえあれば、今すぐにでもコテンパンにしてあげるわよ……!!」

 お祓い棒を霊力の作用で呼び出すこともできるが、呼び出して取ろうとしているうちにやられるか撃ち落されるのが関の山であるため、私は右手に握っている針を霊力で強化し、傘で殴りかかってきた幽香の攻撃をかわしながら、同時に反撃をする。

 しゃがみ込みこんで幽香の傘を避け、胴体や腕に当たらぬように正確に狙いを定め、それらよりも高い位置、顔に向けて針を投擲する。

 私の霊力で強化された針が頭部に当たれば、いくら最強クラスの妖怪といえども致命傷は避けられず、致命傷にならずともしばらくの間は戦闘不能で行動を起こすことができなくなるはずだ。

 しかし、頭部に刺さると思われていた針は幽香の顔に当たると、抉りこむ前に動きを止めてしまう。

「…っ!?」

 幽香が飛んできた針にかみつき、針の動きを停止させたことで自分に刺さらないようにするとは、驚いた。私の霊力が込められている針は触れただけでも多少のダメージを負わせるため、そうやってとるやつがいるとは思ってもいなかった。

 しかし、驚いてばかりもいられない。この位置は非常に危なすぎるのだ、この位置は幽香の射程だ。

「くそっ…!」

 小さく罵りながら後ろに下がろうとした私に、幽香は唸るような音を立てながら傘を何度も振るう。直撃はしなかったが、傘が掠ったことで右腕が大きく跳ね上がり、肩が外れそうになるほどの痛みが神経を通じて脳に伝わってきた。

「ぐっ…!!」

 後方に宙返りをするようにジャンプしながら懐から札を取り出し、下にいる幽香に向けて札を投げつける。

 霊力操作によって空気の抵抗で失速せずに、札は普通ではありえないほどの速度で幽香に飛んでいく。

 幽香は傘を開いて札から身を守ろうとするが私の狙いは別にあり、すべての札は幽香に直接は当たらずに彼女を囲うようにして地面に張り付いていく。

「束」

 最後の一枚が地面に到達して、すべての札の配置が完了されると同時に簡易結界を起動し、霊力操作で作られた鎖が札から現れて幽香の腕や足を縛り付け、幽香を地面に縫い付ける。

 霊力操作で空中に浮かんだまま、その高度の維持をしながら、辛うじて今のところは損傷のない神社の方向に手を向けた。

「……来い」

 幽香が動き出す前に呼び出すため、魔理沙がよくやるように魔法の発動の様に私が呟くと、もしもの時のために電池のようにお祓い棒内に貯めておいてある霊力が私の呼びかけに反応し、私に向かってくる。

 外でお祓い棒を呼び出すと、お祓い棒は私に直線的に向かってくるため、その間にある障害物をなぎ倒しながらやって来ることを意味する。

「…はぁ」

 物を迂回するなどという便利な機能はついていないせいで、張り替えたばかりの真新しい障子やずっと使ってきたタンス、襖などを突き破ってきたお祓い棒を見て、頭を痛めつつも幽香の方向を見直す。

「あら、せっかく私を攻撃できるチャンスだったのに、そんなことに時間を使ってもよかったのかしら?」

 幽香はそう言って、自分に巻き付いている霊力の鎖を引きちぎる。

「あんたなら、その程度の簡易結界は簡単に壊せるし、縛られる段階で傘を振るだけで結界そのものを破壊できるでしょう?……捕まってたふりをしたって無駄よ」

 私が手に馴染んでいるお祓い棒を軽く振り、軽く息を吐いて気分を落ち着かせながら握りしめて、幽香に言うとバレた、と言いたげに肩をすくめる。

「まあ、いいわ」

 幽香から強い力を感じ始め、本番はこれからだと言いたげに私を見上げ、私がいる高さと同じぐらいの高さにまで浮き上がってきた。

「……」

 状況はいいとは言えない。さっきまでいた魔理沙は援護しようとしてくれたが、幽香に撃った弾幕以上の弾幕で撃ち返され、どこかに吹っ飛んで行ってしまっている。

「それと、霊夢」

「…なによ」

 私はぶっきらぼうに答え、また額から流れ始めてきた汗が混ざった血液を手の甲で拭う。

 夏のこの暑さのせいで少しの戦闘ですでに汗が止まらず、塩分を含んでいる汗が傷口に沁みてヒリヒリする。

「そろそろ私の相手だけをしている場合じゃなくなってくるわよ」

 幽香が言いながら私から視線を逸らし、鳥居や周りに生えている木々の隙間から村の方向を見た。

「…っ……まさか……!?」

 私もつられて村の方向を見ると、小さく砂煙が村から舞い上がり始めたと思うとそれが広がっていくのが見える。

 家が崩れていき、その中に火を使っている家庭があったのか、黒い煙が立ち上り始めているのがこの位置からも確認できる。

「あんた…!」

 私が睨み付けるが、幽香は特に気にした様子もなく表情もないまま呟く。

「…別に、異変なんだから怒ることでもないでしょう?どんな手を使ってでも自分のやりたいことを成し遂げる、そういうものじゃない?」

 私は幽香の発言にいらだち、歯噛みする。一人では確実に手が回らない。村に向かってもいいが、村で暴れているのがどんな奴かもわからないため、不用意に相手にする敵の数を増やしたくはない。

 村で暴れているのが萃香などの鬼の中でもトップクラスに位置する奴ならば特にだ。一人一人ならば相手にできないことはないが、二人同時はさすがに厳しすぎる。

 しかし、そうして幽香のことばかりを相手にしていれば村の人間が一人残らず殺されてしまう。

 私がどうするかプランを練っているとき、私のことを呼ぶ声が聞こえ始める。

「……霊夢!」

 少し苦しそうな声で幽香の後方、鳥居のあたりから誰かが私のことを呼んだ。聞きなれているその声の主は、さっき幽香のレーザーで撃ち抜かれて吹っ飛ばされた魔理沙で、時間をかけて戻ってきたらしい。

 だが、戻ってはこれたが、案の定、魔理沙自身は無傷では済まなかったのは目に見えていて、レーザーで撃ち抜かれた体のところどころから血を流して、魔女の服を少しずつ赤く染めている。

 吹っ飛ばされたとき、地面に打ち付けたのか、木の枝などでひっかいたのか。頭から血を流してはいるが重症ではなさそうだ。

「霊夢!…お前は幽香を頼む!私は村に行って暴れてるやつと戦う!…分業ってやつだ!」

 血まみれの魔理沙は持っている箒に足をかけると、よろけながらも空を飛んで村の方向に向かって行く。

「あら…魔理沙一人で大丈夫かしら?…あの子一人ですべて倒せるのかしら?」

 幽香は飛んでいく魔理沙のことを見ながら呟く。

「確かに魔理沙はあんまり強い方じゃないかもしれないけど、それでも大丈夫よ……ちょっとやそっとで死ぬようなやつではないわ」

 私は霊力を操作して、途中半端に治しておいていた左手を完璧に近い形で治癒させ、幽香に言った。

「…それに、あんたのレーザーをもろに体に浴びたのに生きてる。それがその証拠よ」

 私は遠ざかっていく魔理沙に向けていた眼を幽香に向けると、彼女も魔理沙から視線を外して私を見る。幽香を見ていて、私はなんだか彼女に違和感を感じた。

「私が起こした異変程度ならまあ、やり切れるでしょうね…。……まあいいわ…それよりもあなたは目先のことを気にした方がいいんじゃない?」

 幽香がこちらに傘を向け、その先端から極限まで凝縮されたレーザーを私の顔面に向けて放ってきた。

 




一週間後ぐらいに投稿します。リアルが忙しいのです。


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東方繋華傷 第六話 花の化け物

自由気ままに好き勝手にやっています。駄文です。

それでもいいという方は第六話をお楽しみください。


 私が投げた針のお返しだと言わんばかりに、頭に向けられた傘の先端から放たれたソフトボール台の細いレーザーを、体の浮遊に回していた霊力を止めて体を地面の方向に落とすことで避けた。

「…っ!?」

 強い熱、たき火などとは比べ物にならないほどの熱を放つ熱線が顔のすぐ上をかすめて通り、その熱気に顔をしかめてバランスを崩しかけながらも霊力を使って立て直し、真上をレーザーが通っているため、別の方向に宙返りをして上方向に飛んで幽香を見下ろす。

 遠くでは幽香のレーザーに当たった山の岩肌が超高温により融解し、一部の岩石が蒸発して体積が膨れ上がることにより発生した数千度にもなる暴風で溶けた岩石が噴水の水のようにあふれ出してきている。

 それを連続的に繰り返すことで山の山頂付近を幽香のレーザーが丸ごと融解させてしまった。

「…馬鹿げた威力ね…!」

傘で殴りかかってきた幽香の攻撃を、私は何かにぶつけたら簡単に折れてしまいそうにも見える強化したお祓い棒で受け止めた。

「この程度で驚いてるようじゃ、この異変は生き残れないわよ。霊夢」

 幽香が私が押し返す以上の力で傘を振り払い、花を操る程度の能力で急成長させた異常に茎が伸びた花を私にけしかけてくる。

「…じゃあ、頑張るしかなさそうね」

 

 嗚呼、私はため息の様に小さく息をつきながら走る。魔法使いである私が空を飛ばずに走っている理由は、時には地面を走るのも悪くはないと思ったからではない。

 異変が起きている状況では、そんな悠長なことをしている暇などはないだろう。では、なぜ私は走っているのか。

 村についた途端に、幽香が作り出したと思われる花の化け物が伸ばしてきた蔓に箒を掴まれて引きずり降ろされてしまったのだ。

 それはいいとして、上記ではなぜ走っている、の理由にはなっていない。説明しなくてもすでにわかっているとは思うが、私を引きずりおろした化け物に追われているからだ。

 こんな妖怪は見たことはない。全身を長い茎や蔓、葉っぱなどで形成し、体の各部分から色鮮やかな花を咲かせている。

 それに加えて化け物の体の形は人間のような二足歩行から犬猫のように四足歩行の形態の奴もいる。

 普通の植物の細胞というものは、柔らかくて形が変形する細胞膜のほかに、細胞膜の周りを囲うように細胞壁という頑丈な壁がある。従って、硬質な小さな壁の細胞が大量に集まって形成されている植物の体は、動物のようには動けないはずなのだ。

 なのに、こいつらと来たら人間や犬などの動物の様に走って来る。いったいどんな体の構造をしてるんだか。

「っ…おっと!」

 肩越しに振り返って追ってくる化け物どもを見ているとその中から、私を捕まえようとするやつがいて、箒から引きずり降ろされた時のように蔓がこちらに向かって伸びてくる。

 私はその蔓が体に当たる直前に、体を前方に飛びこむようにして投げ出して拘束を逃れて地面に手をついて体を持ち上げると、前転をする途中のような形になっているため今まで背を向けていて見えなかった景色が目に映し出される。

 化け物どもの数はパッと見たところ二十数体いて、一体だけかと思っていたが数体が私に向けて蔓を伸ばしてきているのがわかり、蔓を伸ばしてきている化け物どもに掌を向けて溜めておいた魔力をレーザーとしてぶっ放す。

 二足歩行で頭だと思われる部分に大きな花が咲いていて、それを試しに撃ち抜いてみたがそいつらは止まる気配もなく走り続けている。

 こういうやつには狭い範囲を撃ち抜くよりも、広い面積を吹き飛ばした方が効果はありそうだ。

 地面についていた腕を曲げて体の位置を下げ、飛び込んだ勢いを殺さずに転がって立ち上がり、飛び込む前と変わらないスピードで走り続ける。

 再度魔力を手に溜め、前方から向かってきている背中から花を咲かせている犬に似ている四足歩行の化け物に向けて手をかざし、大量の星形の弾幕を浴びせてやった。

 体の構造が人間などの動物に近くなったことで、体の耐久力が低くなったのか。化け物が星形の弾幕を体中に受けて、体に大穴が開いていく。

 驚いたことに化け物の体にめぐっているのは、動物のような赤血球で赤く見えている血ではなく、水に高濃度の養分などが溶け込んでいる粘性の強い液体らしく。傷口から大量に粘性の高い液体を吹き出しながら化け物は地面に崩れ落ちる。

 しかし、それでもまだ化け物は死んではいないらしく、無くなっている足や腕をもがいて私を追おうとしているのがうかがえた。

「うわあああああああああっ!!」

 女性の高い声が聞こえ、そちらに視線を向けると村人が数匹の化け物に襲われていて、悲鳴を上げているのが見える。

「何やってんだ!?家に隠れてろ!」

 星の弾幕よりも弾速の早いレーザーを撃ち、花の化け物が伸ばしていたハエ取り草のような口を切断して地面に落とす。

 助けた女性はわき目も振らずに走っていく。女性が外をうろついていたのは仕方のないことだろう。化け物の中には犬ぐらいのサイズの物から人間ぐらいの物、ほかには二メートルも三メートルも身長があるやつがいる。そいつらが家を破壊してしまって逃げるしかなくなってしまったのだろう。

 そのため、さっきの女性以外にも家の外を村人がうろついている姿はちらほらとみられる。

 一匹一匹始末している時間はない。これ以上時間をかけていると被害が大きくなってしまう。

 もっと効率よく倒すには魔法を使う方がいいだろう。植物などを相手にするならば、やはり炎系の魔法だろう。これならば効率的にダメージを与えられるはずだ。

 私が魔法を発動するために呪文を唱え始めたとき、肩越しに振り返って追ってきている化け物どもを見ると、一つだけ嫌に大きな個体がいるのがわかった。

 そいつ自体については別に変なことではない。そいつほどまではいかないが大きな体をしている奴はほかにも存在しているからだ。でも、なぜかほかの個体よりも異質な感じがしたのだ。

 それは、花の茎が複雑に絡み合ってできている巨大なオオカミのような姿で、その背中にはたくさんの巨大な花を背負っていて、その花の一つ一つから黄色っぽい煙のようなものが漏れ始めているからだ。

 気のせいかと思っていたが、その量がだんだんと多くなると花びらが蕾のように合わさって閉じると、中で煙に見えたものが大量に生産されているらしく、すぐに蕾がパンパンに膨れ上がる。

「なんだ…!?」

 何かろくでもないことをしようとしているのには変わりない。その巨大なオオカミの化け物をすぐに撃ち殺そうとするが、膨れ上がっていた花が勢い良く開花したことで大量の煙を周りにまき散らす。

「…これは……花粉か…?」

 ただ単に花が化け物になったわけではなく、花の性質もきちんと受け継いでいるらしい。

「……まさか…」

 花粉を飛ばすというのは、自分の子孫を増やそうとする行為である。ということは、だ。

「…やべぇ……」

 まき散らしたガソリンに火をつけるように花粉が広がり、周りにいる化け物どもが花粉を雌花に受粉していく。受粉したすべての化け物たちが超高速で果実などを形成していき、今まで走っていた動きをぴたりと止める。

 種が大量に果実の中に作られて行っているらしく、化け物果実がどんどん膨らんでいって果実の直径が三十センチにもなると、ほんの少しの衝撃で爆発しそうにも見える。

 花の種類の中には爆発植物といわれる種が存在し、その名の通りに爆発する。

 しかし、その爆発は火薬などを使ったものではなく、種子を周りに飛ばすために限界まで内部の圧力を高め、破裂させたことによる爆発だ。

 果実の大きさは三十センチもあり、その中から飛ばされる種はいったいどれだけの量と速度を持っているのか、考えたくもない。

「おい!どこかに身を隠せ!!何か来る!」

 私は道の隅に生えている大きな木の後ろに隠れ、逃げまどっている村人に向けて叫んだ。ほとんどの化け物が花粉を受粉したことにより動いている化け物はほとんどいないため、隠れることは容易だろう。

 そうしていると、初めに花粉を周りに飛ばした奴が果実を作って動きを止めていた一匹の化け物を人間の体ぐらいあるぶっとい腕で小突いて刺激を与えた。

 考えてみてほしい。化け物の果実の内部は高い圧力で少しの衝撃でも爆発してしまうだろう。その状態というのは、爆発しないようにする体の構造と、爆発しようとする圧力が均衡を保っているということだ。つまり綱引きをしている状態なのだ。

 そして、オオカミの化け物は全力で引き合って釣り合っている状態の縄に切れ込みを入れたのだ。そうするとどうなるか。

「……泣けるぜ」

 化け物を撃ち抜こうとしていた魔力を身を守るための結界に回し、自分の周りに結界を張って私は地面に伏せる。

 それと同時に、火薬の爆発に引け取らないほどの爆発音が辺りに轟いた。

 




三日後か五日後に投稿します。


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東方繋華傷 第七話 花の化け物 ②

自由気ままに好き勝手にやっています。駄文です。

それでもいいという方は第七話をお楽しみください。


 ドォォッ!!

 大きすぎる爆発音に耐えきれず私は両手で両耳を塞ぐが、それでもビリビリと鼓膜を揺らす爆音に、一時的に音を聞くことができなくなってしまう。

 爆発で耳が聞こえなくなる寸前に何か、小さなものが高速で移動する空気を切り裂く甲高い音が真横や真上を通り過ぎていく音も聞こえてきた気がするが爆発音に紛れていたため確信はなかった。

 だが、私が顔を上げると自分の身を守るために使っていた木と結界に何かがぶち当たっていて、飛んできた何かが木の中に抉りこんだことで木片が小さくはじけ、数えようとするのがばからしくなるぐらいの量の種子が私が張った結界にめり込んでいる。

 だいぶ強固に作ったはずなのに、結界にはひびがはいっていてそれが全域に広がっているのが見回してみてわかった。

 一匹の化け物が爆発すればその衝撃は空気を伝わってほかの化け物にも伝わり、連鎖的に巻き込まれた形で爆発を起こしたらしく、果実が残ったままの化け物はいなさそうだ。

 結界を解除して立ち上がって周りを見ると木や建物に二センチ程度の種がめり込んでいて、まるで散弾銃の散弾の弾痕のように見え、その弾痕に似た跡が数百から数千も周りにできている。

 花粉を飛ばした奴以外の化け物は完全に動きを停止していて、動く気配を見せない。

 爆発初植物ということだが、種を飛ばす方向は自分では決められないのだろう。自らがまき散らした種に巻き込まれて絶命したと考えるのが妥当だろう。

 それを肯定するように目を凝らしてみると、化け物の複雑に絡み合ってできている茎や蔓の体に、木や壁についているのと同じような多数の弾痕に似た跡がついている。

 自分の攻撃で死んでくれたのならばそれはそれでいい。しかし、今はさっき以上にやばい事態であり、種子が成長して人を襲うようになる前に片づけていきたいところだ。

 あらゆる場所に種子がめり込んでいて、しっかり数えてはいないが千数百個は弾痕の跡が見える。それらがすべて花の化け物となると思うと、ぞっとする。

 炎の魔法を使うために呪文を唱え始めようと息を吸い込もうとしたとき、耳がようやく音を聞くことができるようになってきて、大きい音を聞いたときとかによくなる甲高い音しか聞こえなかったが、鼓膜が周りの音をわずかに拾い始めた。

 悲鳴のような絶叫が後方から聞こえてきて、私が後ろに振り返るとさっき外で逃げまどっていた村人たちの大部分が体のあちこちに、弾丸のみたいに飛んできた種子を受けて地面に倒れている。

「おい!大丈夫か!?」

 一番近くに倒れている村人に近寄りながら話しかけると、その男性の体にはすでに異常が起き始めていた。

「んな…!?」

 種子がめり込んでいる場所からすでに急速に成長をし始めている蔓と茎が伸び始め、体のあちこちから根っこなどが飛び出し、男が叫び声をあげる。

「…なんだよ……これ!?……早すぎる…!?」

 私はどうしたらいいかわからず立ちすくんでいると、数センチ程度の茎などで体を形成している小型の二足歩行の化け物が傷口から飛び出してきた。

 男性の血で全身を真っ赤に染め、花の化け物の黒板をひっかいている音に似ている金切声に私は数歩後ろに後ずさりしてしまう。

 次々と傷口から化け物が飛び出していくが、頭部付近にある傷口からは一向に化け物は出てこず、その場にとどまり続けて根っこなどを男の体の中に張り巡らせていき、茎と根っこが男の頭をすっぽりと巻き込んでしまった。

 そうしていると男の叫び声がぴたりとやみ、まるで操り人形のような動きで立ち上がり、私に向かってよたよたと歩き始める。

「っ……っくそ…!」

 体に種子がめり込んだ村人がほぼ全員、同じような状態になっていて近くの人間などを襲い始めた。

 頭部には全身を操るための司令塔といえる脳があり、そこを花の化け物に乗っ取られたと考えるのが妥当だろう。男の動きに人間的な感情が見受けられない。

 頭を花の化け物に乗っ取られたと思われる男から離れながら、男の足をレーザーで撃ち抜くと男はバランスを崩して盛大に地面にこけた。

 しかし、その男は使い物にならないほどの負傷を受けた足を酷使し、こっちに向かって進もうとしている。

 茎や根の合間からわずかに見える人間の部分の口から、多量で粘性の高い真っ赤な血液を垂れ流し、血で赤く染まっている眼球が私をしっかりととらえている。

 気持ち悪くなってくるような光景に耐えきれず、顔を背けようとしたが男の体が急激にやせ細り始めていくのが目に見えてわかった。

「…なんだ?」

 なぜかはすぐにわかった。

 生物が成長するには養分が少なからず必要であり、花の化け物は寄生した男の体にある養分を吸って成長しているのだ。

 人間に寄生した花の化け物が人間から養分を吸い取るということは、地面などにめり込んだ種子の中にいる花の化け物は地面から養分を吸い取るということか。

 私がそう思って周りを見ると、千数個も地面に埋まっている種子が成長して来ているのか、地面や木、壁などにあいている穴から蔓などが出てきている。

 そして、私が盾にしていた木や近くにある畑の野菜などが見たこともないスピードでやせ細り、腐っていく。

「……っ!」

「アアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 大量の養分を周りから吸い取ったことで、種子をまき散らす前と変わらないぐらいの大きさにまで成長した花の化け物たちが、黒板をひっかくような甲高い声で咆哮を上げ始めて、動きやすいように体の形を変形させ始める。

 たった十数匹が千数百匹にまで増え、すでに私の手に負えるレベルを大きく上回っている状態となっている。

 奴らは元の形態から少しだけ体の形を変え、完全に体の成長を終えたらしく周りに存在している動物、つまり、私に向けて殺到し始める。

「くそ…!」

 魔法の呪文を唱え終え、魔法を発動させようとするが体の重さが数トンはありそうな花粉を飛ばしていた花の化け物がこちらに向けて、猛ダッシュして来ているのが視界の端からの情報と地面を伝わってくる振動と、花の化け物が地面をたたくひときわ大きな音がしてようやく私は気が付いた。

 その巨体からは考えられないほどに俊敏で動きの速い化け物は、ほんの数秒で四十メートル以上もあった距離を詰め、さらに人間の胴体ほどもある蔓と茎で形成されているオオカミの手で私のことをぶん殴った。

 避けようにも体が思うように動かすことができず、受け流す態勢に入る前に腹をぶっ叩かれたことで体がくの字に折れ曲がり、三十メートル以上の距離をバウンドもせずに吹っ飛ばされ、半壊している民家の壁に体を打ち付けてしまうが、それでもとまらずに壁を破壊して家の中に転がり込んだ。

 壁にぶつかったことで多少は運動エネルギーが分散したらしく、床を転がるまでには減速されたが、それでも殴られたときのエネルギーは衰えず、私の体は転がりながら破壊した方とは逆方向の壁も破壊して外に飛び出してしまう。

 家を飛んできた種子などによって破壊されてしまい、外に逃げることしか逃げ道がなかったのだろう。外を走っている村人を巻き込んで突き飛ばし、私はようやく止まることができた。

「げほっ…!!……ごぼっ……!!」

 胃が収縮し、中身の異物を吐き出そうとする胃の動きにより口の中が大量の血であふれかえり、鉄臭い匂いにむせ返ってせき込んだ。

 それにより地面に口いっぱいに入っていた血を吐き出すことができたが、吸った息が鉄臭くて気分が悪くなりそうである。

 ずきずきと痛む腹などを押さえて私は冷や汗をかいた。もう少し体の強化が弱かったら背骨が断裂し、胃腸などのほかの臓器にも深刻なダメージが及び、背中側から臓器が飛び出していたかもしれない。

 私が付き飛ばした村人は足を痛めたようで、足を引きずってよろけながらも走って逃げていった。

「う…く……ぁぁっ……ごほっ……!」

 もう一度、胃から上がってきた大量の血を口から吐き出し、私は地面に真っ赤な花をもう一つ咲かせた。

「…っ……はぐっ……」

 体内の臓器などにも届いている花の化け物の攻撃の威力はすさまじく、臓器がスクランブルエッグのようにぐちゃぐちゃになっているのではないかと錯覚するほどだ。

 口の端から血の水滴がツウっと顎に伝っていき、私はそれを手でぬぐい取る。

「アアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 野太く、木製のもの同士を強くガリガリとこすり合わせた大きくて不快な音が奴の声のようで、私が通ってきた家の残骸を破壊して咆哮しながらこちらに向かっていている。

「……くそがっ……!」

 私はずっと温存して置いた炎の魔法を発動させた。

「verbrennen(燃えろ)!!」

 私は魔法の回路に魔力を注ぎ、今まさに私を殴ろうとしている化け物に炎の魔法を浴びせかけ、三十メートルほどの高さまで吹き上がる火柱に花の化け物は包み込まれる。

 十メートルも離れているはずではあるが、ヒリヒリとした強い熱を全身に感じる。遠赤外線という奴だろう。

 数千度にもなる炎に焼かれれば、体長がおよそ六メートルもある花の化け物といえどもただでは済まないはずだ。

 私は花の化け物が燃え尽きたことを確認するために魔法の炎を弱めようとしたとき、火柱の中で何かが動いた気がし、魔力を送り込んで炎の強さを最大まで上げようとしたが、焼き殺したと思っていた花の化け物が火柱の中から飛び出して、私に向かって突っ走って来る。

「なっ…!?」

 巨大な骨格を持つ化け物からすれば、さっきの炎は自分の皮膚の表面を少しあぶった程度にしかなっていないのだろう。あの巨体を少し甘く見ていた。

 全身を焼かれて体の表面が炭化し、真っ黒になってはいるが、動くごとに炭化して焼け焦げている蔓や茎が剥がれ落ち、その下から新しい何のダメージも負っていない真新しい茎や蔓が顔をのぞかせてくる。

「なんて野郎だ…!」

 絶句しているところにやつが走りこんできて上に手を振り上げ、私を押しつぶすために腕を振り下ろした。

 この花の化け物の大きさからすれば、私など軽くひねっただけで殺すことなど可能だろう。

 今更になって逃げようとしてももう遅い。視界いっぱいに広がっている花の化け物の手は、すでに目と鼻の先にあるのだから。

 




三日後から五日後に次を投稿します。


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東方繋華傷 第八話 助け合い

自由気ままに好き勝手にやっています。
駄文です。

それでもいいという方は第八話をお楽しみください。


「ボーっとしてるんじゃあない!!魔理沙!」

 私を叱咤する声に軽く放心しかけていた私は我に返ることができたが、あと数センチで私の頭を花の化け物がひき肉にするというところで、誰かに突き飛ばされた。

「うおっ…!?」

 横からの強い衝撃に、待ち構えていなかったことで私は多少首を痛めつつも、何とか花の化け物の攻撃に当たらずに済んだ。

 体を突き飛ばされたことで私の体は宙にあるというのに、押した人物は体が地面に落ちる前に首根っこを掴み、今度は前転をして転がるようにして誰かが私を運ぶ。

 激しい動きでなびくその髪は何の色にも染まっていない純白であり、大きな瞳は真っ赤に燃える炎のような色をしていて、視界の端にはその瞳と同じような真っ赤なモンペが映り込み、それを履いている人物といえば、

「妹紅!?」

 花の化け物から離れたことで首根っこを掴んでいた手を離し、彼女は私を地面に立たせてくれた。

「しゃっきっとしろ、お前は私とは違って死なないわけじゃあないんだぞ」

 妹紅は私を逃がすときに自分が逃げるのが若干間に合わず、腕で花の化け物の攻撃をガードしたのだろう。前腕が半ばからへし折れてひしゃげている。

「…すまん…!」

 ぐちゃぐちゃになっている腕を見て血の気が引くのを感じながら私は妹紅に頭を下げて謝り、化け物がいる方向に視線を向けて警戒をした。

「よし、見たところ今すぐに医者に行かないといけないような大怪我を負っているわけなあないな?まだ戦えるよな?」

「…ああ」

 魔力で応急処置はできているから、戦闘の続行はできるだろう。

「しかし、こいつらはなんだっていうんだ?いきなり襲い掛かってきやがって」

 右手に炎をチラつかせて妹紅は魔力でガードに使った左腕を魔力で治し、でかい花の化け物を睨み、周りの成長して大きくなった花の化け物にも目配せをする。

「幽香がこの異変を起こしたと言っていた。それに、この花の化け物どもには花がついている……どうやっているのかは知らないが、幽香が操ってるのは確実だろう」

 私が妹紅が見ていない方向を警戒し、見回していうと妹紅は何か納得したような様子で言った。

「なるほど、風見幽香が能力でだした花の化け物だったってわけか。どおりで見たこともない妖怪だし、動物だったとしても炎を恐れないわけだ」

 妹紅の言う通り、花の化け物たちは妹紅の作り出している炎におびえていたり特別注意しているようには見えない。ただ単に、動くものを殺そうとしている。花の化け物たちには動物的な感情というものが見受けられない。

「言われてみれば確かにな」

 花粉をまき散らした花の化け物を中心に群れが統率されているのだろう。今のところ小さな花の化け物たちが襲ってくる気配はない。オオカミの花の化け物がいきなり現れた妹紅に困惑しているのだろうか。

「そう言えば、こいつらを作り出したって言ってた幽香は今どこにいるんだ?」

 妹紅が呟き、私が答えようとしたタイミングでこの場所から見える博麗神社よりも手前で、村と神社の中間地点で大きな爆発が起こり、岩石や土などの無機物から木や草などの有機物が数十メートルの高さにまで巻き上げられているのが見えた。

 爆発した場所を中心にして、強い衝撃波が発生したらしく地面の表面にある砂が舞い上げられ、それが数百メートル離れているこの位置にまで到達して肌と鼓膜を轟音がビリビリと刺激する。

「あんな戦い方ができるのは博麗の人間ぐらいだろうな……それについていけている風見幽香も化けもんだが……あそこで戦ってる連中の手助けなんて私らには無理だ、だから、私らは私らにできることをしよう」

「…ごもっとも、あんなところにいたらひき肉になっちまう……それと、慧音はどうしたんだ?…村がこんなことになってるのに姿が見えないぜ?」

 私はオオカミ型の花の化け物が襲ってこないうちに魔法の呪文を唱え、いつでも発動できるように魔法をストックしておき、隣に立っている妹紅に聞いた。

「慧音なら、別の場所で戦ってるよ。手分けして戦った方が効率がいいっていうのと、私の術じゃあ村人も巻き込んじまう可能性があるからな」

「まあ、確かにそうだよな。村人の安全を守るのに村人に怪我を負わせてたんじゃあ意味がない……でも、あいつの能力があればこいつらが現れた歴史そのものを食って存在を消す的なことをしたかったんだがな」

 私の思い違いでなければ、昼間の慧音の能力は歴史を食べる程度の能力だったはずだ。だから、私はそう妹紅に提案してみたわけだが、彼女はすぐに顔を横に振る。

「お前らが思っているほど、慧音の能力は便利じゃあない……それじゃあ…気に入らないやつをもとから存在しなかった。そういうことだったできちまうわけだからな……物理的に誰を消したりするのはほぼ不可能らしい」

「なんだ……残念…」

 私はため息交じりに呟いて周りを見回し、そろそろ開戦の火ぶたが切られそうな雰囲気が流れ始めている花の化け物を見回して、その瞬間を今か今かと待っている妹紅にとある提案をした。

「…なあ、妹紅…提案があるんだが……私の話を聞いてみる気はないか?」

「提案?…このあまり好ましいといえない状況をひっくり返すことができる良い作戦なのか?」

 妹紅がなんだかハードルを上げるようなことを言い出して少し言いづらくはなるが、私は大きな花の化け物を見上げている彼女に呟く。

 奴らに知性があるとは思えないが、念には念を入れて私は花の化け物たちには聞こえない様に妹紅に囁きかける。

「…見たところ…奴らはあのデカいオオカミの化け物を中心に群れを成し、奴の出す花粉によって受粉して数を増やすらしい……現段階ではデカいのはちらほらいるが…花粉を出すのはあのオオカミ型だけのようだ……あいつさえ倒せば小さい奴らは増えることはない……デカいのは私がやるから、小さい奴らを少しの間だけ引き付けておいてほしい」

「私は構わないが…大丈夫なのか?…さっきの炎の魔法では大したダメージにはなってなかったように見えたが?」

 痛いところをついてくるが、私が使おうとしている魔法はさっきとは全く別で、効率よくダメージを与えられるはずだ。

「こっちは問題ないが、少し時間がかかる……逆に妹紅は大丈夫か?」

「当たり前だ、小さいのだけでは物足りないぐらだ」

 妹紅は言いながら両手に纏わせていた炎を拡大させる。準備は万端らしい。

「じゃあ、守りは任せたぜ」

 私は言って魔法の構築を始める。目を閉じて視界から入ってくるすべての情報を遮断し、魔法の構築だけに意識を集中させた。

 私に流れている魔力に強い変動が起こったのを花の化け物たちは感じ取ったらしく、一斉にこっちに向けて走ってくるのが音が聞こえてくることでわかる。

「さてと、やるか」

 妹紅が片手の指をゴキッと鳴らし、向かってくる小さい花の化け物たち大して炎を照射した。

 照射された炎の熱が予想以上に大気の気温を熱し、元々暑かったここら一帯の気温がばかみたいに上がり、サウナにでも入ってるかのように気温が上がっていく。

「アアアアアアアアアッ!!」

 花の化け物たちの金切声がさっきの爆発音並みに鳴り響き、それに混じって妹紅が炎を操る音が聞こえ始め、本格的な戦闘が開始された。

 




三日から五日後に投稿します。


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東方繋華傷 第九話 魔法の構築

自由気ままに好き勝手にやっています。駄文です。

それでもいいという方は第九話をお楽しみください。


 強い炭の焦げたような匂いが鼻につく。

 そこら中が炎で焼かれている。それによって焦げた埃や木くずなどが、炎が生み出す上昇気流で舞い上がり、私の顔の位置にまでその香りが飛んでくるのだろう。

 目を閉じていることで、目から入ってくる情報を遮断してることで私には周りで起こっている状況はわからない。だが、炎を扱う女性、妹紅が花の化け物と戦っているのは音だけでも判別することができた。

 私を守るようにあらゆる方向に炎を放ち、花の化け物どもを焼け焦がすことで奴らを地面に這い蹲らせていく。

 そこから優勢だということは伺うことができるが、目を閉じているため真夜中に光源を持たずに外を出歩くぐらい見通しが聞いていないことで、いつ攻撃されるかわからない恐怖がある。

 しかし、目を開けて周りから得られる情報に惑わされて魔法の構築にこれよりも長く時間を割くわけにはいかず、私は目を開けたい衝動をなんとか抑え込んで魔法の構築を続ける。

 今回使う魔法は光の魔法だ。しかし、いつも使っているような弾幕と一緒に飛ばして貫通力を生み出したり、熱で物を切ったりなどとは全く異なる方法で光の魔法を作り出すことにした。

 私たちの身の回りにある光というものは、波長の長さによって色に違いが出たり、人間には見ることのできない赤外線や動物などには害となる紫外線など、波長の長さによって様々な性質を持つ。

 それらの性質の中で私が求めている物にするために魔力を使って光の性質を変換していく。

「そらよ!!」

 私の右側から妹紅の声が聞こえ、それとほぼ同時に閉じた瞼越しでもわかるほどに強い光を放っている炎を、花の化け物たちに浴びせかけた。

 妹紅との距離が近かったのか焚火などの近くに顔を寄せたときのように、顔や体中にヒリヒリとした熱を感じる。

「アアアアアアアアアアアアアッ!!?」

 ある花の化け物は体内の奥深くまで炎で焼かれて炭になって地面に崩れ落ちて粉々になり、ある花の化け物はその仲間だったものの死骸を踏み越えて全身を炎に包みこまれた状態のままこちらに向かってくる。

 だが、そいつらもすぐにほかの連中と同じように、全身が炭となって地面に崩れ落ちていく。

 しかし、それが通じるのは体が細くて小さい人間型の花の化け物だけだろう。体が大きくなったり動きが素早くなると燃焼効率が悪くなったり、こっちに到達する時間が短くなることで芯まで燃やされていない花の化け物が妹紅の炎を突破し、全身を炎に包んだまま私に向かって走って来る。

「っち…やっぱりデカい奴は表面を少しあぶったぐらいじゃあ、効果は薄いか」

 妹紅が正面方向からくる少し大型の花の化け物に向けて歩き、舌打ち交じりに呟く。彼女は炎で私を囲うように壁を作って花の化け物たちがここまで来れない様にしてくれてはいるが、突破されるのも時間の問題だろう。

 炎が勢いよく吹き出す音に紛れて、炎の壁のすぐ外側にまで花の化け物が迫っている気配がする。

 それらをさらに妹紅が処理をしてくれているわけだが、妹紅の放つ火炎の熱気に顔をしかめ、わずかに意識を逸らされつつも魔法の構築を続けた。

「アアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 少し大きいぐらいなら妹紅が追加で炎を浴びせれば倒せていたが、例の巨大なオオカミ型の花の化け物がこちらに向かってくるのが独特な野太い声と地面を振動させる足音からわかる。

「くそっ!」

 妹紅が毒づき、炎を操ってあらゆる角度から花の化け物を炎で包み込むが、奴は物ともせずに私に向かってきているのが、変わらない足音で判別できる。

「アアアアアアアアアアアアアッ!!」

 素早い動きで私の前に立ちはだかっている妹紅が、魔力で圧縮した炎を火炎弾として放ったらしく、花の化け物にそれが直撃すると圧縮された炎が一気に拡散され、爆発が起きたように高温の炎が発生して化け物を焼き殺そうとする。

しかし、花の化け物は体を構築している蔓の腕の部分だけを一時的に分解し、鞭のように振るってお返しとばかりに妹紅をぶん殴った。

「ぐあっ!?」

 本当に殴ったのは植物で、殴られたのは人間かと思うほどの高くて鈍い音が響き渡り、妹紅の悲痛な悲鳴が私にまで届いてくる。

薙ぎ払われた鞭の衝撃を逃がすことができなかったのか、妹紅は吹っ飛ばされたらしく物体が空を飛ぶ音が聞こえてきた直後、私に衝突した。

「ぐぇっ!?」

 大人の人間が吹っ飛ばされるほどの勢いで飛んできた妹紅の全体重が私の脇腹にかかり、その部分に尋常ではないぐらいの痛みが走る。

 いきなりのことで踏ん張りがきかず、後ろに倒れそうになったとき妹紅の体がすぐ目の前にあるのを彼女の手に纏わりついている炎からわかり、私は妹紅のことをとっさに掴んで数メートルという距離を一緒に転がってしまう。

 天と地を何度も見るようにしてグルグルと回転して地面を転がっていたため、脳が揺れるような頭痛や乗り物に乗った時のように気分が悪くなってきてしまった。それに、地面を転がったことで土まみれになり、服の中にまで土が入ってきてすごく気持ち悪い。

 そう思っていると妹紅の焦ったような声が私に届く。

「魔理沙!この手を離せ!やられるぞ!」

 巨大な花の化け物は全身を燃やされながらも鞭として薙ぎ払った腕を再形成し、私たちの方向に走って来たらしく、わずかに私の見える視界に影がかかった。

 妹紅が腕を振るって私の拘束を逃れるが、私は左手で妹紅の肩を掴んで自分の方向に引き寄せながら、化け物に向けて右手を向ける。

「いや、むしろ好都合だ」

 私は目をゆっくりと開き、構築させたばかりの光の魔法を発動させた。

 




三日後か五日後ぐらいに次を投稿します。


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東方繋華傷 第十話 魔法?

前回は魔理沙が魔法を構築したところまでです。

自由気ままに好き勝手にやっています。原作と違うからって怒らないでください。

それでもいいという方は第十話をお楽しみください。




 私が花の化け物に向けた手のひらから、まばゆい光が出たとか、レーザーが出たとか、そういったことも起こらず、ほんの数秒間だけ時間が流れる。

「…っ!?」

 妹紅が不発だったのかと体をこわばらせるのを私は触れている左手から感じた。周りの奴よりは知能があるらしいオオカミ型の花の化け物はレーザーみたいなのが来ると思っていたらしく、走ってきていたのを止めて横に飛びのこうとするがなにも飛んできていないことに気が付き、こちらに再度突進してくる。

「魔理沙!一度逃げるぞ!魔法の構築に失敗したんだろう!?」

 妹紅がそういうのも仕方のないことだ。初めのうちは花の化け物には何の変化も現れず、外骨格のように体を覆っている焦げた蔓と茎を剥がし、一回り小さくなった化け物が私たちを押しつぶそうと腕を上げたころに、ようやく魔法の効果が表れたのだから。

「…へ…?」

 奴は体に違和感があるのを感じたらしく動きを止めると、外骨格を剥がして無傷となっていた花の化け物の体から蒸気が上がり始めた。

 花の化け物の体の中にある水分が蒸発して気泡が生産されまくってるのか、体内に存在する物の体積が増えたことでかかる圧力が高くなり、花の化け物は体の各部分を破裂させていく。

 私が手のひらを向けて発動している魔法の威力を上げるために魔力を注ぐと、さらに花の化け物の温度が上がっていき、化け物は内から体を熱で焼かれ、温度が何百度も上昇したことにより体のあちこちで自然発火が起こり、体の内から炎に焼かれていく。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」

 断末魔のように化け物が叫んで私たちに攻撃を加えようとするが、全身のあらゆる場所が内部から焼かれていることで体を満足に動かすこともできずにすぐに動きを止め、地面に数トンはありそうな巨体を投げ出してバラバラになって完全に沈黙する。

「……お前、いったい何をしたんだ…?」

 何が起こったかわからない妹紅が私が肩を離したことで立ち上がり、こちらに手を差し出して説明を求めてくる。

「…まあ、あれだ」

 私が周りを見ると、オオカミ型の花の化け物という司令塔を失った花の化け物たちは目標を失い。あてもなくさまよい始めている。

 それを見てある程度は時間があることが分かった私は、妹紅の手を借りて立ち上がり、お尻付近についている土を払い、近くにいる花の化け物に向けてレーザーを放つ。

「……いわゆるマイクロ波ってやつだ…知ってるか?」

「マイクロ波?……それってあれだよな?電子レンジとかいう機械に使われてるやつだよな?」

 まだ化け物を半分も倒していない状況にため息を漏らしている妹紅をよそに、星形の弾幕を撃って近くにいる花の化け物たちを撃ち抜くが、バラバラにしても生きている個体がいるため、入念に撃ち抜く。

「ああ、…マイクロ波っていうのは電波の一種であるわけだが…電波は突き詰めれば赤外線……赤外線は光の一種なわけだ。そこまで繋がっているならば光の魔法をちょちょいと魔力で弄ってマイクロ波を作り出したわけだが、始めてやることで過程も多かったから少し時間がかかっちまったんだよな」

「もう、なんか魔法というより化学じゃあねぇか」

 妹紅が説明をした私に言うと、地面を揺るがすさっきよりも大きい爆音がし、さっきよりもだいぶ村に近い位置で大きな爆発が起き、土煙や土などが水柱に近い形で吹き上げられている。

 霊夢と幽香はどういう戦い方をしているんだ。普通に戦っているのならばああはならないだろう。

「博麗の巫女だから大丈夫だとは思うが……本当に霊夢は大丈夫なのか?…魔力を使えるとはいえ、人間の常識に当てはまらないような戦い方をして、無事でいられるとは思えないが……」

 妹紅がクレーターができて、凹んだ分の土や石が火山の噴火のようにこちらにまで吹っ飛ばされてきているのを見て、あきれたように言った。

「大丈夫さ……。あいつは博麗霊夢だ…誰にも負けないぜ」

「随分とあの巫女を信頼してるんだな」

 妹紅は少し疲弊してきているのか、若干だが汗を流していて掌を団扇の様に振って少しでも涼しくなろうとしている。

「まあ、そうだな……一緒にいた時間もかなり長いからな…あいつの強さはよく知ってるぜ」

「なるほどな……それにしても、風見幽香か……最強クラスの妖怪がなんでこんな異変を起こしたんだかな」

 幽香が花を操って霊夢に向かわせているのが遠くからでも確認でき、それを眺めて妹紅は静かにつぶやく。

「さあな、でも…何かしら目的があることには変わらんだろ…あいつがこの場所を襲ったってことは何かしら目的があったはずだ。気を付けた方がいいぜ」

 私が妹紅に言うとわかってるさ、と言って面倒くさそうに頭をかき、瀕死ではあるがまだ生きている花の化け物を炎で燃やした。

「…さてと、私は霊夢を援護しに行きたいんだが……妹紅に村を任せても大丈夫か?」

「ああ…こっちは任せろ…殲滅しながら移動して、生存者がいないか探しつつ慧音と合流する」

 私は魔力で自分の体を浮き上がらせ、霊夢と幽香がいる場所に向けて移動を開始し、妹紅も私から目を離して炎を操って花の化け物たちを移動しながら焼き始める。

 幽香と霊夢がいる高さまで高度を上げてレーザーを数発、何百メートルも離れている幽香が霊夢に向かわせようとしていた花を撃ち落とす。

 幽香と霊夢が私の存在に気が付き、霊夢は私の射撃の邪魔にならないような立ち回りになり、幽香は背中を撃たれない様に私がいる方向に花をいくつか配置する。

 レーザーの貫通力を少しだけ高め、霊夢の動きに合わせて幽香の背中めがけてレーザーをぶっ放す。幽香は配置した花を蒸発させて、まっすぐ自分に突き進んでいるレーザーを察知し、閉じていた傘を広げて私のいる方向に向け、攻撃を受け流した。

 レーザーに当たった部分が高温で熱されて赤く変色し、蒸気のような陽炎が傘の表面で揺らめいているのが薄っすらと見える。

 幽香が開いていた傘を閉じて、自分に近寄っていた霊夢に向かってバットのように殴りかかると同時に、幽香の体がぶれて二重に見えたと思うと、幽体離脱のように分裂してもう一人の幽香が現れ、私に向かって手のひらを向けた。

「っ!?」

 小さくて見づらいが、幽香の手の方向と角度から射線を予測し、目線で体のどこを狙っているか。あとは幽香の呼吸でタイミングを計る。

 分裂していることで一人一人の力が少しは弱まっているはず、であるため、ずっと私の相手をしているわけにはいかず、これから五秒以内に撃ってくるはずだ。

 私は自分のいる場所の前方方向に、幽香の攻撃を弱めるためのガラスのようにも鏡のようにも見える防御結界をいくつも作り出す。

 避けれないわけではないが、かわせなかった時のための保険だ。

 これは飛んできた弾幕の威力を、魔力を分散させることで弱める魔方陣だ。これを数枚ともなればいくら幽香の弾幕といえども死ぬほどの威力で飛んでくることはないはずだ。

 霊夢と幽香の場所まで残り百メートルを切ったとき、幽香の微妙に見える掌の辺りがキラリと光る。

 ゾクッ……。

 私は背中に冷たい氷塊を入れられた時のような、そんな悪寒を味わい。ビクッと体を震わせてしまう。

「っ!!」

 前かがみになって全速力で進んでいた私は、手を下に向けて掌から魔力を放出させて体をその推進力を使って上昇させた。

 手のひらからロケットのように放出させた魔力の衝撃で肩が外れそうになるのと、上半身に下半身が引っ張られてものすごく痛いが、なんとか幽香の撃ったレーザーの射線から逃れることができる。

 私のすぐ下を真っ白に光る幽香のレーザーが高速で進んでいき、斜め上から下に向けて撃っていたため、地面に当たると土を蒸発させてその下にある岩石までも簡単に融解し、二十メートルは簡単に超えている溶岩のプールを作り出す。

 私が作り出していた魔力を分散させる魔方陣が機能していないのかと思ったが、きちんと機能していて魔力を分散させているが、幽香が放っているレーザーの魔力が多すぎるのと濃度が高く、分散させてあの威力だったらしい。

 私は真夏だというのに、怖い話を聞いた時のように汗がすっと引いていた。あの強力なレーザーを食らえばただでは済まないのは明らかであり、それどころか肉体の欠片すら残るのかわからない威力だったからだ。

 着弾地点を眺めていたが魔力を調節して体勢を整え、私にレーザーを撃つために二人となっていた幽香を睨む。

 幽香は二人から一人に戻り、私への攻撃を外したこと自体はどうとも思っていないのか私を無視して霊夢に突撃していく。

 幽香は下の方向から傘を振り上げ、霊夢はお祓い棒を振り下ろし、二人は武器同士を衝突させる。

 二人のうち合わさった武器を中心に空気の爆発が起こり、二人の周りの空間がわずかにゆがむ。しかし、二人は一歩も引かずに二度三度と得物を振り続けた。

 見た感じは二人とも互角で釣り合っているようには見えるが、怪我をしている分だけ霊夢の動きが痛みで阻害され、幽香に後れを取り始めている。

 私は自分の射程圏内に幽香が入ったことを確認し、霊夢の遅れを補うために援護を開始した。

 




三日後から一週間後に投稿します。忙しくなければ早くなるかもしれないです。

高度な心理戦とか、頭が痛くなるのでできないのです。


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東方繋華傷 第十一話 事情

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第十一話をお楽しみください。


 二人の攻撃が激しさを増していく中、横から薙ぎ払うお祓い棒の攻撃をすり抜けて幽香は手を伸ばし、汗だくの霊夢の胸倉を掴むと地面に向けて思いっきり投げ飛ばした。

 だが、薙ぎ払うという行動をしたというのに、それでも霊夢は寸前でお祓い棒を使い、幽香の掴んでいた手を離させることには成功するが、その隙に反対側の手に持っていた傘に肩をたたかれることとなってしまう。

 霊夢の体が衝撃で地面に向かって降下をはじめ、結果的には幽香の思惑通りに事が進む形となってしまった。

 霊夢が追撃されないよう、落ちていく彼女を見下ろして次の行動に移ろうとしている幽香に向けて手の中で凝集させておいた魔力を弾幕のエネルギーとして放出してレーザーを放つ。

 音速に達するかそれ以上の速さで超高速移動をするレーザーを幽香は頭を傾けただけでかわた。それに私は若干驚かせられながらも、第二射を撃つ準備をレーザーを撃ちながらもう片方の手で始める。

 幽香が上体をわずかに下げて足元に魔力を使って足場を作り出し、私の方に向かって跳躍した。

 幽香は歩いたり空を飛んだりなどの動きは極端に遅いが、魔力強化での筋肉増加によるこうした移動に関してはかなりの速度となる。

 ガラスを地面に投げつけて、たたき割ったように幽香が足場として使っていた魔力の塊が砕け散った。

 魔力を使って光の玉をいくつか自分の周りに作り出し、向かってくる幽香に向けて一斉掃射を試みるが、傘をこちらに向けて開いているためすべてのレーザーを受け流されてしまう。

「っち…!」

 無意識のうちに舌打ちを漏らしてしまうが、思っていた以上に私は落ち着いており、幽香の到達時間を稼ぐために後ろに下がって鞄に右手を伸ばした。

 幽香が傘を開いてレーザーを受け流すのは簡単に予測できた。であるため、鞄の中に何か役に立つものがないかと右手を這わせてみたが、今日は特に弾幕勝負をする予定もなかったということで、鞄の中にはマジックアイテムなどという便利なアイテムなどは置いてはいない。

 レーザーを撃つために左手に魔力を集中させていたが、レーザーを撃つためではなく魔力を爆発的に放出することによる推進力で逃げながら攻撃することにし、早速魔力を幽香に向けて開放した。

 手先から放出された魔力が膨れ上がり、私特有の青白い魔力の炎が放出される。

 開放した魔力の爆発が幽香に襲い掛かろうとした寸前、幽香は万力のような握力で私の腕を掴み、向けていた方向を捻じ曲げられる。

「うぐっ…!?」

 握られただけで腕がしびれるように痛み、幽香の手を離させようともがこうとしたとき、無表情の彼女は小さな声で私の耳元で囁いた。

「魔理沙、私は弱いのかしら?」

「あ…!?……何言って…」

 私はこの至近距離で幽香に向けてレーザーを放って腕を切断してやろうとしていたが、ここからどうにかして霊夢が起き上がるまでの時間稼ぎができるかもしれないと思い。彼女の質問に答えることにした。

「……決して弱くはないだろ……あの霊夢がああやって地面にたたき落とされているんだからな」

 私は言って下に落とされて、そこからようやく立ち上がることができそうでいる霊夢をちらりと見る。

「…かもね、でも…それでは足りないわよ。私程度に手こずっているようじゃ、この先で起こる異変には対応できないわよ」

「…これから起こる異変…?……また誰かが異変を起こすのか…?」

「ええ、まあ……そういうことよ」

 幽香は自分のことを私程度と言った。幻想郷ではかなり強い方である幽香がここまで言うということは、誰が異変を起こしたのかはだいぶ絞ることができる。

 しかし、腑に落ちない。私よりも頭一つ分も背の高い幽香を見上げて、そう思った。

 いくら相手が強くてもこの風見幽香はいつも余裕でいて実力の奥底が見えず、本気を出させれば危険度は幻想郷で右に出る者はいないかもしれない。そんな奴だ。

 そんな幽香をここまで言わせることができる奴が、幻想郷にいたとは考えられない。

 でも、幽香が博麗神社に来たときに、言っていたこちらの事情というのも気になるが、それが関係してるのだろうか。

 幽香が異変を起こさなければならない理由というのが見つからない。彼女のことを深くは知らないが、いつも自由気ままで凶暴とはいえ異変とは程遠く生きていたからだ。

 何か誰かに従わないといけない理由があるのだろうか。そこまで考えて私はその考えを否定した。

 誰かに従わないといけない状況というのは二種類ある。一つは誰かを人質に取られていて仕方なく従っている場合などだ。しかし、幽香に限ってこれはあり得ない。周りとつるむこともなく、花と常に過ごしている彼女に人質にできるほどの人物がいるとは思えないからだ。

 二つ目は圧倒的な力でねじ伏せたというものだが、そんなことができる奴が幻想郷か外の世界から幻想入りして来たとは考えにくい。幽香が抵抗もせずにそいつの言いなりになっているということは、そいつは私たちの常識に当てはなるのか定かではないほどの実力者ということになるからだ。

 わずかに可能性があるとしたら、鬼かスキマ妖怪の紫、もしくは聖とかだが、そもそも異変を起こす理由がないだろう。

 紫は幻想郷の結界の管理をしている人物でもあり、異変を起こす側というよりもバランスの乱れを治す私たち側であるため、異変を起こすとは考えにくい。

 スイカも鬼で戦い好きとはいえ、年中酒で酔っ払っていて陽気な奴だ。好き放題やっているときもあるが、こんな回りくどいやり方をする奴でもないだろう。

 聖もだ。自分の広めている宗教が関わっているならば、こんなマイナスになるようなことはしないだろう。

 そうなると、やはり外の世界から強い力を持った奴、もしくは奴らが幻想入りしたと考えるのが妥当だろう。それを踏まえて、従っている奴がいるのかを確認するために私は幽香に聞いてみることにした。

「…なあ幽香、なぜこんな異変を起こしたんだ?…お前は好戦的ではあるが、人を殺して回るようなことをする奴でもないだろう?…それに、事情があるといったが誰かに従わないといけないとか。そういう理由もあるのか?お前がそう簡単に誰かに従うとも思えないが…」

 私の後方にある村、幽香が花の化け物を大量に送り込んだ村が彼女には見えたらしく、少しだけ視線をずらす。

「神社で言ったでしょう?…言えないけど少しこっちにも事情があるって」

 幽香はそう言って私の腕を掴んでいた手をいきなり離し、そのまま掴んでいた手を少しだけ伸ばして私の胸倉を掴む。

「…おしゃべりはもう終わり」

 私は反射的に見下ろしていた胸倉を掴む幽香の手から目を離し、彼女のことを見上げた。

「来てと言われてあんたはおとなしく来る奴でもない。気絶させてから運ばせてもらうわ」

 幽香がそう言って足を持ち上げて私の腹部に添え、私のことを地面に向けて蹴り落とした。

 




三日後か五日後に投稿します。


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東方繋華傷 第十二話 一度目の戦い。

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第十二話をお楽しみください。


「あぐっぁ……!?」

 私が蹴り飛ばされた先には、簡単には立ち上がることができないぐらいにはダメージを追った霊夢がようやく立ち上がろうとしているのがちらりと見える。

「ぐっ…!」

 霊夢の名を呼び、注意を促そうとしたが蹴られた痛みにうめき声しか出すことができず、私は霊夢に激突した。

「きゃぁ!?」

 高い場所から落とされたボールのように重力にひかれて落ちた私は、霊夢の背中を突き飛ばし、地面に転がり込んだ。

「…う………ぐぅ……ぅ…っ…!……すま……な…い……霊…夢……!」

 私は上向けに倒れたまま激痛でひきつっている腹を押さえたままうずくまり、とぎれとぎれに霊夢に言った。

「…私のことを気にしてる場合じゃあないでしょう!…あんたの方が重症そうじゃない…!」

 傘で殴られた方を押さえてこちらに歩み寄ってきた霊夢が、倒れている私の首筋に手を通して抱え込むのと同じく、私を抱き起す。

「……。うぇ……!?」

 胃がぐにゃりと動く感覚がし、私は霊夢の手から離れて胃から上がってきた液体を地面に吐き出した。

 喉の奥、食道を伝ってやってきた液体は鉄臭くて血の味がし、口でせき止めることもできずに真っ赤な血が地面に広がってしまう。

「魔理沙!?」

 霊夢が悲鳴に似た高い声で叫び、離れた私に駆け寄ってこようとするが私は来るなと手を上げると霊夢が幽香が来るのを感づいたらしく、ゆっくりと上から降りてくる幽香と対峙する。

「…魔法使いって、意外と頑丈な体の構造しているのかしら?…それとも私が攻撃する前に、運よく魔力強化で最大まで身体の防御力を上げることができただけかしら?」

 霊夢を跨いで悶絶する一歩手前まで来ていて、気絶しそうになっている私に幽香はそう言って話しかけてきた。

「……たぶんな…とっさのことであんまり覚えてないけど…仮にそうじゃなかったとしたら、今頃私はバラバラになってそこら中に散らばってるはずだからな……!」

 服の袖で血をぬぐい取っていた私は、蹴られた腹を庇いながらゆっくりと前に進み、霊夢の横で立ち止まって幽香に返答する。

「まあ、そうよね」

 聞いた幽香自身があまり興味もないのか、どうでもよさそうな顔をして私たちを見下ろしている。

「…興味がないなら…聞くんじゃあないぜ…」

 私は地面の表面にある乾いた土が、かいた汗で右腕の皮膚にこびりついているのが視界の端に見え、左手で払い落として言った。

「あら、気分を害したのなら謝るわ」

 謝る気のなさそうな幽香が開いてクルクルと回していた傘を閉じ、片手で剣を構えるように持ち直す。

「ふん……よく言うぜ」

 私は小さな声で吐き捨て、ヨロヨロと横にいる霊夢に幽香を警戒したまま少しだけ近づいた。

「…やるわよ…魔理沙」

 霊夢は真剣な顔つきで私の方向を見ずにそう告げる。私はその闘志に燃える霊夢の綺麗な顔に見とれそうになって1テンポ遅れてしまうが、強くうなづく。

 私がうなづいてからきっちり一秒後に霊夢は前に大きく進み、私は後方に大きく下がりながら、片手では数えきれない量の光の玉を魔力で作り出す。

 私が設定して置いた時間通りに幽香に向けて一斉に発射し、魔法で凝縮させた光の粒子をこの辺りに散布して置いた私の魔力で軌道を湾曲させ、レーザーをカーブさせて幽香だけを器用に撃ち抜く。

 幽香は閉じた傘を開いて向かってきたレーザーを弾き、レーザーから身を守るために突き出していた傘をぶん回してレーザーをかき消し、慣れた手つきで無駄のない動きで傘を閉じ、突っ込んでくる霊夢のぎりぎり手前まで踏み込んで、傘というよりも凶器となっている得物を振り下ろす。

 空間をゆがませるような空気を切り裂く音を響かせて振り下ろされた傘と、振り上げられたお祓い棒は打ち合わさったが鍔迫り合いにはならず、あの剛腕を持つ幽香を押し返して比較的に霊夢が優勢になる形で本格的な戦闘が始まった。

 霊夢がへこたれそうだったり、さっき負ったダメージで腕を振る速度や立ち回りが遅い場合に、私は霊夢を援護するために二人の側面側からレーザーを放つ。

 その数秒間から一秒以下の生まれた隙を使って息をわずかに整えた霊夢が数度に渡って幽香にお祓い棒を何度も食らわせるが、無呼吸運動をずっと続けているようなもので、霊夢の顔色が少しだけ青白く見えた。

 このまま戦えば嫌気的な運動によって筋肉に乳酸が溜まり、徐々に出せる筋力の最大値が低下して、立ち回るための動きや攻撃力へ大きく影響を及ぼし始めるのは目に見えている。

「……」

 そのうち霊夢が幽香の動きや攻撃力に太刀打ちできなくなる時間帯がやってくるだろう。そうなれば私たちに勝ち目はなくなり、ここでやられてしまう。

 少しでも負傷した霊夢が回復するためには私が動くしかない。

 私は霊夢の援護をするために全速力で二人に走り寄り、幽香が放ったレーザーを避けるわずかな時間を利用して霊夢を突き飛ばし、幽香との交戦域から離れさせた。

「なっ…!?」

 突き飛ばされた霊夢は目を白黒させた驚き、幽香と対峙している私の方向に戻ってきそうになるが、

「休んでろ!」

 私が言うと霊夢は自分の置かれている状況を再確認し、反論をせずに深呼吸をして一秒でも早く息を整えるのに専念する。

「魔理沙、あんたごときが私を止めることができると思っているのかしら?」

 尻込みして逃げ出したくなるような殺気を纏わせた幽香が私に向かって歩き始め、地面を靴が踏みしめる小さな音が聞こえるぐらいにまで近寄ってきた。

「…………ああ…!」

 私が幽香の頭部や胸部など、当たれば致命傷に近いダメージを負わせることのできる部位に向けてレーザーをショットガンの散弾ように放つが、彼女は器用にすべての弾幕を叩き落としてしまう。

「ただの魔法使いが私に接近戦で武器を振って殺しあう距離で戦いを挑んでくるなんてね、どうなるか見ものね」

 そう呟いた幽香にレーザーを浴びせかけると、それを切り裂くように幽香が蹴りを放ってきた。

「うっ…!?」

 レーザーのエネルギーでこちらに来る力が抑制され、速度の遅くなった蹴りを後方に下がることでかわし、十数メートルの距離を取った。

「さあ、どこからでもかかってきなさい」

 幽香はレーザーで焼けただれた足の皮膚を魔力で完璧に回復させながら、傘を握りしめて言い放った。

 




たぶん三日後か五日後に次を投稿します。


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東方繋華傷 第十三話 一度目の戦い。②

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第十三話をお楽しみください。

今回は魔理沙が霊夢の代わりに戦って時間を稼ぐところからです。


 どこからでもかかってこい。そう呟く幽香にレーザーを何百にも分割し、貫通力が普通の弾幕の数分の一にしかならない多量の弾丸を幽香に浴びせかけるが、手数を増やした分だけ精度ががくんと下がりって全体の二割か三割程度の弾丸しか幽香に向かっていない。

 しかし、その二割か三割の弾幕も横方向に走る幽香の前方や後方に飛んでいき、まともに飛んでいくのはそのまた二割といったところだ。

「動くなよ…!動くと当たらんだろうが…!」

 私は言いながら光る球体をいくつか作り出し、走る幽香に向けて大量にばらまいていた魔力の弾丸を撃ち止め、レーザーを発射する。

 幽香は初めの一発を前転をするようにして体を射線からずらしてかわし、二発目と三発目を開いた傘でガードし、四発目と五発目を地面に強く踏み込む力を利用して足元の地面を陥没させ、それの影響で持ち上がった地面を盾にすることでかわした。

「っち…!」

 私は舌打ちをして少し下がりながら、特に目立ったアイテムが入っているわけではない鞄をチラリと見下ろすと、いつも肌身離さずに持っているマジックアイテム。それがカバンの中にきちんと入っているのを確認する。

 光の加減で金属特有の光沢の光が反射して私の目に映る。そのアイテムの名はミニ八卦炉。香林に作ってもらったアイテムだ。

 だいぶ前に、ミニ八卦炉に使われていた金属がさびてしまって魔力の伝導率が大幅に悪くなってしまったことがあったが、ミニ八卦炉を作った張本人である香林に修理を頼み、ヒヒイロカネで加工し直して貰い。世界に一つしかない特注品として作ってもらったミニ八卦炉。

 これには大量の金属などが使われており、その性質を強く受け継いでいるらしく、金属と同じように熱などの性質を持つ魔法を通しやすく、現在私が闘っている幽香が時々撃つ超極太のレーザーに似せた弾幕。熱と光が凝集されたマスタースパークを撃つのに、ほかの物質に魔力を通して撃つよりも比較的効率がいい。

 だが、それを撃つのには全快時に私が持っている魔力をごっそりと持っていき、後の戦闘に支障が出るレベルで魔力を使うため、そう簡単にバカスカ撃つことはできない。使える状況と言ったら、背水の陣の状況に陥った際の最後の切り札といったところだろう。

 私はチラリと見下ろしていたミニ八卦炉から目を離し、手に凝縮させていたレーザーを薙ぎ払うように放つ。

 走っていたことで幽香は少し傘を開くのが遅れたらしいが、服の袖の部分を少し焦がす程度しかダメージを与えることができなかった。

 私を中心にしてコンパスで円を描くようにして走っている幽香の一歩先に狙いをつけ、高出力のレーザーをぶっ放す。

 幽香は私がレーザーを撃つタイミングを計っていたのか、地面にひびが入るほどの力で踏み込むことで体を急停止させ、レーザーが目の前を過ぎていくのを見下ろし、地面が爆発で爆ぜたのかと錯覚するほどの力で私に向けて方向転換して走り出した。

「っ…!?」

 あれだけバカみたいにレーザーを撃ち続けたのだ。手の中で凝集された光の強さがどれぐらいでレーザーが放たれ、どれだけの速度で進んでくるのか、タイミングを計れないはずがないだろう。

 少しでも時間を稼ぐために続けてレーザーを撃とうとするが、地面から伸びてきた幽香の花を操る程度の能力で操られた花が私の腕に巻き付き、引っ張られてしまったことで幽香から狙いが外れて地面や周りのヒマワリなどを少しだけ焼き焦がす。

 魔力で体を強化して地面から成長している花を引きちぎって拘束から逃れようとするが、さらに数本の花が腕や足に巻き付き、花にかかる力を分散させて引きちぎられない様にされてしまう。

「くっ…!!」

 さらに体に巻き付いている花は万力に匹敵する力で腕を絞めてきていることで、皮膚が圧迫されて赤や青色に変色しているのが見える。

 魔力で最大まで体を強化し、蔓を引きちぎろうと引っ張るが普段から接近戦などしない私の体は魔力強化の効率や質は霊夢や幽香と比べるとかなり悪く。ピンと伸びた蔓は千切れる気配を見せない。

 蔓自体の繊維が複雑に絡まって信じられない強度になっているというのも、引きちぎれない一つの理由ではある。それに、花は地面に生えているため根っこごと地面から引き抜いてやろうとしたが、花がまるで何百キロもある物体に巻き付いているようにピクリとも動かず、感覚的にはこの辺一帯の地面をそのまま持ち上げようとしている感覚、それに近いだろう。

 助走をつけた幽香が地面を這うように跳躍、蔓をちぎることもできないでいた私の目の前にさらに加速して現れ、腹に全体重をかけて蹴りをかまされた。

 ベキベキベキ!!

 骨が砕けた音なのか、内臓が潰れた音なのか、筋肉かもしくは皮下組織や脂肪などが引き裂かれた音なのかが判別できない異音が体内と空気中から伝わってきた。

「~~~~~~~~~~っ……!!!??」

 くの字に曲がる私の腹に幽香の足が抉りこみ、その鈍痛に自然と悲鳴が上がりそうになるが、喉からは悲鳴どころか声すら出ない。

 普通の人間であれば、はじけ飛ぶか胴体に大穴が開いて後方にぶっ飛んでいたところだろう。

 魔力を扱えたとしても幽香の蹴りを正面から受けて無傷でいられる奴はこの幻想郷には存在しない。それは私にも言えたことで、魔力強化の質が悪い私であれば死は免れないはずだったが、過剰と言える魔力を攻撃ではなく防御に回し、致命傷で重体に至る怪我を負わずに済んだのだ。

 だが、蹴られた衝撃はすさまじく、後方に吹き飛ばされるかと思ったが、かなりの強度を持つ花が私の手足を固定していたことで後ろの飛ばされることはなかったが、私を縛っている花の茎が千切れそうなブチブチという音を発し、幽香の蹴りの威力を目の当たりにした。

 死ぬほど痛い幽香の蹴りは、一撃で私を戦闘続行が不可能な状態へと陥らせ、自然と膝から力が抜けてなすすべもなく地面に崩れ落ちた。

 




一週間後から五日後に投稿します。


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東方繋華傷 第十四話 彼女

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第十四話をお楽しみください。


 膝が何十時間も走り続けたようにガクガクと笑い、幽香の蹴りを受けて立ち続けていることができなくなっていた私は地面に膝から崩れ落ちる。

「あぐ……っ………か……ふ……っ……!」

 筋肉がひきつってうまく呼吸をすることができず、声にならないと息が喉から絞り出された。

 まるで体の中にある内臓を引きずり出されて直接蹴られたような、体を抉る蹴りのダメージは早々に抜けるはずもなく、体をびくびくと痙攣させていた私は息を吸い込むことができなくて酸欠になり始めてしまう。

 脳に酸素が回らず、クラクラしてきたことで思考が定まらない。

 しかし、そんな状態でも幽香は私の事情などお構いなしに攻撃をしてくるため、何とか戦うために倒れた体を持ち上げようと地面に手をつき、土がつくのも構わずに握りしめながら足や腕に力を籠める。

「……魔理沙。あんたのせいよ」

 そのとき、目の前でうずくまっている私の手を踏みつけ、幽香が唐突に呟く。

「…っ……?」

 幽香の言っていることがわからず、息ができていないのも忘れて私は幽香のことを見上げる。そんな私を見下ろしている彼女はゆっくりとだが私を踏んでいる足に力を籠め始める。

「っ……!?」

 めきめきと骨が軋み、砕けそうな音が手から響きだし、私は手を引っ込めようとするが幽香に踏みつけられている手は全く動かない。

 手を固定されて動けなくなっている私を幽香は手に持っている傘で思いっきり殴った。

 バキッ!!

 わき腹にめり込んだ傘の衝撃に、筋肉が緊張して肺から空気を絞り出してせき込み、それによって息を吸い込むことができるようになって、ようやく呼吸することができた。

 ゴホゴホとせき込み、わき腹を押さえて私は幽香に呟く。

「私…の……せい……って…なんの……こと……だよ…!」

 呼吸ができない状況もあったせいでかなり息が荒くなり、ぜぇぜぇと荒く吸ったり吐いたりを繰り返して呼吸を整えようとする。

 息を整えようとしていた霊夢がやばいと感じ取り、すでに私と幽香の方向に向かって走り出しているが、私が殺される前につくかわからない。

 霊夢が走り出していることも察知しているが、幽香はそんなことは気にせずに静かに呟く。

「私はそれについては話すことはできない。……でも、なんとなく自覚はあるんじゃないかしら?」

 幽香はそう言ったあと、特に心当たりがなくておそらく怪訝そうな顔をしている私の左手の甲をさらに強く踏みつけ、静かに続ける。

「あなたを引き渡せば、みんな助かる……だから、私たちのためにおとなしくしなさい」

 幽香が傘を握りしめて私に振り下ろすために上段に構えると、鉄でできている傘の先端が太陽の光を反射してキラッと光った。

「……心当たり……か……そんなもん…ありすぎて絞り込むことなんかできないぜ……。紅魔館の図書館あら本を借りるっていう口実で盗んだことか?…早苗の神社に置いてあった酒を出来心で飲んじまったのを、バレないように水を入れておいたことか?……それとも、妙蓮寺の章を連れ出してあいつの能力を利用して宝を集めようとしたことか?……すまないが心当たりがありすぎて誰から恨みを買ってるか見当もつかないぜ」

 若干あきれた表情をしている幽香を見上げて呟くと、

「そうかしら?」

 幽香が意味ありげに言うが、まばゆい光が発生して太陽の黄色やオレンジ色ではない真っ白な光が、正面にいる幽香を跨いでその先の方向で輝いている。

 霊夢の夢想封印だ。彼女は自分の足よりもこっちの方が速いと判断して、スペルカードを使うことにしたのだろう。

 基本的には一方方向からの攻撃であるが、左右や上方向やした方向から夢想封印の球体が幽香に向かって行く。

 さすがというか、霊夢が操るその大量の球体の中で私に当たるものなどは一つもなく、正確に幽香だけを狙い撃ちにしていく。

 いくら幽香でも、様々な方向からやって来る光の玉を開いた傘で受け流すことはできないらしく、傘を閉じたまま振り回して夢想封印の魔力の玉を叩き落とす。

 数十個にもなる光の弾丸は群れとなって一斉に幽香に襲い掛かるため、幽香の意識が私からわずかに逸れ、その機を逃さずに反撃に移る。

 私を踏んづけている幽香の足首に手をかざして魔力を掌に集中させて凝縮し、高出力でレーザーを幽香の足にぶっ放した。

 レーザーによって幽香の足首が覆われている魔力と一緒に融解し、わずかな時間で骨まで蒸発させて彼女のバランスを崩させる。

 十センチも足の高さが下がれば振っている武器の角度もそれ相応にズレが生じ、十センチも軌道がズレれば半径がそれよりも小さい光の玉には当たることはないだろう。

 幽香が打ち落とし漏らした光の玉は、彼女の胸に直撃してその大きさの十倍以上の大きさに膨れ上がって爆発する。

 爆発の衝撃で私は地面に縫い付けられ、幽香は私を飛び越えて後方に吹っ飛ばされていった。

 その途中にも残る球体は幽香を追って直撃すれば爆発し続け、私から幽香を何十メートルも引き離す。

 相手はあの幽香であるため休む暇もなく私は手や服にこびりついた土を気にすることもなく立ち上がり、蹴られたときに落としてしまっていた帽子を拾ってきてくれていた霊夢から帽子を受け取った。

「危なかったわね」

「…少しな…」

 短く言葉を交わし、すぐに立ち上がろうとしている幽香の方向を見る。

「…やってくれたわね」

 光る球体が持っていたと思われるエネルギーにより、幽香の着ている服が少しだけ焦げたり溶けたりして穴が開いているのが見えた。しかし、派手に服が焦げていたりする見た目ほど大きなダメージを負っているようには見えない。

 それを見せつけるように彼女は私に切断された片足を再生させ、何もなかったかのように軽快な動きで立ち上がる。

「さすがは花の妖怪だな」

 私はそう呟き、霊夢と連携を取るために彼女に呼吸を少しずつ合わせて幽香をにらみつける。

「…魔理沙、あんた村に行ったってことは花の化け物を見たかしら?」

 幽香は攻撃することもなくいきなり私に話を振って来きた。

「え…?…ああ…まあそうだな」

 私は警戒態勢を崩さずに村の方向を見て、妹紅が炎を使っているのか村のあちこちで火災が起きているのが見える。

「その中に特別大きい個体がいたわよね?」

 幽香の質問に対して、私は妹紅と一緒に戦ってマイクロ波で焼き殺したあの花の化け物だとすぐにわかった。

「…ああ、そいつなら殺したが…それがどうかしたのか?」

「…彼、が死んだからね……彼女がすごく怒ってるみたいだからね」

 幽香が言っている彼女を見ていない霊夢はもちろんのこと、私も幽香の言いたいことがよくわからなかったが、すぐにわかることとなった。

 どこから見たって気が付くだろう。私が倒したあの花粉を飛ばしていた大きな個体、それよりももう二回りも大きな花の化け物がこちらに向かってくるのだ。

 しかし、こちらに向かってきているのが花の化け物だと私はほんの少しの間だけわからなかった。

 なぜならその体は、村で倒した奴らのような茎や蔓で体を形成しているのではなく、複雑に絡み合っている強靭な根っこを使って地中にある岩石や土を絡み取り、それらを体として使っているからだ。奴の背中に巨大な花が咲いていなければ花の化け物だとは思わなかっただろう。

 一歩歩くごとに岩石と土でできた体には負担が大きくかかるらしく、岩が砕けたり土が剥がれ落ちたりして花の化け物の道の跡には大量の土と砕けた岩が雨のように降り注いでいる。

 しかし、岩がなくなったりしても材料は周りに腐るほどあるため、大した脅威にはなっていない様子だ。

「……やべぇ…」

 十メートルは軽く超えている巨大な四足歩行の化け物に、私や珍しく霊夢にまで戦慄が走っていた。

 




一週間後か五日後に投稿します。

ゆっくりな投稿で申し訳ございません。リアルが忙しすぎてこっちをやっている暇がないのです。


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東方繋華傷 第十五話 吸い込まれる

自由気ままに好き勝手にやっています。
こんなこともできるんじゃないかなぁ、みたいな作品です。

それでもいいという方は第十五話をお楽しみください。


 十メートルにもなる巨大な体を持つ花の化け物が首を垂れ、岩石でできている口を大きく開いた。私たちを食う気かと身構えるが私の予想は大きく外れ、

「オオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアァァァァァァァッ!!!」

 人間や動物のような声帯という器官が存在しないのか、それを真似して作った花の化け物の喉から岩石と岩石が擦れる不快な音が空気を振動し、それが私たちに届くと考えられない音量に鼓膜が強くゆすぶられ、とっさに耳を押さえた。

 しかし、耳を押さえても手の隙間や体の中にまで伝わってきた音の振動が音を聞き取る器官にまで到達し、聞こえてくる奴の雄叫びに頭がくらくらしてくる。

「魔理沙!」

 さっきまでの奴や今まで戦ってきた妖怪たちとは比べ物にならないほどのスケールの違いに唖然としていた私を、霊夢は叱咤して我に返らせてくれた。

 花の根が大小さまざまな大きさの岩石に纏わりついて絡めとっていることでできている巨大な手、それを花の化け物は私たちに向けて横から薙ぎ払ってくる。

 自重を支えるのがやっとだった腕の岩石にいつもとは違う角度からの圧力がかかり、一部の岩石が砕ける音が少しだけ聞こえた。

 砕けた岩石の破片や、くっ付いていることのできなかった土の小さな塊が、魔力で体を浮き上がらせて薙ぎ払う攻撃をかわした私に降り注ぐ。

 腕を顔の前で交わらせ、顔などに飛んできた石や土が当たらないようにしたことで多少の目つぶし効果があって視界を遮るが、奴のデカい図体はどうやっても隠しきれるものではなく、今度は反対方向から巨大な手で私を殴ろうとしている動作が見受けられた。

 私は魔力を使って体を強化し、奴の腕に当たる範囲内から出るために十メートルほど後方に即座に移動すると、紙一重で花の化け物の腕が目の前を掠っていき、扇子を目の前で振ったような風とは比べ物にならないほどの強風が肌を撫で、かぶっていた帽子を押さえる間もなく吹き飛ばされてしまう。

 また砕けた石ころや土が大量に飛んでくるが、物理的にあらゆるものを防ぐ結界を目の前に作り出し、石ころや土の塊をガードし、それと同時進行で手先に魔力を集め視認でいるほどにまで凝集させる。

 手先の目に見えるまでに凝集させて太陽のように光り輝いている魔力の玉をレーザーとして花の化け物にぶっ放すと、花の化け物はかわそうとする動作を見せるが、図体がデカいことで体を思うように動かせないらしく、胸に大きな穴が開いて一部の岩石などが剥がれ落ちていく。

「魔理沙…あいつ、たいしたことはなさそうね」

 図体ばかりがでかくて初めは戦慄を覚えるほどだったが、ふたを開けてみればどうということはない。ただののろまな動く的というわけだ。

 それにいち早く感づいていた霊夢はそう呟くと振った腕をもとの位置に戻し、こちらに向かってくる花の化け物から少しだけ視線を外して周りを見回した。

 何か足りないと思っていたが、さっきまでいた幽香の姿がない。

「あのやろう、逃げやがったぜ」

 私は呟き、怒ったように咆哮をあげている花の化け物の方向を向いた。

「別にいいわよ、後で倒せばいいからね……それよりも、これ以上邪魔をされないようにこいつをここで倒す必要があるわ」

「ああ、それに…こういうやつに増えて貰っても困るしなぁ」

 花粉で増えていた花の化け物を思い出し、幽香が彼女と呼んだ巨大な化け物を見上げて背中に生えている大きな花を確認した。

 花というよりも木ではないかと若干思うほどに茎は太くて頑丈そうであり、あの花は幽香の彼女という言葉を信用するのならば雌花だろう。

 雄花が出す花粉が雌花に付着することによって実を着け、種子を生み出して子孫を残そうとするわけだが、もし、こいつも爆発植物ならかなりやばい。

 人間台の大きさであった花の化け物は爆発することにより、大量の種を弾丸のような速度でまき散らしていた。あの飛んでいくには適さない形をしている種がだ。

 人間型の爆発で飛んだ種は、三十メートルは離れていた人間の皮膚を貫いて肉にまで抉りこむほどの威力であったが、こいつが飛ばす種はどれだけの大きさでどれだけの速度と範囲、量なのか考えたくもない。

 それに加え、約三十センチほどの実を着けていた花の化け物は種をまき散らしたときは約二十数体いた。存在を確認できていた奴らでだけでも平均で一つの実から種が五十個ほど飛ばされていたことになる。

 彼女と呼ばれていたこの花の化け物のサイズならそれ以上になるのは確実であり、花粉の受粉だけは絶対に阻止しなければならない。

 幸いにも周りには花粉をまき散らす化け物はおらず、今のうちに倒せるものなら倒しておきたいところだ。

「魔理沙、相手がいくら鈍いからって油断だけはしちゃだめよ?遅くても一撃が即死するような威力なんだから」

 心の中を見透かしたように霊夢が私にくぎを刺してきて、少しだけ緩んでいた気を引き締めてこちらに向かってきている化け物をにらみつける。

「ああ……わかってるぜ」

 霊夢から離れて花の化け物に向けてレーザーを照射しようとするが、奴の体の八割は岩石でできていて、レーザーでは思うようにダメージを与えることはできない。

 十数メートルもあるやつの図体をまるまる焼き払うことができるのであれば話は別であるが、それは現実的な作戦とは言えない。私や霊夢の魔力をすべてつぎ込んでも不可能だろう。

 鞄の奥にあるミニ八卦炉を握りしめていた私はそう思っていた。

「魔理沙、あれはまだ使わない方がいいわ…少しだけ様子を見ましょう…どんなことをしてくるかわからない……それに、この異変はまだ始まってすらいない気がするわ」

 霊夢はお祓い棒で体を支えていた花の化け物の腕を数度に渡って殴打するが、砕けた岩の代わりに地中から引きずり出した岩石を根っこで絡めとり、削られた場所につけて無くなった分を補充してしまうため効果はないに等しい。

「ちっ…」

 霊夢は軽く舌打ちをすると、お祓い棒についている土を払いながら一度花の化け物から離れた。

 化け物が体を作る際には地中から岩石を引っ張り出してくるわけだが、岩石の中には使われなかった物もあり、それによって花の化け物の周りには大量の岩石や土の塊が落ちている。

 花の化け物はそれを一つだけつかみ取ると、私に向けて投擲してきた。

 ゴォッ!!

 奴がしてくる攻撃の倍以上は速い速度で飛んでくる五、六十センチはある岩石は思っていたよりも速く、私が予測していた着弾地点から十分に離れないうちに地面に直撃し、その衝撃で地面をめくり上げて爆発させる。

 何メートルかは離れていたがそれでは足りず、服や体が衝撃にあおられて飛んできた石や土にひっかがり、弾き飛ばされてしまう。

 爆発で飛んできた岩が触れた部分の皮膚が少しだけ裂けて、血が流れ出してきてしまう。そこは目の横の部分からの出血で、血が目に入ることはないと思われるため、戦いの邪魔になることはおそらくないはずだ。

 私は空中で奇跡的に立て直すことができ、地面に足をついて綺麗に着地することができた。

 ズザザッと地面に二つの線を数メートルに渡って描き、土と靴の摩擦力でようやく体の動きが止まる。

「魔理沙、大丈夫!?」

 私の近くに岩石が投擲されたのが見えたのだろう。慌てて走り寄ってきたが私が思っていたよりも軽傷で、ピンピンしているのがわかり、少しだけ安心したように息をついたとき、対峙していた化け物の体が変化し始めた。

 花の化け物が体として使っている岩石のうち、顔を形成している岩石を縛り付けて筋肉のような役割を果たしていた根っこが口を開かせると、大小さまざまな大きさの岩が口の中で使われていて、凹凸がたくさんある不格好な口の中が見えた。

 口を開いたことで外れて地面に落ちそうになった下顎を、根っこが縛り上げて下顎を支えると、奴が何をしたいのか更にわからなくなってきた。

 そうしていると奴の体、厳密には開いた口に向かって風が流れ始めた。初めは髪がなびく程度だったが、だんだんと風の強さが増していき、体を低くして何かに掴まっていないと吸い込まれてしまう程に吸い込む力が強くなっている。

 化け物は背中側からジェットのように風を吹き出し、風船のように膨らんで破裂するのを防いでいるが、そもそも岩石などでできた体はスキマだらけで背中側よりは少ないとは言え、木をしならせるほどの突風を吹き出している。

「うおぁっ!?…なんだよこれ!?」

 砂が舞い上がり、木がしなり、ヒマワリなどの花が化け物に吸い込まれて行ってしまっていて、私は近くに生えている木に掴まった。

「魔理沙!手を離しちゃだめよ!」

 別の木の後ろに回っている霊夢が私に叫んでくるのがちらりと見える。

「わかってる…!わかってるけど……やばい…!」

 台風なんかとは比べ物にならないほどの風で吹かれている私の体が、口を開いて待ち構えている花の化け物の方向に引っ張られ始めてしまう。

 魔力で体を強化していて私に問題はないわけだが、私が掴んでいる木の方に問題があり、あまり大きくない木ということで木が風に耐えきれず、根元からへし折れた。

 




五日後から一週間後に投稿します。


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東方繋華傷 第十六話 食い殺される

自由気ままに好き勝手にやっています。
こんなことができたらいいなーって感じの話です。

それでもいいという方は第十六話をお楽しみください。


 私の体重と花の化け物の吸い込む力に耐えきれず、掴んでいた木が根元からへし折れ、奴に向かって体が進み始めてしまう。

「うわぁぁぁっ!!」

 魔力で体を浮き上がらせて空中にいるわけでもないのに体が宙に浮かび、勝手に進んでいく感覚には違和感があり、魔力で制御をして花の化け物から離れるように空を飛ぼうとするが、吸い込む力の方が強くて花の化け物に向かう速度はあまり変わらない。

 時間稼ぎのつもりで掴んでいた木を花の化け物の方向に投げつけると、開かれていた口に吸い込まれて体の奥、元々はのどの当たる部分で蠢いている岩石に砕かれ、すり潰されて細かく切り刻まれていく。

「っ…!」

 このままいけば待っているのは死だと悟った私は、全力で逃げるために魔力を操作を行って、どうにかして逃げようとするが近づけば近づくほど強くなる吸い込む力にどうすることもできない。

「魔理沙!!」

 霊夢の叫び声が聞こえ、吸い込まれかけていた私が顔を聞こえた横方向に向けると、吸い込まれて花の化け物に向かっている私を彼女は何とか止めようと向かってきているのが見えた。

 霊夢が足元に魔力の足場を作り出し、魔力で強化された跳躍力と浮遊力を掛け合わせ、風の影響をできるだけ受けないように高速でこちらに向かって跳躍した。

「霊夢…っ…!」

 私はわき目も振らずに霊夢がこちらに伸ばしてきている手に向かって、ズタズタに引き裂かれた古傷のある右腕を伸ばす。

 霊夢の指先と私の指先がくっ付くかくっ付かないか、そんなところでお互いの伸ばしていた腕は伸びきってしまう。

「魔理沙ぁぁぁぁぁぁっ!!」

 霊夢の焦りや驚愕などが入り混じった表情が段々と離れていき、彼女の絶叫だけが私の耳に届き、その頃になるとすでに体は奴の口の中に到達していた。

 蠢く大小様々な大きさの岩石にすり潰されてただの肉塊になると思った寸前、花の化け物が口を閉じたらしく、辺りが真っ暗闇となり何も見えなくなった。

 衝撃を感じ、私は自分の死を覚悟した。

 

 

 私の絶叫が魔理沙の耳に届いているのかわからないうちに彼女は花の化け物に飲み込まれ、その姿は見えなくなってしまう。

 花の化け物が口を閉じて空気を吸い込むことをやめたことで台風の数倍は強く、吹き荒れていた風が止み、木から千切れて飛んできていた木の葉っぱがひらひらと舞い落ち、花の化け物に向かって舞い上がっていた砂埃が自然に発生した風に吹かれて霧散していく。

「…魔理…沙……」

 私は伸ばしていた手を呆然と見つめたまま、吸い込まれて消えていった彼女の名前を呟いた。

 あと数センチもあれば、彼女の手を掴んで逃げることができていたかもしれない。掴めなくても軌道が変わり、魔理沙は助かったかもしれない。そんな思いが次々に頭を横切り、私は自分の弱さに腸が煮えくり返っていた。

 花の化け物は私には興味がないのか、魔理沙を食うと別の方向を見てそのままゆっくりと歩きだす。

 私は持っていたお祓い棒を握りしめると、ギチッと軋むような音をお祓い棒が発し、どこかに歩き出している化け物に向けて怒りに身を任せて私は走り出した。

 自分の弱さを他人、もしくは他のものに当たり散らすのは間違いではあるが、そんなことすでに私の頭の中にはない。

 大切な人を殺したこの花の化け物は、殺さなければならない。頭に血が上っている私はそれしか頭になく、冷静になれば気がついていただろうということも見落としていた。

 犬のように四足歩行で走る花の化け物の前足を霊力で強化されているお祓い棒でぶん殴る。

 岩石が砕け、岩石を包んで絡んでいる根っこごと、殴った衝撃に耐えきれずに千切れ、右足が回転しながら小さな岩石などをまき散らして飛んでいく。

 弧を描いて飛んでいく前足は見上げるような最高高度に達すると、今度は地面に向かって降下をはじめてすさまじい速度で私から百メートル以上離れた地面に衝突した。 前足が半分にたたき割れ、ボールが地面でバウンドするようにしてもう一度、二つになった足は空中に投げ出された。

 衝撃に耐えきれなかったらしい砕けた岩石や千切れた根っこが足から少しずつ剥がれていき、前足だったものはだんだん小さくなって転がっていく。

 花の化け物が大きくバランスを崩して無くなった右側の方向に倒れそうになるが、千切れた前足から垂れ下がっている根っこが魔力で生産されて伸び、一時的な前足として体を支えた。

 しかし、その状態では歩くことはできないのか、地面に埋まっていた岩石を掘り出して自らの腕にくっつけて不格好な前足を作り出し、体を完璧に支える。

 どこに目といえる器官があるのかわからないが、花の化け物は顔と思われる岩石でできていた顔を私の方向に向けた。

 しかし、化け物はまた何もせずに歩いて行っていた方向に視線を戻すと、何もなかったようにまた歩き始める。

 花の化け物は巨体で一歩一歩が大きいが、正直なところは全力で走れば追いつける歩行速度であり、霊力操作で宙に浮きあがった私は花の化け物の正面に回り込み、奴に向かって大量の弾幕を撃ちまくった。

 白い光を放つ大量の弾幕が岩石でできている皮膚を削り取り、進もうとしていた花の化け物の行進を止めた。

 奴は私が邪魔な存在で、どこかに行くには私を排除してからの方が効率がいいと判断したらしく、左前脚を持ち上げて私を殴り殺そうとする。

 しかし、右前脚を吹き飛ばしたときのように強化したお祓い棒で容赦なく左前脚を粉々に砕いた。

 腕がはじけたことで大量の岩石が空中に投げ出され、雨のように降り始めるが関係なく私は花の化け物の顔に接近し、再度お祓い棒でぶん殴った。

 バガッ!!

 鋭い打撃音が響き、花の化け物の顔が大きく横に逸れた。それに続くようにして左前脚がなくなって体のバランスを取ることができなくなっていた化け物の体は地面を転がり、奴の動きが一時的に停止した。

 こちらが有利であるが、私は奴の賢さに少し驚かされていた。私のお祓い棒が当たる寸前に顔を傾けて衝撃を少しだけ逃がしたらしく、顔は右半分を大きく損傷しているが左前脚ほどではない。

 地面に倒れている花の化け物に近づき、追撃を食らわせようとしたとき、砕けた腕からまた根っこが伸びて私に砕かれた岩石を掴んだ。

 また腕を再生させる気なのかと思い、急いで接近しようとしたとき、岩石を掴んだ根っこが私に向けて岩石を投擲した。

 思った以上に速度の速い投げられた岩石に横に飛びのいてかわすと、私がさっきまでいた位置の地面を紙一重でぶつかり、後方に猛スピードで転がっていく。

 根っこは周りにある岩石や自分の体の一部を使って、私に近寄らせないように大量の岩石を投擲してくるが、投げられることさえ分かっていれば対処は容易い。

 飛ばされてくる岩石をすべて砕くか、受け流すかでやり過ごせばいいだけだ。

 飛んできた大きな岩石を上段から振り下ろしたお祓い棒で真っ二つにたたき割り、次の岩石を振り下ろした状態から振り上げ、優しく側面を押して軌道を変えて受け流す。

 二つ同時に来たのならば単純に体の位置を変えて片方だけを処理すればいい。

 そうして岩石を処理しながら花の化け物に近づこうとしていたとき、いきなり私の周りが影となった。

「っ!?」

 上から岩石が飛んできたのかと思ったが、違う。体からはがされて投げられた岩石にしては大きすぎるのだ。

 私が上空を見上げると、どうにかして跳躍した花の化け物が私に向かって降下して来ていた。

 奴の体重は軽く数百トン。どう頑張っても踏みつぶされればほぼ即死するだろう。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 ゆっくりにも高速にも見える速度で奴は私に向けて突っ込んできた。

 




一週間後ぐらいに投稿します。


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東方繋華傷 第十七話 生存?

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第十七話をお楽しみください。


ドォッ!!

 地面に大きくて根っこで繋がりあっている岩石の塊がぶつかり合う。それによって大きな音と衝撃が響き、その衝撃に耐えきることができずに割れてしまった地面から、大量の土砂が空へと舞あげられて周りに降り注ぐ。

「うぐぁっ……!!?」

 とっさに飛びのいたことで私は何とか花の化け物に踏みつぶされずに済んだ。

 だが土砂の一つとして吹っ飛ばされていた私は、砂煙が舞い上がって視界が悪いことこの上ない場所に転がり、倒れ込んでしまった。

 花の化け物が地面に衝突した衝撃はすさまじく、空気を伝わってきた衝撃波だけで私の体は数十メートルは吹き飛ばされていた。

 重力による自由落下と物質の質量が合わさったのしかかりという攻撃は、原始的ではあるが条件さえそろえばすさまじい威力を発揮する。

 飛びのくという判断が一瞬でも遅かったら、今頃は紙よりも薄くすり潰されて遺伝子解析でないと誰だかが判断できないレベルの遺体が生産されていたことだろう。そう考えただけでぞっとし私は、少しだけ冷静になることができた。

「かはっ…!」

 衝撃に当てられただけで全身に打撲するほどのダメージを受け、その痛みに私は地面をのたうち回っていた。

 だが、しばらくすると霊力の作用で痛みがスッと引き、何とか立てる状態になった私は体に負担を掛けないように、地面に手をついてから数十秒も時間をかけてゆっくりとそっと立ち上がる。

「…くそ……」

 何とか放さなかったお祓い棒を握りしめ、周りを見回すが濃い砂煙に花の化け物を視認することができない。

 しかし、奴がこの場にいることは感じ取れ、花の化け物が着地していた場所に空から向かおうとしたとき、何か空気の流れを感じた。正面から砂煙が流れてきてるのが砂煙の動きで分かった。

「…まさか!」

 花の化け物がもう私を察知したのかとお祓い棒を構えるが、いつまでたっても奴は姿を見せない。

「…?」

 少しだけ気を抜いたところで、砂煙がわずかだが横方向に流れる急激な動きを見せた。私は向いていた方向から横方向に視線を動かすと、砂煙をかき分けてきていた花の化け物の腕がすでに目の前に達していた。

「なっ…!?」

 お祓い棒で砕こうとしてももう遅く、私の身長と同じぐらいの大きさがある花の化け物の手でぶん殴られてしまう。

 ゴギッ

 体の奥から嫌な異音が響いたころには、私の体は花の化け物の手から離れて猛スピードで吹っ飛ばされて砂煙が漂っている空間から抜け出し、百メートルほど進んだところで地面に一度ぶつかり、減速したことで宙にまた投げ出されることもなく地面を転がって木に衝突し、ようやく体が静止することができた。

「あぐぁっ…!?」

 今までに食らったことがない衝撃と痛みに体が動かず、悲鳴を上げることしかできない。

 ドロリとわずかに粘性のある汗とは違う体液が右目の眉の上に現れ、汗を伝って流れ落ちていく。

「か……は……っ…!!?」

 体が痙攣し、うまく呼吸をすることができず、立ち上がることすらもままならない私のことなどお構いなしに花の化け物は砂煙の間をゆっくりと歩み寄っていている。

 攻撃を受ける瞬間に花の化け物がやったように、攻撃がきている方向とは逆方向に少しだけ飛びのいたことで衝撃を逃がすことができ、普通なら耐え切れずに死んでしまう衝撃でも死なずに済んだのだ。

 霊力を全身に送って体の回復を最優先にさせようとしていたが、こちらに向かってくる花の化け物を見ていて何か違和感を感じた。

 血を流したことで頭に上っていた血が引いたらしく、頭に完全に血が上っていた時よりも冷静になることができた私は、花の化け物に見える違和感などを読み解く。

 私が弾幕を奴の顔面に撃ちまくったときに顔の一部、詳しく言うならば口を少しだけ破壊したらしく口の中が少しだけ露出したが、問題はその奥の物だ。

 オレンジ色の光がわずかに喉の奥から漏れてきているのが見えたのだ。

「……?」

 ライトや弾幕が発する光のような光量が安定した光ではなく、揺らめいて安定のしていない光で、何の光かはわからなかったが奴の体にある空気のような小さな粒子であれば通り抜けることができるすき間から、黒い煙が水蒸気のように出てきているのが見えた。

「……まさか、炎…?」

 初めは化け物が生成したものかと疑ったがすぐに違うとわかった。奴の体は植物であり、炎などの自分も燃えてしまうようなものを体の中で作り出すのはおかしい。

 それに、魔理沙やパチュリーのような魔法使いでも、自らの体の中で炎などを作り出すバカはいない。

 考えられるのはただ一つ。体内にいる第三者が炎を生み出しているということだ。そして、この状況でそんなことができるのは一人しかいない。

「魔理沙…!?」

 魔理沙が生きているかもしれない。という可能性がわずかに芽生えた。

 




忙しくてパソコンで打っている暇がなくて今回は短めです。申し訳ございません。


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東方繋華傷 第十八話 体内で

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第十八話をお楽しみください。


期間が開いてしまい申し訳ございませんでした。リアルがとりあえずひと段落したので、投稿を再開しました。


 花の化け物が口を閉じたことで、光が閉ざされて霊夢の姿が見えなくなってしまった。

 岩石などが蠢くことで、シュレッダーと同様の働きをしていた喉の壁面で引き裂かれると思ったが、そんなことは起こらずに口の中が大きく動き、私はどこかへと送り込まれてしまう。

 ゴロゴロと転がった後、数メートルほど重力方向に落下して硬い岩石の上に倒れ込んでしまった。

 辺りはさらに暗闇に包まれたのと、こいつが何をしたいのかが私には全く読めず、ただただ恐怖だけが募って動くことができない。

 花の化け物の体内にいるということはわかるが、暗闇で何も見えずどこにいるのかはわからないが一定の間隔で響く地鳴りに似た衝撃は花の化け物が歩いている物だろう。

 そして、その合間に聞こえてくる打撃音などは霊夢が外から化け物を攻撃している音だとすぐに推測できる。

 そして、口の中よりももっと体の奥に送り込まれたということが、外界から聞こえてくる霊夢の打撃音が遠いことからもわかる。

 思っていたよりも岩石と岩石の間には隙間などはなく、外から差し込んでくる光などもないせいで一寸先すら見渡すことができない。

 時々、花の化け物がわずかに口を開くことがあり、その時の数秒間だけ蝋燭よりも頼りない光が差し込んでくる程度であったが、なんなんとなくだが自分のいる位置を把握することができた。

 私が現在いる位置、正確かはわからないが口から入って来る光が極端に少ないことから、食道の先にある胃にいるのだろう。

 現在私がいるのは口の中や嚥下されて運ばれていたときの食道よりも大きな空間で、そこにシュレッターで殺されずに送り込まれたということは、殺すことが目的ということではなく、捕まえることが目的ということだろう。

 それならば幽香の言っていた、運ばせてもらうという言葉も理解できる。私を殺さずに誰かに引き渡すつもりなのだ。

 そして引き渡された時点で、私は死ぬことになるだろう。幽香のことを無理やり従わせているような奴で、これだけの異変を起こしてまで私を捕まえようとしてるのだ。殺されないわけがない。

 であるため、このままおとなしく連れていかれるわけにはいかない。

 しかし、解せないのがなぜそれだけの力を持っていて直接私に戦いを挑んでこないのかというところだ。

 少し考えようとしたがこんなところで考えをまとめようとしてもまとまるわけがなく、それについて考えるのは脱出してからでもできるため、花の化け物の中から脱出することにした。

 人間やほかの動物を模倣しただけなのか胃という形はあるが器官の本来の役割はないらしく、胃液などが分泌されてはいない。

 それにかなりこの中は広くて動けないわけではないため、凹凸のある壁を登って食道を通って口の中に戻り、口を破壊して外に出ることもできるだろう。こいつが霊夢に殺されて体を支えることができなくなる前に。

 レーザーなどで穴をあけて外に出ようかとも考えたが、胃が2,3メートルという大きさに対して全長は十数メートルはあるため、もし胃という器官しかないのならば外にでるまでに大きな岩石などが複雑に絡み合っていると考えられ、穴をあけるにはかなりの量の魔力を消費しかねない。それだと後の戦闘にも影響が出るだろう。

 それに、理由はもう一つあり、花の化け物の異常に高い再生能力だ。ほかの人間型の小さな奴らとは違い。かなり高い再生能力を備えていて、さらに体の約七十パーセントは材料のいくらでもある岩石だ。穴をあけたそばから修復されてしまうのが関の山だろう。

 それならば地道に壁を登って口から逃げる方が、いくらかは現実的ではあるのだ。

 私はさっそく動くために倒れていた状態から上体を起き上がらせると、私がさっきまで寝ころんでいた位置に、上から何かが高速で横切って岩石の床に突き刺さった。

「…っな…!?」

 私は体勢が悪いが襲撃により飛びのくと同時に、誰が飛ばしたのかわからないが上方向をレーザーで薙ぎ払う。

 わずかに暗闇に目が慣れていたせいで、ライトよりも少し弱い程度の光量を発しているレーザーがひどくまぶしく見えるが、そのおかげで私を襲ってきていた者の正体がわかった。

 背中に花が咲いていたが、それの根っこと蔓だ。

 原理はわからないが物体の動きに反応するようになっているのか、天井から垂れ下がってきていた蔓や根っこが飛びのいた私に何本かが反応し、こちらに向かって突っ込んでくる。

 逃げるために飛びのいたのは失敗だった。今更になって私は自分の行動に後悔した。

 蔓を切断するのにはレーザーはかなり効果的ではあるが、魔力で体を再生させることのできるこの花の化け物には、効率はかなり悪いだろう。

 であるため、もっと広範囲で他の蔓や根っこも攻撃をしなければならない。

 垂れ下がっている位置や反応してから攻撃に移るまでの時間、私がいる位置によって蔓と根っこがここに到達する時間にはバラつきがあり、様々な方向から私を串刺しにしようと向かってくる蔓をギリギリでかわしていき、魔法を発動するためのスペルを間違えないように確実に唱えていく。

 横に転がり、時には跳んで、あらゆる方向から飛んでくる蔓や根っこに刺さらないように動き回る。

 あと少しで魔法が発動できるようになるというところで、太ももに魔力で強化されてナイフのように鋭利で鉄のように固くなった蔓が突き刺さり、太ももを貫通した。

「うぐっ…!?」

 蔓を引き抜こうとしたが、貫通した蔓はそのまま床の岩石に深々と突き刺さり、私が引っ張ってもピクリとも動かなくなる。

「ぐっ…!」

 私は歯を食いしばって異物が体内に抉りこんだ痛みに耐える。しかし、そう簡単に痛みというものを克服することはできず、涙腺から分泌された涙が瞳に溜まり、溜まった涙が目じりから零れ落ちた。

 だが、十数秒もかけて唱えていた魔法が無駄にならないように、私は叫びたいのを我慢してスペルを唱え続ける。

 体を動かさないようにしていたが、強い重力を感じたあと、体が浮かび上がるような浮遊感が私を襲い。動かないようにしていたが、バランスを崩してしまった私の体がガクッと動いてしまう。

「…っ!!」

 蔓や根っこの一部が大量に私に向かって突き進んでくるが、スペルを唱え終えた私は十数本にもなる蔓と根っこをまとめて炎で燃やし尽くす。

「vebrennen(焼却)!」

 掌の上にオレンジ色に淡く光る球体が作り出され、こちらに向かってくる蔓に向かって凝集された炎を開放する。

 炎の熱気が強く、吸い込む空気がむせ返るほどに熱くなるが、私は発動させた炎の魔法が解除されないように魔力を送り続けて蔓や根っこを焼き払う。

 だが、焼き払ったそばから蔓や根っこは魔力で再生をはじめ、三歩進んで二歩下がるといった状態だ。火炎放射器などとは比べ物にならないほどの威力で、一センチ程度の蔓などならば内部まで炭にするのに五秒もいらない火力だが、炎の火力を再生能力が上回ってきているらしく。

 魔力を魔法につぎ込んで炎の火力を上げようとしたとき、炎をかき分けてきた一本の蔓が私の脇腹に突き刺さった。

「あぐ…っ…!?……かはっ……!!」

 痛みに気を取られてしまい、私は魔法に魔力を送って発動の維持を続けることができなくなってしまう。

 皮膚や皮下組織、筋肉、臓器を次々に貫通した炎で表面が焼け焦げている蔓を炎を出していた手とは逆の手で掴もうとしたとき、鋭い蔓や根っこが一気に畳みかけて来た。

「あああああああああああああああああっ!!?」

 撃ち落とす間もなくわき腹や足だけではなく、肩やお腹の周辺、首に次々と鋭い蔓や根っこが突き刺さった。

「はぐっ……う…ぅ……っ………!!」

 血管や組織が傷つけられたことで体のあちこちから血が溢れ出てきて、服を赤く濡らしていく。体外から体内へ異物が抉りこんでくる感覚は形容しがたいものであり、これは体験した物にしかわからない感覚だ。

 気絶しそうなほどの痛み、それが情報として神経を伝わって一気に頭の中に流れ込んできて、痛みという情報を処理することができず、頭がパンクしそうになってしまい。気絶に向かって行く私は体から力が抜けてしまう。

 しかし、新たに飛んできた蔓が私の胸に突き刺さり、肋骨を砕いて肺を貫通し、再度背中側の肋骨を砕き、皮膚を突き破って背中側にまで簡単に貫通してしまった。

「うぐ……っ…!?……げほっ……!!…ごぼ……っ………!!?」

 臓器や肺、首に刺さっている蔓のせいで気管で出血が起こり、私は喀血して暗闇と壁面の根っこなどに燃え移った炎の光で妙に赤黒く見える血を吐き出した。

「……は…ぐ……っ…!」

 口の中が強い鉄の味がして、口から垂れた血液が顎から垂れて首を貫通している蔓に血が滴り、黒く焼け焦げた緑色だった蔓の表面を赤く染める。

 胸に新たに蔓が刺さったことで、途切れかけていた私の意識が繋ぎ止められ、気絶しなくて済んだが、右手の平の上でチラチラと小さく燃えていた炎が魔力を送り込む前に小さくなって消えてしまい。魔法が完全に解けてしまった。

 身動き一つとれず、絶望的な状態に陥っている私は、肺にたまった血液を再度、せき込みながら吐き出した。

 




五日後か三日後に投稿します。


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東方繋華傷 第十九話 敵のタイプ

遅くなって申し訳ございません。

自由気ままに好き勝手にやっています。
それでもいいという方は第十九話をお楽しみください。


「魔理沙…!」

 彼女は生きている。岩石が蠢きあってできていたシュレッターのようなものには引き裂かれ、潰されてはいなかったのだ。

 魔理沙が生きているということがわかって、よかったと安堵していたが、彼女の行動に一つの疑問が浮かび上がった。

 自分の存在を知らせたいというのならば、レーザーなどの貫通性の高いもので体を貫いた方がとても伝わりやすいだろう。

 しかし、魔理沙は炎を使った。とうことは私に自分の存在を知らせるということが目的というわけではないのだ。つまり、花の化け物の体内で攻撃をしなければならない何かが起きているということだろう。

 加勢をしたいが、今の私には花の化け物の体内にいる魔理沙を手助けすることはできない。できることと言えば、倒すことも視野に入れてこいつを足止めすることぐらいだ。

 ダメージの抜けきっていない体を無理やり動かして立ち上がり、花の化け物の腕を薙ぎ払う攻撃を空中に逃げたことで何とかかわした。

 花の化け物の頭の高さを通り過ぎ、奴を見下ろしながら私は魔理沙を吸い込んだ時のこいつの行動を思い出す。

 こいつは魔理沙を飲み込もうとした時に、その前に吸い込んでいた木などのようにすり潰して引き裂く様子を見せずに口を閉じた。そして、いきなり戦闘を中断してこの場から立ち去ろうと移動を始めた。

 この花の化け物が魔理沙をどこかに連れて行こうとしていることは間違いないだろう。そして、こいつが向かう先に幽香がいる可能性は極めて高い。しかし、幽香を撃破することよりも今は魔理沙を助け出すことが最優先である。

 私はお祓い棒を強く握りしめ、花の化け物の体内でどういうことが起こっているかわからないが、下手に手を出すよりも魔理沙の実力を信じたほうがいいと思い。自分にできることをすることにした。

 魔力を他よりも多く込めた強力な魔力の弾丸を一発だけ作り、花の化け物の顔面に向けてぶっ放すと、頭部に当たった弾幕は割れた風船のようにはじけて爆発を起こし、奴の顔面を半分消し飛ばす。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!?」

 花の化け物は腹の底に響くような大きな声で叫び、地中から取り出した加工もされていない不格好な岩石で顔を修復する。

 それと同時並行で手先にある木の根が伸びて地中にある岩石を掘り出し、私に向けてそれを投擲してきた。

 だいぶ頭のいいやつではあるが、さっき私に聞かなかった手をもう一度するとは、やはり知能はそこそこと言える。こんな岩石の弾幕、魔力の弾丸よりも避けるのは容易い。

 十数個の飛んでくる岩石のうち、私に当たるのは約六つ。この時点でかなり命中精度が悪いことがわかる。スピードは見事なものだが、魔理沙のレーザーに見慣れている私からすれば止まっているに等しい。

 一つ目はかわすまでもなく私のすぐ横を通り過ぎていき、後方に生えている木のど真ん中にぶち当たって大穴をあける。

 二つ目は体を少し横にずらしてやればかわすことができ、実質的に私が自分の手で処理しなければならないのは四つだ。

 それ以外にも岩石はあるが見当違いの方向に飛んでいき、私に影響を与えることはないだろう。

 三つ目と四つ目は太ももと肩に当たる軌道を飛んできており、速度と到達のタイミングはほぼ同時と言えるだろう。後方に飛んで行って私の手が回らないほどの太さの木の幹をえぐり取るほどの威力で、正面からやりあうにはバカみたいに魔力を消費しなければならない。ということでさっきみたいに正面からやりあうのはやめよう。

 しかし、今飛んできているのは直径20センチはある岩石で、実際のところは野球のようにお祓い棒を振るうことで砕くことは簡単だろう。だがそのあとが問題であり、それは正面からやりあわないもう一つの理由で、細かく砕けた岩石が散弾のように私に降りかかってくるからだ。

 十数センチ先からショットガンの散弾を射撃されればどうなるか。拡散して大量の弾丸が私を貫く。たとえ射撃のタイミングがわかっていたとしても、攻撃中ならばさらにかわすことのできる確率は低下する。

 岩石をかわすこともできなくはないが、そのためには他の岩石を破壊しなければならないため、私はあらかじめ把握している岩石が通る場所で待ち構えることにした。

 私は飛んでくる二つの岩石に向けてお祓い棒の中間部分を掴んだ状態で突き出し、二つの岩石がその場所を通るその瞬間にバトンのようにお祓い棒を回転させ、二つの岩石の壁面を強く押して軌道を大きく変えさせた。

 肩に当たるはずだった岩石が頭の横を通り過ぎ、太ももに当たるはずだった岩石は股の下を通り過ぎて地面にめり込んだ。

 次の五つ目の岩石を受け流すためにどういう軌道でお祓い棒を振ろうかと計算を始めようとした時、四つ目の受け流した岩石が地面に当たった衝撃で数メートルの範囲で土がめくりあがり、それだけでは止まらずに土と石を空中に衝撃で押し上げた。

「っ!?」

 この衝撃は想像していた威力の数倍の威力を備えていて、その衝撃で私は大きくバランスを崩してしまい。五つ目の飛んでくる岩石を四つ目などのようにして受け流す作戦を放棄する。

 さらに最悪なことに、別の軌道を飛んでいた岩と岩がぶつかったことで軌道上に七つ目が出現してしまう。その七つ目は五つ目と六つ目の中間にある、だが五つ目にだいぶ近くて五つ目をどうにかして破壊してから七つ目を破壊するのは体勢的に不可能だ。

 しかし、その奥にある六つ目をかわすには五つ目と七つ目を破壊しなければならない。

 全身を霊力で強化し、七つ目よりも速い五つ目の方に私は体をずらした。これによって七つ目の軌道上から完璧に私の姿は消えたことになる。

 受け流す動作は繊細で微妙な力加減が必要で、微妙な計算があるが、目的が砕くとなれば力いっぱい殴ればいいだけであるため他のことを考える暇が少しだけできる。

 宙に逃げる手もあるが、空中では地面にいる時のように踏ん張ることができず逆に危険である。私はお祓い棒で目の前にある五つ目を砕いた。

 お祓い棒に殴られたことで爆弾のようにはじけた岩石がわたしに降り注ぐが、たくさんの霊力で身体を強化していたことで大したダメージにはなっていないが、当たり所や飛んできた破片の鋭さや角度が悪ければ防御力以上のダメージに皮膚が切れて血が流れ出してしまう。

 そのうちに七つ目が私のすぐ横を通り過ぎ、地面に直撃した。

 ドォッ!!

 さっきよりも一回り以上も大きい岩石が地面にめり込んだことで、四つ目よりも強い衝撃が地面を伝って、地中に爆弾を埋めてから爆発させたように大量の土が空中に舞い上げられた。

「ぐうっ…!?」

 すさまじい衝撃ではあるが、私はその衝撃を踏ん張ることで耐えきり、六つ目の到達に備えようとしたが他のと違って六つ目は一回りも二回りも大きく、直径が一メートル以上もある。この状況ではあれを破壊するのは多分無理だろう。

 ならば、私は飛んでくる岩石の下にもぶり込むように進み、岩石が地面にぶつかる直前に花の化け物の方向に向けて跳躍をする。

 岩石が地面に衝突する破砕音が聞こえてくる前に跳躍していたことで、地面を伝ってきた衝撃を食らうことはなかったが腹に響くような轟音とともに、数十メートルという範囲の地面をめくり上げた衝撃波と飛び散った岩石に巻き込まれてしまう。

「アアアアアアアアアッ!!」

 それでも砂煙の中を突き進んだ私に、岩石をすり合わせる音を声としている花の化け物の咆哮が浴びせかけられ、上に持ち上げていた前足を振り下ろしてくる。

 私は即座に霊力を足元に放出し、瞬時に硬化させて足場にした。それによってできることは踏ん張りのきく状態での前足の破壊、もう一つは奴に向けてさらに加速するために跳躍することだ。

 そこで私が選んだのは後者である。

 霊力で最大まで強化された筋力や霊力での浮遊を使うことで、更に加速した状態で私は花の化け物へ飛びだした。

 霊力で作った足場が粉々に砕け、加速した私には花の化け物の攻撃は辛うじて当たらず、そのまま奴の顔面に向かう。

 霊力で強化されたお祓い棒と筋力などを駆使し、化け物の顔を半分吹き飛ばしながら、四足歩行ということで顔の後ろの背中から生えている巨大な花を引き裂いた。

 私が睨んでいた通り、岩石をくっつけて作られた顔面の方ではなく、背中から生えている花の方に目という器官がついているらしく、私がいる方とは見当違いの方向を見回しながら一時的に動きを止めた。

 化け物の体は90%が岩石で構成されているが、それは根っこで絡み取って無理やり体として使っているのに過ぎない。だから、本体を破壊すればいいが腕などの体を簡単に再生させることのできるタイプの化け物は、他のとは違う少しだけ工夫した倒し方をしなければいけないことがある。

 これまでの経験から、こいつは一撃でバラバラにしてやるか、体のどこかにあるコアのようなものを破壊すれば再生する間もなく絶命させることができるだろう。

 前者は現実的な方法ではない。直径が十メートルほどもある巨体を身体を再生させる暇を与えずに粉々にするのはほぼ不可能だ。

 そして、この幽香なみの再生能力を持つ化け物というのは、大抵は体の中にコアを隠し持っていて、それが無尽蔵に魔力を生み出しているケースが多い。つまり、それさえ破壊することができれば奴はすぐに魔力切れを起こして絶命する。

 だが、それも現実的な方法とは言えないだろう。それは裏を返せばコアを破壊しなければ倒せないということにも繋がるからだ。

 この巨体ではコアを探し出すのに数日を要するほどに時間がかかり、コアごと体を消し飛ばそうにも魔理沙のマスタースパークでもっても岩石や再生能力によって満足のいく効果は得られないはずだ。

 私がそう思っていると花の化け物は破壊された花の部分を再生させて治った目でこちらを視認する。

 今は奴を倒すことを優先にするのではなく、魔理沙が出てくるまでの時間稼ぎをしなければならない。ということを頭の片隅に置いたまま、私は奴が次の行動に移る前にスペルカードを発動した。

「霊符『夢想封印』」

 私の周りに大量の白色に輝く三十センチ大の球体が形成されていき、両手どころか足の指を使っても数え切れないほどに数が増えていく。

 それらを一斉に化け物に向かわせると、化け物もそれに対抗するかのように片腕に使われている岩石の固定を緩めてバラバラにし、根っこを触手のように使って絡めとり、私に向かって投擲を始める。

 小屋ぐらいならば簡単に吹き飛ばすことのできるぐらいの爆発が岩石と接触した弾幕から起こり、岩石は耐えきれずにバラバラになって地面に落ちていく。

 奴の攻撃で半分ぐらいの夢想封印が撃ち落とされてしまうが、残りの半分は花の化け物に向かって行き、花の化け物がこちらに投げて来た岩石は弾幕に向けての攻撃だったため、私に向かってくるものなど一つぐらいしかなく、避けるまでもない。

 岩石の側面を軽く撫でてやれば私に飛んできていた岩石は、簡単に軌道を変えて後方に飛んでいく。

 私は今まで見ていた情報を総合し、この花の化け物がコアを持つタイプの化け物だと確信した。

 なぜなら、コアを持たずに体をかなりの速度で再生できる奴は、体全体がコアであるため、体の一部を切断すれば増えるという特性を持つことが多い。その分弱点も多く、間をあけずに体の大部分を損傷すると息絶える。

 しかし、それはこいつには当てはまらない。

 私が吹き飛ばした遠くに転がっている奴の腕は完全に沈黙して、そこから増える気配などは無さそうに見える。つまり、それは体全体がコアで一部が切り離されればそこから増えるのではなく、体のどこかにコアがあることで切り離された腕は治る間もなく魔力を使い果たして枯れているのだ。

 こいつを倒すのはかなりの高火力が必要で、魔理沙の助けが必要不可欠であるだろう。

 そう結論付けた私が地中から掘り出した岩石を使って、腕を再生させようとした花の化け物に向かって弾幕を放とうとした時、奴の腹の周りがまばゆい光とともに爆発した。

 




文字ばかりや字足らずでわかりずらいところが多いと思うので、意味が分からないところなどがあれば気軽に聞いてください。私が答えられる範囲で答えたいと思います。

一週間から五日後に次を投稿します。


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東方繋華傷 第二十話 作戦と変化

自由気ままに好き勝手にやっています。原作とは違うという意味で

それでもいいという方は第二十話をお楽しみください。


 膨れ上がった化け物の腹の隙間からまぶしい光が漏れてきたと思った直後、押さえ切れなくなった腹部が爆発音とともにはじけ飛び、岩石や千切れた根っこなどがこちらにまで飛んできた。

 その中の一つに、私がよく知る少女が混じっているのが確認でき、低空を飛んでいた彼女が地面にぶつかってゴロゴロと転がっていく。

「魔理沙!」

 私がいた位置よりもだいぶ前で地面に落ちて動きの止まった魔理沙に向けて叫ぶと、彼女は体のところどころから真っ赤な血を流しながらも何とか起き上がろうとしているのがわかった。

 彼女に近くなるほど傷などが思っていたよりも重症そうで、中で何があったかわわからないが、肩で息をしてできるだけ空気を取り込もうと喘いでいる。

「…霊………夢……!」

 走ってきた私に向けて魔理沙が手を伸ばそうとした時、爆発したことで開いていた腹の一部分から背中に生えている根っこと思われる物が伸びてきて、魔理沙の首や腕に巻き付いた。

「うぐ……っ!?」

 魔理沙の首に巻き付いた根っこは相当な強さで巻き付いているのか、首や腕に深く食い込んでいて皮膚が赤く変色していく。

 魔理沙をまた体内に引っ張り込もうとしているらしく、魔理沙の体が化け物に向かって引きずられようとしているところで、彼女にようやく追いついた私が回り込んで彼女に巻き付いている根っこをお祓い棒で殴って引きちぎった。

 それを終えてから根っこを再生させて、また魔理沙を掴もうとしている根っこや蔓に向けて大量の弾幕を放つと、撃ち落されたり途中で千切れたりして私たちに全く近づけなくなったことで諦めがついたらしく、開いた腹の中に戻っていった。

「…霊夢…は……大丈夫か……?……すまねぇ…足を引っ張っちまって………」

 魔理沙は首や腕に巻き付いている根っこを血で濡れている手で剥ぎ取り、体中の傷が痛むのだろう苦しそうな顔で呟く。

「こっちは大丈夫よ!…それよりもあんたの方が重症じゃない!」

 私は立ち上がろうとしても立ち上がることのできていない魔理沙を抱き寄せ、思いっきり抱きしめた。

 魔理沙が無事でよかった。その思いだけが爆発し、花の化け物がいることも忘れて魔理沙のことを抱きしめ続ける。

「霊…夢…?」

 一時的にとはいえ私は魔理沙が本当に死んでしまったと思いこんでいたが、ようやく彼女が生きていると実感することができているが、それを知らない魔理沙は首をかしげている。

「…何でもないわ……それよりも…あんたは大丈夫なの?だいぶ怪我をしているみたいだけど?」

「この傷なら大丈夫だ…見た目は派手に見えるけど、運よく動脈とかの血管とか臓器には当たってない……だから、まだ戦えるぜ」

 魔理沙はそう呟いて自分の体のどこに怪我を負っているのかを、目で見てよく確認をしながら呟く。

「…わかった……でも、危なそうなら一人で逃げて」

 私は抱きしめていた魔理沙から離れ、彼女を捕まえようとしていた根っこと花の化け物が攻撃をしてこないように弾幕で牽制していたが、一度弾幕を撃ち終えて化け物がどう動くのかを注意深く観察した。

「ああ……、わかってる」

 魔理沙はそう呟くと、応急処置程度にしか魔力で回復させることができなかった腹を強く押さえつけて花の化け物を見上げる。

 花の化け物が腹に開いた穴を修復させながら咆哮をすると、地中に根っこを伸ばして大量の岩石を掘り出し、自らの体にくっつけていって奴の体が直接見なくても巨大化していくのがわかった。

「……。これ、……だいぶやばくないか?」

 魔理沙が花の化け物を見上げて何とも言えない、少しだけ焦った表情を見せている。

「そうね、でも魔理沙…あなたが知っていることを私に教えてくれれば、この化け物を倒せる見込みがつくかもしれない」

 私は巨大化していく花の化け物から目を離し、魔理沙の方向を見ると魔理沙は同じように私の方向を見て首をかしげている。

「私が、知ってること?」

「幽香がさっき言ってたじゃない。魔理沙が彼を殺したから、彼女が怒ってるって……この花の化け物をどうやって倒したの?」

 私が聞くと、魔理沙はどんどん大きくなっていく花の化け物を再度見上げ、自分がどうやって彼と呼ばれていた花の化け物を殺したのかを説明を始めた。

「私が化け物を倒した方法は、強力なマイクロ波を照射して自然発火させて内部から体を焼いて倒したんだが、あいつの大きさはこの花の化け物の三分の一もなかったし、それに私が倒した奴は余計な異物が体に使われていなかった……あの大きさの奴には大した効果は望めないと思うぜ?……私の魔力を使い切っても無理だろうな」

 魔理沙はそう断言して、魔力を掌に集めてレーザーをいつでも撃てるように準備した。

「…そう……じゃあ他に知ってることはない?」

 私がそう聞くが魔理沙は特に思い当たるふしはないらしく、うーんと唸っている。

「じゃあ、私から気になったことで一つ聞きたいことがある」

 花の化け物は体を作っているときには攻撃をすることができないのか、今のうちに私は魔理沙から情報を引き出すことに専念した。

「あんた、吸い込まれる前にこいつらに増えて貰っても困るって言ってたわよね?…それってどういうこと?」

 私がそう魔理沙に聞くと、魔理沙は少し考え込むと思いだしたらしく言った。

「うーん、奴らはそうは見えないけど…もともとは花だ……その性質を一部引き継いでいるらしく、花粉で雌花が受粉すると種を形成して増える……多分こいつもだと思うが爆発植物で人間サイズは十数メートルの範囲にかなりの量の種をまき散らしてた」

「……なるほど。…なら、種をまき散らした時点で、その花の化け物たちはどうなってた…?」

 私が聞くと、魔理沙は記憶を正確に思い出すために目を閉じて、記憶を探っている。

「…どうなってた…ね。…私もよくは見てなくて覚えてはいないけど、多分動いてはいなかったと思うぜ?」

「…つまり、それは死んでいたってこと?」

「…たぶんな……近づいて確認したわけじゃないから、わからんが」

 それを聞いて、私は自分が考えていた予想の大部分が当たっていることを確信し、こいつがどういうやつなのかの説明を魔理沙にすることにした。

「…おそらくだけど、こいつは体のどこかにコアのようなものを隠し持っている化け物で…こいつはそれを破壊しないと死なないはず。……そして、花粉を受粉して種をまき散らして増えていたって言っていたけど…それは、体のどこかにコアを隠していて外敵に破壊されないようにしているけど、花粉で受粉をしたときに魔力でコア、…つまりまき散らすための種(コア)を増やしてまき散らし、増えていたんだと思う」

「…じゃあ、種をまき散らしてから動かなくなったのは、体からコアを出したことで花の化け物が死んだからってことか?」

 私が続けて言おうとしていたことを魔理沙が言い。なるほどとうなづく。

「なら、それを利用して倒すことはできないと思わない?」

 彼女にそう言うと、魔理沙はすぐに私の言いたいことを察したらしく、不安そうに大丈夫なのかと言いたげに呟いた。

「大丈夫なのか?…あのバカでかい図体をしている奴の体の中からどの程度の大きさの物かもわからないコアを探し出すのは無理だろう。だから、奴に意図的に花粉で受粉させ、コアの位置を割り出して破壊する。効率がいいように聞こえるが、一歩間違えればこいつが大量に増えて幻想郷がやばいことになるぜ?」

「チャンスは一度きりで、ミスは許されない作戦でしょうね。でも、今も大きくなっていっている花の化け物を消し飛ばすことができる?」

 私がそう聞くと、魔理沙は確かにと言いたげにバックの中に入っているミニ八卦炉を見下ろした。

 怪我の治療やレーザーの攻撃、体内から脱出するためにだいぶ魔力を消費してしまっている今の魔理沙では、奴を消し飛ばすことは不可能だろう。

「…わかった…お前の作戦で行こう」

「…ありがとう。…魔理沙、さっそくだけど花の化け物が出したっていう花粉をどうにかして持ってくるってことはできない?それとも、花粉を出す奴を連れてくるとか」

 私がそう聞くと、魔理沙はそろそろ体の構築が終わりに向かっている花の化け物を睨み付けてから言った。

「花粉を出す奴を連れてくる必要はない…。彼って呼ばれてたやつは大量に花粉を出して、地面とかにこびりついてたから花粉はあることにはあると思うぜ。私が村に花粉を取りに行っている間は、あの花の化け物を一人で相手にすることになるが…大丈夫か?」

 魔理沙が全長が三十メートル程度にまで巨大化している花の化け物を見上げ、心配そうに私に呟く。

「…こっちの心配はしなくてもいいわよ……それとまだ残ってるやつがいるかもしれないから油断せずにね」

 私がそう魔理沙に言うと、彼女はわかっていると強くうなづいて見せ、村の方向に空を飛んだ。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 さっきよりも数倍は大きくなっている奴の声に、私は耳を塞いで花の化け物の叫び声が収まるのを待ってから大量の札を左手に持ち出し、右手のお祓い棒に霊力を込めて強化して握りしめる。

 大きくなったが戦闘のスタイルは変わらないだろうと思っていた私は、どう戦うか頭の中でプランを練っていたが、花の化け物の体が四足歩行から段々と変形していくのが見てわかった。

「…え…?」

 確かに、前足や後ろ足の形、体の骨格が四足歩行向きではないのではないかと思ったが、やはりその通りだったらしい。

 腕や足の形が変わり、四足歩行から二足歩行へと変わっていき、自分の根っこなどで体の構築の際に余った余分な岩石を使って補強を済ませた即席の得物を、花の化け物は私がお祓い棒を使う時のように構えて見せる。

「驚いた……こんなことまでできるの…!?」

 少しでも知性があると対策や今までとは違うことをしてきてとても厄介だということを、このときに私はあらためて思い知った。

 




一週間から五日後に次を投稿します。


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東方繋華傷 第二十一話 刺す

自由気ままに好き勝手にやっています。
それでもいいという方は第二十一話をお楽しみください。


 私は立ち上がって三十メートル程になった人間型の花の化け物が、体の一部と変わらない武器を持ち上げ、振りかぶって私に上から振り下ろしてきた。

 だが、補強されているとはいえ刀のように固いわけではなく、弓のようにしなったことで手元と得物の先端とでタイムラグがあり、そのうちに何とか花の化け物の懐に潜り込むように空中に逃げた私には攻撃が当たることはなかった。

 全力で振り下ろしたらしく、その威力に地面がめくりあがって爆音で鼓膜が破れそうになるが、何とか怪我もなく逃げ切ることができた。

 花の化け物を改めて観察すると初めて行う人間形態らしく、余分に作りすぎた部分の岩石と岩石がぶつかり合って削れ、割れた岩石が地面に落ちていく。

 真上にある花の化け物の腕をお祓い棒で破壊し、手首から切断させてからさらに奴の方向に進んでわき腹の一部をお祓い棒で削り取り、そのまま背中側へと飛びぬけて攻撃を受けないようにした。

 私が殴り壊した岩石が地面に落ちていくのと、花の化け物がこちらを向けない状況なのを視界の端に捉えてから上昇しようとするが、四足歩行の時と同じように背中側にある花を破壊して一時的に目を潰そうと霊力を凝集させた弾幕を浴びせようとしたとき、背中側から大量の蔓が先端を尖らせ、私を突き刺そうとやりのように伸ばしてくる。

 お祓い棒と身体を霊力で強化し、普通の人間では認知する前に串刺しになっているだろうという速度で伸縮してくる蔓を私は叩き落した。

 お祓い棒を覆っている霊力が蔓と接触するごとに役目を果たした霊力が塵や雪の結晶のように周りにはじけ飛んでいく。よく見ればかなりきれいな光景なのだろうが、見とれている暇などはなく、本数が多くなっていく蔓に比べて私の持つお祓い棒は一本しかない。数で圧倒されそうなこの状況は非常に良くない。

 一度状況を変えようと蔓の射程圏内から出ようとしたが、すぐ下の足元の近くでひゅっと空気を切りさく小さな音が耳に届いてくる。

 視線だけを下に向けると花の化け物の足から地面に入り、地中を移動してきた根が蔓と同様に私を突き刺そうとものすごい速度で突っ込んできているのが見える。

 だが、空中にいて助かった。地面にそのまま立っていたら気が付かないうちに突き刺されていただろう。

「っ……!!」

 蔓と根っこの数を総合すると三十以上にもなり、これを同時に相手にするのはどんな人物でも不可能だろう。

 しかし、魔理沙が作戦を遂行するために村に向かっているため私がここで倒されるわけにはいかない。お祓い棒と妖怪退治用の針を駆使してできるだけ多くの蔓と根っこを撃ち落としていく。

 だが、圧倒的な数の差や後方からの見えない攻撃に、針を扱っていた左手に蔓が突き刺さり、蛇が得物を絞めあげるようにして、肘のあたりにまで巻き付いて私の左腕を拘束してきた。

「くっ…!?」

 私が右手に握っているお祓い棒で引きちぎろうとするが、左手に気を取られているうちに右手にも蔓が巻き付き、拘束されてしまう。

 拘束を振り切ろうともがくが、鉄みたいに強固に硬直している蔓は私のことを開放してくれない。

 動けなくなったその隙に私の心臓に向けて正確に、超高速で蔓が伸びて来た。

「っ…!」

 背中に氷柱を入れられた時に感じるような悪寒が走り、このままでは死ぬという言葉が脳裏を横切った。

 私が逃げようとする間もなく、胸に霊力操作で強化されたことにより鋼よりも固くなっている蔓が突き刺さる。

 そのコンマ一秒前、私にギリギリで当たらない位置を複数のナイフが上空から落ちてきて、私を拘束していた蔓や根っこ、突き刺そうとしていた蔓を切断していく。

「霊夢さん!」

 聞き間違えることがないぐらい大きな声が聞こえ、銀ナイフで切断できなかった私を拘束している残りの蔓を弾幕でハチの巣にして、私を蔓から切り離した。

 腕や足を貫通している蔓を無理やりに引き抜くと、あまりの痛さに腕が痙攣してしまうが、なんとか体に刺さっている全ての蔓を引き抜くことができた。

 傷口からは血が漏れ出し、真っ赤で独特な匂いのある血は曲げていた肘から水滴となって地面に落ちていく。

「大丈夫ですか!?」

 蔓を引き抜いたことにより、傷口から大量の血が流れ出てしまうが霊力で少しだけ応急処置をすることができて、流れ出す知の量が少しだけ減った。

「…えぇ……何とかね」

 私が拘束を解いてくれた早苗に言うと、上の方向から切断された蔓などがさらに追加で落ちてくる。

「二人とも、話しているのもいいんですが、まずはこっちを手伝っていただけませんか?」

 私がいる位置よりも上の方で両手に持った銀ナイフを振るっている咲夜がそう言いながら、槍で突くように伸ばしてきている蔓を切断していく。

「…わかってるわ」

 私は返事をしてさっそく動き、後方から飛んでくる蔓と前方から向かってくる蔓をまとめて弾幕で消し飛ばす。

「途中で魔理沙さんに会って話を聞きました。どうにかして時間を稼ぎましょう!」

 魔理沙の使う星形の弾幕とは違う、線で描いた絵のような五芒星の弾幕を早苗が飛ばし、地面から次々と出てくる根っこなどを吹っ飛ばした。

 このまま武器を持って戦うよりも根っこや蔓の数を増やした方が闘う効率がいいと判断したらしく、花の化け物は武器として使っていたお祓い棒に似たものを解体し、こちらを向きながらさらに数十本にもなる根っこや蔓を私たちに向かわせる。

 しかし、攻撃方向がさっきとは違い、突き刺す単調な動きではなく。花の化け物は蔓を鞭を振るうようにして薙ぎ払ってきた。

 鞭でも使いようによっては刃物並みに危ないものでもあり、一撃が重くて当たらないよりも、一撃は軽いが当たれば徐々に疲弊させることができる方がいいと考えたのだろう。それに薙ぎ払った方が攻撃する範囲が大きく増える。

 奴の攻撃範囲が広くなれば、その分私たちの行動範囲が狭くなる。本当に厄介な相手だ。

「アアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 奴の咆哮が耳を押さえないと鼓膜が破れてしまうのではないかというほどに大きく、地面の砂を舞い上げるほどだ。

 だが、私たちは耳をふさぐことはできない。耳を塞いでいればそのうちに鞭のようにしなって周りを動いている蔓に切り裂かれてしまうだろうからだ。

 各々は霊力で耳という器官全体を強化し、音が聞こえなくなることを防ぐ。

 それと並行して三人で武器を振るって何とか蔓などを凌いでいたが、花の化け物が武器として使っていた岩石を一つだけ拾い上げ、こちらに向けてぶん投げた。

「くそっ…!…岩が飛んでくるわ!」

 軌道的には咲夜の方向に向かっているが、咲夜自分に向かってくる数十本の蔓などを切り裂いていくので精いっぱいであり、岩石を跳ね返したりする余裕はなさそうだ。

 直径は一メートルもある鏃状の岩石が弾丸が飛んでくるように回転して向かってきていて、咲夜に当たりそうになるが私がすんでのところで岩石と咲夜の間に滑り込み、真正面から力で対抗するのではなく、岩石の角度をわずかに変えてやった。でないと岩石を破壊した際に、飛び散った破片に後の戦闘に支障が出る。

 ガリガリガリ!!

 鉄が多く含まれているのか、弾丸に回転している岩石にお祓い棒を打ち付けると、まぶしいぐらい火花が散っていく。

 半ば無理やりに岩石の軌道を変えたことで咲夜にも早苗にも岩石は当たらなかったが、強い力ということで空中であるその場にとどまることができず、後方に吹っ飛ばされてしまった。

 花の化け物が二足歩行になり、身長が高くなった。それによって上方向から斜めに飛んできていた岩石に引っ張られて地面に落とされてしまった。

「うぐっ!?」

 強い衝撃が地面から背中に加わって肺から空気が抜け、ほんのわずかな時間だけ呼吸ができなくなってしまう。

 土だらけとなり、柔らかい土をまき散らしながら十数メートルの距離を転がりそうになるが、受け身を取ったことで体がどのようになっているのかをなんとなくで察し、地面にお祓い棒を突き刺したことで、地面との摩擦力で減速して大きなけがなどを負うこともなく立ち上がることができた。

 すぐに咲夜たちの方に戻って戦闘に参加しようとしたが、地面の中からまた根っこが飛び出してきて私のことを逃がすかと言わんばかりに締め上げてくる。

「いっ…!?」

 ギチッ…メキメキ…ッ!

 体の中から骨に異常なまでに圧力がかかった時に聞こえる軋み、折れないように元に戻ろうとする音が聞こえてきたが、私は霊力で体をさらに強化して引きちぎって振り払う。

 地面のあちこちから出てくる根っこに向けて弾幕を放ち、消し飛ばしていくが再生能力が高いというのと、数が多くて撃っても撃っても意味がほとんどないことで数に圧倒され、私の動きが花の化け物に劣り始めたときにチクっとした痛みを頬に感じた。

「…くっ……!」

 一人で相手にするには数が多すぎる蔓から逃げようとした時、薙ぎ払う動きに気を取られていた私に正面から回り込んできていた他の蔓が針に糸を通すように飛んできて、さっきとは違って本当に私の胸に突き刺さった。

 




五日後から一週間後に次を投稿します。


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東方繋華傷 第二十二話 落下

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第二十二話をお楽しみください。


 私の胸に蔓が突き刺さったは刺さったが、刺さった直後に根っこはぐったりと力をなくし、なぜか結果的に皮膚の薄皮一枚を貫いたところで根っこは動きを止めた。胸のあたりを見下ろしていた顔を上げると、蔓が半ばから断ち切られているのが見え、その断面は鋭利なものや鈍器などを使ったものではなく、高エネルギーのレーザーを照射されたことによる熱線で切断されている跡だ。

「え…?」

 驚く私をよそに、白く輝く光の線が私の周りの地面を根っこごと焼いていき、その光の線がなぞっていった地面が溶岩のように融解し、その熱で根っこが燃えて地面から飛びだせないようにしていく。

「霊夢!待たせちまったな!」

 空を飛んでいる魔理沙が上空から布の袋を掲げているのが見え、目が合った彼女に瞳でお礼を告げ、咲夜たちのところに戻りながら偏差射撃で他の根っこを撃ち落とした。

「魔理沙!奴を転ばせるから背中にある花に花粉をかけて!」

 三十メートルはある花の化け物よりも高い位置に上昇している魔理沙に大きな声で伝えると、白色の袋の口を握っている手でグッと親指を立てて了解と私に言ってくる。

「咲夜…私と早苗が両足を破壊するから、あんたは私たちが走り出したら時を止めて花の化け物が出してる根っこをすべて切り落として」

 ある程度の根っこを魔理沙が上空からレーザーで切断してくれていたおかげで、わずかにできた時間を使ってどう花の化け物に攻めるかを二人に伝えた。

「早苗は奴が攻撃をしてきたと同時に根っこを無視して奴に向かってちょうだい。こっちからみて花の化け物の右足を破壊して、私は左足を破壊するわ」

「…わかりました」

 咲夜が太ももに巻かれているベルトに取り付けてあった銀ナイフを引き抜いて取り外し、両手に三本ずつ銀ナイフを掴んだ。

 銀ナイフを構えた昨夜と、私が持っているお祓い棒とは少し形状の違うお祓い棒を握りしめて深呼吸をした早苗が花の化け物に視線を移し、奴が減った蔓や根っこを再生させて次に襲ってくるタイミングを見計らう。

 撃ち落としておいた根っこの最後の一本が再生し、完璧に治った根っこや蔓がすべて私たちに向かって薙ぎ払われた。

「『咲夜の世界』」

 私たちの皮膚を刃物と同じぐらいの切れ味がある根っこが切り裂こうとしたとき、何の前兆もなくすべての根っこが根元から銀ナイフでぶった切られて地面に雨のように落ちていく。

 私と早苗が大きく踏み出して進みだし、根っこを切断するのに使っていた銀ナイフの回収をしている咲夜を視界の端からはずして、花の化け物の足を破壊することだけを考え、お祓い棒と身体能力を霊力で最大にまで強化する。

 奴は四足歩行時よりも二足歩行時の時のほうが体を大きくしているため、体重が元の1.5倍から2.0倍かそれ以上に多くなっているはずだ。それを支えるために足が太くなっていて破壊するのにはかなりの力を加えなければならないだろう。

 だが、二足歩行になったことでこちらに有利なこともある。四足歩行の時のように四本の足に全体重が分散しているのではなく、二本の足に体重がかかっているためどちらかか、もしくは両方を破壊すれば奴は簡単に倒れる。

 花の化け物が根元から切断された根っこや蔓を再生させ、私たちに向かって薙ぎ払う攻撃をしてこようとするが、その時間が圧倒的に足りず、何の抵抗もされずに私は左足の中心に大穴を開けた。

 ボゴォッ!!

 岩石が砕け、根っこが引きちぎれて花の化け物の左足に大穴が開き、私はそこから後方へと進んで通り抜ける。

 中心部だけを破壊しても穴の両側は足と体に繋がっていて、そこから根っこが伸びて岩石などをくっつけて再生させようとするが、私が通ってから一秒もたたないうちに支えていた片側が体の体重に耐えきれず、ぐしゃりと潰れると辛うじて体をさせていることができていたもう片方も潰れ、花の化け物の片足が大きく崩れる。

 その隣では、早苗が初めに小指側の脛のあたりを通り過ぎざまに強化したお祓い棒でえぐり取るように破壊した。

 脛の半分ほどまでをお祓い棒で破壊し、一度は右足を通り過ぎた。

 空中に霊力で進んでいる方向に足場を作り、そこに位置調節をして着地すると、それを踏み台にして花の化け物の方へ跳躍する。

 一回目で破壊した側とは反対側を早苗がお祓い棒で完全に破壊すると、花の化け物は治す間もなく両足をほんの数秒の間に失った。

 早苗が二回目の攻撃をしている間に私は上昇し、花の化け物の腰のあたりを後方から蹴り飛ばしたことで奴の体が傾くが、倒れまいと突き出した手で完全に倒れるのを防ぎ、元の四足歩行のように地面に這いつくばらせた。

「魔理沙!」

 私が言うころには魔理沙は動き出していて、花の化け物の背中に生えている花に向けて急降下を始めている。

 花の化け物が魔理沙の急降下を察知して、蔓などを急激に成長させて彼女に向かわせようとするが、私が成長を始めたそばから弾幕で撃ち抜く。

 撃ち漏らした蔓を左右上下に動いてかわした魔理沙が雌花の近くに到着し、その手に持った白い布の袋に入っている花粉を花の雌花に向けて振りかけると、黄色い粉と地面にこびりついたものを無理やり抉り取って来たらしく、多少の土も交じっているが雌花に受粉すると急速にその形を変えていく。

 形を変えた雌花が球状に実を形成していき、その中では細胞分裂をするようにして核という名の種子を分裂させ、破裂するために実を巨大化させる。

「早い…!?」

 一度は種子の形成を目の前で見ている魔理沙が目を見開いて驚いているのだから、あれは相当な早さなのだろう。それか巨大な実であるため、破裂するのにもその分だけ大きくなければならいことから種子の分裂が速く見えるのだろう。

 実が完全に膨らみきるまでは衝撃を与えても爆発はしないため、私が急いで実を体につなげている茎をお祓い棒で殴って引きちぎろうとしたが、花の化け物が自分の弱点に群がる私たちを振り払おうと、四足歩行に近い状態だった体を膝立ちするように体を持ち上げ、私たちに攻撃をして来ようとする。

 だが、受粉したことでコアが分裂に力を注いだためか、花の化け物の動きがその状態で停止した。

 花の化け物の動きが止まったのはいいが、奴が私たちを振り払おうとして立ち上がったことで大幅に時間が遅れてしまい。種子を大量に蓄えている実がパンパンに膨れ上がり、今にも破裂してしまいそうだ。

「やばいっ!!」

 花の化け物が体を持ち上げたことでかなりの距離が開いてしまった実に向けて進もうとした時、花の化け物の背中にくっ付いている茎が、規格外の重量だったのだろう。実の重さに耐えきれずに千切れてしまう。

「あっ!?」

 破裂寸前の風船のように膨らんでいる直径二メートルはある実が、重力にひかれて空気の抵抗で若干減速されながらも、加速して地面に向かって落ちていく。

 1輪のホウセンカはおよそ十数個から数十個の種を周りにまき散らすと聞いたことがある、こいつの種がどれぐらいの大きさなのかは知らないが、それがあの球体にぎゅうぎゅうに押し込まれていると思うとぞっとする。

 それに、あの小さなホウセンカでさえ、種をかなりの距離を飛ばすと聞く。このサイズの実であればどれだけの距離を飛ぶのかも計り知れず、幻想郷中にこいつが出現するという事態になりかねない。

 魔理沙はレーザーを撃つ準備などはできておらず、昨夜も時を止める準備はできていない。とっさのことで早苗の奇跡にも期待はできない。

 霊力を使って落ちていく実に向かって全力で降下を始めたが、実とは手を伸ばしても届かないほどの距離が離れている。

「…くそ……っ!!」

 私はすべての霊力をスピードにつぎ込むつもりで速度を最大にまで上げると、数メートルあった実との距離が少しずつ近くなっていき、私が花の化け物の体から千切れた茎を掴めそうになる。

 もう少し、と落ちていく茎に向かって腕を伸ばそうと身を乗り出した私に、誰かの切羽詰まっている声が聞こえてくる。

「霊夢!!」

 この焦って聞き取りづらい声ではあるが、おそらく魔理沙の声だ。

「逃げろ!!」

 魔理沙が私に叫ぶが、巫女という職業上、私は幻想郷を守るためにもどうにかして間に合わせないといけない。だから、ここで引くわけにはいかない。

 さらに前に出ようとしたところで私は追うのに夢中で、実が落ちるということはその先には地面があるということを忘れていた。

「くっ!!」

 焦って掴み取ることばかり考えていた私は、パンパンになっている実が地面にぶつかる寸前で、それの目の前にいるということが頭から抜けていたのだ。

 今更防御に霊力を回したところで防御力など高が知れ、掴むにも慣性の法則が働いて実の重さに引っ張られて地面に落ちるのは確実であり、他のことをしている間もなく私は実が地面にぶつかるのを目の前で見ているしかなかった。

 




五日後から一週間後に投稿します。


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東方繋華傷 第二十三話 重症

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第二十三話をお楽しみください。


 音は無かった。目を閉じた私の耳には実が爆発したような音は聞こえてこなかったが、至近距離すぎて鼓膜が破れたのかと初めは思ったが、衝撃すらもないためそれも違うとすぐにわかるが、そもそも物事を考えることができている時点で私は死んでいないだろう。

 それに、私はすぐ下にあった地面に当たることなく前に進み続けているのが証拠だ。進んでいるというよりも、落ちている。が近いが、

 目を薄っすらと開けた私は、現在自分がどこまでも暗闇が続いていて何もない空間の中にいるということが視界から得られた情報からわかる。

 重力が存在せず、宇宙空間のように上下左右の概念がなく。どこが正面というわけではないが、体が向いている正面方向に顔を向けると私が減速したことによりかなり距離が開いているが、私が掴もうとしていた実がどこかに進んでいっているのが見えた。

 引き返そうにも、どこをどう進んでいるのかすらわからない私がどうしようかとしていると、

「それよりも先に行かない方がいいわ…私でも探し出せないわよ…霊夢」

 私の死角からいきなり出て来た紫が、落ちて行っているのか上っていっているのかわからない私を抱え込み、進んでいた方向とは反対方向に進みだす。

「紫がいるってことは……ここはスキマの中?」

 私が聞くと、紫は小さくうなづいて向きを変えた前方に見える外の景色の見えるスキマへと向かって行く。

「危機一髪だったみたいね」

 いまだに落ちて行っている実は、もう私からは見えないぐらいには離れていて、紫はそれを見下ろして呟いた。

「…えぇ……今までの異変でもやばいときはあったけど……今回は本当に死を覚悟したわ…」

 緊張がほぐれた私は脱力し、私を抱えている紫にもたれかかって言うと、彼女の心拍が大きな胸を伝って聞こえてきた。紫の鼓動は少し早く、余裕ぶってはいるがかなりギリギリの危険な状況だったのだと改めて知った。

「何言ってるの、異変は始まったばかりでしょう?シャキッとしなさいな。霊夢が異変を解決しなくてどうするのよ」

 紫にそう言われて私はハイハイと気の抜ける返事を返すが、今までの異変で平和ボケした感覚を治すために気を引き締め直す。

 幽香が何をしたいかは不明であるが、ここまでやる彼女も本気ということだ。しかし、いくつか腑に落ちないところもある。

 まあ、その腑に落ちない部分は異変を解決するのと同時進行で疑問を解決していけばいいだろう。

 私がそう思って紫にスキマから出るのを任せていると、ついに出ることができて強い日差しが目に入って顔をしかめた。

 やはりスキマの中というのは矛盾の生じている不思議な空間だ。重力という概念が存在せず、光もあるかわからないが物が見える。しかし、周りは真っ暗闇で一寸先も見えないほどだ。

 まぶしい光をさえぎるために眉のあたりに光が目に入らないように手を添え、目に入る光の量を少しだけ減らしたとき、前方斜め上方向から声が聞こえて来る。

「霊夢ぅぅっ!!」

 光で見えずらいが心配そうな顔をしている魔理沙が、私の姿を確認すると一目散にこっちに飛んできているのが見えた。

「魔理沙、こっちは大丈夫よ」

 そう言って目の前にやってきた魔理沙をなだめようとするが、彼女は私の両肩を掴むとガクガクと前後に揺らしながら大きな声で言った。

「大丈夫だよな!?死んでないよな!?」

 魔理沙が勢いよく私の体を揺らすせいで、頭が振り回されて脳震盪を起こしそうになるが、それほど心配してくれているんだと彼女の表情から伺える。

「…それにしても、幽香の奴…こんな化け物なんか作り出すなんて…何考えてるのかしら」

 すぐに状況を把握した紫はコアを失って完全に沈黙している花の化け物を見上げて言うと、いつも使っている傘をスキマの中から取り出して日傘として傘を開いた。

 私たちもつられて花の化け物を見上げると岩石を絞めつけている蔓の崩壊が始まっているのか、砕けて不格好な形の石が花の化け物の体から剥がれ落ちていく。

「…花が背中から生えているから、もしやとは思っていましたが……やはり風見幽香でしたか」

 咲夜がちょうど足元に刺さっていた自分の銀ナイフを引き抜きながら私たちに言った。魔理沙から作戦の有無は聞かされたが、誰がこんなことをしたかは話さなかったらしい。

「そういうことですか…でも、その本人はどうしたんですか?もう倒しちゃいましたか?」

 こいつを作り出した幽香が戦いに参加していないため、もうすでに倒してしまったのかと早苗が周りを見回すが、当然幽香の姿は確認できずに私たちを見た。

「…いや、あいつはこんな短時間で倒せるようなやつじゃないわ…」

「…そうですよね…風見幽香は幻想郷では上から数えた方が速いぐらいに強いですもんね…。…じゃあ、居場所はわかりますか?」

「奴の居場所はわからん…この花の化け物に気を取られてるうちにどっかに行っちまってたんでな」

 魔理沙が私の代わりにそう早苗たちに説明をしていると紫が少し考え込んでから、私たちに言った。

「これだけの異変だし、私も睡眠時間を削って手を貸すことにするわ。藍にも幽香を探すように言っておくわ」

 紫はそう言うと足元にスキマを作り出し、何もない空間が広がるスキマの中へと落ちて行った。

「…咲夜に早苗、二人とも手を貸してくれて助かったわね」

 紫がスキマの中に消えていったのを見届けた私は2人に言ってから、崩壊が始まって腕や胴体から岩石が剥がれ落ち始めた岩石の塊から離れるように歩き出す。

「一つ貸ですよ。…と言ってもたまたま通りかかっただけなので、礼はいりません」

 咲夜がスカートの下の太ももに巻いてある革のベルトにある銀ナイフを装着する部分に銀ナイフを差し込み、私に言ってくる。

「お互い様ですし、私が困ったときに手を貸してくれればいいですよ」

 早苗が足元に転がってきた小さな石を軽く蹴飛ばして言った。

「…そう」

 私はとりあえず、無くなった分の札や針を補給するために神社に向けて飛ぼうとした時、魔理沙がだいぶ重症であるはずの怪我を負っていたのを思い出した。

「…魔理沙…そういえばあんた怪我してなかった?」

 私が後ろを振り返ったタイミングで、腹を押さえながら歩いていた魔理沙の体から力が抜け、意識がないのかゆっくりと崩れ落ち、受け身も取らずに地面に倒れ込んだ。

「魔理沙!?」

 私が早苗と咲夜の脇を通り過ぎて走り寄り、彼女を抱き上げると魔理沙の顔は真っ青で医療に全く知識のない私にでもすぐにわかった。これはやばいと。

「これは…血を失いすぎたことによるショック状態ですね…これ以上放っておくとまずいことになりますね」

 咲夜が咲夜が腹を押さえていた力の入っていない魔理沙の手をどかすと、今もなお傷口が広がってしまっているらしく、真っ赤な血が服を汚していく。

「霊夢さん!!急いで永遠亭に行きましょう!」

 早苗と咲夜が空を飛び、私も魔理沙を抱えて二人に続いた。

 




五日後か一週間後に次を投稿します。


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東方繋華傷 第二十四話 百足

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第二十四話をお楽しみください。


 私はぐったりと体に力がこもっていない魔理沙を背負って永遠亭がある方向に顔を向け、霊力を使って飛行速度を最大にまで上げた。

 永遠亭がある迷いの竹林は、魔理沙が花粉を取りに行った村のもっと先に位置していて、この場所から直線距離で迷いの竹林までは四キロはある。

 血が怪我をした部分から流れ出し、体の中にある体液が減っていっていることで魔理沙の体温が急激に下がっていくことから、迷いの竹林で迷っていては永遠亭につくまで彼女は持たないだろう。

「…っ…」

 私が魔理沙を背負って空を全力で進んでいたが、魔理沙が意識を取り戻したらしく体重移動をしてわずかに彼女の体が軽く感じる。

「魔理沙?大丈夫!?」

 肩越しに振り返って魔理沙に言うが、彼女からの返答はない。意識を保つのが精いっぱいで私の質問に答えている余裕がないのだろう。間に合うか間に合わないかギリギリであるのが前方を飛んでいる二人にもわかるらしく、焦った顔をして飛んでいる。

「…近くにてゐでもいてくれれば何とか間に合うかもしれないのに…!」

 てゐの能力は誰かを幸運にする程度の能力を持っていて、迷わずに永遠亭に行ける可能性が高く、魔理沙も幸運の効果が備わって何とか持つかもしれないからだ。

 村に差し掛かった私は迷いの竹林の方向を睨みながら苛立って呟いていると、前方で誰かが小さな花の化け物と戦っているのが見える。

 特徴的な青と紫色の中間に近い色と赤色を織り交ぜた帽子を被り、紙のように真っ白な髪に、青を主体とした袖のあたりが真っ白い布でできた服を着ていて見間違えることはない。慧音だ。

 もう一人は赤いもんペのズボンを履いていて、炎を扱っているのは藤原妹紅だろう。

 …ん?妹紅…?

「二人とも、慧音を援護して!私は妹紅に道案内を頼むわ!」

 前方で飛んでいた二人はすぐに慧音のいる方向に向かい。私は花の化け物を燃やそうとしていた妹紅の腕を通り過ぎざまに掴んで持ち上げた。

 妹紅は迷いの竹林を迷わずに歩くことができる数少ない人物の一人だ。いきなりで戸惑うとは思うが魔理沙が死にそうなのだ、地面に降りて一から説明している暇はない。

「うお!?おい博麗の巫女!何すんだ!?」

 私が掴んだことで花の化け物に定めていた標準が大きく外れてしまい、火炎放射器から発射されたような炎が空中を燃やし、戸惑った妹紅が私に叫ぶ。

「…悪いわね!でも死人が出そうなのよ!永遠亭までの道案内を頼むわ!」

 私がそう言うと、背負われている魔理沙がぐったりと力なく私にもたれかかっているのを見て状況を察したらしくわかったよと呟き、掴んでいた私の手を振り払うと家の屋根に着地し、永遠亭の方向に向かって屋根を飛び移って走っていく。

 後方では咲夜たちが自分たちに花の化け物を引き付けるために暴れだしたのか、派手に弾幕をぶっ放し始めた。

 村の外に近づくごとに家の数が少なくなっていき、村の外と内を区切る木で作られた柵を飛び越え、妹紅が私と同じ高さを飛んで並走する。

「だいぶ血を流してるみたいだが、魔理沙はくたばってはいないよな?」

 さっきまで私の肩をしっかりと掴んでいた魔理沙の手は、重力にあらがうことなくだらりと垂れ下がり、風に揺られている。

 私の背中に顔をうずくめている魔理沙はまだ呼吸をしているらしく、口から吐き出された息が背中の一部分に当たり、ほんのりとその部分が温かい。

「…まだ、大丈夫だけど……それも時間の問題。できるだけ急いで頂戴」

 私が言うと妹紅は小さくうなずくと、迷いの竹林に差し掛かって減速していたのを逆に早めて先導を始める。

「ああ、わかった…だが、遅れるんじゃあないぞ!」

 空を飛ぶよりも地面を走った方が小回りが利くらしく、一度地面に降りた妹紅はものすごい速度、まるで馬のような速度で駆けていく。

 私も妹紅に倣って霊力で身体能力を最大まで引き出して地面に着地し、彼女の後を追って走る。

 筋力だけを強化しても骨など他の器官に大きなダメージを負いかねないため、他の器官も同じく強化して土を後方にまき散らしながら走る。

 風のように竹の間を猛スピードで突っ走る私たちは、岩や通れないほどに生い茂っている竹などの障害物があっても、回り込んだりせずに破壊してスピードを落とさずに走り続けた。

 しばらく走り、前方を左右にグニャグニャと曲がって進んでいる妹紅があと五百メートルと私に叫んだとき、横方向から何かが接近してくるのに私は気が付いた。

「…右方向から何か来るわ!」

 初めは音だけだったがその方向に視線を向けると、何かが近づいてきてるのが影で見える。

 初めはウサギか何かが集団で歩いているのかと思ったが、そいつはウサギたちよりも素早くてもっと重くて大きい。

 竹林の細い木や竹、人間の身長ぐらいある草などが邪魔になっているせいで正体はわからないが、予想はすぐにつく。

 ダダダダダダダダッ!!

 地面をたたく音を響かせている足音は、普通の人間や動物では考えられないほどの速さで足を動かしているらしく、マシンガンでも撃っているような連続した音が聞こえてくる。

「っち…こんな時に…!」

 妹紅が舌打ちをし、掌に炎を作り出して花の化け物がこちらにやってくるのを待ち構え、竹や木をなぎ倒してやって来る花の化け物がついに私たちの目の前に姿を現した。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 果たしてこいつは生物と言えるのだろうか。大量の茎がラグビーボールのような楕円でいて球場の体を形成し、一部は触手らしく私たちを威嚇するように蔓の先端がこちらを向いている。

 太鼓を連打していたような音の原因は、花の化け物のラグビーボール状の体を支えるために出てきている大量の足のせいだ。

 足は根っこで形成されており、私が闘った岩石を体として戦っていた花の化け物のひげ根ではなく主根が存在するタイプで、体を支え得るのに適しているのだろう。

 それが数十本も体から生えており、それぞれが独立して勝手に動いるため、規則的ではないあのような足音になっていたのだ。

 こいつはいったいどんな生物を模倣したのだろうか、見当がつかない。唯一似てるとしたら百足ぐらいだろう。

 花の化け物のラグビーボール状の体の先端には口があり、そこからこすり合わせた金切り声を発していて、目の前に回り込んできた花の化け物の背中には花が咲いている。

 奴はぐばぁっと口を開けて牙が大量に並ぶ口で私たちに噛みついてきた。

「くらえっ!」

 私が左に避け、妹紅は右に移動し、私は通り過ぎざまに花の化け物の頭にお祓い棒を振り下ろしてやると口のすぐ上の部分が陥没し、殴られた衝撃に地面が耐え切れずに地面が割れ、奴の体が地面にめり込んだ。

 攻撃をした私は空中に逃げると、右に避けていた妹紅が花の化け物に炎を浴びせかけている。

 しかし、分厚い茎や蔓の集合体である花の化け物の体は効率よく焼却することができないらしく、薄皮一枚が焼けたといった程度にしか焼けない。

 奴が動けないうちに私たちは奴の横を走り抜けて一気に距離を離すが、花の化け物は体が燃えているままこちらに向かって走り始め、蔓を触手のように使って攻撃を仕掛けてきた。

「っ!」

 右から一つと左から二つ。左の二つは私の行く先を回り込んでいる感じでもないため、左の二つはただ単に逃げ場をなくすための物だろう。つまり、攻撃の本命は右側からくる蔓だ。

 左側から来ていた蔓は思っていた通りにわきをかすめていくだけで終わり、右側から来ていた蔓が私の心臓に向けて一直線に来ていたが、妖怪退治用の針を正確にその先端に打ち込み、霊力の作用で蔓をはじけ飛ばす。

 だが、花の化け物の蔓は使おうと思えば無限に使える。本番はここからだ。

 私は頭の奥にあるスイッチを入れ、戦闘に集中する。

 視覚から花の化け物が伸ばす蔓などの情報が入ってきて、その情報量に頭がパンクしそうになるが何とか処理をしていって奴と蔓の行動を先読みしていく。

 そして、先読みした攻撃に当たらないように最小限の動きで向かってくるすべての蔓を走りながら叩き潰した。

 

 永遠亭まで、残り三百メートル。

 




五日後か一週間後に次を投稿します。


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東方繋華傷 第二十五話 なぜ

今までからわかる通り、この作品には捏造しかありません。

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第二十五話をお楽しみください。


 上下右上上左下。

 休むことなく花の化け物が鋭く強化されている蔓を伸ばしてくる。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 花の化け物は更に大量の蔓で飛びかかって来るが、頭をフルで回転させている私は一本の蔓も撃ち漏らすことなく弾幕で撃ち落としていく。

 極限まで集中力を高めれば数十本の蔓をすべて撃ち落とすことぐらいは造作もないが、これの欠点はそう長くは持たないというところだ。限界が近づくと偏頭痛のようなひどい頭痛に見舞われるのだ。

 奴が伸ばしてくる蔓の一本一本の動く速度からそれぞれの到達時間を計算し、蔓の角度と私までの距離から体のどの部分を貫こうとするのか、さらに、化け物は動いているためこちらに向かっていればその分だけ到達時間も早まり、横にも移動しているならば蔓もそれに引っ張られて私が予測している蔓の到達座標が大きくずれてしまうことから、その分も計算に入れなければならないというわけだ。

 ズキッと頭が痛み始めた。

 私は自分が下がる分も計算に入れ、速さと私との距離の違いによって蔓の到達時間に差が出てくるため早い順からリストアップしていき、必要最小限の動きで避けるか撃ち落した。

 それに加えてこの後の動きに支障が出ないように立ち回ることができるよう、邪魔な蔓を追加で弾幕で消し飛ばす。

 頭の中で思い描いていた通りの順番でこちらに伸びてきている蔓の一本をお祓い棒で軽く払いのけ、私自身は体を横に少しだけずらすと勢いよくなびいた髪をかき分けて別の蔓が後方に伸びていく。

 蔓が地面に突き刺さり、巻き戻る前に蔓の中間部分をお祓い棒で千切れさせてやり、手数を減らしてやるのと並行して花の化け物の機動力を削ぐために、大きな杭のような足に針を投げると霊力で強化された針は豆腐に刺さるみたいに抉り込み、こめた分の霊力を放出して足をいくつかはじけさせた。

 数トンも重量がある巨体をかなりギリギリで支えていたらしく、五つか六つの足を破壊してやると体勢を大きく崩して地面に転がり込んだ。

「今のうちに行くぞ!」

 妹紅が言い、私も今のうちに走り出そうとするが、化け物の球状で何重にも重なってできている茎や蔓の体がほどけてバラバラになり、はじけた足を修復させながら体を再形成してすぐにこちらに向かって走り始める。

 いい方法だ。体をバラバラにして体重を分散させることであの巨体を持ち上げるというロスタイムをなくしたのだ。

「な…嘘だろ!?」

 予想外の速度でこちらに向かい始めた花の化け物に度肝を抜かれそうになるが、巨大な岩で体を作っていた花の化け物も腕を作り直したり、得物を作り出したりしていた。今更驚くことでもないだろう。

「…妹紅!」

 前方を走っている妹紅に向けて聞こえるように叫びながら、背負っていた魔理沙の体が横になるよう、自分の体の前で抱え直した。

「なんだ!?」

 妹紅が後ろにいる私に肩越しに振り返る前に、抱えていた魔理沙を妹紅に届く程度の力を込めて投げた。

 振り向いた妹紅は初めは驚いて目を丸くしたが私の意図が伝わったらしく、顔だけでなく体ごと振り返って最高高度に達してから、山なりに落ちて来た魔理沙を受け止める。

「永遠亭に先に行って!後で追うわ!」

 私は後ろから追ってきている花の化け物に振り返ると同時に強力な弾幕を一発だけ放つと、花の化け物の顔面部分にめり込み、頭部を丸ごとはじけさせた。

 しかし、奴のコアを破壊していないため、花の化け物の破壊した頭部がものの数秒で元通りになり、転んでから立ち上がるまでのタイムロスを補うためにスピードをあげてこちらに走って来る。

 私に噛みつこうと花の化け物は、蛇のように自身の体の何倍もの大きさに口を開く。だが、それによって視界が塞がれて私の姿が見えていないのを利用し、私は顎の下、十数センチの隙間に体を潜り込んだ。

 お祓い棒を握りしめ、再生したばかりの頭部を霊力で強化した身体の攻撃力で私は花の化け物を殴り飛ばした。

 ベキベキベキッ!!

 花の化け物の頭部と体を繋いでいる茎や蔓が断裂して引きちぎれて上に向かって吹っ飛んでいき、間髪入れず今度は千切れて頭のなくなった奴の体をお祓い棒で薙ぎ払う。

 ドゴォッ!!

 殴った衝撃がお祓い棒を通じて私の腕にまで響き、得物を持っている手がビリビリと電気を流されたように痺れて落としそうになるが、握りしめていたことで落とさずに済んだ。

 花の化け物の体がボールみたいに吹き飛んでいき、地面をぶつかった衝撃で削り取り、土と一緒に細かくなって小さくなって消えてゆく。

 花の化け物の体部分は細かくなって完全に沈黙し、再生が起こっているようには見えない。コアを破壊したのだろうか。

 体と頭部の割合的には吹き飛ばした頭よりも胴体の方が面積が広く、頭にコアがある確率は低いのだが、ゼロではない。

 頭部はかなり高く飛ばしてしまったことで木々の草で邪魔をされて見えず、確認はできなかったが私は後方に走っていった妹紅に追いつくために、竹林の中を走っていこうとした時後方に何か、かなり重量があるものが空を切って弾幕のみたいな速度で落下してくる。

「…なっ…!?」

「ぐるぁぁっ!!」

 私はとっさに弾幕を後方に連射するが、花の化け物は体を持ち上げる行為を省いたときのように体をバラバラにして私の弾幕をやり過ごすと、いくつかに分かれて私を取り囲んできた。

 この花の化け物は動物の消化管のように長い一本の管というわけではないらしい。複数いるのかそれともコアを中心にしていくつかの管に分かれているのかわからないが、囲まれるのは厄介だ。

 あらゆる方向から数百本の蔓や根っこが襲い掛かってくるのだ。この場にい続けるのは得策ではないと、今までの戦いから理解している。

 花の化け物に牽制を与えてひるませているうちに下がろうとするが、一人で一気に全方向をカバーできるわけもなく、横方向から来た蔓が私の足に巻き付いた。

「っ!?」

 その蔓を弾幕で撃ち抜こうとするが、そのころにはすでに蔓に引っ張られて鉄球投げの鉄球みたいに振り回され、そして拘束を解かれた私は投げ飛ばされてしまう。

 グルグルと回されてしまったせいで方向感覚がおかしくなり、どの方向に向けて霊力を放出して減速すればいいかわからず、されるがままになっていると竹をへし折り、地面に肩から突っ込んでゴロゴロと転がった後、また竹にぶつかって破壊してようやく止まった。

「…っ……うあ……!」

 転がっているときに頭を打ってしまったらしく、頭が痛い。いや、それ以前にすごい速度でぶん回されたことで脳が揺らされて気持ち悪い。軽く脳震盪も起こしている。

「霊…夢…!?」

 最後に竹をへし折ったと思っていたが、永遠亭に向かっていた魔理沙を抱えていた妹紅にぶつかってしまっていたらしい。

 後方から足をすくい、突き飛ばす形でぶつかったことで妹紅も体勢を崩して地面に倒れているのが見え、今の地面に落ちた衝撃には反応しない魔理沙を抱え直そうとしている。

「グルァアアアアアアアアアアアアッ!!」

 私を投げ飛ばしたときとは違い、ラグビーボール状に体を再形成させた花の化け物が後方から大量の竹をなぎ倒してきているのが気配で分かった。

「…ぐっ…!」

 起き上がろうにも三半規管を強く揺すぶられ、さらに軽い脳震盪も起こしていて起き上がることができない。

 いち早く起き上がった前方にいる妹紅が魔理沙を背中に抱え、迎撃することも逃げることもできないでいる私に手を伸ばそうとするが、花の化け物の方が到達が速そうだ。

 私は走ってくる妹紅と自分の身を守ろうと札を取り出すが、いつの間にか花の化け物が伸ばしてきていた蔓が手首に巻き付き、きつく縛り上げて拘束してくる。

「…うぐっ…!?」

 早く蔓を引き裂いて花の化け物に向けて弾幕を放ってやりたいが、頭の中が鐘が鳴っていてバットで殴られたように持続的にズキズキと痛むせいで、まともに物事を考えることがかなわず、ただただ自分が食われそうになっているのを見ているしかなかった。

 岩石で体を作っていた花の化け物は岩石などを高速で動かすことでシュレッダーの役割を作り出していたが、こいつは体の重さで圧力をかけて押しつぶすといったところだろう。

 妹紅どころかもう三人の人間ぐらいであれば、その口の中にすっぽりと収まるほどに大きな口を開けている花の化け物が私たちを飲み込もうと口を閉じ始めた。今からでは逃げることは不可能だろう。

 私がそう思ったとき、視界の中にいきなり手が現れた。その手は後方から延ばされてきたものだと肩や首筋に二の腕が当たっていることからわかり、大きく口を開けている花の化け物に向けている手にはズタズタに引き割かれた古傷がある。

 この細くてしなやかな腕は妹紅ではなく、見慣れた魔理沙の腕だ。

「魔理沙!?」

 さっきまでどんなことが起きても、反応すらしていなかった彼女の腕が意思をもって動いているということに余計に驚いた。身を乗り出しているのか、横を向くと魔理沙の顔が見え、青白い顔で気分の悪そうな魔理沙は手先に霊力をためていたらしく、淡く光っている手からレーザーをぶっ放した。

 キラッと太陽の光よりもまぶしい光の瞬きが起こると、マスタースパークに匹敵するほどの威力と広範囲のレーザーが花の化け物の体を瞬時に炭化させ、蒸発させた。

 魔理沙が魔法で調節し、私たちの方にまで強い光や熱が来ないようにしてくれているらしく、まったく暑さは感じない。

 しかし、周りへの被害はかなり甚大で、私たちがいない地面や竹からはあまりの高温にさらされてしまったことで蒸気や陽炎が出て、地面は焦げるか溶岩のように溶解し、竹は自然発火で燃えていく。

「魔理沙!?大丈夫なの!?」

 レーザーを撃ち終わった魔理沙に言うが、私の背中にもたれかかって倒れ込んでしまい。振り返って彼女のことを掴んで揺らしたが、先ほどのようにまた反応がなくなってしまう。

「おい魔理沙!…おい!」

 妹紅も魔理沙を軽くゆすって反応を見るが、同様に反応がなく。さっきよりも顔が青ざめていくのだけがわかり、焦りが生じている。

「…妹紅、とりあえず永遠亭に行きましょう!」

 私が魔理沙のことを抱えると、妹紅はすぐに振り返って永遠亭に向かってまた走り始めた。

 魔理沙の体が冷たく、止まっているのとほぼ変わらないぐらいに呼吸が浅い。こんな状態では、レーザーなど撃てるわけがない。それ以前に起き上がることすらままならない状態だっただろう。

 だというのに彼女は起き上がり、あれだけ強力なレーザーを撃った。なぜ、起き上がることができたのだろうかとは思うが、こればかりは魔理沙の生命力がすごかったとしか言えない。それが無ければ今頃潰れて死んでいるが。

 竹などの間からようやく見えて来た建造物の永遠亭に向かって、私はさらに走る速度をぐんと上げた。

 




一週間後か五日後に次を投稿します。


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東方繋華傷 第二十六話 誰が

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第二十六話をお楽しみください。

ようやく第一章の折り返し地点に来たってところです。


 意識のない状態で長く目を閉じていれば、どれだけ時間がたったかわからなくなるわけだが、私は不思議な浮遊感に体が襲われて、眠っている意識のない状態から意識が覚醒した。

 ゴボッ…。

 何の音だろうか。濁っていた何の音だかよくわからない音が近くで響く。何の音か確かめるためによくよく聞こうと耳を澄ませると音はそれだけではなかったらしく、様々な音が耳に入って来る。

 風とはちがう。何か液体状の物が流れる音だったり、私が腕を振るったことで気泡が潰れることによって生ずる水の音。

 私は水中にいるようだ。

 十数秒の時間をかけてようやく自分のいる場所が判明し、息苦しさを感じ始めた。水中から出ようとするがどの方向に水面があるかわからず、混乱してやみくもにもがくが、水面に向かって行っている気がせず、苦しくてたまらないが一度落ち着くことに決めた。

 ダイバーなどのプロでも水面の方向を間違え、潜っていっているのに上がっていっていると勘違いするという話を聞いたことがあるが、素人である私が闇雲にもがいて水面に出れる確率は低いだろう。

 少しだけ息を吐くと、口から洩れた息が五センチほどの気泡となって、私が進んでいた方向の上ではなく、下へ下へと下がっていく。

 空気も含めて存在するあらゆる気体の中で、水よりも重い物質はこの世には存在しない。つまり、この状況が示しているのは、今私が足を向けている方向が水面というわけだ。

 私は下に向かって行く気泡を負うために体を反転させ、上にある気泡を目印に手足を必死に動かした。

 肺の中にある空気が浮袋の役割をし、浮上する速度が少しずつ早くなるが、空気中とは違って水の抵抗は強く一定の速度以上に速さが上がらなくなる。

 水中の水の色が濃い青色から薄い青、そこから透明へと色が薄くなっていき、それと比例するように感じていた息苦しさが強くなっていっているのを感じた。

 その息苦しさが一層私を焦らせるが、私は落ち着いてゆっくりと確実に水面へと水をかき分けていく。

 そろそろ息止めが限界に達し、口からさらに空気が漏れてしまうと、それが気泡となって他のと同様に上っていく、すると私の数メートル先で気泡が水面に出たらしく、はじけて気泡が消えた。

「…っ!」

 私はそこにめがけて泳ごうと手を上に伸ばしたとき、目の前に伸びていた自分の手がかなり縮んでいて、幼い手なっていることに気が付いた。

「………?」

 それに、この光景をどこかで見たことがある気がする。水が波打つことによって水と空気の境界面で光の透過率が若干変わり、水の中からでは外の様子をうかがうことはできないが、

 ドォォッ…!!

 腹に響くような爆発音が空気中から水中へと振動が音で伝わってきて、水面近くにいる私の耳に届く。

 少し様子を見た方がいいのではないか、と水中から出るのを躊躇してしまう。

 だが、水面周辺に上がって来るだけで体内に存在している酸素をかなり消費してしまって頭に酸素が回らず、重度の酸欠状態に近い状態であるため、周りの様子をもう少し観察することなどできやしない。

「…っ!!」

 私はこれ以上息を止めていられなくなり、我慢できずに体を水中から外へと浮き上がらせ、肺いっぱいに空気を送り込んだ。

 

 

 なにか、耳から入ってきた音という刺激が鼓膜を揺らし、その先の小さな骨がその音を増幅して渦巻き官に伝え、脳に音の情報を送り込む。それによって、目覚ましを掛けるのと同じように、脳の機能が停止していた状態から、活動を再開する。

「……」

 体がものすごくだるく、指を動かすのでさえかなりの時間がかかった。それでも痙攣しているのかしていないのかわからない程度の動きだ。

 腕や手足、瞼でさえ鉛になってしまったかのように、言うことを聞かずかなり重く感じる。

「…っ…!」

 重い瞼を無理やり開けようとするが動かず、初めは瞼がピクピクと震えるだけだったが何度が繰り返すと、ようやくだが目を薄っすらと開けることができた。

「…あ、起きたようね」

 私が目を開けると真っ赤な点滴用の血液が入っている袋を交換している鈴仙と目が合い、起きたばかりで体のあらゆる器官が正常に働いていなくて声を出せずにいる私に彼女は言う。

「師匠を呼んでくるから、ほんのちょっとだけ待ってて」

 鈴仙は輸血パックの交換を手短に済ませると、私と同じ部屋にいる霊夢たちにそう言って離れ、スライド式の鉄製のドアを開いて廊下へと出ていった。

「魔理沙!?起きたのね?大丈夫!?」

 霊夢が座っていた椅子から飛びあがり、ひどく心配そうな表情で駆け寄ってきて私の顔を覗き込んでくる。

「…あ………ああ…」

 かすれた声が私の口から洩れ、まだ絶対安全とは言えないが容体が回復したことで霊夢は安心したように息はく。

「…手ひどくやられましたね、魔理沙」

 霊夢の横を通り過ぎて、ベッドの反対方向に回り込んだ咲夜が言った。

「魔理沙さん、大丈夫ですか?」

 回り込んできた咲夜に続いて、早苗もベッドに歩み寄ってきて私のことを見下ろしてくる。

「……ああ………それよりも…何が…あったんだ…?……途中から…記憶……が、ないんだが……」

 さっきよりも少しはしゃべることができるようになった私は、三人に聞くと霊夢が説明をしてくれた。

「体中に傷を負っていたのに無理をして戦ったせいで、霊力で多少なりと塞がっていた傷が広がり、余計に血が流れたことによる失神らしいわよ」

 らしい、ということは第三者から聞いたということだが、この病院のような白い天井と白色の塗装が施されている鉄パイプで作られたベッドから、永遠亭でお世話になっているのだとわかる。

「…確かに…記憶が…無くなるまで…あった、痛みと…体のだるさがない」

 腹に指を通せば背中側に貫通する穴が開いていて、それがひどい痛みを生み出していたが、今はかなり軽減されて痛みは無いに等しいぐらいだ。

「…本当…死んじゃってなくてよかった……」

 霊夢がそう呟きながら私に手を伸ばしてきて頬に触れ、優しく撫でてくれる。

「ああ、すまない……心配かけたな」

 私がそう言うと霊夢は不安で気を張りっぱなしだったのか、安心して気が抜けて表情が少しだけ緩んだ。

 そうしていると、鉄製のスライド式のドアがガラガラと開き、赤と紫があべこべになっている特徴的な服を着ていて、銀色の艶のある長髪はいつ見ても綺麗な髪だ。

 目覚めてから数分が経過しているが、私はそこでようやく体を起こすことができ、入ってきた永琳を起き上がって迎え入れた。

「危なかったわね、魔理沙…あと二、三分遅かったら今頃は寝てる場所は安置所だったわよ」

 永琳の笑えないジョークを聞き流し、体の上にひかれている布団をどかすと、気を失っているうちに着替えさせられていたのか私は白い病衣を着ていて、永琳がその服の裾を掴んでめくり、腹部にあった穴が完全に塞がって完治しているのを軽く触れて確かめる。

「…きちんと治癒はしているようね…あと十数分で体の機能も正常に働きだすわ…にしても、傷の直りが速いわね…」

 永琳はカルテに何かを書き込み、次のページを捲ると今度は首元に刺さってできていた傷があった場所に触れた。

「あと二ミリで頸動脈だったわよ…意外と運がいいのね」

 永琳はそう言うとまたカルテに何かを書き込み、次の傷を見ようとする。

「いや、運がよかったわけじゃない……ワザとだ…ワザと急所を外していた…あの花の化け物…私を殺そうとはしていなかった」

 私がそう呟くと、それを聞いた霊夢は何か気になることがあったのか、少しだけ眉をひそめた。

「…魔理沙、何か知ってることはある?」

「知ってること…?特にないが…」

「…魔理沙が岩の花の化け物に吸い込まれたとき、奴は私には目もくれないでどこかに向かい始めた……魔理沙を別の場所に連れて行こうとしていたってことかしら…?…今回の異変…何か知っていることがあるんじゃないの?」

 服を捲られて聴診器を胸に当てられている私が永琳の診察を終えてから、霊夢は私に言った。

「……いや……わからん……でも、幽香は私に心当たりがあるんじゃないかって言ってたぜ…」

「そうなんですか?…魔理沙さんは心当たりあるんですか?」

 早苗が言い、私は小さく顔を横に振って言った。

「どうだろうか…たとえ…誰かに恨みを買っていたとしても…」

「ここまでの異変を起こすまでのことはやっていない。…ですよね?」

 私の言葉を遮り、ベッドの近くに置いてあった丸椅子に座りながら、咲夜は静かに私に言った。

「……ああ…自分でいうのもなんだが…ここまでされるほどのことはやってないぜ…何かしたとしてもどれもくだらないことだ」

 私が言うと、それを聞いていた早苗はうーんと小さく唸って考え込んでから言う。

「…どうでしょう…自分が下らないと思っていても…周りがそうは思っていない…そういうこともありますよ」

 早苗は比較的この頃に幻想入りした一人だが、幻想入りする前の昔のことでも思い出しているのか、彼女は少しだけ嫌そうに顔をしかめて呟く。

「…確かに…私が知らないうちにちょっとしたことで恨みを買った可能性は捨てきれないが……幽香が、私程度で手こずっているようでは、これから起こる異変では生き残れないといっていた……これから本格的にやばくなっていくわけだが……この幻想郷に…それだけの異変を起こせる奴がいるか?」

 私の言ったことに対してうん、とうなづける人物がみんな思いつかないらしく、考え込んでいるが霊夢がこう切り出した。

「…考えにくいけど、外の世界から…幻想郷に幻想入りした人物が異変を起こしたってことかしら?」

「…その可能性は無くはないな…でも、信じられないな……そうなると外の世界から幻想入りした奴は幽香を圧倒的な力でねじ伏せて従えさせたってことになる……どんな力を持った化け物級の奴が幻想入りしたのか想像がつかんな…」

 私が言うと、みんなも異変の大きさがわかって来たらしく、息をのむ。そうなるのも無理はないだろう。幽香は幻想郷の中でも五本指に入るほどの実力者だ。そんな人物が幻想入りした人物にやられた可能性があるのだ。敵の持っている力は無限大だ。

「そうなると…この異変は相当なものになるということですよね…」

 椅子に座っていた咲夜も事の重大さに顔を緊張させ、こわばらせて私たちに言った。

「…それで、…霊夢はどう動くんですか?」

 咲夜が座っていた丸椅子から立ち上がり、ベットを挟んで向かい側に立っている霊夢にそう質問をする。

「…そうね……私たちは幻想入りした奴のことを知らない…魔理沙を襲う理由も…その目的もね……だから、まずはそれを探りましょう。幽香を追えば自ずとそいつらの目的も見えてくる…三人とも、手伝ってくれるかしら?」

 今は一人でも多くの人間の手がほしい霊夢が私たちに言った。

「もちろんです!」

「ええ」

 早苗が力強く言い、咲夜は小さく頷いて異変解決に手を貸すと言った。

「バックアップは任せて頂戴」

 永琳も直接動いて何かをすることはないが私たちを手伝ってくれるらしく、そう言って私の状態が書かれているカルテを小脇に挟んだ。

「…誰かが怪我をしたらよろしく頼むわね……魔理沙も行けるかしら?」

「……ああ…まだ戦える。それに、私一人で行動してたらどこで襲われるかわからないしな」

 ぼーっと病衣から魔女の服へと着替えていた私は、霊夢に言われて少し遅れたが彼女に返答を返した。

「…大丈夫?まだ薬が残ってるの?」

「ああ…たぶんな」

 私は永琳の隣に立って看病の手伝いをしてくれている鈴仙に、脱いだ病衣を返して霊夢に呟いた。

「…そう…じゃあ、何か思い出したら言ってね」

 霊夢はそう呟くと私から視線を外し、幽香がどこに行ったのかを咲夜たちと考え始めた。

 不意にズキッと右腕の古傷が痛むが、永琳の薬の効果がまだ少しだけ残っていたらしく、頭が働かなくて何の気にも留めなかったが、この時の自分の平和ボケをしていた感覚を私はこの先ずっとそれを呪うことになるだろう。

 




次は五日から一週間後に投稿します。


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東方繋華傷 第二十七話 準備

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第二十七話をお楽しみください。

次の話まであんまり進展はないので、今回の話はたぶん見なくても大丈夫です。


 ようやく病衣から魔女の服に着替え終えたが、私の魔女の服には大量の血液が付着していて、更に穴まで開いていてかなりボロボロだ。

 血の鉄臭い匂いが服全体に染み渡っていて、私にも血の鉄臭い匂いが移ってしまいそうである。

「…魔理沙、予備の服は家にある?それじゃあ動きづらいんじゃない?」

 霊夢が言いながら破れたスカートを軽く持ち上げ、幽香に掴まれて破れてしまっていた胸元のあたりを指さした。

「まあ、そうだな…一度家に帰って着替えた方がいいな……血で濡れてるから、服が体に張り付いて気持ち悪いぜ」

 私が失神しているときに鈴仙か、霊夢のどちらかが体を拭いておいてくれたらしいが、服を着たということで体がまた血で汚れてしまう。

「それに、二人もキチンと異変の準備をした方がいいんじゃないか?解決するために動き始めていた早苗はともかく、咲夜は戦うことが前提で来てたわけじゃないからな」

 また体を拭かなくてはならなくなり、はぁ、っと小さくため息をついた私はこのボロボロの服でどれだけ動けるかを体を動かして確認して2人に言った。

「まあ、そうですね……とりあえず紅魔館に戻ってお嬢様に報告をしなければならないので、いったん準備に戻りたいと思います」

 時を止める時に補助として使っている銀で作られている平べったい形をしている銀時計を見てから、咲夜は私と霊夢の方を見て言った。

「それなら私も一度神社に戻ることにします…異変が長引きそうなので、少しだけ神社を留守にすると諏訪湖様達に伝えてきます」

「…なら、私は魔理沙のことを家に送るから、二人は今から一時間後までに博麗神社に来てもらえる?」

 霊夢が壁に立てかけてあるアナログの針が一秒に一度、一定の間隔をあけて動く時計を見上げて言った。

「わかりました。では、後程」

 咲夜はそう言って私たちに一礼すると、鉄製のドアをスライドさせて開け、廊下を歩いて行った。

「それじゃあ、霊夢さん…魔理沙さんを頼みますね。それと、魔理沙さんはあまり無理はしないでくださいよ!今回は運がよかったですけど、いつもこんなふうにうまくいくとは限らないんですからね!」

 早苗がびっと私に人差し指を向けて言い放ち、閉まりかけていたスライド式のドアを開けて走っていく。

「…へいへい」

 私は早苗がいなくなるのを待ってから、ドアの方に向けていた顔を横に向けて、カルテを眺めている永琳に礼を言い。霊夢の方を見た。

「それじゃあ、行くとするか」

 私が聞くと霊夢は周り見回して忘れ物はないかと部屋を見る。念入りに確認してからこちらを向いた。

「…そうね、行きましょう」

 部屋から出ると、花の化け物に襲われたことで村からたくさんの患者がきているらしく、手伝いをしているウサギたちはあわただしい感じで廊下を走り回っている。

 真っ赤にそまっているガーゼと包帯を両手いっぱいに抱えて走っていき、専用のごみ箱にそれを捨てて私たちとは別の部屋へと急いで走っていく。

 ロビーにまで行くとそこは重症者と軽傷者で溢れかえっていて、彼らや彼女らはウサギたちの応急処置を受けている。

「…あれだけひどい被害を受けてたはずなのに、意外とけが人が少ないんだな…みんな避難経路はきちんと確認してたってことか?」

 思っていたよりも被害が少なかったのかと、思っていた私がロビーを見回して言っていると、前を歩いていた霊夢が顔だけこちらに向けて言った。

「…いや、多分……襲われた時点で最後ってことじゃないかしら?……来る途中に村を横切ったけど、あの被害からしてこの人数はあまりにも少なすぎる」

「……」

 やはり、そんな都合のいい話はないということか、口ごもって返事を返すことができなかったが、少しだけ歩く速度を速めた霊夢に追いつくために足を出し、永遠亭を後にした。

 

 迷いの竹林ということだけあって、かなり迷ったが霊夢の優れた感によって何とか竹林から抜け出すことができ、現在は空を飛んで家に向かっている最中だ。

 暑い日差しが私と私の隣を並走している霊夢にも降り注ぎ、皮膚や服を焼け焦がすように熱してくる。

「……」

 蒸せそうなほどの熱気で集中力が削がれてしまうが、私は絶えず上方向や後方にも気を配り、周りに意識を向けておいて誰かの接近もしくは攻撃にも備えた。

「なあ、霊夢」

「…なに?」

 隣を並走している紅白巫女は暑くてたまらないのか、黒い服を着ている私以上に汗をかいていて、本当に周りを気にしているのかと思うほどに呆けた顔をしている。

「この異変…幽香と会う前にいろいろと探っていたドッペルゲンガーに繋がりがあるのかな?」

 私がそう霊夢に聞くと、額の汗をぬぐった霊夢は静かに話した。

「…ドッペルゲンガーに繋がりがあるのか?…じゃない。…繋がりがあるに…決まってんじゃない」

「だよな…でも、どう繋がるんだ?」

 私の問いに霊夢は少しだけ間をあけて答えた。

「…。まあ、異変を起こした本人に聞いたわけじゃないから、推測の域を出ないけど……あんたを呼び寄せるため、とか…その姿ならあんたの警戒心を解けると思ったからじゃない?」

 確かにそれは一理ある、いつもの巫女服やメイド服ならば後ろ姿で本人だと思って声をかけてしまうだろう。

「確かに…そうなると…奴はどうやって霊夢や咲夜の姿になってたんだろうな」

「…さあね、幻想入りしてきた奴の能力なんて知らないけど、他人の能力を写し取る程度の能力とかだったら最悪よね…」

 霊夢のたとえ話に私は小さく笑った。

「確かにな、でもそんなハチャメチャな能力があってたまるか…一人で何十人もの能力を使えるのと変わらん…チートもいいところだぜ?そんな能力……私がほしいぐらいだ」

「…ははっ、確かにね。でも、あんたなら対抗できるんじゃない?」

 ボーッと隣を飛んでいる霊夢が私の方を見ながら言う。

「へ?なんでだ?」

「…あんたもいろんなところからいろいろな技を盗んで改造して使ってるわけだし、どっこいどっこいの勝負でしょ」

 確かにパチュリーやら幽香からいろんな技をパクらせてもらってるが、そんなチート級の能力者には太刀打ちできないだろう。

「お前な…人を泥棒扱いしやがって」

「…誰も泥棒なんて言ってないわよ。あんたがそう思うならそうなんじゃない?」

「……」

 何も言えなくなった私が黙ると、霊夢は少しケタケタと笑ってすぐに周りの警戒に気を巡らせる。

 幽香は花などを操るため、地面から伸びてくる花にも警戒しなければならないが、永遠亭を出てから十数分でようやく家に着くことができた。

 霊夢はともかく幽香が私の家の場所を知っているとは思えないため、特に警戒せずにゆっくりと自分の家の庭に降りると、霧雨魔法店と書かれている立札が立てかけられているドアが見え、朝出たばかりのカギをかけていないドアを開けると、床や机の上に様々なマジックアイテムが転がっている部屋が目に映し出される。

「すまないな…いろいろ作ってて机の上とか少し散らかってるんだが、くつろいでいてくれ」

 家の中に入った霊夢に言うと、彼女はわかったと言って一番近くに置いてある椅子に座り、机の上に散乱しているマジックアイテムを作る素材などを手でどかして小さなスペースを作る。

「あんた、年頃の女性なんだから、もう少し部屋を片付けたら?拾ってきたゴミを処分すればこの部屋だいぶすっきりするわよ」

 霊夢が自分の持っている札と針を、机の上に無造作に置きながら言った。

「へいへい、そのうちやるよ」

 私は隣の部屋に着替えに入って、扉を閉めながら霊夢に言った。さっきの部屋よりはだいぶ片付いている自室に入り、パジャマが脱ぎ捨てられているベッドや小さな机などが視界に入る。

 部屋の隅に置いてあるタンスに向かい、取っ手を握って開くと服を洗った時の洗剤の良い香りと、木材の香りが混ざった空気がタンスの中から漂ってきた。

 手ごろな自分の予備の服を取り出してボロボロの着ている服を脱ぎ、たたまずに机の上に放り投げた。

 パンツやブラジャーなどの下着にも血がこびりついていて、それらが空気と触れ合うことにより、酸化して茶色く変色している。

 背中側に手を伸ばし、両手でブラジャーを胸の位置で止めているホックの金具を外し、肩にかかっている布の部分を下ろしてブラジャーを胸から取った。

 タンスの下側の引き出しを開けて収納されている新しいブラジャーを取り出し、胸に当てて背中側に金具を回して噛み合わせて固定する。

 上の下着と同じく茶褐色に変色しているパンツを脱ぎ、タンスから取り出した新しい下着を履いた。

 日差しは暑かったが森の中ということで家の中が冷えていて、新しい魔女の服は着替えるとひんやりとしている。

 体を動かしてきついところがないかを確認するが、きつくて体の動きが阻害される部分は特になく、問題はなさそうなため客室に残している霊夢のいる場所に移動した。

「…待たせたな、神社に移動するか?」

 私が客室に移動すると霊夢はさっき机に置きまくっていた現在手持ちの妖怪退治用の二、三十センチはある針と札の残りの枚数を数え、整理していたようだ。

「…そのうち移動しないといけないけど、まだ二十分ぐらいしかたってないからまだいいわよ…それに神社にいるよりも森の中にいる方が涼しいから、しばらくこの場所で過ごしましょう」

 さっきまで暑くて汗をダラダラかいていたが、この家は森の中でしかも日陰に建っているため神社よりもかなり温度が低く、汗はすでに引いているようだ。

「それもそうだな…水分を取って少し休むか…特に霊夢は結構汗をかいていたからな」

 冷蔵庫から冷やしておいた麦茶が入っている入れ物を取り出し、食器が入ってる棚からコップを二つ取り、椅子に座っている霊夢の前にガラスのコップを置いた。

「…ん、ありがと」

 霊夢が服の内側などいろいろな場所に針と札を隠しながら私に言う。

「どういたしまして」

 私は霊夢の目の前に置いたガラスのコップに麦茶を注ぎ込み、手に持っている自分のコップにも麦茶を注いだ。

「…そうそう、魔理沙…戦いでだいぶ髪がぐしゃぐしゃになってるじゃない…私がとかしてあげるわ」

 霊夢が机の上に放り投げられて放置されていた櫛に手を伸ばして手に取ると、机の反対側に座っていた私の目の前に立ち、髪の毛に触れてくる。

「そんなにひどい状態なのか?」

 私が自分の髪に触れようとしたが、霊夢が櫛でとかすみたいに髪の間に指を入れて毛先に向かって動かすと、絡まっていた髪の毛に彼女の指がひっかがる。

「いたっ!?」

 髪が引っ張られるとズキッとした痛みが頭皮から感じられ、反射的に口から言葉が漏れた。

「ほら、そういうわけなんだから、さっさと私に髪をとかさせなさいよ」

 霊夢が後ろに回り、私の髪の毛に触れる。

「はいはい、わかったわかった」

 堪忍した私は霊夢に頭を傾けると、彼女は片方だけ結んでいた三つ編みを丁寧にほどくと髪を背中側にかき集め、手に持った櫛でゆっくりと髪をとかし始めてくれた。

「…しっかし、いつ見てもあんたの髪って手入れが行き届いてて意外にも綺麗よね。……この散らかった部屋からは想像もできないけど」

 一言余計だったが初めに褒めていてくれていたため聞かなかったことにしてやることにし、ボーッと櫛で髪をとかされ続けた。

 幽香と戦った時などに飛び散っていた砂が髪についていたのだろう。それを櫛で落としていくため、時々木の床に落ちた砂の欠片などが乾いた音を立てる。

「…そういえば、魔理沙に聞きたいことがあるんだけど」

 しばらく静かに髪をとかしていた霊夢が言った。

「なんだ?」

「…いつも思ってたんだけど、なんで左側だけ小さく三つ編みしてるの?」

 唐突に聞かれた質問に、なぜなのか自分にもわからず私はしばらくの間、返答できず沈黙してしまう。

「…魔理沙?」

「すまん……私にもわからん…言われてみればなんで片方だけ髪を結んでいるんだ?」

 なぜ片方だけ結び始めたのか、忘れているということは特に重要なことではなかったのだろう。

「まあ、小さいころからだけど…どうせくだらない理由で結び始めたんじゃないか?」

 忘れているという結論を出した私は、ぼんやりと霊夢に返答した。

「…そういうことをするのには何かしらの理由がある。だから、当時の魔理沙には衝撃的なことでもあったんじゃない?それが流行りだったとか…左はうまく結べたけど右はへたくそだったとか」

 楽しそうに話しだした霊夢の言っていることもあながち間違いじゃないかもしれない。もともと私は指先が器用だったわけではないからな。

「右はへたくそだった…か、それありそうだな…」

 私がそう呟くと霊夢が小さく笑い。まだ櫛を通していない部分の髪にも丁寧に櫛を入れていく。

「なんというか、誰かに髪をとかされるっていうのは…なかなかくすぐったいものだな」

 私がそう呟くと霊夢がへぇと面白そうに呟く。

「…そうなの?あんまり他の人に髪をとかしてもらったこととかないから、わからないわね」

 霊夢は私の左耳の後ろから少しだけ髪を摘まんで持ち上げ、髪とをとかしていたときと同様に丁寧に三つ編みを作り始める。

「…」

 手こずっているのか集中しているのかわからないが、黙って髪を結んでいき、しばらくしてようやく髪を結び終えた霊夢が髪から手を離した。

「…はい、終わり……そろそろ出ようかと思ってたけど、まだ時間はあるようね」

 霊夢は時計を見上げてから、さっき座っていた椅子まで移動して腰を掛け、私に視線を向ける。

「そうみたいだな」

 私は前かがみになって机に寄りかかり、外気温との差で結露しているガラスのコップを掴み、中身の冷え切っている麦茶を一口だけ飲んでいると、霊夢が私に言った。

「…ねえ、魔理沙……なんだか幽香と戦ってた時…あいつ…変じゃなかった?」

「変って?…あいつが退いたことか?かなり強い幽香が戦いに置いて逃げるなんて聞いたことはないけど…そういうことか?」

 私は思ったことをそのまま霊夢に伝えると、霊夢は少し考え込んでから再度口を開く。

「…それもある…自分が負けそうなわけでもないのに幽香が退くかしらね?…もう一つは…なんだかわからないんだけど…なにか違和感があるの」

「…違和感…ね……」

 幽香の戦いについて特に思い当たる部分は無く、いつも通りに強かったが、幽香が逃げたというか退いたという部分しか私は思い浮かばない。

「…うーん……その違和感については次戦えばもしかしたらわかるかもしれないし、保留にしましょうか」

「そうだな」

 霊夢は結露して水滴まみれのコップを持ち上げ、静かに一息で中身の液体を飲み干し、立ち上がる。

「そろそろ時間ね…出ましょうか」

 時計を見ると時刻は待ち合わせの時間の丁度十分前を刺しており、そろそろ出ればゆっくり進んでも約束の時間ぴったりに神社につくだろう。

「だな、いくかぁ」

 私も霊夢に続いて立ち上がり、麦茶の入っている入れ物を冷蔵庫に仕舞い。マジックアイテムがおいてある場所からいくつかアイテムを持ち出した。

「…準備はできた?」

「ああ」

 いつも使っている箒は幽香と戦っていたときに無くしてしまっていたため、少し違和感はあるが箒がない状態で飛ぶしかない。

 家を出た私と霊夢は博麗神社のある方向に向かって、魔力を使って体を浮き上がらせての飛行を始めた。

 また、右腕にある古傷が痛んだ気がした。

 




次は一週間後から五日後ぐらいに投稿します。


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東方繋華傷 第二十八話 古い友人

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第二十八話をお楽しみください。


 

 博麗神社に向かい始めて約十分。隣を飛んでいた霊夢が先に高度を下げはじめ、博麗神社の庭にゆっくりと降りて咲夜たちがきているかどうか確認するため、周りを見回す。

「…咲夜たちはまだ来てないようね」

 私も霊夢に続いて神社に降りると、そこからは全く人の気配を感じられず、咲夜と早苗がきていないことが分かった。

「そう…みたいだな…じゃあ、二人が来るまで少し休むとするか」

 私が言うと霊夢はうなづいて神社の、幽香が奇襲を仕掛けてくる前に座っていた場所に近づくと、幽香の攻撃で舞い上げられた砂が部屋や廊下に散らばっている。さらに障子や襖に穴が開いていて、倒れているタンスなどを見て彼女はげんなりとしている。

 一人暮らしである以上は後で自分で片づけなければならないため、荒れ果てた家を掃除するのはかなり大変そうだ。

「はぁ…そうね」

 霊夢もため息交じりに言っていて自分が座る部分の床に散らばっている砂を手で払い、縁側に腰を掛けた。

 そろそろ夕方になってきた空は、色鮮やかなオレンジ色と青色の空の境界線がちょうど私たちの真上に見える。

「…これから夜だっていうのに、幽香を追わなきゃならないなんてな…危険すぎやしないか?」

 床に右手をついたとき手のひらにたくさんの細かい砂がこびりつき、私はそれを左手で払いながら霊夢に言った。

「…確かにそうよね……永琳たちが異変を起こしたときなんかは夜だったけど、あの時と今ではだいぶ状況も流れも悪いし……咲夜たちには悪いけどこっちに来てもらってから朝になるまで待った方がいいかしら?」

 昼間に負傷した私のことを思い出したのか、霊夢は顎に軽く手を触れさせて考え込むようにして唸っている。

「でも、幽香に時間を無駄に与えすぎると次にどういう手で私たちに攻撃を仕掛けてくるかわからないし、夜に私たちが寝静まったころに奇襲をかけてくる可能性もあるぜ?…」

「…それもそうよね」

 私たちが言っていると、カツカツと石を固いものが当たる音が聞こえてきて、階段のある赤い鳥居の方向からメイド服を着ている咲夜の姿が見えた。

 ハイヒールに近いローファーのようなものを履いているため、石をたたく音がして咲夜が近くにいる時はわかりやすい。

「どうかしましたか?何かわかったことでもあったんですか?魔理沙」

 咲夜は私と霊夢の前まで歩いてきて立ち止まると、考え込んでいる霊夢を見て私にそう質問を投げかけてくる。

「いや、夜は暗くて危ないから幽香を探しに行くのは明日にするか、それもと今すぐに探しに行くかを考えているだけだぜ」

 私がそう説明すると咲夜はなるほどとうなづき、神社の縁側に腰を掛けようとするが、砂が散らばっているため座らずにそのまま立つらしい。

「もう神社に来てしまったので、私個人としては異変の解決を進めたいところですが……」

 咲夜はそう呟き、ちらっと私に視線を逸らす。やはり昼間私が死にかけたということで、多少は彼女も慎重にはなっているみたいだ。

「…異変を解決しないといけない意味では、夜だろうと何だろうと出ないといけないけど。でもそれで怪我をしたら元も子もないじゃない…それにあんたらに何かがあったらレミリアとか諏訪湖たちに申し訳が付かないわ」

 考え込んでいた霊夢が顔を上げ、いつもあまり表情を変えない咲夜に言うと、彼女はふふっと小さく笑うと、呟いた。

「怪我はともかく、私はそう簡単にはくたばりませんよ」

「…あんたね…そうやってこの異変を甘く見てると足元をすくわれるわよ」

 霊夢はあきれたような表情で咲夜を見上げながら言った後、ゆっくりと顔を下げてさっきと同じく考え込んで呟く。

「…それに、魔理沙が言っていた…幽香以外にも異変を企てようとしている奴がいるっていう幽香の言葉……嫌な予感しかしないわ…」

 深刻そうな顔で言う霊夢を私たちは緊張せざるを得ない。永遠亭でもかなりやばい異変だとは思ったが、今までの異変で霊夢がここまで深刻そうな顔で嫌な予感がするといったことはない。もしかしたら、今までとは比べ物にならない異変が起こる可能性が高い。

「……」

 なぜ私たちがこんなに霊夢の言うことに敏感になっているかというと、

 霊夢は普段から努力をしない。鍛錬をして自らの魔力と戦闘スキルを高めて強くなろうとはしない。努力をすることが結果につながると思っていないというのもあるが、彼女の持っている常人では考えられないほどの鋭い感の持ち主であったり、元々持っている戦闘力が高いというのが大きいからだ。

 そして、その私の数を撃てば当たるような感とは比べ物にならないほどの感の持ち主である霊夢が嫌な予感がすると言っているのだ。

「ほんと、今回の異変は私たちの中からも死人が出るかもしれねぇな…」

 私がぽつりと呟いた一言で、二人とも口を噤んでしまう。十数秒そうしていると、屋根を飛び越えて来た早苗が咲夜の隣に飛び降りてきた。

「すみません遅れました!」

 早苗が下りてきて元気よく言うが、私たちが醸し出している緊張している雰囲気を感じ取ったのか、緩やかだった表情を引き締める。

「…幽香のこともそうだけど…もう一つの異変の方…胸騒ぎがする……皆、今回の異変はいつも以上に気を付けて」

 霊夢がここまで念を押して言うということは、これまでにはなかった。時間を考えればバラバラに幽香を探した方が効率はいいが、今回だけは皆でまとまって動いた方がいいだろう。

「そうだな…バラバラになって移動するとどうなるかわからん…今回だけは皆で移動した方がいいんじゃないか?」

 私の提案には特に異論はないらしく、早苗が静かにうなづき、咲夜も何も言わずに肯定した。

 私は座っていた縁側から立ち上がり、床に散らばっていた砂がスカートについてしまっているのを手で払い落とした。

「それじゃあ、行こうぜ…霊夢」

 行った方がいいのか行かない方がいいのかわからない霊夢はまだ葛藤していたが、私たちが行く気なのを見て幽香を探しに行くと決めたらしく、床に置いておいたお祓い棒を拾い上げる。

「そうね、幽香がまた新しい花の化け物を作り出して送り込んでくる前に探し出しましょうか…幽香を従わせている幻想入りした妖怪もしくは人間がどんな奴なのかも聞きたいからね」

 霊夢が重い腰を上げて立ち上がろうとすると、どこからともなく女性の声が聞こえて来た。

「ん?」

 早苗が何かが来たのかと周りを警戒するが、この聞きなれた声は幽香の物ではない。と私が思っていると霊夢のすぐ横の空間に瞳が開くようにスキマが現れ、紫がそこから顔をのぞかせてくる。

「二時間ぶりね」

 いつも開いていることの多い傘を閉じて縁側に立てかけ、紫はさらに大きく開いたスキマの中から体を出して姿を完璧にさらした。

 西洋のようにも和服のようにも見える服を着ており、昼間と同じレミリアやフランがかぶっている被り物に似ている帽子を頭にかぶっている。

「…あんたが来たってことは、幽香の居場所が分かったのかしら?」

 霊夢がそう聞くと紫はええと短く返事をし、縁側の自分が座る予定の場所に散らばっている砂を払う。

「うちの式神に探させたら、幽香はいつもいる場所…太陽の畑にいるそうよ」

 紫は縁側に座ると、肘まで長さがある手袋の指先についている砂の粒子を払ってから、下げていた視線を上にあげて私たちを見回す。

「太陽の畑…か……それはいつのことなんだ?幽香はまだ太陽の畑にいるのか?」

 私が聞くと紫はだいぶ疲れているのかあくびを噛み殺して、小さく頷く。

「何かをするために、準備をしてるようでしたか?」

 今度は咲夜が質問を投げかけると、彼女は眠たそうに眼をこすって肩をすくめる。知らないということだろう。

 咲夜が少し苛立った様子を見せるが、霊夢が咲夜をなだめるように言った。

「聞いても大した情報にはならないわ…どういう状態に見えたっていうのは個人の主観で決まるから確実とは言えないし、それに紫は藍の口頭で伝えられて、私は紫の口頭で伝えられた……情報としては不鮮明すぎる…だから自分のこの足で現地に言って自分の目で確認した方が正確よ」

 霊夢の言わんとしていることはもっともだ。誰かが見たものを一人の人物を通して伝えられているのだ。紫がそのままのことを伝えていたとしても、言い方や雰囲気まで同じくできるわけがなく、何かしら間違って私たちが捉えている可能性があるため、間違えていたとしても自分の目で見るのが一番正確だろう。

「それじゃあ、異変の解決は頑張って…現地に私が送ってあげてもいいけど、どうする?」

 紫がそう聞いてくるが霊夢は考える間もなく、すぐに断った。

 紫の能力で移動すれば幽香に奇襲をかけられるという利点もある。しかし、もし相手が待ち構えている状態ではあまり意味をなさず、逆に危険にさらされる可能性もある。

 だから、霊夢は成功するかわからない奇襲よりも遠くから移動して、幽香に気が付かれたとしても彼女がどういう状況なのかを見極めてから戦いに挑むと決めたのだ。

「そう、頑張ってね」

 紫がそう呟き、霊夢はそれを聞き流して幽香のいるとされている太陽の畑の方向に向けて移動をはじめ、私は霊夢がいつも使っている箒を借りてそれにまたがり、霊夢たちに続いた。

 

 

 霊夢たちが花の化け物と戦っているとき、約二時間前まで時間は遡る。

 

 ドサッ

 地面に体が落ちる音が耳に届き、私はすぐに自分の体が倒れているのだとわかった。

 自分でいうのもなんだが、私は備わっていた魔力の量も質も高く、生まれつきこの幻想郷では強い順から数えた方が速くて、初めの五本指にはいる位置にいるといえるだろう。

 しかし、その最高クラスにいる私は、現在指の一本すらも敵に触れることもできずに地面にねじ伏せられていた。

 敵の私の頭に向けた鋭くて重い一撃に頭蓋が歪み、脳が揺らされて皮膚などの皮下組織を簡単に引き裂く。

「ごほっ…!?」

 せき込んだ私の口の中に肺から絞り出されてきた血が広がり、鉄の味がはっきりと舌に伝わる。受け身を取って地面に着地することもできずに、私は地面を転がって上向けに倒れ込んだ。

 誰かと戦い、地面に倒されて空を見上げることになるなんて、何百年ぶりのことだろうか。初めて倒されたあの時も今回のように戦って敗れた覚えがある。

 でも、あの時と違う部分もある。私を負かした奴よりはまだ弱いだろうが、数百年前の頃よりは私もだいぶ強くなったということ。それと、私を負かした初代博麗の巫女よりも目の前にいる奴らの方が断然強いだろうということだ。

「げほっ…!」

 さっきせき込んだ時よりも大量の血が口の中にあふれ、肺が重症というレベルで出血しているのがわかる。

 起き上がろうとしたが頭という急所をやられ、手足が鉛のように重く感じられ、指の一本すらも動かすことができなくなっていく。

「……」

 そうして倒れている私に、奴が近づいてくるのが地面の土を踏みしめる小さな音で分かった。そっちに顔を向けるとやはり私を殴り飛ばした女が視界に映りこむ。

「私…言ったわよね?…魔理沙をここに連れて来いって」

 太陽の位置が私が魔理沙たちを襲撃した時よりも傾いてきているとはいえ、まだ高い位置にあって彼女の顔がちょうど陰となり、表情をうかがうことができない。

「予想以上に抵抗されてね…無理だったわ」

 そう言った私に彼女は手を伸ばしてくると、首を鷲掴みにして魔力の作用で体を軽々と持ち上げた。

「うっ…ぐ……っ!」

 気道を絞められていつも通りに呼吸をすることができず、強い息苦しさを感じる。

「あんたさぁ、ここでは結構強い方なんでしょう?たかが人間一人をさらってくる仕事も満足にできないのかしらぁ?」

 顔を近づけて来た彼女の鋭い眼光が私を睨みつけて威圧してくるが、私は肩をすくめて、さあねと言わんばかりの態度をとると奴は私の首から手を離して腹に蹴りを放ってきた。

「あぐっ!?」

 魔力を防御に回しているはずなのに体に鈍い痛みが響き、体が自然と蹴られた腹を押さえてしまう。そうしている私の頭に彼女は手に持っていた得物を下から叩きつける。

 顔が上に跳ね上がり、真上で地上を照らしている太陽が視界に入る。すると跳ね上がった顔に引っ張られて体が後ろに傾いて地面に倒れ込んでしまった。

 殴られた顔と蹴られた腹がズキズキと痛み、脳震盪を起こしているわけではないが頭が軽くクラクラする。

「私になめた態度をとるんじゃない…いうことを聞いているうちは悪いようにはしないからねぇ……それとも、私に逆らってあっちの方を苦しませるかしらぁ?わたしはどっちでもいいわよぉ?」

 奴は私から視線を外し、家とは違う種などが保存されている小さな小屋に目を向ける。

「っち…くそ野郎…」

 私は彼女を小さく罵り、睨み付ける。

 誰かのために行動する日が来るなんて、私も焼きが回ったものだ。

「…」

 私は腹を片手で押さえつけ、激痛でひきつっている体を無理やり動かして体を起き上がらせた。

「本当……どうしようもない屑野郎ね…!」

 口の中が奴に殴られたせいで、肉に歯が当たって切れたのだろう。だいぶ深いらしくかなりの量の血が溢れ出てきている。

「それはありがとう」

 彼女は皮肉を込めた言葉を私に言い。今度こそ魔理沙を捕まえろと命じ、この場から立ち去ろうとした。

「…あんたは、いったい何なの」

 立ち去ろうとした彼女に私はずっと気になっていた質問を投げかけてみる。

 背をこちらに向けていた彼女は顔を横に向け、目だけをぎょろりと私を見て、にたりと口角を上げて呟いた。

「…そうねぇ……魔理沙の古い友人……ってところかしらねぇ」

 




たぶん五日から一週間後に次を投稿します。


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東方繋華傷 第二十九話 標的

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第二十九話をお楽しみください。


 風見幽香はずっと考えていた。自分のことや奴らのこと、そして、これからのことを、

「……」

 奴らに殴られてから約二時間が経過していて、真上にあった太陽も傾いてきている。空気が吸収する光の波長が変わり、青かった空に赤みがかかってオレンジ色に変色をはじめ、徐々に暗い色に更に移り変わろうとしている。

 誰かが後方から来ているのを魔力の流れで感じる。こんな時間でタイミングなら霊夢たちで間違いはないはずだ。気配を容易に完治できたということは、気配を隠そうとしていないということだ。

 ワザと私に見つかって私の出方を見ているのだろう。魔理沙や早苗はともかく、霊夢が自らの気配を消せないはずがない。

 ずっとボーっと考え事をしていて、私は着替えるのを忘れていた。今頃になって服に泥や砂がこびりついているのに気が付き、軽く払って後ろを振り向いた。

「……」

 振り向いた視界の前方数十メートル先に、霊夢たちが空を飛んでこっちに向かって浮かんできているのが見える。

 近づいてきてようやく顔が見える位置についたが、私の表情からは何の感情も読み取れないらしく、彼女らは何か解せずに眉をひそめた。

「遅かったわね…待ちくたびれたわよ」

 真横から私たちの顔を太陽の光が照らし、顔に出て来た影で彼女らの深刻そうにしている険しい表情がいっそう出ている。

「…さてと、さっさと初めていいかしら?」

 私が呟いて傘を構えると霊夢たちの間に緊張が走り、これから始める戦いを乗り切るために気を引き締めている。

 霊夢の隣にはいつも一緒にいる魔理沙は、数時間前には乗っていなかった箒に乗っている姿が見える。

 自分や捉えられている者を助けるために私は標的となる普通の魔法使いを名乗る人間を睨み付けて狙いを定めた。

 

 

 しばらく空を飛んでいると、遠くの方に幽香がいるとされている太陽の畑が見えてきて、人間よりも背の高いヒマワリ畑がよく見える。

 私を含めてこの場にいる全員が、異変の手伝いをしているとされている妖怪が私を睨んでいることに遠くからだが気が付いた。

 少しだけ降下して、ヒマワリの咲いていない広場のような場所の中心に、目標が立っているのが見える。

 すべてを投げだして逃げたくなるほどに怖い顔をしている幽香の顔は、元から顔立ちが整っていてきれいではあるが、それによってさらに怖くなっているというのもある。

 戦闘態勢に入っていていつでも戦える準備はできているらしく、すぐさま私たちは散開して幽香を取り囲もうとするが、それよりも前に花が育ちやすいように手入れされている土を幽香は踏みしめ、こちらに向けて跳躍した。

 ドンッ!!

 後方に土をまき散らし、幽香がゆっくりにも弾丸のようにも早く見える動きに私は出鼻をくじかれてしまう。

 近距離での戦闘が得意な霊夢と咲夜が、飛び込んできた幽香を左右から各々の得物で切り付け、殴りかかる。

 右側から頭部に向けて鬼の剛腕に引けを取らないほどの攻撃力で、霊夢が魔力で強化したお祓い棒を振り下ろす。

 左側からは咲夜が両手に持った銀ナイフで、幽香の脇腹を下側から心臓に抉り込ませるようにして容赦のない一撃を食らわせる。

 避けるそぶりを見せない幽香は霊夢と咲夜の攻撃をもろに受け、首の骨が折れるほどの勢いで跳ね上がり、全身に血を送り出すために心臓にはかなりの圧力がかかっていてそこに銀ナイフの刃が到達したらしく、どんな人間でもショック死するだろう勢いでわき腹から血を吹き出した。

 幽香が跳ね上がった顔を背中や腹などの筋肉を使って元の位置に戻し、顔を苦悶にゆがませながらも退くこともせずに、両側にいる霊夢と咲夜に手を伸ばす。

 二人が後ろや横に体をずらして避けようとしたが、攻撃している最中に等しいタイミングであったため、両者ともかわすことができずに咲夜は頭の左側を掴まれ、霊夢は右側から頭を掴まれてしまった。

 二人が幽香に掴まれたてを振り払おうとするが、その矢先に幽香が両手でつかんだ彼女たちの頭をタンバリンみたいに打ち付けあう。

 ガツンと硬いもの同士がぶつかる音がするが、その音の中には人間などの生物を叩いた身の毛もよだつ音が含まれていて、私はぶるっと身を震わせた。

 霊夢と咲夜の息を押し殺した悲鳴が私にまで聞こえてくる。

「…あぐっ…!?」

「うぐっ…!?」

 幽香は怯んだ霊夢を持っている傘で薙ぎ払い、魔力を足の裏から放出して硬質化させ、それを足場にして霊夢と同じく怯んでいる咲夜を蹴り飛ばす。

 作った足場を使って、地面を飛んだ時と同様に幽香は足場を砕いて私に向けて跳躍する。

 早苗は私から数メートルほど離れていて、数十センチ先にまで迫ってきている幽香の方が圧倒的に私に到達する時間は速く、早苗からの援護は望めないだろう。

 幽香は普通の傘とはかけ離れた耐久力を持つ傘を持ち直し、バットなどと同じく薙ぎ払って殴るのではなく、槍などのように突いた。

 フヒュッ

 と空気を切り裂く小さな音が顔のすぐ横から聞こえ、傘が頬を掠った。ギリギリで顔を傾けたおかげで頭部に傘が突き刺さらずにすんだ。

 しかし、今の攻撃は眉間のど真ん中への攻撃、幽香は確実に私を殺しに来ている。霊夢たちの心配をしている暇はないだろう。

 霊夢と咲夜が先に前に出てくれていた内に右手に溜めておいた魔力をレーザーとして目の前にいる幽香にぶっ放そうとするが、突き出していた傘を薙ぎ払うことで私はいる位置と体勢を変えられ、放ったレーザーがあらぬ方向へと飛んでいく。

 振りかぶっての攻撃ではないが、それでもかなりの威力を持っているため、衝撃で脳が揺らされてクラクラして、首がもげそうになるほどに痛い。

「うぐぁっ!?」

 地面に背中を打ち付けた衝撃が強く、その衝撃は胸などにまで届く。肺の中にあった空気がすべて肺が変形したことで押し出されて口から洩れだしてしまう。

 肺の形が治るまでのほんの少しの時間だけ呼吸ができなくなり、私の頭は混乱するがせき込んだことで肺いっぱいに空気を吸い込んだ。

 呼吸をすることができて、体の筋肉と地面を使って宙返りをし、地面に着地しようとするが、幽香が迫ってきていて目と鼻の先に彼女の顔があり、反射的にレーザーを撃とうとするが急いでしまったせいで威力も弾速もないただの弾幕が手のひらから打ち出された。

 水面に手を強く打ち付けたような破裂音を響かせ、幽香が撃ちだされた弾幕を傘で打ち消す。

 弾幕を魔力で形成されているため、傘でたたき割られた弾幕は力を入れて握ったマシュマロみたいに変形し、ガラスの結晶に見えるほどに細かくはじける。

「っ!!」

 後ろに飛びのいて逃げようとしたが、幽香の伸ばした手に握られている傘によって射程が伸び、私が後ろに飛んで逃げられたとしても足りないぐらいだ。

 身を守るために体を強化しようとしたが、そのタイミングで早苗が後方から幽香に向けて体とお祓い棒を魔力で強化して殴りかかる。

 だが、さすがは幻想郷で最強レベルの妖怪と言われた奴だ。早苗の動きを即座に察知し、私へ攻撃しようとしていた傘を引っ込めて、振り向いて傘を振るう。

 霊夢程とは言わないが、早苗も結構修羅場をくぐり抜けているため、幽香が攻撃に反応するのは予想で来ていたらしく、薙ぎ払った傘に魔力で強化したお祓い棒を打ち付けた。

 金属と金属を打ち合わせたのと変らない耳をつんざく鋭い音が響く。得物同士を包んでいる魔力がはじけ、ガラスか雪の結晶があるみたいに周りをキラキラと漂う。

 幽香の想像以上に強い攻撃の衝撃に早苗の顔が驚きで歪む。私は昔幽香と交戦したことがあってこいつの実力はある程度は知ってはいるが、早苗はこいつとの戦闘の経験は皆無だ。だから幽香の実力が想像以上で驚いているのだ。

 あれでは二撃目をどうにかするのがせいぜいだろう。三撃目で傘の攻撃をモロに受けることになるのは想像でき、そうさせないために後ろに下がりつつ手のひらにレーザーを溜める。

 幽香が今度は逆方向から傘をぶん回し、その短い時間では逃げることはできなかった早苗は、逃げることを放棄して攻撃に対して正面から打ち合った。

 使われた魔力の塵が武器と武器の触れ合った部分から飛び散り、思っていた通り早苗は二撃目の強い衝撃に手がしびれて武器を落としそうなっている。

「っ…!」

 さらには早苗の腕が跳ね上がり、三撃目までに幽香が傘を振ろうとしてる軌道上までお祓い棒を戻し、さらに攻撃に耐えられるだけの強化もしなければならないが、そんな時間はなさそうだ。

 霊夢たちもまだ立て直しておらず、早苗を援護できるのは事実上私だけということになっている。

 早苗に当たらないように気を付け、かつ、できるだけ大きなダメージを与えられる場所、つまり頭部に狙いを定め、レーザーを幽香に向けて放つ。

 ライトの光が出ている部分を覗き込んだような光から発生し、レーザーが幽香に向かって真っすぐに高速で伸びていく。

 背の関係で幽香よりも私の身長は頭二つ分ぐらい小さい。そのため、幽香の頭に向けてレーザーを撃てば、その先にいる私よりも身長が少しだけ高い早苗には攻撃は当たらない。

 幽香の頭部をレーザーが貫こうとしたが、彼女が屈んだことで攻撃が空振りに終わり、早苗が幽香の横から薙ぎ払った攻撃を食らって後ろに弾かれてしまう。

「くそっ…!」

 自分では落ち着いていたつもりだが、そうではなかったようだ。わずかに焦ってしまったことで少し考えれば逆手に取られるような場所を狙ってしまった。

 普通に考えればわかることだ。下半身から胴体にかけては味方に体が重なっていて、外せば味方に自分の攻撃が当たってしまう。

 であるため、狙うは上半身に当たれば致命傷にもできる頭部を狙うのは必然的で、そこまで絞り込むことができているのならばあとは簡単だろう。レーザーに光の魔法を含ませて貫通力を上げているのが仇になった。

 レーザーが強い光を放ち、射撃のタイミングを幽香に悟られてしまった。あれだけ撃ちまくっているのだ。タイミングを掴むことなど容易だろう。

 幽香が吹っ飛ばされながらもお祓い棒でガードしようとしている早苗に近づき、彼女の胸に後方から勢いを載せて傘を振りぬいた。

「あがぁっ!?」

 早苗が悲鳴を上げてぶっ飛ばされそうになるが、その前に幽香が早苗の手を傘を持っていない方の手で掴むと、自分の方向に引っ張って今度は上方向から早苗に傘を振るう。

 初めに胸に攻撃を受けた時点で一時的に戦闘不能になるほどの威力に、戦闘不能になりかけている早苗は抵抗することができず、槍のように突く形で振りぬいた幽香の傘を腹に受けた。

「…はっ…!……う…くは…っ…!?」

 地面に叩きつけられ、ぶっ倒れた早苗は腹に受けたダメージと胸に受けたダメージが大きすぎて呼吸ができないらしく、不規則に息を吐きだしている。

「早苗!」

 私は叫んで幽香にレーザーを放とうとするが花が腕に巻き付き、上に向けさせられて狙いを大きく変えさせられてしまった。

 白色に少しだけ光るレーザーが空を切り裂き、空に橋をかけたようだ。もう片方の手にも魔力を集中させ、レーザーを幽香に撃った。少し下がっていたことで幽香がこっちにつくかつかないかギリギリで撃てるかと思ったが、一歩彼女の方が速かったらしく折られるほどの力で腕を握られ、照準をつけていた高さから下げられて放ったレーザーが地面を焼き焦がす。

 掴まれている手首を引っ張られて幽香の方に引き寄せられると、彼女の顔が目と鼻の先に映し出される。額がくっ付いてしまうほどの距離に花のいい香りが幽香から漂ってくるがそんなのに気を向けている場合ではない。反撃しよとするが両手は拘束されているため反撃することができず、気が付いたころには蹴りを腹の真ん中に受けていた。

「あがっ……あぁ…っ…!!?」

 グギッ!メキッ!

 体の中で内臓がかき混ぜられているような感覚がし、背中にまで届くような形容しがたい鈍痛に喉が反射的に叫びそうになるが、出たのはとぎれとぎれの悲鳴だけだ。幽香が私を掴んでいたことで吹っ飛びはしなかったが、固定されていたことで衝撃を逃がすこともできず、ひどい痛みが全身に広がる。

「早く気絶した方が身のためよ、魔理沙」

 送られている鈍痛の情報で脳がパンクしそうで、地面に膝から崩れ落ちそうになっていた私は、幽香に膝でわき腹を蹴り上げられ、その衝撃で体がふわりと浮き上がった。

「~~~~~~~~~~~~~~っ!?」

 蹴られている場所は腹ではあるが、痛みで喉がひきつって声を上げることもできない。体内で内臓がゆれる感覚というのは何とも耐え難く、腹に受けたけりで変形して傷ついていたらしい胃から上がってきた血が混ざり、血なまぐさくなっている胃液を私は吐き出した。

「ごぼっ…!?」

 そうしているうちに幽香は掴んでいた手を離し、持っていた傘を振りかぶり、腹を抱えて痙攣している私に振り下ろす。

 なんとか頭を傾けたことで傘が頭に直撃することを避けたが、蹴られた時と変わらないような音が肩からして、私は地面にたたきつけられた。

 三度の攻撃を受け流すこともできずに受けたことで身動き一つとれなくなってしまっている私に、幽香が足を上げて土が付着している靴で踏みつけようとしているのが影からなんとなくわかり、私が目を動かして幽香を見上げると、彼女は持ち挙げた足で私を踏みつぶした。

 




五日から一週間後に次を投稿すると思います。


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東方繋華傷 第三十話 本当の始まりの前座

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第三十話をお楽しみください。


 ガツッ!!

 幽香に後頭部を踏まれ、私は地面に顔を押し付けさせられてしまう。

 土が手入れされて柔らかくなっているとは言え、幽香の踏みつける力というのは魔力で体を強化したとしても耐えきれるものではない激しい痛みが頭を襲う。

「んーーっ!?」

 ちょうど顔を地面に押さえつけられていることもあり、悲鳴を上げることができずにくぐもった声が出た。

「あら、気絶するかと思ったけど、意外と丈夫ね」

 ミシミシっ!!

 私は自分の頭の中で鳴り響いている頭蓋がゆがむ音を聞き、一刻も早く幽香の足を離させようともがいたり攻撃をしようとしたが体に負っているダメージが抜けきっていないのと、痛みで頭の処理能力を攻撃することに回せず、魔力が手のひらに集まってくれない。

 それに対して幽香が踏みつけてくる力が一層強くなっていき、それに比例して私の声も絶叫へと変わっていく。

「…魔理沙ぁ!」

 叫び声の中で薄っすらと霊夢の声が聞こえた気がし、限界に近付いていた私の頭にかかっていた圧力が消え去る。

「う……ぐ…っ………!」

 どんなにひどい怪我をしたときでも、ここまでの痛みを伴たことは覚えている範囲ではない。

「…大丈夫!?」

 彼女も頭へのダメージが向けきっていないのか、いつものキレのある動きとは程遠い動きでフラフラと歩み寄ってきた霊夢が、押さえていた咲夜の側頭部にぶつけられた部分から流れてきた血で赤く染まっている手で私を抱き起した。

「な…なんとかな…」

 私が霊夢の肩を借りて立ち上がると幽香はそれを待っていたのか、ゆっくりと傘を肩に担いでいる。

「…くそ……痛ぇぜ…」

 まだ戦いが始まったばかりだというのに、何百メートルも走ってきたかのように体が疲れている。このままではろくに戦えないのではないだろうか。

 魔力を送り込み、思い通りに体を動かせるように筋肉に無理やり働きかけ、手をニギニギと開いたり閉じたりするが、まだ慣れていないこともあって、若干だが私が動かそうと思ってから若干のラグがある。

 だが、それをし始めたことで肩を借りないと立つこともままならなかったが、自分で飛んだり走ったりすることができるぐらいには動けそうだ。

 しかし、間違ってはいけないのはこれは治ったのではなく無理に動かせるようにしているだけであるため、無理をすればどうなるかわからない。できるだけ慎重に行かなければならないだろう。

「…咲夜が早苗を助けに行ってる…彼女が戦えるようになるまで私たちだけで時間稼ぎをしましょう……行けるかしら?魔理沙」

 霊夢が肩を貸してくれていたが私はお礼を言って離れ、こっちにゆっくりとだが飛んできている幽香を見た。

「当たり前だ……幽香を押さえつけるんじゃなくて、さっさと倒そうぜ…この後にも何かひどい祭りが控えているらしいからな」

 私は言って手のひらに魔力を溜め、五メートル以内に近づいてきた幽香に私は先手を仕掛ける。

 レーザーというよりも、魔力をエネルギーに変換して塊にした。キャノンのようなものを幽香にぶっ放した。

 透明に近い青い魔力の塊が幽香に一秒以内に到達し、魔力操作によって彼女の胸の前で爆弾のように爆ぜる。

 それによって幽香の体が後方に吹っ飛び、後ろにあるヒマワリ畑のヒマワリをなぎ倒して地面を転がっていく。

「霊夢…いまだ」

 私が霊夢に言ったころにはすでに彼女は低空を跳躍している。ゴロゴロと転がっていた幽香が傘を使って進んでいた速度を落とし、立ち上がってすぐに立て直す。そしてその直後に突っ込んできた霊夢の攻撃をギリギリだが傘で受け止めた。

 打撃音と言われたら首をかしげるだろうという爆発音に似た打撃音が周りに響き、私が村に行って来た時に見たような衝撃波によって、二人を中心に花が放射状に倒れていく。

 ガンッ!ガンッ!ガンッ!!

 残像を残すレベルで幽香と霊夢が武器を打ち合わせていく中で、霊夢の体の隙間から時々見える幽香に向けて、私は針に糸を通す精密さでレーザーをコンマの時間だけ放つ。

 できるだけレーザーを引き絞り、ほんの一から二センチ程度の太さの熱線が幽香の脇腹をやすやすと貫通する。

「っ!?」

 幽香が表情を険しいものに変えるが、休む暇も与えずに攻撃をする霊夢のお祓い棒に、片手で腹部を押さえてもう片方の手で持った傘を打ち付けた。

 二人の攻撃力が釣り合っているのか、どちらかが弾かれることもなく鍔迫り合いとなってギリギリとお互いの得物を押し付けあうと、武器を強化している魔力が役目を果たして火花のように散る。

 私は集中力を高め、霊夢の体のところどころからはみ出している幽香の足や肩をレーザーでさかさず撃ち抜く。

「ぐっ!?」

 肩を撃ちゆかれたことで力が分散し、足を撃ち抜かれたことでバランスを大きく崩し、幽香は霊夢に押し切られて傘を上に跳ね飛ばされる。

 霊夢は幽香の脅威をできるだけなくすため、上に跳ね上がった幽香の傘を更にお祓い棒を叩きつけて弾き飛ばした。

「っ!」

 傘が後方に回転しながら飛んでいき、幽香は丸腰となるが妖怪である彼女は素手でも上級の妖怪を簡単に屠るため、霊夢に跳ね上げられた腕をレーザーで撃ち抜く。

 霊夢の体に幽香の腕は重なっていないため、幽香の腕を太いレーザーで撃ち抜いたことにより、拳を握りしめようとしていた彼女の腕が千切れ落ちる。

「くそ…っ!」

 幽香が腕を再生させようと魔力を腕に送り込んだらしく、焼けて無くなっている腕の断面から新しい細胞が作られ、肉が膨れ上がると腕を形成する。

 それと同時並行で幽香は残っていた左手で握りこぶしを握り、薙ぎ払うようにして目の前にいる霊夢を殴り飛ばす。

 金属音に似た音が鳴り響き、霊夢と幽香の強化に使われていた魔力がさっきの攻防よりも大量にはじけ飛ぶ。

 私と比べれば接近戦にたけている早苗でさえ、受け流しても武器を持っている手、もしくは両腕が折れている可能性があったというのに、霊夢は簡単に受け流して何事もなかったと見えるほどに戦闘を再開する。

 これを見ると。霊夢はどんな奴よりも強いと思わせられる。もし霊夢が敵だったらと思うとこんなに恐ろしいことはないが、仲間であればここまで頼もしい奴もそうそういないだろう。

 上方向から斜めに繰り出された拳を、霊夢は懐に潜り込むようにして受け流したが、幽香のパンチの威力が高かったらしく、上半身が後方に引っ張られてしまっている。とても不安定といえる格好だ。

 あれではどう頑張っても体勢を戻している間か、戻したときに引き戻した幽香の左手か、もしくは再生した右手の第二撃がきてしまう。

 再度右手か左手を撃ち抜こうと手先に溜めていた魔力を、レーザーとして放とうとしたが止めた。霊夢はお祓い棒を持っている右腕に引っ張られて後ろに体をそっているが、体を無理やりに沿っている方向に捻り、体を回転させて下側から幽香の脇腹を殴り飛ばす。

 幽香の魔力で強化されていた肋骨をいくつか砕いたらしく、木の棒を折った音に似た乾いた音が鳴り響いて幽香の顔が驚愕を示し、少しだけ苦痛に歪む。

 さっき撃とうとしていたレーザーを、霊夢の体の隙間から見えた幽香の太ももを撃ち抜く。

 霊夢は幽香に反撃する暇を与えず、回転していた動きを止めて下から上に殴り上げていたお祓い棒を、わき腹を押さえている幽香の顔面に叩き込んだ。

「ぐ……っ……あ…ぐ……っ!?」

 幽香との身長差があったことで顎を下側から殴り、彼女のことを後方に山なりにぶっ飛ばした。

 宙を舞う幽香が霊夢に向けて反撃ができないように、貫通力にたけているレーザーを数発ぶっぱなして胸や手を撃ち抜く。

 ゆったりとした動きで吹っ飛んでいる幽香は空中に魔力で作った足場を作ろうとはせず、立て直すこともなく地面に背中を打ち付けて転がっていき、仰向けになってようやく止まる。

 倒れた幽香に霊夢が間髪入れずに走り寄り、お祓い棒を向けてこれ以上抵抗できないように制する。

「…動かないで」

 霊夢の静かで無視をしたら何をされるかわからないような、容赦のない声で幽香に告げる。

 私もすぐに倒れている幽香に少しだけ近づくが、掌を向けてレーザーをいつでも撃てるようにする、彼女は動くことをせず霊夢の言ったことに従っているのかと思ったが、幽香は顔を上げてどこかを見つめたまま、動かない。

「…王手よ、幽香……抵抗するならするでもいいけど、ここからは命の保証はできないわよ?」

 霊夢が静かに言うと、幽香は見上げて空ではなく、自宅へと向けていた顔を下げ、私たちを見上げる。

「そう…」

 そう呟いた幽香の目には先頭への意欲も戦いの喜びも感じられず、それを見た私たちは困惑した。一部を除くが力を持った強い妖怪のほとんどが好戦的で、戦いが好きな連中が多い。彼女もその中の一人で、殺し合いまではいかなくても戦いは好きだったはずだ。でも今の幽香にはそれがないように見えた。それのせいでいきなりの幽香の反撃に反応が遅れた。戦う気力がないのかと思ったからだ。

 地面を手で掴み、そこを中心にして腕力だけで体を浮き上がらせ、私とすぐ横に立っていた霊夢の足を薙ぎ払う。

 立っていた向きにより足を払われた私は前のめりになるように体が浮き上がって回転し、霊夢は少し後ろからの足払いだったらしく、霊夢に背を向けて宙を舞っている。

 足払いをした幽香は腕の力だけで立ち上がり、私に傘を振るい、霊夢に回し蹴りを放った。

 ほぼ一瞬のうちに傘を振るわれて蹴られた私と霊夢は、何かを思考してそれを実行する間もなく体が後ろに引っ張られていく感覚を感じ、急速に幽香から体が離れていく。

 殴られた直後は感じなかった痛みが胸を中心にして全身に広がり、叫び声が喉から絞り出されそうになったときに横からの強い衝撃を受け、私の飛んでいた軌道が大きく変わる。

「うっ…!?」

 背中ではないが衝撃を受けたことで肋骨がわずかに歪み、骨の内側にある肺から空気が抜けだす。

 誰かが背中側から手を回してきて掴んでくるが、赤と白を主張している巫女服に霊夢が私にぶつかってきたのだとわかる。

 しかし、私たちは別々の方向に飛ばされたわけであるため、霊夢が私にぶつかって来るのはおかしい。そう思った直後、私がいた位置を幽香が放った巨大なレーザーが空を切って空気と地面を焼け焦がす。

 魔力を足から放出して足場を作り、空中で受け身を取るという余裕がなかった私は霊夢のおかげで助かったが、彼女も私を掴んだまま空中で立て直すことは無理らしく、私たちは地面に肩から転がり、地面の上を数メートル滑る。

 ようやく止まったとき、幽香からの二射目が来る前に立ち上がろうと、体を持ち上げるが霊夢が私のことを地面に押し倒し、周りに札をばらまいて地面に伏せた。

「っ!?」

 霊夢が手を私の目に重ねて覆い、幽香がぶっ放してきたレーザーの光量から私を守ってくれる、だが、光が強すぎてあまり意味を成してはいないが、それのおかげで目が見えないというほどではない。

 霊夢が周りにばらまいた札が、幽香のレーザーに今のところは耐えていてくれているおかげで、私たちにダメージは無い。

 しかし、強力すぎるレーザーにより、かなりの枚数の札を守るために使って負担を分散させていたが、それらの札に尋常ではない負荷がかかり、結界が悲鳴を上げ始めている。

 ギギッ!

 物がよじれるような歪な音が聞こえた直後、薄いガラスと変わらないように見える結界が幽香のレーザーに耐えきれずに砕け散った。

「…くっ…!」

 霊夢が私を守るためにレーザーがきている方向に自分の体を向け、その体で私の盾になる。

「…うっ……あああっ…!!」

 とっさに数枚の札を取りだし、自分の負うダメージを肩代わりさせようと弱い結界を作るが、あまりの威力に数枚では一枚一枚の負担がデカすぎてすぐに悲鳴を上げて札は焼け焦げてしまう。

「…が……ああああああああっ!?」

 霊夢の悲鳴にいてもたってもいられずにすぐに飛びだして、いる場所を交換しようとするが霊夢は私が移動することができないように強く私を抱きしめていて、身動きを取ることができない。

「霊夢!!」

 私の叫び声も聞こえているかわからないが、彼女の悲鳴は聞いているだけで胸に穴が開きそうなほど痛々しい。霊夢も魔力で体を守っているが押され気味で、服が焦げたりし始めている。

 彼女の負担を減らすために私も魔力をレーザーがきている方向に向けて放ち、少しでもレーザーが阻害されるようにした。

 数秒もすると幽香の放っていたレーザーが途切れて明るくて何も見えなかったが、周りが見えるようになる。

 私を抱きしめていた霊夢の体のあちこちには、火傷で皮膚が真っ赤になっていて、服も所々が焦げたりしている。

「…はぁ……はぁ……」

 大量の魔力と熱などに耐えきるために体力を使ったのだろう。息の荒くなった霊夢が私を抱きしめていた力が緩くなり、後ろに倒れそうになった。私が彼女の背中に手を回して押さえたことで何とか倒れる前に支えることができた。

「霊夢!大丈夫か!?」

 今度はこっちが霊夢を抱き寄せて言うと、彼女は掴んでいた私の二の腕を弱々しく握る。

 幽香が三度、私とぐったりしている霊夢に向けてさっきと同じ超極太のレーザーを放とうとしたが、周りにいきなり出現して自分に向かって高速で飛んで来る銀ナイフが現れ、仕方なくレーザーを中断して、傘で叩き落とす。

 咲夜が幽香の後方からいきなり現れ、両手に持った刃渡り十数センチはある銀ナイフで切りかかり、咲夜の方向を向いた幽香の更に後方から早苗が走り寄りお祓い棒で殴りかかる。

 二人が霊夢が立て直すための時間稼ぎをしているうちに短い魔法のスペルを唱え、氷結系の魔法を発動して弱い冷気で彼女の体を冷やしてやる。

 魔力の作用もあってか、比較的すぐに火傷の発赤は退いたがすぐには動けないほどのダメージを追っていて、早くても数分以上は体を休めないと満足に戦える状態にはならないだろう。

「二人とも!足止めを頼む!」

 ダメージで動くことのできない霊夢を先に叩こうとする幽香を押さえている咲夜と早苗に言い、私はポーチの中をまさぐる。

 目的の物はすぐに見つかった。治癒を促進させる液体の入った小瓶をポーチの中から取り出し、蓋がわりのコルクをねじり取って応急処置のために霊夢に飲ませた。

「うぐ…っ…!」

 回復薬の液体が舌に触れたらしく、霊夢が眉をひそめて百ミリリットル程度の液体を数十秒かけて飲み下す。

 この薬はあまりおいしいものではないというか、全然おいしくないが、多少なりと回復が速くなるため我慢して飲んでもらうしかない。

 液体には体に吸収されやすい素材や魔力の効果を体に効きやすくする物も入っている。それもあって小瓶の中の液体が無くなるころには、霊夢の熱にさらされて赤く変色していた皮膚は、黄色人種にしては少しだけ白っぽい肌へと戻っていく。

 火傷により苦しそうにしていた霊夢の表情も緩和されてだいぶ良くなり、十数秒もすると荒かった息も彼女の弛緩していた体に力が戻っていくのを感じる。

 だが、まだ立てるほどではなく四肢に力が入らないらしく、霊夢は立ち上がることができずに幽香と交戦している早苗と咲夜を悔しそうに見た。

「今は回復に専念しよう……無理をして今戦いに参加しても足手まといになるだけだぜ」

 私がお姫様抱っこで霊夢を抱え、幽香から見えない位置に移動して回復に専念することにした。

「…わかってる、今はあの二人に任せるわ」

 




戦いの部分は長かったので、これでもカットしました。

今回は五日から一週間ではなく、明日に次を投稿します。次で一章は終了です。


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東方繋華傷 第三十一話 異次元から

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第三十一話をお楽しみください。


 霊夢さんを回復させている魔理沙さんを視界の端で少しだけ見ながら思う。

 私や失礼ではあるが魔理沙さんならともかく、まさか霊夢さんが一時的に戦闘不能になって前線から離れることとなるとは思わなかった。

 風見幽香と呼ばれている花の妖怪に、弾幕すら弾く傘でさっき殴られた胸がズキズキと痛み、体を動かすごとに体の奥から継続的に小さな痛みが神経を通じて脳に伝わり、痛覚と能が認識している。

「ぐっ…!」

 胸の痛みに耐えながら咲夜さんの方向を見ると、刃渡り十数センチしかない二本の銀ナイフだけで風見幽香の攻撃を完璧に受け流しているのが見え、驚きに混じって嫉妬心や羨ましさを感じる。

 幻想入りしてまだ日が浅い私は霊夢さんや咲夜さん、魔理沙さんと比べて戦闘の経験が少なく。霊夢さんたちのように風見幽香の攻撃をはじき返したり、何のダメージもなく受け流すことができるほどの錬度はない。それに、咲夜さんと一緒に戦うことも少なく、彼女の動きがわからない私の弾幕などで少し動きずらそうだ。

 風見幽香が私に狙いを定め、傘を薙ぎ払ってくる。予備動作があり、攻撃しようとしていたのを中断して受け流す体制へと移行する。

 私が予想していた風見幽香の傘の軌道から、二センチも離れた場所でお祓い棒に武器がぶつかり、私を少し焦らせる。

 それに加えて風見幽香が振ってきた傘の角度も予想よりも十度も高く、表面を滑る程度で終わるはずだった薙ぎ払う攻撃の威力の何割かが私の押さえている腕にかかり、魔力で強化されている腕の筋肉に痛みを感じる。

「うぅっ…!」

 歯を食いしばって押し返すつもりで力を籠めるが角度が高くて抉り込む傘の軌道を少し変えることしかできず、私は跳ね飛ばされてしまう。

 地面を転がり、隙を見せないようにと立ち上がろうとした時、すでに目の前に来ていた風見幽香が傘を振りかぶっていて、私はとっさにお祓い棒を前方に構えて彼女の攻撃を受け止めた。

 何百キロもある岩でも持っている感覚に襲われるほどの重い一撃だが、何とか体に掠ることもなくガードすることができた。しかし、風見幽香のした方向から上方向に向けての攻撃の強さに腕が跳ね上がり、手がしびれてお祓い棒を握っていた得物を落としてしまう。

「武器を離すな!」

 咲夜さんはとっさのことで声をあら上げて私に怒鳴るが手がしびれて感覚がなく、反対の手で拾おうとするが、一歩大きく前に出た風見幽香がサッカーでボールをけるのに似てる動作を見せた。

「っ!!」

 背筋にキンキンに冷えている氷でも突っ込まれたように寒気を感じ、危険を感じ取って全身の筋肉を使って私が全力で後ろに下がると同時に風見幽香が蹴りを放つ。下がったことには下がったがギリギリ顔に足が当たってしまうため、急いで顔を傾けると彼女の靴が右目の上の額を掠り、何かが抉り込んできたみたいな鈍い痛みを感じ、手で押さえようとするが感じているのは痛みだけでなく浮遊感もあり、私はいつの間にか宙に浮きあがっていた。

 少し掠っていただけでこの威力、直撃していたらと思うとぞっとする。頭に当たっていたら頭蓋が砕けるでは済まないだろう。

 魔力操作をして浮き上がった体をそのまま浮き上がらせ、蹴りが掠ったことで跳ね上がっていた顔を下げ、懐から取り出した札に魔力を吹き込んで弾幕として放つ。

 抉られた額から血が流れ出し、その下にある右目に流れ込んでしまい。右半分の視界に赤みが含まれ、若干だが視界が見づらくなってしまった。

 大した被害でもないかもしれないが、死活問題ではある。下手をしたら攻撃を見逃すこともあるかもしれないからだ。

 私の弾幕を無視して風見幽香がさらに追撃を加えてこようとしてくるが、後方から咲夜さんの声が聞こえて来た。

「早苗、そのまま動かないでください」

「えっ…!?」

 時を止めたのだろう。いつの間にか私の後ろに移動していた咲夜さんが体を硬直させた私の後方から、大量の銀ナイフをスレスレで当たらないように投げ、風見幽香に突き刺していく。

「ぐっ!?」

 首、腹などの重要な器官や肩や腕にまで銀ナイフが刺さった風見幽香はわずかに顔を苦痛に歪ませるが、それを無視して魔力で足場を作り、それを使ってさらにこっちに向けて加速して突き進んでくる。

 武器がないので、風見幽香に対処するためにスペルカードを発動しようと取り出したカードに魔力を流し込もうとしたが、時を止めた咲夜さんが前に回り込んでいたらしく、ふっと現れると、風見幽香の攻撃を銀ナイフで受け止める。

 耳をつんざく金属音を響かせ、魔力が火花となって散って消えていく。

 銀ナイフを振る咲夜さんと傘を振り回す風見幽香から一時的に離れ、お祓い棒の中に溜めておいている魔力に呼びかけ、魔力の力によって自分のもとに呼び寄せた。

 そうしているうちに二人は十数回にもなる回数も得物同士を打ち合わせていく、受け流しの上手な咲夜さんは吹き飛ばされることなくその場にい続けている。それを横目に飛んできたお祓い棒をキャッチする。

 魔力を足から放出し、足場にして上空に向けて跳躍し、咲夜さんたちを飛び超えて風見幽香の後ろに回り、弾幕を浴びせた。

 咲夜さんに当たらない様にきちんと配慮はできているため、傘を振っている幽香にしか弾幕は当たっていない。

 幽香の太刀筋が後方からの攻撃でわずかに変わって小さな隙が生まれ、咲夜さんが風見幽香の胸を銀ナイフで深々と切りさく。

「ぐっ!?」

 風見幽香が自分の胸を切り裂いた咲夜さんの腕を掴み、逃げられないように拘束されてしまった咲夜さんは銀ナイフで風見幽香の腕を切り落とす前に蹴り飛ばされてしまう。

「がはっ!?」

 蹴りの威力に咲夜さんは吹っ飛ばされ、すでに倒れているヒマワリの上を転がり、倒れ込む。

「っ!」

 私は倒れた咲夜さんに傘を向けて、レーザーを放とうとした風見幽香の傘をお祓い棒で殴りつけ、射線の向きを大きく変えさせることには何とか成功した。

 しかし、早々にそれを察知していた風見幽香に回し蹴りを食らわせられていて、咲夜さんと同様に吹っ飛ばされ、あらゆる器官が潰されたような痛みに動けなくなってしまう。

「か……は……っ!?」

 体が痙攣して思うように手足を動かすことができず、私に近づいてきた風見幽香は地面にへばりついている私の首を掴んで静かに目の高さまで持ち上げた。

 風見幽香の鋭い眼光が目に入り、恐ろしさで手が震える。掴まれている首が閉まり、とても苦しい。お祓い棒で反撃しようとするが畏怖により体が硬直してしまう。

 風見幽香が無表情のまま表情を変えずに私のことを見ていたが、傘を振りかぶって私の頭に叩きつけようとしたところで、彼女はいきなり私のことを投げ捨てた。

 体が浮き上がる感覚を感じている状態で風見幽香を見ると、急いで手を引っ込めていたが、指先を魔理沙さんが放ったレーザーに焼かれ、黒く焦げている。

「二人とも!すまない!もう少しだけ頼む!」

 空中で体勢を立て直してレーザーが飛んできた方向、風見幽香に手のひらを向けている魔理沙さんを見ると、彼女は私に無理難題を押し付けて来た。

 咲夜さんはまだ立つことができておらず、霊夢さん回復中で、魔理沙さんは霊夢さんの回復を手伝っているが、時々は援護してくれるだろうがあまり期待はできないだろう。

 そうなると咲夜さんと霊夢さんのどちらかが体勢を立て直すことができるまで、私一人風見幽香を抑え込まないといけない。

 戦う前からすでに無理だろうという雰囲気が漂い始めていたが、実力では負けても気持ちだけは勝つために気持ちを入れ替え、私のことを見ている風見幽香を見た。

 彼女は魔理沙さんに焼かれた指先を修復し終えたところであり、自分に向けてレーザーを撃った魔理沙さんの方向を見ようとしたが、私が戦闘体勢に移行したことで、まずは目の前の敵を倒すことにしたのだろう。傘を握りしめ、私の方にゆっくりだが大股で歩み寄り、慣れた様子で傘を片手で剣のように構える。

 風見幽香の呼吸から攻撃のタイミングを読もうとしたとたんに彼女は私に向けて走り始め、こちらも負けじと一騎打ちのように走り、得物を振りかぶって振り下ろす。

 全体重をかけた私の一撃は、風見幽香の下から上に向かう薙ぎ払いによって簡単にはじき返されてしまうが、そんなことは想定内だ。

 元からこの妖怪に腕力で勝てるわけがないのだから、鍔迫り合いなんか言語道断である。

 車には轢かれたことはないがおそらく、突っ込んで来たらこうなるのだろうなというほどの衝撃を受け流すために後方に体を移動させたとき、土を踏む音が後ろから聞こえて来た。

 目の前にいる風見幽香の歩くタイミングとは全く違うタイミングでの足音に、咲夜さんかと思ったが目の前にいる妖怪と同じ殺気を放っていることから絶対に違うと確信を持つ。

 後方に向けて弾幕を撃とうとしたが、二人に分かれて後方からもう一人で襲い掛かってきていた風見幽香の距離が予想以上に近く、弾幕を放つために伸ばしていた手を万力で絞められたと錯覚するほどの握力で握りしめられる。

「い……っ!?」

 手を引っ込めようにも、引っ込める頃にはすでに背中に風見幽香の蹴りを叩き込まれていた。

 ドゴッ!

「か……っ…あっ……!?」

 か細い声を喉から絞り出した私は風見幽香の足から伝わってきた運動エネルギーに従い、前方にいる風見幽香にむけて吹っ飛ばされてしまう。

 私が向かう先で傘を振り下ろそうとしている風見幽香の姿が薄っすらと見え、お祓い棒を構え、防御することには成功した。しかし、お祓い棒ごと私は地面に叩きつけられてしまった。

 地面に体が衝突すると、そこから反作用で跳ね返ってきた衝撃に体の中身がすべて飛びだしそうになる感覚が体を襲い、私は体の防御力を魔力で最大にまで高める。

 体の中から内臓が飛び出すことはなかったが、その代わりに体が引き裂かれる痛みが全身に回り、痛みで体が痙攣し、立ち上がらなければならないのに体がそれを拒否して立ち上がることができない。

「…っ!!?……がはっ…!!」

 体内で胃が動き、胃の中で溢れてきている血という異物を口から吐き出した。

 目の前にある地面が真っ赤に染まり、花の白い花びらや緑の葉っぱなどを赤く染め上げる。

 口のなかで強い鉄の香りが広がり、気分が悪くなってくるため、口の中にある残りの血を吐き出した。

「…っ」

 まだ立ち上がることのできていない私のすぐ横に風見幽香が着地し、私の背中を革靴で踏みつけて地面に押さえつけさせられてしまう。

「…邪魔しないでくれないかしら?…ついででもあるけどあなたたちのためでもあるのよ…だから、おとなしく魔理沙を引き渡しなさい」

 風見幽香が荒々しさなどを見せずに静かに私に言った。叫んでいたりしているわけではないというのに、なぜか焦っているように感じられた。

 ただ、私たちのためという言葉、風見幽香を利用している奴からということだろうか。だが、今はそんなことを考えている暇なんかない。

「…無理です…!…仮にあなたに魔理沙さんを引き渡したとして、そのあとはどうなるんですか?…あなたが魔理沙さんに何かをするのではなく、その先にいる人に受け渡しするんでしょうけど……魔理沙さんをこんな異変を起こした連中に引き渡したらただではすみません。殺されてしまうことぐらい貴方だってわかってるんですよね?」

「ええ、わかってるわ……その程度のことは、幻想郷全体から見れば大した問題じゃあないじゃない」

 幽香の返答に若干驚かせられたが、これが人間と妖怪の価値観の違いだろう。妖怪にとって人間が一人死ぬことぐらいどうってことないのだ。

「なぜ、そんなに命を軽く奪えるんですか…」

「…人間が持つ倫理の価値観を私たち妖怪に求めること自体が間違ってると思わないかしら?それに、あなたたちだって似たようなことをやって来たでしょう?」

 風見幽香の言葉に私は意味が分からず眉をひそめると、彼女はゆっくりと話し始める。

「今回は命だったけど、今までだって妖怪たちが何かを成し遂げるために異変を起こした。でもそれに理由をつけて阻止をした。それ自体は争いなわけだから悪いことではないかもしれない。でも、大人数のために少数のしたかったことを無理やりなかったことにして奪ったことは変わりない。……まあ、私が言いたいのは、今回は貴方たちが奪われる側だったってだけよ。今までそうしてきたんだから、一度奪われる側だったぐらいで騒がないで頂戴」

 風見幽香が私を踏んで押さえつけている足に更にさらに力を入れ、地面に押し付けられてしまうが、私は自分の役目を全うできたらしい。

「…あんたの言うことは一部は正しいところもあるかもしれないけど、魔理沙を引き渡すわけがないじゃない…」

 ある程度は回復した霊夢さんが風見幽香の斜め後ろから踏み込み、風見幽香の持っている傘を絡めとるようにして弾き飛ばした。

「そう、じゃあ頑張りなさい」

 風見幽香は驚くこともなく、焦った様子も見せずに霊夢さんの二撃目を右腕を盾にして耐え凌ぎ、折られた右腕を庇いながら霊夢さんのお祓い棒の届く範囲から抜け出す。

 霊夢さんはそのまま深追いはせずに動きを止め、風見幽香に向けてお祓い棒を構えると、治っていない右腕を下ろしたまま、左手だけ戦えるように構えた。

 普段通りに見えるが、私が危なくなったせいで回復を中断してきたようだ。動きがまだぎこちない。

 霊夢さんが走り出すフェイントを風見幽香にかけ、彼女の意識が霊夢さんに集中したすきを狙って、後方から咲夜さんが背中を切りこんだ。

 鮮血がパッと飛び散り、背中からお腹までわき腹を通る軌道を銀ナイフで切られた風見幽香の服が、赤い血で真っ赤に染まり始める。

「ぐっ!?」

 風見幽香の数倍は速く動いているように見える咲夜さんは、時間を操作して相手よりも速く動くことができるようになるスペルカードを使用しているのだろう。幽香を後方から前方に移動して切り裂いていたが、切られた幽香がうめいているころにはすでに彼女の周りを回って銀ナイフで何度も切り付けていた。

 体の弱点分を狙った容赦ない斬撃にたった数秒で幽香の体が血まみれとなっていく。

「…っ!?」

 幽香はそれでも切り傷を無視して、高速で周りを回っている咲夜さんに向けて拳を放つ。

 お祓い棒でガードしていたらお祓い棒を持っていられないほどの衝撃が来るだろうという拳を、咲夜さんは体を後ろにそらせることで避けたようだ。

 ほんのわずかな時間ではあるが驚いた顔が見られ、等倍の速さであったらさっきの攻撃は咲夜さんに当たっていたかもしれない。

 咲夜さんは幽香が伸ばした腕を引き戻す前に、彼女の両肩の関節部に銀ナイフを根元まで突き刺し、空中に飛ばすように腹部に蹴りを入れて吹っ飛ばした。

 幽香の体が後方に吹き飛んでいき、魔力で足場を作ろうとしていたが、彼女は何かに気が付いて焦った表情を見せる。

 その視線の先にはミニ八卦炉ではなく、掌を構えた魔理沙さんがいて、マスタースパーク並みのレーザーを幽香に放ち、撃ち落した。

 

 

「…それで、あんたは誰かに言われて魔理沙を狙った……あんたが誰かの命令を聞くとも思えないけど、その命令を下したのは誰?」

 霊夢が札で何重にも封印をかけている幽香に向けて何度目かの質問を投げかけた。

「…………」

 それに対して幽香は聞こえてはいるが無視を決め込んでいる。霊夢もとっくにわかっているだろうが、おそらくこいつは敵の情報を言わないだろう。

「お前は物につられるようなやつじゃない」

 霊夢が形だけでも次の質問に移ろうとしたが、私は彼女には荷も言わずに幽香に話し始めた。

「どんなに脅されても、その連中に従うようなやつじゃない…普通なら」

 私は封印されて座っている幽香の目の前に膝をついて目線を合わせ、彼女の顔を覗き込んだ。

「…」

 私は静かに幽香の首筋に手を伸ばし、動脈の鼓動を感じる部分に触れてから彼女に言った。

「深い理由は知らないが、誰かを使って脅されてたってところか?」

 目を閉じて指先に意識を集中させると、幽香の鼓動の速さと強さを感じ取った。

「少しだけ鼓動が速くなった……お前にもそんな人物がいたなんて驚きだな」

「そんな方法で本当に嘘か本当かわかるんですか?」

 私が呟くと、後ろから早苗が言ってくるがそう言う気持ちもわからなくはない。心臓の拍動なんかで嘘か本当か見分けることなんかできなさそうではある。

 運動をしていたり精神の安定具合などが影響して、こんな状況では普通の人間や妖怪なら効果は薄かっただろう。

 だが、幽香相手なら問題ではない。戦闘から大分時間も経過していることで心臓の拍動も平常に戻っている。それに、幽香の精神は私たち以上に図太く、私たちが尋問で暴力を振るわないとわかっているだろうから、緊張もない。現段階なら表情や仕草などから読み取るよりもこっちの方が正確だろう。

 そして、なによりも、

「…拍動は魔力で調節することが難しいから、それでだますことはできない。例え騙そうとしてもすぐにばれるから幽香みたいな性格の奴には意外と有効なのよ」

 私に代わって霊夢が言ってくれたがその通りだ。普段心臓などの筋肉は脳のどこかの器官が無意識のうちに調節してくれている。だから、自分が意識して心臓などの筋肉を動かしているという動物はいないだろう。それを魔力を使って自分の意思で無理やり変えるため、拍動の速さやテンポ、強さがバラバラとなり、騙そうとしたりごまかそうとしているのがわかるのだ。

 私は次の質問に移る。

「人数は?五人以上か?」

 彼女の拍動が自然にわずかに加速する。

「お前を脅しているのは、そとの世界から来たやつか?」

 拍動のわずかな加速。

 私が幽香の拍動が収まるのを待とうとした時、質問をしていないのに彼女の鼓動が早まっていくのを指先で感じる。

 彼女が魔力で拍動を調節しているのかと思ったが、違う。あまりにも拍動が自然すぎるのだ。

「…っ…!……奴らが…来る…!」

 焦りや戸惑い、おびえすら見せている幽香なんて初めてみた私たちは驚きで困惑した。

「奴らが来るって、この異変を起こさせた奴か!?」

 私が幽香の肩を掴んで問いただそうとすると、私の手を掴んだ彼女は静かに言い放つ。

「…ええ、そいつらのことを…あんたはよく知っているわ」

「お前をねじ伏せることができる幻想入りしてきた奴なんて、私は知らないぜ」

 私がそう言うと、彼女はそんなことはないという。

「たぶん、あんたが幻想郷に幻想入りをする前に繋がりがあったやつよ…あいつらは、古い友人だとか言ってたわ」

 幽香のその言葉に私は思考が停止しかけ、体が凍り付いたように動かせなくなってしまう。

「…え……?」

 そうしている間に回り一帯にさっきから感じ始めていた嫌な気配が強くなってきていて、どこから来るかわからない霊夢たちは頭が真っ白になっている私を置いて周りを警戒し始める。

「…魔理沙、この異変を起こした奴に心当たりがあるのね?」

 霊夢がそうたずねてくるが今の私には受け答えをするだけの余裕はなく、思い出したくもない懐かしくもある奴の気分が悪くなる魔力を感じてしまう。

「うそ……だろ……」

 幽香の肩を掴んでいた私の手が小刻みに震えていて、いつの間にか泣きそうな声で誰に言うわけでもなく、呟く。

 その私から幽香は視線を外して、緊張した様子で回りを警戒し、魔理沙の返事を待っている霊夢に声をかける。

「霊夢」

「…?…なに?」

 だいぶやばい魔力の持ち主が近づいていることで、焦りながらもいつでも迎撃できる体勢でいる霊夢は話しかけるなと言いたげに返事をする。

「こんなことを頼める立場じゃないのはわかってるけど、一つ…頼まれてほしい」

 幽香の真剣な言い草が気になったらしく、霊夢が幽香の言葉に耳を傾けた。

「…私の家の中に……妖精たちが捕まっている……札が張ってあって妖怪である私は剥がせない…だから、あなたたちがあの子たちを奴らに殺されないように逃がしてほしい」

 霊夢が何かを言おうとする前に、幽香がさらに続けて呟く。

「今から逃げても死ぬまでの時間を稼ぐだけかもしれない。でも、それでもあの子たちを逃がしてほしい」

 幽香が幽香らしくないことを言っていて、霊夢は不信感を抱いているようではあるが、彼女の真剣なまなざしに静かにうなづいた。

「…一つ教えて、異変を起こしたのは…誰…?」

 霊夢が言い、幽香がそれにこたえようとした時、感じ取れる敵の魔力の強さが最高潮に達し、私たちの周りの空中にヒビが入る。

 ビキッ!!

「…なっ…!?」

 ガラスを置き、それに亀裂を入れたようなものが何もない空中でできるという初めての現象に、霊夢だけでなく咲夜や早苗までもが驚き動くことができていない。

「全快してても勝てるかわからない相手に、こんな状況で勝てるわけがない…今は……逃げろ…!」

 幽香の一括に我に返った霊夢たちは空間にひびが入っている場所から離れようとし、他の三人よりも反応の遅れた私は幽香に突き飛ばされ、逃げ遅れていた私を連れ出そうと引き返そうとしていた霊夢にぶつかった。

 バキン!!

 見た目通りにガラスの割れる小気味いい大きな音が響き渡り、空中が割れて幽香の周りに真っ黒な空間が現れる。

「あらあらあら、駄目じゃない…こんなにヒントを上げちゃあぁ」

 凛とはしているが、どことなく狂気を感じる高くも低くもない声が割れた空間から聞こえ、その中から異変の首謀者は手だけを出して、すぐ近くにいる幽香の口を押える形で後ろから顔に触れる。

「…っ…!」

 幽香が手を振り払おうとしたが、奴は手だけを出していた状態から体全てを空間から出し、幽香が逃げられないように後ろから抱き着く。

 その幽香を捕まえた人物の姿を見た私たちは絶句し、言葉を失った。

「なん……で………お…おま……え…が……」

 私のかすれてとぎれとぎれになって、何を言っているのかよくわからない言葉が奴には聞こえたらしく、こっちを見ると、口角を上げてにやりと笑い。一言だけ言った。

「久しぶりねぇ……魔、理、沙」

 割れた空間から出て来た奴は、私たちがよく知る霊夢と全く瓜二つの顔をしていて、狂気に歪めて笑う顔を私に向けた。

 

 注意 ややこしくなるため、以後は異次元から出て来た霊夢を異次元霊夢と表記します。

 




一週間から五日後に次を投稿します。


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異次元からの来訪者
東方繋華傷 第三十二話 戦いじゃない ①


自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第三十二話をお楽しみください。


 注意、ややこしくなるので異次元から出て来た霊夢を異次元霊夢と表記します。

 

「十年ぶりねぇ……死ぬほど探し回ったわぁ」

 異次元霊夢が舌で唇をベロリと舌なめずりし、ガタガタと震えている私を見て嬉しそうに呟く。

「その右手から肘のあたりまである古傷、私にこの怪我を負わせたときに負った傷があるのは、あんたしかいないわよねぇ?」

 異次元霊夢は左手を私に見せつけるために自分の顔に前に掲げて見せると、私の右腕についている古傷とよく似た傷が彼女の右腕にもあり、それが肘のあたりまで続いている。

 ズキッと今までにないぐらい右腕の古傷が痛み、左手で右腕を握りしめて痛みを和らげようとするが、逆に痛みが大きくなっていってまるで現実を受け止めろと言っているようだ。

「さてと…魔理沙以外はどうでもいいし…殺しちゃってもいいんだけど……でも、その前に」

 異次元霊夢はそう呟くと、幽香の口元に触れていた手を離し、その手を背中側に回した。

 グチュッ

「あああっ!?…があぁっ…!?」

 骨を砕き、肉を抉る音が十数メートルも離れている私たちにも聞こえてきて、異次元霊夢の腕が背中側と胸側の肋骨を貫いて幽香の胸から現れる。

「うっ…!?」

 早苗が口を押え、幽香の方向から目を逸らす。私が逸らさなかったのはこんな状況でもいまだに現実を受け止めることができていなかったからだろう。異次元霊夢の手には拍動して血管から血を吹き出している幽香の心臓が握りしめられていた。

 心臓の拍動に合わせて肺動脈と上大静脈と言われる心臓の千切れた動脈から真っ赤な血が噴き出し、そのうちの数滴が私の頬に飛び散る。

「…っ……咲夜!」

 霊夢の顔が引きつり、今の疲弊している体力と魔力がかなり減っている状態では勝てないと幽香の言った通り察知した霊夢は、咲夜に呼びかけた。

「えぇ、わかっています」

 咲夜は手短に返事をし、時を操作して止めたらしく姿が見えなくなる。おそらく、幽香が言っていたあの妖精たちを開放氏に向かったのだ。幽香が私を突き飛ばして助けた借りを返すためだろう。

 ビクビクと時折痙攣し、動物的な意思のある動きをしなくなっている幽香を異次元霊夢は横に投げ捨て、こちらにゆっくりと歩き始める。

「霊夢さん!下がってください!」

 霊夢が異次元霊夢からの今行われようとしている攻撃に、幽香に突き飛ばされた私を抱えている状態では受けきることができないだろうと早苗が私たちの前に降り立ち、五芒星の弾幕に札を混ぜ込んだ弾幕を異次元霊夢に向けて飛ばす。

 五芒星の弾幕一つ一つの間にはほぼ隙間もなく、あっても札などが配置されていて、進むには避けるにもどれかしらの弾幕を叩き落とさなければならないだろう。

 だが、異次元霊夢は本当にそこに存在しているのかと錯覚するほどに、札にも五芒星の弾幕にも触れることなくすり抜け、早苗に向けて嗤いながら飛び付いた。

「せぇい!!」

 十メートル程度の距離があったため、早苗も飛び付いてきた異次元霊夢の弾丸みたいな速度にも反応でき、お祓い棒と体を魔力で強化し、下の方向から振り上げる。

 お祓い棒が空気が切りさく鋭い音が私にまで聞こえてくる。そして、響いた音はお祓い棒同士がぶつかり合う甲高い音や、お祓い棒がどちらかの体にめり込んだ鈍い音でもない。

 この音は木の枝を折るのに似ている乾いた音で、後ろから見てもわかるほどに早苗のお祓い棒を握りしめていた右腕が、肘のあたりから逆方向にぐにゃりと曲がっている。

「~~~~~~~~~~~~~っっ!!?」

 得物通しがぶつかったのであればわずかに早すぎると思ったが、早苗がお祓い棒を振る寸前に異次元霊夢が加速し、手首などに攻撃を加えて彼女の腕を関節からへし折ったのだろう。

 後ろに下がろうとした早苗の胸倉を掴んだ異次元霊夢は彼女に片手では数えきれないほどの回数お祓い棒を叩き込み、十数回目で早苗のことを吹き飛ばした。

「…あ…がっ……!?」

 息をつく暇もないほどの連撃に、早苗は一瞬のうちにボロボロになり、糸の切れた人形のように地面に転がり落ちる。

 早苗という小芸を排除した異次元霊夢は、私たちに向けて一発の弾幕を放つ。

 それ自体は普通のことだ、自分が目的地に着くまでの時間稼ぎで、精神的にも準備をする暇を与えない目的もある。だが、問題なのはその弾幕の威力なのだ。

 普通の弾幕に見えるというのに、異次元霊夢の物は触れたらただでは済まないという雰囲気、プレッシャーを強く感じる。

「…っ!?」

 私よりも早く危機を察知した霊夢は私をわきに突き飛ばし、かなりの速度で飛んできていた弾幕にお祓い棒を叩きつけて押し潰す。

 霊夢が異次元霊夢の弾幕を完全に打ち消す寸前に弾幕が何の前触れもなく爆ぜ、爆発の衝撃で飛んできた魔力の結晶や魔力の炎、それらにさらされた霊夢の顔や体に小さな切り傷などができていく。

 そんなことを気にすることもなく、霊夢は弾幕を飛ばした異次元霊夢に向けて弾幕を放つが、異次元霊夢は早苗の時にも見せたが、まるで幽霊かと錯覚するほどに弾と弾の間に体を滑り込ませて器用にかわしていっている。

 霊夢はすぐ急上昇すると懐から一枚のカードを取り出し、魔力を流してそのカードに刻まれているスペルカードを発動させた。

「霊符『夢想封印』」

 霊夢が弾幕勝負でよく使うスペルカードだ。大量の光輝く魔力の玉が彼女の周りに形成され、異次元霊夢に向かって飛んでいく。

 それに対して応戦するかと思ったが、異次元霊夢はにやりと笑うとわざと弾幕にぶつかって霊夢に向かってかき分けて進み、彼女につかみかかろうとする。

 夢想封印の爆発を食らっている異次元霊夢が、全く怯む様子を見せないことに霊夢は面食らった顔をしている。

 それも仕方のないことだ。今までは戦っている最中に技を構築して、その状況にあったものを作っていた。

 だが、スペルカードというものができてからは、事前に作っておいてそれを戦闘中に使うことで技の構築という負担をなくし、戦いを円滑に進められるようにした。一見メリットしかないように見えるが、デメリットも当然存在する。

 スペルカードを一から構築せず、前もって作っておくことで負担を減らしたということは、前もって設定して置いた威力、弾幕の速度、配置、数にしかできないということを示し、敵や状況に合わせて様々なことを調節することができない。ということは、

 今使っている霊夢のスペルカードは敵を殺すものではなく、敵を倒すスペルカードだということだ。その手加減されたスペルカードでは異次元霊夢には傷一つつけられないだろう。

「霊夢!正面から戦っちゃだめだ!逃げろ!」

 まだショックから抜け出せていない私は、向かってきた異次元霊夢に向けて正面から打ち合おうとする霊夢に警告をするが、すでに異次元霊夢の射程圏内にいて逃げられる距離ではない。

 ガッ!!

 たったの一撃で霊夢の手から離れたお祓い棒が上空に向けて飛ばされ、彼女が眉をひそめていることから衝撃が腕に伝わり、それが痛みとなって感じているようだ。

 だが、それよりも異次元霊夢に攻撃されそうになっている方が重要で、霊夢もそれはわかっていて、懐から取り出していた針を痺れた手で何本かは取り落としながらも、持った針を彼女は異次元霊夢に投げつける。

 数本の針を向かってくる異次元霊夢の各急所に一ミリのずれもなく配置するが、異次元霊夢は笑うと、体を軽くひねっただけでそれらをかわして見せた。

「っ!?」

 次の針を取り出し知恵る暇もなく、異次元霊夢が霊夢のもとにたどり着き、持っている古びたお祓い棒で霊夢の頭をたたき割った。

 




時間がなくて書いている暇がないのでしばらくは短くなってしまうかもしれないです。

次は五日から一週間後に投稿します。


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東方繋華傷 第三十三話 戦いじゃない ②

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第三十三話をお楽しみください。

今回も少し短くなってしまいました。申し訳ないです。


 私の目には異次元霊夢のお祓い棒が霊夢の頭をかち割った。そんな風に見えた気がしたが異次元霊夢はなぜかお祓い棒が霊夢に当たる寸前で、ピタリとその動きを停止させた。

 その理由は異次元霊夢の目の前にずらりと並べられた銀ナイフがいきなり現れたからだろう。

 普通ならば反応するまもなく銀ナイフが異次元霊夢に突き刺さるだろう。もし、目の前三十センチに現れて飛んでいた銀ナイフに反応することができたとしても、避けきることは不可能だ。

 しかし、奴は私の予想の上をいく。異次元霊夢は咲夜のナイフに一本も当たることなく作り出した魔力の足場を蹴って投げられた銀ナイフと同じ速度で後ろに飛び、すべての銀ナイフを避けた。

「なっ!?」

 すぐ近くに現れた咲夜が驚いている。投げた銀ナイフのタイミングや配置は完璧だったのだろう。かわすことは絶対とは言わないがほぼ不可能と思っていため、余計に驚いている。

 だが、そのおかげで霊夢の打ち上げられてしまっていたお祓い棒が落ちてきて、それをキャッチして立て直すことができた。

 だが、その霊夢がお祓い棒をキャッチした途端に急にがくんと体の体勢を崩し、自分のいる高度を保っていられなくなって地面に向かって落下し始める。

「霊夢!」

 私には見えなかったが何かを異次元霊夢にされたのだ。落下をし始めた霊夢の落ちる軌道と時間を予測し、走るスピードを速めた。

 その私とは対照的に、銀ナイフを両手に出した咲夜は追撃を防ぐために異次元霊夢に向かって走り出した。

 咲夜がどこからかスペルカードを取り出し、スペルカードに刻まれている回路と紙に魔力を流す。

 強い魔力を流されたことで紙が耐え切れず、輝き始めたところで咲夜は走りながら銀ナイフの柄でカードを殴ると、ガラス割ったみたいに紙が砕け散る。

 スペルカードは時間操作であったらしく、咲夜の動く速度が何倍にも早くなり、走っているだけだというのに風よりも速い。

「はぁっ!!」

 咲夜が魔力で作り出した銀ナイフを高速移動を使って様々な方向から投げつけ、それと同時並行で手に持っている銀ナイフで切りかかる。

 だが、異次元霊夢は余裕の笑みを崩さずにダンスを踊るようにして咲夜の斬撃と投擲された銀ナイフを弾き、すり抜けていく。

 ひときわ大きい金属音。切りかかった咲夜が異次元霊夢のお祓い棒で今まで以上の力ではじき返されたらしく、体勢を大きく崩している。

 異次元霊夢は咲夜に反撃することのできるタイミングで、彼女の両手に持っている銀ナイフに針を投げつけた。

 三十センチほどの針が銀ナイフに寸分のずれもなく直撃し、金属音を響かせて銀ナイフを咲夜の手から離れさせ、刃を貫通した針が銀ナイフを地面に縫い付ける。

 自分の時を速めたことでできる高速移動中の咲夜を物理的に捉えること自体が難しいというのに、異次元霊夢はあろうことか手に持っている銀ナイフを針で射抜いた。すさまじい動体視力だ。

 咲夜は手に持ってた得物が無くなったことで、すぐさま素手による体術に切り替えようとしたが、どんなに頭の回転が速くても起こるタイムラグが生じ、異次元霊夢はその期を逃さずに咲夜に接近した。

 そして、咲夜の目と鼻の先で朱色の舌をベェっと突き出した。この程度なのかと彼女を挑発しているのだ。

 それもすぐに咲夜は察するが、冷静さをギリギリ保ちながらも自分に向けられたらぞっとするような形相で拳を握り、異次元霊夢に殴りかかる。

 そのうちに私は霊夢が落ちる寸前で彼女と地面の間に滑り込み、落ちてくる彼女に飛び付いて受け止め、空中で一回転して地面に着地した。

「霊夢!大丈夫か!?」

 霊夢の体を見ると体のいたるところに針が刺さっている。幸いにもどれも急所は外れている。いや、外してあるといったところなのだろう。

 霊夢が避けたというのもあるだろうが、奴がわざと外したのだ。

 疑問が浮かぶ、なぜわざわざ外したんだ。と、異次元霊夢ははじめに言った。私以外はどうでもいいと、殺すか殺さないかは奴の匙加減なのだ。だが、邪魔などで殺す理由はあっても殺さない理由は無い。

 目的が私だというのに私を守っている霊夢たちを殺さずに戦っている。奪う命は最小限にという言葉は奴らにはないだろう。ということは、今は殺さなくてもいいということだろうか。

 何のために異次元霊夢はダラダラと戦っているのだろうか。時間稼ぎだろうか。でなければ咲夜も早苗も、霊夢でさえ今頃は殺されていることだろう。

 しかし、何のために時間を稼いでいるのだろうか。時間を稼ぐというのは自分以外の誰かが来るのを待っている状態か、誰かが何かをするのを待っている状態だ。それが意味しているのはこいつ以外にも誰かがいるということだ。

 だが、こいつの初めの言葉から殺すことが前提で、この戦いも余興であって異次元霊夢にとっては遊びなだけかもしれない。

 抱えている霊夢に落とした視線を上げて咲夜の方を見ると、スペルカードの効果が切れて等倍の速度で応戦しているが、体力も集中力も欠いている彼女がやれるのも時間の問題だろう。

 異次元霊夢の攻撃に咲夜の右手に握られていた銀ナイフが弾き飛ばされた。銀ナイフは回転しながらこっちに飛んできて、私の近くを通って後方に飛んでいく。

 当たりはしなかったが、鋭いものが空気を切りさく音が予想よりも近くでして驚いた。

「うぐぁぁっ…!?」

 左手に持った銀ナイフで牽制して下がろうとした矢先に、異次元霊夢の攻撃でそれを叩き落され、丸腰になっている咲夜は異次元霊夢に掴まれて至近距離から大量の弾幕を浴びせかけられる。

「…魔理沙…!あいつの狙いはあんたみたいだし…私たちがこいつを抑え込むからそのうちに逃げなさい」

 霊夢は体のあちこちに刺さっている針を引き抜かずに、震えてお祓い棒を持つことすらもつらそうな手で掴み、異次元霊夢に向かって行こうとしている。

「いや、逃げるのは霊夢、お前らだ」

 奴の目的は私であり、私が逃げればそれを追おうと生かしておく理由もない霊夢たちを確実に殺すだろう。だから、私も戦わなければいけない。そう思っていたが私はそれを否定した。

「こいつが…こっちに来たのは私のせいだ…これは私の戦いなんだ」

 私も、戦わないといけないではない。私が闘わなければいけないのだ。

 




五日後から一週間後に次を投稿します。


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東方繋華傷 第三十四話 脈打つ

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第三十四話をお楽しみください。


 異次元霊夢と戦うために立ち上がろうとしていた霊夢を奴から見えないように草むらに寝かせ、いつの間にか攻撃を受けてぐったりしている咲夜をぶっ飛ばした異次元霊夢に、後方からレーザーを浴びせかける。

 後ろからだというのに気配だけで私の攻撃を察知し、異次元霊夢は宙返りをしてレーザーの射線上からいなくなり、光線が空を切る。

 後ろからの攻撃だというのにそれをかわされたことに驚きを隠せないが、かわされてしまったものは仕方ない。

 再度レーザーを放とうとしたが、宙返りでレーザーをかわしていた異次元霊夢がこちら側を見たとき、銀色に光る針を私に向けて投擲した。

「うあっ!?」

 頭を下げたことで首や肩に当たることなく針はなびいた髪を掠って後方へと飛んでいく、私は使う攻撃をレーザーからエネルギー弾に切り替えることにした。

 地面に着地した異次元霊夢はうれしそうに笑っている。やはり、奴にとってはこの殺し合いも本気を出すほどではない遊びだということだ。

 彼女は身を低くすると土をまき散らして跳躍し、地面を滑るようにしてこちらに向かってくる。

 魔力をエネルギーに変換して掌に溜め、青いエネルギー弾を向かってきている異次元霊夢に発射した。

 普段のレーザーよりも遅い分、異次元霊夢にも私が放ったエネルギー弾は遅く見えるらしく、飛んできていてたエネルギー弾をお祓い棒でかき消す。

 だが、異次元霊夢のお祓い棒がエネルギー弾に接触すると同時に爆弾の爆発とは言わないが、小さくはじけると異次元霊夢の体が大きくのけぞり、それでは止まらずに後方に飛んでいく。

 やはり、レーザーを使うよりはエネルギー弾を使った方が効果的である。

 私がレーザーや爆発系などの弾幕を使わず、なぜ弾速も遅く爆発の範囲も狭いエネルギー弾を選んだのかというと、やつの戦い方だ。

 レーザーでは点での貫通力により、魔力を使えるとはいえ最高出力であれば人間を貫通させることなど容易い、だが、それでは接近戦を挑んできた人物に対しては体を貫通させることはできてもその体を押し返すことができない。できたとしても一発限りの攻撃ということだ。接近されてしまえば手を向けて撃っている暇などない。

 爆発系については、もし異次元霊夢が魔力で神経を伝わってきた痛みという情報を遮断してしまったとしたら、どんな攻撃をしても痛みを伴わないため突き進んでくる。至近距離での爆発物は私もろとも吹っ飛ばされてしまい使えない。

 エネルギー弾はエネルギーを周りに拡散させたり、一点集中で貫通するのではなく、敵にそのまま伝えるというのがいいところだ。それがダメージにもなり、相手を吹っ飛ばすこともできる。

 一応爆発はしているが、ほとんどのエネルギーが撃った正面の敵に伝わっているため至近距離でもこちらにはほとんどダメージは無い。

 異次元霊夢は魔力の足場を作るとそこに着地し、私が次のエネルギー弾を撃つ準備のできる前にそこから跳躍し、彼女の方に向けていた手のひらをお祓いお棒で打ち払うと、私の胸に肩から突っ込んで押し倒してくる。

「うぐぅ…!?」

 背中を強く地面に強打し、正面から胸を圧迫されるため息が詰まってしまう。そのうちに打ち払われた腕も含めて両手を掴まれて地面に押し付けられてしまった。

 腹の上に座っていた異次元霊夢は、素早く私の胸の上に移動して座り込むと、掴んでいた手を離してその代わりに二の腕のあたりに足をのせて腕を拘束してくる。

「さてと、これからのためにあなたは殺せないし……とりあえずできる限りいたぶるとしようかしらねぇ」

 戦っている間は息一つ切らさなかった異次元霊夢が息を荒くしている。なぜ息を荒くしているのかわからなかったが、頬をわずかに赤くしていて気分が高ぶっていて興奮しているのだとなんとなくわかった。

「人を殴ろうとして…興奮するなんてな……とんだ変態野郎だ…」

 私が強がっているということなど考えるまでもなくわかるらしく、小さく微笑むとお祓い棒を握りしめて振り下ろすために持ち上げる。

 殴られる前にもがいて拘束を解こうとするが、異次元霊夢が私の口元を逆の手で掴んで地面に押し付けて動かせないように固定した。

 次に感じたのは衝撃、瞬きする程度の短い間だけお祓い棒の痛みを感じなかった。しかし、神経を伝わってきた頭蓋の軋む痛みが鳴らした鐘の音のように広がり、激痛に気絶しそうになる。

「ん~~~~~~~~~~~~~っ!!!?」

 お祓い棒がねじ込まれて殴られていたらしく額の左側、側頭部側から出血してしまう。異次元霊夢が体を低くして激痛で全身が硬直している私の顔に近づいてきた。

 何かをされる前にもがいて手を拘束している足から抜け出そうとするが、異次元霊夢は私の顔の横を通り過ぎると、耳に奴の唇が触れた。だが、彼女は唇をすぐに耳から離した。

 意味が分からないが、異次元霊夢の体勢の悪い今のうちに彼女を振り払おうとするが、次に耳に当てられたのは硬い歯だった。

 異次元霊夢は私の左耳に歯を当てると思いっきり歯を立てて噛みついてくる。

「いっ!?」

 異次元霊夢がかみついた私の耳を食いちぎらずに引っ張り始めた。彼女はそれも楽しんでいるらしく、一気に耳を引きちぎるのではなく少しずつ徐々に耳と頭を繋いでいる肉を歯で削いだり、引っ張って断裂させて遊んでいる。

 血管が切れたらしく、半分ほどまで引きちぎられている耳の断面から血が漏れ出し、首筋を伝って行く、

 自由になっている手で私の頭を地面に固定していることで満足に動かすことのできない私は、抵抗できずに肉が引き裂かれる音と一緒に左耳を頭部から引きちぎられた。

「ああああああああああああああああああああああっ!!!」

 耳を引きちぎられるという今まで体験したことのない激痛に、頭を殴られた時以上に気を失いそうになるが痛みで回らない脳を必死に回転させ、地面に押さえつけられている腕の手首をひねって異次元霊夢に向け、エネルギー弾を高威力でぶっ放す。

 そんな攻撃はすぐに異次元霊夢に察知されるが、私の悲鳴を恍惚な表情を浮かべて夢中で聞いていた彼女は体を捻って避けることができず、お祓い棒でエネルギー弾を打ち払うが、爆ぜたエネルギーが異次元霊夢にそのまま伝わり、その体が浮き上がってそのまま飛んでいく。

「~~~~っ…ああ、…ぐっ……!!」

 体を捻って起き上がり、異次元霊夢に食いちぎられ左耳を押さえると、いつもあるはずのものが無くなっていてそこから静脈の黒い血がダラダラと流れ出ている。

「魔理沙ぁ、いくらあんたが頑張ろうと私には勝てないわよぉ?あんたが平和に暮らしていた十年間…私たちは殺し合いで生きてきたわけだからねぇ。疲弊していたのも理由の一つかもしれないけど、それを差し引いたとしてもここにいる誰も私には勝てないわぁ」

 確かにそうだろう。センスや才能も関係していると思うが、今の私や霊夢よりも強いのは確実である。

 奴の話が本当ならば、私がいなくなった十年間を探すために戦い続けた。どこで戦っていたのかは知らないが、それが示しているのは私たちが異次元霊夢に十年分の遅れをとっていることに他ならない。

 状況は絶望的だ。バラバラに立ち向かっても奴には勝てないということがさっきまでの戦いでよくわかったが、早苗は利き腕を関節部で折られて体に何度もお祓い棒を叩き込まれ、霊夢は体のいたるところにある急所付近に針を撃ち込まれて戦闘を行うのは難しく、咲夜も幽香からの連戦で疲弊し、ついさっきやられてしまった。私一人ではこいつの足元にも及ばない。

「だんだんそのエネルギー弾にも慣れて来たわねぇ」

 異次元霊夢はニヤリと笑うと準備運動でもするような感じで手首を捻ってパキッと音を鳴らし、お祓い棒を構えることもなく普通に私に歩み寄って来る。

 べっとりと血が付着していて、血が付いていない部分を探す方が難しい左の手のひらを異次元霊夢に向けると同時にエネルギー弾を放つ。射線を予測されないようにでたらめに撃ったが以外にも奴の胸に向けてエネルギー弾は飛んでいく。小さくして威力を少しだけ控えめにしたため、弾速がだいぶ早い。

 異次元霊夢はお祓い棒でエネルギー弾を打ち払い、意図的に小さく後ろに下がることでエネルギー弾から伝わってきた衝撃に変換されたエネルギーを緩和し、エネルギー弾に当たったのかと疑いたくなるほどにすぐに歩き始める。

「っ!?」

 しかし、いつまでも驚いてはいられない。奴が近づいてくるならば接近戦に慣れていない私は後ろに下がらなければならない。大きく後ろに下がり、今度はもっと強力なエネルギー弾を異次元霊夢に向けて放つ。

「魔理沙ぁ…こんな豆鉄砲みたいな攻撃で私を殺せると思ってるのかしらぁ?」

 異次元霊夢は私から食いちぎった耳をくちゃくちゃと咀嚼し、よくかみ砕いて一息で口の中にある小さくなった肉片を飲み込み、エネルギー弾を今度は後ろに下がらずに打ち消した。

 耳を食いちぎった際に唇に付着した赤黒い私の血を、肉片のついている赤色に近い舌でなめとった。

「黙ってろ…!…この…くそ野郎が……!」

 異次元霊夢に向けてエネルギー弾を何度も放ち、走り寄ってくる奴を近づかせないようにするが、エネルギー弾の力に慣れて来た異次元霊夢はエネルギー弾で吹っ飛ぶようなミスなんかせずに着実にこちらに近づいている。

 これだけでもこいつがどれだけ戦い慣れをしているのかがわかる。こちらの霊夢もできるだろうが、異次元霊夢は適応が速すぎるのだ。

 目の前に迫った異次元霊夢に対して私は後ろに飛びのくが、うまく下がることができずに途中半端に下がってしまい、異次元霊夢に追いつかれてしまう。

 エネルギー弾を放つが先ほどまでと同じく、上から叩きつぶされて小さく爆ぜる。奴にエネルギーが伝わっているはずだというのに何事もなかったように突っ込んでくる異次元霊夢は、お祓い棒を振り上げて私の頭に向けて振り下ろしてくる。

 なめらかで無駄のない動きで異次元霊夢が振り下ろすお祓い棒をかわすことが無理だと早い段階で分かっていた私は、右腕を犠牲にすることで頭部に当たったときの致命傷を避けた。

 べぎっ!!

 前腕が半ばから外側に折れ曲がり、お祓い棒で殴られた痛みと骨が折れたひどい痛みに右腕全体が痙攣して動かすこともままならない。

 だが、私が倒れるわけにはいかない。ここで倒れれば霊夢たちの死が確定する。

 私は歯を食いしばって折れた右腕の痛みに耐え、折られていない左腕を伸ばして異次元霊夢の胸付近で構え、ゼロ距離からエネルギー弾を食らわせてやった。

 バシュッ!!

 発射と同時に手の中で爆ぜたエネルギー弾の衝撃の約八十パーセントは異次元霊夢に伝わったが、小さくはじけた際の残りの約二十パーセントがこちらに伝わり、私と異次元霊夢は後方にぶっ飛んでしまう。

 奴も武器ではなく体に直接エネルギー弾を受けたためか、さすがに後方に吹っ飛んでいるのが後方に飛びながらも確認できる。

 そして、私は受け身を取ることもできていないのに奴はすでに立て直していて、魔力の足場を使っての跳躍が視界の端に見えた。

「くそったれ…!」

 私が小さく罵っていると、異次元霊夢がお祓い棒を構えほんの数メートル先にまで迫っている。これでは倒れてから起き上がっている暇などは無いだろう。

 体を丸め、できるだけ地面に飛んでいる勢いを逃がさぬように地面を転がって一回転し、後方によろけながら地面にうまく着地した。

「あら、意外と運動神経高いのね」

 私に飛び付く予定だったらしいが、以外にも地面に倒れなかったことで飛び付くのを中断し、軌道を変えて私の目の前に着地する。

「そりゃどうも…!」

 言葉と一緒にエネルギー弾を異次元霊夢に帰してやった。弾丸と同じ原理で回転して安定した弾道で飛んでいくが、真っ赤な紙のついているお祓い棒にあっさりとかき消されてしまう。

 初めの時にはあれだけ吹き飛んでいたのに、運動エネルギーを逃がすやり方をすでにマスターしているらしく、エネルギーを逃がす動作すら見受けられない。

 お祓い棒を軽く振るっていた異次元霊夢は私に向かって大きく一歩を踏み出した。彼女の姿が一気にグッと大きくなり、お祓い棒の射程範囲内に入ってしまう。

 無駄だとはわかっているがそこにもう一度エネルギー弾を最大出力で浴びせかけた。

 いや、今回の攻撃は浴びせかけようとした。というのが正確である。

 なぜなら、異次元霊夢がエネルギー弾を撃つ寸前にそっちに向けていた左腕を捻じ曲げ、銃口ともいえる手のひらを私の顔に向けたのだ。

 すでに魔力を掌に送り込み、そこからエネルギー弾を放つ段階に移っていたことで止められず、私は自分自身に向けてエネルギー弾をぶっ放してしまった。

 最大出力だったことでエネルギー弾の威力が高く、強化していなかった皮膚にエネルギー弾が抉り込み、左頬の皮下組織のあたりで今までと同じようにエネルギー弾が小さく爆ぜた。

 バシュッ!!

 顔が大きく上に跳ね上がり、エネルギー弾から伝わってきた運動エネルギーによって体が吹っ飛びそうになるが、異次元霊夢が私を押さえつけたことで吹っ飛ぶことはなかった。

 だが、それよりも問題なのは左目で見えていた視界が目を閉じたように真っ黒になって何も見えなくなってしまったことだ。

「がっ!?あああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!?」

 皮膚に近いが体内でエネルギー弾が爆発したことで大量の血が噴き出して肩や首にまで飛び散り、さっきまでの痛みとは比べ物にならないほどの激痛が私を襲った。

 私が異次元霊夢の掴んでいる腕を振り払うと、奴はあっさりと手を離して私の苦しむ姿を見てニタニタと笑っている。

 顔の表面をエネルギー弾による傷から流れ出した大量の血が伝い、胸のあたりやスカートの裾にボタボタと顎から落ちた血が丸く赤い模様をつけていく。顔中に飛び散った小さな肉片や血が口の中に入ったらしく鉄臭い血の匂いが口の中で広がっていき、気分が悪くなりそうだ。

「う…く…あぁ…!…が……あ……っ…!!」

 折れていない自分を撃った左腕で顔の傷を押さえている暇もなく、異次元霊夢に向けて朦朧とした意識の中、二度、三度とエネルギー弾を撃ち込む。体のダメージにより立っていられなくなっていた私は、片膝を地面についたことでなんとか体を投げ出して倒れずにすみ、高出力のエネルギー弾を撃ち続ける。

 それをことごとく叩き潰した異次元霊夢は次の2、3発をトリッキーな動きで避け、近づいてきて私は左手をお祓い棒で叩き落とされてしまう。

「…っ!」

 とっさに右腕を異次元霊夢に向けるが右腕は折れているため、右手が折れた部分を境に重力に従ってダランと垂れ下がっている。

「ははっ…やっぱりあんたは弱いわね」

 異次元霊夢はお祓い棒を振ることなくこっちに手のひらを向け、白く光り輝く巨大な球体の弾幕を私にぶっ放してきた。

 私はそれをどうにかかわそうとするが、体に当たる寸前で弾幕が小さく凝縮したと思ったら一気に拡散し、まばゆい閃光と爆音を出して大爆発を起こす。

「うぐっ…ああああああああああああっ!!?」

 鼓膜を破らんとするほどの爆音、高温の炎が服や皮膚を熱し、埃や魔力の塵が爆風で高速で飛んできて皮膚や服をズタズタに引き裂いた。

 右目で見える視界に空が映し出され、わずかであるが浮遊感を感じた。吹っ飛ばされたのだと脳が理解したその頃には私の体は地面に落ちていた。

 ドンッと地面に背中を打ち付け、小さく体がバウンドした後にようやく動きが停止した。起き上がろうとするが指の一本すら動かすことができず、ぐったりと天を仰いだ。

「かはっ……!」

 血反吐を吐き、異次元霊夢が飛ばしてきた弾幕の爆発の爆風で折れた肋骨の痛み、吹き飛ばされた顔の痛み、体中の裂傷、とてもじゃないが動けない。

 だが、それでも私は動かないといけない。でないと霊夢たちが殺されてしまう。

 爆発の衝撃で脳が揺らされて意識がもうろうとして、気を失いそうになっていたが何とか意識を保とうと頭を回転させるが、異次元霊夢が倒れている私に向けて再度、爆発する弾幕を放って爆破した。

 ドォォン!!

 衝撃波と爆音、数百度にもなる炎、魔力の塵がもう一度全身を叩き、本格的に私のことを戦闘不能に陥らせる。

 今度こそ意識を保っていられなくなった私の意識が遠のき始め、途切れる寸前に異次元霊夢が霊夢に向かって行こうとしているのが見えた。

「だ……め……だ……霊……夢………に……手を…………だ…………す…………な…………!」

 必死に叫ぼうとするが、私の喉や肺は全くいうことを聞かず、とぎれとぎれの注意して全て聞かなければ意味の分からないかすれた声が口から洩れる。

 やめろといくら叫ぼうとしてもかすれた空気の音しか口からでず、思ったところで異次元霊夢にはこの願いは届かない。

 霊夢が後ろに下がろうとするが急所付近を針で攻撃された傷が完璧に治っていない彼女は、異次元霊夢にすぐに追いつかれてしまう。そして、異次元霊夢が得物を掲げて振り下ろそうとしている。

 

 霊夢にだけは、彼女にだけは死んでほしくない、だから、やめてくれ、やめてくれ!

 

 私の心の叫びなど異次元霊夢には届くはずもなく、咲夜に邪魔をされてさっきは失敗してしまったが、今度こそ異次元霊夢は霊夢の頭を叩き潰すために、お祓い棒を振り下ろした。

 

 やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!!

 

 声に出すことはできなかったが、私が心の中でそう叫んだとき、体の奥底で何かが脈打った気がした。

 




五日後から七日後に次を投稿すると思います。


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東方繋華傷 第三十五話 敗北

自由気ままに好き勝手にやっています。

面白くなくても責任は取りません。それでもいいという方は第三十五話をお楽しみください。


「…魔……魔理沙……!」

 二度目の爆破を受けて舞い上がる粉塵の中でぐったりと横たわり、呼吸をしているのかもわからないぐらいに瀕死に追いやられた魔理沙が見える。

 早く助けなければと、すべての針を数十秒かけて引き抜き、動けるようにはったが足を引きずって無理やり歩いているというのと変わらず、その足取りは遅い。

 魔理沙に弾幕を放ったもう一人の私がこちらに向き直り、懐から新しい妖怪退治用の針を取り出した。

「…っ!!」

 お祓い棒を構えて針を投げられた時に備えようとしたが、とっさにあげようとした腕が上がらなくなっているのに気が付いた。自分の手に視線を落とすといつの間にか右手の手の甲から手のひらへ針が貫通している。

 針に込められていた霊力の作用によって、腕の機能が一時的に麻痺して著しく運動能力が低くなり、握っていたお祓い棒を取り落としてしまう。

「…なっ…!?いつの間に…!?」

 異次元霊夢に針をいつ投げられたのか、まったく察知することができなかった。幽香からの長い戦闘に集中力が切れてきているのもあるが、実力の差が激しい。

「まずは、あんたからやってやるとしましょうかぁ」

 手に刺さっていた針に気を取られてしまっていた内に、目の前にまで近づいていた異次元霊夢が、真っ赤な紙が貼りつけられているお祓い棒を振り上げ、私の方に振り下ろした。

 ゴキッ!!

 右肩を強打されたことによって肩の骨が外れ、筋肉や皮下組織など筋肉組織だけで肩が繋がっている状態になり、糸の切れた操り人形みたいに腕がプラプラと垂れ下がっている。

「…うぐっ!?」

 左手で針を取り出そうとするが、異次元霊夢の方が私よりも速い動きでお祓い棒を腹に薙ぎ払われてしまう。

 その寸前、視界の端から何かが異次元霊夢にぶち当たる。

 異次元霊夢は今まで通りに斜め後ろからの攻撃にまで反応し、私を攻撃するのを中断してお祓い棒で受け止めるが、もともとガードする為の体勢ではなかったことで、吹き飛ばされて私のわきを通り過ぎていく。

 殴られた異次元霊夢は驚いているだろう。もちろんだが私も驚いている。敵を殴り飛ばしたのが顔の三分の一を吹き飛ばされ、爆発を至近距離から受けて全身を血まみれにしている魔理沙が立ち上がれるはずがないと。

 だが、彼女は起き上がり普通の人間ならば死んでいるほどの重症の体で、異次元霊夢を殴り飛ばした。

 顔を含むあらゆる部分から大量の血が溢れ出ていて、その量は花の化け物にやられた時の比ではない。

「…魔理沙!これ以上動いちゃダメ!死ぬわよ!?」

 左手で魔理沙の肩を掴んで異次元霊夢に向かおうとするのを止めようとするが、彼女は周りが見えていないらしく、押さえる力以上の力で前に進んで私の手を振り切った。

 魔理沙に殴られたお祓い棒を握っていた手がその威力で痺れたのか、異次元霊夢は珍しく手を握ったり開いたりしていたが、魔理沙が素手で向かってきているのを見て聞き手にお祓い棒を持ち替え、迎え撃つ。

 メキメキッ!!

 魔理沙の拳が触れたとたんに異次元霊夢の持っているお祓い棒が異常なほど湾曲し、圧力に耐えきれなかった部分にひびが入り、小さな木片が飛び散る。

「!?」

 異次元霊夢が後ろに下がり、後方上向きに使えなくなったお祓い棒を投げ捨て、懐から針を流れる動作で取り出して突撃してきている魔理沙に向けて投擲した。

 投擲された針が体の脇腹や首に突き刺さり、ほんのわずかな時間の間だけ魔理沙の動きが悪くなるが、彼女は関係なく獣のように突き進む。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 血反吐を吐き、全身を血で真っ赤に染める魔理沙の声帯が壊れてしまうのではないかと思うほどの大声を叫んでこぶしを握り、針を持たずに素手で魔理沙を迎え撃つ異次元霊夢に突っ込んでいく。

 魔理沙が血で汚れている拳をはじめに異次元霊夢に繰り出すと、異次元霊夢は左手の拳を右手で受け流して、魔理沙の脇腹に拳を下からめり込ませる。

「あがっ…!?」

 魔理沙の体がガクッと折れ曲がり、わずかだが殴られた衝撃で体が浮き上がる。普通の人間ならばそこで止まるであろうが、それでも彼女は止まることはなく、異次元霊夢の頭を掴むと頭突きをかました。

 額に頭突きをかまされた異次元霊夢の体が後ろにのけぞり、攻撃するのには絶好な大きな隙が生まれる。

 魔理沙は隙を見せた異次元霊夢の腹に蹴りを入れた。自分が受けていたらと思うと寒気がする一撃で、敵を戦闘不能にするのには十分と思われたが、敵はのけぞっていた状態だが体を後ろに移動させて蹴りの威力を半減させて涼しい顔をして体勢を立て直している。

 それでも多少のダメージは通ったらしく、小さく眉をひそめている。腹を片手で押さえている異次元霊夢に対して、魔理沙は敵が下がった分だけ前に進み、地面に突き刺さっている針を引き抜く。

 二十センチほどの長さがあり、掴んでいる部分を合わせれば全長が三十センチ程度にはなる針を魔理沙は異次元霊夢の胸に突き刺そうとする。

 体勢を立て直した異次元霊夢が、魔理沙の腕を殴ったことで軌道が少し変わってしまう。だが、わき腹に持っている部分を残して深々と突き刺さった。

 小さく見開かれた目、開かれた口から痛みに対する叫び声が発せられるかと思ったが、奴が発したのは叫び声などではなく。

「ふふっ…」

 笑い声だった。

「痛み…怪我をしたのは、何年ぶりだったかしらぁ…」

 右足を地面に固定し、そこを軸にして左足を持ち上げ、自分の腹部に針を刺している魔理沙の顔面に蹴りを容赦なく当て、魔理沙を引き離した。

 魔理沙はだいぶ弱っているのか蹴りを受けて大きく後ろによろけると、私のすぐそばに背中から倒れ込んだ。倒れた魔理沙は気管にダメージを追っているらしく、喀血して血を吐き出す。

「がはっ…!!」

 全身に打撲や骨折、裂傷、擦り傷、切り傷などあらゆる怪我を負い、針も体中に突き刺さって一部の物は体の反対側にまで針が達している。顔に受けた弾幕の傷も霊力で修復できるものではなく。そんな重体にまでなっている魔理沙はまだ立ち上がろうとしている。

「…魔理沙!!動かないで…!これ以上は本当にあんたが死んじゃうわ!!」

 魔理沙を押さえつけようとするが、いつも穏やかな彼女が醸し出しているとは想像もつかない殺気に、私は伸ばした手を引っ込めかけてしまうが、後ろから魔理沙を抱きしめて異次元霊夢の方向に行かせないようにした。

 獣のように荒い息遣いに血走った右目、なおも異次元霊夢に向かおうとしている魔理沙は、もはや理性的とはいえず、本能のままに敵に向かっている。

 魔理沙を押さえつけている今もダラダラと彼女からは血が流れ出していて、早く異次元霊夢から離れて永遠亭に行かないといけない。そう思って魔理沙を担ごうとした時、私の掴んでいる力が弱まったのを期に魔理沙が拘束を振りほどく。

「…魔理沙!?」

 こぶしを握り、片腕一本で異次元霊夢に向かって行く魔理沙は地面が割れるほどに踏み込み、奴に飛びかかった。

 しかし、奴は先ほどとは違い。余裕の笑みを浮かべて拳を構えることなく魔理沙を迎え撃つ。余裕のその理由はすぐにわかった。

 上空、魔理沙のすぐ真上から何かが彼女に向けて降り注いだからだ。

「あ……がぁっ…!?」

 背中や腕、足に何かが突き刺さったことで走行速度がいきなり遅くなり、走っていた魔理沙が地面に崩れ落ちる。

「…なっ!?」

 なぜ、この可能性をすぐに思いつかなかったのか。私は自分を叱咤する。別世界の私がいるのならば、別世界の彼女もいるということに、

 上空から飛んできたのは私たちがよく知る咲夜の使う銀ナイフだ。しかし、咲夜の使っている銀ナイフとは若干デザインが違い、こちらの世界の咲夜が投げたものではないことが分かった。

 空中からゆっくりと霊力でブレーキをかけて滑走してきた異次元咲夜は、異次元霊夢の傍らに降り立った。

「殺してないでしょうねぇ?」

 異次元霊夢が突如として現れた異次元咲夜に解いた。

「見ればわかることでしょう?」

 冷やかに返答した咲夜が数メートル先に倒れ込んで起き上がろうとしている魔理沙を見下ろした。

 普通に街で会ったら咲夜と見分けがつかないほどに瓜二つであったが、決定的に違う部分が異次元咲夜には存在し、右腕のひじのあたりから二の腕、肩、頬、右目にかけてとても古い傷があるのだ。

「さてと」

 異次元咲夜は銀ナイフを太ももの内側に巻いてあるベルトから取り出し、魔理沙に向かって行こうとするが、異次元霊夢が待ってと止めたことで足を止めた。

「すぐにやった方が確かに手っ取り早いと思うけど、まだ魔理沙の準備ができてないわぁ……それに簡単に殺してしまったらつまらないでしょう?私たちにこの傷をつけた魔理沙には、たっぷりと苦しんでもらってから死んでもらわないとぉ」

 異次元霊夢がそう言うと確かにそうですねと肯定し、銀ナイフを太もものベルトに収める。

 敵2人がそうしていると魔理沙が次に取った行動は、バックからミニ八卦炉を取り出して二人に構えた。頭に上っていた血が退いたのか、動けなくなったのかはわからないが、すでに大量の霊力が流し込まれているミニ八卦炉の金属部が熱で赤く光り始めている。

「…私の…記憶じゃあ、お前らは…敵同士…じゃあ、なかったのか?」

 どうやら多少は冷静になっていたらしく、彼女は呟いた。

 ミニ八卦炉に溜めている熱エネルギーなどに霊力を効率よく変換できなかったらしく、余分な熱エネルギーとなってただでさえ熱くなっているミニ八卦炉がさらに熱くなり、オーバーヒートして火を噴き始めている。

「あらぁ、よくおぼえているわねぇ…でもこの十年で状況が少し変わったのよ」

 異次元霊夢がそう言ったとき、私たちから見て左後方から誰かがミニ八卦炉を構えている魔理沙の目の前に立ちふさがった。

「…!?」

 後方からヨタヨタと危ない足取りで歩いてきていた早苗が息をのむ気配がする。魔理沙の目の前に現れたのは全く同じ姿の早苗だったからだ。

「さぁ、撃ってみてくださいよ!魔理沙ぁぁ!!」

 狂気じみた笑みを浮かべている異次元早苗の胸元には異次元咲夜と異次元霊夢と同様に同じような傷がついていて、それでなんとか向こうの世界の住人だと見分けることができた。

 限界まで霊力をミニ八卦炉に溜め、それを魔理沙は三人に当たるように角度を調節して、一気に開放した。

 熱が放出され、魔理沙から前方に向けて放射状に草や土が高温に酔って自然発火し、石などはほんの数秒のうちに融解を始める。

 次に魔理沙がマスタースパークと呼んでいる村一つ程度なら簡単に焼き払うことができそうな超極太のレーザーが、まぶしい光をまき散らして一瞬にして三人を包み込む。

 いくら強くても、魔理沙のマスタースパークを正面から受けて立ち上がった人間、もしくは妖怪はいない。かすったとしても当たればまずただでは済まない威力だ。

 だが、三人を包み込んでいたマスタースパークが数秒後にミニ八卦炉から放たれていたマスタースパークの中をかき分けてきていた異次元早苗が、マスタースパークをかき消した。

 地面を見ると異次元早苗がいた位置の地面にはまったくマスタースパークの光線は到達しておらず、草の生えている地面がそのまま残っている。それがその後方にいる霊夢たちの場所にも伸びていて全員が無傷で立っている。

「…なっ!?」

 魔理沙が驚愕で目を見開いていて、私たちも開いた口が塞がらない。どうやったのかはわからないが、異次元早苗どころか、そこから後方にいる二人まで無傷なのだ。

「残~念っ!!」

 異次元霊夢とは違う形のお祓い棒が魔理沙の顔面を正確にとらえ、彼女をこちらの方向にぶっ飛ばした。

 飛んできた魔理沙が私にぶつかり、私は後ろに彼女と一緒に地面を転がりこんでしまう。

「あん……二人と…、きちんと………きた…でし……ね?」

 後ろに転んだ時に頭をぶつけてくらくらする意識の中で異次元霊夢の声がとぎれとぎれに聞こえて来た。

「ええ」

「もちろん」

 二人は手短に答え、異次元霊夢も満足げにうなづく。

 私は頭を振って意識をはっきりさせ、傍らに倒れている魔理沙を抱き寄せた。

「私が一人も殺せなかったのは少し残念だけど、今回はこれでいいわ。時間もないし一度引き上げるとしましょうか」

 異次元霊夢はそう言うと初めに現れたときに出て来た、空中に浮いているガラスのひび割れた空間の割れ目に二人と一緒に向かう。

「ぐっ………っ」

 立ち上がろうとしている魔理沙に、異次元霊夢は振り返って言った。

「この針はあんたから受けた十年ぶりの傷ってことで記念に刺したままにしておいてあげるわ」

 異次元霊夢は頭がおかしいとしか思えないことを言って、空間の中に残りの二人を連れて消えていく。

 三人が空間の割れ目に入るとすぐに割れ目が閉じ、このあたり一帯を覆っていた殺気が消え、張り詰めていた空気がわずかにだが緩んだ。

「……く……そ………」

 異次元霊夢に挑もうとしていた魔理沙はそう呟くと、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。

「…魔……理沙……!?」

 気が張り詰めていたことで何とか気を失わないようにしていたが、奴らが去ったことでわずかに気が緩んでしまい、ついに限界を迎えた私たちは倒れてしまう。

 死体のように沈黙して動きを見せない魔理沙の手に触れるが、永遠亭に連れて行こうとする前に私は気を失ってしまった。

 




多分、五日後から一週間後に次を投稿します。


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東方繋華傷 第三十六話 明かす

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第三十六話をお楽しみください。


 気が付くとまた水中を漂っていた。だが、前回と違うのは水面がすぐ近くにあるということだ。

 水が周りを満たしていて、それを手でかき分ける水流の音が水を通して私の耳に入って来る。

「ぷはっ…!」

 強い息苦しさを覚えていた私は目の前に迫っていた水面から顔を出し、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。

「げほっ…!ごほっ…!!」

 顔が水面から空気中に十分に顔が出る前に息を吸い込んでしまっていたらしく、気管に水が入り込んでせき込んでしまう。

 俯いてせき込んでいたが、髪の毛や顔などの皮膚を水が伝って胸の高さを漂っている水面に落ちて行く。

「…けほっ…!」

 目に水が入っていたせいでよく周りが見えていなかったが、手で目元をぬぐったことで余分な水が無くなり、ようやく周りが見え始め、私は目を見張った。

 

 

 夢から目覚めた私は今見ていた夢を思い出す。あの後、私は何を見て、どうなったんだろうかと。

 ぼーっとそんなことを考えていたが、じきにそんなことを考えていられなくなってくる。

「……うっ……」

 かすれた声が聞こえて気がする。これは私の声なのだろうか。ひどくかすれていて録音されていて後に聞かされたとしても、それが自分の声だとは思えないだろうというほどに掠れている。

 眠っていて皮膚などの感覚がマヒしていたが、体に巻かれている包帯の圧迫している感覚が全身にあり、どれだけの怪我を負っていたのかが見なくてもよく分かった。

 目を開けようとすると、左目を抉り出されるような激痛が私にいきなり襲いかかって来る。

「あ…う……ぁ……!?」

 左目を押さえようと利き腕である右腕を持ち上げようとする。だが、二の腕や前腕部に鋭い痛みを感じで腕を持ち上げることができない。

「う…ぐ…っ…!」

 体の内に意識を向けると体中の至る場所に何かしらの痛みがあり、痛みのない場所を探す方が難しいぐらいだ。

 左手は自分の記憶通りでは、動かせなくなるほどの重症となる怪我は追っていなかったはずだが、そっちの腕も鉛が巻き付けてあるのではと疑うほどに重く、動かせない。

 しかし、腕に力は入っていていつも通りとはいかなくても右腕よりは動くはずなのに、動かないことに疑問を覚えたが、包帯越しに感じる人肌のぬくもりと何かが乗っている重さが左腕にかかっていることですぐに疑問は解決した。

「……」

 左目を開けないように慎重に右目だけを開けるがいつも連動して開けている左目の筋肉も目を開けようとする仕草をし、再度目玉を抉られる痛みが頭の中で反響するが、少しずつゆっくりと右目を開くと目を閉じていたことで瞳に入って来る光の量を瞳孔が制御できず、周りがかなりまぶしく見える。

 数分の時間をかけて光に目を慣れさせると、案の定、誰かが腕に乗っているのが見えた。

「霊夢……」

 白と赤を主としている巫女服に頭に結ばれている大きな赤いリボン、顔の両側にあるもみあげに髪飾りをつけているのは、この地球上どこを探しても彼女しかいないだろう。

 よく見ると霊夢の体のあちこちには包帯やら湿布やらが巻かれたりしていて、結構な怪我覆っているがまた私を看病してくれていたらしい。でも、彼女も疲労していて眠ってしまっているようだ。

 一つのベットごとにカーテンで区切られていて、咲夜たちの様子はわからないが霊夢の隣を見ると古い機械がおいてあり、それの端子から伸びてきているいくつかの線が私の胸などに続いていて、心臓の拍動を探知している。

 これが私に付けられているということは、死にそうなくらい危ない状態だったということだろうか。

「霊……夢……」

 かすれた声で椅子に座っている状態で私の腕に寄りかかって眠っている霊夢を起こそうとするが、すっかり熟睡しているらしく起きる気配はない。

 もう一度霊夢を揺り動かそうとするが、そのために使う筋肉は異次元霊夢の攻撃で損傷していたらしく、ズキッと体が痛んで動かすのは断念した。

 そもそも、霊夢も奴と戦って疲れているのだろうし、今は無理に起こさなくてもいいだろう。

 今起きているだけでも体には負担になっているのか、体の痛みをすでに眠気が上回っていて目も開けていられなくなっていき、すぐに眠りに落ちてしまった。

 それからどれだけの時間がたったかわからないが、周りで動く人の音や話す声で再度私は目を覚ました。

「……」

「…か…と……る?」

 永琳の声だろうか。途切れ途切れで何を言っているのかわからないのは、私が寝起きできちんと頭が働いていなくて言葉の処理ができていないのだろう。

「…?…魔理沙、起きたみたいね……永琳、魔理沙も目を覚ましたみたい」

 今度は起きていた霊夢が目を覚ました私の顔を覗き込んで永琳に言った。左目は包帯で覆われていてそっちの目では見えないが、右目では彼女のことは見えている。

「霊夢……怪我は…大丈夫か…?」

 聞くと霊夢は泣きそうにも私が起きてくれてうれしそうな顔をして、こっちのセリフだと呟き、私の頭を撫でた。

「待たせたわね」

 ベッドとベッドを区切るカーテンを開いて入ってきた永琳が霊夢の後ろを通って私の心拍を計っていた機械に近寄り電源を切る。

「そこまで…待ってはいないぜ」

 私がそう言うと永琳は何かをカルテに書き込んで言う。

「意識はちゃんとしているみたいね、自分のこととか私のことはわかる?」

 永琳は私を見下ろして質問をして来る。

「………。薬を作る程度の能力のくせに、時々薬を作るのを失敗する奴だろ?」

 私が小さな声で見下ろしている永琳に呟くと顔に小さく青筋を立てて、ああ…そうと呟く。そうだよとうなづいていなくて青筋を立てているのを見ると意外に気にしているのだろうか。

「まあ、私のことがわかってるなら他も大丈夫でしょう…。それよりも、あなたには伝えないといけないことがあるわ」

 イラッとしていた顔から深刻そうな表情となった永琳は霊夢が座っていなかった丸椅子に座り、静かに私に告げた。

「…ああ」

 あの怪我ではさすがの永琳でも、完璧に完治させることは難しかったのだ。霊夢も不安そうな表情で永琳を見る。

「まず、初めに……聞いた話では、霊夢に似ている人物に食いちぎられた耳……無理やり引きちぎられたせいで中耳のあたりの肉まで持っていかれてたけど、何とか再生させることはできたわ。食いちぎられた耳の一部を回収してくれたおかげでね」

 確かに食いちぎられたのは右耳で、まだ動かすのは困難ではあるが右手で耳に触れるとそこには、戦闘中にはなかったはずの耳が存在している。

「体のあちこちにあった裂傷、打撲、骨折、切り傷、針による刺し傷なんかも治したわ」

 傷の数が多いせいなのだろう。まだ完全には治っていないらしく、まだ痛む場所は多い。しかし、一度目に起きた時よりは痛みが和らいでいる。

「それと…」

 次の傷の説明に移ろうとしていた永琳の話を遮って私は呟いた。

「そろそろ本題に移ってくれてもいいんじゃないか?」

 私がそう言うと永琳はカルテを眺めていた視線を私に移し、重い口を開く。

「まあ、そうね」

 次の説明に移ろうとしていた永琳は、私の左目に対する説明を始めた。

「魔理沙、結論から言うと…あなたの左目は治らないわ」

 永琳は静かに、だが、聞き間違えることはないようにはっきりと私の目を見て言い放つ。霊夢が目を見開き、隣のベッドには咲夜や早苗がいて、この話が聞こえないはずもなくさっきとは打って変わって病室が静まり返る。

「………」

 部屋の中にいる人間の息遣いだけが地味に聞こえてくる。それがやたらと反響して防音室の中にでもいるようだ。

「………冗談………だろ……?」

 永琳の言葉にショックを受けた私が十数秒かけて呟いた言葉がそれだった。永琳は私言ってから数秒して、口を開いた。

「冗談でこんなことを言うと思っているの?…あなたの顔に当てられた弾幕は斜め下から顔に抉り込み、左目に近い頬骨の直前で進行方向に向けて爆発した…骨の上を滑る感じで爆発したから骨はギリギリ大丈夫だったけれど、一部の顔の肉が吹っ飛ばされて、顔のあざは一生残るわ。瞼とか表情筋を治すのが精いっぱいだったの…ごめんなさい」

 今は治療されて包帯で隠れているが、これの下は相当ひどいことになっていたのだろう。

「………永琳…謝るな、命があっただけでも儲けもんだぜ…」

 私は寝ていた状態から体に負担を掛けないようにゆっくりと上半身を起こし、こちらを見ていた永琳に言うと、霊夢が言った。

「…永琳でも、治せないの?」

 小さな声で霊夢が永琳に聞くが、永琳は小さく首を縦に振る。傷ついたりしたものを治すことはできても、無くなってしまったものはどうやったって戻すことはできない。仕方のないことだ。

「…そう」

 さっきから左目だけ目を動かす感覚がなかったから予想はしていたが、いざないと知らされると結構きつい。でも、そんなことは言っていられない。

「永琳、何とかして左目をみえるようにできないのか?」

 私は霊夢の方を向いていた永琳に言うと、永琳はうーんと考え込んでから思い出したように言った。

「確か、神経を繋ぐことによって目が見えるようになる義眼の余りはあったけど……初めのうちは使い方に慣れないし痛みを感じることもある。視力も並み程度しかないけど、それでもいいの?」

「それでもかまわん、目が見えるようになる義眼を目に入れてくれ…これからの戦いを片目だけで戦うのは心許ない」

 私は永琳の言う義眼のデメリットを軽く受け流して、義眼を貰うのを頼み込んだ。

「わかったわ、ならいつ義眼をつける?」

「できるだけ早く頼む。…できれば今日中に…傷が治り次第に義眼を入れたい」

 私が言うと、永琳は今日中に義眼を私に入れることができるか、少し考え込む。

「傷はあと一時間かそこらで治ると思うから、それから義眼を入れるとしましょう。それまではできるだけ安静にしてて」

 永琳は義眼の準備をするのだろう。丸椅子からカルテを小脇に挟んで立ち上がると、早足に病室から出ていった。

「…魔理沙、私が付いていながら…こんなことになるなんて……ごめんなさい…」

 霊夢は今まで聞いたこともないぐらいに落ち込んだ声で私に言う。俯いていて表情は見えないが、見なくても落ち込んでいるのはわかる。

「霊夢が謝ることじゃあないだろ…謝るのはむしろ私の方だぜ」

「…あんた、何言ってんのよ…目が無くなったのよ!?なんでそんなに落ち着いていられるのよ!」

 だいぶ体の調子が戻ってきた私が手足を小さく動かして体を動かせるか確認していると、霊夢が声をあら上げた。

「霊夢、お前が一番わかってるだろう。今は私の怪我で自分を責めたり悲しんだりしているときじゃない……咲夜も早苗も含めて私に聞きたいことが山ほどあるんじゃないか?」

 私が部屋にいる霊夢と彼女ら全員に呟くと、その会話を聞いていた体のあちこちに包帯を巻いている咲夜と早苗がベッド同士を区切っているカーテンを開く。

「ええ、ショックなことがあったばかりだというのに申し訳がないんですが…魔理沙、あなたにいくつか聞かないといけないことがあります」

「ああ、言うさ……話を始める前に、奴らとの会話でうすうす気が付いているとは思うが……私は…この幻想郷の…いや、この世界の人間じゃあないんだ」

 私はこの世界に来て初めて、自分の正体を周りの人間に明かした。

 




五日から一週間後に次を投稿します。


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東方繋華傷 第三十七話 敗北の代償

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第三十七話をお楽しみください。


「この世界の人間じゃない……って」

 みんな、少しは感づいてはいたが大なり小なり驚きを隠せないようだ。三人とも眉をひそめて私を見ている。初めに私に質問を投げかけて来たのは早苗だった。

「つまり、魔理沙さんは並行世界……パラレルワールドから来たってことですか?」

「ああ、……パラレルワールド、異世界、異次元ともいうな」

 私が言うと、早苗は信じられないような顔をするが、昼間に見た異次元霊夢に始まり異次元咲夜、それに同じ顔をした自分を見てしまったら信じるしかないだろう。

「魔理沙を狙っていたようですが、奴らの目的は何ですか?」

 私が言い終わると、少ししてから咲夜が近くの丸椅子に座って言う。

「……それについてはすまないが、私にもわからないんだ」

「わからない?わからないってどういうことですか?」

 そのままの意味ではあるが、きちんとなぜ説明をしなければ三人が納得しないのは明らかである。

「昔のことだからってわけじゃないんだが、なんというか…その辺の記憶が抜け落ちている感じがするんだ……でも、何かがあった」

 昔のことを思い出そうとしても、なんだか靄がかかっていて、その時のことを思い出すことができない。

「…たぶん、魔理沙が自然と忘れたわけじゃないわ……」

 思い出そうと頭を抱えて記憶を探っているが、まったく思い出せない私に霊夢が言った。

「それってどういう…」

 早苗は私に言った霊夢にそう聞き、彼女はそれに答える。

「…咲夜と早苗は知らないと思うけど、私が初めて魔理沙にあったのは十年前…体中のあちこちに怪我をしていたから…そこでこっちに来たとしても……その頃の魔理沙の年齢は十歳……十歳なんてまだまだ幼い子供でしょう?…そんな時に血まみれになるようなことがあったのよ?トラウマにならないわけがないわ……自分が壊れないように記憶を忘れさせたのかもしれない」

 最近まで幻想郷の外で平和に暮らしていた早苗にはピンと来なかったみたいだが、霊夢がそう説明すると早苗は確かにとうなづく。

「ですが、少なからず奴らについて知っていることぐらいはありますよね?魔理沙」

 怪我がまだ痛むのか、咲夜は少しつらそうな様子で私に尋ねてくる。

「いやほぼないし、知っていたとしても情報なんて言えるようなものは無い。それに私が知っている物はすべて十年前のものだし…今はあの時とは違うと思うけど、それでもいいか?」

「構いません」

 私がそう聞くと咲夜は短く返事を返して私はこれから言うことに耳を傾ける。

「十年前は、奴らは各自で奪い合いをしていた。私の何について奪い合いをしていたのはさっきも言った通り不明だ……私がわかるのは本当にこんなもんしか知らないんだ……ある日いきなりみんなが豹変して襲い掛かってきた。無我夢中で逃げてるうちにこっちの世界に来ていたから理由もわからないままなんだ」

 三人にきちんとした情報を伝えられず、申し訳なくなってしまうが、咲夜が少しの間をあけて言った。

「いや、十分ですよ……なぜそんなことを始めたかなどの目的についてはおいおい調べるとして、奴らは昔各自で魔理沙を狙っていて、時には戦って奪い合っていた……それであっていますよね?」

「ああ」

 咲夜が再度私に確認し、私がそれにうなづくと咲夜は霊夢の方を見る。

「…太陽の畑での戦いから見るに、争うことをやめて彼女らは手を組んだ……そこからわかることは、向こうの世界の私たちに対して敵対している団体が一つかそれ以上あるってことね」

「…なぜそれだけでわかるんですか?みんなが考え直して向こうの世界の霊夢さんに手を貸しているのかもしれませんよ?」

 早苗がそう言うが、咲夜はそれは無いと否定して、その否定した理由の説明を始めた。

「奴らが初めはバラバラに魔理沙を狙っていたということは、全員が魔理沙をほしがったということです。しかし、霊夢などにはやはりかなわないため一部の奴らがしかたなく強い連中を倒すために手を組み始めます。そうなるといくら巫女でも一度に相手をできる数には上限があるので、大人数が来た時のためと自分の敵を倒す量を減らすために仕方なく仲間を何人か作る。おそらくそう言った流れでしょう。向こうの世界の霊夢以外にも一応は利点はあります。強敵である巫女の力が一時的とはいえ、味方になり自分が倒すはずだった連中を倒してくれる可能性がありますからね」

「でも、そうなると霊夢が誘ったやつはそんなに数はいないと思うぜ、私の何を狙っているのかわからないが、万が一に他の連中を押しのけて自分らの手に入ったときに大人数を相手にするのは得策とは言えないからな」

 私が言うと霊夢はそれもそうねと呟き、更に言った。

「…あと、敵対しているのはたぶん向こうの世界の紫を抜いた一部の妖怪側ね…鬼とかの妖怪側は人間たちと違って根強い縦社会であるから、伊吹萃香や星熊勇儀を中心にした組織を作っているんじゃないかしら」

 確かに筋は通る。敵が数を増やしたのなら自分たちも数を増やした方がいい。自分が相手にする数も減らせて運が良ければライバルも死んでくれる。少人数なら仲間を作ることは多少のマイナスには目を瞑るとしても、完全なマイナスではないのだ。

「それに、向こうの世界の霊夢さんたちと敵対している人たちがいたとしても、目的が魔理沙さんを奪うことですから…手を組むこともできませんし…これからもっと異世界の敵が増えるわけですね」

 向こうにも殺されていなければ、文やはたてもいる。私が見つかっていたことがばれるのも時間の問題だ。だが、

「私たちが相手にするのは向こうの霊夢とその仲間、あとは紫だけでいい」

 こっちの世界に来るには境界を操る程度の能力を持つ紫が不可欠であり、初めに現れたのが異次元霊夢の時点で紫は異次元霊夢の方についている。

 つまり、敵対している奴らをわざわざこっちに輸送する真似はしないということだ。そんなことをすれば狙っている私を捕まえられる可能性が低くなってしまうからだ。

「私たちが倒さないといけないのは、こっちの世界に霊夢たちを飛ばしてきている紫だな」

 私がそう言うが、早苗が疑問を私に問いかける。

「確かに、境界を操る奴がいなければ私たちのところにはやつらはこれません。…でも、さっきの戦いでは姿を確認することはできませんでした。それは今回だけかもしれませんが、姿が確認できなければどうやって倒すつもりなんですか?魔理沙さん」

「スキマがあるということは、その中かもしくは近くに必ず紫がいる…向こうの世界に行くつもりで引きずり出すしかないだろうな」

 一か八かの作戦で、しかもリスクが大きすぎる。やる奴なんていないだろう。

「…そもそも、魔理沙が向こうに引きずり込まれたら近くに紫のいない私たちは手出しすることができなくなってしまいます。魔理沙はあの亀裂に近づかないようによろしくお願いします」

 それもそうだ。でも、奴らが私を向こうに引きずり込むことは無いだろう。鬼などに私を奪われるリスクをわざわざ犯すとも思えない。

 そうだとしてもあまりの状況の悪さに頭痛がしてくる。異次元霊夢たち以外の相手をしなくてもいいといったが、もし、私たちが異次元霊夢を倒せたとしたら、紫が別の連中と手を組んで敵を送り込んでくるはずであるため、異次元霊夢たちよりも先に紫を倒さなければならない。

 しかし、その作戦も異次元霊夢たちの尋常ではない強さに打ち勝つ必要があるわけだが、勝ち負けの前に勝負になるのかすらも疑問だ。

「…」

 そもそも、霊夢たちを奴らとの戦いに巻き込む必要はないのではないのだろうか。奴らを何とかしてあっちに送り返して私も一緒に入ってしまえば、奴らがこっちに来る理由はなくなる。

 そう考えていると、廊下の方から走ってくる足音が聞こえて来た。ウサギたちと何やら言い争いをしていたが、この病室の前まで来ると扉を蹴り開ける勢いでその人物は開け放つ。

「咲夜…さん!」

 現れたのは、紅魔館のパチュリーがいる図書館で本の整理などをしている下級悪魔の小悪魔だ。

「小悪魔?こんなところでどうしたんですか?」

 体のところどころにたくさんの切り傷が付いていて、血まみれの小悪魔に咲夜は驚いて近づく。

「お……お嬢様と……パチュリー様…が…!!!」

 小悪魔が瞳に溜めていた涙をポロポロと零し、震えた涙声で咲夜に叫ぶ。その表情から緊急事態だということがうかがえた。

「っ!?」

 咲夜が目を見開き、表情を引きつらせると次の瞬間にはすでに彼女の姿はなくなっていて、小悪魔だけとなっていた。

「霊夢さんと魔理沙さんはここで休んでいてください!私が咲夜さんを追って紅魔館に行きます!」

 早苗はウサギたちに小悪魔を任せると、開け放たれた病室のドアから外に走っていく。

「…まさか……」

 霊夢が小さくつぶやくと彼女は考え込む。小悪魔の言動からすぐに私にも何があったのかがわかり、一つの疑問が解けた。

 なぜ、異次元霊夢と同じ場所から出てこなかったという疑問が。

「やつら…レミリアを…!?」

「…十中八九そうでしょうね…!」

 私が呟くと霊夢はくそっと小さく罵り、拳を握りしめる。幻想郷を守るのが博麗の仕事。すでに幻想郷の住人であったレミリアたちだってその対象になる。それができず、霊夢は自分の不甲斐なさに苛立っている。

「幻想郷を守るのが博麗の巫女であるお前の仕事だ。でも、見えない敵は倒せないぜ……お前のせいじゃない……あいつらを呼び込んだ私のせいだ」

 レミリアたちだってかなり強い。疲弊している私たち以上に戦えるはずであり、生きていると思いたいが、異次元の連中が相手ならば生存は絶望的と言えるだろう。

 そして、私がもう一つ気になるのは異次元咲夜と異次元早苗がきた方向は、両方ともが別々の方向だったということだ。

 




五日から一週間後に次を投稿します。


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東方繋華傷 第三十八話 復讐者

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第三十八話をお楽しみください。


 時を止めて永遠亭から出てから十数分が経過した。そろそろ集中力も魔力も尽きてきて、一度時を制止させるのを解除した。

 すると、木々などでまだ紅魔館は見えていないが、焼けた石の匂いや物の焼けたわずかに乾燥して、焦げた匂いが湖を渡っている途中であるがすでに匂ってきている。

 さらに湖を加速して進むと、消火活動によりある程度は炎が消火されているとは言え、まだ煙が立ち上っている紅魔館が見えた。

 激しい戦いがあったのだというのは遠目から見ても明らかで、城門や城壁が破壊されて、一部は爆発や火災の炎で黒く焼け焦げ、紅魔館の屋根も一部が崩れているのが見える。

「…お嬢様……!」

 自分の主のもとに一刻も早く戻るために、精神を統一して残り少ない魔力を使って時を止め、紅魔館の方に飛ぶ。まだ図書館の消火を終えていないらしく、メイドの妖精たちが消火している。

 ようやくお嬢様とパチュリー様、妹様を運び出したらしく城門の前に寝せられているのが、近寄っていくとわかる。そして、お嬢様の体のパーツが圧倒的に足りていないのもなんとなく見えてくる。

「…」

 時止めを解除すると静止した時が徐々に加速していき、時の流れが通常の速度となって妖精メイドたちに私の姿が視認できるようになる。

「さ…咲夜さん!申し訳ございませんでした!!私たちには……どうすることも……できませんでした…!!」

 傷だらけのメイドが私に気が付き、走り寄ってきて頭を下げて叫んだ。嗚咽を耐えていて後半は途切れ途切れになってしまっている。向こうの世界のやつらと交戦したのだろう。

「仕方がないです。あなたたちはよくやってくれました……一刻も早く図書館の消火をお願いします」

 私が言うと、メイド妖精は頭を深々と下げてから図書館の方向へと走っていく。そして、私は少し門に近づき、その近くに横たわっている自分の主を見下ろした。

「……お嬢様……申し訳ございませんでした……私が不甲斐ないばかりに……」

 自分が覚えている限り涙を流したことはなかったが、自然と溢れてきた涙を抑えることができず、溢れてきた涙が瞳からこぼれて頬を伝う。胸が上下していないことから呼吸をしていないことが近くで見るとさらにわかり、皮膚の色も血色が悪く白いインクでも塗ったようだ。

 失礼ながらもお嬢様のことを私が抱きかかえると、顎から零れ落ちた私の涙が首が無くなり、そこからあふれ出した血によって真っ赤に染まっている服に落ちて吸い込まれていく。

「咲夜……さん……」

 パチュリー様や妹様でもメイド妖精でもない人物の声が聞こえる。門にいないと思っていたが、やはり奴らと交戦して移動していなかったということらしい。

「美鈴…」

「ああ、本当の咲夜さんだ………やっぱり……さっきの人は……咲夜さん…では……なかったんですね…」

 呟いて美鈴が力なく微笑むが、彼女の左腕はあるはずの場所には存在せず、その後方の半壊した紅魔館が見える。

 美鈴がその場に崩れ落ちるとそのまま気を失い。立ち上がることはなくなった。

 本当の咲夜さん。それにさっきの人は、咲夜さんではなかった。という美鈴の言葉。それらから、向こうの世界の私によって美鈴は片腕を失う重傷を負い。パチュリー様も美鈴よりは軽傷ではあるが、それでも切り傷で体中が血まみれとなっている。そして、お嬢様は死んだ。

 異変に関与した時点で奴らに攻撃を受けても文句は言えないだろう。しかし、奴らの行動はなんだが手慣れている。初めからこうする算段だったのだろう。

 つまり、私たちが異変に関与しようが、しなかろうが、お嬢様を殺す予定だったというわけだ。

 ギリッ。噛み合わせた歯が強く擦れて嫌な音を立てる。

 もう、異変なんてどうでもいい。奴らを、一匹残らず草の根をかき分けてでも探し出して、お嬢様のために、この手で殺す。

「……」

 誰もが図書館に放たれた炎や行方不明者の捜索、遺体の回収でせわしなく動き、咲夜の変化には誰も気が付かない。

 復讐に燃える鬼となった咲夜はレミリアを抱きしめた。

 

 

 同時刻。

 咲夜を追って永遠亭を出た早苗は山に住む妖怪に守矢神社が襲われたことを聞き、大急ぎで向かっていたが、妖怪が言っていたことが本当だと今わかったところだった。

「…早……苗……」

 体中のあらゆる骨を折られ、内臓を叩き潰されている加奈子様は血反吐を吐き、小さく息を吐くと、息を吸い込むことなく呼吸が止まって、絶命する。

 目から光が無くなり、呼吸も止まった加奈子様の血が付くのも気にせずに彼女を抱え上げ、庭の一角に向かう。

「……冗談………ですよね……?」

 こんな状況なのにまだ現実を受け止めることができていなかった私は、庭の木に持たれて倒れている諏訪湖様に近づき、呟いた。

「冗談……なら………よかったんだけどね……早苗…」

 じわじわと抉られた腹部から血を流した諏訪湖様は、そう呟くと苦しそうにせき込み、目をゆっくりと閉じ喋らなくなってしまう。

「………………」

 奴らの目的とか、理由とか、そんなことはどうでもいい。

 奴らを、

「殺す」

 

 

 

 咲夜と早苗の二人が永遠亭を出て行ってからしばらく時間がたった。時計を見ていなかったため、あとどのぐらいで永琳が義眼を持ってくるのかよくわからない。

「…魔理沙、そういえば怪我は大丈夫?疲れているなら寝ててもいいのよ?」

 霊夢と当たり障りのない話をしていたが、怪我をしている状態の時には何かをするだけでかなり体力を使う。霊夢はそれを気にして言ってくれたのだろう。

「いや、大丈夫だぜ」

 私はベットの縁に移動し、椅子に座っている霊夢に正面から向きあった。

「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だぜ」

 壁に取り付けられている時計を見ると、八時を指していてすっかり夜の時間帯だ。異次元霊夢たちとの戦いはこのぐらいからだったため、すでに一日が経過しているのだろう。

 体を動かしてみると永琳の薬によって既に怪我の九割は治っていて、痛みは感じないので私は腕に巻かれている包帯を試しに解いてみた。

 包帯の下の皮膚には針やナイフが貫通していたとは思えないほどに後も残さずに完璧に完治している。

「やっぱり永琳の薬はすごいな、もう治ってるぜ」

「魔理沙、勝手に剥がしちゃダメでしょう?」

 私がそう言って霊夢に傷があった場所を見せていると、いつの間にか部屋に入ってきていた永琳がベットを囲んでいるカーテンを片手で開く。

 カルテを持っていない方の手には袋に入った義眼が握られていて、それとカルテを机の上に置いた。

「わかってるぜ。でもちょっと痒かったんだよ、完治してるし問題ないだろ?」

「その考え方から駄目よ、風邪と怪我は別物だけど風邪が治ったからと言って薬をすぐに飲むのをやめてはいけないのと同じよ」

 へいへいと軽く永琳の言葉を受け流し、彼女の方を見る。永琳は霊夢がいる方とは逆方向に回り込むと、私をそっちに寄せさせて包帯やわずかだが血の付着したガーゼを私の頭から丁寧に剥がしていく。

 顔を拘束していた物が無くなっていき、少しずつ頭にかかっていた重さが解消されていく。

 そして完全に包帯が無くなったというのに左目で物を見ることができず、本当に左目が無くなってしまっているのだと実感する。

「魔理沙、目を開いて」

 無菌操作されていた義眼を取り出し、永琳は目を開いている私の目の周りに触れ、私では開くことのできない大きさに開くように瞼を引っ張り、慣れた手つきで目の中に義眼を入れた。

「初めは違和感があるでしょうけども、慣れればそうでもなくなるはずよ。それと今は麻酔で痛みは感じないけど、今日は痛みで寝れないと思うわ。痛み止めは出しておくけど、あんまりあてにしないでね」

 彼女が言う通り、いままでにない異物が目に入って来る不快な感じが目からする。

「まじかよ…まあ、わかった…それで?この義眼で物を見るためにはどうすればいいんだ?」

「魔力を流せばすぐに目として使えるわ」

 永琳がそう言い、私はその通りに視神経から魔力を義眼に通してみると、すぐに神経が繋がって見えていなかった視界が見え始めた。

「どう?上とか下、左右に動かしてみて、動かせるようなら問題は無いわ」

 目を上下左右に動かしてみると潰される前と感覚が変わらないぐらいで動かすことができる。だが、視界については左目の方が若干悪く、右目との視力の差で少しだけだが違和感を感じる。だが、魔力で調節すれば支障はないだろう。

「問題はなさそうだ」

 目の周りに触れてみると肌の感触がいつもとは違い、自分がエネルギー弾を撃った後がある。

「それならよかったわ。あと一時間もすれば完治だから、退院するならそれでいいけど休んでいく?」

 どちらにしようか悩むが、いい加減腹も減ったし病院食でない物を帰って食いたい。

「いや、いい…私はもう行くぜ」

 いつもの服に着替えようとするが、病衣の下をのぞくとそこには素肌ではなく包帯が見える。もう何かで隠す必要もないほどに包帯が体中に巻かれていて、霊夢たちに出て行ってもらわなくてもよさそうだ。

「そう、じゃ、包帯は返さなくてもいいわ。一時間したら取って捨ててね」

 カルテに何かを書き込むと、永琳はそう言って近くのウサギに私の服を持ってくるように言いつけた。ウサギは了解とすぐに病室から出ていく。

「魔理沙、休まなくて本当に大丈夫なの?」

「ああ、体のどこかに痛む場所は無いし、ほとんど問題は無いぜ」

 すぐに戻ってきたウサギの持っている魔女の服を受け取り、ベットから立ち上がって近くの机に置いた。

 病衣の胸元のボタンに手をかけて外し、上着を脱いだ。

「…ちょ、魔理沙…!隠すぐらいはしなさいよ!」

 珍しく頬を赤面させた霊夢が顔を傾けて大声で言った。顔を下に傾けて自分の体を見てみるが、胸と股間部分は包帯が巻かれていて見えないようになっている。顔をそむける必要はないと思うが、霊夢の言う通りにここは隠しておくとしよう。

 来ていた病衣を胸元に寄せ、ベットに置いておいた服に着替えた。歩き出そうとするとずっと寝ていて歩かなかったせいで頭の中と足の動きに若干のラグがあり、よろけてしまうが、すぐに慣れてくる。

「そうそう、言い忘れてたけど死にかけてたあなたたちを運んできたのは、仙人の…何て名前だったかしら…えーと、確か茨木歌仙だったはず…彼女に会うことがあったらあとでお礼を言っておきなさい」

 歌仙か、また珍しい名前が出て来たもんだ。

「わかった。あったら例でも言っておくぜ…また世話になっちまったな…次があったらまた頼む」

 私は靴を履こうとするが足首などにも包帯が巻かれていて、履きづらいが無理やり押し込んで履き、永琳に言った。

「…次があったらなんて縁起の悪いことは言わないの、魔理沙」

「すまんすまん」

 包帯が巻かれていることで少し動きが制限されるが、問題のない範囲だし大丈夫だろう。

「…永琳、そういえば運ばれてきた小悪魔は大丈夫なの?」

 永遠亭から出る私の準備がそろそろできそうになったころ、座ったままの霊夢が永琳に言った。

「彼女なら大丈夫よ、あの傷で戻るなんて言うから今は鎮静剤を打ったから静かにしているわ。傷が深かったことには深かったけど、さすがは紅魔館の住人ね。来る最中に魔力である程度の出血は収まってたから、すぐに血は止められたわ」

「…そう、だいじょうぶならいいのだけど」

 霊夢と永琳の話を聞き流し、マジックアイテムの入っているポーチを肩から下げ、行ける準備を万端にした。

「…さてと、魔理沙の準備もできたみたいだし、私たちはそろそろ行くわ」

 永琳に礼を言って病室を出て玄関に向かうと、一回目にここに来た時のように人で溢れてはいない。大部分の人はすでに治療を終えたということだろう。それでも、床や壁に沁みついた血の匂いは簡単には消えないらしく。きれいにふき取られていてもわずかに匂いが漂っている。

 そのロビーを横切って私は霊夢と一緒に外に繋がる扉を押し開けた。私の家とは違い、立て付けの悪いドアの音はせず、スムーズに扉が開く。

 そこから出ると永遠亭の少し先ぐらいまでは石畳がひいてあるが、それから先には石畳はひかれていないため道は無い。そこから先は自力で出るしかなさそうだ。

 霊夢と道のない道を歩き出そうとすると、正面から誰かがやって来るのが見える。青色のメイド服と膝にも届かないスカート、永遠亭からわずかに漏れている光に反射する銀色の髪の毛、身長などこの身体の特徴を持っているのは咲夜しかいない。

 しかし、様子がおかしい。無表情なのに怒っている。そんな風に見えたのだ。

「咲夜…」

 よく見ると彼女は誰かを抱えていて、永遠亭に向かっているが、その抱えられている人物はレミリアではなさそうだ。

 彼女が抱えている人物は背中から羽と言えるような形をしていない水晶のようなものが付いている羽が生えていて、レミリアと同じぐらいの身長に赤色の服を着ている。

 フランドールだ。重症になるほどの怪我は見られないが、気絶しているらしく、目を閉じてじっと動かない。

 彼女に気を取られて見えていなかったが咲夜の後ろには他の妖精メイドが美鈴やパチュリーを抱えている。レミリアの姿が確認できず、もしかしたら大丈夫なのではないかと藁にすがる思いで聞いた。

「咲夜、レミリアは…?」

「…………お嬢様は……死にました…」

 静かに淡々と咲夜は告げる。少しだけ彼女の目が腫れていて、泣いたところなんて見たことがないが、涙を流したのだろう。

「咲夜……すまなかった……私がもっと早くに思い出していれば…こんなことにはならなかったのに…」

 私が咲夜に言うが彼女は私の横をフランを抱えて進みながら呟く。

「謝らないでください。終わったことは仕方がないです……どっちみちあの情報量では私たちだって気が付けていたかわかりません。……それと一つ言っておきます……向こうの世界の私は、私が殺します」

 私たちの横をお通り過ぎた咲夜の目には光がなかった。復讐の炎だけが目の奥でチラついていて、私はそんな彼女の目に息をのんだ。

 咲夜の見たこともない雰囲気に圧倒されて何かを言うこともできなかった。そのうちにパチュリーや美鈴を抱えている少なからず怪我をしている妖精メイドたちは、私たちに一礼をして咲夜の後ろについていく。

「…私たちも行きましょう」

 霊夢に背中をポンと叩かれ、それでようやく歩き出すことができた。しばらく何もしゃべることもなく霊夢と歩いていると、木や竹の数が減っていき、視界の開けた場所に出た。

「…ここから歩くのはだいぶ疲れるし、飛んでいきましょう」

「ああ……そうだな」

 元気なく霊夢に返事を返した私は少しだけ体を浮き上がらせていた彼女に手を掴まれ、手を引かれて私も空を飛んだ。

「……」

 空を飛んでからも咲夜たちのことが頭から離れない。咲夜はああ言ったが直接的にレミリアの死に私が関わらなかったとしても、私が思い出していればと思うと間接的にかかわっているのではないだろうか。

 しばらくそう言った考えが頭の中でグルグルと回っていたが、不意に霊夢が私の手を離して言った。

「…そういえば、咲夜を追って行った早苗はどこに行ったのかしら…」

 咲夜たちのことでそこまで頭が回っていなかったが、言われてみればフランたちを連れてきていた咲夜たちの中には早苗の姿は無かったと思う。

「わからん……あいつのことだからフランたちを運ぶのを手伝うと思うが、今の状態では断られたのか?」

 かもしれないわねと霊夢が言うと、またそばらく私たちは口を開かなかったが、私が自宅に行くために彼女と別れようとしたき、霊夢が口を開いた。

「…魔理沙、今日は家に泊まっていきなさいよ」

「へ?…なんでだ?」

 唐突にそう言ってきた霊夢に聞き返すと彼女は一呼吸間をあけて言う。

「当たり前でしょう?だって一人でいる時に奴らが来たとしたらどうするのよ」

 それもそうか。一人でいるときほど狙いやすいときは無い。今の私では抵抗をすることもできずに捕まり、何かをされて殺されることだろう。

「でも、お邪魔していいのか?」

「…いいわよ、良くないんだったら言ってないわよ」

 私が恐る恐る聞くと、当たり前という感じで霊夢は遠くに小さく見えている博麗神社の方に行くわよと促している。

「じゃあ、……お言葉に甘えて」

「…ええ」

 私がそう霊夢に言うと彼女は嬉しそうにうなづき、自宅の方向から方向転換して、霊夢と並走して一緒に神社へと向かった。

 十数分もするとあんなに小さかった神社も大きく見えてくる。飛んでいる角度から見える博麗神社は昨日出ていった時のままだ。

「…魔理沙、お腹すいたでしょう?一日中眠ったままでご飯食べてなかったし」

 自分の顔を吹っ飛ばしたのが夜中とかそのぐらいだったが、今は夕方を過ぎてもう夜で、いつもなら夕食を食べているか食べ終わっている時間帯だ。

「そうだな……腹減ったし早く飯が食いたいぜ」

 私はそう言って博麗神社の庭に降り、霊夢はその横に着地した。霊夢は障子の一部に穴が開いていたり、タンスが倒れていたり、床に砂が散らばっている茶の間を見てそこで食事をするのは無理だとすぐに判断し、靴を脱いで縁側に上がると寝室の前まで移動して、しまっている寝室の襖を開けるとそこまで幽香の攻撃の影響が及んでいないことを確認する。

「…台所でご飯の準備してくるから、魔理沙は寝室で休んでて」

「いや、お邪魔させてもらってるわけだし、私もなんか手伝うぜ?」

 縁側の下に脱ぎ捨てられている霊夢の靴を拾い、玄関の方に持って行きながら言うと、霊夢はそれでも大丈夫と言って台所に向かって行く。

「そうか、じゃあ寝室でも待たせてもらうとするぜ」

 私は玄関の扉をスライドさせて開き、靴箱に霊夢の靴を入れて自分の履いている靴を脱いで玄関の端に置いた。

 霊夢は後ろを横切って廊下を歩いて行き、台所へ入っていく。靴を脱ぎ終えて廊下に出ると、廊下だというのに霊夢の匂いがする。

 霊夢に言われたとおりに荒れ放題となっている茶の間を横切り、霊夢が襖を開けたままにした寝室に入ると、私と違って整理整頓されていていつも通りに綺麗な部屋が見えた。部屋の中央には卓袱台がおかれていて、その傍らに私は座った。

「…」

 茶の間や廊下などよりも霊夢のいい匂いで溢れていて、こういうところにいるだけでもいくらか落ち着くことができた。襖を閉めてはいるが霊夢が何かを調理し始めた音が襖越しに聞こえてきて、お腹が鳴ってしまう。

 昨日の夜からであるため、実質的に一日中何も飲み食いしていないことになるのだから仕方がない。

 電子ではないアナログの時計が秒針を一秒単位で正確に刻むごとに小さな音を発する。普段ならそれで終わるが、精神が少しだが不安定である今は、霊夢の調理している音が小さく、それが嫌に大きく聞こえる。

 いろいろな音があって静寂というわけではないのに、私はなぜか落ち着くことができなくなる。そうすると今度は嫌な想像が頭の中で膨らんでしまう。

 霊夢のいない今、異次元霊夢に襲われたらどうなってしまうのだろうか、それが頭をよぎると秒針よりほんの少し早いか同じぐらいだった心臓の鼓動が、それよりも速いスピードで拍動する。

 不安で緊張し、息が荒くなってしまう。周りにも聞こえているのではと思うほどに心臓の音が大きく聞こえ、バクバクと動く。

 一人という不安で周りの音が聞こえなくなっていた私は、霊夢の歩いてくる音に気付かず、襖を彼女がガラッと開けるとその音に少しだけビクついてしまう。

「…?どうしたの?顔色が悪いわよ?」

 何枚かのお皿と食事が盛りつけられているお盆を持った霊夢が足で器用に襖を閉めて、私に言った。

「な…何でもない…ただ傷が痛んだだけだ」

 霊夢がいないのが不安で仕方なかったなど、口が裂けてもいなかったため、とっさに嘘をつく。でも、彼女のおかげで不安が解消され、早くなっていた心臓の拍動もおさまっていく。

「…そう、大丈夫?」

「ああ」

 霊夢が短く受け答えするとちゃぶ台を挟んで私の正面に移動し、御盆に押せている皿を机に並べる。千切りで刻まれたキャベツに、一口大にカットされているトマト、焼かれた肉などが皿に盛りつけられていて、とても彩がいい。

 肉と野菜が盛りつけられている皿に目玉焼きを霊夢が置いてくれて、見た目や卵や肉の香ばしい匂いに空腹を余計に感じてしまう。

「…さ、食べましょうか」

 霊夢が私に箸とご飯がよそられている茶碗を手渡し、自分もそれを御盆から取って机に置くと手を合わせた。

「「いただきます」」

 二人で一緒に挨拶をし、食事を始めた。肉などを頬張ると霊夢が作ってくれた料理は自分で作った料理よりも味付けがちょうどよく、とてもおいしい。

「うまいな」

「まあ、そうは言ってもお肉を焼いたり野菜を切ったりしただけよ」

 自然とそう呟いていた私に野菜を食べて飲み込んだ霊夢は言うが、まんざらでもなさそうな顔をしている。

「それでも、霊夢の味付けはとてもおいしいぜ」

 霊夢にそう言いつつも卵などを口に運ぶとこれもとてもおいしい。彼女の言う通り焼いているだけなのだろうが、味付けが絶妙でご飯が進む。私が作っていたらキノコまみれになるか焦げるのどちらかだろう。

 そうして、話したり時々喋らなかったりとしながら私たちは食事を終えた。

 




少しだけ、三十八話の後半部分のような日常が続きます。

多少の百合要素も出てくるので苦手な方は申し訳ございません。

五日後から一週間後に次を投稿します。


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東方繋華傷 第三十九話 休む①

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第三十九話をお楽しみください。

この話は微百合話。


 

 最後に口に含んでいた食べ物をよく咀嚼して細かくかみ砕き、ある程度細かくしたところで飲み込んだ。

「ごちそうさまでした」

 一足先に自分の分を食べ終えていた霊夢に続いて、私は手を合わせて呟く。ちゃぶ台の上にある皿には何も残っておらず、あとは片づけるだけであるため、同じ皿は同じ皿で重ねてお盆の上に置いた。

「さてと、作ってもらったわけだし…皿洗いは私がするぜ」

「…そう?なら私はお風呂の準備をしてくるわ。それまでよろしく」

 霊夢は立ち上がってお皿が山積みに置かれたお盆を私に手渡し、私も立ち上がってそれを受け取った。

「ああ、わかった」

 お盆を受け取ったことで手がふさがっていたが、霊夢が襖をあけてくれてそこから廊下に出た。飛ばされた砂で少し足元がじゃりじゃりしているが、仕方がないだろう。

 霊夢は風呂場に歩いて行き、私は台所に入った。台所はさっき調理したとは思えないぐらい綺麗で清潔感がある。机にお盆を置き、シンクの中に皿を運んで水道についている蛇口を皿の方に向け、上についているハンドルを回した。

 蛇口から出て来た水が少しだけ汚れを落としていく、シンクのわきに置いてある地味に濡れているスポンジを手に取り、石鹸をこすりつけて泡立たせ、ニギニギと何度か握ると泡がスポンジ全体にいきわたる。

 水をかけて置いた皿を手に取って泡立ったスポンジを押し付けてこすりつけ、皿についている調味料の汚れや、脂汚れなどを石鹸で絡めとって蛇口から出している水につけて泡を洗い流して汚れのほとんどを落とした。

 お茶碗や皿をすべてスポンジで洗い、次に流水ですべての泡をお洗い流す。洗った皿を洗いものを置く籠にできる限り水を落とすために洗った順に置いていく。

 最後に水洗いした皿を籠に置き、ポケットに入っているハンカチを取り出して濡れた手を拭いた。手を拭いたところで濡れたハンカチをまたポケットに入れ直し、台所から茶の間の方へ出た。

 十数分かけて洗い物をしていたが、霊夢の方も丁度風呂を洗い終えたらしく、風呂場の方向から濡れた手を拭いて出てくる。

「…あ、そっちも丁度終わったみたいね」

 手を拭くには、だいぶ小さいサイズのタオルで手を拭いている霊夢が私に言った。

「ああ、あとどのぐらいで風呂にはいれるんだ?」

 私が霊夢にそう聞くと彼女はいつもどれぐらいの時間で風呂が沸いていたのかを思い出し、言う。

「…だいたい十分くらいかしら?でも、魔理沙が魔法でお風呂を沸かせば今すぐ入れるわよ?」

「そうだなぁ。急いでるわけじゃないけど……タオルで拭いた程度じゃあ血も完全には取れてないだろうし、早く入りたいな……熱魔法でちょっと温めるか」

 私がそう言うと、霊夢は寝間着などを持ってくるつもりなのだろう。よろしくねと言い残すと寝室の方向に歩いて行き、壁が遮って彼女の姿が見えなくなる。

 霊夢がいた風呂場に行き、温まっていない冷水の水に手を付けて短く呪文を詠唱し、熱魔法を加えてみると人肌よりも少し暖かいぐらいに冷水が温まる。が、少し温めすぎてしまったらしく、熱を水面に触れていた指先に感じ、手を引っ込めた。

「温めすぎたな…まあ、いいか」

 風呂に入るときにでも水などを入れて温度の調節はすればいいだろう。

「…」

 水面に触れたことで小さな波紋ができるが、それでも水面は平衡を保って光を反射して鏡と同じ役割となっていて、私の顔をそこに映し出した。

 ひどい顔だ。左頬から左目とその周辺の皮膚に跡が残っていて瞼などが残っていたのが奇跡といえるぐらいだ。左目と右目を見ると、もともと用意されていた義眼を使ったためなのか、私の目の色と全く同じではなく左右で若干だが目の色が違う。

 あれだけの怪我で目が見え、あとは残ったが以前と変わらないぐらいにまで治った。それだけでも恵まれてはいる。だが、やはりそれでもきついものがある。

「……」

 少しの間そうして自分のことを眺めていたが、ここにとどまっていても顔が変わるわけではない。風呂を沸かした私は浴槽から離れ、風呂をお洗う時に跳ねたのだろう水を踏んでしまい。脱衣所の床に敷いてあるマットで足を拭いた。

「霊夢ー、風呂には先に入るか?それとも後に入るか?」

 風呂場から茶の間に戻って寝室にいるはずの霊夢に聞くと、彼女は寝室から寝間着を持って出てくる。先に風呂に入るということらしい。

「霊夢が先か、それじゃあ私は寝室で待ってるとするぜ」

 私が霊夢の横を通り過ぎようとすると、彼女が私に寝間着を差し出した。先に入れということかと思ったが、彼女の手にも寝間着が握られている。

「…久々に二人で入らない?」

 霊夢の口から衝撃の一言が聞こえてきた。

「へ?」

 私は驚いて間抜けな声を出してしまうが、霊夢は私に考える暇を与えずに続けていった。

「…小さいころはお風呂には一緒に入ってたし、たまにはいいじゃない」

「そ、それは小さいころの話だろ!?今は大人なんだし、一緒にお風呂に入るなんて年でもないだろ!?」

 私が慌てふためいてテンパって霊夢に言うが、彼女はなぜ慌ててるのと言わんばかりに落ち着いたまま言った。

「…それに、十数分一人で待ってるだけであんなに不安そうな顔をされたら、誰だって心配になるわよ」

 自分では不安でおびえていたのを上手く誤魔化したつもりだったが、霊夢にはばれてしまっていたらしく、急に恥ずかしくなってしまって顔が熱くなっていく感覚がするし、事実であるため彼女に何も言い返せなくなってしまう。

「…わかったなら一緒にお風呂に入るわよー」

 私の後ろに楽しそうに回った霊夢に肩を掴まれ、脱衣所にまで誘導されてしまった。霊夢がこうなってしまってはもう言うとおりにするしかない。

 脱衣所に入ると霊夢は扉を閉め、問答無用で自分の服を脱ぐ前に私の服に手をかけて、引っ張り始める。

「ちょ!?何すんだ!?」

 ぐいぐいと私の服を脱がせようとする霊夢に私が叫ぶが、彼女は首をかしげている。

「…お風呂に入るんだから服を脱ぐのは当たりまえじゃない、それに、女の子同士なんだから恥ずかしがってないで、さっさと万歳しなさい」

 永遠亭では私が服を脱ごうとした時には恥ずかしそうにしていたくせに、今はそんなことは無い。霊夢の恥ずかしさの基準がよくわからない。

「わ、わかってるって!自分で着替えるから手助けはいらないぜ!」

 ボロボロの魔女の服を脱ぐと、服の下にはたくさんの包帯が巻いてあって、やはり隠す必要がないぐらい体が隠れている。

「ミイラかよ」

 腕や首、胸、腰、太もも、足に巻かれている包帯を順番にほどいていくと、以前と変わらない素肌が現れてきて、少しだけ安心した。

 私が裸になるころには霊夢も自分の服を脱ぎ終わっていて、後ろを向くと一糸まとわぬ姿で立っている。

「……」

 彼女の体は出るところはある程度は出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる。極端に胸が出ていたり腰回りが細いわけではないが、とても魅力的な体つきをしてる。正直、女の私でも見とれるぐらいだ。

 普段はさらしを巻いていてよくわからないが、胸は私が掴んでも余るぐらいはあるだろう。それに加えて綺麗な形をしてる。昔とは似ても似つかない体型だなと思う。

 それに比べて、

「……………。………うん」

 自分のことは考えないことにした。悲しくなるだけだ。

 霊夢に続いて風呂場に入ると、椅子の後ろに霊夢が立っていて、前にある椅子に座って座ってと指をさしている。

「はいはい」

 ポリポリと頭をかきながら霊夢の前に置いてあるプラスチックでできている椅子に座ると、私の正面の壁に取り付けられているハンドルを捻り、壁にひっかけられているシャワーから水が出始める。初めは冷たい水が出ていたが徐々に温かい水が出始め、お湯の出る強さを調節して、かけられている部分からシャワーをはずして私の頭にお湯をかけた。

 シャワーの口からでたお湯が髪の毛の間を取って流れていき、こびり付いていた血を少しだけ洗い流していく。

 私の髪全体を軽くお湯で濡らした霊夢はいったんお湯を止めてシャンプーを手に付けて泡立てる。ある程度泡立ったところで彼女は私の頭に手を付けてごしごしと髪の毛を洗い始める。

 とても丁寧に洗ってくれる霊夢の荒い方は優しくて気持ちがよく、そのまま居眠りデモしそうになるぐらいだ。

「…痒いところは無い?」

 頭部から離れ、毛先の方を洗い始めた霊夢がボーっとしていた私に言った。

「今は、特にないぜ」

 髪の毛全体を洗い終えた霊夢は再度シャワーからお湯を出すハンドルを捻り、出て来たお湯を私の頭にかけて泡を落とす。

 髪の毛に付着していた泡がお湯によって流されると、霊夢はお湯を止めて体を洗う用のスポンジを取り出し、石鹸をつけて泡立てる。

「れ、霊夢?…体は自分で洗うぜ?」

 私が彼女に言うが既に首周りを泡立った体を洗う用のスポンジで痛くない程度にこすり始めていた。

「…たまにはいいじゃない。泊まりに来ても一緒にお風呂に入ることなんてなくなってきてたわけだし」

 まあ、私が意識しだしてしまったころから一緒にお風呂に入ることは少なくなったから、今回一緒に入ったのは何年ぶりだろうか。

「…それに、魔理沙の体の成長具合も確認しておかないといけないからね」

「おい、それが本音か!?」

 私が後ろを振り返って言うと、霊夢がくすくすと笑って言った。

「…冗談よ」

 腕と背中、腰などのお尻のあたりも洗い終えた霊夢は私の正面に移動し、スポンジを持った手を胸に伸ばしてくるが、私はその手を掴む。

「前は自分でやるからいいぜ」

 私が言うが霊夢は手を引っ込めるようなことはせずにさらにこっちに伸ばそうとしながら言う。

「…恥ずかしがらなくてもいいじゃない。昔は普通に洗わせてくれたんだし」

「そ、それは昔の話だろ!?」

 霊夢の話に驚いているうちに彼女の持っているスポンジが胸に触れて、洗い始めてしまう。ひさびさで慣れていないため、とても恥ずかしい。

「…それに、魔理沙だって本当に嫌ってわけでもなさそうじゃない」

「それは、そうだが……」

 赤面している私に構わず、胸やわきの下、わき腹、お腹と洗って行き、霊夢の持っているスポンジが股間に触れる。デリケートな部分であるため、今まで以上に優しく、丁寧にゆっくり洗っている。

 恥ずかしさで死にそうになっていると、数十秒も時間をかけて大事な部分を洗い終えた霊夢が手を離し、太ももなどの足もスポンジでこすり、全身を洗い終わった。

「なんでそんなに楽しそうなんだよ」

 洗っている間、ずっと楽しそうにしていた霊夢に言うと、彼女は口角を少し上げてふふっと小さく笑いながら言った。

「…久しぶりだったし、反応が面白かったからかしら」

 霊夢はシャワーのハンドルを捻るとお湯を出して私の体についている泡を手で擦ったりして簡単に洗い流す。

「じゃあ、次は私だな」

 私は立ち上がり、霊夢に今のお返しをするつもりで彼女に椅子に座ってもらう。

「…じゃあ、お願いね」

 でも座ってもらったはいいが、いざ実際に霊夢の体を洗うとなると緊張する。

 初めに座った霊夢の頭にシャワーから出したお湯をかけ、髪の毛が全体的に濡れるようにかけた。

 ハンドルを回してお湯を止め、霊夢が使っていたシャンプーの容器に手を伸ばして、中身の液体を手に付けて泡立たせると、意外と早くに泡立ってくる。それを霊夢の髪の毛に付けて頭をあらう。

「…あら、あのころと変わらず、意外にも洗い方は優しいわね」

「意外に、は余計だぜ霊夢」

 見た目や性格からそう思われても仕方ないがな。

 霊夢の頭が泡でモコモコになって大体洗い終えた私はシャワーからお湯を出して、彼女についている泡を洗い流す。

 ほぼ全部の泡を流してからシャワーのお湯を止めると、目を閉じていた霊夢が顔の水を拭い。私の方を見る。

「…」

 何も言わないが、頭は洗ってくれないの?とその上目づかいの視線は訴えている。ずるい。そんな顔で見られたら断ることなんてできない。

 私の体を洗ったスポンジを取り、含んでいる泡をすべて揉みだしてから、新たに石鹸をつけて泡立たせた。

 スポンジを十分に泡立たせてから霊夢の体を洗うためにしゃがみ、片手で肩を掴み、スポンジを掴んでいる方の手で首回りや背中を痛くないように擦る。

 いつも何気なく触れたりしていたが、霊夢の体はとても柔らかく、あの幽香との戦いなどを見ていたら想像もできないぐらい華奢だ。

 背中と腕、腰回りを洗ってから彼女と同様に正面に回り込むと、頭を洗っていたときや背中を洗っている時以上に緊張してくる。私とは違い、少し大きな胸があるからだ。

 勇儀などのように巨乳まではいかないが、ほどほどの大きさはある彼女の胸に緊張しないわけがない。緊張で若干戸惑いながらもスポンジで触れると、それでもわかるぐらいに彼女の胸は柔らかかった。

 霊夢の胸はどうやって形を維持しているのか不思議なぐらい柔らかく、弾力を兼ね備えている。

 胸とはこんなに柔らかいものなのか、自分のはほとんどないから触る機会もなく、知らなかった。

 持っているスポンジが少し小さいせいで霊夢の胸に手が触れてしまう。手に吸い付き、包み込む感覚が気持ちよく、ずっと彼女の胸に触れていたい。

 だが、胸ばかりを洗っているとおかしいと霊夢に悟られてしまうため、名残惜しくもあるが次の場所を洗う。

「…どうしたの?魔理沙、顔が赤いわよ?」

「の、のぼせただけだぜ」

 霊夢の胸に夢中になっていたとは口が裂けても言えないため、とっさに思いついた言葉で誤魔化した。

 お腹に続いて霊夢の股間を見ないようにしてできるだけ優しく洗い、足などその他の部分もすべて洗い終え、私は最後にお湯で泡を洗い流す。

「OKだぜ」

 体を洗っただけなのに、かなり疲れた気がする。私は立ち上がると、霊夢に連れられてお風呂に入った。

 さっきのぼせたといった私を躊躇なくお風呂に入れる時点で、顔が赤かった理由なんてすでにバレバレじゃないか。

 恥ずかしさがまたこみあげてくるが、それを忘れるためにあっついお湯に肩までつかった。

 




五日から一週間後に次を投稿します。


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東方繋華傷 第四十話 休む②

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第四十話をお楽しみください。


 

 体を洗い終えた私と霊夢は2人で湯船につかる。二人が一緒に入ったため、風呂窯の高さギリギリまで溜めていた大量のお湯が流れてしまう。でも霊夢は気にもせずに熱い風呂に入ってくつろいでいる。

「…昨日は、いろいろあって疲れたわね……」

 風呂に入ってから、水面に起こった波紋が収まり始めたころに霊夢がぐだーっとくつろいでいる状態で、天井を見上げて言った。

「……そうだな………」

 今日のほとんどは寝ていたので、私的には昨日ではなく今日のように思え、今日のことを思い出す。

 幽香との戦い、異次元霊夢たちとの戦い、みんなが怪我をし、私も自分の顔を吹っ飛ばした。レミリアが死に、紅魔館にいるパチュリーたちも怪我をした。

「私がもっと早くに奴らの存在がチラついているっていうことに気が付いていたら、レミリアたちは死なずに済んだのかな?」

 私は膝を抱えて頭を下げてわずかだか波打った水面を見下ろし、天井を見上げている霊夢に聞くと、彼女は少しの間をあけて言った。

「…さあね、でもあの時点では私たちは最近幻想入りした奴が魔理沙に逆恨みをして、恨みを晴らすために異変を起こしていると思ってた……だから、別世界の奴が来るなんて思いもしなかったし、あの手際の良さ……魔理沙が思い出していたってレミリアがどうなっていたかは分からないわ」

「……」

 霊夢は膝と手を風呂の床面に付けて風呂の中を移動して私の後ろに回り込むと、背中側から手を伸ばして私を引き寄せて抱きしめた。

「…いくら頑張っても、どれだけ強くても、世界一頭のいい人間でも、見えない者を倒すことはできないわ……魔理沙も当然私も含めてね…」

 霊夢は一度そこで言葉を切ると、数秒間考えてから再度話し出した。

「…本当に咲夜やパチュリー、美鈴、フラン、小悪魔、だれよりもレミリアに悪いと思うなら……しゃんとしなさい。魔理沙」

「ああ……、わかってるぜ……」

 忘れろとは言わない。戦いが始まっていてそれで誰かが死んだからと言って、いつまでも悲しんでいるわけにはいかない。奴らは待ってはくれない。

 悲しみや辛さ、自分の不甲斐なさ、怒り、それらをすべて飲み込んで自分の糧にしなければならないのだ。

 しばらくそうしていると、本格的にのぼせてきてしまったため、立ち上がろうとすると先に立っていた霊夢が私を引っ張って立たせてくれる。

「…少し長くつかりすぎたわね」

 霊夢がのぼせてぼうっとしている私に呟き、早々に風呂場から出ることにした。彼女が支えてくれていたことで密着していて、お湯が無くなってよく彼女の体温を感じることができたが、彼女は私から離れてしまい。温もりが消えてしまう。

 霊夢に続いて浴槽を出ようとすると足元がおぼつかなく、よろけてしまうが彼女が私の手を掴んで支えてくれた。

「あ、ありがと」

「…別に礼を言われるほどのことはしてないわよ」

 霊夢はしっかり私の手を握って引き、浴槽を出て脱衣所に向かう。脱衣所に入ると彼女に渡されていたバスタオルを手に取り、髪を拭いた。

 顔についている水滴を拭うために顔をうずくめるといつも霊夢からしているいい匂いがバスタオルからもしている。

 顔の次は首や肩などを拭いていき、背中なども拭き残しがないようにタオルで水滴を拭い、霊夢から借りた下着を身に着ける。胸につける下着はブカブカでサイズが合わなかった的な意味で借りなかったので、パンツだけを履いた。

前もって茶の間で渡されていた寝間着に着替えると、一足先に着替え終わった霊夢が脱衣所の一角にある洗面台に行き、コップと歯ブラシを取り出す。

「あ…、なあ霊夢…予備の歯ブラシとかあるか?」

 いきなり泊まることが決まったため、いろいろな準備ができていなかったが、歯ブラシもその一つだ。

「…あるわよ」

 霊夢は新品の歯ブラシを他の歯磨き粉など、いろいろな用具の入っている場所から取り出して私に差し出した。

「センキューだぜ」

 袋に入っている歯ブラシから取り出し、チューブから歯磨き粉をブラシの部分に付けていた霊夢に歯磨き粉をつけてもらう。

 それを口に入れて歯を磨くと、ミントのスースーする香りと絡みが口の中に広がっていく。

 昔は歯磨きはすればするほどいいといわれていたが、柑橘系の酸などが含まれているものを食べた後は磨きすぎるのもよくないという話を聞いたということを思い出しながら鏡を見て歯を磨く。

 歯を全体的に磨き終えた霊夢はコップに水を溜めてそれを口に含み、口の中をうがいをしてシンクの中に吐き出した。

 それを数回行って口の中に歯磨き粉がない状態にして、コップをゆすぐと霊夢はそれを私に渡す。

 水道のハンドルを捻り、蛇口から出て来た冷水をコップに並々にため、歯ブラシを口から出してコップの水を口に含む。

 水を歯磨き中に出て来た泡と一緒にシンクに吐き出す。それを何度か繰り返してから私も歯を磨きおえ、歯ブラシとコップを水でよく洗い、水を切った歯ブラシをいつものようにコップに立てかけて置いた。

 二人で脱衣所を出るとのぼせていたせいで異常に涼しく感じる。茶の間に移動をすると壁に立てかけてある時計はまだ八時を指していて、寝る時間にしては速すぎるが、これからはあいつらと戦うことになる。寝れるうちに寝ておいた方がいいだろう。

 寝室に移動すると、霊夢が押し入れをかけてそこに収納されている布団を二つ取り出し、机を横にどかして部屋の中心に二枚敷き、夏用の薄いかけ毛布と枕を置いていつでも寝れるようにした。

 霊夢が布団に潜り込み、私もそれに続いて布団に潜り込むと、霊夢は机に置かれていたマッチで火をつけて蚊取り線香を焚いた。蚊取り線香から独特の匂いと煙が漂ってきて、きちんと焚かれているのだとわかる。

「…寝ましょうか」

 霊夢はマッチの火を息を吹きかけて消し、布団に潜り込むと電球の光を消すために垂れ下がっているひもを引いた。カチッと音が鳴ると電球の光が消え、障子から薄っすらと入って来る月明かり以外の光が無くなった。

「お休みだぜ」

「…ええ、お休み」

 枕に頭を置き、目を閉じる。しかし、疲れているとは言えそう簡単に眠れることができない。

「……」

 しばらく霊夢の静かな息遣いが聞こえていたが、すぐに安定した深い吐息へと変わる。彼女の方を見るとやはり眠りについたらしい。今日はもしかしたらずっと私の看病をしていたのだろう。疲れていても仕方がない。

 しかし、寝ようにも今日の出来事が頭をよぎって行ってしまい。戦闘中などのことを思い出し、緊張で眠ることができない。

 そして、さらに左目の麻酔が切れてきているらしく、ズキ…ズキ…と小さくはあるが痛みが生じ始めている。

「…っ……」

 目を閉じて無理やり眠ろうとするが、余計にいろいろなことを思い出してしまったり、左目の痛みが強くなっていき、無いはずの眼球をいじくりまわされているような激痛を感じた。

「…あ……っ……う…っ………ぐ……っ!」

 今回は古傷というわけではないが、傷が痛むとかそう言った話はよく聞き、私自身も片手に傷を負っていてそういう痛みはあったが、こんなに痛いのは初めてだ。永琳が今日は眠れないから覚悟して置けと言っていた意味がようやく分かった。

 永琳から目の痛み止めを貰っていたことを思い出し、すぐ近くに置いてあるバックから、薬の入ったプラスチックの容器を取り出す。

 容器の蓋を捻って開け、中にある円形の白い薬を一つ取り出して水もなしに口に放り込み、無理やり飲み下した。

「……っ……」

 容器の蓋を閉めてバックに放り込み、ごろりと転がって枕に顔をうずくめ、目を押さえて痛みを抑え込もうとするが、むしろ痛みが強くなっていっているようにも感じる。飲み薬はそれの効果があるまで時間がある。効果が現れるまでは痛みに耐えるしかなさそうだ。

「…っ……う………っ……く……う……っ!!」

 あまりの痛みに涙が出てきてしまう。のぼせたとかではなく、目と目廻りの痛みに全身から嫌な脂汗が出てきてくるのが、汗で服が皮膚に張り付く感じからなんとなく想像できた。

 そして、しばらくすると予想通りにお風呂で体を洗ったのが無駄になってしまうほどに脂汗をかいてしまっていた。だが、もうそんなことを気にしている余裕など、私には残ってはいなかった。

 痛みには波があり、その波が回数を増すとそれに比例して左目の痛みもどんどん強くなっていく。

「……う………ぁ……っ……く……っ……!」

 自然と口から声が漏れてしまいそうになるが、口を押えて声が霊夢に聞こえないように押し殺す。

 なぜか戦闘をしてきた時と変わらないほどに息が切れ、荒く息を吐く。

「……く……ぅ……う………っ………ぐ……っ……う…っ…!」

 目と口を押えて霊夢が起きないように息を殺していたが、予想以上に声が漏れてしまっていたらしく、霊夢の寝ていた布団がもぞもぞと動いて擦れる音が聞こえてくる。

「…大…丈夫天?……魔理沙」

「…っ………ああ…何でもない…」

 霊夢の声に若干だが驚かせられたが、左目の痛みに耐えながらもなんとか彼女に返答することはできた。

「…やせ我慢しないの、魔理沙」

 私のうめき声が聞こえていたのか、寝ぼけている霊夢は少し呂律が回っていないが、痛みに耐えている私にも聞き取れるぐらいはっきりというと、自分の布団から出て私の布団に潜り込んでくる。

「霊夢…!?」

 驚いて霊夢の方を見た私の頭を彼女は掴むと優しく抱き寄せた。背の高さや、彼女と私の位置関係によって私は霊夢の豊満な胸に顔が埋まってしまう。

 抜け出そうにも霊夢は寝ぼけているくせにがっちりと私の頭を抱きしめていて、離してくれそうにない。

 お風呂で少し触れたときにもかなり柔らかく感じたが、その胸の柔らかさは服の上からでも十分に感じられる。

 温かい。霊夢に抱きしめられていると彼女の体の温かさと柔らかさが寝間着の薄い布越しに感じられて、さらに私を抱きしめることによって彼女の胸が変形して、顔を包み込む感触が心地いい。

 彼女のぬくもりや、安定している心臓の拍動する音、霊夢の柔らかさなどが不思議と私の目の痛みを和らげていく。それに、霊夢が近くにいてくれるだけで気分がとても落ち着いた。緊張状態でマラソン直後のように心臓が鼓動していたが、今はだいぶ収まってきた。

 霊夢はまだ起きているのか、抱きしめている私の頭を優しく撫でてくれる。そのしぐさがまるで子供をあやす母親のようだったが、さっきまで眠れなかったのがうそのように、私は眠気に襲われる。

 霊夢がそうしてくれたおかげなのか、薬を飲んだおかげなのかわからないが、多少の痛みはあってもさっきよりは何倍もましで、だいぶ痛みが和らいでいるおかげで浅くはあるものの、眠りにつくことができた。

 




次は五日後から一週間後に投稿します。

日常パートはもう少し続きます。


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東方繋華傷 第四十一話 休む③

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第四十一話をお楽しみください。


 霊夢と魔理沙が寝た時間と同時刻。別世界では、

「あんたが帰ると言ったから帰りましたけど、捕まえてきた方が効率が良かったのでは?」

 血の匂いか銀ナイフの金属の匂いを漂わせている咲夜がメイド服についている砂を軽く払って私に言った。血が定着して茶色く変色している木の床に座ったまま、私は咲夜のことを見上げる。

 何もわかっていない。ナイフを振ることしかできない薄らバカめと私は心の中でそう彼女を罵るが、説明をしなければ不審がられるため、面倒ではあるが説明をすることにした。

「十年前の時で分かってるじゃない。あの子は自分に何かをされるよりも、周りに何かをした方が効果がある。だから、しばらくは泳がせておくわぁ」

 それに、長い時間スキマを開けたままにして余計な奴に紛れ込まれても困るというのもある。こいつらが遅かったせいでもあるが、幸いにも特に動きなどは無いため奴らには知れ渡ってはいない。

 誰に知れ渡っていないかというと、伊吹萃香だ。奴は幻想郷中に自分の体の一部を霧状化させて漂わせているため、本当に微量ではあるが向こうの世界に入ってしまっているはずだ。

 幻想郷中に塵を充満させているため、向こうに紛れ込んだ萃香の塵は実体化するほどではないはずであるが、確実に次スキマを開けたら向こうの世界に残留している情報を持っている萃香の一部がこっちに帰ってきてしまい。情報が知れ渡って、絶対に争奪戦が始まる。

 そうなると面倒であるため、スイカの粒子に含まれている魔力が尽きて死滅するまでは、下手に向こうへのスキマは開かない方がいいだろう。

 それに、私たちは魔理沙を捕まえることのできる確率が一番高い集団で、その行動は現在進行形で監視されている。文や、椛、はたて、誰かはわからないが妙蓮寺や鬼、仙人などがこの博麗神社を見ているので、あまり連続的に行動しては悟られてしまう。だから、しばらくは、向こうに行くのはお預けだ。

 私は手に持っているタオルで額や首筋など、汗ばんでいる部分を拭いた。

「何かしていたんですか?」

 今夜はある程度は涼しく、汗をかくほどの温度は無いはずであるのに、汗をかいているのが不思議だったのだろう。咲夜がそう聞いてくる。

「ああ、河童に作らせたあれがほんとに使えるのか試してたところなのよ」

 私がそう言うと咲夜が私から視線を外して博麗神社の奥を見る。彼女にはウサギの付け耳をつけている裸の女性が倒れているのが見えているだろう。

「あれを試したんですか?あいつなら大丈夫かもしれませんが、普通の人間が耐えられるんですか?」

「魔力が一時的に使えなくなる薬を打っておいたから、普通の人間と変わらない状態でしたのと変わらないから耐えられると思うわ」

 これを魔理沙でした時のことを考えただけで、体がゾクゾクとうずく、早く試したくてたまらないが、しばらくは後ろで気絶しているあいつで我慢するとしよう。

「いつみてもひどい趣味ですね」

「ふん、香水で隠せないほどに返り血の匂いがしている奴に言われたくはないわねぇ」

 スイカの粒子が無くなるまではだいたい三日はかかるため、それまでずっと待たないといけないことに私は小さくため息をついた。まあ、三日たったとしても、これをすぐに試せるとは限らないが。

 

 

「魔…沙……魔理沙」

 頭をゆっくりとなでる手の感覚と霊夢の静かな声が耳元でささやかれるのを、眠気が強くてあまり聞き取れないが聞こえた気がする。

「う…ん……」

 微妙にはっきりしてきた意識を体に向けると、前日眠りに落ちる前と同じ格好であることがわかり、息を吸い込んだ時に鼻腔から霊夢が使っている石鹸の匂いが漂ってきた。

 しかし、寝起きで頭の回っていない私はさらに霊夢の体に顔をうずくめる。さらしの巻いていない霊夢の柔らかい胸が強く自分の顔に当たったところで、私はようやく自分が何をしているのかを少しだけ把握した。顔を上げると、少し顔の赤い霊夢が私を見下ろしている。

「…魔理沙、起きた?」

 霊夢がそう呟き、私は小さく頷いた。

「うん……」

「…朝ご飯を作るから、離れてくれるとうれしいかな」

 私がまるで子供のように抱き着いていたおかげで、霊夢は起きることができなかったようだ。

「す…すまん!」

 動いていなかったつもりだが寝ている最中は抱き着いた体勢で多少は動いていていたらしく、霊夢から離れると彼女は少しはだけた寝間着を整える。

「…よく眠れた?」

 寝ていた状態から体を起こして服を整え終えた霊夢は私にそう言い、小さく欠伸を噛み殺す。

「ああ、おかげでよく眠れたぜ……でも、霊夢はどうだったんだ?眠そうだが?」

「…?少し眠れなかったぐらいだけど、許容範囲内よ…とりあえず朝ご飯を作って来るわね」

 霊夢はそう言って立ち上がると、眠い目をこすって立ち上がり、台所の方に歩いて行く。

「わかった、私はそれまでに布団を片付けておくぜ」

 私はさっきまで寝ていて人肌程度に暖かい布団を二つに畳み、重ね合わせて昨日霊夢が取り出していた押し入れの中に布団をしまった。

 ちゃぶ台を部屋の真ん中に移動させていたりすると、ほどなくして台所の方向から食べ物を調理する音と匂いが漂ってきた。

 その漂ってくる香りをかいでいるだけでお腹が減ってくる。

「…魔理沙―、ちょっと手伝ってくれない?」

 霊夢の声が台所の方向から聞こえてくる。皿を出し忘れて、それを出してほしいとこそういうのだろう。

「わかったぜ」

 彼女にそう返事をして台所に向かうと、火の上に置いたフライパンで肉を焼いていて、寝間着に脂が跳ねないようにエプロンを巻いている霊夢がコンロの前で菜箸を動かしている。その横には刻んだ野菜が盛りつけられている皿が置かれていて、もうすぐに朝食は出来上がりそうだ。

 その証拠に台所内は肉の焼ける香ばしい匂いで充満していて、空腹感が一層強くなる。

「どうした?霊夢」

 私が声をかけると、霊夢はチラッと目だけでこちらを見て、すぐにフライパンを見直す。

「…後ろの棚から胡椒の入ってる袋を取ってくれない?小瓶の方が無くなっちゃってね」

 霊夢が胡椒の入っていたはずの空の瓶を片手で持って私に見せた。たしかに、中に粉末状の胡椒は入っていない。

「ああ」

 皿が並べられている棚の小さな引き出しから胡椒の入っている袋を取り出した。霊夢の持っている小瓶を受け取り、蓋を開けて胡椒を流し込む。

「入れたぜ」

「…ありがと」

 霊夢にふたを閉めた小瓶を渡すと、彼女は焼いている肉に少しだけ胡椒をふりかけ、さらに塩もかける。

 今日のお肉の味は塩コショウのようだ。それでもうまいしいいだろう。

「…ごはんよそってくれない?」

 霊夢に言われ、皿がおいてある棚の扉を開けてお茶碗を二つ取り出し、窯の蓋を開けて焚かれている真っ白なご飯をしゃもじですくって茶碗によそった。

「部屋に運んでおくぜ」

 霊夢用と自分用のお茶碗にご飯をよそい終え、お茶碗をもって台所を出た。茶の間は昨日まで感じていた砂の匂いはもうほとんど感じず、太陽の光で暖まり始めた空気が生暖かい風となって吹き込んでくる。

 その茶の間を横切って寝室の机にお茶碗を置くと、すでに台所の方からは何かを焼いたりする音は聞こえず、霊夢が肉と野菜が盛りつけられている皿とコップをお盆に乗せて運んできた。

「…食べましょうか」

 霊夢から食べ物が盛りつけられている皿と箸を受け取り、それを自分のお茶碗の隣に置いた。彼女も自分の目の前に皿を置いて座る。

「「いただきます」」

 手を合わせてあいさつを済ませ、食事を始めた。霊夢もお腹がすいていたのだろう。箸を取るとしばらくは黙々とご飯を口に運ぶ。

 そして、ほどなくしてから霊夢が一言言った。

「…魔理沙、食事中で悪いんだけど、奴らについて少し話したいんだけど、いいかしら?」

「ああ、いいぜ」

 私が答えると霊夢は夏だが朝早くて涼しくはあるが、そろそろ気温も高くなってくるというのにくそ熱い緑茶を一口飲んだ。

「…やつら、私や咲夜…目標であるはずの魔理沙がいる方に本腰を入れず、レミリアを先に殺したのはなんでだと思う?」

「霊夢、もうすでに答えは出てるんじゃないか?お前が答えを導き出せないなんてことは無いだろう?」

 私は咀嚼していたご飯や肉を嚥下して胃の中へと送り込んだ。コップを掴み、一口飲むと冷たい液体が喉を通っていく感覚が心地いい。

「…確かに、私の予想はもう出てる。でも、それが合っているかどうか、魔理沙にも聞いておきたくてね。別の人の意見を取り入れることだって大切じゃあないかしら?」

「まあ、な…そうだな」

 霊夢が言った物事について私は少し考えてみることにした。口にご飯を運び、ゆっくりと咀嚼して噛み砕く。そのあいだ、私はレミリアを先に殺した理由を考えた。

 とりあえず、戦力の差ではないだろう。本気を出したレミリアは恐ろしく強いがどちらが強いかと言われたれ霊夢の方が断然強い。

 なら、総合的な戦力の差だろうか。紅魔館にいるのはレミリアをはじめとしてフランドール、咲夜、パチェリー、小悪魔、美鈴、あとは数十人の妖精メイドだ。全員の戦力を上乗せしていけば理論上は霊夢を超えることもできるだろう。だが、それも違う。もしこの理由であれば殺されたのがレミリアだけなのはおかしい。主力ではあるが、パチュリーたちは生きている。理由が総合的な戦力の差なら全員殺されているはずだ。

 となれば、レミリア一人だけが殺された理由は一つしかないだろう。

「戦力の差とかじゃなくて、レミリアが持つ固有の能力が狙われた…ってところか?」

 私が出た答えを霊夢に言うと、彼女は少し間をあけてお茶を一口飲んでから言った。

「…やっぱり、そういう答えに行きつくわよね…それだとして、レミリアの能力は運命を操る程度の能力……でも字の通りに運命を操ることはできない」

「だとしても、これから起こる運命をビジョンとして見ることができることもあるって聞いたことがあるぜ…ということは、これから起こることを察知されることを奴らは嫌がったってことか」

 私が言うと、彼女は急須を持って湯呑み椀の中に緑茶を注いだ。

「…十中八九そうでしょうね…厄介な能力を持っているから狙われた……これからもそうやって狙われる人が出てくるかもしれないわね」

 霊夢がそう言い、文に気をつけろと周りに呼びかけてもらうとしましょうとぼやいているときに、昨日のことを思い出す。

 異次元咲夜は紅魔館の方向から来た。体を時間操作によって高速で動かしていてわかりにくかったが間違いない。そして、異次元早苗はいったいどこから来たのだろうか。二人のタイミングが近かったので話し合って別々の方向から来たのかとも考えたが、それは考えられない。

 奴らは一人一人がものすごく強い。だが、全体のチームとしては錬度が低いように見えた。この頃手を組み始めたのか、好き勝手に戦っているのかはわからない。おそらく後者ではあるがこれは願ってもいない弱みかもしれない。

 奴らは私を取り合っていた。しかし、数の多い妖怪たちの連中が簡単に自分たちを襲えないように一応は休戦協定を結んでいる。しかし、仲間が瀕死ならば助け合うことはしないだろう。

 理由の一つとして休戦協定を結んではいるが死んでほしいとも思っているからだ。そして、もう一つはさっき述べた通り、チームとしての錬度は低い。奴らが仲間と手を組んで戦ったとしてもお互いの戦い方など知らないため、干渉しあって逆に弱くなってしまうからだろう。

 ここまでわかれば奴らが話し合いをしていないということはわかる。話が脱線してしまったが最終的に私が言いたいのは異次元早苗は誰と戦ってきたのか。いや、誰を殺してきたのかだ。

「なあ、霊夢…」

 私は霊夢の顔を見たままボーッと考え込んでいたが、私の読みがあっているのか彼女に意見を聞いてみることにした。

「…なに?どうしたの?」

「昨日、私の見間違いでなければ向こうの世界から来た咲夜と早苗…あいつら…別々の方向から来なかったか?」

 私が聞くと、さっきとは別の何かを考えていたか、霊夢は少し間をあけて私を見る。

「…そうね、その疑問については少し後回しにしていたのだけど、向こうの世界の咲夜がレミリアを殺してきたのを考えると、他の人物を向こうの世界の早苗が殺してきたと考えるのが妥当よね」

 霊夢が皿が並べられた机に視線を落として小さくため息をつく、一時は敵にもなったことはあるがその連中を含めて幻想郷の平和とバランスを保つのが博麗の巫女である霊夢の仕事だ。ため息をついたのは殺されたかもしれない人物のことを考えたのだろう。

「…おそらくだけど、加奈子とか諏訪湖ね…向こうとは多少は違うとはいえ、他の誰かよりも能力のことは知っている…どちらか、もしくは両方を殺されたわね…」

 二人の能力は坤を創造する程度の能力と乾を創造する程度の能力だ。どちらも字にしたらわかりにくく厄介そうな能力であるが、奴らに狙われた理由はそれを含めた彼女らの存在だろう。神とそれに近いものだからだ。

「くそ…」

 私が小さく罵ると、霊夢が私の方を見るが何も言わずに机を見下ろす。しばらくの間会話もなく黙々とご飯を口に運ぶ。

「そういえば、霊夢は向こうの世界の早苗が来た方向のことは後回しにしてたって言ってたが、霊夢は何が気になってたんだ?」

 私が聞くとちょうど自分の分のご飯を食べ終わり、霊夢は机にお茶碗を置いた。

「…私が気になっていたのは向こうの世界の早苗がしたこと、魔理沙のマスタースパークを武器も使わずにどうやって受け流したのかと思ってね…奇跡の能力だとしても規格外すぎると思わない?それこそ天と地をひっくり返すレベルでの呪文詠唱が必要になるわ」

 異次元早苗とこっちの早苗の奇跡の能力の仕組みは変わらないと思うが、奇跡の規模によって呪文詠唱の長さは変わる。

「確かに、マスタースパークが奇跡的に奴の目の前で裂けて当たらなかったとなれば、日とは言わないが十数時間程度の呪文詠唱が必要となるだろう。だから、前もって詠唱してい置いたんだろうな……でも、その苦労をわざわざあんな使い方をするとも思えない」

 異次元早苗はマスタースパークを撃つ私の前に出てきてわざわざ撃たれた。後方にいた霊夢たちは当然かわすことはできただろうし、十数時間の呪文詠唱を無駄にしたということになってしまうため、奇跡の力を使ったとは思えない。

「向こうの世界の早苗がマスタースパークを裂いたのが能力じゃなくて純粋な戦闘能力なら…私たちに勝ち目はないぜ」

 私は立ち上がって部屋の隅に置いてある古臭い冷蔵庫に向かい、扉を開けて中から麦茶の入っている入れ物を取り出した。霊夢の方を見ると私の言ったことに反論があるらしく、こっちを見る。

「…純粋なその人物だけの戦闘能力だけでやったわけではないわ。…あんたのマスタースパークがあっちの早苗に当たる寸前でわかれていた。でも、溶けた地面とかを見ると手とか何か道具を使ったにしては早苗のいる位置の地面はえらく緩やかな形で残っていたわ。あれは確実に能力によって当たらなかったものよ」

 たしかに、異次元早苗がいた位置から前方にコンパスで半円をかいたのと同じぐらい正確に地面が残っていてそこからわかれていた。

 手や武器を使っていればもっと鋭敏な角度でマスタースパークは分かれているだろうし、何より、私の記憶が正しければ溶けた地面とマスタースパークが当たらなかった地面との境、異次元早苗の腕はそこまで届かないはずなのだ。

「…連中は今までの敵とは全く違う。今からやっても同ということは無いけど、ご飯を食べたら修行をして少しでも奴らとの差をなくしましょう」

 霊夢が湯呑み椀に注いでいた熱々の緑茶を一息で飲み干した。

 




五日後から一週間後に次を投稿します。


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東方繋華傷 第四十二話 休む④

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第四十二話をお楽しみください。


 霊夢と私は異次元の奴らがもう一度来るまでに、少しでも差を縮めるために修業をすることになったわけだが。

「なあ、修業をするのはそれでもいいんだが…疲れてるときに奴らに来られたらどうするんだ?」

 私が冷たい麦茶を口に運ぶと、口の中の熱が麦茶に奪われて冷える。それでもいまだに冷たい冷えた水を嚥下するとそれが喉を通っていき、体を内側から冷やしてくれる。

「…多分大丈夫よ、先日姿を現したのは自分たちの存在を魔理沙に知らせるためと、ある程度の邪魔者を排除すること…それに、なんだか準備もあるとか言ってたし……向こうにはいくつかの勢力があって、現在こっちに来れるのは向こうの世界の私たちだけ、そう短期間に何度も出入りをしていれば敵対勢力に悟られる。…変に介入されないように日にちを置くはずよ」

 それもそうか、異次元霊夢たちがこっちにいる間、ずっと亀裂は開いたままだった。誰かしらが見張っていたとしても、数で押されれば突破も時間の問題だ。奴らにとって面倒なことを考えると短期間で連続的に来ることは無いだろう。

「なるほどな、なら…できる限りのことをしよう……。でも、奴らはどのぐらいの期間を置くと思う?」

「…さあ、三日か…四日か…そこらだと思うわ」

 それだけの時間があるのならば、こちらもある程度の準備と修業ができる。朝食を食べ終えた私たちは食器を洗い、すぐに修業に移ることにした。

 修業の内容は戦って経験を積むことなどではなく、魔力を練ることによる魔力力の強化だ。

 戦闘をして、経験を積んでいかなる状況にも対応できるようになるのは大事なことだ。だが、私たちの戦闘能力が高いのは魔力での身体強化によるものであり、戦闘能力は魔力の強さである魔力力に強く依存する。それを強くするということは必然的に攻撃力と防御力などの戦闘能力の向上につながることに他ならない。

 しかし、問題があるとしたら魔力力はかなり上昇しにくいものだということだ。レーサーは自分の使う車の時速を上げるのにかなりのお金などを使うというがそれと同じで、魔力力を上げるにはそれなりの手間と時間がかかるのだ。

 戦ったことによる経験などの実体のないものよりはわかり奴いものではあるが、欠点があるとすればそこだろう。

 魔力力は魔力の強さと言ったが、それについて説明させてもらう。

 魔力力はいわゆるエンジンのようなものと思ってもらっていい。他の要因もあるが、強いエネルギーを出すエンジンは出せる速度も速くなる。それと同じで魔力力の高さによって魔力の質力や質が変わる。

 ここからは魔力力の高さについての利点となるが、いくら魔力の量が多くても魔力力が低くて魔力の質が悪ければ撃てる弾幕の威力も量も大幅に低下し、同じ数の弾幕を撃とうとしても、使う魔力の消費量も変わって来る。

 上がりにくいことには上がりにくいが、上がればその分だけ戦闘能力の増加につながる。だから霊夢はこれを鍛えることにしたのだ。

「……」

 私と霊夢のどちらも一言もしゃべらない静寂の中、正座をして自分の中の魔力を高める。だが、注意していてもわからないぐらい雀の涙程度だけしか魔力力が上がっていっていない。

 隣にいる霊夢の魔力に意識を向けてみると、始めたころよりもほんの少しだけだが魔力が強くなっている気がする。

 同じ時間だけ修業をしているのに霊夢の方が魔力力の上昇が速いのは、やはり魔力にも個人差があるからだろう。一人一人上昇のしやすさは違う。

 そして、霊夢は何においても私の先を行くようだ。だが、うれしいことに魔力力には上限がない。つまり、時間さえかけることができれば私も霊夢並みの魔力力を持つことが可能なのだ。まあ、そうなるには途方もない時間がかかるが、

「……」

 私と霊夢がそうやって自分の魔力を練り始めてから、なんだかんだ言って一時間が経過した。

「なあ、霊夢」

 私が霊夢に声をかけると彼女は魔力力を高めるのを中断して、私の方向を向く。

「…どうしたの?」

「いつまでも霊夢の世話になってもいられないし、今日は家に帰るとするぜ」

 霊夢の予想では奴らが来るのは最低でも三日後、それまでは自宅で待機していても問題は無いだろう。

「…もし、一人の時に奴らに襲われたらひとたまりもないじゃない。…それに、一人も二人も負担はあんまり変わらないし、今日も泊まってきなさいよ」

「でも、霊夢に予想では奴らが来るのは三日後だろう?なら明日とか明後日までなら大丈夫じゃあないか?」

 何気なくいってみるが、予想は予想だ。天気予報だって予報で100%の確率ではない。連中が予定を繰り上げたりする可能性だってあるのだ。絶対に安全な日などは無いだろう。

「………そうだな、なら霊夢の家にお邪魔させてもらっても構わないか?」

 考え直した私が霊夢に言うと、彼女は満足そうに微笑んで小さく頷いて行った。

「…ええ、勿論」

「でも、さすがに何日も霊夢の服を借り続けるのもよくないし、一度家に帰って寝間着とか予備の服とか戦いに必要なものを一式持ってくるぜ」

 服も一部がボロボロだし、マジックアイテムも異次元霊夢たちと戦っている間にどこかに行ってしまった。それを補充したい。

「…そうね、なら一人じゃあ危ないし…私も一緒に行こうかしら」

 霊夢が一緒にいてくれるだけでかなり心強くはあるが、寄り道しなかったら準備も入れて四十分程度で自宅から神社までを往復できる。わざわざ霊夢が出るまでもないだろう。

「いや、大丈夫だぜ…往復に一時間もかからんからな、お茶でも飲んで待っててくれ」

 私がそう霊夢に伝えると彼女は少し心配そうだ。たしかに、いつ、どこから、どれだけの人数で襲ってくるかわからない。霊夢が心配になるのも無理はないだろう。

「…本当に気を付けてね?大丈夫だとは思うけど道中で奴らにあったらすぐに戻ってきてね」

「ああ、わかってる…前の戦いで十分に奴らの強さは味わった。一人で戦おうなんて思わないぜ」

 私は明るいうちに自宅に戻るため、傍らに置かれている卓袱台に手をついて体を持ち上げ、立ち上がった。

「…あら、もう行くの?」

「ああ、今行っておかないと後々になって行こうとしても面倒になって行かなくなりそうだなから」

 私の性格を知っている霊夢は少し考えた後に、確かにねと肯定する。自分の生活態度のせいであり、自業自得であるが地味に傷つく。

「とりあえず、行ってくるぜ」

 私が前日靴を置いた玄関に向かい始めると、庭の縁側近くに影がゆらゆらと揺らめいているのが視界の端っこで見えた。

 夏の強い日差しでも薄くて小さな影に、影の持ち主は天井で見えなくなっているが空にいるのがわかる。

「…魔理沙?どうしたの?」

 いきなり立ち止まった私に霊夢が首をかしげる。ちょうど彼女からは障子などで見えずらい位置であるのだろう。そうしているうちに影が大きくなり、真っ黒な翼を背中からはやした人物が下りてくる。

 赤い下駄に短くてフリルのついた黒いスカート、半袖のシャツ、頭には山伏風の帽子を被っているのは、鴉天狗の射命丸文だ。

 黒いショートの髪に、いつも片手に持っていて使い古されているカメラをベルトに取り付けられている小さなポーチに入れ、シャツの胸ポケットに入れてあった手帖とペンを取り出してこちらに近づいてくる。

「霊夢さんに魔理沙さん、おはようございます!」

 文はまず初めに元気よく私たちに挨拶をすると、手帖を開いて霊夢の方を向いた。

「霊夢さん、早速ですが今回の異変について、いくつか質問させてもらってもいいですか!?」

 目を爛々と輝かせている文は飛び付かんとする勢いで縁側に近づくと、霊夢に言った。新しいネタもそうそう入ってこないため、異変が起こればそれに記者が食いつくのも無理はない。

「…別にいいわよ、私も文に頼みたいことがあったし」

 霊夢がそう言いうと文はではさっそくと呟き、手帖のページを何度か捲っていき、自分で書いた字を指でなぞっていく。

「今回の異変、これを起こしたのは誰なんですか?…さっき異変を起こした奴に掴まってたっていう妖精たちから話を聞いたんですが、霊夢さんたちが霊夢さんたちと戦ってたなんて言うもんですから、本当かどうかわからないので異変にかかわっている霊夢さんに直接聞こうかと」

 文は興奮気味でそういうと待ちきれないといった様子で霊夢の偏とを待っている。霊夢は少し間をあけてから静かに言った。

「…その話は事実よ」

「事実ですか!やはり巷で噂になっていたドッペルゲンガーと戦ったということですか!?」

 この頃はドッペルゲンガーがでる。なんて噂が立っていて、そのあとにこの情報だ。だれもがドッペルゲンガーと私たちが闘ったと思うだろう。

「…確かに、自分と同じ恰好の者とは戦ったけど…ドッペルゲンガーとは存在自体が違う者だったわ」

「というと、妙蓮寺のぬえみたいに誰かが姿を変えていたということですか?」

 新聞をかくための材料にするために霊夢の言っていることを文は一言一句聞き漏らさずに、手帖に聞いた内容をすらすらと書いていく。

「…私たちが闘ったのはドッペルゲンガーじゃない。異次元……いわゆる並行世界からやってきた私たちと戦ったわ」

「い…異次元?並行世界?…そんなフィクションの世界みたいなことが…」

 文はネタを書いていた手帖から目を離して私たちを見上げて驚く。だが、彼女は合点がいったという感じで、すぐに手帖に目を落とすと更に何かを付け加えて行く。

「あんまり驚かないんだな、何か知ってるのか?」

 あまり驚いていない様子の文のことが気になり、そう聞いてみると彼女は手帖に霊夢の言ったことをかきながら答えた。

「ドッペルゲンガーを見たっていう村の人に聞いてみたら、霊夢さんを見たことには見たけど、何かが違うように見えたって仰っていたので、いくつかの仮説を立ててそれに近いものがあったのでそれでですかね」

 文はまあ予想は全部外れましたけどね、とカラカラと笑って書き込みを終え、次の質問に移る。

「その、並行世界の霊夢さんは何が目的で来たんですか?何か理由がなければ別の世界にまで戦いには来ませんよね?」

 誰もが初めに思うだろうということを文は聞いてきた。

「それについてはまだわかってないわ。わかってるのは奴らが私たちに敵対してるってことだけ…まあ、それがあんたに頼みたいことに繋がって来るんだけどね」

 霊夢がそう言うと文はペンで字を書いていた手を止め、私たちの方を見る。

「?…私にしてもらいたいことですか…私ができることなんてあんまりないと思うんですけど…私は何をすればいいんですか?」

 文はそう呟き、残りを手帖に書き込んでから手帖にペンを挟んで胸元のポケットにしまった。

「幻想郷中の能力を持っている人間、妖怪、妖精問わずに伝えてほしい。奴らに気を付けろって」

「例の並行世界の人たちからですよね?霊夢さんたちが倒されるということはすごく強い敵なんでしょうけど、そんなに警戒するようなことなんですか?」

 さすがは情報を扱っていることだけはあって、すでに私たちが一度やられているということはもう知っているらしい。

 文は幽香やレミリア、諏訪湖もしくは加奈子のどちらか、もしくは両方が死んでいるということは知らないのだ。知っていたらこんなことは言わないはずであるからだ。

「…文、事の重大さがわかっていないようね…わざわざこっちの世界にまで来て戦うようなやつらよ?こっちのルールなんて向こうには関係ない。死人が出ようがお構いなしでしょうし、あんたは知らないと思うけどもうすでに何人か殺されているわ。厄介な能力を持っていれば狙われる可能性は高くなる。それに、あんただって例外じゃないわよ?」

「へ?なんで風を操ることしかできない私なんかが狙われるんですか?」

 文は自分の能力が異次元霊夢たちから狙われる能力であるとは思っていなかったらしく、首をかしげている。

「…あんたの場合は、能力というよりも情報の伝達力ね」

 霊夢がそう言うと文はなるほどと早くに理解をする。

「確かにそうかもしれませんね、戦場で場合によっては武器や戦闘能力よりも重宝されるのは情報。それを相手が追い付けない速度で情報を周りに伝達する情報屋がいれば狙われるのもうなづけます」

 無線や電話が普及している外の世界にはない幻想郷ならではの問題だ。

「…わかってもらえたのならそういう感じで周りに伝えて貰ってもいいかしら?」

「わかりました。聞きたいことができたらまた来ます」

 文はそう言うと、真っ黒な羽を広げてそれを羽ばたかせて全速力の私や霊夢が追い付けない速度で上昇し、飛んでいった。

「…。霊夢」

 私が霊夢を呼ぶと文が飛んで行って見えなくなるのを見上げていた彼女はこっちを向いた。

「…ん?どうしたの?」

「文に言わなくてもよかったのか?私が関係していることを」

 私が聞くと、霊夢は文と話すために縁側付近に移動していたが、卓袱台近くまで戻って一息ついた。

「…あんたのことを言ったら状況がややこしくなる可能性が大きいわ。魔理沙を殺して奴らがこっちに来る理由をなくすとか、奴らに魔理沙を引き渡すとかそう言ったふざけた連中が出てこないためにね」

 霊夢の言うことは間違ってはいない。幻想郷の住人を疑っているようだが、こっちの平和な幻想郷でも戦い意外にも争いはある。例えば宗教。

 妙蓮寺や守矢神社、霊夢の神社など信じている神や教えは違うが。それがどうやってややこしいことに繋がって来るかというと、

 それは意見の違いだ。この狭い幻想郷ですでに宗教はさっき挙げた三つが存在している。祀っている神や教えなど意見の食い違いや信じている物の違いでできたわけだが、それと同じで、一つの物ごとによっても人間一人一人で感じ方や考え方はだいぶ変わって来る。

 霊夢は私を助ける方向で動いてくれたが、他の連中はわからん。彼女が言った通り、私を殺して奴らが来る理由をなくすだったり、元凶である私を奴らに引き渡して帰ってもらうだったり、理由次第で奴らと同じように私を襲ってくるかもしれない。

 それらを考慮して言わなかったのだろう。

「…まあ、そんなことを言い出す奴はいないと思うけど、念のためしばらくは奴らの目的が魔理沙だとは伏せておくわ」

「ありがたいぜ」

「…礼を言われるほどのことじゃないわ。それより、家に帰ってお泊りの準備をして来たら?ある程度の時間がたったら私がお昼の準備をしておくから」

 霊夢は十一時ぐらいを指している、壁にかけられたアナログの木の時計を見上げて言った。

「ああ、よろしく頼むぜ」

 私は霊夢に言って自宅に向かって空を飛んだ。

 




五日から一週間後に次を投稿します。


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東方繋華傷 第四十三話 新しい武器

自由気ままに好き勝手にやっています。基本的に一週間程度の期間を開けて投稿をします。


それでもいいという方は第四十三話をお楽しみください。


 一人で行くとは言ったものの、奴らが出てきたらどうしようという不安が、霊夢と一緒にいる時にはなかったがまたフツフツとその感情が沸いてくる。

 よく見渡せる空だが、一人で全方向をカバーするのは不可能だ。どこかを見ているということはどこかを見ていないということで、見ていない方向から現れないかと不安ではあるが、三日は奴らが現れないと霊夢は言っていたので幾分かは楽ではある。

「…」

 高速で飛行して十数分で自宅にたどり着くと、鍵を閉めていない木のドアのドアノブを捻って引っ張ると扉は簡単に開き、木の擦れる特徴的な音が出ていつも聞いているはずなのに、少しびっくりしてしまった。

 中に入って扉を閉めると物で溢れている部屋が視界に映し出される。寝室に移動して、前日に着替えられたまま放置された服から血の匂いがし、それが部屋中を漂っている。

 血が茶色く変色している魔女の服を脱いでゴミ箱に放り込み、タンスの中から新しい服を取り出した。こういう時のためにいくつかスペアを用意して置いてよかった。

 それをベットの上に置き、つけている意味なんかあんまりない平べったい胸を覆っている下着のホックを外すために背中側に手を回して金具を外す。胸からブラジャーをとり、乾いて茶色くなっている血がこびりついているパンツもまとめてゴミ箱に放り込む。

 タンスの引き出しから新しい下着をいくつか取り出して、一つは自分で履いて残りはポーチの中に入れた。

 新品の魔女の服を着こんでマジックアイテムが入っている棚から爆発瓶や回復薬を取り出して、それもポーチの中に放り込む。さらに私が森などから拾ってきたいろいろな形をしていて価値があるかもわからない物をできるだけバックに詰め込み、準備は完了した。

 いつものように散らかった部屋の物を避けて外に出る。そして、霊夢のいる神社にではなく、私は別の方向に向けて魔力で体を浮き上がらせた。

 

 

 太陽の位置がだいぶ上がってきたことで、当たる光の量が増えてきてだいぶ暑さを感じるぐらいにまで気温が上がってきた。

 奴らとの戦いでどこかに吹き飛んでしまっていた帽子が無いせいで、頭がジリジリと焼かれている気分になり、黒い服が光エネルギーをよく吸収して余計に暑い。

 自宅から十数分かけて移動した先には、私の家程とは言わないが鬱蒼と生い茂った木々に囲まれた家が建っている。香霖堂だ。

 時間的にはもうすでに開店している頃だろう。してなくても入るがな。そう思って広く、多少は整備がされている庭に降り、木のドアを見ると立てかけられた木の古臭い表札には、オープンとかすれた文字で書かれている。

 もしやっていないのならクローズドとなっているはずだから、店はもう開店しているらしい。

 扉の鉄のドアノブを捻ると長い飛行で火照った手のひらにある熱が鉄に奪われ、ひんやりとしているように感じる。

 ドアノブを捻ったまま手前に引くと、木の軋む音とドアが開くことによってベルが鳴り、甲高い金属音がする。

「香林…いるか?」

 明るい場所に長いこと居て、そっちに目が慣れているせいで瞳に入る光の調節が間に合わず、香霖堂と呼ばれる店内に入ると、真っ暗で何も見えなくなってしまう。

「魔理沙、僕がいなかったとしても君は関係なく入るだろう?」

 だんだん目が慣れてくると、店内の奥の方に置いてあるカウンターの椅子に腰かけて本を読んでいた香林は、小さくため息をつくと読んでいたページに栞を挟んでカウンターの隅に本を置く。

「まあ、そうだがな」

「まったく、君たちのせいでおちおち店も出られないな…。それで、店に何の用だい?世間話をしに来たわけでも、僕の助言が必要なわけでもないだろう?…何か物が壊れたのかい?」

 香林は顔を上げたときに私の顔や目が以前と変わっていることで、少し眉をひそめるがそこには触れずに話を続ける。

 前回来た時と棚に置いている物が変わらないように見え、いろいろな商品が置かれているがすべての物を無視して、カウンターの前に立った私は首を横に振る。

「とあるマジックアイテムを買い取りたい」

「マジックアイテム?…それはいいけどお代はあるのかい?」

 香林がそう言うと思って、私はポーチのボタンを外して開き、中にしまっていたたくさんの鉄くずを机の上に置いた。

「こいつらと交換してくれ、価値があるかはわからないけどな」

 いろいろな形をしている鉄やよくわからない物質が組み込まれてできている物を見て、香林は興味深そうに手に取って眺めている。

 物の名前と用途がわかる程度の能力で調べて便利なものや、売ることができるものを調べているのだろう。

「…………。ふむ……、使い方はわからないけど結構面白い物があるじゃないか。これならある程度のものとなら交換することができそうだね」

 香林はそう言うとすべての物をカウンターの端に移動させて私を見る。

「それで、何と交換したいんだい?君が作れなくて欲しいものなんて、そんなにないと思うけど…これらと交換なら、この店にあるもので交換できない物の方が少ないよ」

「力を増幅させるマジックアイテムがほしい」

 私がそうはっきりと伝えると、香林はピクッと眉を上げた。

「魔力を扱う者ならとっくにわかっているはずだろう?魔力を短期間で劇的に底上げするのには倫理に反したり、寿命を減らしたり他人の命を必要とするものだとね」

 つまりは無いといいたいらしい。

 魔力力を底上げする方法は地道に上げる方法と、香林が言ったように倫理に反したものがある。

「ああ、わかってるが私が言いたいのは一時的に魔力力を疑似的に上げるマジックアイテムのことだぜ」

 魔力力の上昇には二つの種類があり、一時的に上昇するものと上がったら下がらない物とに分けられる。

 霊夢とさっきまでやっていた修業はこの上がったら下がらない物で、私が言いたいのは一時的に上昇する物のことだ。

 短期間で上昇し、すぐに下がるタイプでは魔力を練って威力を上昇させるわけだが、これは戦闘中によく使われる。

 ただし、魔力の練りが甘いと威力が上昇しなかったり、ほんの数秒しか上がらないというのが本当のところで、実戦では使えないことは無いが、いざという時にとっさにできないという欠点がある。

「残念だけど、そんなものはこの店にはおいてないよ」

「嘘をつく練習をしておくんだな、香林、…あるんだろう?」

 私が座ったまま黙っている香林に詰め寄ると、小さくため息をついてカウンターの一番下の引き出しから白く、たたまれている紙を取り出した。

「誰から聞いたんだい?」

「香林、お前自身が言ってたんだぜ?」

 酒をたくさん飲ませてベロンベロンに酔っぱらった香林から、無理やり聞き出したとは口が裂けても言えないが。

「そんなことを言った覚えはないけど…まあいいや」

 聞き出した方法なんて今さら重要ではないと、畳まれた白い紙を広げるとそこには長細くて十センチ程度の短い棒があり、初めは何なのかわからなかったが、よく見るとすぐにそれが何なのかわかった。

 煙管などの古いものではなく、この頃の外の世界から流れて来た先端に直接火をつける煙草だ。

「あることにはある。でも、これは試作段階で、使ったらどんな影響が体にあるのかまだわかってないんだ」

「それでもかまわない」

 私が言うが、香林は顔を横に振り、ダメだという。

「なんでだよ」

「言っただろう。まだどんな副作用があるかもわからないし、作用が強すぎるかもしれない。下手をすれば死ぬ可能性だってあり得る。そうなったら僕には責任を取れない。だから君には売ることはできない」

 香林は四本の細い煙草を紙で包むと、それを一番下の引き出しに戻してしまう。

「そうか、香林……お前は私のためを思って行っているのかもしれないが、そのうちこの幻想郷からお前の売っている物を買う人間がいなくなるぞ…お前だって例外じゃないかもしれないぜ?」

「それは、今回の異変に関係があることなのかい?…ドッペルゲンガーとかが出てたらしいけど、それに手こずってるのかい?」

 さっき文に幻想郷の住人に危ないと伝えてくれと頼んだばかりであるため、香林はまだ異次元霊夢たちの存在を知らないのだ。

「ドッペルゲンガーの方がまだよかったぜ」

「……」

 私の言葉の意味がどういうことを指しているのかを彼は考えているのか、何も言わずに押し黙る。

 まだ私に例の物を渡すことを渋っている香林に私は言った。

「すぐにわかると思うがもうすでに村人の死人だって出てるし、それに、あまり長くない時間戦って紅魔館のレミリアが先日殺された…この意味が分からないとは言わせないぜ」

「……………。……わかった………これで何が変わるかわからないが、譲るよ。…ただし条件がある」

 香林はレミリアと戦ったことは無いが、戦っている姿を見たことはある。あいつの実力を全く知らないというわけではない。そのレミリアが殺されたと知り、渋々で条件付きではあるが譲ってくれるらしい。

「なんだよ、条件って」

 私が聞くと香林は両手の肘を机の上について顔の前で手を組むと、少ししてから静かに言った。

「使いすぎないように、一回使ったら…二回目使う時には三日以上の間をあけてほしい」

「なぜだぜ?」

 私が聞くと香林は引き出しから取り出した煙草を机に置いて、その説明を始める。

「それを説明するためには、これについて話さないといけない…このたばこには本来の嗜好品の効果は無い。火をつけたりする点は同じだけど、これには僕の魔力が込めてあって火をつけると煙と一緒に魔力が舞い上がる。それを吸い込んで肺に魔力が含まれる煙を送り込む。それが肺の中で血管内に吸収されて全身に送り込まれ、体内にある魔理沙の魔力を刺激して活性化。それによって攻撃力を強化するというものだ。これが簡単な流れになる」

 香林はそこで言葉を切ると、煙草を見下げて続けて呟く。

「でも、活性化と言えば聞こえはいいけど実際のところは他人の魔力を体内に取り入れて傷をつけ、それを治すために魔力が体を強化する…だから体に悪くないわけがない。わかるね?…だから、連続で使うことは避けてほしい。…一番は使わないことだ」

「ああ、…まあ…そうではあるが…使うか使わないかは奴ら次第だな」

 私が能力上昇の煙草をくれと香林に差し出すと、紙に包まれている煙草を机の上に置き、私の方に移動させる。

「それと…言い忘れてたけど、口で咥える部分にあるフィルターは取らないようにね」

 畳まれている紙を広げて中身を見ると、四本の普通の煙草と見分けがつかないマジックアイテムが入っていることを確認する。試しに匂いを嗅いでみるが、香林が言っていた通り本来の嗜好品の効果は無いのか、煙草特有の独特な匂いはせず、紙を畳んで香林に聞いた。

「なんでだ?」

「その吸い口部分のフィルターは、煙草でいうところのニコチンやタールなんかを少し抑える役目を持っているのと同じで、僕の魔力を過剰に吸い込むことを押さえるためについているんだ。それと、攻撃力を高くするためにこのマジックアイテムの煙草を同時に複数本吸って、その吸った本数分攻撃力を上げるなんてこともできないから、気を付けて…まあ、そんなことをしようものなら…」

「それはわかってるぜ、他人の魔力は基本的に毒だ。それを一度に大量に摂取する真似はしないぜ」

 紙を小さく畳んで煙草を包み、ポーチの内ポケットの中に忍び込ませた。

「それを使わないで異変が解決できるように頑張ってくれ」

 香林はそう言って私が渡した使えるものなのか、使えないただのガラクタなのか見分けがつかない物をかき集めて、店の奥の部屋へと持っていく。

「ああ、せいぜい頑張るとするぜ」

 私はそれに答え、博麗神社に行くために歩き出した。店を出ようとした時に奥の部屋から戻ってきた香林に呼び止められる。

「なんだ?まだなんかあるのか?」

「いや、大したことじゃない。譲れるものがあるかわからないし、君がほしいものがこの店にあるのかはわからないけど、欲しいものがあったりしたら言ってくれ、できる限り用意するよ」

 いつもの私の雰囲気と今の私の雰囲気が違うのを香林は感じ、なんとなく今回の異変で私が何かしらの形で関わっているということを察したのだろう。

「……ああ、ありがとう…頼りにしてるぜ、香林」

 私が言うと、いいさと呟いて彼はカウンターに戻り、椅子に座って読みかけの本を開いて読書を再開する。

 私は扉を押し開けて日差しなどによって、上がってきた気温で湯気に似た揺らめく陽炎ができ始めた外に出た。

「…」

 私は魔力で体を浮き上がらせ、今度こそ霊夢のいる博麗神社へと向かった。

 




五日から一週間後に次を投稿します。


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東方繋華傷 第四十四話 告白

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第四十四話をお楽しみください。

今回は微百合話です。


「…随分と遅かったわね、支度に時間がかかっちゃったの?」

 香林の家についた時点で結構時間も経っていて、そこから交渉してマジックアイテムを貰って来たので博麗神社に到着するのが20分ほど遅くなってしまい。そのことについて到着後、早々霊夢に突っ込まれてしまう。

「ああ、一つのマジックアイテムをどこにしまってたのか忘れちまってな。それで身支度を整えるのに大分時間がかかっちまってたぜ」

「…そう」

 霊夢が呟き、息を吐いて魔力力を高める作業を中断し、背伸びをする。私が出て行ってからずっとこうして魔力を高めていたのだろうか。

「…お昼まではまだ時間があるし、もう少しこの鍛錬をしない?」

 霊夢が壁に立てかけてある時計を見上げて言った。私もそれにつられて時計を見ると時計は十時を指している。

「そうだな、私は霊夢ほどこの鍛錬はしてないし…やるとするか」

 私が縁側に近づき、靴を脱いで膝を縁側に乗せて体を持ち上げ、縁側の上に座り、靴を脱ごうと庭の方を見ようとすると、ちょうどすぐ後ろで砂を踏む音が聞こえた。

「ん?」

 私が後ろを振り返ると、白と青色が主体となっている巫女服を着た女性が立っている。早苗だ。

 前日咲夜を追っていったときとは違って、茶色く変色した血が服にいくつか付着している。しかし、服の破れ具合やほつれなどから昨日から着替えていないのだとわかる。

「早苗…」

 目の下には濃い隈ができていて、寝ていないのだろう。そして、早苗のことを呼んだはいいがそれ以上の言葉が出てこなかったのは、彼女の目だ。

 咲夜と同じ、濁った瞳の奥には復讐に燃える光がチラついていたのだ。

「奴らについて、前日言っていたこと以外に知っていることは無いんですか?」

 特に早苗は怒鳴ったり力強く言ったわけではない。でも、彼女の言葉には強い怒りが含まれていて、私は息をのんでしまってすぐに答えることができなかった。

「っ…え…?……その……」

 私がいつもと全く違う冷たい雰囲気を纏っている彼女に問われ、返答を戸惑っていると、早苗が私に歩み寄って来る。

「何か、知っていることは無いんですか?」

 早く答えない私に苛立ちを覚えた早苗が更に詰め寄り、頭一つ分とは言わないがそれぐらいの身長差があるだけでやたらと彼女がデカく見える。

 いつも温和な彼女が復讐のために動くマシーンのように豹変していて、私は怖くなってしまったのだ。

「どうしたんですか?何か言ってくださいよ」

 早苗が目を細め、眉を吊り上げる。

「…早苗、少し抑えて…そんなに威圧してたら魔理沙だって喋れなくなるわ」

 彼女が早苗をなだめていなければ、殴られるか叩かれるかわからないが早苗に何かしらされていたかもしれない。そんな雰囲気が彼女にはあった。

「……そうですね」

 小さくため息をついた早苗は私から少しだけ離れ、改めて異次元霊夢たちのことについて落ち着いて尋ねてくる。

「早苗、申し訳ないが私が知っていることはもうすべて話した。話してないことと言えば…霊夢の予想では三日後か四日後に奴らが来るかもしれないっていう物だけだ」

「三日後から四日後?なぜそう言い切れるんですか?今日来る可能性だって捨てきれないじゃないですか?…その根拠を教えてください」

 彼女の言うことはもっともだ。それだけ聞けば何の根拠もない仮説だからだ。推測は予測の域を出ることができない信頼性の薄いものだ。

「…確かにそうね…何の根拠もない。でも、目的である魔理沙を捕まえるのを放棄までして帰るのは変だと思わない?普通なら目的を果たすはずよね?」

「ええ、そうですね」

 縁側の上に座っている霊夢を早苗は見上げて呟く。

「予定より時間がかかってしまったから、自分たちにいる敵に悟られないように帰る。でも、一番注目されている連中でもあるから、あんまり連続的にこの世界に来ると魔理沙を見つけたのだと悟られる。だからしばらくの間は異次元の私たちはこないと思うそういうわけよ。まあ、他の要因も考えられるけどね」

「そうですか、そういうことなら…それを参考にさせていただきます。……それと、向こうの世界の私は…私が殺します」

「…何か勝てる算段はあるのかしら?」

 私から離れた早苗に、霊夢は重い腰を上げて縁側に座って言った。麦茶でも飲んでいたらしく、茶色い液体の入っているコップを傍らに置く。

「ええ、向こうの私は自分の能力に対して、私以上に過信しているように見えました。それは能力が強いという現れにもなりますが、同時に弱点が見えなくなっているともいえるので、そこを突きます」

 奴の足元をすくおうというわけか。能力を持っている以上は奴らだって対処はしてくる。そう簡単にうまくいくだろうか。

「…そう、頑張ってね早苗…」

 霊夢が机の上に置いたガラスのコップを拾うと、その縁に唇に付けて傾けるとすべての液体を飲み干した。

「はい」

 早苗は手首に付けてある腕時計を見下ろして時間を見ると、もう一度座っている霊夢を見下げる。

「…どうかしたの?」

「申し訳ないのですが、私と手合わせしていただけませんか?私の実力を底上げするのには自分よりも強い方と戦うのが一番だと思いまして…」

 早苗がお茶を飲んでふうっと息を吐いている霊夢に言った。確かにその通りではある。足の遅い人が足の速い人と走ると少しだけ早くなるということがあるらしいが、それと同じことだろう。

「…そうね…まあ、いいわよ」

 霊夢は考え込むと小さくうなづき、縁側の私のすぐ脇に置いてある靴を履くと、いつの間にか取り出していたお祓い棒をクルクルと手の中で回している。

「それじゃあ、お願いします」

 霊夢と早苗は並んで歩いて行くと、庭の中央で向き合って早苗もお祓い棒を取り出し、戦いを始めた。

 魔力強化で身体能力の上がっている霊夢が早苗に向けて踏み込むと、その衝撃で地面が靴の形に陥没しするのが見えた。すさまじい踏み込みだ。早苗のもとまで一瞬で加速して近づくため、通り過ぎないように急停止する必要があるが、あそこまでの力がないと止まれないのだろう。

 対する早苗は一歩後ろに下がると、お祓い棒と体を強化して霊夢に向けて得物を振りぬいた。

 

 砂煙が舞い上がり、霊夢の攻撃を受けた早苗が地面に片膝をつく、勝負ありだ。

「…早苗も初めて会った時に比べると結構強くなったわね…でも、右からの攻撃の対処が少し甘いわ。…それと踏み込みが甘かったり踏み込みすぎていたり、状況をもう少し見極められるようになりなさい」

「…」

 特に右腕と側頭部に打撲痕をつけ、わき腹を押さえている早苗に霊夢は淡々と告げる。早苗は小さくせき込んだ。

「…それと、弾幕を奇跡の力でかわすのはできるだけ止めなさい。簡単な軌跡なら短い呪文の詠唱で済ませられるけど、いざって時にそれが使えないと困るし、奇跡に任せている分だけ早苗が処理をする分が減る。それは能力的にはいいかもしれないけど、早苗自身の実力がついていないことにもイコールとなるわ」

「……確かに…そうですね。ありがとうございました…気を付けることにします」

 早苗は悔しそうにつぶやくとわき腹を抱えたまま、空に飛んでいった。悔しそうにしていたのは負けたからではない。自分の実力がどれほどの物かを知ったからだろう。

「大丈夫か?霊夢」

 相変わらず、霊夢は聖や幽香、伊吹萃香、咲夜など幻想郷で彼女に次いで強い者らを相手にしなければ、後れを取ることなどそうそうない。大したものだ。早苗との戦闘ではほとんどの傷を負っていない。

「…問題ないわ。でも、私もまだまだ足りないわね…」

 早苗との戦闘で汗をかいた霊夢は袖で軽く拭い、縁側に置いたままにしたガラスのコップを倒さないように私の隣に座ると、日差しが強くなってきてじりじりと日の光で熱されている地面を見下ろし、ぽつりと呟く。

 強いからこそ奴らの強さというものがよくわかるのだろう。

「…霊夢それじゃあ、お昼にしましょうか…運動したからお腹すいちゃったわ」

 霊夢が砂が付いている裾を払い、靴を脱いだ。

「なあ、霊夢」

「…なに?」

 運動をして少し汗をかいた霊夢は服の胸元を掴み、パタパタと振って空気を循環させて涼しんでいる彼女はこっちを振り向いた。

「飯の前に私とも手合わせを願いたいんだが、いいか?」

 私がそうたずねると霊夢はうーんと考え込む。早苗との戦いで少しくたびれたのだろう。でも、お昼までは時間がないわけではない。時計を見上げた霊夢は再度こっちを見る。

「…いいわよ」

 霊夢は脱いだ靴をもう一度履き、早苗と戦った時と同じように庭に歩いて行く。私も霊夢に続いて歩くと屋根で遮られていた真上にある太陽に光に照らされ、黒い魔女の服がよく光エネルギーを吸収し、めちゃくちゃ暑い。

「…準備はいいかしら?」

「ああ」

 霊夢がお祓い棒と札を取り出し、私は手先に魔力を集中させていつでも戦闘を開始できるように準備を完了させる。

「…じゃあ、行くわよ」

 霊夢は大きく踏みだすと、左手に持っていた札ではなくいつの間にか持ち替えられていた針を私に向けて投擲してきた。

「っ!?」

 不意を突かれた。札ならば空気の抵抗でわずかにこれよりも遅く、十分に時間はあっただろう。しかし、空気抵抗の少ない針は私の予想よりもはるかに早くこっちに到達する。

 普段、修業なんてやらないやつだが、いざやりだすと修業だからと言って霊夢は手加減はしない。それは修業にはならず、せっかく積んだ経験も実践では生かせないからだ。

 でも、霊夢が本当に本気で戦えば私は一分も持たないかもしれず、彼女を本気にさせることができるかはわからないが、彼女を本気にさせることができるようにこちらも全力で戦わなければならない。

 走り出した霊夢に向けていた手のひらから魔力を凝集したエネルギー弾を発射。青白いエネルギー弾が30センチも移動していないうちに、肩などに向けて飛んでいた二本の針を掴み取る。

 私の魔力の霊夢の魔力が反応し針に込められていた魔力が爆ぜる。魔力で体を守っていたが強い電気で感電したように痺れ、ナイフで切り裂かれたように鋭い痛みを両手に感じた。

「ぐぅ…っ…!?」

 体内を循環している魔力の流れを霊夢の魔力で乱されてしまい、手が痺れたまま動かせなくなるが魔力を送り込んで乱れを修復する。普通ならもっと時間をかけて戻すものだが戦いの真っ最中でちんたら治している暇はない。

 異次元霊夢のエネルギー弾を弾き飛ばすところを何度も見ていたのだろう。エネルギーの受け流しが上手く、お祓い棒でエネルギー弾をはたき落としたのに後方に吹っ飛んでいかない。見ただけでこれだけできてしまうとは、恐ろしい奴だ。

 次の攻撃をしようとするが、レーザーもしくはエネルギー弾を撃つまでに霊夢の速力では、彼女の攻撃射程範囲内に私が入ってしまう。

 いつもそうだ。射撃系の魔法を使う私にとって、霊夢や奴らの戦いのスタイルは相性が悪い。それをどうにかして私は克服しなければならないわけだが。

 私は短い時間、走って来る霊夢の姿を見て考え、結論を出した。それならば、私も霊夢たちと同じ接近戦で戦うしかない。遠距離で戦おうとしても、遅かれ早かれいつかは追いつかれて接近戦を挑まれる。ならば近接戦闘の訓練をするのも悪くはないはずだ。

「…」

 左手に持っていた針をわきに捨て、右手に持っている三十センチほどの針に私の魔力を込めて強化し、お祓い棒を振り下ろしてくる霊夢に、彼女が闘っているときの姿を真似て針を打ち付けた。

 

 

「いてぇ……」

 手を殴られた痛みで曲がった針を掴んでいることができずに滑り落としてしまい、石のタイルに当たってカランと金属音を発する。

「…魔理沙、なんで途中から接近戦でのスタイルに変えたのかはわからないけど、やっぱりあなたは後方で援護をしていた方がいいんじゃない?」

「まあ、そうだよな…魔法で戦ってたやつがいきなり接近戦で戦えるわけがないからな…」

 打撃を受けた脇腹の鈍い痛みが広がり、私はうずくまって霊夢に言った。

「…そうね、向こうの世界の奴らに影響されてとかだろうけど、中途半端なことはやめなさい。筋は悪くないけど、踏み込みがでたらめでそんな戦い方じゃあ命がいくつあっても足りないわ」

「確かに……そうかも…なっ…!!」

 うずくまった私は、その位置に初めに投げ捨てていた針を拾い上げ、魔力を込めて霊夢に投擲した。3、4メートル離れている位置にいる霊夢の胸に飛んでいった針を、彼女はあっさりと叩き落す。

「…武器を使っての近接戦闘の経験が圧倒的に足りてない。今からそれを伸ばすよりも今まで通り魔法や弾幕で戦っていた方法を伸ばした方がいいわね」

 霊夢はそう呟いてうずくまった状態から起き上がって針を投げていた私に、ほんの瞬きするうちに走り寄ってきて下からお祓い棒を振り上げ、私の顎を殴った。

「ふぐぁ…!?」

 顔が跳ね上がり、目の前にいる汗をかいている霊夢の顔が映し出される。

「…それじゃあ、お昼にしましょうか」

 顎をたたきあげられた私は、その衝撃で脳を揺らされ軽い脳震盪を起こし、体を足で支えることができずに倒れそうになるが、霊夢に支えられ何とか倒れずに済んだ。

 

 

「…ねえ、魔理沙」

 午後の修行などもすべて終えて夕食も風呂も入った。あとは寝るだけとなった私が霊夢の布団と自分の布団を敷いていると、霊夢が後ろから声をかけてくる。

「…電気、消すわよ?」

 枕の位置などを調節してから後ろにいる霊夢に振り返ると、彼女は私が返事をする前に天井からつるされてる電球から伸びているひもを引いて電気を消した。

「あ、まだ布団に入ってなかったから、もうちょっと待ってほしかったぜ」

 明るい場所に目が慣れていて、いきなり暗くなったことで周りが見えなくなってしまった私は、布団を敷いた四つん這いの姿勢のまま手探りで自分の布団に移動しようとするが、進行方向に回り込んでしゃがんでいた霊夢の胸に鼻をぶつけてしまう。

「いて!?」

 あまり早くは動いていなかったはずだが、まったく霊夢の姿が見えなかった私には不意打ちに近い形でぶつかったせいもあって、涙目になってしまうぐらいには痛みがある。

「…ごめん」

 霊夢は呟いて私を抱き寄せると、そのまま彼女の布団に倒れ込むように押し倒されてしまう。

「へ?…霊夢?……どうしたんだ?」

 私の上に覆いかぶさってきた霊夢は、何も言わずに私をただただ抱きしめ続ける。何が何だかわからなかったが、私は霊夢の背中側に回している手が小刻みに震えているということにすぐに気が付いた。

「…ごめん、ちょっとね…」

 初めに私に聞いたことに対して返答した霊夢の声は、彼女が意識して抑えようとしているが、その声は彼女らしくもない弱々しくて若干震えた声だ。

「…驚かせちゃってごめんなさい」

 名残惜しそうにすぐに私から離れようとした霊夢の背中に脇の下から手を回し、離れないように今度は私が彼女を抱きしめた。

 霊夢は少し驚いたらしく体を硬直させるが、すぐにさっきと同じく私を抱きしめてくる。

「霊夢、どうしたんだ?」

 彼女と抱きしめあってから五分程度の時間が経過したころに、大体の予想はつくが私は霊夢に疑問を問いかける。

「…少し、怖くてね…」

 私が抱きしめる前よりも声の震えがだいぶ収まっている霊夢がそう言った。霊夢がこんなふうになるなんて、考えられるのは奴らについてだろう。

「……ああ」

「…博麗の巫女である私がしっかりしないといけないのに……こんなざまだなんて…情けない話ね…」

 霊夢は自分の気持ちの弱さが情けないのか、小さくため息をついて抱きしめている私の耳元で呟いた。

「そんなことないぜ、私だって怖い。…戦うために強くなろうとするが、そうなるごとに奴らの強さが嫌ってくらいに思い知らされる……そんな連中がまた来るっていうんだ。怖くないわけがないぜ」

「…ごめんなさい」

 昨日は目の痛みで苦しんでいるときに私を助けてくれた。これぐらいどうってことは無い。

「気にすんな、この状況で怖くないっていう方が……」

 おかしい。そう言おうとしたが、そうなっている人物が二人思い浮かび、それに少なからずかかわっていて、そこから先の言葉を言うことができず、言葉を詰まらせた。

「…魔理沙」

 言葉を詰まらせてしまい、次の言葉を出てこなくなってしまっていた私に、しばらくしてから霊夢は少し体を離して言う。

「?」

「…ありがとう、だいぶ気分が落ち付いたわ」

 暗くて表情はわかりずらく、霊夢が落ち着いた声で言って離れようとするが、私は彼女の背中に回した手を離さずに抱きしめ続ける。

「…魔理沙?」

「昨日、霊夢は私に言ったよな?無理をするなって…お前も無理するなよ」

 私は抱きしめたまま目の前にある霊夢の瞳を覗き込んで呟いた。少しだが暗闇に目が慣れてきていて、彼女は気分が落ち着いたといって離れようとしていたが、不安が表情に色濃く出ていてほっとけなかったのだ。

「…ごめんなさい……魔理沙が言った通り、修業をしたり戦えば戦うほどに奴らがどれだけ強いのか、痛いほどにわかった」

 霊夢がこれまでに弱音を吐くことなど一度としてなかった。それは私たちにとって厳しい状況だといえる。

「確かにな、奴らは強い。全快時の霊夢だって勝てるかわからないと思う…」

「…」

 そこで言葉を切ると、霊夢はその続きを聞くために何も話さずにじっと私と目を合わせたまま待つ。

「でも、私たち二人なら…どうだ?」

 私は何年も霊夢と一緒に戦ってきた。霊夢が次にする攻撃や軌道なんかは手に取るようにわかる。霊夢に隙があるのならばその隙を私が埋めてやればいい。彼女が倒れそうなら支えてやればいい。

 一人ならば奴らに勝つことはできない。でも、二人なら奴らを上回ることができるだろう。

「…そうね……あなたとなら……勝てる…」

 霊夢は優しく微笑むと、震えの止まっている手を背中から移動させ、両手で頬を両側から挟むように触れてくる。彼女の触れている指から心地よい熱を頬に感じる。

「ああ、奴らは私たちのように一緒に戦うことはしないはずだ。だから、それが弱点でもあるぜ…」

 私がそう言うと、霊夢は少しの間をあけてから言った。

「…魔理沙、ありがとう」

 表情から不安がほとんどなくなった霊夢が私に礼を告げてくる。そういうふうに目の前で向き合ったまま言われると何だか気恥ずかしい。

「た、大したことはしてないぜ」

 言うと、私の上に覆いかぶさってた霊夢は首を少し下に下げた。

 鼻先がくっ付いてしまうぐらい近くに顔立ちが整い、肌の白い霊夢の顔が近づいてきて、私の顔を覗き込んでくる。月明かりで照らされて少し緊張しているように見える。

「…正直、巫女として初めて仕事をした時から、私に幻想郷に住んでいる住人全員の命がかかっている、それが不安でどうしようもなかった。………。巫女がこんなこと言ったらダメなんでしょうけど、私は言ってしまえば小心者で、幻想郷全員の命を背負うなんて荷が重すぎてできない」

 いつもそんな風に不安そうに戦っているようには見えなかったが、確かに、霊夢の実力次第で幻想郷の運命は左右される。だから、負けることは許されない。そういった不安が常に付きまとっていたのだろう。

「…だから、私はずっと、あなたを守る…それだけのために戦ってきた」

 予想もしていなかった言葉の続きに、私は息をのんだ。彼女の真剣な顔に上段などではないということがうかがえた。

「…ずっと怖くて言えなかったけど……私は……魔理沙のことが………」

 霊夢はそこで言葉を詰まらせる。緊張して次の言葉が出てこないのだ。私が彼女を抱きしめたまま体を捻ると霊夢はバランスを崩して倒れ込み、私がそのまま上に移った。さっきとは逆の位置関係になる。

「私は、ずっっっと前から、霊夢のことが大好きだったぜ」

 霊夢に先に言われる前に、私は彼女に伝えたかった言葉を伝えた。

「…っ」

 私が、さっきの霊夢と同じぐらい顔を近づけて告げると、霊夢は嬉しそうにも恥ずかしそうにも、表情を変える。頬を赤くしていることから恥ずかしさが勝っているのだろうか。

「………私も、ずっと…ずっと前から好きだった…」

 彼女が少しだけ涙ぐむ、昔から好きだったというのは本当なのだろう。もし向こうにそんな気がなかったとしたら、関係が壊れてしまう。それを恐れて言い出すことができなかったのだ。

「…魔理沙」

「霊夢…」

 お互いの気持ちを確かめ合うように、私は彼女の名前を呼び、霊夢は私の名前を呼んだ。抱きしめる彼女の体温が上がってきてるのが、密着している私の肌を通して感じた。しばらくそうして抱き合っていたが、上にいる私に霊夢は触れていた頬を離すと、彼女は首に腕を回して抱き寄せた。

 もともと近かった私の唇と霊夢の唇がゆっくりと触れ合った。初めは驚いたがそれを受け入れ、私は彼女の頬に手を移動させた。

 彼女の匂いや肌の感触、それらをもっと感じたい。そう思った私はもっと霊夢を引き寄せた。

 




五日から一週間後に次を投稿します。


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東方繋華傷 第四十五話 二人の時間

自由気ままに好き勝手にやっています。
それでもいいという方は第四十五話をお楽しみください。

注意!!!!!!

今回はマジの百合話です!!百合が苦手な方はこの話を見なくてもストーリーには影響はあまりないので大丈夫です!!

百合が苦手な方はこれの次から見てください。


 霊夢は美容には気を使っているらしいのか、しっとりと濡れている唇に私は夢中になってキスし続ける。

 私も霊夢のように背中側に手を回して抱き寄せると、キスはさらに激しさを増していき、水気の混じった音が狭い寝室に響く。

「ぷはっ…」

 私は霊夢から一時的に唇を離すと、十数秒も息を止めてキスをしていたため、全力疾走でもした後みたいに息が切れ、胸いっぱいに息を吸い込んで深呼吸をする。

 霊夢も荒くなった息を整え、私ともう一度キスをした。キスはするごとにどんどん激しくなっていき、自分と霊夢の唾液が混ざり、それが唇を濡らして口の中を満たす。

 キスをしていると息ができず鼻で呼吸をするしかないが、霊夢に鼻息がかかってしまうのが恥ずかしくて息を止めていたが、キスの回数が十回を超えたころには、お互いに興奮が高まってそんなことは頭の中にはなかった。

 私の舌と霊夢の舌が口の中でいやらしく絡み合い、ぬるりと唾液で濡れてざらざらな舌の感触が想像以上に気持ちよく、彼女の唇と舌を無我夢中で貪る。

 キスを初めてから一時間程度の時間が過ぎたころ、どこかに飛んで行っていた理性がようやく戻ってきて、十数分ぶりに霊夢の唇から口を離した。

「はぁ…はぁ…」

 微妙に荒い息を整えて、私が乗っている霊夢を見下ろすと、唇には私のか霊夢の物かわからない唾液で濡れている。さらにキスの間も身を捩ったりしていて寝間着もかなりはだけているのが見られ、首筋や鎖骨、肩にかけて肌が露出している。

 胸元も同様にはだけていて、いつもはさらしを巻いていて見えない彼女の胸元がちらりと見え、また理性が飛んでしまって襲い掛かりそうになるが、何とかこられられた。そんなときに、

「…魔…理沙……一緒…に……」

 彼女の普段聞くことのない魅惑的な声に魅了され、私は霊夢の寝間着に手を掛けた。霊夢の服を上着から下着に至るまですべてを脱がせて裸にする。霊夢に夢中になって気が付かなかったが、いつの間にか私も霊夢に脱がされて下着だけになっており、彼女と同様に下着も脱いで裸になった。

 布団に寝ている彼女に再度覆いかぶさり、濃厚なキスをする。数十秒に渡ってキスをしながらわつぃの小さな手のひらよりも大きい胸に触れる。

 霊夢も興奮しているらしく、彼女の体がいつも以上に熱いのが服越しではわからなかったが、直接体温を肌で感じることができてそれが興奮する要因にもなっている。

 体が熱くなっていることで少し汗ばんでいる霊夢の胸に触れると、掌に吸い付くようで気持ちがいい。

 霊夢の膨らんで硬くなっている乳首を優しく軽く摘まんでみると、体がビクッと震える。反応が良くて摘まむ以外にもいろいろなやり方で触れてみると、だんだんと霊夢の体の震えが大きくなっていく。

「…な……に…これ…っ………ひぅっ……こんな…、…の……知ら…な………い…!………魔理…沙……!……まっ……て…!」

 霊夢は途切れ途切れで体を震わせて言うが、興奮が最高潮に達している私にはその声は届かず、彼女の胸を触り続ける。

「…ひ……く…ぅ…っ…!」

 しばらくそうして揉んだり乳首を刺激していると、一段と強く霊夢の体が震えて硬直し、少ししてから体を弛緩させる。

「…は……ぅ……」

 息が荒く、小さく体が痙攣しているように小刻みに震えていることから、彼女が軽く達したのだとわかった。

 それに慣れていないのか、彼女はボーッとしているようだったが、すぐに私は霊夢にキスをして同じ行為を繰り返す。

「…っ……!……っう…!……っ!」

 一度達したことでさっきよりも感じやすくなっているのか、前回よりも早く達して体をビクンと硬直させる。

 しばらくして霊夢の唇から離れると粘性の強い唾液の線が唇と唇の間でできていたが、すぐに線は切れて無くなってしまう。

 改めて霊夢を見下ろすと、顔だけでなく体中がうっすらと赤くほてっていて、息を乱している彼女はとても官能的だ。

 そのままもう一度霊夢の胸に触れて、さっきよりも少しだけ激しく触った。

「…うっ……ひっ……あっ……!?」

 これぐらいまでならばまだ感じるらしく、霊夢が息を殺して声を漏らさないようにしているが、二度も達していて霊夢はだんだんと声が大きくなっていく。そして、三度霊夢が絶頂に達する。

「……っあああああああぁぁぁ……っ……!」

 ビクビクと痙攣する霊夢の体が震えていたが、絶頂が通り過ぎると体を弛緩させる。その様子に更に興奮が高まり、霊夢にキスをしようとすると今度は霊夢が私の胸に触れる。

「…魔理……沙………も…」

 私が上半身を下げてキスをし、彼女の胸に触れると霊夢は体を強く振るわせる。だが、霊夢も私の胸に手を伸ばしてきて触れていた手を動かし始めた。

 私ももう二十歳だし、性に関する知識は人並み程度にはある。自分でしてみたことぐらいはあるが、気持ちよくはなったことないため霊夢みたいになることは無いだろう。

 そう思っていたのだが、霊夢が私の胸に触れると電流が走ったような感覚がして、体がビクッと震えてしまった。

「ひ…ぁ…っ……!?」

 体験したことのない快感が脳に流れ込み、何も考えられなくなってしまう。下にいる霊夢に体重を預けてしまうが、彼女は関係なく私の乳首を刺激してくる。

「もう……い…………っ…!…~~~~~~~~っ!!」

 目の前が真っ白になり私も霊夢と同じように達してしまう。ビクビク震えて硬直していた体が脱力し、霊夢にのしかかった。

 でも、霊夢は自分の体と私の体の間に滑り込ませていた手で関係なく乳首を摘まんだりして、休む暇もなく刺激を与えてくる。

「ひっ……あっ…!?……はぅ…!…霊…!…夢…っ…!…ま……っ………!?」

 声を押さえることができない。だが、それを気にする余裕もすぐになくなり、物の数秒で達してしまう。

「はぁ……はぁ……!」

 息絶えたえになっている私の胸から霊夢は手を離し、頬に触れると自分の方に私の顔を引き寄せて、キスをすると口の中に舌を滑り込ませ、舌と舌を絡ませてくる。

「んっ……」

 数分間そうしてようやく体の震えが収まり、回らなくなっていた頭が機能し始めてきて、霊夢の唇から口を離さずに手を胸ではなく、もっと下の下半身に手を伸ばした。

 股間部分に触れると膣部から分泌された愛液によってドロドロに濡れていて、そこに触れると温かい粘液が指に絡みつく。

 触った女性器のぷっくりと一部分が膨らんでいるところがあり、そこに触れるとキスをして目の前にある霊夢の顔が驚きを示す。そこが敏感な部分だと聞いたことがあり、試しに触ってみたが本当そうだ。

 太ももで私の手を挟もうとするが股の間には体があり、それによって霊夢は足を閉じることができない。

 触れた場所に回りを円を描くようにして早すぎず、遅すぎない速度と強すぎない力で霊夢の敏感な部分を刺激すると、何度かイっていた彼女は胸よりも強い快感を感じているのか、体を背中側にそらして足の指先をグッと丸めて達する。

「…ふ……ぁ……は…っ……」

 絡めていた霊夢の舌、少し待ってと自分のあそこに触れている私の手を掴もうとした手などの動きがだいぶ緩慢になり、ぴくぴくと小さく震える。

 霊夢の体温がさらに上昇しているのか、うっすらと赤かった顔や体がそれを通り越して赤く、若干だが体温の上昇でかいている汗で髪の毛が皮膚にくっ付き、呼吸を乱している彼女に私の理性が飛びそうになった。

 数秒の休みののち、霊夢の股間部分に触れている手を痛くないぐらいに少し早く動かし、刺激を再開する。

「…は…ぁぁ…っ…!!…ひ…っ…ああああああ…っ…!?」

 霊夢も声を抑えているほどの余裕がなくなってきたのか、体が強く痙攣するとそれに合わせていつも落ち着いている彼女からは考えられない色っぽい声を漏らす。

 彼女の愛液で動かしやすくなっている指先を動かすとクチュクチュと粘性の高い水をかき回す音がする。

「…あぁぁぁぁっ…!?……ふ…ぁあっぁぁぁぁっ……!!」

 いい具合にとろけてきている霊夢の顔に顔を傾けて近づけ、口の中に唾液でドロドロに濡れている舌を絡ませ、キスをした。

「…ん…っ……んんっ…!……~~~~~~~~~~~~~~っ!?」

 口を口で塞いでいたため、彼女の声が直接脳内に送り込まれたような感覚がして、私の霊夢に対する気持ちを押しとどめていたわずかに残っていた理性が吹き飛び、イッた彼女に関係なくすぐに指を動かし始めた。

「…ん…っ……ぁぁ…っ………魔……理沙……く…ぅ……ん…!……ま…っ……て……ふ…ぁっ!!」

 霊夢が体をくねらせてあそこへの刺激をなくそうとするが、私がのしかかっていることで思ったよりも動かせず、霊夢は何度も連続的に達する。

「…だ…め…っ!!……ほんと…うに……まっ……て……っ!……なに…か…っ……来ちゃ……う…っ!!」

 霊夢が待ってと涙目で訴えてくる姿に興奮した私は、もっと彼女を気持ちよくさせたいという感情が沸き上がり、指をもっと激しく動かした。

「~~~~~~~~~~っ!!!」

 キスをしていてそれ以上は動かせないが、霊夢は体を丸める形で達しながら持ち上げると、膣口から出て来た液体が手に勢いよく飛び散る。

 尿ではない。アンモニアの独特な匂いなどはしない。膣分泌液の一部だろうか。聞いたことはあったがこんなに勢いが強く出てくるとは思わなかった。

「…っ……はぁ…っ……」

 しばらく快感の余韻に浸っていた霊夢が、恥ずかしそうに両手でもっと赤くなっていく顔を押さえて私から見えないようにしてしまう。

「…待って…って……言ったのに…お漏らししたみたいじゃない……」

「大丈夫だぜ…これは、お漏らしじゃないからな」

 少し休んだことで少しだけ声がいつもの調子に戻っている。彼女の手を掴んで覆っている顔からどかした。

 恥ずかしさから体温が上昇しているのか耳まで赤くした霊夢が、涙目で上目づかいで私を見上げる。

「……かわいいぜ、霊夢」

 恐ろしいほどの破壊力を持っている彼女の上目づかいに無意識のうちに呟き、顔を下げた。

「…あんた…!」

 霊夢が何かを言う前に彼女の唇を唇で塞ぐ。柔らかいが弾力があり、ちょうどいいぐらいに濡れている唇は、ずっとキスをしていたくなるほどに気持ちがいい。

 私が霊夢の唇を吸い、舌を舐めている最中に動かしていなかった指の動きを再開する。

「…っ……っ…!……魔理…沙……いっ……しょ…に……」

 指を動かすごとに小刻みに体を震わせている霊夢が私から顔を離し、抱き寄せて耳元で囁いた。

「………ああ」

 私は霊夢の膣部から手を離し、霊夢と同じく粘性の高い液体で濡れている膣部を足を少しだけ開いて、彼女のあそこに優しく合わせる。

 ヌルッとした感触が皮膚を通して感じる。ゆっくりとそのまま腰を上下にスライドさせると、何かがじんわりと私の体の奥で感じ始めた。

「ん…っ…」

 自然と小さく吐息が漏れてしまう。動くごとに膣部を通して霊夢の体温や凹凸の形が伝わってきて、それが快感に変わっていく。

「……ふ……っ……う………」

 体が勝手に震え、変な声が自然と口から洩れてしまう。腰が抜けそうな快感なのに、腰の動きを止めることができない。

「は…ぁ……っ!」

 快感の波が大きくなっていくと、それに比例して体の震えも大きくなる。霊夢もそれは同じらしく、お互いの震える振動も膣部に刺激として加わる。

「…あああっ……ふああぁぁぁぁぁぁっ…!!」

 霊夢は声を抑えることもできないらしく、喘ぎ声を部屋に響かせると体を硬直させて私よりも早く達する。

 しばらくすると硬直した体を脱力させるが、私は下半身からくる快楽に身を任せて、腰を振り続ける。すぐに霊夢もなまめかしい声で喘ぐが、今度は途中で私が達してしまった。

「は…ぁぁあっ…!?…っ……あ…っ……ふ…ぁ……っ」

 目の前にチカチカと星がチラつき、意識が飛びかけそうになる。手や足で体を支えることができず、霊夢にのしかかってしまう。

「ひぁ…っ……ぁぁ……っ…」

 不規則な呼吸しかできず、しばらく腰を動かすことができなかった。膣部の快楽が強すぎて頭が真っ白になってしまったのだ。

 そこからしばらくしてようやく快楽の波が引き、腰を動かした。また膣部から快感が伝わってくるが、それが強すぎて私と霊夢は体を震わせた。

 水気の強い卑猥な音が静かに部屋に反響し、それと一緒に私と霊夢の押し殺した喘ぎ声が静かに重なる。

「「は…ぁぁっぁぁ…!!…ああぁぁぁぁぁっ…!!」」

 何度目かわからないが、私たちは同時に達した。再度目の前に星がチラつき、意識が飛びかけてがっくりと霊夢に倒れ込むと、彼女は私のことを受け止めてくれた。

「…はぁ……はぁ…」

 達した私たちは震えながら不規則に呼吸していたが、しばらく休んでようやく体を起こすことができた。

 何度もイってしまったことで体がとても疲れているらしく、体が重い。

「……霊夢…もう限界だぜ……休まないか…?」

 私がそう呟くと、霊夢は私の背中に回していた手を少し締めると、体を起き上がらせて私のことを押し倒す。

「れ、霊夢…?」

 私がさっきとは立ち位置が逆になった霊夢のことを見上げると、彼女は私のことを見たまま体を下げてきて、数分にも及ぶ長いキスをする。

 そうしている間にも霊夢は私の胸元に手を伸ばし、胸の先端にある乳首を優しく摘まむ。膣部を私の膣部に押し付け、上下だったり左右に動かした。

「~~~~~~~~~~~~~っ!」

 体中のあらゆる部分からの快感にほんの十数秒で体を震わせてあっさりとイってしまう。だというのに、霊夢は私の舌に絡めている舌の動きも、胸と膣部を刺激する動きも止めようとはしない。

 頭の中が快楽で埋め尽くされてしまい、キスをする霊夢や胸、膣部から感じる快楽以外のことを考える余裕など消し飛んでしまう。

 彼女も達していて、体を震わせて痙攣しているが不思議と腰の動きは止まらず、性器からの快感が止まることはない。

「ん~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」

 段々イクごとにその間隔が短くなっているような気がする。霊夢が私の口をキスで塞いでいなければ、絶叫のような喘ぎ声が喉から絞り出されているだろう。

「ふぁっぁぁぁぁぁっっっっ!!!」

 体の奥から何かが出そうになる感覚がした気がしたころには、尿道からではなく膣口から霊夢と同じように透明な液体が噴き出し、霊夢の股間や布団にまき散らされ、周りをぐっしょりと濡らす。

「~~~~~っ!!んんっ…んぁぁあっぁぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 快楽に脳が痺れてきた私は彼女の背中に腕を回し、足を霊夢の足に絡めた。彼女の動きはそれに答えるように激しさを増していった。

 

「…その……ごめんなさい」

 霊夢に攻められてから約40分、ずっとイカされ続けた。最後らへんはまったく記憶がなく、おそらく失神してしまっていたが、一時間程度の時間をかけてようやく回復した。

 自分の汗なのか達するごとに出ていた液体なのかわからない物で濡れている布団に、ぐったりと寝そべっていた私に、申し訳なさそうな霊夢が呟く。

「……」

 ずっと、嫌われたらいやだ。私にはそんな気なんてないのかもしれない。自分の気持ちを外に出すことなんてできない。ましてや女の子が女の子を好きだなんて周りに相談できるわけもなく、そうやって押しつぶしてきた感情が爆発したのだ。仕方がないだろう。

 私だって前半は霊夢程とは言わないが歯止めが利かなくなっていたから、おあいこだろう。

「別に大丈夫だぜ…それよりもお風呂に入って体を洗ってこないか?このままじゃ寝れないぜ」

 布団などで胸元を隠していた霊夢にあおむけで横たわたまま私が聞く。

「…ええ、そうね…そうしましょう」

 霊夢がうなづき、よろけながらもすぐに立ち上がる。私もそれに合わせて立ち上がろうとするが、霊夢との行為で腰が抜けてしまっているようで。立ち上がれない。

「霊夢、すまないんだが…腰が抜けてるみたいで立ち上がれないぜ……立たせてくれないか?」

 私が霊夢に伝えると、彼女は私の脇の下を掴んで立たせてくれ、私に肩を貸して風呂場に向かい始める。

「…大丈夫?」

「しばらくしたら歩けるようになるだろうし、大丈夫だぜ」

 そう言って風呂に入ったわけだが、洗っている最中に体中が敏感になっている私が感じてしまい、それを見た霊夢が見逃すはずもなく。

 風呂場で二回戦に突入したのはここだけの話だ。行為自体は短い時間で終わったが、私が歩けなくなる時間が伸びるのには十分だった。

 




五日から一週間後に次を投稿します。


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東方繋華傷 第四十六話 チャンス

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第四十六話をお楽しみください。

最後だけ微百合。


「…暑いわね……」

 麦茶の入っていたガラスのコップを置き、ぐだーっと机に身を投げ出している霊夢は、汗を額に浮かせて呟く。

「確かにな」

 前日とは違い、朝早いというのに太陽の光がギラギラと地面を焼いている。それによって空気まで温まり、熱気となって私たちのところに漂ってくる。

「…魔理沙ぁ……涼しくなる魔法とか持ってないの?」

 昨日とは違い、今日は随分とぐーたらとしている霊夢が突っ伏していた顔を上げ、氷と麦茶の入ったコップをギリギリまで傾けてちびりちびり飲んでいる。

「あることにはあるが、夏の暑さを楽しむのも風流じゃないか?」

 魔力を練っていた私が一度その作業を中断して霊夢に告げると、彼女は何か言いたげではあるが肯定をする。

「…確かにそうだけどね」

 だが、霊夢は先ほど押し入れの奥から引っ張り出してきた扇風機の風力を弱から強にするために隣に置いてある扇風機に手を伸ばす。

 霊夢がボタンを押すと、カチッと小さく音を立てて強とかかれたボタンが小さく点灯し、扇風機の羽の回転数が上がっていく。

「それより、霊夢」

 私が彼女に尋ねると、強くなった風力に満足げな表情をした霊夢は、再度ぐだーっと体をちゃぶ台の上を投げ出し、こっちを見た。

「…何?」

 彼女と向き合うと昨日のことを思い出してしまうため、若干恥ずかしさが込み上げてくるがそれを押しとどめて霊夢に聞いた。

「訓練、しなくていいのか?」

 正座をしていたが慣れない座り方で足がしびれてしまい、私は足を崩す。

「…連中が現れるかもしれない日は明日。でも、今日来ないとも限らないし、できるだけ休んで起きたくてね」

 霊夢は立ち上がると移動して私の横に座る。

「まあ、確かにそうだがな……そういえば、文は妖精たちから向こうの世界の霊夢たちのことを聞いたって言ってたよな?チルノたちだったはずだから、聞いてみたら何かわかるんじゃないか?」

「…ああ…それなら、あんたが家に帰ってる間に近くを飛んでたチルノと大妖精に聞いたわ」

 もうすでに聞いていたということに驚きを隠せないが、聞いたのだったら私にも教えてくれてもいいじゃないかと思いつつもどうだった?と聞いた。

 まあ、霊夢が私に伝えなかったということは、有益な情報は無かったということだろう。

「…なんというか、太陽の畑に遊びに行こうとしたら何者かに襲われて、気を失って気が付いたら幽香の家の中にいたらしいわ…窓から何度も幽香と向こうの世界の私たちが闘っているのは何度も見たって言っていたけど、それ以外は何も知らないらしいわね」

「そうか……まあ、仕方ないな」

 明日奴らが来る可能性がとても高い…か。ぼんやりとそんなことを考えていると隣に座っている霊夢の手に、無意識のうちに私は手を伸ばしていた。彼女の手に触れ、重ねると霊夢は手を握った。

「…魔理沙、絶対に一緒に戦いましょう。……一緒に…」

 さっきまでのだらけたままの気の抜ける声ではなく、真剣なまなざしと少し緊張した声で呟く。

「ああ…。そうだな!…霊夢となら負ける気がしないぜ」

 私がにいっと笑うと、霊夢も小さく笑った。

「…さてと、私は奴ら専用にスペルカードを書き換えておきましょうか」

 霊夢が立ち上がり、私から手を離す。彼女の温もりを感じていた手のひらから一気に温かさが無くなってしまい、寂しさに似ている彼女に触れていたいという衝動に駆られるが、霊夢がする作業の邪魔にならないように抑えた。

 奴ら専用か、確かにそれをするのは大切だろう。今までのスペルカードは見た目だけは派手なものが多かったりしたが、奴らにはそれでは太刀打ちできない。倒すスペルカードではなく、殺すスペルカードが必要なのだ。

「…魔理沙もやっておきなさいよって、あんたはカードを使わないからしなくてもいいんだったわね」

「まあ、そうだな」

 新しい硬く分厚い画用紙を霊夢はタンスから数枚取り出すと、机の上にそれを並べて人差し指で軽く触れる。まずは型を作るのだろう。

 一つのスペルカードに対して、同じものが複数必要な場合はこうして肩を作り、一からスペルカードを作って、カードに書き込むという手間をなくすのだ。

「…」

 霊夢が厚紙のカードに機械などでいうところのプログラムを魔力で書き込んでく。数分の時間をかけて彼女はスペルカードの構築を済ませる。

 魔力を通された画用紙は、その部分だけがわずかにだが変化する。その変化した部分は魔力を通さなかった部分よりも、魔力を通しやすくなっている。

 霊夢は分厚い画用紙のほかにも持ってきていたカードを取り出し、分厚い画用紙にそれを押し付けた。

 こうしたまま魔力を分厚い画用紙に通したままにすることで、画用紙の方に書いてあるプログラムの魔力がカードに移る。インクを魔力と例えたとすると判子みたいなものだ。

 普通なら試し撃ちなどをしてどういった弾道を飛ぶのか、ぶつかり合って干渉しあう弾幕は無いか、弾幕の速度などを確認するが、霊夢はしない。彼女曰く自分のイメージしたとおりに作れば失敗することは無いらしいからだ。

 正直、それについては理解できない。私がカードをなしにスペルカードを放つことができているのは、何度も何十回も何百回も何千回も撃ちまくり、その感覚を脳や筋肉、神経に覚えさせているからだ。

 普通につらい作業で、普通の人がスペルカードを一つ作るのに数日かかるとしたら私は体に大体の感覚を覚え込ませるのに長くて一週間程度の時間を要する。だが、覚えさせてしまえば使いたいと思ったときに、基盤は感覚が覚えていてそのときの状況に合わせてスペルカードにどういったものを追加するなどして、構築することができる。

 だが、霊夢は試し撃ちをしないため少し不安はあるが、彼女のことだし大丈夫だろう。

 霊夢は一つのスペルカードに対して複製を五枚程度つくり、次のスペルカードの型を作り始めた。

 黙々とスペルカードの型とスペルカードを作っていく霊夢を私は黙って眺め続ける。スペルカードを作る工程というのをあまり見たことがないため、新鮮味があって見ていて飽きない。

「…」

「…」

 沈黙が続く。

「…何見てんのよ」

「気が散るか?」

 スペルカードの型を作っていた霊夢が分厚い画用紙に指を触れたまま、唐突に言った。

「…魔理沙じゃないわ…紫よ。そこにいるんでしょう?」

 霊夢が何もない空間に話しかけると、空中に瞳を開くようにスキマが開き、暗くも明るくもない不思議な空間の中で紫は傘をさしていたらしいが、スキマの中から出てくると傘を閉じて私たちが座っている卓袱台の反対側へと座る。

「よくわかったわね。まあ、そのぐらいしてもらわないと困るけど…まあ一昨日は大変だったみたいね。霊夢が幽香に手こずった挙句に逃げられるなんて珍しいけど、どうかしたのかしら?」

 閉じた傘を傍らに置き、自分が出て来たスキマを閉じると紫はそう聞いてくる。彼女はあのあと幽香との戦いは霊夢に任せてどうなっていたのかはきちんとは見ていないらしい。

「…本当の敵は幽香じゃないわ。並行世界の私たちが本当の敵だった」

「へえ、存在があるのは前から知ってたけど…まさか攻め込んでくるなんてね…それで?目的は何なの?ただやられただけなんて言うつもりはないでしょうね?」

 紫は前腕の中間部分まである手袋を外して机の上に置き、私たちを見下ろした。

「奴らの目的は…」

 自分のことをなぜか狙っているといおうとするが、霊夢がそれを遮って紫に言う。

「…悪いけど、奴らの目的はわからないわ。これから調べるつもりよ」

「へぇ…」

 私と霊夢の行動から何かを感じ取って察したらしく、紫は私たちに向けている目をスッと細める。

「…とりあえず、明日辺りに来る可能性が高いから、紫に頼みたいことがあったのよ」

 霊夢がそう説明するが、紫は興味がなさそうな顔をして聞いていたが、霊夢が話し終えると傍らに置いていた傘を掴み、目にもとまらぬ速さで私に向けた。左目に傘の先端が当たる直前で急停止する。

「動いたら手元が狂って刺さるかもしれないから動かないことね…。霊夢…私に隠し事はなしよ…さっさと言いなさい」

 霊夢が私に向けられた傘を弾こうとするが、ほんのわずかに左目に向けて傘が進んだことで弾き飛ばすのを中断した。紫の目は本気で、必要ならば私の片目を潰すこともいとわないだろう。

 紫の力ならば義眼であるこの目も簡単に砕かれるはずだ。

 そこで私はなぜこうなってしまったのかようやく理解し、しまったと思った。紫は幻想郷を創造するのに中心となった人物であり、この幻想郷を我が子のように愛していて幻想郷のバランスを崩すものに対しては容赦がない。

 その紫に幻想郷が存続するかしないかわからないどの異変が起き、異変を起こした連中の目的と原因が私なのだと言った暁には、私は殺されるか奴らに引き渡されかねない。

「…わかった、言うわよ。でもその前に傘を下げて」

 霊夢は少し緊張した顔つきで紫をなだめる。

 だが、私たちが紫に言うのを渋ったことで彼女は自分に伝えれば私たちが不利になる。ということは目的は物というよりも、霊夢と親しい人物が目的となっていると踏んだのだろう。

 でなければ私の言葉を遮ってでも隠すことは無いだろうからだ。そして、私の言葉を無理やり遮ったことで、私が関係していると思ったのだろう。正解だ。

 霊夢が紫をなだめようとするが紫は二度目は言わないぞと言わんばかりの態度を見せ、紫に私が説明をすることにした。

「何が目的なのかは本当にわからない。でも、なぜか奴らは私を追ってきたみたいなんだ」

 私がそう言った途端に、紫は他のことを聞き出そうとはせずに私に向けていた傘で目を刺すのではなく、横に薙いで頬を殴る。

「うぐっ!?」

 紫は霊夢がする近接戦闘をとてもじゃないがするようには見えない。だが、彼女が振った傘は霊夢と同程度の威力があり、私は空中でグルンと回転して床に崩れ落ちた。

「…紫!待って!!」

 切羽詰まった霊夢の声が聞こえる。もっと情報を聞いてではなく、いきなり殴られたため全く理解が追い付いていない私に、紫は淡々と告げる。

「今ここで私に殺されるか、奴らに引き渡されるか選ばせてあげようと思ったけど、魔理沙にも私たちにも選択権はなさそうね。魔理沙を狙っているっていうやつらに引き渡すわ」

 私を殺せば私を狙っている奴らの報復を受けかねない。彼女は一番手っ取り早く異変を解決でき、奴らの利害とも一致している方法を選択した。

「…駄目よ。私が魔理沙を守るって決めた。…そんなふざけたことはさせないわ」

 私が起き上がるとお祓い棒を構えた霊夢と、私を奴らのもとに連れて行こうとしている紫が対峙しているのが見えた。

「霊夢、あなたの役目は何?この幻想郷のバランスを崩すものをいかなる手段を使ってでも排除し、バランスを元に戻すことでしょう?今までは大目に見て来たけど、今回ばかりは見過ごせないわね」

 紫は自分と向き合っている霊夢に傘を向けて言った。紅魔館や地霊殿などのことだ。本当は殺さなければならないのを霊夢は殺さずに生かしてきた。それについて言っているのだろう。

「…だからなによ、確かに私は規則を破ってレミリア達や永琳たちを見逃した。でも、今回とそれらは関係ないじゃない」

「いいや、関係大ありよ。前回の異変ではその首謀者を取り逃がしたし、今回の異変では並行世界の敵に負けた。気がたるんでるんじゃないかしら?ここらで気を引き締めたらどうかしら?」

 紫の言う通り、前回の揮針城異変では異変を起こした鬼人正邪のことを私たちは逃していしまった。それについて私たちは反論することはできない。

「…そうね、確かに私は鬼人正邪を逃して、まだ捕まえていない。それに今回の異変では向こうの世界の私たちにも負けた。だとしても、魔理沙を引き渡していい理由にならないわよ…!」

 霊夢が紫を睨み付け、お祓い棒を構える。

「駄々をこねるんじゃあないわよ。初代から先人たちはみんなあらゆる手段を使って幻想郷を守ってきた。霊夢、あんたの自分勝手な行動で幻想郷を終わらせるつもり?」

 紫がゆらりと戦闘体勢に入っていく。力ずくで霊夢をどうにかしようというのだ。

「…先人者たちがこうしていたとか、私にはどうだっていいわよ。私には私なりの戦い方がある。それに私だってこの代で幻想郷を終わらせるのはまっぴらごめんよ」

「一度目で奴らにかなわずに負けたくせに、二度目で勝てるわけがないじゃない。…直接手を汚したくないっていうのなら、あとは私がやっておくからさっさと魔理沙をよこしなさい」

 一度目は確かに負けたが、その敗因はもうわかっている。それをなくしてしまえば勝機は無くはないだろう。

「…あんたがなんと言おうが魔理沙は絶対に渡さない」

 霊夢は固い意思を紫に見せつける。

「霊夢…」

 殴られてジンジンと痛む頬を抑えて私が呟くと、霊夢は肩越しにこちらを振り返り、言った。

「…紫、それにね、一人の人間も守れないようなやつに、大勢の人間の命を…幻想郷を守れるわけがないじゃない」

 霊夢がそう言うと、紫は大きくため息をついて傘を下ろす。

「時間の無駄ね。…まあいいわ。……無理をして霊夢に敵対されても困るし、チャンスを上げる。…でもその代り、私がダメそうだと判断したらその時は問答無用で奴らに魔理沙を引き渡す。いいわね?」

 霊夢の目先に伸ばした人差し指を紫は突き付けて本気のまなざしで言い放つと、彼女は私たちの返事も聞かずに身を翻してスキマの中へと消えていった。

「…はあ…」

 霊夢はスキマが消えて紫が完全にいなくなるのを待ってから、疲れた様子でその場に座り込むと、上半身を起き上がらせたまま動けていなかった私の方を振り返る。

「すまなかったな。霊夢…」

 私が彼女に言うと顔を横に振って大丈夫と呟いて、こちらの方に歩み寄ってきた。

 霊夢は私の膝の上に座ると顔を下に傾け、頬に伸ばしてきていた手を上に向けて私の顔を上に傾かせ、キスをした。

 数十秒の長いキスをしたのち、ゆっくりと私の顔から離れて熱っぽい吐息を吐いて彼女は言った。

「…私が魔理沙を守るわ。引き渡しなんてさせない…させるもんですか…」

 彼女の言葉に嬉しくはなるが、それと同時に悔しくもあった。守る。その言葉が出てくるということは、私が霊夢と肩を並べて戦える同等の存在ではないということが読み取れるからだ。

「……。」

「…?どうかしたの?魔理沙」

「何でもないぜ」

 私は霊夢の首に腕を回すと、今度は私から霊夢にキスをした。

 




五日から一週間後に次を投稿します。


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東方繋華傷 第四十七話 再来

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第四十七話をお楽しみください。

今回は短めです。


「…それじゃあ、寝るとしましょうか」

 紫が帰ってからしばらく時間がたち、霊夢が私に言った。

「へ?まだ四時だぜ?なんでこんなに明るいうちから寝るんだ?」

 私が聞くと、霊夢は押入れを開けて布団を取り出し、床に敷いた。一枚しか敷かないのは、朝に布団を洗って現在干しているからだ。

「…そりゃあそうでしょう?朝起きてからその日が始めるわけじゃないわ。その人自身の一日はそこから始まるけど、時間的に言ったら午前零時とか、奴らが出て行ってからちょうど三日なら、もっと早まる可能性だってある」

「まあ、それもそうだな」

 私がうなづくと霊夢は私においでおいでと手招きをする。

 私が霊夢が寝っ転がっている布団に潜り込むと、彼女に背中を掴まれて引き寄せられ、抱き寄せられた。

「…お休み」

「ああ、お休み」

 霊夢は呟くと私を抱きしめたまま目を瞑り、私も彼女の背中側に手を回して抱きしめ返し、霊夢の胸に顔をうずくめた。

 温かい。夏で暑いはずなのに霊夢の心地よい体温によって体が温められ、それが眠気を誘った。

「……」

 

 

「霊夢、三日がたちました…行かないんですか?」

 三日ぶりに神社に姿を見せたと思ったら開幕から魔理沙のいる世界のことを聞いてくる。あまり大きな声でいうんじゃない。誰かに聞かれたらどうするつもりだ。

「まだ行かないわぁ。それに今回は事前準備のために少し顔を出すだけだし、あんたらはこなくても大丈夫よぉ」

 私が言うが、咲夜が睨み付けてくる。私がいないうちに進めるつもりじゃあないのかと言いたいのだ。

「ふん、勝手にしたらぁ?」

 私が背筋や腕を伸ばしていると、咲夜がいる方とは別の方向から声が聞こえて来た。

「私も混ぜてくださいよ。二人だけで行くなんてずるいじゃないですか」

 高い位置から降りて来たのか、屋根の瓦を一部踏み砕いて速度を減速し、庭の石畳へと白と青の巫女装束を着た早苗が着地する。

 ご自由に、と。早苗に促すと彼女は嬉しそうに微笑む。それはただのほほえみではなく、残虐的なものだ。

「仕方がないわねぇ…紫を呼んで向こうにいくとしましょうかぁ」

 

 

「……沙…魔理…沙」

 霊夢が私のことを軽くゆすっている。しかし、熟睡していた状態からいきなり起こされ、頭がはっきりとしない。

 よく眠れた気がする。瞼を通して入って来る光の量が少なく、あたりが暗いのだというのが何となくわかる。

「…ん……あ?」

 眠い目をこすり、顔を上げると何か不安そうな顔つきでいる霊夢が目の前にいる。

「どうした?」

 その顔を見て眠気が消し飛んだ。

「…奴らの嫌な魔力を感じない?」

 霊夢に言われ、奴らの漂ってくる魔力を探すと確かに異次元霊夢の魔力の波長を強く感じる。

「奴ら、来やがったな…!」

 私が呟くと霊夢と顔を見合わせ、そろって布団から飛び出した。時刻は午前一時、いつから来ていたのかは知らないがあの二人はとっくに感づいて動いているはずだ。

 奴らの魔力は、河童たちの協力で七割程度は復興できていた村の方向から感じる。寝間着を脱ぎ捨て、魔女の服を頭からかぶってすぐに着替えを済ませた。

 霊夢もいつでも出るようにある程度の準備をして寝ていたことで、すでに着替えを終えてあとは向かうだけとなっている。

「…魔理沙!先に行くわよ!」

 空を飛ぶのは私の方が速度が出る。向かっている途中で私が追い付くことができると判断し、靴を履くと霊夢は全速力で空に飛びだした。

「ああ、先に行け!」

 ポーチを肩にかけ、ミニ八卦炉を取り出しや使いやすい位置に配置し、履きにくい靴に足を突っ込んで無理やり履き、すでに小さくなっている霊夢に追いつくため、庭で助走をつけて鳥居の下をくぐり、階段につく一歩手前で魔力で体を強化した身体能力で跳躍した。

 十数メートルの距離を跳躍で上昇し、落下しないように魔力で跳躍の最高速度を保ちつつ、加速していく。そこらの馬なんかよりは断然早い速度だ。

 そうしていると小さな爆発が村の方向で起こり、数秒遅れて爆発音が耳に届く、だが、今のは爆発というよりも火柱といった方が正確だろう。

「妹紅か…?」

 小さく呪文を唱え、魔法を発動させてレンズなどの光の屈折などと同じように光を屈折させ、双眼鏡やスコープと同じ効果を目の前の空間に作る。

 村まではかなりの距離があるが、十数メートル程度の距離で眺めているぐらいにまで見ている景色がズームされた。

 炎の近くを見てみるとそこにはやはり妹紅が立っているが、よく見ればもんぺの赤いズボンが破れていたり、切り裂かれていたりしていて、上着や髪を止めているリボンも破れている。

 傷もなかなか深そうで、切り裂かれ場部分からは赤黒い血がダラダラとこぼれているのが見え、彼女と対峙しているのはやはり異次元霊夢だ。

 異次元霊夢の周りを見ていると異次元咲夜もナイフを片手に持っていて、妹紅とにらみ合いをしている。彼女の炎と不死身に警戒しているのだろう。

「…魔理沙!」

 いつの間にか霊夢に追いついていたらしく、彼女が前方から私に声をかけて来た。並ぶために加速しようとするが、私たちの横を後方から高速で何かが飛来し、そのまま通り過ぎていく。

「なんだ!?」

 私なんかよりも速い速度で何かが移動していったことにより風が巻き起こり、風にあおられて倒れそうになるのを後ろを見て何かが来るのを早くに見ていた霊夢が、バランスを崩す前に私を受け止めた。

「…大丈夫?」

「ああ、攻撃じゃあ無いみたいだったしな…それより、今のはなんだ?」

 霊夢に建て直されて再度村に向かい、前方で小さくなっていく人物について彼女に聞いた。

 幻想郷の中では私は結構早い方だが、それをやすやすと抜いていく奴なんて、文ぐらいだ。でも、文は血なまぐさい事件は好まないし、それに現在進行形で戦いが起きている場所に向かうとも思えない。

「…すっごく早かったから見えづらかったけど、今通ったのは間違いなく咲夜だったわ」

 あの速度、時間操作による高速移動だろう。奴らが現れた時点で咲夜が気が付いていたとしたら、あの速度でならば紅魔館からこの村につくのに数分程度の時間がかかる。奴らが現れたのはほんの数分前ということになる。

 私たちが数分かけて突くだろうという距離を数十秒で駆け抜けた咲夜は、異次元霊夢の近くに着地すると真後ろから奇襲をかける。

 パッと異次元咲夜の背中から火花が散る。切られたはずなのに血ではなく火花が出るとは、奴の体は鉄でできているのかと長距離で見ていて思ったが、単純に異次元咲夜は腕を後ろに回して銀ナイフで咲夜の攻撃を防いだだけだ。

 二人の銀ナイフが妹紅の放った炎でオレンジ色に輝いて見える。異次元咲夜が銀ナイフを振って咲夜を弾き飛ばし、咲夜と向き合っている両手のナイフを逆手に持ち替えた。

 咲夜は持ち方を変えず、そのまま少しだけ体の重心を下げて異次元咲夜に向かって走り出す。それが開戦の合図となり、咲夜と異次元咲夜の切りあいが始まった。

 




忙しくて書いている暇がないので、投稿が遅れてしまうことがあると思います。ご了承ください。


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東方繋華傷 第四十八話 援護射撃

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第四十八話をお楽しみください。


 白色だったり赤色だったり、オレンジ色だったりと多彩な色の火花が異次元咲夜と咲夜の銀ナイフが打ち合わされるごとに飛び散るのが数百メートル離れていても私の目に見える。

「霊夢、先に行っててくれ。咲夜と妹紅が危なそうだし、私はここから援護しつつ少しずつそっちに向かうことにするぜ」

「…わかったわ。でもまだもう一人を見つけてないし…気を付けて」

 異次元霊夢と異次元早苗は見つけられたが、異次元早苗の姿が見つけられない。奴らのことだから来ている可能性が高く、姿が見えないためどこから来るかわからない。

 向かっている村のどこかにいるだろうが、離れている私も用心するに越したことはないだろう。

「ああ、地上から向かってくれ…狙撃するから空にいると誤射しかねない」

「…ええ、わかってるわ」

 霊夢が下方向に移動したことで私の射線上から彼女の姿が消え、異次元霊夢に炎を放っている妹紅と異次元の自分と切りあいをしている咲夜が視界に収まる。

「…」

 手先に魔力を手中させ、高出力でレーザーを妹紅に襲いかかろうとしていた異次元霊夢に放つ。

 弾幕はただでさえ光を放ち、狙撃に向かないというのに光の魔法で貫通力を高めている私のレーザーは普通の弾幕よりも強い光を放ち、それが目印となって横側からの狙撃に異次元霊夢は身を翻してレーザーを避けた。

 やはり当てられないか、しかしそれでも牽制にはなっているはずだ。霊夢が到達するまでの時間稼ぎにはなる。

 距離があり、私からはよく異次元霊夢の表情などが見えているが、奴からは見えず、ずっと私が見ていると思っているだろう。警戒してさっきまでのように妹紅に突っ込むことはしないはずだ。そのうちに異次元霊夢から咲夜へと視線を変えた。

 高速で切りあっている彼女らは目が回って来る速度で動き回っている。初めは咲夜が互角かそれ以上かと思っていたが、いつの間にか咲夜は守りをするので精一杯となっている。

 そっちも援護したいところだが咲夜の方向に撃てば自分が狙われていないと、異次元霊夢が動いてしまう。霊夢が到着するまでの時間もできるだけ稼ぎたいため、異次元咲夜と異次元霊夢の両方に狙撃をしなければならない。

 そう思っていると、異次元霊夢が私の次の射撃がないことから自分に標準が向いていないと思ったのか、攻撃されて片膝をついている妹紅に向かって走り出す。まずい、今すぐに行動を開始しなければならない。

 手先に溜めていた魔力を二つに分割し、それぞれを少しずつ強化して分割した一つを走っている異次元霊夢の鼻先に狙いを定め、それと同時にもう片方を咲夜の防御に構えていた魔力で作り出していた銀ナイフを砕き、胸に銀ナイフを突き立てようとしている異次元咲夜のほんの少し前の空間に狙いを定め、レーザーを照射。

 キンッと暗い場所でカメラのフラッシュをたくのを連想する光量が手先から発生し、発射してから数百メートル先にいる異次元霊夢たちにコンマの時間差でレーザーが到達。

 しかし、強い光が射撃のタイミングを異次元霊夢に悟られてしまったらしく地面を踏みしめて急停止し、後方に跳躍すると丁度よく当たるはずったレーザーが空を切り、地面を焼け焦がした。

 二発同時に放ったため、普段撃つレーザーよりも細くなっていて、それ会が異次元霊夢に当たらない要因にもなっている。

 異次元咲夜も私の放ったレーザーの光が目印になったらしく、こちらを振り向いてレーザーの射線上にナイフを配置し、それを傾けてレーザーを反射させた。

 光の性質を強くしてレーザーの速度が数百メートルを一瞬で飛んでいくようになったが、光の性質が強くなっている分だけ弾幕が光に近づき、銀ナイフを鏡と同じ使い方をされてあっさりと軌道を捻じ曲げられてしまった。

 どちらもダメージにはならなかったが、どちらも牽制にはなったはずだ。

「…」

 しかし、一向に異次元早苗の姿が見えない。妹紅や咲夜を見つつ村を見回してみたが私が見える位置からは奴の姿はどこにも見えない。移動して探したいところだが、妹紅と咲夜が見える位置というのがこの地点でこの角度しかなく、ここから移動するとどちらかに援護ができなくなってしまう。

 だが、二度の狙撃で私の位置はすでに割り出されているだろう。射線が通る場所にわざわざ顔を出すとは思えない。

 周りを見てみても異次元早苗の姿は見えない。本当にいないのかは知らないが、いないのなら好都合だ。このままこちらが優位に進むように狙撃が続けられる。

 咲夜の方を見ると、銀ナイフを取り出してか魔力で作り出したのかは知らないが、立て直すことはできたらしい。でも、私のことを身震いする形相で睨み付けている。

 邪魔をするな。と言いたげだ、というかおそらくそう思っている。まあ、奴がレミリアの仇でそれを倒したい。いや、殺したいという気持ちはわからんでもない。

 でも、さっきまでの戦いは怒りや憎しみに身を任せたもので、それでは常に我々の一歩先を行っている奴らに殺されてしまう。そうならないためにも、援護は必要だろう。

 あとで怒られるかもしれないが咲夜に死なれるよりはましだ。もし死なれたらパチュリー達に顔向けができない。

 レミリアが死んだことについての罪滅ぼしのつもりかと思われようが仕方がない、パチュリーたちに顔向けできないとか死なれたら困るとかは建前であって、実際のところはその通りだからな。

 でも、言っていることが矛盾しているが死なれたくないというのは本心だ。パチュリー達には泣いてほしくもない。自分勝手ではあるが援護はさせてもらうとしよう。

 霊夢が村に着くまではもう少し時間が必要そうだ。一度立て直したことで咲夜は少しの間は大丈夫そうで、援護をするために咲夜から視線を妹紅へと向けると、手のひらの上に作り出した炎に魔力を作用させることでそれを増幅させ、彼女は異次元霊夢に向けて炎を放射した。

 小さく手のひらでチラついていた炎が数百倍にも膨れ上がり扇状に広がっていき、異次元霊夢を中心に数十メートルが焼き払われる。

 オレンジ色の高温な炎の後に黒色の煙が発生し、それが視界を遮り異次元霊夢の様子をうかがおうことができない。

 だが、あの程度でくたばるようなやつでなければ、食らうようなやつでもない。油断せずに構えていると炎が通り過ぎ、温度が下がった黒い煙の中から異次元霊夢が飛びだし、距離を一気に詰める。油断していたわけではないが、この中を突き進んでくるとは思っていなかったのか、妹紅が腹部を下から突き上げられる。

 ここで見ていても痛々しいのが伝わってくる妹紅の苦しそうな表情が見え、更なる追撃を受ける前に私は異次元霊夢に向けてレーザーを放つ。

 自分ではできるだけ早くその援護を行ったつもりであったはずだが、一足遅かったらしく胸の高さに崩れ落ちた妹紅の頭を異次元霊夢は掴むと、顔にお祓い棒を叩き込む。

 奴は殴るのと避ける準備を同時並行で進めていたらしく、ギリギリではあるが紙一重でレーザーには当たらずに数歩後ろへと下がる。

「くそっ!」

 撃ってからの若干の時間のラグを減らすために村に少しずつ近づき、民家や木などの障害物に邪魔されないように移動し、魔力を手先で凝集させた。

 咲夜はまだ異次元咲夜と切りあっていて、今のところは互角に戦っている。しかし、私がさっき異次元霊夢に狙撃したことで現在は狙いが自分に向いていないとわかってしまっている。それは狙撃を受け流すために目の前にいる咲夜に集中できていなかったが、今なら咲夜を集中的に攻撃することができるということを示す。

 異次元咲夜の攻撃が激しくなっているのが現地で戦っていない私にもわかり、急いで咲夜を援護しなければならないが、殴り飛ばされて地面を転がって起き上がろうとしている妹紅に向かって異次元霊夢が歩みを進めている。どちらにも援護が必要だ。

 もう一度、二つに分割したレーザーを異次元咲夜と異次元霊夢に撃てばいいと思うかもしれないが、二つに分割したレーザーが大した威力を持っていないことをもうすでに二人は知っている。

 分割しない普段のレーザーは人体を切断とは言わないが、かなり重症のダメージを与えることができるほどの威力を持っている。しかし、今は分割してしまっていてさらに光の性質が強い分だけ貫通力が著しく低下し、表面を超高温の光があぶる程度になってしまっている。

 それでも一秒もない時間で物を焼け焦がすほどではあるが、当たったとしても奴らを戦闘不能にさせるのには足りなすぎる。

 それを異次元霊夢は初手の弾痕から察し、異次元咲夜は反射できる程度のものだとわかっている。さて、どうしたものか。魔力を二つに分割しようとするが、私の射撃準備ができる前に異次元霊夢が倒れた妹紅に向かって走り出してしまい、その走行速度が速くて私がレーザーを撃ったとしても、奴が妹紅を攻撃した後となってしまう。それに当てられるかもわからない。

 でも、当てるかどうにかして異次元霊夢を止めなければ、脳震盪を起こして立ち上がろうとするがおぼつかない足取りの妹紅が地面に尻餅をついてしまう。とてもじゃないが殴りかかられたら抵抗することなどできやしないだろう。

 妹紅を助けなければならないという焦りが判断や魔力調節を狂わせ、凝縮しかけていた魔力が少しだけ霧散してしまう。

「…くそ…っ…!」

 落ち着けと自分に言い聞かせるが、無くなった分の魔力を補給している暇はない。

 分割したレーザーの一発分程度にまで減ってしまった魔力を分割せずに異次元霊夢に撃とうとするが、異次元霊夢の攻撃圏内に妹紅は入ってしまい、彼女がお祓い棒の代わりに持っている針を振り下ろした。

 




五日から一週間後に次を投稿します。

読みづらかったら申し訳ございません…


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東方繋華傷 第四十九話 当たらない

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいという方は第四十九話をお楽しみください。

投稿が遅れてしまい、申し訳ございません。


 妹紅の頭部に異次元霊夢が振り下ろした針が突き刺さる。その寸前に針と妹紅の間にお祓い棒が滑り込み、ギリギリで攻撃をはじき返す。火花が散って異次元霊夢の針が遠くへと回転して飛んでいく。

 私はほっと胸をなでおろして落ち着いて異次元霊夢に標準を合わせる。針が飛んでいったのは殴りかかった部分だけだったらしく、折れて手元に残っている針だったものを投げ捨て、異次元霊夢は新しい針を取り出した。

 霊夢を見ると危ない状況だというのを感じ取って全速力で走って来たらしく、息を切らして肩を上下させている。

 霊夢は異次元霊夢がどんな行動をとってもすぐに反応できるように構えているが、パクパクと口を動かした。

 次に異次元霊夢が口を動かしたことで霊夢と会話をしているということがわかる。針などを投げられても大丈夫なように後ろに倒れている妹紅に気をかけている。

 妹紅が頭を振ってクラクラしていた意識をはっきりさせ、両手に炎を作り出して霊夢のすぐ横に立った。

 あの二人なら問題は無いだろう。霊夢程とは言わないが妹紅も幻想郷では上から数えた方が速いぐらいには強い。さて、問題があるとすれば、咲夜かもしくは私の方だ。

 咲夜は言わなくてもわかるが異次元咲夜が原因で、私の方はというと、異次元早苗だ。狙撃でずっと同じ場所にいるのは敵に位置を悟られてしまうため危険だ。あと数回狙撃をしたら霊夢に合流することにしよう。

 手先に魔力を溜め、異次元咲夜が取り出したスペルカードを撃ち抜いた。魔力を流す前のただの紙切れであれば、破壊した時点でそれは本当に紙くずとなって使えなくなる。

 異次元咲夜が驚いた表情を見せ、その隙に咲夜がスペルカードに魔力を流し込み、それを叩き切ってスペルカードを発動させた。

 咲夜の周りに大量の魔力で作られた銀ナイフが配置され、各自が独立してその場で回転していたがすべての銀ナイフが咲夜が出した合図とともに周りに散開し、ほぼ同時に異次元咲夜へと全方向から襲いかかる。

 あれは幻符『殺人ドール』だ。強力なスペルカードですべての銀ナイフをはたき落とすのは至難の業だ。いつもよりも銀ナイフの数が少なく、狙いも的確で弾幕ごっこで使えば確実に死人が出る一撃だ。

 異次元咲夜への狙っている部位や角度、その数で咲夜が確実に異次元咲夜を殺そうとしているのが伝わるが、何よりも使っている銀ナイフが魔力でどれも本物に近い形で作られている。それがいっそう咲夜が本気だということを物語っている。

 百十数本の銀ナイフが同時に全方向から襲いかかる。完璧な攻撃に見えたが、しかしこの世に完ぺきというのは存在せず、時の操作により自分の行動速度を上げ、すべての銀ナイフを異次元咲夜は破壊した。

「は…っ…?」

 私は目を見張った。一部の銀ナイフならともかく、すべての本物と変わらない精工に作られた銀ナイフを破壊しきったことに驚きをかくせない。逃げられたとしても普通なら一部の銀ナイフのみを破壊して逃げるはずだ。

 咲夜は弱い人間じゃない。そこらの妖怪や鬼を相手にしたって後れを取ることは無いだろう。そんな彼女のスペルカードから逃れるにはかなりの魔力を消費し、撃ち落すとなればさらに多くの魔力を消費して、後の戦闘に支障をきたしかねない。

 であるため撃ち落とすなどで魔力を無駄に使うのならばのちの戦闘のために普通は温存するだろう。しかし、異次元咲夜はそれをしなかった。する必要がないほどに余裕だということだろうか。

 奴は化け物か?と言いたくなる。涼しい顔をして戦闘をそのまま続ける異次元咲夜に次の射撃を行うことにする。

 魔力を凝縮して高出力だが光の性質が強いレーザーを再度切りあいをし始めた異次元咲夜に標準を合わせ、レーザーを照射した。

 しかし、レーザーは狙ったはずの場所には飛んでいかず、あらぬ方向にぶっ飛んでいく。少しずれるなどの誤差のレベルではない。

「あれ?」

 そんな声を口から漏らしたころに、後頭部から強い電流を流されたと錯覚するほどのビリビリと響く鈍痛が伝わってくる。

「う…ぐ…!?……あああぁぁっ!!?」

 遅れてきた痛みに霊夢たちを援護しなければならないということも忘れ、頭を抱えた。

「きゃははははっ!!後ろががら空きですよ!!」

 笑い声がし、痛みと衝撃で気が遠くなりそうな頭を必死に回転させて意識を保ち、後方から攻撃してきた人物に振り向きざまに手のひらを向け、レーザーをぶっ放す。

 太陽の光と変わらない光量が手のひらから発生し、真後ろから奇襲をしてきた異次元早苗の顔面にレーザーが浴びせかけられる。

 構えることやかわすことをしない異次元早苗の頭から胸を薙ぎ払う。直撃すれば致命傷は避けられないはずだったが、当たる寸前三十センチ手前で私のレーザーが消え去ってしまう。

「なっ…!?」

 私が意図的に消していたり、異次元早苗が結界を張っているわけではない。自然とそこで消滅したのだ。レーザーとして使われていた魔力が塵となって消えていく。

 いったいどんな奇跡を起こす程度の能力を使ったらこんな風に目の前でレーザーが消えるんだ。必然であることを奇跡で捻じ曲げるならば相当な量の呪文詠唱が要求されるはずだ。

 呪文の質を上げたとか、奇跡を起こす程度の能力の使う呪文効率を上げたとか、そう言ったことを考えるが今はどうでもいいことだ。

 呪文詠唱を行い、それを作り置きしているのだろう。そうでなければこんなに攻撃が通らないということは起こらないはずだ。そうだとして、作り置きをしているのではればそれには上限があるはずだ。こいつを倒すにはそれをすべて消費させるしかない。

 だが、奇跡を起こす程度の能力にもできないことがある。こっちの早苗は近接戦闘で、あたるか当たらないではなく、当たったダメージが軽減されるというものだと聞いたことがある。異次元早苗が同じなれば、与えられるダメージは少ないがそれと同時に呪文詠唱を削り取ることができる。

 自分で直接戦う近接戦闘は不得手であるが、異次元早苗へとこぶしを握って攻撃を仕掛ける。髪の毛から足のつま先まですべての細胞、組織、気管を魔力で強化した。

 足元に魔力の足場を作ってそれを蹴って加速、異次元早苗の胸に向かって握った拳を振りぬいた。私が接近してきて直接攻撃を仕掛けてくるとは思わなかったのか、異次元早苗は構えてはいない。

 当たる。そう思ったがやはり異次元早苗から三十センチ手前でなぜが拳が減速し、異次元早苗の胸に当たる頃には普通に触れるのと変わらない弱々しいものとなっていた。

「へ…?」

 驚いて手を引っ込めることを忘れていると、異次元早苗が薙ぎ払ったお祓い棒で頬をぶっ叩かれ、後方に吹き飛ばされる。

「あぐっ!?」

 後ろに体を投げ出して吹っ飛ばされてしまい、見ていている景色が上下反対に見える。どちらに体を浮き上がらせていいのかちぐはぐでわからなくなり、重力方向に落下し始めるが地面までの高さは十分にあったはずだ。背中の方向へと魔力を放出して立て直そうと魔力で足場を作り、そこに着地した。

 少し足場の強度が足りてなかったのかガラスが割れるのと同じ、硬質なものに亀裂が入る音がする。が、なんとか私の体重には耐えてくれたようだ。

 手先に魔力を再度溜め、こちらに向かって飛びかかってきている異次元早苗に向けてレーザーをぶっ放す。だが、レーザーが異次元早苗を貫くことは無く、目の前で消えていってしまう。

 今からもう一度攻撃をしようとしても間に合わないだろう。異次元早苗が振り下ろしてきているお祓い棒をガードする為に手を交差して、異次元早苗の得物を受け止める。

 ビキッと腕に痛みはあるものの私自身は耐えられたが、殴られた威力と異次元早苗の体重が一気に足場にかかり、私の体重だけでもギリギリだったため耐え切れずに砕け散り、私は大きくバランスを崩してしまう。

 その隙に異次元早苗が私の胸に向けてお祓い棒を薙ぎ払う。胸のど真ん中を捉えた攻撃に息が詰まり、体がまた後方に百十数メートルぶっ飛ばされて地面にぶつかり、転がった。

 魔力で体を強化していなければ死んでいるところだ。地面との摩擦で転がっている速度が減速され、手足を地面につけて地面との摩擦を増やし、動きを停止させた。殴られた胸が痛み、小さくせき込んだ。

 直接的な攻撃方法がダメというのならば、他の手を使ってみよう。

 手にこびりついている砂を振り払い、肩から下げているバックの中から閃光瓶と爆発瓶を取り出した。魔力をその二つのうち一つに込め、魔力を込めていない瓶をバックの中に落とし、魔力を込めていた閃光瓶をこちらに向かって着地して走ってきている異次元早苗へと投擲する。

 魔力を投げた方の手のひらに溜め、回転して飛んでいく閃光瓶を異次元早苗の目の前で通り過ぎる前にレーザーで撃ち抜いた。

 




たぶん五日から一週間後に次を投稿します。

文字数はどれぐらいにした方がいいんでしょうか。


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東方繋華傷 第五十話 戦い方

自由気ままに好き勝手にやっていーます。

それでもいいよ!
という方は第五十話をお楽しみください。


 瓶の中には私が調合した粉末状の物質が入っていて、それらは空気に触れることで爆発的に酸素と反応する。

 瓶の中身を真空にすることで気圧の差を持たせ、瓶の蓋が取れないようにするのと中身の物質が空気に触れないようにしていたが、そこにレーザーで穴を開けたことで瓶内部に空気が流れ込み、燃焼性の高い物質が初めに酸素との反応で炎を発生させ、他の物質に反応が飛び火していく。

 瓶を撃ち抜いてから一呼吸の間をあけ、私が撃ったレーザーよりも強い光が瓶から発生し、短く粉末物質が燃焼する音がした後に鋭い爆発音がして瓶が砕け散る。離れているのに熱をわずかに感じる光がまき散らされる。

 普段はあまり使わない閃光瓶を持ってきておいてよかった。酸素と反応するため常に周りを真空にするために瓶に入れているわけだがかさばって仕方がないのだ。

 中にはマグネシウムなどが含まれていて、マグネシウムは燃やすと元から強い光量を出すが、魔力で強化されてたことでそれの数倍は光が強い。

 手で目を覆ったぐらいでは少し足りない。腕を上げて顔の皮膚に密着させ、瓶から発せられる光から目を守る。

 しかし、閃光瓶から出されるのは光だけでない。耳を塞いでいないため化学物質と火薬の発火により耳をつんざく爆発音が響き、周りの音が聞こえなくなって金属と金属をすり合わせたものに似た音が聞こえてくる。聴力は少しの間使いもになりそうにない。

 そうだとしても、目さえ見えれば関係ない。異次元早苗は至近距離で閃光を食らってはいたが、手で目を覆っていて多少であるが威力が半減している。

 光で目が見えなくなっている状態は持って十秒から二十秒といったところだろうか。閃光瓶の光が収まったことに目を覆っていた腕を下ろすと、燃焼の火花が消えて目がくらんで顔を押さえている異次元早苗が前方に見える。

 奇跡を起こす程度の能力で私のレーザーなどに当たらないようにしているはずであり、それに当てるようにするにはとにかく詠唱した分の呪文をすべて消費させることだ。

 それには一発の強力なレーザーを撃つのでは時間がかかりすぎて異次元早苗の目が見えるまでには足りない。魔力を三つに分割してそれを異次元早苗の方に走りつつ自分の周りに配置、そこからさらに三つにレーザーが3発ずつ異次元早苗に発射される。

 奇跡を起こす程度の能力が私の攻撃のどこに作用しているかわからないが、当たる確率や消える確率を変動させているとしたら、一つのレーザーでは一つの確率しかない。複数回の攻撃を加えるのならばそれぞれの確立を変動させなければならず、単発よりも命中精度や威力は低いが詠唱した呪文を削るには効果的だ。

 そう思っていたがどれだけ撃っても異次元早苗にレーザーはかすりもせずに魔力の塵となって消えていく。

 もしかしたら、魔力などで形成されたものよりも剣などの物理的な物で攻撃する方が効率がいいということもあるかもしれない。魔力で作られたものは別の魔力を形成した物の内部に直接流し込まれると魔力の流れが乱れて消えてしまう。そういうふうに確実に存在しているといえない物では存在する確率を操作されて消されてしまうのだろう。そこで物理的な攻撃方法であれば確率の操作も難しいと思われ、こちらからすれば奴の呪文詠唱を削りやすくなり、多少危険ではあるが私はレーザーでの攻撃から直接拳を異次元早苗に叩き込む攻撃方法に作戦を移行する。

 異次元早苗へと近づきながらレーザーを撃っていたため彼女までの距離はすでに五メートルを切っている。右手先に溜めていた魔力を腕だけでなく体全体にいきわたらせて強化に使い、左足で大きく踏み込んで殴りかかる。

 霊夢や咲夜などのキレのある攻撃とは程遠いが、少しでも異次元早苗の呪文詠唱を削るためには目を瞑るしかない。

「くらぇっ!!」

 こぶしを握り締め、異次元早苗の胸のど真ん中へと拳を叩き込んだ。

 レーザーで異次元早苗の奇跡に使う呪文詠唱をだいぶ削り取ったと思っていたが、異次元早苗の手30センチで拳の速度が減速し、止まっているのと等しい速度となって異次元早苗に当たった。

「こいつ…どれだけ詠唱を溜めて…!」

 手を引っ込めて異次元早苗から離れようとするが、手首へと伸ばしてきた手によってその動きが封じられてしまう。

「魔理沙さぁん。目で見えなかったり音が聞こえなくなっても、地面を走って来るわずかな振動でどれだけ近くにいて、どの程度の速度なのかわかるんですよ。残念でしたねぇぇ!!」

 閃光瓶で周りの音が聞こえていなかった耳の聴覚が少しだけ戻ってきているらしく、そう叫んでいる異次元早苗の声がわずかに聞こえてきた。

 私が見えていなかったのだろう異次元早苗の視覚が回復してきたらしく、さっきまでずれた位置を見ていた眼がこちらを正確に視認する。

「っ!!」

 異次元早苗に向けてもう片方の手で拳を握り、全体重を乗せて振りぬくが焦りすぎたと自分の行動を後悔した。今は奴の手を無理やり振り払って距離を置くべきであったと。

 減速した拳が異次元早苗に掴まれ、奴に引っ張られて引き寄せられたと思ったころにはすでに逆方向へと吹っ飛んでいた。

「あぐ…ぁ…っ…!!?」

 体が衝撃でがくんと曲がり、腹部を蹴られたと辛うじて認識できたが痛みはまだ神経を伝わってきている途中らしく、痛みはまだ感じられない。

 どんっ!

 痛覚から伝わってくる痛みよりも先に体に伝わってきたのは型を地面にぶつけた衝撃で、舞い上がった土から独特な匂いが漂うのを感じる。

 だが、それをいつまでも感じていられない私はバウンドして空中に体があるうちに上体を腹筋を使って無理やり起き上がらせ、蹴った体勢でいる異次元早苗へとレーザーをぶっ放した。

 閃光瓶よりは弱い光がきらめき、レーザーが異次元早苗の顔面に向かって飛んでいくが、奴の頭に風穴を開けることはできない。

「ぐ…ぅ…!!」

 遅れて腹部に神経を伝わってやってきた鈍く体の奥にまで響く痛みが地面に二度目に落ちたときに感じ、うめき声が自然と漏れた。

 二度も地面に衝突したことで高く体がバウンドするほどの運動エネルギーが残っておらず、地面を転がってしまう。起き上がろうにも体がどっちを向いているのかもよくわからない状態で、ようやく把握ができて魔力で体を浮きあがらせようとしたが、十センチも体が浮き上がらない状態でうちに強い衝撃を食らった。

「あぐぅ…!?」

 他の誰かからの攻撃かと思ったが違う。乾いた木材に私がぶつかったことで木が叩き折れた音がして、それによってわかった。

 木材が折れる音と骨が折れる音は似ていないこともないため、骨が折れたのかと少し驚いたがそんなこともなく、腹がめちゃくちゃ痛い以外は特に問題はなさそうだ。

 問題があるとしたら状況だ。今私がぶつかったのは民家の壁であり、村の端ではあるが村に到着したということとなる。

 霊夢と合流できたことを喜ぶべきか、異次元早苗の出現。異次元霊夢と異次元咲夜以外に異次元早苗もいたことに焦ればいいのかよくわからないな。

 壁に少しだけめり込んでいる体を抜け出させるために壁に手をつき、力任せに出ようとすると折れた木材のギザギザの断面に服の繊維がひっかがるが無視して抜け出した。

 勢いをつけすぎて体が前に飛びだして四つん這いになってしまい、無防備な姿をいつまでも晒せずにすぐに立ち上がろうとするが、腹などへ度々の攻撃により足が少しだけふらついてしまう。

「……畜生…こんな時に…!」

 後ろに少しだけ下がって壁に寄りかかり、小さく震えている足に魔力を送り込んで回復させ、震えを無理やり止めようとしていると私を蹴り飛ばした異次元早苗が目の前で立ち止まった。私が逃げ出そうとしたらいつでも対処できるようにお祓い棒を握りしめていたが、

「さて」

 異次元早苗が小さくつぶやくと右手に持ったお祓い棒をしまうと、いきなり私までの距離を詰めて胸倉を掴む。

 胸倉を掴まれた私が掴んだ手を離させようともがく前に、異次元早苗は握った拳で私の顔をぶん殴った。

「ぐうっ…!?」

 向かってきた拳が頬にめり込み、その威力に顔が右側へと跳ね飛ばされる。口の中が殴られた影響で切れたらしく、うっすらと血の味がする。

 異次元早苗の二回目のパンチはわき腹にめり込む、肋骨が変形してその内側にある肺を圧迫、空気が口から悲鳴として漏れ出した。

「があ…っ!?」

 下から突き上げらえる衝撃に内臓を直接攻撃されているのかと錯覚するほどの痛みに、体が言うことを聞かない。

 異次元早苗のいやらしく笑う顔が目の前にあり、その後方から勢いをつけてきた拳が眉間に叩き込まれ、顔が上に跳ね飛ばされた。

 このままでは一方的にやられてしまう、殴られてクラクラしてきた頭をフルに回転させて拳を握り、異次元早苗へと殴りかかる。

 異次元早苗も私が殴りかかる間に殴る準備ができていたが今回は私の方が速く、異次元早苗の拳は私よりも一歩遅れて突き出される。私の拳が減速し、遅れてきていたはずの異次元早苗の拳が初めに側頭部に直撃した。

「ぐあぁっ!!」

 頭にダメージを負ったことで後ろにのけぞりかけるが、掴まれている胸倉を引き寄せられてもう一度殴られてしまう。異次元早苗が手を離したことで後ろに倒れかけるが、ギリギリで持ち直して何とか倒れずに済んだ。

 唇の血管が切れ、そこから漏れてきた生暖かい血が空気に触れて少しずつ熱が奪われて冷えていき、それが私の唇の端からダラッとこぼれる。私の想像よりも唇の傷は深そうだ。

 よろけた私が完全に立て直すよりもはるかに早くに異次元早苗が私に走り寄り、取り出したお祓い棒で殴りかかって来る。

「っ…!?」

 明らかに遅いタイミングで防御の体勢に入ろうとした私の鼻のあたりにお祓い棒の先がめり込むはずだったが、腕を掲げて動かし、直後でその動きが停止しているのだ。

 フェイントではない、この有利な状況でフェイントをかけるメリットなどは無い。理由は異次元早苗の後方ではためいている白と青の巫女服を着た女性、早苗がお祓い棒で殴りかかってきていたからだ。

「無駄なことを!」

 そう言った異次元早苗の手前でお祓い棒が減速し、威力の無くなった状態で異次元早苗にポンっと触れる。奴は振り向いて口角を吊り上げて嗤った。

 異次元早苗は私をさっきまでいた壁の方に突き飛ばし、後方にいた早苗のお祓い棒を持つ手を弾き飛ばして無防備となった彼女の胸倉を掴むと、私の方に向かって早苗を投擲してくる。

「うあっ!?」

 数メートルという短い距離ということもあって、早苗も受け身を取ったり魔力操作で立て直す暇もなく私に正面から激突した。突き飛ばされていた私に自分と同じかそれ以上の重量があるものを受け止めることなどできず、後方の壁へと押し付けられた。

 私がぶつかっていたことで耐久度が低下していたらしく、薄くはない壁をあっさりと突き破ってしまうと無人で妹紅の炎が燃え移り、壁や天井、一部の床などが燃えている家の中を転がる。なんとか燃えていない床の上で止まることはできたが、炎のむせ返る熱に私は顔をしかめた。

「ぐ…っ……う…っ……!!」

 早苗がぶつかってきた衝撃で胸と背中を打ち、それがズキズキといつまでも尾を引いていたい。

 上に覆いかぶさっていた早苗がすぐに立ち上がり、お祓い棒を握りしめて異次元早苗の方へと走り出そうとする。

 自分にのしかかっていた物が無くなったことで、私も彼女に続いて胸を抑えたまま立ち上がり、異次元早苗に向かって行こうとする早苗に手を伸ばした。

「待てよ、早苗!」

 立ち上がっている最中で体のバランスを崩しかけるが、早苗が私の手の届かない範囲へと言ってしまう前に、彼女の手を何とかつかむことができた。

「なんですか?…離してもらってもいいですか?」

 口調はいつもの早苗だが怒りの込められた声と鋭い目つきに掴んだ手を緩めそうになるが、しっかりと掴み直す。

「奴に突っ込まない方がいいぜ。もう少し様子を見て遠距離で攻撃していった方が今のところは安全だ。奴の奇跡を起こす程度の能力が作用している間では、近接戦闘を挑んだところでダメージを与えることができないからな」

「わかっています。魔理沙さんは関係がないんですから引っ込んでいてください。あいつは私が殺します」

 早苗は私が掴んでいた手を無理やり振り払おうと、腕に力を籠めるがその手を掴んだまま私は離さない。

「わかってない。お前が本当にわかっているなら、初手に近接戦闘なんて挑まないはずだ。確実に倒すのなら、遠回りでも安全な策をうつはずだからな」

 早苗が異次元早苗の場所に現れたということは、奴を追ってきたか奴を見つけたから来たということだろう。時間の差からして奴を見つけたから来たはずだ。ということは近づいてきている間はずっと私と異次元早苗の戦いを見ているはずなのに、奴はわざわざ近接戦闘を仕掛けた。冷静ではないだろう。

「それに、こいつらは私のせいでこっちに来たんだ。関係がないわけではない。首は突っ込ませてもらうぜ」

 私がそう言って早苗の掴んでいる手を離すと、彼女はそれについて反論しようと口を開くが、論争はここまでのようだ。

 私たちが突っ込んできた壁にある穴から真っ白く、直径が20センチはある球体がこっちに向かって突っ込んできた。

「っ!」

 早苗がお祓い棒を構えて異次元早苗のはなった弾幕の射線上に立って迎撃しようとするが、その前に割り込んだ私が弾幕に向かって手を伸ばし、手先に手中させた魔力を凝縮してレーザーに変換するのではなく、そのまま大量の魔力を瞬間的に放出する。

 その直後、私の魔力に当てられた異次元早苗の弾幕が瞬き、四方八方に爆発の衝撃をまき散らす。早苗との会話で魔力をろくに集めていなかったこともあり、出力が低くて相殺することができない。

 爆風が伸ばした手と全身を叩き、衝撃と爆風の強さは私と後方にいる早苗も含めて体を浮き上がらせるのには十分以上で、早苗を巻き込んで後方へと吹き飛ばされた。

 




多分五日から一週間後に次を投稿します。

進みが悪いですなぁ。と我ながら思う…今日この頃。


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東方繋華傷 第五十一話 敵にとっての脅威

自由気ままに好き勝手にやっています!

それでもいいよ!
という方は第五十一話をお楽しみください!


 真っ白でわずかに光を放っていた一発の弾幕が瞬き爆発した。魔力を放出して相殺をしようとしたがこちらの出力が爆風の破壊力を下回り、予想以上に強い爆風に後方に吹き飛ばされた。

「うぁっ…!!?」

 爆風の衝撃と火災で木の柱や壁が炭化し、壊れやすくなっていてそこを早苗と一緒に突き破り、外へと飛びだす。

 足を爆風ですくわれたが今回は立っていた状態からであったため、空中で体のバランスを魔力などを使って立て直し、その状態を保って地面に着地した。

 異次元早苗が追撃でこっちに突っ込んでくる前にそちら側にレーザーを放とうとすると左側から飛んできた棒状の物が頭にぶつかってくる。

 攻撃かと体がこわばるが攻撃にしては威力がなさすぎる。それにその棒状の物からよくわからない液体が飛びだし、顔がそれで濡れてしまう。

 顔を拭おうとした私はその液体のついた部分から、むっとむせ返る血の匂いが匂ってくるのに気が付いた。異次元早苗にレーザーを撃つのも忘れ、頭にぶつかってきて落ちて行く物を手を出して受け止めると、それは真っ白で血の気のない人間の左腕だった。

「うわあああぁぁぁっ!!?」

 驚いて手に持っていた腕を落としてしまう。二の腕のあたりまでしかない腕の断面は刃物で切断されたというよりは、質量のある武器で殴られて衝撃に耐えきれずに千切れたか腕を掴まれて無理やり引きちぎられた。そんな傷だ。

 つまり、これは咲夜と異次元咲夜の腕ではない。ナイフの切り裂いた断面ならばもっと綺麗だ。異次元霊夢かそいつと戦っている霊夢たちの中の誰かである。霊夢の腕ではないかと心配になるがその腕は彼女にしては手が大きく指の形も違う。何より少し筋肉質で妹紅の腕である可能性が最も高い。

「早苗、一度霊夢たちと合流しよう」

「お断りします。行くなら一人でお願いします」

 私がそう提案するが早苗は考える仕草も様子も見せずにきっぱりと断る。そうしていると異次元早苗は私たちが通ってきた半壊した家の中に入ってきたらしく、ぱちぱちと焼けて乾いた木がはじける音に紛れて一定の間隔で木が軋む音が聞こえてくる。確実に奴の足音だ。

「だめだ、奇跡を起こす程度の能力で奴にダメージは与えられない。今向かって行っても絶対に負ける。だから今は退け、勝ちに急げば仇の前にお前が死ぬことになるぜ?」

 顔にこびり付いてた妹紅の鮮血を拭い、肩から下げていたバックから閃光瓶とは違う瓶を取り出して、蓋の取っ手を掴んで瓶本体には触れずに異次元早苗がいるだろう民家の中に投げ入れる形で腕を振ると、瓶の蓋が取れて本体だけが飛んでいく。

 気圧の高低で真空状態にある瓶内部に空気が流れ込み、中身の物質に反応して閃光瓶の時にはなかった大爆発が民家の中で起こる。

 弾幕の爆発にはギリギリで耐えることができてはいたが、爆発は二回目とあって爆発瓶の爆発には耐えることができず、一部の壁と大黒柱を吹き飛ばしたらしく爆風が内側からわずかに家を膨れ上がらせると、屋根を支えるだけの支柱がなかったらしくそのままぐしゃりと潰れた。

 これで少しは時間が稼げるはずだ。

「今のうちに行くぞ!」

 私が走り始めようとするが崩れ落ちた家から早苗は離れようとはしない。

「私のことは放っておいてください。私は私でやるので」

「早苗、仇を取るのが大切なのはわからんでもないぜ。でも、確実に仇を取りたいのならば回り道をしろ。…勝ちを急げば、私たちが負ける!…だから今は退け、わかるな?」

 立っている早苗の胸倉を掴んでそういうと彼女は恨めしそうな顔をして崩れた家の方を見ると、一部の屋根が破壊され始めた。

「…」

「それに、霊夢ならこいつに有効な攻撃手段を思いつくかもしれないぜ?正直なところ、私はお手上げな状態だからな…。…でも……さっきは強く言ったが、何か策があるのなら私の余計なお世話だったな」

 いつまでも動き出さない早苗にそう告げて、掴んでいた彼女の胸倉を離して私は妹紅の腕が飛んできた方向に向かって走り出した。早苗はその場で異次元早苗が出てくるのを待っているのを見ると何か策がある、らしい。本当のところはわからないがな。

 妹紅と霊夢は協力をして戦っていた、どちらかに会えれば必然的にもう片方にも会えるだろう。

 家の壁であまり見通しがきかない。跳躍して屋根の上へと飛びあがり、正確な霊夢の位置を確認した。

 屋根の上から見える前方に見える人影は2人で霊夢と異次元霊夢が向き合い、お祓い棒と針を撃ちあっているが妹紅の姿がない。私が異次元早苗の相手をしているうちにどこかに吹き飛ばされたのだろう。心配ではあるが不死身だし、彼女自身も弱いわけではないから大丈夫だろう。

 私は見える範囲にいて戦っている霊夢に全集中力を傾け、援護にかかる。動いて戦う彼女らに合わせて自分の最も得意な距離間を保つ。

 霊夢が踏み込み、異次元霊夢にお祓い棒を打ち込む。異次元霊夢はそれをはじき返して反撃へと移っていく。どちらも今のところは互角に戦っているように見えるが、異次元霊夢だけに限らないが、奴らはまだ隠し玉を持っている。そんな風に見える。

 霊夢が後ろへと下がって異次元霊夢の攻撃に備えようとしているが、彼女の動きを読んだ私がレーザーを放つと、それが霊夢の足と足の間をすり抜けて異次元霊夢の踏み込んでいた右足を貫いた。

 惜しい。足を貫いたように見えたが異次元霊夢が足を横にずらし、自身も横に移動していたらしく、目標から十センチ程度離れた場所をレーザーが通過する。

 昼だったらレーザーの光は見えにくく、今の射撃は当たらなかったかもしれないが周りで燃えている炎と違う色ということもあってそれがよく目立つ。踏み込んでいる最中だというのにレーザーをかわした。本当に厄介な相手だ。

 不意打ちだったと思うがこれはマイナスなことだけではない。さっきは押されていたが私が霊夢と合流したことで異次元霊夢の攻撃する手が弱まる。

 それがあらわすのは下手に大振りで攻撃すれば私に貫かれるか、そうでなくてもレーザーをかわした隙で霊夢に攻撃を受けるから、下手に攻撃ができない。

 そして、攻撃をすればやられると察知して攻撃の手を緩めたということは、私と霊夢が手を組んで戦うことが奴にとっては脅威と認識されたということに他ならない。

 私と霊夢が脅威と異次元霊夢に察知されて奴が警戒を始めたということは初めは私たちの様子を見るはずだろう。全力で行っても防御に徹している異次元霊夢にダメージを負わせるのは難しいだろう。

 ならば、こちらも異次元霊夢の様子を見てどういった戦法で来るのを見極めてその都度に対策していくのがいいだろう。だが、時間自体はあまりなさそうだ。後方の私が崩した家の屋根が粉々に破壊され、異次元早苗がその下から飛び出した。

 前方にいる霊夢たちを跨いで数十メートル先で咲夜が異次元咲夜と交戦中だが、様子を見るにあまり好ましくない状況そうだ。接近戦はあまりやってはいないがそれでも咲夜の戦い方を見ていると冷や冷やする。あれではいつまで戦い続けられるかわからない。

 両手に魔力を溜め、後ろと前方で戦っている異次元早苗と異次元咲夜に狙いを同時に定め、前後に向けている両手から凝縮させた魔力をレーザーに変換し、射撃した。

 咲夜と早苗にレーザーが当たっていないことだけを確認し、異次元早苗と異次元咲夜にどう当たってどのように対処されたのか、などは見ずに私は屋根から屋根へ飛び移り、すぐに手のひらに溜めていた魔力を変換して射撃を行う。霊夢の首筋をスレスレで飛んでいったレーザーが屋根から斜めの角度となり、異次元霊夢の胸元に向かう。

 霊夢に合わせた攻撃に異次元霊夢は右手に持っていた針をレーザーに向けて投擲、拳を握った左手で霊夢が振り下ろしたお祓い棒を殴る。

 魔力の込められた針がレーザーを撃ち消し、拳が霊夢のお祓い棒をはじき返す。霊夢に小さな隙が生まれるが異次元霊夢はそれ以上の攻撃をしようとはしない。すでに第二射の準備が整っていた私に撃たれるとわかっていたからだ。

「鬱陶しいわねぇ…!!」

 異次元霊夢が新たに出した針を私に投擲してくるが、霊夢が奴の腕を上から叩いてくれたおかげで私に直撃するはずだった針の軌道が下向きに少しずれる。

 ほんの少しの角度ずれても距離が離れれば大幅なずれとなる。足元の屋根に突き刺さった針に込められた魔力が作用し、魔力が放出されてそこから爆発が起こる。手榴弾などのように破片でダメージを負わせるなどの類ではなかったが、爆発により肺が爆風で圧迫されて息が詰まる。

 呼吸をすることがほんのわずかな時間できず、それに意識が向いてしまったことで足元に大きな穴ができていることに気が付かず、そのまま家の中へと滑り落ちてしまう。

「うわぁっ!?」

 たった数メートルの高さから床に落ちただけだというのに、予想していなかったことが重なって床に打ち付けた肩が思っていたよりも痛い。

 それでも痛がっている暇もなく、肩が痛むのも無視して爆発の余波で割れて、妹紅の炎に当てられたのか若干溶けたガラスがある窓から飛びだそうとした。

 だが目の前に映し出された景色は、戦っている霊夢と異次元霊夢たちや燃えている家などではなく、絵具で塗りつぶしたような白が視界いっぱいに広がっている。

「…え…?」

 幻覚でも見ているのかと思ったが違う、視界の本当の端っこには窓を乗り越えようとしていたときの内壁の塗装が見えている。目の前にあるのは、弾幕だ。

 そう分かったとき、目の前の十数センチ程度の大きさがあった弾幕が十分の一以下の大きさに収縮して大爆発を起こした。

 




五日から一週間後に次を投稿すると思います。

読みづらかったら申し訳ないです。


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東方繋華傷 第五十二話 裏切り

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は第五十二話をお楽しみください!


 鈍器で殴られるのと大差ない爆発の衝撃が頭に伝わり、意識がはっきりとしない。夢と現実の境界にいるようにぼんやりとした意識の中で民家の天井を見上げたまま私は倒れていた。

 弾幕の爆発によって埃やチリなどが燃え、それ等の煤が顔にこびり付いているのか焦げた匂いがいつまでも鼻につく。もしかしたら私の顔が焦げているのかもしれない、そう思ったがそれにしては痛みが少なすぎるし、皮膚が焦げるほどの爆発の炎も発生していなかった。ということは、手加減されたということだろうか。

 短い時間ではあるが時間をかけてようやく意識をはっきりさせた私は、倒れた状態から体を起き上がらせる。

 爆発から身を守ろうととっさに手をガードに使ったが、特に指が無くなっているなどの問題はなさそうだ。

 ぎゅっと手を握るが問題なく力を籠めることができ、私は立ち上がった。体を軽く動かしてみるが、頭から足の指先まで異常は無い。戦いは続行可能だ。

 手先に魔力を溜め霊夢の援護に戻ろうとさっき出ようとしていた半壊した窓に向かおうとするが、家のいたるところから木の軋む嫌な音が聞こえてくる。

「………ん?」

 嫌な予感がして上を見上げると、爆発には耐えたが自重に耐えられなくなった民家の屋根などが崩壊をはじめ、自分がいた位置の丁度真上に位置していた屋根の一部が崩れ落ちて数十キロはある柱が私に向かって落下してきた。

「ちょっ!?」

 勢い良く振ってきた柱が床の板を突き破って地面に突き刺さる。前に飛びのいていたことで直撃することは避けられた。だが、今の柱が落ちたことに拍車をかけて民家の崩壊が加速していく。

 早く出なければ屋根と地面に挟まれてサンドイッチにみたいになっちまう。足に魔力を籠め、少しでも早く走れるようにして走り出した。

 今度は目の前に柱が落ちてくるがさっきよりも細い柱であり、それを叩き折ってそのまま走り続ける。軋む音が大きくなっていき、家を支えていた大黒柱が半ばからへし折れると支えを失った屋根が落下し始めた。小さい木片などは無視して屋根の重量で歪み、潰れ始めた窓から外へと飛びだした。

 肩から地面を転がってジャンプの勢いを緩和させ、背中から足へと地面に触れている部分が移り変わり、足の筋力を使ってそのまま立ち上がると後方で民家が完全に潰れる音が聞こえてくる。

 手先に魔力を溜め、霊夢の援護に戻ると金属同士をぶつけているのとあまり変わらない打撃音が何度も響き、そのたびに霊夢たちの周りにちびちってキラキラと綺麗な塵が周りを漂っている。

 そこの中央で戦っている霊夢らの動きは、私が真似をしようとしたら手足が絡まってしまうだろうという動きと速度で動いている。二人の動きを見ていると次にどう動くのか予想ができなかったが、見る対象を霊夢一人だけに絞ると予想は容易くなった。

「霊夢、いつも通りに戦え!私が合わせるぜ!」

 威力はだいぶ低くなるが速射をすることができる方式へと射撃を変え、異次元霊夢へと狙いを定める。

 霊夢の戦う速度がいつも援護している時よりも早く、前進と後退、場所の入れ替えを繰り替えし、さらに左右にも動いていて一歩間違えれば霊夢にレーザーが当たることになる。

 だが、私はこれでも霊夢とは十年の付き合いで、彼女とずっと一緒だったわけではないがそれでも一緒に修羅場を何度もかいくぐってきたし、死にそうになった経験も両手じゃあ数えきれない。それ故に霊夢の次にする攻撃は手に取るようにわかる。

 レーザーを掌に溜め、霊夢の斜め上からの攻撃に対して私は異次元霊夢の足にレーザーを放つ。足にダメージを負えばのちの戦闘に支障が出る、異次元霊夢は足の位置をずらしてレーザーをかわしたが、足の位置をずらしたことで霊夢の攻撃に対して踏ん張りがきかずに体の体勢を崩す。

「ぐっ…!?」

 異次元霊夢は霊夢に追撃させないつもりなのだろう。バランスを崩した普通なら考えられない体勢で針を投げつける。

 上半身が後ろに傾いた状態だったというのに、異次元霊夢の投擲した針は霊夢の額へと一直線に飛んでいく。さすがは向こうで博麗の巫女をしていただけはある。

 霊夢も少しだけ驚いた顔をしたすぐにその表情が消え、かわそうともせずに異次元霊夢へと突き進んでいく。

 まあ、そうだろう。私が撃ち落とすからな。かわすなんて無駄な動きをしないのは当たり前だ。私が放ったレーザーは寸分の狂いもなく針のど真ん中を貫き、射線を大きくずらした。

 霊夢に当たることなく飛んでいった針を見ることもなく彼女は走り、隙を見せている異次元霊夢の腹に二度お祓い棒を叩き込む。

「うぐっ!?」

 異次元霊夢がうめいてさらに体勢を崩すがあの状況でも体を捻ってお祓い棒の攻撃をわずかに受け流していたらしく、倒れるほどではない。

 私が今度は異次元霊夢の頭に向けてレーザーを放つと、レーザーを魔力で強化した右手の拳で打ち消された。破壊された魔力が霧散して消えていく。

 私の攻撃は失敗したが、霊夢の攻撃までの時間稼ぎにはなった。霊夢が自分に向かってくるはずだった左手の拳を攻撃暖気に入る前に叩き落し、異次元霊夢の懐に潜り込む。

 顔に一度、胸に二度、わき腹を打ち上げるように一度ずつお祓い棒を流れる動作で霊夢は打ち込んでいく。

「がぁぁっ!?」

 さすがの異次元霊夢もすべての攻撃を受け流すことは無理だったらしく、わき腹に叩き込まれたお祓い棒によって後方にぶっ飛ばされた。

 今までの敵ならここで勝負ありだっただろう。異次元霊夢はやはりその部類の奴ではなく、空中で立て直すと普通に地面に着地する。

 有利に事が運んでいるのはいいことだが、何だろうかこの嫌な予感は…、今回は私たちが全力で力を合わせていて異次元霊夢も本気を出せないからだろうが、なんだか異次元霊夢の実力はこんなものではなかった気がするのだ。

 ズザザッと地面についた異次元霊夢の足から二本の線が出来上がる。数十センチ後退したところでそれがようやく止まり、彼女は口の中で霊夢が殴ったことで出血したらしく血の混じった唾液を吐き捨て、殴られたわき腹を抑えて私たちを睨む。

「おいおい、睨むことは無いんじゃあないか?これが私たちの戦い方なんだぜ?お前だって自分が囮になっているうちに他の誰かを殺す作戦だったんだろう?私たちだってこれが作戦なんだ。今更2対1が卑怯だなんて言うつもりじゃあないよな?」

 私がそう言うと異次元霊夢は口元を拭っていたが、口の端をニヤリと釣り上げて愉快そうに笑った。

「もちろんよぉ、卑怯だなんて言うつもりは全くないわぁ。だから、これも卑怯にはならないわよねぇ?」

 異次元霊夢が手首に付けていた腕時計を見ると、上に向けて弾幕を一発だけ放つ。私たちは何が起こるのかと警戒をして構えるが、放たれた弾幕は数十メートル上空で音を立てて爆発する。

 一見なんてことはないただの弾幕にしか見えないが、奴らは何をするかわからない。異次元霊夢を警戒するが特に目立った動きは無いように見える。攻撃が目的ではないということか?

「…」

 周りの警戒も始めたころ、異次元咲夜がいた方向から物を破壊する音が聞こえ始める。他の連中を呼び寄せたということか。

 私が思っていた通り、後方の早苗がいた方向からも壁などを破壊する音が聞こえてくる。私は霊夢に走り寄り、背中合わせに立って前方と後方を同時にカバーできるようにした。

 数メートル先の民家の壁が突き破られ、白の巫女服と緑色の髪の毛が目に飛び込んできて、私は手先に魔力を集中させた。

 後方からもさらに異次元咲夜が迫ってきているのか、壁を破壊する音がさっきよりも強く感じその破壊音が響いてきている。私は目の前に来ている異次元早苗に向けてレーザーを放とうとした。だが、木片に混じって見える異次元早苗の姿に違和感がある。

 胸元にあったはずの古傷がない、彼女はこっちの世界の早苗だ。気が付くのが少し遅く、レーザーに変換していてあとは撃つだけという段階であり、そこから凝縮された魔力を元に戻すのはとても時間がかかる。私はレーザーを上空に向けて放つ。

 危なかった。もう少し気が付くのが遅かったら早苗に向けてレーザーを放っていた。若干冷や汗をかいたが、こっちにまで吹っ飛んできた早苗を空中で受け止め、彼女が出て来た穴に向かって再度手先に溜めた魔力をレーザーに変換して放った。

 姿は見えなかったが牽制程度の気持ちではなつと、異次元早苗の顔をスレスレで飛んでいき、当たることは無かったが奴に近づくとレーザーは勝手に魔力の塵となって消えていく。

「くそが…!」

 もう一度異次元早苗に対してレーザーを放とうとするが、穴から出て来た早苗は私たちには攻撃することなく周りを回って異次元霊夢のそばに立つ。

「く…そ……っ!」

 ボロボロの早苗は私の手を振りほどいて異次元早苗に向かって走って行こうとするが、奴らが何かをするつもりなのは明白で、振りほどかれないように早苗の手首をしっかりと掴む。

 そうしているうちに前方の家から吹き飛ばされてきた咲夜を霊夢が受け止め、奴に向かって行こうとしているのを必死に抑えている。

「さてとぉ、それじゃあそろそろ時間だし帰るとするわぁ」

 異次元霊夢は再度腕時計に目を落として時間を確認すると、私たちにそう言った。

「逃がすわけが、…ないでしょうが…!!」

 擦り傷と銀ナイフの生傷だらけの咲夜が霊夢に抑えられていない方の手で銀ナイフを取り出し、私が脇の下に手を回して押さえつけている早苗は札やお祓い棒を構えていて、私と霊夢がいなければ奴らに飛び付いていることだろう。

 だが行かせてはならない、なぜなら異次元霊夢の上空に飛ばした弾幕の合図で交戦していた異次元早苗と異次元咲夜は、相手を吹っ飛ばしてこちらにやってきた。そうするほどの余裕があったということだ。そんな奴らに今は突っ込ませちゃあならない。

「二人とも落ち着け、今行っても勝てないことぐらいわかるだろ!?」

 私が二人に叫ぶが彼女らの耳には届いていないようだ。むしろ押さえつけている私たちにまで牙をむいてきそうな勢いだ。

 奴らへの警戒も忘れずに異次元霊夢たちの方向を見ると、異次元霊夢が異次元咲夜に何かを呟く。すると、異次元咲夜の姿がふっと消え去った。

「っ!?」

 時を止め手での移動をしたのだ。移動をしたというのならいったいどこに移動したんだ。周りを見ようとした私に霊夢の叫び声が聞こえてくる。

「…魔理沙!後ろ!!」

 顔を横に傾けていた私の視界の端で何かが動く、異次元咲夜は押さえつけている早苗ごと私を後方からぶっ飛ばす。

 とっさに早苗を掴んでいる手を緩めていたことで、早苗は私に少しだけ引っ張られるぐらいで吹っ飛ばされることは無かったようだ。

 異次元咲夜は私を銀ナイフで切ったのではなく、思い切り蹴り飛ばしたらしく切られたとはまた違う痛みが私を襲ってくる。背骨が折れていないのが奇跡ではないかと思うほどに強い衝撃、意識が飛びそうになった。

「………っ!!!?」

 叫び声などをあげれないほどで、いつもなら受け身を取るか魔力で体を浮き上がらせて体勢を立て直す余裕があったことだろう。だが後ろからの奇襲に違い攻撃でそれをすることができない。

 前のめりになって霊夢たちと異次元霊夢たちの間に位置する当たりの地面に倒れ込んでしまう。起き上がろうとしても体が痙攣して思うように動いてくれない。

「っ……ああっ……!!?」

 異次元霊夢たちがいる前方に意識が集中していて、後ろからという思いもよらない場所からの攻撃に防御する暇もなくモロに食らってしまった。

 ようやく発せた言葉も意味を持つものではなく、背中からの攻撃だというのに胃などの内臓にもダメージが届いているらしく、胃から込みあがってきた血を我慢できずに吐き出すと、地面に真っ赤な液体が小さく飛び散る。

「ぐ…う……っ!」

 背中の痛みが引かず、起き上がることもできない。後方から霊夢が私の名を叫んで走り寄ってこようとしているのを感じた。

 私が吹き飛ばされたことで少しは冷静になったのか、異次元早苗たちに咲夜たちは突っ込んでいこうとはしない。

 霊夢が私の近づいてきて私に触れようとすると、異次元霊夢が彼女に針を投擲し、近くに来れないように牽制をかける。

「魔理沙ぁ、さっき言ったわよねぇ?2対1でも卑怯だなんて言うなってぇ。ならぁ、これも卑怯にはならないわよねぇ?」

 異次元霊夢がそう言うと小さく笑い、巫女服の内ポケットから何かを出してそれをつかおうとしている。

「何を…する……つもりだ…!」

 出血が止まっていないのか、また血が胃の収縮によって押し出されて込みあがってくるがそれを抑え込み、地面に這いつくばっていた私はようやく立ち上がって異次元霊夢に言った。

「食らえばわかるわぁ…。楽しんでねぇ?」

 小さく微笑んだ異次元霊夢は懐から取り出したスペルカードに魔力を流し込んでしまう。魔力を流す前なら破壊してスペルカードの発動を止められたが、少ない量でも流されてしまえば破壊した時点でスペルカードが発動してしまう。

「…くそ……!!」

 立ち上がった私はすぐに異次元霊夢に向かって走る。魔力を流したスペルカードには流されている魔力とは違う魔力を流し、起動しているプログラムを不安定にさせて消滅させる方法がある。あることにはあるが、私がそれをする前に異次元霊夢は持っていたスペルカードを頭の上に掲げてしまう。

 異次元霊夢がカードを握りつぶすと、そこを中心にして目に見える空振に似た衝撃波が発生する。そういう攻撃方法なのかと思ったが衝撃は無く、通り過ぎる。そして、異次元霊夢の頭の上にできたいくつかの光る球体が形成され、私に向かって飛んできた。魔力の強い凝縮が見られ、それらが持つ高エネルギーによって当たったら爆発するタイプの弾幕だ。

「っ!!」

 手先に溜めていた魔力を分割し、光の球体を作り出してそれぞれから異次元霊夢が飛ばしてきた夢想封印によく似ている弾幕に向かってレーザーを放つ。

 いくつかの球体を貫くとそれが爆発を起こし、周りの球体へと誘爆していき、私たちのところに到達した弾幕は無くなった。

「…?何を、したかったんだ…?」

 奴が放ったスペルカードにしてはぬるすぎる。自分たちが帰るときに私たちを近寄らせないための弾幕だったのだろう。

 爆発の影響で砂煙が舞い上がり、奴らの姿は確認できないがうっすらと薄くなり始めた砂煙の中で異次元霊夢の声が聞こえてくる。

「さあねぇ、まあぁ、死なないように頑張ってねぇ」

 異次元霊夢はそう言うと異次元早苗と異次元咲夜を連れてどこかへと飛んでいく。何をしたかったのかは知らないが、奴らはまた来る。今のうちにダメージを与えなければ。

「霊夢!奴らを…」

 追おう。そう言おうとした私の頭部へと強い衝撃が襲ってくる。首が千切れそうになるが、頭の動きに引っ張られるように体がついてきて辛うじて頭だけが飛んでいかずには済んだ。

 地面に体のあらゆる場所をぶつけ、止まることができずにゴロゴロと転がっていく。敵がいなくなって完全に警戒していなかった方向からの攻撃に、どこからされて誰が攻撃をしたのか理解できなかった。

「がぁっ…!?…ああああああああああああっ!!?」

 家の壁を何度も突き破り、何十メートルも転がってからようやく体に減速が感じられ、摩擦で体の進むスピードが下がり、完全に止まるために更に十数メートルの距離を転がった。

「ぐ…ぅ……っ…!!?」

 殴られた側頭部から頭が割れそうで、手で頭を抱えて気を失わないようにうずくまったまま意識を保とうとするが、痛みが大きくなっていって意識が飛びそうだ。

「う…ぐぅ…っ……!?」

 大量の魔力を頭に回し、残っているダメージに耐えられるように体をできる限り強化して意識を保った。

「…っくそ……!…なんだっていうんだ!?」

 頭部の痛みが引き、頭痛のする頭を上げて自分が来た方向を見ると、誰が私を殴ったのかがすぐにわかった。

「……なん……で……?」

 彼女の姿を見て私の頭の中は真っ白になって働かなくなってしまう。赤と白色の巫女服に、手に傷跡のないお祓い棒を握っている博麗霊夢が私に向かって得物を振り下ろしていたのだ。

 




五日から一週間後に次を投稿すると思います。


ようやく第二章の三分の一に行ったか行かないか、もう少し投稿ペースを上げたいですねぇ…


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東方繋華傷 第五十三話 裏切られる

自由気ままに好き勝手にやっちゃってます。

それでもいいよ!
という心の広い方は第五十三話をお楽しみください!


 ブオンと空気を唸らせたお祓い棒が私の頭部を正面からぶん殴り、吹き飛ばした。できる限り体を強化していなければ今の一撃で気を失っていたことだろう。

 頭を地面に打ち、足を木にぶつけて通りすぎていく木の木片や枝で腕などをひっかき、肩を壁にぶつけて破壊していく。

 ズザザザザッ!!

 全身を砂だらけにし、何度も地面に体を打ち付けた。博麗神社から私たちは来たが、その方向からしたら別方向に吹っ飛ばされ、村に比較的近い位置にある魔法の森の入り口にある木を何本かなぎ倒し、それらの枝や葉っぱなどにひっかがったことで大きく減速、ようやく体が地面の上で静止した。

「あ…ぐ……っ…!?」

 なぜ?という言葉が頭の中から離れない。霊夢が私に攻撃するなんて、ありえない。と、しかしその考えはすぐに否定された。

 彼女は私に一緒に戦って生き残ろうと言ったが、初めから一緒に戦うつもりなどが無ければありえない話ではない。

 異次元霊夢たちが去ろうとした時にすぐに攻撃を加えてきた。そのタイミングの良さから霊夢が奴ら側に寝返っているという可能性が一番高そうだ。

 霊夢に、裏切られた。私の全身を精神も含めて負の感情、いわゆる絶望によって包み込まれる。一番信頼して、一番信用していた人間が自分を裏切り、何の迷いもなく敵意を向けて来たのだ。絶望せずにはいられないだろう。

 絶望以外に悲しみで涙が目に溢れてくることもなく、裏切られた怒りで戦おうとする意志も湧き上がることもなく、どうしようもなくなり笑いがこみ上げてくることもない。体を地面から起き上がらせて、殴ってきた彼女の方向を見ていた私は、ただただ放心した。

「かはっ…!」

 込み上げてきた血を吐き出してしまい、足元の地面が赤く染まる。そして遅れて頭部への痛みがやってきて、頭の中で鐘が鳴っているように頭痛を感じ始めた。

 血を吐いて下を向いていたが顔を上げると、影が一つ突っ込んでくるのが辛うじて視認できた。暗闇でその姿は捉えにくいが突っ込んできているのは咲夜だ。

 彼女の両手に持っている銀ナイフが村で起こっている火災の光に反射し、オレンジ色に輝いているように見えたが、放心からまだまだ十分に立ち直れていなかった私は、咲夜に通り過ぎざまにぶった切られた。

「あっ…!?…がぁ…!?」

 わき腹が切り裂かれると血が傷口からダラダラとあふれ出し始め、抉り込む鋭い一撃に私は放心状態から我に返る。

 切られたわき腹をとっさに右手で押さえると、そこから漏れだしそうになっていた内臓をギリギリで押し返すことができたが、押し込んだことで痛みが発生し、強い電気でも流されている感覚で痺れてわき腹周辺の筋肉が痙攣をする。何かをしゃべることに意識を向けたら確実に意識が無くなることが何となくわかり、意識を保つことだけに集中して私はうずくまって地面に額をこすりつける。

「か…っ…!?…ああぁ……あ…ぐ……っ…!!」

 体を丸めてピクピクと痙攣している私の後ろから咲夜の足音が近づいてくるのを、無意識のうちに呻いていた私の声の合間に聞こえてくる。

 そうだとしても、今の私にできることなどは無い。迎撃しなければならないと頭ではわかっていても、傷を掴んでいない方の手には自然と力がこもって地面を掻き毟っていて、それを離させることもできない。

 咲夜が私の髪の毛を乱暴につかむと、髪が千切れるのや抜けるのもお構いなしに自分と同じ目線の高さにまで引き上げられた。

「いづ…っ!」

 足が地面から五センチほど離れ、足がブラブラと宙で揺れる。咲夜の掴む手を引き離そうとするが、腹を抑えている私の右手の上から魔力で形成されている銀ナイフを突き刺してくる。

「あぐぅ…!?…う…ぁ…っ……!!?」

 叫んだ私の顔に握った拳を咲夜に叩き込まれてしまう。殴られたのと同時に髪から手を離したらしく、頭に与えられた衝撃で頭が後ろに傾き、視界が上向きとなって追撃の動作を見逃してかわすことができない。

 ゴキッ!!

 左肩の位置に咲夜の蹴りがかまされ、吹き飛ばされて数メートル先にある木に背中から衝突した。空中でもみくちゃになってぶっ飛ばされていたため、銀ナイフが刺さっている体の方向が地面の方を向いていて、身体が落ち始めてきたころに受け身を取ろうとした。

 しかし、空中では体の自由というものはあまりきかず、地面に落ちるとわき腹に刺さっていた銀ナイフが土に押されて少しだけ体の内部に抉り込んできた。

「が…ぁぁぁっ……!!?」

 皮膚や皮下脂肪を貫き、胃などの内臓にまで銀ナイフが達しているらしく、生暖かくて胃液などと混ざり合ったのか粘調度のある血がこみ上げてきて、何度目か忘れてしまったがまた血を吐き出した。

 口の中が血と胃液の味で満たされて行って気持ち悪い、左手の袖で口元にべっとりとついていた血をぬぐい取り、血で濡れている銀ナイフを右手に持っている咲夜に向き直る。

「…」

 彼女に警戒したまま立ち上がろうとした私の耳に、咲夜が歩いてくる音以外の音が聞こえてきた。

 森の木々で音が複雑に何度も反響して方向はわかりづらいが、近づいてくる者の足音と草木をかき分けてくる音に合わせて少し右方向から誰かがやって来る。草木の間から私の見間違え出なければ緑色の髪に、暗くて確証はないが霊夢とは違うお祓い棒を持っていた。きているのは早苗だ。

 咲夜と早苗が同時とは言わないが交互にに襲ってきている。今の私では彼女らに十分に対処をすることなどできるわけもない。異次元の連中とは違って多少なりとも協調性はある。それもかなわない要因の一つである。

 肩から下げているバックから片手で、瓶の中で残っている閃光瓶を取り出そうとするが、走ってきている早苗の方が断然早い。

 走ってきていた早苗が急に木の後ろに隠れて姿を私から見えなくする。だが、早苗がしたかったのは隠れることなどではなく、彼女は目の前にある木を手に持っているお祓い棒でぶん殴った。らしく、木の幹がこちら側に大きく湾曲すると、木から地中に巡らせられている根っこが衝撃で引きちぎられ、土などが大量にこびりついている木が私に向かってぶっ飛んでくる。

 掌に溜めていた魔力を使い、最大出力のレーザーで三十センチ以上はある、回転して飛んできている木の幹を両断した。

 自分で殴った方が火力が出るというのに、わざわざ木を飛ばしてきたこの攻撃は陽動だ。私が木の幹の処理をしているうちに一気に近づき、後ろか横かわからないが攻撃する算段だったのだろう。

 両断した木の傍らが他の木にぶつかると、殴られて飛んできたとはいえ結構な速度だったらしく、粉々に砕けて木片が私に降り注ぐ。

 まだ少しだけ早苗が到着するまでの時間があり、咲夜の方を見ると立ち止まっていて、彼女は早苗の攻撃を邪魔する気はないらしく、腕組をして早苗が攻撃し終わるのを待っている。これは好都合だ。

 降ってきている木片に紛れて早苗が横方向から突っ込んでくる。早苗に正面から向き合って彼女の攻撃に備えようと右手を出そうとするが、右手は腹に縫い付けられていて正面に手を突き出すことができない。

 いつもの感覚で右手からレーザーを出して迎撃しようとしていたことで左手に魔力を送り出すことが遅れてしまう。左手に魔力を集めてレーザーを撃つのではなく強化するのに魔力を使うが、中途半端な上程で早苗のお祓い棒を素手でギリギリではあるが受け止めた。

 お祓い棒を受け止めた手の甲から、木の枝を折る乾いた音が空気を伝って外耳や中耳を通って鼓膜に届き、鼓膜を震わせて神経に伝わり、それが特定の音として認識される。骨が折れたらしい。感覚的に左手の小指のあたりの骨だ。

「ぐっ…!」

 右手を使って早苗を引き離したいが、今無理に右手ごとわき腹に刺さっている銀ナイフを引き抜けば、出血をせき止めている蓋が無くなり出血多量で間違いなく私は死に至る。その時間を引き延ばすためにも右手をこの傷口から離すわけにはいかない。

 だとすると、腕が圧倒的に足りない。早苗が私の手を弾き飛ばし、大きな隙のできていた私の顔にお祓い棒が叩き込まれた。鼻腔内の粘膜部分にダメージが入ったらしく、匂いに血の香りが混じる。しかし、振り切った一撃にしては軽すぎる。

 目を動かして早苗を見ると、一撃目が弱かったのは、体の体勢を崩させるのが目的だったらしく、次の二撃目はおそらく強烈な攻撃であるはずで、それを受けたらこの二人から逃げるのがさらに難しくなる。

 私は体の体勢が崩れたまま接近してきた早苗に手を伸ばして突き飛ばし、攻撃のモーションに入っていた彼女の予想よりも離れたらしく、振られたお祓い棒をかすめる程度にダメージを抑えた。

「…っ……くそ…!」

 それでもわき腹に刺さっている銀ナイフのせいで体が思うように動かせない。早苗を突き飛ばしたはいいが、体勢を崩している体を支えられることなどできず、地面に尻餅をついてしまう。

 振ったお祓い棒が半ば空振りとなっている早苗の怒りに染まっている表情が、目が見えた。怖い。今まで仲の良かった人物に敵意を向けらえることがここまで怖いことだとは思わなかった。

 正直泣き出したいところではあるが、泣いていればすぐに掴まり奴らに引き渡されてしまうだろう。それだけは絶対に嫌だ。

 頑張って、頑張って、最後まで頑張りぬいても死んでしまったのならば仕方がない。でも、裏切られたからと言って何もしないうちから匙を投げて泣いて、殺されれば私が生きてきたこの二十年間は本当に意味のないものになってしまう。そうならないためには私は戦わなければならない。

 私が何かをしようとしていると咲夜と早苗は感じ取ったらしく、それぞれの得物を構えて一緒に襲いかかって来る。だが、彼女らよりも早く動き出したのは私の方で、目を閉じて顔を背けつつ魔力で強化した閃光瓶を地面に叩きつけた。

 




一週間後ぐらいに次を投稿します。

できるだけこちらでも気を付けているのですが、見落としてしまって誤字があった場合には申し訳ございません。


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東方繋華傷 第五十四話 逃げる

自由気ままに好き勝手にやっています!

それでもいいよ!
という方は第五十四話をお楽しみください。


 地面に陶器を叩きつけたことでそれを掴んでいた手が、割れた破片によって浅くではあるが切り付けられ、出血する。しかし、それが気にならないほどに私は緊張していた。

 陶器が割れて異次元早苗に使っていた時と同様に中身の物質が酸素と触れ合うことで燃焼を開始し、火の粉と光、爆音をまき散らして爆発する。光によって視覚、音によって聴覚が障害されて、物を見たり聞き取ったりすることがまったくできなくなってしまう。だが、それと同時に私は起き上がって後ろへと走り出していた。目が見えないことで少しよろけるが、平衡感覚にはある程度は自信がある。

 後ろにすぐに走り出していたことにより、咲夜と早苗のどちらの攻撃も受けることなく進めた。私が二人の目が見えなくなる前から焦って行動していれば、動きを予測されて攻撃を受けたはずだ。なびいた髪に彼女らの得物がかすめる感触が伝わってくる。

 時間帯が夜ということもあって強い光を発する閃光瓶の効果はより長くなり、しばらくは2人が追いかけて来ることは無いだろう。

 当たり前なことだが、目が見えていない状態から目が見え始めれば私の足跡を探して追跡を始めることだろう。普段から魔法の森は人が立ち寄ることはそうそうない、重なっているのなら難しいが、一つしかない私の足跡をたどるのはかなり楽だろう。

 そうさせないためにも私は魔力で空を飛んで足音と足跡を残さないようにした。風などがあまりなく、静寂で静かな魔法の森では音というのは反響して意外といつまでも残る。森で長く生活しれいればそこからでも音源を特定することはできるだろう。だが、咲夜たちは魔法の森では生活はしていないが、あっさりとやりそうだし何よりも、奴らに追わせないためにもできることはやっておきたかった。

 至近距離ということでかなり目がくらんでいたが、顔を背けていたことで光の影響が直視した咲夜たちと比べて少なく、空を飛んでいると視力が回復して目が見え始める。

 しかし問題はまだまだある。

「げほっ…!?」

 木の枝とはっぱをかき分けて空を飛んでいた私は、それらの上に出れたころに吐血で血を吐き出してしまい、下方に見える緑色の草に私の真っ赤な血が飛び散った。この出血、魔力でもそう簡単に止める子はできなさそうだ。これを止めるためには自宅にある回復薬が必要だ。

 しかし、あまり時間がないがまっすぐ自宅に帰るのはとても危険だ。なぜなら手負いの人間が逃げる際に情報を全く残さないのは不可能だからだ。私が残している情報は、血だ。血という情報を残してしまっている。

 今吐血してしまったものもそうだが、腹部から流れ出した血が足を伝って常に靴からしたたり落ちていて、葉っぱや地面に血痕を残してしまっている。あの二人ならばそれを絶対にこれを追ってくるはずだ。

 それに、魔力で嗅覚を強化すれば犬並みとは言わないが、人間がかぎ分けられる範囲を大きく超える。血の跡が直接見えなかったとしてもそこから漂っている血の匂いを追えばいずれは私に追いつくだろう。

 始めに時間稼ぎのために、家とは全く違う方向へと向きを変えて飛んだ。かなり大回りなルートとなるが、追ってくる2人の追撃をその分だけ撒ける確率が高まるだろう。

 だが、余計に大回りしたとしても、血の跡を追えばすぐにではないが逃げ込んだ自宅につくことができるだろう。だから、私はこの先にある川に用がある。

 百数十メートル先にある、木々の生えていない川が流れているのが見える草木の割れ目に到着すると、そこに流れている川に飛び込んだ。

 思っていたよりも川の深さが深く、腰の高さ程度だと思っていた川に頭の頭頂部までどっぷりと浸かる。ただでさえ森の中を流れている川の水は冷たいというのに、それが夜で低くなった気温なども影響して水温はすごく冷たい。

 水に浸かったことで体についている水を洗い流した。水が冷たいというのも私からしたら願ってもないほどに都合がいい。体の体温が下がれば血の循環も悪くなるし、血管が寒さで収縮して出血も最低限に抑えることができる。

 水に浸かったまま川の流れに身を任せ、私は下流へと流される。川があったことによるもう一つの利点は上流か下流か、どちらに逃げたのかわからなくさせることができる。

 地面や草木などとは違って水に血は溶け込んで無くなるため、川から上がる場所をずらしてやれば時間稼ぎになるはずだ。

 川の流れに身を任せていたが、さすがにずっと息を止めていることもできず、水の中から顔を出すのは少々怖いが、水の中から頭を出して呼吸をしようとする。

 だが、右手と腹部を貫いている銀ナイフの様子がおかしいことに気が付いた。この銀ナイフは本物ではなく、咲夜の魔力によって形成された物らしく、銀ナイフ内部に蓄えられていた魔力が底をつきたのだろう。形状を維持できずに少しずつ形が崩れていく。

「っ!?」

 これはまずい。銀ナイフを腹に刺したままにしているのは、切断した血管などを抑えて出血を少なくしている。それが無くなってしまっては、ほんの数分で私は死ぬ。それは自宅まで行って治療するのには時間が足りなすぎる。

 このまま咲夜の銀ナイフが消滅してしまえば、異次元霊夢たちと戦う前にくたばってしまう。それは困る。

 私は右手の魔力を調節し、自分の魔力の波長を咲夜の魔力の波長へと切り替えた。それを銀ナイフに送り込み、形状の維持をさせた。

 こういった作業は意外と繊細さを要求される。全く同じ形の人間がいないのと同じで、個人個人で魔力の波長というのは違う。

 銀ナイフに含まれていた咲夜の魔力の波長に調節したと言ったが、それはあくまでも近づけただけであって完璧に魔力の波長を合わせたわけではない。それは私の魔力調節の上手さでどれだけ近づけるのかは変わってくるが、私が言いたいのは若干だが違う魔力を流され続ければ、元々の基礎とは違う魔力で満たされた銀ナイフはそのうち消滅してしまうということだ。

 銀ナイフの形状を維持させるためだけの付け焼き刃だが、自宅に着くまでは形状の維持はできるだろう。

 二分ほど川で流された後に、魔力で体を浮き上がらせて川から飛び出した。さっきとは違って木々の葉っぱの上を飛ぶのではなく、葉っぱの下を飛ぶ。

 時間的にはすでに咲夜たちは視力と聴力が回復して、逃げていなくなっている私の追跡を開始していることだろう。私が木々の上を飛んでいたことはすでに知られているはずで、それを追ってきているのならば木々の上を彼女らは飛んできているはずだろう。だから、さっきと同じように木々の上を飛んでいれば遠くからでも私のことを確認できてしまう。それでは大回りで逃げている意味が無くなってしまうため、葉っぱの下を飛んでいる。単純な話だ。

 私は今自分が通ってきた場所を振り返る。彼女たちはまだ来てはいない。わかっているはずなのだが振り返ってしまう。私が仕掛けたちゃちなフェイントなんて二人はかからないかもしれない。そう考えると振り返って、二人が追ってきていないかを確認せずにはいられなかった。

「くそ…」

 怪我をしていない、いつも通りに振り返ろうとしてしまい、腹部の傷が痛む。ビリッと傷口に流れた痛みに腹を抱えて地面に落ちそうになってしまう。

 めまいがして少しまずい状態だ。血が足りなくなってきている。バックの中に何かものなどがないか探すと、幽香と戦った際に霊夢を回復させるのに使った回復薬の残りが入っている小瓶が見つかった。残りは三分の一もないが今の私には何よりも欲しいものだ。

 左手で小瓶の蓋を開け、右手で押さえている傷口に振りかけた。回復薬が傷口を再生させようと体に作用して、修復を促進させる。

「…ふぅ……これで、どれだけ持つかな…」

 回復薬を振りかけると出血がものすごくというわけではないが、少し少なくなってきた。しかし、溢れてきている血によって回復薬が流されてしまい、これ以上の効果は望めなさそうだ。魔力で血の生産をできるだけ早めてはいるが、今の出血よりもその速度は遅く、まだまだ安心できる状況とは言えないだろう。

 飛ぶスピードをできるだけ早くし、私は自宅へと向かう。

 ここで、思うのは、普通なら咲夜たちと私は面識があるため、咲夜たちも私の家の場所を知っていて、大回りで逃げるとかそう言ったものは意味がないと思うだろうが、それは違う。

 二人は博麗神社に行くことはあっても、私の家には来たことがないのだ。咲夜たちは意外と綺麗好きで、霊夢から私の家があまりきれいじゃないということを聞いて来たがらなかったのだ。

 むこうには霊夢がいて、位置を二人に教えるだろうが咲夜と早苗が襲い掛かってきた際には近くに霊夢の姿は無かった。それに、もし私の見えない位置にいたとしても霊夢ならばすでに私に追いついているはずである。

 でも、霊夢の姿はどこにもない。彼女は追ってきていないということになるだろう。それの何がいいのかというと、咲夜たちは始めは私のことを追うだろう。追跡できなくなるか私が大回りで帰っていることが分かった時点で、追跡を止めて霊夢から私の家の場所を聞いて直接そっちに向かうはずだ。

 それをするのには探すのと霊夢がいる場所に行き、場所を聞いてそこに向かうという三拍子の時間がかかる。そうしているうちに私は自宅で治療を済ませて逃げさせてもらうとしよう。

 後ろを振り向いた。二人または三人が追跡してきている気配はない。川を上がって進み始めてから数分が経過し、私は自宅の方向へと方向を転換した。

「…はぁ…はぁ…」

 緊張で自然と呼吸が荒くなってくる。また振り返って今来た方向を見回す。真っ暗で鬱蒼と生い茂っている木々以外には人間などの生物の姿は無い。それに少しだけ安どして私はまた進みだす。

 家まであと数百メートルとなったとき、私のすぐ横にある草むらがガサッと自然ではない生物が動かした音がする。

「っ!!?」

 前方に進んでいた動きを止めて、ガサッと揺れた草むらに魔力を溜めた左手のひらを向けた。いつでも魔力を発射出できる状態であるが、片手しか使えないため不安しかない。

 自宅まで追われないように回ってきたというのに、自宅で待ち伏せしているならわかるが回り込んでいる途中でこの場所を通ることを予測し、待ち伏せしていたのか到着したのかわからないが、そんなことが普通はできるだろうか。

 勘のいい霊夢ならやってのけそうだが、予測はあくまでも事前の行動から次の行動を推測することであるため、事前の行動を見ていない霊夢には私がどこを通るのかわかるはずがない。

「…っ」

 そうだと結論づけたとしても、もしかしたらという考えと最悪の事態が脳裏をよぎるが、緊張で震える手を押さえつけて音がした草むらの方へにじり寄る。

 もし、本当に霊夢がきているのならば音を立てるなんてヘマはしないだろう。私を呼び寄せるための罠だとしたら、音が立てられた地点よりも周りを警戒するべきだろう。

 だが、動いていた草から私がいる方向に、誰かが草むらをかき分けて近づいてくるのが見える。

 十分に引き付けて、敵の姿をきちんと確認できてから撃とうとじっとしていると、私が撃とうと考えていた距離の内側に入ろうとした寸前にそいつはいきなり加速し、レーザーを放とうとしていたころには、向かってきていた人物に飛び付かれ、地面に押し倒されてしまった。

「うぐっ!?」

 敵の全体重を乗せたタックルに、腹に銀ナイフが刺さっている状態では痛みで踏ん張れず、後ろによろけた拍子に木の根っこに足を躓いて背中から地面に倒れ込む。

「あう…っ!!」

 倒れたときに無意識のうちにお腹に力を入れてしまっていたのか、痛みで悲鳴を上げてしまい、周りに生えている木々の影響で自分の声が反響する。

 歯を食いしばって痛みに耐えているときに、倒れた私の胸の上に載っている人物が薄っすらと開けた目に映り込む。

 暗くて詳しい表情はわからない。だが、そいつは歯をむき出しにして笑っていた。

 




次は一週間後くらいに投稿すると思います。


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東方繋華傷 第五十五話 暗闇で

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は第五十五話をお楽しみください。


 風もなく静寂に包まれていた魔法の森の中で、私にのしかかって来た奴の声だけが小さく反響する。

「お前は、食べてもいい人間かー?」

 幼い声だ。現在時刻はすでに一時を回っていて、日付が変わってからしばらくたった時間帯で、さらに私に躊躇なく飛びかかってきたことから、人間でないことがある程度は推測で来た。

 腹部の痛みに耐えていたが、瞳を開けるとやはり少女が私の胸の上に座ってこちらを眺めている。

 彼女のことを詳しく知っているわけではないが、知らない仲ではない。少女の質問の意図がよくわからない。

「ルー…ミア?」

 月明かりが木々のスキマから薄っすらと少女の髪の毛を照らしている。だがうつむいていることで顔に影がかかっていて詳しく彼女の表情を読み取ることはできないが、特徴的な赤い瞳が怪しく光っていてそこでようやくルーミアだと確信した。

 私の言葉に対してルーミアは返答をせずに、こちらを覗き込んで傾けていた上体を下げて顔を近づけてくると、金髪の垂れ下がっている髪の毛が頬や額を撫でる。

 十数センチの距離まで近づいても彼女は止まらずに更に顔を下げてきて、鼻先が私の頬にくっ付くぐらいの距離で止まると、犬のように匂いを嗅ぐ。

「おいしそうな匂いがするぞー?」

「え?」

 頬の辺りから少し体側にルーミアは移動し、首筋などにこびり付いている私の血の匂いを鼻腔を膨らませて嗅ぐと、嬉しそうに口元を緩めて笑う。

「ルーミア、少し急いでるんだ。どけてくれないか?」

 嫌な予感がし、時間稼ぎのつもりでルーミアにそう聞いてみるが、血の匂いにうっとりとした表情になっている彼女の耳には届いていなさそうだ。無理やり引きはがそうとするが、いつの間に背中側に手を回されていて、年端もいかぬ見た目からは考えられないほどの腕力でがっちりと私のことを拘束している。魔力で体を強化しなければ逃げ出せなさそうだ。

 体を魔力で強化しようとした時にルーミアが口を開く、そこからピンク色の小さな舌をのぞかせると、首から肩にかけてこびりついていた私の血を舐めとった。

「…っ!?…ルーミア!やめっ…!?」

 飛び付いて来たのが霊夢じゃなかったことで若干だが安堵したが、私の真上で血を舐めているこの少女は私の姿を見てきたわけではない。流れ出した血の匂いに誘われてここに現れたのだ。下手をしたら食い殺される。

 背中に冷たい物でも押し込まれたように鳥肌が立ち、今はまだ私の血を舐めているルーミアのことを突き飛ばして逃げようとする。だが、食われるかもしれないという恐怖に焦りすぎて魔力で体の強化をしていたがそれが中途半端な状態で、彼女の腕力よりも強い力を生み出すことができず、突き飛ばすことができない。

 私の突き飛ばす行為はルーミアの体を少しだけ後ろに下がらせる程度となってしまった。最悪なことに彼女の反抗心をあおってしまったらしく、並びのいい犬歯がズラリと並んでいる口を大きく開けた。

 顎が開く角度が大きくなり口がその分だけ開かれる。それ以上は体の構造上開くことができないところまで来るが、ルーミアはそれでも口を開けるのを止めようとはしない。

 柔らかい頬が開いていく顎によって引っ張られていき、伸びた頬が限界に達しても彼女は開き続け、ついに口の端から血が滲みだした。

 引っ張りあっている綱引きに小さな切れ込みを入れたらどうなるか、両側から引っ張られていることで相当な力が加わっているため、その部分から綱は切れることだろう。それがルーミアでも起きていて、口の端にある肉が裂けると一気に繊維や肉が加わっている力によって耳元まで頬が引き割かれる。

 彼女の傷口から血が漏れ出し、顎から垂れて来た血が新たに私の服を汚すが、それがどうでもよくなるほどに、ルーミアの異常な捕食の仕方に体が固まっていた。

 噛みつくにしては過剰に開かれた口でルーミアは肩らへんに顔を落とすと、犬歯が奥歯まで並んでいる歯で鎖骨の辺りに噛みついて来た。

「あぐっ!?…あああああっ!!?」

 石などとは比べ物にならない強度を持っていて、切れ味が下手なナイフよりもある尖った犬歯が皮膚と皮下脂肪をまとめて切り裂き、鎖骨の周りにある筋肉と肉をごっそりと抉り取り、その強靭な牙で骨を噛み砕く。

 痛い。信じられないぐらい痛い。

 上顎と下顎から生えている歯ががっちりと噛み合わさると、残っていた切り裂いていない繊維などを物ともせずにルーミアは食いちぎった。

 今度は私の方向から肉の千切れる不快な音がする。鳥肌が立って寒いはずなのに体が熱くなってくる。多数の傷での出血に体が反応してアドレナリンが分泌されているのだろう。末梢血管がアドレナリンの作用で収縮し、肩の傷からは思ったほど出血は無い。

 だが、その出血だけでも今の私には致命的だ、腹部からの出血は収まったわけではない。これ以上の出血は本当に命にかかわる。

 出血をできるだけ抑えるために傷口を圧迫しようと手を伸ばそうとすると、ルーミアはさせないといわんばかりに掴まれてしまう。彼女は口の周りを私の真っ赤な血と小さな肉片で汚していて、それらを舌で器用にすくい取って口に運ぶと、咀嚼することなく嚥下しておいしそうに吐息を吐く。

「おいしいのだー…。こんなにおいしい肉、初めて食べたのだー」

 出血によって頭がくらくらしてきている私をよそに、ルーミアは裂けた口に魔力を送り込んでいるのか、チャックでも閉めているように耳元から治っていく。唇についている私の血液を舌なめずりをして口に含むと、体を小さく振るわせて飲み込んだ。

「おいしいー…おいしい……」

 私を掴んでいない手で顎や頬にまで飛び散っている私の血を指でふき取り、血なまぐさい舌で夢中になって舐めている。

 鉄臭い血などを舐めて何がおいしいのか私には理解できないが、これは願ってもないチャンスだ。ルーミアは今は食ったりすることに夢中になって私を拘束しておくことが二の次になっている。逃げるんだったら今しかない。

 体を魔力で強化して物理的な攻撃力を底上げし、膝を曲げて私のお腹に座っているルーミアの背中に向けて膝蹴りを叩き込む。

 骨と肉体を強化し忘れたことによって、攻撃力が体の耐久力を上回って骨が折れるなんて初歩的なミスはしない。骨が少し軋む感覚がするが許容範囲内だ。

「あうわぁっ!?」

 今までの獲物だったらここで気絶していたりしたのだろう。完全に油断していたルーミアは私が反撃に出るとは思ってもいなかったのか、片手は私のことを掴んでいたが緩く、もう片方は口元に運んでいる状態でろくに固定していない。そこに私の蹴りが後ろからくわえられたことでルーミアが頭の上を飛んでいく。

 そのまま飛んでいってくれればよかったが、掴んでいる手を彼女は離さずに掴み続け、私の腕に引き留められる形で背中から地面に転げ落ちた。

「っ…くそっ…!」

 だが、それでも状況はさっきよりは全然いい。掴まれている手を振り払って腹筋の筋肉を使い、ルーミアにまたのしかかられる前に起き上がると、私よりも起き上がるのが遅かったが小柄な彼女は小回りが利き、同じぐらいのタイミングで起き上がっている。

 今のルーミアは食欲に支配されているらしく、血で真っ赤に染まっている口を小さく開くと犬歯をむき出しにして、立ち上がろうとしている私に向かって飛びかかってきた。

「ぐっ…うぐっ…!」

 ルーミアを蹴るために体を曲げて腹筋を使い、蹴り飛ばした際にわき腹に刺さっている銀ナイフに少女の足が少しひっかがった。それによって横に抉り込んだ痛みが遅れてやって来る。

 傷口が余計に広がって神経を傷つけ、その痛みに体から力が抜けて地面に膝をつきそうになるが歯を食いしばって拳を握り、踏ん張った。

「あああああっ!!」

 追手がきているが痛みをごまかすために叫び、魔力で強化して握っていた拳を飛びかかってきているルーミアの顔に叩き込む。

 全体重を乗せた飛び付きに対して真正面から拳をぶつたが、ルーミアの飛びかかって来る勢いが思ったよりも強く、肩が痛んで外れそうになった。それでも、肩が完全に外れたわけではない、魔力をさらに送り込んで体を強化して少女のことを地面に殴り飛ばした。

 受け身を取る方法を知らないのか、人間だったら死んでいるような速度で背中と頭を地面にぶつけ、ぐったりとしたまま動かなくなった。

「…っ…」

 危なかった。もう少しルーミアの体重が重いか、飛びかかってきていた速度が早ければ倒れているのは私だったはずだ。肩が外れて抵抗する手段を失い、そのまま食われていただろう。

 倒れたままいつまでたっても動き出さないルーミアはおそらく気絶している。近づいて確認するほどの余裕がなかった私はそう結論付けてこの場を立ち去ろうと、少女に背を向けた。

 私が油断するその瞬間を狙っていたのか、視界が一瞬で黒一色に塗りつぶされた。

「なっ!?」

 視界が真っ暗で何も見えなくなったことで驚かせられたが、ルーミアの能力である闇を操る程度の能力によって生み出された暗闇だとわかり、振り返るがもうどっちを向いているのか既にわからない。方向感覚や振り返った足の向きなどから大体は予想がつくが、それが正確かと聞かれたら自信がない。

 だが、向いている方向などは問題ではない。ルーミアの能力の範囲内に入ってしまったが、これを展開している少女も実は何も見えていないということを聞いたことがある。それは私のことを視認できていないということであるため、お互いに不利な状態というのには変わりない。

 いくつかある私の不利な状況の中で一番まずいものを上げるとするならば、声を出してしまったことだろう。妖怪は人間以上に耳がいい、森で声が反響しているがルーミアはすでに私の位置を捉えていることだろう。

 足音や息遣い、どちらでも聞き取れればおおよその位置を掴むことができ、耳に意識を集中していると血なまぐさい風が私の頬を撫でる。

 近くに、いる。緊張で汗が汗腺から分泌されてじっとりと皮膚が濡れ、そこに髪の毛や服が張り付いて気持ち悪い。手先に魔力を込めようとしていると、銀ナイフに縫い付けられている方の二の腕に痛みを感じた。

「いづっ!?」

 数歩後ろに後ずさって痛みがあった場所に手探りで触れると、液体が付く感覚がして出血が起きているのがわかる。噛みつかれたらしい。

 ルーミアがどこにいるのか、まったくわからない。追われているという状況でなければ爆発瓶などを使って吹き飛ばすのだが、今は使うことができない。それをしてしまうと真っ先に奴らに見つかってしまう。

「くそっ…!」

 じっと構えていると、左方向から風の流れを感じた。その方向に拳を振りぬくがそれは空振りで終わり、今度は隙ができた太ももに痛みを感じる。

「ぐっ……!」

 動きが全く読めない。頭が混乱し始め、どこから来てどこから攻撃されるかわからない恐怖に息が荒くなる。次は後方からルーミアが移動する風の流れを感じ、その方向に拳を振りぬくがまたしても拳は空を切り、前腕部分の一部の肉を食いちぎられた。

「ぐあっ…!?」

 考えろ、どうやったらルーミアから逃げることができるのかを。

 暗い。何も見えない。奴がどこにいるのかわからず、それがとても怖い。後ろにいるのかもしれない。もうすでに噛みつかれる寸前かもしれない。そう考えると怖くて仕方がない。

 緊張で頭がどうにかなってしまいそうで、がむしゃらに逃げ出しそうになるがそれではルーミアの思うつぼになってしまう。私は一度冷静になるために、深呼吸を行った。少女から攻撃を受けるかもしれないが、これは大事な作業だ。頭を冷やすためには心を落ち着かせることが大事だ。

 肺いっぱいに空気を吸い込み、時間をかけて空気を吐き出した。周りにばかり集中していて呼吸が浅くなっていたことで脳に酸素がいきわたっておらず、脳の働きが抑制されていたが、酸素を十分に取り込んだことで次第に靄がかかっていた頭の中がクリアになって行くのを感じた。

 さっきはどうやって逃げるということを考えていたが、これでは根本的な解決になっていない。どうやって逃げるかではなく、どうやって倒すかを考えよう。

 冷静になり、物事をきちんと分析できるようになると、闘志がわいてくる。幽香たちと戦っていたときのことを思い出せ、あの時の方がもっと大変で、このぐらいの戦いで死ぬわけにはいかない。

 体を強化し、ルーミアが来るのをじっと待っていると右方向から風の流れを感じた。まったく、冷静に考えればこんなの子供だましにもなっていない。風は物体が動いた後に起こるが、離れていればそこに到達するまでにわずかなラグがある。風が来た方向に攻撃していたのであればそこは敵が既に通り過ぎた後というわけで、一生やっていても当たることは無い。だから薙ぎ払わなければ当たらない。

 魔力で強化された拳を握り、風が来た方向よりも横に向かって拳を薙ぎ払うと、手ごたえを感じる。

「あぐっ!?」

 ルーミアの悲鳴が聞こえ、今までは体を浮かせていたらしく通りで足音が聞こえないと思ったが、今ので体のバランスを崩すことができたらしく、地面に靴が擦りつく音がする。

 殴ることには成功したが引き離すほどの威力は無く、意外とルーミアとの距離は近い。自分の位置がばれたため少女は逃げるかと思ったが、地面を蹴って飛びかかって来る音がした。

 食欲にのまれているのか、単純に頭が悪いだけなのかはわからないが、私からしたら助かった。彼女に腕が当たった位置から方向は大体わかる。あとはそこに向かって攻撃をすればいいだけだ。

 左手を構え強化に使っていた魔力を変換してレーザーではなく、エネルギー弾をルーミアに向けて発射する。

 闇を操る程度の能力で本当に発射されたのかわからないが、形容しがたい小さな破裂音と彼女の悲鳴からきちんと直撃してくれていたことがわかった。

 だが、私の拳が当たったということは腕一本分しか距離が離れておらず、エネルギー弾を放つために手をかざしたことで手とルーミアとの距離が短くなり、そこに少女は噛みついていたらしく激痛が走る。

「くぅ…っ…痛…っ!」

 痛みで手が痙攣するが、エネルギー弾が爆ぜてその運動エネルギーがルーミアに加わったことで後方に思いっきりぶっ飛んでいったらしく、十数メートル先の木に背中から衝突した。

 闇を操る程度の能力の半径は十メートル程度ほどあるが、そこから抜け出したのとルーミアが能力を解除したというか、持続できなくなったことで少女を中心に正確に球状にできていた闇のドームが霧散する。

 木に叩きつけられたルーミアが今度こそ本当に気絶しているのか、確かめるために近づいて蹴り飛ばした。

 エネルギー弾を撃った際にこいつは私の手に噛みついて来た。それはできるだけダメージを与えるためとも読み取れるが、さっきからどうにかして私を食おうとしていたし、私の拳が当たった時点で逃げればいいのを飛びかかってきた。これは少女が食欲に飲まれているといっても過言ではないだろう。

 能力を発動する前ならまだ冷静で、私の不意を突いてきたが今は私が近づいてきたのならすぐにでも飛びかかってくるはずだ。やり過ごして後で襲い掛かろうなんて食欲に飲まれているルーミアには無いだろうからな。

 試しに私の腕をルーミアの口元に押し付けてみるが、噛みついてくるようなことは無く、時間だけが過ぎる。今度こそ、本当に気絶しているようだ。

 背中を木に預けて気絶しているルーミアをそこに放置したまま、立ち上がって走り出し、魔力で体を浮き上がらせて自宅へと向かう。

 後ろに警戒しつつ見慣れた景色を進んでいくと、自分の自宅までの距離が五十メートルを切った。目を凝らしてみると霧雨魔法店と書かれた薄汚れた看板と家の輪郭が薄っすらと見え始め、私はさらに加速した。

 




一週間から五日後に次を投稿します。


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東方繋華傷 第五十六話 治療

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は第五十六話をお楽しみください。


 出かけてから帰って来る時と同じく木々の間を縫って進む。ただでさえ瘴気などが溜まりやすい魔法の森の中ということもあり、使い始めたころは新品に近かった自宅の扉は古く、腐りかけているように見える。その木の扉を私は蹴り開けた。

 鍵は一応かけていたはずなのに簡単に開いたと思ったが、扉の腐食がかなり進んでいたらしく、蹴り開けた衝撃で鉄でできている鍵の部分を壁に残したまま扉は開いている。

 これでは強盗に入られ放題だな。ここまで来る物好きもいないが、

 小走りで物が散らかった部屋に入り、それらを蹴飛ばして試作品から武器として使用できる物が置かれているタンスへと一直線に進む。透明な瓶に入れられている物だったり、褐色瓶に入っている液体などがたくさん置かれているが、その中から透明で大きな三角フラスコに保存されている液体が入ったもの、傷口周辺の細胞の再生能力を促進させて回復を早める薬をひったくる。

 三角フラスコはコルクで閉めていたが、片手で開けるのは至難の業だ。重たい三角フラスコを顔の位置まで持ってくることができない私は、頭を下げてコルクを口で咥えて歯を立てる。

 頭を持ち上げるとコルクが上手く引き抜け、シャンパンなどを開けたときと同じような音を立てた。

 この試薬を作るために様々な材料を使い、希少であまり手に入らない物も多数含まれるが、命がかかっている大事な時にケチれば命を失う。遠慮なく使って行こう。

 血をせき止めている蓋の役割をしていた銀ナイフを引き抜いて投げ捨て、大きな三角フラスコを傷口の上で斜めに傾けると、小さな入り口からフラスコ内部に気泡が入り込み、その分だけ回復薬が飛びだして傷口に降りかかる。

 傷口に潜り込んできた薬が肉体に反応すると、肉を焼く音によく似た音を立てて作用し始める。作り置きであるため多少の劣化はあるものの、普段使っている十倍に薄めている物とは違って原液であるため、作用が弱いなどは感じられない。

 今までコツコツと溜めてきたかいがあったというもので、まだまだ残りは十分にある。

「っ…」

 この薬はさっきも言ったように傷ついた細胞を直接治すのではなく、その周辺にある細胞を活性化していらない細胞をアポトーシス(選択的な細胞死)し、細胞分裂を促進させて新しい細胞を作り出して傷を塞ぐようにさせているわけだが、原液での作用は当たり前だがいつもよりも強烈で、活性化している傷口周辺が熱を持ち始め、焼けるように熱い。

 だが、それはこの薬がきちんと作用して新陳代謝などが盛んになっている証拠であり、わき腹の切り傷と刺し傷が目に見えて塞がっていく。

 傷はこれだけではない、ルーミアに食いちぎられた肩にも回復薬を振りかける。そこだけではない。二の腕や闇を操る程度の能力を使われたときに噛まれた手などにも振りかけなければならない。

 銀ナイフを引き抜いたことで両手を使える。ルーミアに噛まれていたはずの手に回復薬を掛けようとしたとき、私は目を見開いて自分の手を見下ろしていた。

 小指が無くなっているのだ。厳密にいえば小指の根元周辺の肉を丸ごとと、薬指の一部分が抉られている。

「…っ!?……くそ……!」

 腹部の痛みに気を取られすぎて気が付かなかった。交通事故などがあったとき、ぶつかった部分ばかり痛くなり、他の部分にも障害が及んでいるはずだが、それを感じないことがあるという話は聞いたことがある。まさにそれだ。

 手に回復薬を振りかけると、腹部の傷と同様に周りの細胞が活性化され、食いちぎられてできた傷口を塞ぐ。塞ぐだけで小指そのものは再生しない。切り傷だったり少しだけ抉れたりするのならば、だいたい同じ構造をしているその周辺の細胞が治してくれるが、小指全体の器官となればそうはいかない。骨や筋肉、皮膚や皮下組織、様々な細胞が存在し、その一部がごっそりと持っていかれているのだ。人間の体では傷口をその周辺の細胞で塞ぐしか手は無い。

 ショックに十数秒間固まってしまうが、ショックに打ちのめされている場合ではない。咲夜たちがここに到着すれば、指が一本無くなるだけでは済まない可能性だってあるのだ。悲しむ時間はあとでたっぷりある。今は目先のことではなく、今後のことも視野に入れて集中しなければならない。

 腹部にかけていた薬の作用が体内から流れ出してきた血と混ざって薄まり、若干弱まってきた頃にもう一度回復薬を振りかけてさらに細胞が傷を塞ぐのを促進させた。

 大きく、深い傷ということもあり、腹部の傷が完全に塞がるのに十数分たっぷりかかり、数分に一回のペースでかけていた回復薬が半分になったころ、ようやく一息つける程度に落ち着くことができた。

 貧血で頭がくらくらして足取りがおぼつかないがギリギリで死なずに済み、三角フラスコを机に置いて部屋の中を見回してみると、さっき投げ捨てた銀ナイフは私が魔力で無理に形状維持をさせていたが、その供給もなくなり魔力の塵となって消えていっている。

 しかし、酷い有様だな。足元は水の入ったバケツをひっくり返した後のように、回復薬と血で濡れていて、ふき取るのが大変そうだ。そこまで考えたがふっと思い出す。もう、この家には戻ってくることはおそらくできないということを。

 さっきの戦いでは、霊夢たちは始めから私を奴らに引き渡すつもりで戦っていたのだろう。いや、今までは霊夢たちの情報に流されてしまっていたが、そもそも、レミリアが殺されたことや諏訪湖たちが殺されたということ自体も嘘だったのかもしれない。疑い出したらきりがないが、それしか考えられない。もし本当に彼女らが死んでいるのであれば、私を攻撃しに来るのは霊夢だけのはずだからだ。

 初めから、全部、嘘だった?

 咲夜と早苗のあの復讐心も、戦っていたと思っていたあの行動も、霊夢のあの好きだと言ってくれたあの言葉も、すべてただの茶番だったのだろうか。異次元霊夢が放ったスペルカードで舞い上げられた砂で視界が遮られて感覚が鈍くなり、逃げていく奴らに注意を向けている時を霊夢は狙った。裏切るタイミングとしては最適だっただろう。

 悲しみやどうしてという疑問が次から次へと湧き上がってきて複雑な気持ちになっていたが、それが通り過ぎてくると怒りが込み上げてくる。

「ちくしょう……」

 無意識のうちに拳を握っていたが、この苛立ちをどこかにぶつけることもできず、私は手を開くと滞ってたまっていく溶岩のように沸騰している苛立ちにそっと蓋をする。

 強い怒りを数十秒かけて意識の奥底へと沈め込み、私は冷静に行動するために一度だけ大きく深呼吸をした。

 息を肺いっぱいに吸い込み、その状態から少しだけ維持してから空気を吐き出す。この行為をするだけで気分が少し落ち着き、熱が引いていく。

 冷静になれと自分に言い聞かせ、追われている今の状況をどうにかしなければならない、と余計なことを考えるのをやめた。

 この家には帰ってこれなくなるだろうし、できるだけ多くのこれからの戦いに必要なものを持ち出さなければならない。

 まずはポーチの中身をすべて取り出し、置かれている物を机の端に押しやって広げたスペースに置いていく。ミニ八卦炉、爆発瓶、閃光瓶、回復薬を入れておいた空の瓶がある。

 爆発瓶と閃光瓶を原液の回復薬が置いてあった棚から取り出して補充する。それぞれ六本ずつある。

 さらに散弾銃に使われる小さな鉄球を瓶に仕込んだ散弾瓶、一定時間炎を発生させて周りを燃焼させる火炎瓶などを取り出して、ポーチの中へと押し込んだ。

「……あとは…」

 地下室の入り口である床に取り付けられている床下扉の錆びた取っ手をしゃがんで掴み、扉を引っ張ると木と木の擦れる嫌な音を立てて扉が開く。

 暗くて見ずらいが床下扉の壁面には鉄の梯子が取り付けてあり、後ろ向きになってから梯子の一番上に足を置き、場所が分かったところで手と足の両方を使って梯子を下りる。

 梯子を下りていくと鉄と靴の裏が当たる音が暗い地下室に響く、地下室の床に降りてコンクリートの壁に手を這わせると電球に電気を通すための電源を探し、それのスイッチを押した。

 電気が通ると裸電球に光が灯り、上の階の比ではないほど散らかっている部屋が照らし出される。近いうちに片づけないといけないなと思っていたが、片づけようが片付けまいが変わらなかったな。

 机の上に置いてあった数日分の携帯食料を鞄の中に詰め込んだ。うまいものではないが、霊夢が敵に回ったということは村なんかには買い物しに行くことはできなくなるはずだ。我慢してこれを食うしかない。

「…」

 あとは着替えるだけだ。梯子に足をかけて手で掴む、それを交互に行って上の階に頭だけ出して周りを見てみると、まだ霊夢たちは来ていないらしく人の姿や気配はない。

 胴体を腕の力と足の力で持ち上げて部屋の中に出た。試しに耳に意識を集中してみたが呼吸音や足音などは聞こえてこない、隠れているわけでもなさそうだ。

 自室の方に向かい、ドアを押し開けて扉を開くと前回着替えた服についていた血の匂いが微妙に残っていて、ちょっと鉄臭い。

 服を入れておいたタンスに向かおうとした時、歩き出していた足元がふらついてまっすぐに歩けず、地面に倒れ込みそうになった。

「へ?な…っ…!?」

 そうしているうちに視界の端でチラついていた光のようなものが中央に向かって白く広がって視界が遮られていく。それに比例して頭が働かずにボーっとしてきた私は床に膝を打ち、机の上に手をついてしまう。

 どこからか攻撃を受けたのか、ガスなどを使った遠距離からの攻撃かと思ったが違う。

 大量の血を流したことにより血中の血球がだいぶ減ったわけだが、赤血球が酸素を全身に運んでいるのは誰もが知っていることだろう。その酸素を運ぶ役割を持つ赤血球が出血で少なくなったせいで、梯子を上ったりなどの運動で全身にも酸素を巡らせなければならなくなり、脳に十分な酸素を送り込むことができず、脳が酸欠を起こしてしまったのだ。

 床に受け身を取るなどをする前の段階ですでに失神して意識をなくしていた私は、床に身を投げ出して倒れ込んだ。

 

「…っち」

 いらだちが募っていて、彼女は不意に舌打ちを漏らす。その苛立ちは自分に対してなのか、相手に対してなのかはよくわからないが、その焦燥感は自分に対してなのが七割を占めているのだろう。

 魔法の森に生えている木々の葉っぱに落ちている血痕を追ってきたのだが、川の流れている木々の切れ目を境に血痕が消えている。

 水中を移動してどっちの方向に向かったのかはわからないようにされた。だが、深いがこの川はそこまで太いわけではない。上流か下流のどちらに向かったかは知らないが、たとえ来た方向に戻られたとしても水の跡があれば見逃すことは無い。

 しかし、問題はそのあとだ。水の中に入られたことで体についていたある程度の血は洗い流されてしまう。それでは血の跡を追うことも、血の匂いも追うことはできないはずだ。

 少しの間は残っている水滴である程度の方向はわかるが、暗く、地面に沁み込んですぐにわからなくなるだろう。

「……くそ…」

 普段は立ち寄らず慣れない魔法の森ということもあり、あいつがどこをどう通って行ったのか全く分からない。

「…咲夜、落ち着きなさい。この時間帯は本来は寝てる時間だし、集中力や推理力も自然と下がって来る。深追いは今日はやめておきましょう?」

 私は川の反対側にある木の葉っぱに血が付いていないことを再度確認し、はぁっとため息をついて彼女に言った。

「わかっています…!」

「…わかってないわ。腹部への斬撃と銀ナイフの刺し傷、早苗のお祓い棒での攻撃であいつは瀕死かもしれない。でも、狩りではよく言うでしょう?狩りの終盤ほど気を付けろって」

 周りの木などに手がかりが残っていないか、確認していたがやはりない。彼女らの方向を振り返って近づいた。

「だったら、こちらが何倍も気を付けたらいいだけじゃないですか」

 早苗と同様に、追うことを反対している私に反感のあるらしい早苗がその意見に対して食いついてくる。

 私がそれに対して何かを言おうとするが、口を開く前に咲夜が早苗に便乗をする。

「そうですよ、奴が途中で出血死でもしていたらどうするんですか?生きていなければ、意味がないじゃないですか」

「…一番の致命傷を与えているくせに何を言ってんのよ…。それに、あいつが出血死で途中で死ぬような奴なら、とっくの昔に死んでいるはずよ。でも、あいつは私たちの攻撃を耐えきったどころか、重症なのに追撃も振り切った。それができるほどの実力を持ってるってことがわからないの?」

 彼女らの言いたいこともわかるが、私は反対する。

 2人はあいつが逃げ切れたのだって時間や地形によって私たちの追跡が難しくなっていて、それをやめようと私が一人で言っているだけであり、時間を掛ければ追跡できると思っているからだ。

「だとしても、手負いの今ならあいつを捕まえることができるのも事実ではないですか?」

「…そうかしら?私はそうは思わないわ」

 逃げたあいつは近くにはいない。辺りに危険がないと判断し、巫女服の裾に隠し持っていた針や札を取り出しやすい位置へと戻した。

「なぜですか?」

「…半分かそれ以下は感。残りの全部はあんたらの精神状態から、無理だと思うわ」

 私がそう2人に言うが、二人は納得していない。まあ、この説明だけでは当たり前か。結論から述べただけで理論的な理由がないからだ。

「…あんたらは、短時間とはいえあいつに引き離されたことを甘く見ているようだけど、ここを通ったことだって計算の内だろうし、死にそうになっている状態だっていうのにフェイントを仕掛けるその判断能力と的確で無駄のない動き、たぶん今の頭に血が上ってるあんたらじゃあ、朝になってもあいつを見つけることはできないと思うわ」

 かいつまんで話をしたところで復讐に燃えている人間からしたらどうでもいいことだろう。これ以上争っていても意味がない。私は神社に帰ることにした。

 まあ、私の感ではこの二人ではおそらくあいつを見つけ出して、捕まえることはできないだろう。

「…それじゃあ、勝手にしたら?」

「はい。そうさせていただきます」

 神社の方向に向かって飛ぼうとした時、もう一つ言いたかったことがあったのを思い出し、振り返って2人に言った。

「…相手は森を知ってるわけだし、何を仕掛けてくるかわからないから気をつけなさい、あんたらが捕まえようとしているのは、向こうの世界の人間なんだから」

 




五日から一週間後ぐらいに次を投稿すると思います。

こちらでできるだけ確認をしているつもりですが、誤字脱字があった場合には言っていただければ修正をいたします。


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東方繋華傷 第五十七話 疑問

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は第五十七話をお楽しみください。

最近忙しくて今回は中途半端になってしまいました。


「…っ」

 体が痛い。その痛みによって無くなっていた意識が戻ってきた。そこで実感したことは自分がまだ生きているということだ。

 目を薄っすらと開くと、ぼやけた視界でもカーテンの隙間から差し込んできている光が床を照らしているのが見え、それをまぶしく思うと同時に困惑した。なぜ、私は未だに自宅で倒れているのだと。

 起き上がろうと体に意識を向けると、倒れる前と全く同じ体勢をしていて動かされた感じは無い。

「…」

 ぼやけた視界の焦点が合わさって見えてきたのは、倒れる前と同じ光景でやはり場所が変わっていない。

「…どういうことだ…?」

 私の居場所が変わらないということは、夜の間に霊夢たちは私の家に到着することができなかったということだ。

 しかし、それはあり得ない。重傷を負っていた私を追わない理由も、彼女たちが私の家にたどり着けない理由もないからだ。

 何がどうなっているのかさっぱりわからない。状況を整理するために体を起こそうとするが何時間もの間、動かしていなかった体の節々が痛む。机の上に置いてある置時計の時間を見ると、だいたい十時間が経過している。

 これだけの時間の経過があったというのに捕まっていないということは、私は泳がされたということだろうか。連中が次に来るのが二日と半日後の予定だとして、私の引き渡しには余裕があって今は泳がしておこうということか。

 いや、泳がせておくとかそういったものならば咲夜と早苗の追撃は無かっただろうし、私を殴ったときや切りつけてきたあの二人の表情、とてもじゃないが演技には見えなかった。裏切ったから申し訳ないとかそういったものでもない。異次元咲夜たちにぶつけるはずだった恨みをそのまま私にぶつけているといった感じだった。

 なぜ私にぶつけているのかわからなくなるし、昨日はすべてが嘘で裏切ったというところまで考えたが、こうなるとそれも否定されたことになる。

 私との関係を断つことで奴らに巻き込まれないようにした。と考えたがそれも違う。関係を断つのならばもっと効率のいい方法があるだろうし、そもそも、戦っているという中途半端なタイミングで関係を断つのは不自然だ。それに、戦った時点ですでに手遅れだ。

 そうだったとしても、普通なら戦いが始まる前か後のはずで、何か違う気がする。そう考えているがどうしてもどこかで何かしらの矛盾が生じる。

 私が気絶して目が覚めてからも自宅から運び出されていなかった時点で、それも大きな矛盾だ。もしかしたら、あの出血量では私が生き残ることができないと思ったから、追ってこなかったのだろうか。

 いや違う。殺すことが目的ならば腹に刺さっていた銀ナイフは心臓か頭に刺さっていたはずだし、私を殺せば霊夢たちは異次元の連中の報復にあうだろう。それは避けたいはずであるため、おそらく殺すことはしないはずだ。自身は無いけど。

 様々な矛盾があってそれを紐解きたいところだが、とりあえずはこの家からは離れなければならない。今まで来なかったとしても、これから霊夢たちがここに来ない保証はどこにもない。

 起きたばかりで体に力が入りにくいが、腕で体を持ち上げてやると思ったよりも容易に起き上がることができた。倒れた場所が場所なだけに、床で長い時間寝ているのと変わらない状態で疲れているのだろう。

 まあ、それはどうでもいいや。

 昨日やろうとしてできなかったボロボロの服を脱ごうとしたが、地面を転がったり切られたりしたせいで糸がほつれて絡まったり穴が開いたりして脱ぎにくい。

 無理やり引っ張って服を脱ごうとすると音を立てて裂けてしまった。やってしまったと私はため息をつく。

 今着ていない魔女の服も含めてこれらは私が魔女であるということを象徴する衣類で、中々のお気に入りでもある。あとで縫い合わせるという手もあるが、あいにくだが私はそんなに裁縫が得意な方ではない。

 数秒間考えたが裁縫で服を縫い合わせる時間も、裁縫道具を持ち運ぶだけのスペースなども鞄にはない。勿体ないが仕方がない、以前に破けたりした服と同様に捨てるとしよう。

 無理やり魔女の服を脱ぐとさっきよりも派手な音を立てて脱根が裂けていき、どことどこが繋がっていたのかすらもわからなくなり、捨てるとは決めたが名残惜しくて酷くなければ治せるかと思っていたがやはり無理そうだ。

「はぁ…」

 他の人が聞いたらその人のテンションまで下げるぐらい大きなため息をつき、手に持っていた魔女の服をゴミ箱の中に押し込んだ。でも、もうすでに入っていた服に押し返されてゴミ箱に入りきらなかった脱ぎ捨てたばかりの服が床に落ちた。

 タンスまで移動をして扉の取っ手を引き開けると、蝶番が少し錆びてきていたのか耳障りな擦れる音がする。

 香林に今まで来ていた服が小さくなってきたと相談をしたら同じデザインの物を用意してくれたが、まさかこんなに早く使うことになるとは思ってもいなかった。

 真新しい魔女の服を三着分タンスの中から取り出し、そのうちの二着をできるだけ折り目のつかないように小さく畳み、鞄の隅に潜り込ませる。

 しっかし、服を多めに貰っておいてよかった。これだけあれば異変を解決するのに足りるだろう。

 下着もいくつか入れてあとは私が着替えればいいだけなのだが、肩や腹部などから流れ出ていた血に含まれている鉄に酸素が結びつき、茶褐色に変色している血痕が体のいたるところについていて、さすがにこのまま服は着たくない。このまま服を着たら着替えた意味が無くなってしまう。

 本当ならシャワーを浴びてから着替えたいがそんな暇はない。仕方ないが濡れたタオルで体をふく程度はしてから服を着るとしよう。

 体を拭くためのタオルを出すためにタンスの引き出しの中からバスタオルと、それよりも小さい長方形のタオルを取り出し、下着類もまとめて持ち運んで台所へと向かった。

 ある程度のスペースが確保されている机の上にバスタオルと服を置き、小さいタオルだけを持ってシンクに向かい、蛇口のハンドルを捻る。

 蛇口から冷たい水が流れ出し、その流水にタオルを浸して全体に水が行きわたったところで流水から離し、余分に含まれている水を捩じって絞り出した。それを広げて体についている茶色い血痕を拭い取る。

 私の腕力は魔力で強化しなければ平均的な成人女性のそれを下回る、そのためタオルをきちんと絞ったつもりであったが、しっかりと水気を取ることができていなかったらしく、体にタオルを押し付けるとそこから絞り切れていない水が溢れ出し、重力に従って水滴は体を伝って床へと落ちて行く。

 拭き始めは白色のタオルだったが、酸化した血痕を拭くたびに茶色く染まっていってしまっている。

 銀ナイフなどの切り傷で裂けている下着も脱ぎ、胸や局部にもこびり付いている血を拭きとってから、机の上に置いておいた乾いたバスタオルで体についている水分を拭きとった。

 シャワーを浴びたりするよりは綺麗にはならないが、あまり贅沢も言っていられない。バスタオルと同様に机の上に置いていた下着を身に着け、魔女の服を着る。鞄を肩にかけてここを出る準備を完了させる。

「…行くか……」

 そう一人で呟くが、すぐにそれに対する疑問が浮かぶ。どこへ?という疑問だ。あてもなく動き出しても一人では遅かれ早かれやられてしまう。

 もし、私のことを裏切っているのが霊夢たちだけなら、アリスが私に力を貸してくれる可能性は無くは無い。まあ、それは博麗の巫女だけでなく幻想郷自体を敵に回すといっても過言ではないため、極めて確率は低いだろう。

 彼女が例え敵だったとしても、居場所を知られてしまうというデメリットはあるが、敵や味方、戦いに干渉をしない人物というのがわかる。そう言ったことからアリスのもとへ行くことにしよう。

「…」

 できるだけ足跡を残さないために昨日自宅に帰って来た時と同じく、体を浮き上がらせて蹴り開けられて壊れているドアから外に出た。

 




五日から一週間後に次を投稿すると思います。
忙しくなければ早まることもあるかもしれません。


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東方繋華傷 第五十八話 庭師

自由気ままに好き勝手にやっています!

それでもいいよ!
という方は第五十八話をお楽しみください!


 蹴り開けられたドアから外に出ると、暗くあまり光の入ってこない部屋でずっと倒れていたせいで明るさに目が慣れず、薄暗い魔法の森の中だというのにやたらと周りが明るく感じる。

 床で寝ていたというか、気絶していたせいで布団などで寝たときと違って体がきちんと休まっておらず、体が重い。いざという時にきちんと力を出したいときに出せるか不安である。

 近接戦闘などは基本的に魔力の出力に依存するが、もとからある筋力も関係がないわけではない。基礎ができていなければその分だけ火力は低下する。

 今回に限ってはそう言った力が出ないとかの類ではないが、力を出したいときに反応が鈍くなり、瞬間的な火力が落ちてしまうことが私にとっては恐ろしい。まあ、しばらく活動していれば体の調子も元に戻って来るだろう。

 短い時間ではあるが体の調子が戻るまでは戦闘は避けるべきだが、もうすでに体の感覚がいつもの感覚に戻ってきているため問題は無いはずだ。

 そういえば、と先日ルーミアに食いちぎられた小指のことを思い出した。回復薬で傷を修復させて痛みが和らいでいたことや、霊夢たちが私の家についていなかったことなどが重なって忘れていたが、現在私の左手の小指は丸々なくなっている。正直、見てるだけでも気分が悪くなってきそうであるため、包帯か何かで見えないようにしておこう。

 そう思って左手を眺めると、小指はきちんと手についている。

「あれ?」

 右手だっただろうか。私の薄っすらとある記憶では左手だった気がしたが、気のせいだったか。

 右手を見てみてもそこの一番端っこの小さい指はきちんと存在している。噛みつかれた跡なども一切残っていない。

「うん…?…あれ?」

 前日は指がなかったように見えたが、今は生えている。極限での状態でありもしない幻覚だった?それにしてはだいぶリアルだったが、頭に血が回っていなくてボーっとしていて見間違えてしまったのだろう。指が無いのなら問題だが、あるなら別にいいや。

 気を取り直して自宅から北に約一キロとちょっと、アリスの家はそこにひっそりと建っている。いつも通っている見慣れた道を通る。道といっても人が踏み入っていない森の中で獣道すらないため完全に記憶して通っているわけだ。しかし、一番の近道であるため、今までに何度も通ってきていたせいで木の細い枝などが折れてしまっていたりして、本当に注意深く見れば折れた形跡のある木の枝で道ができているようにも見える。

 私を見つけようと目を血眼にして、草の根分けても探し出そうとしている咲夜たちはこれを見逃さないだろう。とゆうか、私が霊夢たち以外の誰かを頼るんだとしたらアリスだとすぐに察するはずだ。道を変えても意味は無いはずだ。

 急ごうと飛ぶスピードを速めようとするが、不安が頭の中をよぎる。アリスまで霊夢たちと同じように私に攻撃を仕掛けてきたらどうしよう、と。

 さっきは敵と味方の識別ができると思ったし、あまり飛ぶ速度の速くないアリスからならある程度攻撃されても逃げられる自信も攻撃に耐えられる自信もあった。だが、耐えられないのは私の精神の方かもしれない。霊夢、咲夜、早苗、それに次いでアリスも、となったら精神にだいぶ来る。

 私は顔を左右に振って雑念を払った。まだ、そうと決まったわけではない。霊夢たちが誰にも相談せずに独断で行動している可能性だってある。今回の異変にはアリスは関与しておらず、関係がないため私を裏切るということを伝えていないかもしれない。

 そうやってごちゃごちゃと考えを無駄に膨らませていたら、いつの間にかアリスの家が木々や草の合間から少しずつその輪郭が見えてくる。

「……」

 心臓の拍動が速くなっていき、顔が緊張してわずかにこわばる。朝早くとは言えない時間帯であるため、おそらくアリスはいるだろう。

 カーテンは閉め切られていて彼女がいるということを確認できない。物音も聞こえず、アリスの家も含めて周りがシンっと静まり返っている。眠っているのだろうか。

「……」

 私の精神状態に影響されて心臓が高鳴る。それが私が思っているよりも早く、強く拍動しているため落ち着けない。地面に降りて入り口である木のドアに近づいて手の甲でノックする。

 木の乾いたノックした音が扉からする。周りが静かなせいなのといつもよりも音に敏感になってしまっているせいもあるだろうが、嫌に木々の合間をノックした音が響き続けていく。

「…」

 待ち伏せされているかもしれないということも考えて、私は森の中から誰かがこちらを見ていたり、飛びだして来ようとしていないか警戒を続ける。二分ほどアリスが出てくるのを待ってみるが、一向に彼女が出てくる気配がない。というか、家の中からは人の気配が感じられない。

 試しにドアノブを捻って扉を手前に引いてみるが、鍵がかかっていて開かず、アリスは本当に出かけてしまっているようだ。会わなくてよかったような、よくなかったような、そんな微妙な気分になるが気持ちを入れ替える。

 仕方がないが一度ここから離れるとしよう、一か所にとどまり続けるのは見つかる可能性が高くなって、それはあまり良くない。アリスの家の玄関から離れてあてもなく歩き出す。アリスだけとは限らないが何度もこの場所を通った足跡が木々の間を通って村の方へと続いている。

 最近は雨も降っていないし、魔法の森だといっても夏で猛暑なのには変わりはなく、村などと同じように地面乾いて硬くなっていて足跡が付きにくい。

 村の手前ぐらいまではこの足跡が重なってどれが私の足跡なのかわかりにくい道に沿って歩こう。あとはそこからどうするかだが、そこまで親しい人間や仲のいい妖怪、信用できる奴などもいないため、本当に宛がない。今はそれでもよかったかもしれないが、私も人間である以上は休息が必要で、それをする場所が要る。

「…」

 魔法の森は一部の妖怪達などを除いて、立ち寄る者は片手で数えられるぐらいに少なく。身を隠しやすい。でも、魔法の森にいるというふうに自分の行動をパターン化してしまうと、探す方も魔法の森に慣れて見つかる可能性が高くなる。一度、魔法の森から出て別の場所に移動した方が、相手も私の動きを予測しずらくなるはずだ。

「…」

 そうだとしても、今は慣れている魔法の森で行動した方がいいだろう。地の利があるのとないのとではだいぶ逃げやすさが違う。それに、他の森と違って木も多いし、場所によってその濃さは違うが、瘴気が常に漂っていて視界も悪い。敵から見つからないようにするのにはこの森はうってつけだ。

 木の葉っぱが頭上を完璧に覆っていて、上から姿を見られて見つかるということはほとんどないだろう。しかし、だろうというだけで絶対とは言いえない。目がいい連中だって霊夢に手を貸すかもしれない。振り返り、見える範囲で辺りを見回してみるが、人影らしいものは無い。

 遠くからだとしても、薄く立ち込めている霧のおかげで体の輪郭などがぼやけ、そこにいるのが誰なのかを特定するのには、ある程度の距離まで近づかなければならない。であるため、近づかれる前にこちらが離れて逃げればいいだけだが、足の速い奴だと追いつかれるかもしれない。それについてはどう対策するか。

 霊夢たちのことを考えたくなく、夢中になって頭を働かせて歩いていたら、いつの間にか魔法の森の切れ目ぐらいにまで来てしまっていたらしく、いまだに各地域から黒い黒煙を上げている村が見える。

 昨日というよりも今日であるが、失神する前に霊夢にぶっ飛ばされてきた方向とは違う地点から森の切れ目についたわけだが、もう少し違う方向へとしよう。

 方向としては昨日自宅へと向かった方とは反対方向となる。その方向にあるのは私やアリスが住んでいる場所よりも森が深くなっていて、瘴気も濃い場所だ。

 物などを拾いに行くときにはそこら辺に行くのだが、暗くて気味が悪いし凶暴な妖怪も多い。あそこには極力立ち入りたくないんだが、あそこほど身を隠すにはちょうどいい場所もないだろう。だからどうしたらいいか。

 安全を考慮し、嫌な場所でも我慢して魔法の森の深部に向かうか、嫌な場所では精神が持たないと少し安全ではないがこの辺りをうろつくか、立ち止まって悩んでいると、村の方向から誰かが歩いてくるのが見えた。

 先日にあった花の化け物との戦闘で発生し、まき散らされた大量の岩石がその人物を遮っていて、かなり近くまで接近されてしまった。

 霧がかかっているとは言えこちらから見えているということは、あちらからも見えているということであり、あまり下手に動くと余計に目立ってしまうため、近くの木の後ろにゆっくりと移動して、森の方向に来ている人の様子を観察する。

 歩き方やぼやっと見えるシュルエットからアリスではないことが何となくわかるが、咲夜や早苗、勿論であるが霊夢でもない。

 隠れた場所で屈み、草木の間を移動して歩いてきている人物から見えないように、他の木の陰から眺めてみると、歩いてきている人物が近づいてきたことでよく見ることができた。

 真っ白な白髪、緑色の上着に刀を腰のベルトから提げている。その彼女の周りをふわふわと飛んでいる綿菓子のようなものは霊魂だろう。

 なんでこの場所に、と焦りかけるが妖夢はこの場所を通って白玉桜に帰るらしく、買い物帰りで食べ物が入っている袋を左手で持っている。

 さっき岩陰から出てこられた時には見つかったかと思ったが、見つかってはいなかったみたいで、こっちには目もくれずに歩いてきている。そのまま私がいる位置を通り過ぎていってくれるかと期待ときに、彼女は丁度よく立ち止った。

「……」

 一応は彼女から見えないように体を木の陰に隠して気配をできるだけ殺すが、静かな妖夢の木々で反響した声が耳に届く。

「さっきから隠れて見てきている人、何なんですか?」

 霊夢が先日、文に幻想郷にいる住人全員が異次元の連中の標的である可能性があり、それを警告してもらっていた。そのことから、堂々と姿を見せずに眺めていたのを妖夢は感じ取り、自分が狙われているのかと余計に警戒しているのだ。

「すまないな、妖夢。私も敵が来たのかもしれないと思ってとっさに隠れちまってたんだ」

 妖夢がこちらの正確な位置を見ていて、仕方なく私は木の陰から彼女から見える場所に出た。

「あなたは…」

 妖夢が私のことを見た途端に目を見開く、別にそんなに驚くことでは無いはずだ。普通ならな。

 私の予感は当たったようで、持っていた買い物袋をその場に落とすと彼女は素早い動きでダッシュし、腰に下げていた長い刀の楼観剣の鞘を左手で掴むと、右手で鮫肌模様の柄を掴み取り、抜刀。

 ヒュッと空気が切り裂かれる音が聞こえてくる。刀を振る速度が速すぎたのといきなりのことで対応が間に合わず、刀を目視で捉えることはできなかったが、おおよその軌道は何となく予測できて後方に下がりつつ上体をのけ反らせると、鼻先を何かが通って行った風を感じる。

「っ!」

 いきなりの酷いご挨拶に驚かされたが、彼女は剣士としては自分のことをまだまだ未熟者だと言っていた、そのおかげで助かった。妖夢が達人の域にまで達していたら、頭が地面に転がっていてもおかしくなかったかもしれない。

 その証拠に私のすぐ近くに生えていた草や木が、妖夢の振った楼観剣の軌道を境にしてズレが生じ、重力方向へ落ちて行く。

 木の幹を難なく両断するその刀の切れ味、恐ろしいものだがそれができるほどの太刀筋もすごいし、何よりも刀が触れていないはずなのに、地面に切れ目が付いている。

 魔力が刀から放出しているため射程がわずかに伸びているわけだが、直接刀が当たっている場所よりは威力が低いとはいえ、それですら地面を十五センチ程度も抉っていて、当たり所によっては致命傷になりそうだ。

 魔力で体を防御するとしてもそれなりに肉体にだってダメージは通るだろうし、刀の軌道とそれの延長には気を付けなければなければならない。

 それと、間違っても勘違いしてはいけないのは、未熟者と言ってもそれは剣術を使っている奴の目線ではということに限る。

 剣の訓練などもしたことのない私からしたら。正面から戦えばどちらの意味でも勝負にならないだろう。

 




五日から一週間後に次を投稿すると思います。早まることもあるかもしれません。そこは期待しないでください。


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東方繋華傷 第五十九話 忘却

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は第五十九話をお楽しみください。


読みづらいなどがありましたら言ってください。できる限り読みやすいように頑張ってみます。


 妖々夢異変の時から大分時間が経って妖夢も剣術の腕を上げたと聞く、あの時と同じようにとはいかなくても、ある程度は戦うことはできるはずだ。

「こんなところでお前にやられるわけにはいかないんでな…。押し通らせてもらうぜ、妖夢」

 妖夢から一度距離を取り、全身に魔力を巡らせて強化を済ませる。特に目の動体視力を強化し、高速で動く刀を捉えるために斬撃に備えた。

「……」

 妖夢が構えている刀がどう動かされても、それに対処ができるように下半身に力を込めて、手先に魔力を送ると手のひらの辺りが淡く光り、こっちの準備は完了した。

「無視かよ…まあ、こんな挨拶の仕方からしても、もともと私とはしゃべる気もないって感じか…」

 妖夢はそれすらも返事をせずに無視すると私に動きを読ませないようにするためか、抜いていた刀を腰に提げている鞘に納めると、その状態で柄に手を添えて動きを止める。抜刀術だ。

 いや、これは私に刀の軌道を読ませなくする為じゃない。抜刀術はある意味では攻撃に特化してはいるが、自分から攻撃をする剣術ではないからだ。

 抜刀術は相手の行動を読み、一撃目を受け流して敵が二回目の攻撃をする前に自分が攻撃を行う。いわゆるカウンターというやつだ。

 私が戦闘体勢に入ったことで妖夢はどういった行動をし、どういった攻撃をして来るのか様子を見たいらしい。今までに何度も殺し合いではなかったが戦っていて、どうやって私が闘うのか知っているはずではあるが、足元をすくわれないようにするためだろう。だが、こちらの都合を考えれば好都合だ。

 抜刀術は原則として心を静めて攻撃を待たなければならない、それは攻撃をされるということが大前提であるということが言える。

 妖夢に対して攻撃をしなければ、抜刀術を行おうとしているうちは私が攻撃されるという心配はない。そのうちに距離を離して逃げることができる可能性もあるだろう。だが、思い出さなければならないのは、妖夢が一番初めに私に向けてやってきた攻撃についてだ。

 確か、私を見て初めに攻撃してきた方法は抜刀してから構えて切りかかる。ではなく、抜刀術での攻撃だった。彼女が本来の抜刀術の基本となる、待つという形でそれを使用しなければ、話は変わって来る。

 じりっと後ずさりをした私に向かって、彼女は地面の土を巻き上げることなく滑るように走り寄り、もう一度抜刀。足元を水平に薙ぎ払うのではなく、下から斜めに振り上げられる斬撃が繰り出される。

 左足の脛から右足の膝が両断される軌道であり、動きを止める気だ。どうやらどういう形であっても私を生け捕りにしろということらしい。生きてさえいればいいということは体にどれだけ損傷があっても、異次元の連中にとっては価値は変わらないということだ。

 私は地面を踏みしめて足に力を込めてジャンプし、地面すれすれからかち上げられた刀の刃を右足は躱すことができた。だが、右上がりに振られているため左足の方が高い位置にいなければならず、そこでわずかに遅れてしまったことで足を切り裂かれたり、両断されることは無かったが、靴の底を少しだけ削がれた。

 それが自分の体の肉じゃなかっただけましといったところか。かわすのがギリギリで冷や汗をかいたが、まだ戦いは始まったばかりだ。こんな攻撃を後何度かわせばいいんだか、一瞬でも気が抜けないな。

 今度は上へ勝ちあげた刀を下へと振り下ろす。当たれば頭には当たらないように右腕を肩から削ぎ落される。腕を失えばどう戦っても有利には戦えないが、私は右利きであるため利き腕を失えば一時的に戦闘能力の大幅な低下が予想される。

 地面に降りてから左側へと逃げたのでは遅すぎる。足から魔力を放出してそれを硬化させ足場を形成、そこに着地と同時にしゃがんで刀の到達までの時間稼ぎをしつつ、左側へと移動する。

 これでもだいぶ急いだ方だが、二の腕の辺りを浅くではあるが楼観剣で抉られてしまった。攻撃が思ったよりも速い、かわすのが精一杯で彼女に攻撃をし返す暇がない。

 やはり彼女に合わせて戦っていたのならばこちらの身が持たない。また、攻撃をしてきている彼女へ掌を向け、レーザーとして撃つのではなく魔力をそのまま放出した。ジェット機などと同じように魔力を噴射し、そこから推進力を得て距離を置く。

 彼女は魔力で刀の射程を少しだけ伸ばしているため、振り上げたり振り下ろしたりといった行為によって木の枝や葉っぱが切られ、妖夢から距離を取った私にまでパラパラと降って来る。

 落ちてくる木の枝を払いのけ、再度手のひらの中に魔力をため込んでいつでも放てるようにした。十メートルほどの距離を取ってはいるが、素早い妖夢に対してはこの距離は全く安全ではない。

 その証拠に私が払いのけた木の枝が地面に落ちて行くよりも早く、彼女は私の目の前にすでに走り寄ってきている。動き出すのは私が木の枝を払いのけた後だったというのに、その素早さに舌を巻かされる。

 だが、戦っていた中で少しだけ彼女の速さに目が慣れてきたのだろう。魔力をエネルギーへと変換し、突っ込んできている妖夢の眉間へ向けてそれをぶっ放す余裕がある。逆を言えばそれしか余裕はないということにもなるがな。

 彼女に命中すると思われたが、妖夢は手の中に隠し持っていた魔力が込められて、起動しているスペルカードをエネルギー弾へと投げ込んだ。スペルカードがエネルギー弾の形容しがたいエネルギーの四散音とともに砕けて破壊され、スペルカードが完全に起動した。

「断命剣『瞑想斬』」

 楼観剣の周りに妖夢の魔力が集まり、私がよく足場などに使っているような朧げなものではなく、高密度で硬く、切れ味のある本来の刀よりも一回りも二回りも大きなブレードが形成された。

「りゃあっ!!」

 魔力の刃でコーティングされている楼観剣が頭上から振り下ろされた。このままでは巻き割りのように頭の頭頂部から股間までを綺麗に一直線にぶった切られてしまう。このスペルカードは斬撃に特化しているスペルカードであり、それぐらいなら容易なはずだ。

「くっ…!」

 魔力で刀の大きさだけでなく長さも二倍で、後ろに下がったとしても全く同じ結末を迎えるだろう。ならば受け流すか、奴に近づくしかないだろう。例えば、刃のある部分よりも内側とか。

 魔力を高質化させたことでわずかだが楼観剣の重量が増え、それによって妖夢の刀を振る速度が少しだけ遅くなる。そのうちに走り出すために体を前のめりにすると、足の裏が横を向け、手でやったときと同じように魔力をそこから放出する。霊夢の速力とまではいかなくても、かなりの速度で彼女へと突っ込む。

 体を妖夢に対して右側へ少しだけ寄せ、伸ばした左手で妖夢の楼観剣を握っている手の甲を殴る。彼女らほどの腕力を出せるわけではないが、軌道の角度を変えるぐらいはできるはずだ。

 私が殴ったことで覆っている魔力で大剣と変わらないような大きさになっている刀が、まっすぐではなく斜めに振り下ろされ、軌道を変えることには成功した。

 だが、やはり魔力で強化したといっても普段は近接攻撃をせず、とっさで強化が上手くいっていない私の腕力では軌道をわずかに変えることが精々で、刃のない領域に入る直前で左肩に魔力のブレードが抉り込んだ。

「うぐっ!?」

 魔力で左肩を余計に強化しているとは言え、楼観剣はあっさりと肩へと到達してしまっている。もう少し妖夢が刀に力を籠めれば腕が肩ごと体から引き離される。体に刀が抉り込む不快感と、肉体を切られる鋭い痛みが同時に襲ってくるが、私は歯を食いしばって耐え、ブレードのない領域へと突き進んだ。

 組織を破壊されたことで血が滲み、左側から嫌な血の匂いが漂ってくるが、無理やり体を前方に投げ出したことで刃の内側にある妖夢の懐へと潜り込んだ。そして、右手に溜めていた魔力をエネルギー弾としてわき腹へと発射する。

 カードを使用した際の、スペルカード特有の型にはまった攻撃による体の硬直により、今の妖夢は隙だらけだ。魔力で体を覆っているらしく、それに触れるとエネルギー弾が火薬や爆弾の爆発とは違う、エネルギーの放出による爆発が起こる。そこから爆発のエネルギーだったものが運動エネルギーとなって彼女の体に移り、後方にぶっ飛んでいく。

「があっ!?」

 下から斜め上への物理的な運動エネルギーによって、妖夢の体が前方で宙を舞っている。さっきと同じ方法で魔力での加速をしつつ、彼女へと跳躍する。

 魔力を掌ではなく握った拳の前方へため込み、妖夢がやったように高密度で硬質化させ殴りかかるが、それを察知している妖夢は体の方向がいつもとは上下逆で、頭が地面の方向を向いて足が上を向いている状態だというのに、魔力で作った足場に空中で器用に着地した。

 魔力によって二倍以上の太さがある楼観剣を無理やり鞘に納めると、ブレードの役割をしていた魔力が剥がれて役割を失い、空中に結晶として霧散する。

 攻撃に合わせて抜刀術を使うつもりらしい。だが、抜刀術を使ったとしても私には当たりはしない。

 妖夢は私を生かして捉えなければならず、殺すことはできない。それは常に戦いにブレーキがかかっている状態で、手加減をして戦っているということだ。ということは、真剣勝負だというのに本気で戦えないということであり、刀を振る速度にも影響が出る。霊夢たちの攻撃に比べればそれは遅すぎる。

 殴りかかると彼女はそれを抜刀した刀で受け流し、そのまま切りかかってくる。だが、殴った手を引っ込めながらも私はもう片方の手を突き出し、こちらの拳の先にも集めておいた妖夢と同じ高密度の魔力で硬質化させたもので楼観剣に正面から打ち合わせた。

 ように見せた。正面から本当に打ち合ったのでは硬質化した魔力でも削られて、この肩の傷と同じように切りつけられてしまう。そこで、抜刀術と同じく、刀の攻撃を高質化した魔力の上を滑らせて受け流す。

 受け流したとしても切れ味のある楼観剣の刃によって削られている魔力が割れたガラス片のように飛び散った。だが、拳に痛みは無く、無傷で済んだ。

 そのうちに高質化した魔力をエネルギーに変換し、再度に渡って妖夢にエネルギー弾としてぶっ放した。

「ぐぅっ!?」

 今度は上から下への押し出すように働いた運動エネルギーによって、地面に背中を打ち付けて彼女は転がっていき、そのまま倒れ込んだ。だが気絶したわけではない。すぐに起き上がって楼観剣を構える。

「妖夢…お前は買い物帰りなわけであって、戦うためにここに来たわけじゃない…だろ?…だからロクなスペルカードも戦いの準備もできてない。…だから、今回はこのまま勝ったやつも負けた奴もいないってことにしないか?…私はお前とは戦いたくはない」

「……。なんなんですか?」

 私が予想していた返答とは違う答えが妖夢から帰って来る。その先で何というのか耳を傾けていると彼女は一拍の間をあけて言った。

「あなたは、何なんですか?」

「…、何が言いたい?どういう意味だ?」

 質問の意味が分からないが、妖夢はこの異変には今までは関与していなかったため、断片的な情報しか持ち合わせていない。だから、私が本当に向こうの世界の人間だったのかどうかを聞いているのだろうか。私がそう言うことなのかを聞こうとした時、彼女は言った。

「なんで、私の名前を知っているんですか?」

 それを聞いた途端に、私の頭の中は真っ白になった。

 




もしかしたら早まることもあるかもしれませんが、五日から一週間後に次を投稿すると思います。


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東方繋華傷 第六十話 記憶の喪失

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は第六十話をお楽しみください。


「……え…?」

 妖夢が言ったことに対して、それしか言えなかったというか、その言葉を喉から絞り出すのが今の私には精一杯だったといえる。

「質問の意味が分からないわけではないですよね?あなたは何者なんですか?どこで私の名前を知ったんですか?」

「…嘘………だろ……」

 今度は私が妖夢の質問に答えることができなかった。

 これが芝居でないことは、すでに分かっているし彼女とも知らない仲でもないのに、この言葉。

 彼女は、私のことを忘れている。

 それ以外考えられない。そうでなければこんな質問自体をしてくることは無いはずだからだ。

「とりあえず答えるとするならば、あなたが提案した案については断ります。…次は私の質問を答えてください」

 彼女へ返事を返そうとしていたがショックで口が動かないし、どう返事をしていいのかがわからない。

 それ以前に、すでに頭は妖夢への返事のためにではなく、別のことについて働いていた。

 霊夢や咲夜たちが私の家の位置がわかっているのに、朝までに家に到着できなかった理由は、見逃されたり泳がせておくためではない。単純に私のことを忘れ、家の位置がわからなかったため探し出すことができなかったのだ。

 私は対峙していた妖夢の返答をするよりも前に、彼女に背を向けて走り出す。頭の中が混乱していた。

 彼女が私が忘れているとわかっているはずなのに、忘れていない。と何の根拠もない希望を自分に言い聞かせ、何も考えずに博麗神社へと向かう。

「…ちょっ!?待て!!」

 いきなり踵を返して走り出した私に、びっくりしたような声を妖夢はあっけにとられていたが、すぐに走り出して私の後を追い始める。

 嘘、なんだよな?霊夢が忘れるなんて、嘘だよな?奴らに何かをネタに脅されて、私を裏切らないといけないんだよな?

 現実味のない甘い妄想を膨らませ、ありもしないことを現実に持ち込もうとしている。

 完全に現実逃避をしているが、それに気が付いていない私は、妖夢に返答をすることや彼女と戦うということが頭の中から無くなっていた。

 向かった後のことなど、後のことを何も考えずに博麗神社に向かって走り続けた。

「敵に背を向けるとは、切ってくれと言っているととってもいいということですね?」

 私の周りにあった木の幹が一斉に両断され、切られた部分から上部がふわりと浮き上がる。

 斬撃の飛んできた後方からの強い敵意を感じ、肩越しに振り返るとその両断された木々の間から、妖夢の姿が見えた。

「…!!」

 周りの木々と一緒にスペルカードをぶった切ったらしく、淡く光っていた長方形の物質が横に真っ二つになっていて、それが結晶の塵となって消え失せた。

 すると、妖夢の楼観剣をさっきと同じように高密度の魔力が覆っていく。

 いや、同じように見えるが、瞑想斬とは全く違うスペルカードだ。刀を覆っている魔力は必要最低限で、硬質化もあまいしさっきよりも細いし短い。

 その代わりに足などの身体に刀に使うはずだった魔力が使われ、身体能力が強化されている。

 妖夢が一歩踏み出すとその脚力に足周辺の地面が陥没し、割れる。

 そして、そこからさらに前へ足を突き出して大きく踏み込み、後方に土をまき散らして走り出す。

 早い。さっきのように切ることのみに特化させているわけでない。高速移動による攪乱や移動による運動エネルギーを利用し、相手のことを粉砕する一撃を与えるスペルカードだ。

 だが、異変に関与していなかった妖夢はあいつらの強さを知らず、霊夢のように作り変えてもいない。彼女の持っているスペルカードは所詮は倒すスペルカード、殺すものではない。

 そこが勝敗の分かれ目だろう。一刻も早く博麗神社へと向かいたくて気持ちに余裕のない私は、手加減なしで彼女を迎え撃つ。

「人符『現世斬』」

 妖夢の姿がブレて見えるほどの速度で突っ込んできて、私はそれをレーザーで迎え撃つ。しかし、彼女を直接狙って撃ったものではなく楼観剣の周りを覆っていた魔力を剥がす、と同時にレーザーに含まれている凝縮された光エネルギーによって、振る方向と反対の力が加わってほんのわずかにだが、刀を振る速度が遅くなっていく。そうして、妖夢の刀を握っている手を私は足で押さえつけてやった。

 楼観剣を振るという行為は腕の一部の筋肉を緊張させたり、弛緩させたりなどをして行うわけだが、心臓の拍動と同じで刀を振るために筋肉を緊張させる直前というのが一番筋肉が弛緩している状態である。そこを私が押さえつけたため、腕の筋肉を一気に使ったいつもの瞬発力で刀を振れず、彼女の動きが少しだけ止まる。

 妖々夢異変で食らったことのある技で、あの時と軌道がほぼ同じであったため、こんなことができたが、賭けに近かった。

「っ!?」

「妖夢、スペルカードを使ってたら、この先では生き残れないぜ。お前みたいに得物を直接敵に当てなきゃいけないようなやつは特にな」

 彼女の今回使ったスペルカードは刀の強化だけではなく、行動まで制御されている物だった。

 これは何度も言っているが、それは使えばいかなる状況でも設定したとおりに行動することがでいるという利点があり、ある一定の攻撃力や速度しか出せないという欠点もある。

 そしてその欠点以外に行動が制御されるタイプには、もう一つの欠点がある。

 スペルカードで設定しておいた設定上の行動と、現実での行動に違いがあるとスペルカードが上手く作動せず、崩壊するというものだ。

 今それを実践しているわけだが、スペルカードのプログラムと同じ動きを妖夢は予定していた。だがその通りに楼観剣を振り抜けず、体と予定に誤差が発生したことでスペルカードが崩壊した。

 スペルカードの崩壊と一緒に、プログラムの拘束がいきなり溶けた妖夢の体のバランスも崩れ、前のめりに倒れそうになる。

 その彼女の顔を直接手で触れ、魔力で変換された電気を流す。

 高い電圧で全身の筋肉が硬直し、振り払ったり離れることもできずに私の触っている手で全身を支えられていて倒れることもできない。

 妖夢が動けないでいるうちに周りの土や石に含まれている鉄に、魔力でコイルなどの性質を持たせ、彼女には流れないように辺り一帯に電流を流した。

 コイルの性質を持つ地中に存在している鉄に電流が流されたことで、それらはいわゆる電磁石として一時的に強力な磁力を発する。

 磁力が発生したということは、妖夢が持っている金属である楼観剣と腰に提げているもう一本の白楼剣が磁力によって地面へと引き寄せられた。

「うっ!?」

 魔力によって発生した強力な磁場は、持っていた刀と鞘に収まっていた刀を地面にめり込ませ、刀の切れ味が高いせいか地面に段々沈み込んで行く。

 そこで妖夢に流していた電気を止め、数分間電力を発し続けられるだけの魔力と地中の鉄にコイルの性質を持たせ続けられる魔力を彼女の周りに撒布し、磁力の働いているこの辺りから離れて博麗神社へと向かう。

「待て!」

 体に流れていた電気が止まったことで筋肉の硬直が収まり、話せるようになった妖夢がそう叫ぶが止まるはずもない。

 二つの刀が予想以上に重たいらしく、うずくまったまま動けない妖夢はこちらに手を伸ばそうとするが、すでに私は彼女の伸ばしている手が届かない位置を走っている。

 不規則にたくさんの木が生えている森の中ということで、すぐに妖夢の姿が木々で隠れて見えなくなる。ここから博麗神社までは少しかかるが目的地を目指して私は突っ走る。

 彼女に会う。それ以外のことは考えずに十数分間走り続けた私は、木々を避けて坂を駆け上がる。ここを抜ければもう博麗神社の庭につく。体力を温存することを考えずに全力で走っていたせいで息が切れて苦しい。

 普段から人が立ち入らないため木の枝が伸び放題で、顔や腕などの肌が露出しているところをひっかき、坂の中盤に差し掛かったころにはすでにすり傷だらけになっていた。しかし、霊夢に会いたい一心で動いている私はその程度では止まらない。

 坂を駆け上がり、草むらをかき分けてある程度は手入れが行き届いていて、草や木の生えていない庭に行きついた。

「はぁ…はぁ…!」

 博麗神社の庭に飛びだすとずっと全力で走っていたせいで足が疲れてもつれ、倒れそうになったが踏みとどまって神社の方を見上げた。

 前日の奴らとの戦いで負った擦り傷などがある場所に絆創膏や包帯を巻いた霊夢が、縁側に座って湯呑み椀でお茶を飲んで空を見上げていた。

 庭の端から飛び出したことで物音と動きで霊夢がすぐにこちらに気が付き、首を傾けて私を見ると、緩んでいる気を引き締めて戦闘態勢に入る。

「…あんたは…!」

 いきなりの私の出現に彼女は驚いているようにも見える。でも、すぐに湯呑み椀を床に置き、お祓い棒をどこからか取り出すと私の方に走ってきた。

 その彼女に、私は震える声で語りかける。

「……私のことを忘れたなんて……嘘だよな…?…私に言ってくれたあの言葉も、今までのことも忘れたなんて……嘘……だよな…?」

 彼女の記憶が消えていないという根拠は何一つなく、前日に攻撃を受けていることから消えていない可能性はゼロだろう。だが、私はありもしない望みにすがっていた。

「…?あんた、何言ってんの?誰と間違えているのか知らないけど、あんた誰?…あんたのことなんて知らないわよ」

「…………そん……な…」

 忘れられたというある意味は殴られるよりも、裏切られることよりも精神的に傷つく。

 彼女らのせいではないがその酷薄な行為に熱いものが込み上げてきて胸が一杯になる。

 胸が引き割かれるような痛み、攻撃を受けたわけではないのになぜだろうか、胸が痛い。胸を押さえてその痛みを和らげようとし、後ずさりをした私に彼女は容赦なく殴りかかって来る。

 動体視力を強化したままだったのだろうか、ゆっくりに見えなくもない霊夢のお祓い棒が顔面に叩き込まれ、今しがた出て来たばかりの森の中へはじき返された。

「………霊…………夢…!」

 私のかすれた声は木々の間で短い時間反響し、虚空に消えた。

 




五日から一週間後に次を投稿すると思います。



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東方繋華傷 第六十一話 対立

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という心の広い方は第六十一話をお楽しみください。

今回は短めです。


「うぐぁっ!?」

 明るい博麗神社の庭と霊夢が見えていたはずなのに、お祓い棒の衝撃が伝わってきたと思ったころには、頭が後方に投げ出されて薄暗い森の中が目に入ってきていた。

 その景色も後方に流れていき、進行方向上に成長して伸びてきている太い木の枝に私は背中を強打してしまう。

 殴られて飛ばされたわけだが、三十メートルという長い距離を移動しているうちにその勢いが弱くなって止まれたとはいえ、全体重が背中にかかり肋骨が変形して肺の中に存在していた空気がすべて押し出され、呼吸ができなくなる。

「かぁ…っ」

 私がぶつかったことで木の枝が湾曲し、弓と同じでその形が戻ろうとする力で地面に振り落とされた。

「げほっ…!ごほっ…!」

 しかし、そんな痛みよりも込みあがってきている熱いものが影響しているのか涙腺から涙が分泌されていく。

 それは器に並々に注がれた水があふれそうになっているのと同じで、瞳にたまっていた涙があふれ出しそうになる。

 霊夢が次の攻撃を仕掛けてくる前に逃げないといけない。そう思っているのは脳の一部だけで、体を含めて脳の大部分がどうしようもない悲しみに支配されて気持ちに余裕がなく、体を丸めてうずくまった。

 大したことはしていないかもしれない。でも、友人関係など今まで私が積み上げて来た物を、人生をすべて無かったことにされた。

 人に忘れられることほど、悲しい物もないだろう。

 こんなことをした異次元の奴らにこの行き場のない怒りをぶつけたい。しかし、やつらはあと二日程度の時間が経たなければ現れず、行き場のない怒りに蓋をして鎮めることができず、頭を爪を立てた指で掻き毟った。

「……っ…!!」

 指先に髪の毛などの繊維状の物ではない水などと同じ水気を感じた。爪が皮膚を抉って出血させているのだ。

 頭を抱えていた私の近くにいつの間にか霊夢が近づいてきていたらしく、視界の端に見慣れた靴が見えた。恐る恐る顔を上げて見ると、お祓い棒を握りしめてこちらに向けている彼女が私を鋭い目つきで見下ろしてきている。

「なあ、霊夢…お願いだから…冗談だって、言ってくれよ…!!」

 彼女の方に無意識のうちに手を伸ばしていた。この行為や投げかけた言葉などが無駄だとわかっていたはずなのに、何の希望もないのに私は霊夢に縋った。

 彼女へと伸ばしていた手をお祓い棒を使って軽く払いのけられた。それが当たった手の甲がヒリヒリと痛む。

 こうなるとわかっていたはずなのに私は呆気にとられて後ろにのけ反り、尻餅をついてしまう。

「…だから、あんた何言ってんの?訳が分からないことを言わないでくれないかしら?私たちを騙すつもりなのかは知らないけど、もっとましな手を使うべきだったわね」

 霊夢がお祓い棒を持っていない方の手で私の胸倉を掴んだ。すると持ち上げられてそのまま彼女の方に引き寄せられた。

 彼女の綺麗に整っている顔は普段は見とれるほど綺麗なのに、怒っている表情のせいで余計に怖く感じる。

「っ…!」

 胸倉を掴んでいる彼女の手を離させようともがくが、振り上げられたお祓い棒で殴られ、突き飛ばされてしまう。

 顔に当てられたお祓い棒で頭が揺らされ、めまいが起こる。

 地面に倒れ込み、軽く意識が混濁してきていて目を回していた私に、霊夢は歩み寄ると私にも聞こえるほどにお祓い棒を強く握りしめる。

「…あんたにはいろいろと聞きたいことがあるし、少しの間眠っててもらうわ」

 霊夢が懐に手を伸ばそうとした時、わきの背の高い草むらから誰かがかき分けてくる音が聞こえ始めた。

 音が大きくなり奥の草が揺れ始め、それが手前の草まで移動するとさっきまで交戦していた妖夢が、楼観剣を手にして現れる。

 磁力から抜け出そうともがいた後なのか、ここまで走ってきたからなのかわからないが妖夢は額に汗を浮かべている。

「…あら、妖夢じゃない…方向的にこの子を追ってきたってことでいいのかしら?」

 持っていたお祓い棒を少し下げて、楼観剣を手に持ったままこちらに歩み寄ってきた妖夢に霊夢は言った。

「ええ、買い物帰りの途中で偶然会いまして、捕まえろというように聞いていたのでとりあえず追ってきてみたのですが、無駄足だったかもしれませんね」

 私がやられて地面に倒れている状況を見て、彼女は言った。

「…そんなの聞いてないけど…まあ、いいわ。…買い物の途中だったんでしょう?あとは私がやっておくわ」

 霊夢がそう言うと、じゃあ、お願いしますと楼観剣についている私の血を振り払った妖夢は鞘に刀を収め、今来た道を戻り始める。

 霊夢も私があまり抵抗しなかったことと妖夢が現れたことで、ほんの少しだけ彼女の気が緩んでいる今、このタイミングでしか逃げることはできないだろう。

 しかし、私は何のために逃げるのだろうか。逃げられたとして、その先はどうすればいいのだろうか。誰のために戦えばいいのだろうか、守りたい人は私を忘れてしまっていて、彼女が攻撃を仕掛けてきていることから、私を敵だと認識してしまっている。

 裏切られた時よりも忘れられた時の方が、言いくるめて仲間に慣れる可能性が高いかもしれない。だが、警戒している彼女たちを納得させられる情報も証拠も語彙力もない。

 私は彼女たちと敵対したままになるしかないのだ。いや、そもそも敵対することになるのかもわからない。

 このまま捕まり、情報を吐かせられたら咲夜と早苗に殺される可能性が高い。なぜなら異次元の連中の仲間だと思われている以上は、彼女達からしたら私はレミリア達を間接的とはいえ、殺していることになるからだ。殺されない方がおかしい。

 それではだめだ。私が殺されれば異次元の奴らが黙っていないだろう。報復を受けた霊夢たちは残らず八つ裂きにされてしまう。

 巻き込んでしまっていてもう遅いが、霊夢たちを死なせたくは無い。だから、ここで私は霊夢に掴まるわけにはいかないのだ。

 私は霊夢たちと対立して戦っていくということを、もっといい方法がないかと思っている考えを押しのけて腹をくくった。一度対立したら、後戻りはできないからだ。

 歩き出そうとした妖夢とそれを見送ろうと霊夢が視線を私から外したのとほぼ同時に、妖夢が向かおうとしていた方向とは反対の方向へ体を投げ出し、魔力で身体を強化して霊夢に掴まらないように全力で走った。

 いきなりの行動に反応がわずかに遅れていたというのに、霊夢の振り回したお祓い棒は走り出した私に追いついてみせる。

 さすがは霊夢だ、とっさなのにキレがあり重たい一撃。でも、その攻撃はいつもよりも少し緩慢に見えた気がする。両手を使ってお祓い棒を掴んで受け止めた。

「!?」

 霊夢は驚いているのか目を見開いて私のことを見ているが、こんなことができた自分が一番驚いている。

 攻撃が遅く感じたのは、彼女は前日の戦いのダメージがまだ体から抜けきっていないのだろう。

 それが心配になるが、目先のことよりも後のことを優先し、私はお祓い棒を振り払って彼女の攻撃範囲から抜け出した。

 妖夢が逃げた私を追おうと楼観剣を鞘から抜刀しているが、霊夢とは一緒に戦う機会が私よりも圧倒的に少ないせいでお互いの戦い方を知らず、霊夢が移動の障害となって動き出した私に対して大幅な遅れをとる。

 その隙に移動方法を走りから飛行に変更し、追いつかれないためにさらに加速した。

 そのころに妖夢が霊夢を迂回して走り出そうとしているが、それをさせないために近くの木に向かってエネルギー弾を放った。

 木の幹にエネルギー弾が直撃すると、そこに含まれていた全運動エネルギーが木へ移り、その威力に半ばからへし折れて妖夢たちの方向へ吹き飛んでいく。

 鞘から抜かれていた楼観剣を構えて霊夢の前に飛びだしていた妖夢は、刀の柄で魔力が込められたスペルカードを叩き割った。

 私に対して始めに使ったものと同じスペルカードが起動し、回転して飛んでいっていた木を、硬質化した魔力に覆われている切ることに特化した楼観剣が綺麗に両断する。

 左右に木が分かれて飛んでいき、攻撃をやり過ごして私を追い始めようとした頃には、すでに私は彼女たちから見える位置にはいない。

「…くそ…っ…!」

 彼女たちに追いつかれないように加速して飛んでいた私は、無意識のうちに呟いていた。

 




五日から一週間後に次を投稿すると思います。

確認はしているのですが、誤字があったら申し訳ございません。


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東方繋華傷 第六十二話 対立 ②

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は第六十二話をお楽しみください。


 真っ二つになった木が地面と他の木に衝突して粉々に砕けた音、それが辺りを未だに反響している。

 砕けて散らばった木片から、木の独特な香りが立ったまま武器を構えていた私の鼻につく。

「らしくないですね」

 敵と思われている人物を追うよりも先に、木をぶった切った妖夢は更に何かしらの追撃がきていないことを確認してから、私に言った。

「…そうね」

 それに対して私は一言だけ呟いた。

 前日での戦闘によって、接近戦があまり得意ではないとわかっている相手に攻撃を受け止められたのだ、接近戦に慣れている者からしたら私の攻撃がどれだけ遅く、悟られやすい軌道だったのかが想像できる。

 初めに庭の隅から出て来た時に殴ったが、その頃から体が鈍く感じる。

 先日の戦闘で怪我をしていたとはいえそこまで重症ではないし、ほぼ完治している体調に近く、調子も悪くなかったはずだ。

接近戦が苦手な相手だから、無意識のうちに手を抜いてしまっていたのだろうか。いくら接近戦が弱くても異次元の連中には変わりない、次からは慢心せずに行かなければならないな。

「それじゃあ、追いますか?」

 楼観剣を腰の鞘に戻し、素早く走れるように用意をした妖夢が言い、追跡を開始しようとするが、私は奴が消えた方向を見ながら彼女が走ろうとするのを止めに入った。

「…いや、追わなくてもいいわ。…追っても無駄よ。…今からじゃあ距離が開きすぎているし、振り切られるわ」

「どうしてですか?」

 異変にかかわっていなかった妖夢は、私たちが前日にも彼女に追跡を振り切られるということを知らないため、簡潔に説明した。

「なるほど、時間をかければ追いかけられるとは言え、あなたの追跡を逃げられるということは、相手は相当逃げるのが上手な相手ですね」

「…ええ、なんだか相手はこの森の地形をよく把握できてるようだし、あれを見て」

 私があの女性が走って行った方向に指をさして言う。妖夢は何があるのかと指をさした方向を眺めるが、特に何かを見つけることができず首をかしげている。

 私は妖夢に説明をするために仕方なくその方に歩き、魔法使いの恰好をした女性が弾幕に似たものを木に当てて吹き飛ばしていた場所を過ぎたあたりで立ち止まる。

「?…どうしました?何かあるんですか?」

 後ろをついてきていた妖夢はどうしたのかと追い越そうとするが、私が進行方向に手を突き出したことで彼女は止まった。

「…ここをよく見て」

 その場にしゃがみ、私は膝ぐらいの高さにあるものに指をさした。遠くからだと半透明でほとんど見えないが、近づけばある程度は視認できる。妖夢も気が付いたようだ。

 原理や魔力の構造は見ても私にはよくわからないが、魔力で作り出しているとしか言えない。

 アリスが人形などを操る際に使っている糸と形状が似てるようにも見えるため、同じ物だろうか。

 それが木の陰から木の陰へ道があるわけではないが、女性の通った場所を横切るように結んである。

「罠…ですよね?…どういったものかは全然わかりませんが」

 妖夢が木の陰を覗き込んで呟いた。

「…まあ、そうでしょうね…それで罠じゃなかったら逆に驚きよ」

 その魔力の帯なのか、糸に魔力を通したものなのかはわからないが、私もそれに触れないように身を乗り出して木の陰をみると、魔方陣が張られている。

 魔方陣には当然魔力が込められ淡く光り、それが起動しているということがわかる。魔方陣には持っている効果などが記されているらしいが、記号やよくわからない言葉などが使われていることが多く、これもそうだが、どういう効果を持っている魔法なのかがわからない。

 まあ、こういうのは触れないでおくのが一番だ。

「…追う気もないけど、また逃げられたわね…まあ、咲夜たちに報告を入れるぐらいはしておくとしましょうか…それより、あんたはいいの?」

「何がですか?」

 この魔方陣が囮で、遠距離から撃たれるということを危惧してか、楼観剣を構え直していたが危険がないと判断し、刀を鞘に納めている妖夢はそう聞き返してくる。

「…いや、あんたも聞いてるでしょ?異次元の連中のことを」

「ええ、一応は聞いていますが、それがどうしたんですか?」

「…異変に関与しようが関与しまいが狙われる可能性はあるけれど、あいつに手を出した時点で奴らに本格的に狙われると思うわ…それでも大丈夫なのかって聞いてるのよ」

 妖夢が楼観剣を収めたので、私も周りから見えない袖の中へお祓い棒をしまい込み、彼女にそれを聞いた。

「そういうことですか。それについては大丈夫です。幽々子様には了解をいただきましたし……それに、文さんから咲夜さんたちのことは聞きました。友人があんな目にあっているのに、見て見ぬふりはできなかったので、だいぶ遅れましたが私も異変解決を手伝わせてもらいます」

「…そう。助かるわ…でもスペルカードを作り替えた方がいいわ。今のスペルカードじゃあ太刀打ちできないから」

「わかっています。さっきの女性にも戦っている最中に言われましたから…白玉桜に帰ったら作り替える予定です」

 腰のベルトについている、小さな手のひらサイズの物しか入りそうにないポーチから妖夢はスペルカードをいくつか取り出すと、握りつぶした。

 魔力は込められておらず、握りつぶされても結晶化せずに紙はぐしゃりと折れ曲がり、小さくなる。

「…抜かりのないようにね」

 妖夢はうなづくと買い物袋を置いてきたままだということで、そこから分かれて私は神社へと帰った。

 紫に急ぎの用があるので早く現れてほしいが、こちらから呼んでも出て来やしないため、あいつから出てくるのを待つしかない。

「はぁっ…」

 まったく、別の世界の自分が攻めてくるなんて、面倒なことになったな。

 私はため息をついた。

 

 

 片手どころか両手でも数え切れない回数に達するほど、私は後ろを振り返る。様々な位置に魔力による罠を配置していたがそれのどれにも彼女らが当たった音はしない。

 この罠を上手いこと避けているのか、それとも追ってきてはいないのかそれはわからないが、十数個しかけたはずだがそれのどれにもあたっていないなんてことがあり得るだろうか。

 霊夢ならばそれをやりかねないが、それは私を知っている彼女なら、ということが前提である。

 私のことを忘れ、私の戦い方とその手口などをわかっていない。その状態であれば罠を警戒して追ってはこないだろう。

「…」

 昼なのに周りに生えている木々が濃すぎて、普段の日没に近い暗さになっている。黒い服を着ている私としては、それが保護色となり有り難いことだ。

 この辺りは魔法の森の中でも、特に木もそこらを漂っている自然に発生している魔力の霧も濃い。湿気も高く、地面をコケが覆っていて足跡があれば一目でわかる。

 ざっと見て幸いにもあるのはどれも裸足だったり、成人には程遠い小さな靴の跡しか見られない。妖怪か妖精しか訪れていない証拠だ。

 とある光の魔法を発動させた。組み込まれた術式の通りに目の前に、魔力のレンズが形成された。

 それは、目に入って来る普通なら見えない領域にある、特定の光線を可視化するための物だ。

 その光線というのは、熱を持っている物から発せられる赤外線だ。

 人間も体温があるため日陰で肌寒い魔法の森の中なら、赤外線で見える生物の体温はとても見やすいことだろう。

「…」

 赤外線をレンズを通すと、視界の中にある木々や地面が温度の低い青色に染まる。自分の手のひらを見下ろして見ると、手の輪郭に沿って指先まで体温があるという赤色に染まっている。

 そのまま森の中を見回してみるが、自分の体以外に赤色かもしくはオレンジ色の物体は見られない。生物はいないということだ。

「…ふう」

 まだ完璧に安全だとは言い切れないが、地面に降りた私は魔法を解除し、息をついて近くの木にもたれかかって座り込む。

 神社につくまでに長いこと走っていて喉が渇いた。バックのボタンをはずし、中に手を伸ばそうとするがそもそも水筒自体を入れていないことを思い出した。

 食料のことばかり考えていて水を持ってくるのを忘れていた。喉を潤したいがここからでは近くに川はない。

 鞄の中に水分補給ができるものが入っていないか探してみるが、やはり武器や服などしか入っていない。

「忘れてたなぁ…水筒でもあったらなぁ……まあ、いいか」

 さっきの戦闘ではそこまで戦っていたわけではないけれど、肉体的にも精神的にも少しくたびれた。

 これからどうするか、あの霊夢たちの様子から私のことを覚えている奴は、この幻想郷にはいない。それはある意味では、殺されているのとそんなに変わらないだろう。

 孤独という悲しみが込み上げてくる思いを私は何とか飲み込んで、涙をこらえる。

 いつまでも悲しんではいれない。気を紛らわすために私は今後のことを考え始めた。

 異次元の奴らはあと二日間この世界には来ない予定で、私はこの二日間をどうにかして生き残らなければならないわけだ。

 休むこともままならず、それ以上は私が闘えるかわからないため、できるだけ短期決戦を挑みたい。

 二日後を逃せば霊夢たちからの闘争と異次元霊夢たちとの戦闘によって疲労がピークに達し、集中力と判断力を欠いてやられてしまうことだろう。

 そうしないためにも、私はできるだけ霊夢たちと戦闘はしないで逃げなければならないわけだ。

 そこまで考えて、私は深くため息をついた。やらなければならないことが多いし、私のとった行動次第で自分の首を絞めることになりかねない。今更だが、これからは慎重に行動しなければならない。

 霊夢と妖夢に会ってしまったが追ってきているわけではないし、咲夜たちに私がいたということを伝えるにも時間がかかる。少しだけここで休みたい。

 だが、もしかしたらという心配が頭をよぎり、ちょっとでも隠れられる場所を探すことにした。

 どこかに捨てられた小屋なんかがあればそこでじっとしているのだが、魔法の森は地中に魔力が集まりやすく、それが地上に噴き出した霧が濃く漂っている。こんな場所に木造で作られた小屋があれば、それに当てられて手入れをしなければ数か月と持たずに腐ってしまう。

 であるため、魔法の森の深部には木造でも煉瓦でできた家も建っていない。

 体を魔力で浮き上がらせ、隠れることができそうな洞窟か、もしくは紛れ込むことができそうなぐらい葉っぱが茂っている木があればいいのだが、普段は光が入らないここら一帯は針葉樹林が広がっていて、身を隠すのにはあまり向かない。

 この辺りは滑らかな坂で洞窟がありそうな場所ではなさそうだし、木々もはっぱで隠れられそうなところはそれでもいくつか存在したが、私の体を支えられそうな枝が生えておらず断念した。

 隠れることができそうな場所を探し始めてから十数分が経過したころ、頬や肩がズキズキと痛みだしてくる。

 そう言えば、霊夢に殴られた頬や妖夢の楼観剣に切られていたということを思い出した。

 本来なら痛みを感じ続けているはずなのだが、妖夢および霊夢との交戦で精神が興奮状態となり、アドレナリンが分泌されてそれの作用で痛みが軽減されていたのだろう。

 興奮気味だった精神が落ち着きを取り戻してきてアドレナリンの分泌が収まり、頬はともかく肩が痛すぎる。

 それでも肩の傷は深く見えるが、出血はもうほとんど止まっている。意外にも血管には楼観剣の刃は到達していないらしい。

 緊急で治療を施さなければ死んでしまうほどの大怪我ではないため、手当は後回しでもよさそうだ。

 そう思って周りを見回してみると、さっきまでは見えなかった位置に生えている木が目に入る。

 おそらくその木はもともと地面の出っ張りがある場所に根を下ろして、成長していたのだろう。

 しかし、雨などの影響で土だけが水によって流されたのか、垂れ下がっている根っこの内側には空洞がある。

 太い根っこの間から中を見てみると細かい根が思ったよりも多く垂れ下がっているが、人一人ならば余裕で中に入ることができそうだ。

 でも、その細かい根っこが垂れ下がっている様子が、以前に戦った花の化け物に飲み込まれた際に見た胃の中を思い出して入りたくなくなってしまう。

 でも、ようやく見つけられた隠れられそうな場所であるため、我慢して四つん這いで木の下にある空洞に潜り込んだ。

 私が入ってきた方向と反対側は根っこの本数が多く、土を流れさせなかったのか穴は開いておらずそちら側から襲われる心配はなさそうだ。

 湿った土壁に座って寄りかかり、バックの中から原液の回復薬が入った瓶を引っ張り出した。

 魔女の服を上半身だけ脱ぐと、服に少しだけ隠れていた肩に付けられた切り傷が生々しくしっかりと見える。

「さてと……やるか」

 瓶を密閉しているコルクを引き抜いた。

 




五日から一週間後に次を投稿すると思います。

進みが遅くて申し訳ございません!


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東方繋華傷 第六十三話 意味のない戦い

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は第六十三話をお楽しみください。

これから忙しくなるため、一話一話が短くなるかもしれないです。
そうなった場合、申し訳ございません。


 治療を始めて十数分後、ようやく肩の出血が収まった。それはとてもよかったのだが、どうしようもないレベルのミスを犯し、問題に直面してしまっているところだ。

 治療をするにあたって例の回復薬を薄めることもできないまま原液で使用したのだが、細胞の活性化が強くて体温が予想よりも上昇した。それが心地よい温かさで寝不足が合間って眠ってしまった。

 なんとなく寒気がして目が覚めたとき、目を開けると私が入ってきた木の根の間を通して、早苗と目がった。

 寝起きで判断が遅れ、立ち上がろうとした頃すでに早苗は魔力が凝縮したボール状の強力な弾幕を一発だけだが放っている。

 じっくりと狙いをつけて放ったらしく、顔に当たる一歩手前で辛うじて体を覆っていた魔力に反応し、凝縮された魔力が一気に拡散した。

 凝縮された魔力の膨張によって押し出された空気が衝撃波となって、木の内側にある土と私の全身を叩く。

「あぐっ!?」

 爆破の破壊力に木の根と土は当然ながら耐えられるわけがなく、爆発の衝撃と私がぶつかったことにより、木の内側から外に吹き飛ばされた。

 木の内側にいたから周りが暗く感じていたのかと思っていたが、外も変わらないぐらいの明るさで、私がどれだけの時間眠っていたのかがわかる。見つかるはずである。

 それに雨が降っているときたもんだ。降り始めてから大分時間が経過しているのか、周辺には大きな水たまりができていて背中からその中に落ちた。

 ばしゃりと水が跳ねて服が濡れてしまう。そこからさらに沁み込んできた雨水が下着にまで及んでしまい、冷たい。

 弾幕を放つと同時に走り出していたらしく、倒れた私が起き上がろうとした時には早苗の陰が目の前に迫っていて、足首を掴まれた。

 振り払おうと体を捻って回転させようとしたが、それよりも早く持ち上げられて見えている視界が反転する。

 早苗を軸としてぶん回され、斧を振り下ろすように地面に叩きつけられた。泥水が跳ねて、顔やお腹付近を濡らす。

 足から頭の先までに存在するあらゆる間接に遠心力の負荷がかかり、特に全体重を片足のみで支えなければならず、掴まれた足から痛みを感じる。

 振り払おうとするならば体を捻るために反動をつけなければならず、そうしている間にまた早苗にぶん回されてしまう。ここは早苗に直接攻撃をしなければならない。

 そう思っていたが今度は横方向に回されてしまった。早苗が足首を掴んでいた手を離したらしく、近くの木にめがけて投げ飛ばされた。

「がはっ!?」

 背中を強打し、背中側からお腹側へその鈍痛がじわじわと伝わって来る。そのまま地面に体が自然と落ちようとした直後、早苗の拳が腹に叩き込まれた。

「かっ…!?…ぁぁ…っ!?」

 体を魔力で覆って弾幕に対しては防御していたが、物理的な攻撃から守るために身体の強化をするつもりという段階だったため、早苗の強化された拳が腹部に抉り込んだ。

 激痛に叫び声などは出なかった。パクパクと口を開けたり閉じたりしていた私の顔を彼女は掴むと、木の幹に押し付けた。

「あなたは向こうの世界の人間なのでしょう?私たちを襲う目的は何ですか?」

 腹部の痛みで質問に答えられない私は彼女の腕を掴み、離させようともがけがもがくほど顔を掴んでいる手に力がこもっていって、力を抜いた。

「早く答えてください。喉を潰した覚えはありません」

 腹部に当てていた手と顔を掴んでいた手を離すと、私の両肩を掴んできた。そのまま体を引き寄せられ、わき腹に早苗の膝蹴りが見舞われた。

「がぁっ…!?」

 今回は身体の強化をしておいたおかげで、ダメージはさっきよりも軽く済んだ。しかし、それでも大きなダメージには変わりはない。

 胃が収縮して内容物を吐き出そうとするが何も食べていなくてよかった。そうでなければここで胃の中身をぶちまけていたからな。

 私は蹴りを受けて前かがみになっていたのを利用して、早苗の腰にタックルを食らわせたが、足腰に力を込めていたのか倒れるには至らない。

 早苗は私の背中にお祓い棒を叩き込むと、体勢を崩したところで髪の毛を掴み、持ち上げながらお祓い棒を顔面に叩き込んでくる。

「うぐっ!!」

 顔が傾き、体が投げ出されそうになるが何とか踏ん張り、身体を強化して早苗に向けて拳を振り抜く。

 しかし、腕を下からかち上げられ軌道がずれた。全体重を乗せて殴りかかっていたことで、彼女に突っ込むことになり、隙だらけとなった胸にお祓い棒を叩き込まれた。

「かぁっ…!!」

 早苗は近づいてくると私から見て後ろから前に足を払った。地面から足が離れ体がわずかな時間空中に浮かんだ。

 そのうちにまた顔を掴まれると、地面に向かって勢いよく叩きつけられた。

 頭がガンガンと痛み、頭を押さえようとするが早苗に手を弾かれてしまう。歯を食いしばって痛みに耐えようとしていると早苗が暇を与えずに語り掛けてくる。

「勢いあまって殺してしまう前に答えてください」

 そう言われても困る。奴らの目的が私の何かだろうということはわかっているが、その理由がわからない。それを言ったところで信じられることは無いだろうし、知らないといってもそれを証明することはできない。

「…」

 覗き込んできている早苗がしてきた質問をどう答えるか悩んでいると、彼女は私の体の上を跨いで立ち止まると、言った。

「まあ、それについてはどうでもいいです。…本題はここからです。目的があるということはそれに向かって行くためのプランがあるはず。これからどういう流れで誰を襲って行くのか。そして、向こうの世界にいる私の居場所をいいなさい」

 早苗はお祓い棒を握りしめた。

「あなたが直接手を下したわけではありませんが、私は大切な人を奪われました。だから手段を択ばないことにしたので、言えないなどの理由があろうが知ったことではないので、悪しからず……早く言った方が楽になれますよ」

「ああ、そうかよ。一つ助言をしてやるとしたら、私情を挟まない方がいいぜ。弱みに付け込まれる」

「そんなことは聞いていませんよ…!」

 早苗がお祓い棒を振り下ろそうとする直前に、魔力で強化された閃光瓶を早苗の前に素早く突き出した。それが何なのか把握していない彼女は私から飛びのいて離れた。

「ここでお前にボコボコにされるわけにはいかないし、お前とは戦いたくはない…だから逃げさせてもらうぜ」

 早苗には疲弊されては困る。こんな意味のない戦いは今すぐに終わらせなければならい。

 殴られている間に口内詠唱で何とか作っておいた魔法を、閃光瓶の表面に移して早苗に向かって投擲する。

 回転して飛んでいく閃光瓶の表面に移しておいた魔法が、早苗にぶつかるよりも先に起動。魔力で描いた魔方陣が淡く光ると小さな爆発を起こし、瓶を砕く。

 耳をつんざく爆音と、絵具をぶちまけたような白色の閃光が二人を包み込んだ。

 




五日から一週間後に次を投稿すると思います。

何かアドバイスがありましたら、気軽にいつでもどうぞ。


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東方繋華傷 第六十四話 覚えてる?

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は六十四話をお楽しみください。


 砕けた瓶から漏れだした光は、昼間以上の明るさを放ち、目を閉じていたとはいえ暗闇に慣れていた私たちの目にはその光度は強すぎる。

 光が目に焼き付けられ視界全体が真っ白に染まり、何も見えなくなってしまう。

 だが、それは早苗も同じは――。

 これに乗じて手探りで逃げようとした私の頬に鋭い痛みを感じた。爆音で耳鳴りがしていて早苗の接近に気が付かなかった。

 それよりも驚いたのは、なぜ早苗が私の位置を正確に把握しているのかということだ。目を閉じていた私でさえ現在は何も見えていない。

 まあ、後ろを向いていただとか手で目を覆っただとかなのだろう。そうやって光が目に入らないようにしたため、私のことが見えている。

 ヒリヒリと痛む頬は彼女が拳で殴ったのか、お祓い棒で殴ったのか驚いていてあまり考えていなかったが、感触的には拳だ。

 範囲の広いお祓い棒は使わずにわざわざ拳で殴るということは、見えてはいないがさっきまでいた位置をお祓い棒で薙ぎ払ったという可能性を消し、彼女は目が見えているということを確信させる。

 体感では数メートルほど後方に殴り飛ばされ、弾丸のように半回転して頭から地面に落ちた。

 早く、起きないと。

 目は見えていないが方向感覚やバランス感覚が死んでいるわけではないため、すぐに起き上がって走り出そうとするが今度は別方向からお祓い棒が胸に叩き込まれる。

「がはっ!?」

 反対方向へと体が投げ出されそうになった。それでも何とか耐えることはできたが、休む間もなく今度は顔面への攻撃で奥歯が砕けて引っこ抜けたらしく、口の中が血の味でジワジワと満たされていく。

 しかし、未だに視界の白色は健在で、微妙に薄まっては来ているが周りが見える段階までは回復しておらず、真っ白な視界では早苗の姿を捉えることなどできない。

 走り回っているのか、別方向からもう一度彼女の追撃を顔面に食らった。

「あがっ!?」

 血が口の中から零れ、伝って行った顎から地面へと落ちて行く。お腹に衝撃を感じたと思ったころには体がくの字に曲がっていて、危うく倒れそうになった。攻撃で臓器でも揺らされているのか、鈍い痛みがいつまでも続いている。

 聴覚と視覚が使えない状況でいつ回復するかわからないのに、見えるようになるのを待っていたら、命がいくつあっても足りやしない。

 私はルーミアと戦っていた時と同じく皮膚からわかる空気の流れを読むために、感覚を集中した。でも、あの時に対処できたのは耳が聞こえていたというのが大きい。

 しかも、今はそれも使えない状況だ。そういった作業は今まですべて霊夢に任せっきりで、ずっと援護に徹していた私がいきなりやろうとしても上手く行くはずもない。

 また腹部に早苗のお祓い棒が叩き込まれ、反射的に体を丸めようとしたところで膝蹴りを頭に貰った。

「あぐっ!?」

 額を押さえて後ずさろうとした私の胸倉を掴んできた早苗は、逃げられないように気絶させる気なのか、腹いせなのか何度も私の頭を殴打する。

 ようやく光の影響で真っ白に染まっていた視界が直ってきたというのに、魔力で強化されていても早苗に殴られた回数が二桁に達すると、さすがに意識が朦朧とし始めてしまう。

 ズキッと頭痛がして、頭の憶測で使われていなかった昨日のスイッチに何かが掠った。そんな感覚がした。

 すると、殴られていてピンチなはずなのにそんな気はしてなくて、意識が朦朧としているからか、なんだか気分がふわふわとしていて実感がない。

 でも、

 再度お祓い棒を振り下ろしてきた早苗の手首を、まだ完全に視界が直っているわけではないが、正確に掴んで受け止めた。

「っ!」

 早苗はそれでも押し進もうとしているが、前方に一ミリも動かせていないことに気が付いたようだ。今度は振り払おうと腕を捩じるが、固定されてそれすらもできないことに驚きを隠せない様子だ。

 早苗の腹に足を添えると同時に突き出し、蹴り飛ばしてやった。

 後方に飛んでいった早苗にはほとんどダメージが入っていない。空中でくるんと体を回転させて地面に着地した。

 そもそも攻撃が目的でしたわけではないため、彼女にダメージが入らなくてもなんの問題もない。

 彼女との距離は約十メートル、まだ立て直している最中でこれだけの距離があれば逃げ出すのには十分だろう。

 そうして離れようとした時、早苗のいる方向から高密度な魔力の流れを感じる。頭がくらくらして眩暈がするが目を凝らしてみてみると、彼女の手元からガラスの破片に似た物が飛び散った。

 スペルカードだ。

 今までとは違う魔力の密度から対異次元の連中用の作り直した物だろう。彼女の魔力が足元に集中していて、食らえば致命傷は避けられなさそうだ。

 早苗の足元に集中した魔力が更に凝縮されていく、目に映りにくく半透明だった魔力が目にはっきりと見えるレベルにまで濃密に集まっている。

 白く輝いている魔力含まれている性質は縦方向に出るものと、こちらに向かってくる物の二つがあるが、どういうことだ。

「開海『海が割れる日』」

 早苗がお祓い棒をこちらに向けると、それを合図にして彼女の足元に集中している魔力が、上に斬撃の属性を含んでいる高さ十メートルにもなる爆発を放出しながら私に向かって直進してきた。

 個体差はあるだろうが、馬が出せる速力をはるかに上回る速度で突っ込んできたそれが、飛びのこうとしていた私よりも早く足元を爆破する。

 だが、爆発を食らったはずなのに私には何のダメージも入らず、それどころかかすり傷すらも負ってはいない。

 後方へと魔力の柱が通り過ぎると、射線上に生えていた木を切り刻み、木っ端微塵に吹き飛ばした。

「なっ…!?」

 早苗が目を剥いて驚いているがそりゃあそうだろう。

 狙いも正確、スペルカードの威力も申し分なく、相手も避けずにあたっていたはずだ。なのに、怪我一つすら追っていないし、食らった様子も見せていない。

 早苗は何が起こっているのか理解できないだろう。そのまま立ち続けている私が、何事もなく走り出したのだからな。

 私は何も光の波長を調節したり、弾幕と一緒に放つなどしかできないわけではない。例えば、光を魔力で屈折させて自分がいる場所をずらす、なんてことだってできないことはない。

 以前、村で戦った花粉をまき散らしていた花の化け物を倒す際にマイクロ波を使ったが、それを自分の方向に来ないようにしていたのも同じようなもんだ。

 そうして私は早苗に向かって走り出した。それに対して彼女は五芒星上の弾幕を大量にぶっ放してくるが、物理的に私のいる場所がずれているため、命中するはずだった弾幕が後方へとすり抜けて飛んでいく。

 こぶしを握り、早苗に殴りかかる。

「早苗ぇ!」

 光の屈折を解除し、早苗から見えないギリギリの角度から殴りかかった。彼女からしたら目の前にいた敵の姿が消えて、別の方向から襲ってきたため瞬間移動でもしているように見えるだろう。

 肩に加えられた打撃に、早苗は押し出されて倒れ込んだ。

「ぐっ!?」

 しかし、すぐに起き上がると新たに取り出したスペルカードに魔力を流し込み、結晶化させてお祓い棒で砕いた。

 また、さっきと同じスペルカードだ。彼女の足元に高密度の魔力の集まりを感じる。今度は場所をずらしているわけではないため逃げないといけないのに、なんでだかわからないが体か軽くて、今ならできる気がする。

 握った拳を地面に叩きつけた。

 拳がぶつかった場所を中心にして、そこから地面に放射状にヒビが十数メートルの範囲で入っていく。

 するとヒビの隙間から大量の白い煙が噴き出し、私や早苗のことを一瞬で包み込んだ。私の目から早苗が見えなくなる。

 地面を殴ってからでも私には横に飛びのいて開海『海が割れる日』を避ける余裕があって、高速で突っ込んできている魔力の爆発をかわした。

 魔法の森の地中には魔力がかなり集まるというのは説明したが、それがより高濃度で集まっている深部では地面を掘り起こすと、濃縮された魔力の結晶が煙となって噴き出す。

 これを広範囲で利用したことで私から早苗が見えなくなるが、相手が見えないということは相手からも見えないということだ。

 彼女から見えぬように、私は煙に乗じてこの場から遠ざかった。

 

 頭を殴られたせいもあるが、そこから先はよく覚えていない。がむしゃらに走って飛んで逃げたのだろうが、気が付いたら大きな木の下で膝を抱えて座っていた。

 体が重い。だいぶ走り回ったのだろう。でも、雨が降っているからか、座ってから大分時間が経過していて体温が下がっているらしく。寒い。

「…」

 葉っぱである程度の雨は落ちてこないが、水たまりの水が足元にまで広がってきていて、少し移動をしようと視線を上げた時、誰かが前方でいつの間にかたたずんでいるのがわかった。

「紫…」

 いつも持っているはずの独特な形をした傘をさしていない彼女は、ずっと雨が降っている中を移動していたのか、ずぶ濡れだ。

 殺しに来たのか。

 彼女も私のことを覚えていなくて、霊夢たちは私を敵だと思っている。以前なら私を殺せば目的を潰された奴らの報復があるため、殺すことはしなかった。

 しかし、それを覚えていない。そして異次元の奴らが連れ帰っていない時点で、大したことも知らされていない使い捨ての捨て駒と考えられていて、殺しても殺さなくても変わらなさそうなやつ。今の私はそう思われているだろう。

 もしかしたら知っているかもしれないため、早苗は私に質問を投げかけて来たが、紫はそうはしないだろう。

 幻想郷の平和を乱したりする者には、絶対に容赦はしない奴だ。

 紫に殺される。戦う態勢も何も整っていない私は、半ば死を覚悟した。逃げる準備などできているわけがなく、死ぬかもしれないと思うと背中に冷たいものを押し込まれた感覚に似た悪寒が体に走る。

 怖い。死にたくない!

 どうしたらいいかわからず頭を抱えたくなるが、もし私が死ねば次に被害を受けるのは霊夢だ。それだけは絶対に嫌だ。諦めちゃだめだ。パニックを起こしかけていたが、霊夢のことを思い出し、冷静を取り戻す。

 走り出すまでに彼女の手にかかれば、私など軽く五回は殺せるはずだ。まっすぐに私を見下ろしている紫からどうにかして逃げなければならないと、頭をフルで働かせていた時、彼女は一言呟き、私は頭が真っ白になった。

「…随分とひどい顔をしてるじゃない……魔理沙」

 始めは聞き間違いかと思った。でも、耳に残っている紫の声ははっきりと私の名前を告げた。

 顔を上げて彼女の目を見ると、さっきまで戦っていた早苗とは明らかに私を見る目が違う。

「紫…!」

 紫が私のことを覚えていてくれた理由はわからない。でも、私は紫が覚えていてくれたことがうれしく、自分がまだ死んではいないと安心させてくれた。

 決めていたのに、私は不覚にも泣いてしまった。

 




五日から一週間後に次を投稿すると思います。



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東方繋華傷 第六十五話 倒す目標

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は第六十五話をお楽しみください。

追記
 今年はとても忙しくなるため、今までのように安定した周期で投稿することがでいないと思われます。
 申し訳ございませんが、四月からは不定期な投稿となります。


 泣きじゃくっている私に飛び付かれた紫は少し困惑しているようだったが、理由を察してなのか引き離したりすることもなく、高ぶっている感情が平常に戻るのを待ってくれた。

 それから十分ほどの時間が経過して、私はようやく落ち着きを取り戻した。頬を流れていく涙を手の甲でぬぐい取る。

「それで、紫はなんで私のことをまだ覚えているんだ?」

 ひゃっくりがまだ出てしまうが、私は紫から離れて身長差の関係から彼女を見上げながら言った。異次元霊夢の使用した記憶を消すスペルカードを打ち消す方法があるのだろうか。

「何があったのは霊夢たちの様子からおおよそ予想はつくけど、私は特に何かをしていたわけではないわ。この世界にいなかっただけよ」

「この世界にいなかった?奴らの世界に行ってたってことか?」

「いや、もっと単純にスキマの中の空間で仮眠を取っていたのだけれど、そこまでは影響は来ていないみたいね」

 わかっていてやっているわけではないとはいえ、運がいいな。あれはスキマの中にまで及ばないらしい。

「…そうか」

 私が呟いたとき、紫が続けていった。

「それについては別にどうでもいいわ」

 そこで紫は言葉を切り、小さくため息をついて黙った。

「?…ああ、紫が異変解決が無理だと判断した時点で向こうに送り込むって話か?…そう、だよな…約束だもんな」

 そう言えば忘れてしまっていた。霊夢が紫と交渉してくれていたおかげでこうして、私はここにいるわけだが、彼女はいないし覚えてもいない。

 協力している状況ならばまだ望みはあったかもしれないが、バラバラでしかも敵対しているときたもんだ。そんな状態では異変解決に向けて戦う以前の問題だろう。

 最終的には霊夢が負けるかもしれない。なら、その原因である私を向こうの世界に連れて行こうとするのは至極当然だ。

「向こうの世界に送った後は奴らはこっちに来ないだろうし、あとは私が頑張るよ」

 今更駄々をこねたところで紫の意思は変わらないだろうし、私は向こうの世界に行く覚悟を決めた。

 紫を見上げていると、彼女はまだ何か言いたげで、こちらを見下ろしている。

「どうした?」

「…。いや、何でもないわ」

 でも、紫は何でもないといっているが、それでも何か言いたげで、イラついているのが目つきで分かる。

「魔理沙、何か勝てる算段はあるのかしら?」

 私から視線を外した紫はこんなに暗いのに周りを見ているが、何か見えているのだろうか。

「さあ、どうだろうな…」

 向こうの世界に紫がスキマを繋げているのを待っていると、彼女は続けて言ってくる。

「そんな状況で生き残れるのかしら?」

「…」

 無言が彼女の質問を否定していると察したのか、紫は小さくため息をつくと私に視線を向ける。

「魔理沙、あなた…生きたくはないの?」

 彼女の無粋な質問に、私は声をあら上げて答えてしまっていた。

「生きたいに、決まっているだろ!!」

「なら、鏡で自分を見て見たら?誰だってそうは見えないっていうと思うけど?」

 彼女は小さくスキマを開くと、その中から今更ながら傘を取り出して雨よけに開いた。

「うるせぇよ、私がどうなろうが…お前が向こうに送り込んだ時点でもう関係ないだろうが!」

 向こうに送り込まれた私には逃げ場などは無く、勝機がほとんどない。それは実質的に私は殺されるために送り込まれるのだ。それを宣言していた本人に生きたくはないのかと無鉄砲に聞かれたため、そう紫に吐き捨てた。

 すると彼女は傘を持っている方とは逆の手をスキマの中へと突っ込んだ。目の前にスキマが現れて開いたスキマから紫の拳が出現し、殴られてしまう。

 不意打ちに戸惑い、焦るが尻餅をついて後ろに倒れ込んでしまう。紫の目的は私に追い打ちをかけたりすることではないため、私にさらに攻撃を加えてくることは無い。

「言い出したのは私だけど、訂正するわ…あんたを向こうに送り返したとしても状況は何も変わらないし、下手をすれば今以上にどうしようもなくなる可能性が高い。…だから、あなたを向こうに送りつけたりはしないわ」

「これ以上霊夢に迷惑をかけたくはないんだ。私を送り込めば奴らがこっちに来る意味がなくなるし、状況が悪くなることは無いじゃないか…だから、早くしてくれよ」

「魔理沙、今じゃなくて先を見なさいよ。確かにあんたを向こうに送り込めば奴らが来ることは無くなるわね。今は」

 紫の言わんとしていることがそこまで聞いてようやく分かった。私が殺されたとして、そこまでは霊夢には迷惑は掛からない。ということだ。

「…」

「あなたに目的があって奴らは現れた。話を聞くに復讐ではない。十年間ずっと追い続けたわけだから、そんな理由じゃあないはず。…例えばだけど、奴らが追っている理由が力を手にすることだとするわ。それを手に入れた向こうの世界の霊夢は、力を振るって幻想郷を支配したとする」

 紫は続けて言った。

「でも、支配したのはいいけど今度は力を持て余してしまい、力を使いたくて使いたくてたまらなくなってしまう。だから、次は他の世界に行って暴れることにする…その世界の一つに私たちが入らないとは限らないわ」

 確かに、力を手に入れた者はさらなる力を欲するか、その力に陶酔し溺れて振るい続けるか、自分と対等に戦えるものを探す。のどれかだろう。単純に力を振るいたいだけならばこの世界も例外ではないということだ。

「…でも、霊夢たちと対峙したまま奴らと戦いきれると思うか?私はそんなに器用なことはできん」

 乾いた土の上に尻餅をついていたおかげでお尻は雨水で濡れてはいない。立ち上がって痛む頬をさすりながら紫に聞いた。

「できないは通用しない。やらなきゃいけないのよ…あなただって守りたい人間はいるんでしょう?その人間を守りたいのならあなたが負けるわけにはいかないのよ。わかるわよね?」

「ああ…そうだな……でもどうすればいい?私には、どうにかして解決するだけの戦力がない」

 作戦はいくらでも立てられる。だが、人手が圧倒的に足りていないのだ。

「…幻想郷の存続がかかった案件だから私もいろいろと手伝えることは手伝いたいけど、あなたに味方をして霊夢たちとの関係をこじらせると後々面倒なことになるし、あなたと一緒に戦うことはできないわ」

 そりゃあそうだ。この世界では私は敵である。情報を回してくれるなどのわからないようにバックアップをするのならまだしも、こんなやつを助けたり擁護すれば紫だって敵なんじゃないかと疑われるだろう。疑われなくても信用できないとみなされるかもしれない。そうなると紫も動きようがないし、私にも情報が回ってこなくなってしまう。

 無理して手伝わせてもいいことは無い。戦力が足りていないのなら、アイデアで賄うしかないだろう。

「ああ、でも誰がどこで戦ってるとか…異次元の連中が現れたとかそう言った情報は教えてくれよ?」

「無論そのつもりよ、あなたに死なれたこっちが困るからね」

 さっき紫が言っていたこともそうだが、なぜ彼女は私にこだわるのだろうか。霊夢一人だけとは言わないが、聖や萃香たちの鬼や鴉天狗などと協力すれば十分に奴らと渡り合えると思うのだが。

「……。なあ、なんでそんなに私に拘るんだ?事件の発端を知りたいだとか、負担の解消なんかがあると思うが…、私には奴らを倒せるだけの力なんかない。…どうしてなんだ?」

 私が聞くと、紫はわざわざ息を吸い込んでから大きなため息をついた。

「はあぁぁ、あなたは自分の重要性をもう少し自覚したらどうかしら?」

 そんなことを言われても困る。思い出せやしないが、昔からなぜ追われているのかがわからない。そのような価値が自分にあるとは思えない。

「普通の日常や異変での戦い。霊夢とあなたはずっとそばにいて、それが普通になっていた」

 それがどういうことだろうか。

「いい?この十年で霊夢はあなたなしでの戦いはできなくなっているわ。…いや厳密にいうなら二人で戦った方が強く戦えるってところかしら。それが基本となったことで、霊夢の中で一人で戦うということ自体が非効率的となってしまった」

 そんなことがあるのだろうか。だって霊夢は一人で戦うこともあるし、私が必要ないぐらい彼女は強い。そう考えていると、紫はさらに言った。

「こう言った方がわかりやすいかしら、霊夢はこの十年であなたと二人で戦うということが身に沁みついていて、無意識にやっていることなのよ?そのまま戦えばどうなるかわかるわよね?」

「ああ、私と共闘している戦い方が身に沁みついていて、無意識のうちにやっているのなら、一人での戦いでも私と一緒に戦っていた時と同じように戦うはずだ」

 天才の霊夢がいくら強くても、癖を治すのは難しいだろう。それに同じ程度かそれ以上の技量を持つものが相手なら、私が補っていた隙を見逃すはずがない。

「その通り、でももし一人で戦うことを思い出したとしても、刀が砥がないとすぐに錆びてしまうのと同じで、霊夢の一人で戦うという技量や感覚はすでに鈍りに鈍って腐りきっているわ。だから、あなたが必要ってわけ」

「それは私にも言えたことだがな…」

 紫の言っていることは正しい。例え長年の月日をかけて磨き上げて来た戦闘能力だって使わなければ衰退していくからな。

「まあ、そういうことで私がこっちに残らないといけないのはわかったが、私が残ったとして、霊夢と手を組めなきゃ状況は変わらなくないか?」

 いくら紫が霊夢が一人で戦うことができなくなったと言ったところで、彼女はそれに気づいていない。

 紫が私を必要としたところで、手を組めなければただの理想に過ぎない。

「それについてだけど、霊夢たちがあなたを忘れた状況を教えてくれないかしら?」

 紫はその場にいなかったため、詳しい状況を教えればなにかの糸口を掴むことができるかもしれない。

「わかった」

 私は前日の夜の状況を事細かく紫に説明した。弾幕に紛れ込ませて記憶を消去するスペルカードを使ったと。

「記憶の消去は一瞬で、数秒後に霊夢たちに攻撃を受けたと」

 傘をクルクルと回している紫は、それを聞くと少し嬉しそうに口元を緩める。

「何か思いついたのか?」

「ええ、霊夢たちの記憶は戻るかもしれないわね」

 記憶に作用する魔法は存在し、やろうと思えば私のことだけを忘れさせたりなどの記憶の消去は可能だ。

 魔力で無理やり変えているため、精神崩壊などを起こす可能性も高い。しかも、消去された記憶は治らない不可逆的ななのにどうして記憶は戻ると言い切れるのだろうか。

 記憶関係の魔法は、弾幕はパワーという私のポリシーに反するし、消去には時間がかかるため実用的ではないので、あまり研究していない。

 あまり詳しくは知らないし、紫に聞――。

 ん?時間がかかる?

「魔理沙、記憶系の魔法は少しはかじったことぐらいはあるでしょう?その手順を良く思い出して見なさいよ」

「手順…。もし、記憶の消去をしたい人間から特定の人物の記憶を消したい場合は、相手に触れて魔力を脳の記憶をつかさどる部分に直接送り込み、一つ一つ地道に記憶を消す」

 確か、こんな手順だった気がする。

「そう、ならあなたが言った霊夢たちの記憶が消去された時と比較してみて…ここまでいえばわかるんじゃない?」

 照らし合わせてみると違いは明白だ。時間がかかっていないし、霊夢たちに直接異次元霊夢が触れているわけでもない。

 でも、それがどう霊夢たちの記憶を取り戻せるのかに繋がるのかがわからない。

 うーん。と唸って考え込んでいると、しばらくして紫が私にもう少し簡単に、柔軟に考えて見ろと言った。

「そうは言ってもなぁ…」

「……じゃあ、直接触れずに記憶を消せたのはなんでだと思う?」

 異次元霊夢がスペルカードを使用した時、衝撃のない衝撃波が発生した。それに含まれている魔力が霊夢たちに作用したと考えるのが妥当だろう。

 次に、時間が短かったのはなぜかということを考えてみた。

 記憶の消去にはかなりの時間がかかる。存在していた物をなくし、それによってできる違和感の修正も行わなければならないからだ。それらは完全に慣れになるが、複数人をほぼ同時にやるのは不可能だと言い切れる。

 あって間もない人間から私の存在を記憶から消すのとは訳が違う。十年という長い年月、霊夢とは過ごしていたのだ。それをすべて消すとなると数日から数週間はかかる作業だ。それが短くなるとしたら作業が荒い証拠で、精神崩壊を起こしやすくもなる。

 だが、精神崩壊した奴が霊夢たちの中にはいなさそうで、そこがわからない。いくら技術が進んでいたとしても、あの速度で記憶を消去するのは絶対に無理だ。

 それなら、記憶は消されていないということだろうか。あれだけの速度で私のことを違う誰かに置き換えるという記憶の書き換えも無理だ。であるならば、私のいる部分にだけ記憶の消去ではなく思い出せない改ざんを行っているということになる。

 私だけに蓋をして、思い出せないようにする。これだけならば消去の何千倍もの改ざんスピードを得られる。

「消したんじゃなくて、ただ、思い出せないようにしただけってことか…」

「おそらくね、単純に蓋をしているだけって感じね。……そこであなたに問題よ、魔術師の魔力で作られた破れない檻にあなたの仲間が捕まったとするわ。助けるにはどうすればいいかしら?」

 そんなの簡単だ。

「魔法を使った相手、魔術師を戦闘不能に陥らせれば檻は消えてなくなる」

 全く、紫は相変わらず大事な部分で回りくどい奴だ。簡単な話、異次元霊夢を戦闘不能に陥らせることができれば、霊夢たちの改ざんされた記憶は元に戻るということだ。

「ご名答」

 霊夢たちの記憶を戻すことができるかもしれない。しかし、異次元霊夢を倒すことは難しい。

 それでも、勝つための糸くずの端を掴んだのだ。あとは私次第だ。

「やるぞって顔ね」

 紫は口の端を少しだけ上げ、言った。

「ああ……。なあ、紫」

「何?」

「危険ではあるが、向こうの世界にスキマを繋いで奴らの邪魔をしてやることはできないか?鬼とか、そういう奴らも参戦して来てもっと面倒なことになるが、あいつら同士が争ってくれれば私たちの負担も分散する」

 私がそう提案してみるが、これ以上不安要素をこの世界に持ち込みたくないのだろう。危険すぎるリスクに紫は首を横に振る。当たり前か。

「危険なリスクは犯したくはないっていうのが本音だし、私たちは奴らの空間をまだ把握できてないから、無理よ…もしやるとしたら最終手段ね」

 まあ、そうなるか異次元霊夢たちと話し合いで解決ができていない時点で、他の連中もそういう奴らが多いだろう。そんなのまでがこっちに入ってきたらこの幻想郷はめちゃめちゃになってしまう。

「もうとっくに特定してるもんだと思ってたぜ」

 やはり物事はうまく進むものではないな。

「私の不在中だったから藍に任せてたけど、あの子が追跡してる途中で撒かれたらしくてね」

 まあ、一直線で帰るほど奴らもバカではないということだ。

「わかった、とりあえず次の奴らの襲撃まで私は身を隠すことにするぜ。現れたら教えてくれ」

「勿論、そのつも――」

 紫がなぜか言葉を途中で切り、私には見えないが別の方向を凝視している。

「紫?」

「長話しすぎたようね。魔理沙、ついてきなさい」

 紫が自分の足元にスキマを開くと、地面という体を支えるものが無くなったことで重力に従って身体が落下して、彼女はスキマの中へ落ちて行く。

「へ?」

 ついて来いと言っていたし、飛び込めばいいのだろう。だが、急でまだ状況に追いつけていなかった私は、遅れてスキマに飛び込もうとしたが紫は私が付いてきていることを急いでいて確認していなかったのか、飛び込む前にスキマが閉じてしまう。

 紫があんなに急いで逃げたということは、姿を見られたくはなかったということだろう。異次元の連中はここにはいないし、姿を見られたくはない相手など霊夢たち以外にはいないだろう。

 遠くの方向から私を見つけた誰かが走ってきている。その場から逃げるために走り出すが、足がもつれて転んでしまった。

 地面に手を突いたおかげで体はぶつけなかったというのに、不自然な痛みが太ももに走る。

 視線を向けてみるといつの間にか右足の太ももに銀ナイフが根元まで突き刺さっており、反対側まで貫通している。

「あぐっ…!!ああっ…!!」

 ビリビリと刃物を突き立てられた痛みが伝わって来きて、足がガクガクと痙攣して立つこともままならない。

 這いつくばってでも逃げようとしていると、咲夜がまた銀ナイフを投擲してきているのが視界の端で分かった。

 魔力で形成された銀ナイフだが、違和感を感じる。含まれている魔力の量が過剰すぎる。強度や切れ味を強化するとしても、それの何十倍もの魔力が加えられている。

 普通なら投げた直後が一番加速していて早いというのに、投擲後に銀ナイフが不自然な加速をする。私のいる方向に魔力を働かせているのだ。しかし、まだこれでも膨大な量の魔力の説明が付かない。

 だが、なんとなくわかってきた。単純に大量の魔力が含まれているだけではなく、それが細かく分割してあるのだ。

 これは私も時々使う手だ。魔力をいくつかに分割させたことで、威力は低いものの速射に優れさせたり、同時に複数のレーザーを発射して制圧などに使う。

 予想通り、咲夜の銀ナイフは一本が二本、二本が四本とその本数をネズミ算式に増やし私のいる場所に到達する頃には、その数は優に三十本を超えている。

 銀ナイフが刺さっていない方の足で踏ん張り、近くの木の陰へ飛び込んだ。紙一重で辺りに銀ナイフが突き刺さっていく。

 ギリギリ間に合ったかと思ったが、銀ナイフが腕を掠っていて血が滲んできている。これだけで済んだのならいい方か。

 光を調節する魔法を使い、自分の位置を変えようとすると、咲夜がいる方向とは別の方向から気配を感じた。視線を送ると目の前には五芒星の弾幕が迫っていて、とっさにガードするが、五芒星の弾幕に含まれている魔力は四散能力を持っており、着弾と同時に膨れ上がって爆発した。

 踏ん張れずに木の陰からはじき出された私に、咲夜が空中で掴みかかってきて、わき腹を蹴られた。体を小さく丸めた私の頭に今度は拳を叩き込み、吹き飛ばされてしまう。

 お腹と頬の痛みを歯をくいしばって耐え、右足の太ももに刺さっている銀ナイフを引き抜き、さらに追撃しようとしてきている咲夜に投擲した。

 受け身ではなく攻撃に手を回していたため、地面に着地できずに転がり落ちてしまったが、私から攻撃を受けたことで咲夜も追撃をあきらめたようだ。

「げほっ…!」

 お腹の鈍い痛みに、思わず体を丸めてしまいそうになるが、抑え込んでなんとか立ち上がった。

 早苗が私の後方に移動していて、咲夜はいつもと変わらない散歩しているような歩調で私に近づきつつある。完全に囲まれている。

 足を負傷している状態でこの二人から逃げられるだろうか。いや、逃げなければならない。手先に魔力を集中させ、走り出した咲夜に手のひらを向けた。

 

 

 抵抗はしたが結果的に言うなら、私は捕まった。

 二人はレミリアを殺した異次元咲夜と、諏訪湖たちを殺した異次元早苗について聞いて来た。何か弱点がないかということだろう。

 ここで知らなと言えば私は死ぬ。だが、知っている風を装えば死ぬまでの時間が延長され、その間に逃げることができるかもしれない。

 奴らと敵対しているのに、その奴らの仲間だというフリをしなければならないとは、しかも、それで生き残ろうとしているのだ。ひどい話だな。

 でも、霊夢を殺されたくはない。やりきるしかない。

「あなたたちの世界にいる私について聞きたいことがあります」

 ボロボロで身動き一つ取れない私に、咲夜は淡々と聞いてくる。

「………」

「知らないなら、あなたに生かす価値はありませんね」

 魔力で作り出した私の血が付いている銀ナイフを咲夜は握りしめた。痛みでそんな余裕はないが、なんとか口角を上にあげてひきつりながらも笑っているように彼女らに見せ、私は言った。

「私を殺せば、奴らについての情報を知ることがでいなくなるぜ?」

 そう呟いた私の手のひらに、銀ナイフが突き立てられた。貫通したらしく、地面に当たると金属音を発する。

「~~~っ!!?」

「なら、早く言ってくださいよ。聞き出すために私たちはあらゆる手段を使いますからね。あなたがそれなら言いたくはないというのなら、私たちは言うまでやりますから、…そこは覚悟してくださいね」

 早苗も咲夜のやり方に異論はないらしく、私にそう言った。

 なるほど、そういう路線で来たか。

「じゃあ、何でもいいので奴らについて話してください、癖や生活習慣、どういった性格なのかとかを」

 早苗が初めに投げかけてきた質問が既に私の知らない部分だ。どう答えるか迷っていると、左手に銀ナイフを作り出し、私の左肩に上から半分ほどまで突き刺した。

「あっ…がっ…!?」

「早く話してください。あなたも女性ですし、体に傷を作りたくはないでしょう?」

 やめる気は微塵もなさそうな咲夜が肩に突き刺した銀ナイフから手を離し、握りこぶしを握って言った。

「泣けるぜ」

 咲夜が握った拳を肩に突き刺した銀ナイフに叩きつけた。肩の骨と肉の中を刃物が切り進む痛みが走り、私は絶叫した。

 

 とても、長い一日になりそうだ。

 




一週間後ぐらいに次を投稿できたらいいなと思います。


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東方繋華傷 第六十六話 違和感

自由気ままに好き勝手にやっています。

遅れましたが投稿します。

こんな調子でやっていきますが、それでもいいよ!
という方は第六十六話をお楽しみください。


 天気は天気もいいし、風通しも悪いわけではない。湿度もちょうどいいぐらいで過ごしやすいはずだが、空気が少し緊張していて少しいずらいような気がする。

 それもそうか、文々丸新聞を出版している射命丸文が、博麗霊夢の伝言で私たちも例外なく異次元から来ていると思われる連中に襲われる可能性があると聞いたあたりから、みんなピリピリしている。

 箒で玄関先に並んでいる石畳の上にある土を払いながら、私は小さくため息をついた。横を歩いて行くウサギたちの波長が少し乱れていて緊張しているのがわかる。

 例の連中が来る予定の日はまだ先ではあるが、攻撃側からしたら倒した奴を治されるというのが一番厄介で、消したい存在なはずだ。だから、永遠亭が一番襲われる可能性が高いと皆不安になっているのだ。

 不安じゃないわけではないが、行く当てもないし何よりも、私を受け入れてくれた師匠を裏切るようなことはしたくは無い。

 石畳はあと十メートルほど続いているが、早く終わらせて別の仕事に移ろう。地面を掃く速度を早くしていると、あまり強くは無いが風が吹いた。

 耳に付けているウサギの付け耳が、風に吹かれて取れそうになっているのが髪から伝わって来る振動でなんとなく感じ、私はそれを付け直すために手を伸ばした。

 どうやら固定が甘かったようだ。左側に固定していたウサギの付け耳を一度外し、私は再度髪の毛に金具で固定すると、今度はしっかりと髪に止められたようだ。

 試しに軽く引っ張ってみてもウサギの付け耳が髪から取れることは無い。生あくびを噛み殺して掃き掃除を再開して間もなく、一人の人間が近づいてきていることが分かった。

 人里からの患者かと思ったが、通院時間まではまだ時間がある。人里の人間ならわかっているはずだが、早めに来る人間もいるためそう言った人なのかと思い、顔を上げるとそれは違うとわかった。

 始めは波長だけを感じ取ったのだが見知った人間の波長で、よくよく視線を向けると予想通り知っている人間がいつの間にか石畳の上に立っている。

 予想した物とは違う彼女のその容姿に、私は息をのんだ。

「以前怪我をした時以来ですね、鈴仙」

 紅魔館のメイド長を務めている十六夜咲夜は全身が血まみれで、紅魔館のメイドに房渡しい色となっている。

「そ、それ……怪我をしたって…わけじゃあなさそうね…」

 普通に話をしたと思っていたが、声が上ずっている気がする。表情も患者さんに接するのと変わらないようにしたと思っていたが、若干だがひきつってしまった。

「はい。要件はこいつです」

 咲夜が持っていたのは人間で、咲夜と同様に全身が血まみれで一体化していて、いることに気が付かなかった。

 咲夜と違うところを上げるとするならば、返り血でまみれているのではなくそれは本人の血で、切り傷だらけというところだ。

 咲夜は抱えていたその女性をこちらに投げてよこした。さっきまで見えていなかった部分も真っ赤で、すでに虫の息といった状態だ。石畳の上に落ちた姿が糸の切れた操り人形と似ていて、気絶しているのがわかる。

 この扱い方、仲間というわけではなさそうだ。彼女をどうしろというのだろうか、まさか毒殺しろだなんて言い出すんじゃあないだろうな。

「彼女は向こう側の人間です。何かしらの情報を持っているようですので、それを聞き出すために治療をお願いします…これ以上やったら死んでしまいますので」

「う、うん…わかった…」

 さっきまでは感じなかったが、血の鉄臭い匂いが今はやたらと鼻について仕方がない。いや、それよりも血にまみれている咲夜と本人、加えてそれ以上の血が流れ出ている。危険な状態だ。

「咲夜、気を失ってからどのぐらい経った?」

「そうですね…運び出す直前ですから五分も経っていないです」

 向こうの世界の人間で、こちらに来ているということは魔力の扱える妖怪、または人間ということになるが、それにしても出血が多すぎる。

「わかった、あとはこっちで何とかしてみる」

 出血のし過ぎによる失神で気を失っている。ピクリとも動かないが、動かな過ぎて死んでいるのではないかと思えてくる。

 彼女に近づいてみると、離れていたら分かりにくいが、胸がわずかに上下に動いていて呼吸はまだしている。師匠ならまだ助けられるはずだ。

「よろしく頼みましたよ」

 怪我の様子を見ている私に咲夜はそう言うと、来た道を引き返して行こうとする。

「ちょっと、師匠にあんたたちの手伝いをするようには言われてるけど、向こうの世界の奴らなんて危険じゃない?」

 いくら手伝いをするといっても、戦うことが専門ではない。治療を終えたそばから襲いかかってくる可能性が高い。戦えたとしても、私たちは今まで戦う機会があまりなかったから、この一人にさえ全員がやられる可能性だって捨てきれない。受けるリスクが高いため、護衛の一つでもしてくれないと割に合わない。

「…それもそうですね。それならとりあえず、こいつが目を覚ますまではここにいるとしましょうか」

「まあ、そうしてくれると助かるけどね」

 首の後ろと足に手を回し、魔女の恰好をしている女性を抱え上げ、師匠の下へ運び始めた。

「それと、治療までは時間がかかるし、シャワー室でも使ったら?血なまぐさいわよ」

「はい、お言葉に甘えて使わせていただきます」

 私に続き、咲夜が永遠亭に入り、シャワー室へと向かって行く。

 私の方は診察室に向かい、鉄の扉を蹴って横にスライドさせて開き、デスクで師匠が座って何かの薬を作っているのか、作業をしている。

「師匠!緊急で重症患者さんです!治療をお願いします!」

「わかったわ」

 薬品が目に入らないようにするために付けていたゴーグルを外し、試薬の入っている褐色瓶の蓋を締め、立ち上がった。

 私は血まみれの女性をそのまま治療室へと連れていき、診察室の時と同様に鉄の扉を蹴り開け、外傷のある緊急重症患者に対して主に使われている治療台に寝かせた。玄関先でも思ったが荷物を持っているとは言え、結構軽い女性で助かった。

 肩に下げている鞄を外させ、治療台に備え付けられている裁ちバサミで上半身の服を切って魔女の服を脱がせた。

 傷の深さは私には判別できないが、切り傷の数は無数に存在している。二十から三十はありそうだ。瓶に入った重たい回復薬と輸血用の点滴をいくつか棚から取り出し、治療台の端に置いた。

 手を消毒した師匠が鉄の扉を押し開け、治療室の中へと入ってくる。

「鈴仙、怪我の様子は?」

「外傷は切り傷で、傷の深さはわかりません。ですがその数は多数存在しています。出血多量なので輸血のために血液型テストを行います」

 私も師匠に言いながら手の消毒を済ませた。

 魔力を扱う者ということと、咲夜の話では経過時間は約五分と言っていた。余分に時間がかかっていたとして、十分と見積もったとしてもまだ余裕は少しだけある。

 それに簡易的ながらも応急処置の跡がいくつか見られ、まだ体内には血は残っているはずだ。

 駆血帯と注射器を取り出し、彼女の左腕へ巻き付けた。外側の静脈を圧迫したことで血流が滞り、血管が膨らんで大きくなる。

 針を刺す位置にアルコールを含ませた脱脂綿で消毒を行い、乾いてから浅い角度で注射針を突き刺した。

 血管内に針が到達した段階で注射器を固定し、ピストンを手前に引いて注射器内を陰圧にして血液を吸い出した。

 それを試験管へと移し、遠心機にかけて血漿と血球に分けた。

 血球上と血漿中にある血液型を判別する物質は、血液型によって変わるため、それを調べられる試薬と試験管をいくつか用意し、血液型テストを開始した。

 試薬と血球、試薬と血漿を混ぜて遠心機にかけ、その凝集によって血液型を特定。その血液型の輸血パックで女性に輸血を開始した。

「鈴仙、止血用の脱脂綿を取ってくれない?」

 殺菌された脱脂綿を師匠にいくつか渡した。血が邪魔で回復薬が上手く作用していないのだろう。

「それで、この女性はどういう経緯で誰に連れてこられたの?」

 師匠が脱脂綿で血をふき取り、回復薬を適量かけて女性の肩にある傷周辺の細胞分裂を促進させ、傷が治っていっているのを見ながら言った。

「咲夜です」

「あー、てゆうと……こいつは…」

「はい、向こうの世界にいる奴ららしいです」

 敵ということに気が付くと師匠の手が少し止まるが、すぐに治療を再開した。小さくため息をつくと別の傷に回復薬を振りかける。

「鈴仙からはこの子はどう見える?」

「この女性ですか?…そうですね…。向こうの世界の住人というのを直で見たことがないのではっきりとはわかりませんが、さっき会った咲夜とか…博麗の巫女、私があった中でもかなり波長が穏やかだったので、本当に向こうの世界の人間なのかと疑いました」

 三百メートルも四百メートルも離れた位置から異次元の連中というのを見たこはあるが、ほぼ全員の波長が荒々しいものだった。だから、この女性が異次元の人間とは思えなかった。正直に言って私よりも、師匠よりも温厚だ。

「まあ、でも見た目は温厚そうに見えるけども、運転で正確が豹変するタイプの人間もいるし、そういう子かしらね?」

「いや、そういうタイプでもないんですよね。だから、違和感があるんです」

 私がそう言うと師匠が視線をこちらに向けてきて、なぜと呟いた。

「人を殺せるような奴らとつるんでいる人間の波長ではないです。だから、ただ利用されてるだけなのかなと思ったんですが…波長だけではわかりませんね」

「そうね、それにしても…この傷の量……大分時間がかかりそう」

 

 彼女の治療を終えるのに約二時間という長い時間を有した。その最中にも、その後にも全く目を覚ます様子は無く、既に一日が経過していた。

「…師匠が言うには、血を流しすぎたことによって体内が低酸素状態になり、脳がダメージを受けた可能性がある。だから目を覚まさない。…そうよ」

 師匠からそういうふうに説明しろということを言われていたため、それをそのまま腕を組んで治療をした女性を見下ろして聞いている咲夜に言った。

「そうですか…」

 納得がいっているのかいないのかわからないが、明らかに後者ではある。まあ、彼女がいくら女性が起きることを望んでいても、無理なものは無理だ。

「いくら咲夜が起きろと言っても、この人は起きないわよ。やりすぎたわね」

「そう…。ですね!」

 腕組をしていた咲夜は、ベットの上で寝ている治療されて包帯が巻かれている女性の腕に、いきなり銀ナイフを突き刺した。

「んな!?何してるの!?」

 咲夜のことを突き飛ばそうとするが、その手を振り払われてしまい。彼女のことを女性から引き離せない。

「いや、意識のないフリをしているのかと思っていたのですが…でも、本当に意識がないみたいですね」

 銀ナイフを刺した痛みによって起きているのかを判断したらしいが、彼女の顔の表情は一切変わっていない。であるため、意識がないことを意味している。意識があればどんな人間だろうと、何かしらのリアクションは起こすはずだ。

 魔力で作られていた銀ナイフであったらしく、咲夜が引き抜く前に魔力の結晶となって消えていく。あとには空洞が残り、傷口から血液が漏れ出している。

「だからって、こんなことをしなくてもいいじゃない!?」

「黙ってください。もし意識がないことが芝居なら、寝静まったころにやられる可能性がありますよ」

 確かにそれもそうだが、検査などでもっとやりようがあったのではないだろう。

「とりあえず起きることがないなら、私は帰らせていただきます」

「いや、まだ決まったわけじゃないわ。目を覚ますかどうか、意識がないのかを師匠が脳波を測定するそうよ」

 刺し傷を押さえ、近くにいたウサギに治療室から回復薬を持ってくるように言った。

「そうですか、ならよろしくお願いします」

 咲夜はそれだけ言うと近くに置いてあった丸椅子に座り、私の治療の様子を見ている。ウサギが持ってきた回復薬を傷に振りかけて止血し、包帯を巻き直した。

 そして、師匠の指示通りに持ってきておいた電極を女性の頭部に張り付け、いつでも脳波を読み取ることができるように準備を終えた。

 普通はテンカンと言われる疾患や脳死の判定などにも使え、単純に意識がないだけなのか、脳の一部がダメになっているのかがわかる。

 準備を終えてから十数分後、師匠が鉄の扉を開けて部屋に入ってきた。私は機械を作動させて、脳波がどういった波形になっているのかを記している紙を師匠に見せた。

「これは…脳死を起こしているわけじゃあないわね。波形は魔力による調節を受けていない滑らかな物、…あと、この波形は睡眠中の波形ね…寝ているようね」

「さっきナイフで切り付けてみたのですが、起きませんでした。それはなぜですか?」

 十六夜咲夜がそうたずねるが、現在進行形で測定して見えている波形を眺めている師匠はうーんと唸っている。

「原因不明。それしか言いようがないのよね。波形的には夢を見ているみたいだけど、その段階ならちょっとの刺激で起きるはずなのだけど、どういうことかしらね」

 師匠にわからないんだ。私や咲夜にわかるはずもない。やはり脳へのダメージで昏睡しているとしか言えない。

「…とりあえず聞きたいのですが、こいつは目を覚ますんですか?それともこのまま寝たきりになるのですか?」

「あまり詳しくないし何とも言えないわ。経過を見ていかないとわからないわ。これだけじゃあまだ判断のつけようがないもの」

 まあそうだ。過去とこの先の物を比較しなければわからない。

「っち…」

「っち。じゃあないでしょうが、咲夜がもう少し手加減していれば目を覚まさないなんてことにはならなかったんだから」

 やめなさいと師匠が私を制するが、納得がいかない。確かに治療は私たちの仕事だが、原因を作った人間に文句を言われる筋合いはない。

「とにかく、この女性が目を覚ますかどうかは、経過を見ていかないとわからないわ」

「そうですか、次の奇襲まであと一日を切っているので、奴らの性格や癖などを詳しく知りたかったのですが…」

 確かに戦ううえで敵の性格を知るのは重要だ。性格がわかれば戦いの手口がある程度は絞れる。そう言った細かいことも時には勝敗を左右することもある。

「十二時間後にもう一度測定してみるわ」

 カルテに結果を書き込んだ師匠はそれを小脇に抱え、仕方なく納得した様子の咲夜に伝えた。

「わかりました。それでは結果は後に伺います」

 小さく頷いた咲夜はそれだけを呟くと、ため息をつきつつも病室から出て行ってしまう。確実ではないのなら護衛はしないということだ。

「鈴仙…人里に薬を売りに行くことはしばらくはしなくてもいいわ」

「その間に、私は何をすればいいですか?」

 師匠が言いたいことは大方予想できるが、一応は人里に行くことの代わりにすることを聞いてみる。

「あなたが言うように穏やかな性格でも、この女性が危険な人物ではないとは限らないし、いつ攻撃を仕掛けてきても対応できるように見張っててほしいのだけど、いいかしら?」

「はい。わかりました」

 私は今までいろいろな人間もしくは妖怪の波長を見て来た。逮捕の際に抵抗した容疑者が怪我を負い、その治療で運ばれてきたことやサイコパスで長年周りを騙してきた多重人格の人間など、数は少ないが誰もが普通の人間とは違う波長をもっていた。

 だが、この女性はそれらのどれにも当てはまれない、私は彼女に少しだけ興味がわいた。

 師匠も咲夜に続いてこの部屋を出て行ってしまう。見張るために壁際にあった丸椅子に座ろうとしたが、女性が寝ているベットに隣接して設置されている机に彼女のバックが置かれている。

 誰もこのバックには触れてはいないため、中は弄られてはいないはずだ。人の物を勝手に見るのは少々気が引けるが、ボタンをはずして中を覗き込んだ。

 感想としては、綺麗好きといった風ではないように見えた。連れてこられた時と同じ魔女の服がいくつか畳まれた状態で入っているが、綺麗とは言えない畳まれ方だ。戦闘によって畳んだ服がよれてしまったのかと思ったが、それにしては綺麗すぎる。

 他には瓶が乱雑に大量に入っていて、振ってみると粉末状の物が入っているような音がしたり、液体の状のものが入っている音がする。

 女性が張り付けたらしいラベルを見てみるが、私には読めない字が書いてある。字が汚いとかではない。見たこともない文字で書いてあるため、なんて書いてあるのかがわからないのだ。

 この辺りはあまり触れない方がいいだろう。下手なことをしてドカンといっても困る。

 瓶を元の場所に戻し、他に物がないかを見てみると奥の方から小さい八卦炉が出て来た。普通はかなり大きいものだが、これは手のひらサイズにまで小型化されている。

 これは確か仙丹と呼ばれるよくわからない物を練る時に使われると聞いたことがあるが、それを扱うのは神だけだ。彼女が神かと言われたら波長的には全く違う。

 神にもよるが人間とは違う波長をみんな持っている。しかし、この女性も人間にしては少し波長がずれている気がする。犯罪者たちとは違うズレだ。

 まあ、いいか。詳しいことは彼女に直接聞けばいいのだ。おそらくは話の通じる人間のはずだ。

 この小さい八卦炉には別の用途があるのだろう。鞄に戻して壁際の椅子に座り、女性が目を覚ますのを待った。

 




次は一週間後ぐらいに投稿できたらいいとな。と思います。


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東方繋華傷 第六十七話 三度

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は第六十七話をお楽しみください。


 様々なものが燃える焦げた匂いが鼻につく。そう思ったころには最後にいつ見たかは覚えていないが、また夢の中にいた。

 水の中を漂っていた私が向いていた方向にある人里の中で爆発が起こっている。衝撃波が起こった後に、真っ赤な炎が立ち上っていき、爆発で崩れた家から埃や砂塵が舞い上がっていく。

 数百メートル先での爆発だというのに、石や木片が私のいるところにまで飛んできていて、水に落ちると水面に波を立てる。

「はぁ…はぁ…」

 夢の中での私は息を切らしていて、水の中に漂ったまま息を整えるのかと思ったが、爆発があった方向とは別の方へと泳ぎ出した。

 岸までは二十メートルとちょっとだ。いる場所が小さい湖でよかった。川なら流れがあってろくに泳げなかったはずだ。

「っ!?」

 何かを感じたらしく、小さい手で水をかき分けて進んでいたが上を見上げた。

 誰が弾幕を撃っているのかはわからないが、球状の弾幕が雨のように降り注いでいる。急いで逃げようとするが後方で爆発が起こり、その爆風にあおられて岸まで一気に吹き飛ばされてしまう。

「うわぁぁぁぁぁっ!?」

 爆風によって空中でグルグルと体が回転し、上下が逆さに左右も前後も逆になってしまう。受け身なんて取れる体勢ではない私は地面に叩きつけられそうになる。だが、その寸前に木の葉っぱや枝にひっかがった。

 動いていた体の速度が減速し、その方向が横から縦へと切り替わる。細い木の枝では体を止めることができず、地面へと転がり落ちた。

「あぐっ!?」

 地面に落ちたことで体の至る場所を打ち、息を吸い込むことができなくなる。頭が混乱して無理に息を吸い込もうとするが、さっきから弾幕を撃ってきている奴らがこちらに進んできているのが見えた。

 のんきに息を吸っていたのでは、爆発する弾幕に巻き込まれてしまう。

「っ!」

 私が飛ばされた方向が木々の深い林で助かった。苦しくて頭がくらくらしているが、地面を蹴って幹の太い木の後ろに体を投げ出して隠れた。

 耳を塞いでいたが、頭のすぐ横で大太鼓を鳴らしているような爆音が塞いでいる鼓膜を叩き、衝撃波で飛ばされてきた石ころや砂を頭からかぶってしまう。

 むせ返りそうな土煙の匂いにせき込んでことで息を吸い込むことができたが、衝撃波でまだ頭が痛い。

 爆発で千切れた葉っぱがひらひらとたくさん舞い落ちてきているが、それでも葉っぱは生い茂っているため私の正確な位置をきちんと把握できていないらしい。通り過ぎてもなお林を爆破している。

「……っ…」

 体にこびり付いた砂を叩き落とし、私を爆破してきている連中とは別の方向へと走り出した。

 だが、この小さい手足ではいつも以上に異様に進む速度が遅く、ばてるのも早い。

「はぁ…はぁ…!」

 どこか宛があるのか、夢の中の私は迷うことなく走っていくが、もしかしたら宛がないため闇雲に走っているだけかもしれない。

 全力で走っていたのか息がすぐに上がり、走る速度がガクンと落ちる。それでも何分も走っていたが、本当に走れなくなってきたのか立ち止まりせき込んでしまう。

「…?」

 肩を大きく上下させて息を整えていたが、何かに気が付いたのか近くの木の後ろに隠れた。よく聞くと自分以外の荒い息遣いと悲鳴が聞こえてくる。

 気の後ろに隠れていると悲鳴と逃げている足音が段々と近づいてきて、私のいる場所のすぐ真横に二十歳もいかぬ女性が倒れ込んだ。

「っ!?」

 驚きで悲鳴を上げそうになったが、喉に舌が張り付いて声が出なかった。でも、それで助かったといえる。

 帰り血まみれで震えている女性の、恐怖に凍り付いた瞳と目が合った。何があったのかはわからないが、恐怖だけは私に伝搬した。

「来るな!やめろっ…!!」

 そう叫んでいた女性の足を誰かが容赦なく右手で掴んだが、それは私と同じような人間の手だった。親指の付け根に小さな古傷があった。

 もの凄い力で掴んでいるのか皮膚の色が変色し、木の枝が折れる音がしたと思うと普通なら考えられない方向へ足が折れ曲がる。

「あああああああああっ!!」

 痛みと恐怖で女性の返り血で汚れている顔が涙と鼻汁でぐしゃぐしゃになり、明らかに人間離れした力を見せた手は、女性のことを引っ張って行く。

 泣き叫んでいる女性の姿がすぐに木の陰になって見えなくなるが、絶叫だけが響いていて木々で反響してあらゆる方向から絶叫を聞いているようだ。

 そんな声をいつまでも聞いていたら頭がおかしくなりそうで、耳を塞ごうと手を動かそうとすると、骨が折れる音と肉が引き割かれる音が同時に耳に届いた。

 絶叫が嘘のように収まり、静寂だけが周りを包み込む。女性は空中で殺されたのか血が滴る音が嫌に響いている。

 妖怪の感覚は人間よりも鋭いため、気が付かれないように私は震える手で口を塞いで息を止めた。

「~~っ!!」

 ガタガタと震えている私には妖怪は気が付いていないのか、クスクスと笑い声を漏らすと、地面に女性を下ろしずるずると物を引きずる音を立てて遠ざかっていく。

 女性から流れ出た血の匂いが漂ってきて、その匂いに私は胃の中の物を吐き出しそうになった。

 だが、今は女性を殺した妖怪がまだ近くにいる。離れるまでは我慢しなければならない。私は口を押えて胃が変形して、体内の内容物を吐き出そうとするのを抑え込んだ。

 土を踏みしめる音と考えたくもないが、人間を引きずる音が聞こえなくなったところで、私は四つん這いになって地面に嘔吐した。

「うぶっ……っ…おええええっ!?」

 事前に食べ物を食べていなかったらしく、出て来たのは透明で粘着質な酸っぱい胃液だけが口の中からしたたり落ちていく。

 胃の収縮がしばらくしてから収まり、息が絶え絶えになっていたが吐いた場所から少しでも離れたくて、別の木の幹によりかかった。

「何で…こんな、ことが…?」

 自然と涙が溢れ、地面を見つめていた視界が涙でぼやけていく。泣いてしまうのも無理はない。声からして今よりも若い子供の時で、そんな子供が目の前で起こっていることに耐えられるはずがない。

 流れた涙を服の裾で拭っていると、いきなり声が聞こえて来た。

「何でって、それはあんたのせいじゃない?」

 私がパッと顔を上げると、懐かしくも憎くもある赤と白が主に使われている巫女服の女の子が、目の前に立っていた。

 そいつは、こんな状況だというのに、楽しそうに笑った。

 

 

 そこで夢は途切れてしまう。私はその先が知りたかった。自分が原因を作ってしまったことはもう知っている。だから、なぜというところが知りたかった。

 夢から現実へ意識が引き寄せられる感覚、目が覚めそうになる寸前にそれが止まった。しかし、意識だけははっきりしていて、どういうことだと考えていると見え覚えのない何もない空間に立っていた。

「ここは…?」

 周りを見回すと、後ろに紫が立っていて目が合った。夢にしてはリアルだなと思っていると彼女が話を始める。

「今、あなたの夢の中に能力でお邪魔させてもらってるわ」

 境界を操る程度の能力を持っている紫だからできることだろう。しかし、なんでまた夢の中なのだろうか。

「何で夢の中なんだ?」

「私のせいでもあるけど、あなた忘れたの?咲夜たちに掴まってあの手この手でいろいろやられたでしょう?」

 紫に言われるまで忘れてしまっていたというよりも、思い出したくなかったのだろうが、気を失う前のことを思い出した。

「ああ、そういやそうだったな…」

 気を失っていて周りの状況はわからないが、咲夜たちが情報をあまり吐いていない私をそう簡単に捨てるとも思えない。

 紫が私のことを起こさないようにしてくれているおかげで、起きた私が咲夜たちに会うのを避けさせてくれているのだろう。

「それで、どうしたんだ?」

「夢の中だと時間の流れが大きく違うし、できるだけ手短に話すわ」

 紫はそういうと続けて私の返事を聞かずに言った。

「連絡手段を作っておいたわ。あなたの居場所を常に把握できるわけではないから、バックの中にスキマの性質を持たせた物質を入れておいたわ」

「それを持ってたらなんだっていうんだ?」

 紫のしたいことがよくわからないため、その意図を聞いた。

「まあ、発信機付きの無線機みたいなものよ、基本的には貴方の居場所がある程度わかって、魔力を流せば会話ができる。そんな感じかしら」

 紫が情報を持ってくるのにわざわざ待たなくてもいいというのは、中々良いな。

「へえ、そりゃあ便利なものだな。でも、大丈夫なのか?それを奪われるなんてことがあったとして、スキマで繋がっているお前の位置を逆に特定される可能性は無いのか?」

 思いついた疑問を彼女に投げかけてみた。

「それなら心配ないわ」

 紫はそれしか言わないが、大方私以外の人間が触れればそのスキマの機能を失うように魔力が施されているのだろう。

 それなら紫の位置を特定されることは無いだろう。そう彼女と話していたが、少し気になることがある。

 私が紫にこの場所に連れてこられた時点と、そのまえでだいぶ長い間夢を見ていた。現実ではかなりの時間が経過しているのではないだろうか。

「そういえば、現実ではどれだけの時間が経過しているんだ?」

「私がここに来ようとしてる時点で一日が経過してたけど、侵入サウルまでに時間がかかったから一日半は経過してたと思うわ。こうやって話してるだけでもかなりの時間は経過してるだろうけどね」

「なあ、それって…もうそろそろ奴らが来るんじゃないか?」

 私がそう聞くと、彼女はため息をついてそうでしょうね、と呟いた。

「……。ああ、そうださっきは咲夜たちが来たから言えなかったが、霊夢たちには私の名前を教えないようにしてくれ」

「わかってる。そのつもりだったから」

 その言い方、やはり紫も危惧しているのだろう。この三度目になる奴らの襲来によって、異次元の連中が元々いた人物を殺して成り替わっているという可能性を。

 身内の一つ一つの言動や情報などから、敵が紛れ込んでいるのなら割出そうという考えらしい。

 敵もバカではないだろうから、かなり大変だろう。

 それより咲夜が近くにいてはこのまま眠り続けるしかない。私が動くには紫あたりに手伝ってもらうしかないだろう。そう提案しようとすると、紫は何かを感じ取ったのか眉をひそめた。

「どうしたんだ?」

「奴らが来たようね」

 実感がなかったが、時間の流れが遅いこの夢の中で本当に一日以上が経過しているらしい。

「あなたが今から起きるのに約三十分は時間が進む。だから今から起きてもらうわね。起きる頃には咲夜も連中のところに向かってるはずだから」

「わかった!紫は場所の特定を頼んだ!咲夜たちを援護するために私もそこに向かうぜ」

 そういうと紫の姿が消え、私も夢の中から現実へ向かい始めた。

 三十分の時間のロスは痛すぎる。全力で飛行すれば二十分で幻想郷のどこにでも向かうことができる。

 一分の時間も私は経過していないように感じるが、紫の言う通りおそらく三十分は時間が経過しているはずだ。

 目を開くとベットを仕切るカーテンは広げられておらず、周りからよく見えるようになっている。全身、特に左腕に疼痛を感じた。

「痛っ!?」

 何気なく動こうとした時に痛みを感じ、ポロッと声が漏れてしまう。近くに咲夜がいなかったとしても、永琳が警戒して鈴仙あたりを見張らせているかもしれない。

 だが、部屋の中には誰かの気配はしない。目だけ動かしてみるが見える範囲では誰も病室にはいない。

 体を起こして見るが、寝ていたときに見えなかった範囲にも人はいない。休憩中なのかは知らないが今のうちに永遠亭を出た方がいいだろう。

 病衣を脱ぎ捨て、ベットの隣に設置されている机の上に置かれている鞄を取り寄せた。中から魔女の服を取り出し、いつもと同じく着込んだ。

 治療の後でキチンと血をふき取ってもらえていたらしく、体から血の嫌な臭いはしない。鞄の中にあったものが無くなっているとかもなく、探すなどの手間はなさそうだ。

 瓶やミニ八卦炉もあるし、香林から貰った隠してある煙草もある。

「…良し」

 数分かけて病室から出る準備を完了させ、逃げようとした。

 まるでタイミングを計ったかのように異様な威圧感が私を包み込み、一ミリすら動けなくなってしまう。

「うそだろ…」

 20分もあれば幻想郷のどこにでも行けると思っていたが、まさかここに来るとは。

 座っていたベットから逃げ出そうとすると、薄暗い窓の外に赤い人影が揺らめいているのが見えた。

 白色の塗装がされている木の壁に大きな亀裂が入る。部屋側に亀裂が入った部分から盛り上がり、亀裂はさらに拡張していく。

 壁に入った亀裂で窓に今までにない圧力がかかり、砕け散った。

 そして、盛り上がった亀裂の入っている壁に、爆発系の弾幕が放たれたらしく爆発を起こした。

 爆発の炎が砕けた木片の奥に見え、その炎の膨張で生まれた衝撃波が木片をこちらにまで吹き飛ばしてくる。だが、それが私に飛んできている段階で当たることは無い。

 私も衝撃波で舞い上げられて後方に吹っ飛んでいるからだ。

 壁に背中を強打し、骨がゆがむ嫌な音が体の中を伝わって耳に届く。痛みに耐えることはできても立っていられず、ズルッと床に崩れ落ちてしまう。

 床に崩れた私に向かって、大小さまざまな木片が降り注いでくる。

「っ!」

 顔を手で隠して木片が目に入るのを防ぎ、爆発した壁の方を見ると大きな穴が開いていている。

 爆発で作られた大量の転がっている瓦礫を蹴飛ばしながら、博麗霊夢が部屋に入ってきた。

 そいつの左手には、私の右手にある古傷と似た傷がある。こっちにいる霊夢と顔がうり二つの異次元霊夢は口を歪めて笑う。

「捕まってるようだから助けに来てあげたわよぉ?」

 彼女は舌を唇に這わせ、クスクスと笑った。




次の投稿は一週間後ぐらいにできたらいいなと思います。(多分無理です)

期待しないでゆっくりと待っていただけたら幸いです。


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東方繋華傷 第六十八話 弱い

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は第六十八話をお楽しみください。


 ケラケラと笑い、私に近づいてきていたが異次元霊夢はその歩みを止めた。

 爆音で耳鳴りがしていて周りの音が聞こえていなかったが、閃光瓶などのように耳の鼓膜が破れそうになるほどの爆音ではないからか、すぐに耳の調子が戻ってくると異次元霊夢が歩みを止めた理由が把握できた。

 ドカドカと木の床を蹴る音がたくさん聞こえている。今の爆音で誰かがこちらに向かってきている。

「お前…っ!」

 こいつ、私を助けるに来ることでこっちの住人に異次元霊夢たちにとって助けに来られるほどの人物だと認識させ、敵じゃないと霊夢たちを言いくるめて味方にさせる可能性を潰してきた。

 この状況。弁解の余地は無いだろうな。たまたまでは言い訳できない。

 どこから来たのか知りはしないが、現れた異次元霊夢がたまたま迷いの竹林を見つけて、わざわざ迷いの竹林を抜けてきて。

 そしてたまたま破壊した壁が私のいる病室で、眠っていた私の目がちょうどよく覚めていたと、たまたまにしてはできすぎだろう。

 異次元霊夢が手を正面にかざした。その先にあるのは私ではなく、扉を向いている。誰かが開いてきたところを狙っているのだ。

 球状に凝縮された魔力には爆発系の性質が感じられ、ドアに向かってきている人物たちを一網打尽にするつもりだ。

 私が立ち上がろうとしていると鉄の扉が開け放たれ、ウサギの付け耳を頭部に付けていて赤い瞳の人物、鈴仙が飛び込んできた。

 彼女には人間の波長が見える。人間というよりは生物だが。それのおかげで霊夢と変わらない顔つきの人物を見て普通なら敵と迷うところだが、波長の違いで全く人物だと一目で判断した。

 指の形をピストルを模した形にし、それを手のひらを向けてきている異次元霊夢へと向けた。

 魔力が凝縮するとその半分に硬質化の性質と形状変化とその維持が使われ、残りの半分は正面方向に対する速度が使われている。

 私や霊夢達が使っている魔力の中に含まれている魔力のエネルギー的放出でダメージを与えるのではなく、硬質化した弾幕を高速でぶつける攻撃。一番わかりやすいのでは銃などと同じ原理での攻撃方法だ。

 鈴仙と異次元霊夢が弾幕を撃ちあう前に、私は鈴仙に向かって飛び込んで突き飛ばした。鈴仙の指先から発射された弾丸の弾幕は大きく軌道をずらされ、天井を貫く。

「鈴仙危ない!!」

「なっ!?」

 対して異次元霊夢の弾幕は鈴仙の胸に向かって進んでいたが、私が付き飛ばして軌道からずらしてやり、そのまま後方へと鈴仙に当たることなく進んでいく。

 私が見えない位置から飛び付いたため驚いたらしいが、弾丸を放った手とは逆の手で握られていた拳で顔を殴られてしまう。

 体勢が倒れかけているというのに、中々威力の高いその衝撃と威力に頭がクラリと来そうになったが、鈴仙のことを無理やり床に伏せさせその手は絶対に振りほどかれないようにした。

 鈴仙が私の押さえている手を離させようとするが、後方で頭を殴られているのとそう変わらない轟音と衝撃が響いた。

「~~~~~~っ…ぁ………っ………ぁ…っ!?」

「………ぐっ…!?」

 耳を塞いでいなかった私と鈴仙のうめき声が薄っすらと聞こえる。その彼女と目が合うと困惑が入り混じった瞳をしている。

 やはり鈴仙と一緒にウサギたちも騒ぎを聞きつけて向かってきていたらしく、異次元霊夢の爆発系の弾幕で何人か怪我をしたらしく、濃い血の匂いが漂ってくる。

 いや、この濃い血の匂いは怪我をした程度ではすまないレベルだ。確実に一人以上は死んでいるはずだ。

 飛び散った破片で鈴仙に怪我がないことを確認するが、鈴仙は依然として戸惑いを隠せない目線を向けている。なぜ私を助けたのだと。

 答えたとしてもどうせわからないだろうし、地面に押さえつけていた鈴仙を開放しようとした時に、肩を掴まれた。

 しまった。倒れ込んでいる時間が長すぎた。

 そう考えている頃には指が服越しに皮膚に食い込み、後ろにひき寄せられてそのまま投げ飛ばされた。かかとが何かにひっかがり、空中ででんぐり返しをした私はお腹から地面に落ちてしまう。

 とっさに目を閉じてしまっていて見えなかったが水道管が爆発で破壊されたのか、顔のすぐ近くにあった腕で、受け身を取るために床に手を付くとピシャリと水が跳ねた。

 いや違う、この異変で何度も嗅いできた水ではありえないほどの血の匂いが、異常なほどする。

 目を開くと異次元霊夢の放った弾丸で、背中の肉が丸ごと抉れていて死んでいるウサギが倒れている。そこから流れ出て、できた血だまりに手を付いて倒れ込んだのだ。

「うっ…!」

 ウサギの体は腰のあたりが抉れていて、体内の圧力で漏れ出した真っ赤な小腸と大腸。それに破れた横隔膜の奥に見える様々な臓器を直視してしまった。

 胃が動くのが感じられ私は喉の奥を締めて、胃の内容物が食道を逆流するのを防いだ。

 目を閉じて顔を背け、気持ちを落ち着かせようとするが脳裏にべったりと張り付いたウサギの死骸は、中々頭の中から消えていかない。

 ようやく胃の動きが収まり始めようとしている私を置いて、鈴仙が立ち上がり異次元霊夢と対峙した。

 服についている汚れを叩き落とし、顔を上げて異次元霊夢を睨み付けているが、彼女は目を閉じて深く息を吸い込んだ。

 息を吐き出すと彼女は戦いへと意識を切り替えたらしく、恐ろしい形相で異次元霊夢を睨み付けるとファイティングポーズを取った。

 身体強化の魔力が鈴仙と異次元霊夢の全身を覆い、強化された筋肉が皮膚の下で脈打っている。

 異次元霊夢は不適というにはほど遠い、狂気の笑みを浮かべると霊夢に破壊されたはずのお祓い棒を握りしめて鈴仙に更に近づいていく。

 そして、二人の距離が一メートルを切り、鈴仙の構えている手から三十センチ程度に接近したと同時に二人が動いた。

 実際には異次元霊夢の方がコンマの差で早く動き出しているが、私の目には同時に動き出しているようにしか見えない。

 異次元霊夢の唸るお祓い棒が鈴仙の頬をかすめ、鈴仙の拳は手で受け流されてしまっている。

 お互いに大振りの攻撃ではなく小回りの利く攻撃だったのか、いる位置は変わらずに手を引いて殴る前と同じ体勢へと戻る。

 今のやり取りで鈴仙は異次元霊夢の実力をなんとなく察したらしく、さっきよりも緊張して険しい顔つきで息を吐く。

 異次元霊夢のお祓い棒が掠った額から、薄っすらと血が滲んでいて鼻の横を伝って血が落ちて行く。

 今度は異次元霊夢だけが動き出し、お祓い棒を横から薙ぎ払うが動いてもいない鈴仙には掠りもしない。

 鈴仙の能力など等に知っているだろうし、戦ったこともあるのか霊夢は特に驚いた様子もなくお祓い棒を構え直す。

 狂気を操る程度の能力は波長を操る程度の能力とも言え、異次元霊夢と自分の距離感を操って攻撃が当たらないようにしたらしい。

 鈴仙は殴りかかるにしては、不自然に手首を捻った状態で異次元霊夢に殴りかかる。

 普通ならば少し体をずらす程度でかわせる攻撃を、異次元霊夢は大げさに体を傾けてかわした。

 異次元霊夢は体のバランスを崩しかけるが、許容範囲内だったらしく更に殴りかかってきている鈴仙にお祓い棒を振り上げる。

 おかしな体勢でされた攻撃で重症になるほどではないが、お祓い棒を胸に叩き込まれた鈴仙は私が寝ていたベットへと突っ込み、反対側に転げ落ちていく。

 転げ落ちた鈴仙は左手で殴られた胸を押さえながら右手を銃の形にし、ベットの下から異次元霊夢の足に向けて弾丸の弾幕を放つ。

 私のいる角度からならその行動が見えるが、異次元霊夢の頭の高さからは見えないはずなのに地面を蹴ってジャンプするとその弾丸をかわした。

 たまたま攻撃するタイミングと被ったのかは知らないが、そうだとしたら運のいいやつだ。

 物体が超高速で空気中を突っ切る音とそれが壁にぶつかり、穴をあける音がほぼ同時に耳に届く。

 木の板から弾けた木片が地面に落ち始めようとしている頃には、異次元霊夢は天井に着地をしている。天井に使われている板を踏み込みでたたき蹴り、ベットの陰にいる鈴仙をベットごと叩き潰そうとした。

 だが、鈴仙がベットから異次元霊夢までの距離感をいじくったらしく、異次元霊夢は途中半端な位置でお祓い棒を振るい、空を切る。

 タイミングをずらされた異次元霊夢は魔力調節で体勢を整えるのと、足場の形成でベットに向けて跳躍し、ベットを踏みつぶした。

 魔力強化されている人物からの踏み込みに木でできたベットが耐えられるはずもなく、本体を支えている四つの棒が折れるとベット全体が床へと落ちる。

 掃除はしていて清潔ではあるが、布団が破れたらしくそこに入っている羽毛などがほこりなどの代わりに舞い上がる。

 鈴仙が潰されてしまったと肝を冷やすが、彼女はそれよりも前にベットの下から飛び出していた。倒れている不利な状況を変えるために立ち上がり、右腕の羽織っているブレザーを突き破って出現していた仕込み刀を構えた。

 異次元霊夢と位置が入れ替わる形で二人は対峙していたが、鈴仙は握りこぶしを作っていた右手の人差指と親指をまっすぐに伸ばし、銃の形を作る。

 そして、それをこちらに向けてきた。私は銃口を向けられ、少しだけ体が委縮してしまう。戦っている状況などではなく、ただ普通にやられただけならば怖いことなど何もない。だが、彼女が放つ弾幕の威力は既にそこの壁で立証済みだ。

「どういう形かは知らないけど、この子はあんたらにとっては大事な存在だってことはわかった。少しでも動いたら頭をぶち抜くわよ」

 手をあげたくなるが、動いてはいけない対象が私も入っているならば、その行動すらも撃たれかねないため、立ち上がる最中の四つん這いの状態で私は動くのをやめた。

「そぉ、やられるものならやってみたらぁ?」

 異次元霊夢が鈴仙に余裕で挑戦的な笑みを向け、舌を突き出して挑発する。

 鈴仙はこんなちゃちな挑発には乗らないだろう。だが、赤い瞳がわずかに細まり口元がいら立ちを隠しきれずに歪む。少し冷や汗が出た。

 鈴仙の指先にはさっきと同様に、硬質化した魔力と前方方向に最高速度で飛ぶ性質を持つ魔力が集まり、異次元霊夢は体に魔力を巡らせて身体強化を施している。

 足を肩幅に開いた異次元霊夢から、身体強化以外の魔力を感じた。それは本当に微弱で、戦いに手中している鈴仙は気が付いていないだろう。電波のような感じで性質的にはスイッチをオンにする、といった感じだ。

 何のスイッチを入れるつもりだろうか。

 そうしていると今度は別の魔力を感じた。下方向に向かう微弱な魔力だ。鈴仙や異次元霊夢から感じているのではない。彼女らがいる位置よりも、感じている魔力の座標は少しだけ高い。

 天井を見上げてみると、そのタイミングで天井にくっ付いていた棒状の何かが込められていた下方向に向かう魔力に乗っ取って動き出し、その真下にいる鈴仙の肩や腕に突き刺さった。

「なぁっ!?」

 降ってきた棒状の物は、霊夢もよく使う妖怪退治用の針だ。いつからそこにあったのか。

 おそらく異次元霊夢がベットの下にいる鈴仙から弾幕の攻撃を受けた際、ジャンプして天井に着地していたがその時に天井に投げつけていたのだろう。

 私は驚愕した。魔力にこんな使い方もあるのかということに。受容体としてあらかじめ魔力を設置し、消える前にそれに反応する魔力をぶつけて起動させるとは…。

 鈴仙は予定していなかった別方向からの攻撃に、指先にあった弾幕をその場に維持できず私に向けて弾幕を放った。

 しかし、腕などに突き刺さった妖怪退治用の針によって腕の筋肉が緊張し、指の向きが少しだけ横にずれた。

 額の真ん中に標準を合わせていたが、その僅かなズレでさえ距離が離れれば大きなものとなる。

 頬を弾丸が掠り、血とわずかな皮膚と肉片が飛び散る。掠った頬に弾丸の運動エネルギーが分散し、顔が頬の方に少しだけ傾いた。

 しかしまずい。魔力の使い方だったり鈴仙に打たれたことばかり考えてもいられない。

 異次元霊夢は体を強化して構えていた。そして、彼女は鈴仙から向けられていた注意を針へとほんの少しの時間向けさせた。

 それだけの時間があれば、数メートルの距離移動できないはずがない。次にあるのは鈴仙への致命の一撃だろう。異次元霊夢は王手をかける気だ。

 それはさせない。

 どう動くか考えるよりも先に体が動いた。目の前にある内臓がこぼれているウサギの死体を、血で滑らないように気を付けて跨ぎ、走り出す。

 同じく鈴仙へと向かっている異次元霊夢と目が合い、私は手先に魔力を集中させた。鈴仙は私が走り出しているのが見えたからか、弾幕を更に放ってきた。

 太ももを弾幕が貫くが、骨には当たってはいない。まだ走れる。

 貫かれた足で床を踏みしめると、耐え難い激痛が襲ってくる。体から力が抜けそうで、倒れ込みそうになるが歯を食いしばって走り続けた。

 異次元霊夢の腕とお祓い棒に身体強化と硬質化の魔力が集中している。これを今の鈴仙が食らうのはまずい。だが、鈴仙のことを手で突き飛ばしているのでは、そのうちに殴られてしまう。

 少々乱暴だが、異次元霊夢の攻撃を食らわせないようにするのには、プランを二つ用意した。

 一つ目のプランAで上手く行ってほしいが、手先に溜めていたレーザーを異次元霊夢に向けて放つ。

 しかし、それを読んでいた異次元霊夢は体をかがめてレーザーをかわす。これでは足止めにすらならない。

 プランBだな。

「すまないが、少し痛いぞ鈴仙!」

 撃たれた足で地面を踏ん張り、痛みをこらえて反対側の足を突き出す。三度私に弾幕を撃とうとしている鈴仙を蹴り飛ばした。

 弱く突き飛ばしたとしても鈴仙の位置をずらせず、異次元霊夢の攻撃を受けてしまう恐れがある。強く蹴り飛ばしたが意外と強すぎたようで、彼女の顔が痛そうに歪む。

 でも、蹴りの一撃で命を落とさずに済むのなら、安いものではないだろうか。異次元霊夢のお祓い棒が鈴仙の付け耳に当たると、中間部から千切れて飛んでいく。

 異次元霊夢がそんなに近くにいたのかという表情をしている鈴仙から視界を外し、準備できている次の行動に移る。

「くらえ!」

 異次元霊夢と対峙し手に溜めていた魔力を、レーザーとしてぶっ放す。激しい閃光とともに光が含まれた弾幕が彼女を貫く。

 貫いたように見えただけだ。異次元霊夢は飛び込む形で射線上から体を出したのだ。やはり反応が速い。

 異次元霊夢はレーザーを撃った私の横をすり抜けていくと、彼女の服や体から血の嫌な匂いが漂ってくる。

 後ろに向かって拳を振り抜くが、異次元霊夢に簡単にはねのけられてしまう。体勢を立て直そうとする私よりもはるかに速い速度で腹にお祓い棒を叩き込まれ、体が後ろに吹っ飛んでしまう。

 身体強化の魔力を施してはいたが、それに関してはまだまだ未熟な私はあまり相殺することができず、ほとんどのダメージが体に通る。

 空中で立て直すことなどできるわけもなく、鈴仙がさっき突っ込んでいたベットの方向に飛んだ私は、床とそんなに高低差のないベットの上を転がり、壁に衝突した。

「がぁっ!」

 ズルッと床に倒れ込んでしまうが、まだ戦いの最中で倒れていられる状況でない。

衝撃でひび割れしている壁に手を付いて立ち上がろうとしていると、異次元霊夢と交戦していた鈴仙が殴り飛ばされ、目の前に転がり込んできた。

「ぐぅっ…!?」

 転がり込んできた鈴仙は十数秒の交戦でさえ体がボロボロで、頭から出血を起こしている。

 素手で応戦しているのが原因か、手を中心に赤黒いあざが痛々しい。

 立ち上がろうとしている鈴仙に向かって、異次元霊夢が床の木の板を叩き割って走り出そうとしている。

「鈴仙!逃げろ!」

 異次元霊夢がベットを踏み台にして鈴仙に飛び込んでくる。

 私の言葉を聞いていない鈴仙は右手だけ構えた。左手は折れているのか、だらりと腕が垂れている。

「くそっ…!」

 異次元霊夢と打ち合いを始めた鈴仙の援護をしようと立ち上がるが、異次元霊夢の一撃と共に鈴仙の顔が不自然に私の方向を向いた。

 そして、骨が外れる身の毛のよだつ音が聞こえた。

「……っ……!」

 首の皮膚が異様にねじれ、真っ赤から真っ青に顔の色が変色していき、最終的には土気色へとなって行く。

「鈴…仙……」

 私が動きのない彼女の肩に手を伸ばそうとすると、対照的に鈴仙の体が崩れ落ちていく。

 アリスの家で人形を操らせてもらったことがあるが、その後に操るのを止めると人形はグラリと机に突っ伏した。

 あれと全く同じく鈴仙の体は床に崩れ落ち、動かなくなった。

 私が倒れている鈴仙から視線を外して顔を上げると、ニヤニヤと笑っている異次元霊夢がこちらを見ている。

「お前…よくも鈴仙を…!」

 異次元霊夢は鈴仙の死体を踏みつけ、私の顔を掴んで壁に叩きつけてくる。

「だからぁ?それがどうしたっていうのかしらぁ!」

「このっ…!」

 異次元霊夢にレーザーをぶっ放そうとするが、壁から引き離されそのまま割れている窓から蹴りだされた。

「ぐっ!?」

 異次元霊夢が面白いほど飛ばされている私を空中で掴むと、そのまま急上昇を開始する。

「それじゃああとは頑張ってねぇ、魔理沙ぁ」

「待ちやがれ…!今、ここでぶっ倒してやる…!」

 私がそう異次元霊夢に呟くと、彼女は口の端を吊り上げて笑う。

「今やっても結果はわかってて面白くもなんともないわぁ。だからまた今度の楽しみにしておくわぁ」

 異次元霊夢は私を地面に向けて蹴り落とした。

「うあああああああああああああああああっ!!」

 体の重心が定まらず、グルグル回転している私は空中で立て直すことをあきらめ、全身を魔力で強化した。

 地面にぶつかる衝撃に備え、移動しながら落とされたため斜めに竹を数本叩き折り、地面に滑り込む。頭から突っ込むよりははるかにましな着地だ。

 ズザッと地面との摩擦で減速し、上空を悠々と飛んでいる異次元霊夢に向けてレーザーをぶっ放す。

 異次元霊夢はここからでもわかるほどに余裕でレーザーをかわすと、私に反撃することなく飛び去って行く。

 何度か追いながらレーザーを放つが、箒でいつも飛んでいた私は速度があまり出ず、完全に異次元霊夢を射程外へ逃してしまう。

「…くそ…っ」

 あの余裕そうな顔をいつか、吠え面に変えてやる。

 無駄にいつまでも追っても意味がない。逃げられてしまったのなら別のことをするべきだ。私は気持ちを切り替える。

 異次元霊夢がきているということは異次元咲夜たちも来ているということだ。咲夜が永遠亭にいなかったということは、そっちに向かったのだろう。

「紫!」

 バックの中から見覚えのない黒いボールを取り出し、魔力を少しだけ通わせて声をかけた。少しの間、反応がなかったがすぐに返事が返って来る。

『魔理沙、大丈夫だったかしら?』

「大丈夫じゃあないぜ!向こうの霊夢が現れて鈴仙がやられた…。咲夜たちは今どこで戦ってるんだ?」

 私は迷いの竹林から抜け出すために走り出し、紫の返答を待っているとすぐに声が聞こえてくる。

『村の近くよ。早苗の方も交戦を始めようとしてるみたいね…場所は直線距離で咲夜の方が近いわ』

「わかった。間に合うかどうかはわからんが、できるだけがんばってみるぜ」

 ボールに送っていた魔力を切り、空を飛んで加速した。

 加速する前に、疑問が浮かんだ。早苗も交戦を始めようとしている。三十分も経過しているのに、まだ戦いが始まっていなかった。

 疑問はその先だ。異次元霊夢は永遠亭にいる私を連れ出しに来ていたが、なぜ、わざわざ遠い場所から永遠亭まで来たのだろうか。

 場所がわからなかったということならば話は分かるが、異次元咲夜や異次元早苗は明らかにこちらの咲夜と早苗と戦いに来ている。

 なのに、なぜ直接その場所に現れないのだろうか。いや、現れないのではなく、現れることができないのだろうか。

 考えをそうやって広げようとしていたが、私は今の状況を思い出す。前回と前々回でこれでもかというほどにあの二人は異次元咲夜と異次元早苗にやられていた。そんな二人が今回勝てるかと言ったら、絶対に無理だ。

 今は考えている暇はない。すぐに移動しなければならないのだ。

 だが、その前に、私は永遠亭を振り返って、今は亡き鈴仙に呟いた。

「鈴仙……仇は、必ず取るぜ」

 私は弱すぎる。

 悔しい。私がもっと強ければ鈴仙は生き残ったかもしれない。

 もっと、強くならないといけない。




次の投稿……

一週間後ぐらいに出せたらいいなと思います。


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東方繋華傷 第六十九話 かたき討ち

だいぶ期間が開いてしまって申し訳ございません。

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は第六十九話をお楽しみください。


 結局、あの魔女から何も聞き出せないまま来てしまったな。と村の近くで奴らが来るのを待っていた紅魔館のメイド長こと十六夜咲夜は思った。

 初めから期待はしていなかったからあまり残念ではないが、多少なりと奴らについてあまり知れなかったことは少し痛手だ。

 まあ、奴らを殺せればそれでいいだろう。

 それと、なぜ村の近くなのかというと、私たちの幻想郷では人里は結界内の中心部に近い場所に位置していて、どこから現れてもできるだけ早く迎えられるからだ。

 本当の中心は博麗神社であるため、神社で待ち構えるのが一番いいのだが、霊夢の家に五十人前後の妖精メイドを連れて行くのはさすがに気が引ける。

 それで仕方なく人里近くで待機しているわけだ。

 持っている銀時計に目を落とすと前回の奴らの侵入から、正確に三日が経過した。来るのならばこれ以降だ。

 気を引き締め直し、後ろで黙って異次元咲夜が来るのを待っている妖精メイドを見回した。

 彼女らを守って戦う余裕は私にはなく、おそらく三分の一も生き残ることはできないだろうと言ったが、彼女らは言うことを聞かずについて来た。

 いつもは不真面目だったり気ままな妖精メイドがこれほどまでにお嬢様に忠誠を誓っていたことに、お嬢様の偉大さがわかる。

 太ももに巻かれているベルトに銀ナイフが取り付けられており、それに手を伸ばして触れた。形を魔力で読み取ってより正確に、より実物に近く生成できるようにイメージを作る。

 そうしていると今までの穏やかな空気とは一変。奴らが侵入してきたらしく、空気が異質で緊張した物へと変わっていく。

「……。来たようですね、行きますよ」

 私が後ろにいる妖精メイドたちにそう伝えると、彼女らは無言で頷いて走り出した私についてき始める。

 入った林の中を抜けると、なだらかな丘に出た。木々もない広いこの場所は、奴らを迎え撃つにはちょうどいい場所だろう。

 奴の魔力はどういう波長なのか前回と前々回の戦いで既にわかっている。だが、距離がありすぎるのと複数ある魔力に邪魔をされてバラバラに移動している連中の中で、どれが異次元咲夜なのかがわからないし、こっちに来てもらわないといい立地で戦えないため、奴をおびき寄せることにした。

 魔力を電波のように飛ばした。奴も二度の戦闘で私の魔力は覚えていることだろう。他に目的がなければ、こうやって私の場所を教えてやれば来るはずだ。

 目を閉じて奴らの魔力の波長を探っていると、いくつかは分散して各々どこかに向かって行くが、一つだけ動きを止めた。

 そして、ゆっくりとこちらに向かい始める。こいつが異次元咲夜で間違いなさそうだ。

 走っているのか飛んでいるのかわからないが、やたらとゆっくりと進んできていてじれったくなってきた頃、五キロ以上は離れていたはずなのに、いきなり一キロ以内に出現すると馬とは比較できないほどに高速で走ってきた。

 そこで、私は違和感というよりも疑問を感じた。なぜわざわざ遠い場所に出てきて、目的の場所に直接現れないのかと。

 でも、今はそれを考えている状況ではない。あとで霊夢にでも考えてもらえばいい。疑問を脳の片隅に押しやり、戦闘に備える。

「十秒以内に来ます。散開してください」

 奴の進んでいるスピードからそのぐらいの時間はあると判断し、周りに集まっていた妖精メイド達に言うと、いきなりのことで戸惑いながらも散開を始める。これで一度にまとめてやられるようなことはあまり無いはずだ。

 荒々しい魔力で大まかな異次元咲夜の位置を把握しているため、魔力で複製した大量の銀ナイフを木々で姿は見えないが奴のいる方向へと飛ばした。

 木々の間を飛んでいく銀ナイフが葉っぱに隠れて見えなくなる。だが、耳を澄ませると銀ナイフを弾く金属音が反響して重なり合いながらも私の耳に届いた。

 座標は間違ってはいないらしい。だが、葉っぱをかき分ける音がすると、異次元咲夜はジャンプしたらしい。月明かりの中で淡く光る銀ナイフを両手に持った奴の姿が木々の上に現れる。

「一斉射撃!」

 私は大量の銀ナイフを生成したそばから異次元咲夜へと投擲していく。周りの妖精メイド達は合図よりも一テンポ遅れて弾幕を撃ち始めるが、普段戦闘をしていない彼女らの放つ弾幕は小さくて遅い。威力もあまりない弾幕の八割が異次元咲夜に当たることもなく飛んでいき、消えていく。

 ジャンプで最高高度に達していた奴は、私が放った銀ナイフを叩き割りながら降下を開始し、並行してわずかなスキを利用してこちらに銀ナイフを投げつけて来た。

「がっ!?」

「あうっ!?」

 近くにいた二人の妖精メイドが投げつけられた銀ナイフを眼球と首に受け、小さな悲鳴を上げて片方は苦しむことなく絶命する。もう片方の妖精メイドは、切断された動脈から血を吹き出して倒れ込んだ。

 あちこちから悲鳴が聞こえるが、それに構っている暇はない。やり返されないように続けて周りに生成しておいた銀ナイフを魔力で空中にキープし、それらを掴み取って銀ナイフを異次元咲夜に向けて飛ばした。

 だが、得物は私から離れた時点で時間の流れが変わり、時の流れを早くしている私たちからしたらわずかに遅いため当たらない。

 私が投げた銀ナイフをすべて叩き落とすか、避けた異次元咲夜が銀ナイフを飛ばしてきた。それを顔を横に傾けて避け、暗闇でも表情がわかるほどまでに接近してきている異次元咲夜に、追加で複製した銀ナイフを投擲する。

 回転することなくまっすぐ飛んでいく銀ナイフを、奴は両手に持ったボロボロになった銀ナイフですべて砕くと地面にふわりと着地した。

 ボロボロの銀ナイフを左右に投げると、その先にいた弾幕を撃とうとしていた妖精メイドの喉に後頭部から刃が突き出るほどに深く突き刺し、もう一方は妖精メイドが動いたことで狙いがそれたのか、首に刺さらずに掻き切った。

 動脈をやられたらしい妖精メイドは首を押さえようとするが、切られた場所から心臓の拍動に合わせて血が噴き出していき、脳に血が回らなくなり白目をむいてその場に倒れ込んだ。

 二人の妖精メイドは始めこそはぴくぴくと痙攣していたが、じきに動かなくなって行った。それよりもはるかに前に異次元咲夜が新たに銀ナイフを作り出し、私に切りかかってくる。

 二度の切りあい。完全に受けきったと思っていたが、受けきれていなかったらしく腕や腹の辺りに浅い切り傷をつけられた。

「っち…」

 そのまま後ろに通り過ぎていった異次元咲夜は、三人の妖精メイドの首を跳ねた。目にもとまらぬほど素早く、無駄のない動きだ。血管から大量の血液を吹き出した倒れ込んだ彼女らの間に立っている異次元咲夜は、髪の毛の先から足元まで血で体が真っ赤に染まっている。

「ふふっ…洗うのが大変そうですね」

 口ではそう言っておきながら顔は楽しそうで、血まみれが合間って精神に病を持つ頭のおかしい人間にしか見えない。

 着地してから一度の攻防までで十人の妖精メイドを殺された。更に十人程度の妖精メイドは友人を殺されたからか異次元咲夜を恐れたからか、腰を抜かして戦意を喪失している。やはり戦いを知らない妖精メイドでは戦う以前の問題のようだ。

 そして、戦意を喪失した奴から異次元咲夜が投げた銀ナイフを体中にプレゼントされ、血まみれで地面に倒れ込んでいく。

 そうさせないように奴と銀ナイフを交え始めるが、攻撃の合間に投げ捨てた銀ナイフで妖精メイドを殺していくため、破壊していく暇がないのだ。

 十数本の銀ナイフを異次元咲夜へと至近距離から投擲。投擲から隙を生ませないために血なまぐさい敵へと切りかかる。

 作り出された銀ナイフを投擲されたものに投げつけられ、ほぼすべてのナイフが迎撃されてしまう。

 私が近づく程度の時間が稼げて鍔迫り合いとなるが、お互いの武器が二人の押し出そうとする力に耐えられずにぐにゃりと曲がる。

 異次元咲夜は鍔迫り合いを振り払って終わらせ、曲がった銀ナイフを惜しみもなく捨てると、身を後ろに翻して私に踵で横から回し蹴りを放ってきた。

 前かがみになってしゃがむ暇がなく、後ろにのけ反る形で蹴りをかわした。顔の横で爆発でも起きたような血の鉄臭い風が蹴りで生まれ、顔を撫でて通り過ぎていく。

 鼻先を異次元咲夜のヒールを履いている足が通り過ぎてから、私は銀ナイフをお返しに投擲してやるが、魔力の浮遊と跳躍によってかわされてしまう。

 今のところは私が若干押されつつも退かずといったところだが、いったいこれがどこまで続いてくれるだろうか。私が押し切るまでは続いてほしいところだ。

 私は魔力で生成した銀ナイフを握りしめ、手の中で作り出した銀ナイフを弄んでいる異次元咲夜を睨み付ける。

 へらへらと笑っている異次元咲夜に腹が立つが、その瞳はギョロリと蠢いていて、常に私の隙を伺っている。

 すでに二十人前後が殺されているが、まだ戦う意思のある数少ない妖精メイドが小さい弾幕を異次元咲夜へと放つ。

 異次元咲夜はノロノロと飛んでくる弾幕を左右に小さく動いてかわしていく。やはり時間軸の違う妖精メイドの弾幕は彼女に当たることは無いだろう。

 異次元咲夜が通れないほどに弾幕で周りを埋め尽くしてやればいいだけだが、それができるほど戦う意思と実力のある妖精メイドはもういない。

 だが、できたところではたき落とされるのが関の山だろう。

 異次元咲夜が銀ナイフを弾幕を撃ってきている妖精メイドに向けて投擲した。それを撃ち落とすために、射線上に偏差をつけて銀ナイフを投げた。だが、まっすぐに飛んでいっている銀ナイフには紙一重で当たらず、通り過ぎてしまう。

 妖精メイドの首を銀ナイフが掻き切り、また一人首の傷から血を吹き出して地面に倒れて絶命した。

「くっ…」

 高速で動いて切りあっている私たちに、ついていけない妖精メイドが私たちに近づいてしまい、異次元咲夜に頭を半分に叩き切られて心臓を抉り出された。

 私がそれをさせずと異次元咲夜に銀ナイフを叩きつけるが、あっけなく砕かれしまった。体勢を崩した私に彼女は地面を砕く勢いでこちらに踏み出すと、魔力で強化された腹に蹴りを叩き込んできた。

「ぐっ!?」

 蹴り飛ばされ止まることができずに地面の上を滑り、体が後方に流されてしまう。異次元咲夜が両手いっぱいに銀ナイフを構えているのが見え、それならば止まる前に土を蹴って私は上空へと逃げた。

 地面から飛びあがったところで、先ほどまで滑っていた位置を異次元咲夜の投擲した銀ナイフが、柄の赤と青の軌跡を残して高速で通過していく。

 隠し持っていた魔力でプログラムを作ってあるスペルカードを取り出した。組まれているプログラム全体に魔力を通し、スペルカードを起動した。

「幻符『殺人ドール』」

 空中で立て直している私がいる位置を中心にして、赤と青色の数十本の銀ナイフがまるで土星などを取り囲むリングのように正確な円の帯を作る。

 銀ナイフの帯を形成してから私がプログラムを組んだ通りに正確に一秒後、異次元咲夜に向かって一斉に銀ナイフが飛んでいく。

 異次元咲夜が手元にいくつかの銀ナイフを作り出すと、両手に持っているもの以外を上空へと投げた。そして、二本の銀ナイフを構えて迎撃しやすい位置に陣取ると、幻符『殺人ドール』の銀ナイフを迎え撃つ。

 初めに飛んでいった三本の銀ナイフを異次元咲夜は二本の銀ナイフで容易く叩き壊す。次に飛んでいっていたナイフに対して斜めに切り込んでいたらしく、軌道が変わって後方に銀ナイフが流れていく。

 次々に飛んで行く銀ナイフを奴はことごとく叩き壊し、片っ端から元の魔力の塵へと変えていく。

 だが、私と同様に異次元咲夜が作り出している銀ナイフにも、当然だが耐久力の限界というものがある。七本か八本程度銀ナイフを破壊すると、さすがに奴の得物も耐え切れずに砕け散る。

 奴の銀ナイフを作る速度からして、新しく作る暇はない。動く気配もない。そのまま串刺しになれ。

 しかし、そう簡単に奴らは死んではくれない。

 異次元咲夜はすぐさま刃のなくなった銀ナイフを足元に捨てると、落ちてきた初めに上空へと投げていたいくつかのうちの二本を空中で掴み取り、スペルカードの銀ナイフを塵へと変える。

 異次元咲夜が一歩前に踏み出すと、他にも投げていた銀ナイフが落ちてきて、奴に突き刺さるはずだった銀ナイフを弾き飛ばした。

「……」

 できる限り殺すことができるようにスペルカードを作り替えたとはいえ、あの程度のスペルカードでは傷一つ与えられないらしい。

 より本物に近い銀ナイフを作り出すため、時間をかけて銀ナイフを形成しようとしていると、異次元咲夜が走り出した。直線的にではなく、スペルカードの銀ナイフを迂回する形でだ。

 それによりマーキングしていた標的の座標が変わり、それを追って当たろうと銀ナイフが軌道を変えて弧を描いて飛んでいく。

 だが、私が投擲した銀ナイフの時間よりも自分の時間を加速させたらしく、加速した異次元咲夜には一切当たらず、走った後の空間を銀ナイフが突っ切って地面に刺さり、役目を終えて銀ナイフが消えていってしまう。

 蹴り飛ばされた勢いで後方に進んでいる私の落下位置を、すでに予測できている異次元咲夜がそこに向かって走り出しているが、時間をかけて本物にできる限り近づけて作り出した銀ナイフを握り、私から奴へと飛びかかった。

 突きに対して異次元咲夜は銀ナイフをクロスして受け止めた。銀ナイフの鍔同士がぶつかって止まるまでに鋭い刃の上を刃が滑走した。それにより銀が削れて銀粉が得物同士の接点から舞い、摩擦の温度で発火して火花を散らした。

「どうしました?調子が悪いんですか?体術だけを見るなら、門番の方が強いですよ?」

 そう言われてしまうのも無理はない。事実を言うのなら、私は初めて自分と同じ時間軸で動く敵と戦うのだ。苦戦しないわけがない。

 異次元咲夜が私にグッと顔を寄せるとそう呟き、嘲笑う。その細めた目には頬から眉のあたりまで達している古傷がかぶさっていて、それが印象的だ。

 受け止められている銀ナイフで更に押し進もうとするが、異次元咲夜はクロスさせた銀ナイフを使って私の銀ナイフを切断した。

「っ!」

 私と奴が使っている銀ナイフは魔力で作られているはずで、本物にどれだけ似せて作って強化したとしても、本物をコピーして使用している以上は、オリジナルを上回ることはできない。

 なのに、なぜ毎回私の銀ナイフばかりが砕かれるのだろうか。

 魔力で複製を作る際には複製する物を理解することが非常に重要だ。私はこの銀ナイフをまだよく理解していないということになるのだろうか。いや、使っている私がその質量や材質、形を一番よく理解している。

 奴の使っている元となっている銀ナイフが、他の妖怪たちと敵対している以上は、誰かに特別に鍛えられているなどはないだろう。

 なら、どうしてこうも私の銀ナイフばかりが破壊されてしまうのだろうか。あり得る可能性を考えるとすれば、奴が本物の銀ナイフで戦っているということになる。

 これだけの量の銀ナイフを本物で使うなど、あり得るだろうか。

 もしかしたら、もっと別な可能性があるのだろうか。




次を一週間後ぐらいに投稿できたらいいなと思います。

期待しないでください。





もし、アドバイス等がありましたら気軽にどうぞ。


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東方繋華傷 第七十話 彼女の瞳

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は第七十話をお楽しみください。


前回の内容を忘れた人(私も含め)のために大雑把なあらすじを


咲夜が戦い始めました。


 私は砕けた銀ナイフを魔力の塵として消し、新たに魔力で形成した。異次元咲夜は刃こぼれした銀ナイフを捨てて、得物を同様に作り出した。

 奴の銀ナイフが地面を転がると石にでもあたったのか、甲高い金属音を発するが閉塞的ではなく開放的な場所にいるため、それが思いのほか小さく聞こえる。

 私はそれを合図に、異次元咲夜よりも速く動いた。奴が動き出すのを様子見で待っていてはだめだ。今度はこちらから攻めに行く。

 初めの一撃は異次元咲夜が一歩後ろに下がったことで避けられ、銀ナイフは鼻先の何もない場所をかすめた。

 まだだ。異次元咲夜と同じ時間の流れだが、ほんの一瞬だけ時間の流れるスピードを上回らせ、彼女との距離を一気に詰めた。

 上から下から右から左から、振り下ろしかち上げ薙ぎ払った。両手に持った銀ナイフで、何度もあらゆる組み合わせと角度で切り付ける。

 しかしその行為の度に、私が持っている銀ナイフとデザインや形状が少しだけ違う銀ナイフが打ち合い、砕かれていく。

 それも当たり前だ。私が敵と戦う際に取っている戦闘形態は、時を止めた際の奇襲と高速移動での攪乱、時間軸の違いを利用した戦闘を優位に進めるという物だ。

 それができない以上私は、今までと違うスタイルと戦略で奴と戦わなければならないのだ。

 何度も打ち合っていた異次元咲夜の銀ナイフは負担が重なり、耐久性能が大きく低下したらしく、次の攻撃で甲高い金属音を出して弾けた。

 私は待っていたそのタイミングを逃さず、隠し持っていたスペルカードの回路に大量の魔力を注ぎ込み、プログラムが組み込まれている回路全体に魔力を均等に巡らせ、起動させた。

 スペルカード発動。

「速符『ルミネスリコシェ』」

 このスペルカードは本来ならば、狭い部屋などの閉鎖されている空間で真価を発揮するスペルカードだ。どういうことかというと、ゴムボールのようにぶつかると跳ね返る性質を得物に含ませていて、銀ナイフに含まれている魔力が無くならない限り銀ナイフは跳ね返り続ける。

 だが、今いる場所は平地で跳ね返らせる壁などは特には無く、木などはあっても距離がありすぎる。例え木の幹に銀ナイフを当てられたとしても、木の壁面は円を描いていてまっすぐな場所は全くない。それではせっかくの銀ナイフが望まないあらぬ方向へと飛んでいく可能性の方が高い。

 なのになぜそのスペルカードを使用したのかというと、私が目を付けたのは魔力で強化されたその速度だ。

 時の流れを弄って時間軸が違うとはいえ、速度だけ強化すれば理論上は時を速めている異次元咲夜に追いつくことは可能である。

 鈴仙がやっているような、ほとんど音速と変わらないように銀ナイフを投擲することは不可能だが、それに近い速度で銀ナイフを打ち出すことはおそらく可能だ。

 最低限の形状維持や切れ味、銀ナイフのバウンドに魔力を三割か四割持っていかれるが、その飛行速度に残りのすべてに魔力をすべて注ぎこんだ。

 魔力の流れを感じるものはそのまま突き抜け、魔力を感じない物で跳ね返るためすぐ近くにいる異次元咲夜に当てた銀ナイフが跳ね返ってきて自分に刺さることは無い。

 形成した銀ナイフに魔力を作用させて投擲すると、ありえない超加速をして異次元咲夜へと向かって行く。私と異次元咲夜の時が速いといっても、秒速二百メートル以上の速度で飛んでいっている物体を視認することは難しい。

「はぁ……。飽きましたね」

 耳をつんざく金属音が鼓膜を震わせた。眩しくなるほどに火花が散り私は自分の目を疑った。超高速で撃ち出したはずの銀ナイフは半分に切り裂かれ、左右に分かれて異次元咲夜をすり抜けて飛んでいった。

 銀ナイフで切り裂かれたその僅かな時間でも、摩擦によって断面はかなり温度が上昇していて、赤く淡く光っている二つの点が遠くの方で見えた。

「!?」

 逃げて射線上からいなくなったり、何かしらの物を盾にして銀ナイフを避けたのならまだわかる。

 だが、奴は魔力の通っている銀ナイフで、突き抜ける性質を持っている状態の得物を半分に切り裂いた。

 銀ナイフを破壊した直後にスペルカードを放った。奴は銀ナイフを形成してからぶった切ったわけだが、高速で物を形成したのならば普通は作りが荒く、強度はかなり落ちる。

 なのに、ほんの一秒にも満たない時間で奴が作り出した異次元咲夜の銀ナイフは、私が放った銀ナイフよりも強度の高い銀ナイフを作り出したことになる。

 ありえない。銀ナイフを作るための鋳造を用意をしていたとしても、細かい性格の人間だったとしてもあの速度では必ず粗が出る。

 私の銀ナイフが切られたということは、奴の方が強度が高いということなのはさっきも言った。ずっと否定していたがやはり奴が使っているのは、本物の銀ナイフだということになる。

 奴は私と同様に銀ナイフを魔力で形成していたはずだが、それ以外には考えられない。なぜなら魔力で作ったものとオリジナルとではやはり性能には差がでるからだ。私が使っているのと異次元咲夜が使っている銀ナイフのように。

 奴らは並行世界から来た。世界一つ一つで魔力などの法則が違うのだろうか。

 私はスペルカード使用時特有の体の硬直で動けなくなる。

 動け、早く動けと自分の体を叱咤し、無理やり動かそうとするが中々体の硬直は溶けてくれない。ようやく動かせるようになったところで、異次元咲夜から離れようとした私に、奴は銀ナイフを投擲した。

 額のど真ん中に銀ナイフを叩き込まれた。自分ですらそう思っていたが、反射的に右手を額の前にかざしていて、投擲された銀ナイフは手のひらを貫通した。

 痛がっている暇はない。投げられたのはこれだけではないのだ。

「ぐっ!?」

 二本目は手に銀ナイフが刺さったことで、私の体勢が少し変わり肩をかすめてく程度になってくれるが、皮膚と皮下組織を少々持っていかれた。

 そんなことよりも、三本目が私の頭に向かって避けられない角度で飛んできている。自分までの距離とそれの速度から、新しい銀ナイフを作っている暇はないことがわかる。

 なら、ある銀ナイフを使うしかない。突き刺さって手の甲から突き出ている銀ナイフを、奴の得物に当てるように拳でアッパーをするように振り上げた。

 手の甲を貫通している銀ナイフの刃と、投げられた銀ナイフが胸の前でぶつかり合って火花がパッと散り、まっすぐ向かってきていた銀ナイフが回転しながら頭の上を通り過ぎていく。

 四本目がすぐそこまで来ている。すぐさま左手で右手に刺さっている銀ナイフを引き抜き、一歩後ろに大きく下がって銀ナイフの到達までの時間を稼ぎ、奴の銀ナイフに向けて下から上へ振り上げた。

 火花が散ると異次元咲夜の投擲した銀ナイフは回転して跳ね返され、足元の地面に刃の方から落ちて突き刺さる。

「おー、すごいですね。まさか死なないとは思いませんでしたよ」

 異次元咲夜は驚いているのかパチパチと手を叩いて拍手をし、新たな銀ナイフを作り出した。腹の立つ奴だ。

 私は自分の使い慣れた銀ナイフを使うために、持っている銀ナイフを捨てようとしたが、奴の武器を実際に持ってみて初めて分かった。やはりこの銀ナイフは本物だ。

 異次元咲夜が投げてきた銀ナイフを後ろに投げ捨て、使い慣れた自分の銀ナイフをじっくりと作り出した。

 奴の銀ナイフで右手のひら部分にある人差し指と中指の骨が断ち切られてしまっている。魔力で骨と神経、肉体の修復を進めるが時間がかかりそうだ。親指と薬指、小指だけでは銀ナイフを持てはするが、切りあうことはできそうにない。

 左手のひらの上に銀ナイフを作り出し、握り込んだ。周りをちらっと見てみると妖精メイドは、私が見える位置からは十数人程度がバラバラにいるが、戦える妖精メイドは五人もいないだろう。

 そして、奴が投げた銀ナイフが刺さって死んでいる妖精メイドを注意して見てみると、まだ銀ナイフが存在している。ついさっき投げられた銀ナイフだけではなく、戦い始めの方で投げられたものも残っている。それらも本物だ。

 銀ナイフを握りしめて油断なく異次元咲夜を睨み付けていると、奴も得物をいつでも切り合いができるように構え、消えた。

 奴の時間についていったり、自分の時間を加速させるために気を巡らせていたおかげで、奴の時の加速を検知。私も時を加速させた。

 実際には消えたように見えた異次元咲夜が、後方に現れたのを荒々しい殺気で把握できて、振り向きながら強化された銀ナイフを振るう。

 時間の加速を検知してから少しラグがあった。その間に異次元咲夜は私のことを一度か二度は切りかかれたはずだが、奴は鬱陶しい周りの妖精メイドを片付けていたらしい。

 残っていた妖精メイド全員の頭が、ちょうど地面に転がり落ちていく。体もその後を追ってすぐに倒れる者もいたが、切り殺されたことを体がまだ理解できていないらしく、数歩歩いたのちに倒れる者も少なくはない。

 異次元咲夜の振るってきた銀ナイフの衝撃が腕に伝わり、指が痺れる。はじき返そうとしていると、異次元咲夜がもう片方の手に握られている銀ナイフを振るい、わき腹を切り裂いた。

「っ…!」

 こんな戦い方じゃあだめだ。お嬢様を殺された時のことを思い出せ、奴の動きをうかがっているのでは続かない。そんな戦い方では命がいくつあっても足りやしない。

 怒りを燃やせ。お嬢様の仇を、妖精メイド達の仇を私は取らなければならないのだ。

 二度目の斬撃は、銀ナイフの当たる角度を浅くして受け流し、三撃目はやらせずに私が銀ナイフを振るう。

 異次元咲夜が身を屈めて斬撃をかわし、後ろに跳躍した。そのうちに大量の銀ナイフを周りに作り出し、魔力で奴に向けて飛ばした。

 魔力で飛ばすとなると魔力を余計に食って消費してしまうが、片手しかない状況では手数が足りていないため、こうやって銀ナイフを飛ばすしかないのだ。

 空中にいて飛んできている銀ナイフを異次元咲夜は、適当に銀ナイフを振るっているようにしか見えないが、的確に自分に当たるものだけを弾いていく。

 地面に着地し、私が投擲または魔力で飛ばしている銀ナイフを、前後左右に妖精メイドから流れ出たことでできた血だまりの中を動いて躱している。

 連射されている銀ナイフの雨を、切り抜けてきた異次元咲夜は私に向かって跳躍してくる。奴もこちらに向けて十数本の銀ナイフを投擲か私と同じように銀ナイフを発射し、飛んでいている銀ナイフを相殺した。するとこれで終わりだといわんばかりに持っている銀ナイフを逆手に持ち替えて突っ込んでくる。

 私は自分の中で丁度いいタイミングで隠し持っていたスペルカードに魔力に魔力注ぎ込み、起動させた。銀ナイフでそれを半分に切り裂いて発動させる。

 奴はさっき私が使った幻符『殺人ドール』などと同じスペルカード、または同系統の物と考えていたのだろう。銀ナイフを飛ばすのには、まずは得物を周りに配置しなければならない。それをする時間が一番隙が大きく、そのうちに私を殺そうとしているのだ。

 だが、残念。私が使用としているのは、それらじゃない。

 プログラムを組んだ通りに私の体が硬直して動けなくなったとき異次元咲夜が私の首を掻き切り、心臓に向けて銀ナイフを柄に達するまで突き刺した。

 首を掻き切られたことで頸椎にまで銀ナイフが及んで骨が砕ける音、肉を鋭い刃が切り裂く音が頭の近くで発生し。肋骨をすり抜けた得物が心臓の心筋を貫いて中身をぐちゃぐちゃに掻き混ぜた。

 奴は勝ったと顔を歪ませるが、その私はタイムパラドクスを利用した幻影というよりは、そうなるはずだった数秒後の私であって、そうならなかったためタイムパラドクスの私は消え去り、奴の後方に現れた。

 そして、異次元咲夜は気が付いた。自分の周りに無数の銀ナイフが配置されており、一斉に向かってきているということに。

 だが、焦りが見られない異次元咲夜から時の加速を感じ、私も急いで自分の時間を加速させると、奴の周りに配置されて飛ばされていた銀ナイフの動きが緩慢になって行き、ついには停止した。

「惜しい、非常に惜しいですね!」

 異次元咲夜は自分の進行方向上にある銀ナイフを破壊し、得物でできた檻の中から悠々と歩いて出てくると、クスクスと笑って私に言った。

「それじゃあ、やり返すとしましょうか」

 奴は銀ナイフを取り出し、猛スピードで走り出すと私のことを切りつけてくるが、それをはじき返した。

 時が静止している中では生物に触れたり危害を加えることはできない。だが、得物同士であれば関係は無い。

 火花が打ち合わせた銀ナイフから散っていくが、散ったそばから時が止まりその場に留まり続ける。

 打ち合い始めは、奴のスピードについていける。だが、片手では奴の猛攻を防ぎ続けることはできない。切られたわき腹が無理な動きに痛み、それが私の動きを更に鈍らせた。

 左手の二の腕に銀ナイフが突き刺され、静止したように見える時が加速し始めようとしている。

 そのうちに奴は私の首に手を伸ばし、掴んできた。その握力に身体を魔力で強化していたというのに締め付けられて息ができなくなった。

「かっ……あぁっ…!?」

 異次元咲夜に銀ナイフを突き刺し返そうとすると、ぶん回されて奴の後方へと投げ飛ばされてしまった。首を軸にして投げられていて首が折れそうだった。鉄臭い地面の血だまりの上を転がり、カメラで撮ったようにゆっくりと血が跳ねる。

 体中が血まみれになって止まれた場所は、私が異次元咲夜に対してスペルカードを使ったまさにその場所だ。

 異次元咲夜が私の罠にひっかがった場所ともいうが、そんなのはどうでもいい。今は私がそれにかかったといっても過言ではないのだから。

 自分自身への時の加速が無くなり、大量の銀ナイフが私に降り注いでくる。時を止めるまで時間を加速させた後は、数秒間の時間を置かなければ時を加速させることはできない。

「くそ…っ!!」

 自分のスペルカードを食らうことになるなど、なんてザマだ。奴が出た場所から逃げるのには時間が足りない。

 魔力を放出して一部の銀ナイフを吹き飛ばしたが、それだけではまだまだ足りない。持っていた一本の銀ナイフを振るうが、撃ち落すのには限りがあった。

 足や背中、腕に銀ナイフが突き刺さっていく。

 これを作ったのは私だ。だからどれだけの銀ナイフがどのタイミングと角度で到達するのかは知っている。だが、それをすべて叩き落するのは両手が使えることが前提である。

 だが、それでも何とか切り抜けることができた。

「あぐ…っ……く…そっ……」

 腕一本でやってにしては少ないが体のあらゆる場所に銀ナイフが突き刺さり、傷口と得物の間から漏れだした体液で血まみれになっていく私を見て、異次元咲夜は楽しそうに顔をゆがめて笑う。

 銀ナイフを構えることもなく私に歩いて近づいてきている異次元咲夜に、私も銀ナイフを構えて迎え打とうとするが、腕が胸の位置まですらも上がってくれなくなってしまっている。

 腹に蹴りを叩き込まれて地面を転がり、倒れ込んだまま動けなくなってしまった。

 妖精メイドと自分の血、どちらが体にこびり付いているのかわからない。身体に突き刺さっている片手では数を数えられない自分の銀ナイフを手の届く範囲で引き抜き、全身を魔力で限界まで強化して無理やりに動かせるようにした。

 体のあらゆる部分で痛むが魔力で痛覚を遮断し、鉛のように重たい足を動かして異次元咲夜に切りかかった。

 上から銀ナイフを叩きつけると、奴はそれをまた銀ナイフをクロスさせて受け止めるが、今回は靴が地面にわずかにめり込む。それだけでは止まらず、小さな亀裂が入っていく。

「りゃぁぁっ!」

「なっ!?」

 私の悪あがきだと異次元咲夜は完全に油断していたらしく、初めて驚きで顔を歪める。さらに銀ナイフを押し込むと奴は押し返そうと踏ん張るが、押し返すことができずに片膝をついた。

 奴は目を細めると銀ナイフを左に受け流し、私の首を落とすために得物を首へと向けて振り上げる。

 ボーッとしていれば首が落ちていたはずだ。だが、私は使えない右手を顔の前に差し出して、首の代わりに切りつけさせた。

 手首から先の感覚が無くなったが、それをやるだけの価値はあった。銀ナイフを奴の額のど真ん中へと叩き込むことができる。

 銀ナイフを振り下ろそうとした直後、体から力が抜けた。銀ナイフ一本も握り続けることができず、ポロッと銀ナイフが地面に落ちてしまう。

 体がセメントで固められているように動かせず、膝から地面に崩れ落ちると奴はすっと立ち上がり私を見下ろして言った。

「バカですね。魔力切れですよ。本物に近い銀ナイフを作って使い続けたんですから当たり前ですよ。それに加えて体を最大まで強化していたわけですからね」

「く……こんな……時に…!」

 魔力切れで体を動かすことができず、崩れ落ちた私に追い打ちをかける形で遮断していた痛覚が遅れて神経を通じて襲い掛かって来る。

「ぐっ…!?ああああああああああっ!!?」

 そして、魔力切れでの痛みに紛れて疲労感も体にのしかかり、激しい運動で酸素が足りていなかったのを魔力で賄っていたが、それも賄えなくなったことで影響が体に一気に現れる。

 息が切れ、酸素が足りていない体全体の動きが鈍くなっていく。当然脳にも酸素は回らず低酸素により頭の働きが悪くなっていく。

「よくも私に膝をつかせてくれましたね。苦しませてからじわじわと殺して差し上げようと思いましたが、止めました」

 異次元咲夜が私の肩を掴んで持ち上げると、腹に拳を叩き込んできた。身体強化すらもできていないただの人間に、魔力強化された者の攻撃をモロに受ければただでは済まないのは当たり前だろう。

 グチャっと体の奥で何かが潰れた音がする。殴られた位置的に肝臓か胃か、胆嚢などかもしれない。

 痛い。本当はかなり痛いのだろうが、他に傷を負いすぎていてそこまで痛みを感じない。でも、それももう終わりだ。

 私はここで死ぬ。

「そうですね。せっかくですし、お前のお嬢様と同じように殺して差し上げましょう」

 くそ、まだ死にたくない。こいつを殺さなければ死ぬに死にきれない。死にたくない!

 そう思って必死にどうにかして腕を上げようとするが腕が上がらず、私は自分の首が掻き切られるのを見ていることしかできないのだろうか。

 ……お嬢様、申し訳ございません。

 銀ナイフが薙ぎ払われる寸前、私は目を閉じて主であったレミリア・スカーレットのことを思い出した。

 そんな諦めかけたときに私の耳に届いて来たのは、自分の身体を銀ナイフが切り裂く音でも頭が地面に落ちた音でもない。

 金属音だ。金属と金属が打ち合った際に起こる音。

 目を開くと誰かの背中が見える。異次元咲夜と私の間に割り込む形で入り込んできたらしい。

 そいつは、異次元咲夜の得物を砕き、銀ナイフが投擲された際にも私に刺さることがない位置に陣取り、奴から私が見えないようにしているのは、驚いたことに敵対していたはずのあの魔法使いだ。

 私が生きているかどうか顔を傾けて目だけこっちに向けているが、その瞳がとても印象的だった。

 




 一週間後に次を投稿できたらいいな、と思っています。


 もし、何か意味が分からない部分やアドバイス等がありましたら気軽にご連絡ください。


 気を付けているつもりですが、誤字脱字等がありましたら申し訳ございません。


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東方繋華傷 第七十一話 切断

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は第七十一話をお楽しみください。

前回のあらすじ

咲夜が頑張った。


「……」

 戦いながら移動しているのだろう。咲夜の姿は紫から伝えられた座標に行ってみても見当たらない。

 でも、地面に残っている血痕と濃い血の匂いからこの場所か、少なくても近くで戦闘が行われていたはずだ。物凄く気分の悪くなるほどの血の匂いがする。

 それを証明する銀ナイフが辺りに散らばっているが、その数は優に百を超えていそうだ。

 砕けている物や表面に傷がある物と様々であるが、どれも咲夜が使う銀ナイフのデザインとはわずかに違うため異次元咲夜が使っている武器だろう。

 しかし、どういうことだろうか。周りに刺さっている銀ナイフに魔力の形状維持の性質が含まれている銀ナイフは一つも存在しないのだ。それはつまり、全て本物の銀ナイフということだ。

 これだけの銀ナイフを異次元咲夜はどうやってこっちの世界に持ち込んでいるのだろうか。一本一キログラムもいかないようなナイフだが、数が揃えば数十キロにもなるだろうからだ。

 咲夜は本物の銀ナイフはいつも数本しか持っていないと言っていた。身軽さと機動性を重さで邪魔されずに保ちたいと。だから魔力で複製を作り魔力の温存するために投げたものを回収する。

 異次元咲夜の戦い方にはそれが見られない。咲夜と同じ戦い方とは限らないが、同じ武器に能力を持っている以上は似た戦い方になるはずだ。

 もしそうでないとしたら、向こうにも紫がいるわけだから銀ナイフを随時補給して戦うこともできなくはないだろう。

 だが、それは考えにくい。なぜなら咲夜は時を操るため、戦っている最中は私たちと時の流れが違うことが多い。

 時間の流れが違うことで援護する側の紫は、異次元咲夜と咲夜の戦闘速度にはついていくことはできないだろうからだ。

 そうしていると、吹き抜けていく風の音に混じって何かが聞こえてくる。耳を澄ませてみるとそれは硬いもの同士を打ち合わせる金属音だということがわかる。近くもなく遠くもないと言った程度の距離が離れていそうだ。

 そう言えば、私が知っている範囲ではまだパチュリーや美鈴達は永遠亭で治療を受けていたはずだ。私が寝ているうちに退院したのだろうか。

 私がなぜこんなことを考えているのかというと、この広い丘で死体が見えていないのに血の匂いがむせ返るほどに匂ってくる時点で、一人の人間が流せる血の量を大幅に超えているからだ。血の匂いの主がパチュリーや美鈴じゃあないだろうな。

 私はそう思いながら丘を登り切り、息をのんだ。丘の頂上から逆の方向にもなだらかな下り坂が続いているが、そこには数を数えるのがバカらしくなるほどに大量の死体が転がっている。

 紅魔館にいる警備を担当している妖精メイド達を連れて来たらしいが、時を操る奴の前では数の多さはあまり意味をなさなかったようだ。

 咲夜以外に動いている生物の姿は見当たらず、全身のあらゆる急所に銀ナイフが刺さっている死体や首を掻き切られている五十を超える死体からおびただしい量の血液が流れ出している。

 まるで雨が降った後のように、地面や草が血の赤で染まってしまっている。そして、その中心で咲夜と異次元咲夜が闘っている。

 妖精たちの血が二人の足元に溜まり、踏み込んだり左右にステップを踏むごとに血が跳ねて二人の靴や肌を濡らしていく。

 咲夜は全身が血まみれで、返り血かと思ったがそのほとんどが本人の血だ。致命傷になるほどの切り傷が多数みられ、私は間に合ったとはいえない状況だ。

 異次元咲夜の体に高密度の魔力が集中していて、筋肉上昇の性質を含んでいる。次に重い一撃が来るはずだ。

 咲夜はというと今までの戦いで、疲労がたまっているのか息を切らしている。全身に酸素を十分に循環できていないらしく、動きが遅くてその一撃に耐えられるのかわからない。

 全身に十分な酸素が送られていないということは、単純に脳にも酸素が行き届いていないことを示し、それは確実に脳の回転や反応を鈍らせるはずだ。

 命のやり取りをしている時では、その短い時間でさえ命取りになるだろう。咲夜は遅れてしまったが、新たに魔力で銀ナイフを作り出そうとしている。でも得物の形成がかなり遅い。

 咲夜たちが常に移動しながら戦闘してたおかげで、今は私からかなり近い位置にいる。魔力を手のひらの上に溜めてレーザーに変換して撃つよりも、今なら走って近づいた方が速い。

「よくも私に膝をつかせてくれましたね。苦しませてからじわじわと殺して差し上げようと思いましたが、止めました」

 異次元咲夜が言い。銀ナイフを構えた。間に合いそうになかったが、彼女はまた話を始めた。

「そうですね。せっかくですし、お前の主と同じように殺して差し上げましょう」

 私は、何とか間に合った。

「させるかぁ!!」

 とっさにそう叫んでいて、近くに倒れ込んでいる妖精メイドの死体から異次元咲夜の銀ナイフを引き抜いた。

 異次元咲夜が私の存在に気が付いた。異次元咲夜が驚きで口元を今度はイラついたようにゆがめる。

 異次元咲夜に向けて、妖精メイドの血で赤く染まっている銀ナイフをぶん投げた。投げることに特化している得物は、素人の私が咲夜が投げる姿を真似て投げてもまっすぐに飛んでくれた。

 当たらないかと思ったが、異次元咲夜の振り下ろす銀ナイフに投げた銀ナイフは丁度良く命中してくれた。

 火花を散らして異次元咲夜の持っていた銀ナイフが弾かれ、私が近づくまでの時間がさらに稼げた。

 咲夜の使っていた銀ナイフなら、以前から今回の異変までで腐るほど見て来た。イメージは十分にできている。それでも、コピーの更にコピーで耐久性や切れ味などは相当ひどい物だろう。

 でも、奴の銀ナイフも耐久力が咲夜と私の攻撃でかなり低下しているはずだ。まがい物の武器でも破壊できる。

 異次元咲夜は確実に殺したいのか、私には目もくれずにボロボロの銀ナイフを咲夜の首に叩き込もうとした。

 もし、異次元咲夜の銀ナイフを振り下ろす速度やタイミングがもう少し早ければ、咲夜の頭は今頃地面を転がっていただろう。

 まあ、それはもしの話で合って私は咲夜と異次元咲夜の間に、血だまりの血を周りに飛ばしながら滑り込んで銀ナイフを振り上げた。

 事前に時を止め、生物に触れて時の流れを元に戻したのだろう。時を操っているわけではない異次元咲夜の動く速度は異常なほど早いというわけではなく、辛うじて目だけはついていける。

 異次元咲夜が左右に二度銀ナイフを振るい、私はそれを得物で受け流した。その行為をやったとはいっても所詮は素人の見様見真似の受け流しであって、刃が刃によって抉られてしまった。

 だが、奴の銀ナイフにも亀裂が入り、もう少しで破壊することができそうだ。以前咲夜がやっていたように指の動きを思い出し、銀ナイフを逆手に持ち替える。

 三度の攻撃は私から異次元咲夜へ行った。

 得物がぶつかり合うと、私と異次元咲夜の持っていた銀ナイフが両方ともひしゃげて砕けてしまう。

 異次元咲夜から時を操る魔力を感じる。時を止めた後にある時を止められない時間帯が終わったらしい。その性質は自分の時を速めるもので、目に見えて奴の速度が上がっていく。

 私が新たな銀ナイフを作り出す前に、お腹に魔力で強化された拳を異次元咲夜に二度叩き込まれた。

「は…が…ぁぁっ!?」

 お腹を抱え、崩れ落ちそうになるが踏みとどまった私は、異次元咲夜が伸ばしてきた手で首を絞めつけられてしまう。

「あっ…かぁ…っ!?」

 息ができない。身体の活発的な動きをした後であるため、脳が酸素を欲している。首を絞められたことによって頭がほんの短い時間だが働かず、息を吸い続けようとしてしまう。

 動きの止まっている私を異次元咲夜は自分に向かって引き寄せると、手を離して胸に蹴りを入れて来た。完全に上半身が後方に投げ出され、二度目の蹴りによって吹き飛ばされてしまう。

「うぐっ!?」

 咲夜の隣に倒れ込み蹴られた胸の痛みに呻いている暇はない。異次元咲夜のいる方向から高密度の魔力を感じる。

 スペルカードを使うつもりだ。異次元咲夜の周りに高密度の形状維持の魔力と鋭い物体となるイメージが伝わって来た。

 これほどのスペルカード、一人で撃ち落とせるわけがない。でも、やらなければ隣にいる咲夜は死ぬ。

 異次元咲夜のスペルカードは起動に時間がかかるらしいので、そのうちに私も魔力でプログラムを書いて回路を作成した。

 私は一歩前に歩み出し、肩から下げているポーチに手を伸ばした。

 出し惜しみや手加減はなしだ。今まで使っていた時には加減をしていたが今回はミニ八卦炉に使われているヒヒイロカネでも、熱に耐えきれずに融解してしまうかもしれないがその時はその時だ。

 製作した回路に魔力を流し込むために密度の高い魔力を練ろうとすると、後ろにいる咲夜に肩を掴まれ彼女の方を向かせられた。

「これは私の戦いです…、首を突っ込まないでいただきたいですね…!」

「そんな魔力切れで戦えなさそうなやつが何を言ってんだ?…助かる秘策なんかなかったくせに」

 そう呟くと図星だったのか咲夜は押し黙った。彼女の顔を見ると困惑が混じっている。霧雨魔理沙という存在に助けに入られたことで、私の立ち位置が余計にわからなくなっているのだろう。

「あなたは…いったい何なんですか…。なんで私を助けたんですか」

「……まあ、私はお前が思っている以上に味方ではあるぜ。それに間接的ではあるが、お前を助けることで私の知り合いが生き残る確率がわずかに高くなるんでな」

 咲夜は幻想郷がどうなろうが知ったことじゃあないだろう。それについては私も同じだが、咲夜に死なれたら霊夢の相手にする敵の数が増えてその分だけ死ぬ確率だって必然的に上昇する。だから咲夜を助けた。友人だから助けたという理由も少なからずあるが。

 私がスペルカードを起動する準備を再開しようとしていると、異次元咲夜の周りにちりばめられていた魔力の密度が低下し、形状維持や切れ味の増加など銀ナイフの性質から、時の流れに関与する魔力に変換されていく。フェイントだ。

 咲夜は魔力切れで時を操ることはできない。今は奴が咲夜に邪魔をされずに時を操って戦える。

 それを発動される前にマスタースパークを放とうとしたが、ミニ八卦炉をポーチの中から取り出そうとした私の目の前に時を止めて移動した異次元咲夜が現れた。

「っ!?」

 異次元咲夜がポーチに伸ばしていた私の右腕に銀ナイフを突き立て、あと数センチで目的の物が掴めるということころで引っ張り出されてしまう。

「あぐっ…!」

 代わりに左手に魔力を集めてレーザーを放とうとするが、腕を異次元咲夜に向けようとする段階ですでに跳ねのけられてしまっている。

 異次元咲夜は腕に刺したまま銀ナイフから手を離し、私の後頭部へその手を伸ばすと髪を掴んだ。

 奴の方に引き寄せられ、異次元咲夜は自らの頭を前に振り出し、額に頭突きを食らわせられた。

「がっ!?」

 ぶつけられた額がじりじりと痛み、衝撃が頭蓋骨を伝って減衰しながらも脳にまで達して来て、軽く眩暈を起こしてしまう。

 頭の中を駆け回っている衝撃が弱まる前に、異次元咲夜が後方へ大きく跳躍して飛びのいた。私たちに攻撃する絶好のチャンスなのに、なぜだ。

 そう思って飛びのいた異次元咲夜に向けて、攻撃を始めようとしている頃には答えは出ていた。斜め後ろに立っている咲夜の足元に、小さな金属音を立てて銀ナイフが突き刺さったのだ。

 形状維持や形の形成などのない本物の銀ナイフで、それの内部には爆発系で密度の高い魔力の性質が感じられた。魔力切れで咲夜はそれを使って体を覆ったり強化するなどで身を守れない。

 私は咲夜に手を伸ばして突き飛ばそうとする間もなく、足元の銀ナイフが内側で爆発を起こしはじけ飛んだ。

 魔力の炎を膨らませ、銀ナイフの大きさからその数十倍にまで爆発が広がったことによる衝撃波に初めは巻き込まれた。

 高温の炎には直接巻き込まれることもなく、魔力で体を強化していたから胸に受けた爆風で肺は潰れなかったものの、発生した熱に皮膚がさらされて熱いと脳が感じ始めた。

 体が浮き上がり後方へと進み出すと頬や手など、服に覆われていない私の体に生暖かい感触のするものが飛び散った。

「んな!?」

 視線を斜め上に向けると私よりも爆心地に近かった咲夜が、爆発に巻き込まれ少しだけ高い位置に浮かんでいるが自分の目を疑った。彼女の右足の膝から先がどうやっても見当たらないのだ。

 こちらに飛び散ったと思った何かは、咲夜の足の肉や骨の欠片で、血しぶきだったというわけだ。

 言葉にならない苛立ちが込み上げて来た。咲夜を助けに来たというのに、何だよこのザマは。いったい何のために私はここに来たんだ。

 でも、今はどこがいけなかったのかと考える時間ではない。この状況をどうにかして切り抜けて、できるだけ咲夜に怪我を負わせずに助けることが最優先なのだ。すぐ斜め上にいる咲夜に手を伸ばそうとしていると、彼女の更に上に奴の姿が現れた。

 両手に銀ナイフを握っているのが見え、切れ味の強化に大量の魔力が使われている。魔力の爆発で発生した青白い炎に反射して、異次元咲夜が持っている得物が煌めく。

 急いで目の前を浮遊している咲夜に手を伸ばすが、体が同年代の女性よりも一回りも二回りも小さい私の伸ばした手は数センチ彼女まで足りない。

「っ…くそ…!」

 私は手のひらに魔力を溜め、咲夜の上を浮遊していて今にも高速で落下してきそうな異次元咲夜に魔力からレーザーに変換した弾幕を2分割し、片方をぶっ放した。

 咲夜の顔のすぐ横を熱線が通り過ぎたため、彼女はレーザーから放出されている熱を浴びて相当熱いだろうが、四の五の言っている場合ではない。

 頭を私たち側の地面に向け、空の方を向いている異次元咲夜の足元から硬質化した魔力を感じる。足場を作ってこちらに跳躍するつもりだ。

 私の放ったレーザーを異次元咲夜は形成した足場を破壊して跳躍し、体を捻って熱線をすり抜けてかわした。

 だが、そうなることは予想済みだ。二分割にしていた内の残しておいた魔力をレーザーに変換した。レーザーを撃っている最中にも追加で魔力を続き足していたおかげで一発目よりも遥かに強力だろう。

 それを数メートルの至近距離から異次元咲夜へと照射した。

 前回撃ったものよりも威力の高いレーザーが異次元咲夜の皮膚を焦がし肩を抉る。ほんの一秒前に撃っていれば奴の胸のど真ん中にお見舞いできていたが、咲夜の陰に逃げられてしまって撃てなかった。

 当てられはしたが、奴の攻撃はあの程度では止めることはできないだろう。自分の体を魔力で浮遊させ、高い位置にいる咲夜へと手を伸ばした。

 異次元咲夜は私がレーザーを撃ったことで光エネルギーが体にかかり、下へと進む速度が減速したのだろう、そのおかげで咲夜のメイド服を掴めた。

 離してしまわないようにしっかりと握り、その手を引き寄せて異次元咲夜の攻撃を避けさせようとした矢先、時を加速させて落ちて来た異次元咲夜の銀ナイフが咲夜の腹部に潜り込んだ。

「が…ぁっ…!?」

 銀ナイフを刺された咲夜の消え入りそうなか細いうめき声が聞こえ、私はとっさに異次元咲夜へ向けてレーザーに変換された魔力が溜まる手のひらをかざした。

「やめろぉぉぉぉぉっ!!」

 魔力を凝縮し、レーザーへと変換した球状にとどまっていた弾幕を、異次元咲夜の額に叩き込んだ。

 と、私は甘い幻想を抱いていた。放つために魔力から変換されていたレーザーが、魔力だった塵となって霧散して消えていく。

 私がそれを理解する前にいつの間にか手のひらに数本の銀ナイフがそれぞれに深くも浅くも突き刺さっているのが、手の甲を貫通してきた刃が目に映り込んできたことで分かった。

 痛みが腕の神経を伝わってくるのは、目の前の光景が脳に視覚情報として送られることよりも遅く、間をあけてやって来た痛みに反射的に手を引っ込めてしまった。

 今からでもいいから、異次元咲夜が咲夜に突き刺している銀ナイフを引き抜かせようとするが、奴は突き刺していた銀ナイフを笑いながら横に薙ぎ払った。

 異次元咲夜の銀ナイフは魔力でかなり切れ味を強化していて、あまり勢い良く振ったようには見えなかったが、あふれ出した血が私の顔に飛んできて嫌でも咲夜が切られたことを思い知らされた。

 顔に飛び散った血が目に入って見えなくなるが重力にひかれて落下をはじめ、咲夜を掴んだまま私は地面に転がり落ちた。

 そして、地面を転がっているうちに手で掴んでいる咲夜の体が異様に軽く、嫌な予感が頭をよぎる。

 私は恐る恐る目を開いたが、目の前で起こっていることが初めは理解できなかった。でも、徐々に視覚から得られる情報が増えていき、把握もしたくない状況を把握した。

 異様に咲夜の体が軽いわけだ。彼女の下半身は腹部を境に切断され、どこかへと消えていた。

 この耐え難い状況に、私は絶叫していた。

 




次も一週間後ぐらいに投稿できたらいいなと思います。


もし、アドバイス等がございましたら気軽にご連絡ください。


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東方繋華傷 第七十二話 託す

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は第七十二話をお楽しみください!

投稿が遅いので、まだ続いてたのか程度で見てやってください。

前回のあらすじ

咲夜が切られた


 叫んでいた私の肩にボンッと重たい何かがぶつかり、咲夜の隣に転がり落ちた。重量のあるその物体は、今しがた無くなっていたと思っていた咲夜の下半身だった。

 上半身という名の蓋が無くなりぶつかった衝撃で、異次元咲夜に切り裂かれた断面から小腸と大腸が漏れ出し、地面についている手に血でヌルッとしている臓器が落ちて来た。

「ひっ…!?」

 反射的に咲夜の物だった臓器を振り払ってしまった。臓器が飛んでいき、血だまりの中に落ちると、水たまりに石を投げ込んだ時と同じように血が跳ねた。

「…ぐっ……く…そ…っ…!」

 吐き気を催しそうな状況の中で、放心していた私は無意識のうちにずっとメイド服を握りしめ続けていて、その服を着ている咲夜のうめき声に我に返った。

「………こんな……所…で……!」

 切断された身体からとどめなく溢れ出している血をできるだけ少なくするために血管を圧迫するが、他の血管や組織からも血は出ていて大動脈を押さえたとしてもそこらから漏れだしてしまい、あまり効果は無い。

 赤黒い血反吐をゴボッと吐いて、咲夜は恨めしそうに悔しそうに低く唸るような声で呟いた。

「咲夜…!すまない…!」

 彼女になんて言っていいのかわからない私は、がむしゃらに血管を圧迫し、目から段々と光が無くなっていく咲夜に謝り続けた。

「何で……あなたが、誤っ…て…いる……んですか…」

 血を吐き、息絶え絶えな咲夜がなんと言っているのか聞き取りづらいが、確かに彼女はそう呟いた。

 私はそれに答えたかったが、どういったとしてもそれは信じてもらうことはできないだろうし、気のきいたセリフなんてとっさに浮かんでこず、答えられずにいると咲夜は続けて言った。

「……今まで、あなた…に……酷いこ…とを……してきま…した……なのに、なぜ…助けたん…ですか?」

 咲夜の体に触れている手に感じている体温がどんどん低下していく。戦友が死んでしまう。死なせたくはないのに、どうにかすることもできず私はただ彼女が死んでいくのを黙ってみているしかない。

「……」

 口を開けば目に一杯に溜まっている涙がこぼれそうで、今度は違う理由で答えることができなかった。

 気づけば異次元咲夜の魔力も殺気も姿もなく、大量の奴の銀ナイフと妖精メイドの死体だけが残されている。

「そうですか……。こんなことを…頼める立場ではないことは重々承知ですが、……一つ、頼まれてくれませんか…?」

 せき込んでしまうのを必死に我慢している咲夜は、口の端から唾液と血がまじりあった体液を零しながらも、今にも意識を失いそうな虚ろな目で私の目を見た。

「……なんだ?」

 その一言を囁くのに、私は数秒間の時間を有した。そうやって気持ちを落ち着かせながら出ないとまともに返事を返すこともできなかった。でないと、今頃泣きじゃくって彼女の話を聞くどころではなかっただろう。

「あなたは……奴らの仲間ではない……それであってますよね…?…私の…代わりに、向こうの世界の私を殺してはくれませんか?」

 咲夜は私の返答を聞く前に、自分の近くに転がっている下半身の太ももに巻かれているベルトを片手で器用に剥がし、魔力での形状維持と形成を感じない二本の得物を取り出し、目の前に差し出してきた。

 私は息をのんだ。いつかは直面する問題で、先延ばしにしていた答えを彼女によって聞かれ、すぐに返答することはできない。

 残虐非道のくそ野郎だったとしても私は彼女を殺すことができるだろうか。人間を殺すということに、いざその状況に陥ったときに思っていたようにできるだろうか。直前で尻込みしてしまうんじゃあないだろうか。それに、私自身が罪の意識に耐えられるかだってわからない。

「……」

「そんな、事が…したくないの…なら……無理には…頼み…ません……ですが、今すぐに…決めてください」

 頭に血が回って行っていないのだろう。時折クラリと意識を失いそうになっているが、意識を失ったら最後だと彼女もわかっているのか、目を見開いて頑張って意識を保たせている。

 私に、奴らを人間を殺す覚悟はあるのだろうか。彼女の遺志を受け継がなければならないわけで、中途半端な気持ちで引き受けるわけにはいかないのだ。

 でも、そこまで考えてふと思った。私はどうするつもりだったのだろうかと、奴らは倒しただけならば必ずまたやって来る。しかも、一度倒されたことで同じ手段は二度も通用せず、慢心するのを止めてパワーアップして戻ってくるはずだ、

 倒すではこの異変に、奴らに勝つことはできない。そう、異次元の連中を殺さなければならないのだ。

「…」

 私が目を閉じたまま考えていたからだろう。引き受けないと咲夜は思ったらしく、銀ナイフを下げようとするが、異次元咲夜の得物が刺さっていた手からナイフを引き抜き帰り血だらけで銀ナイフを持ち上げるのが精一杯で震える咲夜の手を、私はしっかりと握った。

「任せろ」

 私がそう彼女言うと、魔力切れで今まで咲夜に感じられていなかった魔力を感じた。しかも、自然に体から生成されたにしては多すぎるほどの量だ。

「咲夜?」

「まさか…託すことになるとは思いませんでしたが………彼女を、任せました」

 半ば押し付けられた銀ナイフを受け取ると、私に武器を持たせた咲夜は糸の切れた操り人形と同じくこと切れた。

「……」

 咲夜が私に押し付けて来た銀ナイフを握りしめ、倒れ込んだ彼女を見るとさっきまでは辛うじて血が通ってはいたが、その血も大動脈を通って腹部の切断面から出て行ったらしい。

 青ざめていた皮膚の色が土気色へと変色していく。

「咲夜…」

 銀ナイフを肩から下げているポーチの中に詰め込み、膝をついて倒れ込んでいる咲夜を抱き上げた。

「すまない…」

 ぐったりとして動き、答えてくれることは無い咲夜の体はさっきまで生きていたとは思えないほどにまで冷たい。

 私は彼女に再度謝り、地面に横たわらせた。

 咲夜が目の前で致命傷を負わされて殺され、こんなに悲しくて泣きそうだというのに、死んだことがまだ信じられず実感がない。

 それでも、彼女は死んだのだ。と自分に現実を突きつけた。ずっと同じ場所に居続けるのはあまり状況的にいい方にはいかない。だから次の目的地へと移動しなければならない。

 紫の話では確か、早苗が異次元早苗との戦いを始めようとしていたと言っていたはずだ。少し時間が経ってしまっているが今からでもそこに向かおう。

 紫に連絡を付けようと連絡用のボールに手を伸ばそうとすると、咲夜の銀ナイフがポーチの中で暗闇でもわずかに輝きを放っているのが見えた。

 それに込められた魔力の量はすさまじく、マスタースパークを最大出力で何百発と撃っても余るほどの量はありそうだ。

 なら、込められている魔力は何かと調べようとするがそれは、それらは一つではないらしく様々な性質が重なり合ってどういったものがあるのかがよくわからない。

 でも、咲夜がそうやって魔力を込めて私に託したのだ。何かしらの意図はあったはずだ。

 とりあえず銀ナイフのことは置いといて、紫に連絡を取るためのゴルフボール台のボールを取り出した。私の魔力を流すと彼女の魔力に反応し、スキマが繋がった。

「紫、聞こえるか?」

『………魔理沙?大丈夫だった?』

「私はな……咲夜はダメだった。奴らに殺された」

 私がボールに向かってそう呟くと、返事の代わりに沈黙が帰って来る。スキマで繋げている以上は電波のようにタイムラグではないから、彼女は本当に何も言っていない。

『……。そう、わかったわ…とりあえずは貴方が生きていてよかった。…今すぐにその場所から離脱して』

「わかってるぜ。でも、早苗もどこかで戦ってるんだろ?殺される前にその場所を教えろ…そこに向かう」

 それを彼女に伝えるがしばらくの間返事が返ってこず、苛立ちを自分の中で感じ始めたころに紫の声が帰って来る。

『あなたは大丈夫なの?向こうの咲夜を相手にしたばかりなのでしょう?しばらくの間身を隠しなさい』

「私は大丈夫だって言ってるんだ。多少は傷を負ってはいるが戦えない傷じゃないぜ。それより早苗のいる場所を早く教えろよ、紫」

 咲夜が死んで、それを助けられなかった私は自分の弱さに腹が立っていて、彼女に対する言い方がきつくなってしまった。

 紫に苛立ちをぶつけるのは間違いだとは思ったが、ぶつけた苛立ちが咲夜関連でないことがすぐにわかった。

 こいつは早苗のことを戦力とみていないのだ。彼女のことを切り捨てたこいつに私はむかついた。

『わかった。そこから村を挟んで反対側にいるみたいよ』

 確かに、作戦を立てたとしても自分の復讐を第一に考えてその通りに動かなかったり、勝手な行動をする者がいたらいろいろとやりずらく、それが原因で損害が出る可能性だってあるだろう。

 紫は自分の作り出した幻想郷を守りたいだけであるのはわかっているが、早苗は友達だ。私は切り捨てることなんてできない。

「わかったぜ、とりあえず紫は霊夢の方に向こうの霊夢を近づかせないようにしておいてくれ」

 魔力をボールに流すのを止めて、一方的に紫との通信を切った。彼女は何かを言おうとしたが、内容がわからなくなってしまったな。

 まあいいや、大したことじゃあないだろう。私は早苗が要るであろう方角に向かって走り出した。

 

 

 やはり、私は間違ってなかったようだ。彼女なら信用できる。

 意識が無くなる前に彼女は私のことを抱きしめていたが、もし敵ならば死んでいるであろう人間にそんなことはしないだろう。

 私が闘っていた際に助けようとしたが殺されてしまった。だから、自分は霊夢達の敵ではないんだと意思表示をして、仲間になりたいのならこんな面倒なことはいちいちしないだろう。

 奴にやられたような傷をアリバイのために適当に作り、異次元咲夜と一緒に私を殺しに来ていたはずだ。

 だって周りには私たちがここで戦っているなんて見てもいないし、知ってもいないから誰にも見られていることもないだろうからだ。

 見られていないのなら私と異次元咲夜の戦いには参加せずに直接霊夢たちに会いに行くはずだろう。

 しかし、死にかけであと数分もしたら死ぬような私に彼女は最後まで付き添った。

 口実を作るためならそこまでしない、死ぬとわかった時点でそれ以上私の利用価値は無いからな。

 そう言った理由もあるが、それ以上に首を飛ばされかけたときや私を覗き込んできていたときのあの目、向こうの世界の人間にしては曇りのないまっすぐな目だった。

 そんな目をしている人物なんて、こっちの世界でさえも少ないぐらいだろう。だからそんな彼女になら私の復讐を託せると思った。

 

 十六夜咲夜の意識はゆっくりと曇っていき、体の機能が失われていくのを感じる前に、私という自我意識は消失した。

 




一週間後に投稿できたらいいな。


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東方繋華傷 第七十三話 救えない

自由気ままに好き勝手にやっています。

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 紫の言っていた場所に最高スピードで飛行していたおかげでほんの数分で目的の場所まで付いた。

 しかし、戦っていた状況が数分前と言えども、殺し合いをしている状況ならば随分と大昔と言えるだろう。

 先日戦った花の化け物の体を構成していた岩石が、木々がない見晴らしのいい場所の乾いた土の上に大量に落ちている。

 それらの止まって動くことのないたくさんある岩石の中で、二つだけ動くものが見えた。早苗たちで間違いないだろう。

 2人の状況を見て戦えていたというのが本当なのか、元からそうなのかはわからないが、戦っているという状況ではない。攻撃側が一方的すぎる。

 異次元早苗の僅かなスキを見計らって弾幕を使用した攻撃を行うが、奴の三十センチ手前ですべて魔力の塵となって消え失せ、お祓い棒での物理的な攻撃も異次元早苗から数十センチ手前で不自然な減速をしてしまう。腐るほど見てきた光景だ。

 足元を爆破したり、奇跡を起こす程度の能力を発動させて攻撃するだったりと、様々な工夫を凝らして戦ってみたらしいが、すべて失敗に終わったようだ。

 爆発の跡だったり、スペルカードでの攻撃の跡だったりと地面に様々な痕跡が残っていて、それが窺えるが攻撃方法のネタももう尽きて来たようだ。

 苦し紛れに弾幕の攻撃などをしていたようだが、それすらもできないほどに攻め方が弱くなり、そこに付け込んでダメージを負わされていない異次元早苗の独壇場となっているのが見てわかる。

 異次元早苗の大振りの攻撃をお祓い棒を斜めにして受け流し、後ろに回って丸見えの後頭部を殴るために早苗は得物を振りかぶり、叩きつけようとするがやはりその三十センチ手前で減速をしてしまう。

 その減速してほぼ止まっているに等しい早苗のお祓い棒に、異次元早苗が得物を叩きつけて後方へとはじき返した。

 お祓い棒の強化と守りに使われた魔力同士がぶつかり合ってはじけると、火花のように魔力の塵が飛び散った。

 衝撃を利用して後方へと逃げようとするが、異次元早苗が手の中に作り出していた淡く光る魔力の細い縄を、早苗は首に素早く巻き付けられてしまう。

 縄に使われている魔力は形状維持に強化が施されていて、魔力の結合は硬い。お祓い棒などで直接攻撃でもしない限りは巻きつけられた縄を破壊することはできないだろう。

 奴は魔力のロープを早苗の首に巻き付けていたが、それをした後にすることなど誰だって予想はつく。

 異次元早苗はロープを巻き付けた後、破壊される前にお返しだといわんばかりに早苗の後ろに回り込むと背中を蹴りつけた。

 早苗の背中側に回り込めばそこは死角で、足で彼女を固定したまま手に持ったロープを引っ張って首を絞めることができる。

「かぁっ!?」

 首を絞められた早苗は巻き付いているロープを引き剥がすか破壊しようと掻き毟るが、魔力を次々と供給されているらしく、剥がされたそばから修復されて行っている。

 お祓い棒で異次元早苗を殴ろうとしても、真後ろにいてさらに足一本分の距離がある奴に向けての攻撃はまず当たらない。もし当たりそうだったとしても奇跡を使われているので当たることはまずないだろう。

 私は魔力を手のひらに溜めてレーザーへと変換し、異次元早苗の持っているロープに向けてぶっ放した。

 異次元早苗の体から一番離れている部分にレーザーが照射され、魔力の剥がされたロープが半ばから断ち切れる。

 異次元早苗の強力な軌跡の範囲が及ぶのはごく短い距離までしか届かないのはわかっているが、それが及ぶのは肉体からであって魔力のロープにまで効果が付与されているわけではないらしい。

 簡単に言うのなら今のように異次元早苗から一定の距離が離れていれば、たとえ奴が保持していようとも奇跡の力の対象にはなりえないということだ。

 それを知ることはできたが、早苗と異次元早苗が私の存在を認識した。早苗はいいとしても異次元早苗に知られてしまったのは少々痛い。

 そうこうしているうちに縄が断ち切られたことで早苗が解放され、反撃を開始しようとするが後ろを向いているところから振り向かなければならず、そのタイムロスでお祓い棒を背中と肩に叩き込まれた。

 肩の後に背中と無防備なところを段階的に攻撃を受け、顔を苦痛に歪ませている早苗が弾幕を放ったがすべてが魔力の塵へと姿を変えて散っていく。

「何度繰り返せば理解できるんですかあっ!?無駄なんですよ!」

 異次元早苗がバカにした笑みを浮かべて笑い、振り上げたお祓い棒を早苗に向けて何度も繰り返し食らわせた。

 二度か三度は受け流したが、どうやったら奴に攻撃を食らわせられるのかがわからないのだろう。無駄に反撃には出ようとはしていない。

 だが、それをずっと維持できるわけではない。奴だってそれの対策はするだろう。私がそう思っていると異次元早苗の大振りのフェイントにひっかがってしまい、反撃しようとしたところで顔に握った拳を叩き込まれてしまっている。

「がぁっ!?」

 完全に予想外だったのか、早苗は目を白黒させている。私は少しでも注意を引こうと近づきながらもレーザーを放つが、やはり奴の手前で消えてしまって注意を引くことすらできない。

 早苗を殴る際に握った拳の中に事前に用意していたスペルカードを忍び込ませていたらしく、高密度の魔力が奴の足元に集まっていくのを感じる。

 その魔力から感じる性質は前方方向の早苗へ向けて地面の上を進む魔力と、上方向に魔力を爆発させて照射する物の二つが存在している。

 この性質には見覚えがある。数日前に早苗から受けたスペルカードと同じものだ。つまり、次に起こるのは、

「開海『海が割れる日』」

 異次元早苗のいる場所から正確に三十センチ前に集まった魔力が発光。それが顔に拳をかまされてよろめいていた早苗の方向へと進みだし、移動し始めた魔力から上方向に向かって斬撃性の高い爆発が照射されていく。

 放射されている爆発は大気を揺るがすほどで近くにいると肌にピリピリと衝撃が伝わって来る。開海『海が割れる日』」の横幅は約二メートル、縦幅は十数メートルにまで達している。

 魔力を扱えるとはいえ、これをまともに食らえばただでは済まないはずだ。早苗は躱したり反撃したりできる状態ではない。このまま私が何もしなければ彼女は木っ端みじんに吹き飛ぶだろう。

 空中を飛んできていた私は浮遊を止めて、魔力でたった今完成したプログラムが魔力を流しても誤作動を起こさないことを確認した。

 プログラムを複数組み合わせた回路全体に高密度の魔力を流し込み、それらを起動させる。体が重力にのっとって落下し、空気の抵抗を受けはするが重力によってそれでも加速していく。

 ポーチの中に合ったミニ八卦炉を掴むとあとは撃つだけの段階に移っている回路に反応して、こちらも起動する。

 異次元早苗のスペルカードと早苗の間に位置調節しながら入り込み、魔力を噴射して地面に叩きつけられることなく着地。

 動かれるとかえって危ないためよろけながらも逃げようとしていた早苗の足を踏みつけ、ミニ八卦炉を異次元早苗とスペルカードの方向へ向けてマスタースパークを発動した。

「恋符『マスタースパーク』」

 ミニ八卦炉の中央にある黒と白の勾玉を合わせた模様の真上に直径が三センチ程度の光の球体が生成された。

 その小さな球体からは考えられないほどの太さのある超極太のレーザーが放たれ、異次元早苗のスペルカードとぶつかり合う。

 これだけのレーザーを撃つため、当然反動もあるが私が掴んでいるところ以外の辺縁から、冷却のためにミニ八卦炉内に取り込まれた空気が熱風として後方へ排出され、それが反動を和らげている。

 ミニ八卦炉全体と掴んでいる部分に冷却の魔法をかけているが、熱した鉄板に手を付けているように熱い。冷却が少し甘かったのか、ミニ八卦炉の威力が高すぎたのか。

 このまま押し切りたいがあの強力な奇跡の前では当たっていない確率の方が高いし目的は奴に当てることではないため、撃つのを止めようとしたが異次元早苗のスペルカードはまだ消し飛ばされずに残っていて拮抗している。

 気を抜けばこちらが消し飛ばされかねない。完全に打ち消せるように魔力をミニ八卦炉へと送り込む。

 ミニ八卦炉に使われている金属のヒヒイロカネが熱によって赤く変色し、加熱されている言ってるのがわかる。冷却の魔法も排熱も追いつかなくなってきたらしく、掴んでいる手から肉の焼ける音が聞こえてくる。

「ぐっ…あぁぁっ…!!」

 自分の体が焼ける激しい痛みに手が痺れる。私はきちんとミニ八卦炉を持てているのかと、視界の中で握っている手を見ても心配になって来るほどに感覚がなくなっていく。

 これ以上マスタースパークを撃つと後の戦いに支障をきたす。仕方なく魔力の供給を止めようとすると異次元早苗のスペルカードがギリギリで打ち消され、数キロ先の山の麓までレーザーが到達して木々や地面を薙ぎ払う。

 徐々にレーザーが細くなり始めたころ前々回の戦いのときと同じく異次元早苗はレーザーの中をかき分けて手を伸ばし、あろうことか魔力の塊であるレーザーの根元に触れてマスタースパークを打ち消した。

 驚きはした。でも予想の範囲内だ。

 腕を捩じって異次元早苗のミニ八卦炉を掴んでいる手を離させた。奴は別にミニ八卦炉を奪いたいわけではないらしく、すぐに手を離した。

 ミニ八卦炉が空気を取り込み、それが熱気となってブシューッと吐き出されているがポーチの中に投げ込みながら異次元早苗へ蹴りを放つ。

 私の足が不自然に減速し、明らかにこちらよりも遅く攻撃をしていた奴の蹴りが当たってしまう。

「がぁっ!?」

 肩に当たった足が服の上を滑って首を捉える。衝撃で頸椎が砕けないように魔力で体を強化していたが、それでも首の中を骨がのたうち回っているような感覚がする。

 後ろに倒れ込みそうな私に、今度は横からの衝撃を食らった。わき腹への攻撃で、肋骨が嫌な音を立てて軋んでいる。

「あっ……かぁっ…!?」

 異次元早苗は正面にいるため、早苗が攻撃してきたとすぐにわかる。まあ、当たり前か。この短時間で敵味方の区別をつけろという方が無理な話だ。私が介入したところで余計にわけがわからなくなっているのだ。

 敵同士が戦っているだけで彼女からしたら両方が敵と変わらないというわけなのだろう。

 数日前に岩石で体が作られていた花の化け物を霊夢と一緒に倒したが、そいつの体の一部が辺りに転がっていて、横に飛ばされた私はそのうちのデカい岩に背中を打ち付けてしまった。

「はぐっ!?」

 凹凸のある岩で、体を魔力で強化していても出っ張った部分に強くぶつかればいや応なしに痛みは感じる。

「っ………!!?」

 でも、今だけはそれを我慢しなければならない。魔力を手先に溜め、レーザーへと変換して異次元早苗へ向けた。

 奴が使っている奇跡の能力のからくりを解き明かさなければ、私たちが向かう先は咲夜と同じ場所となってしまう。連中の口ぶりから私はそう簡単には殺されないが、早苗は別だ。彼女まで殺されたらここに来た意味が無くなってしまう。

 異次元早苗が振り下ろされたお祓い棒を打ち返し、向かってきていたボロボロの早苗に手を伸ばすと顔を掴んで地面へと叩きつけた。

 レーザーはただ魔力を消費しただけで、全くの無意味で無駄に終わってしまう。

 そのうちに異次元早苗はお祓い棒を持った手を振りかぶりと、覆いかぶさっている相手に向けて振り下ろした。

 木の枝をへし折ったような乾いた音が早苗から聞こえてくる。手首の骨を折られたらしい彼女は悲鳴を上げる。

 異次元早苗はそれが楽しいようで、お祓い棒を赤黒く変色している早苗の皮膚から引き離すと、今度は全身を魔力で強化していく。

「くらぇ!」

 私はそれをさせないように、数歩先にある小さな岩石を身体強化を体に施しながら助走をつけて走り寄り、奴に向けて思いっきり蹴り飛ばした。

 かたい岩石を蹴ったことで小指をタンスにぶつけたように痛む。しかし、そのかいはあったようで直径が20センチ程度だった石が半分に砕け、その片方が異次元早苗へ弾幕みたいにカッとんでいく。

「ばかですねよね!何度やっても同じだというのがわからないですかあ!?」

 奴の顔の目の前で減速して止まった岩石が重力にひかれて落ち始めようとした時、異次元早苗がそれを掴み取って私へと投げ返してきた。

 蹴った時以上の速度で帰ってきた岩石を横に飛んでかわそうとするが、そうしなくてもいいほどには余裕があり、必要最低限の動きでかわそうとした。

 しかし、何かが変だ。岩石に魔力が込められているのだが、岩自体にではなくそのほんの少し後ろから魔力の存在を感じるのだ。それにその性質は爆発だ。

「っ!?」

 間に合うか間に合わないかなど関係ない。体の至る場所が痛んで悲鳴を上げるが無視し、その場所から飛びのいた。

 始めは最低限の動きでかわそうとしていたので切り替えるまでにラグがあり、岩石が到達する直前で動きだした。尖った部分が頬を浅く抉ったが、何とか避けることはでいた。

 飛びのいて螺旋状に回転して飛んできていた岩石を見ると、前からでは見えなかった霊夢が使う物とはまた違った札が張り付けてある。

 中に含まれている魔力が膨れ上がり、閃光を放って大爆発を起こした。砕けた岩石を食らうことは無かったが、爆発以外に結晶化する魔力が含まれていて、それが爆発で四方八方に飛び散って腕や足、顔など全身を切り裂いた。

 皮膚にいくつかの裂傷が出来上がり、爆風で吹っ飛ばされて地面に倒れ込み、遅れて滲んできた血が顔の表面を撫でる。

 これだけ食らってしまったと考えるべきか、この程度で済んだと喜ぶべきだろうか。まあ、腕の一本が吹き飛んだとかよりは万倍ましだ。

 まあ、それでも痛い。

「っ……ぐ……ぁぁっ……!」

 爆発などで掘り返されたらしい土の上にボタボタと血液が落ちて行く。じりじり痛む顔を押さえて立ち上がろうとすると異次元早苗が早苗のことを持ち上げ、前方へと突き飛ばした。

 再度異次元早苗が手に持っていた魔力を通したスペルカードを叩き割った。高密度の魔力が彼女の足に集中していく。

 一部は身体強化だが、残りは前回使っていたスペルカードと似たような上空方向に対する斬撃属性の爆発の性質と、前方だけでなく全方向に向かう魔力だ。

「開海『モーゼの奇跡』」

 異次元早苗のいる位置で爆発が起こったかと思うほどの破裂音がし、跳躍の衝撃で地面が数メートルの範囲で波打ってひっくり返っていく。

 始めは異次元早苗が跳躍したとは思えないほどの速度で視界の外へと移動され、どこへ行ったの変わらなかったが奴の荒々しい魔力を感じて上を見上げると、ジャンプした時と変わらないスピードで降下してきていた。

 その先には、早苗が倒れている。

 私は脊髄を冷凍されたかのような感覚に襲われ、鳥肌が立った。

 

 早苗が殺される。

 

 私は最大出力でレーザーを落下してきている異次元早苗にぶっ放したが、スペルカードと降下のエネルギーによってかき消された。

 早苗を突き飛ばすことや引き寄せてかわさせることなどが、離れすぎていてすることができない。

 畜生!くそったれ!!私はまた、友人が殺されるのを見ていることしかできなかった。

 逃げようとしていた早苗の胸へと急降下し、踏みつけると同時に足元に集中していた魔力が解放され、魔力特有の青白い爆発を起こした。

 




一週間後に投稿できたらいいな。(白目)


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東方繋華傷 第七十四話 濡れ衣

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は第七十四話をお楽しみください!


これからかなり不定期な投稿になります!申し訳ございませんがご了承ください!


 私は気が付くと叫んでいた。どう叫んでいたかは無意識で覚えていないが、叫び声は異次元早苗の足元で解放された魔力の爆発によってかき消された。

 着地地点の地中の中で爆発が起こったかのように土が盛り上がり、空中に舞い上げられていく。

 更に跳躍した時とは比べ物にならないほど広範囲で地面に亀裂が入り、数メートルの高さに捲られて行く。

 そして、異次元早苗を中心にして水面に水滴を落としたように魔力の波が全方向へと広がり、上方向に斬撃属性のある爆発を起こして向かってくる。

 進行方向上にある土や岩、私も含めてすべてを切り刻んだ。

 爆発に巻き込まれた私は、爆発のエネルギーで上空に向けて切り刻まれながら吹き飛ばされた。魔力で体の周りを覆っていたが、その上からでも皮膚を皮下組織とその下まで達するほどの傷を全身のあらゆる部分に付けられたが、二十メートルほど上空にいるためそれを気にしている暇がない。

 体は回転しているがどの方向を向いているなどは何となく分かる。魔力調節をして浮き上がると落下の速度が緩まっていく。

 異次元早苗のスペルカードを止めることができず、早苗に直撃しているのを目の当たりにしたことで動揺していたのだろう。着地で調節をミスり、変な体勢で倒れ込んでしまう。

 すぐに立ち上がろうとするがスペルカードのダメージが想像以上で腕に力が入らず、膝がガクガクと笑って立つために踏ん張ることができない。

「ぐっ…!」

 体中あちこちにある切り傷からどくどく血が流れ出している。この調子で出血していれば20分も経たないうちに失神し、それから五分以内にあの世行きだ。

 魔力で血の生成と傷口の修復よりも先に、出血部分の止血を促進させた。出血量を減らせれば死ぬまでの時間を稼げる。

 魔力で疲労とダメージによる疲弊を緩和させ、走ったりなど激しい運動は少しの間はできないが動けるようにはなった。まだ戦いは終わっていない、ゆっくりと立ち上がって異次元早苗がいた位置に警戒しながら進むが、舞い上げられた砂煙で視界が悪く三メートル先を見るのがやっとだ。

 十数メートルほど進んだ時だろうか、砂のにおいに混じって血の匂いが漂ってきたのを感じた。

「…っ」

 もしかしたら早苗の能力で生きているのではないか、という楽観的な想像が打ち砕かれた。

 足を引きずりながらも数分かけて十数メートル進んできたが、既に進んでいた目的が変わってしまっている。

 異次元早苗がいるかもしれない状況なのに、奴をそっちのけで急いで匂いが強くなっていく方向に進もうとしたが、地面に肉片が飛び散っているのが見えて足が前に出なくなってしまった。

「……!」

 普通の人間でも、魔力を使える人間でも死んでいるほどの血痕が広がり、ところどころには早苗の物と思わしき肉片がある。その中心では切り刻まれ、上半身が潰れた彼女の死体が横たわっていた。

 直視することができず、私は目を背けた。

「何のために来たんですか?死んじゃいましたね!!」

 そうしていると私の心の中を見透かしたように、後ろに回り込んでいたらしい異次元早苗にそう呟かれた。

「っ……!」

 友人の仇が後ろにいるというのに、私はその胸に刺さる言葉に息をのんで動けなくなってしまった。喉に舌がへばりついてしまったかのようにしゃべることができず、植物が土に根を張ったようにもっと動けなくなっていく。

「クスクス」

 異次元早苗は息をのんでいる私を見て笑うと、背中を蹴りつけて来た。前のめりになって地面に手を付くと丁度そこには内臓が転がっていて、肉片と管状の臓器が視界いっぱいに見えた。

「ひぁ…っ!?」

 そこから顔を背けようとした私の頭を異次元早苗が後ろから掴み、真下にある臓器とは違う方向を向かせられた。

「や、やめ…!」

 抵抗する間もなく私が向かせられた方向では砂煙で霞がかっているが、顎から下が爆発の影響で砕けて押しつぶされて吹き飛ばされてなくなり、唇も衝撃と爆風で引きちぎれて歯がむき出しになっている早苗の頭部がこちらを濁った眼で見つめている。

 頭と体を繋げていたはずの首は、半ばからへし折れて周りにくっ付いていた肉も同様にはぎ取られてしまっている状態だ。

 その友人だった者の意識のない虚空を見つめている目は、生前の面影などなく。視線が合うと吐き気が込み上げていて、嘔吐しそうになった。

 胃が収縮して胃の内容物を吐き出そうとするが、喉の奥を締めたことで吐しゃ物をまきちらすことは無かった。しかし、異次元早苗の掴んだままの手に引っ張られてその生首に近寄らせられた。

「よかったですね。あなたのせいで死にましたよ!弾幕だの石なんて飛ばしてるくだらない時間さえなければ、助かったかもしれないですよね!お悔やみを申し上げますよ」

 異次元早苗は私が早苗の頭と向き合ってから、わざわざ聞こえるように大きな声で愉快そうに語り始める。

「本当、バカですよね!!私に攻撃を当てることなんて不可能だということを早く理解し、行動していれば結果も違ったんじゃあないですか!こいつが死んだのは、止めなかったあなたのせいですよ!」

 確かに、私のせいだろう。もっとやりようがあったかもしれない。初めからどうせ受け入れられることは無いだろう。と無駄だと決めつけて早苗に話しかけることなく参戦した。あそこでどうにかして説得していればまた結果は違っていただろう。

 そんな無駄なことを考えているうちに、異次元早苗が掴んでいた後頭部を離したらしく、早苗の方に向かわせようとする力が無くなった。すぐに行動しようとしたが私は罪悪感に押しつぶされそうで、じっと目を閉じて耐えていた。

 体感的には十分ほどの時間そうしていただろう。いつの間にか異次元早苗の姿気配は消えていて、私一人になっていた。のに、他の者の声が聞こえてくる。

 早苗の方向を見ないように気を付けながらその声の方向である右側を見た。砂煙や薄暗さのせいで見えないのではなく、本当に人影が見当たらなかった。

「…?」

『魔理沙、聞こえる?』

 その声は私のすぐ近くからで、下側から聞こえる。ポーチの中に入れていたスキマの性質を持っているボールからだろう。

 何度も声をかけていたのだろう。声が少し枯れているように聞こえる。そして、珍しく少しだけ切羽詰まった様子だ。

「紫か…どうした?」

『どうしたじゃないわ。早くそこから…。』

 そこまで紫の声は普通に聞こえていたが不自然に途切れた。一瞬誰かから攻撃を受けたのかと思ったが、私への警告中に途切れるのは不自然だ。連絡している相手に紫が攻撃を受けていると知られてしまうからだ。

 なら、伝えようとしたが伝えられなかったから彼女が意図的に通信を切ったのだろう。

 なぜ途中でやめてしまう状況になったかだが、魔力切れや戦っていて連絡の余裕がないからではないだろう。単純に、彼女が自分の声を他の第三者に聞かれたくないからだろう。そして、声を聴いただけで紫だとわかってしまう人物など、限られてくる。

 砂煙の中をかき分けて歩いて来たのは、白と赤色が主体となった巫女服を着たこの幻想郷で知らない者はいない博麗霊夢だった。

 飛び上がるようにして私は立ち上がり、後ろに数歩下がった。霊夢は転がっている早苗の頭を持ち上げて悲しそうな瞳で見下ろした。

 死んだ人間の頭部を持っているという異常な状況だというのに、月明かりでうっすらと照らされている彼女は恐ろしいほどに美しく、数秒間の短い間だが目を奪われた。

 早く逃げ出さないと。そう思ったのは霊夢が早苗の見開いたままの乾いた眼を閉じさせ、潰れた上半身の傍らに頭を置いたころでだ。

 怒りの矛先が私に向けられ、遅すぎるが霊夢から一秒でも早く逃げ出そうと背を向けて、全力で走り出した。彼女の刺すような敵意に、出血死しかけていた時よりも生きた心地がしない。

 一歩目を踏み出し、二歩目も一歩目と同様に大きく踏み出そうとした。だが、その突き出した足が地面を踏みしめることはなかった。

 気が付くと怒りを通り越して憎しみすら感じる表情を露わにした霊夢がすぐ横にいて、後頭部を掴んできている。音も気配も感じず、いつの間にか掴まれていた。

 ミシッと掴まれている部分の骨が軋む。その痛みが生じる前に地面が陥没して亀裂を生み出すほどの勢いと威力で頭を叩きつけられた。

 




次、近いうちに上げられたらいいですね(白目)




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東方繋華傷 第七十五話 地獄へ?

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それでもいいよ!
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もし、なにかアドバイス等がございましたら気軽にどうぞ~。


投稿ペースがだいぶ遅くなってしまい申し訳ございません。


 前頭部を地面に叩きつけられたことで皮膚が潰れて引き裂かれ、頭蓋が歪んで脳が揺さぶられる。魔力で攻撃の軽減をしてこれなのだ、魔力で体を覆って身体強化をかけていなければ頭部自体が潰れていたかもしれない。

「がぁ…ああああっ!?」

 失神しそうになるほどの痛みが頭の中へ流れ込み、痛みで意識が飛びかけた。それを繋ぎとめていられたのは運が良かっただけだ。

 地面に押し付けられているのを打開するため、魔力調節の全力の浮き上がりと自分の腕で起き上がる瞬発力を組み合わせ、霊夢の押し付けてきている力をほんのわずかな間だけ上回わらせた。

 土から体が離れて地面との摩擦が少なくなったところで、頭だけでなく体全体を捻って霊夢が掴んでいる手を振り払い、彼女の膝の裏を蹴りつける。

 ガクッと霊夢の体勢が崩れ、私はそのうちに床の上を落とした紙が長く滑るように、地面の上を魔力で滑走した。

 加速しようと魔力調節を行おうとした時、その進行方向上の丁度逃げられない位置に霊夢がよく使う札が後方から投げられた。

 十数枚の札全てに爆発の性質のみを感じる。しかし、それだけでは爆発しない。爆弾の破裂は電気信号だったり衝撃だったり、炎などで安定した状態から爆発を誘発される。

 札にも同じことが言えて、安定を崩すものが無ければ爆発は起こさないわけだ。

 そう思っていたが、その中の一枚に札と同じく後方から針が飛んでいって真ん中に突き刺さった。

 その妖怪退治用の針には札を起爆するための、安定している魔力のバランスを崩す性質が含まれている。

 後方から小さく聞こえて来た霊夢の指令と同時に針の魔力が弾頭などに使われている信管などと同じ働きをした。

 一枚が爆発すればそれによってバランスを崩された周りの札が連鎖的に安定性を失い、全ての札は私が真上にいる状態で青い炎を膨れ上がらせる。

 体を覆っていた魔力がはがされ、爆発を全身にまともに浴びせられた。高熱の爆風に肌を焼かれ、肺を潰されかけられた。

 札は頭側よりも足側に多く配置されていたらしく、足をすくわれて頭から地面に倒れ込みそうになった。

 だが、進行方向に加速しながら進む魔力の性質を霊夢がいる方向から感じ、両手を下へと向ける。

 反動が私自身に返ってくるようにエネルギー弾をぶっ放す。一番初めに手首、次に肘と衝撃を感じるが肩への物が一番強く、体重もかかっていることで余計に痛みを感じた。

 それでも落ちていた体が反動で十数センチ浮き上がり、そのまま落ちていたら当たっていた不自然に加速していく針が頭上を通っていく。やはり針を投擲していたか。

 エネルギー弾が地面の表面で爆発を起こすと、下に押しやられた土の圧力に耐えきれずに周りが割れ、空へ向かって吹きあがった。

 体を捩じりって霊夢の方向を向き直りながら地面へ着地。爆破の影響で吹き上げられた土が落ちてきているが、その間を縫って走ってきている霊夢がお祓い棒を薙ぎ払う。

 足がまだ着地の状態から戻り切っていない。逃げるための瞬発力をお祓い棒が当たるまでに集めることができない。

 受け止めるためにその方向へ腕を構えて魔力で強化を施すが、強化の度合いが高くないうちに薙ぎ払いが到達した。

 前腕の中間を盾にしたが、その上からでも肋骨を歪ませるほどの威力が腕に加えられ、手を体ごと後ろへ跳ね飛ばされてしまった。

「が……っ!?」

 飛ばされてしまうがただでやられるわけがない。霊夢が私を殴っているうちにこっちは彼女のことを掴ませてもらった。

 体の移動と共に霊夢を抱え込んで魔力調節で私の位置を地面側ではなく空側へ移動させ、彼女のことを突き飛ばして地面に押し付けた。

 だがその代わりに腹に蹴りをかまされ、来た道を逆戻りさせられてしまう。魔力調節が間に合わず、背中を打ち付けて転がってしまう。だが勢いを利用することですぐに起き上がれた。

 起き上がったはいいが土との摩擦があったとしても即座に止まることはできず、足と手をつくと三本の線が地面の上に出来上がる。

 中腰から立ち上がるとすぐ目の前に霊夢がいつも通りに迫ってきている。こうなるだろうと予想していた私は、腕に溜めていた魔力で腕力等を強化。

 握った右拳を霊夢に向けて振り抜いた。それに対して霊夢は身を右回転させて拳をかわす。

 そのまま左足を軸にして体を回転させ、右足の踵を私は顔へとぶちかまされた。

 正面からまともに食らってしまい、激痛が頬から後頭部に流れていくような感覚がする。痛みで反撃に速攻で移ることができなかったが、よろけながらも再度に渡って攻撃を仕掛ける。

 私よりも一回り大きい手のひらで拳を受け止められると、一気に引き寄せられて頭突きをされた。

 ガツンッと霊夢に頭蓋骨が陥没した。といっても違和感がないような酷い打撃音が皮膚から発せさせられ、額を押さえてうずくまってしまいそうな私の胸倉を彼女は乱暴に掴むと持ち上げられた。

「…よくも、二人を殺したわね…!!」

 殺気の籠った見開いた目つきで私を睨み、お祓い棒でわき腹を殴りつけられる。

「ぐぅ…っ…!……何を…勘違いしてんだ…!…私は殺してな―」

「…黙れ!」

 こちらの言葉を遮って霊夢は叫んだ。鼓膜がビリビリと震え、耳が痛くなる。だが、私だって引き下がるわけにはいかない。

「黙るのはそっちだ!お前がなんと言おうが、その事実は変わらないぜ!」

 霊夢の腕を掴んでそう叫び返した私に、問答無用で彼女は膝蹴りにプラスしてお祓い棒をお腹にぶちこんでくる。

「あ”っ…!?……かぁ……っ…!!」

 霊夢が手を離したことで、後ろによろけて下がって少し距離を取った。でも、その稼ぎも意味がないと自分でもわかるほどに立っていられず、膝をついた。

「…お前が直接殺してなかったとしても、その証拠もない。それに、奴らの仲間の時点で間接的に殺しているほかない!」

 怒りで彼女はこちらの話を耳に入れようともしない。彼女が走り出し、札を投擲してくると額や肩、胸や足に札が張り付いていく。

 それに含まれている魔力の性質は、札に触れた人間の神経に一時的に作用して行動不能に陥らせるものだ。

「封」

 彼女が呟いたその一言で四枚の札それぞれから神経の伝わりなどを阻害する魔力が放出され、体の自由がほんの数秒間だけ効かなくなる。

「…は……ぁぁっ…!?」

 顎を下からお祓い棒でかち上げられ、顔が空を見上げる。体ごと浮き上がって一秒にも満たない時間浮遊したのち、つま先が地面につくかつかないかぐらいで腹部に拳を叩き込まれた。

「かは…ぁっ…!?」

 体がくの字に曲がり、吹き飛ばされた。体の自由が利かないため、されるがまま地面を転がって止まった位置に力なく横たわる。

「げほっ…!」

 殴られた部分から血は出なかったが、内部の組織や臓器にはダメージが大きく入ったのと、霊夢が使用した札の影響で立ち上がろうにもうまく動いてくれない。

 そこからさらに数秒経過後にようやく体のしびれが解消された。それでも立ち上がることを許されず、霊夢のお祓い棒が仰向けになって起き上がろうとした私に向けて叩き込まれた。

「~~~~っ!!?」

 弾き飛ばされ、生えている木に肩を強打してしまう。関節が外れなかっただけましだが、私は森の中へと転がり込んだ。今いるこの場所がちょうど広い草原と森の中間地点らしい。

 せっかくここまで来たが、森の中を逃げることはできなさそうだ。この状況で逃げ切ることなどできるわけがない。

 ゆっくりと歩いてきている霊夢は、私から五メートル程の距離で歩みを止めた。お祓い棒を持っていない手には針が複数本握られている。

 私はとりあえず手先に魔力を集中させ、霊夢へと向けた。どういう動きをしても対応できるようにはしたが、彼女相手には役にも立たないだろう。

 いつでも撃てるようにトリガーに指がかかっている状態だが、霊夢は構えようともしない。私程度ならその必要もないということだろうか。

「…こっちばかり見てていいのかしら?」

 彼女はそう呟いた。意識を集中的に向けていたが、周りに意識を向けてみると鋭い斬撃性の魔力強化を感じた。

「!?」

 その魔力の性質を感じた方向へと私が顔を向けようとした直後、何かが伸ばした左腕の上を高速で通り過ぎていく。

 人型のそれは緑色の服を着ている。地面の上をズザッと砂煙を小さく上げて止まったそいつの右手には長い棒状の刀が握られていて、抜いていた刀を鞘へ納めた。

 白髪の髪の毛はおかっぱに切りそろえられ、彼女の近くにはボールに火をつけたような白色の霊魂が浮遊している。

「妖夢かよ…!」

 突然現れた魂魄妖夢にも対応できるように、私は別の場所へ陣取ろうとしたが、向けていた左手の手首から肘の中間あたりで血が溢れてきているのが見えた。

「……え…?」

 まるでその呟きを合図にしたように出血部分が腕を一周し、傷口が繋がったとたんにそこから先がズルリとずれて重力に従って落下した。

 手首の切断面から落ちたため、そこから漏れだしていた血によって地面に落ちるとべチャッと水気の強い音を漏らす。

 始めは状況が理解できなかった。だが、私の前腕が転がっている事実を脳に流れ込んできた痛みで思い知らされた。

「うっ……ああああああああああああああああああっ!?」

「うるさいわね」

 切断された腕を押さえて叫んだ私に、目の前まで一気に踏み込んできた霊夢が蹴りを放ってくる。その美しいと思えるほどの蹴りは胸に叩き込まれ、吹き飛ばされてしまう。

「か…ぁ……!?」

 肺から漏れた空気によって声が声帯から絞り出される。胸の前で爆発があったのとそう変わらない衝撃に、地面を転がることとなった。

「…二人を殺した罪、あんたの命で償ってもらうわ」

 お祓い棒を握りしめた霊夢が倒れ込んでいる私に向かって歩み、得物を持っている方とは逆の手で妖怪退治用の針をチラつかせている。

「だから、私じゃないって言ってんだぜ…!」

 胸を押さえていたが、前腕の切断面より心臓側を強く握りしめ直して出血を押さえ、彼女に言った。

「…あっそう」

 横に転がって起き上がり体勢を立て直そうとするが、その時すでに霊夢はお祓い棒を食らわせようと走り出している。後ろに後ずさりしていた私に上げた得物を一気に振り下ろして叩き込む。

 首が威力でへし折れて後方にぶっ飛ぶほどではあるが、その攻撃は当たるはずだった私をすり抜けて空振りで終わった。

「「!?」」

 二人が目を見開いて驚いているのが視界の中央と視界の端で見えた。それはそうだろう、あの博麗霊夢の攻撃が後ずさりをしている程度の人物にすら当たらなかったのだ。

 まあ、それは私が殴られた時に口内詠唱で使わないでとどめて置いた光の魔法を使ったからだ。

 光を屈折させ、二人から見えている私の位置を霊夢寄りにずらしてやった。歩くだったり、走るだったりしたら不自然に私の位置が横なんかにずれていったり、歩幅に対して進む距離がおかしいなどで成功はしなかったはずだ。

 でも、今回は殴られた時から位置関係をずらしていたため、彼女たちからしたら予想よりも私が飛ばなかった。その程度しか違和感はなかったはずだ。

 霊夢が当たると確信していた攻撃が外れて体勢を崩しているうちに、私は屈折の魔法を解除して森の中へと入り込んだ。

 森に入り、七歩目で木々の隙を縫って投擲された針が私の左足を貫いた。痛みでよろけて倒れそうになるが、右足で踏ん張って何とか耐えた。骨には当たらなかったらしく、歩行が不可能なほどではない。

 しかし、若干ではあるが歩幅とスピードが遅くなり、妖夢の接近を許してしまう。小さな足音が後方から近付いてきたため、感で横に飛びのくと私がさっきまでいた位置を鋭い刃が木々を切断しながら通り過ぎた。

 冷や汗が額からにじみ出てくるのを皮膚で感じる。魔力で出血を押さえて肩から下げているポーチに手を突っ込んだ。

 紫に連絡をするためではなく、特殊爆発瓶を取り出すためにだ。ショットガンなどで使われている散弾というのは聞いたことがあるだろう。

 ショットガンシェルと呼ばれるシェルの中には小さな球状の弾丸が複数仕込まれている。それが火薬の爆発によって通常よりも広範囲に弾丸をばらまくことができる。

 今やろうとしているのはそれだ。破裂した瓶の破片では形が歪で空気の抵抗を受けやすく、数メートル飛んだだけで失速してダメージにならなくなる。だが、球状でどこを向いても変わらない形をしていれば通常よりも飛距離が伸びるため、ダメージを与えやすくなる。

 しかし、欠点としては飛距離が高くなったことで投擲者にも弾丸が飛んでくる可能性があり、私としては今の状況ではこの攻撃力は必要ないためデメリットにしかならない。

 だが、普通の爆発瓶や閃光瓶ではだめだ。霊夢は閃光瓶を何度も受けていて私の投げ方次第では対策してくるのが目に見えている。

 爆発瓶はインパクトに欠ける。牽制にはなるだろうが、大した威力ではないことが知られてしまい、すぐに追われてしまう。

 瓶から弾丸が飛んでくるなんて彼女たちは夢にも思っていないはずだ。その不意を突きたい。

 瓶の蓋を引き抜き、彼女たちに致命傷を与えないが驚かせることができる距離に瓶を投げようとした。

 この瓶は通常の瓶よりも遠くに投げるということが前提であるため、蓋を開けてから数秒経過してから爆発する。

 森に入って来た妖夢と霊夢から絶妙に離れた位置に向けて、散弾型爆発瓶を投擲しようと振りかぶるが投げる直前でわき腹に何かがぶつかるのを感じた。

 わき腹に電気を流されたような衝撃を受ける。電気と違うところと言えば、体の筋肉が硬直するのではなく指令を受け付けず、筋肉が弛緩してグラリと倒れ込みそうになった。霊夢の札を受けたのだとようやく理解した。

「あぐっ!?」

 全身の筋肉が弛緩するということは散弾型爆発瓶を握っている手も例外ではない。私は蓋が開いている瓶を持っていられずに目の前に落としてしまった。瓶が地面に落ち、その表面に亀裂が入る。

 そのころにようやく魔力の障害から解放され、体に力を込められるようになり、私は急いで飛びのこうとするが、瓶の中身にある試薬が空気に触れてようやく発火を開始。それが連鎖して爆発を起こした。

 中にある散弾が爆風によって吹っ飛び、四方八方にまき散らされて近づいてきていた妖夢と私に襲いかかる。

 木の後ろに逃げ込もうとして跳躍した私の脇腹と切断された方の肩、首を掠り、両足の太ももと指先に風穴を開けた。

「あっ…!?…か…は…っ!?」

 妖夢は飛んできて自分に当たる散弾だけを楼観剣で真ん中から綺麗に真っ二つにして切り払うと、胃などの内臓を散弾が貫いたせいで血反吐を吐いている私に向けて鋭い刀を振り下ろしてくる。

「りゃああっ!」

 残っている手の甲に大量の魔力を集める。硬質化に特化させ、高密度の魔力によって石のように固くなっているのがわかるほどになったその半透明のガントレットで振り下ろされた刀を横からはじき返した。

 刃のない横方向から殴ったはずなのに、一秒にも満たないその触れ合っている時間で硬質化した魔力を削り切られ、腕へと到達されたらしく血が滲んでいる。

 でも、妖夢の軌道を変えることには成功し、彼女は体勢を崩しておっととよろけた。そのうちに前にも使った手だが、周辺に魔力をばらまいて土や岩に含まれている鉄分にコイルの性質を持たせた。

 そこに電気を流し、電磁石を作り出す。魔力から変換した強力な電流を流したことで、突発的に周りの鉄がカッとんでいくほどの磁力が発生する。

 妖夢は体勢を崩していたのも相まって、腰から提げているもう一本の刀と手に持っている刀が地面に向けて引き寄せられ、片膝をついた。

「うっ!?」

 刀が妖夢の手から離れればどこまでも切れそうな勢いで地面にめり込んでいく。離れた位置にいる霊夢も、その磁力によって持っていた針が妖夢の方向へ引き寄せられ、離さないように自分のもとでとどめている。

 離せば妖夢のもとに猛スピードで突っ込んでいくため、霊夢は針を放すことはできないだろう。少し卑怯な気もするが今はそんなことは言っていられない。

 ミニ八卦炉に使われているヒヒイロカネが引き寄せられているのと、足に散弾と針を食らっていて走りずらいが、今の隙に一気に距離を稼いだ。

 

 どこをどう走ったのか、何度追いつかれたのか。もう覚えていない。

 どれだけの時間走り回ったのかわからないがもはや全身が血まみれで、流れ出した血の量は魔力で血液を生産していなければとっくの昔にくたばっている状況だ。

 走る力もなくよたよたと歩いていたが、ついに限界を迎えた。霊夢たちがいまだに追ってきているが、足が前に出なくなってしまった。

 せめてもの抵抗で木の後ろに隠れたが、百数十メートル程度の距離まで二人が近づいてきているのを魔力の距離感で感じる。

「かはっ…!」

 胃から上がって来た血液を目の前の地面に吐き出し、木の幹に椅子に座る動作でよっかがる。

 また血が上がってきそうになるが、吐き出すのもなかなか苦しく、喉まで上がってこないように押しとどめた。

 それに集中していたせいで、いつの間にか霊夢か妖夢に回り込まれていたらしく、足音が背もたれにしている木ではない方向から聞こえてくる。

 やばい。頭の中ではそう思っているが、体はもう腕も上げられないほどに重い。

 それでも、私にここで殺されるという選択肢はないため、腕を上げようと力を込めた。地面から十数センチほど上がったところで、正面から来ている魔力の性質が霊夢や妖夢の物でないことに気が付いた。

 静かな土を踏みしめる音を立てて、霊夢達がいる方とは逆方向の木の後ろから現れたのは、先日会った聖白蓮だった。逃げているうちにいつの間にか妙蓮寺の近くに来てしまっていたのだろうか。

 事前に私は敵であるとして、文に頼んで顔写真などを配ったのだろう。

「…っ!あなたは…」

 聖は私の顔を見ると何かを放したりする間もなく攻撃体制に移行していく。全身を強力な身体強化で覆い、握りこぶしを作る。

「……。お前も…私を殺しに来たのか?」

 驚きようから彼女は単純にたまたま出くわしただけであるため、その言葉は適切ではない。しかし私は聖にそう呟いて見上げていた。

 ほんの数秒間だが、聖と目が合った。どうにかして逃げなければならなかったが、腕から血を流しすぎた私の意識は薄らぎ始める。

「…」

 顔を上げることすらも難しくなってきた私は、投げ出されている足を眺めた。霊夢たちが向かってくる音以外のゆっくりと歩み寄ってきている聖の足音が異様に大きく聞こえる。それもそのはず、あとは殺されるか生け捕りにされて殺されるかしか私の未来は無い。死刑を執行される直前、そんな気分だ。

 投げ出された足の間に聖の足が見える。ぼんやりした頭の中で生きたいと叫んでいる自分がいる。その気持ちなど知ったことじゃない現実は、何かをされる前に私は意識をなくした。

 

 それでも、死んだわけではない私は自分のいる位置がズレたことではっきりとはしないが、意識が少しだけ戻った。

 誰かに抱えられているのが、背中と膝の裏に回されている手の感触で分かる。どこかに運ばれるのだろう。

 眠気に似た意識の混濁で考えが統一できない。だけど、何とかして私はうっすらとだが目を開いた。

 私を抱えて立っているのは聖だ。これから霊夢に引き渡すつもりなのだろうか。

「離…せ……よ。……畜……生……」

 私はそう呟くが彼女は聞こえているのか、聞こえていないのかわからないがこちらには目もむけず歩き出そうとした。

 その時に、あの声が聞こえてくる。

「…聖じゃない。こんなところでどうしたの?」

 息は切れていないが、急いでいる様子の霊夢は早口に私を抱えている聖に言った。

「た…たま……を……通っ……だ…けよ」

 聖が何かを言うが、また意識が遠のき始めた私には何と言っているのかが途切れ途切れで理解できない。

 逃げ出したいが意識の遠のきに抗うことはできず、今度こそ私は深い眠りにつくように意識をなくした。

 

 次に起きることがあるかはわからないが、起きたらきっとその場所は地獄だろう。

 




次は、………十日後に投稿できたらいいなと思います。


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東方繋華傷 第七十六話 理由

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は第七十六話をお楽しみください。


投稿が遅れてしまった申し訳ございません。これから不定期になると思いますが、気が向いたら見てやってください。


もし、なにかアドバイス等がございましたらご気軽にどうぞ―


 気が付くとそこは森の中で、私は木の幹にもたれて座っていた。どれだけの時間の経過があったのかは知らないが、辺りは暗くて光源が無ければルーミアに能力を使われているようだ。

 おかしい。私は聖に見つかって霊夢に引き渡され、今頃は時間がわからなくなるような独房で尋問でも受けているかと思った。

 だがそうではないようだ。昨日起こったことは全て夢かもしくは、脳が極限状態にあまりにも長く陥っていたことで見ていた幻覚だったのだろうか。

 夢でも幻覚だったとしても、助かっているのならばそれでいい。しかし、腑に落ちないのはどこからが夢だったのかわからないところだ。

 夢にしては妙にリアルだった気がする。私は立ち上がるために両手を地面について起き上がった。

 布団で寝ているわけではないため、体が休まらず疲れ切っている。眠気も強く早く布団にダイブしたいところだ。

 さっさと歩き出そうとしたところで、私は何気ない行動をしていたがそれに違和感を感じた。

 私は今、起き上がるために何をした。と。

 両手を地面について、体を持ち上げたはずだ。でも、私は気を失う前に妖夢の攻撃で左手と肘の間を切断されていた。

 腕の高さの違いや切断された傷での痛みなど、様々な要因が重なってあそこまでスムーズに起き上がれること自体が不自然だ。

 自分が腕を切断されたことを認めたくはないが、私は引かれるように左手の方へ顔を傾けた。

 いつもある左手はきちんとそこに存在していた。嬉しくはあったが同時にしかし、私は困惑した。

「なっ…!?」

 妖夢に腕を切断される前から幻覚もしくは夢を見ていたのなら、あの激痛は何だったのだろうか。あれは幻覚や夢で済ませられるようなそんな生易しいものではなかったと断言できる。

 意味が分からずに驚いていると、後ろに生物的な者がいる気配を感じて振り返った。

 そこには見慣れた血のように赤い赤色と、純白の白色の布が使われている巫女服を着た博麗霊夢が俯いて立っている。

「…れ…霊夢…!」

 腕が無くなっていなかった時と同じぐらい驚かされた私は、すぐに飛びのいて距離を取った。

 攻撃をできるように右手に魔力を集めようとするが、私を見つけたはずなのに霊夢は全く動きださないため、今のうちに逃げ出そうとした。

 その直後。

「……し…」

 霊夢は丁度聞こえにくい声の大きさでボソボソと口元で呟いた。

「…え?」

「…この、人殺し!」

 彼女はそう叫ぶと私に敵意を向けてくると目を吊り上げて犬歯をむき出しにし、耳がおかしくなるほどに大声で叫んだ。

「っ…!?………違う…!…私は殺してない!」

「…黙れ!あんたが殺したのよ!二人の仇を取ってやる!」

 私の言葉を耳にも入れない霊夢がお祓い棒を握りしめ、歩み寄ってこようとする。それに対して手先に魔力をかき集めようとするが、前日切られたまさにその部分に鋭い痛みを感じた。

「うっ!?」

 霊夢が迫ってきているのも忘れて左手の前腕を見ると、見たことがある光景が目の前に映し出される。

 カミソリか何かで切ったような小さな切り傷からタラタラと血が流れていた。傷口が広がると出血量が倍々に増え、それが腕の周りを一周するとズルッと重力に従って地面へと落ちた。

 べチャッとあの時と全く同じ、水気の多い物が落ちた音が異様に響く。それと同時に今まで感じていなかった左手の痛みがズキズキと伝わってくる。

「あああっ……!!う…ぐぅっ…!」

 左手を押さえてうずくまろうとした私の胸倉を、正面に立っていた霊夢が手を伸ばしてきて掴みかかって来た。

「…二人の、仇だ!」

「ち…違っ…!」

 弁解を聞く間もなく霊夢は切断された私の左手に手を伸ばしてくると、動脈から零れている動脈血を物ともせず掴んで刺激を与えてくる。

「ああああああああああああああああっ!!!」

 左腕から脇の下や頸椎を通っている神経を伝って、痛みが電気信号で脳に送り込まれ激痛を感知した。

「うぐ…っ…!……だから、私じゃない…っ!……二人は…殺してな――」

 私の二人を殺したことを認めない言葉に、霊夢はさらに怒りを表して傷口の断面に爪を立てて来た。

「うあああああっ!?……ぁぁっ…!?……れ…霊夢……私は……殺して…ない……!」

 痛みで訳が分からなくなって涙が瞳に溜まり、溢れそうになる。

「黙りなさい。あの状況でそんな嘘がまかり通るとでも思ってるのかしら?」

 私の左手にある切断面を掴んでいる霊夢は、ギチギチと皮膚と肉が抉れるほどに握りしめてくる。

「ああああああああ~~~~~~~っ!!あぐ……あああああああっ!?」

 叫んでいる私の胸元から手を離すと、霊夢は口を塞ぐように顔を掴み直してきて地面へと私を押し付けた。

「んぐっ!?」

 霊夢は倒れ込んでいる私の左手に痛みをよく感じるように、靴の踵で思いっきり踏みつけてきた。

「んんんんっ!!」

 口がふさがれてうまく声を出すことができず、くぐもった私の声が静かに彼女たちの耳に届くが、顔色一つ変えずに霊夢ではなく妖夢が体を切りつけてくる。

 自分の体が切られる音が耳にまで届き、私は血の気が引いた。それ以上は聞きたくなくて体を捩じるが、霊夢が拘束を緩めたり開放するはずもなくさらに強く顔を掴まれ、腕を踏みつけられる。

「~~~~っ!!」

 それから随分と長い時間、彼女たちに痛めつけられた。ずっと私は違うと言い続けたが、塞がれた口から出た声は痛みに苦しむくぐもった叫びだけだった。

「さてと、それじゃあそろそろ死んでもいいわよ?」

 霊夢はそう呟くと全身を魔力で強化を施し、口元を掴んでいる手を離した。そして、足を顔の上で持ち上げると頭部を潰すために踏み込んだ。

「私は……ちが……う…………」

 叫びすぎてかすれた声と激痛、骨が割れる乾いた音を境にして視界が黒で染まり、何も見えなくなった。

 

 

 セミの甲高い鳴き声が私の耳にまで届く、ここは建物の結構奥にあり普段は耳を澄ましても聞こえることがないので聞こえたことに少し驚いた。

 現在時刻は夜中どころか丑三つ時すらも過ぎている。昼なら誰かしらが騒いでいるか遊んでいたり、話している声がするためここまでセミの声が聞こえることはないからだ。

 しかし、なぜ私が、いや私たちがこんな時間に起きているのかというと、少し前にたたき起こされたからだ。

「はぁ、なんでこんな遅い時間帯に危ない奴を私たちだけで看病しないといけないのさ」

 本当に、条件付きではあるがその意見には同感である。

 ぽつりと愚痴を漏らしたのは、錨のマークが入った帽子に寝間着などラフな格好ではなくセーラー服を来た村紗水蜜だ。

「まったくだ。私も寝ていたのだがな。ご主人が直々に来てなければ断っていたところだ」

 眠気であくびを噛み殺しながら私、ナーズリンは水蜜に言った。

「まあ、明日朝早く起きなくてもいい口実が作れたからいいんだけどさ」

 妙蓮寺を出入りし、そこに寝泊まりしている水蜜は朝がとても早いからだろう。不満を言いつつもメリットがあっていいじゃないか。私にメリットなど何もない。

「それで、君は彼女のことどう思う?」

「……うーん。わからんとしか言いようがない。聖が連れて来たってことは何かしら理由があるんだろうけど……」

 そうなのだ。一時間ほど前にぬえと一緒に聖は彼女を連れて来た。この、異次元の世界から来たと思わしき女性をだ。

 始めは誰かわからなかったが、文々丸新聞とかいうものを配っている鴉天狗の文から彼女の写真を見せてもらっていたおかげで、何者なのかは分かった。

 まあ、それはいいとしてここからが問題なのだ。

 聖の話ではあの十六夜咲夜と守矢早苗を殺していると聞く。この幻想郷で強さなら上から数えた方が強い二人を殺した人物を、あろうことか聖は博麗の巫女を騙して連れて来たという。

「いったい何を考えているんだか」

 多少なりとも聖を慕っているため水蜜の前でこの言葉を言ってしまい、しまったと思ったが彼女もそう思っているらしく、布団に寝かせられている女性を見つめたまま何も言ってこない。

 そりゃあそうだ。彼女を助けたということがバレれば、私たち全員が裏切り者と判断されかねない。いや、されるだろう。自分の身を守るのに必死な臆病者と罵られること間違いなしだ。

 そのリスクを負ってでも彼女を助けた理由を聖の口からまだ説明されていないのだ。不満の一つも言いたくはなる。

「……。しかし、久々に疲れたよ。治療なんてあんまりやったことがなかったからね」

「その割にはきちんとできてたけどね」

「本当、我ながらよくできたと思うよ。でも、成功した理由は彼女の生命力のおかげといえるよ」

 私がそう呟くと水蜜は危険人物であるため、女性に警戒をしたままこちらをチラリとみてくる。

「なんで?」

「運ばれてきた時点で既にかなり出血していて、意識もなかった。医療器具なんて気の利いたものがほとんどないこの妙蓮寺で治療したとしても、あの段階なら生存は絶望的だった。……でも、彼女はこうして生きてる」

 水蜜はなるほどと頷いて私から目を反らした。そうしていると。

「………がう………じゃ……い」

 どこからか声が聞こえてくる。

「村紗、何か言ったかい?」

「何も言ってないよ。怖いこと言い出すなよ」

 村紗がそう言ってジトッと私を睨んでくる、そこでそもそも君も妖怪だろう。という言葉が浮かぶが言わないでおこう。

 しかし、あれは空耳ではない。確かに声が聞こえた。

 部屋や廊下に私たち以外で生物の気配はしない。村紗じゃないならこの魔女の服装をしている女性しかいない。

 全身あらゆる場所を包帯でグルグル巻きにされている女性に目を向けると、さっきまでの普通に寝ていた状態とは違い、脂汗を浮かべている。

 彼女がしゃべったのだろうか。確かめてみるか。

「おい、君。起きているのか?」

 私がそう声をかけるが女性は応答することなく、脂汗を浮かべて布団の上に出されている右手がタオルケットを握りしめている。

 腕を切断されてその痛みとトラウマで悪い夢でも見ているのだろう。

「……っ……!」

 時折息をのむような息遣いも聞こえてくる。夏だからという理由では説明できないほどに女性は額に汗を浮かべていて、苦しそうだ。

「仕方がないな。水でも用意してきてやろう」

 私はそう言って立ち上がり、水をくむための桶とタオルを持って来ようと襖に手をかけると水蜜が言ってくる。

「こいつにそんなの必要か?こっちに責めて来た奴だろ?」

「村紗、聖は私たちに看病しろと言った。仕事を引き受けた以上は最後までやり切るまでさ」

 私がそう言って襖を開けるが、水蜜がさらに言ってくる。

「こいつが、人を殺すことにためらいがないくそ野郎でもか?」

「……そうだな。襲ってくるような奴ならいざとなったら村紗、君が助けてくれよ。私は戦えないからな」

 水蜜は呆れたような顔つきでため息をつき、女性から目を離してこちらを見上げた。

「あの二人を殺すほどの人物を私がナーズリンを守ったまま戦えると思ってるの?十秒も持たないね」

「おいおい、まだ彼女がそんな奴と決まったわけじゃないよ。君も言っただろう?聖が連れて来たんだ、そうじゃないという何かしらの理由があるはずだよ」

 

 

 数時間後。

「……っ…」

 彼女の悪夢はまだ終わらないらしい。数時間ずっとこの調子だ。女性の熱で温まったタオルを額からはがし、冷水の入った水桶の中に入れた。

 かき混ぜ水温と同じぐらいにまでタオルを冷やしてから取り出し、ある程度の水を絞ってから女性の額にまたかぶせる。

 この工程を何十回繰り返したところだろうか。既に辺りは明るくなり始めていて、そろそろ私も休みをいただきたいところだ。

 さっきまで居眠りをこいていた水蜜を小突いて起こしたが、また寝始めている。まったく、危険人物だと疑っている割には随分と無防備だな。

 眠くて目がしょぼしょぼする。瞼を軽く手の甲で擦り、あくびを噛み殺しているとさっきまでとは違う動きを彼女は見せた。

「……っ……う…っ……ゆ……夢……?」

 やはり悪い夢でも見ていたのか、眠りから覚めた彼女はそう呟く。

「起こしてしまったかな?」

 そう問いかけると起きたとはいえ意識がはっきりしないのか、彼女はぼんやりとした瞳だけを動かして私を見た。

「……ナーズリン………ここは…?」

 向こうの世界にも私と同じ顔をした奴はいるらしい。彼女は顔を見るとかすれた声でそう呟く。

「妙蓮寺だ。君は昨日のことは覚えてるか?」

「…………。かすかに……」

 あれだけの重症を負いながら博麗の巫女から逃げていたのだ。彼女の昨日の記憶は夢みたいに朧げだろう。

「それだけ喋れるなら問題はなさそうだな」

 私はそう彼女に言いながら、横で座りながら体を左右に小さく揺らして眠っている水蜜を小突いた。

「村紗。彼女が起きた。私は聖を呼んでくるよ」

「ふあ…。ああ、……わかった」

 眠い目をこすり、水蜜が起きると警戒した眼差しで横たわってぼんやりと天井を眺めている女性の方を見る。

 襖を開け、部屋の中よりも涼しい廊下を歩いた。聖の部屋に向かうとまだ明かりのついていない部屋が多い中で、彼女の部屋だけが明かりがついている。

「失礼するよ」

 障子を開けると部屋にはご主人と聖、ぬえたちがいる。私と水蜜以外全員が集まっていたらしい。

 雰囲気から察するに、聖を問いただしていたようだ。なぜ彼女を助けたのかと。

「……。お話し中に申し訳ないが、起きたよ」

「そうですか。わかりました」

 聖はそう言うと正座から足を解いて立ち上がり、私の方に歩いてくる。彼女が部屋から出るとご主人たちも小さくため息をつきつつ立ち上がり始めた。

 私は聖の横を並んで歩き、気になっていることを聞いてみた。

「聖、どうして彼女のことを助けたんだ?村紗も言っていたが、君のことだから何か考えがあるんだろうけど、リスクを負うのはこちらだ。……リスクを犯すわけを教えてもらいたい。皆が知りたがってる」

「そうですね。これから説明する予定なのですが……」

 聖はそこで一度言葉を切らし、私の方をチラリと横眼に見た。あれから数時間は立っているはずだが、まだ説明をしていないらしい。

 きちんとした理由ならもう喋っていてもおかしくはない、なのに話していないということは、まさか。

「ちゃんと私たちが納得できる理由なんだろうね?」

「……。」

 そう彼女をといただすと、苦笑いをしている。苦笑いをしている場合じゃないだろ。ここまで感情で動くタイプだとは、少し予想外だ。

「彼女らが怒りそうだな」

 不満そうに後ろをついてきているご主人たちを肩越しに眺めながら、私は聖にそう言った。

「そしたら一緒に弁解してくれませんか?」

「嫌だよ。私にも怒りの矛先が向くじゃないか」

 聖よりも早く足を動かして彼女を追い抜き、水蜜がいる部屋の閉じて置いた襖を開けた。眠そうな目つきで天井を眺めていた彼女は、私に気が付くと顔を傾けてこちらを見上げてくる。

 さっきよりはましになっているが、まだ意識がはっきりとはしていないのだろう。ボンヤリとした目つきは変わらない。多少の会話ができたから聖たちを呼んだが、ちゃんと会話はできるのだろうか。心配になって来た。

「調子はどうですか?」

 私よりも一足遅れて聖が部屋の中へと入って来ると、こちらを眺めている女性にそう声をかける。

「よくないからここに寝てるんだぜ、聖」

 力なく女性はそう答えた。私を知っていた時点で大方予想はできたが、向こうの世界には聖もいるのだろうか。

「まあ、そうですね。…昨日のことは覚えていますか?」

「………かすかに」

 私と同じ返答を聖に返した辺りでご主人たちがこの部屋の中に入って来た。あまり広くはない部屋に人口が密集し始めたため、途端に蒸し暑くなってくる。

 私は寝ている女性の足元に座り、聖は顔のすぐ横へと正座して座り込んだ。ご主人たちも彼女を囲むように座っていく。

 異次元から来た人物であると聞いているため、隠そうとはしているが何となく周りから女性に対する敵意を感じる。

「あなたにいくつか質問をしてもいいですか?」

「ああ。大丈夫だぜ」

 敵意を向けられているからだろう。女性のぼんやりしていた目つきが変わり、はっきりとした口調で聖に言った。

「いつまでもあなたと呼ぶのも面倒なので、まずは名前を教えてくれませんか?」

 確かに女性とか彼女とか表現するのにもそろそろ限界であるため、聖の提案は悪くはない。別に名前を知られたからと言ってそれが悪用されるということは無いだろうし、会話の最初としてはいい感じだろう。

「………あー…」

 しかし、女性はそれを聞くとばつが悪そうに急に歯切れが悪くなる。

「どうしたんですか?べつにあなたは記憶喪失で、自分の名前がわからないということではありませんよね?」

「まあ、そうだが…」

 言えない理由がよくわからない。私たちを警戒しているとしても名前を教えないのは不自然だ。どっかの世界のように名前を知られたら技までわかってしまうわけでもないだろう。

「助けてもらったくせに、なぜ名前程度も教えてくれないんだ。こっちがどれだけのリスクを負ってお前を助けたのかわかってるのか?」

 私がそう考えていると、一番敵意をむき出しにしていたぬえが、後ろから私たちの前に出て女性に言った。

「そ、それは十分にわかってるよ…!……ただ…その……」

 たじろいだ彼女はぬえにそう言うが、やはり言わない。言えないのか言いたくないのかは知らないがね。

「抑えてください」

 先が三つに分かれている槍を構えて、寝ている女性に向けていたぬえに聖は静かにそう言った。

「なぜですか!名前すら言わない奴なんて怪しすぎるじゃないですか!」

 ぬえの言い分はもっともだ。名前ぐらい言えないだなんて、怪しい。……ん?……名前が…言えない…ね。

 私が考え込み始めてから少しの間をおいて、聖は再度口を開いて威圧するように低い声で言った。

「みなさん…抑えてください」

 ゾクリと背筋に寒気が走る。殺気を出したわけではないが、聖の出した敵意にぬえも含めて女性に対して敵対心を持っていた全員が怯み、制することはできたようだ。

「そうだよ。一度、皆は深呼吸をするといい。聖の肩を持つわけではないけれど、不安で苛立っているんだろう。でも……聖もきちんと彼女を助けた理由の説明をしてくれ…そうすれば皆はこんなに敵意を丸出しにはしないんだから」

 今の聖のやり方では反感しか買わないだろう。それを少しでも薄れさせるために皆に言うと、仕方なさそうに大きく呼吸をして気分を落ち着かせている。

「そうですね。申し訳ありません…」

 そう言われた聖は申し訳なさそうな顔をして、ご主人たちを見回すと深々と頭を下げて私たちに謝罪をした。

「そんな。聖が謝らないでください。貴方のことですから何か理由があって助けたんでしょうけど、その理由がどんなものでも怒りませんので、正直に言ってくれませんか?」

 深呼吸をして落ち着いたご主人が頭を下げた聖にそう言うと、彼女はようやく女性を助けたわけを話し出す。

「わかりました。その…………彼女がとてもまっすぐな目をしていたので…」

 

 その日、普段は全く怒らないご主人が珍しくブチ切れた。

 




次の投稿はいつになるかわからぬ。でも、失踪はしないと思います。


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東方繋華傷 第七十七話 匿う

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもええで!
という方は第七十七話をお楽しみください。


申し訳ございませんが次もこれぐらいか、これ以上の投稿ペースになると思います。

前回のあらすじ

聖が怒られた。


 聖が魔法使いの女性を匿った訳、それを聞くと皆は驚きを通して呆れていたがご主人が絶句したのちに怒り心頭になり、ものすごい剣幕で聖に詰め寄っている。

「どういうことですか!?そんな不確定要素しかない理由でこの寺の存続を揺るがすことをしたんですか!?」

「すみません。反省はしているんですよ?」

 ご主人が怒りだしてから約十分が経過しているが、さっきからこの調子だ。ご主人があそこまで感情をあらわにするなんて相当なことだ。

「ご主人、その話はあとでゆっくりと聖としてください。進みませんし…とりあえず話を元に戻しましょう」

 私がゆっくりの部分を強調して宥めるがまだ納得のいっていないご主人は、ぶつぶつと呟きながらもとりあえずは聖から離れてさっきまでいた位置に座った。

 聖がありがとうございますと頭を下げてくる。頭を下げるんじゃあない、私が助けたみたいでご主人から怒られる可能性があるじゃないか。てゆうか君はこの後にたっぷりと説教タイムがあるんだからな?

「とりあえず、名前は置いておくとして、まだ聞きたいことがあったんじゃないのかい?」

 私がそう聖に言うと、彼女は咳払いをして女性との会話に戻ろうとする。

「それじゃあ、改めて聞きたいことがあるのですが……って、寝てしまってますね」

 ご主人が聖と喧嘩をしているうちにどうやら寝てしまったようだ。せっかく話の軌道を修正したがもともと彼女は酷く衰弱していたようだし仕方がない。この短い時間だけでも起きていられたのが凄いぐらいだ。

「なら起こせばいいんじゃないですか」

 私の横に座っているぬえがそう言って立ち上がろうとするが、水蜜が手を掴んでそれを止めさせた。

「寝かせといた方がいいんじゃないか?寝ぼけてる時よりもはっきりと起きてる時の方が話もスムーズに進むだろうし」

 彼女にしてはいい案を出してくれる。そろそろ眠りたい私はその意見に関しては別に文句はないが、他の面々はそうではないらしい。

「まあ、そうね。こんな状態の人から話を聞いても信用できる情報は得られないだろうからね」

 一輪もそう言って水蜜の案に賛成をしてくるが、それに対してご主人が反論を返してくる。

「それは相手が嘘をつかないということが前提としてあるから言えること、この子が嘘を突くような奴なら信用できる情報以前の問題とならない?」

 そこを突かれると痛い、ご主人の言った通りであるからだ。情報の信用度は話す人間次第であり、向こうから来ている敵とあればそもそも信用することができないということだ。

「…そうですね。でも、彼女は大丈夫ですよ」

 聖はそう言うと、ご主人はその理由について返答を求める。

「なぜですか聖。また感だとかそう言った理由で言ってるんじゃあないですよね?」

「勿論。…さっきの会話で彼女の正直さがわかります。もし、私たちを騙すつもりでここに乗り込んできたのなら、とっくに名前なんて言ってますよ。偽名でもなんでも使ってね…。それに、なぜかと聞かれてた時に彼女は返答に困っていましたが、そこも疑問が残ります。こういう人よりも、送り込むならもっと口が達者な人物を送って来ると思いませんか?」

 確かに、言われてみればそうかもしれない。

「でも、そう言ったところを狙って送られた可能性だってあるかもしれません」

 ご主人はそう切り替えて聖に言うが、彼女はすでにその返答に対しても答えを用意していたのか、すぐに言った。

「いや、そうだとするならば4日前から既にここに訪れていたと思います。霊夢の話ではこの女性は4日前からこっちにいるそうです。違和感がありませんか?4日前からいるのにこちらには全く干渉してこなかったんですよ?」

 まあ、そうだな。その話は博麗の巫女から聞いたと言っているし、確かなものだろう。途中で目的を変えた可能性だってあるかもしれないが、そもそも四日前にこの女性を置いていくこと自体がよくわからない。

 捕まって情報を吐かないように、使い捨てならば殺されているはずだ。例え、何とか三日間を生き延びたとしても、再度来た異次元の連中にな。

 それにその程度の人物であるならば、聖たちの手を借りたとはいえ博麗の巫女から重傷を負いながらも逃げられるはずがない。そして何よりも十六夜咲夜と守矢早苗を殺せる人物を使い捨てにするわけがない。

 まあ、理由はほかにもあるがね。

 2人の言い争いは止まることなく続いていたが、不意に聖は言った。

「そんなに私のことを信用できませんか?」

 ずるいな。そんなことを言われてご主人がイエスと言えるわけがない。

 上下関係もそうだが、聖の人を見抜く才はぬえがいい証拠なのだ。

 水蜜やぬえを初めとして聖が彼女らをどこからか連れて来たらしいが、少し前にぬえは一度異変を起こした。その時点でぬえは妙蓮寺を追い出されていてもおかしくはなかったはずだ。しかし、彼女は追い出されなかった。

 ぬえは出ていく気だったらしいが、聖がそれを引き留めた。その理由は私たちも納得しているが、彼女がそういう人物だったからだ。

 そういったこともあって、ご主人はこれ以上聖に何かを言うことができないようだが、わかりましたよと一応はうなづいた。

 さてと、話も終わったようだし、帰って寝るとしよう。時計の短針は午前四時を指していて、障子越しに辺りが薄っすらと明るくなってきているのが見える。生活のリズムが崩れてしまいそうだな。

 腰を上げると聖が私に声をかけてくる。

「ナーズリン。一度休んだのちにまた看病をお願いしてもよろしいですか?」

「……。ええぇ…別に構わないけどさ…」

「ありがとうございます。どこか一室を使ってもいいのでよろしくお願いします。じゃあ、それまでは一輪とぬえが看病をお願いします」

 聖がそう言うと、一輪が眠たそうではあるが普通に返事を返し、不満そうな顔をしているぬえがうなづいた。

 とても、最高に面倒だが頼まれてしまった以上は一度家に帰ってから妙蓮寺に来るのは少々面倒だな。聖の言葉に甘えて一室を借りるとしよう。

「それじゃあ、休ませてもらうよ」

 私は皆にそう伝え、誰も使っていない部屋があったはずなのでそこに向かった。

 

 

 靴が乾いた地面の上を踏みしめると、その小さな音が木々を反響してあらゆる方向から歩いているような音が聞こえる。

 薄暗いというのもあるが、だいぶ前から魔法使いの姿をしていた女性の足跡が消えていて、足取りがつかめなくなっていた。

 魔力を弾幕として出し、薄っすらと光っているその明かりで周りを照らすが、やはり自分と妖夢の足跡以外見つからない。

「いったいどこに向かったんだか…。どう思います?」

 一応は周りを警戒してということで、鞘に収まった刀に手を添えている妖夢が地面を見下ろしながら私に言ってくる。

「さあね。木の葉っぱにも血痕は残ってなかったし飛んで逃げたにしては、あれだけの出血なのに証拠が残らなさすぎる。傷口を焼いたのか、どうにかして塞いだのかしら。それもと、他の第三者から手助けでもされたのかしら」

 この辺りの土は乾いてはいるが、足跡が付かないほど硬いというわけではない。手で拾い上げてみると簡単に固まった土がほぐれてバラバラになる。

「でも、奴らは既に帰っていますし、あいつを助ける異次元の連中なんていないですよ」

「それはわからないわ。私たちが気が付かないうちに誰かに成りすまして入り込まれている可能性は否定できない。そうなったら私たちに見分けるすべはないわ」

「確かに言えてますね。……怖いなぁ…」

 妖夢がそう呟くが確かにそうだ。正直に言って今ここにいる妖夢だって敵の可能性は否定できないのだから。彼女からしたら私もだが、でも私は絶対に違うという証拠がある。奴の左手には古い傷があったのだ。

 まあ、私たちだけしか知らないことを軽く聞いてもらえればそれに対して答え、こっちの世界の人間だと証明することもできる。

「……。霊夢さん」

 一度見失ったところまで戻ろうとしていた私に黙って周りを見ていた妖夢が声をかけてきた。

「何かしら?」

「…本当に、あの人間に咲夜とか早苗はやられてしまったんですか?いまだに信じられません」

 確かに短い時間ではあるがあの魔法使いと交戦した。よくわからない魔法のようなもので私の攻撃を外させたこともあるが、二人を殺せる実力があったといわれたらそうでもないように感じる。

「…はぁ……」

 私は無意識のうちに大きなため息を付いていた。信用していた戦友がこの短時間で二人も殺された。それによって少なからず精神にダメージは入っていたからだろう。

 咲夜は死体を直接見たわけではない。でも、早苗の頭が吹き飛んだ死体を見せられれば嫌でも死んだことを受け入れるしかない。

 女性を追っていた時までは怒りで我を忘れていたが、追跡が長引いていて興奮気味だった精神が落ち着いてきて、その現実を思い出してしまった。

「大丈夫ですか?」

 彼女がいつも通りとはいかないが、不安そうぐらいでいられるのは、死体をまだ見ていないからだろう。

「…ごめんなさい。大丈夫よ。……とりあえず見失う前から探して見ましょう。私たちが見落としているのかもしれない」

「でも、足跡はこの方向に向かっていたじゃないですか。だから途中で空を飛んだのか、隠れているんじゃあないですか?」

「いや、それは無いわ。足跡が消えてからしばらく探したけど情報一つない。一人の人間が短時間で何の証拠も残さずにいなくなれるものかしら?前回は川がったからそこを境にして撒かれてたけど、今回はそう言ったのは無いから空を飛んで逃げた可能性は低いわ。どちらかと言えば隠れてる可能性の方が高いけど、それも私は違うと思うわ」

「じゃあなんですか?第三者が関与したってことですか?」

 それはわからない。まだ文の情報が行きわたっていない可能性もあり、こっちの世界の誰かが助けた可能性だってある。

「さあね、あの魔法使いが異次元の人間だと知らなかった奴が助けちゃった可能性はあるわね……。まあ、…人によっては知ってて連れて行った可能性もなくは無いけど」

「そんなことないと思いますけどね」

「私もそう願うわよ。とりあえず見失ったところまで戻りましょう。もしかしたらバックトラックでもやられたかもしれないわ」

 バックトラックとは今来た道の足跡にそっくりそのまま足をのせて後ろに戻り、別の方向に飛んで逃げるという方法だ。

 これでも見つからなかったらお手上げだ。さっき仲間が襲われた聖辺りにどの方向に逃げたか聞きだすしかないだろう。

「例え魔力を使える人間だとしても、これだけの出血で逃げることなんでできるわけがないですよ」

 足跡とおびただしい量の血が点々と続いているのを見て、妖夢はそう言うがそれで死ぬのなら苦労はしない。

「あれで死ぬのなら、前回の追跡で捕まえているわよ」

 それを黙って後戻りしながら私は自分に苛立っていた。二人の仇を討つことができなかったことができなかったというのもある。でもそれではない。

 二人が殺されたことは本当に悲しく、あの女性は絶対に許すことができない。しかし、その怒りや悲しみと同じぐらい、あの女性を殺さなくてよかったとなぜかほっとしている自分がいるのだ。

 なぜ私はほっとしているのだ。二人を殺されたんだぞ。

 私は2人が殺されたということを思い出し闘志に火をつけた。次に会ったら確実にこの手で殺す。

 




次もかなり遅くなると思います。


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東方繋華傷 第七十八話 人間か?

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は第七十八話をお楽しみください!


なにかアドバイス等がございましたらご気軽にどうぞ~


「ふあぁ…」

 日が明けてから数時間。恐ろしいぐらいに眠いというのに、また私は女性の傍らに座って看病をしていた。

 たまらずに欠伸をしていると、隣に座って目を擦っていた水蜜と目が合った。魔力を使えて人間ではないとしても、ずっと起きていれば眠くもなるし疲れもする。

 前日というか寝る前の時間と合わせてから、もう看病の時間がすでに六時間を超えている。聖の奴、正直言って洒落になってないぞ。寝床を借りて飯が出る程度では割に合っていない。

 しかし、看病する者が私と水蜜ということで、安心はできる。私よりはましだが水蜜もあまり戦いは得意ではないからだ。聖が私たちを選んだということはおそらく戦うようなことがない。ということになり、安全ととれる。それでも警戒ぐらいはするがね。

 この部屋は妙蓮寺の中では一番奥にあって、かなり涼しくはあるが女性はじっとりと汗をかいている。それを頭に置いている濡れタオルとは別のタオルで拭った。

「しっかし、よく眠るなー。私もそのぐらい寝たい」

 ほとんど私がタオルの交換などをしているので水蜜は本当にやることがない。あぐらをかいていたが足を崩すとそのままゴロンと横に寝ころんだ。

「それには私も同意見だが、君も少しは手伝ってくれないか?私の負担ばかり大きくなっていっている気がする」

「だってナーズリンが全部やっちゃうからじゃないかー」

「君がやらないからやるんだよ…」

 私が嘆息して水蜜に視線を向けるが体勢を変えようとはしない。ほらな。

「いいじゃないかー。私がやったら雑すぎて起きちゃうかもしれない」

「それで起きるような怪我が低度で眠りの浅い人に、そもそも看病なんか必要ない」

 目元が汗で濡れていて、熱いのか苦しそうに呼吸をしている女性の汗を拭う。額に乗せていたタオルに手を伸ばすと、既にほんのりと温かくなってきている。

 切断された腕から病原菌が入ったのか、単純に痛みで熱が出ているのかは知らないがかなり発熱している。タオルの交換が速くて大変だな。

 額からタオルを取り、冷えた水の入った桶の中へと入れた。タオルを水の中から出して絞り、女性の額に乗せる。これも何十回目かわからないな。

「…………!」

 女性がかすれた声で何かを呟いている。起きたのかと思ったが、多分また悪い夢でも見ているのか傷が痛んででもいるのだろう。

 また、目元に汗が浮き上がって流れて行っている。そう思って手を伸ばそうとするが、定期的に流れているその汗は、汗腺から出たものではなく涙腺から分泌された涙だった。

「……泣いているのか?」

「んあ?どうした?」

 私が誰に言うでもなく呟くと、半分寝ぼけていて聞いていなかったのだろう。自分に話しかけられたと思った水蜜がそう聞き返してくる。

「いや、なんだか彼女が泣いてるようだったのでね」

 寝ている体勢から座り直した水蜜に言うと、彼女は身を乗り出して女性のことを覗き込んだ。

 ゆっくりではあるが少しずつ流れ出てまつ毛を濡らし、溢れ出ている涙が一定量溜まると目尻の方から伝って行く。

 会話がってあまり聞こえていなかったが、見ることに集中して会話が無くなると、静かな部屋では寝ている彼女のうわごとがよく聞こえた。

「…違…う……私…じゃ……ない………二人…を……殺し…てなんか……ない……!!」

 歯を食いしばり、目を瞑っている女性はギュッとかけられた布団を握りしめ、かすれて聞き取りずらい小さな小さな声でそう呟き続ける。

「………」

 水蜜はそれを聞くと疑いの目つきを女性へと向ける。本当は起きていて、自分が有利になるようなことを言い、良い方向へとことを運ぼうとしているのではないかと。

 正直に言ってそれは私も考えたため、彼女の汗ばんだ首元をタオルで拭きとって動脈の鼓動を感じることのできる位置に指を置いた。

「おい、君は起きているのか?」

 もしこれが聞こえていて、理解できていれば多少の鼓動の変化は感じることができるはず。相手が誤魔化して聞こえていないふりをしようとしても、魔力調節された心臓の鼓動は強さもリズムも変化するからだ。

 変化は無し。なら質問を変えてみよう。意外とこの程度では平常心を失わない可能性だってある。

「君が寝ている間に君をどうするか、ということに変更があったんだ。これから君を八つ裂きにして殺し、博麗の巫女に引き渡す」

 私がそう呟くと、水蜜も起きているかいないかを確認したかったのだろう。こっちに向けているわけではないのに寒気がするほどの殺気をいきなり出した。

 不意打ちで殺気を出したが、彼女は鼓動の変化どころか平常を保ったまま、うわごとを呟き続けている。これには矛盾がない。

 寝ている間、人間だけではないがすべての感覚が鈍感になる。起きていれば戦闘態勢に入るかもしくは心拍に乱れがあるだろうが、寝ている今は殺気を感じる取ることができないのだろう。

 呼吸によっても心臓の拍動する速度は変化する。交感神経と副交感神経が作用し、呼吸に合わせて心拍が速くなったり遅くなったりしている。いたって普通だ。普通に彼女は寝ている。

「寝てるね…」

「確かか?」

「うん、不自然に強くなったり弱くなったり、リズムが狂ったりもしていない。寝てるよ間違いない。もし起きてたとしても、こんなふうに調べられていたら少なからず緊張はするだろうからね」

 私がそう水蜜に言うと彼女は座っていた状態から、再度床に寝転がって上を見上げながら呟いた。

「こいつの存在がわからなくなってきたな」

「今言ったことかい?」

「ああ」

「まあ、それは彼女らは、殺してないってことかもしれないけどね。殺してはいない…でも、加担はしているみたいな」

「そうかもしれないなー」

 水蜜は特に興味なさそうに呟く。まあ、そうではないだろうな。

「なあ、村紗」

「なんだ?」

「包帯をしてからしばらく経つ、今は血が止まっていたとしても巻いたばかりの時には血は出ていたから包帯は血まみれだと思うんだ。だから、彼女が寝ているうちに交換しないか?」

 私がそう提案すると、水蜜は少し考え込むと起き上がる。

「別にいいけどほとんど手伝えないと思うよ?」

「それでも構わない。腕を持ち上げたりとかしてくれればいいよ」

 私は女性の腕を掴み、布団の上に引っ張り出した。包帯と布でグルグル巻きにされた左腕の巻き終わりの結び目を解き、逆の手順で包帯を外す。

 それの支障にならないように水蜜が腕を持ち上げる。一回りも二回りも大きかった女性の腕が細くなっていく。

「あれ…?」

「どうしたんだ?」

 何かあったのかと女性の方を水蜜は警戒を始めるが、彼女がおかしな光度をしたとかではない。巻かれた包帯に違和感があった。肘ぐらいまでしっかり巻いていた包帯が手側にすこし移動している気がしたのだ。

 まあ、寝ている間にほどけてしまったとかそういったものだろう。私はそう自分で解釈し、水蜜に何でもないということを伝えて包帯を剥がした。

「……え?」

 全て剥がし終えると今度は私ではなく水蜜がそう呟き、眉をひそめる。彼女の表情には誰が見てもわかるぐらいに困惑した様子だ。

 まあ、私も隣で同じような顔をしているがな。

「………これは……」

 私はそう呟くことしかできないほどに、驚いていた。

 

 

「もう、放っておけばいいんじゃないか?戦い始めてからもう十年にもなるだろ?あいつらは変わらなかった。人間よりも戦力は多いがそれでも少しずつの小競り合いでこっちの数も少なくなってきた。もう、干渉するのはやめないか?」

 私の古くからの戦友は、床に寝転がったままこちらを見ることなく、作戦を考えていた私に外を眺めながらそう呟いた。

「……。ここでやめたらそれこそ今までやってきて、死んでいった仲間たちが報われない。それに、あたしはあいつらがああなる前に戻ってほしいだけだ。誰も争わず、平和だった…あの頃にな……」

 昔を懐かしんで行った私に対し、戦友は体を起こすと近くに置いていた酒の入った器を拾い上げ、一口煽る。

「平和だった頃が嘘で、今が本当の奴らかもしれないが…十年だ。十年経っても戻らなかった。あいつらを何度も説得しようとしてきたが、全て無駄に終わった。それはこれからも変わらんだろう。奴らの考えを元に戻す前にお前の体が持たないぞ」

「わかってる。この十年間戦い詰めだったからな。でも、そうだとしても、あたしが戦いをやめる理由にはならない。……それに、博麗の巫女が力を付ければ今まで邪魔をしていたこっちに当然矛先が向く。戦い続けたあたしたちはもう最後まで戦うしかないんだよ一人になってもな」

 私が戦友に言うと、彼女はわかっている、私も最後まで付き合うさ。と言って器に酒を注ぐと私に差し出してくる。

「ありがとう。でも大丈夫だ」

 いつ戦闘になってもおかしくはないため、あたしは彼女が差し出してくれたお酒を飲まずに返した。

「…たまには休め、この数年間お前が休んでいるところを見たことがないんだが?」

「休む暇があったら休んでいるさ」

 私がそう返すと戦友は苛立ち気味にため息を漏らす。少しは自分の体を大事にしろということだろう。

 親指の付け根に小さな古傷のある右手で、戦友は器を傾けてそこに注いでいた酒を一気に飲み干した。

 

 

 時間が経過し、太陽の位置が真上辺りにまで来ると光が当たる面積が増え、朝よりも気温がグッと上がった。

 そのため、一番涼しいこの部屋でも暑いと感じるぐらいには室温が高くなり始めている。布団で寝ている女性からしたら布がかかっている分だけ私たちよりも暑いことだろう。

 女性は玉の汗を額からじっとりとかき、苦しそうに呼吸しているが起きる気配は全くない。

 そろそろお腹がすいてくる時間帯だが、朝食を食べてからあまり動いたりしていなかったからか、あまり空腹感を感じない。

 すでに調理が始まっているらしく薄っすらと料理のいい匂いがしてくる。作ってもらった手前食べないのも失礼になるだろうし、少しでもいいから食べるか。

 そう考えていると廊下の方向から誰かが歩いてくる足音が聞こえてくる。響子辺りがご飯をどうするか聞きに来たのだろうかと思ったが、そのリズムや音の加減が彼女とはまた違う。

 誰だろうかと女性の目尻から流れ落ちて行く涙をふき取って、思いふけっているとこの部屋の前で止まり、障子が開いた。

「ナーズリン。どうですか?」

「聖か…。これと言って何かあったわけではないな。あれから一度も起きてないしな」

 部屋に入って障子を閉めた聖が私の横に正座をする。どうかしたのかと彼女に聞くと聖は女性を見下ろしたまま答えた。

「いいえ、特に聞いた理由は無いです。話をしたのなら何を話したのかを聞きたかっただけですので」

「そうか」

 そこから約20分。居眠りをこいている水蜜も含めて聖と私は黙って、眉間にしわを寄せて唸っている女性の看病を続けた。

 温かくなったタオルを冷やすために取ろうとした時、女性が少しだけ目を開いて伸びてきている私の手を眺めた後、こちらに顔を傾けて見てくる。

「……ナーズリン」

 小さく、かすれていて聞き取りずらいが何やら私の名前を呼んだようだ。

「起きたか。調子の方はどうかな?」

「悪くは……ないんだが………水が…欲しいぜ……」

 何時間もぶっ通しで泣いたり汗をかいていて軽く脱水状態にもなっているのだろう。居眠りをこいている水蜜をたたき起こし、食堂まで水を取って来るように頼んだ。

 生あくびを堪えながら寝ぼけている水蜜は障子を開き、閉じるのを忘れたまま食堂の方へと歩いて行った。

 熱いと感じていたが、外の廊下の方が熱いらしく生暖かい空気が入り込んできたため、私よりも近い位置に座っていた聖が障子を閉めた。

「私たちはそろそろお昼なのですが、あなたも一緒にどうですか?」

 障子を閉めた聖は、額に乗っていた濡れタオルを取った女性にそう提案をする。

「ああ……。いただこうかな…。…腹が減ったぜ」

「わかりました。それではナーズリン。食堂でもう作り始まっているはずなので、彼女の分も作ってもらうように伝えてください。それと、持ってくるようにも」

 まったく、結局私も食堂に行く羽目になってしまったか、水蜜がいるときにこの会話をしておけばいくのは彼女一人で済んだのに。

「わかった」

 とりあえず私も水蜜同様に部屋から出た。廊下に入ったとたんに蒸し暑い空気に晒され、どっと汗腺から汗が噴き出てくる。

「暑いな」

 手を扇のようにパタパタと振り、涼しい風を自分に向かわせるが生ぬるい風しか来ず余計に汗が出てきそうだ。

 廊下を歩き、食堂につくとキッチンの方で水蜜がコップに水を汲んでこっちに向かおうとしているところだ。まな板を出して響子たちは野菜などを切っている。

「幽谷。ちょっといいかい?」

「どうしたの?ナーズリン。」

「いつもよりも少し多めに作ってくれないか?」

「わかったよー。女の人が起きたの?」

「ああ、そんなところだよ。…丁度彼女の好きなキノコもあるようだし、それで何かキノコ料理でも作ってくれ」

 調理場は火を使ったりするためかなり暑く、流れている汗を拭っている響子に言うと彼女はこちらを見て言った。

「一応病人だし、消化のいいものにしなくていいの?」

「どうなんだろうか。別に風邪をひいてるわけじゃないしな……どっちの方がいいのかわからないな…。まあ、胃腸が悪いわけでもないしキノコ料理でも大丈夫だよ」

 私も少し喉が渇いていたため棚に置いてあるガラスのコップを取り、シンクの水道で八文目ほどまで水を注いだ。

 辺縁に口をつけ、コップを傾けて少しひんやりしている水を飲んでいると野菜を切っている響子に声をかけられた。

「そう言えば、あの人がキノコ好きって何で知っているの?そんなに仲良くなったの?」

「……え?そんなこと言ったかい?」

 ほとんど空になったコップから口を離し、さっき自分の言ったことを思い出すと確かに私はそう響子に伝えている。

「あれ?言ってなかった?」

 私の考え込む時間が長かったらか、響子は野菜を刻む手を止めて首をかしげ、こっちを見てくる。

「いや、確かに言っている。多分誰かと間違ったんだと思うよ。結構暑いし少しボーっとしてたのかもしれない」

「あー、そういうことか~。あんまり暑いところにいると頭回らないもんね」

 コップを水で軽く洗い、布で水滴をふき取ってさっきまで置かれていた場所に戻して聖たちの部屋に戻ることにした。

 しかし、なぜ私は頭が回らなかったとはいえ、そんなことを言ったのだろうか。確かに暑さで少しボーっとはしていたが、知らず知らずのうちに言ってしまっているような内容でもないだろう。

 しかも、よくよく考えれば私の知り合いにキノコ好きな人間、妖怪はいない。だからこそ不思議だ。なぜあの女性がキノコ好きだなんて言葉が出て来たことに。

「まあ、いいか」

 たまたまだろうと結論を出し、私は部屋へと向かった。

 

 部屋に戻ると水蜜が女性の状態を抱えて起き上がらせ、もう片方の手で持ったコップを口元に持っていき、飲ませている。

 喉を鳴らして一息で八割ほどあったはずの水を飲み、ふうっと息を小さく吐く。水蜜は聖にコップを手渡すと女性を再度寝かせた。

「それで、君はいったい何者なんだ?人間なのか?」

 聖か水蜜が女性に何か質問を投げかける前に、私は寝かせられて息を付いた女性に問いかける。

「私は…普通の魔法使いで、人間だぜ」

「そうか、それじゃあ。少しやってもらいたいことがあるんだがいいかな?」

 私が何かしたか?と言いたげな表情をし、首をかしげている女性はとりあえずうんと首を縦に振ってうなずいた。

「少し、左手を見てもらいたいんだ」

 私がそう伝えると彼女の顔が曇る。そりゃあそうだ。切断されて腕が無くなっているのだ。その現実を受け止めたくはないのだろう。でも、

「いずれは受け止めなきゃならないんだ。それが速いか遅いか違いはそれだけ。どうせなら早い方がいいじゃないか?」

「そ、それはそうだが…」

 やはり、彼女は嫌そうに渋る。

「自分で見るのが嫌なのなら、私が手伝ってあげよう」

「ナーズリン。あまり無理はさせない方がいいのではないですか?」

 不安そうな顔をした聖が私に言ってくるが、それに返答することなく女性の左側へと回り込んだ。

「ナーズリン!」

 聖が怒鳴って来るが私はため息を付きつつ女性の傍らに腰を下ろす。

「……。ホントに彼女のことを助けたいのなら、あまり遅すぎても彼女のためにならない。いつまでもここにいれるわけでもないしな」

 聖に私が言うと彼女は押し黙った。初めのうちは欺けても、騙して隠し通すにも時間の経過が進むごとに難しくなる。あまり時間が経ちすぎると博麗の巫女がこの場所に来る可能性は高い。

「君は、人間なんだね?」

「ああ、妖怪に見えるか?」

 正直言って妖怪によっては人と見分けが付けられない奴もいるが、妖怪が持っている独特の雰囲気というのを彼女は持っていないため、人間ではあるだろう。あとは切断された腕の断面と構造的にもね。

「なら聞くが…」

 私は女性の布団の下に隠れていた左腕を出させて見える位置にまで腕を持ってこさせ、先ほど巻き直した巻き終わりの部分から包帯を解き始めた。

「どこの世界に切断された腕が再生する人間がいるんだ?」

 解き終った包帯の中から出て来たのは、昨日までは切断されて無くなっていたはずの手が何事もなかったかのように生えている左腕だった。

「な…!?…確かに…切断されたはずじゃ…!?」

 当の本人であるはずなのに、目を見開きこれ以上ないぐらいに自分の左手を見つめて絶句している。

「な…ナーズリンたちが腕をくっ付けてくれたんだろ?」

「いや、私たちは君の腕がどこにあるかわからなかったからな、止血して包帯を巻くことしかしていない」

 私がそう伝えると、女性は目を見開いたまま顔を青ざめさせる。彼女は自分が人間だと言ったがそれが嘘だったのか、本当に知らなかったのか。今回は反応を見るに後者だろう。しかし、自分が人間じゃなかったと知らずに生まれてくるものなど居るのだろうか。

「もし、切り落とされた腕をくっ付けたんだったらそんな…人間か?なんて聞かないと思わないかい?」

 青ざめている女性だけでなく、驚きで言葉を発することができていない聖をよそに、私はそう言った。

 

「…やっぱり変ね」

「何がですか?」

 前日女性を見失ってしまった場所で情報を探してみたが、なんだか変なのだ。妙蓮寺の水蜜が怪我をしたと言っていたが争った形跡がない。

「…争った跡が見当たらないのよ。地面が渇いて硬くなってたからかしら……でも、普通なら何かしらの痕跡ぐらいは残ってるものよね…」

「まあ、まったくないのはそれはそれでおかしいですよね…妙蓮寺に行ってみますか?」

 白髪でおかっぱ頭の魂魄妖夢は妙蓮寺の方向を見ながら私に提案をしてくる。それについては別に異論はない。状況的に聖辺りが連れていったかもしれない。近くにはぬえもいたし、まったく別の者に見せられた可能性もあるだろう。

「…さてと、行くとしましょうか……妙蓮寺に」

 もし連れて行ったとしたら、いったい何を考えているんだか、異次元の人間を助けるなんて。お祓い棒を握りしめ、私は妙蓮寺へ向かった。

 




投稿ペースが遅くなってしまい申し訳ございません!

気が向いたら見てやってください!


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東方繋華傷 第七十九話 バレる

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は第七十九話をお楽しみください。


 風がヒュウヒュウと私たちの間を抜けていく。木の葉や枝が揺らされて擦れる音が聞こえる。夏の風物詩のような音を聞いているとふいに話しかけられた。

「パチュリー様……これから、私たちはどうしましょうか」

 私よりも身長が頭一つ分以上高く、整った顔立ちで深紅色の長髪の女性。紅魔館の門番をしている美鈴が、横に立ち前方方向を見下ろしながら私に呟いた。

 いつも元気な彼女が今日だけはずば抜けてテンションが低い。私も同じことだがそれもそのはず、彼女は忠誠を誓っていたご主人を失い。私は百十数年も一緒に過ごした大切な友人を失った。

 そこに追い打ちをかけるように美鈴は仲のいい上司もとい友人を亡くし、私も優秀で家族としても大切な部下を亡くした。

 そんなことがあったのだ。元気がないのは当たり前と言えば当たり前だろう。

「そうね…。私たちはどうするべきでしょうね」

 火事などで半壊していた館は修復作業を終えて、前と同じぐらいには建て直された。その紅魔館の中庭で、これからのことを考えていなかった私は部下にそう質問され、言葉を濁して上を見上げた。

 種類は知らないが大きく育っている樹木の枝の間から太陽の光が漏れている。夏にふさわしいぐらい気温が高いが、木が影になっているおかげでさほど暑さは感じない。

 彼女は私の答えを待っている、返答次第で紅魔館の行く末が決まるだろう。生かすも殺すも私の答え次第だ。慎重に物事を決めなければならないだろう。

 そう思っていると私のすぐ後ろに立っている美鈴と同様に、赤い髪で背中から悪魔の羽をはやしている女性が嗚咽を漏らしているのが聞こえた。現実を受け入れたつもりであったが感情が高ぶってしまったのだろう。彼女は図書館で本の整理をしてくれていた秘書の小悪魔だ。

 なぜ私たちがこんなところに立っているかというと、紅魔館の主だったレミリア・スカーレットとメイド長の十六夜咲夜の墓があるからだ。

 昨日の夜、咲夜が死んだと連絡があった。死体を回収し、一時間ほど前にようやくここに埋めたのだ。

 木の根元の地面に大きな十字架が二本刺さっており、二人がここに眠っている。二人が死んだという実感が少しずつ沸いてきて、また涙がこみ上げてきそうになるが私はそれを押し殺した。感傷に浸るのはすべてが終わってからだ。

「美鈴、私たちのやることは決まってる」

 隣に立っている美鈴の方を見ると、彼女もこちらを見た。不安や悲しみが見て取れる瞳を向けてくると、風が私たちの間を吹き抜けていく。美鈴の左腕の入っていない袖が風に吹かれてパタパタとなびく。

 彼女は先日左腕を切断されてしまったのだが、レミリアや鬼のように強力な妖怪ではない。腕を再生させるだけの魔力力を有していなかった結果、左腕をなくしてしまった。それでは戦闘に不都合だろう。だが、それは私たちが補助してやれば問題は無いだろう。

「心も体もボロボロかもしれないけど、あなたたちには…もう一仕事頼むわ」

「勿論です。絶対に二人を殺した奴を許しません」

 ギュッと右手の拳を握りしめ、美鈴は呟いた。

「小悪魔も、いいかしら?」

 私が振り向いて小悪魔の方を見ると力強く頷いている。そうと決まれば霊夢たちに協力するために合流するとしよう。博麗の巫女と一緒にいればそれだけ異次元咲夜と咲夜を殺したとされている魔女にも会える確率が高くなるだろう。

 二人に礼を言おうとしていると、小悪魔の後ろに人影が見えた。いつの間にか接近していた人物の正体はレミリアの妹、フランドール・スカーレットだ。

 レミリアとは違った金髪の髪に、赤い洋服、背中から生えているのは羽とはいい難い形状のダイヤがぶら下がっている翼。そして、特徴的な真っ赤な瞳がこちらを捉えている。

 彼女の姿を見た時、私は少し表情を険しくしたかもしれない。レミリアが死んだときの戦いを思い出したからだ。

 異次元咲夜の襲撃によって紅魔館がかなり破壊されたが、そのうちの三割はフランドールのせいである。

 爆発の衝撃などで精神を逆撫でされて狂気で自我を失い、紅魔館を破壊しながら滅茶苦茶に戦われたのだ。おかげで損壊はさらにひどくなり、レミリアが殺されるきっかけとなった。

 隙を見せて首を跳ねられる寸前だったフランドールをレミリアが庇い、重傷を負った。こいつが出しゃばらなければレミリアはまだ生きていたかもしれない。

 そう思うと怒りが込み上げてしょうがないのだ。

「久しぶりね。…何の用かしら?」

 死にはしなかったが重傷を負ったためか頭を打ったのかよくわからないが、十数日程度彼女はずっと眠ったままだった。ためそうたずねると、フランドールは少しの間黙っていたがすぐに返事を返してきた。

「お姉さまが死んだから…私も、花を持ってきただけ」

 確かにフランドールの右手には小さな白い花が握られている。しかし、何だろうか。彼女に対してなんだか違和感がある。

 私たちが左右に避けると、フランドールは墓が二つあることに気が付いたらしい。

「もう一つの墓は、誰の墓?」

「咲夜さんです」

 フランドールの質問に対して、比較的仲がいい方の美鈴が咲夜の墓の方を見てそう答えると、彼女は何も言わずに歩み寄ってくる。

「咲夜、ごめんね…。後でお花持ってくるから」

 墓の手前でしゃがんだフランドールは咲夜にそう呟くと、今度はレミリアの墓の上に小さな白い花を添えた。

「あなたのせいで、レミィは死んだのよ」

 怒りが抑えられず、しゃがんでいるフランドールに対して私は辛辣な言葉をかけてしまった。

「うん。そうだね…私のせいでお姉さまが死んだ…。ごめんね」

 フランドールはレミリアの墓に向けてそう呟くと、すっと立ち上がってこっちを見た。私は彼女の何にひっかがっているのかようやく理解した。

 落ち着いているのだ。今までにないほどに。

 表情や声のトーンも、身長や子供っぽい童顔には似合わないほどに落ち着きを見せている。まあ、似合わないように見えるのは今までの気の触れているイメージが強いからだろう。

 でも、表情が落ち着いているだけで雰囲気がガラリと変わる。

「妹様…?何かあったんですか?」

 私と同様にフランドールの変化に気が付いていた美鈴が、そう彼女に尋ねると短く答えた。

「別に何も」

 でも、起きる前と起きた後で、性格が違いすぎる。何かあったほかないだろう。

「何もないわけがない。以前と全然違うじゃない」

「まあ、確かにね……あの戦いでお姉さまに正気に戻してもらっただけ」

 フランドールはそう言うと、踵を返して屋敷の方へと歩き始めた。歩き方にさえ変化がみられる。以前の子供っぽさが全くない。

「妹様。どちらへ行くのですか?」

「霊夢のところ」

「何しに行くのかしら?」

 私がそう聞くとフランドールは歩みを止め、こちらを振り返った。

「お姉さまの、咲夜の、仇を取りに行くの……お前たちも手伝ってくれない?」

「いやよ。貴方はレミリアと違って信用できない」

 フランドールの提案を考える間もなく突っぱねるが、彼女の表情は驚きを示したりはしてない。やっぱりねぐらいだ。

「確かにね、そういわれても仕方がない。…でも……。ねぇ……この話は向こうでしない?二人の目の前でするのはなんだか気が引けるから」

 そう言われて私はハッとした。レミリアはいつもフランドールのことを気にかけていて、目の前で彼女が責められる姿を見たらレミリアの気分はよくはないだろうし、咲夜も家族同然だった者同士が争っているのなど見たくはないだろう。

 いらだちや怒りでそう言った配慮ができていなかった。そこに申し訳なさを感じた。

「レミィ、咲夜、ごめんなさい」

 私はレミリアにそう呟いてから、美鈴達と館へとフランドールを追う形で戻った。正気なら、やはり腐ってもレミリアの妹だ。

 

「私は、二人の仇を取りたい。でも、一人では無理。三人に手伝ってほしい」

 薄暗い紅魔館の中に移動して早々に、私たちが入って来るのを待っていたフランドールがそう話し出した。

「…………」

 目的は一致しているし、断る理由は無い。むしろレミリアか彼女以上の戦力の増加が見込めるだろう。

 しかし、その提案をしているのがフランドールというところですぐに返答をすることはできない。なぜなら今はこうしてまともかもしれない。でも、以前のようにイかれた状態へと戻らない可能性も否定はできないからだ。

 そもそも、本当に正気に戻っているのかもわからない。気の触れている状態が子供っぽいものから、今のようにまともに見えるものへと切り替わっただけかもしれないからだ。

「……」

 異常か正常なのかを証明することは私たちにも彼女にもできない。どうしたものか。

「…無理ならそれで構わない。お前たちがそうなるのも無理はないからね」

 いろいろと考えていてフランドールの返答に迷っていると、彼女がそう切り返してくる。

「今の私たちは誰かの協力を得ないと戦力不足ではある。でも、さっきも言った通りあなたのことを信用できないし、レミィが死んだ今は直系の血筋であるあなたが次の紅魔館の主になるわけだけど、正直に言って私は主だとは認めたくはない」

 私がそう本音をフランドールに伝えると、彼女は小さくうなづいた。言いぐさから断られたと思ったのだろう。一人で歩き出そうとするが続けて言った。

「でも、あなたがいなければレミィの仇を取ることもできない。だから、あなたと手を組むことにするわ」

 フランドールが足を止め、こちらに歩み寄ってきて目の前で止まると右手を差し出してきた。

「それじゃあ、よろしく。私が信用で切る奴か、パチュリーが見極めてくれ」

「ええ、そうさせてもらうわ」

 そう言って差し出してきたフランドールの小さく同じ長さに切りそろえられている爪のある手を、私が握り返すと彼女はレミリアに似た表情で口角を上げた。

 

 

「……!」

 自分の左手を見たまま絶句し、何も言えなくなっている自称人間の魔法使いは泣きそうな顔をしている。

 彼女が本当に自分のことを人間だと思い込んでいたのならば、ショックなことだろうな。人間という種からかけ離れた存在だったということに。彼女の存在をもっと調べたいところだが、今はもっと優先順位の高い用事がある。

「ショックを受けているところ申し訳ないね。聖が何か聞きたいようなんだ。答えてくれるかい?」

 私がそう言うと、聖は女性から見えやすい位置に移動し、そこに座り直した。じっと自分を見据える聖に対し、女性も顔を向けて聖を見返した。

「私が答えられることなんて、少ないと思うぜ?」

 まだショックから抜け出せていないのか、そう言った彼女の声はわずかに震えているのが耳を澄まさなくてもわかる。

「いや、異次元の者たちは何の目的でこっちに来ているのか、気になりましてね」

「……そんなことを聞いてどうするってんだ?お前らは異変に関与しようとしてなかったじゃないか。首を突っ込んでいいのか?」

「首を突っ込まないでいられたのならそうしていました。しかし、先日博麗の巫女から幻想郷にいる全員が標的の可能性があると連絡がありまして、いろいろ考えましたが参加をすることにしたのです」

 そう言えば、霊夢が文に頼んで幻想郷中にその情報を広げたことを思い出した。異変に関与しようがしまいが標的になりうるため、手伝いをするということだ。それにしては随分と遅いがね。

「なので、状況を教えていただきたい」

「そんなの、霊夢から聞けばいいんじゃないか?」

「もともと異次元にいた人物に聞く方が情報を多く教えてもらえるのではないかと思ったので、あなたに聞きます」

「……。別に話してもいいが、霊夢が持っている情報と大差ない。知っての通り、しばらく向こうにいなかったからな…古い物しか持っていない」

 彼女はそう言うが、聖はそれでも構わないと言った態度だ。まあ、情報がゼロよりはいいだろうからな。でも、たった数日程度でそこまで状況など変わるのだろうか。

「向こうでは最低でも2つ以上の勢力がある。そいつらに怪しまれないようにするためか、他の理由があるのかはわからないが、今のところ来るのは三日に一度だ。来るのは向こうの霊夢とそいつと手を組んでる連中だ。奴らの狙いは……。……よくわかってない」

「そうですか。では、あなたの立ち位置は?」

 聖がそうたずねると女性は考え込み始める。そんなに難しいことだろうか。

「連中と敵対している…って感じかな」

「敵対をしているのになぜあなたはこちら側へこれたのですか?」

 それは私も気になっていたところだ。話からするに、異次元霊夢達は異次元紫がこちら側へと連れてきている。だから女性は今のところは異次元霊夢達しか来ないと言った。奴らと敵対している彼女はなぜこちら側へと来ることができたのか。

「そうだな……だいぶ前だが気が付いたらこっちにいたんでな。なぜこれたのかは私もわからん」

「…そうですか。では…」

 聖が次の質問へと移ろうとした時、一輪が血相変えてノックもせずにこの部屋へと駆け込んできた。

「聖、大変です!」

「どうしました?」

 部屋に入って来た一輪の方を向くようにして聖が座り直すと、一輪は興奮気味に話しだす。

「博麗の巫女が、来ました…!聖と響子に話を聞きたいそうです…!」

 その言葉を聞いた途端に私は血の気が引くのがわかった。聖もこんなに早く博麗の巫女が来ることは予想していなかったらしく、目を見開いている。

「ど、どうしますか聖!?」

 座っていた水蜜は慌てて起き上がり、聖に指示を仰いだ。確かに早くしなければならないな、博麗の巫女にこんな異次元の人間を匿っているところを見られたら全員殺されかねない。

「………。どうしましょうか」

 聖は表情を変えずに、一言呟いた。

 あ、これマジで焦ってるやつだ。

「と、とりあえず…ご主人か聖に対応してもらって時間を稼ぐことにしよう…」

 私が部屋から出て行こうとした聖に早口にそうたずねると、慌てて出て行こうとしていた彼女は足を止めて言った。

「わかりました。水蜜は早く響子を連れてきてください」

 聖がそう水蜜に言おうとすると、廊下から響子の物ではない足音が既にこちらに向かってきているのが聞こえて来た。

「っやばい!」

 青ざめて立ち上がろうとしている女性には悪いが、もう部屋を移動している時間は無い。私は立ち上がろうとしていた女性の肩を掴んで押し倒し、布団に横たわったところで全身が隠れるように頭からタオルケットを被らせた。

「な、なにしてんだ!?」

 小さく押し殺した声で女性は私に言ってくるが、響子と女性を入れ替える時間がないため手短に何をするか彼女に考えを伝えた。

「静かに、君を助けるために幽谷が昨日攻撃されたということになっているのだが、それでショックを受けて誰とも話したくないという状態ということを押し通す。病人だから向こうもあまり無理なことはしないと思うが…できるだけ動かないように頼む」

「わ…わかった」

 私たちがやりたいことを理解してくれ、体の力を抜いて寝ているフリをしてくれた。上手く行く保証はないが、やるだけやってみよう。

 聖が来るのを待たずに博麗の巫女が来たらしく、ここからでも話し声が聞こえる。

「あら、わざわざあなたがきてくれなくても私が玄関まで行きましたよ」

 向こうでは聖がそう言って時間稼ぎをしてくれるが、足音的に博麗の巫女が止まる様子もなく歩き続けている。

「…ちょっと急いたのよ。あなたと響子に昨日の話を聞きたくてね」

「そうですか…」

 聖の声に緊張などは特に感じられず、スムーズに事が運んでいるようにうかがえる。本番はここからだ。

「…響子はどこ?」

「すぐそこの部屋です。ですが、一応病人なので無理はさせないでください」

「…わかってるわよ」

 障子を開け、聖と博麗の巫女、それと確か白玉桜の庭師をしていた魂魄妖夢が部屋に入って来た。私たちを疑っているのか、目つきが以前に来たときとは違って鋭い。

「やあ……君らが来たってことは…幽谷に話を聞きに来たんだろう?」

「…ええ、話を聞きたいから起きて貰ってもいいかしら?」

「それなんだが、話を聞きたいのはわかるんだが、幽谷は普段から全く戦いに参加しない。…だから妖怪とは言え気の弱い幽谷にとって昨日の出来事はショックだろうし、今はあまり無理をさせたくないんだが?」

 私がそう言うと、博麗の巫女は部屋にいるメンツに目を配らせてから私の方を見る。やはり納得している様子はない。このまま話を聞かない方で押し通したいが、難しいかもしれない。

「…大丈夫、少しだけ話を聞くだけだから」

 博麗の巫女がタオルケットをかぶって布団に縮こまっている女性の方に歩いて行ってしまう。

「おい、全然わかってないじゃないか。君が思っている以上に幽谷は精神的に来てる。もう少し時間が経ってからにしてしてほしい」

 博麗の巫女に詰め寄って離れさせようとするが、後ろから伸びてきた手が私の肩を掴んで巫女に近づこうとするのを邪魔されてしまう。

「少し話を聞いて終わりです。協力をしてください」

 白髪おかっぱの白玉桜の庭師が私を掴んだままそう呟く。

「君らは戦闘に慣れて少し傷を負ったぐらいでは別に何ともないだろうが、そう言ったのに慣れていない幽谷はそうじゃない…博麗の巫女はそんなことも考慮できないのか?」

 続けて博麗の巫女たちに退くように言おうとするが、

「…まあ、確かにそこも考慮すべきなのだろうけど、そうも言ってられない状況なのよ。異変に参加してない側にはわからないだろうけどね」

「耳が痛いな」

「…昨日起きた状況はもう知ってるわよね?きちんと理解できてるならここで止めるようなことは無いと思うけど……それとも、昨日私たちが追っていた異次元の人間をあんたらが保護してる…なんてことはないわよね?」

 確信を突いてきた博麗の巫女の物言いに、私は止めようとするのをやめるしかなくなってしまう。これ以上無理に止めようとすれば、女性を見つけられてしまうのと変わらないぐらい疑われてしまう。

「……そんなわけないだろう」

 私には表情を変えずにそう言うのが精一杯だった。やばい。全然いい案が浮かばない。

「五分以内に終わるような質問だから大丈夫よ」

 博麗の巫女はそう言うと、女性のそばに膝をついて頭から被っているタオルケットを掴んだ。

 ドクン、ドクンと心臓の鼓動が耳に届くぐらいに脈打っているのがわかる。博麗の巫女が捲り上げようとするとそれに比例して血の気が引いていくのを私は感じる。

 水蜜も青ざめ、どうしていいかわからないと言った様子で私たちの方を見回している。ご主人や聖は位置的に見えないがきっと水蜜と同じ表情をしていることだろう。

 ここで止めに入れば私たちは裏切り者とされ、布団の中にいる女性を見つけられても裏切り者とされる。八方ふさがりだ。

 こんな時に限ってぬえの姿が見えない。あいつがいればまた博麗の巫女に響子であるように見せることができるのに。

 止めろと心の中で叫んでいる私たちをよそに、博麗の巫女がタオルケットを捲り上げた。

 




次も投稿が遅れます。


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東方繋華傷 第八十話 進展

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は第八十話をお楽しみください。

誤字等がございましたら申し訳ございません。


 ドクン、ドクンと心臓の音が自分の耳に聞こえてくるぐらいには緊張している私は、お願いだから捲り上げないでくれと心の中で祈るが、

 バサッ

 と私の上にかけられていたタオルケットが霊夢によって無情にも取られてしまう。

「……っ!!」

 終わった。霊夢に見つかってこのままボコボコにされ、下手をすれば紅魔館の人間に八つ裂きにされてしまう。

 自分の未来を容易に想像でき、血の気が引いていく。それでも死にたくない、と本能が叫んでいるのか、心拍数が速くなっていく。

 そして、タオルケットによって塞がれていた視界が開け、こちらを睨み付けている霊夢と目が合った。見つかったらすぐ様に行動しようとしていた私だが、彼女の目を見た途端に怖気づいて何もできなくなってしまった。

 話の雰囲気からナーズリンの焦りが感じられる。視界の端で彼女らの様子を確認することはできなくはないが、私にそんな余裕はない。こっちを睨みつけている霊夢から視線を逸らすことができないのだ。まるで蛇に睨まれた蛙のように。

 霊夢のお祓い棒を持っている手がゆっくりと動く。初めからここで私が寝ていることを予想していたのか、彼女の表情に驚きなどは見られない。

 殴られる。そう思った私の体は反射的にビクッと震え、どの角度からお祓い棒を振られてもガードできるように腕を掲げた。

「……!!」

 霊夢に完全に圧倒されているせいで、彼女を直視することができず、目をギュッと閉じてしまう。

 その体勢になってから一秒が経過、二秒が経過と時間が過ぎていく。

「…?」

 五秒程度の時間が過ぎたころ、さすがにおかしいと思って恐る恐る目を開けてみると、さっきまで鋭い目つきをしていた霊夢は嘘のように表情を柔らかくして私を見ている。

「へ…?」

「…ああ、ごめんなさい。今しまうわ」

 霊夢は持っていたお祓い棒を袖の中へ隠し、私の隣に座り込む。

「え…ああ…」

 何がどうなっているのかわからず曖昧な返事をしていたが、ナーズリンや聖の方を見ると彼女たちも首をかしげている。

「…昨日の今日で申し訳ないわね。響子、あなたに聞きたいことがいくつかあるの…いいかしら?」

「へ…?…あ、ああ……わ、わかった」

 響子?霊夢は何を言っているのだろうか。訳が分からない。私を騙そうとかそう言ったことではないのは確かだ。ここでそんなことをする理由が見当たらないし、何のためにだますのかがわからない。

 しかし、霊夢のこの表情は何かこちらに被害を及ぼそうとしているものではない、ということが十年も一緒にいた私にはわかった。

 となると、考えられるのはただ一つ。ぬえが私に響子の姿になるように正体をわからなくする程度の能力を使ったのだろう。つまり、私に響子を演じろということだ。

 でも意外だ。ぬえは私が妙蓮寺に短い間でも滞在することに反対していたため、助けないかと思っていた。まあ、ここで私が見つかれば聖たちが責任を負うことになるから、聖たちを助けたのだろう。消して私を助けたわけではないが、この状況に乗らないわけにはいかない。

「そ、それで…私に何を聞きたい……の?」

 自分の口癖が無意識のレベルで当たり前のように出そうになり、最後の言葉が出てくるのに時間がかかってしまった。

「…昨日襲われたって言ってたけど、どう襲われたのか覚えてる?」

 やばい、最初からわからない質問が来た。

「え…えーっと…」

 思い出すふりをして、どう言ったら霊夢が納得するか考え始めた。私が聖たちに教えてもらっている状況は、ぬえに能力を使わせて私が響子のことを怪我をさせたように見せかけたということだ。

 それ以外何も教えてもらっていない。傷が打撲のみなのか切り傷なのか、裂傷なのか骨折なのか全くわかっていない。下手なことを言えば霊夢はすぐに嘘だと気づくだろう。しかも、どう襲われたのかと彼女は聞いて来た。私の戦い方を少なからず知っている彼女がそう聞いてくるということは、少なくとも聖たちが私のことを連れて来たということを完全に否定はしていないということだろう。

 もし疑っていなければ私を見失っていることから、初めの質問はどの方向から攻撃を受け、どの方向へと逃げたのかということが聞きたいはずなのだ。いや、どの方向から攻撃を受けたのかということを聞いた時点で霊夢からしたら、昨日の聖たちの言葉や動きに矛盾があるということだ。逃げた方向が知りたいのに足跡で分かるはずの来た方向を知る必要はないからな。

 そして、怪我の状態というのを知らないとさっき言ったが、私が使う戦法は基本的に熱と光を組み合わせたレーザーであるため、当たったとしても熱線に焼かれて血は出ない。であるため出血は起こさない。

 何が言いたいのかというと、当たり前だがここで大事なのは昨日私は何で攻撃されたことになっているかだ。出血していたはずなのに出血しない攻撃方法で攻撃されていたらおかしいからな。

 咲夜に渡された銀ナイフがあるとはいえ、今のところはそれを使ったことは無いため所持していても使用するということを聖たちは知らないため、切り傷ではないだろう。

 しかし、昨日逃げいてた私は片手を失う重傷を負っていた。打撲で怪我をした響子を運ぶのに酷い出血を起こしていたら矛盾するため、打撲やレーザーでの怪我ではないだろう。

 形状に偏るがその辺で拾った木の棒に魔力を通し、切れ味を上げれば下手な刃物ぐらいには切れる。私が明確な刃物を所持していなくても使える武器はあるため、矛盾はしないだろう。

 もし、打撲だったとしても切れ味の悪い物を使ったため切れなかっただけとなる可能性がある。

「その、いきなりであまり覚えてないんですけど、なにかで殴られたような切られたような…そんな感じだった気がします…」

 響子の話し方を思い出し、できるだけそれに似せて話した。霊夢が響子と仲が良ければすぐにばれてしまうだろうが、彼女は妙蓮寺にはあまり足を運ばない。おそらくは大丈夫だろう。

「…そう、武器の形状なんかは覚えているかしら?」

「あまり武器とかには詳しくないのでよくわかりません…でも、…棒みたいな形をしていた気がします」

 響子はほとんど戦闘には参加しないと言っていた。武器の名前は知らなくて当たり前だろう。

 そう言うと霊夢は目を細めた後に、顎に手をやって考え始める。昨日の傷とは矛盾しなかったのか、私と同じ考えに至ったのかわからないが頷いて納得はしている。

「…そう、なら攻撃を受けた方向はわかるかしら?」

「すみません。わかりません…気が付いたら切られてたので……」

「…ということは、どんな姿をしていたのかも見てないってこと」

 霊夢がそうたずねてきたため、私は小さく頷いた。

「…それなら仕方ないわね」

 霊夢はそう言いながら立ち上がと、ナーズリンや聖たちから何となく安心した雰囲気を感じる。しかし、私は霊夢の退きの良さに違和感があった。なぜ、私がどっちに逃げたのかと聞かないのだ。どうせわからないと高をくくったのかもしれないが、絶対にそうではない。

 その根拠は、彼女の柔らかかった目つきが、また疑っているものへと変わったからだ。

「…それと、最後に一つ聞いていいかしら?」

「な、なに?」

 やはりというか、絶対に何かをしてくると思った矢先に立ち上がって歩き出した霊夢は足を止めてこちらを振り返る。

「…いつも読んでる経を読んでみてくれない?」

「…っ!?」

 やばい表情に出てしまった。私がそう知覚するよりも早く、霊夢は動いていた。裾の中に隠していたお祓い棒を抜き去り、地面を滑るように跳躍して上半身を軽く起こしているこちらへと飛びかかって来た。

 身体能力及び耐久性を向上させる魔力、さらにお祓い棒にも耐久性を上げる魔力を感じる。対してこちらは不意を突かれたという形に近いため、身体能力の強化を行うことしかできなかった。

 顔のど真ん中をお祓い棒で突くようにして霊夢は殴りかかってきた。霊夢のお祓い棒が空気を歪ませるほどのスピードで突っ込んでくるが、辛うじて掲げた左手の甲がお祓い棒に当てることはできた。

 手の皮膚が引っ張られ、さけて裂傷を引き起こす。その甲斐あって軌道が逸れてはくれた。しかし、当たらないという所まではいかず、頬の肉をお祓い棒が抉った。

 顔の表情筋が痺れるぐらいの激痛が顔全体を駆け抜け、顔がしかまる。耳の一部も霊夢のお祓い棒によって頬と同様に少し抉られてしまう。

「ぐっ…ああっ…!」

 しかし、被害をそれだけで押さえることができた。お祓い棒が耳の横を通り過ぎ布団に叩き落された。

 衝撃で布団が破れ、床に使われている木の板が半ばからへし折れてくの字に折れ曲がったことで布団が持ち上がった。

「くっ!」

 歯を食いしばって痛みに耐え、霊夢の胸に蹴りを食らわせた。魔力で身体強化を施していたため、普段の身体能力では考えられないほどに後方へと彼女は吹き飛んでいく。

「…あ…ぐっ…!?」

 霊夢は床にお祓い棒を打ち付けたまま後方へと飛ばされ、布団が引き割かれ綿がまき散らされた。

 その後方では妖夢が楼観剣を抜刀し、吹き飛んだ霊夢の上を跳躍してきている。私は後転して後ろに転がって立ち上がり、彼女の方へ向けて私は手の平を向ける。

「全員、耳を塞げ!」

 どうしていいかわからない聖たちに向けて大きな声で叫んだ。私がどういう行動をするかわからない妖夢は、ナーズリンたちと同様に耳を塞ごうとした瞬間に手からまばゆい光が放たれた。

 目をつぶって光を直視しなくても真っ白になり、目を開いているのか閉じているのかわからないほどの光量が発生する。

「なっ!?」

 妖夢の驚く声が聞こえる。彼女だけではなくナーズリンや聖の声も交じっている。魔力で光の方向を一定方向にいくようにと設定していたため、私は妖夢たちと比べて比較的光は弱い。

 目を開くともうすでに光の影響はなくなり始めている。目を押さえて後ろによろけている妖夢と霊夢から逃げるために私は後ろの障子を突き破った。

 

「…っ!?」

 あの魔女。しぶとい奴だ。目は見えなくても音は聞こえるので耳を澄ますと女性が遠ざかっている足音が聞こえてくる。

「くそっ!」

 妖夢の女性を罵る声が聞こえてくる。ようやく光で全く見えなくなっていた視界が回復し始め、女性が寝ていた布団の上で妖夢が周りを見回している。

「…聖、このことはあとでじっくりと聞かせてもらうわね」

 私がそう言うと、彼女は顔がグッとしかめる。なぜ?と言いたいのかは知らないが、途中まではおかしいと思いつつも騙されてはいた。

「…妖夢、外に逃げたかもしれないから辺りを偵察してきて」

「わかりました!」

 桜観剣を引き抜いたまま、障子を開けて外へと出て行った。私は女性が突き破って行った障子を引き開けてどう進んだのかを読み始める。

「…さて、どう逃げたのかしら」

 部屋を見回して見ると外へと続く障子が開いていて、いかにも外に逃げ出したように見えるが本当にそうだろうか。素直に妙蓮寺の外に向かっていい気がしない。それは何度も私の追撃を振り切っているからだ。

 妖怪退治用の針を裾の中から取り出し、とりあえずは縁側に出た。あいつ、妖夢が切り落としたはずの左手が治っていた。切断した左手は私たちが回収したため、くっ付けたわけではない。無くなったものが再生するなど、かなり強い妖怪と言える。でも、強い妖怪どころか妖怪の気配自体がしない。

 まあいい、そんなことは捕まえてからたっぷりと吐かせればいいだけだ。

「…」

 いや、その情報を聞き出す意味は無い。どうせ殺すんだから。

 私はお祓い棒を握りしめて縁側から庭に飛び降りようとするが、後ろから向かってきた手に掴まれて阻まれた。

「霊夢、今回の件はすべて私が悪い。だから寺の子たちは見逃してほしい」

 声的に私を掴んできたのは聖だ。魔力で強化している皮膚の上からでも痛みを感じるぐらいに強くつかんできている。

「…さあ、どうかしらね。全員に話を聞いてみないとわからないわ。この場所であいつが見つかったんだから、当然よね?昨日、私たちを騙してたってことでしょう?」

 私がそう言いながら後ろを振り向くと、聖が額にしわを寄せた怖い顔つきでこちらを見下ろしている。お前と同じぐらい私はムカついている。二人の親友を殺した奴を匿った聖に。

「霊夢!待ってくれ!」

「…?」

 睨んできている聖に対して私も睨み返していると、別の方向から声が聞こえてきた。そっちに視線をやると背中から左右で形状の違う赤色と青色の羽のようなものを生やし、私と変わらないぐらいの身長に黒髪のぬえが息を切らして走って来る。

「…何かしら?」

「霊夢、聖は悪くないんだ。こうなる原因を作ったのは私だ」

「…どういうことかしら?」

「その、昨日奴に私は脅されたんだ。自分の姿を妙蓮寺の中の誰かにして、匿えって…」

「ぬえ!」

 ぬえを庇おうとしているのか聖が怒鳴るが、ぬえは口を止めようとはしない。

「確かに、それを見破れなかったのは聖だからそこを言われたら何も言い返せない。…でも聖たちは本当に奴を響子だと思ってたし、残っていた痕跡に違和感があったのはそのせいだ」

 そうなると確かに辻褄はあう。響子を襲った痕跡がなかったのも、響子が負っていた怪我に比べて残っていた血の量がおかしかったりというところが。

「…へえ、なら響子はどうしたの?」

「響子は昨日の段階で、皆が偽物に気を取られている隙に縛って屋根裏に隠した」

「…そう」

 正直言って、信じられない。しかし、私はこれを信じるほかない。ぬえが脅されていなかったというのを証明することができないからだ。ところどころ粗は目立つが不安そうな顔をしていたのも嘘を隠すためだと思っていたが、響子を心配していたといわれればそうともとれる。

 彼女が脅されたと言い張ればそれが真実になるため、限りなく黒に近い白だが、ここでそれが嘘だと突っぱねれば彼女らの協力を得られなくなってしまう。ここはそう言うことだったということにしておくしかない。

「完璧に響子の姿と声にしてたのに、なんでわかったんだ?」

 そう考えている私にぬえが聞いてくる。正体をわからなくする程度の能力をあの女性に使っていた彼女からしたら疑問なのだろう。

「…初めは全く分からなかったけど、髪の毛かしらね」

「髪の毛?」

 ぬえは私に首をかしげて聞き返してきた。能力を使っている以上は髪の毛もまとめて別の人物に見せているから私がなぜ見破れたのかわからないようだ。

「…本人に生えている髪の毛じゃなくて、布団に落ちてる髪の毛よ」

「布団に?」

「…ええ、その髪の毛は聖と比べたら色が明るすぎるし、星と比べると長すぎる。本人から離れたらあんたの能力は効果がないのかと思って、経を読めるか聞いてみたら読めなかったから案の定って感じかしら」

 私がそう説明していると、門を出て行っていた妖夢がこちらへと戻って来る。奴が逃げた痕跡を見つけられなかったのだろう。奴は逃げたと見せかけて近くにいるということか。そう思いながら庭に降りようとした時、妖夢が顔色を変えて桜観剣を構えてこちらに跳躍しながら叫んだ。

「縁の下にいる!」

 そう叫んだ妖夢に向けて淡い青色で楕円状の弾幕が一発だけ射撃される。あれは以前私も撃たれたエネルギー弾だ。あの爆ぜた際のエネルギーは厄介だが、弾幕自体は鈍いため直撃することは無いだろう。

 妖夢は空中でエネルギー弾を楼観剣で半分に叩き切るとエネルギー弾が爆ぜ、刀に伝わった強力なエネルギーによって後方へとぶっ飛んでいく。

 私は妙蓮寺の中に移動して床に祓い棒たたきつけ、一部分を破壊して縁の下に侵入した。真っ暗な縁の下は見通しが効かないが、余裕で人が通れるほどの空間がある。そして、ちょうど正面数メートル先に黄色の瞳が私のことをじっと見ている。

 それを確認と同時に、狭い縁の下を柱と天井にぶつからないように奴に飛びかかった。

 お祓い棒を縦と横に二度振り、女性に襲いかかる。彼女はその軌道がまるで前からわかっていたかのように受け流す。攻撃がかすりもせずに終わった私は、もう片方の手に持っていた妖怪退治用の針を投擲した。

 三本の針を投擲し、そのうちの二本は直撃コースだ。女性は左手を構えるとエネルギー弾を発射し、針を打ち落としにかかる。一発は直撃コースの針に命中し、爆ぜると針があらぬ方向へと飛んでいく。もう一本を撃ち落とす暇もなく女性の右肩に半分ほど突き刺さる。

「あぐっ!?」

 後ろによろめいた女性に対して、お祓い棒を叩き込んだ。胸に直撃させると後方に吹っ飛び、妙蓮寺を支えている柱に背中を打ち付けている。

「…りゃあっ!!」

 女性に追撃を食らわせようとお祓い棒を薙ぎ払うが、彼女は屈んで攻撃をかわし、私の胸倉を掴んできた。

 ぐんっと引っ張られ、半回転して女性が背中を打ち付けていた柱に私は叩き込まれた。乾いた木がへぶっ壊れる音が響き、柱が少し砕けた。

「…ぐっ!」

 呻いた私のことを女性が覗き込んでくる。

「私のことは放っておいてくれ」

「…あんたが二人を殺した。放っておくわけがないじゃない」

「誤解だ。2人のことは殺してないし、そもそも霊夢、私はお前の敵じゃあ…ないぜ!」

 女性のことを殴ろうとした矢先、今度は叩きつけられた時とは逆方向に引っ張られ、そのまま投げられ、向かう先では妖夢が縁の下に入ってこようとしている。

「…妖夢!」

 私がそう言うが、私に気が付いていなかった妖夢は私のことを顔面で受け止め、後方に一緒になって転がってしまう。すぐに立て直した私は、女性に向けて札に針を突き刺した物を投擲した。

 彼女に直撃しているかわからないが、その周辺に刺さったことを確認と同時に札に込めた魔力を開放。

「…爆」

 青い炎を四方にまき散らしながら札が爆発を起こし、縁の下から逃げようとしていた女性を飲み込んだ。

 爆風がこっちにまで届き、乾いた地面の砂が舞い上がる。暗くさらには砂煙まで舞い上がってしまったせいで女性のことを確認することができないが、目を凝らしてみると砂煙とは違う動きで動いている者が見える。

「…もう一発いくわ」

 札付きの針を複数投擲後、同様に起爆。よろけながらも立ち上がった女性を爆発の炎が飲み込んだ。

 火事は起きてはいないが、今の爆発でかなり木の耐久性を削ったことだろう。そのうち弁償しなければならないな。縁の下とは言え爆発が起こっている寺を見て若干涙目になっている聖を見ながら私はそう思った。

 奴にとどめを刺すために縁の下に入ろうとするが、大きな何かが隣に立っている妖夢に向けてぶっ飛んでいく。

 刀を抜いていた妖夢は飛んできたそれをいともたやすく両断する。彼女の後方で地面に落ちた二つの物体は柱に使われている太い木だ。私も針を投擲してやろうと裾から出した直後、何かが空を切る音がする。

 そう思った直後、足元に弾幕が直撃し、陶器が割れたような音と共にまばゆい閃光と破裂音をまき散らした。奴の得意なやり方だ。単純とは言え、この間まったく何もできなくなるためバカにはできない。

「…くっ…またか!」

 自分ではそう言ったつもりだが耳鳴りがひどく、自分が何を言ったのかすら聞き取れない。視界も太陽以上の光量によって全く見えない。

 魔力で目の回復を促進させたが、目が見えるようになったのは数十秒後だ。これだけの時間があれば、逃げることなど容易だろう。

「…っち…妖夢、追うわよ」

 私と同様に目くらましを食らった妖夢も回復したため、奴の追跡を始めようとするが目の前に紫が使うスキマが開いた。

「霊夢、追わなくてもいいわ」

 紫がこう言うということは、状況に何かしらの進展があったのだろう。走り出そうとした私は足を止めた。どうせ今からでは追っても捕まえることはできない。

「…あんたが来たってことは、なんかあったの?」

「ええ。奴らの空間を見つけた…今度はこっちから攻め込むことができる」

 




次はいつになるんでしょうね(白目)


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異次元へ
東方繋華傷 第八十一話 こちらから


自由気ままに好き勝手にやっています

それでもいいよ!
という方は第八十一話をお楽しみください。


今回は少し短めです。


「奴らの空間を見つけた…今度はこっちから攻め込める」

 紫がそう提案してくれるが、その案に対して私はすぐにうんとうなづくことはできなかった。

「…でも、奴らの目的もわかってないのに向こうに攻め込むのは得策とは言えないんじゃないかしら?」

 紫が奴らの空間を見つけてくれたとは言え、人数の少ない私たちが向かっても十分に戦えるかわからない。もう少し手を貸してくれる人たちを集めなければならない。

 敵の人数が多ければそれだけ押し切られやすいということとなり、私たちに味方に付いてくれる奴らが向こうにいるとも限らない状況において、無鉄砲に突っ込むのは自殺行為に等しい。

「まあ、そうね。とりあえずは人数を増やしましょうか。咲夜たちが死んだとなれば今まで不戦を決め込んでた連中も手を貸す可能性があるし」

 咲夜の強さは幻想郷ではかなり上の方で、知らない者はいないだろう。そんな人間が殺され、さらにそいつらが自分たちに攻撃してくる可能性も捨てきれないのだ、協力しない方がその代償を高く払うこととなる。それがわかっているなら協力はしてくるはずだろう。

「…それは文に頼んで協力を仰ぐとして…今はあの魔女を追うとしましょう。咲夜と早苗の仇よ」

 私が痕跡を探すために妙蓮寺の裏手に回ろうとするが、紫が進行方向に割り込んできて道を塞いだ。

「…邪魔なんだけど?」

「霊夢、少しは頭を冷やして冷静になりなさい。貴方はよくわかってるでしょう?深追いは禁物よ」

「…この前の異変では深追いしなかったから鬼人正邪に逃げられたじゃない。後々面倒にならないようにできれば今のうちに始末しておきたいのだけれど?」

 私はそう言って紫の制止をはね除け、女性のことを追おうとするが彼女はやはり私のことを進ませようとはしない。

「いい?私が向こうに行ったことで向こうの霊夢たちでなく、向こうにいる他の勢力の奴らにまでおそらくここの存在を知られたわ」

「…だから何?」

「だから何じゃないわよ。向こうで同士討ちしてくれるならそれでいいけど、隠す必要もないと判断されてスキマを開けられたままにされたらどうするつもり?」

 紫の言いたいことがようやく分かった。異次元霊夢たちは他の勢力に知られないようにするために数日おきにこの世界に来ていた。

 だが、ばれてしまって私たちと他の勢力を同時に相手にするのなら異次元霊夢たち以外の奴もこっちに来れるように差し向け、三つ巴の状態に持ち込む可能性は少なくない。いつそうなるのかもわからないため、一人の人間に固執して労力を割くわけにはいかないのだ。

「…それでも……」

「あなたの仇を討ちたいという気持ちはわかるわ…」

 私が賛成するか決めかねていると、彼女は持っていた傘を閉じてこちらを見ている聖たちの方を横目に再度言った。

「世界と仇を天秤にかけて仇が勝るのなら行ったらいいわ。好きにしなさい。………でも聞くけど、あなたの使命は何?その時の感情に身を任せて自分の欲を満たすことかしら?」

 世界と仇を天秤にかけて、か。そんなのかけることができるはずがない。私が何も言えずにいると紫は続けて巫女の使命について説いてくる。

「…わかってるわよ……。…私だって、自分の代で幻想郷を終わらせるつもりはないわ」

「結構。奴らがいつ来てもいいように力を温存して置きなさい」

 私は小さく頷き、聖たちに一言謝ってから帰ることにした。敵を追っていたとはいえ柱を一本へし折り、数度に渡って爆破したわけだし。

「ええ」

 私が小さく返答し、聖たちに向かおうとすると紫がまだ悔しそうにしている妖夢に声をかけた。

「あなたは納得していなさそうね」

「はい…。友人を殺された身としてはこのまま引き下がりたくはありません」

「まあ、そうでしょうね。でも、遅かれ早かれ奴らと戦ってるならそのうち会えるわよ。」

 紫は刀の柄をギュッと握りしめている妖夢に対してなだめるように優しくつぶやく。

「本当に会えるんですか?どこかで勝手に殺されてしまっては困ります。二人を殺した奴は絶対に私たちが倒します」

「大丈夫よ。霊夢にこれだけ追われて逃げ切れる奴がそこらで勝手に死ぬとは思えないわ」

 まあ、そうだろう。逃げ足の速さもだが、純粋に咲夜たちを殺せるような奴がそう簡単に死ぬものか。

「……でも、本当に彼女が二人を殺したのかしらね?」

 私がそう考えているとき、紫は最後に意味ありげなことを一言呟いた。

「…それってどういう…」

 歩き出していた私は、紫を問いただそうと振り返ると既にスキマが閉じたところで、空中にあった亀裂は消えてなくなった。

 

 

「本当によかったの?」

 私が先ほど妙蓮寺の下から救出した魔理沙にそう尋ねると、彼女は何が?と一言呟いた。

「自分に濡れ衣を着せてよかったのかって聞いてるのよ、あまり自分にばかりヘイトを向けすぎると身が持たないわよ」

 妙蓮寺内で霊夢たちに光を見せて目をくらませたあの時、近くにいたぬえに魔理沙は自分が脅して騙していたということにしろと話していた。

 聖たちからしたら疑いが晴れ、私としても異次元の奴らに脅されたという名目で彼女らを戦いに参加させられるためいいことしかないが、魔理沙からしたらそういう危険な奴だと判断され、霊夢達ではない他の奴らに追われかねない。

「ああ、そんなことか…私なら大丈夫だぜ。紫からしたら聖たちを取り込めない方が痛手だろう?」

 まあ、それはそうなんだが、彼女を見てるとなんだか危なっかしくて仕方がない。目隠しをして綱渡りでもしているようでこっちがハラハラする。

「まあ、いいわ。……そう言えばなんで聖は貴方のことを匿ったりなんかしたのかしら?」

「知らん、なんか話してみたかったとか言ってたぜ」

「そう…。聖も危ないことするわね。……ああ、それと……」

 霊夢達にした説明と同様のことを魔理沙に言うと、彼女は呟いた。

「じゃあ、向こうに行けるってことか?」

「行くの?」

「ああ、私が行けば霊夢達だけじゃなくて他の奴らも動くだろうから、同士討ちを狙えるはずだぜ」

 彼女は妙蓮寺に何か忘れ物をしていないかバックをひっくり返して中身の確認を行っている。

「そ、行くのならそれでいいけど、いつ行くの?」

「勿論、今すぐに行くに決まってるぜ」

 装備の確認が終わったのか魔理沙は取り出した瓶や服などを綺麗にポーチの中へ詰め込み、肩から下げて立ち上がった。

 迷いなく返答をしているが、この子は大丈夫なのだろうか。話を聞いただけだが十年前にここに来た際は血だらけだったというじゃないか、本当に向こうに行けるのだろうか。

「それじゃあ、つなげるわよ」

「ああ、頼むぜ」

 ええ、と私は返答を返して境界を操る程度の能力を使用し、奴らの世界へとスキマを繋げた。初めに空中に黒い線が縦に一メートル程度の大きさで現れると、次に瞳を開くようにしてそれが左右に開いた。

「つなげたわよ」

 私が横に立っていた魔理沙にそう言って彼女のことを見ると、さっきまでの落ち着いた雰囲気が一変して、呼吸が荒くなっているのに気が付いた。

 心なしか顔も引きつり、顔色も悪いし瞳孔が開いていて緊張しているのがパッと見てわかる。やはり無理だったか、幼少期のトラウマというのは落ちない錆びのように心の奥底に根ずく。

「ちょ…ちょっと待ってくれ…!」

 ゆっくり呼吸をして気分を落ち着けようとしているが魔理沙は額から冷や汗を流し、涙を瞳に一杯に溜めている。小動物のようにガタガタ震えている彼女を眺め、私は冷静にやはりなと心の中で呟いた。

 早めに行くかどうかを提案しておいてよかった。出なければここぞという時に行けず、作戦が失敗するということにもなっていただろうからだ。

「いけるの?いけないの?」

 多分、向こうの世界に行くことは無理だろうが一応魔理沙に聞くだけ聞いてみたが、私の声が聞こえていないのか返事を返す余裕もないのかは知らないが、返答が返ってくることは無い。

 今は無理そうだな。スキマを閉じようとするが、苦しそうに胸を押さえてうずくまっている魔理沙が掠れ、震えている声で何かを呟いた。

「大…丈夫天…だから、…今から……向こうに……行く…から……!」

 震える足で地面を踏みしめ、ゆっくりと立ち上がった魔理沙は気分が悪いのか口元を押さえている。なんとかヨタヨタとスキマの前まで歩くが向こうに行ったところで何もできやしないだろう。

 異次元霊夢を倒して霊夢たちの消されている記憶を取り戻すと言っていたが、こんな状態では記憶を取り戻す以前の問題だ、こんなのに何ができるというのか。

 そう思っていると魔理沙の体がひときわ大きくびくりと震える。どうしたのかと声をかけようとするが、彼女が震えた声で私に言った。

「ゆ、紫…!スキマを……閉じて…くれ…!……早く…!!」

「魔理沙?」

 トラウマでスキマの中へと入れないにしてはなんだか様子が変だ。話を聞こうと彼女の肩を掴んで振り返らせようとすると、見えてしまった。スキマの中から伸びてきた手が魔理沙の服をがっしりと掴んでいるのが。

「ひっ…!!?」

 魔理沙の顔に恐怖がよぎったと思たら、すでに彼女はスキマの中へと引きずり込まれていた。あんな精神状態の子が生きていけるはずもない。急いで私も行かなければならない。

 スキマの中へと飛び込もうとした私の顔や服に、生暖かく真っ赤な鮮血が飛び散った。そして、耳にスキマを通して届いたのは魔理沙の絶叫だ。

「魔理沙…!」

 血を見たときは焦ったが、霧状に飛んできた血は大した量ではない。場所にもよるだろうがそこまでの重傷を負ったわけではないはずだ。半分は自分の期待だが、私はスキマの中へと飛び込んだ。

 




次は、かなり先になると思います。


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東方繋華傷 第八十二話 異次元へ

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は第八十二話をお楽しみください。


 前回のあらすじ

 魔理沙が異次元の世界に引きずり込まれたよ。


 引きずり込まれた魔理沙を追ってスキマをくぐり、一番初めに感じたのは匂いだ。硝煙と地面や樹木、何かの動物が焼けたようなのがごちゃごちゃに混ざりあった香りを鼻腔が吸い込んだ。

 次に気を付けなければ分からない薄っすらではあるが鉄臭い香り、別の表現をするのならば血の匂いがした。

 そして、糞尿と生き物が死んだ後に放置された、腐敗臭の混じった吐き気を催す砂煙の香り。つなげた場所は人が寄り付かなそうな森の中を選んだつもりだったが、まるで戦闘が行われている最中である戦場のど真ん中にでも放り出されたかのような錯覚に陥った。

 しかし、そこが戦場でないことを網膜に飛び込んできた景色から、脳がそう理解した。一見すればただの平和な森の中に思えるが、木の葉っぱの間から見える所々に上がっている黒煙が遠くで誰かが戦闘をしているということが伺えた。

 時折聞こえる連続的な破裂音は何だろうか。そして、重々しい爆発音が腹に響き、音の大きさから爆心地が近くはないが遠くもないということを理解する。

 そんなことよりも、今は魔理沙を助けなければならない。霊夢には彼女が必要なのだ、こんなところで死なれたら後々私達が困る。

 正面方向には魔理沙が私に背を向けて立っているのが見えるが、その後ろ姿は怯えていていつもよりもやけに小さく見える。どこかを負傷しているのはわかっていたが、立ち方が少しぎこちないため、足か胴体の辺りに怪我を負ったのだろう。

 して、彼女の視線の先にいるのは、ルーミアだ。厳密には異次元ルーミアだが、魔理沙が異次元ルーミアだと察しているかは疑問だ。なぜなら彼女らがよく知るルーミアの姿は小さい女の子だからだ。

 それに対して、目の前にいるのは私にとっては見慣れている、大人びた姿の異次元ルーミアが楽しそうに笑ってたたずんでいる。

 ルーミアと服装はサイズが違うぐらいでほとんど同じ、いつもの黒い服装に金色の長髪、頭部には赤いリボンのように見えた札は無く、赤い瞳を爛々と光らせて上がった口角の端からは自身の物でない血を流している。

「魔理沙ー、久しぶりなのだー」

 異次元ルーミアは大人びた姿ではあるが、子供っぽい口調で楽しそうに言うと、血まみれの口元を服の袖でグイッと荒々しく拭う。

「ひっ…!…ひっ…!」

 そう言われている当の本人は怯え切った情けない声を上げていて、後ろに下がろうとするが足を負傷しているらしく、満足に動くこともできずに足をもつれさせて地面に尻餅をついて倒れ込んでしまう。

「んー?…紫ー…?」

 魔理沙が尻餅をついてことで見えていなかった範囲が見えるようになり、彼女の後方に立っていた私を発見すると異次元ルーミアは首をかしげる。疑問を抱いているということはこっちの奴と雰囲気がまるで違うということだろう。

「あー、そっちのやつかー」

 異次元ルーミアはそう呟くと口角を小さく上げて笑った。他の世界から来た私は弱いと高をくくっているのだろう。でも、異次元霊夢たちの強さからして、その可能性は非常に高い。まあ、戦い方に大きく左右されるがね。

 不気味な笑みを浮かべたまま異次元ルーミアは一歩ゆっくりと歩み出し、指先にべっとりとへばりついている魔理沙の物と思わしき血液を舌でべろりと舐める。

「今までいろんな肉を食べて来たけどー、やっぱり魔理沙の肉が一番おいしいー」

 魔理沙の負傷はこれか。こっちの世界に引き込んだ異次元ルーミアがかじりつきでもしたのだろう。

 遠くで聞こえる爆発音や辺りに漂う胸糞悪い死の匂いからして、戦いは十年も前から現在進行形でずっと続いているらしいが、その間に頭のねじが外れてしまったのだろう。早く魔理沙を連れて行かなければならないのに、私の頭にはイカれている。という言葉しか思い浮かばなかった。

 一歩遅れて自分がこっちに来た理由を思い出し、また一歩と進んできている異次元ルーミアがどういった行動をしてもいいように構えながら三メートルほど前方で座り込んで後ずさりしようとしている魔理沙に近づいていく。

 右手を背中側に回し、そこでスキマを開いて手を突っ込む。異次元ルーミアからは見えない位置、魔理沙のすぐ後ろへとスキマをつないだ。

 一歩一歩の歩幅が広い異次元ルーミアに対して、こっちはじりじりとしか近づけていない。あっちの方が速いため、一気に引き寄せてそのままスキマの中へと逃げよう。

 魔理沙の背中を隙間から延ばしている手で掴んだ。そのままこちら側へ引っ張ろうとするが、私は彼女の精神状態について考慮するのを忘れていた。

「ひっ!?離せ!?」

 掴んだ私の手を他の第三者が掴んだと思ったのだろう。錯乱気味の魔理沙は体を捩じり、掴んだ手を離させようと抵抗し、振りほどいてしまう。

「魔理沙!落ち着きなさい!」

 幸いすぐに掴み直すことはできたが、その時点で異次元ルーミアが音もなく暴れている魔理沙に飛びかかっていた。両手首を地面に押さえつけ、首筋に歯を立てて噛みつく。

「うああああああああああああああああっ!!?」

 魔理沙がさらに錯乱し、叫び声をあげ激しく暴れ出すが体を魔力で強化していないらしく異次元ルーミアのことを引き離すことができないでいる。

 歯が肉を引き割く嫌な音がこっちにまで聞こえてくる。私は魔力で身体能力と傘の耐久性能を強化し、すぐ横に別のスキマを開いた。

 新たに開いたスキマに向けて傘を力いっぱい振り下ろす。それに傘が入ると同時に、異次元ルーミアの頭部のすぐ横につなげて置いたスキマから傘の先が飛びだし、奴の頭部を思い切り叩いた。

 鈍器で物を殴りつけたような鈍い音がすると、魔理沙にのしかかっていた異次元ルーミアの体が横へ吹き飛び、引き剥がすことに成功した。多少肉は食い千切られるかもしれないが、食い殺されるよりはましだろう。

 傘を引き抜くと同時に今度はそこに手を差し込み、噛まれた首筋を手で押さえて逃げ出そうとしている魔理沙を掴んだ。正常な判断ができない彼女はまた振りほどこうとするが、それをさせる前に私はこっちの方へ投げた。

 身体を強化しているため魔理沙の体重程度なら難なくこっちにまで投げられる。ふわりと飛んできた魔理沙のことをキャッチし、暴れ出される前にそのまま後方にあるスキマへと走りだした。

 乾いた地面の土を後方へ飛ばしながら走り、あと数歩行けばスキマをくぐれる所まで行くが、ガクンと前方に進もうとする体の動きが停止してしまう。

 肩越しに振り返ると、傘で殴り飛ばしてある程度の距離は引き離したはずなのに、もうここまで近づかれ、更には異次元ルーミアに服を軽くつかまれただけで前に進めなくなってしまっている。

「くっ…!」

 私一人なら異次元ルーミアから逃げる程度簡単だ。しかし、今は錯乱して今にも暴れ出しそうな魔理沙が一緒にいるため、そうもいかない。

 彼女さえ向こうに送り返してしまえば後はどうとでもなる、魔理沙のことを今度はスキマへ投げ込もうとするが、異次元ルーミアが私を横に突き飛ばしたことで投げそこなってしまう。

 ただ突き飛ばしただけだというのに、馬が走る速度とそう変わらない速さで体が飛ばされる。魔理沙が暴れて逃げ出さないように抱え込む。

 進行方向には大きな木が生えており、このままいけば衝突するのは避けられないが、木の手前にスキマを開いて飛び込み、衝突を免れた。すぐ近くの広めの空間にスキマをつなげ、魔力で減速しながら着地した。

 すぐに追撃を受けないようにすぐにスキマを閉じるが、閉じきる前に今出て来たばかりの隙間に向けて強力な弾幕を放つと、入った方のスキマから異次元ルーミアへ向けて弾幕が飛んでいく。

 楽しそうな笑みを浮かべたままのルーミアは飛んできた弾幕を簡単に掴み取り、握りつぶした。バチュンと潰れた弾幕に込めていた分の魔力が何の意味もない魔力の結晶となり、霧散する。

 魔理沙が協力してくれれば異次元ルーミアから逃げるだけでなく、倒すことも可能だろうが、今はそれを考えないことにした。

 さっきまで暴れていた魔理沙が妙に静かになっている。抱えていた彼女に目を向けると、何もせずボーッと虚空を見つめている。トラウマである世界に晒されたことで、耐え切れずに脳が考えることを拒否してしまったのだろう。

「まったく、世話の焼ける…!」

 そう呟きながら飛びかかってきている異次元ルーミアへ向けて、弾幕を放とうとするが闇を操る程度の能力を使われてしまったらしく、視界が黒一色に染まる。

 来ていた方向へととりあえず弾幕を放ってはみるが、聞こえてくる音からして当たった気配はしない。完全に奴の位置を見失ってしまったため、一度場所を変えようと足場にスキマを開こうとするが、後ろから飛びかかられてスキマに入ることができない。

 構えていたとはいえ後ろからの奇襲によって異次元ルーミアに地面に押さえつけられ、服の上から肩に噛みつかれた。歯が肉を裂き、骨を砕かんとする力が加わり方の一部をごっそりと持っていかれた。

「あぐっ…!?……ぐ…っ!?」

 じんわりと肩の傷から血が広がっていくのを皮膚で感じる。気が遠くなるほどの激痛が脳を駆け巡るが、妖怪であるため人間よりは神経も図太く気を失わずにすんだ。

「あははー!やっぱり弱いー」

 楽しそうに笑っている異次元ルーミアは、そう言うとまた目の見えていない私に噛みついて来ようとするが、そう簡単に噛みつかせるものか。

 私は普段から様々なものをスキマの中へため込んでいる。それは幻想郷内の物だったり幻想郷外の物だったりと様々だが、それらを自由に取り出して使うことが可能である。

 奴が掴んでいるため、位置は既に特定している。私と魔理沙に当たらない角度でスキマを開き、スキマ内に存在している物をそこから時速数百メートルという速度で飛びださせた。

 縦横高さすべてが一メートル以上あるその物体は、外の世界では車と呼ばれる代物で、約一トンもある物がそれだけの速度で突っ込んできていて、万が一にも直撃すればいくら妖怪とは言えただでは済まないだろう。

 完全に油断している異次元ルーミアは車を正面からまともに食らったようで、後方へと吹き飛んでいく金属音がする。そして、能力の範囲外にも出たらしく、視界を覆っていた黒が無くなった。

 すぐに立ち上がり、異次元ルーミアの方を確認すると、木と車の間に挟まれているが車の方は原型がわからないほどにまでひしゃげており、木の方も折れる寸前らしく、繊維が一部むき出しになっている。

 異次元ルーミアはその車にぐったりと倒れ込んでおり、口からは血がダラダラとこぼれている。死んだかどうかはわからないが、しばらく身動きを取ることはできないだろう。

 スキマへ向かって歩きだして間もなく、すぐに後方から聞こえて来た金属音に私は足を止めた。振り返ると、ちょうど異次元ルーミアが自分を挟んでいる車を蹴り飛ばしてきたところだった。

 目の前にスキマを開くと、飛んできていた潰れた車が入り込み、そのままスキマの中へと消えていく。

「げほっ…!まだ、終わってない…!」

 内臓の一部が潰れていてもおかしくない重症なのにも関わらず、異次元ルーミアは笑みを浮かべたまま、めり込んでいる木から這いずり出てきた。動けたとしても重傷を負ったことは変わらず、緩慢な動きでのっそりと立ち上がって、私に向かって歩き出す。

 スキマまではまだ距離がある。こんなやつだから私が走ったとしてもそれ以上の速度で追いつきてくるだろう。全力で走ってスキマをくぐり、閉じるまでに奴が私たちの世界に来てしまう可能性はとても高い。リスクを考えるのならこいつはここで倒す方が速いだろう。

 奴と対峙した私に向け、異次元ルーミアは跳躍してくる。血反吐を吐きながらもその速度に驚かされた。しかし、迎撃の準備ができていないわけではない。

 さっきよりもサイズの小さいスキマを開き、異次元ルーミアに向けてコンクリートブロックを同等の速度で飛ばす。向かってきている奴からしたらそれ以上の速度で来ているように見えるはずだが、魔力で足場を作ったらしく方向を変えてかわされてしまう。

 異次元ルーミアとの距離が近すぎるため、後ろに下がろうとするが奴の方が速く、下がっている最中で目と鼻の先に到達された。

 異次元ルーミアと私の間、数メートル上に地面の方向に向けてスキマを開き、そこから魔力で強化した標識を複数高速で飛ばした。

 奴の攻撃をガードする為に行ったが、金属音を響かせながら壁のように大量の標識が地面に突き刺さっていくなか、異次元ルーミアの手が壁をすり抜けて私の脇腹へと抉り込んだ。

「ぐっ…!?あぁっ…!?」

 魔理沙に当たらなかったのは幸いだが、こっちはダメージを思った以上に食らっている。手首の辺りまで抉り込んできている異次元ルーミアの手を私は掴み、上空で開いているスキマから角度を変え、奴に向けて再度標識を高速で放つ。

 異次元ルーミアは器用に体勢を変えて飛んできている標識をかわしていく。私の掴んでいる手を振りほどき、体の中を爪で引き裂きながら引き抜くと、上空のスキマからは攻撃できない場所へと一度退避していく。

 奴もバカではないらしく、私たちが自分たちの世界に逃げようとしているのをわかっていて、スキマへと逃げにくい場所に陣取っている。

「くっ…!」

 魔理沙を抱えている手とは逆の手でわき腹を押さえた。傷は胃にまで到達しているのか、若干の吐き気を感じた。血管もいくつか傷ついているらしく、出血がひどい。

 普段はバックアップにしか回っていないせいで、こんなひどい戦い方しかできない。異変が起こったときには私も一緒に戦っておくんだったと今更ながらに後悔した。

「あははー楽しいねー!」

 血を吐いている私に異次元ルーミアは笑って言い、こちらの準備が整っていないうちに再度飛びかかって来る。

 既に反応が遅れ始めている私は飛びかかって来た異次元ルーミアに、爪で左足の太ももから腹へと斜め上に向かう攻撃で引き裂かれてしまう。

「あっ…!?」

 後ずさり、少しでも距離を置こうとした私に向け、異次元ルーミアは蹴りを放ってくる。魔理沙がいる方向からの攻撃に彼女のことを反対方向の手に持ち替え、開いた手で蹴りをガードしようとするがそれをすり抜けて胸部に食らってしまう。

「があっ…!?」

 スキマをくぐって体勢を整えるなどする暇もなく地面に倒れ、勢いを殺すことができずに転がってしまった。

「っ…く…!」

 体に力が入らない。起き上がろうとしているのに身体が鉛のように重く感じる。ようやく上半身が地面から離れたというところで、抱えていた魔理沙に動きがあることに気が付いた。

 一度、脳が機能停止したことでさっきよりも幾分かはましになっているらしく、何が起こっているのかと周りを見回している。

「魔理沙…」

 まだ状況を理解できていない魔理沙は私が声をかけたことで何があって、どうなっているのかを思い出してきたらしく、怯えた表情へとなって行く。

「落ち着きなさい…!魔理沙…!」

 私がそう語り掛けるが、魔理沙はまた子供のように暴れ出してしまう。そうして魔理沙に気を取られているうちに、異次元ルーミアの接近を許してしまう。

 地面に倒れ込んでいる私は異次元ルーミアに掴まれ、別の方向へと投げ飛ばされた。魔理沙が本当に怖がっているところ申し訳ないが暴れ出した彼女を無理やり抱きかかえ、投げられた先で木に衝突した。

 他よりも細い木だったらしく、それをへし折ってその木の後ろへと倒れ込んだ。

「あっ…っ…くぅ…!」

 体のあらゆる部分に痛みが生じ、正直もう戦うことは難しいかもしれない。そう思っていると下にいる錯乱した魔理沙が私のことを突き飛ばし、逃げようとする。

「いい加減に、しなさい…!」

 泣き出しそうな魔理沙の頬に平手打ちをした。乾いた音が響き、木々を反響する。

 苛立ちが募り、つい手を出してしまい、やってしまったと後悔したころにはもう遅い。より一層魔理沙が錯乱する。かに思われたが、以外にも魔理沙は動きを止め、口を噤んだ。

 おそらく今は脳が驚いている状態で、またすぐに暴れだすだろう。魔理沙を正気にさせるのには、今しかない。

「魔理沙…!……霊夢たちの記憶を取り戻すんでしょう…?こんなところでやられてもいいの?…あなたが死ねば、霊夢も死んでしまうわよ?」

 私がそう叫ぶと、彼女はようやく正気を取り戻してくれたようだ。どんなに錯乱していても、魔理沙の心の芯には霊夢がいるらしい。

「ゆ…紫………私のせいで…!すまない…!」

 正気に戻ったことで、さっきまで私が負っていなかった怪我が自分のせいだと理解できたらしく、何度も何度も魔理沙は謝る。

「仕方がないわ。…ひとまず謝るのはあと、目の前の敵をどうにかしましょう」

 そう提案すると、魔理沙はうなづくと今度は私のことを抱えて立ち上がった。若干だがまだ彼女の手が震えている。

 それと私に対してではないが、未だに魔理沙の瞳の中にある怯えの色は残ってはいる。これが完全になくなるのにはかなりの時間がかかることだろう。しかし、怖さも残るがこうして敵に立ち向かうようになれただけでも大きな前進だろう。

「あははー。魔理沙も混ざるのー?」

 数メートル先でそう言ってきた異次元ルーミアに対して、魔理沙は何も言い返さずに黙って構える。小刻みに震えてはいるが、彼女ならやれるだろう。

 小動物のように震えてはいるが、立ち向かえる精神力は大したものだ。私は人間よりも少しだけ精神力が強いぐらいであるため、同じ状況に置かれたら変わらず発狂していたかもしれない。

「魔理沙、やるわよ…」

「ああ」

 彼女は私にバックアップをすべて任せるつもりらしく、そう呟くと異次元ルーミアに一直線に走り出し、いつの間にか手のひらに魔力を溜めていたらしく至近距離からレーザーを浴びせかけた。

 




次の投稿はかなり遅くなります。


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東方繋華傷 第八十三話 入り込む

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は第八十三話をお楽しみください。

来年の二月くらいまでこの投稿ペースになります。申し訳ございません。


 魔力を手のひらの中へと貯め込み、光の性質を含ませる。更に貫通性能にも特化させ、こっちに向かって走り出した異次元ルーミアへとレーザーを撃ち放つ。

 相手はかわすかと思ったが、腕の表面に硬質化した魔力を覆い、その手でレーザーをガードすると押し切る形で突っ走って来る。

 紫が怪我をしつつもダメージを与えてくれたおかげだろう。異次元ルーミアの動きが鈍いように見える。そのため奴の攻撃を避けることは容易だ。

 早めに攻撃を切り上げ、大振りの握り拳を繰り出してきた異次元ルーミアのパンチをしゃがむことでかわした。私は奴よりも頭一つ分以上も小さいことで体格差もあるが、身体強化された妖怪の攻撃には当たらない方が吉だ。

 こうして普通通りに戦えてはいるが、トラウマを乗り越えらえたわけではない。ただこうしているだけで、なぜかわからないのに恐怖を感じ、気分が悪くなって気持ち悪い。

 でも、戦えているのは以前紫から聞いていた話を思い出したからだ。霊夢は私と戦うことで100%かそれ以上の力を発揮することができると。しかし、異次元霊夢に一時的に記憶を操作されていることで力を引き出すことが出来ない。

 記憶を消されたまま私が死ねば、力を引き出せない霊夢は異次元霊夢によって殺されるだろう。自分としては、そっちの方が怖かった。

 大好きで、心から愛している人間が死ぬ、殺されると考えただけで何とも言えない脱力感に全身が襲われ、眩暈と頭痛に襲われた。吐き気も出てきてトラウマ以上の恐怖が沸き上がって来る。

 だから私は異次元ルーミアに立ち向かうことが出来た。でも、恐怖を原動力にするのは付け焼き刃で長くは続かない。なぜならそれを原動力にしてしまえば先に待っているのは恐怖に押しつぶされての精神崩壊か、または耐えきることが出来ずに精神崩壊するかの二つに一つだろう。

 だから、私は怒りを原動力とすることにした。それが正解かはわからないが、今はそうやっていなければまた発狂してしまいそうで、このトラウマを乗り越えられるまでこうしているしかないだろう。

 身体能力、耐久性能を同時に魔力で強化。しゃがんだまま地面と平行に異次元ルーミアの足めがけて蹴りを打ち放った。霊夢や美鈴のような強い攻撃ではないが、足払いで転ばせることぐらいはできるだろう。

 異次元ルーミアの踵に私の足がぶつかった。鈍い音が鳴るが、奴の体が宙を舞わなかった。自分の足が振り払いきられることは無く、痺れるような痛みが走だけでそこに奴との力の差を感じた。

 異次元ルーミアが握った拳を私へと突き出してくる。これを食らえばただでは済まないことは食らう前からわかる。

 腹へと向かう拳に当たらないように体を捩じり、躱そうとするが攻撃の直後だったため十分に捩じることが出来ず、わき腹に拳がめり込んだ。

「がっ……ああああああああああっ!!」

 衝撃によって拳と地面に挟まれ、内臓が押しつぶされるよな感覚を感じたころには激痛が体に走った。

 まともに食らったわけではないが、この威力はこれ以上当たるわけにはいかない。異次元ルーミアの胸に手を添え、エネルギー弾をぶっ放す。

「がっ!?」

 エネルギー弾の運動エネルギーをほぼ百パーセント胸に与えられたらしく、弾幕が弾けると爆発でも食らったかのように上空へと吹き飛んでいく。

「紫!」

 彼女の名を呼ぶがもうすでに準備ができているらしく、上へ吹き飛んで行った異次元ルーミアの周りに開いたスキマが配置された。

 その中央にいる異次元ルーミアへ、紫は二メートル近くある鉄の棒を大量に射出する。

 あらゆる方向から奴に向けて飛ばされているというのに、奴にまったく当たる気配がしない。

 時速数百キロメートルで飛んでくる鉄の棒を素手で折り曲げ、へし折っていく。そのうちの一本を異次元ルーミアは掴み取ると、それを武器として使って鉄の棒を破壊していく。

 魔力で浮遊し異次元ルーミアは樹木の裏へと隠れ、飛んでくる鉄の棒を回避してこちらへ接近を試み始めた。遮蔽物が多いため成功する確率は非常に高い。重症の紫に近づけさせるわけにはいかない。

 私も紫の攻撃に加勢し、レーザーを放とうとすると木の間から異次元ルーミアは持っている鉄の棒をこちらへと投擲してきた。木があるため、得物は必要ないのだろう。

 回転してこちらへ飛んでくる鉄棒を躱そうと地面を踏ん張ろうとするが、殴られた腹部に鈍痛が響いて膝がガクガクと笑い、動くことが出来ない。

「ぐっ…!」

 手のひらに溜めていた魔力をレーザーに変換し、回転しながら飛んでくる鉄棒へ迎撃のためにレーザーを放った。

 レーザーが鉄の棒を半ばから焼き切ったが、二つに分かれただけでこちらに飛来するのには変わりない。

 紫が私の目の前にスキマを展開しようとしているが、ギリギリ間に合わないだろう。でも何もしないわけではない。

 目の前の空間には何もないが、魔力を配置してそれにコイルの性質を帯びさせた。それに電気の性質を組み込んだ魔力を流し込み、強力な磁力を生み出した。その磁力は紫が飛ばしている鉄棒の軌道を変えられるほどだ。

 木や地面に突き刺さった鉄の棒がこちらを向き、高速で飛んできていた鉄の棒がビタッと、配置していた魔力に引き寄せられて場所で停止した。

 魔力の供給を止め、磁力を消滅させた。重力によって落ち始めた鉄棒を両方掴み、異次元ルーミアへと投げ返した。

 初めて扱う物であったため扱い方がわからず、うなりを上げて回転していく一本は異次元ルーミアが通り過ぎたところを横切り、もう一本は木の幹に突き刺さってしまう。

 投げた鉄の棒が自分に飛んできていないことを早くに察知した異次元ルーミアは、二本目が木に刺さるよりも早く私に向けて方向転換して走り出す。

 しかし、私に向かうには紫の前を横切らなければならず、絶好のチャンスで攻撃しない彼女ではない。

 異次元ルーミアが走る距離をできるだけ長くさせるために後ろに下がっていると、紫が開いていたスキマから時速数百キロにもなる速度で鉄の棒や岩を飛ばしていく。

 大量に物を飛ばしたとしても、やはり安全地帯は存在する。私に向かう速度が多少遅くはなるが異次元ルーミアに攻撃は当たらない。

 地面に鉄の棒が突き刺さり、土を抉りながら岩石が砕ける。その弾幕の中を走っている異次元ルーミアは突き刺さって取るのにはちょうどいい高さにある鉄の棒を地面から引き抜いた。

 三十センチほど地面に入り込んでいたらしく、湿っている土が鉄の棒にこびりついている。異次元ルーミアはそれを魔力で強化し、私ではなく紫に対峙する。

 向かってきている岩石や鉄の棒を叩き落すためかと考えたがどうやら違ったようで、得物は得物でも投げるために拾ったらしい。

 私にしたのと同じように、紫へと向けて鉄の棒を投擲する。身体強化も施されている異次元ルーミアの投擲した鉄の棒は、紫がスキマから放っている鉄棒などと同じかそれ以上の速度が出ている。

 二本とも紫に直撃するコースで飛んで行っているが、撃ち落そうにも今から魔力をレーザーにしていたのでは間に合わない。ここは彼女に頑張ってもらうしかなさそうだ。

 紫は飛来してきている鉄の棒へ向けて岩石など面積の広い物を飛ばしていく、魔力で強化されているため当たっても砕かれるばかりだ。あと数メートルで彼女に直撃するという所でようやく一本目の鉄の棒を破壊した。

 しかし、もう一本を撃ち落とすだけの時間も距離も足りず、二本目の鉄の棒が紫の右肩に直撃した。魔力で強化された鉄の棒は皮膚を突き破り、肩と首の間に存在する鎖骨を砕く。それでも勢いは死なず、踏ん張り切ることがでいなかった紫は後方へと吹っ飛んでいく。

 背中側にまで到達した鉄の棒が筋肉や皮膚を突き破り、それが飛ばされていた方向に茂っていた木に抉り込んだことで縫い付けられてしまう。

 スキマへの魔力の供給がストップしたのだろう。開いていた空間が閉じて紫の攻撃が止まった。

 紫は援護できる状態ではなく、奴からしたら邪魔者が入らないまたとないチャンスだ。こちらに向き直っていた異次元ルーミアは、さっきの倍以上の速さで走り出す。

「……き…………か…」

 左手のひらに溜めていた魔力をレーザーに変換し、放とうとした時だ。何か小さな声が頭の中に聞こえて来た気がした。

 異次元ルーミアが何かを言った訳でも、紫が話したわけでもなさそうだ。とすると、単純に私の聞き間違いだろう。

 手のひらサイズのレーザーを異次元ルーミアへと放とうとするが、聞き間違いをしてしまったせいで時間を無駄にしてしまった。

 もう少し早ければ異次元ルーミアの手は私には届かず、安全な場所からレーザーを撃てるはずだった。

 異次元ルーミアは伸ばしていた手で私の腕を掴むと、真上へと向けさせられた。放つ段階まで来ていた攻撃は空へと飛んでいく。

 私よりも図体がデカい異次元ルーミアに接近戦を挑まれれば、身体の強化を施したとしても体重の関係上、よほどのことがない限り不利になるだろう。

 エネルギー弾を放つため、手のひらに魔力を送り込む。しかし、十分な魔力を攻撃に回すよりもはるかに早く、異次元ルーミアが動き始める。

 左手を掴んできている方とは逆の手を私の首に伸ばしてきた。私よりもは圧倒的に手のひらは大きく、人間離れしたその握力で声帯を握りつぶされそうなほどに締め付けられる。

「あっ…!?……かぁ…っ…!?」

 首を絞められたことで脳にも血が回らなくなり、首を掴まれてからわずか十数秒で意識が遠のき始めることだろう。

 このくそ暑い夏だというのに長袖を着ているからわかりずらいが、そこまで筋肉質なわけではないくせに、身体強化を施した私が殴ってもビクともしない。

 魔力を持っている時点で見た目などあまり当てにはなりはしないが、他の連中もこれほどまでに耐久力が高いなら何か対策をしなければろくに戦うこともできないだろう。

 エネルギー弾を放ってやりたいが、奴が私をがっしりと掴んでいる以上は下手に吹き飛ばす攻撃をしてしまうと、掴まれているこちらにまで余計な損害が出てしまう。エネルギー弾を一度魔力へ還元し、レーザーへと再度変換を行う。

 首を絞められた時間が三十秒ほど経過し、チアノーゼで脳の回転が鈍りだす。その影響が既に出ているのか、頭の中がぼんやりとして、レーザーへの変換が上手く行かない。それどころか魔力を手のひらに維持することもできず、魔力が霧散してしまう。

「っ……う……あっ………!」

 もがく私を異次元ルーミアは持ち上げた。足が地面を離れ、体を空中で維持しているのが奴の掴んでいる首だけとなり、体重がそこに集中して苦しさに拍車がかかる。

 魔力を酸素に変換して体に循環させようとするが、脳へ行く血管を締められているため効果は全くと言っていいほどにない。

 そうしているうちに、抵抗が弱まってきた私は異次元ルーミアに引き寄せられた。奴は血生臭い口をグバッと開いた。

 上に持ち上げられていた左手の二の腕に顔を寄せると、異次元ルーミアは何の迷いもなく噛みついた。歯が皮膚を切り裂くと耐え難い痛みが神経を伝わる。叫び声も上げられず、何も発せない口がパクパクと開いたり閉じたりを繰り返す。

 歯が筋肉にまで到達し、筋線維をブチブチと断裂させる。ようやく歯と歯が合わさると、腕から口を引き離して腕の肉をひき千切った。

「~~~ぁ~~~~~っ!!?」

 食いちぎられて口の形に抉れている部分から、血が流れ出て地面に落ちて行く。ダラダラと流れ落ちていく血が地面で跳ねてズボンや靴に飛び散っても異次元ルーミアは気にも留めない。おいしそうに肉を咀嚼すると、噛み砕いた肉を数度に分けて飲み込んだ。

 口元を血まみれにしている異次元ルーミアは、楽しそうに口を小さく開くと私の顔に近づいてくる。

 腹を蹴ったり、右手で振り払おうとしても酸欠で頭が働かない私の抵抗など取るに足らないらしく、異次元ルーミアは私の顔に牙を立てた。

 唇が食いちぎられ、口を無理やりに開かせられる。一秒も立たずに口の中が血の味で満たされた。吐き出そうにも異次元ルーミアはそれすらも許してくれず、私の舌に歯を食い込ませた。筋肉の塊が歯によって切断される音が頭の中に響く。

 激痛が脳を埋め尽くし、逃げ出そうと一心不乱に暴れる。食事の邪魔にでもなったのか鬱陶しいという表情になった異次元ルーミアは顔を離すと私のことを投げ捨てた。

 受け身を取れず頭から地面に突っ込み、起き上がるのに十数秒を有した。

 停滞していた血が脳に流れ込み、酸素を取り込んだことで曇りがかっていた頭の中がはっきりとしていく。しかし、空気を吸える喜びを感じるはずもなく、舌や腕を食いちぎられた激しい痛みに打ちのめされる。

「あっ…が……!……う、あ……!」

 両手で押さえても流れ出ていく血を止めることができないことが、唇を引き裂かれた現実を強調しているかのようだ。

 絶えず激痛の走る腕や口を回復させようと魔力を送り込むが、既に後方から聞こえていた咀嚼音が止まり、すぐ真後ろまで異次元ルーミアが歩く土の音が迫っていたが、それも止まった。

 服の擦れる音、それは異次元ルーミアがしゃがむ動作をしたことを意味し、大きな両手で私の両腕を押さえつけると逃げられないように固定した。今更ながら抵抗を始めた私の首筋に、奴は後ろから噛みついた。

 魔力でさっきよりも体の耐久性能を強化していたが、異次元ルーミアの鋭い歯は難なく皮膚を切り進む。

「あああっ…!!?」

 異次元ルーミアの歯が硬い骨に到達する。簡単には噛み砕くことが出来なかったのか、彼女の方から顎の筋肉を強化する魔力を新たに感じた。

 レーザーを顔に浴びせてやろうとするが、それよりも早く何かが超高速で異次元ルーミアへと放たれる。

 私に食らいつくのに意識を向けていたため異次元ルーミアはそれに対応できず、飛んできた物体を腹部で向かい入れる。

「がっ!?」

 絞り出したような悲鳴と共に、私を拘束していた両腕と噛みつかれていた首筋が解放され、食いちぎられて動かしずらくはある左手をポーチの中に入れた。

 掴み取ったそれに魔力を込めながらポーチから引き抜き、刺さった鉄の棒付近を押さえて後ろによろけている異次元ルーミアへ、ミニ八卦炉を向ける。

 マスタースパークの回路を作る暇がなかったため、大量の魔力を炎へと変換し、ミニ八卦炉を通して異次元ルーミアに炎をぶっ放した。

 膨れ上がった赤い炎は異次元ルーミアどころか森を飲み込み、全てを燃やして吹き飛ばす。

 炎を照射する勢いが強すぎたらしく、踏ん張ることが出来ずに後ろへと体が移動するが、マスタースパークほどではない。

 ミニ八卦炉に送り込んでいた魔力が尽き、炎の勢いが減ると時期に蝋燭程度となり、数秒と立たずに消えた。

 炎によって地面や木が焼かれ、一部では炎が燃え移ったのか木々が燃え始めている。その焦げた地面に異次元ルーミアの姿は無い。

 燃え尽きたわけではない。魔力の炎で炭になっている木もあることにはあるが、大部分がまだ残っているのだ。魔力を使えるものがそう簡単に焼き尽くせるものではないだろう。

 かなり至近距離で撃ち、その勢いに遠くへと吹き飛んだらしい。見渡す限り異次元ルーミアの姿は無い。

 炎の照射はマスタースパークほどの負荷はかかっていないらしく、あまり熱くはなっていないミニ八卦炉をそのままポーチの中に入れた。

 例え吹き飛んでいなかったとしても、炎に焼かれてしばらくは異次元ルーミアも動くことが出来ないだろう。今は回復するとしよう。

 ポーチの中から回復薬を取り出し、蓋をしているコルクを抜いた。口の周りに振りかけて一部を口の中に含んだ。魔力で回復を促進させていたが、回復薬を加えたことで更に早くなることだろう。

 回復しているとすぐ横にスキマが開き、血の流れ出ている腹部を押さえた紫がその中から現れる。

「魔理沙、大丈夫?」

 彼女はそう呟いてくるが、それはこっちのセリフだ。明らかに私よりも重症じゃないか。舌を食いちぎられたことで言葉を発することが出来ず、無言で手に持っていた回復薬を紫に差し出すが使おうとはしない。

「?」

「戻って永琳にでも治療してもらうから大丈夫よ。それよりも今は元の世界に戻りましょう。ルーミア一人でこの有様、もっと強い奴もいるだろうからこっちに責めるのは自殺行為よ」

 そう言ってくる紫に対して、私は口の中に含んでいた血と混じった回復薬を飲み込んでから自分の意見を言おうとするが、舌が再生する間待ってもらい、普通にしゃべれるようになってから意見を言った。

「いや、私は戻らないぜ」

「どうしてかしら?」

「理由は二つ。一つは奴らが三日おきに責めてくる理由がわかったからだ」

 私が理由のひとつ目を話すと紫は首をかしげる。何かわかるようなイベントが特になかったからだろう。今のところは異次元ルーミアと戦ったということしかやっていない。

「ここら一帯…というか、おそらく幻想郷全体にここの霊夢達とは違う奴の魔力が充満してる……」

 姿が見えないのにその存在を感じる。

 厳密にはそうさせている魔力であるが、魔力の性質からは本人と密と疎をつかさどる物が感じられた。ということは、考えられるのはただ一人。

「霊夢達とは違うやつ?……」

「ああ、萃香だ。能力で全身か体の一部をそうさせているのかはわからない。多分前者だが、こうして密と疎を操る程度の能力で幻想郷全体に自分を漂わせているのは情報収集のためだろう。私たちの世界につなげることが出来るのは紫のいるここの霊夢達だけ。粒子の一部を送り込み、情報を集めて戻らせようとしていたんだろう。」

「なるほど、スキマを閉じれば戻って来る手段は無くなり、粒子にある魔力の量なんてたかが知れてるからそれらが死滅するまで時間を空けてたってことね」

 おそらくそういう意図があったのだろう。そうでなければこんなことはしないはずだし、そういう目的でなかったら怪我を負っていなかった異次元霊夢たちが数日おきに責めてきていた理由に説明がつかない。

「二つ目は、私がいるとこれでここの伊吹萃香にも伝わった。その状態で元の世界に戻ったとして、隠しておく理由もなくなったここの霊夢たちがスキマを開けっぱなしにしたらどうなる?連中が向こうに雪崩れ込んでくるぜ」

 確かに、と紫は食い下がる。目的が私の何かであるため、ここに私を送り込んだままにすれば異次元霊夢たちも元の世界に責める理由もなくなる。霊夢たちが闘わなくてもよくなるのだ。

「……いや、それでも…」

 私一人をここに残すことにためらいがあるのか、何かを言おうとするがそれを遮って私は言った。

「だから、紫はそのまま戻って霊夢たちがこの世界に来れないようにしてくれ」

「………。霊夢たちをこっちに送らなかったとして、あなたが負けて……奴らが目的を達成して、こっちに責めてきたらどうするつもり?……あなたが死んだら困るって言ったでしょう?」

「それもそうだが、……霊夢たちが混ざると状況がややこしくなる。私のことを敵対しているからな。会えば咲夜と早苗の仇だって襲ってきかねない。同士討ちなんてバカみたいだろ?だから、しばらくは一人でこっちにいた方が私は戦いやすいぜ。見分ける必要もないしな」

 理由を言うがそれでも紫は渋っている。まあ、そうなるのもわかる。さっきまで使い物になってなかったからな。でも、今なら大丈夫だ。

「私はお前が幻想郷のことを最優先に考えているのと同じで、霊夢の安全を第一に考えてるつもりだ。……巻き込んだ時点で安全もクソもないが、それでもできるならこれ以上は関わらせたくはない。それに、もう大丈夫だ」

「魔理沙あなたの気持ちは分かったわ。でも、今回は一度退きましょう。この怪我では満足に戦えないでしょう?」

「私の怪我は大したことは無いぜ。それに……私はもう十分逃げて来た。……それに、状況が変わったから逃げるわけにはいかないんだぜ」

 私がそう言うと紫は観念したようで、小さくため息を付くとわかったと私の考えを飲んだ。

「あなたにもあなたなりの考えがあるのなら、それでいいわ。でもこっちにいれば妙蓮寺の時みたいに助けることはできないわ」

「わかってる」

 別の次元であるため簡単には手出しできないということだと思ったが、紫から伝えられたことで違うとわかった。

「簡単に手出しできないっていうのも間違いじゃないけど……一つ分かったことがあるわ。こっちに来るために開いたスキマだけど、あそこから移動できないみたいなのよね」

 私よりも重体の紫はスキマについての説明を始めた。早く帰って治療をした方がいいのではないかと思うが、それでも話すということは重要なことなのだろう。彼女がスキマの方へ指をさすのでその方を見た。

 入ったときとは違った、空中にヒビが入っているような亀裂となっているスキマ。彼女はつなげていたスキマを解除したらしく、亀裂が修復されていく。

「もう一度今度は目の前に向こうにつながるスキマを開こうとしたのだけれど、さっきと同じ場所にしかスキマを開けなかった」

 スキマの場所が固定されているということだろうか?今の彼女の説明ではまだわからないため耳を傾けた。

「こっちに来る際に、自分で行ったのとあなたの前。二か所で問題なくつなげられた…でもこっちの世界ではこの場所でしかスキマを開けないようなの」

「つまり、来る際には必ずここに来るしかないわけで…帰るのにもこの場所に戻ってくる必要があるのか」

「そういうこと、…それで思ったのだけれど…」

 紫はそう呟くと一拍の間をあけて再度話し始めようとするが、彼女の言いたいことはもうわかった。私たちにその法則が適用されるということは、異次元霊夢たちも例外ではないということだ。

「ここの霊夢達…なんで直接博麗神社とかにスキマをつなげて奇襲をかけないのかと疑問だったんだが、そういう理由があったのか」

「ええ、そういうことでしょうね。幽香と戦い終わったときにここの霊夢が現れたのよね?…なら、奴らが現れるのは太陽の畑からということになるわね」

 別の世界に行くのには元の世界ではつなげる場所は限定されない。しかし、つなげた先は固定され、そこにしか移動することはできない。これを知れたのは大きい、どこから奴らが現れるかわからないという恐怖が無くなりはした。しかし同時に弱点でもある。亀裂の周りに待ち構えられ、移動した途端に攻撃を受ける可能性があるため、そう簡単にここには来れないから手出しが難しいということか。しかし、法則を知ったためそれは向こうも同じだ。

「……とりあえず、太陽の畑の周りに藍とかに見張らせよう」

「ええ、勿論そのつもり」

 奴らの移動先で待ち構えていることが分かれば、来ようとする考えの抑止力になる可能性もある。私以外は来る予定はないため、こちらにとっては良い情報だ。

「それじゃあ、戻りたいときには連絡するから、紫は帰って傷を治してくれ」

「ええ……くれぐれも無理しないようにね」

「ああ」

 紫がスキマを開き、それをくぐるのを私は見送った。その時、もう逃げないと考えていた決心が揺らいだ。この場所に居たくないという昔のトラウマがくすぶり、スキマをくぐってこの世界から逃げ出したくなった。

 スキマが閉じ始め、亀裂が小さくなっていくごとにその気持ちは大きくなっていく。前に動き出しそうになった足を気力が抑えた。

 亀裂が完全に閉じると、その場に残された私は喪失感や虚脱感を覚えた。不安が沸き上がり、どうしようもない感情に埋め尽くされる。

 落ち着け。そう自分に言い聞かせた。ここで逃げてどうするんだと、何のために私はここに来たんだ。もう逃げないと誓った。私が闘わず、霊夢が殺される方が怖い。そうだろうと。

 深い深呼吸をして、早くなっていた鼓動を押さえる。

「ふう」

 食いちぎられた二の腕や唇と舌は回復薬のおかげもあり、この十数分の間で完治させることが出来た。

 魔力は総量の一パーセントも使ってはいない。だが、磁力を発生させるようにするため魔力にコイルの性質を持たせるという行為は初めての試みであり、余計な魔力を食ってしまった。これから使うのならもっと効率の良い方法を見つけるとしよう。

「行くか…」

 異次元霊夢は腐っても一応は巫女だ。博麗神社にいるだろう。私は黒煙が上がっている村のさらに奥に見える博麗神社へと向かうことにした。

 

 異次元ルーミアに魔理沙と紫が交戦している最中。二人と一人の注意がお互いに向いている間に、亀裂をくぐる者がいたことを三人が気が付くことは無かった。

 




次もいつになるかわかりません。

なので気が向いたら見てやってください。


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東方繋華傷 第八十四話 暗殺

自由気ままに好き勝手にやっています。

知れでもいいよ!
という方は第八十四話をお楽しみください。


 林と言うよりも森に近いぐらい木が密生しているため昼だというのに少し暗い。でも、魔法の森ほどではないため見通しが悪くなるほどではない。

 しかし、見通しがよくなる分だけ木の葉っぱの量が少ないため上から発見されやすい。早く抜けたいところだ。

 紫と別れてから約三分程度の時間が経過したが、一向にこの林を抜けられる気配がしない。

「……」

 人の目であれば木の下を歩いている一人の人間程度なら見えることは無いだろう。だがそれは自分と同じ人間というカテゴリーに当てはめた場合だ。

 例えばだが、自然界に存在する鳥類に鷲という動物が存在するのはご存じだろう。その動物は空高く飛びながら地上にいる小動物や遠くで飛んでいる鳥類を視認し、更には時速数百キロメートルという速度で降下しながら得物を捕まえる。目の良さもさることながら動体視力も人間とは比べ物にならない。そんな奴がいるとすればおそらくここでじっとしていたとしても見つかってしまうだろう。

 なぜ私がこんなことを考えているか、それは鷹以上の速度で空中を移動する人物がこの世界にも存在しているからだ。幻想郷一早いといわれている射命丸文…あいつが本気で誰かを探そうと思えば、地中や四方を周りから見えないように囲われた場所でない限り見つかるだろう。

 秒速百メートルを軽々と超えていそうな速度で飛び回っているあいつが、木の下にいる私程度の人間を見つけられないわけがない。

 現に、さっきの異次元ルーミアとの騒ぎを聞きつけて来たのか、数百メートル上空に羽のようなものを生やした人型の飛行体が見える。異次元文かもしくは別の鴉天狗だろう。

 あいつらがすぐに飛んできたということは、ここでの役割は情報屋ということか。喧嘩っ早い奴ならすでに地上に降りているだろうし、戦っていた辺りを飛び回っているということは情報でも探りに来たのだろう。

 異次元霊夢たちと敵対している勢力もあるだろうし、どちらが勝ったのかと。しかし、小さな小競り合いでは来ないだろう。そんなの、遠くに見えるいくつもの黒煙の下かまたは周辺で行われているからだ。

 なら、よりによってなぜ私が闘っていた場所に来たのか。絶対とは言い切れないが異次元ルーミアに顔をかじりつかれた時、上空へ向けてレーザーをぶっ放していた。あれが目印になってしまったのだろう。

 ほとんどの戦いが近接戦で、弾幕を使うこと自体が珍しく、球状の弾幕ならまだしもあまり使い手のないレーザーが見えたためだろうか。

 その辺は確証はないためわからないが、まったく面倒だな。

 こっちで地の利があるのは向こうなのだ。前にここにいたといわれればそうなのだが、どこに何があるのかは十年も前のことなのでよく覚えていない。

 呪文を詠唱して、魔法を発動した。光の屈折を調節し、望遠鏡と同じ原理で上空を飛んでいる人物をズームして観察をした。

「……あれは…」

 こっちの奴と大体同じ恰好をしている。赤い山伏風の帽子、白いワイシャツにフリルのついた黒いスカート。異次元射命丸文が上空を旋回しているようだ。

 よりによって情報に深く絡んでいる異次元文に見つかったら、一日と立たずに私がこの世界に戻ってきたと幻想郷中に知れ渡ることだろう。

 魔力の供給を止めて魔法を停止させた。飛んでいるのが異次元文だとわかった時点でこの場所から遠ざかる理由が増えたわけだし、早めに移動するとしよう。襲ってこられても困る。

 異次元霊夢が存在している時点で博麗神社は未だに健在だろう、どこか見通しのいいところに出て異次元霊夢のいる場所へと向かうとしよう。

 こっちとバランスが同じとは限らないが、博麗の巫女が一番強いという常識は変わらないだろう。大元を叩くのが手っ取り早い。

 歩きながらそう考えるが、一番強い彼女に勝てる可能性は極めて低い。こっちでは誰も助けてはくれないから助けを求めることもできない。状況次第では異次元霊夢達が狙っている物をチラつかせて手を組ませることも可能かもしれないが、リスクがデカいためあまりこれは試したくはない。

 それに情報不足が否めない。短期決戦であるのであればあまり関係は無いが、どうも異次元霊夢たちは私をワザと殺さない風潮がある。目的があるのもそうだが、目的があるのならさっさとやればいいはずであるのに彼女たちはやらない。

 初めて異次元霊夢が私たちの前に現れた時、奴らは言っていた。私の準備がまだできていないと、それが理由だとしたら長期戦になるのは明らかだろう。彼女らに私を捕まえる意志も殺す気もないのだから。

「……」

 異次元霊夢がなぜそうするのかを私は覚えていない。それに関連したことも思い出したいところだが、いくら思い出そうとしてもなぜか思い出すことが出来ない。

 だから、情報収集して奴らの目的を聞き出せばその対策もできるかもしれない。のだが、先ほどの異次元ルーミアとの戦いで少し私は焦っていた。

 死んでも生き返れるとは言え、妖精があれほどの力を持っているということは他の連中は相当な力を持っているかもしれない。情報を集めるのにもかなりのリスクを負うことになるはずだ。誰かに話しかけるたびに襲いかかられたんじゃあ、疲労がたまるのはこっちだ。全力を出せる今のうちに早めに異次元霊夢に挑んだ方がいいのではないか。

 異次元霊夢に挑むのには情報を集める以上のリスクはあるが、すでに私の中では結論が出ていて、その足は博麗神社を見つけるために見晴らしのいい場所を求めて歩き出していた。

 百メートルほど進むと数十メートル先で木々が少なくなり、森の麓に差し掛かった。進んでいる方向が間違っていなかったことがわかり、胸をなでおろした。森の中を彷徨うことにはならないようだ。

 しかし、肝心なことに気が付いていなかった。森の麓に差し掛かってきたということは、先ほどまでのように木々は密集して生えてはいないということになる。

 つまりは上空から異次元文に発見される確率が高くなっていることを意味している。

 ヒュウッと風が吹く。普段ならそれに違和感を持つことは無かっただろう。だが無風状態の森の中で、周りの草木が揺れずに後ろから風だけが来れば、警戒している私が振り向くだけの理由になる。

「あやや、お久しぶりですね。魔理沙さーん」

 口元を嬉しそうに歪め、片手にカメラを持っている異次元文が立っていた。彼女の見た目はこっちの文とあまり変わらず、口元や表情が歪に歪んでいなければパッと見は見分けがつかなかっただろう。

「っ!?文…!」

 手に魔力を送り込み、そこでレーザーへと変換した。異次元文に手のひらを向け、いつでも放てるようにする。

「あやや、怖いですねー。私は戦いに来たわけではないので、そこまで警戒しなくてもいいですよ」

 明らかな敵意を向けられているというのに構えようともしない異次元文は、私には勝てるという自信があるのか、そう呟きながらこちらから目を離してカメラを弄り始めた。

「信用できると思ってんのか?」

「まあ、そうなりますよねー。どうでもいいですが。……私はただあなたがこの世界に来たという話をお聞きしたので本当かどうかを確認しに来ただけですよ」

 誰かから聞いたということは、吹き飛ばした異次元ルーミアから聞いたということだろうか。しかし、あれだけの大火力を間近で受けて、この短時間で活動を再開するのは難しいと思うが、私が思っている以上に奴の回復力は高かったのだろうか。

 いや、異次元ルーミアが異次元文に私の存在を教えたとは思えない。力を自分の物にしたいのに、力を手に入れる確率を低くするような行為はしないはずだからだ。

 しかし、奴と戦っているときに、異次元霊夢達のような私から何かを奪おうとしている感じはしなかった。

 となると、異次元文にバラさない理由にならないのだが、異次元ルーミアが全身を焼かれ、ほんの数分で喋れるレベルまで回復したとは思えないと結論付けた。いくら妖怪でもこの短時間では無理だ。

 多分、彼女はただあの場所にたまたまいただけで、力などは求めていないのだろう。ということはこいつの仲間である異次元椛の千里眼などで遠くから見られていた。と考えるのが辻褄があうのだが、どこにいるかもわからない人物をピンポイントで見つけることなどできるのだろうか。

 以前、椛に能力を使っているときの話を聞いたことがあるのだが、特定の誰かを見つけようとするのには、詳しい座標が必要だと言ってた。

 椛の能力は位置が既にわかっていたりするのならばいいが、不特定多数の人物を広い範囲で探し出そうとすればかなり使い勝手が悪い能力だ。

 ただし、特定の決まった狭い範囲を探すことに向いているため、ある程度の位置を絞ったうえで探したというのなら納得ができる。椛もそれで天狗のいる森の中という、ごく狭い範囲を監視しているからだ。

 しかし、この森はおそらく天狗たちの森ではない。もし天狗たちの森ならば異次元ルーミアとの戦いで囲まれていただろう。いや、戦う以前に現れることすらなかったはずだ。そうなると、異次元椛が探し出したと言う線はなさそうだ。

 疑問は残るが、今は異次元文をどうするかが問題だ。

「それで、私をどうするつもりだ?捕まえて奴らに引き渡そうっていうのか?」

「いいえ、そんなことはしませんよー。私は力なんかには興味はありませんからね」

 それなら何が目的なのだろうか。力が目的でないということは、そっち関係の利益で動いているわけではなさそうだ。

「じゃあ、何が狙いだっていうんだ?なぜここに来た?」

「私は、面白いスクープを見つけて記事にするだけですよー。近頃は進展がないので面白い物が書けなかったんですよ。なのであなたが帰ってきてくれたことには感謝ですよ」

 私の質問に対して彼女はそう答える。こいつは力などの利益は必要としていない。戦況を記事にすることでゲームの審判のような立ち位置になる。異次元文はこの状況を楽しんでいるようだ。

 やはりこっちの連中はそろいもそろって頭のねじが外れている。異次元文は誰にも追いつけないほどのスピードがあるからできることだろう。それがあったとしても、普通なら戦争を楽しんでみるというこういうはしないはずだろうからだ。

「こんなところ、帰ってきたくもなかったぜ…」

「そうでしょうね。それじゃあー、私はこれからやらなければならないことがあるので、御機嫌よう」

 異次元文は背中の黒い羽を羽ばたかせ、地面の砂を舞い上げながら空中に浮き上がる。そして、手に持っていたカメラのシャッターを押し、私のことを撮影する。

「私のことを広めるつもりか…」

「ええ、そりゃあそうですよー。ある意味主役のあなたが返ってきたわけですから、おもてなししないといけないじゃあないですか」

 こちらを見下ろしていた異次元文は、私の質問に対してそう答えた。

「お前だって殺される可能性があるのに、よくそんなことが言えるな」

「そりゃあー、殺される危険がないわけではないですよ。貴方をここで殺して霊夢さんたちの計画を潰すことだってできます。でも、それじゃあつまらないじゃないですか」

 彼女がこの状態を楽しんでいるため殺されなかったわけだが、面白い面白くないに重点を置いている奴が私を殺すわけもないか。

 ここでこいつが私のことを広めて困るのは異次元霊夢達だ。戦い合ってくれれば私の負担も減る。後のことを考えればこいつと無理に戦うことは無い。

「見下げた奴だ」

「なんとでも言ってくださいなー。そんなことは私にとってはどうでもいいことなので」

 彼女はそう言うと羽を羽ばたかせ、弾丸のようなスピードを出して上空へと飛んでいく。マッハほどのスピードは出ていないとしてもそれなりに衝撃波も発生し、異次元文を中心に暴風によって草木が揺らされる。

 木の葉を避けずに行ったのか、木の枝や千切れた葉っぱが落ちてきた。

「…」

 これで、異次元霊夢は私に向かってくる奴らを無視することが出来なくなったはずだ。奴らに勝てる算段もなく、力も手に入れられないのなら計画をぶち壊すために殺そうとする奴も少なからずいるだろうからだ。

 森を抜けると、数百メートル先に村が見えた。その村から黒い黒煙がいくつも上がっている。戦闘が行われているのか、行われていたのかはわからないが、重要なのは誰が誰と戦っているということだ。

 異次元霊夢が闘っているのか、または他の勢力同士が戦っているのか。潰しあってくれているのなら、私としては嬉しい限りだ。

 村までの道のりで、新しくも古くもある戦闘の痕がかなり目立ち、骨になっているような死体から半分腐っているようにも見える死体がぽつぽつと転がっている。

 ろくな世界じゃないな。常に鼻につく腐ったような匂いや煙の匂いが充満していて、慣れるまでに時間がかかりそうだ。

「……」

 博麗神社はどこにいるだろうか。周りを見渡してみると、村から少し離れた位置にある山に石造りの階段が見えた。それを登っていく方向に目で追うと、赤い鳥居に小さな神社が姿を見せた。

 十年も昔で形などは覚えていないが、一部壊れている部分も確認できた。襲撃で壊されたとしてもどれだけ続くかわからない戦争に、治しても壊されるだけだと治していないのだろう。

 あそこに異次元霊夢はいるはずだ。私はまっすぐそこに向かうのではなく、大回りで村を迂回して向かった。現在あそこでは戦闘が行われているのが遠目にもわかる。

 現地では大きいのだろうが、小さな爆発が起った爆音が一歩遅れてここにまで届いていた。それに巻き込まれるのは御免だ。それに、村は立地的に森に囲まれている。どこから見られているかわかって物ではない。

 時間はかかるだろうが、無理に危険を冒すような真似はしなくてもいいだろう。木々の間から見える博麗神社を目指し、再度歩き出した。

 風が吹くと葉が揺らされ、ガサガサと音がそこら中から聞こえてくる。上を見上げると、葉っぱの間から時折雲一つない晴天。見える角度が真上に行くごとに、空の青色が海の奥のように濃くなっていく。

 漂っている死肉と硝煙の匂いや爆発音に目を瞑って情景だけ見ていれば、この場所であっても平和に感じる。

 それぞれの器官で感じることのできる状況のギャップに、違和感が生じた。

「…」

 こうして一人で歩いていると、いろいろと考えてしまう。私は異次元霊夢に勝てるのかということや倒せなかったらどうなってしまうのかと不安が募る。

 一度考え出してしまうと止まらず、私は戦場にいるというのにボーッとそれらについて考えていてしまっていた。

 目の前が見えておらず、歩いていると頭から何かにぶつかってしまった。木にぶつかってしまったのかとも思ったが、それにしては柔らかすぎる。

 そして、背中に人肌ほどの温かさを持つ物が触れられたことでそれが木などでないことを確信した。

 悪寒が背筋を撫で、鳥肌が立つのを感じた。バッと顔を上げると頭一つ分以上、紫と身長がそう変わらない二人組の女性が立っていた。一人が横に立っていて、もう一人は私の背中に手を回している。

「お前…!」

 掴んできている女性の口が左右に裂けて白い歯がのぞいた。固まって呟くことしかできなかった私に顔を近づけて来ると、口を開いて噛みついて来た。

 

 

 無風。

 特殊な場所に位置している場所だと空気はあるというのに、風という概念がないらしくこうしてしばらく歩いているというのに全く風が吹く様子がない。

 まあ、それはいつものことではあるのだが、違うのは周りと違ってかなり緩い平和ボケした空気が館中を漂っている。

 木も葉っぱが無駄にお生い茂らないように丁寧に切り取られ、雑草などが一本もないほど庭の端から端まで丁寧に手入れが施されていて、几帳面さがよく分かった。

 その庭を横切り、大きな館へと向かう。石畳を歩くと靴が石に当たるごとにコツコツと音が鳴る。無風で静かなこともあってそれがやけに大きく聞こえた。

 縁側まで行くと部屋を仕切っている襖が開いていて、室内が見えるが住人はいないようで、面倒であるが探さなければならない。

 ここにいてくれれば楽だったのにと、自然とため息が漏れてしまう。まあ、ここでため息を付いていても仕方がないし、失礼してここから入るとしよう。

 そう思って靴を脱いで縁側から上がろうとすると、ヒタヒタと素足で木の床を歩く音が近づいているのが聞こえてくる。

「……」

 縁側に上がろうとしていたのを止め、脱ぎかけた靴のつま先で石畳を叩いて履き直した。

「あら、もう帰って来たの?時間がかかりそうって言ってなかった?」

 彼女はそう言ってこちらを見た。

「ええ、そうなんですよ」

 私はそう言って彼女に笑いかけた。

 




次の投稿は滅茶苦茶時間がかかります。


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東方繋華傷 第八十五話 死者か生者か

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は第八十五話をお楽しみください。

もしかしたら二月の辺りまで次を投稿できないと思います。


「チルノちゃん。逃げられちゃったね」

「ごめんね大ちゃん!意外と力が強くて離しちゃった」

 声は大人びているはずなのに少し子供っぽい口調の二人は、お互いの名前を呼び合って拘束から逃れた私を見る。

 緑色の頭髪に黄色いリボンをつけ、ドレスのような洋服を着ている異次元大妖精。青い髪に青いリボンと胸元には赤いリボンのある洋服を着た異次元チルノ。

 異次元ルーミアと戦った時にも思ったが、こっちにいる幼い姿ではなく私を通り越して身長はかなりデカい。紫とそう変わらないぐらいだ。そして、どことなくまともじゃない奴の雰囲気がする。

 姿などは異次元霊夢達が霊夢たちとは違い、幼い面影は残ってはいる。彼女らはなぜそんなに成長しているのかは疑問ではあるが、今のところ三人にしか会っていないから確定はできないが、妖精は皆こうなのだろうか。だとすれば見分けるのは容易ではある。

「っち……」

 噛みつかれる寸前に顔を横に傾けたことが影響し、右目の上を噛みつかれてしまった。皮と筋肉を一部食いちぎられたおかげで血が流れ出し、目に入る。右側の視界が一部悪い。

 私は目の上を手の甲で拭い、二人に対して舌打ちをした。ボーっとしていて周りを見ていなかったとはいえ、まさかぶつかってしまうとは思っていなかった。この世界は全土が無法地帯にも等しい。気を抜いてはいけない。

「次はちゃんとやらないとね。チルノちゃん」

「わかってるよ大ちゃん!あたいはサイキョーになるために頑張るよ!」

「うん。私も手伝うよ、チルノちゃん」

 異次元大妖精はそう呟くとこちらを見た。会話の内容から私の力狙いだということがわかるが、異次元霊夢の言っていた準備というやつがこの二人にすらできることなのだろうか。

 少し情報を引き出してみるか。

「なんだ、お前らも力がほしいのか。…でもそのやり方を知ってるのか?」

「力がほしいのは当たり前じゃないか!それであたいはサイキョーになるんだ!…その為に名前忘れたけどお前を殺して、食って…その力を手に入れてやる!」

 私のことを食って力を手に入れる。異次元霊夢の言っていた私の準備というのに矛盾する。食うだけなら準備など必要ない。

 情報の出どころによるが、おそらくウソの情報を掴まされているか、噂話などの正確性のないものを信じているのだろう。

「だからお前は馬鹿だっていうんだぜ」

「なっ!?サイキョーのあたいのどこがバカだっていうのさ!」

「なら、情報のでどこを言ってみろよ。こっちにいるイかれた野郎ども(異次元霊夢ら)が、そう不用意に本当の情報を流すと思うか?情報操作をするはずだ」

 異次元チルノが私の言っていることを理解できたかはわからないが、バカと言われたことで子供のように癇癪を起している。

 二人が本当の情報を掴んでいないと知れたところで、次はどう対処するかを考えていると、異次元大妖精が私を鋭い目つきで睨み付けて来ているが、固有の能力特有の魔力の性質が感じられた。

 ボッと小さな音。ガスコンロの炎が付いたときのような破裂音が耳に届いたときには、異次元チルノの横に立っていたはずの異次元大妖精は、黒い少量の煙を残して消えていた。

 狐か狸に化かされたかのように、忽然と姿を消した異次元大妖精の姿を見つけようとした直後、荒々しい殺気が真後ろに出現して私に襲いかかる。

 こっちの大妖精はあまり好戦的ではなく、戦っているところをほとんどと言っていいほど見たことがない。だから彼女の能力を忘れていた。

 瞬間移動だ。

「嘘だったとしても、試す価値はあるとは思いませんか?」

 後ろから聞こえてくる冷えた低い声、こちらに向けられている敵意が木が枝を伸ばすかのように、私の方へ異次元大妖精は腕を伸ばしてきているのが振り返らなくてもわかった。

「っ!」

 振り返りざまにレーザーをぶっ放そうと、手のひらを後方の大妖精へと向けた。緑色でショートの鮮やかな髪が目の前でチラついたと思ったころには、また黒色の煙を少しだけ残して姿は無い。

 やられた。振り向いてしまっている以上は、今更異次元チルノの方を振り返るのは不可能だ。

 真後ろから聞こえてくる破裂音に、消えた敵意が背中を撫でる。

 霊夢など運動神経がいい人間なら、ここからでも十分に攻撃をかわせるだろう。しかし、無理やり体を捻ったとしても私が攻撃をかわすこと自体が難しいだろう。

「それと、チルノちゃんのことを馬鹿にするな!」

 斜め下からわき腹へ打ち上げるような蹴り、体の耐久性能を強化していたとはいえ体の中にまで衝撃が浸透していく。威力だけ見れば早苗たちの打撃とそう変わらない。

「うぐっ…!?」

 吹き飛びはしなかったが、体が軽いせいで少し持ち上がった。その表情を見た異次元大妖精は意地の悪い笑みを浮かべ、膝から崩れ落ちそうになっている私の髪を掴んでくる。

「い…づ……ぁ…っ…!?」

 蹴り上げられた痛みがわき腹から肺へと突き抜けていき、呼吸で使われる肋骨にある筋肉が硬直して息が吸えない。

 異次元大妖精に掴まれている頭を下に押し込まれた。曲がった体は相手からしたら蹴り上げやすい物らしく、顔に膝が叩き込まれた。

「あがっ…!!?」

 歯が砕け、鉄の味が舌に広がる。唇の毛細血管が潰され、その裂傷から血が滲む。一滴にも満たない血が付着している膝が顔から離れていく。

 痛みに耐えられない、振り払うこともできずに再度の蹴りが、押さえるために伸ばしていた手ごと顔面に叩き込まれた。

「ああっ!?」

 柔らかい小石でも潰したかのような軽い音。折れた骨が潰れ、粉々に破壊された。その破片が周りの組織を引き割き、皮膚を突き破る。

 三度の蹴りで歯が自分の口と手の皮膚を引き裂いた。異次元大妖精が押さえつけていた手を開いたらしく、蹴りの衝撃で押さえのなくなった頭が打ち上げられてしまう。

 異次元大妖精が拳を握った。その手を大きく振りかぶりこちらへ振り抜いた。指の折れた右手で顔を押さえたまま左手に魔力を集めた。

 魔力をレーザーに変換し、異次元大妖精へとぶっ放す。だが、二度に渡って移動していたのと同じように、小さな黒い煙と破裂音を残したままこちらを見ていた異次元大妖精は消え去ってしまう。

 レーザーは誰もいない空を切り、その先に生えていた木を貫いた。熱線によって加熱された木は発火を起こし、チリチリと小さな火を上がっている。

 前方から起こった反響して小さくなっている破裂音。それとは違ったわずかに大きい爆発音が後方から発生している。

 振り返るまでもなく、後ろに現れていた異次元大妖精が私の足首を強力な蹴りで打ち払う。

「うあっ…!?」

 その威力に頭とそう変わらない高さへと足が打ちあがった。それだけでは終わらず、いつの間にか私の上へと移動していた異次元チルノがツララ状に形成した氷の弾幕を数発はなって来る。

『……きこ…ま…か…』

 異次元ルーミアと戦っていた時に聞こえていた気がしていた声、それがまた聞こえた来た。今度は、より大きくよりはっきりノイズ交じりに聞こえた。

 あの時のあれは、聞き間違えではなかったのだろうか。しかし、この状況に何ができるというわけではない。一発が腕を貫き、一発がわき腹を抉る。太ももを一発が突き刺さる。

「ぐっ…!?」

 地面に背中を打ちつけた私の胸を、上から落ちて来た異次元チルノが掴みかかった。乱暴に掴まれた影響で爪が服と皮膚を切り裂き、持ち上げ上げられた。

 掴んだ腕を振り払おうにも指の骨が砕けていて掴むことが出来ず、間もなく異次元チルノにぶん投げられる。

 十数秒に渡る体の浮遊の後、その運動エネルギーが物体に衝突したことでいきなりゼロとなる。木に叩きつけられた私は、受け身を取ることもできずに頭から地面へ倒れ込んだ。

「かはっ……」

 体に力が入らないということは無い。しかし、折れた指、ツララの刺さった腕、足やわき腹を抉られているせいで力を入れることが出来ないのだ。

『……聞こえ…ます…か?』

 聞き間違えではない。今度はくっきりはっきりと女性の声が頭の中へと響いた。幻聴だろうか。でも、幻聴にしてはえらくノイズがかかっているし、聞いたことのある声だ。

 幻聴を聞いたことがないため本当に聞こえている物なのか、そうでないのかはわからないが、私のことを呼んでいるようだ。

「聞こえてるぜ。それで、お前は誰なんだ?」

 私は単刀直入に声の主へ語りかけた。聞き覚えのある声ではあるがノイズのせいで特定することが出来ない。

『もう忘れたんですか?あなたが言ったんですよ?私の目的を果たしてやると』

「………え…?」

 そのことについてはよく覚えている。それを言った人物など一人しかいないのだが、頭の中が混乱している。

「え…?生きてたのか?」

 いや、生きているわけがない。私の目の前で彼女は死んだ。それだけは絶対にありえないはずなのだ。しかし、実際に声を聴いていて記憶と矛盾している。

 しかし、実際に話しかけてきているのも事実であり、口調や声は十六夜咲夜の物だ。死んだふりをしていて隠れていたりしたのだろうか。

 混乱していていろいろな考えが頭をめぐるが、バックの中から咲夜の魔力を感じた。彼女の魔力が私の魔力に近い波長に変換されて流れ込んできている。

 手や腕、足の痛みを忘れて私はバックを開くと、魔力の発信先には咲夜から手渡された銀ナイフが転がっている。

 彼女は死ぬ寸前に、大量の魔力を銀ナイフへと注ぎ込んでいた。それの性質が複雑で何なのかがわからなかったが、今わかった。

 銀ナイフにある魔力は大きく分けて二つ。一つは咲夜の記憶だ。魔力でデータ化したものだ。もう一つは咲夜の膨大な量の魔力。

 あの時に咲夜は死んだが、本当ならばもっと生きるはずで合ったのだ。そこで彼女は自分の寿命を魔力へ変換し、所有している以上の魔力を生み出した。

 そして、魔力で記憶をこの銀ナイフへコピーしたのだ。これには膨大な量の魔力が必要であるだろうが、寿命で生み出した魔力の量は膨大だ。それ故にできた荒業だろう。

『返答するのであれば、生きてはいませんよ。死んでいます』

「………死んではいるが、一部分が厳密には死んでいない…存在が曖昧だな」

『どうでもいいです』

 自分の死だというのに、冷たい奴だな。まあ、それのおかげで話は速そうであり、私としても漫画にでもありそうなしゃべる妖刀ではあるが、咲夜であるためあまり取り乱すこともなかった。

「それで、何の用だ?……今、お取込み中なんだが…!?」

 咲夜と話していると、いきなり目の前へ異次元チルノが小さな破裂音を発生させながら出現し、氷の刀を私に突き刺すように突き出した。異次元大妖精の瞬間移動は他人を移動させることもできるようだ。

 体を捻ってかわした。直撃は避けることはできたが、刃先が頬を掠ったことで皮膚が切り裂かれ、血がだらりと頬を撫でる。

 追撃が来る前にその場から飛んで逃げだした。足に刺さったツララのせいで上手く走ることが出来ないのだ。

 腕に突き刺さっているツララを取るのは後回しだ。足のけがを治すことに集中しよう。魔力を足のケガへ向かわせる。

 刺さっているのがツララでよかった。氷で周りの肉組織や血管が冷却され、出血を押さえることが出来るからだ。

『こっちの私をあなたは殺してくれると約束しました。でも、あなた一人であいつを殺せるようには思えないです。それでは困るので私は手を貸そうと思います』

 私の魔力に波長を合わせるのに慣れて来たのか、ノイズはだいぶ無くなって聞き取りやすくなってきている。

「どうやって?そのまま飛んで行って相手と戦ってくれるのか?」

『そんな面倒なことはしません。私が貴方の頭の中に入り込んで戦いの補助をするのです』

 それは大丈夫なのだろうか。一時的にとはいえ別の人格を自分の中に入れるのだ。乗っ取られたりしないのだろうか。私の考えを汲み取ったかのように咲夜は言った。

『ご心配なく、無限にあるわけではない有限の魔力をあいつと戦うために温存しなければなりません。乗っ取りなどの非効率的な方法は取らないです。私がすることはせいぜいナイフを使用した戦い方や作り方を貴方に教えることだけです』

 なるほど。莫大な量の魔力を持っているとは言え、それで体を乗っ取られたとしても私も無抵抗なわけではない。永続的に押さえつけるのには持続的な魔力の消費が必要であり、これから戦う異次元咲夜は魔力がいくらあっても足りないような奴だ。自分から負ける要因を作るわけがないか。

 それに、異次元咲夜との戦いにむけて何かしらの武器や戦略が欲しいと思っていた。私の目標達成にも丁度いい。

「そうか、方法はわかった。でも、今は忙しいんでな…少しおとなしくしててくれ!」

 ボッと破裂音がすると、いきなり目の前に異次元大妖精の大きな体が現れた。武器を持たない彼女は私につかみかかるように飛びかかって来た。

「っ!?」

 魔力を使用し、自分の高さを調節する。魔力をジェットの炎として背中から噴出し、下方向へ体を高速移動させ掴みかかって来た異次元大妖精をかわした。

『いえ、私がこの状況で話しかけたのは戦うにあたっての事前準備のためです。』

「事前準備?」

『ええ、私があなたの補助をするだけとはいえもう一つの人格が入り込みますし、どんなことが起こるかわかりません。大丈夫かどうか見極めるためにも今のうちに一度、練習で私が入り込んだまま戦っておこうと思ったのです』

「なるほどな…」

 私が危惧したとおり、咲夜に乗っ取る意思がなかったとしても初めての試みで何が起こるかわからない。ぶっつけ本番で予想外のことが起こるのは困る。

「わかった、じゃあ、どうしたらいいんだ?」

『あなたは何もしなくてもいいです。貴方の魔力に変換した私の魔力を送りますのでそれを受け入れてください』

「ああ」

 咲夜の人格の一部が魔力によって複製され、それが私の魔力に変換される。咲夜のいる銀ナイフを、私は掴み取った。

 魔力の波長は同じように設定されているが、まったく同じわけではなく似た魔力が触れた銀ナイフから伝わって来る。もう一つの咲夜という人格が頭の中に流れ込んできた。

 魔力を使用して拒絶することなく、咲夜を受け入れると、彼女の記憶である銀ナイフの投げ方などの扱い方、得物の材質や重さや強度などの詳しい情報。そして、彼女の憎悪が頭の中を駆け抜けていく。

「っ!?…ああああっ!?」

 咲夜自身、記憶に憎悪をワザと入れたわけではないだろう。死んだ彼女はその時恨みや怒りなどで満たされていた。それが複製した記憶に深く根付いてしまったのだろう。

 背筋が凍るような想像を絶する異次元咲夜に対する怒りや恨みに不意を突かれ、それに飲まれないように気をしっかりと保つことに必死だった私は地面に落下した。

 異次元咲夜に対する。殺害欲求が頭の中を嵐のようにぐちゃぐちゃに駆け回っていく。その情報量に頭が割れそうだ。

『どうしました!?』

 やはり彼女自身は気が付いていないらしく、驚いた様子でそうたずねて来る。落ち着かせるために返答をしようとするが、気を抜いて人格を向かい入れたことで、思ったよりも強烈な台風のような憎悪に耐えるので精一杯で答えることが出来ない。

「っ…!」

『大丈夫ですか?』

「…………あ、ああ……大丈夫だぜ」

 私の後ろに着地していた異次元チルノが肩を掴んできて、そちらの方へと向かせられた。

「死ね!魔理沙!」

 握っている氷の刀を胸に突き刺そうと振りかぶっているが、私のことを見るや否や眉をひそめ、掴んでいた肩を離した。

「お前、何なんだよ!」

 憎悪に耐え、地面に転げ落ちた甲斐はあったようだ。驚いた異次元チルノが手を離したスキに、足が届く範囲にいる彼女のことを蹴り上げた。

「がっ!?」

 悲鳴を上げた異次元チルノは木々のすき間を縫って上空へと飛んでいく。

「なんなんだって…どういうことだぜ」

 自分の手のひらや腕、足などを見回してみても特に変化はない。となると、見えない範囲に変化がないということだろうか。

 異次元チルノらから逃げつつも体の変化を確認するが変わった部分を見つけることが出来ない。だが目の前で揺れている髪の色がいつもと全く違うことに気が付いた。

「へ?」

 走りながら肩に垂れ下がっている三つ編みを掴んでみると、黄色い色ではなく咲夜のような銀色の髪となっている。

「おい咲夜、これは一体どういうことだ?」

『ええ、見えています。』

 魔力を受け入れたことで咲夜と繋がっていて、そこから情報が彼女にも言っているらしく声が聞こえてくる。

『おそらくですが、私を受け入れた先が頭部であるのでその影響が髪に出ているのかもしれませんね』

 一番近い位置にある髪の毛が咲夜の魔力に当てられ、彼女の髪と同じ色へと変化した可能性が高いと。

「なるほどな…」

『とりあえず、あの二人をさっさと倒してしまいましょう。あの二人に勝てないようではこっちの私に勝つことはできないですよ』

 確かにそうだ。こいつらに勝てないようでは、異次元咲夜に勝つことなど夢のまた夢だ。咲夜の銀ナイフの性質を持った得物を魔力で作り出した。

 彼女の情報をもとに作り出したのだが、初めて作った割には上手にできたように思える。オリジナルの銀ナイフと見比べてみても見分けがつかない。

 小さな破裂音が後方から聞こえてくる。いきなり現れた異次元チルノが雄たけびを上げて突っ込んできたことで距離が測れ、横に飛びのいて氷の弾幕をかわした。

 二十センチはある氷のツララが半分ほどまで地面や木にめり込んでいる。ただの氷だというのに、この威力。

 私は気を引き締め、銀ナイフを強く握った。足のけがはほとんど治ることには治ったが、力むとまだ少し痛みが走る。

 腕に刺さっている氷の刃を引き抜き、足に回していた分の魔力を腕の傷への送り込み、後方から迫ってきている異次元チルノの氷の刀に銀ナイフを叩きつけた。

 銀ナイフと打ち合わせせると氷の破片が弾け、ぶつかった部分から氷の刀が半分にへし折れる。

 折れた刀を投げ捨て、異次元チルノは氷の刃をこちらへと飛ばしてくる。軌道的に私に当たる物のみを銀ナイフで破壊し、後ろへと下がっているそこへ魔力を凝縮したエネルギー弾をぶっ放した。

 後ろへ下がったとはいえ、異次元チルノまでの距離は五メートルもない。彼女は氷の弾幕を放とうとしているが、ある程度の大きさを持つ氷を素早く作り出すことが出来なかったらしく、こちらに伸ばしていた手にエネルギー弾が直撃し、はじけ飛ぶ。

 腕を惹かれるように異次元チルノは後方へ吹き飛んで行くが、その下を異次元大妖精が跳躍してくる。

 氷の刃が刺さっていた方の手には得物を持ってはいなかったが、腕の怪我も治ってきたため咲夜の銀ナイフの性質を持った武器を魔力で複製した。

 咲夜の記憶から銀ナイフの扱い方はわかっている。右手に持っていた銀ナイフを刃の方へ持ち替え、迫ってきている異次元大妖精へと投擲する。

 こちらを見ていた異次元大妖精の姿が黒い煙となって消え、銀ナイフと私の間に姿を現した。

 しかし、異次元大妖精は武器という武器を所有していない。身体強化の性質を持った魔力を感じるが、得物が無ければ咲夜の戦闘技術で対処は容易だ。

 記憶があるとはいえ実際にやるのは違うだろうが、注意をしなければならないのは、体格差である。相手の方が腕の長さや体重などが自分を上回る際、それらは大きなデメリットとなりうる。

 なぜならボクシングなどで体重によって級が分けられているのは、それが原因でもあるからだ。

 でも、それは武器を持ったもの同士、素手同士であればある程度なら適応される。武器持ちである今回の場合は、私の方が有利だ。

 突っ込んできた異次元大妖精の攻撃を一歩後ろへ下がったことで避け、逆手に持ち替えた銀ナイフで奴の左腕を肘から切断した。

「せえええい!」

 切れ味が抜群に高い銀ナイフのおかげでかなり切断しやすい。しかし、それでも肉や骨を切るという感触は気分の良いものではない。

 それが精神的に来たらしく、無意識のうちに握っている手から力が抜けてしまい、振り切ると同時にすっぽ抜けてどこかへと飛んでいく。

『攻撃ではない限り、武器は手放さないでください』

「わかってるぜ…」

 咲夜の言いたいことはわかるが、でも慣れていない者からしたらそれでも気分が悪くなるほどに不快だ。

「ぐっ…!?」

 飛びかかってきていた異次元大妖精は片腕が無くなったことで体勢をグラリと崩した。銀ナイフの性質を持った魔力により得物を作り出し、頭へ向けて振り下ろす。

 敵を切るということに少し抵抗感があり、振り下ろすのが遅れてしまった。こちらを見上げていた異次元大妖精は黒い煙を残して消えてしまう。

「気持ち悪い。さっきから何一人でブツブツ言ってるんだよ!」

自分らに話しかけるでもなく独り言を離していれば、異次元チルノがそう私に言うのもわかる。

「うるせえ。こっちにもいろいろあるんだぜ」

 真後ろに破裂音を発生させながら現れた異次元大妖精から離れ、前方から襲いかかってきた異次元チルノの攻撃を銀ナイフで受け止めた。

 今度はかなり強度に魔力を割り振ったらしく、銀ナイフに打ち付けただけで砕けることはない。

 だが、切断能力の性質をほとんど感じない。切るというよりは叩き潰すなどの打撃で攻撃してくるはずだ。

 いきなり息を吐けば吐息が真っ白になるほどに辺りの気温がぐっと下がった。まるで煙草でも吹かしたかのように口から漏れた息が真っ白な軌跡となってその場に残り、その煙を異次元チルノの氷が切り裂いた。

 彼女から一定の距離を取ると、気温が下がった理由がわかった。氷の剣をこん棒に作り替えたのだが、サイズが剣よりも一回りも二回りも大きくなっている。それならば作り出すのにそれだけ気温を下げる必要があったのだ。

 薄着の夏服では零度程度にまで低下した中での戦闘はまずい。時間の経過とともに動きが制限されてしまう。

「くらえええええっ!」

 細かった氷の刀の先端が凍結によりこん棒のように肥大化した武器を、高くジャンプした異次元チルノは重力を利用してこちらへ得物を振り下ろした。

 

 

 

 

「魔理沙が来たようですよ。霊夢」

 石で造られた床に赤い絨毯が引かれている廊下は数十メートル先まで続いており、そこを歩いていると後ろから咲夜の声が聞こえる。

「あらぁ。ついにばれっちゃったわねぇ。まあいいわ、こっちに来てもらった方がやりやすいところもあるしねぇ」

「しかし、他の連中も動き出すのでは?」

「あんたらと同じで連中はやり方は知らないからぁ。捕まえたところで同行できるわけじゃないわぁ」

 振り返った私は二の腕の辺りから肩、頬に古傷のある咲夜がそれでも眉間にしわを寄せ、苛立った顔をしている。殺されたらどうするつもりなんだと言いたげだ。

「大丈夫よぉ。誰もが魔理沙のあの力を欲しているからねぇ。捕まえはすれど殺しはしないわぁ……だって力をすぐに手に入れられなくても利用することはできるかもしれないからねぇ、この戦争に勝てる可能性を殺すなんてことは無いわよ」

「それは一理あります。しかし、自分たちが手に入れるのが不可能だと判断した屑どもが手に入れられないのなら、殺すという行動に出ることは無いのですか?霊夢」

「それも絶対にないわぁ。それが起こるのは本当に最後だからねぇ、その頃には私たちだって行動してるだろうしぃ、止められないはずがないわぁ……だから今は放置するわぁ」

 このとき彼女らは知る由もないが魔理沙は異次元霊夢たちはすぐにでも来るかと考えていたが、当たっている部分もあるが半分は外れたようだ。

 私がそう説明すると、多少なりとも納得したようだ。そんなことよりも私はとあることに飢えていた。

「ねえ咲夜。今日私のお相手になってくれないかしらぁ?」

「断ります。なぜ私があなたなどに付き合わないといけないのですか。まだウサギの残りが何匹か残っていたでしょう?そっちを使ってください」

「冷たいわねぇ」

 まあ初めからとらえている場所に向かっていたのだが、咲夜がちょうどよく来たため聞いてみたがやはり断られてしまった。

「でもまあぁ、つまらなかった戦争がようやく面白くなってくるわねぇ」

 私がそう呟くと、タイミングを見計らったと思えるほどに近い位置での爆発音が響き渡り、赤いレンガで作られた館を囲う壁の一部が破壊された。煉瓦の塊や砕けてゴルフボール程度から指先ほどの大きさの岩石が壁や窓に辺り亀裂を作る。

 壁を破壊したのは、時代的に不釣り合いな外の世界の兵器だ。巨大な鉄の塊で、両側についたキャタピラーで砕いた煉瓦の山に乗り上げ、庭の中へと侵入した。

 どうやら情報を聞きつけた河童たちが早くも行動を起こしてきたらしい。本体と思える錆びついた鉄の塊の上部には長細い筒が取り付けられており、そこから黒い煙がモクモクと漂っている。

 あの主砲がどうやら壁を破壊したらしい。

 窓越しに私たちを確認したらしく、主砲の向きをこちらへと向けてくる。そのほかにも戦車という外の世界にあるはずの兵器には、機関銃と呼ばれる弾丸を連続的に発射する武器が取り付けられているらしく。連続的に主砲よりも軽い発砲音が聞こえてくる。

 窓が砕け、煉瓦に大きな穴を作っていく。しかし、戦車自体が動き、さらには連続の射撃によって標準がブレているらしく、一向に私たちに当たる様子はない。

 こちらへと向けていた主砲がついに火を噴き、戦車を見つめていた私たちに向けて巨大な砲弾が発射された。だが、暴発を起こして主砲の筒が花のように蕾を開かせた。こんな都合よく暴発が起こる物か。

 隣にいる咲夜に視線を向けるとその手には銀時計が握られている。時を止めて主砲に石でも詰めて来たのだろう。

 私たちに攻撃できないと悟ったらしく、戦車は排気口から黒い煙を上げながら前進をはじめ、壁を突き破った。

 ひき殺すつもりらしい。

「本当、これからが楽しみですね。霊夢」

 あと一秒以上そこに留まればキャタピラに巻き込まれて死ぬ位置にいるというのに、咲夜と私は楽しそうに笑っていた。

 




意味が分からん。という部分がある方は
質問等がございましたらご気軽にどうぞー

返せる範囲で返したいと思いますー









語彙力が欲しいです。


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東方繋華傷 第八十六話 ブレーキ

投稿が遅れてしまい本当に申し訳ございません。

行事にひと段落が付いたので、おそらく投稿のペースは上がっていくかと思います。

なので、気が向いたら見てやってください。


注意事項

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもええで!
という方は第八十六話をお楽しみください!


 異次元チルノを中心に、辺りの気温が冬でもここまで下がらないというレベルの温度までガクンと下がっていく。

 パキパキッと空気中に存在する水分が高速で凍結していく音。上の葉っぱや枝からはツララが出来上がっていき、地面からは針のように氷が急速で成長していく。

 それらが巨大化と合体を繰り返し、異次元チルノと私の間に分厚い壁を作り出す。幾度か行った銀ナイフでの攻撃によって負傷した彼女の時間稼ぎだ。

 魔力で冷気のダメージを軽くしているとは言え、指先が少々悴んできている。時間をかけて壁を破壊している暇はない。

 空中に魔力を撒布。それらに咲夜の銀ナイフの性質を持たせ、得物を作り出した。それらには更に前方方向へ高速で飛んでいく魔力を含ませている。

「行け」

 私の命令と同時に氷の壁に十数本の銀ナイフがランダムに突き刺さっていき、亀裂を生み出していく。

 耐久性能がガクンと落ちた氷の壁面へ向け、魔力を凝縮したエネルギー弾をぶっ放す。私は弾幕を放ちつつも走り出し、破壊と同時に突撃できるように銀ナイフの準備を整える。

 エネルギー弾が壁面に着弾、ソフトボール代の弾幕は前方方向へはじけ、エネルギーを放出すると銀ナイフの周りで留まっていた亀裂がより大きく広がり、粉々に砕け散った。

 寒さで肌がピリピリと痛む。両手に持った銀ナイフを魔力で強化し、氷の壁の向こう側へと一気に飛び込んだ。

 その先にいた異次元チルノは武器を作り出していたらしい。それだけでなく刀であれば、その刃の長さの分だけ切れ味を考えて形成しなければならないのだが、彼女は先端部分のみを気を付ければよい槍を作り出したようだ。あれなら短い時間で切れ味の良い物を形成できる。

 霊夢や咲夜たちの戦い方を見ていた私からすれば、彼女の太刀筋はめちゃくちゃだ。かわすことなど容易である。

 槍の刺突攻撃をしゃがんで避けた。伸びきった異次元チルノの手首を掴み、二の腕へ当たるように銀ナイフを振り上げた。

 掴んでいる銀ナイフから伝わって来る、気分が悪くなる肉と骨を切断する感触。今回得物を離してしまうことは無く。絶叫している異次元チルノを蹴り飛ばした。

 ダラダラと切断された腕から赤黒い血が流れている。後ろに下がった距離の分だけ鉄臭い赤い線が出来上がる。

 空中に咲夜の銀ナイフの性質を持った魔力を複数配置、それらを銀ナイフへと変換し、切断された腕を押さえて出血を少なくしようとしている異次元チルノへ射撃。

 高速で飛来する銀ナイフを異次元チルノはダメージからか、よろけて避けることが出来ずにいくつか体に突き刺さる。

「がっ…!?」

 膝をついて倒れ込みそうになっている異次元チルノへ、再度銀ナイフを叩き込もうとするが、後方から聞こえてくる破裂音にすぐさま振り返った。

 異次元大妖精は異次元チルノの様子からもう一度瞬間移動して、さらに私の後方へ移動する余裕もなかったらしい。

 そのまま突っ込んできた異次元大妖精は片手に鋭く光る得物を持っている。まだ中に含まれている魔力が途切れていなかったらしく、投擲していた銀ナイフを武器として使ったようだ。

 それをでたらめなフォームで振り下ろしてくるのだが、彼女へ向けて進んでいた私は銀ナイフの内側へと入り込み、腕を掴んで当たる直前に受け止める。

 腕を捻り上げ、大きく隙を見せているわき腹へ銀ナイフを抉り込ませた。十数センチはある刃物の切れ味を強化していたおかげで肉体には驚くほど簡単に入り込む。

 ピンクと赤色の軌跡を体に刻み付けつつ切り進み、背骨を削って背中側まで一気に切り抜いた。

「あがっ…ぁぁっ…!?」

 苦悶の表情へと変わっていく異次元大妖精が逃げる前に、異次元チルノの方へと蹴り飛ばす。

 血の線を残し、すぐ近くに倒れ込んだ異次元大妖精へ異次元チルノが手を伸ばそうとしている。

「くっ……大…ちゃん…!!」

 げほっと血を吐いて倒れ込んでいる異次元大妖精も、異次元チルノの方へと手を伸ばそうとしている。

『あの二人は逃げようとしているようですね。』

 銀ナイフにこびり付いている血を、軽く振って払っていた私に咲夜が話しかけてくる。確かに異次元大妖精の能力ならば簡単に逃げることが出来るだろう。

 そう考えていると咲夜が話を続けていく。頭の中で咲夜の声が響いてくるということはそこで魔力を通して繋がっているということだ。いちいち口に出して話さなくても、意識が繋がっている最中ならば考えることは伝わるということだろう。

『何をしてるんですか?』

(何って、なんだぜ?)

『早く止めを刺してください』

「へ…?」

 彼女が何を言っているのかわからなくなり、口から声が漏れてしまう。その私へ咲夜は淡々と言ってくる。

『え?ではありません。なぜ早く止めを刺さないんですか?また来られたら面倒です』

(い…いや……そうなんだが……)

『なにを怖気ついているんですか。私を手伝うと言った時点でこっちの私を殺すことになるんです。ただ遅いか早いかだけです。本番で怖気つかれても困るので、早くしてください。』

「…っ……」

 血が付着している銀ナイフを見下ろした後、異次元大妖精達の方へ視線を移した。

「ぐうっ……チルノちゃん…」

 倒れ込んでいる二人は地面を這いつくばって近づこうとしている。血がダラダラと零れていて普通の人間ならもうすでに死んでいることだろう。

『妖精ですし、死んでも生き返りますが、殺しておけば生き返って来るまでの時間が延長されることでしょうし、早く殺してください。十六夜咲夜を殺そうとしているときに邪魔されたらたまったものではないので』

(わ……わかってる…ぜ……)

 咲夜から銀ナイフを受け取ったときにこうなるとわかっていたはずだ。でも、いざその状況になると生き物を殺すという現実に、握っている得物が小刻みに震えた。

 そっちへ歩き出そうとするが足も震えてしまう。二人の伸ばしている手は後十数センチにまで近づいている。

「……」

 手を伸ばしている異次元チルノの横に立つと、ゆっくりと血がこびりついている顔を傾けてこちらを見る。

「…っ……くそ……」

 こっちを睨んでくる異次元チルノに対して、私は赤い得物を逆手に持ち替えた。震える銀ナイフを突き刺すためにしゃがみ、振りかぶった。

「…っ…チルノ……ちゃん……!!」

 切羽詰まった異次元大妖精は切り口から血液とピンク色の内臓を零しているが、そんなことは気にもせず異次元チルノの方へ行こうとしている。

 あとは振り下ろすだけ、あとは振り下ろすだけなのに、体が動いてくれない。

 命に差はないと思うが、それでも夏に血を吸いに来たカを叩き潰すのと、この妖精を切り殺すのとでは訳が違う。

 自分と同じ人間の姿をしているからそういう感情が沸いているということはわかる。だがしかし、それでも殺すということに抵抗があった。

「っ……」

 息が荒くなり、刺される側ではないというのに恐怖を感じている。でも、咲夜が言っていることも間違ってはいない。彼女の目標以外にも私は戦うことになるだろう。そこで生かしておくわけにはいかない奴と出会うこともあるはずだ。

 だから、私は異次元チルノたちを殺さなければならない。

「うああああああああああああああああああああっ!!」

 振り下ろした私は叫びながら銀ナイフを異次元チルノへと叩きつけた。恐怖で見開かれた彼女の瞳。それと私と同じように異次元大妖精の絶叫が響き渡った。

 その中で得物から発せられた音は、肉や骨を切り裂いていくものではなく。甲高い骨よりも固い物とぶつかった金属音だった。

 異次元チルノや異次元大妖精は目を見開いたまま固まっている。うち片方はなぜ自分が生きているのかがわからない様子だ。

 私が握っていた銀ナイフは異次元チルノの頬を掠り、地面に転がっていた石を叩き割り、半分ほどまでナイフは土にめり込んでいる。

「はぁ……はぁ……はぁ…」

 先の戦闘ではあまり息は上がっていなかったのだが、ただ銀ナイフを振り下ろすという行動をするだけで息が切れている。

『………』

 彼女は何かを言いたげにため息を付いている。わかっている言いたいことはわかっているが、それでも生き物を殺すという恐怖に勝てない。

 銀ナイフを地面から引き抜こうとした私に向け、異次元チルノが口角を吊り上げて笑いかけてくる。

「…?」

 なぜこの状況で笑っていられるのだ。と思った私に異次元チルノは勝ち誇った自信満々の声で叫んだ。

「ばーーーーーか!!殺せるときに殺せない甘ちゃんはここでは死ぬんだよ!!」

『後ろです!』

 咲夜の叫びが頭の中をこだます。振り返った私の腹部へ下から突き上げる拳が叩きつけられた。

 異次元チルノは目の前にいて、異次元だ妖精も視界の中にいる。となればさらに別の第三者が参戦してきたことになる。

 振り返った私に見えたのは深い緑色の髪に中性的な顔立ちの女性。頭に生えている二本の触角が無ければ異次元リグルだとはわからなかったかもしれない。

「かっ……!?…あがっ……!?」

 ビキッと固い物に亀裂が入る音が体内に反響し、骨を伝って耳まで届く。肋骨に亀裂が入ったか、または折れた。

 そう頭の中で情報をまとめる前に私の体が上方へ持ち上がり、大きくなった異次元リグルからしたら非常に蹴りやすい高さだろう。

 全身を強化していたとはいえ、ここまで簡単に骨が折れてしまうとは思ってもいなかった。しかし、魔力で痛覚を遮断して痛みを遮り、薙ぎ払う異次元リグルの蹴りを銀ナイフで受け止めた。

 もちろんだが、それは当たればただでは済まない威力を誇っている。だが、所詮は肉体を強化した物であり、私が銀ナイフの当て方を間違えなければ容易に足を切断できるはずだ。

 両手でガードしていた銀ナイフがぶつかり合った赤い火花ではなく、魔力が同士がぶつかり合った青い火花だ。

 それと一緒に真っ赤な鮮血が散り、腕や体が飛び散ってしまう。それに視界が塞がれてしまうが、足首から下が切断された異次元リグルの方がダメージが大きそうだ。

「なぁっ…!?」

 足首から先が無くなったことで、先ほどまでとは違う重心にバランスを崩したようだ。魔力で体を持ち上げ、両手に持っている銀ナイフを異次元リグルへ投げつけた。

 まだ銀ナイフの勝手がわからず、一本は異次元リグルの肩へ当てることが出来た。だがもう一本は刃ではなく柄の方が当たって地面へと落ちてしまう。

 周りに魔力を配置。咲夜の銀ナイフの性質を含ませ、空中に武器を生成した。残る魔力は強化と前方へ向かうもの。

 チャンスがあればそれを物にしていかなければ勝つことはできない。異次元チルノが言ったこれについては反論することが出来ない。

 配置して置いた複数の銀ナイフを異次元リグルと異次元チルノ、異次元大妖精へと叩き込んだ。三人の顔が歪み、苦痛に叫んだ。

 これで彼女らが追ってくることはしばらくは無いだし、そのうちに三人から離れることにしよう。

 一応銀ナイフを魔力で作っておいていたのだがその必要もなさそうで、安定した魔力を不安定にさせることで得物を魔力の結晶として消した。それと、魔力で遮断していた痛覚を解除した。

「ぐうっ……あぐっ…!」

今まで遮断していた断続的な痛みが呼吸をするたびに襲ってきて、普通の呼吸というものが出来なくなってしまい、魔力で肋骨の修復を促進させた。

「っ…く……あ…!」

 堪らず近くの木に手を付き、倒れ込まないように体を支えた。呼吸を落ち着かせようとしているのだがドッと冷や汗が額から滲んでいるのがわかる。

 ここを襲われたらひとたまりもないのだが、異次元チルノたちの方を見ると既に姿はなく、血だまりだけが渇いた地面に残っている。

 私の目的はこっちの博麗神社にあるから早く向かいたいのだが、肋骨のヒビが治ってからにしよう。そのまま木によりかかって座り込んだ。

 呼吸をすると痛みが肋骨から広がって来る。

「……」

 痛い。肋骨だけでなく、体の節々まで痛くなってきた。魔力で痛みを和らげて骨の痛みが引いてきたことで、他の部分の痛みを認識できるようになってきたのだろう。

『まったく、なぜ刺さなかったのですか。その調子では私の目的を果たすことが出来ないのではないですか?』

 すまないな。私が頭の中でそうぽつりと呟くと、数秒の後に彼女から返答が返って来る。

『すまないではありません。妖精だからよかったものの、あれらが博麗の巫女だったり、こっちの私だったらどうするつもりなんですか。貴方に死んでもらっては私が困ります』

(そうだったな。次からは気を付けることにするぜ。)

 半分呆れた咲夜の声は私が謝ったことで一応は納得したのか、そこから聞こえることは無かった。

 視界の上方に見える髪の色がいつの間にか銀髪から金髪へと戻っている。あのまま戻らなかったらどうしようかと思ったが、その心配はなさそうだ。

「…………」

 咲夜たちのように霊夢を殺されてから、殺す覚悟が決まったのでは遅すぎる。というように理論的にはわかっている。しかし、殺人という倫理に反した行動に感情が無意識のうちにブレーキをかけてしまっている。

『そのブレーキは、いつかあなたを殺すでしょう』

 私の考え事を咲夜は聞いていたのだろう。割り込んできてそう言ってた。

「………盗み聞きなんて、趣味が悪いぜ…」

『もう聞く気もないのでご安心を』

「口の減らない奴だぜ」

 

 

 

 血の匂いはいいものだ。始めて嗅いだ時もそうだったのだが、私の気持ちを高ぶらせる。

 血の味はいいものだ。初めて口に含んだ時もその独特な香りと混ざって、舌の上で踊る血液の味が私の気持ちを高揚させた。

 血の感触はいいものだ。初めて肌で触れた時、その感触に全身が喜んで気分が上気させた覚えがある。

 それは今でも変わらない。

 だからこうして死体から溢れている生暖かい血液を服を脱いで露わにした上半身に塗り付け、溢れる液体を啜る。

 むせ返る鉄の匂いや味、血液のヌルついた感触に私は興奮していた。呼吸が荒くなり、体の奥底が熱くなっていく。

 服を完全に脱ぎ捨て、ベットリと血液の付着している指先を下半身に這わせた。足の指先から脛、太ももへと順々に血液を付けた。

 自分の性癖には困ったものだが、死んだ者の血でこれをするほどに興奮することを私は知らない。特に、自分で殺した相手の血など堪らない。

 局部へとゆっくりと指をあてがった。皮膚に血をつけていた時とは比べ物にならない快感が全身を襲い、私はそれに身を任せた。

 

 脱ぎ捨てていた返り血まみれの服を身に着ける。血は体にこびり付いたままであるため向こうに帰ったら洗うとしよう。

 自分の役目はまだ終わっていない。もぎ取った生首を拾い上げ、自分の方を向かせると虚ろな彼女の瞳は虚空を見つめている。

 被り物をさせたままだと運びずらい。被り物を剥ぎ取り、床に投げ捨てた。サラサラなピンク色の髪の毛があらわになり、ヒュウっと通り抜けていく風に靡く。

 首の角度が変わったことで彼女の唇から血液がだらりと垂れた。頬を撫で、その血を舌で舐めとった。

 まだ時間はあるし、もう少しだけ楽しんでから帰るとしよう。彼女の口をこじ開け、唇を重ねて舌を潜り込ませて口内に残る血の味を再度に渡って楽しんだ。

 




次の投稿は一週間後とかになると思います。
早ければそれよりも早く投稿すると思います。


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東方繋華傷 第八十七話 どちらの人間か

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもええで!
という方は第八十七話をお楽しみください。

出来れば一週間に一度のペースで投稿していけたらいいなと思います。


「……」

 なだらかとは言えず、急な坂を無言でゆっくりと上る。獣道だったり多少なりとも人の手が加わった坂ならばもう少し早く歩けるのだが、草や木が伸び放題で中々足が出せず一歩歩き出すのにも苦労する。

 休み始めた時間から一時間程度の時間が経過した。魔力で治癒力を促進させていたとはいえ、普通なら治すのに何週間もかかる骨折をこの短時間で治せたからいいのだが、それでも痛みが引くまでかなり長く感じた。

 それよりも今はこの坂を上ることに集中しよう。空を飛んでいきたいがそれだと神社にいるかもしれない異次元霊夢に見つかり、奇襲を仕掛けることができなくなってしまう。

 木の下を低空飛行で進めばいいのではと思うかもしれないが、正規のルートではないこの辺りはかなり荒れ放題で、とてもじゃないが飛びながら進めたものではない。今は地道に上っていくしかないわけだ。

 しかし、それは私にとっては悪いことだけではない。これだけ木や草が伸び放題なら気配を消しやすくもなる。

 あと坂を五メートル登れば神社につくのだが、ここからは慎重に上っていくとしよう。ある程度は草木が音を吸収してくれるが、それでも限度があるはずだからな。

 しゃがみ込んで乾いた地面に手を付き、青い草をかき分け音を立てずにゆっくりと四つん這いで進んでいく。

 異次元霊夢は霊夢と同様に勘が鋭い。見つからないように細心の注意を払わなければならない。

 そう思って十数分かけて一メートルを進んでいたのだが、その必要がないことに気が付いた。魔法で光を屈折させ、ここからでも坂を超えて博麗神社を見ることが出来る。

 光を屈折させるための簡単な回路を構築し、魔力を注いで起動させる。物が見えているのは光が当たり、その光が反射して自分の目に入り込んでいるからであり、相手側から飛んできた光のみを屈折させているため、こちらの姿があっちに見えることはない。

 地面と草しか見えなかった視界が、魔法を発動させたことで明るい博麗神社の景色へと変わる。

 以前に他の妖怪からか攻撃があったらしく、庭の一部が爆発で抉れていたり壁が壊れている。

 神社の縁側には異次元霊夢の姿はなく。神社の中にいるのかと思ったが、見える範囲に赤と白の巫女装束を身に着けている女性は見当たらない。

 光を屈折させる回数を一段階増やし、神社の中を覗き見ると台所や茶の間にはいないらしい。更に屈折の回数を増やし、風呂場やトイレ、納屋、屋根裏や縁の下まで確認したが異次元霊夢の姿は見つけることが出来なかった。

 だが、扉が締め切られて探すことのできなかった場所が一つある。寝室だ。少しでも扉が開いていれば光を屈折させて探すことが出来たのだが、ここだけは自分で探すしかないようだ。

 向こうからこっちが見える範囲ではいないということがわかり、私は一気に坂を駆け上がった。魔力で体を浮かせ、神社の寝室までの最短距離を飛行した。

 鞄の中からミニ八卦炉を取り出し、いつでもスペルカードを発動できるように回路を作成する。

 たった一人で異次元霊夢に勝てるのかという不安が頭をよぎるが、その邪念を振り払う。相手が現段階まで気が付いていなければ、チャンスはある。

 しかし、緊張で心臓の拍動が相手に聞こえてしまうのではないかと思うほどに大きく拍動し、それがまた不安を煽る。

「……」

 魔力で身体能力を強化し、閉じられた襖を異次元霊夢に感づかれる前に蹴り開けた。靴を伝ってやってきた衝撃に若干足が痺れるが、蹴られることを想定して作られていない襖は外枠の木が砕け、張られた紙が破れて吹き飛んだ。

 ミニ八卦炉魔力を溜めて構えたまま部屋に転がり込み、端からクリアリングしていくが、異次元霊夢がこの部屋にもいないことを確認する。

 この部屋もいないとなると、彼女は本当に神社にはいないらしい。異次元霊夢が返ってきた時のために罠でもしかけてやろうと思ったが、突入の仕方を間違えたな。

 襖が壊れていたらそりゃあ警戒して近づこうとは思わない。罠を仕掛けたとしてもかかることはないだろう。奴はそれほどバカじゃあない。

「…はぁ」

 無駄骨ではあったが、潜伏先を割り出すための情報になったことを喜ぶとしよう。寝室を出て行こうとした時、壊れた襖が何かを下敷きにしているような角度でふとんの上に落ちていることに気が付いた。

 誰かがいる。そう分かったが、異次元霊夢じゃあない。奴なら私が飛び込んできた時点で襖を破壊し、そのまま突っ込んできていてもおかしくはない。

 じゃあ誰がいるのか。

 それを確認するため、私はミニ八卦炉を再度構えて壊れた襖にゆっくりと近づいていく。ゆっくりしゃがみ、片足で襖を蹴ってどかした。

 誰がいようとミニ八卦炉の前に留めてあった炎をぶっ放すつもりだった私は、彼女のことを見た瞬間に思考が停止する。

 厳密にいえば、彼女を見て思考が停止したのではなく、他のことに脳の処理が向かなくなったからであるが、事実上停止したに近い。

 転がった襖が床や壁に当たって立てる音が嫌に遠くに聞こえる。ズキッと頭の奥で鈍い痛みが発生する。

「っ……」

 彼女を凝視したまま動けなくなっていた私の持っているミニ八卦炉。その前に留まっていた炎が、魔力の供給を断たれたことで形状を維持することが出来ずに魔力の結晶となって消えていく。

 しかし、それすらも私は理解していない。痛みの波が回をなす事に大きくなっていき、頭の中で小さな妖精でも暴れていると言っても否定できない激痛へと頭痛が変わっていく。

「あ…が……っ…!?……く…ぁ…っ!!」

 ミニ八卦炉を放り投げ、両手で頭を抱えて床に這いつくばり、頭を打ち付ける。頭の奥底から発生している極度の激痛に吐き気が込み上げ、何も入っていない胃からは胃液が込み上げて来た。

「ああああああああああああああああっ!!」

 床が吐き出した胃液でまみれ、額から血が滲もうとも頭を床から離すことが出来ず、喉が壊れるほどの絶叫をした。自分がどういう恰好をしているのか、何をしているのかもわかっていない私の頭にはノイズだらけのイメージが流れ込んでくる。

 

 

 縛り上げられた十数人の子供や大人。その中には泣き叫んでいたり、目を吊り上げて怒鳴っていたり、壊れてしまったのか何の感情も浮かべていない者もいる。

 そして、私の隣には血でまみれた異次元霊夢が立っており、目の前には多数の死体が転がっている。

 どういう状況なのか私が理解する前にノイズに覆われ、何も見えなくなった。

 

 ノイズが晴れると場面が変わっていた。

 異次元霊夢が女の子を一人抱えている。何かをこちらに話しているがノイズが酷すぎて何を言っているのか聞こえない。

 異次元霊夢が何かをしようとしているが、ノイズが視界を遮り、二人の姿が見えなくなった。

 

 次にノイズが晴れると、私は倒れ込んでいるようで天井が大きく視界に広がっている。

 ただそれだけなのかと思ったが、そうではないらしい。明るめの薄紫の長髪、かわいらしい大きなウサギの付け耳、そのかわいらしい付け耳とは対称的な恐怖を誘う細まった赤い瞳、黒い三日月の模様が入った赤いネクタイをしていて、その上にはブレザーを羽織っている。クリーム色の長いスカートを履いている鈴仙が視界の端から現れた。

 戦闘でもあったのか、彼女の服は砂や黒い煤でまみれている。破れている部分もあり、戦いの激しさが窺えた。イメージの中の私が彼女に気が付いたのか、そちらに顔を傾けると鈴仙もこちらを見る。

 少し怪我をしているのか、わき腹を押さえているが出血はなさそうである。近くで爆発でもあったのか地面を衝撃が揺らし、鈴仙が周りを見回している。

 それでも衝撃は来たらしく、屋根裏に積もっていた埃が木の間からパラパラと零れ落ちて来ている。

 部屋が壊れて崩れそうにないと判断すると彼女は安心した様子だが、焦っているようにも見えた。

 服の所々に血をこびり付けた彼女はすぐそばに膝をつくと、私の額に真上からピストルのように人差し指を突き出した手を構えた。

 イメージの中の私は怯える仕草もなく、ただその指先をじっと見つめている。彼女は目を閉じて顔を背けると呟いた。

「ごめんなさい」

 

 

「かっ…あぁ……う…ぁぁ………」

 イメージが途切れると頭をバットで殴打されているような激痛が引き始める。体を起こそうとするが四肢に力が入らない。気持ち悪さも退いてくれず、何も吐き出すものが胃の中にないのに、胃袋が何度も大きく収縮する。

 思い出したくもないトラウマの一部に、体が拒否反応を起こしているのだ。昔のことを体が思い出しているのか節々が痛みを主張し、喉や口には何かを詰め込まれるような圧迫感すらある。

 私がまともに体を起こせるようになるまで回復するのに、そこから約三十分の時間を要した。それまでに何度も嘔吐を繰り返し、全身の痛みにのたうち回ったのは言うまでもないだろう。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 どれだけの時間が経過しても動機が収まらず、呼吸が整えられない。ヨタヨタと目的地もなく歩き出そうとしていた私はバランスを大きく崩し、床に倒れ込んだ。

 さっきのあの映像。私のこっちにいたころの記憶だろう。断片的ではあるが、何があったのかは分かった。しかし、異次元霊夢達が何をしたかったのかはわからなかった。

 できるだけ見たイメージのことは思い出さないように気を付け、トラウマの症状を緩和させようと別のことを考えることにした。

 得られた情報のみを分析する。場の状況から察するに、人々を異次元霊夢が殺していた。ということだろうか。ほんの数秒の映像からはこのぐらいしか推測することが出来ない。

 二つ目の映像では少女が映っていたが、私が忘れているだけかもしれないが彼女に見覚えは無い。それに映像も一番短くこれから何かあろうとしていたぐらいにしかわからなかった。でも、何があったのかは何となくは想像がつく。

 三つ目の映像。

 あの鈴仙は、今目の前で倒れている裸の彼女で間違いないだろう。こちら側の鈴仙は死んでいるからな。

 なぜ裸なのかはわからないが、神社にいるということは異次元霊夢らに掴まっていたと考えるのが普通だろう。

 そして、今までの連中とは違う部分が一つだけあった。映像の時間が短くて間違っている可能性もなくはないが、明確な殺意を私に向けていた。

 今までの動きから異次元霊夢らは私を殺さないようにしていたし、異次元チルノたちは力を手に入れようと何かしら殺すとは違う動きが入っていた。

 だが、目の前にいる異次元鈴仙にはそれは無く、ただ私を殺そうとしていた。異次元霊夢らに力が渡るのを阻止するために殺そうとしていた。と考えられる。永琳が力を求めているのならば、殺すのではなく連れて帰るはずだからな。

 しかしだ。連れて帰るのが目的だったが、追い詰められて殺そうとしたとも取れる。

「……」

 結論から言えばあの映像だけでは、彼女がどちら側の人物なのかがわからない。もし、本当に私を殺そうとしていたのであれば、力を求めているわけではないため共闘が可能だろう。

 私に反撃ができない状況下で彼女に問い詰めるしかなさそうだ。

 動機が収まり、呼吸も整ってきた。頭痛もだいぶ退いてきて、ほぼないに等しいぐらいだ。

 口元を拭い、さっそく彼女を運ぶために近づいた。あれだけの音や声で目を覚まさないところを見ると眠っているというよりは、気を失っているに近い。

 整っていてきれいな顔をしているが、とても疲れている印象を受けた。彼女の体には暴行の痕跡はあまり見られないが、一つ気になるとすれば股間から出血の跡がみられることぐらいだろう。

「……?」

 なんでこんなところから出血しているのだろうか。例えば、腹部にダメージを与えれば出血することもあるだろう。跡がないのは魔力を使える者だからか。

 裸で異次元鈴仙を抱えていくわけにもいかず、何か彼女に被せられる物がないか寝室のタンスを探すと、適当に詰め込まれてしわくちゃになってはいるが、シャツやネクタイ、ブラウスなど服を見つけることが出来た。

 しかし、長い間洗われていないのか、着られていないのかわからないが、少し埃っぽい。彼女には申し訳がないが、この服で我慢してもらうとしよう。

 下着は上半身の方は見つけることが出来なかったが、何とかパンツは見つけることが出来た。異次元鈴仙のような大人っぽい下着だ。

 それを始めに履かせ、シャツやブラウス、スカートを履かせていく。自分で履くのとは全然違い、意識のない者に服を着させるのは思ったよりも大変だ。

 ぐったりしていて裾に腕を通させるのが特に手間取る。10分かそこらの時間をかけて服を身に着けさせた。

 私よりも身長が高いのは服を着させるよりも前からわかっていたが、いざ抱えようとすると重くて持ち上げることが出来ない。

「……重いぃ………」

 私の筋力がないからであるため、彼女には大変失礼なことを言っている。魔力で体の筋力を強化し、再度彼女のことを持ち上げると今度はすんなりと持ち上がってくれた。

 思ったよりも軽く感じて後ろに倒れかけた。これから彼女のことを治療して起こすわけだが、どこで治療するか。十年前に使っていたこっちにある私の家は使い物にならないだろうし、そもそも薬品もない。一度向こうにある自宅に戻るとしよう。

 走ろうとも考えたが、走るよりも飛んだ方が圧倒的に早いだろう。魔力調節をして体を浮かび上がらせ、高速で紫がスキマを開いていた位置に向かう。

 その前に紫に連絡してスキマを開けて置いてもらわなければならない。バックの中から彼女から貰っていた通信用の黒いボールを取り出すが、片手で異次元鈴仙を持ち上げるのは少々厳しい。

「紫、聞こえるか?」

 魔力をボールに通し、通信を開始する。このボールには魔力を通すとそれに反応して電波に変換する回路が組まれているようで、電波の性質を持った魔力が発信されていく。

 受信先は紫で、受信するための回路を紫は自分に付けているのだろう。これが当たる位置にいるのか不安ではあるが、前方に進みながら紫の連絡を待っていると、ボールから彼女の声が聞こえて来た。

『魔理沙、どうしたのかしら?』

「一度そっちに戻る。スキマを開けておいてくれ」

『ええ、別にいいのだけど…何かあった?』

 異次元鈴仙が起きる前にことを済ませたかった為、急いでいる様子が少し紫に伝わってしまったようだ。

「ああ、有益な情報を得られるかもしれないんだ」

『有益な情報を得られるかもしれない?誰か捕まえたのかしら?』

「まあ、そんなところだぜ。」

『……』

 何か言いたげな紫の沈黙が続く。彼女が言いたいことは何となくわかる。危険はないのかということだろう。

 異次元霊夢の罠である可能性も捨てきれないのだろう。異次元鈴仙がもしかしたら大丈夫かもしれないというのは、映像の様子や、昔のイメージからわかったことだ。それを見ていない紫が渋るのは当たり前だ。

『そいつをこっちに連れてくるのは許可できないわ』

「それはわかる。危険じゃない可能性がゼロとは言えないからな……だが、そのリスクを負ってでも連れて帰るだけの価値がある。話が通じない相手ならスキマに閉じ込めておけばいいだけだ」

『…………、まあ…それはそうね……じゃあ、連れて来る代わりにその話し合いには私も参加するわ』

「いいぜ、場所は私の家だ。霊夢達も戻ってくるはずがないとマークしてないはずだ」

 私がそう呟くと紫は了承したらしく、ボールでの通信が途切れた。後はゲートのある位置まで戻るだけだ。

 ここからその場所までは約10分ほどかかるだろう。その間にまた異次元チルノたちに出くわさなければいいのだが。

「…」

 光の魔法で、周りの人間に私の姿が見えないようにして飛行しようかとも考えたが、完全に姿をみえないようにするのには魔力の消費が激しすぎる。

 安全に向かうのであればそうするのがいいのだろうが、異次元鈴仙もいつ起きるかわからないため、ここはスピード重視で行きたい。

 魔力を使用し、自分が出せる最大速度で飛行を開始した。その直後、後方から飛んできた何かに私は弾き飛ばされた。

「がっ……!?」

 皮膚に当たった感じは人間の拳などの柔らかい感触ではなかった。もっと硬い物がぶつけられたらしい。弾き飛ばされたことで抱えていた異次元鈴仙を離してしまった。

 誰に攻撃されたのかを確認する前に、地上に向けて落下していく異次元鈴仙を追い、私も降下を始める。地上から見つからないように高度を取っておいてよかった。

 彼女が高速で地面に頭から叩きつけられる直前に、抱え直すことに成功した。しかし、加速して落ちて行く異次元鈴仙を追うために、私もかなり無茶な加速をして追っていたため、地面に落下した。

 横から斜めにキャッチしていたのが功を奏し、私が地面に激突することは免れたが、両足でしっかり着地して減速することが出来ずに結局地面を転がった。

「っ…痛っ…なんだっていうんだ…」

 異次元鈴仙に怪我がないことを確認して上空を見上げると、私がさっきまで飛んでいた位置よりもずれてはいるが、未だに何かがそのまま直進を続けている。

 目を凝らして見てみると回転して飛んで行っているのは、私の身長を大きく上回る巨大な岩石だった。

 加速がもう少し遅ければ、あれが直撃していた可能性があるのか。当たっていたらかなりの重症になる。ぞっとする。

 いったい誰がこんなことをするのか、飛んできている方向を見ると更に第二、第三と巨大な岩石がこっちに飛んできている。

 森の中に入って逃げたいが、ここからスキマのある位置まで木々は生えていない荒野だ。飛んでくる岩石を避けつつ逃げるしかなさそうだ。




一週間後ぐらいに投稿すると思います。


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東方繋華傷 第八十八話 懐かしさ

自由気ままに好き勝手にやっています

それでもええで!
という方は第八十八話をお楽しみください!


 曇りとは言えないが、青い空の所々に白色の綿菓子じみた雲が浮かんでいる。数キロ先には巨大な発達した入道雲が形成されていく。あと十数分もすればあの雲の下は土砂降りとなるはずだ。

 そんな曇りのうち、時々雨の天気の中。私の場合は曇り時々岩石だった。

 私が左に移動したことで、螺旋状に回転する両手を広げても足りないほどの大きさを誇る岩石は右側を通行していく。

 いったい誰が投げて来るんだ。岩石が飛んできた方向を確認するも、かなり遠い場所から投擲されたらしく誰が投げて来たのかを確認することが出来ない。

 逆を言えばそれだけ離れているのならば、投擲した岩石などがこちらに到着するまでには相当なラグがある。

「これは逃げるが勝ちだぜ」

 所々から煙が上がっている町の上を通過し、紫がスキマを開けているであろう林の方へと向かう。

 肩越しに再度振り返ると、岩石が回転しながら複数飛んできているのが見える。このまままっすぐに飛行すれば直撃してしまう。

 あれだけ離れた場所からの投擲で、これだけの精度とは恐れ入る。岩石自体が回転していることからジャイロ効果 (物体が自転する速度が早ければ早いほど姿勢が保ったままとなる効果)によってここまで正確に飛ばせるのだろう。弾丸などが数百メートル離れた的に正確に当てられるのも、こういった現象のおかげだ。

 投げている本人の腕もあるが、岩石には追跡などの魔力の性質は感じられず、あるのは強度強化と回転のもののみだ。

 振り返り、異次元鈴仙を片手で抱えたまま飛んできている岩石へ、手先にある魔力をエネルギーへ変換し最大出力でぶっ放す。

 青白い球状の弾丸が正面から岩石とぶつかり合い、小さな爆発音を響かせてエネルギー弾ははじけ飛んだ。

 投擲された物体にある運動エネルギーは、空気抵抗などで消費されながら突き進む。こちらに届くころには多少なりともそのエネルギーを使っている。撃ち返すのは容易い。

 一番近い位置を飛んできていた岩石を後方に弾いて、後を追って飛んでいた岩石にブチ当てた。

 岩石が大小様々な大きさとなり、砕けて形が不格好になったため空気抵抗が増え、失速して地面へ向かって落下していく。

 林が近くなり、高度を下げた。他の岩石から逃げようとしていたが、どうやらあっちの方が私がスキマに入り込むよりも速いようだ。

 縦と横にも私の身長を軽く凌駕する大きさの岩石がすぐ真横に落ちて来た。バキバキと亀裂が入るとそこから小さな割れ目をいくつも形成し、それにそって物体は細かくはじける。

 自分と異次元鈴仙を石の雨から守り、林の中へと突っ込んだ。しかしここがゴールではない。林に入ったことで空から落ちてくる岩石を見落とす確率がぐんと上がった。

 気を抜いて上からぷちっとやられないようにするとしよう。スキマの方向へ歩き出したが、時折頭上を岩石が通り過ぎていく影によって、自分の上に落ちてくるものではないと判断できるまで足が止まってしまい、時間をくってしまう。

 魔力で強化しているからいいものの、それでも人間一人分の重量によっていつも通りに動けないだろう。

 木の陰に身を隠している私は上を見上げていると、また一つ巨大な岩石が三十メートルほど離れた場所に落ちていく。ズシンと大きなものが落ちた地響きが地面を伝って私の元までやって来る。

 今のは少し近かった。バランスを崩すほどではないが、異次元鈴仙を抱えていることでいつもとは重心が偏っており、よろけてしまった。

 隠れていた木に寄りかかり、バランスを元に戻した。一つの岩石が落ちてからもう一つが落ちるまでは平均して二十秒から三十秒の空白がある。

 バランスを直す時間を差し引いて、最大で二十秒程度の移動時間しかない。さっさと行くとしよう。異次元鈴仙を抱え直し、獣道すらない森の中を駆け抜ける。

 私は時計を身に着けていないが、二十秒程度の時間ならば何となくわかる。自分の中で数えた秒数が到達する頃に、再度木の陰に隠れた。

 上を見上げても頭上を通過していく岩石は無い。ずっと手前に落下したということか。それならもう少し移動できそうだ。

 走り出そうとした私の耳に、ずっと後方に岩石が落下する音が聞こえてくる。予想通りだ。が、その直後に何本もの木が重たいものにぶち当たり、砕け折れる破壊音もやって来る。

 今までの岩石は放物線を描き、ほぼ真上から落ちて来ていた。落ちて来た物の角度を音で判別することは私には不可能だが、今回投擲された岩の角度が浅かったらしく、バウンドしてしまったようだ。

 後方を見ると木々や葉っぱの隙間から見える岩石が、土と木片を散らして小さくバウンドしている様子がうかがえる。あっという間に岩が木を薙ぎ払って目の前の地面に突き刺さる。

 魔力の青い炎を岩石の方に放出し、破壊されて飛んできた木片を吹き飛ばした。地面に落ちた衝撃で半分に叩き割れ、その片割れがこちらに飛んでくる。

 片割れだけだとしても、推定一トン以上重量はくだらなさそうな物体をそれでどかすことは不可能だ。

「やべっ!?」

 炎の放出を中断し、地面に伏せた。背中の上を回転して過ぎていくと、思った通り相当な重量らしく、真後ろに落ちるとその衝撃だけで異次元鈴仙を抱えている私が浮き上がるほどだ。

「うわぁっ!?」

 危なかった。もう少ししゃがむのが遅かったらあれの下敷きになっていたし、もう少し気を抜いていたら下から出ていた可能性もある。

 木がなぎ倒されたことで森に隙間ができた。そこから見える空には次の投擲物が見える。あれが来るまでおよそ二十秒程度だろう。

 抱えている異次元鈴仙が振り落とされないように握りしめ、走り出した。角度的にあの岩石が私の方向に来ることはない。スキマの位置的にあれの次が落ちる前までには入れそうだ。

 これほどの岩石を投げるその腕力、鬼だろうか。魔法を使えば聖とかもかなりの馬鹿力を発揮できると聞いた。候補としてはこの二名ぐらいだろうか。

 というか、既に十個を超える岩が投げられているそれだけの量をどうやって用意しているのだろうか。そこらに転がっているわけ…。

 こっちに来る前、霊夢たちが私のことを忘れるよりも前に戦ったあの花の化け物を思い出した。岩石で体が作られたあいつがこっちにもいて、撃破されたのならそれを使っているのだろう。

 先ほどの岩石が遠くに落ちて、木々を押しつぶしているのがうっすらと木の間から見える。スキマまで後十メートル。

 次の岩が落下してくるまで二十秒ほどの余裕があり、私は一気にスキマの中を駆け抜けた。

 スキマをくぐった途端に周りに溢れていたとげとげしい雰囲気が消え、緩やかで朗らかな空気に包まれた。ほんの数時間しか向こうにいなかったのに、懐かしさが込み上げて来た。

 こちらに戻ってこれて、どこから狙われるかわからなかった恐怖から一時的とはいえ解放された。緊張から解かれ、私は地面に膝をついた。

「はぁ…はぁ…」

 魔力で強化していたが、大の大人を抱えて全力疾走していたのだ。息が切れてしまっている。だが、ここで休むわけにはいかない。異次元鈴仙がいつ目を覚ますかわからないからだ。

 周りを見たところ、以前あっちに行った時の場所とは違うようだ。向こうにつなげるには一度つなげた場所にしかスキマを開けられないが、こっちならどこにでもつなげられるため、どうせなら家の前にでもしてくれればいいのに。

 小さくため息を付きつつ自宅へ向けて歩き出す。前と場所は違うが肌に纏わりつく靄の感じからこの場所が魔法の森の中であることがわかる。

 日差しでどこもカラカラに乾いているというのに、この森の中の地面はシットリと水気を帯びている。試しに靴で土を軽く掘り返してみると、魔力の結晶がそこから染み出て空気中に消えていく。

 間違いなさそうだ。理由はわからないが魔力の集まるこの森は地中にて凝縮され、草木の根から吸収、葉っぱから水と一緒に蒸散するか、もしくは地面の割れ目からこうして噴出する。

 こうして、地面を掘り返して魔力の結晶が噴き出れば魔法の森だと判別できる。となればここは私の庭同然だ。

 よく見れば何となく見たことのある景色だ。自分のいる場所を把握できたため、私は自宅へ向けて移動を開始した。

 移動を開始したと言っても、ほんの百十メートル程度だ。何度も通ったことのある道であり、獣道を辿っていくと見覚えのある私の家についた。

「……」

 ひとまず誰かが来たか否かを調べるため、家の周りをぐるりと一周するが足跡は無い。数日前に咲夜たちに追われたが、あの後結局彼女らはここにたどり着けなかったらしい。

 私はマジックアイテムを作るのに素材がほしくて獣を追いかけたりするため、追跡の技術は自然と身についたが、咲夜たちはそう言ったことはやってこなかったから来れなかったのだろう。

 それと足跡は見つからなかったが、体を浮かせて家に入ったという線はない。家のどこに敵がいて、どこから見ているかわからない状況で、ふわふわ浮いて近づいてくるなどただの的でしかない。

 状況にもよるが、私は基本的に家のカーテンは閉め切っている。外から中を見ることはまずできないため、大きく身をさらせずに壁沿いに歩くしかないだろう。

 それに、彼女らが来たのが私が出てからと仮定しても、昼の間ならなおさらだ。浮いていればカーテンに影が映って自分の居場所をさらしてしまう。

 そこから考えられる自分で壊した以外の破壊の痕跡はなく。かつ、足跡もないとなれば誰もここには来ていないということになる。

 近くに異次元鈴仙を寝かせ、扉を軽く開くと前に帰った時と同様に蹴り開けた衝撃で壊れたドアノブはそのままだ。罠などが仕掛けられていないか警戒はしているが、特に何の引っ掛かりもなく開いた。

 中を覗き見ても特に罠が設置してあるわけではないようだ。それらしい魔力も感じられない。

 寝かせておいた異次元鈴仙を抱き起し、家の中に入った。扉を足で閉め、リビングの一角へとそのまま移動する。

 物があの時のまま乱雑に捨てられているが、どうせ部屋は汚かったから今はどうでもいい。再度異次元鈴仙を床に寝せ、地下に行くための扉を開いた。

 錆びた蝶番がギィーっと嫌な音を立てるが、問題なく開く。中は真っ暗だが、防犯用に以前に付けて置いた、誰かが勝手に通れば自分以外の魔力に反応して電撃が流れる仕組みの回路は起動していない。

 一度きりで、使えば自然消滅する回路が健在であるため、誰も入っていないことがわかる。

 ここから下には梯子を下りるしかない。

「つらいな…」

 人間一人を抱えたまま梯子を下ろすなど、私にできるだろうか。もともと非力で、腕などに対する筋力増強系の魔力伝達の効率も非常に悪い。

 だが、異次元鈴仙がいきなり起きてきて見たイメージのように、頭を打ち抜かれて殺されるのだけは勘弁だ。

「……」

 紫もいつ来るかわからないし仕方がない、頑張って下すしかなさそうだ。

 

 

 数分後。

「はぁ…はぁ…」

 ほんの数メートル人を地下室に梯子で下すだけだというのに、やたらと疲れた。何度この異次元鈴仙を落としそうになったことか。

 彼女をベットに寝かせ、紐を近くのタンスから取り出した。少し古くて細い荒縄だが、魔力で強化すればいきなり襲い掛かってこられるリスクは下げられる。

 完全に拘束することは不可能でも、こちらが戦闘体勢に移行できるだけの時間は稼げるはずだ。

 ベットの縁に紐の端を結び付け、その反対側を異次元鈴仙の右手を縛った。荒縄は二本しかなく、両手を縛った。

 もう数本紐がほしいところだが、これ以上は紐は無いため、ベットと紐の耐久力を強化する魔力を数十分分与え、近くの椅子に座り込んだ。

「ふぅ……」

 ようやく一息つけた。異次元鈴仙を下ろしたからというのもあるが、ずっと緊張しっぱなしで、少々疲れた。

 いや、少しどころではない。全身に強化の魔力を巡らせていたのだが、それ切るとこれまで誤魔化していた体の疲労感がどっと押し寄せて来た。

 足が鉛のように重くなり、全身が睡眠を欲している。気を抜いたら眠ってしまいそうになるほどに強烈な眠気まで襲ってくる。

 異次元鈴仙を見張ったままうつらうつらと夢の世界へ紛れ込もうとしていたのだが、遠のいている意識の中で自分ではない第三者の声が聞こえ、一気に頭の中が冴えた。

「!?」

 椅子から飛びあがり、壁際に音を立てずに移動し、息を殺す。今の声は紫ではなかった。彼女の声でなければいったい誰だろうか。

 霊夢が今更この場所を探しに来るとは考えられない。

 そうして考えを巡らせていたが、すぐに答えはわかった。ベットに寝かせていた異次元鈴仙が唸っているのだ。

 嫌な夢でも見ているのだろうか。うなされている彼女は額には汗を浮かべている。ベットのシーツを握りしめ、もがいている。

「やめて……やめて……」

 悪夢にうなされている彼女は、時折そんな言葉を口にする。敵である彼女を看病する義理は無いのだが、このままうなされ続けてもこっちとしても気分が悪い。

 小さな入れ物を取り出し、そこに蛇口から水を注いだ。ハンドルを捻ると氷が要らないほどに冷たい水が入れ物の八割ほど満たされた。

 そこにタオルを入れて、絞って水気をなくし、彼女の額に乗せた。これで少しでも異次元鈴仙の熱を取り除ければいいが。

「……」

 十数分に一度、温まったタオルを水で冷やしていたが、そのうち溜まった疲れから、私は眠りそうになってしまう。

 頭が左右に揺れ、本格的に居眠りをしてしまいそうになっていると、今度は本当に第三者の声が真後ろから聞こえて来た。

「敵が目の前にいるのに、よくもまあそんな寝ていられるわね」

「!?」

 耳元でささやかれたため、驚いて飛び起きた。その勢いが強く、近くに設置されている机に脚をぶつけてしまった。

 ガツンと鈍い音がするとじんわりと鈍痛が足全体に広がっていく。しゃがんでぶつけた足を抱えているとクスクスと笑っている声が聞こえ、涙目になりながらも見上げる。いつの間に地下室に入って来たのか、口元を隠して笑っている紫が立っていた。

「人が悪いぜ紫、普通に起こしてくれよ」

「あら、悪かったわね」

 絶対にそう思っていない紫は未だに笑っているが、異次元鈴仙を見ると表情を変えた。

「捕まえた人っていうのは…彼女?」

「ああ」

 私が半分寝ていた状態でも襲われなかったところから、今は意識がないと判断しているらしく、特に警戒することなく異次元鈴仙を覗き込む。

「たぶんこの子も結構な実力者でしょう?もっと弱い子を連れてくればよかったのに」

「妖精たちの言うことは信用できないし、あの早い文たちだって捕まえるのは難しい。向こうの神社に倒れてたからちょうどいいし連れて来たんだぜ」

「……そう。それで、私が来るまでに何か話した?」

 彼女の質問に対して首を横に振ると、そう、っと小さくため息を付いて椅子に座り込む。

「なあ、紫」

「嫌よ」

「まだ要件すら言ってないんだぜ」

 私がそう言うと、白い手袋をつけたまま机の上に乱雑に広がる開発途中のマジックアイテムを物珍しそうに見ている紫はこう返してくる。

「どうせあなたの夢に入って起こしたように、こいつにも入ってみろとか言うつもりだったんでしょう?」

「…」

 図星で何も言えなくなった。

「あのね、あれは結構危険な行為なのよ?」

「そうなのか?そうは見えないぜ」

「それに状況も違うのよ。永遠亭で寝ているあなたに、私とあなたとの意識の境界を不鮮明なものにして一部を紛れ込ませて、起きないように調節していただけ」

 なんとなくわかった。境界を操る程度の能力を持つ紫だからこそできる技と言える。そこからわかる、危険性については何となく察しがついた。

「なるほどね」

 意識を別の人物に紛れ込ませるのは信用している人物ならいいが、それ以外の敵対しかねない者にやれば意識の中とは言え攻撃されることになる。

 肉体的には何のダメージが無くても、内面にダメージを負うということだろう。下手をすれば精神の崩壊を招きかねない。

「それよりも、どうするつもりかしら?ずっとここで彼女が起きるまで待ちぼうけってわけにもいかないわよ?」

「わかってるぜ。でも、貴重な情報源になる可能性もあるし、できれば待って直接話を聞きたい」

 しばらく交換していなかった生暖かいタオルを異次元鈴仙の額から取り、バケツ状の入れ物に入っている水の中へ入れた。

「それもそうね。私も又聞きは嫌だし、聞きたいこともある……と、それと、こっちに来ていたのなら言いなさいよ。あまりあっちとスキマをつなげておきたくないんだから」

 変なのが入ってこられても困るためだ。

「すまない。ちょっと急いでてな」

「気をつけなさい」

 私は自らタオルを取り出し、きつく絞ってその冷たくなったタオルを異次元鈴仙の額へ置いた。

 そのまま手を引っ込めようとした時、勢いよくこちらに伸ばされた手が私の腕を荒々しく掴んだ。

「へっ…!?」

 

 

 

 

「…なんで、布団を二つも敷いておいたのかしら」

 連中が攻めて来た時の対策を少し練ろうとしていたのだが、寝室に移動したときに二つ敷いてある布団が目に入り、疑問を持った。

 博麗神社の一室で、博麗霊夢は首をかしげて頭をかいていた。

 ここ数日奴らが攻めてくるまで誰かがこの神社に泊まることは無かった。それ以前の記憶を探ろうとすると、なんでか曖昧になる。

 本当にいつ出したのだろうか、紫がこの神社で寝ることは絶対にない。私が忘れているだけなのだろうか、でも布団をもう一つ出した理由も覚えていないとは、自分が忘れた以外の理由で合ってほしいものだ。

 自分が使っていない方の布団をしまうために畳もうとすると、その布団から覚えがないのだが、なんだか懐かしい香りが漂った。

 




早ければ一週間後ぐらいに投稿すると思います。


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東方繋華傷 第八十九話 紅魔郷異変

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもええで!
という方は第八十九話をお楽しみください!


「思ったよりもお早いお目覚めだな」

 ベットに横たわっている異次元鈴仙が、顔のすぐ近くにあった私の手首を掴んできている。体が死角になって紫には見えていなかったらしく、そう言ってから彼女が起きたということに気が付いたらしくこちらに歩み寄って来る。

「さて、おとなしくしてもらおうかしら?」

 二十センチほどのスキマを開くと、そこから金属製のパイプを取り出す。その得物を異次元鈴仙へと突きつける。そこから微妙に漂ってくる鉄臭さから鉄製らしい。

 耐久力が魔力によって強化されている鉄パイプを突きつけられた異次元鈴仙は、依然私の手を掴んだままだが、様子から少し錯乱しているらしい。

「嫌だ……もう…嫌…!!」

 リンゴのように赤い瞳に薄っすらと涙が溜まっている。気を失う前に異次元霊夢に何か酷いことをされていたのだろう。

 今までの戦いで、異次元の連中はどんなことをされても笑っているような狂人ばかりである印象が強かったため、恐怖で支配されている人物を見て私は少し驚いた。

 異次元の博麗神社で見たイメージは、十年前の私が忘れている記憶。あの中では彼女は不安そうにしていたが、それでも凛々しくしていた。それが今では見る影もない程に小さく縮こまり、震えている。

「……」

「魔理沙、離れなさい」

 振りほどくこともなく起き上がってガタガタ震えている彼女を見下ろしていた私に、紫は警戒したまま呟いた。

 異次元鈴仙は反対側の左手をこちらに伸ばそうとしているが、荒縄で縛っておいていたので途中で止まった。

 紫は攻撃かと鉄パイプを握りしめるが、攻撃というよりはどちらかというと自分の身を守ろうとしているように見えた。

 掴まれている右手を放させ、怯えている異次元鈴仙の肩に手を置いた。

「落ち着け」

 私が静かにそう彼女に伝えると、異次元霊夢ではないとようやく気が付いたらしく、ペタリと布団に座り込み、うつむいて小さく肩を震わせている。

「……」

 とりあえず危険はなさそうだと紫も感じたらしく、異次元鈴仙に向けていた鉄パイプをスキマの中へと放り込んで頭をポリポリと指先でかいている。そして、どうすると言いたげにこちらを見る。

 むしろ私が聞きたい。八畳ほどの広さのある地下室に異次元鈴仙の嗚咽だけが響いている。早く情報を聞きたいのは山々だが、話を聞きずらい。

 彼女から手を離すと、ロープが巻き付けられている手で顔をゆっくりと拭った。しばらくの間、声をかけるタイミングを伺っていると、目元を赤くはらしている異次元鈴仙が顔を上げた。

「ごめんなさい、取り乱してた…あなた方が助けてくれたのよね?」

 私たちの波長を見たのだろう。前にも紫と会っているならば、その違いで別の世界から来たと見分けたらしい。

「ああ、そんな感じで間違いないぜ」

「……それで、なんで私をわざわざ連れ出すなんてことをしたの?」

 なぜ連れ出されたのかを知らない異次元鈴仙は、首をかしげている。

「それはちょっと聞きたいことがあるんだぜ。この十年で状況がどうなっているのかということを。他には例えば誰が死んでいて、誰が闘っているのか。誰が誰と手を組んでいるのかとかな」

 私がそう言うと、十年という単語を小さく復唱した異次元鈴仙はわかったと始まりのことを話し出す。

「あなたが言っているように、この異変の始まりは丁度十年前に霊夢たちが引き金となった。理由はまだよくわかってないわ。ここの世界の霧雨魔理沙を使って何かをしようとしていた。……初めに、霊夢たちが戦いを始めたわ。守るはずである村を攻撃した。

 その行動が意味不明で、私たちが混乱している中で何か儀式みたいなことをしているという情報が天狗たちによって広まった。いろいろな憶測が上げられた中で一番可能性が高かったのは、初代と比べて歴代の博麗の巫女は力が衰えてきていた。だから、力を得ようとしているのではないかというもの」

 異次元霊夢はあれだけ強いというのに、この世界ではそれでも弱くなってきているのか。恐ろしいな。

「紅魔館や永遠亭なんかは、前に異変を起こしたけど殺されずに生かされた。それは、殺さなかったんじゃなくて、殺せなかった。だから、今まで殺せなかった異変の首謀者たちを殺すために力を得ようとしているのではないか、という推測が飛び交った。

 始めはバカげてないかと思っていたけど、霊夢が紫と一緒になって村の人たちを殺しはじめたことでそれが信憑性を帯び始めた。異変の首謀者ということもあり、博麗の巫女とはあまり仲の良くなかったこちら側としては、危機感が働いて霊夢たちの邪魔をすることにした」

 どうやら向こうの世界では、中々冷めた関係性らしい。こっちの世界も昔はそうだったらしいが、霊夢の代からは殺し合いもせず、殺す方針ではなくなった。だから、こうして仲良くできているが、向こうではそうではなく、かなりギスギスしているようだ。

「……私らが邪魔をしに行ったのに対して、同じ結論に至った紅魔館や守矢神社の面々が霊夢のしようとしていることを横取りしようと現れた」

 守る側であるはずの博麗の巫女が村人を殺している。となれば、霊夢が何かをしようとしているとは簡単に予想がつく。そして、なぜ力を手に入れようとしていたと思ったのかは、魔力を使える人間なら誰でもわかる。

 以前説明したが、生物の戦闘能力というのは魔力に大きく依存する。前からある筋力なども関わらないわけではないが、基本的には魔力が関わる。

 そして、魔力は大量に持っていればいいという物ではない。魔力力という物が存在し、これが大きければ大きいほど弾幕に使用される魔力の量が少量で済み、威力も上がる。逆に魔力力が低ければ、同じ弾幕を作るのにも多量の魔力を消費してしまう。

 魔力力というのは生理的な成長で個人差はあるがある一定の高さまで上がるが、そこからは訓練しなければ上昇することはない。これは魔力を使用していくことでほんの少しずつしか上がって行かない。その代わりに一度上がれば下がることはない。

 そして、基本的には急激に魔力力が上昇し、それが永続することはないということが原則である。

 しかし、その原則を破ることが出来るというのは前に香林の店で話したことだが、非人道的な行為。それを異次元霊夢がやろうとしていたのであれば、それを横取りしないわけがない。

 まあ、そこにどう私が絡んでくるのか、まったくわからないがな。

「私らが参戦したことで状況がこじれ、その混乱の中で霧雨魔理沙は逃げ出した。でも当時の魔理沙は十歳程度で、とてもじゃないけど逃げられるわけがなかった。霊夢たちが捕まえた彼女に何かをした時に、何かが起こった」

「何があった?」

「さあ、何をしたのか知らないけど、いきなり爆発が起こったとしか言えない。強力で、半径100メートル以内にあったものを全部吹き飛ばすレベルの爆発が起こった。過半数はそこで吹き飛ばされるか、巻き込まれて死んだ。かくいう私は途中でリタイアして遠目からその爆発を見ていたんだけどね。

 まあ、そこから、魔理沙が姿を消すんだけど、この狭い幻想郷で隠れたとしても時間もかからずに見つかる、はずだった。

 探し始めてから数日経っても一向に見つからず、別の世界に逃げたという結論に達した。でも、すぐさまに探しにはいかず、霊夢は地霊殿を真っ先に潰した」

 心を読めるさとりは異次元霊夢からしたら脅威だ。やはり、早い段階で殺されていたか。

「地上にも鬼はいたけど、地霊殿のある地下にも鬼はいる。そこへの襲撃で多数は殺されたらしいけど、少なからず生き残った鬼たちは地上の伊吹萃香を中心として動いている彼女らと合流した。

 それからしばらくは鬼たちとか霊夢との戦いが何度もあった。中途半端に強い妖怪たちは軒並みそう言った戦いに参加したり巻き込まれて死んだ。大小さまざまな戦いが起こってたけど、残った妖怪たちは鬼とか、河童と手を組んで大きな組織になった。それに対抗するために霊夢も咲夜達とかと手を組んだ」

 以前に考えた推測はある程度はあっていたようだ。博麗の巫女であるため大抵のことでは負けないが、自分で処理できる力量を超えるほどの量の妖怪たちに囲まれたらただでは済まないから、咲夜たちと手を組んだのだ。

「あと、妙蓮寺は個人で動いていた者と手を組んだ話は聞いたわ。少し大きな団体だけどここは特に動くことはない。…初めのころは何度も衝突していたけれど、時間が経過するごとに戦力の低下によって戦うことは少なくなっていった覚えがあるわ」

「それじゃあ、永遠亭ではどうなったんだ?」

「………。私たちは……中立でどちらにも属さなかったから、どことも手を結ぶことは無かった」

 なかった、という過去形ということは今はどこかと同盟を結んでいるのだろうか。そう思っていたが、どうやら違ったようだ。

「そこから数年は特に大きな動きもなかったけど、今から五年前。霊夢たちの襲撃を受けて私は……私たちは、全員、捕まった……」

 言葉が途切れ途切れになっているのは、当時を思い出しているのだろう。眉をひそめるその苦しそうな表情からその時の酷さが窺えた。

「半分は問答無用で殺され、もう半分は奴らの暇な時のおもちゃになった。師匠は二年前に殺された」

 彼女はおもちゃになったと言葉を濁しているが、そんな表現では想像がでいないほど残酷な目に合っているだろう。

「なんで永琳は殺されたんだ?」

「さあ、知らない。生首を見せられた時に用済みになったとか言っていたような気がするけど、師匠は何をさせられていたのかはわからない」

 永琳が殺されているということは、永遠亭にいたてゐなどのウサギたちも少なからず殺されていることだろう。五年という月日は長い、下手をすれば永遠亭で唯一の生き残りが彼女だけという可能性も高い。

「私が知ってるのはこれぐらい。捕まってからは周りの情報が入ってこなくてわからないんだけど、つい最近、天人を殺したという話は聞いたわ」

 天人、比那名居天子。身体にはナイフが刺さらないほどに頑丈で、厄介な能力を持っている彼女を殺すとは、驚きを隠せない。

「他には?何か知らないのかしら?」

 手短にこれまでの経緯を離した異次元鈴仙に、紫は更なる情報提供を求めた。

「五年よりも前であれば詳しく話せるところもあるけど、それよりも後となると本当に断続的で、信憑性に欠けることしか知らない」

 まあそうだ。その五年のうちに異次元霊夢が大きく動いている可能性は低くない、むしろ高いぐらいだ。

「……」

 紫は少し落胆した様子だ。もっと核心に触れられる情報が聞けると思っていたのだろう。幻想郷を作り出した人物としては、さっさとこの異変を終わらせたいからな。

「まあ、簡単にまとめると。霊夢たちと鬼を中心にしている妖怪のグループが総合的な戦闘力を見れば強くて、妙蓮寺やアリスとか他の妖精たちがどことも手を組まずにいるって感じ。単独で動いている者を除けば、三つ巴の状態……でも、妙蓮寺は霊夢たちが探している魔理沙が見つからない限りはあまり積極的に干渉してこないと思うから、実質的に霊夢達と妖怪たちの戦いね」

「………なるほど。状況は大体分かったぜ、礼を言う。……一つ聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「なに…?」

「十年前、混乱に乗じて逃げていたはずの私と何で小屋の中にいたんだ?」

 私がそう、異次元鈴仙に問いかけると彼女と紫の視線がこちらに集まる。片方は目を見開き、もう一方は眉をひそめている。

「え…?……じ、じゃあ…あなたは……あの時の…?」

「ああ、あの時のことはなんでかよく覚えていないんだが、お前は私を撃ち抜こうとしてたよな?その時になんで私に謝ったんだ?」

 イメージの中の異次元鈴仙は、ピストル状の形にした指をこっちに向けていた。あのまま撃ち抜かれてもおかしくないのに、私の顔に傷跡は無い。つまり撃っていないのか当たっていないのどちらかだが、どちらにせよ何があったのかを聞きたかった。

 あそこにいたのは私と異次元鈴仙のみだったはずだ。それを知っている時点で、本人だと彼女はわかったらしい。

「それは……」

 かなり昔のことであるが、彼女も忘れるわけがないだろう。少しの時間をかけて整理し、話し始める。

「私たちは霊夢たちの邪魔をするために送り込まれたけど、その時に師匠にもう一つ命令を受けててね。それが、襲撃の効果が薄いようなら、騒ぎの中心にいるあなたを殺せと言われてた」

 だから、あのイメージでは私を撃ち殺そうとしていたわけか。

「でも、私に撃たれた跡はない。あの至近距離で外すわけもないだろう?何かあったのか?」

「別に、邪魔をされたとかそういうわけではないわ。ただ単純に、私が撃てなかっただけ」

「……撃てなかった?……お前の話からするに、人間である巫女側とお前たちはあまり仲が良くなかったんだろう?撃たない義理は無いような気がするが?」

 特に友人というわけでもなかっただろうし、そこまで感情移入するほど親密な関係などでもなかっただろう。そう考えると、話に矛盾がある。

「本当に覚えてないのね。十年前、私があなたを知ったときにはすでに魔法使いで、ただの魔力が使える人間だったけど、子供なりに人間と妖怪の関係が冷え切っていることに疑問を持っていたんでしょうね。…なんで仲良くしないのって。……だから、あなたは人間と妖怪が手を取り合うきっかけになるためにいろいろなことをやっていたのよ?」

 まったく思い出せず、自分のことではない話を聞いている気分だ。でも、本当に私がそれをやっていたとして、異次元鈴仙と仲の良い関係性を築けていればあそこで撃てなかったのもうなづける。

「撃たなかったとして、その後どうしたんだ?」

「殺したくなかった私は、何か方法がないかあなたを小屋から連れて逃げた。でも結局は霊夢に追いつかれた。殺されはしなかったけど、あなたは連れていかれたわ」

 なるほど、そうなるとあそこのイメージで撃ち殺されなかった理由がわかる。ここで異次元鈴仙が嘘を言っているのではないかという疑いも浮上するが、その心配はない。

 嘘かどうかは情報を集めて行けば、次第に分かっていくことだろし、自分の首を絞めるようなことはこの状況はでしないだろう。それだけが理由ではないが、彼女なら大丈夫だろう。

「それじゃあ、最後に一つ」

 私は異次元鈴仙が怪我をしていたことを思い出し、昔作ったことのある回復薬の試作品を近くの棚から取り出した。成功品ほどに回復力は高くないが、それでもある程度は治癒力を上げることが出来る。

「何…?」

「この異変を起こした霊夢はどこにいるんだ?神社に居ないようだったが」

 正確に回復薬が百ミリリットル注がれた小瓶をそう質問して、異次元鈴仙に手渡した。あらゆる場所を見たが、見つけることはできなかった。あそこ以外に霊夢が行く場所というのに見当がつかない。

「ああ…それなら多分、紅魔館にいるわ……神社は少し壊れているからあまり来ることはないからね」

「あそこか……紅魔館では誰か死んだ者はいるか?」

「さあ、でもそう言った話は聞いたことはないわ」

 私から手渡された小瓶の中身がわからないらしく、どうすればいいのかと言いたげにそれを弄んでいる彼女に回復薬ということを伝えた。

 異次元鈴仙は少し緊張した顔持ちで小瓶のコルクを引き抜く。自分を助けてくれたとは言え、用済みと殺される可能性を否定できないからだろう。

 しかし、彼女はグッと閉じていた唇を開き、瞳をギュッと閉じて小瓶の中身を口の中に注いでいく。

 私も味見で飲んだことがあるが、かなり美味しくない。異次元鈴仙も予想以上の不味さに目を見開いて回復薬を吐き出しそうになっている。

 ごっくん。と回復薬を数十秒もかけて飲み込んだ。

「薬はおいしかったか?」

「最高に最低ね…いったい何を入れたらこんな味になるのよ…」

 向こうの紅魔館に行くための支度を始めた私に、異次元鈴仙が聞いてくる。

「え?知りたいのか?」

「遠慮しておくわ」

 おえっ。と舌を出している異次元鈴仙を紫に任せ、スキマを開いてもらうことにした。彼女の情報を信じて、とりあえずは紅魔館に向かうとしよう。

「紫、頼む」

「ええ」

 紫が私の目の前に縦幅が二メートル、横幅が八十センチほどのスキマを開く。そこの間から、向こう側の肌に針を刺すような緊迫感が流れ込んできている。

「……」

 せっかくこっちに戻ってきたというのに、またあの世界に戻らなければならない。そう考えるだけで気が滅入る。

 でも、異次元鈴仙のおかげである程度であるが、分かっていなかった現在どれだけの奴が闘っているのか、死んでいるのかということが知れた。もし、ぬえが生きているのであれば、死んでいる者も知っていて損は無い。それが知れただけでも大きな前進だ。

 気合を入れ直し、私は大きく前に進んだ。

「しっかし…」

 後ろにあるスキマが閉じるのを確認し、私は辺りに転がっているいくつかの岩石を見回した後、木々の間から米粒よりも小さく見える紅魔館を視認した。

「こっちでも、紅魔郷異変をすることになるとはな」

 




次の投稿は、十日後ぐらいになると思います。


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東方繋華傷 第九十話 紅魔郷異変の始まり

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもええで!
という方は第九十話をお楽しみください。

アドバイス等がありましたら気軽にどうぞ。


 さて、どうするか。

「……」

 紅魔館の入り口から、三百メートルほど手前にある小さな林。

 深さが三十メートルはあり、長辺の長さが数百メートルはある大きな湖に、林の一部が面している。そこのすぐそばに生えている木に登った場所が紅魔館の入り口付近をよく見渡せる。

 太い木の枝に座り込み、葉っぱをずらすと赤いレンガで外壁を作られた大きな中世の館が姿を現す。

 魔法を発動し、光の屈折を利用して中を観察しようとするが、異次元パチュリーはいまだ健在らしい。屈折の魔法が紅魔館を取り囲む防御系の魔法に阻害され、かき消えた。

 紅魔館に張られている防御系の魔法は、あらゆる攻撃または監視などを防ぐ働きをしている、魔法を構築している魔力の性質からそれを読み取れた。

 魔力の性質は一部独立しており、張っている結界が消えないように異次元パチュリーが随時魔力を補給しているようなのだが、その補給をほぼ自動化しているらしく彼女に気が付かれることはないだろう。

 表示したとおり発動した魔法に対して、魔力の補給を自動化させることもできるのだが、それによって起こるメリットとデメリットを説明すると、自動化は結界を常に張った状態を保つことが出来る。魔力の補給し忘れで奇襲を仕掛けられたということが無くなるのだ。

 しかし、それにはデメリットがあり、自分の直接的な管理下に置いていないわけであるため、破壊まではいかない多少の外からの攻撃を受けたとしても、気が付くことはないのだ。

 自動化をしなければメリットとデメリットは自動化の真逆と言える。常に結界の魔力量を気にしなければならないが、どこからどう攻撃をされたということを攻撃された時点で気が付けるということだ。

 ということは、今回は魔力の補給は自動化されているということで、多少の行動なら見逃されるということとなる。

 しかしだ、これが理由で紅魔館から三百メートルもの距離を取る理由とはならない。ここからが本題なのだが、これだけの距離を開けているのは館の入り口に異次元美鈴が立っているからだ。

 魔力で目の前にレンズを作り出し、それに望遠鏡の性質を帯びさせると、反射などの現象が生じてレンズを通して見える景色がズームされる。

 真っ赤な長い髪、緑の帽子には黄色い星形の模様がある。寝ているのか瞼を閉じているだけなのか瞳の色はわからないが、高い鼻や小さな唇から顔立ちの良さが見てとれる。身長は私や霊夢よりも大きく、目の前に立たれれば見上げるほどの大きさだろう。

 いかにも体術で戦いそうな、動きやすい服を着ている。紅魔館の中は異次元パチュリーの魔法で見ることはできないが、見える範囲では敵は彼女しか見えない。

「……」

 それと、なぜ異次元美鈴から距離を取るのかだが、それは彼女の気を使う程度の能力だ。誰かに気を遣うなどではなく、生命のオーラというか、生物以外のあらゆる魔力の流れを彼女は感じ取ることが出来たりする。

 こっちの美鈴は、察知できる距離は二百メートルぐらいと聞いたことがある。異次元美鈴が同じ規格であると仮定して、保険を取って三百メートル離れたわけだ。

 視界に入った生物のオーラを見ることが出来るのか、範囲内に入った生物のオーラを感じることが出来るのかはわからないが、おそらく後者だ。

 以前、紅魔館に侵入しようとしたことがあるのだが、珍しく寝ておらず美鈴から見えない場所から侵入を試みたが、彼女はすぐに飛んできた。

 見える範囲しか気を見ることが出来ないのなら、こうはならないはずだ。その性質を利用すれば彼女をおびき寄せたりできるかもしれないが、彼女は門番であり誰かが近くにいるからと攻撃をすることもない。長距離からおびき出すことは難しいだろう。

 光の魔法で姿を見えなくさせても意味がない、私から行くしかなさそうだ。木の枝から降り、地面に着地すると身体強化を忘れていて、足が痺れた。

 望遠鏡の性質を含ませて維持していた魔力を消し、ズームしていた視界を元に戻して肉眼で存在を視認する。手先に魔力を集め、レーザーへと変換した。

 おびき出すことが出来ないのなら、こちらから近づいて彼女と交戦するしかないだろう。

 レーザーを手元に維持したまま紅魔館へと走り出し、おおよその感で異次元美鈴が察知できるギリギリ範囲外から彼女へ向けてレーザーを放った。

 これまでに何百発も放ってきた攻撃であり、二百メートル離れていたとしてもその軌道は目標に吸い込まれていく。

 気という名の魔力の流れを感じる異次元美鈴に、魔力の塊である弾幕の攻撃をすれば彼女のレーダーにひっかがらないわけがない。

 木の上で見ていた時よりも大きく見える異次元美鈴は、当たる直前に体を小さくひねり、頭部を貫くはずだったレーザーをかわす。

 軽いフットワークで避けられた。日ごろから避けたりなどの訓練をしているから、とっさの判断であれだけのスピードで移動している弾幕を避けられるだ。私も少しは見習って美鈴に訓練でもしてもらえばよかったぜ。

 異次元美鈴は知っての通り、接近戦を最も得意としている。近づかれれば赤子の手をひねるよりも簡単にやられてしまう。

 すでに次の射撃準備はできている。魔力を三つに分割し、それらをレーザーへ変換する。既に走り出している異次元美鈴に時間差をつけずに同時に掃射する。

 三本の軌跡はできるだけ重ならず、かつ、体を滑り込ませられない程度の幅しか開けずに異次元美鈴に当たるように設定している。

 だがこれが当たるとは思っていない。

 私の予想を裏切らず、異次元美鈴は飛んできているレーザーを全て素手でかき消した。弾幕ははじけると魔力の結晶を残して消えていく。

 美鈴の拳からは硬質化した魔力と耐久性能の強化を、体の方には身体強化の魔力が感じられる。

「なんて不利な戦いだぜ」

 これほどまでに戦いずらい相手もいないだろう。私にとって、このスタイルで戦う相手は天敵と言っていい。

 そりゃあ、接近戦で銃とナイフのどちらが強いかで言えば、当然ナイフだ。普通の人間でも、五メートル以内であれば銃を出そうとしている相手にナイフを突き立てることが出来る。

 それが武術の達人で、魔力が使える者ならばどれだけ離れていたとしても、五メートルの範囲内にいるのとそう変わらないだろう。

 その証拠に百メートルはあった彼女との差は、既に四分の一を切っている。私が何もしなければ、異次元美鈴なら一秒以内にこの距離を詰めてくる。

 このまま戦えば確実に追いつかれて、自分の射程の内側に入られる未来しか見えない。だが、何の対策もしなかったわけではない。

 少し前に咲夜から異次元咲夜とナイフで戦うためにと、ナイフの扱い方というのを頭の中に直接情報として貰った。その中に肉弾戦で戦うという情報もあった。今回はそれを使うしかないだろう。

 それが無ければ異次元美鈴に勝つことは不可能だ。ただでさえ戦闘能力が未知数のこちら側の人間なのだ、使わないわけにはいかない。

 異次元美鈴との距離が十メートルを切りった。至近距離でのレーザーの照射と共に、私は戦闘スタイルを射撃から接近へと切り替えた。

 身体能力を魔力で強化し、体を捻ってレーザーの軌道上から身体をずらしている異次元美鈴に向け、私は強化した拳を振り抜いた。

 

 

「っ!?」

 バサバサと草木を押しのけ、茶色い羽毛の生えた鷲が空に飛び立っていく。

 私があの鳥のそばを通ったからなのか、得物を見つけたからなのかはわからないが、すでにその体は豆粒ほどの大きさにしか見えない。

「驚かせないでよ…」

 どこに敵が潜んでいるのかがわからず、ずっと緊張しっぱなしで今も心臓が縮こまってしまったではないか。

「……本当にこの辺りにいるのか、疑いたくなってきた」

 文さんに魔女の恰好をした女性を探せと言われたが、なかなか大変だ。切断された腕から匂いはわかったが、辿るためにはまずは彼女が通った場所に行かなければならない。

 体臭の強さにもよるが、人間の匂いはそう長くは持たない。彼女が姿を消してからしばらくたった。どこかに籠って行動していなければほとんどの匂いが消えていることだろう。

 風で木々が揺れ葉っぱ同士が擦れて、ざわざわと音を発する。警戒は怠らないが、片腕を切断した手負いだからといって油断はできない。狩りの最後程注意しなければならないというのはよく知られた話だ。

「……」

 その場に立ち止まり、嗅覚に集中する。しかし、未だに魔女の匂いをかぎ分けられない。魔法の森に逃げ込んだという話があったからその場所を探しているのだが、既に移動してしまった後だろうか。

 でも、魔法の森はかなり広い。私たち鴉天狗がいる山を軽く超える広さがる。千里眼を駆使したとしても骨が折れる。

 はあっと小さくため息をついた。確かに誰かを探すのに特化した能力と嗅覚を持っているとは言え、この広大な森の中を一人で探せとは文さんも意地悪だ。

 まあ、捜せてかつ戦闘もできるのは私ぐらいであるため、仕方ないと言えば仕方ないのだが。文さんめ、霊夢さんの頼みなのだから、もう少し人手をよこしてくれてもいいだろうに。

 二時間は探してはいるのだが、捜索はまだ全体の三十パーセントも達していないだろう。切り上げるのはもう少し頑張ってからにするとしよう。

 少し移動してクンクンと匂いを嗅いでみるが、ここもはずれのようだ。地面なども確認してみるが、誰かがここ数か月以内に踏み込んだ形跡はない。

 魔法の森は湿度が高く、潤っていて誰かが通れば足跡となって残る。飛んでいたとしても草木の葉っぱが千切れているところなどはない。ここには本当に誰も来ていないようだ。

 痕跡を探してしばらくさまよっていると、前方方向から真新しい血の匂いが漂ってきた。腰に提げていた鞘から大太刀を引き抜いた。ただの太刀よりも長く作られた刀身が木々の間から刺してきている木漏れ日に反射してキラキラと輝く。

 盾を構え、前方方向ならどこから来ても攻撃を防げるように踏ん張る体制も整える。音を立てずにじりじりと血の匂いの方へ木を避けて近づいていくと、少しだけ開けた場所についた。

 かなり昔に木が倒れたらしく、それによってこの場所だけ開けた場所となっているのだ。暗い森の中でここだけ光が差し込んできていて、他と違って地面は乾いている。

 私が注目したのはその地面の一部分。そこには他の茶色とは違う、どす黒いこげ茶色の何かがこびりついている。液状の物が飛び散った跡のようだ。

 鉄臭い匂いはそこからする。ここで戦闘があったのだろうか。にしては死体もなければ戦った痕跡もない。あるのは血しぶき痕のみ。

 出血量から見れば大した怪我ではないだろうが、やはり攻撃を受けたというのに何もしなかったのというのは不自然だ。

 しゃがんで周りの匂いを嗅ぐと、さっき嗅いだ切断された腕と全く同じ匂いが血の香りに混じって鼻腔を刺激する。

「見つけた…」

 血の状態から詳しい時間はわからないが、三十分以上は経過していそうだ。飛び散っている血に触れてみると完全に乾いて酸化している。

 さて、彼女はここからどこに向かったか。匂いを辿っていくと、血が飛び散っている辺りで匂いは途絶えてしまっている。

 空を飛んだのかと考えたが、周りの木や葉っぱには彼女の匂いは残ってはいない。やはりその場所でぱったりと匂いが無くなっている。

 空から降りてきて匂いが消えている場所に、例の魔女が着地したわけではない。そうなれば一番古いのは着地した位置であり、匂いは一番弱いはずだ。

 そこから伸びている彼女が通って来た道の方が匂いが弱いということは、バックトラップをしたわけでもここに降り立ったわけでもないようだ。

 しかし、そうなると匂いが無くなっている理由が説明できない。水をまいた痕跡もないから私にわかることは匂いが途絶えているということだけだ。

 そうして頭を悩ませていると、魔女の匂いのほかにこの場所にもう一人誰かいたようで、知っている人物の匂いを捉えた。

「…この匂い……スキマ妖怪の匂い…?」

 黄色い髪に、薄紫の服をきた特徴的な傘をさしている女性が思い浮かんだ。スキマ妖怪の匂いは魔女と違ってこの場所にしかない。ピンポイントで現れたらしい。

 そして、魔女の匂いが途中で途絶えているのは、彼女がスキマ妖怪によって送り返されたからだろうか。戦闘になって魔女が出血したと。

 いや、それはない。敵である魔女を向こうに送り返したという話は聞いていない。そもそも送り返しているのであれば、その女性を探せと言うのも矛盾している。

 スキマ妖怪が単独で行動したということになるのだが、送り返した事実を霊夢さんにすら言っていないというのはどういうことだろうか。

 これが送り返していないのであれば、状況が変わって来る。なぜ出血しているのかはわからないが、これが騒ぎが収まるまで匿っているとかであるならばスキマ妖怪が向こうに手を貸しているということになる。

 匂いから争っている動きは感じられない。つまり、二人はここまで歩いてきて、魔女とスキマ妖怪はスキマに入って行ったということだ。

「…」

 これは、文さんには悪いが霊夢さんに急いで直接報告した方がよさそうだ。大太刀を鞘に納め、博麗神社に向かおうと振り返るといつの間にか接近していたのか、目の前に誰かが立っている。

「なっ!?」

 しまった。追跡に夢中になっていて周りへの警戒を忘れていた。不用意に大太刀を鞘に仕舞うのではなかった。

 そう後悔してもどうしようもない。今は相手よりもできるだけ早くこの刀を引き抜かなければならない。

 鞘に収まっている刀を抜き、敵めがけて刺突した。

 




十日後ぐらいになると思います。早ければもう少し早く投稿します。


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東方繋華傷 第九十一話 侵入

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもええで!
という方は第九十一話をお楽しみください!


「…さて、わざわざ集まってもらって悪かったわね」

 縁側に座ったまま、庭に集まってもらっていたメンツにそう語り掛けると、二十にも及ぶ目が私に集まる。

「なんの用かしら?」

 私の三分の二程度しか身長のない、フランドール・スカーレットがそう言った。少し苛立っているのは既に二人の死人を出していて、殺した異次元の連中を倒しに行きたいからだろう。

 現在昼間であり、いつもなら銀髪のメイド長である咲夜が傍らに立っているはずだが、今は門番であるはずの片腕の無い美鈴が代わりに傘を持って立っている。

 以前の戦闘で腕を切り落とされたという話を聞いていたが本当だったとは、左腕が収まるはずの袖が、風によってバタバタと揺れている。

「…少しあなたたちに聞いて起きたおことがあったのよ。これからどうするのかってね。奴らの戦闘力は計り知れないし、別行動をして分散するのはあんまり好ましくないわ」

 そう言うと他にも、腰に二本の日本刀を下げている白髪でおかっぱの庭師、魂魄妖夢も確かにと頷く。

「そう、私たちは向こうに乗り込むつもりでいる」

 大人っぽくなっているフランドールはそう言った。美鈴と同様に彼女も以前と比べてずいぶん違う、何があったのかはわからないが雰囲気がガラリと変わっている。

 フランドールというよりは、なんだかレミリアのような雰囲気をどことなく感じる。よく似た姉妹だ。

「向こうに行くのは許可できない」

 フランに対してそう言い放ったのは、スキマ妖怪である八雲紫だ。

「あんたに指図される筋合いはないのだけれど?」

 私の横に立っている紫をフランドールは睨み付け言い放つ。その刺々しい言い方から苛立っているのがわかる。

「聞こえなかったかしら?霊夢も言ったでしょう?戦力が分散するのはよくないと。奴らは太陽の畑からしかこっちに来ることはできない。だから、今後戦力はそこに集中して防衛に当たるわ」

「知らない。それはそっちの仕事でしょう?こっちはもう2人やられてる。待ってるだけじゃあいつを倒せない」

「あら、姉とそんなに仲が良かったのかしら、知らなかったわ」

 フランドールが紫に強い敵意を向ける。このままではこの二人の喧嘩が起こりかねない。まあ、お互いにただでは済まないことを理解しているから喧嘩はしないだろうが、この雰囲気で話し合いはできない。

「…二人とも落ち着きなさい。喧嘩するために呼んだわけじゃあないわ」

 私が二人をなだめると、少し頭が冷えたのか睨み合っていたフランがこちらを見て、問いを投げかけてくる。

「じゃあ、霊夢はどうするつもり?」

「…そうね…私は、フランの向こうに行くっていう案に賛成かな」

 私がそう言うと紫は眉をひそめ、困惑した様子で私を見る。まあそうか、前は彼女の言っていた太陽の畑周辺を固める方針で動くつもりだったから。

「霊夢、何を言っているの?」

「…よく考えたのだけれど、私たちは奴らの目的を何も知らないのよね。それを知ることが出来れば、多少なりとも対策を取れるんじゃないかしら?だから危険でも向こうに行くことは無駄にはならないと思うのよ」

 そう言うとやはりというか、紫はそのプランに対して反論してくる。当たり前か。むしろ反論してこない方がおかしい。

「あなた自分の立場分かってる?博麗の巫女の使命は何?この幻想郷を守ることでしょう?」

「…わかってるわよ。でも、情報集めもその一環じゃないかしら?だって何もわからなければ対策のしようもないもの。それに、こっちで防御を固めるって言ったけど、そこに集中しすぎて一気にやられる可能性だってあるじゃない」

「情報集めに関しては一理あるけど、やられる可能性があるのは行っても行かなくても変わらない。だからわざわざ危険を冒す必要はない」

 紫の言いたいことはわかるが、向こうの狙いが本当にわからない。こっちを滅ぼしたいのであればとっくの昔にできていたはずだからだ。

「…だってよく考えてみなさいよ。奴らが初めて来たときだって、私たちは瀕死だった。殺すチャンスはあったっていうのに、殺さなかった。……それに、それよりも前にドッペルゲンガー現象とか言ってたけど、それは連中の仕業だったじゃない。単純に殺したいだけならそんなことする必要あるかしら?」

 さとり達や天狗たち、河童たちも来ているが、その一部が首をかしげている。言いたいことがわからないらしい。

「…普通に考えて悪さをしようとしているのならば、見つかるようなリスクは犯すのかっていうことよ。私だったら中心にいる博麗の巫女を倒すか、紫を狙うわ。でもそんなこともなく、ただふらっと現れてはいなくなる。殺すのならそんな意味のないことするかしら?そうなると、何か探しに来てた?ってことになる」

 私がそう説明をすると、首をかしげていた人たちは納得したようで、ところどころで頷いているのが見える。

「…紫、ということよ。こういう理由が揃っててもダメなのかしら?それを知ることが出来れば、対策が立てられると思うんだけど…。それともなんか行っちゃダメな理由でもあるのかしら?」

 私が紫に聞くと、黙って考え込んでしまう。そのまま防衛した際のリスクと、向こうに行って情報を集めた際のリスクを天秤にかけているのだろう。

「………。……わかった。そのかわり危険な状況になったらすぐに逃げてくること。いいかしら?」

 いろいろとまだ何か言いたそうだが紫の許可は得られたし、私も準備しなければならないがその前に聞いておかなければならない。

「…そういう方針に決まったんだけど、フランたち以外に私らについてくる人はいるかしら?」

 これを聞くために集まってもらったのだが、いきなりで向こうも返答に困っているようだ。仲間内でこそこそ話し出した。

「…紫はどうする?あなたも一緒に来るの?」

「そうね…。どうしようかしら。まあ、行かなければあなたたちの帰りたいタイミングで帰れないし、行くわ」

 それもそうだ。でも大丈夫だろうか。向こうに一人で調査しに行ったと聞いたが、かなり重症そうな様子で帰って来た。あまり時間も経っていないし、傷は癒えていないだろう。

「…来てくれるのはありがたいけど、傷は大丈夫なの?」

「大丈夫よ。これでも妖怪だから」

「…そう。でもダメそうなら無理しないでね」

 この会話をしている間も周りの妖怪たちは会話をずっとしているが、まだ結論は出ないらしい。聖たちはもう決めているらしいが、数の多い天狗や河童たちは時間がかかっている。

「…」

 座ったまま、庭を見回す。真上にある太陽に足をじりじりと熱し、汗ばむぐらいに熱い。庭の周りには何本か大きい木が生えていて、日陰はあるもののそれでも日向の割合のが高いだろう。

 ボーッと返答を待っていると、自然と視線が隣を向いていた。紫の方を向こうとしていたのかと思ったが、彼女がいるのは反対側だ。

「…なんか、足りない…」

 あったかもしくは、居た何かがない。そんな気がしてならない。座っていたこの場所は、こんなに広かっただろうか。

「何か言ったかしら?」

「…何も」

 紫とそんな会話をしているうちに、全員の結論が出たらしい。文がこっちに歩み寄って来た。

「私たちも向こうの世界に行きたいと思います」

 部下の椛は見えないが、天狗を代表して文が私にそう言ってくる。天狗は数が多いからこの人手の数は助かる。

「…ええ、わかった。それじゃあ、聖たちはどうする?」

「それなんですが、私から一つ提案があるのですが」

 なんだろうか。

「私たちも行こうと考えていたのですが、こっちを手薄にするのも危険な気がするので、私たちはこっちに残ろうと思います」

 そう言われればそうだ。誰もこっちを守る人が居なくて帰ってきたら何も残っていなかったなど、笑い話にもならない。

「…ええ、そうね。こっちを守るのは貴方たちに任せるわ……ニトリ達はどうする?」

「そうだね、私らとしてはどっちでもいいんだけど、戦力が分散するのが嫌だっていうし霊夢達についていくよ」

 彼女が余裕そうな表情をしているのは、向こうの彼女らを見ていないからだろうか。奴らを見ていない河童たちを連れて行くのは危険だろうか。

 しかし、ニトリが来ている服は幻想郷にはオーバーテクノロジーである光学迷彩スーツであり、見つかりにくい技術のある彼女が来てくれるのは大きい。

「…ええ、そうしてもらえると助かるわ。でも、向こうではこっちの常識は当てはまらない。油断は即死を招くことになるから、気をつけなさい」

 私がそう言うと、河童の面々が緊張した顔つきへと変わる。緊張のし過ぎもあまりよくないが、油断しているよりはずっとましだ。

「霊夢!あたい達はもちろん行くよ!」

 次はさとりに聞こうとしていた私に、元気な子供の声が聞こえる。自分のことをあたいという人物は一人しかない。

 そっちの方に顔を向けると、フランドールと大して身長が変わらない自信満々に胸を張っているチルノが立っている。

 青い髪に洋服。背中には六本のツララが左右対称に浮遊している。周りでは大妖精やリグルが止めようとしているが、チルノは頑として聞き入れていない。その彼女に声をかけた。

「…チルノ」

「何?止めたって無駄だよ!サイキョーのあたいは絶対に行くんだからね!」

「…あんたらは一時的にとはいえ、奴らに掴まってた。奴らの強さは知らないわけではないでしょう?そうだとしても行くの?」

 そう聞いてもチルノの目は変わらない。向こうの世界に行くともう彼女の中では決まっているのだ。

「行くよ」

 真剣な顔つきなチルノが自分で考えて出した結論を無理やり変えるのは、野暮という物だろう。彼女の意見を尊重するとしよう。

「…わかったわ。じゃあ、さとり達はどうする?」

「………私たちは、そちらについていくことにします。本当は残るつもりだったんですが、妙蓮寺の方々が残ってくれるといことなので…。でも、私とお空だけで行くことにします」

 萃香と勇儀は来ないわけがないが、彼女らを除いても大部分はこっちに来るということらしい。文に情報を広めてくれと頼んだ効果があったようだ。正直、さとりや河童たちはそれでも来ないと思っていた。

 でも、もっと意外な人物も向こうの世界に行くと名乗りを上げているのだ。

「…ここに来たってことは、貴方も来るってことでいいのかしら?歌仙」

「ええ、そのつもり」

 肩にかからない程度のピンク色の髪、両側頭部には白色のシニョンキャップを付けている。中華っぽい洋服の胸元には花の形をした装飾がある。左腕は普通の腕だが右腕は全体に包帯が巻かれており、その手を腰に当て当たり前だと言いたげに言った。

「…そ、じゃあ。永琳たちはどうする?」

「こっちでバックアップするつもりだから、直接向こうにはいかないことにしようかしら」

 戦おうと思えば戦えるが、永遠亭の中でまともに戦闘をおこなえるのは永琳と鈴仙ぐらいだった。ウサギたちは天狗らと違って戦うのは難しい、彼女たちは援護に専念してもらうとしよう。

「…わかった。それじゃあ準備ができている人はいいけど、できてない人もいるだろうから一時間後にまたここに集まるってことでいいかしら?」

 そう言って解散するのを待っていたが、誰もここから移動しようとしない。

「…帰らないの?」

「私たちを呼んだのは何かしらするためだと思ってたので、もう準備は済ませています」

 そう言ったのは文だ。なるほど、通りで集まった面々の持っている物が重装備なわけだ。準備ができていないのは私だけということだ。

「…少し待ってて、すぐに準備してくるわ」

 自室に入り、タンスの扉を開いた。中から普通の異変では過剰すぎるほどの札と、予備の妖怪退治用の針を取り出した。

「…あれ、こんな服あったかしら…?」

 タンスの隅に見覚えのない白と黒の洋服が畳まれた状態で置かれている。そこに何かを置いた覚えはないはずなのだが。

 とりあえず服の中にそれらの装備を隠し持ち、その洋服に手を伸ばそうとすると、庭の方が騒がしくなっていることに気が付いた。

「…?」

 タンスの扉を閉じて縁側に出ると、文が誰かを抱えている。よく見ると他の鴉天狗たちとよく似た服装を着ている。血だらけの椛が青い顔をしている。

「椛!何があったんですか!?」

 腹部から流れた血が白い服を真っ赤に染めてしまっている。何をされたのかわからないが、背中まで貫通しているらしくお腹を押さえていても血が止まることはない。

「あの魔女のことを追っていたら……撃たれたんです…」

 確かにあの魔女は攻撃手段としてレーザーを使用していた。レーザーは貫通属性が強く、威力によっては人体をも貫通するようだ。

 しかし、何か違和感があるのだが、それを正確に言い表すことが出来ない。

「永琳さん!治療をお願いします!」

「ええ」

 そうこうしているうちに文が椛を抱え、永琳と共に永遠亭へと向かい始める。椛が魔女にやられたことで天狗サイドに動揺が走っているが、向こうに行くのに大丈夫だろうか。心配していると、

「さてと、霊夢が用意もできたようだし、やられた奴のためにもあたしらはあたしらの仕事をするとしようじゃないか。」

 萃香がそう切り出したことで、動揺は最小限で済んだようで、鴉天狗たちは頭を切り替えられたようだ。

 さすがは鬼たちの中では極めて強く、ボス的なポジションで存在する萃香だ。まとめ上げ方がわかっている。

「…そうね。それじゃあ…行くとしましょうか」

 

 

「………げほっ」

 器官に砂煙が入り込んだことで、咳き込んでしまった。顔の近くに立ち込めている砂煙を払い、視界と呼吸できる場所を確保する。

 初めは反撃することもできたが、異次元美鈴が私の戦い方に慣れて来たのだろう。五分も経過すると攻撃に転じることが出来なくなってきた。

 しかし、戦闘が始まってから十分が経過しても、私が立っていられているのは咲夜から貰った情報のおかげである。

 それでも情報通りに動こうとしても、私と咲夜では筋肉量に差があり、あまりうまくいかない。

 口の端からどろっと垂れて来た血を手の甲でぬぐい取る。口の中が鉄の味しかしなくて気持ち悪い。

「実力の差は歴然だというのに、まだ続けるのですか?」

 前半戦で反撃したと言っても、当たったとは言っていない。ほぼ無傷の異次元美鈴は余裕の笑みを浮かべたままこちらに歩み寄ってくる。彼女が油断しているうちに気が付かれないように魔法を構築し、発動させた。

「諦めないのが私のモットー何でな…!」

 手先の魔力だけレーザーに変換し、歩み寄ろうとしている異次元美鈴にぶっ放した。閃光を放つ熱線を彼女は体に掠らせることなく目の前に走り寄ってくる。

「それじゃあ、これで終わりとしましょうか!」

 早い。十メートルはあったというのに二秒もかかっていない。握った左手を私の顔面に向けて振り抜いた。

 左側から向かってくる拳を右腕で正面から受け止めるが、威力の高さにガードが崩され頬をぶん殴られる。

「あぐっ!?」

 美鈴よりも圧倒的に軽い私の体は後方へ吹っ飛ばされる。方向的に紅魔館の壁に叩きつけられた。受け身を取ろうにも壁に跳ね飛ばされている私は、地面を転がっている。

「うぐっ…!!」

 立ち上がろうとしている私に、異次元美鈴は間髪入れず蹴りをかましてくる。魔力で身体を強化しているからいいが、普通の人間なら場合によっては、この回し蹴りは頭が胴体からサヨナラする威力だろう。

 だが、当たらなければそんなのは関係ない。立ち上がろうとしている私の顔の目の前を異次元美鈴の回し蹴りが通り過ぎる。

 魔法を発動したと言ったが、光を屈折させ自分のいる位置を少しだけ前にずらした。一度使えば異次元美鈴は警戒してしまうため、これで終わらせるということだったから、使わせてもらった。

 そのおかげで異次元美鈴に大きな隙が出来上がる。鞄に手を伸ばし爆発瓶を取り出しながら、足を最大まで強化し、片足に全力で蹴りをかました。

 蹴りを放っている最中、かつ片足で体を支えている異次元美鈴の膝に狙いをつけたため、支えられずに彼女の体がガクンとバランスを崩した。

 爆発瓶に魔力を流し込んで威力を上昇させ、蹴りが当たらなかったことが理解できていない異次元美鈴の口の中に無理やりねじ込んだ。

「おぐっ!?」

 閉じている口に牛乳瓶よりも一回り小さいぐらいの瓶を押し付けたせいで、異次元美鈴の唇から血が滲んでくるが知ったことではない。

 吐き出そうと異次元美鈴が瓶を舌や手を使おうとするが、それもできないように殴り入れた。

「げあっ…!?」

 無理に押し込んだことで乳白色の瓶に小さな亀裂が入ったのが見えた。吐き出される前にあれを完全に叩き割らなければならない。

 これまでにこんなことをされたことはないのだろう、混乱して行動に遅れの生じている異次元美鈴の顎に下から拳を叩き込んだ。

 異次元美鈴の歯で瓶を叩き割ったことにより、空気と中の試薬が空気と爆発的に燃焼し、大爆発を起こした。

 瓶の破片がそこら中にまき散らされる。近くにいた私にも例外なく飛んできた破片が腕に切り傷を作る。

 でも、一番影響があるのはそこの中心にいる異次元美鈴だ。倒せたかどうか確認のために壁の近くに倒れ込んでいる彼女に近づくと、口の中ということで試薬が上手く空気と燃焼することが出来なかったのだろう。

 思ったよりも外傷の少ない異次元美鈴が倒れ込んでいる。しかし、かなり酷い有様だ。頬の肉はズタズタに引き裂かれ、顎も衝撃で外れてしまっている。歯も一部分しか残っておらず、破片の影響で顔の皮膚も所々切り裂かれている。

 酷い状況だが、瓶の破片が頬の肉など頬などを切りさかなければ、爆風が逃げずに彼女は即死していただろう。もしかしたらそうなっていた方が楽だったかもしれないが、この異変が終わるまでに復帰するのは無理だろう。永琳たちがこっちにはいないらしいからな。

 まあ、彼女については放っておくことにしよう。他人に構っているほど私には余裕がない。本番はここからなのだから。

「……」

 異次元美鈴に何度殴られたのかわからないが、全身が痛い。この状況で紅魔館の面々とまともに戦い合えるだろうか。

 だが、ここで引くわけにはいかない。次に来たとき異次元美鈴がいたら、また勝てるかと言われたら絶対に無理だ。

 油断してくれたから今回はうまく立ち回れたが、警戒している彼女に勝つのは至難の業ではない。いや、不可能だな。今の爆発で警戒されているだろうが、私はこのまま攻め込むしかない。

 足に魔力を送り込み、強化する。閉まり切っている大きな城門を私は蹴り開けた。

 




1週間後ぐらいに投稿します。遅くなるかもしれないです。


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東方繋華傷 第九十二話 優れた魔術師①

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもええで!
という方は第九十二話をお楽しみください!


 木で作成されている私の身長よりも圧倒的に大きい扉を蹴り飛ばすと、ガコォン!と両開きに開かれる。

 外壁から館までに二十メートルほど石畳の道が続いている。左右には、もともとは綺麗に手入れがされていたであろう噴水や庭が広がっている。

 今では噴水の水は枯れ、岩についている汚れやひび割れは落とされたり修繕されることなく数年は放置された跡がある。

 草や木も伸び放題で、そこの部分だけ見れば鬱蒼とした森に見えなくもない。この地形、十年以上前の記憶でおぼろげながらも何となく覚えている。

「……」

 まだ異次元美鈴を倒したことは、この中にいる連中には知られていないだろう。そもそも私が来た事自体気が付いていないのではないだろうか。そう思えるほどに静まり返っている。

 いや、見つかっていることが前提で動くことにしよう。

 とりあえずは館に入るまではどこに敵がいるかわからないため、魔法を発動させて光の屈折を調節し、一時的に周りに私の姿が見えないようにした。

 光を屈折させて私から反射した光を見えないようにしたが、音自体は周りにいつもと同じように聞こえる、できるだけ足音を立てずに紅魔館に近づいた。

 城門よりは小さい両開きの扉の片側に取り付けられている鉄製で球状のドアノブ、そこに手を伸ばそうとすると私が触ってもいないのにグルリと半回転する。

「…っ!?」

 やはり気が付かれていたか!私は一歩後ろに下がり、戦闘体勢に入る。

 扉が押し開けられていくと、錆びついた蝶番が嫌な音を立てる。誰が来るのか身構えていると扉の奥から顔を見せたのは、紅魔館に務めている妖精メイドだ。

 私が来ているとわかっているのであれば、異次元咲夜などもっと強い奴が来るかと思った。

 だが、妖精メイドの表情を見るとどうも戦いに来た様子はない。首をかしげていると後ろからもう一人の妖精メイドが現れ、こちらを見てくる。

 こっちを見ているというよりは、私の後方にある城門の方を見ている。少し様子を見てみようとしていると、二人が会話を始める。

「なんか大きな音がしたけど、美鈴さんが倒してくれたんだよね?」

「多分そうじゃないかな?美鈴さん強いし」

 妖精メイドはそう言うと、扉から手を離して館の中へと引っ込んでいく。妖精メイドの様子から気が付かれていないか、まだ情報が伝達できていないと考えられる。

 扉が閉まり切る前に手を開いている扉の間に滑り込ませ、私が入れる分だけ開かせた。

 さっきの妖精メイドと同様に、ギィィッと蝶番が嫌な音を立てて扉が開いた。急いで館に入り込み、扉を閉めた。

 バタンッと扉が閉まると、間から入って来ていた日差しが閉ざされた。窓が少ないせいか外と比べると日没程度の暗さがある。

 入ってまず最初に感じたのは空気の淀みと埃っぽさだ。この戦いが始まってから戦いばかりでろくに掃除もしていないのだろう。壁際の床を靴でなぞると埃取り除かれた線が出来上がる。

 それに加えて、弱くはあるが血の匂いがある。本当にうっすらで気を付けて嗅がなければ分からないほどだ。

 扉から離れ、壁際にぴったりとくっついて進みだした。左側にある壁に手を付き、魔力をほんの少しだけ与え、回路を組んだ。私がとある魔力を電波として発信するとそれに反応して発光するという物だ。

 なぜこんな下手をすれば見つかるようなことをするのか。それは私が逃げる際に道しるべが必要となるからだ。窓から逃げればいいだけかもしれないが、空中には異次元パチュリーの防壁があり、内側から通り抜けられない。

 周りを覆っている防壁の性質を見れば、それが含まれていないことはわかるのだが、触れたことで攻撃性のあるものへと切り替わる物も感じられたため、逃げる時には城門をくぐらなければならないということだ。

 だからこうして目印をつけている。進むときには全て左側に付けるように統一するとして、帰る時には右側にあるように進めばこの扉につくことができる。

「……」

 こっちの紅魔館の構造が全く分からないため、適当に歩いて行くしかないのだが、私の目標は異次元霊夢と異次元咲夜であるので、彼女らさえ見つけられて倒せればいい。

 だが、中途半端に手を出すと後の報復が怖い。やるならいけるところまでやらないとだめだろうな。

 外からこの館を見た時にはここまで広いとは思わなかったが、突き当たりの壁まで四十メートルはありそうだ。

 壁際を進み、突き当たりに差し掛かった。曲がる直前にもう一つの印を壁に着け、誰もいないかゆっくりとクリアリングしながら曲がる。

 廊下の中央には絨毯が引いてあり、その上を歩けば消音効果が期待できるが中央はよく目立つ。壁際に居れば柱などの凹凸あるため、例え誰かが来たとしても隠れられる確率が上がる。

「……」

 のだが、廊下の端の方には絨毯が引かれておらず、私が歩くごとにコツコツと音を立ててしまう。

 それがやたらと反響しているように聞こえてしまい、歩くごとに緊張感が増していく。高い気温の中異次元美鈴と戦っていたというのもあるが、緊張で額に汗が滲んでいる。

 ゆっくりと進んでいく中で扉をいくつか見つけたが、どこも人気がない。異次元美鈴が門を守っていた時点で誰かしらは紅魔館にいるはず、なのだがその考えが間違っているのではないのかと思えるほどに誰もいない。

 いない方がこっちとしては楽だが、それもそれで不気味だ。

 この雰囲気だと誰も一階にはいなさそうなのだが、半周しかしていないから正確にはわからない。でも、歩いているうちに気が付いたのだが上の階で誰かが歩いている足音が聞こえる。

 危険は高いが、そっちに警備があるということは、異次元霊夢達がいるということにもなる。

 階段を探さなければならないと思っていたが、十メートルほど前方で壁が途切れているのが見えた。

 壁に背中をつけ、曲がりかどを覗き込むと、そこは廊下が続いているのではなく二階へ移動するための階段がある。

 それに登ろうと考えたが、まずは偵察が必要だ。こっちの博麗神社で使ったものと同じ屈折の魔法を発動させた。目に入って来る光を調節してリアルタイムで見えない位置の情報を見ることが出来る。

 二回ほど光を屈折させると二階の様子が視界に映し出された。階段の前の廊下を丁度妖精メイドが横切っていくのが見える。もう一度光を屈折させた。

 今度は妖精メイドが歩いて行った方向とは逆方向の視界が映し出される。下と同じ構造であり、二十メートルほど先に曲がり角がある。

 反対側を見てみても構造は変わらない。思った通りだが異次元霊夢達は見つからない。妖精メイドが居る方向とは逆方向へ屈折を一段階増やしてやる。

 切り替わった視界には長い廊下が映し出され、数十メートル先の一番奥に、他とは構造の変わった大きな扉があることに気が付いた。

 頑丈で特別そうなあの扉の奥ならば、彼女らがいるかもしれない。何度か屈折を繰り返して廊下を確認するが、居るのは妖精メイドばかりだ。

 この状態ならば魔法を使わなくてもその部屋まで行くことはできそうだ。自分の姿を見えないようにする魔法は魔力をかなり消費する。節約できるところはしなければならない。

 魔法を切り、私はすぐさま行動を開始する。この階段には妖精メイドがいないことがわかっているので、絨毯の上を足音を立てないように一気に駆け上がった。

「……」

 廊下はいくらさっき見たとはいえ、まったく確認せずに行けるわけではない。妖精がいないかどうか細心の注意を払って壁の左側に印をつけた。

 顔を出して廊下を見ると予定通り誰もいない。実際に二階に来てみてわかったが、一階とは違って床に埃が溜まっていない。定期的に掃除が行われている証拠だ。

 理由はわからないが、一階は放棄して二階を拠点として使っているみたいだ。妖精が歩いて行った方向とは逆方向に向かい、曲がり角に到着する。

 今までと同様に体を晒さずに廊下を覗く。四十メートルか五十メートルぐらいかと思っていたが、それよりも扉までの距離は長そうだ。

 ここの廊下にも扉はいくつかあり、人気がある以上はどこに妖精メイドが潜んでいるかわからない。急いで移動するとしよう。

 後方を確認しつつ、大きな扉へ向けて歩き始めると、コツコツと自分の足音だけが長い廊下に響く。今のところ妖精メイドはたったの三人しか見ていない。これだけ広い紅魔館でそんなことはあり得るのだろうか。少なすぎる。

 のだが、異変が起きていてこれまでに何度も戦いがあったと聞いているため、それに巻き込まれて死んだとかだろう。

 どうでもいいことは頭の隅に追いやり、手のひらに魔力を溜めたままゆっくりと目標の扉に向かって行く。

「……」

 敵が近くに来た場合と遠くから見つかったことを考えて、レーザには変換せずに維持をさせた。

 左側にある壁に一定間隔で印をつけ、扉までの距離が三十メートルを切った。だが、ここまで詰めるのに大分時間を食ってしまった。

 一階の時と違って、所々に設置されている扉の向こうには人の気配がある。大声でも出されようものなら、どれだけいるかわからない妖精メイドに袋叩きにされる。

 誰かに見つかる前にさっさと通り過ぎてしまうとしよう。そう思って歩くスピードを速めようとした私の後方で、ガチャリとドアノブが捻られて、扉が開かれる音がする。

「っ!?」

 振り返るとすでに扉は半分以上開いており、ドアノブを握っている妖精メイドの腕がこっちから見えている。

 今から柱の後ろに逃げようにも、等間隔で並べられている柱と柱の間に立っているため、逃げているうちに見つかる可能性が非常に高い。

「それじゃあ、とりあえず見回って来るね」

 話しているところを見ると、一人以上の人物がその部屋にいるということだ。だがいい知らせがある。ため口なところを見ると同じ妖精メイドだろう。

 手先にある魔力にとある性質を含ませ、振り向いてそっちに手のひらを向けた。そのタイミングで部屋から出ようとしていた妖精メイドが私に気が付いた。

「ひっ…!?」

 目を見開き、息を飲んだ妖精メイドは口を大きく開いて大声を出そうとしている。それをさせる前に、手のひらから攻撃を放った。

 息を肺いっぱいに吸い込み、あとはそれを声として吐き出すだけだったが、その妖精メイドはきちんと食らってくれたらしく白目をむき、口からゴボッと泡を吹くと力らなく体が傾き始める。

 私が放ったそれは、今まで攻撃に使用していたレーザーなどの殺傷性の高いものではなく、非殺傷性のただの超音波だ。

 外の世界にはごく狭い範囲、特定の人物にのみ音を聞かせることができるという機械が存在するという話を聞いたことがある。

 手先の魔力にその機械の性質を含ませ、対象である妖精メイドには手のひらにある例の魔力から音波を放った。

 私達人間は具体的な数字で言うと、約130デシベルを超える騒音を聞くと失神すると言われているが妖怪が同じ規格とは限らないため、140デシベル程度の音を聞かせることにした。

 試したことがなかったから本当に失神するかどうか不安だったのだが、どうやら人間と同じで効果はあるようだ。そして、それだけの爆音だというのに私には全く音が聞こえてこないため、周りの妖精メイドの気が付かれることもない。

 ゆっくりと傾いていく妖精メイドに対して、部屋の中にいる妖精メイドがどうかしたの?と声をかけている。

 倒れた音で他の部屋にいる妖精メイドに気が付かれないよう、倒れる寸前に彼女のことを支え、そのまま部屋の中にいる妖精メイドへ手のひらを向ける。

 ここは妖精メイドの部屋らしく両側の壁に二段ベットが二つ設置されてあり、部屋の中央に置かれている机にもう二人の妖精メイドが座っている。

 私が倒れそうになっている妖精のことを支えるため、二人の視界に姿をさらしたことで彼女らは目を見開いて息を飲む。

「「っ!?」」

 片手で支えたまま、座っている二人に超音波を連続的に照射した。初めの時と同様、彼女らは白目を向くと受け身を取る様子もなく机に突っ伏した。

「ふう…」

 よかった。もう一人妖精メイドが多ければ、超音波の照射が間に合わずに大声を上げられていただろう。今抱えているメイドをこの部屋に放り込んで行ってもいいのだが、この部屋にあるベットは四つ。どの布団にも生活感がある。ここにはいない妖精メイドがもう一人部屋を使っているのだろう。

 そのうちもう一人帰って来るだろうし、このままこいつらを放置すれば見つかる時間が早まってしまう。

 できるだけ時間を稼ぐために少し違和感がないように工作してから行くとしよう。誰がどのベットに寝ているのか全く分からないが、適当に三人をベットに押し込んだ。

 すぐにばれてしまうだろうが、多少の時間稼ぎにはなるだろう。頭まで布団をかぶせ、毛布を取らなければ見えないようにした。一人ぐらい失神させずに捉えて、情報を吐かせればよかったかもしれないが、今回はいきなりでどうしようもなかったから仕方がないとしよう。

 彼女らを運ぶために椅子を移動させたりしたから、このままだととても不自然だ。自然に見えるように椅子などの家具を再配置した。

 この部屋から出て、扉を閉めた。前方と後方を確認するが、見回りは今のところ来ていないようだ。

 例の扉までは残り十五メートルほど、それを一気に走り抜けて扉を開いた。

 ドアノブを捻って押し込むとギィッと他のドアと同様に、金属と木が擦れる音がする。部屋の中に入ると、かなり暗くて周りが見えない。

 今までいたところが明るかったからという理由もあるが、この部屋が暗すぎるのだ。さっきの廊下とは違ってこの部屋にはカーペットはひかれていない。

 目が慣れるまでドアの近くにいた方がいいだろう。でも、あまり近くにいすぎるといつまでも明るさに慣れない為、少しだけ奥に行くとしよう。

 この部屋、なんだか嗅いだことのある匂いがする。クンクンと周りの匂いを嗅いで、ようやく思い出した。

 この倉庫にいるのではと感じる匂いは、古びた本の匂いだ。目が段々と慣れてきたところで、周りを見回すと私の二倍以上の高さはある本棚が無数に並んでいる。その棚には数百どころか数千にもなるかもしれない魔導書が保管されている。

 さて、ここには絶対に会いたくはないあらゆる魔法を使いこなす魔術師がいる。見つかる前に逃げるとしよう。

「戻るか」

 急いで踵を返してドアに向かおうとした時、独りでに開き切っていたドアがゆっくりと閉まっていく。

「なっ!?」

 私はとっさに閉まり切る前に走り出そうとしたが、扉は独りでに閉じて行っているわけではないことに気が付いた。

 外から差し込んできている逆光で途中まで見えなかったが、扉を閉めようとしている手の肌が光で映し出されたことで分かったのだ。

「どこに行くっていうんですか?」

 コウモリの羽の形状に似た悪魔の羽が背中から生えている。異次元美鈴とはまた違った濃い赤色の長髪、そして赤い瞳だけが暗闇の中で怪しく光っている。異次元小悪魔だ。

「っ!?」

 扉が閉まり切ったことで、彼女の姿を本格的に目で捉えることが出来なくなってしまう。一歩後ろに下がり、近づいてくる彼女から距離を取ろうとするが、向こうは暗闇で目がきくらしい。

 一定の距離を保ったま右左に移動し、私を挑発してきている。いや、挑発しているというよりはじりじりと追い詰められている。

 光の魔法で目に入って来る光の量を増加させ、暗闇でも目が見えるようにしようとした矢先、私が何かをしようとしているのを異次元小悪魔は察知したらしい。魔法を発動しようとした直前に、異次元小悪魔が一気に私との距離を詰めて来た。

 数メートルの距離を開けているはずだが、ダン!と異次元小悪魔の踏み込んだ衝撃が足に伝わって来る。大きく踏み込んだようだ。

 目がまだ慣れていない私は構えて警戒するのだが、異次元小悪魔がどこから来るのかが全く分からない。目を閉じて感覚で彼女の居場所を探ろうとするが、ヒュッと風を切る音がしたと思ったら、顔面に拳を叩き込まれた。

 顔が殴られた衝撃で右側に投げ出され、危うく棚にきっちりと仕舞われている魔導書に頭から突っ込むところだった。髪の毛が当たるか当たらないかの距離で踏ん張り、拳を握って反撃をする。

 異次元小悪魔の拳とは違って私のは空を切り、何にもあたることなく腕が伸びきった。急いで右腕を引っ込めようとするが、彼女の伸ばしてきている手の方が足が圧倒的に速い。

 右手首をがっしりと掴まれ、ぐんっと引き寄せられながら彼女の右手が私の脇腹に叩き込まれる。

 衝撃で体がくの字に曲がり、肺や心臓などに向けた打ち上げられる攻撃によって内臓が揺らされ、衝撃で筋肉が軋み呼吸ができない。

「かっ…!?……あぁっ…!?」

 わき腹を押さえて倒れ込もうとした私のお腹に、異次元小悪魔は更に膝蹴りを叩き込んでくる。鈍い鈍痛が体の中で内臓を躍らせる。中身が潰されたのではないのかと思える激痛に足に力が入らない。

 悲鳴を上げることもできずにただひたすら呼吸する私の胸倉を掴んだ彼女は、扉とは逆方向にぶん投げた。

 空中でゆっくりと回転している私は、飛んでいく先がちらりと見えた。高い場所に居るため、行き先が吹き抜けになっているのが目視できた。

 確かここは二階であるはずで、私が落ちる予定の場所は一階だ。何とかして空を飛ばなければ床に叩きつけられる。

 魔力を使って空を飛ぼうとするが、腹に加えられた痛みで魔力調節が上手く行かない。考えがまとまらず、一階の本棚に足をぶつけ、さらに体勢を崩したまま六メートルほど下の床に背中から転がり込む羽目になる。

 床の上を三度か四度転がり、仰向けでようやく止まることが出来た。体を起こそうとすると、私の視線の先には大きな机が並べられ、そこに一人の女性が座って魔導書を読んでいる。

 さっき見た時にはこんな書斎は見えなかったが、高さの関係と床で遮られて見えていなかったのだろう。

 その女性というのは、言わなくても誰だかわかる。紅魔館の図書館にいる魔女と言えば、パチュリーしかいないだろう。

「誰か入って来たとは思ったけど、まさかあなたとは思わなかったわね」

 大きな書斎に座って、魔導書を読んだまま顔を上げようともしない異次元パチュリーはそう言った。

 濃い紫の髪に、紫の瞳。頭にかぶっている帽子には月の装飾品がつけられている。肘をついたまま、真っ白のティーカップに手を伸ばし、中に入っている液体を飲む。

「こんなところ、来たくもなかったぜ」

 こっちを見ていないうちに逃げ出してやろうとするが、動いたのを察知した異次元パチュリーがギラギラと獲物を狙う瞳をこちらへと向ける。どうやら興味がはなさそうに見えただけらしく、逃がそうという気はないようだ。

 手先に魔力を溜め、攻撃態勢に入っていない異次元パチュリーへレーザーの射撃を行う。しかし、手のひらを彼女に向けた時には、私の手は上へ向けられていた。

 右手の手首辺りがジンジンと痛む。私を追ってすぐ横に着地した異次元小悪魔が手を殴って打ち上げたようだ。

「くっ!?」

 バランスの崩れている私に異次元小悪魔は蹴りをかましてくる。美鈴ほどのキレは無いが、腕が上がっているせいで腹にまともに食らうこととなった。

 メキッと蹴りの衝撃が腹の中を駆け抜け、背中側へと逃げていく。その威力に私は驚愕した。外で戦った異次元美鈴よりも強いのではと。

 踏ん張りがきかずに吹っ飛んだ私は、巨大な本棚に背中から突っ込んだ。本が置いてある面ではなかったことで、魔導書がまき散らされることは無かったが、木に亀裂が入るほどの威力はあったようだ。

 この図書館は異次元パチュリーが全体に魔力を巡らせて強化されており、壊れにくくなっているはずなのだが、異次元小悪魔の攻撃はそれも貫通するほどらしい。

「ぐっ…あぁっ…!!」

 腹部の刺す痛みが長引いている。今は攻撃が来ていなくてよかったが、そうでなくても一歩も動けないほどの痛みだ。

「私は、美鈴さんのように油断はしません」

「ああ……そうかよ……!」

 痛みに苦しみ、驚いている私に異次元小悪魔はそう言った。どうやらこっちの異次元美鈴には、そう言う癖があるようだ。

 私が侵入してきた時点で、異次元小悪魔達は彼女が油断して私にやられたと判断したらしい。それが正しいな。

 武術の達人である異次元美鈴の蹴りが、異次元小悪魔の蹴りよりも弱いわけがない。

「さてと、長らく待ったわ。…魔理沙、本当は殺してやりたいぐらいだけど、生け捕りにしないといけないようだから、今は殺さないでおいてあげるわ」

「おいおい、随分余裕じゃないか。私が勝ったらどうするつもりだぜ」

「大丈夫よ。そんなことは絶対にないから」

 彼女がそう言うと、辺りに濃密な魔力が散布する。それらにはは炎や雷など様々な属性に似た性質を感じる。その属性に合わせた色の魔方陣が魔力によって形成されていく。

 十個にも及ぶ魔方陣を同時に形成するとは、さすがは軽く百年は生きている魔女なだけはある。魔力で腹部の痛みを無理やり治し、こちらも弾幕を用意する。

「なるほどな。あらゆる魔法を使いこなすなら、使える魔法が少ない私からしたら魔術師同士の戦いでは最もやりあいたくない相手だ。だがな、私も簡単に負けるわけにはいかないんだぜ」

 私は魔力をレーザーへと変換し、異次元パチュリーへとぶっ放した。




次の投稿は来週の土曜日の予定ですが、遅れれば再来週になります。


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東方繋華傷 第九十三話 優れた魔術師②

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもええで!
という方は第九十二話をお楽しみください。


「あが…かはっ…!」

 床にぶっ倒れた私は、強化されて傷一つない床に血を吐き出した。ビシャッと血が広がっていくが、それを見ている暇がなく、力の入らない腕で上体を起こした。

「ほらね。私の言った通りじゃない。これだけの魔導書があればあなたに負ける要素はないわ」

 常に十数個の魔方陣を展開し続けて順番に攻撃してくるため、あらゆる属性が雨あられで降って来た。魔法をやればわかるが、相当な芸当だ。

 そうは見えないがさすがに百年生きているだけはある。魔方陣の展開を複数できるだけで、これだけ戦力に差が出るとはな。

 火水木金土日月の属性を組み合わせた攻撃に加えて、属性が変われば攻撃方法が変わる。それにより対処も変わるため、臨機応変な対応が必要になる。頭をフル回転させなければならないため、ショート寸前だ。

 体を持ち上げられずにいる私を見て勝利が近いと確信しているのか、火と木の属性を含んだ魔方陣を複数展開する。

 相反する二つに見えるが、木は火の助けとなって組み合わせると火属性の威力が上がる。勝負を決めに来ている。

「くっ…」

 あらゆる属性を使いこなす異次元パチュリーだが、弱点がないことはない。

 固有の能力で実に七つの属性を操るが、一人でそれを制御し操るのはとても難しい。彼女が制御しているように見えるのは、魔導書があるからできる芸当ではある。

 周りにある魔導書の助けを借り、属性の力を正しく引き出していることは先の戦いで既にわかっている。彼女の戦闘能力は周りの魔導書に依存していると言っても過言ではない。つまり、異次元パチュリーに勝ちたいのであれば辺り一帯に存在している魔導書をすべて破壊すればいいのだ。

 だが、そうは言ってもこの強化された床や壁は、感じられる魔力の性質から特に火属性に対する耐性が抜群に高い。例え一か所発火させることに成功したとしても、周りに広がらないから意味がない。

「くそっ…」

 そして、厄介なのはそれだけではない。魔法の攻撃をかいくぐって異次元パチュリーに接近できたとしても、そこには異次元小悪魔が居る。

 攻撃を邪魔され、異次元パチュリーに攻撃できるチャンスもなくなってしまうのだ。阿吽の呼吸が取れていて、倒しづらいことこの上ない。

 魔力で身体を回復させ、倒れ込んだまま待機する。ギリギリまで治癒に専念したい。

「それじゃあ、これで終わりと行きましょうか」

 異次元パチュリーの周りにある、五つの魔方陣が炎を吐き出す。生け捕りにするつもりが本当にあるのかと聞きたくなるが、火炎放射器から放射された炎のように伸びてきている火の中には、爆発の性質を含んでいる魔力が隠されている。

 炎を拡散させて、範囲で攻撃するつもりのようだ。一発炎を当てるよりもダメージは低いが、範囲攻撃であるため数さえ放てば問題ないということらしい。

 ギリギリまで体を回復させえたおかげで、身軽に立ち上がることができた。魔力を辺りに撒き、それらに水の属性を与えた。

 火の属性は水の属性があるとその威力は著しく低下する。消火するまで行かなくても、威力を押さえられればいいと思っていたが、予想よりも効果があったらしく次々に炎は沈下していく。

「なっ!?」

 炎の衣を剥がせば後は爆発の弾幕とそう変わらない。温度などの関係で近づくことが出来なかったが、今は少し体を移動させるだけで全ての攻撃を躱せた。

 進みながら避けたことで後方で魔力の爆発が起こる。五つの着弾を音で確認、異次元パチュリーへ向けて手のひらを向けると、異次元小悪魔が立ちはだかる。

 ここに来る前に妖精メイド達にぶっ放した超音波を照射する。しかし、範囲も威力も低いものだ。

 あれは範囲を狭くすればするほど威力が上昇するが、当てられる人数に限りが出る。逆に広くすれば当てられる人数が多くなる分だけ音が拡散してしまい、威力は低下する。

 なぜ今回は拡散型にしたのかというと、異次元パチュリーの魔法構築を阻害するためだ。

 爆音ではないが、放った音の魔力には追加で高音の性質を含ませておいた。魔法の構築はスペルをあらゆる形で唱える必要があるのだが、音波によって集中力を乱れさせ作業を遅らせる効果が望める。

 こっちには聞こえないが音波が広がり、二人に到達すると目を見開いて驚き、顔を歪める。音を広めに設定して置いたが、中々大きかったらしい。

 二人とも耳を押さえて少しでも音から逃れようとしているが、手で押さえた程度では完璧に塞ぐことは無理だろう。

 いつもならもうすでに異次元パチュリーの次弾が飛んできていてもおかしくないが、現在は魔方陣の構築すらできていない。

 異次元小悪魔が音波の攻撃を止めさせようと、こっちに突っ込んできた。近づいてもらえればこっちのものだ。

 彼女の焦る気持ちが、大振りの拳をこちらに放ちさせた。右手でそれを受け流して範囲型超音波を切り、範囲の狭い物へと切り替えた。

 体制の整った状態ならかわすことは容易かっただろうが、異次元小悪魔は今は攻撃を行っている最中だ。当てることは簡単だ。

 妖精メイドへ放ったものと同じぐらいの超音波を当てると、異次元小悪魔の目がグルンと上に移動して白目を向く。力が全身から抜けている彼女は頭から床に横たわった。

 これで異次元小悪魔はこの戦いで立ち上がることはないはずだ。だが、超音波を切ってしまったことで異次元パチュリーの体勢が整ってしまっている。走って異次元パチュリーに接近するが、

「月符『サイレントセレナ』」

 魔法の構築ではなく、スペルカードに切り替えたらしい。手に持っている回路が書かれたカードに魔力を通し、起動させる。

 濃密な魔力で結晶化したカードを砕いて回路のみを抽出し、スペルカードが本格的に発動する。組んだ回路の通りに周りにレーザーなどの性質を持った魔力が分布されていく。

 地面ギリギリの高さに複数の上方へ向かうレーザの性質を持った球が複数形成される。異次元パチュリーまで五メートルという所まで近づいていたが、それは間違いだったかもしれない。

 数十個はある球が上へ向けてレーザーを照射し、それらは高速で縦横無尽に移動を始める。

「っ!」

 隙があると突っ込んだのは少し間違いだったかもしれない。完全にスペルカードの範囲内に飛び込んでしまった。

 床のギリギリ上で動き回っているレーザーは、他の弾幕と似たようなものなのだが、私が使っているような熱と光を加えて焼き切るという手法ではないようだ。含まれているのは切断の性質であり、単純に切りさくという物らしい。

 カードを使用してスペルカードを発動させたということは、戦いが始まる以前に回路が組まれた物ということになる。それは今の状況から作り出されたものではない為、躱すのは非常に容易だ。

 前後左右様々な方向からランダムにレーザーがこっちに迫って来るが、それらの進行方向も魔力の性質で分かるため、無駄な動きを削ぐことが出来る。

「お前…!」

 スペルカードを使用している硬直で動けていない異次元パチュリーがそう呻く声が聞こえてくる。

 スペルカード全体の動きが分かれば、その間を縫って攻撃を加えることもできる。このデメリットがあるから私はカードを使用するのは好かない。

 異次元パチュリーのいる場所を中心として、正確に半径一メートル離れた場所でレーザーが動きまわっているのだが、その内側に入ればダメージを受けることはない。

 レーザーの動きを先読みし、スペルカードの内側に私は滑り込んだ。このスペルカードの効果は長い。最低でもあと一秒は続くようだ。

 その時間さえあれば、一メートルなんて距離は余裕で埋めることが出来る。身体強化と耐久能力を強化し、大きく踏み込んだ。

「!!」

 異次元パチュリーの顔が初めて焦りに歪む。構えることなく棒立ちの彼女の腹部に、全力で蹴りをかました。

「げぇっ!?」

 普段から鍛錬もせず、ずっと図書館で本を読んでいる彼女は魔法に対する知識や耐性は大したものだが、打撃にはすこぶる弱い。

 それに加え、私が近接に切り替えたから身体の強化をしようとしていたが、スペルカードの硬直の中にいるため強化すらできずに生身で受けたようだ。

 私が異次元パチュリーを蹴り飛ばしたことで、スペルカードが崩壊し周りで動いていたレーザーが消えていく。

 書斎に背中から突っ込んだ異次元パチュリーの体から、ぐしゃりと嫌な音がしてゾクリと鳥肌が立つ。

 だが、これは戦いなのだ。他の人間のことなど構っていられない。

 倒れた彼女に走り寄り、胸倉を掴んで持ち上げた。私の掴んでいる腕を異次元パチュリーが振りほどこうとしているが、強化が弱くてできないようだ。

 焦りからなのか異次元パチュリーの身体強化が不十分で、私の手を離れさせることが出来ていない。

 そのうちに私は近くの本棚に向け、彼女を投擲した。思ったよりも早く飛んでいく異次元パチュリーが棚に叩きつけられた。

「ごぼっ…!?」

 その攻撃で彼女は倒れることは無かったが、ヨロヨロと今にも倒れてしまいそうな異次元パチュリーは口元を抑え込むとその指の間から血がダラダラと零れる。

 グラグラと異次元パチュリーの体が左右に揺れる。数秒は倒れずに耐えていたが、徐々に大きくなっていき、ゆっくりと倒れ込んだ。

「っ…」

 危なかった。異次元パチュリーが私に使ったのがスペルカードでよかった。初めから動きが全てプログラムされているため、次の動きがわかるからだ。

 それに比べて、スペルカード以外の攻撃であれば臨機応変にこちらに対応してくる。こっちも対応しないわけではないが、倒すのは困難どころの話ではない。

「っ……くそ…」

 だいぶ消費してしまった。疲労で足がガクガクと笑ってしまい、気を抜くと膝から崩れ落ちそうになる。

 十分でも二十分でもいいから少しだけ休みたい。でも、図書館でこれだけの騒ぎがあったのだ。五分と立たずに妖精メイド達が集まってくることだろう。

 私を逃がさないように異次元パチュリーが図書館全体に結界を張られていたのだが、それの性質には物体の物理的な移動を阻害するだけで、音や光などそういったものは普通に通してしまう。

 時期にこの結界も消えるだろうし、自分が入って来た扉から外に出ようと歩き始めた私の後方で、魔法の発動による魔力の気配を感じた。

「っ!?」

 油断した。倒れた様子から完全に気を失っていると思っていた。振り返った私の目に、真っ赤な魔方陣からバスケットボール台の火球が飛びだしてくるのが見えた。

 威力に魔力の大部分をつぎ込んでいるらしく、他のレーザーなどの弾幕に比べたらだいぶゆっくりだ。

 手先に魔力を集め、エネルギー弾へと変換する。火球へ狙いをつけて放ったはずだったのだが、焦って狙いを外してしまった。

 エネルギー弾が異次元パチュリーの足元ではじけると、衝撃で周りの床板を剥がすが彼女にはあまりダメージが入っていない。それに対して私の目の前で火球が弾け、炎と熱風に全身が包み込まれた。

「ぐっ…あああっ!?」

 全身を強化して魔力で覆としたが若干間に合わず、暖房器具の加熱部分に触れてしまった時のような感覚が体中で起こる。

 叫んだことで炎を吸い込むことは無かったが爆風が体の前面を叩き、呼吸をすることが出来なくなる。今回はこれのおかげで助かったが、もう少し爆発が強ければ肺が潰れていたところだ。

 体中を撫でまわした炎が弱まり、高温にさらされていた皮膚が通常の空気中に戻った頃に気が付いた。

 強化した体でも息が詰まるほどの爆風だったのだ。足が床から離れて、吹っ飛ばされていないわけがない。

 魔力で体を浮き上がらせようとしたが、気が付くのが少し遅かった。頑丈そうな木の棚に体を衝突させた。

 異次元パチュリーを棚に叩きつけた時には、身震いする嫌な音がしたがそれに負けないぐらいグロイ音がする。

 ぶつかった衝撃で本棚から本が飛びだし、倒れ込んでいる私に降り注ぐ。一冊一キロぐらいはありそうな魔導書が背中に当たり、追い打ちをかけてくる。

「魔理…沙…!あんたみたいな…光の魔法しか使えない三流魔法使いに、優れた魔法使いである私が負けるはずないでしょうがぁぁぁっ…!!」

 彼女は口内詠唱で私に聞こえないように詠唱を済ませていたらしく、十数個の魔方陣を一度に形成した。赤や黄色、水色など様々な色をしていて、遠目から見れば色とりどりで綺麗なことだろう。

 だが、その綺麗な光景からは想像もできないほどに、えげつない魔法が組み込まれている。どうやら、彼女は頭に血が上っているらしい。

「ばか…だな……」

 私は自分の上に散乱している魔導書をどかし、魔方陣を展開してあとは撃つだけとなっている異次元パチュリーにそう呟いた。

「なに…?」

 眉を吊り上げ、怒った顔をする彼女は今にも魔法をぶっ放してきそうだが、私は続けて言った。

「バカだって、言ったんだ。……多数の魔法が使えるからって、必ずしも優れているにつながるわけじゃあないぜ」

「寝言は寝てから言いなさい。私よりも重傷を負っているあなたにそれを言われても説得力がないわよ?」

「驚いたぜ、私が言っていることが理解できてないのか?もう一度魔法の勉強を初めからやり直してきたらどうだ?」

「ほざいてなさい…!…私を怒らせるとどうなるか、思い知らせてやるから…!」

 来る。全ての魔方陣に射撃の命令が下される。ここまでは計画通りだ。頭に血が上っていてくれてよかった。簡単に挑発に乗ってくれた。

 炎や雷、水や氷など様々な弾幕が私に向かって放たれる。それらの内側には爆発系の魔力が仕込まれており、完全に私を逃がさない配置で飛んできている。

 放たれた後では作られた炎や水を消すことはできない。しかし、真ん中にある魔力だけを撃ち抜いて爆発させないようにすることはできる。

 手先に溜めて置いたレーザーを数十個に分割。それら全てに爆発するという命令を阻害するという、性質を持った魔力を含ませた。

 異次元パチュリーの弾幕には爆発の性質を含ませているため、動きがとろい。撃ち落してくれと言っているようなものだ。

 飛んできている弾幕にそれを一気に照射した。数十個の弾幕に対して放ったが、分割のし過ぎで一発ずつが小さくなってしまい、上手いこと当たらなかったレーザーが多数あり、阻害ができたのは大体半分程度だろう。

 残りの半分は爆発するのだが、全て躱すよりはずっと楽だ。あとは気合で避けていくしかない。

 私の元に飛んできた一つ目の弾幕は、阻害のできなかった炎だ。体が近すぎると火傷してしまうため、大きく間を取ってかわした。

 本棚にぶち当たると炎をまき散らして爆発を起こす。飛び散る炎に当たることは無かったが、爆風にあおられたせいで雷の弾幕に腕が当たってしまう。

 阻害できている物で爆発は起きなかったものの、体を電気が走り抜け全身の筋肉が硬直して急いで体勢を整えたいのにそれができない。

 氷の弾幕がお腹をかすめて飛んでいき、爆発してその結晶をまき散らして私にいくつかの裂傷を作る。

 狙いを外した弾幕があちらこちらで爆発を起こしたり、そのまま床に落ちて行ったりしている。ようやく硬直から解放された私は、飛んできていた爆発の性質を含む二つの炎と雷の弾幕の対処を早急に始める。

 魔力を大量に放出し、それを岩のように硬化させる。結界の代わりに設置したそれに二つの弾幕が当たると、内部の魔力によって障壁と一緒にはじけた。

 多数の傷を負ったものの、何とか切り抜けることが出来た。膝を床につきそうになるが、戦いはまだ続いている。

 踏ん張って異次元パチュリーの方を見ると、すでに次の魔方陣を展開して、もうすぐで射撃の準備も整うようだ。

 だが、準備が整っているのは異次元パチュリーだけではない。電気で詠唱を中断させられたが、なんとか彼女の魔法が完成する前に、私の魔法も完成しそうだ。

「食らえ!」

 異次元パチュリーが魔法を発動しようとするが、その直前に私も魔法を発動させた。

 例えば、私たちが見ているこの景色は、その場所に光が当たり、それが反射して目に飛び込んでくるから見えるものだ。

 では、周りの異次元パチュリーの方へ向かう光だけを全て無くしたら、どうなるか。答えは簡単、ルーミアの生み出した闇の中にいるのと変わらない状況になる。

「っ!?」

 発動した途端に、異次元パチュリーが驚愕を顔に浮かべる。私の姿を見失ったらしく、周りを何度も見まわしている。

「何をした…!?」

 さて、なぜ私が異次元パチュリーにあんなことを言ったのかというと、挑発もあるが彼女はわかっていないからである。

 あらゆる魔法を使えるがイコールで優れているにはならないというのは、全ての魔法を平均的に使えるということは、逆を言えば得意な魔法の分野がないということになる。

 あらゆる分野の敵と戦うことはできるが、一つのことに特化した魔法使いと戦えば、手も足も出ないだろう。なぜなら、自分の得意分野に引き込むことが出来ないからだ。

 例え自分の戦い方に引き込もうとしても、相手のペースに乗せられて自分のペースで戦えないだろう。

 光の魔法にしか特化していない自分を優れた魔法使いというつもりはないが、見てわかる通りに彼女は何をされたのか全く理解できていない。

 つまりそれは、光の魔法だけを見るなら私の方が優れているということになり、あらゆる魔法を使って油断している彼女は、アイデア次第でどうとでもなるが光の魔法にのみ特化している私に勝つことはできないということになる。

 体が重くて異次元パチュリーの元に行くのにはだいぶ時間を食ってしまう。手先の魔力をエネルギー弾に変換し、慌ただしくしている彼女へぶっ放した。

 

 

 大きく、ただっぴろい部屋。中央には部屋を分断するように真っ赤な絨毯が横切っており、片方は大きな扉に続いていて、もう片方はこの大きな館に似合う岩でできた玉座が構えている。

 そこの傍らには、右腕の肘から肩、頬と右目にかけて大きな古傷のある咲夜がたたずんで、なにかをするということもなくボーっとしているようだ。

「あらぁ。咲夜…ここにいたのねぇ」

 立っている咲夜に声をかけると、そこでようやく気が付いたようで、なんだといいたげにこっちに顔を向けた。

「もう気が付いてると思うけど魔理沙が来たようねぇ」

「そうですね」

「あらぁ?捕まえに行かないのかしらぁ?」

 私がそう言うと咲夜は玉座の方に顔を戻して一礼し、一歩下がって離れると黒い革の手袋をつけて私が入って来た扉へと向かって行く。

「お嬢様に許可をもらってから行くつもりだったんですよ」

「……そぉ」

 扉のドアノブを捻り、押し開けてそのまま廊下を歩いて行ってしまった。扉がゆっくりと閉じていく。

「レミリアに……ねぇ」

 ガチャンと扉が閉じきるのを見届けた後、最初に咲夜が玉座を見ていたように私もそこを覗き込んだ。

「……だ、そうよぉ………レミリアァ」

 私がそう玉座に黙って座っている彼女にそう伝えるが、座っているレミリアからは返答は帰ってこない。

 こんなことをしていないで、私もぼちぼち向かうとしよう。殺すことはないだろうが、咲夜一人だとやりすぎないか心配だ。

「それじゃあねぇ」

 私はこちらに興味を示さないレミリアに手を軽く振り、歩いて行ってしまった咲夜を遅れながらも追った。

 

 

「ぐっ……く…そ……」

 意識が朦朧とする。異次元美鈴との戦いと、異次元パチュリーとの連戦が体に響いている。特に、火球で吹っ飛ばされたのが響いた。

 魔力の強化がほとんどできていないところに、あれを食らったせいで全身が痛い。いつの間にか肋骨にひびが入ってしまったのか、呼吸をするたびに胸に激痛が走り、うまく息を吸い込むことが出来ない。

「……っ…」

 きちんと呼吸ができないため、酸素が十分脳にいきわたらず頭が働かない。どこに行ったらいいのだろうか。異次元霊夢に戦いを挑んだとしても、この状況での勝率は絶望的だろう。

「うっ……」

 壁に手を付いて歩かなければならないほどに疲弊している。異次元美鈴と戦う前からの疲労も重なり、目を閉じて数秒もすれば立っていても気を失ってしまうだろう。

 まずい。敵がいつ来てもおかしくはないというのに、意識レベルを上げることが出来ず、ぼんやりしていて上手く魔力で回復させることが出来ない。

 気が付くと足を止め、壁にもたれて倒れそうになっていた。胸の痛みを承知で息を大きく吸い込んだ。

「ぐっ…!」

 亀裂の入っている骨が軋み、激痛となって呼吸を阻害する。だが、少しは酸素を取り込むことが出来た。肺から脳に酸素が巡り、意識がわずかにクリアになって行く感覚がする。

 そのうちに頭を働かせて、亀裂の入っている骨に魔力を注いで治癒を促進させる。ズキズキとした痛みは減ることはないが、じきに収まることだろう。

 意識は酷く混濁しているが立ち上がり、あてもなく探すために再度歩き出そうと顔を上げると、十メートルほど先に咲夜と瓜二つの異次元咲夜が立っていた。

「こんなところに居ましたか、魔理沙」

「………っ…!」

 魔力に咲夜の銀ナイフの性質を持たせ、得物を作り出して構えようとするが、体が限界を訴えている。鉛のように重い腕が上がらず、足がハンダ付けされてしまったかのように進めない。

「来ないのなら、こっちから行くとしましょうか」

 彼女はそう言うと光の反射でキラリと光る銀時計を掲げ、横から飛び出ているスイッチのようなものをカチリと親指で押し込んだ。

 気が付くと異次元咲夜が煙のように消えていた。私の頭が働いていないからかと思ったが、数秒かけてようやく能力だと結論を出したことには、後ろから背中の右側に銀ナイフを突き立てられていた。

「あぐっ…!?」

 一度距離を取ろうとするが、咲夜の左腕が後ろから伸びてきて首に巻き付くと、息ができないように一気に締め上げられた。

「あっ……!?…か…ぁっ……!?」

 その身長差から私の足は地面とサヨナラをし、首を絞めやすい彼女の高さを維持させられる。

 異次元咲夜が私の体を自分に押し付けさせると、背中に刺さっている銀ナイフの柄が押されてゆっくりと少しずつ私を切り進み始める。

「あっ…ぐっ……!っ……かっ……はぁ……!」

 異次元咲夜に手に持った得物を突き刺してやろうとするが、その手を掴まれて自分の太ももに突き刺された。

「~~~~っ…!?」

 頸動脈を締め付けられているため、急速に意識が闇の中に引き込まれ始める。あと数十秒もすれば完璧に気を失う。

 暴れたくても背中と足に刺さっている銀ナイフのせいで、身動きを取ることが出来ない。無駄だとはわかっているが、私はもう一本銀ナイフを逆手の手で作り出し、異次元咲夜の腕に突き刺そうとした。

「……………ぁぁ………………っ……………………」

 だが、もうすでに得物を持ち上げて突き刺すことなどできないほどに虫の息だった私の意識はブツンと途切れた。

 数秒後に作り出していた銀ナイフが手から滑り落ち、乾いた音をあたりに響かせた。

 




一週間後ぐらいに投稿できたらいいと思います。


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東方繋華傷 第九十四話 人形使いと花使い

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもええで!
という方は第九十四話をお楽しみください。


前回の優れた魔術師②は九十三話だったのですが、九十二話と表示してしまい申し訳ございませんでした。

幼いフランドールが見たかった方は申し訳ございません。


 文を除く庭に集まってもらった人物たちを見回すと、全員既に準備が済んでいてあとは向こうに行くだけとなっている。

「…紫…お願い」

「ええ」

 そう言うと、彼女は私たちの目の前にスキマを開いた。黒い線が空中に現れると、縦に細長く伸びていく。ググッとそれが左右に広がると、そこの奥には見慣れぬ景色が見える。

 そっちから流れ込んでくる風には、熱いだけではない皮膚に纏わりつく嫌な生暖かさを含んでいて、空気を吸い込むと火薬が弾けた硝煙と血生臭い匂いが鼻につく。

 湿った空気からヒシヒシと感じる緊張感に、周りに立っている天狗たちや河童たちから表情が消えた。

 各々が持っている武器を改めて握りしめ、その中へと私を先頭にして入り込んだ。スキマ一枚を隔てて世界が激変した。

 見える景色やある物はこっちとそう変わらない。はずなのに、周りに気を張り巡らせていないと落ち付くことが出来ない。どこから見られているかわからず、慌ただしく周りを警戒する。

 緊張でお祓い棒を握っている手のひらにじっとりと汗が滲んでくる。くぐった先は荒れ放題でそこら中に巨大な岩が転がっていて、落ちた衝撃で捲りあがっている地面を見ると既に乾いており、落下してから大分時間が経っているのがわかる。

「さっきまでは、こんなのは無かったはずだけど…」

 少し足取りの重い紫が、いくつか転がっている岩石の一つに近づくとそう呟く。さっきまでということは数時間前に血まみれで帰って来た時のことを言っているのだろう。

 土が乾いているでは時間の経過がわからない。掘り返した土など三十分もあれば乾くからだ。

「…まあ、誰かしらがここで戦ってたってことでしょう」

 死体がないことから勝敗が付かなかったのか、移動したのかのどちらかだろう。まあ、今のところは辺りに人気は無いから後者か。

 近くの警戒が終わり、その外に注意を向ける。周辺は木々で覆われていることから、あまり見通しはきかないが、遠くでは所々から黒煙が上がっているのがわかる。

「情報を集めるわけですし、人里に行ってみるのはどうでしょうか?」

 近くにいた鴉天狗が黒い羽を羽ばたかせて体を浮き上がらせると、黒煙が上がっている方向を指さした。それもそれらが密集して上がっている地点だ。

 あれだけの激戦地に行くのは少々無謀に見えるのだが、それだけの戦いが繰り広げられているということは、人が集まっているということになりそいつらを倒せれば情報を聞き出せるだろう。

 そこに向かおうとした時、ところどころに広がっている乾いた血だまりに目が留まった。スキマから流れ込んできた血生臭さはこれか。

 ここで中々酷い出血があったようなのだが、その血だまりが紫の物と断定はできない。

 が、彼女が帰って来てから出血があったとしても、たった数時間でかなり酸化が進んでカサカサになったということになる。

 夏で熱ければそうなるかもしれないが、その場所は丁度日陰で特に乾きにくいはずなのだが、たった数時間でここまで乾くとは思えない。

 例えば、水が飛んでしまって血が酸化はせずに乾いているのならまだわかるが、完全に酸化が進んで茶色く変色している。

 空間が違うため、私たちがいる世界とこっちの世界では時の流れに差があるということだろうか。

 そうだとしたら紫がこっちに訪れてから、大分時間が進んでいるらしい。まあ、そこまで重要なことでもないし、頭の隅にでも置いておくとしよう。

「…さて、行きましょうか」

 私も含めて三十人程度の人が同時に動けば嫌でも目に入る。隠密行動には期待できないから奇襲は仕掛ける側というよりは、しかけられる側となりそうだ。

 森の中を抜けようとしているが、時々上から木々を薙ぎ払って岩石が落下して来た跡があり、緑色の絨毯にぽっかりと穴が開いている。

 葉っぱで遮られている光が差し込んできていることで、その周辺は薄暗い森の中でも明るい。明るければ見通しがきく、できればそう言った場所は迂回していくとしよう。

「霊夢、奴らどこから来るかわからない。だから最大限に気をつけなさい。切り札であるあなたを失えばほとんどの者が戦意喪失してしまうから」

 私の横を警戒して進んでいる紫はそう呟いた。

 そんなことわかっているとも、負けるわけにはいかない。私が死にたくないのもあるし、彼女に怒られてしまう。

「…ん?」

 そう考えていたのだが、自分の発言に違和感があった。彼女って誰のことだっけ、私にそんな大切な人間などいただろうか。

「どうかしたのかしら?」

 私が不用意にそれらしい言葉を発してしまったため、周りにいる天狗たちや河童たちを勘違いさせてしまった。

 敵襲があったのか、罠かどちらかわからない彼女たちは各々の武器を存在しない敵に向ける。

「…ごめんなさい。何でもないわ。私の勘違いだったみたい」

 とっさにそう誤魔化したが、これからはもっと気を付けなければならないな。ただでさえ緊張している河童たちにはあまり余裕がない。精神が持たずに余計なことをされてしまっては困る。

「あまり硬くなりすぎるな。いざって時に集中力が続かんぞ。先方はあたしたちが行くから、お前たちは後を付いてきな」

 星熊遊戯が河童や一部の天狗たちにそういうと、やる気満々の伊吹萃香や鬼たちを連れて先導を始める。

「…すまないわね。私そう言うのできないのよね」

 本当にクリアリングしているのかと、聞きたくなるほど豪快に進んでいく二人の元に小走りで走り寄って礼を伝えた。

「別に礼を言われるようなことはしてないぞ。それよりも、霊夢も後ろを付いてきな。いざって時は、もっと先だから」

 私の身長よりも三十センチは背の低い伊吹萃香は、両手首に取り付けられている装飾から伸びている鎖をガチャガチャと鳴らして後ろを親指で指した。

「…それはありがたいけど、あなたたちに負担をすべて押し付けるのもどうかと思うのだけれど?」

「別に、あたしは能力で自分を散らしてるからそこまでダメージは追わないし、勇儀も相当な攻撃でもなければほとんど食らわない。囮になるには適任だろう?……それにあちらさんもそうだが、メンツにこだわっている状況じゃない」

 密と疎を操る程度の能力を持っているからできる芸当だろう。でなければ、未知の力を持つ連中がウヨウヨいるこっちの世界で、囮役を買って出ることなどできないからだ。

「…すまないわね。それじゃあ、頼んだわ」

「ああ、主要な連中のところまではあたしらが子守りしてやるよ」

 そう軽口をたたいてくる萃香によろしくと伝え、十メートルほど後方を歩いている天狗たちのさらに後ろにいるフランドール達の場所まで下がった。

「何の用?」

 声は幼いままで、普通に聞いていれば子供が背伸びしているようにしか聞こえないだろう。しかし、纏っている雰囲気や顔つきは大人のそれだ。

「…いや、お前は重要な場面が起こるかもしれないから、それまではすっこんでろって言われたから、こうして後ろまで下がってきたのよ」

 萃香も言っていたが、いつもなら種族名に鬼が入るもの同士の張り合いをして、鬼たちの隣を歩いていそうだがそうしていないところがかたき討ちしか頭にないのだとわかる。

「…ある程度進んだら、あんたらは紅魔館に向かうつもりよね?」

「当たり前じゃない。まさか、止めろなんて言うんじゃないだろうな?」

 さっきの紫との言い合いを思い出したのか、釘を刺されてしまう。じろりと私に視線を向けてくるフランに対して話すことがあった。

「…別に止めるつもりはないわよ。でも、大丈夫なのか心配。殺されたとはいえ死んだはずの人間とそっくりな敵がいたとして、いつも通りに戦えるのか」

 いくら頭ではわかっていたとしても、いざその時が来たら迷ってしまうのが人というもので、思考回路が人間とはいくらかは違うとはいえ、同じように考える生物である以上は多少なりとも迷ってしまうものだ。

「大丈夫、こっちの心配はしなくていい。霊夢はこっちの博麗の巫女が来たときに対処ができるようにしておいて、かたき討ちの前に死にたくないから」

「…ええ、そうね」

 そうフランドールに伝えて、周りの警戒に意識を向けようとするが、どうしても頭から離れないことがある。

 タンスの中に仕舞ってあった、あの白と黒が主体の洋服。普通にどうでもいいことなのに、あの服はどこかで見たことがある気がするのだ。なんだか思い出せないのだが、とても重要なことだった気がする。

 布団の時にも思ったが、この頃物忘れがひどくなっている気がする。忘れてはいけないことを忘れているような気がする。

「霊夢、集中しなさい」

 いつの間にか私の隣に立っていた紫がそう言ってくる。歩いている様子から、集中して周りの警戒ができていないことがバレたらしい。

 確かに、森の中でも少し木々の密度が強くなっている位置に差し掛かっている。先ほどよりも光量が減って暗く見えた。

「…。わかってるわよ」

「あんたって人は…こっちに来て考え事なんてしてる暇はないのよ?頭のいかれてる連中が跋扈してるんだから。……ただでさえあの子に申し訳ないのに」

「…あの子って?」

 最後にぼそりと紫が一言呟いたのがチラッと聞こえ、聞いてみた。戦闘能力以外で、私のことをそこまで心配してくれる人物には心当たりはない。

「えーっと。あれよ、前の巫女によ」

 先代の巫女か。

 先代の巫女、母に申し訳がないと言いたいらしい。彼女はもう死んでしまったが、厳しい人でそうやって人のことを心配するような人物には見えなかったが、紫の前ではやはり一人の母親だったということだろうか。

 あの子っていうから年の近い人物だと思った。

「…まあ、あんたから見たらどんな高年齢の人間も、子供みたいなものよね」

「帰ったら、わかっているわね?」

 そう返した私に、目以外は楽しそうににこりと笑っている紫はそう呟く。だって紛らわしかったのだから少しぐらいはいいではないか。

 冗談はここまでにして周りの警戒に集中しようとするが、なんとなくそれ以上進みたくなくなり、立ち止まった。

「霊夢…?」

 立ち止まったことで、二メートルほど先まで歩いて行っていた紫が振り向いて声をかけてくる。私が止まったことで妖精や天狗や河童たち、鬼も歩みを止めた。

 一部の妖怪は今度は何だよと言いたげに私に注目を集めるが、一向に前に進みたくなく、むしろ後ろに下がろうとし始めたころ、紫と萃香の目の色が変わる。

「「全員。戦闘準備」」

 何がどこから来るのかと、刀などを構えてじっと襲いかかって来る時を待っている。そんな中で、私が注目しているのは自分たちの周りにある植物だ。

 スキマの近くにあった森には無かった蔓が木々に巻き付いている。生態系的な意味で、場所によっては植生しているということで一見違和感はない。

 しかし、この周辺は岩石の落下の被害には合わず、木々の密度も高くて今まで通ってきた所と比べれば一番暗いと言える。成長には一定の光が必要な植物が、こんな暗い場所に生えてくるだろうか。

 葉っぱの面積の広い植物には十分な日光が不可欠で、それが足りなくなると葉っぱの色は白っぽく枯れていくはずだ。

 だが、ここに生えている花の葉っぱは、青々と十分に光を浴びて育っているように見えた。近くの蔓に意識を向けて探ると、魔力の流れがあることに気が付いた。

 植物の蔓などに魔力が通っているということで、どんな敵が襲ってくるのかもう私にはわかった。

 異次元霊夢達がこっちの世界に入って来るよりも前に戦った。あの、花の化け物だ。戦っていた時は魔力の波長を調べるのを忘れていたから、同一人物だとは同定できないが、私の中ではすでに同一人物だと確定していた。

「…周りの花とかに気を付けて!」

 そう言うと、私が以前に戦っていたやつを聞いていたのだろう。見たことはないにしても、植物が敵だとはわかったようだ。

 私たちの敵意に当てられたのか、木に巻き付いていたり、地面に伸びていた蔓が風もないのに独りでに蠢き始める。

「…こいつらには火なんかが有効だけど、体のどこかにある核を破壊しないと死なないから、倒れたとしても油断しないで」

 いくつかの蔓が気持ち悪くのたうち回り、蛇ともミミズともいえる動きで一つの花の化け物になって行く。

 以前と同じでその体は人間型の二足歩行だったり、犬や猫を思わせる形で四足歩行だったり、知っている生物の形からひどくかけ離れた形態をしている物もある。

 完全に形態が変化して襲いかかってくる前に、一番近くにいた花の化け物の頭にお祓い棒を叩き込もうとするが、フランドールが片手を植物たちに向けているためそれを中断する。

「ギュッとして」

 そう彼女は呟くと、そこに何かがあるかのように握りつぶすアクションを起こす。

「どっかーん」

 それを開放すると同時に、フランドールの視線の先に、花の化け物が複数いるが、一部分だけ体をはじけさせた。

「冷静になってから、これを言うとなると…なかなか恥ずかしいね」

 気恥ずかしさがあるのか、彼女はポリポリと小さな指で頬をかくが、その真っ赤な目は倒れたままの花の化け物を捉えたままだ。

 そばにいる美鈴の制止も聞かず、倒れたままの花の化け物に近づくと、蔓同士の接着が崩壊して行っているうちの一本を踏みつけた。

 蔓はそれに耐えきれずに半分に潰れて、中の液体をゴボッと溢れさせる。他に動きがあるかと構えているが、それだけだ。

 完全に花の化け物としての機能は既に、フランドールのあらゆるものを破壊する程度の能力に当てられて停止している。

 この能力は対象の構造というのを、よく理解していないと発動しないと聞いたことがあるのだが、花の化け物に会ったのことのないフランドールがどうしてわかったのだろうか。

「それじゃあ、残りの敵もさっさと倒す。周りの奴らはさっさとどいて、じゃないと一緒に壊しても責任取らないからね」

 彼女はそう言うと、花の化け物が密集している地点に向けて手をかざす。それから逃げるために、そこの周辺にいる妖怪たちが一気に履けていく。

「…いったい、どうやって?」

 近くにいたフランドールにそうたずねると、能力で花の化け物たちを破壊し始めた彼女は手を握りしめて呟く。

「集合体で見ればただの化け物だけど、蔓の一本一本の基本構造はそこらの植物とそう変わらないから、基本が少しだけ変えられてるところに能力を使っただけ」

 紅魔館の入り口で傘を持つ美鈴と一緒に、よく花を見ていたことを思い出す。そのおかげということか。

「…そういうことね、でも、敵は奴らだけじゃないわ」

 三十を超える数の花の化け物が出現したはずだが、ものの一分で八割の敵を倒してしまった。残りの敵を囲み、身体の至る部分に得物を突き立てて核を破壊し、ほとんど負傷なく敵を殲滅できた頃に私が言うと、フランドールは小さく首をかしげる。

「なんで?」

「だって、動き出すための命令だったり、動き出してからの命令が多ければ魔力量も増えて発見できたと思う。

 今回は、蔓が待機してた時の魔力を探ったけど、かなり小さい物だった。ということは、動きについてはかなり単純なコードしか使っていないということになる。地雷みたいな使い方で、かつスキマ周辺に仕掛けているということは、センサーみたいな役割をしてるんだと思う」

 私がそう言うと、紫は敵の狙いが大体察しがついたらしく、後方などの警戒を始めた。

「連中が出てきた時点で、奴に交戦している位置がばれてたわけか」

 フランドールは腰に手を当てて小さくため息を付いた。早く行きたい気持ちがあるのだろう、面倒くさいと言いたげの表情だ。

「…そういうこと。この化け物は、花を操る程度の能力で作られたんだろうし、ここに来るのは…」

「風見幽香…」

 こっちの幽香は連中が現れた時に殺された。彼女がいれば同じ能力同士で、対等に戦えただろう。強力な妖怪だった故に居ないのが痛手だ。

「進行方向、三時の方向に誰かいるわ」

 周りを警戒していた紫が全員に聞こえるように言った。彼女が言った方向に目を向けると、確かに薄暗い森の中をゆっくりと人影が近づいてきている。

「…来るわよ」

 本格的に戦闘準備を始めようとすると、十メートル先にいる伊吹萃香と星熊遊戯の濃密な魔力が二人から溢れているのを感じた。両方とも片手にスペルカードを持っており、一撃で決めるつもりらしい。

「萃符『戸隠山投げ』」

「鬼神『怪力乱神』」

 二人は同時にスペルカードを拳で叩き割り、技を起動。はじけた結晶は雪が舞い落ちるさまを連想させる。キラキラと綺麗に光っているそれらに気を使っている暇はないのだが、目を奪われる。

 そしてそれらは綺麗さとは相対する敵を倒す、もしくは殺すためのスペルカードが正常に発動したことを意味している。

 萃香がプログラムされた通りに、開いた片手を中空に突きあげた。能力である疎と密を操っているらしく、遠くからいくつかの岩石を集めて一つの巨大な岩にする。

 敵のいる方向へ、その不格好で直径が私の身長とそう変わらない大きさの岩石を投擲する。巨大な物体が草木の上をかすめて行ったことで風が巻き起こってなぎ倒されていく。

 当然敵は反応して動き始めた。どこから現れたのか、その人物の周りから何やら人型の小さい影が一斉に飛んできている岩石に向かう。砕く、というよりも切り刻むという手法で岩石は空中でバラバラに解体され、地面に落ちて行く。

 そのうちに遊戯もスペルカードの体勢が整い、腕に魔力を集中させていく。彼女が放とうとしている技を阻止しようとしているのか、その人物が小さな浮遊物を周りに引き連れたまま、こちらに走り出す。

 遊戯のスペルカードは強力であるがゆえに事前の動作はかなり緩慢で、自分の腕っぷしに自信があって油断しきっているような人物しか食らわなさそうなほどだ。

 それでも敵との距離は開いていて、遊戯は腕を横に薙いだ。薙ぎ払うための動作のそれは、敵が腕の届く範囲に居て当てなければ効果はない。普通なら。

 振った直後には何も起こらず、不発に終わったのかと思いそうになった。だが、彼女の前方に生えている木が異様に湾曲し、地面が捲り返っていく。それと続いて何かを殴ったような轟音が耳に届く。

 耳を塞いで伏せたくなるほどの爆発音。衝撃波が全てを巻き込み、鬱蒼と生えている草木が地面ごと捲り返り、大きな樹木は弓のごとく大きくしなって半ばから叩き折れて吹き飛んで行く。

 木がなぎ倒されたことで、暗かった森の中に明るい日差しが差し込んでくる。私が手を回しても届かないほどに太い木を、へし折るほどの衝撃を耐え抜いた人物は私が予期していた人物とはかけ離れていた。

「あっぶないわね~」

 周りに浮遊していた物体を盾に使ったのか、彼女の周りにその一部が散乱している。それらの人形は人間だったらこうなっているのだろうな、と連想するほどに千切れたり中身がぶちまけられている。

「せっかく作ったっていうのに、派手にぶっ壊してくれたわね」

 肩にかからない程度のウエーブのかかった金髪、頭頂部にある赤いカチュウシャには白いフリルの装飾がつけられている。青い洋服に、腰のあたりに赤い大きなリボンが巻き付いている。

 肌は夏の割には白く、青い瞳が印象的だ。滑らかな顔のラインから彼女には人形のような無機質なイメージを覚えた。細い指先には、人形を操るための鉄製でリング状の指サックがはめられていて、目を凝らしても中々見えない糸が残った人形たちにつながっている。

「というか、向こうの霊夢なのね。来て損したわ」

 どうやらこっちの霊夢と戦いに来たらしい。異次元アリスは落胆した様子で私の方向を見る。

「…悪かったわね」

 萃香たちに異次元アリスを任せ私たちは援護に回ろうとしていると、木が無くなり、明るくなったおかげで広がった視野の範囲に、もう一人見覚えのない人物が歩み寄ってきているのが視認できた。

「っ…!…九時の方向!」

 周りの葉っぱと同じ真緑の髪。赤い洋服にシンプルの傘。暗い森の中では傘は必要なく、閉じているから初めはわからなかったが、今度こそ私が予想していた人物が現れた。

 異次元幽香、こっちの幻想郷でも指折りの実力者だが、その名に恥じぬ威圧感にいつも元気に余裕を見せているチルノでさえ、口を噤んで押し黙ってしまっている。

「………」

 無表情のまま、異次元アリスが居る方向とは逆から来た異次元幽香はこちらのいる人数を確認しているのか、ゆっくりと目だけを動かしてこちらを観察してくる。

「余計なのもいて、面倒そうだし…さっさと終わらせることにしましょうか」

 ニコリと笑う異次元幽香の放っている、尋常ではない殺気に大部分が戦意喪失しかけている。

 このまま何もしなければ半数以上が無抵抗で彼女に殺される。異次元霊夢などもっと強い連中との戦いが控えているかもしれないが、ここは出し惜しみしているところではない。

 一緒に現れたことから二人が手を組んでいるのかと思ったが、彼女の言葉から異次元アリスとは敵対しているようで、上手く行けば同士討ちに持ち込めるかもしれない。

 そう思ってお祓い棒を握るが、傘を得物代わりに使っている異次元幽香は肩にポンポンと当てていたが、スッとこちらに傘の先端である石突きを向けてきた。

 キンッと石突きの先が太陽よりも明るく輝く。こっちの世界でも幽香がやっていたことを思い出す。強力で彼女のスペルカードの元となった巨大なレーザーを放つ気だ。

「…射線から逃げて!」

 初手からこの技をやって来るとは思わず、反応が幾分か遅れた私がそう叫んだ時には既に、予想をはるかに上回るほどに大きなレーザーがこちらに向かって放たれた。

 あの射撃の速さから放つ前に魔力を溜めていたはずなのだが、周りが明るくて魔力の発光を見逃していた。

 肝は抜かれたが予想できなかったわけではないから、対処は楽だ。しかし、威力が私の想定を大きく上回るのであれば話は別だ。ある程度は攻撃に耐えることのできる結界を、複数のお札を使用して作り出した。完封は無理でも、時間稼ぎにはなる。

 周りの鴉天狗たちと同様に、私も自分の身の丈が二つ以上にはなるレーザーの射線から逃げようとすると、進行方向から異次元幽香が素手のまま掴みかかって来る。

 こっちの幽香も使っていた方法だが、彼女のように強い妖怪ならば体を分裂させることも可能で、分裂が多くなれば多くなるほどに一個体の攻撃力は低下していくが、それでも人間を絞め殺すことなど造作もない。

 逃げようとしていた方向から異次元幽香が来たため、踵を返して反対へ向かい始めるが、そのタイミングでもう一人の彼女が放ったレーザーが私の張った結界に照射される。

 耐えられたのはほんの一秒にも満たない時間だけで、本当ならばその時間をいっぱいに使って射線上から逃げるつもりだった私にとっては、時間が足りなくて仕方がない。

 結界に亀裂が入ったと思った頃には跡形もなく吹き飛ばされており、青色のガラス片に見える結界だった一部が降り注いでくる。だがどれも私の元に来るまでに魔力を使い果たして、チリの結晶となって消えていく。

 未だにレーザーの射線上にいる私の結末は、異次元幽香に掴まれてレーザーの直撃を食らうか、掴まれる前に食らうか。選択肢は二つあるようだが、結果は二つに一つ。どちらともそう変わらない。

 魔力を札に込め、振り返った。異次元幽香が目の前にまで迫っていて、伸ばしている手はあと数センチで私の腕を掴めるだろう。

 レーザーも掴まれた直後に食らうか食らわないかのスピードで接近しているようで、このまま逃げるだけならば、確実にレーザーを食らうだろう。何もしなければ。

 後ろに下がっていた私は、正面の彼女からは見えないように紫が開いてくれていたスキマに体をくぐらせた。何かをくぐった感覚もなかったが、きちんとスキマを通れたらしく、目の前に開いている穴からレーザーに包み込まれる異次元幽香の姿を確認できた。

「危なかったわね」

「…そうね」

 そう呟いた私は既に異次元幽香へと走り出していた。異次元幽香は目標に攻撃が当たっていないと察したらしく、レーザーを消してこちらに向き直る。

 レーザーの照射により石突きが加熱されたらしく、金属部分が真っ赤に変色している。魔力で強化すると言っても私のお祓い棒は所詮は木だ。火や熱にはめっぽう弱い。あれの温度が下がるまでは得物同士での近接戦闘は避けた方がいいだろう。

「飛べ」

 彼女の傘が届く範囲よりも手前で札に命令を与えると、複数の札は独りでに手元から飛び出すと、様々な方向から異次元幽香に向かって飛行を始めた。

 彼女は逃げることもなく、花を操って飛んできている札を正確に落としていく。それでも撃ち落せないのは傘を使用して叩き落す。

 札を叩き落しながら、異次元幽香はこちらに侵攻を始めた。落ちた札を踏みにじり、私の頭を叩き割るために傘を振り上げる。

 彼女は知らないらしい。他の弾幕と違って札を叩き落すだけではかき消したことにはならない。一部を消し飛ばしたり破いたりしなければ、命令でいつでも札に含まれている魔力を起爆できる。

「爆」

 札の形状を保ったまま撃ち落されていた札と、まだ空を飛んでいた札が同時に青い炎を膨れ上がらせて爆発を起こす。

 札を使用した弾幕とただの弾幕違いはこれだろう。ただの弾幕は何かに接触した時点で魔力を放出して対象に攻撃を加えるが、形状さえ保っていれば札は誤爆を起こすことはない。その代わりに数を用意できないのが欠点だ。

 足元での爆発と周りでの爆発が重なり、異次元幽香が大きくよろめいた。その隙を見逃さず、私はお祓い棒に魔力を注いで強化を重ねる。傘を持っている彼女はバランスを崩して得物は触れそうにない。

 隙だらけに見える彼女の頭部に、お祓い棒を叩き込んだ。

 

 

 

 数時間前。

 白いシーツの引かれたベットの上に横たわっていた。初めは綺麗に皺の一つもなく整理されていた布団も今ではしわくちゃでベットの縁から半分は落ちてしまっている。

 部屋の中には二人分の吐息があり、どちらも荒い。私を裸に剥いた彼女は幾度に渡って私に暴行を繰り返す。

 今までに何時間暴行されたのか、これからあと何時間されるのか分からない。誰も私がここにいることは知らない。誰も助けには来てくれない。

 

 頭がおかしくなりそうだ。

 




次の投稿は一週間後の予定です。


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東方繋華傷 第九十五話 壊れる

 5月24日に次を投稿する予定です。

注意

 今回は性的、暴力的な表現が含まれます。それが苦手な方は読むことをお勧めしません。

 次の話で軽く説明が入るので、その後の話が分からないといういことは無いようにします。


 自由気ままに好き勝手にやっています。
 それでもええで!

 という方は第九十五話をお楽しみください!


 投げ出された四肢が絨毯の上を滑る。普通なら倒れた状態で動くことは無いはずだが、今回は第三者によって人為的に動かされている。

 体がが動かない。こっちの紅魔館の連中と連戦したことで、極度の疲労に蓄積したダメージが重なればそうもなるだろう。

 頭ははっきりしているのに、体を溶けたコンクリートに押し込まれて固められたかのように動かない。金縛りにでもあっている感覚だ。

 何度も体を動かそうと手足に力を込めるが、そのたびに私を引きずっている人物に感づかれて顔や腹を何度も蹴られた。

 私が動けないことを相手はわかっているはずだが、それでも踏みつけてくるのを止めない。その行為には恨みなどの私怨が含まれているように感じた。

「あぐっ…がっ…あっ…!」

 ボールを蹴るようにして、顔を彼女に蹴り飛ばされた。衝撃が脳にまで達し、私の意識が遠のいた。

 

 気絶することは無かったが、意識の回復に時間がかかった。気が付くとどこかに座らせられていた。両手を後ろに回されている状態で、頭に水をかけられたことで少し目が覚めた。

「……っ…」

 髪の毛や肌を伝って水が赤い絨毯の引かれた床に落ちて行く。私を引きずってきていた異次元咲夜が傷のある右腕で、下から顎を掴んで持ち上げてくる。

 前を向かされた私の正面には、削られて形の整えられた石が重ねられた玉座がこちらを見ていた。

 厳密には、玉座ではなくそこに座っている人物にと言った方がいいだろう。まだきちんと意識がはっきりせず、座っている人物がよく見えない。

「もうすぐです。もうすぐですよ…お嬢様……こいつを探し出すのには苦労しました」

 異次元咲夜が玉座に座っているはずの異次元レミリアにそう言うが、彼女からは返答は帰ってこない。

 こっちの異次元レミリアはどうやら無口な奴らしい。私から離れ、異次元咲夜は彼女の方へと歩いて行く。

 頭を振って意識をはっきりさせる。異次元咲夜に気を取られていてすぐには気が付かなかったが、横を見ると異次元霊夢と異次元早苗がそこにいる。

「……」

 異次元早苗はつまらなさそうに壁に寄りかかっているが、異次元霊夢は私に気が付くと鳥肌が立つ笑みを浮かべてこちらに傷のついた手を振る。

 異次元咲夜の方を見ると、異次元レミリアに夢中になっている様子だ。残りの二人の内一人はこちらに注意は向いていない。

 手は拘束されていても、足は拘束されていない。体は全く動かすことが出来ないが、魔力で無理やりやればなんとかなるだろうか。

 あまりモタモタしていると奴らに感づかれる。魔力で体を強化しようとした刹那。三人の目が私に集まった。

「……っ…ひっ…!」

 息を飲む自分の声が引き金にでもなったのか、遠かった三人の顔が目の前に迫り、それぞれの得物が振るわれた。

 異次元霊夢のお祓い棒が胸に、銀ナイフは両手と両足に、異次元早苗のお祓い棒が頭部に叩きつけられる。

「あかっ…!?…あああああああああっ!!?」

 私の絶叫は異次元霊夢によって塞がれ、頭を床にたたきつけられた。脳を揺らされ、有無を言わさず気絶させられた。

 

 

 目を覚ますと、今度はさっきとは全く違う場所に寝かせられていた。体に布団がかけられていて、自分はベットの上にいるのだと数秒かけて理解した。

 久しくベットでまともに寝ていた気がする。気絶させられたせいでどれだけの時間が経ったのかわからない。

 太陽は上ったままだからそこまで時間は立っていないと考えられるが、もうすでに一日経過している可能性もなくはないな。

 眠気や疲れはある程度取れている気がすると思っていたが。周りに意識を向けると、自分の周辺だけ異次元咲夜の魔力を感じる。

 私のいる位置だけ時間の流れが速く、周りの時間は変わらないため、大して時間は経過していないようだ。

 私の周りだけ時の流れが速いのは、短い時間で長く休ませるためだろう。でも、敵に塩を送る様な真似をする意味がよくわからない。

 さっさと逃げ出してしまいたいのだが、眠っている間に下着を含む服をはぎ取られてしまったらしい。起きた頃からなんだか服の肌触りがおかしいと思ったが、まさか素っ裸だったとは。

 確かに裸のまま外に逃げることはできない、汚い手だ。荷物もなくなっているから、それも探し出さないといけない。ベット周辺に置かれているわけがないが見回して探していると、声をかけられた。

「あらぁ。何を探してるのかしらぁ?」

「っ!?」

 ゆっくりとした声の方向を見ると、異次元霊夢が椅子に座って濁った眼でこっちを眺めている。異次元咲夜もいるらしく、私が彼女らに気が付くと時の流れを元に戻した。

「起きましたか。それじゃあ、霊夢…任せましたよ」

 異次元咲夜はそう呟くと、自分の椅子に座って机に置いてあった本を読み始めた。それと入れ替わって異次元霊夢が立ち上がり、こっちに向かってくる。

「何を…するつもりだよ…!」

 後ろに逃げようとした私の髪の毛に、異次元霊夢は手を伸ばすとむしり取らんとする勢いで彼女の方に引き寄せられてしまう。

「っ!?」

 どこから出したのか傷のついた左手には、透明な液体の入った注射器が握られている。それをどうするのかなど、簡単に予想がつく。

 それを私に刺させないように左腕を掴もうとするが、異次元霊夢の方が速い。両手をすり抜けて首に刺された。

「がぁっ!?」

 注射器のぶっとい針が皮膚を切り裂き、体内に入り込む。中の液体を出される前に彼女の腕を掴むが、異次元霊夢は既に注射器のピストンを押し込んでしまっている。

「うっぐ…っ…!」

 体の中に液体が流れ込んでくる。殺されることはないとわかっていても、どうなるかわからないため恐怖しかない。

「やめ…!…ろ…!」

「もう終わったから安心なさいなぁ」

 彼女はそう言うと針を私から引き抜き、離せと言わんばかりに注射器を持っていない右手で、私を殴りつけた。

「あぐっ!?」

 殴られた衝撃で頭がクラクラする。異次元霊夢の掴んでいた手を離してしまい、ベットに倒れ込んだ。

「咲夜、時を速めてくれない?」

「ええ」

 異次元咲夜は能力を発動したらしく、時に干渉する性質を持つ魔力を感じた。私の周り、ベット周辺の時の流れだけ早くなる。

 そう言った感覚はないが、ベットの上にいる私と異次元霊夢の速度は等倍で、離れている咲夜の動きはゆっくりに見える。

「さてぇ。楽しみましょうかぁ?」

 奴はそう言うと、巫女服を脱ぎ始めた。上半身の上着を脱ぐと、豊満な胸があらわになる。これが霊夢ならいろいろと高揚してくるところだが、なにをされるかわからない今は恐怖しか感じない。

「何を、するつもりだよ…!」

 異次元霊夢から逃げようと後ろに下がろうとするがすぐ後ろは壁で、全裸になった奴は震えている私ににじり寄る。

「寄るな…!頭のおかしいイかれ野郎が…!」

 奴から見れば完全に強がっているようにしか見えないだろうが、それでも私は異次元霊夢に魔力を集めた手のひらを向けた。

「あらあらぁ」

 異次元霊夢はそう言って近寄って来るのを止めるが、狙われていても当たらない自信があるらしくニヤニヤと笑っている。

 なぜ笑っていられたのかはすぐにわかった。手のひらに溜めていた魔力だが、予想よりも魔力が集まっていないことに気が付いた。

 それどころか集めようとしても集められない。早めにぶっ放そうとしても、手のひらに溜められている魔力の維持やレーザーへの変換もできなくなっており、魔力は無情にも霧散して無くなってしまう。

「なんで…!?……私に、何をしたんだ!」

 思い当たるのは今打たれた液体だが、ここまで効果が速いとは思わなかった。

「ああぁ、今打ったのは一時的に魔力を扱うことが出来なくなる薬よぉ。やってる最中に抵抗されると面倒でしょう?」

 異次元永琳は異次元霊夢らに殺されたと聞いたが、彼女から奪った薬を私に使ったのだろう。流石は月の技術で作った薬だ、ものの十数秒で魔力を全く扱うことが出来なくなっていた。魔力が扱えない状況でこいつらと一緒にいないといけないとは、ぞっとする。

「………なにを、するつもりだよ…」

 危険が無くなったことで、異次元霊夢が近づいてくると私の腕を掴んだ。振り払おうとしても、魔力を使っている奴の腕を振り払うことなど、不可能だ。

「見てれば分かるわぁ……ずっとこの時を待ってたのよぉ?楽しませてね魔理沙ぁ」

 恍惚の笑みを浮かべる異次元霊夢は、そう言いながら私のことを押し倒してくる。両手をベットに押し付けられ、抵抗することが出来ない。

 彼女は脱いだ服に手を伸ばすと二本の針を取り出した。それを両手のひらに添える。

「止めろ!止めてくれよ!それをして、何になるっていうんだ!」

 両手を足で固定されているため動かせない。抵抗しようと体を捩るが数倍は身体機能が違うため、奴にとっては子供を押さえつけているのと変わらないだろう。

 ズブリ、と金属の針が魔力で強化されていない皮膚を何の抵抗もなく突き破り、肉を切り進む。

「うぁぁっ…!?痛っ…!」

 骨を砕き、また皮膚を切り裂いて手を貫通した。そこから更に十センチほど針は押し込まれてからようやく異次元霊夢は私の手を離した。

 私の手をベットに縫い付けるためにこれをしたらしい。今までと違って体を強化して痛みを和らげるなんてこともできないため、抜くのにはかなりの苦痛を伴うだろう。

 刺されただけでもう手に力が入らない。痛みで両手が強張って動かせない。

 魔力のない私はこんなに弱かったのだと、実感している間にも異次元霊夢は準備を進めていく。

 奴は服からまた何かを取り出している。かなり大きくて長そうな棒状の物で、よく見ると両側の先端は男性器の形を模した物らしい。それを見て、私は自分がこれからされることを理解した。

「嫌だ…嫌だ…!…来るな!…止め…!!」

 異次元霊夢は興奮しているのか、既に濡れている自分の局部にそれを装着する。魔力を流すとその男性器を模した物はまるで生きているかのように脈打ち始める。

「ずっとぉ、あなたを犯したかったのよねぇ」

 異次元霊夢の口元は三日月状に大きく左右に広がり、こちらに歩み寄って来ると私の両足を掴んで大きく開かせられた。

 私の体に入るのには大きすぎるほどの男性器を私の局部に宛がった。両手は針で、両足は異次元霊夢の手で固定されて身動きは全く取れない。

 叫んだところで彼女の考えなど変わるはずもなく、キスや愛撫などの事前準備を全部すっ飛ばし、一切濡れていない局部に男性器を根元まで一気に押し込まれた。

「ああああああああああああああああああああああああああっ!!!?」

 皮膚などに覆われているわけではないデリケートな粘膜部分、そこを引き裂かれた痛みに私は絶叫した。

「痛い…!痛い、痛い!」

 膣の一番奥を付かれたことで、子宮を伝って内臓にまで衝撃が伝わって来る。引き裂かれた膣壁から血が滲みだしてきたらしく、接合部から血がダラダラと垂れてくる。

「ああ、気持ちい…!」

 異次元霊夢は物を使っているが、魔力で神経をつなげているらしくそう呟いた。奴は腰を引いて男性器を十センチほど引き抜き、また腰を押し込んだ。

「あがぁっ!?…痛い…痛い…!痛い痛い痛い痛い!!」

 出血のおかげで少しは滑りがよくなったらしく、異次元霊夢は腰を動かしてリズミカルにピストン運動を始める。

「あっ…がっ…ぎ…あっ…やめっ…がっ」

 私の途切れ途切れの悲鳴すら彼女からしたら喘ぎ声なのだろう。嬉しそうな表情で腰を振っている。

「ああ、締まりがいいわ。もう、イきそう」

 数分が経過したころ、異次元霊夢が私に腰を叩きつけてくる勢いが段々早く、荒々しくなっていく。子宮の入り口をノックする性器がわずかに大きくなっているような気がした直後、その先端から何かがぶちまけられた。

「なに………を…………」

 痛みで何も考えられず、されれるがままになっていた私がそう言うと異次元霊夢は膣から男性器を引き抜いた。

 真っ赤な血がだらりと零れるが、すぐに血の混じったピンク色の白い粘液がドロリと溢れ始める。

 あまり性的なことに詳しくない私でも、その白い粘液の正体は知っている。魔力でその色や形を模倣しているだけで、本当に受精などの性質は含んでいない。しかし、自分の初めてを奪われたことがショックで声を張り上げていた。

「嫌、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 発狂して暴れ出そうとした私の足を異次元霊夢は掴み、再度足の間にある局部に男性器を押し込んだ。

「あがっ…ああああああああああああああああああっ!!」

 痛い。死ぬほど痛い。確実に私の体に収まるのには大きすぎる性器が膣内をかき回すごとに激痛が体を蝕む。

 視界が歪む。それは私がおかしくなったのではなく、瞳から溢れた涙によって目に入って来る光が変化したからだ。

 ボロボロと瞳一杯に溜まっていた涙が、頬を伝って流れ落ち始めた。酷い。酷すぎる。こんなことをしていったい何になるというんだ。

 私の様子とはお構いなしに異次元霊夢はガンガン腰を叩きつけてくる。それにより肉を抉り、内臓を揺らし、子宮を変形させるほどだ。そして、腰回りの肌がぶつかり合うだけでも痛い。

「かはっ…あぐっ………もう、や………め……」

 痛みと精神からくるショックによって、そこを境に意識を失った。

 

 時間が早めてあるせいでどれだけの時間が経過したのかが全く分からない。未だに異次元霊夢は私を犯している。

 こんなやつにやられるなんて、最悪だ。霊夢以外の奴ににやられるなんて。すでに何度も中に出されているらしく、局部は白濁液でまみれている。魔力で作られた模造であるためしばらく時間が経過すれば無くなるはずなのだが、それでもこれだけ残っているということはそれだけ奴に出されているということだろう。

 精神が弱っているのか、大きな性器で突かれるたびに痛みで意識が混濁し、ほんの数分で再度意識を無くした。

 

 次に目を覚ますが、まだ異次元霊夢は私とつながっている。異物が体に入り込んできていることで体が拒否しているのか、気持ち悪い。

 ずっと同じ体勢なのか体が痛い。精液で滑りがよくなっているはずなのに、痛みが引くことはなく、その激痛が体だけでなく精神が蝕まれ始めた。

「ぁぁっ……ぁぁ…っ」

 既に反応もないというのに、異次元霊夢は楽しそうに腰を振り続けている。奴は絶頂を迎えたらしく、私の中に熱くて白い液体部ぶちまけられた。

「ぁぁ………っ……」

 

 途中までは意識はあったのだが、もう時系列順に記憶を思い出すことが出来ない。今も夢なのか現実なのかがわからない。

 そう言えば異次元鈴仙が博麗神社で倒れていた時、局部からなぜ血が流れているのか疑問だったが、ここでようやく理解した。彼女はこれをさせられていたのだと。

 ボンヤリとしていたが、いつの間にか顔が枕に押し付けられていた。ようやく解放されたのかと思ったが、下半身の痛みや突いてくる衝撃は退いてない。腰を持ち上げられて後ろから突かれているようだ。

「うっ……あぁっ……がっ……ぐっ…」

 両手で腰を持ち上げられているおかげで、足はつま先だけがベットに触れている。パンパンと肌がぶつかり合う音が続く。こいつは、何時間すれば気がすむんだ。

「うっ」

 異次元霊夢の声が聞こえてくると同時に、体内を白い液体が満たしていく。何度目かわからないが、出された。ベットはすでに結合部から溢れて来た奴の体液と血でまみれている。

 数度に分けて体液を吐き出すと、異次元霊夢はようやく私のことを開放した。腰を離されたことでベットの上に倒れ込んだ。

 逃げたいという思いがあったのか、無意識のうちに体を起こそうと手を付くが、そんな力は残されておらず体が全く動かない。

「咲夜私は少し休むからぁ、その間は貴方に任せるわぁ」

 異次元霊夢はそう言うと初めに座っていた場所に座り、数冊の本を読み終えていた異次元咲夜と入れ替わった。

「さてと、次は私の番です。薬の効果はある程度は切れているようですね。」

 異次元咲夜の言う通り、異次元霊夢に犯され始めた頃よりも体内で魔力の流れを感じることはできる。しかし、魔法や弾幕を撃つなどはまだできなさそうだ。できることと言えば傷の治癒を速めることぐらいだろう。

「私も、楽しませてくださいね?」

 異次元咲夜はそう言うと魔力で銀ナイフを作り出し、私の上に跨った。そして、その得物を私の腕に突き刺した。

「うぐぁっ!?」

 腹部を蹴り、顔を殴られた。指をナイフで切断され、足にナイフを突き刺された。赤くなるまで熱された鉄の棒を押し付けられ、お風呂の中に沈まされた。

 ありとあらゆる方法で痛み付けられた。普通ならば指が無くなったり怪我が酷ければそう言った行為はされない。しかし、数時間も経過すれば切断された指も傷も塞がって治ってしまっていために行為が何度も続けられた。

 

 犯され、痛めつけられ、犯され、痛めつけられ、犯される。

 休むことなくそのサイクルを続けられた。私たちの周りだけ時の流れが違うため、数日間に及ぶこの行為によって私の精神は少しずつ壊れていった。

 このまま死ねたらどれだけ楽だろうか。

 

 

「あぐっ…あっ…がっ…えっ…おぐっ…!」

 性器を口に押し込まれてから数時間。休むことを許されず、しごかされた。何度も射精を繰り返され、口の中も外も白い液体でドロドロだ。

 触感も味も匂いも最悪で、喉の奥を何度も突かれて気持ち悪い。性器も大きく、精液が口内に溢れているせいで苦しい。

「んぐっ…!?」

 また出された。もう嫌だ。もうこんなことしたくない。噛みついてやっても、強化された物体は私の顎の力では千切れず、むしろ快感を異次元霊夢に与えるだけだった。

「おごっ…あがっ…えぐっ…」

 異次元霊夢に頭を押さえられて喉の奥まで性器を突っ込まれる。苦しいし、気持ち悪い。熱い性器が前後に動く速度がどんどん早くなっていっていく。

 寝不足と酸欠で頭が回らない。されるがままの私の口に十数回目白濁液を吐き出された。

「………」

 体感では何日も起きているせいで疲れも限界を超えていて、体を起こしてもいられない。完全に私が脱力していると異次元霊夢は口では楽しめないとわかったのか、ようやく解放された。

 掴まれていた頭が離されたことで、そのままベットに倒れ込んだ。口の中や体周りを洗いたいが、そんなことをする余裕などあるわけがない。

 ぐったりしていると、異次元霊夢は自分の局部から男性器を引き抜いた。ようやく行為が終わったのかと思ったが、どこからか新しい性器を取り出した。

「それじゃあ、本番と行きましょうか」

「……………………え……っ………?」

 奴はさっきまで使っていた物よりも、一回りも大きい男性器の形を模した物を取りつけた。

「無理…いやだ……もう、いやだ……離して、いやだ…嫌だ…!…嫌だ!!」

 近づいて来た異次元霊夢は、性器をあてがった。さっきのでもギリギリだったというのに、それを奴は無理やり入れようとしている。逃げたくても逃げられない私の膣内に奴はそれを一気に押し込んだ。

「痛っ…あああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 私の絶叫がうるさかったのか、異次元咲夜に口の中に布を突っ込まれた。苦しくて息を吸いたいのに、呼吸ができない。

 痛みで頭の中が真っ白になり、私はただただ叫ぶことしかできない。お腹の中が圧迫されとても苦しい。

 三分の二程は体の中に辛うじて納まったが、残りの三分の一は膣の中に入っていない。異次元霊夢はそれも中にいれようとしているのか、グイグイと体を押し込んできた。

 もう入らない。止めてくれ。そう叫ぼうとしたが、口の中に突っ込まれた布のせいで話すことが出来ない。

 前に出していた精液が潤滑油になってくれたおかげで、動きはスムーズだが肉が裂けて出血しているのが、溢れている血で分かる。

 私のことなど関係ない異次元霊夢が腰をガンガン振りまくる。このまま死んでしまうのではないかと思うほどに痛い。

 そんな時、グシャリと体の中で何かが潰れる音がした。視線を向けなくてもわかる。奴の入りきらないでいた性器の残りが一気に中に入り込んできたのが。

 収まらないでいたはずなのにどうやって入り込んだのかは、すぐにわかった。膣の先にある、私の子宮が異次元霊夢によって潰されたのだと。

 膣口から溢れていく血液の量が今までとは比較できないほどに増え、ベットのシーツを汚していく。

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」

 遅れて来た激痛により、その直後から意識が遠のき始める。

 ……助けて、霊夢………。

 薄れる意識の中、崩れていく精神の中で、私が守ろうとしていた彼女に助けを求めていた。来ないことはわかっているが、この地獄からの助けを求めずにはいられなかった。

 霊夢………。

 高らかに、かつ楽しそうに笑う異次元霊夢の声と共に、自分の中で何かが壊れた。

 

 

 先の戦闘で大きな負傷した者は見られないが、皆疲労しているのがわかる。あれだけの大物といきなり交戦したのだから当たり前か。

 だが、異次元幽香と異次元アリス相手によく被害が出なかった。死人が二ケタに上ることだってあり得ただろう。

 そうならなかったのは、萃香たちやフランドール達のおかげともいえる。萃香たちはおそらくずっとこっちに残るが、フランは紅魔館に向かうからもうすぐ別れなければならない。戦力的な意味では心もとなくなる。

 顔を上げると、黒煙が所々から上がっている廃墟が大きく見える。どんな戦闘があったのかはわからないが、もう町には見えないな。

 フランドールと別れるために声をかけようとしたが、その時に私は誰かに呼ばれた気がした。

「……?」

 周りを見回してみてもこっちに話しかけて来たと思われる人物はいない。全員が周りを警戒している。

「…?」

 




次の投稿は一週間後の予定です。


誤字脱字とうございましたら申し訳ございません。


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東方繋華傷 第九十六話 宿る

自由気ままに好き勝手にやっています。
それでもええで!
という方は第九十六話をお楽しみください!


 萃香や遊戯達が頑張ってくれたおかげで異次元アリスたちは退いて行った。嫌に引き際がいいのは、今は無理をする時ではないと彼女たちはわかっているのだろう。

 様々な者が力を手に入れようと躍起になっている中で、一番初めに無理はしないだろう。奪うために誰かが力を手に入れる直前で無理をするはずだ。

「…それにしても、意外だったわね」

「何が?」

 先の戦いは前線で萃香たちが主に戦ったから私たちの被害は少ないため、かすり傷程度の怪我しかしていない隣を歩いている紫は呟きに反応する。

「…向こうの幽香よ。こっちの幽香も戦うのが好きだったから、こっちでも強い奴と戦うために妖怪側につくと思ってたんだけどね」

 異次元霊夢たちが来る前に花の化け物は現れた。私たちが向こうにアクセスするまで彼女たちは数日おきに来るのを徹底していたから、他の連中は目的がこの世界だと気が付いていなかったはずだ。だから、その時点で異次元幽香は異次元霊夢達側についたのだ。

「まあ、確かにそうね。……でも、いつも勝ってきたのは人間側だし、わざわざ負ける方に付きたくなかったっていうのもあるかもしれないわね」

 そう異次元幽香に対する状況を整理していると、廃墟にしか見えない町が段々と近づいて来た。

 それよりも、私はさっき誰に呼ばれたのだろうか。紫や天狗たちに聞いたが、誰も呼んでいないと言っていた。でも、確かに助けてという声が聞こえた気がしたのだ。

「…紫」

「なに?」

「…本当に誰か私のことを呼ばなかったの?」

「さっきも言ったでしょう。誰も呼んでないわよ」

 大丈夫?と言いたげな紫の表情に腹が立つが、それも仕方がないか。聞こえるはずのない声を聴いたのだ。少し疲れているのだろうか。全然戦ったりしていないから疲れているわけもないのだが。

「…そう」

 でも、落ち着かない。呼ばれた方向に行きたくて仕方がない。黒色の煙が上がっているせいで見通しがきかず、行きたい方向を見渡すことが出来ないが、町を跨いでその奥だ。

「霊夢、またよからぬことを考えてるんじゃあないでしょうね?」

 考え事をしていた私の顔を紫がじろりと鋭い目つきで睨み付けてくる。伊達に長い付き合いではないな。

「…そんなこと、ないわよ?」

 そう言っても彼女の目つきは変わらない。本当によからぬことを考えていたのだから仕方がないが、鋭すぎる。

「まあいいわ。ようやく付いたわね」

「…そうね」

 もっと血に飢えた獣みたいな奴ばっかりがいて、人の顔を見るなり襲いかかってきそうなイメージがあったから、たった一度の戦闘で街に付けたのは予想外だった。

「近くで見ると一層酷い有様ね」

 美鈴に傘をさしてもらっているフランは、まともに壁が残っている家の方が少ない町を見渡した。そこらじゅう瓦礫に折れた木材が山住に散乱している。

「…十年も戦争しているって話よね。生きてる人間なんているのかしら」

 こんな状況で農業や狩猟が機能するはずはない。魔力を使える人間なら魔力で空腹を満たすのは可能だが、普通の人間がいたとしたら食料など数日から数週間で底をつくだろう。

「100%いないだろ」

 萃香は言いながら建物の一つに近づき、壁を軽く撫でた。壁の老朽化が進んでいたのか、鬼だから力が強すぎたのか、その両方かはわからないが簡単に壁の一部が崩れ落ちる。

 埃が舞い上がって特有の息の詰まる感じと、匂いがする。町中に瓦礫が落ちて行く音がむなしく響いていく。

 さっきまで繰り広げられていた戦闘も終わったのか、静まり返っているから余計に大きな音に聞こえる。

「…」

「巫女が力を求めて役目を放棄するとこうなるのか」

 遊戯はズンズンと先に進んでいく。部屋の中に入るとしゃがんで石や木、ガラスが散らばっている床を眺める。誰かが通った痕跡を調べているようだ。

 それに続いて私たちも家の周りや中を調べ始めた。家の中には既に何人か入っている外を調べるとしよう。

「なんていうか、私達の世界よりも町並みは洋風なんですね」

 外壁の風化具合を見ていると、私の近くに歩み寄ってきていた大妖精がそう言ってくる。

「…そのようね。文化が少し進んでるみたい。こっちは木材の家ばかりだから」

 石造りで二階建ての建物がたくさん並んでいるが。人間が作ったのか河童が作ったのか、風化が酷すぎてもうわからない。

「あたい、あっちを見てくる!」

 チルノが軽快に走り出すが大丈夫だろうか。今は周りに敵の気配は感じないが、いつ来てもおかしくは無い。

「…チルノ、気をつけなさい。敵がどこにいるのかわからないんだから」

 そう言うがチルノは走って行ってしまう。その後を心配そうに私から離れた大妖精やルーミア達が追って行く。

「チルノちゃん待ってよ!」

「待たない!あたいはこっちの霊夢達を倒すんだ!」

 彼女たちは既に異次元霊夢達の力を知っているはずなのに、どうしてあそこまで張り切っているのだろうか。自分よりも強い奴が許せないとかそう言ったことではないだろう、今までに散々負けてきているからな。だから、あそこまで意固地になっているのは珍しい。

やる気があるのはいいことだが、喧しすぎると敵を集めかねない。

「…ねえ、紫」

「何かしら?」

「…ここら一帯人が住んでいる気配がないし、普通の人が生きて行ける環境じゃない。情報を集めることはできなさそうね」

 私がそこまで言うと、彼女は小さくため息を付いた。ここから移動して他の場所で情報を集めたいという考えを察したらしい。

「気が乗らないわね」

「…でも、ここまで来たら情報を集めないと割に合わないじゃない」

「それもそうね」

 ため息を付いた紫は風化によって大きな亀裂の入った壁に寄りかかった。それだけでパラパラと小石が剥がれ落ちていく。

 ちょっと押しただけで壁が崩れてしまいそうであるため、中で調べている歌仙や萃香たちが心配だ。死にはしないとしても、怪我は追うことになるはずだからだ。

「…萃香、どう?誰かがいるような痕跡はあった?」

 爆風によってずっと前にガラスが割れたらしく、室内には汚れきって埃被ったガラスが散乱している。下手に床を触れば埃で隠れたガラスで指を切りそうだ。

「ないな…でも、不自然なことがある」

「…不自然なこと?」

 何か見つけたようだ。引き続き窓からのぞき込んでいると食べ物を保存した時に使う大きな瓶を運んできた。

 手入れのされいていない陶器には亀裂が入って居たり、埃をかぶっていたりするがその形状は保てている。

 床に割れないように優しく置くと、埃まみれの木の蓋を取り外した。こっちに見えるように瓶を傾けて中身を見せてくる。

 中が暗くてよく見えないが、瓶の底には何か黒い塊がへばりついている。土に見えたが、元々は何かしらの食物だったものだろう。

「家をいくつか見て来たが、どこもこんな感じだった。こういう食い物が腐って土にかえったようなものがあった」

「確かに不自然ね」

 萃香の言葉に紫は壁に寄りかかったまま言った。

「…どういうこと?」

「霊夢…考えてもみなさい。戦争が起きて畑や狩猟をしている暇はない。でも、餓死してしまうから今ある物を食いつぶしていくしかなくなる。だから、本当ならその瓶の中身はからでなければならないわけ」

 なるほど。持ち主が死んだとしても、食べ物を探して誰かしらは来るはずであり、この村もそう広くは無いから、たまたま見つからなかったというわけではないだろう。そういうのが複数あるならこの区画だけ誰も近寄らなかったというのは不自然だ。村全体的にこうなっていると考えられる。

 当時は戦闘が酷くて近寄れなかったのなら、もっと町の破損は酷いはずだ。この辺りはむしろ戦闘の痕は少ないぐらいだ。

「…確かにそうね。……それと、さっきまでやってた戦闘も終わってるようだし、戦っていた人を捕まえることもできない…街で調べられることはなさそうね」

「ああ、まだここらの区画しか見てないが、周りを見た感じどこも変わらなさそうだ」

 萃香は持っていた瓶を投げ捨てると、あと数年で完全に倒壊しそうな家から出て来た。人の手が入らないとたった十年でここまでになるのか。

「紫はどう思う?」

 ドアから歩みできて来た萃香は指先についた埃を払い、壁に寄りかかっている紫に話をかける。

「さあ。でも…村が襲われた時が引き金だったってことじゃないかしら」

「どうしてだ?」

「状況から見るに、食料が残っているから適当に襲って長期間ダラダラやっていたわけではないようね。何かをする間もなく一気にやられた」

 確かに、どちらが始めたかはわからないが、奇襲を仕掛けた形になるのであれば準備の時間があって村人たちがやられたということになる。矛盾は無いが戦争を始めたのが妖怪側として、村人が素直に言うことを聞くだろうか。

 絶対に博麗の巫女に助けを求めて逃げ出す人間が少なからずいたり、投降しない者もいるだろう。でも、妖怪側が徹底的にやったのであればこの辻褄は合うことになる。

「…私たちに有益な情報は得られなかったし、別の方面に向かおうと思うのだけれど。いいかしら?」

「そうだな。村に誰もいないのは予想外だったし、いいんじゃないか?ここまで来て手ぶらでは帰れない」

 渋い顔をしている紫には申し訳ないが、考えをひっくりかえされる前にさっさと決めてしまうことにしよう。

「それで、どこに向かうんだ?」

「…あっち」

 この流れに便乗してさっき呼ばれた気が方向に向かうとしよう、厳密な場所を言うのではなく村の反対側の方向を指した。

「そっちには何があるんだ?」

 私がさしている指の方向を見るが、家や煙で視界が悪くて目標が見えなかったらしくそう聞いてくる。

「…さあ」

「さあって、じゃあ行きたい根拠は何だ」

「…感…って言ったら怒るかしら?」

 紫だけでなく萃香も渋い顔をする。まあそうか。何か理由が必要なのだが、何かあるだろうか。

 ここの博麗神社の場所は辛うじて見える。その位置関係から私が向かおうとしている方向には紅魔館があるはずだが、世界によって地形は違うから絶対そこにあるとは言えないがな。

「霊夢、お前の決断によって死ぬ者も出てくる。もっときちんと決めてほしいんだが?」

「…冗談よ。私たちはフランドールたちについていくわ。彼女たちの紅魔館の奇襲に手を貸す」

 私がそう提案すると、やはり真っ先に反対してきたのは紫だ。

「わざわざ危険に身を投じる意味が分からないわ。それならもっと危険のなさそうなところに行くべきじゃないかしら?」

「…危険のないところってどこかしら?ここではそんな場所は無いじゃない。なら、これから紅魔館に向かおうとしているフランたちに同行して、そこにいるメイド達でも何でもいいから捕まえて聞き出した方がまだいいんじゃないかしら?それに目的を達成できれば、それだけ早く私たちもフランドール達も防衛に回せる」

 異次元咲夜はかなり強い。フランたちが弱いということではないが、それでもやられた際に誰かが助ける必要がある。つまり保険というやつだ。

「紫、霊夢の言う通りじゃないか?戦力が分散するのを防げるし、負けた時に殺される可能性も減るし」

「わかったわよ。とりあえず、向かいましょうか」

 一応町の中まではついてきてくれたフランドールに事情を説明して、同行することにしよう。

 フランドールのいる位置に向かおうとした時、周りを飛んでいた鴉天狗たちに動きがあった。

 ざわついている辺り、何かを見つけたようだ。三人の鴉天狗が話していたが、そのうちの一人がこっちに向かってくる。

「霊夢さん!向こうの広場に何かあります」

「…何かって?」

「多分、なんで食料が残ったままなのかわかると思います」

 フランドール達には悪いが少し向こうに行ってからにするか。鴉天狗たちがさしている方向に萃香たちと共に向かった。

 

「なるほどな、そりゃあ食べる奴がいないんだったら残ってるはずだよな」

 鴉天狗たちの言っていた広場につくと自分の目を疑った。その有様に紫も言葉を失っている。

 広場に転がっているのは大量の人骨だ。肉や内臓はとうの昔に腐りきって無くなっている。そうでなければ困る。でなければ私のSAN値がガリガリ減っているところだ。

十年前に殺された人たちだろうが、だいぶ古くて骨が砕けていたり結合が外れてバラバラになっている物もある。

「…酷いわね」

 腐った肉などは無いため疫病には気を付けなくてもいいが、無いはずの腐臭が鼻について仕方ない。

「そうね、当時何があったのかは予想するしかないけど……やったのはこっちの霊夢たち側でしょうね」

 確信があるのか紫は言い切った。鼻を覆っても匂いが消えるわけではないが、手で顔を覆ったまま彼女に聞いた。

「…どうしてそう思ったの?」

「…………えーと。……だって、妖怪相手にこんなに従順に命令に従うとは思えないのよね。逃げる人だっているはずだけど、食料からしてそれはない。……それなら人間達から信頼のある人物が呼び寄せたと言った方が違和感がないんじゃないかしら?」

 私が聞き返すと紫は困った感じで返答に時間をかけた。どう説明するか考えていなかったのだろう。

 まあ、そっちの方が確かに説得力があるが、

「…集めた方法は別にいいけど…ここに集めて、何をしてたのかしら」

 骨の数から四十人前後に上る人間が集められていたことになる。しゃがんで骨を調べた。人間の骨というのは中々丈夫なもので、十年経った今でもきちんと形が残っている。

 拾い上げることは無いが、よく骸骨を見てみると顔の一部分に何かで切り付けられた溝が頬から顎のあたりまで真っすぐに伸びている。

 何かがぶつけられたことによる亀裂かと思ったが、自然に直線の物ができることは無い。鋭いもので切られたのだろう。

 一度切り傷を見ると、他の物にも多数そう言った傷があるのがわかった。ほぼ全ての頭蓋骨に刀などの大きな刃物ではなく、小さなサバイバルナイフで突き刺された楕円状の穴が開いている。

「…刃物を使った跡があるから、やっぱりそうみたいね」

 妖怪で刃物を使うのは鴉天狗たちだ。だが、彼女たちの刀は大きくて重い。力も強いから脆い人間の体など、頭にとどまらず体自体を潰すだろう。損傷が小さいからやはりやったのは人間側だ。

 守るための村人たちにこんなことをするとは、よほど力に飢えているようだ。何もなくなった幻想郷に守る意味などあるのだろうか。

 妖怪側で結界を使う物はいないし、閉じ込められて逃げられなくなったとしたらおとなしくこの場所に留まって殺されたのもうなづける。

 男から女、老人から子供まで容赦なく殺されている。人間を生贄にして力を手に入れる禁忌の技をやっていたのだろうか。そうだとしたら失敗したようだ。

 そこまで考えるが、こっちにきて偵察していたということに矛盾する。私達よりも力もあり、奇襲をかける形になるのだから直ぐに禁忌の技をやらなかった理由の説明にならない。

 まだ情報が足りないようだ。

 私たちにとって有益な情報を集められそうにない。フランドールに彼女たちと一緒に紅魔館に行く旨を伝えるため、村の外に行くように歩き出した。

「…フランちょっといいかしら?」

 家には入らず、調べ事が終わるまで村の外で待機していたフランドールに声をかけると、傘を持つ美鈴と一緒にこっちに歩み寄って来た。

「何かしら?そろそろ紅魔館に向かってもいい?」

「…ええ、でもこの町では有益な情報を得られそうにないのよね」

 私がそこまで言うと、傘の陰にいるフランドールの顔が少ししかまる。まさか来るのかと言いたげだ。まさにその通り。

「…申し訳ないわね。あなたの思っている通りよ。でも、そっちとしても悪くはないと思うのだけれど。向こうに行けば妖精メイドと多少なりと戦うことになるでしょう。幽香との戦いで少し消費しているから、今はできるだけ節約したい。それができるように私たちが手伝う……でも、邪魔はしないわ」

「それならいいが…」

 フランドールはあまり乗り気ではない、自分の力で仇を取りたいのだろう。それを邪魔するつもりはないが、殺されるリスクを考えると彼女たちだけで行かせたくはない。

「…悪いわね」

「大丈夫だ。…邪魔さえしないならな」

 

 

 終わりの見えない行為に、彼女らに対する倫理観が壊れた。霧雨魔理沙はそれを知らない。気が付かないからこの言葉が簡単に思い浮かんだ。

 殺してやる。

 この感情がどの程度の時間が経ってから心の中に滞留するようになったのかは、正直覚えていない。初めからここにいたのではないかと思うほどに、自然といつの間にかいた。

 しかし、異常な考えであるそれが二人の行為以外で、自分の精神を汚染する理由になることに私は気が付かず、その負の感情を自分も知らないうちに育てていた。

 育てたその殺人衝動は殺したくはないという、自分の中にある異次元霊夢達に対する良心を徐々に殺して行った。

 霧雨魔理沙の肉体はいくらでも再生して元通りにはなるが、その再生能力を駆使しても綻んでいく精神を元に戻すことは、不可能かもしれない。

 

 全身が痛い。拷問じみた暴力と暴行。何度も何度も殴られ、犯され、切られ、犯された。今までに体験したことのないストレスは、私の精神を壊すのには簡単すぎた。

 眠ることも許されず、気絶しても無理やり起こさせられた。頭が働かなくなって、一部の精神が崩壊していくのに気を使っている余裕などは無かった。

「霊夢、こっちに向かってきている者たちがいるそうよ?」

 先ほどようやく行為が終わり、裸のままベットの縁に座って汗をタオルで拭きとっている異次元霊夢に異次元咲夜が言った。

「あらぁ、…どうしましょうかぁ…相手にするのも面倒だしこの場所は放棄することにしましょうかぁ」

「私にお嬢様を置いて行けと?」

 異次元咲夜の雰囲気が険悪なものとなっていくが、異次元霊夢は知るかと気にも留めていない。

「来たくないなら勝手にしたらぁ?でもそうすると貴方の目的は遠のくけどねぇ」

 異次元霊夢がいやらしく笑うと、異次元咲夜は露骨に舌打ちをする。だが、仕方がないと呟いた。

「…」

 こっちに背中を向けている異次元霊夢に蹴りでも入れてやりたいが、数時間にも及ぶ行為が終わったばかりで体が動かない。

 下腹部がズキズキと痛む。それは潰された内臓の痛みだ。何となくだが、膣の先にある子宮が潰されたままの形で残されている気がする。魔力で治そうとしても魔力を扱えなくなる薬を打たれ、その形のまま傷がいえてしまったせいだ。

「これはどうするんですか?」

 異次元咲夜がぐったりとベットに横たわったままの私に、指をさしてくる。連れていくか連れて行かないかということか。

「ああぁ、連れてはいかないわよぉ。運ぶの面倒だしねぇ」

 そう言った異次元霊夢は、脱ぎ捨てられていた巫女服を身に着ける。私を犯すために使った道具を投げ捨て、スカートを履いた。

「それじゃあぁ、魔理沙ぁ…来てる連中に殺されないように楽しんでねぇ?」

 右手で拳を握り、倒れ込んでいる私の髪の毛を左手で掴みかかって来る。髪の毛で上半身を支えている形になっているせいで頭が痛い。

「殺して……やる……」

 彼女たちに対する怒りを抑えられなかった私は、自然とその言葉を異次元霊夢に対して放っていた。

「……ふふふ…それじゃあぁ、楽しみにしてるわねぇ」

 彼女は目を細めて笑うと、右手を振り下ろしてきた。ゆっくりと振り下ろされているように見える拳が額にめり込むと、そこを境に意識が遠のいて視界がぐにゃりと歪む。

 一度ではなく数度の殴打を受けるが、気絶することは無かった。しかし、一時的に動けなくなるほどのダメージを負って私はベットに倒れ込んでしまう。部屋から出て行く二人を見送り、一人取り残された。

 血の匂いで鉄臭いベットの上に裸で横たわったまま、体が動くようになるまでじっとしているしかなさそうだ。

 疲れ切った体を癒すためにそのまま眠りに落ちたかった。しかし、異次元霊夢らはこの場所に誰かが来ていると言っていた。

 どこのだれかはわからないが、捕まるわけにはいかない。連中から逃げ出すために体力や魔力を消費したくない。

 重い。しばらく時間が経過してから腕で体を持ち上げるが、それだけで腕がブルブルと振るえた。上半身を起こして座り込む。

そこで一時休憩を取りつつ考えを巡らせる。異次元霊夢らが隠した服と鞄を探さなければならない。

 鞄はおそらくすぐに見つかるだろう。意識を周りの魔力に向けた。私が探そうとしているのは紫がくれた通信用のボールだ。

 ボールには紫の魔力が含まれているから、彼女の性質を含む魔力を探せばいいのだ。別の部屋にあるのであれば、探すのに時間がかかるのが心配だったがどうやらその心配はない様だ。

 近くのタンスから探していた魔力の性質を感じた。一部血で濡れて触れるとヒヤリとするカーペットの上を這いずってそっち側へ移動する。

「痛っ……」

 下腹部が痛い。潰された子宮がズキズキと痛む。縁から降りてそのタンスに歩み寄った。体を隠すものがないせいで裸のままだが、全身青い痣と切り傷だらけだ。

 痛々しいことこの上ない。タンスを開けるために手を伸ばすと、腕の各所にまで痣が広がっている。

 異次元霊夢に打たれた薬の効果は、もうすでに切れてきているようだ、全快時と変わらないぐらい魔力の流れが体の中である。後で魔力を少し使って打撲の痕を治すとしよう。

 タンスについている鉄の取っ手を握り、痛む体で体重をかけて引っ張り開けると錆びた蝶番の重い音を立てて開いた。

 異次元霊夢は隠すのが面倒だったようで、私の持ってきていた鞄と服が一緒にまとめてタンスの隅に置いてある。

「……」

 鞄を開けると当然ながら通信用のボールや爆発瓶などのマジックアイテム、予備の服が取られる前と同じ数だけある。

 鞄の隣に無造作に置かれている洋服を取り出した。少しボロボロだが、着れないほどではない。

 下着も取り出し、痛む体に四苦八苦しながらも下着と洋服を着こんだ。冬用の服ならば腕や足の痣を隠せたのだが、夏用の服では手は二の腕辺りまで出て痣を隠せない。

 少し休みたいな。ベットの縁に座り込み、体を脱力させた。疲れは実感すると余計に体を疲れさせる。魔力で少し誤魔化すとしよう。魔力で身体を少しだけ強化すると体が体が軽く感じた。

疲ればかり気を取られていたが、魔力でその問題が無くなると、さっきまで異次元霊夢達にされていたことを思い出してしまった。

 自分の知らないことをされたことによる恐怖、初めてを奪われたことによる屈辱。様々な負の感情が心の中で滞る。

 普通ならその感情を吐き出すために、体が防衛反応を働かせて自然と涙を流していたことだろう。それが起きていない時点で、おかしいことに私は気が付くべきだった。

「……」

 体を休めていると、何か外が騒がしくなってきてるのが聞こえて来た。一人や二人ではない。大人数で紅魔館内を歩き回る音が聞こえてくる。

 どうやらタイムアップのようだ。ドアから行けばここに来た連中と鉢合わせする。窓を割って逃げるとしよう。

 素手でやると怪我をするし、魔力に咲夜の銀ナイフの性質を含ませて得物を作り出そうとすると、走ってこっちに向かってくる音がいきなり現れる。

 まだ立ち上がる準備すらできていない私のいるこの部屋へ、扉を蹴り破って誰かが飛び込んでくる。その特徴的な赤と白の服はよく知る人物の者だ。

 異次元の者が帰って来たわけではない、私が大好きな霊夢が部屋に走り込んできたのだ。異次元霊夢ではなかったことで初めは安心した。ずっと会いたかった彼女の顔を見れた嬉しさもあった。

 しかし、次に思い浮かんだのは、怖れと心配だった。紫に来させないように頼んでいたはずなのに、どうして霊夢がこっちの世界にいるのだ。と。

 この部屋にピンポイントで来たということは、すでに目星をつけていたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。感でこの部屋に来たのだろう、私の姿を見た霊夢の瞳が驚きで見開かれる。

「霊夢さん!あまり先に行かないでください!」

 聞き覚えのない声が耳に入って来て、霊夢を追って入ってきたのは刀を片手に持っている鴉天狗たちだ。

 盾などの重装備をし、白色の和服に身を包んでいる男女三人は私を見るなり戦闘体勢に入った。

 私はすぐさま踵を返し、咲夜の銀ナイフの性質を持った得物を作り出しながら窓に向かって走り出す。

「待て!!」

 三人のうち誰が叫んだのかはわからないが、それを聞くわけもなく銀ナイフで窓を叩き割った。ガシャンと窓は派手に割れ、私が通れる程度の穴が開く。

 ガラス片で体を切らないように注意して、かつできるだけ早く穴に体を押し込む。流石は鴉天狗たちだ。そこで私に追いついた一人が大きな刀を振り降ろしてくる。

 急いでいたのだろう刀の太刀筋が読みやすく、その軌道上に銀ナイフを構えたことで切られることは防いだ。

「ぐっ!?」

 窓に残ったガラスや、鴉天狗たちの刀で体や服を傷つけることは無く通り抜けられたが、作ったばかりの銀ナイフを取り落としてしまった。きちんと受け止めなかったことも影響して、前腕を刃先が掠った。

 バランスを崩して地面に倒れ込みそうになったが、魔力で体を浮き上がらせてそのまま紅魔館の外に向かう。

 異次元パチュリーを倒しておいたおかげで、結界が無くなっている。わざわざ城門に向かわなくて済んだ。飛びながら鴉天狗たちが追ってきているか振り返ると丁度窓を叩き割ってきているところだった。

 急いで詠唱を済ませて光の魔法を発動しようとするが、鴉天狗たちの方が速い。私が何かしようとしていることを感づいたらしく、持っていた得物を投擲してくる。

 太陽光の反射でキラリと光るそれは空気を切りさく唸り声を上げ、得物が私に向かって突っ込んできた。投げるように作られたわけではない刀が、運悪く私に刺さるタイミングで刃がこっちを向いている。

 新たな銀ナイフを作り出し、それを受け止めた。火花を散らして刃と刃が交わる。跳ね返そうと力を込めるが、重さは刀の方が重く、身体の強化が不十分で押し返された。

 逆手に持っていた銀ナイフの刃の上を刀が滑り、私の体を刃先を切り裂いた。ギリギリではあるが自分の得物で受け止めたおかげで、刃先が太ももの肉を少し抉る程度ですんだ。

「うぐっ…!」

 それでも痛い物は痛い。後方に飛んでいく刀を見送り、詠唱しておいた光の魔法を発動した。私から彼女たちに向かっている光を屈折させ、鴉天狗たちからは姿が見えないように作用させる。

「どこに!?」

 来たのが鴉天狗たちでよかった。椛のような白狼天狗であれば、目に見えなくても匂いで追ってくるからだ。

 目がいい分だけ文などの鴉天狗たちは人間並みにしか鼻は利かない。血を流していたとしても追ってくることはできないはずだ。切り裂かれた太ももを片手で押さえたまま、私は紅魔館を後にした。

 再度振り返ると天狗たちは周りを見回し、どうにかして私を見つけようとしているが見当違いの方を探している。

 あの様子では大丈夫だが、匂いで白狼天狗たちが追ってくると困る。血を洗い流して匂いで追跡されるリスクを減らしたい。紅魔館の近くにある湖からは、川がいくつか流れていたはずだ。

 数分かけて一番紅魔館から離れているそこの下流に向かい、地面に降り立った。戦争をしていた名残があちらこちらに見える。木が折れたり、焼けている木もあるようだ。地面は爆発物が爆発したのか、円形に抉れている部分もちらほらある。

 本当ならばシャワーなどで全身を洗いたいところだが、それはまた今度にするとしよう。どこに何が潜んでいるかわからないこっちの世界で、スキを晒すのは避けたい。

 スカートを捲り上げ、太ももから足へと流れ落ちている血に川の水をすくい掛けた。ひんやりと冷たい水で濃い赤色が希釈され、薄くなって川に流れて行く。

『お久しぶりですね。大丈夫ですか?』

 咲夜の性質を含む魔力が私の頭の中に声を流し込んでくる。

「ああ、久しぶりだな……」

『随分と、ひどい目に合わされましたね』

「そうだな」

 短く返答し、太ももの傷から新たに血が流れ出してくる前に魔力で傷を治癒させた。見る見るうちに傷は小さくなっていき、塞がっていく。

「…………なあ、咲夜」

『何ですか?』

「お前さ、私がちゃんとあいつらを殺せるのか心配してたよな?」

『ええ、まあ』

「安心してくれ、あいつらは、…私が、この手で……」

 

「殺すから」

 この時、魔理沙の目には炎が宿っていた。それは、咲夜が灯していた復讐の炎と全く同じ色をしていた。

 




1週間後ぐらいに投稿します。

都合により、六月一日に投稿します。


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東方繋華傷 第九十七話 自分の武器

 ご報告が一つあります。

 前回の話を投稿した際に、文章が読みづらいので改行をもっと入れてほしい。という大変ありがたいご意見をいただきました。
 今回試しに改行を入れた文章にしてみようかと思ったのですが、
 不慣れな部分があり、本当に改行したい部分というのが自分でもわからなくなってしまい、元に戻してしまいました。

 ご意見を送ってくれた方にはご要望に添えることが出来ず申し訳ございませんでした。
 少しでも見やすいように工夫はしていこうと思うので、これからもよろしくお願いします!


 自由気ままに好き勝手にやっていくので、それでもええで!!

 という方は第九十七話をお楽しみください。


「…ちょっと、追いかけなくてもいいわ」

 私の制止も聞かずに、鴉天狗たちが窓から出て行ってしまう。多分取り逃がすことになるだろうから、私はこの部屋を調べることにしよう。

 何かメモなどの情報がないか探そうとしていたが、天狗の攻撃を受けて女性が取り落としていた銀ナイフが目に入った。

 一見すればさっきの女性が見よう見まねで作っただけなのだが、なぜか私はその銀ナイフに吸い寄せられるように歩み寄り、拾い上げていた。

「…これは……」

 見た目は本当にただの銀ナイフなのだが、なぜか私はそれに違和感があった。

 それを説明することはできないのだが、これが魔力で作り出されただけの得物としては普通じゃないと感が言っているのだ。

「…ねえそこのあなた」

 唯一部屋の中に残っていた鴉天狗に声をかけた。

 あの私でさえも通るのに苦労しそうな小さい窓では、数人が同時に出ることはできない為、止めたのが聞こえたのだろう。

「なんですか?」

「…これの形状を維持したまま、紅魔館のパチュリーまで運んでほしいのだけれど」

「このナイフをですか?別にそんなことはしなくてもいいのではないですか?」

 ただのナイフに見えるこれに対して、解析する意味を見いだせない彼女はもっともなことを言う。

「…いや、お願い。パチュリーに解析をしてもらいたいの」

 確かに彼女が言う通り、見た目はただの変哲もない銀でできたナイフだ。でも、魔力で作ったにしては精工にできすぎている。魔力で形成した感じがないのだ。

 これだけリアルに得物を再現するとなると、時間をかけなければならないのだがあの女性は、ベットから窓まで一秒もかからずにこれを作り上げた。

 何か特別なことをしているから、あそこまで早く作り上げることが出来るのだろう。そう言ったコツを解析できればこちらとしては大きな力となるかもしれない。

「わかりました。一番早いのは文ですが、居ないので次に早い者に持って行ってもらいます」

 彼女はそう言うと、形状維持のために銀ナイフに同じに近い波長に合わせた魔力を送り込み、部屋を出て行った。

「霊夢さんすみません。逃がしてしまいました」

 それと入れ替わって、戻って来た鴉天狗の一人が部屋で待っていた私にそう言った。元々追ってもらおうとも思っていなかったし、深追いはするなと言ったから別に気にはしていない。

 それにしても、この部屋の中を漂っている匂いは酷すぎる。

 血のにおいが充満しているのだ。そのほかの匂いもするが、嗅いだこともない匂いで例えることが出来ない。簡単に言うと、良い匂いではない。

「…いいわよ。大切な情報源だけど、彼女は逃げるのが上手いから…今回もどうせ逃げられちゃうだろうし」

「そうですか。でも、なんで真っ先にこの部屋に来たんですか?」

 それを聞かれると困る。八割以上は感で進んでいたから、なぜかというのを説明することが出来ない。

 入り口からは反対方向に位置した部屋であるあから、そこから見えたという説明にはならない。

「…感よ」

「そ、そうですか」

 若干引き気味に言われたが、真実だから仕方ない。しっかし、この部屋では何が行われていたのだろうか。

 血の跡はベット周辺に集中しているから、そこで何かをされたのはわかるが誰が何をされていたのだろうか。

「………ここでは何があったんですかね」

「…さあ」

 でも、出血量も少ないし死体が辺りに転がっていないから殺されたとかではないのだろう。

 誰が何をされているのかなど考えたくもないが、ここでは殺しはしない暴力を受けていた者がいたはずだ。

 その人物が彼か彼女かははっきりしないが、きっと生き地獄だったことだろう。

「…」

 それにしても、なぜ彼女だけが紅魔館に残っていたのだろうか。

 女性が一人しかいないと感じたのは、紅魔館に私たちが侵入してから約五分が経過しているのだが、戦闘音が全く聞こえてこないからだ。

 そろそろ交戦が始まる音が聞こえてきてもおかしくは無いのだが、その音が全く聞こえてこないところを見ると誰もいないようだ。

 そう簡単に異次元咲夜が自分の屋敷を手放すとは思えないのだが、この状況からして本当にここを放棄したと考えられる。

 そうなると、放棄した場所になぜ彼女だけが取り残されていたのだろうか。それも、全身傷だらけの状態でだ。

 体中が痣だらけで、まるでこの場所で暴行されていた痕があったように見えた。異次元咲夜と手を組んでいるのは、異次元霊夢達だから。

 その彼女たちに暴行されていたということは、彼女は異次元霊夢達とは敵対しているということか。早い段階で私たちの世界に来ていたから、彼女らの仲間内かと思っていた。

 でもそうなると、三日おきのアクセスを徹底していた異次元霊夢達の目をかいくぐり、どうやってこっちに来たのだろうか。いくら逃げるのが上手くても、逃げると向かうではだいぶ違う。

 彼女は目に見えなくする魔法が使えるようだが、その程度で異次元霊夢たちを騙せるものだろうか。

「霊夢さん、来てください。…見てもらいたいものが…」

 悪臭が漂う部屋の中では頭も働くものではない。

 埃とうっすらと血の匂いが漂い、赤い絨毯の敷かれた廊下で考え事をしていると、白狼天狗がやってきて私に声をかけてくる。

「…何があったの?」

「見てもらった方が速いのですが、…その…死体です」

「…わかったわ。見に行く」

 彼女が来た方向に歩み出してから、変化はすぐにあった。この一階にわずかに漂っていた血の匂いが、進むにつれて段々と強くなっていくのだ。

「…なるほどね」

 しばらくまっすぐ進んだ後に突き当たりを曲がると、紅魔館を捜索していた他の鴉天狗や河童たちが一つの扉の前にたむろっている。

 その部屋からこの鉄臭い血の匂いが漂ってきているらしく、部屋の前にいる彼女たちは鼻を押さえている。

 十メートルほど離れた位置にいるのに、かなり血の匂いが匂ってきている。自分の服に血がこびりつているのではと思うほどだ。

「…中には誰が?」

 扉の前に来ると、妖怪よりも鼻が利かない私ですら鼻を押さえたくて仕方がない。

 そして、これだけ近くだからわかるが、ドアの下から茶色く酸化した血が少しだけ覗いている。

「……おそらく、永遠亭のウサギたちかと思います」

 腐敗臭がしてない辺り、殺されたのは最近だろう。だが、異次元てゐの部下ともいえるウサギたちを殺されて彼女は黙っているだろうか。

「…てゐはいた?」

「わからないです。損傷がないのもありますが、その中にはいませんでした。ほかのも損傷がひどくて見分けが尽きません。」

「…そう」

 とりあえず自分の目でも見てみるとしよう。人伝いに聞いた話と、自分で直接見るのでは感じる物も違う。

「…それじゃあ、とりあえずあなたたちは他のところを捜索して来て、私はここをもうちょっと調べてみる」

「わかりました」

 すぐにでも離れたいのか白狼天狗からすぐに離れていき、続いて河童と鴉天狗たちが私の近くから離れて行った。

 こんな時に紫は何をしているのだろうか、彼女の意見も少し聞いてみたかったのだが。いや、ずっと頼りにしているわけにもいかないし、ここは一人で調べるとしよう。

 ドアノブを捻り、施錠を解除して扉を押し開けると、廊下の比ではないほど濃縮された血の匂いが肌を撫でまわし、鼻腔を刺激する。

「…うっ……」

 すでに心が折れそうだが、ここから得られる情報も少なからずあるだろう。扉を閉めたい思いでいっぱいになるが、木のドアを押し開けて中に進んだ。

 廊下で見た時は、ドア周辺で誰かが死んでいるから血が扉の下から出て来たのかと思ったが、どうやら違うようだ。

 茶色い部屋と勘違いしそうだが、天井や周辺白と赤の塗装がされていて、それが本来の色だ。壁が茶色くなっているのは、飛び散った血が酸化したものだ。

 今はこうして立ち入れるが、この血が飛び散ったばかりの当時ならば、とてもじゃないが私一人では入る勇気は無かった。、

 部屋の中を見回すと、十数人にもなるウサギたちが横たわっている。一部は身を寄せ合って固まって倒れており、残りはベットの上や壁際にもたれかかっている。

 倒れているウサギたちは首を掻き切られていたり、頭を潰されたりしている。ぱっくりと開いた切り傷から流れ出していたであろう血の跡や、陥没している頭部がとても痛々しい。半分ぐらいがそうして死んでいる。

 見分けられる死体の中にてゐの姿は無い。顔がわからない遺体の中にあるのかどうか、見てみるが服装的に彼女のものは無い。

 頭や体が床にへばりつき、内臓などをぶちまけている死体もあり、気を抜いたら胃の中身を吐き出してしまいそうだ。

 次は、ベットに倒れ込んでいるウサギたちを調べてみることにした。

 特に切り傷などの外傷はないが、首の皮膚が一部分だけ赤紫色に変色していて、それが首の後ろにまで伸びている。これは首が絞められた跡だ。

 彼女の手には相手をひっかいてできた防御創がみらる。ほぼ全ての爪が剥がれているところを見ると、どうやら苦しめられてじわじわと殺されたようだ。

 ウサギの体を観察していると、ベットの上にいるウサギ達は股間から血を流した後が残っている。

「……」

 切り傷は無く、局部から流れ出ているから誰かに犯された後ということだが、どうされたらここまで出血するのだ。

 ぐったりと横たわっているウサギの表情から相当苦しめられたのが何となくわかるが、それほどだったということか。

 ベットには出血した痕らしい、十センチほどの茶色い染みが広がっている。のだが、この染み前も見たことがある。

 さっきまでいたあの部屋のベットにも、同じような染みがいくつかあった。さっきの女性が、このウサギたちと同じように犯されていたのだろうか。

 まあ、敵同士で潰しあってくれるのなら、こっちとしてはどうでもいいのだが、なんだろうか。

 すごく……ムカつくな。

 無意識のうちに私はお祓い棒を、軋むほどの力で握りしめていた。

 別なところに意識を向けすぎていた。少し頭を冷やして、この部屋の分析へと移った。

 

 

 

「……紫」

 見通しのきく川辺から離れ、森の中を歩きながら例のボールに魔力を流し、紫に語りかけた。受け取る側である向こうの状況もあるし、返答を待っているとすぐに声が聞こえてくる。

『魔理沙…何かしら?』

「何かしらじゃないぜ。なんで霊夢たちがこっちに来てるんだ?…こっちに来ないようにしておいてくれって言っただろ」

 血を洗い流した私は、休まずに移動を開始した。紅魔館から天狗たちが追ってくる可能性は非常に低いが、無駄な体力を使いたくはない。

『ごめんなさい。私も止めようとしたのだけれど、あまり否定しすぎるのも霊夢に不審がられる可能性があったから、断り切れなかったの』

 幻想郷自体を我が子のように思っている紫が、幻想郷のために動こうとしている霊夢たちの行動を否定するのは、確かに違和感がないことは無い。

「まあ……もう来ちまったもんは仕方がないぜ。できるだけ早く帰ってほしいんだが、何のために霊夢達は来たんだ?」

『情報よ。奴らがなんでこっちに来るのかわかってないから、それがわかれば対策もできるってこと来てるのよ』

 紫は目的がわかっているから私が向こうに行けばいいだけだとわかっているが、それを言ったらそんなことをなぜ知っていると責められ、異次元の人間ではないかと疑われてしまうだろう。

「さっき、あいつらは紅魔館を放棄するって言ってたし、誰もいないんじゃないか?」

『ええ、その通り…入ってからしばらく経つけど…戦ってる音も聞こえてこないから連中はここにはいなさそうね……本当に情報が無ければ、もう少しここに滞在することになりそうね』

「はあ、気が乗らないぜ……」

 異次元鈴仙に霊夢達に掴まってもらって、情報を提供するという手もあるが下手に私の名前を出されると困る。

 やはり霊夢達には、自分らで頑張ってもらうしかないだろう。私が行ってもいいのだが、姿を見た途端に襲いかかって来た様子から、少なからず怪我を負わせられることだろう。できれば痛いのは嫌だし、仲間同士でそんなことをするのもバカらしい。

『申し訳ないわね』

「仕方ない。とりあえず無理はさせてくれるなよ」

 歩いて森の中を抜けようとしていると、誰かがこっちに来ている気配を感じた。一度立ち止まり、音に集中すると一定の間隔で地面を踏みしめる音が聞こえてくる。

「また後で連絡する。敵が来た」

 ボールに送り込んでいた魔力を切り、音の聞こえてくる方向に向き直る。木々で音が反響し、それが重なっているせいで少し相手の場所がわかりずらい。

 だが、魔法の森で長く生活していたから、こういう状況でもある程度の方向はわかる。薄暗い森の中目を凝らしてみると、人影が安定した足取りでこっちに向かってきている。

 相手との距離が十数メートルにまで迫ると、相手の輪郭がおぼろげながらも見えてきた。頭部からは大きな角のようなものが左右に伸びている。

 あの特徴は、幻想郷でも指折りの実力を持っている鬼だ。

「……っち」

 暗いのと遠いので誰かはわからないが、こっちに向かってきているとは最悪だ。幸いにも連中はあまり足が速くないし、このまま逃げるのも手だ。

 よくよく考えれば左右の側頭部から大きな角が出ている人物など、一人しかいないだろう。

 あれは、異次元萃香だ。そんな幻想郷でも屈指に実力者と戦っていたら、命がいくつあっても足りやしない。

 密と疎を操る程度の能力を使っているようだ。彼女の身長は私よりも低いが、幻想郷では身長の大きさで戦闘能力は図れない。

 戦闘体勢を解いて彼女から離れる様に逃げようとするが、それをする前に異次元萃香が私に声をかけてくる。

「なあ、待ってくれよ。人の顔を見た途端に逃げるんじゃあない。私はただ話に来ただけだ」

 ピンポイントでこっちに向かう足取りからして、やはり見つかっていたようだ。

「信用するとでも?」

「してほしいね、攻撃ができるならもうしてる。それにあたしに敵意がないことはわかってるだろ?」

 服の色や表情がわかるほど、歩いて近づいて来た異次元萃香がそう言った。確かに彼女の言う通り敵意は感じないのだが、それが信じる材料になるかは疑問である。隠しているだけ、ということもある。

「知るか…。私はここの霊夢達を早く殺さなきゃならないんだよ。……邪魔をするならお前もついでに殺すぞ」

「霊夢達を殺すのも、ついでで殺されるのもあたしとしてはやめてほしいところだが、魔理沙…お前にとっても悪い話はしない」

 両手を頭よりも高い位置に持ってきて無抵抗の様子を示すのだが、素手で人間を簡単に殴り殺せる種族であるためそれでも警戒は解かない。

「なんだ?」

「あたしは、霊夢たちがやろうとしていることを止めたい。……魔理沙も奴らを倒したい…最終的な目的は同じじゃないか?」

 確かにあいつを倒そうとしているのであれば、鬼の力はとても頼りになる。本当に倒すのが目的ならな。

 最終目標が霊夢を倒すことみたいに言っているが、その先の力を手に入れるがないとは限らない。

「…」

「不服か?」

 良いも悪いも言わない私に、異次元萃香はそうたずねてくる。彼女の雰囲気はかなり穏やかで、顔つきなどからも人を騙そうとしているようには見えないのだが。

「ああ…正直私としてはいい話ではある。でも、お前が嘘を付いている可能性を考えると首を縦には振れない」

 首を縦に振らない理由はもう一つある。異次元萃香の目的は倒すこと、私の目的は殺すこと。そこには決定的な違いが存在しているからだ。

 協力することになれば、そのうちそれを巡って戦うことになるのは目に見えている。それまでは彼女を利用できるだろうから、それは言わないがな。

「まあ、いきなり来て仲間になれって言われても困るだろうな。…それにそこを言われるとあたしは、自分が嘘を付いていないと証明する手立てを持っていないから、もっと困るな」

 どうやって嘘を付いていないと証明できるか考えているのか、異次元萃香は顎に手をやって唸り始める。

「…」

 この十年で幾度も戦ってきたらしく、彼女の服はボロボロだし髪も手入れが行き届いていないのかボサボサだ。

「あたしは嘘が大嫌いだがから、嘘はつかないって言っても、言うだけなら誰でもできるって言われそうだしなぁ……まあ、確かに…少しくらいは嘘もつくかもしれないけどさ……」

 いい感してるじゃないか。でも、少しくらいは嘘もつくかもしれないけど、という言葉をここで言ってしまうところが、彼女が正直なところともいえる。

「力が目的じゃないなら。なんでお前は戦おうとしているんだ?」

 当然ながらこの質問を私は彼女に投げかけた。これの返答次第で信用できるかも図れるだろう。

「………うまい酒が飲みたいから」

「……は?」

「いや、だからうまい酒が飲みたいからだって…一人で酒なんて飲んでても旨くもない。こんな状況で飲み会なんかしてくれる奴もいないし……また、皆で笑って酒を飲みたいだけだよ」

 もっと、正義のためだとか抜かすかと思っていた。こんなに荒んだ世界でも、異次元萃香は萃香のようなことを言う。

 この会話だけでも多少なりとも彼女は信用できるような気もするが、それでも私は一緒に戦おうと返事をすることはできなかった。なぜなら、

「萃香、やっぱり断られたか?」

 彼女との共同戦線を受け入れるか考えていると、初めに異次元萃香が歩いてきていた方向から、一つの人影がこちらに向かってきてるのが見えたからだ。

「勇儀か、向こうで待ってろって言っただろ。お前がいると魔理沙が余計に警戒して話が進まない」

 こっちの勇儀に少し似ている聞いたことのある声が異次元萃香に声をかけると、彼女ははぁっと小さくため息を付いて返答する。

「いいじゃねえか。一人で突っ立ってるだけっていうのも暇なんだよ」

 額に赤くて太い角が一本生えており、腰辺りまである伸びきった長い髪。身長は190cmはあるだろうか。

 女性の平均的な身長をぶっちぎりで追い越している彼女を、私は見上げた。身長差が1.5倍ほどあってかなり威圧される。

 腕は少し筋肉質であるが、男性に比べれば細い腕ように見える。そこから地形を変形させるほどの力を出せるとは、誰が予想できるか。

 彼女はこんな整備されていない森の中でも、関係なく下駄を履いている。木がぶつかる乾いた音が歩くごとに響く。全体的に赤っぽい服に、両手首には異次元萃香と同じように、手錠に似た物が嵌められている。

「全然よくないんだが……。まあいい。手を貸してくれる気になってくれたらいつでも来てくれ。…もしかしたら、こっちからまた声をかけるかもしれんがな」

 異次元萃香はそう言うと、手錠に繋がっている鎖をジャラりと鳴らして手を振ってくる。

「ああ、その時はまた」

 私がそう言うと、こっちに背を向けて歩き出した。彼女が帰り始めたことで、ここにいる意味もない異次元勇儀もそれを追って歩いて行った。

 離れていく彼女たちを警戒したまま、私は異次元勇儀を睨み付ける。なんだかあいつは、気を許してはいけない気がしてならない。

 木々に隠れて二人の姿が見えなくなった頃に、私もようやく動き始めた。連中が見えている段階で、背を向けるという隙を見せたくは無かった。

 

 しばらく歩いたところで、話し声が聞こえてくる。

 その声から遠ざかるために、足音を消して離れようとした。だが、会話次第ではもしかしたら、どこにいるかわかっていない異次元霊夢の場所がわかるかもしれない。

 耳に意識を集中すると、話し声の中に水の音が聞こえる。どうやら、川の近くで会話をしているらしい。声のトーンや話し方から、異次元霊夢達ではないことはわかる。

 枝などを踏まないように、ゆっくりと川へと向かって行く。木々の陰に隠れながらであるため、会話している二人の距離はわからない。さっきよりも近づいたことで、会話がよく聞こえてくるようになった。

 自分の体を隠せる太さのある木の後ろに移動し、聞き耳を立てる。

「銃の調子が悪いって言ってたろ?直ったか?」

「一度バラして磨いたら、普通に撃てるようになったよ」

「メンテナンスは定期的にしないとダメだろ。こいつは連射がきく分だけそう言った部分は繊細なんだから」

 どうやら装備の話をしているようだ。紅魔館でも使った相手からは見えないが、こちらからは見える魔法を使うことにしよう。

 魔力で光を調節し、彼女らから反射して来た光を屈折させて私の目に入ってくるようにすると、会話をしている彼女たちの姿が見えるようになった。

「わかってるよ。でも、部品が多くて面倒なんだよね」

 緑や青などの布が主体となっている洋服を着ているのは、河童たちだ。彼女たちがいまだに生き残っていることに少し驚いた。

 天狗のように素早さがあるわけでも、鬼のように力が秀でて強いわけでもない。物が作れるだけの彼女たちが、どうして今まで生き残ってこれたのだろうか。

 いや、むしろそれがあったからこそ生き残ってこれたのだ。彼女たちの技術力は時に、幻想郷には不釣り合いな物を生み出すことがある。

 その証拠に、猟銃なんかよりも未来感のある武器を手に持っている。彼女たちの会話と、握っているグリップの銃身に近い位置にトリガーが付いていなければ、銃とはわからなかったかもしれない。

 よく見るとライフルの形に少し近いが、長い銃身の上面には四角い箱のようなものが付いている。

 だいぶ昔に、外の世界から流れて来た雑誌を香林に見せてもらったことがあるが、あれらによく似た物が映っている本があったのを思い出した。

 当時は銃などには興味もなく読んでいてもよくわからなかったが、今はわかる。弾倉という物だろう。中に弾丸が詰められており、連続的に弾丸を射撃することが出来るのだ。あれは脅威になりそうだ。

「…そう言えば、にとりがなんか作ったらしいぞ」

 あれについての対策をあれこれ考えていると、河童の片割れが水辺に座り込んで川を眺めているもう一人に声をかける。

「何を作ったんだ?」

「魔力で事前に作りたい物の情報を入力しておくと、それに形状が変化する物質を作ったんだと」

「なんだそりゃ、凄いな…さすがはにとりだな」

 その話に少し私は興味を惹かれた。現在、私は武器を所持していない。持っていることには持っているが、私が自分の戦いで使っていい気はしないのだ。

 彼女は異次元咲夜を殺すという条件で手を貸してくれた。私も奴は殺したいから利害が一致し、目的に向かっている。

 私が彼女のナイフを使えるのは異次元咲夜と戦う時だけでなければ、使ってはいけない気がする。

 自分の利益のためだけに使うのは、異次元咲夜を殺す目的には含まれないだろう。だから、私は自分の武器がほしいのだ。

「でも、作るのが難しすぎて量産するのは無理だという話だそうだ。私たちが使えるようになるのは、何年も後だろうな」

「なんだ…それがあれば戦うのがだいぶ楽になると思ったのに」

「でもまあ、私たち河童が例の力を手に入れられれば、こんな物をぶら下げて歩かなくてもよくなる。魔理沙が戻って来たらしいし、戦争の終わりは近いかもな」

 2人の河童は時計を確認するとそう言って移動を始める。どうやら休憩時間だったようだ。

 あの二人から、それが置いてある場所を聞き出すとしよう。少しより道になるが、そんな物があるのであれば自分に合った武器という物が作れるし、異次元霊夢を殺すのにも役立つことだろう。

 自分の姿が見えないように新たに魔法を発動させ、会話をしながらゆっくり歩いて行く二人の河童の後を追った。

 素早さや力が強くないとは言っても、それは妖怪を基準にしたらである。人間を基準に考えれば数倍の力は出せるだろうし、耳もそれなりに良いだろう。

 砂利を踏む音で感づかれそうであるから魔力で体を浮かせ、足元の小石を蹴飛ばして遊びながらゆっくり進んでいる二人に接近する。

 こうして近づいてみると、かなり未来感のある装備を身に着けている。防刃チョッキやブーツなど、軍隊の中に彼女らが居てもさほど違和感はないだろう。

 私は手の平の中に魔力を送り込んで凝縮し、エネルギー弾へと変換した。連中に敵意を悟られる前にそれを片割れに放った。

 彼女らからは五メートルほどの距離が離れているが、無音で発射されて尚且つ話に夢中になっているため、二人はエネルギー弾に気が付くことは無い。

 銃のメンテナンスをしろと注意されていた河童の頭に、狙い通りエネルギー弾が直撃する。含まれている魔力が強力な運動エネルギーに置き換わり、進行方向に爆ぜた。

 身体を強化していれば、多少なりとも怪我を負うことにはなっても吹き飛ぶ程度で済んだだろう。

 でも、彼女らは戦闘の最中でもなかったから、体の強化をしていなかったらしい。頭だけが飛んでいくということもなく、跡形もなく頭部は消し飛んだ。

 全ての肉と骨などの組織は、形状を維持することなくぐちゃぐちゃに混ざり合って宙を舞う。その先は水の中に落ちて行くか、砂利の上にまき散らされる。また、話していた何が起こっているか、まったく理解できていない河童の体に飛び散った。

「へ…?……え…?」

 吹き飛ばしてからも、数歩はぎこちなくも前に進み続けたが長くは続かない。

 生命の司令塔ともいえる頭部を失ったことで、筋肉などの支持組織に行っていた命令が途絶え、遅れながらも地面にどさりと倒れ込む。

 それを見てももう一人の河童は何が起こったのか理解していない。いや、理解したくはないのだろう。今まで話していた友人がこんな姿になっているのだ、現実逃避もしたくなる。

 だが、それはさせない。

 光の魔法を解くと、いきなり現れた私に河童は驚きのまなざしを向けるが、この惨状を作り出したのが私だと察したらしく、こっちに銃口を向けようとする。

 だが、私は既に第二射を放っている。仲間を撃ったり余計なものを撃たないようにするために、銃口を下に向けていたのが仇になった。

 それでは私に向けるまでに、わずかであるが時間がかかる。

 その軌道もおおよそ予想がつくから、自分でタイミングを調節すれば銃自体に当てることは簡単である。

 河童の体に当てる方が簡単なのだが、身体を強化された可能性もあって吹っ飛ばしただけでは問題の先送りにしかならない。どんな形であれ、銃を手放せるのが目的だ。

 こちらに向けようとしている銃口と、肩に当てるストック部分のちょうど中間あたりにエネルギー弾が命中し、さっきと同様に爆ぜた。

 彼女はとっさのことで、身体を強化していなかったらしい。銃身を握っていた左手と、グリップを握っていた右手が両方とももげた。

「ぎゃあああああああああああああああっ!!?」

 激痛に彼女は絶叫する。少しの間叫んでいたが戦闘は始まっており、私が近づいてきているのもあって、痛がっている暇はないと思ったらしく行動を開始した。

 嫌に対応が速いが、動揺はしているから、無くなった手で銃を拾い上げようとしている。

 鉄製の銃身はエネルギー弾によってくの字にひしゃげており、もう使い物にはならないだろう。

 それはいいとして、本題に入るとしよう。

「さっきお前が言っていた魔力で形状を変えられる物質っていうのは、どこにある?」

 魔力を手のひらに溜め、彼女に向けた。

「言う、……言うから…!これ以上はもうやめてくれ!」

 両手が無くなったことがショックらしく、ボロボロと涙を流している河童は千切れて無くなっている手で降参を示した。

「そうか。なら教えてくれ」

「その物質があるのは…この川を、下流に下って行った先にある基地だ……」

 川が流れている方向は彼女らが進んでいた方向だ。どうやらその基地に向かっている最中だったらしい。

「規模は?」

「五十人から…六十人ぐらいが…駐屯してる。……それより、……ちゃんと話すから、助けてくれ……」

「ああわかってる。いつまでも苦しめる趣味は無いんでな」

 私がそう言うと、彼女は少し安心した様子だ。何をそんなに安心することがあるのだろうか。

「……その基地の真ん中には大きな施設があって、そこの地下だ。でも…警備はかなり厳重で十数人からなる分隊が常に警備してる」

 基地にいるのが六十人と仮定して、その25%が物質の警備に回っているようだ。

「そうか、何階にあるんだ?」

「……二階に…あったはず。でも三重の扉があって、…鍵も別々の場所に保管されてる。いくら強くても、こんな場所からあれを取って来るのは無理だ。あそこにはにとりだっているんだ」

「にとりが?そんなに強いのか?てっきりお前らと同じような装備をだと思ったが」

「いや、あいつはその物質を使って装備をいくつか作ってるらしいから、私達とはもう企画が違う」

「なるほどな」

 これだけ聞ければ十分だ。私は立っている彼女の腰についているホルスターから拳銃を取った。

「な!?約束が違うじゃないか!?助けてくれるって言ったじゃないか!!」

 河童は血相を変えて、私から逃げようとする。

 これの操作もさっきと同様の理由で分かっている。拳銃のスライドを引いて、薬室に弾倉に収まっている弾丸を送り込む。安全装置を解除し、走って逃げる彼女の足を撃ち抜いた。

 火薬の弾ける破裂音が、中から発せられた。火薬臭い硝煙が排莢された薬莢と銃口から立ち上っている。

「おっと…」

 意外と強い衝撃が手首、肘、肩へと抜けていく。大きな口径ではないから手が痺れたりは無いが、音と衝撃が相まって少し驚いた。

 どうやら精度はいいらしく、足に命中して河童は倒れ込んだ。這いずって逃げようとするが、そんなことはさせない。

「言っただろ?私は苦しめるのは好きじゃない。だからその痛みから今すぐ解放してやるよ」

 私がさっき言っていたのはそう言うことだったのかと今理解したらしく、彼女は怒りに顔を歪めて罵ろうと口を開けた。

 だが、それから言葉を発せられることは無く、大きな破裂音が再度する。排出された金属の薬莢が地面に転がる甲高い音、それと共にその身体は地面に崩れ落ちた。

 中々良い武器ではあるが、大きな爆音が鳴るのであればこれから行く基地では敵を呼びつけるだけだから使えない。

 それに、基地に向かっていたのは補給のためだったようだ。二発撃っただけで弾丸の射撃と同時にブローバックするスライドが、スライドストップによって後退したままだ。弾が無くなった合図だ。

 弾が無くなればこんなのはただの鈍器だ。私はそれを川に投げ捨てた。ドプンと水に入るとそれは浮くこともなく沈んで行く。

 河童の装備を調べていると、無線機を見つけた。それがあれば少しぐらいは情報も集まるだろう。

 早速、基地に向かうとしよう。私は川に沿って歩き始めた。

 




六月八日に投稿します。

投稿が無くても、一番新しい話の後書きでいつ投稿するのかを書きますので、気が向いたら見てください。


こういう情報というのは、あらすじ部分に書いた方がいいのでしょうか?よくわかりませぬ。


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東方繋華傷 第九十八話 街へ

自由気ままに好き勝手にやっています!

それでもええで!
という方は第九十八話をお楽しみください。


試しにセリフと文章の間に段落を入れて見ました。

しかし、慣れていないので書くのにかなりの時間を要してしまいました。
諸事情により、これからリアルで時間が無くなっていくので、段落を開けて書くことが出来なくなってしまうかもしれませんが、何卒ご容赦ください。


「……」

 

 少しまずいな。

 正直なところ、部屋に入るのは容易だった。十数人からなる部隊で見回り巡回していても、光の魔法を使うことで敵から見えないようにさせなければ、鍵の入手することはできる。

 それに、壁にかかっている鍵の性質をもつ魔力を設置して、そこから光が出るようにすれば鍵が置いたままと河童たちを欺くこともできる。

 扉の前に数人の河童が立っていたが、彼女たちには強力な光を浴びせた。生物は許容を超える光を見ると失神する。それを利用して私は音もなく沈黙させることが出来た。

 鍵を使って三つの扉を開いて、中に入ったまではよかった。

 縦幅、横幅、奥行が正確に3.5センチの正四面体がいくつか置いてあるのを発見するまではよかった。

 それを掴んで持ち上げた瞬間。その正四面体が置かれている机にはセンサーがつけられていたようで、警報がガンガンなり始めた。

 

「なっ!?」

 

 完全に失寧していた。これだけのオーバーテクノロジーで形の変わる物質というのを作り出せるのであれば、この程度の設備を作れないわけがない。

 私が驚いているうちに、私のいる部屋に河童たちが雪崩れ込んできた。エネルギー弾を数十個に分割し、扉から入り込んできた河童たちにショットガンの散弾を浴びせかけた。

 

「ぎゃあああああっ!」

 

 一つ一つの威力は低くても、束になれば相当なものとなる。一番初めに入り込んできた数人の河童を壁にたたきつけた。

 前の奴を吹っ飛ばしたことでその後ろにいた河童も巻き込み、叩きつけられたそばから皮膚が潰れ、内容物が壁や床にまき散らされる。

 濃厚な血の匂いが廊下から部屋へ流れ込んでくる。もう誰の血か、誰の肉か、誰の体かわからないほどにぐちゃぐちゃに死体が混ざり合っている。

 両手に魔力を集中させて片方をレーザーに、もう片方をエネルギー弾に変換した。匂いと一緒に清潔だったこっちの部屋にまで血が及び始めるが、私は気にすることなくその血の海に向かって歩き始めた。

 にとりがやばいという話は聞いたし、目的の物も取ったからさっさとおとまするとしよう。

 廊下に顔を出してみると、数人の河童たちが銃を携えているが、誰からも戦意は感じられない。目の前で仲間をひき肉にされた惨状に腰を抜かしているのだ。

 座り込んで呆然としてる彼女たちの前に姿を現しても、誰も銃口をこちらに向けようとすらしない。

 目を壁のようにやると、へばりついた肉塊がずるりと落ちて血だまりに落ちた。血がはねて靴に飛び散るが、あとで水で落とすとしよう。

 今は呆けているが、時間が経てば自分の中でも整理が付き、襲いかかってくることだろう。脅威となる前に始末しておく。

 レーザーをいくつかに分割し、座り込んでいる四人の河童の頭を正確に撃ち抜いた。熱線に射抜かれたことで血は出ていないが、当たった部分から後頭部まで綺麗に穴が開いており、絶命しているのは一目で見分けられる。

 光の魔法を駆使し、他の連中が集まってくる前にここを抜け出すとしよう。施設に入る前、基地の中に置いてあったいくつかの車の下に、とある魔力を仕掛けて置いた。

 その魔力には九割ほど爆発の性質を含ませておいたが、残りの一割には受信機としての性質を含ませておいた。

 河童たちが使う無線機のようなものだ。電波が発信されると、それを片方が受け取って会話ができる。

 それと同じようなものだ。私から電波の性質を含む魔力を発信すると、それにのみ反応する受信機の性質を持っている魔力が受け取り、爆発を起こす。

 陽動のためにやるが、状況を見極めなければ効果は薄くなる。爆破するのはもう少し後にしよう。

 とりあえず施設から出ようと、基地の階段を駆け上がる。白いタイルに真っ赤な足跡が点々と続く。

 河童たちも力を求めているようであるため、出ていきなり弾丸を頭にぶち込まれることは無いだろう。

 でも、生きてさえいればいいとかだったら確実に撃たれるため、ゆっくりと周りを警戒して階段を上りきった。

 階段の上で待ち伏せされることは無かったが、そこからまっすぐ行ったところには私が入って来たガラス張りの扉がある。

 そこから見える外の状況は、もうすでに車と歩兵に包囲されており、殺せないという条件が無かったら、百十発の弾丸に体を撃ち抜かれていたことだろう。

 

「霧雨魔理沙!ここにいることはわかっているし、お前の見えないようにしている魔法の対策ももうできているぞ!」

 

 嫌に準備がいいな。私が光の魔法を使って姿を見えないようにする情報を、彼女らはどこかで入手していたようだ。

 何かセンサーのようなものを片手に持っている。あの機械は何だろうか。センサーとかなら電波とかの光の一種であるが、それを操っている私の対策をしていると言ったら、それ以外が使われているということだ。

 ということは、もうここにいるのも見つかっていることだろう。身を屈めて彼女たちを観察していると、それを肯定するように銃口がどんどんこっちを向いていく。

 仕方がない。ここは一度従ったふりをするとしよう。両手を上にあげ、階段を上って河童たちに姿をさらした。

 

「そのまま手を上げていろ。従わない場合は銃殺も許可されている!ただの肉塊になりたくなかったら、おとなしくしろ!」

 

 強い言葉で脅してくるが、彼女らの目的はわかっている手足は撃てても頭や胴体を撃つことはできないだろう。

 

「ああ、わかったぜ」

 

 私は魔力を例の電波へと変換し、波長を設置した受信機に合わせた。ドアを足でけり開けて外に出ると、ドアからでは見えていなかったが車は五両ほどが私を囲んでおり、歩兵はその倍はいる。

 その中の一人が私に銃を向けたまま近づいてきて、手錠を私の腕にかけようとする。河童が右腕を掴むとそのまま背中側に捩じり上げられ、手錠をかけられる。

 

「うぐっ!」

 

 これをされると抵抗することはできない。上げたままの左手も背中側に回された。その時点で私には戦闘能力がもうないと判断したのか、周りを囲んでいる河童たちから緊張の表情が消える。

 私はそれを見逃さず、手錠をかけられる前に変換して置いた電波を発信した。全方向に放射状に広がっていくのは感じるが、微弱すぎて魔力自体は全く見えない。

 本当に起爆してくれるか心配だったが、突如として私の正面に陣取っていた車が爆音とともに火に包み込まれた。周りの河童たちも爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされていく。

 遠くのあちこちでも爆発が起こり、包囲していた河童たちがそっちに意識が向かう。私に手錠をかけようとしていた河童も、爆発に度肝を抜かれたのか作業の手が止まる。

 そのうちに魔力をレーザーへと変換し、真後ろに立っている河童を撃ち抜いた。爆発と炎の光によってレーザーの光がかき消され、誰も私を拘束しようとしていた河童が倒れ込んだのに気が付いていない。

 炎上し火だるまになっている車にコイルの性質を持たせた魔力を撒布し、それ自体を一つの巨大なコイルとした。

 強力な電流を流し、磁力を発生させる。私は鉄製の物を所持していないため、引き寄せられることは無いが、弾丸や薬莢、ナイフなど鉄が使われている装備の多い河童たちは問答無用で引き寄せられ始める。

 

「うわあああああああああっ!?」

 

 炎上している車に次々と河童が突っ込んで行くがそれでも止まらず、残りの四台の車両も強力な磁力に引き寄せられていく。その磁力によって形状を維持できず、やがては潰れ始めた。

 車両の中にいた者は車体によって押しつぶされ、外にいた大部分は燃える車によって火だるまとなる。

 残りの燃えずに潰れる車にくっ付いていた河童も、お腹側と背中側の装備に鉄板を仕込んでいたのだろう。

 血を履いたりして苦しんでいる。身を守るためのそれらに肺を押しつぶされて死ぬとは、皮肉なことだ。

 私は魔力で体を浮き上がらせ、堂々と飛んでこの場所から離れることにした。これだけ倒したが油断はできない。事前情報では、まだまだ敵はいるはずであり、親玉であるにとりの姿を見ていないからな。

 私は基地の中を突っ切ろうとしたが、やはりそう簡単に逃してくれるわけもないだろう。河童から取ったもといいただいた無線機から声が聞こえる。

 

『霧雨魔理沙を捕まえる絶好のチャンスだ。逃がすな!』

 

 ここまで人気者だと誰かに分けてやりたいぐらいだ。

 連中の移動手段は徒歩か車ぐらいで、飛んで逃げる私の方が基地から離れる方が速い。飛ぶ速度を上げようとすると、妙な音が聞こえてくる。

 強い風が通り過ぎていくような雑音だが、風にしては安定して音量も一定だ。それに、風にしては腹に響く振動のようなものも感じる。

 私はどうやらニトリ達のオーバーテクノロジーを甘く見ていたようだ。そりゃああれだけの物が作れるんだ。こういうのも作れるよな。

 私は連中に背を向け、全速力で森の中へと逃げ込んだ。後を追ってくるのは体中に鉄製の様々な装備を身に着け、背中の機械からジェットを噴射して飛んできている河童たちだ。

 背中から魔力を放出してそれに似た形で逃げているが、姿勢を崩さないように気を使って飛んでいる分だけ速度が出ない。その辺りを機械に任せている分だけ向こうの方が速い。

 

「っち…」

 

 後方から飛んできている河童は現在のところ四体。森に入ってから少し進む角度を変えて飛んでいるというのに、きちんと追ってきているところを見るとあいつらもセンサーを持ってきているようだ。

 意識を彼女らに向けてみると、炎に似た性質を含んでいること気が付いた。しかし、それらしいものは見ることはできない。

 

「……?」

 

 まだ距離はあるため、もう少しだけ魔力を探ることにする。どうせ近いうちに追いつかれてしまうだろうし、その時間を情報集めに使うとしよう。

 彼女らの魔力は、生産された分だけどこかへと消えていってしまっている。集中して探ってみると、どうやら背中側の機械の中に消えていっているようだ。

 あの魔力を機械の中に入れ、それに高い圧力をかけて噴き出して推進力を得ているようだ。炎の性質を含んでいるのは、熱によって魔力がかき消えないようにするため、耐性を与えている。

 ここの河童たちも魔力の扱いが上手くないというのは、私たちの世界と変わらないらしい。そうでなければこんな機械は作らないはずだ。

 魔力を霊夢たちが使う弾幕や私の使うレーザーなどのように、形として外に出すことのできない彼女たちは、魔力をガソリンとして機械を動かすという別の使い方を思いついたようだ。

 そんな中、彼女たちが手に持っている銃を強化する魔力を感じた。詳しくは、弾丸を強化するための魔力だ。

 敵の攻撃が来る。近くの木の裏に隠れようとした時、後方で赤い炎が小さく瞬いた。それとほとんど同時に爆発音と散弾が私の元に届く。

 普通の散弾なら、当たれば木の皮を剥がすだとか地面を少し抉る程度だろう。魔力の強化によって樹皮を木の中心部ごと抉り取り、土を広範囲で捲り上げる。

 

「あっ…ぶねぇ…!!」

 

 当たらなかったのは運が良かっただけだ。私が飛んだ方向と、奴らの狙いのズレとジェットによる高速移動の影響が重なったことで、射線がズレたのだ。

 私が木の後ろに隠れて動きを止めたことで、高速で移動し続けるている河童たちが頭の上にある木々を通り過ぎていく。

 通り過ぎた勢いで木の枝が大きく揺れ、葉っぱが千切れて降り注いでくる。髪に絡まる枝や葉っぱを手で振り落とし、青い光を背中から放出して飛んでいる河童たちの動きを見た。

 奴らは二手に分かれて旋回し、二方向から攻撃をしてくるつもりらしい。通り過ぎて行ったときに見えたが、手に持っているのはあの形からして水平二連のダブルバレルではく、ポンプアクション式のショットガンらしい。

 撃ったら弾を入れてを繰り返す水平二連よりも連射性に優れており、バレルも長くて命中精度が高い。

 ゲームなどのせいで、ショットガンは十数メートルの距離でしか効果がないイメージが付いているが、本来の射程は百メートルはあるため油断しているとハチの巣にされるだろう。

 魔力の強化もあって射程は百メートルを超えているはずだ、射線には気を付けなければならない。

 連中が旋回して攻撃してくる前に、彼女らが来ようとしている方から逃げるように空を飛んだ。

 この世界に来たのは久々で昔の面影というのをあまり思い出せないが、こっちの方向には、確か村があったはずだ。

 村と呼ぶのにはかなり文化が進んでいるが、そんなことはどうでもいい。あそこでこいつらをまくとしよう。

 森の方がこいつらをまくのには適しているように思えるかもしれないが、今回は違う。

 森よりも町で戦う利点とは、移動する範囲を絞り込めることだ。森の木々は草木がある程度一定の高さで生えているため、移動には高さと横の移動はあまり考えなくてもいい。

 しかし、町では家の高さや形が大体はそろっているとは言え、二階があったり、ベランダがあったり、屋根裏があることで出っ張っている物もある。そう言ったもので避ける方にも意識を向けさせ、奴らがする射撃の精度を下げるのだ。

 第二の利点としては上を通り過ぎる時に街並みを見たが、大通りに面していない場所は思ったよりも不規則に家が建っているイメージがあり、そう言ったものも相手の集中を削ぐのに利用できるだろう。

 それなら高度を取って、私を上から狙い撃つのではないかと思うがそれはない。散弾というのは基本的に貫通力ではなく面での攻撃であり、その性質上距離が離れれば離れるほど広く拡散していく。

 殺すのではなく生け捕りにしたい彼女たちは、広がって飛んだ弾丸が余計なところに当たって私が死んでしまう、ということは避けたいはずだ。

 撃ってから飛んでいく弾が目標に到達するラグもあり、そのうちにかわされる可能性を考えると大きく距離を離して撃ってくるというのは無いだろう。

 次に、連中が高度を落として私と同じ高さで戦い始めた時のための対策だ。森の中であれば木々は生えているが、一本一本の大きさは大したことは無くザルに水を流し込んだ時のようにすいすい通って来るだろう。そうなると、相手がどの方向から来るのかを絞り込むことが難しくなる。

 町であれば不規則だと言っても、家の配置などそこまでバラバラにはならず、一つ一つが大きいから来る方向をある程度予想しやすい利点がある。

 逆に欠点としては私が逃げる方向も連中に予想されやすいということもあるが、この際は目をつぶろう。

 あとは、怪我を負うリスクの低下だ。

 木はさっき隠れた太い木が常に近くにあればいいが、無い場合もある。そうなると木からはみ出した部分を射撃された時に、怪我を負う可能性も出てくる。

 町の壁ならば全身を隠すこともできなくはない。家には窓などもあるし、いざとなったらそこから入って弾丸を躱すこともできるだろう。

 まあ、この状況では町で戦う方が私にとっては利点が多いということがわかっていただければ幸いだ。

 でも、そこに行くまでに五百メートルはありそうだ。その間をどう凌ぐかも問題だが、それはそこまででもないだろう。

 この四体のほかにも敵は追ってきているらしい、河童の基地の方向から小さい光がこっちに向かってきているのが見える。

 大人数に囲まれる前に確固撃破していくとしよう。連中が射撃してくる前に木の後ろに回り込み、隠れた木の方に両手を差し出した。

 その手から大量の魔力を放出した。その爆風に耐えることのできなかった大木は、地面の土ごと河童たちの方向へとぶっ飛んでいく。

 比較的私に近い敵を狙ったことで、二人組の内一人を撃ち落とすことが出来た。こっちに進んでいるのと、こちらから飛ばしたことでぶつかれば装備を着ていてもただでは済まないだろう。

 近い方が混乱しているうちに魔力を胸の前や背中などに放出し、それを硬質化させた。硬い鉄の性質を含ませ、アーマーの代わりとした。

 これがあればある程度の射撃は止めることが出来るだろう。木を飛ばしていない二人組の方向から、弾丸を強化する魔力を感じる。

 命中精度を少しでも低くさせるため、手先に魔力を集めた。その魔力にはスペルカードであるノンディクショナルレーザーの性質を含ませる。

 ただの魔力がレーザーへと変わり、二人組の方向に魔力を含んだ五つの球体が円を描いて浮かびだす。

 差し出した手の周りを、クルクルと回るその球体からレーザーが射撃される。

 一発ではそこまでではないが、一定の速度で回転を続けているから規則性があるとはいえ、五つのレーザーが同時に発射されれば制圧力は格段に上昇する。

 魔力を変換していたのに時間がかかったことで河童の射撃と被ったが、制圧効果がやはりあったらしく散弾はあらぬ方向へと飛んでいく。

 今の内だ。ランダムに生える木々を躱しながら移動を始めると、ようやく森の切れ目に到達した。

 村というよりも街は煙は相も変わらず上がっているが、特に何かの動きがあるわけではない。戦闘は行われていないのだろうか。爆発なんかが起きない程度の戦闘が行われているかもしれないがな。

 だが、私にとって重要なのはそこではない。目を凝らしてみてみると一部屋根が剥がれていたり、壁が崩れているところが多くみられる。

 私の思っていた通り、あそこで戦闘を行うことは可能だろう。まだ破壊されていない屋根や壊れた屋根がいい具合に高低差を出してくれている部分もある。

 逃げるのであれば瓦礫だって使えないこともないし、あるものは使い方を選ばなければなんでも使える。

 問題はそこに行きつけるかどうかだ。後方を睨み付けると、二十メートルほど後方を三人の河童が追ってきている。

 銃身の下についているハンドガードを前後にスライドさせたらしく、銃の脇から空薬莢が排出される。

 ダンっと腹に響く爆発音が三発響き、銃口から小さな炎と硝煙、散弾が私に向けて吐き出された。

「っ!!」

 硬質化した魔力で全身をガードしているとは言え、あれだけの威力であれば貫通してくる可能性も低くはない。とっさに私は両手を顔の前に差し出していた。

 射撃音に紛れたが鎧代わりにしていた魔力に散弾が直撃すると、金属音と衝撃が耳と体を刺激する。

 当たったのは振り返っていた私の肩の辺りらしく、大きくバランスを崩されて墜落を始めた。

 ただの散弾であれば撃ち落されるなんてことは無かっただろうが、鉄の性質を持つ魔力の上からでも腕が吹き飛んでしまいそうな衝撃に、どれほどの威力かわかる。

 小さな球状の弾丸がいくつかめり込んだ魔力が、その使命を果たして剥がれ落ちていく。こういったものは、基本的に使い捨てであるのが使いづらいところだ。

 

「うおっ!」

 

 どんっと地面に腰から転がり込んだ。身体を強化しているから怪我をすることは無いが、中々の衝撃に受け身を取るのを忘れてしまう。

 全速力で飛んでいたのも重なり、靴で地面を踏みしめて止まることが出来ず、盛大に地面を転がってしまう。

 転がって砂だらけになったとしても、転んでただで起きる私ではない。地面についた手から地面に向けて魔力の杭を打ち込む。

 それには私が河童たちの基地で使った爆発と受信の魔力を入れ込む。さらにさっき私のアーマーに当たり、めり込んできていた散弾の性質を含ませた魔力をそこに大量に送り込んだ。

 連中には散弾を撃たれる恐怖というのを、少しばかり味わってもらうとしよう。乾いた地面を蹴飛ばして、勢いをつけながら魔力で体を浮遊させる。

 一度止まってしまったことで、ぐっと河童たちまでの距離を詰められてしまった。だが、彼女たちは私がそこで止まる予定だったのか、スピードを落としていたらしくそこまで縮まったわけではない。

 だが、加速力については速度が出ている分だけ距離を詰められるから、ここからまたさらに相手との距離は縮まることだろう。

 またショットガンのハンドガードを後ろに引いて、次の弾丸を薬室に送り込んだらしくガチャリと金属音がする。

 さっきは聞こえてこなかったが、今度は河童たちの方を見ていなくても聞こえてきたことから距離が詰められている証拠だ。

 また魔力で弾丸を強化しているらしい。相手が射撃しようとしてくるが、攻撃は私の番だ。仕掛けた魔力の電波に変換し、信号を発信する。

 どこに仕掛けたかわかりづらかったが、連中が真上に到達した時点でそれを起爆させた。赤い炎を杭の内部に放出し、体積を何百倍にも膨れ上がらせて爆発を起こさせた。

 爆風によって銃口が持ち上がり、狙いが逸れるが目的はそこではない。メインである散弾の魔力が、その上にいる河童たちに爆発の衝撃によって打ち上げられた。

 

「ぐぎゃっ!?」

 

 三人のうち一体には当たらなかったが、残りの二人に魔力の弾丸を当てることはできた。一人は急所に当たったらしく、平衡を保つことが出来ずに地面に落下していく。

 何の受け身も取らずに地面に叩きつけられたその衝撃で、未来感あふれる装備はぐにゃりと曲がり、壊れて残骸を地面にまき散らす。

 武器も装備もそこまで耐久力は無いのか、ショットガンも半ばから半分にポッキリと折れてしまっている。

 ただ落ちただけだというのに、自重で潰れるほどということは相当な重量なようだ。それを浮かせるとなると、かなりの魔力消費があることだろう。

 このまま逃げ続ければ、やがて追えなくなる時間帯が来るだろう。そこまで遊んでいる時間はないからそれは却下だがな。

 弾丸に当たったもう一人は手に直撃したらしく、持っていたショットガンを取り落とした。これで現時点での脅威は、弾丸が当たらなかった河童の持っているショットガンのみとなる。

 

「くそっ!」

 

 一人やられたことで一発手に弾丸を貰っている河童が激高し、怒りを露わにする。魔力を消費してジェットを吹かし、一気にこっちに突っ込んできた。

 ショットガン以外に武器を持っているわけではないだろうが、頭に血が上っているから使えないのだろう。

 ショットガンを持っている方も仲間が射線に出て来たことで、銃を撃つことが出来ない。私にとっては好都合だ。

 銃持ちの射線を近づいてきている河童で隠れつつ、街に向かい続ける。奴らが積んでいるジェットの凶悪な音がすぐそこまで迫っている。

 

「この野郎!殺してやる!」

 

 肩越しに振り返ると怒りに満ちた河童が、手を伸ばせば届くという距離にまで迫ってきていた。

 もう少し街までの距離を稼いでおきたかったが、ここは捕まっておくとしよう。少しだけ速度を緩めると河童は私に手を伸ばして掴みかかって来た。

 

「あいつの仇だ!」

 

 あいつというのは、爆発で飛ばした散弾で撃ち落とした河童のことだろうか。背中から吹かしていたスラスターが不自然に途切れたり、何の受け身もない墜落の様子から死んだと考えたらしい。

 

「おいおい、いいのか?私を殺したら求めている力を手にれることが出来なくなるぜ?」

「そんなこと、知ったことか!」

「私を殺せば、死ぬのはあいつ一人では済まなくなるぜ?報復に河童は全員殺されることだろうよ」

 

 私がそう言うと、頭に上っていた血が少しだけ引いたのか私を掴んでいる手が緩まった。今度は私が河童に手を伸ばして右肩当たりの装備を掴んだ。

 私が何かをしようとしているのを察したらしく、掴んだ手を離させようとするがその前に魔力を背中から横方向へ放出した。

 真後ろにしかジェットを放出していない彼女らは、正面方向には強いが横からの力には非常に弱い。

 さっきまでは河童がマウントを取っている形になっていたが、それをしたことで河童がグルリと下側へと移動した。

 振り落とされないために装備を掴んでいたが、私が掴んでいた辺りにはとあるものが括り付けてある。

 手榴弾と呼ばれる爆発する投擲物だ。縦長のそのフォルムは、パイナップルのようにも見える。その上には私にはよくわからない部品が取り付けられており、そこには爆発させないためのピンが取り付けられている。

 引き抜きやすいようにリング状になっているそれを掴み、横にスライドさせるとリングは棒にくくってあったらしく、細い鉄製の棒が引き抜けた。

 本体の上に取り付けられている機械から、ピンで固定してあった部品がはじけ飛び、あと数秒もすればその手榴弾は爆発を起こすことだろう。

 

「なっ!?」

 

 早く手榴弾を取らないと爆発に巻き込まれる河童は、急いで肩に取り付けられている手榴弾に手を伸ばそうとするが、それをさせる前に私は彼女へ向けてエネルギー弾を射撃した。

 腹部でエネルギー弾が小さくはじける。全方向にエネルギーを放出するのではなく、一方向にのみ運動エネルギーを凝縮したものをまともに食らった河童は、地面に向かって一直線に落下する。

 直前に手を離していなければ私も一緒になって落ちていたところだが、そんな間抜けなことはない。

 高速で移動していたというのもあり、地面に長い線が十数メートルほど描かれた後、手榴弾は埃と砂煙を舞い上げ爆発を起こす。

 火薬を使った爆発という物は炎が発生しない為、中々地味であるように見えるが近くにいて、その間に何もなければ即死するほど強力だ。

 手榴弾は爆発ではなく、身を裂く破片が最も危険だ。肩についたままゼロ距離で爆発を受けたあの河童は、全身を切り裂かれて死亡したことは間違いないだろう。

 残りは一人だったのだが、その後方に更に四つジェットの炎が煌めいているのが見えた。さらに四人の追加となりそうだ。

 せっかく三人倒したというのに、さらに増えるとは思わなかった。しかし、朗報もあって、時間稼ぎのおかげで街に到達することが出来た。

 ここで連中のことを全員殺すとしよう。こんな装備を着た奴らが、霊夢たちのところに行かれると困る。

 なのだが、これだけの時間が経過してもニトリの姿が見えない。基地に行く前に河童が言っていた他とは違う装備と言っていたから、こいつらとも違うのだろう。

 こいつらを倒すのでもかなり面倒だというのに、それ以上ときたものだ。こいつらをさっさと倒し、万全の態勢で向かい入れなければならない。

 

 

 

「こんなところにいて、大丈夫なのかしら?」

「…ええ…問題はないわ」

 

 スキマを使って移動して来た紫は、鼻元を手袋を着けた手で押さえながら私に開口一番そう言ってくる。

 大量の死体が転がっている部屋で、十分近く調べていたのだが、よくわからないことが多い。

 

「…紫はどう思う?」

「さあ。知らないわ」

 

 本当に考えているのかと突っ込みたくなるが、あまり長いしたくないのだろうということを考慮して、今はいいだろう。

 

「…あいつが生きていた意味がよくわからない…」

「あいつって?」

 

 私の呟きにひっかがることがあったのだろう。さっきまでのやる気のない感じとは違って、興味ありげに聞いてくる。

 

「…逃げたけど、咲夜たちが死んだところにいたあの魔女が別の部屋にいたのよね」

「紅魔館に…?どんな様子だった?」

「…その質問は私が疑問に思ってることにつながるんだけど、痣とかもあったし…ボロボロだったわ」

 

 私が見たものを完璧に伝えることはできないが、最初に抱いた印象を彼女に伝えた。

 

「そう。それで、疑問に思ってるっていうのは…このウサギ達は殺されているのに、あの子だけが殺されてないのがわからないと」

 

 私が思っていたことを紫が言ってくれた。説明する手間が省けて助かる。

 

「…ええ。ここよりは酷くないけど、この状況に似た部屋にいたのに彼女は生きてたから、それがなぜかわからなかったのよね」

 

 詳しくはベットの上だけが似ている状況だったのだが、あの部屋に連れて行った方が速いだろう。

 

「そうね」

 

 そう呟く紫の方を見て、私は少し驚いた。苛立ったような表情をしていたからだ。少し声をかけずらいが、彼女に話しかけた。

 

「…私は、永遠亭の人たちはもうやられてると思うけど、紫はどう思う?」

「どうしてそう思うのかしら?」

「…何となくだけど、ウサギたちは死んでから少し時間が経過してる。普通ならその状況でてゐは黙っていないと思う。気が短いてゐはおそらく永琳の言うことはきかないだろうし、永琳たちも戦いに出るはず……死体とかがないからわからないけど、このウサギたちはだいぶ長い間この場所に拘束されていたはず」

 

 顔はかなりやつれていて腕も細いし、胸部は肋骨が少し浮き出ている。魔力で補ってはいるが回復手段は睡眠だけで、衛生状態の悪い場所ではきちんと寝れることなどないだろう。

 始めに魔力に余裕はあっても、後はだんだんと余裕がなくなる。かなり長い間この場所に拘束されていなければ、ここまでの低栄養にはならないだろう。

 

「…こんなに痩せるまでの時間があったのに誰も助けに来なかったのか、助けに来たとしても殺されたのはかわからないけど…下っ端のウサギたちが殺されてるってことは、見せしめか用済みだからってことでしょう?」

「そうね……でも、ほかにもウサギが居て、それの見せしめのためっていう線は低いわね。これだけ痩せているのに抵抗なんてできない。となると用済みだからってことになるわ」

「…そうなると、今度は何に利用されていたのか…っていう新しい疑問が生まれるわね」

「ええ、永琳ができることと言えば薬を作ること…何の薬を作らせてたのかしらね」

 

 そんなのこっちが知りたい。

 

「…はあ、わからないことだらけね…」

 

 ろくな情報を得ることが出来ず、私は小さくため息を付いた。

 部屋の中を見回すと、窓際に花瓶が置いてある。そこには血みどろの部屋に置いてあるのには不釣り合いといえる、かわいらしい花が花弁を開いている。

 

「…こんな世界でも、花は咲く物なのね」

 

 この部屋で分かることはもうないだろう。二人で部屋を出て中よりは血生臭くない空気を吸っていると、曲がり角を走って鴉天狗が近づいてきた。

 どうやら何か見つけたようだ。紫と一緒にそっちに向かうため、私は歩き始めた。

 




六月十四日に投稿しようと思ったのですが、諸事情により投稿できなくなりました。

二十一日の金曜日辺りに投稿すると思います。


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東方繋華傷 第九十九話 異次元にとり

自由気ままに好き勝手にやっております。

それでもええで!
という方は第九十九話を斧田沁みください!


 町中に入っても連中に銃を撃たれるのは変わらない。けたたましく甲高い銃声が鳴り響く。

「くっ…!?」

 逃げていた道の交差点に丁度良く差し掛かっていたため、横に伸ばしていた手先に溜めていた魔力をレーザーやエネルギー弾としてではなく、魔力の炎として一気に放出する。

 身体を強化していたから何の問題もなかったが、炎の推進力が予想以上に強くて肩が外れそうだ。

 それでも移動する手段としては申し分なく、散弾は肉体ではなく地面のコンクリートに大穴を開ける。

 予想外の推進力に飛ぼうとするのを忘れて地面に落下しそうになるが、そのまま前方方向へ飛行をした。

 後方を確認すると、角を曲がって来た三人の河童が全員ショットガンを構えている。ハンドガードを引いたらしく、大きな空薬莢が銃身から排出され、回転しながら床に落ちて行く。

「食らうか!」

 手先に溜めている魔力をさっきと同じように横に放出し、まき散らされる散弾の射線を横切って家の割れた窓をくぐった。

 破裂音と一緒に発射された散弾の雨が、コンクリートの床に大きな穴を開ける。頭に当てないように射線が下を向いているところから、捕まえようとしていることがわかるが、威力が高すぎて殺そうとしているようにしか見えない。

 連中が家の中に来る前に、入ってきた方向とは反対の壁から外へと飛びだした。

 この街で戦いを始めてから少し時間が経ってしまっており、どうやら増援が到着したようだ。

 センサーによって来る方向がわかっていたらしいく、外へ飛び出した私に向けて上と左右からショットガンを両手に持った河童たちがこちらへ銃口を向ける。

「っ…!」

 彼女たちが飛びだした私に向けて標準を合わせ、引き金を引くまでの僅かな時間で彼女たちに向けて手をかざした。

 掌の上に溜めて置いた魔力にコイルの性質を含ませ、それに超強力な電流の性質を持った魔力を流し込む。

 河童たちの装備は鉄製の物が多いらしい。発生した磁力によってぐんっと引き寄せられたことで、驚きを露わにするが私に向けて引き金を引くのを忘れなかった。

 計六回の銃声が町中に響き、反響して様々な方向から破裂音が来ているように聞こえる。だが、小さな散弾の一発すら私の体には当たらない。

 連続的な金属と金属が打ち合わさる小気味いい音が手先から発せられる。突如発生した強すぎる磁力によって散弾が全て手のひらの上に集まってきてたのだ。

「なっ!?」

 今度は河童たちが驚愕する番だった。足や手など当たっても致命傷にはならない部分を狙い打ったはずなのに、銃創の一つもできていないことに脳の処理が追いついていないようだ。

 そのうちに彼女らの下をすり抜け、大通りの方向へ飛びだした。基地で車を潰したときと同程度の磁力を使ってみたが、上手く行ってくれた。

 手の上で散弾が固まり続けているそこまで重くはないが邪魔だし、捨てるとするか。それを投げ捨てようとするが、ジェット音が後方から聞こえてくる。

 あのショットガンは手元で次弾を装填するタイプの銃らしく、片手で操作してあとは撃つだけという段階で銃口をこっちに向けようとしてくる。

 体を180度回転させ、向かってきている三人の方を向き直った。手の上にある鉄の玉一つ一つにコイルの性質を持たせた。

 さらに弾丸と手のひらの間に、もう一つ魔力でコイルを作り出す。これから私のしようとしていることは、小学生が理科の実験でするものの応用だ。

 磁力の性質を知らない人はいないだろう。S極とN極がありSとNが合わされば引き寄せ合うが、SとSやNとNでは反発する力が発生する。

 今回はその超強力バージョンだ。

 コイルには同じ極が向くように性質を与え、あとは電流を流して磁力を発生させるだけとなる。

 秒速340メートルを超える超高速の物体を引き寄せるほどの力があれば、火薬を使用して飛ばしているのと変わらない速度で撃ち出すことが出来るはずだ。

 銃のバレル部分の役割をするものがないから精度についてはお察しだが、百発を超える量があれば当てることは可能だろう。

 指のかかっている引き金が引かれる前に、全てのコイルに強力な電流を流した。発生した二つの磁力によって、魔力のコイルと弾丸が反発し合う。それらは目で追うことが出来ないほどの速度で、散弾が河童達へと向かって行く。

 鉄の装備を着こんでいる河童たちの体に、私の飛ばした散弾が当たったのだろう。ところどころから火花を散らしている。

 拡散したことで河童達には当たらなかった弾丸は、壁の岩や床のコンクリートを広範囲で破壊する。

「がっ!?」

 金属の破片が燃えることで発生する火花ではなく、肉体に通っているはずの血肉をまき散らし、一人がバランスを失って高度をガクンと落とした。

 三人の中で一番私の近くにいたため被弾率が最も高く、散弾が急所に当たってしまったのだろう。

 頭から血を流しだした河童は、木偶人形のように体を脱力させてコンクリートの道路に頭から突っ込んだ。

 体の重量に頭が耐え切れず、灰色の道路に一輪の赤黒い血と脳漿の花を咲かせた。死体は普通の人間ならあり得ない体勢でそのまま地面に倒れ込んだ。

 残りの二人もあれだけの弾丸を浴びて無傷とはいかなかったらしく、腕や足から血を流している。それでも戦闘を続行できる程度の怪我であるため、彼女たちは私に銃口を向けた。

 硬質化した魔力を河童たちの方に展開する。今回は魔力の放出よりも指でトリガーを引く方が速く、中途半端な状態の時に銃口が火を噴いた。

 わき腹に散弾が命中し、弾き飛ばされた。森で射撃を受けた時よりもまともに食らってしまったらしく、倍以上の衝撃と与えられた運動エネルギーによって地面に引き寄せられる。

 辛うじて硬質化は間に合ったが、その衝撃に落下は免れないだろう。

 手に硬質化した魔力を集め、ステンレスなど金属の性質を含ませた。地面に落ちる直前までは体勢の立て直しを図るが、やはり間に合いそうになさそうだ。

 コンクリートに魔力で覆われた手を付き、床の上を転がり込むことを防ぐ。すぐ後ろに敵がいるときに速度を落としたくはない。

 コンクリートによって硬質化した魔力が削れていくが、金属の性質を持っていることでオレンジ色の光が手から迸る。

 ステンレスは熱の伝導率が非常に低い金属の一つで、十数秒に渡ってコンクリートとの摩擦で火花を散らしていても、指先に熱を感じることは無い。

 肩越しに後方を振り返ると、二人の河童がハンドガードをスライドさせて次弾を装填させている。

 この先の道は緩やかに弧を描いているため、道なりに進んでいくと先に横転しかけて壁に寄りかかっている状態で馬車が放置されているのが見えた。速度を調節して後方にいる二人が、弾丸を魔力で強化したタイミングでその馬車の下に潜り込んだ。

 二度の射撃音が町中に響くと、それとほぼ同時に馬車が被弾。人が座る座席と、何かもわからない積み荷ごと大穴を開けられ、半分に叩き割れた。

 私に当たることは無かったが、もう少しで大量の積み荷に潰されていたところだ。隠れられる部分の少ない大通りは少し危険だ。

 馬車の下をくぐった私は魔力で覆った手をブレーキ代わりに使い、少しだけ速度を緩めて手短な裏路地の中へと飛び込んだ。

 魔力にワイヤーの性質を与え、細くて短い糸を複数作り出した。それらをこの狭い路地の左右にある壁と壁につなげる。

 一本一本に回路を設定し、糸が切れたり何かに触れると回路が起動する仕組みだ。これは連中の持っている銃で言う所の引き金の役割だ。

 両側の壁にはコンクリートの形を変形させて、鋭く飛びだす属性を魔力によって含ませる。触るか切る、二つの条件の内どちらかを満たせば、この攻撃が発動するようにした。糸が引き金ならこっちのこれが弾丸となる。

 罠の設置が終わると終わるか終らないかぐらいで、河童たちがこの裏路地に到着する。移動しながら罠を仕掛けたため、少し路地の中に河童たちが入らなければならない。

 細いとはいえ糸の存在に気が付かれるかと危惧したが、どうやらその心配は無用だったようだ。仲間がやられて頭に血が上っている河童は、視野が狭くなっていて気が付く様子を見せない。

 飛んできている河童がこちらに銃口を向けようとしたが、引き金を引く直前で飛んでいるうちの片方が糸をその体で断ち切った。

 組んでおいた回路はきちんと起動してくれたらしく、壁に含ませていた魔力が壁のコンクリートを流動化させ、とげの形状にして飛びださせた。

 敵に突き刺さるように、液状のコンクリートはとげの先から固まるようにしたため鉄の防具を捻じ曲げ、片方の河童を両側から複数のとげが貫いた。

「がっ…!?」

 何があったかわからない。そんな声を漏らして河童は絶命する。ベキベキと頭蓋骨をコンクリートが砕く音が私にまで聞こえてきて、身震いする。

「くそったれ!」

 残った一人は運よく糸を切らずに通り抜けてしまったらしく、後方で串刺しになっている仲間を見るとそう叫んだ。

 裏路地と言っても馬車が通れる程度には広いため予想していた通り、私が進んでいる方向に馬車が放棄されている。表の通りよりも人の通りは少ないのか、戦闘の被害はあまり受けていないように見える。

 エネルギー弾を後方に放ち、河童が射撃をするまでの時間を稼いだ。頭のど真ん中に向かって行っていた弾幕を横に移動して彼女はさけた。

 だいぶギリギリだったのか、エネルギー弾を躱した河童はしかめっ面をこちらを見せると、遅れてショットガンを構え直そうとしている。

 そのうちに準備は整った。魔力にはアリスが人形を操るために使う糸の性質を含ませた。アリスの糸は刀などで切られるとすぐに千切れてしまうが、あれは何かを持ち上げるということに特化している。

 その強靭さは私がぶら下がったとしても千切れることは無く、本人曰く百キロの物もつりさげたことがあると言っていたから、風化が進んでいる馬車の貨物ぐらいならば持ち上げることは可能だろう。

 糸を魔力で操って、前方に停車している馬車に巻き付けた。糸を介して馬車に魔力を送り込み、耐久性能を最大まで強化した。

 強化した魔力の一部を馬車の底面から地面に向けて噴出し、通り過ぎる時に車体を私と同じ高さまで持ち上げさせた。

 通りに置いてあった馬車よりはボロボロではないが金具も完全に錆びつき、使われている木材はシロアリに食われたように穴が開いていたりしているが、形状を保ったまま浮き上がってくれた。

 馬車の幅は道の八割を占めているため、いきなり下から現れたことで河童は躱すことが出来なかったのか、全速力のまま突っ込んで行く。

 それを強化したのは持ち上げた際に崩れないようにするのもあるが、門来の目的は河童がぶつかってきた際に突き破らせないためだ。

 ぶつかった衝撃で馬車から木片が飛び散るが、河童が車体を突き破って来ることは無く、狙い通り止めることが出来たようだ。

 敵がその馬車から離れようとする前に、強化に使われていた魔力を変換した。強化から爆発の性質へと。

 馬車から感じる私の魔力が爆発へと転じ、強化を加えさせたのと同じく糸を介してその爆弾を爆破した。

 赤い光が瞬き、馬車から真っ赤な炎が噴き出した。高温により皮膚を焼かれるような痛みに顔を背けた。

 馬車の体積の数倍は大きく膨れ上がった炎によって、爆風が発生する。周りの壁を叩きまくる風によって、壊れかけているコンクリートの壁が破壊された。

 その衝撃は十数メートル程度しか離れていない私の元にまで届き、全身を衝撃波と爆風が弄ばれる。

 バランスを一気に失ってしまい、煽られたまま地面に落下した。土じゃないコンクリートに頭から突っ込んだ。

 身体を強化していなければ頭蓋が砕けていたか、皮膚が削れていたことだろう。髪の毛が抜ける程度で済んだが、結局は硬い床を転がる羽目になる。

 膝をぶつけてしまったのか鈍い痛みが走った直後、今度は背中や肩周辺に痛みを感じた。ぶつけた方向から地面の方向を割り出し、魔力で体を浮遊させた。

 ふわりと体が十数センチだけ浮かび上がり、私は地面に落ちるその間に体勢を立て直した。

 転ばないように高速で動いている状態だが、靴でしっかりと床を踏みしめて移動する体を失速させた。

 だが失速させたとしても、二十メートルは床の上を滑ってしまった。靴との摩擦によって足に熱を若干感じるが、我慢できないほどではない。

 ようやく止まったというのに、止まった場所が悪すぎた。大通りに姿を晒していたようで、爆発を目印にしてきた三人の河童がこっちに向かってきている。

 隠していたのかは知らないが、三人のうち真ん中の河童が背中から円柱状の九十センチはある筒を取り出した。

 筒の下から四角く細長い握り手が飛びだしており、その前方に引き金が付いていることからそれも銃だということが分かった。

 しかし、銃というにしては口径が大きすぎる。あのサイズの弾丸を放つとなると、撃っている本人が後方にぶっ飛んで行ってしまうのではないだろうか。

 ショットガンは小さな散弾を撃ち出しているだけだというのに、数センチは銃が上に跳ね上がる。握り拳ほどもある弾丸を放てばやはり吹っ飛んでしまうだろう。

 いや、今はそんなことはどうでもいいのだ。考えろ、捕まえようとしている私に向けて、どこに当たっても即死は免れないようなものを撃ってくるだろうか。

 さっきの無線の会話とは矛盾する。となれば全くの別物ということになる。弾丸を大きくするメリットは確実に敵を殺すためか、物を破壊するためだ。

 だが、今回は殺す可能性が少しでも高い物は使用を避けるはずだ。今あげた二つ以外で弾丸を大きくする理由は、その中に何かを詰め込んだのか。

 私の考えを肯定していると言っても過言ではないタイミングで、その筒に詰まった弾丸に河童が魔力を流して強化を施す。

 それは爆発の性質だ。ただの弾丸にそんなものがあるわけもなく。私の考えは間違っていないようだ。

 あれの利点は直撃させなくてもいいところだ。加減は難しいだろうが、ある程度体を守っているから、直撃させなくても近くで爆発させれば私に怪我を負わせることが出来る武器だ。

 俗にいうロケットランチャーという物のようだ。魔力で飛ぼうとしたが、その準備ができていない。私はそれから逃げるために向かってきている彼女たちに背中を向けて走り出した。

 巨大な銃口をこちらに向け、引き金を引かれた。銃の射撃音とはまた違った燃料に引火する音が聞こえてくると、弾頭は後方から炎をジェットのように吹かして超高速でこっちに向かってくる。

 数十メートル離れていたが音速を超える速度に、走り出してから二歩も行かないうちに弾頭に追いつかれ、すぐ横の地面に着弾した。

 先に仕込まれている雷管が弾け、鉄でできた円筒状の弾頭内部に詰め込まれている火薬へと引火する。

 爆発させることが前提で作られている弾頭の装甲が、火薬による爆発に耐えきれるはずもなく、粉々に砕けるとその破片を四方八方にまき散らした。

 当然すぐ横にいれば当然その破片は猛威を振るい、肩と腹部に抉り込んでくる。その痛みを脳が近くする前に、衝撃波が全身を魔力でガードしかけの私を殴り倒す。

 進もうとしていた力と爆発の力が重なって斜めに体が投げ出された。壁などに肩や頭を打ち付けることは無かったが、破片で切り裂かれた傷が痛い。

「うぐっ……!」

 走ると腹部に刺さった傷が痛む。魔力で倒れた体を浮かせてこっちに向かってきてる河童達から距離を置こうとすると、ロケットランチャーを撃った奴ではない河童が私につかみかかって来た。

 飛んだまま胸倉を掴まれている私は、河童によって地面に叩きつけられた。身体を強化していなければ、それだけで死んでいたかもしれない。

 力任せに押し付けられる強さが、長年の戦闘によって強度が著しく低下しているコンクリートを上回ったらしく身体が地面の中に潜り込み始めた。

 私が入り込んだことで進行方向のコンクリートに亀裂が生じ始め、そこを頭部や肩でコンクリートを無理やり砕かせられる。

 皮膚が裂ける鋭い痛みが頭部に感じる。これ以上コンクリートに押し付けられると、意識よりも先に身体がダメになってしまいそうだ。

 膝にエネルギー弾の性質を含んだ魔力を集め、掴みかかってきている河童の腹部に向けて膝蹴りをかました。装備の間を狙ったのだがうまいこと当てることが出来ず、鉄板に膝が当たってしまう。

 当たれば何でもいいのだが砕けた岩が金属に当たる音ではなく、肉体が金属を叩く音が響くと、それらとは全く違うエネルギー弾がはじける破裂音がする。

 その攻撃を予期していなかったのか河童は目を見開くと、地上から数十メートルの高さまで吹き飛んで行った。

 ロケットの打ち上げじみた速度で吹き飛んだことで、私も空中に投げ出された。途中で彼女が離したからずっと一緒に吹っ飛んでいくことは無かったが、河童が掴んでいたことで襟元が少し破れてしまったが、着替えが必要なほどではない。

 後方を見ると上に打ち上げられた仲間に注意が言っているのか、残りの二人は上を見上げている。私もチラリと視線だけそっちに向けると、致命傷になりえなかったのか体勢を立て直して高度を落とそうとしている河童が見える。

 ただ吹き飛ばしただけなのと、装甲にエネルギー弾が当たったことで怪我を負わせることが出来なかったようだ。

 無事だということが分かったのか、二人の河童がすぐさま戦闘体勢へと移る。連射力には上限はあるが、河童たちが連続的にショットガンをぶっ放し始める。

「っ!!」

 高度を上げて道路の隅に立っているコンクリートでできた電柱や、家のベランダなどを盾にして射撃をさける。

 そうやって避けていても、射撃の度に都合よく物が近くにずっとあるわけもない。いつかは限界が来る。連続的に撃たれる散弾を腕に受けた。

 左手に強力な弾丸を受けた衝撃で、小指から中指までを手のひらの一部と一緒にどこかへと吹き飛んで行った。

 それだけではなく、人差し指など残っている指にも散弾が当たったのか、骨が砕かれていたり肉が抉られている。衝撃によって手首の骨が砕けてしまったらしく、力が入らない。

「あぐっ…!?」

 怪我の具合を見ようと手を上げると力の入らない手がダランと重力に従って地面の方向を向く。

 指がつながっていたはずの手のひらから、血で真っ赤に染まっている骨と肉が丸出しになっている。

 やばい。魔力で体を覆うのを忘れていた。急いで全身に魔力を巡らせようとすると、後ろから弾を装填する音が聞こえて来た。

 私がガードを固めるよりも、ショットガンの引き金が引かれる方が速かった。ダン!と腹に響く轟音が鳴ると、垂れ下がっていた左手が肘ごと千切れて近くの壁に飛んで行った。

 ベチャリと腕が当たると滲みだしていた血が壁に広がり、筆に付けた絵具を乱暴に紙に塗り付けた物に似た絵が出来上がる。

「ぐっ………あああああああああっ!?」

 骨を砕かれ、肉が千切れる痛みが神経を通じて脳が情報を処理する。その痛みに気を取られているうちに体が落下していることに気が付かず、膝からコンクリートに崩れ込んだ。

 いつの間にか上に打ち上げていた河童も合流していたのか、三人は地面に倒れ込んでいる私の真上を通り過ぎていく。

「くっ……うぐっ…!」

 顔を上げると、彼女らは数十メートル先で小さく旋回してこちらに向き直り、高度を下げた。終わりと言わんばかりに、速度を上げて突っ込んでくる。

 終わりとするのはこっちのセリフだ。

 残っている右腕に大量の魔力を集めた。それは回復や強化に使うためではなく、とある性質を含ませてすぐさま地面に叩きつけた。

 手から魔力を地面の中へと送り込み、河童たちが向かってきている前方方向に魔力を拡散させる。撒布させた魔力の十分の一を爆発する性質に変換すると、地中で爆発を起こして地面が盛り上がらせ、コンクリートを粉々にして空中に浮き上がらせる。

 地面に座り込んでいる私でさえも爆発の衝撃で体が浮き上がり、彼女らにとって大きな隙を晒すことになってしまう。

 だが、小さくて弱い爆発によって大量の土砂が浮き上がったおかげで、三人が射撃して来た散弾は土とコンクリートの破片で全て撃ち落され、私に到達する弾は一発としてない。

 前方の地面に広げてある魔力に、さっき罠で仕掛けたような地面の土を棘状に伸ばす性質を含ませた。

 コンクリートと違って、土の方が鉄製の装備を貫くだけの威力を出せるかわからないため、極度に強い圧力の魔力の性質を与えた。

 土を凝縮した程度では、鉄の装甲を着こんでいる連中にはあまり効果はないのではないかと思われるが、圧力がかかり圧縮されている土は強度を増す。

 これは地球上で起こっていることと同じことをしているだけだ。土は地中深くにまで存在しているが、地球の核に近づけば近づくほど加わっている圧力は上昇していき、鉄以上の硬度を持つ。

 広げていた魔力の範囲に河童が到達したと同時に、罠を起動させた。地球の核周辺に近い圧力がかかっている凝縮した土が棘状に形を変え、河童たちに下から襲いかかった。

 いくら硬い物体をぶつけたとしても、速度が無ければ相手にダメージを与えることはできない。

 とりあえず性質に弾丸と同様のスピードに設定して置いたが、それほどの速度は必要なかったようだ。

 鉄よりも固い土の針は河童たちの鉄の装甲をあっさりと貫通し、体を貫く。背中から飛び出した針の先端部分には、血液と内臓か筋肉などのよくわからない組織がこびりついている。

 百前後もある棘がほぼ同時に飛びだしたことで、文とまではいかないにしても相当な速度の出ている河童たちの体をそこに縫い付ける。

 運のいい河童は頭を貫かれ、何かが下から飛び出してきたことを認識する前に死んだ。運の悪い奴は棘が急所を外れ、死ぬまでに長い時間を要するだろう。

「あがっ…ああああああああっ!?」

 真ん中にいる河童が苦しそうに絶叫する。手足はもちろん、腹部や胸にまで棘が複数突き刺さっているようだ。

 胸に棘が刺さっているが、心臓やそこから伸びている動脈を避けてしまっているのだろう。両手を拘束されるため自分で死ぬこともできなさそうだ。

 苦しませるのは趣味じゃない。棘の刺さった身体を捩り、逃げ出そうとしている河童に向けて手のひらを向けた。

 頭のど真ん中にギリギリ当たらなかったのか、顔を上げた彼女の頬には棘によって抉られている。

 線上についた傷から滲みだした血が、体から流れ出して顎から地面に落ちていく。

「や、止めろ…!」

 河童が私に気が付いてそう叫ぶが、もう遅い。エネルギー弾へと変化された魔力が発射され、額に直撃すると同時に爆ぜた。

 前方方向に対する小さな爆発を起こすと、それの持っておるエネルギーに耐えることのできなかった頭が骨格を無視して後方に吹き飛んで行く。

 首が捩じれ折れ、ありえない角度に曲がった途端に喉の皮膚が張り裂ける。伸びた筋肉が耐え切れずに断裂し、亀裂の入っている頸椎が中の神経ごと半ばから千切れた。

「おがっ…」

 胴体から解放された頭部は、普段から放つ弾幕などと変わらない速度で飛んでいくと、後方の壁にぶち当たってぐじゃりと潰れる。

 放射状に肉片と骨片、血液が壁にぶちまけられる。数十メートルは離れているためこっちにまで血や肉が飛んでくることは無いが、あれをまじかで見る勇気はない。

 これで追ってきていた河童を全員倒した。他の連中が来る前にここから離れるとしよう。

 センサーを持っている河童たちから逃げるには、そいつらを倒すしかないから無傷で逃げるのは難しい。特に今はな。

 吹き飛ばされて左腕を見ると既に再生を始めており、この短時間でもう肘から手首にかけて治っている。

「……」

 あと数分もすれば、指先まで完全に治ってくれることだろう。再生を速めさせるため、腕と他の場所にある銃創に魔力を送り込む。

「…ふう」

 これで主出血死することはなさそうだ。

 きちんと河童たちを倒せているか、再確認するため顔を上げた。体と棘の間から血が滲みだし、河童の身体に抉り込んでいる棘が真っ赤に染まっている。

 出血量や刺さっている場所からして、死亡を確認するまでもなかった。グロテスクな状況から目を反らし、私は村から遠ざかろうとした。

 だが、さっきまで戦っていた河童たちのジェット音と同じ音がどこからか聞こえてくる。その重低音に周りに転がっている小石などが小さく振動している。

 地面に立っているせいで家に隠れて見えないのかと思っていたが、上を見上げると上空に小さな光の点が見えた。

 それは下降しているのか、ジェット音とその姿は徐々に大きくなってくる。西洋の騎士が来ているような鎧を全身に着込んでいるが、そこまで古臭くはない。もっと近代的で装甲のスキマというのが見当たらない。

 地面に向けてジェットを噴射し、降下速度を押さえてそいつは着地した。目の前にある棘にはもう魔力での強化を施してなかったことで、貼り付けにされている仲間ごとやすやすと踏み砕いた。

 コンクリートが砕かれ、亀裂はそこを中心に数メートルの範囲に広がっていく。

 そいつは私の身長を大きく上回り、大きさ自体も一回りも二回りも大きい。こいつが噂の異次元にとりのようだ。

 こっちのにとりによく似た魔力を、目の前にいるアイアンマンモドキの木偶の坊から感じる。

 華麗にスーパーヒーロー着地を決めた異次元にとりは、立ち上がるとその大きな装甲に覆われた拳を私に向けた。

 握った手の甲から、鉄の小さな槍が形成されるといきなり飛びだした。火薬の爆発によってそれが射出され、身体強化された私の皮膚に高速で抉り込んだ。

「あぐっ!?」

 右肩に直撃したそのアンカーは抉り込んで骨にまで到達し、刃に備わっている返しによって固定された。

 引き抜こうとしても抜くことが出来ず、無理に引き抜けば周りの組織を傷つけてしまう。そのアンカーをよく見ると細いワイヤーが仕込まれていて、その先には異次元にとりが立っている。

 ワイヤーを巻き取る機構が仕込まれているのか、アンカーに引き寄せられ彼女の方に引き寄せられた。

「くっ!?」

 空中で魔力を操作して抵抗しようとするが巻き取る力の方が強く、彼女の方に飛びだした私に向け、もう片方の装甲に覆われているバスケットボール程もある拳が振り抜かれた。

 




6月29日に投稿したいです。


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東方繋華傷 第百話 大きな武器

自由気ままに好き勝手にやっています!

それでもええで!
という方は第百話をお楽しみください!



前回はいつも違う時間帯に投稿してしまい申し訳ございませんでした。

それと本編内で同じ説明をしている場合があったら、申し訳ございません。
すぐに修正いたしますので連絡をいただければ幸いです。


 肩に突き刺さったアンカーによって、異次元にとりの方へと私は引き寄せられてしまう。その短い時間ではエネルギー弾を作り出すことが出来ず、とっさに体の耐久力を最大まで引き上げた。

「うぐ…あがっ!?」

 巨大で鉄製の拳が、身体強化が終了すると同時に私の腹部へとめり込む。体が少しでも衝撃を逃がすためなのか、自然と体がくの字に曲がる。

 拳が皮膚を突き破り、体内に抉り込んでしまうのでないのかと思うほどの衝撃が突き抜けていく。骨が軋む音か、内臓が歪む音か、組織が潰れる音かわからないが、体の中から嫌な音が鳴り響く。

 内臓がひしゃげて背中から飛び出なかったのが奇跡的だが、体の中から出ようとそれらがフラダンスを踊っている。

 衝撃から逃げるために移動した内臓に肺や横隔膜が押しやられ、肺の中一杯に入っていた空気が行き場を無くして私の意識とは無関係に口を通り抜けていく。

 異次元にとりが鉄の拳を振り抜いたことで慣性の力が働き、私の体だけが拳が付きだされた方向へと移動を開始する。

 肩に突き刺さっていたアンカーはそれでもお構いなしに巻きとられていたらしく、肩の筋肉と一部の骨を抉り取って身体から引き抜けた。

 脳の処理が追いつかない。息が詰まっての息苦しさと痛みによって、どうすればいいかなどの考えがまとまってくれない。

 自分でも飛んだことがないほどのスピードで、道の端に置いてある電柱に突っ込んだ。

 身体強化を施していないか、風化が進んでいなければ、ぶつかった電柱と同じように私の体は真っ二つになっていただろう。

 幸いにも身体強化を施して風化が進んでいたことで、予想よりもダメージは少ない。だがコンクリートでできた円筒を砕くとなると、こっちにもダメージは少なからず発生する。

 拳のダメージの方が大きくて背中の痛みがそこまででもないのは、交通事故で車が当たったところの方が痛くて、他の部分の痛みを感じないのと同じだろう。体にはしっかりダメージは通っているから、その所を勘違いしてはならない。

 電柱を半ばから達磨落としのように砕いた私の周りに、コンクリートの残骸が浮遊している。

 ぶつかったことでパンチの運動エネルギーが分散してくれたようで、残骸と一緒に体の高度がゆっくりと下がり始める。

 空中で体勢を立て直すのは無理だったが、受け身を取って地面に着地するのには成功した。

 地面に顔から落ちて、血まみれにならずには済んだ。靴でコンクリートを踏みしめ、なんとか体を停止させた。

 だが、吹っ飛ばされてからすぐに立ち上がれるほど、ダメージを回復させることなどできるはずもない。

 倒れ込むことは無い、だが膝から床に崩れ落ちた。内臓の移動のせいでしばらく呼吸をすることが出来なかったが、膝をついてからようやく肺を膨らませることが出来た。

「っは……っは…!」

 今の一撃で肋骨などの骨が折れなかったのが奇跡的だ。魔力で回復次第立ち上がろうとしたが、白色であるコンクリートの床に、赤い物が落ちていることに気が付いた。

「…?」

 なぜか口元から顎に向けて、何かが肌の上を這う感触がする。手の甲でぬぐい取ってみると真っ赤な血がこびりついた。

 他のことに集中していて、口の中に広がる血の味に気が付かなかった。その頃になってから、遅れてむせ返る程の鉄臭い匂いが鼻に漂ってくる。

 口内の血をペッと吐き出すが、それでも血が無くなることはない。

 そして、始めの滴る程度だった落ちて行く血の量が、時間の経過で少しずつ増えて行っている感じがした。

 ダメージで神経がマヒしていたのだろう。内臓が収縮する感覚を感じることもなく、いきなり喉の奥から上がって来た血が口の中を埋め尽くした。

「ごぽっ…」

 吐き出された真っ赤な鮮血は、落ちてコンクリートにぶつかると紅い花を咲かせた。拭っていた時とは比較できないほどの量が広がり、地面に付いていた左手に跳ねて汚れてしまった。

「げほっ……ごほっ…!」

 数度に分けて吐き出した血液は留まることを知らず、減る気配がない。それどころか増えて行っているような気さえした。

 体内の内臓系に魔力を送り込み、治癒を促進させた。体の奥底が熱を帯びはじめ、これで血の量も少なくなっていくことだろう。

「仲間を可愛がってくれた礼はきちんとしてあげないと、だめだよなあ」

 大きな機械の巨体が、ゆっくりと私の方へ歩いてくる。顔と思われるヘルメット部分から、くぐもった異次元にとりの声が聞こえて来た。

 こっちの異次元にとりは普通の肉体を捨てて、全身機械にでも入れ替えているのだろうか。

 しかし、それの割には声は電子的というよりは、普通に肉体的な声だ。ということは異次元にとりは他の河童と同じように、装甲を身にまとっているということか。

 そう思っていると、異次元にとりの着ているその装甲が粒子状に変化した。一粒一粒が数ミリ程度の金属はバラバラに飛んで行くわけではなく、いくつかの集塊を作り出して浮遊する。

 装甲の中から出て来た異次元にとりは、私よりも背が高くて霊夢と同じぐらいはありそうだ。緑の服や青い髪であることはこっちと変わらない。

 装甲が大きかった分だけ、やたらと異次元にとりは小柄に見えてしまうが、それでも私よりも身長は20センチは高い。

 彼女の周りを浮遊していた粒子は、さらにいくつかに分かれて小さくなっていたり、集まって大きなものになったりしていたが、異次元にとりの魔力によってそれぞれの部品に形を変えた。

 右手を横に出して何かを掴もうとする仕草をすると、粒子状の物質がそこに飛んでいき、握り手に形を変えた。銃のグリップというよりは刀などの柄に似た形状から、近接用の武器を作ろうとしているようだ。

 浮かんでいる粒子は、魔力で体を浮き上がらせる私たちと同じ原理で飛んでいるというのは感じ取れる性質でわかった。

 魔力の含まれている性質に沿って、部品が作られていく。これが例の魔力によって形を変える物質というやつか。トランスフォーマーかよ。

 鋭い性質やばねなどを作るためか捩じれる性質など、多数ある複雑な性質を複数に分かれて飛んでいる粒子から感じる。

 手に持っている柄に次々と粒子が飛んでいき、複数の部品から巨大なチェーンソーが形成された。

 普通のチェーンソーと違うところは、大きなガイドバーと呼ばれるチェーンが回るためにある部分に、大きさが成人男性の伸ばした腕の長さを優に超える楕円状の鉄板が二枚付いているところだ。

 さらには戦うために特化させているのか、柄からチェーン部分は一直線にできていて、剣と同じ形状であるところから武器として使いやすい施しがされている。

 木を切るためだけでなく人体を切ったり、岩を切ったりもできるように改造もされているらしく、歯の形状も少し違う。

 より固い物などを切り裂く形状となっている。あれに切られれば腕は簡単に千切れるし、肉はズタズタになるだろうな。

「生きてさえいればいいし、両腕を落とてやるよ。そうすれば抵抗することもできなくなるだろ」

 チェーンソーの脇から出ているスロットルレバーを異次元にとりが掴み、勢いよく引いた。

 人が握れる程度の太さがある十センチ程の円柱には、鉄のワイヤーが括り付けてある。それが引かれたことでエンジンが起動し、豪快なエンジン音とともにチェーンソーの刃が回転を始めた。

 ドッドッドッド!と安定して稼働を続けるエンジンは魔力がガソリンとなっているらしく、異次元にとりの魔力がつぎ込まれていく。

 刃自体にも切れ味と耐久性能の強化が施されており、大抵の物ならやすやすと切り裂くことは可能だろう。

「さて、行くぞ」

 あの大きなスーツを着ている時よりはましなのだが、小さく小回りが利くようになった分だけこっちが不利だ。

 まずは足を切り落とすつもりなのだろうか、走り寄って来た異次元にとりは高速回転しているチェーンソーを足に向けて横に薙ぎ払った。

 当たったらどうなるのかが簡単に予想できるから、絶対に避けなければならないという緊張感で血の気が失せる。

 大きくジャンプした私の足の下を火花を散らして高速回転、高速移動するチェーンソーが通り過ぎていく。

「っ!」

 チェーンソーが軽い武器でなくてよかった。大きくて重い武器であったため、振った武器が戻ってくるまでに時間がかかる。

 その間に魔力で体を浮き上がらせ、彼女から距離を取った。異次元にとりは逃がさんと上から腕にめがけてチェーンソーを振り下ろすが、重い分だけ移動に時間がかかり、かすりもしなかった。

 彼女は全力で振り切っていたらしく、回転する刃が地面に当たるのを止められなかったようだ。金属が何かを削る音によく似た金属音をまき散らして、地面ごとコンクリートを両断する。

 切れ味が高すぎるし、土などがチェーンから内部に入り込んで稼働に支障をきたすことも期待したが、魔力で出力を上げていることでちょっとやそっとでは止まらなさそうだ。

 このまま得物を持たないのは危険すぎる。奴の基地からパク…もとい死ぬまで借りて来た物質を使わせてもらおう。

 バックの中に仕舞っておいた物質に魔力を流し込み、妖夢が使っていた刀になる性質を含ませた。

 異次元にとりが使っていた時と同様に、縦横高さが全て正確な金属が粒子状化して形状を変化させた。

 粒子状化した物質は一つにまとまったまま柄と鍔をまずは形成し、残りは刀身部分につぎ込まれる。物質の量が少なかったせいで細いし、短くはあるが強化すれば何の心配もないだろう。

 鞄の中から妖夢が使っていた刀と同じ形をした得物を取り出し、チェーンソーを担いでいるにとりに対峙する。

「驚いた。盗まれたのは知っていたが、もう使いこなしてくるとはな」

 異次元にとりは余裕の表情でそう呟く。ただ刀を作り出しただけだし、こいつが使えるかどうかは使ってみなければわからない。

 魔力で刀を強化し、異次元にとりがどう来るか様子をうかがう。私から飛び込んでこないとわかると、彼女はエンジンを吹かして突っ込んできた。

「っ!」

 本当に生かす気があるのかと思えるほど容赦なく、彼女の持っているチェーンソーが上から振り下ろされる。

 予想よりも異次元にとりの動きが速く、左右避けることができずに40~50センチ程度の長さがある細い刀で受け止めた。床にあるコンクリートなどと同じくあっさりと切断されそうであるが、火花を散らして私がチェーンソーの軌道上から逃げるだけの時間を稼いでくれた。

 異次元にとりが驚いた顔をするが、別に驚くことではない。彼女は武器に鋭さと耐久能力の強化を施していて、私は武器に耐久能力の強化を全振りしている。

 異次元にとりと同じように半分を切れ味の強化に魔力を回していれば、数秒も耐えられずに片腕と足をぶった切られていたことだろう。

 同じ材質で防御と攻撃力を半々に上げたものと、防御力だけを最大まで上昇させたもの。前者は防御も攻撃もできていいのかもしれないが、後者の物を貫くのには火力不足が否めない。なぜなら防御力が攻撃力を大きく上回っているからだ。

 今回もそれが言え、チェーンソーの攻撃力を一時的に私の刀が上回っていたことで、細くてもすぐには切断されなかったのだ。

 この理論で行けば、私の刀を壊すことはできないように聞こえるが、そうではない。奴が持っている部武器が普通の刀であれば、私の刀が折られることは無かった。今、異次元にとりが持っている物はチェーンソーだ。

 何がまずいのかというと、物を強化している時の魔力は衝撃などによってどんどん削られていく。霊夢が近接戦闘で戦っている時に、彼女の周りを使われた魔力が雪みたいに浮遊するのはそのためだ。

 打ち合わせたことで耐久能力の強化する魔力が削られたとしても、次に得物同士がぶつかるまでに魔力が供給されるため、得物の防御力が著しく減少することはまずない。

 だが私の得物にぶつかった時点で、当たった部分の魔力は消費される。いつもと違うのはチェーン部分が回転しており、攻撃力の下がった部分は移動し、攻撃力が高い状態を維持したままの刃が休まず武器を襲い、こっちの防御力を削り続けるところだ。

 刀を見ると防御力が攻撃力を下回った結果、刀身が半ばから切り落とされてしまっている。

 形を変える物質でなければ捨てているところだ。折れた刀身が粒子状に変化して私の持っている刀に殺到して、さっきと全く同じ刀を再形成した。

 武器が壊れても元に戻るというのは非常に便利なものだが、再形成する間に追撃されれば私には防御する術が無くなってしまう。

 それの対策として刀を持っていない左手には常にエネルギー弾をキープすることはできる。しかしこれは問題を先送りにしているだけで、決定的な打開策にはなりえない。

 一番問題なのは、異次元にとりをどうやって倒すのかという所だ。現在彼女は飛んできた時みたいな装甲を身に着けてはいないが、それでも他の河童よりもいい防具を装着してはいる。

 試しに一度攻撃を加えてみたいところだが、まったく強化していないこの刃物ではまったくお話にならないだろう。装甲の間を付くことは可能であるが、その後にあの長いチェーンソーの射程から逃げられる自信がない。

 これまでは距離を置いているから、攻撃範囲内から出ることが出来ている。自分で殴るのと大差ない距離まで接近し、そこから逃げるのは私の足では無理だ。

 通り抜けざまに切りかかることはできるだろうが、そう言った対策に装甲を着こんでいて、とても切り抜けにくい。たとえできたとしても大したダメージを与えられないだろう。それでは苦労し損というやつだ。

 あまり刃物を使ったことのない私に、通り抜けつつ致命傷を与える高度な技術などあるわけがない。

 ならば、別の方法でこいつと戦うことにしよう。この刀では近づくこともままならず、防御し続けられるかも怪しいところだからな。

 物質に刀ではなく、棒の形状になるように命令を与えた。私が想像していたとおりのただの四十センチ強の棒が出来上がる。

 私の行動が理解できないのか、異次元にとりは眉をひそめて次にとる行動を観察している。

 ここは町中で金属は周りの鉄筋コンクリートなどで大量に存在するはずだから、できないことはないだろう。

 魔力で物質を棒のまま固定させ、通っている魔力の性質をコイルへと変えた。そこに強力な電流の性質を持った魔力を流し込んだ。

 河童たちを車ごと潰した時よりも強い磁力が、持っている鉄の棒から発せられた。風化と度重なる戦闘により、耐久能力が低下していた建物に使われていた鉄や、地中に埋まっていた鉄分を多く含んでいる岩石がコンクリートを突き破って現れる。

 磁力の発生する方向も魔力調節できるから、こうして鉄の棒に金属を含んだものがくっ付いていく光景を見ていられる。もし全方向に考えもなく磁力を発生させていれば、横から飛んできた岩石などに挟まれて死んでいただろう。

 基地にいた河童たちと同じ運命になるのはごめんだからな、その辺りはきちっと調節はする。

 異次元にとりの使っている装甲も磁力によって引き寄せられやすいようだが、ジェットの噴出孔は前方にもついているらしく、多少引き寄せられはしているが問題なく私と対峙している。

 私の持っていた棒は、今では様々な鋼材がへばりついて、自分の身長よりも大きくなってしまっている。鉄分を多く含んだ岩石と鉄筋コンクリートは、磁力によってガチガチに固められてちょっとやそっとでは壊れなさそうなほどだ。

 私が武器としてこん棒を選んだのには二つの理由がある。刀のように切れ味やそれ自身の耐久能など複数の強化にり、他の部分の強化不足を補うのが目的だ。

 どういうことかというと物に魔力を含ませ、強化するのにはどの方向に強化したとしても、これ以上上げられないという総合的な限界値という物がある。

 例えば、攻撃力だけに魔力をつぎ込んでいる物と、攻撃力と耐久能力に魔力をつぎ込んでいる物があったとしよう。攻撃力だけつぎ込んでいる物よりも、二つにつぎ込んでいる方が二つ強化で来ているのだから有利ではないかと思われるが、そのどちらも物に含まれている魔力の総量は同じである。

 つまりどれだけ魔力で強化しようとしても強化には限界があり、攻撃力を最大まで上げながら防御力も最大まで上げることは不可能なのだ。どちらかに特化させたいのであれば、どちらかを捨てなければならないということだ。これはどの人間が使ったとしてもそれは変わらない。

 変わる点があるとすれば、使用者の魔力力(いわゆる質)に影響するという点だけだ。同じ物質を強化したとして、強い魔力を使っている者の方が若干強化が強力となる。

 今回は、私は攻撃力を捨てることにしたが、この武器についてはそれは必要ない。なぜなら重量や振り回した際の遠心力がそのまま攻撃力となるからだ。

 これは打撃系の武器の利点と言えるだろう。これが一つ目。

 二つ目は重量の確保だ。

 近接戦闘において、重量というのは非常に重要な要素の一つだ。ボクシングで体重によって階級が分けられるのはこのためだ。

 体重が多いということはそれだけ筋肉量も多くなり、必然的に腕力が強くなる。筋肉量には個人差はあるだろうが、それでもガタイがいい人と悪い人ではその差は歴然としてくるだろう。

 私に当てはめてみれば身長が二十センチも高く、体重も装甲を着こんでいる分だけ異次元にとりは重くなっていることだろう。何の武器も持っていない状態でタックルなどされれば、何メートル吹っ飛ばされるかわからない。

 この説明ではただ体重が重いだけでは物を装備しているだけで、筋肉量が全くかわっていないから、今回に関しては当てはまらないだろうと思われるかもしれないがそれは違う。

 普通のサッカーボールと鉄のボールがあったとして、それぞれの大きさは同じで相応の重量があったとしよう。

 サッカーボールを投げて人に当たったとしても、大したダメージは無いだろう。だが、同じ速度で鉄球をぶつけたとなればどうだろうか。相手は怪我をする程度ではすまないだろう。

 軽いサッカーボールで鉄球と同じダメージを相手に追わせようとしたら、それなりの速度が必要となって来る。だが、重い物であればその速度は少なくて良い。

 その分遅くはなるが、相手に重量で押し負けることは無くなるはずだ。この二つの理由から観点から、今回はこん棒を作り出したのだ。

 この行動を見た彼女の表情は、面白いと言いたげに口角が上がっている。異次元にとりがこっちに向かってはしりだす前に、私は動いた。

 魔力調節で体を浮かせるのと同じ原理でこん棒を浮かせていが、そうでなければ数百キロはありそうな得物を、あたかも軽そうに持つことなどできるわけがないだろう。

 不格好ではあるが、私よりも背の高いこん棒の先を地面に押し付けて垂直に立てた。そのまま身体を強化し、腕の力で棒高跳びのように体を持ち上げた。

 魔力調節をして、最大出力でこん棒の先から魔力を放出させた。爆発的な魔力の推進力でこん棒ごと体を空中に持ち上げせ、異次元にとりのいる方向に向かって飛びだした。

 魔力をこん棒の耐久能力強化にのみつぎ込んだ。魔力で浮遊もさせないため重量と重力がそのまま武器となる。

「せぇえい!!」

 異次元にとりに当たる直前まで方向修正を行って、命中力をギリギリまで上昇させた。

 振り下ろした強化されたこん棒が、異次元にとりの着ている装甲をひしゃげさせるかと思われた。

 やはり見え据えた攻撃が当たるわけもなく、後方に高速移動した異次元にとりの鼻先をこん棒が掠って地面のコンクリートを粉々に砕いた。

 それだけでは終わらず、当たった部分から亀裂が大きく広がり、衝撃に煽られた土やコンクリート片が私の身長と同じぐらいの高さまで浮き上がる。

 これを振るうにあたっての欠点は速度を出すことが出来ず、こうやってあっさりと交わされてしまう所だろう。

 爆発というよりは低く、連続的に発せられるエンジン音が鳴り響く。これは異次元にとりが突っ込んでくる合図だ。

 耐久能力の強化から少しだけ物体の浮遊に魔力を消費し、すぐさま得物をめり込んでいる地面から引き抜いて構えた。十数メートル離れていた彼女が高速で突っ込んでくるのに、わずかな差でガードを完了させた。

 固い物を切り裂こうとする耳障りな金属音が耳に届き、二枚のチェーンによって強化に使われていた魔力が削り取られ、青い火花が接着面からはじけ飛んでいく。

 金属と石の塊であるこん棒に、刃のついたチェーンが容赦なく抉り込んだ。金属によって金属が切られていくため、次第に青のほかに赤の火花が混じり始める。

 強化に使っている魔力を一部だけエネルギーの放射へと置き換えた。こん棒の上方部分、現在チェーンソーが当たっていない部分からその魔力を放出させ、重たい得物を振るだけの推進力を生みだした。

 それと同時に浮き上がらせる力を耐久能力に回したことで、少しだけこん棒を切断されるまでの時間を稼ぎ、異次元にとりを押し返した。

 さすがの彼女でも数百キロもあるこん棒を押し返すのは難しいのか、じりじりと押されていく。私が支えることなどできない為、実質的には振るっているというよりは落ちているというのがふさわしい。

 しかし、チェーンソーは三分の一ほどまでこん棒に抉り込んでしまってて、引き抜くこともままならないのであろう。

 そうしているうちにこん棒の重量に物を言わせ、私は異次元にとりの持っているチェーンソーのガイドバー部分を歪ませた。

 今まで一定の力をかけられて、安定した速度で特定のルートを通っていたチェーンが、ガイドバーが歪んだことで力の伝わりが分散し、その動きを止めた。

「っち…!」

 異次元にとりは顔を苛立ちに歪ませた。いくらチェーンソーの耐久能力を強化していたとしても、数百キロもあるこん棒には耐えることはできない。

 一度武器を再形成させるためか、異次元にとりの持っているチェーンソーが粒子状へと姿を変えさせた。

 支えを失ったことで、私の腕でこん棒を一定の高さに持ち上げることが出来なくなり、棒先が地面に向かって落ちはじめた。

 その自由落下の力を利用して異次元にとりを叩き潰そうと力を込めるが、その姿には似合わないほどの俊敏さで横にこん棒を躱されてしまう。

 地面に落ちてから持ち上げ、それから武器を振るうでは隙が大きすぎる。それでは近くにいる異次元にとりの反撃を受けてしまう。

 捲り返っている地面にこん棒が落ちてしまう前に魔力で浮遊させ、私から見て左側に避けていた異次元にとりに向けて再度こん棒を振るった。

 横に薙ぎ払う攻撃に、異次元にとりは大きく跳躍してそれを躱した。こん棒自体かなりの幅があるが、妖怪からしたらこの程度は何の支障もなかったようだ。

 私から十メートルほど離れ、こん棒による攻撃の被害が比較的少ないコンクリートの上に着地した。

 着込んでいる装甲のせいか、着地によって小さな亀裂を生じる。プログラムされた魔力によって、粒子状化した物質はいくつかに分かれて異次元にとりへと向かって行く。

 それぞれは様々な部品に形を変え、まとまって一つの大きな武器に再度姿を変えた。

 今の攻防でチェーンソーでは短時間でこん棒を切断できないと理解できなかったのか、二枚歯の機械を再度掲げる。

 こちらも彼女が再度切りかかってくる前に、武器の修復を行っておくとしよう。内部の棒には常に一定の磁力を出させているが、鉄を集めていた時と同じように磁力を強める。

 すると棒についている既存の鉄筋や鉄を含んだ岩石が形を歪ませたり砕け、こん棒の形が少しだけ変わり、切り目が修復された。

 私の修復と異次元にとりの再形成はほぼ同時に終わり、地面を踏みしめていつでも飛びだせる体勢へと移行する。

 少し重いが魔力調節をしてこん棒を持ち上げ、異次元にとりに向けて背中から魔力を放出して一気に近づいた。彼女も背中のスラスターを吹かしてこっちよりも速いスピードで接近してくる。

 大量の魔力をチェーンソーにつぎ込んでいるのがわかり、これまでにないぐらいチェーンが速く、力強く回転していく。

 それに負けじと射程に入ると同時に私は左から、異次元にとりはその反対から各々の武器を全力で振るう。

 ブオンと棒状の物体が空気を切り裂く音と、エンジン音に紛れる金属の擦れる不快な音が勢いよく打ち合わさった。

 




申し訳ございません。次の投稿は遅れます。7/6~7/7までに投稿します。


少し説明部分が長すぎた気がします。なので、次はもう少しコンパクトにまとめてみる努力をします。


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東方繋華傷 第百一話 薬

自由気ままに好き勝手にやっています!

それでもええで!
という方は第百一話をお楽しみください!







「…なるほどね。こっちの咲夜の目的がわかったわね」

 私は鴉天狗たちに導かれるまま廊下を進み、大きなホールに着いてすぐに呼ばれたわけに気が付いた。

 岩石から削りだされた玉座に向かって、血のように赤い絨毯が部屋の中央に真っすぐひかれている。そこの一部分に何かが液体が飛び散った染みが見えるが、少し時間が経っているのかそれはカサカサに乾いている。少し気になるが、呼ばれた理由はこれではない。

 誰も玉座周辺にいないのは警戒しているからだろうか、私はとりあえず罠が仕掛けられていないか警戒しつつ玉座に近づいた。

 そこには二人の少女が仲良く肩を貸しあって座り込んでいる。日の光にあまり触れてこなかったのか少し青白い肌をしているが、そこまで血色が悪いようには見えない。

 お互いの肩で支え合っている彼女らの瞳は固く閉ざされ、敵が目の前にまで来ているというのに反応することもない。

 それどころか、呼吸や周りの環境に対する反応などの生物的な活動が見られない。直接肌に触れて脈をとらなくてもわかる。彼女たちは死んでいるのだろう。

 外傷が特に見当たらないから最初は生きているかと勘違いしかけたが、少し近づいて距離が縮まったことですぐにその疑問は解決した。

 洋服は真新しく、肌や髪の毛も手入れがされたばかりのように綺麗だが、服の所々から顔をのぞかせている痛々しい手術痕が見える。それは何か病気をしていたとか、改造しようとしたとかそういうわけではなく、つなぎ合わせるために行われたような印象を受けた。

 一か所気が付けば足や指先、髪で隠れているが頭部にも多数見受けられた。そして、一か所一か所注目した後に全体を改めて眺めると、どことなく二人の体が歪だ。

 服に隠れているから自然に見えたが、わき腹やスカートの下など体のライン、履いている靴の向きに違和感がある。隠されている部分は体のパーツが足りないのだろう。

 一人では座らせられないから、お互いがお互いに寄り添う形で座らせられているのだ。視線を彼女たちの背中から伸びている物に向けた。

 骨に皮を引き伸ばして被せたような構造をしているコウモリの羽は、皮が引き裂かれて骨組み部分しか残っていない。

 何かがぶち当たったのか、破れた皮は刃物で切り裂かれた切り傷ではないようだ。綺麗に左右対称になるはずの羽は両側が不自然に折れ曲がっていて、不気味だ。

 もう片方の子には本当に飛べるかわからず、飛べたとしたら物理法則を無視ししすぎな構造をした骨組みだけの羽が生えている。

 そこからは正八面体で半透明な物質を縦に引き伸ばした、宝石によく似たひし形の物体がぶら下がっている。色とりどりで赤や黄色青なども存在するが、いくつかは千切れて無くなってしまっている。それどころか、体に隠れて見えずらかったがもう片方の羽は根元から千切れて無くなっているようだ。

 これだけの大怪我を負っているというのに、彼女たちの表情に痛みや苦痛が見られず安らかさがあるところも死んでいることを肯定させた。

 しかし、腑に落ちない部分がある。吸血鬼とは言え、死体にしては血色がよすぎるのだ。私たちがこの館に訪れてから、捜索によって軽く一時間近くは経過している。それだけの時間があれば、体中の血は流れ出してもっと血色が悪いはずだ。死んでいないとするば、この表情や包帯による治療ではなく針と糸を使った接合では矛盾する。

 包帯が足りなかったなどであれば考えられなくもないが、普通なら延命させたいのであれば包帯を使うだろう。それも、紅魔館の主ともなれば傷を残す治療はしないはずだ。

 となると、別の要因が絡んでいるということだ。意識を魔力に向けてみると、二人の吸血鬼周辺には濃密な魔力が存在する。

 詳しく調べて見ないことにはわからないが、大方それの正体は予想がつく。袖の中に隠していた札を適当に一枚取り出し、彼女たちの方向へと投げた。

 魔力を使わずに放ったものだから空気抵抗でまっすずには飛ばず、そのままひらひらと床に向かって左右に大きく揺れて置いていく。

 それでも投げたことが少しは絡んでいるのか、二人の方へと飛んで行った札は何の前触れもなく空中でピタリとその動きを止めた。

 見えない誰かが札を掴んだとかそういうわけではなく、セメントで固められてしまったのかと思うほどに微動だにしないのは時が止まっているからだろう。

 座り込んでいる二人周辺は時が止まっているようだ。侵入者が入って来た時の対策にしてはズボラすぎる。これはおそらく彼女たちが腐らないようにするための処置だろう。

 いつ死んだのかはわからないが、その直後から時を停止させて現在まで綺麗なまま残しているのだろう。

 異次元霊夢たちが求めている力というのは、死んだものでさえ生き返らせることが出来るということか。そんな力があるとはにわかには信じられない。

 しかし、こうやって死体を保存しているのは、それが理由だからだろう。彼女らに執着して、ずっと綺麗なまま残しておくというのが目的の可能性は非常に低い。

 魔力を消費してまでただ残しておくというのは考えられないが、これは私が誰かに仕えているわけではないから言えるか。

 他にここのホールには何があるか見回してみるが、特に気になるところはない。ただ一つ上げるとすれば、玉座から伸びている絨毯の一部に何か飛び散った跡があることだ。

 この場所に置いてこの染みはそこまで重要なものではないが、近づいてみるとそれが血であることに気が付いた。

 完全に乾ききってはいるが、ウサギ達の血と比べるとだいぶ新しい部類に入るだろう。血の量があまりないから微妙にしか鉄臭さは感じない。

 問題は誰の血かということになるが、この出血では大した怪我は負っていないだろう。他に生きている者か新しい死体が無ければ、この血の持ち主は部屋にいて怪我を負っていた魔女ということになる。

「……」

 なぜ彼女だけ生かされたのだろうか。純粋にその疑問が浮上してきた。

 ウサギたちを皆殺しにしている状況から、あそこまで血も涙もない異次元霊夢たちが情で生かすことなどしないだろう。

 敵対していた者をいたぶって楽しんでいたとしても、最終的には殺すことになる。自分たちが拠点にしていた場所から長期間離れるとなれば、尚更だろう。

 逃げ出したあの魔女が恨みを膨らませ、絶対に復讐に来ることは確実だ。だからどれだけ力の持っている者でも、殺せる敵は殺せるときに始末するはずだ。

 そうなると、彼女は何か特別な存在なのだろうか。殺さなかったのではなく、殺せない理由があるのだろうか。

 ただの敵ならば、生かす理由以上に殺さない理由がない。

 連中が何をしようとしているのかは、どうにかして彼女を捕まえるか、もう少し情報を集めるしかなさそうだ。

 

 

 靴の底がかたい岩石を踏むごとに、接触面からはコツコツとくぐもった音が発せられる。埃とかび臭さの他に血の鉄臭さまで漂った薄暗い廊下は、驚くほど人の気配がしない。

 掃除を怠っていたのか、靴を通して岩石の床の上にはだいぶ分厚い埃が積もっている。この辺りの廊下は、数か月から数年という期間立ち入られていないのだろう。ということしかわからない。

 私たちの世界の紅魔館は咲夜さんの指導で、妖精メイド達が隅から隅までピカピカに磨いていたから、埃の厚さでどの程度の年月ずっと放置されているか図ることはできなさそうだ。

 以前と全く様子の違うフランドール・スカーレットは、集団の一番先頭を堂々と歩いて行く。

 途中途中にあるドアは妖精メイド達に開けて中を調べる様に言いつけ、彼女は奥へと進んでいく。

 傘は紅魔館にはいる時点でおいて来たから、残っている右腕を使うことはできるが、それでも不安が残る。

 片腕がないことで思うように体を動かせない。体の重心が右腕側に大きく寄ってしまっていて、以前のようにスムーズに技を使えないのだ。これには慣れていくしかないが、現段階で妹様を守れる自信がない。

「美鈴」

 私がそう考えていると、前を歩いている妹様が私に声をかけてくる。探索に集中していないのに気が付かれてしまったのだろうか。

「なんでしょうか、妹様」

「今は探索に集中して、いざって時に動けなくなるから」

 流石はお嬢様の妹様だ。気が付かれてしまっていたようだ。

「すみません」

 妹様の言う通りだ。この注意力が散漫している状況で、いきなり曲がり角から誰かが出てきてもすぐに反応することはできないだろう。

「……それより…美鈴、今まで正直私は近接戦闘には慣れてない。いざそう言った戦いになったら、頼ることになると思うから頼む」

「わかりました。お任せください」

 とは言ったものの、片腕一本ではできることに範囲がある。どこまでできるか不安なところが多い。

 しかし、頼って来るというところに少し驚いた。パチュリー様に信用できるかは自分で決めろと言っていたから、信用を得るために真っ先に突っ込んで行くかと思った。それでは信用を勝ち取ることはできないと、彼女はわかっているのだ。

 妖精たちの能力を把握し、それぞれに合った内容とレベルの仕事を的確に与えていく。いつ知ったのかと聞き出したくなるほどスムーズに事が進んでいく。

 紅魔館の指揮を執るのは今回で初めてのはずであり、今までも妹様と深くかかわってきていたのはお嬢様や私、咲夜さん達だけだ。

 今までは精神を病んでいたから発揮できていなかった能力も、それが治ったことで発揮できているのだろうか。

 私には考えてもわからない為、そんなことは放っておくとしよう。探索に頭を切り変え、柱の陰や曲がり角のクリアリングを済ませる。

「この場所美鈴はどう思う?」

 長い廊下を歩いていると、妹様が私に声をかけて来た。彼女の方を見ると、左側の壁には大きくて真っ黒な道が口を開いて続いている。

 廊下が奥に伸びているのかと思ったが、どうやら降りるための階段のようだ。暗すぎて見えなかったが、覗き込むと弱い光に照らされた比較的高い位置にある階段が見えた。

「わかりませんが、暗闇は危険ですし…探索するのにも、何か光源を確保できてからの方がよいのではないでしょうか?」

「そうかもしれないが、こういう誰も近寄りたくないような場所には、何かを隠したがるものだ。美鈴ここを探索するぞ」

 少しだけ妹様は私の意見に考え込むが、すぐにこの階段を下りることに決めたようだ。

「ですが、他の妖精たちにここの捜索は無理がありませんか?」

「わかってる。だから妖精たちはこの廊下の奥まで探索をお願いするわ。それでいいかしら?」

 さっきまで向かっていた方向には、四十メートル程度先まで廊下は続いている。妖精たちだけに任せるのもいささか不安が残る。しかし、妹様にも考えがあるのだろう。

「わかりました。妹様の言った通り、ここから先の部屋の探索は任せました」

 私が後ろに控えている妖精メイド達にそう言うと、彼女たちは不安そうな顔をしているが、力強く頷いた。

 すぐに三人一組のペアになるよう行動し、効率よく部屋の探索を開始した。普段から紅魔館の掃除などを行っているため、どう動けば早く部屋を回れるかきちんとわかっているようだ。

「それでは行きましょう」

 廊下には彼女達だけを残し、妹様と暗闇の中へと歩みを進めた。すぐに光は届かなくなって、伸ばしたてすら肉眼で視認することが出来なくなるほどに闇が深さを増す。

「妹様、妖精達だけで大丈夫でしょうか?」

 階段を下りている最中に、前を油断なく進んでいる妹様に問うと、彼女は少し歩むスピードを緩め、答えた。

「大丈夫。向こうには死体もないし、おそらく敵もいない」

「どうしてわかるのですか?」

「匂いよ。途中まで微かな死体の匂いが漂ってきてて、こっちと向こうで分からなかったけど、この階段の奥から匂っているから向こうに死体はないと思う。

 敵については、守るんだったら何か重要なものがある場所を守るだろう?この辺りには足跡が一つもなかったからな、重要なものを置いているわけではないから向こうは手薄なはずだ……警戒するべきなのは、ここからだ埃の匂いが少し強まった」

 妹様は暗闇でも目がきき、気が使える私は敵がいればある程度は察知できるから、ここの探索に向いている。それでも二人だけという不安が募る。

 十メートル程度の階段を下りきり、少し足を踏み出しただけで妹様が警戒するべきだと言った理由がわかった。

 さっきまでは深く積もった埃のおかげで足音が軽減され、籠った音を出していたが、少し進むと埃の層が薄くなってコツコツと響く音に変わった。

 ここには定期的に誰かが通っているということだ。それによって埃が舞い上げられてこの廊下が異様に埃臭いのだろう。

 体を浮かび上がらせてきたのかは知らないが、妹様が言っていた通り何かを隠すためにそうした工作をしていたのであれば、ますます怪しい。

 気に意識を向けて建物の構造や生命体の有無を調べるが、特に何かがいるとかは感じず、数メートル先で行き止まりとなっている。

「先には誰もいないようです。でも…」

 もう少し意識を集中してみると、突き当たりの壁の奥には何か大きな部屋が存在しているようだ。

 何か生き物がいる気の気配はないが、ドア越しであるため少し精度が下がっているから警戒するに越したことは無い。

「お嬢様、奥に扉があるようです」

 小さな声で妹様にそう囁くと、彼女は手を掲げてレーヴァーテインを作り出した。お嬢様の槍とは違い、常に形状を変える刀を握り込む。

「見えてる」

 お嬢様と得物の形は違うが、使う物は同じようだ。どうやっているのかはわからないが、発火してゆらゆらと左右に揺れる炎を彼女は握り込み、構えた。

 レーヴァーテインのおかげで、廊下が怪しくオレンジ色の光で照らしだされた。揺らめく炎で光源の強さが変わり、周りが見えずらい。

 しかし、それでも廊下全体を映し出す程度の光量はあり、奥に見える錆びついた鉄のドアが顔を表した。

 さらに数歩近づくと、その重々しさから威圧感を感じる。それと一緒にドアの隙間からだろうか、流石にこの近さでは死臭の匂いが漂ってきている。

 しかし、この密室に近い状況にしては匂いが弱い。扉が閉じられているからか、それとも殺されてから大分時間が経過しているのだろうか。

「行くぞ。蹴り破ってくれ」

 妹様がそう呟き、私は錆びついた重々しい鉄の扉を蹴り飛ばした。どれだけの重量があるかわからないし、鍵のかけられている可能性を考慮して、身体を強化して蹴り破ったがどうやらいらなかったようだ。

 蝶番が錆びつき、岩にねじ込まれていたネジも取れかけていたようで、蹴り飛ばしただけで扉が歪み、取り付けられていた場所から吹っ飛んで行った。

 ほんの数メートル飛んで行っただけで扉は闇に紛れてしまうが、音で反対側の壁に突き当たったようだ。そこまで広い部屋ではないらしい。

 妹様と同時にその古びた部屋に入り込んで一番最初に感じたのは、古びた埃臭さに廊下よりは濃い腐臭だ。

「うっ…」

 妹様ではない。呻いた声を出したのは私だ。その部屋に転がっているのは、白骨化した死体が三つだ。

 白骨化していて、匂いがほとんどしないということは、かなりの時間が経過しているということになりそうだ。

 何があったのか、壁や床にはべっとりとペンキをぶちまけた跡がある。いや、この状況でペンキは無いだろう。

 光を反射することなく吸収しているその染みは、飛び散った直後では血と呼ばれていた物に他ならないだろう。

 この部屋には生きている者はいないようだ。それがわかると妹様も構えていたレーヴァーテインを岩石のタイルに突き刺した。

 剣先は拒まれることなく床のタイルを切断すると、妹様が押し込んだ分だけ地面に抉り込んだ。

 魔力をそこに送り込んだままレーヴァーテインを妹様は離すと、部屋の中へと歩いて行った。

 刀をたいまつ代わりにしたらしく、さっきよりも輝きの強い。それによって部屋の全体像が映し出される。

 床を見ると最近誰かが出入りしたらしく、足跡が一つ部屋の中を歩き回った形跡がある。足跡の形は下駄や草履というよりは、洋風の靴に近い。

 そんな靴を履いているのは、この幻想郷にはいくらでもいるから誰かということは特定するのは難しそうだ。紅魔館で活動していた者の誰かだろう。

「…」

 揺らめく炎によって光の角度が変わり、絶えず影の形が変化する。自分の影に驚きそうになるが、慣れればどうってことは無い。

 床から視線を部屋全体に向けると、様子はだいぶ質素なものだとわかる。部屋の中央には大きな机に、一人用のベットが端に設置されている。

 ベットのある位置から机を挟んで反対側の壁側には机が壁に面して置かれている。他には棚などもあるが、それらには大量の薬品が納められた瓶が仕舞われているようだ。

 大きな机の上にも、目盛りのついたフラスコなどがたくさん置かれている。注がれていた液体は蒸発したのか何かの結晶が底にこびりつている物もあるが、大部分は埃が溜まっている。

 そして、最後に三体の死体に目を向けた。一体は床の上に転がっていて、二体目はベットの横でうずくまった死体だ。三つめは壁際に寄せられた机の椅子にもたれかかっている。

 全員白骨化していて、ベットの横で丸まっている死体の頭蓋骨にある二つの眼孔と目が合った。覗き込まれているような気がして、私は目を背けた。

 骨の大きさからベットの横で丸まっている死体の人物は、どうやら子供のようだ。身の丈は私の半分ほどだろう。

 妹様たちと同じほどといったところだ。この幻想郷では身長の高さで年齢を図ることはできないから、何歳ぐらいということはわからない。

 だが、着ている服装には覚えがあった。炎の色で色はわからないが、かわいらしいワンピースの洋服の首元にはネックレスがかけている。

 鉄製で錆

びついたチェーンが首の周りを一周していて、胸と思われる場所の前には人参型の装飾品が括り付けられている。

 その服は見たことがある。あまり話したことは無いが、永遠亭にいるてゐさんと同じ服だった気がする。

 それがわかるとこの部屋の内部にいる人物が誰なのかが、見分けがついて来た。服装から見て、椅子にもたれかかっているのはこっちの世界の永琳さんだろうか。

 頭だけがないのはなぜだろうか。紫色だったはずの服には、真っ黒な染みが胸から腹部の辺りまでこびりついている。

 となると、ベットに横たわっているのは誰だろうか。異次元てゐや異次元永琳以外となると異次元鈴仙ということになるだろうか。

 いや違う。もとの世界で会った時、彼女は紺のブラウスに太ももぐらいのスカートを履いていたはずだ。あの遺体が着ているのは洋服というよりも和服だろう。

 基本的に会ったことのある人物の服装などは覚えているつもりだが、見たこともない。私の知らない人物か、こっち特有の人だろうか。

「妹様、この方ご存知ですか?」

 隣で机の上に散らばている薬品を調べているフランドール・スカーレットに聞くと、彼女が私の指をさしている方向に目を向ける。

「…あー…あんまり見たことは無いけど…確か、不死の月人じゃなかったかしら…服装的に」

 不死の月人と言われると、その方の名前なら聞いたことがある。たしか蓬莱山輝夜という名前だったはずだ。

「でもその方は、不死…なんですよね…?……様子を見るに、死んでいませんか…?」

「確かに…どんなことをしても死なないと言われていたはずなんだが……私にはわからないな」

 妹様はそう呟くと異次元輝夜だった物から目を離し、部屋へと目を向けた。

「美鈴…お前はどう思う?この薬を見て」

「薬ですか?…」

 そう言われて私は机の上に置いていある瓶や、フラスコなどを注意深く観察した。棚に仕舞われている蓋のされた小瓶などがあるが特に変なところはない。

「何か変なところがあったんですか?…私には何が変なのかはよくわかりません」

「棚をよく見て見ろ」

 彼女に言われて棚をよく観察してみると、机の上の薬はフラスコや瓶などの一時的に保存するための入れ物が多い。それと比べて、棚の瓶は小さくて蓋もきちんとしたもので、長期保存に向きそうだ。

 棚の上には完成した物が置いてあるのだろうか。蓋が付いた小さな小瓶が多い。そして、それらは綺麗に並べられているのだが、中間のとある部分だけ空白がある。

 誰かに持ち出されたようだ。こっちの紅魔館組かもしくは、彼女たちと手を組んでいる異次元霊夢達の誰かだろう。

 正確に四つずつの並びからして、持ち出された薬の数は4つと言ったところか。どんな効果のある物かは知らないが、一応頭に入れておくとしよう。

 他の小瓶には様々な効果のある薬が収納されている。胃薬から風邪薬など日用品から、胃が頑丈になる薬や髪の毛が速く生えるようになる薬など使いどころに困るものまである。

 その中の一つには痺れを起こす薬とかかれている。これに至っては病人を治療する気があるのかと思えてくる。

「それより、ここで何をされていたと思う?」

 レーヴァーテインに追加の魔力を注ぐために突き刺さっている剣に近づいた妹様は、私にそう聞いてくる。

「こんなところに閉じ込められて、これだけ実験をして居そうな雰囲気があるのならば、やっぱり薬を作らされていたんじゃないですかね?」

「何の薬だろうな」

「さあ、見当もつきません……とりあえず、こっちにいる永遠亭の面々がやられたということを、霊夢さんたちに伝えに行きませんか」

 私はそう呟きながら手に取っていた薬に目を落とす。随分と時間が経っているが、効果はあるのだろうか。

「そうだな。私たちに気が付けなくても、他の視点からならわかることもあるだろうし、そうしようか」

 妹様はレーヴァーテインの魔力を霧散させ、床に刺さっていた炎を消した。炎が消えたことで辺りは真っ暗闇に支配されるが、敵がいないとわかっているため警戒するとなくもと来た道を引き返した。

「妹様…」

「なんだ?」

「いませんでしたね……」

「そうだな…」

 いくら時間が経っても戦闘をする音も聞こえてこないし、こういった場所のどこかに隠れていると思っていたが、あてが外れてしまった。

「焦るな。確実に殺せる時に殺すとしよう」

 

 

「霊夢さん!」

 玉座の周りをしれべていると、白狼天狗が急いだ様子で私の方向に走り寄って来る。敵襲でも来たのだろうか。

「…どうかしたの?敵襲?」

「いえ、街の方向で大規模な戦闘が起こっているみたいなんです。もし情報収集をするなら、向かいますか?」

 現在戦闘が行われているのか。ここから急いで移動したとして、到着には約十分程度の時間が必要だろう。それまでには戦っている連中も疲弊するだろうし、卑怯ではあるが紫の胃に穴が開く前に向こうに帰りたいのも事実だ。ここは向かっておくとしよう。

「…行くわ。誰が闘っているかわかる?」

「距離が離れていますので、確定とは言えませんが……銃声がするので河童達ではないでしょうか」

 銃声か。確かに異次元霊夢達はそんな武器は使わない。ならばそれらの扱いに慣れたこっちの河童達が闘っているということか。

 相手は誰だろうか。もしかしたら彼女がカギになっているかもしれないため、案外あの魔女が闘っている可能性もあるだろう。

「…この屋敷に敵はいないし、手分けしてフランや萃香たちを集めて」

 私はそう言いながら外に出るために廊下に戻ろうとした直後、これまでに体験したことがないほどの爆音が鼓膜を揺るがし、全身を震わせる。

 どれだけの距離でその爆発が起こったのかはわからないが、それだけの爆発力があればそれが来た方向にある窓が爆風で割れるのは至極普通である。

 玉座のある壁側からは反対側で爆発が起こったようだ。玉座から続いている絨毯の先は外に繋がっているらしく、爆発の衝撃で木製のドアとガラスの窓に一斉に亀裂が走り、粉々に砕け散った。

 砕けるだけではまだ飽き足らず、爆風に破片が乗ってこちらに一斉に吹っ飛んできた。私はできるだけ他の鴉天狗たちを守れるように、大きく結界を展開した。

 爆音が聞こえてからすぐに結界の用意を始めていたが、それでも飛んできた破片の方が足が速く、結界を張り切ることはかなわなかった。

 ホールにいた何人かの鴉天狗や河童たちにガラス片が降り注く。彼女たちに飛び散ったそれらは突き刺さり、皮膚をやすやすと切り裂いた。

 私が向かうと言ってからほんの数秒の間にホールに地獄絵図が描き出された。けが人の周りには血の水たまりができていく。

 私は結界を解除し、どの程度こちらに被害が及んだのか確認をすると、部屋全体の約三分の一ほどの妖怪たちが倒れ込んでいるのがわかった。

「…くっ…!怪我のない人はけが人の手当てをして!それ以外は紫たちを連れてきて!」

 結界を張ったことや鴉天狗たちは自分たちの装備で盾を持っていることが重なり、意外と軽傷の者も多い。死人が出るほどではないだろう。

 手当は彼女らに任せ、私は木っ端みじんに吹き飛んだドアから外に飛びだした。爆発が近くで起こったのなら、混乱している今を狙うはずだ。手当てしている天狗たちのところに行かないよう、私が気を引くことにする。

 外に飛びだすと、私は自分の目を疑った。爆発は紅魔館の近所ではなく、さっきまで私たちがいた街の方向で起こっているようだ。

 舞い上がった砂煙や爆発の煙で街の全体を視認することはできないが、煙は全体を覆っている。これだけ離れている紅魔館にまで被害を及ぼすとは、いったいどんな武器を使ったのだろうか。

 

 

 霊夢が紅魔館から街を見下ろしている頃、爆発の怒っていた爆心地には、無機物以外で動く影は二つあった。

 爆発の衝撃で辺りの建物はすべて倒壊し、危うく生き埋めにされるところだった。自分の上に乗っていた瓦礫を蹴り飛ばし、砕けた鉄筋コンクリートの中から這いずり出た。

 さっき敵がいた方向に顔を向けると、奴もしぶとく生き残っていたようで、血走った眼を瓦礫をどかしながらこちらに向ける。

 身の丈や身に着けている装備、種族は全く違うのに、その二人には共通している物が一つだけある。

 戦う意志だ。

 片方は壊れかけた巨大なこん棒を掲げ、もう一人は巨大な銃を構えた。

 二人の張り上げた雄叫びは、未だに山に反響して聞こえてくる爆音をかき消し、周辺に響き渡った。

 




次の投稿は予定では一週間後です。変更がある場合にはここの後書きに記載します。

7/19の夜十時に投稿します。


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東方繋華傷 第百二話 飛行物

自由気ままに好き勝手にやっています!

それでもええで!
という方は第百二話をお楽しみください!


 チェーンソーと強化されたこん棒がぶつかり合うと、私が持っている得物の重量によって、チェーンの通る場所を確保していたガイドバーが捩じれて砕けた。

 こん棒による打撃は機械の耐久能力を大幅に上回っていたらしく、ガイドバーだけでなくチェーンを回転させているエンジン部分まで外装が破壊されていく。

 チェーンソーがここまであっさりと壊れるとは思っていなかったのか、異次元にとりは目を見開くが、何かを思いついたのか破壊されたチェーンソーを投げ捨てた。

 ガイドバーが壊れたことで、千切れたチェーンが本体を離れて落ちて行く。地面に落ちる前にキャッチし、本体部分からもチェーンを引きずり出す。

 得物を大きく振りかぶっていたことから慣性が働き、こん棒を反対側から再度振るのに大きく時間を食い、異次元にとりの接近を許してしまった。

 あまりの近さに焦って彼女の上半身を吹き飛ばす軌道で振ったこん棒は、物体に当たることなく空気を押しのけて進む唸り声を上げるだけだ。

 巨大なこん棒の下を潜り抜けた異次元にとりが、手に持っているチェーンに鋭い性質を強化する魔力を感じる。

 チェーンを握っている異次元にとりの手から血が流れ出しているが、そんなことを気にすることもなく鞭のようにしならせて金属の刃で切り裂いて来た。

 チェーンが私の右肩を叩いたことで、刃が皮膚を豆腐のごとく切り裂く。大きな刃をつかっていることもあり、場所によっては骨にまで到達している。

「ぐっ!?」

 それを体から引き剥がそうと伸ばした私の手がチェーンを掴む前に、異次元にとりが持っているそれを手前に勢いよく引いた。

 長いチェーンついている刃の数だけ肩の肉を切り裂いていく。

「あぐっ…!」

 肩の肉を切り裂かれたことでこん棒を引き戻す力が足りない。予定では彼女の攻撃の直後には二度目の攻撃を仕掛けられていたはずだが、軽い分だけ異次元にとりが素早く鉄の鞭を横に振るう。

 横に薙いだ鉄のチェーンが、わき腹の肉を服ごと削いでいく。血と肉で真っ赤に染まった金属が通った後は服と体に穴が開き、真っ白で傷だらけの骨が顔をのぞかせた。

「っ…!!」

 切られた位置が高かったことで、内臓が傷口から零れ落ちることは無かった。だが、大きくバランスを崩し、振っていた鈍すぎるこん棒は異次元にとりに掠りもしない。

 わき腹をこん棒を持っていない方の手で抑え込み、出血することをできるだけ防ぐ。脳の処理がこん棒から傷へと使われたことで得物を振るおうとする速度が遅れ、飛び上がっていた異次元にとりに胸を蹴りつけられてしまう。

 身体を強化していても伝わってくる衝撃に、肺や心臓をぐるりと囲んでいる肋骨が歪むのを感じる。

 後ろに重心が傾いたことで、私の筋力では腹筋を使って立て直すことが難しくなり、倒れ込んでしまいそうだ。

 異次元にとりにこの近さでバカみたいに大きな隙を見せるわけにもいかない。バランスをとるため、後ろに一歩下がった右足から地面に魔力を流し込む。自分の足で体勢を立て直すためと、一種の保険をかけたのだ。

 自分以外の魔力が流し込んだ地点から一メートル以内に近づくと、爆発する性質を含ませた。

 私に蹴りを入れられるほどに近いということは、すでに彼女はそこから一メートル圏内にいるわけで、プログラムを終えると同時にいや応なしに魔力は爆発の属性を開放した。

 普通ならその近距離では爆発には私も巻き込まれるはずだが、エネルギー弾と同様に爆発する方向の制御は忘れてはいない。

 後ろに下げていた足を踏ん張らせ、後方の確認もせずに飛びだした。おかしな体勢で飛んだことで空中で立て直すこともできず、敵対している彼女からしたら格好の的だろう。

 やはり、チャンスと考えた異次元にとりが、そのうちに距離を詰めようとするが彼女は真正面から赤い光を放つ炎に包まれた。

 前方四十五度に三百六十度分の爆発力が集中しているため、どんな力で飛びだしていても彼女が後方に吹き飛んで行くのは変わりなかっただろう。

 だが、他の河童たちと違っていい装備を着こんでいる異次元にとりは、至近距離から受けた爆風でも肺が潰れることもなかったらしい。空中で壊れたチェーンソーに魔力で命令を下す。

 細かい粒子状になった物質は、吹き飛ばされて壊れかけの民家に突っ込んだ異次元にとりの後を追う。

 壁の抵抗はあったが、壊れかけで装備を着こんで強化されている異次元にとりに耐えられるわけもなく砕けてしまう。そこの壁が家全体を支えていたのか、亀裂が大きく広がると一階が潰れ、続いて落ちて来た二階も瓦礫へと変わる。

 二十メートル以上も離れた私の位置にまで埃と砂煙、瓦礫片が飛んでくる。木造でできているわけではないからあれで死んでくれていると助かるが、どうやらそうもいかないようだ。

 異次元にとりの荒々しい魔力が潰れた家の中から感じる。飛んでいた粒子状の物質は、瓦礫の間から彼女の場所まで向かったようで、飛んでいたそれらは瓦礫の中へ吸い込まれていく。

「うっ…」

 こん棒は辛うじて離してはいないが、わき腹から流れて行く鮮血は汚れて服とひび割れたコンクリート、瓦礫を赤く染めていく。

 何とか倒れずには済んだが、良い状況とは言えないな。

 異次元にとりがあの中から出てくるのにはもう少しかかりそうだ。私は魔力をわき腹の傷に集中させるが、刃物で何度も切り裂かれたことで組織がぐちゃぐちゃになってしまっている。

 刀でただ切られるよりも傷の治りが遅い。だが、腕が物の数分で再生するのだから、それよりも長いことは無いだろう。

 大きなものが空中を切りさく低い音や岩と岩がぶつかる音に、異次元にとりが埋まっていた民家の方に注意が向いた。

 木片と岩が衝撃で打ち上げられ、地上から十数メートルの高さまで行くと、それらは上昇を止めて落ち始める。

 コンクリートに瓦礫が落ち散ると、簡単に砕けてバラバラに広がった。蹴り飛ばしたのか瓦礫の山に開いた穴には異次元にとりの足がのぞいていたが、次に起き上がった彼女の体が現れた。

 額や腕から血を流していることから、瓦礫に潰された影響は少なからずあるようだ。彼女は首を傾けて骨を慣らした。

 苛立った表情で持っていたチェーンソーの形状を変化させる。彼女の手に持っている柄の形的に、それを握って得物を振るうような形をしていない。

 人が握りやすいように少しだけ傾いて伸びていて、人差し指と親指が当たるであろう場所に何かボタンのようなものがある。

 軍事物の漫画などで空を飛ぶ兵器があるが、それについている操縦桿によく似ている気がする。ヘリコプターでも形成する気なのかと思ったが、操縦桿の先には円柱状の筒ができ始めた。

 様々な形状に変化させられた金属が、形成された円柱内部に取り付けられていく。私のいる位置からでも円柱の中身が見えていたが、すぐに装甲で覆われたことで見えなくなる。

 一つ目にできた大きな円柱の脇にくっ付いた状態で、小さな円柱が形成され始める。歯車によく似た部品が見えたから、小さい方は大きい方を動かすための物だとわかったのだが、彼女が一体何を作ろうとしているのかがわからない。

 そう思っていると、一番初めにできた本体の弧を描いていない平面部分に六本の棒が作り出された。

 こちらに伸びているそれによって、一目で彼女たちがよく使う銃だとわかった。その六本の長い一メートルはありそうな棒はパイプのように穴が開いており、弾丸を射撃する際に回転を与えるバレル内部の凹凸が見える。他の銃口と同じ形状だ。

 缶で言えば蓋か底に当たる部分に現れた棒は長さも太さも全く同じで、それらは円を描くように正確に配置されており、六本をまっすぐな直線で結べば綺麗な六角形を描けることだろう。

 私にはあれが銃にはどうしても見えない。本来の銃とは明らかに企画が違うからだ。しかし、異次元にとりが作り出したということは、あれは本当に銃だということだ。

 あれがどういう形で弾丸を飛ばしてくるか未知数であるため、持っていた巨大なこん棒を自分の前に置いて盾とした。

 強化の魔力を最大にまで防御に回し、いつでも攻撃が来てもいいように構えた。

 異次元にとりの持っている武器は表の世界で言う所の、ミニガンという武器に当たる。秒間六十発という驚異的な連射力を誇る銃であり、幻想郷に流れ込んでくるにはまだまだ早すぎるが、彼女にかかれば作ることは難しくはない様だ。

 操縦桿の頭についているボタンを異次元にとりが親指で押すと、円柱に取り付けられた六本の銃身が回転を始める。

 根元のとりついている機械の内部機構によって回転させられているようだが、高速回転するそれらが通る場所が一定であるため、正確に配置されているとわかる。

 金属と金属をこすり合わせる不快な音を立てて回転している銃身を、異次元にとりはこっちに向けた。回転が最高速度になるまでには一秒もかかっていないが、すぐに撃ってこないのは狙いを定めているからだろう。

 ライフルやハンドガンのようにスコープが付いているわけではないから、射撃は勘に頼ることになる。

 異次元にとりが人差し指が置かれる部分にある、ボタンに似たトリガーを何の躊躇もなく引いた。

 金属の擦れる不快な音がかわいくなるほどの爆音が私の耳に届いた。あまりにも連射が速すぎて射撃音が継続的に鳴り響き、それに合わせて弾丸に形状を変えた物質が私の元に撃った分だけ送り付けられた。

 たんに連射力が高いだとかそういう次元ではない。破裂音が絶え間なく発せられているせいで他の音が全く聞こえない。

 それに連射の合間に壁の影などに逃げることが出来るかと思ったが、周りのコンクリートの床や壁に小さな穴が大量にできていくと、耐久力を自重が上回って建物が倒壊していく。

 すぐ横に立っていた電信柱が半ば程から大量の弾丸によって砕けていく。異次元にとり側に削られたことで、電柱がゆっくりと倒れさらに半ばから叩き折れた。

 ほんの数秒の射撃だったというのに、私の周りに立っていた建物はすべて倒壊してしまっている。私の持っているこん棒は半分ほど削り取られてしまっているようだ。

 更に数秒連射されていたら、こん棒ごと周りの壁と同じ結末を迎えていただろう。私はこん棒の磁力を魔力で強化させ、破壊された鉄筋コンクリートで修復した。

「殺す気かよ…」

 私がそう異次元にとりに言うと、赤く加熱されて白い蒸気と灰色の硝煙を銃口から吐き出している長いバレルを冷却している彼女は言った。

「死ななかったろ?とりあえず片足でも片腕でもいいからふっ飛ばさせてもらう」

 弾丸によって加熱されたバレルの上にモヤモヤと陽炎のようなものが立ち込めていて、どれだけ温度が上昇しているのかがわかる。

「さっきから腕が再生しているのが見えないのか?お前のやろうとしていることは無意味だぜ」

「なら、再生しなくなるまで吹っ飛ばすだけだ」

「とんだ脳筋野郎だぜ」

 私が悪態をつくと、異次元にとりは六本の銃身を回転させた。不快な金属をこすり合わせる音がする。

 弾丸もあの物質で作っているから、あれだけばらまくのであればそのうち尽きるはずだが、どこかに当たった途端に粒子状になって彼女の方へと戻って行っているようだ。

 あれならばいくら撃っても弾は減らないわけだ。弾丸も火薬で飛ばしているわけではなく。薬莢の中には自分の爆発の性質を持つ魔力を込め、それを爆発させているわけだから別途で火薬を用意する必要もないのだ。

「次はどれだけ耐えられるかな」

 異次元にとりがトリガーを引いたらしく、さっきと同じ破裂音が響き始めた。これはもう破裂音といってもいいのかわからない。ずっと雷鳴が轟いているようにしか聞こえない。

 鋭い金属音を響かせて弾丸がこん棒を容赦なく削り始める。身体強化の魔力を異次元にとりから感じ、それに加えてさっきの射撃でだいぶ慣れて来たらしく、精度が段々と安定して来て、ほとんどの弾丸がこん棒に集中し始めた。

「ぐっ!!」

 鉄の弾丸がこん棒を叩く力が強き、じりじりと後ろに得物と体が下がって行く。伝わって来る衝撃もだんだんと強くなってきており、こん棒が一度目の射撃時以上に削られてしまっているらしい。

「くそっ!」

 私は足に魔力を集中させ、片足を地面に叩きつけた。そこから魔力を地中に流し込み、他の河童たちに使ったあの棘を使用した。ただし、攻撃に使うのではなく防御に使うのだ。

 こん棒の裏に隠れてしまっている私は、正確に異次元にとりの姿を捉えることが出来ていない。初めで外せば彼女に当てるのは格段に難しくなってしまう。であれば、いつこのこん棒も壊れてしまうかわからない為、防御を優先した。

 棘状ではなく簡単には壊せないように分厚い壁を凝縮した土で形成し、耐久能力を最大まで上昇させる。

 こん棒からの衝撃が消え、すぐに磁力で削られ場分を修復させた。激しい攻撃に手が痺れてしまっている。武器を握り込むのにはそこまで支障はないが、これ以上あの弾丸を受け続ければ握ることすら怪しくなる。

 かなりの耐久性能がある壁を破壊するのは、さすがのミニガンでも一筋縄ではいかないらしく、長い射撃音が聞こえ続けている。

 磁力によって修復したこん棒を掲げた。肩でこん棒を支え、魔法を発動させた。こん棒だけでガードしていた時は切羽詰まっている状況だったからしている暇はなかったが、今は盾のおかげでゆっくりと光を屈折させる魔法を発動させられる。

 目の前にある壁を越えて、異次元にとりのいる場所を正確に把握した。他の河童たちと同じように、彼女のことを圧縮した土で貫いてやろうと魔力のプログラムを組もうとした。

 だが、これだけの時間を体勢を整えることに使っていたことで、形成していた壁に穴が開き、顔の横を弾丸が超高速で通り過ぎて行った。

「っ!?」

 ど真ん中を集中的に弾丸を浴びせかけていたらしく、小さな弾丸によって削られて大きな穴へとなって行く。

 始めに小さな穴が開いた時点で横に体を移動させていたことで、穴の開いたたんぱく質の塊になることは避けられた。彼女もセンサーを使っているらしく、私が逃げた方の壁へ弾丸を浴びせかけてくる。

 壁を作成してから大穴を開けられるまでは大体十秒程度だ。同程度の時間があれば、私が隠れている壁も破壊されてしまう。

 それまでにできることはいくらでもあるが、それらを全てやる時間はない。私は持っているこん棒を構え、一部分をエネルギーの放射に変換させた。

 身体強化も体に施し、横に薙ぐために腰の位置にこん棒を添えた。こん棒を自分が隠れている壁に当てて壊さないように注意しつつ、両足で踏ん張った。変換して置いたエネルギーを消費し、全力でこん棒を振るった。

 私が狙ったのは異次元にとりだが、ここで振るったとしても当然当たらない。だが、こん棒にずっと加えていた磁力を壁に当たる直前になくしたとしたら話は変わって来る。

 内側の鉄の棒に引き付けられて、ただくっ付いていたこん棒の先にある鉄筋コンクリートは、千切れて異次元にとりの開けた穴をくぐってその先にいる彼女へと向かって行く。

 武器の一番端で遠心力がかかっていることで、飛んでいくこと自体は別に心配はしていなかった。だが、あまりこうやって物を飛ばしたことが無かったため、きちんと飛んで行ってくれるかが心配だった。

 どうやら私の心配は特に必要ではなかったらしく、千切れた鉄筋コンクリートの瓦礫はまっすぐに異次元にとりへと飛んでいく。弾丸に数発当たることはあったが、それでもここまで重たい物を止めるには至らない。

 私がそうやって攻撃を仕掛けてくるとは思っていなかったのか、異次元にとりは驚愕の表情を浮かべてしゃがみ込んだ。

 いきなりのことで横に飛びのく暇はなかったのだ。それに私の飛ばした岩石の軌道も高く、しゃがんでかわすのにはちょうどいい。

 射撃を止めて異次元にとりの頭上を瓦礫が通過すると、彼女はすぐに頭を上げて射撃をしようとミニガンを再度構える。

 だが、私はこん棒の内部にある鉄の棒にコイルの性質を加え、強力な電流を流し込む。魔力で調節し、異次元にとりのいる方向に対して、非常に強い磁力が発生させた。

 空中を飛んでいた瓦礫に含まれている鉄が磁力によって引かれ、飛んでいくスピードを緩めると空中で静止した。そして、ゆっくりと私のいる逆方向へ移動を開始する。

 こちら側に近づけば近づくほど辺りにある磁力は強くなっていき、飛んでくるスピードもその分だけ早くなる。

 異次元にとりは瓦礫を横ではなくしゃがんでかわした。まっすぐ進んでいた瓦礫は同じ軌道を通ってこん棒へ向かってくる。その中間にいる異次元にとりに当たるのは必然的だ。

 いきなり後頭部に重い一撃を食らった異次元にとりは目を見開き、こちら側へ大きく体勢を崩した。

 彼女の後頭部に当たったことで瓦礫の軌道が上側に少し変わってしまうが、壁を飛び越えてやってきたそれは、問題なくこん棒の先に引き寄せられてくっ付いた。

 一番初めにやったようにこん棒を地面に押し付けて体を持ち上げ、こん棒自体を魔力の放出によって空中へ打ち上げる。

 壁を飛び越え、前のめりに倒れている異次元にとりに向けて私は降下を開始する。重力を味方につけ、異次元にとりに向けて全力でこん棒を打ち下ろした。

「せぇぇいっ!!」

 ドンッ!と硬いコンクリートをこん棒が砕き、地面へ二十センチほど抉り込み、周りの土を盛り上がらせて飛び散らせた。

 感触的に異次元にとりには当たらなかったようだ。肉体に当たる感覚ではない。飛び散った土に顔をしかめている異次元にとりは装備についているジェットによって後方に逃げていたようだ。

 だが、彼女のタイミングもきわどかったようで、右肩から胸にかけての装備がこん棒によって破壊されてしまっているようだ。

 彼女の装備で初めに降りて来た時のスーツ以外は普通の金属らしく、壊れた部分を治すそぶりを見せない。

 彼女がまたミニガンを撃ち始める前にこん棒で叩き潰そうとするが、地面にめり込んだこん棒を引き抜くことが出来ない。

「くっ!」

 いつまでもこん棒を地面から抜くことからできず焦りが募るが、異次元にとりも射撃をしようとはしてこない。

 そのうちにさっさとこん棒を引き抜こうとすると、異次元にとりの持っているミニガンが粒子状化してバラバラになると、彼女の体の周りに浮遊する。

 体に何か装着する気だろうかと構えるが、腕や足に何か出来上がるわけではない。背中側に何かを背負う形で物体が形成されていく。全身を覆わないところから、始めに降りて来た時のスーツを着るわけではないことだけは分かった。

 右肩の後ろに太さが五センチ程度の柱が形成され、頭よりも三十センチほどの高さにまで伸びる。それに添える形で、正円で柱状の先が鋭くとがっている弾丸によく似た物が作り出された。

 異次元にとりの体が障害になってそれの下側は見えないが、丸みを帯びた先から底面までの中間には四方向に鉄板が伸びている。弓矢に付けられている羽のようにも見える。

 なんとなく飛び道具だということはわかるが、弓矢や銃などよりも凶悪なものだと私は見た目からなんとなく察せた。

 それは、外の世界では言わずと知れたミサイルと呼ばれる兵器だ。何百キロも離れた場所にいる人物を、その建物ごと破壊することのできる飛行性と威力、精度を兼ね備えている。

 粒子状の物質が更に異次元にとりとそのミサイルをつなぐように、チューブを形成していく。

 ミサイルに対する知識が圧倒的に不足している私は、どういう攻撃をしてくるのかがわからずに後手に回ってしまう。

 ミサイルによってつながれたチューブを伝って、異次元にとりの魔力が大量につぎ込まれていく。無理やり魔力を押し込んでいるのか、その大きさには見合わないほど大量の魔力が濃縮されて行くのを感じる。

 その魔力の性質は爆発のようだ。マスタースパークを数発ぶっ放せるほどの爆発となれば、どれだけの範囲が吹き飛ばされるかわかったものではない。

 これではどこで爆発しても、私が巻き込まれるのは変わらないだろう。遅れを取ってしまったが、こん棒を持ったまま走り出した。

 20~30メートルほど離れている異次元にとりのいる位置まで走り抜くのには、五秒か六秒はかかりそうだ。走り始めてすぐ、彼女の背中に設置されているミサイルの噴射口から青い炎が噴き出した。

 足にはいつの間にか装甲がまとわりついており、ミサイルの炎で皮膚が焼けるのを防いでいる。

 炎が勢いよく吹き出されたことでミサイルに推進力がかかり、猛スピードで上空へ飛翔していく。

 物体が空気を切り裂く音と炎が噴出される音が重なり、空気震わせるほどの轟音となる。それらは辺りに落ちている瓦礫を揺るがすほどに強い。

 あっという間に豆粒程度に小さくなっていくミサイルに向け、撃墜するために手の中に溜めた魔力を変換したレーザーを放った。

 高速のレーザーは、上昇していくミサイルに簡単に追いつくことが出来た。しかし、早い速度で動く小さな物体を撃ち落とすことは難しく、当たることなく通り過ぎてしまう。

「くそっ…!」

 長距離用の兵器ではあるが、いったいどこに向かって飛んでいくのかがわからない。だが、現在戦っているのは私であるから、ここに落ちてくるのだろう。

 事前にどこに飛んでいくか設定していれば話は別だが、こいつと戦い始めてから少し時間が経っている。他の人物を倒したいのであれば、その間に移動されていることを考慮すると他の人物とは考えられない。

 他の目標物を破壊するのであれば、それも違うだろう。建物のみを破壊するだけなど、意味のないことはしないだろう。

 目的は中にいる人物であり、建物の破壊はその副産物だ。もし建物自体に何か効力があって、それを破壊したいというのも可能性としては上げられない。というのはこの幻想郷ではそう言った建物は非常に少ないからだ。

 博麗神社は数少ない建物自体に効力があるものだが、博麗大結界を維持するための物であるから、異次元にとりは自分の首を絞めるようなことはしないはずだ。

 そう考えると、やはり目標は私ということになる。そこで問題になるのがあとどの程度の時間が経ってから落下してくるのかだ。

 もう雲に隠れて見えなくなったミサイルを見上げていると、異次元にとりが背中の発射台にある柱に添えられて二発目が用意する。

 二発目を撃たれるわけにはいかない。魔力がミサイルに注入される前に、私は彼女へ向けてエネルギー弾を射撃した。

 放った痰青色の球体は、高速で異次元にとりのもとまで突き進むと、彼女の腹部に命中して爆ぜた。

 背中に背負っている発射台も含めればかなりの重量になるはずだが、地面に踏ん張ることが出来ず後方へと吹き飛んで行った。

 後方にある建物に突っ込むと、青い光をまき散らして爆発を起こす。家の壁でミサイルが押し潰されたことが、爆発の引き金となったのだろう。

 入れられていた魔力は打ち上げたミサイルの十分に一にも満たない量だったが、叩きつけられた家を包み込む程度の大きさにまで炎は膨れ上がった。

 そこを中心にして放射状に砂や小さな瓦礫を空気が押し出し、立っている私も爆風に押し倒されてしまう。飛んでくる小石が顔に当たらないように手でガードし、彼女が動いていないか見ようとするが、炎と舞い上がる砂煙に視界を塞がれた。

 大きな瓦礫が飛んでくることもなかったから普通に起き上がることが出来た。爆発の起こった方を見ると家は倒壊し、その周りの家まで半壊もしくは全壊している。先の爆発で異次元にとりも死んでいてくれるとうれしいが、彼女の魔力が消えていない。

 ゆっくりと立ち上がり、砂煙が舞い上がっている爆心地を見ると瓦礫の山がいくつも出来上がっている。

 あれの中から異次元にとりを探し出して止めを刺すのは骨が折れそうだが、その心配はない様だ。意識を向けると彼女の魔力が移動しているのだ。

 瓦礫の中に埋もれているわけではない。埋もれていたが脱出したのかは知らないが彼女の姿が見えず、周りを警戒していると自分と同じ高さではなくずっと高い位置にあるのを感じた。

 顔を上げるとすぐに彼女のいる場所が分かった。爆発の影響で瓦礫が上空に撃ちあがっていたが、今は異次元にとり一人しか宙に浮かんでいるものは無い。

 爆風で視界が狭まったすきに上空に移動していたのだろう。

 彼女は既に降下段階に入っており、これから魔力を溜めて撃つのには時間が足りなそうだ。こん棒で殴りつけようと構えるが、彼女の持っている物で攻撃から防御へと行動が切り替わった。

 材質は金属で全長は40~50センチはありそうな大きなミサイルを、異次元にとりは握り込んでいる。

 魔力量は爆発したものと変わらない程度だが、異次元にとりの後頭部が一部分抉れていたり、肩の肉がむき出しになっているところからその威力が窺える。

 体の耐久性能を最大にまで強化し、私は異次元にとりの攻撃を迎え撃つ。落下してきた彼女は持っていたミサイルを大きく振りかぶり、私が盾にしているこん棒に叩きつけた。

 鼓膜を破らんとするほどの爆音に何も聞こえなくなり、目を閉じているというのに青一色に染まりあがった。

 温度の高い炎に皮膚や服が晒されてしまい、このまま燃えてしまうのではないかと思えてくるが、そうはならないことがすぐにわかる。

 体の感覚器官が働き、私の体が高速で移動していることが目を閉じていても感じた。体がどういう体勢なのかわからないが、次に来るのは壁か地面に当たった衝撃だ。

 背中で壁を破壊したのか、体の移動が止まることは無い。次の衝撃は頭に感じ、また壁に当たったようだ。脆い壁は簡単に瓦礫へと変わり、大通りに転がり出た。

「っ……っち…」

 額から流れ出て来た血液が右目に流れ込んでくると、目の中で広がると視界が赤く染まる。

 炎で焼かれるよりはいいが、戦いで視界が狭まるのは少し考え物だ。

 手の甲で目に入る血液を拭っていると、何かを破壊する音が耳に届く。異次元にとりが来ていることは考えなくてもわかるが、それよりも握っていたはずのこん棒がどこにもない。

 吹っ飛んでいる最中にこん棒を落としてしまったようだ。近くに落ちていないか見回そうとするが、どこにも落ちていない。使えそうなもので、周囲に唯一あるのは一メートル程度の錆びた鉄パイプだけだ。

 それを拾い上げようと腰を落としたとき、私が壊して出て来た穴を更に大きく壊して異次元にとりが現れる。

 始めに降りて来たときに使用していたスーツを着込んでおり、背中のスラスターから炎を吹かして猛スピードで突っ込んできた。

 首を鉄の手で掴み上げられ、道路を挟んで反対側の家へ背中を叩きつけられた。せっかく拾い上げかけていた鉄パイプを落としてしまい、コンクリートに当たって甲高い金属音を立てる。

 容赦なしの攻撃にまっすぐに立っていた石の壁が瓦解し、小さな物から大きな物まで私の頭や肩に降り注いでくる。

 いくら体を強化していても防げるものには限度があり、皮膚が裂けて服や黄色い髪を赤くにじませた。

「あと三十秒もすれば、さっきのミサイルが落ちてくる。私はこれがあるからいいが、お前はどうする?」

 そう聞いてくるが、どうやら返答を求めているわけではないようだ。首が絞めつけられて返答を返すことができない。

「…っ…」

 彼女の片手で腕を掴むが、一回りも二回りも太くなっている腕を振り払うことは難しい。強い力で握り込まれているから無理にエネルギー弾などで吹っ飛ばすと、頭だけ持っていかれかねない。

「死にたくなかったらさっさと教えてもらおうか、力の手に入れ方をな!」

 私は彼女の手を掴んでいない方の手のひらの近くに、方向を調節した磁力を発生させた。おしゃべりに夢中になっているうちに、さっき取り落とした鉄パイプに磁力を向けた。

 金属の種類にもよるが錆びついて、酸化鉄となってしまっている金属は磁力の影響を受けない。こっちに向かってくるか心配だったが、内部はまだ酸化していない鉄が存在したらしく、音もなく手の方へ飛んできた。

 鉄パイプは磁力の発生している手のひらの前まで来ると、ピタリとコイルの性質を持った魔力くっ付いてその場に静止する。

 流していた電流の性質を持った魔力の供給を止め、自由落下しようとする鉄パイプを握り込んで今度は落とさない。

 視界が狭いらしく、私が鉄パイプを握ったことに気が付かない異次元にとりがまた何かを言おうとした時、魔力で強化した得物を彼女の顔に向けて振り抜いた。

 コンクリートに落とした時以上に、甲高い金属音が耳に届く。金属で覆ったヘルメットをしている異次元にとりは、音が反響してもっと高い音を聞いていることだろう。

 視界外からの一撃に異次元にとりは、握り込んでいた私の首を離した。そこまで長いこと締め付けられていたわけではないから苦しくはなかったが、それでも息を大きく吸い込んで乱れた呼吸を整えた。

 衝撃と音で混乱した異次元にとりの後ろに回り込み、錆びついた鉄パイプでもう一度頭部を殴りつけようと飛び上がった。

 強化した得物を彼女の頭へ上から振り下ろし、さらに混乱させようとするがいつまでたっても金属を殴りつけた衝撃が手に伝わってこない。

 目測を誤ったのかと思ったが、着地してすぐに鉄パイプの先が無くなっていることに気が付いた。流石に錆びた金属では強化していても、真新しい装甲に耐えることはできずに初めの一撃で砕けてしまったようだ。

 元の七割ほどしか残ってないがそれでも使えるため、もう一度異次元にとりを殴りつけようとするが、すでに彼女の体勢は整ってしまっている。

「……くそっ…」

 持ち上げてこっちに向けて伸ばされた金属の靴底が、防御しようとした私の腹部にめり込んだ。体の内側から嫌な音が聞こえて来た時には、すでに異次元にとりの姿は小さくなっていた。

「がはっ……!?」

 木が半分腐った馬車に頭から突っ込み、半壊していたのを全壊させた。それがブレーキとなりさらに硬い壁などにぶつからずに済んだが、ダメージは大きい。

 三十メートル程度離れた場所に居る異次元にとりが、ゆっくりと私に向かって歩いてきている。早く体勢を整えないといけないのに、馬車の木片の中で立ち上がろうとした私は込み上がってきた吐き気を押さえられない。

「ごぼっ…!」

 真っ赤な血液が胃から押し出さて喉を満たす。息の詰まった私の口の中に、溢れて来た生暖かいそれを我慢することなく吐き出した。

 気持ち悪くなるほどに鉄の味や匂いがする。立たないといけないのに、膝がガクガクと笑って立ち上がれない。

 上から振って来るミサイルからも逃げなければならないというのに、私は地面に膝をついている。

 もうすぐ三十秒が立ってしまう。チラリと上を見上げると雲の一部分が弱くはあるが青く光っている。もうすぐそこまで来ている証拠だ。

 地上から雲の高さが約二キロ、どの程度で進んでいるかわからないが、打ち上げた際には十秒程度で雲に隠れた。それよりも早くなっているとして、あと七秒程度でここに落下してくるだろう。

「上が気になるか?私に力をよこすのなら助けてやってもいいぞ?」

 そうくぐもった声で異次元にとりが私に言ってくる。魔力で傷を治癒させ、よたつきながらも立ち上がった。

「そんなの…お断りだぜ…!」

 彼女から逃げるために後方を向いて走り出した。傷はまだ完全には治っておらず、思うように前に進むことが出来ない。

「はっはっはっ…その傷で逃げられると思ってんのか?私から、ミサイルから」

 彼女もスーツを着たまま走り出した。地面のコンクリートを砕き、じりじりと距離を詰めてくる。

「ああ、思ってるぜ…!」

 彼女のいる場所周辺にコイルの性質を持った魔力を散布し、それに強力な電流の性質を持った魔力を通電させた。

 比較的低い場所に磁力を発生させたことで、異次元にとりの着こんでいる金属がその方向へと引き寄せられた。

「うおっ!?」

 膝を付き、磁力の発生している場所に縫い止められた。ミサイルが落ちて来ているため、今すぐにスーツを脱ぐことは無いだろう。そのうちに逃げようとするが、肩にかけているバックが磁力に反応してそっちに引き寄せられる。

 今までは磁力の方向を制限していたから、バックの中にある金属が反応することは無かった。今は方向を調節していない為、異次元にとりの方向に引き寄せられそうになった。

 だいぶ離れているおかげで引き寄せられることは無かったが、それでも逃げるスピードは格段に遅くなる。

 異次元にとりの着ているスーツが磁力に影響されるということは、それと同じ材質であるミサイルも引き寄せられるということだ。

 異次元にとりが縛り付けられている方へ少なからずミサイルは誘導され、そこから逃げられれば爆発をもろに食らうことは無いだろう。

 私はできるだけ離れるため、もつれる足を必死に動かそうとしていると、足に衝撃が走る。何かがぶつかったことは確かであるが、鋭い痛みに足から力が抜けて倒れ込んでしまう。

「くっ…!?」

 足を見てみると、ふくらはぎを見たことのある小さな槍が貫通している。一番初めに異次元にとりが私の肩に縫い付けたアンカーだ。

 磁力で引き寄せられるが、爆発を利用した瞬間的な威力が磁力を上回ったらしく、あと少しで磁界の外に出れるという所で捕まってしまった。

 アンカーには細いワイヤーが繋がっているため、磁力の働いている方へと引っ張られ始める。アンカーが縫いついている私も例外ではなく、その方向に引きずられる。

「くそっ…!」

 丁度すぐ近くに電柱が設置されており、私は引き寄せられないようにそれを掴んだ。金属製の物が全てそれに向かって飛んでいく中で、その力に抗おうとしているが足に刺さったアンカーの返しが肉を抉る痛みに、我慢できずに手を離してしまいそうだ。

 ミサイルが落ちてくる前に、早くこれを―――。

 音は無かった。代わりにあったのは見えない速度で地面にミサイルが衝突した衝撃だった。

 音が無かった理由は至極簡単で、音の速度を超えるスピードが出ているからだ。磁力に影響されたのか私に直撃することなく、三十メートルほど離れている異次元にとりと私を繋ぐワイヤーの真上に降ってきた。

 それはコンクリートをやすやすと砕いて突き進み、ジェットの炎で砕いたコンクリート片を空高く舞い上げる。衝撃は私や異次元にとりにまで地面をつたって伝わり、体が飛び上がった。

 防御の姿勢を取ろうとしたが、次の瞬間には何もわからなくなっていた。

 一つ分かるのはミサイルが爆発した音か、ミサイルが高速で移動していたであろう衝撃波の音。それらが入り混じった轟音が鼓膜を揺るがしたことだけだ。

 




7/27日に投稿したいですが、できない場合は来週のどこかで投稿します。

今回は文字数が多くなってしまい申し訳ございませんでした。次回からはもう少し文字数を減らしていきます。

文字数の割に全く話が進んでいないので、もっとテンポ良くしていきたいです。


誤字等がございましたら言ってやってください。すぐに修正します。


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東方繋華傷 第百三話 頭部

自由気ままに好き勝手にやっています!

それでもええで!
という方はだ第百三話をお楽しみください!


 ミサイルが落下してから少し時間が経っているが、未だに舞い上がった砂煙は晴れる気配もなく私たちに纏わりついている。

 息を吸い込むと、砂の粒子が舌にこびり付いて砂の独特な味が広がる。一部の粒子は舌に付くことなく喉へと向かい、気管に入り込んでせき込んでしまった。

 上空ならば建物の障害もないため多少なりとも履けているだろうが、建物がたくさん建てられている町の中心ともなればそう簡単には無くなってはくれない。

 この辺りはほとんどの家が崩れてしまって風通しはよくなっているはずだが、その周りにはまだ建物があり、それらが遮ってほぼ無風と変わらない。

 そうなると重力に従って、軽い粒子が自然と地面に落ちて行くのを待つしかない。だが、今戦っている敵は悠長に待ってはくれないだろう。

 できるだけ肺に砂の粒子を入れないように、短い時間で異次元にとりを倒したいところだ。

 取り落としていたこん棒を運よく拾うことが出来たため、スーツを着たまま戦っている異次元にとりに一方的にやられることは無い。

 ゴオッと一気に接近してくる異次元にとりに対して、私はこん棒を横に大きく振り回す。二人とも頭に血が上っており、後先考えない攻撃がとても多い。

 鼓膜を揺るがす鋭い金属音と真っ赤な火花、消費した青い魔力の結晶が得物の接着面から弾けた。

 背中のスラスターから炎を噴射し、空中で立て直すということをすることなく異次元にとりは吹っ飛んでいくと、積み上がった瓦礫やかろうじて残っていた壁の残骸をなぎ倒していく。

 重たいこん棒を振り回していると武器に振り回されてしまうため、得物を振った後は体勢を大きく崩してしまう。

 こん棒を杖にして体を立ち上がらせようとした私に向け、異次元にとりが手に持った瓦礫を投擲してくる。

 私が体勢を立て直す前に投げつけようとしていたらしいが、狙いをつけずに力任せに投げつけたようで、かすりもしない遥か手前に着弾した。

 それでも強化された肉体と機械の力が合わされば、投げつけられた瓦礫や積み上がった瓦礫などが私に向かって飛び散った。

「ぐっ!?」

 体を強化していても飛んでくる瓦礫が鋭く砕けていて、その面が当たれば皮膚を容易く切り裂く。

 顔を守るために上げていた腕にいくつも破片が当たり、防御創を作っていく。すぐにこん棒の後ろにでも隠れれば無傷だったのだが、後手に回ってはいけないと飛礫を食らいながらも攻撃に転じようとしていた私に、異次元にとりが突っ込んできた。

 背中のスラスターを吹かし、肩でタックルして来た異次元にとりによってこん棒を離してしまった。武器を失ってしまったが離していなかったら、慣性が働いて肩が外れてしまっていたかもしれない。

「がっ…ああっ…!?」

 巨大なものに突き飛ばされた運動エネルギーは非常に強く、すぐ後ろに積み上がっていた瓦礫を破壊するほどに吹っ飛ばされた。

 一つ目の山を崩し、二つ目の山に突っ込んだ段階で体の動きは止まったが、中途半端に山を崩していた私の上に大きな瓦礫が雪崩れ込んで埋まってしまう。

 鉄筋コンクリートから飛び出しているねじれ曲がった鉄棒に皮膚を叩かれ、瓦礫片に擦り傷を大量に作らされた。

 異次元にとりは私にタックルした時点で、前方方向に対してスラスターの炎を噴射していた。

 二十メートルの距離をほんの一秒程度で詰めて来る速度だったというのに、通り過ぎることなくすぐ近くに異次元にとりは居る。いつまでも埋まっていると彼女に追撃を貰ってしまう。

 手に余るほどの瓦礫が上に覆いかぶさっているが、辛うじて潰されていない右手に魔力を溜めた。

 それをエネルギー弾へと変換しようとした時、瓦礫の山から足の一部が出ていたらしく、太ももの肉を硬い金属が貫く感触がする。

「あぐっ!?」

 神経を伝ってきた痛みで早く出なければという思いだけが先走り、瓦礫の中でもがこうとするが、重たい岩石をどかすことが出来ない。

 足に打ち込まれていたのはアンカーだったらしく、肉と骨に食い込んでいる金属が引っ張られ始めた。

 いや、引っ張られたのではなく上に向かって持ち上げられたのだ。その力たるや人の足を胴体から引き剥がさんとばかりだ。

 上昇しようとする力は弱まることを知らず、そのまま私のことを瓦礫から引きずり出して上昇していく。

 足に刺さったワイヤーで逆さまに吊り下げられているため、顔を下げて足の先に見える異次元にとりを睨み付けると、青い炎を背中や足から噴射している。

 顔を上げて地面の方を見ると既に百メートル以上上昇しているようで、街の中央に見えるミサイルが空けたと思われる穴も、みるみるうちに小さくなっていく。

「いい加減……離しやがれ!」

 私は体を強化し上体を持ち上げた。思ったよりも速い速度で異次元にとりが移動しているせいで風の抵抗が強い。

 アンカーから伸びているワイヤーをレーザーで切断しようとする。だが私が上体を持ち上げたことで、アンカーを支えていた肉へかかる負荷が増え、アンカーにある返しが足の肉を裂いて引き抜けた。

「ぐっ…!?」

 過程は置いて結果的には、異次元にとりから逃げることが出来た。魔力を調節し、上昇しようとする体を地面に向かって落ちさせる。

 アンカーが抜けるのに時間がかかってしまったため、地上から大体300メートル程度の高さまで上昇してしまっていたようだ。

 そのまま地上まで逃げたいところだったが、腕にかかっていた人間一人の重量が無くなれば、気が付かないわけがない。

 私が離れた途端にスラスターから放たれる炎の方向を調節し、方向転換して彼女も下降を開始した。

 魔力もなくただ単純に落ちているだけならば、地球上では重さに関係なく同程度の大きさであれば同じ速度で落下していく。だが、そこに物体が受ける空気の抵抗やそれ自体の推進力が関われば結果は大きく変化する。

 私は異次元にとりと同じように、後方へ魔力を放出している推進力で地上へと向かっているが、彼女と違って私は生身であるためその速度には限度という物がある。

 それに対して異次元にとりは、金属のスーツで全身を覆っていて空気の影響を肉体的にはほとんど受けない。出力を関係なく上げている彼女に、私は地上まで後80メートル程度のところで掴みかけられた。

 血で真っ赤に染まっている足を異次元にとりに掴まれかけた。体を捻って横に避けることが出来たが、早く動き回れる分だけ空中では向こうの方が有利だ。次はわからない。

 異次元にとりの掴みかかって来る行動を横にかわしたため、今は少し距離が離れているが一気に距離を詰めてくる。

 地上まであと50メートル程度だが、速度を緩めることをしないところを見ると、ここで捕まえる気らしい。大きな手を広げ、異次元にとりが接近して来た。

 アンカーを撃ってこないのは、自分が動いていて私も動いているから、その偏差を付けるのが難しいからだろう。

 異次元にとりの大きな手で捕まえられる直前に、私は魔力を調節して向かっていた方向に魔力を放出した。逆噴射を行ったことで体に強い負荷がかかるが、骨が折れたり内臓が潰れるほどではない。

 減速したことで、斜め後ろで私に向かって加速し続けていた異次元にとりが私の前方に躍り出た。彼女の手は虚空を握っており、表情はヘルメットで見えないが何が起こったかわからないようだ。

 その彼女へ向け、手に溜めて置いたエネルギー弾をぶっ放した。いつも遠距離から援護しているため、そういった偏差を付けるのは得意だ。

 それでも異次元にとりに放ったエネルギー弾は胴体から外れそうになったが、彼女の伸ばしていた手に直撃して小さくはじけた。

 小さな弾幕の見た目以上に保有しているエネルギーは多い。腕に弾幕を浴びた異次元にとりは、体のバランスを大きく崩して地上まで一直線に落下した。

 腕の耐久能力をエネルギー弾の爆発が上回ったらしく、真っ赤な鮮血を断面から噴き出して彼女の右腕が胴体から引きちぎれる。

 エネルギーの大部分が腕に移ったことで、金属のスーツごと右腕が瓦礫やコンクリートを押しのけて地面に叩きつけられた。

 速度も相まってスーツはひしゃげ、中の腕はぐちゃぐちゃに潰れてしまったようで、装甲の間から血液が漏れ出しているのが遠目から見てもわかる。

 始めに地面に落ちたのは腕だったが、胴体の方も背中のスラスターで加速していたのがあり、腕と大差ない時間差で地表に大きな大穴をあけた。

 私は減速したまま異次元にとりの落ちた場所から、少し離れた瓦礫の上に着地した。足場が悪く、瓦礫の山が崩れて倒れ込みそうになったが、別の山に移って持ち直した。

 異次元にとりが落ちる直前に、スラスターで地面の方向へむけて炎を噴射していたらしい。腕のように潰れることは無かったようだが落ちたダメージは相当受けたようで、中々自分で開けた穴からはい出てこようとはしない。

 直径はミサイルによる物の十分の一程度だが、爆発物ではない物が空けたと考えれば大きな穴だ。

 倒れ込んでいる異次元にとりは私が瓦礫の山を飛び移ってからしばらくして、ゆっくりとその体を起こして這い出てきた。

「ぐっ……」

 新品で太陽の光を反射する程度に綺麗だったスーツは、擦り傷や歪みや砂汚れなどによって今では酷い有様だ。

 ヘルメットや胸の装甲部分が大きく凹んでいたり、砕けて内部の異次元にとりの体がのぞいている部分がある。着地も上手く行かなかったようで、先に落ちた右足の装甲が膝のあたりまでぐちゃぐちゃに歪んで潰れている。

 スーツの隙間や亀裂の間から異次元にとりの血液が垂れ、掘り返されて茶色い土を赤く染めていく。

「くそが…!やって…くれたなぁ…!」

 ヘルメットのせいで異次元にとりのくぐもった声が聞こえてくる。片足と片腕を失っているため、きちんと立つことが出来ないでいる彼女は叫んでいるが、強がっているようにしか見えない。

 この状況ではどちらが有利など第三者が見れば、明らかであろう。

 異次元にとりが握った左手を私の方に向け、装甲に隠されていたアンカーを発射した。しかし、彼女は右利きのようで慣れていない手で放ったアンカーは、私の体二つ分ほど右側を通り過ぎて行った。

 これ以上抵抗されて攻勢が逆転すると困る。私は立とうとしている異次元にとりの足元に転がっている石ころに魔力を含ませた。

 強力なコイルの性質を持った魔力に、非常に強い電流を流した。磁力が発生したことで、異次元にとりがその石ころめがけて体を倒れ込ませた。

「ぐあっ!?」

 いきなり磁力で地面に縫い付けられたことで、彼女は驚いた声を上げる。体の一部を欠損していてろくに抵抗できないようだ。

 これをしたのは彼女をこの場に縫い付けておくためではなく、殺すためだから安心してほしい。このまま逃げたりはしない。

 倒れ込んだ彼女に向かって、そこら中に転がっている鉄筋コンクリートが殺到していく。

「やめろ!やめろぉぉぉぉぉっ!」

 私がしようとしていることを察したようで、異次元にとりのくぐもった絶叫が聞こえてくる。私がしようとしているのは、基地で他の河童たちにやったことと同じだ。

 総重量が数百キロにも、数トンにもなる大量の瓦礫が異次元にとりの上へのしかかり、彼女の下にある磁力を発生させている石に向かって、できるだけ近づこうとしている。

 ギギギと金属が歪み、擦れる不快な音が二十メートルほど離れている私の耳に届く。そして、それらをかき消して異次元にとりの絶叫が響き渡った。

 ぐしゃりと金属よりも柔らかい物体が潰れる音が鳴ると、それを境に怒号が入り混じった金切り声が短く上がり、それ以降彼女が声を出すことは無かった。

 瓦礫の山に埋もれて潰れていく様子を直視することにならなくてよかった。気分が悪くなって今後の戦闘に支障をきたしそうだ。

 さて、これからどうするか。取り落としていたこん棒が近くに落ちていたため、発生している磁力を無くし、内部にある棒の形状となっている物質を元の正方形の形へと戻した。

 こいつらに異次元霊夢の居場所を聞く予定だったのだが、抵抗が思ったよりも激しかったから全員殺してしまった。

 また河童たちのいる基地に戻るのも面倒だし、他の場所に向かうとしよう。しかし、どこに行くか。

 どこに行くか悩んでいると、ポーチの中から聞きなれた女性の声が聞こえて来た。

 

 

 紅魔館を飛びだしてからすぐ、私はその足を止めることになった。さっきまでは館を囲んでいた壁だが、爆風で崩れたようだ。

 その積もった瓦礫で彼女のことが見えていなかったが、位置が変わったことでその陰から近づいていた人物の姿を発見することが出来た。

 切りそろえられて全く色のない白色の髪、緑色の洋服に身を包み、腰には二本の刀が下げられている。髪と全く同じ色の人魂が彼女の周りを浮遊している。

 何も考えずに見ただけなら魂魄妖夢と間違えていたが、何かが洋服に飛び散り、乾いて黒い染みになっているのはおそらく血だろう。

 彼女の方向から太陽の光で温められた生暖かい風が吹いてくるが、それに血の匂いが含まれている。

 十数メートル離れているが、それでもこれだけ漂っているということは、かなり返り血を浴びているということだろうか。

 黙っていれば美人のその顔にも血がこびりついていた痕が薄っすらと残っており、彼女の瞳には頭のいかれた狂人の色が宿っている。

 よく見ると喉元から顎、右目の下にかけて古傷のようなものがあり、それが妖夢ではないと決定づけた。

「…私たちを殺しにでも来たのかしら?」

 私が黙ったまま、少し驚いた表情をしている異次元妖夢にそう問いただした。夏だというのに長袖を着ている彼女の袖や手には、茶色くなりかけている血がべっとりと付着していて、さっき何かを殺してきたのだろうということを推測させた。

「いや、それよりも何でここにいる?」

 頭をかいて小さくため息を付いた彼女は、しゃがれた声で私に向かってそうたずねて来る。

 首の傷の影響なのか、その容姿には似合わない声だ。八十代のお爺さんやお婆さんでもここまでの声は出ないだろう。

 彼女の問いからどうやらこっちの霊夢たちが紅魔館を移動することは、聞かされていなかったようだ。

 いつから移動していたのかは知らないが、おそらく私たちが紅魔館に向かっていたことが原因だったのだろう。彼女たちの予定では紅魔館から移動することは無かったようだ。

「…それよりも、あんたは自分のことを心配したらどうかしら?」

 異次元妖夢にそう言うと、彼女はそれもそうかと腰に提げている刀を鞘から抜き取って、太陽光の反射で輝くその刀を彼女は片手で構えた。

 武術の錬度的にはおそらく向こうの方が上だろう。特殊な能力がない分だけ、剣術に長けている。油断することも、気を抜くこともできない。お祓い棒を握っていると、後方から誰かがこちらに走って来る。

「霊夢さん!私も戦います!」

 声からして妖夢だ。刀を鞘から引き抜き、勢いよく地面を蹴って走ってくる音が聞こえてくるが、その音はなぜか次第に弱まって遅くなっていく。

 ついには私の元に来る前に妖夢は立ち止まってしまったようで、足音が聞こえてこなくなった。

「…妖夢…?」

 異次元妖夢に警戒しつつ後ろに立っている彼女を肩越しに見ると、刀を抜いているのはそうだが、表情や瞳に闘志がない。呆然と私の先にいる異次元妖夢を見つめている。

「それ…は………」

 ようやく絞り出した彼女の声は酷く弱々しく、かすれている。握っている観楼剣を落としてしまいそうなほど、手には力が籠っていない。

「ああ、これ?」

 異次元妖夢は反応を見るや嬉しそうな表情をし、刀を持っていない方の手に握っていたそれをこちらに見えるように掲げた。

 血まみれ姿の容姿ばかりに目がいって気が付かなかったが、彼女の手に握られていたのはピンク色の布に見えた。

 そう見えたのは、私が現実逃避をしていたからだろうか。布ではなく大量の繊維が伸びていて、風によってそれぞれが独立して動いているのは髪の毛だ。その間から見えているのはやや白っぽい肌の色で、それが頭部であることを指していた。

 風で揺れる髪の間からは光の失った瞳が見え隠れし、だらしなく開いた口からは真っ赤な血が零れている。本来は胴体に繋がっているはずの首は半ばから綺麗に切断されており、血は垂れてはいないが相当な出血があったであろう血痕が首元にこびり付いている。

「…っ!」

 生唾を飲み込んだ私は、異次元妖夢を囲む異様な雰囲気に飲み込まれつつあった。今この状況で走り出されたらすぐには反応できず、戦闘体勢に戻ることも難しいだろう。

「欲しいなら上げるわよ?」

 彼女はそう笑って、手に持っていた妖夢の主である西行寺幽々子だった頭を放り投げた。弧を描いて回転して飛んでいく頭部は、私を超えて後ろにいる妖夢の胸に当たった。

 彼女は呆然としていながらも主の頭を抱えることには頭が働いたらしく、差し出した両手で幽々子の頭部を抱えた。

「……」

 刀を手から落とすと、地面に転がっていた瓦礫片に当たって軽い金属音を鳴らした。体から力が抜けた妖夢は膝をがっくりと落として座り込んでしまう。

 この状況では妖夢の援護は受けられそうにない。動揺はしているが、頭を切り替えて異次元妖夢に対峙する。

 私がここで引けば彼女に妖夢を殺されてしまう。絶対に引くわけにはいかない。頭の中の雑念を振り払って、先に走り出した。

 異次元妖夢も待っていましたと言わんばかりに刀を両手で構え、走り出す。圧倒的な速度で私の倍以上も走り、観楼剣を振るう。

 やはり剣術を使う程度の能力は伊達ではなく、彼女の振るう剣先が全く見えない。腕の方向などから刀のおおよその角度を算出し、そこにお祓い棒を配置して受け流した。

 魔力を削られた青い火の粉がお祓い棒からパッと咲いた。今度は私が強化したお祓い棒を異次元妖夢に叩き込む。

 だが、お互いに隙を見せないように大振りの攻撃を避けているため、簡単にお祓い棒を刀で受け止められた。

 異次元妖夢がお祓い棒を弾き、そのまま攻撃に転じようとしてくる。私は弾かれた反動を使って後ろに下がりつつ、お祓い棒を振るう準備を整えた。

 お祓い棒と観楼剣が打ち合わさり、鍔迫り合いとなる。接近して分かったが彼女からは、普通の人間が生涯で漂わせることは無いほど強い血の匂いを放っている。

 おそらくこの匂いは、幽々子を殺したときの返り血だ。何をしたのかは知らないが、どれだけ酷いやり方をすればこんなことになるのだろうか。

 腕に力を込め、観楼剣を弾き飛ばした。異次元妖夢が大きくバランスを後ろに崩していくが、身体強化されている彼女の足が薙ぎ払われ、私の脇腹にめり込んだ。

 嫌に大げさな体勢で後ろに倒れるかと思ったが、こういうことか。皮膚に点在する痛点が刺激を神経を通して、脳へと痛みを送り付けたらしく危うく痛みで膝をつくところだった。

 体内で内臓が揺れているのがわかり、バランスを崩したのは私の方だった。蹴られたわき腹を押さえながらも、異次元妖夢に攻撃されないようにお祓い棒を構えようとするが、彼女はすでに立て直して私の目の前に立っていた。

 私の顔を覗き込んでいる彼女の笑っている表情に、全身に鳥肌が立つ。それでも攻撃しようと、お祓い棒を振るう私の横を異次元妖夢は通り過ぎた。

 狙いは始めから妖夢だったようで、未だに呆然と座っている彼女へ向けて異次元妖夢は一直線に走っていく。

「妖夢!!」

 お祓い棒を振るってしまった分だけ次の行動に移るラグがあり、妖夢に接近を許してしまった。

 彼女は大きく観楼剣を振り上げ、私の声にも反応を示さない妖夢を殺すためにその得物を薙いだ。

 

 

 

 急いでいるのか私に情報を話した後、すぐに妖精メイドが部屋を出て行ったのを見計らってから私は魔理沙に声をかけた。

「魔理沙、今の爆発は貴方の仕業かしら?」

 さっきの爆発が起こってからしばらく返信が無かったが、もう一度声をかけてみると疲れが混じった魔理沙の声が帰って来る。

『ああ、正確には私ではないが…それはさせたな』

「連絡で来ているということは、無事だと判断するけど…何があったのかしら?」

『こっちのにとりと戦っただけだぜ。にとりは殺したから…ああいった爆発が起こることは、多分もうないから安心してくれ』

 淡々と彼女はそう言うが、今殺したと言ったのだろうか。自分が殺されかけているというのに、相手を殺せなかった彼女が?

 それは本当かどうか聞きたかったが、今はそんなことを問う時間ではない。妖精メイドが街に霊夢が向かうということを聞いてから大分時間が経った。距離的にまだ到着はしていないだろうが、時間の問題だろう。

「霊夢がそっちに向かったと聞いたから、まだ会ってないなら逃げなさい」

「そうか、そうさせてもらうぜ」

 そこまで時間が経っていないはずだが、彼女の声は最後に話したときと比べてだいぶ口調が変わっているように感じる。

 魔理沙はそう言うと早々と通信を終了してしまう。今はこんな状況だから悠長に聞いている暇はないのだが、その調子で本当に大丈夫なのだろうか。

 私は魔理沙が心配になるが、今は目の前のことに集中しよう。霊夢が街に向かったそうだし、向かうとしよう。

 直ぐに移動しようとするが、この館の敷地内から戦闘音が聞こえて来た。誰かが攻め込んできたようだが、様々なことが重なって目が回りそうだ。

 私はため息を付きながら霊夢を追うために、割れた窓から身を乗り出した。

 




次は8/3に投稿する予定です。

出来なさそうな場合はここに書き込みます。


前回が長かったので、今回は短めです。


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東方繋華傷 第百四話 背中

自由気ままに好き勝手にやっています!

それでもええで!
という方は第百四話をお楽しみください!





今回は小さい者クラブが頑張ります。


 細長い物体が空気を切り裂く音が耳に届き、それと同時にあの剣先の見えない斬撃が妖夢を切り裂いた。

 首を切断されたことで血しぶきがそこら中に飛び散り、胴体から離れた頭が地面を転がる。そして新鮮な血液の匂いが当たりに立ち込めると思われた。

 代わりに飛び散ったものは血液ではなくオレンジ色の火花に、消費された魔力の青い結晶だ。

 地面に転がる物体は無く、金属と金属が高速で擦れあった時に出た焦げ臭い香りがする。背後から見える彼女の雰囲気が焦っているように感じた。

 大振りの攻撃を受け流された異次元妖夢に、大きな隙が生まれているからだ。いつの間にか刀を拾っていたらしく、攻撃を受け流してた妖夢は異次元妖夢に切りかかった。

 横に振った妖夢の観楼剣は空を切った音は、異次元妖夢が斬撃を躱したことを指している。

 体をくの字に曲げて振った刀を避けたようだ。なんて反射神経だ。あり得ないと言ってやりたいが、あの攻撃した直後で回避行動をとるのが難しいというのにやってのけた。

 異次元妖夢に更に刀で切りかかり、受け止める敵を力任せに弾き飛ばした。後ろに下がった異次元妖夢に攻撃を叩き込もうとお祓い棒を振るうが、直前で方向転換したらしく当たることなく空振りしてしまう。

 妖怪退治用の針を袖の中から取り出して異次元妖夢に投げつけようとするが、その時にはすでに妖夢が三度切りかかっており、今の援護は邪魔になってしまう。

 妖夢の表情は呆然を通り越し、誰が見てもわかるほどに憤怒を現している。額に青筋が浮かび、全身全霊を込めて異次元妖夢を殺そうとしている。

 しかし、怒りで我を忘れているのか剣術に心得のない私から見ても、妖夢の切りかかり方はでたらめなものだとわかる。

 犬歯をむき出しにし、余裕そうに口角を上げて笑っている異次元妖夢と鍔迫り合いになっているが、後先考えていない妖夢は全力で押し込んでいるため有利そうに見える。

 だが、力だけでは簡単に決着がつかないのが武術であり、戦いなのだ。妖夢よりも弱い力で異次元妖夢は刀を弾き飛ばした。

 力任せに剣を振るっていた妖夢はさぞ驚いたことだろう。今の一撃で一筋縄ではいかないと冷静になってくれればいいが、大切な人を殺されれば頭に上って沸騰している血はそう簡単には冷えない。

 攻撃を弾かれて驚いている妖夢の胸倉に、異次元妖夢は手を伸ばして掴みかかる。着ている洋服の布を引きちぎりそうな勢いで引っ張ると、積もっている瓦礫の方へと投げつけた。

 瓦礫の山に背中から衝突する直前に、妖夢は体勢を立て直して受け身を取り、山の瓦礫へと着地する。

 彼女には冷静になってから、異次元妖夢と戦ってもらわなければ困る。

 彼女に死なれてしまうとこちらが戦力的に不利となるのと、同じ能力を持っている妖夢でなければ、倒すのが困難になってしまう。

 というのも技術力と知識が大体同程度の二人がいたとして、片方は強い能力を持っていてもう片方はそこまで強くない能力を持っていたとしよう。

 その二人が戦えば考えるまでもなく、強い能力を持っている者が勝つだろう。だが二人が全く同じ能力を持っていたらどうなるだろう。

 知識や技術力は同じで、能力も同じであれば互角に戦えることは間違いない。能力が変わるだけ勝敗がわからなくなる。それだけ能力というのは戦況に置いて大事なのだ。

 だが、そこにもう一つ関与してくるものがある。それは、これまで戦ってきたの経験の差だ。何年も戦ってきた異次元妖夢に比べて、妖夢はそこまで戦いをしてきたわけではない。それが勝敗を分けることになるだろう。

 他にも戦況をひっくり返すことのできるアイデアやひらめきなどの事柄は沢山あるが、大前提として同じ能力を持っているということがどれだけ大事なのかということを知ってもらいたい。

 それに今回は彼女の精神状態も勝敗に大きくかかわることになる。周りの見えていない妖夢は、敵からすればいい的だろう。

 瓦礫の上へ着地した妖夢は身体を強化していたようで、後方に破片をまき散らして異次元妖夢に向かって跳躍する。

「りゃあああああああああっ!!」

 大きな声を張り上げて観楼剣を上から異次元妖夢に叩きつけた。全体重を乗せての攻撃により、異次元妖夢が弾き飛ばされる。

 弾き飛ばされるというよりは自分で下がったように見えたが、やはりそうだったようだ。体勢を着地する前に立て直し、空中でさらに追撃をしてきた妖夢の観楼剣を素手でいなして攻撃を避けた。

 一歩間違えれば手の肉を全て削がれてもおかしくはないというのに、顔色一つ変えていない。

 古く、茶色い血がこびりついている頬を歪めて口角を上げる異次元妖夢は、刀をいなした手で手を伸ばせば届く距離にある妖夢の顔を鷲掴みにした。

 異次元妖夢は足から空中に魔力を放出し、それを足場にして次の行動のために踏ん張りをきかせた。

「ぐっ!?」

 かなり荒々しく掴みかかったようで、妖夢の上体が大きく後ろに傾いた。異次元妖夢は足場の魔力で踏ん張って掴んでいる手を押し込み、地面に叩きつけた。

「がふっ!?」

 地面に頭が抉り込み、起き上がることを許されず、観楼剣を右肩に突き立てられている。肩の肉が削がれ、骨を断ち切られた妖夢は右手で刀を振るうのが難しくなるはずだ。

 妖夢の戦いだとか、そんなことを言っている場合ではなくなってきた。このままでは彼女は殺されてしまう。

 妖夢にのしかかっている異次元妖夢へ向け、妖怪退治用の針をいくつか投擲した。初めの何本かを妖夢から引き抜いた刀で全て叩き落されていく。

 札や弾幕も一緒に放っているが、その全てを異次元妖夢は切断していくのだ。それでも妖夢から引き剥がすことには成功し、彼女は大きく動いて攻撃を躱していく。

「霊夢さん!手を出さないでください!」

 肩から血を流しているが、戦意は喪失していない妖夢が立ち上がりながら私にそう叫んだ。

「…何言ってるのよ、この状況で一人でやろうとしているなんて無謀もいいところよ…死にに行くようなものじゃない」

「………友人を殺されて…主人を殺されて……私には、もう生きる意味を見出すことが…できません」

 私にそう言われたことで少しだけ冷静になれたのか、むやみやたらに突っ込もうとすることなく彼女はそう言った。

 肩から血を流している妖夢は、ゆっくりと立ち上がると私の弾幕を避け切った異次元妖夢に対峙する。

 以前に永遠亭で殺された鈴仙と妖夢は、とても仲が良かった。彼女が殺され、主人である幽々子も殺された。彼女がそうなってしまうのも無理はないだろう。

「…そう…大切な人を殺されれば、私もそうなるかもしれない。でも、あなたが死んで…それを喜ぶ人はいるかしら?……あなたはそうやって死んだことを誇れるかしら?」

「……」

 私がそう言うと彼女は悔しそうに顔を歪める。少し言い過ぎたかもしれない。だが、このまま妖夢に戦わせたらだめだ。

「…生きることをあきらめて、復讐に身を任せて死んで…あなたはそれで幽々子や鈴仙に誇れるかしら?」

「……なら、どうしろと?」

「…生きることよ。何が何でもね」

 以前に死んだ咲夜や早苗のことを悪く言っているような形になってしまったが、そういうわけではない。二人を殺されたことで、私も友人を殺されたショックを知らないわけではない。だから、誰かを失うことが怖くてこういったことを言ってしまったのだ。

 ずるいやり方だ。これ以上友人を殺されたくはないというのもあるが、戦力の低下を恐れて彼女たちの名を出した。

 でも、どっちの方がよかったのだろうか。怒りに身を任せたまま、妖夢を犬死させる方がよかったのだろうか。

 自問自答をするが帰ってくる答えは、当然わからない、だ。この世界に数学の答えのような正解は存在しない。あるのは後悔だけだ。

 人生において数少ない後悔のない選択も、後の後悔の選択により埋もれて無くなる。最終的に、人生の選択というのはどちらが後悔しないかの選択といえる。

 私は、もしかしたら自分でいばらの道を選択しているかもしれないな。

 目の色には復讐を残してはいるが、少し冷静になった妖夢が異次元妖夢と交戦していく。さっきまでの暴走じみた捨て身の攻撃が無くなった分だけ、私の援護もしやすくなった。

 しばらく妖夢の援護に回っていると、砂煙がいまだに舞い上がったままの街の方で何かが落下していくのが視界の端に見えた。

 青い光を放って空から地面に向かって行く様は、外の世界にある爆撃機などを想像させた。だが、光を放っているということはそう言ったたぐいのものではないのだろう。

 左手で器用に重たい刀を振るっている妖夢は右肩の傷に集中的に魔力を送っていたらしく、ようやく血が止まり始めたところだ。

 異次元妖夢も本気ではないようで、隙をワザと妖夢に見せては大きな一撃を出させるように仕向けている。

 一応冷静になっている妖夢はその誘いに乗ることは無いが、幽々子が死んだ同様なのか太刀筋がいつもよりも荒い。

 でも、一番気にかかるのは自分のことだ。普段からあまりやらない援護に回っているからか、いつもの調子で動けない。

 私は、こんなにも弱かったのだろうか。何かが自分の中で足りない。持っている武器や服はいつも通りでそれらが原因ではないとはわかる。

 体調がすぐれていないわけではない。むしろ調子がいいぐらいであるのに、なぜかいつものように立ち回ることが出来ない。

 何かが足りないのか、立っている時の背中がスースーする。こんなに戦っている時というのはさみしいものだったか。

 誰かが、いつも後ろで私の背中を守ってくれていたような気がしてならない。でも誰だと言われると、それも返答できない。私の周りで援護に特化している人物はそういない。

 紫は援護に向いた戦い方をするが、彼女が異変で直接戦うことなどあまりない。たとえあったとしても一緒に戦ったことは無かったはずだ。

 いつもの異変では二人一組で移動することが多かったが、私は誰と移動していたのか。思い出そうとしても思い出すことが出来ない。

 他の人たちのペアはすぐに思い出せるというのに、自分が組んでいた人物を思い出せない。いなかったわけではない、絶対に誰かと組んでいたはずだ。

 異次元妖夢を警戒しているが、何かが物足りないと考えにふけっていると二人の戦いが進んでいく。

 怪我が少し治ってきたのか、妖夢が両手で観楼剣を握って異次元妖夢に切りかかる。面白くなってきたと、異次元妖夢は乱暴に刀を振るってはじき返した。

 赤と青の結晶が弾け、それが放つ光を反射して刀を彩る。妖夢の体勢を整えるのが少し遅い。横から割り込み、素早く刀を振るおうとしていた異次元妖夢の観楼剣を上からお祓い棒で押さえつけた。

 力を込めて振るう前に押さえつけられたことで、異次元妖夢は観楼剣を振り回すことが出来ない。だが、戦い方が柔軟な彼女は、体勢を立て直した妖夢の攻撃をひらりとかわした。

 私が時間を稼いだ分だけ、妖夢の攻撃のタイミングも悪くは無かった。しかし、それでは足りなかったようだ。二人がかりでこのザマとは中々笑えないな。

 下がった異次元妖夢に対して後ろから白狼天狗の一人が、大太刀で切りかかろうと妖夢以上の速度で走り出した。

 だが、その気配を察知できない異次元妖夢ではなく。その方向を見ずに大太刀を受け止めた。刃と刃が合わさり、鍔迫り合いとなるが、同じように金属で作られているはずの大太刀の刃に観楼剣が潜り込む。

「なっ!?」

 作り方が違うのか、何か特別なことをしているのかはわからないが、驚いた声を上げた白狼天狗の頭は、切断された剣先と一緒に地面に落ちて行く。

 心臓から伸びてきた動脈が断ち切られたことで、骨まで丸見えの断面図から血液が溢れて来た。圧力がかかっている分だけ、勢いが強い。

 至近距離にいた異次元妖夢はそれを浴びることとなった。白色だった彼女の髪の毛は、紅魔館の小悪魔や美鈴のように赤く染まる。

 服の方や胸にまで血が飛び散り、額や頬に流れて来た血を異次元妖夢は指ですくうとそれを口に運んだ。

 ぐらりと異次元妖夢に倒れてきそうになった白狼天狗の腹部を横から切り裂き、頭だけでなく上半身と下半身が分かれた状態で地面に倒れ込んだ。

 白狼天狗の上半身が落ちたことで、地面に溜まっていた血が跳ねて異次元妖夢の靴やふくらはぎを汚すが、気にも留めないどころか少し嬉しそうである。

 もう新手の吸血鬼にしか見えないが、食事ではなく殺戮であるためそれらとは根本的な目的が違う。

 恍惚な表情を浮かべて血を舐める異次元妖夢は、そんなことをしている最中ではあるがその瞳は殺戮をしたくて仕方のないようだ。常に視界の中に私たちを捉えている。

 そして、腐っても剣術を扱う者のようで、血を浴びたというのに刀を握っている右手には全く血痕がない。

 血で刀が滑らないようにしている。基本的に頭がおかしいというのに、垣間見える理性が少し怖い。

 異次元妖夢は刀を握り直すと、妖夢に向かって歩き始める。周りにいる白狼天狗たちは剣術では自分たちはかなわないと今ので察したらしく、じりじりと下がり始めている。

 ほぼノーモーションで歩いていた異次元妖夢が走りへと切り替え、迎え撃とうと観楼剣を構えていた妖夢に突っ込もうとした。

 お互いの射程圏内に入ろうとした時、異次元妖夢の獣の様な瞳が別の方向を捉えると、今までとは打って変わって身を翻し、後ろに下がった。

 何かの罠を警戒して深追いをしようとはしなかった妖夢と彼女の間に、数十本の鉄パプが高速で飛来し、地面に突き刺さる。

 私の身長よりも高いそれらは三十センチ以上も地面に入り込んで、私と同じ程度の高さとなっている。人間が当たれば簡単に胴体など貫通してしまうことだろう。

「霊夢。街に行くって聞いていたけど、行っていないのは…それが原因かしら?」

 宙に浮かんでいる紫はその高度を維持したまま、私にそう言ってくる。返答を待たずとも答えはわかっているのか、こちらを見ずに開いているスキマから先と同じように大量の鉄パイプを高速で射出する。

 異次元妖夢はそれを物ともせずに全て叩き落していく。金属音を散らし、綺麗に半分にされている鉄パイプが地面に落ちて突き刺さっていく。

 縦にも横にも切られていく鉄パイプの間や下を潜り抜け、紫からは死角の紅魔館の影に逃げ込み、そのまま逃走を始めた。三人がかりでは分が悪いのは明らかだからな。

「待て!」

 妖夢は逃げていく異次元妖夢を追って走り始めた。

「…ちょっと!妖夢!」

 静止を無視し、彼女は走って行ってしまう。私も彼女の後を追おうとするが、紫に止められてしまう。

「霊夢、待ちなさい」

「…なんで止めるのよ。まさか、妖夢を使い捨てにするつもりじゃないでしょうね!?」

「違うわよ。あなたは情報を集めたいんでしょう?ならそっちに向かいなさいな。できれば倒したいけど、無理そうなら無理やりそっちに向かわせるわ」

 紫の能力なら素早く妖夢を移動させることも、援護することも可能だろう。

「それじゃあ、霊夢。とりあえず気を付けて街には行きなさい」

 紫はそう言うと、スキマの中へと入っていく。移動ができるのならば街に移動させてほしかったが、彼女はもうスキマの中へ消えていってしまっている。仕方ないが、言われた通りに街に向かうとしよう。

 

 

 ようやく森に付いた。紫に言われた通り霊夢が街に来る前に紅魔館の方向とは逆方向に移動したが、暑い日差しの中で飛んでいても十数分かかった。

 街から森までは木は生えておらず見通しがいいため、街に着いた霊夢達に見つかるのではないかと冷や冷やしたが、そんなことは無く無事に着けたのだが。

 少し疲れた。紅魔館から逃げ出してから動きっぱなしで、少しも休めていなかったから、少し休むとしよう何か建物は無いだろうか。

 重い足取りで日向よりもしけっている地面を踏みしめる。疲労が溜まっているせいで、頭が働かない。

 闇雲に歩いたところで、あるかもわからない建物なんか見つかることは無いだろう。通常なら人の手が入っている地形などを探せばいいだけなのだが、この長い年月で普通の人間が生き残れているはずがない。

 十年前にはあっただろう痕跡も、年月によって自然と見分けがつかなくなっているだろうし、民家を見つけるのは至難の業だ。

「………」

 ここ十数時間まともに寝てもいない為、疲労感だけでなく眠気もでてきた。誰がいるかわからないからあまり外では寝たくはない。

 森に入ってからしばらく経つが、行けども行けども木々しか見えない。地面の状態からやはりあまり誰も立ち寄らないのか、足跡という足跡は見つけられない。

 異次元にとりに負わされた傷はほぼすべて完治しているから、出血などの心配はしなくてもいいが、疲れだけはどうしようもないな。

 そのまましばらく歩くと、最近ではないがだいぶ昔に人の手が加わった跡があることに気が付いた。

 だいぶ昔にやられたものだが、切り株がいくつかある。風化によって表面がボロボロになっており、人の手によるものなのかそうでないのかはわからないが、腰ぐらいの高さで切り落とされた切り株が複数存在している。

 疲れ切った頭を切り替え、回転させて切られた切り株を観察すると、それが人間業でないことに気が付いた。

 どちらかわからないと言ったが、それは訂正しよう。多分だが、人間以外によるものだ。人が切った後に異変が起きて放置された線もあるのではと思われるがそれもない。

 ボロボロの切り株の痕からもわかるが、一撃で綺麗に切られているのだ。ここらはあまり人や妖怪の手が入らなかったのか、幹の直径が一メートルを超える木が多い。

 その巨大な幹を人間が一撃で切断するなど、不可能だ。

 だいぶ長い年月が経っているからわかりづらいが、切り株の隣には大きな大木が横たわっている。コケやキノコが生えていて、あと数年もすれば腐って土にかえるだろうという段階まで来ている。

 かなりボロボロだが、切られた幹の断面に斧を使用した痕が見られないのだ。

 今でこそ異次元にとりの持つ兵器がオーバーテクノロジーで、幻想郷に存在していい代物ではない物が多いが、私が覚えている当時ではチェーンソーなんて高等なものは無かったはずだ。

 となれば、人間以上の力を保有する何かが、ここら周辺の木を切ったということになる。ランダムに切られているから、戦っていて攻撃を躱されたり間違って切ってしまった結果だろう。

 切られた木の中には他の木にもたれかかっているのもあるが、伐採目的で人間が切ったのならあんな風に切ることは無いはずだ。

 誰だろうか。異次元妖夢か、異次元椛辺りだろう。鬼たちがやったのなら木自体が残っていないだろうし、異次元小町が生きているかはわからないが、あいつが持っている鎌で切られたという線もあるか。

 こっちの小町が言うには、あれはそういう使い方ではないと言ってたが、こっちとは違うのだろうか。

 まあ、そんなことはどうでもいい。さっさと休めるところを見つけたい。この切り株がついさっきできた物とかなら警戒して、それどころではなかったのだろうが、この辺りは誰かが入った形跡もないし、焦る必要もない。

 しばらく歩いてから再度周辺を見回してみると、何やら一か所だけ日の光が強い部分が存在している。

 よく目を凝らしてみてみると、自然的な流動を描く木々ではなく。人間が作り出した人工的な建物が建てられているのが見えた。

 あそこで休みを取るとしよう。運よく建物を見つけられたことで、埃だらけではあるが布団で寝れるかもしれないという期待が膨れ上がるが、針を刺した風船のようにそれはすぐにしぼんだ。

 あの家に近づくごとに、誰かが歩いた後の痕跡がチラチラと地面に見え始めたのだ。しかも、比較的新しい足跡だ。

 形的に私が履いている靴とよく似た履物をしているようだ。靴だけでは誰と判別することはできないが、森の中にいて私と同じような靴を入っている人物といったら。

 思い浮かんでしまうのが困る。

 あいつと戦うのは非常に苦手で、人形を操る奴じゃないことを祈るが、そうじゃないと思い込むのは楽観的過ぎるだろう。

 光の魔法を発動させ、私は周辺の人間から見えないようにした。音を立てないように魔力で体を浮き上がらせ、その建物へと少しづつ近づいた。

 建物の周りには人の気配がしないが、すぐ目の前にまで接近するとわずかに花の匂いが漂ってくる。

 近くに太陽の畑があるのだろうか。でもそしたら遠くから見てもわかるほどに大量の花が咲き乱れているはずだ。

「…」

 単純な作りのこの家は窓を数か所確認すれば、家全体で中にいる人物が誰なのかがわかる。

 私の予想する人物でないことを祈っているが、半分は諦めている。少し遠目に光の魔法を発動させ、光を屈折させた。

 一つ目の大きな窓を何度か光を屈折させて覗いてみると、そこには既に私の予想する人物の形跡が存在した。

 窓枠近くにちょこんと座らせられているそれは、小さく身の丈は三十センチ程度で、頭頂部には赤い大きなリボンが結ばれている。黄色く艶やかな髪の毛が腰のあたりまで伸びていて、青色や白い洋服を身につけさせられている。胸元には頭に付けられている物と同様に赤いリボンが結ばれているようだ。

 それらの人形の手には、かわいらしい容姿からはかけ離れた禍々しい槍や刀を握っている。しかも、だいぶ使っているようで、ところどころ錆びついていたり、血の染みの痕が見られる。人形好きの子供が見たら泣き出しそうな絵図らだ。

 あれはアリスの作った上海人形だ。今はアリスの支配下ではないようで、おとなしく座っているが、ひとたび命令を受ければ殺人マシーンへと切り替わる。

 人形で近距離を攻撃し、遠距離は人形を繋いでいる魔力のワイヤーや弾幕で攻撃してくるため、私にとって非常に戦いにくい者の一人だ。

 他には机や本、本棚にコンロがある。どうやら食事をしたりする部屋のようだ。誰もいない。人形も見える範囲では数体しかない。

 机の上には紅茶を作るためのポットが置いてあり、お湯を沸かしてからあまり時間は立っていないのか、湯気が注ぎ口から立ち上っている。花の匂いがすると思ったのは、そういう紅茶の匂いだったらしい。

 屈折を更にして、別の窓から別の部屋を覗き込むと、さっきよりも小さな部屋が映し出された。そこには台所以上に大量の人形が棚に置かれていて、ベットや机の上にもいる。総勢で30を軽く超える人形が保管されているようだ。

 そして、こちらには背を向けているが、たくさんの上海人形が置かれている机に向かって、モクモクと何かを作っている人物が椅子に座っているのが見えた。

 金髪で、上海人形たちと同じような青と白の洋服を着ている異次元アリスの姿がそこにあった。

 人形たちと違うのは、腰につけている赤い大きなリボンがあることだろう。

 スカートは足首まであるが家の中だというのに、靴は履いたままだ。いつ敵に襲われてもいいようにだろう。

 誰がいるかは確認できたし、さっさとここから離れるとしよう。地面で寝ることが決定した私はがっくりと肩を落として魔法を切ろうとすると、異次元アリスに動きが生じた。

 作業する手を止め、ゆっくりとこちらを振り返る。何か視線があると感づいたようだ。

「……っ」

 慌てて魔法を切ろうとしたが、向こうからこっちは見えていない。逃げ出す必要はない。

 視界の中にいる異次元アリスは肩越しにこちらを振り返り、目を細めた。中々良い感をしてらっしゃる。

 だが、何もいないとわかったのか、すぐに作業に戻り始めた。針を片手に糸で丁寧に人形を縫って行く。洋服を着させ、赤いリボンを頭に巻きつけさせる。

 遠目から見れば人間と勘違いしそうなほど精巧な作りの人形だと、屈折させてみる視界越しからもわかった。

 それよりも彼女のあの顔、無表情から作り出された無機質な感じは、日本人形のような恐怖感を芽生えさせた。

 

 

「チルノちゃん……どうしよう……」

 私は一番仲のいい友達であるチルノちゃんに声をかけた。背中に氷の羽を浮かせ、青い短髪の髪を揺らしている彼女は、私に不安を植え付けないようにするためか自信満々に胸を張って大丈夫と言っているが、少し顔が青い。

 いつも明るく、暴走気味な彼女でも、流石に今の状況は相当よろしくないようだとわかっているようだ。

「だ、大丈夫だよ大ちゃん!こんな森なんか…ちょ…ちょちょいのちょいだもん!」

 私の手を握る幼い小さな手が少しだけ震えている。彼女も不安のようだ。

「そのちょちょいとの部分を…詳しく教えてくれない…?」

 私よりも青い顔をしている小傘さんがそう言った。あまり面識はなかったがついさっきそこで会って、今は一緒に行動している。彼女も不安で堪らなさそうな顔をしているのが見てわかる。

「そ……それは…」

「ないのかー」

 いつもの調子のように話しているルーミアちゃんも、声が震えている。リグルちゃんに至っては、膝を抱えて座ったまま何も話さなくなってしまった。

「来るんじゃなかった……」

 あまり戦闘に向いていないミスティアちゃんも心配だと来てくれていたが、あの時の凛々しい彼女はどこに行ったのか、今はブルブル震えてルーミアちゃんにしがみついている。

「と…とりあえず…霊夢さんたちに合流しようよ」

「でも、道がわからないよー?」

 狩りや狩猟などとは程遠い生活をしていたせいで、足跡の追跡なんかをできる人はここにはいない。これではもと来た道を引き返すことなどできない。

 森の中で方向感覚を失っているため、なんとなくで進めばさらに迷子が加速することだろう。

 紅魔館について早々に自分たちは別行動して、情報を集めようというチルノちゃんの言葉に乗っかってしまった自分を殴ってやりたい。

「飛んで敵に見つかるわけにもいかないし…」

 うーんと皆で唸っていると、近くでガサリと誰かが草を揺らした音が響いた。

「っ!?」

 全員の意識がそこに集まる。いつも余裕ぶっているチルノちゃんでさえも顔を青ざめ、後ろにじりじりと下がってしまっている。

「バラバラになっちゃだめ…!そうなると…相手の…思うつぼだから…!」

 走り出そうとしているルーミアちゃんやミスティアちゃんを引き留め、近づいてきている音の方から私たちはじりじりと下がって行く。

 近くに落ちていた乾いた木の棒を私は拾い上げ、何が来てもいいように私はぐっと棒切れを握り込んだ。

「みんなは……逃げて…」

 武器を使ったことなんてないけれども、皆が逃げるぐらいの時間は稼いで見せる。恐怖で視界が歪む。構えた剣先が上下に小刻みに震えている。

 敵を確認する前に逃げてしまっては、逃げたチルノちゃんたちが何の対策もできない。だから、敵が姿を現してから、交戦した私に攻撃が集中している隙に逃がさなければならない。

 草が揺れる音しかしていなかったが、今は歩み寄って来る足音まで聞こえてくる。心臓の音がバクバクなっていて、チルノちゃん達にまで聞こえてしまうのではないかと思うほどだ。

 ガクガクと膝が笑い、気を抜いたら自分が一番最初に逃げ出したい衝動に駆られて、我先に走りだしてしまいそうだ。

「私も、戦う…!」

 震えている私のすぐ横に立ったチルノちゃんは、能力で氷の刀を作り出して同じように音のする方向に向かって構えた。

「わ、私達だって…」

 ルーミアちゃんやミスティアちゃんも私たちの隣に立ち、半べそをかいているリグルちゃんと、すぐに壊れてしまいそうな傘を握っている小傘さんも対峙する。

 皆のおかげで少しだけ恐怖が和らいだ。でも、来る人によっては絶望的な戦力差が開いていることには変わりないだろう。

 背の高い草むらの奥から、そいつは姿を現した。

 




8/10に投稿する予定としていましたが、私用により連絡が遅れてしまい、大変申し訳ございませんでした。

今後はそういう事が無いように、気をつけていきます。

次の投稿は8/14の夜十時です。


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東方繋華傷 第百五話 もう一本

自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもええで!
という方は第百五話をお楽しみください!


 スピードの乗っている二つの棒状の金属がぶつかり合っている。正面から衝突したり表面を撫でるごとに、交じり合う金属音とひっかく不快な音を奏でた。

 私の斬撃に慣れて来たのか、血にまみれている同じ顔をした自分に振るう刃が当たらなくなってきた。

 近くに浮かんでいる紫さんの援護もあり、始めの何度かは皮膚を掠ったりする程度には当たっていたが、そのうち異次元妖夢は刀すらも使わなくなってきた。

 体を前後左右に動かして最小限の動きで観楼剣を躱す。あと紙一枚分刃先に肌が近ければ、鋭い刃が切り傷を作っているところだ。

 だが、私の戦い方に慣れて来た異次元妖夢は、マトリックスの敵並みに斬撃を避けている。そのギリギリさも楽しんでいるのか、口角が上がったままだ。

 自分の物か、他人の物かわからない血液を全身にこびり付かせている異次元妖夢は、慣れた手つきで振るう観楼剣を素手でいなした。

 軌道を変えられた観楼剣は、彼女を切り裂くことなく空振りに終わる。代わりに異次元妖夢は、私の太ももに刀で小さな切り傷を作った。

 重たい楼観剣を振るい、素早く動き回るのに支障がない範囲で異次元妖夢は私に怪我を負わせる。

 傷は浅いがその分だけ何度も切られた。見た目はかなり派手にやられているようだが、実際はそこまでではない。こいつ、じわじわと私を嬲り殺すつもりだ。

 いつの間にか血みどろになっている私は、異次元妖夢よりも体が赤く染まっていた。傍から見ればどっちがどっちか見分けがつかないところだが、髪の毛が赤く染まっていたり表情から判断しているようで、紫さんの援護は適格だ。

 私が危ないと判断した彼女は開けたスキマから、細長い棒状の物体を飛ばしてくる。

 私の剣戟だけでなく紫さんの攻撃にも慣れて来たのか、彼女は飛来する鉄パイプやまっすぐな鉄筋を簡単に全て切断した。

 弾丸程とはいかないが、弓よりも圧倒的に早い速度で撃ち出される物をこうも簡単に切断してしまうとは、見るだけで分かる。彼女は私よりも数段階も先を行っている。

 どうやったらここまで強くなれるのか、不思議でならない。まるで咲夜さんと戦っているようだ。

 私よりも速く動き、何手も先を行く。だが、彼女と違うのは異次元妖夢はこの戦いを戦いだと思っていないところだ。

 チャンバラか、おままごとか。どちらにせよ、彼女にとって私を殺すのはその程度の意気込みだということだ。 

 相手が自分以上の実力者であればある程、どちらの意味でも勝負にならないとはこのことか。剣術で誰かに負けるなんて、初めてだ。

 こんなことなら、普段からもっと修練をしておけばよかった。こいつだけは私の手で殺さなければならない、例え死んでもだ。

 っと、霊夢さんに言われていたことを忘れるところだった。私は何が何でも生きなければならないのだった。

 自分の欲望に任せて勝手に死んでしまうのは、無責任というやつだろう。こうなることを予期できたわけではない。しかし、攻撃に参加すると自分が言った時点で、巻き込まれるのは仕方のないことだ。

 幽々子様もそれはわかっていただろう。だから、途中で全てを投げ出して自分勝手に死ぬのは、無責任な行いだ。

 それに、死んでしまっては幽々子様のお墓を建てることも、鈴仙のお墓に花を添えることも、できなくなってしまう。

 気合を入れろ。こいつを確実に倒すんだ。いくら私よりも実力が上と言っても、生物である以上必ずミスをする。そこを突くのだ。

 もっとしておけばよかったが、それでも毎日鍛錬はしてきた。それらは絶対に私を裏切らない。だから絶対に、奴を殺す。

「……」

 私の雰囲気が変わったことを異次元妖夢は察したらしく、目つきが変わった。それを待っていたと言わんばかりに口が三日月状に左右に裂けた。

 狂気に濁った獣の目が、まっすぐに私を捉える。口元は笑っているが、目だけは真剣だ。この視線だけでか弱い人間なら、尻尾を撒いて逃げ出しているだろう。

 楼観剣にこびり付いている私の血を、異次元妖夢は刀を払って振り落とす。魔力で肉体を強化しているらしく、刀の表面に居座っていた血液は全て地面や草に飛び散る。

 綺麗になった刀を、異次元妖夢は一度鞘に納めた。抜刀術か。本来の使い方とは全く違うが、受けて立つとしよう。

 抜刀術とは本来はただ会話をしている時、普通に歩いている時にいきなり刀を抜かれ、襲い掛かられた時のために編み出されたものだ。

 切り合いをすることが前提で行われる物ではないのだ。これで終わらせるつもりなのか、決闘の合図代わりなのかは知らないが、ここで受けずに切りかかれば魂魄妖夢の名が廃るか。

 イカれた狂人に正々堂々という思考自体があるのかが不明だが、それで勝って初めてかたき討ちとなる。卑怯な手で勝ち取ったものでは、幽々子様も良しとは言ってくれないだろう。

 私も観楼剣にこびり付いている血を払い落とし、磨かれた綺麗な金属の光を放つ刀を鞘に納めた。

 片手は鞘を握ったまま、柄を握る手は地面に向かってぶらりと下げておく。お互いの射程圏内へと歩みを進めた。

「嬉しいわね。今までではほとんどの奴が関係なく切りかかって来たから、こうやって勝負を受けてくれたのは、あなたが初めてよ」

 異次元妖夢は腰の左側に下げている刀の鞘を左手で握ったまま、彼女から見て左に向かって歩き始めた。

 私も彼女と同じように、鞘を握ったまま円を描くように左側に歩き出した。少し湿った地面を踏みしめる音と、草を足がかき分ける音が静かに響く。

 紫さんも空気を読んだらしく、絶好のチャンスであるが攻撃をしようとするそぶりもない。

 風が私たち二人の間を流れて行く。森の中であるため、日向ほど熱を持っていない冷たい風が吹く抜ける。

 周りの環境音以外に落ち着いた呼吸音が二つ、一定の距離を持ったまま少しずつ移動している。

「……」

「しゃべってくれないとは、冷たいわね」

 勝負は受けたが、おしゃべりなどする義理は無い。大方集中を少しでも削ぐ算段なのだろう。

「今まで、いろいろな世界の魂魄妖夢を殺してきたけど、主人を殺されて見られる反応はいろいろあったわ。泣く、喚く、怒り、喜々、哀、他にはあなたのように呆然としたりするものもあったわね。……でも、今回は初めてだから私を楽しませてね?」

 クスクスと笑う異次元妖夢は話しながらも、ギラついた光線が出そうな眼孔で私を覗いている。

「……」

「それにしても、あなたの主人は最後まで滑稽だったわよ?」

「…っ……!」

 危なかった。危うく口車に乗せられ、冷静さを失って異次元妖夢に切りかかるところだった。こうやって人を揺さぶるのがこいつのやり方か。

「すぐに私だって見破ったのは、褒めてあげたいことろだけど……最後までみじめったらしくお前の名前を呼んでたわ。妖夢ー、妖夢ーってね……お笑いね」

 怒りで額の血管がはちきれそうだ。だが、怒りに任せれば身を亡ぼすのはこちら側だ。いくら卑怯な手を使われても、それに乗っかってしまえば私はただの馬鹿になり下がる。

 沸騰していた血液を冷やし、渦巻く憎悪を沈めた。手に負えないほどの怒りを、残った理性で無理やり踏みつぶした。

 だが消えるわけではない。怒りが暴走しないように鎮め、戦意を向上させるために炎を燻らせたままそっと蓋をする。

「……だからなんですか?」

「冷たいわね。あんなに怒ってたから嫌いというわけではないでしょう?…ならやせ我慢してるってことかしら?」

「その顔に似合わなくて、聞きづらい声を出してる口はいつ塞がるんですか?さっさと黙ってください」

 私がそう言うと、今度は逆に次元妖夢が眉間にしわを寄せる。どうやらやる気になったようだが、これが吉と出るか凶と出るか。

「なぶり殺してあげるわ。動けなくなってから、あなたの主人と同じくようにしてあげる」

「そうですか。私はあなたほど下品じゃないですから、あなたの主人に会ったら苦しまずに…一撃で首を跳ねて差し上げます」

「面白い…!」

 彼女はそう言うとそこからは一切言葉を話さず、左手を鞘にかけたままゆっくりと歩きだした。

 抜刀で切りあうタイミングはいつだろうか。次に地面に足が付いた時だろうか、それとも、円を描こうとして歩いているのが半周行った時だろうか。

 タイミングをうかがって歩いていると、私たちの間に流れていた風が段々と弱まっていく。

 風でザワザワと音を出していた草や木の葉の音、それらが少しずつ無くなっていく。周りの音が無くなるとそれに反比例して、二人分の人間が出す音が大きくなっていく。

 地面を踏みしめ、離すと靴にこびり付いた土が剥がれ、地面に落ちた音まで耳に届く。そんな小さな音が聞こえるほどまでに集中力が高まり、辺りは静寂へと近づいていった。

 そして、風が止み、全ての草木が出していた葉の音が止――――。

「「――――っ―!!」」

 私は観楼剣に手を伸ばすのが、敵に比べてほんの数舜遅れた。刀を引き抜いてそのまま相手に切りかかるのには、遅すぎる。

 私が異次元妖夢に切りかかろうとする前に、胴体に頭がサヨナラを告げることになるだろう。

 ならばどうするか。敵に攻撃するのには遅すぎるわけだが、自分の身を守るために刀を軌道上に持ってくるだけなら、まだ間に合うだろう。

 私の判断は間違っていなかったようで、鋭い刃が肉を切り裂いて骨を粉砕する音は聞こえない。代わりに響いたのは、金属が金属を撫でる音だ。

 高温の火花と冷たい魔力の結晶が同時にはじける。私が抜刀術を受け流したことに驚きを隠せないらしく、刀を振ったまま固まっている異次元妖夢は目を見開いている。

 相手のやり方に助けられた。よくあるコイントスのように、ここで来るというタイミングがわかったから受け流せた。もし自然音など関係なく異次元妖夢が観楼剣を振っていたら、驚いた顔をしているのは私の方だっただろう。

 刀で切り付けられた衝撃が柄を握っている手から、肘の辺りまで伝わって来る。骨にまで響くそれに手が痺れた。

 鞘を握っていた手を柄に伸ばし、両手で得物を握り込んだ。驚いた顔をしている異次元妖夢の頭部を切断する形で、観楼剣を大きく横に薙いだ。

 刀を振った直後で、避けるだけの体勢が整っていない異次元妖夢はかわせない。そう思っていたが、測らなくてもわかるほどに素早い動きで体勢を整え、刀で受け止める。

 抜刀するために鞘を握っていた左手で、腰に提げているもう一本の短刀を引き抜いたらしい。

 楼観剣の半分程度の長さしかない白楼剣が逆手に握られており、それが私の得物を受け止めている。

「くっ…!」

 絶好の攻撃するチャンスだったというのに、みすみす逃してしまうとは情けない。しかし、早すぎる。どんな修業の仕方をすれば、あれだけの速度で動くことが出来るのだろうか。

「あぶないあぶない…今のは肝を冷やしたわ」

 しゃがれた声でそう笑う異次元妖夢は、逆手に持っている白楼剣で楼観剣を振り払う。赤と青の火花を散らし、押し返された。その反動を使って一度彼女から大きく距離を取る。

 私が下がった先には木が群生しており、その中の一本に走り寄った。まっすぐ上に伸びているそれを下から上に、直径は三十センチはありそうな太い木を両断した。

 何の強化もされていない木は、魔力で強化された楼観剣の刃を抵抗せずに受け入れ、反対側まで通過させた。その後ろに回り込み、幹を蹴り飛ばした。

 進行方向に下から上へワザと角度をつけて切った。まっすぐにに切り裂いたことで、とっかがりのない切られた部分よりも上部の木は、下部にひっかがることなくズルりと異次元妖夢の方に動き出す。

 その動きも重なって強化しているとは言え、自分の重量をはるかに超える物体を蹴り飛ばすことが出来た。

 ゆっくりとは回転しているが、異次元妖夢のいる場所に到達するまで他の物に当たることなく、突き進んでくれそうではある。

 異次元妖夢がその間に何もしないわけがない。たった数メートルしか進んでいないというのに、木に十数個の切れ目が入る。

 いったい何度切ったのだろうか。幹の影に隠れて進んでいた異次元妖夢は、進行方向を変えることなく木に突っ込んだようだ。彼女がぶつかると、幹はバラバラに弾けた。

 形は不格好で大きさも大小様々な木片が、異次元妖夢よりも一足先に私の元に降り注いでくる。

 自分が同じことをしようとしても、時間が足りずにできないだろう。相手の技術力の高さに、戦慄した。

 楼観剣を逆手に持った異次元妖夢が、私の頭から胴体までを一直線に串刺しにしようと振り下ろす。

 呆気に取られて行動するのがもう少し遅ければ、その通りになっていたところだ。異次元妖夢の得物に楼観剣を叩きつけ、尚且つ自分の体を少しずらした。そこまでしても、刃先が私の頬に深い切り傷を作った。

「ぐっ…!」

 地面に付き刺さった楼観剣を引き抜こうとしている異次元妖夢に掴みかかり、群生している他の木へと叩きつけた。

 彼女を左手で掴んだまま木に押し付ける形となり、歪んだ木が元の形に戻ろうと押し返されるが、それ以上の力でそのまま木に縫い付けた。

 少なからずダメージはあるはずだが、奴の口角は上がりっぱなしで、攻撃されるのも楽しんでいるように見える。

 掴んだまま逃げられない異次元妖夢の首に観楼剣を突き刺そうとするが、あろうことか彼女は自分の手のひらに刀を突きささせた。

 尖った切先は強化された皮膚や肉、骨を抵抗もなく簡単に切り裂く。手の平に入り込んだ刀は、手の甲から飛び出した。

 組織を傷つけられたことで、刀にはべっとりと滲んだ血が付着し、開いた風穴からは赤黒い血がダラダラ垂れ流される。

「お前…!」

「こんなので驚いてるの?」

 彼女はそう呟くと、刀の半ばで止まっている手を観楼剣から引き抜かせるのではなく、鍔の方へと動かした。

 少しずつ楼観剣が赤黒い血で染まっていき、彼女は観楼剣の鍔に到達した手でそれを握り込んだ。振り払えない私を、自分の元に引き寄せた。

 彼女の異常性に言葉の出ない私は、腹部に蹴りを叩き込まれた。体が少し浮き上がるほど強い攻撃に、異次元妖夢を掴んでいた手を離してしまった。

 体内の内臓が潰れていてもおかしくない激痛が、腹部から背中まで走り抜けた。胃に残っていた食べた物が逆流する嘔吐感が沸き上がり、胃が歪んだことでドロドロに溶かされた消化物が、食道へとつながる噴門に殺到する。

「うぐっ…!?」

 口を抑え込み、喉に力を込めて吐しゃ物をまき散らすことを何とか防いだ。しかし、相手に絶好の攻撃するチャンスを与えてしまった。

 今度は異次元妖夢が私の胸倉を掴み、自分の体の周りを一周させて勢いをつけ、投げ飛ばした。

 異次元妖夢は私がした様に、十メートルほど離れた場所に生えている木に向かって投げつけたようだ。

 身体強化をし、魔力で体の方向をかえて木に着地しようとするが、投げられた速度の方が速い。自分で飛ぶよりもはるかに速い速度で、私は背中から木に衝突した。

 私が切り飛ばした木と同じぐらいの太さがあるが、ぶつかった衝撃によって樹木が剥がれてしまっている。

 幹の部分だけでなく木全体が揺れているらしく、千切れた葉っぱや枝が上からパラパラと落ちてくる。

 体勢を立て直せていない私に向かって、その雨の中を異次元妖夢は休む暇を与えずに切りかかって来た。

 地面を剥がす勢いで跳躍した異次元妖夢は、空中で紫さんの援護を物ともせず、全ての物理的な弾幕を両断していく。

 鉄パイプは空中で切られたことで空気の抵抗が増え、バランスを失って地面に落下していく。彼女が通った跡には、落ちて行く棒状の金属しかない。

 負傷したことで、いつもよりも観楼剣が重く感じる。むしろ軽いぐらいだった刀が、重たい鈍器にすり替えられた気がしてならない。

 それでも泣き言はいっていられない。骨は折れていないし、腕を切り落とされたわけでもない。五体満足ならまだ戦える。

 紫さんが時間を稼いでくれているうちに、早く体勢を立て直さなければならない。刀を持ち上げようとした時、咲夜さん達を殺した魔女にやられたように、観楼剣に力が加えられて地面に縫い付けられた。

 ただしあの時とはやり方が全く違う。刀の腹を異次元妖夢が踏みつけ、地面に無理やり押さえつけているのだ。

 早すぎる。来ている速度からして、あとほんの少しだけ時間があったはずだが、彼女は空中で少しだけ急加速して、その時間を無くした。

 異次元妖夢は咄嗟に白楼剣を抜こうとした私の左手を右手で押さえ、血まみれの左手で握っている観楼剣を頭に宛がってくる。

 異次元妖夢が少しでも力を込めれば、眉間のど真ん中を切先が抉り、骨を砕くだろう。頭蓋の中に詰まっている中身をぐちゃぐちゃにかき回し、生命を維持するための機能が根こそぎ停止させられることだろう。

 肩から腕の筋肉へと、力が伝わっていくのが刀を眉間に添えられている時にでもわかった。

 腕がこちらへと伸び、刀の先が頭部を貫こうとする直前。何かが目の前を横切った。傘特有の先端が細長く飛びだした石突きは横から刃を叩き、その突き出る軌道を大きく変化させた。

 鋭い刃は私が寄りかかっている木に、ダンッと十センチ程抉り込んだ。顔に当たることは無かったが、少し赤みのかかった刃に自分の瞳が反射して移り込むほどに近い。

 それほどまでに近く目と同じ高さに刀が突き刺さったことで、観楼剣は木と刃の間にある耳を当然通過する。

 音を集める役割のある耳介を半ばから縦に切断され、体から離れた外側は重力に従って落下した。

 肩に落ちた耳介は洋服の上を滑り、さらに落ちて行く。わずかに湿った土にポトリと落ちたそれを見ることなく、私は紫さんが作ってくれた隙を突いた。

 耳を失った激痛は耐え難く、涙が出そうなほどだ。でも、主人や友人を失った痛みに比べたら、こんなのは屁でもない。

 異次元妖夢が掴んでいる右手を振り払い、短刀を鞘から引き抜くと同時に切りかかった。首の動脈を狙った攻撃だったが、腰に提げられている刀から首までは少し距離が開いており、難なく避けられてしまう。

 だが、本命はこっちだ。異次元妖夢は短刀の攻撃を避けたついでに、観楼剣を引き抜こうと体を後ろに傾ける。

 刀が抜けてしまう前に、異次元妖夢に踏まれて地面に入り込んでいた切先を引き抜いた。身体や得物の性能を魔力で最大まで強化し、木に刺さって固定されている彼女の刀に叩きつけた。

 全体重をかけた攻撃に、異次元妖夢の握っている観楼剣が大きく歪み、亀裂を生じると半ばからへし折れた。

 金属が粉々に砕け、その破片が周りに飛び散った。耳をつんざく金属音が木々に反響し、いつまでも喧しく鳴り響く。

 刀が折られた反動で木に入り込んでいた切先が抜け、異次元妖夢の頭上を回転しながら飛んでいく。三十センチ程度の短い観楼剣の切先は、異次元妖夢の五メートル程度後方に落下すると、小さな金属音を発して土に突き刺さった。

 木の葉の間から差し込んだ木漏れ日に反射し、折れた観楼剣の刃先がキラキラと鈍い光を放つ。

 まさか折れるとは思っていなかったのか、異次元妖夢は白楼剣変わらないサイズとなった楼観剣を私へと投げつけ、後方へと飛びのいた。

 得物を奪えれば立場は完全に逆転するはずだ。まだ白楼剣があるとしても、使い慣れた刀でなければいつもの実力も発揮できい。丸腰だろうと、自分よりも強い奴を切るのに理由はいらない。

「終わり…ですね…!」

 投げつけられた折れた刀を弾き落とした。姿勢を低く、観楼剣を更に低く構えた。弾かれた敵の刀が地面に落ちる前に、私は全速力で異次元妖夢に向かって走り出した。

 異次元妖夢の胴体を真っ二つに切り裂こうと観楼剣を構え、彼女の持っている刀の射程外から得物を横に薙いだ。

 低く構えていたが、切る直前になって刀を高い位置へ戻したことで、彼女の予想を超えた高さで刀が飛来した。

 皮を切り、それらが被膜している内部もまとめて切り裂いた。細かいしぶきが弾け、切られた部分より上部はずるっと横にスライドし、大きく傾くと地面に横たわった。

 しかし、よく見ればそれは人の皮ではなく、その内部にも生命活動の維持をするための内臓も存在せず、弾けた飛沫は液体ではない。

 横たわったそれも当然人間の形をしておらず、大きな樹木が倒れる振動が地面を伝って足に衝撃となって伝わって来る。

 振り払った後の観楼剣には、血の一滴も付着していない。避けられてしまうことは予期していたが、寸前に高さを変えた攻撃すらもかわしてしまうとは思ってもいなかった。

 走り高跳びという競技はみんな知っているだろう。二つの棒を一定の間隔をあけて地面に垂直に立てる。その二つの棒には同じ高さに物を載せられる小さなでっぱりが付いており、そこを向かい合わせて配置する。

 二つのでっぱりをつなぐ形でその上に棒を一本置く。地面に建てられている棒ではなく、懸け橋となっている棒の上を飛び越えるという競技だ。

 私の攻撃を受けた当の本人は、その競技で棒を飛び越える方法の一つである背面飛びといわれる方法で刀をすり抜けていた。

 審査員だったり、プロからしたら飛び方が全く違うだろうが、素人の目からすれば同じようなものだった。

 来ている刀に対して背を向け、足を踏みしめて跳ぶ。跳んだ後は倒れることが前提ではあるが、背中を反って刀を上体の真下を通過させる。

 最後に足を持ち上げ、腰を切り裂かれず避けきった。後は倒れ込む前に魔力調節で足から地面に着地し、次の行動に移ることのできない私の腹部に蹴りを叩き込んでくる。

 走って前に進んでいた力が、蹴られた衝撃で腹部だけ無くなり、頭側や足側だけが慣性に従って前に投げ出された。

 体がくの字を描き、一秒にも満たない短い時間が経てば、私は進行方向とは逆方向へと吹き飛ばされることだろう。

 しかし、そうはならずに私の体はその場に留まった。敵をぶった切るために刀を握った手を前に伸ばしていたが、その手を彼女の左手で掴まれていたようだ。

 刀を掴んでいる右手を捻り上げられ、観楼剣を持ち続けることが難しくなっていく。意地でも持とうと指に力を込めるが、プルプルと震える指は握力を発揮できずに柄を手放してしまう。

「ぐっ…!?あぁっ…!?」

 捻られた右手の骨が折れる直前、私が離して地面に落ちている観楼剣を異次元妖夢は掴み取ろうと右手を伸ばす。

 私の右手を掴んでいる左手を軸にして時計回りに体を回転させ、腰の高さにある観楼剣の柄を右手で握り込んだ。

 蹴りのダメージが抜けきっていない私は動くことすらままならず、異次元妖夢にそれを許してしまった。

 逆手に持った柄を地面から引き抜くと、密着しているためこちらを見るまでもなく切先を私の腹部へと突き刺した。

「がっ…!?」

 腹筋や内臓を貫き進んでいく金属の感触は、死期を感じさせる恐怖感を抱かせた。皮表に点在している痛覚組織や内臓などの組織を破壊したことで、恐怖感に痛みが追い打ちをかける。

 崩れ落ちた私に対して異次元妖夢は視線を向けることなく、掴んでいた私の得物と右手を離した。

 膝を付かないように、笑う足に力を込めて立ち続けようとするが、そうするごとに震えが酷くなっていく。

 ついには片膝を地面についてしまった。さっきあれだけ覚悟を決めたというのに、酷いざまだ。

 腹部に突き刺さって背中まで貫通している観楼剣の柄を握り込み、引き抜くために力を込めた。突き刺さっている場所や角度、刃の向きから動脈や静脈を傷つけてはいないと推測できる。

 だが、それでもそのほかの内臓を傷つけているため、これを引き抜けば10分か20分もしないうちにあの世行きだ。

 体の中心に並んで走っている動脈と静脈を傷つけてはいないが、これを引き抜いて激しい運動をすれば、見積もった時間よりも早く死ぬのは明らかだろう。

 だがそれでも、私は戦わなければならない。お腹に刀が刺さったままでは戦えないし、逃げるのにも白楼剣一本ではとてもじゃないが逃げることはほぼ不可能だ。

 ならば、魔力で傷を治療して、延命させながら彼女と戦った方が一番勝率は高くなるだろう。

 たとえ死にかけても紫さんの能力ですぐに移動させてもらい、治療に移ることもできるだろう。

 異次元妖夢は、自分に刺さった刀の柄を引き抜こうとしている私に向き直った。片足で地面を踏みしめると、胸に蹴りをかましてきた。

 体は何かに掴まれたりなどして固定されておらず、さっきとは違って方向に吹き飛ばされた。

 蹴られた衝撃で体はねじれて宙を舞う。刃先が別の組織を少し傷つけるが、その段階ではまだそこまで重要なことではなかった。

 問題なのは、その後だ。地面に倒れ込むと、貫通した切先や柄が地面や木に当たり、観楼剣の角度を変えた。

 切れ味が高いのが仇となり、刺されただけだった傷は数センチ程度ずれて大きな開いた切り傷となった。

「うぐっ……ああああああああああああああっ!!」

 刺された時や蹴られた時以上の激痛に、私は思わず絶叫していた。声は木々の中を何度も反響し、いつまでも発生した声を響かせる。

 傷口が広がったことで、刺突された時とは比べ物にならないほどの出血を起こしている。倒れ込んでいる私の体の下には、倒れてからたった十数秒で血の池が出来上がった。

「くっ……!」

 腹部の傷を押さえ込み、できるだけ出血を抑える。異次元妖夢の方を見ると追撃する様子はなく、紫さんの方向へと走っていく。

 それに対して紫さんはスキマを複数開き、様々な形をしたまっすぐな鉄筋や鉄パイプを連射する。

 異次元妖夢はそれを物ともせずにスキマをかいくぐって、紫さんへと向かって行く。十メートル以上離れていた二人の距離が、見る見るうちに縮まっていく。

 だが、紫さんは焦ることなく、いろいろな角度から攻撃を続ける。さとりさんのように心を読まれて攻撃するパターンを知られてしまっているのか、と思えるほど異次元妖夢は飛来する物体の雨をかいくぐる。

 紫さんの目と鼻の先まで来た異次元妖夢は、手元で何かをやろうとしている。

 鉄パイプなどが視界の障害となったり、彼女自身の体の向きによって見ることが出来ないが、彼女は絶対に何かをしようとしている。

 観楼剣であれば射程圏内まで、あと一歩というところまで異次元妖夢は接近しているのだが。紫さんは立ち止まったまま、後ろに下がろうとはせず表情一つ変えていない。

 頭部に向かって飛んできた鉄パイプ等を躱し、残りの一歩を大きく超えて踏み出した異次元妖夢は気が付いた。

 石から削りだされて数百キロはありそうな大きな灯篭が、自分の真上に落下してきていることに。

 ズシンと内臓にまで響く衝撃は、私の倒れている位置まで伝わって来た。タイミングは完璧で、短い白楼剣しか持たない異次元妖夢に、あれを破壊することはできないだろう。

 他の方へと飛びのくこともできないはずだ。そこは飛んできている鉄パイプと鉄筋の嵐だ。

 乾いている土が風圧に舞い上がらせ、異次元妖夢を押しつぶした灯篭は自重に耐えきれずに亀裂が生じて壊れていく。

 半分に割れた灯篭は、左右に分かれて地面に倒れた。倒れた衝撃でまた細かく砕けていくそれに私は違和感があった。

 始めに半分になった亀裂だが、まっすぐすぎる。岩のひび割れなどを見てもらえばわかるが、真っすぐにひび割れることは決してない。

 ヒビがいくつも重なって、まっすぐな亀裂になっているように見えることはあるが、一つのヒビが一直線になることはありえないだろう。

 人為的に物を使って割ったということでしか説明がつかない。

 あれは、落下した時の自重で割れたのではなく。鋭すぎる刃物で切り裂かれたのだ。灯篭が倒れたことで、それに隠れていた紫さんが見えるようになった。

 彼女のもとにある人型の影は、二つある。返り血で赤色に近い、切りそろえられたおかっぱの髪型は、異次元妖夢だ。

 一体何がどうなっているのだろうか、私は混乱していた。灯篭が落ちて来たタイミングは、私の目から見ても完璧だった。

 それに、人間の作った刀よりは切れ味は高いが、観楼剣に比べたら断然切れ味の劣る白楼剣で、どうやって岩でできた灯篭を切り裂いたのだ。

 紫さんはスキマを使って、目の前にいる異次元妖夢に複数の細長い物体を照射するが、飛びのいた彼女には一本たりとも当たることは無い。

 私は崩れ落ちそうになっている紫さんから、目を離せなくなっていた。詳密には彼女に刺さっている物からだ。

 あの柄の形や刀剣の長さから、刺さっているそれは観楼剣だとわかった。さっき私の折った刀はまだ地面に転がっていて、私のも腹部に刺さったままだ。

 私の白楼剣が盗まれたわけでもなく、異次元妖夢の白楼剣も鞘に収まった状態で腰に下がっている。

 新たに現れた観楼剣に私だけでなく、紫さんまでもが驚愕を露わにしたまま異次元妖夢を見ることしかできなかった。

 




次は8/24に投稿する予定です。


ちょっと進みが遅いので、もう少し早くしたいです。


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東方繋華傷 第百六話 不可解

自由気ままに好き勝手にやっています!

それでもええで!
という方は第白六話をお楽しみください!

今回はボリューミー過ぎたので、次からもう少し減らしていきます。





 今まで刃先を剣の先っぽと誤認し、そう明記していました。申し訳ございません。

 詳しくは切先であるので、次から間違えないように気を付けます。

 

 

 私は、紫さんに突き立てられている観楼剣から目が離せない。この手で異次元妖夢の刀をへし折ったはずなのに、それは存在していたからだ。

「刀は、私が折ったはずなのに…なんで…!?」

 私に折られた観楼剣を無理やりに紫の体に抉り込ませたのではないと、体の反対側にまで貫通している血に濡れた切先が見えていることからわかる。

 彼女の先の動き方からも、服の中に隠していたのとは思えない。それに異次元妖夢が着ている服では、刃と柄を合わせて一メートルを軽く超える観楼剣を隠すことはできないだろう。

 草や木の中に観楼剣を隠したということではなさそうだ。刀を折ってからそう言った場所に近づいた様子もないし、私を蹴り飛ばしてから一直線に紫へと向かっていた。

 一体どこから取り出したのか。

 だが、異次元妖夢が刀を何本持っていようが、今の私には関係ない。自分に突き刺さっている観楼剣を引き抜かなければ始まらない。

 真後ろに生えている大きな樹木に、背中を向けたまま私は這いずり寄った。切先を木の皮にあてがった。

 刀がずれたりしないように固定し、私は体を木の方へと更にゆっくりと押し込ませた。体を一直線に貫いている観楼剣の柄が、私から段々と離れていく。

「っ…痛……!!」

 べっとりとペンキのように真っ赤な血が、刀全体を怪しく輝かせている。金属が体内を通っていくと、その痛みだけで意識が飛びそうになった。

 異次元妖夢は今の状況が私達よりも自分の方にあると確信したのか、警戒をすることもなく私たちを馬鹿にした様に笑う。

「無様ね!あれだけの啖呵を切っておいて、このザマとは」

 異次元妖夢が油断しているうちに、もう一回後ろに下がった。また十数センチほど柄が私から遠ざかる。

「うっ…くぅ……!」

 無理やりに引き抜こうとしているため、刃先が余計に体の組織を傷つけてしまっているようだ。傷口から流れ出している血液が、ただでは済まない量になってきている。

 魔力で血液の生産を促してはいるが、それでも追いつけないほどの出血に、少し頭がボーっとする。

 もう一度下がろうとすると背中が木にぶつかった。下がれるところまで下がり切ったということだが、木に固定しているのと体が刀を支えてしまって、観楼剣が地面に落ちることは無い。

 ここからは自分の力で引き抜くしかない。指を切らないように血でヌルつく観楼剣をしっかりと握った。

 これを引き抜けば、あとは時間との勝負だ。異次元妖夢を殺し、すぐに紫さんに永遠亭まで連れて行ってもらわなければならない。

「っ…ぐっ……!」

 少し刀の角度が変わったっだけで痛点や生きている他の組織が刺激され、鋭い激痛が腹部に走る。

 これから更に痛いことをする予定だというのに、それだけで気が遠くなりそうだ。別の意味で気が遠くならないよう、私は歯を食いしばって意識を保たせ、腹部から力を抜いた。

 両手で握った自分の観楼剣を引っ張った。血で滑りそうになったがしっかりと握り込んでいたことで、木に固定されていた切先が樹皮から引き抜けた。

 傷ついた組織の表面を走る鍛えられた金属に刺激され、切られる痛みや鈍痛とはまた違った痛みを発する。このまま引き抜かずに死ねば、痛みを伴わずに楽になれるだろう。だが、今の私に何もせずに死ぬという選択肢は存在していない。

「あぐっ……!!づっ……あああっ…!」

 唇から血が出るほどに歯でかみしめ、痛みで意識が飛んで行かないように自分の中に精神を留めさせた。

 五センチほど引き離したところで、体に刺さっている観楼剣の根元付近で握り直し、もう一度引っ張り出そうと腕に力を込めた。

 引き抜くという行為に慣れていないのと、刀と肉体の摩擦や痛みのおかげで思ったよりも刀は抜けてくれない。

 十センチか十五センチ程度体から刀身が抜け出て行くと、不意に私を貫いた血にまみれている切先が傷口から顔をのぞかせる。

 縦に伸びている大きな刺突痕から、蓋が無くなったことで私の真っ赤な血液が先ほど以上にドロリとあふれ出してきた。

 引き抜く段階で緑と白色の洋服に赤い斑点ができていたが、それは数十センチの大きな血の染みへと成長していく。

 魔力で傷口を塞ごうとするが、小さな切り傷を治すのとでは話が違う。傷は背中まで貫通していて、さらにそれが切り裂く様に五センチほど下肢に向かって進んでいるのだ。

 大きすぎる切り傷を完璧に治癒させるころには、私はとっくの昔にあの世に向かっていることだろう。だが、治療しなければあの世に向かう時間は大幅に早くなるはずだ。

 自分の中にある魔力を湯水のように使用し、傷口を修復する。心なしか少し出血が収まり、傷口から溢れてくる真っ赤な血の量が減ったかに感じるが、始めたばかりでそこまで劇的に変化することは無いだろうから勘違いだ。

 自分の血で真っ赤に染まる観楼剣を地面に突き刺し、体の支えとして重い五体を立ち上がらせた。

 体がもう戦いたくないと抵抗しているのか想像よりもその動作がとても緩慢で、体に錆でもできて関節部の動きが制限されているようだ。

 だが、人間に錆などできるはずもない。これは、私の体の中にある血液が著しく不足している証拠だ。

 腹部と背中から流れ出している血液が服を伝い、緑色だったスカートの縁から地面に垂れていく。

 私が立ち上がったことに気が付いた異次元妖夢は、またどこからか取り出した観楼剣を握りしめてこちらに歩み寄って来た。

 既に存在するはずのない観楼剣が二本登場している。これの出どころは予想がつく。これまでいくつもの世界を彼女たちは壊してきた。

 その間に、いくつもの世界の魂魄妖夢を殺す機会は何度もあったはずだ。彼女たちから刀を奪い、それを今使っているのだろう。だが、ここでの一番の問題点はそこではない。

 それの出現方法が不可解すぎるのだ。彼女の体で隠れて出す瞬間は見れなかったが、どうやらどこかに隠しているというわけではなさそうだ。

 それに頭を悩ませているが、今は頭の隅にでも追いやっておくとしよう。これは霊夢さん辺りが謎を解いてくれるはずだ。私は目の前の戦いに集中しなければならない。敵に隙を見せ続ければ、あっさりと殺されてしまう。

 曇りがかかって来た意識を魔力で無理やりはっきりさせ、こちらに歩み寄ってきている異次元妖夢を睨み付けた。

「っ……くっ……!」

 鉛のように重たい腕と、血と土にまみれている観楼剣を持ち上げようとするが、なかなか腰の高さに持ってくることが出来ない。

 やっとの思いで持ち上げた刀をその高さに維持しようとするが、その重量に手が震えて切先が上下に小刻みに揺れる。これでは刀を振れるかどうかも怪しいものだ。

 覚悟は決めた。しかし、不安が頭をよぎる。この戦力の差が歴然な状況で戦っても、負けるのは目に見えている。それは犬死と変わりないのではと。

 そんな私のことなどお構いなしに、観楼剣のギリギリ射程外に陣取った異次元妖夢は、新品の観楼剣を握りしめてどこから攻めようかとこちらを吟味している。

 向かう方向を定め、足に力を込めようとした異次元妖夢の元へ左方向から高速物体が飛翔する。

 鋭い金属音を響かせ、真ん中が空洞のパイプは半ばから切断されて打ち上げられた。

 攻撃を邪魔する為に、紫さんは左右から異次元妖夢を狙い撃ちにしてくれたようだ。だが、面白いほどに彼女には攻撃が当たらない。

 動体視力が優れているのか、高速で射出されている棒状の金属を切り裂き、素手で軌道を変えている。

 異次元妖夢がそれに気を取られている隙に、紫さんが私のすぐ近くに開いたスキマから現れた。

「一度退くわよ……あなたも、その傷ではもう動けないでしょう…?……本当に仇を取りたいのなら、今は退きなさい」

 紫さんは有無を言わさない雰囲気で私にそう言い放つ。だが、その通りで、気を抜けば足元に広がる血だまりに倒れ込みそうだ。

 悔しい。こんな奴に手も足も出ないなんて、自分の未熟さに腹が立つ。だが、未熟さを経験できる良い機会でもあった。次は絶対に負けない。

「わかりました…」

 紫さんが新たに開いたスキマに入り込もうとする寸前、彼女の激しい弾幕の中を潜り抜けて来た異次元妖夢が私のことを別の方向へと蹴り飛ばした。

「あぐっ…!?」

 くぐろうとしたスキマから急激に体が離れていくが、満足に体を動かせない私に抵抗する術はない。

 異次元妖夢は紫さんの腹部に刺さっている観楼剣を引き抜くと、それを肩に突き刺して近くの木に縫い付けた。

「かっ……あがっ…!?」

「あいつが殺されるところを、そこで見ているがいいわ」

 異次元妖夢はそう言い放つと、観楼剣で再度立ち上がろうとしている私の方に走り寄って来た。

 地面を滑走するその速度は馬などとは比べ物にならず、十数メートルは離れていたはずの距離を瞬きする間に詰めた。

 蓄積したダメージによりもう立ち上がることもままならず、異次元妖夢が目の前に接近してきたというのに得物を構えることも出来ない。

 それに刀という支えが無くなれば私の体は、地面の上にただ置いただけの木の棒と同じく抗うことなく倒れ込むだけだ。

「ここで終わりだ。お前も、死ね!」

 異次元妖夢は両手で握り込んだ観楼剣を大きく振りかぶり、私の脳天をかち割るために振り下ろした。

 剣先の見えない斬撃が自分を半分に両断することを想像したまま、私は呆然とそれを見ているしかなかった。

「妖夢うううううぅぅっ!!」

 高い女性の絶叫が、耳に届いた。

 

 

「………」

 私が一度目に訪れた時以上に破壊しつくされた街は、原型がとどまっている方が少なくなっていた。今日は風のない日なのか、まだ爆発の影響で舞い上がった砂が空中を浮遊している。

 紅魔館にまで届いた爆風や衝撃波から、爆心地の被害というのは想像がついたが、あまりの酷さに言葉を失っていた。一度街の様子を見ているため、尚更だ。

 町全体に舞い上げられた土が屋根や狭い裏路地にまで及んでおり、それと一緒に打ち上げられた壁や床、道に使われていたコンクリートも降り注いだようだ。

 爆風で開けられたわけではない大小様々な穴が壁や床に開いている。そうした穴のある室内には、大抵大きな瓦礫が堂々と居座っている。

 白狼天狗たちと捜索していると、一番被害の酷い場所へと出ることが出来た。そこの中央には、ぽっかりと大きな大穴が口を開いている。

 直径が三十メートルを余裕で越えている穴の深さは、一番深いところで二十メートルはありそうだ。

 その周辺にあったであろう家は、無事に建っているものは無い。全て崩れ落ち、瓦礫の山となっている。

 元々家があった場所に、金属の使われている骨格の一部が地面から生えている。おかしな形に変形してそびえ立っており、それがまた墓標のようにも見える。

 穴に近づけば近づくほど瓦礫の山すらなくなり、床に塗り固められたコンクリートも捲りあげられ、今では乾いた地面が露出している。

 穴の直径は三十メートルほどだが、爆風による倒壊した家の範囲は百メートルを超える。想像するしかないがこの被害であればここ周辺にいた人物など、まとめて吹き飛んでしまうだろう。

「…何か見つけた?」

 上空を飛んでいる鴉天狗の一人にそう来てみると、周りを見回している彼女は持ち前の視力で何かを見つけたらしく、爆風の被害が比較的少ない方に指を刺した。

 彼女の様子から、敵がいるわけではないということがわかるが、私たちにとって有利な物を見つけたということでもなさそうだ。

 萃香たちがここに到着するまでもう少し時間がかかりそうだし、少し調べておくとしよう。彼女に言われるがままその方向へと歩き出した。

 舞い上げられた砂のおかげで視界が少し悪いが、十メートル先も見えないほどといおう訳ではない。

 それより、異次元妖夢を追って行った二人の方が心配だ。無事だろうか。

 紫の提案を引き受けた私にできるのは、情報を集めることだけだ。それならばきちんとその仕事をこなさなければならない。

 心配事で頭が一杯では見える物も見えなくなってしまう。

 しかし、起こっていた戦闘が終わってしまっていては話にならない。生きている誰か捕まえて話を聞き出す予定だったが、人影一つ見つけることが出来ない。

 何人かの天狗たちがついて来てくれているが、後ろにいる白狼天狗が何か匂いをかぎ取ったようだ。

「これは…」

「…どうかしたのかしら?」

「すごく薄っすらですが、血の匂いがします…何人か怪我をしているか、もしくは…」

「…なるほどね」

 怪我をしている人物がいるのであれば、捕まえることが出来るだろう。それ以外であれば、そこからわかることを調べるだけだ。

 ようやく捲り上げられたコンクリート地帯も終わり、しっかりと地面に塗り固められて整備されている場所に差し掛かった。

 しかし瓦礫がそこら中に転がっていて、平面の場所が大穴付近よりも少なかった。足場が悪くて足を痛めそうだ。

 コンクリート片が散らばっているぐらいなら問題ない。だが瓦礫の山などが散在しているせいで石を蹴飛ばして歩き続けるのには不可能なほど、大量の瓦礫が足の踏み場もなく転がっている。

 できるだけ瓦礫の転がっていない場所を選び、慎重に進んでいくとしよう。

 ゆるりと弧を描いている道をそれでもしばらく歩くと、いくつか戦闘の痕を見つけた。まだ倒れていない壁に小さな穴が沢山開いている。

 一センチも満たない小さな穴が、いくつも集中的に開いている。裏側までは貫通していないようだが、いったい何の穴だろうか。

 その小さな穴を覗き込むと奥の方に、太陽の光で薄っすらと反射する何かがめり込んでいるようだ。

 お祓い棒を魔力で強化して少し壁を削ってみると、すぐにその穴の中にあった物体は砕けた小石などと一緒に転がり落ちてくる。

 凄いスピードで壁にぶち当たったのか、少し形は変形しているが球状の金属であるのは間違いなさそうだ。

 直径は二ミリ程度の本当に小さな球体で、表面についている風化して脆くなった壁の一部を払い落とした。

 穴が新しいから先の戦闘でここにめり込んだのだとわかるが、見覚えのない物に疑問符が浮かぶ。

「…これなんだと思う?」

 近くにいた白狼天狗にその鉄球を見せると、手のひらに置いていたそれを手に取って顔を寄せて匂いを嗅ぐ。

 人間よりも嗅覚が優れている白狼天狗なら、私が感じれなかった匂いをかぎ分けることが出来るだろう。

「火薬……の匂いですかね…?」

「…火薬?ていうと、鉄砲とかそう言うのが使われたのかしら?」

 こんな小さな球で火薬の匂いがすると言われれば、私としては銃ぐらいしか思いつかない。

「多分そうだと思います。人間が鳥を狩猟する時なんかでは散弾とか使われるので、そう言ったものだと思いますよ」

「…わかったわ」

 錆びついていないから、ここ最近かもしくはさっき起こっていた戦闘で撃たれた物だろう。だが、妖怪で銃を使う奴なんているのだろうか。

 いや、一人というよりも一種であるが、科学力が一歩先を行っている河童達なら使いそうだ。

 河童たちが生き残っているという情報にはなったが、鴉天狗が見たというのはこれではないだろう。いくら目がよかったとしても、数十メートルも離れた場所にある小さな銃創はさすがに見えないだろう。

「…」

 道なりにもう少し進んでみるとしよう。ここらは建物が少し残っていて、瓦礫の中や壁の裏に誰か隠れている可能性は低いが、一応は警戒して行こう。

 しばらく道なりに弧を描いている道を歩いて進んでいくと、何かが見えて来た。大通りを横切る形で何かがある。

 始めは何かわからなかったが少し意識をしてみると、巨大な針のようなものが様々な角度で地面から生えているのだ。

 そこの部分だけ歪な剣山が地面から生えて来たようにも見えるが、それらは剣山とは用途が違うだろう。ある程度近づいてみると、そこの中に人型の物体がいくつかあることが分かった。

「…これ、河童…かしら…?」

 後ろについて来ている白狼天狗にそう聞くと、多分と自信のない返事が返って来る。私たちの知っている河童とは姿が全く違うため、そうなるのも無理はない。

 彼女たちは金属の装甲に身を包んでいるのだ。昔の騎士など、そう言ったものに近いが、外見はもっと未来感が出ている。

 しかし、顔が見えずともこれだけの装備をしているということは、やはり河童達で間違いないだろう。

 三人いるようで、両側の二人は頭を貫かれて死んでいるようだが、真ん中の一人だけは頭が無くなっている。

 体に突き刺さっている針は軒並み血液で真っ赤に染まっていて、根元の周囲も血液が溜まった状態だ。

 酸化はそこまで進んでおらず、血液にはまだ水気があるようだ。

「酷い……こんな殺し方……」

 後ろで白狼天狗が唸っているが、私もそう思う。百にもなる大量の針で生きたまま串刺しにするなど、思考がまともな人物がやったとは思えない。

 針ができている周辺の土は不自然に凹んでいて、周りの土が使われているようだ。

 しかし、河童たちが着こんでいるのは金属の装甲だ。それをたかが鋭い針程度が貫けるとは思えない。

 誰がやったかわからないが、針に使われていた魔力ももう尽きているようで、波長から調べることもできない。

 強化していたとしても、精々凹ませる程度にしかならないだろう。非常に謎であるが、こんなことをできる人物は、思い当たるとしたら諏訪子ぐらいだ。

 能力で土を操れると言っても、金属を貫くほどの威力を発揮できるのだろうか。彼女の能力をもう少し詳しく聞いておくべきだった。

 考え込んでいる私の近くに、空を飛んでいた別の鴉天狗が下りて来た。焦っている様子でないところから、敵が来たという知らせではなさそうだ。

「霊夢さん…向こうに何かあったようです」

 彼女が指を指している方向を見ると、大穴が開いてる方向だ。かろうじて残っている建物が視界を遮って見えないため、私は一度魔力で自分の体を浮き上がらせた。

 建物を超えて指を指された方向周辺を見ると、何人か鴉天狗たちが瓦礫の山に降りて調べているようだ。

 私のいる場所から大穴を挟んで正反対で、建物がまだ残っている付近のようだ。このまま飛んで向かうとしよう、瓦礫を踏み間違えて足首を痛めたくはない。

 地上付近は太陽の光で熱され、立っているだけでその温度をじりじりと受けて暑かった。空を飛んだことで直射日光以外熱を感じる要因がなくなったため、少し涼しくなった感じがする。

 でもこの異変が始まる前に面倒くさがらず、髪を切って来ればよかった。ある程度はまとめて頭のリボンで結ばれているが、それでも余っている長い髪の毛が下ろされていて、そこの内側に熱がこもってしまっているようだ。

 額やうなじから滲んできた小さな雫は肌を伝って服に吸収されるか、顎まで移動するとそのまま他の汗と一緒に地上に向かって落ちて行く。

 それはそうと爆発で舞い上げられていた砂もだいぶ高度が落ちて来ているようで、地上から二十メートル程度の高さまで来れば砂の匂いを感じなくなっていた。

 一時的に砂の匂いから解放され、胸いっぱいに空気を吸い込む。独特な香りのない新鮮な空気に気分が幾分だけ良くなった。

「…」

 自分の世界とよく似た場所。なのに、こんな風に荒廃した理由は何だろうか。あちらこちらで黒い煙が上がっており、常に鼻の周りには死臭が漂っている。

 この辺りには敵が潜んでいないようだが、それでもどこから誰が見ているかわからない。周りを警戒していると、遠くから何かがこっちに向かってきているのが見えた。

 距離は一キロほどで、人数は2人だ。経路は空で、飛んでいる人のスピードについていけないのか、もう一人は飛んでいる人にしがみついているようだ。

「…私から見て十二時の方向」

 その人物たちが近づいてきている方向に向き直り、お祓い棒を構えると後ろを飛んでいた鴉天狗たちも各々の得物を握りしめた。

 魔力で身体能力を強化し、完全に向かい撃つ準備は万端だ。だが、飛んできている人物たちはかなりのスピードで飛行しているようで、米粒よりも小さくしか見えなかったが、今では伸ばした人差し指ぐらいにまで大きくなっている。

 その辺りに来ると、どういう身なりをしているのかもわかる。跳んでいる方の人は白と黒の色を主体とした洋服で、頭には赤い被り物が確認できる。

 それだけで鴉天狗ということが推測でき、背中から左右に大きく広げている濃い黒色の翼から確定した。

 しがみついている人物は腕に赤と白色の円形の盾を装着していて、真っ白な上衣と真っ黒な下衣を身に着けている。

「椛と…文か…?」

 隣にいた鴉天狗が目を凝らしてそう呟く。先ほどよりもその人たちが近づいてきていて、そこまで来れば彼女たちの身振りや表情も見てわかる。

 確かにあれは椛と文だ。だが、こっちの2人なのか確証が取れるまでは警戒を解くことはできない。

「霊夢さん!椛の怪我の治療が思ったよりも早く終わったので、合流するために来ました!敵じゃないです!」

 猛スピードで接近してきているが、武器を収める様子のない私達から文たちは疑われていると察し、慌てて十メートルほど手前で急停止した。

 彼女のスピードの速さを実感できる風圧が、私たちの間を駆け抜ける。髪や服が後方に向かってたなびき、腕で目元を隠さなければ目を開けることもできない。

「霊夢さんは、異次元の奴らが一度目こっちに来た際に、私に幻想郷にいる実力者全員に連中の危険性を伝えてほしいと言いましたよね?」

 確かにそうだ。あの頃の異次元霊夢達は他の異次元の人間に情報が漏れないように、三日おきに来るということを徹底していた。

 こっちに残っていた人物はいなかったはずだから、連中がこの情報を知っているわけがない。彼女たちは敵ではなさそうだ。

「…良くここがわかったわね」

「ええ、目はいい方なので…遠くからでも移動しているのは見えました」

「…それより、椛はもう大丈夫なのかしら?」

 彼女の白い服は刺された時の物から変えていないのか、腹部周辺は茶色に近い血痕が付着した痕がある。

 握りこぶし大の穴が服に開いていて、その下には赤く血の滲んでいる包帯が顔をのぞかせている。

「大丈夫です。こんな時に休んでなんていられませんから」

「…悪いわね。でも、無理だけはしないで…せっかく助かったんだから」

 怪我人にも手伝ってもらわなければならないとは、酷いものだな。

「無理はしませんよ。大丈夫です」

 彼女はそう言うと、文を残して早々に下へ降りていく。他の鴉天狗と混ざって情報を集めて来てくれるようだ。

「…椛はああ言ってるけど、本当に大丈夫?」

 彼女が地面に降り、他の仲間たちと周りに何か情報がないかを探し始めた。腹部を貫通する勢いで貫かれたというのに、流石としか言いようがない。

 人間ならば、一月か二月は寝込む大怪我だっただろう。妖怪が頑丈ということもあるが、彼女がこの速さでここに来れたのは、永琳の治療のおかげということもあるだろう。

「わかりません……でも、永琳さんが言うには重要な血管や内臓にはギリギリ当たっていなかったそうなので」

「…そう。でも、本当に無理は禁物よ」

 いくら妖怪でも出血死しないわけではないのだ。無理な動きをして傷が開けば、永琳のもとに連れて行く前に今度こそ死んでしまうだろう。出血して血が少なくなっている今は尚更そうなりやすい。

「わかっています。それでは、私も行きます」

 椛のことが心配なのか、不安そうな文は椛に続いて地上へと向かって行く。背中の翼と魔力を使って空を滑空し、緩やかに着地した。

 広げていた黒い翼を畳み込み、他の天狗たちと一緒に大きな穴を調べ始めた。

 三十メートルの大穴を超え、河童や鴉天狗たちの集まっている地点へと向かう。少し高度を下げただけで煙たい砂の香りが鼻腔に着く。

 一体どれだけの爆発があれば、こんな大穴が空くのだろうか。ここの町で殺されていたのは河童達であるため、彼女たちの仕業だろう。

 死体だけでは居たということしかわからないが、血による地面の濡れた感じや酸化具合から、彼女たちが死んでからそう時間は立っていない。爆発が起こった時に戦闘をしていたのは河童達で間違いない。

 それにしても、街の半分が吹き飛ぶ程とは、こっちよりも彼女たちの技術力は先を行っているようだ。

 ひときわ大きな瓦礫の山の周りに白狼天狗と河童たちが集まっている。魔力で体の高度を下げると、白狼天狗の一人がこっちに気が付き、軽く手を振って来る。ここで間違いない様だ。

「…何を見つけたかしら?これのことかしら?」

 空気中には未だに砂などの微粒子が漂っているせいで、呼吸をするたびに咽そうになる。それを堪えて瓦礫のない平面な地面に降り立ち、大きな瓦礫の山を指さして白狼天狗たちに問いかけた。

「霊夢さん。この辺り、なんかおかしいと思いませんか?」

 小さな砂が周りに漂っている環境は厳しい物があるのか、鼻のいい白狼天狗は鼻や口元に布を当てながら、私にくぐもった声で話しかけてくる。

 私の問いに対して、近づいて来た白狼天狗は大きな瓦礫の山ではなく、その周りを指した。降りてくる段階では注意して見ていなかったため、他との違いはあまりわからなかったな。

「…おかしいところ?」

 彼女たちの集まっている場所には、他の積み上がっている瓦礫よりも高い瓦礫の山がある。他の家よりも大きな建物が崩れた後だろうか。

 紅魔館に向かう途中で街の中を通ったが、見える範囲で特別高い建物などは無かったはずだ。それだけでもおかしいが、とりあえず彼女に従って周りを見回した。

「…」

 大きな瓦礫からその周りへと注意を向けてみると、違いは顕著にわかる。他の場所と違って、辺りにはこの大きな瓦礫の山以外に、ほとんど瓦礫が無いのだ。

 他の場所では山の他にも、その周りに飛び散ったであろう残骸が辺りに散乱していた。だが、ここでは木や細かな石ころ以外は瓦礫が転がっていないのだ。

「わかりましたか?」

「…ええ、ここは他と比べて綺麗すぎるわね」

 私がそう言うと彼女は今度こそ、その大きな瓦礫の近くへと招いた。この山も他とは違うことがあることに、注意して見ればすぐにわかった。

 他の場所では自然に物が落ち、積み上がったのだと見て取れた。しかし、ここにある瓦礫の山は多少なりとも凹凸はあっても、お椀を反対にして床に向けて置いたようにかなり滑らかな半球形なのだ。

 これが自然にできるわけがない。砕けて中身の露出しているコンクリート片から飛び出た鉄筋が、半球体の内側に向かってねじれ込んでいる。

 鉄筋の太さは約一センチだが、それをこれだけグニャグニャに曲げるとは、どれだけの力がかかったのだろうか。

 それと瓦礫の山の近くには、直径が2~3メートルの小さな穴が開いている。街の半分を吹き飛ばした爆発による大穴と比べれば小さいが、これでもかなり大きいだろう。

 なぜ大きいかは、これは爆発などによって開けられたものではないからだ。爆発物を使ってもいいのであれば、私でだって開けられる。

 だが、これの場合は、それ以外の方法によって開けられているからそのサイズにしては大きいのだ。

そう考えるのにいくつか理由があるが、この穴は大穴と比べると周りに散乱している土が多すぎる。

 地中のどの程度の深さで爆発したかや、爆発の威力などによっても変わるかもしれないが、爆発があったにしては穴の縁に土が溜まりすぎている。

 爆発があったのなら、もっと十数メートル単位の広さで土がまき散らされているであろう。

 それに爆発の炎による焦げの匂いや、火薬の匂いもしない。しばらく経過しているから、匂いが飛ばされたという理由はあり得ない。

 しばらく時間が経過しているというのに、未だに砂が舞い上がっている状況だ。どれだけここに風が吹き込んでいないのかがわかる。穴の底に残っている匂いは砂と同じで未だに滞留しているはずだが、そう言った匂いは漂っては来ない。

 穴の中に瓦礫がないからあの大穴よりも後に開いたということになるが、ここに何かが落下したのか、何かしらの攻撃で開けられたかのどちらかだ。

 どちらだろうかと考えていると、なだらかな穴の斜面に何かが引きずられたような跡と、それに並行して血痕が瓦礫の山へと伸びて行っているのが見えた。それだけでここで爆発があったのではないと察せる。

 血は七割ほど以上乾いてしまっているが、はっきりと何かが瓦礫の山の方へ向かって引きずられた跡だ。何が引きずられたのかは、それの中を見ればわかるだろう。

「…ねえ、この瓦礫の中には何があるのかしら?」

「………えーと、それはこれから言おうとしていたことなんですが…あまり見るのはお勧めしませんよ?」

「…どうしてかしら?」

「ぐちゃぐちゃに潰れた死体が入っています。元が誰なのか、見当もつきません」

 どれだけ酷い状態なのだろうか。身元もわからないとなると、異次元にとりかどうかもわからない。

 にとりは他の河童よりも技術的に秀でていた。それはこっちの世界でも変わらないだろう。

 向こうで殺されていた河童たちの着ていた装備から、私たちの世界よりも技術が大幅に進んでいるのは明らかだった。普通の河童たちがあれだけの装備を着ているとしたら、異次元にとりがどんな装備を持っているかは私には想像できない。

「…何か見分ける方法はないかしら」

「そうですね……どれだけここにいるのかはわかりませんが、できる限り調べてみます」

 天狗たちは中にある死体を引っ張り出すつもりなのか、ガチガチに固められている鉄筋などを各々の武器で切断しようとしている。

 魔力で強化すれば容易く切断できるだろうが、グニャグニャに曲がりくねった鉄筋を一本掘り起こすのにもかなりの手間がかかるだろう。ここからの情報は期待できそうにない。

「それと霊夢さん。向こうで戦闘の痕を見つけたそうですよ」

 この穴に来る時とはまた違う方向を鴉天狗は指さした。その方向の空には鴉天狗たちが数人飛んでいるため、位置はすぐにわかった。

「…わかったわ。それじゃあ、ここをよろしく」

 私は彼女たちにそう頼み、言われた方向へ魔力を使って空を飛んだ。

 複数の河童たちを棘で貫いた人と、方法は不明だが瓦礫で何者かを押し潰した人は同一人物だろう。

 手口は全く違うが、敵に対する殺意や非道なやり方が共通する。瓦礫で潰された人物は穴に落とされた後、負傷しながらも出て来たところを殺された。

 針で殺されている河童たちを見た時にも思ったが、これをした人物は負傷している者にさえ容赦がない。

 いずれ会うことになるだろうが、会うのが非常に怖い。生きた者を平気で串刺しにし、物で潰すことができるだなんて、どんな極悪非道な奴なのだろうか。

「…」

 つくづくこの世界には頭のおかしい人間しかいないと気が滅入っていると、向かっていた方向にいた天狗たちがこっちに向かってきてくれていたようだ。

「霊夢さん。これ見てください」

 彼女の手には一本の鉄パイプが握られているが、完全に錆びついているのか、赤茶色に変色してしまっている。さらに、何かにぶつけられたらしく、半ばから砕けて先が無くなってしまっている。

 表面を擦れば赤茶色の粉末がポロポロと落ちてきそうな外見とは裏腹に、内部には若干酸化していない部分が残っているようで、鼠色の光沢が太陽の光に照らされて微々たる光を反射する。

「…戦闘の痕を見つけたって聞いたけど、もしかしてこれのこと?」

「はい、強化していた魔力がまだ残っていたようなので、霊夢さんなら持ち主がわかるんじゃないかと思いまして」

 異次元の者の魔力はこっちの人間の魔力にかなり似ているため、調べればすぐにわかるはずだが、彼女たちは会ったことのない人物なのだろうか。

 異変の解決などであらゆる妖怪と遭遇している私と違って、あまり交流がない者もいるだろうし、一応調べておこう。

「…比較的他の妖怪と比べて、いろいろな人間とか妖怪に精通しているあなたたちならわかると思ったけど、意外ね」

「自分もそう思ったのですが、知らない魔力でした」

 私はその錆びついた鉄パイプを鴉天狗から受け取り、それに含まれている魔力に意識を向けた。

 この波長を、私は知っている。意識を向けてすぐに懐かしさを感じた。それが何かを突き止める前に、魔力に対する情報が頭の中に入って来る。

 天狗や鬼などとはまた違うこの魔力は、ついさっき拾い上げた銀ナイフと全く同じものだった。

「…これ、ここで拾ったのよね?」

「ええ、そうですが?」

 私に質問の意味が分からないのか、手に着いた赤さびを落とそうと手を擦っている天狗はきょとんとした表情でそう呟く。

「…そう」

 紅魔館にいたあの魔女がここで戦っていた?逃げた方向は違うが、河童と遭遇して戦闘になったのだろうか。

 いや、もしかしたら私たちが紅魔館に来る前に街で戦っていて、落としたものかもしれない。

 そう考えるが、すぐに否定できる。こんな武器として使えなさそうなほどに錆びついている鉄パイプに、数時間もの間強化し続けられるほどの魔力をつぎ込むはずがない。

 私が逃した後、経路はわからないが河童とここで交戦したというのはほぼ確定だろう。なら、あの残虐とも言える現場を作り出したのは、彼女ということだろうか。

 紅魔館では弱々しく座り込み、こんなことが出来る人物には見えなかったが、人は見かけによらないということか。

 私たちの世界でもこっちの世界でも、居る人物の能力は同じだ。しかし、彼女だけが不明であるため、潰されて死んでいた河童がどういう原理で殺されたのかもそれで説明がつく。

 私はそう結論付け、彼女を要注意人物にリストアップするが、何か自分の中でそれを否定したい部分があるのを感じていた。

 あの魔女のことなんて何も知らないはずなのに、そんなことをするはずがないという思いがどこからか溢れて来た。笑顔が似合い、そばにいるだけで落ち着ける存在だと私の中で何かが主張する。

「…」

 これだけの証拠があるというのに、なぜ私は否定したがっているのだろうか。彼女は危険人物だ。要注意しなければならない。

 自分のその感情を押し殺してはっきりと決めたはずなのに、なぜかモヤモヤする。釈然としない。私はそんな自分に苛立ちを隠せずにはいられなかった。

 何か忘れている気がする。とても重要なことを…。

 手に持っていたお祓い棒を握りしめると、乾いた木材が軋む音が空しく響くだけだった。

 

 

 歩いている私の肌を太陽の光で熱された空気が撫でていく。額や首元が汗ばんでいたおかげで、若干の涼しさを感じてそれの熱を受けることは無かったが、風が通り抜けられない服の中は依然として熱がこもっている。

 服の中で陽炎でも起こりそうなほど暑い気がしてならない。魔力を使用して体を冷やし、目的地までさっさと移動してしまおうか。

 そういう考えがふと頭の中をよぎるが、異世界の人間がこちら側に来ているという噂だ。いつ敵に合ってもおかしくない状況であるため、あまり無駄な魔力を消費したくはない。

 そう思って早く足を動かそうとするが、早く動けばその分だけ体温が上がってしまう。上がった体温を下げようと、体が自然と汗をかく。結局のところ今のペースで歩くのが一番いいのだろう。

 タオルでも持ってくればよかったと今更ながらに後悔するが、私の隣を歩いている彼女はどうなのだろうか。

 私よりも少し身長の高い彼女に視線を向けると、見ていることに気が付いたのか無垢な笑みを浮かべてこちらに顔を傾けた。

「どうかした?」

「いいえ、この暑い中…よく涼しげな顔でいられると感心していたのです」

 そう言うと汗の一滴もかいていない彼女は、そうかなと言いたげにきょとんとした顔で首をかしげる。室内に籠ってばかりの私よりも、外に出る機会が多いから暑さに強いのだろう。

 それに、服もだいぶ涼しげで被り物などもしていないから、私よりも暑さをあまり感じていないのだ。

「いくら人間じゃなくても倒れないわけじゃあないし、ちゃんと魔力を使って体調管理してよ?」

「言われなくてもします。というか、そういったことを言うのは、私の仕事でしょう」

「それもそうだな」

 これではどっちが上司かわからないが、彼女に心配されるほどに汗だくなのだろう。髪も汗で皮膚に張り付いてしまっている。

 仕方がないが、魔力で少し体の体温を下げてやるとしよう。

「~♪」

 私が魔力で体温の調節をしていると、隣で彼女が口笛を吹きだした。口笛とは思えないほど器用に声色を変え、メロディーを刻んでいる。

 口のすぼませる大きさや、空気を吐き出す強さで音の強弱や声色を調節している。私はあまり口笛は吹かないが、同じことをやれと言われれば絶対にできないだろう。

 達人といえるほどに綺麗なメロディーが、蒸し暑く肌を撫でまわしていく空気に乗って周りに広がっていく。

「随分と上手ですね」

「わかります!?仕事をさぼっている時に吹いてたらうまくなっちゃいました!褒めてくれてもいいんですよ?」

 私が口笛の上手さに感心して褒めると、感心したことを無くしてしまいたくなる単語を並べて彼女は食いついてくる。

「今のは無しです。帰ったら説教ですよ」

「そんなー。あたい褒められるように頑張ったのにー」

 背中の肩甲骨に届く程度の長さのある淡い赤色の髪を揺らし、彼女は大げさにショックを受けた子芝居をする。

「説教といったら説教です。フルコースで寝れない夜にしてあげます」

「いやん。こんな告白は嬉しくない」

「黙ってください。そろそろ目的地ですよ」

 軽口を叩く彼女の口を閉じさせ、体の体温調節に使っていた魔力を止めた。適度な体温に温度を保たせていた魔力が無くなったことで、一気に外気の生暖かい空気に晒された。

 せっかく引いた汗がまた額に滲み始める。普段から運動をしていないからここまで汗をかきやすいのだろうか。今度彼女と一緒に少し運動をするのもいいかもしれない。

 私は得物を取り出した。

 舞い上げられた砂によって、息を吸い込むと常に砂の匂いが纏わりつく。どうにかして吹っ飛ばし、新鮮な空気を吸い込み続けたいところだが、これから始まる戦いに胸が高鳴って気にもならなくなるだろう。

 慌ただしく動く人型の影が、いくつかちらほらと見える。どれから先に殺そうかと、目移りしてしまう。

「どれからやりましょうか?」

「さあ、どれでも…」

 彼女がそう言っているし、私たちに気がついて一番初めに近づいて来た者から殺していくとしよう。

 気が付かないうちに口角が上がっていた。慌てて直そうとするが、上がりっぱなしの口角を戻すことが出来ない。

 隣を見ると、彼女もそれを隠すことが出来ないのか、口の端を小さく上げて自分の得物を取り出した。

 でも、仕方ない。これから楽しいことが起ころうとしているのだから。

 幾度もこびりついた生物の血液によって、本来の色よりも黒っぽく変色している得物を握りしめ、私たちは歩みを進めた。

 




次の投稿は8/31の予定です。


遅くなる場合はここに連絡をします。


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東方繋華傷 第百七話 第二の能力

自由気ままに好き勝手にやっています。


それでもええで!
という方は第百七話をお楽しみください!!


これでも削った方なのですが、今回も多くなってしまいました。申し訳ございません。


 終わった。霊夢さんと死なないと約束していたのに、私はそれを守ることが出来ずここで犬死する。

 敵の攻撃が速すぎて、目で捉えることが出来ない斬撃がもうすぐやってくる。きっと切られたということは理解できても、いつ切られたのかを認識することはできないだろう。

 自分の最後がこんな形で終わるだなんて認めたくはないが、どうあがいても認めるしかないだろう。

 そっと目を閉じようとした時、誰かが私の前に現れた。視界の端から現れた彼女は異次元妖夢の前に立ちはだかり、防御体制へと入る。

 突き出した両手から、淡い青色の魔力が放出されていく。ただ放出されただけであれば、空高くに浮かぶ雲のように絶えず形を変えて消えていくはずだが、魔力を固定したようだ。

 霧や炎のように実態の無かったそれは、青白く変化して硬質化していく。その魔力越しに異次元妖夢の表情が見え、受けて立つと握っていた観楼剣を振り下ろした。

 前方に放出し硬化した魔力の塊を、豆腐に刃を入れ込むように観楼剣は切断する。刀が進むごとに盾代わりに出していた魔力に亀裂が入っていく。

 亀裂が生じた部分から破片が弾け、魔力の結晶となって剥がれた傍から空中で消えていく。

 後ろ姿と魔力が淡く光っているおかげで、私を助けてくれた女性が誰かを確認することが出来ない。

 魔力の障壁にぶつかったことで、観楼剣の速度が目に見えて遅くなる。それでも振られている得物の切先を、凝らした目で捉えるので精一杯だった。

 女性の皮膚と筋肉の組織を潰すことなく容易く切断し、左肩の鎖骨を断ち切る。切り裂いている途中で異次元妖夢が力を抜いたようで、肉体を2~3センチ切り進んだところで観楼剣が止まった。

「ぐっ……ぁ…!」

 聞き覚えのある悲鳴が鼓膜に届く。視界がかすんでいき、瞼が眠りに誘われて重くなっていく。それらを必死に抵抗し、彼女のことをはっきりと視認する。

「誰かと思ったら、あなたですか。危うく切り落とすところでしたよ」

 半分に両断された魔力の塊は地面に落ちると砕け、大量の魔力の結晶となって消えていく。

 顔を確認した異次元妖夢は刀を握ったまま、観楼剣越しに彼女へと挨拶をする。

「切り落とせなかったなら…素直にそう言う物だぜ…!」

 彼女はそう強がるが、異次元妖夢が力を抜いていなければ、切られた部分から左側は私諸共、地面に横たわっていただろう。

 異次元妖夢が観楼剣を引き抜こうとしているのか、背中側に飛びだしている切先が女性の中に戻っていく。

 だが、それは背中に飛び出ている分が、半分も戻らないうちにピタリと止まる。異次元妖夢の気が変わったのかと思ったが、どうやら私の前に立っている女性がそうさせているようだ。

 刃先に触れないように左肩の観楼剣を右手で握り込み、引き抜かせないようにしている。

「紫!」

 彼女はそう叫ぶ。紫さんの能力であれば近くにおらずとも援護ができるため、自分を囮にして敵をその場に縫い付けたようだ。

 異次元妖夢を挟む形で両側にスキマが現れた。空中にできた縦の線は瞳のように開くと、その奥は何も見えない黒い空洞になっている。

 その奥で何かが光った。小さな光であることから大した大きさではないようだが、その速度は目で追いきれない。一本目は異次元妖夢に当たることなく、女性との間を流れて行った。

 観楼剣は一本しかなく、それを失えば戦闘力は地に落ちるだろう。であるため、普通ならそれを守ろうと躍起になるはずだ。

 だが、いくつも観楼剣のストックを持っている異次元妖夢には、その理論は通用しない。何の迷いもなく手放すと、鉄パイプや鉄筋が飛び交う射線から飛びのいた。

 左右から飛んできたそれらは、対称に位置しているスキマに飛び込むか、逆側から飛んできていた金属に空中衝突し、ひしゃげてどこかへ飛んで行った。

 その中の一つが、私の目の前で立っている女性に刺さったままの観楼剣にぶつかると、オレンジ色の火花をまき散らす。

甲高い金属音と共にわずかな青色とオレンジ色の中に、金属の光を反射する破片が入り混じる。

 それは敵の観楼剣がまた一本叩き折れたことの証明になるが、それが大した意味を持たないところが歯がゆいところだ。

 弧を描き、回転して落ちて行く持ち手のいない観楼剣の鍔には、血液がこびり付いており、女性の肩を切り裂いた刃先を伝ってそこまで及んでいるのだろう。

 折れた剣先から地面に落ちると、乾いた土であったが落ちて来た重量のある金属により、数センチ潜り込む。

観楼剣は地面に垂直に立っている角度を維持せず、ゆっくりと傾いていくと、土が纏わりついている折れた剣先が再度外に現れた。

 倒れた観楼剣の刃先が私の方を向いた。そこには女性の肩から流れでた血液が薄っすらと付着している。彼女がどちらの手が利き腕かはわからないが、この戦いで活躍することはできないだろう。

 創傷面からあふれ出してきた真っ赤な血液は、凝固して傷口を止血しようとしているが、私の時と同じように傷のスケールが違い過ぎて、そう簡単には止まらなさそうだ。

「ぐっ……」

 知り合いではないが見覚えのないことは無い女性が、肩に残っていた切先部分を引き抜くと、血液によって真っ赤に染まっているそれを投げ捨てた。

「おいおい、何だよ…そりゃあ…!」

 こちらに背を向けている女性は異次元妖夢を睨み付けたまま、驚いた声を上げる。こちらに顔を向けていないからわからないが、声の様子から表情が窺える。

 それもそのはず、破壊したはずの観楼剣を異次元妖夢が握っていれば、そう言ってしまうのも無理はない。実際には別物であるが、今現れたばかりの女性にはわからないだろう。

 移動中に観楼剣を交換したのか、立ち止まった異次元妖夢の手には既にさっきとほとんど同じ刀が握られている。

「驚いたかしら?」

 女性の反応に大変うれしそうにしゃがれた声で、ククッと古傷の刻まれている喉を喉を鳴らして奴は笑う。

「ああ、大いにな」

 彼女はそう言いつつ、肩に手を伸ばして傷口を押さえる。そのまま半歩後ろに下がると、顔を半分だけこちらに向ける。

「大丈夫じゃあ……なさそうだな」

 さっきまではこちらに背を向けていて女性の顔がわからなかったが、半分でも向けられたことでその正体が露わとなる。

「あなたは…!」

 咲夜さんと早苗さんを殺したとされている人物だ。私があの時に片腕を切断したはずなのに、傷跡も残さず綺麗にひっついている。

「どういうつもりですか…!」

 私は腹部の傷を押さえながら、異次元妖夢を警戒したままの魔女を非難した。こっちの連中にその気持ちがあるのかはわからないが、罪滅ぼしのつもりだろうか。

「そう警戒するな。私はお前たちの敵じゃあないんだぜ?」

「黙ってください…。貴方がたとえ私たちに敵意を抱いていなくても……私達からすればあなたもあそこにいるあいつも……変わらないんですよ」

 そう吐き捨てるが、傍らに立っている女性は眉ひとつも動かさない。私がそう反応するのは、わかり切っていると言わんばかりだ。

「そりゃあそうだろうな。こっちじゃあ、普通の理論は成立しない。敵の敵がいたとしても、味方にはなりえない。そいつが自分たち側でない時点で、お前らにとってはどっちも似たような存在だ」

 私の言わんとしていることを、丁寧に解説してくれた。まともに見えるが、彼女も腹の底では何を考えているかわからない。助けてもらったが、信用することはできない。

「まあ、そんなことはどうでもいい。紫、妖夢のことを連れて行けるか?」

 魔女がそう言ったとたん、異次元妖夢が新たな観楼剣を掲げ、生物が出せる速度を超えた速さで突っ込んできた。

 あまりの速さに風圧で草木がたなびき、砂が舞い上がる。切れない物があまりない刀を異次元妖夢は、飛び切り遅い速度で薙ぎ払った。

 硬質化した魔力を簡単に両断できる刀による斬撃は、人間が鍛えた程度の刀であれば造作もなく断ち切れるはずだろう。

 殺す気はないのか観楼剣の軌道は、見たこともない方法で形成されていく魔女の細い刀と、それを握っている両手だ。

 両手を落とせば戦意も喪失するだろうという、異次元妖夢の魂胆が見えるが、残念ながらそれは事実だろう。

 短刀を持った方がマシといいたくなるほどに、貧弱そうな得物を構えている魔女の手元から、オレンジと青色の火花を散らさなければ私はそうなると思い続けていただろう。

 魔女の手が腕から落ちることも、肉と骨を断ち切られて皮一枚でつながった手がだらりと宙に浮かぶこともなく、完璧に女性は斬撃を受けきった。

「なっ…!?」

 これは、私の口から出た声だろうか。それとも、まったく同じ顔をしているもう一人の自分から発せられた声だろうか。

 よく聞けばそれはしゃがれた声であるため、奴で間違いないだろう。驚きで目が見開いてしまっている。

 普通の人間には至難の業だったとしても、通常の刀など私にも簡単に破壊できるだろう。私よりも圧倒的に、戦闘の経験豊富な異次元妖夢が折ることが出来ないことに驚きを隠せない。

 柄の握り方だけで素人だとわかる。斬撃の衝撃や、効率のいい受け流し方で切断を免れたわけではない。ただ真正面から迎え撃ち、敵からすれば折りやすい状況下で受けきったのだ。

「くっ…!」

 見ているだけでもわかるほどに、強い衝撃が得物から魔女の手に伝わっている。魔力の使えない常人であれば、剣を取り落としてしまう程だろう。

 身体を魔力できちんと強化していたようで、持っていた細い刀を落とすことなく、異次元妖夢に向けて斬撃を繰り出した。

 目に見えて加速した異次元妖夢は、魔女の斬撃を観楼剣を使わずに素手でいなした。今度は魔女の方が驚愕する番だった。

「お前…!」

 だが、彼女の様子を見るに、斬撃を躱されたことに対する驚きではないように見えるが、そんなことは関係なく、二度目の異次元妖夢による斬撃をまともに食らっている。

 下から斜めに切り上げられる斬撃は、魔女の肌をその下にある皮下組織や筋肉ごと切り裂き、わき腹に大きな切傷が刻まれる。

 内臓まではギリギリ届かなかったのか、傷口から体の中身が零れ落ちて目を覆いたくなる状況にはならなかったが、足元に生えている濁りのない真緑の草と、乾燥して黄土色に近い土に真っ赤な血液が溢れ落ちた。

 ビチャビチャと血液が小さな水たまりを作っていき、落ちて行く滴によって魔女の黒い靴や靴下を少しずつ染めていく。

「がっ……あぐっ……!?」

 ここに来る前にも戦闘をしていたのか服はボロボロで、まだ乾ききっていない血液が服に付着しているが、破れた洋服の間から見える彼女の肌には驚くほど傷は見られない。

 それでも体にダメージは蓄積しているのか、後ろに数歩よろけてくると、少し手を伸ばせば届く距離に片膝をついた。

「やっぱり素人ね。あなたじゃあ話にならないわ」

 異次元妖夢は切先から、地面に向かって滴っている真っ赤な魔女の血を、指で軽く撫でて拭い取る。黄色人種にしては色白の肌に赤色の血が付くと、やたらと目立って見えた。

 人差し指と中指で観楼剣の刃を数十センチなぞっただけで、指先の彩りが華やかになっている。彼女はそれを口元に運ぶと、常に笑っているせいで唇の間からのぞいていた白い歯を上下に開く。

 ピンクに近い赤色の舌が歯と歯の間からぬるっと現れ、指に付着している鮮血を舐めとった。

 血の味を楽しんでいるのだろう、異次元妖夢は閉じた口がもごもごと小さく動いている。行為だけ見ればまるで吸血鬼だ。

「よ…妖夢……今のうちに…」

 魔女は切られた腹部を押さえ、しゃがみこんだまま、異次元妖夢が吸血行為に勤しんでいる内に逃げろと言ってくる。

 だが、逃げられる物なら、魔女が切られるよりももっと前に逃げている。出血のし過ぎで、体が酸欠状態になっているのだろう。手足が痺れてしまって、言うことを聞いてくれない。

「あなた…なんかに言われなくても、分かっていますよ…」

 そう強がってはいるが、試しに立とうと足に力を込めても、体は一ミリも反応しない。今こうして意識があるのは半分人間で、半分は幽霊的な存在であるおかげだろう。

 ここまでの段階に来ているのに、出血死していないのがむしろ不思議なぐらいだ。治療のために紫さんに運んでもらおうにも、体に突き刺さって木に縫い付けている刀を、後三十センチは引き抜かなければならなさそうだ。

 近くにスキマを作ってもらうにも、それに飛び込むだけの力ももうない。魔力で体を強化し、無理やり動こうとしても動かせるのは指や手だけで、自分の体を持ち上げるほどの力は得られなかった。

「妖夢…!何やってんだ…!早く逃げ……」

 彼女の言葉が途中で止まったのは、顔に観楼剣が添えられたからだろう。座り込んでいる魔女に対して立っている異次元妖夢は、刀の峰側で顎を持ち上げさせた。

「今すぐそこをどくのなら、あまり痛い目には合わせないで上げるけど、どうする?」

 異次元妖夢のしゃがれた声は、彼女の顔を見なくても楽しんでいるとわかる程、口調が踊っている。

「……」

 彼女は何も言わない代わりに、動かないことでその答えを敵へ伝える。異次元妖夢はそう、と短く呟く。

 表情は残念そうなものだが、その音調からは残念さのかけらも感じることはできず、むしろ待っていたと舞い上がっている。

 魔女の顎に添えていた観楼剣を移動させ、切れない横面で肌を優しく撫でていく。金属が肌を滑る微かな音が耳に届いた。

 今から観楼剣を弾こうとしても、それ以上の速度で切り付けられるのは目に見えている。魔女は抵抗したくても、できなさそうだ。

「っ……」

 魔女が刀を向けている相手を睨んでいるのは、後ろから見ていても伝わって来る。だが、向けている本人は気にもとめる様子はない。

 異次元妖夢は握っていた観楼剣を、魔女へと少しだけ押し込ませた。肉を切り裂く音は聞こえてこなかったが、切先が創傷を作ったタイミングはわかった。

 私の前から避けようとしなかった魔女の肩が2、3回ビクビクと震えると、刺されているのが私でないのに、その痛々しさが伝わって来る悲鳴を上げる。

「あがっ……!?っぐ……ああああああああああっ!?」

 耳を覆ってしまいたくなるほどの絶叫だけで、魔女が感じている痛みがどれほどなのかを想像することが出来た。

 観楼剣の長さや異次元妖夢と魔女の位置関係から、彼女が刺されているのは目だと推測できる。目は身体の中では神経が特に集中している部位であり、一番痛みを感じる場所とも言われている。

 そんな眼球に刃物を突き立てられれば、これほどまでの声を上げるのも納得できる。しかも異次元妖夢は殺す気がないのか、いつまでも痛みを感じる様にグリグリと左右や上下に観楼剣を動かしたり、捻りを加えたりしている。

 魔女は刀を引き抜こうとするが、異次元妖夢は刺しすぎない程度に観楼剣を押し返しているおかげで、引き抜けずに激痛が彼女を襲っている。

魔女は体を後ろに下げ、瞼を引き裂いて眼球の組織をぐちゃぐちゃに掻き混ぜていた観楼剣から、ようやく解放された。

 時間にすればほんの数秒の出来事だが、魔女からすれば特に長い時間だっただろう。右目を押さえ、激痛から解放された彼女は肩を大きく上下させ、酸素を求めて喘ぐ。

「ほら、痛いでしょう?どかなかったら、次は左目ね?」

 異次元妖夢は優しい口調でそう言い放つが、口角は上がりっぱなしで、こういう事をすると心が躍るのだろう。

 次はどういう反応をしてくれるのかが楽しみだと、切先に粘りついて、どろっとしている血液を指でふき取る。

 だが、不意に異次元妖夢の表情が楽し気な物から、苛立ちに似た呆れると言った顔つきに代わる。魔女を見下ろしていた視線は、紫さんのいた位置を向いている。

 紫さんが縫い付けられた状態から、抜け出しかけているのだろう。自分のがこれからすることを、邪魔されそうになっているのが不快なのか、異次元妖夢は鬱陶しそうな表情で彼女の方へ向き直る。

 今度こそ私は異次元妖夢が、どこから刀を取り出しているのかを目で捉えた。隠していた観楼剣を服の下から取り出したり、いきなりパッと現れるでもなく、空中からずるりと鞘に収まった状態の得物を取り出した。

「へ…」

 自分の目を疑った。異次元妖夢の動きが素早く、刀が出て来た正確な場所が見えなかったが、どこかで見たことがあるような物があった気がする。

それが何だったかは思い出せない。でも、一部の能力を覗いて、魔力でできることは限りがある。剣術を扱う程度の能力を持っている異次元妖夢が、あんな形で剣を取り出すのはあり得ない。

 三本目の観楼剣の柄を握った異次元妖夢は、刀を引き抜くと用のなくなった鞘を投げ捨てた。回転しながら飛んでいく鞘は、地面に落ちるとカランと乾いた木の音を生む。

 刀の手入れが行き届いていないのだろう。引き抜かれた刀剣の刃の一部が、茶色く薄汚れている。汚れているその部分は空気中の酸素によって酸化した金属で、砥石で研磨すれば表面を被膜している酸化した鋼を落とすことはできるだろう。

 だが、酸化した金属というのは、極端に切れ味が悪い。であるため、あれは切るために使おうとしているのではないだろう。

 私の読み通り、異次元妖夢は錆びついた観楼剣を逆手に持ち替えると、ようやく自分から刀を引き抜いた紫さんへ向けて投擲した。

 刀同士の真剣勝負や、間近での切り合いであれば、あの錆びは重大な問題となる。しかし、速度や得物の重さに物を言わせて突き刺すだけであれば、関係ない。

 魔力で調節されているのか、錆びついて光を反射させることもできない観楼剣は真っ直ぐ、紫さんへ飛んでいく。

 それを撃ち落とそうと鉄パイプや鉄筋を射出しようとするが、その先には異次元妖夢だけでなく私たちもいるため、彼女はすぐに対応することが出来なかった。

 私たちに当たらないように、彼女はスキマの場所を調節しているが開こうとした頃には、薄い紫色の洋服に隠れた左足の付け根に攻撃が直撃した。

 足の中央部に位置している大腿骨を切るのではなく砕き、投擲された勢いだけで強化された肉体を貫通した。

 体を支える上で、非常に重要な役割を担っている骨を砕かれたということもあるが、それだけ突き進む力が観楼剣に存在していれば、体のバランスを失うのは簡単に想像がつく。

「ぐっああっ!?」

 直撃したのは足の付け根だったが、足全体が後方に跳ね飛ばされた紫さんは、地面に倒れ込んでしまう。

「さてと」

 異次元妖夢は邪魔者がいなくなったと満足げに口元を緩めると、こちらに向き直る。楽しそうな顔のまま、こちらへと向き直る。

 あれだけの痛みを味わったというのに、私の前にいる魔女はそこをどけようともしない。敵のはずなのに、なぜここまでするのだろうか。

 普段であれば、答えを導き出せたかもしれないが、酸欠で頭が回らない今は考えがまとまらず、訳が分からない。

「させないぜ…妖夢は…やらせない…!」

 右目を押さえている指の間から、真っ赤な血液が肌を伝って、顎の辺りから地面に少しづつ滴っている。

「そう、でもあまり時間をかけていると、また邪魔されそうだし…さっさと殺すことにするわ」

 ふき取ってはいるが、完璧に拭い取っているわけではない為、刀の表面に残っている鮮少の血液によって、灰色だった彼女の観楼剣はピンク色に鈍く輝く。

「させるか…!」

 魔女はいつの間にか手のひらに弾幕を用意していたようで、異次元妖夢に手のひらを向けると、半透明の球体を射撃した。

 青白く、目で追える程度であるが高速で駆け抜ける弾幕を、異次元妖夢は観楼剣で切り裂いた。

 爆発するように魔力でプログラムされていたようだが、半分に切断されたことで爆発の効果範囲が変わってしまい、異次元妖夢にはほとんど効果が無かった。

 私の予想よりも数倍小さく、空中で爆発した弾幕の間をすり抜けた異次元妖夢は、ピンク色に煌めく観楼剣を魔女の胸に突き刺した。

 素早く、鮮やかな手口に、魔女が抵抗するそぶりを見せる頃には、皮膚と皮下組織を貫いていた切先は、肋骨に切れ目を作って砕き進む。

 刀は基本的に刃先よりも峰側の方が太いため、切先の切れ目を厚みのある鎬(しのぎ)部分が押しのけ、切れ目よりも二回りは大きく、亀裂を生み出していることだろう。

 心臓や大動脈などの重要器官を貫いているかどうかなどは、刺されている段階では知りえることはできない。

「あがっ……あああああああああああああああああっ!?」

 骨にも圧点と痛点を伝える神経は通っており、それと皮膚上に存在する痛点により魔女は、こちら側までぞっとするほどの悲鳴を奏でる。

 絶叫する魔女を満足げな顔で微笑みながら、異次元妖夢は観楼剣を押し込んでいく。背中側の肋骨を、難なく切断した刀は背中の皮膚を突き破った。

 手を伸ばせば簡単に届く距離にいた魔女の背中から飛び出し、服を切り裂いた切先は赤黒い血と脂でまみれている。

 気管を傷つけられたのか、観楼剣を更に数センチ押し込まれた魔女は一度悲鳴を途切れさせると、ゴボッと口から血液を吐き出した。

 私の血なのか、魔女の血なのかわからない血だまりにそれらは混ざり合って行く。異次元妖夢が油断している今が絶好のチャンスなのに、目の前にいる彼女が刺されているのを見ていることしかできない。

 異次元妖夢は魔女に観楼剣をただ刺すだけでは終わらず、彼女を突き刺したまま刀を捻って魔女を持ち上げ、血と脂、肉片のこびりついている切先を私の胸に叩きつけた。

 不思議だった。先ほど切られた部分などが痛んでいるせいだろうか、なぜだか刺された痛みを感じない。

 皮膚を皮下組織ごと切り進み、骨を砕く感触すら感じることはできるのに、神経を伝って来た痛みを一向に感じることが出来ない。

「…」

「妖…夢……!」

 私が後ろで刺突されているのを刀越しに感じたのだろう。刺された激痛に顔を歪めながらも魔女は私の名を呼んだ。

 彼女の背中が私の胸に密着したことで、目の前にある黄色の艶やかな髪からは血のにおいに混じってシャンプーの微かな香りが漂ってくる。

 どこか懐かしさもある気がして、彼女の後姿を無意識のうちに眺めていた。

 さらに数センチ、血と脂で表面がヌルついている得物が押し込まれると、骨とは違う、柔らかい器官を貫かれた感触が自分の中で感じた。

 それは柄を持っている異次元妖夢も伝わったようで、背中まで刀を貫通させることなく、観楼剣を私と魔女から引き抜いた。

「か…ふ……っ…!」

 彼女は悲鳴すら上げることが出来なくなったのか、血反吐を吐くと体を大きく揺らすと、胸を押さえたまま仰向けに突っ伏して倒れ込む。

 背中側にある傷口から溢れて来た血液が、そこを中心に円形の染みを作り出し、その範囲を徐々に広げて行っている。

 傷口が体を貫通しているため、彼女の方が重症に見えるが細かな血管や組織を壊されただけで、私に比べればまだ軽傷な方だ。

 体のどこにここまでの血液が残っていたのだろうか。腹部を刺された時とは比べ物にならないほどの血液が溢れ出してきた。

 それには波があり、比較的心臓に近い位置の血管か、もしくは心臓自体を貫かれたのかはわからないが、重く感覚もなくなってきた指で押さえようとしてもその圧力に、出血を抑えることが出来ない。

「…っ」

「その怪我の具合で、この傷なら…あと持って二分か三分といったところね」

 彼女はそう言い残すと、私たちの胸を貫いた観楼剣の血を、どこからか取り出した吸水性の良い紙でぬぐい取る。

「さようなら」

 彼女は私たちに堂々と背を向けると、刀をふき取って真っ赤に染まっている複数枚の紙を、こちら側へ投げ捨ててそのまま歩み去った。

「…」

 待て、と言ってやりたかった。刀を掲げて奴に切りかかりたかった。幽々子様の仇を取りたかった。そのどれもかなえることはできない。

 空気の抵抗が大きい紙は、ゆらゆらと空気中を前後か左右かわからないが漂ってくる。大きく、数の少ない紙吹雪のうち一枚が顔の横をかすめていく。

「……っ…」

 胸を押さえるのを止め、隙を晒している異次元妖夢の首を掻き切るために、観楼剣を握ろうとするが、タイムリミットがやって来た。

 体を支えることすらもできなくなり、観楼剣に伸ばそうとしていた手は地面に落ち、重心が後ろ側に有った体は、その方向に傾いていく。

 知らず知らずのうちに広がっていたようだ。自分の血でできた水たまりに、背中から落ちるとばしゃりと大きく跳ねた。

 外気に晒されたことで体温よりも低いのか、地面の熱を受けて血液が温まっているのか、肌で直接触れてもわからない。

「妖…夢……妖夢…っ…!」

 倒れ込んだ私とは対称的に一度倒れ込んだはずの魔女は、そのか弱さがにじみ出る細い腕で体を持ち上げた。

「すまない…妖夢…!」

 肩越しに倒れ込んでいるのを視認した魔女は、胸を押さえつつよろけながらも這って私の隣へ移動する。

「くそ……!」

 もう手の打ちようがないと、素人である彼女でもわかったようだ。そう漏らすと延命になるかもわからないが、胸に開いている穴を両手でしっかりと押さえ込んでくる。

「………幽々子様……」

 どう足掻いても待っているのは死だ。夏で暑いはずなのに、なんだか寒い。毛布をかぶってしまいたくなるぐらいには、私は寒気を感じ始めた。

「……………寒い…よ……」

 無意識のうちに、私はそう溢していた。手や足が自分の物でなくなっていくような気さえした。体から力が抜けていく、頭がボーっとして、眠気が襲ってくる。

「妖夢…!」

 放っておけばあと数十秒で意識が無くなり、数分後には出血多量でこの世の人間じゃなくなる私の意識を魔女の声が留めさせた。

「……なん………ですか…」

「お前の…これから生きるはずだった寿命を、全て魔力に変換しろ」

 彼女の言っていることがわからなかった。そんなことをしてどうするというのだろうか。たとえそれで延命できたとしても、私は長く生きることはできなくなる。でも、それでもいいのかもしれない。そう思っていたが、

「これは、延命のためじゃない」

 私の予想が外れる一言を魔女は言い放つ。延命でなければなんだというのだろうか。

「その膨大な魔力に自分の記憶を刻んで、刀へ移せ……こちら側の妖夢を殺すのに、お前の力が必要なんだ」

 魔力で人格をコピーし、それを刀に宿すのは、異次元妖夢に対抗するためか。私の保有している知識が欲しいわけだ。

 なるほど、私が死にかけなのをいいことに、交渉しようというわけか。やはり異次元の人間はまともな者がいないな。

 しかし、今の私には願ってもいない提案だ。私は幽々子様の仇を討つために異次元妖夢を殺したい。魔女は力を手に入れるために邪魔者を殺したい。殺せないと困るという利害が一致しているわけか。

 利用されているのは勿論だが、ならば私も利用してやろう。何としてでも生き抜けという霊夢さんの言葉も守ることが出来る。

「ふっ……今回は……貴方の、口車に……乗って、あげましょう……」

 私は寿命を魔力へと変換を始めた。こういったことをするのは初めてだが、予想以上に魔力の量が多い。

 それらに私の記憶を宿し、刀へと移す。戦いの意味が分かるよう、幽々子様を殺された時の感情や憎悪を深く刻ませた。

 魔力を使って意識をはっきりさせようとしても、できないほどに意識が遠のいてくる。魔力を急ピッチで観楼剣へと注ぎ、鞘へ納めて魔女の胸元に押し付けた。

「それじゃあ、頼みましたよ…」

 あなたはいったい何なんだ。本当に訳が分からなくなってくる。私たちはお互いに利用し、利用される関係のはずなのに、なぜ、そんな顔をするのだろうか。

「ああ、頼まれた」

 観楼剣を持っていた手を、魔女は病人を看取る近親者のように握って来る。敵となれ合うつもりはないため、私はその手を払いのけた。

 私はその疑問を胸に抱きながら、手招きしている死に引かれてゆっくりと海へと沈んでいく。

 幽々子様申し訳ございません。仇を取れないどころか、死んでしまいました。ですが、私はどんな手を使ってでも、異次元妖夢だけは打ち取ります。絶対に。

 あらかじめどういうプランで行くという記憶を刀には持たせているため、その通りに行ってくれるだろう。

 それに対しては彼女がどう対応するかわからないが、協力するのが名目であるため、不意打ちに近い状態だから、上手く行ってくれるだろう。

 

 果てしなく続く海の中を潜水していく。その感覚すらも遠のいていった。あらゆるしがらみから解放され――。

「…っ…………そんな…」

 

 

「……」

 ゆっくりと上下していた胸は、段々とその範囲を狭めていき、遂には止まった。本人が我慢しているわけではない。

 意識の無くなり、虚空を見つめ続ける剣士の瞳を、私は優しく閉じさせた。全身の血を出し切ったのだろう。元から血色がよかったわけではなかったが、今ではそれを通り越している。

「すまない…」

 助けに入ったというのに、結局私は助けることが叶わずに、また目の前で友人を殺されてしまった。

 血みどろの中に沈んでいる彼女へ向け、そう呟く。聞こえることは無いだろうが、私はそう言わずにはいられなかった。

「妖夢…」

 足に刺さっていた物と、肩に刺さっていた観楼剣二本を紫は、刀をスキマの中に仕舞い込む。

 創傷部から血が溢れてくる肩を押さえている紫は、目を固く閉ざしている妖夢の髪の毛を軽く撫でた。幽々子とつながりがあった分、妖夢と関わることは少なくなかったはずだ。彼女の瞳に怒りが垣間見えた。

「魔理沙は…大丈夫なのかしら…?胸を刺されたように見えたけど…」

「ああ、大丈夫だ」

 胸に集中的に魔力を注いだおかげで、服に開いた三角形の穴からは血で汚れているが素肌が見える。

「私は、あなたのことを人間だと認識してたけど、間違いだったのかしら?」

「そんなことは無いぜ……多分………それより、あいつのあれを見たか?」

 私が聞くと、紫は小さく首を縦に振って頷いた。異次元妖夢の観楼剣の取り出し方のことだ。

「こっちの紫が私たちを見てたとは気が付かなかったわ」

「いや、違うぜ」

 彼女はおそらく異次元紫が私たちを見ていて、異次元妖夢の援護をしていたと言いたいのだろうが、それはないと断言できる。

 高速で動く異次元妖夢は、動きながらも刀を取り出していた。あの速度で動く人物に、スキマの扱いが長けているとは言え、異次元紫が合わせられるとは思えない。

「違くないわよ。あいつの手元には、スキマが現れていて、そこから観楼剣を出していた…それが何よりの証拠でしょう」

「ああ、でもな……こっちの咲夜がいないのにあいつから、弱くはあるが時を操る魔力を感じた…どう思う?」

 私がそう彼女に言うと、目を見開き、驚きを隠せなくなる。最初は私もどこかで異次元紫や異次元咲夜が見ているものかと思っていたが、辺りからは彼女たちの魔力を感じることが出来なかった。だから、異次元妖夢が援護されていたというのは絶対にありえない。

 そもそも、異次元妖夢と異次元咲夜は協力し合う間柄ではないだろう。

 ありえないのであれば、何がありえるのか。第三者が使った訳でないのなら、本人が使った意外は考えられない。

「もし、あなたが言わんとしていることが私の思っている通りなら、それは絶対にないわ……個人が持てる能力は一つまでのはずじゃない」

 そう、紫であれば境界を操る程度の能力。妖夢だったら剣術を扱う程度の能力と人によって異なり、原則として一つまでのはずだ。

「ああ、でも…奴らの強さの秘密は、私たちが知らない部分にあるのかもしれない……最初は私もバカげていると思ったさ……でも、そうでなけりゃ…説明がつかないぜ」

 異次元妖夢だけではないが、彼女と戦っている時の、あの異常なほどの加速や、高速で動く彼女が、スムーズに観楼剣をスキマから取り出せていた理由。

 

「奴らは………能力を二つ持っている」

 




次の投稿は9/7の予定です。

しかし、そろそろリアルが2月辺りまで忙しくなる予定なので、投降のペースが遅くなる可能性が高くなります。

申し訳ございませんが、ご理解いただけると幸いです。


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東方繋華傷 第百八話 刺客

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方は第百八話をお楽しみください!


やりました!今回は13000文字に抑えられました!


「奴らが能力を二つ持っているという…根拠は?」

 奴らは能力を二つ持っている。という私のあり得ない仮説をとりあえずは信じてくれた紫は、それの根拠について説いてくる。

「こっちの妖夢だけじゃなくて、他の連中とも戦ったからわかる……例えば、こっちの咲夜…魔力で作り出した武器ってのは、そこに含まれている魔力が枯渇した段階で、形状を維持できずに消えちまうもんだろ?」

「ええ、確かにそうね」

 霊夢のお祓い棒や妖夢の観楼剣のように、本物の得物を強化して戦うのであれば消えることは無い。

 だが、持っていける数には限りがあり、咲夜のように武器が複数無ければならない時には、魔力で作り出すしかない。

 魔力は空気中に放出された時は、基本的に霧や雲のように実体は無い。それを武器の形に固定化させているため、固定を維持できなくなれば通常ならば消えていく。

 そこで思い出してほしいのは、異次元咲夜の銀ナイフは魔力で作り出したはずなのに、時間の経過で消えていくこともなく、魔力が無くなっているはずなのにずっと残っていた。

 相手に投げつけて見た感じからも、それは魔力で精巧に作られた得物というよりも、本物の武器と言えた。

「でも、あいつが魔力で作り出した銀ナイフは、魔力が尽きても消えることなく、まるで本物のように残っていた……これの理由を説明できるか?」

 私が逆にそう紫へ聞いてみるが、口を噤んだまま首を横へ振る。当たり前だ、私だってすることが出来ない。

 魔力で作成したものが、本物と同様の働きをしているなど、普通ならあり得ないからな。既に時を操る程度の能力がある人物が、それをして居ればなおさらだ。

「魔力については解明されていない部分が多い……。そもそも、能力を一つしか持てないっていうのは、どこ情報なんだ?」

「……確かに、言われてみれば…誰かが証明したわけではないけど…」

 流石に飛躍しすぎている私の理論に、紫は首を縦に振れない様子だが、私はある程度確信を持っていた。

「じゃあ、例えばだが…こっちの早苗のあれはどう説明する?奇跡を起こすための詠唱をしていた様子は見られなかったし、攻撃が当たらないのが奇跡の力と言うのには無理がないか?…他の力が働いていたとしか思えないぜ」

 私の放ったマスタースパークが、まるで異次元早苗を避けていたように見えたあの現象を紫が見えていたかはわからないが、同様の能力を持っている早苗が同じことをしようとしても、おそらくあの速度ではできないだろう。

「…わかったわ。魔理沙の説を信じるわ。ここの街並みから見ても、私たちの世界よりも技術が進んでいるのが窺える。魔力について私たち以上に、解明されている部分もあるでしょうからね」

 他にどう反論してくるのかと身構えていたが、意外にあっさりと意見を曲げた。これまでの情報や、自分の経験と照らし合わせ、私の説に信憑性があると判断してくれたようだ。

「でも、一番の問題は…敵が何の能力を持っているのかわからないのと…霊夢にどう伝えるかだぜ……こっちの咲夜や早苗と直接戦った二人はもういない……出所のわからない情報は信じてくれないだろう」

 例え今しがた見た異次元妖夢の行動でも、異次元咲夜と紫が援護していたのではと言われるのが関の山だ。普通なら無理でも、私たち側以上の実力を持っている彼女達ならできると。

「それを伝えるのは、後でもできるでしょう。まずはどんな能力を持っているかを調べないといけないじゃない。……理論的に証明できなければ、どっちみち伝えることはできないのだから」

 彼女の言う通り、二つの能力がある可能性を提示するよりも、どんな能力を持っているのかを知らせた方が有意義といえる。

「それもそうだな……とりあえず私は引き続き一人で動く…妖夢はどうするんだ?」

「連れて行くわ…この子が死んだことを霊夢に言わないと……」

「そうか」

 私は魔力ですでに完治している腹部と胸元を、抑えていた手を離して立ち上がった。体におかしな感覚がする部分は無く、いつも通りに動きまわれそうだ。

「………。魔理沙」

 肩と足の付け根を押さえている紫は、立ち上がった私に対して神妙な顔つきで声をかけてくる。

 普段なら彼女の方が身長は高いが、今の座っている時点では立っている私の方が頭の位置が高い。見上げてきている紫の瞳は、心配そうにこちらを見ている。

「どうしたんだよ。そんな顔をして」

「いや、さっき…こっちのにとりを殺したって聞いたから、本当かどうかを聞いて起きたかったのよ」

「それを聞く意味があるか?あそこでそんな嘘を付いて、何の意味があるっていうんだ?」

 私がそう返すと、紫はそれもそうね。と視線をそらして横たわっている死体を見下ろした。

「…忘れて、何でもないわ」

 彼女の質問の意図が読めない、何か探ろうとしているのだろうか。いや、初めてこちら側に来た時の様子から、本当に殺したのか心配になったのだろう。

「霊夢たちが街に向かったんだろ?他の奴らが来てなけりゃ、追ってきていた河童は全部始末したから、あそこは安全だと思うぜ?」

「そ、そう……わかったわ。…それじゃああなたはこれからどこに行く予定?」

 紫にそう聞かれるが、どこに行くかはまだ決めていない。異次元霊夢達を探し出してやりたいが、どこにいるのか見当もついていない状態だ。

「さあ、こっちの鈴仙の情報通りに紅魔館に奴らはいたが、どこに行ったのかわからなくなっちまったからな……地道に探していくしかないぜ…それか知っている奴らに聞いていく予定だぜ」

「なら、どこに行くかわかった時点で連絡を入れてくれると助かるわ。できるだけ霊夢達と鉢合わせしないようにするから」

「ああ、わかった」

 紫が横たわっている死体を丁寧に抱え上げ、自分の身長を超えるスキマを作り出そうとした時、二人は異様な空気に包み込まれた。

「っ……紫…!」

「ええ…っ」

 この異質な気配は、異次元妖夢がここに戻ってきたわけではない。彼女のはもっと鋭い感じがした。異次元霊夢達とも違い、私たちがまだ会ったことのない人物だ。

「魔理沙…囲まれているわ…」

「ああ、わかってる」

 ガサガサとあらゆる方向の草木が揺らされ、葉っぱの摩擦音が重なって聞こえてくる。素早く動きながら音を発するものもあれば、ゆっくりと動く物もあるようだ。

 この辺りの草は少し背が高い。それでも直接姿が見えないということは、それほど小さい人物なのか、しゃがんだ状態で来ているかのどちらかだ。

 立った私の太ももぐらいの高さまでしか草は生えていないが、女性の平均身長を下回るため、五十か六十センチも高さは無い。

「紫、お前はいったん逃げて霊夢の元へ行け、ここは私がやっておく」

「今のあなたにならできるでしょうから、任せたわ」

 紫はそう言い残すと、開いたスキマの中へ入り込み、姿を消した。霊夢達に私と一緒にいる姿を見せない為か、彼女が消えていった先から彼女の声や気配はない。

 霊夢は勘の鋭い部分があるから、それは大事なことだろう。紫が疑われるのは、こちらにとって不利となる。

 そして、私はここからどう切り抜けるか。紫がいなくなったことで、今まで彼女に向けられていた敵意が全てこちらに集中する。

「さあ、来れるもんなら来てみやがれ」

 彼女たちに言ったわけではないが、私の呟きに煽られたのか、草に隠れていた連中があらゆる方向から草木をかき分けて突っ込んでくる。

 後方からやって来た奴に気が付けたのは、そいつに含まれている魔力に前方に進む性質を感じ取れたからだ。

 しゃがんでやり過ごした私の頭上を、灰色に輝く刃物が通過していく。初撃を外したそいつは2撃目を放つことなく、その先にある草むらへ姿を隠した。

 一体に時間を割きすぎたようで、一体目とは別方向から二体目が得物を片手に突っ込んでくる。

 背中を鋭い得物で切り裂かれると、生暖かい体液が肌と服を濡らす。だが、切られた時から傷の再生は始まっている。数分もすれば傷は完璧に治るだろう。

 私を切りつけたことで、自身の動きが遅くなり、着地して草むらへ走り込んだ人物の後姿をコンマ数秒だけ捉えることが出来た。

 紫と一緒に居る時にはおそらくという域を出なかったが、その彩り豊かな服を着ていることで、対峙している人物が誰なのか断定できた。

「こうやって、ちまちま人間を傷つけるのが趣味なのか?アリスよ」

「……。あら、思ったよりも気が付くのが速かったわね」

 今まで聞いたことがないほどに透き通った女性の声が、左側から耳に届く。

 私の周りを囲っていた見えない暗殺者だった上海人形たちを、手元に引き寄せているようだ。ガサガサと草を揺らして動く草むらが、声の方向へ向かって行く。

 ザリッザリッと乾いた土を靴で踏みしめる音が、こちらへと近づいてくる。上海人形を手元に集めた今、反対方向へ逃げるチャンスなのだが、真後ろや左右を挟んで上海人形たちが数体だけ配置されたまま残っている。

 今は待機しているが、私が逃げようと反対側や左右のどちらかに走り出せば、反応するプログラムが魔力で組んである。

 その性質が働いている今、逃げ出すのはリスクが高すぎるだろう。逃げることが出来なさそうだ。

「はぁい。魔理沙………久しぶり。十年前の恨みを晴らしに来たわよ~」

 透き通る声で優しそうに話す声が聞こえてくるが、隠すことのできない殺意がむき出しだ。むしろ優しそうに話すせいで怖さが倍増されている。

「恨みって……逆恨みもいいところだぜ」

 そう言い返そうとし私に、線状になる性質を含ませられて薄く伸ばされ、鋭い性質の与えられたワイヤーが薙ぎ払われた。

 かなり細いが、光の反射やそれ自体が薄くぼんやりと光っていたおかげで、浮かんでいた糸が攻撃しようと、形を変えたのが薙ぎ払われる寸前に見え、攻撃が繰り出される前に行動に移すことが出来た。

「っ!」

 糸が鞭のようにしなってくれていたのもあり、僅かな時間差で攻撃の下へと潜り込むことができた。草や木の幹を簡単に切断する糸が、私の髪を掠っていく。

 はらりと数本の髪の毛が地面へと舞い落ちる。だが、わたしにそれを気にする暇はない。

 糸の通って行った後には、それ以上の高さのある物体はすべてなくなっていた。

 木の幹も、背の高い草もすべて同じ高さに切りそろえられてしまっており、もう少し遅ければと思うとゾッとする。

「あら、惜しい。相変わらず逃げ足だけは速いのね」

「ああ、どっかの誰かさん達が追いまわしてくれたおかげでな。それで、何の用だぜ……今の攻撃の様子から、お前は私のことを生かすつもりはないように感じたんだが?」

 木や草が切断された高さは、私が立った時の胸の位置だ。この軌道は心臓が狙われたとしか思えない。

「ええ、その通り。殺す気よ?私はあいつらと違って力なんかいらないもの…そもそも、力の手に入れ方も知らないし」

「殺した後に復讐されても知らないぜ」

 しゃがんだことで、血で濡れているスカートに、乾いた土がこびりついてしまっている。

 さっきの妖夢の血なのか、自分の血なのか判断が付かないが、ひとまずスカートの縁についている土を払い落とした。

「どうでもいいわよ。私はあいつらの邪魔をしたいだけだから」

 そう言うことか。だが、それを達成させるために死ぬつもりもない。妖夢から受け取っていた観楼剣の鞘には、鍔側と刃先側をつなぐ形で紐が付いている。

 それを肩に通して観楼剣を背負った。妖夢のように腰に刀をさせる場所がないため、こうして運用するしかなさそうだ。

「邪魔をしたいだけか。お前の破滅願望を聞いている暇はないし……生かしておけば邪魔になる、生かす価値もなさそうだな。捻り潰して私は自分の目的を果たさせてもらうぜ」

「この数の差で、できるものならしてみなさいよ」

 ウエーブのかかった金色の髪を揺らし、草むらから出て来た彼女は赤色のカチューシャをしており、その色とは対照的な青色の洋服を着ている。肩や胸の辺りは白色の布が使われているが、腰には赤色の大きなリボンが結ばれている。

 膝の手前まで高さのある茶色いブーツを履いている彼女は、靴についた土をつま先で地面を叩いて払い落とす。

 似た服装や容姿の人形は、四十センチもいかない小さな女の子に見えるが、そのかわいらしさとは程遠い、血の錆びが所々目立つ得物を構えている。

 アリスの指先からはさっき私に攻撃してきたのと同じ、目で捉えるのが難しいほど細い魔力の糸が複数本出ている。それらは全て人形へとつながっており、それを通じて人形たちに命令を与えているのは、こっちと同じだ。

 さっきまで二つ目の能力を持っているという話をしていたため、未知の力で人形を操られていたら困ると考えていたが、その心配はない様だ。

 まあ、能力については、これからわかることになるかもしれないがな。

「ああ、やってやるさ」

 私がそう言うと、同じ人間とは思えないほど綺麗な顔立ちをした異次元アリスは、口の端を小さく上げて笑みを見せてくる。

 取り囲んでいる上海人形以上に一番人形っぽい容姿をしていて、見とれるほど綺麗なのだろうが、そのおぞましい殺気や異常性に私は息を飲んだ。

「さあ、始めましょう」

 

 

「……れ、霊夢さん」

 恐る恐るといった感じの口調で、お祓い棒を握りしめたまま意味もなく立ち続けていた私に、文は声をかけてくる。

「…何かしら?」

「いや、その……」

「…わかってるわ……ちょっと、頭を冷やしてくる」

 彼女の言いたいことはわかっている。現れた異次元映姫と異次元小町の撃退の仕方が、いつものやり方ではなかったと言いたいのだろう。

 それは私もそう思う。自分の中に滞る苛立ちを隠すことが出来なかった。何に対して、なぜ怒りが湧き、それがどこに向けていい物なのかもわからないのに、それを振るった。

 怒りに身を任せ、あの二人の頭をかち割った。血反吐とピンク色に近いが、血のせいで正確な色がわからない肉片を飛び散らせた。

「じゃあ、逃げたあの二人は負わなくていいんですか?大切な情報源になりませんか?」

「…いや、異次元小町がいる時点で、距離を操られて追いつけないだろうから…大丈夫」

 私はそう伝え、彼女の返事を聞かぬまま歩き出した。

 殴った本人が一番近くにいたことで、二人分の血反吐を浴びて髪や肌に血が飛び散っている。服の大部分は赤い布が占めているが、白い部分も少なからずあり、そこに血が付着するとひと際目立つ。

 そう言えばどこかに井戸があったはずだ。枯れていれば使えないが、地下水を利用している物ならまだ使えるだろう。

 私がそこに向かって歩いている途中、河童や鴉天狗と何度かすれ違うことがあったが、私の血まみれの身なりに、皆息を飲んでいる。

 怪我をしたのかと心配そうな表情を浮かべる者もいたが、よく見ればすぐに返り血だと判断できたのか、どの妖怪も半分開いた口を噤んだ。

 戦闘時に膨れ上がっていた抑えられない苛立ちは、現在のところは無い。のだが、自分でも自分が心配だ。

 こちらに長く居過ぎて、精神が奴ら寄りになってしまっているのではないかと、気が気でならない。

 転ばないように瓦礫の上を歩いていると、道の端にはここ十年誰にも使われることも、手入れをされることもなかった井戸が見えて来た。

 誰かが水をすくい上げるための桶を、投げ入れてくれるのを口を開けて待っている。

 井戸には屋根が取り付けられており、四本の柱で支えられていたのだろうが、一本は折れてしまっていて屋根が大きく傾いた状態だ。

 それによって、千切れかけた縄につなげられた桶が瓦礫の上に転がっている。

 屋根が壊れてしまっているが、河童たちが闘っていた先の戦闘で壊されたのだろう。むき出しとなっている中身の質感が、外側と比べると大きく違う。

 今は傾いているが、屋根の一部には桶を置くための板が設置されており、そこに放置されていたであろう古びた桶を拾い上げた。

 屋根がある位置にあったおかげで、風化も最小限で済んでいる。底には穴も開いていないし、水をすくい上げることはできそうだ。

 ただ、縄が一部千切れかけで桶一杯分の水など持ち上げようものなら、本当に千切れてしまいそうだ。

 魔力で強化すれば問題ないだろうが、私が軽く引っ張っただけで縄の繊維が音を立てて断裂しかけた。

 強化しても耐久性能にはあまり期待はできないし、慎重に扱うとしよう。

 そもそもすくい上げる為の物があったとしても、すくい上げる物が無ければ意味がない。

 半壊している井戸に落ちないよう、円形に積み上げられた崩れかけの石の縁に手を付いて、井戸の中を覗き込んだ。

 手を付いた部分から、石の上に乗っていた小さな小石や砂がパラパラと深い井戸の中へと落ちて行く。

 底までは十メートル以上ありそうだが、屋根が傾いていることで外から入って来る光が増え、井戸の底でキラキラと何かが光りを反射している。

 地下水を利用している井戸であるため、人の管理があまり必要ないタイプの井戸のようだ。十年経った今でも、枯れていない。

 それに水は一か所にとどまらず、沁み込み、沁み出していくのを繰り返しているだろうから、放置された汚い水ではないだろう。

 切れかけのロープを魔力で強化し、井戸の中へと投げ入れた。井戸の中は外と比べれば暗いので、すぐに桶は見えなくなった。

 数秒して、桶が水面へ落ちた音がする。ばしゃりと硬い物体が水を跳ねさせる。桶の中に組み込まれている金属の重量によって、桶が傾いて内部に水が入り込んだようだ。少し縄が重くなった気がする。

 あまり勢いよく縄を引っ張らないように気を付け、ゆっくりと水の入った桶を引き上げていく。縄を引っ張り上げている中で、重量があまり変わっていないところから穴は開いていなさそうだ。

 手の届くところに桶の取っ手がようやく到達し、私はそれを掴んで持ち上げた。桶に使われている木が軋むが、底が抜けてしまうこともなく井戸の縁に置くことが出来た。

 桶には透明な水が並々とつがれていて、うまくすくい上げられたようだ。その透明感や、匂い、不純物が浮いていないことから、腐った水ではなさそうだ。

 試しに指を桶の水に浸してみると、先の戦闘で火照った体を冷やしてくれた。お祓い棒を袖の中に仕舞い込み、外気温と十度ぐらい差がありそうなほど冷えている水を、両手で器を作ってすくい上げた。

 ひんやりと冷たい水は、熱を帯びている体からすれば、凍っていてもおかしくないと感じるほど冷えている。

 それを返り血のこびり付いた顔にかけた。顔にある熱が奪われていき、汚れを拭い取った水は、ほんのりと朱色に染まって地面に落ちて行く。

 濡れている手で髪に手を伸ばして軽く触れてみると、指先が赤く染まってしまっている。私は自分が思っている以上に、返り血を浴びていたようだ。

 服にそこまで飛び散っていないのが唯一の救いだ。頭部で結ばれている大きなリボンを取り、もみあげに着けていた装飾を取り外した。

 寝ているとき以外にこれを外すことは無いのだが、頭が血まみれの状態で歩き回りたくはない。重たい桶を持ち上げ、服にかからないように傾けた頭へ水をかけた。

 冷蔵庫で冷やしているのとそう変わりない温度の水が、髪と肌に着いた汚れを落とすと、紅く染まって地面へと向かって髪の合間を伝って行く。

 頭全体にいきわたるように水をかけたため、きちんと血は落ちてくれただろう。桶に残っていた水を使い果たすと、地面に向かって行く水の量は減っていき、最後はポタポタと髪に残っている水が、滴となって静かに落ちて行くだけとなった。

 靴を履いているから広がっていく水で足が濡れることは無いが、スカートや足に少し水が跳ねる程度には濡れてしまった。

 タオルなどは持ってきていないことを思い出し、髪に残った水を手でできるだけ絞り出す。

 ある程度水が切れたところで傾けていた頭を戻し、一息ついた。ここまで歩いてきている段階で、だいぶ頭を冷やせたかと思っていたが、本当に思っているだけだった。

 今度こそ本当に頭を冷やすことが出来た。収まってはいなかった苛立ちも、気分を切り替えたことで無くなり、狭まっていた視界が開けた。

 あんな感情に身を任せた戦い方は、殺すことを楽しんでいるこっちの連中とそう変わらない。

「…はあ…」

 小さくため息のついた私は、魔力を使って髪についている水を蒸発させ、後ろ髪をリボンでまとめ上げた。

 もみあげにも装飾を付けていると、後ろに人の気配が現れる。近づいて来た際の足音などは、聞こえなかった。

 空を飛んできたにしても、何かしらの気配は感じることが出来る。それがいきなり現れたとなると、境界を操る紫か瞬間移動をする大妖精だろう。

 後ろを振り返ると疲れた顔をした、肩と足の付け根を血で濡らしている紫が、生気のない力の抜けきっている妖夢を抱えて立っている。

「…紫」

 その表情や妖夢の様子から、彼女の言いたいことはもうわかった。妖夢は、奴に殺された。

「妖夢が……殺されたわ」

 土気色の肌から呼吸と心臓が止まってから、しばらく経っているのはなんとなく察せた。この状態では今から紫の能力ですぐさま永遠亭に連れて行ったとしても、間に合うことは無いだろう。

「…そのようね」

 あの時、やはり私は彼女のことを止めておくべきだったのだろうか。彼女の思いを無視して恨まれようが、引き留めておくべきだったのだろうか。

「自分のせいにするのは止めておきなさい。貴方のせいじゃないわ」

 紫は様子から、私が何を考えているのかを読み取ったようだ。

「…私のせいじゃない。こんなことになるなら…やっぱり、引き留めておくべきだった」

「これは幻想郷間での戦争よ。誰が死ぬなんて、誰もわからない。……妖夢が死んだのは、約束を守れなかった私のせいよ」

 紫が言っているのは紅魔館を出るときに言っていた言葉だろう。しかし、彼女自身も酷い怪我を負っている。連れ出そうにも激しい妨害に合ったことは、簡単に予想できた。

「…それを言ったら紫だって……」

「この話し合いに、正解は無い。だから、この話はここで終わりよ……後悔するのは、全てが終わった後にしなさい」

 私が反論とするが、有無を言わさず紫は話を終わらせた。さっきまで生きていた友人が、殺されたばかりなのだ。そう簡単に割り切れるものではない。

 しかし、紫の言う通りいつまでも引きずっていては戦闘に支障をきたす。それで私が負けてしまえば、彼女たちの戦いも意味のない物になってしまう。

「背負わせる形にして申し訳ないわ……あまり思い詰めすぎないようにね…」

「…ええ」

 でも、そう言った部分は彼女の言う通りではある。悲しむのは、全てが終わってからだ。

「貴方にばかり頼らないといられないなんて、情けないわね」

「…仕方ないわよ。こんな状況なのだから」

 彼女がやられたということを知らせに来ただけだったのか、紫は妖夢を抱えたままスキマの中に歩を進めていく。

「…怪我は大丈夫なの?」

「大丈夫よ」

 紫はこちらを見ずにそう答えると、スキマを閉じて消えた。後に残ったのは、妖夢と紫の血の匂いだけだった。

 

 

 草木をかき分けて、私は歩き続ける。成人女性一人分を抱えたままでは、道なき道を思うように前に進むことが出来ない。

 追撃を恐れて森の中に入ったのが仇になってしまったようだ。

「くそ……しっかりしてくれ……!」

 かすむのと、目に入った血によって視界が大きく塞がれてしまっている。頭部や体のあちこちに叩き込まれた打撃によって、気を抜けば肩を貸している人物ごと一緒に倒れてしまいそうなほど、蓄積したダメージが体を蝕んでいる。

 打撃で脳を揺らされ、体のあちこちに打撲痕をつけられ、肋骨はいくつか折られてしまっている。魔力で痛みをカットしていなければ、悶絶しているところだ。

 だが、動けている私はまだマシな方で、さっきからまったく動かない私の上司は、早く治療をしなければ死ぬだろう。

 かち割られた頭部からは白色の骨が覗いており、肩や足の骨も折られているせいで、鋭利な部分が肉と皮膚を貫いて外に飛びだしている。

 組織が傷つけられたことで、血に濡れている折れて飛びだした骨には肉片がこびりついている。

 唯一の救いは、奴らが私たちのことを追ってきていないところだ。ここらで一度、映姫の傷を止血してやらなければならない。

 私は片目が潰されているため、目測を誤る心配があるが、四の五の言っている暇はない。応急処置で死なないように延命させて、素人ではあるがきちんと治療ができるところに連れて行かなければならない。

 一度血まみれの映姫のことを地面に横たわらせた。胸が小さく上下に動いており、どのレベルかはわからないが、生きてはいる。

 スカートの一部を引き裂いて長いタオル状にし、それをきつく彼女の頭に巻いた。ダムの決壊した川のように、塞き止められなくなって垂れ流しになっている血液が、布に浸み込んですぐにひたひたになってしまう。

 それでもお構いなしに布を結んで縛ると、映姫が締め付けられた痛みにうめき声を上げた。ほぼ虫の息だが、辛うじて生きてくれている。

 一番血液が垂れ流しになっている部分を軽く止血できたため、これで彼岸についてから処置をするぐらいには持つはずだ。

 彼女の体の負担にならないように、体を抱え上げ、折れていない左肩を貸して、彼岸へ向けて歩き出す。

 ついでに自分の応急処置もしておけばよかったと後悔するが、一度歩き出してしまったのであれば、そのまま向かうとしよう。

 額から流れ出した血液が、顎まで伝って落ちて行く。その量の多さに、映姫の前に自分が死んでしまうのではないだろうかと思える。

「はぁ…はぁ…」

 魔力で強化しているが、普段よりも息が速く上がってしまう。負傷しているのと、出血の多さによる物だろう。

 大したスピードでないのに息の上がっている私は、それでも森の中を進んでいると、進行方向から何か音が聞こえてくる。

 耳を澄ましてみると、それは足音のようだった。隠れようともせず、草をかき分けて安定した足取りで向かってきている。

 霊夢や咲夜たちのように、私たちはどこかのグループに属しているわけではない。

 向かってきているのは、十中八九敵だ。映姫は戦えず、私も負傷している。戦って勝てるわけがない。

 進行方向を変えて向かってきている人物と会うのを避けようとするが、向こうはもうすでにこちらを捉えているようで、足音のする方向から岩石が飛ばされてきた。

 負傷している私たちに当てないように軌道を調節された岩石は、近くに生えていた木の幹を抉り、どこかへと転がっていく。

 木片が散らばり、その余波に当てられて私たちは吹き飛ばされてしまう。映姫だけは守ろうと、彼女を抱え込んだ私は、背中を地面や木の幹に打ち当てた。

「あがっ……!?」

 抱えている彼女を最優先で守ったが、飛んできた木片に当たることもなく、新たに怪我を負った様子もない。

 見下ろしていた顔を上げると、私が向かおうとしていた方向の草木を踏みつぶしながら、緑色で長髪の女性が現れる。

 青いスカートに白い上衣。冴える緑色の髪には蛇とカエルの髪飾りを付けている。手には博麗の巫女とはまた違ったお祓い棒が握られている。

「向こうの奴らと戦ってたのって、あなたたちだったんですね!」

 東風谷早苗だ。見ているだけで冷や汗が溢れてくる雰囲気を纏っている様子から、あちら側ではなくこの世界の人物であるようだ。

「様子を見るに、やられちゃったみたいですね~!」

 血の染みのついたお祓い棒をチラつかせ、嬉しそうに、楽しそうにイカれた巫女ははしゃいでいる。

「用がないなら…放っておいてくれ…!」

 私はこの巫女から早く逃げなければならないと、本能が言っている。そそくさと逃げ出そうとするが、早苗は目の前に立って言った。

「本当の目的じゃあないですが、用ならありますよ?ここに」

 狂気の炎が瞳の奥で燃え盛る。私は映姫を抱えるためにしまっておいた鎌を取り出して、巫女を切りつけた。

 首を掻き切るのに十分な速度のあった鎌は、彼女に近づいた途端に失速し、肌を切り裂くこともなく止まってしまった。

「残念でした~!」

 私の抱えていた映姫の背中を掴むと、彼女によって無理やり引き離されてしまう。掴み直そうとしても、すでに彼女の体は遠くへと移動しており、受け身を取ることもなく木に頭部をぶつけると、そのまま地面に倒れ込んだ。

 ぶつかった衝撃で、骨が折れるような嫌な音が響いたのは、気のせいではないだろう。

「映姫…!!」

 彼女を助けなければならないという思いだけが先走り、倒れ込んだ体を起こそうとした時、地面に付いた手を巫女が履いている靴に踏みしめられた。

「ぐっ…!?」

「貴方は、自分の心配をしたら?」

 彼女に肩を蹴られると、仰向けになっていた私はひっくり返って上向けに倒れてしまう。すぐに起き上がろうとするが、その時には巫女が私の胸の上に腰を下ろしている。

 鎌をもう一度彼女の顔へ振り下ろしてもダメージを与えられず、それを持っていた右腕の関節を逆側へへし折られた。

「ああああああああああああああああっ!?」

 森の中に私の絶叫がこだました。その声を耳で楽しんだ巫女は、抵抗できない私に振り下ろす形でお祓い棒を掲げた。

「や……やめ……!」

 私が言い終わる前に、巫女はお祓い棒を振り下ろした。頬に叩き込まれた得物によって、頬骨が砕けて肉が叩き潰された。

「がっ…あっ…いぎっ…!」

 殴られる度に口から悲鳴が漏れた。意識が遠のき始め、折られなかった腕で防御態勢に入ることもできなくなってしまう。

 薙ぎ払われるお祓い棒の攻撃に、顔が傾いて遠くに倒れている映姫が視界に入った。痛みを感じなくなり、霞始めた視界の中で映る彼女の姿がいびつに歪んで見えた。

 ぐらりと傾いている彼女の首が、不自然に捩じれて折れ曲がっている。木に叩きつけられた衝撃で、首が折れてしまったのだ。

「そん……な……」

 少しでも彼女に近づこうと手を伸ばすが、その腕も半ばからへし折られた。通常ならあり得ない角度にねじれた腕をを必死に動かそうとするが、動かすことが出来なかった。

 私の胸の上に乗っている巫女を見上げると、三日月状に裂けた口と笑って細まっている目がとても印象的だった。

「さて、メインの前に…前菜で体を温めておくとしましょうか!」

 短い悲鳴が断続的に響いていたが、それも次第にか細く消えていき、最後には心底楽しそうな女性の乾いた笑い声だけが空気を揺らした。

 

 木偶人形のように、転がっている二つの死体には興味が無くなった。途中から何もしゃべらなくなり、つまらなくなってしまったのだ。それでも準備運動にはもってこいだった。

 血と脂で不衛生なことこの上ない得物を握ったまま、火照った体を日差しの下にさらした。

 彼女の視線の先には、荒廃した荒野とほとんどの建物が崩れてしまっている街だった。




次の投稿は9/14の予定ですが、遅れる可能性が高いです。


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東方繋華傷 第百九話 制限

自由気ままに好き勝手にやっています!

それでもええで!
という方は第百九話をお楽しみください!!



何かありましたら、ご気軽にどうぞ


 紫がいなくなったことで、異次元アリスとサシで戦うことになった。反撃する暇がないほどに彼女の攻撃が激しすぎる。

 一応は刀を作り出してはいるが、受け身に使う暇すらない。常に動き続けていないと、魔力の細い糸でつながれている人形たちに囲まれてしまう。

 剣や槍だけでなく、人間の肉体を切断するのに使えそうな肉切り包丁が頬をかすめる。ヒヤリと背中に冷たい物が走る。刃先は皮下組織までは達しておらず、薄皮一枚が切れた程度だ。

 通常の包丁よりも峰から刃先までが長めの刃物が通り過ぎた後は、頭部を串刺しにしようと、数体の上海人形が得物を逆手に持って、上空から振り下ろしてくる。

 薙刀のように、長い棒の先に刃が付いているタイプの槍は、他の刀と違って先だけが金属でできている。

 ドンっと私のいた位置をかすめ、地面に刃の根元まで突き刺さるが、思ったよりも素早い動きで地面から得物を引き抜いて、次の攻撃に備えている。

 いくら動きながらであっても、限度がある。早急に奴らの数を減らさなければならない。そうでなければ本体にも近づくことは許されない。

 右手先に魔力を溜め、それをレーザーへと変換した。胸のど真ん中を刺突してくる上海人形の槍を、咲夜の記憶から貰った技術を借りて受け流した。

 上海人形らが装備している槍は、人形のサイズに合わせられているため、人間が使う物よりも若干短めで、刃部分はせいぜい十数センチしかない。少し手を伸ばせば触れても切れることのない柄部分があり、そこを横から殴りつけた。

 人形は魔力で浮かせられているせいで、踏ん張りがきいていない。あっさりと得物の軌道を変え、体の横を通り過ぎて行く。

 そのまま見逃すつもりもなく、身の丈が三十センチか四十センチしかない人形の頭を掴み、抵抗される前に右手のレーザーで背中に接続されている魔力の糸を焼き切った。

 これさえ切ってしまえば、異次元アリスが再接続しない限りこいつらは無害となる。理由としてはその場の状況に合わせ、魔力の糸を介して様々な性質を組み合わせた命令が逐一下されているからだ。

 人形自身には耐久性能が上がる性質が組み込まれているが、行動に対するものは無い。糸を切った途端に、ぐったりと死人のように全身から力が抜けている。

 後方から大きく前方方向に進もうとする魔力が感じられた。魔力によって得物を持っている腕を上げさせられ、剣を持っている人形の身長よりも長い刃渡りのある武器が振り下ろされた。

 ぐったりとしている人形を、その場に捨てると同時に手から槍を奪い取り、耐久性能を魔力で向上させて振り下ろされた刀を受け止めた。

 うまく刃同士で受け止めることが出来ず、円状に切り出された槍の持ち手に刃先がめり込んだ。

 身体強化はもう済ませてある。私は靴を持ち上げて足元で倒れている可愛らしい人形を踏み潰す。

 強化されているとは言え、流石の人形でも耐えられなかったらしく、潰れた頭や胴体からは綿が溢れ出す。

 人形の中にはかなり綿を詰め込んでいたようで、踏まれた衝撃で覆っている布にほころびができると、そこから内部の綿が我先に飛びだしたのだろう。

 一体倒した位では安堵することはできない。十体以上の上海人形がまだ待ち構えているのだ。

 鍔迫り合いとなっているが、いつの間にか持ち手の半分ほど、上海人形は刃先を切り込ませている。

 他の上海人形から追撃が来る前に槍をバトンのように回転させて、人形が加えている力の方向を分散させた。

 剣が槍の持ち手に刺さったまま回転させたことで、手や腕の角度が変わって上手く力を伝えられなくなり、槍を切断されることは無い。

 異次元アリスは直接刀を握っているわけではない。状況を見て即時の対応はできないことは無いだろうが、小手先のちょっとした力の加減は、操っている人形が多い分だけ難しいだろう。

 それに、糸を介しても人形までの伝達にはほんの僅かなラグがある。単純な切りかかるだったり刺すなどには強いかもしれないが、当たらずに受け止められた際にあるこうした状況で、力のかけ具合などの細かな部分に弱い様だ。

 今と同じ状態へ戦いを持っていければ、直接得物を持っているこちら側が有利だ。しかし、相手もバカではない。

 だから、そう言った対策に数を増やしているのだろう。切りかかってきていた上海人形を押し返し、わき見も振らずに横に飛びのいた。

 一足遅かったようだ。横に移動したことで、後方から襲いかかって来た上海人形たちの刀や槍は、致命傷となる部位に当たることは無かった。

 だが、右肩に後ろから直撃した槍が鎖骨を砕いて突き破り、切先が皮膚から飛び出した。

「ぐっ…!?」

 私の動こうとする方向に対して、得物を握っている上海人形が回り込む形で魔力を使って移動しようとすることで、思うように動くことが出来ない。

 しかし、周りを囲もうとしている上海人形たちから急いで逃げなければ、その多種多様の武器でズタズタに切り裂かれるだろう。

 敵のいない方向に逃げようとするが、手薄な場所というのも罠な気がしてならない。上海人形に含まれている魔力の性質を読もうにも、数が多すぎて正確に読むことが出来ない。

 動きつつも右肩に刺さっている槍を引き抜こうとするが、突発的に張り巡らせていた意識外から攻撃を受けた。

「あぐっ!?」

 右足の膝の裏と、左足の脹脛に激痛が走る。片側は皮膚を貫いて肉を引き裂く感覚が伝わって来る。金属が創傷面を滑る感触は、そこを見なくても刺されたことがわかる。

 力めばさらに痛みを招くと体は知っているのか、私の意識に逆らって自然と足から力が抜けてしまう。

 膝をついた私は上海人形の逃げ出したいが、足に力を入れても立ち上がれない。顔を傾けて足を見ると、先が三股に分かれた三叉槍が貫いている。

 関節部を狙われたため、足を動かすことが出来ないのは当たり前だろう。脹脛には小型のハンマーをを叩きつけられたようで、握り拳台の大きさに皮膚が青く変色していく。

「ようやく捕まえられた。さて、できるだけ苦しんでから死んでもらいましょうか?」

 肩に突き刺さっている槍を握っている上海人形が、得物を押し込み私のことを地面へ縫うい付けた。

 私の真上に上海人形たちが集まり、各々の武器を掲げた。仰向けで肩越しに振り返る視界には、真上に見えている草木に隠れ気味の太陽の光に、得物の刃が反射して輝いている。

 異次元アリスが指から伸びている魔力の糸を通して、上海人形たちに得物を振り下ろすように命令を下した。

 すぐに私が死なないようにするための配慮か、顔や胸など刺されば致命傷になりえる部分に刀や槍は突き立てられていない。

「がっ…くふっ…!?」

 体の至る場所に切り込まれる痛みによって、意識が途切れかけた。切られ、刺突された傷口から流れ出た血液がボロボロの服を濡らしていく。

 先の戦闘の分もあるが、呼吸するたびに濃い血の匂いが鼻に付く。内臓を傷つけられたことで、段々と口の中にまで血の味が広がっていく。

 周りの糸から、上海人形の腕部を持ち上げる性質を持つ魔力が流れ込むと、それに従って得物を持ち上げ、体から引き抜いた。

「あぐっ…っづあっ…!?」

 血と脂で表面が薄汚れている得物を握ったまま、操っている脳とも言える司令塔の傍へと戻っていく。

「さぁて、次はどうしようか」

 血まみれで倒れている私を見ているのは気分がいいのか、異次元アリスはすらりと長い指で口元を隠してクスクスと笑う。

 腹立たしいが、足の治療を済ませなければ本当に動くことが出来ない。今のうちに両足へ魔力を集中させた。

 三叉槍で貫かれた方は筋肉と骨を一部貫いてはいるが、魔力で修復するのには対して時間はかからない。

 それに対して左足のひざ下から、足首まで並んで伸びている腓骨と脛骨が粉々に砕けてしまっているようだ。

 切断された物を修復するのは簡単だろう。図画工作のように、切った物をボンドかノリでくっ付ければいいだけなのだから。

 しかし、砕けたとなれば話は別だ。切られた一か所をくっ付けるのとは、わけが違う。断面の数が段違いに多くなり、そこを魔力で少しずつパーツの形に合わせて組んで行かなければならない。

 魔力を集中的に送り付けても、修復が一向に進んでくれないのはそう言うことだ。体内でパズルを解いている最中なのだから。

 これでは、脛の辺りから下を切断した方が再生が速そうではある。もしそれをやるとすれば、最終手段だ。

「くっ……つっ……」

「私もすぐに殺してしまってはつまらないし、私と同じ目に合わせてあげるわ」

「同じ目って……私はお前に何かしたのか?」

 時間稼ぎをするのが目的で、私のいる方向へ上海人形が突撃するように、性質を組み込もうとしていた異次元アリスに尋ねた。

「何かって…忘れたのかしら?十年前の戦いに私も参加してたのよ?」

「さあね、お前らのおかげで…十年前のことがトラウマになって忘れちまったんだぜ」

 そうなると、彼女の行動が解せない。十年前に狙っていたくせに、なぜ今になって力とやらを求めなくなったのか。

「なら私がその頭蓋を開いて、脳味噌を調べてあげようか…?」

 こいつなら、やりかねない。心底そう思えるほど、異次元アリスの表情は試したくて仕方なさそうだ。

 これだけ時間を稼いだが、骨の修復は三分の一程度だ。

「いや、遠慮しておくぜ。だが、解せねえぜ……十年前の戦いに参加していたくせに、なぜ今は力を求めようとはしないんだ?」

 上海人形たちに刺突された数々の傷は修復を後回しにしており、理由を聞く間に上体を持ち上げようとしていたが、それだけで体中が激痛を訴える。

「うぐっ……」

「そんなの聞くまででもないでしょう。単純に、力と言うのが私の求めていたものとは違う物だった。ただそれだけ」

「お前は……皆が求めている力っていうのが、どんなものか知っているのか?」

「さあね。正確にどんなものなのかは知らないけど、それ自体を持っているあなたがわからないとは驚きね」

 彼女たちの言っている力というのがどういったものなのか、前々から疑問があった。それは本当に私が力というのを所持しているのか否かということだ。

 言っている意味がよくわからないだろうが、自分が知らないだけで、力を持っていたとしよう。それを異次元霊夢達が奪おうとしているのか。それとも、

 私は単なる鍵で、それを鍵穴に合わせて扉を開く。その先にある力のことを言っているのかどうかがわからない。

 まあ、どちらであろうと彼女達からすれば、私が力を持っているように見えるだろうから関係ない話だ。

 だが、これまでの経験や話を聞くと、まだどちらとも判断が付かない。人間ではありえない腕の再生などを見ると、圧倒的に自分に力が雇っているタイプだろう。

 しかし、異次元鈴仙の話を聞くと、異次元霊夢達は十年前に村人たちを使って何かをしていたそうだ。そこで私が鍵として使われた可能性もなくは無いのだ。

 その後に起こった爆発というのも、その扉を開けた反動である。とか。

「ああ、その通りだぜ…私でも驚きだよ」

 そして、私が鍵であるという考えが自分の中では有力なのだが、その理由は、自分が力を所持しているのであれば、なぜその力を使うことが出来ないのかという疑問に陥るからだ。

 だから、私の予想では、彼女たちの言っている力というのは、私自身に宿っているわけではなく、その先にある物だろう。

 時間をここまで稼いできたが、未だに骨の修復は終わっていない。

 骨を砕かれた左足は、こちらからからではまっすぐに見えるが、地面に移っている影の具合や足の感覚的に不自然な部分で曲がっているようだ。

 それでも治ってきてはいるようで、魔力で治し始めた頃よりは痛みで無くなっていた足の感覚も戻って来た。

「貴方の時間稼ぎには乗ってあげたし、とりあえずはその喧しい口を閉じて貰おうかしら?」

 異次元アリスが半分以上の上海人形へ前方に進む性質と、持っている得物を持っている腕周辺に振り下ろさせる性質を持った魔力を命令として与えた。

 それらが上海人形へ送り込まれると、止まっていた時とは比べ物にならないほど俊敏に動き出し、水を得た魚を思わせる。

 ここまで骨の修復が終わっているのであれば、足を切り落とすよりも治し続けた方が速い。

 だが、骨を治癒させるよりも、上海人形たちの方が速い。私はまだ修復が及んでいない部分にある治療に使われていた魔力を、骨として体を支える性質へ変換した。

 それによって魔力が骨の代役となり、私は上海人形が接近しきる前に、体の節々が痛むのを無視して立ち上がった。

 相手に奇襲をかけれるタイミングとしては、絶好のチャンスだ。先ほどまでは短い命令をそれぞれの人形に逐一下していた。

 しかし、今回は私の行動を封じたと、切るまでの過程全てを命令として与えている。つまるところ言えば、これは事前に用意していたスペルカードと同じ状態なのだ。

 ほとんどの場合、相手が動いていることが前提だったり、相手を追尾する物もあるが、その瞬間の状況に合わせて放つことが出来ないという点では同じだ。

 私を切り刻むはずだった上海人形たちの横を通り過ぎる。予想通り、どれもこちらへ向かって得物を振り下ろして来ようとする素振りすら見せない。

 そのうちの一体が握っている剣を掲げていた腕ごともぎ取り、人形の波をすり抜けた。後方では地面を掘り返す金属音が聞こえてくる。

 地中に石ころでもあったのか、その音はやや甲高い。

 腕を放り捨て、成人男性が振るのには小さく、軽すぎるだろう剣を握り込む。

 上海人形が自身の身の丈に合わないサイズの剣を持っていてくれたおかげで、私にとっては使いやすいサイズだ。

「せええいっ!」

 背中から後方へ、魔力を放出して強力な加速を味方に付ける。完全に油断していた異次元アリスは、自分の周りを囲っている数体の上海人形へ命令を下しきれていない。

 進行方向上にいる上海人形の首を剣で刎ねた。リアルな作りの頭は無表情のまま宙を舞う。

 異次元アリスまであと五メートルといったところだが、糸を伝って行く魔力の性質的に、少し時間が足りなさそうだ。

 わずか数センチだけ打ち上がった上海人形の頭を掴み取り、それらの中央に立っている人形遣いへ投げつけた。

 身体強化に加えて上海人形自体にも、弾丸の速度の性質を含ませておいた。指先から頭が離れた途端、頭部が消え去った。

 これまでも、これからも人間の手で投擲された物体で、これの速度を超えることが出来る瞬間は来ないだろう。

 頭部は球状ではあるが、髪の毛や顔の造形、首元から飛び出してきている綿によって、標的に着くまでに空気の抵抗がかかって失速した。

 彼女の腹部へ直撃する寸前には、目の端で追えるかどうかといった速度となっていたが、それでもかなりの速度だと窺える。

 通常の弾丸が十数グラムであれだけの威力を発揮する。面積の小ささからもあるだろうが、その何百倍もの重量がそれよりも遅い速度でぶつかったとしても、同程度の威力は見込めるはずだ。

 異次元アリスの腹部へめり込んだ上海人形は、頭部は潰れ、耐久性能を上回る潰れた際に発生した圧力によって、粉々にはじけ飛んだ。

 速度が速すぎてこちらからは、空中でただ弾けたようにしか見えなかったが、期待していた通りのダメージを与えることができた。

「あぐっ…!?」

 腹部を衝撃が走り、彼女の意志とは関係なく腹部から体ががっくりと折れ曲がる。体が傾いたことで視界が下を向き、私の次の行動を見て上海人形たちへ正確に命令を下すことが出来なくなった。

 五メートルなんて距離はほんの数秒で詰めることが出来る。だが、不可解なのは人形の頭部を当てた時、人間の肉体に当たった音がしなかったのだ。

 走り出したときに方向から聞こえて来た音と同じ、無機質な金属音が彼女の腹部から高鳴る。

 こいつ、鉄板を仕込んでやがる。上海人形の配置から、彼女の頭を落とすことは難しそうだ。

 ここは人形たちを操る糸を出している腕を狙うとしよう。近づいている私の足音から方向などを割り出したのか、私の進行方向上に移動して邪魔をしようとする二体の人形を叩き切った。

 一体は頭頂部から股まで一直線に切断し、もう一体は頭部と腹部を横に二度薙ぎ払ってやった。

 この程度の障害であれば、彼女が立ち直るまでの時間稼ぎにもなりはしない。壊れた人形が地面に落ちるのも待たず、体で押しのけてどかし、私は持っていた刀を大振りに振り下ろした。

 魔力の糸で私の体をズタズタに切り裂こうとしたのか、右腕を持ち上げた。私からすればそれは腕を落としやすくするだけなのだが、こちらの狙いが腕とは思っていないが故だろう。

 誰だってこれだけの隙を晒していれば、頭部などの急所を狙うと思うはずだ。ただ間違っていけないのは、頭部を狙う前段階として私は腕を狙った。

 皮膚や肉を、硬い骨ごと切断し、二の腕から右腕を体から引き離した。身体強化の性質は感じるため、強化はしているはずだが思った以上にあっさりと切り落とせた。

 魔力の供給がストップしたことで、右手から糸状に伸びる性質を持った魔力は崩壊し、それにつながっていた人形たちがボトボトと地面へ落下する。

 頭を切るのに邪魔だった上海人形は左手の支配下にあったのか、右手を落としても浮遊する力が失われることは無い。

 何か余計なことをされる前に、異次元アリスのことを横へ蹴り飛ばした。彼女の体がやたらと軽く感じたが、細身であるためだろう。

 頭部を投げつけられた衝撃からも完璧に立ち直れていない異次元アリスは、防御態勢を取ることも、受け身を取ることもままならずに地面へ倒れ込んだ。

 ここまでやれば、狙えないもくそもない。頭を貫くだけだ。間髪入れずに奴へ走り寄り、逆手に持ち替えた刀を異次元アリスの頭部に向けて振り下ろした。

 彼女の片目を切先が貫くと、中身が障害になることなく切り進んだ。嫌な感触が剣を伝って柄を握っている私の手に伝わって来る。

「くっ……」

 その感覚にゾクリと背中や腕に悪寒が走る。握っている刀を、途中で放り投げだしたくなった。

 私は異次元霊夢を殺すと決めたはずだ。その過程で出てくる奴らも同じようにしていくと決めたはずだ。なのに、誰かを刺し殺しただけで、吐きそうだ。

 今まではほとんど磁力やレーザーなどの弾幕で殺していた。直接的な死因が私であったとしても遠距離ばかりで、得物を持って手を下したのは今回が初めてだ。

 殺害意識が低下していたようだ。吐き気が込み上げ、握っている手が小刻みに揺れている。このままこれを続ければ胃の内容物を吐き出してしまうだろうが、いつかは乗り越えなければならない壁である。

 歯を食いしばり、吐き気を押しとどめてねじ伏せた。震える腕の力だけでは、これ以上は押し込めない。身体を傾けて全体重を柄にかけた。

 更に中身を切り進んで進み、後頭部の硬い頭蓋骨を砕いて貫通させた。刀の先が地面を掘り返す金属音が鳴り渡る。

 異次元アリスは何かを言おうとしていたが、頭部を貫かれたことで絶命したのか、持ち上げようとした手が力なく地面に落ちた。

 その音が、彼女を自分の手で直接殺したのだと誇張する。何かを食べなくてよかった。そうでなければ、今ここで吐き出している。

 それでも、目標に向けて進むことはできた。後は、死体を積み重ねていくだけだ。

「……」

 ずっと目を反らしていた事実にようやく向き直った。散々殺しておいて今更な気もするが、その重みがどれほどの物なのか、身をもって知ることが出来た。

 一生降ろすことのできない十字架の重みは、これから先更に背負うことになると思うだけで足がすくんだ。

 呼吸が乱れ、握っている刀が無ければ座り込むか、倒れ込んでいるところだ。罪、という意識に苛まれ、私は座り込んでしまいそうになった。

 人間の精神とは弱い物だと再度実感した。これまでに何度も覚悟を決めたはずなのに、その局面がやって来る度に、心を根元からへし折られそうだ。

 これからの戦いでは、迷いが本当に命取りになるだろう。その迷いを減らすためには、これは必要なことなのだ。

 例え、霊夢と一緒に居ることが出来なくなったとしても、私は、この壁を乗り越えなければならない。

「……」

 乱れた呼吸が徐々に落ち着きを取り戻してきた。森の中で日陰だというのに、額には玉の汗が浮かんでいる。

 滲んで伝い落ちそうになっていた冷や汗を、二の腕辺りの袖で額の汗を拭い取る。落ち着いたところで、剣を支えにしていたままだったのを思い出した。

 異次元アリスの頭部に刺さったままの刀を引き抜こうとした時、猛烈な勢いで違和感が脳の中で主張を始めた。

 眼球から視神経を通って送られてきた、光の像にある違和感を解こうと脳が働いた。

 数秒と待たずに結論が出されが、再度に渡って眼球とつながる視神経を伝って、結論の方が一足先にやって来た。

 血液の全く湧き出ていない頭部に突き刺さった刀を、死んで動かなくなったはずの異次元アリスの左手が掴んだ。

 

 

「………」

 魂が抜けたように虚ろな瞳が虚空を見つめている。椅子に座った彼女は、生気の感じられない表情で背もたれに寄りかかっている。

 呼吸もひどく浅く、今にも死んでしまいそうだ。その姿たるや勇ましく戦っている時とは雲泥の差だ。

 呼吸が弱くなっている影響で、彼女の唇は薄く青色に変色している。肌も末梢に行くにしたがって土気色が強まっていく。チアノーゼという酸欠状態だ。

 ただ座っているだけとはいえ、注意して見なければ呼吸しているかもわからない。そんな状態では体全体の細胞に酸素を行きわたらせることが出来ないらしい。

 膝に置いていた手も、今ではだらりと地面に向かって肩から垂れ下がっている。半開きの口からは口内に溜まっていた唾液が一滴口の端から零れた。

 どこかを見つめる虚ろな瞳に、自分の顔や体が映し出される。体で反射した光は彼女の瞳に入っているはずだから、見えているはずだ。

 だが、今の彼女は目に入って来る像を、特定の誰かと認識することが出来ない。こんな状態でも生きているというのだから驚きだ。

 中には目を開けたまま寝てしまう人もいるらしいが、彼女は寝ているわけではない。死人同然ではあるが、これでも起きている。

 ここにいる彼女の首を落とせば、ライバルが一人減るのだが、情報は彼女が握っている。ここで殺したとしても、一文の得にもならない。

 彼女の瞳を覗き込んでいたが、起きそうもなく時間の無駄だ。また後で来るとしよう。踵を返して部屋を出ようとするが、垂れ下がった手が小さく揺れたかと思うと、生気のない瞳に光が宿る。

「…っ……」

 口を閉じて溜まっていた唾液を嚥下し、袖で垂れた唾液をふき取った。息を大きく吸い込んで深呼吸すると、時間の経過で肌から土気色が消えていく。

「それでぇ?人の顔をのぞき込んだりして何かしらぁ?」

 息を整えた巫女は、目の前に立っていた私を睨みつけた。当初から比べると口調もだいぶ変わった。最近はよくそう思う。

「予定通り、向こう側の霊夢達のところへ早苗を送りましたが、わざわざ殺させる理由は何ですか」

「見てればそのうち分かるわぁ」

「そろそろこちらにも、情報をくださってもいいのではないですか?」

 またそうやってはぐらかそうとする博麗の巫女に、苛立ちを感じる。少しでも目的がわかれば、裏切るタイミングが測りやすいというのに。

「嫌よぉ」

 それをわかっている彼女は、情報を絶対にこちらへは漏らすことは無いだろう。

「っち」

 私は露骨に舌打ちをして、部屋から出て行こうとするが、その前に椅子に座ったまま休んでいる彼女へ言った。

「だいぶ、タイムリミットが近づいているようですね」

 はぁ、っと小さなため息に似た吐息が漏れる。前髪に隠れて見えずらい古傷を、座ったまま指先でなぞる。

「それはぁ、貴方もよねぇ…?」

「………。ええ、そうですね」

 私はそれだけ言い残して部屋を後にした。薄暗い廊下を歩きながら、自分の手に目を落とした。

 そうなったのは、貴様らのせいだろう。力を手に入れたら、真っ先に殺してやる。

 酒が切れた中毒者のように、小刻みに震える頼りない手を、私は強く握った。




次の投稿は9/21の予定です!


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東方繋華傷 第百十話 潰殺

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方は第百十話をお楽しみください!



申し訳ございません。やたら長くなってしまいました。

二度に分けて投稿するのも考えましたが、なんだかいびつな感じになってしまったのでやむなく一話に納めました。


 どうなっているのか、説明してほしい。私は確かに剣で異次元アリスの頭部を貫いたはずだ。

 地中にある小石などに金属がぶつかる音も聞こえたし、頭蓋骨を貫いたときの抵抗感もあった。

 彼女は魔女であって人間とはかけ離れた存在ではあるが、どんなに強靭な肉体を持っていたとしても、頭は貫かれれば死ぬはずなのだ。

 それが紫であっても、霊夢であっても、萃香たちの鬼だったとしても、それが揺らぐことは無い。

 例え、生存するのに重要な部分に刀が当たらなかったとしても、納得ができない。それなりに体に異常は出るはずなのに、剣が抜けないように刃を握っている異次元アリスは笑みを浮かべたまま足を持ち上げると、私の腹部を蹴り飛ばした。

 厚底の靴と接触した腹部から、受け流し損ねた衝撃が背中まで駆け抜けた。内臓が大きく揺らされ、組織を障害される。

「がっ……あぁっ…!?」

 体が自然と弛緩してしまい、それは剣を握っている手にも及んだ。体を支えるのに握っていた柄を離してしまい、後方へ蹴り飛ばされた。

 異次元アリスの右腕は切断していたため、そちら側の支配下に置かれていた上海人形は地面へ落ちている。

 だが、左手の支配下にある上海人形は、未だに異次元アリスの支配下にあり、空中を浮遊している人形へ私は背中を打ち付けた。

 支配下にあると言っても、ただ浮かんでいるだけだった人形たちは、かっ飛ばされてきた私に弾かれ、回転しながら空中を漂うか地面に落ちて行く。

 人形らで蹴られた衝撃を分散出来たおかげで、ぶっ倒れることは無かったが、衝撃がいつまでも体の中を反響していて、痛みが取れない。

「ぐっ……」

 この状況で周りに上海人形がある状況は好ましくない。磁力を操り、近くに転がっていた剣を手元へ呼び寄せた。

 空気中にあるコイルの性質を持たせた魔力に、ぴったりとくっついて離れない剣は、性質を解除すると手にその重量が加わる。

 ずっしりと重い刀の切先を地面に突き立て、身体を腕の力だけで持ち上げた。まともに食らったとは言え、それでも大きなこん棒で殴られたほどではない。

 空中を漂っている人形や、地面に転がっている人形をレーザーで焼き、踏みつぶした。今の優先事項は、人形の数を減らすことだ。

 異次元アリスが起き上がる前に、できるだけ破壊しよう。彼女の戦闘能力は人形の数に大きく依存する。それさえなければ、私のなんちゃって武術でも通用するほど近接戦闘は素人だ。こちらには咲夜たちの知識がある分だけ有利だろう。

 蹴られた腹部を押さえて魔力で回復を図っていると、異次元アリスの倒れている方向から、地面に突き刺さっていた剣を引き抜く音が聞こえてくる。

「…っ」

 頭部に刺した後に湧き出て来た違和感の正体は、血液だ。頭部から剣を引き抜いた彼女は、何事もなく上体を持ち上げて起き上がる。

 切断したはずである右腕の断面からは、血の一滴も流れ出ていない。穴の開いた頭部からは、奥の景色が見えているのだが、ここもやはり血液は溢れていない。

「おまえ……これは…いったい…」

「さあ、何だと思う?」

 異次元アリスは切断された右腕の断面から、線の性質を持つ魔力を引き伸ばし、数メートル先に転がっている右手を拾い上げた。

 今一度、彼女の体を循環している魔力に意識を向けた。全身を強化する魔力に混じって、様々な性質が彼女の体を取り巻いている。

 目には線状の魔力が接続されており、それは体の中心へ向かっている。さらに、切断されている右腕を除いて、全ての手足に線状の魔力が張り巡らせられている。その糸は上海人形に接続されている物と同じだ。

 これは、まるで……

「人形みたいだ……」

「あら、もう気が付いちゃったの?」

 彼女は驚いて目を見開いている。驚いているのはこちらも同じであるが、度合いで言えば私の方がはるかに大きだろう。

 全身を巡っている魔力だが、意識を向ければそれすらにも違和感がある。性質が、肉体を強化するものではないのだ。

 得物を持っている人間がやるような、無機物を強化する感覚に似ている。一部分が肉体を強化する性質を持っているから、それに紛れて注意していなければ見落としていた。

「そう、この子たちが私に操られている操り人形のように、私も私が操る操り人形なのよ」

「自分を…操る…?」

 彼女が言っていることは何となく、分かっている。上海人形を操るのと同じで、自分を操っていると。

 通常ならそれをするメリットなどないが、全身に巡らされている無機物を強化するような魔力から答えがわかった。

「お前の体……もしかして、肉体がないのか?」

 咲夜や妖夢のように、自分の魔力で記憶をコピーし、人形に宿らせているというのは正解ではない。

「ご名答、十年前の爆発に巻き込まれてね。体のほとんどを吹き飛ばされちゃったわけよ」

 彼女の体から血が出ていない理由は、身体のほとんどは人形の腕や足をひっつけて使っているからだ。いわゆる義手や義足と言ったもののようだ。

「それだけじゃない……頭までそっくりそのまま人形を使っているみたいだが?」

「その通り、よくわかったわね。貴方が頭を刺しても私が死ななかったのは、頭にあるはずの器官がないから」

「なるほどな……、卑怯な体だぜ……」

 しかし解せないのは、そこにあったはずの器官はどこに行ったのかという所だ。

「不思議でしょうがないって顔ね。そうなるのも当たり前よね、ここにあったはずの脳は、どこに行ったと思う?」

 彼女はわざと問題形式で私に問いてくるが、答えはもうわかっている。体の奥深く、そこには、肉体を強化する性質を持つ魔力があるのだ。

 いくら体を人形にしたところで、生命活動には肉体が必要不可欠である。十年前の彼女の状態がどうだったのかは知りもしないが、体の重要器官を全て胴体の中に押し込んだのだろう。

 どういう手法を使ったのかは考えたくもないが、デメリットしかないその行為をしなければならない程、彼女は追い詰められていたということだ。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 彼女の四肢は狙う必要などない。内臓が詰め込まれているであろう胴体を掻っ捌けば、それで彼女は終わりだ。

「さあな」

 私は手に持った剣を握りながら、右腕を体に魔力の糸で結び付けた彼女へ向き直る。再度支配下に置かれた人形と、元から支配下にあった人形は破壊したおかげで合わせて十体もいない。

 近くの地面に突き刺さっていた西洋剣の柄を握り、人形達が突撃を仕掛けてくる前に体勢を整えた。

「興味ないって感じね。まあ、この様子だともうわかっているようだけど……その通り、全てこの中にあるわ」

 彼女は半透明の魔力の糸が出ている親指で、自分の胸の辺りをトントンと叩く。自分の弱点を晒しているはずなのに、ここまで余裕があるとは、こいつはまだ何か隠し玉を持っているようだ。

「それよりもいいのかしら?貴方が破壊した人形たちを良くごらんなさい」

「?」

 彼女を警戒しつつ、地面に横たわっている上海人形に目を配らせると破壊した十数体の内、数体から真っ赤な血が流れ出している。

 一つは上顎から上が完全に破壊されて舌がむき出しになり、後頭部辺りには真っ赤な血で赤色に染まる、皺模様が目立つ小脳が収まっている。舌の付け根には気管の空洞があり、ぴくぴくと痙攣している。

 下顎には真っ白な歯がコの字型に自然な曲線を描いて並び、そこから上が破壊された際に飛び散った肉片がこびりついている。

 二つ目はレーザーに貫かれてぽっかりと空いたから、真っ白な煙が立ち込めている。焦げ臭いにおいが立ち込めているが、その黒ずんだ断面図の焼け方は綿が焦げたというよりも、肉体が焼けた後のようにも見える。

 三つ目は半分に叩き切られた人形の断面から、脳や脊椎、内臓に至るまでが収まっているのが認められ、呼吸を担う横隔膜よりも下にある管状の小腸や大腸が地面にこぼれている。

「自分がこういう状態になれるわけだから、私からすれば人間一人丸ごと使って人形を作ることなんて朝飯前よ。……彼女たちは生きていたし、意識もあったわ……その子たちを、あなたは惨殺したわけだけど、酷いわねー」

 普通の人間の精神なら、ここで崩壊していたことだろう。人形に改造されたとはいえ、生きていた人間を自分の手で殺したことになるのだから。

「…!」

 かくいう私もその一人だったようで、ショックに地面から引き抜いていた西洋剣を地面に落としそうになってしまう。

 自分の両手を覗き込み、膝をついて座り込んでしまった私へ向け、異次元アリスは人形たちを一斉に前進させた。

 精神攻撃に成功したとはいえ、同じ轍を踏むつもりはないのか、人形たちに含まれている性質は進むだけだ。

 目の前に迫り、私を刺す二つ目の性質が送り込まれようとする直前、炎の性質を含む魔力を下から人形たちへ放出した。

 真っ赤な炎が得物を持った人形たちを包み込む。服や髪の毛が焦げ落ちて行き、人間の皮膚が再現されている布も焼けただれて溶けて行く。

 燃えていない正常な状態が前提の命令は、燃焼によって腕などの器官が損傷した状態では意味をなさず、背中につながっている魔力の糸も焼き切れたようだ。

 上げた腕を下ろすこともできず、魔力供給を立たれてさらに半数以上の人形が火だるまになって地面へ落ちて行く。

 炎に包まれなかったとしても、火の粉やその熱量に髪や服に燃え移った物もあり、更に数が減っていく。

 辛うじて生き残った人形たちは、初めに連れていた数の十分の一にまでなっている。残りの三体の処理はそう難しい物ではない。

 高温で息を吸えば気道や肺がやけどを負ってしまう。息を止めて放射される熱から肺を守り、魔力で皮膚を守る。

 炎の周りを周回し、異次元アリスからは死角の方向から、浮遊している一体の上海人形を叩き切った。

 オレンジ色の光に反射する刀身が、浮いている上海人形のわき腹から首までを綺麗に両断する。

 切れ目からは血液が溢れ出してくることは無く、真っ白で複雑に絡み合う繊維状の綿が飛びだした。

 自分の元に引き寄せようとしているらしく、異次元アリスの方へと並んで向かう二体の上海人形の魔力の糸を切断し、片方は踏みつぶしてもう片方は頭を握りつぶした。

 どちらも異次元アリスが人間を改造して作り出した人形ではなかったらしく、布の裂けた部分から大量の綿が弾け出す。

 これで異次元アリスを取り巻く障害をすべて排除できた。魔力を後方へ放出して加速し、一気に突っ走る。

 手元に人形がいなくなったとはいえ、ただ切り殺されるつもりがないのは当たり前で、数本の魔力の糸をしならせて薙ぎ払う。

 糸による切れ味や速度は非常に脅威となるが、爆発したり、途中で軌道が変化するわけではない。

 異次元妖夢の剣戟を見た後では、非常に遅く感じる。いかに彼女が戦闘をしてこなかったということと、どれだけ人形たちに依存しているのかが窺える。

 前方へ向けて炎の性質を含んだ魔力を放出すると、空気の抵抗で大きく膨れ上がり、オレンジ色に視界を大きく塞いでしまう。

 薙ぎ払われる糸のタイミングを見余る可能性が高いが、炎を切り裂いて攻撃がこちらまで突き抜けてくることは無い。

 速度と切れ味にほとんどの性質を含ませ、糸の形状維持には必要最低限しか魔力は使われていない。炎で魔力を削り取り、焼き切ってやれば何の脅威にもならないだろう。これならば、まだ本物の鞭などを使われた方が脅威である。

 崩壊して淡い青色の結晶が炎に紛れて空中に霧散する。魔力の供給をとめて炎を途切れさせたとしても、一度加熱された前方に膨らんでいる空気は中々冷えない。

 全身を魔力の膜で覆い、次の攻撃を準備している異次元アリスへ迂回することなく突っ走る。熱でやけどを負わないよう、瞳と口を閉じて呼吸をおこなわないようにし、髪の毛や服が熱によって融解もしくは発火を起こさなぬよう、強化も忘れずに行った。

 背負っている観楼剣や銀ナイフなどの影響で体が重く感じるが、短距離であれば走り切る時間はそう変わらない。

 熱された空気のある地帯を走り抜け、二度目の攻撃をしようとしている異次元アリスを目で捉える。

 人形たちがいない分、自分の直接戦闘技術を駆使して戦わなければならない彼女は、そう言った術を持っていないのか、馬鹿の一つ覚えのようにまた魔力の糸を指先から延ばしている。

 胸を刺したからといって、異次元アリスが即死するわけではない。心臓を貫いたとしてもしばらくの間は意識がある。その間に邪魔されるのは面倒である。

 脳を貫けば体を操ることはできなくなるが、広い胴体のどこに脳を隠しているのかわかったものではない。私が刺すか、または切った場所に丁度良く脳があることを期待するのは現実性がない。

 二度目の攻撃がなされる前、強化した西洋剣で振りかぶっていた異次元アリスの右腕を切断した。

 手首から先が重力方向に落ち始めると、切断面から魔力の糸が伸び、落ちて行く手を引っ張り上げようとしている。

 それが完了するまでに私の攻撃は二度は当てられるだろう。左手で防御態勢を取っているが、そんなものは無いに等しい。

 柄を握り込み、彼女の胸へ剣を叩き込んだ。空気を切り裂く唸り声は、右から左へと流れて行く。

 左手を切断し、胸元の赤いリボンや、白のフリルと青い洋服をその下にある肉体ごと切り裂いたはずだった。

 赤い火花が散ると、肌の表面を掻き撫でた古びた西洋剣は粉々に砕け散る。

 西洋剣の強化に使われていた魔力は役目を終えて、砕け散ったそれぞれの破片から青い結晶となって散っていく。

「なっ…!?」

 彼女へ向けて人形の頭を投擲した際に金属音がしたため、腹部に鉄板でも仕込んでいると思っていたが、彼女はそんなものを服の中に入れているわけではなかった。

 胴体部分は皮膚の代わりに、それに近い色の鉄板が使用されているようだ。それに、彼女が使っている武器以上の耐久性能を備えている。

 私は呆気にとられ、反応が遅れてしまった。砕けた西洋剣を捨ててすぐに飛びのくべきだったが、彼女はそのうちに右腕の接合を済ませたらしく、そこから伸びて来た魔力の糸にからめとられ、振り回された。

 切断させることよりも、絡めとった状態を維持したいらしく、耐久性能が大幅に強化された糸は簡単には切れる様子はない。

 身体強化した異次元アリスによってさながら、メリーゴーランドにでも乗ったように景色が二転三転する。

 遠心力で糸が結ばれている右腕に負荷がかかる。魔力で強化していなければ脱臼するか、下手をすれば肩から千切れていただろう。

 五回か六回振り回されたことで、大体の方向を掴むことはできた。それに抗おうと魔力調節をしようとした矢先、力の加わり方に変化が起こる。

 上にいきなり引っ張られた体は、どう対処するかを脳が算出する前に弧を描いて頭から地面へ落下した。

「がふっ!?」

 受け身も取れずに無様に地面へ落下した私は、母なる大地の猛烈な抱擁を受ける。埋まらず、首の骨が折れなかったことが奇跡といえるが、どちらにしろ滅茶苦茶な激痛を上半身で受け止めているわけだから、止まれた安堵など微塵もない。

 糸が結ばれている右手首から先は色が土気色へ変色し、きつく縛られている部分も赤い痣が目立つ。

 柄とほんの少しの刃しか残っていない、手放すのを忘れていた西洋剣で糸を切断しようとするが、それをさせずと異次元アリスは数メートルある糸を薙ぎ払った。

 このまま振り回され続けるのは体力が持たない。私は糸が結ばれている右手の強化を解いた。今までは耐久性能が向上していたことで、皮膚下に抉り込むことは無かったのだが、それが無くなれば肉体の圧迫は加速し、ぐしゃりと組織は潰れる。

 皮下組織が潰されると、強化されたとしても耐久性能は大幅に低下し、腕を縛っていた糸は肉を切り進んで骨にまで到達した。

「うぐっ!?」

 切れ味に魔力は割り振られてはいないが、全体重がかかった状態で振り回されれば耐久性能以上の力が集中的に加わり、骨すらも砕ける。

 筋肉や骨などの体をつなげていた組織を破壊されたことで、円を描く軌道を外れて吹き飛び、横たわっているコケまみれの木へ叩きつけられた。

 中身が腐りきっていなかったおかげで、破壊してさらに後ろに飛んでいくことは無かったが、息が詰まって意識が遠のきかけるのには十分な衝撃だ。

 意識は途切れることは無いがそれなりの痛みを伴い、うなだれている私に向けて異次元アリスはくすくすと笑い声を漏らす。

 切断された右手首の切断面から血液が噴き出し、飛び散って緑色のコケを赤く染める。露出しているピンク色の肉体と、表面を赤色に濡らしている不透明な白色の骨を見下ろした。

 静脈よりも深い位置にある動脈から、ドロドロと血液が漏れている。そのまま地面に落ちるか肌を伝って肘から垂れて行くが、今までの出血に貧血でも起こしかけているのか体がだるい。

 多少なりとも血は見慣れているから失神等はならないが、気分のいいものでもない。右手の再生を行うため、魔力を集中的に送り込むと目に見えて肉体の再生が始まる。

 数分程度で元に戻ることだろう。

 苔で湿っている木の幹を支えに、立ち上がる。逃げている段階で形を変える物質を落としてしまっていたようで、呼び寄せた。

 比較的近くに転がっていた刀が粒子状化し、私の手元に飛んでくると再度刀の形状を取る。この刀で切り付けたところで、さっきの西洋剣以上の効果は期待できない。

 細くて鋭利さもあまりない刀では弾かれるのが関の山だ。だが、この刀に異次元アリスが皮膚としている鉄板を切り裂くことが出来る性質を含ませれば、理論上切断することは可能であろう。

「まるで妖怪ね」

 私の再生している右手を見た異次元アリスはそう漏らした。この頃よく言われる。

「それよりも、人間が使われている個体もあるって言ったのに…容赦ないのね」

 燃え盛って焼け焦げ、崩れ落ちて行く人形を見下ろした異次元アリスは見回して他の人形へ視線を移す。

「ああ、本当ならば考慮していたが、する必要がないからな……だって、偽物だろう?」

 私がそう彼女に言い放つと、ただ驚くのを通り越して驚愕が浮かんでいる。見た目は確かに、血や肉体と全く同じように見える。だが、性質に意識を向けて見れば本物かどうかなど一目瞭然だ。

 色や粘度、香りや水気、質感に至るまでかなり研究されて再現されているようだが、子供だましもいいところだ。

 こんなのにひっかがるのは、人を疑うことをしない純粋な奴だけだろう。魔力に意識を向ければその違いは明らかなのだから。

「よく、わかったわね……まさかバレるとは思っていなかったわ」

 スペルカードを作った時や魔法を作った時と同じで、自分は完璧と思っていてもそうではないことなどよくあることだ。

 笑みを浮かべていた異次元アリスは、珍しく顔を気味悪げに歪ませている。その程度で驚いていることに驚きだ。

「まあいいわ」

 彼女は特に気にすることなくいつもの調子へ戻り、切断された左手を腕に癒着させている。

 距離はだいぶ離れてしまったが、十数メートル程度だ。右手もだいぶ再生が進んでいて、あとは第二関節以降の指先を再生させるだけとなっている。

 左手で刀を構え、姿勢を低くして走り出した。砂をはじき出し、土を捲り上げる。このスピードで走り切ればほんの数秒で彼女の元へとたどり着くというのに、余裕の表情を浮かべたままだ。

 攻撃態勢を取ろうともせず、ただ立ち続けている彼女に違和感を覚えて立ち止まろうとした時、指先から出ている数本の魔力の糸がどこかへと伸びて行っているのが目に入った。

 まだ何かがあると確信した私が靴底を地面へ打ち付け、滑り止めようとした時、上空から木々の枝を折る破壊音と、空気を揺らす僅かな振動を感知した。

 葉っぱと私の腕程ある枝をへし折り、私の身長を優に超え、見上げるほどに巨大な物体が目の前へ落下した。

 高速で落ちてくるそれに目が追い付かず、視線がすれ違いを起こしてしまった。上から下へと視線を戻そうとした私の腹部へ、何かが叩きつけられた。

「があっ!?」

 先ほどまでの上海人形達の攻撃とは比べ物にならない衝撃が駆け抜けた。するとバトル漫画のように、体は運動エネルギーに従って後方へと吹き飛んだ。

 五体満足であるのが不思議なぐらいの衝撃ではあったが、これだけ滞空時間が長ければ立て直すのには時間が多すぎる。魔力で速度を落とし、ゆっくり地面へ着地しようとした。

 だが、間髪入れず異次元アリスの魔力を含む巨大な物体が、右方向からこちらへ迫ってきているのを感じた。前進するその性質は、木や草などの障害物を物ともせずに破壊し、突き進んでいる。

 一メートルか二メートル先にある木を木片の塊に変え、それらを更に押しのけて上空から降って来た物と全く同じ、巨大な上海人形が現れた。

 その両手には二本の大剣が握られており、人間が両手で操る物を軽々と片手で振るい、一度に二度の斬撃を私へ浴びせた。

「かっああああああああああああああっ!?」

 見た目だけではないその力強さに刀はへし折られ、腕や足、腹部へ深い斬創を刻み込む。縦に右腕と右足を切り裂かれ、横に腹部を切られた。腕と足が地面に転がり、腹部を境に上半身と下半身に分かれなかったのは、異次元アリスが細かな操作をしくじってくれたからだろう。

 空中にいる私から適切な距離を取り、その巨体からは早すぎるほどの速度で片足を上げると、胸を蹴り飛ばされた。

 切り傷をつけられた手足はその蹴りで千切れることは無かったが、止まらない体は地面をバウンドするごとに乾いた土に血痕を残す。

「ごぽっ…!」

 十数秒ほど地面を滑走した後、血液の線を描いて体は停止した。腹部を蝕む激痛は叫ぶことすらもできない程で、呼吸すらもままならないが、酸欠で意識を失わないように一心不乱に酸素を求めた。

 呼吸を本当にしているのか怪しくなるほどに息が詰まる。このまま窒息死してしまうと錯覚するほどに、息を吸っても苦しさが消えない。

「~~~~~~っ……!!」

 あらゆる激痛が重なりすぎて、どこに痛みが生じているのかすらもわからなくなってきた。

 いつの間にか口の中に血が溜まっていたのか、口を開くとドバっと赤黒い血が排出された。その赤い花は飛沫を上げて服を汚す。

 ぶら下がっている腕と足を魔力で体にひっつかせ、血に塗れている地面に手を付いて持ち上げようとすると、切り傷のある腹部から真っ赤な臓物が顔をのぞかせた。

「っ……!」

 両手で腹部を抱え込み、内圧で臓器が体外へ零れ出ないように押さえつける。体を支える両手を腹部に回したことで支えが無くなり、血の池へ頭から突っ込んだ。

 バシャりとまた血が跳ねて服や肌、髪の毛を汚すがそんなことを気にしている余裕は、今の私にはない。

 異次元アリスの視線を一時的に切れたとはいえ、そんなものはそう長くは持たない。早く次の行動に移らないといけない段階に来ているというのに、血と酸素に溺れている私は体を起こすこともままならない。

「あらあら、無様ね」

 大きな笑い声が聞こえた。瞳だけその方向を向けると、私を蹴り飛ばした巨大な上海人形がいる位置に異次元アリスが佇んでいる。

 私よりも頭一つ分身長が高い彼女ですら人形の胸の位置に届いていない。そこから人形の大きさが窺える。

 小さい人形には幼さが見られたが、巨大な人形はそれよりも凛々しさが押し出されている。

 私の血液で濡れている二本の大剣を携えたまま、巨大な上海人形は異次元アリスに歩幅を合わせてこちらに近寄って来る。

 距離としては二十メートルは離れているが、この激痛が無くなるまでには足りない距離だ。

 腕と足同様、腹部の傷も組織がごっそり無くなったわけではないから、再生自体はすぐに終わった。だが、腕や足にはない内臓が飛びだしかけたことで、きちんと治癒としてもまた零れだしてきそうで、中々手を離すことが出来なかった。

 切られた部分をゆっくりと覗き込むと薄っすらと傷はあるが、斬創部には服が切れた痕跡しか残っておらず、臓器が出てくることはなくなった安心から、私は一息ついた。

 体中に残っている痛みはまだまだ消えない。それでも敵が接近しているのを考慮すれば、立ち上がらないわけにはいかない。

 口元や顔に跳ねた血を服の裾で拭いつつ、血で滑る靴を踏みしめてゆっくりと立ち上がった。

 異次元アリスが連れている大きな上海人形は二体存在しているが、初めに上空から落ちてきた方は大きな槍を下段に構え、いつでも私の体を穿つことが出来る様に刃先がこちらを向いている。

 彼女を左右で挟む形で陣取っている人形たちは強化の性質しか感じられないが、私がおかしな行動を取ればすぐさま反応できるように数本の糸がつながっている。

「だいぶ苦しんでくれたようだけど」

 口元がにやけたままの彼女はそこまで言うと一度言葉を切り、立ち上がった血まみれの私から視線を外し、足元を見た。

 乾ききってはいるが、水捌けの悪い地面に吸収されず、ヌルつく体液が摩擦を軽減して油断すれば転びそうだ。

「私からしたらまだまだ足りないのよね。でも、霊夢達のように下品にいつまでもやるのも私の趣味じゃないのよね」

 この戦いややることに上品な部分など一瞬たりともあっただろうか、私にそんな覚えはないのだがな。

「だから、あなたを生きたまま人形にしてあげるわ……。そんなことできるのかなんて聞かないでよ?ここに私がいることがその証明になるからね」

 思ったよりも彼女の頭のねじは飛んでしまっているようで、なぜそうなると小一時間問いただしたくなるが、黒く濁った瞳からはそれをやり遂げようとする意志しか見えない。

 私のせいでその体になってしまった。だから、それと全く同じことをしてやることが彼女にとっての復讐のようだ。

 破壊され、柄とほんの少しの刃部分しかない刀をその場に捨て、血まみれの拳を彼女へ向けて構えた。

「お前の…玩具になるつもりはないぜ……ここでくたばんな」

 魔力で血液を生産してはいるが、今の出血でだいぶ持っていかれた。中度か強度かわからないが、貧血によって頭へ送られていく酸素量が極端に低下し、少し頭の中がぼんやりする。

 血液だけでなく酸素供給も忘れずに行っていると、異次元アリスが二体の人形を並べてこちらに向かって歩かせる。

 ドスン、ドスンと彼女たちが地面を踏みしめるたびに、重たい足音が空気を伝わって鼓膜が震える。

 大きな巨体は、一メートル弱離れたところで前進する性質が無くなり、肩幅に足を広げたまま動かなくなった。

 得物の射程的に、こちらが走り寄る前に攻撃される可能性が高い。遠距離で何かをする余裕程度はあるだろうが、エネルギー弾ではスピードが遅すぎて、はじけた頃には刃が肉を掻っ捌いているだろう。レーザーもこの巨体を移動させるだけの威力は無い。別の手法を取る必要がある。

 上手く行くかはわからないが、とりあえず私も連中が動いたときの準備をしておくとしよう。

「五体満足で動けていた体に、今のうちに感謝しておきなさいな」

 彼女はそう言うと、糸を介して二体の上海人形へ命令を下す。私から見て右側に立つ二刀使いは片方の大剣を上から振り下ろし、槍持ちは体を貫くために刺突してきている。

 どちらも妖夢と異次元妖夢の剣戟に比べれば遅いぐらいの速度であるが、その大きさや切れ味の悪さから、切られた際の衝撃は観楼剣を大きく上回るだろう。

 速度が遅いと言ったが、どっちみち当たれば私にとっては致命の一撃となる。当たるわけにはいかず、行動を開始する。

 一直線に私の腹部を狙って握る手を伸ばしている槍の方ではなく、右手の大剣を大振りに上から振り下ろしている方に魔力を向ける。

 振り下ろしている大剣にコイルの性質を持たせた。刀自体には異次元アリスの魔力が含まれていてできなかったため、その表面に撒布していた魔力に含ませた。

 それでも電流の性質を持つ魔力を流してやると強力な磁力が発生し、こちらから見て右からは振るう予定の無かったもう一本の大剣が、左からは槍が大剣を挟み撃ちにする。

 真っ赤な火花が散り、それによく似た青色の結晶が弾けると大きく歪んで、ガラスや食器の陶器を壊したときのように亀裂が生じる。

 雷の模様にも見えなくないヒビは、大剣と槍が引き寄せられた部分を中心にして放射状に広がると粉々に砕けた。

 破片の角度によってキラキラと光を反射し、鋼色の小さな花火が咲き誇る。魔力によって槍は引き寄せられているままだ。そのうちにコイルをもう一つ自分の手元へ作り出した。

 形を変える物質を呼び戻す方法もあったが、遠くに落ちている切られた切先等を引き寄せて再生成している時間が惜しい。

 大剣の周りに配置して置いたコイルの性質は、それがバラバラになったことで効果も分散してしまい、槍ともう一本の大剣が拘束から解かれてしまう。

 だが、それをもう一度振るう前に私は人形たちの方へと一気に接近した。飛んできた刃の長さが4、50センチほどの西洋剣はピタリと手のひらの前で停止し、磁力を停止させて握り込んだ。

 ずっしりとその重量が腕に伝わり、疲労した体には少々重たい。刃渡りが一メートルを軽く超える大剣と、私の腕と同じぐらいの大きさがある槍の内側へ侵入した。

 自分の刀の射程に入る前に、槍を持つ上海人形が自分の元に槍を引き寄せられたようだが、その重量ゆえに動きは緩慢だ。

 観楼剣の様な凄まじい切れ味を西洋剣に魔力で持たせ、槍持ちの腹部を横に一閃。下段に構える癖があったのだろう。腹部を切る過程でその途中にあった、伸ばした両腕も一緒に切断した。

 断面からは綿が溢れ、手と下半身を失った上海人形の上半身がこちらに向かってゆっくりと傾いてくる。

 西洋剣を下段に構えて真上へ薙ぎ払ったことで、人形の上半身が真っ二つに分かれ、私に当たることなく両サイドにどさりと落ちる。

 ズシンと落ちたその衝撃による揺れと砂の舞い上がりから、見た目通りの重量があったことがわかる。

 次に横に立っている人形へ目標としてロックオンするが、その間に邪魔をされると面倒だ。人形が大剣を持ち上げたところで、右手に持っていた西洋剣を異次元アリスへと投げつけた。

 彼女は自分の身を守ろうとする意識が働いたのか、上海人形を私と自分の間に滑り込ませたが、既にそこは通り過ぎた後で、回転して飛んでいく剣は異次元アリスの左側の義手と義足を切断した。

 体の支えを失ったことで、彼女の体勢が大きく崩れて地面へ倒れ込むのが上海人形越しに見受けられるが、それでもこちらに攻撃するのを忘れず、人形に前進する性質を与えた。

 私の倍はありそうな靴が、こちらに向かって大きく踏み出した。肩に担ぐ形で持っていた大剣を、命令に従って私の脳天に向かって振り下ろしてきた。

 単調な攻撃しか人形はできないから数をそろえ、その欠点を補っていた。それが一体しかいないのであれば身長や体重差などの不利を除けば、そこまで脅威ではない。

 体を左にずらし、錆びついた大剣が顔の右側を通り過ぎて行くのを視界の端で捉え、私はしゃがみ込んだ。

 身体を強化し、地面に転がっていた巨大な槍を持ち上げる。破壊した人形が落としたものだが、何十キログラムあるかわからない。

 腰や腕、肩に負担がかかり、その重さに踏ん張り切れずに倒れそうになったが、浮力の性質を持たせて何とか担ぎ上げた。

 そのうちに人形も大剣を持ち上げたようで、今度は右から横薙ぎに私の頭を狙ってくる。一体倒されたことで焦りが生じているのか、その攻撃に迷いはない。

 こちらから見て左から薙ぎ払われている大剣にむけ、担ぎ上げていた槍をそちらに向けた。

 柄を握っている指を切断されないように気を付け、大剣の切り込んできている入射角をできるだけ浅くするために傾けた。灰色の刃は柄の表面を削り、私に当たることなく右側へと流れて行った。

 強化に使われていたお互いの魔力は青い結晶となってほとばしり、僅かに周辺を青色に照らし出す。

 遠くから見れば蛍が集まっているようにも見えるだろうが、そんな平和的な生物はおらず、いるのは奪い合いしかすることのできない者だけだ。

 大剣が通り過ぎたのを見計らい、槍を投擲する形で掲げた私は得物に弾丸の性質を組み込ませた。

「くらえっ!!」

 扱いの慣れていない武器に、慣れない重さ。それらが合わさり、単純に突いたり切りかかったところで、自分よりも大きな巨体を吹っ飛ばすことも切断することも難しい。

 そうなるとそれを使って戦い続け、勝利を収めるのは難しくなる。ならば、一撃だけの攻撃にしてやれば私にとっては最も効率の良い戦い方となる。

 上海人形の頭部よりも空気抵抗のかかりにくい形になっている槍は、私が手放すのをトリガーに弾丸の性質を発揮させた。

 体重が六十キロ程度の人間が、時速数十キロメートルの速度で突っ込んだだけで1トンにも及ぶ衝撃力が発生する。数十キロの物体が音速で突っ込めば、計り知れない衝撃力が生み出されるのは火を見るよりも明らかだ。

 私の体重を軽く超える上海人形は、飛ばされた槍の衝撃力に耐えきることが出来ず、後方へと吹き飛んだ。

 人形は異次元アリスが倒れている場所から少し離れた木へ、槍によって縫い付けられた。人形でなければそれだけで死んでいただろう。

 太い幹と地中を張り巡らせられている根による摩擦のおかげで、上海人形はそれよりも後方に飛んでいくことは無かった。

 胸に槍の刃が根元まで突き刺さり、私の身長と同じぐらいありそうな柄がそこから生えているように見える。

 魔力の糸が動きについていけずに千切れたのだろう、機能が停止して人形が動く様子は無い。

 今こそ異次元アリスを叩く絶好のチャンスだというのに足が動かず、その場に膝から崩れ落ちてしまった。

「くっ……」

 異次元妖夢からの連戦に、体が悲鳴を上げているのだ。後方に落ちている形を変える物質にこちらに来るように魔力を与えると、粒子状化し柄が手元に作られた。

 異次元アリスの後方からも切先だった物質がこちらに向かい、柄に群がると五十センチほどの刀身へ姿を変えた。

 それを逆手に持ち替え、地面に突きさした。ザクリと地面に切れ目を入れる音がする。対して切れ味の高くない刀は、数センチ潜り込んだだけでそれ以上進むことは無くなり、それを支えにして立ち上がった。

 それだけの時間があれば、異次元アリスの立て直せるわけで、義足と義手は魔力の糸によってすでにつなぎ止められている。

 指先から伸びる魔力の糸が人形へ接続されると、その巨体を彼女の魔力が覆い、活動を再開させた。

 小さく小刻みに動いた後、腕を大きく動かし、どこにもガタが来ていないかを確認している。

 胸に突き刺さっている槍を引き抜こうとするが、木に深々と突き刺さって中で変形でも起こしているのか、それが返しとなって抜けないようだ。

 異次元アリスは人形に前進する魔力を含ませると、大きな両足で地面を踏みつけて体を前進させ、身体から引き抜かせた。

 槍に体内の綿の繊維などが絡まるが、関係なく引き抜かせたことでブチブチと繊維の千切れる音が、十メートルほど離れたこちらにまで聞こえてくる。

「……っ…」

 地面に突きさした刀に、異次元アリスの体に仕込んでいる金属を切断できるだけの性質を含ませ、落とさないように今ある握力で柄を握り込んで引き抜いた。

 人形は異次元アリスから三メートル程度の距離を離して、私との間に陣取った。残った大剣は手放していなかったのか、それをいつでも振り下ろせるようにじっと構えている。

 ここで決める。

「ここで、終わりだぜ」

 私は異次元アリスにそう宣言し、刀を基本的な構えで握り直す。利き手を上にし、強くし過ぎないように程よく握り込む。

「それはあなたでしょう?」

 異次元アリスもそのつもりなのか、目を細めて私のことを残った鋭い眼光で睨み付けてくる。

 私は対峙している一人と一体に向かって走り出した。十メートルという短い距離はほんの数秒で近接戦闘を挑めるが、その三メートル手前には人形が佇み、持っている得物によって挑む距離は短くなり、回数も増える。

 異次元アリスまで半分ほど距離を詰めると、案の定、上段に構えていた大剣を、上海人形は体を両断するために振り下ろした。

 回避行動や受け止める仕草をしなかった、私の頭部から股を一直線に大剣は走り抜ける。二本の足で支えていた体はバランスを失い、損傷した脳ではそれを修正することが出来ずに断面から血をまき散らして倒れ込むはずだった。

 なぜか大剣の切先は身体を傷つけることなく、私の鼻先をかすめて地面を抉る。なぜタイミングを外したのかはわからないが、地面に叩きつけられた剣を靴で踏みしめて足場にし、巨大な上海人形に向かって跳躍した。

 上段に刀を構えた私は、人形がやったように真上から頭部を股まで縦に叩き切った。詰め込まれた綿が溢れ、視界を遮るが左右に分かれて崩れ落ちて行く人形の先に、異次元アリスの姿が見える。

 細い隙間に体を押し込み、綿を溢れ出させる人形の間を潜り抜けた。先の攻撃を避けた私に対してなのか、外した自分に対してなのかはわからないが驚愕を浮かべた彼女は何かをしようている。

「させるかああああああっ!!」

 細くて短い頼りない刀を下から上へ、斜めに切りかかった。右から左に切先は移動していき、斜めに異次元アリスの服と皮膚を切り裂いた。

 服が切り裂かれると人間の肌と大して変わらない程、精巧に作られた金属の皮膚に切れ目が付き、亀裂を生じる。

 彼女が少し後ろに下がったことで、切り込みが浅くなったようだ。乳首や豊かな乳房が露出するが、関係ない。

 これは戦いであるし、第一こんなやつの物が見えたところで気分の高揚などは無い。一歩大きく踏み込み、悔しさをにじみ出している彼女の胸へ左から右へ下から上に切り込んだ。

 金属と金属が擦れあう不快な音が耳に残り、耳を塞ぎたくなるが、二度目の攻撃は皮膚下の組織に届いてくれたようで、刃物が作り出した谷間の一番奥から赤い体液が滲みだす。

 切った衝撃に装甲が耐えられなかったのか、二度の攻撃で亀裂がさらに広がっている。右手を柄から離し、身体強化に加えて耐久性能を向上させた。

 クロスしている刀の切り傷の中心へ向け、拳を叩きつけた。胸の装甲は叩き割れ、血液などの体液が底から流れ出る。

 手や腕が血で汚れるがお構いなしに、抉り込ませた手を更に体内の奥深くへ突き進ませる。

「かっ……あぐっ…!?」

 自分が切りつけられ、今行われていることが信じられないのか、苛立ちから驚愕へ表情が急激に変わっていく。

 血や脂の感触もそうだが、中にある内臓を直接触れる触感といったら、吐き気を催すほど気持ち悪い。

 何かはわからないが、ほとんどの内臓の表面はつるっとしているのだが、体液によってまるで粘液に覆われているかのような感覚に襲われる。

 私が探しているのはそう言ったよくわからない器官ではない。おそらく触れれば一発で分かる物を探している。

 グチュグチュと中を弄る音は、気分の悪さを加速させるが、こいつを殺すために今は我慢しておくとしよう。

 異次元アリスは右手の糸を使って私を引き離そうとするが、左手に持った刀で手を切り落とした。

「ぐっ…!?」

 こんな状況だから少しでも長く生きるために抵抗しているが、それもこれで終わりだ。目的の器官を見つけた。

 一定の間隔で力強く筋肉を収縮させて蠢ているこれは、心臓で間違いないだろう。ドクンドクンと動くそれを私が素手のまま乱暴に掴むと、異次元アリスの表情が変わった。

 驚愕が絶望へと変わる。彼女の顔に血は通っていないから顔色は変わらないが、もし通っていれば血の気が引いた色へと変わっていただろう。

 前腕を中間ほどまで体に抉り込ませていたが、目的の物体を握ったまま力任せに引き抜いた。

 ブチブチと臓器に張り巡らせた毛細血管や、主要な太い血管の千切れる音と共に、全身へ血液を送りだすポンプの役割を果たしている最も大切な器官は、私の手によって空気中に引きずり出された。

 人間の心臓は握り拳サイズだとよく言うが、彼女のは私の握り拳よりも大きい。真っ赤で表面には数本の血管が走っており、体外から出ても働きを止めないそれは少し手に余る。

 異次元アリスは返せと手をこちらに向けようとするが、太い血管が何本もつながって何度も拍動している心臓を、握り潰した。

 器官内に存在していた血液は必要以上の圧力をかけられ、行き場を無くす。圧力に耐えきれなくなった組織は、パンパンに膨らんだ風船のようにぐしゃりと弾けた。

「あっ……はか…っ…」

 彼女は意味のない言葉とも吐息とも判別できない声を漏らす。瞳を小刻みに動かした後、それはグルリと上へ向かって行く。白目を剥いた異次元アリスの体は後ろへと傾いた。

 心臓につながっていた太い静脈や大動脈は彼女の体重によって切れ、私の手元には心臓だけが残った。

 ビクビクと何度か痙攣したのち、心臓は完全に機能を停止した。胸の傷や外に飛び出て千切れた血管からは、大量の血液が漏れ出しているが、本人はそれを止められる状況にない。

 異次元アリスは延命措置をする間もなく絶命し、二度と起き上がることは無かった。

「……」

 自分の手で直接殺した死体と、その死因となった心臓を握りしめたまま、私はただただ見下ろしていた。

 さっきまであった何とも言えない殺生に対する重みや、倒すことのできた安心感。そう言ったものがなにも湧き上がってこない。

 覚悟を決められたからだろうか、よくわからないが何の感情も感じることが出来ず私は逆に困惑していた。

 だがそれも長くは続かない。異次元アリスの殺害は何も感情に響かず、私は何の感情から促されたのかわからない、小さなため息を漏らした。

 




10/12に投稿できそうです。


 ここがよくわからないということがございましたら、答えられる範囲でお答えしますので、ご気軽にどうぞ!


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東方繋華傷 第百十一話 夢の中

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方は第百十一話をお楽しみください!!


今回はあまり進みません。

次がいつになるかわかりませんが、投稿する際にはここの後書きに投稿する日にちを書きます。


「………」

 身体の大部分を人形へ変えていたとしても、体内を流れている体液は真っ赤のようだ。先ほどまで脈打っていた生暖かい筋肉の塊は、潰れて組織を障害されたことで、自身の力で拍動する力を持っていはいない。

 心室内にあった血と、表面を走る血管内に滞っていた血が、潰した際にかかった圧力に耐えきれず、肉を引き裂いて外に弾け出した結果、手や服、頬に飛び散ってしまっている。

 汚れていない肩部の服で、頬に飛び散っている返り血を拭い取った。ひしゃげて未だに血の滴っている心臓を、横たわっている異次元アリスの方へと投げ捨てた。

 胸部の服が裂けており、露出している皮膚は金属が使われているため、肌に亀裂が走っているように見える。

 その金属には当然血が通っているわけではない。皮膚から血が溢れてはいないが、砕かれた部分から内部の臓器が損傷し、それらから血液が流れ出ている。

 歪んだ円形ではあるが、砕けて穴の開いた部分からは血液以外にも、投げ捨てた臓器を引きずり出す際について来た、動脈と静脈が二本並んで飛び出ている。

 作り物の瞳を開いたまま、絶命している異次元アリスの頬へ心臓が落ちると、べちゃりと水気の強い嫌な音を立てる。

 表面に残っていた血液は皮膚に当たると、スタンプのようにその痕をつけた。

 頬に当たった心臓はそこに留まることなく、ずるりと頬から滑り落ちると地面に転がり落ちる。

 乾いた砂が血で濡れている筋肉の表面にこびり付いている。最も大事と言える臓器を破壊したから、彼女が起き上がって来ることは絶対にない。だが、こっちの連中は頭のねじがいくつも外れているから何をしてくるかわからない。

 徹底的に処理しなければならない。手元に魔力を溜め、それに炎の性質を含ませた。横たわって四肢を弛緩させている異次元アリスへ放射した。

 魔力から変換されたオレンジ色の炎が、手のひらの上から膨れ上がって迸り、無防備の彼女を包み込んだ。

 着込んでいる服や手足の布、胴体部分では人体に元からある脂が薪の役割を果たし、良く燃える。女性は特に脂質が多く、燃え残ることは無いだろう。

 布などの無機物が焦げる匂いと、生物等の有機物が焼ける香ばしい匂いが辺りに満ち始めた。

 水分が多い物を焼いているからか、薪の延焼部分から炎の上の方へ視線を移すと、空気の流れによってゆらゆら揺れる炎と透明の空気中の境目から、白色の煙が立ち込める。

 これだけやれば彼女もこれで終わりだろう。黒く炭化していく彼女を見守ることなく、私は背を向けて歩き出した。

「……」

 人形の一撃が私に当たっていれば、燃やされることは無くても中身を引きずり出されて人形にされていたことだろう。

 彼女の敗因は、私に貫かれた右目を修復しなかったことだと推測できる。頭を貫いたとき、私は片眼に刀を抉り込ませていたが、それを途中で治すことなく戦っていて、最後の最後で目測を誤った。

 片目を閉じれば目測が正確につけられないのは、みんな知っているだろう。彼女はそれを甘く見たのだ。

 片目で何か作業をすれば手元でも狂うことがあるのに、それが数メートル先となれば更に大きくなるだろう。最後に巨大な上海人形が攻撃を外したのは、それが原因だ。

 私が今もこうして戦っていられるのは、永琳がくれた義眼のおかげだ。そうでなかったら、何度死んでいたかわからない。

 手に持ったままの刀に元のブロック状に戻るように魔力で命令を与えると、切先から粒子状化して手の上へ正六面体の金属が出来上がった。

 それをしまおうと肩から下げていたバックの口を開けた。予備の服や咲夜の銀ナイフにあまり干渉しない位置に詰め込もうとすると、ナイフ以外の金属の光が見えた。

「?」

 それを摘まんで拾い上げると、一センチまではいかないが七ミリ程度の大きさがある正円の球体だ。

 金属のそれは、私自身が入れた覚えはない。そうなるといつバックに入ったのか気になるり、頭を捻っていたがすぐに思い当たる。

 こうして正確な球状に加工された金属となれば、すぐに思い当たる。河童たちが使用していた銃の弾丸だ。

 ショットガンで使われていた散弾のうちの一発だ。魔力の壁でガードしていたりしたが、そうしているうちにバックに入ってしまっていたようだ。どこかで捨てるとしよう。

「……」

 近くで妖夢たちが闘っているのが見えたから参戦したのだが、これからどこに向かうか。異次元霊夢達は異次元咲夜達と手を組んでいるため、彼女たちが関係した場所に居るだろう。

 博麗神社と紅魔館にはいなかった。ならば異次元早苗が住んでいる守矢神社へ向かってみるとしよう。

 魔力を作用させて不足した血液を補充したことで、頭痛等の貧血から来る具合の悪さは無くなった。

 戦闘をしているわけでもないので、身体強化を歩きながら解くと、今まで誤魔化してきていた疲労感が一気に押し寄せて来る。

 海で大きな波に飲み込まれる様に全身を疲労感と、それから来る脱力感が頭から足の指先に至るまで覆いかぶさった。

「っ!?」

 石や木の根っこに足をぶつけたりひっかけたりしたわけではなかったが、もつれてしまって危うく顔を地面にぶつけるところだった。

「っ……くっ……」

 蓄積した疲労がついに限界を迎えたのか、足を持ち上げようとしても足が痙攣して言うことを聞いてくれない。

 腕の力で前進しようとするが、自分にはそもそもそれをできるだけの腕力がなく、強い倦怠感で握力もほとんどなくなっているようで、土を掴むことすらできなくなっている。

 こうして押し殺されていた疲労を受け入れてしまうと、感じていなかった分だけ爆発的に疲弊が体を支配する。

 身体強化でそれを打ち消そうとするが、その時には疲労感から生み出された睡眠欲が頭の中を埋め尽くしていた。

 脳が休息を欲し、私の意志に反して受け入れが進んでいく。腕で体を支えていたが、力が抜けて倒れ込んでしまった。

 こんな場所で気を失うわけにはいかないのに、瞼が重い。意識が薄れ、視界がぼやけて暗転していく。

 隙を晒す以上は隠れていたい思いもあるが、私には睡眠欲に対して抵抗することが出来なかった。

 何分か時間が経過すると、倒れ込んでいる女性から安定した呼吸がし始める。疲れた体を休める睡眠を行って、しばらく時間が経過したころ一人の足音が彼女に近づいていた。

 

 

 

 頭を冷やすことができ、私は河童たちが集まっている方へ向かって歩く。いつまでも舞い上がっていた砂煙も、ようやく風や重力によって飛んで行ったり地面に落ちて、息を吸い込んでも砂臭さはほとんどなくなって来た。

 コンクリートに覆われている地面を見ると、砂が雪のように表面に薄っすらと積もっている。

 地面を靴でなぞると、靴底が積もった砂を押しのけて砂に芸術性の欠片もない線が描かれる。

 視界もだいぶクリアになり、数十メートル先にあった、巨大な円状の瓦礫も目を凝らさなくても見える。

 私が離れた時以上の天狗や河童たちが集まっている。人数を増やして作業の効率を図っているようだ。

 しかし、あの人数が未だに忙しそうに走り回っているということは、中で潰れて死んでいた人物は掘り出せていないらしい。そこに歩み寄り、作業している天狗に話しかけた。

「…作業は進んでる?」

「霊夢さん。作業的にはまずまずですね……でも、にとりじゃないかって話になっています」

 ここまで徹底的に殺されているから、特に技術力に秀でているにとりではないかとある程度予想はしていたが、天狗にその根拠を聞いてみることにした。

「…それはどうして?」

「他の河童と違って、装備がいいんですよ」

「…どんな風に違うの?」

 彼女に連れられて瓦礫の山の近くに歩いて行くと、掘り出された歪んだ鉄筋が辺りに散乱してる。

 それらとは明らかに質感や材質の違う金属の塊がいくつか並べられている。大部分は手のひらに乗る程度のサイズだが、一つだけ抱えなければ持てなそうな大きさの破片がある。

 何かのステッキのようにも見えるが、短い辺は十センチ程で、長い辺は三十センチはある。長い辺の先には五股に分かれている。

「…」

 ステッキだと思っていたが、異様に太いそれは腕で、五股に分かれた先というのは指だったようだ。

 手のついている方とは反対側は刀で切断したらしく、断面には千切った様子はない。ピンク色の肉と白色の骨が覗いており、地面には漏れ出した血液が小さな池を作り出している。

 生々しいその断面から視線を外し、手の方へと回り込んだ。確かに他の河童たちが着ていたような装備とは違う。

 他の河童たちの手を覆っていた部分は、もっと装甲が薄そうなイメージがあったのだが、それは間違っていないだろう。

 棘で貫かれていた河童たちの腕はここまで太くはなかった。この腕を覆っている装甲によって一回りか二回りは大きく見えているとしても、かなりいい装備を着ている。

 落ちている腕の指に手を伸ばして軽く触れた。正直なところ機械については全くど素人であるが、それでもこれは作り込まれているのがわかる。

 鎧等を作ると、どうしても金属で覆えない部分というのが出てくる。それがこの手にはないのだ。

「…それじゃあ、他にこれ以上の有力そうな情報はあった?」

「いえ、これからです。損傷が激しいのと…鉄筋の重さ等が関係して中々掘り進められないんです」

「…わかったわ」

 もう少し確定的な情報が欲しかったのだが、これ以上ここに留まるわけにはいかない。街の中央に大穴を開けた爆発が目印となり、他の連中が集まって来ると困る。

 おそらく先ほど現れた異次元映姫たちも、私と同様にそれに呼び寄せられたのだろう。そう言った奴らと鉢合わせし続けていたら、体が持たない。

「…でも、これ以上ここに留まると他の奴らが来る可能性があるから、五分以内に移動する準備をしておいて」

「そう、ですね……さっきは被害を押さえられましたけど、ここに来るのが情報源になるとは限りませんからね」

 彼女が周りを見回す。その先には異次元映姫との戦いで負った怪我を治療している者たちがいる。

「…ええ、当初の目的はここだったし…とりあえず皆をここに集めてくれないかしら」

「わかりました」

 彼女はそう言うと他の仲間数人に声をかけ、あちらこちらへと飛んでいく。これだけの時間が経過しているわけだから、姿が見えなくても萃香たちも到着していることだろう。

 前回ここに来た時には情報を得られずに紅魔館に向かったため、行く場所を考えなくてもよかったが、今回は慎重に選ばなければならない。

 河童たちがかなりの数あの魔女に殺されたことで、彼女たちは手薄であるのだろうが、どの方向から来たかわからないから向かうこともできなさそうだ。

「霊夢さん」

 もし異次元霊夢達がそこにいた時はどう対処するか考えていると、すぐ近くから声をかけられる。

「…へ?…何かしら?」

 下に傾いていた顔を上げると、洞窟のように穴が掘られた瓦礫の中から返り血でまみれてている天狗が這い出て来た。

「確証を取れるもの…ありましたよ」

 這い出て来た彼女はだいぶ荒っぽく作業していたようで、頬などに飛び散っていた血を服の裾で拭っている。

「…何を見つけたのかしら?」

「これです」

 彼女は私に血で汚れた硬い紙のようなものを手渡してくる。厚さは二ミリほどで、長方形のカードだ。

 質感的にそれは紙が使われているわけではなく、プラスチックが使われているようだ。短片は三センチ、長辺は4.5センチはありそうだ。

 強い圧力がかかってかなりグニャグニャに歪んでいる。何の用途に使われるのかは血が大量に付着していてわからないが、手に取って指で血を拭い取ってみると絵が現れる。

 よく見るとそれは絵ではなく、カメラで撮影したものを現像してできた写真のようだ。

 張り付けただけでは、剥がれてしまう。それを防ぐ対策なのか、写真は透明なカード内部に埋め込まれている。

 どうやったのかはわからないが、カードを二枚用意してそれで写真を挟み込んでいるわけではなさそうだ。そう言ったところから彼女たちの技術力の高さがわかる。

 まだ写真全体が見えているわけではない為、指でさらに血を拭い取ると女性の顔写真であることに気が付いた。

 その人物は、こちらのにとりと全く同じ顔つきをしている。青色の髪に緑色の帽子を被っていいる。

 表情のない顔ではあるがどこか自信ありげで、髪の毛と同じ青色の瞳がじっとこちらを見つめている。

「…その下にいる人物からこれが取れたのよね?」

「そうです」

 彼女は血の匂いが嫌なのか、できるだけ血をふき取ろうとしながら私に返事を返す。鼻がいい分だけちょっと血を拭った程度では意味があまりなさそうだが、ちょっとでもマシにはなるのだろう。

 これで確証は取れた。異次元にとりは死亡し、街に何人来ていたかわからないが、河童たちも死んでいる。

 着込んでいた装備がどれだけあるかわからないが、かなり手薄な可能性がある。次に行く場所は河童達のいる場所でよさそうだ。

「…ありがとう、移動するからあなたも準備して」

「ええ」

 彼女はそう言うと、私から離れてほかの鴉天狗たちと合流していった。

「…」

 異次元霊夢のいる可能性がある博麗神社などに向かうわけでもないし、紫も反対することは無いだろう。

 そうして彼女たちが来るのを待っていると、五分は経たないがそれなりに時間が経過すると大部分が集まった。

 井戸のところで会ってからどこに行ったのかはわからないが、紫はまだ来られそうにないようで、姿は見られない。

 フランたちも手掛かりが無くなったことで、情報集めするついでに異次元咲夜を探そうとしているようだ。

 集まった人物たちを眺めていたが、ふと誰かが足りないことに気が付いた。これだけ人が集まっているというのに、静かすぎるのだ。小さな子供たちの姿が見えない。

 他のメンバーも欠けてはいないようだが、チルノたちの姿が見られない。あの子たちの身長は低いから天狗たちに遮られて見えなくなっているのかと思ったが、見る位置を変えてもやはり姿は無い。

「…チルノたちは?」

 私が彼女たちにそう問いかけると、それぞれが周りを見回して小さな妖精たちの姿を探す。

「こちらに来ているものだと思っていましたが…」

 紅魔館内にいる妖怪たちを街へ向かわせるために、走り回っていたであろう天狗たちがそう語る。

「…見落としてるってことはない?」

「多分ないと思います。結構な大人数で探してたので…」

「…それじゃあ、こっちの街で見落としてるってことは?」

「それもないと思います…」

 そうなるとこちらに来る過程か、もしくは私たちが紅魔館を探索している間に居なくなったということになる。

 紅魔館に乗り込む際には居たはずだから、やはり探索中かこちらの街に来る間ということになる。

「…なら、どこに行ったか知ってる人はいる?」

 私がそう聞くが、手を上げる者はいない。街に向かうまでに深い森等の障害物は無い。そこで誰にも見つからずに姿を消すのは難しいだろう。

 となれば、私たちが探索中に居なくなったということだ。しかし、わざわざ離れる行為をするのはなぜだろうか。

 この状態でチルノたちが誰かに連れ去られた可能性は低い。敵が現れたとして、交戦的に前に出るのはおそらくチルノだ。移動する能力に特化している大妖精が近くにいるはずだから、誰かしらには知らせるはずだ。

 それができない状態となれば、チルノが何かを見つけたか単純に単独行動をしようと無理に進んだのを止めようとして、そのうちに戻れなくなってしまったのだろう。

 チルノとまとまって行動している妖精、妖怪たちが全員いないということは、皆それについて行ってしまったのだろう。ああ見えても、チルノは妖精の中ではトップを争うレベルで強い。彼女を引き留められないのもうなづけるな。

 それとももっと別の理由があるのかはわからないが、それがわかったとしても、どうするか悩む。彼女たちが向かった方向は、白狼天狗たちにかかればすぐに見つかるだろう。チルノが勝手に一人で歩き出したのであれば危険性は高くはないが、低くはない。

 問題なのは何かを見つけてそれに向かって行った場合だ。彼女たちが戻ってくれなくなるほどに距離が離れているということは、それが動く物体だということだ。チルノたちをおびき寄せるための罠だとすると、彼女たちがいないことに気が付いた私たちが探しに来るのを、どこかで待ち伏せする可能性も捨てきれないのだ。

「…」

 だからといって、彼女たちを見捨てるわけにもいかない。となると誰を探索に向かわせようか。

「あいつらを探しに行こうとしているなら、それは必要ないんじゃないか?」

 私が頭を悩ませていると、腕を組んでどうするか悩んでいた私に萃香がばっさりと言い放つ。

「…見捨てろってことかしら?」

「違う。神社では…あいつは自分の明確な意思があって集まっていた。だから、それができなくなるような行動は、下手には取らないんじゃないか?」

 別行動したのはあくまでも彼女の意志である、と言いたいらしい。しかし、そうでなかった場合は本当に見捨てることになってしまう。うんとうなづくことができずにいると、彼女が続けて口を開く。

「あいつは確かにバカだが、間抜けじゃない。目的があるのにそれを損なうように、こっちの世界で誰彼構わず喧嘩を売ることはしないはずだ。今回に限ってはな」

「…そうね……それでもちょっと心配なのよね」

 確かに神社を出る際のチルノはいつもよりも違う目つきをしていたが、萃香の言う通り彼女自身の目的のために動いたのか、情報がないから憶測の域を出ずわからない。

「大丈夫だよ。あいつらの中には大妖精がいるし、恐怖で自分の能力を忘れてなきゃ、逃げ切れる」

 恐怖で忘れてしまっていれば、それは逃げることができないということにもなるのだが、その辺りはどうなのだろうか。

「霊夢よ、あいつらは自分の意思でここに来た。別行動をとるのは自己責任だ。そこで何かあっても自分の尻は自分で拭うしかない」

 冷たい言い方だがそれが合っている。神社の時点で行かない提案をしたが、彼女はそれを除けてついて来た。

 みんなの命を任せられている立場からすれば、最後まで面倒を見なければならないが、萃香の言った通りならば探しに行く必要はない。

「…せめて一言欲しかったわね。…まあ、わかったわ…とりあえず私たちは河童たちのいる場所に向かうとしましょう」

 妖怪たちにじっと見守られている中、私はそう提案する。彼女たちを見捨ててしまったかもしれないという不安感もあるが、ここは戦場だ。自分の身は自分で守ってもらうことにしよう。

「…河童のいる集落に向かうと言ったけど、彼女らが来た方向がわかる人はいる?」

 街の中は爆発の影響で、ほとんどの戦闘痕が吹っ飛んでしまった。かろうじて残っていたとしても、街の中では縦横武人に動きまわっていたことが推測できるから、探し出すのは非常に難しい。

 私の思っていた通り、先の戦闘痕を調べている時は何があったのかということにしか目を向けておらず、どこから来たという部分については調べていない。わかる者はいないだろう。

 またそこから調べ直しになりそうだと、小さくため息を付いていると聞いたことのある声が聞こえて来た。

「霊夢さん!それなら来る途中、街の外で河童と思わしき人物が倒れているのを見た気がします」

 そう言って天狗たちの合間から下駄をカラカラと鳴らして出て来たのは、いつもカメラと小さめの手帖を所持している文だ。彼女はかなり目がいいから、おそらく見間違いは無いだろう。

「…その方向は?」

「向こうだったと思います!」

 彼女が指を指した方向は、確か河童たちが串刺しになっていた方面だったはずだ。街の中央方向に河童たちが向いていたが、そう言うことか。

「…それじゃあ、向かいましょうか」

 私たちは文が示した方向に歩みを進めることとした。

 異次元映姫たちと戦闘にはなったが、異次元にとりが殺されていたという事実が分かっただけでも収穫はあった。

 彼女たちがまっすぐに街を目指していたことが前提となるが、それは調べてからにしよう。

 体を魔力で浮き上がらせ、未だに辛うじて建っている民家の屋根を超えると、地上に立っていた時よりも暑さと、砂臭さが薄れる。

 瓦礫が乗っていたり穴が開いている屋根を見下ろすと、緩やかに弧を描いている大通りが目に入る。そこを視線だけで辿っていくと、オブジェといえば不謹慎ではあるが、歪な巨大な剣山が道を遮っている。

 ああはなりたくないものだ。あんな目に合うと想像しただけで寒気がする。

 今度はそれがある方面の街の外に目を向けると、草木が全く生えていない荒野にポツンと黒い物体が転がっている。

 私の目からは点にしか見えないが、目を凝らすと辛うじて人間のようなシュルエットが確認できる。

 串刺しにされていた河童と装備が良く似通っている。あれが文の言っていた河童だろう。街の位置とその死体の位置関係から、顔を森の方へと上げていくと、その奥に黒い黒色の煙を上げている場所が見えた。

 そこがどういう状態なのかは木々に視界を遮られて見ることはできないが、位置関係的にあの煙の下に河童たちがいると見て間違いないだろう。

 後ろや横に飛んでいた文と萃香に目を配らせると、彼女たちも私と同じ考えに至ったようで、小さく頷いた。

 地面に転がっている死体をわざわざ調べなくてもいいだろう。私たちはその目標に向けて進む速度を速めた。

 

 

 

 私のいる場所が薄暗いのは森の中にいるわけではなく、辺りが暗くなってきているからだろう。

 その薄暗い状況でも、私に顔を近づけている少女の顔が笑っているのはわかった。

 私は、また昔の夢を見ているようだ。前回夢を見たのがだいぶ前の気もするが、その続きのようだ。

「私のせいって……なんでだよ…!何もしてないよ!」

 夢の中の私はその舌っ足らずの幼い声で、歪んだ笑みを浮かべる幼女に叫んだ。今の半分程度の大きさしかない小さな手で、濡れて泥だらけの服の裾を握りしめた。

「そうね、あなたは何もしていない。でも、その力を持ってしまったのが原因だから、あなたのせいであることには変わりないと思う」

 見た目はまだ年端もいかない少女なのに、落ち着き払った口調と年齢がかさんだ様な言い回しで話してくる。

「そんなの、分からないよ!…力なんて……持った覚えないよ…!!……なんで私なの……!」

 夢の中の私は耐えきれなかったのか、そこでボロボロと涙を流し始めた。目の前に立っている異次元霊夢の姿が涙で歪む。水分によって瞳に入って来る光に屈折が起っている。

「なぜあなたかなんて知らないわよ。ただ運がなかっただけじゃない?いや、ある意味運が良かったかもしれないけどね」

 異次元霊夢はそう呟くとしゃがんで私に視線を合わせてくる。泣きじゃくる私は怯えて後ろに下がろうとするが、樹木が邪魔をして下がることができない。

「その力、私に頂戴?」

 彼女は怯えている私の頬に、優しく手を伸ばして触れてくる。その時に抱いた感情も思い出してきているのか、異次元霊夢がこちらを見る目がいつもとは違うような感覚を抱く。

 目が濁り、今の私でも恐怖を覚えるほどに狂気が笑顔に宿っている。服を握っていた手がガタガタと震えてしまう。いや、手だけではなく顔などの体全体が恐怖で震えを押さえることができない。

「嫌…嫌だああああああっ!」

 その恐怖から逃げたい一心だったのだろう。そう叫ぶと震える手で、私の頬に触れている彼女の胸を突き飛ばした。

 もつれる足でわき目も振らず、この場所から逃げるために走り出そうとするが、魔力を使ってすぐに立て直したのか、異次元霊夢に後頭部を軽くお祓い棒で殴られた。

「あうっ!?」

 後頭部から、強化された木材で小突かれた衝撃が突き抜ける。体を強化していれば大したダメージにはなりえないが、幼い私はそこまで気が回らなかったようで、それだけで地面に倒れ込んでしまった。

 当然ぐらついて体のバランスが崩れている私に、受け身を取ることのできる余裕などあるわけがない。勢いよく顔から土に突っ込んだ。

 頭の痛みと転んで膝や手のひらを打った痛みが重なって、涙がさらに溢れそうになって来る。

「うっ…くっ…!」

 それでも今は逃げないといけないと思ったのか、涙が溢れてくるのをぐっとこらえ、血が滲んでいる手のひらを使って上体を持ち上げた。

 皮膚が裂けた痛みがぶつけた痛みの後に襲ってくるが、歯を食いしばって立とうと顔を上げると、その方向はすでに異次元霊夢が迎えてくれていた。

「っ!」

「酷いわね。友達を突き飛ばすなんて……貴方のことは大好きよ?でも、私はどうしても力がほしいの……どうしても力をくれないのなら、勝手に貰うわ」

 彼女はそう言うと私が進もうとする方向から外れて後ろへと歩いて行く。今のうちに這いずってでも逃げようとしたが、夢の中の私は何かをされたようで足を見下ろした。

 異次元霊夢に掴まれたようで、泥だらけで茶色く変色している白い靴下を履いている足首が痛いほどの握力で握られている。

「痛い…!離して!離してよ!」

 パニックを起こし、そう叫ぶ私は何か掴めるものがないかどうか周りを探すが、掴めそうなものは何も落ちていない。

 せめての抵抗なのか、土でも何でもいいからしがみつこうとしているが、子供の力ではそんなことができるわけもない。乾いた地面には両手で掻き毟った跡のみが空しく残っていく。

「嫌だ…!!離して!!」

 足をばたつかせて抵抗すると、それが効いたのか動いていた周りの景色がピタリと止まる。足を握っていた拘束感も消え、異次元霊夢が足を離したようだ。

「魔理沙」

 起き上がろうとした私に、目の前まで歩み寄って来た異次元霊夢が声をかけてくる。おそるおそる顔を上げると、さっきまで浮かべていた笑みは無く、苛立った表情で見下ろしてきている。

 濁った眼が私の恐怖をさらに煽り、蛇に睨まれた蛙よろしく指の一本すらも動かせなくなってしまった。

「ちょっと、静かにしてて」

 私が何かを言う前に、彼女は足を持ち上げると靴底をこちらへ向けた。

「霊――」

 防御の体勢に移ることも許されず、突き出された足が額を叩く。容赦のない攻撃に脳が揺らされ、意識が朦朧とする。

「いい子ね」

 本当にそう言ったのかは定かではないが、抵抗することができなくなった私のことを異次元霊夢は再び運び始めた。

 

 

 体が揺れる。なぜだろうか。

 ……。

 となると自分以外の誰かということになるが、どういう目的があるのか、ほぼ一定の間隔で小さく上下に体が動いている。

 運ばれているようだ。いったいどこに?

 ……。

 だめだ。眠い。どれだけ経ったのかはわからないが、瞼は異常なほど重く、閉じられたままノリか接着剤で止められているか、溶接でもされたかのようだ。

 睡眠と言うべきか、無意識と言うべきかわからないが、そこから伸びて来た手に頭を掴まれ、またその方向へと意識が引きずり込まれていく。

 抵抗しようにも初めに眠りに落ちてしまった時と同じく、既に半身を睡眠へ浸からせている私にそれを抵抗することができない。

「……っ…」

 それでも力を振り絞り、目を薄っすらと開けることには成功した。

 聴力を司っていた部分の脳が睡眠に飲み込まれてしまったらしく、音は聞こえないがぼやけた視界に景色が飛び込んできた。

 小脇に抱えられているわけではないようだ。腹部を圧迫される感じから肩で担がれているのだろう。

 重力に逆らうことを忘れている手が、ダランと視界のほとんどを左右から塞いでいる。地面との距離はそう遠くないようで、自分が歩くよりもかなり低い。

 頑張って手を伸ばせば届きそうなぐらいだ。洋服はスカートが紫色で、上着は白色とシンプルな色を着ているようだ。

 そこまで見ただけでもう限界が来てしまったようだ。開いていたいのに、目を閉じる力が別に加わっていると思いたくなるほど瞼が段々と下がって来る。

 瞼が閉じて視界が狭まるのに比例し、私が沼に引きずり込まれる速度が加速していく。まるで流砂だ。

 私が抵抗しようとすればするほど、精神はそこに沈む。胸、肩、首と飲まれていくと、その頃にはもう瞳など開けていられなかった。

 最後に残った頭を新たに現れた手が、黄色い私の髪を掴み、そこへと引き込んだ。

 

 瞳を閉じる前に見えた茶色いがオレンジ色に近い、鮮やかな長髪が強い印象を残した。

 




次の投稿は11/2夜10時の予定です。


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東方繋華傷 第百十二話 嘘

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方は第百二話をお楽しみください!



申し訳ございません。諸事情によりしばらくの間、不定期となります。ご了承ください。

投稿できそうな日がわかれば、後書きに入力します。


「…………」

 どれだけ運ばれたのだろうか。体に浮遊感を感じ、目を覚ました。

「うああっ!?」

 幼い自分の声が聞こえてきたのと、とっさに前に突き出された両手が、見慣れた今よりも小さな手だったことで夢の中だと直ぐに察せた。

 自分と同様に、幼い異次元霊夢に投げられたようで、一秒にも満たない浮遊感の後、地面に落下した。

 土じゃない硬い地面はすでに舗装されている場所らしく、受け身をととれるだけの技術もない私は軽くではあるが地面に腹部を打ち付けてしまったようだ。

「あぐっ…!?」

 膝もそうだがぶつけた場所から、ズキズキと鈍い痛みが時間の経過で強さを増してくる。コンクリートの地面に一応手を付くことはできて、顔を突っ込むことは無かったが、手の皮膚を傷つけてしまったようでそこにも痛みを感じた。

 しかし、腹部の痛みの方が強い物だったようで、血が滲んできている手のひらでお腹周りを押さえ込み、痛みを和らげようとしている。

「うぅ……あっ…くっ……」

 体を無意味に丸めている私の背中を、後ろから異次元霊夢が足蹴にしたことで、前のめりに倒れ込んでしまったようだ。

「霊…夢…やめ…て…!……こんな…こと……!!」

 痛みからだろうか、それとも恐怖からだろうか。視界が歪み始めたのは。夢の中の私が涙を零しだしたからだ。

 これを言っても無駄だとわかっているのか、うなだれている私の視界には服の裾を握る手が映し出された。

 逃げ出そうとしないところから、彼女も逃げるのは半分あきらめている様子だ。幼い声はすぐ後ろにいる異次元霊夢の方を振り向こうとするが、彼女はこちらに手を伸ばしてきていたらしく、後頭部を掴まれた。

「ここまでやって、止めるなんてとんでもないわ」

「霊夢…!痛い…!!」

 髪を引き抜く勢いで掴まれているのか、耐え切れずに頭を掴んでいる異次元霊夢の手を振り払おうと伸ばすが、彼女の手に触れる直前に頭に力が加えられた。

 前に押し出す力が強く、頭を砂や石ころ、木の枝が転がっていないコンクリートへ押し付けられた。

「うっ…!?」

 頭を持ち上げようと抵抗しているが彼女に力で勝てるわけもなく、押し付けられた体はピクリとも動かない。

「これから楽しい楽しいパーティーが始まるんだから。……さあ、楽しんで…?」

 異次元霊夢に掴まれていた髪をグイッと引っ張られた。見覚えがなくもない洋風の家が並ぶ道の先が、映し出されそうになった途端、視界がノイズに覆われる。

 何が瞳に映されたのか理解する前にノイズに覆われてしまったことで、何が起こったのかはわからなかった。

 一つ分かったのは異次元鈴仙に会った時と同じく、頭に割れるような酷い頭痛に襲われたことだけだった。

「あああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 

「はっ…はっ…はっ…」

 荒々しくはあるが、浅い呼吸を何度も行う。昔の夢はトラウマで忘れている部分を見ているのだろう。大したことはされていないというのに、心臓がバクバクと激しい運動をした後と同じく脈を刻んでいる。

 心臓以外にも額だけでなく、全身から冷や汗が汗腺から分泌され始めたようだ。今は乾いている血がこびり付いていた服に、再度水分が与えられて、肌に張り付いてくる。

「はぁ……はぁ……」

 浅く何度も上下させていた胸の筋肉を自分の意思で制御し、深くそれでいて大きく呼吸をする。

 大量の酸素を血液に含まれている赤血球に結合させ、全身へ送り付ける。別に運動をして体が酸素を求めているわけではないが、それをするだけでもだいぶ気分が落ち着くことだろう。

 そうしているうちに、ズキズキと脳の奥で痛みを発していた鈍痛も退いて来た。偏頭痛のように頭を蝕んでいた痛みが弱まり出す。

 自分のことで精いっぱいだったが、頭痛も消えて高ぶっていた心拍や呼吸もおさまって来れば、外に目を向ける余裕ができる。すぐに異変には気が付いた。

 自分が寝ている場所が森の中ではないのだ。乾いた砂のざらざらとした感触や、雑草が風に揺られて肌をなぞる感覚が無い。

 それだけならば風が無いだとか、自分が動いていないから砂の感触を感じないと説明がつくが、寝ている場所の床がきちんと加工された木の板が使用されているのだ。

 オレンジ色の髪の誰かに運ばれていたのは、夢か何かと思いたかったが、現実だったらしい。

「…!」

 焦りはあるが、焦ったところで状況は良くならない。薄っすらと薄目を開けて天井を見上げると、木の天井が見える。

 街よりもだいぶ文化が後退して、和風っぽさが出る。新築というわけではなく、数十年から数百年にはなる、かなり年季の入った建物だ。

 広い部屋に寝させられているようで、私の視界内に壁がない。目だけ動かして周りの様子を確認すると右側に何かがある。

 顔を傾けてそちらを見ると、驚いた顔をしているこちらの萃香と同じ顔をしている少女が床に座っていた。

 両側頭部からは太く、装飾の巻き付いた鬼特有の太い角が生え、後頭部には大きな赤色のリボンがオレンジ色に近い髪を結んでいる。

 驚いた顔をしているのは、頭痛で叫んでしまっていたのだろう。夢の中でのことかと思っていたが、実際に口から声が出てしまったようだ。

「…一日程度は寝てるかと思ったが、随分と早いお目覚めだな……さっき運び込んだばっかりなのに」

 スカートに近い服を着ているというのに、恥ずかしげもなくあぐらをかいている彼女は膝の上に肘を置き、上に伸びている手の上に顎を乗せて私に言った。

 どれだけ時間が経過したかはわからないが、彼女がそう驚いているということは、本当にそこまで時間は経っていないのだろう。

「っ…!……わざわざここに運んできてどういうつもりだ?」

 飛び起きた私は彼女にレーザーをいつでも撃てるように、手のひらに魔力を溜めて向けるが、異次元萃香は戦闘体勢に入ろうともしない。

「落ち着け魔理沙。あまり大きな動きをすると、あたしでも抑えられん」

 彼女はそう言うと、座ったまま肘をついた状態で私から視線を外して周りを見る。大きな広間ではあるが、外に通じる扉は異次元萃香から見て左右と、正面にあるがその三方向から強い敵意を感じる。

 私から見れば左右と後方に当たるが、それだけではない。ぴっちりと木の板が合わされて隙間のない床や、天井からも感じられ、光の入って来ている窓には人影がチラつく。

 逃げ場がない。

「……っ」

「だから落ち着け。あたしたちはお前を捕まえてどうこうしようとしてるわけじゃない。その気があるのなら、こんな回りくどいことはせずに起きる前に縛り上げてるさ」

「……。それもそうだな…」

 彼女の言うことは一理ある。復讐したいのであれば、異次元アリスの時と同様に問答無用で殺されているだろうし、力がほしいのであれば縛り上げられている。

 油断させるためだとかそう言った可能性は低い。異次元霊夢が相手だから、というのが理由だ。

 萃香はかなり頭の回る奴で、それは異次元萃香も変わらないはずだ。そんな彼女が力を欲しているのであれば、油断させて私を泳がせるというのは愚策と言える。

 異次元霊夢の実力はもう知れている。自分で勝てない相手に、力を取られる可能性を考慮したら自分の手元から離すことはしないだろう。そんな回りくどいこと、鬼がするはずがない。

 一応、警戒だけは解かないが、彼女に向けていた手の平を下ろすと、あらゆる方向から向けられていた敵意が弱まった。

「落ち着いたところで、初めにされたお前の質問に答えるとすると、放置すると危険だったからだな」

「そりゃあそうか。こっちの霊夢たち以外にも、狙ってる連中は多いようだからな…」

 放置すると危険だったというのは、自分たちのところに連れてこれなくて、力を手に入れられず、危ないということだろうか。

 そう考えると、やはり彼女とは手を組むべきではないか。そう考えていると、再度異次元萃香が口を開く。

「それもそうなんだが、小物の方だ。お前のことを食らうことで力が手に入るという噂が随分前からあってな、倒れたまま放置してたら妖怪か妖精たちに食い荒らされていたからな」

 確かに、異次元ルーミアは私のことを食おうとしていた。体の再生ができて死に難くなっている分、それをされると想像するだけでゾッとする。

 食われたそばから再生していき、死ぬにも死ねないし、動こうにも動けない。地獄だな。

「……それについては、礼を言う」

「おう…それで?あたしたちと組む気にはなったか?」

 礼は告げたが、特に話が思い浮かばず、どう切り出すか悩んでいると、異次元萃香がそうたずねて来る。

 忘れていた。そんな話をされてから河童と戦ったり、異次元妖夢と戦っていたりしたから、頭の隅にもなかった。

 どう返答するべきか悩んでいると、私から見て左側の扉から、カラカラと乾いた音を鳴らして何かが歩いてくる音が聞こえてくる。

 乾いて軽い音のはずなのに、嫌に重々しくて重たい物だと連想する。自然とその方向へ視線が傾くと、森で会った時と同じ恰好をした異次元星熊勇儀が閉まり切ったスライド式の木の扉を豪快に開けた。

「大きな声が聞こえたから来てみれば、やっぱり起きたか」

 異次元萃香とは違って、額から一本だけ鋭く伸びている赤い角が良く目立つ。肩や胸元が露出している和風の服は少し薄汚れてはいるが、私の前に立つ彼女ほどではない。

 身長が190センチを軽く超えている彼女は、扉の上部に頭や角をぶつけないように少し頭を下げて広間へと入って来る。

 片手には真っ赤な星熊盃が握られている。注がれた酒のランクを上げる名品と言われている盃だ。その反対の手には、大きなコブと小さなコブが重なった形をしている瓢箪が握られている。

 星熊盃の表面に水滴が少々付着していることから、彼女は酒を嗜んでいた最中のようだ。そしてここでもそれは続く様子だ。

「勇儀…いつ戦いになるかわからないんだ。酔っぱらってたら本調子が出ないんだから酒は控えろといつも言ってるだろ」

 注意しなければ分からないほどだが、言われてみれば彼女の頬はわずかに朱色を帯びている。いつ戦いを挑まれるかわからないのに、そう言ったことができるのは、頂点に立つ者の余裕だろうか。

「そうかっかしなさんな萃香よ。息抜きはたまには必要だからな。それが無ければやってられん」

 大幅に荒々しく彼女は異次元萃香の元まで来ると、その横にどっかりと座り込み、木を削り出して作られた瓢箪の蓋を取る。

 紐で瓢箪とつながっている蓋を離すと、本体の凹んでいる部分を掴み、持ってきた盃に酒を注ぎ始めた。

「勇儀の言う息抜きは毎日あるのか?戦争が始まってからこれを言わなかった日が無かった気がするが…」

 異次元勇儀には随分と頭を悩ませられているようで、額に手を当てて大きなため息を付くが、傍らでは全く気にせず酒を煽り始めている。

「……もう、いいや……」

 もの言いたげではある半眼でじーっと異次元勇儀に視線を送っていたが、見えないふりを決め込む彼女に半分あきらめがついたのか、視線をこちらに戻した。

「話の腰を折ってすまなかったな。それで、どうするんだ?」

「……どうするか決めかねてる状態だぜ。言論からお前のことが信用できないわけではないが、信用できる証拠がない。嘘はつかないと嘘を付くことは簡単だからな」

 私はそうきっぱりと言い切ると、異次元萃香はそうだよなとまた悩み始めた。どうしたら信用してくれるのだと頭を捻って考え込みだした。

「……」

 彼女の方向からではない視線が私に向いている。左側に顔を傾けると、陽気に酒の入った盃を傾けていた異次元勇儀が、手を止めてこちらをじっと見ている。

「お仲間を貶されて癪に障ったのなら謝るぜ。でも、それが私の本音だ。連中の欲している力、それを手に入れるためのカギが私である以上、それが目的で手を結ぼうとしている可能性は否定できない。だから簡単には信用できないということは察してもらいたい」

「ああ、そいつはわかってる。でも、あんたが思っている以上に萃香は素直な奴だ」

 彼女はそう呟きながら視線を私から隣の女性へ移す。頭を抱えてああでもないこうでもないと一人で呟いている。

 騙そうとしているのであれば、それらしい適当な理由をつけて私を丸め込むだろう。私の考え等をここまで尊重しようとしてくれる彼女は、おそらく信用できる人物で間違いないだろう。

 彼女だけであれば顔をうんと縦に振ったのだが、私はどうもその隣に座っている異次元勇儀が信用できない。

「信用できないか?私が」

 盃に酒を再度注いでいた彼女は、器の底に視線を向けたまま、問いかけてくる。

 じゃばじょぼと途中までは景気よく瓢箪から酒が流れ出ていたが、底をついたらしく器の半分も満たないところで、水滴が入り口からポタポタと落ちる程度となる。

 どうやら彼女を睨み付けてしまっていたようで、慌てて視線をずらすと話し始めたのに反応して、悩んでいた異次元萃香と目が合った。

「まあ、そうだな」

「私が何かしたか?」

「いや」

 私はそう呟きながら、揺れる水面を見つめていた異次元勇儀の方へ視線を戻した。透明な液体が注がれた容器を持ったまま、顔を上げてこちらを見る。

「リスクを負いたくないのはわかるが、お前さんを入れた私達だって同様にリスクを負っている。他の連中からの攻撃が集中するというのは大した問題じゃあないが、十年前に生きた爆発。…あれをいつ起こされるかわからないというリスクを私たちは負っているんだ」

 異次元鈴仙が言っていた爆発のことか。あれについてはなぜ起きたのかわからないし、そもそもどうやって起こすのかもわからない。のだが、私が彼女たちに言ったようにそう言う嘘を付くことは簡単であるということか。

 仲間を集められ、そこで一網打尽にされる可能性を彼女は言っているのだろう。

「あれだけの爆発が起こればいくら私でもただでは済まないだろうし、萃香でも逃げることはできないかもしれない。それをいつ起こされるかわからない私としては、お前さんを入れること自体に反対だ。

 でも、あいつらを殺す強力な助っ人が入るとすれば、そのデメリットには目を瞑れる。お前さんがこちら側で戦ってくれるのであれば、トロイの木馬のようになる可能性を考慮しても、御釣りがくる。そう言った観点から私らはお前さんに声をかけているわけだ」

「まあ、殺すではなく、倒す…だがね」

 彼女の言うことに異次元萃香は一言付け足すが、私が渋っている理由はそこにある。

「私がうんと言えないのは、目的の違いだ。お前らは倒すだが…こっちは殺すつもりだ。……十年もの間、目的をあきらめずにずっと戦っていた連中が、一度負けた程度でそれを止めるとは思えない」

 私の言わんとしていることが彼女にも伝わったらしく、再度唸り始めた。

「仮に、ここで手を組んで一緒に戦い、殺さなかったとして、奴らがこちらの伸ばした手を取って、仲直りできるとでも?奴らは絶対に諦めない。必ず完遂させるために行動するはずだ。そして、二度の敗北は絶対に無い」

「……」

「だから、私はこちら側の霊夢達をこれ以上危険に晒したくはないから、奴らを殺さないという手法はとらないぜ」

 この時点で、彼女の目的に私は邪魔な物として存在している。力もいらないからここで殺す。と、ならないところがイカれていない証拠とも言える。

 だが、これを曲げるつもりはない。

「それに、お前はまた酒を皆で飲みたいといっていたが……十年もの間こんなことをしでかし…血に塗れた連中と酒を交わせるのか?」

「…………。………わかった」

 私のその言葉が決め手となったのか、しばらく黙って考えていた彼女はようやく頷くが、それが肯定につながるのか否定へと行くのかわからず、耳を傾けていると重々しい顔つきで彼女は口を開いた。

「魔理沙のやり方に従おう。だが、力を手に入れるのをあきらめた奴は殺さないということを条件にしてくれ」

 どうやら、こちらに対しての肯定だったようだ。

「そんな奴、居ないだろうが……わかった」

 そんな連中がいないことぐらい、彼女もわかっているのだろう。なんせ、十年もの間戦争を続けている奴らだ。一度の敗北で、それが覆ることは無いだろう。

「そうと決まれば、お前さんを歓迎するぞ!」

 異次元勇儀はそう言うと盃に半分ほど注がれていた、度数の高い酒を一気に飲み干した。この流れで酒を飲もうと言われると困るが、異次元萃香が止めてくれるだろう。

「ああ、勇儀の言う通り…歓迎するよ。…これからよろしく」

 座っていた彼女は立ち上がり、こちらへ歩み寄って来る。それに合わせて私も立ち上がると、小さな手を開いてこちらに差し出した。

 仲良くやろうという握手か。私も手を伸ばし、それをしっかりと握った。

「ああ、こちらこそよろしく頼むぜ」

 疎と密を操る程度の能力を扱えば、今の姿のように小さくも大きくもなれる彼女を正面から見据えていると、いつの間にか後ろに回っていた異次元勇儀が私の肩に右腕を組んでくる。

「全く、お前さんらは頭が固いね」

「遊戯が陽気すぎる。この辺はきちんと決めておかないといけないからな」

 まったくと言いたげに、呆れた表情を異次元遊戯へ向ける。しゃがんで私の肩に組ませている彼女はそうだなと小さく頷いた。

 鬱陶しく組んでくるその右腕を振り払おうとした時、彼女の親指に私の視線は釘付けとなった。

 どこかで見たことがある気がする。それを気のせいと一言で済ませるのは阿呆だろう。右手の親指。その付け根には、夢で街から逃げていた女性を殺した人物と全く同じ小さな傷跡があった。

「……っ」

 私の様子が変わったことで手を握り、肩を組んでいた二人は顔を見合わせて首を傾げた。

「魔理沙、どうかしたのか?」

 心配そうな顔つきで、異次元萃香が私に尋ねてくるが、握っていた右手を離して組まれていた腕を跳ねのけた。

「おっと、お前さんは相変わらず嫌ってるね」

 腕を跳ねのけられた彼女は、のらりくらりと私から一歩か二歩ほど後ろへと離れた。

「なあ、聞きたいことがあるんだが、十年前はどうだったんだ?」

「十年前?どういうことだ?」

「いや、十年前、お前たちはどういう方針で戦ってたのかって思ってな。誰かを殺したりとかはあるか?…例えばだが、人間とか」

 私がそう異次元萃香に問うと、いきなりどうしたと言いたげに眉をひそめるが、その説明をすぐに始めた。

「いや、今までは殺したりはしていないが?霊夢達を止めるのに、あたしらが殺してたら意味ないだろ。殺す意味もないし」

「……そうか」

「それがどうかしたのか?魔理沙」

 私の質問の意図が読めないのか、頭の上に?を浮かべている異次元萃香は首をかしげているが、私の表情からよからぬことが起きそうだと不安な様子だ。

「手を組むって言った話だが、やっぱり無しな」

「…は?」

 なぜいきなり私がそんなことを言い出したのか、意味が分からない彼女は呆気にとられ、目を細めた。

「私は、罪のない人を笑いながら平気で殺す奴とは手は組めない」

 手元に魔力を即座に溜め、戦闘体勢に入っていない異次元勇儀の顔面へ、振り向きざまにエネルギー弾をお見舞いした。

 ゴルフボール代の弾幕が前方方向にはじけ、魔力エネルギーが物を破壊する運動エネルギーに置換され、それを顔に正面から食らった勇儀は後方へ踏ん張ることもできずに吹き飛んで行く。

 木製の壁を突き破り、奥の部屋へと大きな巨体が転がっていく。畳の繊維が衝撃で千切れて捲り返り、彼女が通った畳はもう使い物にならなさそうだ。

「んな!?魔理沙いったい何をしている!?」

 怒った異次元伊吹萃香の声が後方からする。手を組むと約束したのに、それを一方的に破棄しただけでなく、仲間に攻撃を加えればそうなるだろう。

 でも、私は彼女に弁解するつもりなどは無く。拳を握って戦闘体勢に入っていく伊吹萃香に一言呟いた。

「黙ってろ」

「お前に攻撃するようなことをしたつもりはないが、あたしらが何をしたって言うんだ!?」

 全身を魔力で強化し、完全に戦闘態勢の整った異次元萃香が肩幅に足を開き、いつでも走り出せるように力を込めると、それだけでそこから木の床に大きな亀裂が走る。

「じゃあ、説明してやるよ。……星熊勇儀の親指の傷、十年前に森で人間を殺した奴と同じ形をしていた。楽しんで人殺しをする妖怪がいるところと、手を結ぶつもりはないぜ」

 私がそう呟くと伊吹萃香が本性でも表すかと思ったが、意外にも驚愕を示している。それは戦闘体勢を解いてしまうほどだ。

「何を言って……勇儀がただの人を殺した?…ありえない。十年前、お前がいなくなる前だって勇儀は私と一緒に以前の日常を取り戻そうと戦ってきた。……そんな意味のないことをするわけがないだろ!」

 一時は動揺して戦闘体勢を解いたが、仲間をコケにされたと思ったのだろう。彼女の表情がこれ以上ないぐらいに怒りを示す。

「意味があるか、無いのかは今回についてはさほど重要ではない。奴にとってはただの人間を殺すことに意味なんてないだろうからな。

 何か目的があって殺すんじゃなくて、今回に限っては完全に楽しんで殺すだからな。本当に意味のない行動だ」

「もういい。お前となんか手を組まん…あたしの友人をコケにした償いはしてもらうぞ!」

 異次元萃香は完全にこちらを敵と認識したのか、疎と密を操って自分の身長を異次元勇儀と同程度にした。走り出すために踏ん張りを効かせようとした時、後方に吹っ飛ばしていた異次元勇儀の笑い声が聞こえてくる。

「…!?」

 異次元萃香は足を止め、私の後方でゆっくりと立ち上がる異次元勇儀のことを見た。足を止めた理由は、おそらくさっきまでと様子が違うからだろう。この状況で笑う。というのはおかしすぎる。

「はっはっはっ!なーんだ。あの時、見てたのかよ…やっちまったね…」

 人で留まるかは知らないが、その返答で異次元勇儀は自分が楽しんで人を殺していたと認めた。三日月のように裂けている口からは笑い声が漏れる。エネルギー弾は頬に当たっていたはずであり、魔力は結構つぎ込んだつもりだったが、まったくの無傷である異次元勇儀はさっきまでとは違った様子で話し始める。

「お、おい…勇儀……一体どういうことだ…?」

「十年間ずーっと、騙して来れてたのに魔理沙…てめえのせいで台無しになっちまったね」

 異次元勇儀はそう呟くと、目を細めて私のことを睨んだ。押しつぶされるような重圧がかかり、後ずさりしそうになった。恐怖を振り払い、その場に留まった。

「騙してたって……」

 さっきまでの勇ましい表情は消え、ただ茫然と異次元萃香は豹変した異次元勇儀に語りかける。

「萃香。この世界は最高じゃないか。前のくそみたいな日常に戻すなんて勿体ない」

「何を言って………一緒に、以前の世界に戻そうって言ったじゃないか…!」

 信じられない物を見ているような異次元萃香の表情を奴は見ると、楽しそうに喉を鳴らして笑う。

「くくっ……そんなバカみたいな目標を立てて、ボロボロになってまで戦っているお前を見るのはとても滑稽で、笑いをこらえるのは大変だったよ、萃香……本当は最後の最後で裏切る予定だったが、まあその顔を見ることができただけでも…よしとするかね」

 笑っている異次元勇儀とは対照的に、未だに現実を受け止め切れていない異次元萃香は絶望が混じった驚愕の表情のまま何も言えずにただただ立っている。

「私は、むしろこうなることをずっと夢見てた。どいつもこいつも私に傷一つ負わせることもできなけりゃ、ちょっと力を込めりゃあ死にかける。殺しちまったら周りからは白い目で見られるし、後々面倒だから我慢してた。……本気で殺し合いがしたいのに、そんなことが出来ないのはストレスでねえ。」

 なるほど、こうやって戦争になれば信念を建前に思う存分に力を振るって敵を殺しまくれるってわけか。

 十年前に笑っていたのは、そういう世界になってくれたことが嬉しかったからだろう。今の様子から察するに、異次元萃香に気が付かれない場所で、こいつは殺しを続けていたのだろう。

 前に会ったときから、異次元萃香は嘘を付いてはいないとなんとなくわかっていた。なぜなら鬼は嘘を付かないと言った際に、私がそれについて反論したら彼女はブツブツと嘘もつかないこともないかもしれないと呟いていた。

 それは嘘を付いていないという異次元萃香の言葉と矛盾しているが、それを言ってしまうこと自体、彼女が嘘を付けない性格だからだろう。

 そして、今回のこの会話で、異次元萃香は信用に値する人物だと確信した。

 

 だからなのだろう。何だろうか、この感情は、

 

「そうか……お前は……ずっと、私のことを騙してた。間違いないんだな…?」

「ああ。そうだ。ようやく反吐が出る縛りともおさらばできると思えれば清々するな」

 これ以上にないほど、嘲笑い、嘲笑し、ピンク色の唇の隙間から真っ赤な舌をベロッと突き出した。

 

 なんだか凄く、腹が立つな。

 

「くそ野郎が!」

 そう叫んで異次元勇儀へと攻撃を仕掛けたのは、異次元萃香ではなく私だった。全身を魔力で強化し、全体重をかけて奴へと拳を叩き込んだ。

 




次の投稿は11/23日の予定です。


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東方繋華傷 第百十三話 怪力乱神

鬼に肉弾戦をけしかける魔法使いなんて聞いたことありますか?
私は無いです。


自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方は第百十三話をお楽しみください!


「くそ野郎が!」

 吹っ飛んだことで少し距離のある異次元遊戯の方向へ、拳を握って走り出した。私の怒号が合図となったのか、奴も臨戦態勢へと移る。

 腹部への正拳突きを奴は躱そうともせず、殴らせてやるといわんばかりに両手を広げて攻撃を向かい入れる。

 肉を柔らかくするために専用のハンマーで肉を叩くことがあるが、それに似た打撃音が耳に届く。

 霊夢や萃香など化け物じみた連中よりは効果は薄いだろうが、何もダメージがないわけではないだろう。

 初めに後方へ下がらせる。そう考えていたが、奴の体はまるで動かない。巨大な山を押してどかそうとしているかのように、異次元勇儀の体はビクともしない。

 それどころか、奴に叩き込んだ左手に鈍い痛みが走る。体の強度を強化をしていたはずなのに、まるで岩石を殴ったかのような感触がする。

 奴に体の防御力を上げる魔力の性質は感じない。なのにこの強度、さすがは鬼と言えるだろう。

「それだけかい?それで終わりかい?それなら今度は私の番だ!」

 口の端が楽しげに釣り上がると、左右に広げていた内の右手を握り、私へ向けて斜め上から振り下ろす。

 この一撃は、食らったらやばい。

 攻撃のモーションから抜け出せていないが、肩から正面方向に向けて魔力を噴射し、その推進する運動エネルギーによって体を後方へと逃げさせる。

 後方に動いた顔の目尻側の皮膚が異次元勇儀の拳に掠り、一部引き裂かれた。ナイフなどとは違った切れない物で肉体をこそぎ取られる感触は、痛いなんて物じゃない。

 そして、それだけでは終わらず、ただ掠っただけだというのに、パンチの威力に体が床へと叩きつけられた。

 とっさに後方へ体を移動させていて、踏ん張りがきくような体勢ではなかったが、おかげで頭を床に叩きつけずには済んだ。それでも床に面している足を中心に亀裂が入り、木の板が砕けた。

 体全体の重心が下がり、バランスを崩して下の階へと叩き落された。

 この建物自体が古く、耐久性能が低いというのもあるが、振り下ろした拳に掠っただけでこれとは予想外だ。これを後どれだけ繰り出されるのか、考えただけでも背筋が寒くなる。

「まだまだ!」

 私を落とした穴からではなく、床を新たに叩き壊した異次元勇儀がいまだ空中にいるというのに突っ込んでくる。

 魔力で体を浮き上がらせ、体勢を整えようとしていたのに、予定が狂ってしまった。

 このまま落ちようとするが、落ちてきている異次元勇儀の右手は私を打ち抜こうと握られている。

 奴は殴る以外のことなんて考えてはいない。このまま自重で落ちても浮き上がっても、異次元勇儀が落ちてくるまでに立ち上がるのは不可能だ。拳に打ち抜かれるだろう。

 浮遊に使うはずだった魔力を手先に集中させ、ジェットの炎として降りてきている異次元勇儀へと放った。

 地面がある場所では踏ん張られてしまうが、空中なら踏ん張ることはできない。足場を作ったとしても炎で剥がせるため、奴を吹き飛ばすことができる。

 ジェットの性質を含ませたオレンジ色の炎は、手元で膨れ上がると異次元遊戯の体を包み込んだ。

 少し炎を吹かしすぎたのか、彼女を炎の風圧で吹き飛ばしてしまう。天井に使われている木の板を破壊して外に吹っ飛んでいくのと反対に、その反動で床に叩きつけられてしまうが、その程度で済むなら安いものだ。

「うぐっ!」

 それでもちょっと痛いが、ジェットの炎を切って私は立ち上がる。

 炎と言っても、そこまで長い時間燃焼させたわけではない。天井や床の木の板は焦げは見えても燃えてはいない。これなら火事にはならないだろう。

 木の焦げる香ばしい匂いと炎による熱が、この室内に充満して立ち込めている。この数秒で5~6度は室内温度が上昇していて、この部屋に居たら茹で上がってしまいそうだ。

 魔力で体を浮き上がらせ、さっきまでいた階へ戻った。そのまま天井に開いている穴から外に出て異次元勇儀と戦おうとするが、その前に後ろを振り返った。

「……」

 異次元萃香はさっきの場所からは動いていない。この様子では、異次元勇儀が初めから自分のことを騙していた。ということがよっぽど効いたらしいな。この世の終わりみたいな顔をしている。

「私は…何のために、戦ってきたんだ…」

 戦う意欲もないのか、異次元萃香はその場に座り込んだ。密と疎を操る程度の能力で体を大きくしているというのに、座っている萃香はやけに小さく見えた。

「ショックか?」

「……聞くまでもないだろ、当たり前だ」

 異次元萃香は顔に手を当てて覆うと大きくため息を付く。自分の目的もあるが、仲間が殺されないために戦っていた身からすれば、落ち込まないわけがないだろう。

「その気持ち、わからなくはないぜ」

「……」

 異次元萃香にそう言うと、彼女は何も言わずに少しだけ顔を上げてこちらを見てくる。

「ここの霊夢に記憶操作をされて、私の世界にいる霊夢は私のことを忘れた。一緒に戦ってたのに、いきなりこっちに攻撃してきた。裏切られたと思ってかなりショックを受けたぜ。」

「……」

「…………なあ、伊吹萃香、お前は何のために戦ってたんだ?」

「………」

「前の平和な日常を取り戻したい。いいことじゃあないか。くそ野郎に裏切られたからってなんだぜ」

「……簡単に言うな」

「そうだな。で、ここでもう一度聞くがお前は何のために戦ってるんだ?…勇儀のためか?霊夢たちのためか?…違うだろ?………前の日常を取り戻したいっていう信念で戦っていたんだろ?目の前には、それを邪魔しようとしているくそ野郎がいるが……違うんだったらそこでいじけてな」

 裏切られたかもしれないということに心が折れかけ、忘れているということにもかなりショックを受けたが、霊夢の記憶を取り戻すという目標ができたから折れずに済んだ。

 そういう風に心が弱っているときには、歩き出すための何かが必要だ。私は異次元萃香のことは知らないため、こうやって焚きつけるしかないが、これが正解かはわからない。正解だったとしても、立ち直れるかは本人次第だ。

 私は魔力で体を再度浮き上がらせ、異次元勇儀が突き破った天井の穴から外へ出た。屋根裏部屋の焦げと埃臭い空気を通り過ぎると、薄っすらと血の匂いがする新鮮な空気へと変わる。

 手入れがあまりされていない、ひび割れが多く見える古い瓦の上に降りた。周りを見回すと建物の高さは三階程だろう。ここから五十メートルほど離れた庭に異次元勇儀が立っている。魔力で光を屈折させ、望遠鏡などと同じ原理で奴の顔を見ると楽しそうに笑っている。

「っち、この化け物が」

 私はそう呟きながら地面に降りようとすると、異次元勇儀の大きな声がここにまで聞こえてくる。

「霊夢たち以外で私と戦って、十秒以上持ったのはお前が初めてだよ!」

「へえ、雑魚ばっかり相手にしてたせいだろうな。腕が鈍ってんじゃないか?力自慢が聞いてあきれるぜ」

 異次元勇儀のことを挑発した。奴と真っ向から戦えば負けるのは確実に私だ。怒らせて正常な判断ができないようにし、大振りの攻撃を誘発させる。

 軌道が読みやすい大振りのパンチばかり打ってくれれば、当たらないわけではないが、当たる確率はうんと低くできる。

 相手がこんな安い挑発に乗ってくれるような、利口じゃないことを祈るばかりだが。そう考えていると、ズームして見ている異次元勇儀の表情に少し変化があった。

 楽し気な表情ではなく、私を不愉快なものを見る目だ。それに苛立ちもうかがえる。力自慢をバカにしたのが癪に障ったらしい。

「さて、どうなるかな」

 私はそう呟きながらこちらに走り出した異次元勇儀に向けて、滑空しながら突っ込んだ。

「らああっ!!」

 異次元勇儀の剛腕が鼻先をかすめる。車が高速で迫ってきているような迫力がある。

 当たれば骨が折れる程度では済まず、かすったとしても肉が裂けるレベルのパンチが当たり前のように繰り出される。必ず避けなければならず、緊張感でドっと汗が噴き出してきた。

「っ…!」

 奴がどれだけの力で殴ってきているのかにもよるが、ちょっとでも掠れば取り返しのつかない大事になりかねない。

 これまで戦ってきた中で力の強さはダントツだろう。大げさに躱すぐらいでなければ、こいつとは戦って行けない。

 異次元霊夢や異次元妖夢のように、小手先の技術を使って小回りを生かして戦われていた時には、大げさな動きをすればそれが隙となっていたが、今回はその逆だ。

 彼女の拳には触れず、その横を通って受け流し、後方へ通り過ぎた。

 奴の攻撃によって巻き起こった風は、自分が高速移動している時や、横を大きな物体が高速で通って行ったのと同程度の強さを持っている。

 拳一つでここまでの風圧が生み出されるとは、地形を破壊するほどの力というのは、伊達ではない。

 彼女の後方に逃げつつバックの中へ手を伸ばし、形を変える物質を取り出した。棒状になる性質を含ませると、四十センチか五十センチ程度の細い棒へと形を変えた。

「ほう、なんだいそりゃあ?」

 これは作るのが難しいと言っていたし、この物質を持った河童とはまだ彼女は戦ったことがないようだ。だとしても、それで有利になる程異次元遊戯との戦いが楽になるわけがない。

 棒にはコイルの性質を持たせ、強力な磁力を発生させた。庭の中央には異次元勇儀の身長するらも超える、巨大な岩石があるが一部埋まっているらしい。磁力を発生させてもこっちに転がってくる様子はない。

 庭のあちこちに大小様々な石が転がっている。それらに含まれている鉄が反応し、私の持った棒へと引き寄せられ始めた。

 エネルギー弾と拳の攻撃から、中々絶望的な状況なのが見えているが、こいつでひっくり返すことはできないだろうか。

 魔力で強化された顔の皮膚を持っていったエネルギー弾よりも、威力を高くしていたはずだが、彼女の顔には傷一つついていない。

 それに、全身の筋肉を使ってできるだけ強く拳を繰り出しても、ビクともしない。肉体の防御力が反則レベルだ。

「面白そうなものを使うね。いいね、かかってきな!」

 嬉しそうに口の端を吊り上げ、白い歯をむき出しにしている彼女は、巨大なこん棒を見てもその表情を変えようともしない。

 磁力の方向を魔力で設定し、転がっている小石や埋まっていた土だらけの岩石が持っていた棒に引き寄せられ、細くて頼りない得物は巨大なこん棒へと変わった。

 こん棒の先を地面へ押し付け、魔力で強化した身体能力を使って体を持ち上げ、異次元遊戯に向かって得物を持ったまま飛びだした。

 ただ飛んだだけでは、こん棒の重量を引っ張り上げることができず、体は止まってしまう。

 そこで足が地面を離れたところで、地面に着いている得物の先から魔力を放出した。

 その推進力によって、数百キロはくだらない武器は私と一緒に空中に投げ出された。私の行動を見て、なにをする気かわかっている彼女はかわすつもりはないようで、真正面から迎え撃とうとしている。

 得物を握り、魔力で細かな位置調節を済ませ、上段に構えた。物を投げた時と同様の放物線を描き、最高高度に達した体は後は落ちて行くだけだ。

 自分一人の力では上段に構えた得物を振り下ろすことはできない。異次元遊戯に当たる面とは逆の面から、タイミングを合わせて魔力を爆発的に放出させた。

「せええいっ!」

 武器を持っている私の動いている速度、得物の重量が武器となっていたが、それに魔力を噴出した推進力が重なった。

 大抵の妖怪どころかアーマーを着込んでいた異次元にとりでさえ、一撃で倒せるであろう威力を含んでいたが、避けるつもりのない彼女の頭部に得物が触れた途端、あっけなく瓦解した。

 磁力で引き留められている岩石は砕け、バラバラになるが、中央にあるコイルによってまた引き寄せられようとする。

 しかし、中央にあるコイルの性質を持つ棒でさえ砕けてしまったことで、その性質を失った。

 引き寄せる力を失ったことで、周りに張り付いていた岩石が剥がれ落ち、私と異次元遊戯の周りに散乱する。

「効かないねえ」

 彼女は笑みを浮かべたまま、呆気にとられている私に手を伸ばした。殴るというよりは、腕で振り払われた。

 バチンと平手打ちが顔に直撃し、踏ん張る間もなく足が地面から引き剥がされ、空中に投げ出される。

「があっ…!?」

 魔力で後方へ向かって行く体を減速させようとするが、それでもその運動エネルギーを打ち消すことができず、大きな庭を横切った。

 いつ何かに衝突するかわからず、受け身を取ろうとした直後に背中に衝撃を感じた。岩石に衝突したという程ぶつかった物体は硬くはなく、土と言うほど柔らかくもない。

 衝突によってぶつかったものを破壊したようで、その乾いた音や感触によってそれが木材だということは何となくわかった。

 そこらへんに生えている木ではなく、さっきまで私がいた建物に突っ込んだようで、整備された平面状の床に転がり込んだ。

「ぐっ……く…っ…!」

 どれだけ寝ていたかわからないが、体の疲労感はほとんど取れている。だが一撃与え、一撃与えられた。それだけでこの疲労感は何なんだ。

 頭に振り回された打撃が直撃したというのもあるが、強化した身体でも手足が痺れるほどに身体へ影響が出ている。

 しかし、まともに踏ん張ろうとしていなかったおかげで、首や頭部にそこまでダメージがないのは幸いだ。自分の上に降りかかってきていた木材を払い落とし、倒れた上体を起こした。

「っ……!」

 立ち上がろうとした時、入ってきた方の壁を新たに破壊した異次元遊戯が、まだ体勢を立て直しきれていない私へ襲いかかって来る。

 私の身長を大きく超える彼女はその歩幅も大きい。七メートルは離れていたはずだが、二歩か三歩程度でそれを埋められ、バスケットボールを余裕で握り込めるほどに大きな手が首へ向かって伸びてくる。

 打ち払うことも躱すこともできなかったことで、首をがっしりと掴み込まれた。流石は鬼の腕力という所だろうか、身体強化をしているわけではないのに体が簡単に浮き上がる。

 彼女に首を掴まれたまま持ち上げられた。全体重を首が支えていることとなり、その握力と重なって締め付けられ、息が詰まる。

「うっ……ぐっ……」

「おいおい、力を持っているんだろう?この程度で終わりというわけじゃあないだろうね?」

 珍しく私よりも頭の位置が低い彼女は、鋭い目つきをこちらへ向ける。首を握っている腕に拳を叩きつけたりするが、まったくビクともしない。

 彼女は笑ったまま掴んでいる腕に力を加え、私のことを床へと叩きつけた。まるで赤子と大人だ。抵抗などする間もない。

 叩きつけられた背中が、木材とぶつかった時以上の激痛を神経伝いに脳へ送り付ける。骨が折れていないのが不思議なほどの痛みが脳を襲う。

 床の木材が捲り返って破壊され、その下の地面までむき出しになった。今の打撃は床だけでなく壁にまで及んでいるようで、亀裂が床から壁にまで生じている。

「がっ!?」

「おっと…力を入れすぎたと思っていたけど、そうでもないみたいだね」

 私と対照的な表情を浮かべたままの異次元遊戯は、握ったままの手を離すことなく再度持ち上げた。

「そぉら!」

 人間として扱われていないのか、ボールでも投げらるようにして、投球される。通常なら数メートル程度しか飛ばないのだが、鬼のでたらめな腕力によって壁を更に破壊して外に体が飛びだした。

 それでも止まることを知らず、上空へ向かって体が上昇を続ける。再度魔力で減速させようとした時、進行方向に木が生えていたようだ。

 木の枝や葉っぱに体がひっかがり、一気に体が失速した。変に力が分散してしまったことで、体勢が大きく変わる。

 それにより、体がどの方向を向いているのか認識することができず、頭から地面へ落下した。

 どしゃあっと頭頂部と細い首で全体重を支えるのは二度目になるが、体重と落下したエネルギーに骨が砕けるか外れるかしなかっただけマシと言える。

 神経をおかしくすることもなく落ちれたのはよかったのだが、それでも首をおかしくしてしまいそうになるほどの痛みが発生する。

「がっ!?」

 落ちた頭から時間を置いて、足がグラリと傾いてつま先から地面へ落ちた。顔を左右に振って髪や肌にこびり付いていた土を払い落とした。

 それでも落ちない物を手を使って落とし、自分が開けさせられた木材の穴の方を見ると、丁度異次元遊戯がゆっくりと歩み出て来たところだ。

 私が死んでいないことを確認すると、口角を上げて笑っているのが遠目にも見えた。苛立ちから考えなしに戦いを挑んでしまったが、愚策もいいところだ。

 子の防御力をどうにかしなければならないが、まったくいいアイデアが思い浮かばない。

 それに加えて一方的に数度攻撃されたことで、かなりこちらにダメージが入ってしまっている。焦りで思いつく物も思いつかない。

「ぐっ……!」

 力が抜けそうになる四肢に力を込め、異次元遊戯が突っ込んでくる前に立ち上がろうとするが、そのタイミングを見測っていたように彼女が歩みを速めて走り出す。

 進行方向上に存在している物を、全て破壊して進まんとする勢いだ。その疾走してくる様は破壊神を連想する。細い木などは走るために振っている腕に当たっただけで、砕けてへし折れて飛んでいく。

 手先に魔力を集中させ、それをエネルギー弾へと変換する。それを異次元遊戯の方向へ放った。

 淡黄色のエネルギー弾は狙いをつけた通り、彼女の元へ寸分たがわず吸い込まれていく。爆発よりも小さな破裂音が耳に届き、奴に着弾したことは視覚だけでなく聴覚でも確認できる。

 しかし、僅かに怯むさまを見せたが、何もなかったかようにすぐに体勢を立て直してこちらへと走り出す。

 その際に踏ん張ったのだろう、エネルギー弾のエネルギーが地面で消費されたようだ。接着している下駄から、後方の地面に大きな亀裂が生じた。

 だが、止まらない。それだけでは異次元遊戯を止めることは不可能だ。異次元遊戯との距離が十メートルを切り、私は彼女の体表面へ魔力を散布した。

 コイルの性質を持たせ、異次元にとりを殺したときと同じように、周りから彼女へ向けて大量の金属を含む岩石が向かって行く。

 得物として使っていた砕けた岩石も、異次元遊戯に纏わりついて動きを阻害しようとしているが、彼女はこんなものが障害になるとでも?と言いたげな顔を浮かべている。

 その通りで、飛んでくる全ての岩石を砕き、ほとんどスピードを落とすことなく私の元へ到着する。

 立ち上がり、彼女に対峙しようとしていたが、足をもつれさせてしまい、隙を晒してしまう。

「どうしたよ。魔理沙!」

 あらゆるものを粉砕する握られた右手を、彼女は顔面へ向けて振り抜いて来た。それを食らってはいけないと本能が私に呼びかけ、あらゆる物事の最上位に拳を交わすことがインプットされた。

 無理やり体を捻って向かってくる異次元遊戯の拳を受け流した。受け流したと簡単に言っても、こちらへのダメージはそれでも大きい。

 頬の肉が抉られ、受け流しに使用した左手が、かすっただけで指先から手首までの骨が砕けてしまった。

「っが……ああああああああああっ!!」

 振り抜かれた拳から発生した余波の風圧に襲われ、体が吹き飛ばされてしまうが、何とか踏ん張りを聞かせて地面に留まった。

「くっ………っ…!」

 残った右腕へ大量の魔力を向かわせ、目の前に張り付いている異次元遊戯へ向けていくつにも分割したエネルギー弾を連射する。

 淡青色の魔力が弾け、使用された物が結晶となって辺りにまき散らされる。同様の攻撃を彼女よりも重たい人物へ攻撃したとしても、吹き飛んでいたというのに、異次元遊戯はピクリとも動かない。

 下駄で地面を踏みしめており、そこから後方の地面に大きな亀裂が生じるが、彼女は涼しい顔をして仁王立ちしている。

「っ…!」

 鬼とここまでまともに戦ったことは無かったが、ここまで馬鹿げた防御力を持っているとは思わなかった。

 私よりも1.5倍ほど大きい彼女は、さっきと比べて表情は無い。見下ろしてきているその瞳に圧倒されて後ろへ下がろうとした時、口を開いた。

「はぁ。…楽しみにしてたのに、この程度なのかい?」

「へ…?」

 そう吐き捨てた異次元遊戯は足を持ち上げると、私の腹部へ蹴り出した。

 呆気に取られていたのもあるが、胸に来ると思っていた防御をすり抜け、蹴りが抉り込んだ。

「………かぁ……っ……!?」

 彼女の攻撃を食らったというのに、身体がバラバラにはじけなかったことだけでも奇跡と言えた。

 だが、腹部から沸き上がった激しく焼けるような鈍い苦痛は、脳内を埋め尽くしてそれ以外を考えることができなくなってしまう。

「あああああああああああああああああっ!!?」

 後方へ吹き飛ばされた私は、木を何本もへし折り、地面へ衝突痕を残し、転がった岩石を砕く。

 岩石や木に衝突したことにより、皮膚が裂けた裂傷が全身のあらゆる場所に出来上がる。それ以上に擦り傷や切り傷が無数に浮かび、多数のダメージを与えてくる。

 自分で止まることができず、全身をあらゆるものと場所に打ち付け、ようやく止まったのは鬼の屋敷に背中を強打した時だ。

 人体と木材がぶつかって際に、出ていい音には思えない鈍い破壊音がする。それがどちらからしたのか、あらゆることを処理することのできない脳は算出することができない。

「がっ……っ…はぁっ……!!」

 激しい激痛に腹部の筋肉が痙攣し、呼吸がままならなかったが、一度の呼吸に十数秒かけてゆっくりと息を吸い込んだ。

 痙攣して筋肉を動かすのがままならないが、魔力で無理やり呼吸に必要な筋肉と横隔膜を収縮させた。

「はぁっ…はぁっ…!」

 壁一面に、私が衝突した際の亀裂が走り、天井部に積もっていた埃が衝撃で浮きあげられてらしく、パラパラと周りに舞い落ちた。

 立ち上がろうにも、投げ出された四肢が仕事を放棄している。体の中身が全て金属に置き換えられているのだろうか。そう思えるほどに重たい。

 それでも起き上がろうと震える手を地面に押し付け、体を持ち上げようとした時、体の奥で何かが湧き上がってくる感覚がする。

 胃などの消化器官の収縮に伴って、血液が食堂を逆流して上がって来ると、喉の奥から口内へ鉄の匂いと味が流れ込んできた。

 口一杯に溢れた血液をわきに吐き出すと、地面に赤く瑞々しい染みを生み出した。一度の吐血では収まらず、数度に分けて体内にある血液を吐き出した。

「っ……はぁ……はぁ……」

 ようやく吐き気が収まったことで口元を拭い、異次元遊戯の方に視線を移すと、私を蹴り出したところから動いていないようだ。

 これだけの時間があったわけだから、こちらに向かっていそうだが、そうしなかった訳は彼女の視線が私の方向を向いていないからだ。

 異次元萃香と話している時に周りを囲んでいた鬼の一人が来たようで、そいつに話しかけられている。

「遊戯さん。いったいどうしたんですか?まさかあいつがこちら側に攻撃をしてきたんですか!?」

 そう言って私と敵対しようとしている鬼に対し、異次元遊戯は冷ややかな目つきを向ける。それは、仲間に向ける目つきではない。

「っち。喧しいね。郷がさらに冷めちまうだろうが」

 彼女はそう言うと、話しかけていた鬼の首に手を伸ばすと、何の躊躇もなくねじ切った。ゴリゴリと骨を砕き、肉を裂く音は身の毛をよだたせる。

 力は異次元遊戯の足元に及ばないとしても、鬼は鬼だ。あんなに簡単に殺してしまうとは、彼女が怪力乱神と呼ばれる所以だろう。

 それよりも、あいつは何と言った。郷が覚めると確かにそう言っていた。私からすれば真剣勝負だったというのに、彼女からすれば遊びに近かったということか。

「化け……物め……」

「あ?あたしからすれば、あんたの方が化け物だけどね。人間でこんなに生き残っているのは、あんたが初めてだよ」

 魔力で体を強化してないのに、鬼の首をねじ切れるお前以上に化け物はいないだろう。

 首にある動脈から血を吹き出して倒れ込む鬼には、もう興味がないようで手に持っていた驚愕を示している頭部を握り潰すと、そう呟いた私にそう答えた。

 自分の吐き出した物か、異次元勇儀に殺された鬼の血の匂いかわからないが、辺りに鉄臭い独特な匂いが立ち込める。

 意図したわけではないが、異次元勇儀を少しの間だけそこに縫い付けてくれていた内に、魔力で体を少しだけ治癒させておいた。

 それのおかげでどうにか持ち直すことはできたのだが、すぐに立ち上がって走り出すのは難しそうだ。亀裂が走っていつ崩れてもおかしくなさそうな壁に手を付き、体重を幾分か預けて立ち上がった。

 私の預けた体重分だけ、ズレの大きくなっていく亀裂の隙間からパラパラと砕けた木片などが落ちて行く。

「っ……」

 そうしているうちに、異次元勇儀がまた私の方向へ向かって走り出した。どんなことをしても止まることのない追跡者へ向け、エネルギー弾ではなく大量の魔力を消費して右手から強力なレーザーを照射した。

 黄色に近い、十数センチ程度の幅を持っている熱と光の性質を与えた熱線は、走って来る異次元勇儀の胸部を包み込む。

 それでも彼女の動きを止めるだけの要因にはなりえないようで、異次元勇儀が腕を振るうとその強力な攻撃力に、レーザーが打ち消されてしまう。

「くっ…!」

 骨が砕けた左手もある程度治癒が進んでいる。両手を使ってさらに大量の魔力をつぎ込み、倍以上に膨れ上がった熱線で彼女を包み込んだ。

 バシュッと打ち消される空しい音がそれでも響く。光と熱を放っていた貫通性能の高い熱線が途切れた。顔をしかめるほど強い光を出していた光源がかき消されたことが、理解できなかった。

 一度目とは違い、かなりの魔力を含ませたはずだったのだが、それと同様にあっさりとレーザーが破壊されたことに驚いた。

 多少なりとも動きを阻害できることを予想していたが、止まる気配のない彼女は長い右腕でこちらの肩をがっしりと掴む。

 万力で締め付けられたような圧迫感と骨の軋みが伝わって来る。彼女にとって人間が魔力で身体を強化しているのは、強化しているうちに入らないのだろうか。

 指先から伸びている爪は、吸血鬼や白狼天狗らのように鋭く切りそろえられているわけではないというのに、その硬度と握力の強さが合わさって強化された皮膚をいともたやすく切り裂いた。

「うぐっ…!?」

「博麗の巫女や…紅魔館のメイド、守矢神社の巫女たちが欲しがってるっていう力はこんなものなのかい?正直がっかりだ。あたしにまともに傷をつけることができないなんて」

 レーザーが照射された部分の服は融解し、攻撃に晒されなかった部分は黒く炭化しているが、その下にある白っぽい皮膚は少しもダメージを受けていないように見える。

 顔や腕などと見比べれば、ほんの少し赤ばんでいるようにも見えなくないが、夏の日焼け程も攻撃が通っていない。もはや攻撃と言えるかどうかもわからない。

 じゃらりと鎖を鳴らし、格闘術を少しでも齧っている者ならば絶対に構えないフォームで拳を構えた。

 エネルギー弾も、レーザーも彼女には致命打にならない。異次元にとりには一応効果のあった、岩石での押し潰しやこん棒での攻撃もまるで効果がない。こいつは、正真正銘の化け物だ。

「っ…!」

 肩を掴まれ、逃げ出すことができなくなっていた私の腹部へ、異次元勇儀の拳がめり込んだ。十数メートル離れていても聞こえるであろう打撃音が、同時に二方向から鼓膜を襲う。

 それに紛れてしまっているが、組織が潰れてはじけるような音が聞こえた気がしたが、それは聞き間違いではないだろう。

「あがっ………かはっ……っ…!!」

 衝撃が腹部から背中へと突き抜ければ、衝撃を少しでも逃がさなければならないと、身体が自然にくの字に曲がる。

 腹部に拳が抉り込んだことで、それよりも上に位置している臓器が衝撃で押し上げられ、横隔膜を引き伸ばさせて肺を圧迫する。

 肺内部に圧がかかり、強く陽圧に傾けば肺胞は自身が壊れないために、その内側に留めていた空気を気管支へ向けて押し出した。

 何かを叫ぶ前に肺胞が縮み切り、肺の内部に位置していた空気が鉄の匂いを漂わせて口の中から放出されたことで、何かを言うこともままならず目を見開いて嗤う彼女を見ることしかできない。

「っ……っ…!」

 皮膚を貫いていた爪が初めに引き抜かれ、次に肩が外れそうなほどの力で握りしめられていた手が離された。

「………ごぼっ…!」

 その頃には、掴んでいた異次元勇儀の腕によって体が支えられていたようで、離されると吐血で地面と彼女の下駄を汚しながら膝をついた。

 一度の吐血では消化管内にある血液を吐き出しきれなかったようだ。胃の奥から上がって来た体液を、押し戻すことなくそのまま吐き出した。

 口の中が血の味と匂いに犯され、目の前に広がる赤い花も相まって、呼吸をするごとにその鉄臭さが際立った。

「っ…はぁっ…はぁっ…!」

 殴られたショックにより、心拍数が非常に上昇しているのだろう。肩を大きく揺らして呼吸を行っているはずなのに、息の詰まる感覚が消えない。

「お前さんがいるとこの世界が長く続かない。お前さんが死ねば、来るところまで来て引き返すことのできなくなっている博麗の巫女たちは、どうしていいのかわからなくなることだろうね」

 目の前で膝と手を地面に着き、激痛と酸欠から体を守ろうと魔力で治療を進めている私に彼女は語り始める。

「……大義名分。名声。自分らのメンツ。立場からの優越感。単純な欲望。それらを得るために動いていた彼女たちは、どうすると思う?そのまま霧雨魔理沙と言う目標を失い、幻影を追い続けて戦うのか。殺した私を殺しに来るのか。あたしからすればどちらに転んでもいい結果になる。」

 彼女はそこで一呼吸間をあけると、さっき首をもいだ鬼の血が手にこびり付いたままだったのだろう。それを振り落とし、再度話を始めた。

「……あいつらはお前さんしか眼中にないからね、おそらく後者になるんじゃないかと睨んでいるから、その二通り以外になるとは思っていない。……これから祭りが始まると思うとワクワクが止まらないね。でも、祭りの前の余興も楽しんでおきたいが、これじゃあ、余興になりもしないね」

 血反吐を吐いている私を、冷たい眼差しで見下ろしてくる異次元勇儀を見上げると、小さなため息を付いた。

「ぐっ……うぐっ…」

 これだけの戦いをしているというのに、あちら側からすれば余興程度とは泣けてくる。攻撃は一切通らず、ダメージを負った様子もない。

 こちらばかりが傷を負っているのが際立ち、対照的とはこのことだろう。鬼という存在がここまで厄介で、手も足も出ないとは予想していなかった。

 それに、現在進行形で彼女は魔力を防御に回していない。素の防御力がこれだけあるのだから、鬼の頂点に上り詰められるのもうなづける。

「さて、どうしたものかね。このままじゃあ、つまらんし…」

 彼女はそう呟いて何か考え出す。その間に傷の修復を済ませておきたいが、体の損傷が酷い。

 血もだいぶ流れ出してしまい、いつ貧血を起こすかもわからない。早く内臓系の組織を治癒させなければならないだろう。

 そうして彼女に視線を向けたまま治療に専念しようとした時、向けられるこちらとしては嫌な笑みを浮かべた。

「ここまで一生懸命に戦うってことは、向こう側には大切な人間の一人や二人いるんだろう?殺して、ここまで連れてきてあげようかね」

 悪魔や狂人と言っても過言ではない程の嘲笑を含んだ笑みに、ぞっとした。耳まで三日月状に裂けた口からは白い犬歯が覗き、細めた目からはそれが嘘ではない本気さと、止められる物なら止めてみなと言いたげな挑戦的な色が窺える。

 こいつは霊夢を殺すと言った。彼女なら、私よりも上手くやってくれるだろうが、そう簡単に事が運ばないことは、今までの戦いで分かり切っている。

 彼女がこいつに殺されるかもしれない。そう思っただけで、煙を出して燻っているだけだった火山が、赤く溶けた岩石を吹き出して爆発した。

 奴の挑発だったことなどわかり切っているはずなのに、体が反射的に動いてしまった。感情を露わにして握った拳を振り抜いた。

「ふざ…けるなぁぁっ!!」

 喉を震わせて咆哮し、憤怒を見せた私に対して彼女は笑みでそれを迎えた。防御することもなく腹部に攻撃が抉り込む。

 運動エネルギーが衝撃として彼女の体に伝わっていったはずだが、一ミリも怯む様子を見せない。

 立ち上がりながらの攻撃で、全体重を乗せて下から殴り込んだが、むしろ痛がる様子を見せたのは私だった。

 強化している身体でも岩を殴ったような腹部の硬さに、突き出た関節部がぐじゃりと拳の内側に曲がり込み、へし折れた。

「あっ…!?がっ…!?」

 右手を押さえて後ろによろけた私に接近するため、その一歩を進んで埋め、鬼の血液で濡れている手に胸倉を掴まれた。

「そう、そうこなくっちゃあ面白くない!」

 捕まれた胸倉を引き寄せられると体が三十センチも上に浮き上がる。首元が締め付けられる息苦しさに抵抗する間もなく、ある程度の近さが確保できた異次元勇儀は一気にこちら側へ顔を寄せた。

 それは霊夢がしてくれた口づけなどではなく、額に額を打ち付ける頭突きだ。

 この重さや衝撃力は、自分で自分の顔を撃ち抜いたときなんかとは比べ物にならない。殴る蹴るなどをされていないはずなのに、体が後方の地面へ叩きつけられた。

 乾いた土に亀裂が走り、地中内で爆発が起きたかのように衝突したエネルギーで捲り上げられた。

「ああああああああああああああああああああああああっ!!?」

 頭突きを受けた頭部を押さえたことで額が潰れていないことはわかるが、その衝撃や威力から、頭蓋が砕けて内側に位置している脳味噌を切り刻んだ様な痛みに襲われた。

 絶叫し、頭を押さえてのたうち回っていると額の皮膚が損傷したようで、生暖かい液体がドロリと沁み出して両手を汚していく。

 生きているのが不思議なぐらいだ。頭だけが後方に吹き飛んでいた可能性だってあるが、生きているのは彼女が頭をしっかりと掴んでいたのではなく、胸倉を握っていたからだろう。

 両手で頭を固定された状態で頭突きを食らっていれば、それこそイチコロだったはずだ。

 衝撃がまだ頭蓋内を反響しているのだろうか。ガンガンと頭の中で鐘が鳴り響いてどうしようもなく痛い。

「これで殺すつもりだったんだがね。今度こそ終わりにしてやろう」

 頭を抱えたまま痛みを引かせようとしていた私に、近づいていたようで真上に巨体が見えた。太陽の光を妨げ、影になっている彼女の表情は見えない。

 再度胸倉を掴まれ、無理やり立ち上がらせられた。彼女は私のことを立たせたいようだが一人で立っていることもままならず、手を離されるとすぐに倒れ込んでしまう。

「全く、これだから人間ていうのは嫌になるね。最後の最後ぐらいきちんと立ってくれないかね。まあ、ここまで耐えたことは褒めてやるがね」

 抵抗しないといけないことはわかっているが、体が言うことを聞かない。魔力で身体を強化し、治癒をしているがそれが全く間に合っていない。

 胸倉を掴んでくる腕を掴んでやりたいのに、肩から垂れ下がっている腕はただピクピクと震えるだけだ。

「それじゃあ、さようなら。一人じゃ寂しいだろうし、お前さんの大切な人間もすぐにそっちに送ってやるからね」

「く……そ……っ……!!」

 怒りに身を任せようとしても、回復しきっていない体は動ていくれない。がっちりと固定した私の体に穴を穿たんと、彼女は拳を握った。

 




次の投稿は12/14日の予定です。


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東方繋華傷 第百十四話 突破口

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方は第百十四話をお楽しみください!!


投稿が遅れてしまい申し訳ございません!主のリアルが多忙のため、しばらくは投稿がかなりの不定期になる予定なので何卒よろしくお願いします。




 人間を含めて生物という物は、自分に直接危害を加えようとする行動に対し、目を瞑ったり防御態勢を取ることで自分を守ろうとする。

 目の前に立っている奴から繰り出された拳が、標的を貫こうと勢いをつけてこちらへ向かってくる。私の場合は腕が上がらず、反射的に目を閉じた。

 真っ暗になった視界では後どれだけ経てば、彼女の攻撃を食らうのかがわからなくなるが、そう長い物でもない。

 ゴオッと猛風が正面から吹き荒れ、髪が後方に勢いよくなびく。それに引かれて頭が後方へ傾いた。

 拳によって発生する風が、拳よりも先に来ることは絶対にない。あの距離で、あの位置関係で外したというのだろうか。

「っ!?」

 後ろに倒れ込んでしまいそうになったが、何とか持ち直した。後ろに傾いた重心を体の中心に戻すため、足が自然と後ろに向かった。

 足元がおぼつかなかったが、倒れ込んでしまうことだけはどうにか防いだ。それでもいつまで立っていられるのかわからない。

 痛みが遅れているだけで、いつの間にか体を貫かれているかもしれない。と思っていたが、数秒の時間が経過してもそれが来ることは無い。

「…?」

 あの状況で異次元勇儀が私を殴らない理由がないはずなのだが、それでも殴られた時の衝撃すらも感じていない。

 恐る恐る瞳を開けて自分の体を確認してみると、胸に手枷のついた腕が生えているわけではない。服が破れて気が付かないうちに体を貫かれているわけでもない。

 血の一滴すらも体から零れ落ちていないということは、本当に私は身体を突き抜かれたわけではないらしい。

 困惑しながらも異次元勇儀が立っていた方へ顔を上げて見ると、その正体にようやく気が付いた。

 私よりも身長の高い異次元勇儀が立っているのは勿論だが、彼女と同じぐらい身長のある異次元萃香がこちらに背を向けてっている。

 異次元勇儀と同様に手首には太い金属の手枷が嵌められていて、それが風や身体の揺れによってジャラジャラと音を鳴らしている。

 彼女のその手は、異次元勇儀が伸ばしかけていた拳を横から掴み取り、私に当たる直前に止めてくれたようだ。

「なんだい。もう少しバカみたいに落ち込んでるかと思ったが、意外と回復が早いね」

 私をなぐり殺せなかったことで、苛立ちでも見せるかと思ったが、彼女がこちら側に付けばそれもそれで面白いと思ったようだ。

 釣り上がった口は変わらずで、ピンク色で血色がいい唇の隙間からは、攻撃的なイメージを抱かせる犬歯が覗いている。

「ああ、おかげさまでな」

 両側頭部から角が生えている彼女はこちらを見ることなくそう答えると、異次元勇儀の拳をあらぬ方向へはじき出し、殴りかかる体勢のまま止まって隙を見せている腹部へ握りしめた拳を叩き込んだ。

 ある程度の軟体性を持っているが、人体とは思えない程に強固である肉体同士がぶつかり合った重々しい音が生じる。

 いつものことだが、避ける素振りすらも見せようとはしない敵は、衝撃で体がわずかに後方へ折れ曲がる。

 踏ん張りがきくわけもない異次元萃香の正拳突きに、彼女の体は地面から離れて数十メートル先の建物へ頭から突っ込んで行った。

 奴が重たいわけではないが強すぎる攻撃力に、木製の壁では耐えられなかったようだ。ある程度はしなるはずだが、古く乾ききった板では強度が足りなかった。

「おかげさまで、あいつをぶっ倒すぐらいの元気は出たよ」

 吹き飛び、壁を破壊して建物内に入り込んで行った奴の方を見ていると、すぐ横に立っている彼女に声をかけられた。

「……それならよかったぜ。…それで、あいつの邪魔をしたってことは、こっちに手を貸してくれるってことでいいんだよな?」

 そう聞くと、顔をこちらへ傾けた彼女は返事をする代わりに、こくりと小さく頷いた。

 異次元勇儀を殴りつけた事で折れしまった右手の骨も、もうすぐ完全に治癒する。肉を引き裂き、皮膚を貫いて赤とピンク色の骨が飛びだしていたが、それらは体内へ戻っていくと薄っすらと傷跡は残しつつも完全に修復できたようだ。

 額から流れ出ていた血液も魔力によって周辺組織の細胞分裂が促進され、傷は塞がっている。腕の甲で額と目元に残っていた体液を拭い取った。

 奴はあの程度ではくたばりはしないだろう。戻ってくる前に早く準備を整えなければならない。立ち上がろうとすると、異次元萃香がこちらに向けて手を差し出してくる。

 再生したばかりの右手を彼女に向け、差し出してきた左手に重ねた。痛みを感じない程度に握られ、引っ張り上げられた。

 体のあちこちに痛みが走るが、魔力での強化によってそれは控えめだ。

 おそらく彼女が前線で戦ってくれることだろう。いつでも助けに入れるように立ち回らなければならなそうだ。

 そうして体勢を立て直せたところで、奴が破壊した部分から離れた場所の外装に亀裂が生じる。

 ほとんど外傷の無かった壁は、亀裂が生まれると呆気なく崩れていく。まるでガラスのように木材が破壊された。

 その奥から服や皮膚に、砕けた木片をこびり付けた異次元勇儀がゆっくりと姿を現した。うっとおしそうにそれらを払い落とすと、準備が整っている私たちを見て、口角を吊り上げた。

「いいね!そうこなくっちゃあ!」

 楽しくて仕方のなさそうな奴は笑顔を絶やすことなく、下駄を鳴らして歩き寄ってきている。私達から十数メートル離れた位置で立ち止まった。

「さあ、かかってきな!」

 構えのない彼女は両手を大きく広げ、迎え撃つ態勢を整える。

 私の隣に立つ異次元萃香は、こちらに合図することなく走り出してしまった。

 それに合わせることができず、いきなり出遅れてしまったが、援護がしやすい位置に陣取った。

 手のひらに溜めた魔力をレーザーへと変換し、異次元勇儀へと放った。眩い熱線が大気を焦がし、大きくがっしりとした体躯に向かう。

 空中に敷かれた光るレールは、一秒にも満たない時間をかけて到達する。しかし、彼女に傷一つつけることもできずにあっさりとかき消されてしまう。

 援護にもなっていないが、多少はこちらに気は引けただろう。予想通り、レーザーをかき消した奴に初撃を与えたのは異次元萃香だった。

 私が食らっていれば一撃でノックアウトしていそうなパンチを、異次元勇儀はあろうことか顔面で受け止めた。

 殴られれば流石に顔は横へと傾くが、笑顔のままなのは変わらない。狂気に満ちていなければ純粋な子供のように笑っている彼女は、その腕の太さには見合わない速度と威力を兼ね備えたパンチを打ち出した。

 異次元勇儀とは違い、攻撃を食らうつもりはないようだ。単調で避けやすい攻撃をひらりとかわし、今度は腹部を殴りつけた。

 私を助けてくれた時よりも力が籠っているのは遠目に見てもわかるが、異次元勇儀が吹き飛んでいないのは、踏ん張れる体勢になっているからだろう。

 至近距離で殴り合っているおかげで、二人の立ち位置が頻繁に変わってしまう。異次元萃香の戦い方と言うのを全く知らない為、援護しにくいことこの上ない。

 異次元勇儀の視力を一時的にでも潰すため、手のひらに留めていたレーザーを彼女へと放った。

 そのまま進めば異次元勇儀の顔面に照射することができたのだが、放った直後に異次元萃香がレーザーに当たる方へ体をずらしてしまう。

 直撃することは無かったが彼女の肩を掠り、服や肌の一部に焼き焦がしてしまった。後方からの予期せぬダメージに、動きが非常に緩慢となって行く。

 すぐに立て直し、攻撃を再開しようとするが、レーザーが遮られて異次元勇儀の顔へ上手く照射できなかったことが影響した。

 奴はすでに蹴りのモーションへ入っており、横から大きく薙ぎ払う形で回し蹴りを食らわせるつもりだ。

 ただの普通の蹴りにしか見えないが、食らったら鬼でも怪我では済まないことはわかり切っているようで、彼女の体を疎の性質を持った魔力が満たしていく。

 疎の性質を持った魔力が非常に強まった時、彼女の体が粒子状に変化し、致命傷になりうる蹴りをすり抜けた。

 威力の凄まじい蹴りのようで、地面の土が舞い上がるほどの暴風が巻き起こる。彼女の粒子まで吹き飛ばされそうだが、魔力で制御しているようで、それらは真っ直ぐこちらへ向かって来る。

 私の横に位置する場所で密の性質が強まると、何もない霧にも見える靄が立ち込めていただけの場所に、見覚えのある異次元萃香の姿が現れる。

「しっかし、改めて戦うとわかるが、硬いな」

 殴った手の甲が痛むのか、右手を軽く振って彼女は呟いた。肌が少し赤くなっていることから、どれだけ奴の防御力が高いのかが窺える。

 異次元勇儀と同様に鬼の頂点に君臨している彼女でさえこの有様とは、楽観視できる状況ではないな。楽観視できた状況などはないが。

「なんだい随分と逃げ腰だね。がっかりだよ萃香」

 基本的に彼女は敵からの攻撃はすべて受け止める。その為同じ鬼なのに攻撃を避ける萃香が気にくわないのだろう。

「そりゃあね、あたしはお前の余興に付き合うつもりはないからな」

 彼女はそう言い返しながら体をこちら側へずらし、腰を落として背の低い私に耳打ちして来た。

「動きを止められるか?」

「やってみないことにはわからんが、自分の世界の勇儀ともまともに戦ったことがない。どれだけ力を発揮できるのか全く予想ができないからな。……でも、やれるところまではやってみようじゃないか」

「ああ、数秒だけ動きを止めてくれればいい。あたしのスペルカードで一気にケリをつける」

 あの防御力を貫けるだけの威力があるのかと聞きたいが、私の攻撃ではどれも焼け石に水だ。それに期待するとしよう。

 隙を作るために私が前に出れば、いくら戦闘狂いの異次元勇儀でも私たちの意図に気が付く。しかし、奴は裏をかくようなことはしない。正面から私たちの作戦をぶち壊しにかかるだろう。

 ならば、余計なことを考えなくてもいい。目の前の敵にのみ全神経を集中すればいいだけの話だ。

 今度は私が異次元勇儀の方へ歩き出すと、異次元萃香が来ないのかと少し残念そうだが、すぐに小さく笑う。

「お前のレーザーも物理的な攻撃も、私には効かない。次はどうやって戦ってくれるのかね?」

 手品師に次の手品を早く見せろと騒ぐ子供の様だ。確かにあらゆる手を使うため、奴にとってはそれと同じような物か。

 ならば見せてやるとしよう。見様見真似だが、上手くできるだろうか。

 魔力にアリスが使う糸の性質を与え、指先から放出すると霧状の魔力が集まり、目を凝らさなければ分からないほどの細い淡青色の糸が形成された。

 しかし、それ一本と従来の強度では奴の前ではないに等しい。外の世界には一本で、数百キロある物体を持ち上げることのできるワイヤーが存在する。と聞いたことがある。

 細い糸にそれの性質を加え、糸を十数本でまとめて一本とした。これならば力が分散して簡単に千切れることは無くなるだろう。奴の力が私の予想を超えていなければ。

 十数本で糸を一本としたため、肉眼で見える程度には太くなった。私のやろうとしていることが分かったようで、更に楽しそうな表情へと変わる。

 数十メートルの長さがあるその糸全てを操るのは、初心者である私には難しい。片手で二本ずつ操るのが精々だろう。

 アリスは指先を少し動かしただけで鋭く鞭のように薙ぎ払ったり、何かに結び付けたりなどをしていたが、どうやるのか全く分からない。

 やり方は扱いながら掴んでいくとしよう。

 腕を大きく振るい。数十メートルある糸をしならせ、奴へ向かって振り払った。糸に切断する性質を組み込んでいたが、その軌道上にある物すべてを切断していく。

 しかし、ただ一つだけ切断できなかったのは奴だけだ。手の平同士で叩いた時には乾いた音が出る。それと似た音が発せられるが、鋭さと音量が桁違いだ。

 ただの人間かそこらの弱い妖精、妖怪であれば今の一撃で終わっていただろう。だが、奴にはかすり傷一つつけることができない。

「面白い技を使うね。もっとやってみな!」

 奴がこちらへ向かって走り出した。異次元萃香は、状況に合わせるためその場でスペルカードを作るつもりの様で、動かない彼女に近づかせるわけにはいかない。

 本来は敵と距離を置いて扱う武器と戦術なのだが、そうもいっていられないようだ。やりやすいように、使いながらスタイルを変えていくとしよう。

 糸の長さを数十メートルから数メートルまで短くし、私も奴に向かって走り出した。アリスがどうやっているのかわからなかったが、さっきやった攻撃でなんとなく予想がついた。

 スペルカードのように、あらかじめどのように動くかの命令を糸に加えて置き、指の動きでそれを合図としているのだろう。

 スペルカードと違って状況によって変えられるし、タイミングも自分の意思で決められて利点ではある。相手が予想外の動きをすれば、こちらの隙を晒してしまうことになるのが欠点ではあるだろう。

 だが、それほど単純でも私に扱うことはできない。相手の動きを予想し、それにあった動きを糸にさせなければならないのだ。経験が足りない。

 ある程度こちらで動きの補助をしてやらなければ、運用は難しいだろう。

 命令により糸の先に輪っかを作り、殴りかかって来た異次元勇儀の拳をくぐらせた。背の高い奴の攻撃は下を潜り抜けやすく、発生した衝撃波とも言える暴風に髪をなびかせつつ後方へ抜けた。

 更なる命令により、簡単には解けなくなるように輪っかを狭め、彼女の肌に食い込ませた。振り回して木にでも叩きつけようと命令を与え、指を動かして実行しようとするが、指が全く動かない。厳密には動かせないだ。

 奴の踏ん張る力が強すぎて糸が命令通りに動けず、号令であるこちら側に影響が出たようだ。

 予想外の出来事に動きが止まっている私に対し、腕に巻き付いた糸を掴まれて薙ぎ払われた。こちら側が踏ん張りを効かせる前に、体は宙を高速で移動していた。

 遠心力に肩が外れそうになる直前、背中に鈍い痛みが走ると同時に体は急停止した。衝突した衝撃と、慣性が働いて進行方向へ進もうとする肉体に板挟みされ、内部の内臓が圧迫される。

 肋骨が歪むことでもその力は促進されるが、口から空気を吐き出せたことで、膨らんでいた肺が圧迫される力に耐えきれず、破裂してしまうことは防いだ。

「おいおい、ちょっと振り回しただけでもう終わりとかはないだろうね?」

 腕に巻き付いた魔力の糸を千切ろうともしない彼女はそう言い放って、倒れ込んでいる私に向かってゆっくりと歩みを始める。

「くっ……そ……っ!」

 魔力で背中や内部の痛みを誤魔化し、私は横ではなく空中へ魔力で浮き上がった。横方向からに対する力には強いが、上に引き寄せられる力には摩擦力や踏ん張る力など働かない。

 筋肉質とは言え、そこまで重量があるわけでもない為、私の予想通り奴の体は思ったより簡単に浮き上がらせることができた。

 糸を引きちぎられても困る。浮き上がらせつつ私は円を描く様に動き、遠心力を使って奴のことを振り回す。

 できる限り勢いをつけ、近くの木に背中から叩きつけてやるが、効果など微塵もない。木皮が剥がされ、薄茶色の繊維がむき出しとなっている。

 幹の中間程度までめり込んでいる奴を木から引き抜き、地面に転がす。今度は上方向へ振り回し、先とは百八十度反対側の地面へ叩きつけた。

 地面が捲り返り、湿った土が地表に露出する。仰向けで腹部から叩きつけられたようだが、痛がる様子すら見せない。

 私の目的は時間稼ぎだから問題ないのだが、これだけやってもダメージがないとなると、本当に異次元萃香のスペルカードでも効果があるのかが不安になって来る。

 視線だけ異次元萃香の方向へ向けると、まだ目を瞑ったまま魔力でスペルカードの回路を組んでいる最中の様だ。

 もう少し時間稼ぎが必要だ。私は糸の長さを延長しつつ再度上昇し、倒れ込んでいた異次元勇儀のことを持ち上げようとした直後だった。

 奴のことを地面へ落とした時よりも強力な破壊音が耳に届いた。私が行動するよりも早く異次元萃香の方へ攻撃を加えたのかと思い、下方を見下ろそうとした時、真っ赤なツノが目の前をかすめて通り過ぎた。

「っ!?」

 十数メートルの距離が開いていたが、垂直方向への跳躍で奴は埋めたようだ。体勢を整える前だったはずだが、それでも一秒にも満たない時間で到達するとは、でたらめもいいところだ。

 握った拳が私の腹部へと伸びる。完全に持ち上げようとする行動に移っていた私にそれを躱す術がなく、自分の開いた手と同じ大きさの握り拳が身体へめり込んだ。

「がぁっ…!?」

 上昇しようとしていた力や慣性をすべて無視し、斜め上からの攻撃によって、地面へ向けて急降下を開始する。

 転ぶのならただでは転ばない。糸の耐久性能の強化を施し、長さを大幅に短くカットする。腕に巻き付いたままであったため、地面に着くよりも前に奴の体も私と同じ方向へと引き寄せられる。

 空中だったのも相まって、奴は抵抗することができなかったようだ。私に次いで地面へ落下するが、入射角が浅かったようだ。二人の体は地表で跳ねて再度空中へと投げ出された。

 腹部を押さえてのたうち回りたいところだが、せっかくの攻撃するチャンスを不意にはしたくない。

 糸を操り、空中で私の位置を探ろうと楽しそうな瞳を泳がせている奴を、横方向にぶん回す。

 引き寄せる際に耐久性能が落ちてしまったのだろう。あまり速度を上げないうちに糸が千切れて離してしまった。

 グルグルと体が回転し、背中から屋敷へと衝突するが、壁が破壊されずに亀裂を生じた程度となってしまったことからも、威力の無さが窺える。

 一度体勢を立て直すため、魔力で空中に飛翔していると、異次元勇儀の声が聞こえてくる。

「おもしろいね!もっとやんな!」

 直ぐさま壁から体を引き抜き、近くに転がっていた巨大な岩石をこちらへ向けて投擲する。

 直径が私の胸と同じ高さぐらいはありそうな岩石は、投げられたのが小石と変わらないスピードでこちらへと突っ込んできた。

 その奥では異次元勇儀が跳躍の体勢を取り、すでに土をまき散らして地を離れた。タイミングは悪くはないが、岩石が飛んでくるスピードが速すぎる。

 これの処理に少し手間取ったとしても、奴を迎え撃つまでの時間はある。ならば投げた者をそのまま返してやるとしよう。

 飛んできている岩石の軌道から大きく左側に外れつつ、側面に先にアンカーの性質を持った右手の糸を接着させた。

 岩石内部にアンカーの性質を持った魔力が抉り込み、抜けないように固定する。このまま飛んでいく岩とは逆方向に力を加えれば糸が耐え切れずに千切れてしまう。

 岩石に勢いを持たせたまま、糸に極度に力が加えられないように受け流し、自分の周りを一周させた。

 その間に地上にいる異次元萃香の方向に視線を向かわせると、スペルカードがほとんど完成したようで、疎の性質が大きく感じられる。あとはどうやって大きな隙を生み出すかが問題の様だ。

 多少力が分散してしまったが相当な勢いを残したまま、こちらへと向かってきている異次元勇儀の顔面へ向け、岩石を振り切った。

 糸の長さも調整しておいたため、岩石が当たらない状況にはならない。側頭部へと叩きつけられた岩はアンカーを介して強化していたが、それでもあっけなく砕け散った。

 横から大きな力が加えられ、奴の跳躍してきていた軌道が横に大きくずれる。そのうちに足へ左手の魔力の糸を結び付けた。

 奴の力には逆らわないようにするため、進行方向と同じ方向へ振り回すが、岩石を返したときと同じ方法で、力を分散させた。

 地面に届く様に糸の長さを少しだけ伸ばし、異次元勇儀が抵抗できないようにぶん回す。

 奴が私の前方に来た時を合図に、周りを半周して後方へ向かって行くごとに、糸には横だけでなく上方向の力も加えていき、後者を段々と強くしていく。

 糸が切れないように細心の注意を払いつつ、背負い投げをするように後方から奴を持ち上げ、縦に弧を描かせて地面へと叩きつけた。

 長さが少し足りなかったのか、落ちる直前に悪あがきで糸を引っ張られたのかはわからないが、強い力に引き寄せられて奴同様に、私も地面へ落下してしまう。

 乾いた地面は体を強化していたおかげで、差ほど痛みを感じずに出迎えてくれたが、その代償に体中が土まみれになってしまった。

 私は自分の役割を全うできたようで、陶器を落として割った音とよく似た破壊音が耳に響くと、異次元萃香の方向から強力な魔力の流れを感じた。

 上空へ大きく跳躍し、地面に上向けで倒れ込んでいる異次元勇儀へ向かって、寸分の狂いもなく落下していく。

 腕部には強力な身体強化がかかっており、あれであればおそらくは異次元勇儀の防御力も貫けるだろう。全身には疎と密の性質を持った魔力が半々程度で感じられる。

 オレンジ色の髪や手枷から伸びる金属製の鎖、スカートの裾を後方へたなびかせつつ落下していく殺気だった彼女は呟いた。

「四天王奥義『三歩壊廃』」

 着地と同時に落下の運動エネルギーを加え、強化された拳が倒れ込んでいる異次元勇儀の胸へと叩きつけられた。

 衝撃というのか、拳圧というのだろうか。拳が叩きつけられた瞬間に、彼女たちを中心に放射状の空気の壁が発生した。

 その壁は衝撃によって空気が押し出されたことによって発生する、空振と呼ばれる現象だろう。

 火山などの自然現象で発生するのは知っていたが、人為的に起きるとは思ってもいなかった。

 空中に空振が起きるほどの衝撃があったが、それはほんの一部だろう。拳は地面の方向に打ち出された。異次元勇儀の身体から、さらに強い衝撃が地面へと伝わっているはずだ。

 空振よりも遅れて地面に亀裂が発生した。十メートルは離れていたはずの私の位置にまでそれは及び、次にさらに遅れて来た衝撃によって捲り上げられた。

 倒れ込んで地面に着いていた私の体を、衝撃は簡単に空中へと持ち上げる。

 爆心地とも言える二人の方向から飛ばされた小石や土の塊に混じり、衝撃で舞い上げられていた砂が肌を撫でた。

 異次元萃香らの姿が見えないのは、攻撃の威力が高すぎて周囲の地面が陥没し、陰になっているのだろう。

 空中に持ち上がった大小不同の大量の石や土は最高高度を迎え、続いて落下の行動に移ろうとしている。

 それらよりも私は重かったため、一足先に地面に落ちるが、凸凹で着地の体勢を上手くとることができず、再度転んでしまう。

 自分の頭に落ちてきそうな岩石を避けようとしていると、二人がいるクレーターから疎の性質の魔力が強く感じられた。

 クレーターの深さがどれだけの物かはわからないが、確実に人間ではありえないサイズの女性の背中がその中心に現れた。

 疎の力を使って体を巨大化させた異次元萃香だ。オレンジ色の髪をはためかせ、金属音をジャラりと鳴らす。一度目と全く同じ体勢で、横たわっている奴へ拳を振り下ろす。

 疎によって体の総面積を増やしたということは、相対的に見ても筋肉の面積も増えたことを現し、単純に攻撃力が倍増されることだろう。

 筋肉に似た性質を持つ魔力が巨大化した身体の一部から感じる。疎の能力を使えるとはいえ、できる大きさには限界があるようで、隙間をああやって埋めているのだろう。それでも威力が上がっていることには変わりない。

 ドンっと発生した衝撃で、息が詰まる。空中を来た衝撃波が顔や胸を叩き、後方へ吹き飛ばされた。

 一度目よりも威力が上がったことと、僅かに地面に潜り込んだ状態で衝撃波が発生したため、クレーターの壁面が破壊されて、こちらにまっすぐ石や土が飛んでくる。

 目の前に魔力を放出し、全身を隠せるだけの大きさに膨らませたかったが、時間が足りない。体を半分ほど飛礫に晒してしまっているが、硬質化させて身を守った。

 最低限胸や顔など大事な部分は守れている。今回はそれで良しとしておこう。少ししゃがみ、できるだけ石から身を守る。

 大部分ははじき返すことができたが、守れていなかった足や手に石が掠り、木片が突き刺さった。

 鈍い痛みと鋭い痛みが同時に襲ってくるが、魔力強化によって痛みはさほど感じない。

 休む暇を与えてもらえないようだ。遅れて上から降り注いでくる岩石を同様に、魔力の壁ではじき返そうとした。踏ん張ろうと肩幅に広げた足場が脆く、バランスを崩してしまった。

 バランス感覚はそこまで悪くはない。直ぐに立て直すことはできたが、上から目を離しているうちに、線維が千切れる音がすぐ近くからする。

 聞き覚えがあるその音は段々と大きくなっていき、それと比例してガサガサと擦れる擦過音が聞こえ出したと思うと、自分のいる位置が影となる。

「…?」

 上を見上げるとすぐ横に生えていた直径が程々太い木が、こちらに倒れ込んできているのだ。草や枝で落ちて来る石からは身を守れたが、次はこの木から身を守らなければならなそうだ。

 異次元萃香の攻撃で地面が柔らかくなってしまい、根っこで自重を支えられなくなった木は予想よりも傾くスピードが速い。

 大きく広がっているクレーターとは反対方向へ体を投げ出した。幹に当たることは無く通り過ぎることができたが、葉にもみくちゃにされ、何度か枝に肩や腕を叩かれた。

 枝を折り、葉っぱを押しのけてようやく枝を伸ばしていた木の内側から出ることができた。

 二人の様子を見ようとすると、スペルカードで制御された動きにより、三度異次元勇儀へ拳が叩き落された。

 私の数倍はありそうな人影が葉っぱの隙間から見えたが、その姿でも庭全体の地面に亀裂を生じさせる攻撃をするようには見えない。

 そうは見えないが、実際にはそれをやった。亀裂が広がり、屋敷の一部が崩れて倒壊していく。

 庭や壁だけでは収まらず、私がいた本館にまで倒壊は広がっていく。自然災害にも思えるその攻撃力に、屋敷の外に生えていた木々が次々に倒れ、捲りあがった湿った地面に光が照らされる。

 その影響は周りだけでなく自分にも来るわけだが、私に倒れ込んできた木でさえ、立っていた時の目線と同じ高さまで来ている。

 私はその倍以上の高さまで浮遊しているわけだが、ここからであれば二人の様子を見ることができる。

 巨大化した異次元萃香の後姿しか見えなかったが、これだけの威力を三度に分けて受ければ、すさまじい防御力を持っている異次元勇儀でも無傷では済まないだろう。

 魔力で体の角度や降りる速度を調節し、整備するのに年単位で時間が必要なのが予想できる庭に着地した。

 湿った土の匂いが鼻腔を刺激する。周囲には、以前の風流を感じる庭園の姿は無い。木は倒れ、埋まっていた物や装飾で置かれていた岩がそこら中に転がり、草が覆っていた地面は土がむき出しになっている。

 これを一から整備している人物がいるならば、卒倒してしまうことだろう。

 異次元萃香の密の力が強まり、巨人にしか見えない彼女の姿がみるみる小さくなっていく。クレーターの深さがだいぶあるようで、後ろ姿が見えなくなった。

 流石に倒せたと思うが、あれだけの防御力のある奴をどう殺すか方法を考えていると、クレーターの方向から、異次元勇儀の攻撃力を強化する魔力の性質が感じられた。

「…!?……萃香!まだ終わって…」

 私が言い切る前に、どちらがしたかわからない打撃音が空気を伝わって、耳に届いた。異次元にとりとは違った方法で、人為的に開けられた穴の方向へ向かおうとしている時だった。

 クレーターから、目で追うのが困難なほどのスピードで何かが飛びだした。追うことは無理だったが、飛んで行った真上に顔を向けて見ても、その姿を捉えることができない。

 奴が通り過ぎて攪乱しようとしているのかと、警戒心を強めようとした時、後方に何かが落ちる落下音がする。

 反射的に振り返ると異次元勇儀ではなく、腹部を押さえたまま苦しそうに呻く異次元萃香の姿がそこにはあった。

「大丈夫か!?」

 すぐさま走り寄り、苦悶に表情を歪めている彼女を起こそうとすると、体を傾けて地面に血液を吐き出した。

 せき込んでいないところを見ると吐血なのだろうが、同じ鬼で異次元勇儀と肩を並べるほど強いはずの彼女にこれだけの怪我を負わせるだなんて、予想できるだろうか。

「効かないねえ」

 ビクビクと体を痙攣させている異次元萃香を、起こさずに安静にさせていると、いつもと変わらない安定した声が耳に届く。

「……っ!」

 クレーターの方へ顔を傾けると、跳躍してきていた奴が下駄の乾いた音を鳴り響かせ、地面に着地したところだった。

「十年前ならちょっとは効いただろうが、今の萃香じゃ…傷一つつけられないよ」

 奴はそう呟きながら、攻撃でこびり付いた土を払い落としている。服の見た目はあまり気にしていないようで、茶色く変色している部分には目もくれない。

 それにしても、今のお前さんじゃ…というのはどういうことだろうか。この言い方では、異次元萃香はこの十年で弱くなっている。ということになってしまう。

 十年戦争が続いているため、力が衰えてきているということだろうか。いや、数百年単位で生きている妖怪が、たった十年の戦いで弱くなるものだろうか。

 とりあえず今は、彼女を立て直すだけの時間を稼がなくてはならないのと、戦闘能力がどれだけあるかを知るために、質問を投げかけてみることにしよう。

「どういうことだ?」

「そのまんまの意味さ。十年もの間。お前さんを探すために萃香は力を使い続けてた。だから、力が弱まった」

「たった十年の戦いで、弱まるとは思えないぜ」

 私はいつでも彼女を抱えられるように、服の端に手を伸ばした。不自然な動きを悟られぬよう、次の質問を投げかける。

「あいつらはいくつもの世界を調べて来た。その度に萃香は自分の体の一部と言える粒子を、その世界へ送り込んだ。

 でも、連中もバカではないからな、粒子に含まれている魔力が尽きるのを待ってから同じ世界でお前さんのことを探した。ここまで言えばわかるだろうね」

 彼女は自分の体の一部を切り離し、それを他の世界へ送り込み、消滅させてきた。それにより、少しずつ力を失ってきたのだ。

 おそらく彼女は体を粒子状化した時は、無くした分を再生させることができない。であるため、体を再生成する際には消えた分は無かったものとして生成される。

 つまるところ、腕や足は切断されれば魔力などで再生させることができる。しかし、粒子状化している時に体の一部を消されて再生成すれば、それらの分がない物とされるため、体が少しずつ物理的になくなっていくのだ。

 欠損などとは違い、無くなったものを再生させることはできず、彼女はじりじりと力を失ってきたわけだ。

「なるほどな。今の萃香が元の何割で体を構成しているかは知らないが、十年の間でかなりの数あいつらは世界を渡ったはずだし……それだけ体を失っていれば…お前にかなわないのはうなづけるぜ」

 異次元萃香は魔力で身体を回復させているのか、荒々しくしていた呼吸は今はゆっくりと安定してきている。だが、もう少し時間が必要そうだ。

「そうだねえ。でも、それでもそこらの鬼よりは強いけど、頑張ればお前さんでも殺せるんじゃないか?」

 私が異次元萃香を殺す理由はないが、異次元遊戯並みの戦力を想定していたから、この戦力差は少々想定外だ。

「力の差が歴然な事がわかったのなら、さっさとくたばんな!」

 奴は時間稼ぎにこれ以上は付き合うつもりはないらしく、拳を握ると後方へ地面をまき散らし、乾いた音を鳴らして走り出す。

「……!」

 倒れ込んでいる異次元萃香がそれに反応し、震える体で立ち上がろうとしているが、その体では本当に殺されてしまうだろう。

 掴んでおいた服の端を引っ張り上げ、わきへと放り投げた。魔力で身体強化していたこともあり、これから行われる戦いに巻き込まれる心配はない距離飛んでいく。

 掛け声もなく、無言で繰り出された拳は、目標を異次元萃香へと変えることなく一直線にこちらへと向かって来る。

 彼女を投げはしたが、できるだけ早めに行動していたため、その攻撃には余裕を持って対処することができた。

 酒臭い吐息が鼻に付き、血なまぐさい真っ赤な拳が顔をかすめる。第二撃が打ち出される前に、早々に逃げるとしよう。

 伸びきった奴の腕に糸を巻き付け、跳躍力と魔力の浮遊を使って空中へ飛びだした。異次元萃香が回復しきるまで、時間を貸せがなければ—―。

 スペルカードを食らわせる前にやったように、魔力の糸で引っ張り上げようとした私は、抗うことのできない凄まじい力で引き寄せられ、気が付くと地面に横たわっていた。

「かっ……あぁっ…!?」

 始めは痛みを感じなかったのだが、体の中にこん棒か何かを直接ぶち込まれたような鈍い痛みが次第に強くなっていく。

「すまないがね…」

 私は奴のすぐ近くに落ちたらしく、下駄の音をすぐ近くに感じた。背中から胸にかけての鈍い痛み突き抜けていき、息が詰まる。

「ぐっ…!」

「それはもう飽きた」

 細い目つきで見下す彼女は、つまらなさそうに私に言い放つと、土のこびり付いた下駄を重々しく持ち上げ、地面に打ち付けた。

 その衝撃は異次元萃香が奴に放ったスペルカードより弱かったが、至近距離だったこともあり、波打つ地面に弾きあげられて宙に浮きあがった。

 体勢を整えようとした私の首に、行動する暇を与えるつもりのない奴の腕が伸びてくる。

 万力の数十倍も数百倍も強い握力を誇る奴であるならば、背骨を砕き、肉を千切り、頭と胴体を分断させることは容易だろう。

 それをされないのは奴の趣味だ。根っからの近接戦闘主義であるため、基本的に砕くこと以外は範疇にない。

 もしそれをしてしまうことがあったとしたら、それは奴がただ単に力を入れすぎただけなのだろう。

 思った通り奴は首元を掴んでいるが、それ以上握力を強くすることなく私を見下ろしている。

 それが幸か不幸かは、これから奴がする予定である攻撃によって決まるだろう。

「っ………!」

 潰す気はないのだろうが、それでも強すぎる握力に首が絞めつけられる。脳へと向かっている動脈が締め付けられて血流が滞り、気管が外側からの圧力に閉鎖して気流が停止する。

 酸素が消費され、二酸化炭素が体内に蓄積される。酸素が少なくなっていくたびに脳機能が著しく低下し、二酸化炭素の増加を脳が検知して息苦しさが増していく。

 もがく私を奴は自分の元にまで引き寄せ、酒臭い匂いが鼻に付いたと思った時には、体に凄まじいGがかかっていた。

 遠心力で首が吹き飛んで行かなかったことは褒めてやりたいぐらいだが、それをできるのはこれから助かってからだ。

 数十メートルという距離を瞬き一つの間に通過する。この速度で何かにぶつかれば、原型が残るのかすらも怪しいところだ。

 進行方向へ向けて魔力調節で来た方向に向かう力を体に加えるが、減速はわからないほど微々たるものだ。

 建物が倒壊したことで、溜まっていた埃が舞い上がった臭い地帯を、スピードを落とすことができず飛び抜ける。

 屋敷周辺に生えていている木々の一つに体が衝突しようとする直前、周囲に疎の性質を持った異次元萃香の魔力を感じた。

 私がその魔力に触れようとする直前に疎の性質が密へと変わり、彼女の姿が空中に形成された。

 あまり時間的余裕がなかったのか、荒々しく抱きかかえられると、空中で魔力調節によって体勢を立て直し、枝をへし折って樹木の壁面へ着地した。

 屋敷を出てから周辺の地形は下がっていくらしく、着地した木の幹は根元ではなく比較的地面から離れた部分だった。

 根元よりも細くてしなる力もあり、それを利用して彼女は私の運動エネルギーを殺したようだ。

 どれだけのスピードが出ていたかわからないが、あれだけのスピードをたった数メートルで弱めるとなると、体にそれなりの負荷がかかるが投げられた時ほどではない。

 私の運動エネルギーが全て、木のしなりに変換されたようで、後方へ移動することを止めて体はそこで停止した。

 半径が十数センチもある幹がそれほど後方に折れずにしなったとなれば、当然木は元の形へと戻るだろう。

 人間には感じることのできない短い間、それを維持していたが弓が矢を飛ばすように、元に戻る力を利用して異次元萃香は木から跳躍する。上に向かって飛んだらしく、投げられた時と違って山なりに体は上昇していく。

「大丈夫か?」

「ああ……それよりも、あの化けもんを…どうするかだ」

 彼女のスペルカードが効かなかった以上は、私のスペルカードも同様に効果は薄いだろう。

 礼を言って彼女に離してもらい、奴の方へ着かないように空中に静止した。

 数十メートル先にいる敵は、こっちに来ないのかとつまらなさそうに肩を落とすと私たちの方へ向かって歩みを始める。

「何かいい方法はないか?」

 さっき蹴られた攻撃がまだ響いているようで、痛々しく紫色に変色している腹部を押さえている彼女は呟いた。

「………。一つ、もしかしたら倒せるかもしれない方法がある」

 私はこちらに歩み寄ってきている奴の方を睨み付けた。まだ何か秘策を練っているのだと思っているのだろう。まだ楽しめそうだと嗤う彼女の足が少し早くなる。

「どうすればいい?」

「時間を稼いでくれ、できるだけ長くな」

「それだけでいいのか?」

 おおよそ作戦とは言えない私の返答に、彼女の表情が不安で陰っていく。

「どのスペルカードもあいつに対しては大したダメージにならない。だから、効くかもわからないが、この作戦は試す価値はあるぜ」

 自分の力が弱まったことで、傷一つつけられなかったことが脳裏を横切ったようだ。不安を残しながらもうなづいてくれた。

「時間がないから説明はしないが、頼むぜ」

「ああ、任されたし、任せた」

 私と彼女は二手に分かれ、頬を僅かに朱色に染める異次元勇儀に反撃を開始した。

 




次の投稿は1月5日の予定です。


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東方繋華傷 第百十五話 四天王奥義

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!という方は第百十五話をお楽しみください!


今回は時間があまりとれず短めとなってしまいました。

次の投稿もいつになるかはわかりませんが、気ままに待っていただければ幸いです。


「……さ……!……りさ…!」

 断続的に何かが聞こえる。聞き覚えのあるその声は、誰かを呼んでいるようだ。意識が朦朧として、途切れ途切れに聞こえる声は雲がかっている。

 眠るとはまた違う意識の混濁は、残っていたそれすらも奪って行くことは無いが、脳を回転させられるほど弱い物でもない。

 呼び声の主と、呼ばれている人物を特定することができない。

「……」

 閉じたままの目では周りの状況などわからないが、分かることと言えば暗明だけだ。明るすぎる夏の日差しが瞼をじりじりと照らしている。角度から察するに上を見上げているようだ。

 投げ出された四肢が、掘り返された湿った土に触れているのだろうか。日差しにより暖められた地面の熱気はあまり感じない。

 私は、何をしているのだろうか。

 ぼんやりしていても、不意にその疑問が脳裏をよぎった。自分が何をしていたのかを段々と思い出してきたのだ。

 ズキッと頭の奥底に頭痛を感じた。それは思い出していく記憶が近しい物になる程に、痛みが増していく。

「っ……」

 そうだ。私は、異次元勇儀を倒そうとある作戦を建て、決行しようとして……。

 一番新しい記憶を辿ろうとした時、頭蓋の内側に発生していた激痛はいつの間にか表面に姿を現し、頭全体に広がっていく。

 それは強さを増し、遂には頭を抱えなければそのまま頭部がぐしゃりとはじけてしまうのではないか、と思うほどにまで到達する。

「っ……あああああああああああああああああっ!!」

 真上で光を産生し続けている太陽のように、痛みが朧げだった意識を照らし、完全に意識を覚醒させた。

 頭が弾けてしまう錯覚に陥っている私は、無意識のうちに両手で頭を押さえ込み、狂ったように叫び散らす。

 そうでもしていなければ、本当に痛みで頭の中がぐちゃぐちゃに掻き混ぜられ、内側から弾けてしまいそうだった。

 十秒か、二十秒か。五分か十分かわからなかったが、頭の痛みが引いてきた頃、倒れ込んでいる私は衝撃を受けた。

 例えるならそれは重たい岩石のようにも感じたが、服越しの感触がもっと柔らかく、体温が伝わって来る。

 さらに言えば蹴りやパンチの攻撃ではなく、体を使ったタックルなどでもない。もっと優しく倒れていた体を抱え上げられた感覚だ。

 頭痛を押さえ込もうとしている私には他のことを考える余裕がないが、痛みで訳が分からなくなっている脳をフル回転させ、抱え上げてくれた人物を真っ赤な視界で見上げた。

 茶色に近いオレンジ色の鮮やかな髪が風に靡いて後方に流れている。両側頭部から伸びている大きなツノ。

 抱えてくれている人物が敵でないことが確認できると、なんだか少し安心することができた。

「魔理沙!大丈夫か!?……全く動かないから死んだかと思ったぞ」

「……っ……痛……どれだけ、倒れてた…?」

 風邪をこじらせた時とは比べ物にならない程、頭痛で頭がガンガンするが、何とかしゃべることができた。

「さあ、三分ぐらいだ」

 そう呟くと身を翻したようで、ぐんっと体に重力がかかる。異次元勇儀からの攻撃だろうと予想がつく。

 岩石を投擲してきていたようで、異次元萃香が動く音とは違う空気を切る音が高速で横を通り過ぎて行く。

「……もう、大丈夫だ……」

 慣れて軽いぐらいだった体が、骨を全て金属に置き換えられているような重量感があるが、体に力が籠らないわけでない。

 意識を無くす前後で記憶があやふやだが、確か私は頭部を殴りつけられたはずだ。

記憶を頼りに殴られた部分に手を伸ばすと、普通の皮膚に指先が触れるがその表面には粘度が汗よりも高い、生暖かい血液が付着した。

 これが目に入って、視界の色をおかしくしてしまっていたようだ。手のひらは頭を抱えていたことで血でまみれているため、手の甲で額と目元を拭った。

「大丈夫には見えないが?鬼に頭を殴られたんだ。生きている方が凄い…障害の一つがあってもおかしくはないぞ」

 確かに、これまでは幾度となく攻撃を受けて来たが、その直後に意識を失ったのは初めてだ。

 体に異常がないか意識を向けてみるが、指がもげていたり、足先の触感が消えているなんてこともない。問題はなさそうだ。

「本当に大丈夫だ。心配ない」

 私がそう言うと彼女はそうか、とだけ呟いた。ある程度異次元勇儀から距離を取ったようで、斜めに倒れかけている木の影に私を下ろしてくれた。

「あいつと、まだ戦えそうか?」

「ああ…」

 抱えられていた時はそこまで感じなかったが、いざ自分の足で地面に立ってみると強い倦怠感に包まれる。

 膝が小さく笑ってしまっていて、体に疲労とダメージが溜まっているのがわかる。早いところケリを付けてやらなければならなそうだ。

 拳を握り、異次元勇儀がいた方向に向き直ろうとした時、すぐ近くから奴の荒々しい魔力を感じた。私たちが隠れているこの木のすぐ裏からだ。

「萃香!」

 私の方が速く感づいたが、動き出したのは彼女の方が速かった。突き飛ばして一緒に横に飛びのこうとしていたが、胸に伸ばされていた手に突き飛ばされ、反対側に飛ばされる。

 直径が三十センチを超える樹木の幹が、私たちがいた方向に大きく湾曲したと思うと、樹皮が衝撃で剥がれて宙に弾かれた。

 しなる力を持つ木でも異次元勇儀の攻撃には耐えられないようで、幹に横方向に稲妻状の亀裂が入ると、上下に裂けていく。

 砕かれ、線維が千切れていき、木の内部で爆発が起こったかのように中身が異次元萃香の方向に雪崩れ込んでいく中、木片とは違った動きをする大きな塊が幹の中から飛び出した。

 大小不同の木片が押しのけられ、おかしな軌道で飛んでいく。それをさせている人物は握った拳を構えた体勢で迎え撃つ異次元萃香に叩き込んだ。

 奴が来ることがわかっていた彼女の体は、既に疎の性質をもつ魔力に覆われており、攻撃が当たり次第霧散して消えていった。

「…ちっ…」

 攻撃が当てられないことに苛立ちを覚えているらしい。眉間にしわの寄った異次元勇儀は攻撃の当てられる私に目標を切り替えたようで、着地したばかりのこちらに顔を傾ける。

 だが、奴の後方に密の性質を持った異次元萃香の魔力が集まっている。彼女が攻撃しやすいように私は奴の注意を引いた。

 途切れていたとある性質を持った魔力を右手にもう一度産生し、攻撃をするような体勢へと移った。

 口の端を吊り上げた奴がこちらに向かおうと一歩踏み出すが、獣並みの感が働いたのだろう。無理やり踏ん張り、方向転換して体の向きを変え、後方に出現した異次元萃香へ拳を叩き込む。

 予想外の攻撃だったのだろう。回避等に移る準備をしていなかった彼女の腹部に拳が抉り込み、奴へ向かっていた拳は頭を捉えた。

 二人から驚異的なほどの拳圧が発生し、同じ極を向け合わせた磁石のようにそれぞれが後方へ吹き飛んだ。

 こちら側に吹き飛んできた奴へ向け、左手に溜めていた魔力をエネルギー弾へと変換し、不意を突くために真横に来たタイミングでぶっ放した。

 中々のスピードだったが、一直線で飛んできているのであればそこまで難しいことは無い。正確に飛んでいくと奴の腹部で小さくはじけ飛んだ。

 爆竹を爆ぜさせた時よりも小さな破裂音がした途端、膨大な運動エネルギーがその体にかかったようで、急に飛んでいく方向が切り替わり、崩れた屋敷の中へと転がっていった。

「萃香!」

 奴を見送る事無く視線を外し、奥へと飛んで行った仲間の元へと走り寄る。青あざが広がる腹部を押さえた彼女は、ゆっくりと起き上がろうとしていた。

 苦悶。を現す表情の異次元萃香は、見ているこっちが辛くなりそうだ。立ち上がろうとしている彼女に手を貸し、今度は私が立たせてやった。

「私よりもきつそうだぜ。大丈夫か?」

「……こっちの心配よりも、その作戦とやらの心配をしろ。上手くいくかわからないんだろう?」

「まあ、そうするとするか。」

 私は異次元勇儀の方に集中しようとすると、奴の性質を持つ魔力が移動していることに気が付いた。

 吹き飛ばした場所から離れているはずだが、もうすぐそこにまで迫っているのだ。屋敷は半壊しているとは言え、まだ建物の機能が生きている所はある。その中を移動してきていたようだ。

 私が奴のことを吹き飛ばしていたのを異次元萃香も見ていたようで、奴を飛ばした付近に注意が向いている。

「萃香、こっちからだ!」

 私たちがいる場所から最も近い瓦礫の山が爆発したと思うと、そこから光り輝く物体を持っている異次元勇儀が飛びだした。

 その体格と比較すると非常に小さく見えるスペルカードを持っていた奴は、組まれてある回路に魔力を流し込み、起動させた。

 起動した回路を抽出するためスペルカードを握り潰すと、青白い半透明の結晶が周辺に散らばり、発動の合図となった。

「本当のスペルカードってもんを見せてやるとするよ!」

 飛んでくる木材の対処をしているうちに、異次元勇儀がすぐ近くへと着地した。右手の拳にとんでもなく強力な身体強化の魔力が集中している。

 もし人間で同様のことをしようとすれば、肉体が力に追いつけず、攻撃と同時に身体が崩壊するだろう。異次元勇儀だからこそできる荒業だ。

 彼女の足にはこちらに接近しようと進む性質が含まれており、目測を誤って少し離れた位置に着地したわけではないようだ。

 こちらにまっすぐ突っ込んで来ようとする彼女に対して、こちら側も対応するために自分のやりやすい位置に陣取ろうとすると、異次元萃香は真正面から受けきるつもりなのか、奴の射線上に陣取った。

 私が下手に動いて奴の注意を引いてしまうことを阻止する為であるが、無謀すぎる。確かに作戦の要である私が死ねば、残った彼女には打つ手がない。

 しかし、彼女が犠牲になったところで、私一人でも攻撃を受けきれず、打つ手がなくなる可能性も大いにある。

 ドンッと歩み出した一歩目の衝撃が骨の髄にまで響き渡る。前方へ移動するのには過剰すぎる力で足を蹴り出し、二歩目へと進もうとしている。

 やはり裏切られたというのが精神に来ているせいで、異次元萃香も冷静ではないのだ。私の考え的にはお互いに奴から距離を取るのが最善だと思っていたが、私以上に好戦的である彼女は正面から捌くことを選んでしまったようだ。

 さっきよりも近づいたからだろう。地面を踏みしめた振動が強まり、奴の体が一回り大きく見えた。

 同様程度の身長がある異次元萃香はどけるつもりがないようで、拳を握り、構えようとする。保険としてわずかに疎の能力を少し感じるが…、

 これはまずい。私は移動しようとした体を無理やり引き留め、目の前に立って構えを取ろうとしている異次元萃香に向け、横から最大まで身体強化した蹴りを食らわせた。

 中途半端な強化では踏ん張りが強くてどかすことができないと思っていたが、思ったよりもあっさりと彼女の体は奴の射線上から消えた。

 ここからもわかる通り、異次元萃香は予想外の攻撃に弱い。疎と密の能力で攻撃を避けられるとは言え、予想外の場所やタイミングで攻撃されると、体を疎の能力で分散することができず攻撃を食らってしまう。

 彼女のスペルカードを食らわせた後に蹴りを食らったことや、先ほどの踵を返しての攻撃に対処することができなかった事、今の攻撃を食らったことがそれを証明してる。

 更に、彼女は体の一部分だけを粒子状化させたり、一部分だけを粒子状から元の肉体へ戻すことができないことも、なんとなく予想ができる。

 できるのであればもっと効率のいい戦い方をするはずだからな。

 そう言ったことから彼女を奴のスペルカードの範囲からどけさせたが、理由はほかにもある。一応疎の能力を体に通わせていたとしても、先ほど言ったように彼女は予想外のことに弱い。

 奴のスペルカードの中には、拳を突き出すスピードを上げる性質を持った魔力が感じられた。これがあると今までの鈍い攻撃とは打って変わり、豪速の拳がこちらに向かって来ることになる。

 その予想外の攻撃を、異次元萃香がとっさの判断で避けられるとは思えない。ならば、私が代わりに受けなければならないだろう。

 移動するはずだった時間を全て、異次元萃香に対する時間に使ってしまったため、これから範囲外へ逃げることはできないだろう。

 私の身長の1.5倍はありそうな巨体が三回目、地面を踏み込んだ衝撃で亀裂を生じさせた。

 身長差や表情はさることながら、醸し出している殺気や凄みなど、その迫力に尻込みしてしまいそうになる。

 それはそうだ。普段の攻撃とは比べ物にならない威力を持っている技に、向かって行かなければならないのだから。

 震える手足を気迫で抑え込み、自分の目の前に魔力で結界を形成させた。

 そのタイミングで犬歯の見える口が開き、握った拳をこちらに打ち出す直前に、奴は嬉しそうに声帯を震わせて轟かせた。

「四天王奥義『三歩必殺』」

 今までしてきていた攻撃とは雲泥の差がある程に早すぎる。三歩目とほぼ同時に、打ち出された拳は、コンマの差で形成が終了していた結界をガラスのごとく打ち破る。

 ガラスと表現したが、そこには何もなかったのと変わらない程、呆気なく結界は魔力の塵となって消えていく。

 その結界には、表の世界にあるチタンと呼ばれる鉄よりも固い物質の性質を組み込んでいたはずだが、それでも奴のスペルカードには耐えられなかったようだ。

 複数枚張っていたはずの結界を全て止まることなく突き破った。砕けたガラス片の様な結界の破片が空中で魔力の塵となって消えていく。

 それらがキラキラと空中を淡青色に染め上げている中で、死期を悟るよりも早く。防御力を強化した身体に拳が伸びてくる。

 攻撃力があまり強化されていない段階であれだけのダメージを負っていたのに、強化されたらどれだけのダメージを受けるのだろうか。

 おそらく一片の肉すらも残らないだろう。

 この考えすらも浮かぶ前に、奴の拳が私の胸を貫いた。

 




次は1/25に投稿します。


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東方繋華傷 第百十六話 反撃

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方は第百十六話をお楽しみください!


次の投稿は二月の後半にする予定です。予定が空けば早まるかもしれません。その場合はここの後書きに書き込みます。


 恐ろしいほどの衝撃が体の中を突き抜ける。胸部に与えられたそれだけで、心臓の活動が停止してしまうのではないかと思うほどだ。

 衝撃で押しつぶされて気道が塞がったのか、肺が潰されて空気が抜けて行ったのだろうか。息が詰まり、吸い込めない。

 肋骨が歪み、亀裂が生じたか。それともどこかで折れたのだろう。体の中から嫌な音がするが、不思議とその痛みが襲ってくることは無い。

 なぜなら、それよりも強烈で、苛烈な激痛というのには生易しすぎる痛みに襲われたからだ。

 全身を引き裂かれるような痛み。これは例えるならば、馬の力を利用して人間の四肢を捥ぐ、どこかの国の処刑方法をされたようだ。

 実際に自分の身で受けたわけではないが、魔力で強化してやらなければいつでも体の内側から中身が零れそうな感覚は、それを彷彿とさせる。

 肉体が奴の攻撃によって、細胞レベルで結合が剥がされていく。組織や器官レベルの大きさでないと人間は感じないだろうが、この感じは、あながち間違いとは言えないだろう。

 殴られた局所的な場所だけでなく、体内を衝撃が反響して全身に広がっていることで、指や手の組織が体を離れ、それぞれ別方向へ向かおうとしているのがわかる。

 これを受け入れてしまうと、私の体は一片の肉片すらも残らず、弾けて消えてしまうだろう。

 理性的な部分ではなく生存本能的な部分が働いたのか、無意識のうちに強力な魔力を全身に巡らせ、結合が離れていきそうな細胞たちを繋ぎ止める。

 全身をバラバラにする程の威力を持つ攻撃の割に、私の体は十数メートル後方へ吹っ飛んだだけで、地面に転がり落ちた。

「魔理沙っ!!」

 異次元萃香の声が聞こえた気がした。その音量や音質からこちらの安否を窺う必死さが伝わってくるが、それに返答することはできない。

「ごぼっ…」

 皮膚の表面にはあまり攻撃の影響が出ているようには見えないが、中は絶大なダメージを受けているのだ。

 胃から血液が上がってくる前から、口内の粘膜から血液がにじみ出て来たらしく血の味がする。

 影響は口内だけにとどまらず、視界が徐々に赤く染まり始め、鼻腔から流れ込んでくる空気に鉄の匂いが含まる。

 皮膚と比べて防御性能や出血に対する抵抗が弱い粘膜から、出血を起こしているようだ。鼻腔は血液で詰まり、瞳からは血涙が留めなく溢れる。

 吐血か喀血かがもはや判別できなくなっている血液は、止まることを知らない。いくら吐いても収まる気配はない。

「あっ…ぐっ……ごほっ…!」

 おびただしい量の血液を上体を持ち上げていた手元に吐き出した。魔力での回復を促すが、圧倒的に間に合っていない。

「大丈夫か!?」

 すぐに駆け寄ってきてくれた異次元萃香が、立ち上がろうとしても上体もろくに起こせていない私を起こしてくれる。

「かっ……はっ…ぐっ………」

 ブルブルと体がわずかに痙攣する。奴の攻撃で死ななかったとしても、このままでは出血多量で死ぬ。

 肩から下げているポーチの中には、確かまだ使い掛けの回復薬が残っていたはずだ。震える手を何とか制御し、地面に落ちている鞄の本体を握り込んだ。

 それを持ち上げようとしても腕に力が入らず、持ち上げることができない。それどころか握り込むこともままならない。

 私のやろうとしていることを察してくれたのか、傍らにいた彼女が代わりに持って開き口を開けてくれた。

 今まで滅茶苦茶に移動していたせいで、中身はぐちゃぐちゃになってしまっている。他の瓶よりも一回り大きく、頑丈そうな見た目をしているそれに手を伸ばす。

 透明な瓶に透明な液体が入っているせいで、中身が本当に入っているかわかりずらいが、手が震えているおかげで容器が揺れ、チャポチャポと水気のある音を発する。

 ポーチから取り出そうとしていると、彼女がそれを手に取ってくれた。その程度の重量すらも、向こうから見たら持ち上げられていなかったのだろう。

「これでいいんだよな?」

 コルクの蓋を異次元萃香は抜き取るが、どう使用していいのかわからない彼女は、どうする?とこちらを見下ろしている。

 言葉が出ない。痛みで苦しく、話すための器官を使うことができない。もしかしたら肺が潰れてしまっているのだろか。それほどまでに呼吸を自然に行うことができない。

 意識しても障害されるその行為をすることを放棄し、痙攣したままの手を使って彼女が握っている瓶に血まみれの手を伸ばした。

 自分の口元に、注ぎ口を持って行こうとする私の動きを助けてくれたおかげで、数秒かけてようやく引き寄せることができた。

 ひんやりしている瓶の口に唇をつけると、まるで口紅のように注ぎ口に血がこびり付いた。

 瓶の残りがさほど多くない為、容器を大きく傾けて中身を口内へ注ぎ込む。決しておいしいとは言えない、むしろ不味い液体で満たされた。

 口内に残っていた血液が混じり、不味い液体に更に鉄の味と匂いが掛け合わせり、酷い味だ。

 しかし、回復薬の効果がもうすでに出てきているらしい。液に晒されている傷ついた粘膜で、細胞分裂が盛んにおこなわれているようだ。口の中が熱いぐらいに熱を帯びる。

 せっかく不味い味に耐えてそれを飲み込もうとしていると、消化管が傷つけられたことで起こった出血で、胃から真っ赤な内容物が押し出される感覚が体の中でする。

 ここで堪らず吐き出してしまえば、せっかくの回復薬がパーになってしまう。喉の奥を筋肉で閉めて内容物を押し留め、口の中に頬張っている血交じりの回復薬で押し返した。

「っ……はぁっ……!」

 胃から上がって来た血液が、口の中まで上がってきそうになっていたが、飲み下せたことで回復薬を吐き出してしまうことは防げた。

 食道を通って回復薬が胃に落ちたようだ。早速傷ついた胃壁などに作用しているようで、体の奥底が熱くなってくる。

 胃の幽門部から小腸へと流れ出た回復薬はそこで吸収されたようで、成分は絨毛に捉えられて血管にしみ出し、途中で肝臓を通って心臓へと向かう。

 全身へ血を送り出す役目のある心臓から送り出されると、次第に体の各所で傷の修復をしている熱を感じる。

「……っ…………はぁ…」

 死んでしまっていてもおかしくはない状態だったため、生存につながる治療ができて一息つくことができた。

「大丈夫か?」

「まだわからんが、……多分もう大丈夫だ…。それよりも、あいつは…?」

 私がそう尋ねると、彼女はあっちだと顔を奴の方向へと向ける。それにつられて抱えられた状態のままそっちを見た。

 私にスペルカードを放った場所から、奴は全く動いていない。こちらを見ようともせず、自分の右手の平をじっと見下ろしている。

 一体どうしたというのだろうか。私や異次元萃香をなぐり殺すのには絶好の機会だというのに、奴はそれをせずに考えることに費やした。何かあったのだろうか。

「お前さん。あたしに何かしたか?」

 唐突に異次元勇儀がそう言ってきたことで、私は内心ドキリとしたが平静を装って否定した。

 まだ治療途中で声が出ないので、顔を左右に小さく振った。すると何か疑うような顔をしたままこちらにではなく、庭の中央に半分埋まりかけていた巨大な岩石の方へ歩いて行く。

「お前さん。本当に人間かい?」

 いろいろな奴に何度もそう言われたことで、自分でも不安になるが多分そうだ。

「………人間に、……決まってるんだぜ」

「だったら、化けもんとしか言いようがないね」

 化け物並みの耐久力と攻撃力を誇っている奴に言われたくはないのだが、

 私を抱えている異次元萃香も思い当たるふしがあるようで、ちらりとこちらに視線を向けてくる。

「…」

 歩いていた奴は、向かっていた岩石の隣まで行くと立ち止まる。異次元勇儀の身長は二メートルはあるが、岩はその倍以上もあり、幅も奥行きも高さと同じぐらいはありそうだ。

「……へえ、なら……どこが化けもんだっていうんだぜ」

 私は異次元萃香の肩を借りて立ち上がった。まだ足元がおぼつかず、補助が無ければ倒れ込んでしまうだろう。

 私がそう言うと、奴は見下ろしていた手を握り込むと、隣にある巨大な岩石を殴り砕いた。

 割れるとは違う。そんな生易しい物ではない。半分やいくつかの塊に岩石が割るのであれば、まだ理解できる。しかし、彼女は内部に強力な爆弾でも仕込み、爆発させたかのように岩石を砕いたのだ。

 その破片は小さい物では指の上に乗るサイズの物から、手のひらサイズの物まであるが、それ以上大きな破片が存在していない。

 よほど強力でなければ、ここまでバラバラになることは無いだろう。積んだ砂が形を崩して地面に広がるように、巨大な岩石だった物が細かな石ころの集合体となって崩れ落ちる様は圧巻だった。

「これよりも強い攻撃を受けて、ピンピンしてる方がどうかしてると思わないかい?鬼でも耐えられる奴はそうそう居ない」

「当たり所がよかったんだぜ」

 あの殴られる瞬間。結界をぶち破って来た奴の拳が私に当たる直前、異次元萃香が割って入って来たのだ。

 遠くに投げたはずだったのだが、粒子状化して近くに現れ、拳と私の間に手だけ滑り込ませたのだ。

 それが合ったことで私のダメージがあれで済んだのだが、その代わり彼女は腕を再生させるのに力をだいぶ使ったようで、お疲れのように見える。

「萃香が邪魔をしたのを差し引いてもだ。肺が潰れていてもおかしくは無かったはずだが、そういう風には見えない。その時点で十分お前さんは人間を卒業してるよ」

「いや、私は人間だ。お前みたいな化けもんと一緒にするんじゃあないんだぜ」

 私はそう言いながら肩から下げているポーチの中を弄った。奥の方にしまっていたはずだが、戦いの最中に場所が移動していたようだ。

 マジックアイテムの下を探ると目的の物を見つけた。以前香林から半ば無理やり貰った煙草だ。

 布で包んでおいたおかげで四本すべて残っている。そのうちの一本を取り出し、残りを再度布で包んだ。

 会話で時間を稼いでいたおかげで、一人で立てる程度には回復することができた。肩を借りていたが、礼を言って煙草を持ったまま離れた。

「戦いの間に一服だなんて、随分と余裕じゃあないかい」

 異次元勇儀はそう言って、足元に転がっている岩を蹴飛ばしながらこちらへと向かって歩み始める。

「余裕ぶってるわけじゃないぜ。お前を倒すためのとっておきだ」

「ほお」

 奴は面白そうだと立ち止まり、私がそれを使うのを待つようだ。

 私は警戒しつつもそれを見下ろす。一見するところ白色の紙で包まれたただの煙草だが、彼が言うには通常の嗜好品の効果はないらしい。これが一時的に力を増幅させるマジックアイテムだとは周りからは見えないだろう。

 香林自身の魔力をわずかに含ませてあると言っていたが、貰ってから随分と時間が経っているせいですでに魔力は残っていない。

 であるため、煙草に香林が含んでいたであろう魔力の性質を含ませ、フィルターが付いている方向を口にくわえた。

「魔理沙、それは?」

「力を増幅させるアイテムだぜ。」

 私がそう言うと、彼女の目が少し疑うように細まるが、私が使用するということで信用できると思ったようだ。

「私の分はあるか?」

「すまんが、萃香には使わせられないぜ…どんな副作用があるかわからない。貰った奴からは危険だから出来るだけ使うなって言われたからな」

「あいつを倒せるなら多少のリスクは負うさ。こっちの心配はしなくていい」

 早くよこせと言いたげに手を差し出してくるが、私は顔を横に振った。

「するさ。実験みたいなところもあるし、だいぶ弱ってる萃香に使わせて死なれたら困る」

「……魔理沙が使っても大丈夫なら、私も大丈夫だろ」

「わからんさ。人間企画に作ってるからな」

 人間企画に作っていると聞くとなんだか弱そうに聞こえるが、そうでもない。薬に人間用と動物用があるように、体の構造に一部違うところがあるがゆえに分けられている。

 そう言った原理がこれにも使われている。というようなことを言っておけばいいだろう。

 確かに鬼は体が頑丈だが、弱っている異次元萃香に何かあっても困る。実験的という所は本当だからな。

「そう言うことなら…」

 そこまで伝えてようやく彼女は引き下がってくれた。そこまでしても奴に勝ちたい思いが強いのがわかる。副作用があまりなく、私の作戦が上手く行かなかった場合には使用してもらうとしよう。

 しびれを切らし、異次元勇儀が何時突っ込んでくるかわかったもではない。私は咥えた煙草の先端に、手のひらに発生させた炎の性質を含ませた魔力を近づけた。

 あまりこういう物を嗜んだことが無いため、どれだけ火をつけていればいいかわからなかったが、思ったよりも早く巻紙に包まれていた刻と呼ばれる葉タバコを乾燥させた物に火が移る。

 熱を放ち、赤く煙草や私の肌を照らしていた炎を消した。すると煙草は燃えだすこともなく燻った状態になり、煙を上げてじりじりと赤く光りながら先端がゆっくりとこちら側に向かって進みだした。

 勝手がわからないが、見よう見まねで口にくわえたフィルターを介して息を吸い込んでみる。

 巻紙が空気を逃がさない役目をはたしているようで、先端部分から空気を取り込むと燻っていた火が、勢いを増してこちら側に向かうスピードを速めた。フィルターで濾過された煙に乗って、香林が含ませていたであろう魔力が口の中に飛び込んできた。

「げほっ!?ごほっ!?」

 こういったことをしてこなかったことの弊害か、それが気道に入った途端に苦しくなって咳き込んでしまった。

 しかし、香林の言った通り、本来の嗜好品の様な性質は無いというのは本当らしい。香辛料などが加えられ喫煙者にとっては馴染みがあり、吸ったことのない私からすると独特な匂いがこれには無いのだ。

 それがないだけ随分とマシだが、中々厳しそうだ。

 人差し指と中指で煙草を挟み込み、再度フィルターを通して息を吸い込んだ。先ほどと同じように煙が口を通り、気道を通り過ぎ、細気管支から肺胞内へと紫煙が拡散していく。

 香林の魔力が肺胞の拡散能力により血中へ大量に溶けだし、肺静脈を通って左房へと流れ込む。

 彼が液体などの手法を使わなかったのか、分かった。説明で受けたがフィルターで量を調節しやすいのもあるが、一番はその循環の速さに目を付けたのだろう。

 小腸などから彼の魔力を取り込んだとすると、静脈を通ってまずは肝臓へ向かい、そこから静脈を通って右心房に到達する。次に右室を通って肺と左房へ行き、左室から全身に送るのには手順が多いし時間もかかる。

 それに比べて肺から取り込めば、肝臓や静脈、右房と右室の過程を飛ばすことができる。非常に効率のいい方法だ。

 その考えが間違っていないようで、回復薬を飲んだ時よりも早くその効果が如実に体に現れる。

 周りから見ればあまり変わらないだろうが、自分の内側に注意深く意識を向ければ、魔力の質が格段に上がっていく。

 なぜこんなことができるのか、答えは簡単で他人の魔力というのは、自分にとって猛毒と同じだからだ。

 原理は単純で、フィルターを通してごく微量の魔力を煙に乗せて体内へ取り込む。肺から全身に広がる猛毒に対し、体は総力を挙げて排除しようとするだろう。

 これは例えるなら、ちょうど免疫の機構と似ている。体内に入って来た細菌などの非自己を認識して、免疫機構を活性化させてそれを排除する。

 この部分は非常に酷似しているが、一部違うところがある。免疫機構の活性化を強化に利用しているということだ。

 免疫機構の活性が、こちら側で言う所の魔力だ。早く排除しなければ波長の違う魔力によって自己が壊されてしまう。であるため、魔力の質を一時的に底上げして一気に叩こうとする。

 香林の魔力を体が排除しようとしている間は質の底上げにより、私はいつもよりも高い攻撃力を発揮できるだろう。

 口に咥えていた赤く染まったフィルター部分を離し、奴に使われたり異次元萃香が使ってしまわぬよう、煙草を握りつぶした。

 火種が皮膚に当たり、ジュッと肌が焼ける音が聞こえてくるが、魔力をその周辺に向かわせると数秒での跡を残さずに火傷は消えた。

 勿体ない気もするが使ったことのないこれは、どれだけの副作用があるかわからない。勝手がわかるまでは、あまり長いこと煙を吸わない方がいいだろう。

 手のひらに付いた灰をはたき落としながら、ぐにゃりと折れ曲がった煙草を地面に捨てた。

 ポイ捨てはいけないことだが、そんなことを言っている余裕はない。準備ができたかと、嬉しそうに奴は進撃を再開する。

「……はぁ……」

 肺いっぱいに吸い込んでいた、ただの紫煙を空気中に吐き出した。あの独特な匂いのないただの煙は、その場に留まる事無く霧散していく。

「行けるか?」

「……ああ、行けそうだぜ」

 いつもよりも調子がいい。魔力の質が向上したことで強化した体が軽く感じる。

 魔力の質が高まれば、この作戦の時間も短くなることだろう。とある性質の魔力を辺りに撒布し、まだ若干煙を火種から出していた煙草を踏みつけながら、こちらへ向かって来る異次元勇儀の方へと走り出した。

 




次の投稿は2/22~2/23になると思います。

投稿できない場合は当日再度書き込みます。


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東方繋華傷 第百十七話 鬼殺し

自由気ままに好き勝手にやっております!


それでもええで!
という方は第百十七話をお楽しみください!!


 魔力を手のひらに溜め、エネルギー弾へと変換した。変換や集める過程では依然と変わったところはほとんどないように感じる。

 野球ボール台のエネルギー弾を反動もなく撃ち出すが、見た目は特に変わったところはない。

 速度が少し早くなったようだが、見た目的な変化は特には無い。それだからだろう。奴は今までと同様に気にすることなく突っ込んでくる。

 ただ今までと違うところがあるとすると、エネルギー弾が爆ぜたことにより異次元勇儀がその動きをほんの少しの時間だが止まったことだ。

 何度も食らい、どれだけの衝撃が来るかはもうわかっていて慣れていたはずだが、彼女は強烈な衝撃に前に進むことができなかったようだ。

 それどころか、走っていた彼女を数歩後ろに押し返すまでに威力が上がっている。目に見えて効果が出ていることがわかり、奴を倒すために一気に接近する。

 走っていた自分が押し返されるとは夢にも思っていなかったようで、思考と体の動きが解離している奴の横を通り過ぎた。

 エネルギー弾の威力の高さに呆気に取られていたおかげで反応が遅れ、後方へ移動している私に向けて振り返りながら拳を放つが、当たる事無く空振りに終わる。

 繰り出された拳から発生した強風に煽られ、予定よりも大きく後ろに後退してしまったが問題はない。

 大振りな攻撃をしてくれているのと振り返りざまの行動によって、奴もまた走り出すまでの時間がかかっている。

 奴に手のひらを向け、次弾を放つ。一発目は指標にならない為、さっきと全く同じ威力の物を奴の腹部に着弾させた。

 威力が上がったおかげで奴の動きを封じれたが、それは初弾でどれほどの攻撃力かを奴がわかっていないからだ。二発目からの挙動をこれから私がどう立ち回れるかの指標とする。

 他の爆発する弾幕や拳が打ち合う音と比べると少々控えめな破裂音がするが、保有しているエネルギーは高く、当たっても物ともしていなかった奴の体をわずかにくの字に曲げるほどだ。

 走りながら食らっても怯むそぶりも見せていなかったところから比べると、かなり魔力の質が向上しているのがわかる。

 奴は後方に吹き飛ばないように踏ん張った代償が地面に現れ、後方数メートルにひび割れが生じる。

 だがその程度だ。やはり奴の防御力の前ではさほど致命打にはならない。これが体の強化をしていない状態でのことだからやばさがわかる。

 こちらに向かって走り出そうとするが、後方から急接近した異次元萃香が奴の背中を蹴り飛ばし、こちらの方へ吹き飛ばした。

 完全に標的を私に絞っていたようで、意識外からの攻撃に踏ん張りを効かせることもできず、体を宙に浮き上がらせる。

 飛んでくる奴の射線上から体をずらし、先の戦闘で作っていたワイヤーを再度形成し、奴の上半身に巻き付けた。

 力任せに腕を振りかぶり、飛んでいく奴の軌道を無理やり変え、近くに生えている倒れかかった木へ身体を叩きつけた。

 ワイヤーを掴まれないよう、即座に魔力の供給を止めて結晶と化させるが、そもそもそれをするつもりもなかったようだ。

 木の中腹に叩きつけたが、その身体の強固さに樹木が適わないことは既にわかり切っていることだ。

 それでもギギギっと軋む音を立てて倒れようとしている木を掴み、地面から引き抜いてこちらに投げつけてくることは予想外だった。

 千切れた葉っぱや枝、根っこに絡めとられた土、中腹のひび割れから発生する木片をぶちまけながら、私の数倍の大きさのある樹木が飛んでくる。

 さほど距離があるわけでもなかったことと、奴を木に叩きつけたばかりだったことが相まって避ける動作に移ることができず、正面からぶつかることとなった。

 咄嗟に左手を胸の前に防御する体勢で突き出す。最大まで身体を強化していたが、前腕の骨は跡形もなく砕け、腕ごと胸に投げつけられた樹木を食らって後方へ吹き飛ばされそうになる。

 足で踏ん張りを効かせようとしていたが腕にばかり意識を集中していたことで、足元がおろそかになってしまった。

 地面から靴が離れそうになり、体勢が大きく後ろへと傾いてしまう。

 だが、そのおかげで多少後ろに吹っ飛ばされることになっても、樹木と一緒に後方の地面に転がる事無く下を潜り抜けることができた。

 左腕の修復に魔力を向けつつ異次元勇儀の方向を睨むと、こちらへ向けて走り出したところだ。

 右手に魔力を集中させ、エネルギー弾ではなくレーザーに変換し、それをぶっ放す。昼までも目を隠さなければ、まぶしてくて見ていられないほどの光源が発生する。

 熱線を異次元勇儀へ浴びせかけると、エネルギー弾だと思っていたのだろう。対応が遅れている。さらに強化後にレーザーを初めて撃ったため、その予想以上の威力に、走っていた奴も足を止めた。

 エネルギー弾で奴にダメージを与えることができなかったのと同じく、レーザーでも奴の皮膚を貫くことはできないようだ。

 顔や胸に照射され続けるレーザーが鬱陶しいらしく、レーザーの性質を持っている魔力の熱線が奴の拳によりかき消された。

 それでも時間を稼いだおかげで、ぐちゃぐちゃに砕けている左手の傷はほとんど治っている。が、あともう一息時間が足りない。

 異次元勇儀は下駄で地面を高らかに踏み鳴らし、一気にこちらへと距離を詰めて来る。それに対し、更に魔力をつぎ込んだレーザーをぶっ放した。

 それを食らって自分の動きを阻害されることを嫌ったようだ。異次元勇儀は身を翻し、レーザーの射線から短い時間だけ逃れる。

 それに対し、レーザの射線を奴の進行方向上に修正し、浴びせかけてやる。

 レーザーを再度照射されたことでこちらに向かう速度がガクンと遅くなるが、攻撃に慣れ始めている。

 異次元勇儀はレーザーの中を無理やり突き進み、通常の人間なら黒焦げの丸焼きになっているであろう熱線を物ともせず踏破する。

「最高だよ!面白い!」

 私の力がきちんと強化されていることで、まだまだ楽しめると嬉しそうに笑って叫ぶ奴は、目の前でレーザーをかき消した。

 私は身体強化をしながら完治した左手を握り込み、レーザーをかき消した奴の顔面に拳を叩き込もうと振り上げる。

 逆に奴は私の身体を打ち抜こうと、拳を上から下へ振り抜いた。

 拳同士が正面からぶつかり合うことは無かったが、握った手の人差し指を奴の拳が掠った途端、手が原形をとどめることなくひしゃげ、皮膚下に収まっていた骨や肉体が露わとなる。

 元が手だとは信じられない程に手をぐちゃぐちゃにされただけでは終わらず、後方に弾かれた右腕に引っ張られる形で後方に吹き飛んだ。

 体勢もあったものではない。隙しかない私にとどめを刺そうと大きく跳躍してくる。その脚力は本当に同じ生物か疑いたくなるほど強力で、吹き飛んでいるこちらに追いつく勢いだ。

 手を伸ばし、空中を漂っている私の足に指先が触れそうになるが、土で薄汚れた靴に触れることなく、その巨体は空中で急停止する。

 スペルカードによる疎と密の魔力の性質で形成された岩石が、頭上を高速で通り過ぎて跳躍した異次元勇儀の胸で砕けたのだ。

 異次元萃香のおかげで追撃をし損ねた奴は、空中では踏ん張りを効かせられずに後方に押し返された。

 押し返され、地面に背中から落下しようとした奴の真上に、異次元萃香が密の魔力によって集約されて現れた。

 しゃがんだ体勢で現れた彼女は上下逆で、頭が地面の方向を向いているが、足元では硬質化させた魔力が空中に固定されている。

 重力が働いて足が魔力の足場から離れてしまう前に、彼女は足全体の筋肉を使用して跳躍した。

 重力加速度と跳躍力が合わさり、後方に体が移動しながらであった私からは、姿をはっきりととらえることができなかった。

 魔力の足場が異次元萃香の跳躍力に耐えきれず、上空に向かって結晶となってはじけ飛ぶ。

 彼女は、その加速と重力を味方につけ、地面に倒れ込んでいた異次元勇儀の顔面に拳を叩き込んだ。

 私は怪我なく地面に着地し、右手の傷を魔力で修復し始めていたが、地形を変動させるほどの衝撃によりバランスを崩された。

 捲りあがった地面に手を付いて倒れ込まないようにするので精一杯だが、彼女たちの攻防はその間にも続いていたようだ。

 殴った異次元萃香を奴が掴みかかる形で跳躍したようだ。倒れ込んでいたはずだったが、あれだけの力を発揮できるため、無茶な体勢からでもああして跳躍することぐらいできるだろう。

 異次元萃香の首を鷲掴みにしていた奴は、私の時と同様に振りかぶると地面に向けて投擲する。

 力関係では異次元萃香を大きく上回っている奴に逆らうことができず、跳躍して落ちて行った時よりも早く彼女は地面に叩きつけられてしまう。

 体に疎の性質を持った魔力で満たし、粒子となって消えようとしていたのだが、あまりにも地面に到達するまでの時間が速すぎて間に合わなかったようだ。

「がっ……ああっ……!」

 顔を歪める彼女の上では、さらに追撃を加えようとしている異次元勇儀の姿がある。私は空から降りてきている彼女の周りに魔力を散布してコイルの性質を与えた。

 先ほどの段階では効果は薄かったが、強化された今ならば足止めには十分だろう。

「萃香!逃げろ!」

 私はそう彼女に伝えながらコイルに強力な電気を流し、磁場を発生させる。その途端に金属をわずかにでも含む小石から、手のひらよりも大きい岩石が空中にいる異次元勇儀の方向へ殺到し始めた。

「お前さんも懲りないね!この程度!」

 皮膚にいくつか小さな石ころなどがひっつくが、そっちには目もくれず、飛んでくる巨大な岩石を拳で砕いていく。

 しかし一度目に使った時よりも強力になっている分、広範囲にある岩石を引き寄せる。全身が凶器と言える異次元勇儀でも、手数が足りなかったようだ。

 破壊しても引き剥がしても戻って来る石や、新たに遠くから飛んでくる岩石により、攻撃していた手がいつの間にか守りに転じるようになっていく。

 時間が経過すればするほど自分の周りを覆って行く岩石の数が増え、奴は攻撃に転じることができず、岩に埋もれていく。

 奴を覆った数トンから十数トンにもなる一つの巨大な岩石は、地上数メートルの高さから落下した。

 彼女たちが起こす衝撃よりは弱いとはいえ、十数メートル離れた場所に居るが地面を揺るがす衝撃が伝わって来る。

 大小不同の岩石の寄せ集めであるが、磁力で一つにまとまっているため自重で一部が砕けることはあっても、その力に引き寄せられて離れていくことは無い。

 離れていくものがあるとすれば、鉄分が含まれていない小さな粒子程度の大きさの小石だ。

 岩石が落ちた丁度その場所に異次元萃香がいたはずだが、直前に粒子状になって逃げていたから心配ないだろう。

 あいつが予想外の動きをした時のために手先に魔力を送っていると、四メートル近くの大きさになる岩石が小さく振動した。

 とある魔力を放出してから大分時間が経ったはずで、そろそろ変化が現れてもいいはずなのだが、やはり鬼で頑丈であるのが原因だろう。もう少し様子を見よう。

 小さく振動した岩石を睨んでいると、先ほどよりも強い衝撃により今度は持ち上がった。それだけではなく、岩石全体が膨れ上がって一部がはじけ飛んだ。

 どうやら中心にあるコイルの性質が今のでかき消されてしまったのだろう。岩石の各部分から岩が転がり落ちる。

 表面の大部分は形を維持できず地面に散らばるが、中心に近い位置にある岩石は粒子などがすき間に入り込み、がっちり固まっているようだ。

 磁力の力が無くてもそのままの形を維持している。だが、それもわずかだ。三度の衝撃で岩石は大きく崩壊し、中に仕込んだ爆弾を爆破されたスイカの様にはじけ飛ぶ。

 飛んでくる岩石を手で払い落としていると、決壊した岩石の山の中から奴が飛び出して来る。

 あれだけの重量に潰されたのだから、怪我の一つでも追っていてくれればいいのだが、そう言うわけにもいかないようだ。

 手先に溜めていた魔力をレーザーに変換しようとした時、奴はこちらに到達する遥か手前で攻撃の手順に移り出す。

 何かを殴る、何かを蹴り壊す行動ではなく、何かを投げる体勢へ移っている。その掲げた手には、私からすれば手のひらと同じぐらいの大きさの石が握り込まれている。

 レーザーへ魔力を変換していたのを急遽変更し、エネルギー弾へと切り替えた。投げる段階であれば投擲の邪魔をしてやれば私たちに当たることはまずない。

 だが、変換していたのを途中で切り替えたおかげで時間がかかり、石は爪の伸びた大きな手から離れてしまった。

 螺旋状に回転する石は、弾丸と比喩しても過言ではない速度で私たち二人の方へ飛翔する。その射線上に居るのは私だ。

 変換に手間取り、十分な威力を引き出せないが、破壊とまではいかなくても軌道を変えることは可能だろう。

 差し出した手のひらからエネルギー弾ではなく、エネルギーを放出した。エネルギー弾では弾速が遅く、石を打ち落とすことができない。しかし、エネルギー弾が弾けた際に発生する衝撃波であれば多少狙いが雑でも、影響を与えることができるはずだ。

 エネルギー弾が何かに当たって弾ければ、その物体に運動エネルギーを与えるが、空中で爆ぜた場合は空気中にそれが伝わることになる。

 強化もされていない石であるならば十分に勢いや質量を削ぎ、脅威度を下げることができるはずだ。

 そう確信していたが、私は自分の体の重心がぐらっと左側へずれていくのを、平衡感覚を司る三半規管を通じて感じた。

「へ…?」

 左足で支えようとしてもそれをすることができない。傾いた重心を支えるために大きく足を開いて地面を踏みしめようとしても、一向に指先が地面に着く感触が返ってこず、私はそのまま顔から倒れ込んだ。

「ぐっ!?」

「魔理沙!?」

 何が起きているのかわからなかった。衝撃波は石を完ぺきに捕らえたはずだがその速度故、重量やスピードを削ぎきる前にこちらの攻撃を潜り抜けてしまったのだろう。

 上から押さえこむ形で放ったことにより、胴体へ直撃したことによる致命傷を避けることはできたが、どうやら左足が根元から吹き飛ばされてしまったようだ。

 戦闘で興奮した神経に誘発されて分泌されたアドレナリンによる作用なのか、耐え難い痛みであるはずだが失神せずに済んだ。

「ああああああああああああああああああああああっ!?」

 それでも絶叫するのには十分すぎる激痛だ。

 後方には、第三者目線で見るとやたら細くて頼りなく見える足転がっている。太ももの中間から千切れているそれの断面からは、赤黒いドロドロした血が溢れていく。

「あっ……ぐぅ……!」

 激痛で頭が働かない。潰された組織や千切れた神経から大量の痛みの情報が脳へ殺到している。それだけではなく、脳がまだ足があるかのように千切れたはずの足の痛みまで感じる。

 のたうち回る私と異次元勇儀の間に異次元萃香が割り込んで迎え撃とうとするが、立っている彼女の足がわずかに震えている。度重なる負傷により、彼女も限界が近いのだろう。

 魔力を強化しているおかげで、千切れた足を復元しようと魔力を送り込むと目を見張るほどの速度で左足が形成されていく。

「萃香…!どけ!」

 傷は治っても痛みは引かない。綺麗に再生させたはずだが、肉体は攻撃を受けたことを覚えているようで、石が当たってぐちゃぐちゃに引き裂かれ、潰された組織が未だに痛みを発している。

 足を修復しながら私は両手を地面に着き、大量の魔力を流し込む。河童たちと戦う時に使った手だ。

 土も強い圧力をかければ鉄並みに硬くなる。地球の中心の非常に高い圧力の性質を魔力に与え、それを棘状に飛びだす命令を与えた。

 自分のいる位置から前方に魔力を広げ、それには異次元勇儀の魔力に反応してその方向へ飛びだす性質を加えた。するとその射程に入ったそばから、奴に向けて大量の棘が地面から飛び出していく。

 金属でできた河童たちの装甲すらも貫いていた棘だが、突進してくる奴はガラス細工が砕けている。

 私のやろうとしていることを異次元萃香は察したらしく、早々に体に疎の性質を含ませた魔力で満たすと粒子となって消えた。

 河童たちに使った時よりも強力になっているはずだが、既に適応している奴は効率的にそれを破壊して着実にこちらへとその歩幅を広げている。

 ほとんど再生した左足で地面を踏みしめ、重たい身体を持ち上げた。久しぶりに素足で踏む土の感触は心地よく感じ、その湿り気から肌にこびり付く。

 しかし殺気だった巨体が近づいてくる状況にそれを堪能してもいられない。右手に魔力を溜め、準備を始めた。

 棘の地帯を走り抜けた異次元勇儀に対し、先ほどと同様に手のひらを向ける。レーザーかエネルギー弾を放つと踏んでいるのだろう、身構えながらも歩調を崩さず大股で接近を続ける。

 拳を振るうまでもなく棘を砕く奴からここまでは、約五メートル程度しか離れていない。数歩で追いつかれてしまう距離だ。手先に溜めた魔力を光に変換し、手を伸ばされれば届く範囲にすでに到達している敵に向け、それを放つ。

 レーザーにもエネルギー弾にも変換していないただの光は、奴に攻撃を加えることが目的ではなくただの時間稼ぎだ。太陽の数倍か十数倍の光は放った私でさえ目を瞑っていなければならない程だった。

 魔力で調節し、自分の方向に光が進まぬようにはしていたが、空気中に舞っている砂埃や、目の前まで迫っていた奴の身体で反射した光はどうしようもないため、一時的に白い光に視界を奪われた。

 その光が収まるまでこの場所に立ち続けているわけにはいかない。光を放つ前に私の位置は知られている。目が見えなくても見えなくなる前の情報を頼りに、その場所を攻撃してくるだろう。

 目を閉じながら大きく横に飛びのこうと地面を蹴った直後、空中で体の移動を強制的に止められた。

 何かにぶつかったわけではない。自分のよりも一回りも二回りも大きな手に、右腕を乱暴に掴まれたのだ。

「甘いね。これだけじゃあ、足止めにすらならないよ」

 目を閉じたままつかみかかって来た異次元勇儀は、掴んだ私のことを自分のやりやすい位置に引っ張り込むとそう呟いた。

 さほど強くは握っていないのだろうが、掴まれている右手手首の骨が悲鳴を上げ、亀裂の生じる音がする。

「ぐっ……!……くそ…っ!!」

 この戦闘狂を少し甘く見ていたようだ。視界を奪えれば大きく時間を稼げるかと思っていたが、獣並みの勘で私が飛びのいた方向や正確な座標を割り出したようだ。

 厄介なことこの上ない。単調な攻撃、予想のしやすい行動ばかりで、状況によるが避けることについてはあまり難しくはない。

 私でさえ避けるのが容易な攻撃をする、そんな彼女が幾人を葬ってこれたのは、この勘によるものが大きいだろう。

 こうなると事前の動作や、仕草などは関係ない。奴の勘がどの程度の物なのかをこちらが予想し、それを上回る行動をしなければならないわけだ。

 だが、それもももう遅い。後は私がどうなるかは奴次第で、逃げ出そうにも彼女の握力や勘の良さからしてほぼ絶望的だ。

 なら、この至近距離を利用し、とある魔力を奴に吸わせてやればいい。掴まれていない左手の平を身長の高い奴の顔に叩きつけ、それを大量に放出する。

「ははははっ、なんだいそりゃあ?これが攻撃とでもいうつもりかい?」

 目を閉じたままの彼女は笑いながら右手で拳を握ると、私の腹部を貫いた。強化していた皮膚は意味をなさず、腹部内になるほとんどの臓器を引き裂き、すり潰してぐちゃぐちゃに混ぜ合わせた。

「お前さんとの戦いは面白かったが、やっぱりこの程度か。残念だよ。」

 内臓の一部は貫かれた背中から貫いた手と一緒に飛びだし、地面にボトボト落ちて行く。

 普通に殴られていた時は、奴の生み出した運動エネルギーが全て衝撃となっていたため吹き飛んだりしていた。

 今回についてはそのエネルギーは貫通することに使われ、ほとんど私の体に伝わらなかったことで吹き飛ぶことは無かったのだが、身体へのダメージはこちらの方が大きい。

 あらゆる細胞や組織がシェイクされ、奴の腕が貫いたままでなければ、開いた穴から大量の組織片が零れ落ちていたことだろう。

 そうならないのもつかの間だ。左手で私の肩を掴むと、奴は貫いた腕を引き抜いた。ズルッと身体の中を異物が通り抜けていく不快感は、吐き気を込みあがらせ、痛点の刺激により激痛を生じさせる。

「ごぼっ……」

 真っ赤な血液が口内に溢れ、鉄臭さが鼻に付く。口を閉じていればそれらが口の中に充満する所だったが、開いた口から真っ赤な血液が吐き出された。

 口ではなくぽっかりと穴が開いた腹部を押さえようとするが、何かわからない千切れた組織片が血液と一緒に流れ出る。

「おっと、ちょっと強くやりすぎたようだね」

 視力が回復してきたのか、奴は瞳を開いて目の前の状況を把握するとそう呟いた。未だかつて体験したことのない程、早い速度で体内にある血液が漏出している。このままでは一分を断たずに私の意識も命も断たれることになるだろう。

 奴は壊れた玩具には興味がないらしい。血反吐を口と腹部から漏らしている私を突き飛ばし、迫ってきていた異次元萃香の方へ向き直る。

 少し突き飛ばされただけに見えたが、大げさに見える動作で体が後方に向かって倒れ込んでしまう。

「あっ………っ……かはっ……」

 腹部に大量の魔力を送り込み、傷の修復を最優先に行う。特に血管系を集中的に治せば延命できるはずだ。腹部を縦に走行する動脈か静脈かはわからないがそのどちらかか、両方を損傷したのだろう。

 帰って来る血液が激減したことで、心臓から全身に血液を送ることができず脳が酸欠状態に陥っているのだろう。思考が鈍り、意識がぼんやりと雲がかり始める。

 その思考の中でも異次元萃香と異次元勇儀が攻防を繰り広げているのがわかる。拳を交えている衝撃が倒れている私にも伝わって来た。

 魔力を集中させているが、末梢の器官よりも腹部内にある器官は複雑な機構をしている。それ故に回復が遅れているのだろう。

 私は腹部に送っている魔力の一部を指先に送り込み、それをレーザーへと変換した。修復が間に合っていない部分の組織を熱線で焼き、血液の流出を最小限に留めるのだ。

 血液が蒸発し、肉の焼ける匂いが立ち込める。それが自分の物だと思うとまた更に吐き気が込み上げてくるが、喉を締めて胃から押し出されてきている内容物を押し留める。

 その甲斐あって何とか動脈や静脈をつなげることに成功した。あとは焼けた臓器を修復しつつ骨髄系に造血を促す。

 主要な血管からの出血を抑えてしまえば、後はいつも通り怪我を修復するだけだ。血液が脳に回り始めたことで、物事を正しく捉えられ、まともな思考をすることができる様になってきた。

 頭が回り始めたことで、早く戦闘に参加しなければならないという焦りが生じる。しかし、中途半端に治った状態であれば邪魔にしかならない。

 ゆっくりと治っていく体にじれったさを感じるが、冷静に焦らず確実に治すことを専念しよう。

 だが、今までの叩く音とは明らかに違う。何かが何かを貫く音がかすかに耳に届いた。少し距離が離れていことで聞き逃してしまいそうになったが、苦しそうに呻き、嗚咽を漏らす声に私はハッと顔を上げる。

 血まみれの身体や素足が視界に見え、その先には異次元萃香の胸を貫いた異次元勇儀の姿があった。

 ガハッと吐血する彼女の血が、貫いている腕を真っ赤に汚す。苦しそうに呼吸をしているのとは対照的に、安定した呼吸を見せている異次元勇儀は、体の力が抜けていく元仲間をごみでも捨てる様にわきに投げ捨てた。

 体を粒子にすることも受け身を取ることもできなくなっている彼女は、崩れた木材の山の向こうへと姿を消した。

 彼女がランダムに積まれた木材の上を転がったことで、絶妙なバランスで崩れていなかった山は、雪崩のように騒々しい音を立てて崩壊していく。

「っ……くっ……」

 傷は治り切っていないが、もう立ち上がらなければならない。私の意識が失っておらず、頭だけでも起き上がったことは奴も感ずいている。

 貫かれた腹部を押さえながら上体を起こそうとするが、修復しきれていない穴から赤黒い血液がドロリと漏れ出す。

「やはり立ち上がったか。これだけあたしにボコボコにされてそれでも立ち上がってきたのはお前さんが初めてだよ」

 異次元勇儀は手にべったりと付着している血を払いながらこちらへ向き直り、歩み寄って来る。

 腹部の修復はもうすぐに終わる。だが体に蓄積されたダメージを拭いきることはできない。捲り返った地面を踏みしめて立ち上がろうとするが、膝が笑ってまともに立つことすらできない。

「っ………」

 無理やり立ち上がろうとすると倒れ込んでしまいそうになる。近づいてきている奴に対して早く行動しなければならないのに、焦りだけが先行してしまう。

 ガクガク震える膝を制御することができず、遂に奴が目の前で立ち止まってしまった。片膝をついたまま立ち上がろうとしている私を見下げている。

 太陽の逆光で見えないが、影に白い歯が浮かんでいるように見える。しゃがみながら手を伸ばし、見上げていた私の首を掴む。

「うぐっ……」

 乱暴に持ち上げられ、地面から三十センチほどの高さまで持ち上げられた。首が閉まり、息が詰まる。

「だいぶ傷の直りが速い様だが、もう少しかかりそうだな」

 まだ完治しきっていない私の腹部に、大きく鋭い爪の生えた指を伸ばしてきた。グジュッと嫌な音を立て、治している最中の肉体を抉り取る。

「ああっ…!?あぐっ…!?」

 ブチッと肉に引っ掛けていた爪を無理やり引き抜き、未だに血が流れ出ている腹部から手を抜き取った。

「こ……のぉ…!」

 私の首を掴み上げている奴の顔へ向け、手のひらを向ける。

「ほお、まだ抵抗する意志があるとはね。でもそれはあたしには効かないし、飽きた」

 彼女に向けていた手を、私の血肉が縊りついた手で掴み、向きを無理やり変えさせられた。

「っ……」

「お前さんは秘策がどうのとか言っていたが、どうだ?ここから成功しそうか?ちと期待していたんだが、期待外れだったか?」

 彼女にそう語り掛けられていると、体に異変が起こり始める。活性化していた魔力が急激に弱まり、元の出力に戻っていっている。

 それと同時に活性化していたから誤魔化せていた、蓄積されたダメージが上乗せされる。強烈な脱力感と疲労感に襲われ、首を掴んでいた手を引き離させようと握っていたが、逆にこちらが力が籠められず離してしまった。

「っ……くそ……っ…!」

「これで終わりだね。大人しくくたばんな!」

 私の顔面を貫かんと真っ赤な拳を握り、掲げた。活性化した状態の魔力で強化したとしても、腹部を貫かれた。頭を叩き潰すことなど、おそらく造作もないだろう。

 異次元萃香の助けも期待できない。あれだけのことをされたのだ。生きていれば回復に専念していることだろう。

 拳の形をした死が向かって来る。ゆっくりと迫り、見ているだけでゾクッと寒気のするそれを直視できず、私は目を反らして閉じた。

 こいつはおそらくこの後も暴れまわり、霊夢達のことも襲うだろう。彼女にもう迷惑をかけたくない。危険な目に合わせたくないと思っていたのに、私にはどうすることもできないようだ。

 すまない霊夢。

 ギュッと目を閉じた私に、拳が振り抜かれた。

 拳が頭蓋を砕き、皮膚を引き裂いて眼球を潰し、中身の脳組織を後方にぶちまける前に、頭と胴体をつなぎ止めている首が耐え切れず、吹っ飛んでしまったのだろう。

 顔の表面を血生臭い風が撫でて通り過ぎて行く。

 そう思ったが、吹き飛ぶ前の殴られた痛みや衝撃が来ていないことに気が付いた。三半規管は機能しているはずであり、頭が吹き飛んだのであれば座標の違いなどは検知されるはずだが、そう言った感覚もない。

 恐る恐る目を開いてみると、私の頭を貫くはずだった拳は頬の横を通り過ぎた状態で腕が伸びきっていた。

「………どうした?外す距離でもないんじゃないか?」

 私がそう語り掛けるが、この距離で自分の攻撃を外すなどありえないと思っているのだろう。信じられないと言った顔つきだ。

 この様子は、どうやら間に合ったようだ。

 伸ばしていた手を引き戻し、開いて手のひらを改めて眺めているが、こちらから見てもわかるほどに、震えている。

「っ……お前さん…!あたしに…何をし――」

 震える指を無視して手を握り込み、再度殴りかかろうとした異次元勇儀だが、今度は体勢自体を大きく崩し、殴ることもできずに私の首を離してしまう。

 後ろにヨタヨタと下がった彼女は、後ろに倒れ込んでしまうのを防ぐために、私がしていたように片膝をついて体を支えた。

「げほっ…ごほっ…」

 掴まれていた首を擦りつつ何度か咳き込み、ようやくまともに呼吸をすることができた。

「……それが、とっておきって奴だ」

 時間の経過で指の震えや手の震えが酷くなっている。その頃になると拳を握り込むこともできなくなり、そこから倒れないようにするので精一杯の様だ。

「ほお、あたしが膝をつかされるとはね……いったいこれは何なんだ?」

「それだけじゃないぜ。もっとひどくなる」

 私は近くに倒れている樹木に、休みを欲しがっている体に鞭を打って近寄り、その幹に座り込んだ。

「っ……!」

 その通りだったようで、異次元勇儀は先ほどまでの余裕の表情を拭って珍しく顔を歪ませている。

 膝をついて体を支えていたがそれすらもできなくなり、奴は前かがみになって地面に倒れ込んだ。

「答え合わせと行こうか?」

 私がそう言うと、身動き一つとれなくなっている異次元勇儀は顔をこちらへと傾けようとするが、異変に気が付いて目を見開くと口元から血を吐き出した。

「があっ…!?……これは…」

 血を吐くなど体験したことが無かったのだろう。明らかに動揺している彼女に向けて、私は自分のしたことを話し出した。

「さすがにどんな強化をしても、お前の体を貫くことはできないなんてことはわかってたからな。内側からやらせてもらった」

「内側から……?」

「ああ、私たちがお前に無駄だとわかっていながらもなんで攻撃し続けていたのは、単純に時間を稼ぐためだが、何の時間を稼いでいたと思う?」

 基本的に殴る蹴るなどの物理的な方法しかとらない彼女は、他のことには頭が回らないのだろう。答えることができない。

「お前の中に毒が回り切るのを待ってたんだぜ」

「毒だと?そんな物…飲んだ覚えが…ないぞ…」

「当たり前だ。お前の周辺に毒の性質を持つ魔力を散布して、肺から吸収させてたからな」

 私がそう言うと、光で目がくらんでいる時に攻撃ではない魔力の放出を顔に受けたのを思い出したようだ。

「あのときか……!」

「ああ、まあ…その前からだがな。…わかるか?…お前は幾度となく行ってきた戦いから魔力で自分の身体を防御することを行わなくなったが、それが敗因だぜ」

 通常、誰かが魔力を放出したとして、それを取り込んでしまったとしても、体が自動的にそれを変換して自分の魔力と同じ波長にして取り込んだり、防御機構が働いて魔力を攻撃して効力を失わせたりする。

 これは自動的に行われるため、私は香林の魔力が含まれた紫煙を吸い込むときに、一度防御機構の魔力を無くし、その後に取り込んだ。でなければ勝手に魔力が働いて上手く活性化されなかっただろう。

 彼女は自分の体を守る魔力を使わないことが通常だったため、致死量といえるほどに魔力を取り込んだことで大きなダメージとなったようだ。

 だが、今回は魔力そのものを毒としているわけではなく、毒の性質を含ませていた。私達にも効果がある物だが、魔力の防御機構があるので問題はない。実際にはその通りで、魔力のフィルターを設けていなかった彼女だけが影響が出ている。

 確かに鬼は強靭な肉体を持っていて、外からの攻撃にはめっぽう強い。

 しかし、彼女は酒飲みで、酒を飲んで少し酔っていた。戦いの最中で酒臭さを感じたのはそのせいで、酔っぱらうということは肝臓の機能はそこまで強くないと推測で来た。

 人間の肝臓というのはよくできている物で、あまり強い物だと解毒する前に毒が体を回ってしまうが、ほぼすべての毒を解毒できると言われている。

 異次元勇儀の肝臓もそれに当てはめることができるのであれば、外から叩くよりも、毒を吸わせて中から叩いた方がうんと楽に倒すことができると踏んだのだが、予想は当たったようだ。

 毒の性質と魔力によって、彼女は全身ズタズタの状態だろう。今から私の魔力を自分ので除去したとしても、毒素の性質がもうすでに体の中を回っている。意味をなさないだろう。

「ふざけるな……!!こんな戦い方が……あってたまるか…!!」

 彼女はそう叫ぶが、後の祭りだ。せめて魔力を巡らせて体を保護していれば、こんな結末は向かえなかっただろう。

「何も殴る蹴るだけが戦いじゃないぜ。……まあ、お前が自分の身体能力に自信があってくれたおかげで、私は今こうして立っていられてるがな」

 間違ってはいけないのは、この作戦はこいつにしか通じないという所だ。普通の奴であれば身体を強化しているため、いくら魔力を吸わせても打ち消されて無意味だ。

「くそ…!ふざけるな……!!こんなの、……あたしは…認めない……!!」

 死にかけだというのに、彼女は怒りを露わにして立ち上がろうとしている。だが、できるわけがない。

 私の魔力に犯され、煌々と煌めいていた命の灯が陰っていっている。

「最初に言っただろ…お前の余興に付き合うつもりはないってな……お前はそこで死んでいけ」

 段々と動きの鈍っていく彼女をまっすぐに見据えたまま、私は腹部を押さえて小さく息を吐いた。

「ぐっ……かはっ……かっ……」

 苦しくて首を掻き毟り、怒りからこちらに進もうと地面を掴むが、体が言うことを聞かず、ただのたうち回っている。

「………一人じゃ寂しいだろうし、私が最後まで見ててやるよ」

 皮肉をたっぷりと込めて私がそう言うと、異次元勇儀は苛立った表情を浮かべて何かを言おうと口を開くが、声が発されることは無く、かすれた吐息が漏れる。

 呼吸することもままならなくなり、自分の爪で引き裂いた皮膚からは血を流し、掻き毟りすぎて中の気道まで穴が開いてしまっているようだ。

「………………ぁぁ……」

 彼女はそう声を漏らすとそのまま突っ伏し、二度と起き上がることは無くなった。

 そこから五分ほど座ったまま体を治癒させていたが、本当に死んでいるか確認するために私は座っていた木の幹から立ち上がった。

 形の変える物質に残っていた魔力に、こちらに飛んでくるように命令を与えると、遠くの瓦礫の中から粒子状になってゆっくりとこちらへと向かい、手元に集まった。

 刀の性質を含ませると細くてあまり刃渡りのない、正直言って頼りない刀が形成される。それを握ったまま異次元勇儀に近づき、しゃがみ込んだ。

 うつ伏せで倒れている彼女の肩を掴んで起こし、仰向けにしてやった。完全に体からは力が抜け、やりずらいことこの上ない。

 しかし、人間的な動きなどが見られず、死んでいることに信憑性が高まる。だが、自分の手でやらなければ安心できない。

 彼女の魔力が完全に消え去っていることで、死んだふりをしているわけでもないが、徹底的にやらせてもらうとしよう。

 試しに彼女の体を刀の切先で撫でてみると、先ほどの鉄壁が嘘のように皮膚や皮下組織を切り裂いて見せた。

 詳しくはわからないが、死ぬと生前に備わっていた性質は消えてしまうようだ。これは好都合だ。

 彼女の口を開かせ、私は持っていた刀を突っ込むと上顎に切先を突き立てた。得物を伝って肉を切り裂く嫌な感触を感じるが、嫌とは言っていられない。安心がほしいのであれば自分がこれをするしかないのだ。

 私は刀の柄を両手で握り込み、力いっぱい押し込むと多少の抵抗はあったものの、あっさりと刀は脳まで到達する。

 柄を傾けて脳組織を破壊していく様は、はたから見れば理性の残っている人間がすることには見えないだろう。

 




次の投稿は2/29の予定です。


投稿が遅れてしまい、申し訳ございませんでした。
次からは少しペースを戻して投稿できると思います。


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東方繋華傷 第百十八話 異様な能力

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方は第百十八話をお楽しみください!


テンポがだいぶ遅かったので、ここらで少し速めていきたいです。


 様々な形をした木材が大量に散らばっている。大部分は細長い板の形状をしており、地面の上に折り重なっている。それらは大きな山を作っているが、地面に固定された骨組みや落下の際に地面に着き刺さったものは、垂直に立ったままその状態を維持している。

「大丈夫か?」

「これが……大丈夫に…見えるか?」

 木材が周りを囲い、足元にも散らばっている場所で彼女は苦しそうに横たわっている。

 見た目は年端もいかぬ少女だが、その頭部からは黄土色に近いツノが両側に伸びており、それに巻き付いている装飾が彼女が動くたびに、小さく揺れた。

「……見えないな」

 異次元勇儀を刺して血で汚れている刀を元のキューブに戻し、胸の穴を押さえてか細い呼吸音を発している女性を見下ろした。

 誰がどう見ても手遅れだろう。いくら鬼でも、どんな名医がここにいても彼女を助けるすべはない。

 気道が貫かれたことで、呼吸をしようと横隔膜や肋骨に分布している筋肉が収縮するが、肺内部を陰圧にすることができず、空気の通り抜ける音だけがする。

 ぽっかりと口を開けている身体の中腹で脈打っている物体が覗いている。当たった場所が右寄りだったが功を奏したようだ。

 心臓にはギリギリ当たっていないが、そんなものはもうどうでもいい。この状況ではまるで意味がない。欠損したのは肉体や気管支、骨だけではない。

 全身の末梢から、中枢に戻って来た血管全てが統合された大事な血管が打ち抜かれたのだ。

 貫かれてからしばらく経つのに、大妖怪といえど生きている方が不思議だ。

「ごほっ…」

 彼女の胸に開いている穴を覗くと、反対側の景色が見えている。組織からしみ出してきた物や、血管から流れ出してきた血液が穴を通してみていた景色を染めていく。

「くそっ…………こんなところで、……死ぬことになるなんてな……」

 一応妖怪ではあるため、回復力は人間のそれをはるかに凌駕するだろうが、これだけの傷を負えば追いつかないのも無理はない。

 回復薬はほぼ底をつき、彼女に飲ませることもできない。異次元勇儀と戦う時にそこらに投げ捨てた瓶を拾って着たが、中身はない。

 横から見ても注ぎ口の方から見ても、無いものは無い。それを投げ捨て、彼女の傍らに座り込んだ。

「そうだな……お前はここで死ぬ」

 静かに座っていると、周りからごそごそと何かが動き出してくる音が聞こえる。屋敷に滞在していた他の鬼たちだろう。

 戦いが始まった時に仲間が一人異次元勇儀に殺されたことで、出てこれなくなっていたのだろう。

 よく考えれば、彼女らが建物の下敷きになったぐらいで死ぬわけがないか。

「………っ…………この十年、いろいろと頑張ったが、……無駄だったな……」

 それよりも、意識が時期に無くなる彼女のことを見下ろした。呼吸が段々と浅くなり、顔色が悪くなっていく。

「いや、無駄にはさせないぜ。……私が奴らを止めてやる」

「……殺してでもか…?」

 できれば殺したくはない方針の異次元萃香は、あまり肯定したくなさそうな表情を向けて来る。

「殺してでもだ。言っただろう、元からそのつもりだぜ…」

 戦わない者は殺さないと彼女と約束を交わしたが、それが活用されることは無いだろう。ここの世界の人間は皆好戦的だ。

「そうか」

 それがわかっているのだろう、彼女はそれだけ呟くと眠そうに半分だけ開いていた瞼を閉じた。

「それなら……徹底的に…やってくれ………悪いな」

 彼女はとうの昔にわかっていたのだろう。いくら奴らを止めたとしても、以前の様な関係には戻れないということを、それでもそれを夢見て戦っていたのは、彼女なりに理由があるのだろう。

 しかし、その結果がこの状況を招き、その思想を私にまで押し付けようとしてしまったことや、しりぬぐいをさせてしまっていることへの謝罪だろう。

「謝るな………もとはと言えんば、この戦争が起きたのは私が引き金なんだから…」

「かもな……でも、戦争をここまで引き伸ばしたのは…私のせいであると思う……ごほっ…もっと…本気でやっていれば、ここまで……状況がこじれることも…なかった……はずだ……」

 目を閉じたまま離している彼女の声は段々と小さくなっていき、最後には聞き取ることも難しくなっていく。

「すま…な………い……」

 最後にはかすかな声でそう呟くと、静かに息を引き取った。

「…………謝るなといっただろう。……謝るのは私の方だ」

 全身から力が抜け、胸を押さえていた手が木材の上に落ちて乾いた音を鳴らした。今はまだ人肌に温かいが、そのうち外気温と変わらない、冷たい死体へとなって行くだろう。

 彼女から目を離し、その場を離れることにした。立ち上がり、瓦礫の山を登ろうとした時、反対側から誰かが崩れる足場を何とか乗り継いで登って来た。

「萃香さん!」

 すでに死んで意識のない異次元萃香の姿を見つけると、そいつは目を見張って信じられない物を見たような表情で傍に駆け寄った。

「……」

 頼りになるリーダーを失ったことと、もう一人のリーダーが裏切り者だったことによる喪失感にのまれている彼女の邪魔をしないようにしよう。

 瓦礫が崩れないよう気を付けながら場所を選び、自分の身長よりも高い木材の山を登り切ると、先の戦いで巻き込まれなかった鬼たちが、初めに来た鬼の声で萃香の場所がわかり、こちらに歩み寄ってきている。

 すぐ見える位置に異次元勇儀の死体が転がっているが、だれも見向きもしないのは彼女が裏切っていたことを知っているからだろう。

 彼女たちの目的は私ではない為、山の頂上から木材の上を滑り下り、地面に着地した。着地の際には少し木材から離れる様に半歩進むと、半歩後ろでは崩れた瓦礫が滑り落ちて来た。

「なぜ殺したんだ!」

 バックの中身を確認しつつ、鬼の屋敷から離れようとすると、正面から走って来た鬼の一人が私につかみかかって来た。

「誰をだ?」

 萃香達ほど上位の個体ではないとはいえ、掴まれるとさすがに痛い。感情が高ぶっていて、力の制御がいつも以上にそっちのけで、それが余計に痛みを増させる。

「何で勇儀さんを殺したんだ!?」

 状況があまり理解できていないその鬼は私に敵意を丸出しにし、そう叫んだ。

「そうだな……なぜかはわかる奴に聞きな。私と萃香たちが話してた時に周りにいた連中がいたはずだから」

「っ……くそっ…!」

 周りが仇と殺到していない様子や、自分たちがそもそも私と敵対していれば攻撃されると言うことから、納得できないと乱暴に私のことを手放して話を聞きに離れて行った。

「……」

 掴まれた胸倉の布が少し傷んでいる。人間企画に作られた繊維では彼女たちの握力には耐えられないようだ。

「こんなことって、ありかよ…!」

 乱暴な口調で離れていく彼女は、おそらく異次元勇儀と親しい部下といったところだろう。

 他の鬼から話を聞いて、彼女はおそらく納得することはできないだろう。しかし、理解はするはずだ。無鉄砲に私に突っ込んでくることは無いだろう。

 だいぶ心身ともに疲労したが、やることはまだまだある。少しより道になってしまったが、異次元霊夢達を殺すために動くとしよう。

 一度振り返り、瓦礫の方を見ると、呆然とたたずんでいる者や悲しみで顔を手で覆って泣いている者もいる。

 彼女たちは戦力としては申し分なく、仲間にできれば相当心強いのだが、私についてくることは100%ないだろう。

 彼女たちが勝手に行動してバラバラになったり、仲間割れをしなかったのは異次元萃香の存在が特に大きい。

 あの皆に悲しまれている様子から、彼女のカリスマ性というのは非常に高いことがわかる。私にはそんなものは無いし、仮にあったとしてもポッと出の人間に鬼が従うなどまずありえない。戦闘に置いて芳しくない状況だったとしても、それが揺らぐことは無いだろう。

 どこに向かうというあてはないが、手当たり次第に探して行こう。連中が探した場所に戻っていなければ、いる場所も限られてくるだろう。

 空を飛ぼうと浮遊する性質を、体に分布している魔力に含ませようとした時、肩から下げているポーチから声が聞こえた。

 

 

「…文が見たっていうのは、あれね」

 街を出てからしばらく彼女が指刺した方向を歩いていると、地面に何かが横たわっているのが見えて来た。

 遠目ではわかりずらかったが、そこに近づいてようやく街で串刺しになっていた河童たちと同じ装備を着ていることが分かった。

 距離は離れているが、ここよりも森に近い位置にもう一つ死体が転がっているようだ。走っていたわけではないだろう。

 走っていた体勢から倒れ込んだだけでは、身体が半分埋まるように地面に打ちつけられることは無いだろう。

 体のすぐ近くで爆発があったのか、胸部の筋肉や骨が吹き飛んで中身が露出している。肺や心臓、血管等がズタズタになっていることから、弾幕か物理的な何かが胸の前で爆発したのだろう。

 高速で移動していたようで、乾いた地面には森から街に向かう形で深い溝の痕が十メートルほど伸びている。

 落ちただけでは移動速度を相殺できなかったようだ。この重たそうな装備でそれほどまでに高速で動いているところを想像することができない。

 まあ、移動方法についてはどうでもいいのだが、追っていたか追われていたかでまた対処が変わる。

 追っていたのであれば、向かっている先には彼女たちの拠点があるはずだ。逆に追われていたのであれば、あの方向には何があるのかがわからない。

 街に河童たちの死体があり、圧倒的に数でマウントを取っている彼女らが追われていたとは考えにくい。

 それに、死体の痕跡や装備についている落下以外の傷からして、正面ばかりに傷がある。追われていたのであれば背中に傷があるはずだ。

 やはりあの森側から来て、誰かを追ってきていたと断定できる。その誰かとは、街に会った痕跡から、あの金髪で魔女らしい攻撃方法を取らない魔女だ。

 もし、河童の拠点に生き残りがいるのであれば、話を聞き出すこともできるだろう。それで十分に足りると良いが。

 夏によくみられる急速に発達する積乱雲の様に、森の方では黒色の煙が上がっている。一人であそこまでの被害を出すとは、いったい何をしたのだろうか。

「…向こうに河童たちの拠点があるって考えてもよさそうね。行きましょう」

 死体を調べている河童や天狗たちにそう言うと、彼女たちもそう言う結論に至ったようで、あまり長くは調べずに森の方向へと歩き出した。

 天狗たちが横を通っていく中、本当に微弱な振動を足元に感じた。気を付けていなければ感じなかったが、なんとなく後方から流れて来た気がして後ろを振り返った。

 ほぼ全壊したと言っても過言ではない村が初めに見えたが、そこやその後方では何かが起きた様子はない。

 視線が少し左側に逸れていくと茶色に近い大量の砂煙が、遠くの山の斜面から打ち上がった。

 ここからではちょっとした爆発が起こったようにしか見えないが、山と比較するとまるで火山が噴火したようで、起こったことの規模のデカさが窺える。

 私につられて後方を見た河童や天狗たちが不安そうな声を漏らす。

「誰だと思う?…あんなことができるのは」

 隣に立った紫が私に語りかけてきたその声には不安が含まれている。あれだけの砂煙を巻き上げるなど、いったい誰の仕業だろうか。

 鬼か、花の妖怪といったところだろう。強力な力を振るえる者といったら他には聖などがあげられるが、誰が生き残っているかわからない状況では可能性はどれも高い。

「…ええ、あの場所はここからでは見えないけど…山にいるようだし…鬼かしら」

 しかしそうなると、鬼に喧嘩を売ることができるほどの者がいるということになるが、数の減っているこの世界ではそう多くはないだろう。

「あの子じゃなければいいけど…」

「…何か言ったかしら?」

 隣に立っていた彼女が何かを呟いたような気がし、顔をその方へ傾けるとほんの少し心配そうな顔をしている。

 しかし、その横顔はあれだけのことを起こせる人物がいるという不安というよりも、誰かを心配しているように見えた。

「いいえ、なにも……あんなところにあれだけのことを起こせる奴がいるなら、そこに向かうのはいい案ではないし、目的の場所へ行きましょう」

 彼女がそう言って振り返ろうとした。それに続いて私も森の方を向こうとした時、視界の端で何かを捉えた。

 山の方にばかり注意が言っていたが、村の方向に何かある。小さかったそれは目を凝らすと緑色に見え、時間としては短い間で目を凝らさなくても人間であることがわかるほどに急接近して来た。

「…あれは、早苗よ!!」

 私がそう叫ぼうとした時、上空を通り過ぎた彼女の声がそれをかき消した。

「どこに行ったかと思いましたが…やっと、見つけましたよ!!!」

 こちら側の彼女は死んでいる。確認するまでもなく、奴はあちら側の人間だ。通り過ぎた異次元早苗を追う形で振り返る。

 彼女はスピードを落とさなかったようで、着地すると十メートルほど森側に地面の上を勢いよく滑る。

 靴の幅に二つの線が出来上がり、それが完成すると背をこちらに向けている彼女はゆっくりと振り返って笑った。

「探しましたよ。皆さんお揃いで良かったですよ。じゃなきゃ探して回るところでした」

 にこやかに、はきはきと話す様子だけ見れば、元気がある明るい女性にしか見えないが、雰囲気だけはそれとは程遠い。

「早速ですが、皆さんには……死んでもらいます」

 彼女はその表情や明るい口調のまま、淡々とそう私たちに告げた。本当なら笑って否定したいところだが、まったく笑えない。

 どう軌跡を起こす程度の能力を使っているかわからないが、こちら側の攻撃が一切通らない状況を打破できなければ、それは現実となる。

「私の目的を達成するのに、非常にあなた方は邪魔なんですよね」

 私の持っているお祓い棒とは形状の異なる得物を握り込むと、自信満々の表情を浮かべたまま進軍を始めた。

 こちら側は彼女の不可解な現象については情報が回っている。それにより、鉄砲玉の様に突っ込む奴らは居ないが、数的に有利な状況だというのに誰も攻撃をすることができない。

 囲むだけ囲み、そこからは前に踏み出すことができないでいる。そう言う私も彼女が何をしているのか全く見当がつかず、今一歩踏み出せずにいた。

 いつもは我先にと突っ走りそうな鬼の二人も、異様な彼女の雰囲気に出方を見るようだ。

「おやおや皆さん、これだけ人数がいるのに一人に対して随分と弱腰ですね」

 彼女は挑発するが、それに乗る程こちら側の妖怪たちはバカではないようで、誰も突っ込もうとはしない。

 面倒だと言いたげな表情をして周りを見回していたが、その中で私のことをその濁った瞳が捉えると、口角が上がった。

「博麗の巫女を殺せば、他の方も命を差し出してくれますかね?……どの世界もそうでしたが、あなたが死ねば大半の人間や妖怪はかなわないと戦意を喪失していましたし」

 ゆらりと幽霊みたいだが、しっかりとした足取りでこちらに向かって進み始めた。奴が一歩進むごとに、私の周りにいた天狗たちはジリッと下がる。

 戦わなければ奴の能力の秘密もわからない。下がらず戦いやすいように陣取り、お祓い棒を握りしめた。

 何をしてきても対応できるように視野を広く保ち、お祓い棒にだけ集中しすぎないように迎え撃つ。

 あと一歩足を前に出せば射程圏内に入るという所で、彼女の後方で刀を構えていた白狼天狗の一人が大太刀を上段に構え、ほぼ無音で異次元早苗に向かって跳躍した。

 向こう側へ注意が向かぬよう、私は異次元早苗にのみ注意するが、いくら注意しても多少なりの音は発生する。

 彼女にはそれを感づかれてしまったのだろう。射程まであと数センチという所で、踵を返し、白狼天狗の方へ向き直ってしまう。

 軌道的には異次元早苗の首を跳ね、それを実現するのに相違ない速度や腕力の備わっていた攻撃は、彼女の数十センチ手前で急激のその速度を落とし、数センチ手前ではそれ以上押し込むことができなくなっていた。

「くそっ……どうなって…!?」

 彼女が何かを言おうとした矢先、真っ白で癖がわずかにある髪を掴むと、自分の方へ引き寄せながら腹部に飛び膝蹴りを叩き込んだ。

「がっ!?」

 体をくの字に曲げた白狼天狗の髪を掴んだままその懐へ入り、体の向いている方向を調節して背負い投げの要領で天狗を地面へ叩きつけた。

 いくら妖怪でも、自分の全体重が掴まれている髪の毛に集中すれば抜けてしまうという物で、ブチブチと頭部から繊維状の物が千切れる嫌な音がする。

 聞いて知識があったとしても、実際に見たり体験するのとではイメージに差がある。

 それについていけなかったようで、上手く受け身を取れなかった白狼天狗は地面に背中から倒れ込んだ。

 異次元早苗は背負い投げをした白狼天狗を逃がすつもりはないようで、目の前に転がっている頭に向け、持ち上げた足を叩き込んだ。

 いくら半分は神が入っているとは言え、攻撃力は人間のそれとはそこまでかけ離れてはいないはずなのに、身体を強化しているはずの白狼天狗をやすやすと踏み抜いた。

 頭蓋が歪み、砕け、すり潰される。皮膚や脳が踏みつけられたことでぐちゃぐちゃにシェイクされ、混ざり合ったそれらは脳漿と共に地面に広がった。

 血と肉片が私のいる位置にまで飛び散って来るが、それに驚いている暇はない。袖の中に隠していた妖怪退治用の針を数本取り出した。

 魔力で強化し、白狼天狗を踏みつけたばかりの異次元早苗へ投げつけた。

 空気抵抗の受けにくい形状をしている針は、初速度とほぼ同程度の速度で体の各部にある急所に向かって飛んでいくが、彼女の数十センチ手前になるとやはり急激にその速度は落ちていく。

 やはり不自然に減速するこちら側の攻撃は、奴の能力が働いていることを示唆しているが、奇跡を起こすための詠唱をしていないのにもかかわらず、なぜできているのかわからない。

 以前同じ能力を持つ早苗に聞いたが、彼女自身もわかっていなかった。もういないから話を聞くことはできないが、驚いていたのは事実だ。

 早苗が知らない使い方がまだあるのか、それともそれができるほどの領域まで達していなかったのか。

 いや、彼女がしていることは、奇跡だとかそう言った概念から逸脱している。もっと視野を広げなければならないかもしれない。

 例えば、想像もつかない概念が絡んでいるだとかだ。

 少々ぶっ飛んだ話でありえないと言いたいところだが、あちら側と私たちの側を全く同じだと考えてはいけないだろう。世界が違うならば物理的な法則や世界のルールそのものだって違う可能性がある。

 それに魔力や能力については、扱ってはいるが未知である部分が非常に多い。奴らは私達よりも魔力についてはかなり進歩しているようだ。あらゆる可能性を考えなければならない。

 空中で止まった針をお祓い棒で打ち払われた。対処の方針も決まっていない状況だが、頭をフル回転させてどうにかして切り抜けるしかない。

「…せぇえええええええい!!」

 奴の得物に自分のお祓い棒を叩きつけ、本格的に開戦の火ぶたを切った。

 




次の投稿は3/7か3/8となる予定ですが、リアルが少し多忙で遅れるかもしれません。その時は書き込みます。


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東方繋華傷 第百十九話 狙撃

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方は第百十九話をお楽しみください!

しばらくは比較的安定して投稿できると思います。


 以前戦っていた時や、戦っていたのを見ていた時にも思ったが、やはり彼女の防御は完璧だ。

 あらゆる物理攻撃も、いかなる魔力的な攻撃も、その体の十数センチ以内に一切入り込ませることは無い。

弾幕や、近くで起こした魔力での爆発も、奴の手前十数センチで全て細かな結晶となって空気中に霧散していく。

 投げられた岩石や拳、刀などあらゆる攻撃がその手前で停止し、奴の攻撃は面白いぐらいにこちら側へ通る。

 既に数人、鴉天狗や河童が殺された。その手法は様々だが、一番初めの白狼天狗の様に頭部を踏み砕かれた者。お祓い棒で頭をかち割られた者。首をひねり上げられ、脊椎をへし折られた者もいる。不思議なのは、防御がまるで意味をなしていないように見える。

痺れた手や痛む手首を擦りながら奴の側面に回り込んだ。最初の攻撃を受けきることができたが、手の感覚が戻るまでにもう少しかかるだろう。

 なぜここまでダメージを負っているのだろうか。外から見ている感じでは攻撃力は私やこっち側の早苗と変わらないように見えたのだが。

 あの時、攻撃される瞬間。手の魔力に含ませていた身体の強化が薄れた気がする。いや、気のせいではないだろう。

 異次元霊夢とお祓い棒を打ち合わせたときでも、ここまでの衝撃は無かった。そう言ったことと、今までの不可解な出来事を組み合わせて考えると、奇跡を起こす程度の能力としての辻褄が合わないのだ。

 第一に、奴に奇跡を起こすための詠唱をしている素振りが無いということ。一度や二度程度であれば、こちらにわからないように詠唱し、攻撃を躱すのに使ったと考えられるが、奴はとても短い間隔でそれをやっていく。

 礼を上げるのであれば、河童たちの持ったショットガンの散弾を同時に数発、もしくは時間差をつけての射撃も全て直前で止めてしまう。

 同時に放ったのであれば、大量の散弾を止めるだけの詠唱を一度にしなければならない。時間差をつけたのであれば、放ったときそれぞれに判定が出るはずであり、撃たれる度に詠唱しなければならない。

 彼女は他の話をしながらそれをやってのける。暗号化されているのかと思ったが、その時々で話す内容やイントネーションに違和感はなく、会話でも前後で矛盾していたり噛み合わなかったりはしていない。

 第二に、詠唱をして毎回奇跡を起こしているとしても、戦いの観念から見れば非常に効率が悪いということ。

 奇跡と聞けば何でもできそうで、奴のやっていることに違和感がないかもしれない。

 しかし、放たれた拳や弾丸が奇跡的に体を避けて行ったのであれば、詠唱も短く済むし、それ自体があり得る話ではある。これなら詠唱の量や時間も短く済む。

 しかし、奴がやっているのは自分に当たる攻撃が途中でかき消され、自分に当たる直前でピタリとその動きを止める。物理の法則などを捻じ曲げたその奇跡は、ほんの数秒詠唱を唱えた程度でできるものではないだろう。

 簡略化していたとしても、言葉の端々で詠唱をしているならば尚更現実的ではないだろう。

 第三に、こちらの早苗とは奇跡の起こし方の毛色が違いすぎる。主に天候などに使われることが多かったが、こっちではそう言った使い方をされたことは無い。

 そう言う使い方もあるのかもしれないが、それにしてもだ。防御に徹するのみで、攻撃の際にそれが使われていない。もし短時間で詠唱を済ませることができるようになっていたのであれば、攻撃にも奇跡の能力は使われるはずだろう。

 第四としては、こちら側の魔力というありえないところまで干渉してきている。と言った部分があげられる。

 弾幕や爆発を起こした等の肉体から離れた物は例外だが、基本的に他人の魔力を操作することはできない。

 例えば放たれた魔力の攻撃を、滅茶苦茶な性質を含んだ魔力で上書きして崩壊させるなどはできるが、肉体に宿っている魔力は連続的に絶え間なく命令が上書きされており、例え書き換えることができたとしても、すぐに上書きされて意味がない。

 彼女に近づいている間だけというのもひっかがる。奇跡でやっているのであれば、長距離からでもできるだろう。

 それに魔力の性質を書き換えたりなど、それははもはや奇跡とは関係がないのではないだろうか。

 そうまとめたが、自分がどう結論付けたいのかよくわからなくなっていた。ここまで異次元早苗の行っていることがあり得ないと否定していたが、それならばその正体はいったいなんだというのだろうか。

 これまでの戦いで、異次元咲夜や異次元霊夢の能力がこちらと変わらないのはわかっている。異次元早苗のみが別の能力を持っているというのは考えづらい。

 しかし、戦った経験から奴が使っている能力は、奇跡を起こす程度の能力ではないと言いたい。

「…」

 笑う異次元早苗は、三方向から同時に発射された散弾を、一発も食らうことも掠る事無くやり過ごした。

 複数の鉛玉は速度が落ち、空中に静止しているように見える。異次元早苗はそれを体で押しのけ、射撃したうちの一人へと襲い掛かる。

 十メートルほどの距離があったが、魔力で強化された身体はほんの数秒で駆け抜け、防御態勢に入っている河童をお祓い棒で殴りつけた。

 走る異次元早苗へ横から銃で援護射撃があるが、先ほどと同様に空中で速度が落ちると、地面に向かって落ちて行くか、奴の体にぶつかって跳ねていく。

「せえい!」

 防御で構えられた銃ごと、両手の骨を粉砕した。金属と樹脂でできたショットガンは真ん中から真っ二つに折れ、中からバネやまだ撃っていない大きなショットシェルなどが飛びだした。

「ぐあああっ!?」

 まるで人間の様に骨が砕けてしまった両手から、壊れたショットガンが滑り落ちる前に奴は河童の頭部をお祓い棒を持ったまま掴んだ。

 後方に回り込み、左手は後頭部よりの頭頂部を掴み、右手は所持しているお祓い棒でやりづらそうだが、口の開いている顎に添えられた。

 両手を失っている河童にはなすすべがなく、他の者も助けに入ろうと動き出していたが、徒労に終わった。

 それぞれの手が河童の頭を回転させようと動く。奴から見て右手は顎を右側へ引っ張り、左手は左側へ引っ張る。

 瞬発的にやられたその行動により掴まれた彼女の頭は骨格上、向くことのできない方向を向いている。

 ゴキッと聞き憚れる嫌な音が鳴り、少しでも抵抗しようとする素振りのあった両腕がだらりと肩から垂れ下がる。

「霊夢さーん。貴方が前に立って戦わないと、どんどん死ぬ人が増えますよー。まあ、あなたが死んでも増えますが」

 白目を剥き、活動している動物とはかけ離れた、完全に活動を停止している河童の頭を更に奴は捻っていく。

 雑巾絞りの様に首が捩じれ、耐えられなくなった皮膚から裂けていき、伸びた筋線維が音を立てて千切れていく。

 頭と胴体を繋げるものが無くなると、支えのなくなった胴体は前に傾き、乾いていた血で濡れている地面に横たわる。

「…」

 しかし、あり得るだろうか。人間が複数の固有能力を保有することなど。

 未だに否定したい感情が残っているが、それもそうだろう。今まで1+1=2でまかり通って来た世の中で、いきなり1+1=3が正しいと言われたようなものだ。

 固有の能力は一人一つづつのはずだが、こちらではそうではないようで、複数持てるのだろう。この状況からはそうとしか考えられない。

 異次元早苗が殺したのは妖怪だ。ランク的に言えば、妖怪の中ではかなり下の方ではあるが、強化していれば耐久力や腕力等は大きく人間を上回る。

 魔力の質で勝っていたとしても、元々の身体能力によりそこまで差は生まれないはずだが、奴は簡単にねじ切って見せた。

 これはもう別の能力が発動し、彼女自身の身体能力を格段に上昇させたか、周りに影響を与えるものであると推測できる。

 これが正しければ、ほぼ確実に後者だ。身体能力が上がっても飛んできた弾丸を全て、空中で止まっているようにさせることはできない。

 周りに影響を与えるという能力が本当に存在するのであれば、弾丸や拳などの物理的な攻撃を当たる直前で静止させ、魔力で作り出した弾幕を結晶化させる。という今までの現象全てに説明がつく。

 ただしこれを信じたくはない。これから戦うであろう異次元霊夢達も、奴の様に複数の能力を持っている可能性が高くなる。

 だが、これが奇跡を起こす程度の能力で手に入れた物であれば、その可能性は非常に低くなるだろう。そうではなくこっちの世界ではそういう物であるならば、もう一つの能力を所有している可能性は高くなる。

 どちらかはわからないが、頭の隅にでも置いておこう。

 しかし、こうなると問題が一つ浮上してくる。この、完璧とも言える守りをどう突破して奴を倒せばいいのだろうか。

「無視とは酷いですね」

 自信満々に笑う彼女は、しっかりとした足取りでこちらに向かって歩き始めた。ここまで推測したため、対処が思い浮かばない私としては投げ出して逃げてしまいたいが、そうもいかない。

「…あんたと話すつもりはない。」

 世には完璧という物は存在しない。どこかに必ず突破口はあり、問題はそれが見つけられるか見つけられないかだ。

 単純に気が付いていなかったり、見落としている場合が多い。改めて注意深く奴の戦う姿を観察することにしよう。

 魔力で弾幕を放ち、その中にお札を紛れ込ませた。魔力での命令によって、こっちに向かって歩いてきている異次元早苗を、ほとんどの弾幕が捉える。

 その十数センチ手前になると、やはり弾幕は結晶となって消え去ってしまう。お札も魔力の命令が打ち消されてしまったようで、ひらひらと地面に向かって落ちて行く。

 結晶が霧散してできた霧の中を奴は駆け抜け、大振りでお祓い棒を横に薙いだ。空気を切る奴の攻撃は、傾向的には私の頭蓋を中の脳味噌ごと粉々にできるであろう。

 予備動作からこの攻撃が来ることは予想で来ていた。頭上を通り過ぎる奴の攻撃を躱しながら、魔力に意識を向けようとする。

 のだが、向けるまでもなく奴に急接近している私の身体には、影響が出始める。魔力の活動が停止し、身体能力が強化する前へ急激に戻っていくのだ。

「…っ…」

 今までは得物など、体の末梢でしかこれを体験しておらず、あまり魔力にも意識を向けていなかったことも重なって分からなかったが。

 今回これだけはっきりとこちら側へ影響している様子がわかれば、疑う余地はないだろう。

 半径数十センチ以内であれば、奴はあらゆるものに干渉できるようだ。

 その範囲内から逃げ出すため、後方に思いっきり飛びのくと干渉領域から逃れたようで、通常の重たい体が強化されて軽く感じる。

 再度こちらに突進しようとしてくる異次元早苗から逃げる為、空中に跳躍した。身体強化により、身長の数倍の高さにまで上昇し、そこからは魔力で体を浮遊させる。

 種がわかってしまえば、そこまで恐れる必要はないはずだ。こういったタイプの能力には弱点がある。

 それは視界外や意識外からの攻撃だ。例えばさとりを上げるとしたら、彼女は先ほどあげた例の前者であるが、目に届く範囲にいる者の思考を読み、こちらの作戦や行動を阻害したりする。

 彼女に近づけばどういう攻撃方法を取り、どの方向から攻撃し、どれがダミーでどれが本命の攻撃か筒抜けになってしまう。しかし、守りに使えば無敵に近いその能力も、どんなに近くても壁一枚隔てるだけでその者の思考を読むことができなくなる。

 さとりと異次元早苗が同じ対処法で対応できるわけではないが、大事なのは視界もしくは意識を向けさせないことだ。

 さとりであれば壁を作る。だが、異次元早苗の場合は本命の攻撃を悟られないようにすることだ。

 おそらくだが、さとりよりも範囲が非常に狭いということで、サードアイを開いている時のみ心を読むことができる。みたいなデメリットが無い状態で常時発動している物だろう。

 となれば、あとは状況を作るだけだ。簡単そうだが、慎重にやらなければならない。同じ手は二度と通用しないからだ。

 弾幕に爆発する性質を含ませ、数発発射する。奴に近かった弾幕は結晶化し、その範囲外の地面に落ちた物は淡い青色の光を放ち、同色の炎を膨らませる。

 範囲外に広がった青い炎は役目を終えると結晶化して消えるが、異次元早苗の干渉する領域に入った炎は直ちに結晶化していく。

 奴はこちらに跳躍するつもりの様で、グッと腰を落とすと後方に土をまき散らして跳躍する。

 手の痛みはだいぶマシになった。しかしお祓い棒の攻撃を受ければ今度こそ、手首の骨が折れるかもしれない。

 必要最小限の動きで、奴の下から上へ薙ぎ払われるお祓い棒を避ける。干渉領域により、体を浮遊させる魔力の効果が消え、毎秒9,8メートルという速度で体は落下を始める。

 範囲外から出ると同時に体を魔力で再浮遊させ、奴の下を潜り抜けて後方へ移動を開始した。

「ちょろまかと、ウザったいですね!」

 そう毒づく奴を肩越しに睨みながら、袖に隠しておいた妖怪退治用の針を取り出した。今は単なる時間稼ぎだが、どうしたものか。

 奴の目が見えないような状況、例えば光や砂などを使った目つぶしはやらない方がいいだろう。余計に奴を警戒させてしまい、意識外からの攻撃が難しくなる。

 前方に進みながら振り返り、左手に持っていた三十センチはありそうな針を投擲した。三本すべてが顔や肩に傷もつけず、皮膚で跳ね返って落ちて行く。

 異次元早苗は今度はこっちの番だと手のひらを向けて来る。球の形状をした大量の弾幕が放たれた。

 距離を置いている分だけ通常の打撃よりも危険度は少ないが、誘導されて近づかれるのが恐ろしい。

 多少逃げにくくても弾幕の濃い部分を通り、攻撃の手が弱い部分を避ける。普段は追う側だが、状況によっては追われることも少なくはない。いつもの要領で逃げれば問題ない。

 動きを予想されぬように、上下左右のあらゆる方向を使って攻撃を避け続ける。弾幕の張り方が甘く、これに関してはあまり脅威を感じないが、奴は次の行動に移り始めた。

 袖の中に隠し持っていたのであろうカードを取り出すと、その中に魔力を注ぎ込んで回路を起動させた。

 どのようなスペルカードかは、発動してから出ないとわからない。身構えようとした私をよそに、異次元早苗は一気に急降下していく。

 通常の人間であれば骨折では済まない速度で着地した。カードをお祓い棒で粉々に砕くと回路を抽出し、スペルカードを発動させた。

「奇跡『客星の明るすぎる夜』」

 奴のお祓い棒の先にはお札の様な白い紙がつけられており、血で若干赤らんでいるそれを天に向けて掲げた。

「…っ…まずい…!」

 確かこれは非常に広範囲を攻撃するスペルカードだったはずだ。このまま横に移動して逃げ出すのにも、降下して範囲内から逃げ出すのにも遅すぎる。

 袖の中から数枚のお札を取り出し、魔力を込めて自分の周りに配置させた。魔力の命令通り、周囲を取り囲むように配置された札は重力に従って落下せず、その高さを維持し続ける。

「…護」

 これは敵の攻撃を札に肩代わりさせ、ダメージを軽減する術だが、強力なスペルカードの前には焼け石に水だろう。

 周囲に太陽よりも明るい光が差し、身体に小さくないダメージが入り始めると、周りを浮遊していた札の内、半分がすぐさま真っ黒に焼け焦げて使い物にならなくなる。

 私を援護しようとしていた文や他の鴉天狗たちもそのダメージにやられ、地面に向かって真っ逆さまに落下していく。

 最後まで空中に残ってはいるが、次は私の番だ。最後の札が真っ黒に焼け焦げ、効力を無くそうとした時、服の襟を誰かに掴まれて後方に引っ張られた。

 あの状況でこの手助けを入れられるのは紫しかいない。スキマへ引っ張り込んでくれた彼女は、地上で開いたスキマにを後方につなげてくれたようだ。

 周囲にはスペルカードの被害にあわなかった萃香たちがおり、少し離れた位置にいる異次元早苗を睨み付けている。

「…ありがと」

「どういたしまして、次から少し気をつけなさい。こうならないようにね」

 私を隙間に引っ張り込んだ右腕をこちらに見せてくるが、火傷をしたように真っ赤に赤らんでいる。

「…ええ」

「霊夢、奴をぶっ飛ばすいい方法はなんか思いつかないか?」

 ほとんど一方的に殴られている状況で、ストレスが溜まっている様子の萃香や勇儀がギラついた目を向ける。

「…えーと。あることにはあるけど……ちょっと馬鹿げたことで確定ではないから、一度私一人で試してみる。皆は援護をお願い」

「霊夢、馬鹿げた事って…」

 紫からいろいろと聞き出される前に、彼女らから離れた。妖怪退治用の針を取り出し、スペルカードの硬直から解放されたばかりの異次元早苗へ投擲する。

 そのまま進んでくれれば頭部を串刺しにできるのだが、急停止した針を奴は掴み取り、逆にこちら側へ投げ返してくる。

 早苗もそうだったが、こういった武器を所持も扱ったこともない彼女は投げ方を知らないようだ。

 プロペラの様に回転している針は空気の抵抗を受け、投擲直後よりも速度が落ちているため避けること自体は簡単だ。

 頭を横に傾けてかわし、適切な距離を保ったまま針や札の攻撃を続けていると、私が援護してほしいと言っていたのが伝わったらしく、広く展開した河童や鬼たちが遠距離から攻撃を開始する。

 そのどちらもあまり魔力の扱いに長けていない為、石を投げると言った原始的な攻撃や銃での攻撃で、非常に目立つ。

 その方向を見ていなくても来ていることは意識しているようで、どれも彼女に到達する攻撃は無い。

 目の前に転がっている巨大な岩などを避けて走るのが面倒そうな異次元早苗は、私ではなくこちらを援護している紫たちの方向へと走り始めた。

「…ちょっと、待ちなさいよ!」

 弾幕で彼女の注意を引こうとするが、ひらりとかわして魔力で加速して接近を許してしまった。

 いつの間にかスペルカードを取り出していたようで、邪魔をする間もなく叩き割られてしまった。

 スペルカードを使用している時ならば、例外で攻撃が通るかもしれないと萃香と勇儀が左右から異次元早苗へ拳を叩き込む。

 のだが、すでに奴の姿は消えている。何もいない空を切った腕を引き戻し、周囲を見回そうとした二人にどこからか声が上がる。

「上だ!」

 あまりの速度で上空に跳躍したことで、二人には異次元早苗の姿を捉えることができなかったのだろう。

 高速で落下して来た異次元早苗が再度地面を踏んだ瞬間、攻撃を与えようとする二人を余裕で包み込むことができるほどの爆発が巻き起こる。

 地面から爆発の炎が噴き出し、放射状に広がるその攻撃は斬撃の性質が含まれているようで、巻き込まれたそばから体に切り傷を作っていく。

 比較的丈夫な鬼たちの被害はそこまでではないが、河童や鴉天狗たちの被害はかなり大きい。

 空中に逃げられた者も少なくはないが、大部分は先のスペルカードで飛べなくなっていたことも被害の大きさの原因だろう。致命傷になりにくいスペルカードではあるが、範囲が広いせいで被害が甚大だ。

 早々に作戦を実行しなければならない。

「…くらえ!」

 間近にいた萃香たちも爆発の衝撃で吹き飛ばされてしまい、周囲に誰もいなくなったことを確認した奴に向けて大量の弾幕を放った。

 わずかに速度の遅いそれらには、爆発する性質を含ませており、余裕の笑みを浮かべたままの奴の周りに、着弾すると青い炎を舞い上げて爆発を起こす。

 青い炎に包み込まれるが、歩調を緩めずに異次元早苗はこちらに歩み続ける。大量の弾幕を放ったが、放たれた角度の問題で着弾が遅い物もあり、奴の後方で遅れて爆発を起こしている。

 その爆風に煽られ、吹き飛ばされた小石や土が奴の足をかすめて転がっていく。やはり攻撃と認識されていない物は、干渉領域で止まることは無いのだろう。

 それならば奴を倒すことは可能だ。奴に認識されないように、こちらに注意を向かせ続けるとしよう。

 大量の札と弾幕を奴へと送り込む。ほとんどが結晶となって消えていき、何がしたいとこちらを馬鹿にした様に笑う異次元早苗は、ゆっくりと歩み寄って来る。

 そうだ、そのまま油断していろ。数十秒もしたら、泣きを見るのはお前の方だ。スペルカードを使おうと隠し持っていたカードを取り出した。

「カードを使うんですか?どうぞ使ってください」

 ニヤニヤと笑う彼女は弾幕の嵐の中も涼しい顔で通り抜けて来たが、空気を切り裂く音を聞き取ったのだろう。

 余裕の表情を少し崩しはしたが、高速で飛来した鉄パイプが直撃することなく寸前でピタリと止まる。

「あら、やっぱりだめね」

 皆を吹き飛ばしたスペルカードをスキマの中へ入り込むことで避けた紫が、奴から見て左斜め後方に立っていた。

「まったく、邪魔ですね!」

 私の行動を見てなにをする気なのか察して、時間を稼ぐのには効果的だったが、彼女は近接戦闘が得意ではない。

 既に異次元早苗は紫の方向に走り始めてしまっている。このままスペルカードを使用しても紫を巻き込んでしまうため、起動を一時見送った。

 異次元早苗は鉄パイプを飛ばしていたスキマを閉じた紫に向け、大量の弾幕を放つ。かなり集団性が高く、ほとんどの弾幕がそのまま直立している彼女に当たりそうだ。

 紫がそのまま弾幕を食らうわけもなく、目の前に大きなスキマを開くとその中にほとんどの弾幕を飲み込んでしまった。

 大部分の弾幕をスキマで取り込んだのち、それを閉じて飲み込み切れなかった弾を傘や自分の弾幕で撃ち落とす。

 傘の先端である石突きを走り寄ってこようとしている異次元早苗へ向け、いくつものレーザーを放つ。

 それぞれは小さく、細いがまるで意志を持っているかのように様々な方向から奴へ襲いかかるが全く意味をなしていない。

「死ね、隙間の妖怪!」

 どんな場所にでも現れ、どんな状態からでも逃げることのできる紫は、奴らからすればかなり厄介な存在だ。

 それを早々に処理できると、笑みを浮かべてお祓い棒を振るう異次元早苗は、突如として横へ弾き飛ばされた。

「やっぱり自分自身の攻撃は干渉できないようね」

 左右上下、後方前方、あらゆる方向から紫はスキマを利用して、異次元早苗の弾幕を返している。背中に目が付いているわけでもない奴は、何とか打ち払いながらも数発の弾幕を後方や左右から何度も食らって行く。

 普段から周りからの攻撃に干渉して、打ち落とす技術を磨いてこなかった弊害が出ているようで、すでに体中は傷だらけになっている。

「ぐっ…!!」

 奴は最後の弾幕を背中で受け、他の攻撃がその方向から来ていないか振り返った。弾幕が迫っているか認識する前に、その更に後方から紫は傘を頭部に食らわせた。

 意識を自分の飛んでくる弾幕のみに集中させ、後方からの攻撃に意識を向けさせなかったことで、止まるかに思えた攻撃を異次元早苗へ食らわせた。

「がっ!?」

 強化された身体から放たれた傘での一撃に、異次元早苗は面白いぐらいに吹き飛び、地面を転がった。

「霊夢!」

「…ええ!」

 あとは放つだけという段階で維持していたスペルカードを発動させた。数十個にもなる大量の弾幕が周りに形成される。

「霊符『夢想封印』」

 周りに形成された弾幕を一斉に異次元早苗へ放った。作っておいた回路通りに配置された弾幕はそれぞれ別の軌道を通って異次元早苗へ殺到する。

 消えるものが大多数だったが、それ以外は地面へ着弾し、大量の砂煙や爆発の炎を舞い上げた。

「本当、あなたは何がしたいんですか?それが効かないこともわからない程、バカなんですね!」

 紫に殴られた頭部から若干血をにじませている奴は、私に向けてそう言い放つがこうなることは予想できている。

 本命は別だ。

「せっかく作った隙を無駄な行為で捨てるとは、考えられない程阿呆ですね」

 睨み付けている私に歩み寄りながら、異次元早苗は後方をチラリと確認する。紫が他の行動を起こしていないことで、今のが決死の作戦と思い込ませるのには成功しているようだ。

「あなたたちには、死を授けてあげましょう!」

 余裕の笑みを浮かべ走り出そうとした奴へ、本命の弾幕が落下してくる。最初に放った弾幕の内の一つは、他とは違う行動をするようになっていた。

 爆発する性質で、砂煙や爆発の炎によって視界がふさがれ、奴から見えないようにしたのだ。

 本命の弾幕はある程度の高さ位まで行くと上昇を止め、落下してくるようになっていた。爆発などの性質を含ませるとやたら大きくなってしまうため、そう言ったものに魔力は使っていない。

 大部分は落下の際に加速させるもので、残りは当てるための誘導と当たった後に無くならないように弾幕を硬質化させるのに使った。

 これならば、あまり殺傷能力の高くない弾幕でも、奴を打ち抜くことができるだろう。情報はこの際どうでもいい、こっちが殺されいないようにするだけで精いっぱいだ。

 重力や自身の加速により音速を超え、落下音の聞こえてこない弾幕は異次元早苗の頭部を貫いた。

 

 はずだった。

 

 驚いた顔をしたものの、その顔や頭部には一切の傷もつけず、十数センチ手前で結晶となって消えさった。

「…なっ………!?」

 声が出なかった。完全にこちら側へ意識を向けさせ、上空から落下してきている弾幕を悟らせなかった。

 その証拠に、落下して来た弾幕を受けた時、異次元早苗は驚いた顔をしていた。理解が追い付いていない私や紫を置いて、奴が動いた。

 紫に弾幕を放ち、こちらには走り寄って来る。普段なら反応できなければおかしい距離だったが、反応が遅れた。

 それは紫も同じだったようで、胸に弾幕を受けて後方に吹き飛び、私は腹部に蹴りを食らわせられた。

「うぐっ…!?」

 激痛が体の中を突き抜ける。魔力が強化の性質を失っていることで、余計にそれを感じる。辛うじて衝撃を後方に受け流すことに成功はしたが、意味をなしていないように感じる。

「残念でしたね!もう少しでしたけど、これで終わりですよ!」

 奴は地面の上でうずくまっている私に向け、ゆっくりと歩を進める。

 理解が未だ追いついていない私は少しでも遠ざかろうと、いうことを聞いてくれない体を引きずるが、歩く者が追い付けないわけもない。

 私の頭を砕こうと、異次元早苗はお祓い棒を振り上げた。人を殺す瞬間でも笑っていられるこいつらに負けてしまうなんて。

「…っ……」

 腹部を押さえたまま、横たわる私が目を閉じようとした時、頭上を何かが通った。

 厳密には通った気がしただけだったが、周りの状況からそれが気のせいだったわけではないことが分かった。

 何かが飛んできたことが分かった理由は、何かが高速で通って行った音が聞こえてきたことと、下半身だけが残った異次元早苗の体が、すぐ近くで膝をついたからだった。

 理解できないことが起こり、脳の処理が追いついていないが分かったことが二つだけある。

 私たちの作戦が失敗したことと、異次元早苗は意識外からの狙撃によって撃ち抜かれた。ということだけだ。




次の投稿は3/14の予定でしたが、遅れます。


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東方繋華傷 第百二十話 落とされる

投稿が遅れてしまい申し訳ございませんでした!


自由気ままに好き勝手にやっております!
それでもええで!
という方は第百二十話をお楽しみください。

謝罪として、前回の内容で紅魔館組を書くことを忘れてしまっておりました。表記されていないからいないというわけではなく。きちんといました。


 血しぶきが舞う。その血液は私の物ではなく、お祓い棒で私の頭を叩き潰そうとしていた異次元早苗の物だった。

 あまりにも威力が高かったからだろう。舞っている血しぶきの中に、引き裂かれて細かく潰された肉片が点在している。

 仁王立ちしていた奴の下半身は、司令塔の脳から送られてきていた電気信号が途絶えたことで、力が抜けて倒れ込んだ。

 ドサッと倒れ込んだ下半身自体や身につけられた洋服に空気が押し出され、煽られた砂が薄っすらと残った半身に纏わるように漂う。

 本当は私の頭や体がお祓い棒で引き裂かれたのかもしれないと恐怖するが、見下ろすと半身はしっかりとつながったままだ。

「…」

 ほんの少しの間、頭の中が空っぽになってしまっていたが、近くから何かが落下してくる音が耳に届いた。

「…っ!?」

 ぼうっとしていたのによく反応できたと言えるほど、反射的に痛む体を無視して起き上がる。音は倒れ込んでいた下半身の近くから発生しており、離れた上半身が落下していた。

 顔を傾けて、異次元早苗の下半身の方を見ていたから上の方を気にしていなかったが、どうやら上半身のすべてが消し飛んだわけではなかったようだ。

「がっ……ぁぁ……くそっ………!!」

 虫の息で、あと数十秒もすれば出血により脳に回る血液が滞り、急速に意識を保つこともできなくなっていくだろう。

 私が生きていて、奴が地面を転がっているということは、誰かが干渉領域を貫いてダメージを与えたわけだが、それは誰だろうか。

 奴の上半身が落ちたことに驚いて、お祓い棒を構えていたがその必要が無くなり、構えを解いて周りを見回した。

「…」

 河童たちや天狗たちは、治療や救助に専念して攻撃する準備などできているわけがない。レミリア達の紅魔館組も同様だ。

 鬼たちはほとんどが戦闘準備の整った状態で立っていたが、私が認識できないほどの速度で攻撃できる者は誰一人として存在しない。

 紫も強力な弾幕に弾き飛ばされ、攻撃に転じるまでには早すぎるし、彼女のいる方向でもなければスキマも開いていない。

 ここに居る者で、先の攻撃をできる者が一人もいないが、あのタイミングで攻撃したというのは、私たちを助けたと認識してもいいのだろうか。

 敵であれば、今のタイミングで助けるというのはあり得ないだろうからな。しかし、こちらの世界に私たちに手助けをする人間が残っているとも思えない。

 異次元早苗の血が地面に飛び散っているが、その飛び散り方や飛び散っている方向から射手のいるであろう方向を割り出した。

 街の方からでは、血しぶきの角度が合わない。少し横にずれると、その方向は異次元早苗と戦い出す直前、火山の火口から噴き出した噴煙の様に、砂煙を舞い上げていた山の方角だった。

 奴を貫いた縦の角度がわからないため、向こう側の高さがわからない。まだこちらを狙っているかもしれないから一応警戒はしておくが、殺意などは感じない。

 もし敵意があり、異次元早苗同様に私を殺すつもりであるのであれば、奴が打ち抜かれた後に私もやられていただろう。

 異次元早苗が私に釘づけにされたことで、遠距離からの狙撃が可能となり、打ち抜くことに成功したのだろうか。

 いや、私の攻撃で頭をぶち抜くことができなかった。もしかしたら立てていた仮説が間違っていたのだろうか。

 納得がいかないが、事実私の攻撃は通らなかった。おそらく何か私が考えた仮説に間違いがあるのだろうが、それはもうどうでもいいことだ。

 奴は、もうすぐに死ぬ。

「かっ……ぁっ……ぐっ…!」

 口の周りを血反吐で汚し、腹部の断面から零れる臓物と血で凄惨的な池を作る。立ち上がろうともがいているが、そこで自分の下半身が無くなっていることに気が付いたようだ。

「足…が……」

 致命傷の攻撃を受けたとしても、命が尽きる最後まで何をしてくるかわからない。先ほどとは逆の立場となり、奴を見下ろしていると口角を上げ、笑みを浮かべた。

「良いでしょう……癪ですが、それを受けるしかなさそうですね。……さあ、やってください」

 自分の身体の半分が消えても笑っているられる奴にそう言われ、気味の悪さに引いてしまっていたが、我に返った。

 この状態でも、こちら側に危害を加えようと思えばできないことは無い。狩りなどでは狩猟の最後程気を付けなければならないと言われているため、あと十数秒の命であるが、それが尽きる前に私が止めを刺さなければならないだろう。

 これまで何人殺してきたかわからない残忍さや、首の骨を平気で折れる容赦のなさを持っている彼女だが、人間には変わりない。

 どんな極悪な人間だって、人間だ。その人間を殺すとなるとやはり抵抗感はある。しかし、私がそれをしなければならないだろう。

 鬼や紫でもこの状況なら奴を殺すことはできるだろう。妖怪で私よりも人間を殺すことの抵抗感は薄いから。

 いつもとは全く違うこの異変をやり遂げるという覚悟が、今の私には足りない。彼女たちにそれを任せていては、いつか近いうちに負けを見る。そうなってからでは遅すぎるのだ。

 人間を殺すという罪悪感や罪の意識を心の奥底へ追いやり、笑ってこちらを見ていた異次元早苗の方へ歩み寄る。

「…?」

 先とは逆で、奴の頭をお祓い棒で叩き潰そうとしていたが、こっちを見ていると思われていた異次元早苗の瞳が、私を見ていないことに接近したことで気が付いた。

 ならば奴は誰を見て、誰にさっきの台詞を言ったのだろうか。

 異次元早苗の見開かれた瞳の方向を追って、後方を振り返ろうとすると、視界一杯に蝶々の形を模した大量の弾幕が広がっていた。

「…!?」

 春先や夏に見られる生きている蝶々に非常によく似た羽の動きや、体全体の動作でランダムに羽ばたいている。

 赤や青、緑や黄など様々な色が入り混じり、綺麗な色彩を彩るが、楽しめるわけがない。この特徴的な弾幕は、幽々子が使う物だ。

 こちらの幽々子は既に死んでいるのは、この目で見た。ここに居るのは、異次元幽々子で確定している。

 羽の羽ばたき方や体全体の動作はかなり精工に再現されているが、羽ばたいていく方向や高さが通常ではあり得ない個体がいる。

 それの影響か、数百から数千にもなりそうな数の蝶々が地面から空まで幅広く生息し、視界を塞いでいる。その中で、私たちが向かおうとしていた森の方向に、想像したとおりの人物が浮いていた。

 自分に当たりそうな弾幕だけお祓い棒で叩き壊し、広げいていた扇子を閉じた人物を注意深く観察した。

 数十メートルほど離れているが、その服装はこちらの幽々子とそう変わりのない物だった。変な模様の書かれている三角巾が縫い込まれている帽子、肩よりも高い位置で切りそろえられている桃色の髪、青色で白い花柄の模様のある着物、濃い青色の帯、その手にはグラデーションで赤から青へ色が変わっている大きな扇子が握られている。

 蝶々の弾幕が出現したことで、周りの妖怪たちも異次元幽々子のことを発見し、戦闘体勢に移行していくが、攻撃を加えられる前に奴は所持している扇子を大きく広げてみせ、彼女たちの方向へ小さく薙ぎ払った。

 薙ぎ払ったそばから弾幕が発生していく。風の流れに色が付けられ、視覚で認識できる。

 巻き起こった風が渦巻きを作ったり、細長い線が作られて行き、空中には線状の弾幕が大量に出来上がっていく。

 空中にまるで絵が描かれたような光景は、それを眺めている物を圧巻する。虹色の長い線は複雑に絡み合い、様々な模様を形成する。

 呑みの席であれば、酒のつまみにできそうなほど綺麗な景色だ。しかし、ここで楽しめる者は一人もいない。

 死を操る程度の能力はここにいる全員が適用されるため、緊張したおもむきでその攻撃を観察している。すると、線状に伸びきっていた弾幕が所々で千切れだした。

 千切れていく弾幕は細かな点で線を形成していたが、点は形状が変化すると先と同様に様々な色の蝶々へと変化する。

 遅すぎる動作でゆっくりと羽ばたくそれらは、一つ一つが意識を持ったようにこちらへ向かってランダムに進み始めた。

「くるぞ!」

 怪我を負っていない妖怪たちが率先して弾幕を叩き落し、怪我を負って動けない者を助ける。非常に良いチームワークだが、そのうちに異次元幽々子は次の手に移る。

 少し遠くて細かな表情や雰囲気はわからないのだが、その瞳がこちら側を捉えていることだけはわかった。

 ゾクリと背中の肌を冷たい物が撫でていく。死と呼ぶのにふさわしいそれは、首筋を撫でると後方へ私を引き寄せようとするようなイメージを植え付ける。

 少しでも気を緩めれば、死が、死を誘う死神のようなものに、魂を持っていかれる。そんな恐怖が全身を駆け巡る。

 振り返れば死神がそこに立っていそうなプレッシャーを全身で感じていたが、それが狙っているのは私ではない。

 すぐ後ろに倒れていた異次元早苗の方を振り返ったころには、もう既に呼吸が止まり、意識を感じられない瞳は虚空を見つめていた。

 奴の状態や経過していた時間から、もう十数秒だけ意識を失わずにいたはずだが、ぷっつりとこと切れたようだ。

 臓物の浮かぶ血だまりに沈んでいる異次元早苗は、口封じで殺されたようだ。奴からは情報を聞き出すつもりは元から無かった、聞けるものなら聞きだしたかったが、それも叶わなくなってしまった。

 そう考えていたが、異次元早苗の後は私が狙われる可能性があり、再度振り返ると奴は背を向けて飛び去ろうとしているところだ。

 前線が総崩れになっている状態で、奴と対峙することにならなくて安堵している部分はあるが、それと同時に疑問が残る。

 これだけ徹底的に情報漏洩に対策しているから、私たちが情報を知れないということもあるが、本当に口封じだけだったのだろうか。

 あの時点で異次元早苗が死ぬことは確定していた。たった数十秒程度では伝えられることにも限度がある。

 そのまま放置すれば死んでいた者を、わざわざ異次元幽々子を使って殺した理由はなんだ。死ぬまで待てないことが、あったのだろうか。

 わざわざ弾幕を使って私の注意を引いて、自分の能力でわざわざ殺した。確実性を上げる為なのか、他の目的があったのかもしれない。

 今の情報量では推測にも限界がある。とりあえず考えるのは後だ。これだけのけが人が出たのだ、医者を呼ぶとしよう。

 全ての弾幕が消え、また大なり小なりの被害が出てしまっている。その一人である紫の元に走り寄った。

 戦闘によって服が薄汚れてしまっている彼女は起き上がろうとしているところで、起きるのに手を貸してやる。服や体の様子を窺うと私以上にダメージを負っていそうだ。

「…紫、永琳を連れてきて。向こうに戻るには時間がかかりすぎる」

「ええ、そうするとしましょう」

 自身の前に、高さが二メートルにもなる大きなスキマを作り出す。別の世界から向こうの世界の永遠亭まで、直でつなぐことができるのかはわからないが、スキマの奥には自然が広がっている。

 景色には戦闘の痕跡と思わしき痕が見て取れる。木々が折れていたり、地面には捲り返って乾いてしまっているが内部の土が露出している。

「少し待ってて」

 そのスキマの中へ彼女は歩んでいき、向こう側へ渡ると瞼を閉じる様に閉まり切ってしまった。

「…はぁ」

 異次元早苗は死に、異次元幽々子は飛び去った。遠くから敵を打ち抜いた謎の狙撃手も今はこちらを狙っていないのだが。

 こっちに来てからの状況がよくわからない。こちら側に仲間はいないはずで、誰かに狙撃を頼んだ覚えもない。

 それに長距離からの攻撃で、胴体に風穴を開けて身体を上と下に分けるような攻撃など、見たことがない。

 魔力的な物であれば、それだけの威力を出すならばサイズがデカくなったり速度が遅くなるからこれは違うだろう。

 物理的な、銃などであれば可能であるだろうが、発砲音が一切聞こえず、数キロ先から正確に異次元早苗へ当てることができるだろうか。私が知らない兵器でも使われたのだろう。

 しかし、そうなるとこの世界側の人間が打ち抜いた説が濃厚になる。私のいたこっち側では、河童たちでさえそんな武器は持っていなかったからだ。

 私を助けてくれたか、もしくはたまたまタイミングが被っただけなのかわからないが、おそらく後者だと思う。

 物理的な攻撃であるため近代兵器を持っている河童達が上げられるが、そうなると私たちを狙わなかった理由がわからない。

 他の誰かがやったということだろうか。となると誰がやったというのだろうか。こっち側ではそれをやってのけられる人物は思い浮かばない。

「…」

 一瞬だけ、頭の中にあの魔女のことが思い浮かぶが、すぐに否定した。あいつは魔女で、魔法が得意なのだ。数キロ先から体を物理的にぶち抜くことなどできやしないだろう。

 それに、私たちの敵だ。

「…」

 今は体の治療に専念するとしよう。魔力で強化していない状態で蹴りを受けたり、攻撃を手で受け止めたのだ。これを治してからでないと次の戦いに支障をきたしてしまう。

 

 

「はぁっ……はぁっ…!」

 獣道すらない森の中を、適当に突っ走る。ビリビリと痺れて使い物にならない右腕を左手で庇いつつ、すぐに攻撃できる体勢で木々から伸びた枝を押しのけて進む。

 伸びている木の枝は水が行き届いて瑞々しく、簡単には折れずに曲がって、押しのけようとしている私の行動に対して最大限抵抗する。

 木の戻ろうとする力が押すごとに強まり、密着している肌を圧迫して擦り傷を作る。枝だけではなくそこに生えている葉っぱも鋭利な部分があり、露出している肌に小さな切り傷を残す。

 夏で半袖を着ているのが仇になってしまっているが、どうせすぐ再生する為放っておいても構わないだろう。

 薄皮一枚切れる程度であったとしても、皮膚上に点在している痛点を刺激することもあり、無理に通ろうとすればするほど受ける痛みは増加する。

 無くしてしまった帽子が恋しい。あれを深くかぶれば小さい枝や葉っぱなどは無視して通ることができただろう。

 今は頼りなく肩から垂れ下がる右手と、草をかき分ける役目と敵を攻撃する役目を持つ頼りない左手だけだ。

 片腕一本ではロクに枝や葉っぱをかき分けることができず、先ほどから枝のパンチを食らいっぱなしだ。

 木々が密生していて、いつこの雑木林を抜けられるのかがわからず、片腕で顔の前をガードしたまま、歩を速めた。

 この辺りには僅かにだが獣の匂いが漂っている。これだけ広い幻想郷だから生きていても不思議ではないが、野生の猪か熊がいるのだろう。右腕が使えない時に会いたくはない。さっさとこのエリアを突っ切ってしまおう。

 魔力で身体を更に強化し、細い木の枝をへし折りながら一気に駆け抜ける。スピードをつけたことで、葉っぱに包まれている身の丈ほどの木に突っ込んでしまった。

 枝が顔にガンガン当たる。目にだけは当たらないように注意しつつ木の中を走り抜けると、ようやく獣道に出ることができた。

「っ…はぁ……!」

 後方を確認し、注意深く目を皿のようにして見回さなければ気が付かないほどの獣道を、左右どちらも確認する。

 左手が特にひどいが、顔や右腕にも木の枝に叩かれた打撲の様な跡や、葉っぱで薄く切り傷ができてしまっている。

 ぼさぼさの髪や、血と土で汚れてしまっている魔女の洋服に、雑木林を無理やり通る過程で千切れた草や、細い木の枝が服についてしまっていたようだ。

 まだ動かすことができない右腕の代わりに、左手で頭や肩などの草をはたき落とした。足の前に落とした葉っぱがひらひらと舞って行く。

 他にはついていないことを確かめ、左右のどちらに進むとどこに着くかわからないが、とにかく歩き出した。

 異次元勇儀から、異次元早苗を狙撃するまで連続で戦った。後者については狙撃しただけだったが、初めてのことに少しダメージを負ってしまった。

 体は異次元勇儀と戦い終えた時以上に疲労しているから、少しの間でもいいから休息を取りたい。

 足が持ち上がらず、重たい足取りで地面に足を擦って歩く。身体を強化していてもこの疲労感だ。強化を解けば、そのまま眠りについてしまう可能性が大きい。

「…」

 身体強化を解かなくても、休むためにどこか隠れられそうな場所がないか探しながら歩いていると、ようやく右腕の自由が戻って来た。

 稲妻状の真っ赤な痣が、右腕全体に広がっている。今はその右手の指先をピクピクと少し動かせる程度だが、時期に回復するだろう。

 異次元勇儀を倒した直後、紫の連絡を受けて異次元早苗のことを狙撃したが、撃ち抜けて良かった。

 異次元河童たちが撃ってきていた一センチ程も直径があるスラグ弾の一つが、カバンの中に紛れ込んでしまっていて、それを狙撃の際に使った。

 私には狙撃の知識と経験などは無い。撃ち上げ、撃ち下ろし、水平での射撃全て弾丸の飛んでいく軌道は違い、更に風の流れ、湿度、重力、空気中の塵、地球の自転によるコリオリの力も考慮して弾丸を放たなければならないらしい。

 そんなのやってられん。

 それに、球状の弾丸は空気の抵抗を受けやすくてまっすぐ飛ばず、飛距離が数十から数百メートル程度しかない。

 飛距離を伸ばすのには、撃つ角度を大きくして山なりに飛ばしてやればいいが、先ほど言ったように数キロ先にいる米粒よりも小さな人物に、弾丸を当てることは私には不可能だ。

 更に時間の問題も出て来る。たとえ向こうまで飛ばせることができたとしても、射撃から着弾までが十数秒もあり、その偏差をつけられる自信がない。魔法で光の屈折を利用して、奴のいる場所をズームしてみることは可能だが、

 仮にマッハで弾丸を飛ばしたとしても、四キロ先までの着弾に約十二秒ほど時間がかかる。一度外せば奴が感づいてしまって、もう一度やろうとしても難易度が急激に上昇してしまう。

 だから、時間の差があまりなくなり、直線で飛んでくれるように弾丸に細工を施すことにした。

 外の世界にはレールガンと呼ばれる兵器があると以前聞いたことがある。それは電磁誘導という小難しい現象を利用して、弾丸を最高速度マッハ7で撃ち出すことができるそうだ。

 距離を約4キロとし、弾丸をマッハ七で飛ばせたとしよう。マッハ1は秒間340メートル程度であるため、マッハ七では秒間2000メートルを軽く超える。その速度であれば、二秒以内に異次元早苗を打ち抜くことができる。

 二秒間の偏差をつければいいということだが、エネルギー弾など遅い弾丸をいつも使っている私からすれば、いつもやっていることと変わらないということだ。

 原理等はよく知らない為、手のひらや腕全体にレールガンのレールの性質を加えた。これだけでは飛ばすことはできても方向が定まらない。

 それを定めるために弾丸の乗っている手のひらから、異次元早苗の方向へ向けて魔力を直線で伸ばし、真空の性質を加えた。

 これで空気抵抗による減速と、空気を押しつぶしたときに発生する熱を防ぐことができる。

 空気は圧力を加えられると温度が上昇する。例えば、隕石がなぜ燃えながら落下してくるのかは、地球の大気圏に突入してきた際、あまりの速さであるため空気に圧力がかかり、急激に温度が上昇して発火してしまうためだ。

 金属であるためある程度の熱には耐えるだろうが、マッハ七という早すぎる速度により、空気中で燃え尽きてしまったら困るから、一応の対策だ。

 次に弾丸に電気の性質を加える。電気は絶縁破壊電圧という物があり、空気中は高い。これが高いと電気は放電しにくくなる。

 絶縁破壊電圧は空気中よりも真空中の方が低く、こちらを通りやすいため、まっすぐ伸ばした魔力の中を通ってくれるだろう。

 ここで、電気の性質を持っているならば、電気の速度で弾丸を飛ばした方がわざわざレールガンの性質を加えたりしなくてもいいのではないか。と疑問に思うかもしれないが、状況が状況だからそうもいかない。

 確かに電気の速度はレールガンよりも速いが、その速すぎる速度により弾丸が空気中で燃え尽きてしまう可能性が高い。

 奴が気付かないように、真空は100メートル程手前で途切れており、雷の速度だとその距離でも空気抵抗や摩擦熱で燃え尽きてしまうだろう。

 そして、真空中を通るという移動以外に雷の性質を使ってしまうと霊夢にも当たってしまう可能性が出て来る。

 雷は基本的に近くの物体へ落ちる。雷が鳴っている時には木の近くに立つなと言われるのはこのためだ。

 であるため、もし霊夢が異次元早苗よりもこちら側に立ってしまえば、弾丸は真っ先に霊夢へと向かってしまう。

 であるため、真空中の時のみ雷の真空中を通りやすいという性質を使うのだ。そうなると後はタイミングが問題となる。

 いくら二秒で着弾するようになったとしても、タイミングをミスれば異次元早苗を捉えることができない。地面に当たったり飛んでいくだけならばいい物の、霊夢へ弾丸が当たってしまうのは最悪の出来事だと言える。

 紫は意識外からの攻撃ならば通るかもしれないと言っていたが、本当だろうか。不安は残り、チャンスも一度しかないが、それ以外にいい案も浮かばないからやるしかなかった。

 そうやって撃ち抜くことに成功したが、普段からあまり使わない電気系統の魔力をうまいこと扱いきることができず、電気の一部が体に流れてしまった。そのおかげで、一時的に右腕を使用することができなくなってしまっていたのだ。

「……」

 腕を試しに持ち上げて見ると、あまり抵抗なく肩の高さまで上がってくれる。しかし、それ以上上げようとするとかなりの力を込めなくてはならず、しばらくは安静にした方がよさそうだ。

 切り傷などの外傷はすぐに治すことができるが、組織の一部が死んでいたり、抉られている場合は切り傷よりも治癒が遅い。

 強い電流の通った組織が壊死し、それを代謝で取り除いてから新しい組織へ置き換えていくので、通常よりも治りが遅い様だ。しばらくはこのままでいるしかないだろう。

 皮膚の焼けるような痛みが絶え間なく続いている。鬱陶しいこの痛みとどれだけ付き合うことになるのかはわからないが、嫌になるな。

「…」

 鬼たちの屋敷でしばらく休んでかなり体調は良くなったと思っていたが、異次元勇儀にかなり削られたようだ。身体を強化していても体のだるさを拭いきることができない。

 森の中を歩いているだけであれば平和な日常風景が瞳に映る。局所的に言えばそうなのだろうが、幻想郷全体で見れば平和な場所などはどこにもないだろう。

 歩き出してしばらく経ち、森の木々が先ほどよりも密生して生えだしてきたところで、元々わかりづらかった獣道を見失ってしまった。

 ここからは自分で移動していくしかないが、どの方向に向かうとするか。獣道が進行方向で途切れているということは、ここを使っている人物がこちらに向かっていたと考えていいだろう。。

 反対に獣道がしっかりわかるようになって行けば、ここを使っている人物の拠点に近づくはずだ。

 地面を確認しても、ここ数十分から数時間の間で誰かが通った後は地面に無い。石が裏返った痕はあっても、表面に付着している土がからっからに乾いて湿ってもいない。

 森の中で木々が濃いため、光もあまり入ってこず湿気も高い。この道をしばらく通っていないことを証明しているが、獣道ができていることから頻繁には使っていないが利用はしていることが窺える。

 次にいつ通るかわからず、そいつが好戦的だと困る。疲労もあるからここは無理に戦わずに大人しく退くとしよう。

 がさがさと草むらをかき分け、横道に逸れた。先の射撃で発射元を特定されて、そこから連戦しないようにがむしゃらに逃げていたが、森の中ということもあり方向感覚が狂ってしまった。

 大体の方角はわからないことは無いが、誰かに見られているリスクを考えると、できれば空を飛ばないようにしたい。狙撃をした場所は鬼がいる山だったからよかったが、そこからかなり離れてしまった。天狗たちの住む山に入ってしまえば地上を白狼天狗に、空を鴉天狗に追われることになるだろう。

 ここが天狗たちのテリトリーでないことを願いつつ、歩を進めた。ちょっとした傾斜を上り、急な斜面を注意深く降りる。

 例え転げ落ちて足の骨が折れても魔力で治すことができるが、痛いのはさすがに嫌だ。あの激痛は耐え難い。

 湿った地面で滑り落ちないように、木の根や木の幹を利用して斜面を下りた。上るよりも時間がかかったが、怪我をすることなく降りることができた。

 湿った地面や落ちている葉っぱが土にまみれていないから、ここらには誰かが立ち入っているということは無いようだ。

 辺りを確認すると、少し木々が濃いように見えたが、獣道に着く前に走っていた場所よりは薄い。顔が傷だらけになる程ではないだろう。

 更に注意深く周りを見回してみると、木々で隠れていて降りている間は気が付かなかったが、少し歩いた所で大きな岩が降りて来た斜面の途中から突出しているのが見えた。

 その岩は斜面から生えており、そこで支えられている。埋まっていた岩が露出したわけでも、どこからか転がってきたわけでもないから、下には人が入れる空間がある。

 ここなら空から見つかることもないし、周りに生えている木々によって私の姿もカモフラージュされることだろう。

 少し地面が湿っていてそれが我慢ならんが、汚れについてはもともと血や泥で汚れているからそこはいいや。

 近くの木の枝を数本折り、その葉を座る場所に敷くことにした。少し湿っている地面に直接座るよりはずっといい。

 地面の色が茶色から緑へと変わり、これで座ってもお尻が濡れることは無いだろう。広めに葉を敷いておいたから、寝ることもできるが寝ない方がいいだろう。

 三十分でもいいから、できるだけ休むとしよう。即席でできた絨毯の上に座り込み、一息ついた。

 脱力感に全身が包まれ、このまま身体強化を解いて泥に沈み込むように寝ることができれば、どれだけ楽だろうか。

 眠りにつきたい気持ちは大きいが、今は少し我慢だ。一度は疲労感から寝てしまって異次元萃香達にお世話になったが、これからはそうもいかない。だから、この異変が終わるまでは寝ることはできるだけ控えなければならない。

 霊夢達がこちらに来ているため、それを良く思わない異次元霊夢達が何時潰しにかかろうとするかわからない。それを防ぐために注意をこちらに向けさせて狙われる先を分散させ、少しでも戦場をかき回さなければならないのだ。

 携帯食料がまだ鞄の中に残っていたのを思い出した。鉛のように重たい四肢を投げ出して寝転がっていたが、痺れがまだ強く残っている右手を肩から下げている鞄に伸ばし、雑に銀紙で包んでおいた食料を手に取った。

 大雑把な腕全体の動きであればそこまで困難というほどではないが、手や指先など末梢に行けばいく程に自由がきかなくなる。

 今の右手で梱包を解くのは難しい。左手で梱包を剥がして、ビスケットに似た乾燥された食べ物を剥きだした。

 それを周りの風景を観察しつつしばらくの間齧っていると、背中に背負っていた妖夢の刀のことを思い出した。

 そう言えば、彼女が全ての魔力をこの剣に移してから、いろいろあって一度も話していない。そろそろ話しかけてもいいかもしれない。

 紐で背中に背負っていた納刀された刀を膝の上へ下ろし、鍔付近の鞘を握り込んだ。ずっと背負っていてあまり感じなかったが、手に持つとずっしりと重い。

 彼女は片手で軽々と振るっていたりしていたが、私にはそういったことをする筋力は鍛えられてこなかった。綺麗な太刀筋でなければ刀は簡単に折れたり曲がってしまうから、そこが心配だ。

 かなり鍛えられている業物であるのと、魔力で強化して使用や彼女の知識である程度はカバーできるだろう。

 咲夜は銀ナイフの複製を作ってオリジナルの銀ナイフでは戦わないので、いくら複製品が壊れてもよいが、妖夢の場合はこれ一本で戦っていて複製なども作り出したことがない。このオリジナルの刀一本でやっていくしかないわけだ。

 もしこの楼観剣が壊れてしまったら、妖夢がどうなるかがわからない。戦う際にはそれに気を使っている暇はないだろうが、折れたりしないように気を付けながら戦うとしよう。

 刀に含まれている魔力に意識を向けて見ても、ごちゃごちゃと様々な性質が折り重なって詳しく探ることができない。とりあえず、彼女と話して今後の方針を決めていくとしよう。

 刀身を引き抜くため、紐で綺麗に飾られている柄に手を伸ばした。

 ひし形の模様が柄の頭から縁までずらりと並んでいる柄を、妖夢よりも華奢な手で握り込むと、私の魔力の波長に変換された魔力が流れ込んでくる。

 彼女も話したいことがあったのだろうか。早速話を始めようとした時、咲夜の時とは比べ物にならないほどの復讐の憎悪が流れ込んできた。

「なっ!?」

 咲夜は利己的に話をしてくれたから、今回もそうだろうと完全に油断をしていた。彼女は私に影響を与えすぎないように最小限に憎悪を抑えてくれていたが、妖夢はそのつもりはない様だ。

 怒りや憎しみなど、炎の様に膨れ上がっている様々な憎悪が織り交ざっている負の感情が、私の中を広がり蝕む。

 彼女の感じた恨みや、怒り、憎しみが頭の中に抑えられることなく流れ込むと、あまりにも強い感情に押し込むことができない。

 脳内が自分ではない何かに犯される感覚に耐えきれず、私は自然と頭を抱えて叫び声を上げていた。

「っ…ああああああああああああああああああああああっ!!?」

 そう言った配慮ができないわけではない。咲夜と同様で誰かに仕えている彼女は、私よりも配慮ができる子だ。

 なのになぜここで、私に流れ込んできた憎悪が抑えられたものではないのか。それは、私に対しての敵意を抱いているからだろう。

 妖夢たちの目的を果たすのには私は不可欠であり、それを壊してしまっては本末転倒なのはわかっているようで、私の波長に調節された彼女の魔力が私の体の中へと流れ込んでくる。

 油断して受け入れ態勢へなっていた私は、脳への直接的なバイパスを作ってしまっており、そこを通って来た魔力は難なく脳へ侵入する。

「こんにちは、あなたの体を少し借りますね」

 ドスが効き、有無を言わさぬ物言いの声が脳内に響き渡る。妖夢に首の後ろから腕を回され、耳元でささやかれているようなイメージを感じた。

 体を少しの間借りる。この流れでそれを許してしまえば、確実に友好的な使われ方はしないだろう。

 こちらが同意する前に、彼女の支配が進行しているのか、体の自由がきかなくなり始めている。

 抵抗しようと魔力で脳内にいる彼女のことを追い出そうとするが、時すでに遅しだったようだ。

 首の後ろから彼女に腕を回されたと思うと、手のひらで顔を掴まれ、後ろ髪を引っ張られた。体重をかけられ、落下していくのとは違う体が浮いていくのに似た感覚に襲われる。

 意識が遠ざかるのを感じる。粘着質の高い泥のような物の中に身体を沈まされ、身動きの取れなくなった私の額に彼女は靴を乗せた。

「さようなら」

 その靴を掴もうとする間もなく、妖夢は力をかけて泥の中へ私をねじ込んだ。ドプンと意識の沼の中へ沈むと意識の遠ざかりは加速化していく。

 意識的な部分を彼女に乗っ取られ、無意識の中へ私は蹴り落とされてしまった。

 




次の投稿は3/28の予定です。


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東方繋華傷 第百二十一話 支配

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方は第百二十一話をお楽しみください!


誤字脱字等がございましたら、連絡していただけると幸いです。


「どう?」

 地面すれすれまで顔を寄せていく私に対し、隣に立っている女性がそう語り掛けて来る。まだ匂いを嗅いでないのに、それを聞くには早すぎないだろうか。

 そう文句の一つでも言ってやりたいが、一応私の上司に当たる人物であるため、心の奥にしまっておくとして、地面に残っている匂いを嗅ぎ分ける作業に移る。

 薄っすらと足跡は残っていても、それが前に自分たちが通ったものなのか、他の班の連中が通った後なのかがわからない。

 それを探るため、地面に残っているここを通った人物の体臭をかぎ分ける。頭を地面に近づけたことで真っ白な髪が土に着きそうになり、それを手で押さえつつ匂いに集中する。

 口を閉じたまま肺を膨らませたことで、鼻から外界の空気が鼻腔へと流れ込んでくる。人間よりもはるかに発達している嗅細胞から嗅神経に、匂いの情報が詰まった信号が発せられ脳がそれを感じ取る。

 その情報から知っている匂いか、知らない匂いかを判別する。知っているならば味方か敵かを判別し、後者ならばこのまま追跡を続ける。知らない匂いであれば、同様に追跡していくとしよう。

 この匂いは嗅いだことがない。鴉天狗や白狼天狗、鬼でもなければ巫女たちの匂いでもない。河童たちの様な水の生臭い感じでもない。

 妙蓮寺の面々とも違い、野良の雑魚妖怪どもでもない。この匂いはこちら側の、死の匂いが染みついている連中の匂いではない。

 この匂いは、少し前にこちら側へ乗り込んできたという向こう側の奴らの匂いだ。新しい血の匂いが感じられるが、古い物は感じない。それとこちら側の独特な匂いの無い部分からわかった。

 となると誰の物なのか。今のところ、道に残っているのはこの謎の人物の匂いが一番強い。時間の経過に反比例して匂いは弱まっていくので、我々がしている巡回の合間に入り込んだわけだ。

 匂いが一つだけなので、単独で行動をしているのがわかるが、それが意図的な物なのか、偶発的な物なのかがわからない。

「どう?」

 しばらく黙って匂いの解析をしていたが、しびれを切らしたのか相方は周りを見回し、誰か不審な人物がないかを警戒しながらまた呟いた。

「もう少しです」

「他の子は結構かかるそうだけど、流石ね」

「椛さんならほんの数秒で終わらせてましたから、私はまだまだですよ」

 私はそう返答してもう少し詳しく匂いの分析を続けると、彼女が発汗していないことに気が付いた。生き物であるため、発汗していることはしているが、緊張による物ではないのだ。

 向こう側の人間が、こちら側に来てからはぐれたりすれば、いつ襲われるかわからないというストレスから独特な匂いのする汗を分泌する。

 この道に残っている匂いにそれはない。つまり、偶発的ではなく、意図的に一人でこの辺りに入ってきたということになる。

 地面に残っている足跡も、不安そうに何度も振り返ったりする痕はなく、片足を引きずってはいるがしっかりとした足取りだ。

 向こう側の連中がばらけて個人で動いているという情報は入って来ていない。ならば、どこにでも移動できるスキマ妖怪が来たりしたのだろうか。

 いや、鬼の山の方向からこの匂いは来ていたため、それは考えられない。何がいるのかわからない山の中を、安全なスキマを使わずに歩くなどありえないだろう。

 鬼の山の方から来ていたのに、鬼の匂いではないのはなぜか。確か、仲間の情報では霧雨魔理沙が伊吹萃香に連れていかれたという話は聞いている。

 なら、この匂いは霧雨魔理沙の物だろうか。嗅いでいる匂いを集中して分析していくと、十年前に嗅いだことのある懐かしい匂いであることに気が付いた。

「少し急ぎましょう」

「何かわかったのかしら?」

 私とは正反対に真っ黒な髪の鴉天狗は立ち上がった私に、情報提供を求める。納刀された細い太刀の柄に肘を置いたまま、期待した眼でこちらを見ている。

 背中から生えている真っ黒な羽が、わさわさと小さく開いたり閉じたりを繰り返している。急がなければならないことということで、期待が大きいのだろう。

「霧雨魔理沙がここを通った可能性が高いです」

 私がそう彼女に伝えると、口角が上がりつつ端が耳元に向けて伸び、鋭い犬歯をピンク色の唇の間から覗かせた。

 彼女と全く同じことを考えていた。この十年で使い走りばかりやらされていたが、どうやら、我々天狗にツキが回ってきたようだ。

 霧雨魔理沙さえ手に入れることができれば、後はどうとでもなる。地下牢に監禁し、博麗の巫女たちからしばらくの間隠してやればいい。

 しかし、奴らは勘が鋭いから、捕まえられたら天狗の中でもあまり情報を広めない方がいいだろう。こちら側が知らぬ存ぜぬを押し通すために。

 邪魔がいなくなったら、力の手に入れ方を本人から聞き出し、知らないか言うつもりがないのであれば、独自に力の手に入れ方を探るとしよう。

 今までの長い間に鬼や博麗の巫女、紅魔館の連中にいいように使われ、気に食わなければ殺されたりして怯えて暮らしていたが、力さえ手に入れば覇権を握るのは我々天狗となるだろう。

 十年前のあの爆発。あれだけの力を発揮できるようになれば、我々が衰退していくことは金輪際ない。天狗という種族が滅ぶことは無く安泰する。

 それをするための第一歩として、霧雨魔理沙を秘密裏に捕まえなければならない。時間が経ちすぎたり、抵抗されればその分だけ他の連中に知られるリスクが高まる。

 幸いにもここら一帯数キロは天狗のテリトリーだ。野良の妖怪や鬼たちもあまり入ってこないし、博麗の巫女が直接ここまで来ることもない。

 情報が漏れたり、博麗の巫女の意志に我々が背いたとバレる心配はないはずだ。

「それでは行きましょう」

「ええ」

 追跡の邪魔になるため盾を背中に担いでいたが、それを左手で持ち直した。随分長い間使い続けている古びた盾で、表面には白と赤で紅葉の絵が塗装されているが、かなり剥げてしまっている。

 数十年前に貰った時には艶もあり、かなり綺麗だったはずだがそれを思い出すことができない程にボロボロだ。

 何度か攻撃を受けたりして表面には傷が残っているが、機能的には問題ない。それでもそろそろ替え時かもしれない。

 持ちやすく加工された取ってを握り、右手では人間が片手で扱うには重すぎる大太刀を鞘から引き抜いた。

 匂いは私しかわからないため、鴉天狗の彼女の前を走って先導する。あまり使われない道であり、獣道がわかりずらいが、霧雨魔理沙と思わしき人物はこれに沿って歩いているようだ。

 土を後方に飛ばして地面を駆けずり、私の後ろにいる鴉天狗の彼女は土がかからない位置を低空飛行でついて来ている。

 霧雨魔理沙の移動する速度を、私たちの追跡が上回っているようで、追っている匂いが段々と強くなっている。

 天狗が根城としている屋敷から遠ざかれば遠ざかる程に、歩く回数は減っていくので獣道の判別ができなくなっていく。

 ほとんど道といえるものが無くなってきたころ、追っていた匂いが不意に道から無くなった。

 高速で足を回して走っていたが、それを止めてブレーキをかける。ズザザッといきなり歩を止めたことで、後方を飛んでいた鴉天狗は一度私の横を通り過ぎ、旋回してすぐ近くに降りて来た。

「どうかした?」

「いえ、いきなり匂いが途切れたものですから」

 匂いが途切れた場所に行くため、もと来た道を戻りながら彼女に説明すると、表情が曇る。

「まさか、私たちが追っていることがばれたのかしら?」

「そうではないと思います。バックトラックをされたような、不自然に匂いが濃くなっている部分は無かったので……おそらく道がわからなくなって、わきに逸れたんだと思います」

 私たちはここを何度か通っているから、道といえない状態でも識別できるが、初めて通る人間からすれば無いのに等しいだろう。

「それならいいわ」

「はい……それと、匂いが濃くなってきているので霧雨魔理沙まではもう少しだと思います」

 それを伝えると鴉天狗の上司は、ふふっと少しだけ嬉しそうに笑う。

 霧雨魔理沙自身の血の匂いが濃いので、怪我をしているかもしれない。我々が思っているよりも、簡単に捕まえられるだろう。

 鬼特有の匂いも混ざっているが、連れていかれた際に着いたものだろう。匂いが途切れたと思われる場所に着き、詳しく追跡する為に左手に持っていた盾を背中に担いでしゃがみ込んだ。

 匂いをかぎ分けていると、やはり今まで通って来た道を外れて脇に逸れて行ったようだ。

 その辺りにある汗の匂いには緊張の香りはしない、私たちが追っていることには気が付いていないのは確実だ。

 その情報を相方に伝えようとした時、木々が生い茂った山の中で珍しくふわりと風が吹く。

 木々の葉っぱが弱々しく擦れあい、ガサガサと音を出している。それ自体は不思議なことではないのだが、音が鳴っている葉っぱの方を視線で追うと、奥にある丘の方向から続いているようだった。それが違和感へと変わっていく。

 音が鳴ること自体は不思議ではないと言ったが、どこに違和感を感じたのか。それは、揺れている葉っぱは奥の丘から、まっすぐこちらに向かって狭い範囲で揺れていたからだ。

 何かがおかしい。数百年この森で生きていて、このような現象は見たことがない。風が起こっているならば、ここら一帯全ての葉が揺れるはずだ。

 ピンポイントで私たちのいる場所に向けて風が吹いていくことなど、ありえない。周りを警戒することを促すため、後方に立っていた相方の方向を肩越しに振り返った。

 そこには、血まみれの鴉天狗が立っていた。厳密には元相方の鴉天狗だ。彼女の服は血でまみれ、露出している肌を真っ赤な血液が肌を汚し、服や真っ黒な羽に赤い染みを作る。

 それだけの出血をしている彼女を、助けなければならないという感情が浮かんでこないのは、首とつながっているはずの頭がそこに存在していないからだろう。

 天狗でもここまで鮮やかな手口で、首を落とすことはできないだろう。真横から刃物で切り裂かれた首は皮膚や筋肉、脊髄すらも止められることなく両断されている。

 情報から知っている霧雨魔理沙の様子や戦術から、彼女のやり方ではないのは明らかで、他の第三者だと推測できる。なのだが、先ほど吹いた微風には霧雨魔理沙の匂いが感じられた。

 聞いていた情報では霧雨魔理沙の仕業ではないとなるが、匂いは霧雨魔理沙の物であることで頭が混乱し、すぐに動き出すことができなかった。

 後ろにズルッと落ちた頭部が羽に一度当たり、ガサリと音を立てるが羽では球状の頭部を支えることができず、地面へ転がり落ちた。

 重たい頭部がドンと地面に落ちた音で、ようやく我に返った。切り裂くような鋭い殺気が、風が来た方向とは逆から感じれた。

 盾で防ぐのにはもう遅すぎる。地面を蹴りつける音が耳に届き、奴が跳躍してしまっていることを悟った。

 真っすぐ首に伸びている殺気により、私の首を狙っていることを肌で感じるが、背中に担いでいる盾でその部位を隠す頃には、相方と同じように首が地面を転がっているだろう。

 我々が博麗の巫女とつながっていることは他の連中はわかっていて、鬼や河童達から手を出してくることはそうそうなかった。

 だから、テリトリーの中であれば追う側だったはずの私が、追われて狩られる立場になるとは考えたこともなかった。

 久々に感じた狩られる側の恐怖に反応が遅れた。しかし、視界の端で霧雨魔理沙と思しき人物が使った武器が、木々の隙間を縫って落ちて来る木漏れ日により、きらりと光る。

 その長さや光の反射具合から、握られているのが真剣ということはわかる。振られる軌道は彼女自身の構えが視界外であることで、推測することしかできない。そこは勘や経験、状況で補うしかない。

 随分と遠くから跳躍していたようで、古いボロボロの布で巻かれた柄から伸びる大太刀を、振るうだけの時間はある。

 匂いを嗅ぐために、しゃがみ込んでいたのは運が良かったかもしれない。立っている状態であれば、首は当然だが縦向きに存在する。それを落とすとなると、刀を横に振らなければならない。

 左右どちらかに逃げるのは最悪の選択で、大振りでも小振りの攻撃でも、刀が振られる範囲が広くて私が逃げる時間が増え、刀に捉えられるリスクが高まる。

 相方の切られた断面図から、相当な剣の使い手と見受けられた。それだけの実力を持った人物相手に、しゃがんでかわすことも難しいだろう。

 周りには障害物がなく、横向きには遠慮なく振り切ることができる。そのため、多少私の体の高さが変わったところで、軌道修正は容易いはずだ。

 それに比べて現在私の首は横を向き、地面すれすれにある。地面に刃が触れてしまうことを考えれば、力いっぱい振るうことはできないだろう。

 速度が落ちてくれれば、切りつけられたとしても致命傷を避けられ、私の生存する可能性は高くなる。ここから攻撃に転じれば相手の不意を突くこともできるだろうが、これは読まれる可能性が高くあまり推奨できない。

 これらはあくまで私の技術力や価値観を基準に推測されたものにすぎないが、知識や経験をフル活用しなければこれまで生きては来れなかった。今回も信じるとしよう。

「りゃあああっ!!」

 タイミングを見計らって上体を大きく起こし、こちらに向かってきていた白と黒の洋服を身に着け、真っ白な髪をはためかせる霧雨魔理沙に切りかかった。

 黒っぽい緑色の瞳と黄色い瞳のオッドアイで、十年前と寄せられている情報とはかけ離れた容姿をしている。

 その彼女の腹部を薙ぎ払う形で大太刀を薙ぎ払うが、読まれていたようだ。良く砥ぎあげられ、我々が持っているどの刀よりも鍛え抜かれている刀身は、横に振られている大太刀の刃に縦に抉り込む。

 真っ赤な火花に紛れ、青色の結晶が弾けはするが、鍔迫り合いなどになる事無く半ばから大太刀は両断された。

 奴の持っている刀は大太刀よりも細くて重量もない。物理的に考えれば、軽い物体よりも重い物体がぶつかってきた方が、発生するエネルギーは大きくなる。

 私の方が有利であるはずだが、鍛えられたという部分や魔力により強化されている。といった要素が絡めばそんなものは小さな問題となってしまうようだ。

 体を大きく動かして立ち上がったことと、薙ぎ払った刀の影響で、首や頭を叩き切られずに済んだ。その代償として奴の刀は右耳を根元から削ぎ落し、肩の一部を腕ごと切り落とされた。

「っ!?あああああああああああああああああっ!?」

 切断された耳や腕を押さえ、うずくまって泣きじゃくりたいほどの激痛が二か所から襲って来る。

 軽く百年を超える年月を生きてきても、情けなく涙が瞳に溜まり、頬に伝い落ちて行く。涙による光の屈折が起こり、視界の下側四分の一ほどがぼやけて見えなくなってしまっているが、目の前で刀を振り降ろしている霧雨魔理沙の次の行動を読めない程ではない。

 頭が流れ込んでくる激痛でパンクしそうであるが、地面すれすれでピタリと止められれている刀を、こちらに振り上げられる前に飛びのいた。

 片腕を失って重心がズレていつも通りに動くことができず、予想通り振り上げられた刀の切先が、胸を斜めに切り裂いた。

「っ!!」

 鮮血が胸から弾け、緑色の草に飛び散った。骨や肺にまでは達していないが、相当深く刃が切り込んで来たようで、白い戦闘服が真っ赤に滲んでいく。

 重心がいつも通りでないことと、追撃を受けてしまったことが重なり、後ろによろけて尻餅をついてしまった。

 私がヨタヨタと下がって来た道を示すように、腕と耳がつながっていた場所から流れ出た血液が、点々と霧雨魔理沙のいる場所から続ている。

 胸を切られたことで、服にも切れ目が入っている。重力によって服が下側に引っ張られ、切り込まれた部分が大きく口を開けて肌と傷口を露出させる。

 乳房が外界に露わとなりとっさに胸元を隠すが、その行動は恥ずかしさからではなく、傷口を塞がなければならないという本能からだ。

 早く逃げて、仲間に助けてもらわなければならない。向けられている殺意の強さに気圧され、緊張して足が中々持ち上がらない。

 戦闘により交感神経が促進され、呼吸が荒い。全身に酸素を巡らせようとする作用だが、心拍が上昇して出血が早まってしまう。さらに心拍数が上昇しているおかげで、いくら呼吸を繰り返しても息が詰まるような感覚が拭えない。

 できるだけゆっくりの呼吸に切り替え、深く息を吸って酸素を肺から取り込む。こうすることで精神を僅かにだが落ち着かせる効果があり、心拍数も抑える。

 逃げるために立ち上がろうと地面に手を付こうとした時、いつもの癖で切断された右腕を使おうとしてしまった。

 ぐらりと体が傾き、地面に受け身を取れずに倒れ込んでしまう。

「っ…くそっ…!」

 出血が酷く、意識が朦朧とし始めた。魔力で血液の産生や傷口の修復を促しているが、まるで効果がない。

 早く仲間に知らせないといけないという焦りだけが空回りし、立ち上がろうとする行動がもたついてしまった。

 そうしているうちに、手入れがキチンと成されている使い込まれた刀剣を握る、霧雨魔理沙がゆっくりと歩み寄ってきている。

 切先に着いた私のと思われる血液を振り払い、太刀を下段に構えて目の前で立ち止まった。

 服装はボロボロで、血まみれだ。ところどころ穴が開いていて、その部分の肌がむき出しになっているが、傷はほとんど見られない綺麗な状態だ。

 もっと傷を負っていてもいいような服の損傷具合だが、そうでないのは彼女が保有している力のせいなのだろうか。

 見た目だけの雰囲気なら魔女で、魔法での攻撃をしてきそうだが、彼女の攻撃方法は物理的で得物が使われている。

 魔法で遠距離しかできないから、それを補おうとしているのかはわからないが、やっていることはちんぷんかんぷんで、不格好にもほどがある。

 そんなスタイルで戦っている彼女にこれだけやられているから、何も言うことはできないが、普通ならあり得ない戦い方だろう。

 それなのに、刀を持って歩く立ち振る舞いは、剣士のそれだ。こちらにはなかった戦い方が向こうでは普通なのだろうか。

「体が重いですね…」

 彼女は訳が分からないことを呟きつつ、迷いのない動きで私の首を跳ねるために光に反射してきらめく刀を構えた。

「っ…死んでたまるかあぁぁぁぁ!」

 背中に回していた左手で、担いでいた盾の取っ手を握り、咆哮しながら全身の筋肉を使って無理やり立ち上がる。

 左右で色の違う瞳で見下ろしていた彼女は、冷やかで冷静な表情のまま構えた刀を薙ぎ払った。

 右側から来る大振りな攻撃は、小回りの利く小さな物よりもはるかに到達時間が遅い。握った盾をその剣に向けて振り払う。

 折ったり、曲げたりすることはできないのは何となくわかる。ならば刃こぼれを起こさせたり、はじき返して攻撃をさせにくくして時間を稼ぐ。

 耳をつんざく金属音が聞こえ、振り払った盾が奴の刀を完璧にはじき返す。火花が小さく散り、それを確信したのもつかの間だった。

 経験から、手に残る衝撃の感覚がいつもよりも弱すぎる。そう言った思考が脳裏をよぎった時、半分に切断された盾とそれを握る手が、離れた場所に生えている木に当たり、派手な音を立てた。

「なっ……」

 はじき返したのであれば右側に戻っているはずの奴の刀は、左側に振り抜かれている。刃こぼれが一つもない刀に刃血が付いているわけではないが、彼女は刀を振り払った。

 私は攻撃の対象ではなくなったらしく、背を向けると私たちが追ってきていた獣道をさかのぼるように歩き始めた。

「っ……」

 隙だらけの背中に牙でも立ててやろうとするが、攻撃の対象でなくなった意味をすぐに知ることとなる。

 首元に違和感がする。両腕を切断されていて、そこを触れることができないが、起こっていることは容易に想像できた。

 激痛と共に横向きに付けられた傷から血液が漏れ出し、肌と服を濡らしていく。できるだけ出血を押さえ込もうと、とっさに手を首元へ伸ばす。

 自分は座ろうだとか、倒れ込もうとしたわけではないのに、耳を構成している器官の一つである三半規管が、なぜか浮遊感を検知した。

 それの理由を探る前に、白狼天狗は意識を失った。

 

 

 予定通り、小さい球状の物が地面に落下した後、大きい物体が何段階かに分かれて地面に横たわる。

 膝から崩れ、体が傾く。意識的な動作の感じられない投げ出された左手が地面に当たり、次に胴体がドサッと倒れ込んだ。

「…」

 なんだか。生きている実感がない。他の体を借りているわけだから、当たり前であるが、全身に違和感しかない。自分が魂魄妖夢だと言われても、拭いきれるものではないだろう。

 刀を握っている手や着ている服。髪型まで今までとは違う。目線の高さや重心の位置も自分とは異なり、慣れるまでに時間がかかりそうだ。

「それよりも…」

 奴は勢い余って殺してしまったが、次から会う人物にはこっちの魂魄妖夢の居場所を聞いて、早く見つけ出さなければならない。

 なぜなら、隙をついてこの体の持ち主から支配権を奪い取ったが、この状態を維持するのにかなりの魔力を消費している。

 半分は霊で半分は人間ということで、他の人間よりも寿命は長い。その分をすべて魔力へ変換したから余裕があることにはあるが、異次元妖夢を相手にするのに余り過ぎるというのは無いだろう。正直足りるかすらもわからない。

 だから魔力を消費しすぎる前に異次元妖夢の居場所を聞き出して、この手で殺さなければならないのだ。

 一分一秒ですら時間が惜しい。他の妖怪たちがいないかどうか探るため、走った跡が若干残っている獣道を走り出した。

「…」

 次第にはっきりとしていく獣道を駆け抜けながら周りに注意を向けると、先ほどまでとは違った敵意のある雰囲気に森全体が変わっていく。殺す直前でやつは叫んでいたが、それが敵が来たという連絡になってしまったのだろう。

 服装や恰好からわかっていたが、殺したのは鴉天狗と白狼天狗だった。追っているということから、この辺りは天狗の縄張りであるだろう。

 連中と別な場所で戦っていて、追われていたという考えもできるが、周辺には白狼天狗特有の獣臭さがある。ここは天狗の山ということで間違いないだろう。

 天狗には情報屋がいたはずだ。生きているならばそいつから居場所を聞き出すとしよう。

「…っつ」

 痛みが走り、観楼剣を握る右手に目を落とす。稲妻状の赤い痣が肩まで続いていて、全体的に痺れている。

 先ほどの様に刀を適当に振るうのには問題はないが、異次元妖夢と戦うにあたってはおそらく精密な体の操作を求められる。

 この状態で戦うのに若干の不安は残るが、こうして完全にこの魔女のことを支配できるのは、隙をついたこの一回限りだ。ここを逃せば仇を討つことができなくなってしまうから、仕方がないだろう。

 しかし、よりによって魔女とは運がない。筋肉が剣を降るようにできていないのだ。決して太っているわけではないが、体が重くて仕方がない。

 重たい足を必死に動かして走っていると、右側から敵が接近してくる音が聞こえてくる。足音や草をかき分ける音からして二人いることがわかった。

 音の大きさや気配から、接敵まで数秒だ。汚れきっている靴でブレーキをかけ、右側へ向き直る。観楼剣を両手で掴んで基本的な構えを取り、道のど真ん中に陣取った。

 二人の白狼天狗が目にもとまらぬ速さで、左右から襲いかかって来る。二人とも大太刀を所持しており、慣れた体でないことを考慮して戦わなければ、痛い目を見ることになるだろう。

 一歩後ろへ下がり、通常の刀よりも射程の長い大太刀を振り下ろしてきている二人の得物に、横側から切り込んで半ばからへし折った。

 刀を見てどれだけ鍛えられた業物かを見分けることなどできはしないが、振り方から錬度がわかる。私から見れば太刀筋は素人に毛が生えた程度だ。

 私を殺した異次元妖夢と比べれば、足元にも及ばない。この程度の相手には多少のハンデがあっても、余裕で勝てなければ奴に勝つことなど夢のまた夢だ。

 切先の無くなったことに気が付いていない奴らに向け、一歩大きく踏み出した。

 素早い動きで攪乱されるのは面倒だ。右側の白狼天狗の両足を切断し、そのまま左側の白狼天狗の胴体を切り裂いた。

 まだ、他の体の操作に慣れない。本当は2人とも足を切るつもりだったが、片方は数センチずれて胴体に当たってしまった。

 走って飛びかかってきていた二人は私の横を通り抜け、受け身も取らずに草むらに倒れ込んだ。

 何が起こっているのかわからない声を上げて、目の前に転がっている足や下半身を信じられない表情で見下ろしている。

 かなり出血していて、意識を失うまでそう時間は無い。顔を青ざめさせている二人に歩み寄り、刀をチラつかせながら問いかけた。

「魂魄妖夢の居場所は知っていますか?」

 知らなければどうなるか。自分たちの体を見れば結末を話さなくてもわかるだろう。

 




次の投稿は4/4の予定です。


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東方繋華傷 第百二十二話 支配②

4/4に投稿するとしていたのですが、遅れてしまって本当に申し訳ございませんでした!!!!!!!

投稿ボタンを押したと思っていたのですが、誤って消してしまっていたようでした。

以後、気を付けます。




自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方は第百二十二話をお楽しみください!


 光の加減で白く反射している刀身が横凪に振られる。細い腕や首どころか胴体すらも切断しそうな勢いのある大太刀は、私の頭の上を通過していく。

 頭の動きに比べて、ワンテンポ遅れて動く髪を掠ったようで、大太刀が振られ切ると真っ白な髪が数本はらりと落ちて行く。

 この体の本人は前に見た時には金髪だったと記憶しているが、今は私の髪と全く同じ色をしている。

 あれからどれだけ時間が経っているかわからないが、戦いが続いている環境で髪を染めている時間は無いと思われる。何があったのだろうか。

 まあ、どうでもいいことだ。今もだが私から主導権を奪おうとしている彼女は、咲夜さんや早苗さんを殺したとされている人物だ。

 友人を殺された怒りから許せなくはあるが、目的を達成するまでは最大限に利用させてもらうとしよう。

 ゆらゆらと空気の抵抗を受け、ゆっくりと落ちて行く髪からは目を反らして体を前進させる。

 しゃがみからのダッシュの瞬発力を使い、目と鼻の先にいる鴉天狗の胸に観楼剣の柄を叩き込んだ。

 柄の頭で殴られ、肋骨が数本折れたようだ。武器を取り落とし、苦しそうに胸を押さえて膝をつく。

 この鴉天狗の女性は脅威があまりなく逃がしてもいいのだが、また襲われても困る。

 私に切り殺されると察し、逃げ出そうとした頃にはもう遅い。微かな切断音を響かせ、胴体よりも遅れて落ちて行く頭部の髪を掴み取る。

 真っ黒な髪にぶら下がる鴉天狗の顔は、首を切断されたことも気が付いていないような表情だ。

 その頭を投げ捨てようとすると、後方でガサリと草をかき分ける小さな音がする。新たに出現した敵に、肩越しに振り返らず体全体で向き直る。

 血と臓物の匂いしか残っていない進んで来た道には、案の定、隠れていたか今しがた来たばかりの鴉天狗が太刀を握り、走り出していた。

 左手で掴み取った天狗の頭部を彼女へ投げつけ、私と同じぐらいの身長しかない鴉天狗よりも、体の重心を低くして駆け出した。

 元仲間の遺体ということで、倫理的な部分が働いたようで、手で叩き落としたり太刀で切り裂いたりする事無く、その胸で受け止めた。

 受け止めるか避けるかで判断に迷ってしまったのだろう。、それなりに重量のある頭部が胸部に当たり、肋骨に亀裂を生じさせたようだ。乾いた音が彼女の胸元から聞こえてくる。

 ぐっとその激痛に堪えようとしているのが顔から見てわかる。この隙を使わない手はない。

 正直、生きていた者の頭部を武器として使うというのには、気が引ける部分があるが、こんなことにいちいち時間を使っていられない。

 観楼剣の射程に入ると同時に得物を振るう。太刀を握っていた彼女の右腕を、二の腕から切りおとした。

「ああああああああああああああああっ!?」

 投げつけた頭部から溢れた血液で胸を汚していたが、切断面を押さえた左手や右足も本人の血によって濡れていく。

 激痛で痛いのはわかるが、こちらも時間があまりない。脅威度が低くなった彼女に、今までと同じ質問を投げかけることにした。

「魂魄妖夢の居場所を知っていますか?」

「っ…あぁぁぁっ………」

 私の質問に対して痛みでそれどころではない鴉天狗は、膝をついて呻くことしかできないが、問いかけられたことに少しでも脳が働いたのだろう。今までの天狗たちと近い表情をする。

 彼女も知らないようだ。やはり階級の低い天狗は、大事なことは聞かされていないのだろう。

 ある程度階級の高い異次元文に話を聞いてみるしかない。生きているかどうか、生きているのであればどこにいるのか、聞いてみるとしよう。

「文は、生きていますか?生きているならどこにいるかわかりますか?」

「あ、文…?……文なら…屋敷に……」

 額に脂汗を浮かべている彼女は、息絶え絶えにそう呟く。しかし、呼吸がままならなかったことや、痛みで思考能力が低下していたのだろう。

 言い終わるとしまったと顔を歪ませる。眉を吊り上げ、人間よりも強い腕力とスピードを生かして肉弾戦を挑んでくる。

 私の質問内容に異次元文なら答えられる。それをさせないように、片腕が無くても襲いかかってきたわけだが、情報源が自分たちだとバレれば異次元妖夢に消されるからだろう。

 スピードが速いと言えば天狗の代名詞だというのに、片腕が無くて重心も上手くとることができず、まったく加速ができていない。

 私の全力疾走に毛が生えた程度の速度しか出ていない鴉天狗は、前に足を突き出す形で蹴りを放ってくる。

 単調な攻撃は避けることなど他愛もなく、蹴りの軌道上から体を横にどけつつ、観楼剣で下から太ももを切り裂いた。

 骨すらも抵抗感なく断ち切り、肉体を通過する。体に含まれている水気の粘着性により、ほんのわずかな間だけ、体の正常な形を保った。

 それもつかの間だ。一拍の間を置いて、切られて支えの無くなった身体がずるりと落ちて行く。

 それが地面に落下する前に、振り上げていた観楼剣を私の頭の上に構え直し、鴉天狗の頭に叩き込んだ。

 大腿骨の頑丈で太い骨すらも豆腐の様に切り裂いた刀は、止まる事無く頭部から胴体までを真っ二つにしてしまう。

 走っていた慣性に従い、左右に分かれた肉体は両側を通り抜けると直ぐに倒れ込んで真っ赤な血だまりを作る。

 腹部からは長いチューブ状の臓器が零れ、茶色に近い排泄物を切り口から覗かせている。切りあいの後に必ず漂う血と臓物、排泄物の混ざり合った独特な匂いが辺りに充満している。

 前方に広がる通って来た道には鴉天狗の死体が無数に横たわっている。ほとんどの死体は、頭部を含めて体の各器官が欠損している。

 腕や足だけでなく、下半身が無くなって居る者や、背中の羽が半ばからへし折られたり切られて無くなっている者もいた。

 自分で築いたものが広がっているが、そんな中でこちらが関与できない部分に、共通点があることに気が付いた。

 死体はほぼ全て鴉天狗なのだ。白狼天狗を殺したのは最初の一人だけで、あとは姿を見てもいないし、逃げている所も目にしていない。

 大太刀と盾を装備していて、鴉天狗よりも戦闘体勢が出来上がっているが、それは戦闘で勝利を収めやすくする物ではないということだろうか。

 こちらの世界の話だが、白狼天狗の多くは哨戒と呼ばれる役職についていたはずだ。敵を見つけたら警告や上司へ報告する仕事だった気がする。

 それがこの世界でも行われていることなら、鴉天狗のみが強襲している理由になる。白狼天狗は鴉天狗よりも耳がいいことも、哨戒の役割に適している理由の一つのはずだ。

 そうなれば、これまで何人も鴉天狗を切り殺し、魂魄妖夢はどこにいると質問していた。私の目的は連中に筒抜けということか。

 まあいいだろう。異次元霊夢達と異次元妖夢はつながりがある。紅魔館で異次元妖夢と接敵した時、彼女は戦いをするという体勢ではなかった。

 私は遅れて来たから確定ではないが、誰がいるかもわからない敵地に赴くのに納刀したままなわけがない。それに、幽々子様を殺した後にわざわざ首を持ち帰るというのも不自然だ。

 首を持ち帰ることが奴の悪趣味だと言われればそれまでだが、異次元妖夢の行動は幽々子様を殺し、その証拠を提示するための様に見えた。

 天狗たちが異次元霊夢達とつながりがあれば、異次元妖夢と会える可能性が高くなる。天狗が異次元霊夢とつながりが無くても、異次元文に話を聞き出せばいいだけの話だろう。

 しかし、天狗らが異次元霊夢らとつながりがないというのはあり得ない。今切り殺した鴉天狗がここまで必死になるというのは、異次元妖夢の居場所を吐いて、彼女とつながっている異次元霊夢に裏切ったと思われるのが嫌なのだろう。

 もし裏切ったと判断されれば、天狗たちは皆殺しにされるはずだ。

「はぁ…」

 幽々子様が異次元妖夢に殺されたことを思い出し、はらわたが煮えくり返るが、奴の剣術については学ぶべき部分は多い。

 それもそれで自分の技量の低さに苛立ちを感じるが、奴から戦いながら技術を吸収し、絶対に討って見せる。

「……」

 更に進もうとしていると私の奥深くで、体の本人がこちらに何かを語りかけてこようとしているが、それを押し殺した。

 彼女には耳を貸さず、後方を振り返って獣道を歩こうとした時、上空から視線を感じた。

 先は戦闘をしていて気が付かなかったが、敵が居なくなったことでその気配を感じ取れた。

 顔を上げると木々の葉が生い茂っているせいでよく見えなかったが、背中から真っ黒な羽を羽ばたかせていることから、奴も鴉天狗だとわかった。

 私が立ち止まって上を見上げ、自分を見ていることに気が付いたのだろう。翼を浮遊していた時とは違う形で羽ばたかせると、今までの天狗とは比較にならないほどの速度でどこかへと飛び去った。

 その姿を目の端で捉えるので精一杯だったが、山の頂上付近へと消えていくのは見えた。あの速度、あいつが異次元文だろうか。

 追いつけるかどうかがわからないが、異次元妖夢の居場所を聞き出すためには、異次元文から情報を聞き出さなければならない。追うことにしよう。

 上を向いていて、隙ができていると思っていたのだろう。私の後ろに回っていた鴉天狗は翼を羽ばたかせ、突進してくる。

 その荒々しい気配に気が付かないわけがなく、振り返りざまに横に一閃太刀を振るうと鮮血が飛び散り、上半身と下半身が分かれた鴉天狗が落下してくる。

「ぐっ!?…あああっ!?」

 丈夫すぎるというのも考え物だ。人間なら十数秒で意識を失うような怪我でも、妖怪なら数分は苦しむことになる。私は長いこと誰かを苦しめるのは性に合わない。

 異次元の連中、こいつらがいるから幽々子様が死んだ。そう思うと許せないが、目的はこいつではない。武士の情けというやつで、苦しまないように解釈してあげよう。

 太刀の刃にはべっとりと人体の脂と血液が付着している。それを拭い取るため、一度強めに得物を振り払い、大体の血液を落とす。黒いスカートの一部を使って、刀にこびり付いた汚れを綺麗に拭い取った。

 刀を布で両脇から挟み、切先の方へとゆっくりとスライドさせる。人体の脂が付いたままだと刀の切れ味が低下してしまうため、強化した手の握力で強めに挟み込む。

 二つの汚れを綺麗に拭い終わると、刃の白い部分と鎬と呼ばれる黒い部分に輝きが戻る。模様の描かれている鍔にも血液が一部ついてしまっているが、そこは拭き取らなくてもいいだろう。

 錆びの原因になるが、刃より足が速いわけではない。この戦闘が終わってからでも問題はない。

 下半身が離れた状態だというのに、それでも逃げようと地面を這っている鴉天狗の背中を、靴で地面に押さえ込んだ。

「や、やめろ…!死にたくない!!」

 そう叫ぶ彼女には悪いが、問答無用で刀を薙ぎ払った。血の一滴もつかなかった刀が振り切られたころには、喧しかった鴉天狗の声は木々の間を反響し、消えていった。

 胴体から切り離された頭部は、ボンッと勢いよく地面に落ちると二回か三回ほど転がり、向こうを向いたまま静止する。

 頭部から心臓に向かうはずだった濃い色の血液が、断ち切られた首の静脈や破壊された組織からドロリと溢れた。

 薄っすらと血液の付着している観楼剣を軽く振り、血を払い飛ばす。洗ったり布で拭わなければとれないほどの血以外は飛ばすことができた。今はこれでいいだろう。

 周りから鴉天狗たちが接近している音は聞こえてこない。刀を抜いたままだと何かと不便だ。館に着くまでは一度納刀しよう。

 服装的に腰から下げることは難しく、左肩で担いでいる鞘の口辺りを左手で握り、左側へ持ってくる。

 納刀しやすいように持ち替えて鞘を左手で固定し、刀の峰を刺し口に当て、そのまま切先の方へ刀を移動させる。金属の擦れる小さな擦過音は、苦手な人からすれば耳を覆いたくなるだろう。

 いつもの自分の体とは、腕の長さや手首の可動域が違うため、誤って指を切ることになりかねない。

 納刀などいつもしている動作で見なくてもできるが、今回は誤操作を防ぐために見ながら行った。

 刀の先までスライドさせたら今度は先を軸にして柄を持ち上げ、鞘との角度の差を小さくし、切先から鞘へ納めていく。

 始まりが入ってしまえば、後は無理に押し込むことなく自重で落ちさせ、刀を完全に納刀させる。

 入り口付近と鍔周辺の金属がぶつかり合い、納刀した際に鳴る小気味いい音がする。

 私よりもこの女性の方が腕が少し長いようで、若干勝手が違うが、劇的にやり方を変える必要はなさそうだ。

 それを左肩に担ぎ直し、異次元文と思われる人物が向かった方に歩を進める。その方向は今歩いている獣道の先だ。

 初めの鴉天狗たちを殺した場所よりも、獣道が見分けやすくなっている。奴らの屋敷が近い証拠でもあるだろう。

 しかし、心配なことが一つある。作戦とは言えないこの計画は、私が異次元文と会うことが大前提なのだ。

 私のいた世界の文といえば実力はあるが、戦いになれば手を抜くような奴だった気がする。私なんかよりも頭が切れ、頭脳は非常に高い。

 そんな彼女が私と戦うだろうか。屋敷に向かって飛んで行った速度から、異次元文がその気になれば、私は指一本も振れることもできないだろう。戦わずして勝つ方法などいくらでもある。時間に追われている今は特にだ。

 そう思って山道を歩いていると、山頂の方向から高速で飛翔する物体が飛びだした。目の前で巨大な鐘でもならされているような轟音は、森全体をこだまし、非常に強い風を巻き起こして木々を大きく左右に揺らした。

 巻き起こされた風と、木々の揺れに耐えきることのできなかった、ラグビーボールに似た形の葉っぱがハラハラと舞い落ちて来る。

「あれは…」

 すぐに米粒よりも小さくなって、その人物が誰なのかを視認することができなかったが、あの速度で飛行できるのは文ぐらいだろう。

「くそ、逃げられましたか…!」

 今から追ったとしても当然追いつけないし、土地勘がないからどこに向かったかもわからない。

 ここは無鉄砲に異次元文を追うのではなく、一度天狗の館に向かうとしよう。奴がどこに向かったのかわかる者がいるかもしれない。

 小走りで山を登っていたが、奴を追跡するまでの時間をできるだけ短縮する為、全力で走り出す。

 館に近くなってきたことで、彼女らも私を撃墜しなければならなくなってきたのだろう。周辺から、鴉天狗が羽を羽ばたかせる音が聞こえてくる。

 耳をすませば翼の音だけではなく草をかき分け、地面を駆ける小さな走行音まで聞こえる。

 哨戒の白狼天狗まで前線に来たということは、役割がどうのと言っている場合ではない程に、拠点に接近しているということだろう。

 左手で鞘を握り、観楼剣を抜きやすいように手前に傾けさせる。ただ鞘に納められているだけの刀は、柄側が下に傾けられただけで滑り出て来る。

 刃の部分を掴まないように柄を握り、観楼剣を引き抜いた。鞘を背中に担ぎ直し、前方からやって来た白狼天狗を胸から上下に切り分けた。

 切り裂かれた死体が倒れ込む頃にはその横を通り過ぎており、さらに足を速める。

 下級の天狗たちではだめだ。異次元文がどこに行くかも知らされていない可能性が高い。敵がここまで接近しているのに、館から出てこない上級の天狗から聞き出さなければならないだろう。

 道がちょっとした坂になり、上るのがきつくなり息が上がって来る。街などの道よりもまだ湿度が高いせいで、地面がぬかるむまではいかないが湿っている。

 その土が靴に着いて滑りがよくなると、地面からむき出しになっている木の根などに足を取られそうだ。

 転ばないように足元に気を付けながら走っていると、左右から白狼天狗が大太刀を振るい、同時に襲いかかって来る。

 この二体は大した脅威ではないが、問題は後方から来た鴉天狗だ。上空を飛んでいたが木々をかき分けて急降下し、白狼天狗たちに合わせて攻撃をしに来たようだ。

 倒す順番を瞬時に脳内で叩きだし、予想した通りの動きをする右側の白狼天狗の大太刀をしゃがんでかわした。

 右側の白狼天狗は大柄で下に抜けやすそうだと思ったが、それであっていたようだ。そのまま隙を見せたガタイのいい天狗を切るのではない。

 まだこちら側に攻撃をしていない、左から攻撃しようとしていた白狼天狗の首を跳ねた。

 私よりも少し身長の高い白狼天狗を下から斜めに切ったため、こちら側に向かって頭部は滑り落ち、完全に殺したことを確認しつつ次の行動に移る。

 後方から大太刀を横に薙いできている鴉天狗の処理だ。前の二人の相手に専念してしまったことで、後方にいる敵をこれから振り返って殺すことは不可能だ。

 右側にいる敵は大振りの攻撃をしたばかりで、次の行動に移るのにはまだ少し時間がありそうだ。私は、地面に足を固定し、振り返らずに踏ん張る体勢を作る。

「せぇぇい!!」

 後方から飛んできていた鴉天狗は私の背中を完全にとらえたと思ったのか、自信満々な声が聞こえてくるが、それは驚きに変わっていく。

 背負っていた鞘ごと叩き切る予定だったのだろうが、刀同様に鞘も特別製だ。観楼剣と鍔迫り合いもできない刀では傷をつけることもできないだろう。

「なっ…!?」

 表面を撫でただけで大太刀の動きが止まってしまったことに、彼女は驚きを隠せなかったようで、驚愕している。

 そのまま大太刀を弾いて鴉天狗を叩き切る予定だったが、誤算が一つあり、この体は思っているよりも筋力がなく、前方に弾き飛ばされてしまった。

「ぐっ!?」

 倒れ込んでいる暇はない。地面に片手を付いて前転をするように地面を転がって受け流し、その勢いを使って立ち上がる。

 後方を振り返ると既に連中が迫ってきている。柄を両手で握り込み、振るってきている大太刀ごと彼女らの首を同時に跳ねた。

 少し時間を食ってしまった。観楼剣を振り払い、急いで館に向かって進もうとした時、上空から何かが木々をかき分け、私に向かって落下して来た。

 

 

 土臭く、光などもろくにも入ってこず、じめじめしているこの部屋は、住むとしたら最も最悪といえる物件だろう。

 空気の入れ替えをあまりしていないのか淀んでいて、深く呼吸をしようとしても息苦しさは消えてくれない。

 しかし、そんな要因がどうでもよくなるほどに緊張し、硬直している私は部屋の一角をずっと凝視していた。

「無理な話だろけど…いい加減に警戒を解いてくれないかな?」

 数メートル先で背を向けて立っていた少女は、見られていることに気づき、顔だけこちらに向けてそう呟く。薄暗い部屋の中では、そこから考えていることを読み取ることができない。

 いや、表情を読むことができないのではなく。彼女には読む表情がないのだ。

 何を考えているかわからない無表情が、なにをされるかわからない恐怖に結びつき、体の震えが止まらない。

「そう緊張されたままだと、私もいろいろとやりずらい」

 そう言って振り返った彼女の手に握られている包丁が、頼りなく揺れる小さな蝋燭の光に照らされ、鈍く光る。

「ひっ…!」

 自分でも怯え切っているとわかる程、震えた声の悲鳴が喉から漏れる。

 怖い。怖すぎる。死にたくない。殺されたくない。

 命乞いの様な思考がグルグルと頭の中に滞在し、巡り巡る。そのネガティブな考えは生産的な結果を生まないというのに、恐怖に助長され、ここを切り抜けるいい案も浮かばない。

 恐怖で感情の制御もままならなくなってきた。気づくと視界全体がぼやけ、頬を熱い液体が伝って行く。

 身を守るために頭を抱えたまま、部屋の隅で縮こまって震えていると、それを見かねた少女は優しい口調で話しを始める。

「急いでいたとはいえ、ここに無理やり押し込んだことは謝ろう。……苦しい思いをさせてやろうだとか、そういうつもりはないんだ」

 揺れる蝋燭の光が揺れるごとに少女の顔に影ができ、浮かび上がる彼女の表情が笑っているように見えた。

 それはこちらを安心させるようなはにかんだものではなく、嘲笑うような狡猾な笑い顔だ。

 苦しい思いをさせるわけではないというのは、苦しまずに殺してあげるということだろうか。

 彼女は握ったその包丁を使って、ここで始末するつもりだ。

 




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東方繋華傷 第百二十三話 斬殺

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方は第百二十三話をお楽しみください!


 耳元で鳴り響く打性の金属音と共に、赤い本物と青い偽物の火花が接し部から弾ける。発生する光や熱に顔がしかまる。

 右側からの攻撃により、発生した火の粉が目に飛び込まぬよう片目を閉じた。弱い筋力でどこまで抑え込めるかわからないが、足腰に力を込めて踏ん張りを効かせる。

「これに反応できるとは思っていなかったわ」

 私と全く同じ顔をしているが、それに似合わないしゃがれて聞き取りずらい声を漏らす異次元妖夢は、驚いた様子だった。

 まさかこんなに早く向こうから来てくれるとは思っていなかった。先ほど屋敷から飛び去った異次元文が、奴を連れて来たということだろう。

 しかし、木々の中を音を出してかき分けて来ていなければ、おそらく攻撃してきた人物に気が付くことなくやられていた。

 分かってはいたが、この魔女は近接戦闘向きではない。彼女から強制的に借りている感覚器官の探知機能は、そこまで鋭敏ではない。

 今までは、武術に自分の全てを注いでいるような人物と戦いでなかったから、これでやってこれていたが、達人レベルの奴相手では太刀打ちできない。

 自分のできていた常識を捨てて、魔女ができるレベルを見定めなければならない。観楼剣を握り込み、落下して来た異次元妖夢を弾き飛ばした。

 軽やかに空中で二度ほど回転した奴は、物音をほとんど立てずに地面へと着地する。ここの国では珍しい白色の髪を靡かせ、面を上げる。

 喉元には大きな古傷があり、血の茶色い染みが染みついた緑色の服。見間違うわけもなく、私の殺さなければならない人物だ。

 目標を前にし、柄を握り込む手に自然と力が籠る。人間からかけ離れた力を発揮できる妖怪仕様の刀でなければ、持ち手に使われている金属が歪んで使い物にならなかっただろう。

 戦う準備が出来上がっている私の姿を見た奴は、訝しげな表情を見せた後、口角を上げて鼻を鳴らして笑い飛ばす。

「まさか、刀で私に勝とうなんて幻想を抱いているの?かたき討ちのつもりかもしれないけど、いつもの戦い方の方が奮闘できるんじゃない?」

 私が使っている物よりも年季のある、手入れがほとんどされていないことがわかる錆びついた観楼剣をチラつかせた。

「さあ、どうでしょうね」

 この魔女ができようができまいが、私はこの戦い方を変えるつもりはない。幽々子様は首を刀で掻き切られていた。目には目を、歯には歯をだ。

 刀で殺されたのであれば同じようにして殺し、奴に知らしめてやる。幽々子様の苦しみや、怒りを。

 復讐に燃える私が刀を構え、憎しみを最大限に込めて返答するが、その構えや返答する口調を聞き、また訝し気な表情を見せる。

「ふっ…どうせただの猿まね」

 小ばかにした様に笑う奴に、怒りが湧く。この血がこびり付いた観楼剣を奴の首へ叩き込みたい衝動に駆られるが、今は心を落ち着かせた。

 急いではならない。こういう時ほど、感情を押し殺さなければならない。冷静でなければ、また足元をすくわれる。

 同じ奴に二度も殺されるなど、ごめんだ。感情に振り回されず、じっと奴のことを見据える。どう動いても良いように、あらゆるパターンを想像し、それぞれの対処もあらかじめ用意して待ち構える。

 このような状況でも、この魔女は私から主導権を奪い返そうとしている。それに影響されてか、手や体の動きにほんの少しだがラグがある。

 大事な勝負をこいつに邪魔されたくはない。魔力をつぎ込み、彼女を再度身動きが取れないように、縛り上げる。

 今までこの体を使ってきたのは彼女で、精神と肉体の親和性が高いのか、魔力で抑え込もうとしてもすぐに主導権争いへと帰ってきてしまう。

 異次元妖夢だけでなく、魔女も相手にしなければならないとは、先が思いやられる。

 また帰ってくる前に、こいつとの戦いを終わらせなければならない。基本的な構えを取り、動かずにその場に陣取った。

「……」

「あっそう。」

 異次元妖夢は魔女の恰好をしているこの体に、まさか剣士である私が入っているとは思ってもいないはずだ。

 始めの攻撃は運が良かっただけで、後の構えは見よう見真似だと思っているのは、奴の猿まねという言葉から想像がつく。

「中身のない真似で、勝てると思っているの?」

 錆びついた刀を手に、構えもなくゆっくりと歩を進めてくる。前回戦った時にわかったが、奴と私の体型はほとんど同じだった。

 この魔女は私よりも少し腕のがさがあり、奴よりも一歩早めに動き出すことができる。振るう速度にキレがないのは致命的だが、リーチでの差は大きい。

 奴の射程外から、観楼剣を頭部に切り込ませた。防御に薙ぎ払った奴の刀に弾かれ、柄を握る手に衝撃が伝わる。

 手だけでなく肘の辺りまで痺れ、握る力が損なわれそうになり、危うく観楼剣を落としそうになってしまった。

 ビリビリと伝わって来る衝撃に、いつまでも気を使ってはいられない。握っている手首を使い、撃ち下ろされる異次元妖夢の2撃目を受け止めた。

 強化した身体能力で異次元妖夢を押し返そうとするが、そう言う筋肉が発達していない魔女の体ではビクともしない。

 私の発揮している力を上回る強さで押さえつけられ、観楼剣の峰が胸にめり込んで肋骨がミシリと歪む。

「うぐっ…!」

 押し返そうと力を込めている腕がブルブルと震え、身体能力の限界を示している。一度後方に下がろうとした私の背中を伸ばしてきた手で服を握り込んでくる。

 非力で振り払うことができずにいると、鍔迫り合いとなっている観楼剣を奴は傾け、刃先を肩へ抉り込ませてくる。

「今ので分からないか?殺せないって」

 錆びついているというのに、下手な人間の刀よりも切れ味があるようで、服に切れ目が入ると軽々と刃先が肌に切り込まれる。

 血の匂いを服だけでなく肌や、吐息からも漂わせる異次元妖夢は、押し返せない私に顔を寄せて耳元でそう囁く。

「こ…のっ…!」

 言い返してやりたいが、刀を振るっている私が一番よく理解している。他人の物を借りているせいで、自然に力強く体を動かせない。

「事実、片手で刀を握る私を突き離せない。太刀筋も技や技術のあまりない天狗たちを殺せる程度。勝てる見込みはないから、これ以上やるのは時間の無駄。少しでも強くなったら出直してきて」

「黙れ……お前を殺して…仇を討つんですよ。私は…!」

 密着している奴を振り払うため、観楼剣を握っていた左手を放し、腹部に拳を叩き込んだ。いくら力が弱くても強化された攻撃に、鍔迫り合いの拮抗していた状態が崩れた。

 押す力が弱まった今ならいける。左手を刀の峰に添え、体重をかけて刀を圧する。刃先が肉体から離れ、その勢いを使って刀を凪払った。

 錆びついた刀の表面を刃が滑り、金属の擦れる聞きなれた嫌な音が、木々の間に残響する。

「………見逃してあげるからさっさと帰れって、言ってるんだけど?………じゃないと…」

 振り払われた行動に抵抗することなく、後方へ下がった異次元妖夢の様子が少しづつ変わっていく。

「あなたを切り殺してしまう」

 殺された戦いの時とは違い、先ほどまで冷静な印象を受けていたが、またあの楽しそうな笑みを顔に張り付けた。

「……っ…!」

 完全に戦闘モードへと移行した。そんなところだ。纏っていた雰囲気が一変し、口の端が耳元魔で避けそうなほど、吊り上げて笑った。

「我慢していたのに、それを見てしまったら………もう無理………前だって、殺さずに帰るのに苦労したっていうのに…!」

 こいつが何を言いたいのかわからない。いったい何を見たというのか。錆が所々に見える刃先にこびり付いた血を、細くはあるがタコのある指先で拭う。刀を頻繁に握っている者特有の指だ。

 指にこびり付いた血液を口元へと運ぶと舌や唇で丁寧に舐めとり、歓喜に目を怪しく光らせた。まるで吸血鬼の様な仕草に、固唾を飲んで睨み付けていると口元から手を離し、奴は得物を握り込んだ。

 何かにとりつかれたように、奴は私のことを凝視する。笑っている口元と相まって、私に畏怖の感情を植え付ける。

 その異様さに飲み込まれぬように気力を振り絞り、奴よりも先に私が動き出した。地面を蹴り、斜め下から観楼剣を薙ぎ払った。

 奴の腹部を切り裂くことなく観楼剣は通過しきり、刃の残像だけが空中に残る。そこに異次元妖夢の姿は無く、見える視界の中に草木以外で緑色の物体が見当たらない。

 ここで混乱など起こすまい。周りには異次元妖夢の隠れられる木々は見当たらず、姿勢を低くして草の中に隠れているということもない。

 第六感を働かせるまでもなく上空に顔を向け、落下してきている異次元妖夢に観楼剣を叩き込もうとするが、彼女のすぐ横に何か黒い物体が出現する。

 拳程度の大きさしかないそれは、幽々子様の友人が能力で使っているスキマに見えた。しかし、パッと見た感じでは違和感が強い。

 幽々子様と酒を飲むとき、スキマは移動や物の運搬に使っているのをよく見ていたから、なんとなく似ている。言葉で表すのであればその程度にしか言えない。

「…っ!」

 そんなことよりも目の前のことの対処の方が先だ。奴の戦い方からすれば、次に行われることはわかっている。

 錆びついた刀剣の切先がそのすき間から顔を覗かせ、矢のような速度で射出される。下向きに飛びだした刀は、重力に引かれて予想よりも速い速度でこちらに到達する。

 次に来る攻撃を予想できていたことで、それには余裕で対処できそうだ。奴が今持っている薄っすら茶色になっている程度ではなく、酸化が進み切った濃い赤茶色の得物。そういった金属というのは、切れ味も耐久能力も手入れされている物と比べて大きく劣る。

 破壊するのは至極簡単だ。わざわざスペルカードを使ったり、避けて反撃のチャンスを逃すことはあるまい。

 赤茶色の軌跡を残し、高速で飛び込んでくる観楼剣は手首のスナップを効かせ、得物を軽く振るっただけで同色の粉末を霧散させて砕け散る。

 刃だけでなく柄にも手入れが行われていないようで、風化してボロボロになった持ち手のみの刀が、頬の横を通り過ぎて行く。

 それを見送り、奴に一太刀浴びせるために地面と水平に構え、一歩大きく踏み出した。着地の硬直を狙い、刀に体重を乗せて薙ぐ。

 手先に感触があり、鮮血の代わりに火花がパッと飛び散る。観楼剣を地面から垂直に突き立て、柄を足場にしたようだ。

 通常の切れ味ではなできない、錆びついている得物ならではの戦法だ。下手な鈍らよりも切れはするが、それでも切先から根元に向けて十センチ程度しか突き刺さっていない。

 それで体を支え、観楼剣の斬撃から逃げられた。地面と奴の体重で固定された観楼剣の刃先と峰、それの境目となっている鎬と呼ばれる部分に斬撃が当たったようで、甲高い金属音と共に金属片が弾けた。

 奴の武器を破壊することはできたが、奴は見てわかる通り複数の観楼剣を所持している。致命打にはならない。

 私の振った観楼剣の峰側に降り立った奴の手には、比較的錆の少ない観楼剣が収まっており、滅茶苦茶に見えて筋の通った軌道で得物を振り下ろした。

 顔のすぐ近くで赤青色の火花が散る。顔が切られる前に、切先が滑り込んだことで戦いを続けられる。

 間に合うことができたのは、奴が着地してから刀を振ってくれたおかげだ。そこから息をつく暇もなく三度金属が交える。

 交差する場所は切先や刀の根元など様々だが、一瞬も気が抜けない。横から薙ぎ払われそうになるのを、上から押さえこむ形で得物を振り下ろす。

 力を込め、筋肉をばねのように使い、切れ味を最大限に発揮できる太刀筋だが、それは振り切られなければ意味がない。

 振り下ろそうとする直前、耳元で張り裂けるような金属音と火花が弾け、進むはずだった刃先が後退する。

 私から見えずらい位置にスキマのようなものを開いていたようで、そこから何かが放たれたらしい。

 衝突してきた側がガラスの様に砕け、眼前に飛び散る。明らかな視界の妨げに、奴の詳しい太刀筋が見えない。

 遅れながらも観楼剣を振り下ろすが、そんなものが当たるはずもなく空振りに終わる。太ももを、骨に到達するほどに深く切り裂かれ、そちらに注意が向いているうちに武器がおろそかになってしまった。

 振ったものを引き戻すのが遅れて、地面すれすれで止まっていた刃先は、上から峰を踏みつけられたことで地面へめり込んだ。

 奴の体重がかかって得物を引き抜くことができず、拳による近接攻撃に切り替えようとした頃には、腹部に鋭く肉を引き裂かれる激痛が産声を上げている。

 しかし、その痛みは体を切り裂く広範囲な物ではなく、一点集中の非常に小さい範囲だ。

 邪魔な刀の破片が地面に落ちて妨げが無くなると、薙ぎ払われたと思っていた得物は、先が腹部に十センチ程隠れている。

「あぐっ……!?」

 奴が少し力を込めたようで、観楼剣がズブリとさらに体の中へ抉り込む。組織と血管が損傷し、観楼剣と肉体の間からだらりと血液が漏れ出した。

 水よりも粘性がある液体が刃先を伝い、根元まで行くと鍔から滴となって地面にチタチタと落ちて行く。

「ぐっ…ああっ……!」

 倒れそうになって後ろに体が傾いたことで、地面と体に刺さっていた観楼剣が引き抜かれた。

 何だこの体。私よりも少し大きいのに、か弱すぎる。魔力を使えるからまだいいが、あの程度の出血ですでに頭がくらくらしてきている。

 倒れ込みそうになるのをギリギリで回避し、後方の木に立ったままもたれかかった。切先にこびり付いている土を払い落し、刺された腹部を握力で握り込み、出血を抑えさせる。

「~~~~っ…!!!」

 皮膚上に点在する痛点が、止血による圧迫行為で刺激され、意識がどこかへと飛びそうになった。

 紐や布で縛っている暇はない。今はこれでどうにかするしかないが、幸いにも刃は背中まで貫通したわけではないようだ。

 腹部の傷口を押さえていられれば、少しの間は時間を稼げる。

 奴といえば恍惚な表情を浮かべ、指先で拭うのも面倒になったのか、錆びた刀に付着する血を舌で舐めとっている。

 魔力で腹部にある傷周辺の腹筋を収縮させ、傷口を締め付けて出血を抑える。酸欠の様に少し頭痛がしたりするが、戦えないほどではない。

 魔力で血液を増産させ、動けなくなるまでの時間をできるだけ稼ぐ。元の体であれば体温が低く、血管が収縮して出血を抑えられたかもしれないが、この魔法使いは人間でそうもいかない。

「っ……」

 魔力で痛みを鈍化させ、傷にあまり注意が向かないように促すと、激痛だった感覚が薄まった。違和感は拭いきることはできないが、痛みを感じながら戦うなど器用なことはできない。

 傷口を押さえていた手を少し離すと、筋肉の収縮により出血が目に見えて遅い。これなら最後まで戦いきれるだろう。

 武器を飛ばしたりいきなり出現したりなどと、ふんだんに使ってくる分だけ奴の方が一枚上手だ。それをひっくり返さなければならないが、そういった方法は私の戦い方では多い物ではない。

 刀に意識を移してから、魔女を乗っ取るまでの間に作っておいたスペルカードを、魔力で手の中に作り出した。

 森の中といえど、まだ光が差し込んでくる時間帯で、魔力におぼろげな光は見えないだろう。

 奴に発見されぬよう、それを左手の平の中に隠し、観楼剣を握り込む。こういう時のために作り置きしておいてよかった。

 魔力を紙の形に作り出し、それに回路を書き込んだもので、きちんと起動するかどうかわからないが、奴を出し抜くにはこれしかない。

 痺れはまだ続いていて、ラグが若干あることは否めないが右手だけしっかり握り、左手は添える程度に、かつ、奴からスペルカードの光を感知されぬように包む。

「……」

 痛みをあまり感じていない素振り戦い、両手で刀を握っているのに攻撃が弱ければ、奴も何かしら疑いを持つ。

 強く握り込めず、本気で振るえないのは、何かしら作戦があるのだろうと。疑いの強い状態でスペルカードを使用しても、大した効果は得られない。早まってはいけないがタイミングを見計らい、次の攻防ですぐに使うことになるだろう。

 いつまでも動き出さないことに痺れを切らし、早く私を切り刻みたいという表情をしている奴は、こちらに向かって歩き出している。

 背もたれにしていた木から離れ、奴に向かって飛び付いた。数度に渡る片手で行われる攻撃の軽さに、奴は口角を上げる。

 斬撃の合間に懐へと入り、握った拳を傷口へと叩きつける。魔力で鈍化していても、雷に打たれたような激痛が腹部から背中へ走り抜ける。

「がっ…ああああああっ!!」

 痛みでのたうち回りたいのを、絶叫で自分に喝を入れる。後ろに下がりかけたのを踏ん張り、後ろに下がった異次元妖夢へ攻撃を繰り出した。

 力がロクに籠っていない斬撃は、小回りの利く攻撃によって弾き飛ばされ、腹部に一太刀入れようと、隙のできた私に向かって大振りの攻撃を送り出す。

 ここしかない。隠し持っていたスペルカードの回路へ瞬時に魔力を流し込み、起動と同時に柄を握り込む握力で粉々に砕く。

 スペルカードを抽出し、問題なく発動させた。

 回路に刻んだ手順通りに体が無理やり動き、弾かれた体勢から奴へ飛び込む低い体勢へ、僅かな時間で移った。

 大振りの攻撃が頭上を通り過ぎ、完全にやり過ごす。ここまで来れば、あとは奴を切り殺すだけだ。

「剣技『桜花閃々』」

 瞬間速度なら天狗を超えられるだろう。四メートルほどの距離を刹那の時間で駆け抜けた。

 その間に二十回を超える斬撃を繰り出し、同数に及ぶ斬性の魔力を置いて来た。スペルカードに準じ、私が命令を下すまでもなくその性質を活性化させる。

 手ごたえは十分にあった。魔力の性質により、季節外れである桜の花びらが舞い散る斬撃の雨に、異次元妖夢は包まれた。

 

 

 

「怪我人を運ぶよりも、連れてきた方が手間も時間もかからない。連れて来たわよ」

 怪我人が集まっている位置にスキマが出現すると、その中から赤と紫色という医者としては変わった服装の永琳を連れて、怪我人の一人である紫が出て来る。

 その他にも人数を集めたのか、私と比べて半分ほどの身長しかないウサギたちが、十人ほど永琳の後を追って緊張した赴きで地に足を付ける。

 侵入してからだいぶ時間が経過し、少し慣れてきた私達とは違い、慣れていないウサギたちは平常心を保つことができず、動揺しているのが表情からわかる。

「緊張しない。いつもと同じことをすればいいだけよ。とりあえず、重症人から手当たり次第にやっていくわ…各自とりかかって」

 永琳は包帯や薬など、医薬品が詰め込まれた救急箱を持っているウサギたちに、そう指示を与えて河童や天狗たちを中心に、治療を始めさせた。

 一口に薬と言っても全員に同じようにできるわけではない。症状や人種に合わせて濃度等を調節しなければならないと聞いたことがある。

 それができるのは永琳だけで、治療を施すまでの間に行う応急処置をウサギたちに任せているようだ。その手際の良さは流石といえる。

「さてと、まずは貴方からね」

 救急箱を片手に持った永琳は、比較的軽傷の私のそばに来るとそう言って、座るように促して来る。

「…私よりも重症の人がいるでしょう?そっちから先にお願い」

「駄目よ。貴方を先に治療しておかないと面倒なことになるわ」

 治療は最後に回ろうとしていたが、永琳の後方に立っている紫が速く治療を受けろ。と言わんばかりの目つきでこちらを見ている。

 紫のこともあるだろうが、永琳が言いたいのは戦える者があまりいないからだろう。鬼たちはあまりダメージを負っていないが、ゼロではない。

 かくいう私も肋骨にひびが入っている。この状態で強い人物、鬼や風見幽香などが現れれば、負傷している今は確実に勝てない。

 それを現実にしないために、一番最初に治療を受けて万全で戦いに挑めるようにしなければならない。ということか。

 これ以上ここでぐずっていては後がつっかえる。観念して彼女の治療を受けさせてもらうとしよう。

「…わかったわよ」

 地面の上であるが、贅沢は言えない。手で払っただけで砂煙が小さく舞う乾いた地面に、肋骨に負担がかからぬように座り込む。

「どこか痛めてるようだけど、怪我でもした?」

 座る動作だけでそれがわかるのか、視線を合わせるために座ろうとする永琳はそうたずねて来る。

「…多分、肋骨にヒビがある」

「そう…胸の高さまで捲らなくてもいいから、裾を持ち上げてくれる?」

 彼女に従い、腹部辺りにある服の裾を両手で掴み、胸まで行かない辺りまで持ち上げた。

「触るわよ」

「…ええ」

 手袋をしている手を伸ばし、触れる位置にある肋骨から探っていく。胸骨という胸の中央に位置している骨があるが、肋骨はそこから軟骨でくっ付き、背骨へと内部の内臓を守るように伸びている。胸骨辺りの肋骨は触られても問題は無かったが、わき腹に近づくにつれて痛みを感じ始める。

「…っ……!」

 戦っている時は魔力で痛みを軽減させ、戦闘に支障がないようにしていたが、それが無くなるとヒビでも触られただけで悶絶しそうだ。

「触ってる感じからするとこの部分だけね。骨の修復を早める薬は…」

 救急箱を開くと、透明な液体が入った小さな小瓶が大量に並べられている。小瓶の側面には薬剤名が明記されているが、読んでもさっぱりわからない。

 いくつかの薬を取り出し、指先で摘まめる程度の小さな紙コップの中へそれぞれを少しずつ流し込み、薬を調合していく。

 これまでに何百人と怪我人を見ていただけはある。その手順に迷いはなく、あっという間に入れ物が七割ほど液体で満たされた。

「折れてはいないから、三十分かそこらで骨は治る。骨以外の組織も少しやられているみたいだし、多めに見積もって四十分は動かずに安静にしてて」

 私にそう言い残し、手の平に透明な液体の入った紙コップだけを置いて行った。傷を治すためだから飲まなければならないのだが、彼女の作る薬は特に不味い。

 こんな少量すらも飲みたくないが、いつの間にか私の後ろに回っている紫が、強制的に口にねじ込んでくる前に、飲んでしまうとしよう。

 無臭で一見すると、水にしか見えない透明度の高い薬が入った紙コップの縁を唇に当て、傾けて一息に飲み込んだ。

 




次の投稿は4/18の予定です。


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東方繋華傷 第百二十四話 斬鉄剣

自由気ままに好き勝手にやっております!

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という方は第百二十四話をお楽しみください!




時間が無くてだいぶ早足で作ったので、誤字脱字等があるかもしれません。そう言った場合は報告していただけると幸いです。


「剣技『桜花閃々』」

 走り抜けつつ斬撃を浴びせるスペルカードで、観楼剣の斬撃に比べれば威力は劣る斬性の弾幕を、各所に配置する技だ。

 一瞬で異次元妖夢の姿が視界から消え失せ、息もつくことのできない速度で得物を振り回したとされる音だけが残る。

 活性化した桃色に淡く光る弾幕は、ひらひらと舞い落ちる桜の花びらの様に、空中に不規則な角度で斬撃を生み出した。

 走った後で奴に背を向けているため、当たったかどうかはわからないが、実物の刀による斬撃には手ごたえがあった。切られた直後に弾幕の範囲内から抜け出すのは、ほぼ不可能だと思われる。

 振り返って様子を確認したいが、スペルカードの使用後に起こる体の硬直に襲われた。

 四メートルという短い距離を目にもとまらぬ速度で走り抜け、二十にも及ぶ刀による斬撃を繰り出した。だが、スペルカードという都合上、全ての攻撃を奴に叩き込むことはできない。

 あらかじめ決めて置いた手順通り、駆け抜ける距離に応じて刀を振るうため、当然奴がいない場所でも空気を唸らせなければならない。

 図体がデカい化け物でもない限り、全ての攻撃を当てきることは不可能であり、奴に当てられる攻撃など3~4回が精々だ。

 一人の敵にやるとすれば非常に効率の悪いスペルカードではあるが、今回選ばれた理由としては、その攻撃範囲の広さと手数の多さ。そして、スペルカードを使用した後の時間稼ぎに使えるからだ。

 攻撃範囲の広さと手数の多さの利点はわかるだろう。奴が後方に下がったり多少横に逃げたとしても、攻撃範囲の広さと手数の多さでカバーできる。

 このスペルカードが使われた理由として、この二つは三十パーセント程度だ。残りの七十パーセントは硬直時間を稼がなければなないという物だ。

 他の人と違い、私のスペルカードは自身が大きく動かなければならない。咲夜さんは一部当てはまらないが霊夢さんや、早苗さんは魔力による弾幕等で攻撃する為、身体を酷使することは少ない。

 例としては、霊夢さんがやる夢想封印などが上げられる。スペルカードを放つために、多少体の動きを回路に組み込む必要があるが、体に負荷がかかるかと言われればそうでもないだろう。

 それに比べ、弾幕などがあまりうまく使えない私は、自分の身一つでやらなければならず、その負荷ゆえにスペルカード直後の硬直は人一倍長い。

 さらに今は自分の体ではないという部分や、いつも周りを浮遊していた半霊のいない状態、つまり存在として不完全であり、硬直は通常よりも長い物だと思われる。

 その証拠に、スペルカードの操作から体が解放されると、脳の想像していた体勢と実際の体勢の違いを修正するラグや、慣れていない身体の動き。強化されていたとしても、拭いきることのできない身体の疲れが合わさり、自分の思い通りに動かせるようになるまで想像の倍は時間がかかった。

 これがもし一撃しかやらないスペルカードだったとしたら、それはもういい的だ。今回行った剣技『桜花閃々』よりは硬直時間は短いが、それでも受け流されたり避けられた時のことを考えれば、距離を稼げるこちらの方がいいだろう。

 スペルカードを発動した時、奴との距離は一メートルで、四メートルほど進んだから、三メートルの距離を取ったことになる。

 これだけあれば攻撃を避けられていたとしても、硬直が解けるまでに到達されることは無いはずだ。

「っ…はぁっ…!」

 しかし、振り向こうとするが、体の疲労に耐えきれずに倒れ込んでしまいそうになる。手や膝を地面に着いて横たわることを防ぐが、強力なスペルカードに体が着いてこれていない。

 瞬間的であったからよかったが、運動量の多さに体温が急激に上昇し、額から弾の様な汗が流れ落ちる。

 人間で、鍛えられていない腕や足の筋肉は、魔力で強化されていても乳酸が溜まり、疲労で痙攣しているようだ。

「くっ……」

 この魔女には魔法という強い遠距離攻撃手段があるとしても、よくもまあここまで単身で生き残れたものだ。

 接近されても問題ない魔法の使い手なのかはわからないが、以前対峙した時にはそこまで強いようには感じなかった覚えがある。

 負傷していたのもあるだろうが、ここまで生き残っている実力と実際の戦闘能力が釣り合っていない。

 戦った時には片腕を切断したはずなのに、今は切断した傷跡が見当たらない。再生でもしたのだろうか。

 まるで妖怪のようだが、妖怪にしては力が弱すぎる。起きていることの矛盾に頭が付いてこないが、今はどうでもいいだろう。

 疑問を頭の隅へ押しやり、硬直から解けた体で後方を振り返る。桃色だった斬性の弾幕が、魔力を使い果たして淡青色の塵となって空中に霧散していく。

 そこの中央には、ほぼ無傷で白髪の剣士がこちらを向いて立っている。あれだけの連撃だったというのに、浴びせられた斬撃はたったの一回とは、考えたくもない。

 腹部に横向きに薙ぎ払った攻撃が当たったようだが、致命傷といえないぐらいに浅い。じわっと緑色の洋服に小さな染みを作る程度だ。

 あの大振りの攻撃をいなし、その直後にスペルカードを放ったというのに、それに反応して最初の横に薙いだ一撃以外全て避け切るとは、本当に化け物じみた奴だ。

「くそっ…」

 小さく悪態をついて刀を構え直そうとした時、何か物が破壊される破砕音が耳に届く。悠長に観楼剣を胸の前に持ち上げようとしていた私は、それに反応できなかった。握り込む観楼剣を持ち上げようとした両手を、奴に押さえ込まれるまでは。

 操っている魔女よりも異次元妖夢の方が体温が低い、触れられた箇所がヒヤリと冷たくそれで気が付けた。

「っ!?」

 奴がさっきまでいた場所には、跳躍したとされる舞い上げられた土が宙に飛散して落ち始めている。

 自分とは時間の流れが違うかのような素早い動きに、目の端で追うことすらできなかった。

 先ほどの三メートルある距離を一瞬で突っ切った速度とは対称的に、奴の振るう観楼剣はゆっくりに見えた。

 だが、それに対抗することは無理だ。押さえられたせいで腕を持ち上げ、刀を受け流す所定の位置へ持っていくことができない。

 刀を持ち上げようとする攻撃的な行動から、離れるなどの防衛的な対処へと脳を切り替えるのに、時間を食ってしまった。

 後ろに下がろうと足を後方へ伸ばし、体を運ぼうとした頃には既に観楼剣が左側の腹部に添えられ、距離を置こうと移動した体と、刃先の摩擦により切り裂かれた。

「ぐっ!」

 奴の手を振り払って後方にさがったことが逆に、自分を傷つけることになってしまったが、苛立ちを感じてなどいられない。

 逃げるために下がっていた足を、防衛のためではなく攻撃のために踏ん張らせ、左手で奴の観楼剣を掴んで固定させた。

 引き抜かせないように、血や脂で滑りやすくなっている刀身をしっかり握り込む。刃で指を切断しないように気を付け、右手では奴の首を切断するために大振りの攻撃を放った。

 腹部に添えた観楼剣を引き抜く行動がキャンセルされ、刀で受け流そうとしていた行動から、刃先に当たらないように避けるという形へ、奴は思考を切り替えなければならない。

 私の時と同様にその僅かな時間があり、これだけ近い距離であるならば、殺せなくても怪我を負わせることは可能だ。

 手や腕を使われて防御されたとしても、それごと首を跳ねるつもりで振るった刀は、文字通り防御するために差し出された左腕に直撃する。

 肘と手首の中間に切り込んだ刀を押し込み、減速させずに皮膚や肉を切り裂いた。強化されているのか、魔女の力が弱いのか異様な切り辛さがあった。

 だが、いくら切り辛くても、そんなことは些細な問題で関係ない。

 同じ鉱物で鍛えられた観楼剣や、霊夢さんが扱うお祓い棒、鬼である勇儀の肉体、月の特別な物質で作られた物の様に切れない物はあるが、その中に私の肉体は入っていない。いくら世界が違うとしても、そこは変わらないはずだ。

 自分が切られていることも忘れ、傷が大きくなってしまうことも厭わず、前へ大きく踏み出し、体重をかけて腕の切断を試みた。

 皮膚を切り裂き、筋肉すらも断裂させていく観楼剣に、ようやく自分の命が危ういことを察したのか、始めて焦りを顔に浮かばせた。

 行ける。私はそう確信し、観楼剣を握る手にも力が籠った。刀の切れ味をふんだんに使い、刀身全体を使って薙ぎ払う。

「幽々子様の、仇です…!……その命を貰い受ける…!」

 刀を握る指の感触が変わり、刃先が骨に到達したことが分かった。

 その骨を首の頸椎ごと両断するため更に力を込めるが、真っ白な骨の表面を刃先は撫でるだけで、進もうとする力が全て腕骨で打ち消されてしまった。

「なっ……!?」

 ありえない。巨大な岩や、金属でできたこん棒など、骨よりも硬度のある物を切断して来た観楼剣が、半霊一人の細い骨ごときに、ヒビを入れることすらできなかった。

「スペルカードに、幽々子様の仇……なるほど、そう言うこと。ただの猿まねじゃなくて…あなたが入っているのね、通りで太刀筋がいい」

 肉体が切られて焦りがあったものの、骨が切れないとわかるや否や、余裕で楽しげな表情に戻り、切断できないことを見せつける様に腕を押し返してきた。

「くっ…」

 ギリギリと鍔迫り合いの様になっているが、肉を断たれて血を流している奴の方が不利なはずなのに、痛みを感じないと思わせる笑みを浮かべているられるのだろうか。

 例え首の骨も同様に切断できなかったとしても、肉を削ぎ落すなどやり方などいくらでもある。

 それでも余裕でいられるのは、もう素人だと高をくくって油断しないからだろうか。骨の露出した左手で観楼剣を振り払われ、腕が捥げそうになる衝撃に体が悲鳴を上げる。

 今まで本気を出していなかったのだろうか、肩が脱臼してしまいそうになるほどに、振り払った力が強い。

「っ…!?」

 まだまだ底の見えない異次元妖夢は、切られた左手で拳を握ると、観楼剣を放さないようにしているので精一杯の私にそれを見舞った。

 拳が腹部にめり込むと、足で踏ん張りを効かせることなどできず、空中に投げ出された。宙でゆったりと錐揉みし、群生している樹齢が百年は行きそうな大きな木に背中から衝突する。

「がっ………ぁぁぁっ………!」

 叫び声など上げられない。殴られた衝撃で肺の中に入っていた空気が、押し流されてきた内臓に圧迫され、口腔から出て行ってしまった。

 押し流されてきたところからわかるが、歪み、変形した内臓には当然だが潰れ、引き裂かれるようなダメージが入っている。

 それは胸部に存在する肺にも及び、内臓によって必要以上に圧迫され、一部の肺胞が潰れるか破裂したのだろう。

 痙攣する腹部に、無理やり魔力を使って内部の腹膜を収縮させ、空気を肺に取り込んだ。出血しているらしく、咳が込み上げる。

「かはっ…げほっ…!」

 咳の回数を重ねるごとに、口の中に充満していく血の匂いと味が濃くなっていく。木にめり込んだ体がズルリと地面に落ちて倒れ込むが、立ち上がることなどできるわけがない。

 のたうち回ることもできず、腹部を押さえて咳き込む。胃腸もやられたようで、喀血と吐血が同時に起こっている。

 肺とは違う、胃が収縮して嘔吐する感覚が込み上げ、口の中に溢れて来た吐瀉物ではなく血液を地面に吐き出した。

 唇や頬、洋服が汚れる程度のことに構っていられない。一瞬でも気を抜けば意識が飛び、支配権が魔女に移ってしまう。

「がああああああああああああっ…!!!」

 喉が枯れることもお構いなしに絶叫し、意識を失わないように首の皮一枚でどうにかつなぎ止めた。

「っ……はぁっ……はぁっ…」

 呼吸もままならず、長いこと絶叫していたせいで、酸欠が起こっている。意識に雲がかかり、思考能力が一時的に低下している。

 大きく呼吸をし、できるだけ多くの酸素を肺から血管に取り込み、酸欠をできるだけ早く治さなければならない。深い呼吸を何度も繰り返す。

 そんな意識がハッキリし始めた段階でも刀を握り続け、後方からの刃の刃先の様に鋭い殺気に気が付くことができたのは、復讐への執念のおかげだろう。

 しかし、殺気に気が付けたのは私の精神的な面で、他の人物の体はついてこれていない。頭よりも1テンポ遅れて体が動き出し、振り返った額に観楼剣の頭が叩き込まれた。

「うぐっ!?」

 目の前に星がチラつき、その痛みに思考が奪われ、視覚を遮られてしまう。大きく後ろに仰け反ってしまい、今の私は相手に切ってくださいと言っているような体勢だろう。

「殺意は十分だったけど、決め手に欠ける。本当のスペルカードを見せてあげる」

 大量の魔力をつぎ込んだであろうカードを、奴はこちらに向かって投げつけて来る。後ろに仰け反っているせいで、弾き飛ばしてスペルカードの発動を阻止することもできず、ただ見ることしかできなかった。

 錆びた観楼剣を構え、それを斜めに振り下ろし、左肩から右の脇腹へ私の身体をスペルカードごと叩き切った。

「う…あぁぁっ…!!?」

 鮮血が切先にこびり付き、切傷から滲み出て来た血液が白と黒の洋服をジワリと汚す。元から血液が酸化した血痕が酷くて今更ではあるが、その量の多さに危機感が芽生える。

 どうにかして後方に逃げようとするが、そもそも奴の強烈な正拳突きを食らったダメージすらも抜けきっていない。膝が笑い、鉛のように重たい足は一向に動いてくれない。

 異次元妖夢は私をスペルカードごと切ると、その錆びついた刀を投げ捨てた。乱暴に扱われるその得物は回転しながら飛んでいき、切先が地面に刺さったものの、そこで止まる事無く金属音を鳴らして転がっていった。

 カードが破壊されていることで、既に技は発動している。プログラムされた通りの無駄のない動きで手元にスキマのようなものを作ると、その中からは砥ぎ挙げられて、太陽光を良く反射するほどに手入れが施されている観楼剣を取り出した。

「断迷剣『迷津慈航斬』」

 大量の濃密な魔力に観楼剣が覆われ、刀身の長さが二倍にも三倍にも伸びた。その練り上げられた高質な魔力を感じ、本能的にこの技で切られてはならないと脳が警笛を鳴らす。

 本能が警笛を鳴らさなくても、見ればわかる。剣の周りに纏う魔力は、まるで実体のように淡青色が強く、スペルカードを起動したところを見なければそれが本物だと錯覚してしまうだろう。

 魔力の刀は不透明で、目を凝らさなければ内部に本物の得物があるかどうかなど分からない程に高出力だ。

 私が放ってきた技など、これの半分の魔力出力も出ていない。それを受けたらどうなるか、過程の想像はつかないが、結果がどうなるかはわかる。

 まともに受ければ、こんな華奢な体など容易に両断できるだろう。

 奴は大振りに真上から観楼剣を振り下ろそうと、上段に構えた。受け止めようとそれに対して垂直に得物を構えた直後、全身の筋肉を躍動させ、腕力だけでなく体重を乗せた一撃を放ってきた。

 目にもとまらぬ早業というのは、こういう物のことを言うのだろう。早すぎるその斬撃は、長く大きいはずの刀の中間から先を視認することができない。

 それを受けきろうと体を踏ん張らせようとする寸前、本能と同時に直感が働いた。これを受け止めるのは不可能だと。

 同じ業物であるならば、受けきることは可能なはずだ。しかし、今までの攻防や今回の攻撃で、奴と私の間では、何かが決定的に違うことは肌で感じていた。

 その正体は異次元妖夢が出現させた、スキマのような物のことだろうが、おそらくそれだけではない。早すぎる移動速度や、魔力を使っていてもその体からは不釣り合いすぎる腕力。

 剣術を扱う程度の能力以外に、他の力が働いているとしか思えない。

 武術等では階級が設けられており、その階級が二つ違えば生物が違うと聞くが、その範疇を完全に逸脱しているのだ。だから仮に、奴が他人の能力を扱うことができる。と仮定する。

 いや、仮定ではなく、確定であるだろう。嫌に速い速度も高すぎる威力の打撃もこれで説明がつく。何よりそうでなければスキマなど作り出すことはできないだろうし、仮説を裏付けるように、周りにはそう言ったことができる人物たちの気配も感じない。

 これが本当だとして、そう言った能力を複数同時に扱えるとして、それを、スペルカードにも組み込まれていたとしたら、強力な力で押しつぶされることだろう。

 攻撃を受け止めるから、受け流すに対処を変更し、刀の峰を押さえる左手を柄の方へ移動し、右手の柄を握る握力を緩めようとする。

 ここで私は一つ、考慮しなければならないことを忘れていた。右腕全体の刀を振るう動作にはあまり問題は無かったが、指先での細かな操作は手が痺れ、上手く行えない事を。

 握り込むのにも一苦労だが、その逆もしかり、しっかりと握り込まれた状態から緩めるのにも、動作が一歩遅れた。

 柄を軽く握り、刀が当たると同時に傾けて受け流す予定だったが、右手が痺れて動作が遅れることで、しっかり固定された状態で奴のスペルカードを受け止めてしまった。

 鳴り響く鋭い金属音は、至近距離で発せられたせいで寺の鐘にも負けぬ劣らぬ喧噪だ。得物同士が接触すると、赤と青の火花を散らす。

 不思議と体を潰されるような圧力や、吹き飛ばされるような大きな衝撃も感じない。刀が軽く当たる小さな振動はあったが、それだけだった。

「っ……!」

 嫌な予感が脳裏をよぎる。状態を視認したり、脳で理解するよりも早く、体が変調をきたした。

 立つこともままならず膝をつき、立ち上がることができない。大事な戦闘をやり遂げなければならないという精神力や復讐心を燃やしても、踏ん張ることすらできない。

 痺れた手にようやく握る力を緩めろと言う指令が行きわたったのか、それともダメージが大きすぎたことで、自然と柄がすっぽ抜けてしまったのかはわからないが、刀を取り落としてしまう。

 落下した観楼剣は、カランと乾いた金属音を鳴らす。柄から刃の先の方へと視線を動かしていくと、ついさっきまであったはずの切先が消えていた。

 目の錯覚や、先が地面に着き刺さってしまっているわけではない。それがあった方向に視線を泳がせると、光をキラキラと反射している切断された剣先が、地面に軽く刺さって墓標のように佇んでいる。

 それを拾おうと手を伸ばそうとするが、左肩から左足の付け根まで一直線に激痛が走った。

 今までに体験したことがない程の激痛は、世に存在するあらゆる痛みの上を行き、意識が飛びかけた。

「かっ…あぁぁっ……ああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 刀が本体といえる現状で、切断されて切り離された切先に分布していた魔力の大部分を失った。

 奴の刀が当たる部分を予想し、そこに強化の魔力を集中していたことが仇となった。急激に魔力を喪失したことで自分を維持するために、魔女から主導権を奪い続けることもままならなくなった。

 視界の中に見える髪の色が白色から、黄色へと変わっていく。最初で最後のチャンスだったかもしれない悔しさに歯噛みし、己の実力不足を叱咤する。

 まだ戦う意志があり、まだ魔女を操作できる。しかし、ここからどう楽観的に見積もっても勝てるビジョンが浮かばない。

 自分を維持するので精一杯の私は、名残惜しくはあるが主導権を手放すことしかできなかった。

 

 

 妖夢にあらゆる感覚を遮断され、外部の情報が一切入ってこない。聴覚も視覚も触覚も、味覚と嗅覚さえも押さえ込まれてしまい、彼女が何をしているのか全く分からない。

 彼女が死ぬ直前の戦いでは、私は信用に値する人物ではないと判断されてしまったのか、支配権を奪われてしまったわけだ。今は五体満足で体を返してくれると彼女を信じて待つしかない。

 何度か一緒に戦うために支配権を取り返そうとしたが、彼女が戦闘中である可能性を考慮し、途中で諦めた。

 それよりも、彼女の復讐心による憎悪の感情。それらに精神を犯され、自分の軸が変わってしまわぬよう、憎悪に飲み込まれぬように精神を落ち着かせた。

 そう言った負の感情を抑えてくれた咲夜でも、かなり精神をすり減らした。妖夢のお構いなしの憎悪によく精神崩壊を起こさなかった物だ。

 妖夢が闘っているうちに、すり減った精神を回復させるとしよう。瞑想し、精神を落ち着かせる。

 あらゆる感覚が遮断されていることで、外で何が起きているのか全く分からず、不安が募る。妖夢は私の体を使って幽々子を殺した異次元妖夢を殺すつもりだろうが、いつもとは勝手が違う体で、太刀打ちできるとは思えない。

 私の体は長年魔法で戦ってきて、剣術向けの筋肉の付き方をしていない。敵が達人であればある程、不利な環境は加速する。

 信じて待つしかないと言った矢先に、彼女がやられてしまうのではないかという心配が絶えない。咲夜ならば魔力で銀ナイフの複製を作ってやればいいが、妖夢は振るう得物が本体であるため、それを破壊されてしまえば彼女は二度目の死を迎えることになる。

 ここで緊張していても、奴相手に私が出て行ったからと言って何かができるわけではない、頭を切り替えよう。

 あらゆる感覚を遮断され、まるで夢の中にいるような感覚につつまれたまま、私は精神を休養させる。

 しばらくそうして回復に努めていると、不意に夢から現実へ引っ張り出される感覚に襲われた。目覚まし時計の音で起こされるように、意識が覚醒に向かって急上昇していく。

 妖夢が主導権を明け渡したとなれば、理由は二つしかない。異次元妖夢に出会い、勝利を収めたか。敗北したか。

 期待に胸を躍らせ、あらゆる感覚器官の情報を受け取った時、始めに感じたのは脳を焦がすような激痛だった。

「あぐっ…!?…ああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 左肩から左足まで一直線に切られた痛みに促され、喉が張り裂けるほどの絶叫を漏らした。

 前のめりになり、地面に倒れ込みそうになると、目の前には折れた妖夢の観楼剣が無造作に転がっている。

「くっ…うぅ………妖…夢っ…!…妖夢…!」

 痺れる右手と、肩を切られたことで自由の利かない左手で、出血しているのも忘れて彼女のことをすくい上げる。語りかけても返事が返ってこないことはわかっていても、呼びかけずにはいられなかった。

 意識を彼女の魔力に向けてみると、戦いを始める前よりも魔力の量が格段に少なくなっている。折れた影響が大きく出ている。

「いい、その声をもっと聴かせて…!」

 早くどうにかしないといけない。そう思った矢先、非情な一言共に、目の前に立っていることに気が付けなかった異次元妖夢が、私の顔に蹴りを放つ。

「ぐぅっ!?」

 前のめりの体勢から後ろに倒れ込んでしまう。観楼剣を放すことは無かったが、四肢を投げ出してしまい、起き上がることができない。

「手加減してあげてたけど、もうだめ……殺したい……!!」

 狂気の瞳を私に向けながら、歩み寄って来る奴に攻撃しようとするが、スキマの性質を持った魔力を傍らに感じ、気が付くと左手の平から抉り込んだ観楼剣は、手の甲を貫通して地面に着き刺さっている。

「っ…!?」

 魔力で傷の修復を促進させている私の足元で歩みを止めると、手に刺さっている錆びついた得物とは違う、ピカピカに磨き上げられている観楼剣を逆手に持ち替える。

 それを大きく持ち上げると、私の腹部に向けて突き下ろした。人間が作ったどの得物よりも鋭利で鋭い刀は、ズブッと腹部に突き刺さると何の抵抗もなく背中まで貫通してしまう。

「あがっ…!?」

 今ので内臓や血管の負ったダメージなど、考えたくもない。肩にある痛みのせいで絶叫するほどの激しい激痛は感じないが、それはいいこととは言えない。

 貫通した観楼剣を引き抜くと角度や場所を変え、再度刺突してくる。

「いっ……!!…あぐっ…!……ひぎっ…!!」

 刺されるごとに悲鳴が口から洩れ、それがこの行為の鼓舞となってしまっている。口が左右に裂けるように笑っている異次元妖夢が、また突き刺そうと腕に力を込めた時、視界の外から伸びて来た手にそれを妨げられた。

「…………」

 先ほどまで嬉しそうに、楽しそうに何度も串刺しにしていた異次元妖夢の表情が一変。獣のように瞳は見開かれ、殺気を醸し出して刺突を止めた人物を見上げる。

「いつまで経っても帰ってこないと思っていたら、こんなことをしていたんですね。彼女を殺せば元も子もありませんよ。そんなこともわからないんですか?妖夢」

 聞き覚えのある声は、こちらの世界では死んでしまっている咲夜の物だ。頬や腕に古い傷があり、それがやはり異次元咲夜であることを物語る。

「うるさい……邪魔を、するな…!」

 腕を振り払い、血脂まみれの観楼剣を異次元咲夜へと向け、警告を言い放つ。敵意を剥き出しな異次元妖夢とは違い、いたって冷静なままメイドは銀ナイフを魔力で作り出す。

「わからないのであれば、分からせましょう。それでも理解できないのなら殺します。」

 淡々と言い放ったメイドは、両手に持った銀ナイフを逆手に持ち替え、戦闘体勢に入る。庭師も通常の構えへ戻ると、押しつぶされそうなほどに重圧な殺気を放つ。

 二人の姿がブレたと思うと、残像となって消え、得物同士を打ち合わせたと思われる剣圧が発生する。

 爆発のようなそれを至近距離からモロに食らう。左手を観楼剣で固定されていたが、刀自体も衝撃波に当てられ、一緒に後方へ吹き飛ばされた。

 地面をバウンドし、真っ赤な血と肉片の赤い道を作りながら転がる。生きているのが不思議なぐらい重症の私は、手に刺さっていた刀を引き抜き、傍らに投げ捨てた。

 戦いに夢中となって、私が逃げ出していることにも気が付いていない二人から、回復しながらできるだけ距離を置かなければならない。

 腹部の傷を集中的に治療しつつ、肩の傷を押さえ、傷のある肩や腹部を庇いながら森の中を走り出す。出血が止まらず、自分が通った場所がわかってしまうが、今はそんなことを気にしている余裕はない。

 刀が折れたことで、背負っていた鞘にスムーズに帯刀することができたが、どう逃げるか思いつかない。

 血の跡があり、負傷している状態でどちらか片方が追ってきた時点で積みだ。今どこを逃げているのかもわからず、他の妖怪に出くわしてもどの道やられてしまう。

「っ……はぁ…っ……はぁっ……はぁっ…!」

 魔力による回復で少し出血が収まってきているが、止まっているわけではない。

 貧血でいくら呼吸しても、酸素が全身に行きわたっていない。これでは近いうちに酸欠か、血液を急激に失ったことで全身の臓器が機能を発揮できず、ショックを併発して倒れてしまうだろう。

 頭痛が起こり、頭がくらくらして来た。脳を回転させることができず、ぼんやりと歩を進めていると、注意力が散漫になっていた事もあり、地中から外に露出した木の根に足を取られ、獣道を外れて崖に近い急な斜面を転げ落ちる。

「うあああああああああああああっ!?」

 どこかに掴まることなどできるわけがない。そもそもそんな事を実行できるほど、脳が働いていない。

 頭をぶつけ、背中を打ちつける。足や腕だけでなく肩に至るまであらゆる場所を地面とも壁とも言える土や木にぶつけた。

 次にどこが叩きつけられるのか予想できず、されるがままに斜面を転がっていると、予期せぬタイミングで体に浮遊感を感じた。

 斜面が途切れ、その先は崖になっていたようだ。しかし、どれだけの高さがあるかわからないが、崖ができるほど高い山だったのだろうか。ぼんやりとそんなことを考えていると、全身を冷たい液体に包まれた。

「ごぼっ…!」

 口から漏れた空気や、勢いよく飛び込んだことで、服の内側などにあった空気が気泡となって目の前に膨れ上がる。それを見て水中に投げ出されたと理解するのに、数秒かかった。

 山の中ということもあり、かなりの急流のようだ。泳ぐこともできずにもみくちゃにされ、下流に向かって流された。

 冷たい水だ。体温の半分ほどの水温しかなく、その冷水に当てられたおかげでぼやけた脳が少しだけはっきりとする。だが、これも長くは続かないだろう。

 肺に水が入らぬよう、魔力で体を浮遊させ、水面から頭を突き出した。

「ぷはっ…!」

 考えが定まらず、入水してからしばらく水底を流されていたから呼吸が乱れ、水中から出ると荒々しく喘いだ。

「はぁ…はぁっ…!」

 このまま逃げられればいいのだが、一番の問題はここからどう岸に上がるかだ。早く上がり過ぎれば連中に掴まる可能性が高くなり、遅すぎれば出血のし過ぎで意識を失うことになる。

 奴らに掴まりたくないが、意識を失ったまま川の中を流れたくもない。しかし、もう意識が混濁してきてしまっている。肩と腹部の刺突の怪我による出血が、非常に多すぎるのだ。

 このまま流されていたのであれば、異次元霊夢を倒す以前に溺れてしまう。早く水の中から出てしまおうとするが、意識の朦朧の方が足が速い。

 岸辺に生息している草や木、何でもいいから掴むために手を伸ばそうとするが、傷口から新しく血のにじむ左手は、持ち上がらずに水中へと沈んで行った。

 それに続いて糸のようにか細かった意識は、つなぎ止めることもできずに断ち切れた。

 




次は5/16に投稿する予定です。

5月からはリアルが忙しくなるので、投稿頻度が落ちる可能性があります。


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東方繋華傷 第百二十五話 リスク

投稿期間が開いてしまい誠に申し訳ございません。

風邪ではございませんが、入院していました。

退院することはできましたが、体調管理をきちんとしなければならないという事で、時折投稿が遅れてしまうことがあるかもしれません。

ご理解をいただければ幸いです。


できれば定期的に投稿はしていきたいと思っていますが、投稿できない場合は後書きに書き込みます。


 せせらぎの決して大きくはない水の音。その大きさや穏やかな様子から、かなりの下流であることがわかる。

 ここ数日間で空が雨模様になったことはない。比較的天気の良い日がずっと続いていたおかげで、川底の砂や泥が舞い上げられ、濁っているということは無い。

 太陽の西日を受け、絶えず波打ち続けている水面が鏡のように光を反射し、キラキラと綺麗に輝いている。夏だからこそ、楽しんでみることのできる景色の一つだ。

 目を皿のようにして川を観察すると、川底の一番深い中央辺りには黒い影が小さく体をくねらせて泳いでいる。

 水の流れに逆らって、その位置に居続けているのは、魚だ。幻想郷には海がない、泳いでいるのは当然ながら淡水魚だ。

 ここらの水は飲み水で使えるほどに綺麗だ。そこにいる魚も当然汚いわけがない。今日の晩御飯にするため、少し前にここよりも上流に仕掛けていた罠を見に行かなければならないな。自分の分だけでなく、他の人の分もあるから沢山かかっていると良いが。

 こんな殺伐とした状況でなければ、一日中ボーッと地面に固定した釣り竿や水面に浮かぶ浮きを眺めて居たいものだ。もう十年はやっていない。

 少し話が逸れてしまったが、私がここにわざわざ来た理由は、十年以上前から使い続けている木の桶に、この綺麗な川の水を汲むためである。

「……」

 しかし、絶対に見たくない物というか、絶対に会いたくない人物を見てしまったことで、少々現実逃避をしていた。

 最近、いろいろな所で戦闘が起こり、博麗の巫女の活動が活発になって喧しいとは思っていたが、そう言うことか。

「喧しくなるはずだね」

 何度か地震のような衝撃を感じていたが、それによってここまで飛んできたのか、傍らには岩が転がっている。

 岩だと思ったそれの表面には、加工した痕跡が見て取れる。壁や床に使われているものだと想像でき、街の方向から飛んできていることがわかる。

 この場所に止まるまで、直前に何度か地面をバウンドしたらしく、瓦礫には乾いた土がこびり付いている。

 家か道、どちらに使われているかわからないが、私の頭よりも一回りも二回りも大きいその瓦礫は、この川に沿って生い茂っている木々の一部をなぎ倒した。

 複数本倒れている内一本が川の中に倒れ込み、枝が水中に何本も伸びている。会いたくなかった人物の服が、それにひっかがったようだ。

「霧雨魔理沙……君をまたこの目で見ることになるとはね」

 顔は子供っぽさが少し残っているのは否めないが、大人びた容姿になって、どちらかといえば美人という枠組みに入る。少し見違えた。

 私がいるのに動き出さないところを見ると、意識を失っているということがわかる。何があってそこにいるのだろうか。

 ここに来ていたが、街の方から飛んできた瓦礫が木をなぎ倒し、それに巻き込まれたと考えるのは強引すぎる。

 どちらかといえば、気絶するほどの戦闘がこの川の上流付近で行われており、相打ちか敗北によって、川に落ちてここまで流されてきた。と考える方が自然だ。

 木の枝に服がひっかがってから、どれだけの時間あそこで漂っているのかはわからないが、助けてやった方がいいのだろうか。

 正直な所、関わりたくない。ここから見ていてもわかるほどに彼女が真っ青な顔をしているのは、長いこと川に浸かっているからなのか。それとも、戦闘による大量出血による物なのか。

「……」

 どちらなのかは、彼女を水中から引っ張り上げなければ分からないが。そもそも、前者だろうが後者だろうが、気絶して川に落ちている時点で何かに追われている可能性が非常に大きい。

 彼女を助けて戦争に巻き込まれるリスクを孕むのであれば、このまま放置して見殺しにし、自分の身を守る方が利己的にはいいだろう。

 だが、この戦争を終わらせるのであれば、確実に彼女がキーとなるはずだ。いい意味でも、悪い意味でも。

 それがどちらになるかは、ほとんど戦いにかかわっていない私には、到底わからないがね。

「…」

 助けたところで、私に何ができるのかという部分はある。自分の分を賄うので精一杯なのに、他人の分まで衣食住の他に、治療等を担うのは厳しいところがある。

 私は妖怪だからご飯を食べずに過ごすことは可能であるが、いざという時に頭が働かないと困るし、食事というのは精神を豊かにする。

 ストレスの多いこの状況下で、楽しみの一つが無くなるのは精神衛生上大変よろしくない。

 まあ、それについてはどうとでもなるが、やはり私が一番恐れているのは自分の身の安全だ。

 こうしている間にも追手が迫っていると考えたら、一秒でも早く動いた方がいいのだろうが、動けずに悩んでいるのは、私が彼女に期待しているからだ。

 十年続いたこの悪夢のような戦争が、ようやく終わってくれるのではないだろうか。という淡い期待。

 いつ終わるかわからない。いつ自分が見つかるかわからない。いつ自分が殺されるかわからない。先の見えない真っ暗な生き地獄。目隠しをして、綱渡りでもしているようだった。

 そんな生活に終止符が打たれるとしたら、巻き込まれてしまうリスクを負ってもいいのではないか。という思いもある。

 しかしそう言った思いは、嫌気がさすほどに続く、この状況から生まれたやけくそな部分であることは否定できない。

「………」

 私にしては長い熟考。数十秒もの間、霧雨魔理沙と睨めっこをしていたが、結論が出た。家で待つ彼女達には悪いが、連れて帰ろう。

 水辺の濡れないギリギリの位置でしゃがみ込み、古びた桶の縁を水面に着け、流れる水の力を使って桶の中に水を汲んでいく。

 八分目か九分目まで透明な液体で満たされた。重量的に空の時の数倍は重くなった桶を、水辺から離れた場所に置き、私は履いた靴を脱いだ。

 服はいいが靴は乾くのに時間がかかる。濡れると面倒だろう。幸いにも周辺に転がっている石は、水に流されて行く過程で削れて丸みを帯びた物ばかりだ。仮に踏んだとしても、足を傷つけることは無いはずだ。

 人間の発育しきっていない少女とそう変わらない小さな足が、水面を跳ねさせ、泥を踏みしめる。

 気温が高い中を歩いてきたことで、熱を帯びていた肌から水が熱を一気に奪う。小さな足の指の間から泥が通っていく、滑らかではあるがざらついた久しく感じていなかった感触がする。

 緩やかに見えて、川の流れというのは意外と強い。流されないよう、倒れた木の幹をしっかりと掴み、霧雨魔理沙のいる位置までゆっくりと伝って行く。

 遠くから見たら真っ青な顔で、生きているのかと疑いたくなるほど生的な動きが見えなかったが、閉じている口が僅かに緩んで、そこから小さく呼吸している。

 枝に絡まっているのが川の中腹で、そこは水深1メートル程度だ。私の体はほとんど沈んでしまう。川底を歩くよりも泳いだ方が進む効率はいい。

 私よりも少し図体がデカい。やせ形とは言え、泳ぎながらでは確実に流される。体を魔力で強化し、弛緩しきって川の流れに身を任せている彼女の腕に手を伸ばした。

 細い腕を掴むと冷たい水と体温がそう変わらない程に、彼女の体は冷え切っている。早く引っ張り出してやらなければならない。

 枝と服が絡んでいるのかと思っていたが、枝に体がうまい具合にひっかがっているだけだったため、予想よりも時間がかからずに霧雨魔理沙を運び出すことに成功した。

 行きはよかったが帰りは、自分の体重よりも重い物体を担いだ状態で帰らなければならない。

 謝って木の幹から手を滑らせないよう、細心の注意を払って運ばなければならないだろう。

 もし流されて彼女とバラバラになったとしても、私は泳いで岸にたどり着けるし彼女を助けに行くこともできる。

 しかし、他の第三者に連れて帰っているところを見られ、襲われたら確実に今までの苦労が水の泡だ。気を付けなければならない。

 私は非常に弱い。人間相手でも成人女性であれば多分負ける。だから絶対に見つからぬよう行動しなければ。

 岸が近くなり、水の浮力で霧雨魔理沙を軽く感じていれた部分が、水位が低下することで自分へのしかかって来る。

「うっ…」

 重たかったが、ようやく水流に流されない位置に運ぶことができた。と言っても岸に引き上げる頃には抱えることができず、泥や湿った土の上をズルズルと引きずるので精一杯だった。

 掴んでいた腕を放すと、彼女に意識がないことを助長するように、泥だらけの土の上に自然に落ちた。

「はぁ…はぁ…」

 これだけの大仕事をしたのはいつぶりだろうか。前線に出ないからと怠慢な日々を送っていたが、少しでも修行しておけばよかったと、少し後悔している。

 まあ、その後悔も長くは続かないだろう。運び、彼女を助けることができれば、私の役目は終わり。そこからその鍛えた腕力を使う機会が訪れることは無いからだ。

 だが、

「………。どうやって家まで運ぶか」

 ここから百メートルほど離れた家に、私が一人で運ばなければならないと考えると、もうちょっとだけ大いに後悔していた方がよさそうだ。

 体を魔力で再度強化し、ボロボロの魔女服を着ている彼女の腕を両手で掴む。襟首でもつかめれば楽だが、服がかなりボロボロで、結構きわどい。運んでいる最中に破れでもしたら困る。

 そういう時に目なんか覚まされてみろ、まるで私が襲っているように見られてしまう。それで殺されるなんて、間抜けなことになりたくはない。

 桶は一度ここに放置することにする。彼女を運びながら桶を持っていくなんて、私の力では不可能と断言しよう。

「うーーーっ…!!」

 精一杯彼女の腕を引くと、ズルッと重たい体が岸から森に向かって動き出す。しかし、その初動の遅さたるやカタツムリ並みだ。

 一度動かせれば、あとは一定の力で動かし続ければいいだけだが、その一定の力が全力に等しく、十メートルも運ばぬうちに息が上がってきてしまう。

 常時力んでいるせいで腕や足に乳酸が溜まってしまい、手を握っている腕がブルブルと小さく震えだしてしまった。

「ぜぇ…ぜぇ…!!」

 急激に体内の酸素が消費され、筋肉が酸欠を起こし、引っ張り始めた時の様なフルパワーを出し続けることができなくなっていく。

 いつしか動き出し始めの半分もスピードが出なくなってくると、霧雨魔理沙の体は地面との摩擦の方が引く力よりも勝り、止まってしまう。

「くぅっ………!!!」

 体をつっかえ棒のように伸ばして引っ張るが、まるで効果がない。そのうちに握力も無くなっていたようで、濡れた肌に指を滑らせて手を放してしまった。

「うわっ!?」

 後ろに大きく尻餅をついてしまった私は、すぐに立ち上がろうとするが、手も足も疲労で動かせずにヘタレてしまった。

「ぜぇ……ぜぇ……!」

 川から家の道のりの半分も来ていない。まだまだ頑張らねばならないが、酷く疲れた。自分の身体能力がここまで低いとは思っていなかった。

 たった数十メートル運ぶだけで、数日間ずっと寝込んでいられそうなほどに疲れた。途中でぶん投げたい衝動に駆られるが、ここで止めてしまってはリスクを犯した意味が無くなってしまう。

 気合を入れ直さなければならない。が、それでも少しの間休まなければ彼女を運ぶことができない。

 近くの木を背もたれにして呼吸を整えることにした。額や濡れた服の下で汗をダラダラかいている。服が濡れているから、まだ体温の上昇は緩やかであるが、それでも汗をかくほどには暑い。

 サワサワと、葉っぱを弱々しく左右に揺らす程度の風がそよ吹くが、それでも今の私にはエアコンのクーラー並みに気持ちがいい。

 運動で火照った体は水が蒸発する力を使って、体温を下げて行く。五分も休めば汗も止まるだろう。

「はぁ……」

 小さくため息を付いて息を整えようとしていたが、ふと彼女が気絶している理由が何かわかっていないことを思い出す。

 見つけた時には、霧雨魔理沙が戻ってきたという動揺から、そこまで考えが至っていなかったが、よくよく思い出せば、彼女はなぜ気絶したまま目を覚まさない。

 一度疑問が浮かぶと、体が疲れていても自然とボロボロの霧雨魔理沙に歩み寄っていた。ロクに身体を調べていなかったが、上向けに横たわっている彼女を見下ろした。

 なぜここまで服がボロボロなのに、出血や裂傷などが見られないのか不思議な部分は一部あるが、それよりも肩から足にかけての切り傷が酷い。出血はほとんど見られないが、左腕がまだ肩にひっついているのが不思議なほどだ。

 それに続いて、腹部の刺し傷。これも酷いものだ。こちらもほとんど出血は見られないが、人間ならそのままショック死してしまうような大怪我だ。

 彼女、運がいい。上流方向で戦い、この怪我を負って川に落ちたとしたら、その水温の低さにより、血管が収縮して出血が少なくなっていたのだろう。

 でなければ、とっくの昔に出血多量によりそこらで野たれ死んでいただろう。いや、運がいいとは言えないな。死ねなかったのだから。彼女はこれからもこの地獄を、戦い抜かなければならないのだ。

 彼女が闘っていたことは確定し、先ほど運んできた岸辺には私の桶を置いたままだ。戦っていた人物が追って来ていれば、地面に残った引きずる痕からもこの場所がばれてしまう。

 危機感により疲れも忘れ、弾かれたように走り出し、岸辺に置かれている桶を拾い上げた。その場に留まらずに近くの草むらへ直ぐに逃げ、周りを注意深く見回した。

 しばらく様子を見るが、この辺りには誰もいない。追っての影や、岸辺を第三者が歩いた後は無い。いつも通りの風景だ。

 瓦礫によって木がなぎ倒されているが、それの影響で葉っぱが付いたままの枝が近くに落ちている。

 それを拾い上げ、岸に残っている私の足跡、霧雨魔理沙を引きずった跡を消した。この近くは天狗たちのテリトリーで、そこから来た可能性がある。

 一応私も彼女も水に浸かったため、匂いはしばらくしないはず。出血もほとんど収まっていたことから、匂いでの追跡はほとんどできないだろう。

 森の木陰に入り、薄っすらと残っている私たちの痕跡を丁寧に消していく。この辺りは木が密生していて日の光が入りにくく、草があまり生えていない。

 踏み固められて草の生えない獣道ではなく、自然な物であるため追跡は難しいだろう。

 桶を片手に痕跡を消していると、すぐに霧雨魔理沙の元に到着する。離れた時と変わらず、死んだように横たわっている。

 今の間に死んでしまったかに思え、彼女の口元に耳を寄せると、弱々しいが呼吸はしている。人間は脆い、早く帰って治療しなければならない。

 火事場の馬鹿力が働いたのと、運び方のコツを掴んできたのか、始めの時よりもスムーズに彼女を運ぶことができた。

 一度目の倍の距離を運び、ようやく見慣れた我が家に着いた。我が家と言っても、始めてみた人物からすれば、本当に家?と聞かれるだろう。

 博麗の巫女や天狗たちから空から見つからぬよう、巨大な大樹を丸々カモフラージュに使った家だ。一見すれば。樹齢が千年を超えるただの木だろう。

 冬になれば葉っぱが落ちて空から丸見えになってしまうため、木の上に部屋は作れなかった。

 部屋を作ってあるのは地下だ。入り口は木の根元辺りで、草や土を盛って注意深く見てもわからぬようにしてある。

 大きな木の根元まで歩き、草や土を手でよかすと、自然の物ではない木の扉が出て来る。

 私専用の扉であるから、霧雨魔理沙には少し狭く感じるかもしれないが、彼女も一般的な成人女性と比較すれば、スレンダーで小柄な方だ。問題なく通れるだろう。

 ドアノブを握り、捻ってこちら側へ引っ張ると、錆びついた蝶番が擦れる不快な音と共にゆっくりと開いた。

 太陽の光に照らされ、簡素で誰がどう見ても素人が作ったとわかる階段が現れる。薄暗く、一番下の段まで見えない。

 近くに倒れている彼女の手を引き、この階段をゆっくりとおろしてやった。踏み間違えないよう、慣れてはいるが一段一段しっかりと板を踏みしめる。

 壁や天井にも板を張っているから、崩落によって生き埋めになる心配はない。そろそろ補強は必要かもしれないが、住み始めてから一度も崩れたりはしていないから大丈夫だろう。

 一度階段を上がり、扉を閉じた際に外から見て違和感が生じないように、草や土を扉周辺に盛り上げた。

 扉を開けて体を半分外に出しながらそれをしているため、閉めた時に草や土がずれてしまうことがある。完成を想像しながら丁寧にカモフラージュしていき、準備ができたら草や土が崩れぬようにゆっくりと扉を閉めた。

「………ふう」

 外ではいつ誰に見られているかわからないが、ここまで来れば少し安心することができる。見られたり、追われていなければ、だが。

 私は今回大きく動いた。ミスを残していないか不安が残るが、痕跡もすべて消したし、この場所も、見られていなければ見つけることはまず不可能だろう。

 大丈夫だと自分に言い聞かせ、私は扉から離れて地下に向かって階段を下りる。外から光がほとんど入ってこないこの場所は、天気の悪い夜よりも暗い。

 霧雨魔理沙を踏まぬよう手探りで場所を探ると、体温が段々と戻っているほのかに暖かい肌に指が触れた。

 それが体のどこなのかわからなかったが、もう少し探るとそれは足の様だ。スカートの裾ぽい物もあり、大体の体の向きがわかった。

 手や顔を踏まぬように跨ぎ、連れて来た時と同じく、手を引っ張って引きずり始めた。この廊下から、自室に入るのに扉が一枚ある。そこに近づいていくごとに騒がしい声が響いてくる。

 静かにしているようにと言っておいたはずだが、外までこの声は漏れていなかったからまあいいとするか。

 私が自作したのではなく、外から運び込んだ扉を設置したもので、気密性が高くてあまり外に音が漏れないから、苦労した甲斐はあるという物か。

 ドアノブを捻って押し開けると、さっきまで喧しかったのが嘘のように静まり返った。驚いたわけではなく、私に怯えているのだ。

「ただいま」

 一応、コミュニケーションを取ろうと挨拶をするが、まだ信用できる人物ではないと判定されているようだ。

 それも仕方がない。会ってからまだ間もないし、ガタガタ震えて泣きそうになっている彼女たちを匿うために連れてきたとはいえ、そっちからすればどうなるかわからないから恐怖であろう。

「お、おかえりなさい…」

 複数いるうちの一人が返事を返してくれるが、完全に声がひきつり、怯えている様子だ。それでも初めて出くわした時よりも少しマシぐらいだ。

 まあ、返事を返してくれただけいいとしよう。匿うためとはいえ、森で怯えていた彼女たちを半ば無理やり連れて来たのだから。

 ぎくしゃくした関係が続くのは、こちらとしてもやりずらいが、彼女たちにも目的があり、ずっと一緒にいるわけでもないからいいだろう。

「すまないがそこの君。彼女を運ぶのを手伝ってくれないかい?」

 蝋燭や松明、僅かな日の光で照らされている少し薄暗い部屋の中では、私が誰に言っているのかはわからなかったようだ。

 当人たちが顔を見合わせ、誰に言っているだろうと首をかしげている。彼女たちの会話を聞いていて、一番しっかりしている印象を受けた少女に頼むとしよう。

「大妖精、君のことだ」

 緑の髪や背中から生えている羽をビクッと揺らす。まさか自分が呼ばれているとは思っていなかったのか、座り込んでいた少女は飛び起きてこちらに走って来る。

「す、すみません…!」

「謝らなくてもいい。君は足を持ってもらえるかい?」

 やってもらいたいことを伝えると、まだ緊張している様子はあるが、すぐに霧雨魔理沙の足を持ち、私の歩調に合わせて運び始める。

 そう言えば、私を殺さないことが前提で、仲間として連れてきてしまっていた。急いでいてそこまで頭が回っていなかったな。

 でも、もし意識があり、運ばれていることがわかっていながらも、それに身を任せているのであれば、敵意は無い。と思う。

 敵意があったとすれば、ここに来るまでの段階で分かる。様子を見るという可能性があるが、大妖精と二人で運んでいても彼女は重たい。意識があれば、運ばれているうちにどうしても骨格上苦しい体勢もあるだろう。それを少しでも緩和しようと体重移動があるはずだが、それもない。

 結論から言えば彼女の敵意はわからないが、意識がないことだけは推測できる。

「そこのベットに寝かせてやる前に、一度椅子に座らせよう」

「は、はい…!」

 私よりも少し身長の高いぐらいの大妖精でも、霧雨魔理沙は重いようだ。顔を真っ赤にして必死について来ている。

 私にはあまり家具を作り出す技術は無い。だから、人のいなくなった街から持ってきた、自分で使うのには少し大きいが、彼女にすればちょうどいい椅子に二人がかりで座らせた。

 ぐったりは相変わらずで、横に倒れ込みそうになったのを慌てて大妖精が横から支えた。腕の中に全体重をかけてもたれ掛かられ、必死に押し返している。

 反対側から魔女の腕を引いて座らせる手伝いをすると、ようやく押し返せたようだ。椅子の背もたれに寄りかからせる。

「ふぅ……くたびれた。…君も手伝ってくれてありがとう」

「いいえ、大丈夫です……それよりも、この人…」

 私が礼を述べると、それに対しては自然に答えるが、明らかに敵意を剥き出しにし、霧雨魔理沙に視線を向けた。

「彼女がどうかしたのか?」

「その、私たちの世界で、敵だったんです」

「……そうか。確かかい?」

「はい。紅魔館の咲夜さんと、守矢神社の早苗さんを殺したって、聞かされました」

「……」

 少しどころではなく、かなり驚いた。十年前の彼女はそんなことをする人物ではなかったはずだ。

 魔力に意識を向けて探ると、うる覚えであるが魔力の波長は、十年前に疾走した霧雨魔理沙と一致する。あれを境に変わった可能性も捨てきれないし、ちょっと話を聞いてみることにするか。

「そうか、それは残念だったね。でも、十年前と比較すると、だいぶ性格や考えに違いがある。本当なのかい?君らと手を組んで、こちら側の人間と戦っていそうだけど」

「性格とか考えっていうのは、話したことがないのでわからないんですが……敵の霊夢さんたちが現れて、少ししてから現れたので…敵じゃないかって思ったんです」

「へ?…少ししてから現れた?この子が?」

 薄暗いため見間違いをしているかと思い、蝋燭の火を近づけ、大妖精に霧雨魔理沙の顔がよく見えるようにしながら再度聞いた。

「はい」

 おかしい。なんだか腑に落ちない。彼女は十年前に霊夢達に襲われて別の世界へと逃げた。それを見つけるために、霊夢達は十年の歳月をかけて探していた。普通なら彼女が潜伏していた世界にたどり着くはずで、そこから戦いになったのであればうなづける。

 しかし、探している霊夢達の後に現れたということは、逆に彼女も霊夢達を探していたということになるが、お互いが探している先で鉢合わせする確率など、いったい何%だというのだろうか。

 天文学的な数値で、現実的ではない。世界の数や世界を渡るというのにどういった法則があるのかはわからないが、霊夢達は途中で見失ってしまったようだから、十年探し回った。しかし、逃げ切れた霧雨魔理沙はここの場所を知っているはずだ。直接ここに来なかった理由がわからない。

 世界を渡っていたということは、霊夢達を倒せる自信があったから探していたということになる。それならば、尚更直接来ない理由にならない。

 例え、いくつもある世界でたまたま鉢合わせしたとしても、向こう側の世界の住人を攻撃するほど彼女もバカではなかったはずだ。

 霧雨魔理沙と私の世界の霊夢達が敵対していたとしても、攻撃された相手から見れば、どちらも変わらない同じ敵だ。

 それならば、絶対に移動先の住人と手を組んだ方が利口である。しかし、タイミング的に敵として見られた可能性はあるが、殺すのは明らかにやり過ぎである。

 現在の彼女がどういう人間か全くわからないから否定できないが、なんだか確率の問題や直接帰ってこなかった理由、殺しの話を聞くと現実的じゃない感じがする。

 しかし、自分の力量も測れぬバカ者であるならば、こうしてやられている理由にもなるが、あまり話したことは無かったが、十年前はしっかりした子で頭もそれなりに良かったはずで、決して愚か者ではなかった。

 分からないことが多いが、何かの理由で戦いにこの世界まで来たというのは、本当なのだろうか。

 大妖精が彼女の名前を言っていない。つまりは知らないということになる。大妖精が言っていることの裏付けになるが、にわかには信じられない。

 たまたまそう言ったことが起こった、で済ませるのには無理がある。大妖精も又聞きのようだし、もしかしたら解釈を間違っているのかもしれない。いろいろと頭の隅に置いて話を聞くとしよう。

 頭を捻って結論を出せずにいると、黄色の髪と赤色の髪飾りを揺らし、大妖精と肩を並べる程度のルーミアが霧雨魔理沙の顔を覗き込んだ。

「あー?この人見たことがあるのだー」

 なぜか目を輝かせ、真っ赤な舌を犬歯の間から覗かせて嬉しそうに言うと、チルノや小傘たちから注目が集まる。

「どんな人だった?」

 こちらからの質問から、自分たちの聞かされている人物と少し解離していたのだろう。私が問うよりも早く、魔女を挟んで反対側に立っていた大妖精が訪ねた。

「おいしかったのだー」

 そう言えば君はそう言うやつだったな。私の立てた推測を裏付けるような事を聞ければよかったが、それは無理そうだ。

 というか、そっち側の紅魔館のメイドや、守矢神社の巫女がどれほど強いのかわからないが、その二人を殺したとされる人物に噛みついてよく生きて居られたな。

「…」

 それよりも、彼女たちの話が本当であるならば、このままここに霧雨魔理沙を置いておくわけにはいかなくなってしまった。起きた瞬間にみんな殺される。

「いや、そうじゃなくて…。様子とか……」

 ここまで運んだが、すぐに運び出さなければならなくなってしまった。彼女たちはまだ私に対して緊張した様子だが、手伝ってもらおう。いつ爆発するかわからない時限爆弾なのだ、四の五の言っている暇はない。誰に手伝ってもらうかを考えていると、大妖精は根気よく聞きたいことを訪ねている。

「うーんとねー。気絶させられたけど全然弱かったぞー?」

 さっきから言っていることが矛盾しっぱなしだ。咲夜たちを殺せる実力を持つと片方では言われ、もう片方は弱かったと言う。

 どっちが本当なんだ?大妖精の情報は又聞きということで、少し信憑性が薄い。もしかしたら、私の世界側の霊夢達が殺したのが形が変わって、霧雨魔理沙になったという可能性がある。

 それに対してルーミアのは直接見たり感じた物だ。こちらの方が信憑性が高まるが、話し方が抜けている感じがして、少し疑心感を持っている。参考程度にもう少し聞いてみるとしよう。

「少しだけ詳しく教えてくれるかい?」

「うん。何日か前にお腹がすいてたから飛んでたのだー。」

 やばい。まともな情報を聞き出せる気がしない。

「そ、それで?」

 半ばあきらめながら、彼女にその続きを促した。こちらから聞き出しておいて、聞くのを止めるのは失礼だろう。

「おいしそうな匂いがしたから、逃げられないように抱き着いたのだー」

「抱きつけたのかい?」

「うん。そしたら、なんか驚いて困った顔してた」

「困った顔…?」

 驚いたというのは抱き着かれたからだろうが、どれほどの実力を持つメイドと巫女かは知らないが、その二人を殺せるのに随分と警戒が緩いな。まあ、こういったもの一つ一つにつっかがっていたら話が進まないからスルーしよう。疲れて注意力が散漫になったとかだろう。

 困った顔というのはどういうことだろうか。抱き着かれたことに対する困った顔なのか、接近されてしまって攻撃ができないということで困った顔なのか。

「うん、なんか、こんな顔してた。おいしそうな匂いがしてたし、食べていい人間か聞いたら、何か言っていた気がするけど忘れちゃった。それで逃げちゃうかもしれないし、噛みついたのだー」

 ルーミアは困った顔を作るが、まったく参考にならない。しかし、困った顔をしたというのは本当だろう。

 私は人食いでないから理解できないが、そう言った連中は決まって表情を見る。恐怖を感じた肉の方が上手いなどと聞くが、そうではなく表情もその食事を上等にするスパイスになるのだ。

 だから、人食い妖怪は洞察力が優れている奴が多い。表情から来る感情を理解できればそれだけ食事が充実するからな。

 今までは恐怖を顔に張り付ける者が多かった中で、珍しく驚いて困った顔をしていたということで、記憶に残ったのだろう。言ったことは忘れているが、それだけは覚えていた。

 時系列的にルーミアが霧雨魔理沙に食いついたのが何時かわからない。会った時にはまだ敵対していなかったのか、敵対した後に食いついたのか。

 そこは重要だ。敵対する前なら敵意をあまり見せたくなかったから殺さなかったとなるからな。しかし後者ならまた矛盾が生じる。敵対しているのに殺さない理由はない。

「それが何時だったか覚えてはいるかい?…例えば、その紅魔館のメイドが殺される前とか殺される後とか」

「その、気絶したルーミアちゃんを助けたのが私なんですが…確か殺される前でした」

 そうなると、彼女は敵対する前であれば、話が通じる人物ということになるのだが、ここに置いておくか迷う所ではある。

 敵対する前とは言ったものの、敵か味方かを見分ける会話をしてくれるのが、私達一人一人個人に当てはまるのかは彼女の考え方次第だ。敵か味方をグループ全体で見るのであれば、その時点でどちらの博麗の巫女も敵対しているため、敵意のない私も攻撃の対象となる。

 顎に手をかけたまま考え込む。大妖精やルーミアの言っていることを鵜呑みにして、攻撃されるリスクを取って彼女をここから運び出すか、話が通じる可能性を取ってここに居させるか。

「……」

 自分の身の安全を考えるのであれば、鵜呑みにするべきなのだろう。しかし、矛盾が多い。先に上げた確率の問題もそうなのだが、彼女たちの世界の住人を二人殺しているという点が一番腑に落ちない。

 博麗の巫女を倒す手助けを頼み、それを断られたから殺すなど幼稚なことこの上ないし、攻撃されたとしても、殺した時点で行動に矛盾がある。

 百歩譲って十年前のことを解決するため、博麗の巫女たちが襲っている世界に偶然入り込んだとすると。関係ない人物を巻き込んで殺したとなれば、やっていることはこの世界の博麗の巫女たちと変わらない。本末転倒だ。

 どちらが本当なのかわからなくなってきた。もしかしたら、両方外れているかもしれない。私の持っている彼女に対する情報は非常に古く、大妖精たちの情報は又聞きだ。どちらも信憑性が無い。

「その、どう…するんですか?」

 考え込んで押し黙ってしまっている私に、椅子の反対側に立っている大妖精は、背もたれにもたれかかっている魔女の肩を支えながら呟いた。

「ちょっと待っててくれ、今考えてる」

 そうはいったものの、解決策が全く思い浮かばない。ずっと熟考しているが、どちらの意見も食い違いがあり、どちらにも可能性があって私の思考を優柔不断にさせているのだ。

「……」

 なぜ、私はここまで霧雨魔理沙の肩を持っているのだろうか。しっかり者で優しかった人物は十年も前のことだ。十年という長い期間があれば、人格に大きく影響を及ぼすことだってあるだろう。

 今まで考えたことが無駄になってしまうが、そう言う人物としてしまえば、ある程度のことが説明できてしまう。

 しかし、それをさせまいとしている私は、戦争を終わらせたいとしているからだろう。推測に私情を持ち込んでしまえば、真実は見えなくなってしまう。

 あまり時間は使いたくないが、今一度、客観的に推測しなければならない。そう思い、熟考に移ろうとしていると、大妖精の息を飲む小さな呼吸音が聞こえてくる。

 どこを見るでもなく、泳がせていた視線を彼女の方へ向けると目を見開いており、表情は真っ青に血の気が引いていく。

 大妖精の視線は私ではなく、背もたれに体を預けていた魔女の方へと向いている。こちらからは、髪が邪魔をして表情を隠してしまっている。

 確認のために正面に回り込み、少々乱暴になってしまったが、下に傾いていた頭を持ち上げると、ぼんやりと意識が混濁している様子が見て取れる霧雨魔理沙と目が合った。

 始めは私を認識できていなかったのだろう。そこらの風景と同じように脳が処理してしまい、瞳は緩慢な動きでここがどこかを大雑把に知ろうとした。

 時間の経過や、顔に触れたことによる外部からの刺激に脳が活性化し、私のことを一人の人物として認識したようだ。

 彼女はこちらを敵と判断しているのか、脳が処理するや否や即座に正面に回り込んでいた私の胸を両手で突き飛ばした。

「うっ!?」

 私はすぐ後ろに配置されていた木でできた机の縁に腰を打ち、魔女は力任せに突き飛ばしたようで、椅子が後ろへと傾いていく。

 咄嗟にバランスをとることができなかったようで、頭を木の床に、背中を椅子の背もたれに打ち付けた。絞り出した痛々しい声を短く発する。

 肩に触れて霧雨魔理沙を支えていた大妖精や、部屋の隅でこちらを眺めて居たリグルは恐怖心を捨てきれないのか、悲鳴を上げて近くにいた人物にしがみついている。

 よく見れば悲鳴を上げなかったチルノやルーミアは、悲鳴を上げられなかっただけで十分に怯えている。それが彼女個人に対する物なのか、元からある恐怖心が誘発されたのかはわからないが、油断せずに彼女を観察することにした。

 もし敵ならば彼女は手負いだ。倒すことはできなくても、無理に連れてきてしまった大妖精たちを逃がすぐらいの時間なら稼げるかもしれない。

 魔女が攻撃に移ろうとしたその時に、弾幕で撃ち抜こうと構えていたが、こちらに危害を加えようとするとしたら、遅すぎる速度で倒れた椅子から立ち上がる。

「うっ……ぐっ……」

 肩や腹部の傷が痛むのか、うめき声を漏らしながらも床に手を付き、見てるこちら側が心配になる程、おぼつかない足取りで立ち上がろうとしている。

 数十秒も時間をたっぷりと使って上体を持ち上げ、震える足で簡素な木の床を踏みしめた。

 まるで生後間もない動物が、自らの足で大地に立つようだ。疲労し、出血が加速する身体では、中々胴体を支えることができない。あらゆる筋肉を収縮させて力もうと、歯を食いしばる擦過音がこちらにまで聞こえてくる。

 やっとの思いで私の方向に向き直り、体を振るえる足で支えた。だが、立ち上がったのも束の間だった。

 ぐらりと後ろに傾く体を腹筋等で引き戻すことができず、大きく後ろへとよろけた。床と同様に簡素な木の板が張られただけの壁に、ほぼ全体重を乗せて寄りかかった。

 背中を打ちつけた衝撃で落とされたのか、天井部から乾いた砂がパラパラと彼女の周りに落ちて行く。

「はぁ…はぁ……」

 出血で、もう体を思い通りに動かすことができないのだろう。それだけで息が上がってしまったようだ。

 起き上がった際に傷口が開いたのか、苦悶の表情を浮かべている魔女は、数秒という短い時間を使って腹部の痛みを押さえ込もうと、血の溢れる腹部を左手で押さえている。

「あまり無理に動かない方がいい。傷口が開けば、低体温で押さえられていた出血が酷くなる」

 混乱している彼女をあまり刺激しないように、できるだけ優しく、穏やかな口調を心がけて声をかけた。その対応に対する答えは、攻撃的に向けられた右手から、聞くまでもなかった。

 彼女は魔女だ。その向けてきている手のひらから魔法を放ってくるのだろうが、それにしては攻撃性がない。

 以前、彼女と同様の魔女の戦いぶりを見たことがあるが、大量の魔方陣を辺りに召還していた。その様子がないことから攻撃するつもりはないのだろうか。

 いや、一口に魔女と言っても様々な者がいる。人形を使って、紅魔館の魔女のように大量の魔方陣を出現させるタイプではない魔女もいた。

 霧雨魔理沙がどのタイプの魔女なのかわからないうちは、こちらも警戒を解かない方がいいだろう。

「……どうする、つもりだ」

 息も絶え絶えな彼女の呟いた言葉で、聞き取ることができたのはその部分だけだった。何に対してどうするつもりだと聞いているのかわからなかったが、状況からすれば、自分をどうするつもりだと聞いたのだろう。

「君をどうこうするつもりはない。何かをするつもりがあるとすれば、君を助けるために治療をするぐらいだ。……私は君に危害を加えない。だから、その右手を下ろしてもらえるとありがたい」

 ただ立っている状態でも、彼女はかなり無理をしているようだ。腹部や肩から流れ出た血液がチタチタと滴り、茶色い床に黒い染みを作っていく。

 彼女は話せばわかる人間だと、この段階で既にわかっている。でなければ手のひらを向けられた時点で魔法で撃ち抜かれていたはずだ。それが無かったことから、敵意がないことを示せば、おそらく攻撃態勢を解いてくれるだろう。

 本格的な治療はできないが、早いところ応急処置に移りたい。それには急がず焦らず、彼女を落ち着かせなければならない。

「そんなの……いくらでも……言い訳、できるだろ……!!」

「ああ、そうだ。それについては否定はしない。…でも、私が君をどうにかしようとしているとして、悠長に椅子に座らせると思うかい?危害を加えるつもりなら、紐か布でも使って縛り上げているだろうし……そもそもこんなところに運び込まない」

 言葉だけでなく、私のしていた行動で敵意のないことを示す。混乱しているとは言え、これで通じてくれることを願う。落ち着けとその手を下げる様に促すが、脂汗を額に浮かべる彼女には、伝わっていないようだ。

「お前…自体に、敵意が無くても………お仲間は、どうなんだよ……!」

 一瞬保護をしたチルノたちのことを言っているのかと思ったが、妙蓮寺のご主人や聖のことを聞いているのだろう。

「……君の言うお仲間とは、十年前に縁を切ったよ。まだつながりがあるなら、君は薄暗い地下ではなく…綺麗で明るい屋敷にいると思わないかい?………それに、そうであったならば…彼女たちも生きてはいまい」

 視線をチルノたちの方へ向けると、彼女たちは肩を小さく揺らすが、会話の流れや今までから私は危害を加えないとわかっているようだ。霧雨魔理沙よりもこちらに対しての視線には怯えがない。

「……」

 そこで初めてチルノや大妖精がいることに気が付いたようだ。思い当たる部分や、うなづける部分があったのか、私やチルノたちを映す瞳に動揺が浮かぶ。

「重症の怪我をしていても、私じゃ君を抑えられない。とりあえずその手を下ろしてくれ、怖くて会話もできない」

 私は両手を上げて攻撃する意図がないことを現すが、警戒心の高い彼女は手の平をこちらに向けたまま、左右でわずかに色の違う瞳で睨んでくる。

 信用できるか、できないかをどう定めるか考えているようだ。

「自分を…弱いと、自称してるが………それなのに、どうやって……十年……生き、延びたんだ…?」

 腕を上げたままでいるのも辛くなってきたようだ。持ち上げようとしても、下がっていく右手を腹部へ運び、両手で抑え込みつつそうたずねて来る。

「期を見て逃げたからだよ。一度捜索の目が入った場所は調べが甘かったり、調べること自体がされない。そのうちに隠れた…それだけのことだよ」

 生き延びれた理由さえ伝えればいいのに、なぜかそのまま私は余計な話を続けてしまう。

「…………何というか…。私は怖かったんだ。あれだけ大事に掲げていた理念や倫理をあっさりと捨て、力を手に入れられると…狂気に染まっていくご主人や聖がね。………仲の良かった寺の友人が目の前で手にかけられれば、手にかけた人物と一緒に入れるほど、私の神経は図太くはない。逃げれば殺されるとわかっていても、逃げずにはいられなかったよ」

 こちらに敵意がないことを示さなければならないのに、その時のことを思い出し、十年間溜めこんでいた、恐怖の感情を吐き出す行為を止めることができない。溜まりに溜まったそれを、息をつく間もなく投げつけていく。

「君なら、分かるんじゃないかな……元人間の魔法使いは、不死になったんじゃない…ただ延命しているだけだ。妖怪と違ってベースが人間だからね。……それに聖は封印されていた期間が長かった分、魔法使いで居られる期間は極端に短かった。最後の時が近づいてる状態で……死の恐怖を極端に恐れる彼女の前に、不安を無くすことができる話が舞い込めば、それに乗らないわけがない」

 そこまで話し終え、更に口を開こうとしてハッと気が付いた。霧雨魔理沙を信用させなければならなかったのに、十年間人としゃべらなかった弊害か、感情の制御ができずに熱くなってしまった。

「そうか、そいつは…残念だったな。……じゃあ、聞くが………なぜ、私を…助けたんだぜ……」

 あれだけ長々と話したが、もう彼女の頭は話を理解できなかったのか、短く返答を返して質問を投げかけてきた。

「これの始まりは君だった。戦争に終止符を打つことができるのも、君次第だと思う。だからリスクを負って、ここまで連れて来た」

「……私たちの…世界からきた……チルノ…たちは、信用できる……力なんて…もん、求めて、ないからな……でも、お前は…ここの、人間だ。……信用…でき………」

 ここまで説明してきたが、相手からは信用に値しないと決められてしまったようで、次に続く予想できる言葉を待っているが、彼女は話しを詰まらせた。

「?」

 血のにじむ腹部を抑えていたが、青ざめている顔の瞳が見開かれ、その小さく頼りない体をビクリと揺らした。

「あっ……かぁ……っ!?」

 片手を口元に急いで運ぶが、そんなものは無意味で、ゴボッと喉が水気の強い音を鳴らすと、頬を膨らませ開かれた小さな唇の間から、真っ赤な血液を吐き出した。

 片手では当然とどめ切れない。腹部から滴っていた血液の上回る量を、一度に吐血し、床にビシャビシャと赤い液体で池を作る。

 長く話し込みすぎたようだ。おぼろげな瞳をこちらへ向けるが、そこに霧雨魔理沙の意識は感じられない。すでに失神している。

 壁に背を預けていたが、前かがみに血を吐き出したことで重心が前に移動しようだ。背中を壁に押し付けたまま、座り込むように倒れるのではなく。膝をつき、上半身を前に投げ出し、受け身を取らずに顔から床に倒れ込んだ。

 明らかに大丈夫ではない。素人でもそんなことはわかっている。

「彼女を助ける。君たち、手伝ってくれないかい?」

 焦りだけが押し出されぬよう、できるだけ冷静を装いながら、部屋の隅で固まっている妖精と妖怪たちに声をかける。

 が、積極的に動き出そうとする素振りが見えない。前提として、大妖精たちの中に霧雨魔理沙が敵であるという刷り込みがあり、助けることに不満があるようだ。

 しかし、先の会話で私の推測が当たり、彼女たちの話が間違っていることが証明された。私たちの世界からきたチルノたちは信用できる。注意すべきは私たちの世界。これは、霧雨魔理沙が彼女たちの世界にいたことを示している。

 やはり、別の世界を攻撃している所に、たまたま鉢合わせるなど、ありえないほどに低い確率のガチャを、彼女は振っていなかったようだ。

 もしかしたら、何らかの方法で記憶の改ざんがあったのかもしれない。なぜなら、戦闘の途中などで、霧雨魔理沙だけの記憶を消されれば、時間差を置いて現れたという説明がつく。

 もし、他の世界から渡って来たのであれば矛盾が生じる。他の世界から渡ってきたばかりの魔女が、敵対している勢力に信用を置くわけがない。

「不満はあるだろうが、いいから手伝ってくれないかい?この戦いを終わらせられるかもしれないんだ」

 ここに連れて来た時と同様に、私は半ば無理やりに彼女たちを手伝わせることにした。ネズミの様な尻尾を左右に揺らしつつ、先ほどよりも強めに言葉を放った。

 




次の投稿は5/23の予定です。


誤字等がございましたら、ご連絡ください。


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東方繋華傷 第百二十六話 迫る




自由気ままに好き勝手にやっております!!

それでもええで!
という方のみ第百二十六話をお楽しみください!!


中の人があんまり頭がよくないから、説明文が意味不明なことがあるかもしれませんが、その時は優しく指定してやってください。


 生きている人間が人生の中で、危険なことに首を突っ込まなかったり、酷い病気を患ったりしなければ、まずその倒れ方をすることは無いだろう。

 意識を保てず、受け身を取ることすらできなかった魔女は、自分が吐き出した真っ赤な液体の中に崩れ落ちた。

「かっ………ぁ……」

「…」

 その様子を見ながら、冷静に状況を分析する。これまでと、あれだけの出血があったわけだから、彼女の体内に残っている血液の量は、だいぶ少なくなっているはずだ。

 今できることを整理し、順序を組み立てていくが、治療という治療はできない。例え十分な医療に対する知識があったとしても、ここでは本格的な処置はすることができない。

 ここにある物はほとんどが日用品で、その数は必要最低限だ。治療に使える針や糸など、道具の一つでもあったらよかったのだが、この家は永遠亭ではないから当然そんなものは無い。

 いや、治療することができる道具を持っていても、私には使いこなすことはできない。どの傷に対して、どういった治療法を施せばいいのかという知識はあるが、その道具をどう使って、どこまでやればその処置として十分なのか。

 また、どのようにすればその道具は操作できるのか。私の知識は、その部分が決定的に欠けている。

 そこまで重症の怪我をすることは無かったし、この十年でも料理やその他の狩猟以外で、怪我をする事態があるとすれば、その時が私の最後だと思っていたから、あえてそう言った書物を読まなかったという所はある。

 それでも、備えあれば患いなしという事で、ほとんどのウサギが殺された永遠亭から、包帯や消毒液などを少し拝借したことを思い出した。

 それを使うべきなのは、当然今だろう。この際出し惜しみは無しでいこう。ここまで苦労して、彼女に死なれれば元も子もない。

 だが、私が行えるのはあくまでも応急処置であって、治療ではない。延命させてあとは彼女の回復力に任せるしかないのだ。

「大妖精とミスティア、君たちは彼女の服を脱がせてくれるかい?応急処置をするのに、邪魔だし、衛生的に良くないから」

 あまり進んで応急処置に協力したくない様子であるが、私に無理やり促され、渋々立ち上がる。

 霧雨魔理沙を助けるのには、彼女たちの助けが必要不可欠だ。私一人では圧倒的に手が足りない。少しでも協力してくれるよう、声をかけた。

「今の会話でわからなかったかい?私はともかく、彼女は君たちに攻撃するつもりはないよ」

 そもそも彼女たちの世界の人間だったと推測できるから、こちらから攻撃をしかけない限りは、霧雨魔理沙は何もしないだろう。

 そう思っていると、霧雨魔理沙の方へ歩み寄り、体を起こしてあげている二人の内、一人が私に対して質問を投げかけて来る。

「その、嘘を付いているってことは……無いんですか?自分が…助けてもらうために」

 思ったよりも大妖精は賢い子だ。しっかりしていてもオドオドしていて頼りないが、ある程度知恵が回り、質問ついては否定しずらい部分を付いてくる。でも、そこで答えが出せないのが惜しいところだ。

「いや、無いよ。もし自分が助かりたいのであれば、医療に対する知識を持っていそうな私に次いで、君たちを信用すると言っただろうが、それは無かったからね」

 まあ、理由はほかにもあるが、彼女にはこれで十分だろう。言いくるめられた大妖精はミスティアと力を合わせ、一緒にベットの方へと抱えて運んでいく。

 寝かせると、すぐにボロボロで汚れたり破けて、魔女の服に到底見えない服を脱がせ始めた。

「チルノ。君は2人が服を脱がせたら傷口を冷やして、出血を抑えさせてくれないかい?私はそのうちに包帯を持ってくるよ」

 チルノにそう伝えると、大妖精が従っている様子を見て、渋る必要が無くなったと判断したのか、だいぶ素直に移動していく。

 もう何年も棚から出していない救急箱を取りに行こうとすると、さっきから黙ったままだった小傘が歩み寄って来る。

「わちきは、そのうちに何をしてればいい?」

 大きな赤い舌をべーっと突き出している閉じた傘を片手に、話しかけて来る。

 青い髪に、青と赤のオッドアイという変わった特徴の少女は、何かしていないと不安なのか、自分だけ何もしないのが悪いと思っているのだろうか。

 あまり作業する人数が多いと、かえって邪魔になってしまうことがあり、何かしてもらうのであれば慎重に決めよう。

「…」

 どうするか考えていると、赤青の瞳と目が合った。随分昔に死んでしまった友人とは別の個体であるが、友人の一人と話すことができて嬉しい。だが、今は私情を挟んでいる暇はない。

「あー。そうだな。君は……」

 どうせなら何かしてもらいたいのだが。どうしてもらうかを考えていると、服を脱がせようとしている二人が、力を合わせて肩から下げるバックを脱がしている。

 思えば彼女が現在着ていた服はボロボロで、一度脱いだら多分もう着直すことはできないだろう。そうなると、着る服がないことになってしまう。

 私の家には当然だが、彼女が着れるサイズの服がない。代わりの服を鞄の中に入れて持ち歩いてくれたのならば、その辺りを心配しなくてもよくなる。

「彼女の持ち物に服がないか探してみてくれないかい?治療した後に着せたいんだ。ただ、びしょびしょに濡れているだろうから、魔力を使ってすぐに乾かしてくれないかい?」

「わかった!」

 カラカラと下駄で木の乾いた音を立て、ベットの方へと歩いて行く。傘を持ったまま、大妖精から水を吸って重たい鞄を受け取っている。蓋をしているボタンをはずし、やりずらそうに片手で中を探り始めた。

 傘を置いてからそれをやればいいのに、持ったままやっているのがまた彼女らしい。昔を思い出して感傷に浸りそうになるが、自分の目的を思い出し、救急箱の置かれている棚に向かった。

 一度外で分解し、部屋の中へ運び込んで組み立て直したのだが、あれからもう8年は立っている。湿気の多いこの部屋では、蝶番は錆びて立て付けが悪い。油をさしたり、交換などできるわけがないから、我慢しながら使っている。

 金属の取っ手を掴み、力いっぱい引くと、外まで聞こえてしまうのではないかと思う程、大きな軋む音を立てて棚が開く。

 定期的に掃除しているとは言え、永遠亭から拝借して来た白が主体で、赤色に十字の模様のある箱には、薄く埃が被っている。

 蓋は金属の金具で止められている。片手で外せる構造になっていて、指ではじくとパチンと軽い音を立てて外れた。簡単に外れたのは、錆びてはいるが棚の扉よりも金具自体が小さいから、摩擦力があまり働かなかったのだろう。

 ゲームなどでよく見る宝箱のように開く救急箱を開けると、永遠亭から持ち出してきた当時と配置は変わらない。

 トイレットペーパーのように巻かれた包帯が、かなりの数入っている。絆創膏や湿布もあり、奥にはガーゼもある。端の方には、消毒液の入ったガラスの容器が置いてあった。

 消毒液はだいぶ古い代物で、使えるだろうか。使用できる期間が決まっていて、それを過ぎると殺菌効果を失う可能性もあるな。

 いや、封を切っていない消毒液を選んできた。開けた奴よりも酸化は遅く、殺菌効果自体は新品よりは少し劣るだろうが、これでもおおむね問題はないだろう。無いよりはましだ。

 大妖精たちは、ボロボロの服を丁寧に脱がしていて、ようやく脱がし終えたところのようだ。血だらけの裸体が露わになる。その傍らに持ち出した救急箱を置いた。

「うあ………」

 ミスティアはこういう物を見るのに慣れていないのか、口元を押さえ、後ろに後ずさった。まあ、屋台で料理しているような子だから仕方がないか。

 見ると傷口から血が滲んて来ている。私情で悪いが、そのベットの布団は一枚しかない。汚されると非常に困る。開けっ放しのタンスへと戻り、バスタオルを何枚か取り出した。

 二人に霧雨魔理沙の体を抱えてもらい、ベットが汚れないように下にバスタオルを敷いた。彼女には皆に裸体を見られることになって申し訳ないが、治療のために我慢してもらおう。

 多少の配慮として、体の下に敷かなかったバスタオルを、胸元と股間部分に軽くかけた。これだけのことをしていても、身じろぎの一つもしないというのは、本当に危険だろう。

「チルノ、お腹周りと肩から足までの切り傷周辺を冷やしてもらえるかい?」

「う、うん」

 二つ返事でないのは、妖精と違って彼女にはまだ迷いがあるのか、何か不安なことがあるのだろうか。いや、おそらく傷のグロテスクさに圧倒されているだけなのだろう。

 断ったり突っぱねることは無いが、不安が滲む表情のまま指先から冷気を出し、傷周辺を冷やしていく。これで出血をもう少し抑えられるはずだ。

 次は、どうするか。傷を塞いで止血しなければならないが、方法としては焼いたりする原始的な方法が上げられるが、乙女の体に焼き痕を付けるのは気が引ける。これは最終手段だ。

 輸血などの本格的な治療はここではできない。応急処置としては、やはり圧迫して行うのがセオリーだろう。

 しかし、傷が塞がるまで何十分、もしかしたら何時間も私達で押さえていることは不可能だ。ならば包帯を少しきつめにまけばいいのではと思うが、これだけ怪我の範囲が広ければ、手持ちの包帯では圧倒的に足りない。

 お腹周りにある複数の刺し傷を圧迫するので精一杯だ。仕方がないが肩の傷は、手持ちのバスタオルで、呼吸に支障がない程度に縛るしかないだろう。

 だが、清潔とは言い切れないタオルを、直接傷につけるわけにはいかない。救急箱にはガーゼが入っていた、それを腹部と肩の傷に一枚かませてから巻くことにしよう。

 救急箱から畳まれたがーぜーを複数枚取り出す前に、消毒液の封を開け、両手に振りかけて手指の雑菌を死滅させる。

 綺麗になった手でガーゼと包帯を取ろうとした時、霧雨魔理沙の傷が目に入った。怪我をしているのだから、傷があるのは当たり前なのだが、運んできた時よりも肩や腹部の傷が、一回り小さくなっているように見えた。

「ん…?」

 思わず声が漏れる。自分の見間違いだという事はわかる。チルノが冷気で冷やしたことで肉体の一部が収縮してそう見えるとか、薄暗いからそう見えるだとか理由はそんなところだ。でも、あまりにも大きさが違うように見えて、傷をマジマジと見てしまった。

 私が傷に向かって顔を寄せたことで、何かあったのかと両側にいた大妖精やチルノが、同じようにお腹を覗き込む。

 気のせいだったのであれば、そのまま応急処置に移ったのだが、五秒ほど眺めていると、ほんの少しずつではあるが、彼女の腹部の傷や肩の傷が段々と小さくなっていく。

「………」

 川の水で体が冷やされたから出血が抑えられたのでは、と最初は思っていたが、恒温動物の体温を維持し続けようとする性質があるのに、あそこまで体が冷え切っていた。となれば当然長時間あそこに浸かっていたか、長時間川に流されていたことになる。

 それだけ長い時間経過していれば、冷やされていたとしても傷口からは絶えず血液が流れ続ける。

 彼女の戦っていた状況はわからないが、川に落ちるまでの時間もあるし、魔力が使えるとはいえ、普通は死んでいる。

 そう言った要素で、大量出血をしていたくせに、死んでいなかった事や、やたらと服はボロボロなのに、今回のを除いて怪我をあまりしていない部分で不振には思っていたが、死ななかった理由はこれか。

 そして、理解することができた。彼女がこの世界の幻想郷全体から狙われているのは、おそらくこの力だと。

 そうと脳で理解していたとしても、今のを見たかと。両側の二人に顔を向けずにはいられなかった。青色と緑色の少女はどちらも言葉を失い、霧雨魔理沙のことを見下ろしている。

 すぐ後ろでバックの中から服を見つけた。と元気に言う小傘の声がやたらと遠くに聞こえた。そのまま乾かしてくれと、声を掛けたかったが、混乱していて言葉が出ない。

 青ざめているのは変わりないが、傷の痛みから苦しそうにしていた呼吸は、傷が小さくなって痛みが引いていくごとに、安定した物へとなって行く。

 私が処置を施すまでもなく、小さくなっていった切り傷、刺し傷はうっすらと古傷の様な跡を残し、綺麗さっぱりと消えていった。時間にして十分も経っていないだろう。

「「「…………」」」

 私たちが言葉を失うのも無理はない。妖怪でも見ることのない、常識はずれの回復力に、目が飛び出てしまうほどに驚いた。つまるところ驚愕である。

 私や妖精の身分では当たり前で、鬼や仙人、神などレベルの高い妖怪でさえも拝むことのできないその治癒力は、人間の、それもただの魔法使いが発揮していいものでは……。

 ここまでできる彼女を、人間として定義していいのか疑問ではある。発揮できている時点で、人間を辞めていると言わざるを得ない。

 しかも、その力は治癒力だけでなく、十年前の様な攻撃にもおそらく転用できる。と思う。でなければ、奴らが十年も粘着するわけがない。

 こんな力、狙われないわけがない。力の奪い方など、私には見当もつかないが、もし、この力を博麗の巫女が手に入れてしまったとしたら、考えるだけでも恐ろしい。とても言葉にはできない。

 だが、ここまでできる魔女は、味方に居れば逆に心強くはある。青ざめているのも段々と引いてきているように見えるのは、もう見間違いではないだろう。

 いろいろやっていたから、運んでいた時から時間は、30分かそこらは経過している。回復する条件というのがよくわからないが、もしこういうペースでずっと回復できるのであれば、切られた時は相当な傷だっただろう。

 だが、この治りの速さであれば、欠損さえしなければ二十分から三十分ほどで完治できていただろう。すさまじい回復力を発揮するのには条件があるのだろうか。

「……」

 まあ、それはいいか。傷が無くなって失神する要因が無くなったら、目を覚ましてしまうかもしれない。そこで裸であったらまた彼女は混乱して、今度こそ撃ち抜かれるだろう。それはごめんだ。

「小傘、乾かした洋服をくれないかい?」

 寝ている魔女から目を離し、後ろを振り返ると、リグルやミスティアと一緒に、服が吸ってしまった水を魔力で蒸発させているところだ。

 絞って水を切ってからやらなかったのか、もう少し時間がかかりそうだ。そう思っていると、もう少し待ってと彼女達から待ってがかかる。

「わかった」

 その間に血まみれの体を拭いているとしよう。せっかく服を新しくしたのに、体が汚れたままではあまり意味が無くなってしまう。

 水の入った桶に、まだ残っていたバスタオルを鎮め、十分に水を含ませた。川から汲んで来たばかりという事で、長く手を突っ込んでいれば、悴んでしまうと思えるほど冷たい。

 バスタオルを引き上げ、捩じって水気を絞っていると、そう言えば自分も川に入ってびしょ濡れだったことを思い出した。これが終わったら着替えなければならない。ぼんやりと別のことを考えながら絞り終える。

 霧雨魔理沙が敵ではないとわかったことで、少し気持ちに余裕ができて他のことにも頭が回るようになってきた。

 そういえば、大妖精はこの薄暗い地下の中でも、霧雨魔理沙の顔をしっかり判別することができていた。

 それと言うのは、一度は顔をはっきりと見分けられる距離まで、近づいたという事になると解釈しても相違ないだろう。

 それだけ近づけば、元から敵対していない霧雨魔理沙は、近づいて来た大妖精にも当然何か話すはずだ。ルーミアの時と同様に。なのになぜ、大妖精は話したことがないと言ったのだろうか。

 霧雨魔理沙を運んできた時と同じく、疑問に思うことがあると直ぐに調べたくなってしまう性分が働き、彼女を信じられない眼付きで見ている大妖精に問いかける。

「大妖精。君に一つ質問してもいいかい」

「は、はい。何でしょうか?」

 まだ、こうやって面と向かって話すことには慣れていないのか、あからさまに驚いた様子だ。

「いや、大したことじゃあないんだが、君はこんなに薄暗い部屋の中でも、彼女の顔を判別できたのに、なんで性格がわからなかったり、話したことが無かったんだい?……さっきのやり取りからわかる通り、あそこまで瀕死なのに私と彼女は対話した。暗い中でも顔を判別できる程度に、はっきりと顔を見るほど接近したのなら、会話は必然的にすると思うのだけれど」

 そう聞きながら濡れたタオルを持ってベットの方へ戻り、まだ裸で寝ている彼女の体を、血まみれの部分を中心にふき取っていく。

「ええっと、この人と会ったのは……今回が、初めて………ですが……」

 言っている途中から、自分の言っている事が変なことに彼女も気が付いたようだ。段々と途切れ途切れになって行く。やはり、記憶が改ざんされているというのは当たっていそうだ。

 咄嗟に出てくる言葉や、考えに知らない部分がある。ここまで完璧に長時間記憶の改ざんができているから、精巧に作られた術か魔法なのだろうが、完ぺきではない。言動や一部の思考に矛盾が生じている。

「君は、周りから聞いた話だけで、見たこともないのに彼女が十六夜咲夜と、東風谷早苗を殺したとされる人物だと確定できたのかい?そんなに詳しく容姿を説明されたのかい?」

「い、いえ……ただ、魔女の恰好をしていると」

 ある程度頭が回るが故に、動揺している大妖精はなぜそう言えたのかわからないと、頭を抱えている。

 服装で判断したというのは今回は無理だ。彼女は度重なる戦闘でかなり服がボロボロだった。泥や血、破れたり切られたりで原型が殆どなかった。何かの戦闘装束のようにもみえ、初めて見たとしたら人物が魔女の服と認識するのは難しい。魔女のとんがり帽子を被っているわけでもないからな。

 記憶の改ざんが濃厚というよりは、もうほとんど確定できるだろう。でなければ、こんな意味不明な事を大妖精は言い出さないだろう。

「何でこんなこと言えたんでしょう。何だか、気持ち悪いです…」

「まあ、仕方がないさ。なぜそうなったのかは、そのうち分かると思うよ」

 疑問を解こうとしているが、もし私が説明したとし、噛み砕いてなるほどと記憶改ざんを理解させたとしても、認めることはできないだろう。

 なぜなら、改ざんされた側は何の記憶もなく、改ざんされた記憶が正しいとまかり通っているからだ。いくらそういうことをされたと説明しても、自分の記憶が正しいと思いたいのが生物の常だろう。それに自分が実際に見聞きしたこと、感じた事、体験したことは本人の中では絶対だからな。

 だって、考えてみてほしい。本人からしたらつい昨日会って、喧嘩した人物がいたとしよう。第三者が来て、君はずっと前から喧嘩した人と何度も会ってる。と言われても、は?としかならないだろう。

 たとえ知らないはずの情報を咄嗟に口に出しても、それまでの間の記憶がないため、ただ単にたまたま思いついただけと言い訳できる。

「そう、ですか」

 まあ、大妖精はそこまで頭は固くないだろうが、横からあれこれ言って混乱させるものでもないだろう。

 動揺している大妖精をしり目に、後ろを振り返ると、ようやく小傘たちは霧雨魔理沙の洋服を魔力で乾かし終えたようだ。

 服からは白い蒸気が上がり、濡れていた時と布の色が違う。それが全体に広がっているから、触っていなくてもキチンと乾ききっているのがわかる。

「ありがとう。乾いたようだし、貸してもらえるかい?」

「うん、いいよ」

 いつまでも裸にさせているわけにはいかない。魔力の作用で熱くなっている服を受け取ると、熱すぎて飛び上がりかけた。

「熱っ!?」

 温めていた本人たちは、熱くなっているのはわかっていて、魔力で熱を遮断しているが、ここまで熱くなっているとは思わなかった。すぐに手を離したから、火傷とまではいかなかったのは幸いだ。

 彼女たちと同様に指先を魔力で保護をして、洋服を受け取った。バサバサと大きく振って熱を空気中に逃がした。

 何度か振ると、魔力の保護なしでも触っていられる程度に温度が下がって来る。人肌よりも暖かく、夏に着るのには温かすぎるが、彼女は体温が下がっている。着てしばらくすれば、ちょうど良くなっていることだろう。他の者たちの手を借り、全員がかりで服を着させた。意識のない人間に服を着させることの難しさを、改めて実感した。

 

 悪戦苦闘しながらも、十分ほどの時間をかけて着替えを終えた。それでも起きない所を見ると、気絶しているのだろう。

 私用のベットの大きさが心配だったが、ギリギリ足が飛び出ないぐらいの身長で助かった。安定した呼吸を続け、あまり心配する必要のなくなった彼女に肩まで布団をかけてやり、ベットの縁に座り込んだ。

「はぁ…」

 この短時間でいろいろなことが起こりすぎて、少々疲れた。それは彼女たちも同じなのだろうが、私よりも元気そうに見えるのは、この状況に年レベルで長く晒されていないからだろう。

 椅子に座ったり、私と同じく霧雨魔理沙の邪魔にならないようにベットの縁に座ったり、立っていたり、歩いていたり、やっていることは様々だ。一人では少し広く感じたこの部屋も、これだけの人数がいると狭く感じる。

 今日大きく動きすぎたのは、もうわかり切っている。本当は上流方向に仕掛けて置いた魚を取るための罠を回収する予定だったが、今回ばかりは控えた方がいいかもしれない。だいぶ時間が経過したし、この魔女を追って誰かこの辺りに来ているかもしれない。

 それと水を汲みに行った時間はまだ明るかったが、夏とは言え外はもう真っ暗なはずだ。それでは罠の確認にも行けないし、どっちにしろ今日の夕ご飯は食べれなかったな。今日は魔力でごまかすとしよう。

 そうして、疲れた体を休めていると、私の前を不意に小傘が横切り、霧雨魔理沙の持っていた物が置かれている床にしゃがみ込む。

「どうかしたのかい?」

 何か気になることでもあったのか、それとも何か、おかしなことに気が付いたのかと聞くと、しゃがみ込んだ彼女は何かを手に持って振り返る。

 その手には、霧雨魔理沙が背負っていた、鞘に収まっていた日本刀が握られている。一メートル以上の刀身が隠されている鞘、綺麗な模様が描かれている鍔に、二十五センチほどの柄。その頭には柔らかく、フワフワそうな毛玉が取り付けられている刀には、おぼろげではあるが見覚えがある。

 冥界に位置する白玉楼、そこの剣術に非常に長けていた庭師が帯刀した刀だったはずだ。

 魂魄妖夢。奴は刀を二本持っていたはずで、名前は忘れたがもう片方はもっと短い刀だったはずだ。長さから言えば、霧雨魔理沙が持っているのは観楼剣になるだろう。

 なぜ、魔法使いである彼女が持っているのかは、分からない。が、今でも大事そうに持っていることから、こちら側の庭師は殺していないだろう。

 味方であった所を考えると、彼女たちの世界の魂魄妖夢が殺されて、かたき討ちに持っているという事が考えられる。

 でなければ四六時中刀を装備している武士から、魔法使いが武器を奪えるわけがない。手放すわけもないから、元の所有者は死んでいるだろう。

「それがどうかしたのかい?」

「うん、鞄の中に多分この刀の切先が入ってた」

 切先と言うと、刀の先端部分だ。この刀は折れているのか。あらゆる物を切断できるその武器は、それ相応の金属で、それ相応の技術で打たなければ実現しない。誰が作ったのかはわからないが、その業物を折るとなれば、同じレベルの物でなければならない。人間が作った鈍らでは到底不可能だろう。

 同じレベルの物を持っているのは、こっちの魂魄妖夢しかいないから、奴に折られたのか。

 少なくとも、彼女たちの世界にいた魂魄妖夢が戦いで折ったわけではなく、霧雨魔理沙が仇に遭遇し、折ってしまったのだろう。

 剣士で剣術に優れている以上は、折るなんてことにはならないだろう。刀を振るう筋肉ができていなかったり、どの程度の耐久性能があるかわかっていない素人である霧雨魔理沙が、やらかしたと考えるのが妥当だ。

 小傘が刀を試しに鞘から引き抜くと、確かに切先が無くなっている。非常によく手入れのされている綺麗な刀身は、所有していた人物がどれだけ大切に使っていたのかを現している。

「小傘、その刀を修復できるかい?あまり知られてないが、君は鍛冶屋だろう?」

 話を聞いていると、こっちとそっち側で一部の例外を除いて、技術などについてはあまり違いがない。こっちと同様に小傘の腕はいいはずだ。

「うーん。道具とかは一応持ってるけど……折れた刀をつなげるっていうのは、いくら私でも無理だよ」

「あまりこの手の話には詳しくないのだが、君でも無理というのはあまり想像がつかないな。何とかならないかい?彼女は多分その刀を必要としてる」

 霧雨魔理沙がやりたいことはわからなくはないが、非常に悪手といえる。何か大きな自信が無ければ、私だったらおそらく同じ戦法を使うことは無いだろう。

 非常に強い能力を持っている者を、どうにかしなければならない。そう言った時、倒すのには同じ能力を持っている者を、ぶつけるのが一番効率がいい。

 なぜなら能力や思想、頭の回転の速さ。能力同士の相性などが重要となって来るが、自分とは違う能力を持った人間を倒すのには、博麗の巫女のように圧倒的に強くなければならない。

 それに比べ、同じ能力を持つ者同士をぶつければ、自分の能力は自分が一番よく理解している。たとえ技量差があったとしても、相手の手の内がわかればある程度はカバーできるはずだ。

 それと似た状況を作りたいのだろうが、それは技量差が天と地ほど離れている者同士でなければの話だ。それに、彼女は剣術を扱う能力を持っていないじゃないか。相手の得意分野に自らが足を突っ込むのは、血迷った戦い方とさえ評価できる。

 しかし、あえてそれをやるのは、彼女は何かそうやって戦える奥の手を持っているのだろう。私には想像もつかないがね。

「多分、今までもこれからも、刀の切れ味とか耐久能力とかその他もろもろを、一切精度を落とさずに打ち直せる職人は出てこないと思う。それぐらい無理な話だよ」

「そうか……。どうにかできないかい?」

「一応、形を整えて焼き直すことはできるけど……。少し短くなるよ?」

 大丈夫だからやってくれ、とは私が勝手にできることではない。せっかくそう言った話が持ち上がったが、霧雨魔理沙が起きるまでは保留にしておこう。

「うーん、彼女が判断するからひとまず待っ……」

 私がまだ言い終わっていないというのに、小傘は刀を鞘に納めると、焼き直しができる簡易的な道具を、大きな唐傘お化けの傘から取り出して、勝手に用意を始めている。

「任せて!」

 グッと親指を立てた拳をこちらに突き出し、さらに奥の部屋であるお風呂場の扉を開けて入っていってしまう。

「いや、だから待ってってば!」

 鍛冶職人の血が騒ぐのか、こちらの考えを一切考慮していない小傘は、バタンと扉を閉めると、内側から鍵をかけて作業に移っていく。

 この扉も外から持ち運んだものだが、なぜ鍵付きの扉など選んでしまったのだろうか。そうでなければ今すぐに入って、作業を中断させるのに。

 扉の前でそう大きな声で叫ぶが、完全にそのモードに入っている小傘の耳には届いていない。扉を叩いてもおそらく無駄だろう。形を整えるとか焼き直しと言っていたから、そこまで大きな音は出ないだろうとは思うのが唯一の救いだ。

「はぁ……」

 今度は別の意味で疲れた。チルノや大妖精たちからの視線が集まっているが、関係なく大きなため息を付いてしまった。

 まあいいか。何と言われるかわからないが、霧雨魔理沙が起きたら私が謝っておくとしよう。

 悩みの種が一つ増え、額を抑えて佇んでいたが、諦めた。お風呂場の扉から離れ、再度ベットの縁に座ろうと、未だ眠り続けている魔女の方へと歩いた。

 

 

 せせらぎとは程遠い。荒れ狂う水の流れる音。水は荒々しく波打ち、流れる速さの激しさが窺える。それに加えて濁流のように水の流れが複雑で、半身を浸そうものなら一秒も断たずに波に飲み込まれ、水中で体をもみくちゃにされるだろう。

 水が激しく流れて行く様子から、そこが川の上流だという事は見て取れる。川の両側にある地面は長い年月を掛けて、水によって削られてきたのか、十メートルほどの高さがあるV字になっている。

 そこの上には、二つの人影が佇んで、それぞれが思った通りに動いている。一人は地面を眺め、もう一人は川の方向を見下ろしている。

 その二人はところどころから血を流しているが、致命傷となる程の傷は全くない。軽傷ばかりだ。

 川を覗き込んでいる人物は、その両手には刃渡りが20センチの鋼色に鈍く輝く銀ナイフを握りしめている。

 服装も山の中にいるのに、メイド服という場違い感が強い。額からタラりと流れて来た血液を、左手の甲で拭う。

 表情が芳しくないのは、目に血が垂れてきたからではなく。今置かれている状況から自然とそうなったのだろう。

「こんなことになるとは思ってもいませんでした。何かあったらどうしてくれるんでしょうね?妖夢」

 時間の経過で苛立ちが増していく十六夜咲夜と呼ばれるメイドが、傍らで地面を眺めて居る庭師に苛立ちをぶちまけた。

 メイドと同様に、片手にはすらりと長い日本刀を握っている彼女は、返事もせずに逃げた標的を追うために、西日で照らされる地面を眺めている。すると、何も答えないことに苛立ちを増したのか、口調が強くなっているメイドは更に口を開く。

「これで魔理沙が死にでもしたら、十年の苦労が水の泡ですよ。そうなったら、原型がわからなくなるまで切り刻んであげましょう」

「主要な血管、大きな血管は避けて刺しましたし、あの回復力があれば死にはしないと思いますよ」

「もしものことがあるでしょう?」

 最終的には殺すというのに、殺すために安否を確認しに行かなければならないとは、皮肉だな。錆びた刀を片手に、魂魄妖夢はそう思いながら体の向きを川の方へと向ける。

 自分たちが来た方向から点々と続いていた血液が、急にここで途切れて無くなっているようだが、彼女たちはそこで悩むほど馬鹿でもない。

 川方面の斜面には、滑り落ちるというのには無理がある、転がり落ちたような跡が残っているのも見逃さない。踏み外したのか、ここで意識を失って落ちたのだろう。

「上流と下流。どっちに行ったと思いますか?」

「さあ、逃がしたのは妖夢なのですから、自分で考えてください。その程度の脳味噌も持ち合わせていないのですか?」

 出血死してしまう可能性を示唆する割には、非協力的だ。探し出すのに時間がかかり、もし死んでた場合はそれを理由に切り殺してやる。口には出さずに下流の方向へ進みだした。

 魔力で体を浮き上がらせ、高度を下げる。川に入らないように配慮し、川に沿って下っていく。

「霧雨魔理沙はそっちにいったので間違いないのですか?」

「……」

 答えるのも面倒で、とりあえずついて来いと、頬や片目に大きな古傷のあるメイドを睨んだ。着いて来るか着いて来ないかは彼女次第だが、おそらくついてくるだろう。

 また、私があの魔女を切り殺すのではないかと危惧しているからな。さっきは興奮しすぎていたが、このメイドと戦って少し頭を冷やすことができた。そこだけは感謝しておくとしよう。

 十年という月日が無駄になってしまうのは、私としても望んでいない。癪ではあるが、歯止めがきかなかったから助かった。

「…」

 それよりも霧雨魔理沙だ。あの傷に、あれだけの出血。崖を転げ落ちるのも止められない程、体力が低下していたわけだから、上流方向へ上る体力は残っていないと思われる。

 その状態で川に落ちてしまったのであるのならば、そのまま流れに身を任せるだろう。もしくは、遡ったり、川からよじ登ろうとしても意識が持たないはずだ。その結果はどちらも同じで下流で見つけられるだろう。

 腕を切り落としても元通りに生えて来る再生能力。あれがあれば、死ぬことは無いとは思う。肩の方は少しやりすぎたが、腹部の傷も、命にかかわるようにはしなかった。

 川の水温はかなり低いのが、時々飛び散る水しぶきからわかる。ある程度は出血は抑えられているはずで、生存している可能性が高い。

 大分時間が経っているし、もし、霧雨魔理沙が彼女の力を狙う者に連れていかれていたら、そいつらを皆殺しにしないといけないな。

 自分のもう一つの能力を発動し、荒々しく水しぶきが弾ける川の水と進む方向は同じだ。川の下流へ向け、加速した。

 

 太陽が山々の影に隠れると直ぐに、暗闇はすぐに訪れる。後ろにいるメイドや、自分の手元も見ることが困難になる程度には暗い。

 川を下り始めてから大分時間が経過しているが、能力を発動したおかげで、私は霧雨魔理沙が残した小さな手がかりを見つけた。

 飛んできたであろう瓦礫が木に衝突し、耐え切れずに折れたようだ。その木が地面に横たわり、半分を下って来た川に浸らせている。

 手掛かりは、新鮮な木材の匂いを辺りに漂わせているそっちではなく。そのすぐそばにある、浅瀬と隣接した土が堆積した場所にある。

 川がわずかに湾曲していて、曲がっている外側は水流で砂が削られ、私が立っている内側は流れが緩やかで土や砂が溜まる。

 普通だったら見逃していたが、異常に発達した嗅覚により、千切れて砂の中に埋もれていた服の片々を見つけた。

 血液が浸み込んでいて、それが記憶にある霧雨魔理沙の血の匂いと一致する。水に浸かっていたせいで、周辺からは彼女自身の匂いはしないが、この血の匂いを追って行けば、たどり着けるだろう。

 




次の投稿は5/30日の予定です。変更があればここに書き込むと思います。


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東方繋華傷 第百二十七話 再戦

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!

という方は第百二十七話をお楽しみください!





 目の前に広がるのは、乾いているのか湿っているのかもわからない地面。日が沈んでから時間が経っていて、触感に頼らず視線だけでは判別がつかない。

 月明かりがないわけではないが、うっそうと茂っている閉鎖された森の中では、枝先に着いている葉によって、そのほとんどが遮られているようだ。

 暗闇にまだ目が慣れていないのだろう。川を下っている時はまだ太陽が昇っていて、その西日が水面を反射して強い光源となっていた。

 ライトなど、強い光を発する物を覗き込んだ後、その光に目が慣れてしまって、しばらく周りが見えずらくなることがある。それと同じ状態なのだろう。しかし、このことは重要じゃない。

 頭痛がするのだ。

 それは偏頭痛や風邪などの、頭の内側からくる痛みではない。外傷による外側からの痛みが、頭痛のように感じている。

 場所は後頭部。私を地面に倒した人間は、卑怯にも後ろから殴ってきたのだ。ふざけたことをしてくれる。

 追跡は私の方が得意で、先導する形で進んでいた。その後ろから攻撃を受けたという事は、当然攻撃してきたのは一人しかいない。あのくそメイド、後で切り殺してやる。

 内心で憎悪を膨らませながら、倒れた体を地面から引き離した。後頭部に手を伸ばし、殴られた部分を確認するが、血は出ていない。

 ただし、打撲により後頭部皮膚下で内出血を起こしているようで、確認で触れるとズキズキと痛みを発する。

「っち…」

 自然と舌打ちが漏れ、右手に持つ観楼剣を握る手に力が籠る。あのメイドを切り殺してやらないと気が済まなくなってきた。

 私も進み方からわかっていたが、あのメイドのことだから気が付いたのだろう。霧雨魔理沙は自分の足で逃げたのではなく、誰かに連れていかれたと。

 確かに私が先陣切って敵の居場所に切り込めば、興奮して霧雨魔理沙も関係なく切ってしまう可能性があったから、殴りかかって来たメイドの考えもわからなくはない。

 道案内だけさせ、自分が突撃して奪った方が私が切り殺す心配がない。だが、そんなことは関係がない。力を奪える確率が上がり、さらに私の気が晴れる。一石二鳥だ。

 走り去った奴の匂いの強さから、時間はそこまで過ぎていない。メイドが進んで行った方向は匂いを辿っていけば分かる。

 切り殺したい衝動に飲まれつつある私は、少し暗闇に慣れてきた視界から、一つ分かったことがあった。この場所には見覚えがある。

「ああ、ここですか」

 

 

 松明の薪としている木の枝。その内部に含まれていた水分が熱され、水蒸気となって枝の内部から弾け出たようだ。パチッと乾いた音が耳に届く。

「…っは」

 疲れで座ったまま眠りそうになっていたが、その音が近くから聞こえてきたことで、はっと目が覚めた。

 松明の様子から、小傘が意気揚々と風呂場へ入っていってから、だいぶ時間が経過したと思う。いくつかの松明で部屋全体を照らし出しているが、その火の勢いが少し弱まってきたように見えた。

 そろそろ松明を交換しなければならなさそうだ。いつもなら、風呂場で濡れたタオルなどで体を拭いたり、桶で運んで来た水を頭から被ったりしている時間だ。風呂場から帰って来て松明を交換し、その光源が燃え尽きたら床に就くというルーチンだったが、今はできない。

 風呂場に通じる扉の鍵かけ、作業に没頭している人物に占拠されている。どれだけ進んでいるのかわからないが、その作業もしばらくすれば終わるだろう。

 始めは喧しい音が聞こえていたが、今は包丁を研ぐのに似た擦過音がしてきている。どういった事をするのかは詳しく知らないが、よくもまあ長時間同じ作業を続けられるものだ。

 部屋の中を見回すと、部屋の中を歩き回ったり、椅子に座っていたチルノたちが見当たらない。

 外が暗い中、ここから出て行ったのだろうか。ぼんやりとそう思いながら、後ろで寝ている霧雨魔理沙のことを確認しようとすると、ベットのそばで皆肩を貸しあって眠っている。

 バラバラに寝ていないのは、彼女たちが仲がいいのか、一人でいると不安だからだろうか。多分後者であるだろうが、寝てしまえば恐怖はあまり関係がない。皆怯えている時には見せなかった穏やかな顔をし、涎を口の端から垂らして寝息を立てている。

 小傘の焼き直しの作業が終わったら、私も彼女たちを見習って椅子に座って寝るとしよう。硬い椅子と机のせいで、明日は体のあちこちが痛くなっていそうだ。

 大妖精たちの方向から霧雨魔理沙の方向へ向き直ると、眉間に小さくしわを寄せている。良くない夢でも見ているのか、治る速度に体が追い付いていなくて、まだ痛みを感じているのだろうか。

「うぅ……」

 寝せてから間もない霧雨魔理沙はうめき声を漏らし、体を小さく捩るとうっすらと閉じた瞼を開いた。

 時計は無いが、起きるのにはまだ早すぎないだろうか。あの回復力だからなくはないが、再生能力が常人離れしていても、体に蓄積されているダメージや疲労はそう簡単に抜けるものではない。

「最低でも明日の朝までは寝てた方がいい。今回だけじゃなく、その前からああいった傷を負ってきているんだろう?」

「………」

 彼女に寝ているように促すが、瞳が寝ぼけた柔らかい眼から、鋭いものへと変わる。しかし、攻撃的な部分は無い。無理に上体を起こすと後方の壁に寄りかかった。

「大丈夫なのかい?」

「ああ…大丈夫だ」

 魔女はそう言うと目元に手をやり、うつむいた。疲れたことによる行動なのか、それとも意味のない物なのかわからないが、しばらくは好きなようにさせておこう。

「ナズーリン…私はどれだけ寝ていた?」

 私がベットの縁から立ち上がろうとした時、うつむいたまま尋ねて来る。ここには時計がないし、寝ていた時もあったから大体の感覚で言うしかない。

「生憎時計がないから、わからない。一時間か……二時間程度だと思うけど、それがどうかしたのかい?」

「随分と…長い時間寝てたんだな」

 あれだけの傷を負っている状態で、一時間や二時間の睡眠が長いとは、つくづく妖怪の基準すらも超える規格外だ。

 だが、力を持っている彼女の基準からすると、遅い方なのだろう。しかし、万能ではないのか、無理をしているのか。座っていて確定ではないが、ふらついているようにも見える。

「長く寝ていたという割には、お疲れのように見えるがね」

「………。いいんだ。自分を回復させるよりも、奴らを殺さなきゃならない」

 顔に当てていた手を離し、こちらを見上げた。その目や表情には、十年前に会った優しさや無垢さはひと欠片も残っていない。

 そこにあるのは、大切な誰かを守るという物や、奴らを殺すという決意。そして、全体の5割を占める、深淵の様などす黒い憎悪。

 十年前、霧雨魔理沙と仲の良かった人間の子供や、妖怪たちが見たら身震いしていただろう。

 彼女のあの顔、あの目は普通の人間、人を襲わない妖怪。人食いではない妖怪ができる物ではない。

 大昔に人間が決めた事ではあるが、生物には倫理的に行ってはいけない三大タブーが存在してる。

 一つ目は、食人。人を食らう事。

 二つ目は、親近相姦。家族内の人物と性的関係を持ち、性行為を行う事。

 三つめは、殺人。字のごとく、人を殺す行為。

 彼女はこの三つ目の線を越えてしまっているようだ。それも、感情を高ぶらせて衝動的に殺したのではない。

 利己的に、利他的に、復讐のために、目を背けることなく、後悔することなく。自分の意識で同種に手を掛けた。そういったの目だ。

 でなければ、その濁った瞳に飲まれて息を飲み、私が無理やり視線を切ることは無かっただろう。

「…」

 これだけの回復力を持っていて、十年前の爆発を起こせるだけの力を持っているというのは、心強くはある。

 しかし、その目は恐怖心を煽った。憎悪の対象が私でないとわかっていても、そちらをまっすぐに見据えることはできなかった。

 戦争下に置かれているという事で、私は普通の人よりは目が据わっている自信はあるが、十年間戦ったことのない、ぬるま湯に浸かっていた瞳など大したことは無いだろう。

 全線で戦っている者たちは、皆霧雨魔理沙の様な瞳をしてることは予想がつく。その中では、これが普通なのだろう。

 どうしてこんな風になってしまったのだろうか。不意にそんな疑問が浮かぶが、彼女はこうならなければ、戦いには勝てなかったのだろう。

「そうかい」

 私は、霧雨魔理沙にはそう返答するしかできなかった。

「ああ」

 彼女と短い掛け合いが終わり、しばらく沈黙が続く。パチパチと時々木の枝が弾ける乾いた音が聞こえ、それに耳を傾けていると、魔女が口を開いて沈黙を破った。

「何か、奴らについて知ってることは無いか?」

「知ってること?…君が有益になることは多分知ってないと思う」

 十年間隔絶された空間に居続けていたのだ。外からの情報など、殆どといえば過大評価になるほど入って来ていない。つまり、ゼロだ。

「ナズーリンはネズミを使役できるだろ?それで情報は集まらないのか?」

「集まらなかったというよりは、集めなかったって言ったり、集められなかったっていうのが正しいかな」

 なぜなのかの理由を聞こうと、彼女は黙ったままこちらに顔を向けているのを、視線から感じる。どう返答するか、文章を組み立てつつどういう順序で話すか考えていると、風呂場から砥石による擦過音がしないことに気が付いた。もうすぐで作業が終わりそうだ。

「君は、紅魔館にはもう行ったかい?」

「行った」

 私がそう尋ねると、嫌なことでもあったのか、彼女の眉間にグッと皺が寄る。そのしかめっ面から察するに、あまり踏み入って聞かない方がいいとわかる。まあ、その話をするわけではないから、聞くこともないか。

「ネズミが住んでいてもおかしくない程、埃が溜まってたりボロボロなのに、ネズミどころか虫とかの生物がいなかったと思わないかい?」

 私がそう聞くと、彼女は口元に手を当てて考え込む。多分虫等には注意がいっていなかったから、直ぐにうなずくことができなかったようだ。

 それよりも体が大きいネズミがいなかったのは、確かだと思ったようで、小さくうなづいた。

「博麗の巫女たちは、徹底的に大事な情報が漏れないようにしてる。紅魔館に近づくネズミや虫の生物は、軒並み狩られたよ。だから君が欲しいような情報は持っていない。」

「そうか…」

 少し残念そうに霧雨魔理沙は呟いた。できることなら何かしら情報を集めておいた方がよかったのかもしれないが、それにはそれ相応のリスクを負わなければならない。

「確かにネズミを介して私は情報を集められるが、情報を持ったネズミが私のところに来なければ、それを聞くことはできない。……大きく動けば動くほど、ここが見つかる可能性があったから、自分の安全第一を考えた結果…情報を集めないことにしたんだよ」

「それは、わかったが…」

 彼女が何か言いたいことがあるようで、魔女に視線を移す。眠っている大妖精たちを眺めていたがそこから視線を外した後、小傘が乱雑に床に置いたままの鞄を見る。

「小傘がいないようだが、観楼剣はどこかに持って行ったのか?」

「あー。忘れていたよ。………刀は小傘が焼き直ししている所だよ。君にはまだ必要な代物だと思ったからね。余計だったかな?」

 小傘が直しているという事実を伝えると、鍛冶職人という事は知っているようで、なるほどとうなずいてくれたが、表情を見ると肯定的とは思えない。

「何か不都合でもあったのかい?」

「いや、…今思えば大妖精たちのグループの中に、小傘がいることがおかしく思えてな……でも…そしたらお前が気が付くもんな」

 長い時間気絶していた自分が、妙蓮寺の人間によって寺に連れていかれていないという事で、私に繋がりがないことがわかっている。

 その私が、妙蓮寺とつながりのある、この世界の小傘をここに受け入れるわけがない。だから、自分の世界から来た小傘だとは思うが心配なのだろう。

「ああ、それに…ここの小傘は十年前に聖が殺してる。…それでも心配であるなら、なにか質問でもしてみたらどうだい?」

「ああ…そうさせてもらうぜ」

 まだ作業に集中していて、返事を返してくれるかわからないが、一度椅子から立ち上がり、お風呂場の扉に歩み寄った。

 まだ何か作業が残っているのか、扉越しに何か砥ぐのとはまた違う変わった音が聞こえてくる。

 右手で拳を握り、閉じきっている扉を軽く叩いた。コンコンと乾いた音が鳴ると、絶えず何かしらの音が鳴っていたお風呂場の騒音が途絶える。

 集中して行わなければならない作業ではないのか、集中が途切れていた時なのかはわからないが、今度は耳に届いてくれたようだ。

 鍵が開錠されると、球状のドアノブが半回転し、扉が押し開けられた。扉越しに見るとこの部屋へ入っていった時と同じ恰好ではあるが、数十分も作業したからか汗だくだ。

「何?」

 顎に垂れていく汗を服の袖で拭い、お風呂場から出てくると小傘は、途中で呼び出されても嫌な顔もせずに聞いてくれる。

「彼女が聞きたいことがあるそうだ」

 ベットの方を見る様に促すと、相変わらず履いたままの下駄をカラカラと鳴らし、その方向へと歩いて行く。

「どうかしたの?」

 私の時と口調も態度も変えず、なぜ呼ばれたかの疑問を彼女へ投げかける。今すぐに質問をすると思っていなかったのか、どうしようと迷っているのがわかる。

「えーっと。刀を治してくれてありがとう」

「どうってことないよ!でも、ちょっと短くなっちゃうけどね」

 へへんと胸を張る小傘は、仕事ぶりが自分でも納得がいき、文句の付けどころがないという様子だ。切れ味や耐久度などが、以前よりも落ちてしまったという事はなさそうだ。

「それで、聞きたいことなんだが……。今年の二月八日。…事八日の日に、博麗神社へ来たときのことを覚えているか?」

 二月と言うと、半年も前の話か。そちら側にここの博麗の巫女が何時からお世話になっているかわからないが、それを選択したという事は大丈夫だろう。

 事八日というと、あまり覚えていないが事始めや事納め。などだった気がする。後は、針供養。

 鍛冶職人であることを知っているということは、事始めや事納めについてではなく、針供養などだろう。

 針と言うと、博麗の巫女も武器の一つとして使用していたと思う。わざわざ事八日を挙げるという事は、それが曲がったり折れたりして使い物にならなくなったのだろう。

 博麗神社はこの世界でも、戦争以前は参拝客が少なく、金銭面では苦労していた話をなんとなく思い出す。新しく作るよりも、修理でも頼んで節約したとかそう言った話だろうか。

 お金を取るかはわからないが、小傘は腕だけは確かだ。妖怪といえど、修理を頼まないことは無いだろう。力の差的にも逆らえないだろうし。

 小傘は予想していた斜め上から質問が投げかけられたようで、首をかしげている。しかし、覚えはあるようなのは、後ろから見ていてもわかる。

「……事八日?…あー…確か、霊夢の神社に行って、新しい針を新調した日?」

 修理や修繕というわけではなく、新たに新しい針を作ったのか。お金がないと年中嘆いている割には奮発したのか。これは予想外。

 そう思っていながらも、この会話にどんな意味があるのかを考えていると、霧雨魔理沙から心配そうな雰囲気が消えていく。

「そうか。…質問って質問じゃなかったが、呼び出して悪かったな。あいつを頼んだ」

「任せて!あと少しだから!」

 グッと親指を立てた拳を突き出すと、元気な足取りでこちらへと戻って来る。鍵を掛けさせまいとしていたが、私が制止する前に扉を閉め、施錠してしまう。

「………」

 まあいいか。小傘ももう少しだと言っていたし、ここは好きにさせるとしよう。ため息を付きかけたが、近くの椅子へと座った。

 しかし、霧雨魔理沙のさっきの質問。上手いことひっかがってしまったな。針供養で針がダメになってしまったとしても、博麗神社の状況を知っている者であれば、新しく作るなんて考えない。絶対に節約で修繕すると思っていた。

 そこが、その場に居合わせていなかった者と、その場にいた者の違いなのだろう。その場にいたから直ぐに答えを出せた、この状況にちょうどいい出来事がよくあったものだ。

 椅子に座って少しすると、再度、小傘が何かの作業をする物音が風呂場の方向から聞こえてくる。その音を子守歌に、少し眠ろうかと机に肘をついていると、ベットの奥で動きがある。

 顔をその方向に向けると、小傘の足音で起きたのか、大妖精が眠そうに欠伸を堪え霧雨魔理沙のことを見上げている。

「……お、起きたん…ですね」

 大妖精は他の子たちを起こさないよう、気を付けて立ち上がる。が、積み重なったり肩を貸しあっていたせいで、チルノやミスティアが眠そうな声をあげ、彼女に続いて起きた。

「ああ、……大妖精か…迷惑かけたな」

 彼女はそう言いながら、体を引きずるようにしてベットの端へ移動すると、体に異常がないか目を落とし、靴を履いていく。

「え!?…あれだけの大怪我をしてたのに、動いちゃだめですよ!」

「大丈夫だぜ」

 大妖精が回り込んで止めようとするが、その頃には靴を履き終え、足元に置いてあるカバンを肩から下げ、中身の確認をしてしまっている。

 私も止めようとしたが既に行動した後で、もち上げかけた腰を下げた。必要であれば口を挟む程度の立ち位置に留まった。

「大丈夫じゃ…ないですよ。……あれだけの血が…出たんですよ?それに、フラフラじゃないですか」

 小突けば体のバランスを崩してしまいそうで、足取りがおぼつかないように見えたのは、私だけではなかったようだ。

「ここで道草を食ってる暇はないんだ」

「自分の…命が惜しくはないんですか?」

 両者一歩も引かずと言った様子だ。大妖精が引き留めようとするのは、少し意外だった。私との会話や、霧雨魔理沙の攻撃的でない雰囲気から考えが変わったのだろう。

 攻撃してこない分かっていても、怖い部分はあるのか。上着の裾をギュッと握ったまま、魔女の背中に語りかける。

「私だって人間だ…惜しいに決まってるぜ。でも、関係ないのに巻き込んじまって、その巻き込まれた大事な人が死ぬ方が私は嫌だ」

 話ながらも持っている物の確認作業は続いている。陶器や金属がぶつかり合うような音が時折聞こえてくる。

「…………。それは…」

 断固とした霧雨魔理沙の意志に、それ以上かける言葉が見つからなかったのか、大妖精は口ごもる。

 表情からするに、かける言葉が見つからなかったというよりは、言う事は決まっているが、どう話すかを考え込んでいるようだ。

「あ、あの……!………私たちと…」

「間違っても一緒に戦おうなんて言うなよ」

 口を開こうとした大妖精は、図星を突かれてしまったようで、魔女にそう遮られた途端に口を噤んでしまった。

「…!」

「私はお前らとは違うんだ」

「た、確かに、あなたの様な…回復力なんてないですが、……手を取り合って、協力することはできるじゃないですか!戦う人は多いにこしたことは無いって、言ってました」

 きっぱりと言い放つ魔女に対し、それでも大妖精は食らいつく。二人の奥ではミスティアがどういう状況だと首を傾げ、チルノは二度寝を決めている。

「人が多いにこしたことは無いのはそうだが、私が言いたいのはそれじゃない。能力だとかそう言った事じゃなくて、お前は、こっちの人間じゃないだろ?」

 鞄の中のチェックはすでに終えたようで、体の前面に持ってきていたが、邪魔にならないように横に移動する。そこで霧雨魔理沙は大妖精の方向へ振り返った。

 大妖精は彼女の目を、ここで初めてまともに覗いたようだ。自分や自分たちの世界にいたどの人物も持っていなかった瞳。復讐が渦巻く荒んだ瞳を見て、息を飲んだ。

「…っ!」

 顔を青ざめる大妖精は、霊夢達と行動していた時の巫女の瞳を思い出す。怒りに満ちた瞳をしていて、怖かった覚えがあったが、今回のはその比ではない。

「それに、立場も違う。私がお前らと居たら、もっと狙われちまうぜ」

 彼女の立場や環境を考慮していなかったな、霧雨魔理沙がそっちの世界の人物らと手を組もうとしなかったのは、攻撃されて話ができる状況では無かったり、濡れ衣を着せられたからではなく、大事な人間を守るためだったのか。巻き込まないために、記憶が消えているのを上手く使っているようだ。

「………あなたは……」

 大妖精が霧雨魔理沙に何か言おうとした時、チルノやミスティアたちがいる方向の天井からミシリと軋むような音が聞こえてくる。

 その音につられ、二人は天井の方向に気を取られる。しかし、木の板にかかっている力が僅かに変わったことで、軋んだだけだろうと顔の向きをお互いに戻そうとする。

 普通はそれで終わっていただろう。彼女たちと同じ境遇であれば、再度二人の会話に耳を傾けていただろう。

 だが、その音は、ここに何年も住んでいる私でさえ聞いたことのない音で、緊急事態だといち早く理解した。

 椅子から飛び降りながら叫ぼうとするが、理解から反応するまでにラグがあり、間に合わせることができなかった。

「皆……!」

 奇襲だ。そう叫びたかったが、その頃には天井に張った木の板に亀裂が生じ、大量の土砂と木片をまき散らしながら、紅魔館のメイドが姿を現した。

 上から垂直に掘ってきたわけではなく、斜めに掘り進んできていたようで、部屋の端から中央へ躍り出る。その狙いは、霧雨魔理沙だ。

 まさか奇襲だとは思っていなかったようで、反応が遅れた。手のひらを銀髪メイドの方向へ向けるが、攻撃を放つ前に懐に潜り込まれ、後方に蹴り飛ばされた。

「あぐっ!?」

 蹴られた彼女は私の横を通り過ぎ、壁に激突する。メイドは私や大妖精には目もくれず、背中を壁に打ち付けた霧雨魔理沙の両腕を掴んで拘束する。

「生きていて安心しましたよ。これで、十年間が無駄にならずに済みました」

 魔女の方向を見ていて、表情は読めないが笑っているのはわかった。喜んでいるのもわかる。しかし、そのどちらも憎悪に侵食され歪なものになっている。おぞましい声を聴くだけでも身震いしそうになった。

「その手を、放すんだ」

 私では絶対にかなうわけがない。わかり切っているから、緊張で声が上ずってしまっている。それでも妖精たちが体勢を整えたり、魔女が打開策を思いつくまでの時間稼ぎをしなければならない。

 十年ぶりに弾幕を放とうと、魔力を調節した。できるか不安だったが、手先に集めた魔力が淡く光り、問題がないことを示す。

 その手のひらをメイドに向け、攻撃を加えようとすると、瞬時に反応した彼女はこちらへと振り返る。

 霧雨魔理沙の瞳を見た時、恐怖心を感じた。ここの世界の住人は、皆こんな目をしていて、それが普通だと思っていた。

 大きな間違いだ。メイドの濁った瞳は、霧雨魔理沙の比ではない。メイドが平均点だとしたら、赤点もいいところだ。今はどうかわからないが、十年前の聖でも赤点ギリギリだろう。

 あらゆる感情の渦巻いている憎悪は、見ているだけで吐き気が込み上げる。全身から汗が吹き出し、緊張で呼吸もままならなくなってくる。

 生まれて初めて蛇に睨まれた蛙、という状態を体験した。本当に身動き一つとれず、動いた瞬間に殺されると、本能が脳内に危険信号のアラームを鳴らしまくっている。

 憎悪の瞳に飲み込まれ、絶望感に身を包まれた私は、逃げるという単純な行動さえとることができない。

 邪魔者を消したかったのか、敵意が私に僅かに向いた。それだけで失禁し、恥も何もかもかなぐり捨てて命乞いをし、首を垂れていても不思議ではなかった。

 それほどまでに鋭く、抉られるような殺気に頭がおかしくなりそうだった。あと数秒長く睨み付けられ、殺気を向けられたままであれば、先に上げた三項目を一度に行っていただろう。

 私がそうならなかったのは、注意がこちらに向いているうちに、霧雨魔理沙がメイドを蹴り飛ばしたのだ。

 視界から一瞬でメイドの姿が消え、それと同時に金縛りにかけられていた様に、自由の効かなかった体が解放される。

「っ…はぁっ………!!」

 その場にへたり込み、恐怖で支配され切っている私は、不規則な呼吸を繰り返す。一睨みされただけでこんな風になってしまい、情けなく思う。

 それでも、失禁しなかっただけでも褒めてほしいぐらいだ。脳裏にべっとりと張り付いているメイドの視線を思い出し、恐怖が再度襲って来る。

 緊張と恐怖で頭の中がぐちゃぐちゃに掻き混ぜられ、パニックを起こして上手く息を吸い込むことができない。浅い呼吸を何度も繰り返し、血中の炭酸ガス濃度のバランスが崩れ、強い息苦しさを感じて来る。

「はっ…はっ…はっ…!」

 どうにかしたいが、混乱していてで呼吸のコントロールをできない。このままでは意識を保っていることも難しくなってしまう。焦りがまた呼吸を乱す。お手上げの状態へと突っ走っていた私の背中を、誰かが優しく触れた。

「大丈夫です。ゆっくり呼吸してください」

 この世界で戦闘を何度か経験しているようで、私よりも対応能力のある大妖精は、いつの間にか隣に来ていた。

 私を不安にさせないよう、笑みを浮かべているが、恐怖や不安で引きつっている。だが、屈託のない笑顔は今の私には効果が大きくあり、少しでも恐怖を取り除いてパニックを鎮めることができた。

 僅かにできた余裕で精神を制御し、ゆっくりと大きな呼吸を心がける。初めは上手く行かないが、徐々におおきくゆっくりと呼吸することができるようになっていく。

「そうです。いい調子です」

 精神的に安心感を持たせるためか、私のことを抱き寄せ、背中をさすってくれる。そこまでされて、ようやく落ち着きを取り戻すことができた。

 視界の端では魔女が弾かれたように飛び起き、ベットに衝突して起き上がろうとしてるメイドに弾幕を放った。

 起き上がったばかりで踏ん張る力を発揮できなかったのか、薄い青藍色の弾幕が、メイドのガードに使った銀ナイフに着弾すると、小さくはじけた。

 あの程度の爆発では、吹っ飛ばすことも爆発の炎でメイドを焼くことも、衝撃波で肺を潰すことも出ない。

 咄嗟に撃ったことで、メイドを爆発で包み込めるまでの魔力を、弾幕に込めることができなかったのだろうか。そう思った直後、大きく後ろに仰け反ったメイドは、自分が空けた大穴から外へと吹き飛んで行った。

「全員逃げろ!今すぐに!」

 霧雨魔理沙は、いきなりのことで呆気に取られているチルノたちや私たちにそう叫ぶと、両手にはメイドが使っていた得物と似た銀ナイフを魔力で作り出し、その穴から飛び出して行った。

 まだ頭は混乱しているが、落ち着くまで待ってはいられない。彼女の言う通り風呂場の小傘も連れ出して、すぐに逃げなければならないだろう。

 

 

 ザワザワと視界内にある髪の毛の色が黄色から、綺麗な銀髪へと変わっていく。銀ナイフから咲夜の魔力が送り込まれ、戦闘を優位に進めることができる情報を受け取ったことを現している。

 地面に斜めに掘り進められた穴を抜け、その前方十メートル。標的である異次元咲夜の姿を確認すると、丁度着地したところだ。

 下肢に力を込め、両手の得物をしっかりと握りしめる。体勢を立て直す前に跳躍し、間髪入れずに襲いかかった。

「せぇえい!」

 吹き飛ばされたメイドは受け身を取って着地し、こちらに向き直っている。それでも着地したばかりで、全体重を乗せた銀ナイフの攻撃を受けきるのは難しいと思ったのだろう。

 タイミングよく大きく後方に飛びのいて、白銀の軌跡を作る得物の牙から、余裕をもって逃れ切る。

 今の攻撃はかわされて当然だった。急がず、焦らず確実に奴の首を掻き切らなければならない。魔力で靴り出した銀ナイフの性質を持つ得物を握りしめる。

 紅魔館で戦った時の様にはいかない。疲労で頭が働かないわけでも、手足が動かないわけでもない。

 “任せましたよ”魔力で咲夜が語り掛けて来る。魔力で自分を保ったり、私に情報を送り込むので精一杯の彼女は、寿命の差によって妖夢のように私の体を操作することができない。

「ああ」

 戦闘準備が万端である私たちに対し、異次元咲夜は面倒くさそうに歯噛みし、大きくわざとらしくため息を付く。

「貴方と戦うつもりで来たわけではないですので、お暇させていただきます」

 咲夜に短く返答し、銀ナイフを構えていると、睨む目標は一方的にそう私たちに伝えると、帰ろうとしている。

 言い終わると早々に走り出そうとするが、当然逃がすわけがない。

 私は銀ナイフを持ち替え、刃を両側から挟み込んで掴む。偏差を考えて歩き出した異次元咲夜に向け、銀ナイフを投擲した。

 指を切らないようにすることばかり考えて投げたせいだろうか、精度があまり良くなく、狙った場所に飛んで行ってくれなかった。

 しかし、動きを止めることには成功した。奴の鼻先をかすめて飛んでいき、遠くの木にダンっと力強い音と共に突き刺さる。

「お前が闘うつもりが無くても、こっちにはある。お前らの目的に無理やり付き合わされてるんだ、こっちのも付き合ってもらうぜ」

「っち」

 私が言い放つと、異次元咲夜は顔をこちらに傾け、露骨に舌打ちをする。殺気立った雰囲気を醸し出した途端に、開戦のゴングは奴が勝手に鳴らしたようだ。

 片手に銀ナイフを作り出すと、地面を割る勢いで跳躍する。私が先ほどした様に、全体重を乗せた得物の一撃を加えて来る。

 両手に持ったナイフをクロスさせ、魔力で強化した腕に力を込める。衝撃が手首から腕、肩へと順繰りに抜けていく。

 手が痺れ、得物をきちんと持てているか不安になる程に、握っている感覚が無くなってしまう。感覚は無くとも、視界内にある手はしっかりと銀ナイフを握っていることで、心配はない。

 金属と金属が衝突したことで真っ青な火花が散り、私と頬に傷を持つメイドの顔が浮かび上がる。

 攻撃を受けることはできたが、全体重を乗せた斬撃は私の体を後方に突き飛ばすのには十分だったようだ。

 上半身がのけ反り、危うく倒れそうになる。後ろに下がって距離を取り、立て直す時間を少しでも稼ぎ、追撃に備える。

 いつ来るのかと構えているが備えが終わっても、一向に異次元咲夜は動くことは無い。自分の得物を見下ろした後に、こちらを見る。

 訝しがる。そういった表情を隠しきれていない。何が気に入らないのか知らないが、来ないのならこちらから行かせてもらおう。

 下がって稼いだ距離を走って埋め、異次元咲夜へと切りかかる。二度の斬撃を浴びせると、今度は確信に迫っているような顔つきになった。

 奴もやられてばかりではない。弾けた青い火花に照らされた青い銀ナイフを、こちらに向かって薙ぎ払う。

 それを右手の銀ナイフで受けきった。力強い斬撃は、足を地面に固定して踏ん張らせなければ、体勢を崩されていただろう。

 鍔競り合いのように接触している得物同士の間から、たえず青色の火の粉が弾け舞う。光源の量が増えたことで、始めの頃よりも辺りを明るく照らし出す。

 よりはっきりと異次元咲夜の顔が照らし出されると、奴はなぜか驚愕を示していた。

 何をそんなに驚ているのだろうか、と疑問は残るが奴を殺す目的の前にはどうでもいい。

 攻撃を受けきり、同時にがら空きの胸に向け、輝く銀ナイフを突き出した。得物を振るのと違って、敵へ向けて最短距離を突っ切る刃は、肉を切り裂く感触を手に伝えることなく空を切る。

 腕が伸びきる直前に後ろに異次元咲夜は逃げたようだ。こいつほどの腕があれば、いなすことは容易いと思ったが、驚いてたことでそれをする暇がなかったようだ。

 得物を構え直す私に向け、異次元咲夜は荒げた声で叫んできた。

「お前、何をした!?」

 いつもはメイドの仮面を顔に貼り付け、丁寧な言葉遣いや従者としてそぐわない行動をするが、この時は忘れてしまっている。

 珍しく奴は驚愕を顔に張り付けたままだが、私自身は何かをした覚えはない。しかし、驚ていてその質問という事は、奴にとってはあまり良くない事なのだろう。

 状況が読めないが、もしかしたら私にとっては有利なことかもしれない。それが普通だと笑みを浮かべて見せた。

 




次の投稿は6/7の予定です。一日遅れます。申し訳ございません。


 一つ、追記として。

 ナズーリンや刀を焼き直ししている小傘は、刀に含まれている妖夢の魔力には気づいていません。

 理由として、この話の設定上は、魔力の流れに意識を向けていなければ、魔力の流れを感じ取ることができません。

 自分の記憶や意識を魔力で武器に投影する行為は、咲夜が初めて行いました。
 なので、自分の意識を物に投影できることを知らないナズーリン達は、何の変哲もない武器に見える刀に対し、魔力の流れを探ったりはしないという事です。

 レーダーがON、OFFになっている状態を思い浮かべていただければ、わかりやすいと思います。
 あらゆる物体を探れる機械があったとしても、起動していなかったらわからないという事です。


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東方繋華傷 第百二十八話 模倣

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百二十八話をお楽しみください!!


新生活が始まりまして、しばらくの間は慣れるまで忙しい日が続くと思われます。

今までは週に一度、土曜日に投稿しておりましたが、土曜日に間に合わないことも多くなっていくことが想像できます。

これまで以上に遅れることが多くなるかもしれません!

何卒ご容赦ください!


 光源のせいで青色や赤色に輝いているように見える得物同士が交わると、更に同色の光源が発生する。

 それはまるで、大量の蛍が私たちの周りを飛び舞っているようにも、空中で爆ぜた打ち上げ花火が残す、残り火のようにも見える。

 そうやって辺りを照らしている二色の光に晒されているのは私と、倒すべき目標の一人である異次元咲夜だ。

 私は少し気取ったように笑みを浮かべ、対するメイドは驚愕を示している。普通に銀ナイフで攻撃を受け止め、銀ナイフで攻撃していたつもりだが、相手はなぜかそこに驚きを隠せないようだ。

 正直な所、気取った態度はとっているが、驚愕というよりは訝しげるような表情をしたいところだ。なぜそんなに驚いているのか、全く見当がつかないのだ。

 彼女は何をしたと問いかけてきたが、私が聞きたいところだ。握りしめた銀ナイフをクルンと逆手に持ち替え、こちらを睨み付けているメイドを睨み返す。

「まあ、いいです。その力による物でしょうし…」

 異次元咲夜は自分の攻撃に、魔理沙の持っている得物が耐えられたことが、力によるものだと思っていた。間違いではないが、100点満点の答えでないことはすぐに知ることになる。

 

 

 日没し、辺りには静寂と暗闇が訪れた。太陽が山の陰へ移動すると、光が遮られた影響で気温の低下が始まる。

 昼間のうちに地面が温められ、日が落ちてからもしばらくの間は、寒さを気にすることは無いだろう。

 休めと言われていたが、それに甘えていられない。暗闇に紛れて敵が来ていないか周りを見回した。

 鬱蒼とした森、死体の転がる荒野、全体の五割が瓦解した廃墟、今のところどこにも動きはない。そろそろ目慣れてくるころだが、岩陰や草むらに隠れられた人物を見つけ出すのは難しいだろう。

 異次元早苗の襲撃からしばらく時間が経ったが、怪我人全員の治療は終わっていない。けが人の数が多いせいと、処置が難航していることもあって、その慌ただしさは始めの頃よりも更に激しくなっている。

 時間の経過で怪我人の容体が悪化し、何人か永遠亭に連れていかれた。その作業に人員を割かれたことが理由の一つだ。

もう一つは、敵に見つかる可能性を考え、火をたくことができないからだ。手元が見えずらく、処置のペースが遅い。

 手元が見える環境であれば、すでに終わっているはずだっただろう。紫に一度怪我人を連れ帰ることを提案したが、運ぶ手間や全員を移動させる時間を考えると、連れて帰ってしても、ここでやってもそこまで変わらないと言われてしまった。

 怪我人のみを連れ帰って治療し、私達で河童の集落に向かおうにも、治療を終えた彼女たちを連れ戻す手間もあるのだ。それに、戦力の分断は私たちにとっては痛手となる。そう言った理由から、却下されてしまった。

 数十人いる天狗、河童たちの治療に追われているウサギたちを眺める。もう少し時間はかかりそうだが、じきに終わるだろう。

『フランドール』

 周りの警戒に戻ろうとすると、私の近くに座っていた以前とは違う紅魔館の主である、フランドールの近くから彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。

「?」

 私も、呼ばれたフランドールも首をかしげている。彼女の横には片腕のない美鈴が立っているが、呼んだ様子はない。

 ボーッと地面に座って処置を受ける者。治療が終わって地面に横になり、時間まで休んでいる者。私と同様に軽傷で動いても問題ない者が周りを警戒している。そういった人物が周りにはいるが、誰もフランドールの名前を呼んだ様子のは無い。

 その声を思い出すと、方向的には上から聞こえて来た気がする。フランドールや他の天狗たちもそうだったようで、ほぼ同時に上を見上げると、上空から真っ赤な炎の様なコウモリが羽ばたいて落ちて来ている。

 攻撃か?

 脳裏にその考えがよぎり、すぐさま戦闘体勢へと移行する。服の袖から妖怪退治用の針を数本抜きだした。魔力強化を施し終えた頃に、天狗たちは刀を抜き出し、河童たちはそれぞれ持っている銃を向ける。

 そんな中で、戦闘体勢に移っていない人物が二人いる。フランドールと美鈴だ。改めて蝙蝠に魔力に意識を向けてみると、その波長はパチュリーの物だ。

「…大丈夫、攻撃じゃない」

 異次元パチュリーの魔力を探ったことは無いからわからないが、二人が警戒していないのであれば、問題はないだろう。

「パチュリー様の使い魔です。皆さん武器を下ろしてください!」

 フランドールの横に立っていた美鈴が、小さな主の代わりに、周りの天狗や河童、鬼たちに大声で伝える。

 一瞬、この場に走った戦闘の緊張がほぐれ、戦闘の経験が殆どないウサギ、治療中か又は治療がまだされていない怪我人の肩が、安心したように落ちる。

『攻撃されなくてホッとしたわ。またここまでこれを飛ばすのは面倒だから』

 私たちの目線と同じ高さで羽ばたき、赤い炎の揺らめく蝙蝠から、紅魔館で待機している魔女の声が聞こえてくる。

 淡々と冷静に話す様子は、まさしく彼女の口調だ。しかし、いつもはもっと小さくボソボソと話すため聞き取りずらいのだが、今日はなんだかテンションが高めに聞こえる。

 それよりも、こんなところに使い魔をよこすなんて、何か伝えなければならない事があるのだろうか。炎で僅かに光っているので、できれば手短にしてもらいたい。

「…わざわざどうしたのかしら?」

『どうしたのって、あなたが寄越したあのナイフの解析が終わったのよ。少し時間がかかっちゃったわ』

 ああ、忘れていた。そう言えば紅魔館で白黒の魔女が作り出した銀ナイフを、パチュリーに調べて貰っていたんだ。

「…そうだったわね、それで…どうだったの?」

『その前に、一つ質問。……この銀ナイフは、本当に人が魔力で生成した物なの?』

 質問の意図がわからない。そんなことを聞いてどうするのだろうか。魔力でできているか、できていないかなど、魔力の流れに意識を向ければいいだけだ。

 しかし、そこをわざわざ聞いて来ているという事は、何か普通ではない所があるのだろう。改めて昼間の魔女の行動を思い出す。

 ベットの縁に座っていた彼女は、走りながら魔力で銀ナイフを作り、それで窓を叩き割った。隠し持っていたという事はない。確実に魔力で作り出していたのはこの目で見ていた。

「…ええ、例の魔女が作り出してたわ」

『そう、なら………霊夢、何かおかしいっていうあなたの勘は正しかったわ』

 そこで言葉が一度切れる。私たち的には聞き取りやすいのだが、少々興奮気味で、落ち着くために紅茶を一口飲んだのだろう。ふぅっと小さな吐息が、炎の蝙蝠から聞こえてくる。

 感情の起伏が平坦という事や、喘息であまり長く話すことができないので、彼女は無理して話したりすることは無い。

 そのはずなのだが、魔法や魔力について百十数年研究している彼女が、それらの要素を忘れて興奮気味に話すとなると、何か発見したことは確かだ。

『一言で言えばあり得ない………この銀ナイフには、咲夜の銀ナイフ。という性質の魔力が含まれているの』

 始めの登場の仕方で注目を集めていたため、こちらの会話に耳を傾けている者は少なくは無かった。

 その中で、魔力について少しでも研究したり、詳しい者がいれば眉をひそめ、よくわからずに使っている者は首をかしげている。ちなみに、私は半分半分だ。

「確かなの?」

 私の近くで聞いていた紫は炎の蝙蝠に詰め寄り、そう問いただした。彼女がそこまで食いつくという事は、相当凄いことをやっているという事だろうか。

「パチュリー、もう少し噛み砕いて説明できない?」

 コウモリを挟んで反対側に立っていたフランドールは、首をかしげている者たちの代わりに、パチュリーへ説明を求めた。

『そうね。…じゃあ、…それぞれ持っている武器を想像して。…ここでは刀で例えるけど、……私たちがオリジナルの刀を再現しようとしたら、材質、重量、得物の太さと長さ、柄の長さから刃の長さ、刃の伸びる曲線、切れ味、色、そう言ったものを細かく魔力に性質として組み込んで、ようやく一本の刀が出来上がる。ここまではわかるわね?』

 そう言えばそうだ。魔力で同様の物を再現しようとすると、かなりの手間がかかる。咲夜はオリジナルのナイフの情報を頭に叩き込み、かなりの訓練を重ね、あれだけの量のナイフを、一度に生成することができるようになったと聞く。

『でも、彼女がやっているのは、刀。その性質を組み込むことで、刀を作り出しているの。あらゆる性質を組み合わせてできた刀と、刀という性質を組み込んで生成された刀。似てるけど、まったくの別物よ』

 なるほど、そこまで説明されてようやく理解した。弾丸でも、螺旋状の回転と前方方向に高速で飛んでいく性質が含まれた弾丸と、弾丸の性質が含まれた物では見た目は似ているかもしれないが、性質的な観点から見れば全くの別物と言っていい。

『私たちは、魔力で物を作ろうとした時、特定の銃や刀、車といった性質を含ませることはできない。固有の能力を除いて、炎一つ再現するのだって温度や色、広がり方や燃え方まで性質として組み込んで、ようやく似た物になるだけ。固有の能力ならあり得なくはないけど……もし、魔力でやってのけているのであれば、こっちと次元が違うわ』

 噛み砕いて説明され、私たちとは次元が違うレベルのことをしていることをよく理解できた。

「何か対策は無いの?」

 そう言葉を発した者は人ごみに隠れて見えなかったが、ここに居る者全員が思ったことだろう。皆何かを期待するように、炎の蝙蝠に視線を寄せている。

 魔力に特に秀でているパチュリーであれば、それを逆手に取った対策を、何かしら思いついていてくれるのではないかそんな目だ。

 願望で、現実逃避だが、そう思う気持ちもわからなくはない。これから、そんな連中を何人も相手にしなければならないのだ。一人ぐらい対策がほしいところだ。

 欲しいところではあるのだが、私は対策があった場合は聞くのは少し否定的だ。それがあることが油断につながったり、読まれて逆に逆手に取られる可能性だってある。

 パチュリーが言っていることはおそらく正しい。間違った解釈などはしていないだろうが、していた場合はそれに執着してしまう恐れもある。私は聞かないでおくか。

 炎の蝙蝠から距離を置こうとした時、パチュリーははっきりとした口調で、しっかりと包み隠さず言い放つ。

『無い。彼女がその気になれば、できないことの方が少ないと思うわ。その魔女について、私からできるアドバイスは、そう言う人物だから気を付けてっていう事だけ』

 そして、対策を事前に聞くことがあまり好きでない理由の一つに、それが存在しなかった時、聞いた者たちの士気というのは地に落ちるから。というものがある。

「…」

 私が予想した通り、この集団の中では強い方ではない河童や天狗たちが言葉を失っている。十数人が暗い顔で黙っている様子は、まるでお通やの様だ。初めの行動で注目を浴びた分だけ、この会話を聞いていた怪我人も多い。

 このままだとプレッシャーに耐えきれずに、逃げ出してしまう者も出てくる可能性もある。

 逃げ出してここの世界にいる妖怪などに遭遇した方が、そんな化け物を相手にするよりはだいぶマシだからだろう。

「大丈夫だ。心配するな。いくら私たちと魔力の扱い方が違うとしても、完璧なんて存在しない。生物である以上は、必ずヒントとなる隙を見せる。そこを見逃さなければいいだけだ…さっきの霊夢達みたいにな」

 その様子に見かねてか、押し黙ってしまっている河童たちに萃香はそう伝える。基本的に弱い者には興味がない彼女でも、不要な戦力の低下は避けたいのだろう。今までの連中と戦い方はそう変わらない。ただ、こちらがより注意をすればいいだけだと、至って冷静に言い放つ。

 そう簡単に行くものではないが、一理ある。いくら私たちとはかけ離れた魔力の使い方をしていたとしても、結局のところはそれを使うのは本人だ。

 あの魔女の使い方が上手ければ、私たちは手も足も出ない可能性があるし、下手であればこちらが優位になる。

 自分の能力が強く、それに驕って油断してくれるのであれば、やりやすいことこの上ないが、何度か接敵したことで、そんな油断してくれるような人物ではない覚えがある。

 これは私が勝手に抱いている人物像で、不正確な物だから実際に会って戦わなければ分からない。だが、油断するようなタイプでなければ、異次元早苗以上に苦戦を強いられることになるだろう。

「だろ、霊夢」

「…ええ、そうね。……ここの早苗は始めは何をしているかわからなかったから苦戦したけど、していることがわかるのであれば、負けないわ」

 私が堂々たる態度で言い放ったことで、河童や天狗たちの表情が少しだけ和らいだ。嘘の罪悪感に顔をしかめる前に、後ろを振り返ってその場を離れた。

 彼女たちを騙すことになって、申し訳ない気持ちで一杯だ。相手がやっていることはわかったが、パチュリーが言った通りただ魔力でやっていて能力が別なのか、能力でそうなっているのかはわからない。

 前者でも後者でも最悪だが、そんな、情報が不明瞭すぎて確定できる要素がないというのに、負けないなどと言い切ることは本来できない。

 なのに言い切ったのは、彼女たちをこの集団に縫い付けておかなければならなかったからだ。酷い話だ。

 戦力を低下させたくないという理由から嘘を付き、さらに利用しようとしている。ここまで気分の悪い話は無いだろう。

 彼女たちの表情を見るに、首の皮が一枚つながった程度だが、我先に逃げ出したり、隠れて逃げようとする者は居なさそうだ。それがまた、私の心を抉る。

「……すまん」

「…大丈夫」

 私と同じく集まりから身を引いていた萃香が、スッと横に立つとぼそりと隣で呟いた。あの雰囲気では萃香だけで助かりたい、逃げたい衝動を抑えきることはできなかっただろう。だから博麗の巫女である、私の言葉を引き出すのは当然のことだ。

「…」

 こちらの世界に来るか来ないかは本人たち次第だが、焚きつけたのは私だ。だから、生きていれば騙した罰は、後で受けるとしよう。

 

 

 鋭い金属音が響き、パッと火花が弾けた。目が眩みそうになるが、大した光ではない。それよりも得物を握っている手に、衝撃が伝わってくることの方が重大だ。左手に持っていた銀ナイフを、持ち続けることができずに放してしまう。

 後方に回転しながら飛んで行った銀ナイフは木に刺さったのか、地面に刺さったのかはわからないが、何かに刺さった音だけは聞こえた。

「くっ…!」

 両手に銀ナイフを握る異次元咲夜が、追撃を加えようとしている。それをわかっているのに見逃すわけがない。銀ナイフは弾かれてしあったが、反撃できない体勢ではない。

 逆手に銀ナイフを魔力で生成し、顔面をその奥にある脳髄ごと叩き切ろうとしたが、その程度は当然ながら読んでくる。

 火花と不快な金属音をまき散らし、お互いを切り刻もうとしている得物はピタリと停止した。

「っち…!」

 恨めしそうに異次元咲夜は目を細め、持っている銀ナイフに力を込める。腕力は奴の方が圧倒的に強く、地面を踏みしめて体を固定しているというのに、足が後退して地面に線を残す。

 だが、メイドのターンはそこで終わりを迎える。カチャカチャと鍔迫り合いとなっていた銀ナイフが、私たちの力に耐えきれず、亀裂が生じると粉々に砕けてしまう。

 何度も刃を交えていたことで、こうなることはもう予想がついている。破片が落ち切る前に、飛び散った火花が酸素が足りずに燃え尽きる前に、私たちは動き出している。

 腕やナイフで破片を押しのけ、もう片方の手に持っている得物で首元を掻き切るため、肉を削ぎ落すために振り抜く。

 お互いに狙っていることは同じで、鋭い斬撃が二度交わされる。しびれを切らしたメイドが、大振りの攻撃を左から右へ振り回した。

 逆手に持たれた銀ナイフが狙うのは、私の両目。奴の視線と赤青色に軌跡を残す武器から、算出された予想に血の気が引く。

 あと一歩気が付くのが早ければ問題なかったが、既に攻撃のモーション移りかけている。このまま敵の攻撃を無視すれば、確実に両目を切り裂かれることになるだろう。

 目を切られた激痛もそうだが、視界を失えば奴を殺す絶好の機会を失うことになるのだ。攻撃しようとしていた行動を全力でキャンセルし、身を後ろ側に屈めた。

 空気を切り裂く音だけを残し、視界を奪われる事無く大振りに振られた銀ナイフは通過していく。

 奴が体勢を立て直す時間を、私も後ろに傾いた体を起こすのに使用する。私を戦闘不能にさせるために、かなりの力を込めたようで、奴の上半身は脇を向いて体の軸がずれている。

 まるで捨て身の様な攻撃だ。ここから立て直すのにはかなりの時間を要する。このまま首に得物を突き立てようと、前に進んだところで意識や視界外から腹部に強い衝撃がもたらされる。

「がっ…!?」

 皮膚を突き破り、刃とは違う触感の物体が体内へと抉り込んできた。切れ味の悪いそれは、異次元咲夜の銀ナイフでないことが直感で分かる。

 ナイフを振るう、投げるのには無理のある体勢だが、蹴りを入れるのには可能である。強化した身体能力により、ハイヒールの踵が肉を抉る。

 蹴りの威力が高かったことで、弾き飛ばされた。受け身を取るのに失敗し、背中を地面へと打ち付け、転がり続ける。

 地面との摩擦が大きく働き、抵抗しなければあと二回か三回は転がっていたのを、手足を使って食い止めた。

 止まる体勢に入った事で速度が落ちてはいたが、それでも土の上を靴がや手が滑り、完全に体が停止するまで数秒を有した。

「っ……」

 腹部に鈍い痛みが走る。奴からは視線を外すことができず、ブレーキするのには使わなかった手でその傷を押さえこんだ。

「うっ………ぐっ……!」

 出血を抑えようと傷口を締めるだけで、頭の頂点から足先までを電流が流れるほどの痛みが走る。生暖かい液体が指の間を通り抜け、地面にチタチタと零れた。

 新しく着替えたばかりの服に、新しい赤い染みがジワリと広がる。武器として使われるはずのない物で、こういった傷を刻まれると、逆にそれが激痛の種となる。

『今、よろしいですか?』

 銀ナイフをちらつかせ、次はどう私に攻撃しようかと考えているのが容易に読み取れる。異次元咲夜を睨んでいると、咲夜から魔力を介して声を掛けられた。

「駄目だ、後にしろ」

 前かがみに地面を踏みしめていた体勢から、上体を起こし、腹部の傷に魔力を送り込みながら、答えるが彼女も退かない。

『大事な話です』

 咲夜がそれを言い終わるか終らないか、その位のタイミングで、まったくないと言っても過言ではない月明かりに、照らされた白銀の軌道がコンマの時間だけ顔を覗かせる。

「っ…!!」

 異次元咲夜のことも意識内から放り出し、わき目も振らずに横に飛びのいた。鋭い金属音と、土を掘り返す音が先ほどいた位置から耳に届く。

 同時に刺さっている得物も当然あるだろうが、刺さった音の量からしてその場に留まっていたら、サボテンのようになっていたに違いない。

「何を独り言を言っているのか知りませんが、そんなことをしている余裕があるんですか?」

 飛びのき、着地した直後の私に向け、異次元咲夜は追撃で次々と銀ナイフを投擲してきているのを、向けてきている敵意から感じ取る。

 どの部分を狙ってきているかなど、霊夢でないから私にはわからない。暗闇で見えずらい銀ナイフを切り落とすことなど、私にできるかなど聞くな。

 休む間もなく、再度奴の予想を裏切ることのできる方向へ飛びのいた。今度の着地は気を付けなければならない。足元に先ほど地面に食い込んだ銀ナイフが並んでいる。

「なんだぜ、大事な話って……こっちは取り込み中だぜ」

 得物に足をぶつけてけがをしたり、転ばないように細心の注意を払い、身を低くして銀ナイフを数本地面から引き抜いた。

『あいつが驚いていた理由が何となく分かりました。正直私も驚いています。』

 驚いているという割には、いつも通りの冷静な口調で彼女は話す。これは聞いておいた方がいいのだろうか。どちらかといえば戦いに集中したい。

 その私の考えとは裏腹に、咲夜はその説明を始めてしまう。

『あなたは、どうやって銀ナイフを作っているのですか?』

「どうって、……普通にだよ…!」

 奴の方向から手に生成された得物に、こちら側へ飛んでいく性質の魔力を感じる。その数は約10。私が両手で拾い上げた得物では、その半分にも到達していない。

 だが、投げれば奴は嫌でも反応し、私の得物を撃ち落とす。数が少なくなればその分だけ、自分が避けなければならない攻撃の数が減る。

 異次元咲夜や咲夜が、敵にうまいこと当てていたのを真似、得物に奴に向かって飛んでいく性質の魔力を与え、武器を適当に放り投げた。

 その性質の魔力を与えていなければ、異次元咲夜に届いた得物は、一本も存在しなかったことだろう。

 私が放り投げた武器に僅かに反応したものの、明後日の方向に向かって行くのを見て、自分の攻撃に移ろうとする。

 突如として意識を持ったように動き出した得物に、奴は目を向いて驚き、射出しようとしていたプログラムを全てキャンセルした。

 奴の目の前に浮かんでいた銀ナイフが、魔力の性質を失って落下する前に、二本の得物を掴み取った。

 湾曲しながらも確実に自分の喉笛や、心臓を貫かんと飛んでくる銀ナイフを安定した挙動ではじき返した。

『私が最高の精度で作り出した銀ナイフでさえ、あいつの得物に打ち合わせた途端に砕かれ、曲げられました……なのに、あなたは砕かれるどころか、奴の得物を砕きました。どうやって作り上げたんですか?』

 私は、ただただ返答に困った。普通に作っているつもりだったのだが、はたから見ればそれは違うようだ。

 咲夜へと返答することを後回しにし、攻撃の手が止まった敵との距離を詰めようと走り出した。だが、すでに立て直し、数で言えば倍以上の銀ナイフを両手に保持しているのに気が付いた。

「っ…!」

 一本一本全てに、高速で前方に飛行する性質が含まされている。見た目は銀ナイフを投げようとしているようにしか見えなかったから油断した。接近している以上は予想を超える速度に、私は対応できずに全身をハチの巣にされていたに違いない。

 踵を返して方向転換し、一番近くにある遮蔽物の木へと一目散に向かう。自分のたくらみに気が付いた私を逃がすまいと、進行方向へと銀ナイフを時間差を置いて射出する。

 速度は奴の放った得物の方が断然早い。当然私から狙いが逸れていくものもあるが、十数本の銀ナイフを、両手に持つ二本の銀ナイフでいなすのは無理だ。

 奴に飛ばすのに得物はすべて使ってしまった。走りながら作り出し、適当に銀ナイフを振るうと、いくつかに当たり、鋭い金属音を響かせるが、左肩に鈍い痛みが走る。

「あぐっ!!?」

 それは持ち前の切れ味で筋肉を断裂させ、肩と腕をつなげる関節の境目に入り込んでくる。柄の根元まで突き刺さる程の勢いに、体のバランスを大きく崩した。

 重たい金属のナイフが高速で射出され、それが人体に当たればそれなりの衝撃を受ける。バランスを崩したのも相まって、体が半回転し、背中にさらに数度の痛みを感知。

「がっ……ああっ…!!」

 時差を付けて銀ナイフを射出していたため、残りは私が向かうはずだった方向を通り過ぎて行く。

 痛みに耐え、頃合いを見て追撃を受ける前に、攻撃の終わった安全地帯をよろけながら走り抜け、隠れる予定だった木の陰へと逃げ込んだ。

「っ…はぁっ………くぅっ……!」

 どこが痛みの発生源なのかわからないほどに、全身が痛い。背中の銀ナイフを引き抜こうとするが、左手が動かない。

 肩周りを負傷したことで、手先に向かうはずだった神経が障害されたのだろう。治すためにはここから引き抜くしかないのだろうが、握った際の少しの揺れにも痛覚や神経が反応し、肩に電流が走る。

『大丈夫ですか?』

「そう……見えるのか?」

 痛みに歯を食いしばって意識をしっかりと保ち、銀ナイフを引き抜いた。ズルッと肉の表面を滑る嫌な感触を指先に感じる。十数センチの長さが一メートルにも感じる。

 十数秒かけ、ようやく引き抜いた血液と脂まみれの銀ナイフを、そこらに捨てた。背中のは後回しだ。一度、奴の姿を確認するために、木の陰から顔を傾けると、耳の感覚が消えうせた。

 残ったのは、鋭い痛みだけ。魔力に意識を向けている余裕がなく、奴の接近に気が付けなかった。

 人間は痛覚よりも触覚の方が優先されると、何かの本で書いてあったのをおぼろげに思い出す。だから、何かにぶつけた時に反射的にその部分を触ってしまうらしい。

 それが正しかったと、実感する。反射的に右耳を抑えようとしている私は、目の前のメイドにどうにでもしてくださいと言っているようなものだ。

 今更ながらに奴へ銀ナイフで攻撃を加えようとするが、それは意外な形で遮られた。攻撃対象であるメイドが懐へと飛び込んでくると、背中側へ手を伸ばし、抱き着いて来た。

「なっ!?」

 意図も理由もわからず、困惑する。だが、やることは変わらない。逃げる途中で銀ナイフを落としてしまっていたため、銀ナイフの性質を加えた魔力で得物を作り出そうとした時に、意図に気が付いた。

 わき腹や背中に得物を突き立ててやろうと振りかぶった所で、私に抱き着いているメイドが、背中に刺さったままの二本の銀ナイフを握り込んだ。

「やめっ……!」

 武器を振り下ろすのではなく、静止を口に出したのは、出遅れた私が奴を殺す前に攻撃を阻止できないと、本能が悟ったからだろうか。

 刃が肉と布を引き裂く音。それに遅れて、地面へとあふれ出した血液が滴っていく小さな水音。

 奴は、銀ナイフで私の体を引き裂きながら、引き抜いたのだ。傷口が二倍にも三倍にも広がり、出血量も多くなる。

「………がっ……ぁぁ…」

 遅れてか細い吐息と共に、私が濡れていく地面に膝をついた。倒れ込みそうになった私の髪を毟る勢いで掴むと、地面から足が離れるほどの高さに私は持ち上げられた。

「辻斬り女から聞きましたよ?相当な重傷を与えられたそうですね?その割にはピンピンしているようですし、もう少し痛めつけても問題はありませんよね?」

 ニコリとほほ笑む異次元咲夜に、寒気を感じた。先ほど働いた本能が、一秒でも早くこの女から逃げ出したいと叫び散らしている。

 普段ならそれに従っていたところだが、それには応じることができない。一つに咲夜がいるというのもあるが、少しでも長く異次元ナズーリン達の逃げる時間を稼がなければならない。

 彼女たちにとっては妖精も異次元ナズーリンも取るに足らない存在だ。しかし、奴は目的のせいで私を殺せない。その腹いせに確実に彼女たちをわざわざ追うはずだ。

 私がここに来たことで、彼女たちが見つかることとなってしまった。せめて逃げるだけの時間は稼がなければならない。小傘が妖夢の観楼剣を持っているからなおさらだ。

「やれる……もん、なら……な……!!」

 痛む体に魔力を巡らせて痛覚を鈍化させ、髪を掴んでいる手を振り払った。思ったよりも簡単に振り払えたのは、奴がこの行動をわかっていたからだろう。

 着地しすぐに反撃しようとしたが、膝が曲がってしまい片膝をついてしまった。牽制にレーザーを放とうとするが、奴の方が一手早い。魔力にレーザーの性質を組み込む前に、胸に蹴りが叩き込まれていた。

「ええ、そうさせていただきます」

 浮遊感を感じながら、空と地面を一度ずつ視界に入れる。空中で立て直す暇もなく、衝撃を受け流す動作もできず、背中から直径が私の頭よりも二回りも大きい樹木に激突した。

「あがっ…!?」

 骨が折れる音はしなかったが、肺に一時的とはいえ強い圧力がかかった。内臓が痛めつけられ、呼吸をするごとに胸が炎のように熱い。

「かっ………ぁ…っ……!!」

 胸を抑え、前に傾いて倒れ込みかけている体を起こそうとしているが、異次元咲夜は次の攻撃準備が整ってしまっている。

 銀ナイフの性質を感じれる得物を、どう持っているのか両手に二十を下らない数握っているのを見なくてもわかった。

 右手と違ってだらりと地面に垂れ下がっている左手から、魔力を土の中へと流し込み、周囲の地形を作り替える。

 異次元にとりと戦った時と同じく、前面の土を大きく盛り上げ、魔力で圧縮して大きな壁を形成する。

 それだけの数、得物を持っていれば当然投げて来る。壁に使われている石や土に当たり、耳をつんざく金属音を何度も響かせる。

『あなたは、奴がやろうとしていることがなぜわかるのですか?』

 そう言われても、魔力の性質からそう思ったとしか言いようがない。なぜそんなことをわざわざ聞くのだろうか。

「わかるからだぜ…何となく」

 同じ場所に長くとどまり続けるのは危険だ。何度も得物を形成し直し、投げ続けている奴から見えないように地面を這いずり、後方へと移動する。

『わかるというのは、私達や奴らが攻撃に使う魔力の性質がですか?』

「そうだ…」

 異次元咲夜に聞こえぬよう小さな声で話し、後方に群生している木々の一つに隠れた。身体強化を解いて、奴に私の居場所を見つけずらくさせる。

『あなたは、初めからその状態だったから、それが普通だったのでしょうが……時間をかければできないことは無いですが…世間一般では感じ取れる魔力の流れから、どんな性質が含まれているかを瞬時に探ることはできません』

 初めて知った。

『蓄えている魔力の量、飛んでくる弾幕の速度や大きさから、どんなものが性質として含まれているのかを推測することはできますが、知ることができるのは着弾した時です。……それを、あなたは飛んでくる弾幕を見る前に、放つ段階で知れる。ですよね?』

「ああ、そうだ」

 スペルカードの構造がわかったから、パチュリーのスペルカードをいくつか拝借させてもらったし、幽香の放つレーザーを基盤にマスタースパークを作った。

『………あなたが私が作り出す以上に、高精度のナイフを作ったときに思いましたが…。私は自分の所有している銀ナイフでさえ、完璧な形で再現するのに数週間から、数か月はかかりました。それをあなたは、そういう性質を加えればできますし、意識を向けるだけで相手がどんな技をやって来るのか、その構造がわかります……』

「さっきから…話し方が回りくどいぜ。………私に何をさせたいんだ?」

『………そうですね…スペルカードを含めて、魔力の誘導を受けた攻撃をされたとしても、それをタイミングを合わせて相手に返せば、あなたが苦手としている銀ナイフの射出は、脅威ではなくなると思いませんか?』

 彼女の柔軟な発想に、ハッとした。咲夜が言うように、私は技の構造が全てわかっている。もしわかっていなくても、相手のやって来る攻撃と全く同じ性質の魔力を用意し、返してやれば脅威でなくなるだろう。

 例えるならAからBへと向かう線を描くとしよう。グニャグニャに曲げて伸ばしたとしても、それをその形のまま反転してBからAに行くようにすれば、必ずどこかで線は交わる。理論上は、タイミングさえ逃さなければ、魔力で制御された銀ナイフは空中で必ず全て打ち落とせることになる。

「…」

 咲夜の知識があっても、私には技術もなければはたき落とせるだけの腕もない。彼女の言った事をできるのであれば、奴に刃を突き立てられるチャンスが生まれる。

 私が咲夜の提案したことを飲み、実行に移そうとした時、はるか後方から異次元咲夜の強力な魔力が発生する。スペルカードだ。

 バネやゴムボールの様な、跳ねる性質を強く感じる。それに加え、速度にも魔力が費やされているようだ。

「速符『ルミネスリコシェ』」

 異次元咲夜の呟きが聞こえ、銀ナイフが投擲される。木の後ろに隠れていても、含まれている性質により、安全地帯にはなりえない。

 全く準備の整っていない私が、それの性質を持った魔力で反撃することなど、当然できるわけがない。

 視界内に入って来たと思ったら、木や地面でバウンドし、視界外へと飛んでいく。木が円形であることで、ぶつかった銀ナイフが飛んでいく方向が予想つかない。

 目で追えるスピードを、軽く超える銀ナイフの速度に翻弄され、明後日の方を見ていると、真横から飛来した得物がわき腹に牙を立てる。

「ああっ!?」

 物ではなく人にぶつかることで、跳ねる性質を失うようで、皮膚上で跳ね返ってまたどこかへと飛んでいく事無く抉り込む。

 骨に当たらなかったとはいえ、柄まで食い込んでしまっている。複数の内臓を傷つけているのは確実だ。しかし、斜め上から飛んできて、低い位置に刺さったのが幸いし、呼吸器官や心臓などには当たっていない。

 意識を向けていなかった方向から来られたことで、踏ん張ることができずに木の裏側からあぶり出された。

「っ………くぅっ…!」

 破壊された左肩関節がようやく修復できて来たようで、刃の根元まで刺さった銀ナイフの方へ伸ばすが、傷周辺の皮膚に触れただけで、焼けつくように痛い。

 よろけた先で、視線が丁度よく異次元咲夜の方向を向いた。奴は、うまいこと私のことをあぶり出せたのが面白かったようで、嘲笑している。

 さらに追撃するようで、その手には銀ナイフが握られている。早く逃げないと、そう思っていたが、違うだろ。と自分を叱咤する。

 こんなにやられっぱなしでいいのだろうか。この先、異次元霊夢に、異次元妖夢との戦いも待っているのだ。こんなところで、時間をつぶしている暇はない。私が時間をかければかけるほど、霊夢が殺される確率が高まる。奴らが、彼女に異次元早苗を差し向けたように。

「っ…あああ……!!!」

 私の体は頑丈なんだ。多少無理をしても、どうとでもなる。目先の痛みよりも、大切な人が殺された悲しみの方が重要だろうが。

 腹部から力を抜き、左手で刺さったつかを握り込む。ゆっくりではなく、一息に過剰なほどの力で引き抜いた。

 本物の銀ナイフに、異次元咲夜がやったスペルカードの性質を含ませた。よろけていて狙いは付けずらいが、この技は初撃が当たらなくてもバウンドしてあたる可能性がある。

 狙いはあまり付けず、奴の方向へと投擲した。私の手元を離れた途端に、目にもとまらぬあの速度で飛翔し、何度も地面や木の表面を跳ねる。

 放った私でさえその軌道は把握できていないが、得物にはぶつかったら跳ね返る性質しか含まれていなかった。異次元咲夜も同じような物だろう。

 違う部分を上げるとすれば、奴の方が反射神経が圧倒的に優れているという所だ。銀ナイフが跳ねている領域から離れていることで、その軌道を追えた。奴の視界外から襲いかかったが、後頭部を貫く前に標的がゆらりと体を半回転させ、手に持っていた武器で弾き落としてしまった。

 魔力の青と本物の赤い火花が飛び散り、跳ねる効力を失った銀ナイフは回転しながら弧を描いて落下し、地面に切先が刺さってようやく停止する。

「……。面白いことしてくれましたね」

「ああ……趣味の悪い装飾が施されてるからな、返してやったんだ。感謝してもらいたいもんだぜ」

「猿まねした程度で、よくもそこまでいい気になることができますね」

 腹部を怪我しているせいで話すと胸腹部に激痛が走るが、やせ我慢をして吐き捨てた。刺突された傷からは、ゴボッと血液が漏れ出して来る。片手でそれを押さえ、肩から腹部周辺へ魔力を送っていく。

「…」

 異次元咲夜は安い挑発だと、わかりやすく鼻を鳴らす。怒らせてスペルカードを使わせようとしていると、彼女はもうわかっている。

 まあ、そうだろう。あからさまに神経を逆撫でして、怒らせようとしているのだから、感づかないはずがない。だから、もうひと押しが必要だ。

「ああ、そうそう。……十年前、レミリアを吹き飛ばすことができて、胸がすっきりしたぜ」

 私がそう言い放った途端。異次元咲夜の雰囲気が、一瞬でガラリと切り替わる。その殺意に、森に残っていた草食動物はねぐらを捨て、肉食動物は自身の縄張りも忘れ、我先に私たちの周りから逃げ去っていく。

 理解する。私はどれだけ彼女たちに手加減をされていたのかを。頭に血が上った異次元咲夜の憎悪は、噴火した火山から漏れ出る溶岩のように燃え盛っている。

 見開かれた瞳からは、殺意しか感じられない。私に対するあらゆる負の感情が、べっとりと塗り込まれている眼を見ているだけで、重圧に押しつぶされて地の底まで押し込まれてしまいそうだ。

 他のことではあまり取り乱すことは無いが、やはり自分が忠誠を誓った人物について言われれば、頭にも来るだろう。

 彼女の頭の中には、冷静という文字はもう残っていない。この目の前にいる仇をどうやって苦しめて殺すか。それによって支配されている。

「私は、力の手に入れ方がわからりません。だから、博麗の巫女が動き出すまで待つつもりでしたが………。考え直しました。……独学で探っていくことにします」

 声は至って冷静なのに、殺意の籠った瞳、憤怒の表情、溢れ出して留まることを知らない憎悪は、私に恐怖を植え付けるのには十分だった。

 今までに体験したことのない程に、邪悪な憎悪は逃げることが許されない私の精神を蝕んでいく。殺意に当てられ、発狂した方がどれだけマシだっただろうか。

「っ……うぁ…」

 息を飲む私に、頭の中で咲夜は何かを言ってくるが、それに耳を傾けている余裕はない。歯が合わず、ガチガチと音を鳴らす。手が震え、自然と足が後方に傾きかける。

「動けなくなった貴方の目の前で、そちら側の博麗の巫女を、拷問して、拷問して、苦しめて、苦しめて……お嬢様の味わった苦痛を…貴方と一緒に骨の髄まで味あわせてあげましょう」

「………っ!!」

 それを言われるや否や、心臓が締め付けられるように苦しくなった。物理的な物ではなく、感情や精神的な観点から来るものだ。異次元咲夜に植え付けられたものが、別の恐怖に変わっていく。

 置き換わったそれは私にとって、逃げ出したくなったり、強張って体を動けなくさせる逃走的な部分ではなく、闘争的な部分を刺激する。

 後ろに下がりかけた足が逆に前へと進み、震えてどうしようもなかった手は、ピタリと止まる。そして、怒りを具現化したかのように自然と握り込まれ、先とは違う形で震え始めた。

「死にかけても治療しましょう、気絶すれば起こします。貴方と、博麗の巫女は…」

「黙れよ…」

 瞬間的に手のひらを向け、レーザーを奴の顔面に正確に打ち込んだ。私がいきなり弾幕を撃ちこんでくるとは思っていなかったようだ。

 狙った場所に着弾はしなかったようだが、きわどいタイミングだったのが、銀色の髪が一部焼けていることからわかる。

「弱い奴が口達者っていうのは、本当なのか?なんだか試さなくてもいい気がして来たぜ」

 私は最大の嘲笑と侮辱を込め、こちらを睨んでいる異次元咲夜に嘲笑うように言い放った。

「…っいいでしょう…!!あなたの望み通りにしてあげましょう!!!」

 どこからか取り出したカードを目の前に掲げ、濃密な魔力を流してスペルカードの回路を起動する。

 淡青色に淡く光るカードを握りつぶし、回路を抽出。異次元咲夜は何も迷うことなく、その強力なスペルカードを私に対して発動した。

 私も含まれている魔力の性質から、奴のスペルカードを瞬時に再現する。

 異様な光景だ。全く同じスペルカードが、思考も、性格も、弾幕の傾向も、戦略も違う人物から放たれた。

 こんな戦い方は、後にも先にもここだけだろう。そう他人事のように考えていた私は、そのスペルカードの名を、奴と同じタイミングで口にした。

 

「「幻葬『夜霧の幻影殺人鬼』」」




次の投稿は、仕事が忙しくない限りは6/20の予定です。

今年から社畜になったので、この生活に慣れるまでは、更新が遅れ気味になると思います。

遅くなる場合はその都度書き込みます。


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東方繋華傷 第百二十九話 断頭

自由気ままに好き勝手にやって行きます!!

それでもええで!
という方は第百二十九話をお楽しみください!!





胆嚢がやられたので、油抜きの生活を一カ月続けました、体重が7キロ落ちました。


 鬼の形相というのは、こういう事を言うのだろう。目や眉は釣り上がり、眉間には深いしわが刻まれている。瞳孔は戦闘面で活性化する交感神経の作用により散瞳、砕けるほどにかみしめられた歯が、唇の間からずらりと並んでいるのが見える。

 私に対する怒りから来るものもそうだが、その表情になるもう一つの要因は苛立ちだ。ただ苛立ちと言っても、何に対してが書かれていなければ、話の流れから私を痛めつけることができないから。そう言うことになる。

 確かに苛立っている理由の半分は、私を痛めつけられないからだろう。しかし、残りの半分は違う。

 彼女にとっても、ここ十年で初めての経験だろう。自分が逃げながら戦わなければいけないというのは。

「っち……!!」

 私が投擲した銀ナイフを、異次元咲夜は跳躍した先に生えていた木を足場に、三角飛びの要領で脇へ避けた。

 弓で飛ばされた矢、もしくはダーツを連想する軌道で、三本の銀ナイフが木肌に立て続けに突き刺さる。

 魔力の浮遊力や強化された身体を駆使し、左右や後ろに飛びながら追う私から僅かに距離を放し、空中で体を反転させてこちらを向いた。

 また懲りずに、スペルカードを放とうとしているようだ。手元に濃密な魔力が集まっていき、カードに刻まれた回路に魔力が注がれ、起動する。

 始めに放ったスペルカードのように、ナイフを大量に生成するのではなく。たった二本の銀ナイフと、いくつもの斬性の性質を感じる。

 近接に持ち込んだスペルカードで対抗しようとしているようだが、スペルカードであれば、いくらでも対抗できる。

 こちらを向いたまま、スペルカードを起動した異次元咲夜が地面へと着地する。魔力や身体能力で、空中と地面を飛び回りながら高速で戦っていたのだ。すぐに止まれず、後方に三メートルほど砂煙を舞い上げてゆっくりと停止する。

 スペルカードに受けて立つため、加速して奴の目の前に降り立てるように、浮遊の性質を調節した。

 十数メートル手前で浮遊を切り、空中に体が投げ出される。姿勢制御はできていることで、体があらぬ方向を向くことは無い。

 奴が使うスペルカードの性質を、手元や体になじませ、異次元咲夜が発動すると同時に、私も空中で発動した。

 浮遊が無くなったことで落下し続ける体は、精密に調節したおかげで狙っていた場所に落ちてくれた。

 ダンっと荒っぽく、力強く着地した私は、目の前に出現した二本の銀ナイフを、奴と同じタイミングで掴み取る。

 他人が持つスペルカードの名前など、いちいち覚えていない。はずなのだが、自然と頭の中に浮かぶ、発動したスペルカード名を小さく呟く。

「「傷魂『ソウルスカルプチュア』」」

 ガガガガガガガガガガガガガッ!!!!!

 無数に響く打性の金属音。大量の重たい金属物質を、硬い床に一気にばらまいたような騒音が当たりに響き渡る。

 振った刃の先から、三日月状の形をした斬性の魔力が振るうごとに放たれるのだが、超至近距離で得物同士を打ち合わせているせいで、放たれたそばから同時に打ち消しあって魔力の塵となって消えていく。

 赤い火花以上に青い塵と火花が大量に発生し、私たちを眩しいぐらいの光量で包み込む。暗闇に目が慣れていることで邪魔だと思う反面、奴の行動がよく見える。

 遠くからなら、青く光る蛍が沢山いるだとか、ファンタジーでよく見る小さな妖精が沢山飛んでいるように見えただろう。中央の二人がナイフで切り合っていなければ。

 合計で78回の斬撃を放つと、打ち込まれていたプログラムを全てやり終えたようで、カードの支配から体が解放される。

 自分が思う体の体勢と、スペルカード終了直後本来の体勢に、若干の誤差がある。瞬時に修正しようとするが、修正までの時間が身体の硬直となり、ほんのわずかな時間私と異次元咲夜の体が止まるはずだった。

 硬直して動くことのできない異次元咲夜に、数度スペルカードの斬撃を叩き込む。スペルカードの斬撃からわかるように、この攻撃に私の意志は反映されていない。

 異次元咲夜のプログラムに、斬撃を数回余分に追加したのだ。攻撃が長引くと、硬直から解けた奴に攻撃を受けそうだが、確実にダメージを与えられるのはこのタイミングだけだ。

「ぐっ!?」

 銀ナイフと魔力に切り裂かれたことで、異次元咲夜の体勢が大きく崩れるが、下がらずに踏ん張り、両手に持った銀ナイフを硬直が始まったこちらへと向かわせる。

 右肩と、腹部、左腕を切り裂かれた斬創から、骨が見えるほどに深い傷を刻まれ、ハンダゴテでも押し付けられているような熱い錯覚を感じた。

 腕の傷から血が溢れ出し、左手まで伝い落ちる。ナイフの柄を握る手と得物の間に入り込み、潤滑油となってしっかりと握り込まなければ、刃を打ち合わせた時に落としそうだ。

「っ……!!」

 痛みは自分が生きていることを実感できる要因の一つであるが、それに耐えられなければならないことや傷が増えて動きを制限されてしまうことを念頭に置くと、進んでやるべき行為ではない。

「逃がしませんよ」

 切られた傷には目もくれず、こちらに向かって異次元咲夜は銀ナイフを投擲してこようとしている。近距離でスペルカードを使用しない近接攻撃に戦法を切り替えられると、私は太刀打ちできない。

 一度大きく下がろうとしていたが、投擲された銀ナイフをはじき返しながらとなると、慣れてない今は選択肢から消え失せる。

 下がらせかけていた足をその場に縫い付け、血で滑る銀ナイフを手の届く範囲よりも、外側にいる異次元咲夜へと投擲する。

 奴の後に銀ナイフを投擲しようとしていれば、当然ながら私の方が遅く投げることにはなる。

 しかし、私を殺さずに生け捕りにしよとするあまり、正確に自分の狙っている位置へ投擲しようとしている奴は、投げるまでがほんの僅かに遅かった。おかげで一歩追いついた。

 ほぼ同時に投擲された銀ナイフは、私と異次元咲夜の中間地点で空中衝突を起こす。火花を散らし、回転してお互いに伝わった運動エネルギーに従って、それぞれの方向へと飛んでいく。

 その様子を見て、一つ間違いを修正しなければならなさそうだ。空中衝突を起こしたのではなく、起こされたのだ。私は直感的にそれを感じ取る。

 十数年も前から銀ナイフを扱っている人物が駆け出しで、得物を武器としてほとんど使っていない魔女に、後れを取るはずがない。遅れていたのではなく、待っていたのだ。

 私の視線から射線を割り出し、銀ナイフを側面から当てたことで、両方ともこちら側に飛んできた。

 当たる場所や当人の力にもよるが、偶然衝突したのであれば、どちらもあらぬ方向へ飛んでいくだろう。だが、二本ともこちらに飛んできたことを考えると、狙ってやったようにしか見えない。

 それらが頭の上を通り過ぎて行くよりも前に、異次元咲夜の第二射が投じられた。そして、新たな銀ナイフを生成して走り出してもいる。

 得物を自身の肉体で受けていては、後に来る奴に対抗できない。走ってくる奴と対峙するのであれば、いなさなくてはならない。

 これまでもナイフを投げられることはあったし、スペルカードの方が速度はずっと早かったはずだ。ただ投げられただけならばできないことは無い。

 タイミングを逃さず、正確にその位置に得物を運べれば、受け流せないわけではない。目を開いて銀ナイフの軌道を見極め、腕を振るう。

 空気中を高速で突き進む銀ナイフは殺さない為の最小限の配慮らしく、右胸を狙っている。ご丁寧にも静脈にも掠らない位置だ。

 振った銀ナイフは、丁度切先同士が交わり、不快な金属の金切声を上げる。横からの攻撃により、投擲された得物は別の方向へと弾かれ、青とオレンジ色に光を反射しながら飛んで行った。

 それで安心してはいられない。すぐ目の前に来ている異次元咲夜は攻撃態勢が整い、銀ナイフを横に振り抜こうとしている。

 すぐさま攻撃に切り替えられる状況になく、ここは攻撃を受けるしかない。奴の振るう得物の軌道上に近かった銀ナイフを移動させ、横に薙ぎ払われた攻撃を受けきった。

 ガツン!と肩まで響く衝撃がいつもよりも小さすぎる。その理由を確認するまでもなく、右手首から末梢にかけての感覚が消失した。

 キラキラと輝く私の銀ナイフの破片が、空中に飛散する。角度的に飛び散った破片から目を守らなくてもいいが、奴の得物が砕けずに突き進めたことが解せない。

「っ!?…ああああっ…!?」

 手首に発生した激痛が爆発した。右手が使い物にならなくなるが、転んだとしてもただでは起き上がらない。攻撃を受けたのであれば、やり返さなければ押される一方だ。

 未だに砕けた銀ナイフを握る手が空中を縦に散歩している。拾うのには遅いし、拾う意味がない。

 怪我なく回収できたとして、くっ付けられても神経などが損傷しているせいで、障害が残る可能性もある。これからまだ戦いを控えているのに、指先のコントロールができないのは困る。ならば、自分で生やした方がいいだろう。

 体勢的に体の各部位で、今攻撃できる段階にあるのは切断された右腕だけだ。拳は無いが腕の筋肉と背筋を躍動させ、手のない腕で彼女の顔面に殴りかかった。

 片腕を無くした状態で、私が突っ込んでくるとは夢にも思っていなかったようだ。目を丸くした奴の頬に、いつもの感覚よりも一拍遅いタイミングで攻撃が放たれた。

 普通に殴るよりも水気の強い音が響く。腕を振り抜けたことで、奴の上半身を後方に仰け反らせることができた。

 そのまま畳みかけ、銀ナイフで胸を掻っ捌こうとするが、右側の視界が突如暗闇に閉ざされ、何も見えなくなった。

「あ…?」

 私が何が起きたのかを理解する前に、後ろに倒れ込むように下がる奴に引かれる形で、視界外から刺されていた銀ナイフがブツッと顔から引き抜かれた。

「っ……!?あああああああああああああああああああっ!!!」

 殴れたのは殴れたが、頭突きができるような距離まで接近したことで、見えない横側から刺突を受けた。

 骨を砕き、切り進んだ切先は、抵抗をほとんど受け付けずに眼球へと到達し、一捻りで中身をシェイクされた。

 それに加えて私が殴った反動を使い、銀ナイフを切り裂く様に体から引き抜いた。眼球を瞳ごと抉られ、右側の視界を失った。

 運の悪いことに、様々な組織が重なり合って形成していた眼という器官はかなり複雑だ。修復するのには、腕や足のようにすぐとはいかないだろう。

 眼球と一緒に涙腺も一部破壊されたようで、涙が少し粘性を含む赤い体液に混じり、頬を流れて行く。それに含まれる塩味が傷口を刺激し、刃物が無くなったというのに痛みを脳に訴え続けている。

 痛みに耐え、思考を巡らせる。なぜ私の銀ナイフだけが壊れ、奴のは壊れなかったのか。耐久能力が同じなのは、始めの攻防で分かっていることだ。

 作り出した魔力の性質から見ても、何か特別なことをしたわけではない。何かしたとすれば、行動だ。

「……っ」

 難しいことではない。物である以上は耐久能力が付いて回る。スペルカードが終わった後、私は一度も交換することなく切り合った。新品と中古であれば、よっぽどのことがない限り壊れるのは中古だろう。

 次から切り合ったりするときにはそれも頭に入れ、銀ナイフを使って行かなければならなさそうだ。

 視界は左目に残された義眼から来るもののみになったが、切られたのが右目で良かった。義眼を壊されれば、左側の視界はこれ以降は回復しないこととなる。

 奴はまるで新体操をしている選手の様な、軽い身のこなしで後方に仰け反った体を利用し、ジャンプすると多少後方にさがったが、スタッと地面に着地する。

 私が切断された腕で殴ったことで、頬には赤い体液がこびり付いているようだが、気にもしていない。血がべっとりと付着する銀ナイフで、どう切り刻むことしか頭にはなさそうだ。

 残った右手で右目を押さえ、左目では奴を視界の中央で捉える。右側に逃げられないような立ち回りをしていなかなければならない。

 それと、距離感を見誤るのも恐ろしい。奴がいるのが私の手の届く距離なのか、奴が投げた銀ナイフはどれだけ離れているのか。

 異次元咲夜相手に、片目で戦いきるのは難しいだろう。魔力での治癒促進も八割ほど目に集中させ、できるだけ早く視界だけでも戻らねばならない。

 目を抑えていた手を放し、銀ナイフを握り込む。数メートル先にいる異次元咲夜がどう動き出すか、用心深く睨んだ。視界外へと移動した方が奴にとっては有利で、私から見て右側へと走っていく。

 これが異次元咲夜の通る予想ルートだったが、片目しかない私相手であれば、そんな小細工は奴にとっては必要ない様だ。

 普通の靴よりも踵の高いハイヒールを入っている癖に、全力で走る私よりも速い速度で急接近してくる。

「っ…くっ…!」

 近い方が、遠距離から物を投げられたりするよりはやりやすいという事はあるが、今の段階ではどちらも変わらない。

 目の前で振られた第一撃は、いなす。奴の攻撃を二度目、三度目と受けるが、奴のターンは終わらないようだ。斬撃を受け流すことに精一杯な私は、反撃するタイミングを掴むことができない。

 銀ナイフを交換する間もなく連続攻撃が続く。咲夜の記憶から銀ナイフに負担を掛けない扱い方を引き出し、即座に実践する。

 記憶通りに体が動かないのは、既にわかり切っている。遠近が見定められていない私は、防御にばかり意識が行っていることもあり、これは気休め程度にしかならないだろう。

 それでもやらないよりはマシなはずなのだが、刃がナイフの腹を火花を散らしながらなぞっていくごとに、金属がすり減っているような感覚に陥る。

 何年も様々な世界で戦ってきただけはあるようで、壊れることに臆せず何度も銀ナイフを振るって来た。上手いこと私が何度も攻撃を受け流したことで、じれったくなったのだろうか。大振りに見える攻撃を繰り出して来る。

 小回りの良い攻撃よりも軌道が読みやすく、攻撃を後方へと受け流し、大きく一歩進んで奴の懐に潜り込む。

 個人的なハンデなのか、挑発しているのか知らないが、私と同じように一本しか銀ナイフを握っていない異次元咲夜の得物は、返ってくるまでには時間がかかる。

 防御を繰り返し、耐久能力に限界が迫っている亀裂の入った銀ナイフで、奴の胸を切り裂いた。柔らかいバターを高温に熱したナイフで切るような、そんな感触を指先が感じる。

 亀裂が入ったとしても切れ味のいい銀ナイフは、服ごと肉を断つことには成功したようだ。無視できる程度の弱い抵抗を感じたのも束の間、得物を振り切ると異次元咲夜の胸元が徐々に赤みを帯びていく。

 このまま押し切ろうと、振った腕を引き戻そうとした時、私から受けた攻撃を無視した異次元咲夜の正拳突きが首を捉えた。

「がっ…!?」

 外部からの圧力により気道が塞がって息が詰まり、奴を切り裂くことを忘れて殴られた首元を抑えてしまう。

 咳き込みながらも奴に一太刀浴びせようとするが、再度矢のような速度で突っ込んで来た拳に、ボロボロの得物は砕かれた。

 武器を砕いた異次元咲夜はそのまま拳を開き、私の頭部を乱暴に掴む。手で視界を塞がれ、振り放そうと手を伸ばしたころには、近くの木に後頭部を叩きつけられた。

「あがっ!?」

 肉を切らせて骨を断つというのは、こういう事をいうのだろう。実際に、押し付ける力が強まるごとに頭蓋骨が歪み、脳を圧迫されて激痛が走りっぱなしだ。

 叫び散らしたくても声も出せない、雷に常に撃たれ続けていると言っても過言ではない激痛に犯され、意識の混濁が生じる。

「うっ……づっ……ぁぁ…っ……!」

 咲夜が頭の中で何かを言っているのが、おぼろげに聞こえてくる。声のトーンから気絶してはいけないと私を叱咤している。

 わかっているのだが、頭一つ分違う体格差であれば、保有する筋肉量が違う。いくら私が魔力強化しても、元の筋力が豊かな異次元咲夜の掴みを腕力でふりきることはできない。

 私に星熊勇儀が持っているような、怪力乱心を持つ程度の能力を保有していなければ、力関係が覆ることは無いだろう。

 彼女の半分か、十分の一でも力を出すことができれば、この状況を脱することができ、場合によっては有利不利を逆転させることもできるだろう。

 もう少し、もう少しだけ、勇儀のような力があれば………。

 パキュっと何かが潰れる音が、朦朧とする意識の中ではっきりと聞こえた。私の頭蓋が割られ、死なない程度に異次元咲夜に頭を握りつぶされたのかとも思った。

 違う。気を抜いたらそのままリンゴのように潰されそうだった圧力と、頭をめった刺しにされていたような激痛が綺麗さっぱりなくなった。

 万力並みの握力を誇っていた手指から、くたっと力が抜けていき、顔を覆う形でなされていた鷲掴みから解放される。

 私を失神させる絶好の機会を、みすみす逃す奴ではないだろう。気絶したと、勘違いしているわけでもないようだ。頭の上に力なく置かれている腕をどかそうとすると、異次元咲夜の咆哮ともとれる絶叫が耳に届く。

 視線を少し奴の腕の方へ移すと、叫んでいる理由が目に入った。振り払おうと手首よりも肘寄りに掴んでいた手が、骨を粉々に砕き、筋肉をすり潰している。

 皮膚を引き裂いた指は、血管などの組織を傷害し、肉を断裂させながら奥へと抉り込む。頭に乗っていた手が離れると、ダランと力なく地面の方向を向いている。

「ぐっ…ぁぁぁっ!!?」

 絶叫する奴をよそに、潰れて太さが元の半分もない腕を軽く捻り、引っ張ると筋線維が裂かれる身の毛のよだつ感触と音がする。

 骨が砕かれたことで、肉でしかくっ付いていなかった奴の手首は簡単に体から外せた。入れた力が余計だったようで、私の体が後方に傾いてしまう。

 左手で右手を抑える異次元咲夜は、その機を逃さず私の顔面へ蹴りを叩き込んだ。尖ったつま先に力が集中し、普通に蹴られるよりも痛い。

 冷静になっているつもりだったが、脳は混乱しているようだ。どういう状況だと理解ができていなに部分と、まあこんな物だと納得している部分が拮抗し、自分自身が何を思っているのかがわからない。

 それに気を取られ過ぎていたようで、避ける動作に入る間もなかった。体がふわりと風船でも取り付けられたように浮き上がる。

 吹っ飛ばされ、空中で体勢を立て直そうとするが、あと少しという所で腕を木に引っ掛けてしまう。またバランスが崩れ、後頭部を地面に打ちつけた。

 街の中のようにコンクリートが敷き詰められている状態ではなく、柔らかい土であったことでダメージはあまりない。それでも全体重が首にかかり、体を強化していなければ最悪の場合は、脊髄に亀裂が入っていただろう。

 寝転がる事無くグルンと体を捻って起き上がり、蹴られた頬に着いた湿った土を手の甲で落とす。今の攻防の内に左手が再生していたようで、その手で体を起こして立ち上がった。

 奴の方向に向き直ると、どこからかタオルを取り出した。捻り千切られた腕に巻き付け、包帯の代わりに肌に食い込むほど強く締め付けている。

 白いタオルは血管や組織から漏れだしてきた血液を、片っ端から吸水していく。純白に赤が混じ入り、新品の面影が無くなっていく。

 いくら吸水性の良いタオルだとしても、上限は当然ながら存在する。傷口を圧迫したことで、出血量が減りはしたが、それでも多い様だ。吸いきれなくなった血液がチタリと地面に落ちている。

「やって……くれましたね……!!」

「お互い様だぜ…」

 腕を切断された手法は違えど、やっていることは同じことだ。違う部分を上げるとしたら、潰されて千切られた腕は再生することは無いという所だろう。

 思ったよりもスラッとした細い指の並ぶ、異次元咲夜の手を地面に投げ捨てた。刀やナイフで綺麗に切断したのではなく、潰したことでくっ付けられる可能性は絶望的だろう。

「いいでしょう……これは、代償とします。……最終的に、貴方の力を手に入れられればいいだけなのですから……」

「おいおい、力が入れられることが前提になってるぜ。お前がこの戦いで死ななければ、だろ?」

 私はそう奴に言い放ちながら、新たに作り出した銀ナイフを投擲した。まだうまいこと投げられず、ヘリコプターのブレードのように回転し、飛んでいく。

 軌道が見え見えで、大きく体を動かしてさける必要のない銀ナイフを、奴は空中でキャッチし、それを得物としてこちらに向かって走り出す。

 私はさっき、勇儀みたいな力が少しでもあったらと思っていた。それを性質として、いつの間にか全身の魔力に含ませていたようだ。

 正直な所、スペルカードや魔力を使った攻撃しかできないと思っていたが、性質として含ませればこういう事もできるらしい。自分の能力だというのに、知らなすぎている。恥ずかしい。

 まあ、反省会は後でもいい。人間の肉体をひき肉にすることのできる力を手に入れられるのであれば、こういう事もできるだろう。

 走り出した異次元咲夜との距離は、およそ五メートル。二秒もしないうちに到達することは確定している。

 拳を握り、しゃがみ込む。イメージでは鬼たちの屋敷で、異次元萃香や異次元勇儀が見せたあの怪力だ。あの地面を捲る程の衝撃で奴の走力を削り、牽制が効いているうちに畳みかける。

 月明かりで薄っすらと照らし出されている、草木が所々に茂る地面に力いっぱい強化された拳を叩き込んだ。

 そこを中心に、地面の隆起と陥没を見せ、放射状に広がっていく。ゴムや柔らかい肌の様な物質であれば、波打った形状が元の形に戻っていただろうが、自然に存在する土にそんな柔軟性は無い。

 波打ったそばからめくれ上がり、衝撃に煽られ中空へと舞い上がる。その衝撃をもろに受けた異次元咲夜の身体も同様である。

 走っていた分、こちら側に向かいながら体が浮き上がった。位置関係と速度から、頭の上を通り過ぎて行く異次元咲夜に、銀ナイフを突き立てた。

「っ…!」

 片目であることを考慮していなかった。手に伝わって来る肉を切り裂く感触が、弱すぎる。目測を誤った。致命傷を与える絶好のチャンスだったというのに。

 銀ナイフの切先で、数ミリの深さしかない傷をつけられた異次元咲夜は、空中で身を翻した。通り過ぎた後方にいるこちらに向き直り、持ってきた銀ナイフを投擲。

 それを撃ち落とそうとするが、攻撃を与えられなかった焦りからか、腕を振るうのが速すぎた。金属音を鳴り響かせる事無く、空気を切り裂く唸り声だけが耳に届いた。

 その後に聞こえてきたのは、自分の腹部に深々と突き刺さる銀ナイフの音だ。筋線維などの肉体を断裂させる小さな刺突音。

「ぐぅ…!?」

 まだ治らないのかと苛立ちが募るが、複雑な組織を切られただけであれば、修復は容易であっただろう。得物を引き抜かれた時に、奴には眼球そのものを持って行かれた。治るのには相当時間がかかりそうだ。

 魔力調節で体勢を整えた異次元咲夜は、周囲に魔力を配置すると銀ナイフと真っすぐに前進する性質を与えた。

 一息つく間もなくそれらが同時に射出される。異次元咲夜の周囲に配置された性質の魔力を同様に散布し、まったく同じ数、配置、角度、軌道の銀ナイフを放った。

 オレンジと青色の火花を散らし、全ての銀ナイフが空中衝突する。時間を稼いだうちに、腹部から銀ナイフを引き抜いた。処置できるところでなければ抜かないのが一番だが、戦闘の邪魔になる。

 それを投げ捨て、片手で腹部を抑えたまま、異次元咲夜へとまっすぐに走り出す。長期戦は奴が私の戦い方に慣れてくれば慣れてしまう程、こちらが不利となる。

 片目を失っているが、ここで決める。

 十メートル以上離れた場所に立つ、片手のない異次元咲夜の方向へ、地面に転がる銀ナイフに、足を取られそうになりながらも全力で駆け抜ける。

 異次元咲夜が再度銀ナイフを生成、射出。こちら側も全く同じ弾幕を同時に射出。空中でぶつかった銀ナイフが落ちて行く中を走るため、足や腕、肩などを浅く刃に傷つけられてしまう。

 その度に鋭い痛みを体験し、顔がしかまる。だが、刀で切られたりナイフで刺されたりするよりはずっとましだ。

 残った片目に銀ナイフが当たって義眼に傷を付けぬよう、最小限の注意だけは払うのだが、弾かれて飛んでいく方向を予測できない。

 不意に飛んでくる銀ナイフを躱しながら、数メートル前進するが、異次元咲夜が小分けにして、大量の銀ナイフを連続で生成し始める。困った。これでは、彼女が配置していない銀ナイフを追加して放つ余裕がない。

 私の目論見を読まれている。私は片眼で、接近戦が不利だ。しかし、奴は片腕で、手慣れているとは言え、いつもと体の重心が違う状態では、満足に戦えない。今なら、近接戦闘に持ち込めば勝機はある。

 だから接近しているのだが、銀ナイフを射出する攻撃が連続的であることで、今までの様にはいかない。いくら同じものを用意して相殺できるとしても、脳はコンピューターではない。連続で出される弾幕を瞬時に判断して、同じものを出し、攻撃を追加するだけの処理能力は無い。

「っ…!」

 しかし、打つ手がないわけではない。追加の射出攻撃ができなくなっただけだ。間違えずに確実に同じ攻撃を放って行けば、接近する糸口を掴めるだろう。

 大量の銀ナイフが放たれあう中で、異次元咲夜がスペルカードを発動する。この短時間で、私への戦い方がわかってきたようだ。その適応力の高さには、舌を巻かされる。

 始めの頃に傷魂『ソウルスカルプチュア』に数度の斬撃を追加したが、連続的な攻撃は追加の対策で、こちらに攻撃する手段でもある。

 銀ナイフを生成するのが遅れればスペルカードに体を貫かれ、スペルカードだけを生成しても硬直により他の銀ナイフに貫かれる。

 連続で生成される銀ナイフを、頭がこんがらがりそうになりながらも撃ち返し、ギリギリ滑り込みでスペルカードを起動した。

「「幻符『殺人ドール』」」

 百を余裕で越える数生成された大量の銀ナイフが、プログラムされた通りに正確に飛行し、空中で次々に同じ軌道を取る得物と正面衝突していく。

 おびただしい数の耳をつんざく金属音を意識の外へと押し出し、スペルカードの硬直から抜け出した私は、山のように積み重なっている銀ナイフを跳躍で通り過ぎようとする。

「っち!」

 まさか私がここまでついて来れるとは思っていなかったようだ。その証拠に、舌打ちが聞こえてくるほどに接近できている。目視で五メートル程の距離があるが、ここからは一層頭を回転させなければならないだろう。

 空中に体を投げ出した私へ、異次元咲夜はあらゆる角度から銀ナイフを向け、射出する。

 先ほどは走っていて、横軸ののみの調整で済んでいたが、今は横と縦軸のことを考えなければならない。

 それに加えて連続的な銀ナイフの射出。一発でも当たればいい相手とは違い、完璧に模倣して返さなければならないこちらの身としては、頭が一つではついて行かない。

 模倣することを一度止めた私に、百を超えるナイフが壁のように迫ってきている。これを切り抜けられるスペルカードの性質を全身に行きわたらせた。

「傷魂『ソウルスカルプチュア』」

 目の前に出現した二本の銀ナイフを落ちる前に掴み取り、プログラムされた通りに高速で体が動き出し、手が二本とは思えない数の斬撃を放つ。

 地上で放つのが通常の流れで、体をその高度に維持する魔力は存在していない。若干落下しながらも、向かってきた百十数本の銀ナイフを全て弾き落とす。

 刃から放たれる斬性の魔力の助けもあり、体に到達した銀ナイフは一本も存在しない。刃の壁をやり過ごし、空中で硬直を済ませた私は、全身の筋肉を躍動させ、奴の首を切断しようと全力で銀ナイフを振るった。

 着地の硬直を狙っていたのか、空中でそのまま攻撃に転じるとは思っていなかった顔だ。それでも反応し、しゃがんでかわすところが恐ろしい。

 奴が避けたことで、真後ろに立っている木の幹を切断した。大量に集まった線維は中々断ち切ることができないが、腕力に物を言わせて刃で引きちぎる。木片が切断面から飛び散り、支えの無くなった木の上側がずるりと地面へ落ちていく。

 異次元咲夜の目の前に着地すると、しゃがんでる奴と視線がちょうど合う。お互いに間髪入れず銀ナイフを振るうと、接触と同時に攻撃力が耐久能力をあっさりと上回り、どちらの得物もはじけ飛ぶ。

 攻撃力を高めているおかげで、使い古して壊れる寸前だった銀ナイフでも、奴の武器を破壊することができた。

 一撃が銀ナイフの壊れる威力であるならば、新古を気にする必要はない。魔力で両手に得物を作り出し、連続で奴に切りかかる。

 こちらから切りかかれば、異次元咲夜はそれの処理に追われる。銀ナイフをふんだんに使用し、勝負をここで決めるために無理に切り進む。

 打ち合わせた途端に柄しか残らない銀ナイフを捨て、新たに生成した武器で肉を切り裂くために振りかぶる。

 肉体に休む間もなく鞭を打つ戦い方に、私の方が速く疲労が見え始める。汗一つかかない奴に対し、額に汗が滲み始めた。

 一撃でお互いの武器が壊れることを想定した戦い方は今までしていなかったが、私よりも経験を重ねている異次元咲夜は適応が速い。

「っ…!?」

 すぐさま私を上回り、体勢を整えて反撃に転じて来る。薙ぎ払われた唸る銀ナイフは、そのまま通り過ぎて行くが、咄嗟に体を後方に傾けていなければ、両腕を切断されていただろう。

 皮膚を軽く裂いた程度に済んだのは、運がよかった。私が今の攻撃で防御に回ったタイミングを見計らい、後方に距離を置こうと異次元咲夜が足を踏ん張らせる。

 苦労してここまで近づいたというのに、簡単に逃がしてなる物か。弾幕の打ち合いは、奴が弾幕に追加攻撃をさせない方式に切り替えたため、互角の状態にもちこまれ、勝利の匂いはしない。

 銀ナイフで奴の頭を狙って投擲するように見せかけ、その足元に銀ナイフを投げつける。咲夜よりも投擲の精度が低く、当たるかどうか不安だったが、上手く足の甲へと刃が刺さってくれた。

「ぐっ!?」

 踏ん張りを効かせていた足にそれを阻止する攻撃を受けたことで、飛びのくまでの時間を稼げた。多少の被弾を覚悟で一歩前へ進み、足に刺さった銀ナイフの柄を力いっぱい踏みつけた。

 皮膚を突き破り、足の骨に食い込む程度で止まっていた銀ナイフが、力任せに押し込まれた。

 一部の骨を砕き、肉をやすやすと切り進む。反対側まで貫通し、足の裏から飛び出した切先は、靴すらも貫いて地面に着き刺さる。

「がっ………っ!!」

 切先にはアンカーの性質を加え、簡単には抜けぬよう地中で固定した。満足に銀ナイフを構えられていない異次元咲夜は、刃ではなくナイフの柄で私の頬を殴る。

 柄が何の物質でできているなど、あまり考えていなかったが、かなり固い物なのはわかる。石で殴られたと思えるほどの衝撃が走り抜けた。

 皮膚に裂傷を新たに付けられ、顔が大きく横に傾かされた。頭の中で鐘が鳴っているかのように、衝撃が頭蓋で反射して痛みが長引いている。

 魔力で痛みを和らげ、その場に縫い付けている異次元咲夜に追撃を加えようとすると、奴は足を貫通している銀ナイフが、地面から引き抜けいないことに気が付いたようだ。

 切先が数センチしか刺さっていないのに、抜けないことに困惑している。今のうちに、新たに生成した銀ナイフで突きを放つ。全体重を乗せた刃は、胸の中央よりも少しだけ左寄りに位置している心臓に向かって突き進む。

 あとほんの数秒だけ足の方に気を取られれば、心臓に切り目を入れて出血多量で殺せたというのに、あと数ミリという所で銀ナイフを握る左手を掴まれる。

「そう簡単に、刺されはしませんよ」

 腕力では私の方が勝っていたが、掴まれると同時に捻り上げられたことで、骨を折られてしまった。これではいくら力が強くても関係ない。

 体の中を木の枝を折り曲げた時のに似た、乾いた音が鼓膜まで伝わって来る。

「あぐっ!?」

 銀ナイフを持ち続けるだけの握力を失った左手から、月明かりに反射してキラキラ光る得物が零れ落ち、異次元咲夜がそれを掴み取る。

「お返しです」

 体がくの字に曲がる程の威力で、そのナイフを腹部に叩き込まれた。殴るのとほぼ変わらない攻撃に胃がもろに影響を受け、中身が逆流しかけた。

「……おごっ…!?」

 肉を切り裂かれた感触に続き、熱湯でもかけられたような熱を腹部に感じるよりも早く、私の腹部から手を放した異次元咲夜に、魔力が流し込まれて起動したスペルカードを投げつけられた。

 こちらは腹部を刺されたことで、スペルカードを真似るだけの時間が全くない。顔に当たり、跳ね返ったスペルカードを発動される前に、私の魔力で不安定化させて回路の抽出を阻止しようとする。

 右肩付近に落ちて行くスペルカードに手を伸ばそうとするが、異次元咲夜が新たに作り出した銀ナイフによって貫かれて破壊され、そのまま右肩に根元まで抉り込む強さで突き刺された。

「あがっ!?」

 後ろによろけた私をよそに、異次元咲夜のスペルカードは発動してしまう。模倣するのには時間が足りない。だが、別のスペルカードを放つだけの間はある。

「幻符『殺人ドール』」

 彼女の周りに銀ナイフの性質を持った魔力が大量に設置され、淡い光が武器へと具現化していくが、その数の多さから射出までには時間がある。

 私は彼女がやって来たスペルカードを思い出し、その性質を全身に行きわたらせ、スペルカードを発動させる。

「速符『ルミネスリコシェ』」

 たった一本の銀ナイフが手元に生成され、異次元咲夜へと向かって投擲される。それと同時に全ての銀ナイフを作り出し終えた異次元咲夜がスペルカードに乗っ取って、全ての得物を射出する。

 ここまで来て、メイドの顔に焦りが生じる。殺人ドールは私に対して追尾機能が付いており、その分だけ速度が遅い。

 それに対してルミネスリコシェは自分で狙いをつけて投擲する分だけ、速度に魔力を回すことができて早い。どちらが先に標的に着くかは、火を見るよりも明らかだ。

 ナイフの扱いにも、片目での戦闘にも少し慣れてきた。あとは咲夜の知識から銀ナイフを投擲するだけだ。

 プログラムに乗っ取り、濃密な魔力が含まれた銀ナイフを投げた。狙いは多少外れたが、スペルカードをキャンセルできるだけの怪我は負わせた。

「がああああっ!!」

 右胸に銀ナイフが刃の三分の二程抉り込み、プログラムにない行動をさせたことで、奴のスペルカードがその効力を失った。

 空中で誘導の無くなった銀ナイフのほとんどは地面に落ちて行き、残りもスペルカードの硬直にとらわれている私の体を掠る程度で済んだ。

 目は未だに治らない。一度眼球に向けていた魔力を左手に向かわせると、折られて前腕に肉でくっ付いているだけだった左手が、数秒で意志を持って動かせるようになる。

 右肩に刺さっている銀ナイフを引き抜き、逆手に持ち替えた。右胸を抑えて恨めしそうにこちらを睨む異次元咲夜へ、大きく前に前進し細い首へと銀ナイフを走らせた。

 スペルカードをキャンセルされ、いつもと違う体勢で解放されたことで、通常よりも頭のイメージと体の体勢が大きく異なり、硬直が長い。

 新たな能力に自惚れ、元の能力を異次元咲夜は使わなかった。それが奴の敗因だろう。時を操る程度の能力を使われていれば、おそらく私は手も足も出なかったはずだ。

「もう一つの能力とやらにかまけてるからこうなるんだぜ」

 説教するように言い放ち、喉に刃を食い込ませる。

 ジワリと赤い液体が滲み、周りの肉よりも固い喉ぼとけを切り進み、抵抗できない異次元咲夜の首を切断する予定だったが、寸前に異次元咲夜が頭を後方に傾けたことで、頸椎や動脈を切り損ねた。切れたのは気道部分だけで、ぱっくりと切れ目からは空洞が覗いている。

 切れ目は抑えれば呼吸も可能だし、適切な治療さえすれば生命活動に支障はない。奴をこれ以上生かさないようにするには足りない。頸椎ごと首を叩き切るしかないだろう。

 ゴボッと首と口元から血を垂れ流した異次元咲夜は、呼吸するごとにヒュウヒュウと音を鳴らす首元を抑えると、口元を綻ばせる。

「また……やり合いましょう?」

「……いや、次は無い……お前の顔なんて、二度と見たくないぜ」

 私はそう言い放ち、嗤う異次元咲夜の首につけた切れ目にナイフを滑り込ませ、両断した。切った速度が速かったのか、首から離れ、頭部が宙を舞う。

 ゆっくり回転して落ちて行く頭部は、殺されたというのに口元を緩めて笑っている。いかれているな。

 地面に当たって跳ねていく頭を、罪悪感も感じず、簡単に人を殺せるようになった自分への軽蔑も感じず、ただ乾いた眼で見下ろした。

 切断面から、血を溢れ出して崩れ落ちていく異次元咲夜の体には目もくれず、転がった銀髪の頭部に歩み寄る。

 罪人の首をギロチンで落とした処刑人のように、私はその頭部を拾い上げた。

 




次の投稿は6/27の予定です。

変更する場合はここに前日までに書き込みます。


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東方繋華傷 第百三十話 追跡

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百三十話をお楽しみください!






今回はショッキングな描写が多いかもしれません。


 異次元咲夜の殺気で逃げ出したのか、生物の気配がない暗闇の森を一人でトボトボと歩いていると、頭の中にメイド長の声が響いて来た。

『私の代わりにあいつを殺してくれて、ありがとうございます』

 戦闘が終了し、しばらく時間が経った頃に、咲夜が私に語りかけてくる。この戦争を終結させるのには必要なことだったし、そのついでにやっているというのが本音であるから、礼を言われると罪悪感がある。それに殺害は喜ばれる行為ではない。

「あ、ああ……」

 生返事であることがひっかがったのだろうか。声だけでも訝しげているのがわかる咲夜の声が再度聞こえてくる。

『奴を倒してからずっと考え込んでいますけど、何か気になることでもあったんですか?』

「………。あいつの引き際がよすぎることが気がかりだ」

 私が咲夜に返答を返すと、考え込んでいるのか、少しの間沈黙が続く。潰された片目も治り、頬に残る血の跡を服で落としていると、返答が返って来る。

『頭を落とす前には首を切られていましたし、諦めたのでは?』

「無数にあるどの世界に逃げ込んだかわからない私を探すのに、十年の歳月を費やした奴が、そう簡単にあきらめると思うか?」

 首を切り落とされる最後の最後まで、力を手に入れるために足掻いたはずだ。私の銀ナイフは、動脈などには届いていなかった。活動しようと思えば片腕の出血も考えて、後十分は動けたはずだ。

 私の攻撃もかわせないタイミングに角度ではなかった。しゃがんだり上体を後方に傾かせれば十分に避けられただろう。

「最後に笑っていられるあの余裕……自分が死んだとしても、身内の誰かが力を手に入れることができるからか?…それとももっと別な意味があるのか?」

『わかりませんね。……もしかしたらそのうち分かるかもしれません。意味のある物だったのか、ない物だったのか。……情報が少なくて判断できませんし、とりあえず今は戻りましょう』

「……。まあ、そうだな」

 そうなのだが、そうは言っても、ここはいったいどこだろうか。地面や木に残った戦闘の痕を辿りつつ、帰路についているが、道に迷った回数は数えることがバカらしくなるほど多い。

 武器を投げずに切り合っていた場合は、地面に残された足跡を探さなければならず、その手間で異次元ナズーリンの家まで帰るのに時間を食ってしまっていた。

 光の魔法で瞳に入る光の量を調節しているから、周りは真昼のように明るく見えるが、飛んだり跳ねたりして、痕跡と痕跡の距離が空いているのも遅れている要因だ。

「……」

 異次元ナズーリンはチルノたちをきちんと逃がしただろうか。戦闘面を任せるのには不安があるが、それ以外であれば彼女ならうまくやってくれているだろう。

 浮かんだ疑問を打ち消し、私は地面に残っている痕跡を急いで探す。異次元ナズーリンの家に着いたら、今度は彼女たちを探すために追わなければならないのだ。

 集団での行動だから大した距離は移動できないと思うが、それでも時間をかければ移動距離も長くなり、追跡の素人では探し出すことが難しくなってしまう。

 新たな痕跡を見つけ、どの方向から来たのかを分析していく。しばらくの間、こうやって追跡を続けていたが、慣れない土地という事もあり、どのあたりまで来ているのか図ることができない。

 残っていた地面の痕から来た方向を予測し、その方向へと歩いて行くと、予想したとおりに異次元咲夜と戦闘した痕が残っている。

 木の側面に銀ナイフがいくつも刺さり、斧で殴ったような切り傷を確認できる。足跡を見つけることができないのは、魔力で浮遊したまま戦っていたからだろう。

 飛び散っている木くずの方向や、銀ナイフの刺さっている方向から、来た方角をまた推測する。地面に着けられた傷跡を眺めると、掘り返された土が少し乾いて色が変わっている。

 探している時間が長かったのか、私が異次元ナズーリンの家に近づいているのかわからないが、少し近づいてきているのだろうか。

 残っている戦闘の痕から、次の方向を定めた。その方に目を向けると、巨大な大木とその根元に開いた大穴が見えた。

 ようやく戻ってこれた。時計がないから時間がわからないが、かれこれ20分は経過しているだろう。太陽ならなんとなく大雑把な時間はわかるが、月の位置から時間の経過を割り出す知識は無い。

 逃げた彼女たちがどれだけ逃げたかの目安は無いが、とりあえず、穴周辺に残っている足跡から追跡を開始しよう。

 そう思った時、嗅ぎ覚えのある匂いが肌を撫で、鼻腔を刺激する。舌や喉でも感じるこの嫌な匂いは、血の匂いだ。

「うっ……!?」

 一人二人どころの話ではない。血の匂いの濃さから、もっと大人数の者が出血しているのが予想できる。

「まさか…!!」

 穴周辺には赤黒い血痕がチタチタと落ちた痕が見られ、私が来た方向とは別の方角へと点々と続いているようだ。誰かが逃げ出したのか、この惨状を作り出した人物の物なのか判別できない。

 一度穴の中へと降りて確認しなければならない。そう思うと嫌な汗が全身からどっと流れ、自然と固唾を飲み込んだ。こうなることをどうして予測できなかった。

 グルグルと頭の中で自問自答が周り回り、脳を横切る嫌な予感に緊張し、穴に近づくごとに冷静さを欠いていく。血の匂いがそれをさらに助長する。

 血の跡を跨いで通り過ぎ、急な斜面となっている坂を、滑り落ちないように靴の摩擦を利用してゆっくりと降りる。

 部屋に入ったのか、急に斜面が途切れると一メートル弱程度落下し、木の床に着地した。足元には出てくるときにはなかった物が落ちていたようで、ぐにっと踏みつけるとバランスを崩して倒れかけた。

 何を踏んだのか確認しようと、視線を下に向けると、そこには誰の物かわからない腕が無雑作くに落ちていた。

 腕を見つけたことで息を飲む。鼻腔を通過する空気には、外では感じられなかった濃密な血液の匂いを纏っている。新鮮な血をそのまま口に流し込まれているような感覚に、吐きそうになった。

「うっ……!」

 糞尿や体液がぐちゃぐちゃに混ざった激臭は、平和な地域ではまず嗅ぐことのない物だろう。喉や鼻が呼吸をすることを拒みたいのか、息を吸っているだけでビリビリと痛くなってくる。

 しゃがみ、下を向いていた私に、遂にその時が来た。僅かに残っていたまともな部分の精神が、その方向は見たくない。そう語り掛けてくるように、顔を上げようとする筋肉が硬直する。

 だめだ。この惨状を直視しろ。自分のせいでそうなったと、自分が起こしたことの尻拭いをしろ。これを目に焼き付け、復讐の炎を燃やせ。残りのまともではなくなった闘争本能が、硬直した筋肉を無理やり収縮させ、見上げた。

 血だまり。血だまり。血だまり。血しぶきが、壁に飛び散り、天井にまでこびりついている。臓物が壊れかけの机の上からツタのように垂れ下がり、床に排泄物の模様を描いている。

 ここはまるで、地獄だ。

 

 

「全員、怪我はないかい?」

 過呼吸から立ち直り、霧雨魔理沙が出て行ってすぐに行動に移った。部屋にいる全員に安否の確認をする。

「だ、大丈夫!」

 チルノやリグルらは破壊された壁側にいた。頭や体に砂を被ってしまったようで、返事を返しながら土を払い落としている。

「あの人は、逃げろって言ってましたけど……どこに逃げるんですか?」

 大妖精は外に出ることが不安の様だ。私もそれは変わらないが、ここら辺の地の利はある。隠れられそうな場所には覚えがあるから、そこに向かうとしよう。

「ここよりは居ずらいが、当てはある……一度そこに向かおう」

 私も不安であることを悟られぬよう、できるだけ落ち着いた声を出すことに務めた。しっかりした口調で伝えると、少し安心して肩を落とした。不安が全て消えたわけではないが、他人に気を使うだけの余裕はできたようだ。

 部屋の隅でガタガタ震えていたミスティアの方へと歩いて行き、私の時と同じように肩や背中を擦って落ち着かせている。

 森で怯えていた彼女たちを半ば無理やりここへ連れてきて、巻き込んでしまった。責任を持ってこちら側に来ている博麗の巫女の元に、無事に送り届けてやらなければならない。

「全員準備するんだ。彼女が時間を稼いでいてくれるうちに、私たちはここから移動する」

 外では金属がぶつかり合う鋭い金属製の打撃音が、十六夜咲夜のあけた穴から聞こえてきている。

 彼女は魔女である以上は、あまり近接戦闘は得意でないだろう。力を手に入れるために殺されないから手加減されていたとしても、気絶させられれば当然メイドの注意はこちらに向く。

 私達が生きてさえいれば、小傘が焼き直ししている刀を渡す機会はいくらでもある。今は一秒でも早くこの場所から逃げよう。

「あ、あの人は大丈夫なんですか?」

 まだ髪の所々に砂がひっついているリグルがそう聞いてくる。本当に本人が心配なのか、時間稼ぎとして聞いているのか。霧雨魔理沙とは敵対しているようだから、後者が強いかもしれないが、私はわからない。

 大丈夫か大丈夫でないか。普通の人間だったら大丈夫ではないだろう。でも、何か秘策があるようだったし、そう簡単にはやられないと思う。思っているだけだから、信憑性は無いがね。

「さあ、でも…戦っている音が聞こえるなら、彼女はまだ戦えてるよ」

 出て行った直後はかなり金属音が喧しかったが、今は離れていて、動きつつ戦闘を行っているのだろうか。耳を澄ますと時折戦っている音が聞こえてくる。

「それと、小傘!君も早く出て来るんだ!急いでここを出る!」

 先ほどの戦闘音を聞いてもなお、部屋の中から小傘が出てこようとする素振りがない。怯えているのか、集中していて聞こえていないのかわからない。この場所は放棄することが決まっているため、扉を壊す勢いで叩いた。

「待って!もう少し!」

「駄目だ!急いでそこから出………」

 なぜこんなことに早く気が付かなかったのだろうか。今、小傘が直している物はなんだったか覚えているだろうか。観楼剣だ。

 それを破壊するとなると、同様の物か。それと同等といえる代物が必要になって来るだろう。今の幻想郷に、魂魄妖夢が持っていた観楼剣以上の業物と言われてもパッとは思いつかない。

 だから霧雨魔理沙は魂魄妖夢に刀を折られたと結論付けた。それに加えて、彼女の身体に付けられていた刺し傷は、どこからどう見ても刀によるものだった。

 戦っていたのは魂魄妖夢なのに、ここに来たのは十六夜咲夜だった。今は手を組んでいるとは言え、力を得るために争っている連中だ。どちらかがおかしなことをしないように目を光らせるはずだろう。

 霧雨魔理沙の方に行く可能性もあるが、今回の襲撃が邪魔者の排除である場合は、一人が目標を追いって、もう片方がこちら側に来るかもしれない。

「小傘ダメだ!!急がないと奴らが来――」

「ぎゃっ!?」

 私の言葉は悲鳴を上げたリグルによって遮られた。床から一メートル以上の位置にある、開いた穴から出るつもりだったようだ。よじ登って次の人を引き上げようとした矢先だった。

 体が傾き、床に受け身も取らずに落下した。死んだのか、辛うじて生きているのかベットに隠れて判別することができない。

「急いでどこに行くのかしら?ゆっくり楽しみましょうよ」

 ナズーリンの予想は半分当たりで、半分は外れだった。当たった半分は、予想通りの殲滅となる。

 外れた半分はナズーリン達に危害を加えることが目的でではなく、運悪く異次元妖夢が穴を覗き込んでしまったのだ。

 異次元妖夢も霧雨魔理沙が目的である。異次元咲夜に先を越され、ほんの短い間気絶していたことで魔理沙達が出て行ったことに気が付いていなかった。もし異次元妖夢が気絶していなければ、穴の奥に霧雨魔理沙がいるかもしれないと覗き込むことは無かっただろう。

 しゃがれた老婆のような声。初めて聞く声に、誰なのかわからなかったが、片手に持つ長い太刀は観楼剣で間違いない。

 声を聴いただけで冷や汗が汗せんから噴き出し、波が来る時に大きく引く水のように、血の気が引いていくのを感じた。

 私だけでなくおかっぱ白髪の庭師以外の全員が、同じ状態に陥る。一番不安定に見えるミスティアが発狂しないか心配だったが、声も出ていない。

「っ!」

 一番早く動き出したのは、私だ。弾幕を魂魄妖夢に向けて連射し、観楼剣が届かない範囲まで走り寄る。

「全員逃げろ!」

 十六夜咲夜が空けた穴は、庭師によって塞がれている。そこからは逃げられず、必然的にきちんとした出入り口へとチルノたちは集まることになる。そこを狙われないように、こちらに意識を向けさせる。

 奴から蜘蛛の子が散っていくように彼女たちは走り出し、扉には向かわずに私よりも後方に逃げていく。

 扉に向かわないのは、リグルを置いていきたくないからだろう。人情的でいいことだが、ここでは命取りになる。

 扉から逃げろと強く促そうとした時、弾幕を放っていた右手の肘から先が、突如宙を舞う。切られたと理解するのに、腕が地面に落ちるまで時間がかかった。

「っ………あああああああああああああああああああああああっ!!!」

 数十年ぶりの生まれて初めて体験した激痛に、生まれて初めて喉をおかしくなるほどに酷使した。絶叫が部屋の中を反響する。喉の痛みを感じないのは、右腕の痛みに隠れてしまっているからだろうか。

 痛みに耐えきれず膝を地面に着きそうになると、その右ひざが無くなり、バランスを崩して切断された足の上に倒れ込んだ。

「うぐっ!?」

 前のめりに倒れた私は、片腕と片足が無くなったことで、すぐに体を起こすことができなかった。地面にうずくまったまま、痛みに打ちのめされた。

 吐き気が込み上げ、痛みのストレスから脳を守るための防御反応なのか、瞳に涙が溜まっていく。涙が光を屈折し、視界を歪ませていく。その歪んだ視界の中でも、魂魄妖夢が目の前に立ったことはわかった。

 顔を上げようとすると、目の前が真っ赤に染まる。腕と足にばかり気を取られていたが、意識を向けると左耳にも鈍い痛みが発生している。

 目の前に立っている庭師が、ネズミと同じ形をした耳を削ぎ落したわけではない。奴はどこからかいきなり刀を出すと、投げるそぶりも見せずに高速で撃ち放った。

 それがどこを狙っていたのかはわからないが、私が予想と違う動きをしたため、耳に大穴を開ける程度で済んだのだろう。

 耳だけで飛んでくる数キロも重量のある物体を止められるわけがない。止まるそぶりも見せずに、観楼剣はその切れ味もあって貫通して行った。

 貫通した先には、逃げていた彼女たちがいたはずだったことを咄嗟に思いだす。

 目の前に魂魄妖夢がいることも忘れ、後方を振り替えると、青い髪や瞳を持った意気揚々という言葉が似合う少女は、腹部を貫かれて壁に貼り付けられている。

「チルノちゃん!!」

 悲鳴に近い大妖精の声が、私の絶叫に負けず劣らず木霊する。当たり所がよく死んではいないが、元気の欠片もない苦悶を浮かべている。

「やめ、ろ…!……あの子たちに……手を出すな…!!」

 弾幕を再度放とうとした私の左手は、彼女が持っている錆びついた観楼剣によって貫かれ、床に縫い付けられた。

「ぐっ……ああっ!!」

「黙って見ていてください」

 そう言い放つその顔は、先ほど降りてきた時の凛々しさは無い。邪悪な笑みと上気した興奮状態の庭師は、ただの獣だった。

 また、どこからか観楼剣を取り出すと、彼女たちの方向へと歩いて行く。初めに、能力を使いながら飛びだしたのは、金髪でゆったりとした緩い雰囲気を纏っていたルーミアだった。

 能力を発動させ、姿を庭師から見えないように突撃するが、無謀と言うほかない。二人の姿が暗闇に包まれ、戦闘が見えなくなる。

 だが、これを戦闘と言っていいのだろうか。戦いというのには一方的過ぎる、これは戦いとは言わない。音からしてただの虐殺だ。

 暗闇を発生させたが、魂魄妖夢を包み込み切る前に発動した能力が途切れる。一切の光を通さない、まるでブラックホールに見える闇が霧散する。

 その中央では、どう切られたのかわからない程に切り刻まれたルーミアが地面に散らばり、魂魄妖夢が返り血まみれで佇んでいる。

 足元にはバラバラになった手足が転がり、切り刻まれ半分になった頭部からは、血と脳漿がドロッと零れ、床に凄惨的なアートを描いていく。

 手や刀についた鮮血を恍惚な表情を浮かべ、吸血鬼のように舌で丁寧に舐めとっているのは気のせいではない。

 口元を真っ赤に汚す魂魄妖夢相手に、大妖精とミスティアは完全に固まってしまっている。能力で逃げ出そうという考えすらも浮かんでいないだろう。

「やめろ…!!やるなら……私をやれ!」

 大妖精が能力で逃げるという選択肢を、思い出せるだけの時間を稼ごうとするが、魂魄妖夢はこちらには見向きもしない。

 また一歩、壁に縫い付けられたチルノ、怯えている大妖精とミスティアへと狂った庭師が歩を進めようとした時、風呂場の扉が勢いよく開け放たれた。

「おどろけぇぇぇぇええええええ!!」

 真っ暗な風呂場の中から、小傘が魂魄妖夢に向かって飛びだした。ただ飛びだしたわけではなく、その手には刀を打ちなおすための金属製のハンマーが握られている。

 しかし、彼女が普段からしていることは、人を驚かせるという行為のみで、人に物理的に危害を加えることはしていない。

 誰かを殴る、傷つけることに慣れていない小傘は、きちんと狙いもつけられていない。目をギュッと閉じて殴りかかっており、ハンマーの頭は庭師の鼻先を掠る軌道を取っている。

 パッと松明以外の光源が発生する。頭につながる木製の柄ではなく、金属の塊である頭を切断されたようだ。

 半分になったハンマーの頭が、床に派手な音を立てて落下する。目を瞑ってしまっている小傘は何が起きているのか、まったくわかっていない。

 その金属音の他に、木材と言うのには柔らかすぎる、二つの落下音が部屋中に響き渡る。彼女はその目を開くか、神経を伝わって来た痛みを脳が処理するまで、状況を理解することはできないだろう。

 目を開くよりも、神経が痛みを伝える方が速かったようだ。こちらまで身を切り裂かれる思いが伝わる絶叫を口から漏らした。

 十年前の、今でも脳裏に張りついて離れることは無い友人が殺されていく光景が、鮮明に、より強くフラッシュバックする。

「やめろ……止めろぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 冷静など、頭には残っていなかった。自分にできることは無い。戦っても無駄死にするだけという事は、私が一番よくわかっている。

 それでも、二度も友人が目の前で殺される光景を見ることなど、耐えられなかった。片腕は切断されているため、左手に刺さっている刀を引き抜くことはできない。

 刃がどっちの方向を向いているか、という事を全く考慮せず、錆びついた観楼剣に大きく口を開いて噛みついた。

 ギリッとエナメル質の歯が、金属を擦過する嫌な音が頭に響く。刃が口の端を切り裂き、ダラダラと血液を流すが、そんなものはどうでもよかった。首の筋肉を使って、床に突き刺さっている観楼剣を引き抜こうとする。

 その間にも、庭師が小傘を切り裂き、斬殺していく音が耳に届けられる。刀が空気と肉体を切り裂く音を発するごとに、彼女の声が小さく弱々しくなっていく。

「っあああああああああああああ!!」

 口の周りが血まみれになり、出血死に拍車をかけた。死がもうすぐ傍らに来ているのを無視し、重たい刀を吐き捨てた。

 落ちたハンマーの頭以上に騒音を出し、私が刀を引き抜いたことは奴にばれているが、最後に一矢報いてやらなければ、殺された彼女たちに顔向けできない。

 今までは肩越しに振り返って状況を確かめていたが、切断されていない足と腕を使って体の向きを変え、真正面から奴に向き直った。

「………あぁ…」

 情けない声というのはこういう事のことを言うのだろう。両腕を無くし、胸等を切られ、顔の肉を認識がギリギリでできる程度に削ぎ落された小傘を見て、何もできなくなってしまった。

 弾幕の一発でも撃てば、怒りを晴らすことができただろうか。私の頭の中からは無かったが、大妖精たちが逃げ出せる時間を稼げただろうか。

 否。振り向いた時点で、それはできる状況になかった。どこからか射出された観楼剣が、高速で私の首元を貫いた。

「かふっ……」

 声にもならない吐息は、壁に突き刺さる観楼剣の刺突音に遮られた。腕と足が切断されて体重が軽くなったおかげで、射出された観楼剣によってチルノのように壁に縫い付けられた。首の骨が折れるか脱臼するかで死ぬと思っていたが、私は運悪く生き残ってしまった。

 観楼剣によって障害された、喉の組織から血が滲みだしてきたようだ。それが気道に入りかけたようで、咳が込み上げた。

「げほっ……ゴボッ…」

 押し出された空気に乗り、口内へ血が喉から逆流してくる。観楼剣よりはましだが、鉄臭い匂いと味のする液体に中が満たされると、半開きになっていた口から漏れ出て来た。

 運が悪い。しばらく死ねそうにない私は、目の前で徐々に息絶えていく友人を、また眺めていなければならないのだから。

 それがわかっているのか、奴は血まみれで僅かに痙攣している彼女を、私の目の前に引きずり出した。

 私の目の届く範囲に置き去りにすると、次の標的である大妖精たちの方向へと向き直った。

 視界がぐにゃりと歪む。これは泣いているのだろうか。それとも絶望を感じ取った脳が、視界から入って来る情報の処理を拒否しているのだろうか。

 そんなことを頭の片隅で思いながらも、その理由を詮索することがどうでもよくなった。この目の前で起こっていることに比べれば、取るに足らないことだ。

「ごぽっ…」

 また、口の中に血が漏れてくると、ダラダラと口外へ流れ出し、替えのあまりない洋服を汚していく。

 視界の三割を占める首に刺さった観楼剣の奥では、死んだも同然の小傘が横たわり、そのさらに奥では大妖精とミスティアに逃げろと叫びながらチルノが闘っている。

 腹部に刺さった観楼剣の拘束から逃げ出した彼女だが、素人の私が見てもわかるぐらいに戦い方が粗雑だ。

 氷の弾幕は一つも奴に届くことなく砕かれ、氷の刀は打ち合わせると簡単にペキンと折れてしまう。

 隙しかないチルノは瞬き一つの間に両腕を肩から切断され、腹部を横凪に振り抜かれた。服の裾がはらりと落ち、その下にある皮膚には横に一本の赤い線が刻まれている。

 その線から血が滲みだすと、遅れて体に影響が出始め、未だに戦おうとしている上半身が支えを無くし、ずるりと前方にずり落ちる。

 脳と現実の認識にラグが生じているようだ。状況把握に脳が追い付いていないチルノへ、庭師が強力な蹴りを放った。

 その細い足から放たれた蹴りは、彼女の頭部を原形を留めさせる事無く弾けさせ、壁にぶちまけた。髪や骨、脳が壁一面に張り付く光景は、見る者を絶句させるほどに圧巻だった。

 首より下に影響はなく、下半身はそのままの位置に残り、床に倒れ込んだ。上半身は首に加わった力の一部が伝わり、壁まで吹っ飛ばされるがぶつかって潰れるほどではなく、机の上に水気の強い音を立てて落下した。

 湿気の強い場所で使用し続けていたことで、足が腐っていたのか内側の木線維を剥き出しにし、崩れた。

「チルノちゃん……チルノちゃぁん!!」

 大妖精の恐怖でヒステリカルな悲鳴を上げるが、当の本人はそれが届く状況になく、次第にその声は虚空に消えていく。

 色々と邪魔は入ったが、魂魄妖夢はついに最後の砦であるチルノの引いた最前線を突破してしまった。

 あとは2人だけだ。一人はこの場所から逃げる能力を持っているが、チルノを失ったことがショックとなってしまっているようで、呆然としてしまっている。もう一人も、恐怖のストレスや友人の殺されていくショックな状況に耐えられず、気を失ってしまったようだ。

 大妖精もミスティアも、手を伸ばせば掴めるところまで接近を許してしまったようだ。大妖精の能力は自分にその気がなくても、触れられていればその触れている人物と一緒に瞬間移動してしまう。

 大妖精は掴まれた瞬間に積みが決まるが、手を伸ばそうとする動作を見せる魂魄妖夢に反応すら見せない。

 涙を零し、呆然とミスティアを抱えたままの彼女の頭に伸ばされた手が、鮮やかな緑色の髪の毛を掴もうと握り込まれる。

 その寸前に、全く予想外の方向から声が怯えている二人に投げかけられた。荒げられたその声は、メイドが空けた穴の方面からだ。

 顔を傾けてみることはできないが、その二人を叱咤する声から一番最初に切り捨てられたリグルの物だとわかった。

「霊夢さんは私が連れて来るから、大妖精は約逃げて!チルノが無駄死にになっちゃう!」

 その怒った声と内容に、意気消沈して放っておけば死ぬまでそうしていそうだった大妖精は、ハッと我に返ったようだ。

「っ!」

 毛先の一本でも指に振れていれば、魂魄妖夢ごと彼女たちは瞬間移動していたが、リグルに気を取られたことで、そうはならなかったようだ。

 真っ黒な小さな煙を残し、二人の姿は忽然とその場所から消えた。残された魂魄妖夢は伸ばした手を空中で遅れて握る。

 彼女たち側の霊夢という言葉に、少しながらも反応したようだ。いくら経験を積んでも、戦いの勘や力も未知数な人間を相手にするという事は、奴でも容易でないのだろう。

「私は虫を使える……。ここの位置を知らせてお前を……殺してやる…!」

 何度切られたのかは知らないが、チタチタと服や肌から血がしたたり落ちる。その量から一か所や二か所どころではなさそうだ。

 壁をよじ登り、彼女は外につながる大穴から、走って出て行った。あの傷の様子から、逃走はそう長くはもたないだろう。

 それに、霊夢が来るというのも、奴を連れ出して大妖精たちの方に意識を向けさせない為の嘘だろう。虫を使って位置を教えるか、彼女たちの位置を知れるのであればとっくの昔にやっているはずだ。

「面白いですね」

 彼女はそう言うと瀕死の私と小傘の横を通り過ぎ、リグルの追跡を開始する。軽いフットワークで壁を上り、土を踏みしめて歩いて行った。

 足音も聞こえなくなり、あれだけ大勢の人がいた部屋には、生きた者は2人しか残されなかった。そのうちの一人は風前の灯火で、まさに峠を迎えているところだ。

 その峠は、私の方にも迫ってきているが、目の前に横たわる小傘の方が数歩先を行っており、呼吸ももう止まりかけている。

「小…傘……」

 口や喉に血が溜まっていて、声を出そうとすると、水が泡立つようなくぐもった音が漏れるだけだった。

「………」

 答えないのではなく、答えられない。仰向けに倒れている彼女の、上下に小さく動いていた胸が止まり、削ぎ落されずに済んでいた片目は、虚空を見つめたまま動かなくなる。

「っ……くそ…」

 こうなってしまった状況に、自分の未熟さに、軽率な行動をとってしまった自分に、吐き捨てた。小傘たちを無理やり連れてこなければ、全員こうして庭師に切り刻まれることは無かっただろう。

 償っても、償いきれない。

「すまない……」

 声にならない声は、松明に使う枝が熱で弾けた音に負けてしまった。もし生きている人がいたとしても、聞こえることは無かっただろう。

 切断された腕や足が痛む。残った穴の開いた手で、腕の傷を押さえた。止血が目的なわけではないが、抑えていれば痛みが和らぐ気がした。

 これが、死に近づく感覚という物なのだろうか、意識が遠のき始めた。頭が働かなくなっていく、眠りにつくよりもその感覚は足が速い。

 体のあらゆる機能が脳で認識できなくなっていき、ある時を境にブツンと電源を引き抜いたテレビの様に、意識が途絶えた。

 

 

 あまりにも濃すぎる血の匂い、大腸から漏れだした糞尿の匂い、その他の臓器から分泌される体液の匂いなどが合わさり、酷い悪臭だ。口や鼻を抑えていなければ、こうしてまともに部屋の中を歩くことなどできなかっただろう。

 一歩歩くごとに、必ず何かが靴の裏で潰れる感触がする。それは血液だったり、切り刻まれた誰かの一部だったりする。

 申し訳ない気持ちで足を引っ込め、体の一部が飛散していない場所を歩きたいが、生憎この部屋にそんな場所はなさそうだ。

 早く目的を達成させるため、いるだけで正気度をどんどん削られていそうな部屋の中を、臆せず進む。

 入り口側の壁には、異次元ナズーリンが縫い付けられ、その目の前には誰だか判別できない程、肉を削ぎ落された死体が横たわっている。

 どちらも死んでいるのだろう。まともに見ることができないレベルの損傷に、目を反らした。

 奥に進むと、細切れまでとは言わないが、体のどの部位なのかがわからない肉片が大量に転がっている。これを判別することは相当難しいだろうが、その周辺には、肉片に混じってルーミアと思わしき頭部が埋もれている。

 今の段階でも胃の中身を吐き出しそうなのに、確認のために触れたらおそらくは耐えきれないだろう。

 切り刻まれた死体をルーミアとして、この部屋にある遺体は全部で4つ。服装から誰だか認識できなかった死体が小傘であることがわかり、チルノも机の上で死んでいる。

 あまりにも惨烈すぎる遺体に、どれも直視できるものではない。匂いや足の裏の触感も重なって、頭がおかしくなりそうだ。早く見つけないと。

 小傘が焼き直ししてくれていた観楼剣を、完成していようがしていまいが回収しようと思っていたが、この部屋には見当たらない。

「…」

 完成してこの部屋から持ち出す前に、異次元妖夢がここに押し入ったと考えられ、そうなれば風呂場の中にあるだろう。

 開け放たれ、血液か肉片が飛び散った跡がある扉をくぐった。ここの中で戦闘が行われなかったことは、血が散乱していないことからわかる。

 中は香林でなければ、用途がわからない道具が沢山転がっている。その中にも観楼剣は見当たらない。

 異次元妖夢が私の武器になるから持ち出してしまったのだろうか。いや、それにしては現場が綺麗すぎる。

 直している最中に押し入って来た異次元妖夢に、小傘が抵抗しないことは無いだろう。怯えてそれどころではなかったとしても、それなりの戦闘があった後の奴であれば、血を纏っていて返り血の後ぐらいは垂れていそうだが、それもない。

 風呂場の扉が開いていたのは、異次元妖夢が空けたのではなく。小傘が自ら開けたのだろうか。でも、そうでもなければこんなに道具が置いてある風呂場が、荒れていないなんてことは無いだろう。

 いくら小傘が作業に集中していたとしても、あれだけの殺気をまき散らすメイド達が度々来たら気が付くはずだ。

 わかった上で飛びだしたとなれば、それなりに理由があるはずだろう。自暴自棄に彼女がなっていなければ。

 襲った側の心境としては、追っている者が何か大事な物を持っているとかでなければ、詳しく調べることは無いだろう。

 ましてや、敵が居ることがわかっているのに扉を開けて身をさらけ出せば、尚更そいつがいた部屋など調べることは無いだろう。

 風呂場の中を見回すと、浴槽の内側には小傘がいつも肌身離さずに持っている、大きな唐傘お化けの傘が落ちている。

 彼女がこの傘を手放すことは無い。それは、唐傘お化けである彼女のアイデンティティーであるからだ。アイデンティティーを手放して離れることがあるとすれば、よっぽどだろう。

 大きなその傘を拾い上げると、軽そうな見た目よりも数倍も重たい。閉じた傘の中に何かがある。それは私が予想する物で相違ないだろう。

 閉じた傘を柄の方へ傾けると、中から重たいと感じた分の物体が出て来る。

 傘の中から滑り出て来たのは、探していた観楼剣だ。彼女は私に付けられていた切り傷が刀であったことから、異次元妖夢が奪いに来たと思ったのだろう。

 本当の目的はおそらく私であるのだが、それでも、これのために彼女は命を賭してくれたわけだ。

「……。」

 私も、それに答えなければならないだろう。

 両断された切先の分だけ、観楼剣は短くなっている。だが、直してもらったことで、それに含まれる妖夢の魔力は安定している。

 柄を握り、鞘から引き抜くと、彼女の腕は間違いないことがわかる。元からこの長さだったと言われても全く違和感がない。素人目戦だが、業物として十分に通用する代物のように見える。

 有り難い。これで、奴を殺すことができる。

「………っ」

 復讐という炉に怒りの薪をくべ、復讐心を燃やす。今度は負けない。妖夢、異次元ナズーリン、チルノ、ルーミア、そして小傘の仇を取る。

 鞘を背中に背負い、松明の揺らめく炎の光を反射し、光る刀身が付く柄を握りしめる。短くなった分、体格の小さい私にとっては扱いやすい得物となった。

 風呂場を後にし、血みどろの赤い箱の中で、異様な雰囲気を纏っている魔女は中央で立ち止まる。すると常人なら吐いて正気を失ってしまうであろう場の空気を、胸いっぱいに吸い込んだ。

 まるで残った彼女たちの怨念や恨みを取り込んでいるようにも、惨たらしい状況を体に刻み込んでいるようにも見える。

 胸いっぱいに吸い込んだ息を、ゆっくり時間をかけて噛みしめる様に吐いていく。息を吐いて吐き切ると、一言呟いた。

「復讐だ」

 彼女の目つきは、先ほど殺したメイドやこれから殺そうとしている庭師と、引けを取らない程に枯れていた。

 




最近、仕事を始めたことで今までのように週一での投稿が難しくなってまいりました。

予定としては7/4に投稿したいのですが、遅れる可能性が高いのでその都度連絡します。


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東方繋華傷 第百三十一話 幽閉者

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百三十一話をお楽しみください!


 

 彼女たちが殺されてから、どれだけの時間が経過しているかはわからないが、私が外に飛びだしてから今までの間なら、まだそこまで時間は経過していないはずだ。

 異次元ナズーリンの元家に空いた穴から外に歩み出た。血や糞尿の匂いが混ざり合った、いるだけで窒息してしまいそうな空気とは違い、外の新鮮な大気は呼吸を繰り返すごとに脳がハッキリしていくような気がした。

 しゃがみ込み、地面に残った血と足跡を観察する。大きさの違う足跡が二つ残っている。一つは子供と想像できる小ささで、もう一つは私と変わらないぐらいの大きさだ。

 小さい方が誰の物かわからないが、部屋の中に死体が残っていなかったことで、大妖精かミスティア、リグルの物だろう。

 身長から、大妖精たちが私と同じサイズの靴を履いているとは思えない。大きい方の足跡は異次元妖夢で間違いないはずだ。

 小さい方の足跡に、大きい方の足跡が重なっている。誰かが追われているのは確実だ。その出血量や足取りから、逃走はそう長くはもたないことが予想できるが、追跡しないわけにはいかない。

 推測であるが、足跡の持ち主は大妖精ではない。冷静な状態でなければ分からないが、能力で逃げる彼女がわざわざ走って逃げることは無いはずだ。

 誰かを抱えながら走っていたとしても、彼女が触れている限りは一緒に瞬間移動できる。追う追われるの関係で、瞬間移動ができない状況だからという事でもないだろうし、ミスティアかリグルの足跡だろう。

 足跡が一つしかない所を考えると、どちらか片方は大妖精と逃げられた。と考えられる。仲間意識の強い彼女たちのことだ、囮にしたというよりは、自分から囮になったのだろう。

「…」

 残った血痕と足跡に新たな痕を付け、走り出す。草むらに入って足跡が見分けられなくなっても、おびただしい血痕が残っており、戦闘痕から来た道を戻ることよりもずっと楽だ。

 坂を上り、木の間を蛇行し、時折空を飛ぶなど、様々な手法を使って逃げているが、血がどちらに進んでいるのかを教えていて、素人の私でも追うことができる。

 二つほど坂を上り、反対側の急斜面を見ると走ったりしている時よりも、血痕と血痕の間がかなり開いている。地面もきちんと自分の足で歩いたというよりも荒れた感じを見ると、足を滑らせて転げ落ちたようだ。

 体の重心が傾かないようにバランスを取りながら、柔らかい土の斜面を滑り下りた。新しく着替えたばかりでできるだけ汚したくないと思ったが、異次元咲夜との戦いで十分汚れているのを思い出した。

 坂を下りきると、走って逃げていた時よりも地面に残った血痕の量が多い。転げ落ちてから少しここに留まったというよりも、坂を下ったところで追いつかれたようだ。

「…」

 妙だな。異次元妖夢は山の中だろうと、白狼天狗に劣らぬ速度で走れる。それに、同じ能力を持った妖夢でさえ簡単に殺してしまうほどの力量もある。

 その奴が、二つの坂を上るまで追いつけず、戦いに不慣れな彼女たちを一撃で殺せないはずがない。となると、この狩りを、楽しんでいるのだ。

 出血量の多くなったことが一目でわかる手負いの少女は、足取りが悪くなるが、それでも逃げようとしているのが伝わって来る。

 十数歩進んだ後、ここで振り返って抵抗したのだろうか。靴の痕が反転している。能力でやったのか弾幕かはわからないが、迎撃しようとした様子だ。

 数歩そのまま後ろに下がったようだが、当然この攻撃をくぐり抜けられる異次元妖夢に、二度目の斬撃を受けたようだ。

 今回は今までのように浅い物ではなくかなり深い傷だ。水滴が落ちた程度ではなく、まとまった量の血液が地面に零れている。

 視線を血痕の道筋通りに進めていくと、十メートルほど先に小さな少女の左腕が一本、足跡の上に残されている。

 走り寄り、しゃがみ込んでその腕を簡単に観察する。早く追わなければならず、ここに時間を使っていられない。

 注目すべきは切断された二の腕の辺りではなく、指先だ。何の傷もなく綺麗で細い指だとわかる。これの持ち主は、リグルだ。

 屋台を開いていてから、だいぶ長いこと料理を作って来たミスティアだが、その仕込みで今でも時々怪我をすることがあると、昔飲みに行った時に聞いた。

 包丁を持つ手なら怪我がないことはあり得るが、彼女は右利きで、右手で包丁を握る。怪我をしているとすれば、この落ちている左手に付くことになる。

 それが全くないという事は、ミスティアである可能性はぐっと低くなる。リグルはミスティアと比べ、多少は戦闘向きだ。今ならまだ間に合うかもしれない。

 指先で軽く触れると、まだ少し暖かい。ここを通り過ぎてからあまり時間は経過していない。二人はすぐ近くにいる。

 リグルのと思われる足跡と血は、腕の落ちた場所から今度は違う方向へと逃げている。いや、逃げていると形容していいのだろうか。

 出血がピークに達しているのか、地面にできている痕跡は、酔っ払いの千鳥足のようにおぼつかない。いつ倒れてもおかしくなさそうなのが、足跡からもわかる。

 くそ。自分の不甲斐なさに苛立ちを感じる。迷っている時間が無ければ、もっと早くここに来れたかもしれないのに。

 リグルが向かっているであろう方向に顔を上げると、目標としていた二人の人物が二十メートル先にいる。

 一人は地面に伏せている。もう一人は大地を踏みしめ、喜々として地面に倒れて動くことのない少女に、錆びついた刀を何度も突き立てている。

 空を仰ぎ、瞬き一つすることのないリグルの胸に、観楼剣が突き立てられるごとに体がビクッと痙攣するが、それは彼女の意志ではないだろう。

 どれだけの回数、観楼剣を抉り込ませたのだろうか。倒れた血まみれのリグルの胸元はズタズタで、原形を留めていない。

 ぐちゃぐちゃになったリグルの胸から、血と臓器片にまみれた刀を引き抜いた。血脂がべっとりと染みついていそうな刀の腹を、ピンク色に近い舌でべろりと舐めとる。

 二十センチか三十センチ程、刀に舌を這わせる。肉と血を絡めとると口に含む。体液はそのまま飲み込み、肉や骨、軟骨などを赤色に染まる歯でゆっくりと咀嚼し、噛み砕いて味わっている。

 普通の人間の神経ではできないことだが、こいつはそう言った事を散々やってきている。今更驚かない。

 上気し、恍惚な表情を浮かべたまま人肉を食んでいた異次元妖夢を見て、怒りが湧く。友人や刀を治してくれた小傘たちが無残に殺されたのだ、憤怒しないわけがない。

 しかし、それ以上に隙だらけの異次元妖夢に切りかかるチャンスだと、人情を捨てた部分が私の闘争本能を掻き立てた。

 後方からではなく横側からの攻撃に、察知される不安があるが、下手に動けば見つかることになる。気づかれていれば奴は私に興味が移るはずだが、その素振りは無い。こちらに注意が向いていないとして、魔力で浮遊を調節し、二十メートル先の異次元妖夢に切りかかった。

 空気の流れや、声、音が奴に備わっている物理的な感覚器のレーダーにひっかがったわけではない。五感では拾いきれなかった殺気を、勘や本能に近い部分が感知してしまったのだろう。

 切り刻まれた死体を見てうっとりしていた異次元妖夢の瞳だけが、ぎょろりとこちらを向き、視界に私の姿を捉えた。

 今までしていた全ての行動をキャンセルし、消えたと錯覚する速度でしゃがみ込む。短くなった観楼剣の軌道には、髪の毛一本も残っていない。

 空気を切り裂く唸り声を残し、刃は無情にも何かを切りつけた抵抗感を得ることなく振り切られてしまう。

 しゃがむ異次元妖夢は真っ赤な観楼剣を携え、移動を制限するつもりか、下段に得物を薙ぎ払う。錆びついて切れ味が落ちているとは言え、私の足を切断するのには十分すぎる切れ味を持っている。

 例え切断されたとしても、足は再生するが、その過程には痛みが存在する。失神してしまいそうになる激痛など、何度も体験したいものではない。

 私は大振りの攻撃をして、隙を見せているが、特に焦っているわけではない。奴がこちらに瞳を向けた時点で、魔力で浮遊に手を加えておいた。

 体の浮遊感が強まり、落下していた体がほんのわずかな時間だけその高度を維持した。落下することが前提で振られていた奴の観楼剣は、足にも掠らずに通り過ぎる。

 浮遊の魔力を消すと数十センチの高さから落ち、何の怪我もなく短くなった得物でも届く距離に着地できた。

 着地した衝撃を逃がすため、膝が数センチ下がる。本当なら着地と同時に切りかかりたかったが、ここを無視して足を痛めるとその分だけ時間も魔力も無駄になる。急がば回れだ。

 刀を振れるだけの体勢が整うのと、異次元妖夢が観楼剣を振り切った体勢から攻撃に転じるのはほぼ同時だった。

 背筋から繰り出される腕力で加速された観楼剣が、振り切るまでの道のりを半分超えた程度で急停止した。

 お互いが握る得物の中間部同士が合わさり、空中に飛翔した花火が爆ぜる様に、赤と青の火花が四方八方に弾けた。

 そこから鍔迫り合いに持ち込まれぬよう、下半身に力を込めていたが、それを体勢から読んでいたようだ。金属と金属が交わる不快な音を奏でさせ、異次元妖夢が観楼剣をクイッと捻ると別方向からの力が加わり、簡単に弾かれてしまう。

 正面からの力に対応しようとするあまり、横からの対策をあまりしていなかった。だが、まったく構えていなかったわけではない。復帰は何も対策していなかった時に比べれば、早いだろう。

 後方に下がりつつ、突っ込んで来ようとする奴の攻撃までの時間を稼ぐ。追いつかれぬ為にも、でたらめで太刀筋もあったものではないが、観楼剣を振るった。

 迫ってこようとしている奴の速度が嫌に遅く見えたが、焦りからあまり深くは考えていなかった。急激に異次元妖夢の走る速度が高まるり、柄を握る刃の内側に入り込まれてしまった。

 右手に持った観楼剣で左側に行くように切りつけていたが、手首に左手を添えられ、それ以上進ませることができなくなる。

 左手首を掴まれて間もなく、血なまぐさい体臭を漂わせる異次元妖夢の右手が、私の首元に伸ばされる。攻撃をキャンセルさせられた私は、それを抵抗する段階にない。

 どうにかして避けようとしても、奴の手の方が一足も二足も早く首元に到達する。その時、剣術を扱う程度の能力という性質の他に、複数の性質を感じ取る。

 微弱ではあるが、星熊勇儀が使っていた固有の能力の性質を感じ取った。意識を向けていても剣術を扱う能力の性質に埋もれ、検知は困難だったが、至近距離からダイレクトに発動されたことで気がつけた。

 異次元早苗や異次元咲夜のように、異次元妖夢の持っている二つ目の能力がそれと言うわけではない。剣術を扱う、怪力乱心を持つ程度の能力の他に、初めて感じ取れる性質の魔力がある。

 それをどう形容したらいいのかよくわからないが、感じ取れる部分を言葉にするとしたら、他の人が使っている固有の能力を使うことのできる、そういった性質がある。

 異様に高い攻撃力に、どこからともなく観楼剣を取り出すスキマの能力。それらにようやく合点がいく。

 こいつは一人でどれだけの能力を発動できるのだろうか。あらゆる状況で使い分けることができたり、さらに複数の能力を併用できるのであれば、恐ろしい奴だ。

 奴のもう一つの能力がわかったから、この首を掴まれそうになっている状況をどうにかできるかと言えば、無理だ。

 万力で締め付けられているような、人間では一生かかっても発揮できることは無い握力に、首に力を入れて耐えなければ筋肉ごと頸椎を握りつぶされそうだ。

「…っ……!!」

 呼吸など当然できるわけもない。体の奥を走行する動脈と静脈、それらの中を通過する血液すらも停滞し、一分もこの状態が続けば意識を失って失神してしまうことだろう。

 六十秒も時間があれば、どんな形でさえも抵抗はできる。魔力を使用して奴を吹き飛ばそうとするが、踏ん張りを付けられない上側へと奴に持ち上げられた。

 微弱だったが勇儀の能力が発動しているだけはある。まるで赤子のように体が地面を離れ、奴の頭上を背負い投げの形で振り回されると、容赦なく地面に背中を叩きつけられた。

「っ!!!」

 背中側からの衝撃に、肺が周囲を囲む肋骨に圧迫され、肺内部に存在していた空気が口へと続く気管支へ殺到するが、喉が塞がれていると事で空気は行き場を無くす。

 あまり強い器官と言えない最外層にある肺組織を、圧の高まった空気が突き破り、体外に流出しそうになった時、異次元妖夢が首から手を放した。

「げほっ!!ごほっ!?」

 突き破ろうとしていた所で他に逃げ場ができ、肺に存在していた空気が咳と共に外へ吐き出された。

 危うく体が膨らんだ風船に針を刺した状態になるところだったが、ならなかったことを喜んでもいられない。普段見ることのない靴の裏側が私の顔面向け、猛スピードで迫って来る。

「っ!?」

 全身の筋肉を使用し、一瞬だけ瞬発力を発揮した。胸が締め付けられ、ズキズキと痛む疼痛に苦しみながらも逃げることには成功した。

 頭のすぐ横を靴が通り過ぎて行き、地面にめり込んだ。奴の足周辺の地面が陥没し、そのさらに周囲の土が盛り上がって爆発する。

 範囲は勇儀に比べればかなり狭いが、倒れていた状態からの逃走となり、飛礫が飛散する範囲から逃げきることができずに、弾き飛ばされた。

「うぐっ…!!」

 肩や足を地面に打ちつけた後、地面と接触した摩擦によって減速され、地面を転がってようやく停止する。

 やはりだめだ。複数の能力を使う云々の話ではない。剣を使用した戦いでは、まるで歯が立たない。剣術を扱うこと自体が能力で、異次元咲夜のようにただ使えていた者とはわけが違う。

 陥没した穴から足を引っこ抜いている異次元妖夢を警戒しつつ、握っている観楼剣に意識を向ける。奴と少しでも対等に近づくためには、妖夢が持っている刀の知識が必要だ。

 必要なのだが、また、私のことを操ろうとするのではないかという不安に、魔力で精神をつなげようとする行為を躊躇してしまう。

 それで動きが止まってしまっているうちに、異次元妖夢がこちらに突っ込んでくるだけの時間を与えてしまった。

 攻撃を受ける前に飛びのいて逃げようとするが、同じ二足歩行の生物とは思えない速度で疾走する奴に、その方向へと回り込まれてしまう。刀を構えていなければ、首を掻っ捌かれていた。

 切先が首の表面を撫で、刀と刀の摩擦で発生した火花を纏って通り過ぎて行く。逃げることに年頭を置きすぎていたようだ。その攻撃を受けることで精一杯だったことで、体の体勢が大きく崩れる。

 異次元妖夢は刀を振ったばかりだというのに、刃の向きを反転させ燕返しのごとく切り返した。

 今度は狙いを外さない。動脈と静脈を避ける形で首を切り裂かれる。空気の通り道である軌道に切れ目が出来上がり、発生した血が気管の奥へと流れ込む。

「ごぼっ…!!」

 空気で十分に満たされた空間にいるはずなのに、溺れてしまいそうになる感覚に、脳と実際の現状が乖離する。

 真っ赤な生暖かい血液が、内と外に留めなく溢れ出して来る。息を吸おうにも喉に付けられた切れ目から出て行ってしまう。激しい運動も加勢し、息苦しさが加速する。

 喉元に魔力を注ぐと、ボンドやノリで物を接着するように、ぱっくりと開けていた切り傷がその口をゆっくりと閉じていく。

 このままやられっぱなしで居れない。そう思って反撃に移ろうとするが、刀の燕返しの三度目が来なかった代わりに、やってきたのは下から来る蹴りだ。

 攻撃している最中に、腹部に下から撃ち上げられた攻撃を避けきるだけの技量はない。体のど真ん中に薙ぎ払う蹴りが叩き込まれると、身体がいや応なしに折れ曲がり、吹き飛ばされた。

 下側から上に向かう形で飛ばされたことで、木々の枝や葉っぱの中をかき分け、錐揉みした状態で空中に投げ出された。

「ごっ…ぁぁっ…!」

 微弱で勇儀が発揮してた攻撃力と比べれば程遠いが、こんなものを何発も食らっていたら身が持たない。空気の抵抗で体勢が安定してきた頃、消化器官に溜まりに溜まっていた物を吐血した。

 異次元妖夢を追っているうちに、森の外れまで来てしまっていたようだ。眼下には森の切れ目が映り、数キロ先では半壊して墓標の様な街が見える。

 すぐに引き返し、異次元妖夢と戦わなければならない。魔力で姿勢制御を行おうとするが、すぐにそんなことをしなくていい事を察した。爆発物が爆ぜたかに思える跳躍音が、耳に届く。

 私と同じように草をかき分け、異次元妖夢は空を翔ける。狙いをつけていたことで、移動する私の座標にぴったりと到達する。

 私が反撃できる状態にないことを良いことに、上から叩きつける大振りの大根切りを放ってくる。悔しいが事実であり、観楼剣を構えて受けとめた。

 重い。細い刀なのに、斧やハンマーなどの鈍器で殴られているようだ。全力で押し返そうとしても、腕は後退を続ける。

「いいのかしら?前みたいに彼女に力を借りなくて、このままだと勝負にならないわよ?」

 刀にいる妖夢の存在に気が付いている奴は、血の付いた唇をゆがめて笑うと、続けて囁いた。

「まあ、居てもいなくても、変わらないけど」

 挑発的に嘲笑う。奴の瞳から、またへし折ってやるという意志を感じる。妖夢の剣士としてのプライドを、ぐちゃぐちゃにしたいという欲望が丸見えだ。

 だが、欲望に隠れて存在する一番の理由は、自分の保身だ。強力な力で叩き潰すのであれば簡単だが、それができない場合は、同じ能力を持ったもの同士で戦わせるのが倒すためには一番だ。それに近しいことをしている私が奴にとっては脅威なのだ。

 しかし、私の息の根を止めるわけにはいかず、手助けとなっている刀にいる妖夢を、二度目殺そうとしているのだ。

「今準備中だぜ…黙ってろ…!」

 確かにまた乗っ取られる可能性を考えると躊躇してしまうが、今はそんなことを言っていられない。彼女の魔力を受け入れる体勢を整えようとする。

「そう、でも…やるなら早くした方がいいわよ?」

 そう呟く異次元妖夢から、微弱な空気を読む程度の能力を感知する。付近の空気中に漂っていた塵が魔力操作によって上空に集められ、その摩擦によって電気を帯び始めた。

 それ自体は、冬の時期によくある何かに触った際のピリッとなる静電気だが、魔力によって増幅と強化を繰り返し、自然に起こる落雷と変わらない威力になって行くのが見ているだけで分かる。

 魔力調節で異次元妖夢から距離を置こうとした矢先、自然災害の一つが解放され、その攻撃は目で追うことができる速度を超えている。気が付くと雷が私の体を捉え、スパークを起こした。

 

 

 

 暗い。寒い。お腹が空いた。いつになったらこんな場所から出られるのだろうか。

「………………」

 私は横たわったまま、何千回、何万回も思ったであろう疑問を、再度頭に浮かべる。こうでもして何かを考えていないと、自分を保てない。

 淀み、外界よりも酸素濃度の薄いこの部屋の中では、疑問が浮かんだとしても酸欠で、それを処理できるだけ脳が働いてくれない。ただ思うだけだ。

 何年たっただろうか。光が完璧に遮断され、今が朝なのか、夜なのか、昼なのかすらもわからない。

 壁のすき間や扉の隙間、そう言ったところから流れ込んでくる外界の空気を、肺に取り入れて生きながらえている毎日。

 それを日常として受け入れている私は、生きた生物としての尊厳など、とうの昔に捨ててしまっている。

 何百年と生きてきたがこの数年は妖怪として、このように生を与えられたことを、ここまで後悔したことは無い。

 なぜこんなに体が頑丈に生まれてしまったのだろうか。ただの人間であれば、とっくに死んで、あの世にいるであろう仲間たちに会えるのに。

 体が頑丈と言っても限度はある。睡眠である程度は魔力が回復すとは言え、何年も飲まず食わずであれば、限りなく遅くはあるが死に少しずつ近づくことができる。

 何十日か前に、自分の体を持ち上げようとしたら、やせ細った腕では上体を持ちあげることすらできなかった。

 あと少しで死ねる。こんなところには、もう居たくない。死んだらどうなるとか、死に対する恐怖など、まったくない。

 それを考えなければならない状況が、これ以上続くことのほうが私にとっては恐怖だ。

「………」

 あいつらは何をしているだろうか。生きているのか、死んでいるのか。こんなところに監禁されているのだから、確かめる術はない。

 戦争が起こる前のことを唐突に思い出した。楽しかったあの頃を。一度思い出すと、次々に思い出がどこからから蘇って来る。

 そんな思い出に浸ることすらも奴らは許してくれないようだ。古い木製の扉越しに、誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。

 この物置小屋を何年も何年も放置していたくせに、こういう時にはなんで放っていてくれないんだ。

 開かれた扉から漏れて来た光が、何年かぶりに肌を焼き、網膜を刺激する。眩しすぎる閃光の奥からは、私をここに閉じ込めたと思われる人物の影が見えた。

 逆光による眩しさで、どういった表情をしているのかを読み取ることはできなかった。しかし、何かよからぬことをしようとしていることは、雰囲気から読み取ることはできた。




次の投稿は7/11の予定です!
変更がある場合はここに書き込みます!


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東方繋華傷 第百三十二話 矢

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百三十二話をお楽しみください!


 視界全体が光りで埋め尽くされた。大口径のライトを顔に当てられたか、私がよく使う閃光瓶が目の前で破裂したような、そんな光量に目が眩んだ。

 それらを本当に食らった時にあるはずがない激痛が、頭の頂点から足の先までを駆け抜けていく。文字通りに電流が走った。

「があああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!?」

 上空から向かってきた雷が頭に当たったのかと思ったが、頭よりも高い位置に存在した観楼剣の切先に落ちたようだ。

 雷が落ちた時、木のすぐ近くに立っていけないということはよく知られていると思う。その理由が私と観楼剣の間で起こったようだ。

 刀から伸びて来た側撃雷が胸や頭に落下し、落雷に含まれている何万ボルトというエネルギーが、一瞬のうちに私の体にかかったことで、後方に吹き飛ばされた。

 刀を手放さなかったのが奇跡的だ。電気が体の中を隅々まで駆け抜けたことで筋肉が収縮し、意図せず刀を握り続けたからだろう。

 光で目が眩んでいたが、耳の奥に備え付けられている感覚器官は生きていた。自分の体が落ちて行くのを感覚的に感じ取る。

 雷を食らう直前に見た高度は、地上まで二十メートルはあったはずだ。二十メートルという距離は、普段から弾幕ごっこをしている私達からしたら大した距離じゃない。

 だが、こんな状態では着地もままならない。明るい青色の光がゆっくりと引いていっているが、現在の高さを見極められない恐怖がある。

 咄嗟に魔力で視力の回復を図ると、自然回復よりも早く光の残像が消えていき、青々とした雑草がすぐ目の前にまで迫ってきている。

「っ!?」

 即座に魔力で浮遊を発動するが、間に合わなかった。ただ顔面から大地に突き刺さることだけにはならなかったが、肩を強打する。

 横にはじかれ、水平となる形で落下した。垂直に落ちた時ほど体に負担はかからなかったが、転げまわることとなった。

 十メートルは転がっただろうか。雷に弾かれたスピードがようやく減弱し、仰向けにようやく止まった。痛む体に負担を掛けぬよう優しく起きたいところだったが、鋭い敵意に倒れていた体勢から、弾かれるように飛び起きた。

 月明かりに照らされた異次元妖夢が、雷を放った後に私を追うようにし、急速に接近してくる。その体勢は当然観楼剣を振り下ろそうと、振りかぶった体勢だ。

 また乗っ取られると、迷っている暇はない。引き抜いていた観楼剣の中にいる妖夢の魔力を、私の中へと受け入れた。

 刀と接触している手から作っていたバイパスを通り、彼女の魔力が脳に到達する。私に妖夢に対する敵意がないことは、刀を治したことで分かったのだろう。操ろうとする悪意ではなく、刀の扱い方に関する情報が一気に脳中に拡散していく。

 その情報をもとに構えを大きく変更し、今までの素人よりも酷かった陣取り方が少々マシになった。気がする。

「せぇぇぇい!!」

「はぁぁっ!!」

 振り下ろしてくる異次元妖夢に対し、横薙ぎに観楼剣を振り上げた。この光景も散々見てきて、そろそろ見飽きて来た。

 二色の火花が花が花弁を開く様に咲く、月明かりで照らし出されていることで、森の中よりは明るさを感じない。

 空中で体を固定できていない奴の攻撃は、いつもの骨の髄まで衝撃が抜けていきそうなほどではない。それでも、体を支えきれず、片膝をついてしまう。

「ぐっ……ううぅっ!!」

 最大まで身体を強化していても押し込まれ、妖夢の記憶から筋肉の使い方を理解していなければ、このまま地面に押し付けられて切り刻まれていたことだろう。

 片膝をついたところで支えとなり、力任せに押し込まれていた観楼剣を握る腕が後退をやめた。地面に着いた足を踏ん張らせ、全身の筋肉を使って得物を振るってはじき返した。

 軽い身のこなしで体を回転させながら後方へと下がり、地面に降りる音を一切させずに着地する。

「……」

 奴を睨みながら体の各所に意識を向ける。雷を受けた後に残る違和感があるが、それが戦闘に支障のない物なのか。

 指先の痺れや動かしにくさを感じることは無い。ただ、高圧の電気が流れたことで、皮膚が一部火傷を負ったようだ。所々がヒリヒリと痛い。

 だが、その程度だ。

 大きな波の直撃を受けたような、そんな衝撃を食らっても意識を保っていられたのは、ただ単に私の運がよかったわけではない。

 永江衣玖が使用していたもっと強力な雷でなかったのと、魔力で身体を強化していたからだ。そこから少しわかったことがある、何をやるにしても奴がやってくる攻撃は中途半端なのだ。

 人間離れの怪力や雷を使うが、本人のと比べればほど遠い。なぜそのまま使わないのだろうか。怪力については私を殺してしまうからで説明はつくが、雷については気絶しない程弱く撃つのは説明にならない。

 これはあくまで予想であるが、スキマも刀を通す大きさでしか発生させられないのだと私は思う。

 もし発生させられるのであれば、なぜ移動の手段として用いないのだろうか。戦いの最中であるならばそれも楽しむためと解釈できるが、戦いが終わった後にもそれをしないのはできないからだろう。

 勇儀の怪力乱心を持つ程度の能力の時も思ったが、なぜ微弱なのか。自分の経験的に能力の発動に微弱などない。発動した物をどの程度で使うかだ。

 つまり、異次元妖夢は他人の能力を使うことができるにはできるが、完璧に発動することはできないという事になる。

 どういう過程でなされているのかはわからないが、微弱であるという事は、本人が二つ目の能力を使いこなせていないか、能力の上限であることが想像つく。

 しかし、解せぬ部分がある。怪力乱心を持つ程度の能力よりも、空気を読む程度の能力の性質が僅かに強く感じたのだ。能力で上限が決まっているのであれば、鬼と天人の能力は発動時に同じ強さで性質を感じるはず。

 しかし、実際には後者が強く発動した。もし、異次元妖夢が空気を読む程度の能力の方が扱いに慣れていたとしても、能力で発動しているのであれば発動時の性質の強さは同じはずだ。

「…」

 謎が多い。意識を改めて向けると剣術を扱う程度の性質は、同じ能力を持っているはずの妖夢よりも数倍は強い。なぜ奴が二つ目の能力で使用している固有の能力は、ここまで差が大きいのだろうか。疑問が消えない私に、答えがすぐにやって来る。

 片膝をついていたが、奴が着地してこちらに向かう準備が整う前に、立ち上がった。膝に付いた土を払い、手に馴染んで来た観楼剣を構えていると、異次元妖夢が血で染まった赤い刀身を指で撫でる。

「貴方のせいで、満足に飲めなかったじゃない」

 そう呟く奴は、微弱な蟲を操る程度の能力を発動させる。本人程ではないが、遊戯の能力と比べるとかなり強めに発動している。

 自分のいる場所は、土がむき出しで回りに草木は無い。虫を使われたとしても、地面からのルートであればある程度は制限でき、空中から来られたとしてもそっちに集中することができるだろう。

 油断なく構えていると、その能力を駆使することなく、指で絡めとった血脂を口の中へと運んでいく。

 ぴちゃぴちゃと音を立て、数秒かけて指に付着していた血液を舌で綺麗に舐めとった。唾液に絡め、舌の上で転がし、十分に味わうと他人の体液を嚥下した。

 ごくんと唾液が食道を通過する音が、こちらにまで聞こえてくる。時間的に胃に到達したかしないかぐらいだろうか。そこを境に異次元妖夢が発動させていた、蟲を操る程度の性質が僅かに強まった。

「っ!」

 そこで気が付いた。ある意味で二つ目の能力によって上限が決まっていると考えていたのは、当たっていたようだ。

 奴が他人の能力を使えるようになる条件は、そいつの血を飲むことだ。そして、その量に応じて能力が強化される。こんなところだろう。

 そうでなければ、鬼と天人の能力で強さの違いなどあるわけがない。能力がわかって来ると妖夢に勝てた理由も見えて来る。

 他の能力を使えるという部分もあったが、刀から感じる剣術を扱う程度の能力と、異次元妖夢のは数倍も違うのだ、互角にならないのもうなづける。

「さてと、次はどう私を愉しませてくれる?」

 笑う標的は、強力な剣術を扱う程度の能力を発動させると、刀を下段に構えて地面に倒れてしまいそうに見えるほど、低い姿勢で突っ込んでくる。

 大きく後方に飛びのき、脳を妖夢とつなげたまま観楼剣を背中の鞘に納めた。彼女が私の行動に意味を見いだせず、驚いた声を脳内に響かせる。

『敵を前にしているのに、何を考えているんですか!?』

 それについてはごもっともだが、前回のように戦っても、結果は同じだ。体は違かったとしても、全力だったことには変わりない。剣術を満足にできない私では、前回よりも酷い結果になるのは目に見えている。

 奴から勝利をもぎ取るのであれば、新しいことを取り入れていなければ私は二度目、妖夢は三度目の敗北を味わうことになるだろう。

 今回の異次元妖夢との戦闘で強く感じたが、異次元咲夜と異次元妖夢の能力は全くの別物であるが、よく似ている。

 どちらも似た性質で再現するのではなく、本物を使っている。異次元咲夜であれば銀ナイフ、異次元妖夢であれば他人の能力。

 少し勝手が違うが、異次元咲夜のことを倒せたのであれば、似た能力である異次元妖夢も、倒せないことは無いだろう。

 あくまで理論上の話であり、確信はない。だが、それでやり切れる自信はある。背中の鞘と柄に回していた両手を放し、観楼剣の性質を含ませた魔力を手先から放出した。

 煙状で全く形の定まっていなかった魔力はすぐさま形を変形し、見覚えのある短い観楼剣へと姿を変える。妖夢のというイメージで作ったことで、現在の姿が採用されたようだ。

 魔力で作り出しているが本物でできた二本の観楼剣で、異次元妖夢の下段に放たれた薙ぎ払う斬撃を受けきった。刀よりも圧倒的に耐久能力で劣る草が切断され、空気抵抗の影響でひらひらと落ちて行く。

 火花が散り、金属と金属が撫で合った不快な音が前方から後方へ移動し、切りかかって来た異次元妖夢は、私の右側を通り過ぎて行く。

 それを追って振り返りながら刀を振るうが、右手に握っている観楼剣には手ごたえは全く感じない。空しい空気を切り裂く音だけが聞こえ、その方向を見なくても空振りに終わったのはわかる。

 体を捻り、後方へ向かって行った奴の方向へと右回りに向き直る。その勢いを利用し、左手に持っていた観楼剣を投擲した。

 銀ナイフのように投げる形に特化していない大きな得物は、矢やダーツの飛び方から大きく外れ、フリスビーと似た回転運動をして飛んでいく。

 咲夜のとは大きさも重量も違うが、投擲する部分の知識を使わせてもらった。飛ばした刀が、うまい具合に異次元妖夢の背中に吸い込まれていく。

 そのまま振り向かず、背中を貫かれてくれればよかったが、異次元妖夢は肩越しに軽く振り返っている。

 タイミングを見計らって上半身を地面に着くほどに屈ませると、重心を前に傾かせて前転をする。その過程で足が上がり、靴の裏で刀を蹴り上げたようだ。

 切れない部分を狙って当てたようで、鈍い音はするが、異次元妖夢にダメージが入ったようには見えない。軽快に立ち上がると振り返り、口の端を吊り上げて笑っている。

 上に弾き飛ばされていた刀が、回転しながら落下してくる。それが奴の目の前に落ち、重たい刀身が下になって地面に突き刺さる。

 角度の問題で上手く地面に刺さらなかったようだ。切先が少し刺さっただけの観楼剣が倒れそうになるが、異次元妖夢が拾い上げた。

 奴は怪力乱心を持つ程度の能力を発動させ、ある程度の化け物なら一撃で葬れるぐらいにまで攻撃力が一気に上昇する。

 投げつけた観楼剣を奴は握ったまま振りかぶると、お返しと言わんばかりにこちらに向けて投擲し返される。速度は私が投げた時の比ではない。飛んでくる軌道を体勢から読んで、そこから逃れようとしたが、右肘から先が投げつけられた刀と一緒にどこかへと飛んで行った。

「あっ…!?」

 食らった衝撃に、脳が驚いて自然と声を漏らしてしまう。感覚が痛みを伝達する前に投げつけて得物を持っていない左手に観楼剣を生成した。

「ぐっ…ああああっ…!!」

 魔力を右腕の切断面に集中させて再生を図ると、凹凸の無いまっすぐな切り傷の中央にある骨から修復が始まる。

 よく漫画などで見る骨が形成されると関節を形作り、それを筋肉が覆って行く。この戦いが始まったころと比べ、驚異的な速度と言える。

 指の先まで骨と筋組織の再生が終わると、それらを被膜する形で筋肉がむき出しの腕に、皮膚が広がっていく。

 走り出していた異次元妖夢が、こちらに到達する前に見慣れた腕に戻り、観楼剣の柄をしっかりと握り込ませた。

 私たちが脅威になりうると警戒している事にはしているが、前回の戦いで私たちに勝っていることで油断が生じているようだ。

 妖夢の知識を使わなくても、奴の刀身が斜め横から振り下ろされる軌道を描くのが体勢から予想できる。それでどうにかなると思っているのは、奴が弱い怪力乱心を持つ程度の能力を発動しているからだろう。

 慢心している今がチャンスだ。小回りの利く攻撃に見せながらも全力で刀を振るう。いくら身体を魔力で強化していたとしても、怪力乱心を持つ程度の能力を発動している奴を押し返せるはずがない。

 そう思っている異次元妖夢の錆びついた観楼剣を、後方へと吹き飛ばした。勇儀が顕現していた力という性質の魔力を全身に巡らせ、異次元咲夜にやったように不意を突いた。

 微弱と言っても相手がどれだけの火力なのか想像がつかず、五十パーセント程度の力を込めた事が裏目に出てしまった。

 弾き飛ばした腕に引かれ、異次元妖夢の体が後方に流れて行く。それを追おうと足を後方に突き出すと、あまりの強さに跳躍してしまった。

 やろうとしていることができないのは、力が強すぎることでの弊害であるが、方向を定めたおかげで吹っ飛ばされていた異次元妖夢に、一秒もかからずに追いつくことができた。

 飛びながら空中で構え、頭を貫く様に突き出した観楼剣の側面に得物を当てられ、耳にすら掠らない程に軌道を大幅に逸らせられた。

 逸らせられたとういうよりも、奴自身が逸れたのだ。私の観楼剣を土台として、側面に添えた得物に力を入れた反動で自分が動いたのだ。

 突きが外れたことにより、奴に大きな隙を晒すこととなった。魔力で方向転換しようとした時、異次元妖夢が異様な加速を見せた。

 先ほどまでと比べ、倍とまでは言わないが、それに近い速度で刀を上段に構えると、私の左肩に振り下ろす。

 性質に意識を向けると、先ほどまであった怪力乱心を持つ程度の性質は感じられず、代わりに時を操る程度の性質を感じる。

 こいつ、咲夜の能力まで使えたのか。立て直す暇もなく、左側の鎖骨が切断され、そのまま肩ごと左腕を持って行かれそうだ。

 片手で突きを放っていたことが功を奏し、右手はフリーだった。あともう少し力を入れれば左腕が切断されるという所で、奴の刀を右手で掴んだ。

 慌てていたせいで刃の方向に気を付けている暇がなかった。親指の付け根に刃先が抉り込み、だらりと赤黒い血が垂れて来る。

 横から強い圧をかけていることで、切り進んでいた観楼剣の動きを封じることには成功した。右手の親指は皮一枚つながっている程度で、だらりと下に垂れ下がっているが、その程度で済んだのであればましな方だろう。

 奴の刀を掴んだまま、瞬間的に最大の攻撃力を発揮すると、手のひらの肉が潰れて裂け、骨に亀裂が入って砕けた。

 身体を最大まで強化していたとしても、鬼の中でも特に秀でた勇儀や萃香の様な防御力には程遠い。それなのに攻撃力だけ同等にすれば、腕が滅茶苦茶には当然なるだろう。

 コンマ一秒だけ凄まじい力を使ったわけだが、その甲斐あって異次元妖夢の錆びついて耐久能力が低下していた観楼剣がへし折れた。

 ひしゃげ、粘土細工のように折れ曲がって砕けた観楼剣を奴はすぐさま捨てると、境界を操る程度の能力を発動する。小さなスキマを目の前に作り出し、そこからまた錆びついた得物を引き抜く。

 微弱で能力が弱く、小さい隙間を作るので精一杯のようだが、そこから引き抜かれる観楼剣は錆びついているとは言え本物だ。

 十年という歳月の中で、いくつ世界を壊してきたか知らないが、おそらく膨大な量だという事が窺える。

 異次元萃香が能力の疎の性質で自分の体を塵にし、幻想郷中に散らばっていたことで、他の世界に渡るとどうしても彼女がついて来てしまう。

 紫曰く、自分たちの世界からならどこからでも別の世界に渡れるが、侵入した先の侵入点や別の世界から元の世界に戻ろうとする場合は、場所が固定される。次に向かう時に異次元萃香に帰って来られると困るため、チリに含まれている魔力が尽きて死滅するまで数日待ってから侵入していた。

 調査の時間も含め、一週間で一つの世界を滅ぼしていたとしたら、一年で五十を超える。十年となればそのまた十倍となる。

 最初からしていたのか、途中から始めたのかは知らないが、奴が使っている錆びついた観楼剣は、おそらく戦いの過程で手に入れた戦利品だ。

 別世界の魂魄妖夢を殺すごとに集めていたとしたら、計算上奴は五百本所持していることになる。使用するたびに気になっていたが、観楼剣が錆びているのは、そんな本数の刀の手入れができないからだろう。

 観楼剣は魔力で生成しているわけではない。本物の刀の数には上限があるという事になる。今までの戦闘では湯水のように使っていた、残った刀をすべて破壊することができれば、射出という一つの攻撃方法を潰すことができる。

 突きを放ち、切られ、得物を砕いてから数秒。重力に引かれて落下を始めた私は、奴に刀でいつでも断ち切れる距離を観を維持したまま着地する。

 肩と手の傷を魔力で修復し、突きから引き戻しておいた左手に握られている観楼剣を、こちらに放たれた斬撃に叩きつけた。

 先ほどの攻撃力であれば、錆びついた細い刀程度なら簡単にへし折れるはずなのだが、ヒビすら入らない。

 強力な剣術を扱う程度の能力からくる異次元妖夢の技術は、圧倒的に高いこちら側の攻撃力を、攻撃と同時に受け流すことを可能にしている。

 数度刃を交わらせ、高い攻撃力に物を言わせて押し切ろうとするが、適応能力が非常に高い異次元妖夢はすぐに慣れてしまったようだ。

 奴は攻撃を上手く観楼剣で受けると、力を受け流しながら別の方向へと弾く。小さな隙を有効に活用し、深くはない浅い傷を何度も私に付けていく。

「ぐっ…!」

「最初は驚いたけど、その体たらくで私を殺せるとでも?」

 再び余裕が生まれてきた異次元妖夢は、いつもの気味が悪い笑みを顔に浮かべ、私たちを挑発してくる。

「本当に剣士がその中にいるのかしら?だとしたら、三流どころの話ではないわね」

 妖夢はすぐに熱くなってしまうタイプで、頭の中に腸が煮えくり返るような怒りが伝わって来る。彼女は前回私を乗っ取るのと、刀を破壊されるのでかなりの魔力を消費した。それにより、無駄なことに魔力を使っている余裕がないため、再度私を乗っ取るようなことは無いと思うが、冷静でいる様にと宥めた。

「もう一つの能力を併用してないと戦えないヘタレに言われたくないぜ」

 数度の剣戟を繰り返すうちに気が付いた。強力な剣術を扱う程度の能力が発動している時には、勇儀の能力が発動していないことに。

 逆に、勇儀の能力を使っている間は、剣術を扱う程度の能力は、妖夢と変わらない程に弱まる。

 なぜ、二つを併用しないのだろうか。強力な剣術を扱う程度の能力と勇儀の能力が合わされば、私などイチコロだろう。もしくは、さらに多くの能力を組み合わせれば、よりこちら側は苦戦したはずだ。そうしなかったのは、ただそれができなかっただと思われる。

 意識を集中して奴を探ると、感じる固有の能力は常時三つ発動している。一つは彼女自身の能力、もう一つは他の能力を使える能力。最後に勇儀の能力だ。

 雷を受けた時のことを思い出す。勇儀の能力が感じられず、空気を読む程度の能力の性質しか感知できなかった。そこから考えるに、奴が持つ二つ目の能力は、一つ分の能力しか発動することができないと推測できる。

 剣術を扱う程度の能力が強力に感じるのは、もう一つの能力で同様の物を選択しているからだろう。

 私の言い返した言葉に腹を立てたのか、なにも返答することなく体の重心を数ミリほど下げると、ほぼノーモーションに近い動作で走り出す。

 回り込むように開いていた距離を走り抜ける。風のような速度に十メートルはあった距離が、数秒も経たぬうちに刀どころか手が届くところまで接近してくる。

 力関係で言えば私は戦うどの相手にも、基本的には劣っている。だから力が強い者の戦い方と言うのを知らない。

 力の強い状態でどれだけ力を込めればいいかわからない私の刃は、異次元妖夢の斬撃を受けても、固定されたボルトのようにピクリとも後退しない。

 しかし、それを逆手に取られ私が跳ねのけて反撃する前に、斬撃している腕に力を込め、体を浮かせて攻撃しながら脇に高速で移動していく。

 魔力で移動方向を制御しているようで、異様な軌道を通って私の後ろへと回り込まれてしまう。その過程で足に一撃、わき腹に一撃。太刀の切れ目を肉体に刻まれ、背中側から肩に観楼剣を突き立てられる。

「あぐっ!?」

 勇儀の様な攻撃力を発揮しているのに、有利に立ち回れないのは剣術に特化しているからだ。妖夢の記憶から剣術のある程度の技術が頭には入っているが、当然ながら能力として剣術が出来ている人物相手には足りない。

 私に突き刺した刀を異次元妖夢は手放すと、背中に蹴りを入れて来る。怪力乱心を持つ程度の能力は発動していなかったが、足を切られていたことで踏ん張りがきかず、前方に転がって倒れ込んだ。

 勇儀が使っていた力の性質を体に含ませたとしても、異次元妖夢のように動くことはできない。ただ力を振り回すだけの能力とはわけが違う。刀の一振りにも技術と経験、知識が詰め込まれている。それがない私は奴を上回ることはできないだろう。

 だが、剣士である奴は剣術に固執する。様々な能力が使えるのに剣を未だに使うのが、それの表れだ。

 もっと柔軟に対応できなければだめだ。奴の知らない私なりの知識を動員し、剣術に組み合わせ、挑まれたことのないようなアクロバティックな方法でなければ、奴を討つことはできない。

 肩から貫通している観楼剣を掴み、力任せに砕き抜く。奴の方向に向き直ると、新たな錆びついた観楼剣を携え、こちらの準備が整うを待っている。

 後手に回ってはやられる。こちらから切りかかってやる。増加した筋力に物を言わせて跳躍し、異次元妖夢に光の魔法を発動しながら切りかかろうとするが、私と異次元妖夢の間に何かが飛来する。

 一メートルを余裕で越える棒状の物体は、視界外からほぼ一瞬で水平に近い角度で地面に突き刺さる。

 その矢には見覚えがある。記憶に探りを入れようとするが、それは遮られた。青い魔力の結晶が霧散した。それには、爆発する性質が含まれている。

 逃げる間もなく青色に煌めいた瞬間。数メートル離れていた私や異次元妖夢のいる位置まで爆発の炎が膨れ上がり、あっという間に飲み込まれた。

 




次の投稿は4/18ですが、遅れる可能性が高いので、7/25と考えていてください!


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東方繋華傷 第百三十三話 三つ巴

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百三十三話をお楽しみください!


序盤は私の妄想を垂れ流しているので、違うと思ってもスルーしてやってください。そういう考えもあると言うだけです。


 人間が作り上げた武器は数多く存在する。原始的な物で言えば刀や槍。近代的で最近発展している物を上げるとしたら銃だろう。

 歴史の中で、武器という物は新たに現れた物に置き換わっていく。木の棒から石の斧。石の斧からは金属の刀。金属の刀からは槍。槍から弓、弓から銃と言った形に変化していく。

 当然、全てが即座に変わるわけではない。前の武器も残り、新たな武器と組み合わせた戦術などが生み出され、活用されていく。

 しかし、最終的に古い物は新しい物に徐々に変わっていくのは、変わりないだろう。その過程で新たな物が選ばれる理由の一つには、威力などもそうなのだが、一番は射程の長さだろう。

 例えば、戦国時代といえば、刀で切り合っているというイメージが強いが、刀ではなく槍で突き合ったり、殴り合っているというのが史実だと聞いたことがある。

 槍の方が有効活用がしやすい、という面で使われていたという物あるだろう。刀では切れ味が悪くなれば切り合いには向かないし、打撲での攻撃を狙おうとしても折れれば有効範囲の狭さに、生存の可能性は絶望だ。

 槍であれば、先の刃の切れ味が無くなったとしても、鈍器として使える。昔の兜なら遠心力を効かせ、威力を十分に発揮できる状態で殴れば、頭蓋を鎧越しに陥没させることも可能だったらしい。

 その射程の長さと、刀よりも活用方法が多い槍だが。使用された理由の大半は、射程の長さによる使用者が感じる恐怖の緩和だと思われる。

 槍である以上は接近戦には変わりない。しかし、刀のように敵の吐息がかかる程に近づき、切り合わなければならないわけではない。

 血走った眼を見開き、唸る獣のような犬歯や歯茎を剥き出しにし、眉を吊り上げた鬼の様な形相を目の前で見れば、気の弱い人間などそれだけで気圧されてしまう。

 士気にもかかわるそう言った精神的な部分で、勝利が左右されないよう戦場は常に新しい射程の長い武器に置き換わる。と、私は思っている。

 いい例が銃と弓だ。銃の射程は数百メートルから、長ければ一キロ先まで届く。狙った的にある程度射撃を集中させることができ、威力も絶大だ。当たり所が悪ければ思考する暇もなくその命を刈り取る。

 それに比べて弓は狙った場所へ飛ばすのに訓練がある程度必要で、飛ばせる距離は銃よりも短い。銃のように、狙った場所に命中させることが難しい中で、一撃で敵を葬ることなどできないだろう。

 そんな銃の下位互換である弓だが、決して悪い部分だけではない。射撃音は出ず、隠密に非常に長けている。そして、弓を十分に使い続けた達人であれば、狙った的に正確に当てることは可能だ。

 しかし、命中力や射程を技術でカバーしたとしても、銃よりも上に行くことができないのは、射程とその速度によるものだろう。

 弾丸の半分も速度が出ず、離れた場所からならその軌道を目で追うこともできる。音が出ないという利点が、それによって死んでいる。

 だが、その理論はただの人間にしか当てはまらない。魔力で速度と射程距離を補助してやれば、上回ることは十分に可能であろう。

 弾丸は基本的に音速を超える速度で飛行する。そうなると肉体に当たったとしても、弾丸の持っているエネルギーを全て敵に伝えきる前に貫通してしまう。

 それに銃で一撃で葬れるのも、当たり所が良ければの話だ。マガジン内に存在する全ての弾丸を敵に与えても、立っていられたというデータもあれば、頭や心臓など、重要な器官を撃ち抜かれなかった場合、適切な処置をすれば80%の割合で被弾者は生存するというデータもある。

 こうなると、射程も速度も補正されている弓の方が銃を上回れる。矢は大きさゆえに被弾者に全てのエネルギーを与えることができ、弾丸よりも圧倒的に重量のある矢であれば、肉体の一部を吹き飛ばすことなど造作もない。

 

 寂れた丘の頂上に佇んだ。雲一つないいい天気で、遠くに見える崩壊した街や、更に離れた場所にある半壊している紅魔館まで一望できる。これが夜でなければ、気持ちのいい快晴に気分が晴れていたことだろう。

 そこに上がり切り、一息ついた。肉体は老いることは無くても、使わない筋肉が衰えることはあるようだ。医者という職業についてからかなりの時間が経過したが、たったこれだけの動きで息が上がってしまった。

 丘を登りながら液体状の飲み薬を服用していたという事もあるが、それにしても衰え過ぎである。そう思いながら手に持っていた小さな小瓶をその場に捨てた。

 数度の深呼吸で肺から全身へと酸素を十分に巡らせ、息を整えた。髪の毛は問題ない、背中側で縛って攻撃の邪魔にはならないようにしてある。

 後ろをついて来ていたウサギが左側から前に回り込み、その身長よりも大きい弓を私に手渡して来る。

 自分が前に出ることなどそうそうないのに、この子たちはよく覚えているものだ。と感心していると、後ろの方からも誰かが歩み寄ってきているのが聞こえた。

 そちらに視線を向けると、矢を入れて置く矢筒をもつウサギがいる。その筒の中から長さが二メートルを超える糸が結び付けられた矢を一本だけ取り出し、左側にいるウサギから弓を受け取った。

 左手で湾曲した弓を握り、湾曲した弓の端から端から伸びる真っすぐに張られた弦に、矢をつがえる。一番後端にある溝に弦をひっかけ、右手の指で固定する。こうしないと構えた時に矢が落ちてしまう。

 私が弓を構えたことで、後方にいた博麗の巫女が何かを言ってくるが、精神統一して集中を高めている私はあえて無視をした。

 大きく息を吐いて精神を落ち着かせる。他の雑念はすべて意識の外へと押し出し、狙う場所を一点に見つめて定める。

 怪我をした全員の治療が終了に差し掛かったところだった。これだけ月明かりがある夜でも、あれだけの雷鳴と光が発生すれば嫌でも目につく。

 新聞屋の河童が使っていたカメラ。あれがフィルムに画像を焼き付ける際に、こちら側に向かって発生する光のような瞬き。音よりも圧倒的にスピードの速い光が私たちの元に届いた。

 光の先にある雲の位置が異様に低く、能力で発生させられたのだと一目で理解した。その雲から伸びてきた雷は空中でスパークを起こし、そこに誰かかもしくは何かがあることを示す。

 丘を登りながら服用した薬には、視力を一時的に上昇させる効果がある。飲んだばかりだったが目を凝らすと、一キロか二キロ先にいる人物たちの姿を捉える。雷であったことで永江衣玖であると推測していたが、その人物とはかけ離れた庭師の姿を確認する。

 庭師はもう死んでいるという情報から、そいつはここの世界の住人だ。視界をずらし、剣士よりも早く落ちて行くもう一人の人物を視界内に納める。

 今は亡き紅魔館のメイドが永遠亭に連れて来た、あの魔女だ。暗闇でも見間違える事無くその特徴を捉えた。金髪に白と黒の魔女の服を身に着け、ボロボロの鞄を肩から下げている。

 永遠亭を襲撃された時、鈴仙を殺された。頬に残っていた打撲痕から、あの魔女ではなく、異次元霊夢がやったと判断できた。

 異次元霊夢はこちら側に侵入すると、永遠亭に真っすぐ向かってきた。永遠亭内では、異次元霊夢の襲撃による死傷者は鈴仙だけだったが、永遠亭の外でウサギが何人かその後死体で見つかった。

 詳しく調べると鈴仙の代わりに置き薬の補充と、代金の回収に向かっていたウサギ達だったことが分かった。その子たちを捕まえ、仲間であるあの魔女の居場所を聞いて助けに来たと、私は考えている。つまるところ、直接的に手を下していないのだろうが、同罪で仇を討たなければならない。

 輝夜に危害を加えようとする人物なら、容赦はしないと考えていた。それは彼女のみに起こる感情だと思っていたが、どうやら違ったようだ。

 長い間、鈴仙と過ごしていたことで、彼女にも情が移っていたらしい。死んだとわかった時の喪失感といったら、まるで自分の身が引き裂かれるような思いだった。

 最終的な目標は博麗の巫女だが、鈴仙が死ぬ理由となったあの魔女も、一緒にこの矢で射抜いてやる。

 弓とつがえた矢を頭よりも高い位置へと掲げ、ゆっくりと焦らずに精神を統一しながら、矢を持つ右手で弦を引き絞りながら胸の位置まで弓矢を下ろしていく。

「………」

 集中が頂点に達し、戦い合っている魔女と剣士しか見えなくなる。周りの音が一切しなくなり、自分の呼吸音と心拍の音だけが耳に届く。

 耳元で鳴る矢で弦を引き絞る音ですら聞こえない。左手で標準を固定し、後は引き金を絞るのと同じ、右手で矢を手放すタイミングを見極めるだけとなった。

 息をするごとに肩が上下に揺れ、標準がぶれる。肺の中に存在する空気を全て吐き切り、口を閉じて呼吸止める。

 呼吸によっても心拍数は増減する。それが無くなったことで心拍数が落ちて行き、左手のブレが無くなっていく。

 あとは経験と勘により、自分で見極めたタイミングで右手を矢から放した。矢に含ませた魔力はほとんどを加速につぎ込んだ。それにより、鈴仙が放つ弾幕と同じぐらいの速度に到達できるだろう。

 結ばれた糸には、弓とは別に大量の爆発する性質の魔力を含ませておいた。着弾と同時に爆発するようにプログラムを組んだため、爆発範囲内にいる者を吹き飛ばせるだろう。

 変形させられた弓が戻る力を利用して矢が放たれるが、通常の矢ではありえない速度で弓から射出される。月明かりや魔力によって青白く見えるのではなく、空気の摩擦熱か温度上昇により赤い弾丸となっている。

 1キロ先への攻撃という事で、地球の自転によるコリオリ力が働いているようだ。実際にはまっすぐ進んでいるが、射撃点からでは段々と脇に逸れて行っているように見えた。

 数百キロという長距離での攻撃というわけではなく、二人のうちどちらかに必ず命中させなければならないわけでもない。近くに落ちさえすれば何でもいい。多少のずれにはこの際目を瞑る。

 ここから矢を放ったことで、あの二人に私たちの居場所がばれてしまうが、奴と戦うのは遅かれ早かれだし、怪我人の治療は大部分が終わっている。逃げられない状態ではない。

「…永琳、何をしているのよ!…怪我人の手当ては終わってるかもしれないけど、戦える状態じゃないのよ!?」

 矢を放った直後の私に、博麗の巫女が言い放つ。回復が早まる薬を体調や怪我の具合から適度に飲ませたが、それの効果が出始めるのはしばらく時間かかる。今すぐに動かすのは難しいかもしれないのは確かだ。

 しかし、

「このタイミングを逃したらいつ遭遇するかわからない。先に殺されでもしたら私が困るわ」

 困惑が声の色調からわかる霊夢にそっちを見ずに返答し、飛行する矢が着弾する前に次の矢を弦につがえた。

 木製の矢と弓が軽く当たると、乾いた小気味いい音が鳴る。それを聞きながら、弓矢を頭上で構える前に振り返った。

「それに、彼女たちに攻撃するのは私だけとは限らないわよ」

 新聞屋から回ってきた情報では、あの魔女に紅魔館のメイドも殺されていると聞いた。紅魔館の現在の主を、私がやっていることを止めようとしている霊夢越しに見た。

 身内が殺されているとなれば、彼女たちも動くことだろう。そうなれば、私としても博麗の巫女に邪魔をされず、戦いやすい。

 仲間と言うよりも、一緒に住んでいる分だけ家族という存在に近いメイドを殺された現在の主は、私の予想する動きや解答とはかけ離れた返事を返して来る。

「そうね」

 ただそれだけ。動こうとせず、戦う意志が全く見られない。昔の様子を見たことはあるが、気が触れているという周りの評価にそぐわない様子だった。しかし、今の冷静さを欠かない雰囲気から、その部分を刺激すれば私のように復讐に躍起になるかと思ったが、どうやら当てが外れた。ある意味いかれているのは変わらなかったのだろうか。

「家族同然の者を殺されたというのに、冷たいのね」

「私の目標は別にいる。意味のないことはしないわ」

 後ろに控えている門番や、連れられているメイド達が少なからず動揺しているのが肩越しに見える。今の回答は部下たちでさえ意外な物だったらしい。

 そうこうしている間に、最初の矢が剣士と魔女のいる場所に到達したようだ。山なりに放った矢が落下していく。向き合い、あと数秒も経過すれば刀で切り合っていただろう二人の間に突き刺さった。

 動きが止まると同時に糸に含ませておいた魔力が、プログラム通りに起動する。爆発の性質を含ませていたことで青い炎が膨れ上がり、二人を飲み込んだ。

 複雑な表情をして佇む博麗の巫女、その奥の吸血鬼から目を離し、私は射撃の体勢へと入る。また止めようとしても無駄だ。矢があの二人を撃ち抜いて殺すまで、これをやめるつもりはない。

 爆発の衝撃で舞い上げられた砂塵が着弾地点の周囲に滞留し、吹き飛ばした二人の姿を霞ませる。動いているのが魔女か剣士なのか、それともただの草なのか判別できない。

 まあいい。それが草なのか人間なのかは、撃ち抜けばわかることだ。

 爆発地点にいる本人たちは、未だに何が起こったのか理解できていないだろう。それでも矢の方向から、射手がどの方向にいるかは特定したはずだ。このまま畳みかける。

 粉塵が舞い上がったままの戦地に向け、第二射となる矢をつがえた弓を掲げ、力いっぱい引き絞った。

 

 

「かはっ…ごほっ…!」

 胸に激痛が走り続けていて、自分では気が付いていなかったが潰れているのではないかと思うほどだ。実際にはそこまでいかなくても、ろっ骨が数本折れた程度で済んだ。

 普通の人間なら肋骨の骨折は、その程度で済ませられる怪我ではないが、今の私にはその程度で済ませられる。魔力で回復を図ると、息をするごとに刺すような痛みの種であった骨折が治っていく。

 亀裂または骨折により、皮膚を突き破っていた骨が体の中に納まっていき、皮膚がその上から露出した筋肉と骨を包み込む。

「……ふぅ…」

 折れた骨によって、肺の中と体の外がつながっていたようだ。どおりで息を吸い込んでも肺が一杯にならないわけだ。

 少し咳き込むと唾液に鉄の味が混じる。いくら傷を回復させられるとしても、組織からしみ出した血液まで体内に戻すことは不可能だ。今のうちに肺の中にある血液を、ある程度は吐き出しておこう。

 数度咳き込んでいるうちに、口の中に広がる血の味が前段階で出された血なのか、今咳き込んで出された物なのかわからなくなってくる。このままでは際限なくやってしまうため、切り上げることにする。

 砂塵が舞い上げられ、視界は一寸先すら靄がかかっている。目で異次元妖夢をこの煙の中から探し出すのは困難どころではない。音で探ろうと耳に集中しても、爆音によって耳鳴りがしていて、周りの音が一切聞こえてこない。

 これでは奴に切ってくださいと、体を差し出しているようなものだ。耳に集中して魔力を送り、聴力の回復を促す。

 異次元妖夢は立ち止まっていたことで、爆発物までの距離が遠かった。誤差程度かもしれないが、私よりも軽傷で済んでいるはずだ。体勢を立て直し、爆発を受けた時の方向から私の居場所を探っていることが容易に想像できる。

「……」

 見通しが悪く、耳が聞こえない中で焦りが募り、動き出さなければならない衝動に駆られるが、こういう時こそ落ち着いてギリギリまで療養するに限る。

 周りの警戒は当然怠らないが、私と異次元妖夢をまとめて攻撃してきた人物を頭の片隅で思い浮かべた。

 いったい誰が私たちの邪魔をしたなど、魔力の性質で探りを入れなくてもわかる。あの古臭い矢、刀や盾を主軸として戦う鴉天狗たちでさえ使わない。

 矢を放ってきたのは、永琳だ。異次元鈴仙の話では、ここの世界にいた彼女はすでに殺されているらしい。それを信用するのであれば、攻撃してきたのは私たちの世界にいた者で間違いないだろう。

 間違いないはずなのだが、弓矢と言うのは飛距離は数百メートルにもなるが、致命傷を与えられるのは数十メートルという短い距離だ。私たちを確実に殺したいのであれば、最低でも八十メートルぐらいまでは接近していたと思う。

 魔力で飛距離を伸ばすこともできるだろうが、五メートル離れていた異次元妖夢まで爆発の炎に巻き込まれていた。あれだけの威力なら、矢に含ませた魔力全てを爆発に回しているだろう。

 そう結論を付けるが、空に蹴り上げられた時、付近に人影は見えなかったのが謎だ。少し離れた位置から来たとしても、異次元妖夢の雷を見てからであるのならもう少し時間がかかってもいいはずだ。

 永琳のいる方向はわかるが、距離がわからない。煙で私たちの姿が見えないから、次の矢を射ることは無いと思うが、射ってきた場合はそう何度も爆発に巻き込まれてなど居られない。

 上から見た感じでは、矢が飛んできた方向は長いなだらかな丘が続いていたはずだ。かなりの距離で、私たちがいる場所よりも位置が高い。

 大げさに言えば見下ろされる形になっているため、射撃でも飛距離が伸びたのだろう。そのどこかにいるとして、ここらは見渡す限り荒れ地が続いている。

 弓による攻撃をこれ以上受けたくないのであれば、反対側の森側へと煙に紛れながら逃げるのが吉だ。

「…」

 だが、異次元妖夢が私と同じ考えかはわからないのが、問題と言える。今ので邪魔だと判断され、森に私が進んでいるのに、永琳がいるであろう方向に向かわれては困る。

 その場に留まり、爆発によって機能しなくなっている感覚器官の回復に勤しんでいると、ほんのわずかに煙が晴れてきたように見えた。

「…」

 視界が広がれば異次元妖夢を見つけ出すこともできるだろうが、こちらから見えているという事は、向こうからも見えているという事になる。聴覚的に不利であるため、もう少しこの場に待機しよう。

 そう思って腰を下げようとした時、徐々に回復に向かっていた聴覚が働き、後方で草をかき分ける小さな音を情報として脳に提供する。

「っ!!」

 手に握ったままだった観楼剣を振り向きざまに振り切ろうとするが、予想よりも至近距離に迫っていた異次元妖夢の観楼剣が、私の胸を貫こうと急接近してくる。

 体を屈ませて避ける時間は無い。伸びてきている得物の側面を自分の武器で叩き、軌道を大きく逸らせようとするが、一歩遅かった。

 心臓は狙っていないが、腕を切り落とされても再生することから、重要な器官や血管にさえ当たらなければいいという考えが見え見えである。

 下から撃ち上げることになり、肋骨の一部と左肩の鎖骨を砕いて刀が背中側まで貫通する。戦闘のさなかという事でアドレナリンが分泌され、感覚が麻痺してしまっているのだろう。じんわりとした鈍い痛みが広がる。

「ぐっ…!!」

 柄を両手で握っていたが動く右手を離し、至近距離にいる異次元妖夢に殴りかかる。勇儀のような力を発揮してはいるが、刺した刀を残したまま身を翻して去った奴に当たることは無い。

 強力な正拳突きによって発生した強風が吹き荒れ、舞っていた砂塵を吹き飛ばし、異次元妖夢は風の流れに乗って後方に大きく下がった。

 私が下から殴りつけた事で刀の向きが大きく変わり、刃が上を向いている状態で肩を刺されたようだ。血液が壁面を伝って鍔から滴っているその刀の柄を握り、引き抜くのではなく上に切り進ませた。

 今の段階で地面に着地してしまっている異次元妖夢が、再度攻撃をしかけてこようとするまでの短時間で、自分の腕よりも長い刀を体から引き抜くのは難しい。

 傷は大きくなってしまって、多くの出血をしてしまうが、私には問題ない。すぐさま左肩に魔力を集中させ、むき出しになった肋骨と鎖骨の修復にかかる。

 血まみれの錆びついた刀を、体勢を立て直しかけている異次元妖夢へ投擲する。二度目という事もあり、奴は余裕の笑みを浮かべたまま大きく体を動かすことなくすり抜けた。

 勇儀の力という規格の攻撃に、目が慣れてきたから出来た。というわけではない。私が意図的に力を余り込めずに投げたのだ。

 手元にスキマを作り出し、錆びついた観楼剣を取り出しながら走り出した。その奴に向け射撃するように手のひらを向け、手先に魔力を集中させる。

 淡青色の淡い光が発生し始めたことで、レーザーでも放つのかと走りながらも観楼剣を構えた奴は、予想外の方向から痛みを感じたことだろう。

 手先の魔力には強力な磁力の性質を含ませており、後方に投げていた観楼剣をこちら側へと引き寄せた。

 引き寄せられて刺さった観楼剣は、目標の人物よりも後方に位置しているため、その過程に存在している敵の持つ観楼剣も引き寄せられる。が、しっかりと握り込まれていたことで、私の方に飛ばされてくることは無かった。

 その代わりに離れた地面か木に刺さるはずだった、空中で固定もされていない刀が猛スピードで異次元妖夢の背中に突き刺さる。

「なぁ!?」

 完全に意識の及んでいない方向からの攻撃に、得物を握る手が緩んだのだろう。磁力に引き寄せられ、錆びついた観楼剣が遅れてこちらに向かって飛んでくる。

 異次元妖夢が咄嗟に離さないよう、すっぽ抜ける刀に力を加えたのだろう。おかしな回転をしながら飛んでくる観楼剣を掴み取った。

 綺麗に切られたことで再生が速く、痛みの制限が余りない左手で柄を握り込んだ。タイミングが悪かったようで、逆手に掴んでしまった。残念ながらそれを持ち替えている暇はない。

 磁場を発生させている物体に近づけば近づくほど、引き寄せる力は強くなる。背中に刺さった刀も例外なく、強くなっていく磁力に引かれ続け、異次元妖夢ごとこちらに突っ込んでくる。

 新たな刀をスキマの能力で引き出している暇もなかったようだ。空中で隙を大きくされしている異次元妖夢の腹部を、逆手に握った観楼剣で切り裂いた。

 鮮血がパッと弾け、ようやく手に持った得物から肉体を切り裂いた手ごたえを感じた。磁力の性質を止め、奴の下をくぐり抜ける。

 切られ、磁力の力が中途半端になくなったことで、空中でバランスを崩したままの異次元妖夢が地面に転げ落ちた。背中に刺さった観楼剣がそれ以上体に深く刺さらないよう、受け身とをったようだ。

 最小限に切られ、刺された異次元妖夢は軽やかな動作で起き上がると、こちらに振り返る。背中側に手を伸ばし、器用に刃で指を切る事無く刀を引き抜いた。

「クスッ………前とは、少し違うってわけね」

 刀を引き抜く際に指にこびり付いた私と異次元妖夢の混じった血を、親指の部分だけべろりと舐める。自分の元に帰って来た観楼剣を片手で握り込むと、グッと重心を下げる。

 飛びかかろうとしているのは見て取れるが、怪力乱心を持つ程度の能力が発動していることで、速度が異常にでるはずだ。十メートルまでとはいかないが、ある程度の距離はおいている。それでも一瞬でここまで到達する距離感だ。

 呼吸から、体の動き、足の筋肉の収縮と弛緩などを読み取り、飛びだすタイミングを計らなければならない。

 血に染まる真っ赤な刀身を握りしめる異次元妖夢の呼吸が、平常時よりもごくわずかに深くなる。これは来る。私も無意識のうちに柄を握る手に力が籠る。

 砂煙が薄まってきて、若干視界がきくようになってきた異次元妖夢の後方に、空から落下して来た二メートルを優に超える大きな矢が、大気を焦がす真っ赤な色で地面に深々と突き刺さる。

「「っ……!!」」

 異次元妖夢だけでなく、私も攻撃と防御のタイミングをずらされ、体が硬直する。脳裏にあの爆発が横切り、自分の前に爆風と衝撃を防ぐ結界を作り出そうとするが、初撃とは違って爆発の性質は含まれていない。

 代わりに、地面に突き刺さっている本物の矢を魔力で再現した矢でできた雨が、異次元妖夢だけでなく、離れている私の位置にまで遅れて降り注ぐ。

 総合的な数で言えば数百はくだらない。パッと見たところ天文学的数の、大量の矢が私たちの元に高速で降下してきた。

 本物と違って形の形成に魔力を使っている分だけスピードは遅いが、その数の多さは私にとっては致命的だ。

 上空からの攻撃など考えてもおらず、爆発を防ぐために体の前に結界を形成しようとしていたことで、作り出したものが使い物にならなくなる。

 できるだけ矢に当たらないよう、体を丸めて地面に伏せるが、左足と背中に衝撃が走る。背中から突き刺さった矢は貫通するには至らなかったが、脹脛を貫いた矢の先が地面に食い込んだ。

 激しい攻撃に耐えられなかった結界は、亀裂が全体に広がり、隣で崩壊していく。その奥には、一発の矢も当たる事無く全て断ち切った異次元妖夢が、霧散していく魔力の塵の中に立っている。

 今、ここで攻め込まれたら、何の対抗もできない。足に突き刺さっている魔力の矢を、私の魔力で不安定にさせ、塵として消滅させる。

 飛び起きて異次元妖夢の方向を向き直ると、こちらではなく矢が飛んできた方向に目を向けている。

「邪魔ね…」

 そう呟くと、永琳がいるであろう方向へと走り出した。どれだけ離れた場所に居るかは掴んでいないが、後方で支援しているであろう彼女が前線で戦うという事はほぼない。

 それをしているという事は、異次元妖夢が彼女に何かしたのか。私が何かをしたという事になっていると考えられる。

 後方支援に徹している彼女は、最初から私たちが目的ではなかったはずだ。それがタイミングが悪く目標が姿を晒してしまった。だから攻撃を仕掛けてきたのだろう。

 彼女が攻撃をしてくるという事自体は、なんとなく身に覚えがあるから仕方のない事だが、問題はその周囲に霊夢がいることだ。

 おそらく私が撃ち殺した異次元早苗によって、霊夢が率いている者の中でけが人が出たから医者が来ている。

 そこから永琳を霊夢は一人で行動させることはしないはずだ。だから、絶対にその方向には霊夢がいる。そっちの方に異次元妖夢を行かせてはならない。

 手先に魔力を溜め、レーザーへと変換する。奴の進行方向を薙ぎ払うが、器用に下をくぐり抜けられ、突破される。

「くそっ…!」

 私も地面に大量に刺さった矢を除けながら走り出すが、まるで水のようにそれらをすり抜ける異次元妖夢に追いつけるわけもなく、どんどんその距離を放されていく。

 手に持った観楼剣に、奴を追尾する性質を与え、勇儀の力を使ったまま投げつけた。そのまま飛んで行けば、異次元妖夢の頭上を通り過ぎて行く軌道を描いていただろうが、性質によりおかしな力が働いた軌道を取る。

 鬼の力という事もあり、砂煙を吹き飛ばし、煙を地面から舞い上げる速度で異次元妖夢へと向かう。

 物が高速で移動すると出る唸り声が響き、奴がそれに気が付かないわけがない。走りながら後方を振り返ると、手に握る観楼剣で弾きあげる。

 火花を散らす刀は力に耐えられずどちらも粉々に砕け散り、奴に攻撃が届くことは無かったが、一瞬でも足止めできればそれでいい。

 十数メートル先にいる異次元妖夢の足元に魔力を配置。結界の性質を与え、一辺が二メートルずつある正方形の結界で奴を捕縛する。

 当然ながらこんな紙同然の弱々しい結界程度、異次元妖夢は突破できる。スキマの中から観楼剣を抜刀し、同時に四度の斬撃。

 結界が原形を留められない程に切り刻まれ、バラバラになって崩れ落ちていく。その過程で普通なら、形を保てず結界の破片は塵となって崩壊していくはずだが、切られることが前提となっている結界の切れ端はそれを起こさない。

 プログラムが起動し、薄っぺらな結界の破片が赤く輝くと、真っ赤な炎を膨れ上がらせ爆発を引き起こした。

 爆発の炎で加熱された熱風と衝撃波が押し寄せてくるが、離れていたことで体が倒れるほどの衝撃は無い。結界に魔力を持って行かれた分だけ、爆発の威力は抑えめであるが、動きを止めるのには十分だったようだ。

 再度舞い上がった砂煙の中で、うっすらと異次元妖夢が観楼剣を杖にして起き上がっているシュルエットがみえる。それに向け、今度は私が奴に接近し、刀での突きを放つ。

 結界に使われていた魔力全てが爆発に使われたわけではなく、一部はその形状を保つようにしておいた。それにより、爆発の衝撃で切り裂かれる以上に細かくなった結界の一部が飛び散り、異次元妖夢に怪我を負わせられたようだ。

 爆発自体で殺すわけではなく、それによってまき散らされる破片により、殺傷力を上げる手榴弾と同じ原理だ。

 体の所々から出血しているが、太刀筋は変わらずに私の突きはやすやすと弾かれてしまう。しかし、放つ斬撃にキレがない。

 奴が他にどんな力を保有しているかわからない。傷を治されて攻撃がいつものキレに戻る前に、畳みかける。

 弾かれた刀を腕力で制御し、横に薙ぎ払おうとした。それに対応しようとしている異次元妖夢のはるか後方で、真っ赤に光る矢が放たれたことを示す、赤い流星が丘の上から空に飛翔する。

「っ…!」

 魔力に意識を向けると爆発ではなく、魔力で大量の複製を周りに発生させる性質があるようで、矢が放たれた直後から複製を開始。ものの数秒で一本が数百本へと数を変える。

 雨、もしくは壁とも言える。表現はどうでもいいが、向かっている矢の量はそれらと言っても過大にはならないだろう。

 数で言えば一度目の倍はありそうだ。自分に向かって来るものだけをカウントしたとしても、数十本はくだらない。それをすべて叩き落せるだけの技量は私にはない。

 あと数秒であの雨が到達するというのに、切り合っている状況を長く続けるわけにはいかない。二度刀を交えた後、奴の攻撃を勇儀の力を使って大きく弾き返した。

奴がどう攻撃を受け流して体勢を立て直すことには目もくれず。大きく後方へ下がり、矢では貫けない強固な結界を周りに形成した。

 その段階でようやく異次元妖夢は、自分たちに向けて大量の矢が迫ってきていることに気が付いたようだ。

 そうだというのに落ち着いた様子を崩さないのは、奴ならばあれだけの量があったとしても、余裕で潜り抜けるだろう。

 結界の中で息を整えようとしていると、本物の矢が私たちの元へと先に到達する。異次元妖夢は後方から来ている飛来物を、見ずに気配だけで切り落とす。

 急激に失速した矢はガクンと地面の方に軌道を変え、木の特徴的な乾いた音を立てて地面に落ちた。本物よりもスピードの遅い魔力の矢は、あと数秒でここら一帯を針地獄にする。雨が終わったタイミングを間違えぬよう、状況把握を怠らない。

 異次元妖夢がまた私を無視して霊夢達の方向へ向かわれると、次は止められる自信がない。これだけの腕を持っている奴に、そう何度も同じ手は食わないし、アイデアも無限に湧いて出るわけではない。

 奴がどういう行動に出てもいいように、奴を観察していると、スカートにあるポケットの中に手を忍ばせ、中身を取り出した。

 その手に握られているのはスペルカード。濃密な魔力を回路へと流し込み、眠っていたシステムを起動させている。

 錆びついた観楼剣で左右対称の真っ二つにカードを切り裂くと、今までとは比べ物にならない高濃度で、様々な性質を持っている魔力が異次元妖夢の全身へと広がる。

「っ!!」

 これから何をしようにも、私は異次元妖夢のスペルカードを阻止することはできない。矢から逃れようとするあまり、この小さな檻の中に自分自身を閉じ込めてしまった事が仇となった。

 切った格好から、組まれたプログラム通りの動きで、放つ技の体勢へと移っていく。座る程に低くく構えた異次元妖夢が一気に地面を蹴り、跳躍する。滑るような跳躍の速度に、視界から異次元妖夢の姿を見失った。

 そして、気が付いた。

 奴の姿を確認できないのも当たり前だ。既に視界内には存在しておらず、結界ごと私を断ち切って後方に着地している。

 守ることしか役目を持っていない結界は、それを遂行することができず塵となって崩壊していく。腹部に受けた横に一閃の斬撃は、深々と肉体を切り裂いていた。どれほどかは、腹部を押さえなければ内臓が零れ落ちてしまうほどには深い。

 腹部を抑えることはできたが体から力が抜け、膝を地面に付いた。その私に異次元妖夢の攻撃は、まだまだこれからだと知る呟きが聞こえてくる。

「人鬼『未来永劫斬』」

 




次の投稿は7/25の予定です。遅れる場合は8/1になると思います。


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東方繋華傷 第百三十四話 轟く雷光、裂く斬撃

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百三十四話をお楽しみください!


 強い浮遊感は、自分の体が宙を舞っていることを物語っている。魔力を使っての飛行や、鳥が空を飛ぶ優雅な物とは違う。自分で意図的にやるのではない、他の第三者から強制的にやらされている。

 やらされているだと、他人に言われて自分が従ってやっているように聞こえるが、ここではそう言う事ではない。

 地上から五メートル程の高さに打ち上げられた。体の体勢を立て直す暇もなく、上か下か右か左か、後ろか前かもわからない方から斬撃を受ける。

 空中に魔力での足場をいくつも作り、私にスペルカードを放っている異次元妖夢は、そこを駆け回って跳躍して来ているようだ。

 上から、左から、正面から、右から、上から、後ろから、下から。切られるごとに体勢が大きく変わり、方向感覚がめちゃくちゃになっていく。自分を視点にしていることで、本当の方向はわからない。

 空に打ち上げられる前の横凪の攻撃によって、すでに体の感覚が麻痺してしまっていたのだろうか。10を超える攻撃だったというのに、痛みをあまり感じていない。

 脳の防御機構が働いているのか、喜ばしい事ではない。そうならなければ、意識を維持できない状態という事が言える。

 斬撃だけで体がその高度を維持し続けているというのも、奴の攻撃の強さをよく表している。

「あああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 痛みをあまり感じなくても自然と口からは絶叫が零れてしまうのは、異物が体を切り裂いている恐怖からだろうか。脳ではなく、体が感じている痛みからだろうか。

 喉の奥から膨れ上がって来た物か、傷つけられた体から漏れた物かわからない血液が飛散する。

 最後に後方から突っ込んで来た異次元妖夢に、背中から腹部を切り裂かれた。体がぐんっと持ち上がり、視界の中央には正円の月がどでかく映る。

 月が見えたことで方向を理解するが、それと重なるように上段に観楼剣を構えていた奴が、硬質化した魔力の足場からこちらに向かって跳躍してくる。

 攻撃される過程で、魔力で作っていた観楼剣は破壊されてしまっていたようだ。半ばから折れている。

 無いよりはマシの得物を構えて防御態勢に入ろうとしたが、十センチも刃渡りのない折れた刀では、その場しのぎもいいところだ。

 折られた面からは、形状が維持できないことを示す魔力の塵が散失している。魔力で補強したいところだが、そんなことをしている暇はない。

 脳が感じていなくても、身体には確実にダメージが刻まれており、数センチ動かすのにも指先が震えてままならない。

 それでも折れた刀を、異次元妖夢の得物を振り降ろそうとする軌道上へと移動させることはできた。苦労して行われた行動だが、無駄な足掻きだったと直後に知らしめられた。

 折れて耐久性能が大幅に低下していた観楼剣は、奴の持っている刀よりも脆く、十センチの刃を半ばからそのまた半分に砕かれた。

 胸へと叩き込まれた斬撃により、地上へと向けて切り飛ばされてしまう。どんな形であれ、もし自分が地面に向かって降りるとしたら、出すことは無いスピードで落下した。

 その速度たるや地面を衝撃で割る程だ。背中側が地面にめり込み、湿った土を捲り返す。当然、斬撃と衝撃に打ちのめされ、すぐに動き出せるわけがない。

 十を優に超える斬撃を、本物の矢が来てから、魔力で作られた矢の雨が降り注ぐ前に叩き込まれることになり、私は矢が刺さっていない地面に横たわっている。それが意味するのは、斬撃により精神的ではなく骨格的に動かない体に鞭を打ち、降って来る矢を迎え打たなければならないという事だ。

「あ…………ぐっ………!」

 雨の様な密度で迫ってきている矢。それから身を守るために結界を張るなり、魔力の衝撃で吹き飛ばすなりしなければならないが、体に力が入らない。

 腕を上げることも、上体を起こすことどころか、指先の一本すらまともに動かすことができない。まるで人形の体に自信が乗り移ってしまったかのようだ。

「…う………ぁ……っ………」

 あと数秒このまま放置されていれば、魔力で作られた矢に体を撃ち抜かれる。どうにかして行動を起こさなければならない。

 落下してきている矢が見えていた視界半分が、何の前触れもなく赤く染まっていく。いや、前触れはあった。他の傷が深すぎて、顔を切られてしまっているのに気が付けなかった。額から流れ出て来た血液が、眉やまつ毛を通り抜けて瞼の内側へ侵入した。

 瞳周囲にある水分の量が通常よりも多い。涙をためている時と同じく余計な光の屈折を起こし、視界が歪む。

 その歪む視界の端で、考えなくてもわかる人物が映り込む。喉元に傷があり、白髪おかっぱの異次元妖夢だ。

 倒れている私の傍らでしゃがみ込んでくると、首元に手を伸ばしてわざわざ背中側の項を掴んでくる。正面から首を握られるほどの苦しさは無いが、圧迫感があるのには変わりない。

「あ……か…っ………」

 何をしようとしているのかは、すぐに理解させられる。怪力乱心を持つ程度の能力により、軽々しく私の体は中空に持ち上げられた。

 射られた大量の矢と、正面から向き合うように掲げられた。奴は私を盾として使うつもりだ。飛んできている矢は、すさまじい速度で飛んできた本物と比べても大した威力ではない。

 だが、それは数が揃って、私が重症とも言える怪我を負っていなければの話だ。タイムリミットとなり、辺りに大量の矢が降り注ぎ始める。

 本物よりも遅いと言っても、それなりのスピードは出ていて、威力がないと言ったのも本物と比べればだ。腕や足など細い器官であれば簡単に貫通することだろう。

 これだけ大量の矢が長距離飛行して来れば、風の影響や飛んでいる塵、そう言ったものに影響され、矢もまっすぐには飛ばなかったのだろう。

 いくつか空中衝突を起こし、異次元妖夢のスペルカードで打ち上げられるよりも前よりは数が減っている印象だが、数が減っていても誤差程度だ。

 降り注ぐ矢の雨に晒され、左腕の二の腕、肩、足の膝、腹部に二本。顔には前歯をへし折り、上顎の肉を削ぎながら喉を貫き、後頭部まで貫通した。

 喉の奥では脳から体につながる重要な器官があるが、空中衝突で軌道が逸れた矢だったという事もあり、他の矢よりも斜めに抉り込んでくる。

 それが幸いして重要器官を傷つけることは無かったが、頭という器官を撃ち抜かれたことで精神的ショックも、運動エネルギーによる衝撃も大きい。

「あがっ…あああああああああっ!!」

 鈍い体を貫く痛みに喉から絶叫が迸る。捻りだされた私の声を愉しむように、異次元妖夢の楽し気で不快な笑い声が耳元で発せられる。

「大人しく、ここで待っててもらおうかしら」

 そう呟くと、ぐったりと異次元妖夢の掴んでいる手にぶら下がる私を、本当に生かすつもりがあるのかと疑いたくなるほど雑に投げ捨てた。

 仰向けで倒れ込んだことで、体に刺さった矢がさらに深く抉り込んでいくことは無かったが、ほぼ全てが貫通しかけているからそう変わらない。

「ぐ……ぅ……」

「あそこにいる邪魔者を殺して来るわ。楽しい楽しい殺し合いを邪魔されたくないもの」

「や……め……っ…!」

 こいつが永琳を殺しただけで殺戮をやめる物か。最後の一人を殺すか、自分が死ぬまで駆けずりまわるだろう。

 霊夢が簡単に殺されるわけがないのはわかっている。それでも絶対に殺されないとも言い切れない。

 彼女が弱いと言っているわけではないが、固有の能力が一人一つという世界で戦っていたため、複数の能力を使用するという前代未聞の能力を持っている異次元妖夢に、対抗できるのか謎である。

 今回については順々に相手にするでのは無く、同時だ。殺されず、慣れるまでに時間がかかったとして、彼女が無事だったとしても、周りに及ぼす被害は甚大となるだろう。ここで人的な被害を被り、生存率を下げるのは好ましくない。

 色々な理由を付けているが、そう言ったものよりも奴を行かせたくないというのは、感情的な部分が大きい。大切な人のそばに、こんなイかれた奴を向かわせたくないという単純なものだ。

「ふざ…け…るんじゃ……ない……!そっち…には………いかせ…ない…ぜ……!!」

 怒りに身を任せ、体のどこでもいいから起き上がるために躍動させる。無駄だとわかっていても、そうせずにはいられなかった。

 スペルカードの斬撃と矢によってあらゆる部位が損傷し、起き上がることが物理的に不可能だとなんとなく悟っていた。

 しかし、回復が間に合っていないはずの肉体が、少しずつ地面から離れ出す。ズタズタに切り裂かれた左腕が、数センチを何秒も時間をかけて持ち上がる。

「へえ、まだ動けるのね。他の世界のあなたなら…今頃動くことなくそのまま絶命してたのに」

 彼女はそう呟くと、自分の傍らに小さなスキマを作り出した。奴の手にはすでに得物がある。それなのに出したという事は、目的は新たな観楼剣を取り出すことではないだろう。

 痙攣する左腕を、ようやく異次元妖夢の胸元に標準を合わせられた。指先に魔力が集まり、あと数秒もすればレーザーを射撃できるという段階まで来た瞬間、佇んでその光景を見下ろしていた奴が口角を上げて嗤った。

 矢が飛来した時と同じ、何かが空気を切り裂くヒュッという音が、金属が地面に高速でぶつかった甲高い音にかき消された。

 音は二つ、いずれも全く同じもの。違うのは地面に刺さった角度と、どこを通過して来たかだ。一本は手の平を斜めに貫き、もう一本は指を切り落としながら、肘窩から皮膚を貫いて肉体に侵入し、地面に突き刺さった。

 まるで蝶々の標本を、針で貼り付けにしたような光景が出来上がる。観楼剣で貫かれたことで手先に来ていた魔力をそのまま保持できず、塵となって霧散させてしまう。

「あああああっ………!!………くっ…あぁぁっ!!」

 苦しむ私を見て高揚感を覚えているらしく、上気した顔でさらに数度、観楼剣をスキマから放ってきた。

「あっ…がっ…!!」

 喉を裂き、腹部を穿つ。錆びついた刀が身体を傷つけるたび、口からは弱々しく悲鳴が漏れる。激痛を示す情報が頭の中に殺到し、脳がパンクしそうだ。

 意識を保つので精一杯で、迎撃をすることに気を回している余裕のない私に背を向けると、異次元妖夢は走り去った。

 

 

「…来るわよ」

 これからあの狂人との戦いが始まるという戦意の喪失を防ぐため、見れば誰でもわかることだが、改めて言い直した。

「わかってる」

 私の隣に立っているのは、迫ってきている異次元妖夢を呼び寄せた張本人である永琳は短く返答し、引き絞った矢を奴へ向けて放った。

 摩擦熱で赤い光をおぼろげに発するほどに加速する矢を、異次元妖夢はことごとく躱し、観楼剣で切り裂いた。

 複製で数百本にまで増えた魔力の矢も、物ともせずに突破。鬼神の如き技量と走力で、移動しながらもすべて叩き落された。

 数百メートルあった距離は、みるみるうちに百メートルを切り、輪郭から表情、髪の毛の靡きまで認識できるほどに接近する。

 弾幕の射程距離に入り、天狗や鬼たちの魔力による弾幕と、河童たちの銃の弾丸による弾幕が展開される。

 弾幕が増えたことでお互いの攻撃がぶつかり合い、打ち消し合ってしまうが、総合的には量が増えていることには変わりない。しかし、そのいずれにも異次元妖夢に当たる物は一つもない。

 両手に所持していた錆びついた観楼剣を走りながら振りかぶり、こちらに向けて投擲した。魔力を使えているとは言え、投げられた物体に直撃した人物が、致命傷を負うほどに距離が詰まって来た。

 隣にいた河童の胸を貫き、離れた位置にいる盾を構えて防御態勢が整っていた白狼天狗の頭を貫通する。

 頭を貫かれた白狼天狗はもう助からない。即死だ。額を正面から貫通し、後頭部から切先が挨拶している。頭が後方に傾き、胴体と頭をつなぐ首の骨が衝撃に耐えられず、へし折れた。喉からピンク色に染まった骨が露出している。

 隣に立っていた河童は胸部を貫かれてはいるが、胸の前で構えていた銃がストッパーとなり、比較的に傷が浅い。主要な血管の通っている位置でもなく軽傷だ。

 遠くでぐらりと体が後ろに倒れていく白狼天狗を横目に、隣で胸元を押さえようとしている河童の観楼剣に手を伸ばした。

 刃物は刺された場合は引き抜くものではないが、傷が浅く近くには医者もいる。迷いなく観楼剣を引き抜いた。体内に抉り込んだ角度のまま、まっすぐに引き抜いたことで、傷の広がりはない。

 赤黒い血の付着している観楼剣を、妖怪退治用の針を投げる要領で、異次元妖夢の元へと投擲した。

 やはり針と刀では、大きさも空気抵抗のかかり方も、重心も違う。真っすぐには飛んで行かず、滅茶苦茶に回転して飛んでいく。

 多少外れたが、概ね狙い通りの場所へと飛んでいく。軌道から見るに、当たれば異次元妖夢の肩に刺さるか、切り裂きそうだ。

 それだけでは終わらず、札と妖怪退治用の針を袖の中から引き抜き、観楼剣に続いて投げ放つ。しかし、そのどれにも期待はしていない。こんな飛び道具が当たってくれるような連中ではない。

 当然だが観楼剣は下から振り上げられた得物に弾かれ、魔力で縦横無尽に飛び回っていた札や、散弾のように複数で向かっていた針は、一つ残らず内部の断面を外界へと露出することになる。

 小傘が鍛えた針でも、奴の刃が入ればたちまち豆腐のように断ち切れてしまう。反則的な切れ味だ。しかも、これが錆びついて、切れ味が低下している刀だという所に驚きを隠せない。

 なんとなくの表情だけでなく、瞳の動きや嗤う唇の奥で蠢く舌の動きまで読み取れる。ここまで来れば、十メートルも距離がないことがわかる。それなのに、私は目の前の戦闘に集中できずにいた。

 狂気の光が宿る異次元妖夢の奥で、豆粒ほどに小さくしか見えないあの魔女が、地面に横たわっているのが見えた。

 スペルカードで切り刻まれ、矢で射抜かれる。その光景を見ているだけで、苛立ちを押さえられなくなっていた。

「…」

 だめだ。集中しなければならない。お祓い棒を握り直し、肩を回して肩甲骨の周りにある筋肉を解した。重心を下げ、走り出そうと地面を踏ん張る。

 私の横では永琳が距離的に今回で最後となる攻撃をしようと、掲げた弓矢をギリギリと音を立てて引き絞っている。緊張で荒くなっていた呼吸が、弓を握る右手を安定させた途端に落ち着いていく。

 彼女の呼吸が止まり、矢を放つのには悪条件な動作をできるだけ削ぎ落し、伸ばした腕を数ミリもズラすことなく標準を定めた。

 弓矢という原始的な武器だったとしても、十メートル未満の短距離で放たれれば、どんな生物でさえ反応することはできないだろう。それが魔力によって加速された矢であれば、可能性は限りなくゼロに近かっただろう。

 だが、まるで奴と私達では、流れている時間が違うかのようだ。金属の鏃が付いた矢の先端に刃を交えると、先から末端まで一直線に切り裂いた。

 何だろうかこの感覚。どこかで体験した覚えがある。まるで、咲夜が持つ固有の能力を発動されているかのようだ。

 真っ二つになったことで、その矢の間には空間ができる。小柄な異次元妖夢はその間をすり抜けると、私ではなく永琳めがけて切りかかる。

 あらゆる狙撃をくぐり抜け、数百メートルという距離を踏破した異次元妖夢の目の前に、地面に靴の痕をくっきりと残す脚力を駆使し、一瞬で立ちはだかる。

 横殴りに薙ぎ払われた観楼剣を、お祓い棒で受け止めた。金属と木製の物が衝突すれば、基本的に勝つのは前者だ。しかし、今まで覆ってこなかった事実が覆された。

 現博麗の巫女である霊夢が所有しているお祓い棒は使い込まれ、異次元妖夢の使っている錆びついた観楼剣よりも古い。幻想郷が出来て以来、初代博麗の巫女の代から使われ続けた物だ。

 作られてから軽く400年は経過しており、それだけの年月を経れば、普通の木なら風化や湿気により腐ったりなどで、耐久能力の著しい低下がみられていただろう。

 手入れがなされ、それらを防いでいたとしよう。それを施したところで、錆びついていたとしても金属でできた刀が、破壊できないわけがない。奴がそう考えていると、表情から手に取るようにわかる。

 樹齢数千年にも及ぶご神木から削り出されたお祓い棒は、雨風に晒された程度では腐らない。初代から今までどんなに酷使されたとしても、柔軟にしなって折れる気配すら見せず、化け物の牙、爪、金属製の得物と数十回。数百回。数千回と交えて来たが、一片の木くずすらも零したことは無い。それは、今回も含まれている。

 青色の火花が散り、完璧に異次元妖夢の攻撃を受けきった。踏ん張り、吹き飛ばないように地面に縫い付けていた足が、ググッと異次元妖夢の薙ぎ払っていた方向に動いた。

 固定していた足が地面に陥没し、圧力に耐えきれなかった部分からめくり返り、かかっていた圧から土が解放されていく。

 観楼剣とお祓い棒越しに伝わって来る奴の腕力、こちら側の妖夢と比べ物にならない。経験の差だとか、知識の差だとかそう言った物で発揮できるものではない。

 もし、その二つで発揮されていたとしたら、時の操作をされていた感覚が説明にならず、どこからか取り出した観楼剣の説明できない。

 これがこいつの持つ二つ目の能力で間違いないだろう。妖夢が勝てないのもうなづける。彼女自身はあまり腕力に重点を置いておらず、それで押されることもあったはずだろう。

 それに加えて、得物の数が違う。投げた2本と今の一本ですでに数がおかしい。あの魔女のように、本物を魔力で作り出しているわけではない。

 となれば本物の刀という事になり、切れ味からそこらで作らせた、まがい物ではないと推測できる。こいつが使っているのは今まで壊してきた、他の世界の魂魄妖夢から奪ってきた物だろう。

「…」

 まあ、戦っている中でそんなことはどうでもいい。こいつを撃破し、息の根を止めればそんなことに頭を使わなくてもよくなるのだから。

 異次元妖夢は観楼剣を捻り、巻き取るようにしてお祓い棒を弾き飛ばそうとするが、刀の側面から武器を叩き込み、一切の抵抗をさせることなく半ばからへし折った。

 首元に手を伸ばし、掴んだ。人間というよりも鬼などに近い腕力を持つ奴の手、それに腕を掴まれる前に持ち上げ、背負い投げをして地面に叩きつけた。

「がっ!?」

 まさか自分が投げられると思ってもいなかったのだろう。二つの能力を持って、今まで傷を負うこともなく他の世界の人間を殺してきたため、殺すことには慣れていても、戦うことにはあまり慣れていない。殺す過程で戦うことはあるだろうが、虐殺することは戦いとは言わないからな。

 倒れた異次元妖夢にお祓い棒を叩き込もうとするが、地面に付いた手を押すことで反動を使い、横に転がって攻撃を躱した。

 このお祓い棒を食らっていれば、頭蓋が陥没していそうな勢いで地面を耕し、先がめり込んだ。湿った土がこびり付く得物を引き抜き、邪魔な物を振り落として敵と対峙する。

 転がった勢いを使って立ち上がった奴の手には、錆びついた新しい観楼剣が握り込まれ、血をしたたらせている。近くに転がって来た異次元妖夢を、殴りかかろうとした鬼の一人を切り殺したのだ。

 勇儀や萃香ならはじき返しているだろうが、そこまでの上位個体ではなかったらしい。首なしの死体は、血を首から噴き出してゆったりと崩れ落ち、血脂で汚れている刀を指で撫で、それを口に運んでいる異次元妖夢の前に横たわった。

「少し、油断しすぎてたみたいね」

 その死体を跨がず、わざわざ踏み越えて私の方へと跳躍してきた。奴は突進しながら始めと比べ、鋭い連撃を何度も見舞って来る。それを確実に打ち返し、避ける。

「霊夢!どけ!」

 数歩下がりつつ応戦し、そろそろ攻撃に転じようとしていた時、陽気だった萃香の怒号が大気を揺るがす。天狗や河童たちの頭よりも高い位置を浮遊し、スペルカードを発動させている。

「萃符『戸隠山投げ』」

 萃香の持つ疎と密を操る程度の能力により、近場にも遠くにもある岩石が引き寄せられ、一つの大きな岩となる。

 それを腕力に任せ、投擲した。永琳の放つ矢ほどのスピードは無くても、それを大きさでカバーしている。

 岩が投げられた直後、二度の斬撃を受け流し、大きく隙を晒している奴の胸にお祓い棒を叩き込んだ。

 普通の人間なら砕けた肋骨や胸骨が心臓まで達し、絶命してもおかしく無い一撃だ。魔力を使っていても、骨折は免れなかっただろう。

 そう予測していたが、うまい具合に衝撃を後方に逃がしたのか、木の枝が折れるような、乾いた音は聞こえてこなかった。それでも、奴をその場に縫い付けるという目的は果たせた。

 吹き飛ぶという所まで行かなかったとしても、怯み、痛みに歯を食いしばっている。苦し紛れの反撃を後方に大きく下がって回避し、萃香のスペルカードの射程範囲から逃れた。

 数百人の人間が団結して固まったとしても、萃香のスペルカードを止めるには至らないだろう。その螺旋状に回転し、弾丸のように突進を仕掛けて来る岩石を、異次元妖夢は豆腐の様に切り裂いた。

 疎と密の魔力ごと岩石を切ったようで、スペルカードは崩壊し、固有の能力で固まっていた岩が剥がれてバラバラに飛散する。

 戦闘に参加していなかったウサギ達、治療が終わった直後の天狗や河童達がそれらに巻き込まれた。幸いにも直撃した者はいないが、向こうでは混乱が生じている。

 岩石を切ったばかりで、隙を晒している異次元妖夢に殴りかかろうとするが、それよりも萃香が蹴り込む方が何秒も早かった。

 投げた直後から硬直に入り、解けると高質化した魔力を足場に、跳躍したようだ。横殴りに放たれた蹴りを、異次元妖夢は受け止めた。空中にいる分だけ、踏ん張りがきかせられない萃香は観楼剣をへし折りはするが、それ以上前には進めなくなってしまう。

 伸ばした萃香の足を掴み、空へと投擲する。遠くに飛ばされ、戻ってくるまでのロスを好まない彼女は、能力で体を粒子状に変化させ、投擲の勢いを緩和する。

 こうなると得物が刀のみとなる異次元妖夢は手も足も出せないが、それは固有の能力が一つであるならば、という事が前提である。

 萃香と戦ったことは何度かある。鬼という種族である以上、普段は攻撃が通りにくく、ようやくダメージを与えられるという所で、固有の能力により霧散する。

 ずるい戦い方ではあるが、使いこなせてはいる。しかし、経験上はその粒子状になった時は、萃香からから攻撃することができなければ、普段の防御力を発揮できていない状態でもあり、爆発などの範囲攻撃を食らうと、再生成した時にそのダメージをモロに食らうことになる。

 少し前のことを思い出す。遠方でこいつが現れたあの時に発生していた雷、あれはおそらく魔女が異次元妖夢に落としたものではない。彼女が使うのは数百メートル先の標的も貫く熱線で、あの攻撃は趣向が違う。

 あの雷を異次元妖夢が放ったのだとすれば、今、萃香はピンチかもしれない。これを伝えたいが、粒子状になっている彼女に伝えることはできない。異次元妖夢の纏っている雰囲気が、まるでカードを裏返すように変容した。気がする。

 それと同時に、空気の流れに人為的な意志が組み込まれ、風の流れが人工的な物に変わった事を肌で感じた。それが間違っていないようで、風に精通している天狗。特に文の表情が変化する。

 感覚的で説明が難しいが断言できる、間違いない。これは衣玖の能力だ。上空では静電気が魔力によって増幅され、稲妻へと昇華した。

 稲妻の瞬きに視界が奪われ、耳をつんざく落雷音が幻想郷中に轟いた。音速の数倍も速度のある雷は、再形成しようとしていた萃香の粒子の一つに落ちた。

 最初の落雷がスパークの真っ赤な火花をまき散らし、周囲の粒子に向けて連鎖的に側撃雷が落ちる。雷という物は一本ではなく、複数本に枝分かれして広がり、一番近い物体へと落下していく。

 雷がネズミ算式に広がっていくスピードは、萃香が粒子を集めて再形成する速度を大きく上回り、瞬く間に粒子全体に広がり切った。

 雷と比べ、1テンポ遅く萃香が空中に体を形成する。人間で言う所の十歳ぐらいの小さな少女に戻るが、明らかに様子がおかしい。

 いつもならそこから異次元妖夢に飛びかかっていただろうが、形成された体がグラリと後方に倒れ込むと、そのまま地面へと向かって降下を始める。

 鬼だから、五メートルほどの高さから落下したとしても、死ぬことも怪我を負うこともないだろう。しかし、助けずにはいられなかった。

 体を浮遊させ、落下して来た萃香の体を空中で抱きかかえた。意識が無いことが素人目に見てもわかる程に、彼女の体に力が籠っていない。

 高電圧の落雷を受けたせいか、時折指先や足が痙攣している。私たちが落雷を食らった際には、電気は体の表面か体内を流れる。だが、全身くまなく傷害するわけではなく、電気が通った部分にやけどなどの外傷を負う。

 私が食らっていたとしたら一部に火傷を負ったり、意識障害が少し出る程度で、ここまで重症になることは無かっただろう。

 体を煙のように霧散させることができるが、皮肉にも今回はそれが命取りになったようだ。普通に食らえば一部のやけどで済んだものが、体を小さな粒子レベルにまでバラバラにすることができたおかげで、内と外を余すことなく電撃が走った。

 彼女は鬼だ。幻想郷内でトップクラスの頑丈さを持っているが、いくら酒呑童子でも危ない状況だろう。

「…萃香!」

 呼んでも反応を見せない所から、彼女の重症度がわかる。

 彼女の敗因は、自分たちの世界にいた妖夢基準で戦ってしまったことと、異次元妖夢からすれば相性のいい敵だった。そうだったとしても、呆気のないぐらいにやられてしまったことで全員に衝撃が走り、一部では戦意が削がれている。

 あの萃香が、一方的にやられるなど、前代未聞だ。あらゆるものに干渉する程度の能力を持つ異次元早苗に、魔力の流れを干渉されて防御力が下がっていたとしてもピンピンしていた。その彼女がやられたとなれば、異次元妖夢は異次元早苗以上にやばい存在だと認知されるだろう。

「どきな、霊夢。あいつはあたしがやる!」

 この戦闘が楽しくて仕方がない。そんな様子の勇儀と入れ替わるように敵から離れると、異次元妖夢の攻撃から庇っているうちに、下がっていた永琳にぶつかりかけた。丁度いい。

「…永琳、萃香をお願い!」

 表面だけでなく体の内部にまでやけどを負っている萃香の治療を頼み、異次元妖夢との戦闘に戻る。

 やはり勇儀は生粋の戦闘狂だ。この程度で萃香が死ぬわけがないと思っているのか、心配するつもりがないのか。そもそも頭の片隅にも残っていないのか。口角が上がりっぱなしの彼女は、心配の欠片も見せず、あらゆるものを粉砕するラッシュを仕掛けている。

 彼女が拳を突き出すごとに低い空気を唸らせる音が響き渡り、それが鳴るごとに奴が躱している事を示している。拳圧で砂煙が舞い上がり、開けていた視界の弊害となる。

 明らかに動くスピードに差があり、有利だった異次元妖夢が、攻撃を切り上げて勇儀の腕が届かない位置まで後退した。すると、もっとやってみろと言わんばかりに挑発して見せる。安い挑発ではあるが、腕っぷしに自信があり、頭脳戦を全て萃香に押し付けていた彼女は、まんまと乗ってしまう。

 異次元妖夢の顔面を貫く正拳突きが放たれ、避けるそぶりを見せていなかった奴に振り切られた。人間なら上半身から上が残るかも怪しいパンチだ。

 頭蓋を砕き、脳味噌とその周囲を満たす脳漿を混ぜ合わせたミンチを後頭部から弾けさせ、どんな戦場に行っている精鋭でさえも見るのを拒むような、そんな凄惨な現場を作り上げてもおかしくなかったが、拳を放った直後では血が流れることは無かった。

 異次元妖夢の目の前には、丁度拳台の大きさがあるスキマが開き、勇儀の拳を二の腕辺りまで飲み込んでいるのだ。

「…なっ…!?」

 周りに異次元紫の姿も、気配も無いというのに、開いたそれに驚きを隠せなかった。当然、敵である異次元妖夢を紫が助けようとスキマを配置するわけがない。奴自身がその場所で開いたのだ。奴の二つ目の能力が、これではっきりした。

 奴はどこかへとつながっている境界を閉じると、彼女の防御力を完全に無視し、伸びきった腕を閉じたスキマが切断した。

 先代や初代は知らないが、あの、星熊勇儀が出血しているところなど、私の代では初めて見た。もしかしたら表情から見るに、本人ですら初めてなのだろうか。

「………あ…?」

 自分の右腕が無くなったことが理解できなかったのだろう。あらゆる刃、砲弾、魔力での攻撃を全て防ぎ切る体が、まさかこうもあっさりと切断されてしまうなどと。

 そうしているうちに、勇儀の体勢が大きく崩れる。異次元妖夢が観楼剣で切ったわけでも、二つ目の能力である他の者の能力を使える能力で攻撃したわけではない。

 勇儀が履いている下駄の下、地中の中にスキマを開いたのだ。ただでさえガタイの良い勇儀の体重に土が押し出され、そのまま彼女の足がスキマの中へ落ちた。

 太ももまで落ちてしまう前に反応できなかったのは、腕を切断されたショックからだろうか。判断能力が失われており、腕だけでなく足まで閉じたスキマにより切断された。

 異次元妖夢は手元に開いたスキマから、今しがた両断したばかりの血色がいい腕と足を取り出すと、バランスを崩している勇儀の顔に足を叩きつけた。

 得物のように片手で握り、殴ると同時に投げ捨て、今度は反対から力なく垂れ下がる腕を叩きつけた。

 切断面の方を遊戯に向けていたようで、返り血がビシャッと弾け、顔の大部分を血液で濡らす。

 血で視界が効かなくなっていたのだろう。残った足で地面を踏ん張りつつ、拳を薙ぎ払うが、異次元妖夢には当たり前だが掠りもしない。

 片腕と片足を無くした状態など、体験したことのない勇儀は、踏ん張りも体を立った状態に保つこともできなくなり、血まみれになりながら崩れ落ちていく。

 その彼女の胸元に、スペルカードを取り出して握りつぶした異次元妖夢が歩み寄る。片膝をついたとしても、長身の勇儀よりも庭師の方が小さく、斜め下から斬撃を食らうことになった。

「断迷剣『迷津慈航斬』」

 錆びついた観楼剣を魔力が纏い、大きさが数倍に膨れ上がる。二メートルも三メートルも長さのあるそれを、片膝をついた勇儀の胸に叩き込んだ。

 あらゆるものを切断できるであろうその斬撃をもってしても、勇儀の肉体を切り裂くには至らなかった。しかし、片腕と片足を失っている彼女に耐えきる術はなく、その巨体は斜め下から切り上げられたことで、数百メートル先まで吹き飛び、地面に砂煙を舞い上げて小さく落下した。

「…………」

 皆、言葉を失っている。誰一人として言葉を発することができない。あの、幻想郷屈指の実力者を、異次元妖夢は数度の攻防で再起不能に陥らせたからだ。

「ば、化け物……!」

 誰かがそう呟いたのが聞こえ、そう言うのも頷ける。異次元早苗もそうだったが、こいつも誰が見ても相当な化け物だ。

 ほとんどの者が放心している中で、私は自分が闘う際のプランを練った。

 永琳と文の援護は期待できる。フランドールは微妙なところだが、私たちがやられれば彼女も目的どころではなくなる。そのうち参戦してくるだろう。

 他にはにとりや歌仙も紫もいる。被害を抑えるには、私が出るしかなさそうだ。しかし、異次元早苗以上に私は相まみえることを拒否したい。

 こんなに戦いから逃走したいと考えるのは、生まれて初めてかもしれない。月明かりに照らし出される赤い刀剣を、舌で撫でる狂人を睨みながらそう思った。

 戦わなければ勝てない。気合を入れろ、今までの生ぬるい戦い方では生き残れない。鬼の二人を倒されたことで削がれていた戦意を、自分を鼓舞することで取り戻し、真正面から対峙した。

 奴はスペルカードに耐えきれずに砕けた観楼剣を捨て、スキマの中から新たな刀を抜刀する。それを下段に構え、そのまま陣取った場所を維持しそうにも、走り出しそうにも見える体勢で準備を整えた。

 私は肩幅に足を開き、土を踏みしめる。萃香と勇儀がやられたのを目の当たりにし、緊張しているようで心臓が高鳴って仕方がない。

 警戒を怠らず、肺の中にある全ての空気を吐き出しきり、一度だけ大きな深呼吸をする。リラックスし、ゆっくりと頭の奥にあるスイッチを入れ、切り替えた。

「…ふぅ…」

 肺一杯に吸い込んでいた息を軽く吐くと、先ほどまで全力疾走しているのと変わらない程に早かった心拍が、平穏に戻っている。不安も頭の中にはない。あるのは戦闘に対する意欲のみ。

 そのまま数秒ほど睨み合っていたが、それに合図は無かった。奴が来るという感が働き、リラックスしていた精神状態から一気に戦闘本能が全開となり、心拍数が通常の倍へ跳ね上がる。しかし、不安を掻き立てる物ではなく、戦意が高まる力強い拍動だ。

 踏み込みで地面が叩き割れる。周りにいた全員の視線を置き去りにし、同時に跳躍してきていた異次元妖夢と再度の対峙。

 相手を気圧す咆哮はどちらも発さない。観楼剣とお祓い棒、お互いの得物を叩きつけ合う打撃音が戦闘のゴングとなった。

 




次の投稿は8/1の予定でしたが、8/8に遅れます!申し訳ございません!


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東方繋華傷 第百三十五話 潰える

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百三十五話をお楽しみください!


 誰もがバカげていると思っていた。魔力から本物の武器を作り出したり、魔力の武器なのにオリジナルと相違ない物だったりと。何かの間違いではないか、始めはそう考えていたはずだ。

 しかし、それらは不可能ではない。魔力単体で再現することは普通は無理だが、固有の能力を介して使用された魔力ならば、物理法則を無視したことができる。

 法則を無視できるのは異次元妖夢や、異次元早苗、異次元咲夜の持つ第二の能力に限った事ではない。こちら側の人間も何人かはいる。一部例を挙げるとしたら永江衣玖の発生させる稲妻、チルノの生成する氷、大妖精の瞬間移動、咲夜の時を操る行為。

 前者二つは魔力により、精密に作り込めば限りなく近い物で再現はできるが、近いだけで程遠い。後者については魔力で再現することはほぼ不可能だ。ここからわかる通り、固有の能力であれば、奴らがしている行為はさほど珍しい物ではない。

 馬鹿げている。そう思っている人物たちが納得できないのは、おそらくここからだ。異次元の連中は、こちら側の住人と同じ能力を持っているはずなのに、固有の能力をもう一つ持っている可能性がある。という部分から否定したいのだろう。

 固有の能力は一人一つまで、能力という概念が発現した過去から現在まで、それが覆ったことがない。そこらの弱い妖精から、スキマの妖怪、神、鬼、魔女、博麗の巫女に至るまでそうだったとすれば、その結論に至るのも致し方ない。

 しかしだ。私から言わせれば、なぜそうも能力は一人一つまでだと断言できるのか。それが絶対だと、誰かが証明したのだろうか。その根拠を教えてもらいたい。

 魔力という物は研究して詳しいアリスやパチュリー、誰かもう一人いた気がするが、その人物たちでさえ十パーセントも解明できていない、謎が多い概念だ。

 私が思うに能力と魔力の関係は、魔力とはガソリンに過ぎず、能力とは高出力のエンジンだ。

 普通の人間よりも、少し魔力の保有する量が多いぐらいでは、能力の発現には至らない。そう言った人物たちは俗にいう。霊媒師、占い師、錬金術師などの役職に就いた人物が多い。

 その霊媒師たちをエンジンとガソリンに例えるのであれば、能力というエンジンを完全に吹かすだけのガソリンを保有していない。という事になる。

 そして、私や魔女のように、ある一定の水準までガソリンが増えた際に、そのガソリンを使って使用できるエンジンが起動し、固有の能力の発現となる。

 そのエンジンだが、本当に一人一つまでなのだろうか。私たちが勝手に決めつけているだけで、二つ目のエンジンを起動するまでに届いていない。ただそれだけなのではないだろうか。

 こうも長々と説明してきたが、この理論にも穴はある。二つ目の能力に手が届いている癖に、やっていることが私たちと変わらないのだ。

 確かに、二つ目の能力にはかつてない程に、かなり手を焼かされて苦戦しているが、逆を言えば苦戦する程度なのだ。私たちが至っていない未踏の地に踏み込んでいる割には、今もこうして私を殺せずにいる。

 魔力の扱いだって、私達とは次元が違うぐらいには発達していてもおかしくないが、見たところそう言うこともない。この矛盾は何だろうか。

 

 

 金属音と木材が打ち合わさる乾いた音が重なり、けたたましい騒音となっている。息をつく暇もなく、どちらも退かぬ攻防が続いていた。

 心拍数と体温が上昇し、体が冷えていた時よりも骨格を動かす可動域が広がり、かなり遅くはあるが最高のコンディションへと移行してる。

 筋肉が柔軟に伸び縮みし、一発でも食らえば身体がミンチになりそうな異次元妖夢の攻撃を効率よく緩和し、どんなものでも包み込めるほどに柔らかく受け流す。

 これが出来ていなければ、得物をぶつけ合うごとに吹き飛ばされていたはずだ。戦闘を奴のペースに持ち込まれ、悲惨な結果で終えていただろう。

 錆びついた観楼剣による下段の斬撃を、お祓い棒での撃ち下ろしで叩き折る。数センチの刃と柄のみとなった観楼剣を悩むことなく捨て、蹴りを放ってきた。

 それを受けきり、袖の中から引き抜いた針を膝関節の合間にねじ込み、大きく捻る。関節を脱臼させ、お祓い棒を顔面に叩き込んだ。

 思った通りだ。攻撃力が妖夢以上に高まってはいるが、防御力は鉄壁には程遠い。その面だけ言えば勇儀ほどの厄介さはない。

 これだけ腕力だけが高まっているれば、防御力の変わらない肉体が壊れてしまいそうだが、その答えを吹き飛んだ異次元妖夢が教えてくれた。

 脱臼させた足や、殴った顔面の打撲痕が数秒かけてゆっくりと完全に塞がったのだ。当然こちら側の妖夢に、そんな特殊能力は無かったはずだ。

 良くは知らないが、見たことはある。巻き戻すだったり、薬による治癒とは少し違う。体の変化を拒絶するこの働きは、妹紅の能力だ。

 こいつ。いったいどれだけの能力を保有しているのだろうか。これでは、いくら戦っても焼け石に水だ。

 外れた骨が独りでに動いて元の場所へ戻り、何事もなかったかのようにゆっくりと立ち上がる。その異次元妖夢に向け、すでに私は走り出した。

 風を切って疾走し、先と比べて雰囲気がまた変わった異次元妖夢に殴り込む。青色の魔力を散らしてお互いの得物を弾き合い、激しい攻防を繰り広げる。

 弾幕や腕っぷしに自信のある人物たちが、一切の援護をしてこない所を見ると、その行為が戦いの邪魔になるだけだと察しているのだ。

 瞬きする間に、二本の刀を原形を留めさせぬほどに粉砕。スキマから射出された観楼剣を身を翻して避け、その開いた空間の中から抜刀して来た太刀を叩き割る。

 相手の武器を破壊しながら戦い、少しは有利な状況にいるというのに、満たされない何かが自分の中にあるのを感じた。戦うたびに、自分だけでなく何かが足りていない煩わしさを強く覚える。

 それを無視してさらに突っ込み、錆びついた観楼剣にお祓い棒を叩きつけた。前と同じ力で殴りつけたが、奴が私の攻撃に慣れてきたようだ。砕いて使い物にならない鉄くずにできず、上から薙ぎ払う反撃を許した。

 後ろに重心を傾かせ、下がっていたことで切先が頬を撫で、数ミリの小さな傷をつける。注射と大差ない程度の痛みだが、それにあまり慣れていない私の動きを制限するのには十分だった。

 今まで使っていた物に比べ、錆びの量が比較的少ない観楼剣で追撃を行ってくるが、その頃には制限も解け、受け流した。

「…っ…!」

 最初の頃にあった得物を交えるたびに骨が軋み、筋肉に殴られるような痛みがあった強烈さはない。しかし、その時とは太刀を振るうキレがまるで違う。

 上段と下段に放たれた変幻自在に太刀筋の変わる攻撃を二度弾き、二回目は特に強く弾いたことで、隙となっている奴の胸にお祓い棒を叩き込んだ。

 苛立ちをぶつけている所もあり、胸のすくような反撃となるが、手の甲に鋭く鈍い痛みが走る。

 紙で切った程度の浅い切り傷で、致命傷にはなりえない。だが、弾かれた段階から反撃に反撃を重ねてくるとは、とことん一筋縄ではいかない相手だと実感する。

 奴ではなく、今回は私が後方にさがった。胸を動かし、肩で小さく息をする。お祓い棒を握る手の甲に目を落とすと、雨の水滴程に小さな血液が風船のように膨らんでいる。

 服の袖で軽く拭うと、体液で覆われていた数ミリの小さな傷が露わになった。体内で起こる止血の機構がきちんと働いているのと、魔力の作用によって出血は収まっている。頬の傷も気にしなくてもいいだろう。

「…」

 魔力で補助をして、高速での激しい運動を実現したが、それだけではまだ足りないようだ。ギアの回転を速め、体がもっと柔軟に、かつ素早く動く様にならなければならない。

 だが、追加で何かをする必要はない。体の芯だけでなく、肩や二の腕の辺りまで体温の上昇が行きわたり始め、発揮できるパフォーマンスの上限が高まっている。

 指先まで温め、身体能力をトップギアまで向上させるのには、もう少し体を動かさなければならないだろう。

 お祓い棒を握る手を開いたり閉じたりし、手首を軽く捻って筋肉や関節を解した。ずっと力を入れているのも指先の筋肉を硬直させ、本来の身体能力を活かせなくなってしまう。もう少し柔軟に行こうじゃないか。

 常に筋肉をフル稼働し、腕力を最大限に振るわなくてもいい。弱い力で強力な攻撃を受け流すのは、武術の基本だ。筋肉の緊張は必要な時に、必要な場所でだ。

 体をほぐして準備を整えていると高速で観楼剣が飛来し、それとほとんど変わらない時間差で異次元妖夢が切り込んでくる。

 飛んでくる観楼剣は、側面や刃のない峰の方から軽く押してやるだけだ。そうすれば赤子の手をひねるよりも簡単に軌道が曲がってくれる。腕力など使うまでもなく、少し体重をかけてやるだけだ。

 一本目はお祓い棒を使ったが、二本目からは得物を使う必要がなく、太刀の側面を指で優しく撫でるだけで向こうから勝手に軌道が変わる。

 大した脅威もなく、殺気をまき散らす異次元妖夢と接敵。頭から股までを一直線に切り裂く斬撃を放たれる。

 先ほどのキレはどうしたのだろうか。なぜか脅威といえるほどだった太刀筋が、妖夢と変わらないぐらいにまで落ちている。足を移動させずとも上半身を傾けるだけでそれを躱し、前かがみになっている異次元妖夢の顔面にお祓い棒をぶち込んだ。

 衝撃により目の前に星が弾け、ぐるぐると回っていることだろう。後ろへと傾いていた上半身を、強靭な腹筋で引き戻すと、今度は上半身と下半身を両断する横凪の斬撃を放ってくる。

 なんとなくの勘だが、これには鬼の様な馬鹿力が備わっている気がする。受けとめられないことは無いが、わざわざ受け流す以上に体力を消費する方法を取る意味もないだろう。

 お祓い棒を使って観楼剣を受け流す。射出された太刀の軌道を変えるのとそう変わりない。腕力の差異も、武術をかじっている者であれば大した差にはならない。

 振られた刀の勢いを利用し、攻撃の下をくぐり抜けながら体を回転しさせ、遠心力と筋肉の柔軟さを有効に活用し、得物と腕全体をしならせる。

 遠心力にしなりが加わり、破壊力が備わった強烈な打撃が、異次元妖夢の腹部に見事炸裂。体がガクッとくの字に曲がり、表情だけは妖夢とは似ても似つかない同じ顔が、こちら側に突きだされた。

「がぁっ…!?」

 目が飛びだしてしまうほどに見開かれる異次元妖夢の顔に、手を伸ばしながら大きく一歩前進する。がっちりと顔を鷲掴みし、足を奴の踵辺りに忍ばせた。

 前に進みつつ体重をかけて掴んでいたことで、異次元妖夢の体を後方に押し退かせる。重心や立ち位置の関係で後ろに下げようとした足が、私の忍ばせていた足にひっかがり、転倒へと路線を無理やり変更させた。

 転ぶ勢いを利用し、奴の後頭部を地面へと力いっぱい叩きつけた。頭部が半分ほど地面にめり込むが、死亡にも気絶にも導けていない。指の隙間から奴の狂った光を持つ瞳がじっとこちらを見据えている。

 抵抗される前に追撃を叩き込もうとするが、地面に叩きつけた後と前で雰囲気がまた切り替わっていることを、根拠はないがなんとなく感じた。

 このままお祓い棒で殴打し、戦闘不能に陥らせるつもりだったが、すぐさま踵を返して逃げろと、洞察力からではなく勘という恐ろしく曖昧な部分が大音量で警笛を鳴らす。

 それに従うも、好戦的な考えとなっている私は大きく出遅れた。奴を倒さなければならない、仇を取らなければならない。相反する行動と思考の葛藤が足かせとなってしまう。

 手を放し、奴から距離を置こうとしたところで、手のひらで覆われていた口元が笑っている。今までのこちらを蔑む笑いとは違う。罠にかけられ、ざまあみろと悦に入っている物だ。

 振り返って走り出すことも、大きく後ろに跳躍するのも間に合わず、奴を中心に発生した黒い物体に体が飲み込まれる。初めはルーミアが能力で使用する闇の球体かと思ったが、それとは違う。

 あの闇は概念的な部分が強く、闇の具現化といっても過言ではない。本人を中心とし、見た目はメリハリのないのっぺりとした球状だ。それに対し、目の前に広がる物体はどう考えても闇ではなく、同色の煙だ。

 空気の抵抗により、奥側から外に膨らむように黒色の煙が大きく膨張し、異次元妖夢から数メートル以内にいた人物全員を例外なく飲み込んだ。私が奴を地面に押さえつけていたことで、そのまま畳みかけられると接近して来た者もおり、被害が余計に大きくなった。

「…護」

 袖の中から数枚の札を取り出し、魔力を流し込む。効果発動に必要なトリガーとなる呪文を口にすると、手に持っていたお札が光を放ち、煙のダメージを肩代わりさせる作用が活性化したことを示す。

 記憶の引き出しを開け、これと同じ現象を起こしていた人物がいないかを思い出す。情報を引き出す作業は二秒もかからずに、とある人物の情報へと行きついた。

 メディスン・メランコリー。人形のように可愛らしい小さな少女だが、毒を操る程度の能力という凶悪な能力を保有する。

 毒煙の密度や広がる速度、範囲、毒性の強さ。どれをとってもメディスン・メランコリーが勝っているが、著しく体を冒すことには変わりなく、これは確実に勝敗の分かれ目となるだろう。

「…うっ……!?」

 数枚のお札に毒の浸食を肩代わりさせたが、一定量の毒が肺や皮膚から体内に毒煙が浸潤し、すぐさまその効果が現れる。

 毒と一口に言っても、様々な作用を持つ物がある。一例を挙げるとしたら肺での呼吸を阻害する物、細胞の呼吸を阻害する物、皮膚に作用して爛れさせる物、神経の伝達を阻害する物。今回はそのどれにも当てはまらない。

 魔力と札によって、毒の浸透を最小限に抑えることには成功したが、自分の思った通りに呼吸することができず、それは手や指の末梢にまで及んでいく。

 思った通りに動かせないと言えば重症に聞こえ、過剰な言い方になってしまうが、痺れが生じているこの感覚では、頭で考える動きと体に大きなラグを作ってしまう。

 由々しき事態だとか、そんな程度では済まない。考え得る中でも、最悪に入れてもいい緊急事態だ。この戦いの間では、100分の1秒でも遅れてしまえば、それは即死につながる。

 そんな中で、思考と行動にラグの起きるこの毒は、敵からすれば最高の一手と為り得ただろう。

 吐き気が込み上げ、咳き込むように吐き出すと、口元を押さえていた手にべっとりと血液が付着している。

 毒の浸食を押さえて尚、この威力。札の効果を発動していなかったらと考えると、ぞっとする。この煙の中では奴の行動も読めないし、ここに居るとずっと毒を吸い続けることになり、いくら札に肩代わりさせても足りなくなる。

 一粒一粒が目で捉えられる大きさにない粒子に視界を埋め尽くされ、何も見えていなかったが、戦闘によって研ぎ澄まされた勘が働いた。

 体を後方に傾けた瞬間、異次元妖夢の本体以上に接近し、ギラついた刀が薄っすらと視界内に浮かび上がった。

 最先端が頸椎に達する軌道の最短距離を、最速で刃が通過し黒色の霧の中に紛れ込んで消えていく。

 気流が乱れ、外から巻き込まれてきた新鮮な空気が、観楼剣の通って行った軌道に入り込む。一秒か二秒程度だけ、異次元妖夢の顔がそれ越しに見えた。

 すぐに上下から膨れ上がって来た毒煙に挟まれ、すぐに見えなくなるが、二度目の攻撃が来ることはその体勢から予想しなくても明らかである。

 またあの吐き気が込み上げるが、胸元を貫く鋭い殺気に逸れに構っている暇が無くなった。お祓い棒を構えた途端、煙の中をくぐり抜けてきた観楼剣が叩き込まれた。

 剣士にしては高すぎる攻撃力に加え、一撃目を躱した体勢から戻れていないことで、その場に留めることができない。踏ん張りがきかず、吹き飛ばされた。

 ほとんどの光をさえぎっていた黒煙から、意図していなかったが抜け出せた。どれだけの範囲に広がっているのかわからなかったが、精々4~5メートルだ。

 周りが見えなくても耳の中に備わっている感覚器官から、相当なスピードで体が移動していることがわかっていたが、実際に目にするとその速度は想像を上回る。

 魔力で減速しようにも、吹き飛ばされた勢いが全て無くなるまで、100か200メートルはかかるだろう。毒により集中力や魔力での行為を障害されることを考えると、もっとかかるかもしれない。

 高速で移動しすぎて、紫のスキマでは私を捕まえることができないし、紫が私が吹き飛んだことが見える位置にいたかどうかも怪しい。ここは大人しく魔力で少しずつ減速していくとしよう。

 吹き飛んでいる方向とは逆方向に、魔力で力を入れ込んで方向転換を図り、加えられた運動エネルギーの推進力を削り取っていく。

 体感ではわからないぐらいゆっくりと減速が始まろうとした時、進んでいた方向から突如不自然に猛風が吹き荒れる。実際には大した風ではないのだろうが、進む速度が速すぎるせいでそう感じてしまう。

「霊夢さん!」

 その風上の方向から、幻想郷で最速の異名を持つ文の声が聞こえてくる。風を操る程度の能力で向かい風を発生させ、無理やり速度を削ぎ落す荒業に出たようだ。

 後頭部に当たる風だけで首が持って行かれそうだが、身体強化をしているおかげで体には何ともない。魔力でやっていた時以上に目に見えて移動する速度が落ちて行く。

 空中で立て直そうとするよりも一歩早く、ドンッと背中を誰かにぶつけた。後方にいた文がキャッチしてくれたのかと思ったが、視界の端で揺れる白い髪の毛から、彼女ではないことがわかる。

「大丈夫ですか?」

 椛だ。空中で私を受け止めると、そのまま降下を始め、荒々しく地面に着地した。慣性を考えない着地に、体のあちこちを痛めそうになる。

 即座に戦闘へと復帰できると思っていたようで、すぐに下ろして立たせてくるが、軽減していても毒をまともに受けた私が立て直せるわけもなく、膝から崩れ落ちて吐血してしまう。

「どうしたんですか!?」

 驚いた椛が目を丸くし、すぐに駆け寄ってきた。隙を敵にさらけ出している私たちの前に文が急降下し、砂塵を巻き上げて派手に着地した。

 その理由は至極簡単で、隙を見逃さない異次元妖夢がこれ見よがしに突っ込んできている。天狗が良く所持しているのを見る、葉団扇をこちら側へと軽く振った。

 ヤツデの葉っぱを模して造られた扇から、自然界では決して見ることのない暴風が吹き荒れ、私と椛は後方に吹き飛ばされる。更に十メートル以上の距離を文から置くこととなる。

 獣と呼ぶのだとしたら、凶暴過ぎる人の皮を被った化け物は、私たちを後方に吹き飛ばした文に向かって行く。

 風に煽られ、あと少しでバランスを崩しそうになったところで、私を抱えたままの椛が着地する。私たちが安全に着地したかどうかも、文には確認する余裕はない。

 得物を引き戻した文は、風を起こす扇に自分の能力を掛け合わせ、威力を倍増させて風を爆風のように発生させた。

 それは風というよりも衝撃波に近かった。風が圧縮されて目に見える空振は、地面に当たれば地面を掘り返し、草を凪いで千切り取る。

 壁さえもガラスとかわらない程に簡単に打ち砕き、人間に当たれば骨を砕いて肉を裂く。そんな威力のある大量の真空刃を出現させた。

 あの、鬼というのには弱すぎ、人間や半霊だったとしたら強すぎる腕力を駆使し、自分に降り注ぐ全ての衝撃波を切り裂く。

 いや、腕力を使っているわけではない、観楼剣の切れ味に物を言わせているだけだ。自分の周りにだけ文と比べれば弱い追い風を発生させ、衝撃波に至らなかった向かい風を相殺して、馬並みの走力を維持している。

 十メートル以上あった距離を一秒にも満たない時間で走り切り、文は異次元妖夢と得物を交わらせた。

 金属音とも言えない斬撃音を響かせ、同時に放ったいくつもの真空刃を全て断ち切る。その風をくぐり抜けた先は、攻撃の内側である懐といえる。扇を持つ右腕ごと、背中から生えた大きな黒い羽を両断した。

 肩から右の翼を切断したことで翼が丸々地面に転がり、切り離された何十枚もの黒い羽が、空気の抵抗で各々が別の軌道を取ってゆっくりと舞い落ちる。

 右腕の切断面を押さえ、膝から地面に崩れ落ちようとしていた文に、異次元妖夢は手の平をかざす。お返しだと言わんばかりに、風で圧縮された空気を放出し、文をこちらへと吹き飛ばした。

 通常、その程度ならすぐに空中で立て直していただろうが、空を飛ぶ補助として翼を使用していたことで、片方が無くなれば対処は難しいだろう。

 空中では地面を踏ん張りとして使えず、補助としていた物が片方無くなっている。重心の位置も変わり、歩いたり走ったりするよりも遥かに難易度が高い。

 それでも何とかしようとしているのは軌道からわかり、立て直そうと翼を蠢かせると左側に力が加わり、あっという間にバランスを崩して錐揉みしながら落ちて行く。

 文が稼いでくれた時間を回復に当て、すぐに戦いたいところだがそうもいかない。毒が体に回り、時間の経過とともに体を思うように動かせなくなっていっている。この調子ではあと数分もすれば、毒の痛みや神経を傷害する効果によって身じろぎ一つできなくなるだろう。

「ごぽっ!」

 緑色の草に真っ赤な血液を吐いた。毒の進行を魔力で押さえることはできても、先延ばしにしているに過ぎない。解毒するのに、永琳の薬を作る程度の能力に頼りたいところだが、望みは薄い。

 既存の病気やケガに対する薬は、合成する順序や量、濃縮率、それを作れるだけの薬品が揃っていれば、すぐさま作れるだろう。しかし、これについてはそうもいかない。

 奴は他人の能力を使うことは、これまでの戦いからわかっていることだ。見た目や効果から異次元妖夢から受けたのは、メディスンが使っていた毒で間違いないだろう。

 彼女と全く同じものと仮定して、メディスンが使う毒というのは、基本的に未知であることが多い。その時に抱いている感情と思考に大きく左右され、その度合いによって毒性も濃度も変わって来る。同じ症状でも作用の経路が違えば薬は使い物にならなくなる。

 それを考慮して調合しなければならず、新薬を作り出すのには時間がかかることがわかるだろう。

 この戦闘自体起こるはずではなかったため、永琳は手持ちに治療以外の薬品は持ち合わせていないと思われる。

 もし、調合できるだけの試薬があって作れたとしても、そもそもこの症状を悠長に彼女へ説明している暇はない。

 もしこの毒をどうにかしたいのであれば、奴をどうにかする方が手っ取り早い。能力で作り出しているため、大元を断てばそれは消える。

「…っ…はぁ…!」

 膝をついていたが、そのままでは居れなくなった。文を吹っ飛ばした異次元妖夢が、再度走り出す。

 もっと時間をかけ、毒の進行で体力を消耗した後では歯が立たなくなる。ここで奴を殺さなければ、後がない。永琳と紫の援護を苦も無くくぐり抜け、勝利を確信している異次元妖夢は、興奮して叫ぶ。

「楽に殺してあげますから、心配しなくていい!!」

 昔、都市伝説でよく耳にした口裂け女みたいに、笑った口角が耳元元まで裂けそうだ。闘争本能や殺害欲求を公にしている奴と、対峙する。

 体が鈍っているなら、闘志を奮い立たせて吹き飛ばす。切断されたりで、手が無くなっているわけでない。それなら、指一本でも動く限り戦わなければならない。

 椛にジェスチャーで下がるように指示し、走り寄られるまでの数秒を、深呼吸と立つまでの時間に目一杯に使い切った。あと一歩でお互いの射程範囲に入るという所で、脱力しきった全身の筋肉に脳から命令を下し、一瞬で緊張させる。

 それが爆発的な瞬発力を生んだ。毒を食らっていても尚、達人を超える異次元妖夢の太刀筋へと、完璧に追いついて見せた。

 首を落とそうとも、肉も肋骨も切り裂いて心臓を抉り取ろうともしていた異次元妖夢を、これだけのハンデを負いながらも押し返した。

 霊夢に宿る、神すらも凌駕する天性の勘やセンスが猛威を振るい、異次元妖夢の刀を全てはじき返す。初めは異次元妖夢と霊夢の、丁度中点に当たる場所で交わっていた得物の交差点が、徐々に庭師の方へと傾いていく。

「これで押し返されるとは…!さすが博麗の巫女…!!」

 そう言いながらも、異次元妖夢の後退は止まらない。奴もピッチを上げていくが、それに負けじとついていく。

 毒に犯されている体を酷使することで、全身に鈍い痛みが広がり、私の動きを阻害するが、まだいける。毒がまだ体全体を回り切っていないうちに、奴を叩き潰す。

 足の脛辺りを切り裂こうとする観楼剣の腹、いわゆる峰でも刃でもないその間を力一杯踏み込んだ。刀は横からの力に弱く、根元から十センチだけ刃を残し、そこから先の部分を踏み込むついでに踏み砕き、二度と利用できなくさせる。

 新たな刀を抜刀させる暇を与えずにお祓い棒を振るい、奴の顔面へと叩き込んだ。顔が跳ね、確かな手ごたえを感じるが、威力が半減してしまった。

「ごぼっ…!」

 こんな大事な時に、込み上げた吐き気を押さえ切ることができなかった。喉の奥から湧き出た血液を、溜まらず口から吐き出した。

 酷い風邪の時や、悪くなってしまった物を食べた時以外、起こることはそうそうない慣れない胃の収縮する感覚を、無視しきることはできなかった。

 体が震え、押し出された血液が地面に広がる光景を、見下ろす事しかできない。ようやく吐き気が収まろうという頃には、顔面を殴った奴も体勢をほとんど立て直してしまっている。

 観楼剣の抜刀はもう成されていて、吐血していた私の胸部を両断する軌道だ。錆が無くなって来た異次元妖夢の刀なら、錆が酷かった頃よりももっと簡単に体をバラバラにすることができるだろう。

 腰を落として体の重心を三十センチ以上下げ、その横に薙ぎ払われた刀の下をくぐり抜け、わき腹に全体重を乗せた打撃を全力で食らわせた。

「がっ!?」

 目を剥き、驚きと痛みによる苦悶を示す小さな吐息を漏らす。しかし、この攻撃している最中だというのに、体を後ろに下げて衝撃を受け流されてしまった。ダメージを軽減されてしまったのは無念ではあるが、奴がこれだけの表情をするほどに食らわせられたのは今の状況では大きい。

 肋骨の折れた乾いた音は、奴に見た目以上のいダメージを与えられたことは紛れもない。奴に反撃する隙を与えず、このまま頭を叩き潰してやる。

 さらに一歩進んで、わき腹を殴られたことで頭が下がっている奴の頭部にお祓い棒を食らわせようとした時、胸を押さえている奴の口元が苦悶から笑いに変わる。

 気配は後方から来た。十本にも上る数のツタや蔓が後方の地面から急成長すると、意志を持っているように動き出し、殴りかかろうとしていた右腕と、針を握っていた左手にグルグルと巻き付いた。

「…なっ!?」

 この蔓たちは、幽香が使っていた植物の頑丈さには程遠いが、塵も積もれば山となる、だ。線維が複雑に行き来している植物の蔓は、殴りかかるのに確実な障害となった。

 引きちぎること自体は簡単だったが、引きちぎるまでに腕が段違いに減速され、奴の反撃する機会を与えてしまう。

 それは、やられる側である私からすれば、致命的となりうる。持ち前の勘が働いているが、ここからではもう軌道修正も、退避もできない。

 殺気が首元に集中しているのが、ひしひしと感じる。奴の刀剣が私の首を狙い、体の動きから予想通りの軌道を取る。

 しかし、分かっていても回避行動に移れないのが現実だ。今回は、本当にダメなのを本能で察したのか、脳内にこれまでの人生が流れて行く。

 走馬灯。流れてくる映像をぼんやりと眺める。それを堪能するほど諦めきれていないのもあるが、一番は自分が驚いていたことが大きい。自分がまさか走馬灯を体験することになるなど、思ってもいなかった。

 次々に流れて行く過去のイメージだが、どこか物足りない。歪な感じがする。写真などのように、加工されている感じがして、鮮明な映像に見えない。こんな物が最後に見る物だとは、残念でならない。

 本当は、刀の先が見えなくなるほどに早く動いているのに、死期が迫っている私の目には、ゆっくり錆びた刃が自分の首に向かって来ている。

 腕に備わっている筋肉一つ一つの躍動まで捉えられるのに、振られている刀を避ける行動に移せないのがもどかしい。たとえ動けたとしても、切先が後頭部よりも後方に位置し、体を後ろに傾けた程度では、やはり避けられない。

「さようなら」

 私を殺した。そう確信している異次元妖夢はまるで処刑人のように、首を落とすことに手慣れている動作で観楼剣を操り、心底嬉しそうにそう呟いた。認めたくはないが、それは感じている。

 これほどまでにスムーズに人の首を落とすなど、いったい何人をあの世に送り込めばできるだろうか。そう言った意味では、奴は私たちの先を行っている。

 周りも援護できる状態にないことは、見なくても手に取るようにわかる。もしここから私が助かる見込みのある援護が来るとすれば、既に視界内に攻撃が来ていなければならない。

 悔しさが込み上げる。自分の実力の無さに苛立ちを覚える。いくらそれらが感情の奥底から膨れ上がってきても、現実が覆ることは一向にない。

 月明かりに照らし出される刀剣から目を離し、そっと、目を閉じた。最後に思い浮かんだのは、仇を取ることができなかった事による罪悪感からの謝罪だった。

 ごめんなさい…。誰に向かっての物なのか、自分でもわからなかったが、受け取り手のない言葉は、発言される事無く闇に消えた。

 




次の投稿は8/15の予定です。

ここだけでかなりの話数を使ってしまったので、次はもう少しテンポよく進めます。


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東方繋華傷 第百三十六話 死を告げる者

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百三十六話をお楽しみください!




部屋にエアコンが欲しすぎる今日この頃。


 急速に死期が迫り、スローモーションに感じていた世界が、今度は止まっているようだった。実際には正確に一秒は一秒を刻み、それ以上にもそれ以下にもならず、普段通りに進んでいた。

 止まっていたのは周りの世界や肉体や時間ではなく、私たち一人一人の思考だった。思慮が鈍れば鈍る程、世界が停止したという錯覚も起こしやすい。

 そうなる程に驚き、唖然とした。頭の切れるスキマの妖怪や、戦闘狂の異次元妖夢でさえ、起こったことに反応すらできていない。

 考えを司る脳が機能停止していても、意識の及ばない領域にある神経は作用しているようだ。博麗の巫女越しに居る異次元妖夢の瞳孔が、見る見るうちに縮瞳していき、驚愕している。

 私もそうだ。目の前の敵や、周りの仲間たちと全く同じ顔をしていたに違いない。こんなに至近距離にいるのに、遅れてきたように聞こえてきた金属音と共に、その場にいる全員に同じ結論を出したことだろう。

 

 この魔女は、何時からそこにいた?

 

「……」

 全く何の言葉も発さない魔女は、頼りない細い足で佇み、倒れそうに見えるほどフラフラと体が左右に揺れている。

 先ほど、異次元妖夢のスペルカードを受け、全身を切り刻まれたことでてっきり死んでいたかと思ってた。いや、もしかしたら長くはないかもしれい。

 血まみれで、観楼剣を叩き込まれた痕である斬創が生々しい。死んでいてもおかしくない程に青白い顔をしているが、その弱々しさを打ち消してもお釣りがくるほどに、憎しみや怒りと言った憎悪に満たされた雰囲気に気圧される。

 巫女の首を刈り取るはずだった刀の切先が、月光をキラキラと反射し、回転しながら三人の頭上に舞い上がっていく。

 折れた切先だけでなく、その周りを飛ぶ小さな金属片が、空気をかき分けて飛んでいく音すらも聞こえてきそうだ。それほどに周りは静寂に包まれていた。

 本来ならば、観楼剣で首を切られて殺されていただろう時間に達した。脊髄を肉や皮膚、神経と共に切断され、重要器官の塊である頭部が地面に落ち、二回か三回は転がっているだろう。

 それだけの時間が悠々と過ぎていく。時間にすれば非常に短いのだが、それだけ経過しても誰も言葉を発せず、戦いの行動を起こせなかった。

 人間を含め、あらゆる動物を超える視力を持っているから判別できる。目の前に立つ彼女の左手は、何の変哲もない華奢な腕だ。私が少し力を入れただけで、骨がポッキリと折れてしまいそうな見た目をしている。

 むしろ、私でなくてもここに居る人物たちなら、誰であろうと簡単に骨折を負わせることができるだろう。

 魔力を使わなければ、腕立て伏せを一回だってできるかわからなさそうなのに、異次元妖夢の斬撃を受けた瞬間、派手に激しく損壊を出したのは、観楼剣の方だった。

 私や鬼でさえも折ることは相当苦労しそうな代物を、何の武器も使わずにあろうことか肉体で正面から受け止め、完膚なきまでに破壊した。

 いろいろと考えが追い付かない。イかれた庭師と戦っていたとはいえ、周りに意識を向けていなかったわけではない。なのに、木の枝のように張り巡らせていた精神の網をくぐり抜けていた彼女は、視界の中に突如として出現した。

 目を開いていたはずなのに、幻想郷で最速を謡われる私の動体視力でも、どの方向から来たのかすらもわからなかった。

 初めからそこにいて、気配や姿を消していたから、見えていなかったと言われても納得してしまうかもしれない。それほどまでに、現れたのが唐突だった。

 咲夜さんの様な時の操作とは違う。どちらかと言えば、大妖精の行う瞬間移動の方が近い。そんな考えが浮かんでは消えていったが、それらは全てどうでもよくなる。

 霊夢さんは、助け…られた……?

 最後に浮かんできたのは、博麗の巫女が生きているという安堵と、彼女が割って入って来た意味ない行動に対する困惑だった。

 あと、コンマ一秒でも彼女の出現が遅かったら、確実に死んでいた。頭上で舞っているのが、刀の切先ではなく彼女の頭になっていただろう。

「…っ」

 首元の皮膚を何かが撫でていく。汗や涙と似た見た目だが、成分が100%水であるそれらよりも有形細胞が多く含まれ、粘度が高い。垂れているのが血液だという事を示唆している。

 首の皮が一文字に浅く切られ、僅かながらに出血している。ここからどれだけギリギリだったのかが窺える。もう数ミリ深ければ静脈や動脈が切断され、切り殺されなかったとしても大量出血で死に至っていただろう。

 鈍っていた思考が加速し、それと比例して錯覚していた時間が元に戻っていく。折れた観楼剣を使い、異次元妖夢が魔女の目に刺突を放つ。

 刀を防御した腕でへし折れるほどの防御力を誇っているが、どんな生物でも目は一律に弱点だ。それはあの鬼でも例外ではない。

 それがわかっているらしく、正面から魔女は半分になった刀剣に拳を放つ。刀をへし折った功績のある肉体に金属がひれ伏した。疲労による耐久値の低下を考慮しても、並外れた防御力と攻撃力だ。

 これが、魔力にあらゆる性質を加えることのできる人物の戦い方か。刀は原型が半分ほど残っていた残りを柄ごと砕かれたが、その勢いは握っていた腕にまで及んでも止まることを知らない。

 指先の肉が潰れ、関節がひしゃげ、骨が弾けて肉体の内側から這い出て来た。手のひらが弾け、手首が裂ける。

 肘や二の腕にも例外は無い。潰れて引き裂かれた肉片と砕けた骨片が飛び散る。それが肩まで到達し、肩に拳台の穴を穿つ。

 亀裂の生じた肋骨が露出し、その端からは血液を滴らせる。自分の体が欠損することには慣れているのか、驚いた様子はない。

 にわかには信じられないが、自分が使用している能力以外にあるもう一つの能力により、異次元妖夢の傷が元通りに戻っていく。

 それが治り切るまで、あの殺気を醸し出している魔女が待っているわけがないだろう。大きく前へ踏み出し、拳を打ち放つ。

 この時、もう少し月が雲に隠れ、辺りの暗がりが強ければ、いきなり現れた魔女が淡く、光を帯びていたことに気が付けただろう。

 天狗の中でも、特に視力の良い射命丸文でさえも気が付けなかった。鬼や河童、人間であればもっとだろう。

 魔女の後方にいる霊夢さんは、私たちと同様に動揺から戻っている所の様で、二人に対して戦闘体勢に入ろうとしている。

「………」

 しかし、なぜだろうか。あの魔女と、博麗の巫女が肩を並べて立っていた光景には、とても懐かしさを感じた。

 

 

 一歩を踏み出した。小さな一歩だったが、力を強化しているからだろうか。地面が割れ、周りの人物たちにまで小さくはあるが被害を出した。

 受け身を取り、ズタズタに捲り上げられた地面に着地できる者は多くは無かったが、大部分は受け身を取る前に衝撃に煽られ、体勢を大きく崩して倒れ込んでしまっている。

 一番近くにいる霊夢の被害が大きくなってしまう事に申し訳がないが、それに気を向けている時間は無い。今はそれよりも、目の前の敵を血祭りにあげることを優先しなければならない。

 妹紅の老いることも死ぬこともない程度の能力で、腕がぐしゃりと潰されたという変化を拒み、内部の骨などの骨格から再生が始まった。

 腕一本分の骨が再生したところで、その骨を肩から引き抜き、腹部に蹴りを叩き込んだ。腕を手前に引いていたことで、衝撃を後方に逃がすこともできずに蹴りを食らったようだ。武術の経験がないから定かではないが、相当なダメージを負わせられただろう。

 下半身に力を込め、血反吐を吐いている異次元妖夢に向かい、飛びかかった。前に踏み込んだ時以上に地面が隆起し、それは異次元妖夢の位置にまで達している。迎撃態勢が整っていない状態を、更に滅茶苦茶に崩した。

 衝撃で空中に舞い上げられている異次元妖夢を殴り、地面に叩き落す。爆発があったように周囲の土が弾け、土臭い爆煙を漂わせる。

「ぐっ…」

 いくら怪我を負わせても、異次元妖夢が藤原妹紅の能力を第二の能力で使用している限り、殺すことは難しい。ならば怪我ではなく、一撃で死に至らしめてみることにしよう。

「よくも、霊夢を殺そうとしてくれたな…。」

「……それが、戦争なら…当たり前でしょう?」

 この会話の間にも、異次元妖夢の傷は急速に元の状態へと戻っていく。血をしたたらせていた肩の傷跡も、跡形もなく塞がった。

「当たり前だと思うこと自体おかしいが、それが通じるのは赤の他人であるならば、だ。私の大切な人を殺そうとしたツケを、払わせてやるぜ」

 自分の身内さえ良ければ、周りの他人はどうでもいい。なんて偽善的な回答だ。しかし、今はそれでいい。私の手は、それほどまでに大きくない。手の内側にいる零れ落ちていく人間を、掬い上げることもままならない。

 そんな状態で、手の外側にいる人間を助けられるだろうか。私には無理だ。だから、今は霊夢しか、霊夢だけでも守らなければならない。

「どうやって?見ての通り、あれだけの傷も再生した。貴方に、殺しきれると?」

「殺すんだぜ。他の能力よりも強力に妹紅の能力を使っているようだが、どこまでの傷なら治る?本人よりも脆弱な能力で、死まで帳消しにできるとでも?」

 あの再生速度から、何人の藤原妹紅が犠牲になったのかは想像できない。いや、もしかしたら一人かもしれない。

 指で撫でる程度の血液の摂取では、能力は本当に微々たる上昇だった。意識を集中して向けて、ようやく感じ取れたぐらいだ。そこから、どれだけの量を取り込んだかは知らないが、本人と比べると中間ぐらいの微弱な発動だ。

 その発動具合では頭を吹っ飛ばされても、心臓を切り裂かれても生きていられるのか、異次元妖夢自身もわからないようだ。

「私も知りたいので、やってみてくださいよ」

「ああ、最初っから…そのつもりだぜ…!」

 魔力を放出し、自分の得物を作り出しながら走り出す。異次元妖夢もスキマの能力で、観楼剣を空間から抜刀する。走り出している奴に向け、放出した魔力を得物からレーザーの性質を変更する。

 散在していた魔力が一か所に凝縮され、熱線となって即座に放出される。余裕でそれに対応する奴は身を屈め、レーザーの側面を刀で撫でながらすり抜けた。

 魔力で弾幕を崩壊させ、熱線で加熱された刀剣を振りかぶって襲いかかって来る。レーザーが崩壊した時点で、放出していた魔力には観楼剣の性質を加えた。

 空中に今度こそ生成された刀を掴み取り、凪を放つ。身体能力を強化していることで、攻撃力が高まっている。

 それに対して奴から感じるのは、先と変わらず妹紅の能力だけだ。お互い新品同様だが、錆びている分だけ、奴の方が脆い。

 腕力を得物に乗せて刀を砕き、握る右腕ごと肉体を叩き切る。骨など豆腐同然で、まったくの抵抗を感じない。包丁とは比べ物にならない切れ味だ。

 即座に、切られた断面から人骨が粘土細工よろしく伸び、理科室に置いてありそうな人体模型と、ほとんど同じ腕の骨が形成される。

 血管や神経、筋肉が形成されている最中に、異次元妖夢がこちらに腕を振るう。再生過程の血管は、心臓から押し出されてきた血液で満たされている。

 薙ぎ払うように振られれば、腕全体に遠心力がかかる。当然、血管内部にある血液も同様だ。再生する速度を遠心力のかかった血流が上回り、空中に勢いよく血滴が飛び散る。

 止血や凝固系が働くか、乾かない限りは流動体である血液は、固体である刀で防ぐことはできない。すり抜け、奴の狙い通りに私の目に入る。

「うぐっ!?」

 血の目つぶしだ。眼球に飛び込んでくる光が、血液で不必要な屈折を起こす。見える景色が、度の合わない眼鏡を掛けたようにぼやける。

 動いているのはわかるが、どう来るのかが全く読めない。一か八かで横に大きく飛ぼうとするが、首に激痛が走る方が速い。

 喉を突かれた。脛骨には当たらなかったが、喉笛をかき分け、項側へ刃が貫通する。私の力を奪おうとしている奴にしては珍しく、手元が狂ったようで、喉元の血管が傷つけられた。

 血管から漏れだした血液が、今までの傷以上の出血をした感覚がする。刀が引き抜かれ、腹部に鈍い鈍痛が押し寄せる。

「はぐっ…!?」

 腹部を蹴られ、観楼剣を取り落としてしまった。その挙句、後方によろけて足がもつれ、倒れ込んでしまう。

 目は見えなくても、体勢は把握できている。魔力で弱いが浮遊の作用を足元に施した。足が持ち上がり、体が後転して隙を晒すことなく立ち上がる。

 首からの出血を指で押さえ、反対の手で目元を拭う。余分な水分が除かれたことで、視界がクリアになり、小賢しい真似をする異次元妖夢を睨み付けた。

 小賢しい真似をして何が悪い。そう言いたげな異次元妖夢はワザとらしく肩をすくめるが、そんな休憩時間は終わりを告げる。

 奴から境界を操る程度の能力を感じ、取り落とした観楼剣の代わりに、新しい得物を作り出した。

 それを構えようとした時、足元に転がる私の刀をこちらに蹴り飛ばし、同時にスキマから観楼剣を射出する。

 同時に二本は防げない。体に突き刺さった角度、二つのどちらがどこに当たったらどうなるという被害を考え、戦闘に支障のない方を無視することにした。

 蹴り飛ばされた方は回転し、もしかしたら当たるだけで刺さることは無い可能性がある。あまり期待していないが運に任せた。射出され、矢のように飛んできている方に全集中力を向け、挑もうと刀を構えた。

 だが、聞き流せない、聞き覚えのある音が耳に届いた。それは、何かが高速で飛来する音。いつ聞いたか、こっち側の世界で聞いたはずだ。どこで聞いたか、山だった気がする。私は何をしていた時だったか、鬼と戦っていた時だ。

 それを導き出すが早かったか、落下というよりも飛翔して来た巨大な岩石が、二本の観楼剣を吹き飛ばす方が速かっただろうか。

 萃香の能力で束ねられた岩石ではない。何の変哲のない岩は、ただ投げられただけだ。人間では持つことのない強力な腕力の持ち主によって。

 直径が一メートルにもなる岩が、目の前の地面でバウンドした。一度跳ねた程度で止まるはずもなく、数々の攻防で柔らかくなっている土をまき散らしながら転がっていく。

 私が刀に刺さろうが、どんな形であれ対処しようが突っ込む予定だった異次元妖夢が、大量の土の向こう側から走り出している。

 岩がそのまま私たちの前からすぐになくなったことと、あれを踏みつぶさなかったことは不幸中の幸いだ。蹴られ、後ろに転がって逃げた時、地面に手を付いて魔力を流し、ある罠を仕掛けた。

 奴が近くに接近すると発動する仕組みのそれは、射程範囲に入った異次元妖夢に向かう。奴が近づいたら、物体が形成しながら飛びだすようにプログラムを組んで置いた。

 予定通り、岩石で破壊されなかった魔力は観楼剣を形作り、全力で走り出していた異次元妖夢の腹部へと真っすぐに射出される。

「今度笑うのは、私の方だぜ」

 目の前だったというのに反応しきった異次元妖夢は、右手に握る観楼剣を振るが、再生が完璧ではなかったようだ。いくら老いることも死ぬことのない能力でも、微弱で中途半端であれば、そのようにしか治らない。

 手元が狂い、飛んでくる観楼剣の峰を刃が掠る。青と赤の火花を散らすだけ散らすが、軌道を変えるのには及ばなかった。

 胸に突き刺さり、動きが一気に鈍くなる。その奴に向け、私は走り出している。今度こそ奴の首を刈り取ろうと、観楼剣を掲げた。

 刀を振ってしまい、対応できない異次元妖夢の首へ、観楼剣の刃を突き立てようとしたその直前、全身の毛が一瞬のうちに逆立った。

 異次元妖夢が、ここから状況をひっくり返せる隠し玉を持っていたわけでも、霊夢達が何かをしようとしたわけではない。もっと他の第三者が何かをした。

 今までに感じたことのないこの、どす黒い深淵の様な気配は、まったく知らないとは言わない。殺されそうになればなるほど、より近くで感じることのある、身近な物。死だ。

 それが私たちに向かって来る。長距離から放たれた固有の能力による攻撃には、死を操る程度の能力が含まれていた。

 やばい。殺される。罠にかかった小動物にでもされたようだ。攻撃の最中で、回避行動に移ることがなかなか難しい。異次元妖夢を殺す、またとないチャンスだが、回避に全身全霊を込める。

 こちらに向かって、真っすぐに降りてきていた死の気配は、斬撃から跳躍へと体勢を移行させようとしていた私から、僅かに逸れた。

 これは、逸れたわけではない。始めは私を狙っていたが、放った人物の気が変わり、当たる直前に死を逸らしたという意味になり、これは正確ではない。

 始めから異次元妖夢を狙っていた攻撃は、数百メートル上空から、首元に観楼剣が食い込みかけている奴に降り注ぐ。

「っ…!…は…ぁぁ…ぁ………」

 死を操る程度の能力に誘われ、異次元妖夢は吐息を零しながら魂を異次元幽々子に刈り取られた。自分の人生が終わる死だというのに、奴は最後の最後に口元を綻ばせた。

 狙われているのが自分ではないとわかった時点で、異次元妖夢に抉り込ませていた刀を握る手に、力が籠ったわけではない。攻撃の途中から回避しようとするのに無理があったのだ。白目を剥き、泡を吹いて、あらゆる筋肉が脱力した元半霊の死体を、切り裂いた。

 頭部が回転しながら飛び、私よりも後方の地面にドチャッと不快な音を立てて転落する。殺したという実体のない実感も湧かず、頭の中にあるのは困惑だけだった。

 死を操る程度の能力は幽々子固有の能力だ。こちら側の彼女は死んでいることはわかっている、となれば異次元の者という事になるが、直属の部下である異次元妖夢をわざわざ殺した。

 尋問されて情報が漏れることを恐れたというのは、考えられない。首に刃を突き立てられ、あと数秒で死ぬような奴に、なぜわざわざ自分の位置が知られることをわかってまで殺したのか。辻褄が合わない。

 思考が戦闘からそっちに移ったことで、強化が緩んだのか。別の脅威があることはあるが、霊夢が殺されかけていた目先の問題が解決したことで、気が緩んだのだろうか。体が脱力感に見舞われる。

 その私の前で半壊したビルが、完全に倒壊していくように、異次元妖夢の体がゆっくりと傾いていく。それが倒れ込むのを見届ける前に、新たに現れた異次元幽々子をどうにかするために頭上を見上げた。

「…っ!?」

 魔力でそっくりに形作られた、七色に輝く蝶々の弾幕が、ひらひらと懸命に翼をはためかせて目の前にまで降りて来ていた。

 目が奪われるほど鮮やかな蝶々には、爆発する性質が含まれている。身を翻そうとしたのも束の間、耳を劈く爆音が轟き、爆風に吹き飛ばされた。

「あぐっ!?」

 口や切断面から血液を垂れ流す異次元妖夢の頭部を通り過ぎ、背中や肩を打ち付け、数度体がバウンドした後にようやく止まった。

 すぐに飛び起きて確認するが、体には異次元妖夢に付けられた斬創以外の怪我は、一見したところは見当たらない。危害を加えるわけではなく、死体から私を引き離したかったようだ。

「あらあら、妖夢ちゃんも殺すことになっちゃったわね」

 この場の雰囲気にそぐわない、ゆったりとしたマイペースな異次元幽々子と思われる声が聞こえてくる。舞い上がった土煙を纏いながら、爆心地から首のない死体を抱えた女性が姿を見える。

 薄い青色の服に、濃い青色の帯で着付けられた特徴的な和服。死者が身に着けていそうな三角巾が帽子に縫い付けられており、渦巻き状の模様が描かれている。その手には、日本の風流を感じる絵が描きこまれた扇が握られている。

 扇を持つ方とは反対の手で、庭師というのには戦闘狂過ぎる、死んだ部下を倒れてしまわぬように抱えている。

 長年一緒に寄り添った者が死んだというのに、奴は悲しそうな素振りをすることなく、鮮血を首から零し続ける剣士に目を落とす。

「まあ、いいわ」

 異次元幽々子は、ぐったりと血色が悪い妖夢の着ている服に手を伸ばすと、指で裂いて肩を露出させた。

 普段は隠れている鎖骨や肩が外界に晒された。奴の行動の意味が分からず、油断なく構えていると、異次元幽々子は大きく口を開いた。

 まさか。それをやる気ではないよな。という私の問いを裏切らず、柔らかそうな唇を土気色の肌に這わせ、唾液で湿ったエナメル質の歯を、容赦なく異次元妖夢の肩に文字通り食い込ませた。

「っ……」

 肉を引き裂き、骨を噛み砕く。音だけでも吐き気を込み上げさせる、食人行為をする異次元幽々子に対し、胃の中身を吐き戻してしまった者も少なくはない。

 ルーミアなどの妖怪が、人間を食い殺すことがあるという情報は知っていても、その現場を目撃することはそうそうない。人食いの現場を目の当たりにし、神経の図太くない者から顔を背けていく。

 中々噛み切れない筋線維を、噛みついた肩から頭を引き離す形で引き千切る。ブチブチと肉を裂く音は、不快なことこの上なく、気分が悪くなりそうだ。

 首元をどす黒い血液で濡らす異次元幽々子は、ようやく異次元妖夢の肉体を食いちぎれたようで、口いっぱいに皮や皮下組織、筋、骨片などを含んだ肉を頬張っている。

 それを咀嚼することなく、一息に嚥下する。こちらから見ていてもわかる程に、異次元幽々子の喉を庭師の肉体が通過する。今しがた殺した奴のように、他の人間の肉体を食うことによって、第二の能力を発揮するとかではないだろうな。

 そう思って異次元幽々子を睨んでいると、今まで大事に抱えていた元部下には興味が無くなったようで、その場に捨てた。

 首のない、肩に齧られた痕がある死体が地面に横たわる。これからどうするつもりなんだと、その場にいる全員が緊迫した様子で、異次元幽々子に注目している。

 当の本人は、異次元妖夢を殺すことが目的だったようで、私達には興味を示していない。魔力で体を浮き上がらせ、どこかへと向かおうとしているが、その興味がいつこちらに向かうのかわからない。

 戦える距離にまで接近してきている今のうちに、不安要素を潰さなければならない。持っていた観楼剣の性質を持つ魔力を、レーザーの性質へと変換した。

 瞬きする間に、まばゆい光の放つ光線へと刀が変化し、異次元幽々子の頭部を貫かんと爪を伸ばす。敵意を向けられた奴は即座に行動を開始し、周りにいくつもの魔力で形成された球体を発生させる。

 そこから放たれたのは、薄く引き伸ばされたレーザー型の弾幕だ。あと少しで皮膚を焦がし、顔面の筋肉を焼け爛れさせられたというのに、弾幕によって打ち消された。

「あらあら、好戦的ね。私は貴方たちと戦いに来たわけじゃないから、できれば争いは避けたいのだけれど?」

「お前らの言うことを信じろって?本気で言っているのか?」

 私が闘う姿勢を崩さない為、異次元幽々子は少し考えた後、頬を少し緩ませて笑みを浮かべた。

「仕方ないわね。少し、遊んであげるわ」

「お遊びで終れると思ったら大間違いだぜ」

 私が魔力で後方に下がるのと、異次元幽々子が急上昇しようと、魔力で浮き上がるのはほぼ同時だった。星形の弾幕とレーザーを駆使し、掃討を開始する。

 この異変が始まってからという物、弾幕勝負で戦う機会が殆どなく、腕が鈍っていたことを差し引いても、すぐに察せた。

 数々の弾幕が交差し、奴のレーザー型や蝶々型の弾幕が私の元にまで到達する。私のレーザや星型弾幕も、奴の元に飛んで行っているのもあるが、かすりもしていない。

 頬と肩を奴のレーザー型の弾幕が掠り、肉を一部持って行かれた。身を翻し、さらに十数発飛んできていたレーザーを、すんでのところで避けきった。

 私よりも高所を維持する異次元幽々子を中心に、空全体を覆う勢いで大量の弾幕で彩られていく。

 蝶々型の弾幕が扇状に精密に並んで広がり、端から端まで七色にグラデーションがかかっている。一匹として同じ色のない弾幕を左右上下、あまりある周囲の空間をふんだんに使って回避を先行する。

 計算された攻撃に、思っていた以上に反撃する隙が無い。

「生まれや育ちで、私と妖夢の主従関係が決まっていると思っているのかしら?私は、自分の実力であの子の上にいる」

 異次元幽々子周囲で、いくつもの魔力の輝きが確認される。大量の魔力で形成された球体が凝縮され、通常よりも強い光を放っているのだ。

 瞬き一つ一つから、直径七十センチほどに相当するレーザーが連射された。射間を考えられていないこの弾幕は、レーザー同士が被さっている。

 散弾のように、撃ち出された断頭同士にある程度の間隔があれば、その間を縫って避けることは可能であったが、重なり合って隙間を埋め尽くされているせいでそれが適わない。

 私を狙っての攻撃であるが、奴が後方で組織全体の体勢を整えている霊夢達も、撃ち抜けるように意図的に射撃したのだろう。

 彼女たちの位置に着弾する頃にはこの弾幕もある程度はバラけ、当たり辛くはなっているはずだが、それでも混乱は避けられないと思われる。

 飛んでくる弾幕のせいで異次元幽々子の姿を目視することができないが、レーザーの向きから射手のいる方向をある程度は絞り込める。

 正面から受けて立ち、あれらを全て消し飛ばしてやろう。ポーチの中からミニ八卦炉を取り出し、マスタースパークの性質を持った魔力を送り込む。

 高出力の魔力によって、停止していた八卦炉が起動する。熱と光の魔法が組み込まれたスペルカードにより、八卦炉全体が熱を帯び、わきの露出している金属から排熱が始まる。

「恋符『マスタースパーク』」

 辺縁が八角形の八卦炉の中心には、白と黒の勾玉が合わせられた模様替えが描かれている。その丁度真上にゴルフボール台の輝く球体が出現する。

 スペルカードの核といえるその球体が、前方に進みながら肥大化し、自分の身長を楽々と飲み込むほど極太のレーザーが照射された。

 地下などの閉鎖された空間に居なければ、幻想郷のどだろうとこの光は届いただろう。遠くから見れば天へと昇る光る梯子は、射線上にある全てのレーザーを消し飛ばし、異次元幽々子がいるであろう場所を薙ぎ払う。

 自分どころか、身長が二メートルを超える勇儀ですらもやすやすと飲み込むレーザーに、当たったかどうかを確認する術がない。

 その時に合わせて回路を組んでいるため、早々にスペルカードを打ち消し、幽々子の姿を視界へ納めようと空を見上げる。彼女の姿は、この広い空のどこにもない。

「どこに…」

 後方に回られているだとか、私よりも低所に移動しているという事もない。見回す角度を変え、自分と同じ高度に視線を移動させると、異次元幽々子の姿が森の上空に小さく見える。

 あれだけのことを言っておいて、元から戦う気はなかったらしい。

 探している時間が長く、だいぶ距離を放されていた。目測からして最低でも二百メートルは離れていそうだ。

 マスタースパークは無駄に終わってしまったな。まあ、霊夢達に被害が出なかったことでいいとしよう。それよりも、異次元幽々子を追うか放っておくかだが、当然追う。

 こちらに危害を加えるつもりがないのなら、見逃してもいいが、わざわざ姿を晒してまで異次元妖夢を殺したり、あの行動。何か裏があるに違いない。これから危害を加える予定の奴を、見逃すつもりはない。

「待ちやがれ…!」

 魔力で移動を加速させ、異次元幽々子の方向へ突き進んだ。こっちと同じなら、奴は移動速度が出ない。程なくして追いつくだろう。

 すぐに異次元幽々子が通過した森の切れ目に到達する。距離はおよそ五十。通常の弾幕勝負をするとすれば、十分な射程範囲だ。足が速く、射程の長いレーザーなら特に。

 高速移動したままレーザーを放つ。欠点の一つである、弾幕が放射する光によって、感づかれてしまったようだ。横に体を傾かせて射線から大きく退いだ。

 移動しながらもこちらに向き直り、七色の扇を全開まで開く。その扇自体に弾幕の回路が掘り込んであるのだろう、魔力を流して振るうだけで蝶々の弾幕となる。

 センサーか何かがプログラムの中にあるようで、扇の風を受けた部分から弾幕が出るようだ。弾幕の量を扇を開く程度で調節し、振るう大きさで範囲を決める。その状況によって調整できるとは、何とも使い勝手のよさそうな武器だろうか。

 大量の蝶々が出現し、逃げている異次元幽々子の姿が羽に覆われて見えなくなった。数百はくだらない数だが、量が量だけに一匹当たりの攻撃力や耐久性能はスカスカだ。

 レーザーから魔力の性質をエネルギー弾へと変更し、準備が整い次第放った。眼前に広がる弾幕の一つへと飛び立ち、直撃するとプログラム通り小さく弾けた。

 そこに含まれるエネルギーが全て、前方に進む衝撃に消費された。空気を押し出し、目で見えるほどの衝撃波となって、その場所から後方を飛ぶ全ての蝶々を粉砕する。

 一体一体に備わっていたプログラムごと、衝撃波で破壊されたことで、形状維持ができずに塵と化す。

 衝撃波が薙ぎ払った周囲を、蝶々の弾幕が飛び交い、キラキラと淡い光を放つ塵が舞い上がる道が、自然と出来上がる。その奥にまたもや異次元幽々子の姿は無い。

 しかし、まったく見当がついていないわけではない。大量の蝶々が舞う奥で、奴と思しき人影が、森の中へと降下して行っているのがなんとなく見えた。

 蝶の波を超え、海のようにどこまでも続いているように見える葉っぱの絨毯にダイブする。見た目以上に実体のある葉っぱと枝をへし折りながらかき分け、葉が茂っている樹冠部分を通り抜ける。

 前方に異次元幽々子の姿を視認する。奴へ向けてレーザーを放とうとした時、ふと、不安が脳内を過る。

 本当に異次元幽々子に戦う気がないのであれば、私が弾幕の処理をしている間に、空の向こう側に存在する冥界に帰ればいい。なのに、なぜそうしないのだろうか。こんな森の中よりも空の方が勝手がきく。森の中に逃げ込むという選択肢は愚策といえる。

 しかし、別の観点から見れば、そうはならない。例えば、私を誘い出すためだとか。

 そう思ったとたん、視界全体が森の中にある色としては、カラフル過ぎる紫色に覆われる。

「なんっ…!?」

 目元から後頭部に駆け抜ける衝撃に、上半身が後方へとのけ反り、方向感覚が狂ったことで魔力での浮遊が途切れてしまう。

 スピードを出していたせいで、地面に落ちるまでに数秒かかった。方向感覚を戻す前に後頭部から落下し、十メートルも地面を転がった。摩擦力で速度が削がれ、止まったころには全身が砂で薄汚れてしまう。

「うっ…くぅっ…!」

 髪や顔についた砂を振り落としながら、自分が転がって来た方向に目を向けた。木の裏側からの奇襲だったが、そこには誰もいない。

 周囲に魔力の反応がないか意識を向けると同時に、その人物を特定する性質を検知する。異次元妖夢が使っていた微弱な物ではなく、本物の境界を操る程度の能力。

 私に危害を加えてくるという事は、そいつは今まで姿を現さなかった、異次元紫だ――。 

 どの方向かを探らなくても、答えは向こうからやって来る。左腕を乱暴に掴まれ、その方向を向くよりも早く、大量の目が奥に見えるスキマの中へと引きずり込まれた。

 スキマをくぐり抜けた後でも、景色が変わらないことから森の中だとはわかるが、先ほどまでいた場所からの位置関係がわからなくなる。しかし、そんな考えもすぐに吹き飛んだ。

 こっちの紫と、容姿がほとんど変わらない異次元紫の姿を確認する前に、自分の腹囲よりも太い木へと叩きつけられた。

 伸縮がコンクリートや鉄よりも優れている木が砕け、それに見合った激痛が背中側から反作用で帰って来る。

「ああああああああああっ!?」

 身を守るよりも速い一撃に、脳の処理が追いつかない。体中を余すことなく衝撃が反響し、内臓を徹底的に痛めつける。

 吐血し、力なく異次元紫の腕から垂れ下がっていた私はすぐに解放され、投げ捨てられた。膝から地面に崩れる。倒れはしなかったが、背骨をやられているのか足に力が入らず、今までに経験したことのない激しい痛みに襲われる。

「ごほっ…」

「さあ…楽しんでぇ」

 異次元紫はそう呟くと、私を挟む形で左右にスキマを出現させた。高さも太さも4~5メートルもあり、人一人を倒すとしたら過剰過ぎるだろう。

 動きたいのにこの場から動けない。やっとの思いで左側のスキマに目を向けると、その奥からは今まで見たことは無いが、外の世界では電車と呼ばれる鉄の塊が向かってきている。

 通常の線路を走る速度を、大きく上回る加速をしている。この反対側からも豪速で、車両が数台連結した電車が放たれている音がする。

 逃げようとする抵抗もむなしく、電車と電車の衝突音と骨格がひしゃげて歪む金属音に、私の叫び声は掻き消された。

 




次の投稿は、8/22の予定です。


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東方繋華傷 第百三十七話 死者から生者へ

自由気ままに好き勝手にやっております!


それでもええで!
という方のみ第百三十七話をお楽しみください!










申し訳ございません!!!今回、少々場面の転換が多いです!


 豪華。といえるほどではないが、それなりに綺麗な装飾が施され、見栄えのいい家具が部屋にいくつか置いてある。

 洋風程の派手さはないが、日本古来の趣がある一室。そこにとある人物たちを呼び寄せ、これから行う予定の計画を伝え終えた。

「というわけなので、これから奴らは力を付けるために大きく動く。それを奪うために、我々もそろそろ行動を開始しましょう」

「……あ…ああ」

 私の前には、二人の人物が立っている。そのうちの片方からは、任せるとしたら頼りがない、迷っているような返事が帰って来る。

「なんですか?何か言いたいことでも?」

「い、いや……そういうわけじゃ…」

 本当に大丈夫なのだろうか。並んで立つもう一人に目を向けても、彼女は目を逸らすだけだ。あまり目を合わせようとしないことに憤りを感じるが、二人は何か意見があるわけではない。

 私の言う事を聞きたくなくて目を背けているわけでも、自信が無くて便りのない返事をしているわけでない。単純に、私を恐れているだけだ。

 恐れている、それはいい傾向だ。人を恐怖で縛り付けるのには、少なからず限度がある。無理やり従わせられている事に対しての反発心、憂虞からの解放、自由への渇望。簡単に上げるとすればこんなところだ。

 しかし、数時間から数日。私が力を得るまでの短時間であれば、確実に縛り続けるだけの効力はある。

「なら、さっさと手はず通りに動いてください。それともなんですか、今まで散々助けてあげてきたというのに…今更命令には従えないとでも?」

 少し威圧をかけると二人は顔面を蒼白させ、しどろもどろになりながらも、私の命令を順守する意向のようだ。

「ち…違う…!……わかったから、そう急かさないで!」

「なら早く向かってください。従う気があるのであれば、言葉ではなく行動で示すことです。でないと、私ではなくあの方に殺されますよ?それでもいいんですか?」

 私がそう言うと、二人は顔を見合わせ、顔を青くしたまま予定の場所へといそいそと向かい始める。片方は走り、片方は空を飛ぶ。緊張しているのが後ろから見てもわかる程、肩に力が入りっぱなしだ。

 肩の力を抜いて気楽になるように言うのを忘れていたが、まあいいだろう。失敗しても死ぬだけだ。

 そう言えば、彼女たちに話しそびれていたが、撒き餌である彼女たちは、どっちみち死ぬか。それは仕方がない事である、餌とはそういう物だ。

 二人がいなくなり、屋敷の外に飛びだしたことが、飛んでいく背中からわかる。それを眺め、ククッと喉を鳴らして笑う。

「……。あの方……ね……。……もうすぐですね」

 

 

 重量が数トンはくだらない、巨大な電車という金属物は、目にも止まらぬスピードで突っ込んでいく。

 彼女が向いている方向と、その逆からも電車は向かっている。距離的に後方側から向かっていた乗り物に、魔女は背中を跳ねられた。

 スキマから射出されても、魔力による加速が続いていたらしい。前面部に衝突すると、彼女の体はすくい上げられた。止まっていたはずの体が、向かって来る電車へと自ら進んでいく。

 一秒もせずに飛んでくる車両の正面衝突に巻き込まれ、押しつぶされる。金属が歪み、衝突し、擦過する。その過程で摩擦による温度上昇で火花が発生し、衝突部のあらゆる場所でオレンジ色の花火が咲いた。

 金属が千切れる音なのか、魔理沙の肉が潰れる音なのか、骨が砕ける音なのか、折り重なり過ぎて何が何だかわからない。辺りに響き渡る割れるような爆音に、何もかもがかき消された。

 痛みなど、感じる暇もないだろう。

「あらあら、ここまでやっちゃっていいのかしら?」

「さぁ」

 衝突し合った電車は、どちらも一つの車両が丸々ひしゃげて原形を留めていない。普通の人間なら、潰れた車両以上に形状を維持することはないだろう。潰れる程度ならまだましだが、引き裂かれてひき肉になるのが大体のたどる道だ。

「だって、死んだらどうするのかしら?十年間も、あなたが好きなこの世界も、どぶに捨てるのと同じよ」

 元友人である幽々子がそう言うが否や、潰れて止まっていたはずの電車が、不快な金属音を不気味に響かせ、独りでに動き始めた。

「ほらね…こいつは大丈夫よぉ」

 電車と電車の衝突部が、どこにあるのかわからない。潰れたパンケーキのように一体化している車両を引き剥がし、その間にいるであろう魔女を、掘り出す作業に移ろうとしていたが、その必要はなさそうだ。

 突如、弾かれたように金属の塊が動き出す。潰れた車両が私たちの方向へと飛ばされ、それに連結している残りの車両も続いていく。まるで巨大化したパンジャンドラムのようだ。

 数十メートルの範囲を押し潰すロードローラとなった電車は、仮に私たちを引き裂いたとしても、即座に止まる勢いではない。数十メートルに渡って、進行の障害となる物体を破壊するだろう。

 足での移動では、到底逃げ切れない。私は能力を使用して自分の体をスキマで包み、幽々子は体を浮遊させた。境界の先は、転がる電車の通過後へとつなげていたため、特に大きな動きをせずに済んだ。

 転がる物体の大きさが大きさゆえに、木々を数本なぎ倒した程度では、重量のある電車は止まれない。数十本の木を根元からへし折り、木の幹をミキサーを思わせる威力で粉砕する。地形の関係で盛り上がった傾斜に差し掛かり、ようやく停車した。

 ここで鬼が暴れた痕のような惨状が、たった数秒で築かれる。まだ完全に覚醒していないというのに、これだけの力を発揮できる。手に入った後が楽しみだ。

「はぁ…!はぁ…!……この……くそ野郎…!」

 息も絶え絶えで体中の骨が砕けているのに、彼女は自分の足で大地を踏む。よろけてはいるが、こちらに歩を踏み出した。

 ズタズタに裂け、皮膚を突き破っていた骨が体内へと戻り、裂傷が塞がる腕をこちらへと向けた。拍手を送りたくなるほどの回復力だが、十年前はこんなものではなかった。

「まだ…足りないみたいねぇ」

 体を軽く傾け、飛来して来たレーザーを避けた。後方に横たわる電車を焼き、その高温に物を言わせて金属を融解させる。あっという間に反対側にまで届き、その奥に群生していた木々の一本を炎上させる。

「貴方の相手は私じゃあないわぁ……今なら霊夢でもなんとかなるわねぇ?」

 照準を付け直し、再度レーザーを放とうとした霧雨魔理沙の前に、遅れてやってきた博麗の巫女が着地する。

 放とうとするのと、着地のタイミングは随分と際どかった気がするが、その手前で既に腕を弾き飛ばしていたようだ。血まみれの赤い腕が、普段なら曲がらない方向に屈曲している。

「うぐっ!?」

 そして、着地した直後に首元、わき腹、胸に一度ずつお祓い棒を叩き込んだようだ。更なる攻防を繰り広げるつもりだった霧雨魔理沙は、拳を振り抜こうとしてそのまま地面に崩れ落ちていく。

 電車に挟まれても生き残っている防御力に加え、腕が十秒程度で治る再生能力。それを活かしたとしても、霊夢の勘が働いたらしい。肉体を打撃が貫いた。

「っ……かはっ…!」

 私の攻撃で大分ダメージが蓄積していたようだ。膝と手を付いて、倒れ込むのを防いだとしても、その先には行けない。現状を維持して回復に専念するので精一杯と言ったところか。

 血反吐を吐く魔女をその場に放置し、こちらに向かって巫女が歩いてくる。私は頭を使いすぎて少々疲れた、後は2人に任せるとしよう。

「霊夢…後は任せたわよぉ」

 そう伝え、頷いた彼女と幽々子をその場に残し、私はスキマを潜った。

 

 

「くっ……そっ…!」

 電車に挟まれたダメージが、抜けきっていない。例え完璧に再生させ、傷が治ったとしても感覚は残る。

 傷が治る性質を持つ魔力を体中に巡らせ、痛みはすぐに引いたが、それのせいでいつまでも立つことができなかった。だが、その感覚すらも治る性質の魔力を全身に巡らせ、手足の自由をようやく取り戻すことができた。

 少々混乱している。私が持っている世界の知識と、自分のできる事の差に頭が付いて行けていない。特に最近は酷い。自分の中の常識が覆されている。

 未知の領域に足を踏み入れているせいで、常に手探りの状態だ。以前の知識が邪魔をして、それにとらわれてしまっている。じっくりと考えて実験する暇もなく、どこまで応用できるのか測れない。

 考えることは後ででもできる。今は、目の前にいるこの戦争の首謀者を叩き潰す、これだけを考えなければならないな。

 足腰に力を込め、上体を起こす。標的となる二人を見据える。異次元幽々子には、まんまとこの場所へと誘い込まれてしまったが、そのおかげでこうして作戦の核となる巫女と対峙するのに成功した。

 意図していなかったが、ここで戦いを終結させる。太陽の畑で戦って以来、奴が前線に来ることは無かった。しかし、今こうして出張って来たという事は、力を手に入れられる段階に移っているのか。もしくは、打つ手なしで他の者に力を取られるぐらいなら、私を今ここで殺そうとしているのだろうか。

 後者はなさそうだ。殺す気なのであれば、徹底的に行うだろう。異次元紫が居なくなることは無いはずだ。

 となれば、奴らが私の力を奪おうとしている。と考えられる。何をされても対処ができるよう、魔力などに意識を向ける。

 異次元紫がスキマを閉じてしばらく経つというのに、その周囲からは未だに境界を操る程度の能力の性質を感じ取れた。帰ったふりをして、スキマを閉じきっていないだとか、見えない場所にスキマを開いているわけではない。なぜなら異次元紫本体の魔力はこの場にはない。

 奴はスキマで瞬間移動に近い形で急に現れる。常にどこからか狙われている、という事が前提で戦うとしよう。

 異次元霊夢は接近戦を得意とする。得物が何もないのは不安だ。バックの中に仕舞っておいたキューブに刀の性質を加え、妖夢が所持するのには短く、細くて心許ないが、私が扱うのにはちょうどいい刀を作り出した。

 粒子状の物体を手元で刀へと形作らせ、それを二人に向けて迎撃もしくは攻撃の体勢を整えた。

「魔理沙ぁ、咲夜たちは…ちゃんと殺したのかしらぁ?」

 三人が死んだという知らせは、とっくに回っていると思っていたが、緻密な情報網が構築されていないのだろうか。いや、始末をつけた再確認をしているだけか。

「ああ、後はお前だけだぜ。…お前を殺せば、この異変は終わりを迎える」

 お祓い棒を手元で弄びながら私の話を聞いていた彼女は、こちらにお祓い棒を向けた。何かの攻撃かと思ったが、そう言った魔力の流れは感じない。

「本当に…ここで私を殺せば戦争が終わると思っているのかしらぁ?」

「どういうことだ?」

「妙蓮寺とか他の連中も同様に力を狙っているのもあるけどぉ…今の段階で私だけを殺しても…終わりを迎えることは無いわぁ」

 他の連中も狙っていることは知っているが、奴だけを殺しても終わりを迎えない?幽々子や紫、幽香が残っている。そう言いたのだろうか。

「幽々子と幽香のことを言っているのか?なら、そいつらも叩き潰すまでだぜ。まあ、お前を殺して博麗の巫女よりも強いことがわかれば、下手に手を出してくることもないだろうぜ」

 私がそう言うが、霊夢は口元を緩ませ、クスクスと笑った。そして、違う違うと私の考えを否定する。

「幽々子も幽香も…魔理沙の力には興味ないわぁ…」

「なら、誰のことを言っているんだぜ……残りの連中は、私が……」

 殺したと続けようとしたのを、異次元霊夢に遮られた。そんなことはあり得ない。と、否定したいが、ザワザワと胸の内が嫌な予感を予見する。

「いるじゃない…力を求めてる咲夜たちが…ねぇ?」

 私は、異次元幽々子がした不可解な行動の意味、異次元咲夜と異次元妖夢が死の直前に笑うだけの余裕があった理由を、分からせられる時が来たようだった。できればその時は来ないことが望ましく、奴らの邪魔をしたかった。

 異次元霊夢のペースに飲まれており、攻撃するという考えに至らず、ただ奴らを傍観することしかできない。

 ようやく思考するに脳の回転が及んだが、

 

 そんなのありかよ。

 この一言を絞り出すのが限界だった。

 

 

 同時刻。

 

 異次元妖夢に荒らされ、また仲間を数人やられた。異次元幽々子の出現などで混乱していたこの場は何とか収めたが、再度治療に専念して動けなくなりそうだ。

「博麗の巫女、あの魔女はどうした?」

 異次元妖夢にスペルカードで吹き飛ばされた勇儀は、いつの間にか戻ってきていたようで、そう私に聞いてくる。

 それよりも、切断された腕や足を治した方がいいのではないかと思うが、鬼は再生能力も高いのだろうか。どちらも傷跡もなく治っている。

「…さあ、敵の幽々子が現れて…そいつを追って行ったわ…どうかしたの?」

「いや、いないならいい……萃香は?」

 勇儀は四肢の切断された部分に、こびり付いたままの乾いた血痕を、鋭い爪でこそげ落としつつ彼女の容体について聞いてくる。

「…さあ、でも…あまり良くないみたいよ。表面だけじゃなくて、体の内側まできっちり焼かれたようなものだから」

「そうだよなー…まあ、大丈夫だろ。萃香のことだし」

 信頼しているようで、あまり心配していなさそうな勇儀は、その場にどっかりと座り込むと、地面の上に寝そべった。

「移動するときに呼んでくれ」

「…ええ、わかった」

 勇儀が目を閉じ、眠ってしまったため、この場にいる意味も無くなった。見回りのために離れようとすると、近くに天狗が翼を羽ばたかせてゆっくりと降りて来る。

「霊夢さん。見てきましたよ」

 翼と腕を切り落とされた文は、永琳に治療をされている。その代わりに、他の天狗にとあることを頼んでおいた。

「…どうだった?」

「霊夢さんが言った通り、向こうで死んでる早苗にも、妖夢と同じ噛み傷がつけられていました……いったい何でこんなことを?」

「…わからない。今の段階では何も言えない」

 奴が大食いで、食べ物がないからではない。おそらく、第二の能力が絡んでいる。異次元早苗の時もそうだが、今回も異次元幽々子が能力で手を下した。

 わざわざ出て来たところを考えると、私たちに殺されると不都合なことでもあるのだろうか。いや、殺されて不都合など、争っている人物の間でそんなことはないだろう。

 まさか、自分で殺した人物たちを、ネクロマンサーのように操るわけじゃないだろうな。死体も残っていて死んだ本人の魔力も通っていない。魔力を使って、アリスの人形のように操れるだろう。

 しかし、その程度なら、わざわざ死体に食いつく理由にならない。もっと別の狙いがあるのだろうか。

 

 

 異次元幽々子が上に顔を傾け、そのすらりと長い指をまっすぐに伸ばし、唇に添えた。閉じていた口をゆっくりと開くと、指を口内へと滑り込ませた。

 第一関節、第二関節が消えていき、指から手のひらに移行しようとしたところで、指先が喉の奥に到達したようだ。

 異物が喉の奥に入ったことによる、嘔吐反射が誘発された。異次元幽々子がえずき、喉に突っ込まれた異物を押し出そうと、胃の内部に存在する物体が吐き出された。

 喉が膨らみ、胃から移動して来た吐瀉物が口からまき散らされる。ほとんどは胃液で、溶解した食物などを見ることにはならなかったが、吐き出された物から吐き気をも要しそうになる。

 先ほど飲み込んだ異次元妖夢の一部以外に、二つの肉塊が嘔吐物の中にあるのが見える。私の考えが間違っていなければ、残りの二つは異次元咲夜と異次元早苗だろう。

 私の、当たってほしくなかった予感は、的中してしまった。初めて感じる性質だったが、それがどんな効果がある物なのかは、感覚的に理解した。

 彼女が吐き出した肉体を媒体に、死んだ彼女たちをここへと召喚する。止めようにももう遅い、異次元幽々子の第二の能力が発動する。

 自然と乾いた瞳を潤すために、瞼を閉じた。1/10秒にも満たない瞬きの前に、その方向には異次元霊夢と幽々子の二人しかいなかったはずだった。だが、瞼に覆われた一瞬の暗闇の後には、人影が三つも増えていた。

 いるはずのない人物。本来なら、居て良いはずのない、居るべきではない人物らが、何の前触れもなく出現した。

 どういう能力かを使われる直前に知れたとしても、実際に見るのとではインパクトがあまりにも違いすぎる。

 何かをされたわけではない。銀ナイフが飛んで来たり、弾幕に撃ち抜かれたわけではない。下に傾けていた顔を上げ、奴らは歪んだ笑みを向けた。ただそれだけで、私は刀を取り落としそうになり、前に進もうとしていた足が縫い付けられたように動かなくなった。

 奴らが醸し出す、背筋が凍り付きそうになるほどの敵意や殺気。狂気の炎が鈍く揺らめき、覗き込まれるだけで萎縮し、許しを請いてしまいそうになる瞳。理性のタカが外れ、狂いに狂った異常者。その言葉が似合う笑みは、常識的な道徳観や理性、倫理を擁するどんな人間も狂わせるだろう。

 それらを感じ取る感覚器官は、正直に結論を出す。見間違いや勘違いではなく、あそこにいるのは紛うことなき、奴らだと。

「そ…んな……」

 気のせいだと思いたかった。何かの間違いでそう見えただけだとか。それとも、私が疲れているだけで、嫌な物が幻覚のように見えてしまったと。

 やりたくはなかった。彼女たちに意識を向けることを、躊躇した。そこにこの手で首を飛ばし、殺した奴らが居ると思うと、怖くて視認し続けることなどできなかった。

 しかし、そう見えたのであれば、気のせいで済ませてそのまま無視することもできなかった。

 どうか、気のせいであってくれ。私の早とちりであってくれ。異次元幽々子の能力の性質から、理解していたとはいえ、そう願わずにはいられなかった。

 異次元霊夢と異次元幽々子の他に、先ほどまでなかった魔力の性質が、見えた人影の数だけ間違いなく確実に存在している。

「っ……嘘…だろ…………」

 決死の思いだった。全身全霊を込めて全力で戦った。アイデアを捻りだし、やっとの思いで殺した敵と、敵達と、また戦わなければならない、そうなったらどうだろうか。

「嘘じゃないですよ。また…殺り合いに来ましたよ?」

 異次元咲夜は、魔力で作り出した本物の武器を、ゆっくりと私に向ける。頭上を覆っている木々の間から漏れて来た月明かりに照らされ、銀ナイフがきらりと光る。

 そんなの、絶望的だ。奴らは、同じ手は食わない。何よりも、一度目にあったこちらに対する油断は無くなるだろう。私達だって異次元幽々子が、そういうことをできる人物だと流石に理解する。次に生き返らせるために何かをしようとしても、こちらも邪魔をする。

 そう言った観点から、奴らにとっても死んで見せるだけの余裕はなくなる。一度目以上に、戦闘が苛烈になることが予想できた。

 しかし、苛烈になるだろうか。私に殺され、戦い方を知っている奴らは、それの裏をかいてくる。戦いではなく、蹂躙が繰り広げられるだろう。

 頭の中が整理できない。思考がぐちゃぐちゃに飛び交う。咄嗟に逃げるか戦うか、その判断も下すことができない程に混乱している。

「…」

 逃げられるだろうか、この連中から。一人は時を操り、一人は白狼天狗の走力を上回る。戦い、勝利を掴めるだろうか。幻想郷を統べる博麗の巫女と、あらゆる攻撃に干渉できる者に。

 どちらも無理だ。一度目よりも可能性はぐっと低くなるが、単騎撃破していくのであれば殺せるだろう。単騎であれば逃げ切れるだろう。

 実験段階の域を出ない私の力では、一度に彼女たちを全員撃破することは、到底不可能だ。

 防御本能から、一歩後方に足を後退させようとした。性質に意識を向けていたことが功を奏し、時を操る魔力の性質を奴らの方向から感じ取った。

「貴方に言われましたので、能力をふんだんに使うとしました」

 異次元霊夢達がいる方向から異次元咲夜の姿が消え、奴の声が後方から聞こえてくる。振り返りたくても振り返れない。目の前には大量の銀ナイフが、空中にずらりと並べられている。

 容赦のない投擲攻撃。肩や胸、腹部や足、体中のあらゆる場所に銀ナイフを叩き込まれた。それだけではなく、いつの間にか銀ナイフでは付けられないような、大きな斬創が刻まれている。

「かぁっ…!?」

 異次元咲夜の銀ナイフごと、異次元妖夢が切り裂いたようだ。体に刺さっている銀ナイフの柄などが刃から切り離され、いくつか地面に落ちて行く。

 腕を、手を、指を、奴らに抵抗を示すために、動かすことすらもできなかった。切断された銀ナイフの柄が、地面と接触して刺さったり転がる様子を、ただ眺める。

 切り裂かれ、中身の内臓が零れ落ちそうになった腹部を、ダラッと垂れ流す直前に手で上から塞ぎ込んだ。

 傷口を圧迫しても、その間を縫って溢れて来た鮮血が、腹筋の下にまで至っている斬創からゴボッと溢れ出す。

 その怪我を再生させることに、意識を向けることもできない。間髪入れず、切断された銀ナイフの柄が落ちている地面に、一発の正円型弾幕が着弾する。

 地面に接触と同時に、弾幕に含まれている爆発の性質が起動するようになっているらしく、淡青色の魔力が放出され、煌めいて爆発を起こした。

 膨れ上がった炎が押し出す空気に、全身をしこたま殴られ、高温の炎に肌を焼かれる。爆風に足元をすくわれてしまい、されるがままに後方に吹き飛んだ。

 先ほどまで確かにあった、風船のように膨らんだ戦闘本能は萎み、どこかへと飛んで行ってしまったようだ。代わりに、ここから逃げなければならないという逃走本能に触発された。

 私が奴らを倒すことができたのは、各個撃破を徹底していたからだ。たまたま戦闘になった時、そこに居たのが一人だっただけともいうが、それのおかげで異次元早苗に始まり、異次元咲夜と異次元妖夢も殺すことができた。

 その三人と異次元霊夢を同時に相手にするなど、自殺に等しい。退くことも戦いだ。奴らを分散させ、また個別に殺していくしかない。

 逃げ切れるかはわからないなど、言っていられない。逃げ切り、霊夢達に奴らの注意が向かないようにしなければならない。

 この四人が霊夢の元に殺到したらと考えると、ぞっとする。スキマで移動させられたせいで彼女達との距離がわからないが、近いのであれば霊夢達をすぐに撤退させるべきだ。

 そう言う意味もあり、紫へ連絡と撤退までの時間を稼がなければならない。爆風で地面に転げ落ちた、鉛のように重たい体に鞭を打つ。

 ある程度奴らを引きつけつつ、逃げ回る算段を立てる。奴らがどの程度の距離離れているかわからないが、よろけながらも転がった方向に向かって走り出した。

 

 

 

 そこまで長い間ではないが、眠っていた様に意識の全くなかった状態にあった。それは蘇生されてから思い出したことだが、初めて体験する死という現象に、驚きは隠せなかった。

 しかし、そんなことはどうでもよくなる。呼び出された先には、私たちが求める力を持つ、霧雨魔理沙が立っていた。

 黄泉の国から蘇って来た私たちを見て、表情が土砂降りの如く曇った。瞳の色からわかる、彼女は絶望している。私を殺すとき、魔女は決死の戦いであったことは言うまでもない。手の内を知られてしまっている相手を、もう一度相手にしなければならないとは、軽く悪夢だろう。

 譫言を呟く魔女に、私は優しく返答を返してあげた。

「嘘じゃないですよ。また…殺り合いに来ましたよ?」

 能力で時を停止させ、霧雨魔理沙にゆっくりと近づき、銀ナイフを構えた。彼女の周りにそれらを配置しようとすると、自分と戦った時と様子が違うことに気が付いた。

 真っ暗な森の中で、彼女の姿だけなぜかくっきりと見えている。そこまではっきりしているわけではなく、雲に隠れている月光のように朧げだが、よく見なければ分からない程に体の周りが淡く発光している。

 これが、博麗の巫女が言っていた、準備とやらが整ってきている証拠だろうか。私はそう思考を巡らせ、魔女の前に銀ナイフを配置する。

 もし、準備が整っており、力を手に入れることができる段階に入って来ているのであれば、手に入れる方法を知らない私は博麗の巫女の出方を見た方がいいだろう。

 魔女の後ろへと周り、停止した時を正常に刻ませた。配置した銀ナイフは、私がいる位置に飛んでこないようにしておいた。魔理沙に当たらなかったナイフが、五センチ程横を通り過ぎて行く。

 胸などに複数の銀ナイフを受けたことで、魔女の体がガクンとその重心を下げ、倒れ込みそうになっている。そこへ庭師の剣術が炸裂し、刺さった得物ごと標的をぶった切る。

 この十年で分かっているが、この剣士はあまり頭が良くない。本能で戦っている部分があるから大丈夫だとは思うが、勢い余って殺さないかが心配である。

 心配は杞憂だったようで、体の芯部にまで届くような斬撃ではなく、刃先に血液が付着する撫でる程度の攻撃だ。

 魔女を切った妖夢が後方へ抜けていく。その過程で私に危害を加えるつもりだったのか、顔を横に傾けなければ頸動脈をなで斬りにされていた。

 時を止め、体をズタズタに切り裂いてやりたい衝動に駆れるが、ナズーリンの家を襲撃した際に、後頭部を殴ったことを思い出す。それをまだ根に持っているのだろう。

 まあいい。今回は見逃してやろう。十年間も待ちに待った、その時がもうすぐそこまで来ていることに免じて。

 魔女の後ろに陣取ったことで、博麗の巫女の動きが手に取るようにわかる。力を奪うために動くのであれば、私が先手を取ってやる。

 そう思って油断なく構えていたが、奴は動きを見せない。それどころか、魔女に興味を持っていない。今の段階の魔理沙には、興味を持つだけの価値もないという事か。ならば、これ以上の戦闘も無駄だ。

 弾幕を放つ早苗に巻き込まれぬよう。時を静止させ、腹部を押さえて血液を垂れ流す魔女から距離を置く。

 妖夢と早苗が、霧雨魔理沙の発光に気が付いているわけではないのは、むき出しの敵意からわかる。もうしばらくは、追撃を行うだろう。

「……ふふっ…」

 それよりも、楽しみだ。口角が上がり、笑いが止められない。真っ白な歯を剥き出しにし、くっくっくと喉を鳴らして喜びを形容する。

 

 嗚呼、ようやく、ようやくです。この十年間で、ここまで心が躍るのは初めてです。貴方に、主に会えることを心からお待ちしております。




次の投稿は9/5に変更します。遅れてしまい申し訳ございません!


今回は、場面の転換が多すぎた気がします。反省。


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東方繋華傷 第百三十八話 逆転の鬼

自由気ままに好き勝手にやっています!

それでもええで!
という方のみ第百三十八話をお楽しみください!


 暗い。目を開いているはずなのに、自分の手や体が瞳に映らない。目隠しなどの物で、瞼の上を覆っているわけではない。それほどまでに、頭上から降り注ぐ月光を木々が遮ってしまっている。

 走っているうちに、山の奥に迷い込んでしまっていたようだ。木の一本一本が太く、かなり密生している。枝に頭をぶつけ、よろけたところを幹に体をぶつけ、姿勢を大きく崩してしまった。シットリと水分を含むコケの上に尻餅をつき、座り込んでしまう。

 すぐに膝や太ももの筋肉で踏ん張り、時間をかけてもいいから立ち上がろうとする。しかし、実際はそうも簡単ではない。

 足だけでなく、立つために働く体の骨格が限界を迎えている。仕方なく木の幹や地面を掴み、体を引きずって木の陰へ移動した。

 負った怪我の確認で光の魔法を発動し、瞳に入って来る光量を調節することもできるが、今は回復を優先した方がいい。

 木の幹から数センチの位置まで顔を近づけなければ見えないが、コケがびっしりと生えている木の根元に、寄りかかる。腹部や胸を押さえ、何も見えない景観周囲に意識を向けた。

 目での捜索はほぼ意味がないが、魔力の性質や音から連中が接近しているかを探る。木が密集して群生しているおかげで、風はほとんど起こっていない。草木を揺らした音に惑わされることは無いだろう。

 得体のしれない人物が森に入って来ている割には、動物たちの動きは感じ取れない。

 人間よりもはるかに発達している感覚器官で察知し、逃げようとするはずだが、私の周囲では雑音が発生しうる状況が極限まで削がれており、かなり無音に近い。

 これは、動物たちが息をひそめているのではなく、この周囲にはそもそも存在していないのだろうか。

 私を追跡しているであろうあの四人の気配はない。追い詰めている事を理解し、足音を消している可能性を考慮して魔力の捜索もしたが、そこからも特定の周波数を持つ人物たちを感じることはできなかった。追手は、少なくとも周囲五十メートル以内には迫っていない。

「ふぅ……」

 追われていないことで、安堵から来るため息が漏れた。それでも気を抜きすぎて意識を失うことを避けるため、適度の緊張は保つ。

 これだけの重傷を負っていたのに、よくあの四人から逃げ出せた。そう自分を称賛してやりたいが、どうもそう言う事ではない。逃げられたというよりも、逃がされた。と表現した方が近い。

 途中で気が付いたが、追ってきていたのが異次元妖夢と異次元早苗だけだった。異次元霊夢らは、力を奪うのはこの時ではないとしているようだ。それを察したらしく、二人は途中から追撃を切り上げた。

 そりゃあそうか、これだけ出血して血痕を大量に残しているのに、奴らが追ってこれないわけがない。森の中でリグルを追跡した異次元妖夢は特に。

 それならば今のうちに、異次元妖夢との戦闘から負っていた傷を治癒させるとしよう。ズキズキと痛む数多くの斬創や打撲痕、裂傷を魔力で回復を早めた。

 疼痛からの苦痛が続くと、どうしても創傷付近を押さえている手に、自然と力がこもってしまう。握れば布の線維と繊維の間に包含される血液が、体内から新たに出てくる鮮血の代わりにジワリと滲みだす。

 しかし、それも長くは続かない。十数秒、という短すぎる期間で完治する。異次元霊夢達と、したくない再開を果たした時と比べ、再生する速さが常軌を逸した速度になってきている。

 私がどうかなど、どうでもいい事か。それよりも、異次元幽々子が保有する第二の能力の方が、半端じゃない程に規格外だ。

 死んだ人間を。いや、厳密には異次元幽々子の持つ、死を操る程度の能力で殺した人間、もしくは妖怪を生き返らせるという物。悪夢と言える。

 数万年、数億年、それ以上前から生と死の関係は、常に一方通行であることが原則だった。覆ることのない法則だったはずだ。人間や妖怪に限らず、万物に適応される基盤が、ひっくり返った。そんなありえないと言い切れるレベルだ。

 異次元早苗の時は、すぐに移動していて見ていなかったが、着弾するコンマのタイミングで死に誘われたのか。それとも、撃ち抜いたとしても、殺しきれていなかったのか。

 異次元妖夢の時は言わずもがなだが、異次元咲夜を殺した時、死を操る程度の能力を感じなかった。いや、メイドの殺気に紛れて見逃してしまっていたのだろう。

 私が殺したと思っていたが、横からかすめ取られていたようだ。周りに気を向けている暇はなかったが、それをして異次元幽々子の存在を検知できなかった私の配慮不足が、この状況を生んでしまった。

 失敗の尻拭いは自分でしなければならない。異次元幽々子が扱う第二能力の対策と、生きかえってしまった異次元咲夜達の処理を、しばらく念頭に置くとしよう。

「…ああ、そうだ」

 周りに奴らがいないことは確認できたし、奴らが生き返ったことを紫に伝えて霊夢達を元の世界まで撤退させなければならない。

 境界を操る程度の能力の性質を持った魔力。それが含まれている連絡用の小さなボールを取り出した。

「紫、聞こえるか?」

 本当に紫へとつながっているか怪しい、陶器に近い材質のボールだが、それに声をかけて数秒すると、彼女の声が帰って来る。

『……どうかしたの?』

「端的に言うと、きちんと殺したはずだったんだが……こちら側の妖夢たちが生き返った」

 実際に死んだ異次元妖夢たちが、蘇生されたのをこの目で見たとしても、荒唐無稽な事を言っているように自分でも聞こえてしまう。それなのに、他人に説明しなければならないというのは、難易度が高そうだ。

 通信を始めた当初、彼女が応答するまでよりも、ずっと長い沈黙。第二の能力だったとしても、そんな生き返るなんという現象を、信じ切るつもりにならないだろう。しかし、私が冗談や嘘を言えるような状況下に居ないことはわかっている。

『この世界にいる幽々子がしていた、あれは…そう言う事だったの?』

 紫の言うあれ。異次元幽々子が、部下である庭師の肩に白い歯を食い込ませ、食いついていた光景が脳裏を過る。

「……ああ」

『達ってことは、妖夢だけじゃないみたいね?』

 話が速くて助かる。さっそく彼女に、霊夢達を元の世界に戻るように伝えなければならない。

「そう言うことだぜ。咲夜も殺したんだがな、また戦わなきゃならないみたいだ。…それよりも妖夢に襲撃を受けて、そっちはだいぶ被害を受けただろうし、…連中が押しかけて来る前に帰るんだ」

『……そうね…。退くとしたらここらが潮時だと思うけど、霊夢がうなづくかしら』

 霊夢はそこまで頭の固い奴じゃなかったはずだ。頭の回る紫ならきちんと説得してくれるだろう。

「うなづかせるんだぜ、もし霊夢に何かあったら我慢ならんからな」

『ええ、何とか説得する。でも、あなたはあなたでどうするの?一度戦った相手を倒すのは、簡単じゃない』

 そんな事はわかっている。一度目でも相当頭を捻り、苦労して実行した。今度は奴らもある程度は想定してくるから、さらに捻りに捻らなければならないかもしれない。

「そんなの、わかって……」

 私が紫に返答を返そうとすると、本当に小さな音だったが左前方から、自然的ではなく人為的に草がかき分けられた音が聞こえてきた。

 会話に意識が向き、周りに対する注意力が散漫になっていた。光の魔法で視界を確保する暇もなく、二十メートルは離れていた距離が一直線に詰められた。

 座っていた状態から立ちあ上がり、攻撃に移ろうとしたところで、背の高い草をかき分けて何かが現れる。

 その速度から人間でないのは一目瞭然だった。こちらに気が付いているのか、そのまま急速に接近してくると、立ち上がろうとしていた私に衝突した。

 タックルや突撃が目的ではない事が、すぐにそこから読み取れた。私がいることなど想定したぶつかり方ではない。そのまま走り抜こうとしていたその人物は、立ち上がる前だった私に足を引っかけ、大きくバランスを崩して転げ込んだ。

 人間の倍以上のスピードが出ていた人物に突き飛ばされ、私も例外なく転ばされた。来ているのに気が付かずにぶつかっていたら、頭を地面に打っていたかもしれない。それほどに力強い突撃だった。

 そこでようやく光の魔法が発動した。仰向けに倒れたことで、視界が上下反対に映る。不意なことで痛みが生じている個所を押さえ、起き上がろうとしている人物を捉えた。

 白狼天狗とは違う茶色の腰まで達する長い髪、夏だというのに熱そうなロングタイプのドレスを着て、隠れている豊満な胸元には、真珠の様な赤い装飾品が施されている。その頭部には特徴的である大きなオオカミの耳が生えていた。

 彼女は、異次元今泉影狼。日本では狼男と呼ばれる人狼だ。ただの人間よりは暗闇でも鼻や目が聞くようで、頭を押さえていた奴がこちらに気が付くと、顔を引きつらせる。

「影狼!何やってるの!?」

 人狼にばかり目が行っていて、気が付いていなかった。空中にもう一人いたようで、転んだ彼女の元にふわりと着地する。

「早くしないと…あいつになんて言われ……るか……」

 異次元影狼の様子がおかしい事に気が付き、自然ともう一人も彼女が見ている方向に視線が誘導され、視界に私の姿を収めたようだ。人の顔を見るなり、みるみるうちに顔を青ざめさせる。

「なん…で………なんでお前がここに……!」

 炎のように赤い瞳と、短髪の髪が印象的で、紫色の大きなリボンを後頭部で結んでいる。シャツは黒に近い色をしているが、スカートや首や顎の位置まで隠れるマントは真っ赤で、森の中だとかなり目立つ。

 空から降りてきた異次元赤蛮奇は、マントを振り払ってこちらに手を向けると、今までの連中から比べると、大した威力ではない弾幕を放ってくる。

 倒れていた体勢から、横に転がって避け切った。体中の筋肉をバネとして使い、瞬発力で流れる様に起き上がる。

 二人がいた位置に手のひらを向け、レーザーで薙ぎ払おうとするが、その頃には背を向けて逃走を図っている。

 いきなり会話が途切れ、何かが起こった音を紫は聞いたようで、私の身を案じる声が例の玉から聞こえてくるが、無理やり通信を途切れさせた。

 逃げるのであれば放っておく、という選択肢もあるが、後々に奴らと戦闘になるのも面倒だ。ここで片づけておきたいのだが、なんだか様子がおかしい。

 彼女たちからは、力を奪おうとする異次元霊夢達の様な気迫がない。弾幕も威力がなく、倒すためというよりは、私を追い払いたいだけのように見えた。

 しかし、彼女たちは何をそんなに慌てているのだろうか。転んだ仲間に何をしている、と叱咤するほどに、追い込まれてしまっている。

 何かから逃げているのであれば、うなづけるのだがそう言った事もない。あいつらになんて言われるかという異次元赤蛮奇の言葉から、なにかよからぬことをしでかそうとしているのを推知する。

 ここまでわかっているのであれば、私の考え過ぎという一言で終わらせるわけにはいかない。走り去ろうとしている二人の追撃を開始した。

 前方の木をかき分けて走っている二人が、何かを話しているのが遠目に見えても捕捉できた。耳の聴力器官に魔力を送り込み、一時的に聴覚を上昇させる。

 普通の人間以上、もしかしたら犬や猫を超える聴力が発揮され、二人が介している会話を聞き取った。

「…っく…そ…!」

 この声は異次元赤蛮奇だろう。追跡を始めた私に対して、悪態をついているようだ。こいつらの上に立つ者が何を考えているのかは知らないが、何かをされる前に作戦をぶっ潰してやる。

「あいつ…追って来た…!」

「ど、どうする!?このまま向こうに行ったんじゃあ、絶対についてくるよ!?」

「わかってる!…くそっ…くそっ…!」

 荒っぽい口調の異次元赤蛮奇は、毒を吐くのが止まらない。進んでいた体を反転させ、私に向かって数発の弾幕をばらまいた。

 殺気がない、時間稼ぎをしようとしているのが丸わかりな攻撃。こんな芯の通っていない弾幕など打ち落とすまでもない。

 下をくぐり左右に体を傾け、走力をほとんど落とすことなくすり抜けた。殺すという考えは変わらないのだが、私の中では確実にやる。という意志が固まりつつある。

 あいつらが向かおうとしているのは、私たちの世界である可能性が高い。組織が分割されており、そこの部隊と合流する過程での向かう、ならば別に問題ない。そこごと潰せばいいだけだ。

 しかし、その向かうが、世界を渡る物だとすれば、由々しき事態となる。特に恐れなければならないのは、こちら側と異次元側の者とで、入れ替わりが起こることだ。

 内部から集団を破壊されかねない。一度それが見つかれば、居ないはずの敵に怯えることになる。人間不信に陥り、信用できる者がいなくなり、群れが崩壊してしまう。それが考え得る中で最悪の事態だ。

「……」

 このように入れ替わりを危惧していたが、それも奴らの様子を見ていると違う気がする。入れ替わりはバレないように動かなければならず、私に見つかったことで計画が狂い、罵倒しているのかと思った。

 状況を客観的に述べると、奴らから見れば私は霊夢達と敵対しているように見えるはずだ。連中にも情報網はあるはずで、霊夢達と行動していない所や、私が彼女たちから攻撃を受けている場面から、それらはわかるだろう。だから、誰が入れ替わったかを伝える術はないと考えるだろう。

 私に着いて来られれば確かに邪魔なはずだ。だが、本人さえ殺すことができれば、成りすますことは簡単だ。奴らが嘘を付けば、それが事実となって御尋ね者の私がむしろ攻撃の対象となる。

 それなのにあれだけ動揺するという事は、自分たちの他に別部隊がないと言っているようなものだ。異次元影狼達はこのまま私を引き付け、別動隊に私たちの世界へと侵入させれば、顔も見たことのない別動隊が、誰と入れ替わったのかもわからないからな。

 そして、奴らが青ざめた理由はここからだ。上からの命令で向こうは私を殺せないが、私は奴らを殺せる。初めはこういう理由があったから、殺されるかもしれないと青ざめたのかと思った。

 ここで思い出してほしいのは、異次元影狼の向こうにまでついて来てしまうという言葉だ。この段階で私に見つかって追われたくないということは、彼女たちの作戦を座礁させる要因と為り得る。そして、私に元の世界に戻ってほしくはないのだろう。

 こいつらの邪魔をするのであれば、向こうに私が行った方がいいのだろうが、異次元霊夢達の注意が霊夢に向くのは困る。ここで彼女たちを片づける。

 レーザーを二人に向けて照射しようとした直後、私の手元に魔力が集まったことを、振り返っていた異次元赤蛮奇が察知する。

「影狼!先に行け!」

 体を浮かせ、進んでいた方向とは逆方向に力を働かせる。対照的な動きで接近され、体感的には倍以上の速度で異次元赤蛮奇が突っ込んできた。

 奴の手には、見慣れない鎖鎌が握られている。長い鎖の片側末端には、金属で重量が確保されている分銅が取り付けられているであろう。

 確信がないのは、鎖を握る手を軸に、唸る速度で振り回されているからだ。妖怪の腕力を遺憾なく発揮し、分銅が付いているはずの先端が速すぎて見えない。

 その鎖を目で辿り、反対方向に向かわせる。戦闘前に研いだであろう、新品の様な滑らかな刃に仕上がった草刈り鎌が、奴の手の中に握られている。

 分銅で私の動きを止め、草刈り鎌でそのうちに攻撃する算段なのは、その武具について多少の知識を持っていればわかることだ。

 腕に巻き付けるでも、直接当てるでも、どちらも追跡の障害になるのは間違いないが、後者については特に面倒だ。妖怪の腕力を考慮すると、どこの骨だろうと簡単に砕けてしまうだろう。

 魔力の性質を、レーザーからエネルギー弾に変更し、鎖の長さから分銅の射程に入る前に、飛んでくる妖怪へと放った。

 プログラムを書き加えておき、数メートル進んだ淡い光を放つ弾幕は、爆発にしてはしょぼ過ぎる音を鳴らしてはじけ飛ぶ。

 奴は私が目測を誤って射撃したとでも思ったらしい。分銅側の鎖を掲げ、投げつけようとした瞬間に、見通しの利かない視界でも感づいたようだ。

 空間が歪み、爆風という名の壁に衝突した。魔力で制御していた進行では、当然ながら抗うことなどできない。強力なGが身体にかかっていそうな、急峻な角度で跳ね返した。

 驚き、鎖を放してしまったようだ。振り回していた分銅付きの鎖が、あらぬ方向に進んで伸び切っているが、引き戻すまで奴の思考が行きついていない。

 咲夜や妖夢の記憶を元に、伸びきった鎖につながる草刈り鎌の柄に左手を伸ばす。驚きで柄を握る握力が緩んでいる奴から、鎌を捻り取る。

 大きく振りかぶり、体勢を整い切れていない異次元赤蛮奇の首元に、鎌を左方向から横凪に叩き込む。弾幕で跳ね返したことによる位置関係を、十分に考慮しきれていなかったようだ。

 首を跳ねるはずだったが大幅にずれ込み、こめかみの目側に近い場所へ鋭い切先が抉り込む。手ごたえは十分とは言えない。

 空中では、魔力で足場を作らなければ勿論踏ん張りがきかない。己の腕力だけで刃を振るわなければならず、威力が半減してしまった。

 切先が数センチ潜り込み、頭蓋を貫通したところでそれ以上進めずに止まってしまう。それでも眼球に到達することにはなったらしく、異次元赤蛮奇の右目が充血し、だらりと血の涙を零す。

 刺さった草刈り鎌に執着することなく手離し、奴の腹部へ真上からエネルギー弾を放った。避けようとする素振りは見せたが、奴は片目が使えなくなったことで目測やタイミングを誤ったのだろう。概ね狙い通りの場所へ、弾幕を被弾させる。

 空中で爆発を起こさず、接触による起爆により、奴の肉体には8~9割程度の爆発の運動エネルギーが伝わった。

 着弾時の腹部が、本人の意思に反して押し込まれ、上半身と下半身がそれに遅れる形でついていき、体がくの字に曲がる。

 ほぼ垂直に放っていた角度により、数メートル下の地面へと突き刺さるように落下した。その速度たるや、萃香が扱っていた岩を投げつけるスペルカードの一つに匹敵する。

 当然ながら目測を測れぬ目と、状況を把握できていない頭では、受け身を取ることなど当然できるわけがない。

 異次元紫が私に射出した電車を超える速度で、骨格を無視した格好で地面にめり込んだ。地面を掘り下げる音や衝突音を除き、硬くて乾いた木材を無理やりへし折ったような、そんな乾いた粉砕音が響く。

 これで奴は、しばらく戦闘不能に陥ったことだろう。止めを刺さなければならないが、殺すのは後にしなければならない。できるだけ短期間で戦いを終わらせるつもりだったが、奴の言う時間稼ぎはある程度達成されており、異次元影狼の後姿が遠い。

 人間とは比べ物にならない、白狼天狗に匹敵する身体能力を上手に運用し、まっすぐに伸びている木々の幹を蹴って進んでいる。ああいう動きのできる人物からすれば、この地形というのはパフォーマンスを披露するのに、最高の場所だ。

 三角飛びで木々を縫って行くが、幹を蹴りつけるごとに加速している気がする。私が全力で追っていても、その距離を離されていく。

 レーザーで追撃したいところだが、左右に激しく跳躍している異次元影狼に当てるのはほぼ不可能だ。射撃で追跡が遅れるのであれば、やらない方がマシだ。

 奴を追って数百メートルほど森の中を飛びぬけていると、木々の密生具合が散在していく。森の切れ目に近づいているのだろう。

 私よりも一足先に、森の中よりも見通しの利く、月明かりに照らし出された外へと異次元影狼が走り抜けた。

 ここからだと木々に遮られ、その先にある建造物が見えない。奴に隠れられる前に、手先に魔力を送り込む。

 さっきとは違い、木を使用していた時の高速移動をしていなければ、密生していた大量の足場が邪魔をすることもない。奴を追尾する性質をレーザーに加え込み、上空に向かって放つ。

 射撃した直後から追尾が開始され、草木を焼き切ってくぐり抜けた熱線は、柔らかくしなる金属のように弯曲して前方へと進んでいく。

 頭上を越え、森の先へと落ちて行く。ここからでは直撃したか躱されたかわからないが、それもあと数秒だ。

 密生していた樹木の密度具合が目に見えて低下し、大きく避ける必要のなくなった森の中からようやく抜け出した。

 視界が一気に開かれた。森を抜けて来た私を迎撃する可能性を考え、魔力で体を覆っておいたが、その必要はなかったようだ。

 草の生えていない地面に、異次元影狼が倒れ込んでいる。剥き出しにされている犬歯や眉間に寄った皺、目つきからこちらに対する敵意が感じ取れた。

 倒れている彼女の焼けただれた片足からは、レーザーが直撃したことを物語る、白い蒸気がうっすらと上がっている。

 後方からレーザーが飛来し、足首を貫いた。その過程でアキレス健を焼き切られたようで、異次元影狼は走り続けることができずに倒れ込んだのだろう。

 異次元影狼にばかり注目していて、周りの景色に目が行っていなかったが、この場所には見覚えがあった。

 月に照らし出されるその建物の外装は、自分の元いた世界でも飽きるほど眺め、目に焼き付いている物と同じ形をしている。

 博麗神社だ。長い石畳が鳥居から本殿へと続き、一部の壁が破壊されている。生活スペースは、昼に私が破壊したままで、部屋の中に障子の残骸が転がっている。

 本殿から離れた場所に位置する、古い納屋の扉が開いているところが昼とは違うが、そっちは特に気にする必要はない。

 気にしなければならないのは、異次元影狼の更に後方数メートル先に、森の暗闇以上に黒一色の時空の歪みが存在する。

 境界を操る程度の能力で作り出された、見開かれた目と同じ形をしたスキマだ。手入れという物をされていない、庭の中央に位置しているのには不適当な、明るい景色が映し出されていた。

 大量のヒマワリが見えるそこが、元いた世界である。ということを、流れ込んできている空気の雰囲気やスキマの性質から感受する。

 スキマから見渡す限りヒマワリが生えており、これだけの量のヒマワリが群生している場所など、太陽の畑以外はないだろう。

 こっちとそっちでは時間の流れが違うのか、明るい景色で目が眩みそうだ。カンカン照りの太陽の下、手入れが行き届いているヒマワリが風でゆっくりと揺れている。

 風に乗って、ヒマワリが醸すフローラルな良い匂いが鼻腔をくすぐった。久々で懐かしさすらも感じてしまう元の世界の空気に、浸ってしまった。

 そして、失態を犯してしまう。その僅かな時間を異次元影狼は見逃さず、片足を引きずりながらもスキマを潜ってしまった。

 スキマから見えていた範囲から、その外へと異次元影狼が跳躍してしまった。連中が異次元咲夜達の様な、第二の能力を所持している事を考えると、大体の戦力を異世界へと移している元の世界は、非常に危うい。

 異次元影狼に続き、世界と世界を結ぶ境界の切れ目をくぐった。

 

 

 

 夜になってから大分時間は経つが、日中の内に熱せられた気温というのは、中々下がらない物だ。コンクリートなどで地面や壁を覆っていた街に比べれば、気温の低下は急峻ではあるが、今すぐにとはいかない。

 風が吹いても、生暖かくて気分の晴れない。僅かに死臭や血の匂いが含まれている不快な空気が、粘度が非常に高い粘液のように、べっとりとまとわりついてくるようだ。

 どの世界線においても、非日常的であまり見ることのない現象だろうが、この世界ではただの日常で、いつも通りの風景だ。

 他の世界の人間がいきなり今場所に現れれば、そのきつい死臭に鼻だけでなく、口まで塞ぐ勢いで抑え込んでいただろう。

 嗅ぎ慣れた死臭は、今の私にとってはただの空気と変わらない。人間型の生物特有と言える、順応力の高さは恐ろしいものであるとつくづく痛感する。

 しかし、そんな些細な体の変化などどうでもいい事だ。腕や指の間、首回りなどを通り抜けていく風を感じながら、歌でも一つ詠じたい様な気分になった。

 唇をすぼめ、適当な力加減でゆっくりと息を吐き出した。フルートと呼ばれる楽器と同じ原理で気流が発生する。通常の酸素を取り込むことが目的である呼吸では、まず発生しないノイズが生じた。

 それが綺麗な音色となって、風という五線譜に音符を乗せて音楽を奏でていく。自分でも機嫌がいい事を理解している。目的の達成がすぐ目の前まで来ているとすれば、誰でも晴れやかで、音楽でも謡いたくなることもあるだろう。

 自分の好きだった歌を再現しているわけでも、何か元があるわけではない。ただ心のままに演奏していた。なのに、なぜこんなにメロディーが次々と浮かんでくるのかはわからない。まあ、どうでもいいか。

「♪~~♪~」

 私のすぐそばに妖夢がいてくれれば、本当にそうは思っていなくても、称賛の一つでもあったかもしれない。主従関係である以上は、少なくとも形だけはそうしてくれることだろう。

「…♪……♪~…」

 あの子には重い仕事を課している。力を手に入れた後で、やってもらわなければならない事があった。

 ずっと隠していた目的を告げた時、戦争が始まってから哀という感情を捨てていそうだった妖夢は、初めて涙を見せた。哀しみ、憐れみを私に向けた。しかし、その裏では私のことを忌み嫌った。

 忠誠を誓う部下がいて、それを利用してそんなことを懇願する主がいるか、と。あの顔を思い出すたびに、申し訳のない胸の苦しさを感じる。

 しかし、私の胸の内は硬く、強固で、彼女の刃でさえ切り崩せないと気が付くと、諦めて従ってくれた。

 我儘な私を許してほしい。本人がいないというのに、私は心の中でそう願った。

「いい音だね。こんなに綺麗な月が見える日には、持って来いだ」

 物思いに耽っていいて、第三者の接近に気が付いていなかった。後方から聞こえてきた声に振り返ると、頭にツノを二本生やした小さな鬼が浮かんでいる。

 鬼、というのにはあまりにも細く、華奢な肉付きである印象が強い。勇儀の様な活発的な雰囲気や、萃香の押し潰されるような重圧を感じさせることのない、弱そうな鬼。

「あらあら、嬉しいわね……でも、その賛美は本音の方ではなさそうね」

「心外だな~。こんなにも心の底から褒めてやっているのに」

 傷ついた。そんな表情や仕草をして見せる人物は、戦争が起こる前からの問題児、何でもひっくり返す程度の能力を持つ天邪鬼。

「私としては…貴方みたいな小物が、未だに生き残っていることに称賛を送ってあげたいわ」

「そいつはどうも、ありがとう。でも、そりゃあそうだろう?私以上の悪党が出てくれば、悪は悪でも、いきなり豹変したりしない者のところに自然と妖怪は集まるもんさ。博麗の巫女から逃げ続けられるというお墨付きがあれば、天邪鬼だったとしても目を瞑る」

 そうして、集まった者の大半は、トカゲの尻尾切りや犠牲として使い捨てられ、天邪鬼が生き残って来たわけか。

「それで、何の様かしら?最近は霊夢達が潰そうとしなくなったから、そのうちに成長させた組織で私たちを一人ずつ潰そうってわけかしら?」

「あ~正解正解、やりたくはないがね。私は…お前たちのセカンドプランであることが不満でね。……私の計画で滅茶苦茶にしてやるよ」

 こいつの言っている事がどこからどこまでが本当なのかわからない。しかし、今まで逃げるだけだった鬼人正邪が、追う側へと移行しているという事だけで、こちらの邪魔をしようとしていることだけはその通りだろう。

「貴方も私の邪魔をするつもりなら、容赦なく死を賜ってあげましょう」

「いいね。とことんやり合おう」

 私が死を操る程度の能力を持っていることを知っていたとしても、依然としてやり合う姿勢だ。だが、こちらとしてもただで倒されるわけにはいかない。

「たとえやれたとしても、貴方に私は救えない」

「お前の救うがどういう定義なのかは知らないが…私の、私なりのやり方で救ってやろう」

 上下逆さまに浮かぶ鬼人正邪は黒色を主体とし、赤と白の混じる髪の間から、笑みで細めた目を覗かせる。ベロッと下を唇の間から突き出し、かかってこいと言いたげに中指を立てた。

 




次の投稿は9/12の予定ですが、リアルが多忙のため9/19になる可能性が高いです。


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東方繋華傷 第百三十九話 不協和音の鐘が鳴る

 自由気ままに好き勝手にやっております!


 それでもええで!
 という方のみ第百三十九話をお楽しみださい!


 頭の中に響いていた彼女の声が途切れてから、何度か通信を試みているが、返答が帰ってくることは無い。

「……大丈夫かしら…」

 あの話の途切れ方は、確実に会話をしている最中に、第三者からの介入があったこと他ならない。力を手に入れることを念頭に入れている奴らが、あの子を殺すことは無いだろうが、その段階に至ってしまっているのであれば話は別になる。

「…誰の事?」

 推測を広げていた私は、無意識のうちに呟いてしまっていたようで、近くに寄ってきていた霊夢に聞かれてしまっていたらしい。

「誰って……萃香のことよ。勇儀と肩を並べられるほどの実力を持ってる者はそうそう居ないから」

「…確かにそうね」

 永遠亭に連れて帰ることはほぼほぼ決まっているようだが、その前にある程度の応急処置をするようだ。薬の調合を行っている永琳と、ウサギたちを遠目から見守った。

 慌ただしくウサギたちが仕事をこなしていく中で、魔理沙が異次元幽々子を追って行った方向に顔を向ける。森の上やその中では、戦闘が行われているであろう喧しさは見られない。

 もっと移動していて視界外で戦闘をしているのか、ここからでは見えない程に森の深い場所に居るのか。それを判断することはできない。

「…何かいたの?」

 私が急に別の方向へ向いたことで、何かが来ているのかと勘違いをした霊夢が、同じ方向に顔を向けた。目を皿のようにし、居もしない人物を探す。

 数度の襲撃で、霊夢も周りで起きる出来事に過敏になっているのだろう。彼女のお祓い棒を握る手に力がこもっている。

「何でもないわ。……。それよりも、そろそろ撤退するべきだとは思わない?被害は全体の三割を超えてる。数値では少なく感じるけど、戦闘に置いての三割は壊滅的な打撃を意味しているわ。彼女たちを守ること、援護しなければならないことに人員を裂かれると考えると、ここらが限界じゃないかしら?」

「…そう…ね」

 即答でないところを見ると、納得がいっていないようだ。確かに奴らから聞きだした情報を、一つでも収集できたわけではない。

 成果の一つの上げずにとんぼ返りはしたくはないだろう。しかし、奴らの本拠地に攻め入っている持久戦で、これだけの被害は無視できない。彼女は知らないことだが、魔理沙の奴らが生き返ったという連絡のこともある。

 魔理沙のいう事を抜きにても、異次元咲夜が残っているはずだ。彼女に危害を加えられることを考えると、撤退できなくなるほど被害が出る前にこの世界から戻りたい。

「奴らの目的もわかっていないし、戻りたくない気持ちはわかるけど…退き時を誤れば身を亡ぼすのはこっちよ」

 霊夢は何も答えない。どうするか考えているのだろうが、この状況で引かない方が考えられない選択だ。

「霊夢、これ以上は………っ…」

 彼女を説得するのには一押し足りず、その一押しを伝えようとした。口を開き、言葉を発した時、異変を感じた。この周囲で何かが起こったわけではない。

 周りの物理的な状況ではなく、自分の精神面での感覚だ。能力で外の外界と隔絶している私たち側の幻想郷に、何かが侵入した。

 何かというのは誤りか。誰か、またはそいつらと言った方が正しい。絶対とは言い切れないが、先ほど不自然に途切れた魔理沙との通信が関係しているのだろうか。

 誰かと遭遇し、戦ているうちに異次元紫が開いているスキマを潜ってしまった。とも考えられるが、それ以外だった場合、困るどころの話ではない。

「…紫、どうかしたの?」

 不自然に言葉を詰まらせた私に、霊夢が心配そうにのぞき込んでくる。

「ええ、今すぐに帰るわよ。奴らが私たちの世界に侵入して来た」

 これはこれで帰る理由になるが、戦力の低下を考えると、手を叩いて喜ぶことなどできやしない。

「…太陽の畑にある空間の歪みは、聖たちに守りを任せてる。彼女は弱くはないし大丈夫じゃない?」

「任せてはおいたけど、永琳を呼んでくるとき、向こうの世界は昼だった。詳しく時間を調べてみたら、私たちが出発してから三十分も時間が経ってなかった……おそらく異次元咲夜が時間の流れを変えてる。そのせいで聖たちの準備がまだ整ってない。

 それに、侵入者がそこらの妖怪だったのなら、私も心配はしなかった。境界を操る程度の能力で、こっち側に来る連中を感知することはできる。でも、それが誰かはわからない。これがどういう意味か、分からないわけじゃないでしょう?」

 魔力でフィルターを張っているだけで、魔力の波長なんかから人物を探るようなことはできない。もし、そこらの妖怪だろうと高をくくっていた場合、私たちは痛い目を見る。下手をすれば帰る場所も、守るはずだった世界も失うことになる。

「…わかった。一度戻りましょう。問題を解決してから体勢を立て直して、もう一度こっち側に来る」

 私からすると、侵入以外にもう一つ問題が増えてしまったが、まあいい。またこの世界に来ようとしたら何とかして説得するとしよう。

 けが人も含め、元の世界に向かう。生き残った全員に帰る旨を伝えると、ようやく戻れると顔を綻ばせる者が何人かいたが、襲撃を受けたと説明するとその顔が曇り、焦りが垣間見えた。

 世界を渡るため、能力で出現させられる最大サイズのスキマを作り出した。

 

 

 

 

 日差しという爆撃を浴び続けている庭を見ていた。土表面の水気は根こそぎ蒸発し、水を欲しそうにカラカラに乾いている。

 灼熱地獄と変わらない庭の端には櫓があり、そこの天井から吊り下げられた巨大な鐘は、人なら二人は簡単に収まってしまいそうな大きさだ。その隣には鐘と同様に、太さがソフトボール台で2m以上の長さがある、橦木が吊り下げられている。

 その他にも庭の中央付近には装飾として置かれた、重量が数トンはくだらない巨大な岩が、全長の三分の二だけ地表へと顔を覗かせている。

 本殿である寺も、離れた櫓も、装飾の岩も木々も軒並み太陽の日差しにじりじりと焼かれ、晒されている部分の上方には陽炎が揺らめいている。

「さて、皆さん…準備は整いましたか?」

 縁側に座っていたり、立っていた私たちに、寺の奥側からおっとりとした声が発っせられた。ここ、妙蓮寺の最高責任者である、聖の物だ。

 他の者たちと違って、用意する武器といえる物がほとんどない聖は、一足先に用意が終わっているようだ。聞こえた声から想像した表情と同じ、朗らかな顔で私たちに聞いてくる。

「もう少し待ってください。星と水蜜の準備ができていません」

 水蜜やご主人に変わって、実体のない形状が常に変わる、雲を具現化したような妖怪である雲山を纏う一輪が答えた。

 濃い青色のフードを被り、修道服に似た洋服を着ているが、キリストを布教しているわけではない。私やご主人のように、一目で妖怪とわかる者よりもずっと人間らしい見た目であるため間違えられやすいが、彼女も歴とした妖怪だ。

 その彼女が挙げた二人は、未だに準備が終わっていない。そのうちの一人である、セーラー服を着ている女性は、顔だけ見たらしっかりとした活発的な印象を受けるが、本当のところは面倒くさがりである部分が強い。水蜜は出発の直前まで準備をサボっていた為、今からようやく支度を始めるようだ。

 もう一人は私のご主人であるが、そっちの方向を見たくない。さっきからガサゴソと自分の所有物を探している音がする。また宝塔を無くしたと容易に想像できるが、この暑さの中で手伝う事なんてしたくない。

「そうですか、あと十分だけ待つのでそれまでに終わらせておいてくださいね」

 聖はそれだけ私たちに伝えると、寺の奥へと引っ込んで行った。その後ろ姿から目を離し、私よりも戦うことに長けている彼女たちに顔を向ける。

 皆、浮かない顔をしているが、不安なのは当たり前である。非戦闘員である私はここで留守番だからいいが、一輪やご主人たちは下手をすれば、紅魔館のメイドや守矢神社の巫女を殺した連中と戦うことになる。

 我々よりも圧倒的に実力を持っている奴らと、交戦する可能性を考慮すると、私も少なからず不安を覚える。

 今は縁側から足を下ろし、ブラブラと浮かせている。暑くてやりたくはないが、ご主人のために宝塔を探してあげるとしよう。太陽の畑に向かうのに、必要以上に時間を浪費するのはあまり好ましくない。

 立ち上がろうとした時、早くも準備の終わった水蜜が私の隣にどっかりと座り込む。

「まったく、面倒なことになったな」

 私と同じように、縁側から足を宙に出してブラブラと遊ばせたまま、彼女は後ろに寝ころんだ。その手には、彼女がどんな妖怪であることかを示す、柄杓が握られている。

「そうだね…といっても、面倒と言えるほど私たちは関わってはいないけど、概ね同感ではあるかな」

 確実にこれまでの異変とはわけが違う。今までは幻想郷に幻想入りして来た人物たちとの戦いだったが、今回は別の世界からの来訪者だ。

 他の世界から来た敵だったとしても、私達とは関係のない人物なら問題がなかった。戦う方法が違かったとしても、いつもの異変とそう変わらない。

 しかし、他の世界の幻想郷からきた、同じ役職で同じ人物と戦うことになれば、襲撃に手慣れている方が有利だろう。

「どう思う?今回の異変」

「さあね、私たちのところにはほとんど情報は来てないからね。詳しいところはわからないけど、物資が目的でない事は確実かな」

 そう答えると、隣に座っていた水蜜はそうなのか。と言いたげにこちらに顔を向ける。ある程度の推測が立っているから、それの答え合わせ的な意味で聞いて来たと思っていたのだが、そうではなかったようだ。

「だって考えてもみなよ。…例えば、君が他の船や港から物資を奪って生計を立ててる海賊の船長だとして、乗ってる船の食料や資金が尽きそうだったとする。どうする?」

「そりゃあ、奪うことが普通なら、他の船を襲いに行くだろ」

 当然そうなる。襲撃することが日常で常習化している人物らが、港に降りて証人と交渉して食料を買い込むなどは無いだろう。

「だよね。なら、その際にどうやって攻め込む?」

「そうだなぁ、時間とかを見計らって…先手必勝、一点集中で戦うかな……ってそういうこと?」

「そう、まだ備蓄に余裕があるのかは知らないけど、その割には随分と攻めが弱すぎる気がする。襲って戦うのであれば、少なからずやられる者もいて数的劣勢が付いて回る。それを払拭しきるのなら、やはり奇襲や一点集中での攻めは欠かせない」

 別の世界にいるほとんど自分と変わらない人物が、いきなり奇襲を仕掛けてくるのと。そう言う人物がいて、定期的に襲って来るというのでは、対処できる範囲も心構えも変わってくるだろう。

「それが無いっていうことは、少なくとも物資を狙ってない。っていうのが私の簡単な見立てかな」

「なるほどね。……それと、あの魔女のことなんだけどさ…」

 魔女のことで何か気になることがあるらしいが、なんだか歯切れが悪いし声も小さい。ご主人や一輪達は、あの女性を一時的に匿うことに猛反対していた。太陽の畑に向かう準備をしている二人がいるところでは、言い出し辛い内容なのが視線からなんとなくわかる。

 水蜜の声が小さかったから今のところ2人には聞こえていないが、会話が長ければそのうち聞こえてしまうだろう。

「そうだな…。一輪にご主人」

「………どうしたの?」

 私が準備を進めている二人に声をかけると、荷物整理をする片手間にこちらをチラリと見た。不安が色濃い視線が私に向けられる。水蜜の話したいことがどんなことかわからないが、二人が動揺して戦いに集中できなくなると困るな。

「冷たい水はいらないかい?それでも飲んで少し落ち着くと良い。…水蜜、君は準備が終わっているようだし、運ぶのを手伝ってくれ」

「わ、わかった」

 妙蓮寺の奥にある台所へと向かおうとする私に続き、水蜜が履いていた靴を脱ごうとした時、その場にいる全員が感じた。妙蓮寺の面々だけでなく、その周囲を飛んでいる妖怪や歩いている人間、虫や動物に至るまで例外は無い。

 気の弱い者や慣れていない者がそれを感じ取れば、自分の身を脅かそうとする存在が向けている明らかな敵意に、良くて嘔吐し最悪の場合は失神して気を失っているだろう。そんな、全身にナイフでも突き立てられているような、鋭い殺気が周辺にまき散らされた。

 戦いに身を置いておらず、鈍っているであろう生存本能が触発される。戦闘などによって昂りを見せる交感神経により、全身の毛が逆立ち、心拍数が一気に上昇を見せる。ご主人たちよりも一歩遅れて庭の方面に向き直った。

 何が来ているのかは、すぐに察した。豆粒程度だったそれは、驚くほど速いスピードで飛行しているらしい。すぐに拳台の大きさになるまで接近すると、妙蓮寺を囲う外壁の上端を一部破壊した。

 向き直ったはいいが、その時点で何の動きも取ることができずにいた私とは違い、ご主人や一輪、いつもは怠けたばかりの水蜜でさえ各々の戦闘体勢へと移っている。

 櫓の屋根と鐘を支えている四本の柱の内、一本をそいつは粉々に砕いた。乾いて完璧に固定されている柱は、木片をまき散らして半ばに空白を作り込まれる。

 今まで四つの柱で四つ角を支えていたが、そのうちの一つがなくなり、折られた柱が補っていた分の重量が残りの三つに分散する。

 一本ぐらい無くなっても、残りの柱で支え切ればいいだけなのだが、最近寺の老朽化が進んでいる。

 特に櫓は使う頻度が少なく、手入れもサボり気味だった覚えがあるため、その歩幅が速いはずだ。その証拠に、今にも崩れてしまいそうな嫌な軋む音が聞こえ出している。

 壁と柱を破壊した人物は、へ弾かれたように跳躍した。

 注意が上にばかりいきそうになったが、地面にも何かが残っていて、分裂したように見えた。一人だと思っていた人物は、どうやら二人いたようだ。

 地面に残っている人物に目を向けると、話したことはあまりないが、見たことはある人物が倒れている。真っ赤な髪に赤い洋服を身に着けているのは、赤蛮奇と呼ばれる妖怪だったはずだ。

 血まみれで、右目が真っ赤に充血している。何があったのか駆け寄って救護しようとしたが、彼女がこちらに向けた表情や目つきは、こちら側の普通の生活を送っていた者ならばできないような物だった。

 顔を向けただけで睨まれたわけではないが、私を萎縮させるのには十分すぎた。同じように雰囲気を感じ取った一輪やご主人が、攻撃に移ろうとする。

 一輪に纏っている雲山が体の形を変え、人間ほども大きさのある拳を形成するが、奴の視線はそのまま彼女達ではなく、その上に向いていく。

 天井に遮られてここからでは見えないが、先ほど異次元赤蛮奇から離れたもう一人が屋根に落ちたらしい。空気中を伝わって来た音と、柱などの木材を伝搬する振動を感じる。

 もうすでに気が付いているはずが、聖を早く呼んでこなければならない。屋根に落ちた奴が誰かということも、どれだけの実力を持っているかわからないが、この人数で対応できるのかは謎である。

 戦闘のできない私は速いところ、彼女たちがこれから行う戦いの邪魔にならないよう下がっておくとしよう。硬直から体が解放されたころ、上に落下して来た人物の声が聞こえてきた。

「あんたなんか…一生見つからなければよかったのに…!!」

「私だって…見つかりたくて見つかったわけじゃないんだぜ!」

 庭に立っている異次元赤蛮奇の口元が動いていない所から、彼女は屋根にいる人物とは話していない。上から聞こえてくる声は二種類。荒ぶって言い争っている様子から、上に飛んで行った奴らは敵同士の様だ。

「この声…」

 水蜜がそう呟き切る前に、目の当りにしたとしたら強烈な打撃音が響き渡った。どちらが殴るもしくは蹴るの攻撃を加えたのだろうか。そう思っていると、屋根の方向から誰かがゆったりと地面に着地する。

 輪郭がやけに大きい気がしたが、言い争いをしていた人物たちが一緒に降りてきたようだ。乾いた地面に着地すると、発生した気流に砂埃が小さく舞い上げられて次第に散っていく。

 私たちと異次元赤蛮奇のちょうど中間に降りた人物は、後ろ姿で誰かを特定することはできなかったが、来ている洋服や特徴的な黄色の髪、片側だけ結ばれた三つ編みから、しばらく前に匿ったあの魔女だと判断できた。

 言い争っていたし、味方同士でない事はわかっていたが、件の魔女は異次元影狼と思わしき女性の髪を、乱暴に掴んだまま佇んでいる。

 異次元影狼の方は、意識を失っているわけではないが、屋根で食らった一撃が重かったらしい。ぐったりと横たわったまま、頭を魔女に引っ張り上げられている。

 これが本来の戦い方なのだろうか。妙蓮寺で会話した時の、大人しそうな様子からは全く想像ができない程に乱暴だ。

 そして、先ほど彼女たちが、妙蓮寺に突っ込んでくる前に感じたあの殺気は、異次元影狼や異次元赤蛮奇が発した物でない事も同時にわかった。

 誰もが息を飲む。異質な雰囲気を纏った前とは天と地の差がある魔女に、警戒をせずにはいられなかった。

 向けられない保証はないが、今のところは彼女の殺意は異次元赤蛮奇たちに向けられている。唯一そこだけは助かった、そうでなければ極度のストレスに気絶していたかもしれない。

 自分に向けられていないとわかっていても、冷や汗が止まらない。過呼吸に陥りそうになるのを何とかゆっくりとした呼吸で精神を落ち着かせ、気をしっかり保たせようとする。

 そうしていると、魔女がゆっくりと動き出した。ズタズタに引き裂かれた古傷のある手で、異次元影狼の髪を引っ張り上げた。

「うっ…!?」

 背骨をやられているのか、やられるがままの異次元影狼はうめき声を漏らす。胸の高さまで持ち上げると、魔女は人狼の頭を掴んだ。

 頭を掴んだ魔女が何かをし始めるが、後ろからではわかりずらい。何をするつもりなのか見極めようとしていたご主人たちが目を見張り、異次元赤蛮奇が顔色を変える。

「や、やめろ!」

 ここに来るまでにも戦闘を行っていたであろう赤毛の妖怪は、体のあちこちから出血しており、受けた損傷から即座に走り出すことができない。

 持っている鎖鎌を使おうにも、十メートル程度離れている魔女は射程外で、弾幕すらも間に合わない。異次元影狼にしようとしている行為を、異次元赤蛮奇に止めることはほぼ不可能だ。

 後ろからでは見えていなかったが、動きから魔女のしようとしている事の全貌が、なんとなく読み取れた。

 武器も使わないただの人間が身体を強化した程度では、元の身体能力や強度で、隔絶した実力差のある妖怪を腕力でどうにかすることはできないだろう。そう決めつけていたが、微かに異次元影狼の意識が残っていたのか、苦悶の悲鳴を叫びたてる。

「あっ…がっ……っ…!!」

 うめき声が徐々に、絞り出す霞んだ声へと変化していく。こちら側から見える異次元影狼の顔が、青紫色に変色しており、魔女が腕力に物を言わせて首を絞めていることを理解した。

 乾ききった太い木の枝をへし折った、そんな音が響き渡る。目を閉じて聞けば、それと聞き分けられなかったかもしれない。

 人体に埋没している骨が、魔女の握力により砕きつぶされた。という情報が視覚から得られているだけで、ここまで気分が悪くなるとは思わなかった。

 しかし、魔女はそれだけでは止まらない。骨を潰され、死体同然となった異次元影狼の髪を掴むと、力任せに引っ張り出した。

 首周りに備わっている筋線維が、柔らかくか細い腕から披露されている、想像もつかない腕力に耐え切れずに引き裂かれる。

 大量に密集している繊維物が、無雑作にねじ切られた。頭と胴体側にある断面のどちらからも、赤黒い血液が血管から漏れだし、乾いた地面に水気を与える。

 ほんの数十秒前まではあった新鮮な空気が、鉄臭い鮮血の匂いによって、急速に侵食されていく。風がこちら側に流れており、その血生臭い香りがダイレクトに漂って来る。

 両方の肉体からは、ハンドルを半分ほど捻った蛇口から漏れる水よろしく、粘性の高い真っ赤な体液が滴っていく。溶岩のようにゆっくりと円状に広がり、落とすことのできない染みが色づけされる。

 顔を背けたり、目を覆いたくなるほどグロテスクで、吐き気を催す光景。それに影響されたのか、胃が変形して内容物を吐き出しそうになるのを必死に押さえ込んだ。

 こちらに背を向けていることから、今のところ私たちに対して敵意がない事はわかる。なのだが、目の前にいる魔女が、以前とは全く異なる個体と言われても全く違和感がない。それほどまでに雰囲気も行動も違っていた。

 血液を垂れ流し、時折足や指を痙攣させる異次元影狼の体を、魔女は傍らに投げ捨てた。人形の様に四肢をだらりと投げ出した死体は、おかしな格好で地面に倒れ込む。

 体液で汚れる血みどろの左手に、鞄の口から噴き出してきた粒子状の物体が集まり、長細い刀を形成した。

 魔女が細い刀の切先で地面を撫でる。土を擦過する金属音を微妙に響かせ、刀を扱うとしたら、その見た目にそぐわない魔女は刀を振り払って構えた。

 光に反射する刀身が持ち上げられると、切先にこびり付いた乾いた砂が、刀の表面を撫でる空気に舞い上げらる。その場に残った砂は、砂煙となって得物の軌跡を空中に残す。

 砂煙が霧散したころ、異次元赤蛮奇は血のこびり付いている鎖鎌の鎖を、掴んで回しだした。ジャラジャラと鎖と鎖のうち合わさる音と、鎌や鎖が空気を押し出す際に生じる唸り声。それらが闘う二人の咆哮の様だ。

 異次元赤蛮奇や魔女は言葉を発することなく、臨戦態勢に入った段階から一秒もその体勢を維持することなく戦闘が始まった。

 射程的には異次元赤蛮奇が勝っているが、片目を失っている状態で上手く鎖鎌を走っている魔女に当てられるのかは疑問である。いくら強い武器でも、当てられなければただの鉄くず同然だ。

 予想通り、魔女の後方に薙ぎ払われた鎌が到達し、切れ味がよさそうな刃はかすりもしなさそうだ。しかし私も彼女も、鎖鎌という物の本質を全く理解していなかった。

 鎖に刀を叩きつけ薙ぎ払おうとしたが、刀と鎖の接触面を軸に鎖が魔女の体に巻き付くと、体の周りを半周してわき腹に鎖鎌の切先が突き刺さった。

「うぐっ!?」

 魔女の動きが鈍るのを見計らい、異次元赤蛮奇が鎌から分銅へと続く鎖を引き寄せた。得物が刺さっていることで固定され、踏ん張る体勢のできていない魔女はそれに従うしかない。

 足が地面から離れ、空中に体が投げ出される。少しでも体勢を立て直そうとしている魔女に、異次元赤蛮奇が薙ぎ払った分銅を叩きつけた。

 推定5~6キロはくだらなさそうな、鉄塊とも言える分銅が左肩に直撃し、左肩が鎖骨ごと砕かれた。飛散する骨片が肉体を傷害し、折れた鎖骨が体外に露出した。

 分銅が直撃して、組織を潰された肌が赤色とも青色ともとれる紫色に変色する。これだけの怪我など、妖怪でも1~2週間は完治するのにかかるだろうが、異次元赤蛮奇のターンは続く。

 引き寄せて接近させた魔女の胸倉を掴むと、背負い投げの要領で持ち上げ、反対側の地面へと叩きつけた。

 武術の心得があったとしても、妖怪の背負い投げを食らえば、通常の人間でなくとも魔力を扱える人間でも大怪我は免れないだろう。

 当然ながら背中を強打した魔女は苦しそうに身を捩り、歯を食いしばっている様子が見て取れる。その彼女へ追撃なのか、踵落としを見舞おうと異次元赤蛮奇が足を振り上げた。

 妖怪である私が食らっても頭蓋骨が陥没しそうな踵落としを、魔女は体を横に転がしてかわすと、淡く魔力の輝きを放っている左手を赤い女性へと向けた。

 鎖骨が折れていたのは確実だったはずだが、魔女の肩周りに飛びだしていた骨や肉体の損傷が、見間違いだったと勘違いしてしまいそうなほどに綺麗になくなっている。

 見間違いでない事は、肩周りに残っている血痕からわかる。しかし、その回復力の高さに、目を剥いた。

 そうこうしているうちに、魔女が反撃に移る。咄嗟の攻撃であったせいで、狙いを定めていなかったことが私でもわかり、太陽の日差し以上の光を放つ熱線が、異次元赤蛮奇の足を薙ぎ払う。

 短い時間での照射だったが、片足の皮膚は焼けただれ、一部では表面が炭化している。肉体が焼ける香ばしい匂いに、胸が苦しくなってきた。

 人間なら動くことすらままならなくなりそうな、重症一歩手前の負傷が完治してしまっている魔女は、更なる追撃に躍り出る。

 刀を構え直し、異次元赤蛮奇を切り裂こうと前に飛びだすが、それ以上の速度でろくろ首は後方に大きく下がると、チラリと視線だけこちらに向けた。

 ギョロっと獲物を狙う目力の強さに、嫌な予感がする。それが的中する前に、この場所から退避しよう。背を向けず、我々の方向へ下がって来た異次元の者を睨みながら下がろうとする。

 異次元赤蛮奇は意識していないだろうが、私が下がろうとしたのが合図になったように、いきなり振り返ると鎖鎌をこちらに向けて薙ぎ払う。

 狙いは戦闘態勢が整っているご主人や一輪、雲山ではない。人質を取ろうとするのが目的なのか、抵抗される心配のない私に鎌が豪速で向かって来る。

「なっ!?」

 奴は馬鹿なのか!?私と魔女に接点など存在しない。無いことは無く、この場所で匿ったことはあるが、それを知っているのは妙蓮寺の連中だけだ。

 当時はまだ話の分かる奴だったが、今の魔女は話が通じそうな雰囲気を纏っていない。その彼女に対して、私に人質としての効力などあるわけがない。最悪の場合、異次元赤蛮奇と一緒に撃ち抜かれかねない。

 隣に居た水蜜は縁側を下りてしまい、一輪やご主人も離れた場所に居る。しまったという顔をしているが、彼女たちが動こうとした時には、体に鎖が巻き付いて引き寄せられている事だろう。この攻撃を、私は自分の力で対処しなければならない。

 私の方向に得物を投げて来ることに度肝を抜かれたが、事前に嫌な予感がしていたから最小限に済んだ。

 走馬灯なのか、頭をフル回転させているからなのか、鎌が向かって来るスピードが僅かに遅く感じた。そのうちに、瞬時に10~11通りの打開策を発案する。

 その中から、私の身体能力や反射速度、体勢から発揮できる瞬発力等を考慮した結果、思いついた打開策は何一つ成功しないと、無情にも脳は計算をはじき出す。

 実力があるがゆえに、十数手先で自分の積みが分かってしまう将棋の棋士の気持ちが理解できた瞬間だった。

 無意識のうちに防御しようとした私の目の前で、向かってきていた鎌が空中で停止する。目測を誤って当たらなかったのなら理解できるが、ピタリと停止したことで理解が及ばなくなった。

 このように物体を止めることができる人物は、妙蓮寺に存在しない。あの魔女が何かをしたのだろうか。

 そう思っていると、異次元赤蛮奇が何もしていないのに、独りでに鎌は異次元の者の後方にいる魔女へと向かって行く。なにか、見えない力がかかっているようだ。

 ご主人や、異次元赤蛮奇が引き寄せられていない所を見ると、重力や風ではないことが安易に想像できる。

 魔女が伸ばしていた手元に鎌が到達すると、そこにブラックホールでもあるのか、たるんでいた分の鎖まで球状に巻き取られていく。

 丁度、砂鉄などの細かい粒子が集まる場所に、磁石をくっ付けたようだ。魔女は鎌を引き寄せた力をその場所に維持させ、伸びきった鎖の下に潜り込む。

 握ったままだった切れ味が良いとは言い切れなさそうな刀で、下側から鎖を断ち切りながら突き進む。見たところ金属を引き寄せる磁力のような力は強力で、足を焼かれていることで踏ん張り切れないらしい、分銅側を握っている異次元赤蛮奇が魔女の方へと引き寄せられた。

 分銅で抵抗されぬよう、魔女は刀で異次元赤蛮奇の右腕を削ぎ落すと刀を持っていない右手を伸ばし、苦痛に顔を歪ませる妖怪の顔を覆った。

 異次元赤蛮奇の残った左腕に刀をねじ込むと、一切の抵抗をする暇を与えずに地面に叩きつけた。

 後頭部が数センチ地面にめり込まされた妖怪は、抵抗しようとする行動が体の動きから見られたが、両腕を大きく損傷していることでかなわない。誰がどう見ても勝負がついただろう。

 以前の彼女ならば、何かしらの手助けをしたかもしれない。だが、今は異次元影狼と異次元赤蛮奇に対する、魔女の容赦のない攻撃方法に、私たちは警戒心を解くことができない。

 二人ともまとめて攻撃するか、異次元赤蛮奇だけか、魔女を攻撃するのか。ご主人たちでさえ迷っていると、頭を掴まれて地面に押し付けられている敵が悲鳴を上げ始める。

 魔女も私たちも、特に行動を起こしていないはずだが、唐突に異次元赤蛮奇は金切り声を上げて苦しみだした。足をばたつかせ、身を捩り、使い物にならない腕を振り回す。

 妙蓮寺だけでなく、周りの森中にまで響き渡りそうな痛烈な叫び声に、耳を塞ぎたくなる。堪えきれずに後ろに一歩下がろうとすると、背中を壁にぶつけた。

 私が立っていたのは廊下の真ん中で、後ろに壁などは無かったはずだ。確認しようとするが、振り向くよりも前に、壁ではなくその人物に肩を掴まれた。

 いつの間に居たのか、呼びに行こうとしていた、聖だ。私よりも頭が二つ分以上の差がある彼女は、いつもの朗らかな雰囲気ではなく、好戦的な雰囲気を纏っている。

 その頃には異次元赤蛮奇の絶叫がピークに達していく。魔女の指が異次元赤蛮奇の頭にめり込んだと思った矢先、顔から前頭部にかけて頭部が柔らかい木の実のように潰れた。

 頭部にかかる圧力に耐えきれずに、閉じた瞼を膨らませて眼球が飛びだした。握力に砕かれた頭蓋から、血液だけでなく引き裂かれたピンク色の脳と脳漿が零れ出る。

 その光景に息を飲み、顔を背ける中で、遠くでは柱が損壊していた櫓が大きく傾いていく。

 本来なら大きく軋む音なのだろうが、目の前の凄惨な状況に意識を奪われ、腹に響く振動も鼓膜を揺るがす轟音も蚊帳の外だ。

 屋根が傾いたことで、そこに吊り下げられた鐘が大きく揺れ、残っている柱や壊れて中腹から折れている柱、鐘を叩くための撞木にぶつかり、音を立てる。

 撞木などの木材が鐘にぶつかる音はよく耳にしていて、聞き覚えがあるはずなのだった。衝突からの広がるような長く長く続く振動音は、いつも通りの低い音。

 ぶつかる強さで多少の大きさは変わって来るのだが、いつもと変わらない音のはずなのに、この異質な状況のせいで不穏なものに感じている。

 精神に悪影響を及ぼし、不安を掻き立てる。そんな不協和音な鐘の音に今すぐに駆け出して、妙蓮寺を離れたい衝動に駆られた。

 それを実行に移す前に、未だに所々を痙攣させているろくろ首の頭を圧潰した魔女が、血まみれの手を肉塊から引き離す。

 一仕事終えた彼女は一息つき、手にこびり付いている血液と肉片を振りからい、しゃがんでいた状態から立ち上がる。顔を上げると私たちと丁度良く視線が交わった。

 顔の造形や身長、物腰柔らかそうではあるが、堅い表情は変わらない。しかし、以前とは決定的に何かが違う。言葉で表現することができないが、感覚的にそれを汲み取れた。

 私は彼女の目から、聖の様に何かプラスになる要因を探し出せない。それどころか、恐怖を駆り立てる鐘の音も相まって、返り血を所々に浴びる魔女には、畏怖の念を抱かずにはいられなかった。

 




次の投稿は9/26の予定です。


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東方繋華傷 第百四十話 募った鬱憤

自由気ままに好き勝手にやっております!


それでもええで!
という方のみ第百四十話をお楽しみください!


 木々の間を抜けていく。魔力で体を浮かせているわけではなく、幹から生えた自分の腕よりも一回りも太い枝を足場に、次々に木から木へと飛び移る。

 こういった移動や跳躍などに向いていない、サンダルに近い履物のせいで、移動は予想よりもかなり遅れている。

 さらに、枝の先から生えている葉っぱに、邪魔をされたりしているのが遅れている理由の一つである。

「はぁ…はぁ…」

 魔力である程度身体を強化していたが、数十分に及ぶ移動で日陰だというのに、汗が額に浮かんで滝のように流れ落ちて来ている。

 手の甲で透明な液体を拭い取り、すぐに次の枝へと飛び移る。人間ならばまず届かない程に離れている枝へと着地する。

「はぁ…はぁ…!」

 少しくたびれてきた。痕跡を探して周りを見回し、肩で荒々しく呼吸を繰り返していたが、息を整えようと大きくゆっくりな深呼吸をする。

 こうして移動している私以上の速度で、闘いながら駆けずりまわる目標の背中すらも見えてこない。これだけの距離も時間も費やしているというのに、戦っているであろう痕跡しか見当たらない。

 私はもともと筋力や、俊敏に動くことのできる脚力には恵まれていない。自分では全力のつもりだったが、周りからしたらかなりスローペースであることだろう。

 他の連中に先を越される前に、奴を回収する必要がある。邪魔で鬱陶しい存在を消すためと、私たちが殺されないようにするために。

 鬼にしては脆弱な少女は、残っている痕跡から次の方向を見定め、追跡を再開した。枝から枝へと、強化された脚力で渡った。

 

 

「……」

 怒った顔というよりも失望した、またはがっかりした。そんな初めて目にするかもしれない表情を、髪が紫から黄色のグラデーションになっている僧侶は見せた。元の顔つきが優しそうであるため他の感情を浮かばせると、どことなく違和感を覚えてしまう。

 私の後ろにいた聖は、何も言わずにそのまま縁側まで出ると、じりじりと身を焦がしそうになる日差しが降り注ぐ庭へ、靴を履いて降り立った。

 戦いに夢中で、自分がどこで戦っているのかを理解していなかったのか。異次元赤蛮奇の頭を握りつぶした魔女は顔を上げると、驚いたような表情を見せる。

 周りを見回し、一度自分が匿われた場所という状況を飲み込んだらしい。こんな熱波とも言えるような熱い日差しの中で、あれだけの激しい戦闘を行えば、汗腺から汗が噴き出るのは当然だ。

 頬や顎に滴っていく汗を手で拭おうとするが、両手が返り血でまみれていることで断念し、左右に向けていた顔をこちらに向き直らせる。

「おいおい…お前らの敵を二人も片付けてやったっていうのに、随分な歓迎の仕方じゃないか」

 軽く振り、鮮血が滴っていた手から余分にある体液を振り落とした。我々が魔女に対して警戒し、各々の武器を構え攻撃態勢を整えている様子から、ため息交じりに言った。

「ええ、歓迎するつもりはありませんから」

 柔らかさの無い、凛とした声色で聖はきっぱりと言い放つ。普通にリラックスしたまま立っているように見えるが、拳を握っていることから臨戦態勢は整っている。

 戦う準備ができているという事は、聖は魔女を逃がすつもりはないのだろう。ご主人たち以上に魔女へ近づいているのがその証拠だろう。

 先ほどの、心臓を締め付けられるような威圧感がない。彼女が私たちに敵意を全く向けていないことは、私にでもわかっているから、聖やご主人たちもそうなのだろう。しかし、警戒心を解けないのは、彼女自身が醸し出す雰囲気のせいだ。

 彼女自身は気が付いていないのだろうか。自分が、以前とは全く異なる気配を漂わせていると。

 一度でも異次元の者を見て、その雰囲気や気配を視覚から聴覚、嗅覚に至る全ての五感で幅広く感じれば、庭に立つ今の魔女はそれに近い。異様な佇まいであることを読み取れるだろう。

「冷たいな…私が何かしたって言うのか?」

「ええ、しています」

 端的に、淡々と魔女に回答を述べる聖に対し、悲しそうな色を少し覗かせるが、我々の態度は変わらない。

「じゃあなんだぜ、危ない目に合いそうになったから怒ってるのか?すまなかったな、次はもっと早くに殺しておくよ」

「いえ、私は怒る怒らない以前に、ただの殺人鬼を見逃すつもりがないだけです」

「……へ?」

 聖が言い放ったことが、自分に当てはまっていると魔女は一瞬理解できていなかった様子を見せる。きょとんと首をかしげている彼女に、魔法が使える僧侶は不意打ち気味に拳を叩き込んだ。

 五メートルもあった距離を、一瞬で聖は詰め寄った。私は攻撃をするだろうとわかっていたのにもかかわらず、走り出すモーションが早すぎて読み取れなかった。そもそも戦うつもりのなかった魔女ならば更にだろう。

 避ける動作を全くせず、魔女はその顔面に真正面から拳を出迎えた。攻撃を受けた頭部が後退し、それに続いて首から下の胴体が引っ張られる形でついていく。

「あがっ……!?」

 短い潰れてくぐもった声を残し、魔女の体は後方へ派手にぶっ飛んでいく。ダンっと背中を地面に打ちつけてバウンドし、庭の中央付近にある装飾用の岩石に衝突した。

 先が先鋭に尖った部分や目立った凹凸のない岩石に、赤色の個体の混じった塗料を塗りつけた。真っ赤な流動体を滲みだす、肉体の一部には黄色い髪の毛が数本生えており、頭を打ちつけたようだ。

 殴られた時点で死んでいてもおかしくない魔女は、軌道を変えても止まることができず、地面を滑走するように転がっていき、妙蓮寺を囲い込む外壁へ激突する。

 削り出された岩で作られた壁は、木材で作られた物よりは頑丈であるはずなのだが、魔女が叩きつけられた途端に、放射状の亀裂を出現させる。

 背中から突っ込んだ魔女は、岩に抉られた頭部から出血を起こしている。頭部から垂れていく血液が眉や目を縫って落ちて行き、血の涙を流しているように彼女を彩った。

 背中から外壁に突っ込んだ魔女は、ぐらりとその身を傾かせると、横に倒れ込む。聖が殴ってから五秒、十秒と時間が経過していくが、それっきり動かなくなってしまう。

「聖…何を考えているんだ。どう見てもやり過ぎだ」

「そうですね」

 私が非を責めるが、とうの彼女はどこ吹く風でこちらに向き直ろうとする素振りすら見せない。

「長である君が人を殺めた時点で、ここで掲げている毘沙門天が偽りの物になる。そのぐらいわかっているだろう?感情に振り回されるな。数百年もご主人が頑張ってきたことを無碍にするつもりか?」

 後方からではグラデーションのかかった髪に隠れ、なんとなくの表情すらも読み取れない。だが、ここで静止しなければあの女性が原形を留めなくなるまで、攻撃しそうな勢いだ。

 聖はおっとりしていて、感情の起伏が少なさそうに見える。しかし、魔女を匿った時もそうだが、何かしらきっかけがあるとその振り幅が非常に大きくなる。

 普段から奥底にある感情のふり幅が小さいせいで、感情が高ぶった時に聖はそれに強く左右されやすい。

「………。そんなつもりはありませんから、安心してください」

 先ほどの、重みのある威圧的な口調や声色から、少しだけ普段の柔らかい調子に戻っているが、予断は許さないだろう。いつ走り出すかわからない。

 そう思いつつ、庭の奥で倒れている魔女を死なせないようにするにはどうするか。それを頭をフル回転させて構想を練っていると、聖越しに倒れ込んでいた金髪の女性が体を起こした。

「…!?」

 聖がどれだけの力で彼女を殴ったのかは知らないが、途中で岩石にぶつかっても、壁に亀裂を生じさせるだけの余勢を残していた。我々が食らったとしても、あと一時間は受けたダメージに打ちひしがれ、上半身を起こすことすらままならなかっただろう。

 それに対して魔女は、体を起こして立ち上がろうとしたが、バランスを崩して前のめりに倒れ込みそうになっている。頭部から流れ落ちている血液が、額や頬などからしたたり落ちていく。

 唇や口、鼻腔内も殴られた影響で出血しているようで、手の甲で拭う動作をすると、真っ赤な鮮血がべっとりと塗り込まれている。

「か……あぁっ……!」

 衝撃が頭の中を反響して頭痛を患っているのか、片手で頭部を押さえ込んでいる魔女が、声にならない声を漏らす。そうしている間も出血は継続しており、死なせないために手当てを早くしなければならない。

 そんな気持ちが半分あるが、残りの半分が巻き込まれるかもしれないリスクを考えると、今飛び込むのは得策ではないかもしれない。

 多少なりとも聖は冷静になりはしたが、魔女の方は殴られたせいで頭に血が上っている可能性もある。

「なん…だ……ってん…だぜ……畜生…!」

 頭部から出血している魔女は、痛みに呻きながらも、攻撃を加えて来た聖に言い放つ。戦うつもりのなかった彼女は、まともに拳の一撃を受け止めた影響が足腰に出ている。膝がカクカクと笑っていて、まともに立つことなどできないだろう。

「わからないのですか?貴方を殴った理由は、さっき言ったはずですよ?」

「……殺人鬼…?私が…?……お前の…目は……どこ…に…つい…てんだ…!あいつらの…方が、よっぽど…殺人…鬼…だぜ」

 息を切らしているわけではないが、頭痛で考えが纏まらないのか。ぽつりぽつりと分割して反論を返して来る。

「確かに、そう言ったところもあると思います。でも、妖怪だろうと自分と同じ形をした者を、何の躊躇もなく死に至らしめてしまう人間を殺人鬼と呼んでも、差し支えないと思いませんか?」

「殺すか…殺されるかの世界で……そんな、甘っちょろい事なんて…言ってられないんだぜ…!……異変に介入してこなかった……何も失っていないお前と私じゃあ、立場も境遇も、違うんだよ…!綺麗ごと抜かしてんじゃねえぜ」

 ダラダラと出血が続いている頭部を押さえたまま、魔女は次の攻撃準備ができている聖に言い放つ。これだけのことをされているというのに、彼女は未だに私達へ敵意の一つもむけていない。

「なるほど、少しでも考え直すつもりはないわけですね?」

 それに相反して聖は、負傷している魔女へ敵意に近い感情を湧き上がらせる。口を挟んでも、私では止められないかもしれない。

 押し潰そうとする威圧的な敵意を、噴火によって地表に溢れ出す溶岩のように迸らせる聖に、ご主人たちが退きそうになってしまっている。

「ああ、友人を殺されて…恋人までイカれた巫女に殺させるわけにはいかないんでな」

 これだけの敵意を向けられているというのに、なにか逃げるだけの算段があるのか。魔女は臆せずに食って掛かる。

「…貴方がそうなっているのは、それなりに理由があるのでしょう」

 二人の会話を中断させようと、どう口を挟むか考えていたが、思ったよりも聖は冷静だったようだ。魔女に諭すように言葉をかけ始める。

「…殺人鬼と呼ばれるような状態にならなければ、自我を保てなかったのでしょう。ですが、貴方がそうなっているのは、決して恋人のためではなく……自分の、復讐を果たすためでしょう?」

「そんなわけ……」

 魔女はそう呟こうとするが、何か思い当たるふしがったのだろう。聖に何も言い返すことができなくなり、開いていた口が一文字に閉じた。

「仮に、復讐に成功したとしましょう。おめでとうございます…貴方が邪魔者を手に掛けたことで、お二人の邪魔をする者は居なくなりました。……貴方は、その血で汚れた手で、恋人のことを抱きしめられますか?」

「…………っ……!!」

 魔女の痛いところを突く聖の発言に、彼女は察してしまったのだろう。彼女は悲しそうな、僅かに悔しそうな表情を垣間見せた。かと思うと、頭を押さえていた手を放し、フリーにしていたもう片方の手に、ゆっくりと目を落とした。

 一部、自身の物が混ざり込んではいるが、手首や前腕から指先にかけて、べっとりと塗り込まれた血液が瞳に映っているだろう。血の大部分が他者を出血させ、こびり付いたものだ。

 彼女の恋人がどういった人物なのか、私にはわからない。しかし、魔女の言葉から今のところは生きているのだろう。恋人が望んでいるのかいないのかで話は変わってくるが、反応から見るに異次元の者側ではなく、こちら側の道徳観を持っているのだろう。

 普通の道徳観を持った恋人を守るためではなく、道徳観が欠如し、復讐心から何人もの人間を殺めて来たその手で、触れられるだろうか。手をつなげるだろうか。抱きしめられるだろうか。無理だろう。

 元は普通の倫理観や道徳観を兼ね備えている魔女は、遅かれ早かれこれには気が付いたはずだ。

「誇れるでしょうか、及んできた行為を。分かち合えるでしょうか、歩んできた道を」

 そこに更に、聖は畳みかけていく。もう気が付いてしまっている魔女へ、彼女にしては強い言葉を語っていく。

「……だまれ…」

 手を見下ろしていた魔女は顔を俯かせ、かすれた声を絞り出す。苛立ちや怒りに近い感情が一滴加わっているのか、声色が微妙に震えている。

 一連の戦闘は終わったはずだったが、新たな火種が燻り、煙を上げ始めている。いつそれが炎に変わるかわからず、緊張した顔つきが継続している。

「二人は思考と向き合い、考えることになるでしょう。感情に苛まされ、苦悩することになるでしょう。自分たちが立っているのが、残虐に殺された者たちが積み重なる、血潮が降り注ぐ偽りの平和であることに気が付いたとき、苦悩は痛みに変わることでしょう」

 人を殺めたことには変わりないが、お互いを守るため、生きるためだったならば、まだ、分かち合って罪を償うために歩調を合わせ、支え合って生きていくことができただろう。

 しかし、そうもいかない。彼女は、互いのためではなく復讐の炎に身を投げてしまっている。歩調も歩幅も恋人と大きく異なり、その歪に歪んでしまった歯車では、時間という流れを一緒に進行していくことは不可能だろう。

「…だまれよ…!」

「もう一度聞きます。考え直すつもりはないのですね?このまま進めば、貴方も、貴方が大切にしている人間も、この異変ではなく、後の穏やかな暮らしで身を滅ぼして…最悪な終結を迎えることは目に見えています。手遅れになる前に、引き返しなさい」

「黙れって……言ってんだろうが!!」

 耐え切れなくなった魔女は怒号と共に拳を握り、カラカラに乾いた地面へ振り下ろす。その細い腕からは、想像が及びもつかない威力の打撃が繰り出される。亀裂が生じるのは勿論のこと、衝撃に土壌に密接している手を中心に、一部の地面が捲りあがって湿った地中の土を外気に露出していく。

 魔女を中心に円状に広がっていく衝撃は、地震のような揺れを妙蓮寺や立っている私たちに、大小様々な影響を与える。

 木材が組んで作られている妙蓮寺全体が、木材同士の擦過音や木自体の歪みから来る軋む物音を立て、小刻みな揺れに晒される。寺が建築されてからかなりの年数が経過しており、崩れないかが心配になって来るが、柔軟性に長けている木製の建築物は効率的に揺れの振動を逃がし、たった一度ではあるが驚異的な衝撃から耐えきった。

 バランス感覚の良い者は微動だにせず、私の様な運動神経に欠片も恵まれなかった者は、揺れに足を取られ、尻餅をついた。

 感情を揺さぶられてむき出しにしているが、私達からすれば、聖の言っている内容は怒る程の物ではない。しかし、そう思っているのは、私たちはどう頑張っても当事者という立場に居ないからだ。彼女が激高しているのは、そこや彼女を否定する部分だと思われる。

「…お前に………お前に何がわかる!!この戦争は、弾幕勝負で勝敗を決めてた今までとは違う!!ぬるま湯にしか浸かってないお前の理論じゃあ、生きてはいけないんだよ!!」

「ええ、そうだと思いますよ。死人が出ている時点でそれは強く感じます。ですが、復讐と戦いはまた別物です。……この異変で不殺を突き通すのは難しいでしょう。だからこそ、生きるために復讐以外で戦う理由が必要なのです。

 倫理に基づき、異変を勝利に導かなければ、それは本当の意味での勝利にはなり得ません。恨みや憎悪、復讐の感情に身を任せてしまうのは、理由を持った向こうの方々以上に、得られるものは何もありません」

 深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ。この言葉は非常によく聞く言葉だ。怪物と戦う時、自分自身も怪物にならないように気を付けなければならない。聖はこれが言いたいのだろう。

「…」

 しかし、あれだけ聖は魔女に対して敵意が丸出しだったというのに、こうも長々と会話を続けている。殺しはしないだろうが彼女を気絶でも失神でもさせ、博麗の巫女に引き渡すことなど、今なら造作もないだろう。他に目的があるのだろうか。

「うるさい!…もう、遅いんだよ…!」

「いいえ、自分を見直すのに襲いも早いもありません。やったかやらないか…ただそれだけです」

 聖は魔女を殴った手にこびり付く、乾いて凝固が始まる血液を拭い取る。感情を高ぶらせ、拳を地面に接触させる彼女の方へと近づいていく。

「今から考え直そうが直さまいが、向こうの世界はどこまで行っても掃き溜めのクソに変わりはないんだよ!!…奴らと同じになっても、それ以下になっても…そうしなきゃ勝てねえ!…理由なんざ、何の役にも立たないウジ虫以下のゴミ同然だ!」

 額や口元から血を流しているが、そんなことには気にもとめない。魔女は溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すように、毒を吐き続ける。

「復讐がどうだの、戦い方がどうだの言ってるそういうお前はどうなんだよ!!傍観してるだけで何もしないだろうが!…何もせず、見殺しにするのだって…殺しとなんら変わらない!!」

 心の内を吐き捨てる魔女は、喉が張り裂けそうなほどに声をあら上げて叫ぶ。その彼女の言葉に、聖は耳を傾けたまま見据えている。

「そもそも、ドッペルゲンガーが出た時点で、出所を伏せるなんてことをせずにお前らだって戦ったら…結果が違ってきた可能性だってある!!…咲夜が…早苗が…妖夢が…レミリア達が殺されずに済んだかもしれないじゃないか!!戦うことを放棄した分際で、後から出て来てごちゃごちゃ抜かすんじゃねえ!偽善者があああああああああああああっ!!!」

 感情の赴くままに魔女は絶叫する。肺胞内に存在していた空気が、肺胞が圧縮し始めたことで外へと押し出され、それが絶叫の種となる。

 喉から迸らせていた彼女の感情は、突如として停止する。魔女自身が口を噤んだり、叫ぶのをやめた途切れ方とは違う。吐き出せるだけの空気が無くなり、声量が弱まったとも違う。

 口を塞がれ、声を出すことができなくなった。そんな印象を受けたが、それに近い。魔法で身体能力を極限まで強化した聖が、我々に鬱憤をぶつける魔女の顔面に再度拳を叩きつけたのだ。

 日差しに照らされる地面の一部に、聖が踏ん張ったと思われる足跡の形跡と残像だけが残され、本人は片膝をつく魔女に一方的な攻撃を加えた。

 骨が砕けるような、陥没するような。肉体が潰される大気を揺るがす打撃音が、振り下ろされた一撃よりもワンテンポ遅れて耳の鼓膜に拾い上げる。

 体格差というのは筋肉量の多さを意味し、そこから引き出される総合的なエネルギー量も増加する。私よりも三十センチ以上は身長が高い聖の全体重がかけられた強打は、魔女の身体を後方へ移動するのを誘発させ、亀裂の生じた壁へ崩壊の止めを刺した。

 無法則的に広がりを見せていた多数の割れ目は、辛うじて均衡を保っていた。そよ風や人がギリギリ感じ取れる程度の、か弱い自然現象で崩れてしまいそうな壁は、その閾値を大きく上回る衝撃に見舞われて瓦解する。

 その造形を保ったまま数分間も維持し続けた壁に、称賛でも送ってやりたかったが、脆いガラス細工のように細かい瓦礫となって妙蓮寺の外へと飛び散った。

 重量がない物や重さがあったとしても、魔女が衝突した衝撃を比較的受け取らなかった破片は壁の近くに転がり、衝突部に近ければ近い程に、壁から離れた地面を回り回る彼女の上や周囲に散らばっていく。

 仰向けで倒れ込んだ魔女の胸や腹部の上に、壁の一部だった瓦礫がいくつか重なる。大地の上に大の字で横たわっていた魔女は、驚いたことに制御の利かない上体を持ち上げ、立ち上がろうとしている。

「ぐっ………っああ……!!」

 顔を押さえ、打撃を受けた場所をどうにか痛みを柔らげようとしているが、頭部に受けた脳震盪のダメージはそう簡単に抜けることは無い。

 下半身に来ているようで、腰を上げようとした魔女が足をもつれさせ、尻餅をついた。唇や口内が損傷した出血でダラダラと血液が垂れ流され、薄汚れていた洋服が更に血みどろに染まっていく。

 顔の半分以上が赤色に染まる魔女は、足を振るえさせて数十秒の時間をかけてようやく立ち上がろうとする。

 千鳥足になり、腰を上げるのがやっとのようだ。その魔女の胸倉を掴み、腹部に拳をお見舞いする。

 体が衝撃で持ち上がり、腹部が背中側へ引っ込み、くの字に折り曲がる。その身体が元に戻る前に、今度は頭部に拳が叩き込まれ、大きくのけ反った。目を剥き、悲鳴を上げることもできずに魔女は悶絶した。

 意識的な色をしていた瞳が、朧げで虚ろな物へと変わっていく。顔色を青ざめさせていく魔女は、聖が手を放すと体を前に傾かせていく。

 聖の胸元に顔をうずめたと思うと、膝から力が抜けていき、ズルズルとその体を伝って地面に倒れ込んだ。

 誰がどう見ても、普通の倒れ方ではない。前のめりに倒れている力の抜けた人形は、そのまま死んでしまいそうに見えるほど、ピクリとも動かない。

 もともと血色が悪く白い肌をしている魔女だが、今はそれ以上に血の気が引き、死体みたいだ。その彼女を聖は黙って見下ろしている。

「そこまでだ、聖」

 聖に続いて日差しが降り注ぐ庭の外壁近くまで移動していた私は、次に何か行動を起こされる前に彼女を呼び止める。

「ええ、分かっていますよ」

 そう言って聖が振り返ると、いつもの表情に戻っていた。先ほどの怒っている雰囲気や失望したと言いたげな顔つきは無くなり、いつもよりもほんの少しだけ悩んでいるようにも見える。

 普段からあまり妙蓮寺で過ごしていない私が聖に、そう言った雰囲気を感じ取ったわけであるため、一緒に過ごす時間の長いご主人たちは強烈に違和感を覚えただろう。

「どうしたんですか?なんでそんな顔をしているんですか?」

 フードを被っていて服の風通りが悪い一輪は、額に浮かんだ汗を手の甲で拭いながら、振り返った聖に問いかけた。

「わかっちゃいましたか?」

 自身ではそう言った表情をしているつもりはなかったようで、指摘されると少し慌てふためく様子を見せた。気絶している魔女をその場に残し、聖は外壁付近にいる私たちの方へ歩いて来た。

「私から見てもそう見えますよ」

 見間違いではなかったと、一輪の隣に立っていたご主人が代わりに答え、聖の後方に倒れている魔女にチラリと視線を移す。

 先ほどの魔女と聖の会話から、どうしようとしているのかはおおよその予想はついている。私から発言しても先導力はないため、これからどうするのかを全員の前で話してもらうとしよう。ご主人が特に気にしているようだし。

「それはそうと聖、彼女は…そのままでいいのかい?……助けられた身としては、少々心苦しい」

「いいえ、少しの間妙蓮寺で保護します。魔女を博麗の巫女に引き渡す理由がなくなりましたから」

 攻撃を受けていた魔女以上に、聖の発言に対してご主人たちが目を見開いた。そのまま卒倒してしまいそうなほど、一気にご主人たちは怒りの頂点に達する。

「どういうことですか!?貴方はそんなに妙蓮寺を潰したいんですか!!?」

 聖が本当に最高責任者かどうかも怪しくなる勢いで、ご主人が詰め寄っている。その気持ちは大いにわかる。聖がいない間、切り盛りしていていた彼女は、ここを守りたい思いは人一倍強いはずだ。

 妙蓮寺では一度魔女を逃がしており、一度だけならば偶然である。しかし、二度目ともなるとそれは必然と思われ、最悪私たちが敵対される可能性が高い。それを考えれば、普通ならそんな思考には至らないはずなのだ。

 しかし、今回は前回とは違う。聖が提示した全く根拠のない理由なんかではない、魔女が発言した部分から逃がしてもいい裏付けがとれている。

「今度という今度は、許しませんからねえええっ!!」

 身内での戦闘にあと一歩で発展しそうになっているご主人を、呼び止めなければならなそうだ。両手の爪を立て、飛びかかろうとしている彼女の前に体を滑り込ませる。

「ご主人、待った」

 聖を掴みかかろうとしていたご主人の手は、身長差から私の頭にすら掠らない位置を通過していき、おっとりとした聖の肩に当たる直前に止まった。

 頭に血が上りかけていたが、身内を積極的に傷つけようとする気概のないご主人は、私が目の前に割って入ったことで、少々冷静さを取り戻したようだ。

「………。今度は、ちゃんとした理由?」

 また無茶なことを言い出すんじゃないかという、不安な目を向けられる。聖は、こういった時の説明というのが非常に下手だ。少しづつ掻い摘んで話していくとしよう。

「勿論。……前回の聖が出した理由は擁護する気が全く起きなかったけど。今回は、彼女を保護した方がいいと思う。…ご主人達は、魔女が言っていたこと覚えているかい?」

「魔女が…?」

 詳しくは覚えていないのだろう。目を泳がせて記憶を探り、聖と魔女の会話を思い出そうとしている。後ろにいる水蜜の方向は見ていないが、水蜜は思い出す必要が無いはずだ。おそらく、一度聞けば合点がいくのだろう。

「よく思い出してほしい。彼女の言ってる事、まるでこっち側の人間が話しそうな内容じゃなかったかい?」

 私がそう告げると、聖はうんうんと頷いている。彼女が感じた部分と、私が受けた印象はどうやら同じだったらしい。

 そうだろうなとは思っていたが、相違なかったことでここからは、探りを入れる様に慎重に話す必要ない。起こったことの事実を述べればいいだけだ。

 これだけでは、魔女を敵だと思い込んでしまっているご主人達は、当然ながら納得しない。焦る必要もないから、ゆっくりとその理由を伝えていくとしよう。二人ともバカではない、すぐに納得してくれることだろう。

「まず最初に、魔女は私たちの世界で行われている異変解決と同様の方法で戦っていた。という事はわかったと思う」

 ここについてはそれ以上でも以下でもない為、二人は軽く頷いた。

「そこから、以前の彼女は奴らの戦い方と毛色が違かったから、異次元の連中がいた世界に居た人間ではないと思う。少なくとも最近までは。

 ここから、二つのことが考えられた。一つ目は私たちがいた世界とも、今攻め込んできている世界とも違う世界の住人という可能性。自分の世界から異次元の者の世界に入り込んで、我々の世界に混じり込んで来た。つい最近までそう言った戦い方をしていたから、聖に指摘されて反論した。……もう一つは、私たちの世界に居た者の可能性」

 一つ目はともかく、二つ目上げた理由を肯定できず二人の眉間にしわが寄る。それはそうだ。あんな戦い方のできる魔女など、我々が認知していないわけがなく、ここの世界に居たのであればなぜ彼女のことを知らないのかと。

「君たちの言いたいことはわかる。でも、それならなぜ彼女は私たちの世界の内情を知っていたんだと思う?」

「内情を知っていたとな?」

 訝し気な表情をした、特定の決まった形となっていない雲山が、年を食った老人であるが、気迫のある大きな顔の形態をとり、聞き返して来る。

「ああ、ドッペルゲンガーとかね。あれは我々が勝手に名付けていただけで、その正体は異次元からの来訪者だった。本当かどうか審議も正確性もわからないが、巫女から聞いた話では、姿に違和感のある博麗の巫女にあまり近寄らず、話をした者もいないそうだ。それなのに、なぜ知っていたんだと思う?」

 自分たちの正体がばれれば、奇襲を仕掛けることは難しくなる。下手に大きく動く、会話などによる情報収集は避けるだろう。

「向こうの巫女たちが陽動で、見つからないようにずっと隠れて情報を集めてたとか?」

「いや、それは無い。あの容姿だ、少しでも情報を集めようとすれば必ず噂になるし、ドッペルゲンガーがささやかれ始めた直後に現れれば、当然の如く真っ先に疑われるだろうからね。

 それに、そこらの森にいる妖怪や妖精たちに聞こうにも、人と敵対関係にある妖怪たち側には、村で起こっている物事の情報は流れにくい。寺子屋、妙蓮寺、永遠亭、特に情報が速いのはここらだろうが、そこから情報を引き出すとなるとやっぱり目立ってしまう。

 魔女が現れたというのは、向こう側の博麗の巫女が出現してから数日後の話だ。ドッペルゲンガー現象が、向こう側の連中によって起こされているというのは、その時点で分かっている事だ。だから、その時点から情報を集めたとしたら、ドッペルゲンガーなんて言葉を知っているわけがないし、そもそも敵だと思われて情報なんか集まらない」

 この情報を引き出すとき、聖は強い言葉で魔女の感情を揺さぶっていた。宥めるような話し方と彼女にとっての痛い部分を付く言葉により、大きく起伏する感情に振り回され、考えなど纏まらなかっただろう。だから、先ほどの会話はかなり信用度が高い。

「さらに付け加えるとすると、ドッペルゲンガー現象がささやかれている段階で、おそらく彼女は我々と会ってる。聖が信頼できるとしている人物と一緒に、もしくは信頼できる人物として」

「…!」

 聖はそこまで考えていなかったようで、少し驚いたような表情を浮かべると、ご主人達と一緒になって私に耳を傾ける。

「聖…君は他の者に公言しないことを条件に、太陽の畑がある方向で何かがあったと伝えたよな。誰に言ったか覚えているかい?」

「………………。いいえ」

 数秒間、たっぷりと時間を使って記憶に思考を巡らせた。その後にはっきりとした口調で断言する。

 最近の傾向から、異変を起こした人物たちは殺されない。計画を潰された者たちはそのまま幻想郷の一員として生きていく。その組織から後々疎まれぬために、聖は出所を伏せることにした。

 信用たる人物にしか話さない、そんな大事な会話を誰に話したか覚えていないなど、絶対にありえない。何かされたと考えるのが妥当だ。

 だが、何かした人物があの魔女ではないことは確実だ。その会話の通り、博麗の巫女にまでその情報が伝わっており、我々が話したという事は広まっていなかった。

「変装したり姿を変化させていたとしても、敵であればまず博麗の巫女には情報が伝わることは無い。それが伝わっているという事は、聖が信用できる人物を知っていて、かつ、博麗の巫女の目を騙せるほどの幻術を展開できる人物という事になる。

 私が魔女がこちら側の人間の可能性を示唆したのは、我々側に問題があるからだと考えたからだ。これほどまでに情報があるのに、知らないという矛盾がある。何らかの魔術や術式で我々の持つ記憶から、魔女を消すことが可能であるならば、全て辻褄があう」

「じゃあ、なぜ魔女は紅魔館のメイドとか、守矢神社の巫女を殺したのよ」

「ご主人は、殺しの現場を見たのか?」

 こっちの人間ならば、なぜ殺したのかと聞きたいのだろう。質問に質問で返すことになるが、そうすることで疑問が解ける。

「いや、でもそう聞いたよ?」

「聞いた…誰から?」

「博麗の巫女から聞いたはず」

 博麗の巫女から聞いたとなれば、真偽はかなり正しいはずだろう。しかし、物事を伝えるのに伝わる内容というのは、話し手の話し方や明け渡す情報量、聞き取り手の情報を拾い上げる部分、その人物の思考によって僅かに歪みが生じる。

「博麗の巫女曰く、彼女はその現場を見ていない。鴉天狗から情報を聞いたと言っていたから、私は情報元の人に聞いたんだけど、死んだメイドや巫女の下から立ち去る魔女の姿を見たと言っていた。情報元も直接手に掛けた場面には遭遇していない」

「つまり、殺したかどうかも怪しいと言いたいんですね?」

 一輪が投げかけて来た疑問の結論を言おうとしたところで、聖に先に言われてしまう。まあ、そう言いたかったからそれでいいとしよう。

「まあそうだ。……だから彼女はこちら側の人間である可能性が非常に高い」

「………じゃあ、もしあの魔女が私たちの世界に居た人だとして、どうするつもりなの?」

 先ほどまでの倒して引き渡すとは違って、彼女を引き渡せない状況となると複雑になって来る。博麗の巫女やスキマの妖怪をどうやって騙くらかすか、どれだけ考えて考え抜いても不可能という言葉が付いて回ってしまう。

「…………」

 どうするか。ご主人の言葉に、私や聖は押し黙ってしまう。博麗の巫女だけならまだしも、スキマの妖怪がいる。あいつは私なんかとは比べ物にならない程に頭が回る。ちょっとやそっとの嘘など、一刻の時間も経たずに見抜かれてしまう。

「……ありのままを話すのはダメなのか?」

 会話に参加してきていなかった水蜜が後ろから案を出してくるが、それが出来たらとっくの昔にやっている。例え博麗の巫女を納得させられても、メイドを殺されている紅魔館。ウサギを殺されている永遠亭の長達が黙っていないはずだ。最悪、説得する前に私たちごと八つ裂きにされかねない。

「無理だ、そう簡単なことじゃない。いくら魔女から聞いたと主張しても、どうしても主観的な感情が入ってしまうからね。それに一度逃がしてしまっている私達は、ぬえの意見で霊夢達を脅されて騙していたという事になっている。今回もそれじゃないかと、そこを突かれると私たちとしては非常に痛いところだ」

 以前のようにこっそりと匿おうにも、これだけの騒ぎだ。多くの妖怪妖精、人間達が魔女と異次元赤蛮奇らの戦闘を目にしている。知らぬ存ぜぬでは突き通せないだろう。

 どうやって博麗の巫女やスキマの妖怪たちに納得してもらえるか。うんうんと唸って頭を捻りに捻っていると外壁の方向から人の気配がする。

 こつっと靴が陶器でできている瓦に接触した音が聞こえてきた。魔女が突き破った方面ではない、参詣に訪れる人が必ずくぐる門の上に、博麗の巫女が佇んでいた。

 この状況が、彼女にはどう映るだろうか。彼女がどうとらえるかによって、魔女の処遇が決まることになるだろう。

 




次の投稿は10/10の予定です。

リアルが多忙なので、一週間跨ぎます。遅れて申し訳ございません!


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東方繋華傷 第百四十一話 大ボラ吹きの世迷言

 自由気ままに好き勝手にやっております!

 それでもええで!
 という方のみ第百四十一話をお楽しみください!


 私達よりも高い座標に陣取り、佇んでいる女性はただ見下ろしている。白と赤の特徴的な服は、幻想郷を統べる博麗の巫女の装束だ。妙蓮寺全体と、外壁から少し離れた位置に横たわる魔女を一瞥する。

 しまった。私は自分の額に手を当てて、己を叱咤したくなった。それはまた後に隠れてやることにするが、ご主人や一輪達を納得させるのに、少々時間を割きすぎていたようだ。

 門の上から、その先に道があるかのように博麗の巫女が足を踊り出す。当然ながら、目に見えない力の代名詞といえる重力によって、髪や服をなびかせて落下していく。

 落下していた体を魔力調節で浮き上がらせると、庭の中央で集まっていた私たちのすぐそばまでゆっくりと滑空して来た。

 寺の屋根が一部壊れている事や、鐘が吊り下げられている櫓が半壊している所から、壮絶な戦闘があったと彼女は思っているのだろうか。首をねじ切られた死体、頭を握りつぶされた死体にちらりと目を向けた後、降りてきた巫女は私たちの労をねぎらった。

「…大変だったみたいね」

「そうでもないです。彼女たちが潰しあっていてくれたおかげで、あの魔女を倒すだけで済みましたから」

 聖が顎をしゃくって魔女が倒れている方向を示すと、気絶させた時と変わらない血まみれの姿で女性は横たわっている。

 必死にポーカーフェイスを装っているが、聖の内心はどうしたら魔女を連れていかれずに済むのかを考えているのだろう。巫女が視線をずらしてくれたおかげで、聖の目が少し泳いでいることは悟られずにはすんだはずだ。

 その僧侶の脇腹をしっかりしろと肘で小突き、少しだけ時間を稼ぐことにした。あれだけ聖にコテンパンにされたのだ、気絶から立ち直って自分で逃げることはできまい。

 ならば、自分の知識や思考をフル回転させ、博麗の巫女を説得するしかない。勘の鋭い彼女を騙す自信はないが、巫女が頭の固い人物でない事を祈る。

 短い時間で考えられるうちの何通りかを脳内でシュミレーションし、博麗の巫女を説得するために声を掛けようと、口を開きかけた時、他の第三者が現れた。

 背中から黒い翼を生やし、手には紅葉型の大きな扇を握る鴉天狗だ。彼女たちが翼を広げ、空気の抵抗を増やして減速すると、巫女の後ろにゆったりと着地する。

 天狗たちだけでなく鬼や河童もいた気がするが、一刻を争う事態であると判断し、移動の速い人物だけで駆け付けたのだろう。

「随分と帰って来るのが速いね。予想ではもう少し遅いと思っていたよ」

 ここまで来るまでに日差しに晒されたようだ。森の中を飛んでくるよりは圧倒的に早いだろうが、暑さで戦闘をしていた魔女並みに汗を額に浮かべている。

「…向こうとこっちでは時間の流れが違うから、あんたたちの準備ができてなかったって聞いたからね。それよりも、どういう状況なの?」

 聞かなくてもおおよその予想がつくだろうが、予想ではなく確定した情報が欲しいらしい。

 日射病になりそうな光線が、常に降り注いでいる庭から逃げ出したいが、軽く説明をすることにした。

「おそらく…というか、確実に向こう側の影狼と赤蛮奇…それと魔女がやって来た。魔女と二人は敵対関係にあるようで、こちらが手を出す前に二人とも殺したよ」

 寺の近くに倒れる、打ち込まれたネジを回転させて引き抜いたような、捩じり取られた首なしの異次元影狼の遺体と。

 地面に落ちた途端に熟しすぎた果実が自重に耐えきれず、皮が裂けて中身が弾け出したザクロと変わらない有様の異次元赤蛮奇。

 どちらも見るに堪えない怪奇千万な亡骸で、その二つの骸に軽く瞳を重ねた後に、我々を、詳しく言えば我々の手元に焦点を合わせる。

「…どうりで死体の損傷が激しいのね。その後に、魔女を倒したのが聖ってわけね」

 私たちがそんな手法を取らないとわかっていても、とりあえずの確認だったようだ。ご主人や一輪には返り血が付いておらず、聖も手の甲側にしか血液が付着していない。

 握りつぶしたり、ねじ切ったのだとすれば、手の腹側と甲側関係なく血液が絵具をぶちまけたようにこびりつているはずなのだ。

「そんなところだよ」

「…かなり派手にやったわね…。生きてるの?」

 殺したかどうかの確認ではなく、生きているかどうかを聞いて来たという事は、未だに決定的な情報を掴んでいないと考えられる。この迅速な行動から、急いで引き返してきたのは、私たちが勢い余って殺してしまわぬようにか。

「心配はご無用だよ。瀕死ではあるけど、生きてはいる。……一応聞いておくのだが、博麗の巫女…君は彼女をどうするつもりなんだい?」

 こちらの世界を発った時よりも、明らかに天狗の人数がパッと見ても少ない。なぜ居ないのかなど、考えなくてもわかる。かなりの人数が殺されているらしく、魔女が生きているとわかるや否や、切り殺しに行きそうな勢いであった。

 私の質問に対して返答しようとする巫女に牽制され、各々の得物を掲げて強行する者は居ない。だが、鞘にきっちりと刃を納められた刀の柄には、常に手が添えられている。

「…向こうに行ったけど、有力な情報は掴めなかったわ。この魔女なら何か知ってると思うから、連れて行くわ」

「それで?…監禁して、拷問して吐かせるのかい?」

 巫女は押し黙る。それどころかさっきまでは殺しに行きそうだった天狗たちでさえも、その勢いが削がれている。奴らがそう簡単にはしゃべらないことも、それしか方法がない事も彼女らはわかっているのだろう。

 しかし、そこまでしてしまえば自分たちまで異次元の者と変わらない、ただの獣に成り下がることもわかっている。

 倫理的な思考と、生き残りたい生存的な葛藤が脳内で抗争を勃発させている。十数秒の時間が経過しても、博麗の巫女だけでなく天狗たちもどうするのかを全く言葉にできない。

 それはそうだろう。いくら考えても、答えなど出せない。そもそもこれに明確な答えなど存在しない。どちらも正解であり、不正解なのだから。

 彼女たちはどちらを取るのだろうか。倫理を捨て、非人道的行為も辞さない道を行くか。それとも、倫理を柱に人を貫くか。

 私個人としては、倫理を貫いてほしいところだ。魔女がこちら側の人間という私の考えが外れていた場合。倫理を捨ててあらゆる行為を働いた時、それは奴らにとって新たな戦の大義名分となる。

 聖の言った通り、相手がどんな不条理を行ったとしても、私たちは正しい戦争をしなければならない。次の戦争のことを考えなければならなくなり、そして、勝利を収めたとしても我々に居場所はなくなる。

 正義を貫いて来た過去に、正しい道を行く次の世代に、歴史に、不義を成し得た私たちは、一人残らず鉄槌が下され、殺されることだろう。

「…」

 霊夢の熟考は、一分にも及んだ。それだけ長い間、誰も言葉を発せずに息遣いだけが活発に繰り返される。なぜ誰も話さないのか、行動を起こして意見を主張しないのか。誰も結論を出せていないのだ。

「霊夢…確かに、理想だけではこの異変を征するのは、非常に困難だと思います。ですが血を血で洗う抗争など、何の意味があるのでしょうか?」

 聖も私に加勢して、博麗の巫女に問いかける。魔女を復讐心の爆発につながるトリガーにさせてはならなず、かつ助けなければならない。畳み込むのであれば、結論を出す前の今しかない。

「人を捨てずとも、情報を引き出す方法はあるだろ。博麗の巫女……さとり妖怪に、あの魔女の心の中を読ませればいい。それだけで情報の真偽がハッキリする」

「…それも、そうね」

 どちらを選ぶか悩んでいた博麗の巫女は助け舟を出され、肩を落として息を付いた。少し安心したような、ホッとした表情でもあるが、答えを出すことのできなかった中途半端さ。これに対する苛立ちを覚えているようだ。

 幻想郷の命運を左右する博麗の巫女として、生半可な答えを出すことはできない。だからこそ、覚悟をもって決めなければならなかった。周りの妖怪たちもそれを望んでいただろうが、私はそれでいいと思う。決めかねているという事は、今からでもどちらに転ぶかわからない。影を歩くか日向を歩くか、この先の展開で決まることだろう。

 その判断は半端も半端で、長として君臨するのには相応しくない。しかし、とても人間的だ。自分の肩に幻想郷全体の人間から妖怪、神に至るまであらゆる生物の命がのしかかっているとすれば、私が聞いてから即座に返答できた方がどうかしている。

 長としては失格だが、人間的にはまともな思考回路をしている。人間性を捨てた機械など、誰もついて行かないだろうからな。

「そうと決まれば、さっそく……」

 地霊殿に向かってくれ。そう続けようとした時、方向感覚などのあらゆる感覚的な部分が、ぐちゃぐちゃにシャッフルされ、ただ立つことさえもできなくなっていた。

「は…えっ…!?」

 重力を感じている部分でさえも、面白おかしく狂わされ、脳に達するあらゆる情報の波に思考が掻っ攫われて行き、内臓が揺れ動く嘔吐感に体が見舞われる。

 手を動かそうにも左右が逆になり、上下でも感覚がひっくり返されているため、足を使おうにも手が動いてしまう。

 あらゆる感覚が上下左右逆さまにひっくり返された状況が、永遠に続くかと思われた。何の抵抗もできず、まっ直線に頭から地面にダイブする寸前、いつも通りの正常な感覚を身体は取り戻した。

 頭が地面まで後十センチという所から立て直すことなどできず、乾いた地面に頬を叩きつけた。顔や服に砂が付いてしまう事など、気にしていられない。込み上げてくる吐き気を押さえることで精一杯だ。

 飲食は数時間前に取ったきりで、そこから何も口にはしていないが、胃液は込み上げることだろう。公衆の面前で嘔吐などするわけにはいかず、必死になって抑えていると、私に続いて次々と倒れる者が続出する。

 あの博麗の巫女でさえも、倒れるところまではいかなかったが、大地に片膝をついて体勢を保っている。感覚に翻弄されて倒れてしまう者が多い中で、姿勢をある程度維持できている様子から、彼女の化け物的強さの理由が垣間見えている。

「…何度食らっても、慣れないわね…!」

 歯噛みし、呻く博麗の巫女が向いている方向は、聖が殴り倒した魔女が倒れていたはずだ。感覚を弄られたことで目が回りかけているが、巫女が向いている方向へ必死に視点を向けた。

 そこに居た人物は普通に二本の足を大地に伸ばし、散歩にでも行くような軽快な足取りで、倒れたままピクリとも動かない魔女へと歩いて行く。この状況でどうやって動けているのだ。と思考の回らない頭が間抜けな考えを思い起こす。

 こんな、博麗の巫女や聖でさえも立つのが困難な状況で、何の影響も受けていないなど、私たちに対する敵対行為をしてきた人物に他ならない。頭部からは五センチほどの短い角を二本生やし、黒い髪には一部赤色の髪が混じり込んでいる。

 自信ありげに口角の上がっている女性は、誰もが知る人物だ。今のところはこいつ以外は聞いたことがないが、異変解決をする巫女から逃げ切った唯一の妖怪。鬼人正邪。

 鬼のように角が生えているが、腕力は人間に毛が生えた程度。天邪鬼で、騙すのが得意なこいつは、お得意の二枚舌で神妙丸と呼ばれる小人を丸め込み、異変を起こした。そんなお尋ね者がこんな場所に来るなど、普通なら考えられない。なぜ出て来たのだろうか。

 私が思考を巡らせるよりも早く、鬼人正邪が目的を行動で提示する。倒れたまま地面に横たわっている魔女の元に歩いて行くと、しゃがんで彼女のことを抱き起した。

 異次元の者とされる人間を、初めて生け捕りにできるチャンスが遠のこうとしている。それは自分たちが、破滅へと転落していくようにしか見えないだろう。

 情報源とされる人物からさとりを介して情報を引き出されば、こちらとしては大きな前進となるだろう。しかし、それをあの天邪鬼に阻止されてしまえば、停滞どころではない。後退するだろう。

「まて!!」

 倒れ込むまではいかなかった、止まりかけの駒の様に傾いた体を、いち早く立て直した鴉天狗や遅れてやってきた白狼天狗らが、巫女の静止も聞かずに靴で捲りあがった地面を浅く抉った。

 走り出した者の後方で体勢を立て直していた天狗たちに、土が飛び散らされるがそれに不満を漏らすものは誰も居らず、そのまま切り殺せと視線が訴えかけている。

 光をほとんど反射しない漆黒の翼を生やす天狗が二人、空中で紅葉型の扇を振りかぶる。地上からは真っ白で羽毛や綿とは比べ物にならない程に、柔らかそうな毛並みの尻尾を生やす三人の白狼天狗が、走り辛そうな地面を疾走する。

 いくら集団的に行動する種族だからと言って、全員が全員仲がいいわけではないだろう。バランス感覚や反射神経は個体差がある。立ち直りが特に早かった五人は、居る場所はバラバラで特に親しげには見えなかったが、事前に打ち合わせでもしたかのようにお互いの間合いを把握し、邪魔にならない位置に陣取っている。

 これだけのコンビネーションであれば、伊吹萃香や星熊勇儀は無理でも、上級か中級に位置づけられる鬼程度なら互角に戦えるだろう。

 しかし、その互角に戦えるのも、同じ土俵であればの話だ。固有の能力に恵まれなかった彼女たちは、目にも止まらぬスピードが出せる翼や、数百メートルという距離を僅か十数秒で踏破できる脚力に恵まれているが、天狗たちが向かっている天邪鬼は対称的といえるほどに逆の境遇者だ。

 肉体的な身体能力に全く恵まれなかったが、純粋に固有の能力だけで見れば、幻想郷では屈指の実力者といえる。状況や戦況、心理的な問題などが大きく作用するが、場合によってはスキマの妖怪でも一筋縄ではないかないだろう。

 天邪鬼が口角を上げ、見せつける様に嗤って見せた。突進していた五人は、一秒と立たずに天邪鬼と抱えられた魔女に到達できるだろうが、何の前触れもなく身体の上下がオセロを返したように反転すると、バランスを崩して背中から地面に叩きつけられた。

 正邪へと向かって行く天狗達が、鏡に照らしあわされたように次々と上下反対にひっくり返されて行く。あと一歩という所で、抜刀した刀を振り抜こうとした白狼天狗が、両側を挟み込まれたオセロの如く反転する。

 頭脳については人間よりも少し高いか同程度であるが、反射神経などの運動能力は頭一つも二つ分も抜けているはずだ。それでも一瞬にして変わった体勢を、立て直せるだけの反射神経は無いらしい。

 方向感覚を失った彼女たちは、重力や太陽の光から向きを割り出すことはできないだろう。方向が固定されているそれらでさえも翻弄の対象となっており、手足をバタつかせた直後には、頭かもしくは背中で本来の方向感覚を取り戻すことになる。

 体の自由を取り戻し、私が上体を起き上がらせた頃には妙蓮寺の面々も含め、先ほど突撃した人物たち以外全員が戦闘の準備が整っていた。全員でかかれば抵抗する間もなく押し潰せる戦力差だが、無暗やたらに突っ込もうとする者など居るはずがない。

 先の五人に天邪鬼がどれだけ厄介な人物なのかを、たった数十秒という短期間で思い晒されてしまったからだ。

 しかも、奴の目的は魔女であり、連れて行くために確保まではどうしても交戦する形となっていた。今は彼女を抱えて、後は逃げるだけとなっている。身を守ることに特化した使い方をしている天邪鬼からすれば、本気になれば数など取るに足らない問題になり下がる。

 今まで異変の首謀者は全て捉えているあの博麗の巫女が、輝針城異変の時に取り逃がしたとなれば、そう安易に足が出なくなるのも納得できる。

 言葉を巧みに操り、狸や狐の様に人を騙す二枚舌は追う者の思考を鈍らせる。それに加えて、逃げ足の速さと固有の能力が合わさり、川を流れる水が指の隙間から逃げていくようだ。

「…正邪、どういうつもりかしら?」

 気を失っている魔女に肩を貸し、重たそうに踏ん張っている正邪に向けて巫女は言葉を発する。奴に対して会話を求めるのは、いい策とは言えないが、こちらの体勢を万全にするためには仕方がないだろう。

「どうって、見たらわかるじゃないですか?」

 今まで逃げ回って来た天邪鬼が、こうしてわざわざ魔女を助ける形で介入してきたという事は、彼女にとって利用価値があると見出されたと考えられる。次のトカゲの尻尾として利用気するか。

「…正気とは思えないわね。あんたはこの戦争に関わってないから、そんな命知らずなことができるのよ。……忠告するわ。その魔女はあんたの味方になってくれるような人じゃない。死にたくなかったら置いていくのね」

 その魔女はそうじゃないと否定したいが、自分たちの立場を危うくさせるわけにはいかず、喉に上げりかけたそれを嚥下して飲み込んだ。

「それは素敵な提案ですね、博麗の巫女。ですが無理ですね…こいつとは悪者同士で気が合いそうですから。…死んでもらっては困りますよ」

 博麗の巫女がした忠告など、右から左へと通過していく。天邪鬼の頭に耳の形をしたトンネルでもあるのだろうか。天邪鬼はその魔女を巫女たちが捉えることの重要性を理解していない。例え私たちが説得できなかったとしても、さとりによって聞き出される情報源としての彼女は非常に強力で、味方になりえる可能性が最も高い。

「…邪魔をしないでもらえるかしら?あんたのおままごとに付き合ってる暇はないの、幻想郷の存続がかかってるのがわからないかしら?」

「酷いですねー私だって邪魔をしてくてしてるわけじゃないですよ?…幻想郷を救う最善の行動だと思ってやっているんですよ?」

 邪魔をしたくてしている訳じゃないなど、どの口が言っているのだろうか。この天邪鬼は自分のことしか考えていない。やっているのは幻想郷で自分だけが生き残るための最善の行動だろう。

 異変が始まってからの魔女しか知らない正邪からすれば、自分の手ごまにできる良い悪党が現れたとしか考えないだろう。だが、推測通りに魔女がこちら側の人間だった場合は、天邪鬼と敵対する可能性がある。

 最初から天邪鬼がこちら側に付いて行動を共にするなど、期待していない為そこで退治されようがどうでもいいが、情報を得られないのはやはり我々にとっては痛手である。

「博麗の巫女が言う通り、彼女は君と一緒に悪さをするような奴じゃない。時間も肉体的な浪費も無駄になる。さっさと置いて立ち去った方が君にとっても有意義だと思うよ?」

「悪さをする奴じゃなかろうとする奴だろうと、私が立派な悪党にしてあげますよ。…こちらとしても、せっかく出て来たのに何の収穫もなしに帰るのは、それこそ浪費の無駄になってしまいますし、そろそろお暇させてもらいましょう。怖い巫女に殺されそうですからね」

 天邪鬼が抱えていなければ、魔女は倒れてしまうだろう。そんな誰かを守りながら逃げなければならない状態だというのに、正邪は余裕の雰囲気が消えない。それほどまでに自分の固有の能力に絶対的な信頼を置いているようだ。

「いかせるわけないだろ!…そいつらにどれだけこっちの人間が殺されてると思ってるんだ!大人しく魔女を渡せ!」

 痺れを切らした鴉天狗の一人が、風を巻き起こす扇を握った手を天邪鬼へと向ける。血走った目や剥き出しになった唇の間から覗く白い歯が、彼女の怒りを表している。これまでの数度と行われてきた戦闘で、友か、家族、もしくは恋人を失ったのだろう。

 憎しみに近い、どす黒い感情が彼女の中で渦巻いていることなど、表情や言葉からわざわざ考えなくても読み取れる。もし魔女を奪い返すことができたとしても、この女性と二人きりにはさせてはならないだろう。

「おー、震えあがってしまいそうです。…私がそう簡単にこいつを渡すわけがないと、わかって言っているんですか?力づくで私を止めるつもりでしたら、後悔することになりますよ?」

 安い脅し文句で並べ立てられたハッタリは、自分を大きく見せる偽りの虚像。ただの嘘つきが吐く妄言であれば、誰も相手にしなかったはずだ。得物を掲げ、誰も歩みを止めなかっただろう。

 口惜しい事に、今回だけは天邪鬼が垂れ流す虚言は、口からのでまかせではない。どうすれば逆転の鬼を出し抜けるか、脳を必死に働かせていると魔女を抱えた正邪が先に動いた。

 自分たちよりも、力関係が優位にいる人物からの圧力や脅しを受ければ、当然であるがなされた方はどうしても受け身の体勢に入ってしまう。こちらから動くのではなく、相手の出方を見てしまった私たちは、彼女の行動に反応が一歩遅れた。

 腰を落とし、膝のばねを最大限に利用し、後方の森の中へと跳躍して消えていく。魔女を抱える前の段階で、逃走ルートを定めていたようだ。その動きに躊躇は無く、生い茂っている木々にぶつかることもない。

 流石は人を騙すことに長けた天邪鬼だ。揺れ動く人の心理という物をよく理解している。その面だけ見れば奴は、確実に幻想郷でも上位にランクインするほどの実力者になりえるだろう。

 能力という部分を使用しなければ、正邪は確実に弱者の領域に分類される。弱者の立場を知っているからこそ、逆手に取ることができる。

 ある意味不意打ちに近い。威圧しながら腰を据え、これから戦闘が始まりそうな雰囲気を醸し出していた。正邪が戦闘に躍り出た瞬間に、天狗たちも開戦の狼煙を上げただろう。

 自分らの方向に向かって来ることはあっても、離れることを予想していなかったのだろう。天狗たちは遠ざかっていく天邪鬼に対して、どういった行動をしたらいいのか、思考が纏まらなかったようだ。

 20~30人にも上る頭数が揃っているというのに、鬼の狙いに気が付いて即座に反応できたのは博麗の巫女だけだった。当たり前か。彼女は当然ながら、弱者ではなく強者の部類に含まれる。弱者が巡らせる思考回路を彼女は通過しなかった。特別なことはせず、ただ普通にいつも通り、自分の邪魔をする妖怪を退治するだけだ。

 距離があったことで、博麗の巫女が後方に跳躍している鬼人正邪に追いつくことはできなかったが、人一人を担いでいることでそれも時間の問題のはずだ。いつもならそこまで単純ではないが、天邪鬼は重荷となっている魔女を捨てていくことしないだろうからだ。

 木漏れ日の差し込んでいる明暗に差のない森へと、紅白の巫女と魔女を抱えた鬼が姿を消してから、ハッと天狗たちは反応を見せて10人程度の天狗たちが追跡を開始した。

 自慢の脚力で地面を抉り、深淵の様に真っ黒な黒色の翼を羽ばたかせ、白狼天狗や鴉天狗達が二人の背中を追って行く。

 その中に妙蓮寺の面子の姿は見当たらない。私の説明を受けて考えた部分があり、とてもじゃないが追う気にはならなかったのだろう。正邪に騙されたという事もあるかもしれないが、ある程度は魔女が敵ではないという理解が得られ、私は言う事は何もない。

 博麗の巫女以外に、ハッタリにひっかがらなかった人物がもう一人いる。全く残念そうにしていない、妙蓮寺の総括者である聖だ。彼女の言動から、正邪を止める意味自体がないため、そもそも飛びだすつもりもなかったようだ。

 彼女にとっては魔女を逃がせれば、逃がせた形などはどうでもよいのだ。よくよく考えて見れば、地底のさとり妖怪に心を読ませればいいと言いはしたが、それでも魔女の待遇が変わっていたか怪しいところだった。

 異次元の者とされている魔女は、異次元の者というだけで忌み嫌われている。それが深層心理の奥深くまで根付いてしまっているこちら側の人間は、そう簡単に行動を変えることはできないだろう。仲間になったとしても、天狗がいきなり背中を刺しても文句を言わせなさそうな雰囲気がある。

 だからこうやって逃がすことができたのは、嬉しい誤算かもしれない。心配なことがあるとすれば正邪に騙されなければいいが、まあ彼女ならば大丈夫だろう。

 魔女は我々に打ち上げられて弾けた花火の様な、激しい燃え盛る感情の爆発を見せはしたが、明確な敵意は一切向けて来ていない。聖にあれだけのことをされたというのに、攻撃を仕掛けてこなかったというのは、魔女が私たちに攻撃する意味がないと本気で思っているからだ。

 騙そうとしている魔女側からすれば、聖からあれだけの敵意を向けられた時点で、こちらに攻撃をしてこなければおかしいことになる。彼女がどれだけ頭の回る人間かわからないが、鼻血でまともな呼吸などできず、殴られた衝撃に脳がしこたま殴られ、感情を揺さぶられた。そんな状態で正常な判断などできるだろうか。

 それに、あの魔女とは短くはあるが言葉を交わした。そこまで狡猾に人を騙せるような人物に見えなかったことが、強く印象に残っている。

 一番初めに名前を聞いたとき、彼女は答えることができなかった。偽名でも使えば、ある程度の不信感も残るかもしれないが、話も円滑に進んだことだろう。それがなされなかったことが天邪鬼の様な人間ではないことを示唆している。

 まさか、こんな日が来るとは思ってもいなかったな。わたしが、あの天邪鬼に逃げ延びろと声援を送るとはね。

 日差しから逃げる様に、手で目元に影を作る。眩しいぐらいの陽光は、瞳に入る前に妨げられ、細まっていたを目を普通に開けることができるようになる。

 巫女どころか、遅れて飛びだしていった天狗らの姿すらも木々に遮られている。さながら神隠しでも逢った後だ。地面を蹴る音や翼を羽ばたかせる音、鞘に収まった得物が立てる音、荒い息遣い等で、静寂には程遠い喧しさが嘘のように静まり返っていた。

 残った天狗たちはこれからどうすると言いたげに、顔を見合わせている。私達とは違って魔女を回収するだけの作業で、どこに集まるのかも定めていないはずだ。しばらくはここに残り、追撃している天狗と巫女の帰りを待つのだろう。

 緊張しっぱなしで、疲れた様子が如実に出ている。残った天狗達は座り込んだりしている者が多い。魔女の言葉は、少し私としても耳が痛い。せめて労をねぎらうために、冷たいお茶でも出してやることにしよう。

 天邪鬼に対する期待を胸に秘めながら、私は妙蓮寺の台所へと向かった。

 

 

 抵抗は意味をなさない。それをしたところで現状は変わらないし、もっと悪くなる。既にどん底を味わっていたと思っていたが、それより下があったようだ。

 自分がどこにいるのかもわからない。無機質で設置物や家具が全く置かれていない部屋へと連れてこられていた。

 あの、目を潰されていると錯覚してしまう暗闇の中で、死んでいくことを望んでいた。それなのに、私は死ねなかった。

 数年前は死にたく無くて仕方がなかったというのに、今は死にたくて仕方がないなど、利己的で我儘すぎるだろうか。

「……」

 現実逃避をする形で、この部屋に入れられる前に見た外の光景を思い出す。

 何年ぶりになるかわからなかったが、閉じ込められる前や霧雨魔理沙が保有する力という物を求め、あらゆる派閥同士で開戦した時と比べて見ても、周囲の光景は見る影もなく荒廃し切りっていた。

 あれだけ栄えていた街はボロボロに崩れ落ち、あと数年も断てば崩壊が進む廃墟は、建っている建築物の方が少なくなるだろう。

 患者の来院が絶えなかった永遠亭は、骨組みを残して焼き払われた。そこに居たであろう看護師のウサギや、運良く逃げ出せたか入院して匿われていた人間の焼死体を栄養源に、風に乗って飛んできた植物の種が土壌に根を伸ばした。

 吸血鬼の館は数年前の煌びやかさや、行き届いた手入れなどなされていない。真新しい亀裂が屋敷全体に広がり、このまま放置されれば数か月と持たずに崩れ落ちるだろう。

 何度凍えそうになる冬を乗り切ったか覚えていないが、実感があまり湧かない数年間の監禁が、世界を再認識させられることで現実となって事実を突きつけられた。

 ぼんやりと現実逃避に浸っていたが、長くは続かなかった。急に込み上げてきた内臓が押し出される嘔吐感に抗えず、無理やり飲まされている食材を吐き出してしまった。

 閉じ込められている期間から見れば、非常に短すぎる時間しか経過していないが、拷問じみた行為に、既に精神は根を上げかけている。

 押し込まれている食物を吐き出したことが、抵抗していると捉えられてしまったのだろうか。穴の開いた金属製の錆びついた猿ぐつわを噛ませられ、そこから伸びる強度が高い布を後頭部で結んで固定する。

 噛ませられている猿ぐつわの穴から細いチューブを押し込まれ、喉の奥へとねじ込まれた。奴らは医者じゃない。飲み込むタイミング等を全く計らず、喉や食道を損傷して激しい痛みを伴うが、奴らは全く関係なくさらに無理やり押し込んできた。

 口とは反対のチューブの先には、ラッパ状の形をしたロウトが取り付けられており、今では巫女の面影もない狂人が、液体状の流動物を流し込んでくる。

 透明のチューブに白濁色の物体が通過していく。ロウトとは反対方向の端へと到達すると、胃袋の中に流動物が注ぎ込まれた。何年も使われず完全に委縮し切っている胃袋は、数分と立たずに容量の空きが無くなってしまう。

 もう入らない。止めてくれと頼みたくても、手足を縛られているせいで身振り手振りで静止を促すことができない。

「うぅ…あぐっ……っ!」

 苦しい。頭を左右に振り、最大限に訴えを投げかけるが、彼女には伝わらない。いや、伝わっているが、無視しているのだろう。周囲の景色含めて、納屋の地下に閉じ込める前とはあまりにも様子が違う巫女は、手を緩めることなく流動物を流し込んでいる。

 液体がロウトとチューブの中をとどまらずに流れて行っているのは、胃袋が押されて拡張しているわけではないことに気が付いた。魔力の枯渇し切っている体が、食物を次々と魔力へ変換しているのだ。

 あたかも乾いたスポンジが水を吸水するようとでも言えばいいだろう。乾いて干上がった泉が満たされて行き、やせ細った体に力がみなぎって来る。これほどまでに嬉しくない食事もないだろう。

 これまた私の意志とは関係のない肉体は、久方ぶりの食事に飢えた獣並みに狂喜し、食物に食らいつく。

 ある程度魔力が回復したころを見計らい、液体を流し込む作業を中断した巫女は、口の中からチューブを雑に引き抜き抜いた。

 延命や魔力の回復が、目的であるわけではないのは、頭がよくない私でもわかり切っている事だ。いったい何を要求されるのか、猿ぐつわを外されて博麗の巫女を見上げていると、スキマの妖怪がスキマの中から姿を現す。

 いつも身に着けている手袋を、赤黒い血で濡らすスキマの妖怪の手には、私がいう事を聞くしかない物体を持っている。あり得ないと思いたかったが、幻術や作り物の類でない事は、彼女たち以上に私が分かっていた。

 彼女はそれを奪われる際に、どれだけの苦痛を伴ったのだろうか。血液の滴るそれは、紛うことなき人間の足だ。青白く血の気の引いた足が投げられ、目の前に捨てられる。近くで見ても柔らかそうな質感や血管の様子から、本物である事実は変わらず、身に着けている衣服には見覚えがあった。

 これは脅しだ。これ以上、友人を傷つけられなかったら、私たちのいう事を聞くことが最善だ。彼女たちはそう言っている。

 やりたくはない。言う通りにしたとしても結局は殺される。だが、これ以上友人が苦しむことは望んでいない。

 彼女たちが望む要求を、全て飲み込んだ。




次の投稿は10/24の予定です。

最近は投降が遅くて申し訳ございません!!


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東方繋華傷 第百四十二話 偽りの綻び

自由気ままに好き勝手にやっております!


それでもええで!
という方のみ第百四十二話をお楽しみください!


 意識を失っていた私が、覚醒に伴って始めに感じたのは、吐き気をも要しそうになるほどの頭痛だった。頭部を抱えてのけ反り、頭皮を掻き毟って少しでもその痛みを和らげたい衝動に襲われる。

 この常に産生され続けている痛みはまるで、研がれて切れ味の高い棘がびっしりと付いた撒菱が、ゴロゴロと転がって脳内を常時損傷しているようだ。。そう言われても否定できない強烈な痛みに、うめき声を漏らしかけた。

 気道を通る気流が発声を促す前に、眠って処理能力が極度に低下した脳が、ギリギリで喉を引き締めて声を出すのを堪えた。曇りがかっていたが、朧げに自分が病人の様に、横たわる状況に陥っている理由を思い出した。

 異次元影狼と異次元赤蛮奇。白狼天狗並みに身体能力が高い人狼と、草刈り鎌を使う首を飛ばせるろくろ首。中々に手ごわい二人には、かなりの抵抗を受けた。戦いながら移動していたらしく、最終的に妙蓮寺へとたどり着いていた。

 二人を殺して立ち去ろうとした私に、聖は攻撃を加えて来た。その理由は何だったか、思考に没入しようとした時にそれが中断される。芯まで乾ききった、棒状の物をへし折ったような、軽い破砕音がやたらと大きく聞こえてきたのだ。

 周囲に私以外の第三者がいると察しが付く呼吸音が一つ、一定の間隔で繰り返されている。それと対照的に、木が燃えることで内部に残った僅かな水分が弾ける音が、不規則的に聞こえてくる。

 瞼を開かずに瞳だけを乾いた音の方向へと向けると、光源から発生するオレンジ色の光が、瞼越しに網膜に飛び込んできた。どうやらベットではなく、布団に寝かせられているようだ。

 いくら耳に集中して物音を聞き取ろうとしても、薪や部屋にいる人物以外には、特に聞こえてくるものは無い。聖たちに掴まってからどれだけの時間が経過したかわからないが、生かされたという事は何かしらに利用するつもりだろうか。

 そうだとすれば、見張っている人物が一人というのは不用心過ぎる。私を一人で止められる人物としているのであれば、聖や一輪、雲山と言ったところだろうか。

 気絶している間に時間が経過し、こちら側へと霊夢らが帰ってきているのであれば、霊夢や他の鬼たちが見張っている可能性がある。

 薄っすらと瞳を開け、焚火の先に座っている人物に目を向けるが、立ち上る薪の炎に遮られて詳しく見えない。先ほど半分にへし折った木の枝を、小さく揺らめく炎の中へと放り込んでいる。

 燃えている木の上を、乾いた木が転がる乾いた心地のいい音を奏でる。脳が働かず、座っている人物が誰なのかを割り出すことができなかったが、真剣な様子で何かを見下ろしている。

 瞼が開かず、半分となっている視界に見える部屋の中の様子が、予想と全く異なっていることで、次は戸惑いが生じた。

 ここがどこなのか、正確に知る必要があり、更なる情報収集を始めた。視線だけを上に向けると、構造的に一軒家の天井が見える。

 古びて腐りかけた天井の様子から、やはりこの場所が妙蓮寺でない事を仄めかしている。あそこで匿われた時に見た天井とは違う。蜘蛛の巣が張り、ネズミが顔を覗かせているこの家はまるで幽霊屋敷だ。

 鼻での呼吸を意識し、鼻腔から来る情報を収集する。木の枝が焼ける焦げ臭い匂いに混じり、木の腐ったカビの匂いと埃のむっとする匂いが掛け合わさって、強烈な異臭となっている。更には、生臭い香りも加算されて息が詰まりそうだ。

「っ…」

 あまりに慣れなさすぎる匂いに、咳き込んでしまいそうになってしまう。我慢したかったが息が漏れ、燃える炎の先に居る人物が顔を上げた。

「ん…?起きましたか」

 その声には聞き覚えがあった。自信ありげな特徴的な口調から、一番最近の異変で、取り逃がしてしまっていた天邪鬼だった気がする。

 顔を傾けて、両目でしっかりと座っている人物を見ると、やはり間違ってはいなかったようだ。

 揺らめく炎に遮られてはっきりとは見えなかったが、手のひらサイズの紙のような物をポケットに納めた。

 熱気で揺らめく陽炎越しに、私の顔を覗き込んでくる。頭部には二本の短いツノが生え、黒い髪の中に一部赤い髪が混じった二枚舌の鬼がいた。なぜが頬にはガーゼが張られ、腕には包帯が巻かれている。

 大嘘つきで人を騙すことに何の抵抗も覚えない、誰からの信用もないお尋ね者に、見張りを任せるとは思えない。それに、霊夢と手を取り合ってこいつが協力することなど、天地がひっくり返ってもないだろう。

「………どういう状況なんだ…?」

 それでも、ここに居るのはこいつだけであるため、尋ねるしかない。聖や霊夢達ではなく、なぜ、鬼人正邪がここに居て私を見張っているのかを。

「この心優しい私が、せっかく助けてあげたというのに……。…もう少し喜んだらどうですか?」

 息をするように嘘を吐く天邪鬼が、言っている事が本当かどうかわからない。それが顔に出てしまったようで、訝し気な目で見る私に、彼女は肩をすくめて見せた。

「何が優しいだ。神妙丸を騙して裏切ったくそ野郎が、わざわざ私を助けるだなんてありえない。どうせ、利用価値があるとか思ったんだろ?」

 私が冷たくあしらうと、正邪は口角をゆっくりと持ち上げ、目を細める。ほんの数ミリだけ歯を上下に持ち上げ、間から舌をベロリと覗かせると、あの時の様にあざ笑う。

 神妙丸を騙し、彼女に現実を突きつけた時と似た表情に苛立ちを隠せず、殴りたい衝動に駆られるが、飲み込んだ。

「いえいえ、そんなことは無いですよ。もっと別な私的な理由です」

「ああそうかよ。どの道、悪党なんかに手を貸すつもりはないぜ」

 大雑把であるが、頭に包帯が巻かれている事に今更ながらに気が付いた。自分でやった覚えなど当然なく、聖たちがやってくれるわけがないとすれば、こいつが私に手当をしてくれたようだ。

 しかし、私にはあまり必要のない代物だ。ダメージは残っても傷はほとんど残らない。頭部に巻かれた真新しい血まみれの包帯を剥ぎ取り、傍らに雑にまとめて置いた。

 鬼人正邪はその包帯を何かに再利用するつもりなのか、炎に当たらないように体を傾けて手に取った。あぐらをかいて座っている足元に手繰り寄せ、血がこびり付いている布を丁寧に巻き取っていく。

「まあ、それについてはどうでもいいです。しかし、私が悪党であるなら…お前を客観的に見て、誰が正義の味方であるとしてくれますかね」

 私が殺していなくとも、周りからみれば咲夜と早苗を殺したことになっている。あれだけの実力者が殺されれば、流石のお尋ね者でもそう言った情報は耳にしているようだ。

「……」

 どこまでが本心で、どこからが虚偽であるのかが私には読み取ることができない。口から出まかせの可能性が高いが、それに反論することができない自分が居た。

 いくらこちら側の人間で居ようとしても、敵対しているのであれば異次元の者とそう変わらないだろう。一文字に口を噤んだ私に、正邪は語りかけてくる。

「まあ、私の話を聞かなくてもいいですが…。……聞いておいた方が身のためではあるでしょうね…正義の味方であり続け、私を否定するかはお前の自由ですが、似た境遇の者同士で協力した方が効率的だとは思いませんか?」

 こいつと私のどこに、似た境遇なんかがあるのだろうか。望んで自分から敵になったお前と、なりたくてなったわけではない私を一緒にするな。そう反論しようとした時、天邪鬼が聞き逃せない一言を呟いた。

「どうするか、今決めてください。霧雨魔理沙」

 聞き間違いではない。言えるはずのない名前を一言一句外すことなく、囲炉裏を挟んで反対側に座っている正邪は言い放った。

「っ!」

 私の名前を知っている理由はいくつかある。一つは紫の様にスキマの中に居て、記憶を改ざんする異次元霊夢の術から逃れた可能性だ。しかし、これは非常に考えにくい、正邪はそう言った能力を保有していなかったはずだ。

 もう一つの理由は、ここに居る正邪がこちら側ではない可能性だ。異次元赤蛮奇達を追って向こうの博麗神社についたとき、スキマは開いたままだった。かなり前になるが、訪れた時にはそんなものは無かった。いつから開いていたかわからないが、その時に入り込まれた可能性は否定できない。

 体にかけられていた古びた布団を足で蹴飛ばし、足や腕の筋肉を働かせて反動で体を転がした。奴から距離を置きつつ、戦闘体勢を即座に整えた。

 いきなり跳ね起きた私に困惑した様子を見せたが、すぐにいつもの人を小ばかにしているような表情に戻る。

 霊夢達の記憶が改ざんされてから、私は名前を名乗ったことは無い。なぜ知っているのかという疑問を追及されると反論ができないため、紫が漏らすこともないはずだ。それが間違いないのは、私をボコボコにした聖たちも私の名前を呼ばなかった。

 能力で術の改ざんを受けないことは難しく、名前が漏れていないことを考えると、記憶を改ざんを受けていない向こう側の正邪である可能性が出て来る。

 手のひらを奴へと向け、いつでもレーザーを撃てるようにしておくが、明らかな敵意を前にしても、能力を放とうとする魔力の流れが感じられない。

 寝ていた時に鼻腔を刺激した匂いの一つである、生臭さの原因となっていた物を掲げた。棒状で、料理に使われる金属製の串を指でつまんており、そこには蛇行する形で捌かれた魚が串刺しにされている。

「前に一度戦ったことがあるのに、私の波長が以前と変わらないことが分からないのですか?流石は私を取り逃がすだけのことはありますね」

 正邪は皮肉を冷たく言い放ちながら、魚が串刺しにされている串を囲炉裏の積もった灰の部分に突き刺した。

 わかっていたさ。奴の言う通り、波長を探ってみても輝針城異変の時と全く分からないのだが、どうしても腑に落ちない。霊夢らでさえ記憶の改ざんを避けることができず、紫はただ運が良かっただけだった。なのに、なぜこいつが改ざんされる前の記憶を保っていられたのだろうか。

「……お前の言う通り、確かにこの戦争が始まる前と魔力の波長は変わらないぜ。だが、どうやってあれから逃れることができたんだ?神や半神人、月人、人間、あらゆる妖怪に至るまで、性別や種族に関係なく改ざんされてる」

「私の能力を考えれば単純なことです。ただひっくり返しただけですよ」

 以前に神妙丸が正邪の能力がどう言った物なのか、説明されたことを思い出す。彼女の能力は、コインの裏表みたいなものだと言っていた。

 忘れている、もしくは改ざんされているという部分をひっくり返したとすれば、異次元霊夢に弄られていた部分が正常に戻るという訳か。

「……」

「信用できないと言った顔ですね。」

 手を下げて攻撃態勢を解除できても、彼女のいう事を鵜呑みにできない不信感は消えない。天邪鬼であるという部分や、神妙丸を騙していた過去が拭いきれないからだ。

 正邪も怪我をしているという事は、助けてくれたことには変わらない。その部分だけは感謝しておくことにしよう。

「当たり前だ。信用しろっていう方が難しいぜ」

 世知辛いですね。と言いたげにふてぶてしい顔をした後、薪から上がる炎でじっくりと炙っている魚に目を落とす。表面に火が通り始めているのか、捌かれて開かれている腹の中から脂が滲んでいる。

「まあ、どうでもいいです。お前があいつらに勝ってさえくれれば、私は何も言うことはありません」

 串の角度や炎との絶様な距離を調節し、二本の串が倒れてないように、再度積もっている灰に固定する。若干だが、炎の上端から発生する上昇気流に乗って、魚が焼ける香ばしいにおいが漂って来る。

 そう言えば、最後に食事を取ったのはいつだったか。食欲がそそられる匂いだけで、いや応なしに唾液腺から唾液が溢れてきそうだ。空腹を自覚すると体は正直で、腹の虫が暴れ出す。

 緊張感が僅かに漂う一室の中に、ぐうっ。と間抜けな胃の収縮音が鳴る。正邪の顔が見る見るうちに、厭らしく笑う顔に変化していく。もうすぐでできるから座って待てと促された。

 あれだけ空気がピリピリしていたのに、それを自分で制御できない部分で壊してしまい、少し恥ずかしい。誤魔化すことや取り繕うことはできないが、おとなしく従うことにした。

「私としては喜ばしい事ですが、変わりましたね。魔女と言える戦い方とは、随分とかけ離れていますが」

 聖にもそう言われたことを思い出す。以前の記憶を保持したままであるならば、それを感じるのはなおさらだろう。

 聖に諭され、頭に血が上ってしまった。自分でも身勝手なことを言っていると今では自覚しているが、あれが本心ではある。しかし、拒絶しがたい正論である。

 私は、自分自身が気が付かないうちに、己の欲望を満たすためだけの復讐心に身を染めていたのだろうか。霊夢のためという、心にもない偽善で自らを騙し、欺いていただけなのだろうか。

 今まで殺してきた異次元早苗や、異次元咲夜、異次元アリス、異次元勇儀、さっきの二人を殺していた時を思い出した。手にかけていたその瞬間は考えもしていなかったが、今になってその時の心情を思い出すと、聖の言葉が嫌に私の中に響いてくる。

 復讐は何も生まないという、先人の言葉はあながち間違いではないと思い知らされる。人を殺すことに達成感など感じることはおかしいが、霊夢がこれで死から遠ざかることによる安堵や、人を殺したことによるやるせなさや切なさも込み上げてくることは無く、空っぽの空虚が私を支配していた。

「そうかな…?」

 そう呟くことが精一杯だった。話を流すことも、否定することもできなかった。肯定もできず、意味のない返答を返すことになった。

 正邪はあの殺し方から、私が復讐によって人を殺していたという事を理解しているのだろう。そして、今の返答により私が黒から白へと引き寄せられ、悪と正義の狭間で感情が揺れ動いているのを察したらしく、小さく鼻で笑った。

 聖が言った事に対し、それが何だと切り捨てることができない部分から、それは如実に出ている。正論が嫌に頭の中を反復し、最善だと思っていた行動を否定する。この、血で汚れきっている手では、私は霊夢の手を取ることも触れることもできない。

 人としてやってはならない一線を越えてしまった私は、彼女と一緒に過ごす資格すらもないのだ。

「……」

 目を落としていた両手で、私は自分の顔を塞ぎ、うなだれた。深く、長い溜息を零していると、正邪が口を開いた。

「お前の…今いる立ち位置が、最も危険ですよ」

「……?」

 うつむいていた顔を上げ、囲炉裏を見下ろしている正邪は、瞳に炎のオレンジ色が映っている。折れていない、長い木の枝で薪を突いて空気の通り道を変え、炎を調節する。

「思考が完全な悪にあるわけでもなければ、だからと言って正義側にあるわけでもない。ですよね?」

 反論の余地もない程に、それが真実だった。奴らを殺すことに何の罪悪感も、後悔も浮かんでいなかった。自分が殺人鬼だと言われた時も、ピンと来なかった。

 だが、気が付いてしまった。自分の行いを誇れないことに。歩んできた道は血みどろで、誰からの共感も得られないことに。例え勝利をおさめられたとしても、復讐に染まった道化と分かち合うことなどできはせず、私は、程なくして死ぬことになるだろう。

「……ああ」

「中途半端なんですよ。悪でもなく、正義でもない。自分の行いが悪いと自覚してしまい、さらに正義でもないと気が付いてしまいました。どちらにも属さない、属せないその場所では、いざという時に自分がどう行動するかの決断がつけられません。はっきりと言って、鈍らの刀以下の存在ですよ」

 それもそうかもしれない。今までなら、自分でも気が付かないうちに育てており、誰かのためという偽りの目的に隠された私憤に突き動かされ、戦えただろう。しかし、今はどうだろうか。

 戦う理由がすり替わっていることに気が付いた今は、精神的動揺を押さえ込むことができない。自分の中で柱だと思っていた物は存在せず、そこには少なくとも柱と呼べるに値しない代物がそそり立っていた。ああそうかと、すぐに切り替えることなどできるだろうか。

 私にはできなかった。心のひっかがりとして、いつまでも私の中の矛盾を説いてくる。今まで真っ黒な道を来た私が、今更真っ白な道に戻ろうなど、できるはずがない。しかし、我儘にも戻りたがっている、人として戻りたいと言っている自分がいる。

「……」

「私らが死なない為にも、死んでもらっては困ります。あまり時間は無いですが、決めることですね。どちら側で歩を進めるか……。こちら側を歩むつもりでいるならば、歓迎しましょう」

 辛うじて残った理性が、いくら日陰から日向へと行こうと手を引いていても、その道を行く選択はできないだろう。これまで行ってきた私の行いが、否定する。

 聖は自分の行いを認め、改心すればやり直しはできる言ったが、そんな都合のいいことは無いだろう。いくら見た目を綺麗に整えようが、漂ってくる香りをフローラルにしようが、血みどろの道であることには変わりない。

 私がいくら頑張ろうが、日陰から日向へとこの身を躍らせることはできない。私に残された道は一つしかなく、それを選択する以外でこの戦争を終わらせることはできないだろう。

 どうせどれだけ頑張ろうが、私は日の当たる表の人間になることはできない。何人も人を殺しているのだから、初めから天邪鬼側だ。そもそも、選ぶ権利などは無かったのだ。

「やけくそ気味に認めるのと、自身の意志で決意するのとでは、大きな違いです。でなければ、最後の最後まで走り続けることができなくなります」

 私の表情から考えている事を読み取ったのだろうか。半ばやけくそで認めようとしていた所で、その思考が停止する。

「わかってるさ、そのぐらい……」

 わかっていなかった。図星を突かれたことで、咄嗟に嘘を吐いてしまった。小さすぎる幼稚な嘘では、嘘でまみれている天邪鬼でなくても簡単に見破れることだろう。その証拠に、正邪はワザとらしくやれやれとため息を零すと、また無言に戻った。

 今はよくても、戦いに見舞われれば嫌でもその決断を下さなければならない。あれこれといろいろと考えているが、自分としては先延ばしにしたい問題なのだろう。現実逃避で別のことが頭の中を過っていく。

 先ほど戦闘を行ったあの二人。何のためにこちら側に来ようとしていたのだろうか。誰かに促され、こちら側に来ていたようだが、殺してしまったために目的がつかめない。

「……」

 薪の炎を管理する天邪鬼は、傍らに積んである細い木の枝の一本に手を伸ばした。囲炉裏の中央で燃えている木材の一部が灰となり、勢いが僅かに弱まっている篝火へと放り込んだ。

 押し黙った私と炎の調節をしている正邪の間に、狭い室内を何度も乾いた音が反響する。山彦は跳ね返るごとに徐々に弱くなっていき、最後には鼓膜で拾うことができない程の残響音となって行く。炎が揺らめく僅かな音と息遣い以外は、ほぼ無音に陥った。

「………。私はあまり知らないんだが、神妙丸と長年一緒に居たお前なら、赤蛮奇や影狼のことは知ってるか?」

 魚がジュウジュウと遠赤外線に焼かれるいい音をさせ始めた頃に、ずっと無言だった正邪に問いかけると、予想していなかった私の問いに少し考え込む。

 異次元影狼達と戦った時の事を思い出す。規模が不明の新たな第三勢力が出現したとしていいのか、私たちが交戦しているどこかの組織に所属している可能性を考えた方がいいのか。少し意見を聞いてみることにした。

 異次元影狼らと接敵した時、異次元影狼だったか赤蛮奇は、あいつらではなくあいつと言っていた。

 組織をまとめる頭がおらず、複数人の誰しもが頭になりえるような、異次元霊夢らとは違い、一人が頭として組織に所属していると思われる。

 異次元側の永遠亭や地霊殿は既に存在していない為、除外される。妙蓮寺もおそらくは除外してもいいだろう。

 異次元ナズーリンは寺の住人である妖怪が数に殺されたと言っていた。信用たる家族同然の者たちを殺すほどなのに、後に部外者を取り込むだろうか。そもそも、そんなことをする人物の元に、人が集まるとは思えない。

 鬼は異次元萃香と勇儀で牛耳っていた為、あいつという個人を指す言葉にはならないはずだ。

 どんな状況であったとしても、あの世界を十年も生き延びているような異次元影狼らを、震え上がらせられる人物でなければならない。

 野良の妖怪、妖精はまずありえないだろう。そいつらに二人を従えさせるほどの知力や、戦闘能力があるとは思えない。

 花の妖怪は異次元霊夢側に付き、あいつ、には含まれない。異次元アリスはこの手で殺した。

 あと考えられるのは、天狗や河童達だ。連中は人間と同じく縦社会で、上に立つ者はいることにはいるが、異次元影狼達を従えさせられるかは謎であり、受け入れることもするかと言われれば疑問である。

 縦社会で上下のつながりが強い分、その集団の中だけで組織をまとめたがる傾向がある。よそ者ではある二人を、部下や使い捨ての駒としても使うことは無いだろう。

 そこまで来ると、残っている人物は少なくなってくる。例えば、目の前にいる天邪鬼などが挙げられる。

「さあ…あまり関わっていなかったので、人物像までは私も詳しくは知りません。でも、針名丸が仲良くしていたのは覚えていますね」

 ある程度の人物像を知れなかったのは残念だが、こいつの言う事があまりあてにならないから、参考程度と思っていたがそれも叶わないようだ。

「そうか、仲がいいのは私も知ってたから…もしかしたら向こう側の針名丸が生きているかもしれないと思ったから、聞いてみたんだが…」

「……そうですね…関係としては、部下とか主従関係というよりは、友人という枠ではありました。こっち側では特に仲がいいだとか、そう言った事は無かったと思います」

 こちらと全く同じ性格であるとは限らない。異変の前後で豹変している人物は多いからな。しかし、少なからず以前と変わらないと思われる人物も数人いて、こちら側とあまり変わらないことから、針名丸の性格も変わらないと仮定する。

 すると、命令を下す関係ではないから針名丸が率いる第三勢力という線は、薄くなるだろうか。そう考えていると即座に否定される。

「ですが、それは彼女一人であればの話です。私程度でも博麗の巫女から逃げ延びれます。向こうの環境がどれだけ過酷かは知りませんが、おそらく向こう側の私も生き残っている事でしょう。そいつの入れ知恵があれば、分かりません」

 輝針城異変の時と同様に、表舞台には針妙丸を出しておき、裏で彼女を操っている状態であれば、頭が一人になる。異次元影狼があいつと個人を刺したのも頷ける。

「向こうの針妙丸が、あの二人を送り付けて来たのだとしたら、私としては違和感があります」

 一呼吸間をあけてから天邪鬼は続けて言った。先ほどのぽつりぽつりと話すのとは違い、饒舌に言葉を発していく。

「向こう側とこちら側でどれだけ性格に差異があるのかはわかりませんが、針妙丸は馬鹿が付くほど純粋な子ですので、誰かを送り付けて先制を取ったり、回りくどい作戦を建てる狡猾さはありません。

 元の性格が異なったり、時間の経過で変わることはあると思いますが、一方かもしくは、両方が生きている可能性は十分にあると思います」

 針妙丸が一人か、どちらも生きているか、正邪が生きているか。友人関係があちら側でも同じであるならば、助けることを条件に傘下に下ることを要求することもあるだろう。

 最初からそのつもりではいるだろうが、私はもしかしたら奴が戦争に加わりやすくする大義名分を作ってしまったのかもしれないな。

「もし、向こうの正邪が生きていた場合、こちらとしては痛手だ。状況をひっくり返すことぐらい、奴には朝飯前だからな。…同じ能力を持つ物同士、倒せる可能性が高くなる。お前が倒すことはできないか?」

「私が異変解決の手伝いをしろっていうんですか?冗談言わないでくださいよ」

 冗談ではないのだが、まともに取り合おうとしない正邪は、退屈そうな表情を浮かべたまま、魚が焼けるのを待っている。

「冗談じゃないぜ。…お前も死にたくはないんだろ?向こうの正邪は絶対に無視できる存在じゃない。この戦争を始めた向こうの霊夢を倒す確率を少しでも上げたいんなら、お前も手を貸せ」

 露骨に嫌そうな表情をするが、こちらとしても引き下がるつもりはない。それに、奴としても悪い話ではないはずだ。

「まあ、近いうちに行動はしなければと思っていましたし、いいですよ」

 嫌にあっさりと引き受けたな。もう少しごねるかと思っていた。途中で逃げるつもりじゃないだろうな。疑り深く自分を見る私の目など、慣れているのだろう。すぐに察した正邪は口を開いた。

「さすがに逃げませんよ。私だって、自分のせいで死ぬことは避けたいですからね」

 口だけでは何とでも言える。こちらとしては、正邪が逃げないという確固たる理由がほしいところだ。

 それに異変に参加して戦うだけでなく、勝利してもらわなければならない。復讐など負の感情以外で、人が自分のために何かを成しえるのには、エネルギー不足と思われる。理由が生き残るという物であれば、なおさらだ。敵前逃亡する可能性が非常に高まる恐れがある。

 紫の様に、幻想郷のためという理由があり、自分がしなかったことによる、大切な物への明確な被害があった方が、より人は突き動かされる。

 正邪にそう言った人物、もしくは物などの対象があってくれれば話は早かったが、天邪鬼の挙句にお尋ね者となれば、こいつにそんな人物はいないだろう。

 あとは、こいつが天邪鬼という存在であること関係なく、自分の命が危ういことが分からない愚か者でない事を祈るばかりだ。

 魚の表面が薄っすらと焦げ、内臓が取り出された腹部の切れ目から、熱で溶けた脂肪が滴っている。焼きが頃合いに差し掛かって来た魚の串焼きを、正邪は囲炉裏から引き抜いた。

「私以上の戦いが残っていますし、精を付けてもらわないと困りますから、食べてください」

 こいつからの品を受け取りたくないという感情が、どこからともなく湧き出てくる。だが、私はそちら側だったと思い出す。

 香ばしい香りを漂わせ、焼き立ての白い湯気を上げる魚を、一拍の間を置いて差し出された串焼きを受け取った。

 既に魚の頭にかぶりつている正邪を横目に、焦げや焼けた木材の匂いが移り込んだ魚の皮に齧り付いた。滴っていた脂が舌の上で溶けていき、弾力がありつつほろほろと崩れていく魚の身を噛み砕くごとに、旨味がにじみ出て来る。

 久方ぶりだからだろうか。簡単であるが絶品な料理に、口元が自然と綻ぶのがわかる。小骨が多いのが気になるが、空腹には適わず、骨ごと噛み砕いた。

 半分ほどまで食べ進み、空腹感がある程度失せたところで頭が働き始めた。無心で食べつつ、あったことを頭の中で整理しようとした時、ここで起きた直後のことを思い出す。

 何を見ているかはわからなかったが、正邪はかなり真剣な様子で何かを見下ろしていた。ポケットに収まるサイズで、紙のように見えた覚えがある。

 私は、正邪がみていた物がどんなものなのか、少し気になった。いつもヘラヘラし、本心がわからない奴だが、あれだけ熱の入った表情をしていれば、何か思いれがあるのだと少なからず勘ぐってしまう。

 何か有利になりえることが記されているかもしれないという、下心的な部分が強かったことは否めないが、それでも、好奇心が傾いていたのも事実だ。

 光の魔法を発動した。瞳に入射してくる光の量や来る方向を調節し、数度屈折させる。目標である正邪は座り込み、焼けた魚を食んでいるためそう難しい作業ではない。

 屈折させた光が網膜で情報として処理され、脳に映像として飛び込んでくる。ポケット内部の光景が映し出され、そこには一枚の紙が押し込まれていた。

 手のひらに乗るサイズの紙媒体となれば、それがどんな用途に使われる物なのかは、大方の予想はつく。メモや手紙などだろうと。

 しかし、それらには当てはまらない物が入っていた。メモや手紙で使うとしたら厚すぎる頑丈な紙が使用されているそれは、写真と呼ばれる代物だった。

 何の変哲もなく、人が撮ったのか、妖怪が撮ったのかもわからない。そんな平凡かそれ以下の技術で撮影された写真は、酷い画質で現像されているが、そこに映し出されている人物は簡単に見分けられた。

 短くおかっぱに近い形で切られた、薄紫色の鮮やかな髪。赤紫色の丸い大きな瞳は幼い子供を連想する。もっちりと柔らかそうな頬は緩み、真っ白な歯をこちらに見せて純粋な子供の笑みを浮かべている。和服を着ているその少女は、針妙丸で間違いないだろう。

「………?」

 ある程度のことは許容できたが、予想外過ぎる出来事に思考が追い付かない。針妙丸を使い捨てるような奴が、なぜ彼女の写真を持っているのだろうか。

「どうかしましたか?」

 私が光の魔法を使って、ポケットの中身を盗み見していることなど露知らずの正邪は、頬張っていた魚を骨ごと咀嚼し、嚥下した。口元に付いた魚の脂を手の甲で拭うと、首をかしげている私に声をかけて来る。

「いや………」

 絞り出すように返答すると、正邪は再度食事へと勤しむ。骨にかじりつき、バリバリと噛み砕いている。私も不審に思われぬよう魚の身を口に含むが、頭の中は別のことで一杯になっていた。

 なにか、自分の中で正邪に対して生じた矛盾を解決しようとしているが、自分で考えてどうにかなるものではない。頭の上で浮かんでいる疑問符が、空気を注入され続ける風船よろしく、膨れ上がっているのを少なからず感じる。

 気のせいだったらそれでいいが、気のせいであることを確認しなければならず、私は正邪へと質問を投げかけることにした。

「正邪…そう言えば、使い捨ての駒みたいに扱ってた割には、針妙丸のこと随分と詳しいみたいだな」

「騙す側として、標的の性格を知ることはとても重要です。知れば知る程、騙すことが容易になりますから」

 ククッと喉を鳴らして笑い、誇らしげに持論を述べる。写真を見る前だったら殴りかかったかもしれないが、今はそれも情報として自分の中に取り入れた。

「騙して申し訳なかったとか、考え直したことはあるか?」

「全く、微塵もそんなことを考え直したことなどありませんが?」

 当たり前なことを言わないでください。そう言いたげに目を細めて雰囲気を漂わせると、淡々と言い放つ。

「じゃあ……なんで針妙丸の写真をあんなに眺めてたんだ?」

 正邪が提示する返答と、行動の矛盾について尋ねると、魚にかじりつこうとした彼女の表情が固まり、一瞬だけ動きが止まる。

 会話の流れから、次に来る私の回答を何通りか予想していただろう。だが、その斜め上を行く事を言い出したことで、正邪の思考がわずかに鈍り、返答に遅れる。

 いつものペースから乱された彼女が、見せた遅れや固まった表情は、先ほどの否定が嘘であることを肯定したような物だ。図星を突かれたと言ったところか。

 そして、針妙丸に対しての否定的な言葉が、嘘であったことが証明されたという事は、私たちの正邪に対する認識も、誤っている可能性が非常に高まって来る。

「………異変の時に見せた、絶望する表情を思い出すためにですよ」

 今になっては、苦し紛れの言い訳にしか聞こえないが、なぜここまで自信をもって言い訳だと言い切れるのか。正邪がこれを見越しての演技をしているか、私を欺いている可能性もある。

 しかし、覚醒直後に彼女を見た時、真剣な顔つきであの写真を見ていた。一人でいる時まで、天邪鬼でいる必要はない。性で常に誰かを騙しているとしても、その対象が居ないのであればなおさらだろう。

「そうであったのなら、なんであんなに真剣に大事そうに見てたんだよ。楽しい思い出を振り返っているなら、嗤う所だぜ」

 私を見ていた彼女の瞳孔が散大する。驚いているのだろう。自分が今まで隠していた部分を覗かれるという初めての経験に。

「見ていたんですか…。良い趣味してますね」

 表情は変えないだけでもあっぱれだが、自分で調節できない部分に答えが明確に浮き出ている。

「ああ、褒め言葉として受け取っとくぜ」

 皮肉を軽く受け流し、顔を俯かせていく正邪を見下ろした。私は今まで考えもしておらず、そこまで思考が至っていなかったが、彼女が偽りに塗り替えた輝針城異変の事実へと大きく一歩を踏み出した。

 これを誰かに言ったら、馬鹿にされるかもしれない。天邪鬼があり得ないと。しかし、今の私は確信をもって言える。

 正邪は、針妙丸を助けるために裏切った。

 




次の投稿は、11/7の予定です。


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東方繋華傷 第百四十三話 氷解

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百四十三話をお楽しみください!!


 可燃物である木が燃焼現象によって酸素と反応する。光と熱を激しく放出する発熱反応は、木の内部に残った水分を蒸発させ、時折乾いた破裂音を生じさせた。

 本日は木々をなびかせるほどの風は流れていないらしく、木々が揺らめくざわついた物音が周からはしない。あまりにも静かで、周囲には何もない一軒家にでもいるようだ。

 立て付けの悪そうなドア、木の板で雑に塞がれた窓の隙間から、我々がいる家の周りが森など自然が豊かに群生している場所であることを証明する、うっそうと茂る木々が覗いている。

 薪が段々と燃え尽きてきたようだ。正邪が生活するうえで、必要最低限の荷物しか置かれていない部屋の中を照らす炎が揺らめき、勢いが弱まっていく。

 そんな気にもとめられない些細なことが起こっている囲炉裏を挟み、頭部から二本のツノが生える正邪と私は睨み合っていた。

 どちらの手にも半分ほど食べられ、背骨や中骨がむき出しとなっている魚の丸焼きが握られている。彼女が食べ始めようとしないのは、隠し通さなければならない事があり、私はひた隠しにされてきた真実を暴こうとしているからだ。

 初めはのぞき見をするつもりはなかったが、それのおかげで正邪が逃げずに、異次元正邪と戦うと確信できる理由を得られるかもしれない。

「写真を見る用途は一つとは限らないではないですか。私をこのような状況へ陥らせた針妙丸に対して、憎しみを募らせている可能性だってあります」

「それならなんでそんなにきれいに残ってるんだ?傷もなければ皺もない。だいぶ大切に使ってるんだな」

 憎しみや怒りを向けているのであれば、苛立ちで握り潰したり引き裂いていても不思議ではなく、写真が残っていること自体でそれが嘘だとわかる。

「最近の紙は頑丈ですからね。多少雑な扱いをしても形は綺麗に残ります」

「適当なことを抜かすな、限度ってものがあるだろ。雑な扱いをしてるくせに、色あせてもなければ、辺縁がボロボロにもなっていない。憎しみの対象であるなら、そこまで大事にするなんてありえないだろ」

 見たままの感想を述べると、彼女は口を噤んだ。それをしてしまえば、自分が図星を突かれていると大々的に表現しているのと相違なく、正邪はすぐに抗弁を垂れ様とする。

 開かれた口から言語が発せられることは無い。否定して嘘で塗り固めようとしても、安い嘘では今の私を言いくるめることができないことを理解しているのだ。

 嘘を付いても騙しきれない理由など、一つしかない。騙そうとしている目標が、嘘を嘘と言える理由を持っているからだ。

 行動による本心は、いくら塗り替えることができる言葉の嘘でも染めることはできない。本心である部分を見られてしまっていればなおさらだ。

「……」

 しかし、なぜこんなに奴は針妙丸との関係性を否定したがるのか。それを考えるのには、輝針城異変まで時間を戻らせる必要がある。

 輝針城異変では異変が解決されようとした時、正邪は針妙丸を裏切り、切り捨てた。以前であれば、針妙丸の絶望する顔がみたかったから出て来たのかと思ったが、今では不自然に思える。

 使い捨てる程度のどうでもいい人物であるならば、自分の中でどのような顔をするのかの想像を膨らませるだけで終わるだろう。

 自分の悪名が知れ渡るリスクを負ってまで、わざわざ出てくる理由としては少し弱い。小賢しく頭の回る正邪であれば裏切ったと宣言するよりも、彼女を中心に異変を起こしていたとしていた方が都合はいいはずだ。

 いくら正邪が主犯格と言っても、打ち出の小槌を使えるのは小人だけだ。正邪が特に罰せられるということは無いと思われる。口達者な正邪のことだ、針妙丸が何を言おうが、上手く言い逃れるだろう。

 そうして、自分が居た形跡など残さず煙のように消え、罪を着せることに確実に成功したはずだ。そうしなかったのは、自分が私たちの前に出て行かなければならないだけの理由がある。

 私の考えが正しければ、彼女は、彼女なりに考えた。そして、彼女なりのやり方で針妙丸の信用や地位を見事に守り切った。天邪鬼という種族を逆手にって。

 馬鹿が付くほどの正直者であれば、裏に自分がいることを軽く仄めかすだけで、針妙丸を被害者にできる。うまいやり方だ。

 そして、正邪はそれを守り続けるために、嘘を付き続けているのだ。解せないのは、なぜそんなに回りくどいやり方をしたのかだ。こんな自分を陥れるようなことをせずとも、異変の解決後も針妙丸と一緒にいることはできただろう。

 無駄な選択に思われるが、異変を解決する側であった私と異変を起こす側である正邪で考え方が異なる。その時の状況から、そうせざるを得なかったのだろう。

 正邪の言葉を思い出す。悪であるならば悪に、正義であるならば正義に心を置かなければ、最後の最後まで走り切れないか。今ならその言葉も、重みが変わって来る。

 大した奴だ。前回の異変から随分と時間が経過している。その間に助ける対象者に恨まれようが、憎まれようが、未だに走り続けている。悪に居続ける正邪の覚悟があり、針妙丸に対する思いれがある。

 それだけ針妙丸を慕っているのであれば、それに危険を及ぼそうとする異次元の連中は、排除の対象となるだろう。異次元正邪は正邪に任せておける。

「正邪よ。お前も大概に不器用な奴だな」

「不器用?私がですか?」

 私が魚を食みながら呟くと正邪がじろりと睨んでくるが、無視して囲炉裏の弱まった炎に目を落とした。

「ああ、こんな両方が笑えないやり方しかできなかったお前にぴったりだぜ」

「何を言っているんですか?意味の分からない事を言わないでください。私が針妙丸を裏切ったのは自分のためですよ。それに、写真をボロボロにしなかったことだって、私が恨みを忘れない為に自制を効かせていただけです」

 どうやら私がいるうちは、針妙丸との関係をひた隠しにするつもりらしい。私にそれをしても意味がないため、右から左へと聞き流す。

「意味なら正邪が一番わかってるだろ?自分に嘘は付けないぜ。……お前言ったよな?似た境遇の者同士で助け合おうって」

 多少の違いはあるが、霊夢らから逃げることになり、敵対している彼女たちのために戦うという点では共通する。

「口から出まかせに決まってるじゃないですか。嘘と本当が分からなくなったようですね?」

 正邪は鼻で笑って私のいう事を小ばかにするが、否定的なタイでも、天邪鬼である彼女が本心で協力しようと言っていたという裏付けとなる。

「そうやって揺さぶりをかけてる時点で、必死に体裁を取り繕うとしているのがわかるぜ」

「そんなのお前の思考回路では、ですよね?それを私に当てはめないでください」

 やっぱりこいつは不器用な奴だ。針妙丸の話が絡んだ途端に口数が増えている。ムキになり、嘘を付くことすらも忘れている。

「はいはい、そんなことはどうでもいい。向こうの正邪と戦ってくれれば文句はないぜ」

 串に刺さっていた魚を食い切り、可食部ではないヒレや背骨を薪の中へと放り込んだ。高温に晒された有機物は、みるみるうちに真っ黒に変色していく。

「……まあ、そこについては利害が一致しますからね」

「そうだな…。とりあえず、向こうの正邪はお前に任せる………。それと、正直にならないと針妙丸に嫌われちまうぜ?」

 正邪が何かを言おうと口を開くが、何かを言われる前に囲炉裏の木枠に串を置き、立ち上がった。

「ごちそうさん」

 針妙丸が住む輝針城へ、異変が終わった後に何度か足を運んだことがある。酷い裏切られ方をしていたため、大丈夫かどうかの様子見だった。アポを取ることなどできず、半分は忍び込む形だったが、たまたま入ってしまった部屋を思い出す。

 綺麗に整理されているというか、質素で生活感があまりない部屋。必要最低限の家具が並んでいた。日用品のサイズや室内の面積は小人が扱うとしたら大きすぎ、私たちの様な普通の人間が生活するのにはちょうどいい物だった。

 小人が住むのにはぴったりな針妙丸の部屋には、整理されて物が溢れているわけではなかった。であるため、先の広い部屋が物置代わりやサブの部屋として使うのはあまり考えられない。

 だからと言って客間であるという大きさでもなければ、客をもてなすレイアウトでもなかった。

 異変から数か月経過している段階で、数度そこに訪れたが、いつ行っても部屋には埃が積もっていることは無かった。針妙丸の部屋とそこ以外にある数多くの個室には、掃除された形跡すらなかったというのに。

 輝針城に行っていた当時は、針妙丸が使っているのだと思っていたが、あそこはおそらく正邪が使っていた部屋だったのだろう。

 机の上にはいつも写真建てが置かれたままだったのを思い出す。丁度、正邪が持っている写真が収まりそうなサイズだったはずだ。

 なぜ写真立てだけが残っているのか疑問だった覚えがあり、部屋の間取り以上に鮮明に覚えている。

 なぜ使っていないくせに掃除し、清潔さを保っているのか。針妙丸は待っているのだろう、正邪が帰って来るのを。

 嘘つきな天邪鬼になぜそれほどまでに思い入れがあるのかはわからないが、彼女なりに何かあるのは明白だ。でなければ、裏切った正邪に一緒に投降しようと持ち掛けることは無いはずだ。

 正邪は針妙丸のためを思い、針妙丸は正邪のためを思った。その結果が輝針城異変の最後を飾った。正邪は全ての罪を被って逃走者となり、針妙丸は帰って来ることのない天邪鬼を待つ待ち人となった。

 二人の内情を利用するようで悪いが、正邪にも帰ってこなければならない理由が出来れば、戦い方が変わり、勝率も変わってくることだろう。

「任せたぜ」

 

 程なくし、魔女が居なくなった一室で写真を見下ろす天邪鬼は、映る少女を愛おしそうに眺めた。

 

 

「…くそっ!!」

 他の者たちが周りにいる中で、天邪鬼に対する鬱憤を吐き出した。あのバカ、事の重大さがわかっていない。あの魔女は確実に重要な情報源に為り得え、立ち位置も変わった可能性がある。

 パチュリーが一本のナイフから解析した、魔力を特殊な扱いをできる彼女を引き入れることができたら、どれだけの戦力になった事か。損失は計り知れない。

 逃げ回る正邪を追い、数度お祓い棒による打撃を与えた。ひっくり返され、そのどの攻撃も奴を致命傷に至らせることができなかった。

 弱い自分に腹が立ち、歯噛みが止まらない。お祓い棒を持つ手に力がこもり、砕けてしまいそうな、軋む音が生ずる。

「れ、霊夢さん」

 私の気迫に押されてか、恐る恐る天狗が後ろから声をかけて来る。声が震えている様子からそれが如実に出ている。自分のミスだというのに、他の者に気を使わせてしまい、申し訳が無くなった。

「…大丈夫、申し訳なかったわね…」

 振り返り、声をかけて来た女性の天狗に謝罪をしようとするが、こちらを見ている彼女の目や表情が、私の苛立ちに対する恐怖や不安でない事を感じる。

 この先どうすればいいのかわからない。歩むはずだった航路が消え、行く手を阻まれた天狗は、打開策が消失したことに対する恐怖を募らせたのだ。

 自分や家族、恋人が異次元霊夢らに殺される光景が脳裏をよぎったのか、彼女が握る得物の先端が小刻みに揺れている。

 恐怖は伝搬する。人間よりも遥かに回転の速い脳でそれを察し、士気が大幅に削がれる前に、手はまだあることを示さなければならない。

「…急いで妙蓮寺まで戻るわよ!…魔女はあれだけの怪我を負ったから、しばらくは動けないはず。そのうちに準備を整えて他の連中がこっちに入って来る前に、太陽の畑の守りを固めて、侵入者を各個撃破するわ」

 咄嗟に次の指令を出したことで、恐怖が別の感情で希釈され、塗りつぶされる。緊急性を高め、他のことに頭を回らなくさせる。

 だが、これは長くはもたない。賢い彼女たちはそのうち気が付いてくることだろう。狭い箱庭である幻想郷では、太陽の畑にあるスキマの亀裂周辺が最初で最後の防衛ラインだ。そこを総動員で守らなければならない状況など、最終手段であることに。

「戻る必要はないわ」

 私の後方には誰も居なかったはずだが、追跡で息をあら上げている天狗達の気配に勝る、落ち着いた声が聞こえてくる。

 十数年の付き合いがある私は、突発的に現れる彼女の口調や声色に慣れてしまっている。特に驚くこともなく後ろを振り返ると、スキマから歩み出て来た紫が立っている。日陰の中でもさしている傘を閉じることは無い。

 いきなり出現した紫に対し、得物を構えようとする白狼天狗や鴉天狗がいたが、匂いや容姿からこちら側の人間であることをわかり、肩を落として警戒を解いていく。

「けが人は全員永遠亭に送ったから、霊夢の言う通りに動ける者は、一度準備を整えてから太陽の畑に集まるわよ。向こうとこっちの世界では時間の流れが違って、向こうの方が速いわ。移動は全てスキマで行うわ」

 彼女の後方で、縦に置かれたラグビーボール状の形をしている開いたスキマが、音を立てずにゆっくりと閉じていく。一度特定の場所につなげているスキマを、新たに別の場所へと接続させるには、能力を解除して再度つなげ直さなければならない。

 今度は紫の隣に、彼女が通って来たのと同様の大きさがあるスキマが開かれた。つながっている先から入って来る光が、網膜に景色を映し出す。

「二十分後に迎えに行くから、それまでに準備して置いて」

 ここに居るのは天狗達だけであるため、大した時間はかからないだろう。だが、他にも河童達や聖たち、鬼の輸送もある。後の者たちがつっかえないよう、早足にそのスキマを潜った。

 薄暗い森の中から明るい庭先に出てくると、その眩しさに目を細めた。凶悪的なその日差しの強さに、目の奥がジクりと痛む。お祓い棒を握っていない反対の手で、頭上から降り注いでいる日光を遮り、眩暈を感じる鮮烈な光を緩和する。

 ほんの数時間程度だが、向こうの異常な世界に居た。常に気が張り詰められた状態で、こちらに戻ってきたとしても、息をつく暇もなく魔女と天邪鬼を追っていた。

 買い物や他の異変の時には、もっと神社を開けたこともあったというのに、今は数日ぶりに帰って来たと感じるほどに、時間が経過しているように感じた。

 肩から力が抜け、安堵の息が漏れる。神社の見慣れた景色を見て、ようやくこちら側に帰ってこれたと実感した。重たい鉛などで作成された金属の足かせを、足首に括り付けられたように遅い足取りで自宅へと向かう。

 二十分も時間があれば、戦闘の準備などすぐに済ませられるが、これからどれだけの時間戦いが続くかわからない。休みは、休めるうちに取っておくとしよう。

 縁側に寄りかかり、靴を脱いで体を持ち上げた。重い体を引きずって自室へと向かう。締め切られた障子を横にスライドして開き、部屋の中へと足を運んだ。

 自分の家の匂いというのは感じにくい物であるが、数時間もの間、家とはかけ離れた場所の空気を吸っていたからだろう。ピンとこないが、外とはまた違った匂いを鼻腔が嗅ぎ取った。

 誰だったかは覚えていないが、よくここに来る人物には、私の匂いがすると言われた覚えがある。今感じているのが私自身の匂いなのか、それとも家特有の匂いなのかはわからないが、すぐに慣れて感じることも無くなるだろう。

 消費した札や妖怪退治用の針を補充しなければならず、それが保管してあるはずのタンスへと向かう。

 上半分は観音開きの扉で、下半分が引き出しとなっている。札や針は引き出しの中に入っている。取っ手を握って手前に引くと、棚の内部には数百枚はありそうな、作り置きされている札が重ねておいてある。赤いインクで呪文が書き記された紙を、今までの異変ならば持って行かない量を持ち出した。

 同じ棚の中に、三十センチは長さがある針が置かれている。異変が始まった辺りから長期戦を見越し、普段はやらないが手入れをしておいてよかった。綺麗に磨き上げられた針を、持てるだけ袖の中などに仕舞い込もうとするが、思い出す。

 向こうとこちらで季節に大した差はなく、数度に渡る戦闘でかなり汗をかいている。今からお風呂に入ることはできないが、せめて着替えておくか。

 巫女装束は観音開きの扉の中に入っている。引き出しを押し戻し、今度は上の扉に手を伸ばし、取っ手を手前に引いた。

 立て付けの悪い金属の擦れる音を響かせながら、木の扉が開いた。以前開けた時と変わらず、きっちりと畳まれた巫女服が数着並んでいる。

 そのうちの一枚に手を伸ばし、取り出した。他の洋服が重なっていたのを強引に取り出したせいで、巫女服の上に半分重なっていた白と黒の布でできた服が床に落ちてしまう。

 これからすぐに出るわけで、そのまま放置してもよかったが、特に理由もなく自然と私はその服に手を伸ばして拾い上げていた。

「…?」

 こんな服を持っていただろうか。落ちてくしゃくしゃになってしまい、全体像がつかめない服を片手に首をひねる。服から漂って来る匂いも、どことなく自分が身に着けている服とは違う、懐かしい香りがする。

 お祓い棒を傍らに置き、両手で見覚えのない服を広げると、その服の特徴を目や脳がしっかりととらえた。最初は理解ができず、数秒間もの長い間その服を眺め続けていた。

「…へ………?」

 私が行った行動は、ほぼ反射に近い。困惑という意味を最大限に含む吐息が、自然と口から漏れた。何度も瞬きをして視覚を一時的に遮断しても、手に持っている洋服が無くなったり、見間違いで別の物になっていることは無い。

 衣装タンスの中に綺麗にきちんと畳み込まれていたのは、何度も接敵し、その度に逃がしてしまっていたあの魔女の服だった。

 会うたびにボロボロで、新品の様に綺麗な状態で見たことはほとんどなかったが、特徴的な白と黒が主体で作り上げられた服は、紛れもなくあの女性が来ていた服で間違いない。

 これ以上ない程の驚愕が精神を支配した後は、落ち着きを取り戻しつつある脳が、驚きを生み出す原因となった根源に対しての疑問を浮かばせる。

 なぜだ。なんでこんなところから、彼女の服が出て来たのだろうか。咲夜と早苗を殺したとされる魔女を部屋の中へ侵入を許した覚えはなく、ありえないと断言出来た。

 私が家を空けたのは、異次元霊夢らがこちらの世界へと入り込んできた時と、向こうに出向いた時だ。それ以外では、こちら側に居続けるあの魔女を追跡している時だ。

 奴らと戦っている時に、魔女がこの神社へと入り込んだ可能性は考えにくい。奴らが来る時には必ず彼女も大きく動いていた。

 向こうの世界に行っていた時も、私たちが紅魔館につく前からあの魔女はあそこに居た。仮にこちらの攪乱目的で工作行為を行ってから向こうの紅魔館に向かったとしても、我々よりも先につくことは難しいだろう。

 途中で進行の経路を変えたとはいえ、ほぼ一直線に紅魔館へと向かっていた。戦闘が何度かあったが、大した時間は戦っていない。魔女が私たちに見つからないように大回りで森の中を進み、紅魔館で戦っていたとすると、時間が足りないように思える。

「……」

 よくよく思い返すと何時だったかは定かではないが、前回ここのタンスを開けた時に、既にこの服はあった筈だ。

 その時にもほとんど神社から出ておらず、ここに侵入する隙はなかったはずだった。あの魔女と最初に遭遇したのは、異次元霊夢と二度目接敵した時だった。奴は、何時からそこに居たのかわからない程、気が付くと目の前に立っていた。

 意表を突かれ、とっさの反応が遅れた。彼女に敵意を向けようとすると同時に、何か背中がスースーとする寂しさを強烈に感じたことを思い出す。

 何か、嫌な予感がする。これまでに何度もあの魔女に対して思い浮かんだ感情や、何かが足りない喪失感。異次元霊夢が現れる前に感じたことは無く、出現してからも人肌が恋しくなる寂しさを知覚することは無かった。

 何かが、足りない。しかし、所持している物や世界で起こる現象が対象になっているわけではない。この寂しさは、もっと限定的に特定の個人を指している。誰かが足りない。

 肌だけではなく、感覚的にこれを自覚するようになったのは最近だった。思い返せば、あの魔女が目の前に現れた時を境に、それらの感情が芽生えるようになった。

 今まではずっと気のせいだと思い込んでいたが、神社に侵入された覚えもなければ、私が他の誰かから譲り受けた覚えもない。それなのにあるはずのない物が置いてあるのは、私が知り得ない所で持ち込まれた。

 記憶を探っているうちに、段々と有用な情報を思い出してきた。向こうの世界に行く前、準備を整えている段階で、すでに魔女の服はタンスの中に入っていた事が記憶の引き出しから引き出せた。

「……」

 二度目の襲撃以降、向こうの世界に入る直前まで武器の補充はしていなかったため、何時から入っているかは気が付けなかった。その間に魔女は重体で永遠亭に送られており、タンスの中にこの服を仕込むのは不可能だ。

 二度目の襲撃時、異次元霊夢と戦っている間に仕込んだとしても、なぜわざわざそれをやってから私の前に現れる必要があるのか。疑問である。自分を敵ではないと見せるのには、もっと違うやり方があった筈だ。

 自分の服を私のタンスの中にいれれば確かに疑問は生じるが、攪乱のためだろうとすぐにバレる。工作が工作と見破られては意味がない。どんなに頭を捻っても、我々をかく乱する以外に目的が思い浮かばないが、一番可能性がありそうな攪乱でさえ、無意味な行為だ。

「…」

 そもそも、これ自体に意味などないのかもしれない。顎に手を当てて考え込んでいる私は、別の視点から思考を巡らせる。

 しかし、意味がないとなると、なぜここなのかという矛盾が生じる。ここに元から置いてあってもおかしくなかったなど、ありえるだろうか。

 例えで上げるとするならば、彼女の服が私のタンスの中に、入っていてもおかしくない間柄だったとか。そんなバカげた考えが浮かぶが、なぜだか妙にしっくりくる。

 誰もこの神社に泊まりに来ていないというのに、布団が自分のモノとは別に出ていたことや、見覚えのない歯ブラシが洗面台に置いてあったことが、彼女を知らない仲ではなかったことを顕著にする。

 他の者の可能性も捨てきれないというのに、私はそれしか考えることができなくなっていた。初めてあの魔女と接敵した次の日、神社に現れたあの子の顔は、今でも忘れない。弱々しく泣き出しそうな、迷子にあった少女の様だった。

 十分の休みでお茶でも飲むつもりだったが、そんなことはとうの昔に頭から抜け落ちている。体は自然と、名前も知らぬ彼女の存在を探し集めるために動き出していた。

 自室はそう広い部屋ではない。人物一人の痕跡を探し出すのに、対して時間はいらなかった。普段は全く使わないアルバムに手を伸ばし、開くとそこには探していた女性が映っていた。

「…っ…!」

 服装や人相、髪型そして手の傷からあの魔女であることが確実となる。屈託のない笑顔で、傷のある手とは逆の手でピースを作り、私と一緒に写真に写っている。

 当然ながら私は魔女が現れてから、こんな写真を一緒に取る程に仲が良くなる間柄ではない。そこの短い期間なら。それよりも以前であれば、話は別だ。

 適当なページを開いたため、随分と昔の写真が出て来た。私も、彼女も、垢ぬける前の幼さが残り、今回の異変よりも数年前に撮影された物だと推測で来た。

 彼女が一人で映っている物もあれば、私と映っている物、咲夜たちを含めて三人や四人で映っている物もある。どの写真でも純粋な笑顔をこちらに向け、人を殺したりするようには見えない。

 というか、殺していないのだろう。咲夜も、早苗も。それは仲がよさそうに見えるこの写真から簡単にわかる。

 自分の中の違和感や疑問が解消されていくと、彼女に対する不信感や敵意が消えて行き、負の感情に埋もれていた別な感情が沸き上がって来る。魔女に対する煩悶だ。

 彼女はずっと私たちを、一人で守ろうとしていたのだ。奴らから痛めつけられようが、私達から痛めつけられようが、関係なく。そんなことに気が付かず、私たちは何をしてやれただろうか。

 誰かわかっていなかったが、私を助ける形で異次元早苗を狙撃したのも、異次元妖夢をあと一歩のところまで叩きのめしたのも彼女だ。そんな魔女を我々は敵だと罵り、あまつさえ攻撃を加えた。これ以上に、あの子の気持ちを無碍にしていた残酷な行為などあるだろうか。

「……っ…」

 敵を逃がした時には、自分の不甲斐なさに頭に来た。だが、今回はそんなものではない。呆れてものも言えず、自分に恨みに近い感情さえも抱いた。アルバムを握る手が怒りで振るえる。

 もう、疑う余地はない。これだけの精度で偽造など、簡単にできるものではない。たとえできたとしても、一枚か二枚がせいぜいだ。写真の色あせ具合、映っている人物の角度もまったくと言っていいほどに違和感が無い。

 魔力で偽造されているとするならば、魔力の流れを感じるはずだが、そんなものは写真から感じ取れない。

 そして何より、この写真が本物であると確信できたのは、撮影のされ方だ。一人で映っているのであれば、私は中央にいるはずだが、この画像ではきちんと魔女と私の間に中央が寄せられている。確実に彼女が私の横に居たと考えられた。

 他の人物の上に魔女の姿を重ね、偽造した可能性は先の理由から無い。映っている人物らの立ち位置も、付け足しのない自然体である。

 これは偽造された写真ではなく、本物で、実際に庭先や縁側であの魔女と私が撮影された物だと確信した。さっきは、写真を撮られた覚えがないと言ったが、厳密に言えば、撮影自体は行ったことは覚えている。彼女と撮った覚えがないのだ。

 その時のことを思い出そうとすると、曇りがかかったように隣に座っていた人物のことを思い出すことができない。しかし、その記憶をあざ笑う古い写真は、真実を記している。

 敵だと思っていたあの魔女は、こちら側の人間だったのか。彼女を追跡する際に浮かんでいた疑問が解消されていく。逃げるだけで、なぜ戦わないのか。戦わないのではなく、戦えなかったのだ。

 アルバムの過去から最近に向け、ページを捲っていく。一番新しい写真は記載されている日付から、数か月前の物だとわかった。

 二人で映っているのには変わらないが、昔と違う点が一つだけあった。数多くの写真を眺めていて、予感はしていたが確信に変わる。

 私と、魔女の距離感が少しずつ、少しずつだが縮まているのだ。彼女は私を含め、他の者と一緒に撮影されている時も笑っているが、二人だけで撮っている時は大人数の時と表情が違った。

 パッと見てもあまり変わらないのだが、なぜだか今の私はその微妙な違いを見分けることができた。客観的に見ても、魔女が私に他人とは違う感情を私に抱いているのが写真越しにも伝わって来る。それは、現像された画像に映っている私にも言えた事だった。

 ここまでわかれば、理由など必要なくなる。私は、あの魔女のところに行かなければならない。一緒に、隣に立って、戦わなければならない。

 紫は、二十分後に来ると言っていた。時計を確認すると、服を見つけてからまだ五分と時間は経っておらず、その待ち時間が煩わしい。焦りだけが募り、さっさと出立したい。

 紙と鉛筆を神社の中から足早にかき集め、紫にすぐに出発したことをメッセージとして残した。写真をアルバムから抜き取り、居ても立っても居られなくなった私は、博麗神社を後にした。

 




次の投稿は11/21の予定です。


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東方繋華傷 第百四十四話 嵐の前

自由気ままに好き勝手にやっております!


それでもええで!
という方のみ、第百四十四話をお楽しみください!!


 小鳥はその聞き惚れる美しい声でさえずり、蝶やトンボなどの昆虫は餌を求めてるのだろうか。番の相手を探すべく、求愛行動で自分の魅力をアピールしてゆったりと羽ばたいている。

 ここは森の中では珍しく、群生する木々の切れ目となっている。寿命か、災害かわからないが、数本の木が横たわってそこから新しい命が芽吹く。

 私の数倍は長生きしている周囲の植物は、幹から枝が伸び、そこから更に葉っぱが広がる。大きく枝を広げても、密生具合が薄くなったことで山肌全てを覆うことが難しく、森の中に太陽の光が降り注ぐ。目を細めるほどに眩しい。

 薄暗い森の中に降り注ぐ陽光に、腐った倒木と花々、昆虫たちが照らし出される。のどかな、どこにでもありふれている風景は、私の緊張する精神を少しではあるが落ち着かせてくれた。

 せっかく戻って来たが、私はあの世界へとまた帰らなければならない。二度目であるが、やはり慣れるものではない。先ほどから心拍数が上がり、呼吸が乱れている。

 改めて向こうに行く事を自覚すると、耳から心臓が飛びだしてしまいそうになる程、私は緊張してきてしまった。それを平和という言葉がよく似合う自然が、僅かに解消してくれた。

 大きく深呼吸し、副交感神経を活性化させて、精神状態をリラックスさせる。一度や二度ではなく、ゆっくりと遅い呼吸を数十秒も数分もかけて行う。

 まだまだ平常時とは言えないが、それでもある程度は心拍数も呼吸も戻すことはできた。雲一つないそれを見上げ、この世界に暫しの別れを告げた。

 紫に連絡を取り、向こうの世界に行く手筈を整えようと思ったが、その必要がない事に気が付いた。魔力に、スキマの性質を持つ性質を持たせてやればいいだけだ。

 紫をわざわざ呼び出す必要が無くなり、向こうからこちらにつながるスキマがある、太陽の畑へとわざわざ出向かなくてもいい。

 前方にあの世界へつながる性質の魔力を散布し、空間の歪みを作り出す。スキマとは違い、空中にビー玉程度の小さな平べったい平面の球体が出現した。

 これがゲートだとするならば、手のひらよりも小さいサイズでは当然ながら人間は通過することができない。

 そのまま少しの間待っていると、真っ黒な海の底を連想する球体は、捻じれる様に巨大化すると、私が余裕をもって通れる大きさとなる。

 トンネルが開通したのであれば、空気や光、音、物体に至るまで一方通行という訳にはいかない。何が入り込んでくるかわからないので、向こうにわかるのであれば手短に済ませなければならない。

 だが、いざ目の前に道が現れ、向こう側の景色が見えると、躊躇する物がある。

 こちらの木々が発生させたのか、向こうから伝わって来た物なのかわからない。前からも後ろからも聞こえる木々がざわめく擦過音が、鼓膜に振動という形で音を伝える。

 ただの自然音のはずなのに、黒板をひっかくような、不協和音で精神をかき乱す煩音に聞こえてくる。私の精神的な弱さを現しているようだが、後戻りはできない。

 前に進もうとすると、この世界よりも向こうの方が気圧が高いらしく、死臭が僅かに含まれる、生暖かい人肌の温風がゲートから流れ込んでくる。

 それらは粘度が高い粘液であると、空気であるはずなのに錯覚する。ゲートの入り口にいる私の体に手を伸ばしてはねちっこく、舐め回すように肌を撫でる。非常に遠慮したい名残惜しさを残すと、ゆったりと後方に流れて行く。

 殺気や敵意など、己の欲望に満たされている負の空気は、こちら側に入り込むだけで、正常な空気を汚染する汚染物になりそうだ。

 異質な空気を肌や肺などの循環器、それらを持っていなければ野生の勘や感覚器官で感じ取った正常な野生動物達は、それに近づいてはならないとわかっているらしく、周囲から俊敏に立ち去っていく。

 せっかくリラックスできる、平和な和やかな雰囲気で満たされていたその場所は、瞬くうちに戦場と変わらない空気で汚濁する。

 自然が遠ざかるのに対し、その摂理に逆らって行くのは、動けない植物を除いて、生物では私だけだ。

 できる事なら、虫や動物と一緒になって逃げだしたかったが、生憎ながらその思考は、奴らを倒すという戦闘意欲によって放棄され、止まりかけた足が無理やり前に歩を進めた。

 紙芝居のページが捲られ、次のコマに移ったようだ。ゲートを境にして、世界がガラリと変わる。

 森の中であるため、見た目はまったくと言っていいほどに変わらない。写真でも撮って、どちらが自分たちの世界の風景かを聞いたとしても、視覚情報からはどちらか判別することはできないだろう。

 現像されたフィルムからは図ることはできない、音や肌で感じる触覚的な部分から、その違いは火を見るよりも明らかだ。

 生暖かい風が肌を撫でる感触は、デカい舌で舐められているようで、ゾクリと鳥肌が立ってどうしようもない。

 葉っぱや枝が風に靡かされ、大きく揺らめく。自然現象でこれまでにどれだけ聞いたかわからない、ごく普通で当たり前だった聞きなれた音だったはずなのに、不穏さが非常に際立つ。

 耳障りと思えるほどに、大きい。いや、木々が揺れる音が大きいのではない。それしか、聞こえてこないのだ。

 小鳥の綺麗で美しいさえずりも、シカやイノシシなど中型動物が大地を踏みしめる跫音や、荒々しい気道を通過する呼吸音もまったくと言っていいほどに聞こえてこない。警戒を怠らず、私は歩き出した。

 この戦争に巻き込まれないように、身をひそめているのか。それとも、人食いの妖怪が食い殺す人間がいなくなったことで、その対象が動物たちに変わり、食いつくされたのだろうか。

 そこに居合わせたわけではないから、真偽のほどはわからない。だが、森の中を歩いて見晴らしができる場所へと向かっているが、かなりの頻度で転がっているのは、長細い頭部と思われる頭蓋骨だ。

 形からシカだろうと推測でき、むき出しになった草食動物特有の平たい歯がズラリと並んでいる。眼球が収まっていたであろう眼窩は、側頭部に近い位置でどこを見つめているかわからない暗い影は、吸い込まれてしまいそうになるほど不気味だ。

 なぜ死んだのか私には知る由もないが、白骨化した動物の死体から目を離し、また歩き出した。頻度としては高くないが、歩いていると固い物がつま先や踵など、靴越しにその感触が伝わって来る。

 木の枝か、動物の骨なのか。片手で数えられなくなってきた頃から確認もしなくなった。十分ほどの時間が経過すると、ようやく森の終わりが見えて来る。

 初めてという言い方は不適切であるが、紅魔館に行く最初の侵入時とは、この世界の風景もだいぶ変わって来た。

 辛うじて残っていた街並みは、七割か八割ほどが壊滅的に瓦解し、壁や屋根と思わしき瓦礫は家の数だけ積み重なっている。

 遠くに見える山の斜面の一部が地滑りを起こしているように見え、山肌が露出している。私が戦った形跡のある場所が、遠目にちらほらと見えた。その数の分だけ人を殺めていると考えると、敵が減ったと手放しには喜べない。

 聖に言われたことを思い出し、どうすればよかったのだろうかと悩みが再度浮上してくる。治ることのない癌の様に、脳を苛まされた。意識が思考に向けられ、処理能力が著しく低下していく。

 そのせいだ。超高速で接近してきていた飛行物に気が付きはしたが、反応して行動に移るまでが遅れた。米粒ほどに小さかったその影は、たった一度の瞬きで突っ込んできている人物が誰なのか、判別できるほどまでに詰め寄られた。

 幻想郷であらゆる妖怪の中でも、最速の名を数百年も前から譲らず、今も尚最速であり続ける種族。その中で特にスピードに秀でており、異変があるたびに情報をかき集め、新聞を作る文屋だ。

 出来事に対して、狼や犬並みの嗅覚を誇る異次元文は、その持ち前の鼻の良さで森を抜けたばかりの私を見つけたのだろう。

 真っ黒な翼を羽ばたかせ、細かい微調整を済ませた。構えるために手を上げようととしたが、一歩も二歩も早い。

 私よりも一回りも大きく、硬く先鋭な爪が伸びる異次元文の手が首元に伸ばされると、頸椎を握りつぶされる勢いでがっちりと掴み込まれた。

 人間をはるかに凌駕する握力を前に、振り払うことなどできない。それができるとしたら、肌や肉の一部をごっそりとその爪で抉り取られることだろう。

 どれだけ私が踏ん張りを効かせ、異次元文の突進を耐え忍ぼうとしても、体重的にこちらよりも勝っている奴を止めることなどできない。

 ほぼ動いていなかった状態から、人間が自力で出すことは到底不可能な速度に、急に加速された。重たい重量のある物体が、全身にのしかかって来たような重力を感じる。

 異次元文が発揮する握力や突進の衝撃だけではなく、急加速での重力が気道を塞ぎ、肺を押しつぶされそうになる。空気を体内へと取り込むことができず、圧迫感から来る息苦しさが思考を塞ぎ、対応を更に遅らせた。

 掴まれた直後とはまた違った方へ方向転換したらしく、新たにGがかかり、それに体を適応させなければならなくなる。流れて行く景色を確認し、識別する暇がない。

 どの方向に向かっているかも、目的地も掴む間もなく。首を掴んでいた異次元文が手を緩めると、足をこちらに向ける。抵抗が間に合わず、無様にも蹴り落とされた。

 体が動いている方向から、落ちているのは確実であるが、いつの間にか高度を取っていたのか落下が長い。眼下に広がる大量の瓦礫へと突っ込む寸前に、魔力操作によって空中で体勢を立て直した。

 追撃を受けないよう、そのまま向いていた方へと前進する。私を蹴り落とした異次元文の気配が上空から羽を伸ばして来る。

 すぐさま体を空の方へと半回転させ、手先に留めて置いたレーザーの性質を持つ魔力を狙いもつけずに撃ち放つ。

 射程に使われる分の魔力を減らし、飛距離が短くなる代わりに威力へ多めに魔力をつぎ込む。それを三分割し、降下してくる異次元文を迎撃する。

 一発の貫通力ではなく、面での制圧力を高めた弾幕で迎え撃つ。魔力操作と翼による翼力、風を操る程度の能力が掛け合わさり、アクロバティックで同じ生物とは思えない飛行の仕方で接近された。

 まさに針に糸を通す身のこなしで、放った三発の熱線などかすりなどしない。彼女の下駄を履いた足が、土足で胸を踏み上る。

 左右に避けたとしても、その俊敏さは一切衰えることは無い。その猛スピードと全体重が掛け合わさった踏みつけを食らえば、魔力制御など何の意味も持たない。

 異次元にとりが放ったミサイルによって、舞い上げられていた砂煙がようやく降り積もったというのに、落下の衝撃で砂が宙に飛散する。

 鼻だけではなく口からの呼吸に徹しても、砂埃の存在感は大きい。息が詰まりそうで、繰り返す呼吸を止めて砂が舞い上がっている区画から逃げ出したい。だが、止めていられる時間は限られる。その間に異次元文を殺害することはほぼ不可能だ。

 埃がわずかにむくまれる砂煙を胸を膨らませて大きく吸い込み、脳に酸素を送り付ける。無理やり脳の回転数を上げてやり、次の一手を繰り出そうと異次元文に手を伸ばす。

 あと数舜だけ手を伸ばすのが速いか、数ミリでも腕が長ければ、飛び去って行く文屋の足を掴むことができただろう。

 身長よりも長い翼を大きく広げると、風を巻き起こしてはためかせて飛んでいく。そのまま上空を飛行する異次元文が、何かしらの攻撃を仕掛けて来るかと思った。いつ来ても対応できるようにしていたが、倒れたままの視界からは姿や気配を感じることはできなくなった。

 十秒、二十秒と時間が経過していくが、一向に現れない。いきなりの奇襲に度肝を抜かれたが、時間さえあれば大したことはされていない。地面に半分埋まる形で放置されているが、体の上に乗っている土や瓦礫をどかしながら上体をゆっくりと起こす。

 以前、異次元文が異次元妖夢を連れてきていた所から、天狗らが異次元霊夢とつながっていることはわかっている。街に連れて来るだけ連れて来て、その後に鴉天狗が何もしないなどありえず、異次元霊夢が何かしらの策を用意していると容易に見抜ける。

 しかし、なにをされるかわからないのと、なぜ街にわざわざ連れてきたのかがわからず、足元から周囲へと注意深く視線を移すが、何かが見えるわけではない。

 あるのは瓦礫、瓦礫、瓦礫。どこまで行ってもこの光景が続いていそうなほどで、人影などまったく確認することができない。動いている物があるとすれば、それは風に吹かれて舞い上がった砂埃か。瓦礫が重なっている山の一部が崩れ、転がっていく破片だけだ。

 異次元文が起こす風圧に煽られてか、倒れていた地点の瓦礫や土が吹き飛ばされ、小さなクレーターを形成している。

 そこから立ち上がり、改めて街並みに目を向けると、遠目で眺める以上に現地であれば、威力の高さが如実に伝わって来る。

 この状態であれば、この町は一か月と持たないだろう。全体の七割から八割の建造物が崩れ、残っている家もその構造を保っているのがやっとのようだ。

 私が落下した衝撃と異次元文が飛び去った風によって、ギリギリで維持していた均衡があっさりと潰れてしまう。

 この周辺は家が比較的残っていたが、いくつかの傾いていた建物の側壁や屋根の一部が剥がれ、埃や砂をまき散らして地面へと落ちた。

 自らが起こす衝撃に、自分が耐えられなくなっていたようだ。剥がれ落ちた重量分だけ建物のバランスには偏りが生じ、崩壊は全体に広がっていく。倒壊は耳を覆いたくなるほどの喧騒となる。

 今回は巻き込まれなかったが、いつ崩れるかわからない建物しか見当たらない。それらに近寄らないルートを歩んでいく。しかし、奴らの居場所が分からず、どこに向かっていいのだろうか。地面に転がる大量の瓦礫に足を取られぬよう歩きつつ、視線は生きた者がいないかどうか目を皿にする。

 河童達と戦っていた時と比べるとその面影もない街の中だが、爆風の影響が弱い地域へと差し掛かってきた段階で、じりじりと頭の奥で痛みを感じる様になってくる。

「…?」

 なんだろうか。この頭痛は、普通じゃない。異次元鈴仙を見つけた時と似た痛み方をしている。自分にとって、この辺りは思い出したくない出来事があったのだろうか。

「………」

 そんなことを思いながらも、歩みは止めなかったが、かすかに私が立てた以外の音が鼓膜を刺激した。

 他の人間や妖怪がいるわけでもなく。小動物が居たとしても、異次元にとりとの戦闘でこの町から遠ざかったことだろう。私以外で物を動かす人物はいなかったはずだが、カランと進行方向で石が転がる。

 瓦礫の上で何かがバウンドしている。目を凝らさなくても見えるそれは、手のひらサイズの小石だ。それが飛んできた方向に目を向けると、先ほどまでは半壊した家に隠れ、確認することはできなかったが、遠目に誰かがいるのが見えた。

 ごちゃごちゃと考えていたことを放棄し、異次元霊夢らを倒さなければならないと、自分の中で緊張感を高めていく。

 奴らの策がこれから始まるのか、もう始まっているのかはわからない。なのだが、様子見はできない。

 見つかっている以上は、奴らも自分達の作戦を想定される行動はしないだろう。だから、私はこのまま奴らがいる方向へと行くしかない。

 飛んできた小石が最初にバウンドした辺りまで歩くと、瓦礫で隠れて見えていなかった人物たちが視界へと入って来る。

 全部で人影は五つ。そして、若干だが古さが際立つ、見慣れない木製の木箱が異次元霊夢の傍らに置かれている。

「待っていましたよ。霧雨魔理沙」

 手元で白銀のナイフを弄ぶ、異次元咲夜が口を開いた。私はそれに返答はしない。返事を返すよりも、別のことで頭が一杯なのだ。

 異次元咲夜たちが生き返った時にも思ったが、一人一人、順番で戦えるのであれば、まだ勝機はある。どうにかして、固まっているこいつらをバラバラに引き離すしかない。

「運が悪かったわねぇ。あと…数か月か一年…逃げ延びることができてればぁ、戦わなくても済んだのにねぇ」

 奴らをばらけさせる案をたてようとしていると、異次元霊夢に先を越された。微笑みながら、縦横奥行きが正確に一メートルで作られた木箱の縁をゆっくりとなぞる。

「幻想郷を滅茶苦茶にして、十年も私を探してた奴が、そんなに簡単に見切りを付けられるとは思えないぜ。死ぬその瞬間まで他の世界に渡って、人を殺しまくるだろうよ」

「ええ、そうねぇ。………それより…向こう側の世界の居心地はよさそうだったわねぇ。一緒に戦ってたから…腰を据えてから一年や二年の付き合いじゃないんじゃないかしらぁ?」

 異変を一緒に解決しようとしていた様子から、霊夢達との付き合いがたった数年ではないことは想像に難くない。

 霊夢と二人で異次元霊夢を押せるだけのコンビネーションを発揮していれば、その考えは強く感じることだろう。

「十年前はいなくて苦労したけど…今回は簡単に出来そうねぇ」

 十年前に爆発が起きたというのは、異次元鈴仙や鬼たちから聞いた。しかし、なぜ大爆発が起きたのか、過程を知らない為に動くに動けない。

 何がトリガーとなるのか未知であり、異次元霊夢から目が離せない。隣に置いてある木箱の中身はわからないが、確実にその中にはトリガーに為り得る物体が入っているはずだ。

 異次元霊夢との距離があり、箱自体の高さによって中を覗き込むことはできない。いや、見なくていい。中を知れば奴らの思惑通りになる可能性が高い。そうなる前に奴らを全員倒さなければならない。

 異次元霊夢との会話を無理やり切り上げ、整っていた戦闘体勢から戦いへと移行するべく腰を落とそうとした。

 自然現象で、異次元霊夢らがなにか仕込んだわけではない。雪の様に瓦礫の上や地面の上に降り積もる砂を、舞い上がらせることは無い程度の弱々しい風が立つ。

 ふわりと向かい風で、奴らがいる方向から吹く。生暖かく、不穏さがにじみ出ている風がねっとりとしつこく抜けていく過程で、この戦争がはじまったころから比べるとだいぶ嗅ぎ慣れた匂いがする。

 体内から体外への大量出血を物語る鉄臭さ、内臓が零れ出ている事による腐臭の混じる生臭さは、箱の中に誰か人間が入れられていると想像できた。

 異次元霊夢達の中に怪我をしている人物がいなければ、それだけの匂いを発する死体や、奴ら以外に怪我人がいるわけでもない。

 漂ってきた血の匂いに、何か、嫌な予感が沸き上がる。湧き水や間欠泉のように、予感から派生した不安が留めなく溢れて来る。

 先ほどの異次元霊夢が言った、居なかったから苦労したという言葉は、何が居なくて大変だったのか。今と昔で、何が違うのか。何があって、何が無かったのか。と考えを巡らせる。

 当時の私になかった物とはなにか。いや、状況を見れば、者だろう。守りたい人、守ってくれる人、一緒に肩を並べて戦ってくれた大切な人が居なかった。

 今はどうだろうか。薄っすらとそれが脳裏をよぎり、異次元霊夢の言葉の意味を理解し始めると血の気が引いた。呼吸が早まり、荒くなる。私が状況を飲み込み始めたことを異次元霊夢は察したらしく、口角を僅かに上げる程度だった口元を、裂けてしまうのではないかと思うほどまで吊り上げて嗤った。

 心拍数が増悪し、胸に手を当てなくても動悸を起こしているのがわかる。冷や汗が額を伝い、膝が小刻みに震える。

 いや、ハッタリだ。あの霊夢が、こいつに簡単に負けるはずがない。そうハッタリだと思いたいのだが、置かれている古びた木箱の隙間から、赤黒い血液が漏れ出しているのが見えてしまい、押し込めようとした不安が逆に大きく膨らんだ。

「今回は楽そうだって、誰のことを言ってんだ?」

 怒りか、恐怖心か。ぐちゃぐちゃに混ぜられ、渦巻いている感情はどちらを指しているのかわからない。わかっていないまま奴へと言葉を発すると、声が震えていた。

「あらぁ?そんなこと…貴方が一番よくわかってるんじゃないかしらぁ?」

 考えたくない。認めたくない。見たくない。否定する逃走的な思考が次々と脳内を駆け巡っていき、それで私は慄然しているのだと理解した。

 力強く、奴らを倒すと息巻いて進んでいた足は、不安定でおぼつかない様子で後退しようとしている。

「どこにいくつもりかしらぁ?」

 奴らが殺気立ち、その気迫に押されているわけではない。ただ言葉を放っているだけだというのに、それ以上の効力を発揮してきた。精神面で気圧されている私がまた一歩と下がろうとした時、異次元霊夢が引き続いて口を開く。

「貴方に、この子を置いて行けるのかしらぁ?」

 聞き捨てならない異次元霊夢の言葉に、下がりかけていた足が止まった。奴の口ぶりから、その中には霊夢がいることになる。彼女が倒されるはずがない。そう思いたいが、血液の漏れ出る箱の中身を確かめなければならない。

「嘘を…付くな…!そう簡単に…霊夢がやられるわけがないぜ…!」

 箱の中身が、殺されている別の動物か人間の可能性も否定できない。自分にそう言い聞かせ、苦し紛れの反論をする。

「そおぉ?なら…自分の目で確かめたらどうかしらぁ?」

 異次元霊夢は古傷だらけの手を箱の中へと突っ込み、誰かを掴んだ。勿体ぶる様にゆっくりと、人が入るにしては小さい正方形の棺桶から、人型の物体を引き抜いた。

 黄色人種特有の血色のいい肌は、血の気が引いて青白い。特徴的な白と赤の和服は、体のあちこちから漏れだした体液で染め上げられ、垂れ下がった手足からは赤黒い液体が地面に滴っていく。

 瞬きを行う気配のない、目を見開いたままの霊夢は、生物としての生をまったくと言っていいほどに感じない。

 美しくもはかなくもあり、見とれるほどに整っているきれいな顔立ちの彼女は、指先の一本すらも動かす様子がなく。私に笑いかけてくれることも、話してくれることも、触れてくれることも、できなくなっている。

 放っておけば微生物などの働きによって腐っていく。そんな人の形をした肉の塊を、異次元霊夢は私の目に焼き付けさせる形で見せびらかす。

 ぐにゃりと、視界がゆがむ。極度のストレスによって脳が変調をきたし、視界不良を起こしているのか。それとも、私自身の体が傾いているのだろうか。

 数十秒の時間をかけ、おぼろげながらに気が付いた。両方だ。しかし、それがどうした。そんなことが分かったとしてもこのクソったれな現状は一切変わることはない。

 変わり果て、死体となった彼女を目の当たりにしても信じられず、認めていない、認めたくない自分がいた。

「嘘………だ………」

 命という炎が燃え尽きかけ、風前の灯火と言えそうなほどの、か細い声。自分でも発声された音をほとんど聞き取れなかったというのに、奴は正確に聞き取ったようだった。

「嘘かどうかは…あなたの目で確かめたらどうかしらぁ?」

 死んでいそうな人の死体を、ゴミを投げ捨てるように無造作に投げつけてくる。空中に放り出された彼女の体は、人形と変わらない。抵抗する様子を全く見せず、地面へと落下していく。

「霊夢……!!」

 崩れ落ち、膝をついていて座り込んでしまっていた体は、もつれてしまうが自然と動き出した。手を差しだし、落ちてくる彼女の体をつかみ取る。

 予想以上に重く、踏ん張りを聞かせることができず、よろけて後ろに倒れこんでしまった。突き出ていた瓦礫の一部が背中に刺さっても、何も感じなかった。今はただ、無我夢中だった。

「霊夢……!霊夢…!!」

 倒れている彼女をこちらに向きなおらせても、だらりと意識を感じさせない投げ出された四肢から、私の絶望が加速する。

 霊夢が、死んだ?

 胸や肩で繰り返す運動が見られず、呼吸をしていない。開いたままである彼女の瞳は、濁り、私の方向ではなく虚空を見つめる。頭の重さを支えきれない首は、四肢と同様に首が座っていない赤ん坊のように地面の方を向く。

「…………………そん…………な…」

 外気とそう変わらない冷たい彼女は、物を言わず。震える指先からズルリと逃げると、砂や瓦礫が散らばる地面へと倒れこむ。

「……あ…………ああっ…」

 フラッシュバックとも、走馬灯とも言えるだろうか。この十年間、彼女と過ごしてきた思い出が頭の中を駆け巡っていく。楽しかったこと、悲しかったこと、苛立ったこと、眩し過ぎる幸せだった思い出が、鮮明に蘇ってくる。

 これまでも、これからも守りたかった彼女の時間は、すべてが水の泡となった。霊夢を失ったという喪失感は胸に杭でも打たれたようで、計り知れないほどの大きな穴を穿った。

 私は、この感情を言葉で表せるほど語学に長けているわけでも、知識が豊富であるわけでもなかった。

 この行為に何の意味があるのか私自身もわからないが、頭を抱えて蹲る。自分を戒めるためか、気が付くと爪や指先が血だらけになるほどに頭を掻き毟っていた。

 大量の負の感情が、脳内を埋め尽くしていく。今まで感じたことの無いほどの、一人で請け負うには莫大なストレスが発生した。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

理性などどこかへとかなぐり捨て、感情の赴くままに、獣となった魔女は悲痛な絶叫を上げた。

 




次の投稿は12/5の予定です!


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終戦
東方繋華傷 第百四十五話 暴走


自由気ままに好き勝手にやっております!


それでもええで!
という方のみ、第百四十五をお楽しみください!


 彼女を力の限り抱きしめても、彼女の体に生気が戻ることはなく。血がこぼれる彼女の口に唇を重ね、吐息を送り込んで蘇生を試みるが、息を吹き返すことはなかった。

 今更手遅れだった。人間は体温が三十三度を下回るとかなり危険な状態と聞いたことがあるが、機器で温度を測定しなくても霊夢の体温がそれを下回っている。

 どんな攻撃を受けても、異次元霊夢らに暴行を受けても、精神をある程度は維持できていた。今まで精神を保てていた心の壁を、人肌よりも十度近く温度の低い霊夢の遺体は、いとも簡単に砕いていく。

 これ以上彼女を見るなと、自分を保ちたがっている精神の障壁は警笛を大音量で鳴らして警告するが、崩壊の波はそれよりも足が速い。

 聖、すまない。この戦争が終わっても、私が霊夢と一緒に過ごせるようにと、そちら側へと手を引こうとしてくれた。その気持ちや期待に応えることはできなさそうだ。霊夢が死んでしまった今では、私にそちら側へと戻る意味がなくなってしまった。

 確かに聖の言う通り、私は復讐に囚われている部分もあったかもしれない。しかし、自分の中で霊夢という存在は非常に大きく、かけがえのない人だった事は変わらなかったようだ。

 そして、正邪。お前はどちら側に行くか決めなければ、最後の最後まで戦い抜くことは難しいと言った。誰かに言われてそれに従うのではなく、自分で骨の髄まで考え抜いて決めろと。

 殺さなければならないと、思ってずっと行動はしていた。しかし、それは感情や復讐心からくる突発的なもので、後先を考えていないものだった。

 冷静にどちらを取るか判断できていれば、直前で迷うこともなく、終わった後も後悔や懺悔に苛まされることはない。誰かを手にかけるときは、それが一番の理想だろう。

 今回も、私は冷静に判断が下すことはできなかった。しかし、感情的な部分で殺生を決めたとして、冷静に判断した時よりも強力になるものがある。

 殺意だ。

 感情を殺して機械的に処理するのと、感情的に任せて力を振るうのとでは、敵に対する殺意は後者が圧倒的に上回るだろう。

 だから、私は奴らを確実に殺せるほうを選ぶ。選ぶといっても現時点でそこまで冷静に居られるわけがなく、その選択しか見えてはいなかった。

 そう、明確な殺意を用いて、霊夢が味わったであろうあらゆる苦痛や無念を最大限に味合わせ、冷酷無比にむごたらしく奴らを一人残らず殺してやる。

 頭の中に残っていた倫理や道徳など、煩瑣的で非常なまでに鬱陶しくあった。こんな物、今更何の役に立つ。それらを念頭に掲げて正義にぶら下げていようが、霊夢は帰ってこない、生き返らない。生き返らないんだ。

 殺す。殺す。殺してやる。そう何度も、自分の中でその言葉を反芻する。あいつらにこの世をこれ以上歩ませてたまるか。どこに逃げようが、どれだけ抵抗しようが、殺して殺して殺しきる。肉体だけでなく来世も生きられないように、魂までも完膚なきまでに壊してやる。

 十数メートル先に立っていた異次元霊夢らは、殺された巫女の体を抱える魔女の異変に気が付いた。

 明るくなってきて雲間から指す微光があっても、それははっきりと異次元霊夢らの目に映った。青白い、魔力特有の燐光が時間の経過で段々と濃くなっていく。

 恐怖から怒り、憎しみへと感情が変わって高ぶっていくごとに、魔女の血圧が高まっているらしい。目にある毛細血管が張り裂けたようで、白目が真っ赤に充血していく。

 口の端を吊り上げ、犬歯をむき出しにする魔女の表情は復讐者に相応しく、まるで鬼だ。眉に寄った皺や釣りあげられた目、充血した瞳からそれが相乗効果で強く見える。

 その様子を見て、いいぞいいぞと異次元世界の博麗の巫女は口元を緩ませる。その様子を見て、ほかのメイドや巫女、花の妖怪もそろそろだと身構える。

 力を手に入れられる瞬間が、もう、目の前にまで来ている。彼女たちはそう喜びを謳歌し、それぞれの武器を手に巫女を抱える魔女へと突っ込んだ。

 時間を操れる異次元咲夜が初めに到達する。今までの手加減など一切なく、首を掻き切り、心臓を幾本の銀ナイフであらゆる角度から串刺しにしていく。

 次いで、手入れが行き届き、切り裂くことできない物体の方が少なさそうな切れ味を誇る日本刀。前方に大胆に陣取った異次元妖夢は、腹を掻っ捌き、同時に背骨を両断する。

 正面から後方へと走り抜け、往復して背中から血まみれの観楼剣で突きを放つ。あらゆる角度から胸に突き刺さる銀ナイフごと心臓を貫いた。

 そのまま頭まで刀を振り上げようとする異次元妖夢だが、力を手に入れようと、わずかに遅いタイミングで花の妖怪が魔女の元まで到達するのを見て、巻き込まれぬように飛びのいた。

 すでに血まみれで、常人なら死んでいるその魔女へと更なる追い打ちをかけられた。周囲の瓦礫しかなかった場所から植物が急成長し、魔女の両手両足を縛りつけた。

 繊維が複雑に絡み合い、ちょっとやそっと人間が引っ張っても千切れない強靭な蔓が締め上げた手足は、いともたやすく半ばからへし折られる。

 固定されている魔女の胸に拳が叩き込まれると、身長差から華奢な体が三十センチほど持ち上げられる。後方に大量の肉片や血液がまき散らされ、胸に大きな穴が穿たれる。

 口から大量の血液が漏れ出し、拳を叩き込んだ人物の腕にボタボタと垂れるが、本人は気にも留めない。それどころかさらに胸へと腕を抉りこませる。

「……かっ…」

 口から赤黒い血液と、血の混じる唾液を垂れ流す魔女は何も言わない。ヌルつく唾液と血液で、気道が塞がれているのだろうか。胸に抉りこむ腕が気道や肺を押し上げたらしく、ゴボッとくぐもらせて反吐を吐く。

 赤黒い血液と肉片がこびり付く腕を異次元幽香は引き抜くと、傘を握る逆の手で魔女の顔をぶん殴る。腕を肉体に抉りこませた時と同じ、ぐしゃりと骨や組織がまとめて潰される音がする。

 顔が潰れ、血肉が弾ける。殴った衝撃に体が後方へと吹き飛ぶが、手足を縛りつける蔓に魔女の身体は押さえつけられた。だが、長くは続かない。

 衝撃に蔓ではなく、魔女の肉体が耐えられなかった。骨が折れ、破片で周囲の組織が損傷していた部分が断裂し、巻き付いていた手足を残して宙を舞う。

 他の者に追い抜かれ、一番後方を走っていた異次元霊夢はその段階ですでに立ち止まっていた。

 異次元霊夢以外の誰も気が付いていなかった。四人が口角を上げ、悪魔に取りつかれたのように笑っている中で、一人だけ訝しげに表情を曇らせていた。何かがおかしい。十年前と、違う。

 他の連中に力を奪われるかもしれない。という、焦りがあったとしても、十年前の経験から疑念を拭えず、この場でただ一人だけ魔女に向かう足を止めた。

 吹き飛んだ直後にはすでに手足や胸、顔の傷がきれいさっぱりと再生している魔女を三人は追おうとしたが、動こうとしない異次元霊夢の姿にその足を止めた。

 それに気が付かなかった異次元妖夢だけが、異様なまでにゆったりと地面へと落ちていく魔女へ、跳躍する。

 魔女に切りかかった後、血を振り落としていなかったらしい。薄紅桜色に光を反射している観楼剣を、淡青色に身体が発光している魔女に刃を薙ぎ払う。

 確実に命を取る軌道だ。得物を振るう音が全く聞こえず、目の端でとらえるのがやっとのスピードで、魔女の首に刃が撫で抉る。

 魔力で身体を全く強化されていない魔女の体は、庭師の刀を弾くほどには頑丈にできていない。豆腐にスッと包丁を入れるように、刃先が脊椎にまで到達する。

 頭を支える背骨ですらも皮膚と変わらず、柔らかいバターだ。骨が切れれば筋肉や皮膚などでは刃は止められない。刀が首を通過しきったが、頭が魔女の胴体から離れることはない。

 復氷の現象のように、切られたそばから肉体が上下にくっつき、何事もなく異次元妖夢から離れ地面に着地する。

 異次元妖夢はさらに走って距離を詰めようとするが、魔女を追っているのが自分だけだと気が付いたらしく、前に出かけていた足を止め異次元霊夢の方向を振り返る。

 異次元霊夢以外、この場にいる四人は気が付いていない。爆発する気配すら見せないこの状況が、すでにおかしいことに。

 目が真っ赤に充血している魔女の体が纏っている発光は、最高潮へと達していく。怒りに身を任せ、握った拳を地面へとたたきつけた。

 怒りが頂点に達しているのか、握った拳が丸ごと地面の中へと抉りこみ、魔女周囲の地面が陥没する。舗装に使用されている古いコンクリートや地面がめくり返されていく。

 異次元霊夢ら全員、衝撃が自分たちの場所へと到達する前に空中へと逃げ、余波を食らうことはなかった、しかし、皆が欲している力を奪う唯一のチャンスを失った。

 魔女の体の周りで朧気に光っていた魔力のような物は、身体に溶け込んで消えていく。十年前と明らかに異なっていることで、異次元霊夢は怪訝そうな信じられないものを見る目が止まらない。

 なぜ。この疑問が暴露されると、脳内をどんどん浸潤して広がっていく。作戦は完璧に上手くいっていたはずだと、自分のミスを疑ってはいなかった。

 しかし、間違っていないはずであるならば、どこでミスを犯したのだろうか。行動や魔女の様子がどうだったのか、思い返して熟考しても非の打ちどころがない。

 それもそのはず、彼女の計画は完璧に成功していた。魔女は面白いぐらいに、まんまと作戦の罠にはまっていた。

 単純な方法で、魔女から力が奪えるはずだった。ぶん捕ることができなかったのは、異次元霊夢の考えが間違っていたわけではない。

 ストレスなど、負の感情で高まっていく魔女の力を極限まで上昇させ、魔女が保有する力を制御できない状態へと追いやる。

 制御下にない魔力を、保有している人物を殺せば、行き場をなくした膨大で独り歩きしている魔力は、空気中に拡散する。それを自分と同じ波長に変換し、魔女の力の源となっている魔力を取り込めば、その力を得られる。そういう算段であった。

 実際に成功し、力を暴走状態に至らせたところまではよかった。だが、異次元霊夢の誤算はただ一つ。魔女が10年前と全く同じと考えていた部分だ。

 先ほど、十年前には居なかった、魔女にとって大切な人間を利用したばかりだった。その変化を異次元霊夢は甘く見ていた。

 10年前とは違って、守るべき人がいることは、魔女にとっては不利にも有利にも働く。人質やトリガーとして使われる反面、やられたことをバネに憤怨を爆発させる。

 それを見落としていたことと、それに次いでもう一つ異次元霊夢らの思考が及んでいなかった部分がある。

 それは、皆が10年間も待ち焦がれていた力を、魔理沙が扱っていたということだ。昔は使用したことが無く、自分で抑え込むことができずに力を爆発させるしかなかった。

 今回は違う。力を使っており、異次元霊夢らと何度も交戦した。多少、扱っていた事実は大きく、前回に起こった風船が耐えきれずに破裂したような爆発は起こらない。

 それでも暴走していることには変わらないが、魔力をどの方面に向けて爆発させるかは、彼女次第である。

 魔女が爆発させようとしている矛先が、自分たちに向けられていることを、今まで感じたことの無い殺意と敵意。その異質さに百戦錬磨の異次元霊夢らでさえも動くことはできなかった。

 視線の先にいる、四つん這いのままでいた魔理沙に異変が生じる。首筋のうなじのあたりから、白く白濁した粘度が高い液体が溢れてくる。

 前とは明らかに異なるが、それが暴走の合図であることは、異次元霊夢でなかったとしても想像に容易い。

 力を手に入れたい欲求もあるが、欲望以上に体が正体不明の液体に覆われていき、この世界でも類を見ないほどの殺気を醸し出す魔女を、今すぐに殺さなければならないと動き出す。これは防衛的な反射に近かった。

「殺せ!!」

 誰だろうか。奴の殺意に耐えられなくなった人物がそう叫ぶ。しゃがれた声から察するに、異次元霊夢が声を荒上げたようだ。それが異次元霊夢達が動き出すきっかけとなる。

 通常起こるはずの物理的な動きをすべて無視し、地面に一滴も滴ることなはない。液体よりも柔らかい、個体に近い液体に身を包んでいく魔女に、四方八方から襲い掛かった。

 各々の得物が、体液に包まれていく魔女をとらえようとした直前に、そこにあった人型の物体は、影も形もなく消え去った。

 上空へと跳躍して逃げたわけではない。写真から一部分を切り取ったように、忽然と姿を消した。

 狐か狸に化かされた感覚に陥る。異次元霊夢の正面で得物を振っていた庭師が息をのむ。この十年で一度として、見たことが無い啞然とした様子で目を見開いている。

 振り返るまでもなかった。背中にひしひしと気配が伝わってきた。死神を彷彿とさせる死の化身が、後ろに立って高い位置から異次元霊夢を見下ろしている。

 気が付けば異次元妖夢だけでではなく、メイドや守矢の巫女に至るまで驚愕を隠し切れない。暴走することをわかっていたとしても、平常を取り繕うことは難しかったはずだ。

 振り返って視界にとらえると異次元霊夢も周りの者と同様に、息を飲み込むことになる。見たことも聞いたこともない、異形の化け物がそこにいた。この世の生物とは思えず、見慣れた世界であるのにもかかわらず、周囲が丸ごと別世界に隔離されたようだった。

 元は魔女であったはずだが、その姿は液体の中に飲み込まれているようで、彼女の姿は全く見当たらない。溶けた液体がゆっくりと、5方向に向かって手を広げていく。それらはそれぞれが頭や手足へと形作る。ある程度の体の大きさや形が決まって人型に収まっていくが、表面を白い液体が流動的にうごめいて形状はいびつに歪んでいる。

 そこから数秒で、粘液が固定化されたようだ。徐々に皮膚は陶器のようにつるりと透き通りそうな質感で、殴りつけたりすれば割れてしまいそうに見えるが、皮膚下に存在する繊維的な筋肉に見える器官が蠢くごとに、皮膚も動いているため非常に柔らかそうである。

 太い首の上にある、頭部と思わしき部位をこちらへと向けた。目という器官が存在せず、異次元霊夢らという存在を視覚的にとらえているかは謎だ。しかし、正確に彼女たちの方向を覗いているところから、それ以外の感覚器官で感じ取っているのだろう。

 口は存在し、口端は耳があったとしたらその辺りまで、笑っているようにも怒っているようにも裂けている。その間には、血と相違ないほど真っ赤な歯茎と、肌よりも真っ白な歯がずらりと並んでいる。

 歯並びは、雑食動物や草食動物とは違う。臼状の植物をすり潰す平たい歯ではなく、肉食動物の肉を切り裂く犬歯が、耳元まで裂けている口の間から覗いている。

 大きさも、長さも、順番もバラバラなのに、咬合はきっちりとしている。並びは非常に揃っており、噛みつかれれば腕を持っていかれ、腸はズタズタに引き裂かれるだろう。

 腕や脚は筋肉質で膨張し、腕だけでも断面の大きさは異次元霊夢の胴体ほどもありそうだ。手はボーリングの玉や人間の頭程度の大きさであれば摘まめ、少し力を加えるだけで握り潰してしまいそうなほどに握力がありそうだ。

 手と足には人間や妖怪、妖精と同じく爪が生えているが、それの凶悪性は比べ物にならない。先が先鋭の上に強靭で、人間が鍛えた鈍らなど紙同然に切り裂くだろう。観楼剣でもどうなるかわからないと、異次元妖夢や異次元霊夢は奴の切れ味があることを獣並みの感で嗅ぎ取った。

 化け物の臀部からは、体長と同等の長さはある長い尾が生えている。自由自在に蠢き、そこだけは独立した生物が生えているみたいだ。

 霧雨魔理沙の体から白い液体が溢れだしていた。同様の場所である項を中心に、稲妻状の模様が枝分かれして全身に広がっている。特に頭部や腕、足などの四肢と尾っぽに集中している。

 何を意味しているのか分からないが、血管の拍動のように、薄っすらと青色に変色している。

 そして、何より異次元霊夢らの息を飲ませたのは、化け物の巨体だ。体長が三メートルを超える巨躯から、顔や牙の大きさ。手や鉤爪の大きさが伺えるだろうか。ガタイもよく、巨人といっても相違ない。

 じりっと身構えていると、化け物の頭に変化が現れる。顔の上面に内側から真っ白な体液が滲みだすと、大量の水泡が膨れ上がる。膨らんだそれが長く薄く伸び、溝や基線が引かれて何かの辺縁を形作る。

 溢れた水泡が萎んでいくと、眼と推測できる器官が顔に備わっていた。人間と同じ機構をしているようには見えない。瞼といえる部分は存在せず、眼球は視線を反映する瞳が見当たらない。

 血のように真っ赤に染まり、瞳も白目も判別できない目は吊り上がり、異次元霊夢達を捉える。肌とは質感が異なり、水気を帯びてテラテラと光を反射している。

 眼の形は、どの動物にも属さず鋭く吊り上がっている。大きく裂けている口だけでは、笑っているのか怒っているのか判別がつかなかったが、眼が加わったことでどちらであるのかが明確となる。

 状況の流れからわかりきっているが、怒りだ。深く、底が計り知れないほどに化け物は激怒していた。その瞋恚は、この場にいる全員を皆殺しにするまで、収まることはないだろう。

 理性が働いているかすらも怪しいが、異次元霊夢がどう動くのか出方を見ているのか、それともどう血祭りにあげて料理してやるか悩んでいるのだろうか。上半身上げ、膝を地面についたままじっと動くことをしない。

 唸り声とは違う、連続的に骨と骨を打ち合わせような、軽く乾いた顫動音が化け物から発せられる。なんてことのない音のはずだが、警笛となって異次元霊夢達に緊張を走らせる。

 我慢ができなくなったのか、手のひらサイズの小さなスキマを庭師が作り出した。わずか十センチの空間の歪みから、錆が見受けられる十数本もの観楼剣が連続で射出される。

 そんな攻撃的な行動を起こされても、化け物は腕や指を動かす気配すら見せず、一メートルを超える長さがある得物を食らうことになる。

 狩人である庭師の攻撃は冷徹でいて正確で、心臓や頭部へと集中的に観楼剣を突き刺した。身構えてすらいなかった化け物はその衝撃に身体を若干だが震わせた。

 刀が弾幕のように飛行していくが、そのスキを使って観楼剣と変わらぬ速度で庭師は疾走し、体に得物が突き刺さる化け物へと一太刀入れた。

 人間の皮膚と変わらない。もっと言えば、人間の皮膚よりも耐久能力の低い化け物の体は、ほとんど何の手ごたえもなく首が両断される。

 異次元妖夢は、その異様なほど身体が脆弱な化け物に不信感を持ったらしい。そのまま後方へと通り過ぎようとするが、抵抗や回避をする間もなく、首なしの妖怪とは言い難い魔物に掴まれた。

「あぐっ…あああっ!?」

 身長や重量差から、かなりの握力であることは推測できる。身体を強化しても尚、ただ掴まれただけで庭師が苦しみだすところから、その強さが判じられる。

 石鹸水の中にストローで空気を吹き込み、泡を膨らませたようだ。切断面から巨大な水泡が盛り上がり、不規則な形をしていたが、少しずつ丸みを帯びていくと先ほど見た頭部を形成する。

 膝をついて身長が低く見えたが、化け物がその巨躯に見合った下肢で地面を踏みしめて立ち上がった。数百キロから一トンにも及ぶであろう重量に、古びたコンクリートも耐えきられずに砕けた。

 膝をついて重量が分散していたから座っていられたが、足だけで立ち上がると鋭い爪が地面を抉り、十センチほど足が地面に食い込むが、巨体の大きさからすれば誤差の範囲でしかない。

 立ち上がると化け物の巨大さが特に際立つ。今まではあらゆる世界の庭師を殺してきて、殺す立場にいた。だが、人間の数倍は大きい顔の前に掲げられている異次元妖夢は、完全に殺される立場にある。

 化け物の手は、剣士の腕を覆う形では握っていない。両手は自由が利くため、吐血をしながらも刀を振るう。切れないものはほぼ無いと言える観楼剣が、化け物に牙をむく。

 どんな妖怪、神であろうとも、数度は死んでいるであろう。掴まれた状態であるというのに、鋭く激しい斬撃が繰り出されるが、まるで液体を斬っている。

 斬ったそばから化け物の肉体は再生が開始され、刀が通過した後では既に傷は完璧に塞がっている。切り殺そうとした庭師が、化け物から攻撃される番がくる。

 一枚の紙すらも隙間に入らないほど密接に生えている歯が、上下に開く。最外の歯だけでなく、サメと同じく口の中には喉のあたりまでずらりと鋭い歯が大量に並んでいる。その中には唾液で濡れ、真っ赤な血が固められて形成されているように見える長い舌が、べろりと露出する。

 牙をむき出してその中へ異次元妖夢を押し込もうとしている様子から、食い殺すつもりであるらしい。頭の形が変形したと思うと予想よりも大きく口が開いており、人間一人を食うのだとしたら過度なほどだ。

 あれに食いつかれれば、全身の皮膚や肉を引き裂かれてズタズタにされる程度では済まない。四肢など簡単に千切れ、喉の奥に移動するごとに肉は削がれ原型など残るまい。

 口を開いてから食いつこうとするまでに、長いラグがあった。その間ずっと何もせずに見ているほど庭師は馬鹿ではない。

 濃密な魔力の流れが、庭師の方向から感じる。スペルカードを握りつぶし、回路を抽出して起動する。

「断迷剣『迷津慈航斬』」

 刀身を覆う魔力によって、一時的に刀の太さが化け物の腕の大きさを上回る。肉体の間に刀が入り込んだことで、巨人は切られながら再生することができない。見た目は柔らかそうな、筋肉質であらゆるものを粉砕できるであろう腕が切断された。

 庭師は、体を握っている奴の手を放り捨てた。再度、異次元妖夢はスペルカードを発動させた。一度目以上に高出力で濃度の高い魔力が込められていく。

 剣士はここで決めるつもりであると、その魔力の量から察するが、それでは倒せない。その程度では、この化け物の恨みを断ち切るには至らない。

 地面に着地してからスペルカードを発動するまでに、切断された腕が再生している化け物へと、異次元妖夢は再び技を放った。

 スキマからもう一本観楼剣を引き抜き、既存の持っていた刀と二刀流でスペルカードの構えへと体勢を変える。掴まれた時に脇腹の骨を折っていそうだったが、それでも型を崩すことの無い完璧な形で技へと入った。

「断霊剣『成仏得脱斬』!」

 最大まで強化され、魔力で可視化された斬撃が、庭師よりも身長が倍以上ある化け物の体を包み込む。あれだけの威力では、人間など食らえば肉体の一片すらも残るかわからない。

 異次元霊夢でもいなし切れるかわからない斬撃であるが、可視化された刀の軌道は、斬性の魔力が組み込まれているようだ。実物の幅よりも大きくてやたらと派手に見えるが、申し分ない火力に魔力の爆発が起こったようにしか見えない。

 スペルカードは目標にだけでなく、周りの地面にまで影響を与えた。持っている刀の長さでは、到底つけることのできない長さと幅、深さの溝を深々と刻んだ。

 これだけの威力を発揮したというのに、スペルカードは完全に発動しきる前に阻害され、不発に終わっていた。

 桜の花びらが弾ける斬撃の光に目を奪われ、上空へと飛んでいく二つの物体を見逃していた。振り終わった庭師の両手に持っている刀身が、スペルカードの前と後で長さが異なっている所で、ようやく気が付いた。

 異次元妖夢と化け物の十数メートル上空で、二つの独立して動く物体が舞っている。高速で回転しながら放物線を描き、一メートル近くも長さがある刀身が落下してきた。

 やたらと響く金属音を弾ませ、一本は地面に刺さり、もう一本はかろうじて残っていた建物の壁に切っ先を食い込ませた。

 数度の斬撃で、観楼剣の鋭さと強度がどの程度の物なのか図ったらしい。先鋭で何十、何百人の血と命を吸った刀の切れ味などものともせず、化け物の体は庭師が持つ最高品質の刀をへし折った。

 錆など刀身に一遍もなく、研ぎあげられた刀は文字通り人間業をかけ離れた業物だった。そこに何百人分の魂と命を吸わせており、鍛えられた観楼剣でさえも切断して見せた。おそらくどの世界に行こうが、これほどまでの刀剣を持っているのは異次元妖夢だけだろう。

 世界をまたにかけても最上級の代物を、未知の化け物は攻撃態勢に入ることなく身体で受けた。液体のように刀を受け流していた時が嘘のようだ。

 剣士はスペルカード使用直後の硬直によって、活動再開までにラグが生じる。どこまで鍛えようが、鍛錬を積もうがこの時間を短縮できても、ゼロに無くすことはできない。

 硬直時間をたっぷりと使っても、現在得物に起こったことを理解しきることはできないだろう。自分で手塩にかけて整備し、何十年も使い込んできた刀剣がいとも簡単に壊れてしまうなど。

 柄しか残っていない二本の刀を、茫然と見下ろしていた異次元妖夢に、化け物の自由自在に曲がる尾っぽが、俊敏に伸びてくると腹部を貫いた。

 爬虫類の毛のない尻尾に似た先の鋭い尾は、皮膚や臓器をズタズタに引き裂き、背骨を粉砕して背中から真っ赤に薄汚れて露出する。

「かぁっ…!?」

 先が細くなり、直径が二十センチ程度しかなくても、場所によっては致命傷になりえる。血を吐いて倒れてようとする異次元妖夢を化け物は許さず、人間の頭より一回りも大きさで上回る拳を、虫の息になりつつある剣士に容赦なく叩き込んだ。

 庭師が視認できる速度を超え、立っている異次元霊夢達の頭上を通過して後方へと吹き飛んでいった。瓦礫の山を薙ぎ払い、残っていた建築物を崩壊させる。そこまで勢いをそがれても止まる気配はなく、異次元妖夢の姿は見えなくなった。

 荒々しい呼吸音を零し、血のこびり付く拳を握る化け物は、動けていなかった異次元霊夢達の方向へと足を延ばす。驚愕が隠し切れず、大きく後ずさった異次元霊夢が花の妖怪に背中をぶつけた。

 百戦錬磨で、あらゆる人間や妖怪を屠ってきた、あの庭師が全く手も足も出なかった。それが分かっているのか、メイドや花の妖怪も、巫女と似た反応を示している。

 しかも、あの化け物はあれが全力ではない。霧雨魔理沙が暴走を起こしたのであれば、十年前と同じ爆発かそれと同等のことが起こるはずだ。

 数百メートル規模で、地形を大きく変動させるあの力が、この程度で上限であるはずがない。人の数が減ったこの世界で、トップレベルの実力を誇るあの剣士が全力を出しても、致命傷の一太刀すら、与えることができなかったことから示唆される。

 ここでこの化け物を抑え込むことができなければ、こいつを止めることができる人物はこの世界にはいなくなる。力を手に入れられたのが荒廃した世界など、何の意味もない。

 ここまでは仕方がなく手を組んでいたが、ここからはそれ以上の団結を望まれる。できなければ、力を手に入れる前に殺される。

 震える手を闘志でごまかし、さらに下がろうとする足を食い止めた。その場に陣取り、顫動音を低く鳴らす化け物に向きなおる。

 唇が裂ける化け物は、大きく口を開いた。何をするつもりなのか、想像もつかない。油断なく構えていると、喉を震わせて咆哮した。

 声を発しているだけだというのに、災害の一つに数えられそうだ。音は大地と空気を振動させ、すべてを吹き飛ばす。地震と継続的な爆発による爆風を受けている錯覚に陥る。

 声力だけで何十メートルも吹き飛ばされそうになり、幻想郷全体に広がる絶叫に意識を失いかけた。生存本能も目の前にいる化け物の強大さに、どこに逃げても無駄だと察したらしく、逃走的な思考が消え失せていく。

 これで、他の妖怪たちにまで化け物の存在を知られたことだろう。異次元霊夢は自分の願望を叶えるため、異形の天災に立ち向かった。

 

 

 自分から興味がなくなった奴らから、逃げ出せたのは運がよかった。変わり果て、前と比べて面影程度にしか共通点を見つけられない世界を走る。

 やせ細り、意思を持って動く枝にしか見えない腕や手足でも、自重を支えて走ることができているのは少々驚いた。

 魔力を扱え、体が多少頑丈な妖怪であるからできることだ。思考に意識を向けすぎていると、何年も使っていない筋肉がぎこちなく働いてしまい、足をもつれさせて倒れそうになった。

 いけない。今は考え事をしている暇はない。とりあえず町から離れることを専決にしなければならないのだ。あんな、化け物同士の戦いに巻き込まれれば、一瞬で一片の肉体すらも残さずに殺されてしまう。

 息が上がり、苦しくなるが、それでも森に入るまでは足を止めるわけにはいかない。そうやって走っていると、不意に後方から鼓膜を揺るがす爆音に体を煽られた。

 体が軽くなっているせいもあるが、爆心地から一キロ以上も離れているのに草をなびかせ、木々を傾かせる威力に耐えきれずに地面に倒れこんだ。十年前に起こった爆発。あれがまた起きたのだ。

 博麗の巫女たちが行った作戦は、私のせいで成功してしまった。一度犯したミスから学んだあいつらに、二度目の過ちはない。誰かしらが力を手に入れ、振るったのだ。そうでもなければ、こんな爆風がここまで来るはずがない。

 そう決めつけて後方を振り返るが、世界は何も変わっていない。死臭の香りが漂い、十年間放置された風化した景色。地形を壊すほどの爆発などどこにも起こっておらず、瓦礫の海が遠くに見えるだけだ。

 ならば、今のは何だったのだろうか。疑問が浮かび、街を観察しようとするが、爆風によって舞い上げられた大小さまざまな瓦礫が降り注いで来た。森の中へと慌てて逃げ込んだ。

 頑丈そうな大木の後ろに隠れ、瓦礫の雨からやり過ごしたが、これからどうすればいいだろうか。私の居場所は、十年前に変わり果てた。頼れる人物などいない。あとは、ただ殺されるのを待つだけなのだろうか。

 十分、二十分と時間が経過していき、時折すさまじい轟音が世界に轟くが、恐ろしいほどまでに関心が向けられない。

「…」

 というか、なぜ逃げてきてしまったのだろうか。こんな世界、生きる意味なんかない。恐怖に負けず、あのまま町に残っていた方が、楽になれたのに。

 座り込み、地面をぼんやりと眺めていた私の頭の中に、そんな言葉が溢れてくる。今からでも向かえば、そうなれるだろうか。

 いや、無理だ。あんな恐ろしいところに戻るなど、体が言うことを聞かない。ガタガタと震える身体は、地面に縫い付けられて固定されているようだ。

 だが、だといって自分で自分の命を絶つ勇気もない。あったら、博麗神社に閉じ込められている時点で、舌でも嚙み切って死んでいた。そうできなかった不甲斐なさ、情けなさに涙が出てきた。

「くっ……うっ…うぅ…っ」

 何度も、何百回も、何前回も、チャンスはあった。何年も、何年も、自分で命を絶つことはできたはずだった。

「なんであそこで死ななかった…!私なんて……あそこで…野垂れ死んでいたらよかったんだ…!なんで、なんで!…なんで、生きちゃったんだよ!!」

 頭を抱え、癇癪を起こした子供のように騒ぎ、泣きじゃくる。自分に対する鬱憤が爆発し、敵に見つかるかもしれないなどの心配は、すでに頭の中には無い。

 どれだけ自分を呪っても、罵倒しても、勇気のない彼女は、自分を自分で殺す選択を選べない。それがまた怒りを助長する。

「死にたいのに……!」

 死にたいのに、自分で殺す覚悟を育めない。殺されるのも、恐怖に立ち向かえない。そんな身も心も弱弱しい自分に腹が立ち、声を荒上げようとしたとき、手元に目が移った。

 いつからそこにいたのだろうか。体長が十センチ程度の、小さな小動物が心配そうに私のことを見上げている。全身が毛でおおわれ、尻尾が自分の身長よりも長いこの哺乳類は、鼠だ。

 友人がよく使役していたことを思い出した。私の匂いを嗅いでいるのか、クンクンと鼻を動かして、地面につく手に近づいた。

 泣いていることも怒りも忘れ、手を伸ばそうとすると、その鼠は体を反転させて森の中へと消えていく。

「あっ…」

 悲しげな声には目もくれず、黙々と歩いていく鼠の後ろ姿が、草むらの中へと入っていってしまった。

 何をしているのだろうか、私は。あれを友人に見立て、許しでも請おうとしたのだろうか。自分の、弱さに怒りを通り越して呆れてくる。

「はぁ…」

 大きなため息をつき、項垂れている。ある意味生き殺しで、彼女にとっては地獄であった。このまま、意識する間もなく死ねたらいいのに。そう甘い考えを浮かべていると、鼠がいなくなった方面から、音が聞こえてきた。

 鼠が移動する小さな音ではなく、人間大の大きな者が、草をかき分けてゆっくりと歩いてくる音だ。

「っ!?」

 殺される。一瞬で現実逃避から現実へと引き戻され、地面で丸くなっていた私は息を飲んだ。恐怖で歯が嚙み合わせられず、ガチガチと震えた。

 そんな中で懐かしく、温かみのある優しい声が耳に届いた。

「そんなの、当り前じゃないか。自分で自分を殺すなんて、普通の精神でできるものじゃあない。……だから君は、こんな世界でも正常で居られてるってことさ……そう思わないかい?ぬえ」

 私は、一度目とは全く違う意味で、また息を飲むことになった。町や世界以上に変わり果てた姿をした、友人がそこには立っていた。

 




次の投稿は、12/19の予定です


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東方繋華傷 第百四十六話 鏖殺

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百四十六話をお楽しみください!


 暴風、台風、竜巻。地震や噴火。町や国を揺るがす天候変動や、地形を破壊するような災害を提示しても、体長がたった三メートル程度の化け物を上回るものはないだろう。

 外の世界に存在する、数十キロの町を爆発で薙ぎ払い、放射能で数百キロの領土がある国を、汚染する兵器があるらしい。一度に何万人、何百万人もの人間を瞬く間のうちに死に至らしめ、恒久的な苦しみを与える核兵器でさえ、この化け物を上回ることはない。

 奴が地面を踏みしめるごとに発生する地鳴りは、異次元霊夢らの残っている短い命がさらに短くなることを示す、さながらカウントダウンだ。

 ズシン、ズシンと、重い歩みを止めることの無い化け物は、戦車や装甲車などと例えてもそんなものでは形容できず、見合っていない。

 現代に存在するどんな武器も、兵器も奴の前では鉄くずと変わらず、無力な存在だ。それを戦闘の開始直後数秒で、嫌というほどに思い知らされることとなる。

 守矢の巫女があらゆるものに干渉する程度の能力で化け物へと接近し、お祓い棒を叩き込む。異次元妖夢の斬撃を弾き、叩き折って見せた化け物が嘘のように打撃をその身に受ける。化け物の頭や腕が大きく陥没し、白い液体を激しく飛び散らせた。

 中身を飛び散らせ、致命傷になりえそうなダメージを与えられても、今までと同様に化け物の傷は瞬時に修復してしまう。ゴボッと体液が溢れて露出した中身と混ざり合うと、陶器に似たのっぺりとした皮膚に覆われる。

 そこらの妖怪でも当たれば全身の骨が粉砕し、ズタズタに体を引き裂かれそうな拳が異次元早苗に向かう。あらゆるものに干渉する物の中には、化け物も含まれているようだ。

 拳が直撃する直前に、握られた拳が溶鉱炉で溶ける金属の如く溶解する。干渉受けた化け物の腕は当たることなく通過し、巫女とメイドの追撃を許す。

 メイドが時を停止させて化け物に一気に接近し、手の平よりも大きい真っ赤な眼球へと、両手に持った銀ナイフを抉りこませた。

 異次元妖夢の観楼剣を折った時に見せた、あの強度がなくなっている。強力な魔力の流れを感じた時にしかやらないのか、それとも一度使うとそう何度も使うことができないのかはわからないが、全力で動けるうちに蹴りをつけなければならない。

 メイドが続けて化け物の全身を高速で移動しながら切り裂き、異次元早苗がお祓い棒を化け物の顔面へと叩き込む。一度目以上に打撃に力を加えたようで、頭部が後方へと大きく仰け反り、地面へと倒れこみそうになる。

 そこに一気に畳みかけようとするが、後ろへ傾いていく化け物の体が流動化して手や脚、尻尾、頭の境界が曖昧になっていく。

 倒れこむのに持ち上がっていた片足と、後方に傾いていた頭が腕へ。尻尾と地面に残っていた足が足として。腕が頭となり、尾となる。

 時間にすれば一秒にも満たない短時間で、崩れていた姿勢が攻撃体勢へと移り変わる。倒れていく段階で、追撃をしようとしていた異次元早苗に向け、拳が振り抜かれる。

 先と同じ光景に、異次元早苗はそんなもの食らうかと余裕の笑みを浮かべるが、表情を顔に貼り付けたまま、後方に吹き飛ぶことになった。

 血反吐を吐き、上から振り下ろされた攻撃によってすぐに地面に叩きつけられる。この程度で収まるはずがないのは、異次元妖夢の時にわかっていることだ。

 勾配な角度で地面に衝突した異次元早苗は、巨大なドリルを兼ね備えた掘削機だ。土砂をまき散らし、十メートルは深さがありそうな大穴を穿った。

 まき散らされる土や石に埋もれぬよう、異次元霊夢は大きく後方へと回避する。穴の最下層には異次元早苗がいるのだろうが、石や土に埋もれて姿が見えない。

 彼女はこの十年間、第二の能力で悠々と戦ってきた。そのせいで以前よりも、非常に打たれ弱くなっている。生存はかなり絶望的に思える。

 空中にいた異次元咲夜が、化け物の追撃を食らう前に退避を図る。空中に逃げようとしたメイドに化け物は腕を伸ばすが、時を止めたらしく、掴み取る寸前に姿が消えた。

 中空を巨大な手が掴むと、メイドがいた位置に残っていた複数の銀ナイフが化け物の手に突き刺さる。指や手の甲を貫通しており、手を見下ろしていた奴は、恨めしそうに異次元咲夜を睨みつけながら低い顫動音を鳴らす。

 手や頭に刺さっていた銀ナイフが、ズブリと化け物の体の中に溶け込んでいく。重心をわずかに下げると、距離を離れた位置に出現したメイドへと向かって走り出す。

 花の妖怪が蔓を伸ばし、走り出した化け物の正面に大量の花の化け物を生み出すが、足止めにもならず蹴散らされた。20メートルは距離があったはずだが、たった数歩で到達すると、手の形状を五本の指から巨大な刃渡りが十メートルにもなる刀へと変形させる。

 体の体積を減らすことなく、質量保存の法則を無視してどこからともなく湧いて出てきた液体が手を覆い、人間を切り裂くのには無駄すぎるほどに大きな刀身を作り出す。

 一見したところ、そこまで切れ味があるようには見えないが、刃先が花の化け物に触れた途端にスッパリと切断された。観楼剣に匹敵する切れ味を秘めているらしい。

 花を踏みつぶし、蹴り飛ばしてメイドの元へ到達した化け物は、地面が陥没するほどの脚力で踏ん張り、横に刀を薙ぎ払った。

 風圧だけで異次元咲夜がいた位置から、後方数百メートルに渡って地面がむき出しになり、一部は抉り取られて吹き飛んでいく。そこにメイドの切り裂かれた姿はない。

 再度時を止め、先の斬撃から逃げおおせたようだ。今の攻撃で倒壊し、山となっている瓦礫の上に立って銀ナイフを手元で弄んでいる。

 今度はメイドの方が攻撃に移ろうとしたとき、化け物の体に異変が生じる。全身に張り巡らせられている稲妻状の模様が、項から左手の部分にかけて淡青色に淡く輝き出した。

 項の中枢側から指先の抹消に向かって光は進んでいき、稲妻状の模様から漏れる光が指先まで到達すると、ここにいる人間全員の魔力を掛け合わせても、化け物が発生させる魔力量に到達することはない。

 量もさることながら、質も今まで戦ってきたどの巫女、妖怪を大きく上回り世界が、次元が違うことを痛感する。手のひらを上に向け、胸の前で掲げる化け物の手に、青白い炎が出現する。

 大きさは、ボーリングの玉や大きいスイカ程度はありそうだ。炎だと思っていたその球体はただの魔力の塊で、大きく揺らめいて炎のように見えていた。

 レーザーでも撃つつもりなのだろうか。あれだけの魔力が込められていたら、どれだけの範囲を薙ぎ払えるかわからない。大量の札を取り出して防御の体勢を整えようとしていると、化け物がその球体を握り潰した。

 固まっていた魔力が破壊されたことで、一気に空気中へと拡散する。個体から気体へと物質が変わっていくと、その体積は数倍、数十倍に膨れ上がる。それが様々なプログラムされた魔力であれば、拡散率はさらに上がるだろう。

 化け物が潰した魔力の球体を中心に、魔力が全方位に広がっていく。魔力が幻想郷の隅々にまで瞬時に行き届いたと言えば、その速度が天狗の比ではないことが容易にわかるはずだ。

 そこから何が起こるのか。様子を伺おうとしていた異次元霊夢の視線の先から、あの化け物は姿を消した。最初の瞬間移動とは、全く違う。この感覚は、メイドが時を操った時と同じ物だ。

 一体どこに行ったのだと、周りを見回そうとすると、数々の剣劇が起こったであろう痕跡が、時間を空けて地面や瓦礫の埋もれる山に刻まれていく。

 一部の地面が陥没し、瓦礫の山が地面ごと抉り砕かれる。何かしらの攻撃を当てたか当てられたかしたらしく、付近で数度の激しい破裂音が響き渡る。その衝撃だけでも顔に受ければ息が詰まるほどの風圧を持っている。

 小さな小石や砂程度であれば、数十メートルも飛んでいくことになるだろう。吹き荒れる暴風から顔を遮り、化け物が通ったと思わしき爪痕を視線でたどっていくと、今しがた崩れたばかりの建物の上で、奴は立っている。

 おそらく烈火のごとく、凄まじく激しい戦闘が繰り広げられていたのだろう。ところどころに残る戦闘痕と、化け物の体に突き刺さる大量の切り傷や銀ナイフから察せるところだ。

 そして、首元を鷲掴みされているメイドが、死んでいるようにぐったりと肢体を投げ出して動くことはない。胸がわずかに動いているのは、目を凝らしてようやく確認できるが、宙に吊られている現状から、死闘を制したのは化け物だった。

 静止した時の中で、化け物が異次元咲夜と交戦したことは疑いの余地はない。だが、その事実がこの場にいる全員に、戦慄を走らせた。息をするのも忘れ、化け物たちを見上げる。

 あの化け物、それぞれが持つ固有の能力に合わせて戦っている。干渉されない魔力、時を操る魔力。弱点であったり対応できるものであれば、異次元霊夢達は非常に不利な状況と言える。

 全身が血まみれで、体中あちこちに鉤爪で斬り裂かれた斬痕が残る。腕や脚に残る掻き傷からダラダラと赤黒い血液が溢れ、腹部からは小腸か大腸かわからない、細長い臓器が零れている。

 掴まれた異次元咲夜はゴボッと口から血を吐きだした。一度飛び出た内臓は、出た部分の重量に引かれ、彼女の足元まで引っ張り出された。

 もう死んでいてもおかしくないメイドを確実に殺すつもりらしく、握り潰そうと徐々に力が籠っていく。骨格が歪み始めたのか、ミシミシと嫌な音を立て始めた。

 ここでメイドを失うのは、大きな戦力の低下に繋がり、敗北への一手となるのに等しい。防御に使おうとしていた数枚の札を、針で突き刺して固定し、化け物へと投擲する。

 魔力制御の賜物でもあるが、回転して制御を失うことなく直進し、大きな頭に突き刺さる。札に込められた魔力がプログラム通りに起動し、爆発を起こした。青色の炎が膨れ上がり、化け物の頭部を吹き飛ばした。

 爆発の方向を調節していたおかげでメイドには被害が及ばず、化け物のみに爆発を与えることができた。のっぺりと陶器のような材質に似た肌に亀裂が入り、衝撃から頭部が丸ごと引きちぎれて吹き飛んだ。

 大きく仰け反り、異次元早苗が殴りつけた時と同様に一度体が流動化すると、体勢を整えた状態で再形成される。それによって手が尻尾に変化し、異次元咲夜を取り落とす。

 煩雑に地面に落とされ、瓦礫の上を転がり落ちていく。壁や屋根の一部に隠れて姿が見えなくなるが、まだ息があることを期待するしかない。

 気絶または失神から自力で覚醒し、自分で何とかしてもらわなければ手が回らない。彼女たちを一から十まで介護してやるほど、こちらには余裕などは無いからだ。

 私が手を出したことで、化け物の気がこちらに向いた。そちら側の博麗の巫女を異次元霊夢が殺したと思っているらしく、メイドや庭師以上に殺意が高まっていく。

 繰り返す顫動音が荒々しく高まり、冬でもないのに濃い蒸気が小さく開く口元から漏れていく。化け物が大きく重心を落とすと、大量の瓦礫を後方に吹き飛ばして跳躍する。これだけでも、異次元霊夢が起こした爆発以上に、周囲へ甚大な被害を与えている。

 こちら側へと化け物が向かってくることは事前の行動でわかり切っていた。花の妖怪が固有の能力を発動させ、花の化け物と伸ばした蔓や花の茎で巨大なカーテンを作り出す。

 メイドの時以上に、密度が濃くなっていることは、丁寧に一つ一つ数えていかなくても一見しただけでわかる。そこまでしても、化け物を一秒でも抑えることができただろうか。

 爪を薙いで腕を振るっただけで、大抵の花の化け物や蔓は切り裂かれ、屈していく。運よく体に巻き付けたとしても、その巨体を引き留める要因にはなりやしない。半ばから千切れるか、根っこ事地面から引き抜かれるか。のどちらかにしかならない。

 異次元幽香が、能力で作成した花の化け物や蔓が稼いだ一秒を使い、傘を向ける。齧り付かれれば、一瞬でミンチにされる牙をむき出しにした化け物へ、標準を合わせた。

 戦闘開始から数分と立たずに相当な手練れである三人に、再起不能レベルの重傷を負わせた鉤爪を突き立てられる寸前、化け物へとレーザーを放った。

 化け物になる前の、霧雨魔理沙がよく使っていた極太のレーザーによく似た攻撃だ。身長が三メートルを超え、それに見合った体格を持つ化け物でさえも一回り大きく飲み込んだ。傘の先端である石付きから照射された弾幕は、とどまることを知らない。前方数キロ先の山の斜面にまで到達し、木々を焼け焦がして発火させ、地面を溶解させる。

 人間が数百人束になっても、全員が炭と化すだろう。そんな強力な弾幕であったが、化け物の動きを封じ込め、押し返すだけの威力ではなかったようだ。なんのダメージも負っていない化け物の腕が、弾幕をかき分けて出現する。

 弾幕勝負でも扱える特注品であり、ちょっとやそっとの攻撃では折れない代物だ。場合によっては、異次元妖夢の観楼剣をも受けることができるだろうが、化け物の爪は真っ二つに掻き切った。

 鉤爪の先端は小さく丸まっており、その部分が異次元幽香の腕に抉りこむと、切り裂くのではなく肩から右腕を引き千切った。

 女性の中では筋肉質な異次元幽香の腕と肩をつなぐ筋繊維が、音を立てて断裂していく。半分に裂けた傘と腕がバラバラに吹き飛び、ガラクタは瓦礫に埋もれて見えなくなる。花の妖怪の腕は、壁に衝突するとその衝撃に耐えきれず、潰れて標本のように張り付いている。

「くっ……そっ…!!」

 能力を使用して化け物を縛り上げようとするが、蔓が成長する前に接近された。鬼に次いで、スキマの妖怪と同じ程度に身長は高いが、化け物との差は歴然で大人と子供だ。

 自分の死期を悟ってしまったのだろうか。蛇と蛙の関係が成り立っている異次元幽香は、指を一本すらも動かすことができなくなった。

 初めて、彼女は恐怖や絶望の織り交ざる表情を顔面に張り付かせた。化け物が振り回した尻尾が腹部に直撃すると、いなすこともできずに切断された。

「があっ!?」

 流石は幻想郷でトップクラスの妖怪だ。腹部から上半身と下半身を断ち切られ、上半身に残る小腸や大腸が地面にぶちまけられても死なないようだ。いや、死ねないのだ。

 重力によって、瓦礫の上へと落ちていくはずだった花の妖怪は、化け物に胸の辺りを掴まれて持ち上げられる。

 今までは状況を優位にしていた生命力が完全に裏目に出て、異次元幽香に苦痛をもたらす存在となっている。簡単に意識を失って、死ぬことができていたならば、どれだけ楽だっただろうか。

 自重に耐えきれず、血管等でつながっている重たい臓器が、腹部にできた空洞から顔を覗かせ、耐えきれなかった物は剥がれて落ちていく。大量出血に加えて下半身分の血液が全てなくなっているのにも関わらず、不幸にも異次元幽香は生きていた。

 背中まで覆う形で握っている化け物の手に力が籠っていく。レーザーを撃った直後から、後方に回避していた異次元霊夢も、今度は手助けに入ることができない。

 札を投げようにも、針を投げようにも動作に入っておらず、今から投げるとしたら遅すぎる。走って近づくなど、論外だ。

 異次元幽香が絶叫しようとしたとき、彼女の喉が大きく膨らみ、口からは得体のしれない物体が溢れ出る。血液で元の色が分からないが、何かしらの臓器であることは考えなくてもわかる。

 化け物が花の妖怪を握りこんだのだ。救出が間に合わなかったらどうなるのか、彼女が身をもって実演して見せた。惨殺を目の当たりにし、博麗の巫女は言葉が出ない。

 切断面や弾けた皮膚から血液を垂れ流し、潰れた躯と化している異次元幽香を化け物は投げ捨てた。ひしゃげた上半身しか体の残っていない妖怪は地面を転がり、異次元霊夢の前で停止する。

 生命の核である心臓を身体ごと潰されたことで、妖怪はほとんど抵抗することができずに絶命している。次はお前だ。化け物はそう比喩して、歯をむき出しにして吐息を漏らし、血の付いた手を払う。

 白とは対照的ともいえる目が覚める紅色が、攻撃色を表しているようだ。真っ赤に染まる左手を掲げようと、化け物が腕を上げる。項から再度、抹消に向かって魔力の輝きが出現する。

 あれは駄目だ。一度、異次元咲夜がやられるところを見せられている事で、異次元霊夢の動きは俊敏だった。光が指の先まで伸び切る前にお祓い棒を握り、化け物へと跳躍する。

 全身を魔力で強化し、瞬く間に三度の打撃を浴びせかける。全身を強化し、最大限に強力な連打を打ち出す。顔面や胸がひしゃげ、白い液体を弾けさせながら化け物の体が崩壊する。

 これだけ派手に身体を弾けさせ、ダメージを負わせているようだが、異次元妖夢や異次元早苗が戦っている姿を見ていれば、これは攻撃になりえていない。

 頭を殴った後に、胸や腹部を殴りつけたため体がくの字に折れ曲がる。原型を失っている化け物の顔が、異次元霊夢の前に曝け出される。

 また、化け物の体の輪郭が歪になると、流動化が始まる。十数枚の札を懐から引き抜き、毀れて中身が露出して空洞となっている頭部に、それらをぶち込んだ。

 化け物は札ごと、不透明な白い液体で体を包んでいく。形状が固定化され、皮膚が陶器の質感へと変化していく。そのタイミングで、札に含まれていた魔力を発動させる。

「爆!」

 化け物の身体が数倍に膨らんだと思うと全身の皮膚に亀裂が生じ、内側からの圧力に耐えきれずに四散した。肉体とは言えない液体が四方八方に弾け飛ぶが、地面や至近距離にいた人物には一滴も降り注ぐことが無い。

 胴体から離れた四肢や、中にいるはずの人物でさえも残っていない。暴走しているあの魔女ごと、化け物を吹き飛ばしているわけではないのが分かる。

 周りを見回し、化け物がどこから出現するのか。探り当てようとしていると、滞っている空気にわずかながらに気流が生じる。振り返ろうとした異次元霊夢の目の前には、一本でも刺されば致命傷に至りそうな巨大な鉤爪が、露わとなっている。

 それに恐怖や驚愕などの感情を思い浮かべるのに重なって、異次元霊夢の腹部に鈍く重苦しくなる電流が走った。体重が軽くなり、彼女は自分が持ち上げられているのだと、数秒たってようやく理解に至る。

「あっ……ぐっ!?」

 鋭く、自分の腕の太さとそう変わらない大きな鉤爪が、三本も腹部を貫いているなど悟りたくもないだろう。巫女が化け物の爪から逃げ出そうとして身をよじるが、湾曲した鉤爪に簡単に抜けることができない。

「く……そ………っ…!!」

 身を震わせ、異次元霊夢は真っ赤な血を口から零す。失神してしまいそうな激痛であるが、血で赤く染まる歯を食いしばって耐えている。鉤爪を掴み、体を後退させて引き抜こうとする巫女の表情が変わる。

 自分の体に刺さっている鉤爪と、それが伸びている手に動きがあったのだ。今のまま化け物が少しでも指を捻れば、博麗の巫女は花の妖怪と同じように身体が裂けることだろう。

「こ……の……!!」

 博麗の巫女がお祓い棒を振り上げようとしたところで、高速で何かが飛来する。先ほど吹き飛ばされて死んだかと思っていたが、妹紅の変化を拒絶する、老いることも死ぬこともない程度の能力によって、傷を修復した庭師が新たな観楼剣でスペルカードを発動する。

「断迷剣『瞑想斬』」

 上空から落下しながらスペルカードを発動した庭師は、上段に構えた刀を振り下ろす。魔力に覆われた大太刀ほどの刀が、巫女を串刺しにしている腕を切断する。身体の高質化は、化け物が意識していなければできないのだろう。博麗の巫女に向けていて、上空から接近していた庭師に意識が向かなかったのだ。

 やはり刃が通るときは、豆腐のように腕が柔らかい。硬直が溶けた異次元妖夢は、化け物に向かうのではなく、切断された白い腕と一緒に落ちてきた博麗の巫女を抱えて遠ざかる。

 その二人を捕まえようと切断された腕を、化け物が延ばそうとすると。巨大な水泡が膨れ、人間や生物的な腕の基線を描くのではなく、無機質ないくつかの円形状を作り出す。

 今までと違う腕の作りに気が付いたらしく、異次元妖夢が地面に着地しようとした頃に、化け物がこちらにリング形状の何かが露出している腕を振るった。

 身体の半分程度の長さだったはずの腕が、十メートル以上も離れている二人へと襲い掛かる。細く三股に分かれ、化け物の意識下にあるそれらは三方向から同時に異次元霊夢と異次元妖夢を捕らえる。

 蛇のように見えた三本の腕は鎖の形状をしており、先端には手錠のリングに似た物が付いている。リングの一部には切れ目があり、そこから口を開けるように上下に開くと、二人の腕や首に嵌まり込んで捕えた。

 化け物が腕を引き、一度後退していた二人を自分の元にまで引き寄せる。異次元霊夢は当然だが、異次元妖夢も踏ん張り切ることができず、手繰り寄せられることになった。

 そのまま二人を食うつもりらしい。化け物は蛇の捕食のように、喉を膨らませると胴体よりも大きく口を開いた。

 針地獄を連想する、大量の牙が並ぶ口には入るまいと魔力調節で抵抗するが、鎖を巻き取る力の方が圧倒的に強く、化け物へ向かう速度は変わらない。

 その巨大な口で、巫女と庭師を食もうとした化け物の体勢が大きく崩れ、すんでのところで牙を回避した。

 手錠と化け物をつなぐ鎖が切断され、腹部に素人目に見ても雑過ぎる縫合痕のあるメイドが割って入った。標的が体勢を崩しているうちに、今度こそ後退していく。

 頭部が髪を含めて真っ赤に染まり、服のあちこちに血の染みを滲ませる異次元早苗が化け物の片足を打撃でへし折り、毟り取ったのだ。

 支えていた片足がなくなった奴の体が傾いていき、地面に倒れこむ寸前に全身の皮膚が液体状に変化する。立っている時と同じ体勢で立ち直った化け物が見たのは、大量の弾幕だ。

 針や札、魔力で作り出された弾幕が、異次元霊夢と異次元早苗によって撃ちだされる。異次元妖夢が観楼剣で空中を裂くと、斬撃の軌道が残り、そこから幾多の弾幕が放出される。

 異次元咲夜は能力によって、通常ならば持ち歩くことのできない数百から千本もの銀ナイフを、次々と放っていく。

 一発一発は大した威力ではない。人間やそこらの妖怪程度なら、数発で致命傷に至ると思われるが、化け物退治をするのであれば一押しも二押しも足りない。

 それでも束になれば、あの化け物を押し返すだけの威力になる。今まで前進しかしてこなかった化け物の足が止まり、弾幕の物量によって押し返されていく。

 だが、それも最初だけだ。押し寄せる大量の弾幕を撃ち込まれ、体勢を大きく崩したが、化け物はすぐに弾幕に対しての耐性をつける。

 メイドによる銀ナイフ。巫女二人による妖怪退治用の針や札が、上体をわずかに仰け反っていた化け物に飛来する。先端が皮膚を貫き、亀裂を生じさせて抉りこむが、そのまま水面に落としたように体の中へと取り込まれていく。

 これは魔力で形成された弾幕でさえも例外ではない。魔力の作用で、何かしらにぶつかれば魔力が放出され、消滅するはずであるが、無効化されているのだろう。

 飛んでいった弾頭は、化け物の足のつま先から頭部のどこに当たろうとも、吸収されて体の中へと消えていく。

 異次元霊夢達が、重要なそのことに気が付くことはない。なぜなら、彼女たちが放つ弾幕に派手さというものは全くないからだ。

 密度を高め、八割から九割が正確に化け物へと向かっており、逃げ道を塞いだり視覚的に圧倒させる効果はない。殺傷能力的には通常の弾幕とは数段も違うが、代わりに視覚情報が圧倒的に不足する。

「まだ…まだ…!」

 自分たちが押していると勘違いしている異次元霊夢らは、口端を緩ませてほくそ笑む。現代の戦場で、戦闘をする際には敵に弾丸を撃ち込む。銃の先端からマズルフラッシュと呼ばれる火薬の燃焼する炎が爆ぜるが、これの量が多いと射手が自分たちが優勢で、当たっていなかったとしても、敵を押していると錯覚するということがあるという。

 これと全く同じことが異次元霊夢らにも起こっており、弾幕の合間からしか化け物の姿を確認することができない。撃ち初めに効果があったため、弾幕の密度を高めて続行した。

 それが仇となった。

 弾幕に含まれる魔力。それが放つ輝きにより、化け物の全身に広がっている模様が光りだしたのを、異次元霊夢達は見逃した。

 自分たちの過ちに気が付いたのは、視覚的な模様による発光ではない。異次元咲夜との戦闘で見せた、馬鹿げたほど強力な魔力の流れを感じたからだ。

 現在進行形で放っていた魔力的、物理的な弾幕が気が付くと全て搔き消されていた。化け物が時間を停止させたわけではない。理性など残っていない奴が、時間を停止させて弾幕を丁寧に一つずつ破壊していくわけがない。

 ほぼ同時と行っても過言ではなかったが、ほんのわずかに化け物側とこちら側で、弾幕が消されるのに時間差があった。奴が何かをしたのだ。

 化け物が何かをして魔力を放出したことにより、衝撃波が発生した。原形をとどめないほどに、魔力のプログラムごと弾幕が粉砕され、周りを取り囲んでいた巫女たちに到達する。

 衝撃波だと思っていた物は、壁のように隙間なく埋め尽くされた弾幕だった。それも、化け物が新たに魔力で作り出したのではなく、メイドや巫女、剣士が化け物へと放っていた弾幕だ。

 自分たちの攻撃が、そっくりそのまま返ってくる。これが一度に全ての弾幕ではなく、時間差を置けば確実に対処はできた。しかし、数十、数百丁のショットガンから同時に散弾を射撃された状況では、結界などいくら張っても足りることはない。

 なけなしに張った結界は、ほとんど意味をなすことはなかった。弾幕を受け止められたのはせいぜい数発から十数発程度だ。物量という津波に、博麗の巫女でさえも飲み込まれた。

「―――――っ…!!」

 誰もが、悲鳴を上げる暇もなかった。順序はあれど、行きつく先は皆同じだ。次々に意識を消失させ、残った最後の一人もそう長くは続かなかった。

 

 河童の影響から逃れていた町は瓦礫すらも残らず、数百メートル四方に荒れ地が広がっているだけとなった。数キロ先の森の木々や地面には、魔力によって穿たれた穴や、突き刺さった銀ナイフが無数に存在する。

 赤い舌をあの間から覗かせ、唇をなめずる。身体は高温なのか、荒々しく繰り返される吐息が白い蒸気を帯びる。模様をなぞる形で光っていた、淡い魔力の輝きが徐々に消えていく。復讐の鬼となっている化け物は標的を探そうと、首をもたげて周囲を見回す。

 ほかの三人に比べれば、比較的近い位置に倒れているのは、最後の最後まで抵抗を続けていた異次元霊夢だ。体のあちこちに銀ナイフが刺さり、魔力弾の影響で痣や裂傷が多々見られる。

 化け物は生きているか、死んでいるのか、観察して確かめるようなことはしない。一片の肉片すらも残すつもりはなく、彼女たちが放っていた弾幕のように、巫女を消し飛ばすつもりで歩み寄っていく。

 一歩一歩の幅が広く、十数歩で着くだろう。あと十数秒で吹き消される蝋燭の火に、大きすぎる口が添えられた。あとは息を吐くだけだというのに、化け物の動きが停止する。

 それだけでなく、メイドたちが倒れている方向とも違う方角へと顔を傾ける。遠くの森に何かが見える。地上から数十メートルの高さに、何やら雲に似た集合体が形成されていた。

 衣玖が操る雷の、前段階で発生することがある雷雲に見えたが、灰鼠色一色であるはずの暗雲は、様々な色彩で彩られている。小さな色彩それぞれ一つ一つが、化け物を狙う妖怪や妖精である。

 空に集まる連中が全てではなく、戦力を二つに分割したようだ。別方向からは地上のルートを通る部隊が、森の切れ目から出現する。どちらも数百人に達する人数で結成され、数で押し切るつもりだ。

 異次元萃香のような、優れた統率者がいない妖精たちでは、この程度の計画を練るので精一杯だろう。物量で押し切れる程度の力であれば、異次元霊夢達が苦戦することはない。

 計画の詰めが甘い妖精たちは、これだけのことができる化け物の力を見くびっていた。未だに化け物が顕在し、博麗の巫女たちが戦っていない状況を見て、少しでも頭が回れば、自分たちが束になっても敵わないと分かったことだろう。

 巫女を早く殺したいというのに、それを邪魔する妖怪たちが自分の元に来るまで待つほど、化け物は気が長くはない。魔力の作用で意識を無理やり取り戻した異次元霊夢から、弱小の軍勢に標的を移す。

 そのうちに、博麗の巫女は距離を取ろうとしている。全身に弾幕を受けた影響ですぐには動き出せない様子だ。手や足で地面を押し、這いずり逃げようとしているが、深々と刺さる銀ナイフに障害され、移動などままならない。

 この力を狙っていれば、誰であろうと殺す対象になりうる。怒号を上げて向かってきている妖怪たちの方向に、化け物は向き直った。怒りが込み上げてきているのか、真っ赤な歯茎が剝き出しになり、吊り上がった眼が細まる。

 迎撃の段階へと移行していく化け物の口から、蒸気が漏れる。魔力の流れが非常に活発になり、項の辺りから魔力のチリが吹きこぼれる。

 項から左手にかけて、人間では到底保有することのできない質と量の魔力が駆け巡る。メイドの時以上の魔力に、皮膚上を伸びている模様の光も強力だ。光を挟んで物の反対側には薄っすらと影が伸びている。

 化け物が模様の輝く左手を掲げると、つぎ込まれていた魔力が一気に上空へと向けて放出された。その幅は巨大だと思っていた化け物でさえ、横に並べても数十体は収まるサイズだ。

 魔力を放出した余波に充てられ、周囲の地形が大きく変動した。地面の土が根こそぎ抉り取られ、化け物から離れる形で吹き飛んでいく。

 一番近くで光景を眺めていた異次元霊夢の目には、曇り空だった空に放出された魔力が、穴を開けたように見えた。幻想郷の空を覆っていた水蒸気の塊である雲が、蒸発して晴天へと息をつかぬ電光石火の速度で切り替わっていく。

 近くで見ていた異次元霊夢からは全体像がつかめなかったが、化け物へと向かっていた妖怪たちには、その全貌がしっかりと網膜に焼き付いたことだろう。

 天空にまで届く魔力の放射は、根元から段々と広まり、空へと昇っていく瀑布のようだ。魔力の塵が縦横無尽に放出され、それらが衝突しあうことで静電気が発生する。帯電した電気が放電し、雷霆となって道筋を描いていく。

 この状況に当てはまる物体は、この地球上には存在しない。かなり譲歩し、強いて言うなれば、一番近いとなるのは刀などだろう。

 他人に危害を加えるという点では接点があった。得物だということができるのは、掲げられたそれが振りかぶられたからだ。

 これから起こることは、いくら弱い妖精妖怪の悪い頭脳でも、容易に想像することができただろう。なぜなら、これまでに感じたことの無い、自分の死期を感じたからだ。走馬灯を見た者もいるだろう。どちらにせよ、間違ってはいない。

 彼女たちの感や予想が、正解していたことを理解できたか定かではないが、一瞬だ。人間が知覚できる速度を超えた瞬く間の内に、薙ぎ払われた魔力を受けた妖怪たちは、誰一人として生き残るものは居ない。

 一閃。おおよそ、刀と言える代物ではない得物が薙ぎ払われた方向には、妖怪の影も形もない。地上から行こうが、空から行こうが化け物には関係がない。まとめて消し飛ばされ、彼女たちが存在していたという証拠は何一つ残らずに四散した。

 人型の生物を消滅させただけで、化け物の攻撃は収まることはない。刹那の時間で世界が一変する。

 土地が焦土化するなど生ぬるい。数百から数千トンはくだらない土壌や岩石のほとんどが、魔力や雷に暴露されて個体から気体へと昇華する。数百倍に体積が増加したことで、爆発的に大気が膨れ上がり、被害を受けなかった周囲の木々を風圧でなぎ倒す。

 町だった場所から森までは数キロ離れていたが、威力は衰えなど見せない。折り重なって聳え立つ山々を、マジックのように跡形もなく消し去って見せた。そこに残存する物はなく、以前と形態の異なった、溶けた真っ赤な岩石の沼が広がっているだけだ。

 真っ白で遠くの景色が見えなくなるほどの濃い蒸気が、森のあった方向で立ち昇る。幻想郷の5~4分の1に達する面積を吹き飛ばした化け物は、胸を大きく膨らませて咆哮を上げた。

 野太く、肌や鼓膜にびりびりと声の振動を叩きつける。轟音は聞くもの全てに恐怖を植え付け、化け物の怒りを体現している。

 これは序章だ。こいつの進撃は、幻想郷を破壊しつくすまで止まることはないだろう。

 




次の投稿は、1/2の予定ですが、遅れる可能性が高いと思われます。

その場合は、あとがきに書き込みます。


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東方繋華傷 第百四十七話 殃禍蚕食

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ、第百四十七話をお楽しみください!!


 広大な世界から見れば、幻想郷など地図にも映らないような小さな箱庭だ。それでも、今まで体験したことの無い地響きが隔絶された世界の端から端、地底や冥界に至るまで轟いた。

 何が起こっているのかを察して隠れる者、音の方向へと向かおうとする者、茫然としている者がいるが、どれも行っている行動を中断することになる。

 音よりも一足遅く、轟音の原因が各所に残命している者たちへと到達する。至近距離で、爆発が起こったように感じてしまう程の衝撃が駆け抜けていき、かつ、それが持続した。

 足腰が強くても、バランス感覚に長けていても、その地震に抗うことができず、倒れこんだことだろう。年季の入った洞窟や建物の中であれば、倒壊に巻き込まれて生き埋めになり、地盤が弱まった山々では至る所で地滑りが発生する。被害を受けなかった人物の方が少なかったはずだ。

 それはそうだろう。幻想郷だけでなく、これは外界にまで及んでいる。幻想郷に蓋をしている貧弱な結界程度では、化け物の力を抑え込むことなど不可能だ。

 世界という途方もない大きさの箱庭でさえ、魔力の波長や衝撃波の勢いをそぐことができず、他次元にまで影響が生じていった。

 他の平行世界でも衝撃波が原因不明の地震を促し、魔力によって天候や法則、概念に多大な被害を被らせたはずだ。

 あらゆる災害の引き金となった中心人物は、たった一度の攻撃に煽られたことによる、煮えたぎった沼の前に佇んでいた。ある意味では正しくもあるが、沼という表現は正しくはない。真っ白な蒸気を上げ、気泡が膨らんでは弾けて波打っているそれは、全て溶けた岩石で形成されている。

 地球の中心、活火山内部で常に起こっている地球の活動だが、人為的にこれだけの範囲と量に至らしめたのは、過去から未来にかけて、この化け物だけだろう。

 大量の白い蒸気の殆どは、山を形成していた岩石だった物だ。煙の高さは数キロの高度にまで達し、妖怪妖精の軍勢に参加していなかった者たちを圧巻する。

 魔力の剣を受けなかった周りの山は、余波で地面をめくり上げられ、木々をすべて吹き飛ばされている。攻撃の前後で一回りも二回りも小さくなっているように見えた。

 凄まじくはあるが、異次元紫にスキマで助けられた異次元霊夢は疑問を浮かべる。妖怪だけでなく、山を丸ごと蒸発させるほどの攻撃で、なぜ幻想郷が崩壊していないのかと。

 結界は人間や妖怪からすれば強力で、鬼でさえも破ることはできない。その程度の博麗大結界など、化け物からすればガラスに等しいはずだ。

「……」

 体勢を整える間に、異次元霊夢は思考を深く落とす。これだけの損害を出したというのに、魔力の剣が幻想郷内部に留まっていたのは、化け物が力をセーブしたのもあるだろう。が、大部分は怒りが幻想郷内に存在する生物に向いているからだと思われた。

 幻想郷内部の人間には理由がありすぎるが、外の世界の人を吹き飛ばす理由がない。理性が働いているのかわからないが、今回はそれに助けられた。

 化け物がその気になれば、地球そのものを破壊するなど容易いはずだからだ。攻撃は外に影響が出ない範囲で行われるのだろうが、それでもこういった攻撃を搔い潜り、奴に接近しなければならない。

 今のところ、化け物に対して致命傷やダメージを与えられた気がしない。突破口が全く見当たらず、奴をどう殺していいのかがわからない。

 戦力の低減をさせないためか、魔力の剣で吹き飛ばされる寸前に、異次元霊夢以外の三人も異次元紫は回収していたようだ。境界を操って彼女たちの脳内に侵入し、ダメージに耐えきれず、失神している三人を強制的に覚醒させていく。

「ぐっ………っ…!」

 メイドが一番最初に気絶から覚醒し、次に脳内に送り込まれるダメージ情報に、顔を歪ませる。銀ナイフはすでに抜いてあり、斬痕を即座に魔力で回復を図る。残りの二人も異次元霊夢らと同じく魔力で体を治癒させていく。

 あの魔女のようにはいかない。傷が塞がっていく速度は、カタツムリやナメクジ並みに遅い。このままでは、奴が幻想郷を破壊し尽くしたころに治療が終わりそうだ。

「霊夢……、あの化け物を殺す方法は思いつきませんか?」

 特に酷い腹部の刺し傷を押さえながら、メイドが巫女へと質問を投げかける。奇跡的に五体満足ではあるが、満身創痍でこれ以上戦えるのだろうか。

「…」

 それを異次元霊夢は無言で返答を返した。殺し方など何の見当もついておらず、歯噛みする。メイドはそれもそうかと、小さくため息をつく。しかし、どうするのか、どれだけ頭を捻っても化け物に勝てるビジョンが見当たらない。

 なにか、ないだろうか。どうにかしてあの皮膚を引っぺがさなければ、あの魔女の首を掻き切り、心臓を潰すことができない。

 うんうんと唸っていると、異質な空気がどこからともなく彼女たちを取り囲む。外とは離隔されたこのスキマは常に安定しており、紫が何もしなければ何の現象も起こるはずのない世界だが、あの化け物の殺気が五人の間にネットリと渦巻いたのだ。

「っ…!?」

 一番驚いているのは、スキマの妖怪だ。ここは、彼女の世界。彼女だけの世界のはずだった。出すも入れるも彼女次第で、どのような形であってもここに侵入できる者はいない。ただ一人を除いては。

 五本の鉤爪が出現したかと思うと、空間を斜めに切り裂いて消えていく。勢いよく切り開かれた隙間から、眩しい太陽光が差し込んでくる。

 逆光で姿をはっきりとみることができなかったが、化け物の片腕が複数のリング形状になっていた。それぞれが得物を構えようとするよりも早く、巨大な手錠に似た十数個のリングが五人の手や脚、胴体を捕えた。奴ならば理論上は可能であると分かっていたが、いざ目の前でやられると動けないものだ。

 自分の能力で作り出された世界は、異次元紫が一番よく理解して把握している。一早く反応し、切り開かれたスキマを閉じようと境界を操るが、化け物に無理やりこじ開けられたその部分は、彼女の制御下に置かれていない。

 スキマが閉じる際にその間にある物体は、硬かろうが柔らかろうがどんな物だろうと切断される。それを狙ってのことだろうが、制御できていない物を簡単には閉じることはできない。

 怪我や予想外の事態にそれぞれの反応が遅れ、スキマの中から引きずり出された。そのまま化け物は巫女たちを地面に叩きつける算段だったのだろうが、そこまでスキを見せる彼女たちではない。

 自分たちと化け物をつなぐ鎖を、全員がそれぞれの得物で砕き断ち、拘束から即座に逃れる。前衛ではなく、後方で支援をすることに特化している異次元紫は、自分の立ち位置を理解している。そのまま新たにスキマを開くとそのまま中へと消えていき、離れた場所へと移動する。

 空中に足場を作り、身体能力に長けている異次元妖夢が反撃に移る。肩から鎖に変化している化け物の腕を根元から切断し、頭部に観楼剣を抉りこませた。濃密な魔力の流れが彼女から感じる。

 スペルカードを発動するつもりだ。奴は外界からの刺激、特にスペルカードでの攻撃に敏感だ。異次元妖夢一度目に発動したスペルカードでは、刀剣を折るほどにまでに陶器質の外骨格は強靭な防御力を誇った。

 今回の、化け物の体の中に刀をぶち込んだ状態でスペルカードを発動すれば、ダメージを与えられるかもしれないと、庭師なりに考えたらしい。

 空中に魔力で足場を作り、体勢の土台を固めた。あとはスペルカードに従って振りぬくだけだったというのに、異次元妖夢は刺した観楼剣をピクリとも動かすことができない。

 プログラムされた動作が、薙ぎ払う刀を固定されたことで崩壊し、高出力の魔力が霧状に霧散する。

 予定とは異なる形でスペルカードから解放され、剣士の硬直は通常よりも倍以上も長い。時間にすれば一秒もないはずだが、その一秒は異次元妖夢にとっては一時間にも等しいだろう。

 化け物の体が流動化し、一足早く行動に移る。化け物は巨体では至近距離にいる者を攻撃しにくいらしい。接近したのが功を奏し、攻撃を受けなかった庭師はそのまま刀を引き抜いてとうざかろうとしたが、万力で締め付けられているように抜くことができない。

 咄嗟に得物を手放してしまえれば良かったが、これまでの戦いでかなりの数の観楼剣を失っていたことで、武器がなくなることを危惧したのだろう。放すのがわずかに遅れた。

 刀を捨てることができなかったことと、化け物の頭部に根元まで差し込んでいたことが重なり、溶けていた体の一部が、刀剣を握っていた剣士の手までせりあがって巻き付いた。

 振り払いを試みるも、化け物の体勢が流動化の前後で違う。腕に巻き付いている部分が、手指の形状へと変わっていく。外観が固定化され、透き通った陶器質になる。

 逃がさないためか、異次元妖夢の腕を掴む化け物の握力が高まっているらしい。刀を振るうことなど難しそうな細い腕が、軟弱な枝のようにぐちゃぐちゃにへし折れて行く。

「あっ…がああああああっ!?」

 絶叫する異次元妖夢が地面に叩きつけられ、ぐしゃりと中身を弾けだして潰れる。彼女が妹紅の能力を持っていなければ、ここで死んでいただろう。地面が割れ、陥没する。

 ひしゃげた腕から左手を放し、手と同様に大きな鉤爪が生える足で剣士を踏み潰した。化け物は目標を異次元霊夢らに絞り、真っ赤な血液のこびり付く左手で拳を握りこむと、彼女たちの方向へ向けた。

 手の甲が一部盛り上がり、拳が向く方向に円柱形上で突き出される。中は空洞で、何かを射出する機構であることは容易に想像できた。機械でありそうな形をしているが、無機質な感じは一切なく、生物的な曲線を描いている。

 銃口と言っても過言ではない、穴の奥に魔力の光が覗いた。太陽の光に負けぬ、淡青色の濃い魔力の弾丸が射撃される。魔力で操作されているようで、二十メートルは離れている異次元霊夢達の数メートル手前まで来ると、独りでに爆ぜた。

 化け物の力が数十センチの弾丸の幅で終わるはずがなく、それを骨の髄まで教え込まれていた目標達は、十数メートルも余分に退いた。それでも退避が甘かったようで、遅れた異次元早苗や異次元紫がわずかに爆風に煽られる。

 魔女が放っていた時と比べて数十倍は威力の高いエネルギー弾は、弾けると空間を大きく歪ませ、地表の土から岩までを数メートルの深さで根こそぎ吹き飛ばしていく。

 エネルギー弾が破裂した位置から数百メートルは衝撃波の影響が続き、まき散らされる土砂と暴風はその倍以上の範囲で被害を拡大させる。

 大きく回避していたことで、巻き込まれなかった異次元霊夢の背中を冷汗が流れた。腕や脚の稲妻模様が光った時に強力な攻撃が来ていたが、今回はそれが無くてもこれだけの威力を発揮している。

 こんなものを受けて、よくもまあ生きている物だと感心している場合ではない。化け物からすれば、なんてことはないただの攻撃で甚大と言える被害が出ている。こんなものを連射されるなど、たまったものではない。

 飛びのいた体勢から着地し、針を数本取り出した異次元霊夢へ向け、化け物が跳躍した。十数センチもある銃口が目の前に突き付けられる。魔力の結晶が穴の奥で瞬き、高出力の弾丸が射出された。

「くっ!?」

 射撃よりも一足早く身を翻し、全てを叩き潰して破壊するエネルギー弾が巫女の居なくなった位置に遅れて着弾した。爆発音も爆発の範囲も小さいが、向きを完璧に制御されていることで、鉄塊程度であればぺしゃんこにできる以上の威力が備わっている。

 人間に当たれば影も形も残らない。巨大で見えない釘打ち機が作動でもしたように見える。底のが数十メートルにもなるであろう、深い大穴が形成された。

 射線と衝撃から脱した異次元霊夢は、銃口のある左手をお祓い棒で跳ね上げさせ、懐へと入り込んだ。強力な打撃を見舞うため、全身を魔力で強化する。

 地面に 亀裂が走るほどの脚力で跳躍し、避ける素振りの無い化け物の腹部へと打撃を数度叩き込む。異次元霊夢が両手を広げてようやく同じ長さになるほど巨大な胴体に、二、三十センチはくだらない大きさの穴が開いた。

 ぽっ かりとトンネルが出来上がり、スキのできていが、化け物に追撃などしない。液体のような見た目の体組織は、破壊されたその時から修復が始まっている。

 下手にこの状態の化け物へと攻撃を撃ち込もうとすれば、異次元妖夢と同じ轍を踏むこととなるだろう。わきの下や動く尾っぽを潜り抜け、奴の射程外へと逃れる。

 空中で振り返ろうとした異次元霊夢は、自分の化け物に対する認識が甘かったと思い込まされる。せいぜい三メートル程しかなさそうに見えた尾は倍以上の長さに伸び、頭部を引き裂く軌道で薙ぎ払われた。

 筋肉を激しく収縮または伸展させ、頭を狙う尻尾を避けるのには過剰と言える程に身をかがませた。でなければ尻尾を振った余波に巻き込まれ、それだけでも首が飛ぶ。

 伸縮自在の尻尾を元の長さへと戻し、化け物が左手の銃口をこちらへと突き付けながら向きなおる。すでに穴の奥が淡く光っており、射撃の準備は万端だ。

 あれを受けることはできない。放って射線が決まった時点で、左右か空中の三方向へ走り出そう。ぐっと腰を据えて身構えていると、予定通りにエネルギー弾を放出した。

「…っ…!」

 どれだけ速く走ろうが、飛ぼうが、逃げ切れぬように化け物は数発の弾丸を横なぎに連射する。爆ぜた時の衝撃で地面を巻き込みつつ、適度に空もカバーできる角度に撃ち込まれ、空中に逃げる選択肢が消えた。

 一番最初の射撃では正確にこちらを狙っていたため、衝撃波の半径分だけ逃げればよかったが、直径の長さは飛び抜けることは難しい。今回は空中に衝撃の大部分が集中しているため、地上を走って避けた方が生き残れる確率が上がるだろう。

 魔力で強化し、走り出す異次元霊夢へと悲報が舞い込む。化け物は徹底的に巫女に狙いを定めたようで、一際強い輝きを銃口から発すると、エネルギー弾を散弾状に同時に放出した。

 無理だ。彼女の働かなくなっている脳でも即座にその判断を下せた。ちっぽけな人間一人を殺すのに、やり過ぎなほど弾丸は大量にバラまかれた。いつ爆発するかわからない弾丸の合間を縫って、進むことなどできない。

 あらゆるどの方向に向かっても、それは自殺行為と何ら変わらない。何をしても無意味であったが、本能的な反射だろうか。腕で身を守る動作をするが、一秒後には防御に使われた肉体ごと消し飛ばされ、体は一片の肉片すらも残らない。

 目を閉じようとした巫女から離れた位置、エネルギー弾の前に真っ黒い線が横向きに突然空中に出現する。一切の光を反射していないことを示す、真っ黒なその物体は上下に楕円状で大きく広がった。異次元紫のスキマだ。

 奥行きの見えない空間に、十数発のエネルギー弾が飛び込んで消えていく。スキマが出現した位置が、散弾が広がり切る前の化け物寄りだったことで弾丸がより多く飲み込まれ、爆風によって肉塊にされることはなかった。

 それでも荒れ狂う風で視界を奪われぬよう、顔を手で塞いでいると、巫女に当たるはずだった弾丸が消えていったスキマが閉じ、化け物が第二射を放とうとしている姿が見えた。

 稲妻模様が項から腕にかけて淡く光っており、剣という企画に収めるとしたら、強大過ぎる魔力の放射と同等の攻撃が来るはずだ。先は妖怪たちに的が絞られていたが、今回は我々に向いている。

 奴の射撃体勢が整う前に、懐に飛び込まなければ世界ごと存在を消し飛ばされる。地面を踏みしめ、スキマが閉じた先に佇む化け物へと走り出す。保守的に行動してしまっていた自分を叱咤したい。

 何かあった時のために、距離を取っていたことが裏目に出てしまうとは。十数メートルがやたらと長く感じる。全身の筋肉を最大限に使い、大幅に人間が出せる速度を超えて移動しても、銃口の奥に光が生じ始めている化け物の攻撃に間に合わないことを肌で感じる。

 例え、異次元紫が巫女のことをスキマで移動させようとしても、移動中かもしくは移動先を特定し、殺さんと力を振るうはずだ。

 冷汗が異次元霊夢の背中を伝った。はるか上空のこことはかけ離れた場所に位置する月に逃げようとも、地底に逃げ込もうとも化け物の攻撃は、余裕でそこにいる生物ごと全てを薙ぎ払うことだろう。

 そうさせないために、走る脚により力を籠めようとするが、どんなに早く足を動かしても自分が向かっている死が消え失せることはない。

 どうにかして時間を稼ぐため、針を取りだそうとすると、化け物のすぐ横で異次元紫のスキマが開いた。人間台の大きなものが通るのには小さいが、攻撃で物を通すのであれば十分な大きさで化け物に狙いを定める。

 スキマの奥から出現したのは、化け物が放ったエネルギー弾の一つだ。高速で飛来し、右肩へと着弾する。中に詰まっていた魔力が弾け、その分だけ衝撃が生まれる。数十メートルの穴を形成するほどの威力があったはずだが、化け物は大きく体勢を崩す程度で終わった。

 時間を稼げたことには稼げ、化け物までの残り数メートルを余裕を持って走り切ることができる。しかし、そんな些細なことに意識を向けている異次元霊夢ではなかった。

 今までと確実に異なる現象が、化け物に起きていた。どんな攻撃を受けても、液体状になってダメージを与えられていなかった。それがどうしたわけか、肌の質感にイメージ通りの亀裂が生じた。

 そこから液体が漏れ、いつも通りに傷が修復されるかに思えたが、いつまで経ってもそれは起こらない。放射状に亀裂が走った皮膚の一部が剥がれ落ち、地面に当たって砕けた。

 異次元早苗が持つあらゆるものに干渉する程度の能力は、自らが放つ攻撃は干渉できない。それと同じように、他からの攻撃に強くても自分の攻撃に耐性はできにくいらしい。

 まるで本物の陶器にしか見えない皮膚は、ゆっくりと徐々に修復していくが、明らかに体の再生が遅い。あれを全身に広げさせることができれば、あの皮を剝ぐことができるだろうか。そして、中身を殺せる。

 一筋の光が異次元霊夢らへと注がれ、勝利の女神が微笑んだと彼女たちは確信した。異次元紫は確か、まだまだ化け物のエネルギー弾を保有していたはずだ。あれを全て叩き込むことができれば、可能性はあるはずだ。

「紫ぃ!」

 異次元霊夢が後方で支援しているスキマ妖怪に、さらなる支援を要請するが、いち早く化け物に攻撃を返すことが効果的であることを理解していた異次元紫は、化け物にさらにエネルギー弾を撃ち返していく。

 腕や脚、尻尾、胸、腹部に当たるごとに、化け物の身体に亀裂が生じていく。亀裂と亀裂が重なったり、同じ場所へ二度も食らうと身体を構成する体組織が破壊され、ボロボロと陶器質の皮膚がこそげ落ちた。

 行ける。負傷しているのはこちらも同じであるが、勝ちに近づくことができれば、その活力で痛みを忘れて活動することができる。全身に亀裂が広がる化け物へと接近し、お祓い棒を叩き込まなければならない。

 ズシンと小さな地響きを立て、化け物が膝をついた。奴が初めて見せた弱みだ。全身に広がりつつある亀裂から、白い破片がパラパラと零れている。あと一歩で、文字通り化けの皮を剥がすことができる。

 どうやら考えていることは、どの人間も同じだったようだ。ほかの方向からも巫女やメイド、剣士がそれぞれの得物を握り、エネルギー弾で怯んでいる化け物へと畳みかける。

 それぞれの得物を化け物へと叩き込んだその時に、四人全員が気が付いたことだろう。奴の身体が液状化していた時よりも、得物から伝わってくる手応えが薄いことに。

 広がっていた亀裂が全身に広がり、ガラス細工を叩いたように細かく砕け落ちていく。数センチから数ミリの小さな粒子が地面に落ちる前に、何かに引き寄せられて空中に飛散していく。

 あと一歩というところで、化け物が自分の意思で体を砕き、粒子状化させた。破片と粒子の合間を得物が通り抜け、予想よりも手ごたえがないことで立ち直るまでに時間を要してしまう。

 まさか手応えがないとは思いにもよらなかったらしく、あらゆる方向から突っ込んでいた巫女やメイド同士で得物や体がぶつかりかけた。粒子が移動するわずかな風の流れから、奴が向かった方向に向きなおると、丁度空中で体勢を整えた化け物が体を生成しきったところだった。

 亀裂はすべて消えており、新品同様ののっぺりとした質感へと戻ってしまっている。空中で元に戻った化け物は、腹に響く振動を起こして着地する。土をまき散らして大地を踏みしめ、鉤爪の伸びる手を握りしめた。

 怒りで更に力が膨張しているのか、化け物の腕の筋肉が膨張して膨れ上がる。地面を殴りつけた奴を中心に、小規模の地震が起こるがそれで身じろぎをする異次元霊夢らではない。

 怒りや憎しみで化け物が燃え上がる中で、巫女たち側は喜びや歓喜に打ちひしがれている。先ほどまでは敗色が濃厚で、力の差から勝てる可能性など微塵も存在していなかった。

 しかし、異次元紫の一手で状況は大きく動いた。化け物が自分の攻撃に晒されたとしても、効果が無いのであれば即座に修復すればいいはずであるのに、奴は彼女たちから距離を置いた。自分にとってそれが弱点であると明言している。

 化け物が放ったエネルギー弾は、スキマに隠れていて正確な数は把握できていないが、周囲を通り過ぎていった弾丸の密度から、あと十数発は残っているだろうと推測できた。

 魔女から変化したこの化け物を、殺せる確率は半々といったところだが、0だったことを考えると50%もあれば十分高すぎる。異次元紫からの援護もあるだろうと想定し、博麗の巫女は大きく大胆に動く。

 巫女が到達するまでに再度、数発のエネルギー弾が化け物へと撃ち込まれるはずだ。防ぐことの難しい攻撃で、自らの攻撃をキャンセルされるリスクがある以上は、化け物も強力な攻撃をそう仕掛けてくることはないと思われる。

 巫女や剣士の迎撃に、左腕を巨大な大剣へと変形させようとした化け物だが、後方で開かれたスキマを察知すると、横へ大きく飛びのいた。射線上には化け物以外に巫女たちがおり、標的を失ったことでスキマからエネルギー弾が発射されること無く閉じる。

 ゆく先々に異次元紫のスキマが出現し、煩わしく思ったのか、上空へと跳躍した。常に動き続ける標的に、開いた瞬間からその向きが固定されるスキマで、撃ち落とすことは非常に困難を極める。玉の汗を滝のように流す異次元紫はそれを難なくやってのけた。

 偏差でスキマを開き、空中を進んでいく化け物に狙いを定め、奴が放ったエネルギー弾を射出する。タイミングは時計が刻む時間ほどに正確で、上昇していく化け物を空中で叩き落した。

 小さく弾けたエネルギー弾に煽られ、化け物は錐揉み状態で落下が始まる。着地する場所を見定め、異次元紫は再度スキマをその場所へ標準を絞って開くが、化け物は魔力の作用で浮き上がって立て直すと、別の地点へと着地する。

 胸に当たったのか、放射状に亀裂が胸から腕や脚、首の方へと広がっており、やはりその傷は修復が遅いらしい。同じ皮膚の素材でできている体液で亀裂の隙間を埋め、ゆっくりと再生させていく。

 その過程で、化け物は項から腕にかけて青白い光を稲妻模様に沿って輝かせていく。逆転が目の前に迫っていた異次元霊夢達の表情が変わる。

 勝利に向かって伸び、握りかけていた指の隙間から、それは儚くもすり抜けていく。今までとやっている事は変わらないが、新たな現象が確認される。

 今までは片腕ずつしか稲妻模様を光らせていなかったが、今回は両手が輝いている。片手や両手でどんな違いがあるのかはわからないが、ロクでもない事なのは異次元霊夢にもわかった。

 これまで以上の攻撃が来ることが予想できる。おそらくであるが、腕や脚に含ませることができる魔力には、上限があるのだろう。そうであった場合、単純に考えていいかは定かではないが、二倍の威力を誇る力が振るわれることになる。そこまで行くと、もう、どうなるのかが全く予想することができない。

 あれに猛威を振るわせてはならない。本能的にそう感じ取った異次元紫が、化け物の後方にスキマを開くが、薙ぎ払われた尾によって掻き消された。強力な魔力が化け物の指先に向かって進み、猶予は十秒もないだろう。

 ゆっくりと抹消に進む魔力のスピードから逆算し、奴へ接近して攻撃の阻害を行うことは可能であり、十分な時間があると言える。

 魔力で全身の筋肉を強化し、移動時による魔力の放出にも費やした。十数メートル離れていた化け物にたった数秒で到達する。先に到着していたメイドと一緒に、奴の体へ得物を数度叩き込んだ。

 一歩先に切り込んでいた異次元咲夜の事を、よく見ておくべきだった。後になればどうしようもない事実に、感情に焦燥が舞い込んでくる。慌てて急停止したメイドに、背中から衝突してしまう。

 まったく動く様子の見せなかった化け物の体に、得物が完璧に叩き込まれたと確信していたが、そこには何もなかったかのようにお祓い棒がすり抜けたのだ。

 奴が体を粒子状に変化させたのではない。不自然な風の流れや、破片の動きがみられない。本当に、最初からそこに化け物は居なかったのだ。

 この現象には覚えがあった。あの魔女が得意とする光の魔法が、応用して使われていた屈折現象によって、本物の奴がいる座標を狂わされた。一体いつから光の屈折が行われていたのかはわからなず、困惑するがそんな暇がないことを思い出す。

 巫女が本体を探し出そうとするよりも前に、通り抜けて後方に立っている化け物の体が大きく歪む。異次元霊夢から数メートル横に光の屈折によるものではない、本物の化け物が出現した。

 両腕の輝きは、どちらも手首にまで到達しており、あと数秒で手の甲から指まで稲妻模様が染まり切るだろう。踏ん張りを聞かせていたおかげで、すぐに化け物へ飛びかかることができない。

「くっ…!」

 袖の中から針を取り出そうにも体勢を整っておらず、投げつけることができない。異次元咲夜も斬撃を放った後で、切り替えが追い付いていない様子だ。

 異次元妖夢が数本の観楼剣を投げつけるが、飛んできたスピードのまま化け物の体に沈んでいく。弾幕と同じように吸収され、時間など稼いだうちにも入らない。

 化け物の模様が輝き切る直前。腕や頭、胸に数枚の札が魔力操作によって張り付いた。長方形の紙に、博麗とは異なる文字が書き込まれており、張り付くとほぼ同時に青い炎を膨れ上がらせ、巨体を包み込むほどの爆発を起こした。

 これで少しは立て直すまでの時間を稼げたはずだ。お祓い棒を握り、爆風を魔力で打ち消しながら炎に包みこまれる化け物へと突撃する。

 後方でスキマを操る異次元紫だが、彼女も巫女が間に合わないと焦ったらしく、上空に開いたスキマから落ちてくると、化け物へと攻撃を開始する。

 だが、化け物はそれを巫女たちにさせることはない。数倍に膨れていくはずの炎が急速に萎んでいき、煙が換気扇に飲みこまれていくように見えた。

 炎が晴れた化け物は、まったくダメージを負っている様子もなく、片足を十数センチ上げている。地面にあげた足を叩きつける事前動作だと察し、爆風を防いだ時と同様に魔力で体を保護した。

 衝撃波が生み出されるのは、今までの攻撃からわかっている。光は残り数センチで末梢にいきわたりそうになっており、吹き飛ばされている暇はない。魔力で体を保護し、攻撃に備えた。

 案の定、地面が波打つ衝撃と、空気中を駆け巡る衝撃波が発生した。体勢を崩さぬように魔力で体を浮遊させ、衝撃波を切り抜けようとした異次元霊夢は魔力を全て剝がされ、十数メートルも押し返された。

「うぐっ…!?」

 肺が潰れなかったのは、魔力の膜を胸の辺りに重点的に集めていたからだ。前進することができず、後方に吹き飛ばされ、胸部に吹き付ける暴風が少しでも軽減されたらしい。

 異次元霊夢は後方に、異次元紫は上空に吹き飛ばされた。背中を打ち付け、湿った土の露出する地面を何度も転がる。生きていてほとんど経験することの無いことに、一瞬どう対処していいのかわからなくなった。

 頭にこびり付く土を払い落とし、遅れながらも上体を起こした異次元霊夢は、光を放つ両腕を掲げ、手と手を握りこんでハンマーを作り出した化け物を見上げた。

 振り下ろされたら終わりだ。すぐさま動こうにも起き上がりかけている段階で、十数メートルの穴を埋めることは不可能だ。メイドも静止した時の中で化け物に殺されかけたことが頭をよぎったのか、時を止める様子がない。剣士も刀の投擲も斬撃も意味をなさず、動き出せないようだ。守矢の巫女も、最初の傷が痛むのか膝をついて恨めしそうに化け物を睨む。

 体が縫い付けられないように動かない巫女たちをよそに、化け物は地面に両手で握ったハンマーを振り下ろした。

 死ぬ。脳ではそうわかり切っていても、体が身を守ろうと防御の体勢に入り込む。濃密な魔力が拡散し、全てを巻き込んで消滅させる波が来る。

 消し飛ばされた妖怪と同じく、一片の肉片すらも残らない。目を閉じようとした巫女たちの間を、魔力の波が通り過ぎていく。体が弾けるのはいつだろうか、一秒、二秒と経過しても体が引き裂かれる痛みを感じない。痛みを感じる暇もないということだろうか。

 しかし、意識がしっかりと残っていることから、死んでいない。それ以前に、何も起こっていない。

 異次元霊夢達の間を、放出された魔力が通過していったのはその目で見たはずだが、身体に何かしらの障害が起こっている訳でもない。何が起きたのか、数秒が経過しても全く掴めぬままでいた。

 少なくとも、山を丸ごと消し飛ばしたこと以上の事が起こるはずだ。同じく困惑しているメイドたちも、顔を見合わせて首をかしげているが、何もないわけがない。化け物がこちらに牙をむく前に、羽のように軽くなっている体を起こした。

「へっ……?」

 化け物による数度の攻撃で、体はボロボロだ。そんな出血もしている状態で、軽快に体が起こせるはずがない。

 いや、体が軽くなっているように感じるのではなく、本当に軽くなっているのだ、物理的に。体に感じていた重量感は時を追うごとに消失していく。

 人生を謳歌する上で、地上にいる人類の99%が長い生涯を持ってしても体験することはない現象だ。寝ている時も、食事をしている時も、歩いている時も、戦っている時も、恋をしている時も、母親の子宮で育っている時も、死ぬ時ですら無自覚に感じ続けている物が完全に失われていく。

 大地に人や物を縫い付けておく重力という鎖から、初めて人類は地上で解き放たれた。地面に残る戦闘の痕跡がある場所は、他よりも耐久性の低下が顕著となる。化け物を除き、地面は奴を中心にして上空へと向けてゆっくり、ゆっくりと持ち上げられていく。

 散乱した瓦礫や舗装された道路部分が、バラバラになりながら持ち上がる。それに続いて、ボロボロと細かく土は解けていき、空に巨大な掃除機でもあるように吸い寄せられていく。

 巫女たちも例外ではない。横方向からの踏ん張りには強いが、上方向では足で踏ん張ることができない。大小不同の岩や土と一緒に、上昇していく。

 この現象が起こっているのは、市街地だった場所だけではない。数キロの広範囲で、重力の消失が起こっていた。

 大地に根を下ろす木々は、場合によっては妖怪の怪力すらも上回る強靭さを持っている。しかし、生物が生存する上で根本となる自然現象の一つが、突如としてなくなってしまえば、地中を伸びる根っこ程度では地面に縫い付けておくことはできなくなる。

 戦闘の障害を受けていなかった地域にまで無重力は及び、森の根が数十メートルの範囲で広がる固められた地盤も意味はない。大きな塊として、上空へと持ち上げられていく。

 奴ができるのは、物理的に物体を破壊することだけではない。我々では変えることのできない部類の物理法則でさえ、奴の前では組み替え、書き換え、捻じ曲げることのできるただのピースだ。

 世界が崩壊していく。法則を置き換える魔力に侵されなかった、離れた場所や特定の地域を除き、世界の殆どが地上と別れを告げて空に浮き上がっていく。

 どんなに頑丈でも、どんなに重くても、地面に縫い付けられていようが、重力の消えた世界は根こそぎ地上の物を掻っ攫った。重さも、大きさも、硬さも、生きているか死んでいるか、無機物か有機物かも関係ない。

 あらゆる物が浮き上がっていく光景は、幻想郷に住む住人ですら幻想的と感じ、悪夢を見ているようでまるで現実味がない。

 地上から数十メートルの高さに到達した巫女は、ボンヤリと世界を眺めた。物理的にも、概念的にも、結界で囲まれた領域は原型を失っている。地上の世界というカテゴリーに加えていいのか疑問が生まれるほどに。

 異次元霊夢の現実逃避も束の間、雷鳴や爆発の轟音と肩を並べる野太い喧騒が不意に発せられた。化け物が発した絶叫だと、あまりの声力に遅れて気が付いた。

 ようやく精神的に立ち直った異次元霊夢は、体勢を整えようと魔力操作をする。重力がなければ、どちらが上か下かなど基準がつけられないが、地上方面を下として体を反転させる。

 瓦礫や土の塊で姿が見えていなかったが、百数十メートルの範囲を破壊するほどの脚力で、化け物が跳躍する。

 空中に浮遊する岩石や数メートルはある大きな土の塊、巨木を足場に攻撃に転じれない速度と軌道で接近された。

 頭上から振り下ろされた拳が放たれる。奴は空中で踏ん張りを聞かせていなかったが、数十秒かけて浮かび上がっていた空から、地層が露出している大地に、はたき落とされるほどに強力な正拳突きだ。

 落ちる途中で細かな土などがクッションとなり、大したダメージにはならなかったが、咳き込んだ巫女が上空を見上げると、地上から見た空の景色は圧巻だった。こう表現しても、差し支えないだろう。

 重力を失ったことで空間が歪み、物体同士の摩擦で生じた霹靂が空を駆け巡っていく。千差万別の物体があらゆる高さで浮遊し、天候など消え失せた空を覆っている。

 

 世界の、終わりだ。

 




次の投稿は1/16日の予定です。


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東方繋華傷 第百四十八話 創造

自由気ままに好き勝手にやっております!


それでもええで!
という方のみ第百四十八話をお楽しみください!


 宇宙空間に漂っているというのは、こういうことを言うのだろう。魔力で姿勢制御や出力による移動ができなければ、まともに行動することなどできない。

 常にジェットコースタに乗っている浮遊感はすぐに慣れることはできない。こうした感覚に弱ければ、吐き気をも要していただろう。

 異次元霊夢の周囲を取り囲んでいるのは、大量の岩石と土の塊だ。化け物に殴り落されたことで、母なる大地に抱擁を迫られていた。

 浮いている岩石を上へと蹴り飛ばし、視線を確保した。化け物の位置を探ろうとしたが、視界の中から情報を理解するよりも早く、体が反射的に動き出した。身体の筋肉と魔力を使用し、斜めに飛び出した。

 間髪入れず、異次元霊夢がいた位置に化け物が落下し、ボーリングの球よりも一回りも二回りも大きい拳が、地面にぶち込まれる。

 自分が出せる速度の中では、かなりのスピードで跳躍したはずだった。だが、化け物が放ったパンチによる拡散した礫の方が早く、顔や体に飛び散った。大きい物体のみをお祓い棒でたたき割り、当たってもダメージがほぼ無い小さな石などはすべて無視する。

 稲妻模様を光らせずとも、破壊的な被害を及ぼす化け物の攻撃は、一撃一撃が大量の爆弾を一度に起爆させたのと変わらない。大量の岩石が飛び散る中心で、奴は空中に逃げた異次元霊夢へと視線を映らせる。

 あれだけ怒りをむき出しにして、思考など回っていなさそうだがいるが、一直線に巫女に向かえば異次元紫の迎撃に合うことを理解しているらしく、浮かぶ巨木や岩を足場に、縦横無尽に飛び回る。

 一トン以上は体重がありそうだというのに、その俊敏さはカラス天狗や吸血鬼に匹敵する。目の端で捉えるのがやっとだが、捉えられている。追いつけないわけではない。

 化け物と同じく、木々や岩石を足場に異次元霊夢も一か所にとどまらず、移動を開始する。彼女が過ごして来た二十年という短い歳月の間で、一度として無重力の空間に置かれたことはないが、この短時間で慣れてきているらしい。同等とまではいかないが、メイドたちでは追えない速度で飛び回っていく。

 巫女がどれだけ早く移動しようとも、化け物の方が一枚上手のようだ。追いつき、攻撃を仕掛けてくるがすんでのところで横に飛びのいて避けた。

 通り過ぎていった化け物の背後を取り、追跡を開始する。札を数枚取り出し、攻撃を仕掛けようとした。

 巨体を巫女が追う形で岩石に足を付いた途端に、岩石に散布されていた魔力の作用により、爆発を起こした。嫌に諦めよく通り過ぎていったと思っていたが、罠を仕込んでいたらしい。

 近くであれば、爆弾が爆ぜたのと変わらないだろうが、離れた位置にいる異次元咲夜達からは全貌が見えている。全長が五メートルを超える岩石が、鋭い棘を持つウニ似た形で四方八方に、先鋭で巨大な針が引き延ばされる。

 巫女が串刺しになり、脳や心臓、中枢神経など大事な器官をミンチにされなかったのは、ただ彼女の勘が鋭く、運がよかっただけだ。即座に距離を置いたことで、棘が鼻先を掠める。

 軌道を変えた異次元霊夢に向け、化け物が方向転換した。巫女を叩き潰そうとしているのか、後ろ側に振りかぶった腕の一部が鎖へと変形した。腕よりも先にある手は球状に巨大化すると、複数の太い棘が生える。

 漫画などの描写や空で光る星のイメージに酷似する星球が、ジャラジャラと金属音を鳴らす十メートルを超える鎖に導かれ、巫女へと振り下ろされた。

 そのままでは、人間台のひき肉が出来上がったことだろう。しかし、追撃が来ることをスキマの妖怪が予想していないわけがない。

 空中を俊敏に移動していた博麗の巫女の後方に、人が通れるサイズのスキマが開いた。巫女がくぐると同時に閉じられ、鉄球が巫女の後方に漂っていた木々や岩石を粉々に破壊した。

 スキマは化け物の後方に入り口が開通しており、奥から出現した巫女が腕から星球につながる鎖を断ち切った。真っ赤な火花を散らし、粉々に砕け散る。

 重力に引かれることの無くなった金属の破片は、ふわふわと四方に散っていく。片腕の重量が丸ごと消え失せたことで、化け物が身体のバランスを大きく崩した。

 動けなくなっている今が攻撃のチャンスだ。そのまま化け物を攻撃するのではなく、魔力で足場を形成し、奴の周囲を高速で飛び回る。

 周りの各所、力を最大限に発揮できる位置に、高出力の魔力を籠めた札を配置していく。それらは三から四枚で一組とし、化け物の周囲を取り囲ませる。

 奴を中心に異次元霊夢が発生させることのできる、最大の結界を構成させるために飛び回った。バランスを崩した化け物が、魔力を足場にして立ち直った時、自分の周りに大量の札が配置されて居うることに気が付いた。

「封…!」

 巫女の命令とほぼ同時に、先代から受け継いだ中で最強の魔力防御壁と封印の結界を形成した。普通の妖怪であれば、魔力が続く限り永遠に閉じ込められることができるだろう。そこらの野良でなくても、鬼や神でさえも数時間から数日は閉じ込めることができるはずだ。

 しかし、化け物相手では十数秒でも高望みだ。一秒かそれ以下がいいところだ。目標を囲んでいる札の円は二重構造を取っており、内側にある札が鎖状に結び付くと中心に居る巨人を縛り上げる。

 それと同時並行で、鎖の封印ごと化け物を魔力防御壁で覆いこむ。奴を封印できるわけではないことは、先の理論からわかるだろう。真の目的がこれではなく、過程に過ぎない。

 防御壁はわざと大きめに配置してある。大きくし過ぎれば魔力の密度が分散して破られやすくなるが、スキマの妖怪が狙いやすくなるからだ。

 重力の存在下よりも、アクロバティックに移動する化け物を捉えるのは難しい。それが、固定砲台のような物であれば猶更だ。

 一秒でも時間を稼げれば、あとは異次元紫がどうにかする。予定通り魔力防御壁の内部にスキマが開き、内部に残っていたであろう化け物が放ったエネルギー弾が全て発射された。

 封印はエネルギー弾の直撃で破壊され、魔力防御壁は弾幕の余波に煽られただけで木端微塵に弾け飛ぶ。

 十発程度の弾幕は、全て角度が調節されており、化け物に正確に撃ち込まれていく。陶器質の肌に亀裂が生じ、全身へと広がっていく。傷を治す暇など与えられず、次々と被弾していく。

 咢を開き、化け物が絶叫を零した。肌や肉体が崩壊し、中身の一部が露出する。砕けて根元から毟り取れ、腕の生えていた肩から魔女の華奢な小さな手が露わとなった。

 異次元霊夢達から逃げようとしているのか、外界に晒された手は、化け物の体内に沈んでしまう。だが、その中からあの魔女は移動することはできず、魔女を引きずり出せるのは時間の問題だろう。

 化け物の尾や片腕は千切れ、足も亀裂で埋め尽くされると砕けて破片が霧散する。逃げようとしても、五体の半分を失っている状態であれば、奴も逃げることは難しいだろう。

 魔力で制御しようにも、移動しようとしたその瞬間に最高速度を出せるわけではない。体の各所へと負った傷にも魔力が分配されるため、速度はわずかに低下する。それに加え、重力が存在せず、踏ん張りの利かないこの空間では速力低下は明瞭となるだろう。

 スキマの妖怪も、このチャンスを見す見す逃すわけがない。残りのエネルギー弾も全て、魔力制御で逃げられる前に化け物へと叩き込んだ。

 全身に亀裂が広がると、化け物の身体はその形状を維持し続けることができず、あれだけ苦戦したのが嘘のようにあっさりと弾けた。

 細かな破片がバラバラに飛び散る中央で、命を取り逃がしたあの魔女が浮かんでいる。一度、化け物の体は粒子状に散在していたが、身体や服に影響はないのか化け物になる前と後で変わらない。

 破片に隠れ、魔女の体が縮んで見えたが、そうではない。羊水に浮かぶ胎児や、寝ている猫と同じく体を丸めているのだ。

 化け物の体だった破片は粉々になっても尚、魔女を守ろうとしているのだろうか。周囲を取り囲んで滞留している。この状況がいつまで続くのかわからないが、とどめを刺すのであれば今しかないだろう。

 暴走が静まったことにより、体を覆っていたガワが剝がれたわけではない。無理やり引き剝がしたことで、魔女の体に内包されている強大な魔力はそっくりそのまま残っているはずだ。

 殺し、彼女の中にある魔力を取り込めば、長寿や単純な力だけではない。物理法則にまで手を延ばすことができる。異次元霊夢は目を閉じたまま浮遊し、動き出す様子を見せない魔女へ、お祓い棒と妖怪退治の針を掲げた。

 メイドが銀時計を構え、時を制止させようとしている。だが、今の異次元咲夜であれば、完全に止まるまでにはわずかながらに時間差がある。制止する前に魔女を殺すことは簡単である。

 魔力で加速し、高質化させた魔力の足場を蹴り、魔女へ到達する。三十センチも長さがある針を閉じた瞳に捩じり込むと、眼球が潰されて内部に貯留している硝子体が漏れ出した。

 組織と眼球内部に広がっていた血管が障害され、透明の液体とまじりあった血液が目からあふれ出た。薄い頭蓋骨を砕き進み、骨で覆われて守られている脳を串刺しにする。

 それだけでは終わらない。強化された腕力に物を言わせ、二キロはある神経細胞やタンパク質の塊である脳をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。

 その手に躊躇というものはない。魔女が目を閉じたまま抵抗することの無いのをいいことに、大脳や小脳、間脳や脳髄に至るまで、境界や境が分からなくなるほど巫女はミンチに仕立て上げる。

 完全に活動を停止させるため、お祓い棒で肉体強化のされていない魔女の頭部と心臓部を叩き潰し、喜びに頬を緩める。

 噴き出した返り血を浴びながら、彼女はさらに打撃を加えていく。その後方ではメイドの絶叫が聞こえてくる。いくら静止しようが、巫女が辞めるわけがない。むしろ、打撃の手を早め、力を他人に奪われる様を見ていろと攻撃を続ける。

 僅か数秒の間に十数回の攻撃が魔女の体に繰り出され、最後の一撃では、頭部は元の原型を完全に失っていた。真っ赤な血液が、落ちることなく周囲に飛び散った。

 殺した。そう確信できる手応えが、魔女の顔面や胸部、腹部を叩き潰したお祓い棒から確かに伝わってくる。

 様々な世界線で戦い、殺し続けた異次元霊夢の目から見ても、内側からあふれ出した中身が本物であると断言できた。

 随分と手こずらせてくれたが、さあ、行き場を失った膨大な量の魔力がそろそろ拡散するはずである。魔力を取り込むことができれば、巫女は待ちに待った力を手に入れられる。

 歓喜に身を震わせて悦に浸り、驕った。邪魔をしていた奴ら全員、特に向こう側の博麗の巫女は念入りに殺してやろう。彼女を守ろうとしたこの力で。

 どうやって生き残った連中を惨たらしく苦しめ、あの世に送れるかということしか頭の中にはない。勝利を成し得た異次元霊夢の耳に、ようやく後方で負け犬の遠吠えを奏でていたメイドの声が届いた。

「そいつは、まだ死んでな……!」

 聞こえてきていたのは、異次元霊夢の予想していた物とは大きくかけ離れていた。改めて魔女の死体を見直そうとした巫女の体に、小さな衝撃と反比例する激しい激痛が走り抜ける。

 二秒程度の時間を、丸々思考に費やしたとしても、痛みと驚愕で巫女の脳は理解に至らなかった。

「かっ…あっぁ……!?」

 自分の腹部が、後方から抉りこんできた何かに貫かれていた。それに目を落としても尚、博麗の巫女は化け物に刺されたのだと受け入れたくなかった。自分は確実に殺した。生きているわけがないと思いたかったのだ。

 穿たれ、腹部にぽっかりと空洞が開いている。そう巫女に起こったことを表現できるが、これは比喩ではない。

 本当に何かが刺さったようにトンネルができているのだ。異次元霊夢の腹部には穴を開けた物体が刺さっていてもおかしくはないというのに、まったく視界に映ってこない。

 巫女の体が見えない力で誘導され、上方へと持ち上げられていく。不自然な動きを演出している原因が、異次元霊夢の後方で出現し始める。見ていても全く違和感のない景色が揺らいだと思うと、徐々に白い巨体の輪郭が露わとなっていく。

 光の屈折で姿を隠していたのであれば、異次元霊夢も気が付いていただろう。姿は見えなくても物体はそこにあるわけで、飛んで行っていた物体に衝突する音などから察知できたはずだ。

 しかし、化け物が現れた途端に、その辺りにあった小石や土などが全て弾かれた。鋭い尾で刺した段階ですら奴の実体が存在していなかった。殺気は、メイドや剣士から放たれており、それに隠れて薄らいでしまっていたようだ。

 光の屈折もなしに姿を物理的に消し去り、魔力的や感覚的にも察知ができなくなっている。そんな奴を、どうやって殺せばいいんだ。動揺が行動に現れ、メイドたちは戦力の大部分を担っている、博麗の巫女を助けようと走り出すことができない。

 むしろ、ここまでの事を引き起こしておいて、逃げ出そうとすらも考え始めている者もいる。

 余計なことを考えている彼女たちを、時間は待ってはくれない。化け物は巫女を掲げ、鋭い爪を突き立てようと構えた。あらゆる生物を裂き殺す鉤爪は、人間程度であれば魔力を扱えたとしても軽く撫でただけで五枚に卸される。

 遅れてメイドたちが走り出そうとしたときにはもう遅い。振りかぶられた手が鋭い尾に貫かれている巫女へと振り下ろされた。

 振りぬかれた鉤爪が肉体を切り裂いたらしく、真っ白な爪に赤黒い鮮血がこびり付き、湾曲した先端に人間の腕がぶら下がる。あの状態で数メートルはある腕と鉤爪から、片腕だけの損害で逃げ切れたとは考えにくい。

 メイドの予想通り、巫女が腹部を貫いた尾を破壊して逃げたわけではない。死角で開いていたスキマから異次元紫が飛び出し、異次元霊夢を助け出したのだ。

 代償は大きく、傘を持っていた右腕が丸ごと引きちぎられた。傘がひしゃげているのは、防御に使用したからだろう。それが無ければ、スキマの妖怪はさらに多くの身体を失っていたはずだ。

 苦痛に顔を歪ませながらも、スキマの妖怪はこの物理法則を失っている周囲の空間から逃げ出そうと、異次元霊夢を抱えたまま新たに出現させたスキマの中へと入り込んでいく。

 化け物は即座に掴みかかろうとするが、既に二人はスキマの中に体を押し込み、正常な地域へと消えていく。

 あの何もない空間へと逃げ込んだのかと化け物は思ったのか、五本の鋭利な鉤爪で何もない中空を切り裂くと、異次元紫とは形の異なるスキマを開いた。

 化け物が余裕をもって通れるほどに大きなスキマが開かれるが、その場所に異次元霊夢達の姿はない。スキマ内部ではなく別の場所に移動したのだ。

 今度こそ化け物は異次元霊夢達の場所へ向かうつもりなのか、もう一度空間を切り裂こうとした化け物の首が切断された。奴の動きが一時的に停止し、斬撃に遅れて頭部がずり落ちる。

 熟し過ぎた果実が収穫されることなく落ちたように、柔らかい頭部が何の器官も見当たらないただの白濁液をまき散らして破裂した。それが広がり切るよりも前に、首の一部が膨れると即座に頭が形成された。

 再生直後では化け物は微動だにせず動きを見せなかったが、後方に回り込んでいた剣士の方向へと顔を傾けた。奴の項から淡青色の淡い光が発生する。

 タトゥーを思わせる全身に広がる紋章が、光になぞられていく。光が向かう先は両手と頭部の三方向だ。焦ることには焦るが、ああなってしまえばもう誰にも止められない。

 腕一つでは物理的なただの破壊。五体の内、二方向では法則への介入。両腕と顔の三方向であれば、今度は何ができる。

 異次元霊夢と紫がいなくなり、残った三人は額から冷や汗を流す。誰も予想がつかず、両手の光がゆっくりと頭部へと向かい、集約していく化け物を見ている事しかできない。

 腕の光が弱まった分だけ頭部の光が増し、増強していく。頭に広がる稲妻模様の光が最大まで強まると、化け物は顎が外れそうになるまで大きく下顎を開いた。

 始まった。三人の緊張感が高まり、ほとんど意味をなすことはないだろうが、各々の武器を掲げた。限界まで広げられた口の奥に何かが見え始める。

 今までの現象とは明らかに異なる。破壊や改変など破壊的だったが、今回のは静かすぎた。化け物は、今度は破壊ではなく創造しているのだ。

 人間や動物が嘔吐するのに似ている。化け物が大きく体を震わせ、喉の奥からあふれ出していた物体を吐き出した。白い粘液まみれであったピンク色をした肉の塊は、外気に晒されていくと徐々に黒みを増していく。

 色が変わっていくだけではない。柔らかく、何の形もない脈打つただの肉の塊だった物体は、何かの生物へと変貌していく。

 化け物とは違い、体の表面は柔らかそうでありながら、剛毛な毛が覆っていく。形態が縦長ではなく横長に伸びていき、四足歩行に移り変わった。身長は低めに見えるが、立ち上がれば化け物の半分ほどはいくだろうか。獣は、目標と同様にこの地球上で存在しない未知の生物へとなり果てていく。

 大きさは、化け物の半分程度で終わりではなく、さらに急激に膨張していく。化け物以上に巨大化し、あっという間に見上げる高さに変貌する。爪は化け物以上に大きく、強靭であることが見ただけでもわかる。体を支える筋肉質な四本の脚は、一本だけでも化け物の胴体と同じぐらいはありそうだ。

 牙は人間の頭になら、原型を失う程の大穴を穿つことができそうだ。鼻や口が前方にせり出ているのは、犬に似ているからだろう。いや、どちらかと言えばオオカミに近いかもしれない。

 血走り、爛々と黄色の色彩が映える眼球が六つ、ギョロリと三人を見下ろした。侮蔑の眼光を向け、歯茎をむき出しにする三つの口から低い唸り声を漏らす。

 幻想郷のどこを探そうが、こんな凶悪な生物は見つけることはできないだろう。神話や物語の中にしか存在しない生物が、腐敗し破壊の限りを尽くされた大地に足を下ろす。

 地獄の番犬、ケロべロスだ。

 尻尾は毛で覆われたモノではなく、爬虫類特有の生臭そうな鱗が皮膚に敷き詰められている。十数メートルは長さのある尾の末端には、自分よりも大きな物体を飲み込むとされる蛇の頭が真っ赤な舌を出し、獲物となる三人を威嚇している。

 化け物が自分の体の一部を切り離し、増殖させたようにも見えたがそれは違う。このケロべロスは化け物から作られたのだが、まったく別の生物だ。

 紅魔館のメイドは驚愕していた。物理法則を無視することは難しい。固有の能力であれば可能であるのはそうだが、固有の能力だったとしてもかなり限定される。

 他にも使えるだろうが、メイドであれば武器の生成。守矢神社の巫女であれば周囲への干渉などだ。

 生物を生み出しているのに近い異次元幽々子は、元の体に魂を還らせているだけで、生み出すとは異なる。花の妖怪が、花の化け物を作り出していたが、あんなのは異次元アリスの上海と変わらない。魔力制御された只の人形だ。

「……」

 化け物とケロべロスは魔力を探ると波長が異なっており、これが示すのは生み出された地獄の番犬は完全に独立し、自分で思考し、動くことのできる本物の生物ということだ。

 我々よりも技術が数歩先を行く外の世界ですら、一つの細胞を作り出すことさえできていない。第二の固有の能力でさえも、生物を生み出す能力は存在していない。そこから、化け物がやったことがどれだけの事なのかわかるだろう。

 その化け物が、ケロべロスが完全に形態の変化を終えた段階で、鋭い鉤爪を持つ爪を剣士たち三人に向ける。飼い主の動きに反応し、ケロべロスの頭がそちらの方へと傾いた。指が向けられた方向へと瞳を泳がせ、標的として彼女たちを補足する。

 三つの首につけられた、頑丈そうな金属製の首輪から垂れる重々しい鎖が、ケロべロスの動きに合わせてじゃらりと音を鳴らす。重力の影響を受けていないように見え、魔力で形成した足場を伝って化け物以上の振動や地響きを鳴らし、神話の狼がゆっくりと前進する。

 化け物の倍以上も巨大になった三つ首の狼から遠ざかろうと、メイドたちが小さく下がろうとした。半歩も足を進める前に獣の唸り声が大きくなり、それは咆哮へと変わった。

 あらゆる動物の数百倍もの大きさを誇る肺や声帯から放たれる遠吠えは、耳をつんざく爆音となる。慌てて耳を塞いでいなければ鼓膜が破れていた可能性すらあった。

 肺内部の空気を使い切り、荒々しい狼の遠吠えが途切れた。そこでようやく頭を両側から挟み込んでいた手を離すことが許された。

 今までは直立でいた狼が、ぐっと姿勢を地面を這うように低く下げた。足の前側にある四本の鉤爪と、後ろに隠れている狼爪で地面代わりにしている魔力の足場を削り、三人に向かって跳躍した。

 人間台の跳躍力を基準としてしまっている彼女たちには、数百キロから数トンに及ぶ筋繊維が生み出す瞬発力というのを軽視していた。反応する暇もなかった。目の端で捉えるのがやっとでも、体がそれについていけない。

 息が詰まるほどに強い、焼け焦げて乾いているケロべロスの息が三人を包み込む。頭が一つ噛みついたとしても、メイドたちを同時にかみ砕くのには十分すぎる。それが一度に三つ、地獄への片道切符を掲げていた。

 

 

 魔力の薙ぎ払いと無重力の影響を受けていない地域。鬱蒼とした森の中で、自然とは不釣り合いの金属音が響く。緑や茶色が主体の森の中ではよく目立つ、白い装束に身を包む人物たちが周囲を取り囲む。

 紅葉の模様が描かれている大きな盾に、逆の手には細い体では扱うことが難しそうな大太刀が握られている。地上にいるほぼ全員が白い髪を伸ばしており、頭部には動物の耳が生えている。

 空中では背中から真っ黒な翼を広げるカラス天狗が無数に飛び回り、いつ標的を切り刻もうかと、人間の数倍は高い動体視力を駆使して眺めている。

 数度の斬撃を握っていたお祓い棒ではじき返し、カラス天狗の一人を見せしめに捻り殺す。できるだけ苦しみが伝わるようにじわじわと殺したことで、休む暇もなく襲い掛かってきていた彼女たちの足が止まる。

「……っ……こんな時にぃ…!」

 白狼天狗の集団が取り囲み、逃げられないようにしているのは幻想郷を統べる巫女とスキマの妖怪だ。化け物から命からがら逃げた二人は、天狗たちのテリトリー内に降り立っていた。

 予想はしていた。このタイミングで来るだろうとは思っていた。だが、彼女たちはこうして戦っていることに、何の疑問も持たないのだろうか。法則を捻じ曲げ、全てを薙ぎ払う化け物の力を手に入れているのであれば、ここまで妖怪ごときに苦戦するはずがないと。

 霧雨魔理沙がこうして暴走していることは誰が見ても明白で、月からだって見えていそうだ。先ほど聞こえてきた咆哮から、まだ続いていることはわかっているはずなのに、どうして殺そうとしてくるのか異次元霊夢には理解できなかった。

 早くこの馬鹿どもを黙らせなければならない。異次元霊夢が焦る中、この暴走を抑えられていない事実に気が付いていない天狗たちは、思い知らされることになる。

 踏み潰していた雑草を更に地面にめり込ませ、一人の白狼天狗が走り出す。即座に反応した巫女に向け、大太刀を振りかぶる。散り散りになれば、天狗たちの思う壺になると分かっている巫女とスキマの妖怪は、その場から動くことなく迎撃態勢を整えた。

 その場にいる誰もが気が付かなかった。巫女たちに向かっている白狼天狗が急停止し、動かなくなるまでそれの存在を察知した者は居ない。目がいいカラス天狗も、鼻が利く白狼天狗もだ。見分け、嗅ぎ分けることなどできなかった。

 天狗たちと巫女以外に何かがいることに、白狼天狗の頭が独りでに潰れたことでようやく理解した。空中に何かがあることを示唆する血液が浮き、チタチタと水滴が地面に落ちていく。

 ゆっくり、ゆっくりと光の透過性が悪くなっていき、化け物の輪郭がぼんやりと浮き上がっていく。見慣れた光景に異次元霊夢らは狼狽えることはないが、他の妖怪たちは全く隠すことができず動揺で目を剥き、釘付けとなっている。

 この中で、奴が元霧雨魔理沙であると気が付いたのは何人いるだろうか。おそらく気が付けたのは一人か二人だろう。たとえ察することができ、伝えたとしてもパニックや動揺の方が伝搬の足が速く、混乱を塗りつぶして統制するだけの効果は発揮できないだろう。

 殆ど本能や、自己防衛に近い。こいつを生かしてはならないと、天狗たちが敵意を突如出現した化け物へと向けた。異次元霊夢と異次元紫を殺そうとしていた巨人は、目標の殺害を邪魔しようとする人物たちを、彼女たちと同じリストへと追加したことだろう。

 腕を軽く振るい、薙ぎ払っただけでカラス天狗が二人、肉片へと変貌する。原形をとどめている部分の方が少なく、防御に使った武器または防具も同様である。

「殺せ!…殺せ!!」

 焦りと動揺を行動で打ち消そうとしているのか、白狼天狗の一人が叫ぶ。それが鼓舞となり、化け物へと飛びつく者が数人いたが、結果は大して変わらない。鉤爪に引き裂かれ、体を丸ごと食いちぎられる。

 口の間から、赤黒い血液と肉片を唾液のように垂らす化け物が首をもたげ、天狗たちに鋭い眼光を向けるだけで彼女たちは尻込みし、握る武器が小刻みに震える。

 瞬く間に四人の同志が屠られ、闘志と恐怖が混沌と化している。この均衡が崩れれば、呆気なく彼女たちは無様にも逃げ出すことになっていただろう。

 どうするか、巫女が思考を巡らせていると、予想とは違う方向へと状況が進む。

 火薬による破裂音がその場にいる全員の鼓膜を叩き、全ての思考を停止させて白紙へと戻した。あらゆる人物の視線が音の方向へと向けられ、空中にいるカラス天狗を見上げた。

 天狗の中でも頭の回転が特に速い異次元文が、右手にL字の形をしている銃を片手に持ち、銃口を空に向けている。木の上に立つ彼女は、上にあげていた手を下ろした。

 手に持っていた銃は、手のひらサイズであるのにもかかわらず、口径はかなり大きそうだ。弾丸と思われる軌跡が残っているのは、その銃が誰かを傷つける目的で使用されないからだろう。

 信号弾だと思われる。基本的には自分の居場所を示す用途に使われるが、誰に示しているのかは大方予想が付く。持っている武器からわかる通り、天狗たちはあのような近代武器を作るほど、技術に長けているわけではない。どちらかと言えば河童だ。

 それなのに持っている理由は弱者同士で、裏で結託していたのだろう。霧雨魔理沙が基地に攻め込み、多大な損害を受けたと聞いていたが、化け物を殺せるだけの戦力があるとは思えない。

 そう思っていると、人工的な繰り返す重低音が空から響いてくる。この戦争で幾度となく聞いてきた、河童たちが使用する兵器のエンジン音だ。

 異次元にとりの飛び抜けた開発による、スラスターの噴射音ではないところで彼女が死に、残存的な兵力しかないことを物語る。

 十字型の飛行物が木々の合間から薄っすらと見える。後方に煙を吐き出しつつ前進している様子から、あれが重低音の主だと分かる。人が乗るとしたら小さすぎ、攻撃的な飛翔物だとしたら、大きい。

 空中でエンジン音が途切れたと思うと、その巨大な飛行物は落下を始める。姿勢制御などの魔力が含まれているらしく大きく曲がり、化け物の方向へと軌道修正した。

 空を見上げていた化け物の頭部に、数トンはくだらない全重量がのしかかる。雑草が広がる大地に亀裂が生じ、奴の姿勢が崩れていないところから潰されずに押し返そうとしているらしい。

 先に根を上げたのはミサイルの方だ。金属が大きくひしゃげ、中にたっぷりと詰まっていた火薬が雷管の発火により起爆した。

 鼓膜だけではない。全身を揺るがす轟音に煽られ、化け物から引き離されることとなる。爆発の近くに生えていた樹木の葉っぱは軒並み千切れ、幹が半ばからへし折れた。

 湿った土が多いため、砂煙が立つことはないが、火薬が燃焼された塵が周囲を浮遊し、若干の視界不良を起こす。しかし、それは些細なことで、爆音で聴力が一時的に機能せず、鼓膜が破れたかと錯覚した。

 火薬の爆発による熱気に肌を焼かれ、ほんのわずかな時間でも炎の中に生身をさらしたようだった。痛みや衝撃だけでも普通の人間を失神や気絶に追いやるだけの破壊力があるだろう。

 河童たちがこんな隠し玉を持っていることに驚かせられたが、せいぜい人間に当て嵌められる程度だ。暴走している魔女を止めるに値しない。あれだけの爆発を食らったはずの化け物が、地鳴りを響かせて立ち昇る火薬の煙の中から姿を現した。

 爆発が地形を一部大きく変動させ、鬱蒼と茂っていた森の斜面に光を灯す。そこの中央にいる巨人はさぞ目立っている事だろう。河童たちの第二波が空中から往来する。

 音の低いエンジン音が複数聞こえてくると、爆弾と同じ方向から何かが飛んできたのが見えた。先ほど化け物に直撃した爆弾と同じ形をしており、河童が乗っているであろう羽ではなく本体の先端にはプロペラが付いている。

 編隊を組み、十数機の飛行機が佇む化け物へと向けて機銃掃射する。秒間で数十発もの鉛球を放ち、化け物に風穴を開けていく。

 逃げ遅れた天狗たちが数人まとめて撃ち殺されるが、空を飛ぶ河童たちには見えていないのだろう。掃射は十秒にも続いた。山の斜面に近づきすぎた飛行機は墜落しないように、機首を持ち上げて頭上を通過していく。

 地面や周囲の木々に拳台の穴が大量に空いている。兵器の恐ろしさが大地に刻まれている中で、自然の一部ではない化け物が依然として変わりなく立っている。

 その両手が輝いていることを目視した天狗たちは、茫然と見上げている事しかできない。地上の一部にかかっていた重力の法則を書き換えた時と同じく、手と手で握りこんでハンマーを作り出す。

 指先まで到達すると同時に地面に叩きつけるとため込んだ魔力が解放され、周囲に解き放たれる。地上にある物が空に飛び立ったり、体重を感じなくなったりすることはなかったが、数十メートル先を飛んで旋回しようとしていた戦闘機が、いきなり方向を変えて真っ逆さまに墜落していった。

 先とは逆で、恐ろしいほどに体が重い。体重が何倍にも増えたようで、強化していなければ手足を動かすのでさえも楽な作業ではない。

 地球の重力を基本としてあらゆる生物、物が作られているため、その規格を外れるほどに重力が加算されれば、揚力で自重を持ち上げることができずに飛行物は落下し、人は地面に這いつくばったまま動くことができなくなる。

 化け物が周囲を見回す。ここに来た本来の目的である巫女を探そうとしているが、真っ赤な瞳に異次元霊夢が移ることはない。天狗たちがパニックを起こしているうちに、異次元紫のスキマで逃げたらしい。

 また取り逃してしまった化け物は怒りに震え、蒸気の混じる吐息を漏らす。殺しに行こうと、重力の高まっているこの空間でも関係なく、いつも通りに歩み出した奴に向け、斬撃が繰り出された。

 重力が数倍になったとしても、魔力による身体強化で制限がありつつも動けるようになった白狼天狗の一人が、切りかかったのだ。そのまま化け物を放っておけば、わずかながらも生きながらえることはできただろう。

 力を奪いたいという強欲が、天狗たちの寿命を縮めることとなる。切りかかった白狼天狗は増大している重力に慣れず、着地で膝をついてしまう。

 踏ん張りを効かせ、足腰に力を入れて化け物から離れようとするが、真上から踏み潰され、叩かれた蠅のように内臓を飛び散らせて地面にへばり付いた。圧倒的戦力差に、抵抗する暇など微塵もない。

 虫けら同然に命の灯を踏みにじられた仲間を見て、他の妖怪たちもやってやると刀を握る手に力が籠るが、それらが振るわれることはない。

 両手と頭、長い尾の紋章が光り始めたのだ。察しのいい天狗は、何かが来ると即座に体勢を整え、頭の回らなかった者は隙だと化け物へと突撃していく。

 全身に広がっていた光は左手に集約し、輝きを増した。化け物は顔の前に掲げ、握り拳を開く。紋章の光以上に眩い光が指の間から漏れ、周囲で地面に這いつくばる天狗たちの目を奪う。

 光を放つ正円の物体は誰もが知る物で、これが無ければ地球が生まれることも、地球に生命が誕生することもなかっただろう。常に地上に光を注いでいるとされる、小さな太陽が浮かんでいた。

 これから、これがどうなるのか。どう使われるのかは、これまでの戦いから察しの悪い一部の天狗でも簡単に想像できることだろう。

 




次の投稿は1/30の予定です!


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東方繋華傷 第百四十九話 追跡者

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百四十九話をお楽しみください!


 天狗たちは茫然と巨人を見上げる。輝く物体を手の平で出現させ、逆光で正確に目で捉えることはできないが、恐ろしいことが起こることだけは察していた。

 詳しく何が起こっているのか、一部の頭の回転が速い天狗でも理解することはできない。それどころかこれが現実なのか、疑っている者もいる。

 核融合を操る程度の能力を持つ、霊烏路空が疑似的に発生させる太陽に似たフレアとは似ても似つかない。

 彼女の能力はあくまでも核融合によってエネルギーを取り出し、スペルカードや攻撃に使用するのであって、太陽に形を寄せていても、その物を作り出すわけではない。偽物と比べればその重厚感に、眼を奪われたことだろう。

 手のひらに乗る大きさで、十数センチと小さい炎の球体は、煌々と輝きを放つ。これだけ小さなサイズだったとしても、本物の太陽であれば数十メートルの距離にいる天狗など、瞬時に蒸発させることもできるはずだ。

 超重力が働き、なかなか動き出すことのできない天狗たちも、自分たちがどんな規格の敵と戦おうとしているのか理解し始めた。手のひらに太陽を召喚できるほどの化け物など、初めから勝負になるはずがない。

 五体が残っている者は走り、負傷した者は這いずってでも化け物から逃れようとした。必死に奴から逃げようとしているが、十数メートル差も数百メートルの差も、この際には関係がない。

 オレンジ色に眩い光を放つ太陽を、大きな鉤爪で握り潰した。手のひらにある火球は、完全に化け物の制御下にあった。安定していた火球が不安定化させられ、星の終わりを迎えさせる。

 音もなく、小さな太陽は四方八方に炎を広げて超新星爆発した。数千度、数万度にも達する爆発の炎と熱は、周囲で這いずる天狗たちに容赦なく襲い掛かる。

 悲鳴を上げる暇も、熱を感じることもない。化け物に近かったカラス天狗や白狼天狗たちは、肉片も灰や炭を残すこともなく瞬時に蒸発する。

 恐怖はあっただろうが、そうやって死んだ者はまだましだろう。神経が痛覚情報を脳に送り込む前に、体そのものがなくなっているのだから。

 むしろ、逃げられた者たちの方が悲惨な目に会うこととなった。周囲の木々が熱で発火を始める中で、走っているカラス天狗たちに炎が遅れて到達する。

 悲鳴を上げ、胸を膨らませて息を取り込もうとした彼女たちの口内、気道、肺内部を数千度の炎が焼却し、外だけでなく内側からも身体を焼け焦がす。

 徐々に足が動かなくなっていくのを感じたことだろう。その頃には眼球も沸騰し、潰れて見えなくなっていたが、もし目が見えていたとしたら、自分の体が炭化していくのを目の当たりにしたはずだ。

 焼かれる痛みに耐えきれず倒れた天狗、どうにかして走ろうとした天狗。どちらも同様に身体の芯まで焼け焦がされ、元が生物だったとは想像できない炭のオブジェとして大地に佇んだ。

 足の速い白狼天狗は化け物からわずかな時間で数百メートルも離れ、作り出された太陽による超新星爆発の足の遅い炎から逃れ切った者が多かった。身体を半分ほど焼かれた者もいるが、あの化け物から十数人でも逃げ切れたのであれば、大きな功績と言えるだろう。

 しかし、天狗たちは星の終わりに発生するのが、爆発の炎だけではないことを知らなかった。強力で、どれだけ巨大な生物であろうが死滅させることのできる放射線が、知らず知らずのうちに彼女たちを蝕んでいく。

 逃げ切れたと胸を撫でおろすのもつかの間。半身を焼かれて重度の火傷を負っている白狼天狗が、突然苦しみだした。嘔吐を繰り返し、明らかに炎以外の物が原因で事切れた。

 残っていた白狼天狗たちは困惑を示していたが、初めに死んだ白狼天狗と同様に、多少の差異はあるが苦しみだした。

 全身の皮膚が高温にさらされたように焼けただれ、全身のあらゆる組織が障害されているのを感じる。魔力の修復程度では追いつかず、あちこちで膨れ上がる水膨れに恐怖した。

 何が起こっているのかまるで理解できない白狼天狗は、一人、また一人と地面に臥して動かなくなった。あれだけ生き残っていた白狼天狗は、あっさりと全滅した。一番化け物から距離を取ることができていた白狼天狗も、同じく最後の最後まで苦しみ息を引き取った。

 

 かつてないほどの速さと範囲で山火事が広がっていき、残っていた妖怪を巻き込んで飲み込む。遠目から見たその光景は、まるで炎の津波だ。

 ゆったりとしてはいるが、放っておけば幻想郷全土に広がってしまいそうなほど勢いが弱まることはなさそうだったが、目視で一キロか二キロ程度は広がったところで、魔力制御によって炎の動きが不自然に停滞する。

 これだけの規模をたった一度の攻撃で燃やし尽くすことができる人物は、この幻想郷にはいないはずだ。炎を扱う人物は数人思い当たるが、不老不死の死にたがりも、地底の核融合を扱う者もここまでの事はできなかった。

 そもそも、前者については矛盾するが、どちらもこの世にはいない。妖怪にも、当然だが人間にもできないことが起こっているとするならば、あれは皆が追い求める力で間違いないだろう。

 辛うじて我々が駐屯していた基地に被害はなかったが、直接的な戦闘を行っていないのに、半ば諦めてしまっていた。こんな災害そのもの、もしくはそれ以上の存在と渡り合えるわけがない。

「……」

 この世界とは不釣り合いな金属のフレームで組まれ、魔力をガソリンとして稼働するエンジンが積まれた車のドアを開け放った。

 数百年も生きれば様々なことを経験し、驚くことの方が少なくなってくるが、世界というのはやはり広い。なんの言葉も出てこなくなることもある物だ。

 周りと比べて一歩も二歩も技術的に先を行っていた。にとりほどではないが技術者の端くれであり、化学には多少の自信があった。しかし、 今は亡き彼女にもおそらくは説明することはできないだろう。

 山だった場所、街だった場所、荒れ地だった場所は原型がない。変な薬をやっているのではないかと、数日から十数分前までの自分の行動を思い返す。

 問題は全くない。これだけおかしな世界になり、堕ちるところまで堕ちても、そこまで落ちぶれてはいない。のだが、いくら瞬きしても目をこすっても、空を当たり前のように岩石や土、木々が舞う。妖怪が蔓延っていた山が丸ごと消し飛び、溶解した岩石の海が広がる世界が変わるわけではない。

 世界から隔離された箱庭であるため、元々ファンタジーなイメージがあったが、それどころではない。いくらSFチックだと言っても限度がある。

 最初に突撃していった戦闘機は全て墜落し、音信不通であるため全員が死んでいると思って間違いないだろう。先ほどから、他の車両に乗っている天狗が小型の無線機で連絡を取ろうとしているが、まったくの無反応。返ってくるのはただの雑音だけだ。

「駄目だ、誰ともつながらない」

 何度も通信のボタンを押し、マイクに向かって話しかけていた河童の一人が車の窓を開け、ため息交じりに呟いた。その声に張りがないところを見ると、もしかしたら友人が向かっていたのかもしれない。

 他の野良妖怪たちが突撃するところに、河童を何人か忍び込ませていたはずだが、そちらとの連絡も不通だ。通信機が壊れてその者たちと連絡ができないのだと判断するのは、願望に近いだろう。

「もう一度やってみて」

 車両の中で通信用の大きい設備をいじっていた河童に伝えると、半ば諦めているが了解と呟き、通信の作業へと戻る。

 周波数を変え、一応こちらからも連絡を入れてみることにしたが、耳障りなノイズだけが無線機から発せられる。

「こちらK3…K2応答せよ」

 発信ボタンを押しながら簡潔に内容を話し、受信モードに切り替えるが、仲間のノイズ交じりの応答が無線機のスピーカーから生じることはない。

「K2応答せよ」

 もう一度通信を試みるが、結果は一度目と同じだ。最終戦を迎えている段階で、この戦力低下は非常に手痛い。にとりが死に、ほとんどの兵器を失った。

 今あるのは銃座付きの車両四台に、各自の武器といくつかの弾倉。手榴弾は全員で合わせて二個か三個。圧倒的に火力が足りていない。戦車が一両でもあれば心強いものだが、稼働させられる搭乗員は数日前に全員死んだ。

 積み。だろうか。

 魔力での操作があまり上手ではない河童がここまで生き残れていたのは、近代兵器などの開発、使用によって他と一線を画していたからだ。

 それでも、鬼や巫女達が相手であれば負けることもあり、数が多いのを利用して物量作戦で押し通していたことが今になって響いている。

 戦闘機が落とされるよりも前に、にとりが死んだ時点で我々は、力を奪う争奪戦の舞台から降りせざるを得ない状況にいる。どうしたものかと顎に手を添えて考えていると、部下というよりも友人に近い者たちからの視線が集まる。

 こういった状況には慣れていない。この中で階級が一番上だから、この小さな部隊を率いているだけで、実力でのし上がっているわけでもない。判断はいつも上に仰いでおり、自分でどうするかを決めたことはほとんどない。

 幻想郷と呼んでいいのかわからない世界を見渡し、非常に長く熟考する。種の存続がかかった判断をしなければならず、自分たちを生かすも殺すも私の指令一つで決まる。

 天狗の館があった森は全体が炎で包まれており、あちら側も戦力が河童並みに低下していると思われる。

 森から離れる形で十数人、カラス天狗が飛んでいるのが見えた。同盟を結んではいるが、残っているカラス天狗と全員で戦ったとしても、勝利をつかみ取ることは不可能だ。

 この十年という期間を捨てることになるが、ここは生き残ることを優先しよう。目先の力に目が眩み、河童という種を途絶えさせてはならない。

 基地からここまで出張ってきたが、このままとんぼ返りすることになりそうだ。そう結論を出していた表情から、周りの者が批判的な顔をするが、そうなるのも無理はない。

 これまでの月日を全てドブに捨てるのと変わらないのだから。これはどちらを選択しても、どちらがいいとも言えない。これまで戦ってきた同志たちの意思や願い無念を抱き、玉砕覚悟で戦えたのであれば本望でもあるだろう。

 しかし、死ぬと分かって立ち向かうのは勇気や仲間を守りたい思いなどではない。無謀や自暴自棄だろう。儚さや美しさはあっても、本質はただの自己満足だ。

 部隊を率いる者として、死ぬと分かっていながらも仲間を突撃させる選択肢は取りたくはないが、この状況では意味の全くない無謀の突撃が正義となり、相反する考えを持っている私が悪となってしまう。

 下の暴走を止めるために、上がしっかりと皆をまとめなければならない。これが実力での部隊長であれば、皆は恨みながらも従ってくれただろう。YESかNO以外に、第三の選択肢がないか必死に考えた。

 答えを出そうと考えていると、隣に止まっていた車両の銃座に座る河童が、重機関銃のハンドル部分を握りこむと、部隊全員に声が届くように大声で叫んだ。

「上から何か来るぞ!!」

 コッキングレバーを勢いよく後退させ、薬室に弾丸を装填する。銃を上空に向けて傾け、その目標が何なのか我々が目視で確認する前に射撃を開始した。

 けたたましい火薬の発火音が鳴り響き、音速の倍以上のスピードまで加速された小さな弾丸が、空から来訪してきていた者をハチの巣にする。

 弾丸の軌道から、来ている人物の方向を察したらしい。天井の一部が円形にくり抜かれ、そこに固定されている銃座の後ろに座る河童が、グリップを握って次々に次弾を装填していく。

 時間差はあったが、車両と同じ4門の銃座全てが空中にいる者を狙い撃つ。車内へと戻り、遅れて車内から上空を見上げると、一目でそれが人間でないことが分かった。

 色も、大きさも、妖怪であるかどうかすらも怪しい。忘れられた物体が最後に流れ着く幻想郷でも類を見ない巨大な異物が、弾丸の雨をものともせずに落下してくる。

「今すぐ出して!」

 車の運転手に、鉛の弾幕がどういった効果が出るかを確認せず、エンジンを始動させる。アクセルを踏み込ませ、重たい車体を前方に急発進させると後方に向かって体に重力を感じた。

 戦闘が始まる前は駆動が喧しかったエンジン音が、フルオートで連射される発砲音に掻き消され、連絡用と消音用のヘットフォンを付けていなければ自分の声すらも聞こえないだろう。

 全身が真っ白で、筋肉粒々の化け物は、落下のエネルギーを最大限に生かし、車両の一つに落下した。他の三両は動き出すのが一歩遅く、その中でも一番発進が遅かった車両が狙われた。

 ヘットフォン越しに、金属がひしゃげる不快な音と、潰れたことによる金属通しの擦過音が鼓膜に届く。あれだけの巨体が落下してくればそれだけの威力になるだろうが、数十メートル離れたというのに、サスペンションが効いている動く車の中でさえも落下の衝撃が伝わってきた。

「撃ち続けて牽制するんだ!」

 後方に銃座を反転させ、車両を踏み潰した異次元の化け物に射手は弾丸を送り続ける。ベルト状につながっている弾薬は、1帯で百十数発。連射速度的にそろそろ撃ちきり、装填に入るはずだ。

 どれだけ早くやっても二十秒はかかる。それまでは、こっちで時間を稼ぐしかないだろう。手持ちの小銃のチャージングハンドルを引き、こちらも装填を済ませた。

 不意に銃座の射撃音が途絶えるが、予想よりも早い。絶え間なく撃ち続けたとしても、訓練ではもう少し射撃は長かったはずだ。

 後ろを振り返るよりも前に、むっとする金属の濃い香りが車内に漂った。肩越しに振り返ると、銃座に立っていた人物の姿が見えない。

 視線を泳がせようとしていると、射手だったであろう河童の下半身が床に転がり、血痕を広げているのが見えた。確認するまでもなく、あの化け物がやったのだ。

 四十メートル以上は離れていたはずだが、車両を潰した白い化け物は移動することなく、銃座にいた射手の上半身をもぎ取ったようだ。

 どうやったのかと確認している暇はない。これだけ離れているのに、奴にとっては射程内であるようだ。

「このままあいつから離れながら戦うから、運転は任せた」

 運転手にそう伝え、補給係やほかの乗組員よりも先に、真っ赤な血がこびり付く銃座に着いた。ほかの連中がすぐに銃座に向かわなかったのは、戦いに行くんだという闘志の炎が、食いちぎられた仲間の死体で沈下されてしまったからだろう。

 補給してくれるかも怪しい。弾薬箱の中に手を伸ばし、弾帯を一つ取り出した。それを持ちながら銃座に着き、訓練と同様の手順で手早く重機関銃に弾丸を装填する。

 他の三両から弾丸が発射されているため、無傷に見える化け物に多少なりの牽制は与えているはずだ。敵からの攻撃を考えずに装填を進める。

 弾帯をセットし、カバーを閉じてコッキングレバーを手前に引いて射撃できる段階に銃を持ち込んだ。かなり小さくなっている化け物に向け、標準を合わせて射撃を行おうとした所で化け物が跳躍し、戦闘機の数倍は出ていそうな速度で突っ込んできた。

 豆粒程度だった化け物の体は瞬時に見違えるほどに大きく映り、その速度に銃座に座る我々を唖然とさせる。

「右に避けろ!!」

 気迫に飲まれてはならないと引きつり、上ずった声で運転手に向けて大きく叫んだ。一呼吸遅れて車体が右側へと向かって急旋回する。

 化け物の握っていた拳が、自信の体長と同じ大きさもある巨大な鉄球へと変化し、肩から手頸にかけては頑丈な鎖へと変わっていく。

 非常に原始的な武器に変形した化け物の腕は、一番先頭を走るこの車両に向けて振り下ろされた。

 腕を振り下ろしてから、鎖、鉄球へと推進力が伝わっていき、車両と同じく1テンポ遅れて鉄球が地面に叩きこまれる。

 一部装甲が持っていかれたが、直撃して中身ごと潰されることはなかった。余波に充てられ、一トンはくだらない車両がおもちゃの車のように横転させられる。

 前方に進むエネルギーよりも破壊力があったようで、車は進むべきではない方向で何度も転がり、十数回目でようやく止まった。

 重心によって車の下部が地面の方向を向いて止まったが、二度と発進させることはできないだろう。エンジンは外れかけ、タイヤは潰れ、外装はベコベコに凹み、ガラスはすべて砕け散っている。

 車が転がっていた方向に私は投げ出されたが、ギリギリ潰されずにひしゃげた車体が地面を滑り、舞い上げた砂ぼこりに咳き込んだ。

 地面に落下した衝撃が強すぎて、体が言うことを聞かずになかなか力を入れることができない。回復するまでそのままで居ようとしていると、車の反対側から仲間が車を降りるのが、潰れたタイヤで持ち上がている車体越しに見える。

 どうやら運転手や補給係などは生きていたようだ。私が死んだと思って、他の連中と合流しようとしているのだろうか。痛みで回らない頭で考えていると、連続的な射撃音が聞こえてくる。

「囲め!!撃ち殺せ!!」

 これまで、火薬で打ち出す鉛玉が効かなかった生物はいない。鬼でさえ仰け反り、多少の血を流した。だから、仲間たちは今回も効果があるはずだと思っているようだ。

 鋭い破裂音が連続的に耳に届き、残っている河童たちが各々の小銃や銃座で、すぐ近くへと降り立った化け物へと向けて連射しているようだ。

 弱い鬼程度であれば、十数人の射撃で撃ち殺すことはできただろう。鉄球を振り下ろす直前に見えた化け物の身体には、一切の弾痕が残っていなかった。まだ、星熊勇儀や伊吹萃香の方が反応を示してくれるだろう。

 撤退を促そうとするが、投げ出された際にどこかへと行ってしまったらしい。両耳を圧迫していたヘットフォンがなくなっている。銃を連射し、化け物を撃ち殺そうとしている彼女達に声が届くことはないだろう。

 それをやめさせようにも、立ち上がることすらもできていない。連射力の高い銃であるため、数十秒で数百発の弾丸は放っただろう。空薬莢が地面を転がり、ぶつかり合う小気味いい金属音が発砲音に重なって聞こえる。

 射撃の音とは異なる爆発音が数度するのは、彼女たちが残っていた手榴弾をふんだんに使っている。爆発で舞い上げられた土や石が地面に落ちていくのを境に、弾丸を射出する音が聞こえてこなくなっていく。数十秒もあれば、少なかった弾丸を全て撃ち尽くすことは難しくはない。

 小銃が、銃座の機関銃が硝煙を漏らしたまま沈黙していく。供給される弾丸がなくなったことで、空薬莢が排出されるエジェクションポートが開いたまま、ボルトストップかかった。弾丸が入った弾倉を装填しなければ、この武器はただの鉄の塊に成り下がる。

 すぐに装填される音や、発砲音がしないところからほぼ全員の弾丸が尽きたのだろう。化け物が倒れたわけではない。そんな音は聞こえてこないし、河童たちの歓喜舞い上がる歓声が聞こえてこないことが何よりだ。

 弾丸がなくなったから、ナイフなどの肉弾戦を挑もうとする者はいない。弾丸で殺せると思っていた化け物に、ほとんどの効果を得られなかったからだろう。

 ようやく起き上がれるようになってきた体を起こそうとしたところで、化け物を攻撃していた河童たちの悲鳴が聞こえてきた。

 どれだけ悲痛な叫びを上げようと、理性が通じなさそうな化け物は止まらない。ここから見ることはできないが、十数人いた河童たちは、最後の発声を次々に途切れさせていく。わずかに発せられた声も、残らずに空虚な空に消えていく。

 数歩も逃げる暇はなく、自分を含めずに最後の一人は化け物に掴まれて掲げ挙げられているようで、離せと叫ぶ声の位置が高くなっていく。

 見てはならない。顔を覗かせてはいけない。そうわかっているのに、ホルターに残っていた拳銃を引き抜きながら、壊れた車を支えにして立ち上がった。

「くっ……っ……」

 肋骨の一部が折れているらしく、体を起こしただけで芯まで響くような疼痛に襲われた。胸を押さえ、痛みが引くまで待とうとしたところで短い絶叫が掴まれた河童から漏れた。

 口や砕けた骨が貫いた皮膚から、ボタボタと血液が漏れている。身体から力が抜け、がくんと部下が上体をのけ反らせた。

 体を大きく曲げたことにより、生気を失った部下の上半身が千切れて地面に落ちた。これほどの握力だが、この化け物はこの程度ではないはずだ。

「っ……!」

 目の前で仲間を握り潰され、上半身と下半身が断裂した光景にショックを受けたのか。無意識のうちに息を漏らしてしまっていた。

 耳がいい獣にすら聞こえない小さな音だったはずだ。耳や鼓膜といった器官が見当たらない化け物は、未だに大きな射撃音がすぐ後方の森で反響して聞こえているのに、人の吐息を聞き分けたようだ。

 携えられた巨大な真っ赤な瞳と目が合った。いや、目が合いかけそうなところで顔を背け、目的など無くこの場所からただ遠ざかろうとしていた。

 手に握っていた拳銃を向けることも、殺された仲間の無念を晴らすことなど頭には無い。ただただ、生き残りたい。それだけの生存本能が彼女を突き動かしたのだ。

 もっと魔力制御の訓練をしておくべきだった。うまく魔力調節できず、傷の修復や神経を伝ってくる痛み情報をカットすることができない。ただ乱暴に魔力をつぎ込み、稼働する機械ばかり作っていた代償だ。

「ぐっ……!」

 肋骨から伝わってくる疼痛が、足を踏み出すごとに増していく。今すぐ走るのをやめたい。歩を止めて楽になりたい。

 だが、ここでやめれば生命を絶たれてしまう。逃げだした行為が全く意味がなく、死ぬ運命が変わらなかったとしても、この程度の痛みで逃げれる可能性が1%でもあるのなら、やめるわけにはいかない。

 骨が折れている影響が移動に多大に出てる。体全体のバランスが崩れていることで、たった数メートル走っただけで息が切れ、足が上がらなくなってきている。

 低い唸り声を上げる化け物が、掴んでいた下半身しか残っていない同僚の死体をこちらに向けて投げつけた。

 避けようにも、横に飛びのこうとすれば、胸から全身にかけて電流のような激痛が走り、その行動をキャンセルされてしまう。もつれ、倒れ込みそうになるのを必死にこらえようとした時、化け物と自分の間に存在していた壊れた車両が突っ込んできた。

 投げられた河童の肉体は車両と衝突したときに爆ぜ、一部の肉片がフレームにこびり付いている。体が半分で重量が軽くなっていたとしても、投擲による運動エネルギーはすさまじく、頑丈な金属の骨格を歪ませ、数百キロはある鉄の塊を吹き飛ばす。

 転がり、移動する先にいる生物を全てミンチにするであろう車が、妖怪といえど身体強化もろくに施されていない河童の体を、引き裂こうとした寸前だった。

 焼けていない森野方面に走っていたため、瑞々しく立派に成長した木々が車の前に躍り出る。数本の木が半ばからへし折られ、木片に変えられていく様子は粉砕機に押し込まれていくようだ。

 複数の木々と地面との摩擦で勢いが削ぎ落されていたらしい。原型もなくなるほどに潰れていた車体が木片を飛び散らせ、人間の胴体よりも太い幹へとめり込んだ。そこから貫通することはなく、砕けた木と金属のこすれる音を不気味に奏でさせ、急停止した。

 できうる限り全力で走っていなければ、木の代わりに自分の体がそうなっていたと考えると、ぞっとする。運よく今回は当たらなかったが、あの化け物はどれだけこちらを狙ってくるだろうか。殺したと確認するまで襲ってくるのであれば、私の命はそう長らえない。

「っ…くっ………痛…!」

 絶望だと悲観的になる暇を痛みは与えない。肺で空気を取り込み、脳が糖分や酸素を消費して思考できうる間は、生き延びて、戦うチャンスを待つ。痛みを闘志に変え、ゆっくりと深く呼吸する。

「はぁ………はぁ………」

 亀裂が入り、折れている脇腹にできるだけ負担がかからぬように呼吸をしていると、ひしゃげた車体越しにあの化け物が大口を開け、咆哮を漏らす。

 肌や鼓膜が空気の振動でビリビリと震え、威圧感に圧倒される。逃げようとしても足が動かず、地面に釘やネジで固定されてしまったと錯覚した。

 化け物が重心を低くし、走り出そうとしている。頭ではわかっているのに、身体が動こうとしてくれない。頭の中ではわかっているつもりでも、あの、死すらも感じてしまう咆哮に脳がパニックを起こしているのだろう。

 膝が笑い、後ろで手招きしているだけであった死神が、すぐ後ろまで移動し、肩に手を置いた。そんなものは存在していないはずなのに、そうしたと思わせるほどに死がすぐ近くに存在した。

 死神に、首を斬られる。命を、持っていかれる。痛みを闘志に変えていたはずなのに、たった一度の咆哮で情けなく燃え尽きてしまっている。そんな恥じらいをも感じる暇がなかった。

 そのまま棒立ちでいれば、鉤爪か鋭い牙で引き裂かれていたはずだ。その状況を狂わせたのは、耳に残る甲高い乾いた破裂音だ。

 聞き慣れた銃声は化け物の動きを停止させ、パニックでどうしようもなくなっていた河童の思考をリセットし、正気に戻す。

 すべてを見たわけではないが、あれだけ残虐なことをされていた河童の中で、生きていた者がいたらしい。

 どれだけの怪我を負っているのかはわからないが、化け物がこちらに敵意を向けるほどには虫の息だったのだろう。音からして9mmではなく、もう少し口径のデカい銃から射出された弾丸が、化け物の背中に数回当たる。奴の体が小さく振るえ、走り出そうとしていた動きを中断した。

 振り返るとあと数分も持つことはない、か細く光る命を虫けら同然に、鉤爪のある脚で踏み潰した。悲鳴はない。上げる暇を与えなかったのか、その前に力尽きていたのかはこちらでは図ることはできない。

 ただ、化け物の動きや音から踏み潰したのは間違いないだろう。発砲した人物にその意思はなかっただろうが、稼いでくれた時間を無駄にはしない。

 化け物が振り返り、踏み潰しているうちに走りながらバックパックから細長い円柱状の武器を取り出した。武器と言っても人を傷つけるものではなく、傷つける切っ掛けを作る物だ。

 部屋や市街地で主に使用される携帯武器だ。前者の場合は突撃での制圧に使用され、後者では敵の注意をそらすことを目的とされている。

 光と音を放って周囲の人物の視覚と聴覚を奪い、突発的かつ一時的に方向感覚を失う。動物であればどんな者にも効果があるだろう。化け物に効果があるとは思えないが、気をそらす目的には使えるだろう。

 円柱は内側と外側があり、二重構造を取っている。内側に発火する機構と光と音を放つ物質が組み込まれている。外側は効率よく燃焼することのできるように、一定の間隔で小さな肉抜きの穴が開いている。

 閃光手榴弾の頭には、リングとL字のレバーが付いている。片手でレバーごと閃光手榴弾を握りこみ、もう片方の手でリング、いわゆるピンに指を通した。

 力任せにピンを引き抜き、後方で河童を踏み潰している化け物の方向へと投げつけた。リングを引き抜いたからすぐに爆発を起こすわけではなく、レバー部分が本体に収まっている間であれば爆発を起こすことはない。

 それに、この閃光手榴弾はレバーが抜かれてから数秒後に燃焼が始まる構造であるため、レバーが抜けないようにすることで爆ぜるまでの時間を調節できる。

 振り返り、化け物の足元に転がるよう弧を描く軌道で投げつけた。その過程で本体にくっついていたレバーが外れ、燃焼までのカウントダウンを始めた。

 この時点で十数メートルは離れているが、森の中ということもあり反響で多少スタン効果がこちらにまで届く可能性がある。

 走りながら破裂までの時間をカウントし、耳を塞いだ。瞬間的に太陽を大きく上回る光が手のひらサイズの円柱物から発せられ、眩むほどではないが木々のスキマを縫って、鋭い閃光がこちらにまで到達する。

 耳を塞いだといいうのに、耳鳴りはしないまでもかなりの轟音が塞がれた鼓膜を震わせた。うまく化け物に牽制を与えることは出来ただろうか。地面をジグザグに走り、ここからでは奴の姿を視認することはできない。

「はぁ…はぁ…はぁ…!」

 苦しく激しい自分の息遣いと、草木を踏みしめる足音だけが森の中に響く。百数十メートルは走っただろうが、もっと奴から離れなければならない。。

 どうやって逃げ切れたと確定すればいいのかわからないが、奴の目に留まらないところまで行けばいいだろう。こんな取るに足らない、弱い河童一匹を執拗に追うということもないはずだ。

 そう思っていると、右足に軽い衝撃が走る。殴られたり切り裂かれたとは違う。何かをはめ込まれたような感覚だ。

 右足に目を落とすよりも前に、後方へと引っ張られた。肋骨が折れている影響で体勢が大きく崩れており、ちょっと力が加えられただけで体が地面へとへばり付く。

「うぐっ…!?」

 胸を打ち付けた衝撃がいつもよりも強烈に体を走り、気を失ってしまいそうになる激痛を生む。痛みに耐えられず体を抱え込もうとしたところで、金属と金属が擦れあう重々しい音が鳴る。

 右足首に目を向けると、鎖につながった錠が食い込んでおり、手で外すことは難しそうだ。鎖を目で追っていくと化け物がいるであろう方向に、伸びて森の入り口方面に向けて消えている。

 どうにかして外せないか、胸の痛みに耐えつつ足に手を延ばそうとすると、足から延びる弛んだ鎖がピンと張りつめ、人間をかけ離れた腕力や脚力を使っても抵抗できない力がかかる。

 このままではあの化け物の元まで連れていかれ、他の河童たちと同様に殺されてしまう。どうしていいか一瞬わからなくなるが、手に使っていなかった拳銃を持っていたのを思い出し、足元へと標準を向けた。

 自分の足を誤って撃ち抜かぬよう、冷静にサイトを覗き込み、引き金を引いた。撃鉄が振り下ろされ、弾丸の後ろにある雷管を撃針が叩き、火薬が入っている弾丸内部に火花が炸裂した。即座に火薬へと引火し、小さな弾頭が銃口から発射された。

 一度の発砲では、何の材質でできているかわからない錠を破壊するに至らない。グリップを握る手が痺れ、衝撃が肩へと抜けていく。肋骨に響くが、それに気を向けている暇はない。

 金属と金属が衝突したことで火花が激しく咲き、視界の妨げとなるが標準は向けられている。構わず数度発砲した。

 途中で右足に鈍い痛みが走るが、七度目の発砲で足に嵌められていた錠へとつながる鎖をようやく断ち切った。弾丸を弾いていた時とは違った甲高い金属音を鳴らし、鎖が外れた。

 継続的に引き寄せられる力がなくなり、鎖だけが化け物がいる方向へと向かっていく。方向は化け物にばれているため、早く逃げなければならない。

 体を起こし、走り出そうとすると右足に鈍い痛みが走る。鎖を撃ち抜く過程で、誤って自分の足を撃ち抜いてしまったようだ。骨には当たっておらず、肉を一部抉られただけだが、この痛みは確実に走力を削ぐだろう。

 走りながら拳銃から弾倉を引き抜くと、そこに弾丸は収まっていない。発砲した後に弾倉に弾丸が無いことを知らせるスライドストップがかかっていないということは、薬室の中に装填されているので最後のようだ。

 息を切らしながら走り、追撃が来ないかどうか後方を確認するが、化け物が飛んでくる様子はない。本体が来ずに鎖を延ばしてきたということは、化け物自信は動いていないのだろうか。

 それならば、今のうちに距離を稼がなければならない。森の中を走り抜けていき、このまま化け物が標的をこちらから、別の人物へと向けてくれればいいが、楽観的に状況を考えてはならない。

 息を切らして走っていると、木々の間から目立つ白い衣服を身に着ける人物たちがちらちらと見えた。一時的とはいえ、同盟を結んだ天狗たちだ。彼女たちの森が丸ごと焼き払われた光景は遠くから見ていたが、まさか生き残りと遭遇できるとは思わはなかった。

 こちらは全滅してしまったため、助けを求めようと森の中を走り、彼女たちの前に身をさらす。助けてくれと言葉を発しようとしたが、予想と違った人物たちが映った。

 ほとんどが大なり小なりの怪我をしているが、あの化け物と戦ったような重症者は見当たらない。

 天狗たちがいると思っていたが、彼女達だけではない。自分以外全員死んだと思っていた河童。鬼、吸血鬼、仙人までもが仲良く集まっており、どこかへと向かっている。

 そして、その中には博麗の巫女までがいた。この戦争を起こした張本人がいるというのに、なぜ仲間たちは戦わないのだろうか。

 ほぼ反射的に博麗の巫女に向け、トリガーに指をかけた拳銃を構えた。元々は仲間に救助を求めて身をさらしたわけで、それだけの人数がいれば誰の目にもつく。様々な種族のいる集団全体が戦闘態勢へと入った。

 銃や刀、拳が構えられ、一触即発な雰囲気が流れる。

「…っ!?」

 そのまま、双方が動かずに時間が流れる。彼女たちがこの拳銃にどれだけ弾が装填されているかは知らないだろうが、どういったものかは知っているようで、こちらの出方を見ている。

 その段階で彼女たちに対する違和感があった。こちら側の巫女であれば、私の存在を確認した時点で殺しに来そうなものだ。

 それに、これだけ多勢に無勢だというのに、多少の損害を出しても殺そうとする気配が見られない。こちらの出方を見ているのは、私が危険な人物かどうかを見定めているのだろうか。

 そんな道徳観を巫女が持っているとは思えない。しかし、実際にそれをされている。瞳には狂気が宿ってはおらず、どことなく柔らかそうな雰囲気が彼女にはある気がした。

 お祓い棒を構える手に意識を向けると、手全体を覆う程の古傷は見られない。メイクで隠しているのは考えられない。こんなイカれた世界で、美容や容姿を気にする人物はほとんどいないからだ。

 こいつらは、別の世界から来た連中だ。霧雨魔理沙が潜伏し、この戦争に不幸にも巻き込まれた不運な住人たち。

「………」

 奴らでなければ、戦う意味もない。どうせ一発撃ったところで、連中にハチの巣にされるだけだ。ここは不戦で戦いを避けたい。

「あんたらは……向こうから来た人たちで…いいんだよね?」

 話しているだけで胸が痛くなる。できるだけ負担を与えずに、ゆっくりと話した。銃口を彼女たちから地面へと下ろし、戦う意思がないことを示す。

「…ええ」

 短く返答する。今までの戦いで、こちら側の人物を信用できないのだろう。警戒を解くことはない。連中が早とちりをして殺されぬように、手に持っていた拳銃をホルスターへと仕舞い、上からボタンで閉じた。

 彼女たちと交渉する必要はなく、簡潔に注意を促した。

「帰る場所があるなら、さっさと…帰った方がいい。巻き込まれる前に」

「…もう、とっくに巻き込まれてる」

 博麗の巫女は進む姿勢を崩すことはない。そこに強い意志を感じるが、今の段階では命取りとなる。

「それもそうか、でも、今までとはわけが違う。…それはあんたらも見えてないわけではないだろ?あれを」

 顎をしゃくり、物理法則がおかしくなった世界を見るように促す。ここは昔から人の出入りが激しかった位置で、木々の密度が薄い。視界は塞がっているが、十分に見えることだろう。

 重力を失い、森が一つ丸々焼き払われ、一方では溶岩の海が形成されている。魔力が扱える人物であれば、誰でも事の重大さが分かるはずだ。

「…そうね」

 他の人物らが狼狽える中で、巫女だけは依然として態度を崩さない。馬鹿なだけなのだろうかと思ったが、そうではない。これだけの集まりをまとめているのだから、それ相応の人物のはずだ。

「…あなた、随分とまともそうに見えるけど、そう振舞っているだけかしら?」

 どうやら、他の連中のように好戦的でないところから、狂気を隠して寝首を書こうとしているのではないかと思われているようだ。

「さあ、自分の精神鑑定はしたことが無いからわからない。まともか、そうでないか。どちらの世界を基準にするかでも大きく変わってくると思うが」

 まともかどうかなど全く分からない。だが、まともでいられたのは力などどうでもいいと考えているからだろうか。ない力を欲し、巫女達の狂気に充てられて狂っていく河童たちを、ただただ横目に見ていたのを思い出す。それもある意味でおかしいのかもしれないが。

「…正直、あなたのような人が一番たちが悪い」

 ひどい言われようだが、どちらとも取れないものほど、彼女たちにとって怖いものはない。本当にまともなのか、それとも化けの皮をかぶっているだけなのか。そんなことを考えるのであれば、狂っていることが一目でわかる人物の方がましだろう。

「それもそうだろうな。それよりも話を戻すが、あんたらはここに残るつもりなのか?」

「…ええ、助けなきゃならない人がいるから。邪魔するなら全員倒してやるわよ」

 外の世界から来た彼女が助けなきゃならない人物。その世界と交流のあった霧雨魔理沙の事だろうか。そうであるならば棘の道になるだろう。

「いくら巫女と言えど、自分の力を…過信しない方がいい。…これはそういう次元じゃない……あれが来る前に、さっさと諦めて帰ることをお勧めするよ」

「…あれ?」

 こちらに来たばかりで、巫女はまだあの化け物を見ていないのか。あれは、どう説明していいのかわからない。どう説明するか悩んでいると、事実は小説よりも奇なりという言葉を奴は体現してくれた。

 空気を押しのけて進む音が聞こえた気がし、上空を見上げた。移る視線が落下してくる化け物と交わる。反応するよりも前に、奴が後方に着地した。

 巨体の着地により地面が破壊され、衝撃が河童だけでなく巫女たちの位置にまで到達する。体が浮き上がり、倒れ込むほどではなかったことだけが幸いだ。

 しかし、浮き上がっていようが、浮き上がっていなくとも化け物には関係がない。ホルスターから拳銃を抜くよりも早く、化け物の鉤爪が振り下ろされた。

 切り刻まれることを察した河童が、甲高い悲鳴を上げる。身を守るように腕を掲げていた彼女を、化け物は巨大な手でつかみ取った。

 地面を駆け抜ける衝撃に、巫女達はバランスを崩しかけたのはそうだが、いきなり目の前に現れた未知の化け物に度肝を抜かれ、動くこと自体を忘れていた。

 河童を掴んだまま、化け物が真っ赤な双眼を目の前に群がる集団に向けた。低い顫動音顫動音が鳴り響き、顔を向けられている彼女たちは観察されているような気分に陥るだろう。

 歯をむき出しにし、血のように赤い唾液を口から零す化け物は、大きく胸を膨らませて息を吸い込むと、服や髪がバタバタとなびくほど強力な咆哮を奏でた。

 敵対心が前面に押し出されており、誰が見てもこの咆哮が友好的な挨拶には見えないだろう。

 




次の投稿は2/13の予定です!


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東方繋華傷 第百五十話 既成概念

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百五十話をお楽しみください!


 思い込みというのは恐ろしいものだ。目の前にあるはずの事実が見えなくなり、信じがたい虚構に踊らされることになる。

 人に限らず知性ある者は自分の目で観察し、聴覚を持ってして聞き取り、肌で醸し出される雰囲気を感じとって、それらの感覚を統括する脳で、起きている事実の真偽を自分で割り出さなければならない。

 私の場合、過去の写真や彼女の行動を見て、実際に起こったことから真実を見出すことができた。最初は信じがたかったが、なんだか嫌に事実がすんなりと自分の中に入り込んできて、今までが塗り固められた嘘に踊らされていたのだとすぐに理解できた。

 これまで見落としていただけで、探せばゴロゴロとヒントは出てきただろう。それでも彼女が残したパンくずから読み解か無ければ、あの魔女が敵だと思ったままでいただろう。

 今の自分であれば、彼女は絶対に敵ではないと言い切れるが、スキマの妖怪や河童たち、鬼たちはそうもいかない。魔女はこちら側の人間だが、敵だと強く思い込んでしまっている妖怪たちの考えをひっくり返すのは難しい。

 魔女が抵抗した末だろう。天狗からは怪我人も出ており、敵だという意志が強く特に丸め込むことは難しかった。

 そこで頭の回転が速い紫がいち早く理解し、私が説得している途中から手助けしてくれた。そのかいあって渋々ではあるが、写真や戦っていた状況から敵ではないということで、丸く収めることができた。

 彼女の事を忘れさせられているということは、彼女の事について覚えていられるのが困ると考えたからだろう。それは、奴らが欲しがっている力の何かしらの鍵となりえることを示唆している。

 奴らの目的を止めるためにも、我々が介入してあの魔女を手助けしなければならない。力を合わせて戦わなければ勝てないのだ。

 連中が来る入り口である太陽の畑の守りを固め、防衛線に徹するという作戦はなくなり、当初の予定通り聖たちに任せることにした。

 天狗たちからここが突破されたらどうするという批判的な意見もあった。当然そういった考えが出てくるのは当たり前で、ほとんどの戦力を異次元に持ち込んでいるため、聖たちが倒されてしまえばこちら側の幻想郷に抵抗する手段がない。

 しかし、防衛戦など取らなければならない時点で、こちら側が不利な状況に陥っていることを向こうに教えているようなもので、立てこもりという最後の手段は破滅の先延ばしにしかならない。

 我々が自らの知恵を絞り、行動を起こして場をかき乱さなければ、その近しい未来は確実に現実となるだろう。それを覆すためには、前に出て奴らと戦うしかない。

 全員で向こうに乗り込む意思を固め、戦争を起こしている隣の世界に入り込んだ。相変わらず死の匂いが漂う世界だったが、異変にはすぐに気が付いた。

 土や地面の一部が剥がれ、空中に浮き上がっている。山があった方向に広がっている溶岩から蒸気や蜃気楼が発生し、噴煙のようなものを上げている。

 自分たちの世界に戻っている間に、この世界に何があったのだろうか。見れば見るほどおかしなことが起こっている。実際に調査しなければわからないが、おそらくはあの魔女がかかわっているだろう。

 あれだけ広範囲で、見たこともない現象が起こっているのだから、疑いようはない。彼女が持つ魔力はそういうことができる。

 あの周囲で戦闘が行われているのはそうなのだが、溶岩の海と全ての物体が浮いている空間。どちらに魔女がいるのだろうか。

 どちらが先で、どちらが後なのかにもよるが、もう移動している可能性もある。実際に、骨にまで響く重々しい地響きが、時折鳴り響いている。

 もしかしたら異次元霊夢らが求めている、力とやらが奪われてしまっている可能性もあるのではないか。そんな雰囲気を河童たちが醸し出すが、そうなったら猶更引くわけにはいかない。

 こんな世界を滅ぼせるであろう力を振るえる化け物となった連中を、自分たちの世界に入り込ませてはいけないのだ。

 重力が働いていなさそうな地域に向かってみるとしよう。方向を定めようとした時、別方向から聞いたこともない爆発音が幻想郷中に轟いた。

「なんだ!?」

 耳の良い白狼天狗がいち早く反応し、爆発音が響いた方向に向きなおった。ほんのわずかな時間目を離した隙に、比較的平坦な地形が続いていたはずの森に炎が吹き荒れる。

 遠目から見れば、爆発が起きたと一目でわかるのだが、普通の爆発ではない。ゆったりと炎が広がっているのだ。幻想郷ではほとんど入ってこない知識だが、この場所に天体や宇宙について詳しい者がいれば、それが超新星爆発による炎だと驚愕しただろう。

「…何、あれ……」

 神々しくも綺麗な赤青二色の炎が半径数百メートル程、一定の大きさまで膨れ上がると、その大きさを維持したまま膨張が停滞する。

 明らかに地球上での炎の広がりや燃え方ではないが、あらゆることが可能な彼女のやることに今更驚かない。

 半球状に広がり浮いている炎の内側に植生している木々だけじゃなく、建物や生物に至るまで平等に炎が襲い掛かっている。

 あそこに、魔女がいるのだろうか。博麗の巫女だってあの中で生き残るのは難しい。だが、あの魔女なら大丈夫だろう。何度も怪我をしているのを見て、おそらく死なないわけではないはずだが、根拠もなくそう思っていた。

 魔女が殺され、巫女が力を奪ったという考えはない。願望などの願いとは違う。長年の感が彼女は生きていると言っている。

 とりあえず開けた場所に出ようと歩を進めていると、どこからか連続的な乾いた破裂音が聞こえてきた。幻想郷に住んでいれば、狩猟や妖怪退治で銃声を聞くことがあったが、それと似ている。

 ただ、射撃の速度は圧倒的に遠くから聞こえてくる銃声の方が速い。これだけ連射速度が速い銃など想像もつかないが、河童たちは街で死んでいた者で全員ではなかったようだ。

 思ったよりも銃声は遠くない。だが、山を反響して方向がつかめない。どこからだろうかと周りを見回していると、炎色反応を示す金属が発砲で発火し、光を放って燃えながら飛んでいく曳光弾が数発空中に向かって飛んでいく。

 それに続いて、通常の弾丸らしき飛行物が目標に向けて数十発も放たれていく。空中に向けられているため、目標は天狗たちだろうか。

 弾丸が飛んでいく先は木々の影になって見えなくなってしまうが、攻撃されたことで射撃されている人物が、景色の切れ目から現れて射出地点に向かって視界を横切った。

 白を主体とする色なのは予想通りだが、黒や赤の服の色彩が足りない気がする。遠くというのと、動きが速いことではっきりと目でとらえたわけではないが、嫌に大きくなかっただろうか。

 人型ではあったが、人間とはかけ離れた容姿をしていたように見えた気がする。新手の妖怪と考えられたが、あれだけ人型から離れたのは見たことが無い。平行世界ではあるが、世界観に大した差異はないはずだ。

 先の白い魔物が、あの魔女に関係している事を考え、木々の影に向かって消えていった奴を追うことにしよう。

 私の向かいたい方向を察したようで、不安そうな天狗たちが歩み始めた。初めてこちら側に来た時よりも、だいぶ戦力が削がれているのだから当たり前か。星熊勇儀に伊吹萃香のどちらも、永遠亭にて療養中だ。

 弓の名手である永琳も彼女たち二人だけでなく、先の戦闘で出た負傷者の治療を行っていることで今は不在だ。決して弱くはないが、天狗や河童、下級から中級の鬼では戦力に若干の不安を覚えるのは確かだ。

 吸血鬼もいるが、彼女たちは自分たちの目的のために力を温存している。いざとなれば戦ってくれるだろうが、それまでは援護程度しかやってはくれないだろう。

 仙人である華扇もいるが、彼女も今までの戦いではかなり大人しく、大きな戦力としてカウントしていいのかがわからない。

 周りを警戒しつつ歩みを進めているが、射撃音は一向に止まることはない。それどころか激しさを増していく。心成しか射撃音が段々と近づいてきている気がした。

 反響してしまっているが、鼓膜を刺激する音圧が高まってきている。河童たちとの遭遇も考えていると、響いていた銃声が徐々に鳴りやんでいく。標的を殺したのか、それとも殺されたのか。

 その場面を見ていない私には予想するしかできないが、河童たちにとって良い状況だったとは考えにくい。なぜなら、目標が倒れたことで射撃が止まった風には聞こえなかった。射撃音が重なっていることから、銃器は複数あったのはわかる。

 それらが同時に止まるのではなく、弾丸が尽きていくことで徐々に発砲音がしなくなっていったことが根拠だ。

 すべてが当たっていたわけではないだろうが、あれだけの鉛の弾幕をものともしない 奴など、想像できない。

 それらと接敵することを考えると、早く魔女と合流した方が良さそうだ。周りを経過しながら進んでいた一向の歩みを早め、森を抜けることを最優先だ。

 しばらく歩いていると、単発的な銃声が数度鳴り響く。鼬の最後っ屁や苦し紛れの抵抗に聞こえ、やはり河童たちが敵を殺し切れずに逆に殺されたと考えられた。

 歩みを進めてから程なくし、木々の枝をへし折りながら片手に小さな拳銃を保持した河童が私たちの前に現れた。私たちの世界の河童ではない。

 最初にこの世界に来た時と、連れ帰った人数は同じで、はぐれた者がいたとは考えられない。二度目もこの短時間で迷子になって、新たな怪我を負ったと説明するのには無理がある。

 手に持つ拳銃にどれだけの弾丸が装填されているかはわからないが、白狼天狗の盾で防ぐことは難しいはずだ。こちらと同じく戦闘態勢に入った異次元の河童が銃口をこちらに向けるが、引き金が引かれる様子はない。

 様々な種族が入り混じるこの集団を、驚愕の目つきで睨んでいる。戦争が起こっているこちらでは、契約を結んで敵対しない種族もいるだろうが、ほとんどの種族が敵対しており、ここまで混じることは前代未聞であるはずだからだろう。

 そこに巫女がいること自体もおかしく、こちらのいかれた巫女でないことが分かったようで、引き金から指を放すとボロボロで呼吸するのも辛そうな河童は銃口を下げた。

 現れた河童と会話した時、彼女がいかれているようには見えなかった。話の通じそうな人物であったが、それが逆に不気味であった。

 後ろから撃たれないように、ここで倒しておいた方がいいだろうか。そんなことを考え、袖口に仕込んである妖怪退治用の針に指を延ばそうとした直後、彼女が聞き捨てならない事を言う。

 あれが来る前に帰った方がいい、ボロボロの河童は確かにそう言った。あれとは何のことを刺しているのか。彼女たちを襲った奴だということは想像つくが、先の化け物だとするとそいつが何なのかが気になる。

 こちら側の巫女が力をすでに手に入れてしまっているのか、それとも、あの魔女が生み出したものなのか。それとも、まったく別の勢力が出てきているのか。

 それを問うよりも前に、上空から何かが落下してきた。空気の抵抗などなさそうに、魔力操作によって普通ではありえない速度で、異次元河童の倍以上も巨大な化け物が着地した。

 強い太陽光で照らされていた乾いた地面が、衝撃を逃がすことができずに亀裂を生じさせ、私たちも巻き込む形で衝撃に煽られる。

 距離が離れており、尻もちをついたり倒れるところまではいかなくても、地面がめくり返ったことで踏ん張りがきかない。ただの着地がこれだけの被害を生むこいつこそが、河童たちを全滅させた張本人だと気配から察した。

 出現した真っ白な化け物が何者なのか図ることができない。現在確認されているどの種族にも属さず、どう分類していいのだろうか。新種の妖怪であったとしても、規格外すぎて我々の手には負えないだろう。

 真後ろに着地された河童は、衝撃に充てられて反応が目に見て遅れている。人間以下と思える反応速度は、蠅でも止まってしまいそうだ。それだけ遅ければ化け物が掴むなど朝飯前だ。

 悲鳴を上げながらも抵抗しようとする行動が見られ、体を掴む化け物の手を振り払おうとしているが、ピクリとも押し返せる様子は見られない。

 そのまま掴んだ河童を握り潰そうとした化け物は、そこでこちらの存在に気が付いた。真っ赤で充血した目をぎょろりと動かして顔を上げた。

 瞳から血が零れだしそうな化け物が何なのか、一瞬のうちにどうでもよくなってしまう。どうにかしなければならないと、感が脳に訴えかける。それは私だけでなく、より獣に近い妖怪たちも感じたようだ。

 私がやられたらそれこそ終わりだと考えているのか、盾持ちの天狗たちが交戦する意向を見せ、すぐさま化け物の正面に陣取った。

 背の高い彼女たちに前線に出たことで視界が塞がれる。天狗たちが前に出て、他の妖怪が各々できることをしている中で、巫女が何もしないわけにはいかない。

 スキマ妖怪の方に目を向けると、彼女も気が付いたようだ。私のやりたいことを遅れながらに察したようで、足元にスキマを開いてくれた。

 体を支えていた地面がなくなったことで、重力に引かれて大きな口を開いているスキマの中へと落下した。彼女が持つ無限に続いているように見えるあの空間につながっているわけではない。

 皆が気を引いてくれているうちに、咆哮を上げている化け物の後方へと降り立った。地面に足が着く直前にお祓い棒を振るって、ゆらゆらと蠢く長い尾を叩き潰す。

 お祓い棒から伝わってくる振動は、ただの妖怪であれば致命傷を与えられたであろう手ごたえを示している。どのような構造かはわからないが、白い肉体が潰れるかと思ったが、陶器のように亀裂を生じさせ、ボロボロに砕けていく。

 半ばから叩き割れて先はどこかに飛んでいき、柔らかそうな皮膚とは思えない、硬い亀裂が根元にまで到達する。手ごたえがあっても、効果があるかどうかは微妙だ。

 ここに来るよりも、前に戦っていた河童たちとの戦闘の跡は見られない。銃創が残らないほどの再生能力を考えると、出方や様子を見ている暇はない。このまま押し切る。

 化け物は攻撃した人物を特定するために、振り返ろうとしている。向きを骨格から割り出し、動きに合わせて移動して死角の中にとどまり続けた。

 その間にも攻撃する手は緩めず、後方から頭部や背中、腕や脚を重点的に攻撃する。今までに体験したことが無いほど外骨格は強固で、お祓い棒を握る右手が殴った衝撃に痺れる。

 それでも化け物にダメージを与えられていないわけではなく、皮膚上を亀裂が大きく広がり、破片が一部こそげ落ちていく。

 森を一つ焼き払い、山を消し飛ばし、法則を捻じ曲げられるであろう化け物の割に、なぜか動きが鈍い。私を視界にとらえることができず、通り過ぎた方を睨んでは後方からの攻撃を無防備に受けている。

 動きの素早さが強さとイコールであるわけではないが、この化け物からはあの光景を作り出すだけの力を感じない。こいつのほかに、もっと強力な化け物がいるのだろうか。

 最悪を想定し、早いところなんとかしてあの魔女と合流しなければならない。十数回目、化け物の後頭部に打撃を叩き込んだ。

 破片が大きく弾け、化け物の体が大きくよろめいた。私に注意が向かないようにするためか、鬼たちの中で萃香ほどではないが腕っぷしに自信のある者たちが、化け物に走り寄って同じく攻撃を繰り出した。

 化け物は正面から攻撃を繰り出されているというのに、身動きを取ることが無い。そのまま腹部や胸に打撃を加えられ、外骨格に亀裂を生じさせていく。皮膚に亀裂が発生するのは、化け物にとっては大した問題ではないようだ。

 こいつが弾丸などの弾幕がほぼ効かないのは、異次元河童たちの交戦で情報を得られている。遠距離がだめならば接近戦しかない。大した問題になりえないのであれば、問題になるほどの損害を与えるしかないだろう。

 河童を掴む腕を叩き割り、吹き飛ばした。戦闘を続行する精神を保つためにも、誰かの悲痛な絶叫など聞いていられない。彼女には早々に退場してもらおう。

 片腕をなくした化け物が次はどう動くかを予測し、死角へ回り込む準備をしようとするが、奴からは何の行動も起こらない。身をかがめて移動しようとした体勢のまま、攻撃に映るまで数秒も時間を無駄にしてしまう。

 フェイントではない。河童や天狗たちの集団の方向を見据える化け物が真っ赤な目を細めると、胸を大きく膨らませ、再度咆哮を上げた。

 空気が歪むほどの音圧に、攻撃に参加していた鬼たちはもちろん、私も非常に短期間ながらも見当識の失調を引き起こす。

 耳を塞がなければ鼓膜をやられる。両手で耳を押さえるので精いっぱいだった私たちは、化け物を天狗たちの方向へと逃がしてしまう。

 十数メートルの距離を取っていたとしても、化け物の咆哮は河童や天狗たちを怯ませるのには十分すぎる。頭を押さえる者や膝をつく者までおり、即座に迎撃できる人物はいない。

 彼女たちも立て直そうとしているが、化け物の方が足が速い。広く展開している集団へ到達する直前、彼女たちの更に後方から一人の人物が飛び上がる。

 小柄で幼い見た目の彼女は、背中から通常の翼とは異なった、宝石に見える鉱物がぶら下がっている。金髪で真っ赤な瞳が特徴的な吸血鬼は、飛び上がったまま中空に手を延ばすと、瞬時に炎の大剣を生成した。

 赤い炎に照らし出され、周囲が夕焼けのオレンジ色に染まる。槍などのように投擲することが目的の武器ではないが、掲げた刀剣を化け物に向けて投げつけた。

 走る化け物の胸に回転する剣が貫いた。外骨格の一部を融解させ、突き刺さると同時に凝縮された炎が拡散する。爆発に近い炎の放出は、巨体を飲み込んで内側から焼却していく。

 目や動体視力が特別高くなくても、炎が化け物を包み込むよりも早く、身体のところどころにあった亀裂が大きく広がり、ガラスのように砕け散るのを捕えた。

 砕けた化け物の破片は重力に従わず、いくつかのまとまりに分かれて粒子が独りでに飛行する。風が巻き起こっているわけではなく、奴の魔力操作によって浮遊しているのだ。

 空中で粒子が全てまとまっていくが、小さな粒の集合体で一見したところ化け物とは程遠い形態だ。どういった形になるか予想がつかなかったが、高温で金属を溶かしたようにスライム状に粒子が溶け出すと巨大な流動体となって、化け物の姿に戻った。

 そこに元のダメージはなく、のっぺりとした透き通った陶器質の肌に戻っている。着地の衝撃で地面が割れ、カラス天狗が持つ刀と変わらない大きさの鉤爪が地面を抉る。

「囲め!」

 様々な種族が入り混じり、各々の得物を中央に君臨する未知の化け物のへと向ける。銃口や刃先、拳など形は様々だが一致した目的で向けられている。

 化け物は苛立っているのか、元々怒っているように見えた表情にさらに怒気を含ませ、怒りをあらわにしている。しかし、そこには何か複雑そうな物が垣間見えた気がした。

 化け物に次の行動に移らせる前に、鬼たちが走り出す。吸血鬼や白狼天狗ほどの素早さがあるわけではないが、化け物が動くことはない。

 同時に化け物が複数の方向から拳に穿たれるが、外部から見てもまるでダメージになっているようには見えない。

 穴から広がる亀裂は、内側からあふれ出した白濁色の体液で埋まり、ヒビの大きさや規模によって治る速さは異なる。それでも十秒程度で亀裂はすべて修復してしまう。

 倒すことはできずとも、できるだけ化け物の事を足止めし、魔力を消費させようとしている。低から中位の鬼と言えど、そこから放たれる攻撃力は絶大だ。

 埒が明かないと勝負に急いだ化け物の正面に立つ鬼が、スペルカードを起動した。一気にダメージを与えようと高出力の魔力を、身体に巡らせる。

 鬼が踏ん張りを効かせている一部の地面が陥没し、プログラム通りに構えを取り、魔力を練り上げた彼女は、最大まで強化された拳を化け物の胸へと叩き込んだ。

 今までの手応えの無さから、化け物の体が大きくひしゃげて弾け飛ぶぐらいにはなりそうだったが、十数センチ上体を後ろに仰け反らせただけで、鬼のスペルカードが終わりを告げる。

 周囲に群がる鬼たちを化け物は尾を一薙ぎし、吹き飛ばした。戦闘不能まではいかないが、地面を転がり仲間に衝突し、しばらく動くことができなさそうだ。

 天狗の腕力を大幅に上回る鬼のスペルカードが、何の効果も与えられなかったことが彼女たちに少なからず衝撃を走らせ、化け物に向かおうとしていた足を地面に縫い付けた。

 そのうちに先とは見違えるほど俊敏に動き出し、次々と河童やカラス天狗を足や手を使って薙ぎ払い、疾走していく。鉛と魔力の弾幕は、当たったそばから吸収され、足止めにもなりはしない。

 天狗たちの斬撃も、熱したナイフでバターを切るように通り抜けていく。鬼は体を使って突撃し、盾持ちの白狼天狗は盾で化け物を止めようとするが、生物の馬力が違う。跳ね飛ばされ、子供のように吹き飛ばされていく。

 そんな中で、化け物が尻尾を薙ぎ払うではなく、突き刺す形で天狗たちの集団へと向かわせる。身長の数倍は伸びている鋭い尾は、先ほどまでの身体能力を考えると何人が貫かれ、体を抉られるのか予想がつかない。

 私は魔力で身体強化を施し、化け物に向けて跳躍する。お祓い棒を掲げ、尾が伸び切る前に通り過ぎざまに数度の打撃を加えた。頭が潰れ、再生した腕や脇腹の陶器質の肌と肉が一緒に崩れ落ちるが、怯んだ程度で攻撃をやめる様子はない。

 妖怪であっても致命傷になる攻撃だったはずだが、こちらには目もくれない化け物は、一心不乱に尾を引き延ばすと白狼天狗の一人を貫き、皆に見せつけるようにその人物を掲げ挙げる。

 紅葉の模様が描かれた盾を貫通し、白狼天狗の一人が腹部を貫かれて持ち上げられた。助けなければならないと私が跳躍するよりも前に、いち早くカラス天狗の一人が反応する。

「椛!」

 焦りと彼女を失う恐怖から、叫ばれた声はもはや悲鳴に近い。腹部を貫かれて吐血する椛に、太刀を掲げた文が瞬く間のうちに接近する。

 異次元妖夢戦で片翼を失ったというのに、飛行速度に衰えは見られず、文の太刀は化け物の尾を切断した。奴の身体には亀裂が生じず、液体を斬った手ごたえを彼女は感じたことだろう。

 切断に至らなかった化け物は、どうにか逃げ出そうとしている椛に向けて鉤爪が並ぶ手を構える。魔力で強化された先鋭で、観楼剣など比べ物にならない切れ味を誇る爪は、本当に切れないものなど存在しないだろう。

 他の天狗らが椛を掴み、体を尾から引き抜かせようとしているが、体内で曲がりくねっているのか、尾の一部に返しが付いているのか、外せないようだ。

 掲げられた鉤爪が振り下ろされると、焦りだけが募る中で、濃密な魔力が発生する。文が手のひらサイズのカードを握り潰し、プログラムされたスペルカードの回路を抽出する。

「旋符『紅葉扇風』!」

 紅葉の団扇に能力で風をまとわせ、化け物に向けて大きく横なぎに薙ぎ払う。放たれた魔力が空気を巻き込んで渦を巻く。

 小さな渦は空気をより取り込み、巨大化していく。急成長した螺旋状に回転する竜巻は、化け物に向けて直進する。その道中にいる妖怪たちが数人巻き込まれたが、直撃した者はおらず怪我と言える損害はほぼ無い。

 竜巻の中は縦横無尽に鎌鼬が発生し、内部にいる者を斬り刻む。流石というべきか、化け物を余裕で飲み込む大きさがあるというのに、腹部を貫かれている椛は竜巻に巻き込まれていない。

 白狼天狗を引き裂こうとしていた鉤爪が前腕ごと吹き飛び、内部にいる化け物斬り刻む。切られるごとに化け物の外骨格が剥がされているらしく、周囲に白色の破片が散らばっていく。

 尻尾も数十回にもなる鎌鼬の斬撃により、腕と同様に尻尾が切断される。尾が切り離され、竜巻の風で椛が投げ出された。

 空中で椛は立ち直ると、地面へ転がり落ちた。貫かれた腹部を押さえ、起き上がれない様子から、多大なダメージを負ったようだ。刺さっていた尾は、形状の維持ができなくなったのか、細かな破片となって崩壊していく。

「椛!」

 片翼を羽ばたかせ、手で押さえることのできない血液が滴る白狼天狗のそばに降り立った。白装束の服にじんわりと血液が広がっていき、布が水分を保水しうる量を簡単に超えてしまう。零れる血の量が増え、彼女の倒れている周囲に血の池ができていく。

 腹部を貫かれた際に、主要な血管をやられたようだ。距離があり、素人目だがこの出血の速さは妖怪だとしても重傷だろう。すぐに治療を施さなければ、人の捜索に特に秀でた能力を持つ彼女を失うことになる。

「…紫!」

 元の世界に戻り、椛を永琳に治療してもらわなければならないのは、紫も重々承知しているようで、能力でスキマを生み出そうとした直後、未だに暴風を巻き起こしていた竜巻が掻き消えた。

「くそっ……こんな時に…!」

 文が悪態をつく傍らで、魔力制御化に置かれていた竜巻が消滅し、あらゆるものが斬り刻まれるはずの中央に、化け物が佇む。

 大きく、軽い骨と骨が打ち合わさるような顫動音が響く。化け物の側面から妖怪退治用の針を投擲するが、ズブリと陶器質の肌に入り込むと、溶け込んでいく。

 遠距離も効果がなく、打撃も効果が薄い。倒すことができないのであれば、形状が元に戻るまでの時間を稼ぐしかない。

 私もスペルカードを起動しようとしたが、化け物の方が一歩早い。椛の周りに集まっていた天狗たちを押しのけ、吹き飛ばす。彼女を抱えて飛び去ろうとした文を、鎖状に変化させた腕で拘束し、投げ捨てる。

「椛…!逃げ…て……!!」

 数百年生きた妖怪たちが、赤子同然だ。人間を超える圧倒的な脚力を持つ鬼でさえも、化け物の進行を止めることはできない。必死に椛を守ろうとする、文の悲痛な叫びが木々に反響してこだました。

 執拗に椛を襲う化け物は拳を握り、彼女に向けて正拳突きを繰り出した。白狼天狗にいつものフットワークはないが、後方へ下がりながら穴の開いた盾で防御したことで、身体を叩き潰されることは防いだ。

 あらゆる打撃や斬撃を受け止める強靭な盾が粉々に砕け、彼女は自分の身を守ることのできる唯一の手段を失った。

 化け物が大きく前に踏み出し、椛が下がった分だけ距離を詰め、拳を握った左腕を構えた。下半身から上半身、全身の筋肉組織を流動させ、最大限の力を発揮させて叩き潰す気だ。

「…させない……!」

 ハンマーのように上から拳が振り下ろされる寸前に、滑り込みで化け物と椛の間に体を押し込んだ。ただし、馬鹿正直に飛び込めば私が彼女の代わりに肉塊になるだけなのは明白で、時間を稼ぐことは忘れない。

 後方から接近する際、魔力操作と身体強化で加速し、化け物の片足を叩き潰した。太ももが粉々に砕け散り、構えていた奴の体勢が大きく崩れた。

 地面に倒れてから足を修復すると考えれば、椛を連れていくだけの時間は十分に稼げる。血まみれで、今にも死んでしまいそうな白狼天狗に手を延ばそうとした時、予定と違う気配を感じた。

 肩越しに振り返ると、全身が流動化して足や動体の境目がなくなると、形状を変化させて手足を再生成した。なくなった足を補うため、尾と地面に着こうとした腕が足となり、バランスを崩して持ち上がっていた足と、傾いた頭が腕へと変化する。胸があったあたりと背中の一部がせせりだし、頭部と尾部を形作る。

 椛への殺意だけが先行したらしく、腕の形状固定が速い。拳を握り、こちらに向かって振りぬこうと振りかぶる。まともに踏ん張りも効かせることのできなさそうだが、込められた殺気だけでも、人を殺すのには十分過ぎる威力を秘めていそうだ。

 ただ一人の妖怪と、幻想郷の運命を左右する人物。どちらを優先するか、天秤の傾く方は想像に難くない。この状況で、どちらを優先しなければならないかなど、少し考えれば誰だってわかるだろう。

 生き物の命を天秤にかけることをしたくなかった、または、彼女が可哀そうだったという偽善的な感情から無鉄砲に突き動かされたのではない。この化け物と顔を見合わせて戦わなければならない、そんな使命感に似た感情に支配されていた。

 どんな生物でも肉塊に変えてしまいそうな、明らかに食らってはいけない拳を正面から迎え撃つ。切羽詰まった紫や鬼たち、フランドールの声をすべて無視し、お祓い棒を化け物へ振り抜いた。

 脚や顔が遅れて固定化され、怒りを張り付かせる化け物の瞳に私の顔が反射する。お互いの吐息がかかりそうなほど接近し、コンマの時間差が生死を分けるだろう。

 鈍足の得物と、俊敏な鉄拳が交差した。

 




次の投稿は2/27の予定です。


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東方繋華傷 第百五十一話 擬物

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百五十一話をお楽しみください!


 誰がどう見ても、どちらが速かったなど明白だっただろう。どんなに特別な人間であろうと、人間が人間であることには変わらない。どこまでも規格外の化け物の拳は、博麗の巫女が振り抜くお祓い棒の速度を大きく上回っていた。

 一歩も二歩も、化け物の素早さは先を行っており、徒歩の人間と自動車ぐらいの差はあっただろう。巫女の攻撃が放たれるよりも遥か手前で、華奢な体に拳が撃ち込まれ、全身の骨が砕けて肉塊になる。

 タンパク質の塊に服がまとわりついていても、元が誰なのかはわからなくなる。それほどの攻撃を博麗の巫女が受けるとこの場にいる全員、攻撃を行っている本人ですら思っていた。

 鋭い打撃音が響き渡った。吹き飛んだのは何十年も幻想郷を守り続けていたただの人間。ではなく、身長が倍以上もあり、体重は数百キロはくだらない化け物の方だった。

 誰もが予想だにしていなかったのは、説明するまでもないだろう。懐に潜り込んで放たれた打撃に煽られ、化け物の身体が見た目に見合わないほど軽やかに後方へと吹き飛んだ。

 皆の脳内で予期していた道をたどらず、博麗の巫女は何の外傷も受けずに生き延びた。これを運が良かったと、胸を撫でおろす人物はいない。化け物が頭部の形状を固定化させた途端に、突き出そうとしていた拳が急停止したのだ。

 そこから、博麗の巫女がお祓い棒を振り抜くまで、コンマの時間が存在していたはずだ。たったそれだけの時間だが、化け物からすれば人間一人を死に誘うのには多すぎる。

 長い時間をドブに捨ててまで、化け物が攻撃を放棄した訳は皆にはわからない。疑問が湯水のごとく脳内にあふれ出し、思考が追い付かなかった。

 だが、これまで何度も戦闘を繰り広げていた彼女たちは、すぐに切り替える。顔面から大きく亀裂を広げる化け物が、破片を大量にまき散らして吹き飛んだ様子から、巡る思考が一致した。これはチャンスだ。

 今までは攻撃を受けたとしても、亀裂が生じた部分は数秒で修復されていた。しかし、私が何か特別なことをしたわけではないというのに地面を転がり、ノロノロと起き上がった化け物の傷が治っていない。

 治癒が行われていないだけではなく、化け物が動こうとするごとに亀裂は広がり、壊れやすそうな外骨格はその見た目通りに剥がれていく。

 亀裂の奥から白い体液が滲み、傷を修復しようとする素振りすらない。攻撃に効果が見込めると確信して最初に動いたのは、遠距離武器を持つ河童たちだった。

 大口径の銃口から放たれる散弾銃を次々に構え、射線上に誰もいないことを確認し、一斉に引き金を引いた。火薬の甲高い破裂音が重なり、人の動体視力ではもはや捉えることのできない速度で、散弾は化け物に撃ち込まれた。

 明らかに、巫女が攻撃するよりも前とは、戦況が異なる。今までは水に物体を落としたように弾丸が溶け込んでいたが、頭部から広がる亀裂を銃創がさらに大きく広げていく。

 真っ赤な瞳にも当たったらしく、鮮血を弾けさせて大きく仰け反った。河童たちは射撃の手を止めず、ポンプアクションで次々と薬室に弾丸を送り込んでいく。チャンスだと仲間の装填時間を考慮せず連射したため、ほぼ全員が同時に弾切れを起こす。

「装填!」

 バックパックからショットシェルを取り出し、銃に一つずつ込めていく中で、攻撃が途切れるのは好ましくない。間髪入れず、飛行能力に長けている天狗が通り過ぎざまに太刀で斬撃を食らわせた。

 数度に渡って、深く長い斬痕を身体に刻んでいく。カラス天狗に遅れ、大太刀を構えた白狼天狗が切断されかけていた、人間の胴体ほどもある太い片腕を胴体から切り離す。

「ガアアアアアアアアアアアアッ!?」

 どんな技も受け流し、ダメージをまるで与えられた様子が全くなく、敗色が強くなっていた私たちの攻撃が、初めて化け物に効果を見せている。皆の握る得物に力が籠る。

 白狼天狗が更なる攻撃を仕掛けようとするが、化け物は大きく後方に飛びのき、我々から距離を取った。

 このままではやられると化け物は考えたのか、跳躍してここから逃げようとしている。今回たまたま弱点を突くことができ、奴にダメージを負わせられているだけなのかもしれない。後々、奴と再戦するのだけはごめんだ。

 大きく腰を落とし、あとは下半身のバネを使って跳躍するだけの化け物に向かって突撃するが、距離を置かれた分だけ離れてしまっている。間に合わせるのには、時間が足りない。

 できるだけ早く動き、化け物にお祓い棒を叩き込もうとするが、奴の方が速い。足を延ばして跳躍しようとした時、地面を踏みしめる足周囲で異変が生じる。

 植物の芽が息吹き、急成長していくのだ。何十もの芽が成長を魔力で促進されることで、数センチが十数メートルにも伸び、化け物の残った腕や飛ぼうとした足に絡みつく。

 異次元幽香が周囲にいるのかと、魔力の流れに意識を向けるが、彼女の荒々しい波長ではない。しかし、こちら側の彼女は、異次元霊夢らが初めて姿を現したときに殺されたはずだ。

 訳が分からなくなるが、走る私の邪魔にならないように花が咲いていくことから、異次元ではない可能性が大きくなっていく。

 化け物が自分に絡まる蔓を引き裂き、引き抜いて拘束から逃れた。絶え間なく成長し、伸び続ける植物だが、根元からやられれば成長する分だけ拘束に空白ができる。

 今度こそ跳躍しようとした化け物の足を、炎の大剣が抉りこむ。大量に咲く花の影からいつの間にか接近し、フランドールが突き刺したのだ。

 振り払おうとする間もない。煉獄の炎を爆発させ、化け物の片足を塵も残さず焼き切った。炎が膨れ上がり、周囲の植物ごと焼却してしまうが、拘束の役割を最大限に果たしたため、幽香が怒らない事以外は問題はないだろう。

 片足を失った化け物だが、それでも移動を諦めていない。残った足や腕を使って逃げようとしている。巫女が到達するまで時間を稼ぐため、もう一人が上空からピンク色の軌跡を描いて攻撃を加えた。

 倒れまいと踏ん張っていた、もう片方の足に狙いを定めたようだ。重力を味方につけ、落下の衝撃で踏み潰した。鬼が振るう破壊に近しいものがあり、接近している足から衝撃が骨の髄にまで到達する。

 これまで戦闘に消極的だった、片腕に鎖付きの枷がはめられている仙人はピンク色の髪をなびかせ、包帯が巻かれた右腕を振りかぶる。潰すだけでは止まらないと踏んだのか、残っていた足を完膚なきまでに粉砕した。

 攻撃が終わると同時に二人は飛びのき、行動がままならなくなった化け物だけが残された。呆気ないように見えるが、ようやく長い道のりを経て到達する。斬痕と銃創まみれの体と、千切れかけの片腕で上体を持ち上げていた巨人に向け、お祓い棒を再び叩き込んだ。

 フランドールの焼却や華扇のストンプに巻き込まれず、化け物に巻き付いたままだった草花の茎や蔓が打撃によって引き裂かれ、化け物を後方へと吹き飛ばした。

 一度地面に衝突するが、化け物には足の鉤爪はなく、止まることなどできない。数本木々を砕き、なぎ倒したところでぶっ飛ばされた巨人の動きが停止する。

 初めは死んだように動かなかったが、今にもバラバラに砕け散ってしまいそうに見える奴は、あちこちから陶器質の肌を零し、ゆっくりと残った片腕で上体を持ち上げた。

 怒りではない。なんの感情も読み取れない咆哮を化け物は上げた。それに雄々しさなど微塵もなく、生命が事切れる最後の断末魔だ。

 化け物の崩壊が始まり、尾が原型をなくして地面に散らばった。外骨格だけではなく、体の奥深くにまで亀裂は及んでいく。

 胴体の一部が剥がれ落ち、もろく砕け散った。無機質的な質感であるのに、生物的に蠢いていた化け物の身体が、見た目にそぐわない無機物に切り替わる。金切り声が途切れ、崩壊に拍車がかかる。

 特に、頭部が内部から何かがせり出てくるように砕け、白色とは正反対の真っ黒な物体がズルりと零れ出る。卵の殻を破り、雛が外界に這い出てくるようだ。

 鬼の攻撃時、身体のあちこちに大穴が形成されていた。同時にいくつもの穴が穿たれることもあり、とても中身がいるようには見えなかった。こちらの攻撃に合わせて、本体は化け物の体の中を移動していたのだろうか。

 異次元の河童たちをものの数分で全滅させた化け物を操るのが、どんな異形の姿をしているか想像が膨らんでいたが、我々とそう変わらない人型で人間のように見えた。地面に倒れ込んだまま動く様子を見せない人物の上に、ただのオブジェと化していた化け物が倒れ込んだ。

 上半身を支えていた腕が砕け、地面や倒れ込んでいる人物に胴体が落下すると、食器に使われる陶器よりも脆く壊れていく。遠目では死んでいるのと変わらない程に動かなかった人物が、ようやく動きを見せた。

「げほっ……ごほっ…!」

 重々しい重病人のような咳が、化け物だった破片の下から聞こえてくる。体が揺れるごとに、巨人の中から出てきた人物の上から陶器様の破片が落ちていく。

 息を止めていたのか、咳から呼吸が開始されている。長時間休みもなく、高度な運動をしていたのと変わらない息切れだ。警戒して静まり返っている周囲に、その呼吸音だけが反響している。

 荒々しく、肩で呼吸を繰り返す。酸素を求めて喘ぐのが最初は誰なのかは全く分かっていなかったが、覆いかぶさっていた化け物の破片が塵となって消えていき、ようやくそこで気が付いた。

 金髪の鮮やかな髪は整えられているとは言えず、服も幾多の戦闘があったことが匂うボロボロさだ。踝まで隠れる長く、黒いスカートに白いエプロンは神社のタンスにあった魔女の服とよく酷似している。

 体を起こし、彼女は顔を上げた。思考がはっきりしないのかボンヤリとしており、見慣れた表情ではないが、何度も相まみえたあの魔女で間違いない。写真と比べると表情は陰り、荒んでいるのがよくわかる。

 化け物から出てきた本人ですら、何が起こっているのかわからないのか。困惑した様子で呼吸を繰り返し、周囲を見回している。その彼女に、私は迷うことなく歩みを進めた。

「霊夢さん!」

 仲間を瀕死の重傷に追いやられた文は、そいつに近づいちゃだめだと私を呼び止める。様々な証拠が出てこようが、この魔女はこちら側にはなりえない。この一言に、彼女の思いが滲んでいる。

 それでも、私は歩みを止めることはない。皆がどれだけ畏怖や敵意の感情を彼女に向けようが、魔女のあんな顔はもう見たくはない。神社に現れた時のあの泣きそうな表情は、今でも脳裏に焼きついている。

 項垂れる魔女の目の前に歩み寄り、こちらを見ようともしない女性を見下ろした。時折咳き込むが、呼吸はだいぶ整ってきたようで、荒々しく喘いでいたのは緩和している。

 魔女に行動を起こされる前に叩いてしまおうとしたのだろうか、刀を構えようとした白狼天狗の気配を察知した。妖怪退治用の針を袖の中で握り、振り向きざまに投擲する。

 人間が辛うじて耳にできる小さな音を立て、針は空気を切り裂きながら飛んでいく。刀を構える本人ではなく、刀を狙ったため、鋭い金属音が鳴り響く。その刺激的な雑音が足止めとなり、同じ行動に映ろうとしていた者たちをその場に留めさせた。

「…待機」

 勝手な行動をしないでと、威圧的に言い放つ。先の攻撃と合わさり、新たに動きを見せる者はいない。近づく足音は聞こえていたはずだが、反応を見せていなかった魔女は、私が声を発した途端に顔を上げた。

 彼女の顔を正面から真っ直ぐに、まともにまじまじと見たのは、自分の記憶からは初めてだ。血や飛び散った土で薄汚れているが、整った顔立ちから美人の分類に入るだろう。

 容姿は大人だがどことなく子供っぽさが残っているが、彼女が纏っている雰囲気はそれに似つかわしくない。荒々しく、どちらかと言えば異次元の世界の人間に近い。

 魔女は見上げ、私が見下ろし、瞳が交わった。彼女が最初に瞳に滲ませた色は、困惑や疑いが強かった。訝しげに眉がひそみ、探りこんでこちらを観察する。

 異次元霊夢か、そうでないか。確かめようとしているのだろうが、それにしても長すぎる。魔力の波長などですぐにわかりそうだが、十秒、二十秒と彼女は視線を逸らさずにじっと私を見据える。

 そして、自分の中で結論が出始めたのか、彼女の疑う視線がどんどん柔らかいものとなっていき、疑いが確信に変わるとついには顔を緩ませた。

 眼を細ませ、破顔した彼女に、今度はこちらが困惑することになる。喜び、歓喜というのとはちょっと違う。彼女の表情には、心の底から安堵しているのが色濃く出ている。

 瞳が潤み、涙が溜まっていく。溢れんばかりに溜まっていた物は、程なくしてゆっくりと頬を伝った。

 手の甲で涙を拭うが、どれだけ拭き取ろうとしても、留まることはない。次々と流れる涙やそこから作られる表情は、とても演技には見えない。

 彼女だけではなく、私の心境にも変化が現れる。魔女とここまで戦わずに近くにいることなど無かった。だからだろう。緊張感を途切れさせることができず、死が常に付きまとうこの世界でも、近くにいるだけで緊張が解れていくのだ。

 ずっと、欠けていたパズルのピースが埋まっていき、何かが足りないとずっと感じていた部分が、彼女で間違いなかったと改めて確信した。

 ずっと自分の横に空白を感じており、他の誰かがいることに違和感があった。それは戦いの最中でも変わらず、背中の風通りが嫌に良すぎていたと思っていた。

 紫でも、文でも、咲夜でも、早苗でも、妖夢でも、萃香でもない。何の違和感も、歪さもなく、名もわからない彼女は歪んで改変された心の穴を埋めてくれる。

 会話はなかった。それをする必要がないため、彼女に手を差し伸べた。周りからは動揺する声がちらほら聞こえるが、その姿勢が変わることはない。

 幾度と被害は受けたが、私たちが壊滅的打撃を受けなかったのは、ずっと彼女が守ってくれていたからだろう。こんなにボロボロになるまで、何もしていなかった自分に腹すらも立った。

 これからは一緒に戦いたい。彼女の隣で。私の差し出した手に、疲れ切っているのが拭えない表情の魔女が手を延ばそうとしたが、延ばされることはなかった。

「…どうして……?」

「私は…一緒には戦えない」

 ともに肩を並べ、戦うことができない理由などあるのだろうか。我々に攻撃してしまったことだろうか。椛に致命的になりえる攻撃をしたことは確かであるが、彼女はまだ死んではおらず、助けられる。

「ただの人殺しが、博麗の巫女の隣に立つ資格なんて…ないと思わないか?」

 私を助ける形で異次元早苗を撃ち殺し、異次元妖夢を殺した。戦闘に参加したタイミングが、偶然にも助けたように見えていたが、偶然が二回も続くわけがない。意図して私は助けられていた。

 そんな、誰かのために戦っていた魔女が人殺しだなんて、認めるわけにはいかない。彼女が頑張っていてくれたから、私の手が汚れなかっただけに過ぎない。

 私たちだって記憶を改変されていたとしても、彼女が手を下さなければならなくなる状況に陥らせた。それに加えて仲間を裏切るだけでは飽き足らず、殺そうとまでしたのだ。直接的ではないが、十分に罪人だ。

「…そんなことはないわ。それがまかり通るなら、あなたに全てを押し付けていた私たちにだって責任がある」

「責任なんてない。霊夢達は、ただ巻き込まれただけじゃないか……この世界に私が逃げ込まなければ、こうして戦うこともなかった……自分の尻は自分で拭かなきゃならない…だから元の世界に帰ってくれ…あとはこっちで何とかする」

 彼女の言うことも一理あるかもしれない。しかし、彼女が逃げた先が見つかるか見つからないかは、結果論に過ぎない。

 巻き込まれたと言えばそうだが、写真の年代から十年も前から私たちの世界に魔女は居た。それだけの年代一緒に過ごし、残っていた記録を見る限りは人間性的にも、彼女は部外者や助けるに値しない人物にはなりえない。

「あなたに全てを押し付けたのは私たちよ。それをわかった上で、あなたに押し付け続けるほど、ろくでなしじゃないわ。…それに」

 続けて彼女の同意を得ようと口を開こうとした時、誰かの怒号が間に割って入る。切羽詰まった声は普段の落ち着いて飄々とした声質とは異なり、声だけでは誰かを特定することができなかった。

「霊夢さん!そんなやつ放っておいてくださいよ!!」

 腹部から出血し続けている椛は一刻を争う状況であり、天狗たちにとっては大切な仲間だ。仲間とは言えない魔女の相手をしている暇など無いのだろう。

 しかし、状況を見れば彼女たちの取っている行動は、確実に破滅への歩幅を広げている。人命か、世界か。かけてはならない物同士を天秤にかけた選択を迫られた。

 魔女の手を取り、自分の二つの目的を果たして人命を捨てるか。魔女を一人で戦わせ、自分の目的を両方とも捨て、人命を救うか。

 どちらも、という選択肢はないだろう。今の私たちに分断できるだけの戦力はない。かけていられる時間は非常に短く、すぐに答えを出さなければならないのに、喉につっかえた様に言葉が詰まる。

 文たちの方向に振り返ろうとした直後、魔女はその選択肢を私が選ぶ前に、天狗たちに譲った。地面を揺るがす衝撃を残し、跳躍して上空に舞い上がると弧を描いて森の中へと消えていった。考えうる限り最悪の方向に状況が傾き始めているかもしれない。

 天狗たちは自分たちのために元の世界に帰りたがっている。私も私で世界のためと言ってはいるが、彼女を助けたいがために魔女の元に行こうとしている。

 今の私たちに、戦力を分断させる余裕はない。このままではあの子と戦えないばかりか、天狗たちとの間に溝が生まれる。これまでは何とか指示には従ってくれたが、私の無理な行動に付き合っている天狗たちはそろそろ限界が来ているはずだ。

 椛を助けようとしている者の中には、反感を覚えている者もいるだろう。どうするか悩んでいる私に対して、いらだちが募っているのだ。

 例え、人命を優先して帰り、もう一度ここに来たとしても、時間の経過で状況は悪くなる。ここで決めねば、どちらも失うことになるだろう。

 手遅れになる前に、あの魔女にもう一度会わなければならない。そう決断して、魔女が人間性を捨てない方向に傾けてくれた天秤を、無理やり反対に戻そうとする選択肢を取った。

 これもこれで、彼女の気持ちを踏みにじり、状況を拗らせる助力になるだろうが、世界が続いてくれる可能性は高くなる。恨まれ、天狗たちとの関係に亀裂が生じるであろう決断を決め、彼女たちの方向へ振り返った。

 椛を抱え、運ぼうとしている天狗たちや、どうするか判断を仰ごうとしている河童や下級の鬼たちが見える。吸血鬼や仙人たちは、私がどう判断するかで動きを決めるらしく、ただ黙ってこちらを見ている。

 化け物との戦闘で、椛を除いてさほど大きなけが人などは出ず、死傷者もいないのはこれからの戦いの勝敗に関わってきそうだが、この見たことがある景色に猛烈な違和感を覚えた。

 スパゲッティのように捩じれ曲がっていた状況や思考を脳が放棄し、違和感に対する謎を解明しようと急速に頭の回転数が上がっていく。

「…文、待って」

 紫にスキマを開かせようとしている文を呼び止めた。一刻を争う非常事態に余裕を取り繕うのも忘れ、こちらを睨みつける。

「なんですか!?…いい加減し似てくださいよ!あなたにとってはとるに足らない、妖怪の一人かもしれませんが、我々にとってはかけがえのない一人なんです。椛を見殺しにしろって言うんですか!?」

 文の言葉を引き金にして天狗を中心に下級の妖怪たちが、私に対して反感や敵意に近い負の感情を渦巻かせていくのを感じた。まずいと思いつつも、脳は冷静に話すべきことを組み立てていく。

「…見捨てろっていうことじゃないわ。ただ、助けていいのか、助けるべきなのかに少し疑問が残るの」

 同じ意味だと怒りが頂点に達しそうになり、椛を抱える文の顔が怒髪天を示して真っ赤に燃え上がる。しかし、彼女が何かを言おうとするよりも早く、続けて言葉を発する。

「…あれだけ弾丸を撃ち込まれても傷一つ残らず、バラバラに弾けても元に戻れる化け物。森で起こった爆発も、彼女の仕業だったと思う。森を一つ焼き払える彼女がここで私たちと戦ったのに、これしか被害が出てないのはおかしいと思わない?」

 見たところ、永琳の治療が必要そうなけが人は椛だけだ。ほかの者はなぎ倒されたりはしたが、せいぜい打撲程度で致命傷に至る怪我は負っていない。

「知りませんよ、そんなこと!あの魔女が、仲間だと思い込んでたから手を抜かれていただけじゃあないんですか!」

 あくまでも魔女がこちら側とは認めないようだ。しかし、文の強い言葉でもそう言ったことで私の考えを話しやすくなった。

「…仲間だと思っていたのなら猶更、なんで椛だけがこれだけの大怪我をしたんだと思う?」

「何が言いたいんですか…!人を馬鹿にしないでください!身内を疑うなんて、それこそ破滅に向かっているじゃないですか!」

 皆、口では言わないが、私が冷静な判断をできなくなっているのではないかと疑い始めた様子だ。博麗の巫女という肩書で、権力と武力を行使される前に、元の世界に戻った方がいいのではないかとこそこそと話している。

「…確かにそれもそうね。じゃあ、私の考えを否定するために、椛に何か質問してみてもらえないかしら、二人にしかわからないことを」

 文は怒りが続いてはいるが、そんなことで疑いが晴れるのであればと抱えている白狼天狗に質問を投げかけようとする。腹部を押さえたまま、肩を借りていた椛の顔は文の髪に半分ほど隠れてしまっていたが、表情がわずかに歪んだように見えた。

「椛…苦しいでしょうがすぐに運びますからね」

「は、はい……」

 顔が青ざめていくのは、出血のせいだろうか。それとも、不都合な質問を投げられる不安からだろうか。どちらにせよ結論はすぐに出る。

「じゃあ……この前の誕生日で私があげた物は何ですか?」

 彼女たちにしかわからない質問で、こちらで真偽を確かめることはできない。だが、それゆえに私の考えが間違っていなければ、その効果はどちらにも絶大だろう。

「……………っ……」

 彼女は答えない。何秒経っても、十数秒と時間が経っても、椛が文からもらったプレゼントが何だったのか。口が縫い合わせられているのかと思う程、声を発することはない。

「も……椛…?……どうしたんですか…?……そんなに、悩むことじゃないですよね…?」

 文が明らかに動揺を見せる。青ざめて質問に答えることの無い椛は、肩を借りていた文の事を突き飛ばした。この大怪我では、大した強さで押していないだろうが、文はよたよたと後ろに下がると、しりもちをついて座り込んでしまう。

 世界と人命をかけた選択など、最初から存在しなかったのだ。

「いい、所まで行ってたんですけどね…」

 私たちから距離を取った椛は、忌々しく顔を歪めながら舌打ちをする。今度、顔を青ざめさせたのは文の方だった。今までずっと仲間だと思っていた人物が、偽物と入れ替わっていたと考えると、そうなるのも仕方がないだろう。

 ある程度の心構えをしていたから大したダメージはないが、仲間だと思い、これから治療しようとしていた人物たちからすれば、深い不安と恐怖が舞い込んだことだろう。人間不信にまで陥ってもおかしくはない。

 血液が広がる腹部を押さえたまま、異次元椛はせり上がってきた血液を吐き捨てた。地面に体液が広がり、彼女の死期が近づいていることが想像できた。

「一つ聞きたいんですが、なんでそこまで確信を持てたんですか?…あいつが攻撃したぐらいじゃ、たまたまだとするのが普通だと思うのですが」

 それについては、前に異次元椛が怪我をして博麗神社に来たことを思い出したのだ。今の状況はその時と全く同じだ。当時は思考が至らなかったが、魔女の攻撃がどのようなものだったのかを忘れていた。

「…皆が神社に集まってるとき、あんたが魔女にやられたって来たのを覚えているかしら」

 どうだったのか、異次元椛が瞳を泳がせた。彼女にとっては完璧に椛を演じられたと思っているようで、怪訝そうな顔をしている。

「あなたはあの魔女に撃たれたって言ったわよね?あの子は弾幕にレーザーを使うわ」

「それが、どうしたって……」

 異次元椛が言葉を詰まらせた。私が何を言いたいのか、過去にとった行動の過ちに気が付いたようだ。彼女は徹底的にやるべきだった。

「熱線で射抜かれたのなら、出血はしない。あなたが撃たれたと言っていた傷には、焦げや焼き跡一つもなかった。矛盾すると思わないかしら?」

「っ……そんなことで…!」

 痛みの関係で自分の事を焼くことができず、中途半端に貫かれた傷だけつけたのが裏目に出た。もし、レーザー以外の攻撃で貫かれたとしたならば、撃たれたという言葉は矛盾するためやはり疑わしくなる。

 永琳に見てもらったが、触診だけでは何に貫かれたのかを特定するのには無理がある。酷い怪我だったということは聞いていたことで、偽物の可能性を完全に見落としていた。

 もし、文まで入れ替わられていたとしたら、こちら側の危険度が増す諸刃の剣のように見えるが、そこまでではない。暴走した魔女が椛以外を攻撃していないところからも、文がこちら側であることを示唆していたからだ。

「ま……待ってください…椛は……本物の…椛、は……どこに……!」

 生きている。という楽観的な考えを思い浮かんだものは誰もいない。入れ替わられたのが神社からと考えられるが、そこから数日は経過している。どこかに閉じ込められているのであれば、可能性はある。しかし、様々な世界を壊してきている彼女たちが、監禁で済ませるとは考えにくい。

 出てこられた時や、誰かに見つかった時を考えると、縛り上げて閉じ込めるよりも始末して埋めてしまった方が楽だろう。

 誰も文に言葉を投げかけない。気安く言葉などかけられない。顔を青ざめさせ、茫然としている彼女に向け、異次元椛は喉を鳴らして笑う。

 それが精いっぱいの強がりであり、嫌がらせであることは想像に難くないが、椛を奪われた文であれば精神に大きなダメージを負うことだろう。

「本物…?ああ、あいつなら…最後の最後まで…惨めたらしくもがいてたよ。……情けないったらありゃしない」

 ゴボッと喉の奥を膨らませると、今までにない量の血液を吐き出した。奴の死が近いのが視覚的にも伝わってくる。肌の色が土気色になっていき、瞳から生気が失っていく。

 いくら妖怪と言えども、これだけの長時間治療もせずに血液を垂れ流していれば、死は避けることができない。先ほどまでは妖怪たちが刺された場所を押さえていたことで、多少は緩和していたが、それがなくなった状況では腕が二本では止血は間に合わないだろう。

「…あんた……!」

 こちら側に居る連中はロクなのがいない。異次元椛の口を閉じさせようとするが、その必要がなくなった。白狼天狗の意識が混濁していくのが見て取れ、体ぐらついたと思うと、跪いて前のめりに倒れた。

 死んだふりを想定しなかったわけではないが、必要が無いほどに倒れた異次元椛は出血している。確認しなければならないのだが、大したことはしていないはずなのに極度に疲労感を感じていた。

 親密なつながりが無かったとはいえ、仲間だと思っていた人物に裏切られるのには、精神的なダメージが多少なりともある。それがもっと近しい関係であれば、ダメージは計り知れない。

 倒れた白狼天狗から目を離し、魔女が消えていった森の方向を眺めた。彼女が一人で戦おうとしているのは先の会話からわかる。一人で動き出してしまう前に探し出したいが、まずは辟易している仲間達を説得しなければならない。

「…………」

 青々とした空が雲で一部遮られ、陽光を零している。こんな世界でも綺麗だと感じる風景を眺め、息をつく。ショックを受け、精神的にも肉体的にもまいっている仲間たちを焚きつけなければならない。気が進まないな。

 大切だと思われる人物を殺させないために、他の人物を利用する。酷い話だと我ながら思う。椛が入れ替わられていたことや、魔女と私の会話を利用し、彼女たちの良心を刺激するのだから。

 彼女が今までやってくれたことを、今度は私がやらなければならない。

 

 

 薄暗い部屋の中央に、その人物は立っていた。口元では何かをぶつぶつと呟き、何か呪文のようなものを唱えている。

 外からけたたましい音が聞こえてくるが、その女性の耳には届いていない。全神経を集中して、ぶつぶつと言葉を発している。

 しばらく時間が経過し、絶えず唱えられていた発声が止まった。すると、軽い会釈ではなく両手を合わせ、長い時間をかけて祈りを捧げる。

 一人分の息遣いが部屋の中で渦巻いた。強烈な匂いが充満しているはずだが、鼻が馬鹿になっているのだろう。今では普通の空気と変わらない。

 そこで周りにも意識が向けられた。かつてない轟音が轟いており、戦況が大きく動いていると思われた。儀式のせいで出遅れてしまったが、まだ間に合うだろう。

 散っていった者たちの分まで、私が頑張らなければならない。意気込み、改めて部屋の外へと注意を向けた。

 障子が締め切られた部屋の中、夜明けからしばらく時間が経っているのか、障子越しに朧気に光が入り込んでいる。

 暗闇で足を止めることはなく、スムーズに戦地へ迎えることだろう。立っていた位置から移動し、外へと向かう。足で畳を踏むたびに、不快な水気のある音と不快とも心地よくもとれる触感が感覚器官に届く。

 赤い手で横開きの障子を開き、外に出た。数時間もずっと部屋の中に籠っていて、久方ぶりに外に出ると気分がいいものだ。大きく息を吸い込み、深呼吸をすると新鮮な空気が肺に舞い込んだ。

 部屋の中の空気が淀んでいたのだと実感する。外の風景を見た時以上に気分が晴れていく。新鮮な空気を取り込んだことで、力が全身にみなぎっていく気がする。

「ふぅ……」

 淀んだ空気と新鮮な空気が交じり合った息を吐き、大きく腰を落とした。足腰に力をため、新しく呼吸を行う前に空に向かって跳躍した。

 立っていた床を破壊することになったが、そんなことを気にはしない。どうせ戻ってくることはないのだ。

 上空数十メートルの景色が目に移り込むと、さらなる力を手に入れられるのだと高まっていく闘志に感化され、嗤った。

 




次の投稿は3/13の予定です。


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東方繋華傷 第百五十二話 一徳一心

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百五十二話をお楽しみください!


 長い間、暴走している間中ずっと悪夢をずっと見ていた。酷い頭痛がする。頭の中で鐘が鳴り響いているようで、気分が悪くなってきた。吐くことで改善される体調不良ではなく、この頭痛を取り除かない限りは永遠と続くだろう。

 薄暗い森の中で疲れ果てた体を引きずりながら、頭を抱えていた。痛みが次第に治まっているように感じたが、吐き気の方に気を取られていたようだ。胃が収縮するのを感じ、嘔吐感が最高潮に達する。

「うぶっ…うぅ…!?」

 胃の内部から、ないはずの内容物を押し出そうとしているが、当然ながら出てくるものは何もない。何度か胃の攣縮を繰り返し、ようやく吐き気が収まった。

 吐こうとしたことで、多少は気分が改善された気がする。しかし、ズキズキとうざったいぐらいに続く頭痛だけは収まることはないが、この痛みはあの時と同じだ。

 記憶を思い出す、または思い出したときと同じ物。今回については、後者だ。暴走によってあらゆる枷が外され、今まで脳が思い出すのを拒否していた、過去の記憶が掘り起こされた。深い深いトラウマになっており、記憶を探ろうとすると収まりかけていた吐き気が再発する。

「っ……!」

 嘔吐しようとするのを抑え込み、暴走する直前や暴走後の事に意識を向けた。何が起こったのか少し整理しなければ。

 私の力は、ストレスや蟠る負の感情を抱くことで強くなっている。今の状況や暴走中に思い出した過去の記憶から、理解することができた。連中はこれを利用し、霊夢を殺したというストレスを与え、力を独り歩きさせて暴走させた。

 私が力を操って成長しているということを考慮せず、彼女たちの想像を遥かに超えて暴れまわったらしい。暴走中の事はよく覚えていないが、妖怪たちを消し飛ばしたりしたことは記憶にある。

 朧気な記憶の中で唯一鮮明に覚えているのは、霊夢が生きていたことだ。奴らがどうやって霊夢の死体を用意したのかは、魔力に意識を向けていなかったから今からでは知ることもできないが、異次元霊夢たちに一杯食わされた。

 ほぼほぼ奴らの作戦は成功していたが、誤算があるとすれば、私が思っている以上に霊夢の存在がデカかったということだろう。その分だけ、力が強大なものになる。

 力が強大であるが故に、十年前の暴走時に施錠して忘れさせていた記憶も蘇ってしまった。封印していたせいで、風化することなく残った記憶がフラッシュバックし、私の頭痛の種となる。

 頭痛が起きない範囲で覚えているのは、血と臓物がそこら中に落ちている事だ。なんの臓器かは考えない方がいいだろう。結界で町の中に閉じ込めた張本人は、縛り上げた私の前に村人を二人蹴り出した。

 彼女は血と脂でまみれたナイフを一本掲げ、私を見下ろした。彼女は言葉を発することはないが、何度も繰り返してきたことだ。どちらを生かしたいか、または、どちらを殺したいか。

「嫌だ……嫌だ……!やめてくれよ…!」

 幼い自分の声を鮮明に思い出す。その私に対して、博麗の巫女はただ笑うだけだった。答えることはなかった、答えられなかったが、どうしたって奴は蹴り出された人を惨たらしく殺した。広い街だったために、何人も、何十人も、何百人も。何時間もかけて、苦しみもがかせ、苦痛の産声を上げさせた。

 苦痛を最大限に味合わせ、絶叫を上げさせ、恐怖を植え付ける。私に多大なストレスをかけさせ、力を暴走させようとしたのだ。

 私の前に出され、殺されていくことで、私に何かあるのだとそのうち村人たちも気が付き始める。大人から子供、男から女にかけて幾人もが私を蔑み罵倒し、恨みを残して処理されていった。侮辱をされることで、さらに私のせいであるということを実感させられ、村人とは別の方向で苦痛を与えられる。

 顔を背けることも、目を塞ぐことも許されなかった私は、恐怖と苦痛に歪められた村人たちの顔を今なら鮮明に思い出せる。映像が脳裏に焼き付き、つい口ずさんでしまう好きな歌のように、彼や彼女たちの悲鳴が頭の奥で歌を奏でる。

 これだけでも暴走してしまいそうなほどのストレスだが、これまでの経験や陥った状況で精神が多少なりとも成長していたらしい。暴走することはない。

「…はぁ…はぁ…」

 よたよたと歩き、地面に座り込んだ。極度の疲労で、足が鉛のように重たい。帰れと言って帰るかは分からないが、また戦闘に霊夢達が巻き込まれる前に戦わなければならないのに、なかなか足を動かすことができない。

 先の暴走で、大量の魔力を消費してしまった。足を含めて全身の筋肉に作用させて誤魔化すことに魔力を使っていられない。

 座り込んでしまったここから、立ち上がれるかどうかも怪しいところだ。食料を詰め込んでいたバックの中に手を延ばすが、いつの間にか落としてしまったようで、見当たらない。

 魔力も体力も枯渇し、干乾びそうだ。周りを見回しても、木の実も山菜も、キノコの一つも見当たらない。天狗たちが収穫してしまったのか、野生の動物が食べてしまったのか。どちらにせよ、胃に収められる食物はなさそうだ。

 無いなら、あるものでどうにかするしかない。座り込んだ足元にある青々と茂る雑草に手を伸ばし、力が全く籠らない指で葉を掴んだ。

 疲労から握力を働かせることができなかったが、数枚の葉っぱを千切ることはできた。普通の人ならこんなものを口にはしないだろうが、今は背に腹は代えられない。

 新芽なら山菜と同じく柔らかいのかもわからないが、人間が食べる品種改良がなされている野菜とは違い、強烈な青臭さが鼻から抜けていく。

 口に入れたはいいが、嚙み砕くことができない。吐き出したい衝動に駆られるが、噛まずに数枚の雑草を無理やり飲み込んだ。

 取り込むと、瞬く間に雑草が分解され、魔力へと変換する。しかし、ここらの鬱蒼としている木々に影響を持っていかれているのだろうか、やせ細った植物では得られる量よりも分解する魔力量の方が多い。これでは枯渇が進んでしまう。

 食べる予定だった雑草を捨て、何か食べれるものを探しに行こうとした時、後方から誰かが歩いてくる。肩越しに振り返ると、木々の間から特定はできないが人影は見える。

 足音の間隔や影の輪郭から霊夢でないことはわかるが、また私を狙う敵だろうか。足に力を籠めようとするが、木々の間から現れた人物に唖然とした。

「鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるけど、大丈夫かしら?」

 この森の中では、さすがに日傘は閉じている。ピンク色の傘に、特徴的な緑色の髪。瞳と同色の赤いチェックの上着とスカートを履き、胸元には黄色いリボンが結ばれている。

 私の記憶違いでなければ、彼女がここにいるわけがない。幻覚でも見ているのかと、目をこすってからもう一度彼女の方向を見るが、立つ人物は変わらない。

「……」

 幽香が話しかけてくるが、死んだと思っていた彼女が歩いて出てきたことに驚きすぎて、言葉を返すことができず思考が停止してしまう。

「人がせっかく話しかけてやってるのに、無視とはずいぶんと舐められたものね……。挨拶ぐらいしたらどうかしら魔理沙」

 にわかには信じられないが、百歩譲って生きていたとしても、なぜ私の事を知っているのだろうか。異次元霊夢の術で、紫を除く全員が私関する記憶を塗りつぶされているはずだ。

 魔力の流れから、異次元幽香ではないことがわかるのだが、霊夢が殺されたと思わされた時と同じで、また騙されているのではないかと勘ぐってしまう。

 しかし、親密な人物ではない幽香でやる必要はないだろう。霊夢でやった後なら特に、私が警戒するのは火を見るよりも明らかだ。こいつは、本物の幽香だろう。

「私の記憶では……お前は胸を刺されて、心臓をくり抜かれて死んだと記憶していたんだがな?」

「何も知らなかったあなたたちとは違って、私は対策のしようがあっただけよ」

 対策も何も、体から一番大切な器官を抉り取られていたように見えたが、いくら花の妖怪と言えども、あれで生きていたと一口で済ませるのは少々無理がないだろうか。

 疑うような目つきで見ていたのが幽香にも伝わったようで、小さくため息をつくと仕方がないと傘を持っていない左手を胸元に運んだ。

 シャツのボタンをいくつか外し、服を少しだけはだけさせる。シャツの間から覗く幽香の胸元には、痛々しい十数センチの創傷痕が残っている。

「これでどうかしら?」

 異次元幽香が幽香に成り代わる利点はなく、認めるしかない。だが、どうしても生きていられるのか、まったくわからない。

「心臓を取られて生きてる妖怪なんて聞いたことないぜ…化け物だな」

「人を化け物扱いなんて、いい度胸じゃない」

 ボタンを付けなおしている幽香が目を細める。異変が始まる前なら、弾幕ごっこでボコボコにされていたもおかしくないやり取りだが、そんな状況でないことは彼女もわかっている。

「け、喧嘩は今じゃなくてもいいだろ?それよりも、なんで私の事を覚えているんだ?」

「知らないわよ。気が付いたらあなたの事を誰も覚えていないんだから」

 紫が記憶を書き換えられていなかったのは理解できるが、今回については納得がいかない。しかし、魔力の波長から偽物ではない。頭を悩ませていると、幽香が話を切り上げた。

「まあいいわ。それで、どうするつもりかしら?せっかく霊夢と一緒に戦うチャンスだったっていうのに棒に振ったってことは、何かしらの考えがあるのよね?」

 無かったと言ったら怒るだろうか。巻き込みたくないなどと言っている段階ではないことはわかっているが、どうしても彼女の安全を考えると手を取ることができなかった。

「……。私が決着を付けなきゃならないんだ………お前たちの世界に逃げ込んで、ずっと背けてきたツケを払わなきゃならない」

「そう、一人でやりたいっていうのなら止めはしないけど、そんな調子でよく大口が叩けるわね」

 彼女が来るときにずっと蹲ったまま動こうとせず、今も幽香がわざわざ回り込んできて話している。動けない怪我をしていないのは、私の周りをぐるりと半周したからわかっているだろう。

 となれば、極度の疲労で私が動けないのだと結論付けたらしい。正解だ。彼女が食料を持っているようには見えないが、魔力回復のために聞いてみるとしよう。

「じゃあ、何か食えるもん持ってないか?腹が減って死にそうだぜ」

 私がそう伝えると呆れた顔をしている。長期戦になることは想像できるのだから、その位確保しておけと言いたげだ。していたが無くしたのだ。

「食べれるものなんて持ってないわよ。……でも、ヒマワリの種ならあるわよ?」

 食用のヒマワリの種はあることにはあるが、観賞用のヒマワリの種でも大丈夫なのだろうか。でも、種は非常に栄養が高いと言われている。ここらの雑草を食うよりはずっとましだろう。数十から百はありそうな種を全て受け取った。

「いたたくぜ」

「ええ、まずは皮を剥いてから…」

 食べ方を教えようとしたのだろうが、幽香がやり方を説明する前に殻ごと口の中に放り込み、ボリボリと歯と顎の力で噛み砕く。

 この際だから味や食べられる部位などは二の次だ。できるだけ多くの魔力を得るために、硬い殻ごと種を嚥下した。体内に取り込まれた即持つは即座に変換され、魔力として全身に広がっていく。

 栄養価が高いだけはあり、見た目以上に魔力を摂取することができた。ないよりはましだが、まったく心もとない。力が弱まっていれば猶更だ。

 霊夢が死んでいなかったという事実によって、たまりにたまっていたストレスが消え失せた。そのお陰で再度暴走する心配はないが、暴走する前と比べるとかなり力が減衰してしまっているようだ。

 今からではどう頑張っても力の底上げをすることはできない、というかしたくはない。異次元霊夢ら五人を相手にするのであれば、やった方がいいのだろうが方法がない。

 痛みを与えるのは回復することを考えると現実的ではなく、罵倒等もストレスを与えることを前提とし、本気で言っていないことをわかってしまっているため、選択肢から消える。

 この二つが消えた時点で、他のどんな方法も力の底上げに使用することができないだろう。もし、私の力が上昇したり、再度暴走することがあるのは霊夢に何かあった時だけだと思われる。

 だから、異次元霊夢が狙うのは霊夢達のはずだ。攻撃される前に、奴らを叩かなければならない。霊夢の事だ、あれで引き下がるとは思えない。接敵してしまう前に戦わなければならない。

「幽香、お前はこれからどうするんだ?私は戦いに行くつもりだが」

「決めてないわ」

 淡々と彼女は言い放つ。正直なところ一緒に戦ってくれれば心強いのだが、幽香を巻き込んでしまうことは忍びない。

「そうか…なら…霊夢達のところに寄って、帰れって言ってくれないか?」

「嫌よ」

 どこに向かうつもりなのかはわからないが、私の頼みを断りながら森の中へと歩いていく。その背中に声をかけようとしたが、つっかえてうまく声が出せなかった。

「…あっ……」

 私の声は聞こえていただろうが、幽香もやりたいことがあるのだろう。振り返ることなく森の中に歩いて行ってしまう。助けてという言葉一つすらも言えない。散々迷惑をかけ、これ以上彼女たちに頼り、殺されたことを考えると恐ろしくて言葉を発せなかった。

 霊夢はああ言ってくれて、記憶が戻った時に怒られるかもしれないが、それでも私はリスクを負いたくはなかった。

 彼女がくれた種のおかげで、魔力が少し回復した。連中が求める力は暴走する前と比べて半減してしまっているが、勝てるだろうか。

 魔力もほとんど底をつき、力も半減。勝利への可能性が遠のいていくのを感じる。異次元咲夜や妖夢を倒すのにも、魔力をふんだんに使った。

 力と魔力以外に、彼女たちに与えているハンデはもう一つある。同じように戦うことが不可能なのだ。連中はイカれていて、腐っていてもプロだ。同じ轍を二度も踏むことはないだろう。

 前回でも死力を尽くしてようやく勝利をもぎ取ったというのに、今度はあれ以上を求められ、かつ別の戦力ともなると、泣きたくなってくる状況だ。

 決めていた決意が揺らぎそうになる。駄目だと振り払おうとしたが、振り払おうことができなかった。奴らは同じ轍を踏まないのに、私が踏んでいたら状況は悪化していく一方だ。

 経験を積んで強くなっている異次元の連中に対して、こちらが全く戦略を変えなければ敗北が足を速める。連中と対等かそれ以上に立ちまわるのには、どう考えても霊夢達の手が必要になる。

 考えを改めた方がいいだろうか。霊夢の手を取らなかった手前ではあるが、手を取り合って一緒に戦った方がいいのは考えるまでもないだろう。

 どう考えても、私の残った魔力で五人を同時に葬るのは無理がある。例え、彼女たちが負傷していることを差し引いても、変わることはない。

 完全に積みだ。私一人では、どうやってもこの状況をひっくりかえすことはできず、魔力も体力も圧倒的に足りない。

「……」

 異次元霊夢達を倒すのには、霊夢達の力が必要であることは歴然である。もうすでに霊夢を巻き込みたくはないなどと言っている時期は、過ぎてしまっていた。彼女たちの協力を得なければならないところまで状況は来ており、もはや協力無しでは首が回らない。

「くそっ…」

 自分の弱さに腹が立ち、悪態をついた。しかし、私に迷っている時間は残されていない。霊夢達のところに異次元霊夢らが向かう前に、合流しなければならない。

 霊夢達と離れてからだいぶ時間が経過し、移動もした。彼女たちも動いているのが予想されるため、居場所を探らなければならない。

 電波の性質を魔力に加え、自分を中心に全方向に向けて放った。魔力の粒子一つ一つに地面にぶつかったらこちらに戻ってくるプログラムを組み、電波が通過した物体の情報をもとに周囲のマップを形成する。

 周囲には木々があるのはそうだが、数百メートルほど離れた位置に霊夢らと思われる動物の集団が存在する。まだ森の中だ。

 その他にも、敵と思われる生体反応が幻想郷の各所に分散している。思ったよりも敵が残っているが、敵意があるのかまでこれで測ることはできない。

「くっ……っ…」

 重たく、震える足を力ませ、数十キロの身体を持ち上げた。残り少ない魔力を使い、戦闘準備を開始する。数百メートル離れた場所にいる幽香以外に、数人の集団がすぐ後方に存在を確認できた。

 ここまで何とか生き抜いた動物も考えたが、向かってきている数は五つ。異次元霊夢らの数と一致し、魔力の情報からも四足歩行ではなく二足歩行だ。

 走ってきている連中の足音が、森の中に反響していても四足歩行の慌ただしさはない。まっすぐこちらに向かってきている様子から、狙いは霊夢達ではない。

 再度暴走させるために霊夢達を狙うかと思っていたが、奴らの目的は私だったようだ。弱体化していることは知らないだろうが、私を制圧してから霊夢達のところに向かうのだろう。

 また、奴らの思い通りに事が進んでしまう。後の祭りだが、あの時に霊夢の手を取っておけば、もっといい状況で連中を向かい撃てたはずだ。

 悔やんでも仕方がない。手のひらに魔力を集中させ、魔力をレーザーへと変換した。振り向きざまに、木々の間から現れた異次元霊夢らに向けて弾幕を薙ぎ払う。

 木々である程度遮られているが、木漏れ日を超える光量のあるレーザーが異次元霊夢達に向かって薙ぎ払われ、大気と木々を焼け焦がす。

 異次元妖夢がレーザーの下を掻い潜り、異次元霊夢が熱線の上を飛び越える。異次元早苗は干渉する能力でレーザーを撃ち消した。異次元咲夜は向かってくるつもりがないのか、樹木の後ろに突っ立ったままだ。

 異次元霊夢はともかく、残りの三人のところには生み出したケロべロスを置いてきたはずだが、一人も食い殺されることなくピンピンしている。

 追加で多少のダメージはあっても、暴走時で与えた私の攻撃以外に負傷が見られず、動揺が走る。

 驚きは思考を鈍らせる。異次元妖夢が十数メートルの距離を、レーザーを撃ち切る前に走り抜け、観楼剣の柄頭で私の腹部を殴りつけた。

 少しでも防御していたはずだが以前の防御力はなく、体がくの字に曲がって崩れ落ちそうになった。異次元早苗が異次元霊夢よりも先に到達し、消えかけていたレーザーを徹底的に打ち消し、額をお祓い棒で殴りつけられた。

 顔が大きく跳ね、天を仰ぐ。仰け反った上体を魔力強化もままならない体では立て直すことができない。そのまま倒れ込もうとした私に、異次元霊夢がまだだと到達する。

 反撃に移る意識など無かった。倒れ込まないように、何かを掴もうとばたつかせていた腕を異次元霊夢にお祓い棒で殴られた。

 容赦のない攻撃は右腕の前腕に直撃し、骨折とは思えない肉体が潰れる異音が高々と鳴り響く。腕が曲がってはいけない方向に折れ曲がってしまう。

「っ…!!!ああっ…!?」

 打撃を受けた部分が青紫色に変色し、捩じれた皮膚を突き破り、粉々に砕かれた骨片が外界に露出する。白色の骨は数秒も待たずに鮮血に染まり上がる。

 痛みに気を取られ、仰け反りから上体を起こすことができず、倒れ込んだ。尻もちをつき、関節が一つ増えた腕に目を落として唖然としている私に、異次元霊夢は再びお祓い棒を振るった。

 頭蓋骨が叩き割られなかったのが不思議な打撃が叩き込まれた。衝撃で脳が脳脊髄液とシェイクされていないか心配になってくるほどで、脳震盪が起こりそうだ。

 後方に吹き飛ばされ、地面を転がる。片腕を失っただけで体のバランスをとることができず、受け身を取らずにされるがまま地面を回りまわる。

 ようやく体が止まったと息をつく間など無い。できるだけ早く起き上がり、異次元霊夢らの方向に向きなおる。森景色である緑色の草木が映らず、赤と白の布が視界いっぱいに広がった。

 接近されていると知覚が速いか、お祓い棒が叩き込まれるのが先か。答えは後者だ。下から薙ぎ払われたお祓い棒が顎を捕え、私の顔面をかち上げた。

「がっ!?」

 できるだけ避けようとしたが、顎先に叩き込まれる。舌を出していたら切断されていただろう。衝撃で歯茎から血が滲み、口の中に鉄臭い香りが充満する。衝撃は口だけでは収まらず、身体全てを統括する脳にまで及ぶ。

 脳が揺らされ脳震盪を引き起こし、平衡感覚や身体操作に多大な障害が起こる。膝ががくがくと笑い、立ち続けることができない。

 意識がはっきりしているというのに、震える足は踏ん張ることができず、後ろに倒れ込んでしまう。魔力強化をしていて、攻撃を避けていたためこれだけで済んでいるが、まともに食らっていたら意識を失っていたかもしれない。

 魔力操作で倒れそうになる体を浮き上がらせて後方に下がった。魔力の作用で体が重力に逆らおうとした直後、異次元霊夢の蹴りが頭部に到達する。

「くっ…!?」

 間髪入れず、頭部と蹴りの間に左手を滑り込ませた。手がクッションになったことで、手加減の無い膝蹴りは私の意識を刈り取るほどではない。ただ、指の骨が数本へし折られた音がする。

 指の骨が折れた音に交じり、頭蓋の歪む音が不安を掻き立てる。鈍い痛みが前頭部から後頭部まで駆け抜けていき、蹴りの運動エネルギーが体に移る。そのままゆっくりと異次元霊夢から離れていこうとしているが、それを奴を許さない。

 魔力量の少なさから、中途半端にしか魔力操作ができていなかったことが裏目に出た。異次元霊夢が魔力での加速し、吹き飛ばした私に追いついた。

 胸ぐらを掴まれ、すぐ下の地面に叩き落とされた。重い衝撃が背中から発生し、肋骨の歪みが生じて息が詰まる。

 呼吸が整うまで数秒を要するが、異次元霊夢がその間悠長に待っているわけがない。その証拠に肩を踏みつける奴が、お祓い棒を振り下ろそうとしているのだ。

 抵抗の表れか、お祓い棒を掲げる異次元霊夢に向け、魔力からレーザーへと変換された弾幕を向ける。

 手のひらを向けられた異次元霊夢は、極めて冷静にそれを対処する。顔を狙っていたお祓い棒の軌道を傾け、持ち上げていた腕を叩き落した。

 それだけでも肩が外れてしまいそうになる衝撃だ。ボロボロで今にも倒れてしまいそうな容姿だが、それでもこれだけの攻撃力を発揮できるのは魔力を持っているか持っていないかの差だろうか。

 魔力から変換したまま維持しようとしていた手の平のレーザーが、形状を維持し続けることができず、塵となって霧散していく。回復させておいた分も使い果たし、魔力が尽きてしまう。

 落とされた腕を持ち上げるよりも早く、靴で二の腕を踏み抜かれた。靴底の硬い感触が皮膚に伝わってくる。魔力強化された力では人間の皮膚などひとたまりもなく、踏まれた二の腕から血が滲みだす。

 奴の目的は押さえつけるだけではないらしい。異次元霊夢が足を数センチ持ち上げると、魔力強化された身体を最大限に使い、振り下ろした足で左腕をへし折った。魔力強化を施していないのであれば、右手の時よりも簡単だっただろう。

 魔力で痛みの情報を遮断できず、腕をへし折られた激痛が脳に軽減されることなく情報として送り込まれた。耐えがたい痛みに、絶叫を上げることすらできなかった。

 痛みを処理するので精一杯で、それも追い付いていない。意識が陰り始め、遠のこうとしている。一切の抵抗をすることができず、ボンヤリと天を仰いでいると異次元霊夢がしゃがみ、私の事を覗き込む。

「っ…あ……」

 痛みに支配され、まともな言葉など出てこない。両腕の骨を折られ、身動き一つとれない私の首ものとに異次元霊夢が手を伸ばしてきた。

 何が始まるのか、意識を手放しかけている頭で朧気な不安に駆られていると、両手がゆっくりと首を回り込む。抵抗できなくして霊夢達のところに連れていくつもりだろうか。

 私が思い浮かべていた予想通りの行動をするかに思われたが、異次元霊夢は一向に私の事を持ち上げず、握る手に体重をかけ始める。

「う……あっ……かぁ…!?」

 首を握る手にも握力が籠っていき、本格的に私の首を締め上げにかかる。外部からの圧迫で軌道が締め上げられ、心臓から脳に酸素等を送るための動脈が堰き止められる。

 本格的に異次元霊夢が私の事を絞め上げた。朦朧とする意識の中だが、異次元霊夢が殺そうとさらに力を籠めようとしているのが、伝わってきた。

 奴の目的が行動と表情から変わっている。奪取から、殺害へと。そんな理由などどうでもいいが、目的が切り替わっているのは無視できない要素だ。

 どうにも抵抗できない状況であれば、それはもっとだ。もっと早く知れていれば立ち回りも変わっていただろうが、もはや手遅れだ。

 魔力もつき、肉体的にも限界だ。両手を折られ、抵抗するすべも失った。あとは異次元霊夢が私の事を絞め殺すのを、私は特等席で見ていなければならない。

 酸素が循環せず頭が回らない。息をしようと横隔膜や肋骨が働くが、気道が塞がれている今は外界から空気を取り込むことができない。

 息を吸いたいと体は求め、どこにでもある酸素に食らいつこうとしているが、肺に送り込めなければ意味のない行為だ。全身が酸欠に陥り、徐々に体が土気色になっていく。

 その頃にやってようやく異次元霊夢が、計画にない行動をとっているのだと異次元咲夜らが焦った様子で走り出した。

 私の死ぬ理由が窒息だけとは限らない。首を絞めている異次元霊夢にわずかに残った意識を向けると、異次元咲夜達が自分の元に来る前に潰すつもりなのだろうか。魔力で最大まで身体強化を施した。

 二十メートルも後方にいる異次元早苗らが、背骨ごと私の肉体を潰そうとしている異次元霊夢の元に追いつけるわけがない。異次元咲夜が時を止めようとしているが、意識して能力を使用するまでにタイムラグがあり、間に合うことはないだろう。

 いいかもしれない。このまま、異次元霊夢が下そうとしている死に体を委ねてしまえば、この醜い戦争に終止符を打つことができる。これで、霊夢達も助かるんだと根拠のない自信で私は幕を閉じようとした。

 閉じきる直前に、見覚えのない物が異次元霊夢の肩辺りで煌めいた。太陽の光に反射して白銀に見えたその物体は細長く、長さは十センチ程度だろう。先が尖っており、指で触れたら刺さってしまいそうだ。

 濁っていく瞳と、模糊たる脳では、それが何なのかを記憶から探し当てるのに数秒を要した。私が記憶を探るのに使った数秒を、いつから刺さっていたかわかっていなさそうな異次元霊夢は、唖然として思考停止に充ててしまったようだ。

 目を疑う爆速で急接近した霊夢が、遅れて怯んでいる異次元霊夢にお祓い棒を数度はたき込む。腹部と胸に一撃ずつ得物をめり込ませ、さらに続けて頭部にお祓い棒を振った。

 強襲をかけられ最初の2撃は食らったが、顔に向かってきた攻撃を受け流し、後方に大きく下がった。

 万力で締め付けられていたような拘束から解かれ、体が求めていた空気を胸いっぱいに取り込んだ。肺胞が膨らんで新鮮な空気が肺の隅々まで拡散し、全身を網羅している血管へと浸透していく。

 心臓から酸素がたっぷり含まれた血液が隅々に運ばれ、一番最初に拘束解除の影響が出たのは脳だ。曇りがかっていた意識がクリアになっていくのを実感する。

「ああ゛っ…かはっ…!!」

 体が求めていた空気と一緒に、気道内ににじみ出た分泌液が肺に舞い込み、咳を誘発した。何度も咳を繰り返し、少しずつ体に新鮮な空気を馴染ませた。

 混濁し、薄らいでいた視界が回復に向かう。ゆっくりと視界内に収まる物体に焦点が合わさっていく。

 ぶれていた視界が収まり、私を心配そうに覗き込む霊夢の姿が映る。恰好や向きが異次元霊夢の姿に酷似して重なった。伸ばされた手に恐怖を覚えそうになったが、頬に触れた手や向けられる彼女の表情に恐怖感が薄らいだ。

 異次元霊夢の冷たい手とは違い、彼女の手は指先に至るまでとても暖かく、凍り付いた私の心を溶かしていく。緊張していた体の筋肉が解れ、安堵の息が漏れた。

「…間に合った…大丈夫かしら?」

 抱き起こしてくれた彼女は、地面に横たわる私をゆっくりと抱き起してくれると、そう言葉を投げかけてきた。

「あ、ああ」

 安堵はしたが急に現れた霊夢に驚きを隠せず、曖昧な返答を返した。数百メートルは離れていたはずだが、肩を上下に揺らして呼吸している所から、魔力を使用して全力できたのだろう。

「…置いて行くなんて、酷いじゃない」

 その私に向けて、霊夢は悲しそうな表情を浮かべると一言だけ語りかけてくる。たった一言だったが、返す言葉がなかった。

「……」

「…そんなに、信用できなかったかしら?……私を」

「ち、違う…」

 そういうわけじゃなかった。しかし、傍から見れば私の行動は霊夢の言った通り、彼女を信用しておらず、背中を預けられないと言っているような物だった。

 結局私は、霊夢のためと思って戦っていたが、自分のためにしか戦っていなかったのだろうか。自分の身勝手さに、霊夢の事を直視できなくなってしまう。

「…わかってる」

 霊夢はそう言ってくれるが、こんな状況でも自己嫌悪に陥りそうで、顔を傾けて項垂れた。自分をののしるよりも前に、彼女が私の頬を両側から包み込むと顔を再度持ち上げさせられた。

「霊夢…」

「…言ったでしょう?あなたがこんな状況にならざるを得なかったのは、私たちにも責任がある。だから、一緒に戦わないといけないの」

 決意が揺れ動く私と違い、覚悟を決めている霊夢は瞳を一切揺らすこともなく、見据えている。敵意や殺気を醸し出して威圧されているわけでもないのに、彼女の覚悟に気圧されていた。

「……で、でも…」

 先ほどまでは霊夢に力を借りなければと考えていたが、いざ彼女を前にすると舌が喉の張り付いているように声が出なかった。

 助けて欲しい。そう言えば、彼女は助けてくれるだろう。拒絶されることもなく、一緒に戦ってくれる。しかし、死を考えると動くことができなくなっていた。

 ここまで来てしまえば、戦う以外の選択肢がないのはとっくにわかっている。言わないと。連中が動き出す前に。

 背けていた瞳を彼女へと向けた。改めて彼女を見ると、決められた覚悟の中に不安が入り混じる。先ほど私が拒絶してしまったからだ、眉を潜めて私の回答を待っている。

 言わなきゃ。

「れ…霊夢………」

 まるで戦闘中のように、心拍が早くなっていくのを感じる。心臓がどうしようもないほどに力強く拍動していく。自分では制御できない部分が高ぶり、その緊張が彼女にも伝わっている。

 お互いに緊張した顔つきで向き合わせ、私は彼女に言葉を発した。

「霊夢……手を、貸してくれ………私を、助けて…」

 絞りだした声を聴き、霊夢は私と違って拒絶することなく力強くうなづいた。記憶がないはずなのに、彼女はいつものように優しく血まみれの私を抱き寄せてくれた。

「…当り前よ……!」

 両手の骨が折れ、抱き返せないのが歯痒い。数年、数か月と会えなかったわけではないのに、随分と久方ぶりな気がして、涙が零れそうだった。

 暖かい。篝火のように、常に光を照らしてくれる陽光のように、暖かく私の事を包み込んでくれる。異次元霊夢達がいなければ、体も意識も彼女に預けてしまいそうだった。

 戦闘の中でこんな隙としか言えない事をしているのに、連中が襲い掛かってこないのは、異次元霊夢を彼女たちが牽制してくれているおかげだろう。

 霊夢と一緒に、ここに飛び込んできた妖怪たちが、私たちを囲んでいる。一致団結して助けに来ているわけではないのは、彼女たちの顔から読み取れた。

 畏怖や恐怖の入り混じる目を向ける者が大多数だが、一握りの人間だけは霊夢に似た敵意の無い瞳を向けていた。

 そのうちの一人が、口をはさむ。

「お取込み中悪いですが、戦うにしても…あなたはどうするつもりですか。傷も治せていないじゃないですか」

 魔力に目を向けた文がそう呟いた。ただの人間と変わらないぐらいの、魔力の流れしか感じられなかったはずだ。今の私はただのお荷物でしかなく、一緒に戦うこともできない。

「…それなら大丈夫」

 周りに立つ仲間たちは全員が軽装で、何か食べる物を所持しているようには見えない。たとえあったとしても、大した量の魔力を回復させることはできないだろう。

 霊夢も武器以外に持っている物はなさそうだが、彼女は私を回復させる術があるのだろうか。疑問に思っていると、私を抱き寄せていた霊夢は私に微笑んだ。

 抱きしめていた手を頬に移動させ、ゆっくりと自分の顔をこちらに向かって傾かせる。元々近かった距離が、反応する間もなくゼロとなる。柔らかい唇が私の口をいつの間にか塞いでいた。

 しっとりと濡れている彼女の唇は、これまでこんなに柔らかい物体に触れたことがあっただろうかと思わせるほどだった。砂煙が微妙に混じるが、霊夢の優しい香りが鼻孔をくすぐり、彼女と一緒にいるのだと強く実感できた。

「んうっ…!?」

 咄嗟の事で、まったく反応ができなかった。私を含め、周りにいる文たちや遠くの異次元霊夢らも目を点にしたことだろう。

「れ、霊夢さん!?何を…!?」

 こんな時に何をしているのかと、文が問いただそうとするが、霊夢の目的に気が付いたようだ。高密度で私に近い波長に設定された魔力が、口を通じて注がれる。一番手っ取り早く回復させる方法に出たらしい。

 ヒマワリの種を幽香から貰った時のように、飲み込んだそばから自分の波長に完璧に変換され、密度の高い魔力が全身にいきわたる。

 だらりと垂れさがっていた腕の骨が魔力の作用で接着され、短時間で砕かれた腕の骨を修復していく。

 人間の腕とは思えないほどぐちゃぐちゃになっていた前腕の、飛び出た骨が戻り、裂けた皮膚が塞がっていく。

 全盛期よりは圧倒的に遅いが、それでも、数十秒から数分で完治することだろう。ある程度の魔力を私に吹き込んでくれた霊夢は、私から唇を離した。

 キスが目的ではなく手段であるため仕方がないが、酷く寂しく、酷く名残惜しかった。それでも、今は戦いに身を興じなければならない。

 治りかけで、動かせばまだ鈍い痛みが腕だけでなく全身に広がっていくが、それでもこの手で彼女を抱きしめたかった。体を離しかけた霊夢の背中に手をまわし、今度は私が力強く、現実を確かめるように抱きしめた。

 時間がないのはわかっている。もうじき奴らも痺れを切らして襲い掛かってくるはず。時間はないが、今だけはこうしていたかった。

「ありがとう、霊夢」

「…ええ、どういたしまして……。それより、一つ聞きたいことがあるんだけどいいかしら」

 ハグを終えた私の手に霊夢は手を延ばすと、優しく握ってくれた。驚いたが、私も握られた手を軽く握り返すと、彼女は嬉しそうに小さく笑った。

「なんだ?」

「…親しい仲ってことはわかるんだけど、あなたの名前をどうしても思い出せないの」

 咄嗟に名乗ろうとしたが、未だに裏切り者がいる可能性を考えると、名前を名乗らない方がいいのだろうか。そんな疑問が頭をよぎるが、そんなことは霊夢達も重々承知のはず。何か見分ける方法があるのだろうか。

 返答に迷った私に、霊夢の代わりに紫が説明をしてくれた。

「今の私たちの中に入れ替わりはないわ。大丈夫」

 なぜそこまで自信をもって大丈夫と言えるのか、私にはわからないが、その言葉を信用するとしよう。

「私は、…霧雨魔理沙だぜ」

 知っているはずの人間に、自己紹介をするのはなんだか変な感じがする。

「…霧雨、魔理沙…」

 私の名を噛み締めるように言葉に出すが、少しぎこちなさがある。未だに異次元霊夢の術がかかったままなのが顕著にわかる。強力な術で恐ろしさを骨の髄まで味わったが、こうして協力できればなんてことはないだろう。

「…よろしくね、魔理沙。…あいつらを一緒に片づけましょう」

「ああ、よろしく頼むぜ。終わりにしよう」

 準備が終わるまで律儀に待っていた異次元霊夢達に向き合い、二人で肩を並べて対峙した。忌々しそうに口角を下げる奴らと、私たちの敵意が交差する。

 最終決戦だ。真の、進撃が始まった。

 




次の投稿は3/27の予定です。


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東方繋華傷 第百五十三話 憤怒を滾るは坤の神

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百五十三話をお楽しみください!


 宿敵が五人。陰りのある木々の元で、我々を睨みつけている。その彼女たちを睨んでいるのは彼女らに因縁のある者だ。自分が狙っている相手を見据え、どう戦うかのプランを練っている事だろう。

 いくつもの世界線で、巫女やメイド達を殺してきた連中だ。こちら側に居る人物が、何人生き残れるだろうか。結局こうなってしまったことには申し訳なさがあるが、皆は闘志を燃やし、そんなことは気にも留めていない。

 そんな中で、一際殺気を醸し出している者がいる。感覚が研ぎ住んでいる天狗たちが特に、彼女に怯えている。口煩くはあるが、いつも優しかった事が今との差を作り出しているのが大きい。

 ピンク色の髪をなびかせ、包帯で形成されている腕に目を落とす。左手で右腕の根本と思われる場所を、押さえている。

 瞳を腕から異次元霊夢に向けた。殺気が増大し、私や霊夢が仙人の前にいるが蹴散らされてそのまま突っ込んでいきそうな雰囲気だ。

「十年ぶり、ね…。やっと、やっと…やっと…!やっと!……会えたわね…!!」

 華扇が腕を抱え、絞り出した声で呻いた。彼女が何か因縁があったとは思わなかったが、今まで反応を見せなかったことから、異次元妖夢や異次元早苗とは関係がなかったようだ。異次元霊夢もしく異次元咲夜だろう。

 やる気満々なのはいいが、今すぐにでも敵に飛びかかりそうな勢いである。単独行動は危険だ。一人で突っ走ってしまう前に、止めなければならない。

「華扇、今は出ない方が…」

 後ろに振り返り、彼女を止めようとした時にはもう遅い。地面には踏みしめた足跡だけが残され、頭上を通り過ぎていったであろう風に目を塞がれた。

「っ!?…華扇!」

 異次元霊夢達の方向を振り返ると異次元霊夢に、華扇が包帯の腕を叩き込んだところだった。拳圧で異次元霊夢周囲にいる異次元咲夜らの髪がなびかせる。

 異次元霊夢以外の奴でも十分華扇は射程に入っているはずだが、誰も横やりを入れないのはそういう連中だからなのだろう。それとも、自分たちが狙われていることを知り、その相手をするからだろうか。

 異次元霊夢は当然ながら、華扇の正拳突きをお祓い棒で受け止めた。一度受け止められた程度で仙人は止まることはない。周りからの邪魔も入らず、二度三度と拳を交え、異次元霊夢を後方へ吹き飛ばした。

 華扇も華扇で異次元霊夢以外の者には目もくれず、森の奥に消えていく異次元霊夢を追っていく。いくら私の暴走時に怪我を負っているとはいえ、腐っても博麗の巫女だ。一人では確実に勝てない。

 華扇が殺される前に、加勢に行かなければならない。霊夢と一緒に走り出そうとした直後、視界の端で誰かが動き出す。並んで立つ連中のさらに先に華扇はいるため、奴らの目標である私や霊夢が簡単に通ることはできない。

 魔力を手先に集中し、動き出した人物に向けて掌を向けた。魔力からレーザーに変換された粒子の塊を、標的に向けて照射する。

 前方方向には敵しかいない。味方の事を考えずに、最大出力でぶっ放した。光が視界を塞ぐが、照射した相手に全くダメージを与えられていない。

 凝縮されたレーザーが魔力の粒子として霧散し、私たちを倒そうと異次元早苗が突っ込んでくる。物理的にも、魔力的にも干渉してあらゆる攻撃を打ち消してしまうこいつは、異次元霊夢に並ぶ強敵だ。

 力が弱体化した今は、萃香や勇戯のような攻撃力を発揮することができない。霊夢が奴と戦っている時の事を遠目から見ていていくつか疑問は残る物の、意識外からの攻撃以外で異次元早苗へ、ダメージを与えることはできないと考えている。

 これだけ接近されていると、我々から意識を外させる状況を作ることが難しいだろう。彼女を殺したときの戦闘で意識外から私が狙撃を成功させたため、より異次元早苗も周囲に警戒をしている事だろう。

 一応考えた案としては、予想もできない形をした物体が、彼女が認識する間もなく広範囲を爆発するというものだが、確実性に欠ける。

 霊夢にかなりの量の魔力を貰ったが、その分だけ彼女も魔力を消費している。練習をしている暇も、魔力量もないため現実的な作戦ではない。こいつのほかに異次元の連中が四人も残っている。

 他の者たちが戦ってくれるとは思うが、何人を相手にするかはわからない。時間も魔力を使っていられない。

 ならどうすればいいだろうか。という問いを一度頭の隅に追いやり、目の前の敵に全神経を集中させた。お祓い棒を構えた異次元早苗が私に攻撃を開始した。

 激しい打ち合う打撃音が鼓膜を刺激し、続いて大きな物体が顔や胸にぶつかり、後方に薙ぎ払われた。赤と白に視界全体が覆われているため、霊夢が私を守るために前に飛び出たのだ。

 異次元早苗が振り下ろした得物を、霊夢がお祓い棒で受け止めた。魔力が干渉され、筋力の増強を図れない。踏ん張りを効かせられずに、霊夢は後方に吹き飛ばされた。

 異次元早苗の攻撃を受け止めた霊夢と違って、私に与えられた衝撃は人越しだったため、数メートル程度後方に流され、倒れ込むだけで済んだ。

 何度も吹き飛ばされた経験から即座に上下の方向を割り出し、受け身を取ろうとした私の真上を、打撃を受けた霊夢が通過していく。手を伸ばして掴もうとするも、霊夢が移動する速度の方が断然早く、掴み損ねてしまう。

 伸ばしていた私の手を踏み台に、異次元早苗が霊夢を追って後方に向かって跳躍していく。私の上を通過するまでに、天狗や鬼たちの迎撃を全て干渉し、返り討ちにしたようだ。

 彼女たちの短い悲鳴が連なり、それだけの人数が同時に叩いても指一本も触れられないところから、再度異次元早苗の厄介さを実感する。

 起き上がり、霊夢が吹き飛んでいった薄暗い森の中へ私も駆けだそうとするが、跳躍して空中を滑空する異次元早苗が魔力操作で身体を浮遊させ、空中でこちらに向きなおった。

 大量のお札を鎖状に魔力でつなぎ合わせ、私に向かって薙ぎ払う。当然ながら鎖は魔力操作してあり、動きの予測が難しい。縦横無尽に動き回る鎖を撃ち落とすのは非常に困難だ。

 レーザーを数度放ち、鎖を半ばから焼き切るが、迎撃されたとしても十分に余りある余剰分があり、止めることができずに接近を許してしまう。首に巻き付いたと思うと、引き千切る間もなく弛んでいた鎖が張り詰めた。

 移動と引き寄せる腕力が合わさり、頭部だけが持っていかれそうな力が発揮された。耐えられずに体が空中に躍り出る。

「霊夢さん!」

 文と思わしきに人物の声が後を追う。異次元早苗が口角を上げていやらしく笑うと、さらに加速をしてようやく立て直そうとする霊夢に向かう。

 そのまま連れていかれる私ではない。手先に魔力を集中させ、前方を突き進む異次元早苗に向けてレーザーを放った。事前の光が射撃のタイミングを知らせていしまっているのか、奴はこちらに向きなおるようなことすらしない。

 狙いを巫女から鎖に変え、魔力でつなげられている札に標準を合わせた。人物に向けて撃つ用に、高出力である必要はない。

 ある程度の魔力量でレーザーに変換し、私を引っ張り続ける鎖に向けてレーザーを放った。タイミングを計ったのか、ただの勘かはわからないが、異次元早苗が進むだけではなく大きく身体をうねらせた。

 攻撃態勢を取るのには霊夢との距離はかなり開いている。弾幕を撃つつもりかと、霊夢に向かう弾幕をここからでも全て撃ち落とすつもりで、手のひらを構えようとした。異次元早苗から私の首元に向かう鎖が大きくしなり、横方向へと薙ぎ払われた。

 撃ち落とすことに夢中になっていたせいで、魔力制御で空中に逃げるのが間に合わない。異次元早苗と対峙する霊夢に向け、私が突撃を仕掛ける形となってしまう。

「霊夢!避け…!」

 避けることなど容易だったはずだが、霊夢は身を大きくかがめ、振り回される私の下へと潜り込む。そのまま通り過ぎるのを待つのではなく、私へ手を伸ばして抱えつつ、下からお祓い棒で鎖を裂き砕く。

 私を抱え込んだことで、持っていた運動エネルギーが彼女にも伝わるが、数メートルほど横方向に地面を滑りながり減速した。

 全ての衝撃を受け流したが、異次元早苗の攻撃の手は休まらない。先が千切れても鎖の長さは十メートルほどあり、数歩前に出るだけで千切れた分の射程を補えるだろう。

 鞭と同じ原理で全身の筋肉の力を波として得物に伝え、こちらに向けて振り抜いた。鞭などは、個人的には弱いイメージがあるが、場合によっては人の命すらも簡単に奪う強力な得物だ。

 上から振り下ろされる金属の鎖よりも強力な札を、霊夢は反撃することなく後方へ大きく飛びのいた。物体にぶつかることにより形状や動きを変則的に変えるため、予想の付かない動きでダメージを受けることを嫌がったのだろう。

 筋肉から伝わる力をよく表現している鎖は、得物全体を大きく湾曲させ、先ほどまで霊夢がいた位置に叩き込まれた。

 その威力たるや湿った地面を容易に砕くほどだ。耐久性能が大きく上回る岩の塊や金属がそこにあったとしても、鎖に粉砕される未来は変わらなかったことだろう。

 腕を振り上げて地面に叩きこまれた札の鎖を巻き取り、今度は横なぎに得物を振り回す。その際に大きく前方に異次元早苗が進み、後方に下がってやり過ごすのは難しい。

 首に巻き付いたままだった札の鎖を引き千切り、異次元早苗の方向へと手のひらを向けた。攻撃する予定だったため、手先に溜めた魔力をエネルギー弾に変換すると同時に射撃する。

 淡青色の魔力弾が私の命令通り、何にも衝突していないが空中で小さく爆ぜた。爆発のエネルギーを全て前方に向かうプログラムがなされており、小さく破裂した魔力弾の残骸は全て前方に向かう。

 魔力弾が弾けた直後から、異次元早苗の居る方向に向かって空気の歪みが生じる。扇型に広がる爆発の衝撃波は、私たちに向かっていた札の鎖を引き千切る。主に鎖を狙っていたせいで、異次元早苗には当たりそうはない。

 抱えてくれていた霊夢に離してもらい、そのまま左手を地面に着いた。札を捨て、博麗とは異なった形のお祓い棒を構えて向かってくる異次元早苗を迎撃する。

 地面に魔力を放出し、いくつもの鋭い棘が飛び出る性質を加えた。奴が進む方向だけでは心もとなく、異次元早苗が向かってくる方向を囲む形で魔力を配置する。

 お構いなしに突っ込んでくる奴が射程に入ると同時に魔力に命令を与え、向きや長さ、太さはそれぞれだが剣山様に大量の棘が異次元早苗に向けて飛び出した。

 奇跡の巫女はそれを跳躍してやり過ごすと、私の前に出た霊夢と対峙する。余裕の表情を崩さない異次元早苗の攻撃を、霊夢は数度お祓い棒で受け流した。

 おおよそ木製の得物同士がぶつかっているとは思えないほど重たい打撃音。霊夢が反撃に転じようとするが、異次元早苗に当たる直前でお祓い棒は急停止してしまい、触れることすら敵わない。

「くっ…!」

 霊夢が呻き、異次元早苗が反撃に転じようとするが、我々の耳に暴走中に何度も聞いた、甲高い乾いた破裂音が響いて来た。森の中で反響して距離や場所がわからないが、それは紛れもない発砲音だ。

 よく銃を撃つ人間で、詳しければ銃声からどの系統の物かわかるらしいが、私には見当もつかない。自分たちが狙われたのかと、三人の動きがほんのわずかな間だけ停止した。

 この木々が大量に群生している森の中では、姿が見える至近距離でもなければまず当てられないだろう。標的ではないと一番最初に動き出したのは意外にも私で、異次元早苗と霊夢が次いで戦闘に戻る。

 味方に当たらない位置に回り込んで陣取り、すでにレーザーへの変換を済ませている魔力を、異次元早苗へとロクに狙いも定めず構えた。

 霊夢が追撃に会わぬよう、牽制で異次元早苗に向けてレーザをぶっ放した。熱線は標的に当たる直前で塵化して霧散する。一切の影響も受けることが無いのはいつも通りだ。

 注意がこちらに向き、霊夢に叩き込まれるはずだった攻撃が牙を剥く。霊夢がお祓い棒を振りかぶり、殴り付けたが、異次元早苗がこちらに飛び出して避け、標的に向かって伸びていた分のレーザーを干渉して全て打ち消された。

 目の前まで接近されれば、私の体内にある魔力までもが活動を停止させられ、ただの人間並みにまで身体能力も耐久性能も低下してしまう。

 肩と胸を異次元早苗のお祓い棒が捉える。魔力が使用できない状態であれば、身体能力には天と地ほどに差がある。強力な二度の攻撃に一歩遅れて対応し、防御の姿勢を取ろうとするがガードを作る前に異次元早苗の蹴りが腹部にめり込んだ。

 衝撃が駆け抜け、体内を反響する。潰れなかったのは幸いだが内臓が踊り、吐き気を催した。口から内臓が飛び出そうな激痛に苦しめられ、変わりに出たのは絞り出された悲鳴だ。

 踏ん張りを効かせることもできず、後方に吹き飛ばされた。干渉領域の外に出れば、魔力が再度活動を始める。魔力の活動で身体能力と治癒能力が戻り、治癒の性質を加えた魔力で亀裂の生じている肩と胸の骨を治していく。

 弱体化してしまっているのが歯痒い。十数秒で治っていた怪我が何十秒、もしかしたら数分かけなければ治らないだろう。

 霊夢が後方から異次元早苗に攻撃を加えるが、見えない壁に阻まれているように、お祓い棒を突き進ませることができない。お祓い棒が湾曲し、力ではどうにもできず、異次元早苗の反撃を食らうことになる。

 攻撃している最中でも受け身を取ることは彼女にとっては可能らしく、私の居る方向に大きく飛びのいた。私と違って大したダメージのなさそうな霊夢が、傍らに着地した。

「…まったく、二つ目の能力はどれも面倒ね…あなたの魔力でどうにかならないかしら?」

 狙撃した時に遠くから見ていたが、奴のフィルターは自分の放った弾幕には反応しない。異次元早苗の魔力という性質を加え、射撃を行えば当てることはできるかもしれなかったが、今は無理だ。

 暴走する直前であれば、ある程度の力があったため可能だっただろうが、弱体化した力では特定の性質に対する純度をそこまで高められない。その証拠に傷の治りも遅く、身体強化も魔力が使えるただの人間に毛が生えた程度。

「前ならできたが今は無理だぜ……でも、試したいことがある。…上手くいくかわからないがな」

 私と霊夢が相談しているのを、異次元早苗は邪魔することなく、余裕の表情を浮かべてただ見ている。それほどまでに自分の第二の能力に自信があるのだろう。確かに、対処できていないのだから、奴の自信につながってしまうだろう。

「…私はお手上げ。何かあるなら試す価値はあるわ」

 私よりも少しだけ戦った回数が少ない霊夢は、私がこれからやろうとしていることに賛成を示してくれる。

 一つ、奴と戦っている時に疑問が生まれた。異次元早苗への接近時に、能力の壁があるのはわかっている事だ。しかし、似ているようで異なる、接近した際には二つの現象が起こっている。 物理的に奴に接近できない状態と、弾幕を打ち消され、詰め寄ると魔力制御を失う状態。いざ整理して考えてみると、干渉する能力と一口に言ってもだいぶ違う。

 二つの現象の間に矛盾があることから、干渉領域には二種類あるのだろう。私や、霊夢が今まで勘違いしていた理由でもある。

 意識外からの攻撃であれば、干渉する程度の能力の影響を受けないと考えていた。実際に私が狙撃した時には、長距離からの意識外だからだとしていたが、疑問が残った。

 狙撃する直前に、霊夢が上空からスペルカードの一部を奴に向かって撃ち下ろしたとき、確実に異次元早苗の意識外だったというのに、弾幕は干渉された。

 直前に気が付く様子もなかったことから、奴の意識内に入ったことは否定できるだろう。となれば、我々が考えているような能力ではなかったと判断すべきだ。

 厳密には、能力の効果だ。干渉できるというのはそうだが、干渉できる種類が異なっている。と自分が感じた違和感から考える。

「…それで、どうすればいいのかしら?」

「霊夢は奴にお祓い棒で攻撃してくれ、私は弾幕で攻撃する」

 異次元早苗には聞こえないよう、口の動きから我々が何をしようとしているのかを悟られないよう、声も動きも小さくして伝える。

「…でも、奴には通じなかったわよ?」

「別々だったり、交互にじゃない。同時にだ…以前の戦闘でこれを試したことは?」

 私の記憶が正しければ、自分が戦った時も、霊夢が戦っているのを遠目に見ても、魔力弾の弾幕と、物理的な攻撃を同時に行えていたことはなかったような気がする。

 異次元早苗がこちらの攻撃が交互になるように、丁度よく距離を取っていたように見えた。仮定の話だが、全ての攻撃に干渉できるのであれば、それをする必要はない。

 我々が使える固有の能力というのは、便利であって便利ではない。使い勝手の悪いものだ。それは第二の能力でも変わらないだろう。

 私の考えが正しければ、奴の干渉領域には二種類あり、物理干渉と魔力干渉に分かれている。それを切り替えながら奴は戦っている。

 そう考えると、狙撃時に霊夢の意識外からの攻撃を食らわなかった理由がわかるだろう。霊夢は奴の目を奪うために魔力での弾幕攻撃をしていた。その時は魔力干渉領域が展開されていたため、意識外からの攻撃を干渉し、物理的な私の放った弾丸が奴を貫けた。

 あの時はただ運が良かっただけだ。霊夢が物理的な攻撃をしていれば、降ってきた弾幕を食らい、私の狙撃が干渉されていただろう。

「いくぜ、霊夢……いつも通りに動いて戦ってくれ」

「…ええ」

 異次元早苗に対して霊夢は直線的に、私は回り込むように移動する。霊夢が攻撃を開始し、お祓い棒を叩きつける。空中で見えない障壁に当たり、一定の範囲以上に奴に近づくことができない。

 私の考えが正しければ、異次元早苗の今の状態は物理干渉が広がっているはずだ。意識して切り替えているのであれば、私が攻撃するタイミングは一秒も差がないのが理想だ。

 レーザーを放つが、霊夢の攻撃する速度が上回る。ほんのわずかだが攻撃時間に差が生じ、打撃に干渉していたのを即座に魔力干渉へと切り替えたようだ。打撃をしていたのにもかかわらず、私のレーザーが撃ち消された。

 レーザーはただの弾幕とは違い、長い間その場所に放射し続ける。レーザーを打ち消せば、霊夢の打撃を自分でいなさなければならない。異次元早苗は弾幕の射線から飛びのき、追撃する彼女の攻撃を干渉した。

 この考えに至っていなければ、さらに頭を悩ませていただろうが、この異次元早苗の行動は自分はどちらか一つしか干渉できないと自分で言っているようなものだ。

 魔力に意識を向けていると、干渉領域の性質が魔力から打撃へとわずかに変わった気がする。物理的な干渉であるため、霊夢も接近時に魔力操作を行えないわけではなく、異次元早苗の反撃も受け流していく。

 随分と長い間、霊夢と一緒に戦っていなかった。彼女の速度にわずかについていけていない。だが、すぐに慣れるだろう。

 霊夢の動きに合わせてレーザーを連射し、筋肉や反応速度の回転速度を上げていく。少しでも彼女と一緒に行動することで、勘などの思考だけでなく、体が次にどう動くのかどう動いたらいいのか思い出し始めていく。

 霊夢は体が温まっていくごとに加速していき、私が霊夢との戦闘を思い出し、それに追いついて援護射撃を重ねる。

 時間の経過で、異次元早苗の反撃する回数が減っていくのが目に見える。霊夢の攻撃を干渉し、私のレーザーをことごとくかわしていく。

 異次元早苗から一定の距離を保ち、霊夢は大胆に行動している。絶え間ない攻撃で、奴がどちらの干渉領域を広げているかはわかり、それを切り替えたタイミングを見計らう。

 異次元早苗も、それが分かっているから物理干渉を展開したまま解くことができず、逃げ回っている。

 魔力干渉では接近してしまえば身体能力が消えてしまうが、その領域に入る手前で、何かしらを投擲できればそれがそのままダメージとなる。妖怪退治用の針を霊夢が持っていることは既に知られており、それが警戒されている。

 物理干渉で封じ込めているため、魔力である弾幕を私が当てればいいのだが、回避に専念している異次元早苗に当てるのは少々骨が折れる。

 霊夢に魔力を貰い、与えた彼女は大量の魔力を失っている。異次元早苗にばかり魔力を消費していられない。焦りが標準に反映されているように、弾幕が空を切る。

 見かねたわけではなく、遠距離攻撃をする私にばかり意識が向けられている隙に、霊夢が札を投擲した。

 近接攻撃を主流にしていた霊夢から予想外の遠距離攻撃を受け、異次元早苗の反応が遅れた。ただの紙である札は物理的なものであるため、異次元早苗の手前で見えない障壁に張り付いた。

 札がそれで終わるわけもなく、博麗特有の文字が書かれた札に含まれている魔力が起動し、淡青色の炎が膨れ上がった。爆発の炎が異次元早苗の身を焦がし、爆風で吹き飛ばした。

「ぐっ!?」

 咄嗟に魔力干渉を展開したようで、魔力爆発の衝撃を打ち消してしまったのだろう。全て干渉したわけではないが多少の衝撃を食らいながらも、異次元早苗が大きく前進する。爆発の炎を魔力の塵に変え、爆炎の中から姿を現した。

 爆発の衝撃や熱から身を守ろうとする霊夢まで、魔力干渉が展開されたまま距離を詰めた。爆風で防御を取っていたのが功を奏し、奴の攻撃を彼女はお祓い棒で受け止めた。

 それでも魔力干渉により身体強化が失われ、踏ん張りを上回る攻撃力に後方に移動していた私の方向に吹き飛ばされた。

「霊夢!」

 領域範囲外に出た霊夢が魔力で反動を軽減してくれたおかげで、自分よりも少し重量のある彼女を受け止めきれた。

 更なる追撃をしようとしている異次元早苗に、牽制でレーザーを放つ。霊夢が反撃できないと踏んでか、魔力干渉のままでいたのだろう。熱線を打ち消しながら奴が強引に我々までの距離を狭めた。

 だが、数歩もいかないうちに異次元早苗の足が止まる。進もうとはしているが、それ以上は足を前には出せず、それどころか後方に下がりだす。

「うっ…ぐうっ…!?」

 打ち消されたレーザーの塵が大気中に漂うが、視覚障害にはなりえない。なぜ奴が後退することになったのかは、すぐに視覚情報が教えてくれる。

 異次元早苗の肩や腹部に光を反射する、金属が突き刺さっている。あの崩れていた体勢から、妖怪退治用の針を霊夢が投擲したのだ。

 そのお陰で追撃を受けずに済んだ。霊夢の体勢を立て直そうとした時、腹部と肩から奴は妖怪退治用の針を引き抜いた。テラテラと血が光を反射する針を、異次元早苗が投げ捨てた。

 刺さっていただろう場所で出血している。狙撃で奴を殺したとき以来だろうか、奴が血を流しているのを見るのは。

 まともに攻撃を叩き込め、これだけの出血をさせたのは初めてかもしれない。カラクリさえわかってしまえば、倒せないことはないはずだ。

 私と同じように勝てる可能性が見えてきたのだろう、霊夢は新たな妖怪退治用の針を一本取り出し、お祓い棒を構える。私もレーザーを手先で維持させようとすると、異次元早苗が先に行動を開始する。

 懐から取り出したのは、一枚のスペルカードだ。それだけで我々の間に戦慄が走る。例え攻撃する方法を見つけても、私たちが攻撃できる状態でなければそんなものは一切意味のない物になる。

 魔力でスペルカード回路を抽出される前に、カードを撃ち抜こうとレーザーを放つが、一切の回避動作を見せず掻き消された。

 霊夢も同時に針を投擲していたが、お祓い棒に叩き落とされ、異次元早苗に到達することはない。濃密な魔力がカードに送り込まれ、回路が起動した。

 高濃度の魔力により、回路以外の紙を結晶化させ、カードを握り潰した。ここまできたらどうやってもスペルカードを止められない。

 回路が抽出され、キャンセルさせる間もなくスペルカードが完全に発動されてしまう。高密度の魔力が異次元早苗の全身に広がっていき、スペルカードの初期動作に移っていく。

「開海『海が割れる日』」

 斬性の魔力が異次元早苗のお祓い棒に集中し、何が来るのかと考える前に、自分たちの身を守らなければならない。

 自分たちの周囲に札を配置し、結界を形成した。大量の魔力を注ぎ込んであるが、どこまで耐えられることができるだろうか。

 無いよりはましだろうが、私も結界の性質を持った魔力を周囲に分布した。それを終えられるかどうかと言ったところだろうか。異次元早苗が大量の魔力を開放し、振り上げていたお祓い棒を薙ぎ払った。

 淡青色の魔力が解放され、霊夢が札で行った爆発とは異なる形で魔力の爆発を起こした。魔力が波のように盛り上がりながら、異次元早苗を中心に放射状に広がっていく。

 火山の噴火のように吹き上がりながら広がる魔力の波に、結界ごと私たちは飲み込まれた。スペルカードの斬性の魔力に覆いかぶされ、結界が無数の斬撃に掻き毟られる。

 魔力で斬り刻まれるごとに、最外にある霊夢の結界に亀裂が生じ、ものの数秒で崩れて波に飲み込まれて消えていった。

 私の張った結界にも斬撃の牙が向く。霊夢以上に私の結界は耐久性能がなく、即座に結界が弾けた。性質に意識を向けると、まだ異次元早苗のスペルカードは続くようだ。

 霊夢が結界を再度張ろうとしているが、四方に札を配置する時間はない。咄嗟に霊夢の事を守らなければならないと思考が動き、札を握る霊夢の事を抱えてスペルカードの波から背いた。

「っああああああああああああああああっ!?」

 スペルカードに飲み込まれ、背中を中心に腕や脚に斬撃を刻まれる。激痛に意識が混濁するが、抱えた霊夢に当たらないよう、しっかりと抱え込む。

「…魔理沙ぁ!!」

 私の絶叫に負けない彼女の叫びが耳に届く。腕を解き、盾になってダメージを受けているのを止めさせようとするが、押さえつける腕に力を込めたまま押さえつけた。

 霊夢の腕力であれば簡単に解けただろうが、解く前に異次元早苗のスペルカードが漸く終わりを迎える。魔力の波が通り過ぎていき、周囲には大量の斬撃痕だけが残る。

 木々には熊が付ける爪痕のように跡が残り、草花は斬り刻まれて地面に散らばっている。私にもいくつもの斬撃が叩き込まれ、ダラダラと血液が溢れ出す。

 服にじんわりと赤い血が滲み、体の各所から伝わってくる激痛に気絶しそうになった。体から力が抜け、前のめりに倒れ込みそうになった時、スペルカードの硬直から溶けた異次元早苗の追撃に吹き飛ばされた。

「あがっ…!?」

 背骨が叩き折られそうな衝撃に、身体が宙を舞う。抱えていた霊夢を手放してしまった。殴られてから一秒にも満たない短い時間であったはずだが、自分の体の向きを見失ってしまった。

 自分の勘を頼りに体を浮き上がらせようとしたが、どうやら私の勘は宛にならないようだ。地面に頭からめり込むことになったが、結果だけ見れば自分の体勢を把握することができた。

 自分の体重が首にかかり、危うく折れるところだった。体重を分散させ、回転して体勢を整える。異次元早苗が突っ込んできた時の事を考え、すぐさま迎撃の体勢をとろうとするが、奴の狙いは私ではない。

 もう一度、私に暴走させようとしているのだろう。そのために、霊夢に手をかけようとしている。感じる性質から物理的な干渉をしているため、レーザーは効果があるはずだ。

 魔力をレーザーに変換し、異次元早苗に向けた手の平から熱線を放った。熱で顔をそむけたくなる眩い弾幕は、物理的な干渉に影響されることなく干渉領域に足を踏み入れ、中心に居る人物の肩を貫いた。

 レーザーで焼かれ、出血することはない。焦がされ、蒸発したようで、肉体にはぽっかりとゴルフボール台の穴が開いた。それで怯んだものの、異次元早苗は止まらない。執拗に霊夢を狙うことを止めず、お祓い棒を振りかぶる。

 手を伸ばして届く距離ではなく、声を上げて霊夢に危険を知らせる間もない。私が途中で放してしまったせいで、彼女もおかしな体勢で倒れ込んでいる。私よりも立て直すのが速いが、異次元早苗の詰め寄る速度はその上を行っていた。

 防御態勢を取るよりも先に、奴のお祓い棒が振り下ろされる方が速い。防御の体勢へと移るまで、ほんの数舜の時間が足りない。

 振りかぶったお祓い棒が振り下ろされ、頭部を貫く角度で得物を振り抜いた。その一撃は確実に勝敗を左右するだろう。

 そこまで接近すれば、投擲で反撃することは難しい。物理から魔力干渉へと切り替えたようで、霊夢の動きが一段と鈍足になっていく。

 魔力強化での防御もままならず、強化された人間の攻撃を受けた暁には、悲惨なことになることは想像できる。しかし、避けてくれと言うは易く行うは難しだ。レーザーを放とうにも魔力干渉領域を広げる奴は当てられない。

 それでも、彼女と戦うと決めたのであれば、諦めるわけにはいかない。近くに転がる石ころでも何でも、異次元早苗に投げつけて霊夢が逃げる時間を稼がなければ。

 転がるゴルフボール台の石ころを拾い上げ、異次元早苗に投げつけようとした時、幻想郷で聞くことはかなり稀な振動音が鼓膜を揺らす。地震を予感する不吉な地鳴りは、馴染がない分だけよく耳に着く。

 そんな事象を意識の端にでも捉えたのはこの場では私だけだった。戦闘に集中し、一切周りの環境に耳を傾けておらず、今まさに振り下ろそうとしている。

 それでもある時を境に、さすがの彼女たちの耳にも音と振動が届いた。自然現象であれば、彼女たちはそのまま戦闘を続行し、何もなかったように戦い続けていただろう。だが耳に付く音は徐々に大きくなっていき、霊夢達も何かがおかしいと一瞬だけ動きが鈍った。

 魔力干渉で動きが鈍くなっている分だけ霊夢の方が圧倒的に不利であり、異次元早苗よりも先に動き出していたというのに、奴の得物の方が素早い。

 下がろうとしていた霊夢の頭部に向け、異次元早苗がお祓い棒を叩き込もうとした時、霊夢の居る地面の一部が盛り上がり、隆起した。

 異次元早苗と霊夢の間に盛り上がった地面が隔てりを作り、霊夢を殴るはずだったお祓い棒が突如できた障壁に衝突した。

 魔力によって個体の地面が液体のように流動していたが、魔力干渉を受けた部分からただの土へと戻り、異次元早苗の邪魔をする。

 只の土では攻撃を完璧には受け止められない。地面の壁に亀裂が生じ、十数センチの土壁をお祓い棒が貫通する。

 霊夢に当たりそうだったが、直前で得物はそれ以上突き進むことができなくなった。

 どちらも視界を遮られ、困惑したことだろうが、霊夢はただの人間と変わらない身体能力を最大限に使い、異次元早苗から距離を取る。干渉されていた魔力が流れを取り戻し、強化された身体能力で走り出そうとしていた私の元に着地する。

 彼女と顔を見合わせ、異次元早苗に意識を向けつつ、周囲にも注意をしなければならない。地形を操る能力を扱うことができるのは一人しかいない。

 これまで一切姿を見せていなかった、異次元諏訪湖の存在を私と霊夢は予期した。一対二でも苦戦するというのに、そこにさらに追加されれば勝機が遠ざかってしまう。

「…っ」

 異次元早苗との戦闘中であるため、手助けの可能性を考えたが、霊夢を助けるような能力の使用。それに加えて土に含まれる魔力の波長は、異次元の人間みたいな荒々しいものではない。

 この波長はどちらかというと、異次元というよりはこちら側の人間が持っている物だ。そう思っていると、私たちの前方で地面が盛り上がり始めた。

 盛り上がる土の内部には何か物体があるのか、左右に避けて溶けたような動きをする地面の中から、しゃがみこんだ体勢の少女が現れる。しゃがんでいる分だけ余計に小さく見えるが、強力な力を持つ列記とした神様だ。

 頭には大きな被り物をかぶり、黄色い髪が項から垂れ、紫色と白色の服を身に着けている。何も言わずに立ち上がった彼女は身長も私よりも低く、幼い子供のようにしか見えない。

 殺されていたはずと思っていたが、そうではなかったようだ。記憶を掘り起こし、探った。確か早苗はやられたとは言っていたが、殺されたとは言っていなかった気がする。私の早とちりであったのだろうが、彼女は一人なのだろうか。

「あなたたちは戦わなけならない奴がいるよね?こいつは私がやる」

 加奈子の姿が見当たらないと周りを見回していると、容姿やいつもの調子からはあまり想像できない、落ち着いた声で諏訪湖は呟く。こちらを見ようとはしないのは、異次元早苗を警戒しているからだろうか。

「…生きてたのね…ありがとう、助かったわ。それより……一人で大丈夫かしら?」

「問題ないから、早くそっちはそっちで行動した方がいいんじゃない?」

 霊夢が一緒に戦うことを提案しようとするが、彼女の意思は固そうだ。後ろ姿から感じる彼女の背中には哀愁が漂う。子供っぽい諏訪湖をまとめるもう一人の神は本当におらず、早苗を殺した人物を前にしてもやはり現れることはなかった。

 三人は仲が良さそうで、誰かが危険な目に会うのであれば、どんな状態でも飛んできそうなものだが、その気配はない。恐らく、生き残れたのは彼女だけなのだろう。

 その諏訪湖も、一発でも異次元早苗の攻撃を食らえば、倒れてそのまま息を引き取ってしまうのではないかと思う程に、立つ姿が弱弱しい。戦う意思はあるが、背中が頼りなく小さい。

 腹部の辺りの服が、ここに現れた直後と比べ、どす黒く滲んでいる。数日前の奇襲の怪我が全快していないのだ。霊夢も生きていたことを知らなかったということは、当然永遠亭にも行っていないのだろう。

 神様である彼女でさえも、数日間ずっと守矢神社に籠っていなければならない大怪我は、そうは簡単に治らないらしい。

「あいつの能力だが、諏訪湖は知らないだろうが…」

 私が連中が能力を二つ所持していることを伝えようとするが、必要ないと持ち上げた彼女の手に制された。

「私が、この数日間。何も考えずにただぼうっとしてただけと思わないで」

 彼女もやはり私を信用していないのか、霊夢よりも私に対して当たりがきつい気がするが、ここまで自信たっぷりに言うのであれば、彼女なりに作戦があるのだろう。

 それに、諏訪湖が言った通り、こっちはこっちで早く行動した方がいいというのもある。異次元早苗は任せて、戦争の引き金を引いた人物である異次元霊夢の元に行くとしよう。

 周りが見えていない、一人で突っ込んでいった華扇も心配だ。

「……。わかったぜ、じゃあ…こいつはお前に任せる。油断するなよ」

 諏訪湖が能力で形成した壁の裏から現れた異次元早苗が、諏訪湖の姿を見つけると少し驚いたような顔をする。しかし、すぐにいつもの笑みへと戻る。

「あら、死んでなかったんですね。心優しい私が、せっかくあなたたち全員を殺してあげたっていうのに」

 せっかく殺してあげた。その行為を当然のように、異次元早苗は言い放つ。死んでいなかった諏訪湖が悪いという口ぶりだ。

 彼女の表情を読むことはできないが、きっと、私たちが見たこともないような顔をしているに違いない。

「…諏訪湖、落ち着いて…怒ったらそれこそあいつの思う壺だから」

「……わかってる。あなたたちは帰る世界を守るために、こんな所に居ないでさっさと行って」

 しっしと諏訪湖は私たちを追い払う。どうなるかはわからないが、諏訪湖に任せるしかないだろう。異次元早苗にばかり時間を使っていられず、移動を開始した

「…ええ」

「任せたぜ」

 彼女にそう言い残し、私と霊夢はこの場を去った。振り返ると異次元早苗と諏訪湖は睨み合いを続けており、動く様子はない。

 距離が遠くなるごとに木々の障害物が増え、二人の姿を捉えることができなくなっていく。

「…任せるんでしょ?なら行くわよ」

「ああ…」

 心配ではあるが、彼女が勝つことを信じるしかない。振り返っていたが正面に向きなおり、霊夢の後を追った。

 予想通り、注意が異次元早苗と諏訪湖から周囲に向かうと、あちこちで戦闘が起こっているのが聞こえてくる。

 こちらの戦力を削がれる前に、皆と合流しなければならない。私と霊夢は足を速めた。

 

 

 二人の気配や息遣い。走り去る足音すらも聞こえなくなったころ、異次元早苗が能力で作り出した壁を小突いて破壊した。

「私を殺したい。そんな顔ですね」

「…」

 会話する気すらも起きず、無視して能力を発動させた。早苗と加奈子の仇だ。こいつだけは絶対に生きて返さない。

 能力により、周囲の地面が柔らかく蠢いた。やる気だと異次元早苗は、私に向かって跳躍する。こちらの攻撃を一切食らうことを考えていない行動だが、勿論そうなるだろう。

 




次の投稿は4/10の予定です。


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東方繋華傷 第百五十四話 一握りの勇気

自由気ままに好き勝手にやっております!


それでもええで!
という方のみ第百五十四話をお楽しみください!


 片腕が包帯でできている仙人が魔女の制止も聞かずに、突っ込んでいったのを引き金にして、博麗の巫女と魔女が動き出した。

 しかし、あらゆるものに干渉する異次元早苗に迎撃された。攻撃を干渉され、主力である霊夢と魔女が後方に連れていかれてしまった。

 二人の安否を確認する暇はない。彼女たちがいなくなったからと言って、帰ってくるまで私たちも奴らも待てるわけがない。それぞれの人物たちが狙っている異次元の者たちに攻撃を開始する。

 この手で奴をどう殺すのか、ずっと考えていた。殺された家族の無念を、怒りを、復讐心を胸に抱き、異次元咲夜と戦えることを喜んだ。血が沸騰したように滾り、ひんやりと冷たいはずの体が人間以上にまで熱を纏う。

 ターゲットに交わす言葉はない。開戦の幕が開かれるのも、法螺貝を高々と鳴り響かせるのも、我々が行う。奴らには一切の主導権を握らせない。

「レーヴァテイン」

 魔力を炎の形状で抽出し凝縮した、おおよそ刀とは言えない炎の得物を瞬時に生成する。レミリアの作り出していたゲイボルグと比べ、造形は不格好であるが威力は引けを取らない。

 炎剣から発せられたオレンジ色の光が、薄暗かった森の中を太陽の代わりに光で照らしだした。皆がその光や間接的に生み出された熱に目を細めた瞬間に、地面を抉る脚力で跳躍する。

 到達までは瞬く間であるが、時の流れが私たちよりも早い異次元咲夜は、この攻撃に即座に反応して見せた。剣の刺突を銀ナイフで側面から撫で、はじき飛ばした。

 炎の刀が上空に向かって回転しながらとんでいく、私の身長と変わらない長さがある刀が近くの木へと突き刺さった。剣が三十センチほど抉りこむと、得物が放っている熱により出火し出す。放っておけばこの森全体に広がるほどの火災が発生することだろう。

 普段なら、急いで消火活動をするだろうが、そんな些細ともいえることに意識を向けている者はいない。

 もし、居たとしたら注意力を無関係なところに割いている分だけ、奴らに対する洞察力を欠いていることになる。死亡する確率が高まることだろう。

 幸いにも、私の炎剣を目で追い、ボンヤリと眺めている者はいない。自分に関係ない方向に飛んでいくと分かったそばから意識の外へとはじき出した。

 本物の銀ナイフで、得物に触れていた時間がほんのわずかだったとしても、銀ナイフに伝わった熱量は膨大で、赤く白熱するのを通り越して、ごぼごぼと泡を立てて沸騰し、金属が溶解していく。

 手に残る半分溶けた柄などに未練は無く、そこらに投げ捨てると同時に魔力で銀ナイフを両手に作り出す。

 触れられ斬られた場所が炭化、または蒸発してしまう程の高温である新たに作り上げた炎の剣を、異次元咲夜は焦ることなく冷静に捌いている。鋼の剣だろうが、炎の剣だろうが、触れてはならないのは変わらない。

 彼女からすれば通常よりも対処が少々厄介であるが、戦う大筋は変わらない。熱で変形した銀ナイフを交えるごとに捨て、交戦を激化させていく。

 魔力を使えるとはいえただの人間が吸血鬼相手に善戦している。いや、むしろ異次元咲夜の方が私の事を押しているだろう。初めは前進をすることができたが、炎の剣の扱いに慣れ始めたようだ。斬撃を弾き、いなし、かわしていく。

 能力が二つ使用できるとは言え、異次元咲夜はどこまで行ってもただの人間だ。こいつに家族を殺された身として、私としてもここで退くわけにはいかない。

 下がろうとしていたのを踏ん張り、上半身を傾けて首を斬り落とそうとしていた銀ナイフを避けた。退くわけにはいかないのであれば、前進あるのみだ。

 一切後退することなく、更なる追撃をしようとしていた異次元咲夜の銀ナイフにレーヴァテインを薙ぎ払い、半歩ほど奴を退けさせる。

 熱で溶け、歪んだ影響で銀ナイフの切れ味は大幅に低下しているはずだが、異次元咲夜は白熱した得物を握り続ける。

 はじき返してから一呼吸の間も開けず、レーヴァテインを振り子のように反対側から異次元咲夜へと叩きつける。両者とも引かず、火の粉を散らすレーヴァテインの熱に目を細めるが、奴の瞳は私を切り裂き、抉り取ろうと画策している。

 攻防はたった一度では終わらない。重たい斬撃音が絶え間なく森の中にこだまし、炎が燃え盛る乾いた破裂音と重撃が繰り返された。

 魔力で溶けた分を修復しながら使用しているのだろうか、段々と銀ナイフを投げ捨てることが少なくなってきたように感じる。銀ナイフを一から作るよりも直した方が効率がいいことに気が付いたようだ。

 奴が修復しているのもそうだが、得物を破壊できなくなっているのは、認めるしかないが奴の技術力が非常に高いからだ。戦闘を主に咲夜へ任せていたツケだろう。

 数度得物を叩きつけ合い、鍔迫り合いへと縺れ込む。熱で銀ナイフを溶かしていくが、溶かしたそばから修復されてしまい、焼き切ることができない。

 睨んでいる私と対照的に、異次元咲夜はグッと私に顔を近づけてくると、舌を出して笑って見せる。安い挑発であるが、怒りを溜めていた分だけ、血管が切れそうになった。

 怒りに身を任せて、顔を近づけている異次元咲夜を焼き殺してやらなければならない。腕力で奴をはじき返し、大きく踏み込んで振りかぶった炎の剣を頭に叩き込んだ。

 冷静さを欠いた私は、レーヴァテインが空振りに終わった瞬間に我に返る。大ぶりの攻撃を誘われ、まんまとそれに乗ってしまった。

 私と同様に前進していた異次元咲夜が加速し、上から振り下ろされたレーヴァテインの内側に入り込まれた。レーヴァテインを掴んでいた右手首を、異次元咲夜が右手で掴んだ。腕を捻り上げられ、武器を取り落とした。武器が地面に刺さると同時に、肩から指先にかけてまで腕が一直線になり、大きな弱点となる関節に蹴りを叩き込まれた。

 内側からであれば、腕を曲げて衝撃を逃がすが、どうやっても曲げられない関節を反対からへし折られてしまう。

 痛みはほとんど魔力で遮断されているが、それでも骨が折れた激痛は耐えがたい。五百年間痛みとはかけ離れていた生活をしていたのも大きいだろう。

 順手に持たれた銀ナイフを、異次元咲夜が逆手に持ち変え、首を掻き切ろうと腕を捻り上げたまま私へと振り下ろす。

 刃が皮膚を切り裂く数歩前に、外側から敵意が異次元咲夜へと嚙みついた。蛇のように纏わりつく敵意が下から突き上げられ、金属であるはずの銀ナイフが柄だけを残して根元から叩き折れた。

 蹴られた衝撃でナイフが振動し、金属の砕かれた残響が耳に付く。私とも、異次元咲夜とも違う色の髪が眼前でなびく。緑色の戦闘服に対し、対称に近い色素である吸い込まれそうな緋色の髪が特徴的な門番が、狭い異次元咲夜との間に滑り込み、刃を折ったようだ。

 異次元咲夜よりも身長が高いはずの美鈴は、構えのモーションに入っていると、奴よりも頭一つ分も小さい。目の前に陣取る門番に押される形で私は後方に下がり、攻撃体勢の彼女は右手で握る拳を奴に叩き込んだ。

 片手で繰り出される拳を、作り出した銀ナイフで冷静に防御して捌いていく。すぐさま状況に順応して見せる奴は、美鈴の正拳突きを三度も打たせず、反撃に翻る。

 首を掻き切る斬撃を、美鈴はしゃがみ込むことで影も捉えさせず、地を滑る払い蹴りで異次元咲夜の足を薙ぎ払った。

 蹴った感触は申し分なく、異次元咲夜の身体が宙を舞う。そのまま追撃を繰り出そうとするが奴の動きが異様な加速を見せ、突き出した拳が中空で伸び切ってしまう。

 時を操る能力で、攻撃のタイミングをずらされた。味方に居れば非常に頼もしい限りであるが、敵に居ればこれほど厄介な能力もないだろう。

「妹様、大丈夫ですか?」

 異次元咲夜が離れたが、それでは足りないと判断したのか美鈴は私の元まで下がると、こちらを見ずに安否の確認をする。

「ええ」

 生命力自体もそうだが、体の再生能力が他の妖怪と比べて高い。そして、関節とはいえ骨を折られただけの軽傷だったことで、ほとんど怪我は治っている。

 痛みは未だに続いているが、もうじき気にならなくなっていくはずだ。取り落としてしまっていたレーヴァテインは魔力を使い果たしたようで、完全に消えてしまっている。

 刃が突き刺さっていた位置には、レーヴァテインからの延焼で土や草が焼け焦げ、パチパチと火が上がっている。

 消さなければじきにこの火は広がるだろうが、火の気の一つや二つ、これから繰り広げられる戦いの中で気にしていられない。大気と草木が焼ける匂いが充満していたが、温い風が私たちの間をゆっくりと吹き抜けて新鮮な空気を運んでくる。風に煽られ、隣に立つ美鈴の左腕から下がる裾がパタパタとなびいた。

 先の攻防で少なからず銀ナイフの耐久性能が削られていたようだ。真っすぐに見えていたが、彼女が修復を得物に施すと歪みが改善され、新品同様となる。

「失礼かもしれませんが妹様、冷静に行きましょう。確実に仕留めるために」

「いや、ありがとう…助かったわ」

 感情のままに暴れるのは前の私だ。今は皆を率いる立場に居なければならず、主であるならば、部下が不安にならないように常に冷静でいなければならない。

 溜まりに溜まった鬱憤を爆発させるのは、今ではない。また、横溢するこの感情も奴に誘発させられ、振り回されるものではない。

 憤激するのにも、仕方や異次元咲夜への向け方というものがあるだろう。ゴボゴボと沸騰しそうになっている高温の溶岩を、感情という炎から遠ざけた。

 自分の感情を御するのは容易ではないが、抑えに抑え、鎮火させた。しかし、完全に消火してしまうことはない。いつでも火の粉を噴き上げて炎を躍らせられるように、火種を燻ぶらせておいた。

 感情の代わりに闘志の炎を燃やし、高ぶり過ぎていた戦闘態勢を万全な段階まで引き下げた。血管内を通り、指の先まで広がる毛細血管で運ばれる、煮え滾っていた血液が暫くぶりに温度を取り戻した。

 冷静さを欠くな。脳を本能や闘争のままに働かせるのではなく、思考で脳を回転させるのだ。あらゆる隙も逃すことなく、奴の命を刈り取るのだ。重心を大きく落とし残った右手を油断なく構えている美鈴の隣に佇んだ。

「武術に長けている分だけ、美鈴の方が奴と戦いやすいと思う。前線を任せても大丈夫かしら?」

 実際の戦闘経験があるというのは、埋めることはできない差となるだろう。私はもちろんだが、館内を巡回することしかさせていなかった妖精メイドには任せられない。

「もちろんです。任せてください…こう見えて体は頑丈なので」

 片腕を失っているが、こうしてここで戦っている所から、頑丈なのはそうだろう。だが、彼女に任せたのはそんな理由ではない。紅魔館への襲撃時、門での戦闘からお姉さまが殺されるまで、休むことなく戦闘をしていたのが美鈴だ。奴に対する戦闘の経験は、紅魔館内では随一と言っていいだろう。

 一緒に戦ったことなど皆無で、阿吽の呼吸で動きを合わせられるわけがないが、後方から彼女の動きを多少は見ていた。その少ない情報と、これから戦う情報から、予測しながら戦わなければならない。

 右手の拳に高質化した魔力を施し、簡易的ではあるが拳の保護をする。私はレーヴァテインを改めて構え、お互いに戦闘準備を整えた。

 ほんの数センチ、美鈴がさらに腰を落とした途端、残像を残して走り出す。瞬間的な速度は吸血鬼を上回り、十メートルほど離れていた異次元咲夜の元に、たった一度の瞬きの間に到達する。

 異次元咲夜が繰り出した初手の斬撃を、側面からの攻撃で砕き折る。両手に銀ナイフを持つ奴の方が攻撃の回転率は高いが、攻撃のフェイントや回避に専念し、斬撃を可能な限り避けていく。

 避けきれない攻撃は、高質化した魔力で覆った拳で迎え撃つ。役目を終えた魔力が、拳と刃が交わるたびに弾け飛ぶ。結晶の輝きなどに目を向けず、異次元咲夜と攻防を繰り広げる。

 横に大きく薙ぎ払う蹴りを、加速する異次元咲夜が後方に下がって避けていく。奴に追いつこうと、跳躍するために下半身へ力を集中させようとしていると、夕焼けのようなオレンジ色一色に周囲が染まり上がる。

 魔力で凝縮していた炎剣の炎を開放し、照射機として炎を撃ち出した。辺り一面を焼却する火力を誇り、ただの人間一人を焼き殺すには過剰すぎるが、異次元咲夜相手であれば足りないぐらいだ。

 その証拠に、自分の目の前に大量の銀ナイフを生み出し、壁として身代わりに使った。しかし、どんなにきれいに慣れべても物体の間に隙間は生じ、炎は確実に異次元咲夜へと向かう。

 ナイフの間を通っていく分だけ、炎の速力が格段に低下し、異次元咲夜にまんまと逃げられてしまう。

 魔力で本物の物体を作り出すことのできる能力とは、本当に面倒だ。魔力のままであれば、炎に晒して瞬時に魔力の結晶にさせることができただろう。加速しているとはいえ、面で攻める炎からは逃げ切れなかったはずだ。

 こいつを早く殺してしまいたいという欲が先行してしまいそうだが、焦る必要はない。焦りは思考の幅を狭めさせ、狭まった思考では奴らの落とすヒントを見落とす確率が高くなる。

 炎の燃焼で周囲の酸素濃度が低度に低下してしまっているが、通常よりも肺を大きく膨らませ、 加熱されて乾いた空気を取り込んだ。肺から血液中に溶け出した酸素が脳に運ばれ、活動の糧となった。

「妹様、すみません…もう少し奴を引き留められていれば…」

「焦らなくてもいい。確実にあいつを追い込めればいいだけだから」

 むしろ、彼女は片腕でよくやっている。短期間とはいえ、異次元咲夜との戦闘を互角になし得ているのだ。

 問題なのはここからで、数度それぞれの得物を交えたことで異次元咲夜が美鈴の動きに慣れ始めるころである。戦うのであれば短期戦が好ましいが、時を操る能力を持っていることを考えると簡単なことではないだろう。

 レーヴァテインから発生した炎の影響で、広範囲に炎が広がっている。異次元咲夜の位置がわからなかったが、オレンジ色に光を反射する銀ナイフを構え、猛スピードで突っ込んでくる。弾丸のような速度から、自分自身の時間を加速させているのだろう。

 厄介な敵だが、唯一の救いと言えば、奴がやたらと時間を停止させないところだ。あれをされるとこちらには打つ手はない。

 最初は一つだった反射光が、複数に分裂した。奴が魔力で銀ナイフを作り出し、連続的に投擲したのだ。まっすぐにこちらに向かうナイフを、魔力で出力を上げさせたレーヴァテインで薙ぎ払う。

 溶解して液状に変化し、空気の抵抗によって液体化した金属が地面に次々と落ちていく。陽炎が揺らめく高温の空気の中を高速で突っ切り、銀ナイフを掲げる異次元咲夜が到達する。

 得物を薙ぎ払うが、そんな見え透いた攻撃など、私が避けるまでもないようだ。異次元咲夜の前へ美鈴が割りこみ、魔力で覆われた拳を叩き込んだ。

 一度目は銀ナイフを相殺し、異次元咲夜が二度目の攻撃を仕掛ける前に、素早く美鈴が拳を振り抜いた。

 拳が異次元咲夜の顔面を捉えたと視覚情報が錯覚を起こした。異次元咲夜が一瞬ブレたと思うと、振りぬかれた拳に当たるか当たらないか、すれすれの位置に出現した。

 右腕が伸び切り、異次元咲夜の鼻先で握られた拳が停止する。当たらなかったことが悔やまれるほどに美鈴の放った拳圧は強烈で、突発的な暴風が巻き起こる。奴の髪を後方になびかせ、服の布をはためかせる。

 伸び切った右腕を美鈴が引き戻そうとした時、腹が立つくらいオレンジ色に輝いて主張していた異次元咲夜の握っていた銀ナイフが見当たらない。

 いつ投擲されたのか見えなかったが、時を止めたと推測できるブレた時に投げつけたのだろう。時を止めているのであれば、どこからだろうと投げることができる。周囲を警戒しようとするが、血液に対して関連のある吸血鬼でなくても、それの存在に気付いただろう。

 鋭い鼻孔をくすぐるのは、我々にとっては食料である血の匂いだ。甘く、芳ばしい香りは殺し合いの最中でなければ、それに惹かれて食事を嗜んでいたかもしれない。

 生物の三大欲求であるはずの食欲を押しのけてまで、戦闘の意欲が爆発的に沸き上がったのは、私の前に立っていた美鈴のうめき声によってだ。

 苦痛がこちらにまで伝わってきそうな声を漏らす美鈴の体が、ガクンと頭一つ分以上落ち込んだ。背が低く、彼女の背中で見えていなかったが、高さが変わったことで彼女に起きていることが即座に視界に映った。

 脚に一本、腹部に一本ずつ銀ナイフが突き刺さり、身体を支えている下半身の力が抜けてしまったのはそのせいだろう。それだけでは終わらず、左肩と喉にも刃渡り十五センチはある得物が柄まで抉りこんでいる。

「美鈴!」

 異次元咲夜に追撃をさせじと門番の前に身を晒し、新たに生み出した銀ナイフを掲げる異次元咲夜に向け、レーヴァテインを薙ぎ払う。魔力の調節で炎剣の長さは調節でき、数メートル先にいる標的を薙ぎ払う。

 レーヴァテインの射程もさることながら、炎によって瞬時に金属を溶解させる威力は当たればひとたまりもないが、奴にとっては当たらなければただの炎を帯びる得物と変わらないのだろう。

 時を止められたようで、レーヴァテインが炎で巻き込むずっと手前で異次元咲夜の姿が掻き消えた。体勢を整える暇など無く、腹部から鋭い痛みが発生する。痛みに慣れていない分だけ、体中を刀でなで斬りされているような激しい激痛に襲われた。

 痛みの発生源を探るのが速いか、異次元咲夜の追撃が行われるのが速いか。腹部の辺りがじんわりと熱を帯び、切り裂かれる痛みの中に異物が体内に入り込んでいるのを感じる。

「ぐっ……!?」

 歯を食い絞り、すぐ隣に佇む異次元咲夜にレーヴァテインを薙ぎ払おうとするが、レーヴァテインを握る手を掴まれた。崩れ落ちる美鈴の助けは期待できず、腕力に物を言わせて吹き飛ばしてやろうとするが、力を技で抑え込まれた。

 奴の攻撃が素早く、何をされたかわからないうちに体が宙を舞い、頭を押さえられて地面に叩きつけられた。頭蓋がきしみ、後頭部から伝わってくる衝撃に目が飛び出そうだ。

 私に危機が迫っていると、美鈴がロクに態勢も整えられていないが、すぐ傍らに立つ異次元咲夜へと飛びかかろうとしているが、彼女の胸に銀ナイフが瞬時に抉りこむ。

「かっ………!?」

 脚はさらに前に突き進もうとしているが、上半身の方が動きについていけていない。身体のバランスを大きく崩し、倒れてしまいそうになるのを押さえ、膝をつく程度に留めた。それでも、多大なタイムロスであることは彼女も自覚しているのか、血が滲んで赤く染まる歯をむき出して耐え忍ぼうとしている。

 レーヴァテインを取り落とし、即座に抵抗できなくなった私に、更なる追撃をしようとしている。魔力を凝縮させ、レーヴァテインを作り出そうとするが、慣れない痛みに集中力を削がれ、手先で炎剣を形成しようとしていた魔力が形状を変化できず、霧散していく。

 キラキラと輝く小さな結晶が崩壊し、さらに細かくなって消えていく霧の中を異次元咲夜の靴がかき分け、腹部に突き刺さっていた銀ナイフを蹴り押した。半分ほどしか刺さっていなかった得物が、更に身体の奥へと抉りこませられた。

「あぐっ…ぁぁっ!?」

 作り出したばかりで新品と変わらず、切れ味の高い刃が根元まで切り進んだ。身体が小柄なこともあり、ナイフが進む先にある内臓を切り裂きながら背中まであっさりと貫通してしまう。

「妹様…!」

 美鈴は脚に刺さったままだった銀ナイフを引き抜き、異次元咲夜へと投擲した。能力を差し引き、体術だけであれば幻想郷では五本指に入る実力があるだろうが、飛び道具については転じて素人だ。

 刃の回転を計算に入れておらず、投げ方も素人に毛が生えた程度だ。空中でナイフのバランスが崩れ、柄が異次元咲夜の方向を向いて飛んでいく。力をただ得物に伝えただけの投球は一切の脅威がない。

 異次元咲夜はほとんど動いていないように見えたが、本当に動いていなかったかもしれない。頭部の横を銀ナイフを通過していってしまった。

 ナイフのスローリングはこうやるんだと、異次元咲夜が美鈴に向けて銀ナイフを投擲した。特殊な技術で投擲しているのか、一切回転することの無い得物が直接門番に向かうのではなく、手前の地面に突き刺さる。

 当然だが、ここで目測を誤ったと考える馬鹿はない。美鈴は下がることはせず、怪我をしていない足の脚力で、無理やり前方に大きく前進した。銀ナイフを踏み越え、通過する。通り過ぎた段階で、銀ナイフに含まれていた魔力が爆発を起こした。

 気を操る程度の能力を保持している美鈴は、銀ナイフに溜められた強力な魔力の流れを察知していたようだ。背中で爆発を受け、それを次の一歩へのエネルギーとした。

 脚を刺されていたが、骨にまで達していたのだろうか。短期間ではあるが足の自由が奪われているため、爆発の威力を移動の代用にしたのだ。

 前進し、拳を握る右手で異次元咲夜の顔面を叩き潰す。左手がないことでバランスが悪く、攻撃のモーションが大きくなってしまう。だが、必要最低限に小さくまとめ、矢の如く迅速な一撃を放つ。

 武術に長けた人物は数人いるが、片腕を失ってもこれだけのスピードと、モーションを崩すことなく攻撃を放てるのは幻想郷ではそういないだろう。

 爆発を前進の材料にすることは計算に入れていなかったのだろう。驚いた顔をしたが、それだけだ。私たちとは時の流れが違う異次元早苗は即座に対応して見せる。

 美鈴の喉に刺さったまま、行動によって抜けかけていた銀ナイフを掌底で更に深く突き刺し、彼女の胸ぐらを掴む。そのまま後方に振り返り、背負い投げの要領で後方に投げ飛ばした。

 そのまま空中を漂う美鈴に向け、銀ナイフを投げようとしている異次元咲夜に、至近距離から私が攻撃を開始する。レーヴァテインを作り出せば即座にバレてしまうため、そこらの刃物よりはずっと切れ味のある鋭爪で肉を切り裂く。

 気配を消すことは難しいが、他に集中しているため、意識が分散して攻撃を加えられる可能性があると思ったが、そう簡単に上手くいく話はない。

 伸ばした腕に作り出した銀ナイフを突き立てられ、顔面に肘打ちを叩き込まれた。強打の攻撃に顔が跳ね上がり、視界から異次元咲夜の姿を見失った。

 予備動作も見られず、異次元咲夜の蹴りを回避することができず腹部に受け、後方へと吹き飛ばされた。景色が前方に流れていく中で、異次元咲夜の方向から鈍く白銀に光る輝きが瞬いた。

 銀ナイフをこちらに射出するつもりだ。レーヴァテインを生成する暇もなく、加速されたナイフが空中にいる間に私に到達した。銀ナイフの軌跡は私だけではなく、美鈴の方向にも向かっている。

 身体操作に長けた彼女であれば、ダメージは最小限に抑えられるだろう。こちらだけが攻撃を受け、のちの戦闘に支障をきたすわけにはいかない。

 すぐさま並べられた大量の銀ナイフの対処へと思考を切り替えた。痛みに慣れていない分だけ、戦いに身を投じることが難しくなるのは、避けなければならない問題だ。

 ここから魔力を練り上げ、高い精度でレーヴァテインに仕上げるのは間に合わない。魔力を練り上げるのは行うが、炎剣の形状に魔力を整形することなく高温の火炎を銀ナイフへ薙ぎ払う。

 炎剣とは似ても似つかない放出された炎の爪は、私を切り裂き、突き刺さろうとする得物を悉く燃やし、溶かし尽くす。ある程度のナイフを溶かし、向かってきていた攻撃を全て撃ち落とした。

 初めての試みで勝手がわからず、過剰に膨らんでいた炎が引き、オレンジ色に埋め尽くされていた視界が開けた。

 叩き落していたと思っていた銀ナイフが、再度視界の中に現れた。脳が理解できず、困惑している。確かに銀ナイフは同時に全てが到達するわけではなかったが、その時間差も考慮して炎を放っていたはずだった。

 視界の中で隠せる場所はないはずだ、銀ナイフの速度を加速させて炎が引いた時を狙った可能性もあるが、それにしては速度が一投目と変わらない気がする。唯一隠せる場所と言えば、最初に投擲されていた銀ナイフだろう。

 第一波のナイフに隠された、銀ナイフの雨。そちらの対処しなければならないが、今の炎の一撃で体勢は大きく傾いており、魔力も再度練り上げるところからやらなければならない。

 圧倒的に時間が足りない。高温の熱気の中を銀ナイフが悠々と迫ってくる。できうる限り全力で体勢と迎撃を整えようとするが、既に攻撃中である異次元咲夜の攻撃に追いつくことができない。

 私は、自分の体に突き刺さる得物を、見下ろすことしかできない。どんな生物でも共通で弱点である頭部や心臓を狙った攻撃は、正確無比に突き進み続ける。

 能力の使用では一本捌けるか捌けないか程度でしか撃ち落とすことはできないだろう。どれだけ戦いたくても、現実は無慈悲だ。指揮もとらず、戦いもせず、五百年もただただ気が触れたまま過ごしていた日々のツケが、今回ってきたのだ。

 

 

 怖い。この世界には気を休められる暇がない。この数日間、まともに眠れた時などほとんどない。眠いはずなのにアドレナリンが出続けているせいで、眠気を感じることはない。なぜ私がこちら側に来てしまったのか、何度も何度も考えていた。

 霊夢さん、咲夜さん、早苗さん、妖夢さん。いつも異変解決に駆り出ている人たちのような戦闘など、ただの一度も経験したことはない。

 以前の異変で霊夢さんと戦ったこともあるが、あんなものは戦いなどとは言えない。私は全力だったが手加減され、私の生命に害がない程度に打ちのめされた。

 それほどまでに私は実力がないというのに、こんな戦うためのような世界に、なぜ来てしまったのだと再び後悔した。

 一生涯で体験したことが無いほどの巨大な地震や、森を覆い尽くす炎、あらゆるものを嚙み砕いて燃やし尽くす番犬を見たせいで、さらに意気地なしになった気がした。

 体全体の震えが止まらない。夏だというのに、緊張で指先が冷えてしまう。この震えを押さえようとして、私は小さく丸まってしまっていた。

 一度張り付いてしまった恐怖は、簡単に拭いとることはできない。この世界にある物をなにも見たくなくなり、足を抱えて縮こまっていた腕に顔をうずくめた。

 恐怖に支配され切っている体が全くいうことを聞いてくれない。戦闘に参加したわけではなく、ただ見ただけでこの様だなんて。

 何十年、何百年と生きてきたはずだった。十分に生きてきたはずなのに、ただ一つ、死にたくないという感情が沸き上がる。それだけで子供のように震えてしまう。

「大丈夫だよ、ミスティアちゃん…大丈夫だから」

 そう言って私の肩を優しく抱いてくれるのは、背中から半透明の翼を生やし、緑色の結ばれた髪を揺らす大妖精だ。

 大ちゃんは怖くないのだろうか。私の肩に触れる彼女の手は、まったく震えていない。私が震えすぎているのかもしれないが、それにしても落ち着いていた。

 なぜそんなに落ち着いていられるのだろうか。私は爆発音など戦闘する音が響き渡るごとに、体をびくつかせてより一層縮こまる。

「大丈夫…大丈夫…」

 頭を撫でられ、不安と恐怖で過呼吸に陥りそうな私を、彼女は安心させようと抱き寄せてくれる。発育の良い、彼女の胸に包まれた。

 柔らかく、どことなく石鹸の良い香りが漂う。暖かい人肌に触れ、投げかけてくれる優しい言葉に、徐々に落ち着きを取り戻せた。数分、十数分と時間をかけ、赤ちゃんをあやす様に宥められる。

「ご……ごめん………ありがとう、大ちゃん」

 時間をかけたことで戦況が変わっているのか、先ほどの骨の髄にまで響く爆発などが聞こえなくなり、今は乾いた破裂音が連続で響いている。

「どういたしまして」

 私を不安にさせない為か、お礼を言うと大ちゃんはニッと歯を見せて笑いかけてくれる。バクバクと拍動して煩かった心臓の音が、今では環境音の方が大きくて聞こえてこない。

 実際に敵が出てこないと分からないが、怯えながらも移動ができるまで回復することはできた。それでもまだ、時折轟く戦闘音に体が反応してビクついてしまう。

 どんな小さな音にも反応する様子に、大ちゃんが手を伸ばして優しく私の手を包み込んでくれた。落ち着いた彼女を前に、不安が僅かながらに解消されていく。

 微々たるながら余裕が生まれ、握って貰っている大ちゃんの手に意識が映る。やっぱり震えていない。緊張で手汗をかいてもおらず、体温もそこまで高くはない。

 なぜ、大ちゃんはそこまで落ち着いていられるのだろうか。私よりも数センチ背の高い彼女の事を見上げていると、視線を向けていることに気が付いて小さく笑いかけてくれた。

 精神的に僅かながらに回復し、彼女に意識を向けられるちょっとの余裕が生まれていた私は、大ちゃんの笑みが少し引きつっているように見えた。

 それは、恐怖や不安からくる、私が向けているであろう表情ではない気がした。分析紛いなことをしていたのも束の間、大ちゃんの手に引かれて歩き出した。

「だ…大ちゃん…どこに…行くの?」

 現時点で安全を確保できているこの場所から移動するということで、不安と緊張で声が震えて上ずってしまった。

 その私に対し、大ちゃんはは極めて落ち着き払った口調で、ゆっくりと目的を話した。

「ミスティアちゃんは先に帰ろ、私が送ってくよ」

 大ちゃんはこちらを向かず、正面を向いたまま、不安を煽らないようにゆっくりと目的を話してくれた。

「大ちゃんは…どうするの?」

「私…?…私は………少し、やることがあるんだ」

 やることって何だろう。幻想郷とは思えないほどに荒廃しきり、死が常に隣で手招きをしている。こんな世界で、用事があるなんて思えない。

「ま、まって……それって…」

 いくら恐怖で頭の回転が遅くても、彼女がここの終末世界に残り、戦おうとしている事など考えなくても想像がついた。そんなのだめだ、私たちが思っている以上に、こちら側は残酷なのだ。

「大ちゃん…!」

 駄目だと静止しよとした時、景色が一変する。鬱蒼と木々が生い茂る森の中のはずだったが周囲に木々があるものの、拓けた場所に移動していた。大ちゃんが固有の能力を発動したのだ。どれだけこの能力を体験しても、慣れることはない。

 紙芝居のように、場所が切り替わったことに思考が追い付かず、よろけてしまいそうになった。倒れそうになった私の事を、大ちゃんが引っ張り上げてくれた。

「大丈夫?」

「う、うん……それよりも…大ちゃん……戦いに行くつもりなの…?」

 いつも通りに話せない。店に出ている時のハキハキとした口調など欠片もなく、情けなく弱弱しい声で彼女の目的を訪ねた。

「うん、戦わなくちゃいけないんだ」

 誰かに言われたわけじゃなく、自分で決断した意思のある彼女は、口ごもることもなくそう私に言うと、引いてくれていた手を握ったまましっかりと私を見据える。

 大ちゃんの瞳には決断に対する後悔はない。戦いを最後までやり遂げる覚悟が滲み出ている。こんな私では絶対に意思を変えることができないだろう。

 でも、それでも私は彼女を止めたかった。一人では不安だから離れて欲しくない、彼女の能力が逃げられるのに適しているからといった理由からではない。

「嫌だよ……。大ちゃん…まで……死んじゃったら………私…私…!」

 チルノちゃん、リグルちゃん、ルーミアちゃん、みんな殺された。悲しくて仕方なく、やり切れない。そんな中で大ちゃんまで失ってしまったら、そう思うと怖くて怖くてどうしようもない。

「大丈夫だよ、ミスティアちゃん」

「嘘だよ!大丈夫じゃないよ!」

 彼女に当たり散らす様に、怒鳴ってしまった。感情がめちゃくちゃに高ぶり、自然と瞳に涙が溢れた。溜まった涙で目に入る光が屈折し、視界全体が歪んでいく。

 いくら大ちゃんが便利な能力を持っていても、霊夢さんやスキマ妖怪のような強さを持っているわけじゃない。確かに回避に専念すれば、攻撃を受けることは限りなく低くなるだろう。

 しかし、それは回避だけをしていればの話であって、攻撃に転じれば自分の攻撃力だけが頼りとなる。攻撃的な能力を保持していない大ちゃんが敵に勝てる可能性はかなり低いと思ったのだ。

「ごめんね…」

 それは彼女も理解しているのだろうか。なぜ大丈夫なのかの証明をすることなく、ただ一言だけ謝った。大ちゃんはそれで死ぬことも厭わないのだろうか。

「ミスティアちゃん、私そろそろ行くね…。すぐそこにこの世界に来たスキマがあるから、それで戻ってね」

 行かせたくないと思う私の心情とは関係なく、目の前から大ちゃんの気配が消えてしまう。顔を塞いで泣きじゃくっていた私が顔を上げると、黒色の小さな煙を残して姿が消え失せていた。

 嗚呼、行っちゃった。行ってしまった。霧散して消えていく煙が風になびかれ、一片ほども見当たらなくなった。煙に匂いはなく、ただ世界の死臭が鼻孔をくすぐるだけだ。

 なぜだろうか。大ちゃんはどうして戦えるんだろうか。自分よりも実力が上回っていることは明らかで、その上、奴らには人を殺すことになんの感情も躊躇もない。

 大ちゃんが不利になるのは、確実と言えた。大ちゃんまで死んじゃったら、そう考えると、恐ろしくて足がすくんだ。なら、その確率を下げるためにと、自分が手助けに行くという選択を取ることができなかった。

 怖い。あんな化け物と自分から相まみえるなんて、精神をおかしくしてしまいそうだった。しかし、自分の精神の弱さがどうしても歯痒かった。

 彼女にある勇気や勇敢さが十分の一、百分の一でも私にあれば、ここにいるのが私じゃなくてチルノちゃんだったら。

 そうすれば、大ちゃんだってもっと、もっと戦いやすかっただろう。こんな、意気地なしが、どうして異次元妖夢に切り殺されなかったのだろうか。

 そうして、また勇気を振り絞ることができなかった私は、意味もなく生き残ってしまった。皆が、命の灯を煌めかせ、生死のやり取りをしているというのに、自分可愛さに楽な方へと流れてしまった。もう、誰にも顔向けできない。私は、本当に……。

 




次の投稿は4/24の予定でしたが、諸事情により誠に勝手ながら遅らせていただきます。

本当にもうしわけございません!
次の投稿は5/1の予定です!


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東方繋華傷 第百五十五話 時の監視者

一週間遅れてしまって申し訳ございませんでした!

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百五十五話をお楽しみください!


 数々の戦闘音が森中からこだましており、木々を反響する影響で特定の誰かを狙って、音の発生場所を探ることは難しい。

「霊夢、どうする?」

「…どうするもこうするも、あいつと戦うには手当たり次第に探していくしかないし……とりあえず、向こうに行きましょう」

 彼女が走りながら指をさす方向に視線を向けると、森の中に太陽が舞い降りているように、紅葉色の光で照らされている。

 雲の間から日の光が差し込んでくる光芒と同じ形で炎の光が木々に隠れ、尾を引くように光の筋が合間から伸びている。

 横に長く光源が続いているが、その中で黒い影が揺れ動いているのが薄っすらと見えた気がする。誰かが戦っているのは間違いなく、私たちは即座にその方向に走った。

 走る速度が遅かったのだろう。霊夢が走っている途中で私の手を掴むと強く引かれ、速度を急激に上げていく。魔女と巫女では運動能力に埋められないほどの差がある。

 私が転んでしまわぬように抱え上げてくれた。人間一人分の重量がかさんでしまうが、手を引いたり走るのを任せる方が遅い。霊夢がさらに加速し、炎が揺らめく戦場へと向かう。

 近づくごとに誰かが得物を交える戦闘音が耳に届くが、確実に異次元霊夢ではない。その場所からと思われる、せめぎ合う音には金属が混じっている。異次元の巫女と奴に挑んで行った華扇は、武器を使用していない。

 異次元妖夢か、異次元咲夜だと推測できる。異次元妖夢は誰が戦っているのかは分からないが、異次元咲夜だとしたらフランドールらであるだろう。

 そして、これだけの範囲に炎を拡散できるとしたら、フランドールである可能性が色濃い。薙ぎ払うもの全てを焼き切り、蒸発させるあの炎剣が使用されればこれだけの火事にもなる。

 前方での戦闘が激化していく。数十メートルも距離が離れているが、激しさがここまで伝わってきている。木々や草を燃やしている炎とは違って、一際強い光源が高速で動いている。

 フランドールの炎剣や周囲の光に反射してか、得物が小さなオレンジ色の輝きを放つ。それが複数見えていることから、やはり異次元咲夜の銀ナイフであることは確実だ。

 最終目標である異次元霊夢ではないため、フランドールらに任せて探しに行った方がいいだろう。レミリアの仇でもあり、邪魔はされたくないはずだ。

「霊夢、あれまずくないか…!?」

 しかし、やられそうになっているのを見過ごすわけにはいかない。事情がどうとかではなく、友人が死ぬところなどもう見たくないのだ。

 目の前で咲夜と早苗、妖夢、鈴仙、他にも数人殺された。誰もが知らない仲ではなく、事切れた姿を見るたびに、胸が締め付けられる思いだった。知らない仲の人間だろうとなかろうと、誰かが死ぬのはもうたくさんだ。

「…ええ、わかってるわ!フランドールをお願い」

 吹き飛ばされるフランドールに、異次元咲夜が銀ナイフを複数投擲している。吸血鬼の回復力は非常に高いが、当たり所によっては致命傷にもなりえる。

「ああ!」

 返事に合わせ、霊夢が私の事を空中に放り投げた。走りながら地面に降ろされるよりも、そのまま飛んでいけるため走るよりもずっと早い。

 美鈴を受け止めるのは難しいが、小柄なフランドールならなんとかなる。減速など一切せず、こちらに吹き飛んでくる吸血鬼に後方から飛びついた。

 後方から接近したことで、フランドールに敵だと勘違いされることを危惧したが、異次元咲夜に意識を全て向けていたのか、振り返ってレーヴァテインで切り裂かれることはなかった。

 背中を受け止められたフランドールの身体が硬直し、こちらに向けて反撃を行いそうな勢いだったが、自らに飛んでくる銀ナイフを処理するので手いっぱいだったようだ。

 炎で撃ち落とせなかった銀ナイフが十数本、フランドールと彼女に飛びついている私に向かってきている。

 左手で掴んだフランドールの身体を横にずらしながら、魔力を溜めた右手を前に突き出した。魔力をエネルギー弾へと変換し、即座にぶっ放した。淡青色の弾幕が放たれるとほぼ同時に、前方方向に向かって弾けた。

 銀ナイフはかなり近くまで接近されていた為、少し飛ばしてから破裂させたのでは、扇状に広がる爆発のエネルギーで全ての得物を撃ち落とせない。

 強力なエネルギー弾から放たれた爆発の余波に当てられ、まっすぐこちらに向かっていた銀ナイフが先端から潰れて砕け散る。

 大量の銀ナイフが金属片へと成り果て、エネルギー弾の余波に薙ぎ払われて四方に散っていく。吹き飛ばされていたフランドールを後ろから止めようとしていたが、相殺しきれずに後方に流れていき、身体がゆっくりと地面に向かって移動していく。

 垂直に近い角度で落ちていき、地面に着地した。小さいとはいえ人一人分の体重にバランスを崩しかけるが、空中の時点で無理な体勢ではなかったためすぐさま立て直した。

 霊夢の方では、私よりも危なげなく美鈴に向かっていた銀ナイフを、お祓い棒で全てはたき落とした。

 金属が砕け散る残響が耳に残り、やがては消えていく。その長くはないが、けっして短くもない時間が経過しても戦闘が再開されることはない。

 異次元咲夜が即座に攻撃に移らないのは、フランドール達を殺害して私から力を奪う目的を、フランドール達を無視して私の持つ力をもぎ取る目的に切り替えようとしているのだろう。

 私を再度暴走させるのには、霊夢を殺すのが一番手っ取り早い。異次元咲夜の眼光が霊夢に向けられようとしている。奴は時を操れるため、その気になれば私が追い付くことは難しい。捉えられなくなる前に、動かなければならない。

 腕や腹部に突き刺さっている銀ナイフを、自分で引き抜いている吸血鬼から手を放し、霊夢にばかり敵意が集中してしまわぬように、立ち上がってこちらも存在感をちらつかせる。

 敵が倍に増えて異次元咲夜にとっては好ましくない状況であるが、同時に、目標が自分の射程内に自ら入ってきたことを考えると、五分五分だろう。

 吸血鬼に銀のナイフは弱点であるため、傷の治りがただの切り傷よりも明らかに遅いが、弱点を斬り刻まれたわけではなく、大きな問題ではないだろう。

「…」

 冷静沈着に自分から銀ナイフを引き抜くフランドールの様子だが、異変前と比べると別人のように変わっている。何があったのかは分からないが、変わっているのは性格だけでなく、魔力もだ。

 ふらつきながらも私に続き、立ち上がったフランドールはゆっくりと塞がっていく傷から目を離してメイドを睨みつける。

「礼はする……」

 歯切れの悪い口調だ。異次元咲夜が仇であるため、あまり介入してほしくないのだろう。元から邪魔をするつもりはないのだが、私たちの行動が彼女たちにとって邪魔になるかもしれないのには目を瞑ってもらいたい。

 そもそも、時を操る異次元咲夜が、私たちを逃がしてくれるのかもわからない。今回は行き当たりばったりで行動したため、逃げる手段も用意していない。

 裏の事情はひとまず置いといて、礼をしてくれたフランドールに返答した。

「ありがとよ…。それより………、お前のことはフランドールって呼べばいいのか?それともレミリアか?」

 様々な性質の魔力が彼女の中で渦巻いている。時間をかけていけば、複数あるそれぞれの性質が何なのかを調べることができるだろうが、今はそんな時間はない。

 しかし、探った中で、混ざり合う性質に二つだけ馴染みのある性質があった。フランドールが主軸にあるのは勿論だが、レミリアの性質が薄っすらと影に見えた気がする。

「…」

 すぐには答えようとしないが、あり得りだろうか。一つの体にそれぞれ異なる魔力が存在するなど。私が香林から貰った、一時的に能力の底上げをする煙草とはわけが違う。短時間だが他者の魔力を取り込むことで、二人分の魔力を保持しているのではなく、フランドールの中で他者の魔力が共存しているのだ。

「フランドールに決まっているでしょう」

 ようやく傷が塞がり、魔力で作り出した炎剣を携えるフランドールが私にため息交じりに呟いた。前なら並んでいても似ても似つかなかった姿だが、今は恐ろしいほどに後ろ姿が似ている。

 姉妹なのだから容姿が似ているのは当たり前だが、その存在感までもがレミリアを連想する。そこに彼女がいるように。

「それもそうだな」

 私はエネルギー弾を照射直前で保持したまま、異次元咲夜を睨みつける。片腕を失った美鈴と霊夢も体勢を整えたようで、得物を握る手に力が籠っている。

「あなたはどうするのかしら?ここにのこのこ来たりして、あいつからはそう簡単には逃げられないわよ?」

「まあ、だろうな。でも、あいつの能力だって万能じゃない。付け入るスキぐらいはあるだろう?」

「あるといいわね」

 私と長く会話をするつもりはないらしいが、私もそろそろ話をする余裕がなくなってきた。異次元咲夜が魔力で銀ナイフを作り出していくのだ。

 数本の銀ナイフが作り終えられていない段階で、異次元咲夜が上空へ向けて放り投げた。木漏れ日の光を反射し、刃がキラキラと光る得物を警戒し、意識の大部分がナイフに向けられようとした時、奴の方向で時を操る魔力が増幅した。

「や……べぇ……!!」

 奴が時を止めるまでに霊夢の元にたどり着けるわけもないが、わき目も振らず二十メートル以上離れている彼女の方へと駆け出していた。

 空中に放り投げた銀ナイフにも、こちらや霊夢に向かう魔力が含まれている。そちらに意識がいきそうだが、異次元咲夜からスペルカードの性質を感じ取った。

 時が止まるだけならまだいい。そこに銀ナイフを配置されるのも城跡であるが、スペルカードは話が別だ。それも、強力なスペルカードとなれば洒落にならない。

 スペルカードは言わずもがな倒すための、いわゆる必殺技である。そられは多岐にわたり、あらゆる状況で使いこなさなければならない。近、中、遠距離のそれぞれに対応した技があり、傷害を負わせるもの、自分好みのフィールドへ周囲を変化させる物、確実に倒す隙を作るためのスペルカードまで存在する。

 今回使用されたのは、そのどれでもない。殺すスペルカードだ。戦っているのだから、殺す技なのは当たり前だと思うだろう。だが、異次元咲夜と私が戦っていた時でも、殺さないように手加減されていたのを、今になって実感した。

 彼女は私が思っていた以上に、冷静に戦っていたようだ。吐き気を催すような憎悪が、奴と以前に交戦していた時よりも増悪している。

 走り出した足が二歩も行かぬうちに異次元咲夜が加速し、世界の速度が対照的に鈍足になっていく。等倍の世界であれば、スペルカード発動の阻止ができる可能性があったが、静止した時の中ではそれをやられると打つ手がない。

 エネルギー弾から魔力をレーザーへと変換し、異次元咲夜へと照射するが、強力な魔力が増幅していったかと思うと、奴の姿が幻覚だったと思えるほどに綺麗さっぱり消え去った。

 そして、そのレーザーが当たるか当たらないかの位置に、異次元咲夜が発動したと思われるスペルカードが展開されていた。含まれているスペルカードの性質は、私が以前の戦いで食らったことのある物だ。

 このスペルカードは、全方向のあらゆる角度から対象に銀ナイフが襲い掛かる凶悪な物だ。最初の一撃を食らえば残りのすべてを身に受けることになる、殺意たっぷりな技である。

 しかし、逆を言えば同時に放たれているわけではなく、時差を付けて放たれているため、銀ナイフの追跡能力を超える速度で移動する物体には非常に弱い。一発当たらなければ、残りも当たることはない。

 だが、今回は発動条件が違う。いくら霊夢が人間離れした強さを持っていても、逃走も、迎撃も、守備も一切準備ができていない彼女では、360°全方位から同時に襲い掛かる銀ナイフを撃ち落とすのは不可能だろう。

 時間の停止した中でスペルカードが放たれれば、異次元咲夜から僅かに離れた瞬間に銀ナイフは停止する。時間差で放たれていた物が同じ条件で止まってしまうため、同時の攻撃になり、より凶悪なスペルカードへ変貌する。

 自分をののしっても罵り切れない。これから四方八方に広がっていく銀ナイフを撃ち落とす唯一の術を、焦って今しがた放ってしまった。ここから魔力を再度凝縮させて変換させるまで、空中に浮き上がり、魔力の作用で四方に広がりつつあるナイフは待ってはくれない。

 しなる弓から打ち出された矢を超える速度で、銀ナイフは赤い軌跡を残して高速で広がっていく。木が密生する森の中で、得物が一本も木々に刺さっていないところを見ると、時を止めている間に時間をかけてこの地形にあったスペルカードを作成したのだろう。

「霊夢!!」

 標的は当然ながら霊夢だ。彼女も札を取り出し、結界を張ろうとしているが、広がった銀ナイフが霊夢を中心にして同時に戻る。札に魔力を吹き込み、周囲に配置する時間はない。例え、配置できたとしても、隣にいる美鈴も一緒に包み込むとなると、一辺当たりの魔力凝縮率が下がり、より破壊されやすくなる。

「幻葬『夜霧の幻影殺人鬼』」

 霊夢の居る方向へ走り出そうとしていた私の耳元で、異次元咲夜が放ったスペルカードの名称が囁かれた。

「っ…!!?」

 これほど近くに接近されているのに、フランドールが攻撃を加える気配がない。一体どうしたのだと後方に振り返るよりも先に、彼女の呻く絞り出した悲鳴が耳に届いた。

 姿は見えないが、身体に複数の銀ナイフを叩き込まれているのは、安易に想像ができた。すぐ隣に立たれているが、今の私には霊夢と同様に攻撃をする体勢にない。彼女を守ることを優先しなければならない。

 手先で凝縮した魔力を、霊夢の居る方向に向け、エネルギー弾として射撃しようとした。衝撃波の速度は蠅のように遅く、彼女が全身を貫かれた後で周囲の空間を薙ぎ払うことになるだろう。だが、あらゆる方向に広がるため、私たちの居る側からも銀ナイフは向かっていくはずだ。

 それに放った衝撃波をぶつけてやれば、一部でも撃ち落とし、霊夢の生存確率が上がる。今は正面に向いている視界に映らないが、この辺りを通るナイフがあるのは魔力の性質からわかっている。何もない空中へ向けてエネルギー弾を放った。

 溜めていた弾幕を放とうとした時、正面から異次元咲夜が投擲したと思われる銀ナイフが、弾幕を貫通して手のひらに突き刺さった。形状を破壊されたエネルギー弾は集約させる間もなく霧散してしまう。目の前を通過していくスペルカードをみすみす見逃した。

「霊夢…霊夢―!!」

 彼女と美鈴の姿が、大量の銀ナイフに隠れて塞がれていく。死ぬ。今度こそ、霊夢が死んでしまう。痛みを感じていてもおかしくないはずなのに、得物が突き刺さっている手から刺すような痛みが流れてこない。そんなことが些細な現象として、脳が処理してしまったのだろう。

 私の絶叫は彼女に届いたのだろうか。恨めしそうに、悔しそうに顔を歪めるのが見えた気がした。異次元咲夜は、放とうとしていた弾幕を掻き消すこと以外、攻撃を加えてくることはない。

 無力な自分を恨むんだなと、私の邪魔をすることなく、今まさに串刺しになろうとしている霊夢の元に走らせた。そうすることで、より自分の無能さを味合わせて、再度暴走を誘発させることができる。その通りだ。

 足りない。彼女の元に行くのに、助けるのに、時間が足りない。あと一秒でも時間が存在していれば、結果は大きく変わっていただろう。

 鋼の鳥かごが段々と小さくなっていく。こんなにあっさり終わってしまうなど、認めない。認めたくない。もう少し、もう少しだけ時間を。

 咲夜の扱う、時を操る程度の能力の性質を持った魔力を使えば、いくらかの時間を稼ぐことができるだろう。ストレスで多少は力が強まっているかもしれないが、弱まっている今の段階では魔力で作り出せる性質に対する純度を高められず、中途半端にしか時間を操作できない。

 それに加え、すぐ後方で異次元咲夜が私が何か余計なことをしないか目を光らせると同時に、暴走を引き起こして力を爆発的に開放する瞬間を狙っている。

 その状況下では、私が自分の時を加速させれば異次元咲夜は世界の時間を加速させ、相殺してしまうのは目に見えている。どうする、どうしたらいい。

 思考を巡らせろ、考えろ、考え抜け。しかし、焦りに焦った頭の中では、どのプランを立てようが、後方で微笑んでいる異次元咲夜の能力に遮られてしまう。どうしたら、奴の能力を出し抜けるだろうか。

 どう頑張っても、時間を確保するのには時の加速が必須であるが、何をしようとも異次元咲夜の存在がチラついて邪魔をする。奴の能力が邪魔だ、奴の、能力が。

 霊夢が死んでしまうという現実を受け入れられず、感情のままに絶叫する。現実逃避で頭が空っぽになろうとした時、能力が何だったのかを改めて思い出した。

 

 

 森の木々、幹から枝分かれする枝が風に吹かれ、葉っぱが擦れあってざわざわと音を立てる。その音によく耳を済ませれば、枝の軋む音と共に颯々たる風が木々や枝の間を通る音まで聞こえてくる。

 胸を膨らませ、周囲の空気を酸素を取り込むためにまとめて肺へと送り込んだ。軌道を通る見えない空気が、冬でもないのに酷く乾燥している。

 遠くで未だに山全体を燃やしている炎の影響だろうか。それとも、敵討ちを果たそうとしている、小さな吸血鬼が使用するレーヴァテインのせいだろうか。

 戦闘中で常に気を張っていなければならないのに、こんなどうでもいい事に意識を向けているのは現実から目を背けている証だ。

 風上でしゃがみ込む女性は、こちらに背を向けたままだ。うな垂れる顔からは、隠れて彼女の表情を伺い知ることはできない。

 流れていく風が黄色い魔女の解れそうな魔女の髪の毛をなびかせ、洋服のフリルをパタパタと舞わせている。こちらに背を向けている彼女が大事そうに抱えているのは、ほんの数舜前に、殺したと確信していた人物だ。

 刹那と言っても過言ではない、人間が意識して知覚するのには短すぎる間に、状況が大きく傾いているのを感じていた。未だかつていない戦況に置かれている。

「……あ…?」

 誰に向けたわけでもない、意味のない声が自然と漏れてしまった。声に出したつもりはなかった。吐いた吐息で声帯が揺らされ、声として出てしまったのだろうか。

 いや、もしかしたら、本当に声が出ていたのかもしれない。そう思えるほどに、私は心の底から驚いてしまっていた。この十年間で数多の世界に乗り込み、自分と同じ容姿をした人物を何十人、何百人と殺してきた。

 両手、両足を使ったとしても数えきれない戦闘の中で、当然ながら驚くような戦法を使い、出し抜かれそうになったことは幾度となくあった。しかし、同じ能力を持っている以上は出し抜くのにも限界がある。あらゆる戦法に対して培ってきた経験を活かし、多少違えども対応することはできているはずだった。

 前回倒された時、生かさなければならない状況であったこともあるが、あれだけの事をできると予想していなかったのも敗北の一つである。

 であるため、あらゆるところにまで神経を張り巡らせ、霧雨魔理沙のやること全てに目を光らせていたつもりだった。

 魔力の流れを感じたのは覚えている。私のスペルカードを真似た時のように、時を操って博麗の巫女を助けるのかと思い、時の流れに意識を向けていたが、世界全体の時間が遅延することや霧雨魔理沙の時間が加速することは一切なかった。

 時間の流れを変えていないというのに、目の前にいた霧雨魔理沙は大妖精のような煙も残さず、姿を掻き消した。瞬間移動をしたのだろうと思いたいが、唯一と言っていい可能性は否定できた。

 瞬間移動なら、移動先の過程があるはずだ。博麗の巫女の元に現れ、刺さるはずだった銀ナイフを叩き落し、そばに立っていた美鈴も一緒に鋼の檻から助け出す。

 どんなに素早く巫女達を助け出そうとも、時の流れに意識を向け、常にわずかであるが加速している私の目に救出する瞬間が一切映らないのはあり得ない。奴が時の加速や瞬間移動は、100%使っていないと断言できる。

 しかし、そこを否定してしまうと、どうやってあの魔女が私に悟らせることなく巫女を助け出せた理由が、本当にわからなくなってしまう。自分の中で、焦りが生じているのを感じた。

 力を手に入れられるはずだった土壇場で、魔女が思いもがけないことをしでかそうとしている。前回は私のスペルカードという性質の魔力で攻撃を再現し、全ての銀ナイフを正面から撃ち落とした。そこに攻撃を追加することでダメージを負わせ、奴は勝利をもぎ取った。

 その時には、奴が自分の攻撃を再現していることは一目で察していた。しかし、攻撃をしないわけにはいかず、じり貧となって敗北した。

 私に同じ手は通じない。だからもっと別な方法を取ってくるかと思っていたが、予想のはるか上を行く。自分の経験と照らし合わせても、トップに躍り出るほどのイレギュラーだ。

「何を、したのかしら…?」

 私は座り博麗の巫女を抱える魔女を問いただしながら、抱えられている巫女に目を移す。驚いて体を硬直させているため、死んではいないようだ。

 飛来していた銀ナイフは、あとコンマの時間もあれば博麗の巫女を貫いていただろう。ナイフの刺し傷が付いていない場所を探す方が難しい、そんな凄惨な死体が出来上がっていてもおかしくはなかったが、それだけ短い時間でどうやって助け出したのか。種と仕掛けしかないのに、謎が深まる。

 私の問いに答えず、魔女は巫女を抱き寄せたまま彼女の安否を確認している。

「言うと思うか?自分から種明かしを」

 霊夢に一本のナイフも刺さっておらず、致命傷に至ってもいないことを確認し、ひとまず肩を落として安堵のため息を漏らした。戦闘の最中だというのに、背を向けたままでそれをするとはいい度胸だ。

 持っていた銀ナイフを、魔女に抱えられたままの博麗の巫女へと投げつけた。手よりも一回り大きい得物は空気を切り裂く通過音を奏で、能力で加速されて向かっていく。

 時を管理しているといっても過言ではない私の目の端にさえ、彼女の行動は捉えさせなかった。さっきは予想することができず、その早業を見逃してしまっていたが、今度は絶対に見逃さない。

 時を操る程度の能力を行使し、世界の時間を遅延させた。ゆっくりと突き進む銀ナイフと、背を向けたままの魔女を睨みつける。

 突き刺さらないことを前提にして銀ナイフを睨んでいると、瞬きをしていない筈だったのに、気が付けば銀ナイフは空中ではなく、叩き落されて地面に刃が突き刺さっていた。

「なっ………!?」

 時を止められる側へ回る経験は初めてで、動揺を隠すことができない。あり得ないと脳で処理したいが、現実がそれを許さない。銀ナイフを弾いたのであれば攻撃の際に金属音が鳴り、不規則に偏極的に落下し、地面に突き刺さる過程が見えるはずだ。

 音を聞くことも、落下していく過程も、地面に刺さる瞬間も、目の端に捉えることすらできなかった。時間の流れが、魔女と私で異なっているとしか説明ができない。

 何をどうしようが、弾いた銀ナイフが吹き飛んでから地面に刺さるまで、私の目に映らないなどありえない。しかし、原理を説明することができず、困惑した。

 一度ならず二度まで、私の操っている時の能力に、魔理沙が割りこんでくることはなく、時の流れは一切変わっていない。どうしてだ。どうやったらこんなことができるのだ。

「驚くことじゃあないぜ」

 魔理沙はそこで言葉を切り、左手の親指と中指で物を摘まむように挟み、音を鳴らす前段階のまま、形を維持して手を胸の前に掲げた。

 その魔女の隣では、博麗の巫女が何が起こっているのかわからない様子で狼狽えている。息をつく間もなく二度も時を止められている、私と同じ状態なのだろう。霊夢と一緒に助け出された美鈴も困惑しているが、続けて魔理沙は呟いた。

「時に介入できるのは、お前だけじゃない」

 ふざけるな。何が時間への介入だ。時間の加速をできないのであれば、原理が不明のそれをされる前に巫女を殺してやる。

「不快ですね。……この世界は、私の世界です。…私だけの世界だ…!」

「ああ、その通りだ。その、加速された世界はお前のもんだぜ」

 魔女の方向から魔力の流れを感じる。それが発動される前に、世界全体の時間を遅延させ、自分の時間だけを加速させた。揺らめく炎や風になびく木々の動きが緩慢になっていく。植物や無機物に限らず、魔女や巫女の戦闘態勢も、吸血鬼や門番も同様に立て直そうとする動作がゆっくりになっていく。落ちてきていた葉っぱさえも空中で静止し、世界が完全に停止した。

 常に揺らめいて絶えず形を変えていく雲も、移動を続ける太陽含めて、再生中のビデオやDVDを止めた時のように動くことはない。

 全てが停止しているため、音の発生源となりえる現象が起きず、防音室に放り込まれた気分だ。これまで激しい戦闘を繰り広げていたせいで、音のない状態だと静かすぎて耳鳴りがする。

 魔力で銀ナイフを作り出し、彫像と変わらない霊夢と魔理沙の方へ歩いていく。普段なら聞こえもしない自分の呼吸音がやたらと大きく聞こえるが、それを掻き消す足音を鳴らして地面を踏みしめる。

 私は自分を加速させることで時間の静止を実現させた。時間を操る私のフィルターに引っかからないということは、それ以外の方法でやっているのは明らかだ。

 明らかであるが、その方法を読み解く糸口を全く見つけられていないが故に、私は介入され続けるということになる。

 私の世界に他者が踏み込むなど、腸が煮えくり返る思いだ。静止したまま私がいた場所を睨み続ける魔女を見下ろした。今すぐに銀ナイフで首を掻き切ってやりたいが、あまり近づきすぎれば、自分の時間に引き込んでしまう。

 博麗の巫女や魔女に向け、大量の銀ナイフを配置する。360度あらゆる角度から銀ナイフが向かっていくようにするが、恐らくこれらが当たることはないだろう。

 私とは異なっているとはいえ、時を止めるのであれば弱点も同じであるはずだ。トラップを配置し、静止した時の中で動く霧雨魔理沙に、ギリギリ致命傷にならないダメージを食らわせてやればいい。

 しかし、私と同様のことをする以上は、弱点もある程度は把握している事だろう。罠に掛からせることができるのは、あとは自分の腕次第と言えるだろう。

 時を止めて戦っていた時間は私の方が長い。経験の差から誘導ぐらいならできるだろう。ナイフが突きつけられたままの魔女たちから離れ、時の能力をゆっくりと解除していく。

 静止した時が加速していくことで、空中に浮いていた銀ナイフが動き、刃の方向へ突き進み始めた。炎が揺らめき、銀ナイフが移動を始めればその先にいる人物たちも並行して生物的な動きを見せた。

 やはり、銀ナイフが彼女たちを襲うよりも遥か手前で、魔女が指を鳴らしてしまいそうだ。これまでに幾度となく同じ能力を持っている人物と戦っていたが、同じ原理で時が止まっているため、あとは戦いのセンスや経験が物を言った。それが通じないとなると、少々厄介になりそうだ。

 奴が時を操った時、何をされても驚かないように改めて気合を入れなおし、魔女を見据える。

 完全に能力を解除しようとした時、私はとてつもないミスを犯していたことを思い出した。私のスペルカードや投擲した銀ナイフを魔女がかわした時、どうなっていただろうか。

 霊夢を大事そうに抱えていたではないか。抱き寄せていたことに対して、博麗の巫女は驚きで体を硬直させていた。そして、その時に私は私と同じように、時を止められて移動させられていることに困惑していると思っていた。

 その時点でおかしい事に気が付けなければならない。あの段階から銀ナイフを叩き落すのではなく、移動させて逃げたということは、霧雨魔理沙は静止した時の中であろうとも、私と違って関係なく人間に触れることができる。

 その結論に居たろうとした瞬間。魔女の指がパチンと鳴らされた。小気味よい音が聞こえ、時間が止められたと感じることもない。

 しかし、気が付くと見覚えのないダメージを負っていた。痛みの情報が神経を伝って脳に到達する前に、加えられていた衝撃が身体に食らいつき、空中に投げ出された。

 宙に留まっていた銀ナイフが、全て地面に落下していた。刃が地面に突き刺さっていたり、柄から落ちたのだと予想できる銀ナイフはただ転がっている。

 時の静止が解除されると同時に、止まっていた間に加えられた攻撃による衝撃が無ければ、葉っぱの揺れ方や炎の揺らめきの形が、前後でわずかに変わっている事に気が付けただろう。

 受け身など取れるわけもない。いつもなら、攻撃される過程を視覚的に捉えており、どの方向から、どれだけの威力を秘めているのか予想がついているが、今回は前情報が全く得られなかったため無様に吹き飛ばされ、屈辱にも地面を転がる羽目になった。

「くっ……うぐっ…!」

 奴が逃げてしまう前に、立ち上がらなければならない。うつ伏せの状態から腹部をかばいながら、ゆっくりと起き上がった。攻撃されたのとは別に、元からあった傷の痛みが強くなると、じわっと熱くなる。化け物に掻き切られた切創から、血が滲んでいるのだ。

 腹部を押さえていた指に血がこびり付いている。軽く触れてみた感じでは化け物に引き裂かれた部分の縫い目は裂けてはいない。傷口が開いて出血しているだけのようだ。

 腹部を押さえていた指から目を放し、こちらを見下ろしている魔女を見上げた。焦りはなく、だいぶ余裕のある表情をしている。

 私の戦闘能力は時を操る程度の能力に依存しているのは、紛れもない事実だ。だがしかし、何年も戦ってきた経験値の差は埋めることはできない。舐めるなよ、小娘が。

 魔力で銀ナイフを生成し、戦闘を続行する意向を見せる。たかだが能力を封じられただけで、私の牙は折れはしない。

 




次の投稿は5/15の予定です。


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東方繋華傷 第百五十六話 仙鬼

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百五十六話をお楽しみください!



 これが、咲夜の世界か。

 全ての物が静止している。動物から植物まで、生物で動いている者はいない。無機物に関してもそうだが、人間そっくりに作り上げられた人形を眺めている気分だ。

 よく目を凝らしてみなくてもわかるが、前方や私のすぐ隣に立っている人物は当然作り物の彫像ではない。列記とした人間で、現在進行形で生きている。景色を反射する瞳や息遣いが伝わってくる動的な体勢、肉体の質感や曲線美はどんなに精巧に作ろうが再現できるものではない。そして、今にも動き出しそうな気迫こそが生きている事の証明となっている。

 常に揺らめき、動いていることが普通である炎が静止して見えると、形や広がる炎に違和感を覚えるのは、止まった瞬間を見たのが初めてだからだろう。

 落ちてくる木の葉が空中で止まっている。それを摘まみ上げても、葉っぱの形が変わることはなく、落ちてきている段階のまま形状を維持している。

 足元には踝に達する程度の、背が低い雑草が茂っている。足で踏みつけている部分を除いて、青々と空に向かって手を伸び伸びと広げた。試しに足を持ち上げて、踏んでいた部分の雑草に目を向けると、押し曲げられ地面に一部へばり付いている。いつもなら踏んでいても関係なく元に戻るはずだが、持ち上げる前と変わることなく静止している。

 これだけ近い位置に居たり触れたりしているのに、周囲の草木と私の時の流れはどうやら違うらしい。

 異次元咲夜の世界であれば、時の止まっている人物に触れると自分の時間に巻き込み、相手の時間に巻き込まれるため時間の停止状態を維持できない。

 そう言った理由から、異次元咲夜は静止した時の中で直接危害を加えることができない。しかし、無防備な状態で佇んでいた異次元咲夜に、私は魔力から返還されたエネルギー弾を叩き込んだ。

 時間の加速に巻き込まないギリギリ外で止まるはずだったエネルギー弾は、そんな見えない壁をない物として通過し、奴の身体に当たると同時に含まれているエネルギーを放出した。

 弾幕が小さく爆ぜるが、時を止められているメイドは身じろぎ一つすることなく、私が移動する前の地点に視線を向けている。

 一ミリも動く様子の無い人物や植物を見ていると、自分が写真の中に入ってしまったのではないかと錯覚してしまう。時の止まって見える世界を実際に体験するのは初めてだが、全てが止まっているのは違和感しかなく、誠に摩訶不思議な空間だ。

 時の流れを解除する前に霊夢やフランドール達に再度視線を向ける。叩き落しそびれた銀ナイフが無いか眺めるが、未だに浮かんでいる得物はない。

 私は、止まってみえる時の流れを、正常に戻した。エネルギー弾を避ける選択肢すら与えられなかった異次元咲夜は、破裂したエネルギー弾の爆発を身に受けた。弾けた衝撃が腹部を伝わり、骨格上必然的に身体がくの字に曲がる。衝撃を逃がそうとする最大限の防御行動なのかもしれないが、それだけではエネルギー弾の爆発力を受け流すことができない。

 メイドは足で踏ん張りを効かせ、衝撃に耐えようとする素振りすら見せず、後方に吹き飛んだ。ビリアード球がビリアード球に打ち付けられたように弾かれ、受け身を取る間もなく地面を転がって倒れ込む。

 魔力で体を防御されていることを考えると、ダメージにはなるが致命傷にはならなかったはずだ。いつ時を止められてもいいように魔力に意識を向けているが、異次元咲夜の能力が使用されることはない。それどころではないのだろう。

「くっ…そっ……!」

 腹部を切られているのか、横に長く服に血が滲んでいく。エネルギー弾の衝撃で塞がっていたのが開いたようだ。

 私のやり方であれば時間が静止している間でも、関係なく攻撃を与えられることが証明された。しかし、このまま時間を止めて、抵抗することが一切できない異次元咲夜をボコボコにして殺したとしても、フランドールや美鈴は納得しないだろう。

 戦い、奴をねじ伏せ、誰を殺してしまったのかを思い知らせ、後悔させてやらなければならない。異次元咲夜が後悔するとは思えないが、レミリアを殺してしまったことを思い知らせることはできるはずだ。

 そのために私がしなければならないのは、楽に異次元咲夜を殺させるための行動ではない。奴をフランドールや美鈴と同じ土俵に引きずり込ませる状況作成だ。

 それでもフランドールらは、私たちの協力など必要に思っていないだろう。正面からやり合って、このイかれたメイドを殺したいのだろう。ここで私がフランドール達の勝ちを優先し過ぎれば、一生恨まれることになる。

 押されていた力関係を修正するに留め、あとの戦い方は任せるとしよう。フランドールは能力があってないようなものだし、美鈴は能力を使用できるが片腕がない。更に奴は二つの能力を持っている。こちらはいくつもハンデを負っている状況なのだ。異次元咲夜の時を操る程度の能力を封じるぐらいなら、彼女たちも容認してくれることだろう。

 優位な位置に立っている敵を、自分たちの土俵に連れてくることは卑怯ではない。こちらが勝つための最大限の作戦なのだ。

 私が時をいじろうとした時、異次元咲夜が懲りもせず時を加速させようとしている。そろそろ気が付いたのだろう、加速した時の中では私が動けない事に。そう、わかっている通り、私は加速した時の中では動けない。

 なら、どうやって時を止めたのか。ネタバラシをすると、異次元咲夜の時間を増やしたのだ。

 これだけ聞くと異次元咲夜の時間が増えた分だけ、奴が加速してしまうのではないかと思ってしまうだろうが、そうではない。

 前に話したかもしれないが、一秒は増えたり減ったりすることはなく、一秒という概念は常に一定である。だが、私は能力を駆使することで、その法則を一時的とはいえ捻じ曲げた。

 固有の能力は物理の影響を受けない場合があり、異次元咲夜の持っていた第二の能力は何だったか、覚えているだろうか。あらゆる物を生み出す程度の能力だ。

 異次元咲夜はその能力を自分の武器を生成することに使った。物理の法則をそうやって超えられるのであれば、時だって増やすことができる。

 ここで問題になってくるのは今の私では魔力の精度を上げられず、中途半端でまともに運用することができないというものだ。

 だから私は自分の能力で異次元咲夜の能力を再現し、自分の能力で時を増やす性質の魔力を生み出し、それらを組み合わせて魔力の純度を無理やり底上げしたのだ。

 ここで、最初の話に戻ろう。時を増やす過程はわかったが、その増やすというものがどういうものかよくわからないと思う。

 時間を加速させているのを増やすと表現しているのではなく、本当に増やしているのだ。一秒を二秒に二秒を三秒にと言った形で、一秒という外側の概念だけには手を加えず、内側の内容を増やしている。

 それを行うとどうなるか。仮に異次元咲夜の時間だけを倍にしたとして、奴にとっては一秒という時間は変わらない。いつも通りに動いているつもりだが、私たちから見れば一秒でできる動作を二秒かかって行っているのだ。

 その倍にした時間を十秒、二十秒、三十秒と長くしていけば実質的に止まっているように見えるだろう。異次元咲夜に限ったことではないが、周囲の物体を自分の時間に巻き込まないのは、一秒という概念が変わっていないことが理由だと思われる。

 銀ナイフを叩き落した後、銀ナイフに対してだけ増やした時間を戻せば自然と落ちることになる。これが異次元咲夜とは別経路から挑んだ、時を制止させるカラクリだ。

 異次元咲夜がこれに気が付いてしまえば、かなりまずい状況になるが、その可能性は非常に低い。なぜなら彼女の中で時を止めるという行為は、時を操る程度の能力で完結しているからだ。

 既に出来ていることに対し、改めて別路線から能力を使う必要はなく、それならば新たな能力で戦い方の改善を行った方がいい。この思考回路があるが故に、彼女の戦闘スタイルはほとんど変わっていない。

 そもそも、あらゆる物を生み出す程度の能力が、物理的な物だけでなく目に映らない概念的なものにまで影響を及ぼすのを、異次元咲夜は知らない可能性すらある。知っていれば、もっと自分の戦い易いフィールドを用意するはずだ。

 奴らには能力を手に入れるという目的があり、それに向かって進む際に過程などどうでもよく、正々堂々と正面からやり合って勝利を掴み取るプライドなど無いのだから、やはり異次元咲夜はこれを見破れないだろう。

 早速能力を行使し、奴が時を加速させようとしているが、加速させた分だけ一秒の時間を増幅させた。倍に加速させた分だけ、一秒間の時間も倍にするため相殺されて時間の流れが一切変わっていないように見える。

「……!?」

 異次元咲夜はまたもや驚愕している事だろう。どれだけ時を加速させても、自分どころか周りの時間までもが等倍から変わることが無いのだから。私たちを見ても、周囲の景色を確認しても、遅延すら起こっていない。その表情から困惑が読み取れた。

「お前に時の能力は使わせないぜ」

 厳密には使うこと自体はできるが、能力を使うことによる恩恵を一切受けさせない。異次元咲夜が時間の停止が使えなくなった以上は、ナイフの戦闘術を使って挑んでくることだろう。後は美鈴とフランドールの戦闘力次第だ。

 どちら側も手負い。こちらは二人いるが、近接戦闘能力が特に長けている美鈴が片腕を失っており、戦力的には五分五分だろう。時の静止に異次元咲夜の戦闘能力は依存しているが、ナイフ術に関しては加速が常に使われているとはいえ一級品だ。一筋縄ではいかないだろう。

「フランドール」

 異次元咲夜が自らの身一つで戦わなければならないことを察し、銀ナイフを生成していく。奴の準備が終わるまでに私たちは異次元霊夢のところに向かい始めなければならない。

「何かしら?」

 レーヴァテインを作り出しており、その熱気に顔を背けそうになる。手で放射される熱を遮断し、すぐそばに歩み寄ってきていたフランドールに語り掛けた。

「どれぐらいと明確に言えるわけじゃないが…しばらくの間、あいつは時の能力が使えない。また使えるようになるまでに奴を倒せ」

 異次元咲夜には聞こえないように、できるだけ小さな声で耳打ちした。フランドールがうなづくのを確認し、霊夢と共に後方に下がる。

 私が霊夢と共に逃げようとしているのを異次元咲夜は察したらしく、作り出していた銀ナイフを振りかぶると、フランドールや美鈴を無視してこちらに得物を投擲した。

 霊夢に向かっていくが、博麗の巫女はその程度では動じない。構えから軌道を予想していたと思われ、投げられた銀ナイフが数十センチも進む前に撃ち落としの体勢を整えた。

 お祓い棒を構えていたが、銀ナイフがフランドール達の横を通過しようとした直前、吸血鬼の構えていた炎剣がナイフを撫で、高温で融解させた。

 銀ナイフが大きく形態変化し、液状になったことで空気の抵抗が無視できなくなり、一気に失速すると地面に落下した。雨水など雫が落ちた時と同じく、赤くなるまで熱せられた金属が柔らかく地面の上を薄く広がった。

 フランドールが迎撃してくれたことで、私たちはより後退しやすくなる。当初は逃走は難しいと考えていた異次元咲夜から、時間停止の影響を受けずに離れた。

 異次元咲夜はこちらに追撃を加えたそうな表情をしているが、フランドール達に牽制されて銀ナイフを投げることができていない。距離を取っていくごとに木々で三人の姿が見えなくなっていく。

 彼女たちの姿が木々で隠れ始めたころ、戦闘が始まったらしい。背面からオレンジ色の光が発せられはじめ、私や木々の影が揺らめいた。刃を打ち合わせる金属音が光とほぼ同時に耳に届いた。

 

 

「私はぁ、あなたに恨まれることをした覚えはないのだけれどぉ?」

 異次元霊夢は鬱陶しそうな表情を浮かべたまま、私の攻撃を何度も受け止めている。危なげがなく全てを捌かれ、全てを弾き飛ばされてしまう。

 渾身の力で殴っているはずなのに、一切ダメージを与えられていない。戦闘能力が特に秀でている人物のため、法術で隙を作り出さなければならないだろう。

「あなたにとって、取るに足らない存在…その程度だから覚えてないんじゃないかしら?なら、思い出させてあげましょう」

 包帯でてきている拳を握り、お祓い棒を掲げる異次元霊夢へと猛進する。人間なら受け止めた得物ごと、握る手を吹き飛ばしているはずだ。

 しかし、身体強化と衝撃受け流しの上手さで、衝撃に対応している。叩き込まれた力を返され、むしろ殴っている側である私の方が手にダメージを負っているのではないかと錯覚する。

 頭部に拳を繰り出すが、下からお祓い棒で跳ね上げられた。腕力には多少なりとも自信があり、ちょっとやそっとの事では弾かれる事はないはずだが、骨格上の問題だろうか。

 そんな生理学的なことを異次元霊夢が知っているとは思えないが、いつもの人間離れした勘が働いたのだろう。腕を引き戻そうとするよりも早く、お祓い棒が喉に叩き込まれた。

「がっ!?」

 瞬間的であるが衝撃で気道が塞がれた。それだけにはとどまらず、胴体から頭蓋までをつなぐ頸椎が砕かれ、へし折られそうだ。だが、首を取り囲む筋肉で無理やり、脱臼しそうになる頸椎を元の場所へ押し戻した。

 包帯の腕を薙ぎ払い、お祓い棒を振るった異次元霊夢を殴り倒そうとするが、身を翻して髪の毛すらも掠らせてくれない。

 異次元霊夢は距離を置きながら、どこからか銀色に煌めく妖怪退治用の針を取り出した。指の間に挟んで持つ針が投擲され、十分の一秒にも満たない時間で、武器がこちらに到達することだろう。狙いはほぼ正確で、心臓や動脈などを狙って投げられている。

 右腕としている包帯の形状を一時的に解除し、帯状の包帯が体が隠れる程度に大きく広がった。複数本あった針は正確であるが故に広がった包帯に絡まっていく。

 貫通しそうになっていた針もあったが、身体に到達した得物は無い。広げた包帯を即座に巻き取り、針を巻き込みながら腕の形状へ戻した。包帯のどの部分が、身体のどこを担当すると決まっているわけではない。その都度自分のやり易い形で形成するため、投擲された針を握った状態で腕が出来上がる。

 捨てることはなく、距離を取っている異次元霊夢へと投擲した。右腕が包帯を巻いた手ではなく、包帯でできた腕であることを今ので把握したらしい。何か思い当たる節があるのか、眉を潜めて適当に投げつけられた、脅威とランク付けするまでもない針を全て避けられてしまう。

「ああぁ、思い出したわぁ」

 異次元霊夢はそう呟くと、回転しながら飛んでいた最後の針を空中でつかみ取る。力任せに握り、投擲していたことで奴の掴んだ針は折れ曲がっている。

 私は忘れたことなど一度としてない。特徴的な手の傷や、リボンで隠れていて見えずらいが後頭部の傷。忘れるなという方が無理な話だ。

 それと、十年前のあの日を。村や湖、森などの位置はほとんど変わらず、十年前からの違いと言えば、景色に人の手が入っているかいないかぐらいだ。

 過去に私が異次元霊夢と遭遇した時は、そこには何もない森が広がっているだけだった。月日が流れ、十年の間に一年中花を求めて幻想郷を転々と移動する風見幽香が、その地点が花にとってより良い環境であることして、多くの時間をそこで過ごすようになった。彼女には不運だったと言わざるを得ない。

 未だに森だったころの景色や、木々が力強く巨体を根で支える姿を思い出せる。動植物が活発になり、数多くの生が命を輝かせようと花弁を広げる姿。遠くに映る入道雲の堂々たる佇まいまで。そして、自分の腕が地面に転がる瞬間もだ。

 雨の独特な匂いから、土の匂い、草木の匂い、それらを掻き消す強烈な血の匂い。鼻腔を擽るのではなく、鼻腔に纏わるそれは、手も足も出なかった私の敗北を意味していた。

 自分の100分の1も人生を歩んだこともなさそうな少女に、吹き飛ばされるだけでは飽き足らず、右腕を捥がれた。抵抗すらできなかった。させてもらえなかった。

 幼い容姿の博麗の巫女は、ここの世界にいた先代の博麗の巫女よりも頭一つ分も強かったかもしれない。気が付くと私は地面に伏せられ、目の前には右腕が二の腕から千切れていた。

 私の中ではトラウマになっているのかもしれない。この十年で、この時の夢を見なかった日がない。こうして戦っている最中でも、千切れた切断面の腕がズキズキと痛んだ。

「魔理沙を探そうと最初に渡った世界だったからぁ、よーく覚えてるわぁ」

 あの魔女の名前を呼び、嗤う標的は折れ曲がった針を手の中で遊ばせている。異次元霊夢が持っている針のストックが少ないのか、手放す様子はない。反対に曲げてまっすぐにしようとしているが、金属は繰り返す力に弱く、ぽっきりと半ばから折れた。

「あなたにとって、ほんのわずかな時間だったかもしれないけれど、私にとっては長かった。10年分の恨みを晴らさせてもらいます」

「元が鬼だろうと…ただの仙人が私に勝てると思ってるのかしらぁ…?」

 私は10年前に手も足も出ずに、惨敗している。今回もそれと変わらない可能性は高い。その自信からか、挑発的な態度を異次元霊夢が取っている。どんな結果になろうとも、負けそうだから戦わないという選択肢はない。

 闘気を感じ取ったのか、半ばから折れていた二本の針を異次元霊夢は投擲し、私は奴に向けて走り出した。通常よりも小さくなっている二本の針をはじき飛ばし、走りながら牽制で弾幕を放った。

 異次元霊夢は体を余計に動かすことなくひらりとかわしていき、吐息がかかるほどまでに接近した。ここは私の間合いでもあり、奴の間合いでもある。人間にはできない方術をふんだんに使い、怒りを思い知らせてやろう。

 包帯で形成された腕、握りこまれたお祓い棒が打ち合わされる。乾いた木と拳が打ち合わさったとは思えない程、強烈な打撃が腹に響く。衝撃が筋肉を伝って腕と肩を突き抜ける。筋肉だけではなく骨にまで力が伝わり、全身に広がっていく。

 衝撃が伝わってきているのは、私だけではなく彼女も同じであるはずだが、そんなそぶりを見せず、数度の打撃を休む間もなく数度繰り出してきた。

 私も退くわけにはいかない。後方に吹き飛ばされそうになるのを堪え、振るわれる奴の得物に拳を重ねる。重々しいお互いの攻撃に、衝撃が逃げ場を失ったのだろうか。打ち合わさると同時に拳圧で髪がはためいた。

「特に弱く感じたからどうかと思ったけどぉ…少しはマシになったかしらぁ?」

 どの生物からしても短い、一秒にも満たない時間の間に4回の攻防が行われる。お互いの戦況が拮抗しているようで、どちらも一歩も引くことはない。最後の一撃は鍔迫り合いとなり、奴の顔がぐっと近くなる。

 片手でお祓い棒を握ったまま、逆の手で物を摘まむ動作をしながら異次元霊夢は煽ってくる。奴に一発お見舞いしてやりたいが、少しマシになったという言動をひっくり返せないところから的を得ている。

「…っ…!!」

 あれから私は強くなったつもりだったが、彼女にとってはドングリの背比べ程度でしかないのかもしれない。

 鍔迫り合いになっているのをはじき返し、先よりも筋肉の回転数を上げた。魔力を使えても人間には変わりないはずなのに、異次元霊夢は私以上の速さを見せる。

 伸ばした腕の関節部を、上から叩かれることで抑え込まれる。関節から腕が曲がり、攻撃能力の失った腕を異次元霊夢は掴みながら、お祓い棒で私の顔面を薙ぎ払った。

 顔を打たれ、後方に吹き飛ばされた。予想できた攻撃だったことで、倒れてしまうことはなかったが、あまりの衝撃に膝をつきそうになった。

 下半身に力を籠め、踏みとどまった。そこに異次元霊夢が妖怪退治用の針を投擲し、追い打ちを仕掛けてくる。それだけでは収まらず、お祓い棒を握りしめて奴自身も畳みかけて来る。

 奴に針を投げ返しても脅威とされない為、投擲された鋼でできている針を拳でへし折りながら叩き落し、異次元霊夢の銀ナイフを迎え撃つ。

 異次元霊夢がお祓い棒を大きく上に掲げ、大ぶりの一撃を放ってくる。今からでは間に合わず、下手に避けるよりも待ち構えていた方がいいだろう。

 包帯の腕で振り下ろされたお祓い棒を受け止めた。人間だったら身体を支える背骨がどこかで砕けていてもおかしくはない、そんな衝撃が来るはずだったが、まともに受け止めるつもりはなく方術が発動する。奴からすれば手ごたえがないだろう。

 前腕で受け止めていた部分の包帯が、針を投げられた時と同様に解れていく。一瞬のうちに広がった包帯を巻き取り、異次元霊夢のお祓い棒を掴み取った形で再形成された。人間では発揮できない力で捩じり取ろうとするが、私の行動は読まれていたらしい。

 握力と腕力で引き寄せるよりも早く、骨格的にそれ以上曲がらない方向に捻じ曲げられ、お祓い棒を手放してしまうだけでなく、後方にすり抜けられた。

 すぐに反撃することができない位置に逃げられ、振り返ろうとするよりも一歩早く、異次元霊夢によって足元を払われた。膝に当てられていなければ、半ばから足の骨を折られていただろう。

 空中で身体が一回転し、景色が急速に移り変わる。魔力で反抗する力を加え、体勢を立て直す間もなく異次元霊夢が掲げていたお祓い棒が私の胸を捉えた。

 胸から異音がする。打撃を受けた衝撃が肉体を伝ってくる音だけではなく、心臓などの内臓を取り囲む肋骨が幾本か砕かれる破砕音が、自分だけでなく異次元霊夢にまで届いたことだろう。

 避けることなどできるわけがなく、浮いた体は意図しない形で地面に舞い戻った。背中から叩きつけられ、胸が締め付けられるほどの苦しさを覚えた。

 肋骨がつながる、胸の前に存在する板状の骨である胸骨は粉々に砕け、肋骨も数本折れている影響で呼吸が障害されている。胸を上下させ、筋肉や横隔膜を使って呼吸を行おうとすると、痛みが神経を逆なでして激痛を生じる。

 痛みに逆らってでも呼吸を行おうとすれば、激痛で失神してもおかしくはない。だからと言って呼吸をしなければ低酸素状態で意識を失うことになる。

 肺に折れた肋骨が刺さらなかったのが軌跡と言えたが、これでは息をロクに吸うことができず、空気という海の底で溺死してしまう。

「やっぱり大したことはなかったようねぇ」

 異次元霊夢は浅く、高頻度の呼吸で過換気を繰り返す私に言い放つと、横たわって反撃する気配すら見せない様子を鼻で笑う。悔しさが込み上げるが、攻撃に移れない。

 無理やりにでも体を起こそうとするが、胸からの痛みを感じるほどまでに上体を持ち上げる前に、異次元霊夢に顔を踏み抜かれた。このまま私を踏み潰すつもりだ。

 魔力や肉体を最大限に使われた踏みつけにより頭蓋が歪み、脳に圧力がかかる。頭が地面にめり込んでいき、痛みで思考が回らなくなっていく。

「がっ…ああああああああああっ!!」

 絶叫で頭部と胸部の激痛を誤魔化し、顔を踏み潰そうとしていた異次元霊夢に拳を薙ぎ払った。胸をかばうようにして繰り出したため長い動作を要し、奴の影を掴むことすらできない。

 それでも奴が避けるために離れていったため、拘束から解かれて助かりはした。だが、先ほどまであった別の問題が浮上する。無理やり動いたせいで胸に激痛が走り、抑え込もうと自然と体が蹲ってしまった。

 酸欠で頭が回らなくなる前に魔力で痛みを遮断するが、ズキズキと疼痛が残り、呼吸を行うごとに体に響く。

 出来れば痛みの遮断は使いたくはない。痛みに対して鈍感になれれば、攻撃を無視して反撃に移ることができるかもしれないが、感じていないだけでダメージは負っている。気が付いた時には動けなくなるなんてことにもなるかもしれない。

 戦いにおいて、自分の体の事を察知できないのは弱点になりえる。魔力での鈍感化は最小限に止めるとしよう。

 気絶してしまいそうになるほどの痛みが軽減され、ゆっくりではあるが立ち上がれるまでになっていた。しかし、勘違いしてはいけないのは治ってはいないということだ。

 魔力で遮断しつつ、急ピッチで砕け、折れた胸部の骨を修復していく。最低でも1時間はかかるだろう。それまで待ってくれるような奴ではなく、負傷しながらも戦うことになるだろう。

 初めから無傷で戦えるとは思っていなかったが、あまりにもハンデがきつ過ぎる。踏まれたせいだろうか、口の中で血の味がする。

 咳などで喀血しているわけではないので、無理に動いた影響で肺に骨が刺さっているわけではないだろう。胸を片手で押さえたまま、戦闘体勢に移行した。

 奴が攻撃に動く前に、こちらから攻撃に移れるように構えていると、私の予想とは異なる動きを異次元霊夢が行った。お祓い棒や針を構えるのではなく、ただ一言言葉を発した。

「爆」

 こちらの博麗の巫女も、同じようなことをしていたのを思い出す。私の周囲に札を撒く気配はしなかった。どこに設置したのか魔力で探りを入れようとしたが、それが周囲の離れた位置にないことは感覚的にわかった。

 さらに本腰を入れて探るまでもなく、異次元霊夢が札に含ませた魔力を感知した。すぐ近くにある、背中だ。奴が私の後ろ側に、すり抜けた時に仕込まれたのだろう。

 鋭い淡青色の閃光が煌めき、体がバラバラに爆ぜそうになるほどの衝撃が駆け抜けると、光と同色の炎に包み込まれた。肌や服、髪に熱が伝達するよりも早く、私の体は前方に向かって吹き飛ばされた。

 背中と胸の激痛で受け身を取ることや異次元霊夢の追撃の事など、頭から抜け落ちている。視界を塞いでいた炎が引いた時、目の前には巫女の姿がどでかく写り込んでくる。

「っ!?」

 反撃よりも異次元霊夢の動きの方が速い。負傷している私の倍以上は素早く、お祓い棒による打撃を頭部に受け、首元には針を叩き込まれた。

 魔力の作用だろう。札から噴き出した炎は、爆発の直後には集約して鎮火してしまっている。それでも熱気の残る陽炎が揺らめく空間を奴は通過していった。一瞬の出来事で、頭の処理が追い付かず何をされたのかわからなかった。

 痛みや衝撃に圧倒され、受け身を取るための行動に大きな支障が生じる。吹き飛ばされてバランスが崩れた所に、更なる攻撃を叩き込まれたことで錐揉み状態となってしまう。これ以上攻撃を食らうわけにはいかないが、受け身を取れるだけの段階に思考は達していない。

 それでもあと数秒もすれば、無様に地面に転がるということだけは脳の片隅にはあった。視界の方向が安定せず、森の景色や空、地面を写した後に背中から平面な大地に転がり込んだ。

「うぐっ!?」

 あらゆる場所から痛みが発生しているのだろうが、あまりにも多源で発生源を特定することができなくなっている。数秒かけて勢いを摩擦でそぎ落とし、ゆっくりと止まった。

 人間であれば虫の息だが、私は何とか体を起こすことはできる。しかし、立ち上がるに至らない。膝をついたまま、胸を押さえて息を整えようと荒々しく喘ぐが、酸欠は改善へ向かうことはない。

 呼吸を繰り返そうとするが、数度の呼吸をする暇すら異次元霊夢は与えてくれない。どんっと骨の髄にまで響くのは、奴がこちらに向かって跳躍しているのだ。

 私の死期だろうか。奴がこちらに向かってくるまでが、やたらと遅く感じた。一メートル、二メートル、三メートルと少しずつ距離を詰めてきて見えているはずなのに、それに対して一切行動を起こすことができない。

 あと一度でも瞬きしてしまえば、目を閉じている間に異次元霊夢のお祓い棒が、私の頭部を叩き潰す。それを予期し、受け入れるほかなかった。腕力と体重を最大限に乗せた一撃が、放たれようとした。

 異次元の巫女を、謎の光が包み込んだ。視界全体を覆う真っ白な眩い光は、熱気を放っており、咄嗟に顔を背けて手で覆っていなければ網膜や顔全体を火傷していただろう。

 人間よりも一回りも二回りも巨大な弾幕。これには見覚えがある。どこで見たのかは、思い出すことはできないが、確かに誰かが放っていた。

 しかし、思い出した光線よりも、目の前で巫女を薙ぎ払った弾幕の方が派手さがない気がした。

 数秒かけて私を助けてくれた弾幕が収まり、熱気や光から顔を守っていた手を眼前からどかすと、熱で抉れた地面から蒸気を放っているのが初めに見えた。

 弾幕が来た方向に視線を動かしていくと、レーザーを放った人物がゆっくりとこちらに向かっている。緑の髪を揺らし、死んだと聞かされていた花の妖怪が立ち止まる。

「私の顔に何かついてるかしら?」

 呆気に取られて彼女をまじまじと見つめていたせいだろう。花の妖怪である風見幽香がため息交じりに呟いた。いつも日傘で使っている傘は、閉じられて得物として握られている。

「いや……そういうわけでは…」

「まあ、いいわ。それよりも、早く戦闘に戻ってほしいのだけれど?」

 大事な戦闘の真っ最中だった。胸をかばいながらなんとか立ち上がり、弾幕で薙ぎ払われた異次元霊夢の方向を見ると、無傷で蒸気が立ち昇るレーザーの通りに道に佇んでいる。

 あの完全に攻撃体勢へ入っていた段階でも、防御に移っていたとは、化け物以上に化け物であるとしか言いようがない。

「本当は、一人で片づける予定だったけど…あれは一人じゃ手に余る……当然、手伝ってくれるわよね?」

 今の私は戦力の一人として数えていいのかわからない。一瞬返答することに躊躇したが、このまま何もせずに戦いが終わってしまえば、これまでの事が意味のない出来事になってしまう。

「勿論」

 遅くなってしまったが、ハッキリと返答を返すと、満足げに異次元霊夢の方向に向き直った。

 作戦会議をしている暇はなさそうだ。防御のための結界を解いた異次元霊夢は既に腰を落とし、攻撃の段階へと移っている。

「来るわ」

 花の妖怪が呟くが、それを言わなくてもわかるほどに異次元霊夢の殺気が増悪していく。こちらも、それに負けてはいられない。

 全身に最大限の強化を施し終えた時に、異次元霊夢が駆け出した。風見幽香は遅くはあるが、回り込む形で横に走り出す。動くことが難しい私はその場に陣取り、正面から奴を迎え撃った。

 怒号を絞り上げ、体重を乗せた拳を放った。

 




次の投稿は5/29の予定です


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東方繋華傷 第百五十七話 追窮

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百五十七話をお楽しみください!


 音が発生する要因がない。ただただ無音の空間が広がっている。気象現象による空気の流れで風が巻き起こることはなく、日常の中で有り触れた風音すらない。

 あまりにも静かな場所過ぎたのだろう。先ほどまでの喧騒に慣れていたせいで、あるはずのない騒音が鼓膜に残っている。

 世界中でここまで静かな場所は、ここぐらいだ。そう思える程に、耳を澄ましても何も聞こえてこない。

 しかし、音がないからと言って何もないわけではない。この空間は、溢れんばかりに物で溢れている。身近な物から見慣れない物、手のひらに乗る小さい物から、両手を広げても足りないぐらいに大きい物。建物よりも巨大な物体まで存在しているようだ。

 この場所に地面はなく、全ての物体がふわふわと浮いている。私も例外なく浮かんでおり、入ってきた体の向きから上下等を決めていたが、この空間に左右上下前後の概念はなさそうだ。まるで無重力の宇宙空間に放り出されたようだった。

 太陽から隔絶された空間で光が発生するはずがないのに、この場所には一定の光度がある。どれだけの距離が離れているのかわからないが、様々な物体が浮かぶ世界の背景が真っ暗で、手元すらも見えなくなるほどの暗黒に包まれそうな印象を受ける。

 実際には数百メートル離れた位置にある物体も、視界に収められることからやはり光が存在するので間違いはなさそうだ。

 この場にいる誰もがそんなことに目を向けていない。さっきはこの空間には音がないとしたが、人為的にではなく自然に発生する音がないという意味であった。

 自分以外の呼吸音が存在しており、その数は三つ。方向は真横と正面に二つ。私以外の三人がこの特殊な空間が何なのかを探っていないところを見るに、この場所に慣れているのだと思う。

 表情の柔らかさから、向こうの二人に緊張や困惑の様子は見られず、戦いに集中しなければならないからと余裕がないわけでもなさそうだ。そう考えると、私以外の全員この場所に慣れているとする方が妥当だ。

 しかし、このメンツの中に放り込まれると、場違いにもほどがあるように感じてしまうのは私だけではないはずだ。向こうにいる人物と、私のすぐ横にいる人物、どの人物も大物だ。

 すぐ隣にいるのは、私たちの世界にいるスキマ妖怪。紫さんだ。いつも日傘を手に持っていたはずだが、今は何も持っておらず物腰柔らかそうだった表情は険しい。

 それは相手も変わらない。目元に傷のある紫さんと全く同じ顔をした異次元紫も、眉間に皺を寄せて額に汗を浮かべている。その隣には、見たことも話したこともあまりない、妖夢さんが立っている。

 最初はこちら側を裏切ったのかと思ったが、喉元に痛々しい古傷が広がっていることから、私たち側の人間ではないことが分かった。

 そんな大妖怪と幻想郷でも屈指の剣士の中に、ただの妖精が混じって戦うなど、場にそぐわないだろう。紫さんの表情からも、私では戦力として心もとないのが読み取れる。

 私もそう思う。あの人たちと対等に渡り合えるはずがない。たとえ負けるとしても、私は絶対に退けない。チルノちゃんたちの仇を取らなければ、親友に顔向けできない。

 私の決意が紫さんに伝わってくれたのだろうか。私に帰れと、元の世界に戻れと言うことはない。汗をかいている異次元紫と、異次元妖夢が戦闘体勢に移っていく。

 一方は傘を握り、もう片方は鞘から刀を抜刀した。気迫が、あの時の殺気が私たちに向けられ、怖気そうになった。手が震え、決意が揺らぎそうになる。

 駄目だ。逃げるな、お前は親友を斬り刻み、楽しそうに、それは楽しそうに惨殺した異次元妖夢を許すのか。ここで尻尾を巻いて逃げてしまえば、許したと同義となる。

 チルノちゃんやルーミアちゃん、リグルちゃん、小傘さん、私たちを助けてくれたこの世界のナズーリンさん。あの人たちがどう思うかではない、彼女たちが復讐を望んでいるかどうかもどうでもいい。私が、復讐したいかどうか。

 当然ながらしたい。復讐したくないわけがない。目の前で友人を楽しそうに切り殺された恨みは、簡単に消える物ではなく、時間を空けたことでより一層復讐心は煮え滾って爆発寸前になっている。

 ここで燻ぶらせる必要はない。導火線に火をつけ、その先にある爆弾まで延焼させ、怒りを爆発させろ。奴らに対する恐怖心が薄らいでいき、後ろに下がりそうになっていた身体は、逆に連中の方向に向かって進みだす。

「っ…大妖精!?」

 一人で突き進み始めた私を、後方にいた紫さんが手を伸ばして止めた。前へと進もうとした私の体が急停止するが、慣性に従ってぐぐっと前に出そうになった。

 意識を紫さんに向けたせいで、前方方向に対する注意力が分散してしまった。気が付くと十メートルほど先に浮かんでいた異次元妖夢の姿が消え失せ、目の前に現れていた。

「っ!?」

 息を飲んだのは、私だけではない。私の手を引いていた紫さんもいきなり目の前に現れた異次元妖夢に、驚愕を隠せない。いつも異変で戦っているイメージがあったが、それでも今のには驚かせられたようだ。

 驚いた様子から、私を意図的に助けようとしたのではないのだろう。たまたま助ける形になったが、それに救われた。紫さんが私の肩を掴んで止めてくれていなければ、今頃は周囲にある物体と同じように、頭と体は目的や理由もなくただ浮いていたことだろう。

 異次元妖夢が二度目の斬撃を放つ直前、我に返った私は能力を使用し、瞬間移動を発動させる。どこにでも行けるような能力であれば、とても使いやすい能力だったと思う。視線を向けている方向にしか瞬間移動することができず、こちらを向いている敵二人の後方に移動した。

 私の能力は、移動する際に選別することができず、この異変が始まってからは使い勝手が悪いと思っていた。私の体に触れているならば、自分の意思とは関係なく一緒に移動する対象としてしまう。

 無機物であろうが、生物だろうが、味方だろうが、敵だろうが関係ない。今回はそれに救われた。もし、自分と一緒に行く者を選別しなければならなかったとしたら、紫さんを置いてくることになっていた。

 自分でどうにかしたと思うけど、二回目の斬撃は私ごと肩を掴んでいた紫さんを叩き切っていただろう。

 紫さんは私の瞬間移動を体験したのは初めてのようで、体を硬直させているが、大部分の理由は私の能力ではなく異次元妖夢の斬撃によるものだろう。

 視界内には敵がいない。後方に振り返ると異次元妖夢と異次元紫も丁度振り返ったところだった。厄介であるが、大したことはないと思っているようで、剣士の顔に余裕の表情が滲んだ。

「…っ…」

 歯噛みして怒りに身を任せたくなるが、紫さんの落ち着き払った声に怒りが爆発する直前で踏みとどまった。一度犯したミスを二度も踏んではならない。

「落ち着きなさいな、あいつらを殺したいって気持ちは痛いほどわかるわ。でも、ここでは抑えなさい。感情に任せたまま戦って勝てる相手じゃないわ」

「………。はい…」

 怒りを飲み込み、向かっていこうとしていた体を自分の意思で止めた。庭師の様子から、作戦を立てている時間はあまりなさそうだが、何か秘策があるのなら聞いておいて方がいいだろう。

 そう思いながら、先ほど切断されなかった首元におもむろに手を延ばすと、僅かに粘り気のある液体に触れた。

「?」

 指で液体を救い上げて目の前に掲げると、指先には真っ赤な血液がこびり付いていた。何か物体が当たる感覚はしなかったはずだが、気が付かないうちにもう殺されていないか不安になった。

 いつまで待っても首の小さな切創が広がっていく様子はなく、斬撃の影響は首の皮一枚までで食い止められている。

 刀の切先が掠ったとも感じなかったのは、異次元妖夢の得物を薙ぎ払う速度が速かっただけではく、刀の切れ味が良すぎたんだ。

 切れ味がよいのもさることながら、痛みを感じさせないほどの剣術であるとは、どれだけの人物をこれから相手にしようとしているのか、思い知らされる。

「冷静になるのはいいですが…どうやって奴らを殺すのか…作戦はあるんですか?」

「作戦なんて言えるようなものはないわ」

 彼女も私と同じく、行き当たりばったりだったのだろう。私とは比べ物にならないほどに知能が高く、どんなことでも先を見通すスキマ妖怪からしたら、らしくないことを言っている。

 この空間は、たぶん紫さんの境界を操る程度の能力で生み出された物だ。私たちがいる元の世界には存在しない、平行世界に近い概念で作られた境界。意識を向けると、そこら中から紫さんの魔力の流れを感じる。

 この世界が物で溢れているのは、紫さんが幻想郷内や外の世界で集めた物を、この境界世界に押し込んでいるのだろう。でなければここまで物が散乱しているということはないはずだ。

 スキマの中から物を引っ張り出してくるはずだが、そのスキマ世界の中でも、紫さんはスキマを生み出すことができるのだろうか。悪い言い方をすると紫さんの戦闘能力は、私の瞬間移動のように良くも悪くも境界を操る程度の能力に依存している。

 作戦など無いと言っていたが、いくら手がなかったとしても丸腰で復讐したい者の前にのこのこと出ていくとは考えられない。戦うための手立てぐらいは用意しているだろう。

 何の打つ手もない。私と同じ復讐の匂いがする紫さんは、ただ闇雲に自暴自棄になって飛び込んだ訳ではないのは表情から何となくわかった。

 どういった手立てがあるのかは分からないが、紫さんは彼女なりの戦い方があるだろう。それに任せるとしよう。私の血痕が切先のほんの少しついた刀を、異次元妖夢が構えに移っていく。

 お互いがどう動くかの相談をしている場合ではなくなってしまう。何か戦闘に使えそうなものが近くに漂っていないか、見回そうとした。

 この空間は紫さんにとって、いくつかある物を貯蔵するポケットの一つでしかないのだろう。心配する必要などなかったようで、紫さんはすぐ近くに私の倍以上もある巨大な隙間を作り出す。

 その中から見たこともない巨大な金属製の物体が出てくる。ソーセージのように縦列で連結して並ぶそれは、見た目からは何の用途で使われるのか全く想像ができない。辛うじて乗り物であることは、物体の下部に車輪がついている事で察しがついた。

 幻想郷の内外を自由に行き来できる紫さんが持ってきたということは、外の世界にある乗り物なのだろう。動いている所が想像できず、本来の用途ではないのだろうが、あれだけ大きなものが当たれば妖怪だってひとたまりもないはずだ。

 異次元紫と異次元妖夢、どちらにも当たる軌道で放たれたが、異次元紫は横に大きく飛びのいて軌道から外れ、異次元妖夢は呆れたことに正面から向かっていく。持った観楼剣で鑢のように、放たれた物体をガリガリと抉り切った。

 異次元妖夢が目の前の物体に夢中になっているうちに、後ろから攻撃を入れられる。異次元紫も回避に専念しており、反撃に移ることは難しいだろう。瞬間移動で目星をつけておいた、攻撃に使う武器の元に移動した。

 目測を誤らず、その刀の前にぴったりと現れることができた。フワフワと何かに吊られているように浮き上がる刀に視点を合わせる。遠目では錆などは特にみられない切れ味の良さそうな刀だと思ったが、いざ近づいてみると錆ではなく血で汚れている。

 黒ずんだ部分が広範囲に広がっており、一見すると錆と見分けが付かない。だが、錆が均一に広がっているのではなく、一か所に固まっていたり、水の筋のようなものが見えるため血がこびり付いていると判断した。

 誰を切った刀かは考えず、それを使うことだけを考えよう。刀を握りこむと得物をほとんど使ったことが無いせいか、無機質な刀を持つのは違和感があった。

 使いやすさや戦いやすさは非常に重要だが、何よりも戦争であるならば、戦うことができなければなんの意味もなくなる。瞬間移動に全ての戦闘能力が備わっている私は、それを利用し戦い方を模索しなければならない。

 スキマの中であるため、刀の重量は感じないが、振る際には自分の腕力が無ければならない為、振り回す際には注意が必要だろう。

 外と中、どちらで作られた方なのかはわからないが、人間が作った鈍らでは、素人な私の太刀筋では簡単に折れてしまうかもしれない。その不安は拭えないが、未だに巨大な物体を斬り刻んでいる異次元妖夢の方向に目を向けた。

 斬撃を繰り出し、連結された物体を未だに刻んでいる。その後方に焦点を合わせ、能力を発動した。世界の景色がさほど変わらない為、いつもより瞬間移動をした直後のラグは少ない。乗り物を切り裂いている異次元妖夢に向け、名もわからぬ刀を振り下ろした。

 私が現れた瞬間に漏れる、その空間にあった分の空気を押し出す小さなくぐもった破裂音を聞かれてしまったのだろう。

 異次元妖夢は、見たこともない反応速度を持って振り返った。私の予想では気づきはしても、こちらに振り返るまではいかないと考えていた。

 予想を大きく裏切った異次元妖夢は振り返ると同時に、私が振り下ろしていた刀に観楼剣を重ねて刃を受け止めた。金属が打ち合わさって起こる火花と、魔力の結晶が弾ける。コンマにも満たない短い時間だけ光を迸らせ、元から見えていた奴の顔をくっきりと映し出す。

 得物を叩き合わせた金属音に、金属でできた乗り物が軋む音が耳に届いた。音と変わらない速度で振動が刀身から柄、握る手と順番に伝わり、前腕全体が刀を落とさない程度に痺れた。

 今まで切り裂かれていた乗り物が切り裂かれなくなったことで突き進み、切断されて開いた前面部から内部に飲み込まれた。

 乗り物内部は両側に長い座席が並び、一度に多くの人が座って運ぶことができるような構造になっている。天井からは輪っかの付いた紐が座席に並行してぶら下がっている。

 天井からぶら下がっている輪っかの用途に気が付く前に、戦闘に引き戻される。異次元妖夢は驚いたように目を見開いており、怯んでいるのかと勘違いした私は斬り進もうと刀を押し込もうとするが、力を込めた刀は人間が認識できない短い長さでさえも前進できていない。

 どれだけ力を込めても押し込めないのは、体格からの筋肉量で圧倒されているのが大きい。私よりも頭一つ分も身長が高い異次元妖夢を力で抑え込むのは難しいだろう。一度退こうとすると、後退する身体よりも延ばされてきた腕の方が何倍も速い。

 胸ぐらを掴まれると振りほどく間もなく、全身の筋肉を流動させて筋肉を最大限に使用された攻撃で投げ飛ばされた。

 飛んできている電車の内部に向けて投げ飛ばされた。車両と車両は扉でつながれているらしく、向かって来るのと向かって行くので予想以上に早く、金属製の扉へと背中から突っ込んだ。

 頭から突っ込んでいたら、これで終わっていただろう。背中でも相当な痛みで背骨が折れそうだったが、致命傷に至るダメージを受けなかったのは、扉の耐久性がさほどなかったのも一つだろう。

 私がぶつかった途端に中間からひしゃげ、溶接されていた壁から剥がれ飛んだ。投げられた勢いの一部が削がれたようで、急激に失速して床に転がり込む。

 車両の動きと反対の動きで突っ込んだために余計に転がることになり、数十メートル先にあるもう一つの扉にまで突っ込むことになった。転がっていたことや扉一枚で動きを押さえていたことで二枚目の扉を破壊せずに済んだ。

「くっ……痛っ……!」

 扉をぶち破った痛みが遅れてやってきた。背中を中心に体の各所から激痛が伝わってきた。普段の生活をしていたら二日か三日は寝込んでしまいそうであるが、今は一秒たりとも休めない。

 歯を食いしばりながら顔を上げようとしていると、全身の毛という毛が逆立ち、異次元妖夢から殺気を向けられていることを感じる。顔を上げて異次元妖夢に焦点を合わせると、鞘に観楼剣を収めた剣士が電車以上の速さで突っ込んできた。

「っ!!?」

 場所は問わずに瞬間移動を使い、刃先が首を掻き切る直前に黒い煙を残して私の姿が消え失せたことだろう。刀が霧散していく煙に切れ目を入れ、有機体の切断に至らない。

 意識が途切れるのに似た感覚の後に、観楼剣を構えていた異次元妖夢の姿が視界内から消える。前方にあった殺気が後方に移り、瞬間移動で奴の後方に移動することに成功した。電車内部にまだいることから、異次元妖夢のすぐ後方にほとんど時間差なく出現したのだろう。

 後方では切り裂かれたらと思うと、寒気のする金属音が響き渡る。背中をぶつけていた扉が切断されたようだ。異次元妖夢の事だ、空気を押し出すくぐもった破裂音を聞きつけ、こちらの存在に気付いている事だろう。

 乗り物の内部に一度降り立ち、打ち出されている物体の慣性が体に働いていたが、瞬間移動後もそれが維持されることは知らなかった。現れた直後に電車のスピードに体が引き戻される感覚はしない。

 それならば好都合だ。全身の筋肉を使い、異次元妖夢と背合わせに現れる前から決めていた動きを取った。

 全力で振り返りながら、手に持った刀を後方に向かって薙ぎ払う。刀を振るうための筋肉が発達しておらず、魔力で強化していても刀が嫌に重く感じるが、それに負けていられない。

 後方に振り返った瞬間、数トンにもなる巨大な鈍器で殴られたような衝撃が身体を撃ち抜いた。刀身同士が打ち合わさり、筋肉量で圧倒的に劣る私の腕が後退した。

 あらゆることで私が劣るのに、異次元妖夢のスピードについてこれたのは、奴が斬撃を繰り出している最中だったからだろう。でなければ、肩から脇腹にかけて刀が抉りこみ、両断されていただろう。

 しかし、押し戻され握った刀の峰が胸に押し付けられるほどであれば、切断はされなくとも肩に刀が抉りこむ。

 鋭く研磨された刀が抉りこむ感触は、なんとも耐え難い。再度、瞬間移動をして奴の斬撃から逃れようとするが、吹き飛ばされる方が速かった。

 異次元妖夢が振り抜いた衝撃で電車の窓を突き破り、外へと放り出された。重力の概念がないせいで、砕けたガラスや窓枠の金属製フレームが私と同じ速度で宙を舞う。

 自分だけ魔力の作用で急に止まれば、砕けたガラス片に体を傷つけるかもしれない。瞬間移動で避けよう。そう思っていたが、能力を使う直前で踏みとどまった。

 吹き飛ばした私以上の速度で異次元妖夢が跳躍したようで、肩越しに振り返った私に更なる斬撃を加えようとしている。

 この刀は人間の作った鈍らではないのだろうか。私にはどれも同じに見えるが、二度も異次元妖夢の振るう観楼剣を受け止めた。奴の刀と同等かそれ以上の刀だと思われる。

 その気になれば私はカラス天狗の文さんからだって逃げられる自信があった。試したことはないが、幻想郷の端から端にだって移動することができる。それだけの機動力があれば、異次元妖夢からだって逃げられるだろう。

 しかし、逃げてばかりいても状況が変化することはない。チルノちゃんの、みんなの仇を取るのには、戦わなければ勝利をもぎ取ることはできない。

 魔力で減速しつつ、私よりも速度のあるガラス片を見送り、飛び込んでくる異次元妖夢に向けて観楼剣を叩き込んだ。全身全霊で叩き込んだ攻撃は、重量差で半分振り回されるような形になるが、剣士の斬撃を受け止めるに至った。

 異次元妖夢の様子から、更なる連撃を繰り出そうとしてきているのがわかる。しかし、どう足掻いても刀の一太刀すら、私はまともに受け止めることはできないだろう。

 異次元妖夢の握る腕に力が籠り、観楼剣を振り回そうとしているのがわかる。能力を使用し、斬撃の範囲外へ逃げなければならない。

 刀越しであれば接触していても、瞬間移動に巻き込むことはない。能力を使用しようとするが、刀を握る力具合から異次元妖夢は私が連撃を受けるつもりはないと察したようだ。

 瞬間的であれば、カラス天狗の速度を超えただろう。握られた拳が重ねられている二本の刀をすり抜け、私の頬を捉えた。戦闘にあまり参戦してこなかったため、殴られることに慣れていない。

 衝撃が頭を駆け抜けていき、目の前に星がチラついた。急いで逃げなくてはならないのに、自分の身を守ろうとするが故に目を瞑ってしまっている。瞬間移動をすることができない。

 後ろに下がったことで、刀で押さえつけられていた拘束が解かれ、辛うじてまだ握っている刀を構えることができた。しかし、そんなものは異次元妖夢にとっては障害には成り得ないようで、次々と蹴りや拳が飛んでくる。

「あぐっ…がっ…あっ…!?」

 殴られるたびに口から悲鳴が漏れる。殴られるだけなのが幸いであるが、逆を言えば奴に遊ばれている。いつでも私を切り殺せるというのに、切り殺さないのはいたぶっているのだろう。

 薄っすらと目を目を開けると、異次元妖夢がこちらに腕を伸ばしている所だ。いつの間にか刀をどこかにしまったようで、どちらの手にも武器は握られていない。

 頭を掴まれ、顔を殴られたと思うと今度は腹部に蹴りを食らう。息をつく間もなく殴打が続けられる。口の中が血の味で埋め尽くされ、鼻孔も血の匂いで充満した。

 あまりの連撃に呼吸もままならず、脳が酸素を求めて処理能力が低下していくのを感じる。思考に陰りが見え、雲がかっていく。

「っ……あああああっ…!!」

 必死の抵抗だったのだろう。自分でも無意識のうちに、握ったままの刀を振っていた。ブオンと空気が押しのけられた音だけが聞こえてくる。かわされたのだというのは、目を開かなくたって分かる。

 今は当たらなくてもいつかは当たる。諦めずに攻撃し続けるんだ。横殴りに振り回していた刀を、今度は逆側から薙ぎ払った。

 電車の中に突っ込んできた時も思ったが、異次元妖夢の瞬発力は凄まじく、刀身が身体を裂く位置であれば、一瞬でその内側に潜り込めるのだろう。刀を握っていた手を掴まれ、腹部に拳を再度叩き込まれた。

「うぐっ…!?」

 体がくの字におり曲がり、ついに体を起こしていられなくなってしまう。髪の毛を掴まれると何度目かわからない打撃に見舞われ、吹き飛ばされた。

 視界が暗転し、意識が急激に引き剥がされていく。意識が脳から完全に離れていこうとした時、急速に途切れかけた意識が引き戻された。

 私の力では絶対に意識を保てなかった。不自然な引き戻され方をしたことで、第三者からの介入があったのだろう。紫さんだろうか、衝撃が未だに頭の中を反響してボンヤリするが、朧げにそう思った。

 なんにせよ、助けて貰えたのは有難い。まだ戦える。手から零れ落ちそうになった刀の柄を握りしめ、踏ん張った。

 今の一撃で確実に、私の意識を絶ったと思っていたのだろう。異次元妖夢が目を見開いて驚いた表情をしている。今の内だ。

 瞬間移動で奴の後方へと移動する。日常生活で困ることはなかったため、考えたこともなかったが、移動の際に体の向きを変えられないのだろうか。奴に近づきたくとも正面に現れるのは危険であり、後方に移動したとしても、今回のように背中を向けた状態で現れてしまう。

 ここから振り返って攻撃となると、正面に立っているのと変わらない。振り返る時間を考えると、むしろ危険な気がする。

 全身の筋肉を緊張させ、振り返りながら刀を振るうと、異次元妖夢はこちらに振り返ってはいなかったが反応したらしい。背中に観楼剣を担ぐような形で構え、刀を受け止められた。

 そして、後方に移動することを読まれていたのか。受け止めた時点でそうすると決めていたのかは分からない。刃先で身体が切れないように、前を向いたまま後ろに飛びのいて急接近してくると、異次元妖夢の動きに合わせて刃と刃で火花が迸る。

 髪がかかるほどまで接近され、攻撃の最中で逃げられずにいると、横に薙ぎ払う形で振っていた刀を、はじき返された。激しい金属音がつんざき、接近された時以上の火花が散った。

 体勢を崩したのもあるが、眼前まで近づかれている事で咄嗟に視界をずらすことができず、瞬間移動ができなかった。異次元妖夢の体が半回転してこちらを見るように動くと、その運動を利用して肘打ちを脇腹に叩き込まれた。

 みしっと硬い骨が腹部に抉りこまれる。戦いの最中では、重心を低く構える異次元妖夢の攻撃は下から突き上げる形で繰り出され、体の前部から背中だけではなく衝撃が頭まで突き抜ける。

「うぐっ……!?」

 強烈な一撃に、抵抗しようとする意識を無視し、体が膝をつくようにして崩れ落ちた。あまりの激痛に、立ち続けることができない。殴られた部分から肘は離れたはずなのに、いつまでも電流を流し込まれているように熱を持っている。

「本当に馬鹿ですね」

 呼吸困難に陥りかけている私に、異次元妖夢が語りかける。慣れていないせいもあるだろうが、しゃがれて聞き取りずらい。それでも奴に馬鹿にされていることは伝わってきた。

「ただの妖精風情が、剣術で私に勝てるとでも思ってるんですか?」

 人に危害を加えようと考えたことはほとんどなく、武器だって手に取ったことなど、覚えている限りでは無い。そんな戦闘の素人が、怒りを原動力にしただけで勝てるわけがない。

「くっ………っ…」

 勝てないと分かっているからって、ここで命乞いをするほど愚かではない。膝をつきながら、肘打ちで止まりかけていた呼吸を整えた。

「やる気みたいですね。どこからでもかかってきてください」

 切れない物はあんまりないと、豪語している観楼剣に耐えられる刀をもってしても、私を脅威と認識してい居ないらしく、構える姿勢を取ることなく自信満々に言い放つ。

 それなら、後ろから叩き切ってやる。これまでのように瞬間移動していれば絶対に当てることはできないが、瞬間移動に手を加えれば可能性が出てくる。

 戦闘を行って初めて自分の能力が扱いづらい物だと分かった。見えている範囲しか移動できないし、瞬間移動直前の体勢が非常に依存する。

 でも、方向転換をしながらだって使用できるはずだ。融通は利かずとも、能力にはあらゆる使い方があり、自分が気が付けていないだけで柔軟性が非常に高い物だ。

 真っ赤な舌で歯や唇を舌なめずりし、かかってこいと言わんばかりに両手を広げて見せる異次元妖夢へと攻撃を仕掛けた。

 でたらめであるだろうが刀を構え、異次元妖夢へと切りかかった。捨て身に近い形で飛び込み、お互いの射程へと入る直前に、奴の後方へ瞬間移動を行った。

 能力で体を反転させられるのは予想通りで、正面から向き合っていたはずだったが、異次元妖夢の背中が見える。切れる段階に移っているため、振り返る手間がない。今までの反応速度からして、奴の防御は間に合わないはずだ。

 体重を乗せて刃を異次元妖夢の背中に抉りこませようとしたが、観楼剣を持つ奴の刀には何にもついていなかったはずなのに、気が付くと赤黒く刃先に血がこびり付いていた。

「は…ぁ……がっ…!?」

 切られていた。異次元妖夢が振り返った瞬間は見えなかったはずなのに、胸元から血が溢れて白や水色の服をどす黒く染め上げた。

 考えられる可能性は一つしかなく、瞬間移動の直後に異次元妖夢が振り返って切ったのではなく、能力使用の寸前に斬られたのだ。どちらにしても、私の動体視力では捉えられていなかった。

 太刀筋や技術だとかそういったもの以前に、生物としてあまりにも差があり過ぎて、絶望せずにはいられないだろう。

「ほかの世界でもあなたとは戦ったことほとんどなく、初めてだったとしても…危害を加えるつもりのある攻撃とそうでない攻撃の見分け位は付きますよ?」

 攻撃する際に、あまりにも後方に回り込み過ぎて、最初の攻撃で襲ってくることはないと読まれてしまっていた。

「例え、私の防御を貫いて攻撃してきたとしましょう。それが当たったとして、それが何だというんですかね?」

 異次元妖夢はそう言うと、観楼剣を構えた。刃の向け方に素人目に見ても違和感があり、自分に向けられていないと察したころ、奴はあろうことか自分の腕を刀剣で切断した。

 非常に鋭すぎる切れ味で、何の抵抗もなく豆腐でも切っているような斬り具合で腕を落とした。

「……な…何して…!?」

 切られた胸の痛みなどどこかにスッとんで行ってしまう程に、奴の行動はぶっ飛んでいた。自分で自分の身体を傷つけるなど、普通の神経ではできない。

 奴が普通の神経ではなくなっている理由を、私は目の前で見せつけられた。ボタボタと真っ赤な鮮血が、切断面の血管から垂れていた。不意にそれが止まると、骨や肉体が切断面からせり上がり、切った先の肉体を形成していく。

「ひっ…!?」

 初めて見た肉体が再生する様子に身の毛がよだつ。しかし、それ以上に奴の再生能力に目を奪われた。私の怪我の治る速度から考えると、天と地ほどの差がある。

「あなたに殺せますか?私を」

 剣術以上に、彼女に自信がある理由はこれか。腕を捥いだ程度では、彼女にとって戦闘不能にはなることはない。だとしても、

「……いくら傷の治りが速くても…限界があるはずです」

 私がそう言うと、異次元妖夢は口を裂いて三日月のように嗤った。余裕の笑みは、私が攻撃を当てられないと思っているから来るものだろう。

 一部を除いて、どれだけ優れた再生能力を持っていたとしても、どんなに強力な妖怪だったとしても、頭は共通で弱点であることは変わらない。

 どうやってこの刀を異次元妖夢の頭に叩き込めばいいか、血の滲む胸を押さえて思考を巡らせていると、武器を握る奴が大きく後方に飛びのいた。

 有利な状況だというのに、それを捨てるようなことが何か起こったのか調べる前に、異次元妖夢の居た位置を高速で何かが通り過ぎていった。

 金属製で長い棒状のそれは、幻想郷では見たこともない物体であるが、確実に使用用途はこれではないことがわかる。

「大丈夫かしら?」

 気が付くと、スキマで移動してきた紫さんがふわりと現れた。私がやられそうだから見ていられずに割り込んできたのだろう。遠くで漂っている異次元紫に牽制を入れつつ、彼女は私の安否を確認する。

「は…はい……大丈夫です」

 魔力を胸元に集中させていたおかげで、胸元の傷は完治とまではいかないが、血液の流出は抑えられた。固まった血液がこびり付く刀を握ったまま、紫さんに問題ないことを伝えた。

「そうは見えないわよ?…あなたなら攻撃を受けることは、そうそうないと思うのだけれど」

 紫さんはこんな戦いの素人である私に、何を期待しているのだろう。私が攻撃を食らわないなどあり得ない。確かに逃げることに専念すれば、異次元妖夢の攻撃を受けることはないと、自信を持って言える。

 今回はそれをしたくはない。逃げに専念してしまうと、いつまで経っても仇を果たすことができない。

「確かに逃げ続ければ攻撃は受けないと思いますが、それではあいつを倒せないです」

「いや、そうじゃなくて、普通に戦ってたとしてもよ」

 紫さんが訳の分からないことを言い出した。私がそんな大層なことができるわけがない。そんな実力はないし、能力にだって攻撃性は皆無だ。

 彼女の言っていることがわからず、頭に疑問符を浮かべていると、紫さんはそっか。とだけ呟いた。一呼吸の間を開けて、再度口を開く。

「あなたの能力はあなたが思ってる以上に攻撃的よ」

 今の今まで、瞬間移動で現れるまでに体の方向を変えられることを知らなかったが、それと同じで、私が見つけられていないことがあるのだろうか。

「それと、相手のペースに飲まれたら終わりよ。あなたのペースに相手を巻き込んで戦わないと」

 それが難しいのだ。攻撃するとなるとどうしても奴に接近しなければならない。そうなると奴が支配する間合いとなってしまう。

「……」

 しかし、紫さんは言った。私の能力はもっと攻撃的であると。私自身はそんな能力として使った覚えはないのだが、そこまで言う彼女の事を信用するのであれば、今のままの使い方では不十分なのだろう。

 どう戦えば、そのいわゆる攻撃的な使い方になるのだろうか。私にはまったく想像ができず、返答も忘れて考え込んでしまった。紫さんが遠くにいる異次元紫に向け、異次元妖夢に放ったのと同じ金属棒を連射する。

「難しいのはわかるけど、あなたには頑張ってもらいたい。あいつは私の友人の仇だから」

 友達が殺されるつらさは、よくわかる。自分の無力さや無能さ、その時やそれまでに何かできたのではないか。そんな意味のない後悔に押し潰されてしまいそうだった。

 その気持ちを味わっているはずなのに、一緒に戦わないということは、彼女にはそれ以上に優先しなければならないことがあるのだろうか。

 異次元紫と戦っていることから、その対象がスキマ妖怪であることは想像できた。できれば自分の手で肩を付けたいのだろうが、それが叶えることができず、少しだけ悔しそうな表情が垣間見えた。

 私は、紫さんのその気持ちも代弁して戦わなければならない。当然、自分の復讐心が前に来て、彼女の仇は後付けとなる。しかし、任されているのであれば、できないなどとは言っていられない。

「……。わかりました…やってみます」

 私が返答を返すと、紫さんはうんと小さくうなづき、スキマの中へと消えていった。また異次元紫と戦うのだろう。

 不安は残る。紫さんの言葉が、ただ私を鼓舞するための物であれば、結果は火を見るよりも明らかになるだろう。でも、戦意のためでも、本当に攻撃的な能力だったとしても、どちらにしろ今までの戦い方では負傷が重なってしまうだけだ。

 紫さんの言うとおり、なんでわざわざ相手の得意分野で私は戦っているのだろう。ここらで戦い方を変えていかなければ、新しい戦闘スタイルを開拓しなければ、私に勝利はない。

 刀にこびり付いた血を、異次元妖夢は振り払って落とした。奴は戦う状態が万全だというのに、私は自分の能力がどこまでできるのかを調べるところから始めなければならない。

 しかし不安はあまりない。なぜだろうか。記憶がないのだが、遠い昔に似たようなことがあったような気がした。




次の投稿は6/12の予定です。


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東方繋華傷 第百五十八話 龍神

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百五十八話をお楽しみください!


 お馴染みの、音や光の発声する要因の無い世界。温度も常に一定で、二十四時間三百六十五日変わることはない。外が冬だろうと夏だろうと、寒くも熱くもない温度が続く。能力で操作しない限りは、これが変わることはないだろう。

 能力で作り出された世界であるため、当然このスキマ世界は無限に続くわけではない。周囲が黒一色で染め上げられているから、どこまでも永遠と続いているように見える。

 とある地点を決め、そこを中心に球状に形成されている世界。遠くには少女が二人戦っている。どちらの手にも刀が握られているが、片方の人物の服装を見ると刀を振るうようには見えない。

 異次元妖夢と異次元紫をスキマの中に押し込んだ時、手助けに来てくれたのが彼女で心配になった。簡単に切り殺されてしまうのではないかと。私の予想はいい意味で裏切られたが、遠い昔の記憶から、これが偶然ではなく必然的であったことを思い出した。

 話をした様子から、彼女は覚えていないのだろう。それを思い出すことはできなかったとしても、能力の性質を理解し得れば、大妖精が負ける道理がない。

 今まで様々な人種や妖怪の能力を見てきたが、異次元妖夢と戦う、今は小さな妖精以上に攻撃的な能力を見たことが無い。

 逃走もそうだが、火力面に関しても非常に高く、彼女がその気にさえなれば誰も捕まえられず、誰も逃げられない。どれだけ能力が優れていたとしても、彼女の前ではほとんど意味のない物に成り下がるだろう。

 私の能力でさえ、本気の彼女には有効的な決定打にはならない。むしろ、相性が悪いぐらいだ。

 今の博麗の巫女では、勘が鋭い分だけいい勝負はするだろうが、勝利に至ることはないだろう。

 大妖精に唯一届いた牙がある。思い出そうとすれば顔や声、風景までも頭の中で昨日の事のように思い出せる。数百年前、世界を博麗第結界で覆った時に初めて幻想郷を守る責務を担った人物。初代博麗の巫女だ。

 異次元の者でさえ、彼女に指一本でも触れることはできないだろう。連中にそれだけの戦力であれば不利な状況を覆せるだろうが、総力戦である現在だが、そういった人物は見られない。

 こちらが有利であるが、後は大妖精が能力の使い方を思い出すだけだ。彼女が覚えていないのは妖精が生き返る際に、殺される前の記憶を一部無くしてしまうからだろう。

 私が投げかけた言葉の影響だろうか。大妖精の纏う雰囲気が僅かに変化していく。いや、私が言葉を投げかけたからではなく、初代巫女が戦った時と状況が似ているからだ。

 それを感じ取った異次元妖夢に、何が起こっていると少々動揺が見られた。口角が上がっているのは変わらないが、歯ごたえの無かった敵から、自分が死ぬ可能性のある敵へと昇華しそうであることを肌で感じている。

 大妖精が戦い方を思い出すのが先か、異次元妖夢が大妖精の首を刎ねるのが先か。どちらにも可能性があり、行く末は彼女らの戦い方で決まるだろう。

 私は、彼女たちから意識を逸らし、目の前の敵に注意を向けることにした。大妖精が復讐に憤怒を燃やすのと同じく、私も殺された人物の仇を打たなければならない。

「あなたには……私の家族が随分とお世話になったわ」

 私の目的を伝えると、この場にある全ての物と同様に、ふわふわと浮かぶ異次元紫は鼻で笑い飛ばし、ワザとらしく笑って見せた。

「あぁ、あの式神どものことねぇ。あなたの事だと勘違いした連中を殺すのは、随分と楽しかったわぁ。あなたにも見せてあげたかったわねぇ」

 私には死体からしか情報を集めるしかなかったが、どれだけ長時間苦しめられたのだろうか。血まみれで、全身に大きいのから小さいのまで、切り傷や打撲痕が散在していた。五分や十分でできる物ではなく、数時間もの間拷問に近いことをされていたのだろう。

 想像を絶するであろう、家族への行為を思い出すと、私の表情が険しくなっていく。それに反比例して、異次元紫の顔が嬉しそうに変わっていく。

「さあぁ、殺せるなら殺してみてくれるかしらぁ?」

 挑発が重なり、怒りで私の魔力が荒々しくなっていくのに対し、嬉しそうなのに奴の魔力は常に荒れ狂って、常時続いている。

 魔力の波長を見ずに、顔だけを見ていると油断していると騙されそうになる。表情を隠し、心の奥底で怒っているのでは無いのだろう。度重なるこれまでの戦闘で彼女自身の心を壊し、それが普通となってしまった。などと、どうでもいい事を推測していたが、それを思考から追い出した。

 余計なことを頭を使っている時間はない。何を仕掛けてくるかわからない奴に攻撃をされる前に、私から動き出した。

 腰を落とし、あからさまにこれからそちらに向かうという姿勢を見せていたが、飛びのいたのは前方ではなく横方向だ。自分の方向に私が向かってこなかった理由は、即座に察したことだろう。

 私が浮かんでいた位置の後方一メートルほどの所に、異次元紫からは見えない大きさでスキマを開いておいた。横に飛びのいたと同時に錆がちらほら見える鉄パイプと金属のロットを射出した。

 重力の影響がない分だけ、直線的に飛んでくれる。スキマ内での戦闘には慣れていないことで、気持ち高めに攻撃を放ってしまった。

 散弾銃から放たれる散弾のように、大量の鉄パイプが異次元紫へと飛んでいく。不意打ちで攻撃したつもりだったが、魔理沙の強力な弾幕でも簡単に受け止められる特殊な傘で受け止められた。

「あなたが相手にするのは私ではないからぁ、頑張ってねぇ」

 防御に身を置く奴はそう呟くと、貫通することなく傘に止められたパイプとロットは弾き落とした。追撃をされる前に間髪入れず、異次元紫が開いたスキマを形成した。

 一メートルや二メートル程度の小さなスキマではない。五十メートルを優に超える巨大すぎる物だ。作ろうと思えばどれだけ大きくても作れるが、作ったことが無いために巨大な空間の入り口に目を奪われた。

「っ…!」

 これだけ巨大な入り口を作り出すのに、考えられる目的は二つ。一つはスキマ内部の物を一度に吐き出し、大量の射出物で私たちを叩くため。もう一つはそのサイズのスキマでなければ、通すことができないほどに大きい物だということ。

 個人的には二つ目の可能性は考えられない。一つ目であれば、物量で私たちを押し切れるし、大量の物体を飲み込んできたスキマの中身をちょっと出したぐらいで、戦闘に支障があるとは思えない。

 それでも二つ目であった場合には、何が来るのか想像がつかない。建物などの構造物になるだろうが、攻撃をするために使用できる構造になっていない為、途中で空中分解する。一つ目とやっていることは変わらず、わざわざ建物が飛んでくるとは考えられない。

 例え、スピードに耐えられる物だったとしても、射出される物体はかなり技術が進歩した時代のものとなる。ビルなどの建物とすると今度はスキマが小さすぎる。

 大量の物体を津波のように放ってくるだろうと予想し、身構えているとその穴からは何かが射出されることはない。一秒、二秒と時間が経つが、何も飛んでこなかった。

「…?」

 何か良からぬことをしようとしている事だけは想像つき、油断なく構えていると異質な空気に身を包まれた。生まれてから千数百年も生きているが、こんな雰囲気を肌で感じたのは初めてだった。

「………なにが…?」

 それに対し、異次元紫は笑みを崩すことはない。その中にある物を自慢するように、奴はその巨大なスキマを見上げた。私が正面方向に警戒しているため、後方から攻撃をしようとしていることも視野に入れ始めた時、それは現れた。

 

 物ではなく、者だ。

 

 私が両手を広げても足りない程に大きな手が、スキマの奥から覗いた。音もなく動く手は、口を開けているスキマの右下末端に添えられ、輪郭を掴んだ。

 人間の手とはかけ離れている。大きさが大部分だが、色も、形も、醸し出す気配も。何もかもが人間だけではなく、あらゆる生物をどこかに置いてきたと言わざるを得ない。そんな容姿をしている。

 手と表したが、それが本当に手なのかもわからない。手の甲やスキマの奥に伸びる腕の外側が、毛が逆立っているように見えるが、それが毛なのか鱗なのかもわからない。ゆらゆらと揺らめくそれらは毛や鱗ではなく、体の一部なのだろう。

 指自体の輪郭も朧気なのは、溶けているように見えるのか、それとも体液が溢れ出ているのだろうか。距離が離れているせいでわからないが、気色が悪い事だけはわかった。

 こいつをそこから先に出してはならないと本能が囁き、それに従ってスキマの端を掴んでいる手に攻撃を開始しようとした直後、今度は中央寄りの上側を右下末端と同じ形状の手が掴んだ。

 一度目とは違い、早い動きで掴んだことでスキマとの接触音が聞こえてくる。奴の姿の全容が見えず、何がこちらに来ようとしているのかわからない緊張感に襲われる。

 目標が二つになったことで、スキマを複数出して攻撃を分散させようとしたが、狙う目標が増えた。さらに一つ、腕が上面側のスキマの縁に現れ、更にスキマを広げようと掴んだ。

 こちらには人間とかけ離れた姿をしている化け物は存在しない。であるために、腕が二本以上もあるとは思いもしていなかった。そうなると想像しているよりも、恐ろしい姿である。ただそれだけが予想できた。どれだけ醜く異形な化け物がスキマの奥から現れるのか、受け入れたくはない。

 三本だった手が四本、五本、六本。急速に数を増やしていく。その様子は、体が大きすぎるからスキマの幅を広げようとしているというよりは、閉めさせないようにこじ開けているようだ。

 大量の手にスキマの輪郭が覆われたころ、それが姿を現した。魔理沙だったあの白い化け物はかなり気色の悪い姿だと思っていたが、あいつがかわいく見えてきた。

 空間に浮かぶ割れ目の奥から、スキマの縁を掴んでいる大量の手の主が姿をゆっくりと現した。黒に近い色をしているのか背景に同化しているが、怪しく赤く光る眼だけは見えていた。

 一つや二つではない。数十、数百にもなる目が、存在している。最初はバラバラに配置されて見えたが、二つの横に並んだ瞳を一つのグループとして、不規則的に散らばっている。

 鎌首をもたげ、頭部と思わしき大量の目が並ぶ身体をスキマの間に押し込み、こちら側へ乗り出した。息をするのも忘れてその様子を眺めていると、ずっと隙間からこちら側に漏れ出ていた空気が私の元に到達する。

 これほどまでに密度の濃い、生臭い匂いを嗅いだのは初めてだ。それに加えて腐臭も交じり、強烈さが相乗効果で高まっていく。

 幻想郷外の世界を含めて、これほどまでに吐き気を伴う匂いが強い場所は、そうそう無い。

 口ごと鼻元を押さえて匂いを遮断しようとするが、指の間から空気はするりとすり抜け、いつまでも纏わりついてくる。新鮮な空気を器官に取り入れたいが、このスキマ世界全体にこの匂いは広がってしまっている事だろう。

 背けていた顔を化け物の方向へ向けたが、その悍ましい容姿は、言葉を失わせるのには十分だった。

 こちら側に顔を覗かせた化け物の頭部には、眼球が二つずつで並んでいるのは、スキマをくぐる前と後では変わらない。だが、奴のスキマの中は私と違って一定の光度を保っていないのか、薄暗い。そのせいで見えていなかったようだ。

 光にさらされると、頭部は蕾に似た形状をしているようだった。ただ、目が二つずつで並んでいるだけならばよかったが、眼球は頭を彩るパーツの一部であり、化け物頭部には大量の人間の顔が存在した。

 それぞれの顔には表情があり、どれも喜怒哀楽が極端に表現されている。似た表情はあっても、顔の形に一緒の物はない。

 大量の表情を見ていると、どの顔も一つだけ他のと一致する特徴があるのに気が付いた。

 目や眉の動きで表情の大部分を捉えていたが、口元の感情に対する表現がなかったのは、どれもが大きく口を開いているからだ。意味もなく大口を開けているわけではなく、口の奥から這い出てきた腕が伸び、スキマの辺縁を掴んでいた手につながっているのだ。

 身を乗り出してきたことで、奴の胸部も向こう側から露出した。人間でいえば胸部の位置に、肋骨と思わしき骨が数本剥き出しになっているのが見える。

 スキマの辺縁を掴む手が溶けているように見えると先ほど表現したが、どうやらそれは間違いだったようで、奴の体が腐りかけて皮が剥がれ、内側の筋肉や皮下組織が露出している事でそう見えていたらしい。

 肋骨が剥き出しなのも、胸部と思わしき部位の腐る速度が速いのか、皮膚の一部が剥がれ落ちてしまったようだ。全貌がはっきりしないうちから動くのは得策ではなく、出方を伺っていると、化け物の胸部が小さく振るえる。

 何をするつもりなのかいつでも動けるように構えていると、辛うじてつながっていた皮や肉を引き裂き、千切りながら骨が左右に開いた。

 近いもので表現するのであれば、口であるだろうか。中の内臓を守る形で体内に埋まっているはずの肋骨が、外に剥き出しになっていくのは、標的とされる私に牙を剥いているようだった。

 内部が剥き出しになったことで、開いた牙の間から中身が零れることを想像していたが、思っていた物が収まっていない。一番守りが強固であるため、心臓などがあるかと思われたところには、他の物がぶら下がっている。

 大きい物から小さい物まで、大小不同の袋がいくつもぶら下がっている。数十センチ程度から数メートルに及ぶものまである。それが何なのか私にわかるわけがないが、ロクでもない物であることは確実だろう。

 奴が完全に体をこちら側に移動させたが、蛇や竜と言えば想像がつきやすいだろう。頭から尻尾の先まで、長さを図れば数百メートルはあるはずだ。太古に存在していたという恐竜でさえも、全長の十分の一も到達しないだろう。

 巨大で、見た目も相まって恐ろしく迫力のある化け物だが、異次元紫が使役しているわけではないのだろう。いつの間にか奴の姿が消えている。飼っているのであれば、一緒になって私に攻撃してくるはずだ。

 どこかの平行世界に訪れた際にそこから攫ってきたのか、討伐ができずにスキマ内に留置することで直接的な戦闘を避けたと考えられる。

 自分の目標をさっさと片付けてしまいたいところだが、奴もろともこの化け物に食い殺されるのはごめんだ。先に龍の方を殺す他ないだろう。

 しかし、直視に耐えないビジュアルをしている。腐竜というべきだろうか。全身腐りかけで、所々骨が露出している部分が見えた。頭部に集中している人間の口から生えている腕にも、身体と同様に腐敗が及んでいる。

 普通の生物ならとっくに死んでいる状態だが、この化け物にとってはこれが普通なのだろう。生臭いのが主だったが、その内段々と腐敗臭の方が強くなっていく。この状態で幻想郷に戻りたくはない。

「……」

 観察すると奴に口は見当たらず、咆哮などで耳を傷める心配はなさそうだ。牙をむき出しにした唯一口に見える肋骨は、ゆっくりであるが左右に開いたり閉じたりの動きをしている。

 奴がどのタイミングで来るかを図っていると、まるで咆哮を上げる予備動作のように、頭部を後方に擡げた。胸から声を出すにも、声帯がなかったはずだ。叫び声が出ることが前提で構えていると、もう一つ口があったことを失念していた。

 頭部に並ぶ人面の口だ。腕が生えて塞がれているから除外していたが、表情豊かで口を大きく顔は、更に口を開き切る。皮が限界を迎え、引き裂かれてもお構いなしだ。

 口が開かれ切ったころ、化け物が咆哮を上げた。人面のあらゆる感情、あらゆる年齢層の絶叫が発せられる。一つ一つ聞けば大したことはないのだろうが、それらが交じり合い、この世の物とは思えない悍ましい絶叫へと昇華した。

 奴らが殺せなかったのか、異次元紫が単独で捕まえてきたのかは私にはわからないが、一人と一匹を同時に相手にしなければならない。一人で戦うことができるだろうか。いや、戦うしかないのだ。

 大妖精が来てくれなければ、私は異次元紫と異次元妖夢を相手取るつもりだった。それが一人から一匹に変わっただけだ。図体がデカくなった分だけ、攻撃は当てやすいだろう。

 奴から魔力の流れは感じはするが、あれだけの図体で素早い動きをするとは思えない。油断はできないが、異次元紫に逃げられる前に殺さなければならない。

 さあ、何を使えば数百メートルの龍を叩き潰すことができるだろうか。スキマの中には何でもある。小さい物から順々に試していくとしよう。

 

 

 

 目指さなければならない目的はない。息を切らしながら、歩いているのと変わらない速さで荒野を駆ける。運動と夏の気温が合わさって、額から汗が滴り落ちる。背中や胸元など関係なく、下着から上着にかけて汗でぐっしょりと濡れてしまっている。

 体力も限界に近く、進み続けていた足を止めた。本当ならば、森に入ってから休憩を取りたかったが、途中で休憩を入れなければどこかで倒れてしまいそうだ。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 荒々しく喘いで酸素を肺に取り込んでいく。ずっと走っていただけに酸素消耗が激しく、消費した分が補充され、酸素が染み渡っていった。

 酸素を補ったとしても、筋肉に溜まった疲労はすぐに消えていくわけがなく、ずっしりと鉛のような重さが足に残った。止まったのは間違いだっただろうか、次に走り出すのが非常に億劫になりそうだ。

 前かがみで膝に手を置き、上体を支えて呼吸を整える。下に顔を向けていると鼻先や顎から、塩分が含まれる透明の汗がしたたり落ちていく。痩せて乾いた大地に、数滴分の小さな染みを作った。

 この場所は空からも地上からも見晴らしがきく場所であり、早く移動したいところだが、その前に自分の装備を見直さなければならない。後方を振り返っても追手の影は見えず、私が抜け出してきた森が二キロほど先にある。

 追手がいないことを目視で確認し、身に着けている装備を見下ろした。幻想郷には似合わない近代の装備品がベルト等で着けられている。肩には軍用ナイフが残っており、これだけでもしばらくサバイバル生活を送っていけるだろう。

 しかし、ナイフ一本では自分の身を守るのには、心もとない。ライフルは戦闘で取り落とし、どこかへと行ってしまった。辛うじて弾倉は残っているが、本体が無ければ無用の長物だ。

 基地に帰れば予備の銃器はあるだろうが、それまでに襲われたらひとたまりもない。魔力を上手く扱えない河童が、これまで生き残れたのは他にはない科学技術を発展させたからだ。近代兵器に非常に依存しているため、それを取り上げられれば抵抗する間もないだろう。

 腰のホルスターに仕舞われている拳銃を取り出した。弾倉は、先の戦闘で落としてしまったようで、空の物さえない。どれだけ弾が装填されているのかを確認するため、上部のスライドを後方に引いた。

 金属の小気味いい音が響き、排莢口から弾頭のセットされた薬莢が勢いよく飛び出した。それを地面に落ちる前にキャッチし、排莢口から次の装填される弾丸が見えるため覗き込むと、そこには弾倉のせり上がってきた底面しかない。

 次弾がなく、この一発で最後のようだ。射撃の腕が絶望するほどに下手であるため、人間を一発で仕留められるわけがなく、それが魔力を使える人間となればもっとだろう。

 霧雨魔理沙が暴走を起こしたことで、妖怪連中の活動が一番活発となっている。基地に戻るまで誰とも会わないなどあり得るだろうか。

「………。」

 それでも、戻るしかない。後の事は、この戦争を生き残ってから考えよう。生存に余計なことを考えていると、死ぬことになるだろう。

 ここから基地までは数キロある。先ほど化け物に襲われた位置から二キロか三キロは来たが、折り返し地点にも到達していない。

 骨が折れている状態で、何キロという距離を移動しなければならない。そのことが非常に憂鬱であるが、自分の生死がかかっている事で手を抜くことはできない。

 深呼吸を繰り返し、緊張と走っている疲労から高鳴る心臓を落ち着かせた。上がった体温が下がることはなかなかなく汗は止まらないが、長時間ここに留まるわけにはいかない。

 弾がなくなった状態でスライドを後退させていた為、拳銃内部に組み込まれているスライドストップが機能し、後退したまま止まっている。上部の排莢口から、弾丸が射撃直前に収まる薬室に最後の一発を押し込み、スライドを前進させて装填を済ませた。

 不安は拭えないが、残りの4~5キロを移動しよう。普段なら数キロの移動など屁でもないのだが、車での移動ばかりで足腰が訛ってしまっただろうか。

 魔力で痛みを鈍感にさせつつ、再度走り出そうとした時だった。顔を上げた際に視界内に何かが写り込んだ。最初は小さく、米粒程度だった人型の影は、ものの数秒で自分よりも大きな影となる。

 空中を魔力で滑空していたその人物が砂塵や土をまき散らし、十数メートル先に着地した。まき散らした土がこちらにまで届きそうだ。服や顔に付きそうになるのも関係なく、ホルスターに仕舞いかけていた拳銃を降りてきた人物へと向けた。

 訓練を何十年も重ね、何百回と行ってきた。やはり訓練の成果というものは出るようで、ほぼ反射的に奴へ銃口を向けられた。着地場所をわざわざ私の元に選択したわけではないようで、銃を向ける私を見て驚いたような表情を向けた。

 不意を突こうとしたのも束の間、その表情は一瞬で消え失せた。雑魚を見る、見下した目つきへと変わっていく。スライド上部に付けられている突起、原始的な照準器越しに見る奴の姿は、数年ぶりとはいえだいぶ違って見えた。

 髪の毛は頭頂部が黄色で、毛先に向かっていくごとにグラデーションで紫になっている。長い髪は腰のあたりまで伸びており、毛先に手入れがなされていないらしく少し解れている。紫色に交じって毛先に赤色も存在するのは、髪質が変わったわけではないだろう。

 なぜそう思うのかは、立ち位置が大きく関係している。奴の居る場所が風上で、こちらが風下だ。見た目もそうだが、物理的にも雰囲気的にも血生臭い匂いがこびり付いている。

 両腕、特に右手が酷く、手首から肘の手前まで血肉に濡れいる。その両腕で何人の人間が犠牲になったのか、想像するだけで背筋に悪寒が走る。私もその一人になってしまう可能性が、このままでは非常に高い。

 染みついた血潮の匂いは、腕についている分だけではない。数時間以内に、人を殺したのだろう。それは一人や二人ではここまで染みつくことはないと思われ、かなりの人数がこの僧侶によって殺されたはずだ。

 そして、何が変わったか、一番は佇む聖の両腕だろう。タトゥが彫られているが、ただのタトゥではない。私からは変な模様や意味のない図形にしか見えないが、文字や模様が組み合わされて術式が発動するようになっているのだろう。

 身体強化は戦いの基本であり、全身に魔力を漲らせればそのタトゥにも魔力が通い、自動的に実死期が発動するようになっている。なんの術式が書かれているのか私にはわからないが、いつも使っていた巻物を持っていないところから、それが刻まれているのだろう

 聖は以前ならば、魔力強化のほかに身体強化の魔法を重ね掛けしていた。それでも音速を超える弾丸よりも早く動くのは、絶対に不可能だ。

 どれだけ弾丸が入っているかわからないうちは、奴だって下手に動けない。銃を構えたまま奴を睨みつけ、引き金に指を添えた。引き金には遊びがあり、トリガーに触れた途端に射撃されるわけではない。

 あと少しでも指を引けば、聖に向けて弾丸が発射される段階で指を止めた。ここで争う必要はない。私は逃げたいし、奴は霧雨魔理沙を捕まえるために戦地に向かいたいはずだ。

「河童のくせに一人でいるなんて、珍しいわね。どうしたのかしら?これから入信でもしたいかしら?」

 ふざけているのか、そんなわけがない。入信したから助けるなどと、ならないことは奴の目が言っている。

 仲間を引き連れていないところを見るに、おいて来たのだろう。そちらこそ一人でいるとは珍しい。

 奴と対峙したのは本当に久々で、十年前が最後だったはずだ。その時と比べて魔力の質が格段に上がっているのは、十年間訓練に明け暮れていたのだろうか。

 これに魔術による身体強化が合わされば、十数メートルの距離など、一秒もかからずに詰めてくるだろう。注意を一瞬でも緩めれば、そこを狙われて殺されてしまう。

 銃のサイト越しに睨む聖には、一切の焦りは見られない。戦うつもりが無いから銃を撃たれる心配がない、そこから来る余裕ではないのだろう。私を殺すから、撃たれる心配がない。ただそれだけだ。

 隠すつもりもない重厚な殺気が、私に向けられている。聖に敵意を向けていないことを示したいが、武器を下げた途端に頭を叩き潰されるだろう。それだけは絶対にごめんだ。

 このまま先の跳躍で飛び去ってくれれば、どちらにとっても話は早い。照準を数ミリも動かさず、トリガーに指をかけたつつ聖に案を提示する。

「飛んできて、随分と急ぎみたいだけど…早く行かなくていいの?」

 もっともなことを呟き、奴にこの場をすぐに立ち去れと促すが、急ぐ様子の無い聖は右腕を開いたり閉じたりし、興味なさそうに私の話に耳を傾ける。

「ええ、問題ないです。あれだけの事が起こった後、結構時間が経ったはずですが…霊夢は私を殺しに来ない」

 あれだけの事とは、聖は顎をしゃくって化け物が魔力を薙ぎ払った跡地を刺した。数千年どころではなく、数万年も変わってこなかった地形が、化け物の一撃で岩盤が剥き出しになり、未だに煮え滾る溶岩の熱気と蒸気に覆われている。それに視線を向けたまま奴は続いて呟いた。

「もし、あれだけの力を奪えていたのなら、他の人間を倒すのに手こずるなんてありえない…必然的に霊夢がまだ力を奪えていない証拠となります」

「だからまだ大丈夫なんて、楽観的過ぎると思う。今こうしている瞬間に、力の奪い合いが起きてる。早く椅子取りゲームに早く参加しないと、座る椅子も用意されなくなる」

 確かにそうですねと呟くが、奴が動こうとする気配はまるでしない。意地でも私を殺していきたいのだろうか。おっとりとした表情をしているが、目の奥は全く笑っていない。どうしようもない奴に目を付けられてしまったものだ。

「でも、あなたを殺してから動いても、そんなに変わらないと思いませんか?」

 拳を開き、ゴキゴキ音を鳴らす。荒々しく発せられているだけだった殺気が、ナイフのように鋭く研ぎ澄まされ、私に向かって集中したのを感じた。自分一人だけが生き残り、生き続けなければならないという生存本能が嗅ぎ付けたのだろう。

 本能に誘発され、銃のグリップを握る指に力が籠った。トリガーをあと数ミリだけ引くだけだったため、銃が射撃の段階へと即座に移行する。

 スライド後端についている撃鉄が振り下ろされ、弾丸に撃針が叩き込まれた。複数の工程を踏み、薬莢内部に存在する火薬が雷管から弾けた火花によって爆発する。

 その衝撃力に当てられ、薬莢の先端に詰まっていた鉛の塊が高速で射出する。生物の数百倍の速度で移動する弾丸は、この場では聖すらも置いて行く速度だったが、発射に至るまでのわずかな時間で、動かれてしまっていたようだ。

 飛び込んできている奴に、弾丸が吸い込まれていく。しかし、こんな時に限って、いつもの恵まれない射撃能力に見舞われた。たった一発しかなかった弾丸は、狙っていた頭部や胴体に飛んで行ってくれなかった。

 肉体に当たれば鮮血が弾けるはずだが、その気配はまるでない。突っ込んでいる聖を掠り、弾丸は後方に消えていく。最後の弾丸が射撃されたことで、全ての脅威が失せた。

 奴からすれば、ただの人間と変わりないだろう。ナイフを引き抜く暇もなく、強化された左手に胸を貫かれた。

 不思議と痛みを感じなかったのは、痛みを感じる前に体のあらゆる機能が停止したからだろうか。

 




次の投稿は6/26の予定です!


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東方繋華傷 第百五十九話 飲まれ堕ちる

自由気ままに好き勝手にやっております!!

それでもええで!
という方のみ、第百五十九話をお楽しみください!!


次の投稿分も書けているので、来週も投稿します。


 視界内に映る景色が、前方から側方、後方へと移っていく。手の届かない遠方ではほとんど動きのない背景だが、観測者である私が進めば少しずつ、その動きや情景が拡大されていく。

 楽しむべき情景だが、それをボーっと見ている余裕は私には無い。目的があり、必死に足を動かし続けなければならないのだ。

「ぜぇ…ぜぇ…!」

 喉に何か詰まっているのではないか。そう思える程に、気道を通る空気が喘鳴を奏でる。喘息持ちなどではなく、どこを取っても健康そのものであったはずなのに、こんな時に限ってどうして息が切れてしまうのだろうか。

 攻撃を受けたわけではない。腕の一部を欠損して左右のバランスが崩れ、走るのに影響が出ているわけではない。足を負傷し、杖を突いているから、呼吸がままならずに息が切れているとも違う。

 ならなぜか。単純に、運動不足である。それぐらいなら魔力でどうにも出なるが、魔力で補っても補い切れていないのは、走り方が絶望的なまでに下手くそなのだ。自分ではわかっているつもりでも、運動音痴はどうにもならない。

 体を大きく揺らしてしまうし、腕もやたらと振ってしまう。飛び跳ねるようにして走るため、体力の消耗が凄まじい。普段から走っていたり、体力がある人物なら十分、二十分程度なら屁でもないだろうが、それを敬遠していたツケが回ってきている。

「ぜえ…!ぜぇ…!」

 吐きそうだ。食後でもないのに脇腹がズキズキと痛みだし、更に歩調を乱す要因となる。膝から崩れ落ちそうに何度もなりながらも、走るのを止めなかったのは褒めて貰いたいぐらいだ。

 緊急事態であるため、止まることはできない。急いでしまっているが故に、体力の配分を明らかに間違えてしまっている。あと数百メートルで着くというのに、あと少しという距離が腹立たしい。

 肩越しに振り返ると、寸分の狂いもなく地面に敷かれている石畳が、向かっている方面と同じぐらいの距離続いている。道の両脇には寺の者の手が入り、手入れが入った木々が群生し、石畳と並行して寺まで続いている。

 時刻は丑三つ時でとっくに日付が変わっている。そんな夜遅くだというのに、なぜ石畳がきれいに並んでいるのが見え、木々の手入れ具合まで捉えられたのかは、周囲を照らす光が煌々と輝いているからだ。

 振り返った石畳の先、ずっと奥は確か村があったはずだが、その方向から強力な光が見えた。それが何なのかはわからないが、とにかく今は足を動かさなければらない。

 こんな時間帯で他人が住む場所に押し入るなど、普段なら迷惑極まりない状況である。だが、今だけは押し入っても文句を言う者は居らず、それをしてでも伝えに行かなければならなかった。

「いそが…ないと……!」

 慣れない運動で、肉離れなどを起こしてしまいそうだ。魔力で雑に身体を強化しながら、歩を無理やり進めた。滝のように汗を滴らせ、体中汗だくになってしまう。昼の暑苦しさはない物の、湿度が高く風がない事で蒸し暑い。

 ようやくだ。数十分の長すぎる道のりを終え、人前に絶対に晒したくはない状態のままで、見上げるほどに高く、幅も広い門をくぐった。緊急事態であるためか、入信している人間や妖怪が見張りのように石畳の道に目を向けている。

 関係者に含まれるらしく、門をくぐっても妖怪や人間たちに呼び止められることはない。説明するのも手間であるため助かった。

 数百平方メートルはあるだだっ広い庭には、門の前に居た人たち以上の入信者たちが数十人集まっている。皆、不安そうな顔をしており、事の重大さが伝わってくる。

 寺と私の家は、村よりも近い位置にあったはずだが、村人が先についている事で、自分の運動能力の無さを実感する。これなら、私がここまで急いで来る必要はなかったかもしれないな。

 村で何かが起こっているなら、彼らの方が詳しいだろう。聖に話の方は伝わっているだろうし、息を整えながらご主人達のところに向かうとしよう。

 寺に通っていれば、私がご主人や聖たちの知り合いだということはわかることだろう。門徒であるわけではないが、彼女たちの認識では関係者であるため私の通る道を開けてくれた。

 不安が波打つ壁の間を抜け、本殿の方向へと近づいていく。空気を肺に取り込み、脳に栄養を送りつける。酸欠で頭が回っていなくて、話すときに支離滅裂なことを言わぬよう頭を冴えさせた。

 走っている時と大して変わらない歩調で、その間を歩んでいく。汗を拭きとりたいが、生憎急ぎ過ぎてタオルなど持ち合わせてはいない。夏でも薄手の長袖を着ていたおかげで、額から滴る汗を拭えた。

 汗を拭いたそばから汗腺から汗が分泌され、拭いても拭いてもきりがない。夜中ということで気温自体は低いが、すぐに引くことはないだろう。眉から流れ落ちてきた汗が目に入りそうで、顔をしかめた。

 縁側のそばに半分埋められている靴脱ぎ石に昇り、右足の踵に左足のつま先を付け、靴が一緒に上がらぬように右足を上げた。同じ要領で両足の靴を脱ぎ切り、縁側に上がった。

 足で体を持ち上げようにも疲労で太ももに力が籠らず、縁側まで体を持ち上げるのに一苦労した。膝から崩れそうになったが足を動かし、命蓮寺内に入り込んだ。

 靴下を履いた、歩く音が寺内に響く。走ってきたからだけではなく、起きている事の大きさから心拍が高鳴るほどに緊張している。自然と探す足も早まった。

 聖の宗派を支持し、ついていくご主人や村紗の姿が見えないのは、集められているからだろう。今までにない、人間が直接狙われる大規模な異変であることで、我々も参戦するかどうか話し合っていると考えられる。

 ペタペタと歩く音が、廊下に大きく反響して嫌に響いている。この音で彼女たちの声など消えてしまうのではないだろうか。声が聞こえれば絶対に気が付くだろうが、部屋から漏れる光を頼りにして、どの部屋にいるのか探した。

 彼女たちは一番奥の部屋にいたようで、障子にぴっちりと貼られた障子紙を、蝋燭の光が透過して揺らめいているのが見えた。

 光度がないのは、蝋燭の残りが少ないのだろうか。それとも、スキマ風に煽られて灯が消えてしまいそうなのだろうか。

 ドアなどがないため、ノックすることができない。廊下から中にいる聖たちに声をかけた。足音から私が来ていることぐらい、中の人物らは察している事だろう。

「入るよ」

 一言だけ伝えると同時に、横にスライドして部屋の境となっている障子を開いた。緊急事態であることはわかっているため、急いできた私を咎める者はない。

「来ましたか、待っていましたよ」

 聖が部屋の一番奥に正座で座り、そばに頼りない光を放つ蝋燭が置いていある。村紗やご主人は、僧侶には見えない聖に向き合う形で座っている。

 話し合っている雰囲気から、村の方向で何かが起こっているのは、彼女たちも承知のようだ。聖を除いて外の人間たちと同じように、皆の表情は不安が色濃い。

「まったく~遅いよナズ」

 不安はあるが、張りつめた空気を和ませようと、村紗が待ちくたびれちゃったと大きく伸びてからかってくる。

「村紗、すまなかったな。それで、どこまで話したんだい?」

 彼女を軽く流し、本題に移ろうとすると、酷いなーと愚痴を零して頬を膨らませるがそれも軽く流した。

「なにも、あなたが来るのを待っていました」

 私は彼女たちが掲げる信仰を信じ、入信しているわけではない。言わば部外者に近い。そんな私を待って居られていたということは、この異変の重大さが伝わっていないのだろうか。

「遅くなってしまって申し訳ない。先に話していても良かったと思っていたが、でも、事の大きさを伝えるのには…待っててもらって正解だったかもしれない」

 座っている彼女たちの後ろを通り過ぎ、蝋燭を挟んで座っている聖のそばまで話しながらゆっくりと移動した。開始が遅く、出鼻をくじかれているに近いが、あの異変が起こってからまだ大した時間は立っていない。まだ、何とかなるだろう。

 待機してくれていたことで何度も説明をする手間が省けたし、戦いにもし参戦するとして、ロクな準備もしていない内に向かっているなどと、ならなくてよかったと心底思う。

「村人たちから、何があったのかは聞いているかい?」

「いいえ」

 外の人間たちは動揺したり、不安そうな顔をしていたが、パニックを起こしているようには見えなかった。冷静な人間が多いのであれば、話を聞くことぐらいはできるはずだ。彼女も情報収集が一番大事だと分かっているはずだが、どうして話を聞いていないのだろうか。

「ここにいる全員、誰からも聞いてないのかい?」

 今までにない異変だというのに、後手に回っているどころの話ではない。多少なりとも情報が伝わっていれば、こちらから話すことは少なくなり、よりスムーズに話が進むはずだった。

 まったく、酷い体たらくだ。と半分呆れ返り、座っている者たちを見回していると、表情が変わらない聖が口を開いた。

「庭に集まっているのは、今日泊りがけで修業を行っていた門下者です。今起こっていることは、何もわからないそうです」

「……。そういうことね」

 私の方が村人たちよりも命蓮寺に近いのに、寺に向かうこれだけの人を一人も見かけなかったのは、足が遅すぎるせいではなく、目的地に既にいたからか。

「そういうことならすまない。…さっそく話に移ろう。大方予想は付いていると思うが、村が狙われた」

 私の一言で、表情を変える者が数人いる。ご主人辺りは取り乱しそうだったが、思ったよりも冷静だった。これまでの異変では、特定の限定的な場所が襲われることはなかった。基本的に幻想郷全体がかかわり、狙い撃ちがなかったために、いつもと異変が何か違うことを示していた。

 村が狙われたということは、当然だがそこには村人がいる。命蓮寺に入信している人数は、今日泊まり込みで修業があった数十人だけではない。入信者の三分の一にも満たない人数で、残りは村にいることになる。

 異変を起こすその人物たちは個人の目的に沿って動き、大抵が幻想郷全体を巻き込む、大きな戦いになる。否応なしに巻き込まれるとはいえ、敵意は間接的だ。

 今回はどうだろうか。直接襲われているため、村に入信者である身内が危険にさらされている。今までの異変と違い、介入しなければならない。

「君たちにとって、これは無視できない。相手が今までみたいに、直接手を下さずに穏便に終わらせる可能性が無いわけじゃないからね」

「なるほど、村でしたか」

 何の光かはわからなかったが、光っている方向から、どこの地点かを予想していたようだ。まあ、月明かりもないのに石畳の目がわかるほどに明るければ簡単か。

「なるほどって、予想できたのかい?異変が始まるのは基本的に何かが幻想入りした時だ。ここ数日、数時間でその気配はなかったと思うけど…」

「そうでもないと思いますが…」

 数日前に幻想入りが始まったのであれば、わからない可能性もあるが、それならばそれなりの情報が人伝いにでも入るはずだ。

 人里離れた位置である可能性も捨てきれず、そうなると人間側からの情報は期待できないだろう。しかし、私には人ではなく動物伝いに情報が入ってくる。

 鼠たちからは、新しい地形が増えたという情報が来ていない。人からも、動物からも情報が入ってこないのであれば、数日前から奴らが幻想している可能性は低いと思われる。

 となれば、直前に幻想入りしたのだとするのが妥当だが、先ほどまでずっと起きていたが何かが幻想入りする感覚はしなかった。

「そういうことなのか…」

 幻想郷外の者が幻想入りしてきた可能性を更に否定できた。何よりも、早すぎる。幻想郷全体に対する異変であれば、幻想入り直後に開始しても違和感はないが、村人だけを狙うとなると計画的に見える。

 幻想入りする側が、初めて来た世界のくせに随分と地理に詳しいように見えるのは、ように見えるのではなく、詳しいのだ。

「つまり、君が言いたいのは…新たに幻想入りした奴が異変を起こしたわけじゃないってことかい?」

「ええ、近いうちに誰かが動くとは思っていましたが、これだけ早いとは思いませんでした」

 この世界内に元からいた人間が異変を起こそうとしているなら、人間関係に乏しい私よりも聖が知っているのは当たり前だが、知っていたのか。

「聖、君は知っていて何もしなかったのか?」

「そうとも言えますね。誰かが動くことは知っていましたが…誰が、どこに対して動くのかは知りませんでしたから、尻尾を出すまで動けませんでした」

 それもそうか、彼女が集めた情報も正確かどうかもわからない。情報が不鮮明であるうちに、大きく動くのは得策ではないだろう。聖がそれを知っているということは、博麗の巫女の耳にも入っているはずだ。

 聖が大きく動いて、異変解決の妨げにならないようにするのは、当たり前か。これについては聖も村が狙われるとは思ってもいなかっただろうし。

「そうだね…。それで、どうするつもりなんだい?」

 直接的に入信者が襲われたのだ、参拝道で小傘が参拝客を驚かせるのとはわけが違う。これを聞くこと自体愚問だろう。

「勿論、我々も参加します」

 その言葉が出てこないわけがなく、水蜜や一輪が村に向かう準備のために、動き出そうとした。その中で、ご主人が動かずにじっと座っていることに気が付いた。

 見た目や表情から、温厚で冷静そうに見えるが、実際のところはかなり感情に振り回されやすいところがある。そのご主人であれば、身内を助けようと我先に動くと思っていたが、動き出す気配がない。

「……ご主人…?」

 何だろうか、いろいろと話している間から、ずっとひっかがっていた違和感が顔を覗かせてくる。説明できず、気のせいかもしれないが、普段の彼女とは何かが違う気がする。

「星、何してるのよ。あんたも早く準備するわよ」

 私が声をかけたことで、動いていないことに一足先に立ち上がっていた一輪が気付いたらしく、早く準備することを促す。だが、それでもご主人は動くことをしない。こちらに背を向けた状態で座り込んでいるので表情が見えない。

「?」

 水蜜や一輪、ぬえが首をかしげている中で、胸の中で燻ぶっているモヤモヤが、ざわついて来た。聖の我々も参加するという言葉が、含みのある物に聞こえてくる。

「行く前に、あなたたちに少々決めていただきたいことがあります」

 聖は、口元だけを微笑ませ、移動しかけていた私たちに語りかける。これから忙しくなるが、危ない異変になることが予想されるために、行くかどうかを決めて欲しいのだろうか。

「どうかしたんですか?」

 室内でもフードをかぶり、修道士のように見える一輪が、動こうともしない代理に代わって聖に返答を返した。行くか行かないかの決め事など、この状況なら聞くまでもないだろう。

「私たちに、協力していただけますか?」

「どうしたんですか?改まって。…協力するにきまってるじゃないですか」

 当り前なこと聞かないでくださいよと、一輪は表情を緩ませて軽く笑いながら言うが、いつもなら張りつめる空気が和んだだろうが、この場に留まる変わった空気は拭えない。

 雲や霧状で、ほぼ実体がないように見える雲山も、自分たちが知らない間に聖に何かあったのかと目を向けている。表情は変わらないが、心配をしている雰囲気は伝わってきた。

「そうですね…、私が聞きたいのは」

 聖はそこで言葉を切ると、手元や私たちとの間でチラチラと揺らめくともし火を眺めていたが、顔を上げて目線を合わせた。口元しか笑っていないように見えたが、本当に目が、目の奥が笑っていない。

「異変への加勢に対して、協力するかどうかです」

 聖らに対する違和感の正体が解けた。異変が起きており、その場所がわかっているのに動いていなかった部分だ。異変の内容や身内が襲われているというのに、異変を解決する戦闘員ではない私をわざわざ待っていたのは、この部屋に入れて逃がさない為か。周りの連中に、後々合流した際に入れ知恵を入れさせないように先手を打たれたわけだ。

「か…加勢……?どういう……ことですか…!?」

 明らかに動揺している。僅かに声が裏返ってしまっている一輪が、聖に言葉の意味を問いただした。彼女が聞いていなければ、彼女以外の誰かが聞いていただろう。

 私も一輪と同様に聞き返したかったが、恐らくは聞き間違いではないだろう。聖は異変解決の加勢ではなく、異変への加勢と言った。彼女は異変を止めに行くのではなく、参加しに行こうとしている。

「そのままの意味です。このタイミングを逃すわけにはいきませんので、解決のためにではなく、他の者から横取りするために協力してください」

 話を聞いている段階から、まじめな性格をしている一輪の表情が険しくなっていき、食って掛かる形で異議を申し立てようとするが、私の方が一歩早かった。

「何を言っているんだ君は…?」

 とても正気とは思えず、聖の言葉や怒りをあらわにしようとした一輪を遮った。この僧侶は、今まで苦労して積み上げてきたものを、全て無に帰そうとしているのだから、こうなるのも当たり前だろう。

「君は何のために開山した?力の弱い妖怪も、人間も平等としていた。異変を起こすということは、そのバランスを崩す他ならない。それは君の教義に反するはずだ」

「君がいなかった数百年で、まとめきれずに寺は荒れに荒れて、どうしようもなかった。でも、そんな中でも君が掲げる教えが暴走して間違った方向に行かなかったのは、ご主人がまとめていたからだ。君は、その努力も無碍にして壊すつもりなのかい?」

 苛立ちが勝っていたのだろうか、口調に怒気が含まれ、問い詰めるように威圧的な話し方となってしまう。だが、私が体格に恵まれなかったことや、そういった掛け合いをしてこず、不慣れであったことで彼女には全く効いていないようだ。

 間違った思考をしていると、彼女の感情を揺り動かすことはできなかった。何かを察するような表情を浮かべることなく、小さく微笑んだ。

「そんなことが、何だというんですか?」

 ご主人の努力も、これまで積み重ねてきた命蓮寺の信頼も、彼女にとってはどうでもよい物だったのか。門下者に語っていた教えも信念があったわけではなく、ただの形だけで行っていたのだろうか。

「…っ…」

 もっとマシな、否定的な返答があれば反論することができただろう。そこまで突き通され、そんなことで済ませられてしまうと、何も言えなくなってしまった。これまでの事と、これからの事を天秤にかけさせたとしても、自分の利益が勝ってしまったようだ。

「ナズーリンは何のために命蓮寺を開いたか。そう聞きましたね?そんなの、自分のために決まっているでしょう?…いつか来る終わりの時を、恐怖せずに迎えられるように…まあ、どちらも無駄になりましたが」

 いつか来る終わりの時。それは我々に向かって掲げていた教義を捨てると宣言し、社会的に死ぬことを言っているのではない。聖が物理的に死ぬこと、命を全うすることを言っている。それを相当なまでに忌み嫌い、現世に留まりたいとしている生への執着は、魔女になる前後で何かあったのだろう。それが彼女を暴走させ、狂わせている。

 殺される可能性を無視すれば、妖怪である私の寿命というのは、途方もなく長きに渡って続くだろう。だから、寿命が迫っていることを予期している聖の気持ちを知り得ることはできない。

 私たちの知らないところで、どれだけ聖が苦しんできたのかなど、私には計り知れない。だとしても彼女の意見など、容認することはできない。

「……っ…。ご主人も、何とか言ったらどうなんだ!ずっと黙ってるじゃないか!何百年も君が守ってきた物が、全部無駄になるんだぞ!」

 話しかけたはいいが座ったままこちらに見向きもしないご主人は、私が怒鳴りつけても立ち上がったり振り向こうともしない。

 聖がいない何百年もの間、ご主人を監視していた。紆余曲折し、どうにか命蓮寺を立て直そうと努力を重ねていた。その姿を見ている者からしたら、聖のやろうとしていることは許せるわけがない。

「私も、そんなこと…もうどうでもいいですよ」

 本人だってはらわたが煮えくり返る思いのはずなのに、彼女は聖の狂気に共感し、賛同してしまっていた。裏切りに等しい行為に、私は思わず口を噤んだ。

 感情を剥き出しにすることもあるが、いつも冷静でいた。冷静だったとしても声には元気があった。しかし、今はどうだろか。聞いたこともないぐらい無気力で声に張りがない。本当にどうでもよくなってしまったのだ。

「これで、満足しましたか?…今起きている異変に加担をして、力を得られれば私は長い命を得られる。さあ、私は目的を話しました。次は、あなたたちの番ですよ。………共に戦うか」

 聖はそこで言葉を止め、我々のように立ち上がった。しかし、雰囲気は先ほどまで話していた穏やかなものではない。吐き気を催すほどに荒々しく殺気立っている。

「それとも」

 懐から取り出した戦闘で使用する巻物を、聖は巻き取ることを考えていなさそうな動作で開いていく。巻物が解けないようについている紐を解き、内容が書いてある本紙につながる押さえ竹を掴んだ。軸に巻き付けられた巻物を投げる形で開き切る。

「ここで死ぬか」

 紙ではなく、魔力で作られた巻物は、そこに魔力を流すだけで魔法を発動できる。云わば、カード式のスペルカードと同様の効果がある代物だ。開いた段階で既に淡青色に光っていたが、聖の魔力に呼応すると七色に輝いて魔法が起動したことを示した。

「…っ!!」

 聖は冗談やカマをかけているのではない。自分に従わなければ、本気で私たちを殺す気なのだと証明してくれた。醸し出す殺気に気圧され、後ずさりする私たちの合間を、大きく進むことで潰していく。

 聖の成そうとしている事に賛同の意を込めるご主人は、これから行われるであろう殺害の対象外のようだ。詰め寄ろうとする聖から逃れようとするあまり、気が付くと壁を背負っていた。

 出来ることならば数百メートル以上の距離を聖から取りたいが、この小さな鳥かごの中では、身じろぎ一つするのでも命取りな状況へと陥っていく。とても正気とは思えない。

「ひ、聖…!」

 恐怖からだと断言できる。彼女に投げかけた声が震え、みっともなく上ずっている。冬でもないのに、歯がカチカチと打ち合わさった。自分ではしっかり話しているつもりでも、他から聞けば非常に聞き取りずらいだろう。

「どうしましたか?ナズーリンは生きたいですか?死にたいのですか?」

「馬鹿を言うな!…い……生きたい決まっているさ…!私が聞きたいのは……寿命を延ばす手段だが……本当に伸ばせる自信があるのか?」

 異変を誰かが起こし、成そうとしている目的を奪おうとしているのはわかる。しかし、聖が求めている形で異変が行われるとは限らないし、本当に伸びるのかもわからない。

 いや、村で異変が起きているのを聖は知っている。どういった形で行われるのかも知っている可能性がありそうだ。

「勿論あります。でなければこんなに自信をもって動くわけがないですから」

 どうにか時間を稼ごうと口を開こうとするが、異変を横取りしたい聖はこれ以上会話をするつもりはないようで、話そうとするよりも早く私たちに向けて一歩前へと進んだ。これ以上関係のないことを話したら殺す。そういった意味合いが込められているのだろう。

「早く答えてください。私には時間がないのですから」

 聖は全員に言っているのだろうが、会話をしている私を特に見下ろしている。いつもの優しそうな彼女の顔ではない。威圧的で、殺すことに一切の躊躇がない事だけは、言葉を発さなくても伝わってきた。

 ナズーリンが少しでも武術を嗜んで戦いを知っていれば、歩み寄ってくる前と目の前に立った時とで、聖の身長が僅かに低いことが分かっただろう。重心を下げ、いつでも殴り殺せるようにしている。

 いずれは言わなきゃならない事だ。ならば、この際ハッキリ言ってやる。長らく恐怖を植え付けられるぐらいなら、一番に抜け出した方がましだ。

「断る」

 たった一言だが、彼女に伝わらないわけがない。私には予備動作が全く分からなかったが、次の瞬間には眼前一杯に拳が映り込んでいた。

 




次の投稿は7/3の予定です!





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東方繋華傷 第百六十話 泡沫の世

自由気ままに好き勝手にやっております!


それでもええで!
という方のみ第百六十話をお楽しみください!


 魔力で強化された、聖の身体能力はこの場にいる誰よりも屈強で、素早さもトップレベルであると言えるだろう。それだけであるのなら問題はないのだが、力を振るう僧侶の思考が、独善的である部分が最大の弊害だ。

「死んでください」

 たった一言の言葉を引き金にして、拳を握った聖の拳が放たれた。死期を悟る暇もなく、今まで感じたことの無い暴風に煽られた。後方に位置していた壁や周囲の障子戸も聖の拳圧に耐えきれず、全てが後方に薙ぎ払われた。

 風に煽られ、背後に位置していた壁に叩きつけられるかと思ったが、いくら後方にぶっ飛ばされても体が障壁にぶつかることはない。命蓮寺の一番奥にいたはずで、外に出るまでにはいくつもの壁があったはずだが、身体にぶつかる物は一つとしてない。

「…!?」

 空中に投げ出された。一緒に吹き飛ばされていた村紗や一輪が体勢を整え、スピードを減速させていく中で、そんな反射神経がない私は勢いを緩めることなく外壁へ向かっていく。

 このスピードで飛行し、身体の強化も施していない私が、頭に全体重をかけて外壁にぶつかれば、熟し過ぎた果実が落ちた様になるのは想像に難くない。そんなことわかり切っているが、咄嗟に体をどう動かしていいのか全く分からない。

 頭を打ち付けることを認識したまま、その想像に向かって進んでいく。水蜜やぬえが私を呼ぶ声が聞こえてくるが、ここまで来たらもうどうしようもない。防御の姿勢に入る間もなく突っ込もうとした直後に、急激に減速したことを示す慣性が働いた。

 ガクンと体が前倒しになり、空中に浮かんでいられるほどの速度が無くなった。一時的に重力から解放されていたが、それが戻ってきているのを重くなっていく体が感じた。前倒しから持ち上げることができずに、前のめりに地面に倒れ込んでしまう。

 一瞬の出来事で頭の整理が付かず、自分が助けて貰ったのだと理解するのに、上体を起こすまで時間がかかった。

 見回すと皆離れていて、誰も助けられる位置に居なさそうだが、体の形を自在に変えることのできる雲山の腕が私の足に伸びていた。足から雲が離れていくと、彼が守ると決めている一輪の元でまた漂い始める。

「なにが…?」

 未だに生きているという安心感があったが、それと同時になぜ私が生きて居られているのか、その疑問が浮上してきた。あんな目と鼻の先と言える距離感で聖が当てられない理由がない。

 全員無傷であるということは、形を常に変えている雲山あたりが助けてくれたのだろうか。それとも、ぬえが能力を使用して一瞬でも聖の距離感を見誤らせた。その二つのどちらかが考えられた。

 庭には大量の破壊された木材と、巻き込まれて吹き飛ばされた家具が散らばった。鏡などの割れやすい物は軒並み砕け、素足で歩けないほどに散乱してしまっている。

 辛うじて私の周囲にはガラス片はない。砕けた木片やしまってあった日用品を体から払い落として起き上がった。

 助けてくれた二人に礼を言いたいところだが、壁が壊れて我々が飛び出した場所から、魔力で強化がかかっている聖がゆっくりと出てきた。その手には例の巻物が握られており、また何かしらの魔法を発動するつもりのようだ。

 視線だけで周りを見回すが、庭の外れの位置に吹き飛ばされたことで、庭に集まっていた村人たちを巻き込むことはほとんどなかったが、私たちと聖が対峙する位置関係にいることで動揺が広まっている。

 経緯を見ていない素人目に見ても、聖の様子がおかしい事はわかるようで、察しの良い数人が逃げ出そうとしていたが、持っている巻物には魔力が込められており、発動の方が速かった。

 巻物に刻まれる回路に魔力が込められ、魔法が起動した。両掌で広げている巻物の上に、淡青色に光る球体が出現する。何をするつもりなのか、魔力を探る前に魔力の球体が膨らんで周囲に拡散した。

 攻撃だと勘違いし、腕を体の前に掲げて防御の姿勢を取るが、衝撃に打ち抜かれることはない。斬撃等も放たれておらず、寺の中から吹き飛ばされたこと以外で痛みは生じていない。

 何をされた。それを探るために周りを見回すと、見上げる程に大きい正門の前で尻もちをついている人間が数人見えた。

 その理由は、考えるまでもなく視界内に答えが入ってきた。光の玉と同色の壁が、命蓮寺を囲う形で配置されている。幻想郷では馴染みのあるこれは、結界だ。

 結界は自分の身を守るためか、他の者を閉じ込める用途で使われるが、今回は後者の目的で使用された。命蓮寺内にいる者を、一人も逃すつもりはないらしい。

「……」

 聖が刺激されて攻撃に転じぬよう、ゆっくりと一番近くにいる一輪の方へと移動する。忍びのように抜き足差し足で歩いているつもりだが、他から見ればかなり滑稽な格好になっているに違いない。

 それでも十数秒も時間をかけて、ようやく一輪に囁ける程度には近づくことができた。聖は次の魔法を発動しようとしているのか、タイミングがいい事に攻撃をしてこなさそうだ。

「一輪…それと雲山……一つ提案がある」

 内容は聞かれたくはない為、動くに動けない二人に聞こえるかどうかわからない程度に声を押さえて話しかけた。

「何?」

 一輪はこちらを見ずに、聖を睨みつけたまま返事を返してくれた。彼女の声色には何か作戦でも立ててくれたのではないかという期待が込められているが、残念ながらそんなものは思いつていない。

「ここから先は、頭ではなく体力や力が物を言う。私が時間を稼ぐから、ぬえと水蜜を連れて逃げてくれ」

「ナズーリン、何言っているの…!?あんたも逃げるのよ」

 そう言ってくれるのは有難いが、ついって行ったとしても、戦えない私は邪魔になるだけだ。彼女たちの障害となりえるのであれば、一緒に行動するのは愚策だ。

「残るからって私も死ぬつもりはないさ。何かと理由を付けて聖の注意を私に向けるから、そのうちに二人を連れていけ」

 彼女のやろうとしている事を形だけでも賛同し、この場を切り抜ける。ここさえ見逃してもらえれば、逃げるチャンスはいくらでもあるはずだ。

「だからって…」

「水蜜程じゃないが、私だって多少は舌が回る。聖ぐらいはどうってことないさ」

 聖が次の魔法を発動し終える前に、一輪を丸め込まなければならないが、納得させられるだけの材料をそろえていない。正直なところ、聖が私を生かしてくれる可能性は限りなくゼロに近く、彼女をうなづかせるには、嘘でも余裕を見せなければならない。

「最悪、君が後で助けてくれればいい。聖を倒せる人物を連れてきてくれ……でも、博麗の巫女以外で」

「霊夢がだめって…どうして…!?」

 一輪が聞いて来ようとするが、おしゃべりタイムは終わったようだ。更なる身体強化の魔法を施し終えた聖が、縁側から壁や柱の一部だった木材が転がる庭に降りてきた。

「作戦会議は終わりましたか?」

 優しいいつも通りの声のはずなのに、背筋に氷を入れられたように寒気を感じてしまうのは、彼女が醸し出す殺気のせいだろう。隠すつもりがなく、全身にナイフを突き立てられているようで吐き気がする。

「さ…作戦会議じゃない。君の方に付いた方がいいって、考え直し…」

 彼女のやろうとしている事を称賛し、同じ意向を示そうとするが、聖には時間稼ぎや注意を向かせるためだとバレてしまったのだろう。私の話を聞くこともなく、私と一輪の前に聖が飛び出した。

「「っ!?」」

「弁明いりません。あなた方全員、私の糧となってもらいます」

 私程度に本気の攻撃を撃つなど体力の無駄だと思っているのか、いつでも殺せるため私は後回しにされたのだろうか。拳ではなく平手打ちが飛んできた。

 種も仕掛けもないただのビンタだが、頭部を鈍器で殴られたような衝撃が駆け抜け、気が付くと私の体は宙に浮いていた。

 ゆっくりと景色が動いて見えた気がしたが、目に映る周囲の人物が全員上下逆さまになっている。狐や狸に騙されたと錯覚してしまいそうだが、反対になっているのは自分だ。

 それを察した直後、壁に背中を打ち付けた。聖から受けた平手打ちとそう変わらない衝撃が、今度は後方から前方へ突き抜けていく。

「うぐっ!?」

 壁に運動エネルギーを伝え、空中に留まれなくなった私は、地面に頭から落下することになるが、平手打ちで軽く脳を揺らされたらしく、意識がはっきりしない。

 地面に蹲ったまま、早く起きなければならない焦りに誘発され、衝撃でロクに息も吸えぬ状況でもがいた。

 前方で繰り広げられる攻防を、眺めることしかできない。私の体重が軽く、聖の攻撃を重く受け止めなかったことや激しく地面に落ちなかったことで、脳震盪のダメージは大したことなく回復へと向かっている。

 衝撃が反響を繰り返して頭の中を巡っているような気がし、意識がはっきりとしない。頭を数度はたいて、無理やりいつも通りにまで引き戻すと、攻防が終わりを告げる。

 雲山を纏った一輪が吹き飛ばされたところだ。十秒にも満たなかったはずだが、攻撃を何度か受けたのだろう。服がよれていたり、一部では破れている所もある。この中ではご主人を除いて一番実力のある、一輪を早めに潰しておきたいのだろう。聖は更なる追撃で身を屈め、跳躍の準備に移る。

「聖ぃい!」

 ぬえがその後方から槍で串刺しにしようとするが、何を思ったのか彼女は咆哮しながら走っていく。一輪に追撃をさせないためには、私が行おうとしたように自分に注意を向かせなければならない。

 振り向きと同時に刺突しようとするぬえの槍を弾き、大きく前進して槍の射程から素手の射程へと間を詰め、認識を誤らせる妖怪に打撃を加えた。人体に当たったのであれば、まず聞こえることの無い金属音が響く。

 弾かれていたが、どうやら防御には間に合ったようだ。なんの金属が使われているかわからないが、三股に分かれている槍がぐにゃりと半ばから曲がっている。命よりは安いだろうが、ぬえは攻撃手段を失った。くの字に曲がる武器では、まともに戦えないだろう。

 後方に吹き飛ばされ、命蓮寺の中に消えていったぬえと入れ替わりで村紗が攻撃を仕掛けた。彼女は戦う準備ができていなかったらしく、身体強化が施された僧侶に無謀にも素手で突っ込んでいく。

「村紗……!」

 駄目だ。行くなと叫ぼうとしたが、私の静止よりも先に聖の拳が彼女を穿った。一瞬のうちに殴りかかろうとしていた腕を手刀で叩き切り、胸部へ渾身の正拳突きを抉りこませた。

 身体強化をしても聖の攻撃力を上回れず、肉や骨をまとめてひき潰された。主要な内臓が揃う胸部を貫かれれば、いくら妖怪でも致命傷に至る。さっきまで冗談を言って、気さくに話していた友人が急激に生命活動を停止させていく。

「ごぽっ……」

 血肉と、何かの内臓がこびり付く拳を中心に、セーラー服に真っ赤な血の染みが広がる。死亡までに出血多量が速いか、ダメージのショック死が速いか。村紗は抵抗する兆しを一切見せることなく、胸を貫いている聖にもたれかかる。

「できれば生きていた方がいいですが、まあいいです」

 血で汚れる腕を村紗から引き抜くと、聖は彼女の体をこちらへと投げ飛ばした。寺の中から吹き飛ばされた時の、華麗な着地など面影もない。すぐ横、私の傍らに落下した。

 水気を帯びた落下音。受け身を取る様子がなく、地面に静かに沈んだ。胸から背中につながる大穴は拳台の大きさで、穴の奥には乾いた地面が広がっている。

 組織や血管から血液が漏れ出し、服や地面をどす黒く染め上げていく。左胸を貫かれ、本来その場所にあるはずの主要な組織が忽然と姿を消している。

「水蜜…!…水蜜!!」

 血を止めたくても止められない。傷を塞ぎたくても塞げない。これほどまでに、医療の知識を備えておけばよかったと思う日はないだろう。

 しかし、例え知識を兼ね備えていたとしても手の施しようなど、あるわけがない。妖怪の頑丈さは人間に毛が生えた程度なのだ。彼女は血を吐きたくても、あらゆる器官を損傷してままならない。さながら、自分の血液に溺れていく。

 血流が滞り、意識が薄れるだろう。視界がぼやけるだろう。生物としての光を失っていく彼女の目が、何かを伝えようと私を見据えた。

「……ナ…ズ………」

 呼吸に使用される筋肉や組織が損傷している中で、残った組織をできうる限り運用し、水蜜は私の名前を呼んだ。ゴボッと血が混じっているせいで聞き取りづらかったが、呼ばれたことだけは確かだ。

「…に…げ……………て…」

 最後の方は、水蜜自身も言葉を発したかどうかわからないだろう。それほどにか細い一言だった。友人は事切れ、意識してこちらを見ていた瞳は、私を見ているはずなのにどこか焦点が合っていない。

 生物はいつかは死ぬ。だとしても、こんなにそれが速く訪れるだなんて、思ってもいなかった。友人を看取るなんて、初めての経験で、殺される寸前だというのに感情の整理が追い付かなかった。

「水蜜……」

 これが悪い冗談なんじゃないかと現実から目を背け、人の形をした友人になおも縋って揺り動かし、起こそうと試みようとしていた。血がダラダラと溢れる水蜜に、振れるか触れないかと言ったところまで手を伸ばしていたが、急速に引き剥がされた。

 この状況では難しくとも、彼女を抱き起そうとしていた。揺り動かし、冗談だと笑ってくれる彼女を期待した。せめて最後に触れていたかったが、それらは全て聞き入れられなかった。

 肩を後ろから掴まれ、後ろに引き寄せられていく。それでも水蜜に触れようと、前のめりに手を伸ばした。後ろから前に風が抜けていき、小さな指では何も掴むことができない。

 誰に掴まれたなどそこまで思考が回るはずもなく、聖に掴まれたと勘違いした私は肩を掴む手を振りほどこうとでたらめに暴れた。

「ナズ!動かないで!」

 誰かの一喝に体が硬直し、されるがままとなった私の体は運ばれていく。ご主人は不戦を決め、ぬえは吹き飛ばされた。水蜜は殺され、残っている人物は一輪と雲山だけだというのに、肩を掴んでいる手を見るまでは、誰が掴んでいるのかわかっていなかった。

 人間のようにしっかりとした輪郭はなく、雲状にぼやけている。体の一部を延ばして来ている雲山と一輪、二人の方向へ引き寄せられた直後だ。私の足先を掠め、たった今友人を殴り殺した聖の拳が地面に突き刺さる。

 地面の一部が陥没し、衝撃に耐えられない土が捲れあがった。余波をもろに受けた動かぬ水蜜は、吹き飛ばされて地面を転がっていく。

 私には地面から離れた礫が到達し、砂や土を頭から若干かぶることになった。振り払うことなど頭には無い。助かった安堵は湧き出ず、脳が感じる感情は友人を失った喪失感と何もできない自分の無力感に打ちひしがれていた。

「大丈夫かしら…ナズーリン」

 勢いよく数十メートルの距離を引き寄せられていたが、目的地に到着したようで、急激に体の動きが停止した。慣性を考えていない急停止に頭を大きく揺らされ、それで脳震盪が起きそうだ。目を回しそうになっていると、一輪から声がかかった。

 大丈夫ではないが、自分の事よりも他の事で今は一杯一杯だ。

「私なんかよりも……水蜜が…」

 一輪から離れて水蜜の元に足を運ぼうとするが、私を抱きかかえている彼女はそれを許さない。体の節々が痛くなるほどに抱きしめられ、呼吸もままならなくなりそうだ。

「離してくれ…!水蜜が…!」

 締め付けられていても尚、一輪の腕を振り放そうともがくのを止められない。それを鬱陶しい、邪魔だとさえ思っていた。

「ナズーリン落ち着いて…暴れないで」

 しかし、絞り出すような、喘鳴交じりの苦しそうな一輪の声に我に返った。自分勝手な行動で、更に友人を失いかねない。ハッと一輪の事を見上げると、頑張って痛みを堪えようとしているが、ひそめたままの眉が彼女も重症である事を物語る。

「一輪…」

「どこも怪我はなさそうね。とりあえず、私たちであなただけでも逃がすわ」

 一輪は私が暴れる心配がなくなると、自分たちの背後に回らせ、守る形で手前に陣取った。今の私に守る価値など無いと先ほど言ったのを、彼女は理解できていなかったのだろうか。

「一輪、それに雲山…何をしてるのさ…!なんで今のうちに逃げなかった…!逃げるぐらいの、時間はあったはずじゃないかっ」

 目の前に立つ二人に言うが、雲山はいつもの通り無言を貫き、一輪は地面に叩きつけていた手を穴から引き抜いた聖と対峙したまま、こちらに向きなおらずに呟いた。

「私たちじゃあ、難しそうだったから」

「難しいも何も……」

 これだけ巨大な結界なのだ。一か所に使われている魔力量は大したことはない。人間では無理でも、妖怪のそれも二人の力ならば結界を破ることは可能であろう。君らなら大丈夫だ。そう続けようとした言葉が詰まった。

 結界を破ったとしても、その後の体力が彼女たちには残されていないのだ。抱きかかえられている時は、それどころじゃなくて気が付いていなかったが、背中側から見てもわかるほどに、彼女は出血を起こしていた。

 雲山が防御していたように見えたが、それを大きく超える威力があったのだろう。聖の拳がどう影響したのか、背中側まで血が滲んで服を汚していく。その広がる速さから、もう長くはないと悟れてしまった。例え命蓮寺から抜け出せたとしても、百メートルも進まぬうちに出血多量で死に至ることだろう。

 いつもは集合してくっきりと人の形を成している雲山だが、今は向こう側の景色が見えるほどに体を維持できておらず、沸騰する水から立ち昇る蒸気のように霧散して消えかかっている。

「私たちも、よくはないでしょう?」

 ポタポタと血が流れ落ち、一輪の体がフラフラと左右に小さく揺れ始める。もうすでに立つ体力すら削がれている。虫の息ともいえる二人に止めを刺そうと、聖が攻撃体勢へと移っていく。

「雲山…こんなこと頼むなんて、ごめんなさい」

 咳き込み、口の端から血を零す一輪は、自分の周囲に纏う雲の妖怪に頭を下げるが、雲山は守ると決めた少女に非など浴びせず、当り前だと消えかかったまま彼女の前に陣取った。

「何を…」

 するつもりだと言葉をつなげようとした時、振り返った血まみれの一輪に抱え込まれた。それが合図となったらしく聖が跳躍し、向かってくる僧侶に向けて、消えかかってはいるが、雲山は拳の形に似せた大量の弾幕を作り出して迎え撃つ。

 死にかけだったからだろう、彼の弾幕は聖を押し返すほどの威力はなく、ほとんど無傷のまま聖は雲山の元に到達する。仲間で、長い時間を過ごしていたはずだが、僧侶は容赦なく雲山を引き裂いた。

 特殊な妖怪である彼は、出血することはない。しかし、ボンヤリと輪郭が朧げになっていき、ただの雲となって消えていく様子は、赤黒い血液を垂れ流すのと同じぐらいグロテスクに見えた。

 雲山を囮にした一輪は彼とは別方向に飛び出し、門の前に重なる人々の上を跳躍して飛び越えていく。ガラスよりも薄い結界にあらゆる筋肉を隆起させ、全身全霊の拳を叩き込んだ。

 身体強化された拳から放たれた打撃は、一見硬そうに見える結界に亀裂を生じさせ、人間一人がやっと通れる小さな穴を形成させた。陶器を叩き割った粉砕音に似た音が響き、結界の破片が弾けた。

「ナズ……私たちの分まで生きて」

 一輪は痩せ我慢だと分かる作り笑顔を私に向けると、こちらの言葉に耳を傾けることなく、私を結界の外へと放り出した。

 なんで君たちは、そんなに自分の事を顧みずに戦えるんだ。自分を囮にしようとした時だって、私は自分が生き残れるように思考を巡らせていた。先が短くないと分かっていたとしても恐怖が付きまとい、彼女達みたいに決断することができなかったはずだ。

「………なんで…!」

 なんで、君たちは、そんなに…。重力に従って体が落ち始めようとした時、結界が修復を始めた。私を放った彼女の腕が結界の外に出ていたが、魔力の障壁は構うことなく空いた穴を閉じていく。

 結界が完全に修復され、延ばされた腕を魔力の壁が覆うと、風船が破裂したように命蓮寺を取り囲んだ結界に血液が飛び散った。血が噴き出し、透明な壁に血痕をこびり付かせていく。

 結界の修復によって切断された腕が先に落ち始めた。私よりも一足先に地上に落ちた腕が無造作に転がり、この短時間でまたもや私は友人を失うことになることを、強く教えているようだった。

 考えの整理がついていなかったが、どうにか体を浮遊させて石畳の上に叩きつけられることだけは避けた。命蓮寺内に残された人々の動揺する声が、結界越しにも聞こえてくる。その人ごみの後ろに着地した一輪は、私にも聞こえるように大声で叫んだ。

「早く、行って!」

 その声が叫び終えるか、終えないか。そんなタイミングで、門周囲の結界や人々に真っ赤な血肉が飛び散った。インクをぶちまけたと言っても差し支えはない。

 結界に張り付いている持ち主が一輪でないことを願いたいが、現実はそう甘くはない。声が途中で途切れていたのが理由であるが、なによりも、彼女が身に着けていた服の色によく似た布が、血肉と一緒にへばり付いているのが見えた。

 私にあるのは仲間を友人を失った悲痛と、死の危険を感じる恐怖だけだった。彼女の言葉の通り、私は何もかもをかなぐり捨て、命蓮寺から遠ざかろうと走り出していた。

 どうしたら殺されない。どうしたら聖を止められる。どうしたら、この悪夢から解放されるのだろうか。恐怖に精神を蝕まれ、がむしゃらに走った。息が切れることなど一切考慮などせず、石畳の上を走った。

 どこに行けばいい。誰に助けを求めればいい。私は、何をしたらいいんだ。ぐちゃぐちゃと纏まらない思考を、さらに掻き混ぜていると前方で何かの気配がする。死にたくない思いが感を働かせたのか、進行方向の木の後ろに何かがいる。私が逃げないように、聖が誰かを使って見張らせているのだ。

 人に敏感になってしまっている私は驚き、飛びのいてその人物から距離を置いた。弾幕を放とうと手のひらを向けると、私の行動に驚いて隠れていた人物が向こうから身を乗り出してきた。

「待って待って!!ナズーリン私だよ!!」

 来るときには彼女と会わなかった。村方向の光に気が向いて、命蓮寺に向かう私が通ったことに気が付かなかったのか。それとも寝ていたが、何かが起こっていることを感じて起きてきたのだろうか。

 傘を放って捨て、自分が何の武器も持っていない、無害だと伝えるために両手を天高くつきあげて小傘が木の後ろから出てきた。

「驚かせようとしただけだよ!何もしないから!!」

 今この状況では非常に心臓に悪い。私が気が付かずに通って、小傘に驚かせられていたら、迷わずに弾幕を放っていたことだろう。彼女が無害であることを、纏まらない頭で数秒かけてようやく理解した。向け続けていた手の平を下ろすと、傘の妖怪は胸を撫でおろしている。

「ナズーリン、そんなに急いでどうしたの?」

 私に撃つつもりがないことがわかると、落としていた傘を拾い上げながら、彼女のいつも通りの元気で優しい声を私に向けた。命蓮寺で起こったことを全く知らない、穏やかな声だ。

 誰かが異変を起こし、それに当てられた聖が狂ってしまった。元から命蓮寺は自分のために開山したと言っていたが、それをやり続けることは生半可なことではできない。

 同じく死の恐怖を克服しようとしている人間たちと修業をする中で、彼女が教えることを人間たちは耳を傾けて聞いていた。彼女が上手だっただけなのかもしれないが、本心からでなければこれだけの人間が付いてくることはなかっただろう。そこには少なからず信念があったと信じたいが、その彼女でさえも蝕まれてしまった。

 幻想郷全体に狂気が蔓延していると思っていた中で、それに侵されていないまともな彼女の存在に、自然と涙が溢れそうになった。

「ナ…ナズ…!?」

 瞳一杯に涙をため、泣き出しそうになってしまった私が目元を服で拭うと、何か悪いことを言ってしまったのかと小傘が慌てて近づいて来た。

「大丈夫…大丈夫だから……それよりも、小傘も早く逃げないと…ここは危ない」

「何かあったの!?」

 私が切羽詰まって走ってきたことや急に敵意をむき出しにしたことを思い出したのか、状況を飲み込めていない小傘でも、まずいことが起きていて、そこから私が逃げてきたのだと察したのだろう。

「後で説明するから、今は急いで逃げよう」

 彼女の手を引いて、命蓮寺からできるだけ遠ざかろうとすると、小傘は私から命蓮寺の方にゆっくりと視点を移動させていく。二百メートル以上は距離が離れているため細かい部分は見えず、パニックを起こすことはないだろう。

 だが、この時間がもったいない。半ば無理やりに連れていくため、彼女の手を握ろうとすると小傘が一言呟いた。

「あ、聖だ」

 今、一番聞きたくはない名前を聞き、身の毛がよだつ。早く逃げないと。それだけが頭の中を埋め尽くして反芻し、小傘の手を荒々しく掴んで走り出した。

「走れ…!小傘…!!」

 聖から逃げようとしている私に困惑しながらも、彼女も足を動かしてくれる。奴がどう迫ってきているのかわからず、必死に走りながら肩越しに振り返った。命蓮寺の方向から飛んできており、もう距離はほとんど詰められてしまっている。

「…ひっ…!?」

 最早、彼女は恐怖の対象でしかなかった。顔を見るだけで筋肉が引き攣り歩調を乱され、石畳の間にある凹凸に足を取られて盛大に転んでしまった。石に強かと膝や手の平を打ち、鈍い痛みがじんわりと広がる。

「ナズーリン…!」

 しっかり握っていなかった小傘から手が離れ、前方に勢い余って進む彼女が戻ってこようとしている。私にかまわず先に行けと、ジェスチャーを送ろうとした矢先、頭上を通り過ぎ、聖が綺麗に並べられた石畳を破壊しながら着地する。

 その過程で聖の雰囲気がいつもと違うと感じ、頭を抱えてしゃがみ込もうとした小傘を捉えることも忘れない。首を掴まれ、悲鳴を上げる間もない彼女を掲げ、奴が見下してくる。

「どこに行くんですか?あなた方は全員纏めて私の糧になってもらうと言ったじゃないですか」

 僧侶には似つかわしくない真っ赤な法衣は、血肉というインクで染め上げられ、人の道から踏み外した聖を、象徴としているようだった。

「や…やめろ…小傘を離せ!!」

 相当な力で首を絞めつけられているのか、小傘がうめき声一つ上げず、顔が真っ青に変色していく。足をじたばたと動かして抵抗しているようだが、身体強化の魔法がかけられた聖には赤子同然だろう。

「そんなの、無理に決まっています」

 聖はにこやかに答えると、小傘の首を本格的に締め上げ始める。掲げているだけとは違い、指が首にうずまっていき、気道や血管を圧迫していく。

「か……あ……っ……!!!!」

 小傘がなんとか振り切ろうと掴む手を引っかいたり、聖を靴で蹴ったりしているが、その手が緩む気配はなく、更に拘束はきつくなっていく。

 意識が遠のき始めたのか、目がぼんやりと白目を剥き始め、口からは真っ白な泡が零れだす。じっくりと苦しみを植え付けられていく小傘は、次第に抵抗することもままならなく弱められていく。

 喉の組織がやられ始めたのだろうか。口からこぼれて顎に伝い、聖の手にこびり付く泡が、赤みを帯びて漏れ出した。さっきまで勢いよく動いていた手や足が、ダランと地面に向かって伸び、スカートの股の辺りが湿り出す。

 筋肉が弛緩し、膀胱に溜められていた尿が排泄されてしまったのだろう。スカートでは吸水できず、スカートの裾や脚に伝い落ちていた体液が地面にしたたり、聖の目の前に小さな池を作った。

 アンモニア臭が立ち込める。決していい匂いではなく、辱めに近い行為だが、そんなものに目はいかない。また一人、友人が無残に殺されたことを目の前でわざわざ提示され、私の中に絶望が蔓延していく。

 次はあなたです。そう言いたげに聖はこちらに視線を向ける。少女を掴んでいる手に、わざわざ奴が力を籠めると、乾いた木の枝を折った。そんな音が響き、小傘の首を掴む手が握り切られた。

 指の間から血が滲み、意識なく傾いていた小傘の頭がさらに傾いていくと、胴体から離れて地面に転がり落ちた。頭部がこっちを向いて止まっていたら、私は発狂して叫び散らしていたかもしれない。

 残った首なしの胴体を聖は森の方面へと投げ捨てた。木々に当たり、ドシャっと地面に落ちる友人だった物に、目を向けている暇はない。次は私なのだから。

 真っ赤な手の血液を振り払いながら、こちらに歩み寄ってくる。皆を葬ったその手で、私も殺される。

「く…来るな…!!」

 恐怖でロクに舌が回らない。転んで打ち付けた足の痛みなど、恐怖に掻き消され痛みなど全くもって感じなかった。体を引きずって逃げようとするが、歩む聖にすぐさま追い付かれた。

「どう死にたいですか?」

 死にたくない。怖い。負の感情に脳が埋め尽くされると、行き場を失った感情が涙となって瞳に溢れ、頬を伝った。

「彼女たちは、戦って死ぬとしました。ナズーリンは、どう死にたいですか?」

 殺すことを楽しんでいるようにしか見えない聖の目を、直視することはできなかった。恐怖で頭がおかしくならなかったのは、不運としかいうことができなかった。このまま気を失うことができたらどんなに楽だっただろうか。

 現実は非情で、意識の遠のきなど微塵も感じることはない。頭を抱えて震えるだけの私に、僧侶は血まみれの手を延ばして来た。液体を纏ってヌルっとする手が顎に触れ、自分と視線を合わせさせようと、顔を持ち上げられた。

「知らない間柄ではなかったよしみで選ばせてあげています。早く決めてください」

 初めて直視した聖の瞳は、狂人のそれだった。舌が喉に張り付いたように動かず、手足も溶接されたと思う程に動かせない。十秒も経っていないだろうが、痺れを切らした僧侶が拳を構えた。

 殺される、殺されてしまう。無様に命乞いをしたくても、声が出ない。肺が潰されてしまったのだろうか。拳が振り下ろされ、私の頭が果物の如く潰される。それを予期し、反射で目を瞑ろうとした。

 その時だった。私が進んでいた村の方向とは別だが、村以上に強烈な閃光が発せられた。聖の肩越しだったからよかったが、そうでなければ一時的に眩い光に視力を失っていたことだろう。

 幻想郷全土を照らし出す光の後に、淡青色の巨大な炎が膨れ上がった。数キロは離れ、目の前には森が広がっていても木々に隠れぬほど天高々に炎が燃え上がり、幅も数百メートルはありそうだ。

 拳が叩き込まれるはずだったが、急な状況の変化に聖の手が目の前で止まった。ただ事ではないと、聖が私から手を放し、爆発に似た事象が起こった方向へと向きなおった。

「あれは…」

 驚いている様子から、聖も予想していなかったことが起こっておるのだろう。今のうちに逃げようとした時、爆発の方向から光に紛れ、地面を這う何かが見えた。砂煙を巻き上げながらこちらに向かってくるのは、爆発によって発生した衝撃波と爆風だった。

 砂を巻き上げながら衝撃波がこちらにまで到達する。数キロの距離があったはずなのに威力はまるで収まらず、数百メートルに渡って続く石畳を全て捲りあげて空中に吹き飛ばし、木々を衝撃で大きく湾曲させる。中には折れた木もあり、支えを失った物は軒並み空中に舞い上げられた。

 木々で一部が抑制されていたとしても、爆風は私たちを吹き飛ばすのには十分すぎ、空高く舞い上げられた私は、着地の事を考える間もなく意識を失っていた。

 

 次に目が覚めると周囲に聖の姿はなく、空中にぶら下がっていた。

 爆風に煽られ、落ちた先は森の中だったようだ。人の手が入っておらず見慣れない場所で、かなり遠くまで吹き飛ばされてしまったらしい。

 服が木の枝にひっかがってくれたおかげで、地面に叩きつけられずに済んだ。服を枝から無理やり外し、苔の生える瑞々しい地面へ降りた。

 今でも聖の事を思い出せば、恐怖で動けなくなってしまうだろう。水蜜や一輪らの事を思い出せば、悲しくて泣き崩れてしまうだろう。前者は忘れてしまった方がいいが、後者は胸の内に留め、忘れてはならない。

 感情を押し殺し、深く深呼吸を数度行った。冷静さを保ち、状況の分析に移る。時間はわからないが、太陽が空高く昇っている様子から、そろそろ昼時だろう。耳に意識を向け音から状況を探ると、どこからかはわからないがかなり離れた位置で戦闘が起こっているように聞こえた。

 様々な妖怪たちも動き、幻想郷全体が混沌に侵食されていることが予想された。カラス天狗が編隊を組んで空を飛び、河童たちの銃火器と思われる発砲音が響く。魔力による爆発と思われる、骨にまで響く爆発音が時折轟いた。

 異変は終わっていない。それどころか、もっと酷くなっている。異変なんかではなく、これはもう戦争とも言えるだろう。聖の口ぶりから、何かしらの力を求めていたようだが、あらゆる種族が力の奪い合いをしている。

 何が起こって、どこが優勢か劣勢かはわからないが、未だに戦闘が続いているということは、誰も力を奪えていないことを示唆している。それの鍵となる人物は大方予想が付くが、彼女をどこかの組織が手に入れたとしても、それを潰そうと周りが動くため、鼬ごっことなって戦闘の慢性化が予想される。

 これが終わるまで、干渉しないようにするのが吉だろう。異変が起きたら博麗の巫女に頼むのが定石だが、今回の異変では最も信用できない。

 人間と妖怪の仲をよくさせるという、荒唐無稽な活動をしていた霧雨魔理沙だが、彼女とは面識がなかったわけではない。助言が欲しいと何度か会話を交わしたことがある。ある時を境に、彼女の元から持っていた魔力が変わっている事に気が付いた。

 感情によって魔力の波長が荒々しくなったりするが、それ以外で波長が大きく変化することは絶対にない。不思議なことが起こっている程度にしか思わなかったが、力に敏感な者たちは気が付いたようだ。今思えば、それを境に魔女の周りに妖怪たちが集まるようになった気がする。

 彼女の意見に賛同して集まっていたと思われていた妖怪たちは、仲よくしようなどとは微塵も思っていなかったようだ。酷い話だ。

 彼女には悪いが、私はほとぼりが冷めるまで隠れている事にしよう。何が何でも逃げて、生き延びなければならない。彼女たちと約束したのだ。

 

 

 

 思い出したくもない、昔の思い出だ。過去に浸っていた意識を、荒廃した現世へと引き戻した。

 あの時から考えると、私も酷い様だ。肉体的にも、精神的にも。

 足を引きずりながら、十年前に死んだ友人たちの顔を、思い出の中に押し込んで考えないことにした。これ以上思い出していたら、また泣いてしまう。

 これからなさなければならないことがあるのに、感情を高ぶらせて泣いていたら、思ったように動けない。思考を巡らせることができないだろう。

 足を引きずって歩いているために、足取りが悪い。元から背が低いこともあり、歩幅も小さいため間に合うかどうかわからず、焦りだけが膨らんでいく。

 だが、ここで焦っては更に歩調を乱すだけだ。足をもつれさせ、転んでしまったりしたら目も当てられない。確実に一歩ずつ、右足を引きずりながら進んでいく。

 左手に持つ重たい得物のせいで、草むらの中を歩くのは更に困難だ。私の目標まで、あと十メートルもないのだから、確実に接近しなければ。

 近づくまでは気取られる心配はない。対峙していた、河童を貫いているように見える聖の背後に立ち止まった。

 河童を腕から引き抜き、聖は険しい顔をして自分の右手に目を落としている。動く様子がないのは都合がいい、左手と震えて使い物にならない右手で得物を支えた。足も左足だけで踏ん張り、素人でももっとマシと思える体勢で刀を構えた。

 刀を振りかぶり、奴の頭に向けて叩き込もうとした直後、いくら姿を見せないようにしても、殺気を隠すことはできない。気配だけで自分に敵意が向けられている事を感じ取った聖が得物が到達する前に振り返り、こちらに拳を放った。

 前に進みながら刀を振り下ろしていたが、私など比べ物にならない殺気を向けられ、怖気づいて引き下がりそうになった。だが、ここで引き下がったら、何のためにここに来たのかわからなくなる。

 最初で最後のチャンスだ。それを活かさないわけにはいかないのだ。臆するな。臆せば死ぬ。それでも、覚悟を決めても恐怖を感じないわけではない。胃に穴が開きそうだし、殺気に自分自身が生存本能に逃げ出したいと言っている。

 それを誤魔化す様に、咆哮しながら私は刀を振り抜いた。

 




次の投稿は7月17日の予定です。


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東方繋華傷 第百六十一話 正と邪

自由気ままに好き勝手にやっております!


それでもええで!
という方のみ第百六十一話をお楽しみください!


 荒廃し、あらゆる場所で戦闘ばかり起こる世界になってから、私は体格に恵まれなかったと思わなかった日はない。何をするのにもこの小さい体は不便でならない。

 荷物を持つのにも制限が大きくあり、木の実も何かしら道具を使わなければ簡単にとることはできず、自分の身だって守ることは容易ではない。力関係は鍛えればどうとでもなっただろうが、身長の低さはどうにもならなかった。

 この体格でなければ、私が戦えれば、皆が殺された時もっと状況は違っていただろう。そう考えると余計にやるせなかった。水蜜や一輪、小傘の誰かが死なずに済んだかもしれない。

 そうやって自分の事を罵ってきたが、今回ばかりはこの身長の低さに救われることとなった。

 頭部から延びる髪は腰のあたりにまで達し、頭頂部から毛先に行くにしたがって色が黄色から紫へと変色している。目の前にいる女性が振り向きざまに攻撃を繰り出してきた。

 頭二つ分以上も身長が離れているおかげで、身体強化が施された奴の正拳突きは頭に掠ることもなく空振りに終わった。当たった事を考えると、原型が残ることはなさそうな威力の拳から、信じられない向かい風が発生し、髪や片側しかない耳が煽られた。

 そのまま後ろに倒れてしまいそうになるが、殆どない腹筋で前かがみに踏ん張り、切れ味に物を言わせて刀を振り下ろした。

 振り下ろすのに技術など無い。力を込めることが難しい、適当にくっつけられただけの右手と右足では見よう見まねすらもできない。今の私にできることは刃を敵に向け、体重を乗せて叩き切ることだけだ。

 指先に何かが当たった感覚がする。何年も、何十年も、この刀を使用していないため、感覚で何を切ったのかなどわかるわけがない。切れ味が良すぎて何を切ったのかすらもわからないが、金属の類ではないだろう。

 もっと柔らかい、有機性の生体物だ。それは目の前にいる聖である以外にはないだろう。どこに当たったかは分からないが、これは最初で最後の私の攻撃となるだろう。

 何かを切断したのか、それとも指先を切っ先が掠めただけなのかはわからない。であるが、自分にダメージを与えた存在に、聖は大きく飛びのいた。

 聖の飛びのいた余波だけで後方に吹き飛ばされそうになった。片足だけでは耐えきれず、後ろにしりもちをついてしまう。早く立ち治らなければならないが、片足片手では難し過ぎる。

「あら、どこかで野垂れ死んだか、殺されたと思っていましたが…生きていたんですね、ナズーリン……心底驚きましたよ」

 聖は本当に驚いている。瞳孔が開き、驚いている事を示しているが、すぐにどうでもいいと目つきを変えた。私に怒りの矛先を向け、十年前と同じように私を睨みつける。

「…」

 十年前のようにはいかない。ただ怯えるだけだった、あの時とは訳が違う。聖を睨み返した。

 皮肉な話だ。聖と戦うのに、白玉楼の庭師と対峙してあの光景を見ていなければ、私はまともに立っている事すらできなかったなんて。剣士のあの目を見た後なら、尻込みせずに立っていられる。

 聖も人間からかけ離れた目をしているが、妖夢はそれ以上だった。だからと言って私が奴に対して抱く恐怖が消えることはない。刀を握る左手が震え、先端が小刻みに揺れている。

「だろうね…私だってこの十年間を、生きて来れられるなんて思ってもいなかったさ。……そんなことより、君はずいぶんと変わったな」

 私が生きて来た十年間。特に最後の方は、あの子たちの犠牲で成り立っている。私に止めが刺されなかったのは、リグルが妖夢を外へと誘いだしてくれたからだ。炎がっ燃え広がる家の中で、地面に転がる手と足の切断面を合わせ、どうにかくっつけたことを思い出す。

 片足、片腕、片耳の無い私が聖にそんなことを言っても説得力は無いが、彼女は見た目以上に中身も随分と変わっている。

「あなたに言われたくはないのですが」

「いいや、私が言いたいのは内面の方だ。よくもまあ、そこまで醜くなれたものだね。他人を殺してでもそんなに生き延びることに執着するなんて、醜悪にもほどがあるよ」

 両腕にタトゥーが彫られた聖にそう呟くが、どこ吹く風だ。十年前のように、私の言うことなど右から左に流れて一秒すら奴の頭の中に留まっていない。これが十年前と同じ人物であるとは思えない、別人に成り代わられているのではないかとさえ思えてくる。

「私が醜いですか?酷いことを言いますね…ここの世界ではこの程度はあくびが出てしまうぐらいに普通も普通、中の上ぐらいですよ。なんせ、世界が変わってしまったのですから」

 ニコニコと笑いながら、聖は天を仰いで世界はこんなにも変わったのだと豪語する。間違った持論を述べ、それがさも正解のように振舞っている。そちらの限定された角度から見れば、世界は変わったように見えるだろうが、大きな間違いだ。

「馬鹿か。世界が分かったんじゃなくて、君が変わったんだ。どれだけ不条理で滅茶苦茶なことが起ころうが、世界の在り方は今も昔も変わらない……変わったのは私たちだ」

「何を言ってるんですか、こんなにも私たちが世界を変えてしまったというのに、世界そのものが変わっていないだなんて…ちゃんと現実は見えていますか?」

 なぜ私が心配されているのかわからない、余計なお世話だ。

「そっちこそ、夢を見ていないで目を覚ませ。世界の何が変わったというんだ。風の吹き方が変わったのか?太陽が昇らない日は無いだろう?それとも、自分たちの生き方を変えたから世界もそれにあわせて変わったというのかい?数百年生きて来たが、そんなことはあるわけないだろう。元から世界は理不尽だ」

 世界が私たちに合わせて性質を変えることはない。常に一定で、私たちの感情やその時の状況によって、理不尽さや幸福を感じるに過ぎない。それを自分たちの力で世界を変えていると考えるのは、浅はかだ。

「まあ、それはどうでもいいです。私の邪魔をしてきたということは…あの時のように、どう死にたいかは聞かなくてもよさそうですね」

「まあそうだね…君をあそこに行かせないために…行かせたとしても手遅れにさせるために出てきたわけだからね」

 私の持った刀から、聞かなくてもわかるだろう。しかし、どうあがいても聖に一太刀食らわせられることができるとは思えない。元から運動神経がなかったが、足を切断された後からは更に運動能力の低下が顕著だ。戦うどころではない、ただ蹂躙されて抵抗する間もない気がしてきた。

「あなたを殺す前に、一つ聞きたいことがあるのですが」

 私からも聞きたいことがあったが、先を越されてしまった。話し終えたと同時に殺される可能性があるがここは譲ってやるとしよう。

「どこに隠れていたんですか?そこの雑魚を殺した時、あなたの気配はしなかったはずなのですが?」

「さあね、随分と急いでいたようだし、君が見落としただけだろ」

 適当な理由を付けて適当にあしらうが、聖は納得がいく説明ではないらしい。私も逆の立場であれば納得しないだろうが、奴に説明する気など毛頭ない。

 聖が重心を下げて攻撃体勢に入ろうとしているが、その前に聞いておきたいことが一つあったことを思い出す。

「私も、君に一つ聞きたいことがあったのを思い出した」

 霧雨魔理沙には異変に対しての情報収集はしていないと言ったが、ご主人の安否を確かめるため、時折だが命蓮寺を探っていた。

 私たちを最低な形で裏切った人で、私たちが殺されているのを見ても助けに入ろうともしなかった。戦争が起こった比較的初めの方は彼女を恨んだこともあったが、腐っても私のご主人だ。

 仲間が殺されていくのを、黙ってみていた彼女には言いたいことは、それこそ星の数ほどある。しかし、あの時は私たちを裏切らなければならなかった、そんな状況だったと信じたいところもある。

 あれだけまっすぐ、ひた向きに命蓮寺を切り盛りしていたご主人が、簡単に積み上げたものを手放した。間違っていることがあれば感情を高ぶらせて激昂することは度々あった。そんな彼女が、手のひらを返したように聖に賛同したのはなんだか納得がいかなかったのだ。

 話がそれてしまったが、本題はここからだ。私が聖に声をかけた理由はこれではない。いつも移動する際には二人は一緒に行動していた。それなのに、今日に限ってはなぜご主人は聖と共に行動をしていないのだろうか。

 これが最後の大きな戦いであることは聖もわかっているだろう。総力戦となる最終決戦で、仲間を連れて歩かないわけがない。出し惜しみは敗北を意味することぐらい分かっているはずだ。なのに、なぜご主人を置いて来たのだろうか。

「ご主人はどうした?」

 私が質問を投げかけると、聖はなぜか嗤った。奴の反応から、何か嫌な予感が込み上げてくる。普段はロクに働くことの無い第六感が、今は最大限に働きかけている気がする。

「さあ…星はどこに居ると思いますか?」

 何だろうか。こんな時に意味ありげに問いかけるのは、含みのある言い方や口調をしているからだろう。そして、見せびらかす様に掲げられたタトゥーに答えがあるのだろうか。そこに何が記されているのかは、魔術を学んでいない私には知る由もない。

「さあね、ここにいないってことは…命蓮寺に居るか、ここに向かっているか…そんな所かな?」

 もう一つの第三の答えも考えた。口には出さなかったが複数ある回答の中で一番可能性が高いだろう。できれば挙げた二つのどちらかであることを望むが、世の中はそんなに甘くはないようだ。

「どちらも不正解です」

 その二つが否定されたということは、残る選択肢はそう多くは無いだろう。そうなれば彼女が生きている確率は、死んでいる可能性と反比例して地に落ちる。

「彼女なら、ここにいるじゃないですか」

 聖の後ろにでも隠れているのとも考えたが、私は一番初めに切りかかる際、後ろから切り付けている。彼女の影に隠れているのはあり得ない。向かってきている最中かどうかは、聖の来ていた方向に視線を向ければわかることだ。

 周囲にご主人と思われる人影はなく、命蓮寺のある方向からも誰かが走ってきたり、聖のように跳躍してきている影はない。当然、私の後方からも誰かが歩み寄ってくる足音がしていない。

「……まさか…」

「気が付きましたか?どこに使ったのかはわかりませんが、ここにいますよ?」

 聖の言う“ここ”とは周囲ではなく、奴の腕に彫られている入れ墨の事を指しているようだ。このどうしようもない魔女は、自ら堕ちるところまで堕ちてしまった。僧侶の格好をし、寺に住むのはもはや冒涜とも言える。

 普段から鼠たちの情報で、聖が訓練をしていないのはわかっていた。力を奪い合い、生き残りをかけた生存競争だというのに、なぜ這い上がる様子を見せないのかと思っていたが、もっと手軽な方法を模索していたのだ。

 倫理の欠如した世界では、禁忌に手を延ばさないわけがないか。そして、聖が手にかけた人物はご主人だけに留まることは無いだろう。聖に騙され、助けを求めた者がどれだけいるかわからないが、自分の力を底上げするために軒並み殺されたはずだ。

 そうなると余計に、聖を霧雨魔理沙たちの所に行かせるわけにはいかなくなってきた。今でもめちゃくちゃだが、あの戦地がさらに混沌と化す。戦いのバランスを、根底から崩しかねない。

 昔もかなり強い部類に入っていただろうが、その比ではない事を頭の中に入れておかなければならない。入れた所でどうにもならないが。

「人間の血肉を……墨に入れて入れ墨を彫ったのか」

「その通りです…血肉を濃縮するのには苦労しました」

 聖は正解だと小さく拍手を私に送ってくれる。これほどまでにうれしくない声援は初めてだ。どれだけの人間や妖怪がいたかはわからないが、不運としか言いようがない。

 血肉を濃縮する過程は想像したくは無いが、命蓮寺は血の海になっている事だろう。グロテスクな方法で常識や倫理を逸脱することだが、力を強めるとしては効率のいいやり方だ。

 通常の訓練からすれば、能力の上昇はけた違いだが、人間一人の犠牲よりも数多くの人間を詰め込んだ方が当然能力の上がり幅は広がる。それを墨に混ぜ込み、術式として使用すれば強力な力が得られる。

 聖はもう常軌を逸している。奴はもう、精神的にも、肉体的にも、人間の皮をかぶった化け物だ。こんな化け物を相手にしなければならないなんて、私も中々に不運な役回りだ。

「さあ、私を絶対に殺せないと分かりましたね?逃げてもいいですが、死ぬのには変わりません…命乞いでもしますか?」

「いや、逃げないし…命乞いもしない」

 奴に恐怖を気取られぬよう、しっかりとした口調で言ったはずだが、重圧に耐えきれずに震えてしまっているのが自分でも分かった。それでも、ハッキリと奴がやっていることが間違いだと告げた。

「上がやらかした馬鹿は、下が尻を拭かなければならない」

 刀を構え、油断なく聖を睨みつけているが、いくら警戒したとしても私は抵抗する間もなく奴に蹂躙されるだろう。しかし、ただ死ぬつもりもない。

 

 

 

 胸を大きく膨らませ、肺一杯に空気を取り込んで深呼吸をする。緊張しているわけではないが、高ぶる気持ちを落ち付かせた。世界が混乱しているのであれば、そこにスパイスを一滴垂らし、更なる混乱を招きたい。その欲を鎮めるため、さらにもう一度深呼吸を重ねた。

 閉鎖された広くも狭くも見える世界で数百、数千にもなる生物が死に絶えていった。死した魂の入れ物は、9割以上が野生動物に捕食されることなく、微生物の働きによって腐り堕ちることになった。

 結界で閉ざされた幻想郷では、広い目で見れば密室と変わらず、腐敗の匂いが全土に広がった。花畑も、山も、地底も、冥界も、天界に至るまで等しく鼻について仕方のない死臭が染み渡った。

 最初の内は気になって仕方がなかったが、広い幻想郷の空気が混ざり合い、匂いが希釈されたのかもしれないが、私たちがそれに慣れてしまったのかもしれない。今では魔力を使って意識をしなければ、幻想郷全体に広がる腐敗臭を捉えることはできない。

 これだけ終わった幻想郷など、世界に二つとないだろう。街で栄えていた社会文明は完全に後退し、復興には百年単位で時間がかかるはずだ。

 まあ、力さえ手に入ればこんな世界に用はない。さっさと別の世界に移って、日陰を歩いていた人生から日向へと躍り出てやろう。あの力は、博麗の巫女であったとしても、止めることができないのは確認済みだ。ほかの世界を悉くを壊してやろう。

 暴走は止まってしまったようだが、私の力であれば再度暴走状態に戻すことは簡単だ。私の何でもひっくり返す程度の能力であればね。

 私の能力は暴走していない状態から、暴走状態へとひっくり返す。それによって霧雨魔理沙を暴走させ、再度力を奪うタイミングを伺う。最大のチャンスを引き出すのにうってつけではあるが、最大の弱点でもある。

 このひっくり返す程度の能力があったとしても、この長い年月を生き残るのは難しかっただろう。それを殺されずに生かされていた理由は、私が奴らのセカンドプランだったからだ。

 一つ目のプランがうまくいかなかった時を想定し、保険として生かされていた。ひっくり返す程度の能力で暴走させる、奴らの考えていたプランと同じ方法で力を手に入れようとしているため、私が姿を見せれば博麗の巫女達はこぞって力を手に入れるための準備を始めるだろう。

 暴走状態に移行させたとしても、博麗の巫女達が一斉に霧雨魔理沙へと群がることになる。私が力を奪い取れる可能性が低くなってしまうため、その前にどれだけ私が混沌を持ち込めるかが鍵となるだろう。

 あの力を手に入れるために、待ちに待った。十年前の状態から、できることはそんなに多くは無いと思っていたが、私の想像していた力はいい意味で予想を裏切った。天と地がひっくり返っても驚かない。そんな力がこの世界で振るわれた。

 美しさすら感じるあの力を自分の物にできたらと思うと、楽しみで仕方がない。しかし、その前に障害を相手にしなければならないようだ。遠くから見た状況では、戦いの舞台はまだ混乱が足りていない。

 無秩序が更に浸潤し混沌が戦場を制した時でなければ、厄介な連中を相手にすることになる。場が大きく動くまで、こいつの相手でもしているとしよう。

 数百メートル前方には数々の弾幕が飛び交い、斬撃が繰り出されている血みどろの戦場が居を構えている。そこでは殺し、殺されの、どちらの世界が生き残るかをかけた戦争が開始されていた。

 胴体から首を刎ねられたり、内臓を地面にぶちまけるなど生命機能に障害が生じて息絶える者がおり、森にいる生物は時間の経過で徐々に人数を減少させていく。

 世界をかけた大きな勝負以外に、参戦している人物同士の小さな勝負が絶えず行われている。命のやり取りをしていれば殺されて死した者もいれば、その逆もいる。生きる妖怪または人間は生き残りをかけ、更なる殺し合いに身を投じている。

 命の星座が煌めき、瞬いては消えている。この世の地獄まで、あと一歩足りない戦場へ向かっている私と戦場の間に、その人物は立ち塞がった。

 森の奥から現れたその人物は、頭部に二本の小さな角が生えている。身長は目線の高さから同じ程度で、角を差し引いても身長は全く同じだ。足の開きや猫背気味の佇まいまで、姿見鏡の前に立っている感覚に陥る。

 ほとんど黒色だが、一部分だけ赤色メッシュの髪が目立つ。短髪に切られており、白色の服に、スカートの裾には赤と黒の矢印の模様が描かれている。

「やっと、見つけましたよ」

 そう呟く敵対者の発した声は自分と違うのだが、聞こえる声は間違いなく自分の声だと認識できた。

 しかし、驚きを隠せない。まさか別の世界と言えど、自分と同じ人物が乗り込んでくるとは思ってもいなかった。やはり天邪鬼と言えど、自分の命が惜しいのだろうか。

「まるで正義の味方みたいではないですか」

「これが正義の味方に見えますか?」

 正義を掲げる者なんかに見えるわけがない。そう呼ぶにはあまりにもみすぼらしいし、食べ物もあまり食べていないのか、痩せているように見える。私は他の世界に行ったことが無いため、自分以外に鬼人正邪を見たことは無いがこう言うものなのだろうか。

「正義の味方というのには少々無理があるかもしれませんが、ヒーローの手助けをする脇役ぽいですね」

「それについては、あながち間違いではないですかね。お前たちに勝たれると困りますから。命がかかっていれば、動かないわけにはいきません」

 ここには天邪鬼しかおらず、そんな綺麗な建前を掲げずとも、咎める者は誰もいない。自分可愛さに向かうのは誰だって同じであるため、本音でしゃべってもいいのだが、天邪鬼であるが故に本音を隠すのは変わらないのだろう。

「まあ、それで…私をどう止めるつもりですか?同じ能力を持つ者同士、小槌の力で強化された私の方が一枚も二枚も上手ですよ?」

 言われたとおりに意識を向ければ、私の魔力が彼女の貧弱なものと比べ、かなり強化されているだろう。

 幻想郷全体から見れば針妙丸の小槌で強化されたとはいえ、能力を入れても上位に食い込むことは難しい。だが、彼女一人を殺すぐらい造作もない。

「そうですね。ここで殺されるとしても、やめるわけにはいきません…お前たちの内、誰かしらが力を手に入れた時点で、逃げたとしても我々の死が確定しますから」

 保身に走ると思ったが、彼女は退くことなくそこに居続ける。たとえ逃げたとしても死ぬことが確定しているのであれば、戦って死んだ方がマシなのだろう。

 現場にはまだまだ混沌が足りていない。成熟するまでこの天邪鬼が生きてくるれるかはわからないが、遊んでやろう。

「それじゃあ、さっそく始めましょうか?」

 奴を殴り殺す準備は、話しながら済ませていた。身体能力を高め、攻撃に移ろうとした直後に、対峙している天邪鬼が話しかけてくる。

「一つ聞きたいのですが、小槌の能力で力を得て…それを使った針妙丸はどうしたんですか?」

 何を聞かれるのかと思ったが、そんなことか。世界が違うと言えど、彼女も小槌の使用方法や効果、代償等は知っているだろう。幻想郷で下の下にいた私が、中間ぐらいまで上り詰めるのには、それ相応の代償がいる。

 そっちの世界でも異変は起こしているだろうし、なぜそんなことをわざわざ聞くのだろうか。小槌のシステムを知っているのであれば、簡単に想像がつくと思うのだが、彼女はなぜがそう聞いて来た。

「そんなの元気にやっているに決まってるじゃないですか」

 彼女の安否など、取るに足らないどうでもいい事だろうし、適当に流すとしよう。心配をしているという建前であるだろうし。

「……そう、ですか…。やっぱりお前と戦わなきゃならないようですね」

 何が気に障ったのかわからない。もしかして私と同じで、針妙丸を騙して力を付けようとしていたのだろうか。私たちは目的を達成するのには何でも使い、どんなことでもする。ほかの世界にいる天邪鬼も、私とほとんど同じ思考を持つはずだ。

「できれば私は、向こうにつくまでは力を温存したいのですが、退くつもりはないのですね?」

「私は初めからそのつもりでここにいます」

 初めからそのつもりか、舐められたものだ。魔力の戦力差はまともに戦えば勝負にならないはずだ。何かをする様子のない天邪鬼に攻撃を開始しようとするが、その直前に再度奴が口を開く。

「二枚舌の天邪鬼が目的のために暴力を使い始めたら、本末転倒ではないですか?」

 また向こうの世界の私が、訳の分からないどうでもいいようなことを聞いてくる。戦力が物を言う世界であるのだから、事前に力を得ておくのは決して悪い事ではない。よくわからないルールに縛られ、力を得るチャンスを逃す方が阿保らしいだろう。

「そういった考えもあるかもしれませんが、何を持ってして本末転倒とするのですか?何かを疎かにした覚えはありませんが?」

「振るわれる力が嫌で力をひっくり返そうとしたのに、力を得て振るっていたのでは、やっていることが忌み嫌っていた連中と変わりません」

「それが目的だったのではないのですか?」

 虐げられる者が虐げる側に、虐げていた者が虐げられる側に入れ替われば、弱者だった連中が黙っているわけがない。そうなるのは、輝針城異変を計画した者がいる時点でわかり切っている事だろう。むしろそれ以外の目的があるのだろうか。

「私とあなたでは、思考回路も信念も違うようですね」

 心にもない事をよくもまあ、ここまでぺらぺらと話せるのか。思わず感心してしまった。それに信念ならあるさ。最後の最後までやり遂げるという信念が。

「いいや、なにも違いません。何を奢っているのでしょうか?ひっくり返した後に、世界がどうなるか想像つかなかったとは言わせませんよ?お前の掲げている信念なんて上っ面だけで、信念と呼べる代物ではないですね……それとも、偽りの信念に覆われた現実を直視できていないただの馬鹿なのですか?」

 先ほど偽善を振りかぶっていた彼女は図星を付かれたのか、口を噤んで黙りこくってしまう。そこで反論できないのは、建前だからだろう。

「残念です。ほかの世界の私と会えたと思ったら、信念も何もないつまらない奴だったなんて」

 会話している意味のない人物だ。自分の中でそう結論付け、奴に向けてあからさまなっ殺意を向けた。戦争など起こっていそうにない世界の人間だから、敵意を向けられれば怯むかと思ったが、そういったのに慣れている天邪鬼には効果が薄く、そちらもやる気満々でこちらを見据えている。

 強化された拳から放つことのできる拳は、貧弱な天邪鬼程度なら粉砕できる。十数メートル先に佇む同じ姿の人間に向け、跳躍した。

 博麗の巫女など幻想郷のトップに君臨する人物らに比べたら、蠅が止まってしまう程に遅く見えるだろう。

 しかし、奴は腐っても天邪鬼で、死にたくないと行動している生への執着心が、ここまで乗り込んでくる程に非常に高い。拳を叩き込もうとした直前、ひっくり返す程度の能力が使用されたのを魔力の流れから感じ取れる。

 脳や内臓に掛かっていた重力の向きが一瞬にして反転したことで、ひっくり返されたとそう長くはない時間で察した。普通の人間であるならば対応するのは難しく、地面に倒れ伏していただろうが、私からすればこの状態は日常的である。

 重力方向と見ている景色の状態から、自分がどこを支点にして反転させられているのかを割り出した。

 異変が終わった後で、同じ天邪鬼なら逃亡者となっているだろう。そちらの世界にいる人間ならこれで撃退できていただろうが、同じ能力を使う者には決定打にかける。

 魔力で体を浮き上がらせながら天邪鬼に接近し、予定通りに拳を叩き付けた。あの肉体を叩き潰す感覚を再度味わえると思ったが、予想のタイミングよりも少し遅れて手先に衝撃が走る。

 拳が振り切られる直前に、天邪鬼が横に飛びのいたようだ。攻撃が空振り、天邪鬼の後方に生えていた木に大穴を開けてしまった。腕が回らないほどの巨木だが、一部を削られて樹木全体の重量を支えることができなくなった。大量の木の枝を同時に折ったとしても、ここまで骨に響く乾いた音を立てることはないだろう。

 ゆっくりと周りの小さな木々を巻き込みながら、十数メートルは下らない巨木が傾いて行く。砂埃と大量の樹葉を散らし、数秒かけて地面に倒れた。振動で足元が覚束なくなりそうだが、上下や左右が反転した状態でも問題なく動けるバランス感覚でやり過ごした。

 攻撃をかわした天邪鬼はというと、魔力で強化されていても運動能力は高くないらしく、紙一重に近いタイミングで避けたのだろう。滲む冷や汗を拭っている。

「これだけの戦力差がありますが、それでも戦いを続けるつもりですか?正邪、今なら同じ天邪鬼のよしみでラクーに殺してあげますよ?」

「元から逃がすつもりも、ラクに殺すつもりもお前にはないでしょう…?」

 同じ天邪鬼だから思考回路もお見通しか。自分と戦うのはそれなりに楽しみであったが、実際に戦ってみるとつまらない物だ。無様に命乞いをしてきたところを絶望させるのが楽しいというのに。

「お前の考え方は浅はかなんですよ」

 やり返すことも出来ない雑魚が何をほざいている。苦しませて殺してやろうと思っていたが、路線を変更だ。物理的にぐちゃぐちゃにするのは変わらないが、その前に奴のプライドを根本からへし折り、メンタル面でも壊してやらなければ気が済まない。

 私を怒らせるようなことを言った、お前の方が浅はかであったと思い知らせてやる。勢い余って殺してしまったら元も子もない、気分を落ち着かせよう。

「………。試してみてくださいよ。できる物ならね」

 一呼吸間を空け、すぐに飛び出さない程度には気持ちを落ち着かせた。しかし、思考は目まぐるしく廻り、奴をどう料理してやるかということしか巡っていない。

 力を手に入れる前に害虫駆除で社会貢献してやるとしよう。

 




次の投稿は7/31の予定です!!


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東方繋華傷 第百六十二話 矛先を

変なことを言っていると思いますが、大目に見てやってください………



自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみだ百六十二話をお楽しみください!


 世界のために戦っている人物はほとんどいないだろう。綺麗事や建前として言う人物はいるだろうが心の底から本気で、美しく眩しくすら感じる理由で凱旋を掲げようとする人物は、私が知る限りでは1人しかない。

 その人物も自分の世界に入り込んで、どこかで戦っているのだろう。一向に姿を見せることはない。そこら中で聞こえてくる戦闘音は、多岐に渡る。獲物を使用する事による金属音から、打撃音。弾幕が放たれる飛翔音。火薬が雷管から弾けた火花によって爆ぜる発砲音。能力によって爆発等が引き起こされ、振動が空気を伝わり肌にビリビリと衝撃を感じる。

 幾つか例を挙げたが、それで全てではない。もっと様々な戦いが繰り広げられているはずだが、私の耳にはそれらしか聞き分けることができなかった。

 歌仙が異次元霊夢に突っ込んで行った方向から、戦っている場所を割り出そうと走っているが、中々目的地につくことができない。

 それはそうだ。場は混雑と混沌を極め、罵詈雑言から指示、意味のわからない絶叫や死に直面した事によるうわ言まで折り重なって、何がどちらの情報であるのかなど、選別することは不可能だ。

 余計な敵と接敵しない様に立ち回るのは、情報が入り乱れる今の状況では難しく、異次元霊夢を探し始めてから数度目、異次元の敵が作戦など無く無謀にも突っ込んでくる。

 人喰いの妖怪だったのか、未だに力の獲得方法がわかっていない嘘の情報に踊らされているだけだったのかは定かでは無いが、草の根をかき分けて私に噛みつこうと飛びかかっていた妖怪の間に霊夢が入り込む。

 一瞬だけ霊夢に邪魔をするな、退けろという表情を向けたが、名もなき妖怪は自分は誰に向かっているのかを理解していなかったらしい。下から振りあげられたお祓い棒が妖怪の顎に叩き込まれ、硬い物体が砕け散る粉砕音を響かせて天を仰いだ。

 コンマの時間しか見えていなかったが、顎先から発生した亀裂は顎関節まで到達していたのか、しっかりと人間の形をしていた輪郭が、それを忘れさせる曲線を描く。歯もお祓い棒の威力の前には、ガラスなど脆い物体と変わらない。28本ほぼ全ての歯が砕け、口内や頬や唇に破片が飛び散った。

 歯の破片が一部肉を切り裂き、皮膚にまで到達した。そこから出血が起こり、顔が血だらけになるまでにそう長い時間はかからない。

 打ち上げられた顔がこちらを向いたままであれば、グロテスクな様子に吐き気を催してたかもしれないが、上を見ている段階であれば問題はない。

 上を向いたままこちらに向き直ろうとしない妖怪は、今の一撃で意識を完全に断たれてしまったらしい。砕かれた顎が垂れ下がり、だらしなく開いた口が垂れ下がる。

 この妖怪が私たちの強敵になり得るとは思えないが、危険な芽は今のうちに積んでおかなければならない。レーザーで頭を撃ち抜き、完全に絶命させた。

 淡青色に光る熱線が皮膚や肉の水分を沸騰させ、焼け焦げる過程をすっ飛ばす勢いで肉体を蒸発させ、頭部を貫いた。

 私が化け物になった時、異次元の天狗たちは一様に焼き殺したと思っていたが、生き残りがいたようだ。頭上を複数のカラス天狗が追い、追われの形で上空を目にもとまらぬ速度で通り過ぎていく。

 草木が暴風に煽られ、激しく揺らされてガサガサと音を鳴らす。追跡側のカラス天狗が弾幕で攻撃をしていたのか、風が過ぎ去った後に遅れて弾幕が地面を掃射していく。

 地面や木々に弾幕が撃ち込まれると含まれる魔力が弾け、土や木片を弾けさせていく。天狗たちが通り過ぎた時点で木の陰に隠れていたおかげで、弾幕に打ち抜かれることなくやり過ごした。

 掃射が終わったタイミングで、異次元霊夢の捜索に戻ろうとしたが近い位置、二十メートル先で淡青色の炎が膨れ上がり、家の一つや二つぐらいなら飲み込んでしまうのではないかと思う程の大きさに弾けた。赤色でないことで、魔力による爆発だと分かる。爆発によって空気が押し出され、爆風となってこちらに押し寄せる。そうわかっていても、弾幕の掃射で抉り返っている地面に躍り出るのに躊躇してしまった。

 距離が離れていたことと、木々がいくらか爆風を吸収していたことで、吹き飛ばされるほどではなかったが、舞い上がった砂煙に咳き込んでしまう。

「…大丈夫!?」

 何かの攻撃を受けたのかと思ったようで、霊夢がこちらに来ようとしているが、心配されるほどの事ではないため大丈夫だと目で伝え、異次元霊夢の捜索に再度移った。

 そこら中に刻まれている戦闘痕が誰の戦闘で作られた物なのか、後から来た私たちにはわからない。時間をかけて分析すればある程度は絞り込めるだろうが、そんな時間はない。

 周囲地形に残っている損傷部位の大きさから判断しようとするが、魔力の強化があるため大きさは比較にならないが、非常に荒れて激しい戦闘が行われていたであろう痕を追うことにした。

 木々に残る抉り取るような打撃痕は、木をへし折るほどだ。戦っている人物たちが、鬼のように強靭な力を持っている事を示唆している。

「霊夢、向こうに行ってみよう!」

 彼女を呼び、行きたい方向に視線を向けてみると、二つ返事でわかったと指定した方向に走り出す。人間離れした勘の良さを持つ霊夢が渋らなかったため、到着するのにはいい傾向だ。

 霊夢に続いて私も同じ方向に走り出し、打撃痕が数多く残される木々の間を走り抜ける。地面には攻撃を放つのに踏ん張った靴の踏み均した跡があり、その上には攻撃で破壊された大量の木くずが散乱している。

 木くずで足場が悪いのでコケてしまわぬように十分に注意して進んでいると、木の側面に何かが刺さっている。鋼色の棒状物はナイフというのには細すぎ、刀というのには短すぎる。

 走りながら二十センチほど木の幹から飛び出ている針を掴み、乱暴に引き抜くと見慣れた武器であった。妖怪退治用の針だ。無理やり引き抜いたせいで刺さっていた部分が不自然に曲がっているが間違いはなさそうだ。

 霊夢が持っている妖怪退治用の針と形状はほとんど同じであるが、形状に対して説明しがたい違和感がある。それに、この戦いが始まってから霊夢はこの方面で針を使っていない。異次元霊夢が華扇に投げたものだと推測できる。

「こっちであってそうだ」

 隣を走る霊夢に曲がった針を見せ、側に投げ捨てた。かなり激しく戦闘を行っているようだが、間に合うだろうか。息が切れていても走る脚に力が籠った。

「…段々と戦いの後が激しくなってる。華扇の居る場所は近いかもしれないわね」

「ああ」

 ここからは用心しなければならなさそうだ。すでに戦闘が終わり、隠れてこちらを奇襲しようとしている可能性も捨てきれない。

 彼女たちが通過した後で、経路上の木はほとんど打撃の餌食となっている。無事な樹木の方が珍しい。これだけ激しい戦いを繰り広げていれば、かなり負傷しているだろう。

 戦闘痕を目で追いながら走っていると、担いでいる刀や隠し持っている銀ナイフが僅かな魔力を放出した。魔力には静電気のような電流の性質が含まれており、パチンと放電の衝撃を肌に受けた。

 攻撃と勘違いしそうになるが、彼女たちが自分たちに気が付いてほしいと主張しているのだ。こんな時に何だろうか。

『なぜ、妹様たちと共に戦わなかったのですか?』

 この声は咲夜だ。魔力を介して私に話しかけてきている。刀からも静電気が発せられたため、妖夢も同じ案件で会話を持ち込もうとしているのだろう。戦いが始まる前はその予定であったが、予定は変わってしまっている。

「……」

 どう返答しようか迷っていると、私の返事を待っている咲夜の雰囲気が険しい物になっていくのを感じる。妖夢の時のように、無理やり体を支配されてしまったら、いつ返してもらえるのかわからない。早めに訳を話すとしよう。

「はっきり言おう、私たちでは…あいつらにはもう勝てない」

 アイデアを出し切ったのもあるかもしれないが、こちらの手の内を知られているため、数的優勢であったしても足手まといになりかねない。

『……』

 今度は咲夜が黙った。いや、黙っているのかそれとも、その理由を待っているのだろうか。今度は妖夢の魔力が荒くなっていく、強行手段に出られる前に、再度口を開いた。

「お前らの復讐したい気持ちはわかる」

『何がわかるっていうのですか?』

 厳しく、鋭い指摘だ。冷たい言い方から、双方とも私を操ってでも異次元咲夜と異次元妖夢の元に私を連れていきそうな勢いだ。

「こうして一緒に行動してはいるが、ずっと忘れ続けられてる。お前らと同じ、死んだも同然の存在だからだ」

『………』

「お前たちの連中に対する怒りはわかる。でも、ここはあいつらに譲らないか?」

 私がフランドールや美鈴にあの場を任せた一番の理由は、あそこに首を突っ込まない方がいいと思ったからだ。

 咲夜の脳裏に、美鈴やパチュリーたちの顔が浮かんだことだろう。レミリアが殺された恨みは皆同じである。それに、彼女達からすれば咲夜も失っているため、復讐を果たしたい欲求は非常に高い物だろう。

 異次元妖夢は幽々子に始まり、妖夢、チルノ達を殺した。数多くの者を殺したことで異次元妖夢に用がある人間多いはず。紫は確実だろうが、あの地獄を目の前でみせられた大妖精には荷が重いかもしれないが。

「…」

 復讐か。果たしたい気持ちはわかるが、じっくりと考えるととんでもないことをしようとしていると実感する。

 復讐は何も生まないっていうのはよく聞く話だ。確かに、虚しさと悲しさしか生まないだろう。でもそれは、失ったことのない人物が蚊帳の外から言っている言葉か、もしくは復讐を後悔した人間だけの話が広まったんだと私は思う。

 復讐を成功させた人間は、後悔しようが後悔しまいが復讐劇を誰かに話すことはしないだろう。なぜなら、それが悪い事と知っているからだ。理性が働き、本能のままに、復讐心のままにやりきれなかった人間は少なからず葛藤を抱える。

 復讐をやり遂げて人間の道から踏み外すか、人間性を貫いて非道な人間を野放しにする罪悪感と戦っていくか。その考えなければならない苦悩を超え、果たした人間は、自分は復讐を果たしてやったと豪語することはないはずだ。

 復讐を果たした瞬間にはどういった感情が沸き上がり、自分はどう感じたか。苦難を乗り越えた人間なら、いいようには言わないだろう。

 もし、復讐を果たした人間がそこまで深く考えておらず、自分はやったんだと高らかに話していたとしてもそれには聞き手がおり、けっして良いようには伝わらない。だから復讐はよくない物だと伝わっているのだろう。

 本当かどうかもわからない持論が展開されているが、だからと言って復讐が正当化される理由にはならない。悪は悪だ。

「復讐は、何も生むことはない。だとしても大事な人を奪われたことを自覚し、踏み出すための要因かその一歩になると私は思う」

 復讐はいい事ではない、悪い事だ。そんなことはわかり切っているが、綺麗ごとだけでは世界は回らない。全体の世界という言い方は少々大げさすぎたかもしれないが、失った者が感じている世界は、少なくとも回っていない。

 自分を深く攻めることだろう。苛立ちが募るだろう。腸が煮えくり返る思いだろう。倫理観が自分を引き留めるだろう。化け物を殺すのに、自分が化け物になってしまわぬよう理性が働くだろう。復讐するか否かはここでの理性と復讐心の割合と、覚悟の度合いで決まってくる。

 やり切る自信がなければ、復讐劇の舞台を降りることになる。それもそれでいいだろう。しかし、大切な人間を失った者からすれば、恐らくは進んでも立ち止まってものちに控えるのは地獄の後悔だけだ。

 やり切れずに挫折した場合も、やり切った場合も、あの時こうすればよかったのでは、ああすればよかったのでは、と腐るほどある時間は自問自答を膨れ上がらせることだろう。

 分岐点から後悔の度合いを測ることはできない。どちらに進んでもどちらにも後悔がある。ただ、その後悔が選んだ選択肢とは逆の選択肢よりはマシだと考えられるか。そこだけだ。

「……」

 魔力の使えない普通の人間、特に外の人間であればこの説得では絶対にうなづくことは絶対に無いだろう。誰かが食い殺されることが日常的なこの世界では、外よりも倫理観が薄い。だから、こんな穴だらけの酷い暴論でも丸め込める。

 やってしまった後悔を、我々三人は等に通り過ぎてしまっているというのも、彼女たちを説得できる理由の一つでもある。

 奴らを殺した時、後悔自体があったかわからない。先ほど述べた様に、倫理観が少し薄い世界だが、戦争によってその価値がさらに低下している。それはここだけの話ではない。

 異次元サイドだけでなく、こちらサイドにまでそれは蔓延しているが、だから問題がないかと言うと、そうでもない。これは一過性の物だからだ。戦争が終われば、また倫理の価値は元に戻っていくだろう。

 以前とは異なるとしても日常が戻った時、そこで何を思うのか私にはわからない。終わった後の事を全て当人たちにぶん投げてしまっているが、その後で潰れてしまう程に弱い人物達だとも思っていない。

 私が一番恐れているのは、こちらサイドの人間が異次元霊夢らのようになってしまうことだ。復讐できなかった後腐れで、どこにもいやしない襲撃者を探す盲目の流離人になりかねない。彼女たちも、それを恐れている。

 自分の復讐心を優先してしまい、今を生きる者たちの将来を復讐で染め上げるのは忍びないのだろう。二人はそれ以上反論してくることはなかった。

「明日を生きるために、死んでるのと変わらない私たちは、そのための道を作ろうじゃないか」

 無言は、了解を示しているのだろう。それでも無理に向かおうとするのであれば、どうしようかと思ったが、ほっとした。

 だが、彼女たちには申し訳ない。適当なことを話で無理やり丸め込み、自分たちの復讐を諦めて私の復讐に付き合えと言っているのだから。

「……」

 だとしても、二人に言った私たちでは勝てない事実だけは変わりない。私も、妖夢も、咲夜も、一度は異次元の彼女らに勝利したが、それは私を暴走させるための過程で仕方なくであり、私たちの実力で死んだわけではなかった。異次元妖夢と異次元咲夜に、何度も敗北している私たちでは、勝利をもぎ取ることは不可能だ。

 これについてはどれだけ頑張ろうが、どれだけ知恵を絞ろうが、覆ることは無いだろう。なぜなら、フランドール達以上に過去に囚われているからだ。彼女たちは生きているようで生きていない。そんな曖昧な存在だ。

 彼女らには未来はなく、過去のためにしか戦えない。ほかの皆は過去があっての未来のために戦っている。そこが大きな違いだろう。

 自分が復讐したい相手と戦うのは過去のためにしかならない。であるため自分のためではなく他の者のために、異次元霊夢と戦うことで未来を切り開くと思考を切り替えなえれば、勝利することはできないだろう。

『わかりました』

 咲夜のうなづく声がする。うなづきたくなさそうであるが、残された者と自分の欲求を天秤にかけた結果、美鈴やパチュリーを選んだようだ。

 妖夢も何も言ってこないのは、咲夜が復讐を捨てたから自分もといった風に、流れに合わせて渋々そうしたわけではないのだろう。彼女の考えた末にだ。

 妖夢は、咲夜と違って守るべき残された人はいない。その剣士が復讐を諦められたのは、ある意味で咲夜と違う物を持っていたからだ。

 レミリアの身の回りを担っている昨夜とは違い、妖夢は白玉桜から出る頻度は非常に高い。庭師であったり、剣術関係で知り合いは多いだろう。その分だけ交友関係が厚く、幅広く、今回の異変に関係している者が多いはずだ。その人間達と、切れない縁があった。

「2人とも、すまないな」

『……大丈夫です。それよりも、元凶を早く倒してしまいましょう。でないと異変は終わりませんから』

 こんなズルいやり方しかできなくて申し訳ない。2人は意思を曲げてまで異次元霊夢と戦いに行くことを決めてくれた。だから私も、確実に奴を倒さなければならない。

 

 

 木々が密集するこの山の中。人間であれば、これほどまでに素早く走り回ることは難しいだろう。運動能力が高いとしても、全く迷いのない行動はまるで流水だ。

 いくら素早く動けたところで、その速度は魔力強化されていたとしても人間に毛が生えた域を出ない。天狗が空を疾走する速さから比べればどうってこともなく追えている。

 身体強化を施したまま、前方を走る目標に向けて跳躍した。地面の耐久度が低く、踏みしめただけで亀裂が入り、湿った地中の土が後方にばらまかれた。

 十数メートル離れていたが、空気を切るスピードでは一瞬で間合いを詰められる。通過の余波で草花が強風に煽られていくところからも早さがわかる。

 移動する目標に向けて偏差的な跳躍だったため、走る女性が木の陰に隠れてしまうがそれごと攻撃を叩き込んでやる。本来は人を殴ることを目的に作られていない日用品だが、魔力強化することで、樹木を叩き壊すほどに耐久性能が高まった。

 雨や日差しだけでなく、高出力の弾幕すらも遮断する傘であるが、魔力強化で樹木の粉砕すらも容易となる。私の追っている巫女が木の陰に隠れるが、それごとまとめて薙ぎ払った。

 木の繊維をまとめて引き千切り、木片として前方にぶちまけた。攻撃の衝撃は幹の一部を吹き飛ばした程度ではとどまらず、地面に埋まっていない上部が木片と一緒に薙ぎ倒れた。

 木が吹き飛ばされていく最中に、異次元霊夢の姿が見当たらない。位置関係的に、傘が当たってもおかしくはない軌道だったが、木以外の手ごたえがない。

 飛び散る木片に紛れて後方に逃げられているかと思ったが、一緒に戦っている仙人以外の気配が感じられない。見回そうとした時、上空から気配が迫り出す。

 傘を空に向けて展開する時間はなく、体をできるだけ隠せる形で防御の姿勢を取った。防御にはぎりぎりで間に合い、構えるとほぼ同時に年季の入ったお祓い棒を薙ぎ払われると、腕から足の指先まで衝撃が駆け抜け、痺れに襲われる。

 博麗の巫女とはいえ、人間の、それも女性の攻撃とは思えない程に重たい打撃だ。こんなに狂った世界なのに、巫女が巫女としての力を誇示している事に歯噛みする。

 攻撃と同時に下方にすり抜けられた。目では追えているため追撃に移りたいが、打撃で手が痺れて数舜だけ異次元霊夢に後れを取ってしまう。二度目の防御で下げようとした得物の合間を縫って、奴のお祓い棒が蛇のように私の頭部を捉えた。

 側頭部を薙ぎ払う異次元霊夢の攻撃に、強化して防御力を底上げしているはずの肉体に電流の如く衝撃が駆け抜ける。

 その威力たるや、鬼の拳に匹敵する。いや、それ以上なのは間違いない。肉体的な耐久性や筋力は人間以上妖怪未満であるはずだが、博麗の巫女という肩書の存在は大きいらしい。天性の勘の鋭さはどこを攻撃すれば、効率よくダメージを与えられるかわかっている。

 斜め上からの攻撃で、反応が遅れていれば頭部が地面と衝突していただろう。ダメージでバランスを崩したのを利用し、異次元霊夢から私は距離を離した。

 地面を前転するように転がり、立ち上がりながら体勢を整える。一回だけ転がる程度で巫女から受けた攻撃を受け流し切れなかったようで、手や傘で摩擦を働かせてようやく体を停止させた。

 顎先の脳を揺らされやすい部分を殴られたわけではないのに、衝撃で頭がくらくらする。攻撃が体内の奥にまで到達している事で、脳に多少なりのダメージが入っているらしい。異次元霊夢に向きなおったのはいいが、少しの間だが自分から動き出すことができない。

 その私に向けて巫女が突っ込んでくるが、補助に回っていた仙人が走り出したばかりの巫女の前に立ちふさがり、前かがみに走っていた異次元霊夢へ拳を繰り出した。

 握り締められた包帯の拳は攻撃力に乏しそうな見た目をしているが、鬼に匹敵する破壊力を備えており、博麗の巫女だとしても大きなダメージを与えられるだろう。しかし、世の中そんなに甘くはない。どれだけ威力の高い大砲を持っていたとしても、それが当たらなければ何の意味もないということだ。

 私が考えている事の答え合わせだろうか。人間を一撃で肉塊にできる拳を、異次元霊夢は下に潜り込むことですり抜けた。腕が伸び切っていはいないが、素早い動きだったことで腕を伸ばしたとしても、巫女の髪の毛一本すらも捉えることはできないだろう。

 下に潜り込んだ異次元霊夢は、お祓い棒を下から振り上げて華扇の腕を打ち上げた。バランスを崩させ、追撃するつもりなのだろう。お祓い棒が仙人に叩き込まれる前に、こちらも動き出そうとするが、眼前と十数歩先では明らかに巫女の攻撃が放たれる方が速い。

 淡青色の魔力が包帯の腕から弾け、魔力として役目を終えた結晶が輝いた。包帯が解けていき、あれでは防御することはできないはずだ。左手で防御すればいいだけだが、お祓い棒を振り上げる際に針を華扇に投擲していたようで、それも防御を遅らせる要因となっている。

 巫女が一歩前に踏み出し、お祓い棒を振りかぶる。華扇から見て右側から薙ぎ払おうとしているのは、仙人を確実に仕留めようとしている表れだろう。

 能力で花を操って壁を作ったり、異次元霊夢を縛り上げるのには時間が足りなさすぎる。かと言って跳躍したとしても間に合わない。最速の弾幕を放ったとしても、到達するころには華扇が地面に伏せている。

 無駄な足搔きだと分かっているが、傘に送った魔力をレーザーに変換し、華扇の頭部を横からすり抜ける形で弾幕を放った。走るよりはずっと早い弾幕だが、それが数メートルも進む前に巫女の攻撃が仙人の頭部に叩き込まれた。

 私の時と同様に横から薙ぎ払われたお祓い棒は、華扇の側頭部に鋭く打ち付けられた。人間であれば痛みを感じる前に、意識を絶たれている事だろう。殴られたインパクトの瞬間に、波として肌を伝わっていく様子がこちらからでも見て取れる。

 頭部が異常なほど歪み、粘土のように体の内側へ皮膚が潜り込んでいくのは、出来立ての形を変えやすい餅が曲げたり捩じったりされていくのを連想する。仙人の体が何か柔らかい物に置き換わったように見える。例えば、布だとか。

 華扇の仙術発動し、異次元霊夢が殴って歪んでいる部分から華扇の体が包帯に変化し、それが全身へと広がっていく。肉体であった部分までもが包帯に変わっていく様は違和感がなく、表現できる言葉は圧巻としか言えない。

 手ごたえがなく、当たることが前提で振られていたお祓い棒が華扇だった包帯を薙ぎ払うと、発生した乱流に巻き込まれて集めるのが大変そうなぐらいに大きく広がった。

「またぁ…面倒ねぇ」

 異次元霊夢はそう呟きながら、私の放ったレーザーを十数センチ横にずれるだけでかわしてしまう。

 奴でなくてもそう言うだろう。素人の目で見たとしても大量の何重にも重なって浮かぶ包帯は、異様な軌道を取って巫女を取り囲んで浮いている。刀を使わない相手であれば、有効な方法だろう。魔力強化されているはずで、打撃で千切れることはなく、針で貫かれたとしても小さな穴が開くだけで大したダメージには成り得ない。

 仙術で包帯としているが、布と言えど華扇の一部だ。異次元霊夢を囲んでしまったため、走りながら弾幕を奴に放つわけにはいかない。走るためではなく飛ぶために地面を踏みしめ、異次元霊夢に向かった勢いのままに跳躍した。

 異次元霊夢を中心に、縦に半円を描いて飛んでいく。位置が高くなったことで、華扇に当たらず、異次元霊夢だけを撃ち抜ける高さに到達すると同時に傘に込めていた魔力を、弾幕として撃ち出した。

 いつもの広範囲を薙ぎ払うレーザーでは、華扇ごと吹き飛ばしてしまうためレーザーの魔力を分割して、小刻みに弾丸の弾幕としてぶっ放した。

 誰かと共闘するなど、今までにやったことが無い。何かを気にしながらの戦闘ではいつもの実力は出せないだろう。それで敗北するなど、言語道断だ。仙人には悪いが、当たったら運が悪かったと思え。

 地上から放つよりは華扇に当たる確率はグッと低くなる。そこを考慮しただけでもほめて欲しいぐらいだ。大量の魔力を込め、破壊力抜群の弾幕を数回に分けて異次元霊夢へと放った。

 人間の頭と同じサイズの弾幕が傘の石突きから放たれた。天狗でも撃ち落とせそうな速度で降下する弾幕は五つだが、そのうち一発は巫女に当たらない軌道を突き進んでいる。

 一発目は異次元霊夢の顔面に直撃コースだったが、体を軽く横に傾けられただけで避けられてしまった。異次元霊夢の後方では弾幕含まれた魔力が炸裂し、地面に大穴を穿った。

 土や石が飛び散り、掘削機で掘り起こされたような大穴が形成される。小型の爆弾が地中で爆発したと言っても過言ではない威力だ。

 二発目は傾けた体にギリギリ重なる位置を進んでいたが、お祓い棒に弾き飛ばされ、あらぬ方向へと飛んでいく。一発目であれだけの威力のある弾幕だということを知っても尚、精密さを要求される受け流しを行うとは、腐っても博麗の巫女だ。

 弾幕には何かに接触したら含まれている魔力が解放されるようになっているが、お祓い棒に弾幕がヒットする瞬間に、その周囲の魔力を私の波長に近づけて魔力を配置することで、弾幕を何にも接触していないと誤認させるのだ。

 配置した魔力が脆過ぎるとお祓い棒に接触してしまえば弾幕は爆ぜてしまうし、逆にお祓い棒を取り囲む魔力が硬すぎても弾幕が崩壊して爆ぜてしまう。角度等にも気を使った簡単そうでできない事をあっさりとやってのけた。奴を倒すという目的が、曇りがかってきた気がするが、そんなものはどうでもいい。倒すことだけを考える。

 三発目は元から当たる軌道ではなく、地面に大穴を開けるだけで終わってしまう。次いで四発目と五発目がほぼ同時に到達するが、面倒だと判断したらしい。お祓い棒で受け止めることなく横に大きく飛びのいた。

 取り囲む華扇の包帯を超えていく勢いだったが、異次元霊夢の動きに合わせて包帯が一定の距離を離したままついていく。

 異次元霊夢が動いたことで、五発目の弾幕が巫女についていく包帯に当たりそうになるが、華扇の仙術がかかっている包帯はヒラリと弾幕を避けた。

 私が更なる弾幕の攻撃をしてくることを見越してか、巫女は百八十度振り返ると妖怪退治用の針を投擲してくる。

 この程度の攻撃なら傘を展開し、弾くのが楽だ。傘を開いて受け止める体勢になっていく視線の奥では、異次元霊夢の更に後方で包帯が集まっていく。

 気取られぬように、異次元霊夢の視界内に包帯を一部残したまま、集まった包帯から華扇が形成されていく。どういう原理で仙術が働いているのかはわからないが、包帯が束ねられていくごとに肉体が形成され、片腕のない華扇が形成される。

 現在広げられている包帯は戦術で見せられている物では無く、華扇の右腕の付け根から延びる包帯らしい。左手を握り込むと、今だに背を向けている異次元霊夢に向けて振りかぶった。

 あのままでは彼女の気配を感じ取った異次元霊夢に、打ち払われてしまうことだろう。博麗の巫女に同じ戦術は通用しないことは既にわかっている。巫女に決定打を与えられていない現状では、確実にこれを成功させなければジリ貧になっていくのは必須。通意をこちらに向けなければ。

 針を受け止めると同時に払い除け、地面から能力で伸ばしていた花の蔓を踏みしめた。花を足場にし、異次元霊夢の方向へ跳躍した。地面から飛んだ時とは別方向へ飛ぶとしても、無理な範囲ではない。

 即座に傘を薙ぎ払える体勢へと移行し、私の方向を向いている異次元霊夢の注意を強制的に集中させ、それに加えて華扇の殺気が紛れる様に、私も最大限に異次元霊夢へと殺気を向けた。

 これだけお膳立てが揃えば、モロに食らうことはなくても、多少のダメージが入ることが期待できた。視線で悟られぬよう、異次元霊夢だけを睨んだまま傘を構えて突っ込んだ。

 華扇の打撃による衝撃が伝わったように見えたが、巫女は体を大きくかがませると、後方から殴り掛かっていた仙人の懐に潜り込んだ。当てた後のことなど全く考えていない攻撃、それの内側に入り込まれた華扇の表情が苦悶に変わったと思うと、こちらに吹き飛ばされてきた。

 何をしたかわからない早業で、華扇も接近していた私も反応が遅れてしまった。空中で衝突し、お互いにもみくちゃになりながら地面に落下する。私は異次元霊夢の方へ仙人はその反対側に入れ替わりで転がり込んだ。

 すぐ後方には異次元霊夢がいる。早く立ち上がらなければ。多少のラグはあったが、すぐさま上体を持ち上げようとした矢先、肩にじんわりと熱が広がった。

 熱湯や火で炙られているようなのとは違い、カイロや湯たんぽなどで温めるのに似ているが、熱の広がり方が尋常ではないぐらいに早い。

 自分が針で刺されている事に気が付くまでに、一秒もかかってしまった。刺された左肩に目を向けると、針が紙を巻き込んで私に縫い付けられている。白い紙が血で赤く染まっていくが、それは紛れもない博麗の札だ。

 引き抜こうと伸ばした右手を異次元霊夢に踏みつけられた。左手で引き抜こうとするが、骨格上不可能だ。奴は私と同様に、立ち上がってこちらに向かって来ようとしている華扇に攻撃を開始する。

 左手を形成するのに包帯を巻き取ろうとしているが、この攻防で形成されるのにはその速度は遅すぎる。

 走り出そうとした膝に針が半分以上も突き刺さり、強制的に華扇は動きを制止させられる。足から力が抜け、がくんと倒れ込みそうになりながらも、右手の平に球体状の弾幕を作りだすが、鋼の針に貫かれて形状が崩壊していってしまう。

 右手から大量の結晶がキラキラと零れ落ち、風に乗って霧散する。それでも突き進もうとする気迫があったのか、異次元霊夢は左手に二本の針を取り出すと、投擲を二度行った。一本は華扇の胸に、もう一本は左腕の包帯とつながる根元に突き刺した。

 胸の方には札は施されていないが、左腕には私の肩と同じく、数枚の札が括り付けられている。重なる針の攻撃により、華扇の前進する動きが完全に停止した。

 華扇が自分に突き刺さった針に、札が付けられている事を認識するよりも前に、異次元霊夢が飛びのいた。爆発が来る、早く針を引き抜かなければならないのだが、針に返しの構造が付いているのか、つっかえて引き抜けない。

 札だけでも引き裂いて爆発の効果をなくしてやろうとするが、行動するよりも声を発するだけの異次元霊夢の方が速い。

「爆」

 針を握っていた手を札に移すよりも前に札から魔力の炎が噴き出し、人間を一人包み込むとしたら過剰なほどに膨れ上がった。

 衝撃と熱に体を撃ち抜かれた。針を刺された方の肩から腕が千切れたとしてもおかしくなく、剥き出しになった肉を魔力の炎に焼かれた。

 それだけの威力があるのに、私や華扇が爆発の衝撃で吹き飛ばされなかったのは、札の付いていた角度や放出された魔力の向きによってだろう。

 強烈な爆発で、全身をズタボロにさせられた私と華扇は地面に伏せるのを余儀なくされる。通常であればこの程度の攻撃で倒れるなどはあり得ないのだが、私も華扇もダメージを重ね過ぎている。

 こんなに腕や脚が重く感じるのは、生まれて初めてかもしれない。負傷からくるダメージと疲労が溜まり、根っこが足から生えて地面に体を固定されているようだ。

「くっ……っ………!!」

 諦められたら楽だろうが、奴らへの復讐心がそれを許さない。思い出せ、弱音なんて吐いている暇はない。奴を、異次元霊夢を潰さなきゃならない。怒りが疲労やダメージを凌駕し、地面の湿った土を巻き込んで手を握って立ち上がる。

 華扇も同じだ。負けられない、倒れていられない。得物を携え、口角を上げて笑っている異次元霊夢に向きなおった。爆発で肉が一部持っていかれたのか、肩口から垂れて来た血が指先から滴っていく。

 動かすごとに肩から激痛が走るが、お構いなしに得物の柄を握りしめた。敗色が濃厚だとしても、我々は戦うことはやめられない。

 我々が奴を倒すための踏み台でもいい。最後に凱旋を掲げるのは、私たちだ。

 能力を最大限に駆使してあらゆる方向から花の蔓を延ばし、異次元霊夢にけしかけた。それに合わせ、異次元霊夢へ向けて走り出した。

 




次の投稿は8/14の予定です!


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東方繋華傷 第百六十三話 過去の過ち

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百六十三話をお楽しみください!!


 何度得物を交えただろうか。ジリ貧は現実的になり、私も華扇も異次元霊夢に指一本も触れられず、髪の毛の残像すらも掴めていない。当たらないのもそうだが、攻撃の回数にも変化が現れた。

 こちらが一度、傘か拳で攻撃する間に異次元霊夢からは2回もお祓い棒での打撃を受ける。妖怪であることで今のところ耐えられてはいるが、そう長くは戦っていられないだろう。我々の体力も無限ではないのだ。

 最初に1人で戦っていた華扇の疲労は、目に見えてピークに達している。キレのある異次元霊夢の打撃には程遠い、欠伸が出てしまう鈍い拳を避けられ、お返しにお祓い棒を三度も叩き込まれた。

「かっ……!?」

 腹部と胸、脇腹に流れるような滑らかな動作で殴られると、仙人は膝から崩れ落ちて倒れそうになるが膝で耐え、異次元霊夢に向かって行こうとしている。

 彼女を動かしている原動力は体力ではない、そんなものは既に底をついている。今、エンジンを噴かしているのは復讐心から来る執念だ。

 華扇が掲げている復讐の理由はわかりやすいものだ。失った右腕だろう。十年ぐらい前だっただろうか、まだ霊夢が博麗の巫女になる前の話だが、腕を失った時の華扇にでくわした事があったのを思い出した。

 当時は今ほど博麗の巫女が緩くなく、妖怪の殺傷などは日常茶飯事だった。その一環で華扇も腕を奪われたのかと思っていたが、どうやらそうではなかったようだ。

 連中がこの世界に来たのは今回が初めてではない。魔理沙が何らかの方法で連中の世界からいなくなった時、奴らは慌てて探したのだと思う。

 追い詰めて暴走の段階となっていたため、時間との勝負だったのだろう。他の世界に渡り、そこに居なければすぐに移動を繰り返して探していたと考えられる。一つ一つじっくり探している暇がなく、滅ぼされる事がなかった数少ない世界の一つがここだ。

 一度探して見つからなかったこの世界にまた来た理由はわからないが、自分の腕を奪った奴と対峙できて、負けそうとはいえ華扇からしたら絶好の機会だろう。

「ふっ…!」

 華扇に攻撃を加えた異次元霊夢を後方から強襲をかけるが、背中に傘が当たろうという寸前ですり抜けられ、脇腹や腹部に通り過ぎざまで叩き込まれた。食らった強力な攻撃に吹き飛ばされ、背中を木に打ちつけることとなる。

 倒れはしなかったが、あと何回耐えることができるだろうか。私の体力も限界に近い。手足が重く、紙のように軽く感じていた傘がやたらと重い。

 身体の重さが疲れから来るのか、それとも心臓の拍動が無い体では、効率よく血流を全身に送れないのだろうか。今回はどちらというよりも、両方が原因だろう。

「はぁ…はぁ…!」

 この程度の戦闘で息が切れてしまうとは、流石は体の中で一番重要な器官なだけはある。だとしても、私が歩みを止める理由にはならない。

 華扇はまだ異次元霊夢に迎える体勢ではなく、こちらに突っ込んでくるのをとめることは期待しない方がいいだろう。能力で花を成長させて妨害を図るが当たらないのが不思議なぐらいすり抜けて行く。

 そよ風程度も邪魔になっていない。こちらに近づくごとに弾幕の密度を濃くしているが、なぜ当たらない。同時に5本の弾幕が畳み掛ければ、流石の巫女でも数本の花を叩き潰してじゃないと前進できなくなってはいるが、当たることはない。

 私までの距離はあと十メートル。能力を最大出力で発動するのには早すぎる。もっと目の前まで惹きつけなければ、異次元霊夢に一撃入れられない。

「っ…!」

 異次元霊夢が恐ろしいスピードで距離を詰めてきている。一呼吸する間に十メートルあった距離は、半分以下にまでなっていた。まだだ、もう少しだけ。

 息を整え、数歩先に行くだけで手の届く範囲に到達しそうな異次元霊夢が、その数歩を詰めてくるのを待っている。生き物を狩るに当たって、深追いは禁物であることを思い出させてやる。

 巫女の腕が本当に二本なのか疑いたくなる。左右や正面から同時に襲い掛かる花を一瞬で撃ち落とす。異次元咲夜がどこかで見ているのではとさえ思える。

 異次元霊夢が絶え間なく襲いかかる花の弾幕全てを、お祓い棒で引き裂きながら大きく前へ前進した。薙ぎ払いはそのまま私の頭部を叩き潰す勢いだったが、鼻先を掠めてお祓い棒は通過していく。

 今だ。

 大量の魔力を消費し、固有の能力を最大限に発揮する。10本にも満たなかった花の弾幕が、百を超えて地面から急速成長した。

 人間どころか、鼠の一匹すら逃がさない密度での弾幕だ。いくら博麗の巫女だとしても、これを無傷で抜け出せるものなら抜け出してみろ。私自身が弾幕の妨げにならないよう、横に大きく飛びのこうとするが、半歩も進まないうちに後方に引っ張られて動きを阻害された。

「っ!?」

 左手に違和感があり、目を向けると鎖状に伸びて来た札が巻き付いている。異次元霊夢の魔力が通っているとはいえ、引き千切れないことは無いが、その分だけ花の弾幕を遅延させなければならない。かわされる確率が大幅に上がってしまう。

 傘で鎖を引き千切ろうとするが、札を巻き取りながら異次元霊夢に一瞬で詰め寄られた。吐息がかかるほどに巫女が接近したということは、得物を持つ私では攻撃をまともに繰り出すことができない距離だ。

 巻き取ると同時に引き寄せられたことで左手が持ち上がり、左わき腹ががら空きとなる。振り上げていた傘で防御することは不可能であり、大人しく異次元霊夢の打撃を身体で受けるしかない。

 胸に抉り込むお祓い棒により、衝撃が一番伝わった肋骨が大きく歪む。ミシリと嫌な音を立てて肋骨の形が微妙に変化していくが、その音を遮って硬い物に亀裂が入る乾いた音が鼓膜に響く。

 妖怪の、強化された強靭な骨が折れただけで、博麗の巫女の攻撃が終わるわけがない。薙ぎ払った得物の威力が骨の強度を上回り、亀裂を生じさせるまでに衝撃で体が数センチであるが空中に浮き上がっていた。

 こうなるともうどうしようもなくなってしまう、踏ん張るのは地面との摩擦がなければ成り立たない。花の弾幕は足場の目的で作り出したわけではないため、脚が届く範囲で、かつ、地面を這うようにし異次元霊夢に向かっている物はない。

 異次元霊夢の振るった運動エネルギーが骨から周囲の肉体に移っていき、空中を闊歩する妖怪に引けを取らない速度で吹き飛ばされた。急速に視界の中にいる巫女の姿が小さくなっていく。

 その過程で後方から向かわせていた花の蔓を千切り取ることとなり、私自身で奴の逃げるためのルートを作り上げてしまった。案の定、異次元霊夢は私が通った場所をなぞって弾幕をすり抜けた。

 何かに衝突する前に魔力の作用で減速させ、地に足を付けて踏みとどまる。呼吸などで少しでも動こうとすると、胸に鈍い痛みが広がる。何本折られたか自分ではわからないが、左側を二本から三本は確実に折られているだろう。

「それでぇ?もっと面白い事をしてくれるのかしらぁ?」

 この程度はピンチの内には入らないらしい。笑ってこちらを挑発する余裕が異次元霊夢にはある。化け物以上に化け物している。

 魔力で痛みを緩和させつつ、治癒を促進させた。骨折が治るのはずいぶん先の話であるが、折れたままでは運よく今は刺さっていないが、近いうちに肋骨が肺に刺さってしまうだろう。少しずつでも治さなければ、後々首を絞めることになるかもしれない。

 華扇も、私も、もう満身創痍だ。ここに誰かが参戦したとしても、二人が倒れるのは時間の問題だろう。

 痛みをできるだけ感じぬよう、浅い呼吸で息を整える。数メートル先に立つ異次元霊夢に得物を向けて構えると、小さなため息をつく。往生際が悪いと。

 往生際が悪くもなる。私にも、華扇に負けないぐらいに奴らに、あの子たちに手を出した報いを受けさせたい。絶対に、許すわけにはいかないのだ。

 

 

 

 今でこそ人間関係が最悪で、こちらに関わろうとする人物を例外なく滅ぼしにかかろうとしているが、最初から性格が絡めとられたスパゲッティーのように捻じ曲がっていたわけではない。

 原因は私の一番古く、鮮明に思い出せる一番忌まわしい思い出だ。確か、花の中に座っていた記憶だ。身長も今ほどに高かったわけではなく、容姿ももっと幼かった。服は不思議と今と変わらず、傘も持っていなかった。

 

 

 風が頬を撫で、良い香りが鼻孔に付く。どれだけ日差しの中に投げ出されていたかわからないが、延ばしていた足が太陽の光でじりじりと焼かれ、熱を持つ。

 座っている部分は自分か周りの環境で日陰になっていたようで、暑さはほとんど感じない。少し冷たいぐらいだ。地面についていた手からも、冷たく湿った土の感触が伝わってくる。

 いくつもの外的刺激があり、どれだけの時間がかかったかわからないが、私はようやく自分の意識というものに気が付いた。

「………は…っ…」

 ここはどこだろうか。その疑問が一番最初に浮かんだ思考である。視界内は六割を緑色が占め、残りが白や赤、黄色と言った鮮やかな色彩が彩り、自分の居る場所を特定することができない。

 立ち上がって周りを見回そうとするが、それよりも別なものに興味が移る。視界の殆どを覆っている植物だ。初めて見るはずなのに、それが花であることをなぜか私は既に理解していた。

 目の前にある花は下からしか眺めていないが、赤い綺麗な花だと直感的な感想が思い浮かぶ。手を伸ばし、花を引き寄せると、花弁が五芒星に広がり、中央には黄色い雌しべや雄しべが並んでいる。

 その鮮やかさに目を奪われ、数分も眺めてしまっていた。満足がいき、花を陽光が指す他の花が咲き誇る隙間に戻した。

 些か寄り道をしてしまっていたが、今度こそこの場所がどこなのかを探すべく、花の蔓が複雑に絡んでいる洞窟の中を這って進んだ。伸ばしていた足に光がさしていた為、光が入ってくる場所から出れるかと思ったが、出るのには小さ過ぎて断念した。

 小さな手で地面や蔓に触れながら、ようやく花の下から出れそうな開けた場所が見えてきた。十数メートルを数分かけて這い、太陽の熱線が降り注ぐ炎天下の日差しに出た。

 日向に出ただけで汗が滲み、日射病で倒れそうだ。薄暗い花の下から出たことで、強い光に目が慣れない。瞳孔の筋肉が働き、入ってくる光の量を調節したことで周囲の景色が目に入る。

「わぁ…!」

 辺り一面、数えきれない程の花が咲き誇る。様々な種が混在し、花の絨毯と言っても過言ではない。純粋だったからこそ、その光景が目に焼き付いた。

 自然と歓喜を表す声が漏れた。凄い凄いとはしゃぎ、両手の指で数えきれない程の花に触れ、美しく煌びやかに咲く花を眺めた。

 様々な種類の花を見ていくうちに、頭上にあった太陽が大きく傾いたころ、不意に後ろから何かの気配を感じた。直観的なものではなく、風で生じたものではない他のとは違う物音でだ。

 見下ろしていた花を手放し、後ろを振り返ると自分よりも身長が数十センチ高い男が立っていた。麦わら帽子をかぶり、タオルを首からかけて額から流れる汗を拭っている。見た目はそこまで年寄りというわけではなさそうだ。

「人間……だよな……?」

 訝しげな表情を向けたまま、手に持った鎌をぐっと握り締める。敵意を向けられている気がして、思わず後ずさりしてしまう。不審者だろうか、いや、どちらかというと不審者として見られている。

「あ、…あ…怪し…い……も、者じゃ…」

 手を上げて無防備であると示していると、ひそめられていた眉が柔らかくなり、握っていた鎌から力が抜けた。安心してため息をついているが、それはこちらもであり、それだけでどっと疲れが出る。

「こんなところでどうしたんだい?」

 さっきの険しい顔とは違い、和やかな声と表情で鎌を持った男性が近寄ってきた。さっきの敵意剥き出しの表情が浮かび、少しすごんでしまうが、この人に敵意はないことが分かり、肩の力が抜けた。

「わかんない……気が付いたらここにいたの」

「そっか……服を見るに……外の世界の子かな?」

 外の世界の子って何だろうか。そういえば、私はどうやってここまで来たのだろうか。気が付く前の事を一切覚えていないのだ。

 歩いて来たのか走ってきたのか。誰かと来たのか、一人で来たのか。何もわからない。訪れた方法だけでなく、自分自身の事さえもわからないのだ。

「名前はなんて言うんだい?」

「わかんない…」

 そう答えると、困ったなと呟きながら男性は額をボリボリと指でかいている。太陽の方を見て時間を確認すると、額の汗をタオルで拭って離れていく。歩いていく先には、私にはわからない道具が転がっている。

「おいで、時間はまだまだあるけど、もう少し経つと暗くなって危ない。妖怪が出る前に村に帰ろう」

 地面に落ちていた鋏を拾い上げ、その近くに置いてある箱に道具を入れると、振り返って私に言った。

「妖怪…?妖怪って何?」

 妖怪とは何だろうか。何も覚えていなくてもある程度の知識はあるはずなのに、聞き覚えのない単語に聞き返した。首をかしげる私に、道具を集めて拾い上げたおじさんは、振り向きながら教えてくれる。

「人間とは絶対に相容れない連中だよ。あの化け物どもめ」

 苛立ちとは違う、恨みに近い表情を浮かべ、おじいさんは忌々しそうに呟く。前に何かあったんだ。子供ながらにそれが分かったが、何があったのか聞くことはできなかった。

 行くよ。おじさんはそう言って私の手を握り、半ば無理やり私の手を引いて歩き出した。この人が整備しているのか、花の生えていない獣道を歩いていく。大人の歩幅で、慣れた道を歩いていくのに、ついていくので精一杯だ。

 周りの景色を堪能して歩いていく余裕がなく、足元を見て転ばないようにしなければならない。不思議と息は切れないが、足場が悪くて数分で疲れて来た。

 十分まで行かないが、五分ほど時間が経ってからようやく花畑を抜け、まともに歩ける平地に出た。おじさんと違って、帽子をかぶっていないせいで直射日光を浴び、額に汗が浮かぶ。

「村まではここから一キロぐらいある。大丈夫そうかい?」

「うん」

 私がうなづくと、良しと呟いておじさんがまた歩き出した。向かっている先には、かなりの数の家が立ち並ぶ、この人が言うところの村がある。数百人から千人はくだらない人数がいそうな、村というよりも街だ。

 どんな花畑だったのか、振り返ってみようとしたが、先を歩くおじさんに声をかけられた。

「名前もわからないって言ってたけど、何か覚えている事はあるのかい?」

 悲しい事に何一つ覚えていないのだ。なにか覚えていれば、自分が何なのか漠然とだが掴めそうであるのに。

「え……えっと…」

 とりあえず記憶を探ってみるが、それらしい物は何も浮かんでこない。浮かんでくるのは先ほど触れ合った花たちの事だけだ。人物も風景も、住んでいる建物も、通っている建物も何も浮かんでこない。

「大丈夫大丈夫、ゆっくり思い出していけばいいよ」

 そうは言っても、不安なのは変わりない。おじさんの言う外の世界から来た人というのは、こういうものなのだろうか。

「ほかにも私みたいな人はいるの?」

「あの村にも確か一人か二人はいたけど、記憶がない人はいなかったような気がするなー」

 そこは嘘でも一人ぐらいは居たと言ってほしかったが、村に付けば嘘と分かってしまうため、正直に話したのだろう。

「そっか……」

「すぐに思い出すよ」

 そうこうしていると村が大きくなってきて、そこに住んでいる村人たちがちらほらと見えだした。子供もいるようで、楽しそうに遊んでいる。

「そういえば、おじさんはなんであそこにいたの?」

「あー、おじさんは花屋だからね。花を摘みに行ってたんだ」

 彼はそう言うと、手を引いたまま村の中へと入っていく。歩きながら見回すと、たくさんの人で賑わっている。所謂、街の大通りらしい。

 食べ物が売っている店や、雑貨物が並ぶ店、団子などを食べることができる飲食店などが並んでおり、どこも人で賑わっている。

「あら、こんな子供を連れているなんて珍しい。その子どうしたの?」

 千人もいる村とはいえ、店を開いていれば幅広い人脈があるのか、着物を着た女性が声をかけてくる。手には買ってきたであろう野菜や魚の入った箱が握られており、主婦だと伺えた。

「どうやら外の世界から来たらしい。でも、記憶がなくてね。ちょっとまいってる。後で博麗さんの所に連れて行こうと思うから、それまで預かっていてくれないか?取ってきた花の手入れをしなきゃならない」

「いいわよ。子供たちと遊んでてもらうわ。一度、家にこれを置いてからでもいいかしら?」

「それで構わない」

 おじさんは私の代わりに返事を返すと、しっかり者と言った印象を受ける女性について行ってと促される。

 おじさんと今し方現れた女性に言われるがまま、ついていくことにした。荷物を持っている女性が歩き出し、その後をついて行っていると、何やら騒がしい声が聞こえてくる。

「ああ、丁度よかった」

 彼女がそう言うと、騒がしい集団に向けて手を振り、こちらに呼んだようだった。数人分の足跡が近づいてくると、私と同じぐらいから小さな子、大きな子供に囲まれた。十人は居そうだ。

 皆、見慣れない人物に興味津々らしく、目を丸くしてこちらを観察している。これだけの人に囲まれるなど初めてで、緊張するし恥ずかしい。

「この子、誰?」

 うつむいて小さくなっていると、活発そうな見た目の男の子がこちらに指をさしながら言った。おじさんが言っていたように、私を外の世界の人間だと説明している。その間に、私を囲んでいる村の子供たちを見ると、会話をしているわけではないが、見た目だけでもそれなりのイメージがつかめた。

 それこそ十人十色で、物腰柔らかな子、優しそうな顔をした子、気弱そうな子、逆に意地悪そうな強気な顔をした子までいる。それでも、皆は仲が良さそうだ。

「外の世界って、どんなところ?」

 私と同じぐらいの女の子が私に手を伸ばしてくると、手を取って興味津々に聞いてくる。目を輝かせているところすごく申しわけがない。何も覚えていない事を説明しなければならず、何と言ったらいいのか考えていると、一緒に歩いていた女性が助け舟を出してくれた。

「えぇ…っと……」

「ああ、その子ね。何も覚えてないんだって…だから、あまりいろいろと聞かないで上げて」

「そうなの?名前もわからないの?」

 首をかしげてくる女の子にうなづくと、可哀そうと小さく呟いた。自分が何者かわからないのはちょっと怖い。私がもっと大人だったら恐ろしくてこの村にこれなかったかもしれない。

 可哀そうという感情が握っている手にも表れ、掴んでくれる手が優しくぎゅっと握られた。皮膚越しに感じる体温が心地いい。この先どうしたらいいのかわからなかった不安が、一時的とはいえ不思議と解消されていく。自然とその手を軽く握り返していた。

「やばい事でもしてたのか?」

 意地悪そうだと思っていた私よりも身長が高く、服装も周りより少しだけ裕福そうな男子が皮肉っぽく言った。丁度その事について心配していたというのに、タイミングがいいのか悪いのかわからない。

「あんまりいじめないであげて」

 女性がそう言うと、その男子ははいはいと軽く流している様子だ。私の手を掴んでいた女の子はその子を見て小さくため息をついた後に、表情を切り替えて私に提案してくれる。

「じゃあ、思い出せるまで、一緒に遊ぼ!」

 私は何者なのか、なんで記憶がないのか、前に何があったのか。そういった不安なしがらみを、一時的とはいえ解放されるのは、有難かった。

「うん!」

 当時はそんなことなど考えず、ただ純粋に彼女たちと遊びたかったため、ついて行った。水分補給を小まめにしても、これだけ日差しが強い中でも走り回れるのは、子供ならではだろう。

 遊び始めてから一時間程度だろう。昔ながらの数多くの遊びを教えて貰った。めんこや駒回しなど、初めてやる遊びに夢中になった。気が付けば太陽が大きく傾き、夕暮れ時に差し掛かる。一時間もすれば解散となってしまうだろう。

 私を女性に預けたおじさんはまだ用事が終わらないのか、まだ来なさそうだ。女性の方も家事に勤しんでいるのか、私たちの元に来る様子はない。

 一通り遊んだため、次は何をするかと話し合っているが、体力の有り余っている男子達が次の遊びを思いついたようだ。

「最後に鬼ごっこしよう!」

 私は何のことかわからなかったが、女子側の表情を見るに彼女たちにとってはあまりやりたくない遊びのようだ。私にもう少し好奇心が無ければ、楽しく遊び終えられていただろう。

 遊ぶ楽しさの誘惑に負け、参加してしまった。誰でも知っているであろう、一人が鬼になり、他の人を追ってタッチ出来たらタッチされた側が鬼になる。といった遊びだ。

 自分で走り、鬼になれば誰かに触れなければならない。その部分に競争意識が働く。血の気が多い男性陣が特に張り切って走り回っている。体力が有り余っていた私も一緒に走っていたが、不思議と息切れせずにいつまでも走り続けられたため、鬼になることが無い。

 勝負意識が強い男子だが、意地悪そうな子がいるというイメージがあった男の子は、特に競争意識が強いらしい。私が全く捕まっていないのが気に食わなかったのか、ワザとほかの子からタッチされると一番距離を置いていた私めがけて走り出した。

 体力面では明らかに勝っているが、瞬間的な速度は彼の方が速く。あっと言う間に追い付かれてしまう。体力を温存することなど全く考えていなさそうで、その勢いのまま私を突き飛ばした。

「わっ!?」

 背中や肩に触れる程度でタッチしていたのを見ていたことで、それを想像していたが、予想の数倍は強い勢いで押され、体のバランスを崩して転んでしまった。反射的に手を前に出していなければ、顔から地面に突っ込んでいただろう。

 随分と派手に転んでしまったことで、女の子を中心に心配そうに私の元に駆け寄ってくれた。

「大丈夫!?…ちょっと!女の子なのよ!?手加減しなさいよ!」

 思いっきりぶつけた膝がズキズキと痛み、抱えて蹲ってしまう。駆け寄ってきた彼女が、私を突き飛ばした男の子に激昂する。討論の様子はというと、男子の方はへらへらとしている様子だ。

 鬼ごっこをしようと提案した時、女子側が嫌そうだった理由がなんとなく分かった。疲れたり汗だくになるのが嫌なのではなく、男子側が荒っぽいから、この遊びをしたくないのだろう。

「ちょっと転んだだけじゃん、別に血も出てないしさ」

 彼の言う通り自分からしたらかなり派手に転んだと思っていたが、意外とそうではなかったようだ。乾いた土が膝に付いてはいるが、擦りむいて血が出ているわけではない。

 耐えがたいと思っていた膝の痛みも、程なくして痛みがすぐに引いた。鈍い痛みがなくなり、立ち上がって足に付いた砂ぼこりを払い落とした。

「大丈夫だよ…もう痛くないから続きをやろ」

「本当?痛そうだったけど、無理してない?」

 膝や手の平に傷がないか確認するが、血が出ていないのを見ると安心して胸を撫でおろす。服に残っていた砂を払い落としてくれると、心配そうに顔を覗き込む。

「本人が大丈夫っていうんだから、大丈夫だろ」

 彼女のように触って直接見たわけでもないのに、意地悪そうな男の子は無責任にもそういうことを言ってくる。彼の言う通り全く問題は無いが、ムカつきはする。

「無理はしなくていいよ?」

「ううん。本当に大丈夫……。私だってやり返してやるんだから!」

 私が怪我していないことを確認すると、無理だけはしないでね、と彼女は言って離れていく。鬼にタッチされたのは私であったが、鬼に触れてしまった女の子が代わりに鬼として走っていった。

 少し時間が経てば私が転んだことなどみんな忘れ、楽しそうに鬼ごっこを続ける。皆息を切らし、走り回った。足がずば抜けて早いとは言えない私は、二度目の鬼となるタイミングが訪れる。

 今こそあの意地悪な男子にやり返してやる時だ。少し離れているが、あの彼めがけてわき目も振らずに走り出した。私の意図を理解したいじめっ子も走り出したが、私よりも少し走り始めが遅かった。

 彼の前には何人か人がいて、そっちを狙っていると思っていたのか。出だしが遅かったお陰で、すぐに追い付けた。しかし、競争意識や負けず嫌いの精神で私に捕まりたくなかったのか、スピードを上げていく。

 私もそれに負けじとスピードを上げた。足の回転をこれ以上上げられないと思っていたが、急に体が羽のように軽くなり、急加速して彼の肩に手を付いた。

 勢い余って少し強く叩いてしまったが、思いっきり殴ったわけではないから大丈夫だろうと思っていると、彼が体勢を大きく崩して前のめりに倒れ込んだ。いきなり倒れるものだから、勢い余って踏みそうになった。

 倒れてしまった男の子を飛び越えて振り返ると、痛そうに肩を押さえて顔を歪ませている。そんなに強くやったつもりはなかったが、思ったよりも強く叩きすぎたのだろうか。

「ご、ごめん…そんなに強くやったつもりじゃ…」

 痛そうにしているため謝罪をしようとしていると、痛そうな顔から苛立ちや憤怒という敵意に変わる。なんでそんなに怖い顔をしているのか全く分からず、困惑していると彼がその顔を更に奮起させて詰め寄ってきた。

「痛いな!何するんだよ!」

「そ、そんなつもりじゃ…!」

 後ろに下がろうとした私の肩を突き飛ばした。人生で二度目向けられた敵意には全く慣れておらず、押された力を受け流すことができずに後ろに尻もちをついてしまった。 

「調子に乗りやがって!俺が遊んでやってるっていうのに!!」

 頭に血が上りやすい質なのだろう。拳を握り、顔を真っ赤にして私の元に近づいてくる。口ぶりや態度から、他の子よりも身分も高いことが分かっていたが、すぐに誰かに手を上げる行動に移れるのは、そういった理由があるのだろう。

「ちょっと!何してんの!!」

 大通りの中で遊んでいて元から喧しかっただろうが、喧嘩で騒いでいれば人目にもつく。幼い子を殴ろうとしている男の子がいれば、大人の仲介が入る。しかし、頭に血が上っている彼に届くことはない。顔に向けて、彼の小さな拳が振り下ろされた。

 痛みの記憶は真新しく、膝を抱えてしまう程だったことを考えるが、殴る行為から生み出される痛みがどれだけなのかわからない。表情や体格差、痛みのフラッシュバックからくる恐怖に駆られ、いつの間にか私は叫び散らしている彼よりも大きな声で叫んでいた。

「うあああああああ!?」

 抵抗の表れだろうか。痛みから遠ざかろうと、殴ってくる彼に向けて手を伸ばしていた。最初に男の子が私にやったように、できるだけ遠ざけるようにして力いっぱい腕を突き出した。

 体格差の筋肉量から、せいぜい前に進みにくくするので精一杯だろう。そう考えていたが、指先に何かが当たったと感じると、すぐにその感触は消えた。

「………?」

 目反射的に目をぎゅっと瞑ってしまっていたて、いつ殴られるのかタイミングがわからなかったが、いつになっても頭に衝撃が走ることはない。考え直してくれたのかもしれないと思い、薄っすらと目を開けると、視界には予想しない光景が映る。

 私を殴ろうとしていた男の子は十メートルほど先にある、家の外壁に背中を預けて座っていた。私が目を閉じて、開けるまでの短い時間で、あそこまで走って座るのは難しいのではないだろうか。

 しかし、実際に彼は壁際まで行って座っている。あそこまで憤怒していて、周りは見えていなさそうだったのに、思ったよりも冷静だったのだろうか。それとも、怒っていること自体が演技だったのかと思えてくる。でも、あの性格や態度は絶対に演技ではなく、素だと思う。

 一向に動き出さない彼に今のうちに謝って置こうと、スカートにこびり付いた砂を払うのも忘れ、座る男子に向かおうとしたが、周りがおかしい事に気が付いた。

 さっきまで人々が賑わう活気あふれる大通りだったはずなのに、立ち上がって歩こうとする私の足音しか聞こえていない。さっきまでの賑わいが耳に残るほどに静寂が包んでいる。

 他の子供達も、通りを歩いていた大人達も、壁にもたれたまま動かない男の子を凝視している。勘が良くない当時の私でも、何かがおかしいことには気がついた。彼ら、彼女らと同じく男の子に目を向けると、座っている臀部や足元に真っ赤な池が出来上がっている。

 よく見てみると足元だけでなく、背もたれになっている外壁も体の形に沿って赤く染まっている。色を塗る様なものを男の子は持っていなかった、などと呑気なことを思っていると、静寂が裂くような金切声で終わりを迎えた。

 私は、高い、高すぎる代金で、無知は罪であると骨の髄にまで思い知らされることとなる。




次の投稿は8/28の予定です!!


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東方繋華傷 第百六十四話 残雪

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百六十四話をお楽しみください!!






最近スローペース過ぎるので、次回からもう少し展開を早くしていこうと思います。
幽香の過去だけでここまで話数を使うとは……


「きゃああああああああああああああああああっ!!」

 一緒に遊んでいた女の子の甲高い絶叫が、耳が痛くなるほどの静寂を打ち破る。その声を合図にして、先ほどの閑静が嘘のように喧騒に包まれた。

 彼女の叫び声は、壁にもたれかかる男の子へと向けられたものだ。なぜ、そんなに叫んでいるのか全く理解できなかったのは、彼を正面からしか見えていなかったからだ。

 もし、もっと近くに寄るか、回り込んでいれば彼の体の後ろ半分が、ぺしゃんこに潰れている事に気が付けただろう。目は開きっぱなしで、呼吸をしている様子がない。身動ぎ一つしないところまで観察し、ようやく何かおかしいと察した。

 私に記憶がない事を聞いて来た女の子の悲鳴は、惨状のショックから咄嗟に出ていた。長い叫び声の間に、惨状を作り上げた私に向けた物へと変わっていくのが、声色から何となくつかめた。

「……へ…?」

 あの男の子よりも腕は細く、身長も体格も一回り以上違う彼を吹き飛ばしたという実感がわかない。どう考えても、物理的に不可能だ。

 頭では理解しているというのに、彼を突き飛ばしたという感触が手の平に残り、嫌になるほどこの手でやったのだと主張を続ける。思考が現実に起こっている事のギャップについていけていない。

 何が起こっているのかわからない、そんな困惑を浮かべているであろう私を、腫物を扱うかのように子供だけでなく、大人までもが距離を置く。私を囲んでいる人たちに、さっきまでの子供が遊んでいる様子を微笑ましく見守る目線はない。

 パニックで様々な感情が瞳から伺えるが、それらに共通している大部分は恐怖だ。少女の絶叫を境に逃げ出す者、慌てふためいてどうしたらいいのかわからない者、座り込んでしまう者が行き交い、たった数秒で大通りはパニックに陥った。

「妖怪だっ!!逃げろ!!」

「誰か!博麗神社に行くんだ!!」

 広い街と言っても、所詮は千数百人程度だ。今は小さな混乱だが、これが長く続けば町全体にまで広がり、街の機能が著しく低下して機能不全を起こすことだろう。

 怒号や悲鳴が飛び交い、情報過多で誰が誰に何を叫んでいるのかも分からない喧騒に包まれるが、何一つ耳に入ってくることはない。茫然と自分の手の平を見つめ続けることしかできない。

 妖怪?私は妖怪なの?おじさんが言っていた怖い存在なの?私は人間じゃないの?わからない。どうしてそんなに怖い顔で私を見るの。わからない。どうしたらいいのかわからない。

 ふと顔を上げると、叫んでいた女の子は目の前で知り合いを殺された恐怖からか、泣きながら地面に座り込んでしまっている。街に入るよりも前にあった、これからどうすればいいという不安以上に、自分の事がさらにわからなくなった恐怖が私にも押し寄せた。

 私の手を握ってくれたこの子に、また不安を解消してもらいたかったのだろうか。不安定な足取りで近づいていくと、近づくごとに彼女の表情が涙や鼻汁でぐしゃぐしゃに崩れていく。

「わ、私は……人間じゃないの……?人間……だよね…?」

 人間だと言ってくれと、縋りつくように女の子に問うが、帰ってくるのは泣きじゃくる嗚咽だけだ。お願いだから、私は人間だと言って。お願いだから。

 悲痛な思いや叫びを嘲笑うかのように、私に向けて怒号が発せられた。鳴き声を上げている女の子からではなく、見えない後方からだ。

「この汚らわしい妖怪が!」

 まだ答えを聞いていないのに、通行人の一人でしかなかった大人の男が、握った木槌で私を薙ぎ払う。金づちなどの片手で扱えるというよりも、杭を打ち込むための両手で扱わなければならない大きなハンマーであったため、私は受け止められずに吹き飛ばされた。

 腕に直接的な痛みが生じ、脇腹や背中にまで衝撃の鈍痛が走り抜ける。話しかけていた女の子以外の事は一切頭になく、近づかれている事すら気が付かなかった。例え、気が付いていたとしても受け身や防御する方法を知らないため、当たっていたことには変わりない。

「あぐっ!?」

 男の子に突き飛ばされたが、そんなものは比較にならない衝撃に体が宙を舞う。無重力も束の間で、綺麗な夕暮れが見えていたと思うと、乾いた黄土色の地面に転がり込んだ。

 おなかを何かで貫かれたと勘違いしそうになる衝撃は、地面に落ちたせいだ。落ちた時にまともに受け身など取れるわけがない。そんな器用さがあるのであれば、木槌を振られた時点でできている。

 腹部に重たい鈍痛が響き、それは一生取れないのではないかと思う程にギリギリと痛みを発していたが、転んだ時と同じく不思議とすぐに収まった。

「私は、私は人間じゃないの?」

 さっきまで一緒に話していた、触れたりした、遊んだりした。同じ人として一緒にいたはずなのに、扱いや対応が急激に変化した。それについていけず、敵意を向けられているのに、そんなことを聞いてしまっていた。

「お前が人間なはずないだろ、この化け物!!」

 男性は当たり散らす様に私に叫び、木槌を振り上げた。さっきと同様の大ぶりな攻撃は、横に薙ぎ払って吹き飛ばすのではなく、私の頭を叩き潰そうとしている。幼い容姿だから、自分でも行けると思ったのだろう。

 すぐに痛みが引くとしても、殴られるのが大丈夫というわけではない。泣いてしまう程の痛みなんて耐えられない。

 嫌だ。怖い。止めて。知らなかった。私が、人間じゃないなんて、こんな風になってしまうなんて、知らなかった、わからなかった。

 木槌から身を守ろうと手を掲げるが、それごと頭に叩き込まれた。ぐしゃっと、皮膚や筋肉などの組織が潰される音が聞こえた気がする。それと同時に神経を通じて耐え難い激痛が傷から迸る。

「っ!?あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 吹き飛ばされたときは訳が分かっていなかった。そのお陰で一部の痛みを緩和していたのかもしれない。真正面から吹き飛ばされずに殴られた指と頭部が、泣き喚いてしまう程の激しい痛みに襲われる。手を抱え、体を丸めて蹲ってしまう。

 首が折れなかったのは、当たり所がよかったのだろう。それでも駆け抜けた衝撃が痛みに切り替わっていくのには、折れてそのまま死んでしまった方が楽だったと思えた。

 見えている視界の半分が真っ赤に染まっていく。なにか体に異常事態が起きているのかと思ったが、頭部から出血していると分かったのは、頭から垂れて来た血液が口に入ったからだ。

 鉄臭い、なんとも言えぬ血の味が口の中に広がった。自分から血が出ている、怪我をしているということが理解できると、それでまた私も村人たちと同様にパニックを起こしてしまう。

 これ以上血が出たら死んでしまうのではないかと、不安や心配から身を守ろうとする行動を無意識的に行った。また木槌を振り下ろそうとしている男性の前に手を掲げ、やめてと静止を叫ぼうとした。

 声が出なかったのは、叫ぶよりも先にハンマーが頭に当たっていたからではない。異様な光景に声を出すことも、頭がパニックになっていたことも脳からすっぽ抜けてしまっていた。

 殴られた衝撃で折れ曲がっていた指が、ゆっくりと元の形へと戻っていく。私が指を曲げていたのをまっすぐに伸ばしたわけではなく、骨格上不可能な方向に曲がっていたのが戻っていく。

「こんなことが人間にできるもんか!潔く死ね化け物!」

 男性が再び私の頭を叩き潰そうと、木槌を振り上げた。またあの痛みが来る。嫌だ、嫌だ、嫌だ!嫌だ!!

「止めて、やめてぇえええええ!」

 自分の身を守ろうとした時、体の奥底から四肢の抹消に向け、熱い物が急速に広がっていく。それは波のように私の感情に呼応して強くなり、その時の最高潮に達すると自分の中で何かが起動した気がした。

 自分の中で膨れ上がった物が周囲に拡散すると、私の呼びかけに反応し、地面から何かが飛び出した。両手を広げても足りない程に長い縄状の長細い物体が地面から空に向けて伸びたと思うと、くねくねと揺らめかせる。

 夕暮れ時であるため、オレンジ色の光で照らされて色がよくわからなかったが、紐状の物体は緑色だ。丁度、目が覚めた場所に群生していた花の蔓に近い色をしている。

 予期しない場所から、予期しないタイミングで、予期しない速度で植物が急成長を遂げたのは、私よりも知識や経験が豊富な村人たちでも見たことが無いらしく、自分たちを囲む植物に唖然と見上げてしまっている。

 これがあり得ない現象であることは、村人たちの目にも、私の目にも映っていた。どうしたらいいのかわからなくなっていたのだろう、数秒が経過しても村人たちが動き出すことはない。

 例え、その数秒を使って走り出していたとしても、巻き込まれるのには変わりなかったはずだ。

 地面から延びた蔓は天に向かって伸びているだけだったが、数秒たってようやく逃げなければならないと動き出した村人たちに反応し、天に上るだけとは異なる動きを示す。

 鞭のように体をくねらせると老若男女問わず、次々と巻き付いて軽々と人々を持ち上げていく。

 さながら、釣りで水の中から魚が引っ張り出されていくようでもある。その中に一緒に遊んでいた子供がいるのは、私が人間ではなかったショックで、動けなかったのだろう。

 幼い子にも関係なく平等に、魔の手は伸びて容赦なく掴む。大量の植物は複雑に絡みあい、どの蔓が誰に巻き付いているのかもわからなくなっていく。

 何が起こっているのか全く分からない私が狼狽えていると、困惑や恐怖が混じった悲鳴を上げていた村人たちの声が、苦痛を伴う絶叫に変わっていく。

 どうして、なんでそんなに苦しそうなのかわからないでいると、彼女たちを縛り上げている蔓がギチッと嫌な音を立てる。たゆんでいた蔓が、琴や三味線の弦のようにピンと張りつめているのが目に入った。

「あっ……ああっ…!」

 巻き付いた蔓が、村人たちに、友達だった子たちに何をしようとしているのか、考えなくても簡単にわかることだろう。腕や脚、頭など、体のさまざまな場所に巻き付いた蔓が皮膚にめり込んでいき、血が滲み始めている。

 蜘蛛の巣状に張り巡らされた蔓に引っ張られ、力に耐えきれなくなったそばから関節が脱臼し、腕や脚が異常なほどに胴体から延びていく。首は太い骨関節であるため、耐えられているが、時間の問題だろう。

 脱臼によって骨格が支えることができいないため、体を引き留めているのが肉体だけとなるが、凄まじい力に数秒と待たずに筋肉や皮膚が断裂し、引き千切られた。

 様々な悲鳴が混じり、不協和音の合唱を奏でる。頭がおかしくなりそうだ。友達だった、人間だった物がそこら中に散らばり、血だまりで地面を彩っていく。それだけにはとどまらず、蔓が巻き付いたまま持ち上げられている肉体から滲み、したたり落ちる血液で血の雨が降り注ぐ。

 言葉が出ない。青々とした蔓が、どす黒い血液で染め上げられる様子を最後まで見ることなど、できない。血と人間の肉体で飾られる蔓は、もはやこの世の光景とは思えない凄惨な植物へと成り果てている。

 植物が成長を始めた範囲外にいた村人たちはその光景を見て、更に混乱が加速していく。混乱は混乱を招き、冷静だったものにまで伝搬し、落ち着きを失っていく。周囲の情報伝達能力は完全に失っており、さっき誰かを呼べと言っていたが、それに向けて動いている者はいないだろう。

 恐怖で頭が回っていなかった私は、自分も殺されると思い、この場から逃げ出していた。敵意を向けられるのが怖い。あの植物が怖い。逃げないと、とにかくここじゃないどこかに逃げないと。

 血で濡れている植物の合間を抜け、人ごみの少ない方向に向かう。恐怖と混乱で頭が回っていなかったが、そのことだけは頭の中にあった。

 後方からは村人たちの声が聞こえる。パニックに陥っていなかった、ハンマーで私を殴ってこようとした人と同じ、こんな状況でも動ける少数の人間が何かを叫んでいる。

「逃げたぞ!追え!」

 騒ぎを聞きつけ、今来たばかりで今の光景を見ていなかった者だろうか。それとも自警団のようなもので、戦わなければならない立場の人間なのだろうか。

 人ごみであの惨状が見えていなくても、血まみれな私の姿を見て何か起こったのだと村人たちは私を避けていく。早く街の外に出ないと、また、植物に襲われる前に。

 大通りの人混みが多く、裏路地へと曲がろうとした時、裏路地から曲がってきた人物に正面からぶつかってしまう。誰かが来ることなど一切考えていなかったことと、相手が私よりも重い事で、避けることもできず突き飛ばされてしまった。

 身長は私の倍もあり、体重差がかなりある男性に突き飛ばされてしまった。地面に尻もちをついてしまったが、ここから離れなければならない事しか頭にない私は、謝りもせずに走り抜けようとした。

「その血はどうしたんだ!?大丈夫か!?」

 この声には聞き覚えがあった。ほかの人と違って心配しているのは、わたしをこの村に連れてきてくれたあのおじさんの声だ。頼れる人もない中で、彼に会えたのには安堵が込み上げるが、傷つけてしまうことを考えると不安が込み上げる。

「わ、わたし、私は……」

 人間かどうかを聞こうとしたが、そんなものを聞かなくても、答えは先ほど散々聞いたばかりだった。口に出そうとしていた言葉を飲み込み、差し出してくれている手を掴まずに立ち上がろうとしていると、私が走ってきた方向から眉を吊り上げた男が数人、棍棒など武器を持って走ってきている。

 起き上がる準備が一切整っていない私に、男性の一人が肩に蹴りを入れてきた。木槌で殴られた時とは弱い衝撃だが、それでも体は衝撃から逃げることができない。再度倒れ込んだ私に、蹴った人物か追ってきていた人物かわからないが、棍棒で背中を殴りつけた。

「あうっ!?」

 鈍い痛みに自然と悲鳴が口から漏れてしまった。痛みがいつまでもズキズキと主張し、収まるまで縮こまっていたい。しかし、彼らが待ってくれるわけもなく、棍棒が振るわれて腕に痛みが走る。

「止めろ、止めろ!気でも狂ったのか!?こんな小さい子に武器を振るうなんて!」

 おじさんが私の間に割って入ってくれた。安堵が込み上げてくるが、彼ら人間は自分と違う者を極度に恐れ、嫌う。それを短時間で嫌というほどに思い知らされているというのに、何を期待してしまっていたのだろうか。

 身寄りのない私には、おじさんしか頼れる人物はいなかった。助けて欲しかった。何が何だかわからないのを、わかってほしかった。罪を償いきれるわもなく、許されるわけもなかったが、謝りたかった。

 誰のかもわからない血液を浴びている私は、緊張で喉に張り付いて動かしにくい舌を必死に動かし、活舌が悪くとも言葉を伝えようとするが、周りの大人たちにそれは遮られてしまう。

「そっちこそ正気か!?こいつは妖怪だぞ!」

 何を言われても反論しようとして、大きく息を吸い込んでいたが、それが言葉として吐き出されることはなかった。彼の呼吸が乱れ、明らかに動揺しているようだった。

 自分たちの邪魔をする者がいなくなったことで、早く退治しなければならないと、一人が腰にぶら下げていた刀を鞘から引き抜き、私を切りつけてくる。

 腕に熱湯でもかけられたような熱を感じた直後、今までの痛みとは比べ物にならない、目の前に星がチラつきそうになるほどの激痛が走る。

「あっ…!?あああああああああああああああああ!?」

 私が先ほどまでいた方向を見て、唖然とした表情を浮かべるおじさんたちが何かを話しているが、自分の事で精いっぱいで、何を話しているかなど聞き取る余裕は一切ない。

 切られた左手を右手で押さえようとすると、手の平や指にヌルっと液体状のものがこびり付いた。私が付き飛ばして殺してしまった、男の子と全く同じ色の体液に濡れている。

 地面に滴るほどに漏れ出ている血液を見て、ぞっと鳥肌が立つ。こんなに血が出てたら、このまま死んじゃうかもしれない。怖い。怖いよ。

「痛い…!…痛いよ……!!死んじゃうよぉ……!」

 痛みとそれを超える恐怖に耐えかね、ついに瞳に涙が溜まり始めてしまう。瞳から溢れてくると、ボロボロと熱い物が頬を伝って落ちていく。

 また切られるかもしれない。それがわかっていても、腕を抱えて血が出ていくのを押さえることしかできない。木槌の時と違って痛みが引くことができず、血が出続けているのも腕を押さえ続ける要因の一つだ。

「何が死んじゃうだ、妖怪がこの程度で死ぬか!」

 切りつけて来た男がまた私を切ろうと刀を振り上げるが、その前におじさんが歩み出てくると、振り下ろすことができずに苛立った表情で刀を降ろした。

 妖怪だと分かっていて邪魔しているのかと、無理やりどかそうとしているが、おじさんはそれよりも早く私に手を延ばすと、胸ぐらを掴まれて持ち上げられた。

「ぐっ…苦し…!?……や……めっ…!?」

「お前…!俺を騙したのか…!?」

 胸ぐらを掴まれて持ち上げられ、襟が閉まって息が苦しい。弁解したくても、締め上げられたせいで声を出すことができない。違う、騙していない。そんなつもりはなかったと伝えたいが、何もしゃべらない私を見ておじさんが段々とヒートアップして顔を真っ赤にさせていく。

「くっ…あっ……!……ち………がっ………!」

 いくら否定しようとしても、言葉が発せられなければ全く意味のない。振りほどくことも忘れ、どうにか声を出そうとする私に、おじさんは更に罵倒などを重ねていく。

「このクソ妖怪!よくも、よくも俺の前で子供を殺したな…!」

 胸ぐらを掴んでいた手を緩めたと思うと、両手を首元に回し、力の限り締め付けて来た。胸ぐらを掴まれていた時以上に気道が閉まり、息を漏らすことすらもできなくなっていく。

「殺してやる!この人を食い物にする醜い化け物め!!死ね…!死ね!」

 頭に血が上り、村へ私を案内してくれた時のおじさんは、影も形もない。歯をむき出しにし、鬼の形相で睨みつけてくるのは、子供の私からすれば恐怖でしかない。

「………や……………め………………」

 わかってもらうことなど不可能だが、それでも必死に言葉を伝えようとしても、その努力が報われることはない。血が滞留し、常に循環し続ける脳内の酸素が極度に減少し、意識に多大な影響を及ぼし始めた。眠気に似た靄が脳を曇らせる。司令塔である脳がやられれば、視覚にまでその作用が及び、端から白い光に覆われていく。

 弁解しようという思考的な行動は、意識が阻害されている状況では本能に勝ることはできない。生き残りたい、死にたくない。どうにかしてこの場所から逃げ出さないと、そういった原始的な欲求に支配されていく。

「…………っ……ああああああああっ!!」

 薄れていく意識の中で、あらゆる思考が阻害されて行き、最後に残ったのは生きたいという思いだけだ。体の奥底から熱い物が込み上げ、体が急に軽くなった。がむしゃらに振った腕がおじさんの腕に当たると、乾いた木の枝を曲げるように逆向きにへし折れた。

 何が起こっているのかわかっていない、そんな表情のおじさんがそこにいたが、痛みが脳に送り込まれるよりも早いタイミングであの植物が現れ、自警団の人物らとおじさんたちをまとめて吊るし上げていく。

「誰がだずげ…!!?」

 誰がそう叫んでいるのか、誰の悲鳴なのか見当もつかない。

 それどころではなく、私たちの周りを囲んでいた見物人たちの一部も巻き込んで縛り上げる。また、あの地獄が作られてしまう。

「だ……だめ……!だめ!」

 地面から生えて来た植物の一つを掴み、引き抜こうとするが、繊維が絡んで形成されている植物を引き抜くことすらできない。

 力いっぱい引いているはずなのに、蔓はびくともしない。そして、気が付くと周囲では私を罵倒する叫びや助けを乞う言葉で賑わっていたが、悲鳴と苦痛の絶叫がけたたましく響いていた。

 私の真上に吊るされている、最後の最後まで私にあらゆる罵倒を吐きかけていたおじさんも、例外なく引き裂かれた。綺麗やかわいいとは程遠い、悪魔や魔王が好みそうな花が出来上がる。

 蔓は植物だが、花弁は人体の一部でできている。恐怖しか感じない。人の一部だった花弁から滴ってくる血液が、頬や服に落ちる。人の形をした私よりも、この花の方がよっぽど化け物に見えた。

 この植物に意識があるのかはわからないが、二度も周りの人間を全員殺したのに、なぜ私を生かしておくのだろうか。そんな疑問が浮かびそうになるが、すぐさま恐怖に塗りつぶされ、どこかへと行ってしまった。

 この妖怪の気まぐれで、奇跡的に今のところ生きている。でも、その気まぐれが何度も続くことは無いだろう。また植物が襲い掛かってくれば、私も死んでしまう。

 地面から伸び、上空で人々を千切っている蔓の間を抜け、惨憺たる花畑から抜け出した。周りに人が多数いたはずだが、半分は蔓に巻き込まれて死んでしまったのだろう。そこら中に死体を掲げる花が咲いている。

 恐怖で足が竦み、前に進むことができなくなりそうだ。しかし、私を弄んでどう苦しめるのかを楽しんでいるように、植物は付いて来て人間を殺した。これ以上ここに居たら町の人を巻き込んでしまう。どっちみち足が竦もうが、折れようが、この町からでなければならない。

 

 そこから先をあまり覚えていない。どの道を通ったのか、どれだけ時間をかけたのか、何を目標に走っていたのか一切わからず、気が付くとあの花畑の中で座っていた。

「っ……」

 日は完全に落ちきっており、空には欠けた月が浮かんでいる。地面は昼間の熱がまだ残っていて、座っているお尻から熱を感じる。そこまで時間が経っていないのだろう。

 ボーっとしていて忘れていたが、切られた腕の事を思い出した。あれだけ血が出ていて、死んでしまうとまで思っていたが、今では全く痛みがない。

 緊張によるアドレナリンから、痛みを感じていないのとは違う。切られた部分に指を這わせるが、切られた痕が指先に当たることはない。それどころか、患部に触れたことによる痛みすらないのだ。

 感触だけでなく、目で斬られた場所を見ると、そこに斬られたであろう血の痕跡だけが残っている。塞がっているだけかと思ったが、試しに指で血痕を擦ってみると乾いた血が剥がれ落ち、肌色の皮膚が露出する。

 これが、街の人たちが言っていた私が妖怪という所以だろうか。でも、そんなものはどうでもよくなってしまった。それが分かったって、私の存在が変わるわけがないのだ。

 花畑の中に寝転がり、花たちに囲まれて目を閉じた。花の良い香りが鼻孔を付き、私を落ち着かせた。あの、村にいた時の植物は怖いが、同じ種類の物でも、花は荒む私の心を和ませてくれているようだった。

 落ち着けば落ち着くほど、状況を頭が整理しようとして、自分が今どれだけ絶望的な状況に立たされているのかを再確認させてくる。こうして現実逃避をしている間だけは、現実を忘れていたいのに。

 予想以上に冷静な脳に現実に向き直され、現実から目を離したい思考とのギャップが溝を深め、どうしたらいいのかわからない私は、自然と涙をこぼしていた。辛すぎる事実に耐えられなかった。

 泣いて、泣いて、泣いて。何十分も何時間も泣いて、あらゆる感情を涙で吐き出した私は泣き疲れて、運動とは違う疲労感に誘われるままに眠りに落ちる。

 意識のなかった私には時間の経過はわからない。それでも、眠りについてから数十分が経過したころ、不意に覚醒して目を覚ますこととなる。

 身を裂かれるような鋭い気配。敵意を向けて来た、村の人達とは比較にならない重厚な敵意に、一瞬で眠りから覚醒させられた。身の危険を本能で悟り、飛び起きて周囲を見回した。

 周りを見ても、誰もいない。月明かりもあって広い花畑であるため、誰かが近づいてきていればすぐにわかるはずなのに、誰もこちらに向かってきていない。だとしても気配はするため、探すことはやめられない。

 姿が見えなくても、敵意からここに来ようとしている人物は、村の人達と同じく私を攻撃しようとしている事だけはわかる。

 村での出来事がフラッシュバックする。おじさんたちを殺したあの妖怪が、まだ私を見張っているとしたら、こちらに向かっている人たちを傷つけてしまう。それに巻き込まれて、私も殺されるかもしれない。

 あの地獄はもう見たくない。あの地獄を味合わせられたくない。探している人物たちに見つからないように逃げようとするが、もう、見つかっていた。

 私の予想しない方向、上空から人の形をした何かが落下してくると、白く美しく咲き誇る花たちを踏み潰しながら着地する。あれだけ高い位置から落ちたのに、不思議と着地する音は聞こえてこない。

 雲一つない月明かりが照らす夜だから見えるが、村の人達とはまた違った着物を着た人物だ。味気ない着物ではなく、白と赤色で構成された巫女服を着た女性。

 皆が口をそろえて巫女を呼べと言ってたが、この人のことを言っていたのだろうか。この人がどれだけ凄いのかはわからないけど、私と人間では力に大きな差があることを思い知らされた。この人もあの妖怪に巻き込まれて殺されてしまう。

 ゆっくりと立ち上がる巫女の女性には表情がなく、感情を読み取ることができないが、雰囲気や気配だけは村の人間とはまるで違う。

 研ぎ澄まされたナイフのように、眼光も醸し出す気配も鋭い。私を睨みつける瞳は狩られる側ではなく、狩る者の目をしていた。

 




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東方繋華傷 百六十五話 比肩

自由気ままに好き勝手にやっております!!

それでもええで!
という方のみ第百六十五話をお楽しみください!!!


 見た目は普通の人と大差ないのに、醸し出す雰囲気は二十代のそれではない。彼女が持つイメージが死神や鬼、悪魔と移り変わる。

「私に、近づかないで……!」

 私に近づいて来ようとする巫女の女性に、私はあらん限りで叫んだ。いくら雰囲気に一線があったとしても、人間は人間に変わりない。簡単に小突けば死に、私に取り憑いている植物の妖怪に縛り、引き千切られて殺されてしまうだろう。

 それに、私だって人間じゃない。何かの拍子に、殺してしまうかもしれない。これ以上、私のせいで誰かが死ぬなんて、耐えられない。

「あなたも死んじゃう…!殺しちゃうかもしれない!…だから、近づかないで!」

 こちらに来ようとしていた巫女が、立ち止まる。村の人から何があったのか聞いているはずで、その危険性から思いとどまってくれたのだろうか。

 見つかってしまったため、一目の付かない場所に移動しようとすると、巫女がいた方から声が聞こえて来た。話しかけて来たのかと思ったが、耳をすませばそうではないことが分かった。押し殺して笑う声が聞こえてくる。

「人の心配じゃなくて、自分の心配をしたらどうかしら?…ちなみに言っておくけど、ここではあんたは殺す立場じゃなくて、殺される立場よ」

 気が付くと、巫女の姿が消えていた。まるで狐や狸に騙されていたのだと思う程に、綺麗さっぱり女性の姿が消え去っていた。

「…!?」

 今のが幻術や幻覚ではないことは、彼女の居た位置の花が踏み潰されて折れている事からわかる。だが、それならどうやって彼女は姿を消したのだろうか。

 何度も瞬きし、目をこすり、少しでも巫女が移動した軌跡を追おうとするが、目の端にもとまらない。周りを見回して、範囲を広げようとした直後、ぞっと全身の毛が逆立ち防衛本能が働いた。死だ。死が後ろにいる。

 指を一本でも動かそうものなら、その瞬間に命を刈り取られる。いや、間違えた。動かそうが動かさなくても、奴が私の命を奪い取るのは変わらない。

 後ろを振り返る予備動作をするよりも早く、後頭部に今まで受けたことの無い衝撃と激痛が駆け抜ける。

 方向感覚が働かなくなり、吹き飛ばされた視界の中で見えた景色は、三日月に足が並んでいた。どう吹き飛んでいたのかわからないが、肩から地面に落ち込み、転がって花を撒き散らす。

 2回ほど三日月を見た後に、ようやく私は地面に突っ伏した。たった一度の攻撃で、立ち上がる気力も逃げるための気勢も、全て削ぎ落とされたように体に力が入らない。大人が木槌を使ったとしても、ここまでのダメージが入る事はなかった。

 巫女服の女性よりも力のある人物が振るった攻撃を受けたはずなのに、そんな物は蚊に刺された程度であったのだ。体を持ち上げられない、ぐったりと花の絨毯にうずまり、女性が近づく足音を聞いている事しかできない。

「村の人みたいに、私を騙せると思ってるのかしら?」

 私の背中を踏みつけ、凛とした冷ややかな声で巫女が呟いた。体重がかけられ、骨が軋む。肺が圧迫され、呼吸がままならなくなっていく。

「ち…が……だま……し…た……訳じゃ…!」

「へえ、騙したわけじゃないのね…その割には二回に分けて人を殺してたみたいだけど?間違って大勢の人を殺しちゃったって?冗談きついわよ?」

 踏んでいた足を巫女が離し、脇腹に向けて蹴りを入れられた。拘束が解かれると同時に呼吸を行おうとしていたが、そこに蹴りが入り込んだせいでまともに息を吸い込むことができない。

「あぐっ…!?」

 うつ伏せから仰向けに転がり、見下ろしてくる月明かりで影になっている巫女の冷たい視線と交差する。私を生物と思っていない。そこらを飛び回っている鬱陶しい虫か、それ以下だろう。

 脇腹の痛みに耐え、咳き込んでいる私に次の攻撃をしてくることは無いが、攻撃するための準備として巫女がこちらに手を伸ばしてくる。見た目は華奢な腕や手なのに、ナイフを向けられているのと変わらない。

 冬でもないのに背中に氷柱を突っ込まれたようで、そこからくる悪寒に身を震わせた。村人の時とこうも恐怖に差があるのは、彼女が向けているのが敵意ではないからだろう。初めて向けられた殺意に、恐怖で逃げることも忘れ、延ばされる手を黙って見ていた。

 死が迫る恐怖に体が拒否反応を示しているのか、体の奥底がまた燃えるように熱くなる。あたかもそれを引き金にしたのか、周囲の地面を突き破って植物が急成長して現れた。

 巫女の注意が私に向いているうちに、取り憑いている妖怪が手を延ばして来ている女性に襲い掛かる。十数本の植物が手足に絡まり、天高く持ち上げられるだろう。その先は村と同じになる。

 そう思っていたが、巫女に向かって蔓を延ばしていた植物が、縛り上げるよりもずっと前に半ばから引き千切られ、地面に伏していく。ずっとなんの植物かわかっていなかったが、それらは花だったようだ。少なからず花が好きであるため、ショックを隠し切れない。

 引きちぎられたことで花弁が散り、少量ながらも花吹雪となる。そんな左右に揺らめいて落ちていく雨を、鬱陶しそうにしながら落ちきるのを待たずに、再度こちらに手を伸ばしてくる。宙を舞う花弁が無くなったころ、私は首を掴まれて空中に掲げられていた。

「どうだったかしら?人間を騙してた気分は。さぞ楽しかったでしょう?自分を信用していた人間が、嘘だと気づいた時の表情はあなたたちにとっては好物ですものね?」

 決めつけられている。そうではないのに、弁論もできない。一緒に遊んでいた彼女たちを、私を信用してくれたおじさんを、周りで見ていた人を巻き込んでしまって、悲しかった。泣きたかった。同じように恐怖した。

「そんなことない!」

 そう言いたかったのに、首を締め上げられているせいで言葉を発せられない。言い返せないのが悔しい。振りほどこうとしても、私の力では巫女の手を振りほどくことができない。私のように、妖怪なのではないかと思えてくる。

 このまま絞め殺される。もしくは、首の骨を握り潰されそうだ。巫女の腕を殴ってでも解かせようとするが、それよりも早く巫女の握っていた木の棒が顔に叩き込まれた。

 最初に殴り飛ばされた時と同じく、後方に吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。来ると分かっていたことで、一度目と違って動けなくなることはなかったが、慣れない痛みに涙が溢れてくる。

「うっ…くっ…」

「弱い者いじめなんて言わないわよね?人を殺せるだけ、あんたは弱い物じゃない」

 攻撃で口の中が切れたらしく、鉄の味が広がった。鈍い痛みは私がまだ生きていることを実感させてくれるが、伴う痛みに涙が溢れてしまってどうしようもない。

 袖で涙を拭おうとするが、足音も立てずに接近していた巫女に顔を掴まれ、仰向けになる形で後頭部を地面に打ち付けられた。口の痛みを塗りつぶす後頭部からの鈍い痛みと衝撃に、目の前に星がチラついた。

 視界を遮る星と巫女の指の間から、何かが鋼色の細い物体が見えた気がした。そちらに焦点を合わせたいが、意識が揺らいでいるせいで焦点が定まらない。

 十秒ほど時間をかけ、ゆっくりとその物体に焦点を合わせていく。私の頭を地面に押し付けている方とは逆の手で握られたのは、十数センチはある大きな針だ。

 当然ながら先端は鋭く尖り、皮膚ならば簡単に貫いてしまうだろう。それを脅すように構えているが、どう使うのかは今までの行動から考えるまでもない。

「人を殺すのを二回に分けて、随分と楽しそうだったみたいね?」

 握られた針も、刺されれば激痛を伴うことになり、恐ろしい存在だ。しかし、そう呟いた微笑む巫女の方が恐怖心を煽り、一瞬たりとも目を離せない。

 舌が喉に張り付き、縫われているように動かせない。訳を話したいのに、声を出した途端にそれを頭に抉りこまれそうだ。

 巫女が発する殺意に完全に飲まれ、怖気づいてしまっている。ガタガタ震えながら、違うことを伝えるために必死に顔を振ろうとしているが、巫女には伝わらない。

「これも楽しんで」

 巫女は持っている針を顔にではなく、胸に添えた。中央よりも左寄りに向けられており、丁度心臓の真上に位置する。

 未だに頭を押さえられ、針の先端が見えないのも恐怖を助長する。針を握る手に腕を伸ばし、せめて刺されないようにするための抵抗を起こすが、腕力は彼女の方が圧倒的に上である。

 押しているはずなのに、彼女がこちらに針を落とすスピードが変わらない。一センチ、二センチと下がっていき、胸元の服に先端が当たったと思わしき感触がする。

 あと数ミリでもこちらに進めば、皮膚に突き刺さる。服に当たってから残りの道のりを、彼女はわざわざゆっくりと進めていく。

 私がどんなに力を込めても、彼女の押し込むスピードは一切変わらない。ついに、針先が私の皮膚に触れた。何か硬い物が当たっている気がするが、先が細すぎて金属の冷たさは伝わってこない。伝わってくるのは身を裂く激しい激痛。

 医療器具のように、多少の痛みを和らげる機構など施されている訳もなく、先から急に太くなっている針により、傷口を広げられ、更に痛みは加速する。

「あっ…がっ…!?やめ……!!」

 肉を突き進む異物の感触耐えられずに叫ぶが、巫女は針を捩じり込むことを止めることはない。胸骨に針先が到達し、骨を砕きながら緩徐に進み続ける。

「あぐっ…!?あああああああっ…!?うあああああああああああああああああああああ!?」

 叫んだとしても何の意味もないが、もはや叫ぶことしか私には残されていない。あと少しで骨を貫通し、その裏側にある心臓に到達してしまう。

 もっと早く心臓に突き刺すことができるはずなのにそれをしないのは、街で人を殺した私に最大の苦しみを与えるためだ。

 常に収縮と弛緩を繰り返している心臓に、ゆっくりと鋭利な金属が突き刺さるのを想像しただけで吐きそうだった。それで終わりではなく、内部の圧力に耐えきれなくなった心筋が裂け、その間から大量の血液が外へと飛び出すことだろう。

 場所にもよるが心臓に掛かる圧力は非常に高く、針を刺されてから引き抜かれれば、文字通り血の雨が降ることになる。その最後の一手を、巫女が打とうと手に力を込めよとするのが見て分かった。

 ここからではどうやっても、逃げられない。死んだ。そう確信し、あまりの恐怖で目を閉じて現実から目を離した。これ以上ないぐらいに強く目を瞑っていたが、金属が胸の奥に一気に抉り込む違和感を感じない。

「……」

 私が現実から目をそむくのを良しとせず、目を開けるのを待っているのかと思った。目を閉じてから束の間、胸にあった激痛と違和感が消えた。

 違和感が消える僅か前に、針が引き抜かれた感触が胸から伝わってくる。押し込む理由は数多くあるが、引き抜く理由はないはずなのに、どういう風の吹き回しなのか。

「……っ…」

 薄っすらと片目だけ開くと、私を殺そうとしていた巫女の顔が映り込む。微笑んでいたはずだが眉は顰められ、眉間には皺が寄っている。僅かに上がっていた口角は下がり、目が細まっている事で怒りを表している。

 しかし、怒りを向けられている対象は私ではなく、その隣に立っている女性にだ。紫を主体とした洋服を身に着けており、片手には夜だというのに日傘を握っている。

 傘を持っている手とは逆の手で、針を握っている巫女の腕を引かせている。助けてくれたのだろうか。血が滲んで漏れ出した胸を押さえ、這いずりながら彼女たちから遠ざかる。

「邪魔しないでくれるかしら?」

 その言葉から、二人が普段からいがみ合って戦い合う間柄でないことがわかってしまった。巫女の手を握っている人は、私を助けたいわけではないのだ。私にはわからない、他の理由があるのだ。

「いいじゃない。幻想郷のバランス管理もあなたの仕事だけど、最近は狩り過ぎよ。人が妖怪の怖さを忘れてしまうわ」

 訳の分からないことを新たに現れた女性が言っている。巫女の手が私の顔から離れ、紙の付いたまっすぐな木の棒を握り直す。注意が外れ、二人がいがみ合っている間に、私は花畑の奥に見える森に向かって走り出していた。

「あっ…!」

 走り出すと巫女の方が、逃がしてしまったことに対する本意ない声を漏らす。この生きた心地のしない場所から遠ざかれるのであれば、もう何でもよかった。

 巫女が傘を持ったもう一人に説得されたのか、追ってくることはなかった。だが、二人が見えなくなっても、走り、走り続け、気が付くと鬱蒼と木々や草木が生い茂る森の奥底にいた。

 樹海と大差ないような、薄暗く、見通しも悪い、方角すらもわからない場所に来てしまった。迷い、遭難していると結論を出すまでに一分もいらなかった。湿気が高く、嫌な汗が額から流れる。

 今までなら泣きながら森の中を彷徨っていただろうが、巫女に殺されかけた経験をしたばかりで、あれよりはましだと考えている自分がいた。楽観的とは少し違うが、落ち着いていられるだけの余裕があった。

 息を整えている間に、酸素が足りていない頭の中でこれからどうするかを考える。しかし、何も浮かんでこない。どう頑張って頭を捻っても、どうしていいかのわからない。世界を全く知らない私には、どう動いていいのかわからない。

 何もわかっていない中でも、一つ言えるのは、誰かを頼りにするのはやめた方がいいという事だ。特に、人間は。

 人間は噓つきだ。私は、楽しんで人を殺してなんかいない。ほかの人と同じく怖かった、殺されるかと思って必死に逃げていた。なのに、彼らは私が違う者だから、人間じゃないから陥れ、殺そうとした。

 そんな卑劣な事をする連中なんかには、近づきたくもない。でも、私と同じ妖怪でもそれは例外ではない。おじさんが私に見せた疑う行動から、妖怪は私のように人と同じ姿の者もいると思われた。同じように考えて行動しているのであれば、人間のように利己的に他者を陥れる思考を持っている事だろう。

 騙されるぐらいなら、裏切られるぐらいなら、どんなに苦しくても、辛くても、一人でいる方がずっといい。

 何をしていいのかはわからない。どうしていくかも決まっていない。行き当たりばったりだが、まずはここに居を構えていこう。安心して、安全に過ごせるところを。

 そう考えていると、誰かがそこにいたのか、風で草木がなびいたのかわからないが、木々の擦れる大きな音がした。巫女の事がトラウマとしてしっかりと刻み込まれているせいで、恐怖がぶり返す。

 敵意をその方面に剝き出しにしたとき、またあの感覚に襲われる。体が軽くなり、体の奥底で火山が噴火したように、芯の奥底から発熱する。いつも咄嗟の事で全く頭が回っていなかったが、これは何だろうかと思っていると足元から苔や土を押しのけて人々をつるし上げ、引き裂いた植物が姿を現した。

「ひっ…いやああああああああああああああああああああ!!」

 周りにあの時のように人はいない。次こそは自分がターゲットになっているだろう。向いていた方面に多く出現しているが周りからも発芽しており、逃げ道がない。

 一気に動くことができなくなった私は、最後の抵抗で声を絞り出した。だが、叫んで目を閉じようとしていたが、一向に植物が私を殺そうと動くことはない。

「……へ…?」

 首をかしげているが、いつまで経ってもうねる植物は私を絞め殺すことはない。それどころか、音のした方向から私を守るような配置で生えてきているように見えた。試しに近くに生えていた植物を地面から引き抜くが、抵抗する様子を見せない。

 見る見るうちに枯れていき、青々としていた蔓や茎はやせ細る。なんの植物かわかっていなかったが、その先には花弁が開いており、花であることに気が付いた。

 痩せた植物は段々と茶色くなっていくと、最後は青色の結晶となって宙に霧散して消えていく。こいつは私に取りついている妖怪ではなかったのか。

 よくよく考えると、この花が私の周りを囲って人を殺している時、私は身の危険を感じていることが多かった気がする。木槌で殴られていたり、首を絞められていた。

 そこで私は合点がいってしまった。殺されなかったのではなく、殺されるわけがなかったのだと。私から見れば別の妖怪が殺しているようにしか見えなかったが、人間からすれば花が私を守っているように見えただろう。

 だとしても、そんなことはどうでもよかった。ここにある事実は、この花たちが私を守ってくれていたことだけ。あちらがやってきたからこちらがやるしかなかった。正当防衛でやってしまったのだ、私は、私は悪くない。

 罪悪感が拭いきれない。あの人たちの顔が脳裏から離れない。正当防衛だと、自分にその言葉を刷り込ませ、少しでもそれらからの逃げ道を繕った。

 

 

 

 地面が近い。黄色に近い土は、近すぎて目で焦点を合わせることができない。植物を育てるのには向かない程にカラカラであるのは、皮膚から伝わってくる触感と、吐息が吹きかかっただけで砂塵が舞う様子からわかる。

 自分が倒されていると自覚するのに、数秒を要した。何があったのか、それすら思い出すことができないでいた。倒した相手は幻想郷で最強を謳われる博麗の巫女だが、この私が打ち負けるだけでなく、失神させられるとは屈辱だ。

 それに、夢見も最悪と言わざるを得ない。こんな、思い出すだけでも目覚めの悪くなる夢をここまで丁寧に思い出すなんて、自分の死期を悟って走馬灯を見ているみたいね。

「くっ………」

 重い体を起こすと腕がぶるぶると震え、体力が底をつきかけている事を示している。どこで倒されたのかはわからないが、気絶していたことで緊張感が途切れてしまっている。先ほどまで私を突き動かしていた怒りが鎮火してしまい、再燃焼には時間を要することだろう。

 どうして、今頃になってこんなのを思い出すのだろうか。数百年前の、自分でも忘れかかっていた記憶だ。戦闘に意識を戻さなければならないのに、思考はウサギを追うアリスのように夢の続きを追っている。

 あれから、自分の行いを正当化しようとしている事に気が付くのには、しばらく時間がかかった覚えがある。

 周りからの関わりを断とうとしているのに、私を恐れた村人たちが凝りずに何度も攻撃を仕掛けてきたことで、人間嫌いが更に加速した。

 それだけには留まらず、そこらの妖怪と比べて、私の力は小さいころから強力だったようで、それを利用しようとするものが後を絶たなかった。

 人間も、同族である妖怪も、信用することができなくなり、自分以外の誰かが鬱陶しく、どちらにも厭悪を向けるようになるまで、そこまで時間は必要なかった。

 それに比べて信用できるのは、花だけだった。花は良い。裏切ることもなく、きちんと手入れをしてあげれば、それに答えて美しく、綺麗に咲き誇ってくれる。

 依存していると言われればそうだろう。心のよりどころは、ここ数百年はあらゆる季節の花たちだけだった。

 話は戻り、いくつかの季節を超え、私も今と変わらないまでに成長した。討伐しようとする、屈強な男で構成された部隊を何度目か容赦なく全滅させた。我が子のように愛おしく、手塩にかけて育てて手入れをしてきた花を踏み荒らした人間に、生きる価値など無い。

 逃げた者も含めて全員あの世へ送り、大人数の死人が出たことで、あの夜私を殺しに来た巫女が重い腰を上げて私の元に来た。なぜか彼女にはあの頃のキレはなく、苦戦を強いられながらも、何とか追い返した。

 そうして、私は束の間の平穏を手に入れた。それから数年の月日が流れ、前の巫女が死んだのか、博麗の権利を手放したのかは知らないが、博麗が次の世代に受け継がれて切り替わった。

 干渉してこないのであれば、私にはどうでもいい事だ。いつものように、その季節に合った花の種を植え、水をかけてやる。もう芽が出ている花は美しく花弁を開き、生を全うできるように、できうる限りの手入れを施す。

 私にとって、幸せだった時間は急速に過ぎていった。場所を移動しながら、数百年かけて一年中花を育てられる環境の整う、現在でいうところの太陽の畑を見つけた。人間では到底手入れしきれないであろう、規模の花畑を作り、数年は何の変化もなく平穏に過ごした。

 そんな中で、日常を壊す者たちが現れた。最初は気のせいだと思っていたが、花が一部無くなっていたり、踏まれて折れているのを見て、何者かが来ているのを知った。

 私の大事な花をこんなことするとは、どこの馬鹿だ。博麗の巫女でも殺せず、痺れを切らした村人たちが、嫌がらせを仕掛けてきているのだろうか。しかし、これまでに何人も村人が殺されているのを目の当たりにしているはずで、村人だとは考えにくい。

 自分なりに分析していたが、結果はすぐに向こうから来た。予想は当たっており、畑を一部荒らしていたのは人間ではなかった。

 鬼に匹敵する私の力を妬んだり、傍若無人さから恨みを買って嫌がらせを受けていれば、報復しやすいのだが、花を引っこ抜いているのはどうやら子供の妖精のようだ。

 見えているのは二人だ。どちらも十歳前後の子供で、花を引っこ抜いて掲げている方が見た通り元気な様子だ。もう一人は花を持っている女の子に静止を促しているが、聞こえていなさそうだ。

 元気な方は青色の服を着ており、背中には大きな結晶の羽を生やしている。もう一人の止めている方も青色の服を着ているが、緑色の髪の毛から違いが判る。

 見たところあの二人には悪意がなさそうだが、悪意を持っていない分だけ質が悪い。追い出しにくくはあるが、いつも通りに追い返すとしよう。

 自分の中では手を抜かずに、恐怖を植え付けるように追い返したはずだったのだが、数日も経つとまた花が引き抜かれていたり、踏みつけられた跡が多数見られた。

 金輪際この花畑には近づかないと思っていたのに、なぜだろうか。あれだけの事をされたのになぜまたこの場所にこれるのだろう。

 踏み荒らされた花を植え替え、元通りとはいかなくとも近い形で再現した。次に会ったらただでは済まさなかったが、それでも彼女たちは時に人数を増やして畑で遊ぶことを止めなかった。

 そこまで多い頻度で畑を荒らしに来ているわけではなかったが、それでも、花を踏み荒らされるのには我慢ならず、非常に鬱陶しかった。私は畑の中でしか活動しないため、会うたびに追い出していたが、活発に遊んでいる彼女たちは広くそれなりに障害物のある遊び場を手放すことはない。

 どうにかして入らないようにしてやりたいが、空を飛んでくる彼女たちを止めることができない。だが、こうしたやり取りを数年も繰り返すと、彼女たちを無理やり追い出す回数が減った。

 私が諦めたわけではなく、彼女たちが花畑を荒らすことが少なくなってきたからだ。 私が見つけるごとにしばき倒していたことが功を奏し、遊び方に気を付けるようになったのだろう。

 花を引っこ抜いたり、踏み荒らすことが少なくなって悩みの種はなくなったが、そもそもの話、妖精たちがこの場所に来るという根本的な問題を解決していない。誰かが自分の近くにいることが耐えられない私からすれば、それもストレスの種となる。

 しかし、なぜだろうか。最初は他の妖怪や人間たちと同じように、妖精の彼女たちを追いだしていたはずだが、今は遊んでいる姿を見ても追い出す気になれない。

 それをいいことに、彼女たちの遊ぶ範囲が着々と広まっているのは少し腹立たしいが、他の妖怪連中と比べて怒りが湧いてこないが不思議だった。

 その疑問に気付くのにしばらく時間がかかったが、何回目か彼女たちが遊んでいる時、私は気が付いた。鬼ごっこをしている彼女たちの様子を見て、楽しそうでうらやましいと感じている自分がいた。

 あの頃の、人間と遊んでいた時の自分と重ねてしまっていたのだろうか。それがわかってしまうと、楽しそうにしている彼女たちを追い返すことが余計にできなくなってしまっていた。

 花を荒らした時には流石に怒りはしたが、それ以外では彼女たちに干渉することはしなかった。なぜだろうか。妖精たちが楽しそうに遊んでいるのを見ると、荒んでいた私の胸の内が和んでいる気がした。

 他の誰かには口が裂けても言えないが、彼女たちが遊んでいるのを見ているだけで、それで十分だった。数年の年月が過ぎると、いつしか、その様子を見ているのが楽しみになっていた。

 次はどんな遊びをするのか。同じ遊びだとしてもいつもと違う状況となり、彼女たちが遊んでいる姿は飽きずに見ていられた。

 彼女たちにはそんな意図は無く、ただ楽しいからここにきているのだろう。それでも、こんなところにまで来てくれていることがうれしかった。

「…」

 ここまで話して居ればわかるだろう。随分と前の話になるが、一番最初に太陽の畑で霊夢達と戦った時に、魔理沙に言われた誰か大事な者がいると言われた。そう、妖精たちだ。

 以前なら妖精が人質に取られようが関係なかっただろうが、花たちと同じぐらい愛おしさが目覚めていた為、彼女たち見捨てる選択肢はなく、従わなければならなくなった。

 命令されることが嫌いであったのと花を踏み荒らされ、あの子たちに暴力を振るった。あんなに元気で、陽気な声を上げて遊んでいた彼女たちが、絶望的な泣き声を零していたのは未だに耳に残っている。それだけは許せない。

 彼女たちにあんな目に会わせた異次元霊夢に、復讐しなければならない。その意思はあるが、疲労に苛まされて上体を持ち上げるので精一杯だ。

 太陽の畑で胸を貫かれ、心臓を握り潰された。いくら私程の妖怪でも、重要な器官を損なえば致命傷となって死に至る。死ぬ寸前に自分で作り出した植物の維管束をつなげ、魔力作用と血管周囲の筋肉で蠕動運動を再現し、どうにか血を巡らせている。

 心臓が無くなり、通常とは異なる体の状態によって、疲労の蓄積が顕著だ。普段ならこの程度の戦闘など屁でもないはずなのに、手足が鉛のように重く感じる。

 それでも、やらなければならない。自分の体に鞭を打ち、溶けた金属の中に沈んでいるような腕や脚に力を込めようとした。

 うつ向いていた私の目の前に何かが落下してくる。人型で、血生臭い匂いを漂わせるのは、私と一緒に戦っていた仙人だ。気絶していた時間がわからないが、かなり長い間戦っていたのか、ボロボロで虫の息と言っていいだろう。

 私は戦意を根こそぎ持っていかれ、華扇は気力があっても体が動かないようだ。体の各所から血液が流れ出ている事から、物理的に体を動かすことができないのだろう。

「くっ……あっ…ぐ……」

 仰向けに倒れ、血反吐を吐く華扇の片足は折れ、残った腕も指が全ておかしな方向に曲がり、一部は千切れかかっている。顔も血まみれで、顔のパーツがどこにあるのかわからない程だ。

 その倒れた仙人の胸を異次元霊夢が踏みにじる。呻き、殺されかかっている華扇はそれでも巫女に攻撃を行おうと敵意を向けるが、もはや巫女にとって仙人は脅威とは成り得ない。

 袖の中から一枚のカードを取り出した。どんなスペルカードかわからないが、これで私と仙人を同時に殺そうとしているのをひしひしと感じる。濃密な魔力に殺意の高さがうかがえる。

 数センチ膝を落とし、後方に跳躍すると大量の魔力を流し込んだ輝くカードを握り潰す。結晶化した紙が霧散し、空気中に消えていく。起動した回路が抽出され、スペルカードが完全に発動された。

「霊符『夢想封印』」

 異次元霊夢の周囲に十数個になる球状の弾幕を展開し、私たちに向けてその弾幕を一斉に放った。あれらに含まれる爆発力は私たちの強化された四肢を捥ぎ、文字通り四散させることだろう。

 花で防御壁を作り、弾幕を受け止めることはできず目の前に弾幕が到達した。ほぼ反射的に目を閉じ、爆発のダメージと体の一部が無くなった事による激痛から少しでも遠ざかろうとしていた。

 

 目を閉じようとした直前、目の端に何かが写り込んだ気がした。それは見間違いではなかったらしく、目の前に透明な壁が形成された。

 壁と言っても、ガラスのように薄い結界だ。脆弱を形にしたような防御壁では、異次元霊夢の放つ強力なスペルカードを受けきることなどできはしないだろう。

 自分が死にそうだというのに、なぜか冷静に結界に対して考えを浮かべていたが、その予想通り三から四発は耐えていたが、私たちを囲う形で配置された札が攻撃の負荷に耐えきれず、黒く焼け焦げてその役割を全うしてしまう。

 弾幕の爆発は、すぐ近くで削岩機が起動しているような衝撃で、それに耐えていた結界が限界を迎えると、亀裂が生じて結界の全面に瞬時に広がった。

 五発目の弾幕で結界が完全に砕かれ、残りの十発の弾幕が私たちに襲い掛かろうとするが、順次飛んでくる弾幕を、後方から現れた霊夢が受け流した。

 音もなく後方から現れた我らが巫女は、涼しい顔をして表情一つ変えずに、滑らかな動きで弾幕を捌く。

 受け流しには精密な操作が必要となるはずだが、博麗の巫女からすれば朝飯前だ。宙を滑るように滑空する霊夢は、前進しながら数発の弾幕を危なげなく対処しきる。

 地面に着地し、スペルカードの弾幕が突っ込んでくる角度や位置関係から、戦いやすい位置に陣取った。最後の数発も撃ち落とそうとお祓い棒を握り込もうとするが、横からの地面を抉らんとする衝撃波が弾幕を全て掻き消し、霊夢は構えを解いた。

 異次元霊夢がスペルカード直後の硬直によって、地面に着地している様子を見ながら博麗の巫女が私たちに声をかける

「…あんたたちにも、理由があるだろうけど…その体じゃあ、無理でしょう?」

 華扇も、私も口惜しいのだが、霊夢の言うとおりであり、戦闘の意欲を見せることができない。これ以上戦ったとしても私たちでは彼女たちの足手まといにしかならない。

「お前たちが細かくどうしたかったかはわからんが、最終的な目的はわかる。全て受け継いで戦うことはできないが、後は任せろ」

 衝撃波を放った魔理沙が、抉られた地面を歩いて霊夢と合流し、異次元霊夢に向けて立ちはだかった。

 二人が手を組んで一緒に戦うのであれば、成し遂げられなかった奴への復讐を任せられる。彼女達ならばきっと異次元霊夢を殺してくれるだろう。

 ここにきてようやく、この二人が揃った。霊夢は言わずもがな幻想郷で最強の人物であるが、頭一つ抜けているだけで、歴代の巫女からすれば弱い方である。

 異次元霊夢は萃香や遊戯でさえも、指一本触れることができずに倒されるであろう強さを誇る。こちらの世界でいえば、歴代の中でも初代博麗の巫女に匹敵する力を保持しており、霊夢を含めて我々からすれば次元が違う。

 霊夢だけであれば、この戦いの勝敗見なくてもわかっていたが、ここに魔理沙が加わるだけで勝敗がどちらに付くかわからなくなるほどにまで飛躍する。

 魔理沙は幻想郷の中で、上位に入る程度でトップ争いに食い込むほどではない。しかし、霊夢と一緒に過ごし、戦った時間は非常に長い。お互いの行動が手に取るようにわかるであろう二人が生み出すコンビネーションは、これまでに何人も打ち破ること敵わずに地面に伏した。

 魔理沙も、霊夢も、一人で戦う姿は非常に心もとない、頼りないように見えた。他の異次元の奴らを倒すほどには強いのだろうが、脆く、危なっかしいイメージが拭えなかった。

 今はそうは思わない。これほどまでに安心する背中は無い。こちらを向く余裕は無いだろうが、表情を見なくてもわかる。彼女たちには、一人で戦っていた時期に無かった自信が芽生えている。

 

 彼女たちはこの幻想郷で唯一、異次元霊夢に届く最強の矛だ。

 




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東方繋華傷 第百六十六話 悪計

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百六十六話をお楽しみください!


 空気が張り詰めているのは、異次元霊夢が放っている殺意が、霊夢にではなく私に向けられているからそう感じるのだろう。

 今までであれば、霊夢を殺せば私が暴走して彼女たちの目的に近づくはずであるが、その様子がない事から、異次元霊夢は目的を放棄しているようだ。

 一回目に暴走した段階で、私を殺せなかった。それで続行不可能と判断し、他の誰かに力を奪われるぐらいならば殺そうとしている。今までのように、殺さないように手加減されている感覚で戦えば、真っ先に殺されてしまうだろう。

「……」

 油断なく構えているが、これがどれだけ異次元霊夢に通用するだろうか。後ろに華扇と幽香がいるが、彼女たちを守りながら戦うことはまず不可能だ。彼女たちが殺されぬよう、この場所から奴を引き離さなければならない。

 そう思って手先に魔力を溜めていこうとすると、異次元霊夢が握る拳の指の間から、いつの間にか妖怪退治用の針が覗いていた。いつから取り出していたのか、右手に握る針に注意が向かった。

 それを利用したのか、お祓い棒を握る左手を薙ぎ払い、隠し持っていた針をこちらに向けて投擲する。右手ばかりに注目が行き、反応が遅れてしまう。

 魔力で強化されているようで、一瞬で針が私の元へと到達する。三本の針は私の急所目掛け、一寸の狂いもなく投げられており、奴の殺意の高さが伺えた。

 手のひらを向けて魔力を放出し、全ては無理でも針をいくつか撃ち落とそうとするが、それよりも早く霊夢の方向から同じ形をした針が垂直に突き刺さった。甲高い金属音がつんざくと、異次元霊夢の投擲物を正確に全て撃ち落とす。

 周囲から戦闘音が鳴り響いているが、その中でもはっきりと金属音が奏でられる。薄暗い森の中に目が慣れていたせいで、弾けた火花がやたらと明るく感じ、軽くであるが眩暈が起こりかけた。

 目の前で火花が弾けたことと、金属の針が目の前まで迫ってきたことで反射的に目を閉じてしまう。異次元霊夢が投げると同時に腰を落としていたが、瞳を閉じきる前に跳躍しようと前かがみになっているが見えた。

 針を撃ち落とすために魔力を放出しようとしていたが、それをそのまま異次元霊夢への牽制に転用し、エネルギー弾を放出した。最初から異次元霊夢に当てられることは期待していないため、数メートル前進の後に弾けさせた。

 前方にだけ爆発の衝撃が向かうようプログラムされた弾幕が、水中から顔を覗かせた気泡のように破裂すると、今か今かと役割を待っていた中身が衝撃波となって前方に飛び出した。

 本来ならば視界にとらえることのできない透明な壁であり矛は、地面の砂を舞い上げる程度では終わらせず、シャベルで掘り返すとしたら一日で終わらないであろう範囲で地面を捲り上げていく。

 空間が歪み、衝撃波に土が混じると壁に見えていた物が、今度は波に姿を変えた。全体像が見えやすくなったことでより避け易くはなってしまった。

 直線的に来られるよりも、迂回した方がまだ時間はかかる。コンマの差であるが、それだけの間があれば、霊夢が後れを取ることはない。

 乾いた木製の打撃音。肉体に打撃が叩き込まれる音ではなく、同じ形をした物体同士が打ち合わさった音。

 お互いの挨拶は済ませたようだ。火花が消えた後の見通しが効くようになった中で、何度得物を交えたかわからない二人の姿が映る。

 コンマの差であるが霊夢が少し遅れているように見える。辛うじて今は追い付いてはいるが、あと数度お祓い棒を交えれば、異次元霊夢の攻撃を食らうことになるだろう。

 手先に魔力を溜め、異次元霊夢にレーザーを二度放ち、その遅延を相殺する。一発は喉に向け、もう一発は胴体を狙った。喉元を狙ったレーザーは体を傾けたことでかわされ、胴体を狙ったものはお祓い棒で掻き消されてしまう。

 当たらなくとも異次元霊夢の行動を阻害できる。行動の遅れが生じるのは、今度は異次元霊夢だ。霊夢のお祓い棒を二度かわし、後方に大きく跳躍する。

 その過程でも奴に反撃する隙を与えない。レーザーとエネルギー弾を交互に放ち、追撃する。レーザは何かを焼き貫く間もなく掻き消され、エネルギー弾は人を数百メートルも吹き飛ばす威力を持つはずだが、レーザーと同様に何の反動もなさそうに掻き消された。

 ダメージはなくとも、霊夢が到達するまでの時間を稼ぐことは簡単だ。異次元霊夢に立て直す暇を与えず、万全で突っ込む彼女を送り込む。

 そこらの妖怪ならば、数秒で肩が付くだろう。目で追うのがやっとの連撃が繰り広げられる。異次元霊夢は直前まで私の弾幕に対処していたとは思えない。

 まるでガソリンを入れたエンジンだ。魔力の爆発的なエネルギーが続く限り激しく稼働し、力の限り活動を続ける。今まで見たことないぐらい素早く、力強く動く霊夢を単騎戦なら凌駕した。

 しかし、ここまでの力の差があるのに、この短時間で決着がついていないところを見ると、異次元霊夢も攻め切れていないのがわかる。霊夢が本気で戦っているのもあるだろうが、この面倒な援護者がいるからだろう。

 肩を並べて戦うのは十数日とはいえ久々で、彼女には私に対する記憶が欠如している。それに加えて見たことが無い速度で動く霊夢だが、どこまで踏み込み、どう攻撃し、どう守るのか、動きの流れまでもが、手に取るように分かった。

 今まで一人で戦い、感じていた歪さが解消されていく。ぐちゃぐちゃに並べていたパズルのピースを、正確に形を合わせていくようだ。

 霊夢の動きに合わせ、レーザーを放つ。ただそれだけだ。攻撃の際に霊夢の体が右に傾き、彼女の左わき腹を通してレーザーを放つ。地を這うように前進する霊夢の肩越しに異次元霊夢の頭部を狙う。

 コンマの時間でも放つのが速くても遅くても、霊夢の体を貫いてしまう。逆に、霊夢の動きが遅くても、弾幕が貫いてしまうだろう。霊夢は勘が大きいだろうが、お互いがお互いを知り尽くしているからできる芸当だ。

 しかし、常に最高速度で体を動かせば、身体の負荷は大きく、こんな戦い方は五分と持たない。動きに緩急をつけ、休ませることで長期の格闘を可能にしている。

 記憶がなくとも少しの勘が働き、残りは体が覚えているのだろう。お互いが付ける体の緩急も読み取れ、片方の隙を補っている。そうして生まれる間髪入れぬ立て続けの攻撃は、異次元霊夢の息をつかせる間も与えない。

 針に糸を通すような精密な行動だというのに、寸分の狂いもなく我々は攻撃をこなしていき、気づけば異次元霊夢から来る反撃の数は少なくなり、身を守ることしかできなくなっていた。

「くっ…そっ…!」

 明らかに苛立っている奴に対し、霊夢は氷のように冷静に対処する。目にも止まらぬ二連撃を放つが、衝撃を上手い事受け流した異次元霊夢が反撃に躍り出る。大ぶりの薙ぎ払いだが、攻撃直後で逃げ切れなかった彼女は、お祓い棒で奴と同じように衝撃を逃がして受け流す。

 霊夢は完璧に受け流したように見えたが、彼女の背中が十数センチ後退し、丸め込んだ。ダメージを相殺しきれていないのだ。二人の少し後ろで援護していたが、彼女が持ち直す時間を簡単に掻き消されるレーザーだけでは稼ぎ切れない。

 手先の魔力をレーザーへと変換し、それと同時にエネルギー弾を霊夢に当たらない角度で放とうとするが、異次元霊夢の行動はお祓い棒を振る事ではなかった。

 懐に手を伸ばし、束ねられた札束に見える大量の博麗の札を引き抜いた。厚みから五十枚はありそうで、それだけの枚数で何をするつもりなのか想像がつかなかったが、奴の行動はいたってシンプルだ。

 込められていく異次元霊夢の魔力には爆発性の性質が含まれており、ここら一帯を吹き飛ばすつもりなのだ。これだけの枚数であれば、一枚当たりの魔力量は少なく、爆発の威力は大したことは無いが、広範囲で複数の爆発を受けるとなれば話は変わってくる。

 ここにはまだ華扇と幽香がいる。二人も当然巻き込むように異次元霊夢は札をまき散らすことだろう。守りに入らざるを得ない私たちを自分から引き剥がし、状況を一度リセットするつもりだ。

「…魔理沙!」

 霊夢の反応は非常に速い。爆発する性質を彼女は感じ取れないはずだが、攻撃を仕掛けようとしている当人並みの速度で対処を開始する。彼女は後方の華扇たちがいる方向へ飛びのくと同時に、私の事も突き飛ばした。

 時間がなく多少乱暴ではあるが、この程度なら余裕で対応できる。魔力の作用で突き飛ばされたスピードを維持しながら二人の元へと到達する。その過程でこちら側に魔力の作用で向かってくる札をエネルギー弾とレーザーで撃ち落とす。

 奴め、直線的に向かえば私のエネルギー弾で迎撃されるのは必須。弧を描かせたり、下から這うようにしたり、左右に展開し、一度の攻撃でまとめて撃ち落とされないように対策している。

 霊夢の進行を阻害せぬよう弾幕を張るが、両手で数えられる程度しか撃ち落とせなかった。二人の頭上を越えて後方の地面に降り立つと、私たちを囲む形で数枚で一組の札が四方に配置された。

 霊夢が幽香たちを助ける際にも使った、防御陣だ。その時よりも魔力が込められ、かなり強靭な防御壁になるだろう。

 しかし、いくら守りが堅くても霊夢が入れなかったり、札が内部へ侵入してしまえば全く意味のない物になってしまうだろう。

 一足先に結界内に到着した私を追って霊夢は後退しているが、飛んできている札は人間台の重い物でないため、回り道をしても彼女に追いついてしまいそうだ。

「展開」

 まだ結界の内側に入り込んでいないが、彼女は札に結界の形成命令を与える。その速度はかなりゆっくりに設定してあるが、霊夢が入り込めるか入り込めないかギリギリだ。そうでもしないと、結界の内部に札が入り込めてしまうのだろう。

 飛行する霊夢の横を札が複数枚追い越そうとするが、私の弾幕が半分を撃ち落とし、残りを幽香の花が握り潰す。

 結界は足元から徐々に形成されていき、肩や首のあたりを通り過ぎる。自分と離れた場所に影響を及ぼせる幽香と違い、自分から弾幕を放たなければならない私は、結界に遮れてこれ以上の援護はできなくなってしまう。

 霊夢も霊夢で、迎撃に集中してしまえば飛行の速度は落ち、結界内部に入り込むことができなくなる。天井にまで形成が到達したが、霊夢がまだ少し離れているため焦りが募る。

 この結界をすり抜ける性質の魔力でレーザーを放てばいいだろうが、以前ほど魔力の質が高くないため、結界に影響を与える可能性がある。飛行する霊夢の援護ができず、指を咥えて見ている事しかできない。

「くそっ…幽香、頼む!」

「わかってるわよ。まったく、私が巫女を助けるなんてね」

 幽香はうなづき、小さくため息をつくと霊夢が通り過ぎた地点に植物のカーテンを作り出し、札の進行を止める。負傷し、魔力をあまり能力に回せなかったことが原因か、カーテンの密度が薄く、通り抜けてしまう札の方が多い。

 札の方が軽い分だけ速度が出る。いくら撃ち落としたとしても次から次へと追い上げ、霊夢に追いついてしまうが、結界内部に入り込むまでもう少しだ。

 閉じきるまでの残りの幅は、数十センチ程度だ。移動に魔力を回せたことで少し余裕で入ることができそうだが、撃ち落とせない分だけ札までもが結界を潜り抜けてしまいそうだ。

 上から見れば横幅と奥行きが五メートルはある結界だ。花がつぼみを閉じるようにゆっくりと結界が生成されていくため、幽香の花も途中から援護ができなくなってしまう。

 霊夢が結界の縁に到達する前に、できるだけ撃ち落としたが、それでも数多くの札が途中の迎撃をすり抜けてしまう。大量の魔力を使ってか、遠隔操作しているらしく、蔓で捕まえにくいのもそのためだろう。

 自分を追い越していく札を無視し、自分の周囲にある札を霊夢が針や札を投擲して撃ち落とした。構築していく結界の間をすり抜けてこようとした札をこちらで撃ち抜き、あと三十センチほどとなった隙間を睨む。

 先ほどまでは少し余裕があったが、札の対処に回ったことで一気にそれが無くなった。彼女が入れるかどうかかなり際どい。

 それは霊夢もわかっているはずだが、表情はいつもと変わらない。なぜそんなに冷静でいられるのか、焦った表情を浮かべているであろう私も見習いたいぐらいだ。

 霊夢を追っている札の集団に向け、手のひらを向けた。彼女が進むことだけに集中してくれれば、入り込まれたとしても被害は少数で済む。

 結界に穴が開くかもしれないが、彼女を助けるために弾幕を撃とうとするが、飛行する霊夢と瞳が合う。今はその時ではないと、訴えられている気がした。

 彼女が持っていた一枚の札に爆発の性質を持った魔力を流し込み、投げるでもなくその場に離した。霊夢と同じ速度で動いていたが、紙媒体は空気の抵抗を受けやすく、即座に失速してひらりと舞い落ちる。

「爆」

 自分に爆発の炎が及ばない位置に達した時点で、霊夢が札に命令を与え、起爆する。札に含まれていた爆発の性質を持った魔力が発揮され、淡青色の炎を噴き出して爆発を起こす。

 それにより一部の札に含まれている魔力回路が破壊され、ただの紙切れへと成り下がる。異次元霊夢にとっては由々しい事態だが、こちらにとっては本当の意味で追い風となる。爆風を利用し、加速した霊夢はある程度の余裕を持って結界内部へと転がり込む。

 魔力の炎が消失した空間を残りの札が通過し、未だに塞がっていない結界の間に到達するが、霊夢と同時でなければ対処は簡単だ。結界に影響を与えない性質を持ったレーザーで札を撃ち抜き、結界内部から押し出した。

 レーザーで炙られてはいるが、ガラスのような薄い結界の膜が閉じきると同時に、異次元霊夢が起爆命令を下したのだろう。淡青色の閃光を漏らして数十枚の札が同時に爆発した。一枚一枚は大した光量ではないが、束となっているためかなりの光源となる。

 爆発音も折り重なり、鼓膜を揺るがす轟音へと昇華する。爆音もそうだが、生み出される衝撃と閃光も相まって、いくつかある感覚機能が不能に陥った。

 僅かな時間であるが目が眩み、耳鳴りに苛まされる。衝撃で耳の平衡器官がやられたのか、重力方向が分からなくなり、膝をつきそうになった。

「くっ…」

 しばらく続くのであれば大きな問題となるが、平衡感覚はすぐに戻り、結界内部を見回した。霊夢は私と違ってすぐに行動していたらしく、異次元霊夢が居た方向の結界の際に移動している。

 幽香と華扇は立ち上がる体力もないのか、地面に座ったまま霊夢と同じ方向を睨んでいる。私も同じく見るが、爆発で舞い上がった砂塵で塞がれ、得られる情報が殆どない。

 周りを見回し、異次元霊夢が横に回り込んでいないか警戒するが、砂煙が色濃く舞っている以上は、自分の足で結界の外に行かなければ難しいだろう。

 今のうちに息を整えようと呼吸を繰り返していると、焦げ臭さが鼻につく。爆発の炎で大気が焼かれたのだろうが、結構強烈に匂う。爆発は殆ど結界が防いだからここまで匂いが入ることはないはずだが。

 そう思いながら霊夢が入ってきた位置を見上げると、大きな亀裂が結界の上面に走り、一部は崩壊して魔力の膜が剥がれ落ちて結晶化していく。

 異次元霊夢の投げた札は、結界の上面に覆いかぶさるように向かってくるのが多かったが、結界を崩壊させる程だっただろうか。

 正面や側面も同様に札の枚数は多かったはずだが、それでも多少の亀裂を生じさせるだけで、一部分が剥がれ落ちるような損傷は見当たらない。

 特に結界の崩壊が激しいのは、私が札を撃ち抜くためにレーザーを放ったあたりだ。やはり、以前ほど魔力の質は無いらしく、影響を及ぼしてしまっている。

 砂煙がパラパラと舞い落ちてくる。来るのであれば、一番損傷している上からだろうか。周囲の警戒を三人に任せ、上を警戒する。砂塵と木々の間から太陽の淡い光が漏れてくることで、何か物体があれば影になる。上空にはそれらしきものは見られない。

 それでも警戒を続けていると、私がいる場所の丁度後方から何か物音がする。見通しが悪い状態で、異次元霊夢の居場所がわからない今はそれに非常に敏感だ。私は勿論のこと、霊夢も含めて全員が音の発生した方向に向き直る。

 一番後方にいた私が奴に近くなるため、いつでもレーザーを放てる状態で待ち構えた。砂塵は人影を写すほど晴れてはおらず、いきなり来られたら対応しきれるだろうか。

 結界に影響を与えたとしても、先制で異次元霊夢を撃ち抜こうとするが、何の疑問も持っていなかった音の質感に違和感を覚えた。異次元霊夢が着地した音や、地面を踏みしめた音にしては軽すぎる。

 石が転がった。その位の音だった気がした。異次元霊夢ほどの実力者であれば、足音など立てずとも移動や着地ができるだろう。そもそもこの状況で、奴が石を蹴飛ばして自分の位置を知らせるヘマは絶対にしない。

「…陽動よ!」

 霊夢の言葉が速いか、異次元霊夢の行動が速いか。今回は後者だ。札の爆発音よりは控えめでが、打撃として聞いたらそれと引けを取らない鳴動は、霊夢の居る後方向から私の居る方向に駆け抜ける。

 ガラスが叩き割れた。そうとしか見えない稲妻状の亀裂が結界全体を覆い、大量の魔力が費やされて作られた防御陣はあっけなく崩壊する。破壊した人物は、それだけにとどまらず、割れた破片を押しのけ、異次元霊夢は脱兎のごとく私たちの間を駆け抜けた。

 異次元霊夢が結界を破壊するだけで留めるわけがない。通り過ぎざまに一度ずつではあるが、私たちへお祓い棒の打撃を叩き込んで行った。

 物音がした私の居る方向に気を取られていた幽香はそうだが、彼女に抱えられている華扇も奴の餌食となる。顔を正面や側面から殴られ、頭を大きく躍らせて持ち直すことなく二人は倒れていく。

 受け身を取れる体力が無い二人が地面へ倒れ伏せる音は、いつもよりも大きく聞こえた。今ので意識を完全に刈り取られたのか、起き上がってくる気配がない。

 一番異次元霊夢に近いはずの霊夢は、ギリギリで奴の思惑に気が付き、防御の体勢に入っていたことで直撃を免れるが、咄嗟の事で体を柔軟に動かせず、受けた衝撃を逃がすまでに時間がかかることだろう。

 私が異次元霊夢から一番離れていて、反撃する機会が多かったはずだが、異次元霊夢の速度が予想を大きく上回った。レーザーを放とうと向けていた手を掴まれ、上空へと向けさせられた。

 熱線が結界を形成していた一部や木々の枝を焼き切り、空に消えていく。逆の手でエネルギー弾を放とうとするが、お祓い棒を腹部に叩き込まれた。私よりも体格の良い幽香たちが吹っ飛ばされるほどの打撃は、腕を掴まれていなければ後方で地面の抱擁を受けることになっていただろう。

「あ…かっ……!?」

 体が前かがみに折れ曲がり、喉を詰まらせて絞り出した声が漏れる。反撃のはの字もない体勢でいる私の顔に、異次元霊夢の手の平がかぶさる。そのまま奴は手を握り込むと、私を連れて前方に跳躍する。

 何かに叩きつけられる前に、振りほどこうとするがもう遅い。浮遊感で内臓が浮き上がる感覚も束の間、潰れるような衝撃が体の中を突き抜ける。

 木と異次元霊夢に挟まれ、衝撃が体の中を反響して往復していく。内臓一つ一つでフラフープを躍らせているようで、吐き気が込み上げた。

「ぐっ………!」

 顔を握っていた手の平はいつの間にか離され、その代わりに前腕を首に押し付けられて気道を締め付けられる。異次元霊夢に言葉は無い。無言で私を木に縫い付け、絞め殺そうとした。

 完全に殺すつもりである異次元霊夢に容赦の二文字はなく、脊椎を潰されてしまいそうになるが、博麗の巫女でなくともそのまま殺されることを許すわけがない。

 レーザーでは当たらなければ何の害もないため、魔力をエネルギー弾として地面へ打ち込んだ。

 この至近距離だ、奴に向ければ敵意を感知され腕をねじ切られるか、へし折られる事だろう。むやみに奴を攻撃するよりも、周囲から干渉させた方が奴を引き離すのであれば効果的なはずだ。

 しかし、いつまで経ってもエネルギー弾が手から撃ちだされる気配がせず、撃とうとしていた手に違和感が生じる。火の上に手をかざしているように熱を感じたのだ。

 熱から遅れ、左手の肘に皮膚が捩じられる感触が伝わってきた段階でようやく、私の腕が異次元霊夢に殴られ、へし折れている事が気のせいでないことを思い知らされた。

 エネルギー弾に変換しようとしていた魔力ごと腕を破壊され、関節の機構が正常に働いているのであれば、一生拝むことの無い角度で跳ね上げられた。

 捩じれた部分を境に腕が過剰なほど大きく反り、自分の一部ではなくなったとさえ思える。乾いてはいるが、外の空気を伝わってきた音と体内を伝ってきた音が折り重なって、骨がへし折られた重々しい音に聞こえる。骨の一部が皮膚を突き破って出現し、傷害を受けた組織から血液が滲みだす。

 血液中に含まれる血球たちが総出で傷口を塞ごうと集まり、組織損傷で分泌される凝固因子たちが凝固作用を促進させる。瘡蓋と呼ばれる死んだ血液の塊を作ろうとするが、出血がそれを上回り、何も処置をしなければ血は私が死ぬまで出続けることだろう。

 即座に魔力で傷の修復を促すが、暴走以前と比べると傷の治りは圧倒的に遅い。奴を引きはがすのであれば、何でもいい。魔力を炎として周囲に拡散させようとすると、私を木に押し付けている異次元霊夢の後方から霊夢が跳躍してきた。

 私が注意を逸らすよりも早く、いつの間にか配置されていた札による結界が霊夢を囲んでしまう。霊夢と揃えば奴は太刀打ちができなくなるため、分断するつもりだ。

 私に関する記憶を思い出せないようにし、対立させたのは非常に効果的だった。各個撃破であれば、太刀打ちできなくなるのはこちら側だ。早々に合流しなければならないが、腕力で劣る私は、抵抗はできても効果を見込めない。

 かなり強固に結界を張ったようで、霊夢の攻撃で小さな亀裂を生じさせる程度だ。あれを出るのは少し時間がかかることだろう。それまで、奴に殺されないようにできうる限り抵抗を続けなければならない。

 異次元霊夢に振り払われ、押し付けられていた木から横に蹴り倒された。脇腹に鈍い痛みが走り、地面に倒れ込もうと体が空中に投げだされた。この機会を逃さず、魔力で浮遊して遠ざかろうとするが、異次元霊夢の方が足が速い。

 立て直そうとした頃には、既に私の元に接近しており、手のひらをかざされていた。衝撃の性質を含んだ魔力が凝縮され、弾幕としていつでも照射できる。

 私のエネルギー弾に似せた攻撃であり、私に到達する前に爆発することは性質からわかっている。身を守ろうと胸の前に持ってきていた手の平から魔力の炎を放出し、エネルギー弾の魔力をできうる限り削っておくが、効果は薄い。

 衝撃が解放されると同時に炎は掻き消され、炎の形状を保てなくなった魔力が結晶化するが、それごと私は吹き飛ばされることになる。発生した衝撃が全身をくまなく叩き、胸の前に手をかざしていなければ、空気の波に胸が潰されていたことだろう。

 普通の日常生活ではまず体験することはない爆風は、肉叩きで全身をしこたま殴られているような激痛を伴った。自分が今どの方向を見て、どういった格好をしているのかもわからなうぐらい錐揉みし、激しく地面に転がり込む。

 魔力で体を浮き上がらせながら立ち上がり、迎撃しようと折れていない手を、執念深い追撃者へ向けた。

 体勢を整える時間を設けてくれるわけのない異次元霊夢は、攻撃しようとしながらも肺へのダメージで咳き込んでいた私に、吐息がかかる距離まで踏み込んで詰め寄り、胸と喉にお祓い棒を叩き込んだ。

「はっ…がぁっ…!?」

 短時間でダメージを重ね過ぎた。体を支えていた足から力が抜け、がっくりと膝を地面についてしまう。胸を押さえ、魔力でダメージを軽減しようとしている私に、異次元霊夢の蹴りがさらに追加で叩き込まれた。

 サッカーのボールと変わらない扱いで、再度無重力に近い浮遊感を味わうことになったのは言うまでもない。急速に流れていく景色だが、相棒の姿が目の端に一瞬だけ止まる。十数メートルほど離れていたが、それがさらに離れていく。数十メートルの距離となると豆粒位になってしまうが、ようやく異次元霊夢が張った結界を叩き壊したようだ。

 私を攻撃しながら移動する異次元霊夢に追いつくのは、少々時間がいることだろう。それまでは、自分の身は自分で守らなければならない。

 熱線の弾幕は当たることは無いが、着地までの時間を稼ぐことならできる。奴は最小限の動きでレーザーを避けていくが、0.1秒でも時間を稼げれば次の攻撃を放つことができる。

 空中で体勢を整えて地面に着地するが、勢いを殺し切れず、転んで異次元霊夢に隙を見せぬよう、魔力で一度体を浮き上がらせた。

 私を追って異次元霊夢が何の考えもなしに迫ってくるが、わずかな時間だけとはいえ私はただ地面に着地しただけではない。プログラムされた魔力を地面に浸透させておき、異次元霊夢の魔力に反応して攻撃を開始するようになっている。

 これを悟られず、かつ、異次元霊夢が大きく迂回しない程度の密度で弾幕をばらまいた。魔力を五分割し、それを水平に並べて同時に異次元霊夢へ照射する。

 奴は身を翻すと空中に身を大きく曝け出す。隙だらけにしか見えないが、次の攻撃と、その次の攻撃をする段階に異次元霊夢は移行している。

 奴の進行は予想通りとまではいかなかったが、設置したトラップの検知範囲内には留めることができた。異次元霊夢が接近すると同時ではなく、一秒程度の遅延効果も含めていた為、異次元霊夢を正面からではなく、後方から襲う形となる。

 地面に広げて置いた魔力が異次元霊夢に反応し、彼女が飛んできている方向へ凝縮されて金属のように硬くなった、矢じりや棘状に変形させた土が後方から複数本向かっていく。

 異次元霊夢に針が向かっているというよりは、雲丹のように全身のあらゆる場所に向けて伸びるため、面での制圧も期待できた。

 正面からはさらに追加でレーザーを放ち、異次元霊夢を前後から挟み撃ちで攻撃を仕掛けた。完璧と言うのには過大評価過ぎるが、タイミングは概ね予定通りに行った。ここからかわせるものならかわしてみろ。

 こちらからでは異次元霊夢の後方で広がっていく針の様子は見れないが、その身体に無数の風穴を開けることは予想できる。異次元霊夢は肩越しに後方を視認すると、私から背を向けて自分に当たる全ての棘をお祓い棒で叩き折る。

 後頭部に目が付いていると疑いたくなる反応速度だ。攻撃に対する殺気か、針形成時の音で気が付いたのだろうが、気が付いてそれに対処するまでが速すぎる。科学的な人間の反応速度を超えていないだろうか。

 そして、棘の攻撃と同時に、私が放っていたレーザーを再確認することなく、後ろを向いたまま放たれた複数本の熱線を、文字通り針を縫うようにすり抜けた。

 一度の行動で、私が築いた二つの攻撃をいなした。そこにはやってやったという達成や嘲りなど無い。できることが普通なのだ。

 私を中心にレーザーを放っているため、接近されればされるほど異次元霊夢が活動できる範囲は狭まる。前進の障害となる弾幕をお祓い棒で掻き消され、打撃が体を撃ち抜いた。

 肉弾戦では赤子と大人だ。一方的な戦闘が繰り広げられ、血祭りにあげられる。転ばない速度で二回目着地し、地面との摩擦で止まりかけていた私を、異次元霊夢は止まることを許さない。霊夢から引き離すために、後方へ吹き飛ばした。

 非常に強い横Gがかかり、倒れ込むまでに数秒を要した。途中で足を木に衝突し、もみくちゃになりながらおかしな体勢で地面に倒れ込むことになる。

「くっ…っ……うぁ…!」

 殴られ、額に裂傷ができたのか、暖かい液体がダラリと零れ、眉毛やまつ毛で押さえきれなかった血液が目の中へと流れ込む。見えている視界の半分が赤く染まり、異次元霊夢がやたらと赤く見える。

 急いで立ち上がらなけばならないが、腹部に鋭い裂かれる痛みが走ったと思うと、脚から力が抜けてしまう。

「うっ…!?」

 痛みが生じた部分に視線を向けると、鼠色の金属が皮膚から十センチほど顔を覗かせ、傷と金属の間から血が溢れ出した。吹き飛ばされている間に、針を投げられていたらしい。押さえたまま顔を上げると、異次元霊夢が霊夢に接近されぬように、再度後方に結界を張り直している。

「さてぇ、どう料理してあげようかしらねぇ…?」

「…くっ……魔理沙ぁ!」

 何重にも結界を敷き詰める異次元霊夢の結界は、霊夢でも破壊は困難らしく、私と合流するのにはもう少し時間がかかる彼女は歯噛みする。

「私だって……そんなに簡単にやられないぜ…これでも修羅場はいくつかくぐってきたつもりだからな…!」

 潰された腕はようやく治ってくれた。その手で脇腹に刺さっていた針を引き抜き、同時に異次元霊夢へと投げつけた。彼女たちのように、まっすぐ飛ばすことができないため、回転して飛んでいく。

 この行動は容易に読まれていたようだ。軽く頭を傾けただけでそれを交わし、結界を破壊し始めている霊夢に顔を向けることなく、こちらに突っ込んできた。

 針が刺さっていた位置の奥は主要な大動脈が通っており、そこに当たった状態で引き抜けば出血多量で程なく私は死んでしまっていただろう。後方に吹き飛ばされながらであったため、投擲された針を多少ながらいなす形で軽減されたのだ。

 だとしても傷口は血管に近く、臓器も周囲にある。針を投げつけた手とは逆の手に魔力を集中させ、引き絞り範囲を狭めた熱線で腹部の傷を焼いた。

 血管や組織が塞がれ、出血は一瞬で止まるが、止血に時間を取った分だけ異次元霊夢には接近されている。当然ながら肉弾戦を挑んでくる奴の太刀筋は、私では対処できない。

 ならば、接敵しなければいい。異次元霊夢の足元に向けて魔力を散布。攻撃かと思った奴は若干防御体勢に傾くが、意識が攻撃に防御が入り込んだため前進する足が僅かながら遅れが生じる。

 それだけあれば、散布した魔力の効果を多大に受けるまでの時間を稼げたと言えるだろう。異次元霊夢にだけ効果のある重力の性質を加えていたことで、こちらに進もうとした奴の体の重心が大きく下降する。

 魔力の質が低下していると言ったが、私も魔力の方向に引き寄せられる感覚があり、木々の葉や雑草が顕著にそちらへ向かって落ちていこうと傾いた。

 エネルギー弾で結界を破壊しようと顔を上げると、周囲の景色が目に入る。見覚えのあるここは、私たちの世界から異次元霊夢らの世界に繋がっていたスキマの場所だ。少し開けた広場で、後方には私たちの世界に繋がる、スキマの性質が感じられた。

「っ……お前…!」

 異次元霊夢の狙いに気が付いたかもしれない。異次元霊夢に吹き飛ばされていたが、偶然この場所にたどり着く物だろうか。どちらかと言うと誘導されたと言った方が、感覚的には近いかもしれない。

 魔力をエネルギー弾に変換し、急いで結界に向けて放った。それよりも異次元霊夢の行動は一歩早かった。

 弾幕を地面や周囲に向けて放ち、プログラムされた魔力を破壊する。重力の効果が弱まり、解放された奴にエネルギー弾を打ち払わた。弾幕が弾け、衝撃波が残らずに撃ち落とされてしまう。

「くっ…!」

 奴が何をしようとしているのか、考えているわずかな時間が招いた結果だ。異次元霊夢は打ち払った後、そのまま接近してくる。

 エネルギー弾の二射目など障害にさせることなく撃ち落とされ、お祓い棒で殴ることなく肩や首を掴み、私が思っていた通り後方のスキマに押し込まれた。

「うあっ!?」

 今思えば、戦う前後で奴の殺意が弱まっている事に気が付いた。戦い始めたころは、すぐさま殺す予定だったのだろうが、私たちの連携が思ったよりも強敵になったため考えていたシナリオを変更したのだ。

 奴の土壇場はここではない。わざわざ我々をこちらに誘導するという事は、奴には取って置きの策があるのだろう。

 スキマの縁を掴んで出ようとするが、蹴り入れられてしまう。スキマを境に世界が一変し、のどかで落ち着いた雰囲気に包まれる。空は曇っているが、綺麗な花々が咲き誇っている。

 スキマから出て来た私を迎え入れたのは、命蓮寺の面々だった。聖を代表にして私を囲み、すぐさま殴り掛かってきそうだ。

 情報がこちらにまで届いていないと思っていたが、予想を反して彼女たちが敵意を向けてくることはない。

 命蓮寺で私を蔑んで拳を叩き込んできた聖に、その時の表情は無い。拳の代わりに私を起こそうと開いた手の平が向けられている。彼女の手を掴み、起き上がりながらその場にいる全員に叫んだ。

「向こうの巫女が来るぞ!」

 大量の魔力を弾幕へ変換し、全ての殺意をスキマに向ける私に触発され、その場にいる全員がスキマに弾幕を放とうと構える。

 最初から来ることが分かっていた私以外、異次元霊夢の出現に間に合った者はいない。霊夢ならば間に合ったかもしれないと思うが、ここにいないことを悔やんでも仕方がない。構わず、私は弾幕をぶっ放す。

 何がどうあれ、異次元霊夢はこちらでよからぬことをしようとしているのには変わらない。二人ならば押せていた状況を逆転できる手立てが何かはわからないが、こいつを殺してでも止めなければならない。

 スキマを潜り抜けてくる異次元霊夢を、私は大量の弾幕で迎え入れた。




次の投稿は10/9の予定です。


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東方繋華傷 第百六十七話 落魄する神

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
という方のみ第百六十七話をお楽しみください!!


 風が吹き抜けていく。周囲で血みどろの戦闘が行われていることで、木や生物の焼ける焦げ臭い匂いが鼻につく。河童が使う道具でプラスチック製の物があるのか、それが燃える異臭も交じる。

「傷を負い、動きが悪いですね。攻撃も少し雑で、能力を使うまでもなく避けられますよ。それに、立ち回りからも戦闘に不慣れなのが見て分かります」

 息を切らして巫女と戦う私に、奴は冷静に状況を分析して語り出す。殺し合いをしている相手からそんなことを言われれば腹も立つが、概ね間違っていない事実に余計苛立ちを隠せない。

 目や表情、話し方は狂人のそれで、理性など残っていなさそうだが、能力のおかげで攻撃を受けることはほぼ無い。だからこそ敵をよく見ているのだろう。

「それでよくここに来ようと思いましたね?どう死ぬことがお望みですか?巫女のように死にたいですか?加奈子のように死にたいですか?」

 怒りをむき出しにする私に対し、滑稽だと異次元早苗は高笑いして怒りを更に誘ってくる。駄目だと分かっていても、体の奥底で滾る憤怒を押さえきれない。

 緊張と怒りで血圧が上がってきているのか、巻かれている包帯に薄っすらと血が滲んでいる。この仇が目の前にいる状況で、思い通りに体を動かすことができないのは、非常に鬱陶しい。

 できうる限り魔力で治癒したつもりではあるが、神の肩書があったとしても数日でこれが限界とは情けない。いや、むしろ神でなければこうして異次元早苗の前に立つことさえできなかっただろう。

「……。人の心配よりも、自分の心配したらどう?」

 奴が言う通り、戦闘にはロクに参加したこともない。殆ど早苗に任せていた為、まともに戦えるかどうかわからない。だとしても、相手に弱みは見せられない。

 薄っすら血がにじむ腹部を押さえたまま、膝をついてしゃがんでいた体を持ち上げた。腕や脚、首元など肌が露出している部分に青紫色の痣が見える。数度の攻防で一方的に私だけがダメージを負ってしまった。

 今更ながら、先ほど分かれた霊夢と魔女に戦いに参加してもらえばよかったと思うが、彼女たちにはもっと大きな役割がある。ここはやはり自分で戦いきらなければならないだろう。

「っ……」

 今は大したことは無いが、あまり大きく動きすぎれば傷口は広がり、今度こそ出血多量で死に至ることだろう。異次元早苗との決戦は、できれば短期戦が望ましいが、それはおそらく無理だ。

 私が重傷を負い、加奈子が殺された時に、異次元早苗の能力がおかしいことには気づいていた。それが何かは数度の攻防で確定したが、想定しているよりも面倒な能力で、攻めきれずにいた。

 以前に受けた傷を庇いながら異次元早苗を睨みつける。かすり傷一つも負っておらず、常に張り付いている余裕の笑みが腹立たしい。しかし、その笑みが加奈子を死亡に至らしめた時と、若干の差異があった。

 余裕であるのには変わりないが、自分の能力を持ってしても、数度の攻防で私を殺し切れなかったところに笑みの歪さがあるように感じる。

 魔力による術も弾幕も、物理的な拳も、彼女を中心に半径三十センチの中では、無に至る。それだけ完璧なガードがあれば、他の世界で戦闘を起こしたとしても、戦いにすらならなかっただろう。

 奴ほどとはいかなくとも、私も能力を防御に回せば鉄壁を誇ってもいいぐらいには攻撃を通さない。だからこそ、蹂躙して一方的に殺すことは得意でも、長引く戦闘に慣れていない異次元早苗は動揺しているのだ。

 動揺しているのは私にとって追い風となる良い情報だが、それと同時に短期で決着を付けなければならない証拠でもある。いくら他の連中と違って、戦闘に慣れていない異次元早苗でも、戦いに慣れて状況に応じることができるようになるだろう。

 奴が殺しではなく戦闘に慣れる前に、そして、私が出血多量で死ぬ前に、二つの理由で決着を早々に付けなければならない。どちらかを選ぶのではなく、前者も後者も満たさなければ、私の復讐は果たせない。

 地獄のような、呆れるぐらい絶望的な状況だ。絶望に打ちひしがれる気すら起きず、笑いが込み上げてきてしまう。だが、この程度の絶望は、彼女たちを失った時を思い出せば屁でもない。

 どの道、この命は長くはない。全力で戦い、私はただ奴よりも一秒でも長く生きていればいい。それだけだ。

 早苗、加奈子。あなたたちが残った私にどうしてほしいのかはわからない。が、最後に願うなら、復讐するしかできない馬鹿な私を見守っていて欲しい。

 生きた私は、死んだ彼女たちを感じることはできない。魂と言う概念が本当に存在するのであれば、それに届くように、確りと胸の内に思いを刻み込んだ。

「すぅ………。はぁ……」

 深呼吸で高鳴る心拍を押さえ、緊張感を緩和する。全身を脱力し、強張った筋肉を柔軟に動かせるように解し、準備を整えた。異次元早苗も、その行動から来ることを予想し、大きく重心を下げた。

 さっき言った通り、動ける時間はそう長くはない。この際だから、能力の出し惜しみは無しだ。大量の魔力を使用し、周囲の大地を隆起させた。

 操られた地面が割れて盛り上がり、外に露出していた乾いた土と内側の湿った土が、境界が無くなる程に混ざり込み、津波のように異次元早苗へ襲い掛かる。

 波の速さは異次元早苗らが見せる、普段の動きからしたら遅い。当たるまでもないはずだが、緩慢な動きで腰を落とし、こちらに向けて跳躍しようとする。動きの遅さで波に巻き込まれはしたが、例の如く干渉され、奴の能力範囲内に飛び込んだそばから、土を操っていた能力の魔力が掻き消された。

 操り人形の糸を切ったのと同じで、私の支配下に置かれていた塗り固められた土は、異次元早苗の干渉を受けると無力化された。流動的に動いていた土の流れが止まり、亀裂が生じると瓦解してただの土へと戻される。

 跳躍しようとする異次元早苗の足元に、塊で剥がれ落ちた土が転がり、踝ぐらいまで土が盛り重なる。土で服や靴が汚れるのには目もくれず、巫女はこちらに向けて跳躍した。

 大量に積まれていた土を後方に吹き飛ばし、異次元早苗は魔力の作用を利用して十数メートル先にいる私に向け、宙を滑空しながら詰め寄った。

 奇怪な形で止まるただの土を乗り越え、まだ魔力の支配下にあった大量の土が異次元早苗がいた位置を飲み込むが、一歩も二歩も遅すぎる。半分神とはいえ、これが当たれば異次元早苗もあっという間にあの世に送り込めるが、あの厄介な能力のせいで捉えることが難しい。

 何もない異次元早苗がいた空間をすり潰し、土のミキサーにかけているが、能力を解除し支配されていた土から魔力が消えた途端に、液体のように動いていた土が一瞬で固まり、ただの土へと戻った。

 周囲の土に再度能力を使用し、お祓い棒を叩き込もうとした異次元早苗の進行方向上に土壁を形成した。分厚く、四十センチはある壁は、奴の強力な攻撃で穴が開くことはない。

 ただ、打撃を受けた衝撃は私がいる側にまで到達し、魔力で上手くまとめきれなかった小石や砂がパラパラと壁から落ちていく。

「これまでに様々な世界のあなたと戦ってきましたが!」

 異次元早苗は楽しそうに、高らかな口調で言うとそこで言葉を切り、壁にお祓い棒による連撃を加えた。鬼や天狗などの強力な妖怪が、壁を殴りつけているのと変わらない速度で魔力で強化された壁が破壊され、瓦解していく。

 異次元早苗にその攻撃力は無いだろうが、干渉する能力がかけ合わさり、脆くなった防御壁が壊れていくスピードは妖怪たちの比ではない。

 砂場の山のように、魔力の結合が面白いぐらいに剥がれていき、四度目で壁に亀裂を生じさせ、五度目で完全に破壊された。石や土が周囲に飛び散り、その合間を縫って異次元早苗が急接近してきた。

 狂人の顔が目の前に晒される。早苗にびっくりするぐらい似ている、憎たらしい仇は、嗤いながら言葉を紡ぐ。

「これだけの時間生き延びたのは、初めての事ですよ!」

 大ぶりで、横から薙ぎ払われるお祓い棒に対し、地面を隆起させて再度壁を構築する。魔力強化が間に合い、二十センチしか厚さは無いが受け止め切った。

 たった一撃で原型を残さないぐらいにまで壊され、土壁はこれ以上耐えることができないため、異次元早苗が再度お祓い棒を振るう前に、私は後方に大きく後退する。

「あなたの実力など、取るに足らないですが、褒めてあげましょう。実力をわかって二回も挑んでくるその度胸を」

 お前なんかに褒められたくはない。異次元早苗に返答することなく、飛びのいての後退を済ませ、着地と同時に地面に大量の魔力を流し込む。固有の能力で操られた地面が動き出し、地震のような揺れを生じさせる。

 手品を見に来た観客のように、次は何をするつもりだと興味ありげにこちらを見ている。失望はさせないさ、今度こそ殺しきってやる。

 大量の土が私の元に集まったことで、一気にこちらへと向かってくるのかと奴は思ったらしい。腰を落として身構えているが、集めた土は奴の方向には向かわず、操る本体である私を包み込む。

 血迷い、自分を自分で殺そうとしているのではなく、包んで太陽光を遮る土は、私に触れることなくドーム状の防壁を作り出した。

 一見すれば自分を守るための壁を作り出し、逃げた様に見えるかもしれないが、時間の経過で囲ったドームが大きくなっていくのが異次元早苗目線からはわかるだろう。

 自分の身長を盛り上がった土が大きく超え、見上げる程となる。諏訪子がもう少し早くスキマを潜っていれば、白い化け物を見たかもしれないが、それを優に超える大きさとなっていく。

 十メートルはあるだろう。山のように佇む巨躯は、巨人と言うのには無理がある。人型で身体を形成するのは、私には不可能だった。関節一つ一つで複雑な機構を組み込まなければならなかったため、魔力的技術が足りていない。

 スライムのようにも、潰れた蛙のようにも見えるだろう。そういった形で魔力を使うことに慣れていない私は、こうしてデカい本体を作り出すことしかできない。

 それでも、生身を晒して異次元早苗と戦うよりはましだろう。これ以上お祓い棒でぶん殴られれば、一撃だって耐えられる自信がない。

 大地をかき集めて作り上げた体に魔力を行きわたらせ、強化すると同時に魔力で性質を与えた疑似的な神経を介し、私が体をどう動かすのかの情報を送り込んだ。

 体の一部がせり上がり、触手のように長く伸びていく。私の手足に合わせて動き出すが、さすがに再現できるのは腕までで、手の機構は難しい。物を掴んだりなどと言った精密な動作には向かない。

 だが、元からそのような事をするわけではないため、大した問題ではない。笑いながらこちらを見上げてくる異次元早苗に対し、岩石や土、コケや草、その他の植物で形成された腕を薙ぎ払った。

 さながら鞭だ。魔力で縫い付け続けることができなかった土や植物、岩を点々と振り落としてしまいながら周囲の木々を砕き、余波で地面を捲り返す。笑い、避ける様子がなさそうだったが、事前に腰を落としていたらしい。上空に跳躍し、薙ぎ払われる腕と余波から逃げ延びた。

 空中に停滞しながら手をこちらに向けると、大量の弾幕を連射し始める。こちらに向けて放ってくる弾の数が多く、複数人から攻撃を受けているのと変わらない密度で弾幕が襲い掛かる。

 生身のまま戦っていたら、あれだけで体中のあらゆる部分を撃ち抜かれ、死んでいただろう。今はその心配は無い程に強固な壁で守られているが、逆を言えば避けることはできない。

 ただの人間なら数発と持ちこたえることはできないだろう。内部の魔力作用で、着弾した拳台の弾幕より一回り以上大きな穴が穿たれる。縦にも横にも深さも三十センチはある。

 外装が剥がされていくが、ここまで弾幕が到達するのは私の魔力が無くならない限り、無いだろう。体を形成する材料はそこら中にあるのだ、これが使えない状況など、この巨体を空中に吹き飛ばされた時ぐらいだろう。

 だが、いくら異次元早苗でも、体の一番奥底にいる私を、数百トン数千トンにも上るこの土でできた体ごと宙に浮き上がらせることは、現実的に考えてできない。それに加え、体の奥底であるためそこまで入り込むのも、奴にとっては一苦労どころの話ではないだろう。

 最後の戦いなのだ。そう簡単にやられるわけにはいかない。大量の弾幕を放っている異次元早苗は、外装を剥がしたそばから地面から土が回収され、修復されていくのを目の当たりにしただろう。

 埒が明かないことを察し、無駄に魔力を消費するのを止めたようだ。もう少し撃ってくれていれば、こちらの攻撃に対して反応が遅れ、当てられていただろうに。

 体の表面に棘状の起伏を大量に形成し、それを剝落させた。魔力の強化を先端の尖った部分に集中させたことで、根元が重量に耐えきれず折れたのだ。

 棘が落ちきる前に、折れた棘の根元に集中させておいた魔力を爆発させ、弾丸と同じ原理で大量の棘を周囲へまき散らした。

 淡青色の砲煙と共に、音速を超える速度で棘が射出され、耳を劈く発砲音と言うのには重々しい爆発音は、幻想郷中に轟くことだろう。

 大砲と言った方が近い。強力な爆発によりバスケットボール位はある弾丸は、一瞬にして周囲を更地に変える。木には大穴を開け、岩石を粉砕した。殺した死体を貪り、歓喜を上げていた妖怪は、原型を失って地面の染みとなる。

 だが、一瞬たりとも驕ることなどできはしない。そこらの雑魚妖怪を殺したところで、異次元早苗には届くことはない。

 空中に浮かぶ異次元早苗に当たった感じがしなかった。数発の棘は確かに捉えたと思ったが、直前で塞がれてしまう。魔力で強化された棘が、それよりも強固な壁に衝突したように砕け散ってしまった。

 奴の持っている能力が羨ましく感じるぐらい、便利な能力だ。攻撃は自分の戦闘能力に依存するが、防御に関しては完璧だ。胸元に残る古傷以外に、傷と言う傷が見られないのはこれのおかげか。

 これまでの戦闘で、干渉する程度の能力に物理的な干渉と魔力的な干渉があることはわかっている。魔力で操られた土の動きが違う。

 魔力的干渉が行われている時には、奴に向かった土は干渉領域に入った途端に私の制御から離れ、ただの土へと戻る。固められた土がバラバラになって異次元早苗の足元に転がる。

 物理的干渉の場合には、弾幕や魔力単体での攻撃をしておらず違いが判りずらいが、奴の干渉領域内に操った土が入り込むことはない。

 これだけ見て分かる通り、異次元早苗と私の能力は、非常に相性が悪い。周囲の物に魔力を通わせて殴り、叩き潰す私の戦闘スタイルではどちらの攻撃をしようが、奴にダメージを与えることはできない。

 物理干渉の時は弾幕を組み合わせれば、干渉領域を超えて攻撃できるのだが、問題は異次元早苗が自分の弱点を把握している事だろう。立ち回りから、物理干渉時に魔力弾幕を受けないように、魔力干渉時に物理攻撃を受けないようにしている。

 気を付けている分だけ厄介だ。このまま避けられ続け、戦闘が長期化するのは私が不利となる。高さが十数メートルにもなる巨体を維持するのには、膨大な量の魔力を常に巡らせていなければならない。長引けば、魔力が枯渇して戦闘が行えなくなる。

 魔力と物理の攻撃を両立するとなると、私が想定しているよりもこれを維持できる時間は残されていなさそうだ。

 殺されかけてからの数日は、傷の治癒に魔力を回していたが、修復は魔力を注ぎ込めば注ぎ込むほどに早くなるわけではなく、ある一定の水準まで行くと修復速度は横ばいとなる。

 一番効率が良いところを維持していた為に魔力が一部余り、それを貯蔵しておいて魔力を引き出しながら戦っているが、貯蔵分の三分の一をもう使ってしまっている。初期費用が大きくかかるのは仕方が無いが、これでは十分も戦えないだろう。

 奴をどう出し抜けるか。プランはあってもそれを実行に移すのが難しい。奴に反撃させる暇を与えず、撃ち出した分の土を回収しながら、周囲の土に魔力を分布させる。

 人間一人ぐらいならば握り込めるであろう大きさの拳をいくつも作りだし、空中を滑空してこちらに向かって来ようとする異次元早苗へとパンチを伸ばす。

 拳の周りから土を盛り込み、腕と言える部分を作り拳を放っているように持ち上げた。拳は最低限強化しているが、奴に当たることは期待していない。

 干渉領域に到達と同時に複数の拳が打ち負けて砕け散る。形状が崩れるのではなく、砕けた所から現在は物理干渉が働いているようだ。私の魔力はまだ健在で、砕かれた土に含まれている魔力は生きている。拳の強化以外に爆発の性質を含ませていた為、それをプログラム通りに爆発させた。

 淡青色の眩い光が放たれると、一歩遅れて炎が四方に広がり、異次元早苗が巻き込まれる。熱の性質を与え、数百度には温度が達すると思われた。肺を焼くでも、皮膚を焦がすでも何でもいい。何かしらのダメージを期待したいところだ。

 魔力で形成されて揺れめく青い炎が引くよりも早く、炎上に干渉して掻き分け、直径が十メートルにもなる火球の中から異次元早苗が無傷で出現する。肌どころか服にすら焦げ跡が付いていない。人間味のない可愛くない奴だ。

 河童が使う爆弾とは違い、魔力での爆発など所詮はまがい物だ。光と爆発の衝撃、炎が同時に拡散するわけではない。爆発の前に発せられた光で気が付かれてしまったのだろう。

 順番に攻撃するのではだめだ。同時でなければ。舌打ちを零しながら、次の一手を開始する。魔力で無理やり形を維持し続け、蛙の舌のように伸びる触手を異次元早苗へと引き延ばす。

 絡めとり、物理干渉を解けない状況で爆発を食らわせてやろうとするが、異次元早苗の素早い動きをとらえきることは出来ない。すり抜けられ、魔力干渉とお祓い棒の一撃により、半ばからへし折られた。

 折れた部分から先は魔力の制御下にあらず、地面に向かって落ちていき、数トンはくだらない土が地面にまき散らされた。精密な動きができない分、実際の手足ではないため、切られた場所から再度異次元早苗を追い回せばいい。そこは利点と言える。

 常に動き回らなければならず、止まったそばから巨大な列車程の太さがある土の塊が襲い掛かる。魔力と物理干渉を同時に展開できない異次元早苗は、物理干渉がしにくいようだ。

 さっきみたいに土に爆発性の魔力を含んだ状態を見せられれば、そうだろう。物理干渉では土は彼女の領域に踏み込むことはできないが、逃げ場がないぐらいに土に囲まれれば、魔力の炎で焼き殺されかねない。

 おそらくだが、異次元早苗の干渉領域には同時に二種類の干渉ができないのと、もう一つ弱点があり、切り替える際のインターバルだ。拳を放ち、爆発を起こした時は、光が放たれてから奴が炎に飲み込まれるまでには一秒程度の間があった。

 展開自体はもっと素早くできるだろうが、目で見て判断してからと考えると、やはり一秒ぐらいの時間はかかるのだろう。その間が大切であり、どれだけ奴の目を騙せるかも勝敗を分けるというわけだ。

 長く伸ばした触手状の土を異次元早苗に薙ぎ払おうとした直前、巨躯から伸びている根元を弾幕で撃ち抜かれ、根元からへし折れて制御を失ってしまった。

 再度伸ばし、異次元早苗に攻撃を仕掛けるのには時間が少々かかってしまう。その間に弾幕を張ろうとするが、奴が速い。

 懐から一枚のカードを取り出した。地上に降りる様子が無い事から、空中で発動できるスペルカードのようだ。

 大量の魔力をカードに流し込み、回路の起動と同時に余分な紙の部分を結晶化させ、砕くことで回路のみを抽出する。これだけ強大な魔力が集中すれば、どんな攻撃が来るのかは予想ができない。

 防御を固めることを優先し、表面の凝縮された土を魔力で耐久性能を向上させた。どのような動きをするのか、じっと見はっていると異次元早苗がゆっくりと動き出す。

 手に持ったお祓い棒を緩慢な動きで上から下に、右から左へお祓い棒を交互に振る。このスペルカードは早苗が使っているのを見たことがある。広範囲を薙ぎ払う技だったはずだ。

「秘法『九字刺し』」

 レーザーのように見える無数の弾幕が、上から横一列に降り注ぎ、横からは縦一列で異次元早苗の前に現れる。私の巨体を包み込める幅で、賽の目状と言えばわかりやすいだろう。

 すり抜けられそうな弾幕と弾幕の間は三十センチも無い。遠目から見ると、弾幕のカーテンが広がっているみたいだ。

 一枚の薄い弾幕で終わるわけがない。網目状の弾幕がこちらに向かって何重にも形成されていく。このままでレーザーに刻まれてしまう。身を守ろうとすると、一足遅れてもう一方向に対するレーザーが出現した。

 縦と横のレーザーが接する部分をつなぐ様に、奥行きに対してもレーザーが出現し、その先にいる私も撃ち抜かれた。

 大量のレーザーが強化された土の魔力を削り、十数メートルの土壁を貫いた。大量の魔力を注ぎ込まれただけはあり、レーザーは一部私の身体を抉った。

 腹部に拳台の大穴が開き、倒れそうになった私に、追撃で賽の目状に展開してた弾幕がこちらに達したようで、上と横から貫こうとする。

 横からくるレーザーに足を焼かれ、縦に来るレーザーに肩を撃ち抜かれた。魔女が使用する熱線とは違い、貫通能力に長けているらしく、弾幕が消えた後に身体の穴から血が滲みだす。

 頭や心臓を撃ち抜かれなかったのは幸いだが、複数個所を撃ち抜かれたことで、出血がさらに激しくなっていく。

「ぐっ……あっ…!?」

 肩からも出血し、押さえながら異次元早苗を見下ろすと、スペルカードの硬直から解放され、地面に降り立ったところだ。

 私が能力で地形を大きく変形させているため、戦闘の前後で地形に面影が無い。足場も悪いため、着地の際に足を付きずらそうにしている。ただ移動しているだけならば問題ないが、その手にはまたカードが握られている。

 この短時間で二度もスペルカードを食らってはいられない。十数センチの大穴が大量に空き、私を包んでいる土はスポンジ状態だ。耐久性能が低下し、生き埋めになる前に魔力を行きわたらせ、周囲から土を回収と同時に空いた穴を埋めていく。

 防御と並行し、土の触手を一本だけ作り出した。落下していく異次元早苗を上から叩きつぶす形となるが、私がスペルカードを持っている事を認識した時点で、スペルカードは既に起動していたようだ。

 結晶化したカードがお祓い棒によって砕かれ、激しく周囲にまき散らされる。抽出された回路を起動し、スペルカードが発動した。膨大な魔力の流れを感じる。それは、異次元早苗の頭上から広範囲にわたって広がっている。

 その中心に居る奴は、スペルカードを砕いたばかりのお祓い棒を天に高々と掲げ、右手は人差し指と中指を立てて印を結んだ。この技にも見覚えがあり、先のスペルカードよりは避けようのある。

 足元の地面に含まれていた魔力に水の性質を含ませ、小刻みではあるが強い振動を与える。少し水気がある程度だった地面が魔力の作用が重なり、液状化した。

 そこに体を沈めこませ、奴のスペルカード効果範囲内から逃れようと地表と同じ高度まで下がろうとした。

 それなりに高い位置にいたせいで、無傷でスペルカードから逃れるのは難しそうだ。まだ降り切っていないというのに、奴がスペルカードを発動させてしまった。

「奇跡『客星の明るすぎる夜』」

 太陽光に紛れる程度の淡い光が発生する。外であれば、スペルカードを放たれる前後で光度が大きく変化することは無いだろうが、薄暗い土の中であれば変化は顕著で、暗闇に目が慣れていた分だけ光が強烈に見えた。

 最初に神経をいきわたらせた時に、眼球の役割をする性質を一部含ませていた為、それで視界を確保していたが、スペルカードに破壊されたようで移っていた明るい視界が遮断された。

 光に体を包まれると同時に、体を覆っていた魔力を全て剥がされ、全身のあらゆる場所に激痛が走る。殴られているとも、切られているとも違う。強いて言うなれば、焼かれている感覚に近いかもしれない。

「ぐっ…あああああああああああああああああああああっ!!」

 堪らず叫び声が出てしまう。殺すスペルカードの強すぎる威力に、声帯を震わせて絶叫を漏らした。貯蔵していた魔力をふんだんに使い、ダメージを軽減しても失神してしまいそうな痛みに意識を失いかけた。

 白目を剥き、無意識へと意識を解き放とうとしたが、闘争がそれを許さない。鎖で意識を雁字搦めにすると、元の場所へと縫い付けて戦闘の続行を示唆した。

 そうだ。逃走ではなく、闘争に身を埋めなければならないのだ。楽な方に逃げてはならない。

 上を向きかけていた瞳を戻し、スペルカード範囲外へと逃れ、液状化した土の中から飛び出した。巨躯の下の方に位置する、先に作り出しておいた土で守られた空間に着地し、こちらも負けじとスペルカードを発動する。

 今の攻撃で事前に薙ぎ払っていた攻撃は届いていないだろう。高濃度の魔力を袖から引き抜いていたスペルカードに送り込み、奴と同じ手順で発動させた。異次元早苗が現在おこなっているスペルカードは非常に長い、ギリギリ間に合うだろう。

「源符『厭い川の翡翠』」

 私を原点とし、前方方向に向かって水を模した弾幕が放たれた。私を取り囲む土には強化を施していない。長い年月をかけて岩に穴を開ける雨水とは違い、強力な圧力がかけられた水流は、土程度は砕いて押し進み、飲み込んで黒色の濁流となる。

 奴との距離は約二十メートル。このスペルカードなら十分に異次元早苗を巻き込める。奴が発動しているスペルカードの時間的にも、間に合うはずだ。

 水の弾幕が数メートルの厚さがある土を掘り進む分を考えても、効果時間の長い奴の技が終わる前には到達するだろう。私が固有の能力で土をどかさずにスペルカードを放ったのには、到達までの時間がかかるデメリットがあるがメリットもある。

 ただの水だけであれば本来の威力だが、土が混ざることで重量が加算され、数倍に威力が増すのだ。倒すスペルカードではなく、殺すスペルカードへと変えていたため、川などの波ではなく津波に近い。進めば進むほど威力が増加し、一秒にも満たない時間で土壁を削り切った。

 土で遮られていた光が、濁流で光量を落としながらもこちらに届く。水に遮られ、奴に直撃したかどうかわからないが、手ごたえは感じた。

 手応えはあったが直撃したかどうかわからず、掠っただけかもしれないが、全力で薙ぎ払う。試し打ちはしていないのだが、鬼とまではいかなくともある程度の妖怪程度なら殺せるはずだ。

 濁流を生み出し、範囲内にある物を全て薙ぎ払う。木だろうが、岩だろうが、人だろうが、砕いて巻き込むと自らの一部として吹き飛ばした。

 少しでもダメージを与えられれば、目的を達成する一助になる。スペルカードに込めていた魔力が枯渇し、水の勢いが弱くなってきた。異次元早苗の反撃が来る前に、周囲の土に魔力を流———————。

 魔力で作られた水をかき分け、異次元早苗が正面から出現する。あれだけ魔力を込め、タイミングを合わせたというのに、奴の身体には水圧で切り裂かれた切り傷や、流れて来た岩や木々に押しつぶされた打撲痕もない。

 私が戦う前から負っていた怪我以外に、目新しい傷は見当たらない。スペルカード直後特有の硬直に襲われていた。能力も間に合わず、回避も間に合わない。

 異次元早苗の瞳に宿る狂気の光が、硬直に囚われて動けないでいる私を捉えた。避けられない。能力で受け止められないことがわかているため大きく振りかぶり、頭部を叩き潰そうとお祓い棒を薙ぎ払った。

 




リアルが多忙故に遅れます!申し訳ございません!!!!!!!!!!!!!



次の投稿は11/6になります。申し訳ございません!


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東方繋華傷 第百六十八話 二つの神は

全快の投稿が遅れてしまい、申し訳ございませんでした………!!!!!




自由気ままに好き勝手にやっております。

それでもええで!
と言う方のみ第百六十八話をお楽しみください!!


 掘り返されたことで土臭さが周囲に充満している。固有の能力で動かしていた土が、ドーム状に囲っているわけだから当たり前だ。土がすっぽりと覆いかぶっていることで薄暗く、あまり見通しの効かない。

 その中で、命のやり取りを繰り返している異次元早苗の瞳だけが怪しく青色に光り、揺らめいている。薄暗くて見えずらいが、全身の筋肉を躍動させ、得物を薙ぎ払おうとしているのだ。三十センチほど離れた所に陣取り、地面に亀裂が生じる程に踏み込んだ。

 強化された身体から放たれる重撃は、私の頭部を叩き潰せるだろう。魔力干渉で体内を巡る魔力の流れを阻害されている。その際に食らう異次元早苗の攻撃力は、守矢神社で嫌と言う程に思い知らされた。

 防御の姿勢を取ろうとしても、間に合わない。魔力干渉で能力を扱うことができず、土を盛り上げて身を守ることすらもできない。動いて逃げようとすることもできず、私は殺されるのを待つだけとなってしまう。

 殺されたくない。死にたくない。やらなければならないことがあるのに、体がそれに付いていくことができないのだ。負けられない、こいつが死ぬまでは、死ねない。

 目を開き、死ぬ瞬間まで奴を睨みつけてやると思っていたが、異次元早苗が持つお祓い棒を目で追うことができず、頭部に叩き込まれた。

 激しい激痛と衝撃が体を打ち抜き、自分で作り上げた壁のところまで吹き飛ばされてしまった。頭部から嫌な音がし、頭だけ後方に吹き飛ばされたのかと思う程にぶつかった衝撃が強烈だ。

 吹き飛ばされ、奴の干渉領域から逃れた瞬間から、再度身体が魔力強化されたのだろう。衝突で死ぬことはなかった。首が飛んでいないのも、無くなっているはずの四肢があると勘違いしているわけではなく、殴られた頭部に手を伸ばし、触れている感覚がある事から実感できた。

 打撲だが、お祓い棒での摩擦で皮膚が裂けたのだろう。触れた指に僅かに粘性がある液体が付着した。血が溢れ出して来ており、頬にだらりと垂れさがっていく。

「っ……!」

 頭の中に痛みを発生させる物体が詰め込まれているのだろうか。一時的はなく、永続的に痛みが残りそうで、死んでしまった方が楽と感じる痛みだ。だが、痛みが生じているのを感じている時点で、何かがおかしい。

 異次元早苗の殺気、確実に私を殺すつもりだったはずなのに、なぜ私は未だに生きて居られているのだろうか。奴に手加減する理由は無いはずで、攻撃を食らうインパクトの瞬間に、頭が弾けていてもおかしくはなかった。あまりにも頭痛が酷く、吐き気が込み上げてきた。

 今の一撃で、私を殺し切れなかったことは、異次元早苗でも予想外だったようで、えずく私とお祓い棒を交互に見下ろしている。自分の武器が壊れたのかと思ったようだ。

 私の執着に近い復讐心が通じたのだろうか。殴られる前に私がいた位置に、パラパラと上から土が落ちてくる。

 それに誘導されて視線だけ上に向けると、異次元早苗が放ったスペルカードの影響で、土の耐久性能が大幅に低下していたのだろう。一部がごっそりと剥がれ落ちて異次元早苗の攻撃を邪魔したのだ。

「運のいい…!」

 これで終わりだと完全に油断していた異次元早苗は、完全に追撃が出遅れた。戦闘が続くことが分かっている際に、緊張しっぱなしでは集中力や身体が持たない。緊張の中に弛緩を取り入れることで長時間の戦闘を可能にしている。

 しかし、今回は戦闘を続行させるのではなく、戦闘が終わる弛緩だったため、反応が遅れたのだ。

 執念だろうが、運だろうが、なんだっていい。この状況を使わない理由は無い。周囲の土に魔力を通わせ、この巫女から離れるために後方に私が通れる大きさの穴を開けた。

 それまでに異次元咲夜も再度の攻撃を仕掛けるだけの時間はあったが、距離が離れていたことで、後方に跳躍していた私の鼻先をお祓い棒が掠るにとどまった。

 余波に当てられたのか、鼻元に熱を感じた。呼吸をしようとすると、若干の息苦しさがあるのは鼻の粘膜から血が滲み、鼻道を塞いでしまったからだろう。口の中に血が混じる。

 粘性のある垂れて来た血液を手の甲で拭いつつ、着地と同時に周囲の地面に魔力を流し込む。最初に作り上げた程の巨躯を作り上げることは、残りの魔力量的に無理だ。

 先ほどよりも小さくはなるが、自分の身を守るためには土で防御を固めなければならない。周囲の土をかき集め、周りに盛り上げようとするが、異次元早苗のスペルカードで半壊した山から、奴がこちらに跳躍する。

 私が形成していた土の山全体に亀裂が生じ、崩壊が広がっている。そのまま巻き込まれて圧死してくれれば楽だが、そんなあるわけのない妄想を期待して時間をつぶすわけにはいかない。

 落下してくる土を潜り抜けながら、突進してくる異次元早苗の速度が思ったよりも早い。魔力の一部を分散させ、三角形の円柱突起を作り出す。ヒビとは異なる亀裂が生じると、ぐばっと大きく二股に割れた。

 装飾等を施す暇がなく、かなり不格好になってしまっているが、二股に割けたそれは生物を模して造られた頭部だ。自分の身体よりも大きく開く口を持つと言われたら、最初に思い浮かぶのは蛇だろう。

 人を頭から飲み込める大きさはありそうな、蛇を象る土の人形が異次元早苗を左右から襲いかかる。人間を引き裂けるだけの威力を兼ね備えているが、魔力干渉の前ではただの土へと還ってしまう。

 停止して動くことが無くなった蛇のオブジェクトを、異次元早苗はお祓い棒で叩き壊しながら更に躍進を続ける。左右どちらの蛇も頭部を叩き壊され、胴体から再度頭部を生やす前に通り過ぎてしまった。

 私から反撃の様子が無い事から、異次元早苗は私の頭を叩き潰そうとかなり大ぶりな動作が伺える。大怪我を負い、あまり動けない私だからできることだろう。

 異次元早苗の大きな動作から、上から得物を振り下ろそうとして来ているのは丸わかりだ。どう来るかわかっていれば、どうとでもなる。

 素早い。一秒でも私が遅ければ頭を叩き潰されていたが、お祓い棒を叩き込まれる直前に、私を飲み込む形で巨大な顎が現れた。

 上下からくる顎に挟み込まれ、自分の体を包んだ時と同じように視界が遮断され、私の身を守る。口が閉じた際の抱合の衝撃ではなく、打撃の衝撃で蛇の頭全体が大きく揺れ動く。

「危ない……!」

 奴に掘り進められる前に蛇の胴体を形成しながら、私はその奥へと移動する。さっきよりもこのドームの中は狭く、ピンポイントで攻撃を食らわせられたら一撃でこの場所まで到達されてしまう。

 デメリットが大きいが、その分メリットが無いわけではない。さっきは巨体であったために身動きが取れず、狙い撃ちにあってしまった。この蛇の形態ならば、先ほどよりは機動力に優れている。スペルカードを撃たれたとしても、逃げることも可能になるだろう。

 異次元早苗から距離を取り、ゆっくりと動きながら奴を観察する。楽しそうだと小さく笑う異次元早苗へ、鎌首をもたげて威嚇する。動物のような声は出ないが、口を開けた際に、摩擦や犇めきによる重々しく猛々しい唸り声となる。

 魔力を蛇の口内へ集中させ、炎をチラつかせた。脅しで終わるわけがなく、大量の弾幕と共に、淡青色の炎を異次元早苗へと吐き出した。小さな町程度なら、半分以上焼き払えるであろう火力だ。

 首を持ち上げたことで角度が付き、上から撃ち下ろすことになる。普段とは違う大きさ、形であるせいで制御がなかなか難しく、異次元早苗がいる場所のかなり手前に炎は着弾してしまう。

 だが、弾幕と違って魔力の炎は、当たったそばから魔力を使い果たして弾けることはなく、膨れ上がって着弾点から四方にゆっくりと炎が膨れ上がって行く。

 笑い、その炎を掻き消しながら前進しようとした異次元早苗だが、その足を止めることになる。炎から発せられる光に違和感があったのだろう。踏みとどまり、お祓い棒を薙ぎ払った異次元早苗の脇腹に、小さな穴が開いた。

 小指が入るか入らないか。その程度の穴であり、大したダメージではないだろう。しかし、それでも多少の衝撃はあったようで、ガクンと異次元早苗の体が僅かに後退する。

「っ…!?」

 その場に居続けるのではなく、咄嗟の判断で更に後方へと跳躍したのは経験から来るものだろうか。奴がいた場所へ礫の嵐が舞い落ち、地形をズタズタに破壊する。

「っち…!」

 舌打ちをしつつ、異次元早苗の逃げていく先へ、偏差的に炎と石礫を放っていく。だが、蛇が向く首の角度から軌道を読まれ、変則的に動く異次元早苗を捉えることができない。

 博麗の巫女ほどに勘は鋭くないにしても、生存的本能があるのだろう。いくつか放っていた石礫を一発しか当てられなかった。今までの、全く攻撃を与えられていなかった状況からすれば、大きな前進と言えるだろうが、自分の手の内を一つ潰してしまったことになる。

 奴にはもう二度と同じ手は通用しない。それがわかっているのに、仕留め切れなかったのは、焦りが先行して石礫を濃い密度で放てなかったからだ。

「っ……くそっ…」

 歯噛みし、エナメル質の歯と歯がすり合わさり、ギリッとくぐもった擦過音を立てる。落ち着けと自分に言い聞かせ、周囲から集める土の量を倍へ増やし、礫の拡散範囲を一気に広めた。

 密度自体は薄くなってしまうが、異次元早苗を捉えて足を止めさせることができればあとは魔力の炎、もしくは石礫でダメージを負わせられる。目に留まらぬ速さで撃ちだされる礫を、異次元早苗は物理干渉で掻い潜る。

 物理の弾幕が異次元早苗を捉えたと同時に、奴を囲むようにして小さくあるが、蛇の首を形成させる。口を開いた状態で作られた偶像は、私が入り込んでいる巨大な蛇のように動き出すわけではない。口に淡青色の光をチラつかせると、炎を吐き出して周囲にまき散らした。

 奴は物理の干渉領域を作り出していた。周囲を囲う炎には対処できないなずだが、干渉領域の性質を変えたようだ。炎が遮られ、領域の中へ石の弾丸が入り込むが、それをすべてお祓い棒で叩き落していく。炎の光で礫の影が見えるのか、正確に叩き壊されてしまう。

 炎の中をかき分け、こちらに向けて跳躍したらしい。常に揺れ動く炎に一瞬だけ不自然に穴が開き、掻い潜ってきた異次元早苗の姿が現れる。自分に到達する石礫を砕きながら突き進み、こちらへと弾幕を放った。

 バスケットボール台の大きな弾幕が、私が隠れている蛇の頭部へ直進するが、猟銃から放たれる散弾のような弾幕が当たらないわけがない。

 異次元早苗の弾幕を複数の礫が貫くと同時に、中に仕込んでいただろう爆発性の魔力がその性質を発現する。

 私が放っていた弾幕は、強力な爆発の影響をもろに受けた。爆発の瞬間に発生した衝撃波が、強化された礫を破壊し、側面に衝撃を受けた礫は軌道を逸らされた。

 雑に土をかき集めただけの蛇にも影響が及び、衝撃波に晒された積み込まれた雑多な土が、ボロボロと原型を失って落ちていく。

 頭部が瓦解し、視力を失った。すぐに再生成しようとするも肌がざわつき、そんなことをしている場合ではなく、自分のみを守らなければならない事に気がついた。異次元早苗がスペルカードを使おうとしている。

 せめて自分の周りにある土を強化しようとするが、目の前にある土が瓦解と同時に、淡青色に光る魔力の波に吹き飛ばされた。蛇の比較的後端の位置にいたため、体の各所に魔力で斬撃を食らうだけにとどまったが、奴と近い位置に居たら体が斬り刻まれていただろう。

 まだ、異次元早苗はスペルカードの硬直で動けないだろう。そのうちに吹き飛ばされた分の土をかき集めようとした時、奴が土をかき集めている途中の私の元に飛び込んできた。

「なっ…!?」

 スペルカードが終わった直後だというのに、なぜこんなに早く動けるのか。いや、自分で動いて来たのではなく、奴は直前に移動しながらスペルカードを使用していた。それを使って距離を縮めていただけに過ぎない。

「くっ…!」

 あると思い込んでいた時間が無かったのは、こちらからすると非常に大きい。発動させていた固有の能力で体の周囲に土を集めていたが、異次元早苗は私が自分の身を守ろうとしているのを確認すると、一気に距離を詰めてくる。

 ならば、奴の考えとは逆の事をしてやろう。集めた土をできうる限り凝縮し、できうる限り早い速度で異次元早苗へと撃ち出した。

 身を守るためだと思っていた異次元早苗は完全に油断していたようだ。防御すること前提で動いていた奴は、魔力干渉をしていたようだ。干渉領域を通り過ぎ、奴の胸へと土塊を叩き込む。

 ほとんど攻撃体勢に入っていたというのに、それでも異次元早苗は反応した。身を逸らしてかわそうとしたが、避けきれずに尖った弾丸が胸へと直撃した。魔力干渉により、弾丸の強化が打ち消され、貫通するほどまでの耐久性能が無くなってしまい、奴を吹き飛ばす程度で終わってしまう。

 しかし、この戦いで一番手ごたえのある一撃を食らわせられた。強化越しにも奴の苦悶の表情が見て取れた。倒すのには程遠いが、これはそれの一歩目だ。

「……そう簡単にやられるわけにはいかないよ」

 また身を守ろうと周囲に魔力を流して土をかき集めようとするが、先の戦闘で魔力を使い過ぎた。貯蔵していた分をほぼほぼ使い果たしてしまったようだ。これからは無駄に弾幕を張ることも難しくなってくるだろう。

 先ほどの蛇並みの大きさも作るのが難しい。少し小さくなってしまうが、致し方ない。それでも五メートルか六メートルはある巨体だ。ある程度なら奴の攻撃に耐えられることだろう。

 私の立っている位置の両脇に巨大な鉤爪が形成される。三股に別れており、先には人間の身体を貫くのには大きすぎる鋭爪が備え付けられている。犬や猫とは違うその足は猛禽類の物だ。

 私が入る胴体部は4から5メートル程度で、蛇と比べるとかなり小さく見えるが、たたんでいた翼を左右に大きく広げると、幅が十メートルにもなる。消費する魔力量が少ない割に、奴には大きく見えることだろう。

 だが、見かけだけでは奴と渡り合うことはできない。大きく広げた巨大な翼に魔力を送り込む。羽の一枚一枚を再現することはできないが、羽根とするところを礫として撃ちだすことはできる。

 羽ばたく動作で異次元早苗へ向け、礫を薙ぎ払う。強化された弾丸が、土を薙ぎ払う。空爆でもされているかのようだ。全てを薙ぎ払い、吹き飛ばす威力があるが、砂煙が舞う爆心地の中央には涼しい顔をした異次元早苗が佇んでいる。

 攻撃方法が魔力によるものから物理的なものに切り替わったことで、奴にも私が魔力切れであることが知れたことだろう。こちらの内情を知らせることは、諸刃の剣であるが、わざとそれを出すことで、奴の油断を誘う。

 二度目、鷹に似た巨像が羽を大きく広げ、異次元早苗へ向けて石礫を再度叩き込もうとするが、一度目の段階から、走る動作に移っていた奴は既にお祓い棒の射程内にまで距離を詰めている。

 巨体である分だけ動きが遅いせいもあるが、周囲から大量の土をかき集めなければならないのもあり、その分だけ異次元早苗が接近する時間を作ってしまった。

 二度の打撃。殴られた部分から電流が四方に拡散したように亀裂が生じ、能力でかき集められた土の防壁は、魔力が打ち消されて瓦解していく。先より壁が薄く、すぐに内部が露出してしまう。

 更なる追撃を加えようと、巫女は得物を構えるが、踏み出そうとする足がピタリと止まる。気が付いたことだろう。自分が空っぽの人形に向かっていたことに。

 一度目の攻撃時、奴の目が砂煙で防がれているうちに地面を液状化させ、そこに潜り込んだのだ。

 とはいえ、異次元早苗は正確に私の位置を探れなくとも、土の中に隠れていることはすぐにわかることだろう。

 空っぽの人形に釘付けになっているうちに、後方の地面の中から飛び出した。魔力で無理やり確保した視界ではなく、肉眼で正確な位置を確認すると同時に魔力を注ぎ込んだ弾幕をぶっ放す。

 これまで物理的な弾幕を多く放っていたことが功を奏し、数発の弾幕が物理干渉領域を通過して異次元早苗を貫いた。連射し、できるだけ奴に数発の弾幕を叩き込むことに成功するが、殆どの弾幕を遅れて切り替えた魔力干渉によって防がれた。

 振り返り、弾幕を撃ち続ける私に飛びかかろうとするが、背後からの気配に跳躍しようと踏み込んだ足を止めることになる。鳥の形をした入れ物が能力で動き出す。

 異次元早苗に開けられた穴を大きく広げ、食虫植物の様に左右から異次元早苗を包み込む。大量の土や岩で叩き潰そうとするが、土の厚みが足りなかったらしく、弾幕で内側から破壊され逃げられてしまう。

 弾幕で破壊したというよりは、爆発性の魔力で吹き飛ばした感じだ。外へと跳躍した異次元早苗へ、半分以上が潰れて崩れかかっている鷹の翼を薙ぎ払い、大量の礫を空中にいる奴へと繰り出した。

 無理やり動かしたことと、重量のバランスが崩れたことで、鷹の贋造が大きく崩壊していく。それに含まれる魔力と周囲の魔力で壊れる人形を修復し、飛ばした分の大量の土と岩を補充する。

 もう一度翼を広げ、土の弾幕を放つよりも早く、高質化した魔力で空中を闊歩し、土で身を隠していない私の元へ突撃する。土を盛り上げるスピードややり方を予想されてしまっていたようだ。

 盛り上げて壁とした障害物を、逆に利用されてしまった。土を足場に急接近され、弾幕を張るよりも圧倒的早く私の横を通過し、通り過ぎざまに片足を叩き潰された。骨がへし折れ、肉が引き裂かれる。

「くっ…ああっ!?」

 体が半回転し、頭から地面に落下した。強化していたことで、自重で自分の首が折れることはなかったが、起き上がってすらいない私のすぐ傍ら。延ばそうと思えば届く距離に異次元早苗が佇んだ。

 激痛で涙が溢れてきそうだったが、泣いている時間も、痛みに叫び散らしている時間もなかった。歯を食いしばり、今まさにお祓い棒を掲げて振り下ろそうとする奴に、効かないと分かっている攻撃を仕掛けるしかない。

 周囲の土を盛り上げて棘状構造を取らせ、奴をハチの巣にしようとするが、物理干渉が働き、数十センチ手前でそれ以上進むことができなくなってしまう。

 異次元早苗が移動することなく、お祓い棒で棘を破壊しようとお祓い棒を振るう中で気が付いた。奴の足元、物理干渉領域内であるはずなのに、私の意識通りに動いている。

 これは、奴も知らなかったことだろう。私の能力だから、できることだ。物理干渉領域が展開している時は、物理は防がれて入れるのは魔力だけだ。奴のバリアは異物をはじき出すフィルターと言うよりも壁に近い。内側に入ってしまえば、鉄壁も意味がなくなる。

 地面を踏みしめる足元の魔力を操り、異次元早苗のバランスを崩してやった。前のめりに倒れ込んだ奴の頭部へ、小さな蛇が口を開けて待ち構えた。

 奴が展開する領域内に納めなければならず、巨大なものは作れない。頭を飲み込むのがやっとのサイズだが、物を食む咬合力は動物のそれを超えている。

 自分の干渉する程度の能力を過信し過ぎていたのだろう。やたらと異次元早苗の反応する速度が遅い。蛇の開いている口には凝縮した土や石がずらりと並んで牙を模しており、バランスを崩した異次元早苗はそこへと落ちていく。

 頭を叩き潰そうと、開いた蛇の口を奴の頭部を挟む形で閉じた。万力など比べ物にならず、人間の力では到底発揮できない咬合力に、骨に亀裂が入り、砕けていく音が響き渡る。

 肉が裂け、骨が粉砕する異音。あの子と同じ声だからだろうか。激痛による絶叫に、自分の身が割かれるような感覚に陥った。耳を塞ぎ、声を遮ろうとした時、今までとは違う音が聞こえて来た。

 骨が砕けて、食いちぎられるのではない。肉を引き裂く、柔軟性のある繊維を断裂させる身の毛のよだつ音へと変わっていく。

 足を折られて倒れていたのを立て直し、起き上がろうとすると、異次元早苗が噛まれていた顔を蛇の口から離したところだった。皮を引き剥がすことで逃れたのだ。表情はわからないが、怒っているのだけはわかる。

 口の構造的に下から牙を食い込ませる形となり、顔の下側が被害が大きい。顎が砕けて歪み、下顎全体の皮が引き裂かれている。皮と一緒に一部肉も剥がされたのだろう。真赤に濡れ、割れた骨が露出している。

 顔の半分が引き裂かれて剥がされ、片目も噛まれた圧力に潰されたようだ。血の涙がこぼれるが、剥き出しになっている筋肉や敗れた血管から出て来た血液に交じってどちらかもわからない。

「よくも………やって…くれましたねえええええええええ!!」

 剥き出しにせずとも露出したままの歯を食いしばり怒号を上げた。顎が砕かれている事で滑舌が悪く、本当にそう言っているかは定かではない。一瞬で別人に生まれ変わった異次元早苗が服に血を滴らせながら跳躍し、お祓い棒を薙ぎ払う。

 怒りに身を任せた攻撃だ。単調であるが故に身を守るのは容易であり、横から修復しておいた巨大な鳥の土偶に礫を放たたせる。鳥を大きく動かしていたことで、攻撃する予備動作から軌道は読まれてしまうだろう。

 やつが物理干渉を展開したのを確認した。拳台のそれは密度が高く飛散するため、走って身を晒している異次元早苗は、物理干渉を解くことができないはずだ。

 礫が異次元早苗に到達すると同時に、私は蛇に放たたせていたのと同じ、炎に似せた高温の魔力を放出した。放射状に広がる淡青色の炎は、巫女を容易に飲み込める大きさへと拡散していく。

 魔力を少し費やして温度を上げていたことから、辛うじて残っている草や木々に引火し、夕焼けのようなオレンジ色の炎をチラつかせた。見えている範囲が真っ青に染まり、視界障害に陥っているが、今までとは違う手ごたえを感じていた。

 視界が青一色に染まって異次元早苗が見えないが、手ごたえを感じられた理由は、奴が悲鳴を上げられたからだ。弾幕で撃ち抜かれる瞬間的なダメージというよりは、持続的に炎で焼かれる絶叫だ。

「っ…あああああああああああああ!?」

 これまでの余裕な笑い声や嘲る失笑が聞こえてくることはない。頭に血が上り、反応が大幅に遅れたのだろう。絶叫が長く続き、異次元早苗が膝をつく音が耳に届く。

 注ぎ込んでいた魔力を途切れさせ、炎を鎮火させた。淡青色の揺らめく炎が拡散しながら消えていき、焼けて煙を上げる草木と地面の温度によって立ち昇る陽炎が残った。

 草木だけでなく、地面まで真っ黒に焦げている。その中には周囲と同様に、体の大部分が焼け焦げた異次元早苗が膝をついて座り込んでいた。

 人間だったら治療を施しても手遅れだろう。服もかなり焼けて穴が開き、かなりの面積が焼け落ちてしまっている。

 鮮やかな緑色だった髪の毛も頭皮が剥き出しになる程に焼け、一部は焦げて炭化してしまっている。小さく異次元早苗の体が痙攣しているのは、重度の火傷による激痛から来るものだろう。

 片足が折れて、皮膚が裂けて断裂した筋肉が露出している所もあるため、立ち上がるのに数十秒を有した。魔力で神経を一部寸断し、周囲の筋肉を強化しているおかげで、なんとか立ち上がった。

 弾幕で貫かれ、出血している腹部や肩を押さえながら、膝をついていた異次元早苗の前に佇んだ。さっきとは立場が逆だ。

「私は、お前の様に下品じゃない……苦しまないようにしてあげるよ」

 能力で人間を丸ごとの見込めるサイズの蛇を作り出し、異次元早苗を食い殺そうとした。身を守ろうとした名残か、手が顔を覆うとする。手の移動によって残っている垂れ下がった髪の毛が、風に吹かれて揺れた。

 ゆっくりと揺れたことで、髪の毛の間から異次元早苗の瞳が目に映った。奴の濃い青色の瞳には諦める。または、死を受け入れると言った感情は含まれていない。あるのは勝利を、目的を成そうとする執念だけだ。

「っ!!?」

 奴の目は、全く死んでいない。体の三割以上を焼け焦がされ、顔面の骨を噛み砕かれても尚、奴の戦意は削がれていない。

 時間にしたら一秒もないだろう。奴を叩き潰すために作り出していた蛇に飲み込ませようとしたが、奴の方が二歩も早かった。倒れていたはずなのに、私に飛びかかるほどの跳躍力を見せる。

 ほとんど動作が見えなかった。飛びかかられたことに気が付くのにも少々時間がかかった。衝撃で空中へ吹き飛ばされてしまう。空中で、しかも飛びかかってくることを想定していなかった私は、咄嗟の対応をすることができない。

 前方では異次元早苗の横たわっていた空間を、土で象られた蛇が飲み込み、地面へと溶けて消えていく。

 無防備に吹き飛ばされた私に、奴は追撃を重ねた。一瞬だけ魔力で足場を作り、踏ん張りを付けて打撃の威力を高めたらしい。防御態勢に移ることができなかった私の胸へ、お祓い棒を叩き込んだ。

 強化されていたはずなのに、奴のお祓い棒が胸を捉えた途端にそこを中心にして亀裂が生じる。胸骨が粉砕し、そこから背骨にまで伸びる肋骨にまで至った。

 体が柔らかかった事と、地に足を付けて踏ん張っていなかったことが幸いした。そうでなければ殴られたインパクトの瞬間に心臓を叩き潰されるか、背骨まで亀裂が到達して微動だにすることもできなくなっていただろう。

 異次元早苗に吹き飛ばされ、背中を地面に打ち付けて地面を激しく転がった。体勢を僅かに変えるだけで、打撃以上の激痛が肋骨周囲から発せられる。息を吸うのだけでもやっとの状況では、痛みだけで失神しそうだ。

 焼かれた痛みもあるだろうが、筋肉が炎の熱で変性して少し動くだけでも異次元早苗も全身に激痛を味わっている事だろう。地面に着地すると同時に、攻撃を更に仕掛けてきそうだったが動く気配がない。

 どちらも虫の息だ。泥沼と言う他ない。剥がされた皮膚は炎で一部が焼けたとしても、塞がれていない血管が残っているようで、未だに血は流れている。

 息を整えているのか荒々しく呼吸を繰り返している。二十数本ある歯がずらりと並び、その間を行き来する音がする。

 奴が動かずに呼吸をすることに専念しているのは、次の一手に備えているからだ。私も遅れを取ってはならない。肋骨が折られて呼吸が殆どできないが、浅く小さく何度も何度も低量の酸素を取り込んだ。

 脳は息苦しさを二酸化炭素の量で把握する。浅く繰り返す過換気は、血中の二酸化炭素をより多く排泄するため、取り込んだ酸素の量は異次元早苗よりも少なくとも、息苦しさを拭い取る事はできた。

 異次元早苗の荒々しい呼吸が落ち着き、私も準備が整った頃だ。打ち合わせをしたわけではないというのに、ほぼ同時に各々がスペルカードを起動していた。

 残り少ない魔力をふんだんに使い、スペルカードに大量の魔力を流し込む。少し動いただけで胸部に激しい電流のような激痛が走る。痛みを緩和する事に魔力を流していられない私は、歯を食いしばって痛みに耐え、回路抽出のためにカードを握り潰す。

 賭けや勘に近いが、奴の放ってくるスペルカードは大方予想が付く。あとは、それに合わせてスペルカードを放つだけだ。奴も作られていたカードを握りつぶした。状況に合わせて作り出した物ではない。私はそれを一度見ていて、目に焼き付いている。余程のことがあろうが、外さない。

「開海『モーゼの奇跡』!」

「蛙狩『蛙は口故に蛇に呑まるる』!」

 同時にスペルカードを発動。異次元早苗の姿がブレたと思うと、その動きをするとわかっていたとしても、目で追えない速度で上空へ飛翔していく。

 賭けは、私が勝った。米粒よりも小さな異次元早苗の上昇が止まり、最高高度に達した直後、異次元早苗の姿が上昇の時と同様に見えない速度で下降を開始した。

 目には見えない速度だとしても、軌道がわかっていればそこへスペルカードを重ねるだけだ。直径が五メートルになるだろう目の前の地面が円形に盛り上がると、先ほどの不格好で雑な蛇とは違い、彫りこまれた銅像のような蛇へと変わり、豪速で落下してくる異次元早苗へ向かって大きく口を開き、首を伸ばして正面から食いついた。

 異次元早苗の干渉する能力がある以上は、奴にダメージを期待することはできない。人間どころか、あらゆる建物を噛み砕く咬合力を持つこのスペルカードでも貫くことはできない。だが、数百トンはくだらない重量差でスペルカードを相殺してやる。

 落下する獲物を、へびが捉えた。流石の異次元早苗のスペルカードだったとしても、あれだけの図体を貫通することはできなかったようだ。そのまま潰してやる。回路通りの動きを蛇が行おうとした瞬間だった。

 蛇の胴体が形作られ、上空へと伸びていこうとした胴体とその周囲の地面に、亀裂とは違う割れ目が生じた。

 作られた蛇が異次元早苗から放出された魔力により、一瞬にして回路ごと全身が半分に割られた。内側からの爆発により、数十メートルは伸びていた蛇が弾けて大量の土砂を空中へとまき散らす。

 呆気に取られている時間は無い。私の能力で操られていない土がゆっくりと落ちてくる合間を、スペルカードの硬直が解けた異次元早苗が高速で降下してくる。

 スペルカードを破壊された際の硬直は、普通にスペルカードを終えた時の比ではない。年寄りと大差ない反応速度でしか動き出すことができず、奴の接近を許した。

 重力を味方につけた異次元早苗のお祓い棒は、ギリギリでガードに滑り込んだ右腕を粉砕し、肩からねじ切った。切断する用途でない得物から考えると、どれほどの威力があったのか考えもつかない。

 地面に降り立つ異次元早苗の体が、ゆっくり、ゆっくりと傾いていく。力尽きたのかと勘違いしてしまいそうだが、周りの景色まで一緒に傾いて行っている。自分が倒れているのだと気が付くのに、地面へ倒れ込むまで時間を要した。

 足から力が抜け、身体を支えきれなくなった。倒れる前、倒れていく過程、倒れた後でさえも右腕から痛みが伝達されてこない。感じてはいるのだろうが、感覚が麻痺して痛みと言う痛みが感じられなかった。いよいよ死期が近づいてきているのだろうか。

 右腕が付いていた場所に手を伸ばすと、肩より先が無くなっていた。傷口に触れても、指先に血液の水気しか感じられず、痛みなど沸き上がることはない。そこからもどれだけ重症なのか伺えた。

「ようやく、くたばりそう……ここまでよくもやってくれましたね」

 歯の隙間から舌が見える異次元早苗が、私を覗き込みながら呟いた。くたばれ、そう呟き、風前の灯火と変わらない私に、止めを刺そうとお祓い棒を構えた。

 奴は望んだだろう。家族を殺された者が仇を取れず、無念に死んでいく。その悔しさ、不甲斐なさに歪む顔を。

 唇や頬の肉が無くともわかる。奴が痛みの中でも笑っている事が。さあ、早くその表情を見せろと、掲げたお祓い棒を握る手に力が籠る。

 だが、私が浮かべる表情を見て、嗤っていた異次元早苗の表情が凍り付いた。この絶体絶命の状況で、笑っていたからだろう。

 なぜ笑っていると奴には理解できないようだ。それはそうだろう。この場所が一番最適なのだ。異次元早苗を殺すのに。

 奴に察知される前に周囲の地面を液状化させ、注意をそちらに向かせた。湿った地面が液体の様に形が崩れると、水に90%は沈む人間の特性から液体化した地面に私は沈み込む。

 異次元早苗はそれが攻撃だと思ったのだろう。魔力干渉領域を展開し、液状化して沈み込む私を残して地上へ居続ける。

 頭を叩き割ろうとしたお祓い棒を握る腕が、私を包み込んだ液体に接近すると、振動や水に近い性質を持たせていた魔力が干渉され、ただの地面へと戻っていった。

 何をするつもりだとを見回す異次元早苗は自分がすでに手遅れであることに気が付いただろう。

 自分を囲む形で半球状に土が盛り上がっていき、閉じ込められそうになった段階でようやく異次元早苗は空に向かって跳躍する。

 この場所から、捕食者の口内と大差ない位置から逃げようとしていたが、下に注意を向けていた分だけ反応が遅れた。外の世界と隔絶され、一歩遅れて壁へと到達した。

 それでも異次元早苗には余裕の表情が消えない。蛇に食われかけた時の様に、内側から吹き飛ばすつもりなのだろう。

 奴の手元が光ると同時に、爆発性の弾幕が壁に向けて放たれた。魔力をかなり含んでいるようで、強力な爆発が巻き起こった。淡青色の閃光が瞬くが、頑丈な壁をぶち抜くことができなかったようで、爆発で発生した光以外に光源が発生することはない。

「っち…!なら、もう一度!」

 再度、異次元早苗が弾幕を放とうとするが、それをさせる私ではない。空中にいる異次元早苗潰すため、外壁を内側に向けて分厚く土を盛っていく。

 内部にわずかな魔力を散布させ、魔力干渉によって異次元早苗がいる位置がぽっかり穴が開くことで居場所は把握している。それに比べて異次元早苗は、今し方発生させた爆発の炎に目が眩んで、中で何が起こっているかわかっていない事だろう。

 音でもバレることは無いだろう。既に五、六メートルは壁の厚みがあるはずであるが、それでも外にまで聞こえる爆音に、強化されていたとしてもしばらくは音は聞こえないはずだ。

 空気の流れも、爆発で起こった乱気流でわからなくなっているだろう。そのまま異次元早苗を押しつぶそうと、土をあらん限り半球状の山の中へと押し込んでいく。

 半径が五メートル程度では心もとなく、大量の土を更に周囲から集めた。異次元早苗は包み込まれる直前に気が付き、失念と油断がこれを招いたと後悔している事だろう。

 これまでの戦闘で、この辺りはかなり土地が低くなっている。さらにスペルカードを直前に使っていたことで、近い場所の陥没はかなり顕著だ。

 通常通り平地であれば、囲もうと空に手を伸ばす土の高度に達するまでは比較的早く、逃げることができていただろう。だが、包み込もうとする土の出発点と終着点の高度が高かったことと、異次元早苗の跳躍する位置が低かったことで、逃れることができなかったようだ。

 真っ暗で状況が読めず、魔力干渉領域を展開した状態で動く土が迫ってくればどうなるだろうか。物理とは違い、干渉を受けたそばからただの土へと還っていく。物理干渉とは違い、奴の攻撃範囲内へと土は転がり込む。

 何メートルも広範囲で干渉領域があるのであれば察知されていただろうが、奴が展開できる領域はせいぜい数十センチだ。生物の発揮できる反射神経などたかが知れる。

 一瞬で領域内は土で満たされ、物理領域に切り替えたとしても、元々中に入り込んでいる物体を押し出す効力はないことは既にわかっている。奴に、この状況をひっくり返す手立てはない。

 スペルカードを使おうにも、体勢がカードの回路通りに動かず、技の起動が難しいだろう。爆発性の弾幕で吹き飛ばそうにも、吹き飛ばし切れなかった場合には、その炎で自分が焼かれることになる。

 壁の厚さは、半径で十メートルにもなる。例え吹き飛ばせたとしても、一撃で全てを破壊し尽くすのは不可能だ。残っている場所から球体を修復し、最初に包まれた時と同じことが起こるだけだ。

 神経を通じ、球体内の音を拾った。物理干渉でそれ以上土が、自分の領域内に入り込まないようにしている異次元早苗の声が頭の中に情報として届いた。

「く…そっ……くそがああああああああああああっ!!」

 魔力で圧縮されている土が、崩れて空気が含まれると体積が増える。身動きが取れないらしく、先ほどの勝ち誇った余裕など欠片もない。絶体絶命の絶叫は、奴の打つ手がない事を大々的に博していた。

 暴れようにも、膨らんだ土を押しのけることができないようだ。口も塞がっているようで、叫ぶ声はくぐもって聞こえずらい。

 叫び散らしらしている様子から、異次元早苗が何かしようとしているのは間違いない。だが、彼女は何もできない。あの中でできるのは死を待つことだけだ。

 私は異次元早苗の様に、誰かの死を楽しむことはしない。だから、できるだけ早く殺してやるとしよう。だが、二人の様に無念を味わえ。

 物理干渉で押し潰そうと迫ってくる土を抑え込んでいる中で、ワザと異次元早苗っが分かりやすいように、領域に一番近い位置で魔力の流れを作ってやった。

 魔力で炎を作り、自分を焼くつもりだと早とちりした異次元早苗は、物理干渉を解くしかない。執念で生きることを優先しようとしている異次元早苗は、来ることの無い炎を止めようと魔力干渉を展開した。

 それと同時に、外から土が押し込められ、多少身をよじる程度には余裕があった隙間が消え、土に圧迫される。今のがフェイントだと気が付いたのは、潰されて死にかけた異次元早苗が物理干渉を展開してからだ。

 物理干渉に切り替えたのに、炎がいつまで経っても来ない事で、まんまと罠にはまったと唸り声をあげている。言葉を発することどころか、呼吸すらもままならなくなってきているらしい。

 炎を出せば、苦しさで物理干渉に戻した異次元早苗を殺すことはできただろうが、そうしなかったのはそこに回せるだけの余裕がなくなってきたからだ。

 奴がいる球体から少し離れた場所に、地面の中から浮かび上がって姿を出した。異次元早苗がいた位置には、一番最初に作り上げた巨体と同程度の大きさになっていく山がある。それを作り上げたことで、私の魔力は底をつきかけていた。

 底をつきかけたのは、魔力だけではない。血液もだ。数々の攻防で、かなり激しく酷く負傷してしまっている。千切れた腕からは絶えず血液が零れている。今は奴を抑え込めているが、外からくる圧力が無くなれば、奴は弾幕で周囲を吹き飛ばして逃げおおせることだろう。

 それだけは駄目だ。奴を生きて出させるわけにはいかない。私の目が黒いうちは、二度と奴の姿を拝まないようにする。

 少ない魔力をやりくりし、出血をできるだけ抑えさせる。主要な臓器にだけ血液を回し、直ちに生命に悪影響を及ぼさない臓器への供給をストップさせた。

 腕やほかの部位から、流れ出す血液が減っていくのが目に見えて分かる。腎臓や脾臓等の機能が落ちていき、それに反比例して心臓や肺、脳が強化されて活発になっていく。奴よりも、一秒でも長く生き残るんだ。

 奴も魔力で身体を強化し、一秒でも私よりも生きようと躍起になっている事だろう。半分が神だったとしても普通の人間であれば、とうの昔に死んでいてもおかしくはないはずだが、未だに異次元早苗は抵抗を示している。

 こういう時に限って、やたらと時間が経つのが遅い。私も余裕がなく、血だまりの中で傷口を押さえながら蹲った。ここからは、我慢比べだ。

「死ん…で…たまる…か……!!」

 異次元早苗が土で遮られてくぐもった声で叫ぶ。定かではないが、感触では既に手足が潰れているはずだが、それでも奴の執念は止まらないようだ。

 

 五分が経過しただろう。周囲で起こる爆発音やその他の戦闘音を聞き流しながら、できるだけ出血しないように、じっと動かずに蹲る。

 異次元早苗も、まだ、暴れる元気がある。

 

 十分が経過した。本当に十分が経ったかはわからない。体感ではその位は過ぎているはずだ。血液が回らなくなったことで、手や足など末梢側の感覚が薄れて痺れて来た。心なしか、肌にも変色が伺える。

 異次元早苗は、まだ動けそうだ。

 

 十五分が経過した。手足の感覚は痺れを通り越して消え、血色の無い土気色の皮膚へと変わってきている。出血を最小限にしても、そろそろ体の中を循環する血液が少なくなってきたらしく、体を起こすどころか指すらも動かせない。

 異次元早苗は狭い空間で暴れ過ぎたようで、酸欠に陥り始めているらしく、荒々しく呼吸を繰り返すだけで大人しくなった。

 

 二十分が経過した。上手い事血液の流れを制御しても、流れ出る血を押さえることはできない。そろそろ出血量が洒落にならなくなってきた。頭や心臓、肺と肺周りの筋肉には酸素を循環させているが、それ以外では酸欠に陥り、真っ青で体温を失い始めた。

 戦闘で口の中も血まみれになっている。それらを食物として飲み込み、魔力へと変換して少しでも使える魔力を確保した。

 異次元早苗は叫ぶこともしなくなり、今では大人しく呼吸を続けている。

 

 二十五分が経過した。そろそろ、私も血液が足りなくなり、貧血と酸欠が重なってくらくらする。視界も暗みがかかり、音も遠い。周りで戦闘が起こっているのかもわからない。これだけの時間誰も周囲に来ないのは、もう戦争が終わってしまっているのかもしれない。

 異次元早苗も、脳に酸素が回っていないのか、虚ろな様子の息遣いが聞こえる。

 

 三十分が経過しただろうか、もう何分経過したかわからない。時折意識が途切れかけたり、猛烈な眠気に誘われそうになっている。寒い。どうしようもなく、寒い。体温調節が効かない。

 異次元早苗はどうなっただろうか。聴力に集中しても異次元早苗の息遣いが聞こえてこない。

 死んだのだろうか。そう思っていると、異次元早苗が言葉を聞き取れない叫び声をあげた。絶叫し、のた打ち回ろうとしている。受け入れられないのだろう。諦めきれないのだろう。奴の執念の強さは、ピンチで折れることはない。

 しかし、どれだけ強固な執念を持っていようが、その中から出る術がない事は異次元早苗もわかっているだろう。叫びながら暴れようとする様子は最後の悪足掻きだが、鼬の最後っ屁にもならない。

 

 そこから何秒経っただろうか。意識がはっきりせず、寒気に襲われ続ける。目を見開き、どうにか意識をつなごうとするが、少しでも気を緩めるとそのまま死と言う眠りについてしまうのを、朧げの意識の中でもしっかりと感じていた。

 唇を噛み、痛みで意識を保ち続けようとした。出血による貧血と、魔力制御で余計なところに血液と酸素を回していないせいか、食いきるほどに強い力で噛んでいるはずなのに、痛みを感じない。

 数分前までは胸が痛くて仕方なかったはずなのに、今ではそれすらも薄らいできてしまっている。私の死期も、もう目の前だ。

 奴はどうだろうか。耳に集中し、異次元早苗の具合を探った。

「あっ………か………ぁ…………あぁ……………」

 奴も私と同じく虫の息だが、未だに意識は残っている。息を引き取り、死ぬまでは私も能力を解くことはできない。残り少ない魔力を少しずつ使い、自分の意識をどうにかしてつなぐ。

「……………あ…………………………ぐ……………っ………………………………」

 異次元早苗の声が弱々しくなっていく。周りにある酸素を使い果たし、奴の意識が途切れるのも時間の問題だろう。意識が無くなれば、能力と言えど展開している干渉領域を張り続けることはできない。

 大きく開いていた私の目も、眠気が強くなっていくごとに閉じそうになっていく。後五分と私も持たないだろう。

 

 眠気と、無くなっていく手足の感覚と戦いながらしばらく時間が経った頃、ついにその時がやってきた。私の天寿も全うしそうだったが、狭い範囲から限られている酸素を供給しなければならない異次元早苗が先に力尽きることになる。

「………かっ………ああぁ…………………………………………………」

 張りのない、掠れた異次元早苗の声とも言えない吐息が漏れ、異次元早苗の意識が途切れたようだ。外から見て、土の球体の大きさはほとんど変わらなかったが、中では大きな変化が起こる。

 異次元早苗の意識が途切れたことで、干渉領域が消えたようだ。固有の能力で操られている土が奴を押しつぶさんと殺到し、プレス機の様に生身の体を押しつぶした。

 身体強化も消え、人間と変わらない耐久性能の異次元早苗が、数百トンにもなる土石の圧力に耐えられるわけがない。骨が折れる、砕かれる音。肉が張り裂け、中の血液が漏れ出す背筋の凍る音が耳に届いた。

 地形を変化させる程に激しく戦ったが、最後はあっけなく終わった。勝ったという達成感もなく、天を仰ぐ。これだけの損害は、負けているのと変わらない。

 終わった。ようやく、終わった。私の戦いは、終わった。今の私にあるのはそれだけだ。これからどうするや、どうやって帰るかなど頭の中には無い。これで私も、後は死にゆくだけだ。

 悲しいな。人生の最後が、こんな形で幕を閉じることになるなんて。

「………早…苗……………加………奈………………子……」

 声を出したつもりだったが、声帯から出されたのはかすれ音だけだった。自分でさえも、発した言葉を聞き取ることはできなかった。

 異次元早苗が発する荒々しい魔力の波長が消えていくことで、奴が本当に死んだと確定することができた。

 それ故に、奴よりも一秒でも長く生きなければならないという緊張があったが、ピンと張り巡らせられた糸が切れてしまう。迫っていた迎えが、容赦なく私の意識を刈り取った。

 

 




次の投稿は、11/20の予定でしたが、11/27に遅れます!申し訳ございません!!


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東方繋華傷 第百六十九話 捲土重来

遅くなってしまい、申し訳ありません!

自由気ままに好き勝手にやっております。


それでもええで!
と言う方のみ第百六十九話をお楽しみください!!


 咲夜さん。あなたがいなくなってから、あなたがいた存在の大きさを知りました。何から何まで、あなたに勝る者はこの紅魔館にいない。

 何をするのも早く、気の配りがよくできている。私は門番だったから、そう言ったことはしてこなかった。だから、あなたがいなくなったことで、どれだけの事をしていたのかを思い知らされた。

 妹様に紅茶を出すのでさえ茶葉の場所から、器具の使い方、お湯の適温や蒸らし方、持ち運びから、出す動作、妹様が好む砂糖の量まで、何から何まで私にはわからない。

 門を守ることが仕事であり、私がやるべき部分ではなかったが、今さらながら咲夜さんに少しでも教わっておけばよかったと思うのにそう時間はいらなかった。

 紅魔館に残った数少ない妖精メイド達も、それをひしひしと感じたことだろう。彼女がどれだけの業務を一人でこなしていたのかを。

 そして、戦闘面においても、お嬢様や妹様に肩を並べて戦うことができるのは、彼女だけだろう。私では到底及ばない観察眼を持つ咲夜さんは、妹様と一緒に戦ったことはなくとも、息を合わせることができただろう。

 500年もの長い間、地下に閉じ込められていたフランドール様が外に出て、少しは交流が増えた。話しや遊ぶ機会は多くなってきたが、それでも戦う事はあまりなかった。

 ただでさえ片腕を失って戦闘能力が落ちているというのに、異次元咲夜と戦わなければならないというだけでも、かなりのハンデを負ってしまっている。

 しかし、今はもっと別の問題がある。妹様と息を合わせることができるか、戦えるか、異次元咲夜を殺せるか。それらもそうだが、まずは生き残れるかどうかだ。

 緊張感が漂う。異次元咲夜も時を操る程度の能力を封じられたことで、いつものペースで戦闘を行えないようだ。こちらの出方を伺っている様子だ。

 あの魔女には感謝しなければならないな。時を操る程度の能力のせいで、いくら登ろうとも超えられないであろう壁が崩れ、僅かにだが希望の光が差し込んできた。

 直接的な戦闘では敗色がチラつくが、メンタル面から行くと奴はかなり動揺している事だろう。あらゆる物体を生み出せる程度の能力を持ってはいるが、基本的に戦闘に大きく影響してくるのは、時を操る程度の能力だ。

 動揺している今が一番異次元咲夜を殺す上ではまたとない機会だ。ごちゃごちゃと余計なことを考える前に、私は私がやるべきことをやるまでだ。

 純粋な格闘技では恐らくこちらが有利だが、百戦錬磨の異次元咲夜相手にどれだけ戦えるだろうか。片腕一本では軌道を見てから叩き落していくのでは間に合わなくなる。私もこれまでの経験をフルに出し切って戦わなければならない。

 私には打撃しか武器が無い。両腕があるならまだしも、片腕だけであれば異次元咲夜を仕留め切るのは難しい。となれば、奴を仕留めるのは主に任せるしかない。

 戦いの要となる妹様の前に陣取り、直接攻撃を受けさせないように腰を大きく落として構えた。

 踏みしめ、地面に靴を抉り込ませると耐久性能が低い土に亀裂が生じ、派手に割れた。私が本格的に戦闘へと移行していき、いつでも異次元咲夜へ攻撃を行える段階で、妹様も後方で準備を整えた。

 炎の剣を手の平から生み出し、構えという構えは無いが柄と思われる部分を握り、陽炎が揺らめく得物の切先で地面を撫でた。剣から炎が延焼したらしく、草が燻ぶり、地面には焦げ跡が濃く残る。

 足を広げて構え、腰を落としている私の身長は、妹様と大差ないぐらいまで低くなっている。異次元咲夜に悟られぬよう、妹様は顔をこちらに寄せると小さな声で語りかけて来た。

「そっちに合わせるわ。……それと、上に気を付けて」

 本来なら戦闘の経験が圧倒的に多い私が、妹様に合わせるべきである。それを伝えようとするが、既に妹様は私から離れて彼女がやり易いであろう位置に陣取ってしまってしまった。

 これから言おうにも、異次元咲夜にどちらを主軸で戦っていくのか、どういう戦いの流れなのかを教えてしまうため、口を噤むしかない。

 しかし、それよりも上に気を付けてとは何だろうか。まるでお嬢様のような事を言う。それはそのままの意味なのか、それとも何かの隠語だろうか。それに対することがあったかどうか考えるが、特に思い浮かぶ記憶はない。私が忘れてしまっているだけだろうか。

 もう少し深く考えたいが、思考にばかり費やす時間はあまりない。あの魔女が離れてから、そんなに時間は経っていないが、魔女は十分かそこらで倒せと言っていた。それ以上では異次元咲夜が時の能力を使えるようになってしまうと。

 妹様や異次元咲夜の出方を見た方がいいのかもしれないが、もとより私は戦う事しかできない。余計なことに思考を回さず、奴を殺すことだけを考えることにする。

 下半身に魔力を集中させ、筋肉の弛緩と収縮から生み出されるバネを強化した。構えの時点で踏み割っていた土を、後方へ吹き飛ばしながら疾走する。

 十数メートル離れている異次元咲夜へと一瞬で到達する。左腕をなくしている事で、途中で転びそうになったが、筋肉でバランスを無理やり引き戻し、拳を握りながら突っ込んだ。

 奴は銀ナイフで戦うため、それに拳を打ち合わせればいくら妖怪でもズタズタに切り裂かれてしまう。武器を失うのは死ぬのと同意義である。

 拳を高質化した魔力で覆い、両手に銀ナイフを握る異次元咲夜へと叩きつけた。金属音に似た、拳の打撃音が響く。奴の強固なガードを崩すには至らない。

 衝撃も銀ナイフから腕、肩、背中へと順々に受け流していき、数十メートルは吹き飛ばされてもおかしくはなかった正拳突きに耐えきった。

 淡青色の火花が散り、まだ延ばす余力のある右腕が完全に停止する。片腕では両手で受け止める奴との筋力差で、それ以上突き出すことはできなさそうだ。

 斬撃が来る前に、攻撃を受け止められた銀ナイフから拳を放し、半歩後方へ下がりながら反撃を受ける大勢を整えた。

 案の定、拳を離した途端に防御に使った銀ナイフをこちらへと繰り出した。向かってくる金属の得物を、奴から離れ過ぎずに紙一枚で受け流し、こちらも追撃に躍りでる。

 片腕しかないため、攻撃の回転率は非常に悪いが、一撃一撃に重点を置いて攻撃しているため、受け止めた異次元咲夜も反動を受け流し切れず、すぐさま反撃に移れないでいる。

 奴は今のところ、時間を使用しない戦闘に慣れていない様子だ。普段なら戦いを有利にするためにこちらの時間を遅らせ、自分の時間を僅かに加速させるが、それができない事で後手に回っているようだ。

 奴が慣れるまでにどれだけダメージを負わせられるかで、勝敗が決まると言っても過言ではないだろう。上から叩き切ろうとしてきた異次元咲夜の銀ナイフへ拳を叩き込み、斬撃を相殺する。

 正面から殴り合い、拳を覆う魔力を剥がされてしまえば、唯一の武器を切り裂かれることになる。足技で戦う事もできないことは無いが、不利な状況に拍車がかかってしまう。

 であるため、正面から殴り合っているように見せかけ、拳の入射角を銀ナイフに対して斜めに叩き込むことで、刃の側面で打ち合う形となる。削がれていく高質化した魔力を最小限に抑え、継続的な戦闘を可能にした。

 打撃と斬撃のインパクトの瞬間、お互いに使用している魔力が使われ、淡青色の火花が勢いよく迸る。見た目は派手に削られているように見えるが、刃は表面を撫でる程度で、拳に到達することはない。

 体格差からの筋肉量によって、魔力強化があったとしても片手であれば、私が有利だろう。魔力の質の違いで多少誤差はあるだろうが、それでも大きな差が開くことは無いだろう。

 異次元咲夜の斬撃を高質化した魔力で滑らせることで受け流し、すぐさま反撃へと移る。左手一本では攻防を両立させることが難しく、奴へ打撃が当たる直前に、もう反対の手に握られている銀ナイフで受け止められてしまう。

 刃が攻防で耐久性能が低くなっていたのだろう。銀ナイフに亀裂が生じると、木っ端みじんに叩き割れ、拳が異次元咲夜の胸に叩き込まれた。衝撃をある程度逃がしたのだろう。手ごたえがあまり感じられない。

 だが、多少のダメージは通ったらしく、ダメージを悟られないようにぐっと我慢して堪えている。そのまま畳みかけようとするが、後方に異次元咲夜は跳躍すると、自分の得意な方法で戦闘を再開させた。

 柄しか残っていない銀ナイフを捨てながら残っていた、刃が摩耗しきっている得物をこちらへと投擲した。狙いは正確で、私が頭を傾けなければ、脳に到達することはなくとも、刺さるダメージはあったことだろう。

 私が手を出せない遠距離に切り替えたのは、利口なことだ。だが、今回の戦闘においてはそう悪い事ではない。私が得意とする、吐息がかかりそうなほどの接近戦を、できないと言っているようなものだからだ。

 これまでの経験があったとしても、異次元咲夜の戦闘能力はやはり時の能力に大きく依存している。直接戦う事を避ける奴とは違い、体術を突き詰めた私はいつも通り戦えばいい。

 銀ナイフを魔力で新たに作り出すと切る時とは違い、刃の方を持っている。予想通り、遠距離攻撃を持続するようだ。ナイフを投げて戦うにしては距離を置いている気がするのは、時間を稼ぐためなのだろう。

 おそらくだが、奴にバレてしまっているのだ。自分の時を操る程度の能力を封じているのには時間制限があることに。当然と言えば当然だ。あの魔女とはいえ何かするのには魔力が必要であり、無尽蔵に魔力も湧いて出てくることはない。

 霊夢さんがあの魔女に魔力を分け与えている所は、連中にも見られてしまっている。どちらも万全とはいえない状況であり、こちらに回せる魔力もたかが知れている。となれば、その回路を形成している魔力が枯渇し、維持できなくなるのを待てばいいだけと考えているのだろう。

 その通りだが、奴にばかり攻撃させ続けるばかりではない。投擲された複数本の銀ナイフを、拳を使うことなく避け、距離を更におこうとする異次元咲夜へと前進する。

 バランスが悪い私は、異次元咲夜に追いつくことは難しいが、カラス天狗に匹敵する速度を持ち合わせる吸血鬼の走力からは逃れられない。

 オレンジ色の炎が凝縮されたような炎剣、レーヴァテインが異次元咲夜を横から襲い掛かる。反撃されることを予定に入れていない。そんな特攻じみたフランドール様の攻撃は、異次元咲夜がしゃがむことでかわされてしまう。

 奴の周りに自生していた木々が焼き切られ、当たると同時に弾けた火の粉によって延焼し、瞬く間に炎に包まれた。

 羽ばたいて空気を押し出す機構になっていない翼を使ったのかは定かではないが、空中で向きを急転換すると、後方にいる異次元咲夜が追撃で投げた銀ナイフを溶かし斬る。

 炎が凝縮された炎剣で直接切ったわけではなく、剣から炎を放出することで、正確に撃ち落とす技術がないフランドール様でも迎撃できたようだ。

 火炎放射器で周囲を薙ぎ払ったように、薙ぎ払った先は火の海と化しているが、その中に人型の物体はいない。切り裂かれて落ちて来た樹木の上部が薪となって燃え行く炎に拍車がかかる。

 広がる炎に巻き込まれぬよう、木々の合間を移動し、空中に浮遊するフランドール様へと別方向から奴が反撃する。広がる炎に視界を塞がれ、反応が遅れたようだ。

 そこらの武器であれば、切られたとしても吸血鬼の回復力ですぐさま傷は塞がっていく。だが、奴が持っているのは吸血鬼を殺すことに特化している銀製のナイフだ。普通の武器なら大したことがなかったとしても、場所によっては致命傷を負うことになる。

 レーヴァテインを引き戻し、防御しようとしているが、空中にいるせいで格好の的だ。地に足を付いている時以上に身動きが取れないだろう。戦闘技術がロクな戦闘経験のない妹様に受けきれない。

 だが、一回か二回の攻防を行うだけの時間があれば、二人の元へにたどり着ける。異次元咲夜の前に身体を滑り込ませ、握られていた銀ナイフを拳を叩き込んだ。青と赤の閃光が弾けると、亀裂が生じて得物が砕け散った。

 妹様への刺突をどうにか叩き落し、同時に反撃へと行動を切り替える。伸ばした腕を引き戻し、銀ナイフを作ろうとしている異次元咲夜へと拳を叩き込んだ。

「っち…!」

 手の平へ集まっていた淡青色の粒子を掻き消しながら突き進み、異次元咲夜の顔面を叩き潰そうとするが、この戦いはそんなにうまくいくほど甘っちょろくはない。

 顔を傾けながら、銀ナイフを作ろうとしていた手とは逆の手で私の腕を掴み、投げ技を行おうとしているが、身を屈めながら異次元咲夜へと接近した。

 手首を掴んでいる異次元咲夜の手を、手首の柔軟性と護身術を使って振り解くと同時に逆に掴み、背負い投げで地面へと叩きつけた。派手に地面に落ちたように見えたが、手応えがほとんどない。

 直前に受け身をとって衝撃を逃されてしまったようだ。追撃で踏み潰そうとするが、手を振り解かれ、至近距離から銀ナイフを投擲された。無理な体勢のはずだが、得物の回転を読んで私の頭に刺さるように調整している。

 追撃の体勢だったことで咄嗟に避けることができなかった。目に突き刺さる直前に、先鋭な爪が指先から延びる小さな手が視界を遮ると、甲高い金属音を響かせながら得物を弾いた。

 火花が小さく弾け、目が眩んだ隙に異次元咲夜には逃げられてしまった。転がり、飛び跳ねて逃げる奴の腹部には血がにじむ跡が少しずつ広がっており、重傷そうであるがそれを感じさせない軽快さだ。

「あ、ありがとうございます……手は大丈夫ですか?」

「ええ、問題ない……こっちこそ助かったわ」

 銀ナイフを新たに作り直した異次元咲夜に向きなおり、フランドール様は静かに呟いた。短くやり取りし、彼女はすぐに異次元咲夜へと得物を構えて突き進みだした。

 急いでならないのは私も妹様も重々承知しているはずだが、勝ちに急いでしまっているのは今の攻防から、奴がこの短時間で戦闘に慣れ始めているのを察したからだ。

 妹様はぐるりと迂回して進むようであるため、気を引くために続いて直線的に異次元咲夜へと向かった。私が放った渾身の背負い投げが受け身を取られて受け流されたのは、ただの偶然ではない。

 百戦錬磨の狂人が、少しずつ慣れてきているのだ。長期間時の能力に頼っていた分だけ、もう少し遅いかと思っていたが、奴の適応能力は私たちとは比べ物にならないようだ。

 異次元咲夜が投擲してくる得物を木々の陰を移動しながら走り寄り、強化された拳を叩き込む。周囲で起こっている爆発音に負けない、金属音が混じった打撃音が木霊する。それに合わせ、赤と青のコントラストが効いている綺麗な結晶が弾けては消えていく。

 さっきまで、遠距離から時間を稼いで自分の時が操れるようになるまで戦おうとしていたが、私の進撃に合わせて後退する様子が無いのは、先の攻防でその必要が無いと判断したからだろう。

 馬鹿にされている。完全に舐められている。叩き込んだ拳を更に突き進ませ、奴が握る銀ナイフを粉々に砕く。このまま掴み技に切り替えるか、そのまま殴り込むか選択肢があるが、深追いは禁物だ。

 延ばした腕をすぐさま引き戻すが、その判断が功を奏した。戻す腕よりも突き進ませる奴の得物の方が速い。隠し持っていた刃物を、私の頭部へ目掛けて刺突してくる。すんでのところでナイフを手の甲で受けながし、払いのけた。

 腕が弾かれている異次元咲夜へ正拳突きを叩き込もうとするが、払い飛ばしていない手には既に銀ナイフが握られているが、そんなものは関係ない。

 奴が振り下ろした銀ナイフを拳で叩き折り、新たに武器を作り出す異次元咲夜へ蹴りを放った。回し蹴りではなく、上半身を後方へ傾け、利き足の足裏全体を使う横蹴りだ。

 蹴りに向けて斬撃を放つが、通常の人間でも足の筋肉は腕の数倍はある。相殺しきれず、折れた銀ナイフと共に後方へと吹き飛ばされていく。

「ぐっ…!?」

 魔力操作でも、吹き飛ぶ自分の体を止めることができなかったのだろう。ある程度弱めたとしても、後方にある木を大きく揺らすほどの勢いで衝突した。

 衝撃を殺し切れなかったのか、動きを止めた異次元咲夜が手に持っていた得物の柄を取り落とす。紅魔館での戦いも含め、ようやくまともに一撃入れられた気がした。

 致命となることは無いが、ダメージを積み重ねさせ、じわじわと追いつめてやる。油断したのが運の尽きだ。

 離れてしまった異次元咲夜との距離を詰めようと、下半身へ力を集中させようとした直前、強力で濃密な魔力を奴の方向から感じる。防御の姿勢に移行しようとするが、魔力の源流がメイドではない事に気が付いた。

 奴らの荒々しさが無く、かつ、異次元咲夜がいる位置よりもずっと高い。大回りで奴の方向へ向かっていた妹様だ。スペルカードで仕留めに行っている。

 木々の葉で全体像を掴みずらいが、手には握り潰されたであろう、回路が抽出された後の結晶がまとわりついている。

 プログラム通りに、得物を薙ぎ払おうと大ぶりの構えを妹様が取る。軽く握ろうとする手のひらの中に魔力が集中したと思うと、炎となって吹き上がる。通常の武器として出しているレーヴァテインの比ではない。

「禁忌『レーヴァテイン』」

 伝説上のレーヴァテインでは、世界を丸ごと焼き尽くすことができるなどとされているらしい。魔力で放っている事でそこまでの威力は無いにしても、周囲を劫火で焼き尽くす様子は、それに遜色ないように見える。

 異次元咲夜を焼き殺すのには、十分以上だ。オレンジ色の凝縮された炎が剣先から噴き出しており、十数メートルはある得物だが、放射され続ける炎を合わせれば射程は倍以上あるだろう。

 異次元咲夜の銀ナイフを溶かすのに、広範囲を炎で焼いていたが、そんなものでは済まない。瞬きする間にスペルカードが薙ぎ払われた。一瞬の出来事で、斬撃の軌跡と思われる残像が網膜に映る。

 薙ぎ払われた炎の刀は、得物として見るのには無理がある。一番近い表現をするのであれば、炎の雨か壁と言った方が分かりやすいだろう。

 異次元咲夜を塵に変える威力がある炎剣は、獲物ごと周囲の物体を焼き尽くす。小さな草花は一瞬で灰へと昇華し、木や地面などは一部を消し飛ばされ、芯まで炎によって焦がされたことだろう。

 切先と呼べる位置が曖昧だが、剣の先から放射される炎は地表に着弾すると同時に、大きく膨れ上がってその体積を数十倍に膨れ上がらせる。

 ガソリンなどの燃料をまき、炎を近づけた様子に似ている。気化したガソリンに炎が引火し、液体の部分だけでなくその周囲にまで炎が拡散していくのだ。比較的小さな規模で見ていたが、今回はそれを広範囲で行っている。

 これまで妹様が使っていたレーヴァテインと同じ感覚で接近していれば、今頃は彼女たちの周りに生えていた木々と同じ運命を辿っていただろう。

 数十メートルの距離を炎から置いても、肌にはヒリヒリと熱を感じる。これ以上近づくのであれば、魔力で身を守るか木々を陰にしなければ、火傷してしまうだろう。

 あの火の海の中に居れば、これほどの熱だ。焼け死んでいてもおかしくはない。だが、油断は大敵だ。

 放っておけば幻想郷全体に広がっていきそうな炎を見守っていると、広がる足が遅くなり、広域化の限界に達する。煙を上げることもなく勢いが急激に弱まり、延焼して木などの物体で燃え続ける炎を残して、軒並みオレンジ色の熱源は消えていく。

 炎による温度差で陽炎が揺らめき、異次元咲夜が居た方向を正確に視認できない。熱された空気が上昇気流によって上空へと向かい、揺らめく空気が薄まったころ、奴がいた位置まで視線が漸く通った。

 そこには人型の遺体はなく、あるのは見知らぬ半球状の物体だけだ。揺らめいてわかりずらいが、一見したところ身長が百七十センチはくだらない異次元咲夜を覆うのには小さすぎるように見えるが、直径が六十センチはあるため身を屈めて縮こまれば入れるだろう。

 奴がそれだけ巨大な物体を持っていられたわけがなく、物体のつなぎ目等も見えないために人が作り出したものではなく、魔力で形成された物だと分かった。

 作り出したのは異次元咲夜以外ありえないが、奴も運がいい。焦りが先走ってしまったのか、妹様のスペルカード発動が一呼吸早かった。

 高度があったせいで剣自体が当たるのではなく、剣の先から放出される炎が異次元咲夜が閉じこもる球体に当たったのだろう。でなければ、あれごと真っ二つに切り裂かれて燃やされているはずだ。

 異次元咲夜がいた位置の周囲は薙ぎ払われ、木を除いて草木は一瞬で燃え尽き、炭と化している。薪となる物が無く、炎が鎮火した全ての物が黒色の地帯へ、私は跳躍した。

 いくら炎が消えたとしても、熱は少しの間その場に残る。拳と同じ要領で体を魔力で覆い、熱から身を守る。火が燃え盛る真っ赤な海を越え、異次元咲夜が逃げ込んでいる球体にまですぐさま到達する。

 呼吸を行えば残った熱で肺をやられることだろう。焼けることが無くとも、吸い込めるのは濃密な二酸化炭素だけだ。攻撃ばかり気にして酸欠になり、戦いを継続できなくなるのは愚策だ。唇をへの字に結んで開かず、右腕に最大限の力を込め、渾身の一撃を見舞った。

 一か所に魔力を集中させているのではなく、全方向に分散させている事で一部分が極端に強固であるわけではないのだろう。それか、妹様のスペルカードが上空から来るため、そちらに魔力を回していたかだ。

 側面を殴りつけると思ったよりも簡単に防壁が砕け、出ずに籠っていた異次元咲を拳が捉えた。球体の外から中は見えずらいが、その逆は考えられない。私の接近に気が付けなかったのは、妹様に注意が向いていたのだろう。

 異次元咲夜の肩に拳がめり込み、進行方向へ吹き飛ばした。殴り掛かった時と同様に、あっさりと砕けて奴も外へと放り出された。

 異次元咲夜がいた周辺の炎は消えていたが、消火地帯を囲む形で未だに草木は燃えている。その中に落ちて、焼け死んでくれればこちらとしては都合が良かったが、空中で身を翻す。

 最高高度を通り過ぎていた為、後は落ちるだけだったからだが、立て直して再浮遊すると燃え盛る位置から逃れた。熱波を通り過ぎた頃にこちらを振り返り、銀ナイフを投擲した。

 陽炎の影響を受け、距離感を図りにくくなるが、体を屈めて頭上を通り過ぎる得物を見送った。身を屈めるのと一緒に焼けた土を踏ん張り、さらに銀ナイフを投擲してこようとしている異次元咲夜へと跳躍した。

 空中に魔力で足場を形成し、直線だけでなく曲がりながら異次元咲夜へと接近する。こちらの動きに合わせ、投擲してきた銀ナイフは拳で弾き砕き、私を切ろうと得物を振るう異次元咲夜よりも早く、私の拳が奴の顔を打ち抜いた。

 頭蓋を砕くまではいかないが、亀裂を生じさせる程度にはダメージを負わせられたらしく、魔力越しだがその感触は間違いない。硬い物にひびが入る嫌な音が聞こえてくる。

 上から振り下ろした拳に押され、異次元咲夜の体が急激に落ち、燃えてはいない地帯に異次元咲夜の体が落下した。その上を通り過ぎ、奴に背を向けぬように振り向きざまに地面へ着地する。

 脚力を使い、靴を地面にめり込ませ、強力なブレーキをかけた。地面の上を滑り、長い時間かけて止まることを防いだおかげで、落下した異次元咲夜の半分特攻に近い刺突にも余裕で対処が間に合う。

 狙いは心臓だ。体の中心、正中線をナイフの軌道からずらし、胸の前を通り過ぎた異次元咲夜の腕を、肘と膝で挟み込む。防御と攻撃が一体で、使いどころが限られるが技だ。

 だが、それ故に攻撃に徹している奴が防御に回れない。上下からの衝撃により、いくら肉体を強化していようとも骨は圧力に耐えきれず、折れたことだろう。

 ただ、亀裂が入って折れるだけではない。感触や打撃部からだらりと曲がる様子から、骨は粉々に粉砕したことだろう。いくら異次元咲夜と言えど、完治には数時間を要するはずだ。利き腕である右手を早々に潰せたのは大きい。

 このまま畳みかけてやる。挟み込んだ腕をそのまま薙ぎ払い、異次元咲夜の顔面を裏拳で殴る。感触がいつもよりも弱く感じるのは、奴が衝撃を少しでも受け流したからだ。だとしても、奴の油断のおかげで、こうして攻撃を与えられている。

 赤黒く変色していく右腕を引っ込め、異次元咲夜が後方へ大きく後退しようとするが、そこへ更に拳を送り込む。

 斬撃を送り出すだけの余裕がなかったのだろう。左手に作り出した銀ナイフの側面で攻撃を受け止められ、防がれてしまったが得物を破壊することには成功した。

 武器が無ければレーヴァテインを受け止められない。こちらを向く奴の後方に、素早く動く妹様の姿が見えるが、燃え盛る炎剣の影響で影が揺らめき、存在に気が付かれている事だろう。

 今更、後方の存在に気が付いたところで変わらないだろう。防御したばかりの残った腕で武器を作りながら振り返り、炎剣を受け止めて溶解する前に斬撃軌道上から逃げるなど、不可能だ。

 例えかわせたとしても、さらにこちらから打撃を叩き込む。頭の回転が速かろうが、時の能力を使えない以上は必ずどちらかには当たる。

 そう確信していたが、予想とは異なる動きを異次元咲夜が見せる。砕いて、ぐにゃりと曲がっていた腕がいつの間にかまっすぐに伸びていた。皮膚の色は赤黒いままだが、異質な折れ方はしておらず、まるで砕いたのが嘘のようだ。

 何が起こっているのかわからない。生み出す程度の能力で骨を作り出したのは想像に難くないが、巫女や魔女の情報では、異次元咲夜が生み出せるのはあくまで無機物だけのはずだ。

 生体物である骨を生み出すことはできない筈であるのに、異次元咲夜は今まさに切りかかろうとしている妹様に手を伸ばした。武器を作って構えるロスが無く、その動きは素早い。

 素手である異次元咲夜は、レーヴァテインを振ろうとしていた妹様の攻撃する内側に入り込み、腕と胸ぐらを掴んだ。殴るや斬ると言った行動をしなければ、次の行動は予想が付く。

 タイミングが悪く、妹様もレーヴァテインを振るうために踏み込む直前であったため、踏ん張ることができず、こちらへと向けて投げ飛ばされてしまった。

 何が起こっているのかわからず、動揺していた私は妹様を受け止め切れなかった。その場に力強く踏ん張り、居座ってしまったのだ。頭を即座に切り替え、妹様を抱えて後方に下がっていれば、これから起こることにこれほどの危殆を感じなかっただろう。

 スペルカードを使用するつもりだという、濃密な魔力が異次元咲夜の握るカードへと向かっていく。少しでも離れるため、妹様を抱えたまま後方に下がろうとするが、足止めを食らった。

 文字通り、足を地面に留められた。作り出した銀ナイフを踏む形で私の足へと突き刺し、貫通させて地面に刃を食い込ませた。刃の向きは私が進もうとしている方向に垂直となっている。逃げることができず、奴がカードを破壊するのを見ることしかできない。

 カードを壊すのに銀ナイフを振るい、レーヴァテインを食らわないようにするために、妹様ごと切り裂いた。

「うぐ…ぁぁぁっ!?」

 銀ナイフは吸血鬼に絶大な威力を誇る。叫ぶ彼女に反撃する余裕はない。回路が抽出され、スペルカードが発動された。

 私の切り替えが遅かったせいで、たった一つのミスのせいで、あれだけ有利に進んでいた戦いは、最早空の彼方に吹き飛んで戻ってくることはない。その後に待つのは、斬撃の嵐だ。

「傷魂『ソウルスカルプチュア』」

 嵐、竜巻と表現するのはあくまでも比喩であるが、目の前に展開するスペルカードはそれを凌駕している気がした。瞬きする間に、片手では数えられない回数の斬撃に襲い掛かられる。

 風が私たちの体の隙間を縫って吹き込んでいくのと変わらない。絶え間なく吹き荒れる斬撃の速度は、人間が出せるスピードを大きく上回っている気がしたが、実際に持った得物の斬撃とそこから出される斬性の魔力で手数が増えているのだ。

 それが分かったとしても、それを受け止めるだけの技量も手数もない。片手で防げる攻撃などたかが知れ、全体の回数から見れば焼け石に水であるだろう。ならば、攻撃を捨てて防御に徹した方がずっとましだ。

 私に残された数少ない行動は、切られた妹様を抱きかかえたまま奴に背を向け、守ることだけだ。淡青色の細い斬撃の弾幕と、刃が牙を剥く。

 最初の一秒で私の背中は見るも憚られる悍ましい、恐ろしい様子になっている事だろう。魔降下した魔力で体を覆ったとしても、奴のスペルカードはいとも容易くガードを打ち破る。

 青い斬撃と硬質化した魔力が衝突し、青い花火が爆ぜる。魔力の結晶が弾けて綺麗に舞う中に、対照的な色合いを持つ真っ赤な色彩が見えたが、私の血だろうか。

 熱したナイフをバターに食い込ませるように、奴の銀ナイフが肉体を切り裂いていく。最初の一秒では斬られゆく感覚と激痛が残っていたが、次の一秒では麻痺し、激痛を残して感覚がなくなっていく。

 たった二秒で防御が間に合わず、どれだけ斬り刻まれているのかもうわからない。地面を掘り返し、穴を開ける掘削機の如く掘り進められ、その内胸を突き破ってナイフが現れてしまいそうだ。

 頭にも斬撃が叩き込まれ、項や顎に血液が伝い落ちる。首には余分に魔力を回していたおかげで、切断されることや頸動脈を断ち切られることはなかったが、それも時間の問題だ。

 至近距離でのスペルカードだが、外した際に攻撃を受けることを防ぐためだろう。スペルカードの効果時間は短く、私が細切れにされる前に奴の連撃に終止符が打たれた。

 数秒程度で全ての攻撃を打ちだし終え、その時点で受けた斬撃は両手どころか足の指を入れても足りないだろう。

 重いダメージをたった数秒で体に刻み込まれ、体が言うことを聞かず、膝を地面に付いた。激痛だ。あらゆる物体を巻き込んで押し流す津波の様に、交差して飛び交う情報を絡め、複雑怪奇で理解の範疇を超えた状態で脳に送り込まれた。

 情報処理が追い付かず、妹様を抱えたまましばらく思考を停止してしまう。辛うじて妹様には斬撃は到達していないため、すぐに距離を置くことができるだろう。残った欠片ほどの処理能力で彼女を離そうとした。

 抱えている腕を緩めようとした矢先、異次元咲夜の方が速い。後ろから異次元咲夜に顔を掴まれ横を向かせられた。

 顔が熱い。顔と言っても全体ではなく一部分だ。丁度、目と同じ高さな気がする。何をしているとそちらに思考を向ける間もなく、視界が一瞬のうちに暗転する。

 目を瞑ったわけではない。目を瞑ったとしても光の明暗は判断付くはずだが、それすらもわからない。塗り潰された暗黒は、一切の光が入る隙もなく、自分の手や抱えているはずの妹様すらも視界に入らない。

「美鈴!!」

 妹様の声だ。門番の仕事中によく居眠りをしていたが、それを叱咤する厳しい物ではなく、私の身を案じる絶叫だ。

 異次元咲夜にお嬢様が殺されてから比較的落ち着いた様子だったが、珍しく金切り声に近い叫び声が上がった。その様子と、自分の状態を照らしあわせ、回らない思考でも何が起こっているのかわかってしまった。

 私は、目を…。

 




次の投稿は、12/11の予定です。


ですが、最近リアルが多忙であるため、遅れる可能性があります。


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東方繋華傷 第百七十話 蓋然性は

自由気ままに好き勝手にやっております。

それでもええで!
と言う方のみ第百七十話をお楽しみください!


 生まれて初めての感覚だ。意識があり、目を開いているはずなのに、なぜか妹様や周りの景色が視界に入ってくることが無い。

 視覚以外の感覚が生きている事は、それらから入ってくる情報からわかる。風が発生し、ザワザワと草木の葉が揺れる音が聞こえ、風が肌を撫でる。物が焼ける匂いも鼻孔に感じる。

 生ぬるい風は、妹様や真っ暗で何も見えない私の間を吹き抜けていく。激しい戦闘を行っていたことで、気流が火照った体から熱を奪っていく。

 特に、目の辺りだ。涙が流れてしまっているのか、目から頬にかけて、涙が流れていく道筋が気化熱で冷える。

「美鈴!……め、目が…!」

 妹様の様子から、目をやられたと分かるのだが、感覚が完全にマヒしてしまったのだろうか。両目を銀ナイフで掻き切られたはずなのに、ズタズタに切り裂かれた背中の痛みに埋もれている。

 妹様を逃がすために抱えている手を放そうとした時、異次元咲夜が背中に蹴りを入れたのだろう。踏ん張ることなどできるわけがなく、吹き飛ばされてしまった。強烈な重力を感じ、首が捥げそうになるが、強化した身体は何とか首をつなぎとめた。

 視界が見えていても、錐揉み状態で吹き飛ばされてしまえば方向感覚がわからなくなる。見えていなければもっとわからない。どこに向かって飛ばされ、どの方向を向いているのか全く分からない。

 受け身を取ろうとするが、予想した方向とは違う背中から地面に落下した。地面を転がり、がむしゃらに何かを掴んで止まろうとするが、何かを手の平の内側に握り込むころには、体が止まっているのと変わらない速度になってしまっていた。

「くっ……うぅ……!」

 体を起こそうとするが、異次元咲夜のスペルカードをまともに受けてしまい、ロクに動かすことができない。頑丈なのが取り柄だが、今回ばかりは無理が過ぎたのだろうか。

「美鈴…!」

 妹様を下敷きにしてしまっていた。胸の辺りから幼い子供のくぐもった声が私を呼ぶ。異次元咲夜が近づき、攻撃を加えてこようとしているのは容易に想像できるが、体が言うことを聞いてくれない。

「っ………くっ……!」

 腕や脚に力を込めた段階で、ようやく倒れた体を数センチ持ち上げることには成功したが、無防備な状態を晒しており、異次元咲夜に殺してくれと言っているような物だろう。

 切れるナイフのような異次元咲夜の殺気を感じ、目の前に立っているのも足音からわかる。腕を振れば当たる距離だというのに、それをできないのが歯痒い。

 素手の私の攻撃が当たる距離という事は、得物を持った異次元咲夜の距離でもある。目が見えない故に、来るタイミングがわからないのは恐怖だ。身の守りようもなく、私があとできるのは妹様の盾として奴の前に立ちはだかることだけ。

「死ね」

 その役目すらも異次元咲夜はさせる気が無いのだろう。冷徹に言い放つと、空気を切る音がする。奴が振るう銀ナイフがこちらに突き進んでいる。あと一秒も経たずに、心臓か頭を切り裂かれるであろう。

 藻掻いて最後まで足掻こうとしたした私に、銀ナイフが突き立てられようとしたのを肌で感じたが、胃が浮き上がるような浮遊感に襲われた直後、顔を鋭い刃が撫でた。

 頬を切る程度で済んだのは、妹様が私に掴まれたまま天高く空を飛んでくれたからだ。しかし、目が見えない以上は状況が読めない。

 どれだけ異次元咲夜から距離を取っているのか、奴は追撃しようとしているのか、それとも様子見をするつもりなのか。また、どれだけの高度を保ち、妹様は奴からどれほどの距離を取るつもりなのか。

 周囲の景色が見えることが当たり前の状態で生活していた私では、地形の把握はおろか、敵や味方の位置さえ把握することはできない。

 霊夢さんや咲夜さんなら気配で察知し、目が見えなくとも異次元咲夜と渡り歩くことはできただろうが、視覚で敵を捉えて戦う事しかやってこなかった私では、最早戦力には成り得ないだろう。

 妹様が浮遊する中でも、何度か刃を交えたようだ。金属が弾かれると音と、回転する刃が耳を掠める音がする。身が焼けるような熱風を感じ、異次元咲夜へ炎を放出したのだろう。

 薙ぎ払う攻撃的な放出ではない。周囲を取り囲むように、自分たちの身を守ろうとする行動だ。囲むようにすれば、その中心には安全地帯が出来上がる。そこに私を抱えた妹様が降りると、私を座らせた。

「大丈夫そう。では、ないわね……」

 両目を切り裂かれた私の傷口に、妹様は小さな手で触れてくる。感覚が鈍ってしまっている事で、痛みを感じることは無い。だが、目を潰されてしまったこと以上に、これから戦いに参入することができない事の方が、私に不甲斐なさを思い知らせた。

「す…すみません………大事な戦いなのに……戦えるのに………!!」

「かもね…。でも、無理は禁物。これ以上家族は失いたくは無いから」

 妹様はそう呟くと、二回レーヴァテインを振った。異次元咲夜が炎の外から銀ナイフを投擲したのだ。炎剣の影響で、赤く発熱する銀ナイフが私たちの足元に転がったことだろう。

「くっ……」

 戦いたいのに、私はまたあそこには行けない。最初に紅魔館へ異次元咲夜が攻めてきた時もそうだ。腕を切り落とされて戦意喪失し、異次元咲夜とお嬢様の戦いを、敗れていく様を眺めている事しかできなかった。

 咲夜さんが殺された時も、私は治療を受けて何もできていなかった。誰かを失う痛みはもう沢山で、もっと戦ってそれを阻止したいのに、また蹲って妹様を送り出してしまった。

 咲夜さん、やっぱり私たちはあなたの代わりには成り得ない。もっと訓練を積んでいれば、私の能力がもっと違っていれば、またもう少し結果は違っていたと思う。

 気を使う程度の能力。気と言えば別の物に聞こえるが、平たく言えば魔力を使う能力。魔力を扱うなど、魔力を持っている時点でできて当たり前だ。こんな外れのような能力では、最早自分の身一つで戦うしかなかった。

 私は、無力だ。

 焦げた匂いのする地面に蹲ったまま、左手で地面を掻き毟り、力任せに握り込んだ。こんな自分を責める自虐に走る暇があるのであれば、この状況を打破できる案を捻り出さなければならないのに、思考がそちらへと働いてくれない。

 奴を殺す方向へもっていかなければならない思考は、他の部分へと回された。今の今まで忘れていた、記憶の棚の中から一つの思い出を引き出してきた。血を流し過ぎたのか、走馬燈という奴だろうか。

 その記憶のなかで、咲夜さんが数メートル先に立っていた。これは、数年前の出来事で、確か彼女と手合わせをした時の事だったはずだ。

 焦る気持ちと裏腹に、思い出そうと記憶の引き出しを開いていく思考は冷静だった。勘が、これは必要なことだと焦る感情を押し殺した。

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 息を切らし、肩で大きく呼吸を繰り返す。実力の差が酷い。流石はお嬢様の隣に立つことを許されている人だ。

 事の発端は訓練をしている私に、咲夜さんの方から声をかけて来た。日頃からお嬢様に付きっ切りでいる彼女にしては珍しく、私と試合を行おうと言ってきた。

 実力の差は大きく、結果は見るまでも無い。咲夜さんが勝ち、私が地面に伏せることになることは、紅魔館にいる全員に聞いたとしても皆がそう答えるだろう。

 手合わせをして私の実力を上げる目的であれば、それに乗らない手はないのだが、能力で完封されて相手にならない可能性もあった。しかし、それも構わず咲夜さんは半ば強引に戦いを求めた。

 戦いは見るも無残な結果だ。戦闘中の事を詳しく話すことをしなくとも、今の状況だけ見せれば容易に想像がつく。こちらがまともに攻撃を与えられなかったのだと。

 立ち位置が全くの逆で、対照的になっている。荒々しく呼吸する私と、安定した呼吸で全く乱れのない咲夜さん。度重なる攻撃で地面を転がり、服が汚れて乱れた私と、目だった汚れや服装の乱れが見られない彼女。

 戦いが拮抗していれば、物珍しく観戦する妖精メイドの一人でもいたかもしれないが、あまりにも戦いが一方的であったため、足を留める者などいない。むしろ、咲夜さんにサボりでしごかれているようにしか見えなかっただろう。

「美鈴は、なぜ自分の能力を使わないのですか?」

 そんな、勝敗がほぼ決した頃、最後の一撃を加える前に咲夜さんが唐突に質問を投げかけて来た。少しの間、息を整えることに集中して回答が遅れるが、彼女は答えるのを待ってくれている。

「咲夜さんも知ってる通り、私の固有の能力は…魔力を使っている人ならできて当たり前の事で、使う意味がないですら。……だから、能力を使うという表現もあってるかわかりませんよ」

 ようやく息が整い始め、息苦しかったのが解消されていく。呼吸が戻ったところで、勝敗は決しているため意味はない。戦いは終わったと決めつけていた私に、彼女は常人を超えるスピードで接近してくると、魔力で作り出した紛い物の得物で刺突してきた。

 気を抜いていたのもあるが、いきなりの事で反応が遅れ、頬を切っ先が撫でた。皮膚に容易く切れ目を入れ、組織を損傷させる。血が滲み、少量ではあるがダラリと頬を伝い落ちる。

「なぜそう言い切れるんですか?」

 反撃で拳を数度咲夜さんへ繰り出すが、どれも素早い身のこなしでいなされると、逆手に持ったナイフを私の首へ目掛けて薙ぎ払った。攻撃に転じていたことで、少し遅れを取ったが、辛うじて当たる直前に手を滑り込めた。いや、滑り込めるように時間を調節したのだろう。

 だが、それでも際どい。私の反応が少しでも遅れていたら、首を掻き切られて再起不能に陥っていてもおかしくはなかった。今は抑えているが、そのままナイフを振り抜きそうな、そんな気迫があった。

 高質化した魔力で覆った拳で相殺したが、それでも尚、咲夜さんは銀ナイフを推し進めようとすることを止めず、ちょっとずつ高質化した魔力を削っていく。

「咲夜さん……割と本気で殺しに来てませんか…?」

 魔力が削り切られ、刃が皮膚に到達する。鈍い痛みと熱を帯びると、握った拳の甲から血が零れる。黙ってそのまま受け続ければ、骨も砕かんとする勢いだ。

「能力が使い物にならない。なぜ、そう言い切れるんですか?美鈴」

 こちらの質問に対して返答することはなく、咲夜さんは同じ質問を投げかけて来た。その間にも、得物で私の指を切り落とそうとすることは止めるつもりはなさそうだ。

 体を後ろに傾けながらナイフとの拮抗を崩し、蹴りを放った。時の違いから、いち早く行動を察する咲夜さんは蹴りを食らうなどありえず、空気を切るむなしい音だけが聞こえてくる。

「使ったことはありますが、何も起こらなかったんですよ」

 訓練中に魔力を消費し、能力を使用したことはあるが、何か特別変わったことはなかった。パチュリー様の様に魔法が使えたり、咲夜さんの様に時を操ったり、お嬢様の様に運命を視たり、妹様の様に物を破壊したりなど、それに相当する事象が起こることはなかった。

 魔力を消費するだけまるで無意味。それを使っている際に、魔力の仕様に変化があるかどうかも試したが、何も変わらない。本当に能力を持っているのかすらも怪しくなったのを覚えている。

「使い方が間違っている可能性は無いのですか?」

 話している最中にも攻撃は続く。攻撃の回転速度を上げていくが、拳や蹴りは咲夜さんの髪の毛一本すらも捉えられない。がむしゃらに手足を動かしているうちに、防御が疎かとなり、足を払われた。

 支えを失った体は地面へまっしぐらに落ちていく。受け身を取るために体を捻ろうとするが、動く速度が倍は早そうな咲夜さんに地面に叩き落とされた。タイミングをズラされ、起き上がるまでにラグが発生する。

 そのコンマの時間で彼女は私が起き上がれないように馬乗りになると、銀ナイフを両手で掲げ、顔へ目掛けて一直線に振り下ろす。本気で頭を串刺しにしてきそうな重圧に背中を押され、彼女のナイフを握る手を辛うじてつかんだ。

 筋力は私の方が上であるはずだが、全体重をかけられているせいで差が埋められている。均衡を保ってはいるが、咲夜さんの気分次第で銀ナイフの在り処は変わってくる。目と鼻の先を、切っ先が小刻みに揺れて泳いでいる。一瞬すら力を抜けない。

「能力を活かすも殺すもあなた次第です」

 庭で手入れをしていた妖精メイドたちが、ようやく咲夜さんに静止を促そうとしているが、彼女はそれに耳を傾けることは無い。

「そ、そんなことを言っても……」

「私も、自分の能力を使いこなすのには時間を要しました。使い方が間違えている、使いこなせていない可能性も十分にあります」

 咲夜さんが少し力を込め、銀ナイフが数センチ前進する。右目の前に突き出される刃が太陽光で反射し、嫌にぎらつく。彼女が本気で殺しに来ているようにしか見えなくなり、ナイフで更にそれが助長される。

「さ…咲夜さん…!」

「その身一つで戦うのも武闘家としては結構ですが、いくら妖怪と言えど強大な敵には限界があるでしょう」

 また、咲夜さんの銀ナイフを握る手に力がこめられ、鼻先よりも銀ナイフの切先が目に近い。必死に押し返そうとするが、地面に落ちた際の体勢が悪く、力を上手く押し出せない。

「その内、自分の体術だけではどうしようもなくなり、能力に頼らなければならない時が来るでしょう。その時に、今のあなたのままでは困るんですよ。美鈴」

 普段の、優しい口調ではなく。これまでに聞いたことの無い厳しい口調で、咲夜さんは語り続ける。門の前で居眠りをこいてしまっていた時でも、ここまでではなかった。

「私がいる内なら、それでもいいでしょう。ですが、あなたたちと違って人間です。数年後、数十年後、私がいなくなればお嬢様を護衛をできるのはあなただけです。新しいメイドが入ったとしても、その人があなたよりも実力が上である保証はありませんからね」

「た……確かに、そうかもしれません…」

「あなたもお嬢様に忠誠を誓ったのであれば、それ相応の事はできるようにならなければなりませんよ」

 しゃべる彼女に耳を傾けつつ、握る銀ナイフを押し返そうと必死になっていると、不意に眼前に迫っていた切っ先が離れていく。腕力で私が勝ったわけではなく、彼女が振り下ろす得物の力を抜いたのだ。手とナイフで隠れて見えていなかったが、気迫迫る表情が和らいでいることに気が付いた。

 私よりも身長が低い女性とは思えない重圧と、刺殺されるかもしれない圧迫感が消え、何とも言えない解放感にため息が漏れる。首に力が入りっぱなしだったが、ようやく力が抜けた。

 地面に大の字になって寝転がるなど、いつぶりだろうか。咲夜さんと手合わせするのにここまでやられたことはなく、他の戦闘でも倒れる程の負傷を負った覚えはない。軽く十数年ぶりだろう。

 その日は天気のいい日で、晴天が広がっていた。暖かく、心地よい風が吹き抜けていき、そろそろ起き上がろうと地面に手を付こうとした時、傍らに佇んだ咲夜さんがこちらに手を差し出した。

 刺されると拳を構えそうになったが、よく見れば得物は握られておらず、優しく迎え入れようとしている。手を伸ばし、咲夜さんの手を握ると私の事を引っ張り起こしてくれた。

「今すぐでなくてもいいですが、いつか自分の能力が使える時が来るといいですね」

 先ほどまでの、鋭いナイフを具現化したと言っても過言ではなかった雰囲気が、嘘のように穏やかになっている。いつもの口調で彼女は言いながら、私の服についている汚れを叩き落としてくれる。

「は、はい。頑張ります…」

 完全に咲夜さんに圧倒されていた私は、そう呟くので精一杯だった。それを彼女はわかっているのだろう。ふっ、と小さく笑うと時の能力を使ったらしく、私の目の前から姿を消した。

 あの時、言葉では咲夜さんの言っている事は理解していた。しかし、能力の重要性については理解しきれていなかった。使えない能力に時間を割くぐらいなら、己を強化していく方がいいんじゃないかと考えていた。

 それでもその後に、何度か能力を使ってみようとしたが、それまでと同じように何かに変化が起こることはなかった。次第に能力を使った訓練をしなくなっていったが、今は訓練しておけばよかったと後悔している。

 いつか己の肉体だけで戦い続けるのには限界が来ると。咲夜さんが言っていたことが現実となっていた。片腕を落とされ、戦いだけではなく日常生活にも深く絡む視覚を失った。奴がどこに居るのかすらもおおよその方向しかわからず、戦う以前の問題であると言える。

 体はまだ辛うじて動くが、それも時間の問題だ。戦えるが、戦える状態ではない。あらゆる方向で崖っぷちだ。その中で最後に残されたのが、彼女の言う通り能力だった。

 しかし、訓練中は能力の効果が一切わからなかった。それが実戦に出た途端に効果を発揮するなどあり得るだろうか。十中八九あり得ない。

 あり得ない。99%あり得なかったとしても、今の私は残りの1%に望みを託すしか戦う道は無いのだ。できれば、能力には頼らず自分の力だけで異次元咲夜を倒したかったが、今はそんなプライドを捨てる。

 そもそも能力が使えるか、使い物になるかどうかすらもわからないのだ。戦いに入れるかどうかの賛否はここで決まる。出し惜しみはこの際無しだ。

 能力に回さなかった分だけ、魔力が有り余っている。膨大な量の魔力を注ぎこみ、能力を全開で発動した。

 

 

 

 美鈴を降ろし、炎の壁を越えてから数分。以前の戦いと比べれば善戦しているはずだが、徐々に防戦一方になってきている。戦闘に秀でている人物を失ったのは私にとって、自分が戦闘不能になること以上に致命的だ。

 スペルカードを使う暇がない。赤く発熱する銀ナイフを捨てながら新たに得物を作り出し、絶え間なく攻撃が襲い掛かってきてる。炎で幅の広いレーヴァテインで防御したとしても、完ぺきではない。

 決して多くは無いが、私の防御をすり抜けてくる斬撃は少なからず存在し、肩や腕、足などの末梢部に切り傷を付けていく。大きくは無いのだが、それが蓄積していけば、確実に私の命に直結する。

 今はあまり関係のない部分に当たっているが、重症になり得る部分に当たるのは時間の問題だろう。少しずつな炙り殺されていく気分だ。ただの刃なら瞬く間に治るが、銀ナイフのせいで治りが遅い。魔力を送ってやらなければ治らない程に。

 斬られた箇所が鬱陶しいぐらいにいつまでも痛みが残り、動きに支障をきたしそうだ。血も滲み、服が張り付いて動きがいつもより制限される。腕を切断されたり、折られたりなどの阻害程ではないが、今はそれすらも邪魔だ。

 時の能力は使われていないが、私が押されているのは奴がレーヴァテインに慣れてきたのだ。刃の当て方が変わり、一度打ち合わせればほぼ使い物にならなくなっていた銀ナイフが、二回、三回と打ち合わせられる回数を増やしていく。

「くっ…!」

 身を縮めて防御に徹していたおかげで、動きに小回りが利く。異次元咲夜がナイフを交換する僅かな時間を使ってレーヴァテインを薙ぎ払うが、奴にあっさりと受け止められてしまう。

「美鈴ならともかく、あなたでは私の相手にすらなりませんよ」

 銀ナイフに熱が伝導し、赤く発熱するナイフ。奴はそれを気に留めることなくゆっくりと私に挑発を仕掛けてくる。大ぶりを誘っているのだろうが、それをするほど馬鹿ではない。

 防御しかできていない状況をリセットするため、奴を弾き飛ばそうとレーヴァテインへ力を込めるが、鋭い金属音の後に腕があらぬ方向へ弾かれていた。

 力を込めようとする直前に、コンマの差で異次元咲夜に先を越されてしまったのだ。すぐさま防御へ戻ろうとするが、奴の方が一歩早い。溶解した銀ナイフを捨てながら私に蹴りを放った。

 レーヴァテインが戻ってくる遥か手前で靴が胸を捉えた。弾かれたこととバランスが悪かったことが重なり、後方へ吹き飛ばされることになる。

 魔力でバランスを立て直し、十メートル程度後方で地面に着地して体勢を立て直した。レーヴァテインを構え直し、防御ばかりにならぬように奴の動きに気を張り巡らせる。

 溶解した銀ナイフを捨て、異次元咲夜が両手に銀ナイフを新たに生成した。美鈴がへし折ったはずの右腕に注目が映る。膝と肘で挟まれた部分は赤黒く腫れたままだが、折れていたのが嘘のようにまっすぐに伸びている。

 奴はナイフなどの無機物を作り出すことはできても、腕など有機物に該当する物は作り出せないはずだ。なのに、なぜ奴は折った骨を短時間で治すことができた。

 霊夢達の情報が間違えていたのだろうか。いや、そんなはずはない。生物を生み出せるのであれば、奴は無限の軍隊でも作り上げているはずだ。

 そう思って奴を睨みつけていると、スペルカードを放った時に負っていたであろう異次元咲夜の火傷痕に今度は目が移る。黒く焦げている部分もあれば、赤く火傷している部分があったはずだが、それも見る見るうちに負傷していない部分と同じ、白い肌に戻っていく。

 何が起こっている。理解ができない。あの庭師の様に、体を再生できる能力を他に持っているのだろうか。そうだとしたらかなり厄介になる。そう思って異次元咲夜を睨みつけていると、火傷が治った部分の肌に違和感がある。

 治した部分とそうでない部分に色の違いは全くないが、肌の質感に差異がある。治癒させた部分はほかの皮膚と違って無機質なのだ。

「………まさか…」

「気が付きましたか。………全く…私が人形使いの魔女の真似事をするなんて、思ってもいませんでしたよ」

 奴の言う人形遣いの魔女。恐らくアリスの事を言っているが、彼女がどんなことをしていたのかは想像がつかない。だが、異次元咲夜は怪我を治癒で治したわけではないのだ。固有の能力で作り出した物体に置き換えているのだ。

「…」

 それが分かれば戦いようはある。腕を欠損させれば、腕の形をした物体に置き換えるだろうが、人間の体とは違うため確実に動きに制限がかかる。しかし、百戦錬磨の異次元咲夜の腕をどう切り落とすかが問題となってくる。

 ほぼ不可能だ。私のほかに誰かがいるのであれば、お互いをフォローし合って戦う事は十分に可能であっただろうが、援護がなくサシでの勝負では話にならない。

 この不利な状況をひっくり返すのには、今までには無い裏をかくことをしなければ絶対に覆ることは無い。だが、幾百の世界を壊してきた連中を出し抜くことなど難しいことこの上ない。

 炎剣を握り直し、見よう見まねでどこかの剣士の様に構えるが、戦闘に入ればそれも忘れて今まで通り、構えもなくなるだろう。

「あなた一人に何ができますか?私にも時間がありませんし、今すぐに首を差し出してくれれば、痛くないように…苦しまないように殺してあげますよ?」

 異次元咲夜が絶対に飲むわけない提案を提示してくる。なぜそんなに自信ありげに提案ができるのか。これまでにその案を飲んだ世界線があったのだろうか。

 とはいえ、このままいたずらに体力を削られて行ってしまう。油断なくレーヴァテインを構えていると、異次元咲夜が両手に銀ナイフを握り、考えに頭を使っている時間が無くなった。

 スペルカードを使おうにも、奴が万全な時に発動しようとすれば、投擲されたナイフ一本で止められるだろう。大技は使えないが、今のところ足を負傷したわけではなく、走れる。対抗するのには人間を遥かに凌ぐこの足を使う他ない。

 前にではなく、異次元咲夜を取り囲む形で横に走り、レーヴァテインで木々に炎を燃え移らせていく。炎が周りを囲んでいない場所では、炎剣が発する光で見ていなくても方向を悟られてしまう。

 それを避けるため、なるべく広範囲に炎を広げる。素早さで撹乱しながら戦うのはその後だ。乾いた木材や着火剤がなければ、そう簡単に炎は燃え移ってくれない。山火事が燃え広がるのは時間制限が無いからだ。

 今の私には悠長に炎が広がっていくのを待っているだけの時間が無い。炎剣に魔力を込め、噴き出す炎の火力を倍増させ、木の幹ではなく周囲に手を伸ばす枝を燃やしていく。

 葉っぱさえ燃えてしまえば細い枝から太い枝へと炎は広がる。私が何かをしなくともあとは勝手に延焼していってくれるだろう。

 奴を炎で囲み、私の居場所を悟らせにくくすれば、戦う準備ができる。出発点から走り始め、目標の三分の一に差し掛かった時、既に私が考えていた幼稚な作戦は見抜かれていた。

 どんな人物であろうと、何かしら物を使わなければあの密度の銀ナイフをすり抜けることはできないだろう。散弾銃など生ぬるい。奴が飛ばしてくるナイフの進行方向に佇むだけで、その人間はサボテンの様に全身からナイフを生やすことになる。

 この中を走りぬければ間違いなく致命傷になる。焦れば辛うじて残っていたか細い勝機が遠のいてしまう。最大速度で走っていたが、自分の身を隠せる太さがある木の後ろで立ち止まった。

 いきなり止まれるわけもなく、木の陰から体が前のめりに出そうになるが、何とか踏ん張り、木の後ろに身を引き戻した。ギリギリで顔のあった位置を銀ナイフが通過し、地面や木々をハチの巣にしていく。

 刃が中腹まで抉り込んでいるが、それが人体だったと考えるとぞっとする。今は一秒でも止まっている時間が惜しい。刃の波が収まりしだい走り出そうとするが、立ち止まって刃をやり過ごすだけの時間があれば異次元咲夜は余裕でここまで到達できる。

 地面に刺さった銀ナイフを蹴飛ばし、後方に異次元咲夜が滑り込んできた。銀ナイフを両手に持ち、私へ叩き込んで来る。私もこの作戦と言えない行動が読まれないと思っていたわけではない。

 数百ある世界の中で、これをやらなかった世界が無かったわけがない。だから、こう来るのは予想できた。走ろうと地面を踏みしめていた足を軸にして後方へ振り返り、振り向きざまにレーヴァテインを叩き込む。

 これは受け止められるはずだ。受け止めたと同時に魔力を送り込み、爆発的に炎を放出し、指の一本でもいいから焼き焦がしてやる。

 受け止められることが前提で振った腕は、異次元咲夜がいた位置を通り過ぎ、ナイフの雨をしのぐために使った木の方向にまで到達していく。腕が折れ、レーヴァテインがあらぬ方向を向いたわけではなく、奴に避けられた。

 奴もまた、私が反応しうる可能性を予想していたらしい。大量の火の粉が舞い、視界を遮る中で、レーヴァテインを反対から薙ぎ払おうとした時にふと違和感に気が付いた。炎剣が空振りに終わった割に、火の粉が舞い過ぎている。

 魔力をフライング気味に込め、炎を放出したことで火の粉が刀から離れて拡散しているわけではない。

「その刀には、飽きてしまいました」

 異次元咲夜は陽炎が立ち昇る程に発熱している銀ナイフを、私の肩に突き刺すと耳元でそう呟いた。奴の慣れがここまで来てしまったのだ。

「っ!?」

 一度受ければ使い物にならなくなっていたが、今や一度や二度打ち合ったぐらいで交換することはなくなってしまった。そして、それだけでは飽き足らず、こちらの得物を破壊するまでに至ってしまった。

 周囲に炎を付けて、自分の居る場所を悟らせないようにする作戦が仇になった。周りが燃えて光を放っている事でレーヴァテインが掻き消されたことに、言われるまで気が付けなかった。

 反応が大幅に遅れ、レーヴァテインから刃に伝わった熱が肉体を焼き、その痛みも私の行動を遅延させる要因になった。形状が崩れ、崩壊していくレーヴァテインを魔力でかき集めて再生成させることができない。

 新たに作ろうにも、肩に刺さしている方とは逆の手に握られた銀ナイフが心臓めがけて既に突き進み、肌まで数センチのところまで来ている。

 ここからどう頑張っても銀ナイフを弾く、またはかわす方法が思い浮かばない。レーヴァテインを作り出すのは論外で、爪で切り裂くのには突き進んでくる銀ナイフの倍以上の距離を引き戻してこなければならない。

 攻撃し、更に炎を放出しようとしていた事から、体の体勢が逃げることに傾いていなかった。いくら骨を強化したとしても骨の間を貫かれれば意味がなく、奴が持つ得物の切れ味は強化された骨だろうと、簡単に貫ける。

 お姉さまや咲夜に続き、今度は私だ。私が片付けば次は美鈴に奴は刃を向けることだろう。もっと戦わないといけないのに、世界はそんなに甘くは無いと現実を突き付けられた。

 この光景を、二人も見たのだろうか。そして、同じことを思ったのだろうか。こんなところで、死にたくないもっと皆のために戦いたいという気持ちが沸き上がる。

 生き延びたい執念に相反する形で、奴の銀ナイフは命を断ち切りに来た。狙いは正確で、骨を避けるつもりもなく、胸骨を貫いて心臓に銀ナイフを突き立てようとする。

 真正面から私に敗北を味合わせ、絶望を死ぬ手向けとするつもりなのだろう。

 




次の投稿は12/25の予定です!


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東方繋華傷 第百七十一話 反撃の狼煙

自由気ままに好き勝手にやっております。

それでもええで!
と言う方のみ第百七十一話をお楽しみください!


 宿敵の顔。目の前にいた肉親を殺し、家族同然だったメイドを殺した異次元咲夜の顔が眼前に映る。今すぐに喉を掻き切り、背骨をへし折り、胴体と頭を切り離してやりたい。が、その主導権を握っているのは誰であろう異次元咲夜だ。

 この場は遠くで動けなくなっている美鈴でも、私でもなく。異次元咲夜が全てを支配していた。奴のさじ加減で私たちの命は簡単に潰えてしまう。

 奴の握る銀ナイフが突き進む。私の心臓を貫かんと容赦なく切っ先が皮膚に突き立てられる直前。青い淡青色の火花が盛大に散った。

 私の攻撃が間に合い、異次元咲夜の銀ナイフを弾き、強化に使われていた魔力が消費されて結晶を咲かせたわけでは無い。爪はナイフを弾く段階に移っておらず、レーヴァテインも柄すらできていない。

 ならば何が魔力の結晶を発する原因になったのか。異次元咲夜も私もわかっていなかった。ただ一つ言えるのは、美鈴でも私でも奴でもない第三者がここに介入してきたのだ。

 骨を砕き、心臓を貫く予定だった切っ先は、骨を突き進もうと捩じり込むような動きを見せるが、皮膚よりも一センチ手前の空間で、何かに遮られて進めずに立ち往生している。

 どんなに歴戦の戦闘者でも、見えない位置からの参戦には気が付くことができなかったのだろう。体を私と同様に硬直させ、なぜ切先が進まないと困惑を示していた。

 その硬直から最初に抜け出したのは、異次元咲夜だった。私も確実に刺されたと思い込み、刺さっていないと理解するのに時間がかかってしまったのだ。しかし、抜け出した後の動きが速かったのは意外にも私だった。

 おそらくだが、ここで止めを刺せるという確信があり、そういった状況を頭を切り替え、欲を切り捨てることができず、小さな未練として動きの緩慢さが生まれたのだろう。

 レーヴァテインを作っていたのでは間に合わない。爪を立て、異次元咲夜へ向けて手を薙ぎ払った。この戦闘においてほぼ初めて、奴に直接的な攻撃を食らわせられただろう。

 首元から頬にかけ、四本の爪が皮と肉を切り裂いた。組織と血管を損傷し、切り裂かれた部分から血液が溢れ出す。負わされた切り傷からすれば小さすぎる創痕だが、反撃の一歩だ。

 自分の攻撃が通らなかっただけではなく、怪我を負わされたことで動揺が残っていたのだろう。魔力を手のひらに集め、炎剣を作り出しても異次元咲夜が後退する様子を見せなかった。

 そのまま焼き、切り殺そうとレーヴァテインを頭部へ振り抜くが、得物を当てるのには遅すぎた。下半身に力を込め、攻撃よりも一歩早く異次元咲夜が後方に下がってしまう。

 髪や鼻先を捉えることもできなかったが、私の体勢を整えるだけの時間を稼ぐことはできるだろう。指先にこびり付いた血を振り落とし、レーヴァテインを構え直した。

 炎剣は、特急で作ったことで所々に荒が目立つ。曖昧に燃える刀にさらに魔力を送り、形状を固定化して凝縮させて見慣れた形へと作り変える。

 そうしているうちに、異次元咲夜は体勢を整えたようで、離れた位置で自分が突き刺したはずの銀ナイフに目を落としている。得物におかしな部分が無いか、探しているのだろう。しばらく見つめても見当たらなかったのか、疑問が残ったままであるが、捨てて新しいナイフを作り出している。

「いったい、何をしたんですか?」

 数百の世界を潰してきた異次元咲夜でも、遮るものが無かったのにナイフを突き立てられなかったのは初めての現象だったらしい。出し抜いてやったと得意げに種明かしをしてやりたいが、私も理解できていないため無視を決め込むことにした。

 動揺を悟られてはならない。むしろ、できて当たり前だと奴に警戒させ、こちらに行う攻撃の手を緩めさせる。何が起こったのかを少しでも整理しようとするが、先に答えがやってきた。

『フランドール…。聞こえてるわね…?』

 淡々と話すこの声には聞き覚えがあった。数百、数千、数万はくだらない冊数の魔導書を管理する魔法使い、パチュリー・ノーレッジ。あらゆる属性の魔法を操る人物だ。

 異次元咲夜に目を向けるが、特に変わった様子はない。パチュリーの声が聞こえていないのだろうか。

 視線を周りに向ければパチュリーの居場所がバレるかもしれないため、聴力に意識を向け居場所を探るが、半径30から40メートル以内に彼女と思わしき息遣いは聞こえてこない。

『探しても私はそこにいないわ…。当然でしょう…?』

 白黒の魔女の説明をされた時の事を思い出した。彼女は確か喘息持ちだったはずだ。こんな場所に来たら、それだけで悪化して戦うどころの話ではなくなるだろう。集中して魔法を使える場所となれば、彼女は紅魔館から動いていないのだろう。

「そう。それより、さっきのはパチュリーのおかげかしら?」

 異次元咲夜には聞こえないよう、話している事を悟られぬように口元を拭うふりをして小声で言葉を発した。

『ええ、プロテクターみたいなもの…。体の表面を覆うごく狭い範囲しか守ることはできないけど…、高質化した魔力よりは防御力は高い…。斬撃は一度程度なら弾くことはできると思うわ…』

 奴の斬撃を食らってこの魔法が解けるごとにかけ直してはくれるだろうが、この戦略もそう長くは通じない。いずれパチュリーが遠距離から援護していることがバレるだろう。

 援護込みでも圧倒されるようになってしまえばそれこそ終わりだ。その前に、肩を付けなければならない。

 おそらく今回もパチュリーは炎の蝶々をこちらに飛ばしているのだろう。周囲を炎で染め上げているため、かなりのカモフラージュ率を期待できる。

 こちらが危ない時には攻撃でも援護してくれるだろうが、彼女と共闘することになるとは思わなかった。

 レミリアはパチュリーにとって大切な友人であるため、異次元咲夜と戦う際に何かしらの方法で復讐を果たすと思っていたが、こういった形で戦ってくれるのであれば、こちらとしては追い風となり、目標に近づくことができる。

「援護は任せたわ」

『ええ…』

 パチュリーがここに使い魔を飛ばしている事を魔力で悟らせぬよう、レーヴァテインに魔力を込めて炎を放出させ、探知の網を搔き乱した。私が消し飛ばしてしまったら元も子もないため、きちんと使い魔の位置は把握している。

 炎を放出しながら構え、異次元咲夜へ向けて跳躍した。私が何かしらの防御する術を持っていたとしても、戦うのには変わらない。銀ナイフを作り出すとこちらに向けて投擲してくる。

 炎を放出したままレーヴァテインを薙ぎ払い、金属の刃を溶かし切る。周囲に生えていた木々ごと切断し、燃やし尽くす。

 体勢を崩しそうになるが、魔力で無理やり戻した。奴に最短距離で突っ込むのに、今しがた炎を放出した空間を通ろうとするが、呼吸を行うのを躊躇する程に熱く、息を止めて炎で溶解させられた金属の雨が降る空間を通過した。

 時差を設け、銀ナイフを投擲したようだ。複数本の刃が同時に目の前に迫るが、スペルカード使用時の、土砂降りのような得物の雨に比べれば、どうってことは無い。

 一部をレーヴァテインで掻き消し、残りを魔力強化した爪で叩き落した。空中で、それも銀ナイフを叩き落した後なら、私を迎撃して打ち負かすことができるだろう。

 だが、異次元咲夜はそれを見送り、自分の元に私が到達するのを流暢に待っている。奴からは炎剣が見えないように垂直に構え、魔力を送り込む。

 派手に炎が放出して奴に気取られぬよう、レーヴァテインの射程を大幅に引き延ばす。得物を迎撃した火の粉が舞う空間を通過し、異次元咲夜の遥か手前に着地した。そのまま飛びかかるように見せかけて腰を僅かに落とすが、腕や腰の筋肉を最大限に使用し、炎剣を薙ぎ払う。

 あらゆる物体を一閃に焼き切る斬撃。人間の動体視力では目の端にすら捉えることができないだろうが、この狂人はかわすことなく攻撃に攻撃を合わせて来た。

 銀ナイフで神速で振られたレーヴァテインを掻き消したのだ。だが、驚くことではない。時の能力に依存しているとはいえ、別の世界の自分とと戦うときには、同じ能力で対抗されるため等倍で戦うしかないからだ。

 私の策はただ早く振るだけではない。私の策はここからだ。銀ナイフを構える異次元咲夜へ反撃を仕掛ける。

 奴へ叩き込んだレーヴァテインは言わば囮だ。掻き消されたレーヴァテインの後方に、もう一本のレーヴァテインが隠されている。掻き消したことで炎が視界を覆い、奴はより視認できなくなっているはずだ。

 弾幕と同様に魔力の命令により、もう一本のレーヴァテインは独りでに得物を構える異次元咲夜へと向かっていく。いくら反応速度が速いメイドだとしても、いきなり目の前に現れた炎剣には反応できないだろう。

 こちらの次の攻撃に備えているが、遅れて炎剣に気が付いたのか奴の動きには非常に緩慢で、そのままでは時の能力でも使わなければ間に合わないだろう。

 私が振ってもいないのにレーヴァテインが襲い掛かってきたのには、やはり反応できなかったようだ。炎に巻き込まれ、上半身と下半身が体の切断マジックを行っているように、奴の身体は綺麗に切り裂かれた。

「———————っ!?」

 出血は一瞬にして止血され、残った身体は上も下も関係なくレーヴァテインの炎に焼かれ、黒ずんで炭となっていく。悲鳴を上げる暇はない。上半身は地面に落ちて砕け、下半身は膝をつくと崩れて炭の山を形成した。

「……」

 一秒、二秒と時間が経過するが、崩れ落ちた炭が起き上がってくることは無い。あれだけの強敵の最後は、あまりにも呆気のない物だった。

 勝った。奴は私の二つ目の刃に反応することすらできず、切り裂かれて燃やし尽くされた。二人の仇を取り、勝利を収めたはずなのに、何か違和感がある。

 最後、迎撃するつもりがなかったように感じた。私に首を差し出せと言っていたことから、奴らにも遊んでいたり、手を抜いている暇はないはずなのだ。

 私は奴を殺す作戦を立てているのだが、これに対応できない程、奴は弱くはないはずなのだ。何かがおかしい。そう思った私は一つの金属音を聞いた。

 遠くで発せられたものではなく、右側頭部周囲の超至近距離から激しい金属音が鳴り響く。パチュリーのかけてくれた防壁が作用し、火花を散らしながら見慣れた銀ナイフが弾かれ、柄から地面へ落下した。

「…っ!?」

 違和感の正体を突き止めようと、完全に思考に没入していたことで気が付くことができなかった。すぐさまレーヴァテインを構えようとするが、それよりも続々と向かってきている銀ナイフの方が速い。

 パチュリーはこの状況を使い魔を通してみてくれているだろうが、彼女は喘息持ちで連続的に魔法を使用することができない。最後の戦いとあって対策はしていると思われるが、防壁を壊されてから数秒で再度張り直すのは難しいだろう。

 横に大きく飛びのき、投擲された得物から逃れた。奴の投擲した武器をかわした段階で今のは多少無理をしてでも全て受けきり、ナイフを叩き落した方がよかった事に気が付いた。

 受けなければ、異次元咲夜に私は即座に防壁を張れず、自分の意思でそれをやっていない可能性まで浮上させてしまう。どちらも、遅かれ早かれきずかれていただろうが、少々早かったと言えるだろう。

「っ!」

 それよりも、手ごたえはあったはずなのに、なぜ生きている。飛びのく間にそれだけが頭の中を循環する。掻き消されるのをこの目で見たのに、平然と現れた異次元咲夜に動揺を隠せない。

 何があったのかと考えようとした時、奴がしていたことを思い出す。傷を皮膚とよく似たものを使って塞いでいたことを。

 自分と同じ形をした人形を用意し、自分はその死角に入って後方へ下がる。普通なら成功する確率は低かっただろうが、一本目の炎剣を破壊したことで大量の炎が放出され、奴の姿を捉えにくくなっていたのも成功する要因の一つだろう。

 どちらにとっても、レーヴァテインを破壊された炎は視界の妨げになったようだ。

 そして、反応が悪かったのは、作り出した瓜二つの人形に突き進もうとする魔力でプログラムしていたからだと思われる。

 銀ナイフが飛んできた方向に目を向けると、異次元咲夜が木々の間から現れた。今度は間違いなさそうだ。そこで炭になっているぎこちなく動いていた人形とは違い、動きの違和感がない。

「やはりそうですか。あの魔女、殺しておけばよかったです」

 視線だけで周りを見るが、炎の使い魔は延焼する周囲の炎に紛れ、場所を特定できていないようだ。私がレーヴァテインを振り回しているため、搔き乱されて今は魔力の流れから場所を特定できていないが、時間の問題だ。

 あと二回から三回程度しか猶予は無いだろう。多く見積もってであるため、一回から二回で位置を悟られる可能性が高い。いや、可能性が高いというよりも、そうであると考えた方がいい。

 私の魔力で妨害したとしても、猶予はあと2回と言ったところ。パチュリーが再度防壁を這ってくれたが、これを活かさなければならない。

 奴から攻撃を受ける前に、奴を戦闘不能へ追い込んでやらなければならない。翼を羽ばたかせて翼力を最大限に発揮し、最高速度で前方へ跳躍した。刀を背負うようにし、炎剣を横から薙ぎ払った。

 こんな見え見えの攻撃、最初から当たることなど期待はしていない。私の目的は、スペルカードの発動だ。奴が前進せずに待ち構える、こういう時ぐらいしか使えるタイミングが無い。

 私がレーヴァテインを薙ぎ払うと思っている異次元咲夜は射程から飛びのき、遅れて面倒だと舌打ちを零す。

 隠し持っていた魔力を込めていないスペルカードを前へ放り、炎剣を叩き込む。鋼でできた得物であれば、間違いなくただ切断するだけで終わるだろうが、全てが魔力で構成されている剣であれば、それに含まれている魔力で回路を起動することもできる。

 魔力の得物を使用している者ならではの発動方法だ。カードを燃やす直前に、レーヴァテインを構成する魔力の性質を停止させ、ただの魔力へと変換した。それらを全てカードに流し込み、スペルカードを起動させた。

 遅れた異次元咲夜はその段階でようやくこちらへ向け、銀ナイフを投擲するが、回路を抽出する方が圧倒的に速い。ガラス細工と変わらない物体を叩き割り、抽出。スペルカードを発動させた。

「禁忌『フォーオブアカインド』」

 魔力で構成される私の分身が三体現れた。そのうちの一人が異次元咲夜が投擲した銀ナイフを爪で叩き落す。久しぶりに使用したため、分身の操作がぎこちない。

 当たることには当たったが、軌道を大きく変えることができず、頭に当たるはずだった銀ナイフが顔の横を回転しながら通り過ぎていく。

「…っち……また面倒なスペルカードを……」

 投擲されたナイフが地面に落ちるよりも先に、小言をぼやく異次元咲夜へ向けて、姿形が全く同じ分身を送り込む。三方向からの同時攻撃。聞こえはいいが操るのは一人であるため、そのどれもが動きが単調となってしまっている。

 だが、三方向からの同時攻撃を捌かなければならない異次元咲夜は、反撃する余裕がないようだ。私が持つレーヴァテインほどの火力は無いが、それぞれが炎剣を携えている。細いが木を切断できる程度の威力はある。

「っち……!!」

 刺突や横と縦切りを、銀ナイフで器用に受け流していく。切り裂かれれば否応なしに動きに制限がかかる。動きが単調とはいえ数の暴力の恐ろしさは異次元咲夜もわかっているようで、行動は大胆そうに見えるが、慎重に攻撃を受け流していく。

 両手に握る銀ナイフで三本のレーヴァテインを弾き、受け流し、時に叩き壊していく。これだけ刃を交えれば、私でも奴がどのタイミングで得物を壊そうとするのか、おおよその予想は付くようになってきた。

 大量の火の粉をまき散らして掻き消されるが、即座にレーヴァテインを修復し、戦闘を続行させる。しかし、いつまでも奴の首を取るには至らない。

 左右同時攻撃や後方からの襲撃、上空からの挟撃。異次元咲夜の隙をついているつもりだが、どうにもとらえきることができない。スペルカードで生み出した残りの三体を上手く扱えていない事他ならなず、これについてはすぐさまどうすることはできない問題だ。

 解決することはできないが、すぐに改善することはできる。三体に分散させていた意識を一体に集中させ、残りの二体を囮や援護等に回す。単純なことだ。

 異次元咲夜に切りかかり、鍔迫り合いとなっている二体の分身の動きがさらに悪くなっていく。だが、対称的に私が力を入れて操る分身の動きが機敏になった。

 いつまでも鍔迫り合いをしていれば、切られてしまうため、二体の分身を奴ははじき返した。弾き飛ばされた二体の間に、特に操っている分身の体を押し込め、異次元咲夜の頭部にレーヴァテインを薙ぎ払う。

 二体の分身を吹き飛ばした後、異次元咲夜は迎撃の準備がすでにできていたようで、薙ぎ払われたレーヴァテインを屈んで避けた。火の粉が舞い落ち、陽炎が立ち込める空中に残る斬撃跡を異次元咲夜の銀ナイフが通過する。

 多少の傷なら修復できるが、魔力で形成されている関係上、切断されたり抉られるように斬られれば、直す間もなく分身は崩壊していってしまう。

 どうあがいても魔力で形成される分身で避けるのは難しそうだ。ここは勿体ないが、早々に諦める

 異次元咲夜に切りかかっていた分身から意識を残りの二体へ移す。吹き飛ばされ、後方へ仰け反り下がっていたうちの一人が、もう一人の腕を掴み、自分の元へ引き寄せさせた。

 掴んでいた方から、掴まれた方へ意識を更に移す。足を縮め、引き寄せて来た分身の胸を足場に異次元咲夜へと跳躍した。

 その短い時間の間に、異次元咲夜と対峙していた分身が切り裂かれ、バラバラになって地面に落下していく。頭部や両腕、上半身が上から順次落ちていき、地面にぶつかると砕けて結晶に戻っていった。

 大量の結晶が霧散していく中を、第二の分身がレーヴァテインの炎を増加させながら突っ込んだ。分身にも集中して魔力を費やせば、人間の速度を大きく上回ることができる。

 だが、得物が一本しかないとはいえ、二刀流の異次元咲夜に本体ですら追い付かれるのだ。分身であれば速度が追い抜かれることだろう。

 奴に接近されぬよう、レーヴァテインのリーチを利用するがするが、素早い異次元咲夜はそれを掻い潜って分身へ急接近しようとしてくる。その素早さたるや、吸血鬼かと思える程だ。

 それに対処し、分身を後方へ飛びのかせて牽制しながら炎剣を振り回す。何度も打ち合わせ、異次元霊夢を遠ざけようとするが、正確に攻撃を読んでいる異次元咲夜に纏わりつかれ、引き離せずにいる。

 一本の得物ではやはりリーチがあろうとも、押さえきることは難しく、胸元を逆手に持った銀ナイフで掻き切られた。咄嗟に半歩後ろに下がったことで、根元まで抉り切られることはなかったが、損傷は大きい。

 切れ目から魔力の使われた結晶が零れ、煙草をふかす際に先から昇る紫煙を思わせる。ギリギリ致命傷ではない。魔力を注ぎこんで傷を修復させるが、もう一撃食らえば直す間もなく崩壊してしまうだろう。

 後方へ飛びのくのが速いか、奴が首を切り裂くのが速いか。下がった分身の速度を刺突が上回り、大穴を穿とうとした異次元咲夜の得物に横槍が入った。

 当たる直前に銀ナイフがはじき返された。パチュリーの防御壁だ。守るべきは本体であるため、まさか分身に防御壁を使うとは思っていなかったのだろう。

 異次元咲夜の反応が異様に遅いのは、それが予想外だったからだ。分身の首にナイフを突き立てようとする奴の後方から、最後の分身が切り殺そうとレーヴァテインを大ぶりに構え、突っ込んでいく。

 これが狙いであり、分身のうちの一人を壊すために深追いしたのが罠にハマる一歩となった。例え、後方の分身に追いついて得物を受け流せたとしても、前方の分身が残っている。

「ちょこざい…!」

 パチュリーと初めて共闘した割には、中々のコンビネーションだったと思う。だが、本当の仕上げはこれからだ。

 奴にもパチュリーにもスペルカードを使用した作戦に見えるだろう。しかし、それらごとレーヴァテインでここら一帯を分身ごと焼き払うのが本当の目的だ。この挟み撃ちも保険に過ぎない。

 これでパチュリーの居場所はバレてしまい、早々に使い魔を破壊されてしまうのはこちらとしては痛手だ。しかし、自分の身を削らなければ、歴戦の狂戦士は騙せない。

 これは、奴を殺すための致し方ない出費である。

 私がレーヴァテインを構え直した様子から、あくまで自分で戦うスタンスであるとパチュリーにも伝わったらしい。魔法を贅沢に使用したことが功を奏し、奴もこちらの狙いへ気を回している余裕もなくなったのだろう。銀ナイフを投擲してくる様子はない。

 三人の影に向かい、私は空中へ跳躍した。やはり保険をかけておいて正解だった。普通ならこんな攻撃は撃ち落されるか、迎撃されて自分のやりたい事をさせてもらえなかっただろう。

 前後から襲い掛かるレーヴァテインを異次元咲夜は受け止め、二体を掻き消そうとした。だが、分身の肩越しに私が跳躍してきているのが目に入り、自分が術中にハマってしまっている事に気が付いたらしい。

「くそっ…!」

 だが、気が付いたところでもう遅い。逃げ出そうとする異次元咲夜を攻撃を捨てて分身たちに腕や脚を掴ませた。魔力で構成されている事で、重量差は天と地の差がある。

 突き飛ばされれば吹っ飛んでいくほどに分身は軽いが、魔力で構成されている事で力の有無は魔力次第。全ての力を踏ん張ることに集中させれば、人間一人をその場に釘付けにすることなど簡単だろう。

 禁忌『レーヴァテイン』を放った時の様に、殻に籠ることも難しい。分身が自分を掴むほどに接近しており、分身ごと包み込むしかないが、そうすれば分身の独断場だ。殻の中で切り殺すでも、炎で焼き殺すでもどちらでもいい。

 二人を切り壊してからではレーヴァテインの防御には間に合わない。一方の壁を作ったとしても、周囲から迫る熱と酸欠にやられる。

 ついに異次元咲夜の八方を塞いだ。レーヴァテインへ魔力を送り込み、炎の巨剣へと変貌させる。自分の魔力の流れ以外に、もう一つの魔力の流れを感じた。使い魔に魔力を送り込んでスペルカードを発動したらしい。

 彼女の声は聞こえないが、それがどんなスペルカードだったのかは見覚えがある。使い魔がいるであろう場所から不自然に炎が膨れ上がると、球状にまとまると異次元咲夜達の方向へ射出される。

 私よりも後方から撃ちだされたことで、着弾には時間がかかる。私の炎が先に三人を包み込む。異次元咲夜は勿論、分身も炎に焼かれていく。外側から魔力を削がれ、奴を拘束していた分身は物の数秒で燃え尽きて消えていった。

 このままでは逃げられてしまいそうだが、その頃には皮膚と皮下組織を焼き尽くし、皮膚下にある筋肉にまで熱傷は及んでいる事だろう。そうなれば動くことができず、あとは焼け死んでくれることだろう。

 呼吸を行えば肺が焼かれ、目を開いても開かなくとも眼球の水分が蒸発し、筋肉は縮こまる。後は死を待つだけとなった異次元咲夜に、追加でパチュリーの火球が叩き込まれた。

 凝縮されていた炎が解放され、レーヴァテインの放射される炎とは違った形で、爆発的に炎をまき散らす。炎が増したことで、辛うじて見えていた異次元咲夜の影が消え、爆発した炎がさらに増加し火柱を上げていく。

 パチュリーのスペルカードが収まり、炎が落ち着いた。炎の勢いが弱くなっていくのは、時間にして十数秒程度だっただろう。魔力で烈火の如く燃え広がっていたが、それを使い果たし、後は周囲にある有機物を使い潰すだけとなる。

 あらゆる物が焦げ、草木か死体かの判断が付きにくい。人型の物体を探そうとした時、パチュリーの使い魔が近くへ飛んできた。すぐ横に来ると、翼をはためかせて肩と同じ高さを維持している。

『やったわね。』

「ええ…そうね。ようやく……ようやくね…」

 今度こそ、死んでくれたことだろう。先の様に、能力で作り出した分身に入れ替わる様子はなかった。

 まだ奴の死体は確認していないが、あれだけ燃え盛る炎の中に叩き込んだのだ。死んでいる事だろう。ずっと張り巡らされていた緊張が途切れ、気が抜けてため息が漏れる。

『これで、咲夜もレミィも報われるかしら…』

「多分。そうだといいわね…」

 故人のためにこの戦場に来ている者たちは、少なからず全員それを望んで戦っている事だろう。例え、望まれていなかったとしても。

 まあ、報われる報われないについては仇討ちの後付けでしかない。彼女たちの死を受け入れるための、乗り越えるための。

 復讐したことが正解かどうかは死んでから、裁かれる時にならなければわからない。

 死んでからなどの、遠い先の事は今はどうでもいい。今は目先の事象を終わらせていかなければならないのだから。

「…そう言えば…美鈴は大丈夫かしら」

 炎で囲み、異次元咲夜に襲われぬように守っていた美鈴の事を思い出した。奴のスペルカードで背中を斬り刻まれ、出血が酷そうだったが、生きていてくれているだろうか。

『大丈夫とは言い切れないけど、治癒の魔法はかけておいたから、多少なら余裕はあると思うわ』

「そう…」

 口ぶり的に数十分は無理でも、数分なら問題は無いだろう。私はまだ、奴が死んだところを見ていない。その姿を見るまでは安心することはできない。

「あいつ、本当に死んだかどうか…確認を…」

 しよう。そう言葉を続け、異次元咲夜が居た方向を向こうとした時、何かが目の前を通過した。身体能力だけでなく、動体視力も人間のそれを大きく上回る。だとしても、目の焦点が合わさるまでにはわずかながら時間がかかる。

 ぼやけた物体のピントがはっきりとしていく。目の焦点が合い、飛翔してきた物体を正確に捉えると同時に、目に移り込んで来たのは異次元咲夜の銀ナイフだ。

 私を外したのではない。パチュリーに援護をさせないために、彼女が作り出した使い魔を狙ったのだ。ナイフが突き刺さった使い魔は、形を維持させようとする気配すらなく、結晶となって消えていく。

 不意打ちであったのと、完全い戦いが終わっていたと気を抜いていたことで、パチュリーは反応できなかったらしい。炎の使い魔が消えると、突き刺さった銀ナイフは地面へ向かっていき、金属の乾いた音を立てて落下した。

「………へ……っ…?」

 目を向けた瞬間に、人影が火の海の中に佇んでいた。皮下組織を超えて筋肉が焼け爛れ、立つどころか倒れたままでも移動がままならないはずなのに、奴は立ち上がった。百歩譲って立てたとしても、得物を投げることなどできるはずだが、奴は攻撃を繰り出してきた。

 ただの人間で、死ぬと分かっているはずなのに、奴は不死身なんじゃないか。そんな荒唐無稽な考えが浮かぶが、どんな人物だってこの光景を見れば少なからずそう思ってしまうことだろう。

 肌が焦げていてもおかしくはない。肉が焼け落ち、欠損していてもおかしくないのに、奴は肌どころか、服すらも燃やされる前と変わらない。

「なっ……んで………生きて…!?」

 私が動揺している隙に、異次元咲夜は歩を進める。炎の中を一直線に突き進み、無傷の姿のまま私に銀ナイフを叩き込む。何とかレーヴァテインではじき返すことができたが、動揺を投影したように構えはボロボロで、次の斬撃で胸を切り裂かれた。

 心臓まで届くような軌道だったはずだが、鮮血の代わりに弾けたのは魔力を消費した際に発生する淡青色の魔力の塵だ。パチュリーが貼ってくれていた防御壁だ。

 今の攻防を利用しない手は無いが、防御壁などあることが前提で異次元咲夜は動いていたらしい。レーヴァテインを握る手首に銀ナイフを抉り込ませた。腕を捻って武器を取り落とさせ、腹部へもう片方の手に握られた銀ナイフが突き立てられる。

「あっ……がっ…ぁ…!?」

 切り裂かれた痛みよりも、弱点である銀が体に触れている事の焼ける激痛に悶え、崩れ落ちそうになる。奴を突き飛ばし、早く逃げたいが奴が逃がしてくれるはずもない。

 半歩後ろに下がり、体に入り込んだ刃を引き抜くことには成功するが、紅く染まる銀ナイフは、再度私の体の中に納まろうと、こちらへ突き進む。

 狙うのはやはり心臓だ。首などの動脈を狙っても死に得ない可能性を考慮したのかもしれないが、吸血鬼の殺し方をよく知っている彼女が一番確実だとよく知っているからだろう。

 レーヴァテインを握っていた利き腕をやられたことで、左手の出だしが遅れた。飛びのく体勢も攻撃の体勢もできていない。どう転んでもナイフは私の心臓を貫く。

 たった一つのミスで、あれだけ有利だった状況を覆された。せめてもの抵抗すら、抵抗と呼べる代物ではなく、作戦や保険を企てる暇もない。

 完璧なる敗北が迫る。

 詰めが甘かった。なぜ、ここで悠長に話をし、奴の死を確認しなかったのだ。後悔が津波の様に押し寄せる。叱咤してもしきれない。

「っ……くそ…!」

 悪態をつくのが精いっぱい。打つ手を立てる間もない事はそれで察したらしい。勝ち誇る異次元咲夜は満面の笑みを浮かべ私にナイフを突き立てた。

 本能が目を瞑ろうとするが、私はそれを抑え込んだ。刺し違えてでも殺すと、銀ナイフへ向かわせていた爪を異次元咲夜へと突き立てようとするが、その腕を掴まれ、最後の武器を取り上げられた。

「さようなら」

 鋭い金属音を奏で、異次元咲夜が皮膚へ接触する数センチを押し込んだ。胸にわずかながらの衝撃を感じ、切りつけたタイミングを感じ取る。痛みの波が来るのを待ち構えた。

 だが、神経を通じて発生した痛みが怒涛に押し寄せてこない。なぜかわからない。もしかしたら、もうすでに首が斬り落とされてしまっているのかもしれない。そう思える程だ。

 パチュリーの防御壁が作動したのではない。銀ナイフを握る奴の腕がこちらに伸び、胸元に当たっている。その感触もあるのに、刺された痛みだけが無い。頭がバグりそうになる。

 目の前にある、胸元に突き立てられている銀ナイフに目を落とすと、肌に当たっている部分から亀裂が生じている。切っ先が削がれ、先端が無くなっているのだ。

 パチュリーの使い魔が、消える直前に魔術で折ったわけではなく、自分の爪が切り裂いたわけでもない。全く的外れな考えの中、その私の目の前に深紅の髪が舞い上がる。

「美鈴…!」

 その背中は痛いたしく切り裂かれた痕が残っているが、出血が殆ど起こっていない。パチュリーが治療したからではない。そんな短時間で回復する傷ではなかったはずだ。答えは単純で、彼女が無理やりに出血を止めさせたのだ。周囲で燃え盛る炎を使って。

 あの傷で動けば死は免れないだろうが、それを止血することでなるべく延長させる算段だろう。彼女の狙いはわかったが、一つの疑問が浮かぶ。

 声からおおよその場所は特定できるだろうが、この場所に正確に接近し、奴の付きだす小さな銀ナイフに拳を当てた。まるで目が見えているかのような狙い良さだ。

 だが、横顔から美鈴の眼はつぶれたままであることがわかる。そうなるとますますわからなくなってくが、金属音と宙を舞うかけた切先から、彼女の拳による銀ナイフの破壊は一目瞭然だった。

 御託はいい。彼女は自分はまだ舞える、戦えるのだと私に訴えている。満身創痍で戦意を喪失していてもおかしくは無いが、その様子を見せず、砕けて刃のなくなった銀ナイフを私に突き立てていた異次元咲夜を追い払った。

 二回、三回と左右に体をずらしながら我々から距離を取る。何が起こったと理解ができないようだが、私を殺す最後の一手を邪魔されたことで苛立っている。

 すぐさま銀ナイフで殺してやりたい。そんな表情でいる異次元咲夜だが、それを即座に実行しないのは、目が見えない状況で音を頼りにして接近したとしても、正確過ぎる美鈴の迫撃に警戒しているのだ。

 先の小さいとはいえ跳躍から、美鈴は居場所を把握しているはず。そうなれば馬鹿みたいに突っ込むのは愚策だと考えているのだろう。

「……くっ…!」

 胸を刺される前に刺されていた腹部が痛み出した。急激に状況が変化したため意識が向かず、束の間痛みを忘れてしまっていた。

「フランドール様…ありがとうございます、ここからは私が前で戦います」

 この短い時間でなにか彼女は思うことがあったのだろう。迷いが無いように見える。ずっと垣間見えていた頼りの無さを、今では感じない。

 一皮剥けたというべきか。私の前に立つ彼女がどっしりと構える姿は、安定感があり、咲夜が隣にいるような安心感がある。

「これ以上、あなたの好きにはさせません……そして、首を差し出すのはあなたです」

 あの会話は美鈴に聞こえたようだ。私に言ったことを異次元咲夜へ返し、挑発を仕掛ける。

「たかが一度、攻撃を防いだ程度で調子に乗るとは…浅はかですね…!」

 対称的な二人が最後の決戦に挑む。敵を全て打ち滅ぼす異次元咲夜の矛と、紅魔館の者たちを守ってきた盾がぶつかる。

 矛盾を御するのはどちらか一方である。

 




次の投稿は1/8の予定です。


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東方繋華傷 第百七十二話 幽微な能力

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
と言う方のみ第百七十二話をお楽しみください!!!


 敵を炎で焼き殺したと思っていた。しかし、あらゆる物体を生み出す能力で、炎に晒されている皮膚を、焼け爛れたそばから置き換えていたのだろう。

 だから、あれだけの火力で長時間炎に焼かれても、異次元咲夜は無傷に近い形で起き上がり、私にナイフを突き立てることができた。

 何もなければそれで終わっていた。パチュリーの使い魔もナイフで掻き消され、武器を奪われ、自分が死にゆき様を眺めている事しかできなかった。

 しかし、彼女が直前で助けてくれた。血のように赤い髪が風でなびく。背中は直視できない程にズタズタで、ここまで来れただけでも壮絶たる激痛に苛まされている事だろう。

 その状態で動いただけでなく、奴のナイフが私に刺さる直前に叩き折った。何か流れが変わってきている事を、私は何となく感じていた。

 たかが一度の攻撃を防いだ。奴はたかがと言うが、されど防いだ。異次元咲夜は美鈴が銀ナイフを砕いたことを軽視しているようだ。ただ運がよかったと考えている今の内が、奴への付け入る隙だ。

 美鈴が異次元咲夜の攻撃を防げたのは偶然ではない。必然だと私は思っている。正直な話、目が見えている段階でも彼女にそれをするだけの実力はなかった。それを目が見えていないのにやってのけたのは、偶然で片づけるのには少々無理がある。

 我々の攻防に慣れている異次元咲夜の得物を破壊するのは、今やレーヴァテインを以てしても数度振らなければならず、それでも熱による変形程度だ。美鈴も以前は拳を数度交えなければ破壊できないでいたため、それを一撃で破壊できたのも私が偶然ではないと考える要因の一つだ。

 何が起こっているのだろうか。確実に私の範疇を超えたことが起こっている。私から見れば、美鈴は普通に走るよりも、後ろ向きに走った方が速い。それに等しい事をやっているのだ。

 しかし、そうなるとおかしい話だ。何がどうなれば目が見えている時よりも、見えていない時の方が善戦できているのだろうか。

 

 

 否。

 これまでに目が見えていた者が急に視力を失ったのに、それ以前と同様かそれ以上のパフォーマンスで動けるわけがない。

 これが例え、時を操るメイドだろうが、剣技を扱う剣士だろうが、幻想郷を守る博麗の巫女だろうが、戦闘能力の著しい低下に例外は無い。そこに、当然ながら美鈴も含まれる。が、今の状態では含まれていた。である。

 もし、美鈴が自分の悪い部分を顧みず、咲夜と手合わせしたことを思い出すこともなく、自分の身一つで意固地に固執して戦おうとしていれば、先の挙げた例の一覧に名前を連ねていただろう。

 そして、頼りにしている視界を失い、体中は切り裂かれて血まみれ。自分の無力さに打ちひしがれ、片腕を失った時の様に戦意を喪失し、そのまま出血多量で死に至っていてもおかしくはなかった。

 そうならなかったのは、一概に美鈴の能力のおかげだった。それは、最後の戦いに興じるための気力を美鈴に与えただけではない。自分の命をつなげるために、炎で背中の切り裂かれた傷を焼き塞ぐだけの精神力をももたらしたのだ。

 視力のある生物は軒並みそれに頼って生きている。嗅覚に優れる犬でさえ、視力は感覚情報の七割は占める。聴覚と嗅覚がそれほど良くない人間であれば、犬以上に視覚に依存することになるだろう。

 そんな中で美鈴だけが視力を失っても、同等かそれ以上で行動できるのは、むしろ視力を失ったおかげともいえる。

 彼女の能力は、視力がある内では絶対に伸びることが無かった、気が付くかどうかもわからない物であった。

 英断だったのは、視力の代わりを聴力で補うのではなく、能力で補ったことだ。普通なら視力の次に情報感覚を占める聴力に頼りたくなるものだ。

 それを蹴ってまで能力に拘ったのは咲夜との会話もあるが、聴力に頼っての戦闘などたかが知れていると自分でも理解しているからだ。それならば、能力にかけるしかなかったのだろう。

 その結果が今を招いた。彼女はこれまでに視力だった部分を全て能力に補わせることで、これまでにない感覚に身を包まれていた。

 彼女の能力は気を扱う程度の能力に間違いはない。気を扱うとは魔力を扱うと同意義であり、他の魔法や時間、剣術などを司る能力と違って華が無い。しかし、それ故に汎用性が非常に高い能力と言える。

 気を扱う程度の能力は、魔力を扱う能力。もっと噛み砕いて説明すれば、魔力を使うことに特に特化した能力。

 魔理沙ほどの扱いはできずとも、一部分にのみ集中すればそれに近い精度で用いることができるだろう。弾幕、体術、防御、移動、治療、あらゆることに美鈴は使える。

 五つの例を挙げたが、彼女が使用しているのはこのどれにも当てはまらない。弾幕は、体術を使う美鈴には必要はない。

 防御力は、いくら魔力を扱う能力を持っていたとしても、ナイフを弾くほどに強化はできないため必要性があまりない。素早さを上げたとしても、目の見えない今の段階では使いこなすことは非常に難しい。

 治療に回そうにも、背中に数十の切り傷があり、更に荒療治で肉体を焼くことで塞いでいる。問題ないレベルにまで回復させるのには、通常よりも二倍の回復力があったとしても、現存する魔力を全て注ぎこんでやっとだろう。これも、特化して使う理由に至らない。

 そうなれば体術が選ばれそうだが、戦える力を手に入れただけで、戦うための土俵に昇れていない。

 彼女が選択したのは、魔力による探知だ。視力を補うために聴力を魔力で伸ばしたわけではなく、魔力を探知する第六感に近い魔力の流れを感知する部分に特化させた。

 彼女は自分を中心に魔力の流れから、マップを形成する。エコロケーションのように周りに魔力を飛ばし、帰ってきた魔力の時差等から周囲に何があり、それらがどこに配置しているのかを探るのではない。

 魔力を扱う人間は勿論だが、ただの能力を持たない人間にも多少の魔力と言うのは存在している。生物のカテゴリーに含まれる者は質の強弱、量の多少はあるが、必ず持っている。

 魔力を持つというのは、植物も例外ではない。大地から微量の魔力を吸い上げ、蓄える。それらを人間などの動物が取り込んで消費する。魔力を使えないただの動物に、食物に含まれる魔力を全て取り込むだけの吸収効率は無いため、それが土壌に帰される。簡単に説明したが、大まかな魔力のサイクルはこんな形となる。

 地球は生きているというが、それは比喩ではないことがわかる。それを感知することで美鈴は魔力の流れを感じ、目が見えていた時以上に周りがよく見えている。

 周囲の物にぶつかることもなく、脚を躓いて倒れることもなく、異次元咲夜に接近することができたのはこのためだ。

 今の美鈴には、目が見えていた時とは比べ物にならない量の情報を感じている。周囲に意識を向ければ、視力だけでは到底得られることのできない情報で満たされていた。

 燃やされた植物は、使い果たされた微弱で消える直前の魔力が巡る。生きている植物は全身に水分や養分を運ぼうと土壌から吸い上げ、そのまま末梢の葉っぱへと魔力の力と物理的な構造を使って吸収していく。

 葉っぱの表面からは、光合成により生じる酸素と水蒸気が気孔から噴出される。魔力を使用して行われるその小さな動きすらも、手に取るように美鈴の頭の中に入っていく。

 大量の魔力を能力につぎ込んでいるため、かなりの精度で探知することができている。顕微鏡でようやく観察することができる現象すらも、感じることができているという事は、人間台にすればわからない情報の方が少なくなってくることだろう。

 人間のあらゆる部分に魔力は循環している。重要な器官、奴が重きを置いている部分には、魔力は集中している。

 まずは肺と心臓。肺は効率的に酸素を血中に溶け込ませるため、集中しているのだろう。心臓は全身に血液を運ぶポンプだ。人間を優に超える運動を行うため、心臓がついてこれなければ話にならないからだ。

 奴の体内で特に強く魔力が分布されているのはその二つだが、その他にも血管や骨、筋肉等にも魔力は駆け巡っている。

 呼吸一つでも筋肉や骨、横隔膜、脳の一部の機能が使われており、それら周囲で魔力の流れが加速する。手を握ったり開いたり、顔を横に傾けるのでするのでさえも、周囲にある筋肉の一部が弛緩や収縮を行っている。

 収縮する際には魔力が使われて加速し、弛緩時には魔力のゆったりとした流れを感じる。そこから、奴が何をしようとしているのかは、武術で身体を使うことに長けた美鈴からすれば想像するのは実に容易いだろう。

「……」

 フランドールの魔力が下半身の筋肉に集まると、後方に飛びのいた。距離を離したところで、指や手の平の辺りに魔力が集中し、剣を象った魔力の炎が揺らめく炎剣を作り出す。美鈴がやられそうになった時に割って入るためだろう。

 しかし、フランドールが割って入らなければならない状況など、それこそ終わりだ。そうならないようにするためか、美鈴は気合を入れるために深く息を吐き、構えに入る。

 それと同時進行で異次元咲夜も構えに入る。敵の全身に満ち満ちる魔力から、重心を落として構えに入ったのだと美鈴は魔力の情報からわかる。ここまでは特に特出することは無い。問題は次だ。

 異次元咲夜の腕と指先に魔力が集中していく。こちらに跳躍してくるのであれば、脚に集中するはずであるため、それが無いところを見ると、美鈴に投擲するつもりだ。

 美鈴が聴力を頼りに戦っていると思っているのだろう。そこから動くことなく銀ナイフを投擲した。確実に当てるため、物体として固有の能力で固定された魔力の塊だった物が、回転させることなく魔力制御にて直進していく。

 美鈴が耳に頼っていれば、恐らくはこれで決着がついていただろう。強化しているとはいえ、元が人間とそう変わりない聴力では、風とナイフが空を切る音を聞き分けすることができない。おそらく、奴が動いたであろう服を擦る音も、草木の音に紛れて聞き取れることはなかったはずだ。

 今回の銀ナイフは、奴からしても試しの一撃なのだろう。美鈴がどれだけ音を聞き分けられているのかの。しかし、一本しか投げないのは、数が増えて攻撃を気取られるのを嫌ったのもある。が、この攻撃は試しであり、これで終わらせるという意味でもあるのだ。

 それほどまでに精度の高い投擲だった。至近距離で放たれる弓や弾丸のように、ほぼほぼ直線だ。軸ずれによる空気抵抗の増加もほぼ無く、飛翔音が抑えられている。

 頭部の、それも眉間を狙った投擲は、速度や銀ナイフの重さから来る威力によって、切先は脳の奥にまで到達することだろう。

 角度から呼吸や体温調節など生命維持に大きくかかわる脳幹には当たらないが、脳を抉り込むように斬られれば、いくら妖怪と言えども意識の喪失は免れない。

 美鈴は目が見えていないのが嘘のように、最小限の動きで銀ナイフを後方へ見送った。その動きは一分の無駄もない。

 耳のすぐ横を物体が通過する気配がするだろうが、乱されず余計なことに気を回さない。美鈴は全神経を固有の能力へ集中させ、感知の精度を維持し続ける。

 魔力の流れから異次元咲夜の位置を特定し、目を潰された美鈴はあたかも目が見えているように、糸で誘導されていくように宿敵の方向に吸い寄せられ、片腕一本で激しい戦闘を繰り広げる。

 ただの人間がその間に割って入ろうものなら、二人にその意思がなかったとしても、人間に命はなかっただろう。傍目から見れば、その戦闘の激しさは博麗の巫女を連想する。人間が行う戦闘、妖怪が繰り広げる戦闘。後者でさえも、美鈴たちの戦いは一つレベルが違うと言えた。

 レミリアよりは過ごした時間は短い。だが、少し暮らせば、少し手合わせする様子を見れば、手合わせをすれば当人の力量は測れるものだ。だが、その自分が思っていた采配の上を行く美鈴の戦いには、フランドールは圧巻と言うざるを得なかった。

 ほかの平行世界にでさえ自分の能力に、自分が持つ固有の能力の資質に気が付く紅 美鈴はそれほど多くは無い。異次元咲夜の様子から、数百はある世界を潰してきたとしても、そうそう相まみえる事が無かったとすると、気が付くこと自体がかなり稀と言える。

 しかし、稀と言ってもゼロではなく、確率を謳おうにもこの世界にはどれだけの平行世界があるかなど、一つの世界に属する生物である限り想像がつかない。

 ただ一つ言えるのは、自分の両手両足、誰かの両手両足を借りたとしても、総数の1万分の1にも見たい無いだろう。それだけの世界があれば、美鈴のように能力に気が付くこともあるはずだ。

 とは言えその殆どは武術を使う前からか、使いながら能力に気が付いた美鈴であると思われる。武術を極め、能力など眼中にもなくなった段階で、自分の能力に気が付く者など、そうはいない。

 例え、目を向けて能力を開拓しようとしても、今回のような特殊な状況下になければ、能力を使いこなすどころか、発動している事を感じ取れるかどうかも怪しい。

 百歩譲って、能力に気が付いて固有の能力を使って戦っている門番がいたとしても、ここの美鈴にはかなわないだろう。

 攻撃や防御、行動力などを気を扱う程度の能力で更に強化したとしても、一言で言うなれば中途半端となってしまう。器用貧乏では、一つの事に全集中を注ぐ者には勝てない。

 そして、能力に気が付く者は少数派であると言ったが、ここの美鈴ほどの精度で能力を発揮した人物となれば、彼女を置いて他にはいないと思われる。

 闇夜の魚釣りと言うべきか、一寸先もわからぬ闇。平行世界を含め、先駆者の居ない誰も到達したことの無い高みへ彼女は進む。

 未知の領域に足を踏み込むその足取りに、一抹の不安も無い。彼女はやり遂げる、使いこなすことができなければ、こちらが負ける。ただそれだけだ。

 盲目の闘士は闇夜を振り払った。

 

 

 最初に仕掛けたのは異次元咲夜だ。銀ナイフをほぼ無音で投擲したが、掠ることもなくいなし、目の見ない美鈴は来るのを待つのではなく、自分から進んで異次元咲夜へと挑みかかる。

 聴力を頼りにしていると考えている異次元咲夜からすれば、かなり正確に自分の位置に到達する私へ、気味の悪さを感じているようだ。表情筋に使われる魔力の流れから、眉間に皺をよせ、口元をへの字に曲げている。

 奴が構える銀ナイフを正拳突きにて叩き割る。拳が当たった事で銀ナイフの魔力が使われ、魔力の結晶が弾けているのではない。魔力の流れは、ナイフの形状を一部保ったまま形が崩れていくため、砕けているのに間違いはない。

 出血は最大限押さえているとはいえ、時間が無い事には変わりない。本来ならばするべきではないが、異次元咲夜が銀ナイフを振るいながら後退した分だけ、私はそれにピタリとくっついて前進した。

 これまでならば、深追いした時点でこちらがやられていただろうが、異次元咲夜が私の能力を把握できていないのと、能力を無理やり行使している今ならば恐ろしくはない。

 奴が振るう銀ナイフを確実に破壊し、作り直させることで反撃する隙を一切与えない。防御、攻撃どちらに使ったとしても砕けることから、奴にとっては非常に戦いにくいことこの上なさそうだ。

 それを表す様に奴の口元が歪み、歯をむき出しにしている。楽しくて笑っているのではなく、自分が押されている事と何が起こっているのかわからない驚愕が入り混じっている。

 奴は自分が二本の腕で戦っているはずなのに、私に後れを取っているのが信じられないようだ。それもそうだろう、全快時でさえも同等程度で、怪我を負っているというのにここに来て自分を超えてくると誰が予想できる。

 しかし、実際にはスピードの関係性はほとんど変わっていない。むしろ、こちらの方が遅い。その状況下で戦うだけでなく奴を押せているのには、やはり能力がかかわる。

 これまでは、奴の初動を見てから動きを予想し、自分の行動に移していた。フェイント等もあり、どうしても自分の行動が後手に回ってしまうことが多かった。

 今は、そうはならない。筋肉や骨格に向かう魔力量、集中する量によって次の攻撃を読み取りやすい。

 目から得られる情報よりも圧倒的に正確であり、何よりも早い。これまでの動き出してからではなく、異次元咲夜が動き出す前にこちらは動き出せる。三手も遅かった行動を一手まで短縮できれば、スピードで後れを取っていたとしても奴を圧倒できる。

 異次元咲夜の作りかけていた銀ナイフを根元から破壊し、完成した逆の手に握られた銀ナイフもガラス細工か飴細工のように砕き折る。

 今までにない大胆な立ち回りをしているのにもかかわらず、戦闘が始まってから一度も反撃を食らっていない。いい調子であるが、奴が慣れる前に戦いを終わらせたいところだ。

 奴が後退した分だけ、それ以上に前進した。戦いながら踏み込むが、奴が銀ナイフを振りにくい超接近戦を行う。砕いた銀ナイフの破片が顔などの肌に触れるぐらいと言えば、どれほどの近さで戦っているのかわかりやすいだろう。

 もう何度目かわからないが、異次元咲夜の銀ナイフを砕き折る。丸腰同然の奴へ拳を繰り出すが、ギリギリで避けられてしまう。私が攻撃する僅かな隙を狙い、雑に作り出した銀ナイフを私の胸に叩き込もうと振り回す。

 その動作は魔力の流れから事前に察知している。腕の筋肉への魔力集中から攻撃で、筋肉の部位から軌道を予想する。かがんだことで頭上をナイフが通過し、攻撃で隙を見せた異次元咲夜の脇腹へ、拳を叩き込んだ。

 魔力から、奴が身体をくの字に曲げたのが分かった。手の感触から、数本の肋骨に亀裂を生じさせることに成功したようだ。けれど、奴の能力の前では、物質を置き換えられて致命傷には成り得なかった。

 更なる追撃と行きたかったが、奴の周りに魔力が滞留すると体が浮き上がり、殴った衝撃を逆に利用されて後方へ逃げられてしまう。

 攻撃と思って、殴る準備しかしていなかったため、追うことができなかった。ここで仕留めてしまいたかったが、逃げられてしまったのは悔しさが残る。次があれば逃がさない。

 地面に着地した異次元咲夜へ走り出そうとするが、奴は殴られた腹部を押さえながら口を開き、何かを話している様子だ。

「…どう戦っているんですか………!」

 息がかかる接近戦をしていれば、嫌でも目に入ってくるだろう私の耳から血が流れ出ている事に。耳を切られたからではなく、その奥から血液は漏れ出ている。奴にやられたわけではなく、自分でやった。

 普通なら考えられない所業であるが、そうせざる得なかった。聴力の分も探知に回さなければ、異次元咲夜の動向を探れるまで精度を上げられなかったからだ。

 こうしてこれまでの部分を見返すとわかると思うが、今の私の耳は、以前のような機能を持っておらず、周囲から音を拾っていない。

 燃える炎や吹き抜ける風の音。砕けた銀ナイフや骨の破砕音。異次元咲夜がダメージに呻く声や妹様がこちらを案じる声すらも聞こえてこないのは、彼女が心配していないのではなく私の耳に届いていないからである。

 しかし、それでも異次元咲夜が言っている事がわかるのは、彼女がしゃべる吐息に含まれる魔力の流れを読んでいるからだ。漫画のように吹き出しを読むのではなく、言葉に含まれている性質を感じ取っていると言った方がいい。

 言霊。と呼ばれるものを一度は聞いたことがあるだろう。話した物事が本当になるという、昔から信じられている幻想的な事象だ。遠く感じる現象に聞こえるが、私たちはかなりの頻度でこれを行っている。

 人の言葉と言うのは、ただの人間だったとしてもかなり大きな影響力を持っている。地主が税を納めさせるために、農民から取り立てるのも少し違うが近しい物がある。それをしなければならないと、心情が働くのは言霊による少なからずの影響だ。

 魔力を持っている我々が言霊を使用している部分と言うのは、スペルカードだ。スペルカードをいちいち読み上げて放っているのは、単にルールで行っているのではない。これから放つ曖昧だった技を言霊によって固定化させ、威力を上げているのだ。

 話は少し逸れたが、簡潔にまとめれば吐息に含まれる魔力から言葉を特定している。

「さあ…」

 答え合わせなどするわけもなく、私は構えに入った。正面に映る人型の魔力の塊に向け、跳躍した。少しでも足を延ばせば地面に当たる高さを滑空し、振り下ろし気味に拳を異次元咲夜に繰り出した。

 異次元咲夜は初動を見送り、迎撃することなく私の攻撃を横へ軸をずらして避ける。そこでも銀ナイフを失うような立ち回りはしない。

 刺突してくる異次元咲夜の銀ナイフを上体を軽く逸らしながらかわし、打ち上げる拳で武器を砕く。腹筋を使って逸らした上体を、元へと戻しながら異次元咲夜へ前進する。

 首を掻き切ろうと薙ぎ払われた銀ナイフを手刀で根元からへし折り、蹴りを脇腹に叩き込むが、すんでのところで刃を滑り込み、受け身を取られてしまった。

 作り出したばかりで強化する暇がなかったのか、いつも以上に簡単に砕けると、殺し切れなかった衝撃が異次元咲夜の脇腹に伝わり、横に吹き飛ばされていく。

「ぐっ…!?」

 吹き飛ばされ、隙を見せている異次元咲夜は魔力で足場を作り、私が追撃する前に跳躍した。急激に方向転換をすると、こちらに銀ナイフを数本投擲してきた。

 今更この程度の攻撃は脅威には成り得ない。一メートル程後ろに飛びのくと、私がいた位置に銀ナイフが突き立てられていく。魔力で浮遊を続ける異次元咲夜は後方に下がった私を追い、魔力で作り出したナイフを更に十数本も射出した。

 黙ってサボテンになるつもりはない。後方に下がったことで、後方にあったそれなりに育った木が私よりも前方に出た。異次元咲夜を吹き飛ばした時と同様に、樹木へ回し蹴りを叩きこんだ。

 木に斧を振るった時のように木片が飛び散り、異次元咲夜と銀ナイフに向かって半分折れかかっている樹木が吹き飛んだ。

 弓や鎌の刃の湾曲したカーブを思い浮かばせる程に木が大きく曲がっている。地中の根が、複雑に絡まるため木が動くか心配だったが、狙った通りに吹き飛んでくれた。

 異次元咲夜が投擲していた銀ナイフに丁度かぶる形で飛んでいき、攻撃を遮った。複数本の銀ナイフで止められる重量ではなく、そのままメイドのところまで突き進んでくれることだろう。

 そのうちに、私も次の一手の準備を始めた。下がっていた一メートルを今度は進み、地面に突き刺さっている異次元咲夜の得物を、奴がいるであろう場所へ蹴り飛ばした。

 蹴った瞬間にナイフと靴の間から魔力が弾けた。稲妻模様に切れ目が開き、亀裂が生じる。蹴りと蹴りが当たる部分を調節したが、当たり所が悪くひびが入ってしまったらしい。

 高速で回転し、亀裂で生じた破片をまき散らしながら、刃が木の幹を切断した異次元咲夜へ向かっていく。体を捻り、下から突き上げる斬撃ではじき返した。耐久性能が大幅に落ちていた蹴り飛ばした銀ナイフは砕け、異次元咲夜の握っていたナイフは得物として使えない程にぐにゃりと曲がっている。

 異次元咲夜は銀ナイフを即座に捨て、魔力で足場を作りだすとそこに着地した。地面まで降りるタイムラグを減らしたのだ。

 すると足に魔力の流れが集まっていく。最高潮に達すると同時に、筋肉が収縮と弛緩を見せ、常人を遥かに超えた強力な足のバネから迅速の跳躍が生み出される。

 大量の魔力の粒子が後方に弾け、異次元咲夜が弾丸の如く弾けだされた。魔力の流れを頼りにしているため、大胆な移動にばかり目が行きがちだが、奴の両手にはしっかりと銀ナイフが生成されているのは見逃さない。

 両方とも逆手に握られているが、用途はどちらも違う。片方は刺突、もう一つは薙ぎ払う斬撃だ。片腕ごとで筋肉に集まる魔力量の違いから、奴の攻撃を察知した。

 薙ぎ払いをいなしながら胸を貫く奴の刺突を正面から殴り合い、銀ナイフを一方的に叩き割る。ガラスのように銀ナイフを拳で貫き、根元である鍔へと打撃を加えた。

 正面からやり合い、衝撃があることが前提で撃ち込んだ私の打撃の方が一枚上手だ。銀ナイフの鍔ごと異次元咲夜の指の骨を叩き潰す。

 魔力の流れから、小指から中指にかけて砕けたようだ。流動する魔力が乱れ、強化等に使われていた魔力が散在していく。だが、固有の能力がかけられ、砕けた骨をそれに近い物体で修復していく。数秒後には性能は落ちても銀ナイフを振るうことができるところまで回復することだろう。

 追撃しようとする私に対し、異次元咲夜の足の筋肉に魔力の流れがある。蹴りに使う筋肉ではなさそうで、逃げるのが目的だ。魔力の集まる筋肉の部位から、逃げる方向を割り出し、後方へ飛びのいた異次元咲夜にピタリとついて拳を放った。

 生成された銀ナイフで迎え撃つが、妹様のレーヴァテインを受け止めていた時の防御力は見る影もなく粉砕し、胸部を打ち抜いた。

 肋骨を数本折るのでは足止めになりはしない。もっと、広い範囲で骨や臓器に障害を与えなければ、奴の勢いを削ぎ落せない。

 叩き込んだ拳を中心に胸骨から肋骨までを砕き、衝撃は心臓などの内臓をシェイクして潰す勢いがあった。並みの敵であればここで終わっていただろうが、今戦っているのは異次元咲夜だ。

 奴もこれまでの経緯から、私に銀ナイフを折られるのは織り込み済みだったようだ。砕けた肋骨や胸骨を、亀裂が生じたそばから修復し、攻撃による怯みを極力なくすつもりらしい。

 予想よりも隙が少なかったとしても、隙には変わりない。私もそう長くは戦っていられないため、ここで勝負を決めに行く。

 目を潰された際に、作っておいたスペルカードを起動する。魔力で形成しておいた基盤に魔力を注ぎ込み、スペルカードの型を作る。それを叩き割り、スペルカードを抽出した。

 胸元を押さえている異次元咲夜は、反撃の準備や逃亡の準備ができていない。一瞬たりとも時間を空けず、スペルカードを発動した。

 作っておいた通りに全身に魔力が駆け巡っていく。強力な体術に体が耐えられるよう、身体が強化されていくが、その大部分は下半身の足に集中していく。

「気符『地龍天龍脚』」

 下がる異次元咲夜に対し、私は大股で前進しながら右足を地面へと叩きつけた。魔力の一部が解放され、周囲のごく狭い範囲に衝撃として魔力の波が拡散する。

 地上で過ごしている以上、人の重心は常に地面に足を付いていることが前提となっている。それが崩されれば、いくら異次元咲夜と言えど、反応には時間がかかることだろう。

 今回のスペルカードにはなにも特別なことはしておらず、これまで数百にもなる私と戦ってきたことで、技ぐらいは知っているだろう。

 奴からすれば対処は容易であるだろうが、事前にダメージを受けていた事と初撃をまともに食らったことで、異次元咲夜はただのスペルカードで済ませることができない状態だ。

 一匹目の龍は、その名の通り地面から異次元咲夜に食らいついた。普通なら回避されて終わりだった攻撃は、奴の足をしっかりと捉えた。そして、スペルカードの名称からもわかる通り、これで終わりではない。龍はもう一匹いる。

 地面を強化した足で踏み込む蹴ったのは、奴を衝撃によって逃げるタイミングを阻害するだけが目的ではない。その反動を使って上空へと飛翔しながら異次元咲夜へ蹴りを放つのにも使われる。

 二匹目の天龍に当たる攻撃は、斜め上へ前進しながらの回し蹴りだ。大量の魔力を込めただけはあり、蹴りは片腕を失ってバランスの悪い私の重心からすれば、かなり精度の高い蹴りだろう。

 その威力たるや、異次元咲夜の近くに生えていた木を、軋ませて湾曲させる暇も与えずに両断させるものだった。

 蹴りを放ちながら前進したため、異次元咲夜の気配を自分から見て後方に感じる。スペルカードを放つ前と同じ地点に佇む異次元咲夜は、深く探りを入れずとも異常な状態へと陥っている。

「くっ…あああああああああああああああああああああ!!!」

 奴の足元へ、右腕が落下した。無造作に投げ捨てられたように転がる腕は、肩ごと私の蹴りで抉られたようだ。戦闘能力の大幅な低下が期待でき、着実に勝利へ歩を進めていることを実感した。

 この程度では終わらせない。戦闘が終わった後には骨も残させず、奴には地獄を見てもらう。

 




次の投稿は1/22の予定です!


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東方繋華傷 第百七十三話 邁進せし闘拳

自由気ままに好き勝手にやっております!!

それでもええで!
と言う方のみ第百七十三話をお楽しみください!!


今回で異次元咲夜と美鈴らの戦いを終わらせるはずでしたが、文字数が全く足りなかったので分けることにしました。


 地龍天龍脚。私が持つスペルカードの一つだ。蹴りの二連撃であり、当たり所がよければ強力な妖怪だろうと屠れる威力がある。

 衝撃による地面からの攻撃と、前方上空に向けて飛翔しながらの回し蹴り。地龍による地面からの攻撃を食らわせられれば、天龍の回し蹴りには必ず当たる構成となっている。

 胸骨と胸骨につながる肋骨の殆どを砕かれたため、異次元咲夜は地龍を避けることができなかった。

 せめてもの抵抗で銀ナイフをを構えるが、強化された得物ごと、構えた異次元咲夜の右腕を切断した。二匹目の龍により、ナイフは砕けて原型も残さずに断片化していき、風に揺られて消えていく。

 スペルカードを放った後、空中で技が終わった。間を置かずにスペルカード使用後特有の硬直に見舞われる。本来ならば地上に降りるまでの時間を狙われる、最大の隙である。

 スペルカード後の硬直は誰にでも訪れる。体を慣れさせて短くすることはできても、ゼロにはできない。無防備を晒している硬直時間を襲われればひとたまりもない。

 しかも、今回は事前に作っていた慣れているスペルカードではなく、この状況に合わせて作ったスペルカードだ。硬直時間は長く、地上に降りるまであるだろう。

 硬直時間を狙わない手はない。それを示唆するように、後方から魔力の小さな波が差し迫る。どれだけ身動ぎをしようが、避けることはかなわない。重力加速度に従って地面へ落ち始めた背中を、異次元咲夜の絶叫が捉えた。

「あああああああああああああああああああああああああああああっ!!?」

 最大のチャンスであるが、腕を丸ごと吹き飛ばされた異次元咲夜には、攻撃に移るだけの体勢が整えられていない。数メートル上空から地面へと降り立ち、比較的安全にスペルカードの硬直から解けた。

「さすが…イかれていても、メイド長ですね」

 腕一本を潰すことができた。大きな前進であるが、逆を言えばあの完璧ともいえるタイミングで、腕しかもぎ取ることができなかった。あの上半身を丸ごと吹き飛ばされてもおかしくはない状況から、片腕一本に収めたのは敵ながらあっぱれだ。

 スペルカードで切断した周囲の木がゆっくりと傾き、倒れていく。足に響く重たい振動を感じながら、肩口を押さえて呻いている異次元咲夜へと向きなおった。

 奴も片腕を失い、戦力差的には同等となった。どちらかが攻めに回るかと思われたが、場は膠着して両者にらみ合いを続ける。

 着地してから逆に隙を晒している異次元咲夜へと、すぐに畳みかけなかったのは切断した肩元に魔力が集中しているからだ。念には念を入れ、見に回った。

 攻撃かと思ったが肩から魔力が伸びると、先が長さと太さの違う枝を伸ばして形へと変わっていく。固有の能力により、腕を丸ごと生やしたのだ。時間を変えてゆっくりと作り出したため、かなり精密に仕上がっているが、生身の右腕に比べれば戦いの精度は落ちるだろう。

 腕を生やして早々に、異次元咲夜はこちらに攻撃を仕掛けてくるかと思ていたが、以外にも握った銀ナイフを見下ろしたまま立っている。ただ意味もなく見下ろしているのではなく、魔力の流れからわかる眼球の動きから観察している。

「どうやってるのかしら?」

 異次元咲夜は再度その質問を投げかけてくるが、一度目とは意味は変わってくる。いや、一度目もその意味を意味を含んでいたのかもしれない。両手に作り出していた銀ナイフを打ち合わせ、きちんと作り出せているのか確かめている。

 鋭い金属音を響かせ、火花を散らしている。自分が思った通りの精度を出せている事を改めて確認すると、こちらを睨みつけてくる。なぜ、自分の銀ナイフを砕くことができているのかと。

 美鈴が魔力の流れがよく見えているのは、既にわかり切っている事だろう。視覚と聴覚を潰して能力に回している分だけ、高精度で流れを読み取れる。そう、魔力の強弱をも。

 魔力の流れ、それには波がある。一定の流れがあり、同じ周期で強弱を繰り返している。文字通り、波のように。

 魔力で強化しているとよく表現するが、ずっと全体が均一に強化されているわけではない。強弱があり、波が引くのは、魔力の弱い部分。波が押し寄せるのは、魔力の強い部分。それらが定期的に入り乱れている。

 魔力の周期は身体と比べ、得物に宿した部分は少し遅い。それでもかなり速い速度で繰り返し、縦横無尽に乱れているため、その合間を狙うのは非常に難しい。流れが見えでもしていなければ、波の弱い部分を狙って拳で打ち抜くのはほぼ不可能だ。

 運よく打ち抜けたとしても、破壊に至ることは少ない。攻撃した当人は、その部分ではなく、武器全体として捉えているためだ。逆に、波の弱い部分を理解し、集中して打ち抜くことができれば武器を容易に破壊できる。

 これが美鈴のやっている事だ。神業に等しい動きだが、武器を魔力で作り出す人物が相手だったのがよかった。仮に、異次元妖夢や異次元霊夢など、一本の得物を極めている人物であれば、こうは上手くいかなかっただろう。

 魔力を何度も通わせることで当人の魔力が武器に馴染む。馴染めば馴染むほど、魔力の強化効率や周期が高く早まる。武器の破壊の難易度が段違いに上昇することになる。

 それに比べ、異次元咲夜はその都度魔力で得物を作り出す。強化の馴染み具合は毎回リセットされてしまうため、今回の美鈴とは非常に相性のいい相手と言える。

 異次元咲夜が投げかけて来た質問に、私は沈黙で姿勢を示し、戦闘の構えを取ることで返答を返した。

 地面を蹴り、自分が出せる最大速度で異次元咲夜へと殴り掛かる。激しい金属音と共に、異次元咲夜の銀ナイフが砕け散った。変わらず波の弱い部分を拳で打ち抜いて砕くが、奴も対策を講じている。

 スペルカードに似た形で、銀ナイフの基盤だけ作り置きし、壊された瞬間即座に代替えのナイフを生成し、切り裂いてくる。

 片腕一本であるため、攻撃の回転自体は遅い。普通なら斬り刻まれて終わりだが、先の行動を読めることで、辛うじてまだ私の方が一手早い。

 腕を伸ばし切る遥か手前で得物を砕き、異次元咲夜の行うはずだった攻撃時間を有効活用し、次の連撃をも潰しにかかる。火花を散らし、二本の銀ナイフを砕き折るが、腕を引っ込める頃には奴の両手には銀ナイフが生成されている。

 息をつく間もない。まだ奴は私の能力の正体に気が付いていないというのに、速攻で対処できるのは経験の豊富さゆえだろう。

 それでもこの対処の速さは、まったく気取られていないという事でもないのだろう。おおよそ予想がついていると考えるべきだ。軋む体を酷使し、更に体の回転を上げていく。

 異次元咲夜の二連撃を攻撃の動作手前から察知し、構えに入る前に右腕の銀ナイフを叩き折り、薙ぎ払いし始めた段階の物を続いてへし折る。

 奴が攻撃をするつもりであるならば、肉体を行動に移す前に私は動ける。攻撃の遥か手前で迎撃し、異次元咲夜の攻撃がこちらに到達することは無い。その関係性は変わらせない。

 しかし、先と違うのは異次元咲夜の作り出す銀ナイフに、魔力が余計に集中していた。強化されているわけではないのは、殴り砕いている手の感触から情報は得られている。奴の次なる一手であることは明白であるが、狙いが読めない。

 おかしなことをされる前に、奴の計画を潰さなければならない。更に作り出している銀ナイフを砕きながら、異次元咲夜に拳を食らわせる。顔を捉えかけたが、手ごたえが無い。後方へ体を傾けていたようだ。

 最大の威力を発揮できる腕の伸びている過程で、奴に当てることができなかった。攻撃時に足を使って前進していた事で、掠るように当たりはしたがダメージは殆どないだろう。

 異次元咲夜は体を後方に傾けながら蹴りを放ってくるが、行動を事前に把握していたことで、体を捻って蹴りをいなす。

 こちらは攻撃直後、異次元咲夜は食らった直後。お互いに難しい行動だったため、攻防が大胆になされた。同時に隙を見せたが、どちらも攻撃に移ることができない。

 一早く立ち直ったのは奴だ。攻防ではない動きになれば、こちらの動きの悪さなど蠅が止まってしまう程に遅く見えるだろう。

 だからと言って異次元咲夜は油断はしない。敵意を向けて行動を起こせば、それに答えて私が傷だらけの身体を振り回す。紙を挟む隙もこちらに与えるつもりが無いのか、次々に魔力の含まれる銀ナイフを振るってくる。

 奴がやろうとしている事はおおよそ予想が付く、私が銀ナイフを砕き損ねた瞬間に、含まれる魔力で何かをするつもりなのだろう。こうなれば我慢比べだ。こちらの体が追い付かず、銀ナイフを砕き損ねるか。奴が放つ攻撃の目を潜り、私の拳が奴を打ち倒すか。

 ここまで息をつき、一瞬でさえ体中の筋肉を休ませられる時間がなく、疲労が蓄積を続けている。近いうちに限界を迎えてしまうだろうが、今は無理をする時だ。

 異次元咲夜とのチキンレースが始まった。私の立ち振る舞いに対し、異次元咲夜が新たに生成した銀ナイフを低く構えたことで了解を示す。もっとも攻撃しやすい位置に陣取り、お互いの命を取りに行く。

 先の攻防では、私の拳を異次元咲夜が下がって避け、奴の蹴りをいなした。そういった意味で、これまではどちらも攻撃しつつも逃げる足は残していた。だが、今は逃走を削ぎ落し、全てを攻撃につぎ込んでいる状態へ移行している。どちらもべた足で、一切逃げることを考慮しない立ち回り。

 異次元咲夜が次々に銀ナイフを空中に生成していき、自由落下で落ち始める前に掴みながらこちらへと斬撃を繰り出してくる。恐ろしく素早い連撃。それに加え、全てに魔力が込められているため、一つでも見逃せば次々と斬撃を貰うことになり、瞬きする間に地獄に転落することだろう。

 奴が考えた末に行った作戦だが、私の行動は至ってシンプル。奴の銀ナイフを砕き続けるだけだ。

 素早く作っていくことで、生成された銀ナイフには多少の粗が目立つ。斬撃が速い分だけこちらも攻撃に時間を割くことができず、一撃一撃に重きを置くことはできないが、それを差し引いても壊しやすい事には変わりない。

 上や下、左右からの斬撃及び、刺突。奴の攻撃パターンは様々で、時折投擲も含まれることで一瞬たりとも脳の処理能力を別へは回せない。瞬く間に攻撃は両手で数えられなくなり、三桁に到達しそうになっている。

 横からの斬撃を肘で砕き、刺突を拳で折り、下からの斬撃を手刀で打ち落とす。全集中力を奴の動きに向け、軌道上に拳を重ねる。強化の波が弱い部分を狙うのを忘れず、こちらからも攻撃を仕掛ける。

 生身の人間ならば、一打で絶命しかねない攻撃を二度三度と送り込む。その度に銀ナイフの刀身が弾け、粉々に粉砕されていく。傍から見れば攻防は拮抗し、ミスを犯すか身体の限界に達するまで続きそうだった。

 どれだけ完璧な人間だろうと、いつかはどこかでミスを生じる。片腕のない私であれば、ミスはいつ来てもかしくはなく、異次元咲夜よりも損傷を受けている事で限界もこちらが速いだろう。

 思考に移すことは無いが、頭の片隅にはあった。こんな我慢比べは、先に根を上げるのはこちらが先なのは一目瞭然だ。だが、私のはなった拳は、コンマの差で異次元咲夜の掴もうとした銀ナイフを握ろうとした手ごと砕く。肉体よりも性能の落ちている右腕は、驚くほど簡単に千切れて吹き飛んだ。

「ぐっ…!?」

 もうしばらく続けば私が迎撃に失敗し、異次元咲夜の銀ナイフが私の身体に抉り込んでいた。そうはならなかったのは拮抗しているように見えていた攻撃は、こちらの方が一枚上手で進んでいたからだ。

 奴は銀ナイフを空中に生成し、つかみ取りながら斬撃を放っていた。こうして聞くと、非常に効率よくできているように聞こえるが、切り付けるための道の過程に作り出すため、自ずと軌道が読めてしまう。

 今行おうとしている攻撃軌道は筋肉の動きから察知できるが、その次を察知するのは奴が攻撃を終えてからでなければわからない。

 だが、次の攻撃のために、事前に作られたナイフの方向からある程度絞り込めれば、斬撃の応酬を制することができる。

 異次元咲夜を吹き飛ばし、前方数メートル先に生える木へ叩きつけた。殴られた衝撃を逃がし切ることができなかったのか、木に背中を預ける奴はすぐには起き上がってこない。

 たった数メートル。片腕を作り直す時間があれば、数度の拳を奴へ打ち込める。魔力が含まれる、異次元咲夜が生成した大量の銀ナイフを踏み、飛びかかろうとした直前、奴に動きがあった。

 潰されなかった左手に魔力が集まり、銀ナイフを生成した。こちらへと投擲しようとしているようだ。足元に転がる銀ナイフの比較的大きな破片、その中でひときわ大きい得物を蹴り飛ばした。

 銀ナイフを生成した段階から動き出し、異次元咲夜が投げる段階へ移った瞬間に、蹴り飛ばした得物が撃ち落とす。火花が散り、奴が握った銀ナイフが砕け散るのは、魔力の動きから感じ取れている。

 それに加え、奴の手の骨格に流れる魔力が大きく乱れた。指先が千切れ、肉は骨ごと切り裂かれている。それだけなら修復するのは容易いが、砕けた多量の破片が余計に肉体をズタズタに引き裂き、修復には更なる時間が必要だろう。

 奴の投擲による多少の足止めを食らったとしても、両手を修復するのに時間が変わることには変わりない。戦う形になっていない奴に、数秒の短い時間でも畳かけられるのはまたとないチャンスだ。

 踏み込み、跳躍しようとした時、異次元咲夜は再び動きを見せる。魔力の流れだが、口元に集中している。未知の行動に構えを取るが、奴は言葉を発する。

「かかりましたね!…燃えろ!」

 燃えろ。その言葉を発した途端に魔力の波が放射状に広がっていく。言葉の命令をトリガーとしていたのか、地面に転がる大量の銀ナイフの魔力に波が触れると、反応して呼応する。

 得物に含まれる魔力の動きが加速し、ナイフの中を駆け巡っていた魔力が放出される。砕かれた小さな破片の数十から数百倍の体積で爆発的に膨れ上がる魔力は、奴の命令を示唆する炎に非常によく似ている。

 魔力の流れを探知する私からすれば、揺らめく魔力の炎に囲まれるのは、濁流に飛び込むのと変わりない。目や耳以上の情報が常に駆け回る領域に竜巻が発生すれば、命の綱と言える魔力の流れは搔き乱され、情報と言える情報を拾えなくなる。

 炎が発生している地帯の外側の情報も、乱されシャットアウトされてしまっている。今ここで異次元咲夜が目の前にいても気が付くことができない。

「っ…!」

 奴の計画は、魔力の含んだ銀ナイフで何かをする。それまでは当たっていたが、砕かれることも作戦の内であったのは予想外だった。

 早くこの場所から離れなければならないが、魔力で体を保護して炎から身を守ろうとしたのが仇になってしまった。この炎からは熱を感じず、完全に私の足止めと情報を遮断するのが目的なのが伺える。

 炎に変に熱を帯びさせてしまえば、熱傷の効果を期待できるが、長い時間魔力情報の嵐を引き起こすことができない。私が何を頼りに戦っているのかを読んだ上での作戦に、まんまとハマってしまったわけだ。

 魔力の炎が揺れる場所から退避しようと横へ飛びのくが、脇腹に衝撃を受け、炎の範囲内へ押し返された。この状況で、妹様がこちらに不利になる状況を作り出すことは考えられないため、異次元咲夜に蹴りか何かの方法で足止めを食らったらしい。

 魔力の炎に包まれてしまっているため、外からの情報が一切入ってこない。蹴りを食らわせられるほどの距離に接近されても、まるで気が付けなかった。

 地面から異次元咲夜が私の周りを走るであろう、微妙な振動が伝わってくるが、位置を特定できるほど強い物ではない。

 がむしゃらに拳を振るって、まぐれで当たることにかけるか。それとも奴の攻撃に耐え続けて炎が収まるのを待つか。

 前者は回る異次元咲夜の場所を、ある程度絞り込めていればいいかもしれないが、場所の特定に至っていない現在では、運よく当たる可能性など紙のように薄い確率だろう。

 後者にしても、魔力の炎が鎮火するのはいつになるかわからない。奴が魔力を含んだ銀ナイフを更にバラまけば、それだけ時間が伸びる。それだけ長い時間待っていたら、終わったころには人の形をした肉塊しか残らない。

 どうにか逃げようとした私の左脇腹に、異次元咲夜が切り付けたであろう痛みが生じる。アドレナリンが生産されているおかげで、じんわりと痛みが広がる程度で済んでいるが、傷は思ったよりも深そうだ。

「くっ…!」

 奴は危険を冒すつもりはないのだろう。じわじわとなぶり殺し、動けなくなったところを止めを刺そうとしている。ヒット&アウェイを徹底し、肩や足など、細かく斬撃を加えていく。

「うっ……ぐっ…!?」

 どこから切られるかわからず、構えに入ったとしても、防ぎようがない。奴め、この作戦が私に多大な効果があると分かって来たらしい。どんどん行動が大胆に、攻撃頻度が短くなっていく。

 だが、私の探知を封じ込めたつもりになっているようだが、調子に乗るのが少し早かった。これは、強がりではない。ここで耳をわざわざ潰したことが活きてくる。能力を集中的に運用し、燃える炎に意識を向ける。

 魔力に囲まれている事で、周囲は墨を落としたようにのっぺりと情報が埋められてしまっている。

 そのなかでナイフを投げようが、切りかかろうが、私は反撃に出ることはできない。だが、最大で能力を発揮することで、魔力の炎の粒子一つ一つを把握できる程度に精度を上昇させれば話は別だ。

 広い範囲を見るのではなく、顕微鏡のように狭い範囲にだけ視点を向け、この空間に詰め込まれている魔力の粒子を捉えた。揺れる魔力に規則的な動きは無い。風に揺られたりすれば大きく流れを変え、不規則に揺らめき続けている。

 風が吹けば炎全体が揺れるが、人間などの物体が通れば、その部分に渦ができる。水をかき分けて突き進む船が通った後にできる伴流のように。しかし、異次元咲夜の通った後に渦だけでは、奴の足跡しかわからない。

 場所を特定できたとしても、攻撃がわからなければ意味がない。顕微鏡の倍率を上げ、奴が通っているであろう場所を拡大する。風や物体の動きで魔力に流れが生じるという事は、動きによる魔力の濃密があるという事だ。

 更に能力による顕微鏡を拡大する。物体が進めば進む先にある魔力は集められて圧縮され、密度が高くなる。逆に物体を挟んで進む方向とは反対側の魔力には空きができ、密度は低くなる。その密度が高まっている形から、奴の姿勢や得物の角度等を割り出した。

 美鈴は知らない事だが、外の世界ではこの現象と似たことはよく起こっている。ドップラー効果と言われれば、一度は誰もが聞いたことがあるだろう。とはいえ外の世界で起きているものほどわかりやすくない。風など周りからの影響で不明瞭になるからだ。

 感じ取りずらいとしても、魔力の炎で囲まれる前ほど事前に行動がわかるようなことは無いが、異次元咲夜の場所を割り出しただけでなく、おおよその攻撃方法まで情報を集めることができれば期待以上だ。

 異次元咲夜は次は後方から切り付けてくるだが、私が場所を特定している事を悟らせてはならない。ギリギリまで引き付ける。

 逆手に銀ナイフを構える異次元咲夜が射程に入ると同時に、振り向きざまに拳を奴へ叩き込んだ。魔力の濃密から恰好はわかっても、身体の細部にわたる凹凸まではわからず、奴がどんな表情をしているかまではわからない。

 あっと驚く表情で、拳を食らってくれれば怖くは無いが、そんなに甘くはない。拳の感触から、銀ナイフで受け止められてしまったようだ。角度の見定めも難しく、正面から受け止めたことで刃が皮膚にまで到達し、鋭い裂かれる痛みが生じ始めた。

「くっ……そ…!」

 骨にまでは達していないが、このまま鍔迫り合いになれば、拳を断ち切られかねない。私は異次元咲夜の銀ナイフを後方に飛びのきながら弾き、弾かれながらも前進する異次元咲夜へ攻撃を加える。

 異次元咲夜へ隠し持っていた手のひらサイズの物体を投げつけるが、奴が食らうはずもない。至近距離からの投擲だったため、ほぼ反射的に切り裂いたのだろう。もしかしたら魔力の炎で奴も視界があまりよくないのかもしれない。

 奴が斬ったのは魔力を通したスペルカードだ。かなりの大量の魔力を、周囲に飛散させているため、カードに魔力を通したのに気が付かなかったらしい。

 起動したスペルカードを破壊させて回路を抽出し、スペルカードを起動した。魔力で作った通りの手順を踏み、奴へ右から左に流れるように、拳を叩き込んだ。

 スペルカードを切った直後の異次元咲夜は、身を翻す暇も反撃に移り返る暇もない。奴は受けるしかなく、銀ナイフで拳を受け止めた。

 血の滴る拳と刃から赤と青の火花が爆ぜ、遅れて二本の銀ナイフがボロボロに砕けていく。衝撃を受け流し切れなかったのか、柄だけとなったナイフを握る手が震えている。このまま畳みかけ、その両手ごと命を刈り取ってやる。

 片足を軸に、殴ったままの流れで半時計方向に回転し、銀ナイフを作り出す異次元咲夜へ再度に渡って拳が叩き込まれた。魔力で強化された拳に、作り出すのが間に合った銀ナイフで受け止めた。

 轟く雷鳴のような打撃音と共に青い閃光が弾け、銀ナイフが私の強打に耐え抜いた。スペルカードにはいい部分も悪い部分もあるが、今回はスペルカードの悪い部分が出た。その場の形勢などに合わせて作り出すが、基本的に後の状況変化に無力である。銀ナイフの魔力の弱い部分に狙って当てることができないのだ。

 それでも体の柔軟性を最大限に発揮し、体を回転させる回転運動を兼ね備えることで、パンチの威力は数倍にも跳ね上がる。

 武器が打ち合わさるインパクトをまともに食らい、異次元咲夜の上半身が仰け反った。外からただ見ていれば、怪我を治すことができない私の方が、負けているように見えるだろうが、異次元咲夜も負けないぐらいのハンデを背負っている。

 これまでの異次元咲夜であれば、衝撃など無いに等しいレベルで受け流していただろうが、突貫工事で作り出した腕が着いていけていないのだ。この差は大きい。

 筋肉だけでなく骨もそうだ。近しい物質であったとしても、わずかながらの柔軟性や物質の配列により強度が変わってくる。それに加え、骨の位置や接合の違いで可動域すらも全く同じとはいかない。

 これを利用しない手はない。回転運動に体の捩じりを加え、最大にまで威力を高める。拳にそれを乗せ、全身全霊の強打を打ち出していく。

「彩符『彩光風鈴』」

 体を回転させ、それに拳や蹴りを乗せて打ち出す連続攻撃。その鈍った体で、受けきれるものなら受けきって見せろ。続けざまに拳と蹴りの二連撃を見舞った。

 




次の投稿は2/5の予定です。


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東方繋華傷 第百七十四話 神槍

自由気ままに好き勝手にやっております!!

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と言う方のみ第百七十四話をお楽しみください!


 振りかぶった拳が異次元咲夜の銀ナイフに叩き込まれた。金属音を奏でながら、得物に含まれる魔力が使い果たされ、ナイフ全体に亀裂が広がる。

 耐久性能が落ちていた銀ナイフは柄を残して砕け、得物としての体を成さない。それを察していた異次元咲夜はすぐさま新しい得物を作り出すが、その頃には次の攻撃が目の前にまで迫っている。時間をかけないで作り出した銀ナイフなど、最早脅威ではない。獲物ごと奴の左手の骨を粉砕する。

 今発動しているスペルカードは、回転すればするほどに加速し、その分だけ威力が増す。じきに武器の生成すらも追い抜く速度となるだろう。

「せぇぇぇい!」

 花火のように、金属片と淡青色の火花が弾ける。続いて右手に握られた得物を粉砕し、回転しながら続いて蹴りを放つ。右手で受けた内に左手を修復したようで、銀ナイフを構えて攻撃を迎え入れている。

 同時並行で銀ナイフを生成していたようで、先ほどの鈍らとは違ってそれなりの強度を持っていそうだ。正面からやり合うのではなく受け流す形で得物を使用し、速度の乗った蹴りをいなしていく。

 ただ。本物の肉体ではなく、それに近しい物質で作られた人形に近い腕では、勝手が違うらしい。いなそうとした得物を横から抉り、生成した得物を数秒も経たぬうちに鈍ら同様の姿へと変えさせた。

 完璧にいなして私が回転するうちに切り裂くか、逃げることができれば、奴にも生き残る可能性はあっただろう。まだ、まだまだ速度は上がっていく。回転運動は最高速度に達していない。

 回転しながら攻撃を放ち、得物を砕いていく。異次元咲夜に反撃に翻る暇はない。回転速度が上がるが、同時に威力も天井知らずに上がっていくため、いつしか防御に徹することしかできなくなっているようだ。お前の矛では、私の盾を貫けない事を思い知らせてやる。

 拳が銀ナイフをなぞると魔力の塵が爆ぜる。火花や金属片が同時に舞わない事から、異次元咲夜は私の拳をいなしきったようだ。

 大きな隙だ。私は大ぶりの一撃を放ち、いくら回転速度が上がっていたとしても、得物が生きていれば攻撃に出ることもできるだろう。または、スペルカードから逃げるか選択肢が奴にはあるが、そのどちらも遂行することは不可能だ。

 威力が上がっている事で、攻撃が来るとわかっていても上半身を後ろへ仰け反らせる威力を持っている。その状況では反撃に出ることは難しい。

 例え、銀ナイフが使用できる状況でも、回転で体が高速で動いている今は、投擲で当てることは困難だろう。それに加えて片腕を失っている事で、軸が定まらず振り回されるような回転でもあるため、狙いは付けられない。

 逃げようにも私は進みながら攻撃を放っているため、無理な体勢から中途半端に逃げようものなら、拳か蹴りの餌食となる。今の速度であれば、退避する途中で捉えられるだろう。

 どうやっても異次元咲夜はこの連打からは逃げることはできない。私が注意すべきは奴ががむしゃらに突っ込んできた時のカウンターだ。回転運動で止まれない分だけ、私へのダメージは想像を絶するだろう。

 しかし、逃げることが難しく、反撃に出ることもできない攻撃速度になっている段階でカウンターが飛んでくる可能性は低い。奴ががむしゃらに行動を起こさなければならなかったのは、私がスペルカードを発動した直後だったのだ。

 回転速度が上昇した分だけ打撃の感覚も短くなっていく中で、防戦一方の異次元咲夜はいよいよ武器の生成が間に合わなくなって来ている。

 もっとだ。奴の息の根を止めるのには、この程度では足りない。立ち直れなくなるほどの強打をもっと早く、もっと強く。竜巻のような、目にも止まらぬ連撃を呼吸する暇すらも与えずに放ち続ける。

「りゃああああっ!!」

 蹴りで銀ナイフを粉々に割り、異次元咲夜の上半身を大きく仰け反らせた。これまでに繰り出した攻撃の中で一番大きな隙を晒しており、異次元咲夜の鉄壁とも言えたガードが限界に達している事を示唆している。

 できうる限り高速で回転し、仰け反りから立ち直っていない異次元咲夜へ、低い位置から上へ拳を突き上げた。奴の防御をすり抜け、脇腹へようやく致命の一撃を叩き込む。

 数度の攻防で激しく動き回っているため、探知を妨害する魔力は多少晴れてはいるが、それでも奴を認識することはできない。奴がどんな顔をしているかなどはわからないが、残る数回の攻撃全てぶちかまし、このまま押し通す。

 感触から、肋骨を銀ナイフ以上に粉々にしたのは言うまでもない。砕けた破片で内臓がズタズタに裂けてくれれば話は早い。そうならなかったのは、仰け反った体勢から、完璧に立ち直る前だというのに体を捻って衝撃を逃がされたからだ。

 攻撃を器用に逃がしたとしても、骨を折るほどの衝撃が体を駆け抜けた事実は変わらない。回転する短い時間で立て直せるダメージではない。残る攻撃は三回、次は奴の体を貫いてやる。

 最高速度に達して最大の威力となった拳を、奴の顔へ叩き込んでやる。当たり所がよければ、片道切符であの世まで特急で送りつけることができるだろう。

 一撃で命を刈り取る威力を兼ね備えたとしても、そこまで簡単に事が進まないのは嫌と言う程に思い知らされている。殺気から勝負を決めに来ていると察した異次元咲夜は、案の定防御の体勢へ移行している。

 体勢はある程度崩れてはいるが、生成したであろう銀ナイフを拳と自分の間に滑り込ませ、防御の姿勢を取った。その鈍らごと、憎たらしい顔を貫いてやる。

「はあああっ!!」

 最高速度、最高の威力を兼ね備えた拳を叩き込む。青色の魔力の塵のみが弾け、周囲に飛散した。

 拳が銀ナイフに触れた瞬間に違和感を覚え、コンマ数秒後には違和感が間違いではなかったことを察した。奴の銀ナイフが、恐ろしい程に硬い。

 威力の三割ほどは受け流されたが、残りの七割は衝撃として得物に伝わったはずなのに、奴の銀ナイフが砕けることはない。衝撃のエネルギーが砕かれることに使われず、周りへ拳圧として拡散した。

 待機が揺るがされ、放射状に広がれば周囲を満たしていた魔力も、生産し続けている出元もまとめて吹き飛ばすことになる。

 視界が一気に開けた。ずっとノイズがかかっていた魔力のマップが頭の中に入ってくる。これまで使っていた銀ナイフと、見た目はほとんど同じ形をしているのに異常な耐久性能を見せたのは、奴が時間をかけて作り出したからではない。

 奴が持ち出したのは能力で作り出した劣化版ではなく、オリジナルの銀ナイフだ。これまでであれば、受け流しでさえも銀ナイフを砕くか抉っていたが、今回はむしろ私の拳に痛みを生じさせた。

 自分の中で焦りが膨らみ始めたのを感じる。私が今発動しているスペルカードは、威力の最高潮を迎えていると言っても過言ではない。魔力で作り出したものならば容易に砕けるが、オリジナルであった場合は破壊に至らない。という事は、スペルカード終了時に奴を地面に沈めなければ、十中八九反撃でやられることになる。

 逆を言えば、奴がオリジナルを出さなければならないところまで追いつめられているとなるが、この土壇場では私と異次元咲夜の勝敗を一気に決めかねない。

 残る打撃は二回。振り子のように全体重と身体のしなりを使い、威力を高めた拳を送り出そうとした時、膝ががっくりと折れた。

「っ…!?」

 あと一歩分だけ回転し、奴のところへ進むことができない。気が付かないうちに攻撃を受け、回路を壊されたのかと思ったが、違う。

 動かないのは、脚だけではない。拳を振り抜こうとしていた腕やしなりを生み出す背筋などの筋肉までもが動いてくれないのだ。異次元咲夜に時を止められたわけでもなく、消耗していた肉体が、瞬間的に火力を出すスペルカードに耐えられなかったのだ。

「……ごふっ…!」

 気が付けば、体温は生物としてギリギリの温度まで上昇していた。体温だけではなく、心拍数や血圧は人間であれば、等の昔に死んでいてもおかしくはない所まで上昇している。

 加えてこれまで誤魔化していたダメージがついに顔を覗かせる。込み上げた血液を押し返すことができず、そのまま吐きだした。膝が笑い、立っているのもままならなくなり、そのまま倒れてしまいそうだ。

 攻防で長い事呼吸をしていなかったせいで、息の仕方を忘れてしまったのだろうか。息を吐き切り、吸う事しかできないはずなのに胸を膨らませて空気を取り入れることができない。

「っ……っつ…!!」

 無理が総じて引き攣った筋肉を弛緩させようと、魔力を送り込もうとしたところで、後方から異次元咲夜がゆっくりと歩み寄ってくる。

「あと何回攻撃をできたかは存じませんが、そのうちの一回でも当てることができれば、こうして立っていられたのは逆だったかもしれませんが、お前はその程度なんですよ」

 異次元咲夜は嗤い、胸を押さえて倒れかけている私に囁きかける。そんな至近距離に仇がいるのに、私は動けずに倒れないように体を支えるので精一杯になっていた。

「ふっ……くっ……っ…!!」

 拳も持ち上がらず、力を込めた腕がブルブルと震える。異次元咲夜も私が限界だという事を察し、持っていたオリジナルの銀ナイフを逆手に持ち変えた。

「盾では、矛を殺せない。よくわかりましたか?」

 そう言って異次元咲夜は銀ナイフを私に振り下ろした。左鎖骨に切っ先を添え、少し力を込めると皮膚を突き破って抉り込む。身体を強化していたとしても、刃を止めるには至らない。

「っ……ぐっ……!?」

 ゆっくりと異次元咲夜は銀ナイフを沈めていく。あと、数センチでも刃を進ませれば、切っ先が動脈を傷つけ、残った血液を吐き出して出血死することだろう。

 こんな奴の笑い顔が、最後に見る光景だなんて、悪夢だ。喉を鳴らして笑い、残りの数センチを一気に突き刺そうとした奴の表情が見えた。そこには強敵と相まみえた楽しみや、殺したという驕りが無い。これまでには無い、表情が含まれていた。

 能力を二つ持ち、あらゆる世界の人間を殺してきた異次元咲夜には無縁とも思えるその表情は、ようやく殺した。そういう安堵が含まれていた。

「っ…!」

 脚から力を抜いて私は倒れ込むように腰を落とし、奴の銀ナイフを肩から引き抜いた。鮮血がこびり付く得物が露出し、一時の安全を確保した。

 私が逃げたことで、異次元咲夜は追って銀ナイフを振り下ろそうとするが、その内に大きく胸一杯に息を吸い込み、全身に酸素を行きわたらせる。

 何を諦めていたんだ。どれだけ化け物じみていたとしても、奴だって人間だ。どれだけ能力で傷を埋めようが、ダメージは蓄積されている。

 また、仲間を殺されたいのか。怒れ、怒れ!怒れ!!脳裏に焼き付いた殺された仲間たちの姿を今一度思い出せ。

「はああああああああああああっ!!」

 これで終わったと完全に油断していた異次元咲夜の握る銀ナイフを跳ね除け、顔に拳を叩き込んだ。頭蓋が歪み、頬骨を砕く。感触や魔力の流れから片目を潰しているが、能力ですぐさま修復されていく。

 限界が何だ、限界を限界で塗りつぶせ。奴が大勢を崩した隙に、さらにもう一度大きく呼吸を行った。

 十分な量の酸素を取り込むことはできたが、二度の呼吸ではたかがしれ、心拍数が高い状況では呼吸をしている感じがしない。

 さらに攻撃を叩き込もうとした瞬間、異次元咲夜も私に止めを刺そうと強力で大量の魔力を発生させた。スペルカードを使うつもりだ。

 カードを銀ナイフで叩き切り、回路を抽出してスペルカードを完全に発動させた。この至近距離であるためか、殺人ドールや夜霧の幻影殺人鬼などの遠距離攻撃ではなさそうだ。

 大量の銀ナイフを召喚するために、周囲への魔力の散布が無い。代わりに腕や持っている銀ナイフと言った身体に強力な魔力が集中している。

 ならば好都合。手の届くこの至近距離は、私の距離だ。奴がスペルカードの宣言をする前に何をしてくるかわかっているため、一気に距離を詰めた。

 攻撃方法をわかっていたとしても、今回は体がついて行かなかった。奴がスペルカードを発動するまでに追いつき、スペルカードごと奴を打ち砕くことが理想だったが、発動に間に合わせるのが精いっぱいだった。

「傷魂『ソウルスカルプチュア』」

 異次元咲夜が両手の銀ナイフで大量の斬撃を繰り出してくる。速度は異次元咲夜の方が圧倒的に速いが、事前に行動がわかることで五分五分だ。

 銀ナイフから魔力の斬撃が放たれ、私の拳と当たって弾けていく。正面から打ち合えば拳を覆う魔力を剥がされてしまうが、刃の時と同様に刃に対して拳の角度を変え、一方的に魔力の斬撃を砕いていく。

 二回、三回と拳を振るい、異次元咲夜の斬撃を防いでいく。全身の筋肉を躍動させ、進みながら奴の斬撃を撃ち落とす。一度受けた技であるが、背を向けていたことと能力を使用する前であった事で、初めて受けるのと変わらない。

 それも相まってか斬撃がすり抜け、胸を切り裂かれた。数十回にも上る回数切り裂くため一撃一撃は軽いが、そう何度も食らってはいられない。

 奴のスペルカード時には、自分の時に起きた身体の限界は期待できず、無理やり掻き分けて進まなければならない。奴の斬撃を確実に処理していくが、数度攻防を交え、再び斬撃が拳をすり抜けて肩を切り裂いた。

「くっ…!」

 あとまともに動ける時間はそうない。それだけでも十分な向かい風だというのに、斬撃でさらに風は加勢していく。私の体が短い休みではどうにもならず、早々に限界を迎えたのかと思ったが、そうではなく、奴が動きに乗って加速しているのだ。

 拮抗していた攻防のバランスが崩れ、奴の攻撃を撃ち落とす拳が追い付かなくなってきた。三回異次元咲夜の斬撃を撃ち落とすが、四回目の魔力の斬撃に腹部を切り裂かれる。

 奴がスペルカードを発動した時点で、私に逃げる足は残っていなかった。打ち合いは必須だったが、守るだけではだめだ。攻撃に転じなければ残った体力をじりじりと吐き出すことになる。

 弾きながら進み、ナイフを振るう異次元咲夜へと前進する。私が斬り刻まれて倒れるのが速いか、奴のスペルカードを切り抜けるのが速いか。どちらかと言えば、前者の方が確率が高い。

 奴の攻撃頻度がさらに上昇していき、三回は弾けていた攻撃も、二回しか撃ち落とすことができなくなっている。

 血まみれで命の危機を本能が察し、全力で警笛を上げているが無視し、被弾覚悟で前進を続ける。細かな傷など、いくらでも異次元咲夜へとくれてやる。代わりに、お前の魂を寄越せ。

 捨て身に近い前進、命を削るような連打。首や心臓など、主要な臓器が集中している部位への斬撃を避け、大きく前進し、奴を貫ける射程圏内へやっとの思いで入り込んだ。

 私の腕が届く距離となれば、当然ながら異次元咲夜が振るっている銀ナイフが余裕で届く距離だ。奴はオリジナルの銀ナイフを使用しているため、作り出した得物とは勝手が違う。これまでの感覚で戦えば唯一の武器を失いかねない。

 しかし、このスペルカードを止めるという部分にのみ焦点を当てれば、魔力の斬撃を処理すること以上に容易である。

 作り出していた銀ナイフは、魔力の波が強い部分を狙ったとしても、数回で使い物にならなくなっていた。

 それは、武器が僅かに変形したり砕けているという事であろう。そこに打撃のエネルギーが使われていた為に、奴の腕を武器越しに折ることができなかったが、オリジナルを出してきたことで条件が揃った。

 簡単には変形しない銀ナイフと、これまでの攻防で腕を丸ごと作り変え、柔軟性を損なっている今の異次元咲夜にならできる。

 右手に握られた銀ナイフを正面から拳で打ち抜いた。やはり得物は固く、砕くことはできなかったが、耐久性能が低い異次元咲夜の前腕がひしゃげたていく。ぐにゃりと曲がり、皮膚や筋肉としてる物質を引き裂いて、骨のようなものが飛び出した。

 曲がりくねった異次元咲夜の腕から魔力の塵が漏れ、スペルカードの崩壊を示唆している。後は、奴の心臓を打ち抜くだけだ。

 私の時もそうだったが、スペルカードを中断された際には、普通に終わった時よりも硬直時間は長くなる。私は、奴のような慢心はしない。

 奴にかける言葉など無く半歩前進した。普通なら避けられるか、いなされるかで終わるであろう大振りの攻撃を奴の左胸へ放った。

 間が悪い事に、次の攻撃を放っている途中だった左手の銀ナイフが、胸の前にあるが関係ない。それごと心臓を打ち抜いてやる。

 銀ナイフの表面を拳が撫で、弾き落とした。次は心臓の番だ。奴が動けるようになる時間まで、まだまだたっぷりある。貫けないわけがない。

 これだけ苦労し、私の命と引き換えに近い事をしたんだ。あんたにも地獄まで付き合ってもらう。お嬢様と、咲夜さんの怒りを拳に乗せ、異次元咲夜の胸を貫いた。

「ぐっ………ああああああああああっ!?」

 魔力側の観点と、手の感触から、異次元咲夜の胸を貫けたことを感じた。胸から発生した魔力の乱れは全身へと広がっていく。明らかな致命傷だ。

「ごほっ…!!」

 私以上の血液を吐き、喀血を催す。真赤な血液を咳き込み、水気の混じる溺れていくような呼吸を繰り返す。目は泳ぎ、瞳孔は開き切っている。文句なしに命を取った。

「いくら、あらゆる物質を作り出すとしても、心臓を貫かれれば…」

 奴を殺した。そう確信していた思いは驚愕に溶け、天に昇って消えていく。異次元咲夜の乱れていた魔力が、正常な働きへと戻っていくのだ。あり得るはずがない、心臓を潰されて大丈夫な者など、妖怪だろが神だろうがいるはずがな—————。

「言いましたよね。盾で矛は殺せない」

 直前に弾いた銀ナイフ、あれで拳の角度が僅かに変わり、心臓をギリギリで貫くに至らなかったのだ。今頃気が付いてももう遅いと、異次元咲夜が潰された腕を治し、胸を貫く私へ斬撃を繰り出そうとした。

「ええ、そうですね。私は盾であって矛ではないです」

 腕を掻き切り、首を刎ねる。魔力で作り出したレプリカでさえできることだ。握っているオリジナルなら容易なことだろう。

「でも、矛の準備はできています」

 私の言うことに異次元咲夜は遅れて理解を示し、勝ち誇っていた血相を変えた。自分や私以外の強力な魔力の流れを感じたからだ。離れた位置に陣取る妹様はカードを砕き、スペルカードを発動した。

「私ごとやってください!」

 妹様は私から見て横方向に位置し、やろうと思えば異次元咲夜だけを打ち抜くこともできるだろうが、仲間を考慮してスペルカードを放てば威力は半減以上だ。彼女が放つであろうレーヴァテインは構造上薙ぎ払わなければ効果が薄い。当初の予定通り、奴諸共ここで果てる。

 貫通している私の腕から逃げようとした異次元咲夜の体を掴み、逃げられないように拘束した。抵抗されるのは火を見るよりも明らかであるため、先手を打った。

「くっ……!?放せ!…死にぞこないと一緒に死ぬつもりはないんですよ!」

 顔を切り付けられ、腹部に銀ナイフを突き立てられ、腕を搔っ捌かれる。それでも、残りのあらん限りの力を絞り出し、奴を離さない。肉を切らせて骨を断つだ。

 首を切り裂かれ、大量出血を引き起こしている。だが、奴からすれば最早打つ手が無くなっていた。妹様がスペルカードを放つ最終段階へ移行したのだ。これからどう頑張っても、退避を邪魔している私を連れたまま逃げることは不可能だ。

「離せえええええええええええええええええっ!!」

 異次元咲夜の絶叫が辺りに轟き、最後の抵抗に移るが、その悪足掻きに終止符が打たれた。

 妹様の方向からはこれまでにない魔力の流れを感じる。周囲に霧散する魔力に、炎のような流れが感じられない。レーヴァテインで焼き殺されることを覚悟していたが、妹様は別なことをしようとしている。

 構えを見せる彼女の姿勢には見覚えがあった。剣を振るうのとはかけ離れ、どちらかと言えば何か棒状の物を投擲する格好だ。その姿に、お嬢様の姿が重なる。

「神槍…」

 顔の横で掲げていた妹様は、聞き慣れた言葉を発した。お嬢様のように見えたのは、気のせいではなかった。

「あれは、お嬢様の……」

 周囲に霧散していた魔力が一気に手元へ集約し、瞬時に槍を形成する。目が潰れていて見えないが、その色はきっと目が醒めるような紅色なのだろう。

 妹様の見様見真似の薄っぺらなものではない。魔力の流れから見る私からでも、その迫力に気圧されそうだ。

「『スピア・ザ・グングニル』」

 妹様の腕力と、槍の前進する力が合わさり、十数メートル離れていたところから投擲された槍は、一瞬にして私たちの元へと到達する。

 私は一切避けるつもりがなかったが、妹様は私もろとも異次元咲夜を殺すつもりはなかったらしい。刃で薙ぎ払うのではなく貫くため、薙ぎ払う面積が最低限である。これならば、私には当たることは無いだろう。

 その詰めの甘さを投影したように、異次元咲夜の身体が後方へ下がり、頭部を貫くはずだったグングニルをかわした。

 焼け焦げる匂いが鼻孔を擽り、物体が通過した暴風に襲われる。私と異次元咲夜の間を通過したグングニルは、横断したであろう魔力の帯だけを残して飛び去った。帯も次第に消え、遠くで聞こえる爆発音などが時折聞こえる静寂に包まれる。

「なっ……んで…!?」

 しっかりと掴んでいたはずだった。指先にはまだ感覚があり、腕を切断されたわけではなさそうだった。異次元咲夜を見ると、胸元に新たな傷が見えた。致命傷にならないように自分の肉体を削ぎ落し、私の拘束から逃れたようだ。

 恐ろしい、馬鹿げた程に強靭な精神力と執着心。自傷行為をしなければ生き残れない状況であっても、理性のために人はそれを中々することはできない。

 例え、能力で身体の一部を代替えできるとしても、普通なら躊躇してしまう。ましてや、私の腕が原因であるならば、それを切り落とす選択もあったはずなのにだ。

 奴は、私とは違った形で肉を切らせて骨を断ったのだ。私では最後まで戦いきれなかったため、妹様の攻撃が最後の手段だった。それをかわされ、打つ手を失った。

「うっ…!?」

 スペルカード直後の硬直に見舞われた妹様に、異次元咲夜が銀ナイフを複数本投擲した。作り出したレプリカだが、吸血鬼に多大なダメージのある得物に、彼女も足が崩れ、膝をついていく。

 投擲された物体をこちらが途中で打ち落とせればよかったが、首元からの出血が深刻な貧血を起こしていた。眩暈を起こした私は動きを止めただけでなく、膝をつくことになった。それだけでは収まらず、限界を超えていた体は、立ち続けようとする意思を無視し、立とうとする素振りすら見せずに地面へ倒れ伏せてしまった。

「美鈴!」

 私の身を案じるというよりは、叱咤する妹様の声。ダメージからか、絞り出しているような形だ。意識を失いかけているからではなく、目の前に異次元咲夜がしゃがみ込んだからだろう。前のめりに倒れた背中に、銀ナイフを突き立てられた。

「ぐっ!!」

 ぼやつく意識を鮮明へ引き戻された。胸に付けられ、付けた傷を能力で肉体に近い物質で戻した異次元咲夜は、嗤いながら私を見下ろした。

「また、目の前で主を殺されるのをそこで見ていてください。次はあなたです」

「や…め……て……!」

 妹様が殺されてしまう。それを阻止しなければならない状況で、咄嗟に異次元咲夜の足に手を伸ばしていた。体の中で動かすことができたのはそれだけだった。だが、握力などほとんど残っておらず、振り払われるだけで簡単に解かれてしまうだろう。

 そんな危機迫る状況だったが、妹様の言葉が思考の中にしこりとして残って仕方がない。先ほどの叱咤する声は、まだ彼女に何か秘策がの起こされているように感じた。

 一体何ができるのだろうか、あの絶好の瞬間を逃し、これから何かわなを仕掛けることは今の私にも妹様にもない。

 諦めかけそうになった時、最初の言葉を思い出した。異次元咲夜と戦い始めて間もなく彼女が言った言葉、上に気を付けて。当時はまるで意味が分からず、今もわからない。その言葉を指しているように聞こえたのは、勘だろうか、願望だろうか。

 どちらでもいい。この状況を打破してくれるのであれば、何でもいい。上から何か来るのであれば、私にできることはただ一つ。こいつの注意をギリギリまで下に向けさせることだ。この状況では、難しそうに見えるが、もう手は打った。

「……?」

 立ち上がろうとした異次元咲夜は気が付いただろう、自分の手足が何か拘束されるようだと。気のせいにし、歩き出そうとするが、拘束は強まり一歩たりとも動けなくなっていく。

「何…が……!?」

 紅魔館を訪れた時、地下室で私は何気なくこちら側の八意永琳が作ったであろう薬を取り上げた。痺れを起こす薬と言う、病人を治すつもりがあるのかわからない薬だったが、戻すのを忘れて持ってきてしまっていた。

 保険のつもりで異次元咲夜の身体を貫いた時に瓶を砕いて中の液体を撒いて来たが、飲み薬故に効果が出るのに時間がかかったのだろう。

 ここの土壇場に来て、奴の根っこが出た。お嬢様の時のように私をすぐに殺さず、妹様を狙った。私の苦しむ姿を見ようとする捻くれ、歪んだ思考。それが最後の最後に勝敗を分けた。

 作られてから随分と長い時間が経過し、薬の用法も守っていない事で効果はそこまで大きくは無いだろうが、妹様が行おうとしている事をやるまでには効果は持続してくれるだろう。

 そう思っていたが、妹様は動こうとしない。上空に飛び上がり、スペルカードを放つなどをしようとしないのは、もうすでにやっているからという事だろうか。

 彼女のスペルカードと同じ名前の槍が神話にある。そこでのグングニルは、的を外すことはないそうだ。

 能力の探知で自分を中心にマップを広げるが、グングニルは見当たらない。数十メートル、数百メートルとマップを広げ、ようやく上空から落下してくる槍を捉えた。

 捉えはしたが、それを認識したころには神槍は異次元咲夜を貫いていた。槍自体の速度と重力加速度が合わさり、投げた直後よりも早く感じた。

 大量の魔力を注ぎこんだだけはあり、中に含まれている魔力が膨れ上がる。魔力の放出は、巨大な爆発へと変貌する。

 音が聞こえなかったのが功を奏し、耳を劈く轟音を聞くことはなかったが、発生する爆発の中心に近い位置に私はいる。殺すスペルカードである以上、生き残りは絶望的だ。

 咲夜さん。こんな時、あなたならもっと上手くやれた。そう、強く思える。妹様に怪我を負わせることもなく、自分を人柱とすることもなかっただろう。自分を犠牲になることが前提の作戦など、三流以下の者がすることだ。

 あなたを超えようとがむしゃらに戦った。妹様の力もあり、異次元咲夜を倒すに至った。ある意味では彼女を超えられただろうか、しかし、真の意味で彼女を超えることはできなかった。

 グングニルに含まれていた魔力が一気に拡散され、異次元咲夜に着弾と同時に爆発に薙ぎ払われた。吹き飛ばされた衝撃にもみくちゃにされ、私の感覚が死んでいなければ、片足の感覚が無い気がする。私が広げている魔力のマップ外へ、切り離された体の一部が一瞬にして吹き飛んでいった。

 脚だけではない、私自身も先ほどいた場所から何百メートルも衝撃の赴くままに吹き飛ばされることだろう。空中に投げ出されたのか、地面を転がったのか、それ等がわかる前に意識が途絶えた。

 




次の投稿は2/19の予定です。


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東方繋華傷 第百七十五話 下には下

自由気ままに好き勝手にやっております!!

それでもええで!
と言う方のみ第百七十話をお楽しみください。


「………」

 音の無い世界が音で溢れている。細い棒状の物を振るい、空気の流れる音。金属同士が打ち合わさる耳を劈く金属音。魔力による爆発等で体の芯まで響きそうな重低音が響き渡る。

 音や衝撃などが、無音や無風だった世界に響き渡る。これまでにない変化がスキマ内に起こっているが、耳を覆わなければならない程の爆音ではない。

 紫さんが作り出したこの場所はかなり広いらしい。反響の様子が無く、音が減衰して消失しているのだろう。そうでなければ皆、反響に重なる反響で鼓膜がどうにかなってしまっていただろう。

 それだけではない。遠くで何かが現れたようで、これまでとはまた違った異質な気配がする。それを発しているのは、どんな世界にいたのかは知らないが、正常と思える世界で生きて来た私からすると想像がつかない。

 あんな、見るに堪えないグロテスクな見た目をしており、気色の悪さが際立っているが気の抜けない相手であるだろう。あの迫力はそこらの魔物ではない。もっと位の高い生物だろう。

 百十数メートルも離れているが、これまでならあの龍のような者の気迫に、震えて動くことすらできなくなっていただろう。私が骨の髄まで恐怖していないからと言って、あの化け物が弱いわけではない。本能がざわついており、化け物が野に放たれればそれだけで世界が壊滅するとわかるそんなレベルだ。

 紫さんは大丈夫だろうか、あんな化け物と異次元紫を同時に相手にしなければならない。自然災害とまともに戦うようなものだが、あの人なら恐らく大丈夫だろう。他人の心配よりも、自分の心配をしなければならない。

 あらゆるものを豆腐のように切断する観楼剣を持ち、複数の能力を所有する異次元妖夢。向こうも、こちらも、悪魔じみた力を持つ連中を相手にしなければならないのだから。

 紫さんは、私の能力がもっと攻撃的だと言っていた。なぜそんなことを言いきれるのだろうか。疑問が浮かぶが、彼女の言葉を聞いた時に、根拠もなく妙に納得している自分がいた。

 心臓が口から飛び出してしまうのではないかと思う程に拍動しており、緊張しているはずなのに脳内はこれ以上無い程に冷静でいるのも、疑問を呼ぶ。

 こんな感覚に陥るのは初めてだ。自分が自分ではなくなっていく。そう感じずにはいられない位に、私の思考はここ数百年で一番冴えている。

 前にも、こんなことがあったような気がすると思っていたが、私の記憶の中にそれは無い。生まれてからの年数など数えてはいないが、数百年は経過していると思われるが、こんな殺し合いをするような場面はなかった。

 いや、表面上はそう見えるだけだ。私たち妖精は、何らかの理由で死んだとき、その周辺の出来事を忘れてしまう。忘れてしまう理由はわからないけれど、自分の精神を守るためかもしれない。

 本来、死は生物における最後の事象だ。一方通行のはずであるが、私たち妖精はそれに逆らって戻ってくる。死の先を知ってしまっているのだ。普通の人間とそう変わらない精神力しか持ち合わせていないため、先を覚えてしまっていれば当然ながら精神が持たない。

 向こう側の忘れなければならない物と、大事な記憶を同時に少しずつ失っていき、私たちは今の状態へとゆっくりとなっていったと考えられる。

 死ぬ直前の消えた記憶は戻せないと思われる。記憶が可逆的に戻ったのでは、そのたびに精神崩壊してしまう。だから、今更私がどう戦っていたかを記憶から探ることはできない。

 紫さんの言い方から、昔の記憶が消える前の私はもっと攻撃的に能力を使っていたという事になるが、移動や回避以外に能力の使い道が思い浮かばない。

 しかし、戦い方を変えなければ、異次元妖夢の命を取ることはできない。これまでの戦闘で、瞬間移動しながら観楼剣で切り付けたりしてきたが、刀を振ったことの無い私では、どんなに先出しで攻撃したとしても、異次元妖夢に追いつかれてしまう。

 もっと別の方法で刀を使っていくしかないが、あの反応速度を見せる異次元妖夢相手に当てられる自信は無い。使えないのであれば、攻撃する際のブラフとして扱うしかないだろう。

「…」

 持っている物だけを瞬間移動させることができれば戦いやすい物だが、能力を使用すれば自分と持っている物を強制的に移動してしまう。

 しかし、紫さんの言い草から能力で何かをするのではなく、能力事態の強さを言っているようだった。使い方が想像できない。

 異次元妖夢は紫さんたちと、巨大なスキマの奥から現れた龍から目をそらすとこちらへ定めた。銃に狙いを付けられたように、殺気が私に集中する。

 異次元妖夢や観楼剣を握られた手からではなく、その隣から感じる気がした。奥の景色に同化し、そこにある物に気が付かなかった。境界を操る程度の能力を使ってスキマを作り出していたのだろう。

 太陽など光源となる物が無い、一定の光度で満たされた空間であることが仇となった。反射するほどの強い光が放たれておらず、突きの形で進んでいたこともあり、柄や鍔が隙間から顔を覗かせるまで気が付かなかった。

 一メートル以上の長さがある刃の分だけ反応速度に遅れが生じ、高速射出された観楼剣をまともに受けることとなる。不格好に構えていた刀をすり抜け、左肩に根元まで抉り込んだ。高速で撃ちだされた物体を受け止めるだけの筋力量は無く、後方へ吹き飛ばされた。

「屈辱的ですね。こんなのが私の相手に務まると考えられているとは」

 異次元妖夢はそう呟きながら、吹き飛ばされた私に追いつくスピードで跳躍してくる。早く立て直さなければ、あいつの薙ぎ払いで決着がついてしまう。

 奴の方向に目を向け、その後方に焦点を合わせた。奴が刀を振るのを待たず瞬間移動を使用した。意識が途切れるような感覚がし、異次元妖夢の姿が目の前から消えた。

 前方から向かってきていた殺気が後方に移動している。一度距離を離し、体勢を立て直そうとするが、背中にじんわりと痛みが走る。奴の後ろに回り込んだはずなのに、なぜ背中に斬られた痛みがある。

 混乱に支配され、移動するのを忘れていた私に、異次元妖夢が語りかけてくる。振り返らずとも、奴が笑っているのがわかる。

「そう何回も能力を見せられれば、視線から場所を割り出すことは簡単ですよ」

「っ……!」

 血液が出ているのだろう。切られたと思える部分に熱い物が広がっていく。しかも、一か所ではない。この短時間で二回得物を振るったようで、肩甲骨の辺りと、臀部の辺りに痛みが生じる。

 奴に見えないように、顔を正面に向けたまま視線だけ別方向に向け、瞬間移動を使用した。奴からは見えない位置、最初に紫さんが放ったいくつもの部屋に分割され、連結されている乗り物の中の景色が視界の中に映し出される。

 とりあえず、体勢を立て直すために退くのは成功した。今のうちに、肩に刺さった刀を引き抜かなければならない。突き刺さっているであろう観楼剣に手を伸ばすが、肩には刺さってお折らず、抉られた傷だけが残っている。

 重力の概念が無い世界であるため体重が感じられにくく、視線を向けるまで気が付かなかった。どくどくと溢れる血液を、魔力で何とか止血しようとするが、あまり効果は望めなさそうだ。

 上下逆さまに飛んできていたようで、肉を綺麗に断ち切ってくれたのは運がよかった。肉を引き千切る形で斬られていたら、出血はもっと酷かったはずだから。

 肩から漏れる血が手に纏わりつく。それを振り落とすと、鋼色の車体の一部に血の斑点が出来上がる。この出血量は、そう長くは戦えないかもしれない。

 いや、諦めちゃだめだ。できるだけの事をして、少しでも時間を稼ぐんだ。胸元のリボンを解き、肩の傷を縛る。

 そこまで長いリボンではなかったが、傷口を余裕で覆える長さはあった。端を右手で掴み、その逆側を歯で噛んで力一杯締め付け、止血を行う。黄色かったリボンが数秒と立たずに赤へと変わっていく。

「くっ…うぅっ…!!」

 締め付けた際に出血部から鈍い痛みが走るが、歯を食いしばり、何とか耐え抜いた。この位で根など上げらていられない。チルノちゃんたちは、もっと苦しい思いをしたんだから。

 戦闘に戻ろうと、傍らに置いていた古い血で濡れた観楼剣に手を伸ばそうとするが、触れようとする直前に刀と指の間に位置する床や壁から火花が生じた。瞬間に目の前に炎の花が咲き、その光量に目が眩みそうになる。

 それでも異次元妖夢の攻撃だと即座に頭を切り替え、延ばしかけていた手を引っ込めて武器を諦めた。逃げようと身を翻すが、車両を両断してできた隙間から現れた奴に、引っ込めていた腕を掴まれた。

 このまま瞬間移動では逃げられない。奴も一緒に移動するだけで、切り殺される未来は変わらない。逃げ込んでいた車両から引きずり出され、すぐさま刀を突き立てられると思った。だが、胸ぐらを掴まれると投げ飛ばされた。

 首に意識を向けていなかったら、頭が後方に吹っ飛んでいってもおかしくはない勢いだった。遠心力を付け、投げられた先には巨大な建物がある。狙ったのか飛んでいく方向には窓があり、止まらずにそこへ突っ込んだ。

 もともと亀裂の入っている窓であるため、ほぼほぼ抵抗など無く突き抜けて床に転がり込んだ。見た目から、外の世界の建物だと思っていたが、中も見たことの無い金属製の机がたくさん並べられている。

 壊れかけのガラスでは投げられた勢いをほとんど殺すことができず、机の上に落ちる形で転がり込み、運動エネルギーと自重で叩き潰した。その後も、急に止まれるはずがなく、たくさん並べられている机を弾き飛ばしながら壁に衝突し、ようやく止まった。

 背中や腕、脚など様々な部分をぶつけながら減速したため、体の節々が痛む。このまま転がって痛みが消えていくのを待っていたいが、その頃には死んでいる。強烈な殺気に誘発され、痛む傷を無視してよろけながらも横へ飛びのいた。

 これまでにあまり戦闘に参加せず、敵意などに鈍感な私が殺気を感じるのだから、相当な物だろう。逆に鈍感でよかったのかもしれない、敏感に感じ取り過ぎても私は畏怖して動けなかったと思う。

 間一髪と言っていい。飛びのいた直後、私が背中を打ち付けていた壁や転がって来た床や机に亀裂が生じる。亀裂は天井にまで及び、そこを境目にして建物が左右に別れた。

 よく見れば不規則に走るヒビとは一目瞭然で違い、それが斬撃であると理解するのにしばらく時間がかかった。車両を切断するのはまだ想像ができたが、十数メートルはくだらない建物をまるごと切り倒すのは想像がつかなかった。

 よろけながら飛びのいたところに、異次元妖夢の観楼剣が高速で向かってくる。窓を突き破り、顔の真横に耳を劈く金属音を響かせながら突き刺さった。刃に自分の瞳が映る程に近い。窓に浅い角度で抉り込んだことで、角度が僅かにずれたのか。数センチずれていれば、脳髄を垂れ流すところだった。

 更に体を串刺しにしようと観楼剣を飛ばしてくるが、焦点はその奥に合わせている。顔の横に刺さっている刀の刃を掴みながら瞬間移動を使用した。

 場面が一瞬にして切り替わり、奴の射出する観楼剣の雨から逃れた。仁王立ちで小さなスキマから観楼剣を飛ばしている異次元妖夢へ、持ってきた観楼剣を投げつけた。

 槍投げや手裏剣と言った形で敵にダメージを与えられる投げ方ができない。見よう見まねで投げたが刀はバランスを失い、錐もみ状態であらぬ方向へ飛んでいく。

「攻撃のつもりですか?」

 異次元妖夢は嘲り、こちらへ跳躍した。奴には視線で瞬間移動する場所がバレてしまう。奴に顔が見えていない時でないとだめだ。後方へ下がりながら弾幕を放つが、なんの足止めにもなりはしない。

 いっその事、逃げることにのみ集中した方がまだ時間が稼げたのではないだろうか。それほどまでに奴の移動する速度は速い。奴に当たるであろう軌道を飛んでいた弾幕は一つ残らず切り裂かれ、塵となって消えていく。

 弾幕の密度を上げ、異次元妖夢を吹き飛ばす算段を立てるが、それらごと伸ばしていた右手の薬指を根元から小指ごと観楼剣で抉り切られた。

 骨など抵抗にならず、熱したナイフをバターに食い込ませているようだ。一切減速することなく、刀は振りきられた。得物が肉体を進んでいく様は比喩だったが、本当に数百度に熱した武器を手に押し付けられているように熱い。

 切られたのが嘘なのではないかと思える程に切り口が綺麗だったが、血が滲み、ズレ落ちたことで現実を突きつけられる。それでも弾幕を撃ち続けなければならず、魔力を送り込むが弾幕を形成することなく、魔力の塵が霧散していく。

「くっ……!!」

 痛みから来る呻き、こんな時に攻撃が不発に陥る自分の不甲斐なさを叱咤する呻きが漏れる。これから弾幕を撃とうにも、切られる方が速い。ならば、瞬間移動で刃の届かない位置まで逃げる。

 異次元妖夢の後方、数十メートル先に瞳の焦点を合わせようとするが、伸ばしていた血まみれの手を異次元妖夢の手が触れ、掴まれた。

 瞬間移動で逃げる最後の手段を失い、奴が気まぐれで手を離すことが無い限り、私の生存は絶望的となる。弾幕で抵抗しようが、腕を切り落とされて終わりだ。死が目の前に至り、首に手をかけている。

 私にも残っていた本能がざわめき、奴から逃れようと一心不乱に抵抗しようとするが、眼前に立たれれば見上げる程に大きい異次元妖夢の手を振りほどくことなど不可能だ。

 振りほどこうとした私の手を、逆に異次元妖夢に引き寄せられた。手に握られた刀で斬ってくるだろうと予想していたが、それに反する行動に私は自分でもわかる程に反応が遅れた。

「なっ…!?」

 斬るでも、殴るでも、蹴るでもなく、異次元妖夢は私の事を抱き寄せた。逃がさないつもりか、チルノちゃん達がしてくれたような優しいハグには程遠い。それでも胸元で視線を遮られ、瞬間移動が使えない。

 これまでの戦いで体温が上がっている私とは違い、半分死んでいるに等しい異次元妖夢の体温はぞっとするほどに低くい。奴はこれまでの戦いで、全身に血を浴びながら戦っていた。そのイメージ通りに、庭師からは濃い血肉の匂いがする。

 友人が垂れ流した血液や肉片、臓物とその中身がぐちゃぐちゃに混ざり込んだ、あの地獄と言っても遜色のない光景が脳裏を過ぎった。

「あなたに復讐などできません。諦めたらどうですか?」

 そう言いながら異次元妖夢は、私の背中から生える羽根に手を伸ばす。羽にも神経が通っているため奴に触られた感覚があるが、ただ触れるのではなく羽根を掴まれた。

 抱き寄せられて背中を晒している状態では異次元妖夢を振り払えない。握り込まれた途端に羽根の骨はあっけなく砕け、半ばからぐったりと垂れさがる。捻り潰された細胞から神経を伝わり、脳に激痛の情報が送り込まれる。

「うっ……ああああああっ…!!!」

 悲鳴を上げる私をよそに、奴はもう一方の羽にも手を伸ばしていく。喉を鳴らして笑う異次元妖夢は、容赦なくもう一方の羽も毟り取っていく。羽根を背中につないでいた筋繊維を、無理やり引きちぎられる痛みは想像を絶する。

「このまま、絞め殺してあげましょうか?」

 異次元妖夢の雰囲気が少しだけ変わった気がすると、抱きしめる力がどんどん強まる。人間が出せるであろう力を簡単に超え、そこそこの妖怪ですら絞め殺せる腕力を見せる。どこにそんな力を隠していたのだろうか、奴の表情からまだまだ本気で締め付けているわけではないのが伝わってくる。

 早く抜け出さないといけないのに、頭がその段階に移っていない。骨が軋み、筋肉が締め付けられる。圧迫される肺や心臓などの内臓が悲鳴を上げるが、情報の渦にもみくちゃにされて完全に飲み込まれている。

 脳が痺れる、思考能力を激痛に奪われる。雑音のような情報の波が一気に押し寄せ、濁流で私の思考をぐちゃぐちゃに遅らせていく。しかし、情報過多の原因となっているのは、痛みではなくなっていた。

 痛みを圧倒するほどの記憶情報が押し寄せる。身に覚えのない大量の記憶と、多大な知識。ただの人間なら、動けるようになるまで数時間を要していたかもしれないが、記憶や知識は妙に私に馴染んでおり、一呼吸の間に全ての情報を整理して飲み込むに至った。

 紫さんの言っていたことは正しかった。私の能力は逃げることではなく、戦う事に使える。攻防が一体の能力と言える。

「………」

 ギチギチと体が締め付けられていく。骨が砕け、内臓が潰れる寸前に、鬼のような力を発揮する異次元妖夢の腕を振り払った。強靭強固な剣士の腕が、肘から正反対に折れている。

 ぽっきりと反対に折れているわけではない。ぐにゃぐにゃに曲がり、捩じれている。骨の原型など残っていない。異次元妖夢は立て直す暇もなく、次の私の攻撃をその身に受ける。

 奴の身体は強化されているはずだが、驚くほど柔らかく感じた。水に手を付け込むのとそう変わらず、私の腕は腹部を易々と貫く。異次元妖夢は貫かれても状況を理解できていないようで、動きが止まっている。

 腕を引き抜くと同時に、奴の顔をも貫こうとするが殺気に促され、爪が突き刺さる直前に、顔を傾けてかわされた。予定が狂ったが、大した問題ではない。即座に後頭部を掴み、私が吹き飛ばされていた巨大な建物に向けて吹き飛ばした。

 両腕を再生させるに至っていない異次元妖夢は受け身を取ることができず、外装の柱と思わしき部分に衝突し、磔となる。

「かはっ……!?」

 予定外と言いたげな、異次元妖夢の表情は攻撃を受けた際の反応の遅れから本物である。とはいえ今は攻撃されて派手に血を吐いているが、切断させた腕を治した事から致命傷には成り得ない。

 身体を再生させる間もなく意識を奪うか、再生させる肉片すらも残さないようにしなければならない。燃やしたりなどの能力が無い私にとってこの作業は、骨が折れそうだ。

 でも、いつの物とも知れない記憶が正しければ、こいつを殺すことは不可能じゃない。あとは、記憶の情報を私がどれだけ使いこなせるかにかかっている。

 貫かれた腹部の傷やへし折られた両腕の骨を能力で修復し、小さなスキマから観楼剣を抜刀した。失った得物を補充して、体勢を整える。構える形は同じだが、私を見る目は今までとは全く違う。

 こんな私の事でも、異次元妖夢は自分と同等かそれ以上の強敵と認識してくれたようだ。慢心と油断が無くなり、私の首を討ち取ることに全身全霊を注ぐ。そんな気迫を感じさせた。

 瞬間移動で先制を取ろうとしたが、奴から先に動いてくれた。叩きつけられた壁を足場に、こちらへ飛びかかって来た。半分壊れかけていたとはいえ、跳躍力は柱を叩き折るほどだ。

 十メートルは離れていたが、こちらに達する時間は刹那に等しい。本気の度合いが先とは全くの別だ。鬼だろうが神だろうが簡単に首を切断できる観楼剣を振りかぶる。

 これまでならば、攻撃をどう対処するのかで頭が一杯になり、まともに反撃することはほとんどできていなかった。この状況を生んでくれた異次元妖夢に感謝しなくてはならない。昔を思い出させてくれた。

 先ほど言った通り、通常ならば私たちは生き返った時点で、死ぬ前の事をかなり忘れてしまう。それは不可逆的で、絶対に戻らない。私だけが特別に記憶を引き継いでいるという事はあり得ないが、なぜ思い出すことができたのか。

 それは、昔の私が残してくれたからだ。博麗第結界が形成された直後は、お互いの倫理観は無いに等しい。妖怪や私たち妖精から見た人間、博麗の巫女から見た妖怪たち。どちらも殺すことが当たり前、殺し合う力にこそ価値があった時代だ。

 いや、それは言い過ぎたかもしれない。昔の私は断片的にしか記憶を残しておらず、そういった部分からしか世界の在り方を推測するしかできないため、かなり血みどろな印象を持ってしまっている。

 とは言え倫理観が今よりもかなり薄かったことは、記憶の中から読み取ることはできた。少なくとも、昔の私は博麗の巫女や結界の内側にはそのイメージを強く抱いている。妖怪や妖精たちが殺され、生き返る様を見て忘れることを私は危惧したのだろう。

 だから残したのだ、自らの記憶を”頭”にではなく”体”に。これまでに幾度となく祓われて殺されてきたが、身体を消し飛ばされることは無かった。故に、これまでの私が体に刻み残してきた記憶が残った。

 自分でさえも邪魔だと感じる、大きな翼。自分でも鬱陶しく感じることがあるならば、敵からすればいい的だ。だから昔の私は翼をトリガーに選んだのだろう。目を引く羽根が破壊されることで、記憶がよみがえるように。

 固有の能力の使い方を思い出しただけではまだ倒すには至らない。同じ土俵に上がった段階だ。

 筋肉による物理的な腕力の関係も、以前と何もかわらない。鍔迫り合いとなれば押し負けるのは私だし、殴り合いでも体格の差は埋められない。異次元妖夢を殺すには接近が必須であるが、掴み合いに勝負を持ち込まれれば、負けるのは確実に私である。

 接近戦において様々なハンデが付きまとい、能力の数でも大きく後れを取っているが、それらがあったとしても負ける気がしない。

 今まさに薙ぎ払われようとしている観楼剣を前に、私は瞬間移動をその場で使用する。視線の方向から、大きく場所を移動しないことはバレているだろう。視界から異次元妖夢の姿が消え、瞬間移動の最中へと移行する。

 いつもならこの意識が途切れるような感覚はかなり短いはずだが、能力を自分で調節したことで、通常よりも少し長い。真っ暗な海の底とも思える暗闇を感じる。

 異次元妖夢は私が現れる時間に合わせ、頭を切断する速度で観楼剣を振っていた。そのタイミングはほぼほぼ完璧だっただろうが、こちらが時間をずらしたことで、刀が通過した後に小さなくぐもった空気の破裂音と共に、消えていた体が現れた。

「…っ…!?」

 異次元妖夢の驚愕が目に映る。それはそうだろう、これまで私は能力を最低ラインでしか使っておらず、いきなりこれまでと違った形で使い始めれば、対応するのは難しい。

 そして、一つ間違っていたことがある。身長が変わらないため、異次元妖夢との筋力差は確かに埋まっていない。どこからともなく技術が湧いてくるはずもなく、腕力の使い方もわかってない。

 だが、そうなると辻褄が合わない部分がある。鬼と言えば大げさだが、それに近い力を発揮していた。それを振りほどいただけでなく、硬い身体を貫通させた。変わったのは筋力ではなく、それを強化する魔力の質だ。

 どれだけ量があっても、質が悪ければ大した威力は出せない。逆に量が少なくとも、質が高ければ目を見張る威力を出せる。私が持つ魔力の質は、筋力をそのままに異次元妖夢の身体を貫通するほどの威力となっていた。

 昔の私はよくやってくれた。思い出したのは記憶だけではなく、魔力の在り方すらも思い出した。本来なら自分の魔力の質を高めるのは、使って理解を深め、身体に魔力を順応させて練り上げなければならない。

 今の私にそんな時間は無いのだが、それをせずして一気に魔力の質を高めることができたのは、道筋が既に記憶の中で出来上がっていたからだ。

 異次元妖夢の胸に爪を立てる。掴まれていた腕を振り払い、身体を貫通させた時よりも柔らかい。骨を砕き、その奥にある臓器に手を伸ばす。力強く拍動するそれは、生きとし生きる万物に共通の弱点である。

 殺せる確信をもって心臓を爪で切り裂いてみたが、異次元妖夢の焦りの無さから致命傷になり得ないことを何となく察した。爪で引き裂き、握力で握り潰し、念のためにズタズタの心臓を奴の体から引き抜いた。

 弾力が非常に高く、頑丈な動脈がなかなか千切れないが、爪で引き裂いていた部分から心臓自体が裂けた。動脈にくっついている心室側を残し、上室側だけを引き抜いた。

 全身から戻って来た血液や、心臓の周りを覆っている心嚢液が混ざりあった液体が胸に空いた穴からダラダラと漏れ出すが、一向に異次元妖夢の意識が途切れる様子はない。

 魔力を扱えるとしても、これだけ意識を保っていられる時点でおかしい。それどころか、胸の傷が徐々に塞がっていく。あれだけの致命傷をこの短時間で修復できる妖怪など聞いたことが無い。

 幻想郷で上から数えた方が速い幽香さんだってこれだけの速さで傷を修復することは難しい。これが、不死の能力。想像以上に厄介になる。

 こちらがどれだけ致命傷を耐えようが、その能力を使っている限りは、絶対に殺すことができない。例え命に届くであろう攻撃を与えることができたとしても、死ぬまでの短い時間で能力を使用されれば、関係なしに回復してしまう。

 前に、異次元妖夢を殺した時は、異次元幽々子の介入があった。不死の能力を使っていなかったのか使っていたのかは定かではないが、死を司る人物の能力で殺された。私たちが直接手を下したわけではない。

 だから余計に想像ができない。奴をどうすれば殺せるのかを。一つ案を上げるとすれば、奴が能力を使っていない時に一瞬で命を刈り取るという方法だが、これは難しい。むしろ、不可能に近い。

 私はいつ異次元妖夢が不死の能力を使い、いつ別の能力を使っているのかがわからない。多少の雰囲気の差はあるのだが、霊夢さんと戦っている魔女のように、鋭敏に感じ取れれば話は早い。だが、私にはその嗅覚は無い。

 異次元妖夢相手に、一瞬で殺せるだけの攻撃を何回も当てることはできないだろう。賭けに近い形で、貴重な致命の一撃を消費するのは自分の首を絞めるのと同意義だ。

「…」

 ごちゃごちゃと難しい事を考えていたが。

「…なんか、面倒くさいな……」

 血液を胸から垂れ流す異次元妖夢がこちらに切りかかってこようとするが、奴が振りかぶったころには刃の内側へと私は飛び込んでいた。

 攻撃の回避だけが目的ではない。異次元妖夢の伸ばした腕に触れると同時に、瞬間移動を使用した。お馴染みの、意識が途切れるのに似た感覚がしたと思うと、目の前には先とは全くの別な景色が映る。眼前に現れたのは、灰色に近い色の壁だ。

 人が作り出したとは思えない程に精巧にまっすぐ作られた物体は、少し頭を後ろに傾けると、私が両手を広げてやっと届くぐらい太い柱であることがわかる。遠目から見て分かっていたはずだが、予想以上に近くに現れたことで全貌がはっきりとせず、驚いてしまっていた。

 その柱には年月が経過した事で生じる古い亀裂は無かったのだが、今しがた発生した真新しい亀裂が走っていく。

 頑丈で、相当なことが無ければ壊れることがないであろう柱に、亀裂が生じると間を待たずして巨大化していく。ヒビが全体に広がると、崩壊は次の段階へ移る。

 内側に爆弾でも詰め込み、爆ぜさせたようだ。内側から柱が膨れ上がると、瓦礫を噴き出しながら瓦解する。

 コンクリートの柱はそれ単体で構成されているのではなく、中に鉄筋が組み込まれて強度を上げている。崩れていく柱の合間から曲がった鉄筋が見えるが問題はそこではなく、無機質な柱には似合わない、人の有機質な腕が生えている。

「がっ……!?」

 くぐもり、遮られたしゃがれた悲鳴は私が発したのではなく、異次元妖夢が漏らしたものだ。絞め殺される寸前に見せる、生物の鳴き声に似ている。絞り出したような、心が躍るあの声。

 普通なら、こんなに悠長にしている暇は無い。異次元妖夢の攻撃の内側とは言え、至近距離だ。懐に入られた際の剣術も存在するだろう。切られてもおかしくは無いが、異次元妖夢は柱に埋め込まれることを想定して刀を振っていない。もう少しだけ遊ぶ余裕がある。

 柱の瓦解が進み、中に埋め込んだ異次元妖夢の顔が見えた。鉄筋やコンクリートに締め付けられ、簡単には抜け出せないようだが、物理的干渉だけが出てこれない理由ではない。一番は何が起こっているのか全く理解できていないようだ。目を白黒させ、瞳を泳がせている。

 いい傾向。私の能力が大したことは無い、ただの逃げ回るだけの能力だと思っている人間が見せる表情。これで異次元妖夢は気が付いただろう、ただ逃げるだけの能力ではない事を。

 異次元妖夢が内側から柱を破壊して飛び出してくるが、その頃には私は後方に飛びのいている。奴の斬撃どころか、柱の破片にも当たらない。

「っ……くっ………あなたも、存外イかれていますね」

 異次元妖夢が訳の分からない事をほざき出した。どういう意図があるのだろうか、撹乱するためだとしたらお粗末な方法だ。友達を楽しそうに斬り刻んだこいつほどに、狂った奴はいないだろう。

 この時、異次元妖夢の吐息がかかる程に接近していれば、大妖精は気が付けたかもしれない。敵の瞳に移る自分の顔が、嗤っている事に。

 先ほどまでの怒りはどこへやら。怒髪天に達していた負の感情は、燻ぶる火種程も残っておらず、愉楽に包まれて犯されている。記憶を見た大妖精は気が付かない、嗤っている事に。気が付けない、楽しんでいる事に。

 最初に相まみえた時と、表情は全くの逆になっていた。異次元妖夢は緊張で口がへの字に引き攣り、大妖精は三日月のように口を裂いている。

 表情だけではなく瞳の動きや瞳が醸し出す色、雰囲気も全く異なる。太陽の畑で人質に取られた時や、チルノたちを斬り刻まれた時の彼女はそこにはいない。

 子供が新しいおもちゃを与えられたようだ。品定めをし、どう遊ぼうかを思考している。しかし、無垢な子供の純粋さなど微塵もない。憎悪に満ち満ちている瞳は、深淵の底と言っても過言ではない。ネジの外れた異次元妖夢だからこそ、まともに目を合わせられたようなものだ。

 魔力の質や能力の使い方など、記憶は今の大妖精に必要な物を授けてくれた。彼女には勝利する上では必須であったのだが、それで終わりという程においしい話は無い。これは開けてはならない、狂気を孕むパンドラの箱だった。

 




次の投稿は3/5の予定です。


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東方繋華傷 第百七十六話 深淵へ

自由気ままに好き勝手にやっております!!

それでもええで!
と言う方のみ第百七十六話をお楽しみください!!




ネーミングセンスがほすぃ。


 遠くで何かしらの音は発生しているが、近くでは自分の呼吸音以外に音は殆どしていない。静寂に近しかったが、金属や物が壊れる無機質な音とはまた違う、幼さの残る物静かな声が静かな空間を切り開く。

「無様もいいところ…」

 前方からだ。それが私に向けられているのは言うまでもないが、それにそぐわない姿をさらしている事で、否定ができない。

 激痛が右肩から感じる。焼けるように熱く、生暖かい体液が留めなく溢れてくる。右腕を動かそうにも、動かすことはできない。神経をやられたわけではなく、腕その物が肩から先にないのだ。

 血液を垂れ流す肩口に触れると、ズタズタの傷口に触れた。刃で切り裂かれた傷ではなく、腕を力任せに引き千切られた傷だ。

「っ……くっ……!」

 激痛は留まることを知らない嵐だ。暴風で傷を逆なでされているのか、いつまでも痛みが主張を止めない。痛みが引き始めたのは、老いることも死ぬこともない程度の能力により、腕が再生を始めてからだ。

 心臓が高鳴っているのを感じる。早く、強く拍動し、全身に血液を送り出している。何もしていない時の私の心拍数は分間80回程度だが、今の時点では倍以上の速度で心臓は弛緩と収縮を繰り返しているようだ。

 心臓が速く働く理由はいくつか挙げられる。病気などの疾患。通常とは異なる心理状態、運動などだ。

 今回は二つ目と三つめが当てはまるが、魔力を扱える者として大した運動はまだ行っていない。例え心拍数が上昇していたとしても、すぐに元に戻る範囲でしか動いていなかったはずだ。

 通常の二倍以上と言う速度で心臓が動いているが、戦いの最中であれば、割とその辺りまでは心拍は上昇していく。戦いを繰り広げていれば、そちらに集中が向き、心拍数ごときに注意など向かない。

 ならばどうして今回は心拍数などに気を取られているのかは、戦いがあまりにも静かだからだ。息をつく間もないような戦いをしておらず、異質な少女を相手に動くことができなかった。心拍以上に大きな音が発せられず、耳元で鳴り響いているように感じる。

 そして、一番大きく心拍数の上昇に携わっているのは、二つ目の例として挙げた通常とは異なる心理状態だ。

 交感神経や副交感神経などと一度は聞いたことはあるだろう。興奮状態のときには交感神経が優位に働き、リラックス状態では副交感神経が優位に働いている。

 これらは心理状態にも左右される。人に対する好意、敵意。今回の事例に対しては後者が当てはまる。しかし、その敵意は誘発され、自衛として湧き出たものであるため本物ではない。

 自分の意思で生み出した敵意ではなく、敵意を身の危険を感じて誘発させた物と言うのは、緊張だ。この私が緊張しているのだ。本能が、嗤う大妖精は危険だと訴えかけているが、逃げることのできない状況で敵意を向けることで自分を振るいだたせている。

 不死身に近い状態の私が、ただの小娘に。それも力のヒエラルキーで底辺に近い妖精ごときに気圧され、後れを取っているなど巫女やメイドたちに口が裂けても言えない。

 しかし、そんなプライドを優先している暇はない。本当に命の危機に直面しており、何百人もの剣士を葬ってきた私でも、この少女は化け物だと断言せざるを得なかった。

 殆ど体験したことの無い心情に困惑が隠せないが、いつまでも動揺しているなど、殺してくれと言っているようなものだ。

「…」

 数年かけて数百人の自分や妖怪たちと戦ってきたが、誰も私にこの心情を思わせるに至る人物はいなかった。

 私の命を掴みかけている好敵手の存在は、私次のステップへ引き上げてくれる。むしろ、この状況を私は楽しむべきなのだ。

「この程度で、勝ち誇ってもらっては困ります…こんなのかすり傷にもなりはしません」

 十数秒かけ、右腕を再生させた。妹紅の能力から、紫の能力に切り替え、スキマから残り少ない観楼剣のストックを引き抜いた。妹紅の能力に戻すのを忘れず、前方にいる大妖精を睨みつける。

 戦っている最中に、いくつか建物を破壊した。バラバラに砕けた破片のうち比較的大きい瓦礫、人間程度なら簡単に潰せそうな大きさのある建物の残骸に、妖精の少女は座っていた。

 無表情からは感情を読み取れないが、その瞳は多くを語っている。戦い始めた頃にあった敵としてこちらを見る目が無くなっており、どちらかと言うと者ではなく物を見る目だ。

 そこには軽蔑も侮辱はなく、復讐に燃える炎も灯っていない。あるのは、この戦いを楽しもうとする享楽だ。戦いの、殺し合いの快楽や悦びを謳歌する大妖精の瞳には、こちら側の人間と大差ない狂気が宿っている。

 海の底ともいえる冷え切った瞳であり、生半可ではない雰囲気を漂わせている。だが、私とて負けてはいない。死線を潜り、狂気の深淵ともいえる戦場を渡り歩いて来たのだから。

 腕を再生させる間、大妖精には私にさらにダメージを与えることができたのに、動かなかったのは瞳の通り、せっかくの戦いを台無しにしたくなかったのだろう。

「せっかくのチャンスを不意にするとは、随分と余裕ですね」

 観楼剣を構えると、刀を握ったままの引きちぎられた私の腕を放り捨て、大妖精は瓦礫から立ち上がった。スカートに付いた砂を払い落とし、ようやくかと待ちくたびれたと言いたげな顔をしている。

「ええ、これと言って特に」

 大妖精の言葉が途切れると、黒色の煙を残して消え去った。奴の瞳は私を捉えていたはずだが、距離があったことでその焦点距離まではわからなかった。

 しかし、大妖精が出現する場所を正確に捉えることができたのは、勘だ。奴が出現する前、声が聞こえてくる前に振り返り、感じる愉楽のままに錆の目立つ観楼剣を振り抜いた。

 私の勘は当たっており、くぐもった重い破裂音を発しながら大妖精の全身が現れた。確実にこちらの方が一枚上手だ。瞬間移動は移動する前の格好に依存する。直立でいた妖精に、かわすことは難しい。

「なっ…!?」

 瞬間移動の能力について、誤解をしていた。背中の羽を落とした時から大妖精の雰囲気が変わっていたが、これがきっかけであることを私は軽視してしまっていた。

 油断できない相手と言う意味では一切手を抜いていないが、能力の使用に関しての認識は以前と変わらないと踏んでいた。

 百戦錬磨の異次元妖夢だからこそ、そこに慣れてしまっていたのだ。数百の世界を滅ぼしてきた彼女の前に、強敵は必ず現れた。

 火事場の馬鹿力と言う奴で、命の危機感により普段よりも力を発揮する者は少なからず存在していた。これまでにない強敵に学習を重ねて強くなる者、怒りや復讐心で一時的に力を増す者。基本的な流れはその二つ。今回はいつものパターンに当てはまらない、こちら側の境地に参入することで、力を増させた。

 火事場の馬鹿力を発揮する経路が異なり、魔力の質がいくら変わろうとも、能力の使い方は変わらない。そう勝手に決めつけていた。

 不死の能力を選択すればほぼ死ぬことはなく、これまでの力を発揮した者たちと大妖精のきっかけを同列に考え、いつも通りにねじ伏せようとした。不意を突かれたとはいえ、これ以上遅れを取ることは無いと思っていた私の首元に、鋭い爪が食い込み、喉と下顎を丸ごと抉り取られた。

「問題は無いので」

 喉元の肉塊が近くの瓦礫に当たり、真っ赤な血液をへばり付かせた。向きを変えられるのはわかっていたが、姿勢までも変えられるとは思っていなかった。瞬間移動した時点で大妖精は私を引き裂く直前であり、刀を振ろうとしていた段階の私では到底追いつくことはできない。

「かっ……あがっ……!?」

 能力により、切り裂かれた首が再生を始める。その内に振りかぶっていた観楼剣を叩き込もうとするが、刀を握っていた手に感覚が無い。それどころか、首から下の身体に感覚が無い。

 動いていないはずなのに、見えている視界が僅かに前に進み、大きく手前に傾いた。私の意識とは関係なく頭が下を向こうとすると、髪の毛を手を延ばして来た大妖精に掴まれた。

 理解が及んでいなかった私に、蹴りが放たれた。型や動きの洗練が無い蹴りのはずだが、魔力の質が高まっているせいか、凄まじい勢いで後方に吹き飛んでいったのを空気を伝わって来た衝撃から感じるが、なぜか頭の位置だけ動いていない。

「……!?」

 最初の一撃で、首を落とされていた。遅れてようやく理解した私の頭を、大妖精は嗤ったまま見下ろしている。両側から挟み込んで抱えている手の力が次第に強まっていく。

「ほら、言ったでしょ?」

 指が食い込み、爪が皮膚を裂く。骨が軋み、眼球や脳などの臓器に圧力がかけられて潰れていく。潰れるような痛みではなく、頭を潰された痛みはこれまでに感じたことのある激痛の中で、トップに躍り出る激痛だった。

 運がよかったのは、痛みが持続することなく意識が途切れた所だ。失神したわけではなく、死亡したと判定されたのだ。

 不死の能力は身体が分断された場合、頭部が付いている方が優先的に再生されるが、頭部が何らかの理由で欠損している場合は、一番大きい肉体から再生が始まる。

 途切れていた意識が引き戻され、蹴り飛ばされて瓦礫にもたれかかる形で倒れている体から再生が始まった。目が見えなければ始まらず、右目を優先的に再生させた。

 目を開くと、私がいたであろう位置に手を血まみれにし、潰れた肉塊を持つ大妖精の姿が見える。数十メートル離れているが、肩を揺らして笑っているのが遠目に見てもわかる。

 目を治す過程で耳も治ったようで、彼女が大きく声を上げて笑っている声を鼓膜が拾う。それはそれは楽しそうに腹の底から大笑いし、何も映らない天を仰ぐ。

 体は再生途中で、頭からは血液か脳漿かわからない体液を垂れ流している。修復過程にも激痛は伴うが、それを上回る戦いの快楽に身を任せる。

 横たわっていた瓦礫を蹴り、上を見上げたまま嗤う大妖精へと観楼剣を構えたまま跳躍した。音を立てるなど初歩的なミスは侵さない。

 奴がこちらを見る様子はない。勝ったと勘違いし、笑みを浮かべるその顔を凍り付かせてやろう。無音の跳躍と移動、ほぼ完璧にやり切った。それに加え、遠くから寄せられる異様な殺気に自分の殺意を紛れ込ませ、嗤う大妖精へ接近した。

 精度の高い一撃。刀身から気流を発生させず、斬撃さえも気取られないように全身全霊の薙ぎ払いを少女へ繰り出した。頭部と、腹部を狙った二撃。一瞬のうちに二度振られた斬撃は空を切る。

 右、左と流れるような動作で行った斬撃は、大妖精が瞬間移動で消失したことを示す黒い霧を切り裂いただけで終わってしまった。

「っち…」

 当たることが望ましかったが、逃げ回る大妖精相手に易々と当てられると思っているのは楽観的過ぎる。だが、こうも空振りが続くと肉を切り裂く感触が恋しくなってくる。

 奴が逃げたであろう上空を見上げ、迎撃の姿勢に入ろうとするが、視界をどこに向けても大妖精の姿が入ってこない。

 どれだけ化け物的強さを持っていても形は人の体を成しているため、瞬間移動できる範囲は限られている。眼球だけを動かしてある程度は位置を変えることはできるだろうが、それも限られているはずだ。

 だというのに視界内をどれだけ探しても、少女の姿を見出すことができない。どこだどこだと視界を上下左右と動かし、妖精の姿を捉えようとするが、視線の先にあるのは建物に使われていたであろう瓦礫やガラス片が漂っているだけだ。

 予想した光景が目に映らず、その姿を探そうとした私の視界の端を緑色の繊維物が薄っすらと写り込む。フワフワと柔らかそうに揺れるそれは、大妖精の髪の毛だ。

 上に行ったと見せかけて、その場にタイミングを遅らせて瞬間移動したのか、上に行った後に折り返して来たのか。恐らく前者だ。

 上空に飛びながら攻撃をするつもりであったため、私は斬撃を繰り出す体勢になっている。首元へ目掛けて刀を押し出して横なぎの斬撃を放とうとした時、大妖精の瞳が横へずれていく。

 視線の方向は、私のすぐ後ろ。瞳の方向から移動場所がわかる能力を恨むんだな、これで息の根を止めてやる。自然と口元が嗤ってしまう。距離が近く、行く方向さえわかれば、こんな能力怖くもなんともない。

 一切の光を通さない真っ黒な煙を残し、大妖精の姿が見えなくなると同時に、彼女が居た方向ではなく自分の真後ろに向けて斬撃を放った。少し錆が目立つとはいえ、切れ味は人間の業物を超える。強化されていたとしても、妖精程度の肉体なら易々と切り裂ける。

 あっと驚いた大妖精の首が零れ落ちる光景が目に浮かぶ。私は大妖精が瞬間移動してから後方に振り返った。タイミングを計ることはできないはずだ。

 観楼剣を振り抜いた。止めることを一切考えないで刀を振り抜いたため、急に止めることができなかった。私の予想を大きく裏切り、大妖精が出現したと思わしき低い破裂音は、振り返った後の後方から聞こえて来た。

「なっ……!?」

「驚いた?私が移動できる方向は必ずしも瞳の方向とは限らない。そこに反射物があれば、反射先に移動することはできる」

 大妖精が言ったように、彼女が向いていた方向には瓦礫と、砕けたガラス片が漂っている。縦と横に五センチ程度の幅があるガラス片には、薄っすらとだが鏡のように私たちの姿を映していた。

 右腕と右足の付け根に炎でも当てられたのだろうか、火傷しそうになるほどの熱を感じる。目を向けるよりも先に、弾けだした血液が視界に飛び込んでくる。

 次の攻撃に受け身を取るか、こちらが今度は攻撃に転ずるか。選択肢があったが、そのどちらも実行に移すことができない。構えようとした腕、攻撃または防御で踏ん張らなければならない足、そのどちらも感覚が欠如している。

 大妖精の爪により、切断されたのだろう。地上であれば重力でバランスを崩していただろうが、無重力に近い状態であるため、痛み以外では気が付きにくかった。

「ぐっ……!」

 熱を感じたのち、遅れて激痛が波のように押し寄せる。アドレナリンが脳に作用しているらしく。激しい激痛ではあるが、何とか耐えられうる。

 無重力に近い空間では、切断した腕は放っておけば漂っていきそうだ。手持ちの武器が無くなってしまっているが、大妖精が後方にいるところで、不死の能力からスキマの能力に切り替えるわけにはいかない。

 観楼剣を握ったままの右手に左手を伸ばして刀を回収しようとするが、大妖精は切断された右手から刀をもぎ取ると、背中側から腹部に観楼剣を突き立てた。

 無機物の刀に切れ味の矛先を、特定の物体にのみ限定することはできない。銃のように撃つか撃たないかの選択は、刀にすることは難しい。たとえ得物の持ち主であろうが、刀は最大限にその効果を発揮する。

 根元まで突き刺さるのに、大妖精は大した力を込めることはなかっただろう。切られている側でもわかる程に、すんなりと刃が肉体を切り進む。

「がっ…!?」

 痛みを無視し、右腕と右足の再生を急ごうとするが、骨格の基礎である骨をちんたらと再生し始めた頃には、大妖精は次の行動に移っている。刺した観楼剣を横に薙ぎ、切れ味に物を言わせて身体を切断した。

 筋肉等で皮一枚つながった状態であるが、背骨を切断されたらしく足の感覚がどちらも消えてしまう。これでは再生に時間がかかる。

 魔力で少しでも離れて時間を稼ごうとするが、首元へ観楼剣を突き刺されると、ズタズタに切り裂かれた車両のある電車へ蹴り飛ばされた。

 蹴られた衝撃で筋肉が引き千切れ、下半身はどこかへ飛んで行ってしまった。重心が偏り、回転しながら飛んでいく私の腹部からは、遠心力で内臓が引きずり出されていく。

 四肢の殆どを失ってしまえば、体勢を立て直すことなどできるわけがない。顔から車両に突っ込み、金属のフレームを大きく歪ませた。

 半分飛び出していた内臓は衝撃に耐えられず、千切れるまではいかなくとも車両の壁に当たるとひしゃげて潰れ、真っ赤な血液の模様を生み出している。

「うっ…ぐっ……!」

 いくら不死でも、瞬間的に大量の出血を起こせば貧血を起こし、殴られれば頭が働かなくなる。ぼんやりとし、ハッキリとしなかった視界が回復を始めてクリアになっていく。すると、いつの間にか瞬間移動でこちらまで移動していたのか、眼前に大妖精の顔が映る。

「この程度で終わりではないわね?私をもっと、もっと楽しませてよ」

 並みの妖怪や人間ならこれで終わっていただろうが、今の私には不死の能力がある。当然この程度ではまだまだ終わらない。小娘が、調子に乗りやがって、後悔させてやる。

 奴を殺すと自分に言い聞かせ、回復の魔力を注ぎこみ、すぐさま失った半身を回復させる。首から血塗られた観楼剣を引き抜き、大妖精へ投げつけた。鮮血をまき散らし、回転する刀を大妖精は瞬間移動を使って回避する。

 そこまではいいが、次の瞬間移動先はどこになる。戦い始めたばかりの頃に、紫により撃ち出された車両は、攻防でフレームが歪み、ガラスは全て割れてしまっている。

 だが、周囲にガラス片は漂っていない。私が吹っ飛ばされた時に魔力の衝撃を放ち、吹き飛ばした。大妖精が向けた瞳の方向には反射物は無く、方向は特定できる。

 今度こそ反射もなく瞬間移動をしてくるはずだ。顔を近づけていたことで、瞬間移動先も制限されているため、チャンスだ。

 スキマから大妖精が向かうであろう後方に向け、観楼剣を残った左手で薙ぎ払った。こういう時、奴は後方に陣取る癖がある。今度こそ頭をかち割ってやる。

 車両ごと、大妖精を切り殺そうとするが、鈍い痛みは側方からやってきた。肋骨の間から指を肉体に差し込まれ、心臓を切り裂かれる。

「あはっ!!ハズレ!」

「あっ…くっ…!?」

 後方を見て、横に視線は向けていなかったはずなのに、なぜ大妖精の姿が横に現れる。もう、訳が分からなくなってきた。

「反射物は無機物に限らない。反射するなら液体でも何でもいい。例えば、瞳とかでも」

 私の眼球に映った側方の景色に向けて瞬間移動したらしい。シンプルで応用が利きやすいであるが故にかなり面倒な能力だ。

 意識が途切れるよりも先に、スキマの能力から不死の能力へ切り替え、失った四肢を再生させていく。

 胸を刺されたことで、気道内に侵入してきた血液が自然と口から洩れる。とどめようにも次から次へと溢れ、不死の能力が無ければ溺れていることろだ。

「げほっ…ごほっ…!!」

 息苦しさに加えて痛みでも目が眩みそうだが、私に触れている今なら瞬間移動では逃げられない。

 刀を逆手に持ち変え、心臓を貫いている手を左手で掴み、目の前の大妖精の顔を串刺しにする。攻撃も防御も瞬間移動に依存する彼女の事だ、攻撃ができなければ逃げに徹すると思われたが、逆に接近してきた。

 手元が狂ったわけではなく、思った行動を大妖精が取らず、振られた刀が空振りに終わる。耳を掠るが、致命傷には程遠い斬撃。

 大妖精の行動は極めて冷静で、大胆に私の攻撃を避けてくる。刀をすり抜けた彼女は私の耳元に顔を寄せると、音をできうる限り拾う役割を持つ外耳に噛みつき、無理やり引き裂いて食い千切った。

「っ…ぎぁ…!!」

「あはっ!…あははっ…!!あははははははははははっ!!」

 笑いながらも口にほおばっていた耳を吐き出し、掴んでいた左手の骨を砕きながら胸から右手を引き抜いていく。胸元にぽっかりと穴が開き、どす黒い血液が零れだすが、すぐに傷は塞がっていく。

 存外イかれていると思っていたが、予想以上だ。もしかしたら、自分以上かもと敗北的思考を巡らせそうになったが、すぐさま打ち消した。意気で負けて入れたら、それこそ勝てない。

「くっ……そっ……!!」

 だが、大妖精の能力はこれで終わりでないことをまだ感じる。私の本能が、魂が、名状しがたく胸をざわつかせる。奴が瞬間移動で消費する魔力量はわからないが、質が大きく変化している事から大した量は必要なくなっているだろう。

 それに加えて私はどうだろうか。不死の能力があるとはいえ、体全体を修復したりとなると大量の魔力を消費することになる。魔理沙が暴走した時にかなり魔力を消費し、大妖精を倒したとしても残った魔力で霊夢達を殺せるかと言ったら不安が残る量だ。

 すぐさま奴を斬り刻めることができる状況であれば話は別だが、その段取りはできていない。それに加えて、未だに何かを隠している事から、舐めてかかればこちらがじり貧で殺される可能性すら出て来た。むしろ、殺される可能性が現実味を帯びている。

 深追いはしないらしく、大妖精の姿が黒煙を残して消えると、少し離れた位置に出現した。私をジワジワと嬲り殺している事を感じているのか、口元に残る血液を舌で舐めとり、嗤っている。

 自分の置かれている状況がどれだけ芳しくないのかを、私はようやく悟った。具体的な血路も見いだせていない。絶望が後方からにじり寄ろうとしているのを、感じる。

「くっ…!……後悔させてあげましょう…自分の能力をそこまで開示したことを」

 胸の激痛に耐えつつ、大妖精が残した黒い煙を振り払いながら呟く。だが、ただの強がりであることを見抜かれているのか、彼女はクスクスと笑って見せた。

 不安の表れで強い言葉を使ってしまったが、逆効果だっただろうか。大妖精は薄ら笑いを止めることは無い。

「別に、全ての能力を開示したわけではないし、もし教えたとしてもあなたは思ったよりも弱くて問題はなさそうなので、大丈夫」

「弱い……私がですか…?」

 自分でもわかる程に、一瞬で怒りが頂点に達する。何を見出して、なぜいきなり魔力の質がガラリと変わったのかわからないが、こんな妖精ごときに雑魚と言われるとは私も墜ちたものだ。

 この付け上がる小娘を、今すぐに殺してやりたくなるが、この殺意は抑え込まなければならない。奴の言葉を信じるのであれば、まだ大妖精は瞬間移動には隠された部分があると言っている。未知数であるために、私が対応できない事象が起こった時に困る。

 それに、これまでには無い狡猾さが、今の彼女にはある。この煽りも作戦の範疇だろう。怒りに身を任せ、大ぶりの攻撃を誘っているのだろう。

「良い。あなたの内側をもっと曝け出してください……それでこそ、余興はもっと盛り上がる」

 先ほどの卑下に加え、更に怒りを煽情する。煽りにわざわざ乗る必要は無いが、表面上は乗ることにしよう。正面から奴を叩き潰し、余裕の表情を浮かべられないようにしてやる。冷静であることを気取られぬよう、歯を剥き出して歪め、大妖精を睨みつけた。

 私が怒りの頂点に達していると勘違いしている大妖精は、怖い怖いと肩をすくめて見せる。罠にかけたつもりだろうが、撒き餌に食いついたのはお前の方だ。

 この攻撃が最後のチャンスになるだろう。油断しきり、私を舐め切っている今なら、打開策の見えていないこの状況をひっくり返して殺すことができるはずだ。

 これまでのピンチ、魔女が化け物化した時に殺されかけたが、不死の能力があったためにここまで追い込まれることはなかった。

 魔力をほとんど使ってしまっている今は以前のようにはいかない。自分がどれだけ追い込まれているのかを再認識し、焦りからか汗が額から流れる。

 本当は能力を隠していないというブラフも考えたが、それはあまりにも楽観的過ぎる。あれだけの余裕、勘ではあるが見栄ではない。

 ブラフではないとなれば、奴は何を隠しているだろうか。不明な能力は、使われなければ存在を認知できない。焦りが妄想を呼び、妄想が不安を駆り立て、不安は恐れを招く。その連想ゲームをしてはならないと分かっているのに、思考の歯車を止められない。

 自分で自分の尻を叩き、不安を無理やりに頭から捻りだし、追いやった。呼吸を深く吐き、精神を統一。再生しきった身体で、自分ができる最大の技術を持ってして構えた。

 頭のてっぺんから、脚の先まで技術の髄を入れ込み、最後の攻撃へ身を委ねた。魔力で形成した足場を跳躍し、前進する。

 大妖精に構えは無く、瞬間移動で逃げるつもりなのは明白だ。だが、逃がさない。刀が奴に当たる遥か手前で、観楼剣を薙ぎ払った。空間を切り裂き、ピンクを主とする弾幕が放たれた。

 桜の花弁に似た弾幕が咲き、大妖精を捉えた。左右に避けながら舞い散る花弁をかわしている。更にもう一度、弾幕の密度を上げるために刀を薙ぎ払い、花弁を咲かせる。

 花吹雪と言える弾幕の雨、それに紛れながら私は前進した。更に弾幕で切りかかると見せかけ、離れさせて回り込ませていた火の玉状の形態をしている半霊を、大妖精へ突っ込ませた。

「ぐっ!?」

 大妖精の注意が、こちらから半霊へわずかながらに向けられる。最高のシュチュエーションだ。これ以上になく、ここを逃せば次に来る保証はない。

 いくら瞬間移動で逃げられるとしても、視覚外から来た攻撃には対応できないし、殺気に紛れさせた敵意は感じ取りずらい。これなら奴に、最大の一撃を叩き込める。

 反射だろう。視覚外からの奇襲により、大妖精は目を瞑ってしまっている。瞬間移動を行ったとしても、場所は今いるところに限定されるため、無謀に能力を使うことは無いだろう。

 これが経験の差と言う奴だ。大妖精、闇が渦巻くどす黒い汚泥の中を歩いたことがあるだろうか。暗黒のような深潭は、生きとし生きる者を狂わせる。この世は、この戦は、そこで生き残ってきたような連中が勝つようにできているのだ。

「あなたは、深淵の先を見たことがありますか?」

 奈落の底どころか、奈落すら見たことが無いような小娘が、形だけいっちょ前に狂って見せているが、その化けの皮を剥がしてやる。

 弾幕を放つ体勢は見せていたが観楼剣を薙ぎ払うことなく、刃を背中に背負う形で構えたまま、肩に担ぐ柄の頭で抜き出したスペルカードを叩き割る。

 殺意の花びらに紛れ、敵意であるここまでの行動は大妖精に察知されない。これから気が付いたとしても、もう遅い。抽出したスペルカードを最大出力で起動する。

「空観剣『六根清浄斬』」

 大妖精の周りを私と、私と同じ姿へ変えた半霊、魔力で形成した同じ姿の人形が高速で走りながら円を描いて囲む。走る速度は残像が残る程で、人数を五人に設定しているはずだがそれ以上の人数で走っているように見える。

 本来ならば、目くらましでの意味合いが強いが、顔に攻撃を加えたことで大妖精は目を瞑ってしまっている。どちらにせよ、姿を捉えられていないから変わらない。

 五人はスペルカードの手筈通り、示し合わせた様に同時に走っていた動きを止めると、その中心に居る大妖精へ向けて跳躍する。

 このスペルカードを受けた人間は、分身して撹乱する技に実体のある本物を探し出そうとするだろうが、当たる確率は五分の一である。また、本体自体を狙われたとしても、独立して動く残りの四体が技を受けた人物を斬り刻む。二重の保険を掛けたスペルカードだ。

 また、持っている観楼剣は全て本物であり、大抵の妖怪はこれを受けて絶命する。殺気と魔力の込められた斬撃は弾幕と組み合わさっており、先ほど私が見せた花弁の弾幕とは比べ物にならない範囲で花を咲かせる。

 人間を複数人取り込むことはできるであろう。それ程の大きさがある花弁の弾幕が爆発的に広がり、大妖精の姿を包み込む。斬撃と弾幕で既に彼女の体はズタズタに切り裂かれているであろうが、仕上げはこれからだ。

 スペルカードを放ったタイミングも、シュチュエーションも完璧だった。技はこれから山場を迎え、薄ら笑いを浮かべる大妖精に引導を渡す。

「きひっ…死ね、驕った罰を噛み締めて!」

 上空へ向けて跳躍しようとした瞬間に、自分の刀身が軽すぎることに気が付いた。視線だけを落とすと、握られている刀身が根元から千切れているのが見えた。

「は…………?」

 無重力状態により重さを感じにくく、気が付くのが遅れてしまっていた。それに、弾幕が放たれた音にかき消され、金属の砕ける音がしていたのを聞き逃してしまっていたのだ。弾幕の間から、五本の刀身が砕かれて粉々に散っていくのが見えた。

 思い返せば、切った際の感触も全く違う、肉体に当たっているはずなのに不明瞭な衝撃が混じっていた。

「くっ………そ……!!」

 見た方向に一瞬で移動する大妖精に対し、このスペルカードは最後の切り札に近い存在だった。他の単純なスペルカードでは避けられてしまうと考え、攪乱と目潰しの効果が期待できたからだ。

 しかし、結果はどうだ。あらゆる技術や思惑など、強力な能力の前にはひとえに風の前の塵だ。

「気が付いてなかったのね。私の瞬間移動は移動先に物体があるとき、移動される側じゃなくて移動する側が優先される」

 柱に埋め込まれた時の事を思い出す。内側にいる私には外の様子がわからず、大妖精が壊したのかと思っていたが、私の分の体積が周りに押し出され、自然と瓦解していたのだ。

 今回もそれと同じく、同時に薙ぎ払われた観楼剣と弾幕の上にその場の瞬間移動で現れたため、スペルカードではなく大妖精が優先され、弾幕と刀ごと全てを破壊したのだ。これが、大妖精の能力。使い方によっては、まさに無敵だ。

 刀が破壊されたとしても、プログラムは私の体を突き動かす。上空へ跳躍し、落下しながら攻撃を最後に放つが、これほどまでに振り下ろしたくない状況もそうない。

 飛び上がる前にダメージを与えられていれば、弾幕のカモフラージュで上空から落ちてくるのを悟られはしない。だが、第一弾の攻撃を完璧にかわされた事で、最後の攻撃は大妖精にとって恐ろしい物ではない。

 攻撃をかわして次に備える余裕がある分だけ、これほどまでに避けやすい攻撃もないだろう。プログラム通り、身を翻して体全体を下にいる大妖精へと向ける。

 視界の先には、こちらを見上げる大妖精が見えた。ピンク色の花に似た弾幕が咲き誇る中心におり、逃げることもなく私が落下するのをまだかまだかと手招きし、首を長くして待っている。

 足場を魔力で形成し、それを蹴り壊す勢いで跳躍した。馬よりも、弓より放たれた矢よりも早く落下する。この速度なら、奴の攻撃をすり抜けられるのではないかと思いたいが、奴に限ってもしもが無いのはこれまでの戦いからわかり切っている。

 刀身の無い刀を大妖精の頭へ目掛け、渾身の力で振り下ろす。十センチ程度しか刀身が残っておらずとも、当てられれば全体重を乗せた攻撃は致命傷になりうる。当たろうが当たらまいが関係ない、砕けかけている刀身を振り下ろした。

「はあぁぁぁっ!!」

 不安を掻き消す様に、私はあらん限りの力で咆哮する。まだ終わりじゃない、終わってない。

 当然ながら、見かけの覇気など彼女には通じるわけもなく、切った感触など手に伝わって来ない。だというのに血潮が弾け、肌や服を濡らす。

 大妖精の頭をかち割ったことによる出血ではない。頸動脈など動脈が通っている部分を切る以外で、弾ける程の血が出ること自体おかしい。

 瞬間移動で奴は自分の体を、私の上に重ねた。スペルカードの特性上、避けることも中断することもできないため、攻撃を合わせるとしたらここが一番ベストなタイミングだったのだろう。

「ぐっ……あああああっ…!!」

 私の伸ばしていた手は、刀ごと粉々に粉砕され、手首から先を失った。来ると分かっていたとしても肉体が弾けた激痛に、即座に対応することができない。

 激痛に呻き、肘から先を失った腕を抱える。大妖精に隙を晒してしまうが、その間に返り血まみれの大妖精も動くことは無い。

 痛みには慣れているつもりだったが、肉体が弾け飛ぶほどの攻撃を受けたことなどほとんどない。立て直すのに僅かながら時間を要した。

「この程度で終わりなら、余興にもならない」

 小さなスキマから、大妖精へ観楼剣を射出するが、光を通さない黒い煙を残して消えてしまった。破裂音からして、非常に近くに現れたようだが、姿を探し出せない。

 どこだと体を音のする方へ傾けようとすると、私を中心にして血や肉片が飛び散り始める。脳の理解を状況は追い越し、理解しきる前にそのまま上半身は下半身を離れて前のめりに進み始めた。

「っ……ああああああああああああああああああっ!!!」

「おもちゃとしての価値が無いなら、せめて私の耳を癒す歌でも歌ってくれるかしら?」

 彼女のいう所の歌は唱歌ではなく、苦痛に誘われて発せられる呻きや絶叫だ。笑う大妖精は眉一つ動かさず、爪で顔の肉を削ぎ落していく。ゆっくりと、私が苦しむように、パーツごとに分けて裂いた。

 眼球を抉り出され、舌は根元から千切られる。顔に削ぎ落せる部位が無くなると残っていた腕をへし折り、爪で斬り刻まれる。

 視界が見えず、次に大妖精が何をするのかわからなかったが、瞬間移動をした気配だけが伝わって来た。体の上に何か物体を重ねられたのか、体が弾け飛ぶような感覚がしたと思うと意識が途絶えていた。

「っ……はっ…!?」

 短くはあるが意識が途絶えた。意識を取り戻すと、体を再生させている途中なのか、胸部の辺りまでしか感覚が無い。体が弾け飛ぶような感覚がすると思っていたが、それが起こっていたのだろう。どこかにこびり付いた肉片から再生したのか、私の胸の下には血と臓物まみれの床が存在している。

「へえ…あそこから再生できるなんて…不死の能力は伊達ではないのね。でも、持ち手が使いこなせなければ腐るだけ」

 大妖精は腕にこびり付いていた血肉を払い落としている。笑みは零しているが、視線にこれまでのおもちゃを見る目は無くなっている。ただ静かに、冷徹に見下ろしていた。

「化け…物……め……!」

「そう言われるのも何百年ぶりかしら…」

 大妖精はそう呟きながら、歩み寄ってくる。再生しかけていた腕をもぎ取り、内臓がはみ出る腹部を足で潰した。

「あああああっ…!!があああああああああああああああああっ!!!」

 ここまで来ると生き地獄だ。激痛から逃げようと、身をよじる私を大妖精は逃がさない。踏み潰す腹部から足を上げ、肋骨を踏み抜いた。

 乾いた木が折れ、砕かれる音に似た破砕音がし、肋骨をつなぎ合わせる胸骨と左右合わせて24本の肋骨を全て砕かれた。

「あああっ………か…ぁっ……!!」

 叫びたくても叫べない。踏まれているからでもあるが、粉砕されて飛び散った骨片が肺に突き刺さっているのだ。出血により体液で肺胞が満たされ、呼吸しても酸素のやり取りが行えず、息苦しさは一層増していく。

 逃げようとする私を、大妖精は蹴り飛ばした。肋骨や肺の一部を踏んでいた足元に残し、後方へ逃れた。床を転がる内に魔力を注ぎこんで腕や胸を治し、這いずってでも逃げようとするが、脚の再生が追い付いていない事で、瞬間移動を使う妖精からは絶対に逃れられない。

「ぐ…るな…っ…!!…寄る…な……!…ばげ…もの……!!」

 生きることに逃げることに、無様にのた打ち回ることに必死だった。自分がスキマの能力を使えることを忘れ、近くに転がっている瓦礫や金属片を少女へ向かって投げつける。

「……」

 大妖精の目つきがまた変わる。玩具を見る目から、ゴミでも見下ろしているかのように冷めた物へと変わっていく。その冷たさに、瓦礫を投げつけようとしていた手が止まってしまう。

「本当…余興にもならない……。もっと面白い物が見られると思ったけど、こんなのとは思ってもいなかった」

 大妖精から放たれる殺気に、私は最早指一本すら動かすことはできなかった。蛇に睨まれた蛙とはこれの事を言うのだろう。あまりにも、実力差があり過ぎる。奴の雰囲気が切り替わってからは、戦いではなく一方的な処刑だ。

「人がその内側を、原始の感情をさらけ出すのは、自分に死が迫った時。受け入れられず笑う者、抵抗し激昂する者、自分の死を受け入れる者。それは百人百様だけれど、あなたほどつまらないのは本当に久々」

 大妖精は流暢に話しているが、口調には苛立ちからか荒々しさが垣間見える。それに対して返答することも、あらゆるアクションを取ることもできない。私に許されているのは、ただただ無意味に酸素を消費することだけだ。

「あれだけ楽しそうに私の友達を殺してた。どんな最後を視れるのか楽しみだったのに、面の皮を剥がせば、驕りに驕った異常に生に執着する只の獣……本当に退屈」

 千切られた腕や半身が回復していくが、逃げるために使うことができない。死の恐怖に打ち勝てない。

 本当の狂気、本当の絶望が小さな少女から感じる。幻想郷では容姿はあてにならないが、そうだとしても彼女は異質。頭一つ飛び抜けている。

「安い命…安い買い物だけど、私が何の妖精か、教えてあげる。メイドの土産にね」

 ここにいてはいけない。殺される。ぞっと鳥肌が立ち、死の危険を感じているが動き出すことができなかった。私にできることは———。

「あなたはエサ。……私が手を下す価値もない…」

 早く誰かに助けを求めないとこの少女に殺される。生きたい欲求ばかりが膨れ上がり、完全に戦意を損失している事に気が付かなかった。戦う意思など無く、助けを求めた。

「誰か……」

 私の言葉を遮るように、嗤う大妖精から大量の魔力が膨れ上がり、スペルカードを使用している事を示唆している。

「今の幻想郷に、当時の戦い方は無いから…昔の戦い方を教えてあげる。今のスペルカード風にしてね」

 彼女は小さく息を吸い込むと、周囲の魔力にスペルカードのトリガーとなる言葉を発していく。

「スペルカード」

 宣言した瞬間に、大妖精の魔力がざわつき、嵐が迫ってきているのを感じた。精神をコントロールされ、完全に掌握されている事で、私は茫然と座り込んでいた。

「幽々子様……」

 縋る様に、私は主の名前を呼ぶが、彼女の姿が現れることは無い。あらん限りの恐怖と絶望を感じながら、不明なスペルカードを発動した大妖精を見上げた。

 私にできることは、祈ることだけだ。

「神域『深淵喰殄絶』」

 




次の投稿は3/19の予定です。


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東方繋華傷 第百七十七話 塋域

自由気ままに好き勝手にやっております!!

それでもええで!
と言う方のみ第百七十七話をお楽しみください!



 昔、何年も前に私が使えている主に言われた。逸らすことなくまっすぐに、よどみのない瞳で、聞き間違えるはずのない透き通った声で。

「私を殺して欲しい」

 耳を疑った。あんなに楽しそうに過ごしていた彼女が、それとは正反対の事を言うとは思っていなかったため、初めは彼女が言っている事を理解できなかった。

 聞いた直後は何か冗談を言っているのかと思い、手を止めていた植物の手入れに戻ろうとするが、彼女の漂わせる雰囲気や瞳が冗談を言っていない事に気が付いた。

 死にたいと言う彼女に、そんなことを部下に頼む上司があるか。そう叱咤するが、薄い青色の着物を風ではためかせる幽々子様は、真剣にそれを望んでいる。

 冗談でもそんなことを言ってほしくはなかったが、冗談ならそろそろ笑って誤魔化してくると思ったが、そこから数秒経っても真剣その物の表情を崩さない。

「本気ですか?」

 自分でも嫌になるしゃがれた声で聞き返すと、幽々子様は思考の淀みも躊躇もなく二つ返事で返してきた。

「ええ」

 彼女は幽霊であるため、自殺という概念がない。だから、切れば霊を天に召す白楼剣に頼ったのだろう。誰かもわからない他人を斬るのとは訳が違う。実の家族よりも長い時間共に過ごしてきた、今やもう家族と変わらない存在だ。

 このクソほどに憂鬱で、殺す殺されの深淵たる世界に嫌気がさしたのだろうか。終わることのない最低の戦いを見ていられなくなったのだろうか。

「なぜですか?」

「理由は特にないわ。そう言われると、なぜかしら」

 決意の硬い意志とは裏腹に淀んでいる瞳を私に向け、首を傾げた。世界の狂気に当てられてしまったのだろうか。医者の存在しない、したとしても協力を絶対にしない状況でこれは弱みとなってしまう。

 だからと言って、このまま隠し通すことなどできる訳がない。私が切り殺さないと分かった時に、どう行動を起こすか予想がつかない。

「検討します…」

「具体的にいつかしら?」

「……。2日か3日ほど時間を下さい」

 そう呟くので精一杯だった。彼女自身はあまり納得が行っていないようだったが、了承して屋敷の方へと戻っていく。彼女が館に入っていくのを見送ってから、庭の手入れを中断して走り出した。手入れに使っていた器具を片付けず、その場に放り出す。

 霧雨魔理沙の件が発覚してから関係性が悪くなっているが、私ではどう頭を捻ってもわからないため、知恵を借りるとしたら紫さんしかいない。

 

「紫さんは、いますか?」

 こじんまりとした小さな屋敷。その玄関に出てきた式神に、所在を尋ねた。彼女も紫さんから話は聞き、関係が良くないことは知っているのだろう。前は笑顔で通してくれたが、自分の主人を殺しにきたのかと勘繰っているようだ。

「要件は私が伝えましょう」

 眼光が鋭くなり、私を紫さんに合わせるべきではないと踏んだらしく、キッパリと言い放つ。ちょっとやそっとでは、この答えを覆す事はできなさそうだ。

 腰の辺りから生える9本の尾。狐と同じ形をした耳が頭部から生えている。九尾の狐を媒体に憑けられた式神であるため、九尾の狐と変わらない戦闘能力をもつ。実力行使をしたとしても、紫さんもいるため私に勝ち目はない。敵意がないことを伝える事にした。

「命を狙いにきたのではないです。直接話したいことがあり、来ただけです。信用できないなら、刀を預けてもいいですよ?」

 腰に刺している観楼剣と白楼剣を鞘ごと引き抜き、藍さんに手渡そうとすると、玄関の奥にある茶の間の方から紫さんの特徴的な口調の声が聞こえてきた。

「大丈夫よぉ。そのまま通してくれるかしらぁ?」

 主人の決定だとしても、命を狙う可能性のある人物を通したくはないのだろう。渋っていたが、紫さんに早くと促されて渋々玄関を通してくれた。

 しかし、警戒はしたままであるため、私の背中にピッタリとくっつき、何かがあればすぐさま捻り殺すことができるように陣取っている。後ろに立たれるのは精神的に好ましくはないが、戦闘をしに来ているわけではないので黙って目を瞑る事にした。

「お邪魔します」

 靴を脱ぎ、廊下へ上がる。廊下は正面に伸びており、茶の間はその奥にある。木の床を歩いて部屋へ向った。襖は開いており、ドアを潜ると部屋の中央には背の低い机が置かれており、机を挟んで反対側に紫さんは座ってお茶を飲んでいる。

 紫さんの座っている場所から丁度対面となる位置の床には座布団が置かれ、机にはお茶と小皿に切り分けられた羊羹が置かれている。藍さんが座っていたのかと思ったが、主人を差し置いて式神だけがお菓子を食べるわけがない。一応話は聞いてくれるらしい。

「よく来たわねぇ」

「少し、話がありまして」

 後ろの式神の雰囲気が少し変わる。敵意が露骨になるが、魔理沙の件でないことは紫さんはわかっているようだ。特に表情も雰囲気も変えず、急須を傾けて湯呑椀にお茶を注いでいる。

 湯気の立つ湯呑に手は付けず、急須からこちらへ視線を移した。全てを見透かしているようにも、それが嘘で胡散臭さの漂う彼女の瞳と視線が交差し、私が話しを始めるのを待っている。

「幽々子様の事なのですが…ちょっと様子がおかしいんです」

「食べ過ぎで腹でも壊したのかしらぁ?」

 茶化すような事を紫さんは言うが、目や口元は笑っていない。次にどう切り出すのか耳を傾ける。私の考える理由等は抜きにして、先に結論だけを述べた。

「急に、殺してくれと私に頼んで来たんです」

 湯吞みを握ろうとしていた紫さんの手が止まる。狼狽える様子は見えないが、私が嘘を言っていないかを、その観察眼で見定めようとしている。偽りはないため、どっしりと構える。

「何時の事かしらぁ?」

「ついさっきです」

 紫さんが考え込むようなしぐさを見せ、沈黙が少しだけ間を支配する。止まっていた手を動かし、湯吞みを掴んで口元へと運んでいく。湯気が立つ熱湯を口に含み、食道を通して飲み込んだ。

「ふぅ……」

 一息ついてから、湯吞みに注がれているお茶をもう一口だけ飲むと机に置き、揺らぐ水面を見ていたが、こちらに顔を向けた。結論が出たようだ。

「春雪異変を覚えているかしらぁ」

「はい」

 忘れもしない。幽々子様が白玉楼にある西行妖を満開にしようとしたことで始まった異変だ。現世に春が訪れない事で発覚し、博麗の巫女達に解決された。

「おそらくだけどぉ…それが少し関わってると思うわぁ」

「あの異変が?…誰かが封印されてるからと言っていましたが、それと幽々子様がどう関係してるのですか?」

 今回の騒動で、幽々子様の精神が耐えられなかったのかと最初は思っていたが、死へ誘う能力を持つため、その辺には慣れている事で考えにくかった。そこで全くの違う方面から意見がかけられたため、すぐに思考が至らない。

「その誰かを考えたことはあるかしらぁ?」

「いえ、考えたこともなかったです」

 調べようにも外の世界の事を調べる術は私には無く、桜を切り開いて見てみようにも、封印は強固で刃を入れることすら叶わなかった。

「幽々子本人…そう言ったら驚くかしらぁ」

「へ…?幽々子様が?……」

 訳が分からない事を語り出したため、素っ頓狂な声で聞き返してしまった。部屋に通しはしたが私の話など聞くつもりがなく、からかって遊んでいるのか。お茶を飲む紫さんを睨むが、話の続きがあるのか再度話を始める。

「幽々子が幽霊になった理由を知ってるかしらぁ?」

「知らないです。以前に聞きましたが、生前の記憶は無いとおっしゃっていたので」

 私が知らないことは、想定内だったらしく、紫さんはゆっくりとかいつまんであの桜の木が咲かない訳を教えてくれた。

 大量の死を含み、紫さんでさえも手を出すことができなくなってしまっていた西行妖を、幽々子様の命を持って封印した。人を死に誘うようになった西行妖と人を死へ誘う能力を持っている幽々子様。親和性があったからできたことだと紫さんは言った。

 ここまでは前座であり、本題はここからだ。封印されたことで、命を糧に花を咲かせる西行妖が満開になることが無くなった。そのまま封印され続けてくれれば問題はなかったが、春雪異変にて、私たちが西行妖を僅かに起こしてしまったことが原因だと紫さんは言う。

「春を集めたことで…西行妖の封印が緩んだんだと思うわぁ。今の幽々子と昔の幽々子は性格が全く違かったけど…話を聞く限り今は昔に近そうねぇ」

 完璧に封印が解けたわけではないが、緩んだせいで封印されている生身の幽々子様と幽霊の幽々子様が共鳴し、思考が同調して生前に寄っている。そう紫さんは予想している。

「それでは、また封印すれば幽々子様は戻るでしょうか?」

「そんなことできるかしらぁ?生前の幽々子がもう一人いるならできるかもしれないけれど…ただの人間をいくら貢いだどころで前みたいな強固な封印を施すのは無理があると思うけれどねぇ」

 紫さんは、そう呟くと湯気の立つ湯呑を一口啜る。ふう。っと吐息を漏らすと、黙ってしまっている私に語りかける。

「どうするのかはあなた次第ねぇ。…あの子に前みたいに居て貰いたいのか…それとも望みの通りにしてあげるのかぁ」

「わかりません…でも、自分で主を切るのは…」

 白楼剣の柄に手を伸ばしながら、呟いた。村人の殆どが死んだ今回の異変、それだけの事をしでかして置きながら、今更一人の霊すら切れないとは情けない。

「その段階だと切っても意味ないわよぉ」

 スキマから自分の分の羊羹を取り出すと、添えられている菓子楊枝で一口大に切ると、刺して口へ運んでいく。

「…?意味がないとはどういうことですか?」

 私が聞き返すころには含んだ羊羹を咀嚼し終え、飲み込んだ。再度お茶を一口啜り、一呼吸間を開けて話し出す。

「死ぬ前よりも死んだ後の方が、幽々子としての期間が長いはずよねぇ。なのに生前の意思がそれを凌駕しているとしたら…幽々子としての核はもう木の下に埋まっている死体の方かもしれないからねぇ」

 霊としての幽々子様の存在があるのは、生前の彼女が不可欠である。もし紫さんの話が正しければ、今の幽々子様は西行妖の下にある死体から来る生霊に近い存在となる訳だ。

「……。ありがとうございました」

「よく考える事ねぇ」

 せっかく出してもらったお茶や羊羹をいただくのも忘れ、私は席を立っていた。後ろに立っていた藍さんの横を通り過ぎ、玄関へと向かう。

 靴を履き、扉を開いて外へ出た。お邪魔しました。その言葉を言うことを忘れる程に、幽々子様の事が頭の中で巡っている。

 私自身の意見を押し通すなら、幽々子様には白玉楼で元気にしてもらいたい。しかし、紫さんの言う通り幽々子様の意思を捻じ曲げる程に、封印される死体の意思が強い。本体がそちらと言っても過言ではなく、本当の幽々子様の思いを差し置いて自分の私欲を優先するなど、いかがなものだろうか。

 

 そこまで話し込んでいたわけではないが、紫さんの屋敷に付いた時間が遅かった事で日はすっかり落ち込み、辺りはすっかり暗くなっていた。

 白玉楼へと帰る足取りは非常に重く、脚を悪くした病人と変わらない位に遅い。どうするか悩みに悩む。どうするかなど、すぐに結論を出せる問題ではなく、頭を抱える。

 気が付くと白玉楼へ続く長い、長すぎる階段を上り終えていた。どれだけの時間をかけて登っていたのかはわからないが、かなり遅くなってしまっただろう。

 時計を持っていないため、時間が全く分からない。早く戻ろうと石畳を歩き始めるが、歩く足取りはやはり重く、屋敷に付くまでにまた時間がかかりそうだ。

「あら、妖夢。遅かったわね」

 まだ何も決めておらず、頭を悩ませる原因となった主に声をかけられた。迎えに来たというよりも、散歩をしていてたまたまその先に私が居ただけだろう。

「す、すみません。」

「大丈夫よ。それより、ご飯を作ってくれないかしら?ずっと待ってたから、お腹すいちゃったわ」

 特に怒っている様子はなさそうだ。月明かりでもわかる昼間と同じ目をした幽々子様は、屋敷の方面へ向き直ると満月を見上げながら歩き出した。

「♪~」

「幽々子様」

 口笛を吹き、こちらの気など全く留めない様子の幽々子様を呼び止め、私は質問を投げかけた。

「?…何かしら」

「……幽々子様は、本当に死にたいのですか?」

 何の捻りもない質問をすると、幽々子様はこちらへ向き直る。扇子でパタパタと自分を扇ぐ彼女は、葛藤など無い様子で肯定を示す。

「ええ」

「なぜですか?あなたほどの力を持つ人が、なぜ死にたいと思うのですか?」

 西行妖の封印は結果的に封印されただけで、意図して行われたものではない。死を操る幽々子様に、西行妖の死へ誘う効果は殆どないはず。なのに、桜の木の下で死んだ理由を私は知らない。

「力を持っているから、能力を持っていることがイコールで幸せじゃないわ。そう思ってる妖夢には、多分わからない。強さとか、弱さとかそういう事じゃないのよ。どう説明していいのかわからないけど……合理的か不合理かなんて関係ない。私にとって死こそ救済だったから」

「……っ」

 そこまで言われると、私には反論することができなくなってしまう。幽々子様は、どうしようもなく死へ渇望を抱いている。

「幽々子様は…死ぬことで救われるんですか?」

「ええ」

 何度聞いても彼女の決意は崩れない。親しんできた人物を切り殺すなど、絶対にごめん被る。けれど、奪うことが常となるこの世界で、殺すことがあなたを救うことにつながるのなら。

「わかり…ました………。私が…幽々子様を救います」

 何時になるともわからない約束。いつかは幽々子様を自らの手で殺さなければならない約束に、胸が苦しくなってくる。片手で数えられる程度だが、自分と同じ姿をした人物を殺してきた。それでも、身内を殺すのはまた別だ。

 私では彼女を変えられそうにない。私では、幽々子様を殺す以外での本当の意味で救えない。こんな形でしか助けることができない事実。その腹立たしさに、涙が溢れてしまう。

「ごめんなさい。妖夢」

 

 

 現実逃避か、走馬灯か。殺されかけている庭師には、どちらかを判断できるほどの思考能力を有していない。大妖精に肩を掴まれたことで、現実に引き戻された。

「神域『深淵喰殄絶』」

 瞬間移動する、あの意識が一瞬だけ途切れる感覚がしたと思うと、一人で見知らぬ空間にいた。呆気に取られているうちに最初に飛び込んできた情報は、ゴボッと水中を気泡がかき分けていくような音だった。

 音は様々な方向から聞こえ、音の正体を探ろうと見回すが、暗すぎる。暗すぎて何も見えない。目を塞がれているわけでも、目を潰されているわけでもない。

 自分の体は見えるのに、なぜか足元の地面すら見えない。目の前が壁なのか途方もなく何もない空間が広がっているのかすらも今の私には把握できない。

 何も見えないのが逆に怖い。今、大妖精が私の首元に爪を突き立てようとしていたとしても、当たるまではわからないのだから。

「っ……!」

 驚き、呆気に取られていたのも束の間。何をされるかわからない恐怖に支配された。握る刀が小刻みに震え、心臓がうるさいぐらいに拍動する。命の危機に緊張が高まり、額に浮かんだ汗が頬を伝う。

 どこからくる。何が来る。何をされる。こんな現象は初めてだ。自分が支配している世界に引き込むという、紫のスキマとやっている事は似ているのだろうが、その気配は全く異なる。

 雰囲気でいえば、あらゆる憎悪が蔓延する外の世界を煮詰めに煮詰め、凝縮したかのような濃密な空気の質感。広い外の世界では憎悪は分散し、希釈された空間しか体験したことの無い私には、未知の領域に踏み込んだ感覚だった。

 宣言されたスペルカードの名称から攻撃の形態をおおよそ掴むこともできず、いつ襲ってくるのかもわからない。一秒、二秒と時間が経っていくように感じるが、まだ一秒も経っていないかもしれないし、もう十秒は経っているかもしれない。緊張で時間の感覚が狂ってしまっている。

 未知の世界、未知の攻撃。先の見えない絶望に、恐怖に完全に屈していた。刀を構えるがその姿に覇気は無く、瞳に闘気は宿っていない。ただの抜け殻に等しい。

 絶対に私が幽々子様を苦しみから解放すると心に誓ったはずだった。例え、主に命じられたことによる誓いだったとしても、理を尽くそう。そう思っていたはずなのに恐怖の前には、絶望の前には、作られた体裁はあっけなく瓦解する。

「…っ……くそっ……!」

 むしろ、刀を構えたままでいるのでさえ奇跡だ。それほどまでに、自信やプライドと言う物を砕かれ、完全に戦意を喪失している。

 握っている刀を放り出して逃げ出したい衝動に駆れるが、この世界は大妖精が作り出したものであり、入れるも出すも彼女次第で逃げられない。どうあがいても八方塞がりだ。

 それに、どの方向に向かって立っているのかも分かっていない。地面とできる足場があるのか、それとも水平に浮かんでいるだけなのか。方向すらも割り出せていない中で軽率に動くのは避けなければならない。

 姿勢を維持できている事から普通に地面に立てているのか、それとも落下し続けているのかわからない。

 周りを見回し、何か認識できるものが無いか探そうとした時、後方から敵対していた大妖精の声が聞こえて来た。

「ようこそ、深淵へ」

「っ……!?」

 何も見えない世界が続いているはずなのに、大妖精の姿だけが視認できた。彼女の周りだけがぼんやりと光り、佇んでいるのが見えた。

 今まで姿が見えなかったことで、冷静さを何とか取り戻そうとしていたが、心臓を鷲掴みされでもしたのだろうか。拍動の速さが跳ね上がり、それに触発されて過呼吸気味に呼吸が早まる。

「まだ、この世界のすべてを見せたわけじゃないけど…深淵の入り口に立った気分はどうかしら?」

 そう尋ねてくる大妖精に対して私は何の返答も返せず、ただ黙ってしまう。喉に舌が張り付き、言葉を発せられない。進化の過程で手に入れた言語を話す機能を忘れてしまったのだろうか。

「この程度でそんなに震えてるなんて…よくもまあ、深淵を見たことがあるような事を言えたわね。人間が生み出せるのは欲望の入り混じる混沌まで、混沌は深淵の前日譚に過ぎない」

 この世界の主たる大妖精は、私が見てきた光景を否定する。こちらとて言われるだけではないく、否定し言い返したいが、反論の余地もなくそれが事実だ。

 これまでに体験してきたどの世界よりもどす黒く、怨嗟と憎悪が渦巻くここは、まさしく深淵をそのまま具現化しているようだった。

「そろそろわかったかしら?私が何の妖精であるか」

「………。深淵の妖精……」

 大妖精の質問に対し、私は時間をかけてゆっくりと答えを返した。その答えに対し、彼女は満足気に笑みを零す。

「そう、人間が抱く恐怖、厭悪、内にひそめる呪いから生まれた。…私が生まれたのは、幻想郷が生まれるよりももっと昔、気候変動や地形変動など自然の産物がまだ神の力で行われてると思われてた時代。空を、森を、海を、人は見えない物を恐れた。自然現象が一部科学的に解明されていたり、妖怪が普通にいる今では想像がつかないかもしれないけどね」

 そんなに昔からいたのか。なのに、なぜ正体がここまでわかっていないのかは、大妖精が発動したスペルカードの殺傷能力の高さを物語る。脱出し、逃げ切れる者が極端に少ないか、いないのだろう。

「深淵はどこにでもある。空、海、森、川の中や平地、家の中にも、あなたの後ろにだってある。私は普段、深淵から深淵へ移動してるだけ。」

 彼女が移動する前の空間に、黒色の粒子が残るのは、ここを経由するときの表れであるのだろう。その証拠に空間は限りなく暗黒でそこの見えない黒は、大妖精が残す黒煙と同じ色をしている。

「じゃあ、おしゃべりはこの辺までにして」

 大妖精が動き出す。逃げても出口など無いのに、私は大きく後方に後ずさった。元より逃がすことは無いだろうが、自分の能力をこれだけ開示したということは、逃げられない自信があり、逃がさない算段が付いているという事になる。

「本題に入りましょうか……」

 周囲の黒が濃さを増し、より深く潜り込んだ気がする。この世界に入り込んだ時のように、ゴボッと水中を気泡がかき分けていく音がする。若干の浮遊感を身体や内臓で受けたかと思うと、急に息苦しさが増す。

「墜下」

 水の中にいる感覚がしない事から、物理的に空気が入ってこないのではない。魔力が使えるただの生物が踏み入ってはいけない憎悪の掃き溜めの空気に、体が肺が吸い込むことを拒んでいるのだ。

「私も昔に比べて弱体化しちゃったなあ。前は一個師団位なら取り込めたけど…今じゃ手の届く範囲の人間しか引きずり込むことはできない。でも、魔力を扱えても動くことは難しいでしょ?」

 ここを海の底と形容するならば、水圧が高まっているとでもいうのだろうか。ぎっちりと万力で挟み込まれているように、指すら動かすことが困難だ。

 必死に動こうとしていると周囲に何かの気配がする。何もない空間が広がっていたが、地面から湧き出したかと思うと、重なり、おびただしい量の何かで埋め尽くされていく。

 周囲の漆黒とはまた違った色をしているが、深淵を満たす黒色の粒子に紛れて見えずらい。だが、紅い眼球がいくつもあり、怪しく光っているため骨格のおおよそがわかるが、何とも言えない。これまで見たことの無い形をしている。

「っ…なん……ですか…こいつら…!!」

 見るなと脳は汽笛を鳴らすが、好奇心とは違う引き寄せられる感覚に抗えない。目を凝らすと、体表は人間に近い質感だが、筋肉や血管が剥き出しになっているのが見える。

 体の構造が曖昧だったのは決まった形がなく、流動的に蠢いているからだ。真っ赤な目玉が体の各所にあり、そこの合間に大小さまざまな大きさと形のある口が不規則に配置されている。見るに堪えない、吐き気を催す見た目をしている。

 角度によっては口角を上げて笑っているように、口角が下がって起こっているようにも見える。どの口から発せられているのかは口の数が多く、折り重なって聞こえて分からない。

 哄笑する声があるが、純粋に笑うのではなく嘲笑が込められている。その他の大部分は焦燥感のある喊声、恨みを呪文のように呻く囁き声が占めている。

 それらの声は、どれも黒板を掻き毟る音のように、精神に働きかけて不快感を増大させる。耳を抱えて音を遮断したいのに、金縛りの如く拘束されている私は体を動かせない。

 カチカチと歯が打ち合わさったり、歯軋りする音もある。それらが恐怖や恨みを表す、負の感情の塊であることがおおよそ想像がついた。

 こいつらで私に何をしようとしているかなど、考えたくもない。先手必勝で周囲に現れた物体を薙ぎ払いたいが、この空間はそれを許さない。

「大抵の人間はここに引き入れた時点で頭がおかしくなるか、潰れて死ぬけど…ここまで生きているのも久々ね」

 今でも嵐のように化け物たちの声が響いており、精神がおかしくなりそうだったが、なってしまえばどれほど楽だっただろうか。

「うっ……」

 見ているだけで吐き気が込み上げる程に醜い容姿に、思わず口を押えてえずいてしまう。そうして隙を見せた私に、周りを囲む内の一体がこちらへ体を曲がりくねりながら進んでくると、俊敏な動きで私の腕を捥いだ。

 二の腕に歯を立て、千切り取る。刃で斬られる方がずっとましだろう、切るというよりも潰す役割の方が強いため、その分だけ腕に残る痛みは非常に強烈だ。

 生物としての機能があるのかはわからないが、体全体が流動し、拍動している化け物は卑下た笑い声を漏らし、いくつもある内の一つの口に食いちぎった腕を押し込んでいく。

 小型の化け物たちが千切り取った腕に殺到し、歯を立てている。食いちぎった新鮮な肉体をむしゃぶり、口周りを血肉と脂で汚しながら頬張る。

 骨を砕く音、肉をエナメル質の歯で潰す音。自分の肉体が咀嚼されて飲み込まれる様は、不快さでいえば何にも勝る者は無い。

「く……くそっ…!!」

 濃密な水に近い性質を持った魔力で周りを埋め尽くされているため動けないが、体の周りだけでも魔力で中和してやれば、拘束は続くだろうが動けはするはずだ。

 これだけ巨大な世界を維持するのには、相当量の魔力を食うはず。奴が自発的に解除するまで逃げきれれば活路は見いだせる。腕を治し、そこらにいる化け物たちを観楼剣で斬り殺しながら、逃げる。

 私の予想は一部当たっており、体の周りに魔力を散布し、周囲を取り囲んでいる大妖精の魔力を中和することで、指の一本すら動かせずにいた身体を動かすことに成功した。

 全快時から比べればカタツムリ並みに遅いが、動けない時に比べれば天と地ほどの差がある。

 あの絶望的な状況から、一筋の光明が見えた気がした。この世界の生成にも維持にも莫大な魔力を必要としている。見た所、周囲の化け物の動きは速いとはいえず、捕まりさえしなければ問題ない。

 曇天の隙間から陽光が指したと思った直後、自分の体に違和感が生じる。私は不死の能力を使っているはずで、本当ならとっくに再生し終えていてもおかしくないはずなのに、右腕は再生する兆しを一切見せない。

「何が起こって……」

「この世界は、負の感情を元に作られてる。感情を言い換えれば精神。精神を言い換えれば魂。魂は生物の根底として、根強く身体に浸透してる」

 最初に食いちぎった腕に夢中で、周囲で蠢く化け物たちは襲い掛かってくることをしない。だが、不死の能力がなぜか効かないため、いつ食い殺されるかわからない状況では生きた心地がしない。

「不死の能力は魂が変わることを嫌ってて、形が変われば戻ろうとする。肉体の元の形を決めるのは魂だから、あなたたちから生まれたノロマで醜いこの子たちでも、この世界にいる限りは魂にも干渉できる」

「…っ!」

 肉体を治すための金型である魂を、奴に食いちぎられたという事になる。こうなるとただの雑魚と言うわけにいかなくなる。差し伸べられたと思い込んでいたチャンスに、暗雲が立ち籠る。

 私の体に食いつこうと別の化け物が這い寄るが、落としていた観楼剣を拾った私の方が辛うじて早く、身体を切り裂いた。

 体長は私の身長よりも高く、脈動する肉体は丸々と太っている。大量の目玉が上部から突出しており、中部には白い歯をむき出しにする口が大量に並ぶ。体の下部からは大量の人間と同じ形をした腕が生え、見た目以上の速度で動き回る。口から金切り声に近い笑い声を上げていたが、切り裂くと笑いは悲鳴に変わる。

 それもまた不快なことこの上ないが、体を縦に半分にした程度では死なないらしく、下部から生やした手を激しく動かし、大量の眼球はそれぞれがあらぬ方向を指し、開いた口からは悲鳴や嗚咽が、閉じた口からは怒りを表す唸り声を発する。

 こんなのがあと何体いるんだ。ざっと見た限りでも両手で数えられなかったはずだ。大きさは今来た奴のように私の身長を超えるのも多いが、大部分は立った私の腰の高さまで行かないぐらいの大きさだ。だが、小さければ動きが速く、ノロノロと動く私の刀では捉えられない可能性がある。

 こんな奴らに食い散らかされるなんて御免だ。スペルカードで一掃しようとした時、大妖精の一言で私の腕に群がっていた化け物たちや周囲を取り囲んでいた化け物たちが、体の動きを止めた。

「顕現」

 何かに気が付いたようで、蜘蛛の子を散らす様に一目散に私から逃げていく。さっきまで食い殺すつもりだった様子とは一変しており、状況に頭が付いていけない。

 私の近くに転がる化け物を切り倒したのが効いたのかと思ったが、それにしては反応が遅すぎる。逃げるなら斬った直後のはず。

 顕現と大妖精は言った。一体何が現れたというのか。そう思っていると大妖精が静かになった世界で呟く。

「正餐」

 次は何が始まる。右腕から血液を滴らせ、左手で使い慣れたはずの重い観楼剣を握り、戦闘態勢を整えた。大妖精が何かをしてくる様子が無く、周囲へ意識を向けようとした時、後方に気配を感じた。

 これまでとはわけが違う。先ほどまでの化け物など赤子同然だ。恨み、呪い、敵意、殺意、それぞれの要素が入り混じった出来損ない。恨みにも呪いにも、敵意にも殺意にもなれない半端者たちだったのだ。

 これほどの憎悪など、私たちが起こした戦争ですら足元にも及ばない。真の憎悪、もしくは憎悪の化身。本物の深淵がすぐ後方にいる。背中などを向けている場合ではないのに、私は動けない。恐怖心に勝てない。振り向いたらそれで終わる。そう思える程に概念や存在の格が違う。

 ヒタッ…。ヒタッ…。

 それだけ重厚な気配、存在感を醸し出しているのに、その足音は繊細で弱々しい物だった。音から二足歩行であることは推測できるが、姿を想像することができない。

 もしかしたら二足歩行と勝手に思っているだけで、もっと悍ましい化け物かもしれない。想像が膨らむと余計に振り向くことなどできない。

「……」

 冷汗が止まらず、緊張のあまり歯がカチカチと噛み合わせられずに音を鳴らす。構えていた刀を取り落としそうになるが、すんでのところで握り直した。ただ、刀があったからなんだろうか。この鈍らが何本あったところで、不安を解消できるわけがない。

 混沌しか見たことがなく。狂い、狂気を支配していると思っていた仮初では、作られた狂気では耐えられない。現れた化け物の姿を見ることもなく、走り出していた。

 一秒でも早く、一メートルでも長く距離を開けなければならない。がむしゃらに、目的も忘れて逃げ出す姿に、歴戦の剣士の、気高き庭師の面影は残っていない。

「ひっ……あああああああぁぁぁっ……!」

 早く逃げなければならない。なのに、まるで夢の中にいるようで、足がもつれて思うように走れない。

 それどころか体を支えていた足が、その機能を放棄した。ガクンと体が落ち込み、ただの土ではない冷たい地面に倒れ込んだ。ぐにゃっと柔らかい感触がするのは、切り離された足がクッションになったのだ。

「うあっ!?」

 何かをされた感触も、接近された気配もなかったのに、切断された両脚だけをその場に残し、転がりながらようやく止まった。血で滑り、いつの間にか出現した奴と向き合う形で倒れることとなった。

 ヒタッ…ヒタッ…。

 歩調を変えず、ゆっくりと化け物は私の元にまでたどり着いた。うつむく視界の中に納まる奴の足は、人間のそれと全く変わらないように見える。

 指は五本並び、爪が指先を保護している。骨の周りを筋肉と皮下組織が構成し、さらに皮膚が覆っている。血管が浮き出ており、血色も悪くもないが、ある。皮膚の質感から皺までもが見られ、人間のそれと全く変わらない。

 ゆっくりと顔を上げてしまっていく。止めておけばいいのに、脚から足首、脹脛から膝、太ももへと視線を移した。そこまで見ているのにわからないものがある。奴の性別だ。

 人間のそれと全く同じなのに、初めて見るような感覚を覚えているのは、骨格の形が男女のそれとは異なっているからだ。中性的なイメージを受ける。

 蛾が暗闇の中で光を求めて羽ばたくように、その行為を途中でやめることができない。太ももから腰に移すと、股の間、性器が存在するはずの場所はただの皮膚で覆われて、何も存在しない。

 腹部から胸部へ更に顔を上げていくが、胸には乳房も乳首もなく、やはりのっぺりと皮膚に覆われている。

 鎖骨から、首、顎。顔に近づくにつれて見上げるスピードは目に見えて落ちていくのに、目の前に立つ化け物は、動くこともなく私が見上げるのを待っている。

 顎からさらに視線を上げ、顔を見上げた。顎まではきちんと皮膚が覆っているのに、それより上になると顔面ぶぶんには皮膚どころか筋肉すらなく、頭蓋骨がそのまま剥き出しになっている。

 乳白色の無機質な頭蓋骨は生気がまるで感じられず、二十八本の歯がずらりと並んだ口は堅く閉ざされ、鼻と目の位置にある空洞は、奥に肉体が無い事を示唆しており、これまでの化け物とは一線を画している。

 人間の恐怖と憎悪が生み出した化け物は、人間と同じ形をしているなど、皮肉もいい所だ。

 身長は立った時の私と同じぐらいであるが、弱弱しそうな骨張った中性な肉体からは考えられない威圧感は、不気味さを助長する。

 見上げたまま固まってしまい、見下ろしている化け物と目が合ってしまった。その空洞の奥には暗黒が広がっているが、それだけではない。

 蠢き、犇めき合っているのは。数十、数百、数千、数万、数千万にも上る、奴に取り込まれた人間の魂が垣間見えた。

 数年という短期間のスケールではない。何百年、何千年、何万年、何百万年という途方もない時間をかけて取り込まれてきた魂の形は、数万年前に新人として進化を遂げた現在の人間よりも猿に近い者まで存在する。

 様々な時代、人種の人間が数万年、数千年、数百年たっても解放されずに囚われていた。あらゆるものが異なり入り混じっているが、共通しているのは全員が苦しめられている。

 苦しみ、藻掻き、絶望に喘いでいる。発狂して狂うことも許されず、底のない無限の苦痛を、千古不易に味わっている。声のない叫びが、絶叫に身を切り裂かれているようだった。これが本当の、深淵。

 

「うああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 錯乱し、無様に喚き散らす異次元妖夢を、化け物は静かに見下ろしている。ここで彼女が発狂しなかったのは、既に化け物に魂を掴み取られていたのだろう。魂を操作され、狂うことができなくなっていた。永遠の、無限の苦痛を味わうために。

 全く動かなかった化け物が動きを見せる。指で異次元妖夢を指し、ゆっくりと中空を横になぞった。叫び続ける剣士に少しの間変化はなかったが、首と残った腕に一本の赤い線が描きあげられると、そこを起点に頭と首が切断された。

「あぎゃっ…!?」

 魂にアンカーを打たれ、囚われている異次元妖夢は、それだけの致命傷を受けたにもかかわらず、生きている。出血はしているが意識は保たれ、心臓も拍動を続ける。バラバラに斬られたはずの四肢の感覚すら残っている庭師は、困惑に思考が停止しかけていた。

「牟食」

 訳が分かっていない異次元妖夢をよそに、化け物は次の行動へ移る。閉じられていた口を開き、ゆっくりと閉じていく。

 転がっている異次元妖夢が、化け物の口が閉じていくごとに歪んでいく。まるで、上から非常に強い圧力をかけられているように。

「あが…あああっ…!!…や゛…め゛っ……!!」

 異次元妖夢の身体が悲鳴と共に潰れていき、化け物の上顎と下顎が合わさった瞬間に、垂れ流していた血液を地面に残して消失した。

 声の場所が変わり、化け物の口の中から異次元妖夢と思われる悲鳴が奏でられ、静寂そのものだった深淵世界を彩る。

「蒐集」

 化け物は咀嚼を続ける。パキッ、ゴリッ、普通の食物を摂取するにあたっては、絶対に発せられることの無いであろう咀嚼音が鳴り続ける。その度に異次元妖夢の悲鳴が漏れ出る。

「あ゛ぎっ……がっ…や゛っ……う゛っ…あ゛がっ…!!」

 歯と歯を打ち合わせていると、段々と声は弱まっていく。最後にはか細い声しか残らず、異次元妖夢と言う魂を噛み砕いた化け物が、彼女を飲み込んだ。

 異次元妖夢を取り込んだ深淵の使者は大妖精から離れ、闇に紛れて消えていく。最後まで弱々しい足取りで進んでいき、やがて素足の足音は聞こえなくなった。

 先ほどまで地面に残っていた血痕も、綺麗さっぱりなくなり、孤独の暗闇が舞い戻る。深淵の少女は虚空を見上げ、深淵世界を解除した。

「拭浄」

 暗黒一色だった世界に色が宿り、やがて深淵は薄まる。見覚えのあるスキマの背景が見え始め、現実世界へ大妖精が一人で帰って来た。彼女が深淵へ降り立っていた、唯一の証拠である大量の黒色粒子が霧散していく。

 居心地のいい重い世界から、澄んだ住み慣れた世界の空気に肺を慣らす。空がどちらの方面にあるかわからないが天を仰ぎ、吐息を漏らした。

 





申し訳ございません!リアルが多忙故に、投稿が遅れます!

次の投稿は4/2の予定です!


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東方繋華傷 第百七十八話 禍福

自由気ままに好き勝手にやっております!!

それでもええで!
と言う方のみ第百七十八話をお楽しみください!


二週間遅れてすみませんでした。


 そこらじゅうで爆発が起こっている。自然に起こった風や爆風に乗って戦場の焦げ臭さが漂ってくる。生き物の焼けるいい匂いや、プラスチックなどの石油化学製品が燃える不快な匂いが混ざる魑魅魍魎とした香り。

 そんな混沌としか言えない世界の匂いに、私は心を躍らせながら肺に空気を取り込んだ。これからもっと、凄い事に、酷い事になる。そう思うだけで笑いが込み上げてくる。

 それはそうと、まずは目の前の問題を片づけなければならないが、問題と言える程の事ではない。

「まさか、会話でどうにかなるとでも思ったんですか?」

 木の幹から生える枝に腰掛け、足を投げ出してプラプラと宙を遊ばせる。あれだけの啖呵を切っておいて、この程度とは笑わせる。

 聞こえているかどうかも怪しい所である。自分と姿形が瓜二つの敵が、ぐったりと地面に伏せたまま動かない。肉体的な戦闘能力差は天と地ほどもあり、奴に勝つ術はなさそうだ。

 同じ能力を持ち、手の内が完全にバレてしまっているのであれば、戦闘能力が高い私に軍配が上がる。

「……うっ……あ……が…ぁぁ」

 さっきまで息が止まっているように見えたが、息を吹き返したようだ。倒れる前に拳を叩き込んだのが効いたのだろう。引き攣り、痙攣していう事をかなかった筋肉の収縮が解消され、水を得た魚のように喘鳴し、呼吸を繰り返す。

「あらら、かわいそうに~。魚みたいに無様ですね」

 咳き込み、血を吐きながら正邪はゆっくりと立ち上がろうとしている。数秒かけて立ち上がり、腹部を押さえてこちらを見上げる。

 口の端には、血液が流れた跡が見える。相当なダメージを負っているようで、足取りは非常に重い。がっくりと膝をつき、咳き込んだ。

「そうは…思っていませんでしたが………まったく…話をすることを忘れるなんて、酷い有様ですね」

「そうでしょうか?暴力と腐敗は生物の根底にあるわけですから、ある意味では人間らしい行いと言えると思いますよ?」

 この世界を見ればわかりやすいものだ。法律が、ルールが無くなったらどうだろうか、皆暴力に走り、対話で解決を試みようとしている人物などいない。

 対話を行えるのは同等の力を持っている者同士か、利害が一致している時だけだ。私はこいつが自分と対等の人物であるとは思っていなし、特に利害が一致しているとも思っていない。力でねじ伏せない理由が無いのだ。

 能力は使うが、直接殴り合う接近戦への姿勢が乏しい。奴がプライドや自分の理論に現を抜かしている間に、殺してしまうとしよう。

 座っていた木の枝から地面に飛び降り、拳を握る。フラフラと立ち上がった正邪へ向け、拳を叩き込もうとするが奴の姿が消え、拳が空を切る。

 ひっくり返す程度の能力を使ったらしい。ひっくり返すと一言で言っても、様々な使い方がある。物理的に左右や上下ひっくり返すのか、感覚をひっくり返すのか。自分と相手の位置をひっくり返すのか。起点を別の場所に置き、ひっくり返すのか。

 今回は別の場所を起点に、自身の位置をひっくり返したようだ。起点はおそらく私で、鏡を返したように後方に移動している。

 逃げに回れると厄介ではあるが、全くもって大した問題ではない。自分で使っていてわかるが、ひっくり返す程度の能力は、攻撃的な能力ではない。炎や氷、剣術を扱ったりなどのように直接的に攻撃を及ぼさず、攻撃のチャンスを作るための能力と言える。

 後方に振り向きながら拳を送り出そうとするが、今度は重力方向がおかしく感じる。物理的に上下をひっくり返されたわけだ。この能力はコインの裏表のようなもので、裏にひっくり返されたのであれば表に直せばいい。

 反転した体を再度反転させて戻し、鬼人正邪へ拳を狂いなく叩き込む。腕でガードされてしまうが、数度の攻防でかなりのダメージを負い、衝撃を逃がし切れていない。

 打ち出の小槌で強化された私の攻撃を、小槌の魔力で強化されていない生身で受け続ければ、体にガタが来るのは明白だ。

 攻撃を受けている腕部の各所に、赤黒い痣が点在する。腕はボロボロで、まともに受けられる回数はそうないだろう。疲労で骨が折れるのが先だ。

 衝撃の方向を反転させ、威力を半減させてもなお魔力で強化された身体には多大な傷を作る。殴っている拳越しに、受けた腕が疲労と激痛で震えているのを感じた。

「くっ……っ…!」

 呻く天邪鬼の頭部を掴み、素早く地面へ叩きつけた。腕だけではなく、背中から反動をつけることで威力が倍増し、大抵の妖怪ならばそれだけで戦闘不能に陥る。

 何も考えずに行える動作であるはずなのに、掴んでいた頭部はついさっきまであったはずの地面に当たることなく空を切る。

「あれ…?」

 掴んでいる正邪が飛んだり跳ねたりしているわけではない。奴に突き飛ばされる感覚はしなかった。しかし、踏ん張りを効かせていた足をいくら伸ばしても地を踏むことができない。

 驚きのあまり、正邪を掴んでいた手を放してしまう。手を離した彼女は地面に向かって落ちていくというのに、私は浮き上がり続ける。空に巨大な磁石があるかのような感覚だ。

 空気の抵抗があっても、空へ向けて上昇していく身体に歯止めがかからない。何かしらのエネルギーを食らい、上空へと打ち上げられたのであれば、そろそろ上昇する速度が落ちてきてもいいのに、止まる気配がない。

 魔力を使い、自分の身体を上空へ押し上げているわけでもない。みるみる地上が離れていくが、魔力だったらこんな速度は出ない。空に向かって加速していくのに、違和感がある。

 体が浮き上がっているのだが、無重力とは違う。霧雨魔理沙が暴走した際に、出現した化け物が無重力の空間を生み出していたが、その動きとは差異がある。

 重力方向をひっくり返されたか。周りから見れば上昇しているが、私からすれば落下している。私に掛かっている重力方向をひっくり返すと上昇が止まり、今度は地上に向かって落下を始めた。

 上空へ落下し始めてから切り替えるまでに数秒を要した。物を投げた時の放物線と同じで、落ちるまでには同じだけの時間を要するが大した問題ではない。

 最大速度に達した身体を、地面に当たる直前に減速して降りた。降りると同時に、腰の位置を落とし、正邪へ向けて跳躍した。

 警戒していた正邪は、すぐさま対処しようとするが、打ち出の小槌の能力で強化された私からしたら、かなり遅い。ノロマな天邪鬼の頭を掴み、後方へ生えている木へ叩きつけた。

 衝撃の一部を反転させ、私の手へ返しているせいか、掴む腕が痺れる。威力も半減してしまって、奴の意識を上手く断つことができない。

 しかし、能力しか使わないと豪語している正邪に私を殺す術はない。ここは焦らずにじっくりと奴を追い詰める。顔を覆って掴んでいる腕を正邪が振り払おうとする素振りすら見せないのは、能力を行使することで頭を押さえている握力の方向を反転させたからだ。

 反応が一瞬遅れ、押さえ損なう。今更力の方向を切り替えたとしても、すでに手を振りほどかれた後だ。奴は振りほどくために掴んでいた手首を捩じり、今度は私を拘束しようと木へ押し付けた。

 こいつもわかっているはずだ。力でねじ伏せるのは、この力の前には全くの無意味だ。力の方向を反転させながら、腕を振りほどく。

 こいつは武術に対する技術を持ち合わせてはいない。武術に長けた人物なら、今の拘束で腕を潰されていてもおかしくはなかった。

 振り払った衝撃が強かったのか、正邪が予想よりも後方に吹き飛んでいたが、数秒とかからずに接近できる距離だ。

 そうら。必死に作り出した隙も、たった数秒で無に還る。大きく前進し、握った拳を放とうとするが、空振りに終わった。

「おっと~?…また逃げですか!」

 奴がかわしたことで攻撃が当たらなかったのではなく、私が後ろに下がったのだ。足に働く運動方向をひっくり返され、体が後方に戻っていく。伸び切った腕と正邪までの隙間が開いていき、正邪が逃げる次の手立てに移ろうとしている。

 即座に攻撃方法を弾幕へと切り替えた。魔力を込め、最大まで強化した貫通性の高い弾幕をぶっ放す。奴は軽くとは言え吹き飛ばされた直後、それも、私に能力を使っている段階では避けることは難しいはずだ。

 打ち出の小槌の力を使った一撃は、ただの魔力でしか強化を行っていない妖怪を貫くのは、実証済みだ。息の根を根を止められずとも、致命傷を与えることはできる。

 手先に集めていた魔力を撃ち放つと、弾丸に似た形状の弾幕が散弾のように散らばった。そのほぼ全てが正邪の体に当たる軌道にあり、全て当たらなくとも奴の戦力は削げる。

 例え対応できたとしても、一つ一つひっくり返している時間など無いはずだ。魔力が凝縮し、あらゆる物体に穴を穿つ弾丸は、その目的を遺憾なく発揮する。

 強化されてある程度の攻撃なら傷すらつかない肉体に、強化された弾幕は穴を穿つ。驚きで目を見張る。貫かれて潰れた腕からは鮮血を散らし、肩越しに背中まで貫通している。砕けた骨と肉体が弾け、地面に大量の血肉を飛散させる。

 弾幕はかなりのスピードで通過したのだろう、顔に血肉がこびり付いた。肉体を失った後に、遅れてやってくるのはどうあがいても避けられない激痛だ。

 反応が全くできないでいるのは、当り前だろう。正邪へ向けて放ったはずの弾幕は、なぜか私の体を撃ち抜いていたのだから。

「なっ……!?」

 確かに私は弾幕を奴に直撃する軌道で放ったはずで、腕一本か二本分しか離れていない近距離であれば、まず外すことは無い。

 奴に弾幕の軌道をひっくり返されたのではない。そうすれば、逆転してこちらへ帰ってくる弾幕が網膜に映るはずだ。なのに、私は気が付いたら弾幕を食らった後だった。

 血潮が飛び散る合間から、無傷の正邪が見えた。何度瞬きしても風穴が開く様子はなく、こちらを睨みつけている。自分で自分を撃ち打ち抜いたという事実に、その激痛をひっくり返して無効化するのも忘れてしまった。

 鋭い刺す激痛は、潰れた腕全体から発せられる。それが久々の損傷であり、慣れない痛みは私の意識を飛ばしかけた。

 不意打ちに近しい攻撃で、薄れゆく意識を能力で鮮明にひっくり返し、首の皮一枚でつなぎとめた。

 失神を免れた私に、一気に襲い掛かるのは弾幕を食らったことによる衝撃だ。後方に吹き飛び、背中から落下する。頭が空っぽになっている状態では、ひっくり返す程度の能力も使うことができなかった。

 隙。これ以上に無い程に、私は無様と言う他ない姿を晒している。他の妖怪、博麗の巫女が相手なら、吹き飛ばされた瞬間に殺されていただろう。

 だが、致命傷に近い怪我を負わせてきた当の本人には、私を仕留める手立てがない。暴力に訴えかけないと言っているという事は、止めを刺さないと同意義である。

 くだらないプライド。それで私を殺し切れると思いきっている驕りに今回は助けられた。いや、助けられたのではなく、助かったのは必然的とも言える。これが命取りになるというのに、馬鹿な奴だ。

 先の弾幕。あれは私の油断が生んだことによる事象に過ぎない。こんなのは大したことは無い。集中を途切れさせず、奴のように奢らなければ二度目は無い。

 二回か三回ほど転がり、ようやく地面に横たわった。ひっくり返す程度の能力で意識を失うことはなく、殺される心配もないため、倒れていた体をゆっくりと起こした。

 損傷の具合を確かめるため、弾幕を受けた右腕を見下ろした。弾幕を受けた瞬間に、自分の肉体と思われる肉片が飛び散ったように見えていたが、間違いではなかったようだ。

 肩から手先に向かう程に身体の損傷は酷くなり、攻撃がより集中していた手の原型は無くなっている。

 手首から二の腕まではまだ損傷は少ないが、複数の弾幕が通り抜けたことで、原型こそ残っているが、大部分の砕けた骨と引き裂かれた肉体が露出している。

 まっすぐに伸ばしていた腕に重なる形で弾幕が通過し、肩に大穴を開けられたことで、千切れかかっている体は腕と呼べる代物ではなくなっている。

 しかし、それだけの重傷を負っていたとしても、私の優位性がひっくり返ることは無い。なぜならそれだけの確信と、奴とは違う強力な地盤を築いて来たからだ。

 戦闘が始まった時点で、その勝敗は決している。状況次第でひっくり返ることも少なくは無いが、奴は自らひっくり返すことを放棄した。

 打ち出の小槌で強化された魔力を、ぐちゃぐちゃに潰れた腕へと通わせた。何日も時間をかけなければ治らないような損傷が、見る見るうちに再生を始めていく。

「……っ!?」

「いや~、暴力を振るわないというのは、とても美しい理想ですね~。ですが、何もできやしない弱者が掲げたとしても、薄っぺらいただの綺麗ごとでしかありません」

 急速に治っていく腕を見て、対峙している正邪の表情が変わる。今のが最初で最後、絶好のチャンスであったことを察したらしい。

 今更気付いたところでもう遅い。中身のない理想しか抱けず、甘ったるい考えしか浮かばないこいつは天邪鬼には程遠く、恥さらしだ。

 そのまま美しい嘘だらけで形だけの理想に陶酔し、愚か者の錘と共に溺れながらに死んでいけ。

 再生した肉体を最大限に活用し、迂回するつもりなど無く真正面から跳躍した。奴は能力で私の動きをひっくり返そうとするが、予想よりも早く正邪の元へと到達したことで能力の使用に至らなかった。

「っ……はやっ…!?」

 考えもお粗末だが、能力を使う事に関しても未熟だ。こいつは目を白黒させて反応が遅れていたが、特に驚くことはしていない。ひっくり返す程度の能力は、何も鏡のように力を入れ替えるだけではない。

 物体を押している時、物体からも押されている作用反作用と呼ばれる現象がある。走る脚と地面の間でも起こっており、地面を踏みしめて前方に押し出す力と、同じ分だけ地面に力が加わっている。その反作用のみを反転させ、前方に進もうとする作用の力に反作用を重ねた。

 倍とまではいかずとも、奴の予想を大きく裏切る速度となった。流れの乱れは対応の遅れを促す。前進した力を使いながら、迎撃体勢の整っていない奴に拳を叩き込む。

 脇腹に拳を抉り込ませ、天邪鬼を吹き飛ばした。筋肉や脂肪など柔らかい部分とは違い、肋骨の硬い感触を感じる。肺や心臓を保護する役割のある肋骨は、かなりの強度を持っており、強化されていれば数百キロの衝撃にも耐えうるが、今回はそんな丈夫な骨が拳のダメージで数本折れたようだ。

 今までのダメージとは違う苦悶の表情は、ひっくり返すこともできず、まともにダメージを受けたことを示唆している。他の世界いる自分を倒すというのは、こんなにも簡単だとは思わなかった。

 受け身を取ることも、魔力で体を浮かせて体勢を整えながら着地することは無い。地面を跳ね、木に叩きつけられたまま動かない天邪鬼の元へゆっくりと歩み寄っていくが、骨が折れたことと激痛の波にのまれているのだろう。浅い呼吸を何度も繰り返し、胸を押さえて蹲っている。

「どうですか?このまま戦って、勝てそうですか?素敵な信念は役に立ってそうですね~」

 倒れたまま動かず、痛みを引かせようと荒々しく呼吸する天邪鬼の首を持ち、木へ叩きつけた。木が歪むほどに押し付け、正邪に力の差を見せつける。

 徐々に首を絞める力を上げていくことで、気道の通り道が狭まり、呼吸のたびに喘鳴している。掴んでいるのとは逆の手を掲げ、どこでもいい、殴りつける。

「さあ、殺して見せてくださいよ。ほら、ほら!」

 殴るごとに天邪鬼の顔が血で濡れていく。口や鼻の粘膜が切れているようで、初めは口や鼻周りだけだったが次第に皮膚が裂け、額や頬からも血が滲む。

 血だけではなく痣も増え、見るに堪えない酷い顔になっていく。まだまだこの程度では終わらせない、顔の原型がなくなるまでぐちゃぐちゃに捻り潰してやる。

「っ…ぐっ!」

 顔を潰すために振り下ろしていた拳が奴の能力で急激に後退し、一時的とはいえ大きな隙を晒すことになる。殴られる最中で、抵抗する意思が見えないと思っていたが、タイミングを計っていたのか。

「私は何を勘違いしていたんでしょうか…おかげさまで目が醒めましたよ…っ!」

 能力を除いて、正邪からの初めての反撃だ。握った拳を私の先ほどあれだけ暴力を振るわないと謳っていたが、こうもあっさりと意見をひっくり返してきたところを見るに、やはり嘘だったか。

 崩れ落ちていた体勢から上へ拳を振り抜く一撃、当たったとしても大してダメージはないが、当たる必要はない。上への攻撃に集中している正邪の脇腹へ弾幕を叩き込んだ。

「うっ…あぁっ……!?」

 避けることにお向きを置いていたことで、致命傷を与えることはできなかったが、弾幕が身体を貫通した。穴が穿たれ、正邪の姿勢が大きく崩れた。拳は虚空を切り、何にも当たることなく腕が伸び切った。

「私も心苦しいんですよ~?弱者をこうして殺さないといけないなんて」

 血が溢れる、ぽっかりと開いた腹部の穴を押さえ、天邪鬼は膝を着こうとする。この程度では終わらせず、防御するしぐさすら見せない彼女の顔面へ横から拳をお見舞いした。

 立て直し、拳の進む方向を反転させることができなかったのだろう。まともに真正面から振られた拳に顔が跳ね、頭に釣られる形で正邪が吹き飛んでいく。

「あぐっ……っ……」

 満身創痍。後、一手か二手と言ったところだろう。私の攻撃で死ぬのが先か、それとも奴の心が折れるのが先か。

 私にとってはどちらでもいいのだが、後者であれば楽しいのは明らかだ。どう化けの皮が剥がれるのか見れるのであれば面白そうだ。

 そう思いながら倒れ込み、朧げな瞳で迫る私を見上げている正邪の方へ歩みを進めていると、足元に紙切れが落ちているのが見えた。

 手のひらに乗るぐらいの大きさの紙は、文字が書かれた更半紙ではなく、特殊加工されてそう簡単には色褪せず、破れない写真のようだ。

 砂などがこびり付いておらず、風化していない様子から落として間もないだろう。私は写真なんてものを持っていない。この周辺で誰かが争った形跡もないため、今しがた吹き飛ばした正邪が落としたものか。

 立ち止まって拾い上げ、誰が映っているのかを確認しようとすると、正邪が手を伸ばして制止するが、距離が開いていて全く届かない。

 裏面が見えていた為、裏返すと現像された写真が目に入る。その人物には覚えがあった。思い出そうとしても、もうずいぶんと前の事で顔もよく思い出せないが、こんな顔をしていたか。

 白い歯を見せ、屈託のない笑顔をこちらに向けている針妙丸の写真だ。前の会話では、まるで自分は針妙丸を大切にしていると言いたげな言動をしていたが、随分とキャラ付けが凝っているな。

 だが、どうせ嘘なわけだし、どうでもいいか。片手で持っていた写真を両手に持ち変え、おもむろに引き裂いた。この弾幕が飛び交い、爆発が起こっている世界の中で、紙の破れる音と言うのはよく耳に残る。

 爆発や怒号に慣れてしまっている耳に、無機質な紙の音は非常に場違いで、朧げな正邪の耳にもしっかりと届いたようだ。

 写真を真っ二つに切り裂くと、ボンヤリと焦点の定まっていない正邪の瞳に光が戻り、こちらが何をしているのかを悟ったようだ。彼女の瞳が怒りに満ちていく。

 これ以上こちらが干渉せずとも、そのまま気絶して無意識へ落ちていきそうな気配だったが、どうやら引き戻したようだ。早く決着をつけるのには、逆効果だったようだ。

 貫いた腹部からは血を滲ませながらも正邪は立ち上がり、こちらへと敵意を向ける。確実に戦う意思は、牙はへし折ったと思っていたが、いまいち足りなかったらしい。それでも貫かれた腹部を回復させることもできておらず、敵になりうるだろうか。

「…っくそ……野郎ですね…!」

 いやはや、ここまで来ると奴の嘘の演技を貫こうとする姿勢には、天晴と言う他ない。自分の命よりも嘘が勝るとは思ってもいなかった。

 本当に写真を破り捨てたことを怒っているようにしか見えない気迫があるが、張りぼての怒りなど取るに足らない。すぐに化けの皮が剥がれるだろう。本物だろうが、世迷言だろうが、関係ない。これで終わりだ。死にぞこないを死へ送ってやるとしよう。

 捨てた写真を踏みにじり、正邪へ向けて歩みを進めようとすると、腹部から血を垂れ流す正邪の顔が一層険しくなり、歯を噛み締める。

「人はそう簡単には変われません…天邪鬼は、どうしたって天邪鬼にしかなれません………。実現できやしない、体裁は…捨てる…!」

 私よりも先に、今度は正邪からこちらへ歩み、忌み嫌っていると豪語していた暴力を振るうために向かって来た。その考えになるのには遅すぎたし、戦力の圧倒的な差にしても戦いが始まった時点でこいつの負けは既に決まっているようなものだ。

 私を殺すための計画や、裏をかく狡猾さが見えない。ただ己の感情に任せ、怒りに身を委ねた半ばやけくそに近い。口の端から垂れる血を拭うこともせず、拳を私の顔へ叩き込もうと振りかぶる。

 その動作だけでも、こいつがこれまでに肉弾戦を一切やってこなかったことは、手に取るようにわかる。不慣れで蠅が止まる程に遅い拳を払いのけ、怒りをむき出しにする正邪の顔面へ拳を叩き込んだ。

 ただの人間なら、顔面の骨が砕けて陥没しているだろうが、強化された肉体はせいぜい鼻が折れる程度にとどまり、衝撃で顔を上へと跳ね上げさせた。

「ふぐっ…!?」

 今ので体勢が大きく崩れた。進む意思があったとしても、体が付いて行っていない。殴ってくださいと言わんばかりの腹部や胸に、数度拳を叩き込んだ。

 膝が折れ、前のめりに倒れて来た天を仰いでいる正邪の顎へ更に拳を送り出す。受け止めたり避ける動作などあるわけがなく、拳を打ち込まれると地面へ膝から座り込んだ。

 顎を殴る前は倒れまいとする抵抗が見られたが、殴った後にはそれがない。完全に牙を打ち壊したと言っても過言ではないだろう。

 だが、これだけやられたとしても地へ突っ伏さず、座ったままの姿勢を維持しているのは抵抗の表れだろうか。その精神は評価するが、いくら抵抗したとしてもこれで終わり、頭を潰してお仕舞いととしよう。

「さあ、死ね」

 初めて自分と同じ姿をした者を殺すが、存外呆気ない物だ。これまで殺して来た者と同じく、頭を叩き潰してやる。拳を掲げ、気絶しかかっている天邪鬼へ振り下ろした。

 意識をほとんど失っているため、これまでのように衝撃の反転や避けようと受け流す行動ができない。打ち出の小槌で強化された拳をまともに食らうことは、すなわち死を意味する。

 こいつを殺せば、後は世界に混沌を巻き起こすだけだ。自分と同じ姿の人物を殺すよりも、霧雨魔理沙を暴走へ導くだけの簡単な仕事になるだろう。天邪鬼の額へ、拳を叩きつけた。

 鈍い音、確実に正邪の頭部を捉えた感触。頸椎が折れるでも、頭が潰れるでも何でもいい。そう思いながら渾身の力で振り下ろした腕を持ち上げるが、ボロボロの天邪鬼にダメージが加わった様子はなく、浅く呼吸を繰り返している。

「あれ?」

 当たり所がよかったのか、それとも、こいつにまだ能力が使えるだけの意識が残っているのだろうか。

 いや、後者はない。衝撃方向をひっくり返されたのであれば、手にダメージが少なからず来るはずだが、それがない所を見るときちんと奴にダメージを与えられているのだろう。殴った時に頭が傾き、衝撃が逃げてしまったのだろうと結論付けた。

 次こそ確実に仕留めよう。首の骨を折るため、今度は喉元に向けて拳を振り下ろそうと拳を掲げ、正邪が意識を取り戻す前に振り下ろした。

 今度は外さないし、殴った際にこちらに帰ってくる反作用もひっくり返して威力を高め、確実に首をへし折ってやる。首だけではなく、頭もまとめて砕けるように打ち出の小槌での力を最大限に発揮し、正邪の顔を叩き潰した。

「……くひっ…!……あ?」

 どんな形であろうと、奴を殺した。それを殴る前に確信できるほどに魔力を使ったはずだったのに、一度目に振り下ろした時よりも打撃音に覇気が無く、生物を殺した時の威力を感じられない。

 血肉が弾けておらず、首の骨が折れる音や感触もない。知らず知らずのうちに、衝撃を反転されたのかと思ったがそうではない。徐に叩きつけていた腕を上げようとするが、腕が言うことを聞いていない事に気が付いた。

 持ち上げようとしていた腕が逆にずり落ち、私の肉体を離れて地面へ落下した。水の混じる音を響かせて腕が無造作に地面を転がり、切断面から赤黒い血を零し出す。乾いた地面に赤色の水たまりができていく。

 こちら側の切断面からも血液が漏れ出し、地面に第二の水たまりを作っている。全くもって理解ができない。これだけの優位性があり、それは未だに崩れていない。そのはずなのに、なぜ私がダメージを受けているのか。

 正邪に抵抗した仕草は見られなかった。能力を使った痕跡もない。これが何かしらの幻覚か、もしくは夢なのではないかとさえ思えてくるが、腕を失った激痛が脳を駆け巡り、現実を突きつける。

「っ…!?…なっ…!?」

 第三者からの攻撃と結論を出すまでに、かなりの時間を要した。こんな奴に加勢する者がいるはずがないと思っていたからだ。第三者が目の前に来た段階で、ようやく敵意を現れた人物に向けるに至った。

「せえええええええええいっ!!」

 他の人物達とは一線を画す声だ。博麗の巫女や霧雨魔理沙、私とも違う舌っ足らずな幼い子供の声。何とも懐かしい、十年弱ぶりに彼女の声を聴いた。叫び声はあまり聞いたことが無かったが、覚えている音は記憶の中で照らし合わせずとも今は亡き針妙丸の声だと割り出した。

 身長が立った私の腰よりも低いぐらいの針妙丸は、打ち出の小槌を振りかぶると腹部へ叩きつけてくる。反応が遅れたことでひっくり返す程度の能力が間に合わなかった。

 打ち出の小槌が針妙丸の願いを聞き入れ、その力を発揮させる。淡青色に輝く魔力が弾け、小槌へ送り込んだ分の魔力を消費し、私を後方へ吹き飛ばした。

 計算して飛ばしたのかは知らないが、丁度私が吹き飛ばされた方向には木が無く、掴める物がないため十数メートル程滑空し、地面へ落下した。

「っ……ああああっ…!」

 地面を滑り、数秒かけて残った腕と足で止まった。腕からの激痛に思わず声を絞り出す。ダメージ自体負うことが無いため慣れておらず、痛みに誘発されてパニックを起こしかけるが、打ち出の小槌の魔力を使い、千切れた右腕を再生させた。

「はぁ…はぁ……!」

 この短時間で二度も腕を失ったが、これ以上は体験したくもない痛みだ。激痛に唸りつつ、現れた第三者を見上げた。

 幼い小さな子供にしか見えないが、これでも立派に成人している小人。すぐに私が反撃しないと見定めたのか、体の向きを変えた。

 私と言う支えが無くなったことで、地面に倒れ伏せている正邪に、淡青色の光を輝かせる打ち出の小槌で軽く叩いた。

 淡青色の魔力が弾けると、こちらから見ていてもわかる程に、正邪の顔色がよくなっていく。腹部から流れ出し、小さな血の水たまりを作り出していたが、その広がりに拍車がかかる。

 ほとんど閉じかかっていた瞳が開眼し、小槌で叩かれた正邪が勢いよく飛び起きた。自分の傷が回復しているのが信じられなさそうにしているが、目の前の少女についてもかなり驚いているようだ。

 彼女たちの世界線がどういった流れなのかはわからないが、こちらとは大きく変わらないだろう。二人が一緒にいるという事は、逆様異変がまだ起こっていない準備期間中なのだろうか。

 針妙丸は馬鹿が付くほどのお人好しではあるが、裏切った人物とその後も行動を共にするのは考えられない。裏切る前だから正邪があれだけ感情を高ぶらせたように見せたのも辻褄があう。

 それなら都合がいい。関係を壊させ、できた隙をついて二人纏めてあの世に送ってやろう。正邪も針妙丸さえ死ねば戦う理由もなくなり、戦意を喪失するはずだ。

 

 

 顔や胸、腕や脚。体中のありとあらゆる部分から痛みが発せられていたはずなのに、いつの間にか痛みが全く感じなくなっていたことで、自分は死んでしまったのだと勘違いしてしまいそうになった。

 自分の体をまさぐり、怪我が狸に化かされたように、綺麗さっぱり無くなっているのを確認した。すでに完治しているのにも驚いたが、もっと驚愕する原因が目の前に立っている。

「っ……姫…!……どうしてここに…いるんですか」

 驚いたどころではない。追われ、追う関係性で、攻撃を仕掛けてくることはあったとしても、助ける理由など一切ないはずなのに。

「別に、散歩してたらたまたま見知った顔がいたから助けに入っただけ」

 こんな終わった世界に散歩に来るほど能天気ではない。どんな子供だろうが気が付く嘘だ。どんな形だろうと、どんな理由があろうとも裏切った私を、助けてくれた。

「いつまで鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるの?戦うんでしょ?」

 そう言って、逆様異変の前と変わらない調子で、こちらに小さな手を差し出してくる。霧雨魔理沙の言葉が頭の中を過ぎるが、それでも裏切った対象が目の前にいるのはかなり気まずい。

「そう、ですが……私は…」

「正邪」

 どう言葉を紡いでいいかわからず、口ごもっていると、見かねた彼女が私を遮って口を開いた。

「私は正邪が言ったこと、間違ってると思う」

 彼女は何に対して違うといっているのか、何を言われるのか全く分からない。予想ができず、若干身構えてしまう。

「人は変われるよ。何者にでもなれる。城の中に引きこもって外に出ようとしなかった私を変えて、外へ連れ出してくれたあの時みたいにね。…私は、正邪が本当に変わろうとしてるなら、変われると思う。なろうよ、天邪鬼以上の者に」

 まさか、そんなところから聞かれているとは思わず、咄嗟に返答を返すことができない。たとえ頭が回ったとしても、上手く返答などできたかも怪しい。

 彼女が言うように、こんな捻くれに捻くれた私が、変われるだろうか。表面が、見てくれだけが変わったのでは意味がない。本質から変えなければ、すぐにひっくり返ってしまうだろうからだ。

「私に…なれると思いますか…?」

「うん!」

 本当に、あの時とはまるで立場が逆だ。

「なれるよ、絶対!」

 伸ばしかけていた手を、針妙丸が掴んでくれた。しっかりと、力強く握り、座り込んでいた私を引っ張り起こしてくれる。体格差的に難しそうだったが、思ったよりも簡単に私は起き上がれた。

「奴さんも起きたみたいだし、頭を切り替えていこう」

「……そう…ですね」

 私の服にこびり付いた砂を払い落としながら彼女はそう言って、吹き飛ばした異次元正邪の方へ向き直るが、私はまだ混乱していた。状況が変わり過ぎてついていけていない自分がいる。

「姫……あの……」

「話はあとだよ正邪。終わったら聞くから」

 そうだ。今は目の前の敵に集中しなければならない。せっかく針妙丸が絶望的な状況を打開してくれたのだ。この波に乗らなければ後がない、気持ちを切り替えなければそれこそあっさりとひっくり返されるだろう。

 一度、彼女に伝えたかったこと、言いたかったことを忘れ、自分と全く同じ姿の敵に向きなおった。

 




次の投稿は、4/30の予定です。


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東方繋華傷 第百七十九話 趨向

自由気ままに好き勝手にやっております!!

それでもええで!
と言う方のみ第百七十九話をお楽しみください!


 針妙丸が参戦したことで形勢が大きく傾き、こちらが有利に事が運ぶかに思われたが、世の中はそんなに甘くないようだ。

 打ち出の小槌で強化された異次元正邪に、私と打ち出の小槌を持つ針妙丸が一緒に戦うのは、同じ土俵に上がっただけと言える。

 依然厳しい状態だが、手数が増えるという意味では、こちらが有利になり得る。だが、異次元正邪が扱っている打ち出の小槌の強化度合いは、こちらとは比にならない。

 最初の会話から、異次元針妙丸は無事ではないだろう、生きているかすらも怪しい。どれだけの代償を支払わせたのかわからないが、それだけの強化がなされていると考えるとまだこちらが劣勢である。

 それでも、四の五の言ってはいられない。せっかく針妙丸が助けてくれて、力を貸してくれているのだから死に物狂いで戦う他ない。

「姫…」

「どうしたの?正邪」

 針妙丸はこちらに顔を向けず、異次元正邪を見たまま呟いた。握った打ち出の小槌に魔力を注ぎ、いつでも能力を発動できるようにしている。

「姫も知っての通り…接近戦が苦手なので、接近しての戦いはどうしても頼ることになりますが、お願いしてもいいでしょうか?」

 私の戦力は固有の能力に依存してしまっている。殴る、蹴るなどの身体操作に才能が一切ないため、私よりも動ける彼女に頼った方が戦闘が有利に進む。

 しかし、彼女に戦ってほしくないというのが本音だ。命の危険が無いように元の世界にいて欲しかったが、ここに来た以上は彼女も覚悟があっての事だろう。今から引き返すのは不可能だ。

 出来るなら決着を早々に付けたいのだが、能力を持っている以上、そう簡単に首を差し出してはくれないだろう。

「いいよ、正邪に任せる方が逆に心もとないからね」

「そう…ですね」

 言ってくれる。確かにその通りだが、こうもはっきり言われると来るものがある。まあ、そんなことは今はどうでもいいか。

 全ての接近戦を彼女に任せるのはハイリスクで、負担も大きい。私からも攻撃を行うつもりだが、針妙丸の邪魔にならないように気を付けなければならない。共に戦うのは実に二年以上ぶりで、上手く息を合わせられるかが問題となってくる。

 どうするかと私が攻めあぐねていると、先に動いたのは針妙丸だった。妖精よりも小柄な彼女は、後手に回らないようにしたかったのだろう。先に動き、先手を打つ。

 私が持てば小槌だが、彼女の身長からするとかなり大きな得物となる木槌に、魔力を注ぎ込む。

 小槌が当たるであろう遥か手前で、針妙丸が得物を薙ぎ払う。願いが聞き入れられ、打ち出の小槌の魔力で強化され弾幕が、文字通りに打ち出された。

 淡青色に光っていた魔力が消費され、残りカスが弾ける。それらの間を生成された輝く弾幕が突き進み、異次元正邪へと向かう。奴の腕を吹き飛ばしたのはこの弾幕なのだろう。かなりの魔力を兼ね備えていそうな弾幕だが、当たらなければ意味がない。

 速度と威力を十分に兼ね備えているが、ひっくり返す程度の能力をもつ天邪鬼相手であれば、奇襲以外で弾幕の仕様は控えた方がいいだろう。私がやったように進行方向をひっくり返され、自ら放った攻撃を食らうことになる。

 それに、今のは誰がどう見ても弾幕を放つ動作だった。針妙丸が弾幕を放ってから異次元正邪にひっくり返されるまでが速く、再度ひっくり返すのが間に合わない。

 針妙丸もそれは百も承知だったのだろう。光り輝く弾幕を跳躍で飛び込め、打ち出の小槌へ再度魔力を送り込んでいる。何年も一緒に過ごし、逆様異変後に一番長く私を追っていたことで、こちらのやり方を熟知している。

 針妙丸に飛び越えられた弾幕は、目標もなく私たちの後方に生えていた木を消し飛ばした。あれだけの威力があれば、打ち出の小槌で強化された異次元正邪を粉々に吹き飛ばすことができるだろう。肝心なのは、当てられるかどうかだ。

 針妙丸ばかりに攻撃させていては、奴の攻撃も彼女にばかり集中してしまう。拳を握り、跳躍しようとした異次元正邪の進行方向をひっくり返した。

 後方に下がらせ、一時的に奴から私へ注意を向けさせられる。後ろに下がっていくであろう異次元正邪の方向に弾幕を偏差的に重ねて追撃しようとするが、どういう形であれ、私が干渉してくるのを読んでいたのだろう。

 拳を構えて飛び出そうとした異次元正邪は前方にではなく、後方に跳躍したようで、奴の予定通りに前進を許してしまった。

 握った拳が身長が半分しかない針妙丸へ叩きつけられた。例え針妙丸が打ち出の小槌をフル活用して受けたとしても身長差と体重差で、吹き飛ばされる未来は変わらなかっただろう。

 得物と拳がぶつかった瞬間に、針妙丸の体が後方にぶっ飛んでいく。その急加速ぶりに、目の端で捉えるのがやっとだ。視線を彼女の方に向けるが、既に鬱蒼と茂る木々に紛れてしまっている。

 針妙丸が飛ばされていく方向をひっくり返され、更なる追撃を浴びる前に異次元正邪へ弾幕をぶっ放した。注意がこちらに向けさせられればそれでいいと思っていたが、私の方向へ向き直ると飛びかかって来た。

 放った弾幕は能力を使うまでもなかったらしく、横に体を傾けてかわし、こちらへ跳躍する。足止めのつもりで弾幕を放った瞬間、一瞬にして見えていた景色が変わった。

 場所を入れ替えられたのだとすぐに察することはできたが、異次元正邪と針妙丸、どちらと入れ替わったのか判断に迷う。

 周囲を見回そうとした時、目に入る景色がひっくり返される前と後で、そこまで差異が無い事に気が付いた。変わっている所と言えば、数メートル程前進しているように見える。

 奴め、ただ入れ替わっただけなら、異次元正邪と向き合ってる形となるため、すぐさま対応できただろう。だが、自分と私の位置をひっくり返すだけでなく、私の向いている方向を更にひっくり返したらしい。

 間に合うかどうか厳しい所だが、何もしないよりはずっといい。後先考えずに横に飛びのくと、私が立っていた位置を放った弾幕が通過した。

 振り返り、奴の攻撃に備えようとするが、私の腹部と肩を貫通性能の高い弾幕が貫いた。二つの螺旋状に回転する弾幕は、服や皮膚を易々と貫き、皮下組織や筋肉に多大な損傷を与える。

「うっ……ぐっ…!?」

 散弾銃やエネルギー弾のように、面で攻撃するのではなく貫通力に特化させた弾幕だったことで、吹き飛ぶに至らなかったが、迎撃する姿勢は崩れた。

 この能力の弱い所が出てしまった。条件やひっくり返す物によっても変わってくるが、他の物、他の者に干渉するときには基本的に視界に入っていなければならないのだ。

 見ていなかったとしても、認識していればひっくり返すことはできるが、それは一度その物体を見ていればの話だ。見ていないところで発生した物体は当然ながらひっくり返す程度の能力で選択することはできない。

 視界外または、意識外からの攻撃をするしかないが、打ち出の小槌で強化された身体能力により、アグレッシブに動く異次元正邪の意識と視界外に移動するのは困難を極める。

 立て直そうとした私のすぐ目の前に、作用反作用の力をどちらも利用し、加速した異次元正邪が迫った。迎撃の準備など、二手も三手も後れを取っている。何もできないでいる私に、何かをしようとしているが、何でもできるだろう。これだけ動けずにいるのだ、できない事の方が少ない。

 異次元正邪が私の肩を掴み、吹き飛ばないように押さえつけると、腹部に拳を叩き込んで来た。抵抗する間もなく、衝撃が体を突き抜ける。体がくの字に曲がり、上体が前に倒れ込む。

 そうでもして体にかかる負荷を分散させなければ、奴の拳が身体を貫いただろう。鈍痛が腹の底、骨の芯まで響き渡る。激痛で横隔膜が痙攣しているのか、息ができない。

「ふっ……ぐっ……ぁぁ!!?」

 針妙丸に傷を回復してもらったが、身体に残っていたダメージがぶり返したのか、脚に力が入らない。足どころの話ではなくなっており、全身から力が抜けていく。

 鳩尾に叩き込まれた拳は、一瞬にして私の意識を飛ばしかける。歯を食いしばり、意識をどうにか保とうとするが、脳を気絶や失神と言った無意識の領域が浸食を始めた。

 こっちは楽だ。身を任せれば、心地いい無意識に落ちていける。それらは、そうやって私の頭や首、脚や腕を掴んで引きずり込もうとする。

「っ………ふぐっ…!」

 ただ歯を食いしばるだけではだめだ。その力をそのまま、自分の腕へと移した。気付けで薄れた意識を、歯が皮膚に食い込む痛みで晴れさせる。荒治療にも程があるが、誘惑を振り切るのには十分だ。

 新たな激痛と血の味により、意識をここに留まらせたのはいいが、突き付けられるのは苦しい現実だ。これまでの攻防で胃に血液が溜まっていたのか、腹部への強打でせり上がって来た。

「うぶっ……」

 鉄臭い血液が口の中を満たし、体液の一部が喉の中に停滞するため、呼吸が苦しい。咳き込み、息を吸い込もうとしてもゴボゴボと音を漏らすだけで十分に酸素を取り込めない。

「正邪!」

 吹き飛ばされていた針妙丸が立て直したのか打ち出の小槌を掲げ、異次元正邪へ打ち出の小槌を叩き込もうとするが、振り下ろそうとした打ち出の小槌が目に見えて後退する。

 異次元正邪のひっくり返す程度の能力で、進行方向をひっくり返されてしまったようだ。得物が当たらなければ、奴を吹き飛ばすことができない。

 体勢を整えられておらず、奴の次なる一手も視界の中に収められていない。このままでは殺される。その思考が脳裏を過ぎった時、視界の端で小槌が願いを聞き入れたのが見えた。

 淡青色の塵が細かく弾け、彼女が小槌に吹き込んだ願いが現実となる。彼女の能力を忘れていた、願いを発動させるのに、わざわざ小槌で叩く必要はない。

 得物を振らなければ能力を発動できないと思わせていたが、針妙丸のフェイントだ。願いの先は私や異次元正邪ではなく、その足元に向けられたらしい。

 地面が振動するのを、靴越しに足で感じた。そう思った直後に亀裂が生じ、木の根が出現する。ただ出現したわけではなく、異次元正邪の方へ根を伸ばすと、足へ巻き付いた。

 咄嗟の出来事や予想外の出来事、初めて見る事象や自分の理解を超えた現象にこの能力は非常に弱い。一瞬何が起こったかわからなかったのだろう、自分の足に意思を持った木が巻き付き、身体を持ち上げても抵抗する素振りが見えなかったのは、振りほどき方や回避に頭が回らなかったのだろう。

 自分の手足で根っこを引き千切ろうとも魔力で強化され、繊維質で複数の根が絡まっている状態では、いくら打ち出の小槌で強化されていたとしても引き千切るのは難しかったようだ。

 それに、複数の根っこが絡まっているというのも抜け出せない理由だ。一つに見えていても複数個の独立した根っこを使っているようで、一本の根っこが締め付ける力をひっくり返したとしても、残りがカバーするため振りほどけないのだろう。

 異次元正邪に巻き付いた木の根は、がっちりと足を掴んで離さず、振り回した。しかし、それをしているだけではいずれ異次元正邪に逃げられてしまう。

 横にしか振り回していなかった向きを変え、異次元正邪を地面へ叩きつけた。彼女にしてはかなり攻撃的な方法であり、地面と衝突した天邪鬼は全身のあらゆる骨を砕き、内臓を破裂させる。

 頭から足の先、骨格として最も重要な脊椎に至るまで、例外なく粉砕していることだろう。異次元正邪の身体が通常では考えられない角度で仰け反り、口や鼻、目や耳などあらゆる穴という穴から出血を起こす。

 特に口からの出血が多く、内臓がかなりの出血を起こしているのは想像に難くはない。それでも、打ち出の小槌の力を余すことなく使う異次元正邪にはもう一歩、意識を断つには至らなかった。

 せっかくの致命傷に達する怪我だというのに、打ち出の小槌によって強化された魔力はやはり強力で、みるみるうちに回復していく。

 打ち出の小槌で発生させる願いは、効果の時間や効果の大きさによるが限度がある。代償を魔力で補える程度となれば、効果は短時間で強力に出るか、長時間で微弱な力となる。

 それに対し、異次元正邪は打ち出の小槌の力をずっと強力に使っている。打ち出の小槌のエネルギー自体も時間の経過で減衰していくはずだが、それを保てているのは使用者の命を代償にしたからだ。

 それだけのエネルギーを持っているからだろう。普通なら即死または失神してもおかしくなかった異次元正邪が意識を保ち、常に余裕を崩さない。まだまだ力に余裕があるのか、それとも…。

 弾幕を放って追い打ちをかけるが、意識のある段階では意味がない。ひっくり返す程度の能力で弾幕がこちらへ向かってくる。

 帰って来た自分の弾幕をかわしながら、異次元正邪へ接近しようとするが、ひっくり返す程度の能力で体の進行方向も変えられ、押し返された。

「くっ…!」

 針妙丸がせっかく作ってくれた隙だというのに、奴に近づくことすら叶わない。こちらに注意を向かせ、圧倒的に私よりも火力のある針妙丸に叩いてもらう目論見だが、彼女は器用にひっくり返す程度の能力を潜り抜ける。

 私を追っている時間が長かったという事もあり、こちらのやり方をよく知っている。そして、その対処も。

 前方に行くのをひっくり返されるのなら、後方へ。左右の間隔を入れ替えられたとしたら、逆の順に足を動かし。手足の感覚を入れ替えられたのなら、手を動かすように。

 彼女は異次元正邪のひっくり返す程度の能力を器用に掻い潜っていく。その様子を異次元正邪が驚くほどにだ。

 私だってそうだ。異次元正邪や私は、敵に能力を仕掛けることはあるが、自分で食らうことはない。だから、私の対処が一歩も二歩も遅れてしまう。

 傷の修復が徐々に終わっていき、異次元正邪が全快へと向かっていく。このまま畳みかけられなければ、じりじりと押されていく一方となっていくだろう。少しでも回復する速度を遅らせるために、魔力の効果を逆転させる。

 傷の修復から、傷が広がっていく。だが、もっと複雑にひっくり返す程度の能力組み合わせなければ、簡単に戻されてしまう。これでは時間稼ぎにもなりはしない。

 針妙丸が到達するまで、もう少しかかる。叩きつけた直後ならわからないが、こちらを視認できている異次元正邪相手に、近づくのは至難の業だ。

 感覚をひっくり返されているのは認識することはできないが、物理的にひっくり返されてのならば、私が更にひっくり返して元へ戻してやる。

 ひっくり返す程度の能力を複数かけられ、身体をどう動かしていいのかわからなくなっているはずなのに、針妙丸は進撃を続け、異次元正邪の元へあと数歩という所まで到達した。

 だが、それと同時に異次元正邪の回復も終了してしまっている。魔力で横たわっていた体を浮き上がらせ、立ち上がると迫る針妙丸と対峙した。

 笑う異次元正邪へ、願いを込めた打ち出の小槌を叩きつける。奴はひっくり返す程度の能力を使えなかったというよりも、あえて使わなかったように見える。

 自分と私たちの立場をわからせるためだろうか、針妙丸の打ち出の小槌を腕で受け止めると、願いにより奴の左腕が丸々吹き飛んだ。

 弾け、血肉をまき散らす異次元正邪は、痛みと言う情報を脳へ送る電気信号の方向を、ひっくり返したのか痛がる様子を見せない。小槌でぶっ叩いた後の針妙丸は胸ぐらを掴まれ、再生した左手でぶん殴られた。

 私がひっくり返すのを読んでいたのか、拳は後退することなく針妙丸に当たってしまう。体重が私たちの半分以下しかない。強化された拳に、彼女は吹き飛ばされてしまう。

 針妙丸の援護のため間に割って入るが、奴に食らった攻撃が未だに尾を引いているのか、私の攻撃はやたらと遅い。

 拳をすんでのところで避けられるが、皮膚に掠りすらしない。その代わり、お返しだとばかりに顔へ拳を叩き込まれた。ひっくり返すのが僅かに遅れ、上から殴られた拳の威力に地へ叩きつけれた。

 お互いに体重を乗せての攻撃をしていた為、威力が倍増しているのだろう、もう少し地面が柔らかければめり込むような勢いで叩きつけられた。

 一部の衝撃を反転させることに成功はしたが、これまでのダメージもあったのだろう、すぐに立ち上がって対峙することができない。頭の中を衝撃が駆け抜け、グラグラと脳が揺れる感覚がする。

 視界が霞み、歪む。しかし、こんなところで、寝ていられない。私を踏み潰そうとする異次元正邪と私の位置を入れ替えた。奴が地面に横たわり、私が異次元正邪の顔面を踏み潰す。

 ダン。と重い打撃音が響く。これでも最大限に力を込め、踏み潰したつもりだった。だが、打ち出の小槌で強化されていない私の攻撃など、奴にとっては毛ほども効果はないのだろう。

 踏みつけた足で目元が隠れていても、奴の口元が嗤いきっている。それはこちらにとって良いサインなのだが、ダメージ等で考えると少々不安になってくるところがある。

「効きませんねぇ!」

 異次元正邪が力任せに起き上がろうとするのを、私は当然ながら抑え込むことはできない。そもそも、奴を倒れたまま抑え込むことにお向きを置いていない。奴から、針妙丸の姿を隠すためだ。

 上体を起こした異次元正邪の顔を、蹴るようにして異次元正邪から離れた。多少頭が後ろに傾くが、後ろから迫る針妙丸の姿を捉える程ではない。

「後ろ、危ないですよ?」

 異次元正邪へ弾幕を撃つ振りをしながら呟くと、異次元正邪はこちらへ進みだそうとする素振りを見せる。私のいう事をはなから信用していないためだろう、直後に奴の後頭部へ打ち出の小槌が振り下ろされる。

 持っている人物も幼い子供であるため大した威力にならなさそうだが、打ち出の小槌の願いにより、異次元正邪の後頭部へ衝撃が打ち出される。

 打ち出の小槌から淡青色の塵が弾け、その煌びやかな光が目に入ったのか、異次元正邪は最初はしまったと表情を変えるが、その頃には既に奴の頭部からは嫌な音が響いている。

「あ………がっ……!?」

 数秒と立たず、彼女の頭部がこちらから見ていてもわかる程に異変をきたす。頭部に当たった小槌の衝撃は、首元へ流れてさらに肉体を骨ごと潰し、奴の顔を見るに堪えない程ぐちゃぐちゃに変形させた。それだけでは止まらず、体の方へと衝撃は抜けいく。

 衝撃が抜けていくごとに奴の肉体が骨が潰れ、肉片をまき散らす。首から鎖骨、胸、腹部、臀部、足へと体がブロックのように小さく折れ曲がると、骨片が身体のあらゆる場所から飛び出した。

 異次元正邪は悲鳴を上げる間もなく地面へ折りたたまれると、血肉をまき散らしながら潰れ、地面へこびり付いた。その地面でさえも衝撃の影響で陥没する。

 衝撃の方向をひっくり返し、針妙丸へ帰っていく反作用も異次元正邪へ流したが、威力が倍増し、奴の防御力を打ち破れたのだろう。

「正邪!大丈夫!?」

 潰れた異次元正邪を飛び越え、針妙丸が私に駆け寄ってくれる。ダメージの蓄積で膝をついたまま立ち上がれず、大丈夫と呟くこともできない。

「っ……くっ…」

 打ち出の小槌へ願いを込め、針妙丸が私を叩こうとした時、不意に針妙丸の手が止まる。彼女を見上げると引き攣った顔で、異次元正邪がいた辺りを見下ろしている。

 ダメージで頭が回っていなかったのか、聴力の情報を遅れて脳が解析し、聞こえてきた音を認識した。骨が砕ける異音に似た音、肉体がうねる嫌な音が大部分だ。そして、自分とほぼ同じ波長の、異次元正邪の笑う声だ。

 潰れた足が、腰が、腹部が、胸が、首が順番に正常な形体へ戻っていく。裂けた肉体や内臓、骨が体の中へ引きずり込まれて収まっていき、最後に弾けていた顔が元の形へ戻っていく。

「はははっ……こりゃあいいですね。傑作です」

 笑い声も、肉体が歪んでいた為か異質なくぐもった声だったが、異次元正邪の身体が戻っていくごとに、正常な物へと変わっていく。

 まるで、ビデオを逆再生しているように見えた。これはあくまでも比喩のつもりだったのだが、概ねあっていたようだ。奴がひっくり返したのは、自分に流れる時間だ。

 針妙丸は絶好のタイミングで、奴へ致命の一撃を与えた。だが、致命的であって、絶命するほどではなかったのだ。後頭部からの衝撃で、奴の顔の大部分はひしゃげて潰れていたが、顔であって頭ではない。脳が収まる頭部が収まる上面側がひっくり返す程度の能力で衝撃波から守られてしまったのだろう。

 思考能力さえあれば、後は回復に魔力を回すだけだ。あの全身の原型が無くなるまで潰れた状況から、あっさりと蘇って見せた。冗談にしては、きつ過ぎる。

 自分のみを対象としたとしても、時間の逆転には非常にパワーがいる。私がやった物理法則を無視する重力方向の逆転とは比べ物にならない程に。

 法則を無視するというくくりでは同じかもしれないが、起こっている事を捻じ曲げようとするのと、起こったことを捻じ曲げようとする。と言えば、まるで意味が違うのがわかるだろう。

 現在進行形で起こっているのはそのまま変えればいいが、過去にさかのぼって事実を変えるとなるとタイムパラドックスが起こる。起こった事実との矛盾は、後出しじゃんけんのように、上書きされる。

 ゆっくりと体が治っていくのを見ることは、この現実世界ではまずない。新しく生やしたり、再生させることはあっても、潰れた組織が正常へ戻っていくのを見るのは、違和感がある。

 奴が打ち出の小槌の魔力に物を言わせ、ただ直しているのではない。時間を逆行させているのは、体を撃ち抜いた衝撃波が針妙丸が殴った後頭部に向かって戻っていくところからわかる。

 異次元正邪の波打つ皮膚が後頭部へ戻っていくと、すっかり全身の潰れていた傷はなくなっていた。小槌で殴りつけたよりも時間が前に戻り、針妙丸の当てていたはずの攻撃をタイムパラドックスが上書きしてしまう。

 時間が順行し、何も起こっていない事にされてしまった。異次元正邪を潰していたことを示す陥没した地面だけが残った。

 世界全体ではなく、自分だけしかできない事を除けば、時を操る程度の能力を持つ紅魔館のメイドの能力を超えている。彼女は一方向に流れる時しかいじることができないからだ。

 速さの強弱だけで、時の流れる向きへの干渉はできない。もしくはできたとしても相当量の魔力消費により、魔力を使い果たしたとしてもほんの数秒しか持たないのであれば、戦いに運用できないのだろう。

 打ち出の小槌の膨大な魔力をふんだんに使ってだが、それをこいつはやってのけた。今、針妙丸が持つ打ち出の小槌が、回復期に入るまでの力を振り絞ったとしても、数秒程度が良い所だ。現存する私の魔力を掛け合わせても一秒伸ばせるかどうか怪しい。

 それを、異次元正邪は十秒程度の時間をかけて治していた。かなりの魔力を失ったはずだが、奴は余裕を崩さない。

「せ、正邪……どうしよう…」

 流石の針妙丸も驚きを隠せず、残りどれだけ使えるかわからない打ち出の小槌を不安げに握り締めた。完全に今ので終わっていたと思っていた為、動揺が隠せていない。

「大丈夫です……。次の作戦は考えて———」

 彼女に耳打ちしようとした時、打ち出の小槌で強化された異次元正邪が私と針妙丸の間に佇む。いつの間にここまで接近されていたのか。いや、ひっくり返す程度の能力で自分の位置を他の物体と入れ替えたのだ。

 私が考えているその作戦は、遂行できるかどうか。雲行きが怪しくなり始めたのは、言うまでもない。

 私は回復する前だった事もあり、十中八九逃げられない。ならば、反応が遅れている彼女を逃がすことに心血を注ぐ。すぐさま私たちに拳を叩き込める距離に異次元正邪がいるというのに、針妙丸は私を回復させようとしている。

 彼女を横へ突き飛ばし、異次元正邪の手が届かない範囲へ後退させた。思ったよりも軽くて吹き飛ぶ勢いだが、離れてくれるのであれば問題ない。

 ここは私がひきつけ、先のように意識外から攻撃をしてもらいたい。その意図を組んでか、強引に戻ってくるようなことはしない。が、反撃に移ろうとしている私の胸に、拳は叩き込まれてしまっている。

 痛みが遅れてやってくると、胸から嫌な音が響き渡る。胸の前に位置する板状の胸骨が割れ、肺と心臓を保護する肋骨を一本残らず亀裂を生じさせ、波打つ衝撃に亀裂が広がる。

 亀裂の広がる音は胸部の前方から、後方へと移動していく。背骨にくっつく接合部まで残らず砕け散る。

「うっ…ぐっぁぁああああああ…!?」

 宙へ放り出された私は、後方に吹っ飛ばされていくのを三半規管で感じ取る。何かにぶつかることなく重力に手招きされ、地面へ落下した。運がよかったかもしれない。何かに背中からぶつかっていたら、それだけで胸が潰れている。

「げほっ…!……あああっ…うぐっ……」

 胸を損傷して咳き込むが、咳き込むと余計に痛みに襲われる。できて当たり前な、呼吸でさえも今の私には自分を苦しめる作業でしかない。

 それでも酸素を吸い込まねば、意識を保てない。肋骨は使えず、腹式呼吸で横隔膜で肺を膨らませて体内へ酸素を運搬するが、なるべく折れた骨を刺激しないように過呼吸気味に浅く呼吸を繰り返す。

「おっと、随分と苦しそうですねえ。さあ、これで終わりです!」

 ゆっくりと異次元正邪がこちらへ歩み寄ってくる。倒れたままだった私の胸ぐらを掴み、無理やり引き起こした。それだけでも胸に電流が走ったように激痛が走り、自然とうめき声を上げてしまう。

 握った拳で顔を殴られると、強化されたあまりの威力に脳震盪が起こる。それだけではなく、胸から響いて来たのと全く同じ音がすぐ耳元で聞こえる。

 異次元正邪が胸よりも弱く叩いたのか、頭が傾いたことで衝撃が逃げたのかわからないが、小さな亀裂が生じる程度で収まってくれた。けれども次の一撃ではわからない。頭蓋どころか頭自体を潰されかねない。

 異次元正邪を見上げていると、右目で捉えている視界が赤く染まり始めた。殴られた皮膚を抉られ、出血しているようだ。その一部が目に入り、世界の彩色を一色に変えていく。

「っ………、右側から、来ますよ」

 私が言った瞬間に、異次元正邪は私の胸ぐらを掴んでいた手を離し、軽く後ろに下がった。

「あなたから見て、右からですよね」

 その手には乗らないと異次元正邪は笑って見せる。どちらの方向から来るのか、攪乱させて弾幕を当てるつもりだろうと察したようだ。私から見て右から飛んできた針妙丸の弾幕は、奴が下がったことで眼前を通過する。

「くっ…待て!止まれ!」

 声の調子から私が付き飛ばしていた針妙丸は、こちらまで距離がありそうだ。二発目の弾幕を撃とうとしているのだろうが、それがこちらに到達するころには拳か蹴りが私を貫いているだろう。

「くくっ……誰が止まるって言いうんですか」

 私の心臓を踏み潰すために異次元正邪がこちらに近づくと、足を持ち上げた。心臓を保護している肋骨が残っていない状況では、踏み抜くのは赤子の手をひねる様な物だろう。

「……いいえ」

 私が呟いた言葉に異次元正邪の動きが止まるが、戯言だと再度私の胸を踏み潰さんと振り下ろそうとする。死ね、ただ一言だけ呟き、靴の底を叩きつけた。

 足がこちらへ向かって伸び、心臓を潰し、内臓をまき散らそうとした瞬間。落とそうとした右足ごと異次元正邪の右半身が吹き飛んだ。

 かわされた弾幕の進行方向を、ひっくり返した。奴がそう理解したころには、身体は宙を舞っている。右足が私のすぐ近くに転がり、右腕が近くの木に当たって赤色の模様を作り上げる。

「あなたから見て……ですよ」

 精一杯の強がりを、生い茂る草花や木の群落で姿が見えなくなっていく異次元正邪へ言い放った。聞こえているかどうかなど、どうでもいい。今は回復するだけの時間を稼ぎたい。

「正邪!今回復させるから!」

 彼女にばかりあらゆる攻撃の負担を背負わせてしまって、申し訳なくなる。戦いが長引けば長引くほどにこちらは不利になる。後どれだけ、彼女は打ち出の小槌を使えるだろうか。それが回復期に入った時点で、こちらの負けは決定的となる。

 願いを吹き込んだ小槌で私を叩き、砕かれた胸の骨と頭部の損傷を回復させてくれる。歪んだ胸部の骨格が正常な形へ修復されていく。治る過程で、肉体の中を砕けた骨が移動するため、痛みが再度発生する。

「くっ……」

「大丈夫、すぐに治るから…少し我慢して」

「わかってます………。それより、ここまでかなりあなたは打ち出の小槌を連発しました。……正直、あと何回使えますか?」

「………。四回…かな」

 四回か。それで回復期に入ってしまうと考えると回数が残り少なく、私たちの間に不安が駆け抜ける。かなり削っているとはいえ、無尽蔵とも思える異次元正邪の魔力に、この回数では心もとない。

「そうですか…。無駄撃ちはできませんね。しかし、短期決戦で決めなければ…もう後がない…ですね」

「でも、可能性はゼロじゃない……最後まで諦めないよ……結果がどうなってもね」

 ここに来て、針妙丸のメンタルのタフさに気を持ちなおす。そうだった、この子は絶対に最後の最後まで諦めず、走り切る人だった。

「これだけの戦力差があっても、諦めないその心に感服しますね~」

 胸痛が徐々に収まっていく中、すでに完治した異次元正邪が心にもない事を言いながら現れた。

 嗤う奴は、まだ私の蒔いた種に気付いていない。これはこちらに有利に働く、打ちひしがれてる場合じゃない。

 作戦の遂行が難しかったとしても、可能性がゼロだったとしても、最後の最後まで諦めてはならない。

 胸の骨折はまだ治っていない。疼痛がいつまでも残り、私の動きに制限がかかるが、回復に回せる時間は終わりだ。

 打ち出の小槌を握る針妙丸に肩を並べ、私は異次元正邪を睨みつけた。今度こそ、彼女と走り切るために、力を振り絞れ。

 




次の投稿は、5/14の予定です!!


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東方繋華傷 第百八十話 嘘つきはどちらか

自由気ままに好き勝手にやっております!!

それでもええで!
と言う方のみ第百八十話をお楽しみください!



会話の長さや仲の良さ等に影響はされるが、
兄弟だろうが、家族だろうが、恋人だろうが、友人だろうが、一時間の間に数回の嘘が存在する。
と心理学者の偉い人の本に載っていた気がする。




 針妙丸と正邪は、よく似ている。似ていると言っても性格の話ではなく、境遇や培った能力がだ。特殊な能力者が集まるこの幻想郷でも特に珍しい、数少ない現実改変能力者。

 針妙丸は打ち出の小槌を介してでなければ、能力を使用することはできないが、願いを込めるだけでそれを現実へ出現させる。

 正邪のひっくり返す程度の能力は、過程や現実への介入の仕方、効果のほどは違えども、現実を自らが好むように改変することができる。

 だからこそ当時の針妙丸にとって、似た能力と似た境遇の彼女は唯一の理解者であり、心のよりどころでもあった。

 

 過去に小人が起こした大罪は、現代では殆ど語り継がれていない。長い月日が流れ、何世代も前の話など、おとぎ話とそう変わらない。おとぎ話も語り手がいなければ、次第に廃れていく。話をされることも無くなれば次の世代に伝わらず、皆忘れていってしまっていた。

 しかし、全てを忘れたわけではなく、過去の悪事を罰する習慣だけが、現代に悪い形で残ることになる。

 過去の出来事では打ち出の小槌を私欲のために乱用し、その代償について全くの無知であったために悲劇が起こった。

 傲慢さゆえに起こった悲劇を繰り返してはならないと打ち出の小槌を再度封印するが、この時点で一寸法師の話は殆ど語り継がれていない。過去の事を紡いで伝えていくのが下手な小人は、間違った方向に歩み出してしまう。

 小槌を扱う能力を持つと不幸が起こると時間と共に改悪され、打ち出の小槌を扱える能力を持つこと自体が、災厄の前兆としてタブーと語られることとなった。

 

 こんな状況の中。忌み嫌われている小槌の能力を持った針妙丸が生まれたとしたらどうだろうか。不幸や厄として、迫害されるのは火を見るよりも明らかだ。

 曖昧な歴史、歪められた事実、それに対する間違った対応。歴史から学ばず、事実を歪曲し続け、顧みることはない。

 そして、先代やもっと前の代から正確に話が伝わらず、現代に至っては過去の出来事すら忘れられている始末。自分がいじめられている理由が分からず、いじめている側もなぜいじめているのかわからない状況となれば、理不尽ないじめに鬱憤は溜まり、憤りは爆発する。

 そこに、境遇の理解者として手を差し伸べた者がいれば、拒むことなどできないだろう。世界を変えたいと思うだろう。そこをつけ狙われた。

 天邪鬼の言葉に、抑圧され続けた針妙丸の心は揺り動かされた。彼女の思想に、目的に、理由に惹かれ、逆様異変のために手を貸した。

 たとえそれが、利用されているとなんとなくわかっていたとしてもだ。自分が自分である、自分が必要とされている、欠落した自尊心が欲しかったのだ。

 歴史を甘んじた代償は、逆様異変と言う形で払うことになる。

 

 輝針城の中、自分の与えられた狭い部屋だけが針妙丸の世界だったが、外に出たことで世界が開けた。生まれてから、これほどまでに充実した日々は無いだろう。

 しかし、充実した日々はそう長くは続かなかった。針妙丸はずっと引きこもってばかりで世間にかなり疎いが、底なしの馬鹿ではない。いじめられるが故に、その原因や理由を突き止めんと行動し、思考するだけの力は備わっていた。

 正邪とかかわることが増え、外に出ることが多くなった。そうすれば、自然と他の妖怪と会う機会も増える。すぐに正邪の話と矛盾があることは耳に入ってくることとなり、彼女の評判はそれ以上に集まってきた。

 針妙丸と話す妖怪たちは、皆口をそろえて言った。あいつは止めておけ、酷い嘘つきだと。一つのことを聞くと、十個も二十個も正邪に対する誹謗中傷、罵詈雑言が吐き出された。

 正邪と一緒にいる時に他の妖怪は寄り付かないが、一人で外にいれば物珍しさに妖怪は声をかけてくる。

 自分を騙していると気づくのは早かった。いや、ずっと気が付かないふりをしていたと言った方が正確かもしれない。騙されている事を自覚している時間の方が長かったが、それでも一緒にいたのは、針妙丸が彼女に好意を寄せていただけではない。

 

 

 正邪は手足以外の肌を、私に見せないようにしていた。親睦を深めるために誘っても風呂も絶対に一緒に入らず、暑い夏でも薄手の服を着ることはない。

 暑くても、極力肌を見せないようにしているのは、彼女が天邪鬼で逆の事をしようとしているだけではないことは、何となく察していた。寒い冬には薄着にならないのだから。

 一度、彼女が風呂に入ってるところを見たことがある。見たことがあるというか、覗き見たのだ。なぜ見せないのか、その秘密に対する好奇心もあったが、異変自体が嘘で別の目的があり、風呂に秘密があるのかどうかを確認するためでもあった。

 彼女が風呂に入ってからしばらくして、申し訳ないと思いながら覗いた時の衝撃はいまだに忘れない。石鹸で洗う彼女の体には、大小さまざまな、深い傷が刻まれていた。

 ペイントや作り物ではない。前者であれば、石鹸等で落ちるはずであり、作り物だとしても水気で剥がれ落ちることだろう。それが、本物であるのは、いじめで何度も怪我をしている私だからわかった。

 傷が本物だとしても、その怪我の大きさは私とは比べ物にならない。切り傷や引っ搔き傷が多く、どれも当時の痛々しさの面影を残している。傷の数は両手どころか足の指を使っても数えきれず、どれだけ彼女が苦労してきたのかを物語る。

 いくら妖怪と言えど、傷が深ければ死んでしまう。傷を縫った跡があるが、医療機関で行った痕跡ではない。不格好で、街のヤブ医者でももっと綺麗に縫えるであろう縫い後は、自分で処置をした痕に他ならない。

 ここで皆思うだろう、その傷は自業自得だと。誰かを騙し、その報復で攻撃を受けたのだと。だから、私は有らん限りの情報網を駆使して、彼女がやってきたことを調べ上げた。

 知り合いなど居らず、小さな情報網だったが、彼女に対する情報は割と簡単に集まった。一つの質問から十も二十も情報が出てくる。大半が罵詈雑言で辟易したが、言葉の端端に存在する情報から、家の場所や行動範囲、どこに居てどこに移り住んでいたのかも割り出すことができた。

 だが、彼女が何をしでかし、どれだけの人をどう騙して来たのか。それに対する情報は、全くもって集まることはなかった。友人が話していたという情報から、情報元に話を聞きに行くが、それもまた又聞き。それを言っていた人物に当たるが、もはや情報元を覚えていないなどザラだった。

 やっと情報元にたどり着いたと思っても、言っていた本人が覚えていないなど、信憑性が薄い物ばかり。酷い物では、正邪自身に会ったこともないのに、あたかも騙されたことがあると、作り話だったなんて事も少なくない。

 いろんな奴を騙して来てるんだ、今更一つや二つそれっぽい話が増えたからって、何か困ることがあるのか。そう言って彼ら、彼女らは笑っていた。

 誰に聞いても、どれだけの人に聞いても、正邪とまともに話した人物はいなかった、人数を数える作業すら要しない程に。

 高らかに、嘘つきに制裁を下したと胸を張る者はいても、腹を割ってサシで話した人物は一人もいない所を察するに、事実が一つ見えて来た。

 

 彼女は人を騙して嗤い、陥れたことなど一度もなかった。

 

 嘘なら彼女は付く。だが、それは普通の事だ。嘘をついたことが無い人物など、私を含めいないのだから。

 嘘のレベルもあるだろうが、大なり小なり人は嘘をつく。親にも、兄弟にも、友人にも、恋人にだって嘘をつく。それは話を面白くするためだったり、自分に非が及ばないようにするためだったり、サプライズのためだったりと、理由は氷山の一角だが様々だ。

 何年も一緒に過ごして来たから私にはわかる。正邪が付く嘘なんて、そんなレベルのものだと。天邪鬼が嘘をついたからなんだというのだろうか、過剰に反応することだろうか。

 教師だって、教え子に馬鹿にされないように、教えて貰ったばかりの知識をまるで自分の物のように語る。医者だって、余命が僅かな患者に大丈夫だと肩をたたく。どれだけ徳を積んだ人間だって、自分の小さな悪事には目を瞑って自分の善行を説く。

 正邪を嘘つきの天邪鬼に仕立て上げているのは、周りだったのだ。そして、ある意味で彼女の言っている弱者が見捨てられていた世界と言うのも、あながち間違いではなかった。少なくとも、正邪にとってはそうとしか見えていなかったのだろう。

 

 

 

 命蓮寺から助け出した霧雨魔理沙が言っていたことは、当たっていた。私は、針妙丸が罰せられぬように、彼女を裏切ることにした。

 当時は、私も周りからあまり情報を得られず、巫女の異変解決がどの程度まで行われているのかがわからなかった。もしかしたら殺されるかも、そう思ったら彼女が心配でたまらなかった。

 いざ逆様異変が始まり、巫女達が予想通りに動き出した。戦っていくうちに敗色は濃厚となるが、彼女は最後まで抵抗を続けようとしているのは見ているだけでわかった。

 彼女の負けが決まった時、矛先が向かないようにするために私は裏切り、針妙丸を被害者とする道を選んだ。自分が自分の意思で犠牲になるなど、これまでなら考えられなかった。

 しかし、その道を選ぶまでには、いろいろとあった。当然だが、最初からその道を選ぶつもりでいたわけではない。

 最初の頃の行動原理は自棄や、当てつけ、復讐に近かった。奴らにやられたことを返してやろうと心に決めていたからだ。私は自分が覚えている範囲で初めて、目的を持って騙し、自分の意思で他人を陥れようとした。

 針妙丸を割り出すのは思ったよりも簡単だった。誰も寄り付かない、逆様の輝針城周辺にいる小人の話を盗み聞くだけで、彼女の存在を知った。数日かけて小人たちの動きを観察すれば、忍び込むことなど容易だった。

 彼女に初めて出会った時の印象は、弱弱しくあらゆる願いをかなえられる力を持つ打ち出の小槌を本当に扱えるのか、心配になる程に頼りのない人物だった。

 彼女と話すと、すぐに内情が見えてくる。私と似た境遇の持ち主だったことを知り、騙したことに、騙し続けなければならない事に、深く後悔したことを覚えている。

 私の差し伸べた手を嬉しそうに、縋りつくように、掴んでくれた。あの表情を見てからでは、余計に罪悪感が私に重くのしかかった。

 そこからでも引き返したくなるが、一度話したことは消えない。私は、どうにか隠し通して、作戦をやり切らなければならなくなった。嘘を事実としなければならないのだ。

 他人を騙す嘘だが、予想以上に隠し通すのが難しい。彼女は、私が思っているよりもはるかに好奇心が強く、活発な少女だった。打ち出の小槌を扱える程度の能力を持っていたことで、抑圧され続けたあらゆる感情が爆発し、外の世界への興味が尽きない。

 針妙丸が外に出る時には、一緒に行動して他の妖怪たちへ不用意に近づかせないように心がけるが、好奇心の強い彼女では長くはもたない。

 出来るだけ早く異変を起こしたいが、あまり焦ってもいい事はない。それに加えて他の妖怪、巫女に悟られないように細心の注意を払わなければならないともなると、胃に穴が開きそうだった。

 準備期間がやたらと長引いてしまったのは、情報の少なさだ。過去の異変について調べたいが天邪鬼が動いていると知れれば、博麗の巫女や私をよく思っていない妖怪たちに邪魔やそもそもの計画を潰されかねず、思うように動けなかった。

 そもそも、私なんかに情報を教えようとする変わり者などいない。自分の立場も相まって、話しかける相手によっては攻撃を受けることもあり、情報収集は難航を極めた。

 彼女と出会ってから一年以上が経過したころ、私が情報を集めようと外に出る時、針妙丸が外を出歩いているのをたまたま見つけたことがあった。

 針妙丸には作戦の要であるため、不用意に外に出ないようにと伝えていたが、これだけの時間が経過すれば、彼女を輝針城に縛り付けて置くのは難しかったのだろう。

 彼女の同行が気になり、私は見つからないように後を付けた。針妙丸は周りをよく見まわして警戒していたが、誰かに付けられていることが前提で動いていなかったのか、彼女の後を追うのはさほど難しくはなかった。

 針妙丸は他の妖怪と会い、何かを話しこんでいるようだった。彼女の数少ない友人とは違う人物であり、相手が話しているターンの方が多い。ただ会話をするというよりも、私のように情報を集めていると言った方が自然な会話の流れだ。

 何の情報を集めているのかは遠くて声など聞こえず、一切わからなかった。だが、話していた妖怪の表情から、博麗の巫女等の話ではなさそうだ。

 相手の妖怪が眉間に皺をよせ、少し怒っているように見えるのは嫌な話をしていたり、思い出したりしているからだろう。

 私の事を調べているのだと、すぐに想像がついた。その日だけでなく、他の日に彼女を尾行して予想は確信に変わった。針妙丸は以前拠点にしていた周辺や、私を襲ってきたことのある妖怪たちに接近しているからだ。

 私の事を調べる要因になった理由は、おそらく彼女の友人たちだろう。人狼の影狼やろくろ首の赤蛮奇からの入れ知恵があったに違いない。二人も当然私の事をよく思っておらず、付き合いを止めさせようとしていたからだ。

 その人物だけだと情報が偏ったり、確証が取れないと考え、他の妖怪たちにも話を聞くようにしたと考えられた。私の悪い情報など、簡単に集まることだろう。知らない因縁を付けられることなど、日常茶飯事だ。

 私がどう思われて、どういう事をしてきたのか。彼女は連中が作り上げた天邪鬼で、私と言う人間性を決めてしまう事だろう。なぜか、苛立ちや焦りを感じた。

 こういう風になるのは時間がかかってしまっていた以上は、避けられないと思っていたが、もう少しという所で、間に合わなかった。

 これまでの苦労が水の泡となったことで、落胆した。彼女から情報が洩れ、逆様異変は起こることなく消滅する。異変を起こせなかった悔しさもあるが、それ以上に心に何かが残る。モヤモヤとやるせない思いが立ち込めていた。

 

 どう帰ったのか、覚えていない。おぼつかない足取りで、気が付くとなぜか彼女の部屋へと向かっていた。私と言う人物を知ったことで、彼女の元から消えた方がいいはずなのに、なぜか部屋へと続く扉を開いていた。

 自分が情報を集めている事を知られないためにか、先に帰ってきていた針妙丸がこちらを振り返り、いつもの笑顔を向けてくれたことに、私は困惑した。普通、自分を騙している人物に対し、こんな笑顔は向けられないだろう。

 彼女は特に表情を隠すのが苦手なはずなのに、いつものにこやかな笑顔を向けてくるため、固まってしまっていた。反応を示さない私に、針妙丸が首をかしげた。

 何でもないと言うと、クスっと小さく笑う。彼女に、悪意や嘘と言う物が感じられない。口調や目線からも違和感のない彼女は、本当に私の情報を集めていたのかすらも怪しい素振りだった。

 私から離れ、いつものように椅子に座ってくつろぐ彼女に、私は少しの間動けなかった。昼間に妖怪と話していたのは、私とは関係のない事を話していたのだろうかと。

 そんなことが脳裏を過ぎるが、最悪を想定するべきだと頭を切り替えた。いつでも、ここから離れることができるようにだけ、準備しておかなければならない。また、心が傷つかぬようにと。

 

 その後数日経ったが、彼女から詰め寄られて罵詈雑言の嵐を吐かれる様子がないく、余計に混乱したのを覚えている。

 危うく、私から言い出しそうになるほどに、彼女は動かなかった。私に裏切られていると確証するのにはまだ情報が集まっていないのか。それとも異変の直前に、計画をぶち壊すつもりなのか。

 いくら考えても、針妙丸がどうするつもりなのか全く分からなかった。私が酷い奴という事を知った時点で、一緒にいる意味はない。たとえ直前に突き詰めるつもりでも、今まで通りに立ち振る舞えるかと言ったら、性格上彼女には難しいと思う。

 もしかしたら、彼女は私の事を探るために情報を集めていないのではないか。そう思い、私は博麗の巫女や異変に対する情報収集を中断し、針妙丸について調べることにした。

 調べると言っても、私が他の妖怪に質問を投げかけるわけではない。博麗の巫女の情報を集めていた時と同じく、変わらずこちらに危害を加えてくるだろう。

 針妙丸が聞きに行くところを先読みして待つことは難しいが、いつも妖怪たちが集まる場所ならわかる。数日間かけて妖怪の集まる場所に張り込んだ。彼女の動きは妖怪たちの間で、少し噂になっているようだ。

 思った通り、針妙丸は私の情報を集めていたようだ。妖怪たちの話しぶりから、私が何をしたという身に覚えのない話を、話した様子だった。ここまでわかっているのに、彼女の表情が変わらない事と私を裏切らない理由がわからず、確認することにした。

 私は鬼の端くれでそれなりに酒は飲めるが、彼女は酒がかなり弱い。それこそ、飲み過ぎると記憶が無くなる程に。そこを利用し、輝針城の厨房からくすねて来た酒を、彼女と飲むことにした。

 いつもは私が知り得なかった演技力と理性で、私への怒りを抑えているのだろうが、酒が入れば理性のタカが外れやすくなる。今まで溜めてきた分が、それこそ溢れ出て感情的になることだろう。

 彼女は酒が弱いことを知っているため、誘ってもあまりうなづいてはくれない。一か月ほどの時間をかけて晩酌に誘い、ようやく一緒に飲むに至った。

 その日は、私が彼女と絶対に異変をやり遂げようと心に誓った日だったから、今でも昨日の事のように思い出せる。

 

 

 晩酌も終盤に差し掛かり、酒瓶に満杯にあったはずの酒も底を尽きかけて来た。私としては、まだほろ酔い程度だったが、彼女はかなり酔っている様子だった。

「ヒック…」

 アルコールで血流がよくなっているのか、顔が赤い。酔いで頭がぼんやりして働かないのだろう。グラグラと体を左右に揺らし、酒のあてで持ってきた燻製された肉を頬張っている。

 先ほどまでは彼女も楽しそうに飲んでいたが、今日はなんだか嫌に飲むスピードが速い気がする。以前に飲んだ時は、二時間ほどの時間をかけていたが、今回は一時間もかからずにベロベロになっている。

 早く聞けるからいいのだが、様子がおかしくなってきているのは、やはり私に対する鬱憤が溜まっていたのだろう。肉を飲み込むと、今度は落花生などの穀物類を口に放り込んで噛み砕いていくが、その姿からも苛立ちが溜まっているように見える。

 以前晩酌した時には、この位の段階で既に記憶が無かった。もう一杯か二杯ほど呑ませてから、本題に移るとしよう。

「姫…今日はずいぶんと酔っぱらってますね」

「そんらこと……ヒック…らい…」

 しゃっくりを上げる針妙丸は、呂律が回っていないほど酔いが回っているのに私へお猪口を差し出した。依然としてムスッとしたまま差し出し続けるお猪口へ、私は酒を注いだ。

 日本酒特有の独特な香りがする透明な液体を八割ぐらい注ぐと、彼女は一息で全て飲み干してしまう。私も酔わせるためとはいえ、少し心配になってくる。

「姫、そんな飲み方…体に悪いですよ?」

 かなり無理して飲んでいたらしい。私が彼女の肩に触れると、ドミノが一気に瓦解するように、机に突っ伏した。

「う~~~~~っ……」

 このまま放っておけば眠ってしまうため、本題へと移ることにした。ボーっと壁を見つめる彼女を軽く起こし、質問を投げかけた。

「姫」

「う~~…うん?」

 いつものしゃっきりとした、活発な様子とはかけ離れたおぼろげな顔でこちらを見上げた。ただ聞くだけなのに、私の心拍数はなぜか上がっていた。緊張し、手が汗ばむ。

「なぜ……姫は…………。嘘をついて裏切るかもしれないと思っている私と一緒にいてくれるのですか?」

「そんらの……正邪は噓つきらないし……裏切ららいから、……だよ」

「なぜ、そう言えるんですか?」

「どう…して…?……だ…だって…」

 ゆっくりと言葉を紡いで話しているのか、かなりしゃべるペースが遅い。飲ませ過ぎたかもしれないと思っていると、急に彼女の雰囲気が変わった。

 定まらない思考で、理由を探ろうとした針妙丸の眉が急につり上がった。さっきまでも逆八の字になっていたが、今は苛立ちと言うよりも怒っていると言った方が近い。

「……だって…!…だってあいつら凄いムカつくんだもん!!!」

「………へ?」

 私が予想した答えと違う、斜め上の回答がやってくる。やはり酔い過ぎているのだろう、前後の会話があっていない。

 解答の軌道を修正しようとするが、完全に感情が爆発して、彼女は石炭を大量に積まれた蒸気機関車のように暴走を始めた。

「どいつもこいつも、正邪とロクに話したこともないくせに!!勝手な事ばっかり言いやがって!!」

 いつもの彼女の口調ではない。彼女の本性と言うか、感情に身を任せて鬱憤で話している。握った両手で力任せに机を殴りつけた。ガシャンと皿や酒瓶が跳ね、陶器質な音を立てる。

 最初、彼女が誰に対して怒りをあらわにしているのかわからず、止めようとした口を噤んで耳を傾けた。

「騙されて酷い目にあったとか言うくせに!詳しい内容を言えた奴なんて一人もいない!!正邪が騙して、誰かを陥れてたことなんてないよ!あいつらの方がよっぽど嘘つきだよ!」

 ヒートアップしている彼女は止まらない。私が見かける前から情報を集めていたとすると、数か月と言う時間を要したことだろう。その間に溜まっていた鬱憤をここで吐き出しているのだろう。

 さっきまで呂律が回らなかったのが嘘のように、饒舌に怒り散らかしている針妙丸は、お猪口に酒を並々注いでいる。

「おまけに作り話が殆どだったなんて、ふざけんなって話だよ!何が今更一つぐらい増えたからって問題ないだよ!正邪の苦労、迷惑も考えろ!!」

 ムカつく!と針妙丸は自分のサラサラの髪を指で荒々しく掻き毟っている。彼女の言葉を聞いているだけなのに、熱い物が込み上げてくる。

 ずっと昔に、生まれながらの性なのだと諦めて受け入れた不条理、酷い理不尽さ。それらに押しつぶされて壊れてしまわぬように、自分を守るために気にしないように、心の奥底へ無理やり感情を押し込んでヘラヘラと笑っていた。嫌味や憎まれ口、罵倒を受けても楽しそうにするフリをしていた。

 言動と行動に対する思考の矛盾に心が蝕まれ、壊れ行く心に不安がのしかかる。今でも苦しい、どれだけの時間が経過しても苦痛を受け流せない私の感情を、代弁してくれているようで、気が付くと涙をこぼしていた。

 涙など、等の昔に枯れてしまっていたと思っていたのに、歪んだ心にはまだ雨を降らせるだけの力が残っていたようだ。俯いていた視界が歪み、瞳から溢れた涙が頬を伝う。

 膝に置いていた手の甲に涙が滴り落ち、やがて皮膚の上を重力に惹かれて床へ落ちていく。

「あんな奴ら、正邪の苦労を一度その身で味わってみればいいんだ!!ぜぇぇぇったいに異変を成功させようね!正邪…って、あれ!?どうしたの!!?」

 今更ながらに私の状態に気が付いたらしい。口に含もうとしたお猪口を机に戻し、目を白黒させてこちらに向きなおった。

 私が泣いている所を見るのは初めてだったのだろう。焦って右往左往する彼女に手を伸ばし、力一杯抱き寄せていた。

 風呂上がりの石鹸の良い匂いが、酒で上がっている体温が、彼女の柔らかい体が私を優しく向かい入れ、包み込んでくれる。

 最初は驚き、体を強張らせていたが、すぐに緊張を解くと私の背中や後頭部に手を回し、泣きじゃくる私を受け入れてくれた。

 針妙丸へ何か気の利いた言葉でも返せればよかったが、感情が高ぶっている私に言葉を返す余裕などあるわけがない。受け入れてくれる彼女に甘えに甘え、泣いた。

 数十年分、数百年分が一気に押し寄せ、ひとしきり泣いた。泣いて、泣いて、泣き続けて、泣きじゃくって、泣き疲れた。

 途中までは、何かを私に語りかけたり、頭を撫でてくれていた針妙丸も、酔いのせいか眠りに落ちてしまっている。静かな寝息を立て、私に身を預けている。

 どれだけ泣いたのか、時計の針の角度が変わってしまっている。それだけの長時間、私に付き合ってくれた彼女を、床の上で寝させるわけにはいかない。布団に横にさせた方がいいだろう。

 輝針城の中でも、一番端が彼女の部屋だ。そこで呑んでいたのが功を奏し、すでに敷かれている布団まで移動し、彼女を横にするだけでいい。

 彼女を放したくなくて、離れたくなくて、抱きしめたまま私も疲れた体と心を癒したいが、勝手に布団に潜り込むのは気が引ける。布団を肩まだかけ、離れようとすると私の手を小さな針妙丸の手に掴まれた。

 いくら酔っていても、抱き起して移動させたのであれば眠りから覚めてしまう。気を付けていたつもりだが、気づかれてしまった。

「正邪……おいで…」

 眠気眼の針妙丸は、心の中を見透かすように両手を広げている。散々泣いた後に、まだ甘えてしまってもいいのか、わからないでいた私を彼女が無理やり布団の中へ引きずり込んだ。

 小人用の小さ目の布団で、手や足先が出てしまう。体を丸め、受け入れてくれた針妙丸を抱きしめた。

「えへへ」

 彼女は破顔し、笑みを浮かべていたが、数分と立たずに寝息を立て始めた。私も寝ようと彼女の体温を感じたまま、瞳を閉じて眠りにつく。いつも、悪い事ばかりがフラッシュバックし、就寝するのに時間がかかっていたが、今日は不思議と眠気を感じるのが速かった。

 私はこの時に心に決めた。どんなことがあろうとも、私を信じてくれた彼女だけは助けると。たとえ、どんなことになろうとも。

 




次の投稿は6/11の予定です。


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東方繋華傷 第百八十一話 蕩尽

自由気ままに好き勝手にやっております!!

それでもええで!
と言う方のみ第百八十一話をお楽しみください!






リアルが多忙故に遅れてしまいました。


 私から離れた位置に、小人と天邪鬼が肩を並べて佇んでいる。いつでも逃げられるように、いつでも攻撃に移れるように、腰を少し落としている。しかし、腰を落としていつでも動き出せるようにしているのは、後者のためだろう。

 歯を食いしばり、決着を付けようとしているのが二人の雰囲気からわかる。そこまで焦っている理由となると、打ち出の小槌の力がもう少しで切れるのだろう。

 あと何回力を使えるのだろうか。五回か六回か。私に回数を測ることはできないが、恐らくその位だと考える。願いの大きさにもよるだろうが、十回を下回るのはほぼ確実だろう。使い切るまで待ってはいられないが、使い切ったところでどうやって料理するか。

 それを考えると自然と笑みがこぼれる。とは言え、私自身もそこまで時間が残されてはいない。時間の経過による減衰もあるが、この戦闘で打ち出の小槌の魔力をかなり消費してしまったからだ。

 だが、私に状況が傾いているのは明白で、大した問題じゃない。例え打ち出の小槌の魔力が無くなったとしても、霧雨魔理沙が持つ力があるのだから変わらない。

 楽観視しているのではなく、それでも問題が無い程に有利な状況なのだ。

 先にどちらを片づけるかだが、正邪は大したことはない。打ち出の小槌の方が厄介であるため、針妙丸を先に片づけた方が円滑に進むだろう。

 こちらの出方を伺っているのか、中々動き出さない二人へ、こちらから仕掛けた。自分から攻撃するか、待つか。後者を選んだ針妙丸の選択肢をひっくり返し、こちらへと突っ込ませた。

「姫!?戻ってください!」

 話し合いとは違う行動をとる針妙丸に正邪は静止を訴えるが、彼女は耳を貸さずに単身で突っ込み、打ち出の小槌を振りかぶる。

 それに合わせ、奴の打ち出の小槌よりも威力のある拳を叩き込もうとするが、打ち出した拳が打ちあう直前に、私の腕が後退する。

 この干渉波予想の範囲内だ。即座にひっくり返し、遅れて拳を前進させる。針妙丸が進んでいていれば、予想した位置にいるはずだったが、拳は空を切る。

 タイミングに前後はあるだろうが、その周囲にいる筈の針妙丸は見当たらず、手が届かないギリギリへ下がっていた。

 小人が突っ込もうとするのを、正邪が進行方向をひっくり返して邪魔したようだ。こちらの手の内を読んだというよりも、正面からやり合うのを嫌って避けることを選択したようだ。

 それこそじり貧であることの証とも言える。最早警戒して、探りを入れる必要がなくなった。後は、軽く押してやるだけで潰れてくれる。

 自分の手の内を理解している連中であるため、いつもより面倒なことこの上なかったが、勝利はもう目前だ。

 走り出し、目の前にいる針妙丸へ拳を放とうとするが、間に正邪が割って入る。邪魔くさいがあまり関係ない。正邪ごと針妙丸を吹き飛ばす。

 感触的に拳が当たりはしたが、直前に後方に飛んだのだろう。手ごたえが弱すぎる。それでも、正邪にダメージは与えられただろう。顔が大きく歪む。

 正邪の動きを一時的に封じれたとしても、針妙丸がその内にこちらへ攻撃を仕掛けてくるだろう。私の姿が天邪鬼の背中で隠れているうちに、二人纏めて叩き潰してやる。

 自分から後方に飛んだ正邪と、その後ろにいる針妙丸を叩き潰せるよう、跳躍した。強化された身体から生み出されるエネルギーにより、後ろに飛んだ天邪鬼に追い付いた。

 拳を握り、抵抗を示そうとする正邪へ向け、拳を叩き込んだ。拳が当たる直前にこちらにではなく、自分の進行する運動エネルギーに対してひっくり返す程度の能力を使ったらしく、跳躍した私の下を潜り抜ける。

 針妙丸を残し、自分だけ逃げると言ったミスや裏切りを行わなかったらしく、狙っていた位置に小人の姿はない。

 魔力ですぐに体を反転させて弾幕で追撃を図るが、一部をひっくり返された。ひっくり返し切れなかった弾幕が正邪へ向かっていくが、残った弾幕では動きの遅い天邪鬼をとらえきれない。

 ひっくり返された自分で放った弾幕をかわし、すぐさま反撃しようとするが、正邪にくっついているはずの針妙丸の姿が見えない。どこに行ったのか探ろうとするが、弾幕を放とうと伸ばしていた腕に衝撃が走る。

 途中で正邪から離れていたのだろう。視界外から打ち出の小槌で腕を殴られた。願いが込められた打撃は威力が十数倍に増幅され、伸ばした右腕が肩や半身ごと弾けた。

 信じ難い激痛で、意識が飛んでしまってもおかしくはないのだが、痛みにも勝る優越感が脳内に麻薬物質を生産しているのか、おかしいぐらいに痛みを感じない。

 腕と肩がぐちゃぐちゃに弾け、右半身の骨が露出する。骨の一部は砕け、中から内臓が零れ落ちた。自重で垂れ下がる紐状の内臓が、足元に垂れ落ちた。大量の血が後に続き、靴や地面を汚していく。

 血がゆっくりと放射状に広がっていくのに対し、蜷局を巻いて落ちていた内臓がズルズルと体内に戻っていくのは、打ち出の小槌による凄まじい回復力の賜物だ。これほどの回復能力は、霧雨魔理沙並みといっても過言ではない。

 それに比べて正邪はどうだろうか。私が先ほど砕いた肋骨も治っていないのだろう。先ほどから動くごとに顔をしかめ、痛みに苦悶を示している。

 私の回復を持ち前の能力で邪魔しようとしているが、来るとわかっているのであればそれをひっくり返すだけで回復はそのまま続行される。

 十数秒もかければ瀕死に至る致命傷を受けたとしても、全快まで回復できる。今の私を殺すのであれば、普通に打ち出の小槌を使うだけでは足りないのは明白であるが、こうやって技を小出しにしている時点で、こいつらはそれを分かっていない。

 馬鹿だな。そう心の中で呟き、肩から指先まで肉体を再生させた。私の手を小槌で殴りつけた針妙丸へお返しを食らわせてやろとするが、再生した腕を正邪に掴まれた。私を組み敷くつもりか、腕を捩じり込もうとしている。

 やはりこいつは馬鹿だ。前にもやった通り力に物を言わせれば、こいつなんぞ振り払うことは造作もない。軽く腕を振るうだけで奴の体が浮き上がる。そのまま地面へ叩きつけようとする私に針妙丸からの横やりが入る。

 掴み返し地面へ叩きつけようとした私の腕に、打ち出の小槌が叩きつけられた。ただ殴られただけなら諸共で地面にへばり付かせていたが、関節を狙われたことで腕がへし折れた。

 願いを込めたわけではないが、肉体の構造的に弱い部分を狙われたのが原因だ。怪我自体はすぐに治るが、地面へ叩きつけようとしていた正邪を放してしまった。止めを刺せるかと思っていたが、邪魔が入ったことで舌打ちが漏れる。

「っち」

 一人一人の力は私の足元にも及ばないが、こうやって息を合わせられるとどうも調子が狂う。予定通りに針妙丸を狙おうとするが、首の向きや針妙丸の位置をひっくり返す程度の能力で入れかえるため、視界内に収めることができない。

 攻撃の主軸は針妙丸であり、攻撃の直前にひっくり返されないようにしたいのだろう。

 ならば、状況をかく乱する天邪鬼へ攻撃を加えようとしても、後方から針妙丸が攻撃をしてくるため、上手く殺すことができない。

 どうしたものか。私が負ける程に状況がひっくり返されているわけではないが、こうも長引くのは面倒だ。正邪に殴りかかろうとした私の腕を、視界外から振り下ろされた小槌によって軌道を変えられ、振り向こうとしてもひっくり返されることで針妙丸の方向を向けない。

 正邪が針妙丸と自分の位置を入れ替えた時に、更にひっくり返して針妙丸に戻すことも考えたが、二人を視界内に収めている必要があるため、常に私の背後に陣取る針妙丸へ干渉することはできない。

 かと言ってこちらが大きく動こうとすると正邪がひっくり返し、思うように動くことができない。追いつめられているように感じるが、追いつめられているのはこちらだという事を理解させてやろう。

 奴らに翻弄されてしまうのは、私の注意が分散してしまうからだろう。ならば、何をされても目標に絞り続ければいい。

 振り向こうが、手を伸ばそうが、何をしようとも針妙丸の方向を徹底して向けないのであれば、見えている標的に全てを集中させてやる。

 しかし、こうもこの私が抑え込まれるとは、嫌に二人の連携が取れている気がするが、長くは続かまい。

 こうして大きく動けるのは、針妙丸の打ち出の小槌があるからだが、願いを込められる回数には限りがある。守りに入れば敗北は免れないため、こうして一人に狙いを集中させる博打に近い作戦に出たわけだ。

 面白い。ならばそれに乗ってやる。正面から徹底的に潰してやる。関節を狙われ、逆に折れ曲がっているの魔力をふんだんに使って回復させ、正邪をぶん殴った。

「ぐっ…!」

 受けた瞬間に衝撃を反転させ、ダメージを軽減しているが、回復の遅い彼女では次の攻撃までに全快にするのは難しい。ダメージは確実に蓄積する。

 その内に針妙丸が願いを込めた一撃で、正邪を狙おうとする私を殺そうとしているが、自分という的を逆に利用する。

 打ち出の小槌を振るわなかったとしても、願いを発動することはできるが、その代わりに殺すほどの威力を発揮できない。私は、魔力で強化された身体を最大限に使用し、素早く動いて的を絞らせない。

 致命に至るのには、思考する間もなく脳を破壊するしかない。頭部を直接殴るしかないのだろうが、素早く体を動かし頭部への被弾を回避する。確実に当てられなければ、奴もそう安易に願いを撃つことはないはずだ。

 不規則に動く私の心臓や頭部を狙うより、正邪へ向かっていく手足なら狙えるため、こちらがぼろを出すのを待っているのだろう。

 例え私が攻撃しようとするその瞬間に的を絞れたとしても、私を吹き飛ばすのが先か、それとも私が正邪を貫くのが先か。動きが一段階早い私を相手にするのであれば、前者を優先するのにはリスクがあり、仲間思いの針妙丸の事だ。救う価値もない天邪鬼を助けに入ることだろう。

 二度目、正邪へ拳を叩き込もうとすると、横から打ち出の小槌が腕に叩き込まれた。軌道が無理やり捻じ曲げられ、狙っていた顔の横を通過する。

 私にひっくり返す程度の能力を使わせないためか、針妙丸は視界外へ間を置かずに消えていく。少しでも顔を傾ければ彼女を視界に収められるが、目標を分散させればまた逃げられる。

 目の前に垂らされた餌には食いつかず、正邪へ更に畳みかける。なるべく素早く動き、正邪の命を刈り取ろうとするが、ことごとく回避されるか、ひっくり返す程度の能力で打撃のダメージを抑えられてしまっている。

 しかし、確実に奴の体力も削れているはずだ。ひっくり返す過程や方法にもよってくるが、攻撃が当たった瞬間にひっくり返せたとしても、当たってから能力を使用するまでに多少の誤差がある。そのダメージはどうひっくり返しても残る。

 脳内シミュレーションでは、十数回目の攻撃でもう殺せてもいいはずだが、正邪程度の妖怪を倒せていないのは、針妙丸のせいだ。正邪へ攻撃する際にも絶えず動き続け、願いを込めた一撃を食らわないように最小限の動きで攻撃を行うことで、天邪鬼にダメージが伝わりにくいのだ。

 一撃一撃はそこまで影響がないのなら、塵を積もらせよう。息をつく間も与えず、更に十を超える連撃を加える。この力なら、鬼だって膝を地面に付くような攻撃を繰り出すが、ゴキブリ並みのしぶとさで掻い潜っていく。

「っ…!くっ…!?」

 正邪は反撃する暇もなく、目の前の事で手一杯となっている。針妙丸からの援護があるため辛うじてついてこれていたが、小人が目標を捉えられずもたもたしている内に、正邪が限界を迎える。

 力を振り絞っていたのだろうが、左右から、上下から、蹴りが組み合わさる不規則な攻撃によるダメージに、動きが目に見えて遅くなっていく。そこらの妖怪ならすでに死んでいてもおかしくない回数であるため、弱い天邪鬼にしたら耐えた方だ。

 針妙丸の攻撃を掻い潜りながら、正邪へ渾身の一撃を加えた。当たった衝撃を反転させて一部こちらへ返してくるが、ひっくり返しても残るダメージに、ついに後方へ下がっていく足が止まった。ダメージは腕に留まらず、足にまで影響を及ぼし始めたようだ。

 動きが完全に止まった彼女の痣だらけの腕に手を伸ばし、もう片方の手で正邪の顔を覆いながら頭部を掴んだ。

「くっ!?」

 重い拳の突きに反応が遅れ、伸ばした両手が掴ひっくり返されることはない。針妙丸に願いを使われる前に軽い天邪鬼を持ち上げ、地面へ叩きつけた。硬い石畳や岩があれば今ので勝敗が付いていたが、柔らかい地面で命拾いしたようだ。悪運の強い。

「ふ…ぐっ…!?」

 目を覆っているため表情はわからないが、口元だけでもどれだけのダメージがあったのか想像に難くない。血反吐を吐き、紅い気泡を膨らませている。

 それでも虫の息には変わりない。顔から手を放して、血みどろで呻く顔面を踏み抜こうと足を持ち上げた。頭をザクロのように弾けることを想像し、正邪へ振り下ろそうとした直前に、後方から気配がする。

 完全に正邪を殺すつもりだと思い込んだ針妙丸が、天邪鬼を殺そうとする際に生まれる最大の隙をつこうとしているのだろうが、見え見えだ。

 私が踏み抜くまでに間に合う間合いから飛び込んできたようで、打ち出の小槌には願いが込められている淡青色の光を視界の端に捉えた。

 私は彼女をギリギリまで引き付ける。私に自分を殺す意思がないのだと、下で倒れている正邪が察したらしく、血反吐を吐きながらも針妙丸に何かを伝えようとしているが、ゴボゴボと口の中で気泡を膨らませるだけで、声にならない。

 馬鹿正直な針妙丸に私は嗤いを堪えることができない。もし、横から狙われたのであれば、何かあると勘づかれていただろう。後ろからで助かった。

 全身の筋肉を使って私の後頭部を狙うが、直前に向き直りながら移動したことで、得物は後頭部に当たることなく、ガードに使った腕が吹き飛んだ。貴重な願いを使った攻撃はその程度の損害しか出すことができなかった。

 だが、もし後頭部に当たっていれば、腕を吹き飛ばした威力から私の意識を抵抗する間もなく掻き消すのには十分だっただろう。

 しまったと針妙丸の顔が曇る。思惑、作戦を潰した時と言うのが一番心が躍り、優越感に付かれると言う物だ。私にとって極上のスパイスを浮かべている小人を、再生させた腕で掴んだ。

 打ち出の小槌の魔力を惜しげもなく使用し、その回復力に針妙丸も目を白黒させている。反撃させる間など与えず、倒れている正邪の方へ向き直り、天邪鬼の頭目掛けて叩きつけた。

 視界を針妙丸で覆い、ひっくり返す程度の能力を封じた。まとめて邪魔者を屠れるまたとない絶好のチャンス。今度はフリではなく、本気で二人を踏み潰すために足を掲げた。

 魔力で強化されていたとしても、かなりのダメージを負ったのだろう、針妙丸の反応が悪い。足を突き出そうとした直前でようやく、願いを打ち出の小槌に吹き込んでいく。願うだけであれば、ギリギリ間に合いそうな具合だ。

 妨害が入るが、来ると分かっているのであれば、ひっくり返すことは赤子の手をひねるのも同然だ。

 弾幕を放とうが、植物を操ろうが、踏み砕く足を吹き飛ばそうが、それらをひっくり返すか打ち出の小槌の魔力で再生させて最終的な結果は変わらせない。

 足を踏み下ろすと、針妙丸もこちらに攻撃を開始した。血迷ったのか、打ち出の小槌を使わず、拳を握るとこちらに突き出してきた。しかも親指をこちらに向け、殴る形ではない。

「馬鹿が…!」

 もとより私も身体能力は高くはないが、素手と得物なら、断然武器を使用した方が有利に決まっている。それを捨てて来たのは、焦りやダメージからくるパニックに侵され、判断能力を欠いている証だ。

 終わりだ。二人を殺して、早く霧雨魔理沙のところへ。

 勝利を確信した私だったが、高速で向かってきた何かが胸を撃ち抜いた。文字通り私を釘付けにする。身体を貫いたのは弾幕や植物の部類ではなく、無機物で細長い物体だ。

 それを見るまで忘れていた。私の振り下ろしていた足と、ガードを一切していない胸を貫通しているのは、彼女がもう一つの得物として使っている針だ。基本的にこちらを使っていたはずだが、もしもの時のために仕込んでいたのだろう。

 願いで小さくして、再度願いを込めて再び大きくしたのだろう。こちらに攻撃するときの手の形は拳自体での攻撃ではなく、何かを使っての形だと今になって気が付いた。ひねくれたことをしてくれる。

 狙ってか偶然か知らないが、膝関節を貫かれたことで足にうまく力が伝わらず、針ごと奴らを踏み殺せない。足の稼働させられる角度とは異なる角度で固定されたことも相まってさらに動かすことが困難だ。

 倒れながらこちらに針を延ばして来ていた針妙丸が、筋肉のバネを使って飛び起きながら私を突き飛ばした。潰すために片足で立っていたこともあり、彼女の力に逆らえない。

 背中から無様に倒れてしまう。すぐに立て直したいが、利き足が使えない状況では咄嗟に立ち上がることができない。傷を再生させようとしても、捻じ込まれた金属が邪魔で回復もままならない。

 後方に倒れる運動エネルギーや向かってくる針妙丸の進行方向でもひっくり返してやればよかったのだろうが、判断が遅れてしまった。まずいと焦りが生じつつも、内心の優位性に揺らぎはない。

 子供とおんなじ程度の体重しかないため、突き飛ばすこと自体に攻撃性はない。奴の狙いはここからだ。膝から針を引き抜くと、私の上に馬乗りになった。

 足から得物を引き抜く際に握る持ち手を順手から逆手に変えたようだ。私の血で濡れた針が、太陽の光を浴びて赤々とどす黒い色に反射する。彼女の居る位置から、そのまま頭部を串刺しにするつもりなのだろう。

 だが、ひっくり返すまでもない。正邪が針妙丸を裏切っていない内にしか使えない秘策があるのだ。

「裏切り者を守ることほど滑稽なことはないですね」

 少しでも正邪に疑念を持っているのであれば、これだけでいい。時間軸的にはこちらの世界よりも遅いのか、未だ共に行動している所を見ると、逆様異変は起きていないと考えられた。

 針妙丸はお人好しで騙されやすいが馬鹿ではない。ほんのわずかでも正邪が付いた嘘の片鱗を嗅ぎ取っていれば、彼女は気が付くだろう。私の側に小人がいない理由に。

 一瞬の迷いが生死を分ける。一秒に満たない時間があれば十分だ。切断されたのならまだしも、小さな数センチの穴を開けられた程度なら再生に時間はかからず、貫かれた心臓や脚の傷も治せるだろう。

 一瞬でも早く殺せれば、願いの邪魔くさい妨害も入らなくなるだろう。体を捩じり、身体を再生させながら蹴りを放つ前段階へ移ろうとした時、頭部に激しい激痛が走った。

 何の躊躇もなく、針妙丸が私に逆手に握った針を振り下ろしたのだ。こちらはまだ身体の再生が終わっていないというのに。私が思っている以上に針妙丸が馬鹿だったのか、それとも逆に奴の頭の回転が速すぎたのか。

 どちらなのかわからないが、そんなことはどうでもいい。いくらひっくり返す程度の能力があったとしても、意識を絶たれればそこまでだ。

 体を潰された時は辛うじて頭部が残っていた為、残った意識の中で時間の逆転を行った。しかし、今回はそうもいかない。頭部を直接狙われていた為に、意識を絶たれれば抵抗する間もなくそこで終わってしまう。

「くそがあああああああああああああああああああっ!!」

 骨を貫くのが難しいと判断したのか目に突き刺してきたが、その判断は正しいだろう。頭部の中で最も柔らかい眼球は、抉り込んだ巨大な針を押し返すことなく迎え入れる。あと数舜でも遅ければ針は脳に到達し、脳組織をぐちゃぐちゃにかき混ぜていただろう。

 すんでのところで針を掴み、あらん限りの力で押し返した。腕力の差は、全体重で押し込もうとする針妙丸に負けないはずだが、針の表面が血で滑るせいで押し返せない。力が拮抗し、握る力を少しでも緩めれば針が抉り込んでくる。

 針妙丸が私に押し込もうとする力をひっくり返して引き抜かせようとするが、彼女の握る得物が私から引き抜かれることが無い。ギリギリ正邪に視線が通る角度なのか、ひっくり返したのを更にひっくり返されている。

 力が拮抗し、針の動きが止まった。抵抗する私と押し込もうとする針妙丸の力が加わり、得物がブルブルと震えている。どちらかが力尽きた時に勝敗が決まる。しかし、私の方が不利だ。

 正邪が起きてくれば、この拮抗は崩れるだろう。その前に私は先に先手を打たなければならない。能力を使おうとすると、針妙丸が先に動いた。

 針を持っていた方とは逆の手に握られていた打ち出の小槌を掲げる。願いが込められていき、淡青色の光が強まっていく。

「そういう嘘は、聞き飽きた!」

 握った針へ、打ち出の小槌を叩きつけようと得物を振りかぶる。一発逆転を確信し、針妙丸の瞳に力強い炎が横溢する。

 自分を的にしたことで、顔中を血まみれにする正邪も体を半分起こしながら、行けと叫ぶ。その声色には、確信に満ちた物がある。

 しかし、打ち出の小槌を振り下ろすのがほんの数舜遅かった。本人が一番だが、その後方で立ち上がろうとしていた正邪は異変を感じ取っただろう。

 掲げた打ち出の小槌を攻撃のためにではなく、何もすることなくただ普通に降ろしたのだ。その動きは、まるで私が潰れた全身を再生させた時と同じように見えている事だろう。針妙丸の時間をひっくり返し、動きを逆行させた。

 肉体の時間をひっくり返すことができても、思考の流れまではひっくり返しておらず、勝ったと思い込んでいた瞳の色は、困惑の一色で染まっている。状況はすでに八方塞がりで杜絶した。

 逆行により、打ち出の小槌に宿っていた光が光量を失い、私の頭を貫かんとしていた時の姿勢へと戻っていく。

 目を針で刺された時にはかなり焦ったが、ここまでくればもう私に死ぬ心配はない。こいつらの貧相で、運任せの作戦は失敗に終わった。

「針妙丸!」

 逆行している時間の流れをひっくり返して順行させるのに、パワーはそこまで必要ない。だが、時間を切り替えられるまでのラグタイムがあれば、馬乗りになっている小人を吹き飛ばすことなど造作もない。

 体のバネを使い、針妙丸へ蹴りを叩き込む。短時間でここまで私を追い詰めたのは称賛に値するが、たった一発の蹴りで盤石とは程遠い作戦が破綻し、瓦解する。

「あぐっ…!?」

 小さな悲鳴を残し、小人の体が余計に小さくなっていく。体重が軽いせいか、殺すには至らなかった。

 打ち出の小槌には魔力が込められておらず、願いで軽減した様子はない。正邪がひっくり返して攻撃のダメージを軽減したのだろうが、小人の表情からそれなりには伝わっていそうだ。

 針妙丸が地面に落下するころには、私の片目は既に再生が終わっていた。地面に転がり、吐血する小人へ向け、跳躍する。

 敗色濃厚であるため逃げたかと思ったが、天邪鬼が私と針妙丸の間に割り込んでくると、防御の姿勢を取る。状況に振り回されず、一つの行動に統一しているのはある意味では正解だが、この状況では間違いだ。

 ひっくり返す程度の能力は面倒であるが、これまでの戦いでわかる通り無敵ではない。攻撃した際のわずかなラグによるダメージの蓄積で戦闘不能にするか、攻撃を判断する頭の処理能力を超えた速度で攻撃を行えば、奴は付いてくることができずに、もろに攻撃を受けて殺せるだろう。

 針妙丸が立て直すまでの時間すらも稼がせない。跳躍した力を魔力で体を減速させ、正邪へ拳を叩き込んだ。これだけの力の差がありながら、小人のように吹き飛ばないのは、能力のおかげだが、限界は遠くは無い。

 衝撃をひっくり返し、時間を稼ごうとしているようだが、攻撃の回転数を上げていくごとに能力の反応が悪くなっていく。一打一打は軽くなっているかもしれないが、その分だけ早いため、能力の使用が追い付いていない。

 その内、正邪の精神より先に、肉体が根を上げる。防御に使っていた腕の骨に亀裂が生じ、次の攻撃で肘が逆へ曲がる。それでも腕を酷使していると肩が外れ、そのうち腕自体が千切れ飛んだ。

 片腕だけではない。残った方も捻り潰し、腕としての役割を果たさないように徹底的に壊す。二度と立ち上がれないように。

「ああああああああああああああああっ!!」

 私にとっては心地の良い正邪の悲鳴。自分と全く同じ声であるはずだが、普段の声と外から聞こえる自分の声に差異があるため、奴が発する身を切り裂くような絶叫は、他人のものと変わらない。

 それでも、なぜか私の邪魔をしようと立ちふさがり続ける。私の中で持っている天邪鬼のイメージと少しずれる行動だが、毛ほどに興味がない。死んだも同然だ。

 腕を失った状態でも邪魔をしてきたため、数度拳を叩きつけてやっただけで簡単に骨が砕け、その範囲は全身に広がっていることだろう。

 立っているのもやっとに見えた。そろそろ引導を渡してやろう。顔面をぶん殴り、視線をこちらから横へと誘導するつもりだったが、予想以上に正邪が弱っていたようだ。骨が折れる音がしたと思うと、彼女の首がねじれて傾いている。悲鳴を上げる間もなかったようだ。

 真っ青に、次第に土気色へ変色していく。傾いた横顔の口元から赤黒い血液が覗き、だらりと垂れていく。顔を殴った時のもそうだが、首の脛骨が砕けて喉奥から露出し、出血を起こしている。

 首の神経を切断したことで、もし生きていたとしても首から下は不随となるため、脅威とはならないが念には念を入れ、ゆっくりと膝をついた正邪の胸へ手を抉り込ませた。

 魔力の強化も解け、柔らかい粘土に爪を立てているように感じる。心臓を握り潰してやろうと思っていたが、勢い余って引き裂き、背中側まで手が貫通してしまった。

「おっと」

 正邪へ突っ込んだ腕がどれとも区別のつかない組織片と血液にまみれる。強い収縮と弛緩を繰り返していた組織が、痙攣して動かなくなっていく。それだけは心臓なんだと想像がつく。奴の後方に倒れている針妙丸からはよく見えている事だろう。

 目を見開き、起こったことが信じられないと表情を浮かべている。そんな彼女へゆっくりと時間をかけて腕を引き抜き、死んでいると分かる空洞を見せつけた。

 前のめりに傾いていく正邪の体は膝をつき、座り込む形で一度静止する。さらに前へと倒れ始めた天邪鬼へ、膝で蹴りをぶち込んだ。

 首の骨が外れて固定されていないため、頭部だけが飛んでいくかと思ったが、蹴りに使った膝がめり込んだ分だけ大きく陥没し、顔面側が風船を思わせる膨らみ方を見せると、内容物を弾けだした。

 潰れた脳と脳漿、頭蓋骨の破片。それだけでなく、皮下組織や毛髪の残る皮膚、筋肉等が散らばり、見るに耐えない凄惨な現場へと変貌させていく。

 普通の人間は勿論の事、こういう光景を見慣れていない妖怪ですら、耐えきれずに吐いていただろう。まあ、私からすれば見慣れた光景だが。

 しかし、育ちの良いはずの針妙丸が、見慣れぬ光景に嘔吐するかと思ったが、正邪だった物の一部を浴び、茫然とこちらを見上げている。まさか死なないとでも思っていたのだろうか。

 首の動脈から血液を垂れ流す首なしを死体を、針妙丸の方へと蹴り倒した。力なく倒れ込んだ死体は、その後も血液を流し続けて小さな赤黒い池を作る。

 脅威を一人潰したことで、気分がいい。倒れた正邪を踏みにじりながら小人へと近づこうとするが、状況が変わっていく。

 読み込めていなかった多大な情報を、ようやく脳が処理したらしい。顔を真っ赤に激怒させ、傍らに落ちていた打ち出の小槌を乱暴につかみ上げた。願いを込めた打ち出の小槌を私へと薙ぎ払った。

 衝撃波を放ったのだろうが、これだけ何度も食らっているのだ。対策位は講じるものだ。

 小槌の願いがかなえられ、中空に発生した衝撃波が、気流の乱れや空間の歪みが生じる前に、ひっくり返してやった。

 正邪が殺されて動揺しているのだろう。感情に任せた愚行の対価は、放った攻撃を自分で食らう事で支払われた。

「がふっ…!?」

 ひっくり返した衝撃波は扇状に広がり、打ち出の小槌を振るっていた針妙丸を捉える。ひっくり返した位置が近かったらしく衝撃波が腹部に集中し、食らった瞬間に体をくの字に曲げた。

 周辺の土を巻き上げ、木々を大きく傾かせる程の威力。それを正面から浴びた針妙丸の身体は、私が食らった時よりも派手に後方へと吹き飛んでいった。当たり所が悪かったのか、衝撃波が針妙丸が吐血した血液を巻き込んで薄っすらと赤みを帯びている。

 気兼ねもなくひっくり返してしまったが、吹き飛んだ針妙丸をこれから追わなければならないと考えると、面倒くさい。

 どうせ私の勝ちは決まっている。打ち出の小槌には制限がある、食らったとしても体を再生させてから奴を殺せばよかった。そう思ってげんなりとしそうだったが、彼女は数メートル後方にある樹木に体を強かと打ち付けた。

 鈍い音が木の揺れる音と葉っぱの擦れる木の葉の音に紛れるが、その中に固い物体が潰れるような音も交じっていた。背中から突っ込んだことで、背骨を損傷したのかもしれない。

 もしそうであるならば、逃走も絶望的であるためゆっくりと針妙丸へと歩み寄る。木に背中を預けながらズルズルと地面へと座り込む彼女は、内臓にもダメージが行きわたっているのか、尋常ではない量の血を吐いている。

「ごぼっ……!」

 歩いていると、地面を踏む足に違和感があった。土を踏む感覚ではなく、柔らかく弾力のある物体だ。軽く足を傾け、踏んだものを確認すると、血まみれの臓器片と思わしきものが落ちている。

 よくよく針妙丸を観察すると、腹部辺りの皮膚や皮下組織、腹筋等が無くなり、一部内臓が露出していた。衝撃波に血液が混じって赤く見えていると思っていたが、案外この内臓のせいもあるのかもしれない。

 紐状の内臓を踏み潰し、たまに引き千切りながら歩み寄る。腸内の内容物が溢れ出て来たのか、独特なむっとした匂いが当たりに立ち込める。嗅ぎ慣れたと思っていたが、久々だとやはり新鮮味がある。

「随分と、かわいらしい姿になりましたね」

 血を吐くのが止まらない針妙丸へしゃがみ込み、視線を合わせながら呟いた。彼女自身の戦意はまだ喪失していないのか、私に攻撃を加えてこようとしているが、衝撃波で潰れた腕は持ち上がっていない。

 ほとんどの怪我は腹部に集中しているが、影響は顔にも及んでおり、口から吐血と喀血を同時にしている以外に、充血した目からは鮮血を流している。

 腹部への衝撃で横隔膜が押し上げられ、肺から空気が一気に外に流れ出ようとしたが、間に合わなかったのだろう。鼻腔内の気圧が上昇し、鼓膜が破れたらしい。耳からもドロッと血が流れ出ている。

「悔しそうですね」

 私の声が聞こえているのかどうか怪しいが、中耳内にある鼓膜からではなく、音を感じ取る耳小骨や蝸牛へ骨を介して音を脳に伝えているのだろう。私が語りかけると睨み、何かを話そうとするが、咳き込んで言葉にならない。

「そうだ、いい事を思いつきました!あなたの残った力を私の強化に使ってくれるのであれば、それであなただけは助けてあげてもいいですよ?」

 ここまで来たら私の勝ちは決定的に明らかだ。能力を手に入れに行くのに、力はいくらあってもいい。それに、もうすぐ死ぬであろう針妙丸からすれば願ってもない話だろう。

 自分で自分を回復させればいいと言った単純な話ではない。もし、自分を回復させたとしても、私が殺す。まあ、私に力を与えたとしても殺すが。

 私から視線を外し、真っ赤な瞳で周りを見回した。言った通りに私を打ち出の小槌で強化してくれるのだろう。

 腹部が潰れているため、足元に転がっている打ち出の小槌には手を伸ばしたとしても届かないだろう。仕方がない、渡してやろう。

 彼女の臓物がかぶさっている真っ赤な小槌を拾い上げ、邪魔な内臓を振り落とした。視界に小槌が見えると、辛うじて残っていた腕をこちらに延ばして来た。

 震える指で掴み、掲げようとしているが、持ち上げるだけの力が残っていないのだろう。小槌を握ったまま地面に腕が落ちた。

 だが、触れてさえいれば、打ち出の小槌を介して願いを叶えることはできる。願いを込め始めたのか、赤い小槌が淡青色の光に淡く光り出した。

 あとは、強化されるのを待つだけだが、素直に強化してくれるかどうかと言ったところだが、馬鹿正直な彼女の事だから騙されているとも知らずに強化してくれるはずだ。

 そう思いながら彼女が強化してくれるのを待っていると、唇を震わせながら何かを話そうとしている。信用できないから約束でもさせるつもりなのだろうか。口約束など意味が無いというのに。

「あ……あん…た……を…」

 血を吐きながら呟くため聞き取りずらいが、私を呼んでいるようだ。何を言うつもりだろうか。

「信じるわけない……!!」

 絞り出すように針妙丸がつぶやくと同時に、打ち出の小槌が発する光が最高潮へ達する。なんだ、裏切られたと顔を歪めながら死にゆく様子を眺められたというのに。

「じゃあ死ね」

 死にかけている針妙丸に、私は立ち上がりながら靴裏で踏みつけた。私を強化しないというのであれば、さっさと殺すに限る。苦しみを最大限に与え、長く楽しみたかったところだが、仕方がない早く終わらせるとするか。

 靴裏で蹴りつけると針妙丸が小さく悲鳴を上げる。身体を強化しているはずだが、悲鳴を上げる暇があるとは思っていなかった。強化を回復ではなく、防御に使ったのだろう。

 自分の死の時間を先延ばしにするだけの愚かな行為だ。頭を蹴り付けて潰そうとしても上手くいかないのであれば、潰れるまでやるだけだ。

 私は声を高らかに針妙丸の死を願って叫び、嬉々として木にもたれかかる針妙丸を踏み潰す。一度や二度ではない。脳髄を周囲にぶちまけるまで、これは終わらない。優越感に身を任せながら、何度も頭部を踏み潰した。

 




今回で正邪と針妙丸のパートを終わらせるつもりでしたが、足りませんでした。

次の投稿は6/25の予定です。


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東方繋華傷 第百八十二話 心願

自由気ままに好き勝手にやっております!!

それでもええで!
と言う方のみ第百八十二話をお楽しみください!



今回で正邪たちのターンを終わらせるつもりだったのですが、文字数が足りませんでした。
時間が取れなくて急ぎだったため、変なところが多いかもしれませんが、ご了承ください。


 人気のない森の中で、けたたましく激しい打撃音が響き渡る。私が足を延ばして対象を蹴れば蹴る度に発せられる。その度に、押し殺した少女のうめき声が足元から聞こえてくる。

 靴越しではあるが、ヌルつく感触に針妙丸の顔や頭は既に血まみれであるのを感じる。後はこいつを殺すだけだというのに、いつまでもしぶとく生きているため、そろそろ飽きて来た。どれだけ生きていられるか、試してやろうと思っていたが、十数回を超えるとさすがに面倒だ。

 とはいえ、奴が死ぬ瞬間を見るのを見るのは楽しみだ。どんな散り様を見せてくれるだろうか。できれば、正邪のように派手に死んでくれると愉快痛快だ。

「早く、脳みそをぶちまけでくださいよ!」

 何度も、何度も踏みつけ、針妙丸の頭を潰そうとした。大きな代償が無い強化など精々十数秒程度が良い所だ。いつ潰れてくれるのかと心待ちにしていると、違和感に襲われた。

 奴が防御力を強化して潰れないのは別に違和感の対象ではない。そうではなく、私の攻撃力ならば、針妙丸が背中を預けている木が吹き飛ぶか、砕けていてもおかしくないのにその様子もない。

 彼女は、いったい何に願いを使ったのか。思考を巡らせようとした時、私の後方で誰かが立ち上がる気配と、夥しい殺気を感じ取った。

 何かを考えている暇はない。何かが来るのを気配で察し、横へ飛びのいた。私の頬を掠めるようにして、拳が振りぬかれた。正面から見たことは殆どないが、自分と同じ形をしているのだと分かる。

 咄嗟の事で体が思うように動かず、反応が遅れた。怒りに満ち満ちている正邪の顔がすぐ近くを通り、横に避けた私へ更に弾幕で追撃を加えてくる。

 今は体勢を整えることを優先するため、応戦せずに蘇生された体中血まみれの正邪から距離を置く。

 自分以外の周囲の無機物を強化するなどまずないため、自分でなければ何を強化したのか謎だったが、ようやくわかった。まさか、死人を生き返らせることに使うとは。

 時間を巻き戻した時と同様に、流れに逆らうことはそれなりのパワーが必要だ。生から死へ誘うのは難しくない、殺せば死ぬのだから。しかし、その逆である蘇生となると、エネルギーは相当必要だ。

 死体の状態にもよるが、私は心臓をくり抜き、頭部の原型を留めないほどに吹き飛ばした。蘇生は絶対に不可能なレベルの外傷を治したとなると、願いの代償は魔力では済まないだろう。

 周囲に願いの代償が現れなかったという事は、自分の中で完結させたという事だ。一つの命を生き返らせたという事は、対価として一つの命を犠牲にしたという事になる。つまり、針妙丸自身の命だ。

 正邪が生き帰ってきたことで少し焦りはしたが、針妙丸がくたばることは確定であるため、結果はどちらにせよ同じだったわけだ。

「生き返った気分はどうですか?いやあ、うらやましいですね~、死を二回経験できるなんて」

 生き返って来た正邪にそう呟くが、返答はない。言葉に出さずとも、彼女が抱いている感情は実にわかりやすい。表情を抑えきれない程の怒り。

 しかし、その感情を私にぶつけるのは間違っている。殺し殺されの世界で、闘争に身を投じている時点でそれは覚悟するべきであり、死んだのは正邪のせいだ。

「あなたが寂しくないように彼女を殺してあげたというのに、こちらに戻ってきてしまうとは、あなたは酷い人ですね」

 早く終わらせるために焚き付け、こちらに向かわせようとしたが、意外にも冷静に彼女は突っ走ることなく構えた。

 つまらない。一人殺し、その仲間思いの連中を捻じ伏せるところまでがワンセットだというのに。しかし、まるっきり戦う意思が無いというわけでもないため、それはそれで楽しむとするか。

 来ないのなら、こちらから行ってあげよう。私が歩き出すと、待っていたように彼女も歩き出した。手を伸ばせば触れるであろう、お互いの射程に入った瞬間にその頭部に穴を開けようと拳を振るった。

 いつも通りに私の命を狙ってきた連中と同じように殺してやればいいはずだったのに、私よりも圧倒的に速い速度で正邪がこちらに手を伸ばすと、拳を正面から掴んだ。

 力を受け流して寝技にでも持ち込むつもりなのかと思ったが、彼女はそんな複雑なことはせず、シンプルに受け取るめるだけで終わった。

 私の力であれば、彼女程度なら腕ごと吹き飛ばせるはずなのに、掴んで来た腕を押し返すことすらできない。代わりに、伸ばそうとしていた私の腕の方が逆に押し込まれ出した。

「なっ…!?」

 針妙丸を踏み潰そうとしていた時、正邪に邪魔されて思考を巡らせることができなかったが、殺せなかったことを楽観視していた。打ち出の小槌で強化していないはずなのに、私が踏み殺せなかったのかを。

 打ち出の小槌の力を使ったのであれば、力で負けることはまずないはずなのに、なぜ押し返すことができない。打ち出の小槌の魔力で再度強化しようとした時、自分の中に小槌の力を感じることができなかった。

「……………あ…?」

 理解が及ばず、声が漏れる。何かが起きていると、様子を見るために腕を引っ込ませることを忘れていた。そうしているうちに、伸ばした腕を正邪に握り潰された。

 乾いた枝を、まとめてへし折っている様だとはよく言ったものだ。まさにそんな音が私の握った拳から発せられた。

 ただの魔力で強化しても、その防御力を上回る攻撃力は、打ち出の小槌の魔力で強化された物だ。正邪を蘇生させただけでは勝てないと考えた針妙丸は強化も施したらしい。

「ぐっ…あがああああああああああああああああっ!!?」

 潰され、捩じられ、動けなくなった隙に後ろに回り込まれ、残った左腕もへし折られた。乾いた音が響き渡る内にどちらの腕も感覚と言う物が無くなり、僅か数秒で使い物にならなくなってしまった。

 今の彼女なら、私を殺すことなど造作もないはずなのに、止めを刺すことなく砕かれた私の両腕を放した。

「あぐっ……!!」

 両腕を潰されているため、痛みを和らげようと摩ることもできない。いつもは魔力でシャットアウトしていたが、それをすることもできない程に私に残された魔力は少ない。

 小槌の魔力を感じないのは、十年前に無理やり彼女に使わせた願いの効果が切れたことを示唆している。それにより、時間の逆行や肉体の再生ができない。そんな、切羽詰まった状況だというのに、私の頭の中は未だ楽観的な思考をしている。

 私の優位性は変わらず、ここからまだ勝てると何となく感じているのと、思考との乖離が酷い。何かがおかしいそう思うのには、私は遅すぎた。

 残り少ない魔力で、自分ですら違和感を抱くほどに優位性を訴える感覚をひっくり返すと、打って変わって私の頭の中は痛みに侵されていない処理能力を使って警笛を上げ始めた。

 ひっくり返すのだから、余裕を感じている状態から危機感を感じる状態になるのは当たり前だと思うかもしれないが、そういう問題ではないのだ。ひっくり返さなければその感覚に移れないという事が問題なのだ。

 戦闘中、常に私は優位性を感じており、ずっと前から奴にひっくり返されていたことに他ならないのだ。

「ようやく気が付きましたか」

 腕を折られても変わらず嗤っていた私の表情や雰囲気が変わったことで、彼女も気づいた私に気付いた。

「そう、この世界でこれだけ生き残ってきたあなたは非常に狡猾で、用心深い。だから、考えを変えさせる必要がありました」

 私が勝っているという感情は、状況変化から来る物ではなく、私の警戒心や用心深さをひっくり返して真逆の作用をさせることで生じさせていたのだ。

 完全にやられた。余裕だろうと考えていても、心の奥底では警戒心を持ち続ける。そうして感覚と思考を乖離させることでこれまで生き残ってきたが、感情と思考を同じ方向に向けさせられ、分けて考えていた物を混同させられたため、変化に気が付けなかった。

「くそ…くそっ…!!お前なんかに……!!…天邪鬼らしくない、お前なんかにやられるなんて…!!」

 私の攻撃能力を奪い、勝ったつもりでいる正邪は針妙丸の方向へ歩いて行こうとするが、私は残った魔力で徹底的にお前の邪魔をしてやる。

「これで終わりじゃない、私は……お前を絶対に許さない!!」

 腕が潰れたとしても、能力はまだ生きている。最後まで私は足を引っ張り続けてやろう。できるだけ、奴の独り占めする打ち出の小槌の魔力を削ってやる。

 向かおうとした進行方向をひっくり返し、進もうとする正邪を引き留めた。邪魔をするなと睨みつけてくるが、目的を果たせていることで私は愉悦に顔を歪めた。痛みで上手く笑えたかわからないが、足を止めさせるだけの効果はあった。

「できるだけ…時間と魔力は消費したくはないのですが、仕方がないですね」

 まるで秘策があるような言いぶりだが、どうせ大した思惑ではないだろう。奴も自分でやっていたからわかるだろう、私の腕を握り潰すだけの腕力があろうが、ひっくり返す程度の能力がある内はダメージを与えることは難しい。

 なにか急いでいるようだが、そう簡単に逃がしてなるものか。命の続く限り最後まで邪魔を続けてやる。

「あなたの、能力を使えなくさせましょう」

 あらゆるものをひっくり返す程度の能力だが、できることも多いができない事も多い。その一つとして、生成と消失だ。

 この現実改変能力は、時間の逆行や重力などの法則にも干渉でき、物理的には不可能な場所の入れ替えなど現実的ではない事までできる。

 しかし、零にする事、すなわち消し去ることはできないのだ。その逆もしかりで、零から何かを生み出すことも難しい。例えるなら、この能力はコインの裏表をすることはできても、コイン自体をなくせない、新たに作れないと言えばわかりやすいだろう。

「どうするつもりですか?あなたに能力を消すことはできません、やれるものならやってみてくださいよ」

 これまでと同じで、100%ブラフだ。矛盾もいい所であり、わかりやすい嘘を見抜き、彼女がほざいたことの対策を講じることなくほら吹きの彼女へ警戒を向けた。

 例え、私が知らなかっただけで能力によって消失させることができたとしても、奴は私が知っていることが前提で話しているため、それを逆手に取る。

 これまでの会話から、奴が本当の事を話している事の方が少ないと考えられ、能力を使って消すと宣言しているが、能力を使うつもりなどさらさらないだろう。

 消すと私が言われ、能力を消させないためにひっくり返してあらかじめ能力を消しておき、奴が使用した段階で能力が戻る。そういう動きに私が行くように誘導し、実際には私が能力を自分で消し、正邪自身は能力を使わずに消し去る算段だったのだろう。

 だが、穴だらけの作戦だ。恐らく奴もこれを試すのは初めてなのだろう、私の方が力だけでなく、能力の知識も上だったようだ。

 そんな小賢しい手に誰が引っかかるというのか。奴がいつ動き出してもいいように、構えようとした時、視界が真っ暗に染まった。

「あ…?」

 目を拳か弾幕で打ち抜かれたわけではない。衝撃や痛みを感じないし、何よりも反応する間もなくダメージを与えられるならそれこそ意識など残っていないだろう。

 走り出す体勢もできていなかった正邪が私の目を潰すことなど絶対にできないはずなのに、私の瞳は景色を映さない、光を認識しない。

 自分の足元や手どころか、視界を塞ぐ瞼の存在すらわからない。耳や肌、鼻の感覚は残っている。音は聞こえ、ゆっくりと通り過ぎていく風の感触、焦げ臭い匂いは未だに感じているが、目の感覚だけが欠如している。

 何が起こったのかわからず、そこにあるはずの見えない両手で自分の顔に触れた。瞬きをしている感覚も目を動かす感覚もあるはずなのに、脳が景色を認識できていない。

「何が……?」

 こんなに近くに指があるはずなのに、その影すら瞳に捉えることができない。何も見えないただの暗闇が視界の全体を覆っている。

 彼女にひっくり返されたのだと理解させるのに、数十秒を要した。彼女の秘策が何だったのか、遅れて察した。

「何を勘違いしているんですか?誰も消すとは言ってませんよ」

 この能力の唯一の弱点である視力を奪われた。ひっくり返す程度の能力は、大妖精の瞬間移動並みに視界に依存する。見えている範囲内でなければ、ひっくり返す対象を定めることができないからだ。

 裏をかかれた。まさか、同じ種族に騙し合いで負けるとは思ってもいなかった。浅はかな自分に腹が立ってくるが、こうなるともうどうしようもなくなる。

 能力を使いたくても、目標を絞れない。奴に一杯食わされた。そう思っていたが、奴の行動に対して違和感が沸き上がる。

 奴はなぜ向かってきた。二人が共闘している事から、逆様異変が起こっていないのは明白であり、世界のバランスをひっくり返すだけの力が授けられたとするならば、打ち出の小槌の魔力を貰った時点で逃走してもおかしくはない。

 私を殺さなければ、平穏が来ないからと言えばそうであるが、違和感があったのはそこではない。

 あの大事な局面で、言ったことをしたことだ。私なら、自分のしたい行動に抵抗されないように真逆のことを言うか、それとなく言い回しを変える。ストレートに言うことはまずない。

 天邪鬼らしくない行動であることこの上ない。何なんだこいつは。そう思った直後、彼女の言動や行動を思い出した。

 針妙丸が後ろから攻撃してきた時の後ろから来るという言葉、グレーゾーンであるが右から弾幕が来るという言葉、全て噓であると決めつけていたが、その通りに実行して私は攻撃を食らっていた。

 今回も彼女は言った通りの行動をした。そして、もう死んでいるであろう針妙丸の方へ行こうとしているように見えた。何をしようとしたのかは途中で止めたため分からなかったが、私は嫌な予感を感じていた。

 彼女はこれまで嘘をついていなかったと思われると、続けて思い当たる所が出て来た。この世界にいる針妙丸は元気にしていると嘘を伝えた時や、写真を踏みにじった時の表情。もしそれらも嘘のついていない真であると考えると、なぜ針妙丸の方へ行こうとしたのか何となく予想がついてくる。

 時間と魔力を無駄にしたくないというのは、針妙丸を助ける為だったと。こんな、こんな天邪鬼らしくない、恥さらしと言っても過言ではない奴に、私が負けたと考えると腸が煮えくり返る。

「お前みたいな奴に、お前ごときに出し抜かれるなんて…!ふざけるな…!!」

「あー…はいはい、そうですね」

 正邪は私の能力を封じると、脅威がなくなったと判断したのだろう。先ほどよりも声が遠く、大まかな方向しかわからなくなっていた。体でぶつかってでも奴のやろうとしている事を邪魔してやりたいが、木々で反響する足音に場所がつかめない。

 どうにか追おうとするとするが目が見えないため、手探りで行こうとするが、奴の声が離れた位置から聞こえて来た。

「私なんかに構ってていいんですか?…今のあなたは能力も何もない、魔力が使えるだけのただの人間と変わらないんですよ?」

 それを言われるまで、気が付かなかった。これまでは強力な能力ゆえに殺されなかったが、今はそうもいかない。二枚舌でどうにかなる状況を過ぎてしまっている。

 目が見えず、能力も使えないとなれば、もはや狩る側ではなくなり、狩られる側になっている。今の状態なら、人間にすら負けるだろう。それほどに弱体化している。

「くそ、くそっ…!」

 目が見えない、能力が使えないとなればこれまで欺き、力でねじ伏せていた者たちから報復があるのは想像に難くない。正邪は針妙丸を助けるつもりであるため、私が死ぬとすれば他の第三者によってだ。

 逃げたとしても、隠れたとしても、もはや私が死ぬことを覆すことはできないが、だからと言って割り切ることはできず、私は目的地も行く当てもなく、手探りでこの場所から逃げ出した。

 歪み、潰れた手で探って進んでいるため、すぐさま逃げることは難しい。普段なら数秒で行けるような距離を、十数秒かそれ以上の時間をかけて進む。手に当たった物がどういった形をしているのか確認もせずに迂回しようとすると、体をぶつけてしまい、私は数分と立たずに擦り傷だらけになってしまっていた。

 しかし、そんな些細な事を気にしていられない。早くどこか身を隠せる場所に逃げないといけないのだ。腕を失っていることで、ロクに抵抗をすることもできない。多少怪我をしたとしても、命を優先するべきなのだ。

 こんな惨めさ、敗北感を味わったのは初めてだ。あんな中途半端な奴から尻尾を巻いて逃げるしかできないなんて、最悪だ。

 自分を叱咤しながらせいぜい数十メートル。体感では百メートル程度の距離を何十分も時間をかけて這進んだ。

 よそ見をしながらでも歩けるほどに慣れた森の中だったが、いざ目が見えなくなると知らない場所と変わらない。様々なものに体をぶつけ、転がった枝や石に躓いて転んだ。

 亀のようにノロノロと進んでいると、不意に何かに手をぶつけた。潰れた腕では確かではないが、森の中では似つかわしくない柔らかい物だった気がする。さらに、木々であればひんやりと冷たいはずなのだが、一瞬でもわかる程に熱を持っている。丁度、人肌ぐらいだ。

「っ!?」

 慌てて手を引っ込めようとしたが、退こうとした私の手を人肌に温かい手が掴んで来た。しかし、すぐに違う事に気が付いた。潰されて感覚が鈍っていたことで触られていると思っていたが、腕に鋭い痛みが走り、漏れ出した体液が皮膚を伝う感覚がする。

「あは!…正邪ぁ…」

 幼く、聞き覚えのない声が私の名前を呼ぶ。

 声に聞き覚えはないが私が覚えていないだけで、もしかしかしたら使い潰してきた内の一人かもしれない。正邪との戦いで、私がやられるのを遠目に見ていたのかもしれない。

 私が長い距離ずっと這進んでいたことで目が見えず、正邪相手に能力を使用しなかったことで、固有の能力も使えないのだと確信したのだろう。出てきて私の腕に食いついてきた。

「くっ…!」

 何とか腕を振り払い、私に噛みついてきた人物を振り払う。相手はすぐに身を翻して走り出し、森の木々に隠れて居場所が掴めなくなる。

 聴力に魔力を使い、周りに意識を向けて初めて気が付いた。不自然に草花が揺れる音があちこちでしているのを。周りに妖精か妖怪かわからない者たちの気配がしており、いつの間にか完全に囲まれていた。

「正邪はいいなー」

 そう呟く声が聞こえてくる。その声からして、最初に噛みついて来た妖精か、妖怪だろう。幼い子供のような下っ足らずな声音から、妖精のイメージを持った。

 こうして複数人で出向いたという事は、使い潰されてきた復讐に来たのだろうか。しかし、すぐさま囲ってボコボコに殴り殺されないのが謎だ。返答を返そうとするが、その妖精はこちらの回答を聞く前に話を始めた。

「私たちも、正邪みたいな力が欲しい」

 敵に流れる魔力に意識を向けると、その量が妖精や妖怪からすれば極端に少ないことがわかった。

 こいつらは、魔力は持つが能力の発現に至らなかったのか、もしくは要請が何度も殺されて弱体化したか、能力を失ったのかか。普通の人間よりも多いぐらいの魔力しか感じられない。

「何を言って…」

 いや、聞くまでもない。連中が何をしようとしているのか、最初の妖精が行った行動から予想がついてしまった。私を食い、力を得ようとしているのだ。

 自分よりも強い性質の肉体や魔力を取り込み、力を得る方法を試みた奴が過去にいたが、非常に効率が悪い。確かにそれで力を得られない事は無いだろうが、たった一人を食ったところでそこまで力が得られるものではない。

 こいつらは、それをわかっていないのだ。唾液を滴らせ、逃げようともがく私に全員が一斉に飛びかかってきたのを、気配や音からなんとな察した。

 最初の一人か二人までだ。何とか蹴りを当てたり、潰れた腕をぶん回して吹き飛ばしていたが、多勢に無勢だ。五人か六人程度だろうと思っていたが、私を地面に押さえつける腕の本数からその倍はいたらしい。

「くそっ…!放せ!!」

 藻掻き、振り払おうとしても大人数の前では腕を持ち上げることすら叶わない。残り少ない魔力を温存していられない。能力が使えないのであれば、今肉体に使うしか生き残れない。

 魔力をふんだんに使い、妖精や妖怪たちを振り払おうとするが、腕を潰されていたことと身体能力の低さが相まって、そこらの雑魚共すら満足に引き剥がせない。

「放せ!放せえええええええっ!!」

 生き残るためにはこちらも必死だ。足を掴む奴を蹴り、体を捩じって拘束から逃れようとする。がむしゃらに暴れ、拘束から逃れられそうになった瞬間、最初に噛みついて来た妖精と思われる人物が私の首元に顔を寄せた。

 待ちきれなくなったのか、幼く柔らかい唇とは対照的に硬いエナメル質の歯が私の肌に食い込んだ。鋭い激痛が走ったかと思うと、筋肉や弾力のある管が引き千切られる音が耳元から聞こえて来た。

「あああっ……かぁ…っ…!?」

 腕に食いつかれた時とは比べ物にならない程、体の中から血液が失われていく。脳に行くはずだった血液の殆どが首元から溢れ出し、脳の活動を著しく低下させていく。

 暴れることすら脳の処理能力ではできなくなっていき、体から力が抜けていくのを朧気ながら感じた。それでも、完全に意識がなくなるのには数分はかかるだろう。その短くも長くもある時間は、私にとって地獄を思い知らされるだろう。

 真っ暗な視界の中でも感覚だけは残っており、一斉に私の体に噛みついてきた妖精たちによる痛みに、私は悲鳴を上げていた。

 激痛に飛び上がりそうになるが、押さえつけられているため、体が痙攣するように震える。

 痛みをどうにか忘れようと、和らげようと、私は叫び続ける。死にゆく体から目を背けながら、こちらを覗き込む死の世界を否定しながら。

 激痛で処理能力を失って、まともに思考を巡らせることもできなくなった脳味噌で、あらん限り叫んで全てを吹き飛ばそうとした。

「がふっ…ぁぁ…ぁ…!」

 叫んでいた私は、いつの間にか声が出せなくなっていた。痛みが叫ぶことの処理能力すら奪ってしまったのではない。死んだからではない。喉を食い千切られたのだ。

 私の耳元で、今度は喉仏を噛み砕く音が聞こえてくる。軟骨が折れ、砕け、気道が露出したのか、呼吸をしようとすると、ひゅうひゅうと喉から音がする。

 いや、それだけではない。筋肉を引き千切り、骨を噛み砕き、血を啜る。内臓を引きずり出し、浴びるように貪る音がそこら中から聞こえてくる。

 周囲には針妙丸を吹き飛ばした時と同じ、内臓が零れた時のムッとする匂いと濃い血の匂いに埋め尽くされていた。その合間を妖精や妖怪たちの感極まる歓喜が飛び交っている。

 いよいよ、異次元正邪の首に死神の鎌が携えられた。彼女は最後の最後まで苦痛と絶望を味わい、最後の最後まで二つの敗北感を味わい尽くしながら死んだ。

 

 

 

 邪魔者は消えた。森の中を這いつくばりながら進んでいく異次元正邪を見送っていたが、そんなことをしている場合ではない事を思い出し、横たわったままピクリとも動かない針妙丸に向き直った。

 傷口からは血はまだ出ているが、心臓によって押し出されているというよりも、ただ溢れ出してると言った方が近いだろう。触ってみて分かるが、当然脈は感じない。

引きずり出された紐状の内臓は、どんな名医だろうと治すことができない程にズタズタだ。

 彼女の生存や蘇生は医療なら絶望的だが、時間がそこまで経っていない今ならできる。針妙丸から受け継がれた力を使って、彼女の時間を巻き戻す。

 瞳を閉じ、横たわっている彼女にひっくり返す程度の能力を使用する。時の進行方向を逆転させ、時間を彼女がこの大怪我を追う前へ巻き戻す。

「くっ…!?」

 だが、すぐさま障害が隔てる。私が予想していたよりも、ずっと魔力の消費が激しい。異次元正邪は表情に出さなかったが、これだけの消費だ。彼女の思考回路をひっくり返していなければ、今頃は二人仲良くあの世に送られていただろう。

 見た目は全く変わらないが、彼女の土気色の肌がゆっくり、ゆっくりと体温を取り戻していくのを、視界や肌で感じる。流れ出た血液が戻っていき、針妙丸の体内を循環する。

 大量の魔力を惜しみなく使い、時を巻き戻し続ける。血色がよくなっていき、三十秒か四十秒も経つと胸がゆっくりと上下して、呼吸を始めた。

 いい調子だ。そのまま目を覚まし、怪我が治ってくれればいいのだが、魔力の消費量的に、中々に際どそうだ。彼女から授かった魔力は、この段階で既に半分以上使ってしまっている。

 それに、まだ内臓も外に露出したままであるため、呼吸や体温が戻ってきたとしても油断は全くできない。

 血が少しずつ戻っていくのは、まだ間に合うことを示唆しているため希望を持てる。だが、同時に魔力の残量が心もとなく、ゆっくりと戻っていく様子にもどかしさを感じる。

「早く…早く…」

 魔力が少なくなり、不安を誤魔化す様に何度も呟いた。私のつぶやきにうなずくように、彼女の中に戻っていく血液の量が増えていく。戻っていく量が増えるという事は、彼女の致命傷を受けた瞬間に近づいているという事他ならない。

 循環がよくなり始めたことで、呼吸にも変化が現れた。浅く、ゆっくりと呼吸していたが、今は最初よりも深く呼吸している。しかし、まだまだ顔は青ざめており、時間の逆転を止めれば生存は絶望的だ。

 魔力が足りるかどうか不安が募るが、今の私には時を戻すこと以外にできることはない。無駄に魔力を消費しないように、今は余計なことをせずに耐え忍ぶしかない。

 顔に付けられていた傷も塞がり始め、どこにパーツがあるのかわからない程に腫れ、血まみれだった顔が見慣れた彼女の顔へと戻っていく。

 もう少しで針妙丸から貰った魔力が無くなる。しかし、彼女の腹部から垂れ下がって露出した内臓に変化が出始める。異次元正邪に千切られたのか、少しずつゆっくりと元の形へと戻っていく。

 千切れて形がわからない程に潰れていた組織がくっつきあい、形を成していく。彼女を中心に広がっていた血だまりも小さくなり、もうすぐで治ると希望が見え始めた。

 彼女の瞑った瞳も震え、人形のように動かすことのできていなかった指先が小刻みに動く。もう少しだ。

「もう少し、もう少しだけ持ってください…!」

 針妙丸の魔力の残りからして、時の逆行は十秒もできないところまで来てしまった。その間に針妙丸が治ってくれることを祈るしかない。

 緊張で鼓動が速くなるが、泣いても笑っても、使い切ればそれで巻き戻せなくなる。覚悟を決めるしかない。

 

 残り九秒。

 ゆっくりと少しずつ治っていく散らばった臓器。焦っても仕方ないが、極度の緊張で玉のように膨らんだ嫌な汗が頬を伝う。

 

 残り八秒。

 未だに瀕死の状態であるが、彼女の手を握ると弱弱しくあるが軽く握り返された。ここまで戻せたことをうれしく感じるが、それと同時に間に合わなかった時を想像するだけで、背筋が凍り付くほどに恐怖を覚えた。

 

 残り七秒。

 どれほどの苦痛を感じているのか。針妙丸の辛そうな表情に、胸が苦しくなっていく。これほどに長く感じる十秒はない。

 

 残り六秒。

 高望みはしない。彼女を救えれば私はそれでいい。ぐったりと動けない彼女の手を握る手に力が籠る。

 

 残り五秒。

 魔力を惜しまず時の逆転に使い続ける。帯に近しい形になっていくが、針妙丸の体の中に戻っていく様子はない。

 

 残り四秒。

 これだけの損傷が残りの秒数で治るとは思えず、耐え難い恐怖に襲われる。今回だけは、今回ばかりは、どんな神にでも、何の神にでもいいから祈りたい。これまで宗教に無関心だったのが、歯痒い。

 

 残り三秒。

 お願い。お願いします。彼女を救ってください。何でもするから、お願いします。目を瞑り、祈る。こういう時ばかっかり神頼みなのは虫が良すぎるのはわかっている。それでも、神に頼むしかなかった。

 

 残り二秒。

 戻らない。彼女の中に戻って行ってくれない。恐怖が私の中を支配していくのを感じる。針妙丸を失いたくない。彼女だけは助けたい。その一心で魔力を使い続けるが、時間は無情に過ぎていく。

 

 残り一秒。

 僅かに残った魔力が失われていき、もう駄目だと頭を抱えそうになった時、彼女の体の中に零れだしていた物が収まっていく。時間をかけて引きずり出されていたら終わりだと思っていたが、あれだけの大怪我はどうやら一瞬のうちに叩き込まれたようだった。

 

 残り零秒。

 傷が完全に塞がると同時に、私の中にあった彼女の魔力全てと、殆どの自分の魔力を使い果たした。

 




次の投稿は、7/9の予定です。


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東方繋華傷 第百八十三話 亢竜有悔

自由気ままに好き勝手にやっております!!

それでもええで!
と言う方のみ第百八十三話をお楽しみください

誤字あったらすみません!!!!


 時の逆転。物理法則を無視する荒業は、短い時間でも莫大な量の魔力を消費する。針妙丸が死に際に、私に強化された魔力を託した。それをふんだんに使い、使い尽くした瞬間に、彼女が負った致命傷を何とか修復させた。

 肩に力が入りっぱなしだったが、彼女に傷が無くなったことで力が抜けた。出血が止まった段階で時間の逆行が止まり、タイムパラドックスで元の事実が上書きされた。これで大丈夫だ。ため息が漏れ、脱力して項垂れた。

「姫…もう大丈夫です。起きてください」

 そう呟きながら彼女を揺り起こそうとするが、中々起き上がってくれない。肉体が治ったとしても、ダメージが少し残っているのだろうか。

「大丈夫ですか…?姫…どこか痛みますか?」

 ゆっくりと呼吸を繰り返す針妙丸に声をかけるが、返答が帰ってくることが無い。数秒程度待ってから、また声をかけた。

 しかし、いくら声をかけても答えてくれず、それどころか目を開けてくれる様子もない。顔は依然と青ざめたままであり、何かおかしいことが起こっているのだと私はようやく察した。

「姫…!?…姫!!」

 血の気のない彼女を揺するが、反応は弱い。先ほどの緊張がまた舞い戻り、自分でもわかるほどに情けない声で何度も彼女に声をかける。

「……うぅ…」

 何度も声をかけ、泣きそうになっていた頃に、神妙丸が注意していなければ聞き逃してしまう程に小さな呻き声を上げた。

「針妙丸!…大丈夫ですか!?」

 彼女のことを抱き起こすと、薄っすらと瞼を開くと、ゆっくり瞳を私の方へと向ける。その動きからして、彼女の死を遠ざけられていないのを感じる。

 朧気で、眠そうともいえるその動きは、次に目を閉じればそのまま開かなくなってしまいそうな危うさがある。

「姫、勝ちましたよ…私たち……」

 だから、嘘だと言ってください。その最後の一言が出てこなかった。私の手を握り返してくれていたが、その力は段々と弱まるばかりで、既に自分の力で腕を持ち上げることができなくなっているようだった。

「そう……みたいだね………よかった……正邪が無事で………」

 か細い声で絞り出すように針妙丸が返事を返してくれた。しかし、話をするだけでもかなり体力がいるのか、眉間にわずかながらに皺が寄る。

「姫のおかげで助かりました…。でも、私の事はいいです……それよりも、あなたが大丈夫じゃないですよ……!」

 彼女から貰っていた魔力が足りなかったと思われた。傷は塞がったが、ダメージを受けた瞬間で魔力が付き、ダメージ自体は残ってしまったのだろうか。

「あぁ……あの、状況では………こうするしか……なくてね……」

 針妙丸はとぎれとぎれに呟き、力なく笑って見せた。それが逆に辛い。私に心配させないように、無理に強がっている。

「今ならまだ間に合います…。永遠亭に行きましょう!」

 彼女を抱えたまま移動しようとするが、彼女は首を振る。私以上に自分の体をわかっているため、どう甘く見積もっても間に合わないと察しているのだろう。

「……何をしても……どうにも、ならないよ……」

「そ、そんな……まだ、何か方法があるはずです…!」

 そうこうしている内に、彼女の体の機能が徐々に低下しているのを、私は感じていた。投げ出された四肢は完全に脱力しきり、体温も低下し始めている。意識も後どれだけ持つかわからない。

「ないよ……」

 私と違い、覚悟を決めているのだろうか。眠そうに、ゆっくり瞬きを繰り返す針妙丸はきっぱりと言い放つ。

「そんなこと言わないでください!」

 どうにかできないか思考を巡らせていたが、そんな必要はない。ダメージが抜けていないのであれば、そのダメージが抜けるまで再度、時の逆行を行うまでだ。

 しかし、問題があり、私の魔力が先の逆行でほとんどなくなってしまっている事だ。時の巻き戻しにはかなりの魔力が必要になってくる。今の魔力量では刹那の時間も戻せない。全快時だったとしても、数秒と持たないだろう。

 こうしている間に、巻き戻さなければならない時間は段々と増えていく。伸びれば伸びる程、必要になる魔力量は膨大になっていく。

 今すぐにそんな量の魔力を生産する方法はない。流暢に寝てる時間も、食事をとっている時間もない。例え味方の妖怪がいたとしても、私に魔力をくれるとは思えない。頭を悩ませていたが、思い当たる生産先が一つあったのを思い出した。

「……なら」

 自分の寿命を削ればいい。これから先、私が生きる筈だった寿命を魔力に変換してやれば、すぐさま大量の魔力を用意することができる。しかし、一つ更に問題が浮上する。

 私の低い魔力の質では、時の逆行を発動させるのには、より大量の魔力を必要としてしまうのだ。打ち出の小槌で生産された魔力はかなり高質だったのにも関わらず、驚くほど魔力の消費は激しかった。

 これから先、私が何年生きれるかわからないが、私程度の魔力の質では、数十秒が関の山。彼女が起きるまでにかなりの時間を費やしてしまっており、攻撃を食らう前に巻き戻せるだけの魔力を用意できるかと言われれば、楽観的に見ても絶望だ。

 いや、今は御託はいい。私はあの日決意した、彼女をどんなことがあっても、どんなことをしても助けると。

 寿命を魔力に変換しようとした瞬間、黙ってしまっていた私を見上げていた針妙丸が先に口を開いた。

「……悪いこと…考えてるでしょ……駄目だよ。」

 長く一緒に過ごしてきたため、私が何をしようとしたのか察したらしい。優しい口調で静止する。

「なぜですか……?」

「無駄だよ……だって、使っちゃったから……」

「……え…?」

 打ち出の小槌の魔力の事ではない。私が今まさにしようとしていたことを、彼女はやってしまっていたのだ。よく考えればそうだ。

 死んだ人間を生き返らせるのにはかなりのパワーがいる。それ加え、数分程度の時間を巻き戻せるだけの魔力となれば、願いによる代償は魔力なんてものでは済まない。

「なら、支払った代償を…時を巻き戻してなかった事にすればいいんですよ…!」

 時の逆行を行おうとした時、脱力しきった手でかすかに私の手を握った。駄目だと彼女はやはり私の事を止めてくる。

「私のは…どうなるか、わからない……から」

 私の能力の場合は、タイムパラドックスの問題は上書きとなる。しかし、別ベクトルで働く彼女の力はどう作用されるかわからない。もし、使われたという事実が変わらず寿命が使用されるとなれば意味がなくなる。それとも、使わなかったとしても未来が変わり、私が死ぬ可能性もあると言いたいのだろう。

「意味がないって嘆くよりも、そっちの方がずっとましです!私は……あなたに…」

 生きてほしい。あなたにだけは生きて欲しい。そう呟こうとしたが、感情が込み上げ、言葉を紡いで伝えられない。涙声で声を押し殺す私の代わりに、針妙丸が口を開いた。

「ありがとう……。でも、どっちもは……生き残れない。だから、私も…正邪には生きて……いてほしいよ」

 込み上げてきた感情を押し殺すことができず、涙を流してしまった。言葉を上手く発声できず、私は彼女を力一杯抱きしめた。

 小さくて柔らかい彼女の体は、いつも温かいはずなのに人肌にしては冷たい。自分の体温を維持することすらできなくなっているようで、本当に時間の問題だった。

「嫌だ、あなたを失いたくない。そんなの、絶対に嫌だ…!!」

 あの時のように私は泣きじゃくり、受け入れきれなかった。生涯で唯一好きになれた、愛せた人とこんな形で別れる事になるなんて、とてもじゃないが悲しくてやりきれなかった。

「ごめんね…正邪…」

 しかし、子供のように泣き、喚き、否定し続け、受け入れることを拒み続けても、状況は良くならない。なら、腹を括り、送り出してあげなければ、彼女も不安になってしまうだろう。

「わかりましたよ………わかりましたよ…!!」

 なら、いつまでも彼女に甘えてはいられない。受け入れ、彼女が心配にならないようにしてあげなくてはならない。

「くっ…うぅ…」

 どんな攻撃、どんなスペルカード、これまでの辛かった出来事の中で、一番私には堪える。耐えようとすればするほど、涙は勢いを増す。

 そうこうしているうちに、いよいよ針妙丸の身体から本当に力が抜け始めた。抱き返してくれていた手がゆっくりと私から離れていく。

 彼女の意識が途切れる前に、言いたかったことを伝えなければならない。一緒に過ごしていた頃には、言ったことのなかった言葉を。

「針妙丸…大好きですよ」

 息を整え、途切れないように。体の機能が低下してきている彼女にも聞き取れるように、しっかりと言葉を伝えた。

 すると、針妙丸は最初に驚いたような顔を浮かべ、抱き上げている私を見上げた。数秒間瞳が交差し、時が止まったかのように感じた。

「えへへ…ありがとう………やっと、言って…くれたね……」

 すぐに彼女は顔を緩めて破顔すると、掠れた声で呟く。

「ふふ…私も………私も大好きだよ。正邪」

 そう言ってくれた彼女は、程なくして眠るように、目を閉じたまま動かなくなった。脈が弱まり、次第に飛び飛びになり、ついには停止した。呼吸もすぐに止まり、彼女は二度めの死を迎えた。

「うぅ…針妙丸…」

 ただ1人、絶対に生きて欲しかった大切な人は、死んでしまった。私の人生は望んだことと反対のことが起こる。まるで、天邪鬼のようだ。

 

 

 

 戦闘の真っただ中だが、物陰に隠れて息を整えていた。連戦に連戦を重ね、息が続かなくなっていた。

 大きく息を吸い込み、深呼吸をしようとするが、いつものように呼吸することができなくなってしまう。頭で理解して対処する前に、体が反応に対して行動を行った。

「げほっ……!!」

 肺が急激に萎み、肺の中の空気が外へと一気に吐き出された。一度では止まらず、数度繰り返してようやく止まった。

 口元を抑えていたが、その手の平に血痕がびっしりとこびり付く。前にも血を吐いていて血の味と言う物がわからなくなっていたが、改めて新鮮な血の味が口の中に広がっていく。

 胃の収縮による吐血ではなく、咳による喀血のため、肺へダメージを受けている。折れた肋骨が肺に突き刺さっているのか、それとも異次元紫が放った鉄筋が腹部を貫いているせいか。

 もしかしたら両方かもしれないが、どちらにせよここからすぐさま移動しなければならない。目の前にスキマを作り出し、その中に身を投げ込んだ。

 辺りに常に漂っていて鼻が馬鹿になってしまっているが、吐き気を催すような腐敗臭がぐっと強まったのを、吸った空気から鼻腔で感じる。

 私の体が瞳に似た形のゲートを潜り抜けるか否かと言ったところで、身を隠すのに使っていた岩が、奥から現れた大量の手に覆われた。

 人間の大きさを優に超える巨大な手が岩を掴んでいき、頑丈な岩石をガラス細工のように粉々にしていく。

 私が居た位置も腐りかけの手が覆う。人間など優に超える巨大な手だ。握力もやはり並外れており、匂いや気配に気づいて移動していなければ、それこそガラス細工同様だっただろう。

 狙っていた人物を握り潰せなかったことを察し、破壊した岩石などには目もくれず、向きを変えて無数の手がこちらへと伸びてくる。絶対に掴まれてはいけないのだが、私は焦らずに移動する。

 スキマの大きさから通れる手はせいぜい一本分程度だ。だが、それを念頭に置いていない龍の手は、一斉にスキマの奥にいる私に向かって殺到してきているため、手同士がぶつかり、スキマの入り口で静止した。

 空間から空間をつなぐこの能力のスキマは、言わば扉だ。その扉を閉じる際に、間にある物体は無機物や有機物、硬度に関係なく閉じられる。

 私に向かおうと一心不乱に指を蠢かせるが、お互いがお互いの指に絡まり、こちら側にこれていない。掻き毟り、無理やりに手を押し込もうとするため、動くスキマすらなくなり、指の動きが止まっていく。

 能力を解除して扉を閉じた瞬間に、腐った大量の手に、ギロチンの刃のようにスキマの辺縁が抉り込んだ。溶かしたバターでも切るように、止まることなくスキマは閉じきった。

 龍の血を見たことはないが、血と言うのには白すぎる。腐りかけの黒色には程遠い、真っ白な血液が弾けた。新鮮な鉄の匂いなど欠片もなく、やはり腐りかけの腐敗臭が立ち込める。

 私を握り殺そうとしていた奴の後方にスキマをつなげていた為、巨大な蛇のような形をした体が見えた。私が居た場所に手を伸ばしていたが、そちら側でも周囲の色と対照的な色素の血液がまき散らされている。

 龍の頭から生えている腕の持ち主と思われる人間の顔が、激痛に耐えきれずに顔を歪め、身の毛もよだつ悲鳴を上げている。こちらの精神にまで影響を及ぼしそうな絶叫に、私の顔がしかまるのがわかる。

 見れば見る程、酷く醜い龍だ。龍と言う種族は特別で、妖精のようにそこらから湧いて出てくるものではない。幻想郷だけでなく外の世界、地獄から冥界にかけて龍はどこにでも行くことができる。しかし、龍は世界に一匹しかいない。

 奴らの世界にいた龍神なのか、それとも他の世界から連れて来た龍神なのかはわからないが、奴らがロクでもない事をしたのはわかる。龍神と言うのは最も神々しい物のはずだが、私が対峙している龍はそれからは程遠い。

 坤を操る諏訪子、乾を操る加奈子、死んだ者に裁判を下す映姫。それらの神でさえも一線を画す強大な存在であり、容姿もそうだが実力もこの程度ではなかったはず。

 一声で天候を操り、身を薙げば山の一つや二つ消し飛ばすのも巨大な地震を起こすのも朝飯前。どんな神をも超越した存在である。

 もし、本当の実力を持った龍神であったならば、どちらの意味でも勝負にならなかったはずだ。私のイメージした龍神とかけ離れたこの神は、恐らく異次元紫たちの世界にいた龍神だろう。

 あらゆる世界を飛び回れる龍がこんな世界にい続けているのは、それができない程に弱体化してしまっているのだろう。その理由の一つに、このスキマの空間があげられる。

 今の私たちの世界で唯一龍神の存在を確認できるのは、虹だ。海が荒れ狂い、雨が降りさざめく中、雷鳴を轟かせながら龍は天へと昇る。そして、その痕跡を地上と天をつなぐ虹として残す。

 あらゆる場所に行くことはできても、龍神が実体化して出現するのには、先で上げた様に海、雨、天の三つの要素が必要になってくる。

 まるで関係のない三つの要素に聞こえるけれど、それらは密接に繋がっている。生命が生まれたのと同じように、神も海から現れ、恵みの雨の中を雷鳴と共に天へ翔ける。

 この一連の中に出て来た海と雨と天は全てアマと呼ぶことができ、水が深くかかわっている。

 しかし、この空間はどうだろうか。どこを天と呼んでいいかわからず、気象など無い。そして、海の要素もないため、閉じ込められた龍神はそれらの要素が揃うまで、少しずつ失っていく力に目を瞑りながら、じっと待つことしかできなかったのだろう。

 しかし、こんな結末ではあまりにも哀れだ。奴の弱体化は私にとって願ってもない追い風であるため、これを利用しない手はない。亡者のように腐り果て、奴らの人形のように使われている彼に、介錯をしてあげなければならない。

 金切り声の絶叫を龍神の頭に生えている人間の顔が上げていたが、後方に私が出現したのを瞳が捉えると、見つけたそばから腕をこちらへと伸ばしてくる。

 かなり後方に出てきたため、いくら腕を延ばして来ても届かない距離にいたはずだが、人間の口からさらに腕が伸び、離れた場所から私にまで届く勢いだ。

 肘以降に関節は見当たらず、伸ばす前の関節に制限された動きが無くなり、あらゆる方向から私を捉えようと手のひらを見せつけてくる。

 私一人を殺すとすれば、過剰なほどの本数と言える。だが、捕まえるのには足りないだろう。せいぜい十数本程度の腕は、普段の弾幕勝負に例えるのであれば少なすぎるだろう。

 手と手の間をすり抜け、弾幕を撃ちまくる。爆発性の高い弾幕が指を吹き飛ばし、貫通性の高い弾幕が手のひらに大穴を穿つ。

 血潮が弾け、指や手が千切れるごとに、魔力の炎で焼ける腐り切った血と肉の匂いが立ち込める。その強烈な匂いは、こちらの戦闘意欲を削ぐほどだ。

 今すぐに胃の内容物を吐き出したい衝動に駆られるが、内臓が動こうとするのを気力で抑え込み、波状攻撃を仕掛けてくる龍神の手を撃ち抜いた。

 しかし、いくら撃ち抜き、いくら撃ち落としても、向かってくる龍神の手の勢いが収まらないのは、かなりゆっくりであるが再生しているのもあるが、損傷を無視してこちらに突っ込んでくるせいだ。

 まるでゾンビのよう。潰しても撃ち抜いても、それこそ波のように迫ってくる。怒涛の勢いに押され、下がりながらなんとか迎撃していたが、この世界に浮かぶ建築物に背中が当たった。

 スキマを駆使したり、脆い建物を破壊すればすぐに後方へ下がれるのだが、いくら退いても向かってくることを止めようとしないため、常に動き続けなければならない。そのペース配分だったため、一瞬でも止まるのは命取りとなる。

 上下左右正面から襲いかかってくる手が影となり、光量の殆どないスキマ空間の中でさえも暗くなっていくのがわかる。だが、私とてセカンドプランを用意していなかったわけではない。

 一つに付き数百キロはあるであろう巨大な人間の手に、一つにつき百十トンはくだらない電車を叩き込んだ。一両だけなら手の物量に押し切られ、逆にはじき返されてもおかしくはなかっただろう。中をコンクリートで満たし、十数個あるソーセージ状に連なる車両となれば、多大な重量に押し潰せる。

 骨が折れ、肉が千切れ飛ぶ。押しつぶされた手と電車の上に、逃げれるだけの空間ができたため間髪入れずに飛び出し、電車の上を通過する。

 次から次へと襲い掛かろうとする手の猛攻を僅かに抑え込んだ今の内しか、体勢を立て直す時間はない。

 遅れてこちらへと向かっていた腕は、電車の影響を受けていない。車両の上を飛び向けた私へさらに掴みかかってくるが、弾幕で指を吹き飛ばしてその合間をすり抜けた。

 落とした電車の受けなかった手は他にもあり、向きを変えて私に向かってくるが、弾幕で撃ち落とす方が速い。血をまき散らしながら崩れ行く龍神の手は、あまりにも脆い。

 私の境界を操る程度の能力を使用しているわけではないのに、ただの弾幕でこれだけの損傷を受けるとなると、思ったよりも早く倒せるかもしれない。

 しかし、そうもいかないのが歯痒い。捕まりかけた場所からどうにか逃げ出したが、すぐさま横へ飛びのくと、私の居た場所に境界を操る程度の能力で作りだした物体が出現する。

 淡青色に輝くそれは一つ一つの辺の長さが同じ正四角形の立方体だ。一辺は三十センチほどで、バスケットボール位ならすっぽり入ってしまうだろう。出現した立方体は結界のように内側の物体を囲っているのではなく、骨組みのフレームだけで立方体を形成している。

 何もない所に浮かび、地球儀のように回転する方向を決められているのか、斜めにゆっくりと立方体は回転している。

 自分の持っているスペルカードと同じであるため、この後に起こることはわかっている。境界を操る程度の能力により、一つの個体として形成されていたキューブの境界が破壊された。

 境界が無くなったことで形状を維持できなくなった正六面体は崩壊し、残された高質力の魔力が行き場をなくし、周囲に拡散して大爆発を起こした。

 爆発音に鼓膜が揺るがされ、彩のある音を聞き分ける内耳や蝸牛に伝わってきた音の振動の大きさに音の色調を認識できず、耳鳴りとして脳が情報を処理していく。

 音が無くとも、視覚や感覚は生きている。咄嗟に作り出したスキマで、私に当たるはずだった一部の爆風を取り込み、難を逃れることに成功した。横を通り抜けていく風と爆発の炎を肌で感じ、奴のスペルカードをやり過ごした。

 一時的にスキマの後方で立ち止まっていた為、龍神に囲まれる可能性がある。スキマを閉じて逃げようとした瞬間、電車で手を潰した時のように辺りが陰る。

 爆発の炎や閉じたスキマに隠れていて見えていなかったが、龍神が高速で移動し、私の周囲を長くも短くも見える体で蜷局を巻くようにして囲んでいた。

 そのまま私を押しつぶすつもりなのか、下から上まで長いへびのような体で覆い隠したと思うと、紐を結ぶように体を絞めあげ、内部にある物体を何であろうと引き裂き、潰していく。

 いくら弱体化しているとはいえ、瓦礫や潰れた電車などは原型を留めずに破壊されていくのを目にすれば、自然と焦りも生じる。スペルカードの防御に使ったスキマに入り込もうとしたが、すでに閉じきった後だ。

 ここからスキマを開き、中に入って逃げるのにそこまで時間はかからない。ギリギリではあるが、間に合うだろう。だが、逃げているだけでは攻撃に転じられない。龍神が囲んでいる内部に、異次元紫のスキマは見当たらない。

 私が逃げる様子をスキマを通して観察していれば、逃げた先に攻撃を受ける。私の能力は攻撃をしている時はいいが、一度勢いを削がれると防戦一方になってしまう。

 自分でも自覚しているが私の戦い方は変則的で、私の動きに慣れない相手であれば、防御に転じることはない。だが、変則的であるが故に、手の内が読めてさえいれば怖くないのだ。

 マジックでも種がわからなければ、まるで魔法のように見えるだろう。しかし、一度仕掛けがわかってしまえば、次にどう動くのか。何をするのかは手に取る様にわかる。

 それは同じ能力を持っているから戦い方が似通い、読みが勝った方が勝つという今の流れと同じだ。

 奴も私が逃げると予想しているだろうが、守りばかりで反撃もままならなかったため、ここで一度攻守のバランスを崩し、状況を打開する。

 攻撃のためにスキマを開くが、蜷局を巻く龍神の内側にではない。外側だ。龍に囲まれる前の異次元紫がいた位置からもよく見えるよう、スキマの配置に気を付ける。

 あと数秒もすれば、龍神が私を引き裂くところまで体を狭めている。この状況であるため、異次元紫も私が逃げ出てくると確信しているだろう。そこに、代わりの物を持ってくる。ちょっとの衝撃を与えてはならない代物を。

 人間の老若男女の声が入り混じる龍神の咆哮に殆ど掻き消されたが、デコイとして落としたそれを、異次元紫は何かで撃ち抜いたらしい。それと同時に、懐かしくもある乾いた破裂音が炸裂した。

 ほんの少し前の話だが、今ではかなり昔の事に感じる。異次元幽香が能力で生み出したであろう爆発植物の性質を持つ、花の化け物。あれの親玉と思われた狼に類似した個体が生み出した果実を、異次元紫に撃ち抜かせたのだ。

 花にとって受粉は言わば自分を増やす行為である。花の化け物はその性質から、体の形成を維持するのに必要なコアを分裂させ、種として産み落とした。種が大量に含まれる果実と外界の圧力差によって、ちょっとの衝撃でもパンパンに膨らんだ種は簡単に爆ぜる。

 人間などすっぽり覆える程に巨大化した果実から放たれる種の量は、相当数あるだろう。それに加え、飛距離も数百メートルはくだらない。これだけ巨大な体躯を晒している龍神にはまず当たる。

 私を殺そうとしていた体が、そのまま私を守る盾になるとは龍神は思ってもいないだろう。まあ、それを思考するだけの脳味噌が残っていればだが。

 距離でいえばあと数メートル。時間でいえば刹那。たったそれだけの短い距離、短い時間。体を縮こまらせていれば、私をそれこそ虫けらのように捻り潰すことができただろう。

 だが、腐って異臭がし、骨や内臓の露出する龍神の体はそこでピタリと動くのを止めた。異次元紫の操り人形のようになっており、彼女の命令を聞いているようだったが、それを上回ることが起こっている。

 容易に想像できていたが、蜷局を巻いた体の隙間から、見たことのある鶴や根が伸び始めた。私を守る形で体を巻いていた為、最外層が一番酷いはずだが、植物の影響は最も内側にいる私の元にまで及んでいる。

 前に聞いた事のある、花の化け物の声がそこら中から聞こえてくる。私の見えない位置に開いていたスキマを閉じ、今度こそ移動するために私はスキマを目の前に開いた。

 くぐるとまた景色が一変する。腐りかけの巨躯が視界いっぱいに広がっていたが、瓦礫が宙を漂う見慣れた光景が目に入る。スキマを出現させた位置関係から、下を見ると龍神が体をくねらせ、体のあちこちから発芽する花の化け物を振り落そうと藻掻き、絶叫を上げている。

 しかし、化け物たちの根は龍神の体に食い込み、魔力や養分を根こそぎ取り込もうとしている。本来の龍神であればこんな連中に吸い殺されることはなかっただろうが、弱体化により振り払う事すらできていない。

 そうしている内に、龍神の体が前よりも細くなっているのが明らかに見て取れた。激しく身体を振り、瓦礫や半壊した建物に体を衝突させて暴れまわっていたが、やせ細り出した辺りで動きが緩慢になり出し、ついには飛び回ることもできなくなった。

 声も上げられなくなり、自らを啄む花の化け物たちに体を明け渡した。抵抗がなくなったことで、魔力を吸い取る化け物たちの搾取は加速する。

 搾りかす程度しか残っていなかった龍神の魔力は根こそぎ吸い取られ、魔力で生産していた養分も搾り取られ、残ったのは龍神の骨と皮だけだ。

 十分に養分を吸い取ることができた花の化け物は、周囲の自分たち以外を殺すようにプログラムされているのか、私の方へと向かってくる。成長しきらなかった花の化け物も、成長するための養分を求め、こちらへと蔓を伸ばそうとした。

 こいつらは、少なからず龍神の魔力を取り込んだため、村にいたあの巨大な個体よりもさらに強くなっている事だろう。だが、弱体化した龍神の魔力を、数百の個体で更に分割してしまった。

 それによる強化など、誤差だ。この程度の雑魚なら、スペルカードを使うまでもない。それぞれの境界を少しいじってやるだけで、形状を維持できず自壊する。

 餌を求めて群がるウジのように、花の化け物たちは私に向かって蔓を伸ばして来ていたが、伸ばしたそばから蔓は崩壊する。崩れ行く体は、花の化け物の末梢だけに留まらず中枢に達し、完全に消滅するまで止まらない。

 全ての化け物が灰とも、腐った土塊とも言えない塊に成り下がった後には、見るも無残な龍の亡骸が、宙に浮かんでいるだけだ。

 龍神は、これより起き上がってくることはもうないだろう。いくら弱体化し、奴らに操られていたとはいえ、神殺しには変わりない。祈りを捧げたいが、最高神への追悼を行うのには早すぎる。

 おそらくだが、異変の引き金となった中心人物。連中をこちらの世界へ連れてくる橋渡しをしていた人物。そいつがまだ残っている。

 探そうとすると、後方から物体が空気を切り裂く音が聞こえてくる。横に移動すると、私が居た位置を二メートルは長さのある鉄筋が高速で通過していった。

 振り返ると、目的としている人物が視界にとらえた。花の化け物の種を食らっていてくれれば楽だったのだが、まだまだ元気な異次元紫は私へ弾幕を放とうとしている。

 さあ、私も幻想郷を滅茶苦茶にしてくれた事と、あの子たちにしてくれた事への礼をたっぷりとしてあげよう。

 




次の投稿は、7/23の予定です。


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東方繋華傷 第百八十四話 宵闇の欠片

自由気ままに好き勝手にやっております!!

それでもええで!
と言う方のみ第百八十四話をお楽しみください!





今回と次回の内容、多少の認識や理解の違い等はあると思います。ですが、私の世界での話なので、怒らないでやってください。


 異次元紫は龍神をこの世界に閉じ込めることで、弱体化させた。紫のその予想は、当たっていた。だが、その回答では正解しているのは半分だけだ。

 

 

 龍神は世界の在り方やバランスが崩れる時に姿を現す。博麗第結界を張った時がまさにそうだった。そして、この異変でも。

 彼は少なからず信仰からも力を得る。力を持つ妖怪たちによる異変によって人間の数が極端に減り、龍神は数百年前に誓われた平和の均衡が崩れたことをすぐに察した。

 その傲慢な行いを律するため、三つのアマが揃う場所にある名もなき石から雷鳴と共に幻想郷へ顕現した。

 金色の雷光を赫灼させ、空を覆う実体を見せつけながら天へと体を溶かす。龍神の性質を幻想郷全土へ広げて箱庭を一片たりとも残させない、未曾有の大災害を引き起こそうとするが、謎だらけな古の力が振るわれることはなかった。

 いくら神に匹敵する境界を操る程度の能力を持ってしても、最高神の境界を操って存在を否定し、崩壊させることはできない。そもそもの魂の格が違うのだ。

 だが、それは実体のある時の話だ。そこにいるとしても、実体のない曖昧な状態となれば、その限りでは無い。

 龍神の強大な力は、天に幅広く広がっている。それでもただの妖怪なら消し飛んでしまう程の力があった。それを細かく無限と思える数だけ分割すれば、一つ一つの力はそこまで高くはなくなる。そうなればいくら強力な力を持っていたとしても龍神は、あらゆる災害を起こす力を失う。

 そうして、外の世界に移動することができなくなった龍神を、スキマの中へ閉じ込めた。しかし、それだけで終わることはない。

 短時間で数百人にも上る人間や妖怪が殺されたため、幻想郷に怨念や怨嗟が溜まる。恨みや苦痛などの、負の感情から来る呪いの力は凄まじい。新たな未知の妖怪が生み出されかねないと考え、それらの恨みを全て龍神へ押し付けた。

 境界を操る程度の能力で龍神と呪いの境界をなくし、憎悪を注ぎ込む。龍神は恨みなどとは程遠い存在であるため、乾いたスポンジが水を吸収するようにその身に呪いを受けた。

 呪いを受けた龍神は力を失っている事で、自分の中に入り込んで来た膨大な呪いを跳ね返すことができず、身に宿す。人間の呪いに侵され、蝕まれ尽くし、せめての抵抗で体の形状を維持することはできた。だが、その頭部はその身を犯している呪いを生み出した人間の顔で覆われた。

 龍神に人間から生み出た恨みや呪いと言う雑味が加わったことで、弱体化に拍車がかかり、スキマ世界の中で徐々に力を失いながら今に至った。

 あらゆる要因が重なり、紫が倒せるまでに弱体化したが、それらの中でどれかが欠ければ倒すに至らず、スキマ世界を漂う塵の一つになっていただろう。

 こんなに早く龍神が倒されると思っていなかったため、龍神をここまで弱体化させたことに異次元紫は歯噛みした。

 

 完全に油断が招いた結果だ。紫がスキマを開いたため、そこから出てくると決めつけていた。目標の姿が見える前から、魔力の弾幕とスキマから出した鉄筋や様々な絵柄の標識を放った。

 紫が一人で通るのには広すぎると思っていたが、狭ければ出る場所を絞られるため、あえて大きく開いたのだと信じて疑わなかった。明らかに彼女とは似ても似つかない物体が顔を見せた時、しまったと思っても遅い。

 それの性質は私もよく知っており、暴走した霧雨魔理沙に殺された幽香の能力で作り出された花の化け物の果実だ。

 爆ぜた果実から、弾丸のような速度で飛んできた小さな種が腕に当たり、衝撃を感じた。普通の植物とは比較にならない程の速度で急成長を遂げる花の化け物は、私の力を吸い上げて発芽した。

 体の内側では、肉体を裂きながら体の中枢へ向かって根を伸ばし、魔力を急激に吸い上げる。体の外側では蔓が手から腕、肩へと伸びようとしており、私から更に力を吸い取ろうとしているのだと咄嗟に察した。

 脳をフル稼働し過ぎて思考能力が低下しており、複雑なことなどできるわけもない。普段ならなんてことなく処理できるのだが、私が取れた行動は自分の腕を切断することだった。

 龍神が植物に覆われて力を吸収されているのを横目に、私はスキマの中に貯蓄していた包帯を取り出し、刀で斬られたように綺麗な切り口をきつく縛った。片腕と歯を使ったが思ったよりもきつくできず、滲みだした血で包帯が瞬く間に鮮血に染まる。

 もっとちゃんとした治療ができればいいのだが、今の段階ではこれが精一杯だ。これ以上となれば、治療に時間を要し過ぎてしまう。

 切断した腕から龍へと視線を向けた。暴れ、のた打ち回る龍神の体表は、大量の花の化け物に覆われている。一匹でも相当な量の魔力を持って行ったのだから、数百メートルの巨体を覆う程となれば、弱体化した龍ではもう持たないだろう。

 私は呻きながら切断した腕を押さえつけ、出血を少しでも減らした。魔力を傷口に集めて傷の治りを促進させ、止血を図る。

 激痛により額に冷汗が浮かぶのを感じる。こんな痛みはあまりにも久々で、柄にもなく叫び散らしそうになった。

 不屈の精神でどうにか衝動を抑え込み、荒々しく繰り返していた呼吸を整えた。龍神が花の化け物を振り払おうと暴れているが、その前に潰そうとした紫の姿が見えない。

 潰れるか引き裂かれてくれればよかったが、花の果実を落としたスキマの消え方は、スキマ妖怪が死んだときのそれではない。奴はあれを生き延びたようだ。

 周囲を見回すと奥の背景に同化して見えずらいが、新たに丁度人間が通れる程度のスキマが開いていく。死んでくれたかと期待してみたが、まだまだ戦わなければならないようだ。

 

 

 

 灰のような、砂のように乾いた砂塵が周囲に漂っている。私が通ることで気流の乱れが生じ、花の化け物だった塵がかき乱れている。

 行く先には異次元紫が私と同じように浮かんでいる。顔の近くを漂う塵を手で扇ぎ飛ばしているが、吹き飛ばしてもその分だけ埃のように舞い戻り、ほとんど変わらないのだろう。途中から意味のない行為をやめた。

 異次元紫が扇いでいる右手の平に、見慣れない血痕がべったりとこびり付いている。奴から攻撃されることはあっても、こちらからまともに攻撃出来てはいなかった。

 思い当たるのはあの爆発植物の種を彼女に撃たせたことぐらいだが、どうやらそれを食らっていたらしい。

 腕に当たった種子の境界を操り、崩壊させることができなかったのだろう。私が龍神の手にやったように、奴も自分の腕を切断したようだ。

 切断した部分に布をきつく巻いているようだが、片手で縛るのには少し緩いらしく、ゆっくりと血が流れ出続けている。

 私を恨めしそうに睨んできているが、負傷しているのはお互い様だ。私も脇腹に鉄筋を受けているのだから。

 私はようやく奴と同じ土俵に上がることができたのだが、一つ奴に後れを取っているのは、場数の違いだ。これまでにどれだけの世界を壊して来たのかは知らないが、幻想郷を守ろうとする八雲紫との戦闘は避けられない。

 世界を守ろうと、あらゆる戦法を使用したに違いない。それを異次元紫は熟知しているため、相当なことが無い限りは倒すのは難しいだろう。

 時間をかけ、考えだした戦法はいくつか用意してきたが、慣れない事や複雑なことをするのはリスクだ。境界を操る程度の能力は先読みに弱い。

 なら、自分のペースに引き込めるまでは、いつも通りに戦った方が私にとって生存率が一番高いだろう。しかし、戦い方に慣れているのは奴にとっても同じである。取って置きを披露するために、予想外な策を講じなければならないが、現時点で思いつく作戦は既にこれまでの紫が試している事だろう。

 発想を飛躍させなければならないが、他の世界の私がどれほどやっていたのかわからないため、手探りには変わりない。しかし、これまでの八雲紫と違うのは、異次元紫が何度も戦ってきているのだと分かっている事だ。

 小さなスキマを自分の後方に開きながら、異次元紫へと突っ込む。異次元紫には詰め込んでいた鉄筋や標識などを放った。

 自分に当たるであろうタイミングを測り、ギリギリで身を翻して弾幕を繰り出すが、過去にもそういった戦法を取られ、取っているのだろう。日傘と弾幕でほとんどの鉄筋を撃ち落とされ、奴のところに到達すらしない。

 唯一到達した鉄筋も、異次元紫にとって掴まれ、こちらへと投げ返された。魔力で不自然に加速し、頭を容易に貫けるであろう速度で突っ込んでくる。

 すぐ後ろにスキマ空間を出した時、取り出しておいた日本刀で投げ返された鉄筋を弾き、異次元紫へと切りかかった。妖夢が使っているような業物ではないため、簡単に折れてしまうと予想していたが思ったよりも頑丈で、一撃で折れることはなかった。

 だが、奴の傘を切断するにも至らず、ギリギリと鍔迫り合いのようになり、それ以上押し込むことができなくなった。

 異次元紫は片手であるため、腕力による力関係は私の方が上かと思ったが、腹部へと被弾した鉄筋が妨げになっているようだ。刀へ力を効率よく伝えられず、押し込めない。

 体重をかけ、異次元紫を弾き飛ばした。妖夢がやっていたことを見よう見まねで真似てみたが、案外うまくいった。

 しかし、力の与え方が悪かったのか、それとも手入れを怠っていた為か。振り回した途端に半ばからへし折れてしまった。慣れない物を使ったからだと思ったが、不自然に火花が散っていく。

「っ…!?」

 私自身を狙ったのかもしれないが、予想以上に私が体重をかけて大きく押し込まなかったため、横から放ってきた鉄筋が刀だけを撃ち抜いたのだろう。

 一瞬しか映らないオレンジ色の花が咲き、幽かな衝撃とつんざく金属音を残して、鉄筋は掠る様に通過していく。同じ位置に留まるわけにはいが、後退するわけにもいかない。

 鉄筋が飛んできた方向は、斜め前方。スキマは私を中央に捉えているため、後方に逃げるのは撃ってくださいと言っているようなものである。

 射線から逃れるように、前方へと飛び出してスキマからの射線を切った。危うく標識に貫かれかけたが、今回は私の方が速かった。

 進行方向上に開いたスキマから、適当な得物を取り出した。通常なら得物として使われないであろう鉄筋を引き抜き、投擲するのではなく魔力の弾幕を放った。

 ただ飛んでいくのではなく魔力操作により左右や上下に弾幕が展開され、複数の方向から異次元紫へと襲い掛かるが、開いた日傘に遮られた。

 得物が普段使っている日傘ではないため、使い心地がよくない。金属の棒から変えたいが、戦闘中にどこかにってしまった。当然だが、探しに行っている暇はない。

 弾幕で異次元紫を傘の後ろに釘付けにしたまま、スキマで後方から攻撃を加えようとするが、隠れる奴の方向から濃密な魔力が発生する。

 弾幕を放ったまま近接攻撃へと持ち込むつもりであったため、スペルカードを発動しようとしている異次元紫に近すぎる。

 魔力をカードに流し、回路を起動したのだろう。回路を抽出したことを示す、淡青色に淡く光る魔力の結晶が周囲へ弾けた。どのスペルカードを起動したのかはわからないが、中途半端な距離にいるのが一番危ない。

 このまま接近するか、離れた方がいいのか。決めかねて後手に回るのであれば、そのまま接近してしまった方がいい。得物を掲げ、傘の後ろに隠れる異次元紫に殴りかかろうとした瞬間、周囲に大量の瞳が境界の能力により発生した。

「魔眼『ラプラスの魔』」

 スキマ空間にも瞳に似た形の模様のようなものがいくつも背景に見えるが、それとは違う。真っ黒な目の中央には、紫色で正円の瞳が浮かんでいる。瞳は炎のような発色で揺れ動き、対象である私をじっと見つめている。

 その数は両手で数えられる個数を優に超え、上空と言っていいかわからないが、空を瞳で覆っている。距離の関係ないスペルカードだ。

 数十にもなる瞳が閉じた瞬間、大量の弾幕がこちらへと射出される。これだけ聞けば弾幕を避ければいい話だと思うかもしれないが、瞳が放ってくるのは境界の属性を持つ弾幕だ。

 魔力でガードされても、ある程度は貫通するようにできていたはずだ。だが、同じ能力で境界を相殺し、スペルカードで弾幕を相殺すれば被害も最小に抑えられるだろう。

 いくつかある内の一つの世界に私が奴を引き込んだわけだが、境界を操る程度の能力で逃げられる可能性もあるため、別世界で攻撃をやり過ごす選択肢はない。

 瞳が閉じるタイミングは、スペルカード発動者が行う次の攻撃の後であり、異次元紫が次に行う攻撃は、傘による打撃だ。

 注意が上の瞳に僅かに向いたことで、こちらへ踏み込ませるだけの時間を与えてしまった。振りかぶり殴られた瞬間に伝わってくる打撃の威力は、予想を大きく超える。

 境界を操ることにより、自分よりも腕っぷしの強い妖怪を織り交ぜたのだろう。脇腹を貫く鉄筋のせいで腕力が弱まっているのもあるが、それ以上に異次元紫の力が強すぎる。

 魔力で強化された鉄筋が歪むどころか砕かれ、予想を上回る衝撃に吹き飛ばされることになった。思考よりも物理法則の方が足が速く、魔力で減速する間もない。数十メートル程後方に浮かんでいた半壊したビルに、背中から激しく衝突した。

 半壊したところに叩き込まれ、建物の一部を更に瓦解させる。運よく生き埋めにはならなかったが、突き刺さっていた腹部の鉄筋が体内で歪み、激痛を与えてくる。

「うぐっ…!」

 曲がった鉄筋が肺組織を傷つけているらしく、咳き込んで喀血した。口を押える間もなく吐き出した血がどこかへ飛んでいく。

 二度、三度と咳き込んで血を吐き出したいが、異次元紫の発動したスペルカードはそれを許さず、間髪入れずに数十はあるこちらに瞳を向けている眼がゆっくりと閉じた。

 僅かにでも息を整える暇もない。体の反射で咳き込みたい衝動は未だに収まっていないが、気力で抑え込んだ。

 崩れた壁にめり込んでいた体を引き抜き、スペルカードを取り出すと同時に魔力を流し込み、握り潰した。抽出した回路からスペルカードを発動した。

「結界『魅力的な四重結界』」

 かざした手の平の前に、緋色の結界が現れた。大きい結界と小さい結界に別れており、小さい結界は私と同じぐらいの大きさだが、大きい結界は小さいのよりも二回りは大きい。重なった二枚の結界は、開いた花に見える形状となり、前方から来る弾幕を迎え撃つ。

 魔法陣のように展開される薄い八角形の結界は、四角形の結界二枚で形成されており、その名の通り四重の壁だ。私が用意できる防御にも使えるスペルカードだが、攻撃も兼ねたスペルカードであるため、どこまで持つかわからない。

 高速で回転する四枚の結界に向け、瞳から放たれた二百はくだらない弾幕が撃ち抜いた。大量の魔力で形成された強固な結界に弾幕が当たるごとに、淡青色の魔力が弾けた。

 瞳は密集して配置されていた為、結界に飛んでくる弾幕も密集して飛んでくるのは当たり前だ。弾幕の物量に防げる許容量をあっさりと越え、自分でさえも驚くほど速く二重の結界に亀裂が生じる。

 防御に特化させていたわけでなかったのが裏目に出た。花びらのような四枚の結界は、あと数秒すら持たない。数十発分の弾幕が私へと到達するだろう。

 綺麗な緋色の結界は、淡青色の結晶を飛散させながら砕け散る。百を優に超える弾数に耐えられたため防御としては頑張ったが、残り数十発の弾幕を無防備に受けるとなると、腹をくくらなければならない。

 砕けたガラス片に似た結界の名残を押しのけ、残った弾幕が狙いに狂いなく私へ叩き込まれた。スペルカード使用後特有の硬直に襲われたが、全身を魔力で保護して被害を最小限に抑え込んだが、皮膚が裂けるような激痛に絶叫を上げた。

 いくら数百年生きたとしても、痛みには慣れない。あらゆる知識を総動員し、損害をできうる限り減らしたが、それでも一時的に動けなくなるほどのダメージを受けた。特に痛みを発している胸元に手を伸ばすと、べっとりと手の平が血で汚れた。

「っ!?」

 血の気が失せるのを感じる。服の上から触っている事で傷の深さはわからないが、裂け目はかなり深いかもしれない。魔力でどれだけ抑えようとしても、留めなく流れ出る血液を止められない。

 硬直からようやく解け、胸を押さえながら異次元紫へ弾幕を放つが、目標はひらひらと左右に避ける。魔力で動きを加速しながらこちらに接近し、スキマ妖怪が再度傘を振りかぶる。

 動揺していたのだろうか。得物として使っていた鉄筋は、すぐ後ろの岩石に叩き込まれた時に壊されたのを忘れていた。ひしゃげて手元の部分しかなく、防御になど使える状態ではない。

 自分を守ろうとした小さな得物をすり抜け、傘が顔面に叩き込まれた。頭が胴体から千切れ飛ばなかった代わりに頭が跳ね上がり、再度後方の岩石へ頭を激突させられた。

 魔力で強化されたとしても、防御力の上からダメージが頭の奥へと浸透する。脳を揺らされて脳震盪を起こしているのか、意識が遠のいた。だが、それに身を任せず、意識をこちらへと引き戻した。

 ここで寝ていられない。せっかく宿敵が現れてくれたのだ、奴を殺すまでは死ねない。死んでも奴には負けられないのだ。

 胸だけではない、後頭部からも出血し始めたのを感じる。生暖かい液体が項を伝い、襟首を赤黒く汚していっているのだろう。液体の熱が首元から背中に移動していくことでわかる。

「うっ……ぐっ…」

「あらぁ、生きてましたかぁ」

 薄っすらと瞳を開けると、嗤いながら肩に傘を担いで私を見下ろしている。使った血のこびり付く傘をスキマの中へしまうと、新たに刀を引き出した。

 錆が所々に目立つことから、年季の入った刀なのが見受けられるが、妖夢が使っているような業物ではなさそうだ。切り付けられる前にこちらも得物をスキマから出そうとするが、伸ばそうとした手の平に刀を突き立てられ、建物に縫い付けられた。

「ぐあっ!?」

 激痛に誘発され、悲鳴を上げようとした私に手を伸ばしてくると、口元を塞がれスキマから新たに刀を引き抜いた。私に恐怖を植え付けるためか。刃を見せびらかし、切先を私の顔に添えた。

「おそらくあなたは予想していると思いますがぁ、百を超える世界で同じ人物と戦ってきましたわぁ……それがわかって早々に戦い方を変えようとしてもぉ、この能力は経験が物を言いますからねぇ」

 意識して戦い方を変えようとしても、これまでの八雲紫も結論は同じ所に行くらしく、結局奴の勝利に変わりなかったのだろう。

 だが、それはこれまでの話だ。奴らの手慣れた様子から、一つの世界にここまで時間を費やしたことはなかったはずだ。何年かかるかわからないため、入って目標とした霧雨魔理沙がいなかった時点で世界を壊す。

 そうなるとこれまでは作戦を立てる間もなかった故に、異次元紫の予想から外れる動きが少なかったと考えられる。

 今回は別世界の人間が戦いに来ているとわかってから、これまでにだいぶ時間が空いた。新しいスペルカードを作り込むのには十分なほどに。

 しかし、いくら取って置きがあったとしても、この状況で使えるわけがない。スペルカードを発動したくても、カードを取り出すまでに頭を切り落とすだけの時間は十分にある。

「諦めるのも一つの手かと思いますわぁ…。あなたが初めてではないですし…恥ずかしくはないですから安心してくだいさなぁ」

 私の戦意を削いで、降伏させるためか。顔に向けていた刀の切先を耳に添えると、ゆっくりと根元に刃を食い込ませた。妖夢が使っている観楼剣とは違い、切れ味の悪い刃が組織を潰し、鋸の様に肉を切り裂く。

 切れ味がいい程に斬られた瞬間には痛みを感じずらいものだが、そこらの包丁の方が切れ味がいいと思える酷い切れ味だ。激しい激痛に、叫び声を上げたくなってくる。

「っ………!!」

 奴に口を押えられているから、声を上げられないのではない。歯を食いしばり、激痛を堪えて声を上げなかった。

 奴らの性格は、これまでの戦闘で大まかに把握している。少しでも声を上げさせ、戦意を喪失させたいのだろう。血がこびり付く刀を逆手に持ち変えた。

 今回は奴らの性格を利用することになったが、これからされることを考えると、自分でも馬鹿な作戦だと思う。

 そのまま振り下ろしてしまう方が速いはずだが、狩りの最後が一番油断してはならないのを異次元紫は把握している。私が諦めている確証が欲しいのだ、ギリギリで抵抗されないように。

 今度は逆側の耳を削がれ、その次は片目を潰された。肉体を切り裂く音が頭の中を反響し、精神を搔き乱す。根を上げてしまえ、楽になれと語りかけてきているようだ。

 刃が皮膚に抉り込むごとに、熱湯をかけられているような熱を感じる。これまでに感じたことの無い拷問じみた痛みは、私がまだ生きている事を実感させてはくれるが、あまりの激痛に何度も気を失いかけた。

 次はどこを削ぎ落されるかわからないが、まだ我慢しなければならない。ここで我慢の限界を迎えてしまえば、用心深い異次元紫は私に抵抗する意思があると判断し、スペルカードを使うだけの隙を見せてくれないだろう。

 刃で斬り潰された目をくり抜かれ、神経が断裂する激痛に暴れ、抵抗しそうになった。心拍数が上がりっぱなしで、荒々しく肩で呼吸を行っているのに息を吸っている感覚がしない。

 血液の循環が速すぎて、酸素が逆に行き届いていないのだろうか。頭の中も酸欠と激痛で、思考能力が落ちだしているのを感じる。

 まだか。まだ奴はその時を見せないのか。あまりの痛みで、明暗を繰り返す弱った精神は諦めてしまいそうになった時、異次元紫が私に呟いた。

「どうやら口だけだったようですねぇ…」

 抵抗が殆どないため、戦う事を諦めていなかったとしても、戦えるだけの体力が無いとようやく判断してくれたようだ。汗を滝のように流す異次元紫が口角を上げて笑って見せるが、私の見間違いでなければ事を手早く終わらせようとしている。

 何に焦っているのかは知らないが、血と肉がへばりついた刀を大きく掲げ、私を殺そうと刀を構えた。

 振り下ろして頭を貫こうとしたその瞬間に、がら空きになった腹部へ全力で蹴りを叩き込んだ。異次元紫が自分で腕を切断した時以来の苦悶の表情は、状況を打開できるかもしれないという期待が持てる。

 私から抵抗が来るとは思ってもいなかったらしい。思った以上にこちらから離れ、腹部を押さえて咳き込んだ。刀も手放してしまったようで、錐もみしながら遠くへと飛んでいくのが視界の端に見える。

「まだ抵抗しますかぁ。いいでしょう…どこまでできるか見定めてあげますよぉ」

 青筋を浮かべ、スキマを傍らに開いた。その角度からこちらへ武器を射出しようとしているのではなく、得物を取り出そうとしているのがわかる。

 今の状況では、取って置きのスペルカードを発動できる最後のチャンスだ。無駄にせず、スキマの中からスペルカードを取り出した。

 一枚しか取れていないように見えたが、重なっていただけできちんと二枚取れていた。その内の一枚に魔力を通し、回路を抽出するためにすぐさま砕いた。

 砕けたカードから起動した回路が回収できた。それをすぐさま発動し、その効果を身に受ける。

「式神『月夜見』」

 月夜見は、天照大神や須佐之男命に並ぶ三貴神であり、誰もが一度は聞いた事があるであろう正真正銘の神。

 本来ならば、式神などで運用していい存在ではないが、神と対話のできる霊夢のお陰と私の能力で少しだけ力を借りることが赦された。惜しみなく使っていくことにしよう。

 月夜見は様々な肩書がある。ツキを呼ぶ、運をつかさどる神。月の歴を数える神。また、夜を統べる神と。今回は夜を統べる神、と言う部分を使わせてもらう。

 藍や橙のように式神を扱う場合には、術をかぶせるための媒体が必要となる。が、この短時間では信用たる人物を連れてくることはできなかった。だから、自分を媒体にして術を使う事で、月夜見の力を少しだけ使わせてもらうことにした。

 まさか、私が月の民の真似事をすることになるとは思ってもいなかったが、プライドがどうのと言っている場合ではない。

 それに私の境界を操る程度の能力だけでは、これから行うスペルカードの性能を十分に引き出せない。夜を統べる月夜見の力はうってつけなのだ。

 スペルカードを使用した直後は、何も変わらなかった。直前になって月夜見が渋ったのかと思ったが、すぐに彼の力が流れ込んで来る。体の奥底が熱く、夜を統べるという強力な能力の片々を十分に感じた。

 異次元紫の方へ視線を向けると、百戦錬磨の彼女でさえもこれは聞いたことが無かったのだろう。それはそうでしょう。このスペルカードはあんたのために、あんただけのために作ったのだから。

 続いて二枚目のスペルカードに魔力を流し、回路を起動する。比較的ゆっくりした動作で行っており、隙だらけと言えば隙だらけであるが、彼女からすれば何が起こるかわからないため、動くに動けないと言ったところ。

 警戒してくれている内に私はスペルカードを殴り壊し、抽出した回路を発動した。途方もなく広い全世界を変える事はできないが、このスキマの中だけであれば可能であろう。

 初めての使用が本番であることに一抹の不安があるが、なるようにしかならない。その余裕を切り崩し、致命の一手となることを信じる。

 スペルカードを使うのに、顔を削ぎ落された。これだけ苦労したんだ、絶対に逃がしはしない。

 夜への世界へようこそ。

「明星『薄明』」

 




次の投稿は、8/6の予定です。


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東方繋華傷 第百八十五話 宵の明星

自由気ままに好き勝手にやっております!!

それでもええで!
と言う方のみ第百八十五話をお楽しみください!


 暗いスキマ世界とは対照的な純白が、私を中心に溢れ出た。暗かったせいで、ミルクをぶちまけた様に白く染まり上がる世界に、目が眩むのに似た感覚に襲われた。

 だが、世界全体が白く染まった直後から、純白さが抜けていき、白から黄色、黄色から赤色へとスキマ世界の色が変わっていく。色が変わっていっても暗闇に目が慣れてしまっていた為、目が細まった。

 目が醒めるような朱色は、まるで夕焼けの空にも見える。スキマ世界の名残である背景の瞳が、星の様に薄っすらと見える。スキマ世界が大きく変わったが、変わったのは見た目だけではない。以前とは気配がまるで異なる。

 しかし、それを口で説明するのは難しい。感覚の問題であり、どう違うのか、どのように違うのかを順序立てて明確にはできない。

 本来ならどういった原理で、なぜそのような現象が起こるのかを順序だてて証明できなければならないが、今は理屈などどうでもいい。後で考える時間はたっぷりあるのだから。

「それでぇ?この世界を明るくしただけで終わりかしらぁ?」

 朱色の世界に覆われてから数秒が経過しても何も起こらないため、痺れを切らした異次元紫が私に得物を向けようとしたが、その動きが止まった。

 真っ赤に染まる周囲の景色に紛れて見えづらかったのだろうが、切断された耳がゆっくりと再生していくのを見て、既に効果の中にいることが分かったのだろう。

 腹部に刺さっていた鉄筋を引き抜くと、ぽっかりと円状の傷が姿を現すが、耳や胸の傷と同様にゆっくりと塞がっていく。筋肉など皮下組織が露出していたが、皮膚が完璧に覆いかぶさると、何かが当たった事を示す洋服の穴だけが残る。

 傷が治れば、程なくして引き抜いた痛みも消えていく。疲労感はある程度残るが、ダメージをリセットできる程の効果があったことが嬉しい誤算だ。

「そんなわけないでしょう?本番はこれから…」

 異次元紫がいる場所からさらに奥側の背景が赤色から青色へと変色し、それが徐々にこちら側へとゆっくり広がっている。時間の経過でこのスペルカードは変化するため、さっさと戦闘を始めるとしよう。

 私の手に突き刺さっていた刀を得物とし、新たに武器をスキマから出している異次元紫へ跳躍した。頭を串刺しにするつもりで刺突したが、避けられた。名もなき刀の側面を、奴の刃がなぞる。

 火花を激しく散らせて刀の側面を走る刃は、柄を握る私の指を切り落とす寸前で、鍔によって遮られた。魔力で強化されていたとしても、人間が作り出した刀では鍔を切断するに至らない。

 異次元紫の刀を弾き返し、更に斬り込もうとするが、奴が不自然に体を横にずらした。私が先ほど使った手法をやり返されたようだ。ギリギリまで射出した鉄筋を引き付けたらしく、避けた瞬間になびいた髪の毛をかき分け目の前に現れた。

 異次元紫の動きに合わせて陰に隠れようとするが、寸前まで隠してくれていたおかげで、一歩遅れた私は鉄筋を処理しなければならない。

 反応速度の問題で一発目は直撃することはなかったが、頬の肉を抉られた。奴を追って動いていなければ頭のど真ん中をぶち抜かれていただろう。

 刀の切れ味を落とさずに高速で飛来する鉄筋を受け流したり、器用に斬り壊すことはできない。折れてもいいから、使い捨てるつもりで刀を振るう。

 二本目の鉄筋を叩き壊し、三本目を後方へ見送った。まだまだ鉄筋が向かってきているため横に飛びのくが、その動きを読まれていたせいで岩石や鉄筋が動きに合わせて私に射出される。

 拳台の石や鉄筋に当てるのはさほど難しくはないが、小さい物となると難しい。刀を当てられず腹部に直撃し、体勢が崩れた。立て直そうとした所で、腹部に熱した金属を押し付けられている様な熱を感じた。

「っ…!?」

 痛みを感じる前に刀を振るい、飛んできた鉄筋を叩き落そうとしたが、動きが鈍ったことで刀を撃ち抜かれてしまった。強化していても側面から叩かれれば刀は簡単に折れてしまう。

 金属が削れた赤褐色の火花と、強化に使用していた魔力の結晶が弾けた。それに加えて金属片を散らし、柄から三十センチ程度残して刀身が折れた。

「スペルカードを使っても所詮はこの程度みたいねぇ」

 私が飛んでくる射出物に気を取られている内に、スキマから手斧を出していたようだ。三十センチ程度の長い柄の先端に三角形に近い形の刃が付いており、振りかぶるとこちらへと投擲した。

 戦闘用の軽い物ではなく木を切るための重たい得物は、回転しながらまっすぐに私へ飛翔し、斧の頭が胸へと抉り込んだ。

 加工された金属が、強化された肉体や胸骨を砕く。刃の先が心臓に達する寸前で止まってくれたようだが、これまでに経験したことの無い出血量に、血の気が引いていくのを感じる。早く動かなければならない、追撃を避けなければならないと分かっていたが、体が言うことを聞かない。

 ようやく動き出そうとした所で、手斧を破壊しながら新たな鉄筋が胸へ突き刺さる。五本の鉄筋が左胸を中心に串刺しにしていき、細い体を貫通する。

 心臓を撃ち抜かれたのだと早々に理解はできるが、頭よりも体の方がどうしてもついてこれていない。短時間であまりにも攻撃が重なり過ぎて、脳が痛みのキャパを超えてしまったのだろうか。心臓を貫かれているというのに痛みを感じにくい。

 食らって間もなく更なる鉄筋が腹部を貫いた。体の中心を通過している大動脈を抉られた。

 串刺しにされたことで、前のめりに体勢が大きく崩れた。体勢によっては当たっていたであろう私のすぐ真上を、スキマから射出された得物が次々に通過していく。

 そのまま下へと逃れようとするが、次は肩へと弾幕が被弾する。魔力の弾丸ではなく、スキマから打ち出された刀だ。右肩に上から突き刺さり、鎖骨を切り裂きながら肺を穿つ。腰のあたりから背中側に切っ先が抉り出た。

 私に反撃させる暇を与えず、間髪入れずの攻撃。全身が血まみれで、勝敗など胸を貫かれた時点でわかるものだが、それでも追撃を止めなかったところに奴の用心深さが見える。

 胸に突き刺さった鉄筋を引き抜き、更に攻撃を繰り出してくる異次元紫へと投擲した。私の得物と奴の得物が空中で交差し、金属音を上げて火花を散らす。

 途中で干渉されたため、お互いの得物の軌道が僅かに逸れた。こちらの得物はあらぬ方向へと飛翔し、奴の鉄筋は私の首を貫いた。

 体に鞭を打ち、無理やり反撃したのだ、こちらに来ると分かっていても貫かれた体を軌道上から退避させられない。

「ぐぁっ!?」

 刀よりも鉄筋の方が凹凸が多く、その分だけ首の肉を摩擦で抉り取られた。気道の一部を鉄筋が損傷させたらしく、血の匂いが口内に上がって来た。

 血を吐く私へ、異次元紫が得物を振るってくる。刀を大ぶりに持ち上げる姿から、私の頭をかち割るつもりなのだろう。しかし、直前で掲げた手は静止する。

 私が手を伸ばし、振り下ろされる前に異次元紫の腕掴んだわけではない。他の方向から伸びて来た獣の尻尾が巻き付き、振り下ろそうとする刀の動きを直前で止めたのだ。

「っ…!?」

 予想外に邪魔されたことで、異次元紫の動きが止まる。止まりかけた彼女へ、腕に巻き付いた尻尾の主が現れる。赤い瞳の軌跡を中空に残しながら、陰から現れたのは人型の妖怪ではなく、全身を毛で覆われた妖獣だ。

 見た目は狐に見えるが、大きさは優に人間を超えている。攻撃的に歯をむき出しにし、唸り声を上げる姿は狐のそれではない。見た目には似つかわしくない獰猛な声で猛り立ち、異次元紫の頭を噛み砕こうとする。

「くっ!?」

 手に巻き付いていた狐の尾っぽを振りほどき、頭へと噛みつこうとした狐の口へ刀を振り抜いた。鋭い牙を持つ顎が頭の代わりに刀身を粉砕する。

 異次元紫は今の一太刀で狐を仕留めるつもりではなかったらしい。狐が噛み砕いている間に懐に潜り込み、半分になった刀身で妖獣の首を下から掻き切った。

 びっちりと隙間なく生えた獣毛をかき分け、刃が喉笛を切り裂くと、狐が甲高い声で悲鳴を上げる。それでは終わらず、悲鳴を上げて仰け反ろうとする獣に追撃を与え、今度は首を切断した。

 悲鳴が途切れ、切断面から血をドロリと溢れ出させながら獣が脱力する。その下にいる異次元紫にもたれかかるが、その巨体を彼女は蹴り飛ばした。

 重力が無いに等しいため、数百キロはありそうな狐がゆっくりと異次元紫から離れていく。何なんだ、と眉を顰める奴はこちらへと視線を向ける。

 その内に私はというと、腹部の得物、壊れた手斧と胸に突き刺さっていた鉄筋、肩に突き刺さっていた刀を丁度引き抜いたところだ。

 血まみれも血まみれ、胸や肩から流れ出した血液に、薄紫色だった洋服は見る影も無い程の緋色に染まっている。見下ろしている自分でも奥の背景に溶け込んでしまいそうだ。

 正面に位置する奴から見れば、胸にはいくつも空洞があり、奥の背景が見えることだろう。それでも死なずに対峙し続けている事で、再生能力や生命力の高さを感じているようだ。

「…」

 今回、夜の神の手を借りたが、実際には酷く曖昧な部分が多い。広く、浅くであるが故にであるせいだが、一部の恩恵に肖れるのは私としてはプラスに働いている。

 神の世界において、赤は重要な色だ。炎のような暴力的な一面もありつつ、血の赤は生命的な根源の色でもある。傷の再生力が高く、胸に空いた傷や、首を貫通していた鉄筋を抜いた痕もたちまち元に戻っていくのは、生命力の高さと言った部分だ。

 そして、私の生命力が向上した以外に、曖昧な部分が多いと言った理由がある。神話をそこまで詳しく知らない私が使っているせい。神話の中で、理由は忘れたが神が切り殺された時、その血飛沫が飛び散り、そこからさまざまな神が生まれたという話がある。

 おそらくだが、その曖昧な知識があの妖獣を作り出したのだろう。いくら私の能力で神を呼び出しても、全くの零から生命を生み出す事は難しい。私の血を媒体として、形作られたと想像できる。

 作り出されたのが神ではないのは、私の血を媒体としているからだろう。傍らに浮かんでいた岩石に、手のひらにこびり付く血液をべっとりと塗り付けた。

 血飛沫ではないが岩石に付けた血液が脈動したと思うと、風船が膨らむように盛り上がった。明らかに付けた量に比例しないが、幻想郷でそんなことを言い出したらキリがないため、頭の隅へと追いやった。

 私の身長を超える大きさに膨らむと、生物の形へと徐々に変わっていき、ゆっくりと筋肉が剥き出しの獣が血の中から現れた。体の形が先の狐とは違うように見えたが、それは当たっていたようだ。

 先ほどの長い顔ではなく丸みのある顔は、猫のよう。毛が生えると狐とは違う特徴的な髭が顔に生える。本来のネコは気ままな性格をしているはずだが、私を守る様に立ちはだかる。

「どれだけ動物を使ってもぉ…私は殺せませんよぉ?」

「どうかしら…ね」

 引き抜いた鉄筋や刀にこびり付いた血、出血による周囲の物に飛び散った血、宙に浮く血が次々に脈動し、狐や猫の形で膨らんでいく。唸り声を上げながら、ただの血だった物が一斉に獣たちへと変化した。

 そこら中から獣の方向が湧いて出る。これまでの戦闘でかなり出血し、それらがあらゆる場所に飛散していた為、狐と猫どちらも二十は越えているだろう。

 全身を獣毛が覆うと、生物としての活動を始めた。一部が私を守る様に周囲に残り、残りが異次元紫へと襲い掛かる。ガタイもそうだが、獣たちが剥き出しにす爪や牙は、通常の個体よりも大きく見える。当たり所が良ければ、一撃で四肢を千切る程には鉤爪は鋭そうだ。

 数十匹の獣が向かう先にいる異次元紫は、生まれ行く妖獣に動揺しながらも、爆発的な魔力の流れを感じさせる。淡青色の光が輝くカードを握り潰した。

「妖巣『飛光虫ネスト』」

 魔力の結晶が弾け、異次元紫の後方に淡青色の小さな瞳が大量に生成される。緋色から紺碧の黒ずんだ色へと変わっていくスキマ世界を、淡青色の眩い光で照らし出した。

 血から生まれた獣たちの意識が支配下にあれば、スペルカードを迂回させるのだが、私の意識が及ばないため、見守るしかない。

 数十発の弾幕が妖獣たちを撃ち抜いた。耐久力が殆どないらしく、弾幕に当たったそばから派手に血をまき散らす。伸ばした手が砕け、開いた口が頭ごと貫かれた。弾幕に先発隊がやられ、後衛が死体をかき分けて異次元紫へ突き進む。

 スペルカードにより異次元紫へ向かっていた獣たちの半分ほどやられたが、残りの妖獣たちは怯むことはない。奴が開いたスキマから大量の弾幕が射出されるが、人間の数倍はくだらない脚力で俊敏に弾幕を掻い潜る。

 死体、瓦礫等を足場にして狐が右側から接近し、持ち前の咢で喉元を食い千切ろうと牙を剥く。その反対からは、猫が足の肉を削ぎ落そうと剛爪を振るう。

 左右からの挟撃だ。異次元紫なら、どちらの攻撃も把握している事だろう。だが、スキマを使って逃げ出す様子はなく、正面から波の様に襲ってくる獣たちの対応に追われている。

 牙が喉を食い千切り、両足を切断せんと爪が皮膚に抉り込もうとした直前だった。皮膚を切り裂き肉を削ぐはずだった牙と爪が、異次元紫の皮膚に溶け込むように押し込まれていく。

 まるでそこに異次元紫がいないと思える程、幽霊だと勘違いしてしまいそうになる。驚いているのは私だけでなく、二匹の獣も驚きを隠せないのを傍目で見てもわかる。牙と爪を剥く狐と猫が、手や頭だけでなく体まで通過してしまった。

 境界を操る程度の能力で妖獣と自分の境目を曖昧にし、攻撃をやり過ごしたようだ。それを何度もやられればこちらに打つ手はないが、そう何度もできる事ではないのは同じ能力を持っているからわかる。

 獣と自分の境界を曖昧にするため、境界の操り方を僅かにでも間違えれば獣たちと融合してしまってもおかしくはない。その調節がかなり繊細であるようで、神経をすり減らしながらの能力の使用に、顔色が悪い。

 通り抜けた獣が踵を返して再度襲いかかろうとするが、狐の頭を半分になった刀身で切り落とし、猫はスキマで射出した刀で貫かれていく。

 数十匹いた妖獣たちは、瞬く間に半分以下にまで減らされた。だが、獣たちは私の血によって生成される。血はまだまだそこら中にあり、続々と獣へと変化していく。

 異次元紫にこちらへ得物を向ける暇など無く、殺されてただの血へと戻っていく獣だった物をかき分け、新たな妖獣が襲い掛かる。

 一体一体が自立し、突撃することに恐れを感じていないからこそできる息をつく間もない連撃であり、奴に反撃する暇を与えない。

 私がこのスペルカードを発動する前までは、異次元紫の独壇場と言っても過言ではなかったが、今では動物たちの猛攻で防御に手一杯のようだ。

 これまでの戦闘で、様々な場所に血が飛び散っているのだろう。異次元紫がスキマで獣たちから距離を取ったとしても、奴の魔力に反応して逃げた先の周囲で獣がさらに生成される。

 異次元紫を追う手は休むことはない。しかし、私の支配下にないため逃げる場所の予想がつかず、奴の動きに翻弄されてしまっている面もある。

 獣たちを制御できればもっと奴を追い詰めやすいし、獣たちの損害も最小限で済むだろう。どうしてもあの子たちを思い出してしまって仕方がない。

 出来れば死なないようにさせたいが、そればかりに気を取られてしまっていれば、せっかくのチャンスを不意にしてしまう。頭を切り替えなければならない。

 妖獣たちが身を挺して戦ってくれている内に、私も加勢しなければならない。狐を弾幕で撃ち抜き、猫の頭を叩き潰す異次元紫へ、自分から引き抜いていた刀を投げ飛ばした。

 投げる為ではなく、切るために作られた刀をまっすぐに飛ばす技術はない。柄などの非殺傷部分によっては、ダメージを与えられる可能性が低くなってしまうが、異次元紫の足を一瞬でも止めることができれば、妖獣たちが食い殺してくれるだろう。

 回転運動する投擲物は、妖獣から逃げる異次元紫に寸分たがわずに捉えた。飛びかかった狐の首を切断しようとしていたスキマ妖怪の肩を貫き、体勢を崩したところを獣たちが押し寄せた。

 肉を食い千切り、爪で引き裂く。それでもダメージを最小限に抑え、抵抗をするスキマ妖怪の戦闘能力には舌を巻かされる。

 他の妖怪たちや、他の世界の八雲紫であれば、これで終わっていただろう。経験から来るアドリブへの対応力は、思った以上に馬鹿にならない。

 全身を血まみれにしながらも、獣たちを撃ち抜き、折れた刀身で斬り捨てる。戦闘能力はそこまで高くないはずだが、その戦いぶりは鬼のようだ。

 いくら獣の姿をしていても、媒体となっているのは私の血だ。それにより人間を超える巨躯は脆く、奴が生き残る確率を上げているようだ。

 死闘を繰り広げる異次元紫から視線を外し、空を見上げた。緋色だったスキマ世界は、紺碧へと変わっている。魔力の淡青色とは違う、漆黒まで行かない深い青色は深海に近い海の底を連想する。

 上空から後方へと視線を移していくと、背景の色が徐々に緋色から蒼色と変わっていく。残りわずかしか残っていなかった緋色が無くなると、世界は次の段階へと移行する。

 真っ青な世界に切り替わった瞬間、それまで激しく動き回っていた妖獣たちが急停止した。今まさに交わろうとしていた牙や爪が静止し、スキマ世界の性質に関わらない異次元紫の折れた刀が獣を切り裂いた。

 妖獣たちが急に動くのを止めたため、何かが起ころうとしている事を察したのだろう。動きを止めた獣から異次元紫が離れようとした時だ、青白い光が獣たちから発せられた。

 スキマ世界の紺碧色に周囲が染められているからではなく、私の周りにいる妖獣も含めて発光していくのだ。光が最高潮に達したと思うと巨大な体躯が蒼白の炎に包まれ、燃えていく。

 獣毛が燃え尽き、皮膚が爛れ、筋肉が焦げ付く。あらゆる内臓、器官に炎は到達し、骨格を形成する骨までもが燃やし尽くされ、灰と化す。

 私の血液から作り出された獣たちだけではない。炎が曝露したあらゆる物体が灰へと帰す。そこに差はない。有機物、無機物に関係なく同じく燃え、同じく灰へと侵す。

 赤は生命の血。青は全てを燃やし尽くす浄化の炎と言ったところ。

 手に握っている刀も妖獣から発せられた炎にあてられ、灰となってしまった。得物が無くなったことに不安が過ぎるが、慣れない物を使うよりもシンプルにいこう。刀だった渣滓を手から振り払い、異次元紫へと向かう。

 この段階にも時間制限があり、次の段階へのカウントダウンが既に始まっている。異次元紫の奥の背景に、蒼から光のない漆黒が浸食して広がり始めた。

 血塗れの異次元紫をここまで追いつめてくれた獣たちに礼を思いながら、勝利を誓う。灰をかき分け、奴の正面に陣取った。

 炎は私の意思や感情に呼応し、揺れ動く。ゆったりとではなく、激しく燃えるのは横溢する憤怒を表しているのだろう。

 もっと怒れ、もっと燃え盛り、奴を焼き尽くせ。構えも、予備動作もない。感情のまま炎を操り、炎を膨れ上がらせる。体積を急激に増やしたことで爆発的に炎は広がり、竜巻の様に渦巻いて異次元紫を飲み込もうとする。

 妖獣や得物が炎に当たればどうなるかを見せた。正面からやり合うわけがないと思っていたが、異次元紫は意外にもその場に陣取った。面白い。ならば正面だけでなく、全方向から炎を向かわせる。

 複数の竜巻が発生し、異次元紫を取り囲む。蒼白の炎自体に熱はないため、肺を熱波で焼き焦がすことはできないのが残念だが、それではあまりにも呆気ない。

 焼き尽くせ。私が命令を与えると同時に、十を超える竜巻が異次元紫を焼き、引き裂き殺そうと目標に向けて狭まり出した。

 攻撃のする場所を絞らせてから移動する算段だったらしい。ギリギリまで引き付け、私の後方へスキマをつなげ、こちらへと飛び込んで来た。

 通過する際に大太刀を持ち出したようだ。私の頭を切り落とそうと、横に大きく構えると薙ぎ払う。一メートル以上の刀身が私の頭を切断しようとするが、炎は周囲に発生させるだけでなく、私を起点に発生させることもできる。

 刀程度の細い物体なら炎が金属を削り取り、ほんの十数センチの炎を潜らせただけで刀身を灰へと浄化した。

「ちっ」

 小さく舌打ちをしながらもスキマを開放し、こちらへ向けて大量の弾幕をぶっ放した。魔力による弾幕も、鉄筋や標識などを使った弾幕も、たった十数センチの壁を踏破できない。

 浄化する速度からして、炎を潜り抜けたとしても私にダメージを与えられるほどの大きさを維持できないだろう。もし、私に弾幕を当てたいのであれば、浄化が追い付かない位の大きさと速度で弾幕を撃ちだすしかない。

 岩石などの巨大な物体をぶつけるしかないだろうが、至近距離でスキマを開いている内に、炎でスキマが浄化されて射出に至らないだろう。

 遠距離から巨大な物体で潰そうとしても、飛んできているのが見えれば炎で対応するため、気を抜かなければ攻守ともに問題は無いはずだ。

 刀をこちらに触れるだけの距離に来ているためこちらからも距離を詰め、手を伸ばした。胸ぐらを掴んで炎の中へと引き込もうとしたのだが、炎を纏ったままであったため、服の掴んだ部分が灰となって逃がしてしまった。

 すぐさま炎で異次元紫の周囲を取り囲むが、スキマの中へと逃げ込まれた。どうせ当たらないのであれば、奴が逃げ込んだスキマに炎を向かわせるよりも、逃げた先を探す方が速い。

 逃げた先の景色に蒼白の炎がチラついているのは目印にならないが、その周囲に漂うガラス片や金属片は、龍神との戦闘で使用した電車の周辺であることを示している。

 龍神の手に囲まれた方向に視線を向けると、異次元紫が丁度スキマから飛び出したところだ。距離は数十メートル離れているが、炎はスキマ全域に達しているため、距離は関係ない。

 炎を操り、左右から挟み込もうとするが、大きく開いたスキマからひしゃげた車や巨大な瓦礫が飛び出した。左右から迫る炎を遮る形となり、異次元紫が逃げるだけの時間を与えてしまう。

 車や岩石の大きさだったとしても、数秒もあれば灰にし尽くせる。だが、いくら操れても浄化の炎は私たちがよく知る炎と同じ挙動をするため、物体を即座に貫通するわけではない。広がり、表面から徐々に内側に浸潤していくため、盾を使われるとその内側にいる人物に達するまでに時間がかかってしまう。

 異次元紫は潜り抜けると、懐からカードを抜きだすのが遠目に見てもわかった。どんな技が来ても対応できるよう、炎を前方に集中させると同時にスペルカードが発動された。

「廃線『ぶらり廃駅下車の旅』」

 縦横が六メートルを超える巨大なスキマが開かれると、奥から魔力により時速数百キロメートルまで加速させられた電車が現れた。

 本来なら人の輸送を行うための車両だが、この速度で人にぶち当たれば魔力で強化していたとしても、原型を留めるのは難しいだろう。

 八両編成された電車に、正面から立ち向かう。電車が炎に包み込まれ、表面の外骨格から先に塵と化し、内部へと炎が浸食する。

 浄化の炎の前に物体の硬度は一切関係ないため、服や岩石と同じように塵となる。見た目が大きくとも中は空洞であるため、内側へと入り込めれば灰となるのは岩石よりも早い。

 所々に錆の見える古い電車が次々と炎に飲み込まれ、包み込まれたそばから灰に変換されていく。結合部が壊れ、バラバラに部品が散らばるが、私の元に到達する物は一つとしてない。

 速度を上げればその分だけ進めるという部分に目を付けたのはいいが、質量が足りていなかった。

 こちらへと突撃してくる最後の一両も、他のと同様に灰へと浄化しようとした。炎が包み込もうとすると、電車の内部に突如赤い閃光が発生し、鼓膜を破る勢いの轟音を発生させた。魔力による爆発ではなく、本物の爆弾による爆発だ。

 かなり強力な爆弾だったらしく金属のフレームが内側から外側へと膨れ上がり、ガラスは木っ端みじんに吹き飛んだ。電車を破壊するのであれば十分以上の威力だが、異次元紫の狙いはそこではない。

 距離的に私へ爆発や飛散した破片を食らわせるとしたら遠すぎるが、発生した爆風を浴びせかけるとすれば、申し分ない距離だ。

 左右から来る炎を防いだ時に炎に近い挙動をしため、爆風で吹き飛ばそうとしたのだろう。奴の予想通り、衝撃と爆風で取り囲んでいた炎が四方八方に吹き飛ばされた。

 焼けるように熱い光と、肌を焦がす熱風に後ずさる。体の周囲を囲んでいた炎が引き剥がされ、隙を晒すことになった。

 すぐさま炎を発生させて身を守ろうとするが、目の前にスキマが開き、手斧を携えた異次元紫が身を乗り出してきた。爆発から間髪入れずの攻撃に、引き剥がされた炎の再配置が間に合わない。

 いや、ここは私も攻めに出る。肉を切らせて骨を断つ。手斧を振りかぶる異次元紫へ私からも突き進む。

 刀程度の細さだと、直前に消される可能性があるのをよくわかっているため、刀よりも太さのある手斧にしたのだと容易に想像できる。

 こちらへ向かってくる手斧に、私は左腕を差し出した。できうる限りの強化を忘れずに施すが、炎を纏っていなければ損傷は免れないだろう。

 左手を炎で覆えればダメージを軽減できるだろうが、奴もそれありきで動いてしまう。逃げる隙を与えぬよう私も自分を使って、ギリギリまで標的を引き付ける。

 振り下ろされた手斧が、防御に使った左腕に叩き込まれた。人を切り殺すことに特化した代物ではないため、抉り込むのに余計な痛みを生じる。

 潰れた細胞が、引き裂かれた血管が、砕かれた骨が、切断された神経が、損傷の具合に関係なく悲鳴を上げる。切れ味の悪い斧に嬲られ、腕は高圧電流でも流されているのではないかと錯覚するほどの痺れを感じた。

 腕の半分ほどまで刃が食い込むが、手斧の行進はそれだけでは終わらず、私の頭に達するまで止まる気配はない。反撃しなければならないというのに、激痛で脳内から欠落してしまいそうになったが、敵意を奮い立たせた。

 爆風で小さくなってしまっていた炎を魔力で増幅させ、ガソリンを注いだように火柱へと炎を滾らせる。周囲の炎を上下に展開し、鼠一匹すら逃げられない檻として自分ごと包み込む。

 ここまでくれば、後は奴を焼き殺すだけ。首の皮一枚で切断を免れた腕を中心に炎を発生させ、手斧の頭を灰へと形質を変化させた。柄しか残らぬ得物は私の頭を素通りしていき、ついには振り切られた。

 しまったという表情すら浮かべないのが気になるが、三百六十度あらゆる方向から炎が迫る。爆弾を起爆し、周囲の炎を吹き飛ばすことは自分ですらも巻き込まれるため、異次元紫は先の戦法を取ることができない。

 今更スキマを開くが、人間が通れるだけの幅を確保できるわけがない。炎の壁を迫らせ、炎の内側にいる異次元紫を握り潰すだけだったというのに、奴の活動できる範囲を狭める炎は、逆に押し返された。

 広がろうとする炎を抑え込もうと大量の魔力を注ぎこむが、それを持ってしても異次元紫を焼き殺すことができない。奴がスキマから出現させた液体の物量に、フットボール状に囲んでいた炎がついに綻び、浄化が追い付かずに炎が消滅した。

 物体の浄化は灰へと変換されたが、水の浄化は気体へ蒸発することのようだ。大量の蒸気と共に、体中を水浸しにしたスキマ妖怪が私から距離を取る。

 単純に、炎に対して水をかけたというわけではなさそうだ。浄化のシステムを、おおよそ異次元紫は把握してきているようだ。

 炎が際限なく物質を灰にするのではなく、魔力によって生成された炎が、自身の持っている魔力を物質に与えて灰にするのだ。需要と供給のバランスが崩れ、需要だけが増えれば供給が間に合わず、今の様に押し切られてしまう。

 どこかの海の底にでもスキマをつなげていたのか、ゲートは大量の水を吐き出している。飛び散った水が口に入ったが、生物が共生する独特な磯の香りが鼻に昇り、舌には塩っ辛い塩分だけが残る。

「っち……面倒な…」

 戦いに集中している内に、既に周囲の景色は八割ほど紺碧色から漆黒へと、色彩を変えてしまっている。スペルカードがこの第二段階で終わりというわけではないが、今の段階でできうる限りダメージを与えておきたい。

 消えた炎を再発生させ、自らの身に纏う。炎を周囲に配置し、異次元紫にいつでも攻撃できる体勢を整えた。

 切断されかけた左腕を抱え込み、奴がどう出るのか伺う前に、異次元紫がこちらへ先に攻撃を仕掛けて来た。彼女自身が武器を携えず、スキマから円柱状の物体を私へ向けた。

 太さは六十センチほど、長さが五メートルから六メートルほどありそうな円柱物体は、中が空洞になっている。一番奥は暗くて確認できないが、何かを発射する機構だと分かったのは円柱の内側全周に細かい凹凸があるからだ。

 ライフリングと言われる、弾丸を回転させるための細かな突起を認識すると同時に、射線上から飛びのいた。

 マッハで飛び、長さが二メートルにもなる大砲を灰へと変換するのは、炎の厚さによっては難しい事ではない。だが、弾丸を飛ばすための炸薬が爆ぜた際に発生する衝撃波は、正面に陣取っていれば死んでもおかしくはないだろう。それだけの威力があれば、周囲の炎も吹き飛ばせるはずだ。

 飛びのいた瞬間に、蒼白の炎とは対照的な橙色の爆炎が爆ぜた。爆発のエネルギーを受け継いだ砲弾が、炸薬の衝撃で薙がれた炎の上を通過する。逃げるのに精いっぱいで通り過ぎたことすらわからなかったが、後方に位置している建物に大穴が開いていれば威力が伺える。

 次弾を装填できるのかはわからないが、爆風が及ばなかった範囲の炎を伸ばし、次の攻撃をさせぬように砲身をスキマごと浄化した。

 砲身の隣に陣取っていた異次元紫は、浄化していく炎から距離を置こうとするが、そのまま蛇のように炎を伸ばして追撃する。先端を上下に開き、獲物へ食いつく顎を形成した。

 異次元紫を丸呑みできるように大きく開き、食いつこうとするが、炎に当たるギリギリの位置にスキマを形成していく。

 おかしなことをされる前に浄化しようとした矢先だ。上下に大きく開いた咢が不自然に膨れ上がると、蒼白の炎で形成された蛇が弾け飛ぶ。肉片の様に炎をまき散らし、動物を象っていた炎は原型を留めぬまでに小さく粉砕された。

 先ほど砲弾を放った時の爆発音があったわけでも、爆発性の弾幕を放たれたわけでもない。何かをしたのがわかっても、何をしたのかが全く分からなかった。

 私が龍神を殺した時の様に、以前撃たれた弾幕をスキマ内に貯蓄し、それを放ったのだと考えられる。だが、弾幕が放たれた痕跡はない。どちらかと言えば、魔理沙が使うエネルギー弾に近い形で、吹き飛ばされたというのに近い。

 舌打ち交じりに続いての攻撃を仕掛けようとすると、メラメラと揺れ動いていた炎がガラス細工の様に停止した。緋色の世界で召喚した動物たちと同じ静止。

 スキマ世界の性質が切り替わったのだ。紺碧色の空は奥の見えない暗黒に染まる。緋色、紺碧色の時には薄く光る程度だったが、今度の段階では背景の瞳が白く輝いているのがはっきりと見える。

「それでぇ?今度はどんなおままごとを見せてくれるのかしらぁ?」

 この段階から、またスキマ世界の在り方がガラリと変わる。これも闇の世界へ行くための道の一つだが、第三段階になっても果たして笑っていられるだろうか。右掌を異次元紫へ差し出し、第三段階目の力を解放させる。

 宵闇がこれだけだと思うなかれ。

 




次の投稿は8/20の予定です。


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東方繋華傷 第百八十六話 没した神は産声を

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
と言う方のみ第百八十六話をお楽しみください!!


 暖かく粘性が僅かにある液体が、ゆっくりと滴り落ちていく。周囲の黒に相反する色彩を放つ流動体は深紅であり、補色効果でより一層浮き彫りになって見える。

 普段、自分から危険に飛び込まなければ流れることの無い血潮は、日常と非日常との境界を徐々に薄れさせていく。対比する二つが混ざりに混ざり、曖昧にするとわずかに残っていた日常と言う選択肢を非日常が優しく抱き込み、警告の汽笛を鳴らす。

 しかし、働ける状態にない頭は、自分の身に起こっている事の脅威度を正確に把握しようとしない。こういう事象のために、頭の中にはいくつもの防御壁やフィルターを設けているつもりだったが、覚束無い不明瞭な意識の前にはそのどちらも無力だ。

 準備していたフィルターは、スライスされた穴あきチーズを並べているような物である。空いた穴を危険性を大いに孕む警告が谺然と掻い潜り、警醒を見過ごした。

 なぜなら、血の流れる非日常も彼女にとっては日常の一部でもあったからだ。そうなったのはある意味で必然的とも言えた。

 透明度の低い体液はどこから出ているのだろうか。現在進行形で処理能力をほとんど失っている脳でも、流出する血液の所在元が気になったのだろう。足先に向けられていた視線がゆっくりと胴体へと傾いていく。

 末梢から中枢側へ行くごとに、服にこびり付く鮮血の量が増えていく。直前の欠落した記憶が呼び戻されようとしているのか、臀部から腹部、腹部から胸元へと視線を傾けるごとに頭痛がする。

 視線が胸元を映し出されたのは、裂傷だらけでズタズタに引き裂かれた体だ。裂傷創は腹部の一部と肩にまで達しており、裂かれた組織から滲み出た血液が大量出血を招いている。

 フィルターなど必要ない。誰がどう見ても生と死を別つ、分かれ道に立っている事を即座に自覚し、選択を迫られた。現実と向き合い、覚醒するか。現実から目を背け、眠気に身を任せるか。

 疲れ切り、鉛の様に重たい体から目を背け、欲望のままに眠り込んでしまいたい。だが、深層意識に存在する私の戦意欲がそれを許さない。

 脳が覚醒を迎えると同時に、今まで脳が拒み続けて溜まっていた全身からの損傷情報が流れ込む。

「うっ……ぐあああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 痛みを痛みが覆い、更に強い激痛が濁流となって押し寄せる。この場において痛みを感じることができるというのは、私がまだ生きて居られていることの証ではある。だが、それと同時に、どうしようもない現実の生き地獄をわかりやすく教えてくれる証でもある。

 聴覚や視覚、触覚などの常に働く感覚器官の情報が頭に入ってこない程に脳内が痛みで埋め尽くされる。ただでさえ情報と情報がすし詰め状態であるのに、新たな情報が更に殺到し、パンク寸前だ。

 血はまだ出ているのか、私は声を出しているのか、息はしているのか。心臓は動いているのか。何もわからない。理解できるだけのキャパシティーを優に超えており、急性的な情報過多に失神までの秒読みが始まっている。

 釣り糸の様に細い精神に切れ目が入っていき、脆弱な糸は吐息を零しただけで切れそうだ。か細い精神の糸が切れるのには過剰すぎる力が加えられていく。

 確実に糸が切れるであろう負荷が多大にかけられたが、不思議と意識を失うことはなかった。切れ目を入れられたとしても、強靭な精神が屈服することを拒否したのではない。

 そんな根性論でどうにかなる状況を越している。流れを変え、脈絡なく不自然にこちら側に戻ってこれたのは、固有の能力を発動していたからだ。

 境界を操る程度の能力によりそちら側と一線を画し、強制的に現世へ意識を引き戻したに過ぎない。目的を果たすため、ただ一つの目的を。

 あらゆる激痛を飲み込み、能力ありきだが制した。どうにか動くために身をよじろうとすると、肺の中に溜まっていた血かによって咳が誘発され、喀血することになる。

 どれだけ出血していたのか、血を何度も空気と一緒に吐き出しても咳は収まることを知らず、むしろどんどん悪くなっている。咳が激しくなればなる程、吐き出す血の量が倍々に増えて言っているように感じた。

 ようやく咳が収まってきたと思ったが、間髪入れずに嘔吐感が込み上げ、胃から押し上げられた鉄臭い胃液の混じった血液を堪え切れずに吐き出した。

 先ほどの激痛とはまた違った苦しみ。喘鳴し、呼吸を整えようとすると、今度は咳が込み上げる。酸欠でまた意識を失ってしまいそうだ。

 その両方が無くなるまでにややしばらく時間がかかった。それでも私が攻撃を受けなかったのは、奴の理念に反したのだろうか。それとも、これが演技かどうかを探りたかったのか。

 何時までも待ってくれるとは思えず、戦闘態勢を整えようとするが、私は壁に吹き飛ばされていたらしく、半壊した建物の壁に背中を預けて倒れ込んでいた。

 動こうとするまで気が付けなかった。痛みを魔力で軽減し、立ち上がろうとするが、瓦礫に埋まっていて上手く起き上がることができない。

「っ……!?」

 ゆっくりとだが、徐々に吹き飛ばされる直前の記憶が蘇り始めるが、それでも私は何をされたのか全く分からなかった。奴の取って置きと言う奴なのだろうか。

 自分の事で精いっぱいで、周囲が目に入っていなかったが、奥に瞳のような景色が見えた。通常のスキマ世界と変わらない状態へと戻ってしまっている。

 能力のおかげで気絶せずに済んだが、境界を操る程度の能力が使えているという事は、私のスキマ世界全体を使用したスペルカードは解けてしまっている。

 それのおかげで助かったというのは皮肉な話だ。しかし、境界を操る程度の能力で呼び寄せ、力を借りていた月夜見の力を掻き消すほどの強大な力を異次元紫に放たれた事になる。そこだけが解せない。

 咳き込みながら、半分ほど埋まっている体を瓦解した壁から引き抜いた。私が埋もれている事で絶妙にバランスを保っていたのか、壁や屋根の一部が崩れていく。

 倒壊に巻き込まれぬよう離れようとするが、十数メートル先で異次元紫が先に回り込んできており、それ以上進むことができなくなった。

 彼女の傍らにはスキマが開かれており、その奥には私を串刺しにするつもりであろう刀切っ先がチラつく。錆び付き、刃こぼれもしていそうな刀剣が向けられた。

 そのまま死んで行ってもおかしくない状況から戻ってきたはいいが、半死半生で攻撃を避けることすら難しい状況だ。串刺しになる未来が見え、たじろいだ。

「解せないって顔してるわねぇ」

 私の表情を読み取った異次元紫が、嗤いながら私に呟いた。得意げに弁を垂れるのかと思いきや、スキマの奥で構えていた刀をこちらへと射出した。音もなく撃ち出された刀の刃が肌を撫で、右側の鎖骨と肩の肉を一部を引き裂く。後方へ飛び抜けると、もたれかかっていた壁に突き刺さった。

「くっ…!」

 右肩を引き裂かれ、腕が持ち上がらなくなる。そもそも握れるかどうかも怪しいが、得物を使ってでの戦闘に支障が出るだろう。

 今の一撃は言わば斥候のようなもので、私がどれだけ体力を残しているのか。どれだけ動けそうなのかを試したのだろう。その証拠に、体の中枢から離れた部分にわざわざ攻撃を仕掛けて来た。

 反応はできれど回避はできなかった。通り過ぎた後でようやく避ける動作を行った。肩から血液が流れだし、右腕を赤く汚していく。

 こちらから攻撃をやり返そうとしても、スキマを開く前に扉を弾幕で掻き消されてしまうだろう。下手に動けない。俊敏に動けるのであれば、弾幕を掻い潜りながら戦えたのだが、創傷が酷いせいでそれは叶わない。

 しかし、失念していた。異次元紫がスキマ内に保持しているものを。狭いスキマ世界とはいえ、全体の性質を変えるのは補助があったとしても、中々に骨が折れる。それをあの一瞬で掻き消すというのは、片々ではあるが呼び出した神以上の力を発揮したことになる。

 そんなもの、奴が貯蓄していた龍神の力以外にあり得ない。私は先ほどまで龍神をスキマ世界に閉じ込めて弱体化したと一口に言っていたが、閉じ込めるまでの過程を考慮するのを忘れていた。

 龍神の力を分割し、残りカスとなった実体を閉じ込めた。ならば、実体から切り離された力はどこに行ったのか。それを頭に入れていなかったため、スペルカードを消し飛ばされてしまった。

 例え心構え出来ていたとしても、消し飛ばされるのは変わらなかっただろう。今更後悔しても遅いが、状況は異次元紫へと傾いている。

 今、まさに私の命は異次元紫の掌の上にある。それをどう掻き消すか、吹き消すか。奴の気分次第で決まるのだ。飢餓寸前で死にそうな黄金虫か、それとも、鳥に啄ばまれた毛虫か。奴にとって、指先で殺せるような存在に私は成り下がっている。

 私が頭をフル回転させ、状況を打開しようとしているのを感じたのだろう。彼女は先ほどの威嚇ではなく、体の中心線を狙って刀を射出した。

 致命傷となる位置を避けることはできたが、串刺しになることは避けられなかった。先ほどもたれかかっていた壁に縫い付けられた。

「っ…あぐっ……!」

 引き抜こうとしても、右手がそもそもない事に気が付いた。第三段階目の能力を解放しようとした時、スペルカードを吹き飛ばされた。その際に異次元紫へ向けていたのは右手だった覚えがある。

 肉がズタズタに引き裂かれ、骨が露出する肘から先のない右手では刀を引き抜けない。なのに、私の頭は肘から先にまだ手があるような感覚がしており、咄嗟に右手を使おうとしてしまう。

 左手で刀を引き抜こうとするが体が弱ってきているらしく、突き刺さった得物はしっかりと壁に食い込んだまま動かすことができない。

「くっ………」

 終わりだと異次元紫が数百本の刀を私へと向けた。これだけ戦ってきたが、私の悪運も尽きる。仇を取れなかったが、二人は私を許してくれるだろうか。

 異次元紫との距離が離れていて声は聞こえなかったが、動く唇は死ね。その一言だけ呟いた。奴は言霊を刀に乗せ、死を送り届ける。

 ぼんやりと異次元紫と飛来する日本刀を眺めていたが、さらにその奥が見える。目の前の事ばかりで気が付かなかったが、死の間際となり妙に頭が冷静に働いた。

 げっそりと瘦せこけた龍神が横たわっている。それを見て、私も奴の様に殺されると現実を見据え、死を受け入れるか。それとも、何かを思いつくかの分岐点に立たされているような気分に陥る。

 見過ごすか。それとも、選択するか。どちらかなんて、考えるまでもない。私は最後まで、あの子たちに笑われるようなことをしたくはない。

 腹部を縫い付けている刀、後方の瓦解した壁と体の境界を曖昧にさせた。異次元紫がスペルカード時に見せた回避方法だ。穴を開けて物質を通り抜ける仙人とはまた違った形で、壁の中を通り抜けた。

 微調整は思ったよりも難しくはなかったが、気を抜けば私は岩や刀と融合してしまうため、しっかりと通り抜けられたことに安堵した。

 私はまだ死んじゃいない。戦った末に死ぬなら本望であり、私の能力不足となる。だが、諦めて死ぬのは違う。諦めるのは、死んだ後だ。

 私が今し方通り抜けた壁に大量の刀が突き刺さったらしく、貫通した切っ先が壁から覗く。鍔で遮られ、それ以上進む様子はない。

 奴が弾幕を放とうとする音が聞こえる。建物ごと破壊され、生き埋めになるのはごめんだ。走り出そうとするが、足元がおぼつかない。身体強化を施していなければ、倒れ込んだまま動けなくなっていただろう。

 近くの窓を蹴り破りながら外へと飛び出した。当然だが出口は見張られている。異次元紫の雨のような弾幕が私へと飛来する。

 異次元紫からの魔力の弾幕と、離れた位置からスキマによる弾幕。交差する攻撃に逃げ場が下がるしかないが、逃げなくとも切り抜けられる。

 スキマ世界のどこでもいいが、境界線を引いた。場所は私たちの居る座標よりもはるか下側にだ。その境界に加えた性質は、地平線。

 地上と空を別つ境界線は、スキマ世界に存在しない、重力の性質を発生させる。縦横無尽に漂っていたあらゆる物体が、私が地上とした位置へと落下していく。

 無重力状態であることが前提で撃ち出された刀の弾幕は、重力に引かれて急激に落下する。私よりも遥か下を弾幕が通過し、重力に影響されない魔力の弾幕をかわした。

 重力に従って落下する私を追い、異次元紫がスキマからの弾幕を放つが、この世界の戦闘に慣れすぎて、刀や鉄筋は私を掠りもしない。

 地上に付くと同時に、スキマを開いて中の物を取り出そうとするが、傍らに私の物でないスキマが開いた。撃ち抜かれると身構えた私に、スキマから飛び出した異次元紫が掴みかかり、腹部に刀を抉り込ませてくる。

「ふ…ぐっ…!?」

 呻く私を異次元紫が蹴り倒し、頭部を串刺しにしようとする。だが、刺されそうになるギリギリで、スキマ内部から取り出せた物体に目が入ったのだろう。

 ただの瓦礫の一つにしか見えなかったのだろうが、自然に割れたにしては表面に凹凸もなく滑らかな石。手のひらサイズの円柱物体は、太さが五センチから六センチ程度はあり、半ばから左右に細い枝の様なものが飛び出している。

 考古学でもやっていなければただの石ころにしか見えなかっただろうが、私が握っているのは巨大な脊柱部分の骨だ。

「それは…!?」

 初めて、異次元紫が焦りで顔を歪めた。それはそうだ、ここにきて異次元紫は私の目的に気が付いた。名もない動物の骨は、龍神が地上に姿を見せるのに必要な条件の一つだ。

 天は地上との地平線を引くことで発生し、海と雨は、すぐに向こうからやってきてくれる。

 異次元紫が浄化の炎から逃れる際に、水を外の世界から引っ張って来た。それが上空から雨の様に降り注いできた。一時的な事象で雨とは言い難いが、境界を操ることで無理やり雨とする。

 雨が降り注ぎ、肌にこびり付いた血糊を洗い流していく。倒れ込んでいる私へ、三つのアマが揃う前に殺そうとする。しかし、刀を振り下ろそうとする前に、甲高い陶器に似た物体が割れる音と共に、何かが落下してきた。

 前の形がわからなくなるほどに粉々になってしまうが、それがなんであるかは元を視なくても私たちにはわかった。

 これまでのスキマ妖怪がやってこなかった戦法であるのは、龍神が生きていた事で証明されている。龍神が死んだと確証を持てなければ、この思い付きである作戦を遂行できなかっただろう。

 もっとも悟られそうだった天を作る作業は、私が弾幕を避けるのに重力を発生させたため、逃げる為だと見過ごされた。

 魔力で制御したわけではない。独りでに名もなき骨から電流が生じた。黄色い静電気が瞬いた瞬間、これまでに見たどの雷よりも猛烈な雷光を燦爛させた。

 閉じ込めていた時点で龍神との関係は敵対的であるため、異次元紫に不利に働くはずだ。この世界に攻め込んでいるため、私も消し飛ばされる対象になりかねないが、それでも奴が逃げないようにここに縫い付けなければならない。

 天とした、雨とした空間を、霹靂が駆け登る。鼓膜だけでなく、体全体を揺らす怒涛の雷鳴は、龍神の咆哮のようだ。

 鼓膜が破れてしまったのか、それとも雷鳴で掻き消されてしまったのかわからない。奴が何かを叫び散らしているようだが、認識することができない。

 だが、私は逃げようとする異次元紫の胸ぐらを掴み、ほくそ笑む。とても、自慢できるような戦い方とは言えなかったが、私の勝ちだ。

 顕現した龍神の大きさは、そこらに転がっている亡骸とは比べ物にならない程に巨大で長い。懐かしさすら感じる空を覆う程の巨躯は、十分なほどの広さを確保していたはずのスキマ世界ですら窮屈そうだ。

 あんな醜い姿だった龍神は欠片も残っていない。立ち振る舞いは神々しさがあり、最高神に恥じないだろう。

 瞳だけでも大の大人よりも大きく、睨まれた私はその気迫に動くこともままならない。龍神の方を見ずにスキマへ逃げ込もうとしていた異次元紫も、その気配を肌で感じたのだろう。体を硬直させている。

 なぜなら彼の見ている瞳は、怒りを示している。龍神が感情を抱いているというのは珍しいが、それだけの事をしでかしたというのだろう。

 口から剥き出しの牙は全てを穿つ強固さを持ち、喉から奏でられる唸り声は、腹の底まで響く重音だ。

「放せぇ!」

 出血で弱り切った私は、魔力で強化しても異次元紫を留めることができない。振り払われてしまうが、ここに留めて置くのには十分だ。

 龍神はスキマ世界どころか、幻想郷自体を消し飛ばせる力の持ち主だ。私と異次元紫を跡形もなく消し飛ばすなど、造作もない事だろう。

 彼が力を振るってから間もなく、私の意識は途切れるだろう。瞳を閉じ、瞼の上からでもわかる閃光と、空気が揺らぐ轟音に身を任せた。

 異次元紫も龍神の放った力の影響を受けたのが見えた気がした。自分の計画は全て失敗し、最後は他人任せとなってしまい。これ以上ないぐらいに惨めな戦いだった。それでも、彼女たちに笑われない様にできていただろうか。

 最後にそんな事を思いながら、意識を失った。

 

 

 

 腐りかけの血の匂いは、鼻道を潜らせるだけで胸糞が悪くなるものだ。それに比べて、新鮮な血の匂いは、どれだけ心地い事だろうか。肺一杯に吸い込んだ血生臭さを鼻で、肺で、脳で謳歌する。

 生物を殺した感触がと合わさり、脳内に快楽物質が分泌されているのか、快感を覚えると同時に開放的な感情が沸き上がる。

 目の前では、身体強化の施された手で貫いた妖怪が苦しそうに顔を歪めており、その姿もまた私の感情を揺さぶる。

 胸を貫いている手が気道と肺を損傷しているらしく、喉を満たす血液を吐き出したくとも吐けないらしい。ゴボゴボと喉を鳴らして口の中を真っ赤な泡沫で満たされている。

 口の端からは唾液と血、泡が混じった体液を垂れ流し、徐々に意識を失っていく河童から腕を引き抜いた。心臓も諸共拳で打ち抜いているため、いくら妖怪と言えども数分と持たずに死ぬことだろう。

 その愉悦を食らい、最大限に愉しもうとしているとしているが、後ろから邪魔が入った。とっくに野垂れ死んだと思っていた、ナズーリンが魂魄妖夢が装備している観楼剣を私に振りかかってきた。

 扱う者がグズでも、得物の切れ味が良ければ私に致命傷を与えることはできる。すんでのところで避け、距離を置きつつ彼女と十年ぶりに会話を交わした。

 彼女の内面は、過去に殺そうとした時と全く変わっておらず、以前の温い世界の倫理観を私へ押し付けて来た。私は周囲の状況に合わせ、変化する。当然話が噛み合うわけもない。

 足を引きずり、震える腕を何とか支えながら、戦う意思を見せた彼女からよく切れる刀を叩き落とした。特別なことはない、この十年間で戦闘の経験を育んでこなかったのは、立ち振る舞いを見ればわかる。

 少し小突いてやれば、馴染んでいない刀など簡単に取り落とす。金属音を鳴らし、切っ先が草をかき分けて乾いた地面に突き刺さる。この刀をかわりに使って斬り刻んでやってもいいが、得物は性に合わない。そのまま掴みに行く。

「うぐっ!?」

 力関係は天と地の差があり、軽く掴んだだけで呻き声をあげて、こちらへ危害を加えることなどできなくなった。

 小柄で、年端も行かない少女に見えるが、数百年は生きている歴とした妖怪だ。今は片方しかないが、頭部には鼠と同じ耳が生えているのが証である。

 腕と足に残る切創痕や火傷の痕はかなり新しいように見えたが、この数日はかなり戦況が動いたためそれに巻き込まれたのだろう。体の各所には、まだまだ傷があるようだ。

 しかし、あれだけの啖呵を切っておいて、この体たらくとは拍子抜けもいい所。この戦争でよく生き残れたと感心していたが、どうせ逃げて逃げ続けていたのだろう。

 首を掴んで持ち上げると、首に全体重がかかり、気道が塞がれるのだろう。青い顔をして藻掻きだした。

 私が倫理の道から外れた方法で力を強化しているというのもあるが、ここまで弱かっただろうか。こんな奴を助ける為に、一輪や村紗が犠牲になったと考えると、哀れでならない。

 このまま、小傘を殺した時の様に首を捩じ切ってもいいのだが、どうせなら私の糧になってもらうとしよう。首を絞め上げたまま、左手でナズーリンの肩に触れた。

 爪を食い込ませ、皮膚を貫いた。魔力の質も身体の強度も違う。強化された握力では、皮膚を引き裂くだけではなく、肩の骨を砕いてしまったのだろう。締め上げている喉仏が震え、くぐもった絶叫を上げる。

 戦力差をわかった上で挑んでくる度胸は認めるが、痛みに慣れていないのは致命的。その痛みから逃げる事しか考えられなくなり、一手遅れを生む。

 彼女に考えさせる暇を与えず、体の一部を握り潰していくことで持続的に激痛を与え続ける。その内にナズーリンの肩を掴んでいる左手に彫られたタトゥーの効果を発揮させた。

 人体を丸ごと溶かして濃縮し、墨と混ぜ込むことで強力な魔法を起動するための基礎をつくる。魔力は生きている生物の中を特に通りやすい。魔力を扱える人間であればもっと効率はいいが、今回の場合は命を丸ごと使って濃縮した分だけ質が向上し、私以上の質を実現した。

 人命をふんだんに使った墨で手掛けた術式は、スペルカードと同じ原理で発動するが、一つ違うのは命を消費した魔力が合わさり、効果が倍増するところだ。

 私の左手に手掛けた術式は、掃除機の様なものだ。魔力を対峙者から無理やり吸い取る作用を持つ。通常ならば、魔力を扱えない者や格下にしか使えないが、入れ墨で威力を底上げしている。今であれば博麗の巫女だとしても命が尽きるまで、魔力を毟り取ることができるだろう。

 まだ生物に対して試していないため、左腕の前腕に施した入れ墨の術式を発動しようとするが、いつまで経っても私の中に彼女から吸い取った魔力が入ってくることがない。

「…?」

 人体に試したことはなくとも、戦闘前に植物等で実験した時には魔力を吸い取り、枯らすことには成功した。それ故に吸収できなかったことで、反応が遅れた。

「はっ……なせ…!」

 ナズーリンが大量の弾幕を放ち、私の拘束から逃れた。身体強化を施しているのと、そもそも威力のない彼女の弾幕を避ける必要はないのだが、状況整理のため素直に私も距離を置いた。

「うっ……くぁっ…!」

 爪が食い込み、骨を折った場所が痛むらしい。肩を押さえて、呻く。十年前の様にさっさと逃げればいいのに、彼女はあえて立ち向かう事を選択した。震えて覚束無い右手で傍らに落ちている刀を拾い上げ、こちらに切っ先を向ける。

 刀が重いのか、それとも震える右手のせいか、武者震いか。小刻みに私へ向けている刀が揺れている。

 いいでしょう。ならばお望み通り、原型もなくその体を吹き飛ばしてあげよう。だがその前に、彼女から魔力を吸収することができなかった理由を探る。

 黒い入れ墨の彫られている左手に目を落とすが、腕の外側には全く異常は見られない。手のひらをぐるりと外側へ向け、腕の内側に視線を向けると、彫られた入れ墨にかぶる形で、肉体が抉られている。

 彼女が奇襲で私に仕掛けて来た斬撃ではない。斬撃にしては傷は浅く、広い。胸を貫いた河童が、最後の抵抗で弾丸を放ってきたが、肌を掠っていたのだ。

「っち…」

 このタイプの術式の便利なところは、魔力を流しただけで効果を発揮できるところだ。だが、その反面、術式を壊されると発揮できなくなる。

 多少傷がつく程度だったり、切断されたとしてもぴったりくっつけることができれば問題ないが、皮膚の一部が弾丸で抉られているため、術式が使えなかったらしい。

 これが使えなければ、そもそもの私の計画が狂う。これ以上こんなところで道草を食っていられない。ナズーリンをさっさと殺し、向かうとしよう。

 身体強化の術式は起動したままだ。動きづらそうな足でどうにか立ち上がっているナズーリンへ跳躍し、拳を掲げた。

 この入れ墨を入れる前、十年前の動きにすらついてこれていなかった彼女はこれで終わり、構えるまで行っていない彼女の表情は、私の動きを目で追えているかすら怪しそうだ。

 右腕を振りかぶり、片耳しかない彼女の頭部を真上から叩き潰した。ガツンと腕に伝わる衝撃は、目標の体重が無いからか、存外軽い。

 手ごたえはなかったが、弱い彼女を殺すのには十分すぎたようで、砕けた頭蓋と脳漿を地面にまき散らす。折れた首を傾けながら身体がゆっくりと傾いていき、前のめりに倒れ込んだ。

 頭が吹き飛んだことを体がまだ理解していないのか、時折指先や脚を痙攣させている。そこそこ力を込めて殴りつけたが、雑魚相手にはやり過ぎた。

 霧雨魔理沙の所に行く前に、つながったままの向こう側の世界に行かなければならない。左手の軽い銃創なら即座に直せるのだが、入れ墨まで再生させることはできない。

 これから墨を作り直すのは面倒だし、時間がかかってしまう。手っ取り早く傷を治し、かつ、術式を治せる場所へ行かなければならない。

 普通の薬なら無理でも、入れ墨までも治せるぐらいの薬はあるだろう。なかったとしても、能力で作らせる。

 跳躍しようと腰を落とした時、右足に痛みが生じる。体のバランスが崩れるが、倒れ込まないように踏ん張った。何があったのか、足元を確認する前に後方から殺意を感じ、振り向きざまに防御の姿勢を取った。

 胸元に構えていた手の平を何かが貫いた。何かと明言していないのは、私が知らない武器だったり、早すぎて認識できなかったわけではない。振り返ったところには何もいないはずなのに、何かに貫かれた。

 咄嗟の反応は遅れたが、そのまま胸を貫かれる鈍間ではない。一瞬だが手のひらを貫いた傷の形状が見えた。ナズーリンが使っていたような刀ではない。

 円形で、切ることではなく貫くことに特化した得物。刃の根元に達すると、左右に金属の感触が広がっているため、先が三つに分かれている三叉槍なのが刺された手の感触からわかる。

 ただの槍であれば、誰かを特定できなかったが、三叉槍を使っている人物と言えば、身内に一人いた気がする。いや、元身内か。

 得物や得物を握る人物が見えなかったのは、正確に認識することができない状態にされていたというわけだ。それなら足の悪いナズーリンが、私のすぐ近くに接近できたのもうなづける。

 彼女の存在自体の認識をなくしているのではなく、彼女の姿を認識できなくなっているだけ。これならば気配や殺気で戦えないことはない。

 手のひらのど真ん中を貫いている三叉槍を握り込み、槍を持ち上げた。やけに得物を携える人物が軽く感じたが、得物を手放していないのであれば問題ないだろう。

 背負い投げの要領で槍を振り回し、三叉槍を刺突してきた人物を地面に叩きつけた。ナズーリンよりは頑丈だった覚えがあり、この程度でも死ぬことは無いだろう。

 槍から手を引き抜き、頭を叩き潰した血まみれのナズーリンを踏み越えて強襲者の元へと歩み寄る。彼女の戦闘する記憶からおおよその距離感を想定し、その辺りをまさぐると草とは違う繊維質の感触を指先に当たる。

 声が聞こえないところから、音の認識も周囲に溶け込むように能力を使っているようだ。しかし、この透明人間の正体を私は知っている。彼女は認識をずらす形で能力を使用するが、元がわかっていれば脅威には成り得ない。

 透明というよりも、別の風や草、そこらの石ころにでも見えていたのだろう。徐々に彼女の身体が浮かび上がり、四肢を投げ出して起き上がる素振りもないぬえが現れた。

「うっ……くっ………」

「久しぶりですね。あなたも、随分と変わったようで」

 もっと標準的な体型だったはずだが、かなりやつれて痩せている。槍を持ち上げた時に軽いと思ったが、そういう事だったようだ。

「……」

 大の字になって倒れている彼女は見下ろしている私と目が合うと、ぶるっと小さく体を振るえさせた。後ろから刺すことはできても、正面からはまともに顔も見れないらしい。

「十年ぶりだというのに、結構な挨拶ですね」

 体に書き記した術式に魔力を通し、治癒を発動させて手のひらに空いている傷を塞いだ。その回復の速さは、数分もあればなる程だ。

「……」

 彼女に語りかけても、返答を返してくることはない。道草を食っている暇はないため、十年ぶりの感動的な再開をしたとしても、すぐに殺す。

「そうですか。じゃあ、死んでください」

 彼女の頭を踏み潰そうとするが、倒れている彼女は震えてきつく一文に結ばれていた唇を開いた。

「聖……私たちに教えを説いていたあなたは、少しでも残っていますか?……良心の呵責が少しでもあるなら、こんなことは止めてください」

 この子は十年間何をしていたのだろうか。どう過ごしたら、今更こんなことを言えるのだろうか。良心の呵責があるかどうか、行動で見せてあげよう。

 右腕の術式に魔力を流し、倒れ伏しているぬえへ放った。殺そうと動く私の姿を見て、彼女は涙を見せるが、そんなものに私の心は揺るがない。呵責など、あるわけがない。

 悲鳴一つ上げなかった事だけは褒めてあげよう。私が行くことはないが、あの世に先に旅立った子弟達によろしく言ってもらおう。

 上からの強力な攻撃に、地面に大穴が空いている。河童たちがよく使う戦車と言われる兵器程度なら余裕で収まりそうだ。その一番の中心にはぬえであったであろう肉片が僅かに残存していた。

 作り上げた術式が、きちんと起動している事で気分はそこまで悪くはない。あとはせっかく彫った入れ墨を治すだけだ。そう難しい事ではないだろう。

 血の花を二つ咲かせて地面に横たわる妖怪たちを残し、紫が開けているスキマの方向へと跳躍した。もう少し、もう少しで永遠の命が手に入る。

 




次の投稿は9/3の予定です。


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東方繋華傷 第百八十七話 迷妄

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
と言う方のみ第百八十七話をお楽しみください!


 慌ただしく、人々が交差する。その動きに規則性なく、走ったり歩いて広いとは言えない通路を行き来する。普段の閑散とした様子とは打って変わって、スクランブル交差点の様に満足に進むこともできない。

 私が小柄であるせいで、体重のある大人たちに押されてしまっているのもある。普通の精神状態なら、彼ら彼女らも私が通れるぐらいに道を開けてくれただろうが、一人残らずパニックに陥り、自分の事で精いっぱいな様子。通ろうとする道がすぐになくなり、見えるのは人々の背中だけ。

 進んでも押され、どんどん目的の場所から離れていってしまっている気がしていたが、建物の位置関係からやはり進めていない。

 くそ、邪魔くさい。心の中で罵りつつも、今度は小さな体を活かして狭い隙間を縫っていく。揉みくちゃにされているせいもあり、その足取りは遅くて重い。

 人ごみの中を歩かなければならないのもそうだが、周囲の喧騒も、嗅ぐだけで気分の悪くなる血の匂いも、私を苛立たせてくる。

 人出が少ないせいで駆り出されているとはいえ、自分の役割だから仕方がないと何度目か無理に納得させた。だが、おしくらまんじゅうをしているのに近い、人混みを歩いているだけで辟易してくる。

 気分に引っ張られる形で、肉体的にも疲れて来た。かれこれ十数分も往復して走ったりしているのもあるが、両手で運んでいる取り回しの悪い白い箱を持っているせいでもある。

 箱の色調は主体を知ろとしている大きな箱で、側面には赤い十字架に近い模様が描かれている。救護を意味するマークが施されたこの箱の中身は、消毒液や包帯や縫合針など、治療に使う道具が一式詰め込まれている。

 大部分の重量を消毒液が占めており、重すぎてぶん投げだしたくなるが、これを待っている人物がいる。今は何が何でも送り届けなければならない。

 いつもならそう遠くはない距離のはずなのだが、人々を避け、たまに無理矢理押して通らなければならず、永遠亭の中が迷路のように感じた。

 走る村人に突き飛ばされたり、行列に流されそうになるが、逆らって逆に押し返して進むが、それをしたところで文句をいう者はいない。その行動よりも大変な事が起こっているため、気にも留めない。

 こんな状況になったのは十数分前だ。博麗の巫女達の戦況が大きく傾き、こちら側への侵入を許してしまったのかもしれない。

 村のある方向から何か大きい音が聞こえたと思ったら、このありさまで、大小はあるが様々な怪我を負った人間が雪崩れ込んで来た。

 ある者は足を引きずりながらも自分でたどり着き、ある者は担架や他の者の力を借りて、途中で運べなくなった者は永遠亭へ助けを求めに来た。

 病院が活躍する状況など、最悪だ。だが、病院としての役割を果たせているのは、永琳の教育が行き届いているからだ。医療に従事している兎たちは、迅速に動いている。

 永遠亭の有用性が見える反面、それもいつまで持つのかわからない。現に看護師でもない私や私の部下たちが駆り出されている時点で、かなり医療がひっ迫しているイメージを受ける。

 私の命令を受けた兎たちが駆けずり回り、医療器具を運んでいる。医療に従事するウサギが怪我の具合やバイタル反応を確認し、怪我人のトリアージを行っている。

 どんな災害な時にだって、永遠亭ではトリアージなどしたことが無い。過去最高の被害を受けていると言っても過言ではない。

 医療器具が置かれている倉庫に通じる廊下からようやく抜け出し、普段なら患者が診察を待つロビーに出たが、いつもの景色とは違う。椅子など邪魔なものは端に置かれ、タオルなどを床に敷き詰め、受け入れられる人数をどうにか確保しているようだ。

 慌ただしさは、廊下の比ではない。野戦病院と化したロビーを目的の場所に向かって歩き出した。

 今し方運び込まれ、助けを呼ぶ大声。治療の対象から外れたことを、感情を剥き出しにして爆発させる罵声。死にゆく家族、友人を看取り、すすり泣く嗚咽。

 喧々たる音は怪我人側だけではなく、兎側からもだ。周囲の喧騒で情報伝達が遮られるため、自然と大声で指示を出している。機材の要求、バイタルが変化した際の対処、心停止が起こった怪我人に対し、心臓マッサージを施している。

 この状況を作り出した方はもっとひどい有様で、ここにたどり着く前に力尽きた者も少なからずいるだろう。

 しかし、ここにも戦地とは違った戦場があり、地獄がある。死体から流れ出した血液に足を取られそうになりながらも、千切れた腕、内臓に躓きそうになりながら、目的の場所に近づいていく。

 命の重さはどこに行こうが、誰であろうが変わらない。しかし、状況によっては感じ方が変わってくる。ここは戦地と同じぐらい死が身近にありながらも、戦地よりも倫理観が希薄していないため、命の重さは戦地以上に感じるだろう。いや、正常に戻ったともとれる。

「てゐ!遅いじゃない!」

 永遠亭で唯一の医者である永琳が、吐血している患者の腹部を押さえながらこちらへ振り返る。

「仕方ないだろ、これだけの人がいるんだから」

 苦しむ怪我人の局部を押さえている永琳に、救急箱を差し出した。血塗れの手で箱を開き、作り置きしていた薬と消毒液を取り出していく。

 傷口を消毒液で洗浄し、筋肉まで露出している裂傷部に薬を塗り、縫合して素早く包帯を巻いていく。幻想郷ではこういった怪我は珍しくなく、慣れた手つきで治療を終えて次の患者へと向かった。

 怪我の種類は多岐にわたり、その重度も性別や年齢、部位などにより治療が変わるため、幅広い知識と対応できる医療器具が大量に必要になってくる。

 切創と一口に言っても、切断してしまっているのか、千切れかけているか、血管を傷つけてしまっているのかで対応がまた変わってくる。そのため、永琳はともかく他の兎たちは処置に手こずっている。

 しかし、兎たちが手こずっているのは、傷の傷口を見るに、素人目に見てもただの切創でないのは簡単に分かった。刀の傷口のように、綺麗な傷ではないからだ。

 傷口の形から斬られたというよりも強い力で千切れたとか、もっと切れ味の悪い物体で切り裂かれた印象を受ける。

 大量の妖怪が攻めてきて、得物で切り裂かれたものではなさそうだ。病人が担ぎ込まれる前の聞こえて来た轟音は、もしかしたら爆発音だったのかもしれない。

 爆発だとしたら、衝撃波に家屋が薙ぎ払われたのだろう。飛んできた飛散物に体を切り裂かれ、一部を欠損したと思われた。爆発音が聞こえたのは一度だけ、たった一度の攻撃でこれだけの被害が出るというのは考えられない。

 窓の外を見ても景色は竹林しかないが、竹林の奥にある永遠亭は少し標高が高く、村方面の竹は背が少しだけ低い。村までもが見渡せるわけではないが、その上空辺りには目が届く。

 薄っすらと砂煙が漂っており、爆発の強さを物語る。現時点でも永遠亭はひっ迫しているが、あれだけの爆発での被害がこれだけとは考えられない。これからもっと忙しくなるはずだ。

 それがわかっているのだろう。永琳は兎たちの手に負えない重症の怪我人だけを扱い、兎たちには比較的怪我の軽い患者に従事させ、効率化を図っている。

「てゐ、兎たちへの指示をお願い」

 通常の業務でも彼女は診察室に籠り、患者との会話や触診で診察を行っているため、誰かに指示を出し、治療をさせるというのはやや苦手だろう。

 私は普段から他の兎に指示を出し、命令を下すことに慣れている。兎たちも直属の上司でない永琳から命令されるよりも、私に指示された方が指令系統的にもスムーズだろう。

 それに、近場の人をランダムに治療するよりも、どれだけのレベルの治療を要するのかで分けた方が、永琳も兎たちもやり易いはず。

 永琳から命令されることに若干の不服さはあるが、普段のマイナスイメージをここで払拭して、今後の悪戯等に目を瞑ってもらう貸しにしておこう。

「いいよ、一つかしだからね」

 丁度、物の輸送に飽きていたところだ。二つ返事で返し、自分の仕事へ移る。治療レベルの段階は、永琳には悪いが素人目で分けさせてもらうとしよう。

 どの兎がどこまでの治療を行えるのかは、おおよそ把握している。怪我人の流れと配置をまずは改善する。

 兎たちに命令を下しながら、ちらりと窓の奥にぼんやりと写る砂煙に目を向けた。これだけの被害を出した爆発など、私でさえもまったく想像がつかない。あれに対処できるなど、博麗の巫女ぐらいだ。あの舞い上げられた砂煙の下では、今もなお戦いが繰り広げられているのだろう。

 あっちはあっち、こっちはこっちの戦いを始めるとしよう。助けた意味がなくなることだけはないようにと、博麗の巫女達に祈る。

 治療を終えた動ける怪我人には、外へ移動して体を休めてもらう。災害時の時のために、ブルーシートをいくつか用意していたはずだったので、そこで休んでもらう。

 自力で動けず、安静が必要な怪我人を備え付けのベットへと移動させていく。これの流れを明確にするだけでも、人の動きがスムーズになる。

 以前から入院していた人の配置やベットの空き状況を確かめるために、病室へと向かうと前の戦闘で怪我を負っている妖怪たちの部屋に付いた。

 烏天狗や河童たちがこの喧騒の中をベットで眠っているが、動けそうな者たちには申し訳ないが移動してもらうことにしよう。

 説明を他の者に任せて次の部屋に行こうとするが、部屋の一角にこの場に相応しくない人物がいるのが見えた。

「………。何してんの?」

「見て分からないかい?入院だ」

 そう言って酒を煽るのは、額から真っ赤な角を生やす鬼だ。幻想郷でトップレベルの戦闘能力が在り、怪我とは無縁というか怪我が見当たらない星熊勇儀だ。

「どう見たって怪我してないじゃん」

 他の妖怪たちは手や足を失っていたりするのも珍しくはないが、彼女は綺麗に五体が残り、切り傷や打撲等の怪我も見当たらない。

「仕方がないだろう?博麗の巫女が一応調べて貰えって永遠亭に向かわせられたんだから」

「酒を飲むほど元気なら、さっさと戦ってきなよ」

 そう言いながら隣のベットに視線を移すと、そこにも病院に来るような人物ではない息吹萃香が眠っている。だが、星熊勇儀と違うのは、彼女こそ重体だからだ。

 全身を包帯でぐるぐる巻きにされ、氷で冷やされている。ところどころに見える皮膚が、赤く腫れている事から火傷を負っているのだろう。妖怪で、しかも永琳の薬も使っているのにこの状態という事は、かなり容体はよくないと思われた。

「そうだねえ…。支度して、行くとするかな」

 勇義が武器を使って戦うところなど見たことが無いし、服装も病衣に着替えているわけではない。支度することなど無いと思っていたが、萃香の方へ歩んでいくと、眠っている彼女の頭を撫でる。

 戦いには喜んで参加しそうだし、酒を飲んで気にも留めていない様子だったが、内心ではかなり心配しているらしい。酒を飲んでいる時とは違って、真剣な眼だ。彼女なりの励ましでもあったのだろうか。

 二人の仲がどれだけ深いのか、どれだけ強い絆を持っているのかは私は知らない。しかし、こういう時にあまり水を差さない方がいいだろう。別の病室へと足を進めた。

 部屋の状況を確認し、動ける妖怪と人間を入れ替えることで、新たに複数の部屋を用意できた。だが、爆発の規模を考えるとこれでも心もとないため、長椅子等で簡易ベットを確保した方がいいだろう。

 ベットの手配を一部の兎に頼み、倉庫にある薬の様子を見に行くことにした。いくら設備があっても永琳の薬が無ければ話にならない。この異変が始まってから、永琳も薬を多めに貯蓄しているだろうが、それでも村で爆発が起こるとは想定していないはず。

 自分なりに脳を回転させ、薬が貯蓄されている倉庫に向かう。不足した分の薬を取りに行き交う兎を追い、倉庫の中に入った。

 広さは六畳程度はあり、壁際には木の棚で治療に使う針や糸、包帯などが保管されている。薬は低温で保存しなければならないらしく、金属製で扉がガラスでできている家庭用の冷蔵庫とは、また違う形状の冷蔵庫に入っている。

 ボトルで作り置きしていたらしい。十数リットルは入る大きなプラスチックの入れ物があと十個ほどあり、しばらくは持つだろう。

 針や糸、包帯の貯蓄も確認しようとした。顔を冷蔵庫とは反対側にある木の棚に向けると、その過程で倉庫内の光源確保で付けられている窓に何かがチラついた。

 虫か何かだろうと思うのには違和感があり、視線を今一度窓の方へと向けた。ガラスを介した奥の景色には、竹林をかき分けて突き進もうとする何かが写った。

 攻撃されて吹き飛ばされたという挙動ではなく、意志を持ってこちらへと向かってきている。しかも、この保管庫に向けてだ。

 私の視線に気が付いた兎たちが我先にと出口へ向かっていくが、不明の来訪者が窓を壁ごと破壊する方が速い。

 木々を破壊する、ガラスを粉砕する破砕音を響かせながら、命蓮寺の僧侶がこちらへと突っ込んで来た。隣の世界から来たのがどういった人間なのか、見たことが無いからわからないが、直観でこいつが異次元から来たのだと感じた。

 棚を破壊しながら異次元聖が私の顔を右手で掴み、逃げようとしていた兎たちをその体躯で薙ぎ払った。衝撃や突っ込んで来た僧侶に吹っ飛ばされ、床を転がり、壁に叩きつけられた。

 妖怪でも戦闘に参加しない者が多いため、今ので起き上がれずに倒れたまま気絶する兎も少なくはない。異次元聖は勢い余って部屋の壁を破壊し、私は掴まれたまま廊下へと連れ出された。

 私が抵抗して声を上げるまでもなく、それだけの騒音が立てられれば、ロビーにいる永琳は何かあったのだと出てきてしまう事だろう。

「てゐ!?…なにが…」

 治療を施している最中だったのだろう。ただ事ではない音に廊下に出て来た彼女が、異次元聖が現れたことで息を飲むのを感じる。いくら死なないとはいえ、丸腰では何もできない。

 こちらでもどうにかできたらいいが、私も私で他人の事を考えている暇はない。私の命は異次元聖の掌で転がされているのと同意義で、少し力を入れるだけで顔を砕かれるだろう。

「あなたに頼みたいことがあってきました」

 笑う異次元聖は脳震盪から立ち直り、状況が飲み込めていない兎の一人を蹴り殺した。右足で踏みつけられた兎は苦しむ間もなく内臓を口から曝け出し、体を潰されて死んでいく。

 脅しだ。他の連中もこうやって殺されたくなければ、いう事を聞けと言葉ではなく行動で示している。

 骨が肉体を突き破って飛び出し、滝の様に流血する兎から足を引き抜くと、裂けた皮膚から体内に残る潰れた内臓が少し零れる。

「っ…!」

 その光景が異次元聖の指の間から見え、自分もその道をただるかもしれないと考えると、恐怖でパニックを起こしかける。しかし、異次元聖の殺気にあてられ、手足を一ミリも動かせない。彼女の癇に障るようなことをしてはならないと本能が言っている。

 血液の匂いが充満していた廊下が、さらに強い血と独特な内容物の匂いが上書きしていく。慣れない兎や人間が耐えきれずえづく声が聞こえた。

「当然、引き受けてくれますよね?」

 異次元聖は、言っている。引き受けなければ殺すと。私や兎では終わらず、この場にいる全員を血祭りに上げるが、どうしますかと永琳に問いかける。しかしその問いは、選択肢と言えるものではない。

 彼女の人としての雰囲気がかけ離れているため、その異質さに兎や怪我が比較的軽い人間たちが動けずに固まっている。今の静寂は長くは続かず、何きっかけがあればすぐに我先にと永遠亭から逃げ出すことだろう。

 彼らも、私を掴む彼女にも、できるだけ刺激を与えない方がいい。いつ殺されてもおかしくはない、村人たちも私も。

「ここに来たという事は、何かしらの治療を必要としているのよね」

 永琳も異次元聖の癇癪に触れぬように、ゆっくりと優しい声で話す。内心は彼女もあせっているのだろうが、私や村人たちがパニックを起こさないようにするためでもあるだろう。

 その声は私の助けにもなり、何とか平常を保っていたか細い精神をつなぎ留めた。暴れ、叫び散らしたい欲求をどうにか飲み込んだ。

 なんとか一時は精神を落ち着かせることはできたとしても、のちの状況次第では即座にその糸は千切れてしまうだろう。自分をいつまで取り繕うことができるか、いつ頭部を握り潰されるかわからない。緊迫した状況と奴の気迫に圧倒され、手や足が小刻みに触れる。口を動かす筋肉も痙攣し、歯と歯がカチカチと打ち合わさる。

 それが彼女の殺戮衝動を助長してしまうのではないかと気が気でなく、抑え込もうにも死を超越できるほどの精神力を持ち合わせていない私には不可能だ。震えは止まらず、生きた心地がしない。

 異次元聖を間近で見た兎の一人は、あまりの恐怖で失禁してしまっている。濃い血の匂いにアンモニア臭が混ざり込み、悪臭が際立つが、今更気にする者などいない。そんなものが自分の生死にかかわることは無いからだ。

「さすがは医者ですね。話しが速くて助かります」

 そう呟いて嗤う異次元聖は、今までに見たこと無い程に悪意に満ちた笑顔を作って見せた。長年生きて来たとしても、こんな奴は見たことが無い。世界の広さを実感するとともに、彼女が私を殺さない未来を想像できなくなった。

 目的を果たした途端に利用価値がなくなったと、永琳も含めて鈴仙のように全員殺されかねない。体中から冷や汗をかいているのか、背中を雫が垂れていく。私の勘は宛にならないが、今回ばかりは本当に嫌な予感がする。

 自分を犠牲にして異次元聖に永琳たちを向かわせる度胸はなく、命乞いばかりが頭の中を過ぎっていく。こんな時にさえ保身や悪知恵ばかりが浮かんでくる自分が嫌になった。

「その怪我かしら?」

 距離を置きつつも異次元聖へ診察を始める。緊張からか、少し上ずっているように聞こえるが、口調はいつも通りだ。

「ええ、これです」

 血がこびり付き、滴り落ちている足で床に足跡を残しながら、数歩前に出ると下手な動きをすれば殺すと私を掲げ続ける。

「これを治してもらいたくて来たんですよ」

 そう呟きながら異次元聖が私の頭を掴んだまま左腕を差し出した。私の角度からは永琳に見せている傷は見えないが、左腕には右腕と同様にびっしりと入れ墨が彫られている。

 一般的なイメージである、龍や鬼など派手な絵柄が彫られているわけではなく、黒い様々な形をした文字の様なものが彫られているようだった。

「そう…なのね…。あなたぐらいなら、その程度の怪我は訳ないと思うのだけれど?」

「いやいや、そんなことで来るわけないじゃないですか。入れ墨ごと傷を治せって言ってるんですよ」

 無理難題なことを異次元聖が言い始めたことで、私は雲行きが怪しくなるのを感じた。聞いた話では、薬は当人の回復能力を向上させる代物であるため、回復の際は本人のDNAという金型に合わせて肉体が構築されていく。遺伝子関係なく外傷的に作り出された入れ墨など、治せるわけがない。

「ええ、そういった薬はあることにはあるわ」

「それじゃあ、今すぐに貰えますね?」

 腕を見せていたが、手のひらを差し出して永琳に薬を寄越せと促した。しかし、歯切れが悪く、いつになっても薬を渡さないのは、取引を持ち掛けようとしていたり渋っているわけではない。

 緊急性の高い事態で、入れ墨等を考慮している暇はない。だから手元にないと言いたいのだろう。いわゆる時間稼ぎだ。

「今は手元にはないの、診察室に備蓄しているので取ってきてもいいかしら?」

「良いというわけがないでしょう?その中の物でどうにかしなさい」

 異次元聖のいう事はもっともだ。薬の素人である奴は毒を盛られたとしてもわからない。ならば、人を救命することが前提で作られている薬を使えという事なのだろう。

 例え、救急箱の中身であっても、中の物でも組み合わせによっては毒になるだろう。彼女にとっても賭けに近い。

「これは単純な回復薬だし、人間用に調整しているからあなたにこの薬は弱すぎる」

 どちらも退かぬ状況に、二人の間にぴり付いた空気が流れだす。異次元聖の細まった眼に、睨まれているような気がして視線を背けた。

 一触即発で、本当に生きた心地がしなくなってきた。三十秒先だって生きていられる気がしない。逃げ出したくなってきたが、手を振りほどけるわけもない。

 こんなことなら、勇義にさっさと出て行けと追い出さなければよかった。そうでなければ、あれだけ心強い味方もいないだろう。戦闘に長けている鈴仙がいない事も、そう思う要因だ。

 イライラしているのか、私の顔を掴む異次元聖の手に力がこもっている。頭蓋の歪む痛みから逃げようとしても、万力で締め付けられているように奴の手を引きはがせない。

「仕方ないですね」

 異次元聖はそう呟くと、小さくため息をついた。聞き分けてくれたのだと淡い期待を抱くが、目の奥にぎらついた殺意が収まっていない。むしろ、強くなっているような気がする。

 異次元聖の腕に長く刻まれていた銃創が再生し、入れ墨の一部が抉られて途切れているのがよくわかる。

「じゃあ、ここにいる全員皆殺しにして、新しく入れ墨を入れ直すとしますか」

 笑って見せる異次元聖だが、表情と話す内容があまりにも乖離し、聞いた直後は何を言っているのか理解できなかった。

 しかし、殺意が周囲から私へと向けられ、手始めに死ねと言いたげに、腕に力が込められれば、嫌でも現実を教えられる。

「うぐっ……ああああっ!?」

 激痛に叫び声をあげてしまう。人間や兎たちがパニックを起こさないように声を上げるべきではないのだが、簡単に抑えられるものではない。

 絶叫から恐怖が伝搬する。あんなに静かで二人の会話しか聞こえていなかったはずなのに、私の声を引き金に異次元聖が来る前よりも、けたたましい阿鼻叫喚の絵図を作り上げていた。

 私一人の声では、永遠亭で治療を受けている人間、治療を施している兎側たちの怒号を遮ることができない。彼ら、彼女らの叫び声は永遠亭内にこだまして相当な物なのだろうが、痛みで意識が遠のきだしていることで、耳には殆ど届くことはない。

 徐々に指が頭にめり込み、握り潰されるまでに時間がかからないだろう。全員を皆殺しにすると宣言した異次元聖は、その他大勢と同じ程度の存在に時間など割かないと思われるからだ。

 自分の中での痛みの最高潮に達し、朦朧とした意識で目の前が真っ暗になりかけた時、頭を圧迫していた異次元聖の手が離された。

「くぁあっ!?」

 半分投げ出される形になり、すぐ後ろに放り投げられた。握り潰されそうな圧迫する痛みからは解放されたが、骨や肉体、神経等の体に残るダメージが永続し、しばらくは叫び声を止めることができなかった。

 頭を鈍器で殴られたようなそんな痛みが頭の中を反響していたが、握り潰されかけた時程の激痛ではなく、なんとか持ちこたえた。

 痛みが引けば、それだけではなく周りにまで目が行くようになる。あまりの痛みに涙を流してしまっていたのか、頬を液体が伝うのを感じる。手の甲で拭うと涙や汗とは違う感触が指先に当たる。

 手を見下ろすと真っ赤な血がこびり付いてくる。話された瞬間に異次元聖の爪が引っかかってしまったのか。しかし、そうなるとなぜあの状況で私を放したのかがわからなくなってくる。

 見上げると異次元聖の前に勇義が立ちはだかり、私を掴んでいた右手を捻り上げている。とっくに永遠亭を後にしていると思ったが、支度に時間がかかっていたのだろうか。それとも、奴が来るのを見て引き返して来てくれたのだろうか。

 病室の外壁に穴は開いておらず、勇義が入り口から入ってくるところも見ていない。まだ病室にいたのだろう。戦いに行けと促してから少し時間が経っている。それだけの時間があったのに何もしていなければ、普段ならキレ散らかしているところだが、今回は彼女に助けられた。

「弱い者いじめはよくないよなあ。お前さんも、骨のない奴ばっかりじゃあつまらんのじゃないかい?私が相手になってやるさね」

 勇義は私を助けるために、壁を破壊しながら病室から出て来たのだろう。瓦解して足元に積み重なる瓦礫を蹴飛ばし、構えもあったものではない体勢で異次元聖の前へと陣取った。

 兎を一人踏み殺している異次元聖にそうやって迎えるのは、鬼である彼女しかできない荒業だ。下駄をカラカラと鳴らし、大きく踏み込むと万物を破壊する拳を繰り出した。

 対する命蓮寺の僧侶も、勇義と同様に構えはない。奴が鬼ほどに力を持っているとは思えないし、以前に見た戦い方とは異なる。魔力で形成された巻物を取り出す様子はない。

 肉体が肉体を殴りつけた音とは思えない打撃音。鼓膜が震える感覚がわかる重音が、腹の底にまで響く。鬼の攻撃を受けたはずなのに、僧侶は吹き飛ぶことはない。

 異次元聖の腕に描かれた入れ墨の意味を、私はここでようやく理解した。それが巻物の代わりなのだと。

 ただ腕力で戦っている勇義よりも、魔法で強化した異次元聖の方が攻撃力が勝ったのだろう。勇義の攻撃に耐えた僧侶の拳が叩き込まれたと思うと、こちらへ向けて吹き飛ばされた。

 人間や兎の大部分が逃げているため、ロビーに吹き飛ばされたとしても問題はないだろうが、すぐ後ろに私が居ることが問題だ。

「うああああああああああああっ!?」

 逃げていないことを配慮してくれたのか、吹き飛ばされてきた勇義に巻き込まれたが、ぶつかるのではなく抱き上げられたため衝撃はなかった。大胆な立ち回りをしているくせに、思ったよりも周りが見れている事に驚いた。

 そう思ったのも束の間、抱き上げてくれた勇義が私の事を放り投げた。内臓が浮かぶ、無重力に近い状態に陥るのは気分が悪い。日常の生活でそんな状態になることなどなく、咄嗟の対応が遅れた。

 足から着地することができず、背中から床へと落下した。残っている救急箱や村人の私物、血まみれの服や血だまりなどが残されており、その上を転がり込むことになる。

 私のではない血でまみれ、物にぶつかり、体の節々を傷めた。助けて貰っておいてだが、文句の一つでも言いたい。だが、こんな状況で冗談や意地悪など、意味のない事をするとは考えられない。

 不満を飲み込み、顔を上げると私を助けてくれた勇義が窮地に立たされていた。これまでの事からそんなことが起こるとは思っていなかったが、彼女もそうだっただろう。

 あらゆる兵器を弾く、彼女の無敵と言える肉体を、異次元聖が打ち出したと思われる弾幕が撃ち抜いたのだ。

 




次の投稿は9/17の予定です。


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東方繋華傷 第百八十八話 運の介入

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
と言う方のみ第百八十八話をお楽しみください!


 人間でもそうだが、妖怪の中にも優劣がある。妖怪と言うくくりを更に分割して鬼という種族だけに絞ったとしても、その中でも優劣がある。特に戦闘能力に秀でた四天王と呼ばれるものがあり、その内の一人が星熊勇儀だ。

 怪力乱神を持つ程度の能力で非常に高い戦闘能力を誇る。戦う事が好きで、力自慢の彼女にはぴったりな能力に聞こえるだろう。しかし、元来から妖怪の力は強いものである。

 力が強いと一口に言っても様々な要素があり、星熊勇儀のように腕力が強い、伊吹萃香のように能力が強い、脳みそを使うことによる戦略が強いなどだ。

 彼女の場合は、腕っぷしで四天王の地位にまで登りつめたわけだが、強力な能力が在ったとしても、普通はあり得ない事である。

 星熊勇儀の攻撃能力は、魔力でただ強化している妖怪たちと比べれば、その力の差は歴然といえる。握れば岩を破壊できるし、殴れば妖怪だってただでは済まない。しかし、あらゆる能力が跋扈する幻想郷からすれば、ただ強いだけでは上には行けない。

 彼女が四天王と言われる要因は、ただ腕っぷしがあるなどの単純な話ではない。本質はそこではなく、目を向けなければならないのは彼女の類いまれなる防御能力だ。

 妖怪の刀も人間の刀も、銃器も関係なく勇義の皮膚を貫くことは許されない。今となっては普通となっていて気が付かないが、生物として生まれてきた時点で得物が体を貫けない体の時点でおかしいのだ。

 幻想郷でトップレベルの実力者を見ても、勇義ほどの強靭な肉体を持つ者はいない。個人の特性と言えばそれまでだが、それを差し引いたとしても得物を弾く防御力は異常である。

 例え守ることに魔力を使ったとしても、誰一人として弾幕や刃を弾ける人物はいない。だから、特性と言う一言で片づけることはできないのだ。

 勇義の防御能力は、固有の能力が無ければなし得ない。ここまで考えれば、怪力乱神を持つ程度の能力は、単なる馬鹿力の能力ではないことがわかる。

 力を与えられる範囲は非常に狭く、彼女の身体内だけに留まる。異常な怪異的な物ごと、怪しげな勇力、道理に外れる悖乱、神に匹敵するような鬼神な物事。それらが全て化け物じみた防御力を体現しているのだ。

 その、怪力乱神な防御能力を貫くことは難しい。仮に防御力を超えてダメージを与えることができたとしても、勇義自身の耐久能力が高い。倒すにはスペルカードを何十回も何百回も撃ち込まなければならず、現実的とは言えない。

 しかし、難しいというのは同じ土台であることが前提である。死に対する考え方や捉え方が、いくらか希薄している世界ならばその限りでは無い。

 現在攻め込んできている幻想郷の連中となれば、死の価値観は地を這う程に低迷している事は明々白々だ。比喩ではなく、本当にあらゆる者を犠牲にしてこの場に立っている。

 故に、前回の戦闘で勇義は、異次元妖夢に腕と足を切り裂かれた。これをもっと深くとらえなければならなかったのだ。異次元聖の弾幕を自分と同じ世界の弾幕と、同列に考えるべきではなかった。

 

 

 あらゆる弾幕、あらゆる刀剣、あらゆる火器を弾く鉄壁と言える勇義は、いともたやすく弾幕が貫いた。

 鉄壁と謳われた肉体は、防御力を発揮できずに抉られ、血潮を散らす。着地して、異次元聖へ向かおうとしていた勇義をあろうことか後方に吹き飛ばし、大黒柱に縫い付けた。

 何百年も生きていれば、勇義の立ち振る舞いは見たことがある。普通の妖怪では、できない大立ち回りだった。

 それが仇となり、避ける気配すらなかった彼女は、まともに正面から弾幕を受けた。柱をへし折りながら倒れ込み、ダラダラと血を流す右肩を見て少し思考が停止しているようだ。

 その内に異次元聖が走り出し、尻もちをついて驚いている勇義へと向かっていく。いつもの通りにならなかった事と、スペルカードでもない攻撃で損傷を受けたことが重なり反応を遅らせた。

 とはいえ、勇義もこれまでに何百回も戦ってきたであろう戦闘のプロだ。自分よりも強い妖怪と戦う機会は少ないだろうが、遅れながらも異次元聖の攻撃に間に合わせた。

 立ち上がり、折れた柱をまたいで跳躍してきた異次元聖へ真正面から拳で迎え撃つ。右腕は肩をやられた時に、鎖骨も一緒に損傷したのだろう。利き腕ではない握り込んだ左手を掲げ、顔面へ叩き込んだ。

 異次元聖も負けじと勇義に拳を繰り出し、胸に打撃を食らわせる。どちらも一歩も引かない進撃は、お互いがお互いの攻撃力を踏ん張れずに後方へと吹き飛んだ。鬼は入り口の方へ、僧侶は廊下の奥へと飛んでいく。

 二人が起こした拳圧は、壁にはめ込まれている窓ガラスを全て砕き、逃げ遅れていた兎や人間たちを煽って転倒させていく。威力の高さをそれだけでも感じる。

 勇義の一番近くにいたてゐは吹っ飛ばされ、ベット代わりに使っていた椅子や救急箱を巻き込んで壁際で倒れている。

 そう言う私も、飛んでくる木屑や吹っ飛ばされた椅子などを避けるので精一杯で、勇義へ援護をしてあげることもできない。

 跳躍してきた異次元聖と違って、地面に足をついて攻撃を受けた勇義の復帰は早い。タイルをその強靭な脚力で捲りながら減速し、外へ飛び出す手前で停止する。

 止まった勇義はすぐさま飛び出しそうだったが、受けた攻撃を受け流し切れなかったのか、珍しく片膝をついた。

 彼女のイメージや聞く話から、そういった姿を見せることはないと思っていたが、ただの噂話か。それとも、ここに担ぎ込まれた時のように、それ以上の相手と対峙しているのか。

 今回は、どうやら後者のようだ。肩を撃ち抜かれた時と同様、勇義は物珍しく自分の腹部に目を落としている。服の上からでもわかる程に血が滲んできている。

 派手な見た目の服が、着用者の血で汚れていく。布が保持できる水分量を超え、雫となって捲れたタイルの床に落ちていく。白い床に落下した正円の赤い粒は、弾けて薄く広がっていく。

 指先ほどの小さな赤い花を咲かせる。一滴目が落ちてから、二滴目も程なくして重なる形で垂れた水滴は、同じく小さな広がりを見せる。白いタイルには真っ赤な血はよく目立つ。

 曇天の空に浮かぶ太陽のように描かれた、不格好な小指程の絵画を勇義は踏み壊し、真正面で同じく立ち上がった異次元聖と対峙する。

 腹部からの出血はそれなりに強そうだが、彼女はそちらには見向きもしない。彼女が見ているのは正面の敵だけだ。しかし、向けている理由はほかの人物とは異なるだろう。

 出血するほどのダメージを受けた経験は、少なからずあるとしてもそう多くはない。慣れない負傷に慌ててもいいのだが、彼女はそんなことでは狼狽しない。

 口角を上げ、笑って見せた。異次元聖の笑みに含まれる卑下や悪意、憎悪といった負の感情は一片も見当たらない。純粋に戦いへの欲求を謳歌しているのだ。

 一抹の不安など無く、喜んで異次元聖へ向けて跳躍した。ようやく現れた自分以上の実力者であり、対峙できた喜びに打ちひしがれる姿は、戦闘狂と言う他ない。

 しかし、戦いを悦び身を投じようとしている所を悪いが、私も異次元聖との戦闘に加勢する。奴と話している時に他の兎に取りに行かせていた弓に矢を番え、廊下の奥にいる異次元聖へ隠れていた壁から姿を見せながら矢じりを向ける。

 矢を射る際には集中力が命だ。ほんの十数メートル先だったとしても、状況によって命中率が大きく異なる。頭のスイッチを治療や逃走から戦闘へと切り替え、瞬発的に集中力を高める。

 視覚以外の五感を全て殺し、あらゆる情報を遮断する。逃げ惑う人々の声、勇義の嬌声、自分の心臓の音でさえ彼方へと置いて行き、極限まで雑味を削いだ集中力を発揮したと同時に、矢を保持していた指を放した。湾曲した木が元に戻り、弓勢を付けた矢が射出された。

 魔力の作用により、撃ち出されると同時に音速にまで加速される。多少面食らったところはあるが、概ねいつもどおりに撃つことができ、矢が異次元聖を捉えた。

 姿を晒してから放つまでに大した時間はなかったと思っていたが、異次元聖は心臓を狙っていた矢を避け、右肩に被弾させた。

 指を緩めるまでは動いているように見えなかったが、強化された身体能力を持ってしても音速を超える矢を避けるには至らなかった。とは言え、当たれば致命傷となる体の中心線をずらされた。

 洞察力か、獣並みの勘が彼女を直前で突き動かしたのか。理由はどちらでもいいが、奴の目標が勇義から私へと切り替わった。

 ぎらつく目が私を捉え、飛びかかってこようと腰を落としていく。弓や弦が放った反動で弓返りし、矢を再度番えるのに時間がかかる。

 向かっている勇義の攻撃をすり抜け、こちらへと跳躍してくる異次元聖に再度矢を放つ時間はない。引き際を誤らず、私は後方へと飛びのいた。

 壁に亀裂が生じたと思うと、使われている木材がガラス細工や豆腐なのではないかと思える程に砕けていく。瓦解する壁を突き抜け、入れ墨だらけの腕が掴もうと伸びてくる。

 掴まれれば終わりなことは明白であり、更に後方へと飛びのきながら番えた矢を崩れていく瓦礫の中心へ放った。移動しながらの射撃には慣れていなかったが、魔力の作用で狙った場所へと飛翔する。

 瓦礫から伸びた腕と肩の位置から、異次元聖の胸の位置はおおよそ掴んでいる。殺せなくともダメージを与えられると思っていたが、音速を超える矢を何かが半ばから切断した。

 柔らかくしなる様子は得物の挙動ではなく、生物的意思を感じさせる。腕や脚が矢を切り裂いたのではない、蛇のようにくねくねと動くそれが尾だと気が付くまでに一呼吸の間が必要だった。

 狼などの毛に覆われている物とは違い、黒い肌が露出している事で認識に遅延が生じたのだ。見たこともない異形の形状は、地上の生物が持つ尾とは決定的に異なる。

 矢を叩き折る所までは早すぎて朧げにしか見えなかったが、瓦礫の中へと戻っていくまでの一瞬だけ尾の動きが遅くなり、形状の詳しい情報が目に入って来た。

 やはり尾の周りは毛で覆われておらず、先端は平べったく三角形の棘の様なものが付いている。異様な肌の質感や形状に目を奪われていたが、瓦解して積み上がった瓦礫の中から現れた異次元聖の姿には更に釘付けになった。

「……そう。何百年もあちら側に居たようだけど……どうやらただ封印されれたわけじゃないのね」

 彼女自身と言うよりも彼女のすぐ後方には、私たちがよくイメージできる悪魔が浮かんでいる。仰々しい姿と圧力は、それが幻覚や異次元聖が勝手に作り出したイメージの投影でないことを察せた。

 山羊や鹿とは似つかない巨大な角が幾本も生えており、それだけでも重々しい雰囲気が漂っている。鬼に勝るとも劣らない厳つい牙は人間の腹部程度なら一撫でするだけで、ミンチになってしまうだろう。牙や角を携える羊に似た形相からは、長い年月生きて来た私でさえたじろいでしまいそうだった。

 黒い体毛に全身を覆われており、顔などから獣のイメージが強いが骨格は人間のそれだ。腕は体毛の下からでもわかる程に筋肉質で、これまでに見たどの化け物よりも指先から生える鉤爪は強靭そうな見た目をしており、湾曲している様子が凶悪さを物語る。半身は上半身以上に体毛が濃く、羊の蹄が毛の間から床を踏みしめているのが見えた。

 しかし、その重厚な気配と裏腹に、悪魔と思われる影は徐々に薄くなって異次元聖の体の中へと溶け込んでいく。

「閉じ込められた者の心情からすれば、出たいと思うのが常。あらゆる手を講じるものです」

 そう呟く異次元聖の後方から、勇義が蹴りを放つ。最初の踏み込みの時点で気付かれており、放った蹴りから逃げようと横へと飛びのいた。

 反撃を受ければ怪我をするのは勇義の方だ。ダメージを受ける事を異次元聖もわからせていると思っていたから、そこまで踏み込んでこないと高をくくっていたらしい。

 鬼の中でも群を抜く身体能力から繰り出される脚力は、異次元聖を地の果てまで吹っ飛ばすほどの威力を持っているはずだが、壁を数枚破壊する程度の留めた。

 反撃するつもりが無かったとしても、あの体勢から攻撃を受け流せるだけの反射神経はこれから苦戦を強いられるのを容易に想像させる。

 例えある程度受け流せていたとしても、拳の三倍から四倍の威力があると言われる蹴りのダメージを全て受け流すことはできなかったのだろう。血潮が弾け、蹴りの当たった異次元聖の胸元が汚れる。

 ようやく与えられたダメージだ。番えた矢を私が放ち、勇義が走り出した。私が矢を放つよりも先に彼女は動き出し、蹴った足で踏み出そうとしていたはずだが、腰をがっくりと落として動きを止め、奴へ撃ちだされた矢を見送った。

 異次元聖が何かをしようとしたのを察知し、動きを止めたのではない。蹴りつけた足に返り血が飛び散っているように見えていたが、あれは異次元聖のではなく勇義の血だったらしい。

 返り血にしては多すぎる量、自分の血を足元に零して足を止めた。見た目はさほど大きな傷には見えないが、彼女の動きが止まる程には深いのだろう。

 放った矢が瞬く間に僧侶へと飛び込んでいく。物体の重量と速度から、簡単に心臓を撃ち抜き、致命傷を与えられるだろう。ほぼ当たっているような、触れるか否かと言ったところで矢が弾かれた。金属でできた矢じりが、箆の木製部分ごと砕け散った。

 勇義の拳を食らったとしても、異次元聖はなんてこともなく耐えていた。防御能力が向上しているために弾かれたのかと思ったが、それにしては壊れ方に違和感があり、派手に砕けすぎている。

「そう簡単に撃ち抜かせると思いましたか?ここは、私にとって重要な場所ですよ?」

 異次元聖だけではない。私や勇義、博麗の巫女も例外なく心臓は弱点である。奴が特別という事ではないが、口ぶりから何か秘密があるようだ。

 奴の体は勇義の攻撃を受けても問題のない鋼鉄並みだが、服はそうもいかないらしい。鬼の蹴りと私の矢で耐久力が落ち、攻撃を受けた部分が解れて破れてしまっている。

 少し胸元がはだけたことで、私が撃ち抜こうとしていた左胸が露わとなる。中央から少しだけ左寄りの心臓が収まっている胸元には、十字架の入れ墨が彫られている。ただ、ただの十字架ではなく、通常とは向きが異なる。

 十字の下部分が他よりも長い事で十字架として認識しているが、異次元聖の胸に彫られている入れ墨の十字架は、長い部分が上側に位置して逆転してしまっている。

 宗教や信仰には疎く、そこまで詳しくはないが、逆様の十字架は神とは相対することを意味していると聞いた事がある。それらから背くことは悪魔崇拝的な意義があり、先ほど見た異次元聖の陰にいた幻影が脳裏を過る。

 現実離れしたあの影が幻覚ではないことはわかっているが、あれの要となっているのが胸元にある入れ墨なのか。となればあの入れ墨を破壊すれば、奴が発揮している鬼にも匹敵する力をも止まるだろうか。

 破壊する方法をいくつか考えるが、それには勇義の攻撃力をものともしない防御力を貫かなければならないのだ。そんな方法はない事はないが、この僧侶がそれだけの隙を与えてくれるだろうか。

 敗色が漂ってきそうだったが、これだけ強力な力を維持するとなれば、魔力の消費量もすさまじいのは明らかだ。奴の魔力を削り切れるかが勝敗のカギとなるだろう。

 異次元聖へ攻撃にするのに一人では簡単に捻り潰されるのが目に見えており、勇義の戦闘能力が不可欠だ。なるべく奴へ刺激を与えぬようゆっくりと右手を矢が数十本入っている矢筒にではなく、ポケットへと向かわせる。

 中をまさぐり、目的の物を手に取った。薬品が私の思っている物か確認しなければならないが、片時も奴から視線を外せない。確認せずにそのまま蓋を開け、体の至る箇所に怪我を負っている勇義へとぶっかけた。

 本当なら希釈した回復薬ではなく原液をかけたいところだが、手元にないため諦めた。異次元聖には人間用に弱くしているから妖怪に効果は薄いと言ったが、全くの逆である。むしろ回復力の高い妖怪には相乗効果で回復力は高まる。

 見る見るうちに勇義に刻まれていた数々の傷跡が塞がっていく。これで彼女もいつも通りに戦えるだろう。これまでの損傷で、ただ突っ込んでいくだけでは異次元聖との戦いは、平行線もしくはこちらがじり貧になってしまうと分かってくれたらしく、不用意に突撃していく真似はしない。

「悪魔を崇拝するのはあなたの勝手だけれど、最後はどれもロクな事にはなってなかったわ」

 気が遠くなる時間をずっと過ごしてきた。ひっそりと過ごしてきたとしても関わり合ってきた人間の数は、現在の幻想郷にいる人間の総数を十倍にしたとしても一割にも満たないだろう。

 それだけの人を見ていれば、他とは異なる人間を見ることは少なくない。人数にすれば全体の0.1%以下であるが、確かにそういった思想の人間は存在した。

 多くはないが、それだけの人数がいれば少なくはないと感じる。その中で破滅しなかった者を見たことが無い。魔力を扱えるためただの人間とは違うにしても、最終的な結果は変わらないだろう。

「何を言ってるんですか?崇拝などするわけがないでしょう?私はただ、彼らと契約を結んでいるだけ」

 その内容は定かではないが、鬼以上の力を示しているのは悪魔との契約のお陰なのだろう。しかし、あれだけの力となると、その代償は彼女の命一つでなし得られるものなのだろうか。

「契約は契約でも、それだけの力には相応の代償はつきものでしょう?」

「ええ、その通りですよ。私が契約している悪魔は特に大食漢でして、代償代償と報酬ばかり求めてくる。ですがそれに見合う力は持っています」

 先ほどから見ている、勇義の攻撃に対する耐性がそうだろう。しかし、それの代償を払っている様には見えないのだ。奴一人では到底足りないであろう命の対価は、自分の物である必要はないのだろうか。

 私が訝しげな顔をしているのが見えたのだろう。異次元聖がこちらにではなく、別の方向へ歩き出した。一番最初に倉庫に突っ込んできた時に、吹き飛ばされて気絶したままの兎たちに近づいていく。

「こうやって生贄を捧げないといけないのが、面倒ですけれど」

「やめ…!」

 静止を聞くわけもなく異次元聖は何のためらいもなく左足で叩き潰した。意識はなかっただろうが、肺から気道を通って空気が漏れる呻き声と、胸を突き破った肋骨を通して漏れる出血音をあげる。

「止めろ!!」

 その行いに対し、静止を叫んだのは意外にもてゐだった。人が兎を食うことに対し、特別気にしている様子はなかったが、食うために、生きるために殺すのとはわけが違う。

 鈴仙が前に言っていた。てゐは特に頭に血が上りやすい。そして、報復や叱りを受けたとしても悪戯を止めない、言わば後先考えない性格のため、戦いに慣れていないというのに異次元聖へ向かっていく勢いだ。

 頭を掴まれ、震えていた時とは打って変わって強気な態度だが、この短時間で力関係が覆ることはない。制止して逃がそうとする私の動きに逆らい、彼女はそれでも異次元聖へ詰め寄ろうとしている。

「はっ……運しか取り柄のないあなたに何ができるっていうんですか?」

 歯をむき出しにして怒りをあらわにしようとするが、殺意がてゐに集中したのだろう。彼女の顔が引き攣り、向かおうとしていた足が止まる。震えていた時と同じ、か弱いいつもの兎へ戻っていく。

「契約に運は関係ない」

 契約は合意によって成立する。提示したメリットやデメリット、利益等を話し合った結果、落としどころを見つけて結ばれる。合理性で語られるそれに、運は介入することはできない。

 異次元聖の言う通りだ。てゐがどれだけ倒したかったとしても、奴の扱う力を阻害することができなければどちらにしろ勝てない。能力で介入したくとも、彼女にできることはせいぜい身を守ることだけだ。

 右手の人差し指をこちらへと向けた異次元聖がそう呟くと、真っ青な炎が指先から爆発的に膨れ上がり拡散する。

「燃えろ」

 異次元聖のその命令と共に、炎は意思を持って爆ぜた。魔力とは別のベクトルで作用しているのだろう。強力な魔力の流れを感じ取ることができなかった。

 衝撃波で全てを吹き飛ばしそうな勢いの炎は私たちを飲み込み、焼き尽くすかと思っていたが、先の戦闘で周囲の床が損傷していたのだろう。

 炎が膨れ上がった際の衝撃波で床の耐久能力が限界に達し、炎よりも早く亀裂がロビー全体を走り抜け、白いタイルが砕け散る。床の表面を覆っているタイルだけでなく、その下にある木製の地盤も限界を迎えていたらしい。

 先ほど、てゐは異次元聖に太刀打ちできないと言ったが、奴の能力面ではなく戦闘であれば介入できる。この運の存在は大きい。

 陶器質と木製の床が砕け、異次元聖を除く全員が地下室へと落下した。数メートルの高さから落ちても、体勢が悪ければ大けがを負うこともあるが、魔力で強化されていればまず負傷することはない。

 戦闘に慣れている者ばかりではないはずだが、意外にも着地が上手くいかずに倒れ込んでしまうことはなかった。異次元聖が生み出した炎は横や上へ向かう力は強いが、燃え上がる性質上下方向への移動には弱いらしい。

 てゐの人を幸運にする程度の能力は、彼女を見た者の運気を単純に上げるものではない。運気の流れを操作し、敵と味方の運気の上げ下げを行うことができる。

 しかし、どれだけ運気を上げることができたとしても、てゐ曰く運気には波があるという。いい時もあれば、悪い時もある。常に運を良いままで保つことはできないと聞いた。

 てゐで言い表すのであれば、悪戯を成功させる運の良さがあり、その報復を受ける運の悪さがあると言ったところだろうか。

 崩れた先は床下の地面ではなく、私が新しい薬を作り出すときに用いる地下室に落下した。研究室の中には完成された薬、試作途中の薬、薬を作るための液状の溶媒や固体状の溶質が大量に置いてあったはずだ。

 溶媒や溶質はそれ単体でも効果を発揮する物もあれば、複数の組み合わせによって効果を発揮する物もある。組み合わせによっては千差万別の反応を見せてくれるのだが、必ずしも人体に良い影響を与える薬ができるわけではない。

 組み合わせによってはかなり危険な効果を持つ薬だったり、爆発する恐れのある溶媒を経て制作することも少なくない。薬を作る際にはかなり気を使って少量で試し、爆発する恐れのないかどうかを確認することもある。

 そうやって気を使って薬を制作している場所に、大量の瓦礫が雪崩れ込み、棚や机の上に雑多に置かれていた薬品をなぎ倒した。

 棚が潰れるか倒れ、机の上に木片と一緒に薬が収められている瓶が投げ出され、次々にガラス片をまき散らした。

 ビーカーや試験管、陶器やガラスのボトルに入れられているが、天井と床の重量にほとんどの入れ物が砕けて中身を外界へ曝露した。

 あらゆる物質が混ざり合い、複雑な反応を起こしていく。机や棚を潰した床の上へと着地した私たちに、薬品が混ざる異臭が鼻孔を激しく付く。

 透明の水のようにしか見えない薬品は様々な反応を見せる。知らない、未知の反応。冷却反応で冷えたり、発熱反応を起こして沸騰する薬もある。揮発性の高い薬品の匂いが周囲に充満する。

 冷却反応はいいが、問題なのは発熱反応だ。熱が加わることにより、新たな化学反応を呼ぶ、熱が数百度に達すると火の気がなくとも引火する。

 炎による燃焼は、更なる反応を促す。数十種類からなる液状の薬、数百棲類の薬品が掛け合わさることで混合物が生成されていく。

「うっ…!?」

 むせるような刺激臭を取り込み過ぎると体へどのような影響があるのかがわからない。鼻と口を手で覆い、体に取り込まないようにするが、発生した煙は口や鼻だけでなく目や皮膚に触れただけでもヒリヒリと痛みを生じる。早く地下室からでなければならない。

 地下室への入り口は、部屋の中から見れば押戸であるため、落ちた瓦礫で塞がれることはない。

 てゐと勇義を出口へと誘導しようとするが、生成された名要しがたい薬品から発せられる刺激臭に目をやられているのか、小さなウサギは足取りが悪い。

 幼い彼女の手を引いて連れて行こうとするが、瓦礫に足をもつれさせて中々思うように移動できない。勇義もつれていこうとするがこの戦いを楽しんでいるのだろう、発生した燃焼性のガスの中でスペルカードを胸元から引き抜いた。

「勇義!そこは危ない!逃げて!」

 可燃性のガスに炎が引火し、地下室全体に火の手が広がる。炎に焼かれる直前に廊下に逃げ込めることができたが、それだけでは足りない。薬品の蒸気に充てられて涙が出そうになる目をこすりながら、階段を駆け上がる。

 地下室はもう一つある。今の部屋は作る場所であるが、隣にはあらゆる溶媒や溶質を貯蔵しておく貯蔵庫が隣にあるのだが、そこには発火性が強すぎる火気厳禁の物質や温度変化に著しく弱い薬品が保管されている。

 中でも、特殊な薬を作り出す際の副産物として生成される銀雷が保管されており、廃棄する直前だったため大量に保存されていた。摩擦や衝撃に過敏に反応するため、炎や研究室で起こった小規模の爆発の影響を多大に受けた。

 てゐを抱えたまま、階段を駆け上ろうとした瞬間に保管庫に保管されていた雷銀が爆発を起こしたのだろう。轟音と衝撃と共に爆風が階段に殺到し、階段上の廊下まで吹き飛ばされた。

 部屋の外に逃げていた為、ビーカーや瓦礫の破片に当たることはなかったが、煽り飛ばされた事で背中を強かと壁に打ち付けた。それだけでは収まらず、壁を破壊して診察室の中へと転がり込んだ。

 瓦礫からは逃れられたと思っていたが、煽られた風に乗って廊下にいた私にまで達したらしく、腕や脚に痛みを感じる。薬の匂いが立ち込める診察室内に、私の体から流れ出た血の匂いが立ち込める。

 私が身を挺して庇ったおかげで、てゐは怪我がないようだ。元より戦えない彼女は、手から離れて窓を開けて逃げようとしているが、はめ込み式で開閉のできない窓を恨めしそうに見上げている。

 地下で薬品による小規模の爆発が続いているため、今更窓の一枚程度割ったところでどうってことはない。しかし、あの僧侶が同じ階にいる事を考えると、大きな音を立てて自分の居る場所を晒したくないのだろう。

 机の上に置いておいたはずの回復薬が揺れで倒れてしまっている。それを乱暴に掴み取り、中身を破片の当たった場所へと振りかけた。魔力で体内に残留する破片を傷口から押し出し、傷を再生させた。

 爆風と壁に叩きつけられた衝撃でも折れていない矢を矢筒から選び抜き、弓に番えた。異次元聖が発生させた炎は爆発の爆風で上空へと吹き飛んだらしいが、生贄を捧げて命の代償によって作り出された炎はまだ掻き消えてはない。

 燃やした屋根を腐らせ、朽ち果てさせていく。あれに当たった未来を想像するだけで戦意が削がれてしまうため、無理やり意識の外へ放り出した。

 壊れた壁の穴から異次元聖を捉え、番えた矢を引き絞った。命の危機を感じるたびに思い出す、正確な年数を思い出せない程大昔に行った闘争と逃走。あの時に比べれば、今の状況はまだマシだと思えた。

 思い返す逃走劇と今の状況はまるで違うが、危険が迫っているという点に関しては同じだ。

 私にはまだやらなければならないことがある。最後まで見届けなければならない。絶対に、切り抜けて見せる。

 引き絞った矢を、異次元聖へと撃ち出した。




次の投稿は、10/1の予定です。


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東方繋華傷 第百八十九話 弔弾

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
と言う方のみ第百八十九話をお楽しみください!


 人間と妖怪の平等は、必要とされていなかった。誰でもいいわけではなかったが、魔法を扱う僧侶は必要とされていなかった。必要とされていたのは、聖が提唱した宗教だけだった。

 向けられる奇異な目、手のひらを返したような対応。人間を見るような目ではなく、化け物を見る目の人間に迫害され、僧侶は魔界へと追いやられた。

 人間と妖怪の軋轢が想像以上に深い事を理解していなかった彼女は、自らの軽薄さを嘆いた。外界と魔界では時間の流れが異なるが、数十年、数百年、数千年もそこにいた彼女は、子弟達がすぐに来てくれない事に絶望した。長い年月かけて悪魔たちと隣り合わせの日々が続き、心を蝕まれ、全てを恨んだ。

 絶対平等主義を掲げる彼女は、掲げる思想と内側の孕んだ恨みから来る感情の乖離に苦悩を、葛藤を感じていただろう。

 だが、その葛藤は長くは続かない。たかだか十数年の期間、宗教を提示していたとしても、数千年分のつもりに積もった恨みは覆せないだろう。認められなかった理想は理想でしかなく、その儚い志は提唱する僧侶が自らの手で叩き潰した。

 僧侶でなかったとしても、気の遠くなるような話であるが、人間にしてみればもっと昔の話に感じるだろう。外の世界にとっては数百年前の話だが、最早、人間の中に異次元聖の事を覚えている人物は居らず、代替わりをして直接かかわったことのある人物など世界には存在しなくなっていた。

 しかし、彼女にとって、当時の関わった人間がいない事はさほど重要ではない。数千年前の情景をまるで昨日の事のように鮮明に思い出せる異次元聖にとって、恨みを抱いているのは当時封印してきた個人にではなく、自分を魔界へと追いやった人間という種族全体に向いたからだ。

 数千年の時を経て、異次元聖に救いの手が差し伸べられたが、それはあまりにも遅すぎた。

 魔界から引っ張り出してくれた彼女たちは、外の世界でいう数百年前の異次元聖を望んでいた。いや、彼女がそのままでいると思っていたというのが近い。

 封印を解くのがもっと早ければわからないが、封印される前の彼女は影も形も、一辺の欠片すらも残っていなかった。

 戻りたい理由が入った時と出る時で、異なっていたのは言うまでもないだろう。単なる帰還ではない。しかし、複雑でもない。同じく彼女が現世へと舞い戻った理由はシンプルに、人間たちに復讐をする。ただそれだけ。

 数千年分の底なしの憂いを、怒りを、恨みを、殺意を、そのまま返すつもりだった。時間の差異はあるが、たっぷりと味合わせるつもりだった。

 だが、復讐のために舞い戻った異次元聖はすぐには行動をとらなかった。皆殺しにしたくとも、博麗の巫女の存在や封印された当時にはいなかった数々の妖怪たち、それに加えて地底から来たという鬼。それらが鏖殺の抑止力となった。

 異変時に博麗の巫女と一戦交えたが、巫女がいる限り異次元聖の復讐は、やり遂げることはできないと察した。悪魔と契約する力を早計には使わずに、封印が解かれた際の異変では力を使わなかった。

 機を見て使用を控え、全てを殺し切る力を見つけるまで、更なる力を得られる算段が付くまでは隠し通すことにした。

 これまでに歩んで来た人生の中で人間の世界で過ごしてきた時間よりも、魔界で過ごしてきた時間の方が圧倒的に長い。異次元聖にとってこちら側の方が非日常と言えるだろう。

 存在する人物や生物は大きく違うが、食生活や生活スタイルに違いはあったとしても、天地がひっくり返る程に異なっているわけではない。そちらはすぐに慣れた。

 問題だったのは、自分がどういった教えを説いていたのかを思い出すことだ。途中で考えを改めたため異次元聖は教えそのものを止めてしまっていたり、もしくは教えを歪めてしまっていた。

 ずっと教えを続けていたこともあり、星達は前と変わることはない。だが、外と時間の流れが違い、数千年の時を経ると思い出すことは難しい。

 どうせ殺すため、人や弟子たちが離れていくことはどうとも思わない。しかし、考えが大きく変化したことで、以前と趣向が変わったことで、危険視されることを危惧した。

 残した文書を読み漁り、以前の自分に比較的寄せることには成功した。門徒たちは以前の私が主軸にいる為、それっぽい事を語る異次元聖に簡単に騙されたが、問題は外部に存在した。

 幻想郷の書記と名高い阿礼の子孫、稗田阿求。戦闘能力は皆無であるが、一度見たものを忘れない程度の能力は、異次元聖にとってある意味で天敵である。なぜ天敵であるのかは、本とは知識であるからだ。

 彼女は千年以上も続く家系であり、蔵書には幻想郷のあらゆる事象が書き留められている。昔は絶対にその本を手に取ることは許されなかったが、規制が緩まったことで異次元聖も目を通すことができた。

 残された歴史の記載、そこにはありとあらゆる問題が大小関係なく記されていた。命蓮寺の出生や教えまで詳しく書き込まれており、異次元聖が教えを思い出すのに使用したが、管理されるそれらの蔵書を手に取ったもう一つの目的は、悪魔についてどれだけ知識が存在しているのかということと、これまで起きた悪魔関係の事件を調べる為でもある。

 本は知識の結晶であり、使い方次第で知識は武器だ。悪魔について無知でいてくれれば問題ないが、異次元聖が契約している悪魔について知られていれば、それは僧侶にとって大きな弱点となる。

 紫とはまた違った危険性が、あらゆる知識を内包する年端も行かぬ少女にある。非常に頭のキレる紫は動きや言動、状況から予想するが、それが即座に悪魔と契約したと結びつくわけではない。聖と違って阿求は知識が先行するため、見破られる可能性が高い。

 悪魔と契約している事、皆殺しにしようとしている事を悟られてはならず、言動や身の振り方に気を付けなければならなくなった。

 そうして長い期間、夜な夜な力を求めて研究を続けていたが、阿求が異次元聖にとって好ましくはない発言を行ったのを、天狗が送り付けてくる新聞で知った。

 身振りで自分に害がない事をできうる限り示しているつもりだったが、経緯からして人間を恨んでいてもおかしくはないと、心の内を見透かされているように発言され、心臓を掴まれたような感覚だった。

 その発言を覆すために何かないかと探していた時、霧雨魔理沙が現れた。封印される前の私と同じようなことをし始めたのだ。魔法を使える意味での魔女だったが、私と同じように別の意味で魔女と迫害されると思っていた。

 平等と言う形ではない、別の形で手を結ぼうとする彼女は意外にも幻想郷に受け入れられた。時代が変わり、人食いではない妖怪が多く現れたことで、妖怪に対する考え方や接し方が大きく変わってきたというのが大きい。

 異次元聖はカモフラージュ代わりにするために、少女へと近づいた。数百年前に提唱した考えと霧雨魔理沙の行動には近しい物があり、私が復讐を目指しているわけではないと宣伝できるからだ。

 そうやって時間を稼ぎ、力を得る方法を模索しようとした矢先、霧雨魔理沙周囲の人物の動きがおかしい事に気が付いた。一度裏切られた異次元聖には、それが賛同する者の動きでないことが容易に読み取れた。

 そして、初めて魔力の波長を感じた時、ただの魔女でないことは魔界に行っていた為に読み取ることができた。彼女が内包して漂わせる魔力の波長は人間や妖怪とはまた違い、悪魔や神々に近い。ただ、近いだけでそれらともまた違う、変わった波長だ。

 他の者は、以前と異なる魔力へ変わったことで、自分たちよりももっと上に存在する、未知から介入を受けていると察した。

 そうして異次元聖はこれを利用するほかないと考え、霧雨魔理沙が保有する力の争奪戦に干渉することを決めた。

 異次元聖は異次元世界の幻想郷において、珍しい目的で参戦している。8から9割の人物が自らの力を高めるために戦っている。残りの人物が力を求めていないと言えば噓になるが、力を得るのが目的ではない。目的の過程において力を得る必要があるから戦っている。

 前者と後者、似ているようで全くの別である。頂に立つことが目的か、その頂が道の途中であるか。

 戦うのが好きだから、勝つことが好きだから、主を蘇らせるため、主を殺すため。世界のバランスをひっくり返す為、神になるため、幻想郷に永遠の繁栄を齎す為、そして幻想郷を壊す為。

 理由は様々であるが、このどれにも属さない。ナズーリンは聖の過去から、死に対する恐怖から逃れようとしたと考えていたが、彼女にはそんなものはこれっぽっちもない。異次元聖は、異次元世界における唯一の復讐者である。

 

 

 胸に刻んだ入れ墨の役割は、二つある。入れ墨本体を守ると同時に弱点である心臓の保護が一つ目の役割。二つ目の役割は、悪魔との契約を簡略化している。

 永琳達に告げた様に、私の契約している悪魔は報酬に貪欲でしょうがない。事あるごとに報酬を要求し、戦闘を一度の契約で一本通して行えたことなど無い程に。

 ただ、私もそれを良しとはしておらず、対価に見合うだけの力を要求している。命を使った入れ墨を通すことで、多少は要求される代価を抑えてはいるが、それでも勇義から放たれたスペルカードを相殺するのに、数人分の命を使った。いくらか貯蔵はしてきたが、このペースで使用していればすぐに底をついてしまう。

 左胸の入れ墨を避け、腹部へ拳が叩き込まれた。非常に高い攻撃力で、悪魔と契約した防御能力が無ければ、鬼神のごとき力を身に受け、身体がバラバラに弾けて死んでいただろう。

 私以外の者であれば、スペルカードを受けた時点で勝敗が決していただろうが、この私においては致命傷どころか傷すらも負わせられない。

 永琳達が落ちた地下室で巨大な爆発があったが、爆発の中心部にいれば衝撃波と爆風で吹き飛び、飛び散る破片で身をズタズタに引き裂かれていてもおかしくはない。その爆発でさえも勇義には傷一つ付けられないが、私の攻撃力はそれすらも上回る。

 スペルカードを放った特有の硬直が勇義を襲う。退こうとする意志を鬼から感じるが、こうやって隙を晒してくれているのを見逃すわけにはいかない。

 掲げた右手の手刀を薙ぎ払い、防御能力を無視して肉を抉り切る感触。勇義の腕を肩から切断し、そのまま吹き飛ばした。

「ぐあっ!?」

 鮮血を肩から零し、病室へと吹き飛んでいく。爆発によって表面の塗装にヒビの入る壁を破壊し、姿が見えなくなった。

 いくら永琳の薬があったとしても、腕を丸ごと再生するのは至難の業だろう。例え、そういう薬があったとしても、使わせる時間は与えないが。

 このまま勇義を追うか、それとも回復手段を持つ永琳を先に仕留めるか。しかし、私にとっては、どちらから倒そうともあまり変わりはない。

 先ほどの爆発に永琳達が巻き込まれていれば楽な物だが、落ちた先は床の影となって見えなかった。燃え盛る地下室を覗き込み、中を見回そうとするが、人型の物体は見つけられない。爆発で体がバラバラになったのかと思ったが、人体が千切れるような爆発でもなく、巻き込まれなかったと判断するのが妥当だ。

 どこに逃げたかわからない永琳を探し回り、腕をなくした勇義から離れて回復される可能性を考えるのであれば、鬼を先に片づけた方がいい。壁の奥へ消えていった敵の方へ歩き出した私の肩へと、音速で飛んできた矢が貫通した。

「ぐっ…!?」

 かなりのスピードで飛来したが、肩が外れたり吹き飛ぶことはない。回復させてしまえば見た目以上にダメージはないのだが、防御能力の弱点が露見してしまった。意識外から来た攻撃に対する脆弱性だ。

 常に防御能力を働かせることができれば、不意打ちなどに対処る必要すらなくなる。だが、契約は時間の経過でも生贄を要求してくる。悪魔が私へ付与する力に対する対価を考えると、いくら命があっても足りず、攻撃を食らうその瞬間にしか力を働かせられなかったのだ。

 刺さった矢の角度や空気を裂いた音からして、奴は後方に陣取っている。このまま無視して勇義を殺してもいいが、せっかく居場所が分かったのだ。死に急ぎの永琳はお望み通り殺してあげよう。

 次の矢が弓に番えるまでに約三秒。それだけあればこちらから反撃することができる。振り返った先に永琳の姿はないが、縦横に三十センチほどの穴が開いた壁から、矢を引く永琳の姿が見えた。

 私が魔界に閉じ込められている時間よりも長い期間、弓矢を扱っていただけはある。まだ予想の半分しか時間が経っていないはずなのに、すでに弓が引き絞られている。

 淡青色の魔力の作用で不自然な加速をする矢は、私の皮膚に当たると同時に金属の矢じりが砕け、へし折れて床へと乾いた音を立てて落下した。

 肩から引き抜き、血まみれの矢をへし折った。三射目を放たせることなく、私は右手の特定の入れ墨へ生贄で得たエネルギーを流し込んだ。

「悪魔の剛爪」

 物を爪でひっかくように、永琳達が逃げ込んでいる建物に向けて手を薙いだ。私の行動が引き金となり、不自然に風のようなものが一瞬だけ巻き起こる。風が通ると同時に十数メートルはくだらない化け物が、壁や床を切り裂いたと思える五本の創痕が刻まれた。

 陶器質の床のタイルと壁の木が砕けて破片をまき散らし、壊れかけの椅子や救急箱など、軌道上にあるもの全てを破壊した。生じた亀裂が広がっていくように突き進む爪痕は、ついに永琳が隠れているはずの部屋に達した。

 爪の深さは数メートルにも達し、床を切り裂いた斬痕の奥には土が見えた。壁際で弓を番えていた永琳も、薙いだ爪によって数枚に卸せたことだろう。

 永琳が隠れていた壁が五本の爪痕により瓦解し、中で切断された人物たちが露わとなる。どんなかわいらしい姿になっているのか、見届けようと切り裂いた部屋の方向を眺めた。

 切り裂かれて落ちた破片の上に瓦礫が積み重なり、山を成していくが部屋全体を隠せるほど高くはない。

 部屋の中は鮮血が飛び散り、致命傷を受けた人物が両断された腹部から血液と紐状の内臓を零している。しかしそれは私が死んでいて欲しいと思っていた永琳ではなく、彼女に弓矢を持ってきていた兎が転がっていた。

 苦しむ間もなく絶命したのだろう。一撃は腹部に、もう一撃は首元を直撃したようで、床に転がっている顔には焦った表情しか伺えない。

 主の危機に身を挺したのだと分かり、部下を持っていた身としてはうらやましい限りだ。その行動には称賛を与えたいほどだが、奴を殺せなかった視点でいえば罵りたいぐらいだ。

 だが、たった一度だけ部下が凌いだとしても、結果は数秒程度しか変わらない。二回目はどうやって防ぐか。飛び散った血で顔や服を汚す、てゐを盾にでも使うだろうか。

 命の代価を支払ったことで得られる力が右手に集中しようとした時、勇義を吹き飛ばした方向から複数の足音が聞こえてくる。振り返らずとも魔力の流れを感じることから、これまでは様子を伺って隠れていた妖怪たちを引き連れて来たらしい。

 荒々しい勇義の魔力が一番最初に私へと到達する。雄たけびを上げ、左腕を掲げる彼女へ振り返りながら拳を叩き込んだ。先ほどのように具体的なイメージや入れ墨へと力を込められなかったため、力を使ったただの打撃となったが、十分な効果があったのは表情を見ればわかる。

 後方からの攻撃ならば、気づかれないようにするのが基本だろう。次があれば声を出さずに来ると良い。いや、どうせ声を出さずとも、その荒々しい魔力の波長では、気づきたくなかったとしても気付いてしまうだろう。

 手先の感触で勇義の肋骨を数本へし折ったのがわかる。そのまま吹き飛ばそうとするが、身を翻して振り抜いた私の腕をすり抜け、残った左手で私の顔面を打ち抜いた。

 防御能力を上げてなければそのまま後方へ頭部が吹き飛んでいく威力だが、私を数センチ退ける程度にしか感じない。やはり鬼は馬鹿だな、何度やっても無駄なことを理解できないようだ。

 複数人で囲み、力を削ごうとしているのか。それとも考えなしかはわからないが、私にとっては生贄となる者たちが自分から来たようにしか見えない。

 まとめて殺そうとするが、顔を殴った勇義が振り払う前に、胸ぐらへと手を移していたようだ。横軸方向には踏ん張りは聞かせられるが、持ち上げられれば地面との摩擦を頼りに踏ん張ることができず、攻撃する寸前に視界が反転した。

 背負い投げで地面に叩きつけられた。速度はそこまで速いように見えなかったが、衝突すると同時に床が大きく陥没し、滅茶苦茶に木材やタイルが吹き飛んでいく。

 私たちがいた場所の下には地下室はなかったようで、落下することはなかったが三十センチほど高低差が出来上がる。勇義の起こした衝撃に、周囲の妖怪たちは耐えられなかったようで、河童や天狗らは転んでしまっている。

 片腕を失っているのが大きいのか、今までの攻撃に比べてさほどダメージを受けた感じがしない。命の力を使えば倒れた体勢からでも、余裕で奴を吹き飛ばせるだろう。

 永琳たちにやったような技はいらない。力をそのまま撃ちだし、木端微塵に吹き飛ばす。それだけでも目の前にいる妖怪連中は事足りる。

 弾幕として撃ちだそうとした瞬間、勇義がスペルカードを握り潰していたようで、淡青色の魔力の結晶が握られた指の間からキラキラと零れ出ている。強力な魔力の流れが勇義から発せられた。

「鬼声『壊滅の咆哮』」

 胸を大きく膨らませ、肺一杯に空気を取り込んだ。間髪入れず、大量に吸い込んだ空気を一瞬の内に声と共に吐き出した。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 黒板を掻き毟るような奇声やただ張り上げる声とは違う。怒号、もしくは雄叫びだ。ビリビリと肌を撫でる芯の通った覇気のある勇義の声は、女性から発声されたとは思えない程に腹の底にまで響く。味方であれば最大限の鼓舞となり、敵が聞けば畏怖することだろう。

 相手が悪かった。この程度の怒号など、そよ風程度で私の精神には何も影響してこない。その喧しい口を閉じろ。勇義へ向け、弾幕を撃ち放った。

 弾幕が一片の肉体も残さずに勇義を消し飛ばすかに思えたが、声の衝撃に充てられた瞬間に全てが無に帰され、逆に消し飛ばされた。

 これまで悪魔の力を使用していたことで、勇義の力に対する危機感が薄れていたのもある。油断しており、吹き飛ばなかった彼女に思考が追い付かなかった。

 力を使えば吹き飛ばすことができると思い、弱めに使っていたのもあるが、勇義の固有の能力がこれほどまでに強力であるのは忘れていた。

「食らいな!」

 大きく勇義が踏み込むと、顔面へ蹴りを叩き込まれた。衝撃が頭を駆け抜けていくが、脳震盪を起こすほどではない。痛みもさほどないが倒れ込んでいた体勢から受け止め切れず、後方へと吹き飛ばされた。

 叩きつけられた際に床が陥没したが、その段差に全身を強かと打ち付けた。それだけでは止まらず、陥没した場所から放り出され、壁に衝突した。

 木の壁に亀裂が入り、崩れていくが今までと同様に私にダメージはない。落ちてきた木屑を振り落とし、立ち上がろうとする私へと他の妖怪たちが攻撃を加えてくる。

 鍛えられた刀剣を振りかぶる白狼天狗、散弾銃を携えた河童が突っ込んできた。私が出せる最高速度を大幅に超えるスピードで突っ込んでくる狼の刀を腕で受け止めた。

 勇義の拳を難なく受け止められる攻撃力は、それが得物だったとしても容易にはじき返した。その際にちょっと力を加えてあげるだけで、金属製の刀がぽっきりと折れた。

 折れた刀から聞こえる、甲高く反響する金属音を掻き消す形で、白狼天狗を追っていた河童が援護で引き金を引き絞った。刀とは別ベクトルに甲高い火薬が破裂する爆発音が狭い部屋の中に響き渡る。

 目の端にすら止められない速度で弾丸が来たのだろうが、明らかに勇義が放った拳や蹴りよりも衝撃が少ない。生身は駄目でも、得物なら通ると思ったのだろうが、生身以下だ。

 自分たちの得物に自信があったのだろう。まるで通じなかったことに困惑して動けていなかった彼女たちを一掃する。へし折れた刀を握っていた白狼天狗の頭を握り潰し、プラスチックと金属でできた空薬莢を銃から排出している河童の頭を吹き飛ばした。

 一方は中身を指の間から零れさせ、一方は壁にへばり付いた。今ので刀も銃も効かない事が他の妖怪たちに知れ渡ったようで、無駄に突っ込もうとする者はいない。

 永琳の矢もこちらへ飛んでくることはなく、てゐを近くに寄せてこちらを油断なく睨んでいる。そんな骨のない連中を意識からはじき出し、首なしとなった死体を蹴飛ばしながら勇義の元へと走り出した。

 突撃する私に対し、勇義はスペルカードを掲げた。強力な魔力の流れを感じるのに合わせ、私も契約で防御能力を向上させた。

 拳を振りかぶり、頭部をぶち抜こうとするが魔力の流れを見せていただけで、スペルカードを起動したわけではなかったようだ。正面から受けに来るかと思ったが、さすがの勇義もこれ以上のダメージを受けるのは得策ではないと考えたのだろう。

 笑う勇義の表情から、そこまで深く考えているようには見えないが、意外と策士な奴だ。拳が奴の頭に当たらずにすり抜け、逆に奴の拳が私の頭を打ち抜いた。

 防御能力を上げていたことで、一切のダメージを感じないが体勢が大きく崩れた。伸ばした腕を無理やり振り払って勇義を引き離そうとするが、意外にもその行動も読まれていたらしい。しゃがんでかわされると腹部に蹴りを叩き込まれ、殺した二体の妖怪の頭上を通過して壁を破壊した。

 壊した壁の奥は病室だったらしく、突っ込んだことでベットや椅子を破壊する。これだけの騒ぎに部屋の中には誰もいないが、物だけは残っている。

 突っ込んで壊さなかったベットの縁を掴みながら立ち上がり、悪魔の力の一部を譲渡した。破壊してきた壁に向け、強化された物体を薙ぎ払うように投げつけた。

 悪魔の力で強化されたベットは半壊した壁などものともせず、部品を落とすことなく勇義の方向へ向かっていく。壁のせいで多少勢いは削がれたが、それでもただの妖怪程度なら吹き飛ばせる。

 金属のフレームでできたベットが錐もみしながら飛んでいくが、途中で金属音を激しく鳴らして大きく上方へと打ち上がる。正面から立ち向かうのではなく、受け流されたか。

 跳ね上がったベットの下を潜り抜け、魔力の籠ったカードを歯で噛み砕き、今度こそスペルカードを起動した。

「鬼符『怪力乱神』」

 悪魔と契約を交わす前の私であれば、奴の覇気に畏怖していただろうが、今では危機感など感じない。保険もあるため、彼女のスペルカードに正面から立ち向かう。

 右腕の入れ墨に契約で得られるエネルギーを注ぎ込み、イメージを具現化させる。これで鬼は死ぬことだろう、手向けとして受け取れ。

「悪魔の豪拳」

 拳の放たれるスピードは奴の方が速い。あらゆる人物、物体を粉砕する打撃が私の腹部に叩き込まれた瞬間、衝撃が波となって広がり、組織に留まらず細胞レベルで損傷を与える。衝撃は全身に拡散して波及していくはずだったが、悪魔の契約から得られる防御力により、目に見えて威力は減衰した。

 拳から放たれた衝撃に皮膚が一瞬とは言え波打ち、威力の高さを物語るが、それ以上伝搬することなく不自然に衝撃はせき止められた。

 これで勇義の攻撃は終わり、今度はこちらの番である。硬直により動けなくなっている獲物を狙うのは赤子の手をひねる様で、周囲からの鬼を助けるための援護も、防御力の向上により無意味に終わる。

 奴がやってくれたように、私も勇義の腹部に向けて右手の拳を叩き込んだ。奴のスペルカードが放たれた時とは、比べ物にならない重撃。怪力乱神の能力を持つ勇義が見たこともない表情を浮かべ、身体をくの字に折る。

 内臓にダメージを受けたのか、悲鳴を上げられない程に悶絶し、即座に血反吐を吐いた。鬼の中でもさらに上位個体である勇義に対し、これだけのダメージを与えられれば上々と言ったところだが、これだけの力を使って仕留められなかったことに少し驚きを隠せなかった。

 踏み込みが甘かったか、先に攻撃を受けたことで奴に100%の力を与えることができなかったのか。

 まあどうでもいい。がっくりと膝をつき、戦闘不能に近しい勇義が私の足元に手を伸ばそうとしているが、往生際の悪い。

 右足で蹴り飛ばし、勇義を燃え盛る地下室へと蹴り落した。抵抗する様子のない鬼は、そのまま揺らめく炎の中へと落ちていった。

「さて、抵抗しないのなら苦しさを感じる前に殺して差し上げますが、どうなさいますか?」

 地下の貯蔵庫を破壊したことで、入れ墨ごと治せる薬はもうないと判断した。そうなれば、永琳の使い道など生贄に捧げて糧にするぐらいにしかない。

 勇義について来ていた妖怪たちはたじろぎ、息を飲んだ。彼女がいたからこそ勝てるのではないかと立ち上がったわけだが、先導者がいなければ覚悟など振るい立たせる間もなく挫ける。

「悪魔の鋭牙」

 私に畏怖する妖怪たちを一人食い殺した。そこには何もなかったはずだが、獣に食いつかれたように体が半分に裂けると下半身は地面に力なく横たわり、食いちぎられた半身は中空に消えた。

 一人食い殺されれば死の恐怖が伝搬し、戦うどころではなくなる。我先に逃げ出そうとするが、永琳を残して妖怪を全員食い尽くした。

 どこからか、生身の肉体を咀嚼する音が聞こえる。聞く者にとっては、身の毛のよだつ音の方に目を向けると、牙や顎の形が垂れて来た血液によりその輪郭を朧気に認めた。

 永琳達もそのまま食い殺そうと牙を剥かせるが契約が切れ、顎から滴り落ちていく血液を残して透明な咢は次第に消えていった。

 永琳達も勿体ぶらずにさっさと食い殺してしまえばよかった。まったく、もう一人か二人ぐらい食い殺してくれればいいものを。

 仕方がない、また生贄を捧げて読みだすのも面倒だ。直接私が手を下すとしよう。崩れた床を挟んで反対側にいる永琳達に向けて跳躍し、目の前に降り立った。

 二人とも、最早逃げられない事を悟っているのか。先ほどの妖怪たちのように無様に逃げ出そうとはしない。しかし、不安はあるらしい。ゐと永琳がつないでいる手が、力強く握り込まれた。

「さようなら」

 ただ一言。呟きながら二人の頭を叩き潰そうとするが、わずかな衝撃と共に、右側の視界が真っ暗に暗転した。

「あ……?」

 頬に感じるのは粘性のわずかにある液体が零れ出た感触。瞼ごと何かに引き裂かれた激痛と、目の周囲にある骨にまで亀裂の生じる疼痛が突如として沸き上がる。

 永琳が弓を射ったわけではない。そんな動作は認められなかった。殴ろうと前進していた体が、大した衝撃でもないのに後退してしまう。

 私もそうだが、飛び散った鮮血に驚いている永琳達の様子からも、予想外の事が起こっているのだと何となく察した。

 何が私の目を損傷させたのか。勇義ではないのは魔力の気配からわかり切っている。困惑する私の視線の先は永琳に集まった。

 厳密にいえば、永琳本人ではなく永琳の髪だ。白銀の長い髪の一部に小さな穴が開いていたのだ。それはちょうど人の指が入る程度の大きさであり、何かが高速で髪の間を突っ切ったと考えられた。

 千切れた髪が、彼女たちの後方から迫った風に煽られてふわりと飛んでいく。髪がなびいたことで、一本一本の密度が低くなり、後方の景色が髪を通して伺えた。

「私の前で、また師匠が死ぬのを見ろっていうんですか?」

 最後に見たのは何年も前だが、イメージよりも痩せている。トレードマークである兎の耳を模した髪飾りは付けていないが、服装と赤い瞳から鈴仙だと断定できた。

 赤眼の兵士は右手を拳銃のように構え、私に標準を向けている。射線から逃げればいいだけだが、問題なのは彼女の周囲でキラキラと何か結晶のような物が漂っている。

 割れたガラスが飛散しているため、光に反射していると思ったが、スペルカードを砕いた時に発生する、魔力の結晶のようだ。

「幻視『楔の弾頭』」

 名称から、弾丸状の弾幕が放たれたのは予想がつく。来るものがわかっても一度目の時と同様に、音を置いて行く速度に目にも捉えることができない。

 物理的なダメージを与えるスペルカードだったのか、肩に鋭い痛みを感じると同時に、私は後方へと吹き飛ばされた。

 




次の投稿は10/15の予定です


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東方繋華傷 第百九十話 悚懼と勇往

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
と言う方のみ第百九十話をお楽しみください!


 空気中に滞留する濃度の高い魔力や湿気の高い空気が肌を撫でる。地脈の関係か、それともまた別の要因が関係しているのか、魔法の森は周囲と比べて魔力の濃度が高い。

 魔力が作用しているからか、魔法の森の木々はどれも太く逞しく成長し、複雑に密生している。それらの間を駆け抜け、見渡しのきく平地へ足を進める。

 私が居た世界の博麗の巫女と思わしき人物が、こちら側に侵入してから時間が少し経過している。奴らの暴走を止められなかった者の一人として、戦いに行かなければならない。

 霧雨魔理沙たちに加勢しなければならないという一心で森の中を駆け抜ける。何もない平野であればなんてことはない距離なのだが、ジャングルのように木々が群生しているせいで、いつも通りのスピードで走り抜けることができない。

 戦いの状況がどうなっているのか、波長を探ることで大まかに情報を集めようとした時だ。頭上で太陽の光を遮っている木々の葉や枝が、私が向かっている方向から迫って来た暴風に激しく煽られた。

 自然に発生した風と言うよりは爆発の衝撃や爆風に近いかもしれない。影響は細い木々の枝を折る程度にとどまらず、樹木が引き絞られた弓のように大きく湾曲させた。

 上空だけでなく、複雑な森内部も衝撃波が変わらぬ威力で駆け抜けてくる。葉っぱや枝を吹き飛ばし、地面を覆うコケなどを捲り返す衝撃をもろに受けた。

 風に体が煽られ、太い樹木たちと同じく後方へ投げ飛ばされてしまう。木々の一つに衝突したが、強烈な暴風に体勢を立て直すこともままならない。戦闘モードではなく、防御能力に魔力を回していなかったことで、ぶつかった衝撃をそのまま食らい、息が詰まる。

 体の中を反響する痛みが引くのを待つ間もなく、風に乗って飛ばされてきた枝や石、小さな木などが吹き飛んでくる。

 多少の礫は見逃すが、当たれば確実に体が潰れるであろう木を撃ち抜こうとするが、直前で他の木にひっかがり、こちらにまで飛んでくることはなかった。

 何が起こったのか私に知る余地など無いが、次の衝撃波が起こらないとはいえず、頑丈そうな木の後ろに逃げ込んだ。

 礫が額に当たったらしく、手の甲で汗を拭うと血が混じった赤色の汗が拭いとれた。怪我を魔力で回復させながらも、警戒は怠らない。

 能力で風が来た方向を探ろうとするが、スペルカードの余波が残っているらしい。博麗の巫女の魔力の波長しか情報を拾い上げることができない。長い時間が経過しても何も起こらず、注意して進むことを決めた。

 飛んできた礫に体の端々が痛み、向かうのに時間がかかりそうだったが、意外にも残りの数百メートルは楽に通り抜けることができた。森の終わりが近づくごとに、先の衝撃波で吹き飛ばされた木が多くなっていき、障害物がなくなったからだ。

 森を通り抜けて最初に見えた気色は、鮮やかな森や月と比べて文明の発達具合の遅い村が見えるのではなく、明るい灰色の砂煙だ。

 大量の砂煙が舞い上がっているのが見え、まるで滝の周囲に立ち込める瀑布のようだ。そこらの妖怪や、私の知っているちょっと力に自信のある神だったとしてもできないような規模でスペルカードが使用されたのだろうが、にわかには信じられない。

 町を二つ分、三つ分は飲み込めるであろう大量の砂塵が舞い上がり、現地では相当な被害を被っている事が予想された。

 砂煙の高さは優に三百メートルを超え、範囲は数キロに渡る。その砂嵐に近い砂塵から更に数キロ離れた位置にいても、砂臭さが拭えないため威力の高さが伺えた。

 その舞い上がった砂煙の中は全く見えない。魔力による感知も、内部の様子を伺い知ることはできない。魔力が消費されたことによる魔力の結晶、残滓が探知を阻害しているのだ。

 姿形が見えず、誰が生きているのか死んでいるのかわからないが、向かうべき場所をようやく視認することができた。泣いても笑っても、最後の戦いになる。

「ふうっ…」

 深呼吸して覚悟を決めた。自分を振るいだたせて前へ進みだそうとするが、私の足は直前で進めなくなっていた。

「あれ……?」

 博麗の巫女に立ち向かおうとしただけなのに、足が竦んでしまっている。釘でも撃ち込まれたのかと思える程に足は動かない。この十年で、彼女たちに逆らう事の恐ろしさを髄まで教え込まれたからだ。

 博麗神社にいるところを、霧雨魔理沙から助け出された。この戦いを引き起こした張本人というと聞こえが悪いが、その中心となり得る人物。彼女がいなければと思うと多少の怒りも湧くが、それでも戻ってきた事と助けたことを考えると感謝はしている。

 何年も、何年も、玩具のように扱われていた。いや、そういった扱いの方がまだマシだったかもしれない。労働させられるようなことはなかったが、博麗の巫女やメイド、守矢の巫女、剣士たちの掃き溜めにさせられた。

 苛立ちをぶつけられることは当たり前で、お祓い棒で殴られ、ナイフや刀で斬り刻まれた。手足を切り落とされても体が頑丈な月人であるため、くっつけて置けばそのまま再生してしまっていた。失うよりはずっといいが、その分だけ苦しみが長く続いた。

 それだけでは終わらず、性処理をさせられることも少なくはなかった。ただ、そんな生易しい物ではなく、全員自分の鬱憤をぶつける為、激痛に失神してしまう事もしばしあった。

 永遠亭に属する私が捉えられているのに助けが来ないところから、師匠たちにも手が及んでいると推測していたが、瀕死の私を生き永らえさせるために、永遠亭の薬を持ってきたことで推測は確信に変わった。

 異変で一戦交えた時にわかっていた、彼女たちの力は我々とは一線を画し、どう頭を捻ろうが逆立ちしても戦闘能力では勝てないと。

 だから、師匠たちも私を助ける選択肢を選べなかったのだろう。恐らく、言うことを聞かなければ殺すと脅されていたのだろう。私がそうだったから。

 それでいくら従順に振舞っていたとしても、私の行動が癇に障ったのか。それとも、師匠たちが用済みになったのかはわからないが、殺された師匠の首を見せられ、助けに来てくれるという淡い期待を打ち砕かれた。

 蓬莱の薬を飲み、不老不死になった師匠たちをどうやって殺したのかはわからなかったが、それが分かったとしてもどうしようもない。

 師匠たちを働かせるために必要だったため、働かせる人物がいなくなれば私も用済みとなる。彼女たちと同じように、私も殺される。

 死に対する恐怖は、前は強かった。地上の人間が月に進出して来たが、それが怖くて地上の幻想郷へと逃げて来た。なのに、今では生き地獄のようなこの世界から逃げ出せると思うと、不思議と安堵を覚えた。

 戦いを放棄した私は、無様に命乞いをする気力もなかった。殺されるのを待っていたが、彼女たちは私を殺すことなく、今までと同じく扱い続けた。意を決し、死ぬためにこちらから襲い掛かっても、半殺しにされる程度で殺されることはなかった。

 彼女たちが私を殺さないのは、情が湧いたからではない。壊れにくい玩具を失いたくないからだと察したのは、少し後の事だった。

 いつものように鬱憤を晴らすために拷問に近い暴力を受けていた時だ。首を絞められ、窒息寸前で解放され、また首を絞められる。脳に酸素が回らず、機能が低下している中、私は気が付いてしまった。

 師匠や輝夜様、てゐたちが生きていれば、まだ耐えられた。彼女たちに危害が及ばないようにと、歯を食いしばって耐えられた。

 地上に降りてきてはいるが、私も元月の民だ。年齢的に死ぬことが期待できない事に、深く絶望したのを覚えている。物に触れられない環境に置かれ、自ら命を絶つことすら許されなくなった。悪夢だった。本当に、生き地獄だった。

 自尊心を保っていた糸が切れ、私は本当の意味で彼女たちの玩具へと成り下がった。機嫌を伺い、彼女たちを楽しませ、なるべく傷を負わないように、今日を生きることで精いっぱいになっていた。

 プライドや誇りなど徹底的に弄ばれ、砕けて消えた。永遠亭から連れてこられた兎たちが惨たらしく殺されていく様や、歯向かった者がどうなるのかを、目の前で見せられた。

 私は、心の底から博麗の巫女達に恐怖してしまっており、とてもじゃないが、まともに対峙することすら難しいかもしれなくなっていた。

 

 恐怖を刷り込まれ、博麗の巫女達とは別の意味で地に堕ちた私だが、それでも、見過ごせないことがある。

 向こうの世界から運び出され、懐かしさすら感じる平和な世界にしばらく過ごしていたが、異質な気配もとい波長を感じた。

 波長から私の世界にいた博麗の巫女だと分かり、その周囲で霧雨魔理沙とここの世界の博麗の巫女がいることで、最終決戦が行われているのだと何となく察した。

 この戦いを引き起こした側の人間として、そこに向かう義務がある。戦おうとしたが、博麗の巫女に恐怖してしまっている私は、恐怖を原動力に動くことができなかった。

 たとえ向かうことができたとしても、対峙した途端に刷り込まれた恐怖が膨れ上がり、戦うことができなくなる可能性がある。向かうのはいいが、邪魔にしかならないだろう。

 このまま進んだとしても、霧雨魔理沙たちの邪魔にしかならず、戦えたとしても無駄死にで終わるだけ。そう考えると、走っていた足が止まってしまった。

 ここは退くべきところではないと頭ではわかっているはずだが、それでも深層意識に滞在する博麗の巫女に対する恐怖は非常に根強い。

 戦いに行かなければならないのに、それができないのがもどかしい。戦っている彼女たちを能力で再度観測を試みようとするが、村とは別方向で更に第三者の魔力の波長が発生したのを感じた。

 それが誰かを特定することができなかったが、身の危険を感じたのは言うまでもない。助け出されたことを知り、殺しに来たのではないかと思ったからだ。しかし、それ以上に危機感を覚えた理由は魔力の異質さだ。

 普通の人間、妖怪、妖精、どれにも当てはまらない魔力の波長は、神と似ているがそれにも当てはまらない。初めて感じる波長もそうだが、博麗の巫女達にも劣らない波長の強さに、ぞっと全身の毛が逆立ち、気が気ではなかった。

 少し後ろ髪をひかれる思いがあり、立ち止まろうとすることに躊躇があったが、そんなものはどこかに吹き飛び何の抵抗もなく走り出そうとしていた。

 しかし、向こう側からやって来た人物はこちらに接近してくることはなく、別の方向へと向かっていく。

「っ……」

 身構えていたが、今の精神状態ではまともに戦えないと自覚していた。殺されるかもしれないという緊張から解放され、胸を撫でおろした。

 この数秒だけでじっとりと嫌な汗が背中や額に浮かび、生きた心地がしなくなっていたが、これで村に向かうための精神統一をすることができる。

 そう考え、深呼吸による神経方面と能力の方面から乱れた精神を整えた。緊張で狭まっていた思考が拡大し、ふと現れた第三者が気になった。

 砂塵の中は未だに魔力の結晶による妨害で、中の様子を伺い知ることはできない。とは言え、誰が見てもそこで霧雨魔理沙と博麗の巫女が戦っているのは明白であろう。

 そのはずだが、現れた人物の行き先は、霧雨魔理沙たちが戦っている方向ではなく、全く他の方向に移動している。彼女の力を手にする以上に大事なことなどあるのだろうか。

 嫌な予感がするのを感じ、逃げ出したい逃走欲をどうにか抑え込む。精神統一を一度中断し、彼女の向かう方向を割り出した。

 幻想郷中から感じるあらゆる魔力の波長を除外し、彼女の進行方向のみに絞る。そこには多数の人間の微弱な魔力を感じたが、そこの中で一際強い魔力の反応。

 かなり久しい、師匠やてゐや輝夜様の波長を感じた。数度こちら側の人間と戦いを交えたと聞いていたが、彼女たちがまだ生きている事に熱い物が込み上げそうになった。私が知る師匠たちではないのはわかっているが、生きてくれているだけで嬉しい。

 そんな彼女たちに現在進行形で危機が迫っている。波長だけでわかる、奴がこの戦いの盤面をひっくり返すほどの力を持っている事を。それを知った上で、見殺しにするほど私は堕ちていない。

 これは逃げになってしまうだろうか。元凶である博麗の巫女は霧雨魔理沙に任せ、私は自分の感情を優先するなど。

 間違っていると思う所はあるが、今の私に博麗の巫女と戦えるほどの精神力はない。ならば、この戦いを更に激化させるであろうあいつを止めることで、戦いに貢献する。この命を捧げてでも。

 博麗の巫女に対して沸き上がっていたような恐怖は、不思議と感じなかった。感覚が麻痺していたのではなく、博麗の巫女よりも師匠たちが死ぬ方が怖いと思っていたのだ。

 私の中の後悔でもあったのだろう。数年間燻ぶっていた自分に対する後悔や憤りが燃え上がり、恐怖に蝕まれていた身体を突き動かした。

 何かできるはずだったのに、師匠たちを見殺しにすることなど、もうしたくない。絶対に助ける。

 人は自分よりも他人のためになら立ち上がれると聞いた事があったが、本当にその通りだった。そうでなければ、私は後悔と恐怖に押しつぶされていたことだろう。

 波長のコントロールは人物だけに留まらず、物体や空間にも適用される。こちらにある永遠亭までの間に存在する距離、波長を短くして少ない歩数で長い距離を一気に走り抜ける。

 私に天狗のようなスピードを出すことはできないが、距離を狭めて近しい速度まで加速することは可能だ。とは言え、動き出すのが永遠亭に向かっている人物よりもかなり遅れているため、まだまだ目的地にはつかないというのに、先に到達されてしまう。

「くそっ…生きていてください…!」

 長い平地をできうる限り最速で走り抜けた。息を切らし、汗を流してようやく森の麓にまで到達した。次は長い永遠亭までの山道に差し掛かる。

 村の方面であれだけの砂煙が上がっていた為、かなりの被害があったのだと分かっていたが、それにしても永遠亭に向かう村人の数が多い。

 しかし、永遠亭に向かうのであれば、なだらかに続く坂道を登って行かなければならないのだが、村人たちは下っている。

 ただ下っているだけならば、治療を終えた人間たちなのだろうが、我先にと治療を受けていない人物までもが下っているため、敵がすでに暴れまわり始めている。荒々しい波長から予想できた通り、血の気の多い好戦的な奴だ。

 爆発音も聞こえ始め、永琳達が殺されていないか、不安が膨らむのを感じた。不安を掻き消す様に、行動をすぐさま再開する。悲鳴を上げて下っている人間たちに多少ぶつかりながらも合間を走り抜け、竹林の奥に治療を名目として構える永遠亭を捉えた。

 能力を使用し、私が発する波長をなるべく長くして気配を消した。永遠亭まで数十メートルはあったが、波長を今度は極端に短くして距離を詰めた。見え方によっては手のひらに乗るぐらいのサイズにしか見えなかった永遠亭が、両手を広げても足りない程にまで一気に接近した。壁の染みや亀裂等までもが認識でき、手を伸ばせば壁を触れられるほどだ。

 壊れかかった窓枠に足をかけ中へ体を潜らせると、懐かしい後ろ姿が最初に目に入った。赤と紫を主調とした洋服に白銀の長い髪、兎の耳の生える小さな少女。私とは何のかかわりもない同じ姿の者だが、数年ぶりに見る生きた永琳達の姿に感情の高ぶりを抑えられない。

 感動の再開も束の間、感情にばかり浸っていられなかった。彼女たちの波長は乱れており、通常の精神状態ではなくなっている。それもそのはず、今まさに二人を殺そうと僧侶が向かっているのだから。

 指を拳銃を象る形へと変えた。標準を師匠越しに絞り、音速を超える弾丸を放った。

 

 

 

 ほんのわずか一瞬だ。一枚の紙のような、一本の髪のような、そんな刹那の時間差で悪魔と契約した防御能力が間に合わなかった。

 左肩を直撃したスペルカードが肌に抉り込み、骨や筋肉に食い込こむ。血潮が弾け、医者と兎の頭を捻り潰そうとしていた手が、撃ち抜かれた衝撃で離れていく。

 手だけではない。視界全体、私自身も後ろに大きく仰け反り、数歩押し返されることとなった。

 視界が半分しか見えないが、残った半分も撃ち抜かれた時の弾けた血潮で汚れ、見通しが効かない。それでも駄々洩れの殺意を感じ取れないわけではない。

 続いて放たれた弾丸を気配で察知し、飛びのいた。小さくはあるが高速の物体が通り過ぎる乾いた音、木製の壁やタイルの床を破壊する音がすぐ傍らから聞こえてくる。

 惜しかったな。殺したかったのであれば、スペルカードで頭を打ち抜くべきだった。血で塞がる視界の中で、一際濃い赤色の光が見える。近い距離で二つ並ぶそれは鈴仙の瞳だ。

 狂気を孕むその瞳目掛けて拳を放ち、顔のど真ん中をぶち抜いたつもりだったが、拳に人間が当たる感触はなく、代わりに拳を掴まれる感覚がある。

 人体の構造をよく理解している。関節の境目を掴まれたと思うと瞬間的に手首を捻り上げられ、素早く後方に回った鈴仙に地面へ組み倒された。

 素早い動きに翻弄され、拘束されてしまった。だが、鬼ですら私の腕力には敵わないのに、痩せた貧相な体では私を縛り続けるだけの力は無い。

 逆に、私を拘束しようとするその腕を力任せに引き千切ってあげよう。私に馬乗りになり、後頭部に向けて弾丸状の弾幕を繰り返し放っているが、ただの弾幕で仕留められるような段階は終わっているのだ。

 防御能力が向上している事で、後頭部を軽く小突かれているような感覚がある。悪魔との契約が切れ、防御能力が戻る前に私を拘束している兵士を跳ね飛ばさなければならない。

 これまでの経験から、人間どころか鬼でさえも致命傷を与えるのには十分な力を使って振り払った。ブオンと振るった腕が空気を切る。感触もそうだが、音からも振り払う攻撃は直前で避けられた。奴が見えている世界は私とは異なり、波長の乱れから攻撃のタイミングを予測し、かわされたようだ。

 流石は腐っても元は月の民と言ったところ。空振りに終わった手で体を支えて立ち上がり、鈴仙と対峙する。弾幕でも撃ってやろうかと思ったが、彼女の姿がゆらゆらと周囲に溶け込んでいるように見え、認識がなぜかできなくなっていく。

 波長を操る鈴仙の能力の影響だ。波長の周期を長くし、存在を希薄させたのだろう。鈴仙だけでなく、その後ろにいたはずの永琳やてゐの姿も認識できない。さっさと殺して入れ墨の材料にしてやろうと思ったのに、面倒な。

 汎用性の非常に高い能力であり、それを使われると殺すのは難しい。だが、万能な能力ではない。逃げるつもりであれば私に捕まえることは難しいが、倒す気があるのであれば捕まえることは容易となる。

 波長をいくら長くしたとしても、攻撃の際には必ず気配が荒く短くなり、希薄化の効果が弱まる。もし、鈴仙が虫の境地にまで気配と感情の起伏を殺せるのであれば、話は別であるが、それができるのならすでに私は死んでいる。

 そして、奴らは私から逃げられない。どちらかと言えば、逃げる事ができないと言った方が近いだろう。

 ここで逃げられたとしても、その後私は確実に霧雨魔理沙の元へと向かう。博麗の巫女と共謀することはなくとも、状況を滅茶苦茶にひっくり返すことはできる。こちら側にプラスになっても、彼女たちにプラスにはならない。

 それがわかっているのであれば、逃げたくとも逃げる事は無いだろう。もし、出てこないで時間を稼ぐつもりならば、炎で纏めて屠るだけ。

 契約で炎を出現させようとするが、走り寄る気配が後方で出現した。生贄のエネルギーをそのまま身体強化に使用し、振り返りながら拳を振り抜いた。

 赤眼の兎を捉えた瞬間に、波長を操られる感覚に襲われる。鈴仙との距離感を失い、空振りとなった拳をすり抜けて懐に兵士が潜り込んで来た。

 四肢がかなり痩せており、激しい動きができないと思っていたが、距離感を狂気を操る程度の能力で操っているらしく、緩慢な動作の割に素早い動きで私に手を伸ばす。

 掴み技か。伸ばした腕か服を掴むつもりだろうが、組み敷こうとした瞬間にそのまま腕を千切り取ってやろう。

 上半身と言うよりも、下半身側へ手を伸ばそうとしている。先程の背負い投げと違った形で寝技に持ち込もうとしているのか。食らった後だと立ち上がるのも面倒だ。予定を変え、寝技に持ち込めないと察すると同時に頭を叩き潰してあげよう。

 月式の戦闘術をどのように展開するのか。それを叩き潰そうとまだかまだかと待つが、月の兵士は私の体に触れることなく膝辺りに手を伸ばし、中空を掴む。

 至近距離で手元に何かを魔力で生成するのかと思ったが、その割にはしっかりと握ることができており、違和感があった。

 すぐに彼女を殺さなければならないと第六感が働き、拳を振り上げようとするが、油断していた分だけ初動が遅れた。徐々に認識ができるようになっていくのは、鈴仙の能力とは違う別の要因が働いている気がする。

 私限定で鈴仙によって認識をできなくしているよりも、別の物に変えられていたと言った方が近しい気がしていたのは、永遠亭に来る前にあったことを思い出したからだ。

 元の世界でナズーリン達と対峙した時、ぬえからの攻撃を受けた。その攻撃を受けた場所と言うのが、鈴仙が中空を掴むまさにその周囲だった。掴み方から、円柱状に長い物体であることが想像できた。

 彼女の魔力に反応したのか、それがなんであるのかを答え合わせするかのように鈴仙が掴んだ物体の認識が正しい物へと戻っていく。

 出現した、戦闘する前からずっと突き刺さっていたと考えられる物は、見覚えのある魂魄妖夢が所持しているはずの錆が点在する観楼剣だ。なぜかナズーリンが持っていたが、非常に切れ味の高いそれは、容易に人間の体を両断する。

「なっ…!?」

 永琳に傷を治せと言った時に反応がおかしいと思っていたが、ようやく気が付くことができた。投げ技でこちらに攻撃してくると思っていた為、攻撃力ばかりで防御力を上げていなかった。

 鈴仙の筋力であったとしても、観楼剣であれば人間の体などバターと変わらない。横に刺さっていた刀の向きを真上に向け、鈴仙が刀を振り上げた。右足に刺さっていた刀が太ももや腹部、胸、肩を切り裂く。その過程に存在するあらゆる臓器を切断した。

 切れ味が高すぎるらしく、最初は痛みを感じなかったが、切断された部分から血液が滲みだしてきた辺りで足から肩までの切創に激痛を感じた。それだけでは終わらず、鎖骨を切断された右肩がズルリと体から離れ、殴り殺そうとしていた攻撃ができなくなった。

 心臓から伸びる大動脈から分岐する、太い動脈が切断されたのだろう。大量の血液が傷口から噴き出した。

 左手で右肩を押さえ込み、内臓が零れ、体がバラバラになるのを防いだ。予想以上の負傷と失神しそうなほどの激痛に、焦りを禁じ得ない。

 大量の血液を切断面から垂れ流し、血反吐を吐く私へ鮮血に染まる観楼剣が構えられた。銃や素手による近接戦闘だけでなく、刀による戦闘術の訓練も積んでいるのだろう。切り上げから薙ぎ払いへの行動移行にはあまり無駄が見当たらない。

 痩せた筋力を補う形で体重を乗せての斬撃。胸に彫られた入れ墨の契約をすぐに交わそうとするが、今回ばかりは兎の方が速度が上回った。

 私の喉を気道と頚椎ごと切断した。切れ味が人間の業物を軽く超える為、首を落とすことなど造作もない。刀が薙ぎ払われるスピードが速かったらしく、こびり付いた血液を空中に少しずつ落としながら振り切られると、斬撃の軌跡が宙に描かれた。

 弾力のある血管に逃げ道が作り出されたことで、その圧力も相まって狭い管の中から我先にと血液が体外へと排出されていく。項の首の皮一枚だけでつながっていたらしく、頭が床に落ちることはなかった。

 右足から右肩が切り裂かれているため、右側に体勢が崩れた。がくんと傾いたことで、支えをなくした頭部がそのまま空中に放り出されそうになるが、辛うじてつなぎ止めている頭部はだらりと垂れ下がり、上下反転した視界が映し出された。

 視線の先には、私に止めを刺そうと鈴仙が観楼剣を上段に構えている。彼女は私が発する波長から、諦めていないと分かっているため、普通なら勝負あったと気が抜ける状態だったとしても刀を振りかぶったのだろう。

「正解」

 切断された部分から血液が入り込み、気道を塞いでいたのだろう。呟くと、耳に聞こえるのはくぐもった、ゴボゴボと水気を含む唸り声だけだ。

 彼女はいつも惜しい。刀を振り抜く位置をもっと高くし、顎や口の辺りに当たる様にしていれば、それで勝負はついていた。ずっと口を閉じて隠していた舌に刻んでいる契約に魂のエネルギーを注いだ。

「リジェネレーション」

 契約が成立し、大量のエネルギーが消費されると同時に、足から肩にかけての傷が目にも止まらぬスピードで再生を始めた。

 首の再生も始まるが、時間を稼がなければせっかくの契約が体ごと切り裂かれてしまう。魔力で身体を無理やり動かし、隙を晒す彼女の首へと手を伸ばした。

「がっ…!?」

 首を失っていると言っても過言ではないというのに、デュラハンのように動き出す姿は月の民からしても異常だろう。苦しそうな声と泡を漏らし、鈴仙は目を丸くしている。

 傾いた視界がゆっくりと持ち上がって正常な位置に戻っていくのは、再生が滞りなく進んでいく証拠だ。もし、これが首を切断していたのであれば、体の生成のため骨格を形成するところから始めなければならなかったが、首の皮一枚つながっていたことでくっつける作業だけで済む。

「じゃあ、今度はあなたの頭を落としてあげましょう」

 血まみれの左手で鈴仙の首を掴み、力を込めて気道と血管をぎっちりと塞いだ。顔の色が真っ赤に変色し、逃れようと抵抗を示すが指を引きはがせないようだ。

 右足から右肩まで切断に近い形で斬られていた肉体は、既に再生を終えている。首も頚椎ごと切断されたようには見えない程に綺麗に再生していき、しゃべる声に穴の開いている気道から息の漏れる呼吸音が混じっていたが、次第に消えた。

 彼女たちの決死の覚悟で負わせたであろう怪我は、十数秒から数十秒の短い時間で完全に無に帰す。怪我があったであろう血痕だけが残されているが、それはすでに過去のもので、意味のない功績である。

 首を絞めつける私の腕に、鈴仙が手に持ったままだった観楼剣を叩きつけるが、皮膚に刀を押し付けた痕が残るが、小さな切り傷すらつけることはない。

 身体強化の賜物だが、先の斬撃で身体を切り裂いて見せた切れ味はどこに行ったのか。生身の体を切ったとは思えない金属音を発すると、オレンジ色の小さな火花を散らして観楼剣が刃こぼれした。

 必死に刀で私の腕を切断しようとしているが、その分だけ観楼剣には刃こぼれの痕が刻まれていく。あれだけ赤かった鈴仙の顔色が、赤を通り越したと思うと今度は真っ青になっていく。彼女の死も近そうだ。

 この兎が死ねば、波長を操られて場所を認識できない永琳達も見つけることができる。ゆっくりと窒息していくのを待っている時間もなく、首を捩じ切っても頑丈な月の民であるためしばらくは意識が残り、能力も使える可能性がある。

 頭を脊髄ごと引き抜いて潰そうと手を伸ばすが、なぜか鈴仙に届かない。いや、到達できないように距離を操作された。

 悪足掻きだ。仕方がない、このまま縊り殺そう力を込めて首を千切ろうとするが、力を込めているはずなのに握り潰せないのは、潰すまでの距離を操られている。

「小賢しい…!」

 なら、これから新たな契約を作り出し、今使われている能力を無効化してやろう。契約自体には時間はかからないが、高頻度で命の代価を要求してくるため、その度に契約の回路を作らなければならないのは非常に面倒であるため、ここで確実に殺す。

 新たに契約を結ぼうとした時だ。近くの床に亀裂が生じたと思うと、陶器質のタイルを破壊しながらボロボロの勇義が飛び出した。頑丈な鬼であるためあれで死んだとは思っていなかったが、思っていたよりもぴんぴんしている。

 強力な技を使ったつもりだが、鈴仙が観楼剣を引き抜いた方の足で踏ん張って攻撃したため、威力が半減してしまったのだろう。

 吐血をしたらしく、口の端に血液の流れた痕がある勇義が私と鈴仙の間へと割って入り、首を掴んでいた腕を引きはがされた。

 鈴仙が指と首までの距離を稼いでいた事と、指と皮膚の間に入り込んだ粘性の高い血液と唾液が潤滑油の役割を果たしたのだ。それでも、皮膚や肉の一部を爪が削いだらしく、青白い顔で咳き込む鈴仙の首元が真っ赤に汚れていく。

 どちらかと言えば、鬼よりもあらゆることに汎用的な能力を持っている鈴仙の方が厄介に感じる為、腕を掴んでいる勇義を無視して兎を殴り殺そうとするが、私からは不可視となっている永琳が放ったであろう矢が目元を捉え、押し返された。

「ぐっ!?」

 防御能力を上げていたことで、弾かれた矢は折れて床に落ちていくが、意識外からの攻撃に鈴仙へ伸ばそうとしていた手が止まる。兎は血の滴る喉元に手を当てて咳き込んでいるが、視線をこちらに向けていないため能力が今が殺すチャンスだというのに、奴らに押さえ込まれた。

 あらゆる罵倒が口元から溢れかえり、怒りの矛先を鬼へと向けるが、魔力で淡青色に輝くカードをを握り潰した拳に、顔面を打ち抜かれた。矢で押さえ込まれていたというのもあるが、衝撃も相まってさらに私は後退する。

「く…そっ…!」

 何度やっても無駄だという事をなぜこいつは理解しない。泥沼のような足掻きに嫌気がさし、今度こそ頭を捥いでやろうと心に決めた。どうせこいつらの攻撃は私には通らない、また正面から叩き潰してやる。

 勇義のスペルカードに正面から迎え撃とうとした。目の前に位置する勇義の強力な殺気にマスクされて感じ取れていなかったが、これまでに分散していたと思われる殺気が後方に集約し、一つの気配として形成された。

 肩越しに振り返った先には、全身を包帯でぐるぐる巻きにされている人物が空中から現れていたが、包帯によって誰だかが判別することができなかった。だが、特徴的な両側の側頭部から生えた太い角、オレンジ色に近い長髪、手首には古くて頑丈そうな手枷がはめられていたことで、その幼女が鬼であることがわかった。

 勇義のような体格の持ち主ではないが、列記とした鬼であり、潜在能力は勇義に引けを取らない。その彼女が、勇義と同時にスペルカードを叩き割っている。

「「四天王奥義」」

 どのようなスペルカードだったかは覚えていないが、どちらも災害級の威力を誇る技だったはずだ。同時に前後からスペルカードを叩き込むことで威力を相殺させず、防御能力を上回る攻撃でダメージを与える腹か。

 私の防御能力は弾丸や爆発にも耐える。それを貫通させられる物なら、させてみろ。

『三歩壊廃』

『三歩必殺』

 スペルカードを放ったタイミングは完璧で、陣取った距離感も文句のつけようがない。しかし、咆哮して牽制する彼女達は、私からすれば滑稽でしかない。

 本当の破壊と言う物を教えてやろう。

 




次の投稿は、10/29の予定です!


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東方繋華傷 第百九十一話 韜晦する華と蕩尽する命の鼓動

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
と言う方のみ第百九十一話をお楽しみください!


 巨大化した萃香の拳、強化された勇義の拳、万物を破壊する二つの拳が振るわれる。破壊の象徴とも言える鬼によるスペルカードが、寸分違わず同時に異次元聖を捉えた。

 当たった瞬間に打撃のインパクトが発生し、空気中を伝って衝撃がこちらにまで届く。近くで爆発でも起こったような威力に後ろに後ずさりそうになる。

 頑丈な鬼や生命力の高い吸血鬼でさえも、彼女たちの一撃には耐えられない。耐えることができたとしても、最低でも数十メートルは吹き飛ぶことになるだろう。

 二人がそれぞれにその威力を誇るスペルカードを放ったが、吹き飛んで威力を逃がされぬように、前後から挟み込む形で異次元聖が攻撃を受けた。

 いくら優れた防御能力を有していたとしても、あの二人のスペルカードを受ければ無傷では終わらない。例え、体が弾けて死ぬことはなくとも、身体の一部がぺしゃんこに潰れる可能性は十分にある。

 二人の打撃を受けた異次元聖は、体をすり身にすることなく耐えきった。だが、体の原型を留めることはできても、ダメージは残る。激痛の走る胸を押さえ、喀血か吐血をするだろうと思っていたが、彼女は顔色一つ変えない。

 それどころか、攻撃を放った後の二人に嘲るように嗤って見せた。痩せ我慢や強がりでの笑みは含まれないのは、波長の見える私でなくともわかったことだろう。

 スペルカード使用後特有の硬直に襲われた二人へ、今度は異次元聖が攻撃をけしかけた。重たい鈍重な攻撃を受けた直後とは思えない俊敏さで、正面に陣取った勇義には蹴りを、後方の萃香には振り向きざまに拳を振り抜いた。

 どちらも致命傷に匹敵するであろう威力の拳を身に受け、鬼たちはそれぞれ吹き飛ばされた。勇義は床を転がって倒れ込み、萃香は壁を半壊させそのまま瓦礫に体を預けて座り込んだ。

「私が結んでる契約の切れ目は受けた攻撃の回数やダメージによる総数じゃない。時間で決まるから、その間であればいくら私に攻撃しても、ダメージを与える事なんてできませんよ?」

 彼女が纏う波長の変化から、切れ目を狙うこともできるかもしれないが、攻撃が来ると分かった時点で契約を結ばれてしまうため、かなり難しい。

 胸元の入れ墨が契約の要となっているが、次の契約までの時間が短いのも難しさの一つと言える。それ以上に狙えない理由は、入れ墨が強固に守られているためだ。

 締め付けられた首元から血液が流れていくのを感じる。傷口を押さえながら後方に下がり、自分の波長を長くして身を隠す。長く隠れ続ければ、奴が広範囲の攻撃を仕掛けてくる可能性もあり、体勢を立て直すまでの時間はあまりとれないだろう。

 塞がれていた気道を空気がこじ開け、新鮮な空気が肺の中を満たしていく。肩で息をする私に、駆け寄って来た師匠が回復薬の蓋を開けて口の中に流し込んで来た。

「んぐっ!」

 決しておいしいとは言えない透明な液体を、抵抗することなく飲み込んだ。締め付けられたことで気道の一部を損傷していたのだろう、身体の修復による熱を感じる。

「すみません…」

「大丈夫…それよりも、さっきはありがとう」

 かわした言葉はそれだけだったのだが、彼女の口調が私のイメージする物と違う。もっと凛としていたような気がするが過去の思い出によるもので、美化されているというのは否めなかったが、それでも違和感を何となく感じた。

 私に薬を飲ませてくれた師匠の顔を見ると、向ける瞳の様子がおかしい。私が異次元の者と言うことで、警戒しているのかと思ったがそれも違う。若干だが、私が彼女に向けているのと同じ匂いがした。

 ああ、そうか。永遠亭をまとめている師匠たち、包帯を巻かれた萃香などの患者が戦っているというのに、元とは言え兵士が出てきていないというのは、彼女が参加できない状況なのだろう。

 そうか、死んでいたのか。

 私は師匠を失い、師匠は私を失っている。同じ姿をしていても、お互いに思っている人物は異なる。わかっていても、それでも、切り離して考えることができなかったのだ。

 私たちに感傷に浸る時間を与えてくれない、空気の読めない僧侶から魔力の流れは感じなかったが、波長が攻撃的な流れに変わっていく。

 探し出せないと思った異次元聖が広範囲を薙ぎ払うつもりなのだろうが、私が逃げた方向を攻撃するのだろう。空中の何もない所にまで、腕に集中していた波長の乱れが延長していく。

「悪魔の剛爪」

 その名の通り異次元聖の指から延長された謎の波長は爪を表しており、こちらに向けて薙ぎ払われた。てゐはちょうど反対側におり、二人の鬼も範囲外で倒れている。

 あてずっぽうにしてはピンポイントでこちらに攻撃してきている。波長の操作で見えないようにしているつもりだったが、奴には見えている可能性が浮上した。

 防御能力を向上させる胸の入れ墨の効果がどれだけあるのかわからないが、これからは見つかっていることが前提で動かなければならない。同じ戦法は通じないと考え、一度のチャンスを逃さないために慎重に使用していかなければならない。

「くっ!」

 師匠が持っていた瓶を捨て、爪から逃れるために走り出そうとするが、攻撃の速度を考えるとそのまま数枚に卸される。持っていた観楼剣を捨て、逃げようとする彼女の肩と腕を掴んだ。

「すみません!」

 逃げようとする行動と相反する行動をしたため、師匠が驚いた表情を浮かべる。異次元聖の攻撃は地面と水平方向に薙ぎ払うため、攻撃対象ではない空中へ投げ上げた。

 力任せに投げたことで、天井にぶつかってしまうかもしれないが、切り裂かれるよりはましだろう。師匠に同意なくやったことに申し訳はなくなるが、それよりも次の対応だ。

 師匠を担ぎ上げたまま飛び越えればよかったかもしれないが、自分の体重も持ち上げるのは今の私には難しい。投げ終わると同時に迫っている見えない爪からの回避行動をとる。

 不可視の爪だが、波長の境界からおおよその幅がわかる。爪と爪の間に体を滑り込ませる形で飛び込んだ。

 角度を僅かにでもずれてしまえば体を両断されてしまうが、三十センチも幅があれば私は余裕で通り抜けられる。

 痛みは体のどこからも感じないが、肩らへんの服を爪が引き裂いた感覚がする。通り抜けた私は転がって着地しながら無傷を確認し、取り出したスペルカードを起動した。

 もし、ここまで見えていなかったとしても、ここからは攻撃的で波長の短くなる私の姿は奴に見えている事だろう。

「幻爆『近眼花火(マインドスターマイン)』」

 右手に魔力が集中していく。プログラム通りの行動で、人差し指を異次元聖へと向けた。魔力の淡青色とは反対の色、真っ赤な弾丸様の弾幕が射撃される。

 一発ではない。同時に射出された複数の弾幕が、音速に近しい速度で僧侶へと到達する。赤黒い光を放ち、拳ほどもある弾幕はすべて同時に爆発を起こした。

 人一人程度なら飲み込んで爆散させる威力を誇るが、勇義や萃香のスペルカードの威力を無視した防御能力を見ているため、食らっていないことが前提でこちらも動く。

 硬直から逃れると同時に、床に落としていた観楼剣を拾い上げた。弾幕や肉弾戦に私は自信があまりない。組み敷いたりできていたのは奇襲に近く、異次元聖が慣れていなかったためだ。

 四天王の二人はいるが、現在は戦える状況ではない。接近戦で戦えるのは今は私だけとなり、奴も私が居ることを念頭に置いているだろう。そんな状況で殴り合いや掴み技に持ち込もうものなら、一瞬で壁の染みになるのが目に見える。

 弾幕やスペルカードを駆使して隙を伺い、観楼剣で一気に叩く。問題があるとすれば、鬼神の如く戦う異次元聖に隙を見せることができるのかだ。私の能力でできることも限りがあるため、そう長くは続かないだろう。

 黒色の爆炎を突破し、異次元聖がスペルカードの中から出現した。服などに焼けた跡が多少見受けられるが、彼女自身にダメージは皆無だ。

 かなりの至近距離でスペルカードを撃ったため、数メートルなど一瞬で走り抜けられる。爆炎を通過した異次元聖が拳を振りかぶると、正拳突きを放たれた。攻撃をしてくることは予想していたため、上体を逸らして避けた。

 当たれば即死するであろう拳が顎先を掠める。緊張で嫌な汗が頬を伝う。私には死の恐怖を乗り越えられるだけの精神力はなく、重圧に押し潰されそうだ。

 逃げ出したいと訴えている本能を押さえ込んだのは、意外にも数年間ずっと心の内で燻ぶっていた後悔だった。

 何かできたんじゃないか、どうして行動しなかったのか。慢性的に続く苦しみを味あうのも、味合わせるのもごめんだった。

 それにここで逃げたら、それこそ助けられずに先に逝かせてしまった師匠たちにも顔向けできない。後悔からどうにか自分を振るい立たせたが、死は怖い。

 何年も、何十年も、人間とは比べ物にならない途方もない時間も生きていたとしても、いつになっても死は怖い。もし、師匠たちがいない状況、自分一人だけだったのであれば、異次元聖と対面することすらできなかっただろう。

 反らした上体を更に仰け反らせて地面に向けて落としていく、後頭部を床に打ち付けぬように両手で上半身を支え、下半身を腹筋で持ち上げる形で攻撃をしてきていた僧侶の顔面を蹴り上げた。丁度、宙返りをする形となり、着地と同時に飛びのいて異次元聖から距離を取る。

 鈍い音がするが、蹴り上げたつま先が痺れる。その感触からダメージは期待できなかったが、それにしても異次元聖の復帰が速い。

 攻撃した直後に飛びのいたというのに身体能力の差があるため、ほぼほぼ離れることができずにぴったりと就いてこられた。むしろ、追い抜く方が容易いはずだが、奴に遊ばれているのだろうか。

 私がさらに行動を起こす間に、腹部に向けて拳を放たれた。波長を操り、距離を延長することで、当たる寸前で避けた。

 この避け方もいつまで続くだろうか。今回の攻撃は何とか直撃を免れたが、拳が服を掠っていたらしく、一部布が裂けてしまっている。肌がヒリヒリと痛み、自分の速さに対する距離の操作を誤ってしまった。

 手の届く範囲は異次元聖の領域であるため、更に後方へ逃げようとした時、空気を切る甲高い音がした。

 僧侶の側頭部へ目掛けて高速で矢が射出され、見事に矢じりが皮膚にめり込んだ。私の蹴りが全く効果が無かった時と同じく、ダメージが期待できない金属音を響かせて弾かれた。

 師匠が矢を射った事で、長くして認識できないようにしていた波長が狭まり、異次元聖が彼女をその凶悪な瞳で捉えた。

 異次元聖の波長が変化し、契約とやらが効力を失ったことがわかる。次の契約切れまで戦況を維持できるかわからないため、叩くなら今だ。

 師匠のお陰で私は距離を置くことに成功し、そのまま攻撃に移りたいが、標的が師匠へと変わってしまった。痩せた私よりも体重があって有利だったとしても、近接戦闘ができるようには見えない。何百年も訓練した私の方がまだ戦えるはずだ。

 距離を操り、異次元聖に回り込んで奴の前に躍り出た。距離を操って加速させたとしても、異次元聖が誇る身体能力から奴を止められるかは際どかったはずだが、余裕で回り込めた。

 固有の能力により、私の方がスピードが出たのかと思ったのも束の間。異次元聖が浮かべる笑みに、追いつくことができたのではなく追いつくように誘い出されたのだと表情を見るまで気が付けなかった。

「っ…!!」

 しかし、気が付けたとしても退く選択はない。後ろには師匠がいるため、奴にとっては私が逃げても逃げなくともどちらかには攻撃することができてしまう。

 スペルカードを使うにも、攻撃体勢へ移っている異次元聖相手に、行動の制限がかかる技はリスクが高い。だが、スペルカードでなければ奴を退けられない。

 私の魔力の変化から、スペルカードが来ると異次元聖も察したのだろう。奴から感じる波長に変化が生じてしまった。次の契約までこれから長くも短くもある時間、奴の攻撃を掻い潜らなければならない。

 起動したスペルカードを大量に射出した弾幕で撃ち抜いた。カードを貫通した弾丸に被弾するが、防御力の高い奴の勢いをほんの少し削ぐ程度で足止めにはならない。

 こちらがどんなことをしても鬼のように突っ込んで来る異次元聖へ、抽出したスペルカード撃ち放った。

「赤眼『ルナティックブラスト』」

 大量の魔力が目元に集中し、拳を振りかぶる異次元聖へレーザーが放たれた。視界全体が真っ赤な光に覆われ、私が出せる最大のレーザーが僧侶を包み込んだ。

 鬼のスペルカードをものともしない防御能力が在るため、最初からダメージには期待などしていない。私をおびき出す為だったとしても、その後に狙われるのは師匠であるため、彼女が逃げるまでの時間を稼ぐ。

 足を止めさせることができたのなら十分だ。一歩でも後退させることができたら十分以上。奴になるべく食らわせられるよう、ギリギリまで引き寄せてから放ったのが吉と出るか凶と出るか。

 永遠亭はこれまでの戦闘で倒壊するかもしれないが、手加減して命を取られては元も子もない。頭の中からはじき出し、最大の威力で放ったつもりだったが、レーザーの中央にいる異次元聖の赤い影が消えない。

 それどころか人型の小さな影は、ゆっくりと巨大化していく。影の形が人型を成し、放っていた弾幕を引き裂いた。

 スペルカードを打ち消されたことで、私は自然と技を終えた時以上の硬直へと見舞われる。一秒か、二秒か、それだけあれば彼女にとって私を殺すことは難しい事ではない。

 彼女が大きくこちらへと踏み出すが、スペルカードを発動する直前にこちらまでの距離の操作、見えている景色の距離感を操作をした。奴の攻撃を食らわないようにする最大限の努力をしたが、奴は距離感を見誤らずに拳を放った。

 鋼鉄をも穿つ拳が、ゆっくりと右わき腹を貫いた。距離を操っていたことで到達までの時間がかかり、やたらとゆっくりに感じたが、威力は全く変わらない。骨を砕き、内臓をひき潰す。

「あっ……がああああああああああああああああああっ!!?」

 拷問で死なない程度の激痛を、苦痛を味合わせられることはあったが、異次元聖の明確な殺意による致命傷は初めてだった。あまりの激痛に絶叫を絞り出していた。

 激痛で感覚が麻痺し、処理能力が極端に低下して思考が酩酊する。動けるようにはなっていたが、貫かれた身体を引き離すこともできない。

 それでも訝しげな表情をしているのは、私を殺し切れなかった事に驚いているのだろうか。鬼にあれだけのダメージを負わせられるパンチだが、やせ細って弱っている私には強すぎた。拳のエネルギーを肉体に移し切れず、全身を砕くには至らなかったのだろう。

「ごぼっ…!」

 血液が込み上げ、たまらず吐血した。ここから反撃などできるわけもなく、私から血まみれの腕を引き抜き、顔面を打ち抜こうと逆側の拳を掲げた。抉られた脇腹を押さえ、膝から崩れ落ちる。動脈の一部を損傷しているのか、足元に大量の血液が溜まっており、膝をつくと血が跳ねた。

 致命の一撃に、私は体を動かすことができず、頭部を潰される未来が予想された。睨む視界の先、頭を潰そうとする異次元聖越しに、大小さまざまな大きさの岩石が空中で寄せ集められ、一つの岩石が形成されるのが見えた。

 前からの怪我と、異次元聖に負わせられた傷がかなり深そうに見えていたが、口の端に残る血の跡から間違いではないのだろう。苦しそうな彼女は力を振り絞り、攻撃を繰り出した。

 空中へ跳躍した彼女の手元に岩石が形成されると、魔力で強化されてこちらへと投擲される。

 私ごと吹き飛ばす位置関係だが、異次元聖の様子からこれでは勝負がつかないと彼女も悟っている。波長を操ることのできる私の狂気を操る程度の能力が戦況を左右するため、全力で気を引こうとしている。

「萃符『戸隠山投げ』」

 異次元聖の変化した波長は未だに変わらない。豪速で投げられた岩石が身体に当たると同時に砕け、周囲に飛散する。やはり防御能力は顕在したままで僧侶の体勢を多少変える程度にしか効果が無い。

 萃香の攻撃を無視し、私の頭をぶち抜こうとする異次元聖の腕へ、金属音を響かせながら鎖が巻き付いた。

 年期が入って古びている鎖は、着地した萃香の方向から伸びている。スペルカードによる硬直を空中で終わらせ、新たなスペルカードを鋭い牙で噛み砕いた。

 蛇が蜷局を巻くようにして鎖が拘束するが、異次元聖が金属を引き千切れないわけがない。精一杯時間を稼ごうとしてくれているのだろうが、腹部を貫かれている私は歩く力も振り絞れない。

 彼女たちの攻防を見上げていると、鎖を通して異次元聖の持つエネルギーを、魔力の波長が萃香に向けて移動するそぶりを見せた。力を吸収して、戦闘の継続を図るつもりだ。

「酔神『鬼縛りの術』」

 大量の魔力や力のエネルギーを吸い出すそのスペルカードは、一時的とはいえ力を吸い出した分だけ身体能力を底上げする。萃香の攻撃能力は非常に高まり、敵は一時的に弱体化する。彼女たちも、残りの力を注ぐ短期決戦に持ち込もうとしている。

 この異変が起こるずっと前に、鬼と戦う事も少なからずあった。人間なら力を吸い出されて即死してもおかしくはないが、魔力を使えていたとしてもかなりの力を吸い出され、満足に動くことすらできなくなった覚えがあった。

 それだけの力を吸い取るスペルカードだが、異次元聖はいくら力を吸収されても顔色一つ変えることなく腕を薙ぎ払った。萃香から僧侶まで、重力で撓んだ鎖でつながれていたが、しなっていたのが嘘のようにピンと鎖が張ると、スペルカード中で動けない鬼の右手が千切れ飛んだ。

 手首に付けられていた手枷から先が切断された。手が壁にへばり付き、床へと落ちていく。ゆっくりと地面に手が落ちていくが、それだけの時間があれば硬直から向けだすことができそうだが、切断された手首の傷から漏れ出す血液を、青ざめた顔で見下ろす萃香は動くことができない。

 手枷がつながる鎖を振り回し、動きを完全に停止させている萃香を捉えた。頭部を鎖で強打され、年端も行かぬ少女に見える鬼が後方へ吹き飛ばされた。

 古びた手枷が当たった瞬間に砕けたことで、形状を維持したままよりは多少威力は半減しただろう。それでも、壁をぶち抜いて横たわる彼女は、しばらく動くことはできないだろう。

 萃香が時間を稼いでくれている内に、別方向から勇義が私を異次元聖の元から引き剥がしてくれるが、自分の波長を長くできておらず、私の動きを察知した僧侶が振り回していた鎖をこちらへ薙ぎ払った。

 勇義と鎖までの距離を操るが、片腕を失い、他にも負傷している彼女の足取りが重い。できうる限りの時間を稼いでも、避けるに至らなかった。

 できるだけ逃げよう、避けようとする素振りはあったが、鎖が彼女の肩を捉えた。普段なら鎖を逆に砕くだろうが、私を抱え上げる腕に直撃すると、金属が砕ける音ではなく、骨の砕ける乾いた音が響く。肩口から砕かれた骨が飛び出し、解放骨折してしまう。

「ぐっ…!!」

 明らかに苦痛を浮かべると、走っていた勇義の重心が傾き、地面に倒れてしまった。抱えられていた私も勿論投げだされ、床を転がり落ちた。受け身など取れるわけもなく、どちらも派手に床に倒れ込む。

「うっ……くっ…!」

 うつ伏せに倒れ込んだ体を起こそうと床に手をつくが、上半身すらも持ち上がらない。貫かれた腹部の傷が深く、だらだらと床に血が広がっていく。

 放っておいてももうすぐ死ぬであろう私だが、邪魔になると分かっている異次元聖はできるだけ早く仕留めたいのだろう。

 肩を押さえて倒れている勇義を超え、私の元へと歩み寄ろうとしている。異次元聖が纏う波長が若干変わり、悪魔との契約とやらが切れたのだろう。その切れ目を狙って弾幕を放ちたいが、体が言うことを聞かず、叶わない。

 空気を切る甲高い音が聞こえ、金属の矢じりを携えた矢が異次元聖の頭部を貫こうとするが、直前で僧侶の手刀に叩き折られた。

 いくら奇襲を仕掛けようとしても、その前に気配で気取られてしまう。せっかく後方から放ったが、私たちよりも感覚の優れる異次元聖にはあっさりと勘づかれた。

「くっ…!」

 チャンスを活かせなかった師匠は歯噛みし、弓返りした弓を戻して矢を番えようとしているが、一射目で当たらなかった攻撃が二回目で当たるわけもない。引き絞った矢を異次元聖へ向けているが、そちらを見ているのであれば、どう間違ったとしても当たることは無いだろう。

「邪魔ばかり、面倒ですね…」

「邪魔するに決まってるでしょう…二回も部下を失ってたまるもんですか」

 そう呟く師匠は油断なく構えているが、向けられた殺意に弓を握る手が小刻みに震えている。彼女の攻撃は次の一射が最後になる事は確実であるため、冷汗も浮かんできている。

「そうですか、なら全員まとめてやるとしましょうか。それなら失うと感じることもないでしょう?」

 そう呟く異次元聖の纏う波長が大きく変化し、強力な攻撃が来るという予兆を感じる。爪の様なもので引き裂かれた時と今の波長が似ており、防御能力や攻撃力を上げるなどの、自分一人で完結するタイプの契約ではないのだろう。

「身を捧げ、命を注げ、逆転せし狂気の聖杯を満たせ。穿て、神殺しの槍」

 

 

 

 全てを穿つ、禍々しい悪魔の槍。人間に向かって扱うとしたら大きすぎ、切先だけでも長さは一メートルを超え、太さは二十センチはある。普通の槍と変わらない形態をしているが、見慣れたものではない。材質は金属の無機質な物とはかけ離れており、何かもわからない生物的な肉質で形成されている。

 表面は人間に似た質感の皮で覆われているが、所々皮が剥げており、その下には繊維が束ねられた筋肉のような物で埋め尽くされている。皮と筋肉に似た物体の間を、赤黒い血管に似た器官が走っており、時折脈動している。

 物と言うよりも、者に近い得物は、木のように突如地面の底から現れると、地表を砕いてその姿を晒し出した。流れる時間の速度が異なるメイドであれば、避けられたかもしれないが、疲弊しきっている鬼たちや医者たちには難しかった。

 十三本の槍がここにいる人物を時間差なく同時に串刺しにした。反応できた者は一人いたが、体が付いて行かなかったようで、他の者たちと同じ運命を辿った。

 仰向けに倒れていた勇義が背中と首を貫かれ、立とうとしていた萃香が頭と胸、足などを貫かれた。直立して弓を構えていた永琳は陰部から抉り込んだ槍が頭部まで貫通している。

 狂気を操る程度の能力が弱まっていたことで、認識自体はできていたてゐも胸を槍で貫いていた。

 辛うじて死んでいなかった勇義やてゐは致命傷を受けたことで、ゆっくりと意識を混濁させ、徐々に死んでいった。時間にして十数秒しかかからず、呻き声や絶叫はすぐに途切れ、ぐったりと重力に身を任せる。

 彼女たちから流れ出た血液が槍を伝い落ちる。人の皮に似た表面を流れ出た血液が彩り、禍々しさと異形さを加速させた。地面に血の池が形成されていくが、槍に吸収されているのか血だまりがゆっくりと小さくなっていく。

 槍の脈拍も血を吸収するごとに強くなっていく。蔓や根のような赤い管が槍から延び、槍に串刺しになっている人物たちをゆっくりと包み込んでいく。

 普通の植物よりも、生物的な動きのする赤い管は鬼たちや医者たちの皮膚を抉り、体内へと侵入していく。養分を吸い上げ、動物的な見た目とは裏腹に、乖離した存在である植物が作り出されていく。蕾が形成され、大量の華が咲き誇る。

 咲いていく貪婪な華は、花弁の色は95%が紫を主体とした鮮やかな色だ。全ての色が紫色になるはずだが、吸い上げた養分によるのか、魔力の影響か。それとも突然変異を急速に行っているのか、ちらほらと青や赤、黒などと言った花も見られた。

 花自体も私たちが想像するような、数枚の花弁でできている形状とは異なる。数十枚になる棘のような花弁が集まっており、茎の赤とコントラストが威圧的で見たものを畏怖させることだろう。

 死体を植物が包み込み、華で覆い隠していくため、槍に突き刺さる死体自体が華のようにも見えた。魔界ではよく見た光景に、懐かしさが込み上げる。

「どうですか、美しい光景だと思いません?」

 華になっていく彼女たちを見上げながら、地面に横たわる唯一地面から来ると反応を見せた兎へと問いかけた。返り血まみれであるが辛うじて息はあり、呻き声をあげる。

「っ……くっ……ぅ…」

 槍を調整して、ワザと鈴仙を残したわけではない。他の人物たちと同じように狙ったつもりだったが、生き残ってしまったのだ。

 腹部を槍が貫いたが、私が腹部の一部を抉っていたことで胴体の幅が狭まり、切断となって串刺しにはならなかった。上半身に当たらなかったのは彼女の運が良かっただけだが、下半身は他の死体と同じく華に包まれている。

「そ…そん…な………!」

 上半身しか残っていない彼女は、返り血でまみれている顔を上げ、血で赤く染まる目で絶命する鬼や医者、兎を見上げた。この目が眩むような光景に泣き出しそうな声を上げる。

「すぐにあなたも同じく華にしてあげましょう」

「く…そっ……!なんで……なん…で……死なないんですか…!」

 彼女たちにとって、私を一番追い詰めることができたのは首を切断しかけた時だ。それで死ななかった理由がわからず、逆に皆を失ったことで、吐き捨てるように鈴仙が呟いた。

「ああ、それはこれですよ」

 彼女に見せびらかす様に、舌を突き出した。彼女には舌に入れ墨で、再生の意味を持つ契約が刻まれているのが見えることだろう。

「あなたがもう少し上を切っていれば、皆が死ぬことはなかったんですよねー」

 笑いながら私が彼女に言い放つと歯を食いしばり、悔しそうに瞳に涙を溜めた。今更分かったとしても、下半身を失っている鈴仙に何ができるだろうか。涙を流す彼女ももうすぐ死ぬだろうが、私が命を終わらせてあげよう。

 押し殺した声で泣き、項垂れる頭部を上から靴で踏みつけ、悲鳴を上げさせる間もなく、頭蓋とそれに保護されていた神経器官と脳漿を床にぶちまけさせた。

 静寂が周囲にを支配した。完全に成長しきった死体の花が花粉を飛ばし、種を残そうと種をバラまいて華の異様な領域を広げようとしている。

 ここも時機に花に埋もれていくことだろう。その前に、下半身と頭部を欠損する鈴仙を使って入れ墨を彫ることにしよう。

 




ちなみに、アザミの花が咲いている設定です。


私情で申し訳ございませんが、やんごとなき理由(転職)で遅れます。
次の投稿は11/26の予定です。


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東方繋華傷 第百九十二話 幻影の弾頭

自由気ままに好き勝手にやっております!
それでもええで!

と言う方のみ第百九十二話をお楽しみください!


「起動」

 

 破壊された壁や天井に火が広がり、灰色の煙が上がっている。高い位置にある華から花粉が雪のように舞い落ちてきてきた。

 舞い落ちる花粉からはその内新たな花が咲いていくだろう。吐息で花粉を吹き流しながら永琳達を串刺しにしている槍の間を通り抜け、永遠亭の外に向かう。

 指先にこびり付く血と墨を服で拭い落そうとするが、細かい粒子である墨は指紋の間に潜り込んでいるため、中々落ちない。

 歩く足を止めることなく、入れ墨を入れたばかりの腕を見下ろした。傷をつけられる前と同じように模様と模様をつなげたため、使用は問題ないだろう。

 ようやく本題に入れる。だいぶここで時間を食ってしまったが、村の方面ではまだ戦いが続いている事だろう。少し前まで舞い上がった砂煙と魔力の粒子が邪魔で見えなかったが、砂塵も魔力の粒子もなくなったことで、魔力の流れから戦っているのを感じる。

 長年いた世界に近い空気が懐かしく、ここを離れる前に今一度その空気を肺に取り込んだ。ゆっくり息を吐き、鼻から大きく息を吸い込んだ。火から来る煙煙の不純物も交じっているが、世界の空気に触れられる貴重な機会だからこの際目を瞑る。

 魔界に近しい匂いを感じたいと思っていたが、吸い込んだ空気からはなぜか何も感じなかった。

 深呼吸をする前には普通に呼吸していた為、匂いを感じずらくなっているのかと思ったがそうでもない。

 物が焼ける刺激臭や、私が踏み潰した鈴仙から垂れ流される血液の匂いがまるで感じられない。指を鼻に近づけて匂いを嗅いでみるが、血の匂いも入れ墨に使った墨の匂いも漂ってこない。

 服の匂いも、外から舞い込んでくる土や植物の匂いも何も感じられない。ここまできて、ようやく異常事態である事を脳が理解した。入れ墨を入れている段階で痛みや物を触った感触はあるというのに、匂いだけ感じられない。

 ぬえには足に刀が刺さっている事を誤認させられていたが、その後に匂いを感じれてはいた。鵺の仕業ではなく、鈴仙の能力によるもの以外考えられない。

 しかし、頭を踏み潰して確実に殺したはずだった。波長の能力で狂気を侵され、私が幻術でも見ているというのだろうか。ならば、奴の波長に対する契約を結び、幻術を打ち破ればいいだけだ。

 己の中にある命を消費し、契約を交えようとしようとした時だ。紋章に命のエネルギーを注ごうとすると、自分の中にあったはずの取り込んだ命の鼓動が消えていた。まだまだ余裕があると思っていたが、いつの間にか枯渇してしまっていたのだ。

 無くなっている事に対しては問題ないが、無くなる過程がおかしい。連中が私に与えるダメージ量により、消費が激しくなってしまうが、この程度の戦闘で枯渇しない量の命を溜めていたはずだった。

「なにが…」

 ならば魔力で幻術を打ち消すしかないだろう。自分に掛かっている幻術を解こうとすると、彼女が言う所の波長が変化していくのだろう。視界の様子が変わり、目の前には殺したはずの鈴仙の姿が現れ始める。

 命を使い果たしているため、彼女の弾幕を弾くほどの防御能力を生み出すことができない。魔力では大した耐久能力を望めないが、多少なりとも上げておくとしよう。

 その段階で魔力を紋章に流そうとしても、流すことができない事に気が付いた。当たり前すぎる行動ができない事に困惑していると、私を掴んで見下ろしている鈴仙が呟いた。

「あなたは言いましたね、契約に運は必要ないと。でも、要求されるコストについての運は悪かったみたいですね」

 そこまで言われなければわからなかった。運しか取り柄のないと嘲笑い、戦闘能力が皆無の彼女の存在を軽んじていた。

 契約による防御能力や攻撃能力の上昇などと言った所に運が介入することは難しいが、契約をした後の悪魔が要求する命の量については契約を交わしていなかった。

 一回一回の契約にも少し時間がかかるためダメージ量で上限を作り、上限に達したら契約をもう一度結ぶ。その形よりも、時間の経過で契約を結んだ方が管理もしやすく、受けたダメージ量に対する対価を支払うだけでいいため、使い勝手がいい。

 あの、運しか取り柄のない無能に、そこを狙われた。安易に契約の内容をしゃべるべきではなかったかもしれないが、運がどの程度まで介入できるかわからないため、結果は変わらなかった可能性がある。

 とはいえ、彼女たちもかなりボロボロだ。私の中にある命が尽きたのは、最後の槍で貫く直前だ。完全に槍を形成させることができず、威力が大幅に低下していたと考えられる。

 魔力で戦うしかなかったとしても、契約を挟めばただの強化よりも力は発揮できる。先よりも時間がかかるが、彼女達よりも攻撃能力は高めることは難しくない。

 殺しに行こうとした直後、強烈な違和感に襲われた。私の身長よりも、鈴仙の方が頭一つ分は低かったはずなのに、なぜ見下ろすことができているのか。

「それと、楔の弾頭は…取っておくべきでしたね」

 幻影の効果が感覚にも及んでいたせいで、しばらく気が付くことができなかった。首から下の体の感覚が一切なくなっている事に。

 いつから頭を落とされていたのかわからないが、視界内に見える倒れ込んだ胴体からは未だに勢いよく血液が流出している。人間以上に体が丈夫であるため、これだけの時間が経過していても意識が残っていた。

 意識が残っている内に、舌に刻んでおいていた身体を再生させる契約を結びたいが、あれも大量の命を消費するため、貯蔵のない今は体を再生させることはできない。

 悪魔たちに対価の後払いは存在しない。通常の受けた分だけ、使った分だけ最後に要求されていたのは、命があることが前提である。

 例え再生させたとしても、魔力で全員殺し切り命を捧げられる確証もない。悪魔もそれがわかっているため、貯蔵が全くない私に力を貸すことはない。

 悪態をつき、叫び声をあげたくなるが、声を出すための器官は胴体の方に残っているため、声を上げることは叶わない。

 最悪だ。悪夢だ。屈辱だ。こんな、こんな奴らに私の理想を砕かれるなど、不愉快極まる。

 有利に立ち回って蹂躙する側だったはずなのに、下に見ていた人物に手も足も出すことができずに死んでいくなど、慙愧に堪えない。

 もう、達成まで指が届きそうだというのに、その頂から私は転げ落ちるのを感じていた。奈落の底まで真っ逆さまに。

 嫌だ。最後の最後に感じた感情が、こんな惨めで、屈辱的で、無念でならないなど、受け入れられない。受け入れたくない。

 しかし、そんな私の深い悔恨などお構いなしに、その時がやってくる。意識が遠のき、幻術を見ていた時の鬼たちのように視界が明暗し始めた。恨み言の一つでも絞り出そうとするが、唇が引き攣るだけで言葉など出てこない。

 そちらには行きたくない。何百年、何千年と怯えて遠ざけていた死がこちらに向けて邁進し、ついに私を掴んだ。

 こんな死に方は嫌だ。死にたくない。死にたくない。死にたくない。私はそう何度も飽きるほどに叫び、抵抗しようとした。

 だが、そんな抵抗とも呼べない願望など、風の前の塵だ。手を引く力の方が圧倒的に強く、深海のように暗い意識の中へ、暗い場所へと引き込まれた。

 

 

 

 居心地の悪い異次元の世界から、住み慣れた世界を繋ぐ瞳の形をした境界へと蹴り飛ばされると、薄暗く曇った元の世界へと転がり出た。

 スキマを守っていた聖たちに異次元霊夢が来ると呼びかけ、すぐさまスキマに向けた弾幕を放ったが、反応できたのは辛うじて聖だけだった。

 レーザーと弾幕を見えもしない敵へと入ってこれないように牽制し、霊夢と挟み撃ちにするつもりだったが、そうはさせないつもりなのだろう。決して大きいとは言えないスキマは、敵が出てくるのがわかっていれば格好の的となる。

 二人分の弾幕しか放つことはできなかったが、動きを止めるのには十分だ。止められずとも、歩みを遅くさせられれば霊夢がここに来るまでの時間を稼げる。

 できうる限り通り、抜けられる隙間を埋めるように弾幕を放った。異次元霊夢が見える前から放ち、スキマを潜らせないつもりで牽制していたはずだが、ぬるっと境界から現れると蛇のように弾幕の間を潜り抜け、数メートルの距離を取っていた水蜜とぬえの元に到達する。

 早い、人間の身体能力を頭一つ分以上も抜けている。遅れながらも弾幕を放とうとしていた水蜜に針を突き刺し、その隣にいたぬえをお祓い棒で殴り倒した。

 お祓い棒で額を打たれたぬえの顔が跳ねあがり、曇天を仰ぐ。その状態では異次元霊夢の追撃を守ることも難しいだろう。水蜜は針で胸や首元を狙われ、苦悶を訴える表情を浮かべる。それでも反撃しようとしているが、掲げたお祓い棒を後頭部に食らい、意識を失って地面に伏せた。

 二人に当たらないように再度弾幕を放とうとするが、脳震盪を起こして倒れていく二人の体を利用し、迂回しながらもこちらにまで一気に距離を詰めてくる。

 レーザーを放ちたいが、ぬえと水蜜に当たる軌道を走る異次元霊夢がかわせば二人に当たってしまう。弾幕として放とうとしていた魔力を切り替え、鬼の攻撃力の性質を込めた魔力で全身を強化した。

 こちらへ突撃する異次元霊夢へこちらからも前進し、拳を叩きつけた。当たれば人間程度なら粉砕できるが、巫女相手には当てるのが最も難しい。全力で繰り出した私の拳と、魔法で強化した聖の蹴り、どちらもやつを掠る事すらしなかった。

 私よりも速度の速い聖の蹴りを受け流し、そのまま拳を叩き落された。前腕の骨が折られ、痛みに反応が遅れた私の胸に蹴りが放たれる。防御に手を回そうとしたが、腕ごと後方へ吹き飛ばされた。

 聖がさかさず異次元霊夢へスペルカードを放とうとするが、いつの間にバラまいたのか、彼女の足元には複数枚の札が落ちている。

「聖!」

 最初の攻撃に巻き込まれなかった星が僧侶に警告したが、気が付くのには遅すぎる。巻物を開こうとしていた彼女が飛びのこうとするが、散らばった札に含まれていた爆発性の魔力が拡散し、淡青色の炎に巻き込まれた。

 着地して立て直そうとしていたところに爆風が吹き荒れ、再度体勢を崩しそうになった。爆発で吹き飛ばした聖の事など気にもかけず、私の方へと異次元霊夢が跳躍した。

 立ち上がるよりも異次元霊夢の到達の方が速いため、地面に付いた手や脚から魔力を地面に流し込み、奴との間に高質化させた地面を盛り上げて壁を形成させた。

 高く、分厚く形成できていれば、それだけ逃げるだけの時間を稼げるが、作り出す時間が足りない。三十センチ程度しか厚さがなかったとはいえ、魔力で強化していたが、たった一撃で破壊されてしまう。

 先ほどのように魔力の爆発を使ったのか、爆発性の魔力が周囲に拡散すると壁に亀裂が生じた。固められた土や小さな岩石が衝撃と爆音とともにこちら側へ飛び散り、発生した亀裂の間から魔力の炎が小さく瞬いた。

 まだ小さな亀裂ができただけで完全に通過されたわけではないため、後方にさらに下がろうとするが、拳一つ分だった穴が更に大きく破壊され、異次元霊夢が姿を現した。

 エネルギー弾を放ち、近くから吹き飛ばそうとするが、強力な魔力の流れに気が付いた。魔力の量からスペルカードではないが、その威力は凄まじい事が性質から予想される。

 吸血鬼か見間違う速度で私に突っ込んでくると、エネルギー弾を放とうとしていた右手を捻り上げられた。自分で形成した壁の上部を弾幕が破壊し、左肩に針を突き刺された。

「ぐっ…!」

 針にはたった今聖を吹き飛ばしたのと同じ性質の魔力が込められており、引き剥がさなければ彼女と同じように吹き飛ばされる。

 右腕は使える状況ではないが、左手を曲げればどうにか針を引き抜ける場所を刺されたため、すぐさま引き抜こうと手を伸ばそうとするが、その手もお祓い棒で叩き折られた。

 乾いた音と共に左手が手首からあらぬ方向へ折れ曲がり、激しい痛みに襲われる。未だにこの手の痛みには慣れることはない。前と変わらず痛みを感じ、燃えるように痛い。しかし、耐えることはできる。

 痛みを歯を食いしばって耐え、逃げるのではなく逆に近づいた。捻りあげられていた右手を振り払い、拳を掲げてそちらで攻撃するそぶりを見せるが、魔力を足元に流し込み、棘状の性質を与えた。

 本気で殴りかかるつもりだったが、直前で与えた性質を起動し異次元霊夢を串刺しにした。一本一本はさほどの大きさではないが、負傷させることができれば、倒せる見込みが高まる。

 いくら強化したとしても基礎が人間であるため、当たれば皮膚や骨などは簡単に貫ける。奴の体を魔力で圧縮された非常に強固な針が磔にしようとした直前、ほぼすべての針がお祓い棒に叩き折られた。

 土が弾け、異次元霊夢に刺さるはずだった針が地面に落ちるか回転しながらどこかへ吹き飛んでいく。身体の強化は行ったままであるため、鬼の攻撃力を持つ拳を巫女にそのまま繰り出した。

 傷は治っても体に残るダメージが足を引っ張っているのだろう。威力は高くとも、スピードはお粗末だ。上体を逸らして放った私の左腕を伸び切らせると、肘を外側から殴りつけた。

 耐久性能が特にない部位は、得物に耐えきれず骨と骨をつなげる関節がひしゃげ、曲がらない方向へとへし折れた。

 防御方法を失った私の胸に、お祓い棒による更なる打撃が放たれた。胸から背中にかけて衝撃が撃ち抜き、一呼吸の間ではあるが息ができなくなった。足元が覚束無かったのもあり、後方に吹き飛ばされる。

「爆」

 私が離れたのを見計らい、異次元霊夢が私の肩に針で縫い付けた札の効果を発揮した。この位置では腕と同時に頭も吹き飛ばされてしまう、これまでの手加減したのとは違うのが性質からわかる。

 弱体化したとはいえ、折られた腕の修復や一部の損傷などはすぐに回復できる。しかし、頭や上半身を持っていかれたら流石の私でも再生させる前に死ぬ。この針にはそれができる程の魔力が備えられている。

 イメージする。霊夢が死んだと思って暴走していた時の魔力のイメージを、そのまま針を刺された肩や頭に被膜させる。

 項の部分から白濁した粘液に近しい液体が湧き出し、頭部と右肩と腕を覆い隠すと同時に、札に含まれている魔力が爆ぜ、大爆発を引き起こした。

 視界全体が真っ青な光に包まれ、肩と頭に爆発の衝撃が駆け抜けるが、体にダメージを受けた痛みはない。

 炎が消えると、肩や頭部の一部を白色の皮膚が覆っており、爆発の影響を殆ど打ち消してくれたようだ。

 現在の魔力の質では、魔力を常に注ぎこまなければ形状を維持できないのだろう。爆発の影響で砕けた陶器質の皮膚が、さらに剥がれ落ちていく。

 剥がれて割れた破片は落ちるとさらに細かく砕け、形を作っていた魔力の結晶となって消えていく。

 結晶化していく破片を踏み潰し、右腕に再度魔力を纏わせる。白色の流動化した物体が腕を覆い、数メートルの巨腕が出来上がる。腕だけでも本体である私の重量を超えていそうだが、不思議と重さを感じない。

 舞い上がった砂煙と魔力の細かい結晶を潜り抜け、佇む異次元霊夢へ巨腕を振り落とした。舞い上がった粉塵に紛れて見えていなかったのだろう。黒い稲妻状の模様が入る白い巨大な腕を見ると、奴はあからさまに動揺を見せる。

 動きの素早さや瞬発力から余裕でかわすことができそうだったが、暴走時の私にトラウマでも植え付けられたのか、顔色が僅かに変わった。

 たじろいだ隙に鈍器に近い右腕を叩きつけた。いくら動揺したとしても、お祓い棒で受け止める程度には思考が回っている。受け止めた瞬間、奴の居る位置が陥没し、周囲の大地が地割れを起こして割れていく。

 再現しているとはいえ見掛け倒しではないが、これだけの威力があるにもかかわらず、潰すことができなかったのは衝撃の一部をいなして地面に逃がしたのだろう。

 お祓い棒に角度をつけられ、巨腕をすり抜けられた。腕にお祓い棒を叩きこまれ、文字通り陶器のように粉砕される。攻撃能力ばかり伸ばしているため、暴走時の柔軟性や耐久能力が全くない。

 暴走状態の全盛期を知っている彼女からすれば、多少動揺するところがあったとしても、見掛け倒しには変わらないらしい。強力な魔力の流れを異次元霊夢から感じ、スペルカードの予感がする。

 それをさせずと再生させた左腕に魔力を集中させ、レーザーを薙ぎ払った。身体を柔軟に使った異次元霊夢がレーザーをすり抜け、お祓い棒で私の頭をかち上げた。

 天を仰ぎ、奴に隙を見せてしまう。すぐに態勢を整え、追撃に対応しなければならないが、吸血鬼のように早いスピードに、次いで腹部を打撃が打ち抜いた。

「うぐっ…!」

 連続した強力な打撃に後方に吹き飛びそうになるが、歯を食いしばってその場に踏みとどまった。砕かれてあとは崩れていくだけだった巨腕に再度魔力を通し、形状を変化させた。白色の腕が複数の手枷とそれにつながった鎖に変化し、全てが巫女を縛り上げようと意思を持って動き出した。

 手枷と鎖にはそれぞれ金属の性質が含まれているため、ただ魔力を扱える人間が作り出した紛い物とは破壊の難易度が違うが、異次元霊夢にとってはどちらも大差ないのだろう。

 腕や脚に枷が繋がる前に、お祓い棒が枷を鎖ごと叩き壊していく。動揺で強張った体の筋肉を解し、体のギアを上げていくことで鎖が巻き付く暇もない。

 全ての手枷を破壊されて拘束に失敗した。踏みとどまった私に三度お祓い棒を振り抜こうとするが、一度失敗したのであれば、再びトライするまでである。破壊された枷を再構築し、こちらに向き直った異次元霊夢を後方から拘束した。

「っ!?」

 首や腕、足等に枷が嵌り、お祓い棒を振り下ろそうとしていた行動が阻害された。それでもすぐに枷につながる鎖を破壊しようとするが、今度は私の方が速い。白い腕を十数メートルの鎖に変化させた。

 異次元霊夢を拘束している枷とそれにつながる鎖は複数に別れているが、根元である私が掴む鎖に集約させている。足に鬼のように強力な魔力を通わせ、後方上空に向けて全力で跳躍した。

 花畑で綺麗に整地された土地が、跳躍の衝撃で見るも無残な姿に変わっていき、主に申し訳が無くなるが、幻想郷の存続がかかった戦いであるため、目を瞑って貰うしかない。

 十数メートルの鎖で異次元霊夢を引っ張り上げ、行動に対応される前に鎖を地面へと叩きつけた。衝撃で地面が割れ、捲り上がる。発生した風圧に大量の土煙が舞い上がった。

 花のために柔らかく慣らされている地面では、ダメージを与えられなかったのか。それとも、受け身を取られダメージを軽減されたのだろう。

 スペルカードに使用すると思われる魔力は、未だに性質も与えられずに奴の中で燻ぶっているのを感じる。

 スペルカードに使うであろう魔力に、役割を割り振る時間や思考を使わせない。白色の巨腕を魔力を注ぎこんで形成し、地面に叩きつけた異次元霊夢を今度は薙ぎ払った。

 ある程度振り回した後、再度地面に叩きつけてやろうと思っていたが、引っ張った鎖が嫌に軽い。先端に括り付けていた錘が無くなっている感覚だ。

 枷を破壊されて逃げられたか、こちらに向かって跳躍し、鎖をたわませて引っ張られるまでの時間を稼ぐつもりか。どうやら後者だったようで、大量の舞い上がる土煙の中から異次元霊夢がこちらに飛び出した。

 しかし、鎖にまだ繋がれているのであれば、魔力で鎖を操作して攻撃を妨害できるはずだったが、私が引っ張っていた鎖を全て破壊されてしまっていた。

 生成した鎖も魔力で強化していたが、お祓い棒でガラス細工のように砕かれた。中空を駆け抜けた巫女がすぐ目の前にまで迫ってくる。損傷を修復して再度使用するかとも思ったが、鎖だった金属片が周囲に飛散し、直すよりも作り出した方が速いだろう。どちらにせよ、鎖を使う暇はない。

 振り回そうとした直後に気が付いたため、思ったよりも早く防御に身を固められ、巨腕でお祓い棒を受け止めた。胸の前に構える本物ではない巨腕で受け止めたが、背中まで衝撃が突き抜ける。

 そのまま攻撃を押し返そうとしたが、防御能力が皆無なのは先の攻防で知られており、逆に腕ごと顔をお祓い棒で打ち抜かれた。

 ただお祓い棒で殴られただけではない激痛に襲われる。自分ではなく作り物の腕が破壊されたのはいいが、人生で二度目の、眼球を潰される感触はどうしようもなく耐え難い。

「ぐう…あああああああああああああああっ!!」

 自分の弾幕で撃ち抜いた時には、周りのもまとめて吹き飛ばしたため、目の痛みはある程度はマスクされていたが、今回は右目のみを正確に狙われたことで、純粋な目の激痛に悲鳴が漏れた。

 右目を押さえ、漏れる声を何とか押し殺した。至近距離では弾幕は使えず、拳を振り抜こうとするが、片目では距離感を測れない。お祓い棒が手の間をすり抜けられると胸を捉えられ、後方へと吹き飛ばされた。

 空中に浮かんでいたはずだが、叩き落されたことで高度が落ち、背中から地面に墜落した。これまでの戦闘で土がかぶってしまっている花を千切り、へし折って地面を転がった。

 花などの植物を蹴飛ばしながらもどうにか体勢を立て直し、追撃に備えようとするが、強力な魔力の流れがすぐ目の前から感じた。

 魔力を目に集中させてはいるが、まだ右目は治っていない。距離感がわからなかったとしても、目の前にまで接近してきた相手は見間違えない。

 異次元霊夢の握られた指の間から、魔力の粒子が漏れており、スペルカードの起動が示唆された。爆発性のある複数の弾幕が奴の周囲に展開された。

「霊符『夢想封印』」

 淡青色の弾幕が私の方向へと放たれた。立ち上がったばかりの私には避ける準備ができていない。全身を白い巨人の魔力で覆って守ればいいが、腕とは違って魔力が分散し上手く守れないだろう。

 腕を再度構成し直し、防御の姿勢を取る。防御能力に特化させ、スペルカードを迎え撃つ。同時に到達したいくつかの弾幕が爆ぜ、淡青色の炎と衝撃が一気に解放された。

 非常に強い衝撃は、防御能力に特化させた白い巨腕を破壊した。更に次々と弾幕が着弾し、陶器質の肌に亀裂が生じ、手が砕けてどこかに千切れていく。

 防御をすり抜けた弾幕が腹部に直撃し、踏ん張りを効かせられずに後方へと吹き飛ばされた。魔力の炎が肌を撫で、衝撃が身体を貫く。

 抵抗せずに衝撃に身を任せ、さらに魔力で体を浮き上がらせることで異次元霊夢からの距離を稼ぐ。追尾性能の高い弾幕である夢想封印は、爆発の衝撃で舞い上がった土煙で異次元霊夢の視界が塞がれていたとしても、一度狙えば何かに当たるまで追尾を続ける。

 足元に高質化した魔力を配置し、更に後方へと飛びのいた。手元に集中させた魔力をエネルギー弾として射出する。撃ちだされた直後、エネルギー弾が小さな爆発を起こし、衝撃波が発生する。

 扇形に広がる衝撃波に対し、異次元霊夢の弾幕は私に向かって集まるため、すべての弾幕を掻き消すのは容易である。空気の壁に押しつぶされた弾幕が次々に破壊され、爆発していく。

 弾幕の破壊を見届ける前に、異次元霊夢は動いていたようだ。迂回して回り込んでいた巫女の射程に迎えられてしまい、お祓い棒が高々と振りかぶられた。スペルカードで殆ど壊され、陶器質の皮膚が剥がれ落ちていく巨腕が一撃で粉砕される。

「ぐっ…!」

 これだけ戦って時間を稼いでいるが、霊夢はまだこれなさそうだ。どんどん太陽の畑から遠ざかってしまっており、彼女がここまで到達するのに時間がかかってしまう。しかし、私だけでは、異次元霊夢を押さえ込むことができない。

 ようやく右目を治し終えた。距離感を掴めないのは致命的だったが、これで多少はマシになるはずだ。攻撃を激化させていく奴に対し、守る事ばかりではじり貧になってしまう、ここはあえて攻撃に転じる。

 鬼の防御能力と攻撃力の性質を持つ魔力で全身を強化し、異次元霊夢へ拳を叩きつけた。魔力のお陰でとはいえ、異次元の鬼とも戦ってきたのだ。霊夢が来るまでの時間位、稼いでやる。

 異次元霊夢のお祓い棒を右腕で受け止め、奴の胸ぐらを握り込む。服を千切って逃げられぬようしっかり掴み、背負い投げの要領で持ち上げた。鬼の攻撃力を遺憾なく発揮し、異次元霊夢を地面に叩きつけた。

 霊夢と引き離されてから、久々のダメージに手ごたえのある表情を浮かべる。地面に伝わった衝撃が耐久力を一瞬で上回り、地中で爆発が起こったかのように地面に凹凸を形成する。

 このまま異次元霊夢を殴り殺そうと掲げた拳を振り下ろした。鬼の攻撃力を持つ魔力で強化していたはずなのに、奴が振り上げたお祓い棒に打ち払われた。

 どう頑張っても、どう逆立ちしても人間が妖怪に純粋な攻撃力で適うはずがないのだが、振り下ろした拳をあろうことか異次元霊夢は跳ね返した。魔力の質が暴走時と比べて低下し、鬼の攻撃力を100%再現できていないだけかもしれないが、それだけではないだろう。

 奴が持つお祓い棒は妖怪や妖精など、人間以外の者にダメージを与えられるように特化した性質を持っている。鬼の性質を持つ魔力で強化していたことが押し返された原因と考えられた。

 跳ね上げられた拳に引かれる形で、上半身が仰け反ってしまう。引き戻すよりも早く、地面に横たわる異次元霊夢に胸を蹴り上げられた。踏ん張りがきかない角度で打ち上げられてしまい、奴に大きな隙を晒してしまう。

 身を翻し、体勢を立て直そうとするが、蹴り上げられた最高高度に達するころには、跳躍した異次元霊夢に追いつかれてしまっていた。まつ毛の本数も数えられるほどに接近されており、さらに奴の得物は構えられている。

 私とて、ただやられていたわけではない。こうなることは織り込み済みだ。エネルギー弾として放つはずだった魔力を衝撃波として撃ち出した。

 撃つのは私の方が速かったため、こちらへ近づく異次元霊夢は私を攻撃して衝撃波を食らうか、衝撃波を迂回するしかないだろう。

 例え異次元霊夢が前者を選んだとしても、どちらにせよ異次元霊夢を引きはがすことはできる。そう思っていたが、彼女の胸の前に札が浮かんでおり、衝撃波にぶつかると同時に性質を発現させる。

「反射」

 鏡で光を反射させるように、爆発的な全てを吹き飛ばすエネルギーをそっくりそのまま跳ね返された。僅かに瞳で捉えられる衝撃波の歪みが異次元霊夢から私へと拡散した。

 全身を強かと打つ。魔力で体を保護していたが、それを貫いてダメージを受ける。引き裂かれたり、切られたりとは違った鈍痛が体の芯にまで浸透する。

 自分自身の攻撃であるため対処法はわかっているが、それでも威力に高さに衝撃を受けた肺は膨らませられず、呼吸ができなくなる。身体の強化をしていなければ、肺はつぶれたまま膨らむことができなくなっていただろう。

 数十メートルも吹き飛ばされていく私に、異次元霊夢がさらに追撃を畳みかけようとしてくるが、自分と奴の間に爆発性の魔力を配置し、起動した。

 ただの弾幕であれば先ほどのように札で反射されかねないが、爆発であれば迂回かもしくは足を止めさせられるだろう。数百度には達するであろう真赤な炎、エネルギー弾の爆発に匹敵する衝撃と爆音が轟いた。

 爆発に後押しされ、更に距離を稼ぐ。思った以上に爆発の効果があったようで、消えた炎を挟んで異次元霊夢が空中に立ち止まっている。音や見た目が派手な爆発だったが、ふたを開ければ見た目だけであったため、時間を稼がれたと私を睨つつ上体を屈めて飛び出しそうだ。

 その内に、こちらも対応策を実行する。カバンの中から香林から貰った煙草を取り出した。彼にはあまり使うなと言われているが、前回使ってからしばらく時間が経過しているから大丈夫だろう。

 香林の微弱な魔力が込められている煙草の先端に魔法で炎を付け、口に咥えた。魔力の質が低下している今の私には、丁度いい。

 肺を膨らませて煙を吸い込むと、焦げ臭い匂いと乾いた空気が流れ込んで来る。思わずむせそうになるが、フィルターを通して調整された微弱な魔力を我慢して取り込んだ。

 血管や心臓などの循環器を利用し、非自己の魔力を全身に送り、それに対する防御反応で極限まで魔力を活性化させた。

 咳き込みながら炎の性質を持った魔力で煙草を燃やし尽くし、肺に取り込んでいた紫煙を吐き出した。

 煙はすぐに空気中に霧散し、見えなくなる。異次元霊夢もこれがただの一服だと思っていないのだろう、様子を見つつもこちらに跳躍した。

 警戒してくれたおかげで、身体の強化等に時間を費やすことができた。腕に魔力を集中し、肩から指先までを白い流動体を覆い、巨腕を作り上げる。

 これまでは、奴の攻撃力に形状を維持することすらもできなかったが、これまでで一番強い異次元霊夢の打撃を受けきった。

 右目を潰された時のように、呆気なく皮膚が砕けることもなく、異次元霊夢のお祓い棒はそれ以上押し込まれることなく停止する。

 巨腕で異次元霊夢を振り払い、巫女を引き離すと同時に手首から先の形状を変化させた。河童の水かきのように指と指の間にある境界が無くなっていくと、五股に別れていた指先が一つにまとまった。

 纏まった手首から先が数メートルの長さにまで伸びると、先が尖っていく。平たく伸びた巨腕が巨大な刀剣に変化した。

 香林から半ば強引に強奪した煙草が、ここまで影響を及ぼすなどと考えてもいなかったのだろう。形成した巨大な刀を上段に構えても、振り払った異次元霊夢の体勢は若干戻り切っていない。

 大量の妖怪たちを消し飛ばした時のような、刀を作り出すことは現状では不可能だが、力を凝縮させているこの実刀であってもかなりの威力が見込めるだろう。

 異次元霊夢へ形成した巨大な刀剣を振り下ろし、刃で切り裂いた。いくらイメージとの差異で動揺していたとしても、これで両断されるほど頭の回転は遅くはない。鈍器に近い刀を奴はお祓い棒で受け止めるが、押し返せず地上まで落下した。

 青々と群生する草花を蹴散らし、植物の根が複雑に絡み合う土を舞い上げる。立った人間の腰辺りまで舞い上がる土煙で、地面に倒れ込んでいるであろう異次元霊夢の姿が薄れて見えなくなった。

 だが、異次元霊夢の荒々しい魔力の流れは弱まるどころか、更に加速しているようにも感じる。煙で姿を確認できずとも、高度を落としながら右腕の巨刀を薙ぎ払う。長さの調節が間に合わず、地面を抉りながらも巫女がいるであろう場所を切り裂いた。

 巨刀が抉り込んだ途端に、土や石と違う感触を刃越しに感じた。衝撃に近い振動が手にまで到達し、真っ白な刃の破片がまき散らされ、半ばからへし折られた。

 土煙の中で火花と魔力の結晶が弾け、半透明の煙の中でも薄っすらと異次元霊夢の姿を浮かび上がらせる。その影に向け、私はさらに降下する速度を上げた。

 中間から折れた刀を手に変形して戻し、お祓い棒で刀剣をへし折った異次元霊夢へ、拳を叩き込んだ。

 お祓い棒で受け流されると思っていたが、意外にも異次元霊夢の後頭部を捉え、吹き飛ばした。草花の上を転がり、巫女がうつ伏せに倒れ込む。

 隙を見せた奴に更なる追撃を加えようとした時、頭部への攻撃で、髪をまとめ上げていたリボンが千切れてしまったのだろう。長い頭髪が露わとなる。束ねられていた為、これまでは目に付かなかったが、風になびく解けた髪の間には、私や奴の手と同じぐらい古い傷が刻まれているのが非常に印象的だった。

 




次の投稿は12/10の予定です。


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東方繋華傷 第百九十三話 祖の抱擁を

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
と言う方のみ第百九十三話をお楽しみください!


 私の後頭部には、大きく深い古傷がある。傷の深さは表面だけでなく、脳を保護する役割のある頭蓋の内側にまで達している。

 医者が不在のため科学的根拠を持って調べたわけではないが、一部の脳組織がぐちゃぐちゃになっていると聞いた。

 潰れ、引き裂かれ、脳の機能は生命維持に必要な呼吸すらもできない程に低下している。そんな状態でなぜこうして生きていられるのは、紫の存在が大きい。

 固有の能力により彼女の脳と境界を薄れさせ、能の機能を肩代わりしてもらっている。そのお陰で特に問題なく意識もあり、動くこともできる。ただ、彼女の意識の一部が入り込んでいるのか、どうしても口調が紫に寄ってしまう。

 今の現状からすると生きているだけでも儲けもので、大した問題ではない。しかし、この思考も何割が紫から来る物なのだろうかと考えると、早く力を奪って自立していかなければならなかった。

 今では生存のためと変わってしまっていたが、最初は私も他の連中と同じ目的で戦っていた。力をつけると言う、一番シンプルで多い目的だ。

 どうしようもなく、力を欲していた。霧雨魔理沙が保有する、無限大の可能性がある力を求めてやまなかった。

 他の妖怪や人間に奪われることで博麗の巫女である自分の力が及ばず、幻想郷が壊されることを危惧したわけではない。それは、二の次だった。

 貪欲に力を求めている妖怪たちとは違い、巫女は力を求めなければならない理由があった。しかし、その理由も傍から見ればしょうもない物だろう。

 だが、この幻想郷においては非常に重要なことだ。博麗の巫女は初代から十数代続き、他の妖怪や神ですらも寄せ付けない頭一つ分以上抜けた圧倒的な力を持っていた。

 最強と言う言葉は、博麗の巫女のために作られたと言っても過言ではないという程に。歴代の巫女は最強と名高い力を持ち、それを振るって幻想郷を守って来た。あらゆる妖怪から、あらゆる災厄から、あらゆる神から。

 引き継いできたその力を受け継ぎ、これまで通り幻想郷を守っていく。かに思われたが、私は歴代の博麗の巫女の中でも、特に出来が悪かった。巨大なエネルギーを受け取るだけの器が無かったのだ。

 器から溢れた強力で膨大な博麗の力は、受け取り手を見つけられずに虚空へ霧散した。残ったのは、搾りカスとさほど変わらない力だけだった。それでも鬼やそこらの神よりは強くあることができたが、その程度でしか力を発揮することができない。

 それは、博麗の力は説明のつけられない異次元と言える戦闘能力が失われ、幻想郷のバランスが崩れる序章となったことを示していた。

 いくら境界を操る程度の能力を持つ八雲紫だったとしても、境界もなく消えていった力のエネルギーを集め直すことは不可能だった。

 博麗の巫女達は保有する力の使い方を知っていても、力の付け方は知らなかった。あらゆる知識を持つ紫だとしても、多少倫理を無視しても以前の博麗の巫女のような力を発揮できない事は想像がついた。

 いくつかの異変を解決したが、幻想入りしたばかりの妖怪や人間たちばかりであったため、本来の強さを失っているという事を知られることはなかった。

 しかし、これまでと違った形での異変解決であるのは、以前から居る妖怪たちからすれば明白であった。なぜ異変の解決の仕方を変えたのか、他の妖怪たちに知られるわけにはいかなかった。

 これまでは博麗の巫女の絶対的な戦力が抑止力となり、反旗を翻すような異変は起こってこなかった。もし、自分たちを押さえ込んでいた巫女の存在が薄れれば、増えていく可能性が日に日に高くなっていくのを感じていただろう。

 これまでの巫女が作り上げていた平和と言う物が、どれだけ脆く崩れやすい物だったのかを初めて知った。

 年単位で訓練をしても上昇する魔力の質など高が知れ、むしろ必死に訓練する姿を晒すと気取られる可能性もあり、訓練などできるわけもなかった。

 悩み、頭を抱えている時だった。定期的に神社に訪れる、霧雨魔理沙の魔力に変化が起きたことを感じた。最初は気のせいかと思ったが、明らかに前とは異なる波長へ変化していた。

 本人は特に変化がわかっていないようだったが、数百年の長い年月生きている妖怪でも、知らない現象が起こされていた。数々の異変を一緒に解決している内に、苦戦し、傷つくと彼女から感じる魔力が強力になっていくのを感じた。

 何が起きているのか、探っている巫女の腹の内など知らず、霧雨魔理沙は妖怪と人間の間にある軋轢を埋めようとしていた。様々な妖怪たちとかかわっている内に、彼女の異常性に気が付く者たちが増えた。

 彼女を手助けしよう、周りに妖怪や人間たちが集まってきたが、霧雨魔理沙が行っている活動など眼中にないのは、近くで見ている巫女の目から見れば明らかだった。なぜなら、自分と同じ目をしていたからだ。

 ストレスがかかればかかる程に魔力が強力に増幅していくとなれば、いつかは限界値に達するはず。それを超えてストレスを与えれば、ダムが決壊するように魔力が溢れ出るだろうと考え、先を越される前に巫女とスキマの妖怪が動いた。

 

 異変が起こされ、村が危ないと嘘の情報を流し、私は住人を村の広場に集めた。博麗の巫女の名を使えば、そう難しい事ではなかった。

 守る名目で内側から出れないようにする結界を作り出した後に、縛り上げた霧雨魔理沙を無理やり結界内に押し込み、村人たちの前に晒した。

 霧雨魔理沙の性格から、本人を拷問にかけても魔力を増幅させる手段としては効率が良くないと巫女達はわかっていた。だから、魔女には他人の命を握らせることにした。

 彼女の目の前に村人を一人連れ出し、一言問いかける。どう殺して欲しいか。あらゆる得物を用意し、霧雨魔理沙が否定や沈黙をした場合にはできるだけ長く苦しむように惨たらしく殺して見せた。

 お前のせいだと罵り、村人を殺す。時折二人連れ出し、どちらを生かしたいか。どちらを殺したいか尋ねることもあった。

 数人が殺されるうちに、村人たちも悟った。異変の中心に居るのが、原因となっているのが霧雨魔理沙であると。ある者は巫女と一緒に罵声を浴びせ、ある者は命乞いをする。ある者には悲哀をぶつけられる。年端も行かぬ少女には重すぎる言葉、重すぎる天秤を目の当たりにしたことで負荷がかかった。

 力が高まった魔理沙は結界を突き破って逃走を測るが、以前よりもさらに魔力が増強され、さらに私たちが血眼になって探しているとなれば、霧雨魔理沙を利用して力を得られる可能性に疑う余地がなくなる。

 幻想郷中の妖怪、妖精、魔力を扱える人間がこぞって魔女を探し出そうとした。既に力を押さえられなくなっていた彼女は十数分の逃走劇の末に、魔力による大爆発を引き起こして姿を消した。

 かなりの広範囲、それも数百メートルを吹き飛ばすほどの威力。魔力に特定の性質を持たせることのできる魔理沙であれば可能だ。だが、特定の性質を持たせられるため、時空や空間も歪んで別の世界に繋がってしまった。逃げたい思いが魔力に乗ってしまったと考えられた。

 この、爆発により、力の弱かった妖怪たちは軒並み消し飛び、脳に多大なダメージを受けた私も含めてメイドや守矢の巫女、庭師等が全身に瀕死の重傷を負った。その爆発で大切な人を失い、目的を変えた者もいれば、変わらない者もいた。

 皆、それぞれの思いを実現させるために戦っていたが、暴走した霧雨魔理沙自身に捻じ伏せられた。

 全員の夢は潰え戦う理由すらなくなったことになるが、それでも退かなかったのは、退けないところまで来ていたのもある。まだ動く体の最後の力を振り絞って、賭けに出たのもある。

 しかし、一番の理由は、各々自分でケジメをつけに行ったのだろう。散々暴れておいて、散々奪ってきておいて、目的が果たせないと分かった途端に辞めることは許されない。死ぬつもりはないため全力で戦うだろうが、始めたのであれば最後までやり抜かなければ、奪ってきた連中が報われない。

 そうでない奴もいるとは思う。目の前で行われる戦いの流れに身を任せているだけなどだ。しかし、他の世界との長い戦火で正気を失っているとはいえ、奴らは戦いどころをわかっている。

 力を手に入れることに無関係な戦いは極力避けるが、それでも戦い続けたのは、欠片ほど残された人間性からだろうか。

 

 

 殴られた衝撃で髪を束ねていたリボンが破れてしまった。立ち上がろうとしているところで長い髪が解け、広い視界を塞ぐ。風になびき、邪魔くさいことこの上ないが、そんなもので殺意は隠れない。

 立ち、振り返りながら放ってきた拳をいなした。殺気を纏った攻撃は、直撃すれば死ぬことを連想させる。死に対する恐怖を抱いてしまえば、判断力を鈍らせることになる。

 これまでの戦闘で、私にとって死とは身近な存在であり、今更その地盤が崩れることはない。掠っただけで顔の半分を吹き飛ばされるような威力のある拳を、あと一ミリでもズレれば当たってしまう距離を滑走し、小さな体には不釣り合いの巨大な白腕を掲げる魔女の脇腹にお祓い棒を叩き込んだ。

 甲高く生じる異音に、魔女の顔が一瞬で苦悶を表す。胸部が歪み、肋骨がへし折れたのが視覚からもわかる。そのまま心臓まで叩き潰そうとするが、お祓い棒が押し返された。

 魔理沙が前に進んだり、手で跳ね除けたわけではなく、肋骨が魔力によって修復されたのだ。それでもやるべきことに変わりはない。更に数度の攻撃を叩き込もうとするが、身を翻す魔女の鼻先を掠った。

 受け流すのではなく、破壊すればよかった。いなした腕が後ろから私を掴むと大きく掲げ、地面へ叩きつけて来た。弱体化しているとはいえ、博麗の巫女の加護が無ければ押し潰されて死んでいた。

 私を通り抜けた衝撃の殆どが地面に伝わり、文字通り地割れを起こした。私の背中を中心に地面に亀裂が生じ、急速に広がった。長さは数百メートルにも達し、衝撃で地層にずれが生じる。

 巨大な地震が地上で起こったのと変わらず、乾いた大地がそのままひっくり返り、平地の原型を失っていく。

 私の目が見ている情報は、最終的には脳に行く。それが境界を通して紫にも伝わっているのだろう、いくら博麗の巫女でもこの攻撃を食らって生きている訳もないため、能力で辛うじて軽減したのだろう。

 それでもダメージは身体に残り、我慢できるわけもなく咳と共に喀血した。純白に近い白腕に真っ赤な血糊がこびり付く。私を掴む腕ごと魔理沙が吹き飛ばそうと手のひらをこちらに向けた。

 撃ち抜かれる直前、握り潰される直前に、全身の筋肉の躍動と魔力を放出する爆発力を利用し、巨腕の腕を振りほどいた。

 お祓い棒と爆発で鋭い爪や指が千切れ、獲物を絞め殺そうとする蛇のように握っていた手から逃れた。この反撃を起点に魔女の懐に入り込もうとするが、半歩も進まない内に足を止めることになる。

 腕が崩壊していくが、私の攻撃が耐久能力を上回ったのではなく、魔理沙が巨腕の形状を解除したのだ。塵になっていく腕と対照的に、魔女の腰辺りからしなやかに動く白い尾が形成された。

 とがった先端が私の方へとせり出し、薙ぎ払ったお祓い棒を完璧に受け止めて見せた。やはり、あの煙草に秘密があるので間違いないようだ。使用の前後でではまるで別物だ。

 腕とは違って非常にしなりやすい尾だから砕けなかったとも考えられるが、それを差し引いたとしても強度が高い。小さな亀裂は見られてもヒビが広がり、陶器質の皮膚が剥がれ落ちることはない。

 尾を砕き、そのまま殴りに行こうとしていたが、完全に勢いを削がれてしまった。しなる尾から生み出される相当な力で薙ぎ払われる前に、自分から離れた。袖から引き抜いた複数の針を投擲するが、火花を散らして皮膚にはじき返された。

 効果はそもそも期待していなかったが、防御のために時間を割いてくれればそれだけで、次の攻撃を避けられる。体の筋肉を活用し、地面に這うように伏せた。

 空気の唸る音と周囲に生える切断された草木を残し、遅れて払われた尾がギリギリ頭上を掠め去る。目の端でようやく尾を捉えるが、湾曲して薙ぎ払われた尾は折り返して再度振るわれる。

 拳をいなした時のように、いや、それ以上に集中力を用いるだろう。薙いだ白色の尾を全力で受け流し、三度の攻撃が放たれる前に反撃に打ってでなければならない。

 お祓い棒で受け流そうとしていたはずだったが、気が付くと身体は宙を舞っていた。正面衝突するつもりでなかったのに、強烈なインパクトに踏ん張る間もない。

 地面から引き剥がされ方向感覚を失いそうになったが、宙を舞う身体を魔力で立て直した。数十メートルの最高高度に達していくようで、体に掛かる重力を感じなくなっていくのがわかる。

 打ち上げられたのが功を奏した。直撃を免れたというのに、全身の関節と言う関節を外されたように体を動かせなくなっていた。仮にこの状態で下手に地面に落下していたとしたら、自らの足で自重を支えることなど難しい。

 重く感じる体を魔力で無理やり稼動させて持ち直したが、跳躍ですぐ目の前にまで魔女が迫っている。しなやかに曲がりくねる尾が再度振るわれた。そのしなやかさから生み出される強力な薙ぎは、木すらも米粒程度に見える高さから地面に落下した。

 地面までの距離は相当あったはずだが、それまでに立て直す間がなかった。噴火の噴煙のように土煙を舞い上げ、地面に墜落する。屈辱的に地を味合わせられるのはこれで何度目か、鼻腔と口腔を通して湿った土の匂いや味をダイレクトに感じる。

 落下のダメージはあるが、下手に地面で攻撃を受けるよりは衝撃を受け流せたことで、最初の一撃よりはダメージは少なく済んだ。体の節々が痛むが、寝ていられずに飛び起きた。

 遥か上空に位置する霧雨魔理沙を見上げようとするが、視線を向けようとする直前に、長年頼りにしてきた勘がサイレンを鳴らした。

 体全体でかわすのは間に合わないと直感的に理解し、掲げたお祓い棒で振り下ろされた尾をいなし流す。得物が湾曲し、折れないかと冷や冷やしたが、掠った皮膚を抉りながらも直撃を免れた。鋭い尾棘が地面を抉り、亀裂と大穴を穿つ。

 はじき出された土塊の礫を浴びるが、痺れる手足に従って逼塞していられない。尾よりも遅れて着地してきた魔女を視界の端に捉え、尾の射程から逃れようと飛びのいた。

 針を投擲しようとするが、広範囲をひび割れさせた尾棘を地面から引き抜き、その先端を私へと向けた。強力な魔力の流れを感じた瞬間に、再度勘が働いた。

 全身に分布する筋骨格を弛緩と収縮させ、瞬発力を生み出させる。大きく身を傾かせ、撃ちだされたレーザーの弾幕を避けた。

 あと刹那の時間でも判断が遅れていれば、頭部があった位置を熱線が突き抜けた。遅れて頭部を追ってきた髪の一部を弾幕が蒸発させ、消し飛ばす。

 はるか後方にレーザーが着弾したはずだが、服越しに背を焦がす熱を感じる。射撃の角度から数百メートルは離れた場所を熱線で炙っているはずだが、それなのにこの熱量は当たった時の事を想像したくない。

 二射目を更に放とうとしているが、向きから射線を割り出すことは難しくはない。大きく前進する私に今度は胸の位置を狙ってきたが、身を翻してすり抜けた。

 十数メートルほど離れていたが、三射目を打たせる前に駆け抜けられる。懐に入ると同時にお祓い棒で霧雨魔理沙の脇腹を打ち抜いた。

「かっ…ぁぁっ…!?」

 いくら再生させることができたとしても、ダメージは感じる。明らかな苦悶の表情を浮かべ、ダメージが通ったことを示す。強化されているのは攻撃力だけで、防御能力は前とほとんど変わらない。

 胸部を保護する肋骨に、お祓い棒がさらに押し込まれる感触がする。しかし、再生能力はかなり高まっているようで、へし折って進んだ分が押し返されてしまう。

 さらに二度、瞬きする間にお祓い棒を肩と頭部に叩き込んだ。どちらも骨を粉砕する威力で、乾いた破砕音を響かせる。目が見開かれ、歯が食いしばられる様子にダメージ自体は入っているが、肉体の方はほぼ無傷と変わらない。

 うねる尾が私の頭を串刺しにしようと振り下ろされるが、後方に見える予備動作から予想していた為、後ろに飛びのいた。

 鼻先を掠める尾が地面に突き刺さるが、お祓い棒も針も効かないため反撃せずに素直に退避した。三十センチほど抉り込んでいた尾棘が、引き抜かれると先端には土塊がこびり付いている。細く尖った尾尖に魔力の流れを感じると同時に、土が溶解を経てさらには蒸発していく。

 下を向いていた尾からレーザーが放たれ、蒸気となる程の熱量を持つ熱線が地面をなぞり、後方に移動していた私の場所にまで薙ぎ払われた。

 右に移動した事で直撃は免れたが、赤を通り越して白色に発熱するレーザーの痕跡は、大地に境界線を現したように地平線の向こうにまで続いている。

 地面に残る痕跡から発する熱だけでも全身が爛れるような熱気が漏れているが、これまでの熱線の攻撃から、まだ何かあると身構えた。

 私の予感は当たり、ドロドロに溶解した地面の一部が押し上げられるように膨れ上がり始めた。札を持ちだし、身体の保護と結界による二重の防御を展開すると同時に膨れ上がった溶岩が、奥から立ち昇る炎の爆発に吹き飛んだ。

 炎を扱う妹紅を相手にした時、核融合炉を操る程度の能力を持つ路空と対峙した時でもここまでの熱気を感じたことはない。防御壁で身を守っているとは思えない熱と炎に身を包まれた。

 皮膚を焦がす炎の熱は骨にまで到達しているだろうが、左腕や左足など広範囲で焼かれているせいで、火傷の到達深度や広さまでは把握できない。

 それに加えて炎の爆発と言っても、火薬や爆発性の魔力で引き起こされたのとは違い、炎が噴き出しただけであるため、私を吹き飛ばすだけの威力が無かったのも焼かれる要因となった。

 放出された炎が過ぎ去った後には炎の残滓と、空気の温度差で発生する陽炎が揺らめいている。その状態で呼吸を行えば内部でも火傷を負ってしまうため、必死に息を止め続けた。

 持続的に熱を放っている、オレンジ色の溶解した地面から離れようとするが、足に力を込められずに地面に膝をついた。

「ぐっ…!?」

 焼かれた痛みばかり感じていたが、重度の火傷痕からくる持続的な痛みが浮き彫りとなってくる。

 腕に薄っすらと生えていたはずの産毛は残っておらず、炎に晒されて炭化した皮膚がズルリと剥がれ、焦土と化した地面に落ちた。その下からは焼けた筋肉と血管が露出し、焦げた骨から炭がポロポロと粒子が風に吹かれて消えていく。

 靴は残っているが、激しい動きをすれば焼けた素材が千切れてしまうだろう。巫女服も左側に炎の影響が出ており、腕の部分はほぼ残っていない。髪も一部が焼け落ちてしまっている。

 肌が露出している脛や手は特に火傷が酷く、左手の小指は焼け落ちて根元から千切れ、薬指は小指側の側面が炭化し、骨が見える程に剝がれてしまっている。

 指の機能はかなり低下してしまうが、薬指については魔力で無理やり稼動させてやれば使えるだろう。

 力が入らない程に、足の筋肉も火傷が奥底にまで浸潤している。魔力で無理やり動かさなければ、体を支えられない。震える足で焦げた地面を踏みしめて立ち上がると、魔女が尾をくねらせ、こちらへ向けて薙ぎ払った。

 不思議と殆ど延焼痕の無いお祓い棒で受け止めるが、焼けた足と脆くなった地面では踏ん張りがきかず、後方へ吹き飛ばされる。

 指だけでなく、腕の筋肉も炎で変質し、いつも通り柔軟性を活かして受け流すことができない。黒く変色した地面に着地して追撃に備えようとするが、片足に思ったよりも力が入らず、片膝をついてしまう。

 それでも追撃に対応できる姿勢だったため、間髪入れず腹部を貫こうとした尾を辛うじて受け流した。それでも腹部の一部を抉られてしまうが、広範囲の火傷のせいで、痛みを感じにくい。

 尾が引き戻されるまでの時間を稼ぐために、丁度半ばをお祓い棒で殴りつけた。大きく揺らいで吹き飛んでくれれば接近までの時間を稼げたが、軟体動物の触手のようにたわんで衝撃を殆ど受け流された。

 ほとんど位置が変わらず、ただの意味のない打撃となった。それでも魔女へ向かって走り出そうとした私へ、打撃でたわませた尾が帰って来た。

 逆に私が打ち払われ、赤子同然に吹き飛ばされる。きりもみして宙に投げ出されるが、方向感覚はまったく狂っていないためすぐさま立て直そうとするが、体がついて行かない。

 無様にも地面に転がり落ちた体をどうにか持ち上げようとするが、筋肉や骨が剥き出しとなった足が痛み、倒れた体を持ち上げられない。

 仰向けに倒れたまま天を仰ぎ、曇天の空を見上げた。痛みと疲労を感じ続けている身体に、回復のために魔力を浸透させる。悠長にこんなことをしている場合でないのは重々承知しているが、ここに少しでも時間を割かなければ動けなかった。

 ゆっくり、ゆっくりと傷の修復を促進させるが、魔力を使って無理やり動かさなくてもいいようになるまでには、少しかかるだろう。

 それを待ってくれるわけが無いだろう。見上げている視界の中に、白い尾が移り込むと、続いて霧雨魔理沙が顔を見せた。尻尾の先が高質化し、金属の刃へと変化する。

 私の胸を貫こうと刃の切先が向けられた。動けない事はないが、魔女が見下ろしている今、下手に動けば即座に串刺しにされるだろう。

 奥の手を使おうにも、魔力の流れで感づかれるだろう。ギリギリまで力を溜め、弾いてやる。自然とお祓い棒を握る手に力がこもり、私を屈辱的な視線で見下ろす魔女を睨み返した。

 私にまだ戦う意思があると取ったのだろう、即座に魔女が尾を振り降ろす。それに合わせ、全身の残った筋肉を使ってお祓い棒を振り抜いた。金属の刃と木製のお祓い棒が交差し、甲高い金属音を鳴らしながらお祓い棒を握る手に衝撃が走る。

 曇天を通り抜けてくる太陽の光に反射し、小さく金属片が光る。腕や尻尾の段階で、あれだけの強度があったはずの刃が砕けたのは、何かしらの意図があるのだろうか。それとも金属の性質で再現するため、そちらの方が強度が低くなっていると考えられる。

 筋肉を使った攻撃の反動で起き上がり、反撃しようとするが、切先の砕けた刀が角度を変え、私の体を両断する方が速いだろう。

「くっ…!」

 殴りに行くのを変更し、防御の姿勢を取った。強化されたお祓い棒に刃が叩きつけられた瞬間、刀の形状になっていた尾が派手に砕け散る。刃だけではなく陶器質の皮膚に亀裂が生じていくと尾の根元にまで及び、白色の身体が消え去った。

 何が起こっているのか。この状況でこんな訳の分からない事をする理由がわからない。それとも、時間を稼ぐためだったのか、強力な攻撃が来ないか魔力に意識を向けてみてもスペルカードの使用が示唆される流れは感じない。

 魔力の結晶となって消えていく陶器質の砕けた皮膚から目を離し、魔女の方を見上げると、明らかな異変が見られた。

 胸を掻き毟る様に押さえ、口を押えた。元々白かった肌の色が、さらに青白く見えるのは、明らかな体調の変化だ。

「ごぼっ…!?」

 咳と同時に口元を押さえていた手に、血がこびり付く。奴自身も体調の変化についていけないのだろう。身を屈め、苦しそうに何度も咳を繰り返す。

 喀血による血が、皮膚を伝って肘から落ちていく。一度の咳では収まる気配はなく、喘鳴を交えながら咳はどんどん酷くなっていく。

 水気のある咳を繰り返すと、それだけ手が真っ赤に染まっていく。苦しそうに身を屈めていたが遂には膝をつき、手ではなく地面に喀血をこびりつかせていく。

「惜しかったですねぇ」

 煙草を一本吸っただけで、あれだけ力の変化があったのだ。体に負担がかからない方がおかしい。咳き込み、肺の中にある血を吐き続ける魔女を見下ろした。あれだけ優勢で立ちまわっていたというのに、形勢逆転だ。

 手だけではなく、目の前の焼けた地面を血で染め上げても咳は止まらないようで、身を縮めて咳を繰り返していく。

 お祓い棒で顔面をぶん殴り、かち上げた。顔が跳ねあがり、後ろに倒れ込む。それでも血反吐を吐き続け、咳を続ける魔女には反撃の兆しはない。起き上がろうとする霧雨魔理沙の胸を焼けた靴で押さえつけた。

 攻撃をしたいのだろうが、込み上がる咳と血液を押さえられないのだろう。口元を乾いた音と共に赤く染める。酸欠も起こしているのか、朦朧とした視線で見上げて来た。

 せめてもの情けだ。最後は苦しまないように、一瞬で殺してあげよう。右手の袖から針を取り出した。魔力で強化された頭蓋を貫くのは難しいが、眼球を通せば楽に脳天を貫ける。

「さぁ、これで終わりねぇ」

 強化された針を逆手に持ち、半分は焼けて骨が露出している左手で、咳き込むごとに動く頭を地面に押し付けた。口元が血で汚れ、私が手を下さずともそのまま死んでしまいそうな魔女の右目に針を添えた。

 瞳に当たるか当たらないかの距離感を保っているが、魔女が咳きこんで動くせいで当たってしまいそうだ。どちらにせよ刺すつもりであるから、別に構わないか。

 左足で胸を押さえ、右足で腕を押さえているが、逆側の腕は拘束していない。魔女が針を握る手を掴み、押し返そうとしてくる。先ほどまでの強化された力が無いのに加え、私は体重をかけていることで数ミリずつ彼女の瞳へと針の先端が近づいていく。

 顔を捻ろうとしても、しっかりと押さえている事で向きを変えられない様子だ。咳で頭部が動き、それによって刺さってしまうと言った距離まで近づいた。もう一押ししようとしたところで、自分と魔女に影がかかる。

「…随分と可愛がってくれたみたいね…!」

 骨を通して聴いている声と、鼓膜を通して聞くのではだいぶ違うが、自分のだと認識できる声がすぐ近くで聞こえて来た。

 邪魔される前に魔女を殺そうと、更に全体重をかけて針を頭部に抉り込ませようとするが、針の先端がお祓い棒の強打でへし折れ、振り下ろそうとしていた腕を跳ね上げられる。

「ぐっ…!?」

 何重もの結界で閉じ込めて来たというのにもう脱出して来るとは、予想以上に力を持っている。いや、私が魔女一人を始末するのに時間をかけ過ぎたのだ。

 怒髪天と言える程に怒りを見せる博麗の巫女が、私へお祓い棒を振るう。一撃目は肩に食らい、鈍い痛みが腕や胸にまで到達するが、二撃目は後方に飛びのいてかわした。

 魔女を殺せなかったのは痛手だが、あの様子では戦闘に参加するのはだいぶ時間がかかるだろう。その内に、私はゆっくり博麗の巫女を料理してあげればいい。

 こちらも負傷はしているが、一人ずつ相手にするのであれば問題はほぼ無い。優しく魔女を抱き起す博麗の巫女を見ながら、握っていた部分だけが残された針を捨てた。

「次はあなたかしらぁ?…結果は見えてると思うけどやるのかしらぁ?」

 二人が合わさればかなりの脅威となるが、その片割れは地面に寝かせられている。未だに咳も続き、例え復帰できたとしても戦力になるかどうかも怪しい所。

「…ええ」

 相当頭に来ているのか、額に青筋を浮かべた博麗の巫女が立ち上がる。こちらを見据え、霧雨魔理沙から離れると、お互いの間合いのギリギリ外に陣取った。

 先の一撃、衝撃は殆ど逃したはずだが、右肩が外れてしまっている。こいつも魔女と同じく、互いのために力を発揮するタイプか。あそこで殺していれば、絶望して戦意を喪失していただろうが、中途半端にしてしまったせいで逆に火がついてしまった。

 左手で右肩の骨を入れ、関節の稼働に問題が無いか軽く回して確認する。こちらもお祓い棒を握り、冷徹に睨んで来る巫女を見据える。

 面倒なタイプであるが、そうと分かっているのであれば、私は油断はしない。全力で叩き潰すのみ。

 腹が立っているのはこちらも同じだ。邪魔ばかりしてくれて、そのお礼をこれからの戦闘で返してあげるとしよう。

 開始のゴングはならなかったが、飛び出すタイミングはほぼ一緒だった。進みながら攻撃を仕掛け、今しがたやられた右肩を狙ってこちらはお祓い棒を薙ぎ払う。

 巫女の攻撃は、私が半歩も進む前にこちらに到達し、胸を打ち抜いてきた。防御の事など考えていなかったため、強烈な一撃に上体が後ろに傾いた。

「あがっ…!?」

 骨が折れなかったのは奇跡だ。肋骨の歪みで呼吸ができず、息が詰まる。体内を衝撃が闊歩しているらしく、胃がフラフープでもしているようで、思わず嘔吐しそうになった。

 奥歯を噛み締めて嘔吐感を押し沈め、追撃を避けるために視線を巫女へ向けようとするが、伸ばされた手が視界を塞いだ。

 足を払われ、後頭部を地面に叩きつけられた。石でも転がっていたのか、鈍い痛みが何度も前頭部と後頭部を往復し、目の前に星がチラついた。

「はや……!?」

 記憶の中にある巫女の速度とかけ離れていたため、反応が大きく遅れた。強化されているはずの頭蓋骨から、異音が響く。怒りに身を任せているのか、そのまま骨まで潰されてしまう。

「放せぇ!!」

 目の前にいる巫女を蹴り飛ばし、引き離そうとするが、伸び切った足に何かが接触する感触はなく、この至近距離でもかわされた。伸びた足と腹部にお祓い棒が叩き込まれ、怯んでいる隙に投げ飛ばされた。

 投げられる直前に体を捻り、握る手からすり抜けた。空中で体勢を立て直し、着地と同時に針と札を取り出そうとするが、掴む直前でその手を打ち払われる。

 取り落とした道具が地面に刺さるよりも早く、今度は私から動き出した。落下していく得物になど目もくれず、お祓い棒を振るう。瞬きする間に二度も得物を叩き込む。負傷している事を差し引いても、これまでの巫女であれば攻撃を食らわせられたはずだった。

 攻撃を与えるどころか全て受け流され、逆にお祓い棒を何度も食らうことになる。腹部に、顔に、胸部に、私が与えた回数の倍以上もの攻撃が叩き込まれた。

「がっ…!?」

 強力な打撃で後ろへ吹き飛びそうになった私の腕を掴み、引き寄せながら更なる打撃を繰り出してきた。吹き飛ぶことなど許さず、打撃に撃ち抜かれ続ける。

 防御をしてもすり抜けられてしまうため、攻撃も防御も考えず、受けた攻撃を受け流すことに専念した。それでも体に入るダメージは大きく、顔に叩き込まれたお祓い棒により吹き飛ばされた。空中で体勢を立て直そうとしたが、体が言うことを聞かずに地面に倒れ込んだ。

 攻撃されるうちにかなりのダメージを負ったのか、込み上げて来た血を地面に吐き出した。

 十年かけ、無数の世界を滅ぼしてきた。その中で、ここまで私を追い詰めたのは、こいつらが初めてだ。今までは三下だと見くびっていたが、この二人を自分と同じかそれ以上の存在と認識する。

 息があるためか、巫女が変わらず歩み寄ってくる。私に止めを刺そうとしているが、これで終わると思って貰っては困る。起き上がりながら、奥の手であるスペルカードを取りだした。

 強力な魔力の流れから、気取られてはいる。スペルカードを起動する前に叩くつもりだろうが、後方に飛びのいた後に接近しようとしても遅い。

 淡青色に輝きだしたカードを握り潰し、回路を抽出。スペルカードを起動し、回路の性質を発現させた。

「奕世『祖の返り』」

 




次の投稿は1/14の予定です。


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東方繋華傷 第百九十四話 扉の先へ

 1/14に投稿すると言ったな。あれは嘘だ。

 1/14は私用で忙しくなるため、一日繰り上げての投稿となりました。



 自由気ままに好き勝手にやっております。

 それでええで!
 と言う方のみ第百九十四話をお楽しみください!


 以前、紫から聞いた事がある。博麗の巫女の力について。

 皆は鬼や神など、人間では到底到達することのできない高みに届く、その強力すぎる力ばかりに目が行く。だが、この能力の真に注目するべき部分はその継承力だ。

 妖怪や多少魔力を扱える人間が子を残したとしても、その子供が同じだけの強力な力を備えるとは限らず、能力も異なる。

 それに比べ、博麗の巫女はほぼほぼ同じ能力を同程度の強さで子へと受け継いでいく。その強さは世代で減衰することなく継承していくのは、世界で見ても類を見ない。

 とは言え、力を授かったとしてもそれを扱えるかどうかは、また別の問題である。強大な力があったとしても扱い方をわかっていなければ、扱いきれていなければ弱体化と相違ない。

 恐らくだが、このパターンが異次元霊夢や私に当てはまると思っていたが、わざわざスペルカードを使用しなければならないところから、異次元の巫女は継承が上手くいかずに本当に弱体化していたのだろう。

 しかし、私とて継承された博麗の力を100%発揮できているわけではない。それを異次元霊夢が最大限に引き出したとしたら、非常にまずい状況となるだろう。

 

「奕世『祖の返り』」

 異次元霊夢は、確かにそう口にしてスペルカードを発動した。見たことも、聞いた事もない不明なスペルカードは、対峙する私の緊張度を引き上げる。

 二十代以上続く博麗家の古い書物を読み漁ったこともあるが、そのような技は記憶にない。異次元霊夢の完全なオリジナルのスペルカードと言うわけであり、どのような効果があるのかはわからない。だが、私のやることは変わらない。

 赤く血の混じる唾を吐き捨てる異次元霊夢へ、私は臆せず突き進む。淡青色の結晶がカードを握り潰した指の間から漏れると、風に煽られ消えていく。

 曇天の間から漏れて来た光芒が、異次元霊夢の元にまで差し込んだ。空からの架け橋で照らされる奴の周りに、何かが見えた。

 透明で実体はないが、魔力の濃淡で大気や光の透過度に揺らぎが生じ、網膜に映り込む違和感として脳が処理する。それらの揺らぎは一つではない事に気が付いた。巫女にばかり目が行っていたが、複数の揺らぎが異次元霊夢の周りにある。

 揺らぎの大きさは大小不同であるが、異次元霊夢と大体同じ高さである。朧気ではあるが、揺らぎの輪郭は人間の形状を連想した。

 人間だと思っていた揺らぎには薄っすらと髪の様なものがあり、目の様なものがあり、口の様なものがあり、手や足と言った人間を形作る物がある。

 それが約二十。異次元霊夢と似たような容姿であることから、異次元の幻想郷を守って来た歴代の巫女たちなのだと直感で悟った。その存在感もさることながら、こちらに向けられる重複する敵意は、私を止めるだけの威力を備えていた。

「…っ!?」

 敵意にダメージが存在していれば、私は五体満足で切り抜けられなかった。肉片が残ったかすらも怪しいレベルであり、消し飛ぶだろう。

 しかし、中途半端な位置で止まってしまうのが一番危ない。怖気づいて動かなくなりかけた足に鞭を打ち、大きく前進する。

 加速し、異次元霊夢の頭部にお祓い棒を叩き込もうとするが、それを受け流そうとする動作だけでもスペルカードの前後で動きに違いが見て取れた。

 振り下ろした全力の打撃を、得物を使う事すらなく素手で掴み取られた。これまでは全身を使って衝撃をいなしていたというのに、得物を掴む手だけで衝撃を逃がし切った。

 同じ巫女であるはずだったが、この一撃だけで今までとは次元が違うのだと見せつけられた。

 引き離す為、掴まれたお祓い棒を振り払おうとするが、振るまでに二度も打撃を撃ち込まれ、体がくの字に折れる。

 腹部を正面から、脇腹を横から打ち上げられ、防御面だけではなく攻撃にもスペルカードの影響が多大に現れているのを身をもって知った。速度や威力が上がっているのもあるが、打撃を受けた際に身体への透過率がまるで違う。

「かはっ…!?」

 一瞬で打撃が背中や頭にまで浸透する。それだけの攻撃だというのに、身体は吹き飛ぶこともなく、そばに崩れ落ちた。重たい鈍痛に呼吸を司る筋肉が萎縮し、呼吸もままならなくなる。

 倒れ込むことは免れたが、膝をついて呼吸に喘ぐのは、さほど差異はない。立ち上がろうとするが、膝から力が抜け、がくがくと笑ってしまっている。

 立ち上がろうとしていたところで今度は顔面をぶん殴られた。先の骨の髄にまで浸透する打撃とは異なり、衝撃がそのまま頭部に放たれた。得物での痛みは衝撃の痛みへ徐々に変わっていく。

 命を落とさず、意識を失わなはなかったのは奇跡だ、いや、巫女の力は強力で運の下駄を履かせたとしても、状況に大きな違いはなかったはずだ。強大な力の前には塵と相違ない。

 死ななかったのは必然だった。ただ異次元霊夢が巫女の力に慣れておらず、扱いきれていなかっただけだ。それもいつまで続くかはわからない。

 何とか意識を引き戻し、空中で体勢を立て直す。立て直す過程でスペルカードを発動し、周囲に弾幕を展開した。

 この戦闘のために強化していた為、十数発だった弾幕は数十発にまで増加している。無数に配置された弾幕を一斉に異次元霊夢へと放つが、ダメージを与えられるとは考えておらず、牽制的な意味合いが強い。

 そこらの妖怪であれば、過剰と言える弾幕の数だが、巫女の力を非常に高い割合で引き出している異次元霊夢相手であれば、むしろ少ないだろう。

 私がスペルカードを発動した時点で、戦っていた巫女は構えに入っていた。身を低く屈め、お祓い棒の先が地面に当たるすれすれに構えると、こちらへと跳躍した。

 後方の地面を割り、めくり返すほどの衝撃と共に飛び出した。十数メートルの距離を取っていたが、地面に残る痕跡から到達までに数秒と掛からない。時間を稼ぐためのスペルカードだったが、放たれた弾幕は巫女に触れることすらできず、全て爆散した。

 お祓い棒で破壊したのは言うまでもないが、腕が二本以上なければ対処できない数十個の弾幕が一斉に破壊された。もし、自分でも同じことができるかと聞かれれば難しいだろう。

 爆発する弾幕を突き抜けた異次元霊夢がお祓い棒を横殴りに振り払った。スペルカード後特有の硬直で動けていなかったが振られる直前に解放され、上体をのけ反らせてかわした。

 鼻先を掠めるお祓い棒を見送りこちらからも反撃するが、攻撃を素手で打ち流された。全身の筋肉を使い、最大の威力と速度を兼ねる得物の連打を見舞う。

 上や下から、右から左から。縦横無尽にお祓い棒を叩き込む。当然だが異次元霊夢は涼しい顔をして全ての打撃をお祓い棒ではじき返してくる。

 移動などで体温が上がっていたが、更に激しい動きで深部体温が上がり、四肢の末梢にも影響が出始める。体が温まっていくことで、身体の柔軟性や筋肉の可動域が広がり、スピードや攻撃力が上がっていく。

 連打の速度が上がっていき、得物と得物が合わさる甲高い打撃音が辺りに響く。一撃一撃に渾身の力を込めているが、受けた異次元霊夢の腕を跳ね上げることすらできない。

 それどころかほぼ最高速度で打ち続けている私に対し、どんどん速度を上げていく。速度を維持か上げているはずだが、加速度は異次元霊夢の方が高い。

 攻撃と攻撃の合間に、腹部へ打撃を叩き込まれた。攻撃の合間だったお祓い棒が奴の攻撃を掠り、威力を半減させてくれたおかげでそこまでのダメージにはならなかったが、それでも私を数歩下がらせるだけの威力がある。

 下がりながらも体勢を立て直し、更なる連撃から身を守る。休む暇も、息をつく暇もない。全力を注ぐ攻防に、筋肉が悲鳴を上げ始める。

「くっ…!」

 空気を唸らせながら突き進むお祓い棒をかわし、反撃する間もなく帰って来た打撃を受け止めた。なるべく衝撃を受け流す様にしているのだが、肩まで衝撃が伝わってくる。

 指先がビリビリと痺れ、お祓い棒をしっかり握っているはずなのに、そのうち握力が緩んでどこかに飛んで行ってしまいそうだ。

 反撃する素振りで大ぶりの攻撃を誘い、後方に吹き飛ばされそうになる衝撃をなんとか受け流しながら異次元霊夢へカウンターを決めた。

 重々しい音と共に異次元霊夢の顔が派手に跳ねた。込めた力加減から、予想した衝撃がお祓い棒を伝って帰ってこない。

 手が痺れている事で感じにくくなっているのかと思ったが、ダメージを流されたのはこれまでの戦闘から容易に想像できる。

 ならば、ダメージを逃がせない程に早く、強く打てばいい。のだが、それをできない自分は、さらに放たれる怒涛の連撃に対して後手に回ってしまう。

 いくら体温を上げて身体の可動域を増やしたとしても、変幻自在に凄まじい速度で打ち放ってくる攻撃を捌き切れなくなってきた。腕や肩をお祓い棒が掠り、顔や胸をお祓い棒が打つ。

「うぐっ…!…くっ…!」

 袖の中から三十センチ程度の針を引き抜き、振られたお祓い棒を受け止めようとするが、耐えることなくひしゃげて折れ、脇腹を強かと打つ。

 息が詰まり、呼吸がままならなくなるが、直ちに生命維持が脅かされるわけではない。胸を膨らませて酸素を取り込むのは、追撃を切り抜けた後でも十分できる。

 むしろ口を噤み、攻撃へと専念する。それだけ集中的に戦っているというのに、打撃と弾幕が組み合わさって、こちらに一切の反撃を許してはくれない。

 振るわれるお祓い棒をどうにかいなすのがやっとだというのに、そこにいやらしい位置に弾幕が配置され、避けるのも破壊するのもできなくなっている。

 致命傷に至るであろう攻撃以外無視したいが、地面に拳台の穴を開けるため、ごり押で突っ込むわけにもいかない。弾幕が掠ると服とその下にある皮膚が抉られた。

「っ…!」

 弾幕を受けた肩や腕、腹部の一部から血が滲むが体は動かせる。しかし、弾丸や打撃を受ければ受ける程に動きのキレや可動域が狭まっていくのを感じた。攻撃を受け、怯む私に更なる攻撃を放ってくる。

 いつの間にか、私は防御すらも危うい状況へと陥っていた。打撃や弾幕を辛うじて受け止めるが威力を半減できず、腕やお祓い棒が跳ね上がる。その度にさらなる攻撃が重なり、体力を削られていく。

 反撃に出られるタイミングはそう何度も訪れるものではなく、ジリジリと追いつめられた。最初の勢いが嘘のように前に出れない。奴が前進した分だけ、私は後進してしまう。

 魔理沙が打ちのめされ、血反吐を吐いていたところを思い出す。あの怒りはまだ持続しているが、憤怒よりも巫女の力や技術が上回っている。

 薙ぎ払われたお祓い棒が私の得物の表面を撫で、腕を経て胸と次いで腹部を打ち撫でる。くの字に曲がり、異次元霊夢に晒した上半身へ再度打撃が加えられた。顔が跳ね上がり、口の中に血の味が混じる。

 殴り飛ばされた所に更なる弾幕の応酬。抵抗でお祓い棒を振るっていくつかは叩き落したが、左肩と右胸を撃ち抜かれた。

「ふっ…ぐっ…!?」

 激痛と共にやってくるのは、身体に大穴が穿たれる燃えるような熱。あまりにも経験のない感覚に、大きくバランスを崩した。片膝をつきかけ、弾痕から血を滲ませる私に、休む暇も与えずお祓い棒を振り下ろしてきた。

「っ………がっ!?」

 前頭部が殴られ、後方に倒れた。こんな風に地面にあおむけに倒れるのは、久々だった。胸を撃ち抜かれたせいで肺に血が溜まったのだろう、咳が込み上げて来ると血が喉の奥からせり上がり、口の中に溢れ出た。

 鉄臭い香りに我慢できず、傍らの地面に吐き出した。倒れた私に止めを刺すつもりなのだろう。異次元霊夢が馬乗りとなり、頭を叩き潰そうとお祓い棒を掲げた。

 頭を殴られた衝撃で軽い脳震盪を起こし、ボンヤリと酩酊したような脳では異次元霊夢が叫んでいる事が理解できないが、死ねと口ずさんでいるのだけはわかった。衝撃をいくら受け流そうが、頭部は熟したザクロのように地面にへばり付くことだろう。

 お祓い棒を掲げる腕の位置が最高高度に達し、後は振り下ろされるだけとなった。一秒先か、二秒先か。いや、もっと短いだろう。その素振りを見せた。

 頭を叩き潰す予定だった掲げられたお祓い棒に、私からも異次元霊夢からも死角の位置から弾幕が撃ち込まれた。淡青色のエネルギー弾が炸裂し、私を殺そうとしていた奴の攻撃を阻害する。

 爆発の衝撃によって、何メートルも吹き飛ばされてもおかしくはないというのに、異次元霊夢は見えてもいない位置から撃たれた弾幕に対応し、お祓い棒を数センチずらされる程度で終わった。

 しかし、それだけの時間があれば更なる攻撃を繰り出せる。自分から反射される光を捻じ曲げ、彼女は身を隠していたのだろう。目に見えない物体が落下してくる気配を感じていたが奴も同じだったようで、お祓い棒を構えるとそこに何か攻撃を受けたらしい。数メートル程横へ押しのけた。

 奇襲がバレれば身を隠しても無駄だと思ったのだろう。屈折をなくして身を表すと、相変わらず口元を血で汚している魔理沙が近くに着地した。蹴りを放った無理な体勢で降りたためバランスを崩しかけたが、地面を踏みしめて体勢を立て直す。

「ごほっ…!」

 ダメージが抜けきっていないらしく、咳き込みながら血を吐いた。口を片手で拭いつつも、逆の手で手元に魔力を集中させて異次元霊夢へと高密度のレーザーを照射した。

 水も岩石も一瞬で沸騰させるであろう熱線を放つが、お祓い棒で受け止められてしまう。魔理沙がレーザーの出力を上げようとした直前、射出元へと跳躍しながら掻き消した。エネルギー弾かもしくはレーザーを再度放とうとするが、それよりも異次元霊夢が到達する方が速い。

 魔力が手のひらに収束する前に巫女が魔理沙の横を飛び抜けると、身の毛もよだつような打撃音を響かせた。どちらが打撃を放ったかなど、考えるまでもなく彼女が腹部を押さえながら崩れ落ちた。

「かっ……はぁ…!?」

 既に満身創痍な彼女だが、それでも戦う意思は残しているのだろう。地面に崩れ落ちても立ち上がろうとしている。地面を掻き毟り、歯を食いしばって自分を振るい立たせる。

 私も彼女に躍起され、倒れていた上体を起こした。膝をつく魔理沙の頭を叩き潰そうとしている異次元霊夢の攻撃を、お祓い棒で受け止めた。私とさほど変わらない筋力のはずだが、打撃の重さは人間よりも鬼以上の物を感じる。

 正面から受け続ければ腕の骨が持たない。自分から後方に飛び、魔理沙と共に一度体勢を立て直そうとした。足に力を込める前に肩越しに手が伸びてくると、掌の上に形成された魔力の球体が弾け、衝撃波を撃ち放つ。

 単体の弾丸であれば弾いて終わりだろうが、巨大で全てを吹き飛ばす衝撃の波は、表面を打ち払ったところでその奥から更なる波が到達する。異次元霊夢もその攻撃は何度も食らい知り尽くされている。

 弾かれたように異次元霊夢が後方へ飛びのき、衝撃波に掠ることなく迂回してやり過ごした。あの嵐のような連撃が途切れ、緊張で忘れさせていた身体の疲労が帰ってきた。

「はぁ…はぁ…」

 頭だけでなく、全身に足りていなかった酸素が供給され、蓄積されたダメージと疲労を実感する。ここまでの疲労を感じたのはいつぶりだっただろうか。ベットが無くとも倒れ込むことができたらそのまま気を失ってしまう事だろう。

 これだけの疲労とダメージを抱えているというのに、勝てる気が全くしないのは、隣で喀血する彼女も同じだろう。それはそうだ。私だけでない、母や祖母でさえも立ったことの無い頂に異次元霊夢は立っている。

 これだけ攻防を繰り返せば、現在の奴がどれだけの実力を持っているのか容易にわかる。スペルカード起動の前後では打撃の鋭さがまるで違う。だが、異次元霊夢はそれでも力を百パーセント使いこなしているわけではないだろう。紫から聞く力は、こんなものではなかった。

 叩くなら今の内しかないはずだが、私も魔理沙も後どれだけ動くことができるだろうか。

「…魔理沙、まだ戦えそうかしら?」

「戦わない選択肢はないぜ……だけど、突破口を見いだせない」

 それは私も同じで、叩くは叩くにも、闇雲に攻防を交えたとしても、じりじりと押されていくのは目に見えている。スペルカードを使う前の異次元霊夢であれば互角に戦えていたが、今は危うい。

 現状では私は付いていくのがやっとであり、負傷などさせなければあとは引き離されていくだけだ。魔理沙もどれだけ頑張ろうとあの動きについていくのは不可能だろう。

 だが、逆を言えば二人同時で戦えば、今なら何とかなる。私たちの体が動き、奴が慣れるまでに決着をつける。

 火傷で身体にかなりの負傷を追っているはずだが、異次元霊夢の動きはかなり軽快だ。負傷させていなかったと考えるとぞっとする。

 太陽の畑で待ち構えていた、命蓮寺の面々の援護は期待できそうにない。これまでの戦闘で、かなり移動してしまっているというのもあるが、自分たちの怪我をどうにかするので精一杯だろう。

 二人で攻める以外の選択肢はない。ほぼ八方塞がりのような状態だ。

 どう戦うかのプランを少ない時間の中で練ろうとした時だ。異次元霊夢が動き、こちらへ突撃を仕掛けて来た。ただ突っ走ってきているだけなのだが、今の私たちではそれすらも脅威になる。

「結」

 自分と魔理沙を守る形で結界を形成して初撃を防ぎきるが、結界はたったの一撃しか耐えることができず、崩れ始めてしまう。

 砕けて破片となっていく結界を難なく通り抜け、私へとお祓い棒を薙ぎ払う。魔理沙が結界を叩き割った異次元霊夢をレーザーで牽制するが、走る速度はさほど変わらない。

 同時に複数のレーザーを放っていたが、それらをすり抜けた異次元霊夢へ、こちらからも弾幕とお祓い棒で迎え撃つ。

 得物とレーザーによる寸分の狂いもない攻撃の嵐は、奴の服や髪の端を捉えることはできても、本体には当たらない。実体のない、物理的に触れることのできない幽霊でも相手にしているようで、奴に攻撃を命中させるのは、雲を掴もうとするのとそう変わらないだろう。

 水などの流体でも見合っていない。空気や幽霊などを相手にしているような気がしてきた。二方向からの弾幕は地面に着弾するか虚空に消え、一発すら直撃せずに消え去った。

「っ…バケモンかよ…!」

 魔理沙がそう吐き捨てるが、全面的に同意する。同じ人間とは思えない位には、人間離れしている。

 魔理沙の援護を受けつつ反撃に出るが、使い慣れて手になじんでいるはずのお祓い棒が嫌に重く感じるのは、体が激しい動きによる疲労のピークに達しようとしているからだ。魔力で身体能力を底上げしても尚、人間離れした運動能力では限界がある。それでも、得物を振るうことは止められない。

 何度か異次元の奴らと戦う事があり、負けそうになったこともあった。だが、この戦闘だけは、異次元霊夢にだけは負けられない。

 奴の攻撃の合間に、久しく攻撃を放った。魔理沙の援護の影響が大きく、反撃できるほどに戦況が拮抗し始めたが、いまいち決定打に欠ける。

 レーザーが薙ぎ払われるが、身を翻してすり抜けるとさらにこちらへ進撃する。私からも弾幕を放っているが、異次元霊夢が力に慣れ始めているのか、戦況が僅かに傾き始めた。

 魔理沙からの援護があったとしても、空気の唸り声を発する得物が攻撃の合間に私へ振りぬかれた。頬を掠り、皮膚の一部を抉られた。ギリギリで直撃は避けたが、同時に残された時間が少ない事も実感した。

 息をつく暇もない私に、涼しい顔を崩さない異次元霊夢が畳みかけてくる。だが、回復の時間を稼ごうとしているのだろう。私を後ろへ突き飛ばしながら奴との間に魔理沙が割りこみ、炎の性質を与えた魔力を生成し、薙ぎ払った。

 かなりの魔力量を与えられているのか、膨れ上がった炎は眩い光と全身を焼かれているような熱量が放たれる。炎は異次元霊夢だけでなく数十メートル先にまで放射されていき、その過程にある物体を一瞬で炭にまで焼け焦がす。

 一秒か、二秒か。それだけの時間を稼げると思った矢先。全てを吐き尽くす地獄の業火を、異次元霊夢はお祓い棒一本で潜り抜けた。

 お祓い棒で気流を操作し、文字通り炎を切り抜けた。かざしていた手を得物で打ち払い、炎と熱気で歪む大気の中から無傷の異次元霊夢が出現する。

「あんたはちょっとやそっとじゃあ死なないわよねぇ、少しどいててもらおうかしらぁ」

「それはできない相談だぜ!」

 腕を殴られた魔理沙の頭部にお祓い棒が叩き込まれる寸前、異次元霊夢のお祓い棒が押し返された。項から溢れ出した液体が腕を纏い、あの化け物の巨腕を形成したからだ。

「それも飽きたわぁ」

 化け物だった時に比べてかなり弱体化はしているが、それでも威力は非常に高い。だが、今の異次元霊夢には蚊ほどもダメージを与える要因には成り得ない。拳を振りかぶり叩き潰そうとした腕は、異次元霊夢のお祓い棒で千切れ飛んだ。

「っ……だろうな…!」

 苦し紛れの強がりであることは明白であり、魔理沙が時間を稼いでくれている間に体勢を整えなければならない。

 汗が滝のように流れ、体の体温を下げようとしているが、限界近くまで上がっている深部体温を下げるのはそう簡単ではない。もう数度でも体温が上昇すれば、私は死ぬだろうが目先にお向きを置いていられない。

 緊張しきった全身から力を抜いて弛緩させる。魔力で回復を図り、疲労を軽減した。肺を活性化させ、より多くの酸素を取り込んで全身へ循環させる。

 魔女の割に動ける魔理沙は腕を完璧に破壊され、更なる追撃を食らうが、打撃を受ける瞬間にその部位を白色の皮膚で覆う事でダメージを軽減した。

 魔理沙に時間を稼いでもらったおかげで、一度か二度程度の深呼吸ができた。酸欠もかなり改善され、戦場へと舞い戻る。

 足の筋肉を駆使し、ほぼ一瞬で異次元霊夢の後方へと回り込む。そのタイミングに合わせ、魔理沙が破壊されてしまっていた隻腕を再形成し殴り掛かった。

 タイミングはほぼ完璧だったが、二方向からの同時攻撃が失敗する。だが、それは私とて想定内だ。魔理沙の拳と私の得物が押し潰すポイントを体動でずらし、拳を正面から叩き潰した。

 皮膚を構成する大量の陶器質の破片がこちらにまで飛んでくる。そのまま魔理沙へ打撃を加えることもなく、予備動作を感じさせぬまま異次元霊夢はこちらへと跳躍した。

 私は空振りになったお祓い棒を引き戻せていないが、退治用の針を忍ばせていた。異次元霊夢の薙ぎ払われた得物を針で撫でるように受け流し、奴の胸へと突き刺した。

 狙い自体は悪くなかったが、異次元霊夢も同じように考えていたようだ。逆手に持った針で私の針を叩き落とすと、脇腹に叩き込んで来た。

 お祓い棒で金属の針をへし折ってやろうとしたが、私がしたように受け流されてしまう。皮膚を貫いた針が体内奥深くへ抉り込んだ。脂肪や筋肉を突き抜けて三十センチはある針の先端は、体内で生命維持にとって重要な何かを貫いた。

「っ………!!?」

 体を捩じり、異次元霊夢が突き刺してきた針をなるべく急所から逸らそうとしたが、それに合わせて抉り込まれたことで逃げられなかった。

 私の表情を見て、異次元霊夢が笑みを零す。奴にとって、勝利の一歩となるからだ。刺された部分から血が滲んでくると、赤い巫女服を更に深紅へと染める。

「ぐっ…!」

 異次元霊夢を引きはがそうとするが、胸に蹴りを放たれ、後方へと吹き飛ばされた。蹴りのダメージなど脇腹と比べれば大したことはないが、ダメージを受けていたせいでまともに受け流すことができなかった。

 極力脇腹に負担がかからぬように受け身を取り、数秒の浮遊感の後に地面に転がり込んだ。うつ伏せで倒れかけるが、地面に押された針が体内へ抉り込んでしまいそうになり、寸前で上体を持ち上げた。

 針に手を伸ばして握った。引き抜こうとも考えたが、その手が止まった。体に刺さる針先は体内の動脈にまで達しているのだろう。僅かだが握った手には、脈拍と同じタイミングで微かに振動を感じる。

 私が脇腹に刺さる針を掴んでいる間に、巨腕を砕かれた魔理沙が異次元霊夢に頭部を殴られ、腹部を殴られ、弄ばれている。反撃に躍り出ようとしても赤子のように扱われ、地面を転がって血反吐を吐く。

 早く復帰しなければならない焦りもあるが、これを引き抜けば奴に殺される前に出血多量で死ぬ。その事実に縛られ、動くに動けなくなっていた。

 いや、引き抜かずとも傷口から血が滲んでいる時点で、動脈から血が漏れてきている。放っておけば程なくして、出てくる血もなくなってしまうだろう。

 大量の血が溢れ出し、血の気を失うのを感じた。視界が暗転に次いで揺らぎ、私の戦意とは相反する形で意識を失いそうになる。体から力が抜け、前のめりに倒れ込んだ。

「ぐっ……まだ…だめ…」

 額を地面に擦りつけながらも、歯を食いしばって失神を拒む。ここで気絶してられない、死んでいられない。闘志を胸に意識を繋ぎ止め、立ち上がろうとするがそこから先に進めない。

 出血のし過ぎか、ダメージが蓄積し過ぎているのか。こんな時に私の手足は鉛のように重く、溶接されているように動かなくなっていた。

「…こんな…時に……!」

 先述した通り、私は巫女の力を最大限に発揮できていない。奴はスペルカードで限定的ではあるが、同じようにその力を使えることができれば、この状況でも覆せる。

 しかし、私でも十数年、母や祖母の代から数えると数十年単位で、巫女の力は完璧に発現されていない。それを、このたったの数十分の戦闘で目覚めさせるというのは、現実的ではないだろう。

 百パーセントに近い数字で無理だと分かっていても、力を発現させなければ私たちの未来はない。私は出血多量で死に、魔理沙は奴に殴り殺されてしまう。

 このまま時間を意味もなく浪費すれば、私のために時間を稼いでくれている魔理沙が死んでしまう。そんなこと、我慢できるわけがない。これは生存をかけた戦いなんだ。世界など、幻想郷など、巫女の使命など、どうなったっていい。

 この戦争の殆どを一人で戦い抜いた少女を、たった一人の少女を、今度こそ私は助けたい。それだけ、それだけだ。

 決意を決めるんだ。自分を犠牲にしてでも、命を生贄にしてでも、人間性を捨てる事すら厭わないという決意を。

 自分の中で、決意を固めた瞬間だった。自分の中で、何かが変わった気がした。開け放たれた扉を潜る様に、あっさりと。

 

 

 霊夢を除いても、博麗の巫女は20代ほど続いている。霊夢やその母、祖母だけが巫女の力を使いこなせていなかったわけではない。その前から、数代に渡って力が日の目を見ることはなかった。

 それは単に代を重ねるごとに、弱くなっていったわけではない。現に、継承された力はほぼ100%霊夢は受け取っている。ではなぜその力を使わないのか、使えないのか。

 真の意味で死線を潜っていないからだ。巫女の力は保持者のあらゆる要因に呼応して発動する。火事場の馬鹿力のような物であり、心拍数や怪我の有無などの身体状況、心情に左右される。

 だが、一番巫女の力を引き出すために必要な物は、死に近いかどうかだ。死に近いと一言で言ってもかなり曖昧に聞こえてしまう。極論を言うのであれば、ただの戦いでも当たり所によっては死ぬ可能性がある。また、異変が起きた時も最終的には巫女の死に繋がるが、それでも力を発揮できないのは現時点で発揮している力で対処できるからだ。

 霊夢が未熟であったり、博麗の巫女が衰えたのではなく、巫女の力を最大限発揮するだけの人物がいないと言った方が近い。昔と今では、妖怪の強さのレベルが違うからだ。

 昔はあらゆる現象に名前がついておらず解明もされていなかったため、人々はわからない物に、者に恐怖した。知らない事に対する人間の恐怖心は今と比べて桁違いであり、恐怖心から力を得る妖怪の全盛期と言っていい。その時代に生きた博麗の巫女は、その力を遺憾なく発揮することができたという事となる。

 あらゆる現象が解明されてしまっている今は、昔よりも恐怖心が薄れてしまっているため、いくら強い妖怪と言えど、巫女の力を引き出すことができないほどに弱体化している。

 簡単に言えば、平和になればなるほど、巫女の力を発現させるストッパーとなってしまうのだ。

 しかし、異次元の巫女が境界を操る程度の能力を利用し、歴代の巫女を呼び出すことで、数十年ぶりに真の力に近い形で巫女の力を引き出した。それにより死が霊夢に牙を立てようと口を開くが、突き立てることはできない。

 お膳立てが整ったからだ。

 人間性を捨てる覚悟など必要なかった。明らかに霊夢よりも強い力が発生したことで、固く閉ざされた扉にそちら側へ行くための鍵穴が出現した。

 死に近い状況下に置かれたことで、思考に、感情に、本能に、魂に、扉の先にある力が呼応した。解放される段階へと移り、鍵穴に合う鍵が巫女の手に現れた。

 巫女は現れた鍵穴に鍵を差し込み、軽く捻った。昔、何度も扉を開けようとしていた霊夢は、あまりにも呆気なく開錠されたことに驚いている。だが、閉ざされた扉を開けるのに躊躇は無かった。

 



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東方繋華傷 第百九十五話 無想転生

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
と言う方のみ第百九十五話をお楽しみください!


今回も、少しオリジナルの要素が強いかもしれません。


 まるで世界が違う。

 これまでの力とは桁違いの、化け物じみた無限とも思える力が体を駆け抜ける。先ほどまでの疲労感が殆ど薄れており、全身に力が満ち満ちていく。

 これまでも他の人物よりも強い事は多少感じていたが、それですら一つ前の次元と言っていい。戦う異次元霊夢の動きが遅く見える。

 だが、勘違いしてはいけないのは、これまでに負った怪我は治ったわけではない。先ほど抜こうとしたことで少しずれてしまったのだが、前のめりに倒れ込んだことで針を更に押し込み、動脈に空いた穴を得物で防いだようだ。

 本来なら、この姿勢から動かずに治療を施すのが適切だろうが、戦いの現場に幻想郷どころか世界でも一番であろう医者はいない。だからといって戦えないと、泣き言を言っている場合ではない。

 突き刺さった針が抜けないように筋肉で締め付け、お祓い棒を構えながら身を屈めた。殴られ過ぎて血を吐く魔理沙に、異次元霊夢が攻撃を加えようとしているのが見える。息を吐き、肺一杯に息を吸い込むと同時に走り出した。

 奴が武器を振り下ろしてから走り出しており、今までの感覚では絶対に間に合うことはできなかったはずだった。奴の動きが遅く、思っている以上のスピードで十数メートルの距離を詰められた。

 ゆっくりと魔理沙に振り下ろしていく異次元霊夢の得物を、後ろから伸ばした手で掴み止める。脇腹に刺した針でもう動けないと思っていたようで、いきなり止められたことで困惑しているのが見て取れる。

 だが、人間としては早すぎる速度で反応し、扉を開ける前の私であれば成すすべなく地に伏せていたであろう連撃を繰り出してきた。先までは目の端で捉えるのがやっとだったというのに、今では蠅が止まってしまうぐらいには遅い。

 あらゆる情報が頭の中を駆け抜けていくため、異次元霊夢の得物を振り抜くタイミングや角度、狙っている場所が手に取る様にわかる。攻撃の合間に得物を握る焼け焦げた手を素手ではたき落とし、蹴りを打ち込んだ。

 これまでの感覚で放ったが、残像を残して異次元霊夢は小さく吹き飛んでいく。力を開放していないのと、しているのとではこれほどの差があるのかと、吹き飛ばした私がおどろしていしまう。

「…大丈夫?」

 口元や鼻から流れる血を拭っていた魔理沙に手を差し出した。傷だらけではあるが、魔力による修復によりほとんど完治しているようだ。しかし、ダメージ自体は残っているらしく、苦しそうに私に引っ張り起こされた。

「いや……まったく…」

 それは私も同じで、あまり激しい動きをすれば死ぬ可能性が常に付きまとっているのだ。とは言え彼女も私が居ない間にかなりボコボコにされていた為、ほぼ変わらないか私よりも悪いだろう。

「でも…勝てる可能性が見えて来たな」

 私の様子や気配、戦闘が全く異なっている事で、巫女としての本当の力を発揮していると分かったらしい。苦し紛れに少し笑って見せた。

「…ええ」

 私の蹴りが相当効いたのか、数十メートル先に転がる異次元霊夢はなかなか起きる気配はないが、何かしているのは何となく伺える。このまま戦闘を再開させたいが、魔理沙が息を整えるのに時間を使った。

 軽く咳き込んでいるがようやく喀血は収まったようで、血を吐くことはない。魔理沙が奴に向けて歩き出し、次第に速度を上げていく。私もそれに合わせて並走し、戦闘の準備を整えた。

「このまま、押し切るぜ」

 走りながら魔理沙が手のひらに集めた魔力をレーザーへ変換し、前方で膝をついていた異次元霊夢へ放つ。光の速度で放たれた熱線が、地面を焼き焦がしながら薙ぎ払われるが、標的は空へ向けて高々に跳躍し、そのまま飛行へと移る。

 私たちの方向へ向かってくるかに思われたが、後方へと飛びのくと、村へ向けて一直線に飛行を始めた。逃げる際にこちらへ針や札の弾幕を数本投擲していたようで、魔理沙が衝撃波で撃ち落とそうとするが、避けた方が速い。

 弾幕を撃ち返そうとする魔理沙を抱きかかえ、異次元霊夢を追う形で空中へ跳躍した。針が掠りかけるが、魔理沙に当たっていないのであれば問題ない。

 こちらからも弾幕をいくつも放ち、異次元霊夢を撃ち落とそうとするが、レーザーや魔力の弾丸を上手く避けてさらにスピードを上げていく。勝てないと分かったから逃げているというのとは違うように感じる。

「…あいつ…何を……」

 逃げるにしても、この世界からでるのであれば太陽の畑へと向かうはず。その反対方向と言える村に向かうのには何か秘策があるのだろう。もしくは、村人を人質に取るつもりか。

 人質を取られればこちらも動きずらくなる。どうにかして足止めするか、撃ち落とさなければならない。そう思っていたが、顔を青ざめさせていく魔理沙が呟いた。

「あの魔力は……!」

 そう言われ、奴の魔力に目を向けて私も気が付いた。膨大な魔力な流れを感じると同時に、知ってはいるが使ったことの無い波長を感じる。

「あいつ…無想転生を使うつもりだ!」

 無想転生は博麗の巫女の切り札だ。本来なら、奴が一切の攻撃を受け付けない状態へと移行していくのだが、魔力の性質がわかる魔理沙の様子からそちらではないのが伺える。

 この技は二種類あるのだ。いつも私が戦っている状態は言わば通常状態といえる。今を覚醒状態とするのであれば、通常と覚醒で無想転生は異なってくる。

 博麗の巫女の力が二段階になっているのは、フィルターの様な要素が強い。通常では無敵状態となって眼前の敵を打ち砕くのだが、これを使うという事は通常状態では手に負えない可能性を示唆しているからだ。

 さらに、覚醒状態でそれを発動するという事は、最早、博麗の巫女でも敵を押さえることができないという事となる。幻想郷を明け渡すのであれば、脅威を幻想郷ごと全て吹き飛ばして滅する、本当の最後の切り札となるのだ。

 これを作り出した博麗の巫女は人命ではなく、世界を取ったのだ。この世界が無ければそもそも人は生きられないが、人がいなくとも世界が残れば幻想郷は辛うじて存続して再建することができるからだ。

 他の妖精妖怪、人間などをまとめて巻き込むこの技は、幻想郷に重大な損害を与える。ある意味では、覚醒状態で無想転生をする時点で敗色が濃厚となるため、幸運にもこれまでに使われることはなかった。

 しかし、異次元霊夢は本来とはかけ離れた使い方をしようとしている。自分の世界を守るためではなく、他の世界を壊すために。

 かなり離れてしまっているため、このまま邪魔をしなければ村でスペルカードが発動してしまう。我々と異次元霊夢の飛行速度は変わらないため、どうにかして足止めをしなければ追い付けない。

 日差しがあるわけでも気温が高いわけでもないのに汗が流れるのは、生存本能を刺激されることによる冷汗だろう。

「霊夢!掴まれ!」

 空に跳躍してからは離れていたが、魔理沙が接近してくると私の手を掴み加速する。彼女もそこまで速いはずではなかったと思っていたが、かなりの加速を見せる。

 彼女が高速移動して引っ張られているのではなく、私自身も加速している。魔理沙特有のあらゆる性質を与える魔力により、二人の時間が加速しているのだ。

 これまでやらなかったのは、接近戦ばかりで異次元霊夢を加速した時間に巻き込んでしまって意味がなかったからだろう。それに加え、かなり能力が及ぶ範囲も狭いようだ。

 普通に飛行するよりも素早い速度で、スペルカードを握る異次元霊夢へと到達した。彼女が私を投げ、私も前に飛び出し、加速した一撃を異次元の巫女へ叩き込んだ。

「くっ…!?」

「…そう簡単にやらせるわけがないでしょう……!」

 通常状態は普段のスペルカードと変わらないが、覚醒状態では世界諸共破壊するため、発動するのにある程度制約がある。発動までに時間がかかるのもその特色に一つだ。

 それまでの間に異次元霊夢が持つスペルカードを破壊するか、取り上げれば無想転生の発動を阻止できる。

 接近した私へお祓い棒を握る異次元霊夢の迎撃が放たれる。左右に体を捩じり、瞬きする間に複数回振り抜かれた得物を避け切った。

 大振りで横なぎの打撃を、間合いの内側へ入り込んで素手で受け止めた。覚醒した私にかなわないと分かり、逃げたとしても戦意はまだまだ消失していないのが太刀筋からもわかる。

 異次元霊夢の握るスペルカード目掛けて攻撃を打ち出すが、狙いがわかっているため、ひらりとかわされた。時を加速させ、なんとか私たちの戦いについて来ている魔理沙も弾幕を撃つが、覚醒に近い状態の異次元霊夢はお祓い棒で掻き消した。

 エネルギー弾も弾幕の中に混じっているが、衝撃に吹き飛ばされることなく容易に対処している。彼女も徐々に覚醒状態に慣れ始めているようだ。

 得物を交えながらチラリと眼下へ目を向けた。追っていく過程で既に村の領空内に入ってしまっており、村人たちが上空にいる私たちから逃げようとあわただしくしているのが見える。

 一度起動してしまえばどこに逃げても変わらないが、この戦闘に巻き込まないようにするためにも、避難は迅速に行ってもらいたいものだ。

 奴の攻撃をかわし、腹部へ向けて打撃を食らわせた。当たりはしたが、受け流しをされているのはお祓い棒越しに感じているため、見た目よりもダメージは少ないだろう。奴が反撃しようとする寸前で身を翻すと、私に当たらないギリギリをレーザーが薙ぎ払われた。

 どちらも巫女の力を最大まで発揮しているのであれば、力関係は拮抗して決着は絶対に着かなかっただろう。だが、決着がつく要因としてこちら側には魔理沙がおり、それはどちらの意味にでも変わることを察している。

 身を翻していた異次元霊夢は、弾幕を放っていた魔理沙に一直線に向かっていく。逃げても時の加速ですぐに追い付かれるため、最初に潰そうと考えているのだろう。

 先ほど私が刺されたことで、彼女もある程度は力が戻っているのだろう。衰えはあるとしても攻撃が多少は強力になっている。

 魔力の性質を弄れる彼女は、実に多彩な戦い方をする。天に掲げた左手に集められていた魔力に性質を与えられ、白色の放電を瞬かせた。その瞬間曇天の空から、人間一人なら易々と飲み込めるであろう巨大な雷が雷光と共に落ちて来た。

 遠くに落ちる音はよく聞くが、数メートルの近距離に落ちたのは聞いた事もない。殆ど爆発音と変わらず、光も目を覆わなければならない程に眩い。

 雷光も雷の道筋も一瞬で消えてなくなるが、網膜に焼き付いた残像はそう簡単に消えない。それでも耳に残る残響にかき消されそうになりつつも、異次元霊夢の戦う音は聞こえている。

 お祓い棒が何かを殴る乾いた音と言うよりも、金属が打ち合わさる劈く金属音が響く。残像が薄れていく中で、異次元霊夢の周囲にいくつものナイフが出現しているのが見えた。

 あの落雷はフェイクだったようだ。ダメージと言うよりも、目を眩ませるための囮であり、本番はここから。

 周囲に配置された大量のナイフが魔理沙の命令に従い、一斉に異次元霊夢へと向かっていく。その程度では今更奴を殺すことはできないが、足を止めさせるのには十分だ。

 全てのナイフを弾き落とした異次元霊夢は魔理沙へお祓い棒を振るうが、自分の時間を加速している彼女は意外にも攻撃を避けて見せる。

 だが、連撃となるとそうもいかない。一度か二度避けることはできたが、三度四度となるとお祓い棒に捉えられた。掠る程度ではあるが、これ以上食らえば体勢が崩れることには違いない。五度目を食らう前に二人の間に体を滑り込ませ、お祓い棒を受け止めた。

 攻撃事態は受け流せるがタックルに近い突撃で押し込まれ、後方で怯む魔理沙に背中がぶつかってしまう。私に当たらない角度でレーザーで反撃してくれるが、熱線を打ち消すと同時に強い魔力の流れを感じた。

 無想転生が起動したのかと思ったが、それにしては魔力の流れが少ない。奴も時間を稼ぐつもりなのだろうが、敵が目の前にいる距離で使用させる程に体が動かないわけではない。

 スペルカード起動を阻止しようとするが、奴がこちらに向けてスペルカードではない弾幕を放った。一人であれば容易く躱せるが、後方には魔理沙がいる。確実に迎え撃たなければならず、針や魔力の弾幕をお祓い棒で打ち落とした。

 その内に私の懐に潜り込んだ異次元霊夢が、スペルカードを砕きながら腹部へと打撃を放ってきた。打撃を受けるのに間に合わせることはできたが、ギリギリであったため衝撃を逃し切れず、僅かな時間であるが反撃までに時間を要した。

 攻撃に移るまでの短時間で異次元霊夢はスペルカードを起動し、魔理沙がナイフでやったように周囲に大量の弾幕を出現させる。

「霊符『夢想封印』」

 現れたそれらが一斉に自分たちへと殺到する前に、お祓い棒で破壊しようとするが、生成されると同時に球体の発する光が強まると、閃光と共に爆発を起こした。

 魔力による爆発は瞬く間に私たちを包み込むが、爆発の派手さの割に殆どダメージを受けていない事に気が付いた。やられた、爆発の炎で異次元霊夢の姿が見えなくなった。奴の目的は私たちの目を塞ぐこと。

「あぐっ!?」

 奴の位置を探ろうとした矢先、後方にいたはずの魔理沙が攻撃を受けた悲鳴が耳に届く。声の流れから、横へ吹き飛ばされてしまったようだ。振り返りながら異次元霊夢へ反撃しようとするが、その途中で背中へ打撃が振り下ろされた。

「ぐっ!?」

 重力に逆らって体を浮かせていたが、重力方向へと叩き落されるのは自由落下も相まって立て直しが難しい。斜めに撃ち下ろされ、地面へと落下してしまった。

 村の外では草木などで地面が剥き出しになっている所は少なかったが、綺麗に舗装された道では地面が露出しており、綺麗に均された道を墜落の衝撃で破壊した。

 石やコンクリートで舗装されていれば、今ので大けがを負っていただろう。地面であったため、落ちたエネルギーの殆どが柔らかい土に拡散し、ダメージは無いに等しい。

 だが、地面に打ち付けられた反作用で体が浮き上がり、自分で作った大穴から飛び出すが、まだ止まれない。何度かバウンドし、転がりながら民家の壁へ背中を打ち付けてようやく止まった。

「くっ…!」

 周りに人がいないのが幸いで、巻き込むことはなかった。道の遠くにはまだ避難中の人影が見えるが、戦闘次第でそちらにも影響が出てしまうため、すぐに空に戻らなければならない。

 脇腹に刺さっている針を庇って受け身があまりとれていなかったが、不思議と痛みを感じない。ダメージをあまり受けなかったのかとも思ったが、刺さっている針の痛みが強いせいだ。

 その予想通り、ダメージで重たく感じる体を持ち上げ、亀裂の入っている木の外壁へ寄りかかった。かなり無理をして動いていたが、動脈の一部をまだ塞いでくれているおかげで大量出血は起こしていない。

 一息ついて疲労を回復させたいが、魔理沙にばかり戦わせるわけにはいかないため戦闘に戻ろうとした。逃げていく村人にばかり注目が行っていたが、視線を戻す過程で近くの家の陰に見慣れた妖怪の姿を見つけた。

 昔は、能力で惑わせて盲目にさせた人を、自分の提供する料理にて治すという悪徳業者もびっくりな手法で儲けていた夜雀が、開きっぱなしとなった扉の陰で縮こまっていた。

 人間に対してあまり良い印象を持っていなかったはずだが、なんだかんだであらゆる人間と関わるため、無意識にここに来てしまったのだろうか。

「…ミスティア……ここは危ないから、早く逃げた方がいいわよ」

 私がそう言うと頭を抱えて蹲っていた彼女は、普段の明るさからは考えられない程暗い顔をこちらに向ける。

 大妖精たちと一緒だったはずだが、周りには見当たらない。上げた顔は疲れ切り、瞼は腫れている。ずっと泣いていたのだろうか。

 彼女、彼女達の身に何かがあったのは、状況が説明してくれている。そして、ミスティア自身の言葉で。

「霊夢さん……。私は……なんで生き残っちゃったんでしょうか…」

 虚ろな目だ。やはり、彼女の身内に不幸があったらしい。少し似た目の色を私は見たことがある。主を失った咲夜や妖夢から、復讐心が抜けたとしたら、そんな目になるだろう。

「…さあね。でも、あんたを生き残らせてくれた子たちが、そう願ったからじゃないかしら」

 立ち上がり、魔力で体を浮き上がらせながら答えるが、ミスティアを突き動かすだけの言葉には成り得ない。

「…もう行くわ。あんたも逃げなさい…助けてくれた子たちが無駄死ににならないように」

 そう呟くと、座り込んでいたミスティアの瞳にじんわりと涙が溢れてくる。言葉が悪かった。泣かせてしまって申し訳が無くなるが、謝るのは戦った後にしよう。

 ミスティアを残して上昇するが、ここから上空へ戻るのに時間がかかるのはどう計算しても変わらない。奴もそれがわかっているから、時を少し操れる魔理沙と私を引き離した。

 体勢を立て直し、時間がかかってでも異次元霊夢の元に戻ろうとした時だ。奴から感じていたあの魔力が増幅し、起動の準備が整ったのを魔力の流れから感じた。

「…間に合わなかった……!」

 ミスティアに気が付かなかったとしても、私が舞い戻る前にスペルカードは起動してしまっていただろう。魔理沙も異次元霊夢から離れた位置にいるため、スペルカードを壊すことも奪うこともこの段階ではできない。

 自分の死期を感じ、本能がざわつくのを感じた。無想転生の流れを知っているからこそ、ここからでは何もできないと脳が察してしまっている。

 奴が発動した無想転生を、こちらも無想転生を発動することで相殺するなどと言った簡単な話ではない。そもそもが全てを犠牲にするスペルカードであるため、そういった使用はできない。

 同じ世界で同時に無想転生が起こることを想定して作られていないため、仮に無想転生を発動していたとしても、被害がただ大きくなるだけとなる。

「っ…!」

 今から進んでも間に合うはずもなく、どれだけ速度に特化させた弾幕でも発動の方が速い。私は飛んで上昇していたのを引き返し、幽鬼のような足取りで村から離れようとしているミスティアの元に急いで戻った。

「…ミスティア!」

 私が戻ってきたことに驚いているが、焦っている様子からいきなり掴んだ手に抵抗の様子はない。ミスティアを自分の後ろへ誘導し、自分と一緒に結界で囲った。スペルカードをこれで防げるわけもなく、本当の気休めだ。

 上空を見上げると、殴られたところから立て直した魔理沙は、私と異次元霊夢の間に陣取り、取り出したスペルカードを握り潰している。これからスペルカードを起動しても奴の発動には間に合わなさそうだったが、自分の時を速めたのだろう。

 通常よりも倍は早い速度でスペルカードを起動し、どれだけ大きな化け物でも飲み込めるであろう極太のレーザーを照射した。

 人間どころかただの妖怪なら一瞬で消し飛ぶ威力があるのが伺える。奴のスペルカードの発動前に滑り込んだ形となり、レーザーが異次元霊夢を包み込んだ瞬間だ。魔理沙が発動してくれたスペルカードを物ともせず、膨大な量の魔力が周囲へ膨れ上がると巨大な爆発を引き起こした。

 空中で起こった爆発は、丁度真下の位置に生えていた木や家をぺしゃんこに潰し、周囲のすべてを薙ぎ払う。地面は巨大な隕石が落下したかのように広範囲でめくり返ると、衝撃波に空に打ち上げられていく。

 異次元世界の河童が起こした爆発など比較にならない程だ。向こうの紅魔館では、窓ガラスと少し壊れていた壁が崩れる程度だった。だが、今回は近くを流れる川や池も原型が無くなり、村が直接見える範囲にある建物は軒並み破壊され尽くすことだろう。

 いや、それで済んだらいい方かもしれない。山を挟んだり、永遠亭のように大量の木々による防風林が無ければ、何も残らなくなるはずだ。

 吹き飛ばされていく家々や人々、大地の中には私達も例外なく含まれている。結界は衝撃に耐えきれずに完膚なきまでに破壊され、中にいた私たちはバランスを崩された。間髪入れずに到達した爆風に、足元を掬われてしまう。

 すぐにミスティアの位置どころか、自分がどこまで吹き飛ばされていくのかがわからなくなった。回る視界の中で一瞬だけ見えたのは、放たれていたレーザーが掻き消され、今度は魔理沙の方が異次元霊夢のスペルカードに飲み込まれた。

 私の魔理沙を呼ぶ叫び声は、鼓膜が裂けそうになるほどの爆音にかき消され、衝撃波で強かと全身を打ちのめされて叫びに使った息を吸うこともできなくなっていた。

 幻想郷を破壊する力はこの程度ではないだろう。衝撃波だけで意識が飛ばされそうだったが、異次元霊夢を中心にして膨れ上がった魔力の炎は更に広がりを続け、二度目の爆発を起こした。

 一度目の爆発で発生した大量の炎が、二度目の爆発によって周囲へ拡散を始める。全てを飲み込み、無機物や有機物関係なく飲み込み、燃やし尽くすだろう。

 拡散する炎に燃やし尽くされる前に、二回目発生した爆発の衝撃がこちらに到達する。あらゆる痛みを感じているせいで麻痺していると思っていたが、それ以上のダメージだったのだろう。

 先ほどの比ではない。これまでのどの攻撃よりも強烈な衝撃が体の中を突き抜け、辛うじて繋ぎ止められた意識だったが儚く奪われる。何の抵抗もできなくなった私は、二度目の爆発で四方八方に広がる炎に飲み込まれた。

 




次の投稿は2/11の予定です。



なんだか、いろいろと設定や流れを忘れてしまっている気がします。


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東方繋華傷 第百九十六話 永訣

2/11に投稿するとしていたのに、投稿できず申し訳ございませんでした!!!!


ここから3~4話ほど、毎日投稿するのでどうかお付き合いください。

予定通りに行けば、次の投稿は2/19です。




自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
と言う方のみ、第百九十六話をお楽しみください!


「怖いですか?」

 何もない空間。意識しかない空間で、私に話しかけてくるのはよく似た境遇、良く似た状況の人物からだ。

「当り前ですよ。死を、二度も経験しようとしているわけですから。それも、自分から」

 隣にいるメイド服の女性にそう呟くと、そうですね。その一言で返されてしまった。彼女は私と違い、覚悟が決まっているのだろう。

「意外ですね。人間と違って死が身近ではないので、もっと淡泊に考えていると思っていましたよ。妖夢」

「咲夜さん。逆ですよ…長いからこそ、生にしがみ付きたくなる。いざそこに立つと怖気づいちゃうんですよ」

 私がそう答えるとあまり興味なさそうに相槌を打ち、しばらくの間、沈黙が訪れる。魔力を消費してわざわざこちらに干渉してきたわけで、そんな他愛もない話をしに来たわけではないはず。

「咲夜さん。それで、何の用ですか?」

「……。彼女の言葉に、納得はしていますか?」

 咲夜さんの指している彼女と言うのは、私たちを連れて歩く魔女の事だ。今は異次元霊夢と戦闘を繰り広げており、かなり押されている印象だ。

「そうですね…。理解はしています……ただ、しっかりと仇を討ちたかった意味では、納得できていません」

 一度は異次元妖夢を討ち取った。なのに奴は異次元幽々子の能力によって、再度現世へと舞い戻ってしまった。それでは、決着を付けられていない。

「まあ、私もそうです。……ただ……魔理沙のいう事もわかります。敵を打ち倒したいのは、私達だけじゃないですよ」

 そう言われるとそうだ。残された人達は自らの手で決着をつけることができなくなり、わだかまりだけが残り、進むためのきっかけを奪うことになってしまう。

 だが、残された者がいればの話だ。私の場合は幽々子様の仇を取ってくれる人物、取れる人物などいるのだろうか。仲の良かった鈴仙も死んでしまっており、誰が好き好んで赤の他人のために戦うというのか。

「まあ…妖夢が渋っているのはわかります。仇を取ってくれる人がいないと思われるんですよね?…ですが、現時点で奴がこの場に現れていないのが、誰かが戦っている理由ではないですか?」

「……」

 二度、いや、三度も戦ったからわかる。我慢を知らない奴が、この状況を指を咥えて見ているはずがない。絶対に前線へ踏み出してくるはずだ。

「そうですね…そうであることを願います」

 私が思い描く形でなくとも、誰かが思い知らせてくれているのであれば、願いを届けてくれているのであれば、それもまた敵討ちの形か。

 戦っているのが誰かもわからないが、しっかりと我々の怒りを絶望を思い知らせてくれている事を切に願う。覚悟を心に決め、彼女に続けて言った。

「わざわざすみませんでした」

「気にしなくていいですよ」

 そう微笑んでくれる彼女に礼を伝え、外の状況に目を向ける。異次元霊夢が無想転生を起動しようとしているのがわかるが、戦う二人が私たちの知る技をこれからされようとしている焦り方ではない。

 魔力で魔理沙の思考を拾い上げ、どういったことが起こるのかを読み取った。凄まじい爆発を引き起こそうとしており、敵を幻想郷ごと吹き飛ばすつもりらしい。

「咲夜さん」

「ええ、わかっています。一度は私たちの目的を果たしてくれました。その借りをここで返しましょう」

 私の思っていた事を察し、否定することなく頷いてくれた。あれだけの魔力を使っての爆発となれば、異次元世界の河童と戦った時の比ではないはず。それを押さえ込むとなれば、私たちは全ての魔力を消費して存在ごと消え失せることになるだろう。

「はい、残された人が明日を生きる道を作るために!」

 異次元霊夢が発動しようとしているスペルカードを押さえ込むために、私は全身全霊を持って二人を幇助しようとした時、咲夜さんが私に手のひらを差し出した。

「どうかしましたか?」

「いえ…ただ……よかったら手を握っていただけると助かります」

 咲夜さんは表情が変わりにくい。だから誤解されることもある。彼女はとうの昔に覚悟を決め、死を恐れていないと勝手に思っていたが、そんなことはなかった。見た目以上に大人びているが、中身は年相応の少女だ。

「私も、そうしていただけると心強いです…咲夜さん」

 不安の表れか、少しだけ震えている彼女の手を握り、最後の大仕事へと掛かる。私たちはこれで終わる。怖い、凄く怖いが、やり遂げなければここまで来た意味が無い。わかっていても緊張してしまっている私の手を、咲夜さんは強く握ってくれた。

「何か、心残りはありますか?」

 爆発のタイミングまではまだ時間がある。私の緊張を解す為か、咲夜さんが不意に声をかけて来た。

「…彼女なら約束を守ってくれるとは思いますが、この異変の顛末を見ることができない事ですかね。……ああ、もう一つあります」

「何ですか?」

「魔理沙に…しっかりと謝罪をしてなかったと、思いまして」

 私は死ぬ寸前の記憶をそのまま引き継いでいるため、まさか魔理沙が仲間だと思ってもおらず、彼女の体を乗っ取って負傷させてしまった。そのことをまだ謝っていなかったのを、ふと思い出したのだ。

「それならば、これで恩を返せばいいのではないですか?」

「はい…!」

 世界を壊すほどの力と言うのがどれほどなのかはわからない。私たち二人の力を合わせても全く足りない可能性も零ではない。不安は残る。しかし、臆して進まずに死ぬよりも、進んで死ぬ方がマシだ。

「巫女が戦況を賭けて最後の切り札を使うというのであれば、私たちは生涯を懸けて応えましょう」

 

 

 

 幻想郷全土にかつてない程の轟音が轟いた。地続きで繋がっている世界は勿論、冥界から地獄、天界から魔界まで。幻想郷から行くことのできる世界全土に、耳を覆っていなければ失神してしまいそうになる音が響き渡る。

 衝撃は博麗大結界を突き抜けて外の世界で災害を起こし、僅かであるが地上から遥か彼方で回っている月にまでそれは及んだ。

 爆風があらゆる物体を吹き飛ばし、発生した衝撃波が無差別に対象を打ち砕く。爆発に近ければ近い程に威力は高まり、大地に深い傷跡を形成した。

 なだらかに続いていた丘は衝撃に削り取られ、池や川よりも高度が低くなっている。近くの山は爆風で木々は全て大地から引き抜かれ、岩肌が露出してしまった。遠くに位置していたとしても木々の大部分がなぎ倒され、誰が見ても甚大な被害を被っている。

 爆発によって生態系にも大きなダメージが刻まれており、森を闊歩する野生動物、池や川を泳ぐ淡水魚など、地中を塒にする動物もまとめて吹き飛ばされたはずだ。

 無想転生はその名の通り今いる全てを破壊して次へ転生する、犠牲を主軸とする死の世界へ変貌させる技だ。

 あらゆる動植物を滅し、あらゆる人間を殺したが、何の罪悪感も沸き上がらない。あるのはただ、成功への歓喜だけだった。

 力を完全に受け継げなかった私は祖母や母から蔑まれ、家系の汚点だと罵られた。しかし、私はその二人では至ることすらなかった頂にいる。そして、その奥義まで発動することに成功した。

 私は、あれらとは違う。覚醒状態にすら至れなかったとなれば、どちらが家系としての面汚しか考えるまでもないだろう。

「あは……あははは!……あはははははははははははははっ!!」

 音と言えば、爆発音の残響と衝撃の地鳴りだけだったが、そこに私の笑い声が重なった。風の音も、動物の活動する音も、水の流れる音も、地滑りを起こして崩れていく山々の音も、地鳴りと爆発音で聞こえていなかったが、笑い声だけが嫌に透き通る。

 爆発の影響は地表だけではなく、曇天で太陽の光を遮っていた雲は爆風に押しのけられ、今では目が醒める程の快晴へと気候が変化している。大地を抉り取る強さもそうだが、天候に影響を与えるところからも、威力の高さが伺える。

 爆風は地面から砂煙を広範囲で舞い上げ、上空からは地表が見えなくなった。村があった地点が一番砂塵が多く舞い上がっており、砂嵐が突如として発生したような状況になった。

 村だった場所が砂煙で覆われていたとしても、苦しむ人物はいないだろう。爆風で軒並み吹き飛んだのだから。

 砂煙が立ち込める爆心地を見下ろし、静かに一人ほくそ笑む。完璧に発動させ、この世界の人間を丸ごと吹き飛ばすことに成功した。先ほどまで曇ってどんよりとしていたが、快晴への変化は私の勝利を祝福しているかのようだ。

 気分がいい。十年間続いた戦いを自らの手で終わらせたのだ。自らの死も確定したも同然だが、今更どうでもよかった。

「あは…っ…」

 ここまで豪快に他の世界を叩き潰したのは初めてだ。博麗大結界の影響か、結界内で反響する爆発音が僅かに鼓膜を刺激し、より一層自分が世界をまとめて破壊したことを実感させる。

 魔力で鼓膜を保護していなければ、爆発を引き起こした私でさえも耳が聞こえなくなってしまっていただろう。

 非常に高い威力に満足であり、瓦解していく風景を見ているだけで口角が上がる。爆発による上昇気流により、キノコ雲状に舞い上がった砂煙が私の居る位置にまで達し、若干土臭さを感じ始めた。

「さてぇ」

 あれだけのしぶとさを見せた連中だ、直接死体を確認しなければ死んだと納得できない。原型を留めないほどで、見分けが付かなくなっているのであれば、それはそれでいい。

 濃い砂煙の中に自分から入り込み、徐々に高度を下げていく。せいぜい数メートルから十メートル程度しか見渡せない。探すのに苦労するだろう。だが、探す時間はあるだろう。

 覚醒状態の無想転生を発動させることができたことで浮かれていたが、解せぬところがある。紫の話では、幻想郷を滅ぼす力だと言っていたはずだが、そこまでの威力があるとは思えなかったのだ。

 しかし、私が自分で扉を開いたわけではなく、先代たちの力を借りたからできたことだ。本当の威力よりは下がっているのかもしれないが、発動したことの無いスペルカードであるため、理論上の話で実際にはこの程度の威力なのかもしれない。

 まあ、これだけの被害を受ければ壊滅的打撃と言えるだろう。ただ一点だけ上手くいかなかった部分を上げるとするならば、村の端で発動してしまったことだ。

 爆発した時には高度が低かったため、地形の影響で爆風から逃れてしまった地域が若干だが存在してしまっている。それでも崩れ、家としての体を成してはいないが、どうせなら原型が残らないように吹き飛ばしたかった。

 砂煙の中に入ってから少しすると、快晴で降り注ぐ陽光を舞い上がった砂が遮り、徐々に薄暗くなっていく。真夜中のように暗闇と言うわけではないが、大量の粒子のせいも相まってかなり視界が悪い。

 爆発で剥き出しとなった地面に降りると、打ち上げられた砂が既に落ちてきているらしく、雪のように薄っすらと積もっている。

 空気が混じり込んで体積の増えた柔らかい土を踏み、私は歩き出した。確実に殺した証拠を見つける為に、爆発の直前に居た位置関係からおおよその方向を予想し、周りを注意深く観察する。

 爆発の炎で焼かれた砂塵は煙と一緒に交じることで、呼吸をしようとすると煙たく、咳き込みそうになる。

 焼けていない側の袖で口元を押さえ、口や肺に入る砂を減らし、周囲の探索を続けた。爆発による爆煙の範囲は数キロメートルは下らないため、視界の悪さを考えるとかなり骨が折れそうだ。

 そうして歩いていると、家を形作っていたであろう半ばから千切れている木材などが散らばり始めた。無造作に転がっていたり、吹き飛ばされ、落下してきたのが地面に刺さっているのもある。

 そして、何か手がかりがないかと探している内に、土以外の物体が目に付くようになってきた。積み重なった木材や、折れた大木、爆風で掘り出されて砕けた岩石、殆ど形を留めていなかったり土まみれで定かではないが、食物なども見られた。

 探していると、視界の悪さのせいで積み重なった木材や岩などが人が蹲っているように見え、その度に近づいて確認しなければならなかった。

 砂が薄っすらと積もる木材を軽く蹴飛ばすと、ガラガラと簡単に崩れて積もった砂をまた舞い上げる。目に入っても面倒であるため顔を傾け、また探し出す。

 そんなことを数度繰り返していた時、木材とも砕けた岩石とも違う、これまでと異なる形をした物が転がっている事に気が付いた。それと同時に、土臭い匂いの中に段々と血の匂いが混じるようになってきた。目を凝らし、近づくとそれは人間の腕と思われる形状をしていた。

 持ち上げようとすると、爆風で高い高度まで吹き飛ばされていたらしく、人体であったであろう肉片や体の一部が地面にへばり付いている。

 明らかに男の骨格であったため、持ち上げようとしていた手を放し、似たようなものが周囲に無いか探し始めた。

 血の匂いは砂に紛れてしまうため、嗅覚は宛にはならない。完全に自分の目で探し出さなければならないのだ。

 蝙蝠のようにエコロケーションで周囲の地形を確認できれば非常に楽だが、そんな芸は身に着けていない。一つ一つ虱潰しに探していくしかない。

 砂煙が収まってから探せばいいとも思ったが、魔女については至近距離でスペルカードを受けたため、原型が残っているのかも怪しい。積もった砂に隠れてしまうと困るのだ。

 爆心地に近い位置にいて、逃げ損なった人間だろう。腕の一部や脚、潰れた頭部などが時折転がっている。殆どの死体は爆風か落下に耐えられずにひしゃげ、地面にへばり付いている。

 二十分ほど時間をかけ、探し続けていたが見つけるのはどれも村人と思わしき死体だけだ。明らかに男であるのであればすぐに捨て、女性であれば残痕する魔力の波長が魔理沙の物かで見わけを付ける。

 魔力の波長を探って探せれば楽だが、爆発の影響で未だに魔力の残滓が周囲を漂い、探知を阻害している。それらの魔力結晶の粒子が無くなるまで数日を要するはずであり、そこまでは待てない。

 爆心地から離れたことで、破壊された木材などの破片が増えて来たのを感じる。絨毯のように地面を瓦礫が覆い隠し、足元が覚束無くなる。探すのも大変になって来た。

 人を潰せそうな岩石を見つけるたびにひっくり返さなければならず、木材の山も崩さなければならない。探すのも面倒になり、数日待った後に腐りかけの死体を探すのでもいいかと考え始めた頃、遂にその時が来た。

 これまでに見たどの死体よりも、体の原型が残っている。地図を書き換えなければならない程の爆発を食らって半身が残っているのは驚いたが、こちらに向かって攻撃してきていた。その影響で威力をある程度相殺できたのだろう。

 しかし、それでも完全に打ち消すことは無理だったか。こちらに伸ばしていた左腕は半身ごと丸ごと消し飛び、左足も千切れて消えている。顔も半分が消し飛んでしまっており、一瞬誰かわからなかった。

 上に覆いかぶさっている木材や積もった砂で判別がつかず村人かと思ったが、右手の上に落ちていた木の板が屋根となり、本人かどうかの確認は容易だった。

 十年前の暴走時にできた古傷が、右手にはしっかりと刻まれていた。明らかに死んでいるが、天変地異すらも可能にする魔理沙の力は底が知れない。今更、死人が蘇っても驚きはしない。

 こうなることを見越して、魔力に何か細工をしている可能性もある。それができる力を持っており、首を刎ねるか思考する頭を潰さなければ安心することはできない。

 倒れている魔理沙を遠目からしっかりと観察する。これだけの粒子が舞っている中で、彼女の口元に気流の乱れは無い。呼吸はしていないように見えるが、止めればいいだけで参考にはならない。

 血流の良さも積もった砂のせいで読み取ることはできない。魔力の探知も阻害されているため、探りを入れることもできない。

 探知ができないレベルで魔力結晶が漂っているせいで、魔力で形成される弾幕も減衰に減衰が重なり、効率が非常に悪くなってしまう。

 巫女と魔女を引き離すために針もほとんど使ってしまっており、もしもの時を考えると自分の手で確認するほかない。

 そこらの石を試しに残った右足に当てると、力なく投げ出された足の角度が大きく変わる威力があったが、撃ち抜かれた際の表情に変化はない。

 見開かれた目には生気が感じられず、体もそれ以降はピクリとも動くことは無い。心配のし過ぎという事は無いが、奴が魔力で組んだプログラムが何を引き金にしているかわからないのは行動を抑制される。

 乾いた砂を踏みしめながら魔女の元へと歩み寄る。意識など等の昔にないが、魔力に性質を与える脳を潰さなければならない。

 横たわって動くことの無い魔理沙の頭に、焼けて爛れている足を構え、一切の手加減なく踏みしめた。

 私が踏んだ瞬間、強化など一切なされていない肉体はぐしゃりと抵抗なく潰れた。普通の人間よりも柔らかいと感じる程、造形が大きく崩れた。

 十年間の長い戦いも、彼女の死によって終止符が打たれた。私の手に入らないのであれば、誰にも渡さない。あらゆる感情を押し付け、踏みにじろうとした時だ。

 足に伝わってくる潰した感触が、これまでに感じたものと異なるのを感じた。焼けた足である事が原因かとも思ったが、それも違う。あまりにも触感が無さすぎるのだ。

 見下ろしていた霧雨魔理沙の頭部は割れた風船のように萎むと、頭蓋骨や脳、脳を保護する脳漿を吐き出すこともない。それが偽物の魔理沙だと気が付くのに数秒を要した。

 あまりにも似すぎており、私の目には見分けが付かなかった。しかし、よく観察すれば血が出ていないところで気が付けたのかもしれないが、砂が少し積もっていた為、それで隠れているのだろうと考えてしまっていた。

 形が崩れた魔女の性質を与えられていたのだろうが、私が踏み潰したことで形状維持することができなくなったのだろう。

 魔理沙の形を成していた物体は、周囲の砂と同じく粒子状に崩れて交じり合っていく。それには見覚えがあり、河童が使っていた魔力によって形状変化する物質だ。

 魔女が河童の基地に行ったという話は聞いていたが、まさかこれを持っているなどとは思ってもいなかった。私がその粒子や砂から足を引き抜こうとした時、後方から気配がする。

 遠くから凄まじい勢いで跳躍してきたというよりも、近くの瓦礫に潜り込んで息をひそめていたのだろう。小さな瓦礫の山が大きく盛り上がると、その下から本物の魔女が姿を現した。

 その手には見慣れた刀剣が握られている。妖夢が持っていた観楼剣と比べて短いように見えたが、性能はさほど変わらず、切っ先が振り返った私の脇腹を貫いた。

 魔力で強化されている肉体を易々と斬り進む。皮や筋肉は勿論、骨すらも豆腐のように切断され、刃が背中まで貫通する。

「くっ…!?」

 体を捻ることで、切っ先が動脈や血管の集中する臓器を切り裂くのを防いだ。巫女の力を発動したままだというのに、それを食らうというのがどれだけ気を緩めていたのかが伺えた。

「やって…くれたわねぇ…!」

 こいつが生きているとなると、どこに居るかわからないが巫女の方も生きているだろう。魔理沙のほかに、姿の見えない巫女にまで気を使わなければならないのに焦りが生じる。

 言い伝えでは天変地異を揺るがす爆発が思ったよりも威力が無いと思っていたが、それは間違いだった。最後の切り札と言える無想転生を、魔女に押さえ込まれたのだ。

 切れ味が良すぎることで、刀を突き出した分だけ刃が抉り込んでいく。こちらからも前進し、お祓い棒の射程範囲へと魔女を誘う。刀を薙ぎ払われる直前に、お祓い棒が叩き込む方が速い。

 顔へお祓い棒を打ちこみ、後方へ吹き飛ばす。天を仰ぐダメージを与えたが、意識はしっかり残っているだろう。刀を握ったまま下がって引き抜こうとしているが、刀の側面へ更に打撃を加えた。

 あらゆるものを切断し、人間が作った最高品質の業物を遥かに凌ぐ得物だとしても、弱点を正確に捉えられれば、叩き折ることはできる。火花を散らし、刀の大部分を残して観楼剣はあっけなくへし折れた。

 剣士ならば剣術に長けているため、お祓い棒の衝撃を受け流されてしまうが、魔理沙であれば容易だ。金属片をまき散らし、彼女は得物を失った。

 倒れさせることはできなかったが、後方に下がった魔理沙へ近づきながらお祓い棒を振るう。スペルカードを放っていた左手に外傷は見当たらないが、魔力で回復させているだけでダメージは残っているらしく、防御しようとした手が遅い。

 得物が魔理沙の胸を捉え、肋骨を幾本へし折った。魔力ですぐさま治ってしまうが、魔力が尽きればそこまでだ。巫女から魔力を受け取っていたが、スペルカードを使用したことでかなり消費したはずだ。

 この距離ならば私が勝つ。左右に体を振り、その度に打撃を食らわせる。体重を乗せた攻撃に、鈍痛と粉砕される骨の痛みが駆け抜けるのだろう。歯を食いしばる魔女の口の端から血が滲む。

 腕や肩、胸などを重点的に狙い、五度目のお祓い棒を食らわせると武器を介して伝わってくる感触から、魔女を殴った際の抵抗感が消えたのを感じた。

 これまではどうにか食らいつこうとする素振りがあったが、それが無くなったのは意識を失ったのだろうか。

 この戦闘とも言えない一方的な蹂躙が続く中でも砂煙は未だに舞っており、魔女の表情が読み取れなかったのもそう思った原因だった。奴は衝撃に身を任せただけであり、数メートル程離れたほんのわずかな隙に魔理沙は体勢を立て直し、進むこちらへわざわざ肉弾戦を挑んで来た。

 左側から魔理沙が仕掛けてくるが、攻撃の軌道上にお祓い棒を重ねると、金属音と共に刀とは違う刃が打ちこまれた。剣士とメイドから刀とナイフを持ってはいると聞いてはいたが、観楼剣で刺されるまで忘れていた。

 だが、魔女が得物を持っていると分かっている今なら対処は容易だ。両手には予想通り銀ナイフが握られており、お粗末な太刀筋で続けて右からナイフが振られるが、私の打撃の方が速い。

 右手の銀ナイフをお祓い棒で打ちあげ、左手の銀ナイフを破壊した。打撃の衝撃で指を数本へし折り、わずかな時間でも拳を握ることすらできなくさせる。警戒さえしていれば、どんな武器を持ってこられようが対処は簡単だ。

 胸を殴り、顔を殴る。足や腕も狙う。一方的に蹂躙し、反撃させる暇など与えない。血で徐々に汚れていく魔理沙の顔を掴み、自然と積み重なった瓦礫に後頭部を叩きつけた。

「うぐっ!」

 無想転生を成功させ、いい気分になっている所に水を差されたのだ。こいつを殺せない程となれば、完璧には程遠い。いら立ちが募り、それを魔女へぶつけていく。

 一度で終わらせはずもない。何度も何度も瓦礫へ頭を叩きつけ、頭蓋へ亀裂を生じさせるほどのダメージを与える。後頭部に裂傷が現れ、木材や岩に血がへばり付く。

「死にぞこないはぁ…!さっさと逝ねぇ!」

 瓦礫に埋もれそうになっている魔理沙へ、更にお祓い棒で追撃を重ねる。立った一撃しか与えられなかったが、魔女を叩きつけた瓦礫が瓦解してしまい、拘束が解かれた。

 それでも負ったダメージに上手く動けず、数歩程度のところで膝をついた。口や鼻などの粘膜が出血しているようで、手の甲で拭っているが口元は赤いままだ。

「死ぬわけには……いかないさ……助けて貰ったんだ……」

 ダメージ回復の時間稼ぎか。余計なおしゃべりをするつもりもなく、得物を携えたまま膝をつく魔理沙へと歩み寄る。たった数秒程度で、回復しきれるわけもなく射程に入ると同時にお祓い棒を振りかぶる。

「それに…二人と…約束した!!」

 誰と、何を約束したのかなど私の知る所ではない。心底どうでもいい。魔理沙がそう叫ぶと同時に、血を流す彼女の頭を叩き潰そうとした時、後方から何かが迫る気配がした。

 このタイミングで巫女が姿を現したか。魔女に割く時間を最小限に留め、殴り倒した。威力が多少弱くなってしまうが、覚醒しているあの女に初撃を譲るわけにはいかない。

 振り向いた瞬間に視界に入ってくるのは、負傷した紅白姿の巫女でない。私が右腕から打ち上げた銀ナイフだ。磁力で引き寄せたのだろう。銀は磁力では引き寄せられることは無いが、その性質を与えたわけだ。

 振り向き、銀ナイフを叩き割ろうとするが、後方にいる魔理沙が磁力を操ったのだろう。銀ナイフの軌道が大きく変わり、お祓い棒をすり抜けた。私に刺さるかと思われたが、私自身すらもかすらずに後方へ通り抜ける。

 最初からこれが狙いか。

「っ…!」

 銀ナイフとほぼとんど同時に振り返ったが、そこにはナイフを握る魔女が飛びかかって来ていた。

「私は…」

 それに反応できない私ではなく、ナイフを上段に構える魔女の腹部にお祓い棒を叩き込んだ。苦悶に表情が歪むが、逆手に得物を握る魔理沙は捨て身で攻撃を止めない。

「誓ったんだ!」

 私の右肩へ体重をかけて銀ナイフを抉り込ませ、関節をぐちゃぐちゃにかき回された。肩をやられたことで武器が振れなくなるが、握力自体はあるため辛うじて落とさずには済んだ。突き刺した銀ナイフで肩を更に掻き切った魔理沙へ、拳を叩き込んだ。

 肉弾戦で、さらに捨て身で来るというのであれば、受けて立つ。こちらも全体重を火傷の酷い右手の拳に預け、顔面へ繰り出した。これまでにない打撃の触感に、魔女を吹き飛ばしたと確信しようとするが、魔女は魔力で自分の体をその場に縫い付けた。

 先の連撃に今回のダメージが追加され、魔女は喀血して血を吐いた。それでも抵抗を続け、殴りつけた私の右腕を掴んだ。これ以上、こいつのおままごとに付き合ってはいられない。

「放せぇ…!」

 私の腕を掴む魔女の頭を全力で頭突き、膝で蹴り上げた。額からは血が流れ、蹴りで身体が持ち上がる威力だったが、爪が立てられて血の滲む右腕を放す気配はない。

「霊夢…!今だ…!!」

 ダメージや喀血でスムーズに叫ぶことができなかったが、魔女ははっきりと巫女の存在を口にした。すぐさま迎撃態勢に入らなければならなかったが、唯一得物を使える右腕は魔理沙が掴んで邪魔をする。

 右側から何かが接近する気配がした。砂塵を押しのけ、血塗れの博麗の巫女が姿を現した。飛んで逃げようにも魔女の錘が付いているせいで逃げる事ができない。体を捻って避けようとするが、お祓い棒が私の頭部を捉えた。

 全身全霊の一撃は、私を吹き飛ばすのには十分すぎ、打たれたピンボールのようにきりもみしながら砂塵の中をぶっ飛んだ。

 数メートル先の物すらロクに見えず、高速で吹き飛ばされた私は瓦礫の山へ衝突し、周囲へ木材や岩石をまき散らした。瓦礫の上に積もっていた砂や土が舞い上げられ、頭にばさりと被った。

「っ……死にぞこないどもがぁ…」

 口の中に血の味が広がり、口の端から漏れ出していく。手の甲で拭い落すが、砂が混じって嫌な感触がする。

 殴られた頭に鈍痛が響く。できるだけダメージを受け流そうとしたが、思ったよりも早い巫女の動きに追いつかれ、数十メートルも吹き飛ばされてしまった。

 私のようにスペルカードで力を発揮しているわけではないため、巫女としての力の質は奴の方が上なのだろう。だが、腹部に刺した針がかなり効いている。力の差は傷を庇いながらであれば五分五分まで抑えられる。

 あとは、魔理沙の存在か。口の中に溜まった血を吐き捨て、お祓い棒を構えると同時に視線の先で滞留する砂塵が揺らめいたと思うと、私を殴り飛ばした巫女が煙をかき分けて現れる。

 全体重を乗せた打撃に再度吹き飛ばされそうになるが、衝撃を受け流して踏みとどまる。得物同士の鍔迫り合いとなれば、技術の影響は少なくなるが、筋力が物を言う。火傷の影響が如実に出ている私が不利となるだろう。

 指が焦げ落ちている事もあり、お祓い棒がこちらへと傾いた。このまま押し込まれそうになるが、体勢が大きく崩れながらも腹部に蹴りを放った。

「うっ…!?」

 無理な姿勢であったせいで大した威力ではなかったはずだが、苦悶を浮かべる巫女は体を大きく仰け反らせる。弾幕で更なる追撃に出るが、巫女の後方から飛来したレーザーにかき消された。

 私もまとめてぶち抜く軌道だが、到達と同時に得物で掻き消した。そのまま魔女は私に肉弾戦を挑んで来るが、異様にそのスピードが速いのは、自分の時間を操作して加速しているからだろう。

 私に叶わない事は承知の上だが、時の加速で力の差をなくそうとしている。二十センチほどしか残っていない折れた刀剣を私に叩きつけてくるが、扱いが素人であるためその半分以下にまで刀をへし折った。

 お祓い棒を薙いで腹部を打ち払う。折れた刀の柄を握ったまま反応が遅れている魔女は体をくの字に曲げ、刀を保持したままで居れずに落とした。

「かはっ…!?」

 金属音を鳴らして落ちる刀を踏み壊しながら私は突き進む。腹部を手で押さえ、顔を痛みで引き攣らせている魔理沙の脇腹に続いて打撃を食らわせた。体勢を崩した魔女の胸ぐらを掴み、巫女の援護を避けながら後方へ跳躍した。

 弾幕の追撃は魔理沙を盾にすることで抑えさせ、こちらから弾幕を放つ。全て撃ち落とされるため、こちらの接近までの時間を稼ぐことが目的だ。

 跳躍した私は身を翻し、掴んだままだった魔理沙を背負い投げの要領で地面に叩きつけた。お祓い棒の攻撃と空中からの着地も重なり、かなりのダメージを身体に与えたようで、どこかはわからないが骨が折れた音がする。

 頭を叩き潰そうと構えるが、巫女がこちらへ跳躍する音が煙の奥から聞こえた気がする。暗くて視界が悪いが、他の音は周囲の砂煙が吸収してしまうため、ある程度の近さがある巫女の発した音で間違いないだろう。

 コンビネーションの非常にいい彼女たちの弱点は、どちらか片方が追いつめられた時、もう片方が必ず助けに割り込むことだ。仲間であれば当然とも言えるが、故に行動が読みやすい。

 地面に叩きつけていた魔理沙を巫女へぶん投げた。背負い投げのダメージから抜けきっていない魔女は空中で手足をばたつかせ、体勢を立て直そうとしているが無駄な努力だ。

 立て直す暇もなく地面に落下していく魔理沙を、私の予想通りに巫女が受け止めた。そこは仲間を踏み越えてでも、そちらに走り出している私に向かわなければならない場面だろう。

 抱えられた魔女の背中に得物を打ち込んだ。魔理沙越しにダメージを巫女へと浸透させた。魔理沙が悲鳴を上げ、霊夢が苦悶で表情をひきつらせる。

 血を吐いている魔理沙を蹴りで巫女から引き剥がし、お祓い棒を霊夢の脇腹へと叩きつけた。攻撃を食らっていたとしても衝撃を多少とも逃していたが、それでも感触からほとんどのダメージは食らっている事だろう。

 今の巫女に腹部への攻撃は、計り知れないほどのダメージが期待できる。前かがみに崩れ落ちた巫女の首を掴み、腹部に刺していた針に手を伸ばした。

 なぜこの針を抜かないのかと思っていたが、血が絶えず滲んでいる刺突部に刺さる針に触れると、彼女の速い脈拍に合わせて振動しているのがわかる。

 刺した瞬間に何かを貫いた感触はしていたが、まさか動脈に当たっているとは思っていなかった。これを引き抜くだけで巫女は出血多量で死ぬ。

 引き抜かせまいと霊夢が私の腕を掴んで邪魔をしてくるが、首を捻り上げて黙らせる。周囲が薄暗くて見えないが、蹴りで吹き飛ばしていた魔理沙も体勢を立て直せていない。弾幕の気配もしないため、邪魔される心配もない。

 やめろと絶叫が聞こえてくるが、絶好の殺す機会を見逃すわけがない。脈拍が伝わってくる針を掴み、捩じりながら引き抜いた。

 




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東方繋華傷 第百九十七話 一握りの勇気を

自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
と言う方のみ第百九十七話をお楽しみください。


 二人分の猛攻を掻い潜った異次元霊夢は、抵抗できないよう私を吹き飛ばし、霊夢を叩きのめした。すぐに援護に向かえない状況で、彼女の腹部に刺さったままの針へ手を伸ばされた。

 針を握った異次元霊夢は、霊夢の体から引き抜いた。針の先端は全身に血液を運んでいる動脈に食い込んでおり、魔力を扱えたとしても数分と経たずに死ぬだろう。

 砂煙の影響でほんの僅かに薄暗い視界の先で、私にとって最愛の人物が今まさに手にかけられた。彼女も首を絞め上げられ、ロクに抵抗できないのだろう。

 彼女だけではない。私もそう変わらない状況だ。あらゆる痛みが体の中で犇めき合っている。元からダメージを受けていたのもあるが、殴られ、蹴り飛ばされた直後、すぐさま魔力を手に収束させることができない。

 彼女から感じる魔力の流れから、針の先端が動脈を貫いているのは感じていた。私の魔力で回復させたかったが、彼女と合流できたのは異次元霊夢が来る直前であったため、時間が無かった。

 それに加え、気取られないようにするために、なるべく魔力の流れを押さえなければならなかったのもある。魔力の塵のせいで感知が難しくなっているとはいえ、接近されれば気づかれる可能性も高まる。

 霊夢の腹部に突き立てられた針を異次元霊夢が引き抜こうとするのが目に入り、リスクを取ってでも針を抜いて応急処置をするべきだったと後悔した。

 ここに医者は居らず、負傷している霊夢を抱えたまま異次元霊夢の猛攻を潜り抜け、傷を回復することなど今の私には無理だった。

 あらん限りの絶叫を上げ、負傷した体を引きずりながら走り出そうとするが、誰の目から見ても間に合わない事は明らかだ。

 砂煙に紛れていても、霊夢達の輪郭がしっかり見える近い距離であるが、それでも今の私には遠すぎる。数メートル走るか、数秒かけて魔力を手先に集中させて弾幕を放たなければ彼女を助けることはできなかった。

 私がそれだけの時間をかけなければならないのに対し、異次元霊夢は針を引き抜くその動作だけで霊夢を死に至らしめることができてしまう。あまりにも余裕がなかった。

 霊夢も何かをしようとしていたが、ままならない。異次元の巫女が行った引き抜く動作はあまりにも軽く、抵抗がない呆気のない物だった。

 異次元霊夢が引き抜いたことを示唆するように、薄暗い中でも握られている針が鋼色に鈍く光る。いくら魔力を使える人間だとは言え、奴のその行動は確実に霊夢の死に直結する。

「霊夢!!」

 無意識のうちに悲鳴に近い、絶叫を上げていた。彼女が死ぬと考えただけで、一寸先も見えない光も届かないような深海に放り出されたような、永遠と道と曲がり角が続いている迷宮に迷い込むような不安感に襲われた。

 首を捻り上げていた異次元霊夢の手を振り払って霊夢がお祓い棒で殴りかかるが、ひらりとかわして砂煙の奥へ退避する。攻撃を避けるのが若干遅れていたようにも見えたが、それでも当たることは無い。

 得物を振った霊夢の体がぐらりと傾き、膝をつく。動脈から出血を始めたとしても、即死するわけではないが、死ぬまでのカウントダウンが始まったか、早まってしまった。

「そんな…っ…!今、血を止めるから…!」

 縋りつくような、自分でも情けないと感じる声を出していたが、そんなことどうでもよかった。異次元霊夢がどれだけ邪魔してこようが、それだけはやり遂げなければならない。

 針が刺さっていた腹部を手で押さえ、出血をなるべく抑えようとしたが、血の滲む服に触れた瞬間に違和感を覚えた。

「針が…」

 異次元霊夢に引き抜かれたと思っていた針は、半ばからへし折れて未だに霊夢の体に深々と突き刺さっている。

 奴の手元で鋼色に光る物体が見えたが、折れた先が握られていたのか。霊夢の攻撃に対して対処が遅れていたのは、直前で折れたせいだったらしい。

 目を白黒させている私を置いて、霊夢が巫女の下がった方向とは別の方向へと顔を向けた。それに釣られて視線を向けると、その先にはボロボロの姿ではあるが、小さな少女が立っていた。

「はぁ…はぁ…っ!」

 肩で息をするほどに息を切らしているのは、それほどまでに全力で走ってきたわけではない。もし走ってきていれば異次元霊夢らが気が付いていたはずだ。いや、彼女の能力から考えるに、異次元霊夢を盲目にして見つけ辛くしたと言った方が近いかもしれない。

 それでも見つかる確率が高く、見つかる事によって殺されるか、人質となって戦況を不利にさせる可能性を考え、緊張で心拍数が極度に上がったと考えられた。交感神経が優位に興奮し、通常の呼吸では体内の酸素を補えないのだろう。

 さほど近い距離にいるわけではなかったが、胸の前に構えていた手が小刻みに震えているのが分かった。元から彼女は前線に出れるような人物でもなく、異次元ナズーリンの地下室でも、異次元妖夢が現れた時には怯えているような立ち位置だった。

 その彼女がここまで来たという事は、相当に勇気を振り絞らなければならなかっただろう。異次元霊夢が無想転生を発動した後だというのに、戦意を削がれなかったのは、これまでのミスティアを見ていれば大したものだろう。

 彼女の中にある一握りの勇気をどうにか振り絞り、折れかかった心を鼓舞して振るいだたせたのは想像できた。この場所に近づくだけではなく、霊夢から針を引き抜く寸前に針を弾幕で撃ち抜いた。彼女のこの行動が無ければ、私たちはここで終わっていた。

 一瞬だが、向こうの世界で偽の死体を見せられた時に近い感覚がした。もし、本当に引き抜かれて霊夢が死んでいたら、またあれが起こる。自分たちの住む世界を自分たちで壊すことになったら本末転倒だ。本当に危なかった。

 異次元霊夢が何かしようとする気配を、砂煙の奥から感じた。霊夢から引き抜いたのとは違う、自分の針を持ちだしたのだろう。振りかぶり、投擲してきた。

 まっすぐダーツのように飛んでいく針は私や瀕死に近い霊夢ではなく、ミスティアに向かって飛んでいく。弾幕で撃ち落とそうとするが、掠ってもロクに方向も変えられなかった。

「ひっ…!いやあああああああああああああああっ!!」

 自分に向かって針が投げられている事を気が付くことができても、避けられるほどに彼女は身軽ではなかった。身を守ろうと防御の姿勢となるが、その腕に針が突き刺さると切り裂くような悲鳴を上げた。

「ミスティア!…そいつを早く…!」

 投擲された針には、爆発性の魔力が含まれていた。腕から引き抜くように促す声と、彼女の声を掻き消す爆発が引き起こされた。

 爆風で新たに砂煙が舞い上げられ、視界を塞ぐ。見通しの悪さが相まって、異次元霊夢の居場所がわからない。気配から割り出そうとするが、抱えていた霊夢が私よりも先に動いた。

 私の手から逃れ、後方からお祓い棒を振り下ろして来ていた異次元霊夢の攻撃を受け止めた。負傷が体に響いているらしく、そこから攻撃に転じることができずに奴の連撃に吹き飛ばされた。

 エネルギー弾は異次元霊夢を吹き飛ばす要因には成り得ない。手先に溜めた魔力はレーザーに変換され、薙ぎ払われた。小さな砂塵は蒸発し、一瞬だけ砂煙が晴れた射線の先でイかれた巫女と目が合った。

 避けられたレーザーに構わず、こちらからも攻撃に躍り出る。舞い上がる砂塵に魔力を通し、それらを凝縮することで異次元霊夢の周囲に砂の刃を幾本も形成した。

 それらで斬り刻もうとするが、薙ぎ払われていく砂の刃は全てお祓い棒によってただの砂へと戻された。刃の対処をしている内に形成した巨腕で叩き潰そうとするが、生成の途中で蹴り壊された。

 大きく体を回転させて放たれた体重を乗せた強力な攻撃に、成すすべもなく腕は粉砕される。体に鬼の攻撃力を纏わせ、蹴りを放った異次元霊夢の背中に拳を放とうとするが、回転運動を続けていた奴は、次の回転でお祓い棒で私の首を打ち抜いた。

 霊夢とは逆方向に吹き飛ばされてしまい、地面を転がりながらも合流を急ごうとする。だがそんな甘い考えは、上げた視線の先に異次元霊夢がすでに到達している事で打ち砕かれる。

 大ぶりの初撃は体をのけ反らせて辛うじてかわすが、続いた二度目と三度目の打撃は、胸と脇腹を捉えた。骨に亀裂が入る打撃の痛みも当然あるが、それよりも煙草の影響で肺に重篤なダメージを負っているせいで咳が誘発され、肺に溜まっていた血を吐きながら咳き込んでしまう。

 喀血して体を崩す私に、容赦なく異次元霊夢がお祓い棒を打ち込んで来る。一撃一撃が重く、骨の髄にまでダメージがのしかかってくる。

「ぐっ…あぁ…っ!?」

 それでも抵抗しようとするが右腕をへし折られ、右わき腹に得物が下から突き上げられた。肋骨が砕け、散った破片が内側で保護されていた肺をズタズタに引き裂いた。

 心臓は辛うじて拡散した骨片から逃れたが、肺へのダメージは計り知れず、吐いた吐息に血の匂いが混じった。

 ただでさえ激しい運動をして酸素が足りないというのに、肺の出血で肺胞が塞がれているせいで体内のガス交換がままならず、酸欠が加速する。

 敵が目の前にいても咳を止めることができない。胸や口元を押さえて血を吐く私に、真上から得物が振り下ろされた。痛みに構っている暇は無いのだが、それの処理をしなければ体をまともに動かすこともできない。

 避けようとはしたがお祓い棒が頭部を捉え、地面に叩き落とされた。打撃と地面へ落ちたダメージが反響し、酸欠と重なって脳の処理能力を著しく奪う。

 意識が遠のきそうになっている私の髪を鷲掴みすると、荒々しく持ち上げた。頭を潰そうと、お祓い棒を掲げる。私の血がこびり付いているお祓い棒が嫌にギラついているように見えた。側頭部を殴られそうになり、残った左腕で防御しようとするが、当たる直前で得物が止まる。

 止まった理由は私にも分かった。砂塵をかき分けて霊夢が出現し、顔に振り下ろそうとしていた得物を弾き飛ばす。大げさに体を動かしているように見えるのは、腹部に負担をかけないためだろう。攻撃で崩れた体勢を立て直し、私のすぐ傍らへと着地した。

 私が吹き飛ばされる前に頭部を殴られていたが、得物が接触したと思われる額からは出血しており、顔の半分が赤く染まっている。ダラダラと流れる血液の量が多く感じるが、問題はそこではない。脇腹に突き刺さっている針は今は動脈を塞いでくれて入るが、これだけ激しく戦っていれば、いつ外れてしまってもおかしくはない。

 力を開放していて、通常時よりも動けてはいるが、針を刺される前のキレはない。肩を上から打たれて怯んだ所で、異次元霊夢が脇腹へと手を伸ばす。針が刺さっている辺りを捩じり上げられると、霊夢の表情があからさまに歪む。

 大きく後退しようとする霊夢の行く手を阻み、お祓い棒を握っていた右手を叩き折った。乾ききった木の枝が折れるのとそう変わらない音を発し、彼女の腕が本来なら曲がらない方向へと捩じれた。

「あぐっ!?」

 二人は接近して戦っているため、レーザーで撃ち抜くことが難しい。援護のためにも地面に魔力を流し、凝縮した土を針の形状でせり上がらせ、異次元霊夢を串刺しにしようとするが、考えを読んでいた奴が爆発性の弾幕を放って小細工ごと私を吹き飛ばした。

 爆発で数メートル後方にあった瓦礫に背中を打ち付けた。前のめりに傾いていく体を倒れないように手で支え、膝をつこうとするが、私の四肢は言う事を聞かずに地面に投げ出された。

 神経は張りつめっぱなしではあるが、肉体に極度の疲労がここぞとばかりに襲い掛かってくる。地面の上であるが、その気になれば一時間でも二時間でも眠ることができてしまう程に、今の私には疲労が溜まっている。

 だが、その誘惑を払い除けるのはそう難しい事ではない。使命感や正義感などでは負けていた可能性があるが、最愛の人の危機となれば寝てなどいられない。

 まだダメージから抜けきっていない体を無理やり起こし、彼女達の方向を見上げた。異次元霊夢が更に攻撃を加えたようで、力で捻じ伏せられてボロボロの霊夢はぐったりと動く様子が無い。

 胸ぐらを掴んでいる異次元霊夢の腕でその体重が支えられている事から、気絶しているのだろう。その意識のない霊夢へ向け、奴はスペルカードを起動しようとしている。

 魔力の探知がままならない状況でも、強力な魔力の流れが異次元霊夢から感じ取れる。霊夢をそれで消そうとしているのは間違いない。

 魔力には爆発の性質が含まれており、彼女を木っ端みじんにするつもりなのだと思い、わき目も振らずに駆け出していた。異次元霊夢がスペルカードを発動する前に撃ち抜こうと魔力を集めるが、奴から伝わってくる魔力の性質から、標的が霊夢から私へと切り替わったのを感じた。

 霊夢から針を引き抜こうとした時、暴走した時と同じ魔力の流れになったのを私は感じていたが、それは奴も同じだったのだろう。先に霊夢を殺すのは得策ではないと判断し、こちらに矛を向けた。

 横を、霊夢の方向を見ていたが、目標をこちらに定めた異次元霊夢は体の正面を私の方へと向けた。

 力の覚醒していない段階でも強力だったスペルカードは、さらに威力を増しているだろう。一切防御を考えていなかった私には、進んで玉砕する以外の選択肢が無くなっていた。

 ダメ元でも、行動しないよりはましだ。レーザーをぶっ放そうと魔力を手先に集めようとした時、ボロボロで全く動く気配のなかった霊夢が弾かれたように動き出した。

 完全に気絶していたのではなく、ギリギリでそちらから戻ってくることができたのだろう。

 捻じ伏せた時点で異次元霊夢は意識を奪ったと思っていたのだろう。胸ぐらを掴んでいた奴の手が簡単に振り払われた。反応が大幅に遅れてはいるが、こちらからすれば刹那の短い時間だ。少しで時間を無駄にすれば、せっかくの隙は泡沫に消える。

 コンマ程度しかない短い時間を、霊夢は優位に使った。私を正面から向かい合っていた為、彼女からすれば若干回り込まなければならなかった。

 体全体で回り込んでいたのでは間に合わないため左腕を伸ばし、握り潰されそうになっていたスペルカードを、拳で叩き壊した。

 スペルカードのための凝縮された魔力に、霊夢の魔力が割り込んだ。一定の流れに逆らった魔力の奔流に回路は崩され、起動していたスペルカードが崩壊する。

 スペルカードを殴り壊した彼女は、止まることなく異次元霊夢の胸へと拳を押し込んだ。だが、霊夢のやり方には違和感があった。左手で殴りつけてはいるが、正拳突きとは違って小指側で攻撃する、拳槌の形で叩くと言った動作だ。

 それに体勢や異次元霊夢の向きからしても、ダメージを与えるとしたら効率が悪い。反撃される前にレーザーを放とうとするが、奴の顔色が変わったのが見て取れた。

 霊夢の左手が血で濡れていたせいで見えていなかったが、拳が異次元霊夢の胸を叩く音に紛れ、何かが皮膚を抉る小さな音が聞こえて来た。

 彼女の手には、動脈を塞いでいたはずの折られた針が握られており、ミスティアが引き抜かせなかった針を自分で引き抜き、現在その先端は異次元霊夢の胸に深々と突き刺さっている。

「霊夢っ!」

 折れた腕では抑えることができず、腹部から漏れ出した血で目に見えて彼女の巫女服が真っ赤に染まっていくのがわかる。数分と持たずに、彼女は死んでしまうだろう。

 注射針のように細ければ問題なかったかもしれないが、針の直径は一センチ程度はあり、損傷部は体内の奥深くであるため、表面で止めても奥で出続ける可能性が高い。

 彼女の死が現実味を帯び、まじかに迫って来た事で血の気が引くのを感じた。助けなければならないと思考が動き、戦うためではなく回復のために走ろうとするが、肩越しに振り返った霊夢が私を叱咤する。

「…いいから、戦って!」

 奴にやられたり自然と針が抜けたわけではなく、霊夢が自ら自分の意思で引き抜いた。それは、覚悟の表れだ。

 負傷した状態では足手纏いにしかならないと、彼女はわかっていたのだろう。だから、命を賭すのも厭わずに針を引き抜いてスペルカードを壊し、特攻紛いの事を行った。

 彼女自身、死ぬつもりは毛頭ないだろうが、戦いを終わらせるうえでこれが最善と考えて行動した。随分と荒っぽいやり方だが、私も覚悟を決めなければならなくなった。覚悟を決めた彼女を無駄死にさせてはならない。

 胸に血が滲みだした段階で、異次元霊夢が自分を刺している腕を払い除けた。丁度心臓を穿つ位置を突いているが、針の長さが足りなかった。魔力から見れる心臓の動きに影響はない。

 霊夢もそれは指先の感覚からわかったのだろう。悔しそうに歯噛みする表情が浮かんでおり、さらに針を抉り込ませようとするが、それを許すほど奴は鈍間ではなかった。

 体を捩じって胸を叩いている霊夢の手を遠ざけ、腹部から多量に出血する霊夢を蹴り倒した。蹴りが背中を打つと、攻撃に耐えられずに彼女は膝をついた。

 左手で腹部を押さえることはできているが、右腕は折れてお祓い棒を落としてしまっている。異次元霊夢は得物を大きく振りかぶると、霊夢の頭部に一撃を加え、砂煙の奥へと吹き飛ばした。

 殴られる直前。霊夢と目が合った。後は頼んだと言っているように見え、私はそれを受け取った。

 カバンの中から、最後の一本の煙草を取り出した。魔力の炎で火をつけ、紫煙を肺の中に送り込む。効果後の肺のダメージを考えるとなるべく使いたくはないが、このタイミング以降に使用することはできないだろう。

 初めて異次元勇義との戦闘で使用し、次いで異次元霊夢との戦闘でも使ったが、時間を測らなくても効果時間が大幅に減少しているのが体感でわかる。

 異次元勇義の時にもそれなりのダメージはあったが、しばらく煙草を控えていたことで回復しているはずだった。だが、実際には効果時間がかなり減り、ダメージも前回の比ではなかった。

 期間を置いての使用でここまでの差があるというのに、その日の内に二度目ともなれば、肺へのダメージは想像できず、効果時間も更に短くなるはずだ。

 異次元勇義と戦った時の効果時間も五分程度だったと思うが、異次元霊夢との戦いではその半分以下になっていた気がする。その割合から行くと、効果時間は一分を下回る可能性がある。

 霊夢を殴り飛ばした異次元霊夢に後方から接近する。私が接近している事は既に知られている事だ。予想外の攻撃で、最初でどれだけ奴の体勢を崩せるのかにかかっている。

 大きく吸い込んだ紫煙を吐きながら、唇で挟んでいた煙草を放した。地面に落ちた煙草を踏み潰し、異次元霊夢に向けて跳躍した。

 肺から取り込まれた非自己の魔力が、左室の収縮圧力で全身に広がっていく。全身が強化されているが、鬼の性質が掛け合わさり、飛躍的に力が増している事だろう。

 拳を握り、こちらに振り返ろうとしている異次元霊夢の側頭部を打つ。いくら負傷し、霊夢に意識を向けていたとしても、こちらを全く把握していないわけがない。

 こちらを見ていないというに、お祓い棒を私の放った拳の軌道上に合わせて来た。上から叩きつける打撃は完全に受け流される形となったが、タバコを吸ったのを見ていない奴は高まった攻撃の威力に体勢を大きく崩す。

 立っていた姿勢から耐え切れず、攻撃を受け流し切れなかった異次元霊夢が膝をつく。奴を通して地中へと伝わった衝撃に、爆風で脆くなっている地面は耐えられない。

 亀裂が異次元霊夢を中心に広がり、一瞬にして大地が瓦解する。完全に想定外だったのだろう。目を白黒させている奴は反応が遅れ、体を通り抜けたダメージから一瞬立ち直れない。

 スペルカードとは言え巫女の力が覚醒している奴に膝をつかせる威力となれば、奴を殺すことのできる可能性が高まる。

 身体のダメージによって吐血する異次元霊夢に、続けて私は畳みかける。霊夢が胸に突き刺した折れている針へ向け、拳を更に叩き込んだ。

 刺さっていた針を殴ることで、釘打ち機のように針を打ち出した。霊夢の狙いは正確で、心臓まで残り数ミリという所で止まってしまっていた。

 それを更に進ませることで致命の一撃を与えようとするが、拳が当たる直前に体を捻って飛んでいく軌道を無理やり変えられた。体を貫通して飛んでいく折れた針は、背中側ではなく、体表をなぞる形で体外へと吹き飛んだ。

 そうだ。ここでやられるような奴ではない。そんなことは等の昔にわかり切っており、続けて顔面へ拳を叩き込んだ。頭蓋の歪む感覚は、ダメージを与えているのを実感させる。

 だが、それは向こうも同じだった。肉を切らせて骨を断つとはよく言ったもので、奴が薙ぎ払ったお祓い棒が私の脇腹に食い込んだ。肋骨から胸骨にかけ、一瞬で骨の亀裂が生じる。

 肋骨の亀裂は前側だけではなく、背中側にも広がっており、背骨の大事な神経が押しつぶされる感触が伝わってくる。地面を踏みしめて踏ん張ろうとしていた為、頭から送られる信号が潰れた脊髄で途絶え、力が抜けて後方に吹き飛ばされてしまう。

 私の魔力の質が上がってきているため、神経損傷も即座に回復した。後方に転がりながらも立て直し、すぐに異次元霊夢へ跳躍しようとするが、強い咳嗽感に動きを阻害される。

 これだけの短い時間で煙草の効果が切れてしまったのかと思ったが、血の味はしなかったため出血はしていない。それに強化は持続していることからも否定できる。

 身体を強化していても、肺へのダメージを抑えきれなくなってきているのだ。小さく咳き込みながらも、拳を握って私はこちらへと跳躍する異次元霊夢を迎え撃つ。最早、邪魔にしかならないボロボロのバックを投げ捨て、奴の振るう得物に拳を打ち合わせた。

 私にも、異次元霊夢にも衝撃が駆け抜け、一瞬でも後方に下がる挙動を見せるが、地面へほとんどのダメージを逃がしたらしく、大地が陥没してめくり返る。当の本人は後退せずにこちらへ得物を更に振るう。

「くっ…!」

 前にも言ったが、自分の波長に近づけていない第三者の魔力は、基本的に人体にとってはかなり有害だ。煙草をたったの数本でも、あまり類を見ない喀血を見せたのがいい例だ。

 魔力を全身に送り込む際に、一番濃度が高い状態となるため必然的にダメージを受けやすい。例え回復させようとしても、現在進行形で肺は第三者の魔力に蝕まれているため、焼け石に水だ。

 攻撃するチャンスや攻撃に使うはずだった魔力を、常にダメージを負い続けていく肺に回すのであれば、リスクが高いとしても私は攻撃に回したい。生き残ることは、異次元霊夢を倒してから考えることだ。

 奴が放ってきた連撃を、時の加速で何とか捌き切る。妖夢や咲夜の置いて行った技術を活用して薙ぎ払われた得物を受け流し、拳を頭部に送り出した。

 異次元霊夢も、スペルカードの使用時間の限界が迫っているのだろうか。多少の被弾覚悟で迫ってくるため、頭部を捉える事には成功する。しかし、胸部に対する攻撃が私に効くのを何となく感じていたらしく、相打ちの形で胸を殴りつけられる。

 拳が当たった衝撃で肋骨が大きく振動して歪み、その奥にある肺が歪みに刺激され、咳を誘発してしまう。第三者の魔力で肺胞が破壊され、弱っている肺の線維がブチブチと音を立てて千切れていくのが聞こえてきた気がするが、骨にヒビが入る破砕音にかき消された。

 咳は我慢できずに出てしまい、痛む胸を押さえながら反撃に移ろうとするが、異次元霊夢は続けざまに得物を振るう。胸の次は腹部を弾幕で撃ち、両足をお祓い棒で砕き薙ぐ。

 両足の支えが無くなり、一瞬にして視界の中で上下が逆さにひっくり返る。世界が反転したようにも見えなくはなかったが、頭から地面に落下したことで、自分が回転していると一テンポ遅れて理解する。

 ブチブチと嫌な音が響き、足先の感覚がなくなっていく。骨を折られただけでなく筋肉までもが捩じ切れ、砂塵の中を吹き飛んでいった。

 背中から落下してしまった。足の反動を利用して立ち上がろうとしていた為、起き上がれずに僅かな時間を無駄にした。それでもできうる限り早く体を起こそうとした私に、異次元霊夢がのしかかって来た。

 胸を踏みつけられ、起こそうとした上体を地面に縫い付けられた。魔力を集め、異次元霊夢に向けようとした手が得物に薙ぎ払われ、肘の関節部から逆方向へへし折れた。

「ぐっ!?」

 足は再生をはじめ、腕も数秒で治るだろう。しかし、その間に異次元霊夢なら十数発の打撃を私へ放てる。このままでは再生が終わるまでに肉塊にされてしまう。

 異次元霊夢の攻撃から逃れようと無い足で体を押して逃げようとするが、手を伸ばしてくると、首を捻り上げた。握力が強すぎたせいで喉仏が潰され、くぐもった悲鳴が漏れた。

「ああああああああああああっ…!!」

 異次元霊夢の爪が喉に食い込み、血が流れだす。腕を振りほどこうとするが、奥に指が抉り込んでいるせいで無理やり放させようとすると、喉仏を持っていかれる。

 ようやく再生させた腕で殴りかかろうとするが、薙ぎ払われた得物が手頸の関節を粉々に砕いてしまう。防御能力を上げているはずだが、奴の攻撃力が大きく上回っている。

 異次元霊夢はここで私を討つつもりなのだろう。腕を折られたことで抵抗までの時間が大幅に延長し、殴打に見舞われる。

 頬を打ち、額を叩き抜く。鼻っ面を叩き折られ、口元を捉えたお祓い棒に皮膚が抉られる。嵐のように得物の応酬が続き、振られるごとに振り子のように顔が左右に振られる。

 一発ごとに頭蓋骨が歪み、亀裂が生じるのを感じる。攻撃が頭部を捉えるごとに、体だけでなく意識まで揺らぐ。異次元霊夢のお祓い棒が左側頭部を打った瞬間に、骨が砕けるのを感じたが、それだけで終わらない。

 乾いた木が割れるような音とは違う、陶器質な物体に亀裂が走る異音が体内に近い場所で響く。鮮明に見えていた視界に、陶器質の音と同時に稲妻状の模様が形成された。

 何かの攻撃と勘違いしそうになったが、左側の視界だけであり、左目に入れていた義眼が割れかけているのだと分かった。割れた義眼の破片で眼窩内の皮膚が裂けたようで、血涙がだらりと流れた。

「ぐっ…!」

 これ以上は攻撃を受けるわけにはいかず、再生させた足で異次元霊夢の背中を蹴り上げるが、この有利な状況を手放したくないのだろう。痛みで顔を歪めるが、地面についている膝で踏ん張った。

 顔を掴まれ、地面へと叩きつけられた。脊椎をへし折るか脱臼させるつもりだったのだろう。首が捩じ切れてしまうと思える程の強烈な負荷に、一瞬でも気を抜けば体を残して頭だけが吹き飛んでいきそうになる。

 だが、奴もそれでは仕留められないと分かっているため、得物を掲げた。銀ナイフで異次元霊夢の右肩を掻き切っていたはずだが、いつの間にか傷を再生させたようだ。千切れかかっていたとは思えない腕力で、私の頭を潰そうと振り下ろしてくる。

 お祓い棒が皮膚を裂き、骨を歪ませる。これまでのダメージや亀裂で頭蓋の強度が落ち込んでいるのだろう。このまま抵抗できなければ脳を抉る勢いだ。

 倒れている姿勢から、蹴りを背中に打っても大したダメージが見込めず、腕を再生させて弾幕で引き剥がすこともできない。ならば、マスタースパークを放つときのように、道具を介して弾幕を放つ。

 私のように魔力の性質を読み取れない異次元霊夢からすれば、回復のための魔力と勘違いしてくれることだろう。戦闘持続の戦意と捉えた巫女が全体重を乗せ、頭部を押しつぶそうと身を乗り出す。

 そのタイミングに合わせ左目の義眼から、弾幕をぶっ放した。吹き飛ばすためにエネルギー弾を放っていたが、着弾と同時に弾けた弾幕に肉体が弾け飛んだ。

 異次元霊夢の手だった、原型を留めない血潮とお祓い棒が、エネルギー弾の破壊力に耐えきれずに彼方へと吹き飛んだ。

 驚愕の瞳が弾けるように舞う、血潮の合間から私を覗き込んで来る。全く攻撃を予期していなかったのは言うまでもない。歪み、引き裂かれ、潰れて砕かれていく腕を信じられないように見下ろしている。

 その状態でもエネルギー弾を受けても吹き飛ばなかったのは、さすがは巫女と言った所だろう。これまでは奴の対応能力に苦汁を舐めさせられてきたが、今回ばかりは好都合だ。

 右手で持っていたお祓い棒は天高く舞い上がり、どこかへと吹き飛んでいる。火傷が酷く、筋肉や骨が一部剥き出しになっている左腕へ手を伸ばして掴んだ。

 そのまま引き剥がすのではなく、私はむしろ自分の方へと引き寄せた。離れることを想定していた異次元霊夢は予想外の動きに戸惑い、抵抗が大きく遅れた。

 もう片方の折られていた腕も再生させながら潰れた異次元霊夢の右手へと伸ばし、逃げられないように腕をがっちりと掴んだ。巫女が振りほどこうとするが、手を吹き飛ばされたショックから立ち直れていないため、行動は二手も遅い。

 仰向けに倒れていた私の上に跨って殴っていたのが仇となった。引き寄せた異次元霊夢は前かがみに倒れかけている。異次元霊夢の胸元、厳密にはその奥にある心臓が曝け出される。

 またとないチャンスに、私は殆どの魔力を義眼へ魔力を集中させた。これが終わった後、煙草によるフィードバックがどれほど来るのかはわからないが、この一手で終わらせてやる。

 魔力をレーザーへと変換し、仰向けに倒れた私の目の前にある異次元霊夢の左胸に向け、視線を合わせた。義眼に亀裂が生じている事で、光が一部散乱して威力が落ちてしまうことが予想される。だが、その分だけ威力を高めて減衰を補った。

 この手法の良い所は攻撃である事を気取られにくい事が一つ上げられるが、メリットがもう一つある。向けた視線がそっくりそのまま射線となる事だ。左目から弾幕を放つ瞬間、キラリと一瞬だけ魔力の瞬きを見せた。

 大量の魔力が込められ、さらに煙草の効果で強化されたレーザーが、眩い光と凄まじい熱量と共に撃ち放たれた。薄暗かったはずの周囲が数秒間の持続的な閃光で塞がれ、何も見えなくなった。

 威力が高まっていた為、鬱陶しいぐらいに周囲で滞留していた砂塵が、弾幕が放たれた途端に全て吹き飛ばされた。レーザーを中心に放射状に広がる暴風が吹き荒れ、砂を拭い取ったのだ。

 太陽光を塞いでいた砂が無くなったことで、薄暗かった周囲に陽光が指す。砂で見えていなかった、瓦解して無残な残骸だらけとなった村全体の実態が露わとなる。

 衝撃波で粉々に吹き飛ばされ、引き裂かれ、地面に叩きつけられて潰れた死体が無造作に転がっている。原型もわからない物体、家具だった物、家だった瓦礫が山のように積み上がっている。

 爆心地に近い荒れ果てた荒野には、生きた人間は誰もいない。遮蔽する物も殆どないため、声がよく通る。誰の声もとど来ないような荒野に、絶叫が響き渡った。

 




次の投稿は2/20の予定です。


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東方繋華傷 第百九十八話(終) 終戦

 最終回とはしましたが何人かピックアップし、アフターストーリーとしてあと何話かは続きます。
 そちらも楽しんでいただけたらと思います。



 自由気ままに好き勝手にやっております!

 それでもええで!
 と言う方のみ第百九十八話をお楽しみください!




 眩い閃光と焼けるような熱。レーザーを放ったことにより、大気が焦げる匂いを感じた。光で全く視界は利かなかったが、それでも確かな手ごたえを感じた。

 光は数秒間周囲を照らし出した後、光の残像を残して綺麗に消え去った。不思議な位に、不気味な位に静まり返ったのも束の間だった。声が響く。

 叫ぶ声の主は二つ。胸を撃ち抜かれた異次元霊夢と、瞼の内側を比喩ではなく本当に焼かれている私のあらん限りの絶叫だ。

「「ああああああああああああああああああああああああっ!!」」

 肉体に含まれる水分が沸騰し、焼け焦げ、一部が蒸発した胸元を掻き毟り、異次元霊夢が仰け反って後ろに倒れ込んだ。胸には熱線で射抜かれた跡である穴がぽっかりと口を開けており蒸気を上げる胸を抱えて苦しそうに蹲る。

 放ったレーザーの熱は肉体には影響がないようにしていたが、義眼にレーザーの熱が移ってしまっていたようで、文字通り目の奥が焼ける。倒れている異次元霊夢に攻撃を加える最大のチャンスだったが、私も自分の事で精いっぱいとなり、攻撃に移れない。

 左目に指を突っ込み、はめ込んでいた義眼を無理やり引っ張り出した。それに触れた途端に指先にも熱の痛みを感じたが、目の奥が焦げていく感覚には耐えられなかった。

 投げ捨てた義眼は私が吐いたであろう、近くの血だまりに落ちると、水分を蒸発させる音と共に蒸気を噴き上げた。どれだけの温度だったのかは想像もしたくない。

 しかし、その問題は現時点で問題にも成り得ない。さらに上を行く問題が山積みだからだ。体を起こそうとすると、後方でも異次元霊夢が起き上がろうとしている気配がする。

 お互いにこれだけの怪我を抱えているため、先に攻撃を受けた方が、負けになる事が予想できる。私も負けじと体を起こそうとすると、急速に煙草の効果が薄れていくのを感じた。

 まだ駄目だ。もう少しだけ、もう少しだけ時間をくれ。そう願うが、無情にも効果は無くなっていく。最後には無視してきた、他人の魔力に蝕まれた肺だけが残された。

「ごほっ…げほっ…!?」

 咳が込み上げ、乾いた咳を繰り返す。口の中に血の味が広がっていき、おびただしい量の血が込み上げてくると、地面へたまらず吐き出した。

「がはっ…!」

 肺に溜まっていく血を咳で排出していくが、体内外のガス交換を行っている臓器には大量の血が集まるが故に出血が収まりにくく、出血量も多い。治そうとしたそばから、出血で裂けていくのだろう。

 どれだけ喀血しても収まることは無く、むしろ、時間の経過で咳は酷くなり、吐き出す血の量も増えていく気がした。目の前の地面はすぐに赤一色で染まり、奴に討たれるよりも先に肺に溜まっていく血で溺死してしまいそうだ。

 肺の損傷で酸素を取り込む力が低下している所に、畳みかけるように咳が往来し、満足に肺を膨らませることもできない。息を吸うことができなければガス交換ができず、体内に存在する二酸化炭素の濃度が高まり、息苦しさが加速する。

 体内の酸素濃度が低下し始めたことで、頭も回らなくなってくる。酸欠で朧気になって来た脳でも、異次元霊夢の佇んだ気配は感じ取れた。

 込み上げてくる止まらない咳を何度も繰り返し、血を吐き続けているせいで、私は倒れたまま立ち上がることすらできていない。

 敵に背中を見せている危険な状況でも、体は咳以外の行動を拒否してしまう。動け、立ち上がれ、戦え、と自分を鼓舞しても体は横たわったまま動かせない。気合ではどうにもならないところまで来てしまっているのだ。

 回復力を強化して腕を数秒で再生させることはできるが、現在進行形で肺は蝕まれており、損傷の進みは回復力を大きく上回ってしまっている。いくら回復させても、今の現状では進行を食い止めることはできないだろう。

「かっ……ぁ………っ………っ…!」

 咳で息を吸い込めず、肺が潰れてしまうのではないかと錯覚する。横隔膜や肺を取り囲む肋骨を支配する筋肉が痙攣し、膨らませることができない。

 喘鳴を上げることもできなくなっていく私は、それでも動こうとするが、痙攣のせいで身をよじることすらできない。

 縋る先も、何に縋っているのかもわかっていないのに、私は神頼みのように動けと体を叱咤する。

 力を込め、今まさに異次元霊夢が振り下ろそうとする拳から逃れようとするが、体を支えようとする腕には全く力が入ってくれない。

 異次元霊夢に踏まれているわけでも、何かに貫かれて縫い付けられているわけでもないのに体が動いてくれない。振り絞ろうとする力にも呼応できず、巫女の攻撃がついに始まろうとする。膨れ上がる殺気に自分の死期を感じた。

「………っ…」

 どれだけ奮い立たせようとしても、どれだけ魔力で強化しようとしても、体は動かせなかった。もう駄目だと諦めそうになったその刹那、不思議と体が軽くなったのを感じた。

 今まで体の全てが鉛に置き換わっているように重かったはずだったのに、自分でも驚くほどに動かすことができた。地面についていた右腕を起点にして体をぐるりと反転させる。腕を起点に移動させたことで体が一つ分ずれ、異次元霊夢の攻撃をすんでのところで退避した。

 私を潰すはずだった拳が大地を穿ち、手首までめり込ませた。地面を伝ってくる衝撃から、体を貫くのは容易だったのが想像できた。

 気が付くとあれほど収まらなかった喘鳴が止まり、動かなかった体が急に動いたのは、私の神頼みが何かもわからない神に届いたわけではない。第三者によって、力を壌土されたのだ。

 異次元霊夢も胸を打ち抜いた影響を多大に受けており、振り下ろしていた拳を地面から引き抜こうとしているのに手間取っている。

「っ……はぁ…っ…!」

 喉や肺に残っていた血で吸った息が詰まり、満足に空気を取り込むことができなかった。だが、少量とは言え酸素を肺に送り込むことができ、それを全身の酸素を欲している肉体へ行きわたらせた。

 動き自体は私の方が遅いが、出だしが速かったお陰で拳を異次元霊夢の顔へ叩き込むことができた。

「ぐっ!?」

 異次元霊夢を押し返し、先ほどとは打って変わって飛び起きた。煙草の効果が消えた直後からすればかなり軽快に見えるが、殴り飛ばした巫女が体勢を整え終えているほどには遅い。

 こちらへ緩慢な動きで向かおうとして来る異次元霊夢の奥に、霊夢ではない人影が見えた。片目でしか物を視れていないため距離感が掴めなかったが、遠い割には人影は大きい。

 一人だと思っていた人影は、二人の人物が肩を貸し合ってようやく立っていて、ガタイが大きく見えていたのだろう。片方の人物が手に虹色の帯状の物体を持っており、遅い動きで何かをしている。

 魔力から、私を強化しようとする性質が感じ取れた。遠くからでもわかる特徴的な帯状の物体は、聖が扱うスペルカードを記した巻物だ。

 爆発に巻き込まれていたはずだが、水蜜の肩を借りてようやく私たちに追いついたのだろう。

 千年かけて作られたスペルカードは非常に強力で、自分の強化する力と掛け合わさって、一時的とはいえ肺や肉体のダメージが軽減された。軽くまだ咳は出るが、全く動けなくなるわけではない。

 今度は私から殴り掛かるが、胸を庇いながらも体を捩じって避けると、私の腹部へ拳を叩き込んでくる。避ける動作にも入っていなかった私を打ち抜いたはずだったが、腹部から痛みを感じることはない。

 異次元霊夢の拳と私の体の間に、何か物体が入り込んでいる。緑色のそれは、夏の時期によく見る植物であり、地面から太い蔓が重力に逆らって上にある拳へと伸びていた。

 片腕をエネルギー弾で失っている異次元霊夢はすぐさま対応できず、私の攻撃を再度受けることとなった。顔を拳が捉えるが、頭を傾けて衝撃を受け流されてダメージを軽減される。

 身を翻した異次元霊夢に更に畳みかけようとするが、まだ弾幕が残っていたらしく、複数の針と札を至近距離から投擲してきた。

 弾幕を放つほど魔力を四肢に集めておらず、ダメ元でも横に飛びのこうとするが、小さなくぐもった破裂音がしたと思うと、黒色の塵を纏う大妖精が現れた。

 緑の髪を揺らしてこちらへと延ばして来た大妖精へ、私からも手を伸ばした。かなりの至近距離からの弾幕だったが、少女は気にも留めず再度能力を使用する。

 一瞬だけ意識が途切れるような感覚がしたと思うと、異次元霊夢の後方に回り込んでいた。彼女はそれ以上干渉する気が無いのか、礼も聞かずに煙を残して消えた。

 振り返ろうとする巫女の隙をつく形となり、私はすぐさま走り出す。このチャンスを逃すな。重たい体を引きずるように前進し、振り返った異次元霊夢の鼻っ面に拳を送り込む。今度こそダメージを軽減されることはなく、鈍い感触が伝わってくる。

「あぐっ!?」

 戦闘で解けた長い髪をたなびかせながら、巫女は自分の意思で後退する。殴った手ごたえからそれほどまでに吹き飛ぶことは無いと分かっていた為、私も追撃の足が出るまでは早かった。

「げほっ…!」

 気を抜くと咳が漏れてしまう。強化される前と比べれば我慢できない程ではなく、奥歯を噛み締めて絶えず込み上げてくる咳嗽感を無理やり押さえ込む。

 手もとに集めた魔力をレーザーへと変換し、異次元霊夢へと薙ぎ払った。土を融解させ、空気中の塵を蒸発させるため、焦げ付いた匂いが鼻腔をつく。

 大気を焦がす熱線を異次元霊夢は当たる直前に躱した。動きから戦い始めた時の余裕は無く、辛うじて直撃を避けられたと言える危うい回避だ。

 レーザーを避けた異次元霊夢が反撃の弾幕をこちらへと放ってくるが、倒すための最後のチャンスを掴むため、放たれた弾幕が通過する最短距離を突き進む。致命傷になりうる弾幕以外はすべて無視する。

 被弾覚悟で駆け抜けようとしたが、視界外から感じる魔力の性質に、私の足はさらに早まる。炎の性質を感じたが、それだけでは走る脚が早まることはない。ただの炎ではなく、フランドールが扱うレーヴァテインの性質だ。

 炎剣と言うよりは、炎が照射される形で異次元霊夢が放った弾幕を包み込む。札と魔力の弾幕はフランドールの炎に充てられ、燃え尽きるか魔力の塵と化す。

 魔力で撃ち抜かれなくなったため、魔力で身を包み込む。フランドールが発生させた炎の影響を最小限にとどめようとするが、私が炎の中を潜り抜けようとすると、炎が一瞬で鎮火した。

 私の前進に合わせ、フランドールが炎を消してくれたらしい。熱気によって陽炎が発生するが、僅かな時間とは言え炎で見えなくなっていた異次元霊夢の居場所は見誤らない。

 異次元霊夢に突っ込み、鬼並みの攻撃力を誇る私の拳を叩き込む。片腕しかないというのに、拳を完璧に近い形で受け流していく。対処能力の高さは依然として高いが、それでもダメージは多少なりとも与えられているだろう。私と拳を交えるたびに、異次元霊夢は顔を歪ませる。

 私を引きはがす為か、私に殴りかかりながら複数枚の札を地面へ落とした。それに含まれる魔力の性質は、爆発を秘めている。角度の調整もあり、自分に被弾しないようにしている。

 魔力で身体を保護しようとするが、別の魔力の性質を感じ取った。私も、霊夢も手を焼かされたひっくり返す程度の能力だ。こちらに向かって拡散するはずだった魔力の爆発が反転し、異次元霊夢を包み込む。

 私に放ったはずの攻撃を自分で食らい、目を白黒させる異次元霊夢に考えさせる暇を与えず、弾幕と近接戦闘を織り交ぜた接近戦を挑む。

 レーザーの弾幕から、拳を異次元霊夢へと叩き込む。レーザーは腕の方向から射線がわかってしまうため、簡単に躱される。小回りが利くように攻撃を小出しにするべきなのだが、身体に溜まっているダメージで体が振り回されてしまい、大ぶりの攻撃となってしまう。

 異次元霊夢も体に負ったダメージで動きが遅い。私の拳をやっとの動作で避け、反撃に躍り出ようとする。まともに動ける時間はそう長くは無いだろうが、動ける間は全力で抵抗を続けることだろう。

 奴の攻撃に対処しようとした時、フランドールとは違う魔力の流れを感じた。私も、霊夢も散々手こずらせられた、何でもひっくり返す程度の能力が巫女に働いたのを感じる。

 来ると分かっていても対処が難しく、全快時でも簡単にはいかない。生存本能が高まっている今だったとしても、体の負傷を差し引けば対応能力は皆無と言える。

 私へと放った拳の進行方向をひっくり返されたことで、拳だけが後退していく。突き進ませようとする異次元霊夢の思考と乖離した行動に、巫女は前のめりに動きを止めてしまう。

 その異次元霊夢の胸へ拳を放ち、怯んだ瞬間に弾幕で撃ち抜いた。打撃を体のしなりで受け流せても、熱線の熱は魔力以外ではどうしようもない。防御に使用した魔力を貫通し、奴の肉体を焼け焦がす。

 脇腹を打ち抜いたが、異次元霊夢も負けじと私の方へ前進し、胸を殴り込まれた。胸部へのダメージは、頭や腹部とは比べ物にならない程に通る。衝撃による肋骨の歪みは、肺への刺激となる。

「かはっ…!?」

 咳が込み上げた私の顔へ、異次元霊夢の拳が叩き込まれた。異次元霊夢も後のことなど考えていないのか、考えている暇がいないのか。体を投げ出すような、突貫する大ぶりの攻撃だ。

 顔が跳ね上がり、後ろへと後退させられた。私が離れた隙に、異次元霊夢が袖の中からスペルカードを素早く引き抜き、大量の魔力を流し込んでいく。

 魔力の作用で仰け反った上半身を引き戻して走り出そうとするが、数メートルも距離を開けられた今の段階では、距離を詰められるだけの時間はない。

 スペルカードの回路を通した魔力に、爆発する性質が付与される。それを発動される前に、レーザーで撃ち抜こうとするが、目の前の空間に一筋の線が形成された。

 何の脈絡もなく中空に描かれた水平方向に伸びる線は、二メートルほどの長さがある。それの魔力の性質を探るまでもない。線は瞳の形に大きく膨らむと、それを境にして次元の狭間を作り出す。

 それに飛び込む前から次元の狭間の先にある景色が目に入ってくるが、紫が作り出したスキマ世界には繋がっていない。数メートルは離れていたはずの異次元霊夢までの距離を、手を伸ばせば届く距離に経路を短縮させたらしい。

「っ!?」

 スペルカードを起動している段階では、異次元霊夢は動ける。しかし、紫の存在を認知してしまった今では、下手に逃げてさらに余計な干渉を受けると思ったのだろう。

 逃げるのではなくこれ以上干渉が難しいであろう今の状況で、私をスペルカードの攻撃で屠ろうと発動を急いでいる。

 私の拳がスペルカードを破壊するか、異次元霊夢が発動で握り潰すのが先か。どちらになるか、際どい勝負だったが、身体へ蓄積されているダメージが枷となり、こちらが若干の遅れを生じさせた。

 私の拳がスペルカードに当たる遥か手前で、異次元霊夢がカードに手を添えた。抽出する準備が整うと同時に、カードを潰すためだ。

 握り潰そうとした瞬間、実弾のような目にも止まらぬ速度で突っ込んで来た魔力の弾頭が、いくつかの指ごとカードを撃ち抜いた。指がもぎ取られ、弾丸に撃ち抜かれた結晶の破片と共に吹き飛んだ。

 高濃度の魔力に充てられて結晶化していた紙が、発動段階に入る寸前だったスペルカードと共に崩壊していく。

 第三者の魔力によって、緻密に作り上げられた回路が崩れていき、血を滴らせる異次元霊夢の手の中から消えていく。結晶を見つめたまま奴は固まっている。

 胸の前でカードを潰そうと出していた手を払い除け、レーザーでぶち抜いていた胸に拳を叩き込む。私も異次元霊夢もほとんど魔力が尽きかけていて、ロクにダメージを軽減できていない。

 下から突き上げた拳が胸にめり込む手ごたえから、今までには無い程に高いダメージを与えた。喉の奥から込み上げるような動作を見せると、咳き込むように血を吐き出した。ダメージが蓄積しているらしく、倒れ込みそうにがくがくと膝が笑っている。

 荒々しく呼吸を繰り返すが、口や喉に残った血液がゴボゴボと音を立てる。正常に呼吸できていないらしく、真赤な血液とは対照的に唇は真っ青な酸欠を示している。

「ごほっ…!」

 吐血する異次元霊夢に追撃を加えようと、更に前進する。口の端から血を流す奴の手にはいつの間にか針が握られており、逆手に握られた小さな得物を私の胸に振り下ろした。

 進んでいた段階で私に避ける選択肢は無いに等しく、攻撃体勢に入っていた為に避けないというよりは避けられなかった。皮膚はそうだが、中の内臓を保護している胸骨を易々と貫通し、心臓を取り囲んで貯留する心嚢液の中を突き進み、激しく拍動して全身に血液を送る筋肉の塊に針が抉り込んだ。

「くっ……あぁ…!?」

 呻く私の胸に、更に異次元霊夢が針を抉り込ませる。ポンプの役割を担う心臓の筋肉を貫通した途端に、身の危険を感じた体がどうにか血液を全身に送り出そうと心拍数が跳ね上がる。

 拍動が速すぎれば、心室内に十分な量の血液を十分に送り出すことができず、頭に血が回らなくなる。意識を保っていられるのも時間の問題だが、この一撃は余裕で食らわせられる。

 胸に突き刺された針を抜かれないために腕を捻り上げ、刺さった得物を手放させた。胸の傷口から溢れて来た血液で滑り、思ったよりもすんなりと奴の手が離れていく。

 どこからか飛来した魔力の弾丸に指を撃ち抜かれたことで、握力が低下しているのも原因の一つだろう。捻った腕を引き寄せ、異次元霊夢に頭突きを食らわせた。

 身長の関係で顎や口元に当たり、奴の顎や歯を砕く。額を通して奴の肉体が潰れる感触がし、呻き声とも悲鳴ともとれる声を上げた。

「あがっ…!?」

 頭突きで跳ね上がった顔の口元は誰がどう見ても砕けて歪んでおり、折れた顎の骨が皮膚を突き破って一部露出している。

 状況は拮抗しているのに近く、私のタイムアップが迫っている現状では最後のチャンスだろう。霊夢から貰った最後の魔力を振り絞り、ポケットの中から取り出した魔道具に送り込む。

 八角形の特殊な形状は、他に類を見ない。香林に半ば無理やり作らせたミニ八卦路だ。武器としての役割を果たせなさそうな見た目だが、スペルカードの性質を持つ魔力を送り込んだ途端に、その特性が露わとなる。

 発熱を逃がす機構が働いて蒸気を発し、八卦路の中央部分にある勾玉模様に魔力が集中していく。集まった魔力が最大に達すると、勾玉模様から魔力が凝縮された小さな球体が出現した。

「恋符『マスタースパーク』」

 輝く球体は大きく爆発的に膨らむと、ビー玉程度の大きさだったとは思えない人間を易々と飲み込む巨大なレーザーへと変貌し、異次元霊夢を包み込んだ。

 巨大な極太のレーザーは射線上にある全ての物を薙ぎ払い、地平線まで突き進む。それでも止まることを知らないレーザーは山肌を吹き飛ばし、光と熱で大地を溶解させた。

 異次元霊夢の気配はそれでもまるで消えない。さらに魔力を注ぎこんで出力を上げようとするが、残っていた搾りカスを吐き出している状態だったため、こちらもスペルカードを維持させることができない。

 魔力の供給が絶たれてしまうと、私の意思とは関係なくレーザーの幅が狭くなっていく。どれだけ魔力を込めようとしても、枯渇した物は出せない。数秒も時間が経てば糸のように細くなり、元の小さな魔力の球体に戻ってしまった。

 そこから魔力の球体は膨らむことなくさらに縮まり、小さく瞬くと呆気なく弾けて消滅した。ダメージが蓄積されている体を魔力で無理やり動かしていた為、魔力が尽きたことで軽いミニ八卦路も持っていられずに落としてしまった。

 爆発で剥き出しになった柔らかい地面に音を立てて落下した。分厚い円盤状の形をしている八卦路は側面から落ちると三分の一ほど埋まり、ゆっくりと傾いて倒れた。

 大事な魔道具を拾うこともできず、私もそれに惹かれるように地面に膝をついてしまう。あれだけのスペルカードで撃ち抜いた異次元霊夢が、未だに立っているというのに。

 奴の手にはボロボロで焼け焦げた札が数枚握り込まれており、マスタースパークのダメージを肩代わりさせたのだろう。

 それでも全身にスペルカードのダメージは如実に出ており、体を制止させたままこちらに向かってくる様子はない。しかし、異次元霊夢は項垂れてはいるが、倒れてはいかない。

 焼けた札を取り落とし、異次元霊夢は前に傾いていた上半身を持ち上げた。垂れる前髪で表情は読めないが髪の間から見えた瞳には、奴の憎悪がチラついた。

「……っ…!」

 膝をついている場合ではなく、力の入ってくれない体に鞭を打って体を持ち上げようとするが、いくら立ち上がろうとしても腕や脚は震えるばかりでまともに動かない。

 立ち上がることができずに倒されるだけだったとしても、紫やフランドール達が戦ってくれるだろう。私にできることは、彼女たちが奴を殺せるだけの時間を稼ぐことだけだ。

 殺意の込められている目を向けている異次元霊夢を、私も睨み返す。戦う意思だけはある事を示すために、私も倒れてはいられずに踏ん張った。

「………」

 来るなら来い。飛びのくことすらもできないが、できるだけ時間を稼いでやる。震える手をようやく持ち上げ、戦闘の体勢を整えた。

 私が放ったレーザーで胸に穴が開いているが、そこから空気が一部漏れているのだろう。奴が呼吸を繰り返すとくぐもった呼吸音が聞こえていたが、それが次第に弱まっていくのを感じた。

 最初は気のせいかとも思ったが、肩で息をしていた異次元霊夢の動きが次第に小さくなっていく。呼吸を整えた事で、大きく吸い込むことをしなくてもよくなったわけではないのは、チアノーゼで青い唇からわかる。

 呼吸が浅くなっていくごとに、上半身を持ち上げていた異次元霊夢の瞳から殺意が薄れていく。失っていく意識からの抵抗か、一瞬だけ殺意が増幅しかけるが、意識が遠のいていくのが見て取れた。

 上体を持ち上げていた異次元霊夢の体が今度は後ろに傾いていくと、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。これまでにはない形で仰向けに倒れ、四肢を投げ出している。

 すぐに起き上がってくる様子はなく、時間と共に呼吸が浅くなっていく異次元霊夢を倒したと実感するのには、十数秒の時間を要した。

 ずっと、奴が立ち上がってくる気がして、私は倒れたままの異次元霊夢を睨み続けていた。そのまま、治療をしなければ短い命を全て使い切ろうとしていた。

 しかし、煩いぐらいに周囲で上がる歓声で、ようやく我に返った。いつの間にか周りに集まっていた妖怪たちに囲まれており、その様子から状況はいい方向に傾いているのが分かった。

「勝ったぞ…!私たちの、勝ちだー!!」

 手を上げて勝ちを喜ぶものもいれば、終わったと息をついている者もいる。騒ぐ気力もなく、座り込んでしまう者も多い。私のように実感がわかず、ぼんやりと周りの雰囲気に流されている者もいる。

 再度、倒れた異次元霊夢に視線と魔力へ意識を向けると、動き出す様子が無いのと魔力が弱まっていくことで、辛うじて勝利をもぎ取ることができたのだと実感することができた。

「……勝った……のか…?」

 緊張で張りつめていた糸が緩んでいくのを感じた。一度緩んだ糸を張り直すのは難しく、構えていた腕だけではなく全身から力が抜ける。そのまま倒れ込んでしまいそうになるが、スキマから出て来た紫に受け止められた。

 抱き上げられ、私の体重を支えてくれる。彼女も激戦を潜り抜けて来たらしく、目に見えて傷を負っていて、体から濃い血の匂いが漂ってきた。

「ええ、勝ったわね」

 正直なところ、これは勝利と言えるのだろうか。人的、物的被害はこれまでに無い程に受けた。数百年前に現れた龍神でも、ここまでの壊滅的な打撃は受けたことはない。

 辛勝することはできた。しかし、この被害状況では、手放しに喜べない。勝ちは勝ちだが、試合に勝って勝負に負けたのと相違ない。

「まあ……負けてるのと…そう変わらないけどね」

 幻想郷を愛する彼女であれば、怒り狂っていてもおかしくはない。だが、そうしないのは、私たちを労っているのだろうか。

「……ああ…」

 それに甘えて眠りに付きたくなるが、霊夢の事を思い出した。頭を彼女の豊かな胸に預けていたが、急に飛び起きた事で驚いて見下ろしてくる紫と目が合った。

「霊夢…!」

 あの出血量は、ただ事ではない。戦闘で頭の隅に追いやっていた不安感が蘇り、歩くどころか立つのもやっとだった疲れ切った体を引きずって、私は紫の手を離れて霊夢を探そうと歩み出した。

「……大丈夫よ、何とかね」

 彼女が殴り飛ばされた方向に視線を向けると、霊夢がミスティアに支えられながらもゆっくりと歩み寄ってくるのが見えた。紫の能力が作用しているのか、彼女が抑えている腹部からは血が滲んでこない。

「…魔理沙!」

 私を呼ぶ色調は、先ほどまでのぎこちなさが拭われている。聞き慣れた透き通る声に、心の底から安堵の息が漏れた。肩を借りていたミスティアから離れた彼女は、ゆっくりと私に歩み寄ってくると、優しく抱き寄せてくれた。

「…よかった」

 異次元霊夢が幻想郷中にいる人物にかけた術が解かれ、私の事を思い出してくれたのだろう。母親のように優しく抱擁してくれる彼女を、私も気が付くと抱きしめていた。

 紆余曲折あった。お世辞でも勝ったとは言えない。だが、今は勝ったことを共に喜ぶことにした。彼女の暖かさに触れている内に、凍り付いた私の内側が解かされていく気がした。

 戦っている内に感情を色々と置いてきた気がする、押し殺してきた気がする。倫理観や苦しさを感じないための邪魔な感情を。霊夢に触れて凍った心が溶かされていくうちにそれらが膨れ上がり、気が付くと頬を熱い涙が濡らしていた。

「あ…あれ…?」

 涙なんてもの、残っているとは思っていなかった。込み上げて来た熱い物を押しとどめられず、そのまま吐き出していく。いくら拭っても留めることなく溢れてくる涙に、顔がぐしゃぐしゃになってしまう。

 ボロボロと涙を零す私の頭に手を回し、抱き寄せてくれた。その温もりに抵抗などできず、甘えてしまった。

 胸に刺さったままだった針のことなど忘れていた。だが、紫がいつの間にか境界を操る程度の能力で引き抜き、出血を押さえてくれているらしく、私からも力の限り抱きしめることができた。

 少しの間、私は彼女の胸に顔を埋めたまま泣きじゃくってしまった。押し殺した感情を回復させるのには時間がかかるだろう。切り離して置いて来た感情を取り戻すことはおそらく難しいだろう。

 それでも、残った感情は押し殺していた分だけ、爆発的に膨れ上がる。押し寄せた感情の渦に振り回され、泣き止むのに少し時間がかかってしまった。

 何で泣いているのかもわからずに泣いてしまっていたが、ややしばらくしたころ、ようやく涙が止まってくれた。

 私を抱き寄せてくれていた霊夢から離れて周囲を見回すと、妖精や妖怪たちが周りを囲んでいた。皆の視線が集まっているが、そこにある感情はこれまでの畏怖の念は込められていない。

 やってくれたと声をかけてくれる者。冷や冷やさせやがってと、辛勝を冗談交じりにからかってくる人もいた。

 異次元霊夢の術で記憶を弄られていたとはいえ、一部の人物とは戦ったり敵対的な行動をとることも少なくはなかったため、申し訳なさそうな表情を浮かべている者もいる。

 何人かは何か言いたそうにしてはいるが、まだ残っている後処理をしなければならない。一番近くに居たスキマ妖怪に尋ねることにした。

「それで…紫はどうするつもりなんだ?」

 彼女を見上げると、遠くで横たわっている異次元霊夢の方向をちらりと見る。目つきから、あの死体を八つ裂きにしてもおかしくはないのだが、すぐに行動に移さないのは、奴らとやっている事が大差なくなってしまうからだろう。

「向こうに送り返す予定よ。あのまま放置したら他の妖怪たちに食われそうだしね」

 それに加えて、向こうに現在の私たちを潰せるだけの戦力は無いだろうが、万が一の可能性ではあるが、報復を恐れたのだろうか。

「私もそれに反対はない」

 一部の妖怪や永遠亭に逃げている人間たちからは反感を買いそうだったが、この世界に残しておくことの方が危ない。死んだ人間、死んだ妖怪は数知れず、死んだ者の親族や友人からこの死体へ恨みつらみが募り、妖怪化しても困る。

 媒体が巫女であるため、強力な妖怪へ変貌する恐れがある。そんないつ爆発するかわからない爆弾を抱えるのであれば、ある程度の反感を覚悟で向こうに帰してしまった方がまだいい。

 それに、報復はない。暴走時の魔力の形跡を追って、この世界に誰かが乗り込んでくることも無い。咲夜の時を操る程度の能力と異次元咲夜の第二の能力を使って、世界の時間を弄るからだ。

 私たちの世界の時間を加速させ、ここの世界以外の平行世界の時間を遅くする。個人だけではなく、個人を含めた世界全体の時間をいじくる為、そこの世界にいる人物は時間の変化に気が付けない。

 他の世界線での刹那が、こちらの世界では数年レベルで時間の差異を作り出す。力を狙う連中がすぐに動き出してこの世界を探し出すことができたとしても、既に私たちの世界では数千年、数万年も経過した後だ。その頃には幻想郷が残っているかすらも怪しいだろう。

「向こうに残ってる奴はいないか?」

「多分いないわ」

 返答が曖昧なのはあらゆる種族が戦闘で入り混じり、ほどんど見分けが付かなかったからだろう。失踪した者も少なくなかったが、鼻の利く白狼天狗が探し出した。戦闘の影響で原型が残っていない場合もあり、全ての死体を探し出すのは難しいだろう。

 紫はそう言うと、死んでいる異次元霊夢の襟首を掴み、持ち上げた。そいつを置いてくるのは任せるとして、こっちはこっちで時間と世界の境界を調整する準備を進めるとしよう。

 暴走状態では、世界のバランスを変える魔力放出があった。どれだけの世界に干渉したかわからず、紫が異次元霊夢を置いてくる間に侵入される事を考慮し、できるだけ急いでもらうために釘を刺した。

「私の魔力でここの世界に干渉できないようにする。余計なことしないで帰って来いよ、また同じような連中と戦いが始まる前にな。いなきゃいないで締め出すからな」

 私が魔力に性質を与えられることは知っているはずだ。暴走状態の時よりは魔力の質は落ちているが、帰ってこれなくなる可能性を捨てきれないため、彼女もすぐに帰ってくるだろう。

 いくら恨みがあり、こちらの世界をこれだけ滅茶苦茶にした人物だったとしても、死体に手を上げるのは奴ら以上に堕ちることになるだろう。こんな連中ごときに、そこまで堕ちるべきではない。

「…っ…ええ」

 彼女自身、それに対する善悪の理解はあるだろうが、感情が納得していないのだろう。図星だったようで、私に内心の渦を見透かされたと少し驚いたような表情を浮かべている。

「よろしくな」

 いいから早く行って帰って来いと促すと、紫は異次元霊夢を持ったままスキマの中へと消えていった。その内に、私は傍らに立つ霊夢に向き直った。

「霊夢…すまないが、少し魔力を分けてくれないか?」

 先の戦闘で霊夢から分けて貰っていた魔力は、底をついてしまっていた。時間の操作をするためには魔力が不可欠であり、彼女の手に腕を伸ばした。

 紫に早く戻ってきてもらわなければならない理由はそれだけではなく、私事で申し訳ないが本当に時間がない。聖が私にかけてくれた魔法の効果が少し薄れてきているらしく、咳が込み上げて来た。口の中に血が弾け、鉄臭い匂いが口の中に広がった。

「けほっ…」

「大丈夫?」

 伸ばした私の手を掴み返してくれた霊夢が、私の波長に合わせた魔力を受け渡してくれる。枯渇していた魔力が補充されていくことで、彼女に支えて貰っていなければただ立っている事も苦しかったが、少し楽になって来た。

 自分の魔力に世界へ干渉できる性質を加え、概念といえる実態のない物へ介入する。私の魔力が切れた途端に、時の操作が戻ってしまわぬように、世界のプログラムを書き換えていく。

 時間にして、数秒だろう。異次元霊夢を異次元世界に置いて来た紫が、スキマの中から現れた。瞳の形に開くスキマが閉じ、紫が完全にこちらに来たのを確認してからプログラムを変え終えた。

 世界全体の時の流れをかなり加速させたが、やはり私たちの感覚は一秒は一秒のままで変わらない。他の世界の流れは止まる程に逆に遅くさせたため、こちらに介入できたとしても数百か数千年は経過することだろう。

「これで…もう大丈夫だろう」

 他の異次元世界の人間が攻めてくる可能性が限りなく低くなり、私はようやく一息ついた。緊張を解くことができたのはいつぶりだろうか。

「ふぅ……」

 息を漏らすとダメージを受けた肺が咳を促し、さっきよりも強く咳が込み上げた。胸が苦しく、血を勢いよく噴き出しそうになった。

「げほっ…かはっ…!」

「…大丈夫!?…だいぶ辛そうだし、永遠亭に行くわよ」

 煙草のダメージを聖のお陰で無視してこれていたが、その場しのぎでしかないため、従うことにした。口の端から漏れた血を手の甲で拭っていると、霊夢が紫に永遠亭までスキマを繋げて貰っている。

 彼女に引かれるまま、兎たちが激しく行き来する永遠亭の前に移動した。大妖精の瞬間移動とはまた違った形で場所が切り替わる。こうした移動には未だに慣れない。

 後ろでスキマが閉じていく。紫は向こうに残ったようで、無想転生で吹き飛んだ村の再建などの後処理に移るのだろう。

 歩いて永遠亭の入り口をくぐり、外よりも人混みの厚い廊下を歩く。その内に段々と聖の魔法の効果が薄れ出した。軽く咳き込んだだけで、口元を押さえる手に血がこびり付く。煙草を使った直後の副作用を考えるに、その内私はしゃべることもままならなくなるだろう。

「霊夢……」

 咳を我慢しながら、私の手を引いて先を歩く霊夢に語りかけた。人混みと喧騒で届かないかと思ったが、彼女は歩く足を止めずにこちらを振り返った。

「…なに…?」

 聖の魔法の効果がどんどん失われていき、それに反比例して咳や胸の痛みが増幅していく。しゃべれなくなる前に伝えたいことを、私は呟いた。

「その……こんな私でも、一緒にいてくれるか?」

 私がそう言うと霊夢は一瞬驚き、少し顔を赤らめるが、当り前だと言いたげにうなづいた。

「…勿論よ。私の近くにいてくれる人は、あなたじゃなきゃ考えられないもの」

 逸らすことなく目を合わせて真っ直ぐに見据え、濁すことなく答えてくれた彼女に、嬉しさが込み上げてくる。それと同時に、申し訳なさもある。

「ありがとう……。大好きだぜ…霊夢」

 残りの人生を、彼女と共に歩んでいきたい。そのためには、まず、目の前の問題を乗り越えなければならない。

 聖の魔法が完全に解け、私の肺を魔力によるダメージが蝕みだした。肺に何の負担もかけていないのに咳が込み上げ、勢いよく喀血した。

「がはっ……!!」

 これまでにない血の量が咳と共に吐き出された。それを霊夢にかけないようにするので精一杯だったが、もしかしたら少し飛び散ってしまったかもしれない。両手どころか目の前の床ですら瞬く間に血で染まっていく様子から、肺へのダメージがどれだけだったのかが伺えた。

 立っていられなくなり、呼吸困難に陥った私は床に沈んだ。霊夢が永琳を探すパニック寸前の慌てた声が聞こえた気がしたが、薄れていく意識の中では誰の声なのかも判断ができなくなっていた。

 

 混濁した意識の中で、気が付くと仰向けに寝せられていた。ボロボロの天井と薬を持ちながら、兎たちに指示している永琳の姿が目に入る。私に向けて何か叫んでいるが、回らない頭では何を言っているのかわからない。気が遠くなるのを感じ、それに抗えなかった。

 

 何か衝撃を感じ、目が醒めた。呼吸は未だに改善していないのは、息苦しさからわかる。どうにか空気を吸わせようと、口元に透明な酸素吸入器のマスクが付けられていた。だが、咳き込むばかりで吸い込むことができないせいで、ほとんど意味を成していない。

 すぐに意識が遠のいてしまった。

 

 再度目が醒めるが、今度は移動による姿勢の変化だ。担架の不安定さはないため、重篤な患者の移動に使われるストレッチャーに乗せられたのだろう。ガラガラと車輪が床を走る感触がする。

 霊夢が私に何かを叫んでいるが、返答よりも意識が遠くなっていく方が圧倒的に速い。ストレッチャーの縁を掴んでいる霊夢の手に腕を伸ばそうとするが、治療室に入ったことで遮られてしまった。

 

 血を吐く私に、透明の液体の入っている注射器を掲げた永琳が近づいて来た。静脈に注射をしようとしているが、麻酔か何かだろうか。そんなものを入れなくとも、既に意識は遠のき始めている。

 治療室の入り口で、不安そうな霊夢が私を見ている。その彼女に、私は笑って見せた。

 強がっている事は明白で、そんな物は考えなくてもわかるだろう。だが、霊夢の表情を、不安から信じて待つと言った形に変える事はできた。

 

 ああそうさ。こんなところで死んでいられないさ。

 この程度の試練、乗り越えて見せる。絶対に。




次の投稿は少し遅れます。


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東方繋華傷 終話 アスター

自由気ままに好き勝手にやっております。

それでもええで!
と言う方のみ、お楽しみください。



後日談になります。


 夏も後半に差し掛かり残暑となった。そろそろ涼しくなってきてもいい頃合いのはずだけれど、蒸し暑さは未だに顕在している。

 今日は特に日差しも強く、気温も高い。湿度が低いのが唯一の救いだ。暑さで額に小さく汗が浮かぶ。それを拭いながら遠くの景色に目を向けると、数キロ先には発達していく入道雲が見え、夕立を予感させる。

 日傘が直射日光を遮ってくれているおかげで、陽光を浴びて遊んでいる妖怪と妖精よりは気温の高さは感じていない。昔はあちら側に居たのを、今では懐かしく感じる。

 椅子に座りながら、私のために出してくれた紅茶を口に含んだ。いい香りが立ち昇っていたが、飲むとそれが際立った。抽出された茶葉の強い香りを鼻孔を感じ、下の味蕾が甘さの刺激を脳に伝達し、美味しい物だと認識する。

「ふう…」

 一息つき、視線を花畑から周囲の景色に向けた。数百メートル、数キロ先では気温差で陽炎が揺らめいて実物の形を歪めているが、再建途中の村は見間違えない。

 異次元世界から来た博麗の巫女が起こした大爆発。あれの爪痕はかなり深い。村を一撃で九割以上を吹き飛ばしてしまった。地形も大きく変化してしまい、村人と河童が総出で建築を続けているが、復興はまだまだかかるだろう。

 そもそも、建築できる人物も吹き飛ばされてしまっているのが大きい。それに加えて、巻き込まれて埋もれた死体が定期的に出てくるのも手間取っている理由の一つだ。

 いくら河童の技術が進んでいるとしても、一か月程度では村人全員の家を建てるのとライフラインを確立するのは難しい。

 建築の進み具合や速度からて、完全に村が戻るのにはしばらくかかるだろう。それはそうか。あの大戦が終わってから、まだ一か月しか経過していないのだ。

 そう思いながら遠くで遊んでいる妖精たちを見ていると、ふと時間の経過がまだではない人の事を思い出す。

 幻想郷を守る霊夢さんにってこの一か月は"まだ"ではなく"もう"だろう。戦闘の直後に魔理沙さんが倒れたと聞いたが、意識が戻らぬまま既に一か月が過ぎていた。

 永遠亭の兎に聞いた話では、永遠亭の集中治療室で治療を受けているが、依然として意識は戻らず、予断は許さないとのこと。毎日お見舞いに行っている霊夢さんからすれば、不安だろう。

「どうかしたのかしら?」

 思いに耽っていると、机のちょうど反対側に座っていた女性に声をかけられた。考え事をしていて、紅茶を飲んでも淡泊な反応だったため、口に合わなかったのかと思ったのだろう。

「いえ、ちょっと考え事をしていたんです」

 燦燦と降り注ぐ光を受け、美しく咲き誇る花々。森のように広く咲いている花の間を遊んでいる友達から目を逸らし、一緒に紅茶を飲んでいた幽香さんに返答した。

「そう」

 緑の髪を風で揺らし、幽香さんが紅茶を飲みながら呟いた。ティーカップを受け皿に置き、遠くで遊んでいる妖精たちに視線を戻して眺めている。

 いくら日傘をしていてもさすがに暑いものは暑く、幽香さんは服の胸元を緩めている。見るつもりは無かったが、襟元の間から左胸に残る生々しい傷跡が目に入ってくる。

 あれから一か月か。ぼうっと風景や遊んでいる様子を眺めていると、また、思いに耽ってしまう。

 皆、以前のように戻ろうとしてはいるが、連中が残していった傷跡は非常に深く、大きく歪めてしまった。

 遊んでいるチルノちゃんやリグルちゃん、ルーミアちゃんたち。他にもいるがその中にミスティアちゃんの姿だけが見当たらない。

 彼女を自分たちの世界に送り返した後に私も戦闘に参加していた為、詳しくは知らないが、かなり頑張ったと聞いた。あれだけ怯えていたミスティアちゃんが、戦いに向かったというのはちょっとやそっとの覚悟でできるものではない。

 褒めてあげたいけれど、彼女はその代償で怪我を負ってしまった。腕の火傷や爆発による怪我は、薬で痕は残りつつも完治はしたが、心の傷までは癒すことができなかった。

 異次元霊夢と対峙したのがあまりにもショックで、心的外傷とやらを負ってしまったと永琳さんから聞いた。

 普通なら手に職など付けられないらしいが、そんな状況でも彼女が店を続けようとしているのは、ささやかながらな異次元霊夢達への抵抗だろうか。

 準備はしていると聞いたが、あまり進んでいないのは心の病気が大きく影響していると思われた。

 現在では幻想郷で唯一の酒を提供できる店となっているため、復興をする人間から妖怪までが開店する日を待ち望んでいる。早く以前のように元気になってくれる事を願う。

 そう思いながら紅茶を一口飲んでいると、遠くで遊んでいたチルノちゃんがこちらに手を振ってくる。

「大ちゃーん!一緒に遊ぼー!」

 チルノちゃんは屈託のない笑顔だが、周りの人物は驚いて、不安そうな嫌そうな表情を浮かべている。

「ううん、ごめんねー」

 彼女に手を振り返して遊ばない事を伝えると、周りの妖精たちは少し安心したようにため息をついるが、チルノちゃんは不服そうに頬を膨らませている。

 以前は私もあちら側で一緒に遊んでいたが、そうしないのは仲が悪くなったわけではない。むしろ、今までと同じく私に接してきてくれている。単に、私が一線退いてしまっているのだ。

 私はいつも通りに振舞っているつもりだった。しかし、表情や行動をどれだけ以前に近づけようとも瞳の色や深淵の、どん底の化け物のような雰囲気は変えられない。周りから見れば気味の悪さが浮き彫りになっているだけだった。

 私がチルノちゃんと一緒に行動すればするほど、他の妖精や妖怪たちは離れてしまう。だから、一緒に遊び場には来ても、遊ばずに一歩引くことにしたのだ。

 チルノちゃんは不満そうだったが、私と一緒に孤独の道を行くことも無い。少しおバカなところもあるけれど、私に影響されずにそのままの優しい彼女で居て欲しい。

「行かないのかしら?」

「……はい」

 行きたくないと言えば嘘になる。以前のように遊びたいが、迷惑がかかることになるのは明白である。

「後悔してるかしら?」

 返答が遅れた所に、後腐れの匂いを感じたのだろう。紅茶を飲み終えた幽香さんが、自分のカップにティーポットから茶色い透き通った紅茶を注ぎながら私に質問を投げかけて来た。

 一か月前の戦いを思い出す。ずっと忘れていた深淵を覗き込み、深淵から覗かれた。あの戦いを、場所を。

「いえ、全く。………ただ、少し…寂しい…ですかね」

「そう…ごめんなさいね」

 まさか幽香さんから謝罪の言葉が来るとは思っておらず、少しの間驚いて固まってしまった。顔を向けると、何を考えているのかわからない表情の幽香さんと目が合った。

「……、なんで幽香さんが謝るんですか?」

「……私がもっと強ければ、こうはならなかったと思ったのよ」

 一番最初に奴らが現れた時、私たちのために命がけで戦ってくれたのは幽香さんだった。その彼女が謝る必要など全くない。むしろ、謝らなければならないのは、私の方だ。

 チルノちゃんが向こうの世界に行ったのは、殺されたと思った幽香さんの為だった。けれど、私はその意思を継がないで自分の復讐に走ってしまった。

 復讐に走った事と、深淵を思い出して周りの妖精から恐れられている事に何の因果関係もないが、私はこの結果を自業自得としている。だから、むしろ私の方が謝りたいぐらい。

「謝らないでください…。むしろ感謝してます、幽香さんが助けてくれなければ、私たちはあそこで全員死んでました」

 そう返答すると、彼女は黙ってしまった。何か悪い事を言ってしまったか、少し不安になってしまう。

「…」

 元の形に戻ることを願っていてくれたのだろうが、そうできない事へ少し罪悪感がある。しかし、これはもうどうしようもない。

 しばらくの間、黙ったまま二人でチルノちゃん達を眺めていたが、今度は私の方から幽香さんへ質問をした。

「幽香さん。どうして誘ってくれたんですか?」

 いつもは一人でお茶を飲んでいるのを遠目から見ていたが、今回は一緒に飲まないかと誘ってくれた。特に断る理由もなかったため了承したが、どうしたのだろうか。

「……。思いつめてるような顔してたからよ」

「そうですか?」

 自分ではそういうつもりは無かったが、客観的に見れば身投げでもしそうな顔をしていたのだろうか。チルノちゃんが毎回必ず遊びに誘ってくれているのは、それを感じていたからかもしれない。

「ええ、見てるこっちが怖いぐらいには」

「そうでしたか…ご心配をおかけしました。でも、そんなつもりは毛頭ないのでご安心してください」

 冷えた紅茶を再度口に運び、飲み込んだ。カップには半分ほど液体が入っていたが、気が付くと白い陶器の底が顔を覗かせている。

 受け皿に空のカップを乗せて机に戻すと、幽香さんがティーポットを傾けて紅茶を注いでくれた。

「すみません。ありがとうございます」

 良いわよ。そう言って幽香さんは自分の紅茶に、白色の小さなミルクピッチャーからミルクを注いでいく。私のにも入れるかどうかと、こちらを見てくるが首を横に振って断った。こう言う所を見ると、本当に申し訳が無くなってくる。

 チルノちゃんは皆から馬鹿にされたりするけれど、それは勉強の方面だけ。言葉にすることが難しいからどうしても感情で話してしまったり、話ができなかったりする。けれど、人の気持ちなんかは人一倍わかってたりする。

 もし、幽香さんがただ周りに危害を加えるだけだったり、危害を加えることを嗜好としているのであれば、チルノちゃんは絶対に太陽の畑へは近づかなかったし、もしかしたら向こうの世界に行くことも無かったかもしれない。

 なぜなら、幽香さんは実は優しい人だとチルノちゃんはわかっていたからだ。確かに、怒らせればものすごく怖かったし、拳骨を貰った時には一週間は腫れが引かなかった。

 いろいろな妖精や妖怪、人間が恐れていたが、それでもチルノちゃんが太陽の畑で時折遊ぶのを止めなかったのは、幽香さんが華に向ける顔を知っていたからだろう。

 手入れをした花を折ったり踏んでしまった時の、悲しさが混じる表情。手入れを欠かさず、華を美しく咲かせようと頑張っている姿や。それに応えるように花が綺麗に咲いた時の嬉しそうな表情。

 チルノちゃんは感じたのだろう。ただの機械的に人を殺す恐ろしい化け物ではなく、自分たちと同じように物を食い、話し、笑顔を作る。特に花に向ける屈託のない笑顔は、正直なところ恐ろしい妖怪であることを忘れてしまう程だった。

 自分たちと同じ感性を持っており、きつく りつけられることもあったが、異次元霊夢が来た時には守ろうとしてくれた。幽香さんはただ単に、人に感情を伝えるのが下手なんだ。チルノちゃんはそれがわかっていたから、幽香さんの仇を取ろうとしていた。

 私は命の危機に陥らなければわからなかったし、彼女と同等かそれ以上の存在になって余裕が出て来たからわかる事でもあった。だから余計に、チルノちゃんが託したことを守れなかったことが罪悪感となる。

「また、思いつめた顔してるわよ………」

「すみません」

 指摘されて慌てて謝ったが、表情は硬いままだったのか。幽香さんはミルクを入れた紅茶をスプーンで混ぜ終えると、小さくため息をついてから口を開いた。

「息抜きも必要でしょうし、たまにならお茶会に付き合うから……いつでも来なさい」

 こうして、腹を割って話すことなど初めてだったが、前だったら緊張して話しどころではなかっただろう。それに話しを誤解して、悪く受け取っていた可能性もあった。今はそのままの意味で受け取ることができる。

「………。ありがとうございます。…じゃあ、チルノちゃんがここに来るときに、また」

「ええ」

 よく来ると言ってもそこまで頻繁に太陽の畑には来ないため、少し名残惜しさに近い、寂しさを感じた気がした。

「…」

「ゆ、幽香さん。……その、やっぱり、チルノちゃん達とじゃなくても…たまに来てもいいですか?」

 そう呟くと、彼女は少し驚いたような顔をする。まさか私からそんなことを言われるとは思ってもいなかったのだろう。

「え?…勿論いいわよ」

 幽香さんは快く快諾してくれた。また、彼女に甘えてしまっており、申し訳が無くなってくる。だが、ここで再度落ち込んでしまえば引き受けてくれた彼女に失礼だ。

 皆も、それぞれ前へ進みだしている。私も、後ろばかり見ていないで、そろそろ前に向かわなければならない。

 落ち込んでいる感情はそうは簡単に戻らない。でも、すぐにじゃなくて、時間をかけてゆっくりと前を向こう。

「ありがとうございます」

 座っている姿勢を変え、幽香さんを正面からしっかりと見てお礼を告げようとすると、彼女から止められた。

「動かないで」

「へ?」

 素っ頓狂な声を上げる私の足元に、幽香さんが指をさす。体をそれ以上動かさずに下に視線を向けると、丁度足を降ろそうとした位置に小さな花が咲いていた。紫色の花弁と黄色の柱頭が目立ち、五センチ程度の大きさはある。

 花を好んで育てている幽香さんの目の前で花を踏むわけにはいかない。彼女に促されるまま椅子に座っていたことで、花が咲いている事に気が付かなかった。花を避けて足を降ろし、改めて見下ろした。

 花と言う物にそこまで興味が無かったが、改めて見直してみるとそれの可憐さと言う物が伺えた。幽香さんは戦いのときには魔力で急激に成長させて弾幕として使うが、普段の生活において観賞用の花を魔力で成長させることは好まない。自然に生えたのだろう。

「すみません」

「大丈夫よ。次から気を付けてくれればいいわ」

 可愛く儚いこの花を眺めているだけで、少し心が和むのを感じる。幽香さんが華を身骨注いで育てる理由がわかって気がする。

 心の奥底に意識を向けると、そこには過去に取り込んだ数百数千万の苦しみ続ける憎悪で犇めいているのを感じた。昔はその状態が普通だったが、昔のように倫理観が希薄しているわけではないため、それが少し苦しい。

「クッキーもあるから、遠慮なく食べて」

 そう言って机の上に置かれていた皿を、幽香さんがこちらに少し移動させた。皿の上にはシンプルな普通のクッキーと紅茶の茶葉が練り込まれた紅茶のクッキーが並べられている。

「ありがとうございます」

 彼女へお礼を言いながら、茶葉が練り込まれたクッキーに手を伸ばした。直径が三センチほどの大きさがあり、厚みも小指の先ほどの厚みがあって食べ応えがありそう。

 食べる前に鼻に近づけて香りを嗅いでみると、淹れられた紅茶の香りとはまた違った、アールグレイの良い匂いが漂ってくる。鼻腔を擽る甘い香りに、自然と口元が緩むのが分かった。

「いただきます」

 クッキーを口に運び、食む。焼かれたお菓子が小気味いい音を立て、半分に割れた。割れた半分を口の中で噛み砕いていくと、控えめではあるがクッキーの甘さが広がっていく。

「どうかしら?」

「とてもおいしいです。こういうお菓子、久しぶりに食べました」

 残った半分も口に放り込み、ノーマルのクッキーにも手を伸ばして口に運んだ。茶葉入りとはまた違った美味しさがあり、紅茶が進む。

 クッキー自体が甘いため、紅茶に砂糖は入れない方が楽しめるるため、次に飲むのは砂糖を控えめにしよう。

「それならよかったわ」

 幽香さんも一つクッキーを口に運び、咀嚼していく。普段から作って食べているらしく、特に表情の変化はない。今度作ってみようかと思いかけるが、作ったことも作り方も知らない。どれだけ悍ましい物体が出来上がるのか、想像に難くない。

 幽香さんに尋ねようとして私は口を噤んだ。それを作ってどうするというのだろうか。第一材料を確保する手段が無い。仮に作れたとしても人に振舞えるだけの腕など無く、だからと言ってチルノちゃんにあげられるだろうか。

 未だに彼女と共に居れないことが、未練たらしく心の奥底に残っている事に苛立ちを覚えた。

 それに、これまでやって来た悪行から、私はあくまで創造する側ではなく破壊する側で、この幻想郷にいる誰よりも命を奪ってきた者に幸せを得る権利など無いだろう。

 そうわかっていても、理解していても寂しさをどうにも拭えない。胸に穴が開いてしまったような、形容しがたい感覚に襲われる。目覚めた冷めた思考と幼い燻る感情の乖離が頭を悩ませる。

 また、一人で思いつめている私を見かね、クッキーを一枚摘まみ上げた幽香さんに口へお菓子を突っ込まれた。紅茶とは違う甘いシンプルな香りが鼻孔を付く。

「んぐっ」

 口にクッキーを入れられて目を白黒させる私に、彼女はまったくと少し呆れた様子で肩をすくめて見せた。

「また悩んでるわね……結論づけるのをそんなに焦ることはないわ。……だって、時間はたっぷりあるでしょう?」

 私達妖精妖怪は、数百年単位の長い時間を生きる。今でなくても、数年か十数年後には答えを出せるだろうか。完璧な答えでなくとも、落としどころと言う奴を。

「そう……ですね…。…出せますかね?」

「さあ、それはあなた次第よ」

 紅茶を口に運びながら、幽香さんは端的に呟いた。私次第と言われると、答えなどでなさそうな感覚になる。それこそ数十年あっても、答えのない答えを探し続けていそうだ。

「ただ、さっきも行ったけど…話し相手にはなるわよ」

 私は呟きながらカップに並々と注がれた紅茶に目を落とす。赤くも茶色っぽくも見える液体は、風に揺られて小さく波紋を作るが鏡のように光を反射する。水面に移る見慣れた顔は笑顔を作って見ても、瞳の濁りのせいで自分自身ですら不気味だと感じる。

「………はい」

 遅れて返答を返すが、彼女からつぎの言葉が来ることは無く沈黙が流れる。しかし気まずい物ではなく、遠くで遊んでいるチルノちゃん達の様子を見ながら紅茶を嗜む心地の良い時間に感じる。

 鬼ごっこで足の速い妖精をチルノちゃんが追っていくが、ひらりとかわされて転んでしまっている。花を折ったりしていないため、周りの妖精たちは胸を撫でおろしていたり笑って楽しんでいる。

 彼女達から目を離し、皿に乗っているクッキーを手に取った。摘まむ力が弱すぎたらしく、滑り落してしまった。

 机の上に落ちたクッキーを拾い直した。汚れは見当たらないため、そのまま口に運んだ。座っている姿勢を変えようとしたが、足元に生えていた花の事を思い出し、見下ろした。

 紫色の鮮やかな花弁を開く花は、あらためて見てもやはり綺麗だった。風に煽られ、小さく左右に揺れる花を私は少しの間眺めていた。

 




気が向いたら他のキャラクターの後日談も読んでみてください。


他のちょっとした設定はユリオプスデージーにて





書いていない設定として、大妖精がどのぐらい強いのか。
私の世界線では初代博麗の巫女が歴代屈指の実力者と言う設定なのですが、引退の原因になる致命傷を与えた程です。


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東方繋華傷 終話 ペチュニア

自由気ままに好き勝手にやっております。

それでもええで
と言う方のみお楽しみください。






 カチッ…カチッ…。

 時計の進む音が異様に大きく聞こえる。正確に一秒を刻む音は普段の生活ではさほど大きくなく、ほとんど気になる事はないだろう。

 だが、ただ自分の名前を呼ばれるのを待っているだけで何もすることが無ければ、針がゆっくりと進んでいく音ですら気になって仕方がない。

 大きくため息をつくように呼吸すると、慣れて来たと思っていたが独特な消毒液に似た匂いは、何となく嗅ぎ分けられた。その匂いで満たされている広いロビーには、私のほかにも自分の名前を呼ばれるのを待っている人物が他にも座っている。

 十数人はいる筈だけれども物音が殆どしていないのは、誰かと話したり無暗に歩き回る人物が居らず、全員が口を噤んで座っているからだろう。

 いつもはたくさんの患者で溢れかえって煩いぐらいには賑わっており、明るい看護師同士の会話が聞こえてくるはずだが、職員の声ですら聞こえてこないのは私たちに気を使って静かにしてくれているらしい。

 なぜそんなに病院が静まり返っているのかは、今日が私達の為だけに永遠亭の外来が開かれる日だからだ。

 うつむいたまま項垂れて座っている人物の殆どの顔は、無表情で感情が読み取れない。目の下には厚い隈を張り付けている所からわかるように、鬱やそれに近しい疾患のある人物が集っているのだ。

 これだけの人数が集まっているというのに、看護師が名前を呼ぶ声とその患者が移動する音以外聞こえてこないのは、異質な空間にも思える。

 また一人、兎の看護師に名前を呼ばれ、重い足取りで診察室へと向かっていく。一人一人にたっぷりと時間を使うため、私が呼ばれるまでもう少しかかるだろう。今日はなんだかいつもよりも遅い気がする。

「…」

 あの戦いから一年程度の時間が経過した。あれの影響で、心を病んでしまった人物が多い。かなり大きく成長していた村の99%を吹き飛ばされ、半分以上の人間が巻き込まれることになった。

 死者数は数百人にも上り、未だに身元不明の死体が掘り出されることも少なくないため、正確な数字はわからない。しかし、現在残っている人数から想像するに、六割から七割の人間が吹き飛ばされたことになるだろう。

 なるべくあの惨状を思い出させないように、河童たちが爆発で変形した地形を綺麗に整地してくれたりしたが、百人余りの心が蝕まれるのを止めることはできなかった。

「はぁ…」

 小さくため息を再度ついた。一時間程度の時間が経過しただろうか。その間には一人、また一人と診察を終え、薬を貰って岐路についていく。来るのが遅かったせいで、気が付くとロビーに残っているのは私だけになっていた。

 最後の一人になり、診察を終えた患者が薬を貰って帰っていくのをぼんやりとみていると、小さい兎の看護師に名前を呼ばれた。

 小さく、短く返事を返し、けだるさを感じる重い体を持ち上げた。体を起こした時以上に重い足取りで、診察室へと向かった。

 看護師が私の代わりに金属のドアをノックし、横にスライドするタイプの扉を開けてくれた。彼女に促されるままに診察室の中に入ると、ロビーの時とはまた違う、濃い消毒液の匂いに包まれた。

「久しぶりね、調子はどうかしら?」

 柔らかな口調で、赤と紫色の白衣を着ている永琳さんに出迎えられた。ロビーのよりも高そうな材質の椅子に座る様に促され、私は座り込んだ。

 永琳さんの後ろに立っていた兎に、前に診察していた人のカルテを手渡し、代わりに私が来た時に書いたと思われる問診表を受け取った。

 既に開かれていた私の物と思われる厚いカルテの上に問診票を置き、少し目を通している。机の上にもう一冊カルテが置いてあるが、字が小さくて名前までは見えなかった。

「そうですね。…書いてある通り、あまり…よくないです」

「そうみたいね」

 私の表情が曇っている所からも、その辺りの推察は容易だったらしい。否定せずにカルテに何かを記載していく。

「その、最近異変があったせいで…眠れてないんです。……少し、強い薬は出せないですか?」

「うーん、あんまり強い薬を出すと依存性の問題にもなるから……別のお薬を出しておくわね」

「そうですか。……わかりました」

 前に強すぎる薬は依存性が高まってしまうという説明を受けた。薬物に溺れたくはないため、私も退き下がることにした。

 博麗の巫女によって、つい数日前に解決された一番新しい異変。規模からすれば、異次元の巫女達が攻めてきた時よりも小さくはあるが、それでも幻想郷のバランスを崩すのには十分すぎる規模だった。

 外の世界から流れついて来た者たちが起こしたのではなく、元からいる人物という事だ。天狗の新聞では、鬼人正邪が首謀者とされていたが、酒呑童子などの鬼も参加した大規模な異変だったらしい。

 鬼人正邪は二枚舌と聞く。萃香さんは決して頭が悪いわけではなく、そう簡単に騙されるとは思えなかったが、今回は口車に乗せられてしまったのだろうか。

 あの爆発から、あの戦いから、あの戦争からせっかく生き残ったというのに、この世界の何が不満だというのだろうか。私にはまるで理解ができない。

「……迷惑な話です」

「そうね。あの爆発があってから、異変に敏感になってて避難したりしてるし…村の周りに住んでると大変よね。まあ、擁護するつもりは無いけど、向こうにも向こうで私たちにはわからない事情があるのかもしれないわね。…ただの気まぐれかもしれないけれど」

 私たちにはわからない事情とは何だろうか。人を巻き込んでまでやる価値のある事なんて、あるとは到底思えない。

 怒りがどうしようもなく込み上げてきて爆発しそうになるが、程なくして膨らんだ感情は穴の開いた風船のように萎んでしまった。今度は萎み過ぎて、気分がどんどん落ち込んでいく。

 気分の上がり下がりが大きく、コントロールができない。上がり下がりに振り回され、理由もわからず悲しさが込み上げて来た。

 今日は特に情緒の不安定さが強く、涙が溢れてきそうになってしまう。瞳に涙が溜まっていくのが見えていたのか、永琳さんが小さなハンカチを差し出してくれた。

 それでこぼれそうになる涙を拭きながら、私は無理だと分かっていても聞かずにはいられず、彼女に質問をした。

「その……魔理沙さんに行ったみたいな…記憶を消す処置はできないですか?」

 精神が削られている今、暗くて深海のような圧迫感のあるトンネルに迷い込んだようだった。先が見えない程に長く永遠に続いており、先の見えないトンネルから逃げ出したい一心で彼女に縋る様に訪ねた。

「そうね。どうしようもなくなった時にはいいかもしれないわね。でも、中々に大きな決断になるから、ここで決めるのには早計だと思うの。だから、落ち着いて考えられる状況になったらまた考えてみましょう?」

 他の村人たちが言っていたように、私ものらりくらりとかわされてしまった。魔理沙さんが大丈夫でなぜ私たちがだめなのかがわからず、不満が募る。

「理由はいろいろあるわ」

 永琳さんはそう言うと、机の上に置かれていた私のとは別のカルテを開いた。さっきは角度のせいで見えなかったが、表紙には患者の名前が記されていた。霧雨魔理沙と。

「許可は貰ってるけど、個人情報だから…あまり詳しいことは言えないわ…。それに、気分のいい話でもないから。だだ勘違いされても困るから、少し事情を話しておくわね」

 机の上の、すぐに取れる位置に置いてあったのは、こういう質問をする人が私のほかにもいたんだと想像がついた。

「この子が目を覚ましてから、大体八か月が経ったわ」

 約四か月、魔理沙さんは昏睡状態で生死を彷徨っていた。私も含めて霊夢さん以外の誰もが諦めかけていた時、彼女は奇跡的に意識が回復した。

「魔力を使えたから肉体のリハビリはほとんど必要なかったけれど…肺へのダメージは未だに残ってて、酷い時では肺活量が1リッターを下回る時があったわ」

 数字で酷さを伝えられてもわからなかったが、追加で永琳さんが私へ説明をしてくれる。

「煙草ってあるでしょう?あれを何十年と吸い続けると肺の細胞が破壊されて、呼吸がままならなくなるんだけれど、それに近い状況になっているわ」

 そう言えば、前に見かけたときには青白い顔をして、何かと乾いた咳をしていたのを思い出した。しかし、私が聞きたいのはそこではない。

「肺のリハビリも今のところ順調だったのだけれど、大きな問題がもう一つ出て来た。それはね魔理沙も心に傷を負ってたみたいなの」

 それは知らなかった。いつも異変の解決には我先にと参加していて、私たちのように心を病むというイメージが無かったが、いくら肉体が強靭でも精神はただの人間のそれと変わらなかったのか。

「幻想郷を存続させるのには、子をなさなければならないのはそうだけれど。いざしようとすると、魔理沙から拒否反応が出てしまってそれどころじゃなくなっちゃうみたい」

 拒否反応。彼女達の年で子供の作り方を知らないわけがない。顔を赤らめてしまう年ではあるかもしれないが、そこで抵抗してしまうというのは普通ではない。二人は傍から見ていても仲睦まじい様子だったため、拒否するのはあり得ないだろう。となると、魔理沙さんは向こうで強姦紛いなことをされた。

「そう、察しの通りよ。昏睡中に潰れた子宮は治したけれど、心の傷は薬ではどうにもならないわ」

 明るく振舞っているように見えていたが、彼女なりに心配をかけないように振舞っているだけだったのだろう。子宮が潰れるとなれば、どれだけ激しく乱暴に扱われたのか私には想像できなかった。女だからわかるが、ちょっとやそっとの痛みではないのだけはわかった。

「ここまで言えばわかるかしら、あの子が記憶を消す処置を受けた理由が」

 異次元霊夢と霊夢さんの顔は瓜二つ。魔理沙さんはその時のことがフラッシュバックして、子供をつくるどころではなくなってしまうのは想像がついた。

 処置を受けたという事は、私たちと同じく症状が慢性化してしまったのだろう。霊夢さんが巫女として入れる時間もそう長くない。長い年月をかけて治るのを流暢に待っている時間が無かったため、処置に乗り出したのだろう。

「そう…ですね」

「自分のしたことから、されたことから逃げるために処置を受けたんじゃなくて、先に進むために処置を受けたことは忘れないで上げて。最後まで渋ってたのは魔理沙だから」

 そう言われると、何も知らずに羨んでいた恨んでいた自分が恥ずかしくなってくる。そして何も知らないで外野が喚いたと考えると申し訳が無くなってくる。

「まあ、形はどうあれ…速さはどうあれ、私が絶対に治すから安心なさいな。この病気は人それぞれで治る速さが違うから、周りを見て焦らなくていいわ。あなたの歩幅でいいからね」

 そう言ってにこやかに笑う永琳さんに肩をたたかれ、診察は終了した。礼を言って診察室を後にし、薬の受け取りへと向かった。

 

 

 

 全ての患者の診察を終え、時計に目を向けると短針が6を刺している。病院は午後5時で終わりであるため、全員診終わるのに一時間も余計に遅れてしまった。

 でも、精神疾患外来の日は大抵この位までかかる為、周りでカルテ整理をしている兎たちも特に気を止めている様子はない。

「遅くなってごめんなさいね。…コーヒーを一杯もらえないかしら?」

 近くでカルテの整理を終えていたウサギに頼むと、台所の方へと向かって行った。鈴仙でないのにはもう慣れたが、あの子なら気を使って用意してくれるのにと考えてしまうのは都合が良すぎるか。

 しばらくすると、コーヒーの独特な匂いが漂ってくる。湯気の立つマグカップを持った兎が戻ってくると、茶色の液体が注がれたコップを手渡された。

 礼を言いながら受け取り、一口口へと運んだ。独特な苦みと香りが一気に口内に広がり、沸騰しているのと遜色ない熱い液体を飲み込むと心身ともに温めてくれる。

 真夏では脱水症などになってしまう可能性も低くない。病院に来て倒れないように冷房を付けていたが、効きすぎている。冷え切った体にはちょうどいい熱さだ。リラックスの効果は大きく、疲労で落ち込んでいた精神の持ち上がりを感じる。

 大きく伸びをしながら、今しがた説明に使った霧雨魔理沙のカルテに目を落とした。予想はしていたが魔理沙に記憶を処置をしてから、記憶処置の依頼やそれに対する妬みが増えた。

 とはいえ、精神を患っている患者をさっぱりと切り捨てる訳にもいかない。話しを聞いて、その処置ができない理由を伝え、代替案の説明をしなければならず、その言葉遣いにも気を使うために少々疲れた。

「ふう…」

 カルテを見るたびに思い出す。記憶を失った魔理沙に自己紹介をした時の事を。知っているはずの人間に自己紹介をするのは何とも奇妙な感覚で、彼女はずっとこんな感覚を味わっていたのだろうか。

 処置で記憶を完全に失うと分かっていて、自分で施しているはずなのに忘れられるというのは少し悲しかった。それでも戦い抜いた彼女の精神には脱帽する。

「…」

 適当なページを開くと、彼女の全身を映した画像が出て来た。全身と言っても、魔力による観測であるため、被写体が生身で写っているわけではない。

 A4程度の大きさのある紙は黒い背景が主体となっており、そこに白い線で人間の輪郭が描かれている。体の中枢部から、末梢に向けて白い稲妻模様に似た線が無数に走っている。

 特に手足に集中しており、体の輪郭の内側は真っ白で黒い背景を探す方が大変だ。次いで胸元に多く張り巡らせられているこの稲妻模様は魔力による再生痕だ。

 魔力をほぼ持たない人間では、ほぼ見られることはない。魔力を使える者でも、輪郭の内側を再生痕が埋め尽くしている画像など、見たことが無い。あの勇義や全身に雷を受けた萃香ですらここまでの再生痕は付かなかった。どれだけ傷ついて来たのか、簡単には想像がつかなかった。

 最初に彼女の身体を調べた時、卒倒しそうになったのを思い出す。死んでいないのが不思議な位に全身にダメージを受けていて、いつ死んでもおかしくはなかった。命を落とさなかったのは私の薬のお陰でもあるが、何よりも彼女の生命力の高さだ。

 回復能力の高さは人によって異なるが、魔力で回復させた肉体は普通の肉体よりも魔力が通りやすい。先ほどの再生痕は魔力の通りやすさの差を画像として出力する物だったが、彼女のは色濃く描写されている所から、再生能力が抜群に高い。

 魔力の質が高ければその差も当然大きくなるが、彼女の魔力の質から、そこまでの差が出ないのは経験則からわかる。色濃く描写されるもう一つの理由としては、一度だけではなく、度重なる負傷による再生の重なりだ。

 何度も何度も傷を負い、戦闘の数だけ負傷と欠損を繰り返しながらも戦い続けていたことで、妖怪でも類を見ない再生痕が刻まれた。彼女は戦いで負傷し続けたが、魔力の浸透力が高まるその行為のお陰で自分の命が助かったとは、皮肉な話だ。

「このカルテもお願いね」

 魔理沙のカルテをウサギに手渡し、手元に残った薬剤の書類に目を落とした。在庫が無くなりそうな薬もあり、また薬を作り直さなければならなさそうだ。

 次の精神外来は来週であるため、休診日や来院人数が少ない時にまとめて作ってしまうとしよう。

 明日から必要になる薬の在庫にはまだ余裕がありそうで、今日のところはこれで終わるか。机に書類を落とし、傍らに置いていたコーヒーに手を伸ばした。

 熱い液体を再度飲みながら、ふと今日の事を思い出した。あの説明で納得してくれる人物もいれば、納得してくれない人もいて、説明の難しさを改めて痛感した。健常な精神状態の患者のように、上手く説明できない。

 納得できないだろうが、彼女が最後まで渋っていたのは本当で、霊夢と紫に押し切られる形で承諾した。しかし、渋っていた理由は周りからの批難を恐れていたからではない。

 その決定は周りの人間からすれば、トラウマに近い過去から逃げる為だと思われているが、だからこそ彼女の中では残したかったようだ。

 自分の犯した罪から、過去から逃げたくはないと。苦しみは罰であり、贖罪なのだと。それにより、霊夢や紫とぶつかることは少なくなく、破局寸前まで行きかけた。

 私が先のようにこれは逃げじゃないと伝えたことと、二人が懇願して渋々と頷いた。他の人にはおそらくは無いだろうが、記憶を消したとしても魔理沙の苦しみはこれからも続くだろう。

 以前の犯されたトラウマから来る物ではなく、消えた部分の自分に。その影響は既に出ており、数日前に行った診察では、たどたどしくも怖いと言っていた。

 それに加えて、鏡を見た時の自分が自分ではないような感覚になると。それはおそらく目の色だ。以前に撮影された自分の写真からくる自分のイメージと、鏡で見た自分が乖離している事から来る感覚だろう。

 毎晩のように見知らぬ人を殺す夢を見ると。服装や相手の顔つきを聞く限り、異次元の連中だと想像がついた。奴らを倒し切り、因縁に決着をつけたかに思われたが物事はそう簡単に終われるものではない。

 連中の残した置き土産は、記憶の消去では拭いきれない深層意識にまで届いてしまっており、居なくなっても尚我々を苦しめる。不快な連中だ。

 潜在意識の下にある過去の自分に潰されてしまわぬか心配である。記憶の処置は私も初めてであるため、どのような影響が出てくるか予想不可能で、定期的に経過を見ていかなければならないだろう。

 コーヒーを飲み干し、診察室の中にある据え置きのシンクへコップを置いた。水道のハンドルを捻って蛇口から水を出し、コップの大まかな汚れを流した。

 シンク近くに置かれていたスポンジで汚れを拭い、水で泡を流し落とした。ハンドルを捻って水を止め、洗い終えたコップを食器を乾かすかごへと置いた。

 指先から水がチタチタと垂れてシンク内に落ちていく。軽く手を振って大まかに水気を落とし、近くの壁に掛けられていたタオルで残りの水分を拭い取った。

 いつの間にか兎たちは自分たちの仕事を終えて帰ってしまっていたらしく、診察室には私一人の息遣いしか聞こえなくなっており、静まり返っていた。

異変と言うよりも戦争に近いあの戦いは、私たちに深い傷を残した。それは、物理的な物だけでなく目に見えない者が大部分を占める。

 個人に限定されるものや、人間関係、存在としての在り方など、大きく変わってしまった部分など数は計り知れない。

 私も私で、失った者は大きい。しかし、医者である私がいつまでも後ろを見ていて泣いているわけにはいかない。

「戦争に、勝者はいないわね」

 自室に戻るために電灯のスイッチを消し、私は静まり返った診察室を後にした。

 

 

 長い道のりを重い足取りで歩いていく。周囲は薄暗さを通り越して暗い。蝉も鳴くのを止める時間帯で、永遠亭から戻ってくるのに少し手間取ってしまったことを示唆している。

 今の時間帯は仕事も終わっており、再建中で作り直している家が多くみられる街の中を一人で歩いていく。

 街灯などは付いているがその数はあまり多くなく、薄暗さは拭えない。暗い所では足元すら見えない薄暗さのあるこの道は、以前なら繁華街だった場所であるはずだが、再建中という事を差し引いても以前の活気はない。

 一人か二人、ぽつぽつと人が歩いているだけで、元気な声が飛び交うことも無く、周りの家々から漏れてくる光の量も少ない。以前のこの時間を知っていれば、酷く閑散としている印象を受けるだろう。

 町の中を通り過ぎ、私は街はずれへと向かう。家が無くなっていくと他よりも大きい街灯と、私の目線と変わらない位の高さしかない看板が見えてきた。

 これが見えてきたという事は、自宅まではもう少しだ。獣道を少しの間歩いていくと、ようやく私の家が見えて来た。

 正面の扉に向かおうとすると、その近くに誰かが立っているのが見えた。暗さのせいで気のせいだと思ったが、歩いて来た私に気が付くと上を見上げていた彼女はこちらに向き直る。

「やあ、随分と元気がないね」

「……。そうですね。異変が起こったばかりなので、調子は良くないです」

 昔ながらの店、ガラス張りで観音開きのスライド式の扉があり、その前には暖簾を通すフックが天井から下げられている。

 風が吹くたびに暖簾が通されていない軽いフックが揺れ、カタカタと小刻みに揺れる音を鳴らす。静まり返っている店の周りには嫌に響く。

 その扉の前に立っていたのは鼠のようなマルイ耳を頭部に生やす、私とそう変わらない低い身長の女性だった。

「ナズーリンさん。開店するかどうかは街外れにある街灯でわかるので、次に来るときには確認してくださいね」

 来る途中に通り過ぎて来た、看板と一緒に設置されていた大きめの街灯だ。これについては前に言っておいた気がするが、覚えていないのかそれとも聞いていなかったのか。どちらでもいいが、今日のところはお引き取り願うとしよう。

「いや、酒を飲みに来たわけじゃない。君の様子を見に来ただけさ」

 ここ最近は開店した時に来てくれることが多く、知らない仲ではない。だけれども、そこまでするほどの仲ではないと思っていた。それとも、様子を見に行かなきゃならない程に酷い顔をしていたのだろうか。

「立ち話も何ですし、入りますか?」

 勘違いでただ飲みに来ていたのであれば、突っぱねて返そうと思っていたが、本当にそういうわけではなさそうだった。

 手に持っている手提げ袋からは、揚げ物の良い匂いが漂ってきた。先ほどまで風で匂いが流れてしまっていたが、風の流れが弱まったことでこちらにまで届いてくる。そこまでしてもらっているのに、突っぱねて帰すほど病んではいない。

「無理して付き合わなくてもいい。開店してるかどうか確認してなかった私の落ち度だからね。また、日を改めさせてもらうさ」

「いえ、せっかく来てくださったので、少しだけ話をしましょう」

 鍵穴に鍵を差し込み、軽く捻ると内部の施錠が解除され、固く閉じられていた扉が開いた。真っ暗な店の中にナズーリンさんを招き、カウンターの照明をつけた。

「それじゃあ…お邪魔します。……そうだ。揚げ物を買って来てみたんだけれど、嫌いじゃないかい?」

 夜にコッテリしたものはあまり食べないが、最近は食べなさ過ぎて少し瘦せすぎている。少量でもカロリーの取れる唐揚げをわざわざ選んでくれたのだろう。

「……食べられます。ナズーリンさんはいつものでいいですか?」

「いや、今日は本当に様子を見に来ただけだから、お酒はいらないよ」

 そう手を振っていらないことを示すが、彼女が好んで飲む日本酒をすでにカウンターへ出している。徳利からお猪口にお酒を注ぎ、ナズーリンさんの前に出した。

 持ってきた揚げ物は自分で作って来たのか、それとも市販の物を買ってきたのかはわからないが、私のために買ってきてくれたのは明らかだ。

 妖怪でお金を持っている者は珍しい。ナズーリンさんの能力は物を探し出すのに長けているため、持ち主のない物を売ってお金を作ったと思われた。

「……遠慮しないで下さい。せっかくですし、…揚げ物に合う辛口のお酒ですよ?」

 お猪口に注がれた透明なお酒と、カウンターに広げられている自分で買ってきた唐揚げを交互に見た後、礼を言いながら酒に手を伸ばした。

 取り皿を自分とナズーリンさんの所に置き、揚げ物を一つずつ皿の上に乗せた。目の前に持ってくると、より一層揚げ物の匂いが立ち込めてくる。以前なら食欲が促された良い匂いだったが、今は空腹感をあまり刺激されない。

 ナズーリンさんは酒と唐揚げを嗜み、口元を綻ばせている。おいしそうに食べている様子に、私も久しぶりに食べ物を意欲的に摂取することにした。

 一口かじりつくと、油と鶏肉の良い匂いが鼻孔を擽る。思ったよりも揚げたてで、内側は肉汁が出るぐらいには暖かい。

 咀嚼した食べ物を飲み込んだ。店に来た人には普通に料理を作って出すが、自分で手の込んだ料理を食べるのは久しく感じた。喉の渇きを感じ、用意していた水で口に残った油を流し込んだ。

「あんまり元気が無いように見えるのは、霊夢と魔理沙の話しかい?」

 飲んでいた水を噴き出しそうになった。心の中に残る蟠りを見透かされたようで、心臓を掴まれたように心拍数が上がったのを感じた。顔色の変化を読み取られ、やっぱりと少女は呟いた。

「……。よくわかりましたね」

「最近じゃもちきりだからね。私も正直驚いた」

 命蓮寺に出入りしているのと、鼠を介した独自のネットワークで情報を集めているのだろう。百人程度の精神疾患患者がいる為、集めるのは容易だったろう。

「……永琳さんから話を聞くまでは逃げたんだって思ってました。でも、話しを聞いて違うんだって理解はできました。けれど、処置をしてくれない事に関しては納得はできませんでした…」

 何の味もない冷たい水を飲み、一息ついた。ため息をついた私へ何か言おうとしたが、しゃべることなく酒を一口煽った。度数の高い酒が喉を通っていき、香りと喉を焼くアルコールに小さく吐息を漏らした。

「……でも、理解しているはずなのに……妬んでいる…羨んでいる自分が恥ずかしくてしょうがないです…」

 わかっているのにその思考を止められない自分が悔しい。そして、そう考えてしまえばしまう程に、落ち込んでしまうジレンマにハマってしまっている。

 感情の浮き沈みが激しく、落ち込んだ感情に促されるまま瞳に涙が溜まり、ポロリと涙が溢れ出した。涙を近くに置いていたティッシュで拭き取り、誤魔化す様にコップに分けていた水を一気に飲み干した。

「そう自分ばかり攻めるのはよくない。永琳から言われてるだろう?そう急ぐことはないさ。……何か困ったことがあったら言ってくれ、力になるから」

 先ほど思ったように、ナズーリンさんと私はそこまでする仲では無かったと思ったが、なんでそこまでしてくれるのだろうか。

「…ありがとう…ございます……。でも、なんで私なんかにそこまで気にかけてくれるんですか?」

「そりゃあ、友人が落ち込んでたら私だって悲しいし、苦しんでたら助けたいと思うのは当たり前だろう?」

 逆の立場だったら、私もそうしていたかもしれない。つくづくこうしてくれる彼女には頭が上がらない。俯いて空のコップを見下ろしていると、ナズーリンさんが私の手に指を伸ばしてくる。

「申し訳ないとかそんなことは思わなくていい。気兼ねなく言ってくれ」

 投げかけてくれる優しい言葉に、今度は別の意味で目頭が熱くなるのを感じ、目元を手の甲で拭った。カウンターに座っていたナズーリンさんは立ち上がるとこちらに身を乗り出し、ゆっくりと優しく抱き寄せてくれた。

「すみません…」

 離れていては感じることのできなかった彼女の良い香りや久しぶりに感じた人肌の温もりに、私を支配していた不安感がゆっくりと引いていくのを感じた。

 いつぶりかわからない安堵感に満たされ、私は彼女に甘えてこちらからも抱きしめ返した。

「すみません…!」

 訳も分からず私は謝ってしまう。彼女はそれに否定も肯定もすることなく、ただ黙って私を抱きしめてくれた。

 

 

 

 気が付くと夜が明けていた。窓から差し込んで来た窓明かりに照らし出され、睡眠から覚醒へと引き戻された。泣き疲れてしまった私は座敷に横になっていた。

 布団で横になっているのと違い、硬い畳の床で寝てしまっていたせいで体の節々が痛い。起き上がろうとするが、体が痛くて急には動かせない。

 しかし、久々にまともに寝れた気がした。これでまともに寝れた気がするのであれば、普段がどれだけ眠れていないのだろうか。そんなことを思いながらも起こした体で座敷の縁に座り込んだ。

 視線を店内に泳がせると、腰から生える鼠の尻尾を力なく床に垂れさせている少女が見える。カウンターに突っ伏している様子と意志の感じられない尻尾から、ナズーリンさんも眠ってしまっている。

 彼女の事を起こそうと立ち上がり、薄暗い店内を歩いて近づこうとすると、昨日彼女が持ってきてくれた唐揚げの匂いが若干漂っているのを鼻腔が感じ取った。

「ナズーリンさん…もう朝ですよ」

 あの後に徳利をもう一つ出して渡したのだが、中身は空になっている。酒は強いイメージは無かったが、無理して飲んだというよりもペースがかなり速かったのだろう。寝方には酔いつぶれた印象がある。

 彼女の肩を揺らして声をかけると、閉じていた瞼がぴくぴくと小さく動き、眠気眼を私へと向ける。寝起きで頭が働かないのか、ボンヤリと見上げてくる。

「大丈夫ですか?」

 もう一度聞いてみる頃にようやく意識がしっかりし始めたのか、口の端から垂れそうになっていた涎を袖で拭い取った。

「すまない…あの後帰るつもりだったのに寝てしまった」

「いえ、大丈夫ですよ…私も昨日は楽しかったですし」

 彼女は謝りながらカウンターから立ち上がる。申し訳なさそうにしていたが、返答を返すと少し安心したように胸を撫でおろす。

「それならよかった…じゃあ、私はそろそろお暇するよ…っとその前に片づけないとね」

 箸や徳利を取ろうとする彼女を制止した。客人に片づけまでさせていられない。

「大丈夫です。自分の洗い物も残っているので、一緒にやっちゃいますから」

 そう言って昨日使ったコップ類をシンクの中に入れた。あまり引き下がらないのは迷惑になると思ったのか、意外にあっさりと引き下がった。

「それじゃあ、お願いするよ。…また今度」

 彼女はそう言い残し、昨日店に入った扉から外へと出ていった。一人残されるとそれはそれで寂しさを感じるが、いつまでも彼女に甘えてもいられない。

 自分と彼女が飲み食いした食器類を、いつも通りに綺麗に洗った。元からあった食器の数が多かったため時間がかかると思っていたが、さほど時間もかからずに終えた。

「……」

 とは言え、時計を見ると三十分ほど時間が経ってしまっている。冷水で冷え切り、濡れた手をタオルで拭きながら、ナズーリンさんが出ていった扉から私も外に出た。

 快晴の空は眩しい日差しと共に私を出迎えてくれた。薄暗い店内とは打って変わって明るいため、自然と目が細まった。

 日差しが強いため今日は暑くなりそうだと思ったが、強すぎない心地の良い風がざわざわと周囲の草と私の髪を揺らす。暑くも冷たくも感じない風が頬を撫でるのを感じながら、私は固まった体を解す様に大きく伸びた。

 ナズーリンさんと昨日話したのが良かったのか、今日はいつもより少し調子がいい。これが夜まで続くなら、店を開いてもよさそうだ。肩を回し、コキコキと音を鳴らして解した。

 食材の確認をして、仕込みを始めなければならない。そう思いながら店の方を振り返ると、最近はあまり開店する機会が無かったせいで、雑草がちらほらと見える。

 扉の周りだけでも雑草を抜いておこう。思ったよりも草は広く生えていて、なかなか大変そうだ。

 手当たり次第に引き抜き、雑になりつつも片っ端から山積みにしていく。雑草を力任せに抜いて捨てるという簡単な作業であるが、中々に重労働である。

 作業を始めてから一時間ほどが経過しただろう。腰をかがめての作業に、疲れてきてもうそろそろやめようかと思えてきたころ、掴んだ草の感触が他の雑草と違う物があった。

 そちらに目を向けると、紫色に近い綺麗な花が咲いていた。いつの間にか生えていたが、私が植えたわけではない。

 どこからか種が飛んできたのかわからないが、このまま引き抜くのは勿体ないと思った。茎から手を放し、綺麗な花を改めて眺めた。

 アサガオに似ているが、何となく違う。何となく違う事しかわからなかったが、花にはさほど詳しくないため、それでもいいかと結論付ける。

 風に吹かれ、ゆっくりと揺れている花を見下ろしていたが、私は仕事に戻ることにした。まずは外観と中の掃除からだ。今の感情の盛り上がりがどこまで続くかわからないが、改めて自分に気合を入れた。

 無理をすることはない。私は私のペースでゆっくりとやっていけばいい。永琳さんと私を励ましてくれたナズーリンさんに礼を呟きながら、店の扉を潜った。

 




よかったら他の後日談も読んでみてください。




どう仲良くなって、どう進んでいくのかはまた別のお話。



他のちょっとした設定等は、ユリオプスデージーにて


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東方繋華傷 終話 ローダンセ

自由気ままに好き勝手にやっております。

それでもええで
と言う方のみ、お楽しみください。


 あらゆる怒号が飛び交い、あらゆる弾幕が中空を交差する。思惑と意図が絡まり、それを制止する世界のバランサーと衝突した。

 戦闘が始まってしばらく時間が経過したがお互いに譲り合う気は無く、一歩も引かずにここまで善戦してきた。しかし、その均衡もついに崩れ始めた。

 私が援護する間もなく低位の鬼たちが蹴散らされ、前進を許してしまう。低位と言っても、幻想郷で上から数えた方が速いぐらいには強い種族ではあるが、この箱庭のバランスを千年も保ち続けている巫女を前に、戦線の維持は叶わない。

 突破された戦線を修復しようと、次から次へ高速移動する巫女へ鬼たちが畳みかけていくが、ほんの数秒も持たずに吹き飛ばされてしまう。

 たった数秒しか押さえ込むことはできなかったが、博麗の巫女相手にほんの数秒でも耐えることができたのは鬼のお陰だろう。残りの距離を一気に詰められ、異変の終わりを感じ始めた。

 接近されて絶体絶命となるが、鬼たちが時間を稼いでくれた事で私の準備も整った。だが、発動までにさらに数秒を要する。その数秒が私にとって命取りとなる。

 距離と速度からして、発動までの時間が足りない。あと一歩という所で至らず、歯噛みしていると、豪速で向かう巫女と私の間に伊吹萃香が躍り出る。

 時間を稼ぐつもりなのだろうが、萃香は戦うつもりは無いようで、お祓い棒で殴りはらわれるが巫女に抱き着くようにして足止めをしていく。巫女も戦うつもりで進んでいたため、対処に時間を要した。

「くっ…放しなさい!」

 腹部から背中側へ腕を回している萃香へ、お祓い棒で巫女が追撃を仕掛けるが鬼はなかなか手を放そうとはしない。

「やれ!」

 痛みを堪える苦しそうな声を上げながらも、私へ目的の遂行を促した。萃香へ援護をしようとしていたのを切り替えた。

「ええ…わかってます!」

 自分の身を挺してまで時間を稼いでくれた萃香に礼を思いながら、私は自分の目的のために能力を発動した。

 萃香をお祓い棒で殴り倒した博麗の巫女がこちらへ弾幕を放とうとするが、私が能力を発動する方が速い。先はこちらがしたが、今度は博麗の巫女が歯噛みするのが見えた。発動を中断させることができないのを、察した表情を浮かべた。

 私は確実に能力を発動した。いつも通り、能力を使用した感覚があった。後は、効果が出るのを待つだけだった。

 巫女がこちらに向かってくるまでの間に効果が発動するはずだったが、巫女が近づいて来ても効果は見られなかった。掲げられたお祓い棒が私の全身を殴打しても、効果はまるで見られず、成功を確信した私の計画は暗雲が立ち込めた。

 何の抵抗もできなかった私は地面に膝を落としてしまう。ほんの数秒で十数回もお祓い棒を叩き込まれたことで満身創痍となるが、それでも諦めきれずに立ち上がろうとした。

 込み上げてくる血を吐きながらも、笑う膝で身体を持ち上げようとした私へ、巫女から更なる追撃を食らった。

 戦線が崩れてからは早かった。ほんの数十秒で私の計画は破綻し、巫女に叩き潰されてしまった。

 吹っ飛ばされ、受け身を取れずに倒れた私はどうにか立ち上がろうとしていたが、計画が失敗した事実を自覚し始め、戦意が急速になくなっていく。

 体を持ち上げかけていたが、力尽きて地面に突っ伏してしまった。体力は十分にあるはずなのに、気力が尽きていた。

 新進は心に依存する。戦いの最後、体力が尽きても尚、戦い続けることができたなどと聞いた事はある。

 気力をガソリンのように燃やして振り絞り、体力ではなく強靭な精神が身体を突き動かす行為は、生半可な精神力でできるものではない。

 しかし、覚悟や強靭な精神力などが揃えば不可能ではないが、それは突き動かせるだけの精神力を要求される。

 私の中にあった燃え盛るように熱く熱を発していた精神力は、数百年間で何度逆境に晒されようとも挫けることはなかったが、不明な理由でも失敗によって根元から折れてしまっていた。

 心に依存するため、体力がどれほど残っていたとしても、私には腕を持ち上げられなくなるほどのダメージが刻まれていた。たったの数度、お祓い棒を打ち込まれただけなのに、今の私には十分すぎる程にきいた。

 たった一度の攻撃で私が立ち上がれなくなったことで、何か罠を想定しているのか、博麗の巫女はしばらくの間近づいてこようとはしなかった。

 しかし、しばらくしても何のアクションも起こさない事から、私を打ち倒せたのだと分かったらしい。博麗の巫女に腕を掴まれ、無理やり立たされるまでは自力で立ち上がることもできなかった。

 私が数年の月日をかけて計画した異変は、たったの数時間で叩き潰されてしまった。

 

 

「あんたらねぇ……久々に出てきたと思ったら、こんな異変なんて起こして…どういうつもりかしら!?」

 そう、私たちに怒りをあらわにする少女は、三十代目か四十代目の博麗の巫女だ。あの大戦から数百年は経過し、妖怪はともかく人間であれを体験した人物は一人も残っていない。当時の彼女たちの面影は無くなってしまっているが、生きた証である巫女の力は代々受け継がれている。

 博麗の巫女の前に、今回の異変に参加した鬼と私を含めた主要なメンバーが並ばされた。皆、弾幕や打撃によって大小さまざまな傷が目立つ。

 先陣を切っていった鬼たちはスペルカードによる爆発でボロボロになっているが、異変の中核を担う主要な人物は特に傷が酷そうだ。とは言え、頑丈な鬼たちは皆総じてけろっとしている。

「はい~。出来心だったんです~」

 その場だけ、形だけの心にも思っていない萃香の謝罪に、博麗の巫女の額に青筋が浮かぶ。それがさらに巫女の激昂を呼ぶが、本人はのらりくらりとペースを崩さない。

 あと少しで異変が遂行しかけた。いや、結果的に失敗に終わったが、不明な理由が無ければ成功していたため、幻想郷のバランスを管理する側としてはたまたま成功しなかったで終われないのだろう。

 降参しているはずだが、お祓い棒を握る博麗の巫女は怒りの頂点に達しており、今にも襲い掛かってきて我々全員を血祭りに上げようとする勢いだ。

「ごめんて~、次から気を付けるよ~」

 相変わらずの萃香に、博麗の巫女が有頂天に達した。異変に参加した鬼全員がのらりくらりしているのではなく、彼女の部下たちは冷や汗を流して自分たちが殺されないか冷や冷やしている。

「気を付けるじゃないわよ!なんでこんな嘘つきと手を組んでんのよ!?騙されるほど馬鹿じゃないでしょう!?」

 キレ散らかしている博麗の巫女に対し、萃香は心にもない平謝りを続けている。そんな二人のやり取りも耳に入らなくなった。

 抵抗できないように手を背中側で縛られているが、逃げる気力すらなく、座って項垂れたまま地面をぼんやりと見下ろした。もう、どうでもよくなって無気力になっている。

 なぜ失敗したのか。未だに私は理由がわかっておらず、その事ばかりが頭の中を巡っていく。

 自分なりに客観的に状況を見直してみるが、それでも失敗の原因が見当たらない。原因やその要因が全く分からない。スキマ妖怪からの干渉を受けたわけでもないことで、能力を阻害されたわけではなさそうだった。

 がっくりと膝をついたまま項垂れていたが、不意に胸ぐらを荒々しく掴まれた。立っていた博麗の巫女に無理やり立たせられた。怒った彼女の顔が眼前に広がり、行動次第では私の息の根を止めんとしそうだ。

「あんたの口から何も聞いてないわ。あんたはどういうつもりで異変を起こしたのかしら?」

「………さあ…。……ノスタルジックに駆られたから……ですかね……」

 私の返答や色調が巫女の気に障ったのか、目が細まってお祓い棒を握る手に力がこもる。行動次第では殺されかねないと感じていたが、行動次第でなくともそれが現実味を帯びてくる。

 巫女がお祓い棒を掲げようとするが、その手を萃香が抑え込む形で掴んだ。

「まあまあ、今回は正邪も出来心だったんだ。許してやってくれないか?」

「だめよ…。異変を起こす思想のある奴を野放しになんかできると思ってるのかしら?」

 そう萃香を睨みつけるが、酒呑童子も退くつもりもないのか。手を放す様子はない。嫌な空気が二人の間に流れ、戦いが終わったはずなのに二回戦が勃発しそうだ。

「次が無いように私がしっかり見ておく。だから、今日はこの位で終わりにしないか?」

 萃香を睨んでいたが、視線をずらして私を睨みつけてくる。私の危険性を否定しきれないため、巫女としてはここで肩を付けたいのだろう。

「できてなかったからこの異変が起きたんでしょう?寝言は寝てから言ってくれないかしら?」

「そうかな?でも、これまでにあんたが解決した異変はいくつかあるが、正邪だけ例外で殺すのは不公平ってもんじゃないか?」

 巫女の在り方は時代によって変わってくる、先代の教え方や巫女の性格によって。幻想郷が作られたころは、巫女も妖怪を殺して回る程に血の気が多かったが、数百年前からは異変を起こした妖怪を殺すことは少なくなった。だが、今の代ではその狭間にいる。

 生かすも殺すも、お祓い棒を握る巫女の気分次第だ。今のところは殺された妖怪はいないが、噂通りで場合によっては殺すことも厭わない考えを持っている。

「異変を起こす可能性があるのであれば、巫女として放っておくわけにはいかない」

「それこそ今更じゃないか。思想を持たず、野望のない妖怪なんていると思うか?可能性なんて言い出したら、幻想郷中を這いずりまわって妖怪を殺して回らなきゃならなくなるぞ?…それに妖怪は人に迷惑をかけてなんぼの存在だろう?でなければ世界を維持できないんだから」

 あくまでも彼女はバランスを保つ存在であって、崩す存在ではない。物事のスケールをワザと大きくして、萃香はここを切り抜けようとしている。

「そんな世界全体の話をしてるんじゃないわ。こいつ個人の話をしてるのよ。一人いなくなったところで幻想郷のバランスは崩れない」

「だったら猶更さ。その程度の存在なら、わざわざお前さんの手を汚す必要もない」

 一触即発で、いつ導火線に火がつくかもわからない言い争いはまだ続く。固唾を飲んで皆が見守る中、二人の会話だけが交わされていく。

「そうもいかないわ。こいつは今ここで殺すべきと考えてる。これまでに何回異変を起こして来たのかしら?私が知らないとでも思ってるわけ?」

 痛い所をついてくる。歴史を多少調べれば簡単にわかるだろう。数百年で十数回も異変を起こしてきた。幻想郷でこれだけの回数異変を起こした妖怪は私を除いていないため、これからを見据えた巫女の回答は客観的に見なくとも正しい物だと感じる。

「大丈夫なことはこれまでの歴史が証明してるじゃないか。異変が起きたらお前さんがまた解決すればいいだろう?…それともなんだ?幻想郷を統べる巫女ともあろうお方が、異変を解決できる自信が無いからここで殺そうとしてるのか?」

 上手い言い回しだ。ここで萃香の静止を無視してでも私を殺そうとすれば、自信が無い事を認めているようなものである。

 今回の異変は、残っていた下位の妖怪たちから見ても惜しい物だっただろう。そのため、巫女の力が弱まっていなかったとしても、弱まっている可能性を僅かにでも考えてしまう。それは幻想郷を統べる者として、回避しなければならないだろう。

 巫女は私をここで逃がしたとしても、全く問題ないと余裕を見せなければならないのだ。でなければ、妖怪たちが暴走しない抑止力となっていた象徴が無くなり、幻想郷に前代未聞の大混乱を自分自身で招く危険性が浮上してきたからだ。

「…っ……。いいでしょう。……次はないわよ」

 萃香も萃香で釘を刺された。今回は見逃すが、次にやればこのような場を設けることも無く私を殺すらしい。

「勿論。…それじゃあ、お暇させてもらうさ」

 巫女が舌打ち交じりに胸ぐらを掴んでいた手を荒っぽく放し、神社の方角へと向かっていった。巫女の支えが無くなったことで、私は自分の体重を支えることもできずに地面に倒れてしまった。

 殺される恐怖を知らず知らずのうちに感じてしまっていたのだろうか。身の危険を感じなくなると気が抜けてしまった。緊張度との落差が大きく、極度の緊張から解放された私は自分の足で身体を支えることもできなくなっていた。

 手を縛られて背中側に回されていたが、縄を萃香が腕力で引き千切ってくれた。それでも立ち上がれない私へ、萃香は手を差し出してくれた。

 

 

 十数分かけ、屋敷へと戻って来た。怪我は殆どないが、博麗の巫女と戦ったことで

疲労感はある。意識のない正邪をとりあえず空いている部屋のベットに寝かせたが、異変に参加して負傷した鬼たちが、鬱憤を晴らしに行かないように後で釘を刺しておくとしよう。

 傷だらけのまま寝るのは、起きた時を考えると嫌だ。今すぐ風呂に入るべきだが、その前に一杯か二杯でも酒を飲みたい気分だ。

 自室に酒があったかどうかは覚えていないため、酒蔵を経由して部屋に戻るとしよう。重い足取りで廊下を歩きだした。屋敷に戻ってきた時には、他の鬼たちがそれぞれの部屋に戻っていく音が聞こえていたが、戦闘の後で疲れ切って寝ているのだろう、物音一つしない。

 いくつか部屋を通り過ぎ、階を降りて酒蔵へ向かう。大きな金属製の扉を開き、中に入った。廊下よりも温度が低く、薄暗い部屋は独特な匂いで包まれている。誰かが酒をここで飲み零したのか、薄っすらとアルコールの匂いがする。

 自分が好んで飲む辛い酒を探そうとすると、入って来た扉が少し開く音がする。誰かが文句を言いに来たのかと思ったが、声の主は落ち着いた声色をしている。

「嘘つきのために傷だらけになるとは、お前さんもご苦労な事だね」

「なんだ…勇義か……。別にいいじゃないか、減るもんでもない」

「減るだろ。お前さんの信用とか、立場も危うくなると思うんだがね?」

 それは感じている。なんで正邪の異変なんか手伝わないといけないんだという、鬼たちの反発は目に見えて感じる。ただ荒事が好きな奴はいいが、私が参加したからやむなく参加した連中は不服な事この上ないだろう。

「そんなの、数年かけて戻せばいいだけ」

 自分が好んで飲む酒を探しながら返答すると、入り口に立っていた勇義が私に近づいてくると肩を掴まれ彼女の方を無理やり向かせられた。

「なんでそこまでする。あいつは天邪鬼だぞ?利用されているのがわからないほど、萃香は馬鹿じゃないと思っていたんだが…」

「そうだね…。ある意味では利用しているかもね。……ただ、騙されて異変に参加させられてるわけじゃない。自分で決めてるから、正邪に詰め寄ったりするんじゃないよ」

「騙されてるんじゃないなら、なんなのさ。どう考えても、萃香に異変を手伝う理由はない。むしろ、前の異変やあいつの能力からして、世界全体の力関係がひっくり返る可能性がある。むしろ、止める側のはずじゃないのか?」

 勇義も勇義で私を心配してくれているらしく、表情から不安が滲んでいる。それについては申し訳なく、謝る事しかできない。

「普通に考えればそうだね。でも、勇義も見たはず。永遠亭に来た正邪を」

 昨日の事のように思い出せる、数百年前に起こったあの戦。私達で異次元聖を討ち取った後、混乱の最中に正邪が訪れて来た。彼女の手には躯となった小人、針妙丸をか抱えて。

 彼女達もかなりの激戦だったのか、全身ボロボロだった。しかし、そんなものは気にも留めず、正邪は永琳に助けてくれと懇願する。

 目を固く閉じ、呼吸する様子が見られなかった針妙丸を助けてくれと、涙ながらに永琳に詰め寄っていた。しかし、死亡してからだいぶ時間が経ってしまっている事と、いくらあらゆる薬を作り出せる能力を保有していても、死者の蘇生はできないだろう。

 その事実を伝えられた正邪は、ショックのあまり膝をつき、小人を抱えたまましばらくの間泣き続けていた。

 他の鬼たちはよく見られたいがための演技だ、嘘つきの芝居だと罵る者が多かった。何百年も道化を演じている彼女であれば、その演技をすることは難しくはないと考えたからだろう。

 けれど、私にはそれが演技には見えなかった。打算から生まれた行動だと皆考えているが、正邪にとってその行動をする利点が無い。奴が嘘つきで裏切り者だというのは、逆様異変で周知の事実であり、数年間もずっと孕んでいたイメージを払拭できるわけがないのだ。

 それをわからない正邪ではないだろう。でなければ、博麗の巫女から何年も逃げられるわけがない。彼女には、敢えてそれをやるという意識すらないこの行動は、天邪鬼の素なのだろう。

 針妙丸を生き返らせてくれと懇願するその姿からするに、罪悪感や同情などではない印象を受けたことで、先の考えからは矛盾は無いだろう。

 となると、正邪が針妙丸を裏切った意味が少し変わってくる。敢えて自分に罪をかぶせたと。私は常に上位に居た存在で、下の思考などこれっぽっちも理解できないため、彼女がなぜ濡れ衣を自ら被る行動に出たのかは残念ながらわからない。

 だが、どうにかして助けたかったと藻掻く気持ちはわからなくはない。腕を失った友人に、私は何もしてやることができなかった。

「あれを信じるのかい?…どうせ嘘に決まってるさ」

「そうかもね。…だとしたら、私の勘が鈍っただけだと思って」

 肩を掴む力が少し強まった気がしたが、その手を放させて再度酒を選ぶ事に集中することにした。

「いや、萃香の勘は今でも切れるナイフみたいに鋭いよ、怖いぐらいにはね」

 勇義はため息交じりにそう呟くと、頭を指でポリポリとかいた。彼女の事は気にせず、私は探すのを続行していたが、未だに見つからない。

「それなら安心した………。勇義もあんまり目くじら立てなくてもいいんじゃない?元はどうあれ、私は今の正邪の方が好きだよ?」

「これだけ生きてるとある程度考えが変わることはあるけど、萃香は本当に変わったよね。嘘つきなんかを好きだなんて言い始めるし、強い奴の方が好きだなんて言ってたのはどうしたんだい?」

 その考えは今でも変わらないが、昔と違う所が少しある。

「そりゃあ、戦うんだったら強い奴の方が面白いし…戦いがいがある。けれど、強さっていうのは…肉体にだけ使う言葉じゃないってことを知っただけだよ」

「そういうもんかね…」

 私を傍観しているだけだと思っていたが勇義が棚に手を伸ばすと、私の探していた酒を棚の中から取り出してくれた。

「ほら」

「お、ありがと」

 それを受取ろうとすると、自分の方へ傾けて掴む手を瓶が逃れてしまう。どうしたと彼女の事を見上げると、一呼吸間を開けて口を開いた。

「条件がある。次に異変があるんだったら私も呼べ。……それと、奴と飲む機会があるなら、私も噛ませろ」

 異変の行動で、見極めたいという事だろう。命のやり取りをするのであれば、奴の素が出る。化けの皮を剥がそうという魂胆か。

「ああ、いいよ」

 正邪よりも私たちの方が圧倒的に酒に強い。べろんべろんに酔わせて、情報を吐かせようとしている。私の勘が鈍っているかも、それでわかるだろう。白黒つけてやろうじゃないか。

 

 彼女の信念の強さは、並ではない。全ての罪を背負うことなど、生半可な覚悟でできるものではない。人間での数年程度の短い時間ではすまない長さだ。数十年、数百年単位で罪をかぶり続けるなど、鋼のような精神力が無いとかぶり続けることなどできない。

 その精神力や覚悟、信念を貫く思いは、私たちを遥かに凌駕する。それは称賛に値する。

 

 

 じりじりと暑い日差しの中、私は一人で雑草を刈っていた。始めてから一時間は経過しており、額には玉のような汗が浮かんでいた。

 手の甲で拭うと、皮膚がじっとりと濡れた。一度立って伸びをして、体を解そうとするとポキポキと小気味いい音がする。

 草刈りに使っている鎌は、かなり錆びついていて切れ味が悪い。縦横に一メートルか二メートル程度の小さな範囲だというのに、これだけ時間がかかってしまった。

 時間がかかった挙句まだ進行は八割ほどで、二割が残っている。最近は異変の準備などで来る余裕がなかったため、荒れ放題になってしまっていて申し訳なく思った。

 草刈りを行っている狭い敷地内の中央には、百キロはくだらない墓石が積まれている。細部まで作り込まれた物ではなく、手入れも行き届いていないため風化してボロボロになっているこの墓石は、これまでに小槌を扱える程度の能力を保有していた小人たちの墓だ。

 小人はしっかりと物事を後世に伝えない悪習があり、それはあの子が死んだ後でもしっかりと受け継がれてしまっている。

 好き勝手に小槌の力を振るい、大変なことになってしまった時代から発生した悪習によって、その能力を保有する小人は迫害される。目に見える部分の一つがこの墓だ。

 境内の端、鬱蒼と木々の生える場所にあるため、小槌を扱える能力を保有している小人がいたとしても中々訪れることはない。たった数か月も放置しただけで荒れ放題になってしまう管理の杜撰さがあり、部外者の私が定期的に掃除してあげなければならなくなっていた。

 けれど、これは嫌々にやっているわけではない。この墓には、あの子が眠っている。定期的に掃除をする理由は、それだけで十分すぎる。

 もう少しで残りが終わりそうだ。体を伸ばして休憩をはさんでから再度、しゃがんで草刈りの続きをしようと錆びた鎌を握り直した。

 鎌の刃で根っこから草を刈っていく。どこからか種が飛んできたのか、薄い花弁を何枚も付けたピンクと白色の花が目に付いた。花の中央にある黄色い雌しべと対照的な花弁の色が鮮やかで、なんだか眩しく見えた。

 今まで気が付かなかったわけではないが、いざ刈ろうとするとそれを憚れるほどに美しく見えた。木陰から解き折り除く光で花弁が燦燦と照らし出され、一生懸命に生きているその花を、少しの間だけ見下ろしていた。

 その花を刈り取るか、そのまま残すか、いつの間にか決めかねていた。ボーっと見下ろしている私の手に、頭上にある木の枝から千切れて落ちて来た青々しい葉っぱが落ちてきたことでハッと我に返った。

 綺麗で刈り取るのには惜しい花だが、ここを掃除しに来たはずなのに残すのは矛盾している。花の茎を掴み、鎌で切り落とそうとした。

「ねえねえ、あなたはなんでこのお墓を掃除してくれてるの?」

 少し力を入れれば切り落とせるというところで不意に声をかけられ、手が止まってしまった。

「…?」

 数百年間ここで何度も掃除をしていたが初めて声をかけられ、聞き間違いかと無視してしまいそうになったが、再度声をかけられて気が付いた。

「ねえ、聞いてる?」

 そちらへと視線を向けると、墓の敷地を決める石の柵に小人が座っている。ただ、こちらではなく外側を向いて座っているため、顔は見えない。足をぶらぶらと揺らし、遊んでいる。

「別にいいでしょう?…私の好きです。数百年やってますが注意されたことも無いので、ダメではないわけですし」

「文句を言いに来たわけじゃないよ?ただ、どうして家族とかでもないのに、定期的に掃除してくれるのかなって思ったの」

 面白い話ではなく、話す必要も話す関係でもない。このまま無視して作業を進めようとも考えたが、邪険にすることでもない。どうせ私の事は知っているだろうし、私の話など信用されないだろう。

「そうですね。…まあ、家族ではなかったですが、私の好きな人がここの墓で眠っているので、掃除してるんですよ」

 告白も、結婚もしていないことで、正式に家族とは言えない。改めて関係性を整理すると他人と変わらず、少し悲しい気持ちが芽生えるのを感じた。

「そうなんだ。その人の事、今でも好きなの?」

「しつこいですね……。そんなことあなたには関係無いでしょう?」

 踏み入った質問にこれ以上は話す義理は無いとして、片付けの作業に戻ろうと鎌を花に向けようとするが、少女がまた声をかけてくる。

「ええー。いいじゃーん、減るもんじゃないし」

 小人は小人でも、やはりその中でも子供や大人があり、声や体の大きさからまだ幼さの残る子供なのがわかる。話したくはない事情などが分からない年ごろなのだろう。

「…このガキは……。ええ、そうですよ…どうしようもい位にはね。……これで満足ですか?」

 ぶっきらぼうに返答を返すと、少女の声色には興味が残っている。この感じだと、また声をかけてきそうだ。

「うん。でも、なんで死んじゃったの?」

「そうですね。…話ぐらいは聞いた事はあるでしょう?何百年か前に、戦争があったと。その時ですよ」

 あの頃から既に数百年経過しており、過去の出来事を伝えるのが下手な小人であるため、知らないかと思っていた。だが、意外と知っていたらしく、その話を伝えられたことを思い出しているようだ。

「というか。私の事は他の小人から聞いているでしょう?嘘か本当かわからない話を聞くよりも、友達と遊ぶ方が有意義な時間を過ごせますし、さっさとどっか行ってください」

 背中を向けていてこちらは見えていないだろうが、柵に座っている小人にしっしと追い払おうと手をふった。しかし、それでも効果はなく、彼女は柵に座ったまま動こうともしない。

「えー。遊ぶ人もいないし、別にいいじゃーん」

「私は天邪鬼ですよ?次の嘘をつかれる前にここから失せないなら、私があなたで遊びますからね?」

 次の質問は受け付けるつもりは無い事を示してじろっと睨みつけるが、背を向けて座っているせいで気が付いていないだろう。ため息をつきつつ、次に質問があっても無視しようと考えながら作業に戻ろうとした。

「なんで何回も異変を起こしてるの?」

「あなたには関係のない話です」

 これまでの会話から、何となくだがこの回答で終わらない気がする。なんだかんだと話す流れになりそうな予感がした。

「ええーいいじゃん」

「なんでこう、人の話ばかり聞こうとするんですか。話したくないことだってあるんですよ」

 あまり詮索ばかりするなと釘を刺すが本人はどこ吹く風で、口笛を吹きながら木々の隙間から差し込んで来る木漏れ日を見上げている。

「だって、そんな異変を起こす人なのに…こんなことをしてるイメージが無いからさー」

 確かにそうだろう。異変を起こすような人物が、こんなところで墓の掃除などしているとは誰も思わない。しかも、一度だけでなく何十回ともなれば、もっとだ。

 異変を起こすイメージと、実際に話した際のイメージの差異があり、そこに違和感があると言いたいわけだ。

「いろいろあるんですよ」

「色々って何?死んじゃったっていう人のためにやってるの?」

 その回答は当たっているようだが、小人の少女が考えているようなものではない。何度も異変を起こすのは、あの子がなし得なかった意思を引き継いでいるわけではない。

「……」

 何か返答すればよかったが何を言っていいかわからなくなり、黙ってしまった。沈黙も肯定と変わらないため、遅れながらも何か話そうとするが思い浮かばない。

「思ったよりもそういうの大事にするんだね」

「うるさいですね」

 こんな子供にわかったように話されるのはそれはそれでムカつくが、半分は当たっているので何も言わないで置くことにした。

 私が何度も異変を起こすのは針妙丸の為なのは当たっているが、意思を引き継いでいるわけではない。本当の目的は、彼女を生き返らせるためだ。

 あの子は私のために命を賭してくれた。天邪鬼にそんなことをしてくれる人物は、彼女を除いてこの世界のどこにもいないだろう。

 針妙丸は私に生きて欲しいと言ったが、それはこちらも同じだ。だから、彼女が自分のために私が異変を起こし続け、道化を演じ続ける事を望んでおらずとも、天邪鬼だから無視することにした。

 私が少しでも変わろうと思えたのは、針妙丸のお陰だ。彼女がいなければどう変わっていいのか、変わる意味が無くなってしまう。あの子が生涯を懸けたのなら、私も生涯を賭して生き返らせる方法を探し続ける。

「でも、今回の異変も失敗したみたいだね」

「うるさいですね…!言われなくともわかってます」

 痛い所を付いてくれる。それで今一番へこんでいるのは私だというのに。子供のストレートさが心に染みる。今までの異変の中で、一番期待値が高かっただけに心の傷は深い。

「次は何かする予定はあるの?」

「そんな大事なことを喋ると思いますか?」

 ケチと小さく呟いているが、計画を外部の者に告げる馬鹿はこの世界のどこにもいないだろう。こればっかりは何と言われようが口を噤む。

「そこまで何回も異変をしても、その人の為に諦めないってことは…本当に大事な人だったんだね」

「まあ、そうですね。………、でも、実際には自分の為みたいなものですよ」

 無視するか適当に返答を返せばいいというのに、なんでか私は少女と話を続けていた。しかも、これまで誰にも話したことも無いようなことを口走ってしまっている。

「そうなの?」

「ええ……。自分を変える為に」

 彼女にとって、私が何を話しているかは全く分からないだろう。何も考えず話してしまっていたため、どうにか誤魔化そうとした時、少女がこちらへと向きなおる。

 柵を乗り越えて墓の敷地に入ってくるのは罰当たりだが、小人と私達では考えが違うのだろうか。それとも、そういう教育をしてもらえなかったのか。

 普通はやらない事に驚いて止まってしまった私に、少女は笑みを向けて元気に返答を返してきた。

「なれるよ、絶対!」

「…へ……?」

 顔は違うが、柔らかく破顔するその笑み、その口調、その言葉。

 それらは私の記憶を刺激し、フラッシュバックを引き起こした。未だに夢を見る、数百年前の戦。ギリギリで助けてくれた、針妙丸の言葉そのものだった。

 嗚呼、そうか。

「……っ」

 落とさないように、切る際にズレないようにしっかりと握っていた鎌を、ポロリと落としてしまっていた。金属音を立てて地面に切っ先が刺さった鎌を見ることも無く、私は彼女に駆け寄っていた。

「どうしたの!?」

 鎌を落とした段階でキョトンとしていたが、私が走り寄り、抱きしめたことで目を白黒させて驚いている。

 私は力一杯彼女を抱きしめるのを止めることができなかった。体を強張らせ、驚いているのも無理はないが、そこに気を回せるだけの余裕が私には無かった。

 彼女の体温に触れ、呼吸を感じているだけで自然と涙が溢れてしまった。少女は困惑して硬直していたが、徐々に力が抜けていく。察してくれたのか、それとも理解が追い付いていないのか。

 反応を見るにおそらく後者だろう。誰だって、いきなり知らない人間に抱きつかれたら驚いてしまう。それでも、私の背中をさすったり、頭を撫でてくれるのはこの子の優しさだろう。

 こんな小さな子に抱き着いて泣いてしまっているのは、数百年も生きている者からすれば恥ずかしい事だが、そんなことに気が回らない程に私も気が動転していた。

 たまたま話し方が似ていたと言えばそうだが、たまたまと言うのには無理やり過ぎる程に、鮮明に残る私の記憶と一致する物だった。これに対する原因は、先日の異変以外考えられなかった。

 この前の異変は自分を強化し、死んだ事実をひっくり返して針妙丸の事を蘇生することを目的としていたが、原因不明で失敗した。その理由が目の前にあった。

 こちら側に引き戻してこようとしていた魂が、別の者へ変わって現世へ転生していれば、当然ながら私の能力の影響は受けずらくなる。

 つまるところ、異変はある意味で成功していたわけだ。私の能力は存在する物体に作用することはできても、存在が無くなってしまった物では効果は及びにくい。

 近しい者には多少の影響はあったようだが、それ以上の効果は得られなかったようだ。死んでしまった針妙丸を起点にしてひっくり返しており、まさか別の者として転生しているとは思わなかったため、影響の程度に留まってしまったらしい。

 似ているが少し顔が違う。発する声や年齢、境遇も違う。しかし、彼女に近しい人物に出会えてうれしい反面、悲しさも芽生えて来た。

 数百年の年月をかけて、幾度も異変を起こしてきた。ようやく成功したというのに、あと一歩という所で私は間に合わなかった。

 これほどに悔しい物もない。彼女が死んでしまった時のように、私はまたもや届くことができなかった。

 悲しさや悔しさの中に、嬉しさが混じる。複数の感情が入り混じって混線し、気持ちの整理を付けることができない。思考を完結させることができず、状況に流されてしまう。

 子供のように泣きじゃくっていたが、幼い子供を力強く抱きしめてしまっていたことを思い出し、抱き着いていた少女から慌てて離れた。時計が無いからわからないが、おそらく数分などと短い時間ではなかっただろう。

「落ち着いた?」

 いきなり抱き着いてしまったというのに、少女は嫌な顔一つせずこちらを案じてくれた。涙腺が緩くなっているのか、それだけでも涙がこみ上げてきそうになった。

「すみません、でした…いきなり泣いたりしてしまって」

「大丈夫だよ。でもどうしたの?いきなり泣くなんて」

「ああ……それは…、あなたが…私の大切な人に凄く似ていたので…」

 後先考えずの咄嗟の行動だったため、彼女には申し訳ないことをした。怒ってはいないようで安心したが、いつまでも少女に迷惑をかけるわけにもいかない。

「すみませんでした。……あまり周りから見えないとはいえ、私みたいなのと一緒にいると周りの小人たちになんて言われるかわかりませんよ」

 周囲は木々で鬱蒼としているが、背の高い屋敷が近くに建っているため、見下ろせば見えてしまうだろう。これまで何度も異変を起こし、最近でも起こしたため、風当たりが強い。これ以上一緒にいたら、巻き込んでしまう。

「そうなの?別に気にしないけど」

 もう遅いかもしれないが、私と絡んだことで余計なことに巻き込まれぬよう、早く帰る様に促そうとするが、なんでだかよくわかっていない様子だ。

 背中を押して墓の敷地から追い出そうとするが、なぜか出たがろうとせず、踏ん張って抵抗している。

「いや……」

 どう説明するか迷っていると、体をくるりと反転させて背中を押す手から逃れ、こちらに向き直った。先ほどの興味津々な表情とは違い、期待の入り交じる表情を見せてくる。しかし、その期待には不安が半分ほど混じっているようにも感じた。

「ねえ、私と友達になってよ!」

 何を言い出すと思えば、そんなことができるわけがない。また、私に関わればろくなことにならないのは目に見えている。ここは拒否するべきだろう。

 向き直った彼女の肩を改めて掴み、墓の敷地から押し出そうとするが、見上げる彼女を見て私はその手を止めてしまった。襟元から見える肌に痣のような物が見えからだ。

 一度それを見つければ、次を見つけるのは容易い。袖から見える手などにも痣がちらりと見える。見覚えのあるそれは、針妙丸と出会った時に見たあの痣によく似ている。

 彼女の為を思い、自分から引き離そうとするが、返すのが正しい事とも思えなくなってしまった。見殺しにするのか、この優しい少女を。

 

「私は………」

 不安そうな表情を向ける彼女に、私は一呼吸の間を開けてから意を決して答えた。

 




他の後日談も読んでみてください。



正邪と針妙丸の仲が良かったらいいなと思ってこういう設定になりました。



他のちょっとした設定は、ユリオプスデージーにて


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東方繋華傷 終話 アンモビウム

自由気ままに好き勝手にやっております。

それでもええで!
と言う方のみお楽しみください。



今回は異次元側の話です。


 荒々しい息使いが響く。普段からあまり運動しないため、走って数分しか経過していないというのに、人生で経験したことの無い程の酸欠に見舞われていた。

 舗装されていない荒れ放題の獣道では走りずらく、体力を余計に奪われてしまう。地面の中から出ている、蛇のように地面を這う木の根に時折足を引っかけてしまいそうになり、何度も転びかけた。

 普段であれば、転んでしまったとしてもすぐに立ち上がればいいだけだが、今の私にそれに費やすだけの時間はない。そして、走る足を止めることも、振り返る余裕も残されてはいない。

 すぐ後ろには、見たことも無い魑魅魍魎達が犇めき合い、私の血肉を啜ろうと追いかけてきているのだから。これは夢なんじゃないかと思い込みたくなるが、襲い掛かって来た人間に似た何かに額を引き裂かれなければ、これほど命からがら逃げることも無かっただろう。

 坂を下りているため、この山から下山しているのはわかるが、後どれだけ続くのか私にはわからない。それでも体力が続く限り、全力で走らなければ明日はない事だけはわかっている。

「げほっ…ごほっ……」

 走り過ぎて、咳が込み上げて来た。しかし、歩調を緩めることも立ち止まることも許されない。それをすれば最後、魍魎たちに食い殺されるだろう。

「はっ…はっ…はっ…!!」

 枝を押しのけ、草木をかき分ける。多少無理やりにでも体を押し込み、障害物を潜り抜ける。走る方向を少しでも間違えれば、追ってきている奴らに囲まれてしまう。

 疾走によるものと緊張で脈拍が強くなっているらしく、走っている最中で周りから罵詈雑言が飛んでくる中でも自分の心拍音が聞こえてくる。

 坂を転ぶのを承知で駆け降りていると、不意に足元に柔らかい感覚がした。柔らかい土でも踏んだのかと思ったが、革靴越しに伝わってくる感触から、違うのを何となく感じたが、特定するに至らなかった。

 それに、自分の踏んだ物などを考える程、今の私には時間も余裕もない。踏み越えてさらに進もうとするが意外に脆く、形が崩れてしまったことで踏んでいた私のバランスが崩れ、地面に倒れてしまった。

 普段の生活で敵意や悪意などを悟れたことはないが、極限状態で身の危険を感じている事で、五感が鋭くなっているのだろう。殺気のような物を感じ、ゾッと鳥肌が立った。

 転んでしまったことで、追い付かれる。それだけが頭の中を埋め尽くし、食い殺され、引き裂かれる恐怖に包み込まれた。

 まだ襲われては居らず、痛みも感じていないが、悲鳴だけが先行して出そうになった。私を追っている者がどんな容姿なのか、見るのも怖いが見えない方がより強い恐怖でしかなく、私は這いずりながらも後ろを振り返った。

 木々が月明かりを殆ど遮ってしまっていたが、その中でも薄っすらと差し込んで来る月光は、私が踏み潰した物体を暗闇に浮き上がらせた。

 降り注いだ光を反射することなく殆ど吸収しているらしく、詳しい色など判別できずに真っ黒に見えたが、それの近くに転がっていた貴金属が光を薄っすらと反射した。

 私を追っているような連中にやられたのだろう。原形をほとんど残していないが、見えた貴金属が腕時計であることはわかった。時計であることが分かれば、それが付けられているのは人間の腕だというのは辛うじて判別できた。そして、その腕が持ち主の体についていない事も。

 ほとんど見えなくて良かったが、死体と思わしき肉体からは薄っすらと湯気のような物が上がっており、ついさっきまで生きていたが、殺されたことを示唆していた。

 吐き気が込み上げてくるが、直前に何も食べていなかったのが功を奏し、嘔吐することはなかった。だが、胃の動く感覚で嘔吐感が込み上げ、無い内容物を吐き出そうとした。

「っ……うぅ…!」

 自分もこうなると察してしまうと、最早悲鳴すら出てこない。乾いた喉に乾いた舌が張り付いて気道を塞ぎ、呼吸すらも苦しくなる。

 アンモニアを分解した際に生成される尿素の独特な匂いが、周囲に立ち込め始めたことで自分が失禁してしまっているのだと遅れながらに気が付いた。

 あまりの恐怖で、膀胱内に貯留していた尿を留めさせておく筋肉が弛緩してしまっていたようだった。普段の生活であれば恥ずかしい限りで、見られた知人にはしばらくの間顔を見せることができなくなっていただろう。

 しかし、この状況ではそんなものはどうでもよかった。ただの失禁など、直ちに命へ影響は与えないのだから。

 歯が噛み合わさらず、ガチガチと打ち合わさる音が聞こえてくるが、心臓の音が大きすぎるせいで遮られてしまっている。

 すぐに立ち上がって逃げようとした時、人間だった死体越しに、何かが地面に降りて来た。複数人いたはずだが、一番早くに私にたどり着いた者が暗闇の中でも真っ赤に映る瞳で私を捉えている。

「ひっ…!」

 生暖かい水溜りの水を跳ねさせながら、できるだけその者から離れようと藻掻くが、上手くいかない。足が滑って後ろに下がることができない。

 月明かりの中に赤い瞳の持ち主が現れる。どんな恐ろしい格好をしているのかと恐怖していたが、照らし出されたのは金髪で髪には赤い模様の描かれた髪留めのような物をした、年端も行かぬ少女だった。

 一瞬、拍子抜けしそうになったが、私が見ただけで失禁までしてしまった死体を見つけると、特に表情も変えずに時計の付いた腕を拾い上げる。その動作は実に慣れたもので、違和感がまるでない。

 力なく手首から先が垂れ下がる腕を一瞥し、未だに血の滴る腕の断面部分を口元に運ぶと、歯並びの良い白い歯を立てた。

 ゴリっと硬い肉を歯で潰す音と、骨が砕ける小気味いい音が響く。男性と思われる腕を口元から離すと、血塗れの口元が露わとなる。人を食うという行為をするとは思っておらず、もごもごと口元を動かす行為が何を刺しているのかわからなかった。いや、わかりたくなかったのかもしれない。

 呆気にとられ、咀嚼している様子を見上げていると、細かく噛み砕いた肉片を音を立てて嚥下した。美味しそうなものを食べているのであれば食欲をそそられただろうが、今の情景では鳥肌を立たせるのには十分だった。

 そこににっこりと笑う少女の笑顔が重なれば、絶望に支配されて命乞いの一つでもしたくなってしまう。意味もなく許しをこいてしまいそうになった時だ。

 座り込んでしまっている私は、格好の餌であるだろうが、私を追ってきた者たちは確実に飯にありつける方を選んだらしい。金髪少女の横を通り過ぎ、上空から落下してきた複数の小さな少年少女が人間だった臓物に飛びかかっていく。

 わき目も振らずに一心不乱に臓物を食い散らかす様子は、見ているだけで二回目の嘔吐感を誘う。だが、これはチャンスでもあった。少しでも私を狙う人物が減れば、それだけ逃げ切れる可能性がある。

 この時はこんな思考を正常に行えるわけもなく、この恐怖、この地獄から逃れたい一心で私は走り出していた。

 

 他の連中か、それとも人間だった肉片を食い終わった彼女たちが追ってきているのかわからなかったが、すぐに追手が走る私の後方に付いた。

 必死にもつれる足を動かし、空に近くなっていく体力を振り絞って走っていると、不意に視界が大きく開かれた。

 月明かりを塞いでいた木々がいきなり途切れ、降り注ぐ月光を全身に浴びた。明るすぎる光に一瞬、町中に出て来たのかと思ったが、それは間違いだったようだ。

 目の前にはだだっ広い草原が続いている。裏路地を歩いていて、気が付いたらこんな森の中にいた。ここに来た時から、私の居る世界とは別なのだと感じてはいたが、いざ見せつけられると実感せざるを得ない。

 そして、自分が元居た所とは全く違うと感じる大きな要因は二つある。反対側の森には何か炎の球体のような物が煌々と輝き、それに照らし出される形で草原の一部は重力を失っているようにあらゆるものが浮遊している。浮かび上がる物体同士がぶつかり合い、静電気を帯びているのか、時折雷が瞬いた。

 現実離れした光景に、ほんの数秒だが目を奪われた。科学や物理学者ではないが、どうなっているのかが気になった。幻想的な風景に眺めていたのも束の間、自分が追われている身だったことをすぐに思い出し、私は草原の方向へと走り出した。

 わき目も振らず、どれだけの人数が追ってきているのか、まだ追われているのかすらも確認することも無く、気力と残り少ない体力をふんだんに消費しながら、私は走り続けた。

 鬱蒼と生える草が邪魔で仕方ないが、無理やり前に足を突き出して走っていると、前方に川が見えて来た。遠目から見ても大きいと分かっていたが、近くに来ると私が両手を広げても足りない位には川の広さがありそうだ。流れは急ではないが、深さがわからない。

 これを渡るのにはかなりの時間を要してしまう。あまりもたもたしていたらそのうちに捕まって食い殺されてしまうかもしれない。だからと言って、迂回したとしても体力が尽きれば、どっちみち殺される。

 見た所、私を追っているのは背の低い子供ばかりだ。もしかしたら、川が深くて渡るのに時間がかかったら、追うのを諦めるかもしれない。

 私は、ずっと走って足の感覚が無くなり始めた所だったが足に鞭を入れ、スピードをできうる限り上げた。川の縁ギリギリで足腰に力を込め、走ってきた勢いをつけて川を飛び越えようとした。

 三メートルか四メートルはありそうだった川をなんとか飛び越えようと跳躍したが、半分も行かぬ手前で最高高度に達し、ちょうど真ん中あたりに私は足から落下した。

 水しぶきとその音を盛大に立てて落下した川は、大人の私でも川底に足が付かない程に深く、上に伸ばした腕が水面に出ない程だった。

 冷たい水が緊張して火照った体の熱を奪う。命を狙われている状況でなければ、心地いい水の冷たさを謳歌したいところだったが、すぐに向かって居た方向へ泳ぎ出した。

 川の流れが比較的緩やかだったことと、金槌ではなかったことで、多少横に流されはしたが、川の反対側に泳ぎ切ることができた。

「ぷはっ…!」

 水面から顔を出し、浅瀬から水を吸って重くなった衣類と疲労で重い身体を引っ張り上げた。火事場の馬鹿力が働いているのか、思っていたよりも簡単に体は飛び込んだ場所から対岸に付くことができた。

「はぁ…はぁ…」

 疲労で鉛のように重い体を引きずるようにして進もうとするが、追手が来ていないか後ろを振り返えると、目の前には腕を食い千切っていたあの少女が立っていた。

「ひっ…いやああああああああああああっ!!」

 苦労して渡って来た川をどう渡り切ったのかわからないが、彼女の服には一切水が付いていなかった。唯一ある水気と言ったら血ぐらいだったが、それが流れていないところから、跳躍で渡り切って来たのだろうか。

「こ…こないで…!」

 腰が抜けてしまったのか、それとも、体が諦めを受け入れてしまったのか、力が抜けて立ち上がることもままならなくなってしまう。

「大丈夫だよ。私はもう一杯食べたから、お姉さんは食べないで上げる」

 その少女はそう言うと、未だに齧っている先ほど食べていた人間の指を食い千切り、丁寧に骨を噛み砕いている。

 恐怖で思考が回らず、その少女が何を言っているのか理解できなかったが、私は再度弾かれたように走り出していた。重い体は意外にも動いてこれた事には驚いたが、腰を抜かしていなくて良かったと頭の片隅で思った。

 それからどれだけ走っただろうか。十分か、二十分か。わからないが、不意に視界の先に月明かりや山の斜面に見える日の玉とは別の光源が見えた。

 それは、よく見る自然な光ではなく、電気を主流に動く光だと何となく感じた。光に吸い寄せられる虫のように、体力が無くなって覚束無くなってきた体をそちらの方へと向かわせる。

 ある程度の近さになってくると、やはりそれは民家だったようで、窓とカーテンの隙間から光が漏れている。一軒家で、その家以外には何もなさそうだったが、せっかく見つけた文明の一辺と人の気配を頼らない手はない。

 木の扉に向かい、飛びかかる様に荒っぽく扉を二回叩いた。少しの間、息を整えながら返答が来るのを期待していたが、反応が無い。不安を感じながらももう一度扉を叩こうとすると、ドアノブが半回転してゆっくりと開かれた。

「夜分遅くに失礼します!助けて貰えませんか!?」

 焦りで叫ぶように、縋る様に言った私とは対照的に、落ち着いた声色の返答が帰ってくる。

「やあ、ここまで来るのには大変だったろう。入ってくれて構わない」

 その女性の優しい声色には心を落ち着かせる効果があったが、その容姿を見て私は自分でも顔が引き攣るのを感じた。

 彼女は先ほど私の目の前に現れた少女と同じぐらいの身長で、頭には鼠のような耳と腰からは尻尾が生えていた。一目見ても、さっきの者たちと同じく人間でないことが分かった。

「っ…!!」

「取って食いはしないから安心しなよ。まあ、出会い頭に信用しろっていう方が難しいけれど、引き返すよりはマシじゃあないかい?」

 確かに、私にはいくあてもなければ、この状況を打開できるだけの力もない。なら、辛うじて話の通じそうなこの少女といた方が安全だろうか。いや、もしかしたら、寝静まったころを見計らって殺される可能性も少なくはない。

 いろいろな思考が頭の中を巡り、どうするか決めかねていると後方では、風の音か何かが走る音かは判別できないが草が揺れる音がする。あの地獄には戻りたくはなく、それに押される形で私は彼女の家の扉を潜っていた。

「よく来たね。ここまで来れるとは運がいい」

 彼女はそう呟きながら左手で杖を突き、右足を引きずって部屋の隅にあるタンスへと向かう。遅い動作で扉を開き、中から洋服を取り出した。

「びしょ濡れだから、着替えると良い。サイズが合っているかわからないが、とりあえず風邪をひかないように着替えてくれ」

 彼女は私の場所にまで引き返してくると、バスタオルと一緒に洋服を手渡された。足を引きずったまま彼女は部屋の真ん中に置いてある机へと向かう。重く、遅い動作でやっとの思いで椅子に座り、一息ついた。

 頭部に生えている耳は片側だけで、もう片方の耳はなぜか無い。前に何かあったのはわかるが、それを聞けるだけの余裕が私には無く、いつ食われるかわからない怖さに立ち尽くしていた。

「そんなに緊張せず、とりあえず着替えて座ったらどうだい?」

 彼女に促されるがまま、恥ずかしさも通り越して渡された洋服と下着を身に着けた。かなり大きく、服はブカブカだったが着れない事はない。

 今の現状では我慢することにして、簡素な机の反対側にあった椅子へと腰を下ろした。緊張しているのが伝わっているらしく、彼女は最初の時のように優しい口調で再度口を開く。

「それで、いろいろあって驚いてるだろうが、何か聞きたいことはあるかい?」

「………。ここは、どこなんですか?」

 この場所に来て、一番最初に思った事を彼女に質問として投げかけた。

「ここかい?ここは幻想郷。あらゆるものが最終的に行き着く場所さ。…もう見たし、襲われただろうけど、外の世界にはいない妖怪なんかがそうだね」

 あの少女の顔が脳裏にチラつき、身震いした。水に濡れていたからでも、寒いからでもなく。ただ恐怖で私の体は震えてしまう。

「そして、最初に言っておこう。…変に期待を持たないようにね。この世界からは帰れない」

 私の心を見透かしているようで、次に投げかけようと思っていた質問を先に帰されてしまった。

 自分の足元がやっと見えていたというのに、それすらも見えなくなっていき、一寸先も見えない暗闇の中に放り出されたような感覚に陥った。あの恐怖と、これから一生付き合っていかなければならないと考えると、死んでしまった方が楽ではないかと言う思考さえも湧き出てくる。

「そんな……」

「すまないね。以前は、これを言わなかったせいで、少しいろいろあったから、今は最初に言う事にしてる」

 帰れない。その事実に打ちのめされ、しばらくの間、私は彼女に返答することもできずに、木の机をただただ見下ろした。あらゆる絶望や思考が渦巻き、涙が溢れてくる。

 かなりの長時間、泣いて感情の整理をしようとしても、そう簡単に割り切れるものではなく、私は認められずに意味もなく思考を巡らせていた。

「なんで、帰れないんですか?」

 ずっと泣いていて、このまま暫く寝込んでしまいたかった。寝て、起きればいつも通りの生活に戻れるのではないかと淡い期待をしてしまいたかったが、額の傷の痛みや追われた時の恐怖はこれが現実であることを証明している。

 彼女に殺されるかもしれない、外で私を追い回した連中に殺されるかもしれない。死ぬのにも、訳が分からない内に死にたくはない。少しでも状況を理解することに努めることにした。

 ここで気持ちを切り替えることができたのは、私が精神的に強い人間だからではなく、半分は自棄に近かったのかもしれない。

「…幻想郷にも前は秩序があって、外から来た君みたいな子を巫女が送り返してたけれど、それが無くなった。今では送り返す巫女が居ないみたいなものだからね。私としても帰らせてあげたいところだけど、それは難しい」

「何があったんですか?」

 起こったことの理由がわかれば、何か打開策が思い浮かぶかもしれず、とりあえず小さな少女に問いかけた。

「戦争だよ。長くて、大きな戦争。世界と世界を股にかけて、負けた方が滅ぼされる大きな戦……外の風景を見て何となく想像がついたと思うけれど、ここは負けた側なんだ……と言っても、その戦を始めたのはこちらだから、自業自得とも言えるけどね……。君からすればたまった物じゃあないだろうけど」

 なぜその戦を始めたのかと聞きたくなったが、今更聞いたところで意味も無いか。

「それじゃあ、その戦いで巫女が死んでしまったんですか?」

「いや、生きてはいる」

 戦争では死ななかったが、負傷して再起不能になってしまったとかだろうか。そう思っていると、彼女は続けて呟いた。

「ただ、死んでるのと変わりない」

「どういうこと?」

「三から四十年は前だったかな…戦いで致命傷を受けて仮死状態になった。幻想郷と、外の世界を隔てる結界があるんだけれど、それを操る妖怪が辛うじて彼女を生き永らえさせてる」

 妖怪と聞いて、普段なら笑い飛ばしていたかもしれなかったが、人の腕を齧る少女や、目の前の鼠の耳を生やした少女を見れば嫌でも理解できる。

 こんな土地で、仮死状態を生きながらせるだけの医療技術があるとは思えない。何か特殊な力で行っているのだろうか。私が飛び越えられなかった川をいつの間にか渡っていた金髪の少女のように。

「生きてはいるけど、意識が無いってことよね?じゃあ、その妖怪に出してもらうように頼めない?」

「無理だね。彼女は自分の事で手一杯だし、能力の全てを幻想郷の維持に使ってるから、君を外に出すだけの余裕はないと思う」

 ほんのちょっとでもこちらにさく時間は無いというのだろうか。彼女の言い草から、意地悪な性格と言うよりも、本当に時間を割く余裕がないのだろう。

「なぜ?」

「妖怪と聞いても驚かないところを見るに、あらゆる者が跋扈するのだと分かっているようだね。…この世界には、龍がいる」

 どんな返答が帰ってくるのか待っていると、そんな回答が返ってきて少し驚いた。神話やおとぎ話ではないか。

「それって、ドラゴンとかってこと?」

「そう。君にとってはそっちの方が馴染みがあるかもね。龍神って言って、あらゆる神よりも上位に存在してる」

 それがどうしたのだろうか。私を出せない理由に龍の話がどう繋がってくるのか。わからず、黙って耳を傾けた。

「彼女はその存在から恨みを買ったと言えばわかりやすいかな?」

 ああ、そういう事か。彼女が私に時間を使っていられないというのは、その神様に殺されないようにするためという事だろう。

「君もこの世界に入って来たときはそこにいただろうが、その妖怪は無縁塚に毎日行き来してる。貝殻を消しにね」

「貝殻?」

「そう。馬鹿げてるように聞こえるだろう?…まあ、確かにただの貝殻だが、存在としてはかなり大きい。この世界に龍神が現れるのには三つの条件が必要になる。空…いわゆる天。そして雨、最後に海の存在だ。三つのアマが揃う時、龍神は幻想郷へと姿を現すことができる」

 彼女が貝殻を消すために探しに行くという理由が分かった。この世界に龍神を入れないためか。

「天はいつでもある。雨は天候によって。海は無縁塚に時折現れる貝殻。それを消すことは彼女にとって生命線であり、この世界の維持だけが今の最優先だ……君の事を送り返すのに力を使うわけもない。そうし続けていなければ、命だけではない…この世界も危ういからね」

 さっき言っていた、この、幻想郷とやらの維持の事もある為か。一番帰れる可能性が高いというのに、それができないのが歯痒い。

「……。わかった………。ただ、もう一つ聞かせてほしい事があのだけれど…」

「何かな?」

「最初に前に色々あったって言ったわよね。これまでに何人ぐらいここに来た人がいるの?」

 そう聞くと、少しばつが悪そうだ。なぜばつが悪そうなのかは、何となくわかった。家は一軒しかないというのに、何度もこういった話をしたことがあるかのような言い草だった。話した人はどこに行ったのか。

「……。これまでに君も含めて五人ここに来た」

 さっき彼女は戦争があってから3~40年は経過したと言っていた。これだけの時間が経過しているというのに、それしか人が来ていないところを考えると、どれだけ運が良かったのだろうか。改めて身震いした。

「その人たちはどうなったの?」

「みんな死んだよ。一人は病気…残りは帰るのを諦めきれなくて、ここを出て行ったきりだ。多分4人とも妖怪に食われて死んだ」

 元々飲んでいたお茶を左手で取り、彼女は呟いてから一口飲んだ。湯気が立つほど熱いらしく、一息ついた。

「………」

「君には選択肢がある」

 言葉を失っていると、彼女が口を開いた。絶句している私に、慰めの言葉をかけるとは違いそうだ。

「今すぐに決めなくてもいいけれど……私を信用してここに残るか、信用できずに出て行くか」

 正直な話、決めかねている。彼女とは会ったばかりで信頼関係は無いに等しい。その人物を信用しろと言う方が難しく、寝首を掻かれてしまう可能性も捨てきれない。

 しかし、だからと言って外に出る勇気もない。あんな風に食い散らかされて死にたくはない。話しの通じなさそうな外の連中よりも、少なくとも会話はできる彼女の方がマシに思えた。

「残る以外の選択肢はないでしょ?」

「まあ、そうかもね。……ただ、ここに残るからには条件がある。見ての通り、右手と右足が不自由なものでね。私一人では家事をするのも一苦労だ。だから、労働の人員としてカウントさせてもらうけれどいいかい?」

 確かに杖を突いて歩いている様子から、かなり生活には制限がありそうに見える。杖の石突きの摩耗具合からも、普段から使われて嘘でないことが伺えた。

「大丈夫。ただ、食べないでよ」

「食べる食べないは私にじゃなくて、外の連中に言ってくれ」

 冗談交じりに言ったつもりだが、その返答は笑えない。確かに、無害そうではあるが、どちらかと言えば襲われるとしたらあの金髪の少女とかだろう。

「それに、私は殺す側じゃなくて…看取る側だ」

 含みのある言い方にどういうことか聞こうと思ったが、もしかしたら、例の戦争で大切な人とかを失ったのかもしれないと思うと、言葉が出なくなってしまった。

「君はベットに寝ろ。私はこっちの椅子で寝る」

 作りはいいものではないが、ソファーに似た長椅子にヨタヨタと少女は歩み寄り、腰掛けた。

「いや、ここはあなたの家なんだから、あなたがベットで寝た方が…」

「明日はつらくなるよ。移動させるのも難しいから、最初から寝て貰った方がありがたい」

 彼女が何を言っているのかわからない。確かにかなり走ってきて、普段使わない筋肉を使ったせいで筋肉痛になるかもしれない。けれど、その程度であれば、我慢できる。

 そう思っていたが、少女はこちらの話も聞かず、ソファーに横になると瞼を閉じてしまう。あまり長い事電気をつけっぱなしにしているのは迷惑になるかもしれない。

 ついていた明かりを消し、私も彼女が指さしたベットの布団へと潜り込んだ。彼女の穏やかな声で少し落ち着いて、いろいろと考えることが多かった事で忘れることができていたが、改めて静寂に包まれると、先の妖怪と思われる少女たちの事が思い浮かんでしょうがなかった。

 緊張で心拍数が上がり、いつものように寝ることができなかった。私が眠りに付けたのは、真っ暗だった空が白み始めた頃だった。

 

 普段感じたことの無い身の危険や死の恐怖が、精神や体に相当負荷を与えていたらしく、次の朝、私は高温でうなされながら起きる事となった。

 

 

 

 村は一人の少女と一人の妖怪から始まった。

 数年に一度、何とか妖怪の魔の手から逃れた人間が私の家へと逃げ込むことで、少しずつ人数を増やした。子を成して世代を紡いでいき、数十年、数百年の年月をかけて村を大きく発展させた。

 戦争が起こる前の村に比べれば規模としては小さいが、周りの妖怪たちの気分次第で滅ぼされるような大きさではなくなった。だが、それでもまだまだ遊んでいる余裕などない。

 数十人規模の人間の集まりを飢えさせずに維持するのには、もっと村を発展させていかなければならないが、村の領域はこれ以上広げるのは難しい。

 数百年も時間が経てば自然はかなり回復し、荒れ果てた荒野だった幻想郷の原型は残っていない。だが、残っているのもある。

 あの戦争後からずっと存在する、小さな太陽と重力を失った大地だ。霧雨魔理沙と思わしき巨人が法則を捻じ曲げたようだが、捻じ曲げられた法則は未だにそれが正のように機能し続けている。

 あれがこの世界でも異常な状態だと分かっている人物は、私を含めて数人しかいないだろう。そして、それらのせいで、我々の活動領域の拡大が難航している。

 無重力の領域には、当然ながら田畑を作ることも住むこともできない。小さな太陽からは離れている事で大したことはないが、微量ながら放射線が出ている。私たちの居る場所には殆ど届いていないが、そちらの方に活動範囲を伸ばすのは得策とは言えない。

 とはいえ、その逆側に行こうと思っても、川が境界線となってそこから先は魍魎たちがひしめく鬱蒼とした森が広がっている。

 誰もあそこには入ろうとは思わないだろう。ただでさえ森に踏み込まなくても川の近くではトラブルが絶えないため、村人の頭痛の種になっている。

「…」

 まあ、何とかなるか。落ち着いてお茶でも飲んでいれば、その内打開案の一つか二つは思いつくだろう。

 それよりも、気になるのは妖怪たちの動向だ。森がかなり広く拡大したおかげで、村の門をたたく人間は数年に一度ぐらいの頻度でしか来ない。

 毎日幻想入りする人間がいる状態であるはずであるはずなのに、この頃ではこちらを襲撃してきそうな素振りが見られた。恐らくだが、スキマ妖怪が裏にいる。

 数百年前は余裕が無かった。今でも常に命と幻想郷の危機が紙一重で存在している状況で、前とさほど変わらない。だが、昔のように式神を連れているため、負担が多少は減ったのだろう。

 その奴が妖怪や妖精たちをそそのかしたと考えられた。スキマ妖怪が一番最初に考えるのは幻想郷の存続。数百年もの長い期間ずっと苦しみ悶え続け、言葉通りに生き地獄を味わっている、形だけの博麗の巫女は未だに顕在しており、辛うじて幻想郷の体を成している。

 幻想郷としての体の他に、もう一つ足りない物がある。恐怖のバランスだ。法則のねじれの理由を知っている人物はほぼほぼ居ないと言ったが、幻想郷の在り方についても、覚えている者は少ない。

 なぜなら、文明や文化を築くような妖怪たちは数百年前の対戦でほぼほぼ死んだからだ。毎日を生き、あくる日も幻想入りした人間を食い散らかす事しかしていない妖怪ばかりであるため、世界の在り方など、頭にない連中が多い。

 村への襲撃が極端に少なくなったことで、人間たちも妖怪に恐怖を抱きにくくなっている。だから、そのバランスを正すために妖怪たちを焚き付けたと考えられた。

 知識や戦略ではスキマ妖怪には到底かなわない。だが、私は自分の役目を全うするまでだ。

 私はそう思いながら、晴天で晴れ渡る空を見上げた。暖かい風が吹き抜け、周囲の草むらと私の頭よりも高い位置に立ててある釣竿を揺らした。

 あれから数百年。一日でも思い出さない日は無い。それほどまでに、あの出来事は私の心に深く刻み込まれたのだ。

 心の傷は時間が癒してくれるというが、私の場合はそうでもなかったようだ。その気になれば、鮮明に思い出せる。庭師に無残に殺されたあの子たちを、私を庇って死んだ姿を眩ますのが得意な痩せた友人を。

 落ち込んでいた気分転換をするために趣味の釣りをしていたというのに、昔を思い出してまた余計に気分が落ち込みそうになってしまった。

「ナズーリンさん。魚は釣れた?」

 ため息をついて竿を見上げた私に、後ろから昼の休憩に自宅へと戻る農夫が声をかけてきた。

「いいや、餌ばかり取られているよ」

 傍らに置いていた魚籠を逆さにひっくり返し、ボウズである事を見せる。そりゃあ大変だと彼は背負った農具を肩にかけ直し、笑いながら後ろを歩いて行った。

 糸を川に垂らしてからだいぶ時間が経った。餌のミミズがきちんとついているかどうか確認するために試しに竿を持ち上げてみると、針に括り付けていた餌は綺麗さっぱり無くなり、水滴を滴らせる針だけが帰って来た。

「……。またやられた」

 餌のミミズが入っている箱に手を伸ばし、次に期待しようと思ったが、今のが最後だったのを思い出す。今回は駄目だったと諦め、私は帰路に付くことにした。

「はあ」

 今日はごちそうにはあり付けなさそうだ。片手で竿を畳み、バックへと入れた。邪魔にならないように背負い、左手で杖を持つ。

 何百年もこれでいる為、さすがに慣れた。けれど、未だに不自由は感じ続けている。今更戻ることはできないが、普通に歩けていた頃が懐かしい。その頃に戻りたいかどうかは別であるが。

 歩き出して暫くすると、気温もあるが体を引きずって歩くせいで、体力を余計に使って汗が額に滲んで来る。息を切らし、杖を力強く突いて体重を預けた。杖の石突きが硬い石に接触するごとに、甲高い乾いた音が響く。

 子供や大人とすれ違うごとに挨拶をかわした。街はずれの古い家へ向かっていると、地面に転がっていた石を踏んずけてしまい、転んでしまった。

 なんとか手で体を支えたことで、頭から地面に落ちることは防いだが、周りに人も見えず、起き上がるのにまた一苦労しそうだ。こういう時、周りに誰かいればいいのだが、そう都合よくはいかない。

 もう少しで家に着くころだが、疲れた体を休めるために一息つくことにした。道から逸れて、草むらに腰を下ろした。目的もなくこうして時間だけが過ぎる状況では、すぐにいろいろと考えてしまう。

 近くにいて、こうした時にすぐに手を貸してくれる人物か。

 友人を作ったこともあり、伴侶と共に過ごしたこともあったが、今では過去の話だ。時の流れは残酷で、寿命や病気で皆死んでしまった。

 今では過去の話と言ったが、意図的に周りの人を避けているわけではなく、忙しい時期であるためにそういうタイミングが無いだけだ。

 仲のいい人間が死ぬというのは、やはり悲しいし寂しさがある。しかし、交友関係を断つつもりもない。

 必然か、偶然かはわからない。勝手に勘違いしているだけかもしれないが、私は誰かの死に立ち会う運命にあるのだと思っている。

 水蜜や一輪、小傘。特にぬえはおそらくそんなつもりは無いだろう。ただ、ここまで誰かの死に立ち会うことになるのであれば、嫌でもそう感じてしまう。あの、死ぬべき時に死ねなかったことで余計にだ。

 座ってそんなことを考えていると、爛々と光を放っていた太陽を遮る形で雲が流れて来た。直射日光が当たらなくなっただけで、体感の温度が一℃も二℃も変わってくる。

 しばらく休もうかとも思ったが、太陽を塞いでいる雲の大きさから、すぐに太陽が顔を出すのがわかる。陽光で焼かれる前に、さっさと帰ってしまうことにした。

 背負っていたバックを落ちないように背負い直し、杖に体重を預けて立ち上がろうとした。踏ん張ろうとした足元に自然と目が行くと、白い花が咲いているのが視界に入ってくる。

 これまではずっと空を見上げていた為、気が付かなかった。こんな馬鹿みたいに変わった世界でも、数少ない以前と変わらずに咲き誇る花は私だけでなく人々の心を癒す象徴でもある。

 それを踏み潰さぬよう、注意を払いながら私は立ち上がり、再度帰路についた。重い足取りで獣道を進み、見えて来た家へと向かう。

 後どれだけ、この世界が続くかわからない。後どれだけ、私も生きられるかわからない。だが、彼女たちが自分の運命を全うするために託したと信じ、世界が終わるその時まで私は誰かの死に立ち会い、看取り続ける。

 




良かったら他の話も読んでみてください。



異次元ナズーリンは異次元ぬえの能力にて、異次元聖から死んだと誤認させられて生き延びました。


他のちょっとした設定は、ユリオプスデージーにて


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東方繋華傷 最終話 ユリオプスデージー

 これが本当に最終話となります。


 初投稿が2017年、最終話が2023年。ほぼ六年かかり、自分の中ではかなりの大作になりました。
 三日か四日に一度の投稿が、一週間に一度、二週間に一度と伸びてしまいましたが、何とか完結させられました。

 完結させることができたのは偏に読んで下さった方々、評価やコメントをして下さった方々のお陰です。
 長らく彼女たちの物語に付き合って頂き、誠にありがとうございました。引き続き最終話をお楽しみください。


 泣いていた。

 目の前に立つ白と黒を主調とする魔女の服を着た見知った女性は、濁った瞳を涙で一杯にしていた。彼女は私の放った一言で、傷を負ってしまった。

 何かを言い返す事もしない彼女は、弁解の余地も無い言葉を放ってしまった私が自責の念に苛まれ、謝罪しようとしたところで涙を零した。

 彼女が涙を見せた途端に、私は何も話すことができなくなってしまった。奥底にわずかながらに憎悪がチラつく瞳をしていても、言葉一つで泣いてしまう女性だった。そこまで考え至っていなかった私は、心も強靭であると勘違いし、本人が一番わかっているであろうコンプレックスを軽々しく踏みにじってしまった。

 謝りたかった。悪い事をしたと理解し、その場で謝ることができれば、私もここまで後悔して引きずることはなかっただろう。しかし、言ってしまったことは取り消せない。

 その時、悪い事をしたと思っていなかったわけではない。だが、そんなことを言ってしまった自分にもショックを受け、頭が混乱してしまっていたのだ。

 自分よりも相手の方がショックを受けて深い傷を負っているというのに、私は言い訳ばかり考えてしまっている事で、罪悪感ばかりが膨らんでしまう。

 心の病気のように、時間が解決してくれるわけではない。時間が経てば経つほど謝りにくくなり、謝る勇気を必要とする。

 それがわかっていてもあの時見た涙が忘れられず、自分の中にある罪悪感を増幅させ、謝ろうと息巻く私の決意を挫く。

 舌が喉に張り付いたように動かせず、私は言葉を発せられない。夢の中でぐらい勇気を持って謝罪しようとするが、私は1単語も発することができなかった。意気地なしの自分に対する情けなさに、怒りすら覚える。

 膨れ上がる怒りに助長するように、夢が醒めていく感覚がした。まただ、また、私は謝ることもできず、逃げようとしている。

「ごめんなさい……」

 覚醒する直前にその言葉が思い浮かんだが、思い浮かぶだけで言葉を発することはできなかっただろう。

 

 目覚めの悪い私を蔑むように見慣れた木製の天井と、快晴であろう陽光が襖を通り抜けて出迎えた。

 

 

 

「…はあ」

 発達しきった入道雲が、遠くに見える村に夕立を届けている。激しく嵐のように雨が降り注ぐ様子は、夏の風物詩とも言える。風の流れから、こちらに来る可能性もある為、既に洗濯物は家の中へと取り込んだ。

 神社には今は私一人しかいないため、何度目かわからないため息をついた。あの夢を見た後は、大抵一日中引きずる。さっさと謝ってしまえばいいが、ただ軽々しく謝ったとしても逆に悪化させてしまうと思い、どう謝るかずっと悩んでいた。

 縁側に座ったまま当時の事を思い出し、憂鬱な気分に包まれていた。視線のずっと先で土砂降りとなっている景色を見ていると、気分の落ち込みがさらに加速する気がした。

 また、意味もなくため息をついた。ため息をついたところで、解決策など見つからないというのに。今度のは一際大きなため息で、遠くから聞こえてくる雷鳴も掻き消すほどだ。

「あら、そんなため息なんてついて、どうしたのかしら?」

「うわっ!?」

 ずっと一人だと思っていた為、急に第三者から声をかけられたことで、声を上げて肩を震わせて飛び上がってしまった。

 声の主は縁側に座って項垂れていた私の丁度後ろで、肩越しに振り返ったところには、薄紫色を主調とした洋服を身に着け、右目に眼帯を付けた長身の女性が立っている。

「…なんだ…紫か…」

「驚かせてしまったわね。どうかしたのかしら?」

 別に。ただそう答えて視線を正面に戻そうとするが、後ろに立つスキマ妖怪はそんな回答では引き下がらない。

「別にってことはないでしょう?あんな、家じゅうに聞こえそうなため息をついてるんだから」

 そう呟きながら私の左側へ腰かけた。足音は聞こえなかったから、おそらく能力でここまで来たと思われた。思考に没頭していた為、足音を聞き逃した可能性もあるが。

「…誰も座っていいなんて言ってないんだけれど」

「良いじゃない。それで、どうしたのかしら?」

 友人に相談するにも相談しずらい事であるため、誰にも話せずにいた。けれども、彼女らにとっても、保護者のような立ち位置で常に見守っているように見えた紫であれば、相談するのに適しているかもしれない。

 幸いなことに今現在、博麗神社には私しかいない。相談を持ち掛けるとしたら、今しかない。夕食の食材を買いに行っていることで、あと一時間もしない内に戻ってくるからだ。

「…母のこと…」

 縁側に座ったまま内容を伝えた紫の方を見ると、何かを察したように息を漏らした。二人のうちどちらから聞いたのか、それとも、回りまわって聞いたのかはわからない。もしかしたら、聞かなくとも何となく予想はできたという事なのだろうか。

 私には母が二人いる。しかし、私は養子で博麗神社に招かれたわけではなく、歴とした血筋で繋がった親子だ。どうやって子供ができるのか知らない年ではないが、どうやって子供を作ったのかはこの際どうでもいい。

「多分、魔理沙の事よね」

「…うん」

 反抗期だったわけではない。決して、巫女と魔女の母どちらの事も嫌いなわけでもない。むしろ、大好きな位だ。

 けれど、幼いころからずっと気になっていた。どうして、母はこうも巫女の母とはこれだけ違うのか。

 先ほども言ったが母が嫌いなわけではない。巫女の母や他の人よりも年の割に子供っぽい所もあるが、芯が強くてつらい事があってもやり切る所は尊敬できる。

 けれど、その母の瞳は周りの人達と僅かに違っていた。厳密にどう違うか、何が違うのか、説明することはできない。

 言語化が難しく、その程度の小さな違いであったが、何かが違うと母譲りの勘が私に囁いた。

 その時は、人それぞれの違いなのだと思っていた。鏡を見た際の自分の瞳とも違う感じがするのは、巫女の母と目が似たのだろうと。

 多少瞳が違うだけなのは、そこまで気にならなかった。慣れてしまえばそれも普通になる。しかし、年を重ねて行動する範囲が広がっていくことで、様々な人と出会うことが多くなった。

 人と触れ合う頻度が増えていく中で、どちらが普通の瞳であるのかは一目瞭然だった。母のような瞳をした人など人間の里にはおらず、数百人の中に一人として見つけることはできなかった。

 それに加えて、時が経つにつれ勘が冴えて来たのか、今まではあまり気になっていなかった魔女の母の瞳の奥にある違和感の正体が普通ではないのだと何となく気が付いてしまった。だから、それの正体や母と母の違いが余計に気になってしまった。

 こんな所に気になってしまったのが、そもそもの間違いだったのだと今になって気が付く。どうせなら、気が付けない位に鈍感の方が良かった。

「母の目…。どうして…あんな目をしてるの?……目つきとかじゃなくて、瞳の奥っていうのかな…」

 ついこの間、巫女の母に釣れられて妖怪退治へ向かった。もう一人の母にはまだ早いんじゃないかと言われたが、歴代の巫女達の世代交代の年に近づいているため、妖怪や保有している固有の能力に慣れるための訓練のつもりだったのだろう。

 まだ若いがどちらの母も、戦う上で肉体の全盛期は過ぎてしまっている。それでも未だに勝てる気がしないが、怪我や病気で自分が動けなくなった時の事を考えて物だ。

 紫や鈴仙以外の妖怪と初めて対峙した。十数年の人生の中で、一番緊張したのを覚えている。人食いの、人間を何人も殺めてきているような者にあったことが無かったため、身の危険を感じたからと言うのがある。

 しかし、理由はそれだけではない。それによる緊張は全体の二割程度だ。妖怪に食い殺された、妖怪に殺されたという話は珍しくもなんともない。

 なら、人生最大の心拍数と緊張を要したのはなぜか。臓物を食い散らかし、血の気のない腕を齧りついている所を目撃してしまっても尚、そんなのがどうでもよくなっていた。その理由は、その人食い妖怪がこちらに向けた瞳の色と、魔女の母の瞳がよく似ていたからだ。

 妖怪を前に全く動くことのできなかった私に対し、巫女の母は初めて妖怪と会ってまともに戦いに迎える方が少ないと励ましてはくれたが、私は混乱してそれどころではなくなっていた。

「そうね。そう思うのも無理はないと思うわ。まあ、理由があるのよ」

「どんな理由?人殺しとか人食いの妖怪と似た目をしてるのなんて」

 思わず母の地雷を踏み抜いてしまった私に、巫女の母は訳は後で話すと言われたが、そこから五日間程時間が経過している。

 早く話して欲しい反面、聞きたくない気持ちもある。もしかしたら、恐ろしい話を聞かされる可能性もあったからだ。母たちもどう話すべきなのかわからないから、これだけ時間をかけていると思わずにはいられなかった。

 二日か三日だろうか、あまりにも不安でろくに眠れなかった。あの優しい母が、人殺しなんかするわけが無いと。しかし、思い出せば出すほど、母と人食い妖怪の目は似ていた。

「………。十年前に大きな異変があったというのは聞いた事はあるかしら?」

「うん、皆あんまり話したがらないから詳しくは知らないけれど」

 話したがらないのはそれ程に悲惨な戦いだったのかと思ったが、今回の事で言いたくなくなるような事をしていたのかもしれない。そう思えてしまった。

「あなたが思ってるような事はしてないわよ。…魔理沙は、ちょっと頑張り過ぎちゃっただけ」

 それだけの大きな異変だったとしたら巫女の母や他にも紫や鈴仙、永遠亭の人だって戦ったはず。なぜ魔女の母だけなのか疑問が残る。

 紫が私に返してくれた返答では、当然納得していない。それを彼女もわかっているらしく、悩みながら頭を少し掻いた。母達の問題であるため、自分が言うべきではないと思っているのだろう。

 それもそうか。家庭の話に部外者が首を突っ込むものでもないだろう。

「話しは母たちに聞くから、無理して言わなくてもいいよ」

「まあ、それが一番いいわよ。私が話しちゃったら、余計にこじれると思うから。……けど、私や鈴仙だって同じ目をしてると思うけど、どうなの?」

 いざそう言われると返答に詰まった。外の人間がそんな目をしていてもなんとも思わないが、身内であったため目についてしまっていたのだろう。

 改めてこちらを覗き込む紫に目を向けると、その左目には母と同じものが多少チラついているが、母ほどではない。

「紫は同じ感じがするけれども、そこまででもない。鈴仙は知らない、髪長いし…いっつも俯いてるから目が合ったことが無い」

「ふーん。…じゃあ、確認してみましょうか?」

 私が返事をする前に能力を発動させた。私たちが座っている所よりも横の中空に一筋の線が描かれる。縦向きに伸びると丁度人一人分程度の高さとなり、両端はそのままに線は瞳が開かれるように大きく膨らんだ。

 真っ黒で奥の背景には何もないように見えたが、開き切ると同時にそこから光が差し込んで来ると、あまり聞き慣れない鈴仙の声が聞こえて来た。

「何か急用ですか?」

 スキマを境に別の場所へと繋がっており、そこには鈴仙の姿がある。紫の家のキッチンに立つ彼女は、夕食の支度をしているようで腰にエプロンを巻き、片手には包丁を握っている。

「ちょっと来て」

 そう言って手招きする紫に、首を傾げながら鈴仙が重い足取りで歩み寄って来た。やはり目元まで伸びた髪で瞳の様子はうかがえない。それに加えて歩が遅いのは、片足が義足のせいだろう。

 左足は普通の足音だが、右足は義足であることを示す樹脂の軋む音がする。そのお陰で姿勢が前かがみとなり、目が合わせにくい原因となっている。

「何ですか?」

 スキマを跨いで来た鈴仙の顔に手を差し出し、目元を覆っている薄紫色の髪の毛をたくし上げた。何がしたいんだと言いたげな表情をしているが、私にとってはそんなことはどうでもいい。

 髪の毛の奥にある彼女の真っ赤な瞳は、色が違うだけで母と全く同じ系統の目をしていた。狂気の目で波長を探らなくとも、私の表情が変わったことで何かしら勘づいたらしい。

「満足ですか?」

 彼女はそう呟くと重い足取りでスキマを潜って家へと帰っていった。夕食の調理に戻ったあたりで紫はスキマを閉じて、こちらに向き直った。

「どうだったかしら?」

「母と…同じ目をしてた」

 本当に同じような目をしていて、正直なところ驚いた。母と鈴仙は同じ目はしているのは、彼女も過去に人を殺したことがあるのだと、わかってしまった。

 しかし、ここで違和感も同時に沸き上がっていた。二人の目と、この間遭遇した人食い妖怪の目は似てはいるが、なんだか少し違う気がした。

「でも、なんか…この前妖怪退治に行った時の奴とは違う感じがする…」

「それは、多分だけれど…状況や認識の違いだと思うわ」

 どういうことかわからず、彼女がどういった話をするのか耳を傾けた。重い話であるのは予想が付き、身構える。

「……私と魔理沙で目が違う。鈴仙と魔理沙は同じ。けれど、人食い妖怪と魔理沙たちの目も何となく違う。これらの違いって、なんだと思う?」

 さっきの、状況や認識の違いと言う奴か。殺した相手が人間か妖怪かという認識の違いだろうか。それとも、もっと異なる状況から来るのだろうか。

「人を殺したか、妖怪を殺したかの違い?」

「あってる部分もあるかもしれないけれど…ちょっと違うわ」

 戦いに出たことの無い私には思いつかない。大人しく紫の話すことを聞くとしよう。

「まず、私と魔理沙たちの違いだけれど、手を下したか、手を下さなかったかの違いだと思うわ」

 そう呟く紫の表情は、苦い思い出を振り返るようだった。隣に座っている紫の右腕に視線が向いてしまう。二の腕あたりから腕が収まっていないのを示唆するように、髪が少しなびく程度の風でも袖がゆらゆらとはためいた。

「腕と目を負傷したせいでまともに戦えなかったから、私は直接手を下したわけじゃないわ。不本意ながらね」

 紫とは弾幕勝負で戦ったことがあり、本気ではなかったというのに、ものすごく強かった覚えがあった。その彼女がそこまでの負傷をするというのは考えられなかった。

 だが、戦いとは無縁の人間とも違い、母たち未満の目をしていると思っていたが、それで合点がいった。母と鈴仙の目が同じである理由は、二人が直接自らの手で人間か妖怪かを殺めた。

「じゃあ、ただの人食い妖怪と母たちが違うのはなんで?」

「おそらくだけれど、認識の違いよ。対象を食料とみているか。それとも、仇を討つための敵とみているか」

 彼女の言っている事に正しさを感じた。まだ、人食い妖怪を一人しか見たことが無いからわからないが、憎悪、怒りなどの混じらない淡泊な印象を受けていた。それに比べて、母や鈴仙の目には複雑な感情が渦巻いている。

「まあ、当時の魔理沙が何を思って、何を感じて戦っていたのか。私にも詳しい所はわからないわ」

 彼女にならできない事は無いだろうが、幻想郷でも上位に君臨している紫でさえも死にかける程の敵がいたのだ。四六時中、ずっと見ているわけにはいかなかったのだろう。

「何が魔理沙を突き動かしたのかはわからない。もしかしたら、復讐心かもしれない。戦う喜びを見つけてしまった部分があるかもしれないわね」

「でも、自分の欲を優先させすぎたり、逆に無欲である行動は長くは続かないわ。苦しいいばらの道であるなら特に」

 誰だってそうだ。望んで苦しい道に進むことはしないだろう。苦しくない方に、楽な方へと流れてしまうのが人の常だ。痛みを生じるならもっとだろう。

 幼いころに一緒にお風呂に入る機会があった。母の体には無数の傷が残っており、いくつもの戦場を駆け抜けて来たのだと想像できた。どう楽観的に見ても、修羅の道だ。

「魔理沙があえてその道を行ったのは、守るべきものがあったから」

 楽な方に身を薙がすことを抑止させるには、それ相応の強い意志が必要になる。その意思の源はどこから来たのかは、考えるまでもなく分かった。

「そう…だね」

 そこらの人食い妖怪と違って、意味もなく母がそんな目をしているわけがない。それも知らないくせに、母にあんなことを言ってしまった。

 けれど、負に堕ちない部分もある。

「母がただ意味もなく人を殺したんじゃないのはわかった。でも、なんですぐに訳を言ってくれなかったの?それって、私には話せない悪い事をしてたからじゃないの?」

「言える訳ないじゃない…」

「………っ…」

 やはり、私はまだまだ思考が子供だと言わざるを得なかった。そんな単純な話では無いに決まっている。言える訳がない。自分が生きるためだったとしても、どれだけ正当化してもしきれない。

 自分がどれだけ軽々しい発言をしていたのか。それを考えるだけで嫌になってくる。

 不安なことが的中しなかったことで安堵はした。しかし、同時に申し訳ない気持ちが沸き上がり、悲しくなってきた。それに、話をするのにもどう話していいかわからなくなってしまった。

「どうしよう…お母さんに、あんな酷い事を……」

 深く木津ついているのは、本当に泣きたいのは母のはずなのに、私が泣き出してしまいそうになってしまった。母がそうなってしまった理由を、そうならざるを得なかった訳を、考えることも無く軽々しく発言してしまった。本当に取り返しのつかない馬鹿なことをした。

「大丈夫よ……今回の事で、ショックを受けたのは間違いないだろうけれど……。ちゃんと謝ればわかってくれるわ。……今回のはどっちの言い分もわからなくは無いから、そこまで怒っていたりはしないと思うけれどね」

 ため息をつく私に、紫は大丈夫と励ましてくれるが、どう話すか悩む。後悔に苛まれるが先も思った通り、言ったことは取り消せない。だからこそ、誠心誠意謝らないといけない。

「うん…。頑張る」

 村に買い物を買いに行った母たちがそろそろ帰ってくる頃だが、村では夕立で大雨が降っている。傘を持っていった様子はなかったため、ずぶ濡れで帰ってくることだろう。

 タオルの準備でもしておくか。縁側に座っていたが、立ち上がって寝室へと向かう。

「謝るの、手伝うかしら?」

「大丈夫……自分で謝るから」

 どう謝るかを、脳内で何度もシュミレーションしてみるが、あまり上手く言葉を紡いでいけない。寝室にあるタンスの中からバスタオルを取り出し、縁側へと戻ってくると紫の姿は無くなっていた。

 彼女が去る足音が聞こえてこなかったため、能力で帰ったのだろう。何もすることが無いため、再度縁側に座ろうとした時、村の方向から見慣れた二人の輪郭が見えて来た。

 まだ、何にも考えていなかったのだが、もう帰ってきてしまったようだ。しかし、いつまでも悩んで事態を先延ばしにするわけにもいかない。

 縁側で自分の靴に履き替え、庭先へと出る。庭の一部、あまり人の出入りが頻繁ではない場所には雑草や花が生え、咲き乱れている。切れ込みのある長く黄色い花弁が緑の雑草の中で良く映える。

 その上を飛んできた母たちが庭に降りて来た。びしょ濡れとなっている二人にタオルを渡そうと差し出した。

「…ありがとう」

 巫女の母はいつも通りの表情で受け取っていく。かなり雨足が強かったのか、服を絞れるぐらいにはびしょ濡れだ。

 魔女の母にタオルを渡そうとすると、あんなことを言ってしまった後で、何となくお互いに気まずい雰囲気が流れていたのを思い出す。少しぎこちなくなりながらも、見上げると、母もそれを感じているのかはにかんだ表情を向けている。

 私は母が嫌いなわけではない。前のように、あの屈託のない笑顔が見たい。待っているだけではやはりだめだ、失態の尻ぬぐいは自分でしなければならない。

 体が冷えているため、今はお風呂に入ってもらうとしよう。風呂から上がってきたら、しっかり誠心誠意謝ろう。

 楽しそうに夕食の話をしながら家へ向かっていく母たちの背中を目で追い、私も二人の後を追った。

 




 これで本当に完結となります。


ちょっとした設定を箇条書きに。


 魔理沙が特殊な存在になった理由は、ネットにある魔理沙の紹介記事を見た時です。
 二次設定でありますが、他のキャラクターが使う弾幕に酷似するスペルカードを使用する。パクると書かれていた為、それが普通でなければどうなるかと考えたのが物語の始まりです。



 鈴仙はしばらくの間は永遠亭で過ごしていましたが、異次元の者という事で悪評が立ってしまったことと馴染めなかったことで出て行き、紫に拾われました。
 波長を見分けることを買われ、結界の管理を一部任せられ日々結界の管理をしています。


 フランドールの設定は、過去に自分の正気を能力で壊してしまったことで地下に閉じ込められていました。
 異次元の者に殺されかけた時、レミリアが庇ったことで難を逃れ、彼女の血を吸い尽くして魂を取り込んだことでレミリアを自分の中に生き永らえさせます。
 一度失った正気を、レミリアが肩代わりする形で理性を保持することに成功します。
 血のつながった姉妹であったとしても、二つの魔力が共存することは難しいため、フランドールがその法則を、自分に限定して壊している事で不可能を実現しています。
 なので、フランドールは作中ではあまり能力を使用していなかったと思います。多分。


 大妖精の設定は、昔からやりたかった設定です。
 弱いキャラクターが実はクソ強い設定がめちゃくちゃ好きなので。


 異次元ナズーリンは、異次元鵺を使う時の人質として意図的に無視されていました。
 なので、異次元咲夜達が魔理沙を追ってきた時に、「ああ、ここか」と言ったのはそういう事です。

 異次元妖夢に壁に縫い付けられた異次元ナズーリンは、魔理沙が去った後に辛うじて意識を取り戻し、転がった四肢をどうにか焼き繋いで崩れ落ちる地下から逃げました。


 異次元の河童たちは天狗のようなスピードも無ければ、力も鬼たちには圧倒的に劣る為、科学技術を発展させることでなんとか地位を保っていました。
 異次元ニトリとの戦いは、正直なところトランスフォーマーにハマっていた時期なので、完全に趣味が全開でした。
(拳銃のところはその時にハマっていたアクション映画やゲームの影響)


 異次元幽香と異次元勇義
 自分のイメージではどちらもただ暴れたいイメージだったのですが、それだけ同じ感じになってしまうので、異次元幽香に少し思想の違いを与えました。
 異次元勇義は強い奴と戦いたいので、不利な鬼側の陣営に。
 異次元幽香は勝利に重点を置いているため、有利な異次元霊夢側の陣営に属しています。


 異次元幽々子は、異次元正邪に存在を反転させられて一時的に消えました。
 しかし、異次元幽々子としての核は白玉楼の桜の下にある為、時間の経過で再度現れます。
 自分を殺してくれる庭師を待ち、数百年、数千年もただ待ち続ける事でしょう。


 魔理沙が途中で生成したワンコは異次元紫の隙間の中に閉じ込めているので、未だに脅威として存在しています。
 作中では別に重点を置きたかったので、描写してませんでした。(忘れていただけ)


 守矢神社は巫女も神もいなくなってしまいましたが、村の献身的な信者が遺体や物を神聖視し、一部では数百年はマイナーな宗教として残り続けました。




 いろいろと設定を盛り込んだことで原型がほぼなくなり、これ東方でやらなくてもよくね?と思われそうですが、それを楽しむのも二次創作の楽しみとして、目を瞑ってやってください。


 これで終わりとなります。少しでも暇つぶしで楽しんでいただけたのであれば幸いです。
 読みやすいように少しづつ努力したつもりでしたが、読みづらい中でも付き合って頂き、重ねてありがとうございました。

 
 まだ練っている途中ですが、次の話も思いついてはいるので、書くことがあり、皆さんの性癖に刺さることがあったらまたお会いしましょう。










一話から、いったい何人の方が最後までたどり着いたんでしょうか。(汗)
最初はこの話を四十話で完結させられるだろうと考えていました。阿保ですね。


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