薔薇の騎士 (ヘイ!タクシー!)
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if物語 ~stay night編~
1話


幕間、と言うか息抜きに書いたif話です。
戯れ言改め、戯れ話だと思って読んで下さい。

やっぱオリジナルは好き。






 どれ程、この空間に囚われているだろうか。闇しか無い世界に堕とされて幾年。未だに燻る焔は己が身を焦がし続けている。

 世界の裏側へと封印されても。思考が停止しようとも。私の復讐の怨嗟が、絶望の想いが、消えることは無いのに。

 

 

 ―――そう言えば、私は何故こんな事を考えているのだろう。本来なら私の意識が戻ることは無いのに。何故今になって私の意識が浮上したのだろうか。

 

 ………ああ、そう言うこと………ですか。

 懐かしいモノを感じた。この場所で何かを感じることも許されていないのに、私は酷く懐かしいモノを感じたのです。

 私はコレを知っている。これは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __________

 

 

 ドイツのとある広大な森。一面雪景色となった白銀の世界。その森の奥深くに一つの大きな城があった。

 

 アインツベルン城。

 人がいない城であり、人によって生み出された者達が住まう城。

 そこで人によって生み出された存在、ホムンクルス達がとある儀式を行っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アインツベルンの宿願が、とうとう果たされる。お前は最高傑作の作品だ。そのお前が最強の英雄ヘラクレスを喚べば、必ず聖杯は手に入る」

 

「わかってる」

 

 城内のとある一室。壁際に一列に並ぶホムンクルス達が無感情で見守る中。アハト翁と呼ばれる老人が機械のような冷たい目で目の前にいる少女を見下ろしていた。

 

 それを煩わしそうに感じながら少女・イリヤスフィールは呪文を紡ぎ始めた。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 イリヤの声が部屋中に響き渡る。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する。

 

 ――――告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 イリヤの魔力が高まっていくに連れて、彼女の肌に紅い線が迸る。

 彼女の人間離れした均整の整った顔が、激痛で歪む。

 

「クッ………誓いを、此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者ッ。

 

 ………されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我は、その鎖を手繰る者。

 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よッ!」

 

 魔力の奔流が部屋中に吹き荒れた直後、彼女の目の前で魔力が集い弾けたのだった。

 

 

 

 __________

 

 

 火の粉のように、辺りに黒く光る魔の破片が散りばめられ、気付けば甲冑を付けた一人の騎士がそこにはいた。

 

 現れた騎士は、表情が無いのではないかと疑ってしまうくらいに表情が動いていなかった。恐ろしいほどに顔が整っているのも合間っていっそ不気味だ。

 

 ただし作り物ではない事は明らかなようで、騎士はここが何処か理解していないのか、辺りをキョロキョロと見回している。

 

 そんな騎士の様子に、イリヤは痛みを忘れて呆然としていた。

 

「これが………ヘラクレス………?」

 

「伝承では巌のような大男と記されていたが………予想していた以上に小さいな。アーサー・ペンドラゴンの時と同じか………いや、そのような匙事などどうでも良いことか。それより、狂化を付与できたのだろうな?」

 

 アハト翁は無感動にその騎士を眺めながら、バーサーカーの召喚成功の有無が出来ているかが気になるらしい。

 イリヤにその確認をさせようとすると、目の前の騎士が動きを止めて喋りだす。

 

「………貴女達は―――」

 

「む。人の言葉が話せるか」

 

「貴女達は、誰、ですか?」

 

 騎士の見当外れな言い分に、アハト翁は狂化が成功できたことを確信する。

 これは聖杯戦争だ。聖杯によって呼び出されたサーヴァント達は、聖杯の知識から情報を得ている。つまり、召喚者が魔術師であることを知っているのだ。

 なのにこの騎士は自分達が何者であるかを問うてきた。言葉は話せるが、考えが覚束無い狂戦士と言った所だとアハト翁は予想する。

 

 ただ次に心配なのはその強さである。サーヴァントは見た目に反して強さがまったく違うことが多いが、やはりそれだけは気になるところだ。

 

 ならば、と。まずはその確認をするために、アハト翁はサーヴァントの言葉を無視してイリヤにステータスの確認を取った。

 

「イリヤスフィールよ。ヘラクレスの強さはどの程度だ?」

 

「えっと………」

 

「………お前は、おかしな事を言いますね………。私の名前はヘラクレス等ではない」

 

「………え」

 

 イリヤが騎士の強さを確認しようと意識を切り替えた直後、その騎士からアハト翁の告げた真名が間違っている事を告げた。

 

「なん………だと? では、貴様はヘラクレスでは無いのか?」

 

「………ええ」

 

「そ、んな………」

 

「なんということだ………まさか、最高傑作だと思っていた作品が、目当てのサーヴァントすら喚べない失敗作だったとは………」

 

 アハト翁はイリヤに侮蔑の目を向ける。

 

 失敗作。その言葉がイリヤにとって重くのし掛かる。

 彼女の顔は真っ青で。見るからに気落ち、いや、絶望しているのがわかる。

 

 そんな彼女の様子など一切気にせず、アハト翁はイリヤの出した結果に罵倒の言葉が吐き出される。

 

「やはり………やはり、裏切り者の血は裏切り者であったか! アインツベルンの悲願を裏切りおって! こんなことなら」

 

 アハト翁がその先を告げる事はできなかった。

 ずっとその場から動かずにいた騎士は、人の目では視認できない速度で動くや否や、アハト翁の首を手刀で切ったのだ。

 

 首がゴロゴロと部屋の隅に転がっていくと、身体は今更気付いたように噴水の如く血を撒き散らす。

 それを緊急事態だと判断した壁際のホムンクルス達は、一斉に戦闘態勢に入ろうとする。が、何故か彼女達は自分の身体を動かすことができなかった。

 

 まるで気圧されたように彼女達は動けないのだ。本来、ホムンクルス達に恐怖と言うものは存在しない筈なのに、だ。

 それだけに彼女達は自分達の現状に戸惑っていた。

 

 そんな彼女達を気に止めず、物言わぬ死体となった人形を見下ろした騎士は、次にイリヤへと目を向ける。

 その殺気にも似た鋭い視線。それだけでイリヤもまた動く事が出来なくなる。

 

(ああ………私、殺されちゃうんだ……………いや、もうどうでもいっか………。

どうせ私は失敗作。最高傑作である私が失敗作になった今………もう、アインツベルンは聖杯を手にすることが出来ないって結論が出てしまったんだから………私達は、無意味な物になったんだ………)

 

 死を直感したイリヤは、漠然と全てを諦めた。

 最高傑作である自身の価値も。自分の犠牲によって死んでいったホムンクルス達の存在も。全てが無価値となったことがわかった今、諦めるしかなかった。

 

 

 そんなイリヤの様子など気付くこと無く、騎士は唐突に屈むと、イリヤの顔を覗き込んだ。

 急に近付かれたことに驚くイリヤに、騎士はそっと彼女の頬に手を添えると、彼女と他のホムンクルス達を見回しながら呟く。

 

「貴女は………貴女達は………造られた存在なんですね………。

―――創造主の勝手な気分で造られて、勝手に価値を決められて、散々こき使われて捨てられる。私達と同じように………」

 

「………私を、殺さないの?」

 

「? なぜ、そうなるのかわかりませんが………私は、貴女を殺しませんよ。

………幸福な人間は嫌いですが、世界に嫌われた人はどうしても助けたくなる。

―――いえ、違いますね………。ただ、彼女と姿を重ねているだけで、同情に過ぎないのに………」

 

 どんどん騎士の話し声が小さくなっていくせいで、イリヤには後半が聞き取れなかった。が、どうやらこの騎士はイリヤを殺す気はない様子ではあった。

 

「そっか…………でも、私はもう……」

 

 それはわかっていても、イリヤにはもう生きる希望が無かった。

 いや。希望と言うモノすら、作品と呼ばれていた彼女には存在しなかった。

 

 拷問にも似た度重なる教育により、彼女は聖杯になるために生きる事以外道は無い。あとは、自分を裏切った相手への増悪だけ。

 彼女にはそれ以外無くて、それしかなかったのだ。

 

 命令を聞くしかなかった。受動的に生きるしかなかった。

 でなければ、ここで存在する価値は無くなる。死ぬ以外あり得ない。

 そして物の役割が無くなれば、造られた道具に残るのは処分だけ。

 

 希望と言うにはあまりにも的外れな生きる気概を失ったイリヤは、失意の底へと意識が転落し、俯く事しか出来ないでいた。

 

 

 

 そんな彼女を騎士が見た直後である。騎士は唐突にイリヤの手を引くと、彼女の身を抱き締めたのだ。

まるで彼女の身体を労るように、安心させるように、優しさに満ちた行動だった。

 

 背後に回された手が、イリヤの背中を優しく叩く。

 

「………私は貴女の事をよく知らないし、事情もわかりません。………ですが今、貴女が苦しみの真っ只中にいることだけは、朧気ですが理解してます」

 

「………だったら、何よ」

 

 騎士の行いに浮上したイリヤの意識が、騎士の話に耳を傾けた。

 それを理解したのか、ゆっくりと話し掛ける。

 

「………復讐しませんか? 貴女に苦しみを与える者達に。この汚れきった世界に」

 

「ふく、しゅう………?」

 

 優しい言葉とは裏腹に紡がれた否定的な言葉は、イリヤの心に滑り込むように侵入し、溶けていく。

 

「この世界は貴女を傷つける。貴女を守ってくれる者は少ないのに、不幸に貶めようとする者は数多くいる」

 

「それは………」

 

 イリヤの心に潜む復讐の炎を。衛宮切嗣とその息子に対する憎悪の炎を焚き付ける。

 

「幸い、貴女は私を喚んだ………。私だけは貴女を護ってあげられます。きらびやかな幸福を与えられた人種にはわからない貴女の絶望も、私ならわかる事ができます」

 

「ッ―――お前なんかに、何がわかるって言うのよ! 私は別に絶望なんてしてない! 勝手に私のこと知ったような口利かないで!」

 

 スルスルと自分の心に深く入り込んでくる騎士に、イリヤは恐怖を覚えた。

 

 何故、このサーヴァントはここまで自分の事を理解しているのか。

 何故、このサーヴァントの言がここまで心地良いと感じるのか。

 恐怖心からイリヤは否定するが、彼女もわかっていた。

 

 自分は苦しみを味わっている。

 物心が付いた時に親から、切嗣から見捨てられて。それ以降は拷問のような教育を施された。死ぬと思った事は何度もある。苦しい、助けて、と何度も救いを願った。

 

 だが誰も彼女を助けてはくれなかった。

 

 結果。自分は誰にも頼らない。独りでも生きてやるのだ。と、自己暗示にも似たプライドを持つことで、なんとか今まで保ってきた。

 

 実際、全て騎士の言う通りなのだ。

 

 何故ここまで苦しみを味わわなければならないのか。何故自分は裏切られるのか。

 なんで、自分は絶望しているのに、義理の息子と言う存在は、のうのうと幸せを享受しているのか。

 

 イリヤは溜まっていた増悪が破裂したのを感じた。だがそれでも、このサーヴァントの言葉を受け入れる事が出来ないでいた。

 

 むしろ、上っ面の言葉しか述べないような信用の出来ない存在だと判断した。

 

「私は独りでもやっていける! ずっと前からそうやって来たんだもん! お前なんていらない! 一人でだって復讐出来るんだから!」

 

「………そうですか」

 

「ッ………」

 

 思わず相手に啖呵を切ったイリヤだったが、離れる騎士が此方を見下ろす目を見た瞬間。自分の現状を理解し、後悔した。

 

 相手はサーヴァント。何処の英霊かは判明していないが、先程見た騎士の強さは、イリヤが勝てる次元を越えている。

 そんな超人(サーヴァント)を拒絶した自分が殺されるのは明白だ。それを理解したイリヤは身体が強張るのを感じた。

 

 

 しかし、またもサーヴァントの騎士はイリヤの予想外の行動をとる。

 騎士は少しだけ身を屈めてイリヤと同じ目線にすると、柔らかな口調で語りかけたのだ。

 

「………私は貴女(マスター)使い魔(サーヴァント)です。つまり、私は貴女と共にある事を許された者。貴女の苦しみは私の苦しみでもあるのです。

………自分の苦しみを取り除くくらい私の勝手でしょう?」

 

「それは………」

 

 マスターとサーヴァントの関係を持ち出されてしまえば、イリヤも黙るしかなかった。

 なにせ、自分が勝手に喚び出したのだ。本来なら殺されても仕方のない事をしているのに、騎士は自分の味方になろうとしてくれている。

 それさえも我が儘で否定するのは、彼女のプライドが許さなかった。

 

 それに、ここで否定して逆上した騎士に殺されれば、自分はただの愚か者でしかない。

 

 それを理解したイリヤは、ふと、ここまで味方してくれる騎士に興味が湧いた。

 何故ここまで自分の味方をしてくれるのか。自分のサーヴァントは生前に似たような事でも経験したのか。

 

 そんな考えに思いを馳せた直後。イリヤは未だに己のサーヴァントの真名すら知らないことに気付かされたのだった。

 

 

 あまりにも間抜けな事態に恥ずかしさを覚えながら、イリヤは感情の思うがままに目の前のサーヴァントに名前を尋ねようとして。

 止めた。

 

 イリヤはなんとなくだが、ここで真名を聞くのは負けた気がしたのだ。

 今になって真名を聞けば、相手に気を許したと勘違いされるかもしれない。

 それは少しだけ不愉快だった。

 

 だが同時に、自分のサーヴァントの事も気になってしまう。意識すればするほど、相手の事を知りたくなってしまう。

 

 

 相反する感情が攻めぎ合う。そして長い苦悩の末、イリヤは結論を出した。

 

 ―――別に気を許した訳ではないが興味が出ただけ。それに自分はこの素性不明騎士の主。真名を確かめるのになんの不都合も無い、筈………。

 

 そう己を納得させた。

 

「あ、貴方の名前………」

 

「?………なんですか?」

 

 納得はしたがやはり気恥ずかしかったのだろう。

 彼女は躊躇った後、漸くだが、その真っ白な頬を朱色に染めてボソボソと喋り出す。

 

「だ、だから………貴方の名前。教えてちょうだい………」

 

「ああ………なんだ、そんな事ですか」

 

 イリヤの言葉を正しく聞き取った騎士は、イリヤに跪くとその真名を告げた。

 

「私はローズリィ………ローズリィ・ゲールです。どうか親しみを込めて、リィルと。そう呼んで下さい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まさかの5000文字越え。この文字数は問題児に紅茶、淹れてみました。以来かもしれません。


ナチュラルに前作品の宣伝。


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2話

本編はいいけどこっちも書きたい、ので書く


 冬木の郊外、そこにある深い森の奥地。そこには元は廃墟となっていた大きな城がある。

 どこの誰かの金持ちがその城を別荘にしていたと噂されていたが、それも十年前から人の気配が無くなっていた。

 それだけ長く使われていなかった廃墟。数年前までは生活が困難なほど廃れた城であったが、今は人の手によって綺麗に整えられた状態となっていた。

 

 

 

 

 

 

 城の中庭にはかなり立派な花壇に花を咲かせており、その花壇を手入れする一人のホムンクルスがいる。

 白を基調とした服を身に纏い、鼻唄交じりに手入れする彼女の姿はとても機嫌が良さそうだ。

 

「セラ~」

 

「はい? 何ですかお嬢様」

 

 そんな彼女に後ろから、声をかけてきた一人の少女・イリヤが近付いてくる。

 イリヤの数歩離れた位置からは、甲冑を着けた騎士とセラと呼ばれたホムンクルスと同じ格好をしたホムンクルスが彼女の後を追っていた。

 

「リィルとリズがそろそろお昼にしたいって言うから呼んできたの」

 

「はぁ……………………リーゼリットは従者でバーサーカーはお嬢様の使い魔でしょう? なんでお願いされてるんですか!」

 

「私も、バーサーカーも、お腹が空いたから?」

 

「リーゼリット!!」

 

 イリヤの侍女らしくない発言にキレるセラ。いつも見る二人のやり取りを、残ったローズリィは傍観に撤しイリヤは話が進まないとばかりにセラに文句を告げるのだった。

 

 

 

「大体、サーヴァントであるバーサーカーに食事は必要ないでしょう? なぜ貴方もあやかっているのですか!?」

 

「…………サーヴァントであろうと、食事をしたいときもあります。それに、ジャンヌも言ってました。働く者は食うべきだと」

 

「貴方は何もしていないでしょう!?」

 

 城の居間にて、大きな大理石で造られたテーブルにイリヤとローズリィ、それとリズが椅子に座って食事をしている。

 セラは侍女としての役割を果たすために律儀にイリヤの後ろに回り控えている。但しいつもの通り、小言を加えながら。

 

 イリヤ達が冬木に来てから、ここアインツベルン城に滞在している間はずっとこの調子である。

 アハト翁をローズリィが殺したことで、イリヤは聖杯を必ず取らなければならない、と言った使命感も義務も薄れた。

 と言うよりは、他に彼女にとってやることができた事が大きい。

 その為に聖杯は必要なのだが、それは強制的な物ではなく欲望に近い形だ。その為、今までの彼女より切羽詰まった様子は消えていた。

 

 だがそれも今日まで。彼女が参加しようとしているのは聖杯戦争であり、何時いかなる時も敵とは現れるものだ。

 

「ッ!!」

 

「…………漸く、聖杯戦争が始まろうとしているのですか」

 

 イリヤが何かに反応を示したことで、ローズリィもその意味を理解する。

 イリヤが感じ取ったのは、アインツベルン城を覆っている結界内に侵入者が現れたこと。そして、その侵入者が魔力の塊に近い存在であること。

 つまりサーヴァントである。

 

 イリヤは席から立ち上がると、サーヴァントがいるであろう場所へと足を向ける。

 それに伴い、二人の侍女はその場から消えて、ローズリィはイリヤと共に歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ____________________

 

 城の中庭。そこに全身青いタイツを身に纏い、赤い槍を手にした男が佇んでいた。

 彼は城の景色や花に目をくれず、何が不満なのかつまらなそうに顔を歪ませながらただただ待っている。

 

 が、城の中から出てきた二人の姿を目に捉えた直後、好戦的で野性的な笑みをその顔に張り付けた。

 

「おう、漸くお出ましか? わざわざ敵地のど真ん中に攻めこんで来てやったんだ。せいぜい俺が満足できるくらいはしてくれよ」

 

「アポイントメントも取らずに急に押し掛けるなんて礼儀知らずな使い魔ね。マスターの品格を疑うわ?」

 

「はっ、ガキにしてはよく吠えやがる…………嬢ちゃんがマスターってことでいいんだな? ってことは後ろのお前がサーヴァントか」

 

 男はイリヤに目を向けると、そこから彼女の後ろに立つローズリィを一瞥する。

 その目は既に、獲物を狩ろうとする狩人の眼だ。

 

 浴びせられた殺気にローズリィは無言で応じると、イリヤの前に出る。 ローズリィの腰には、いつの間に取り出したのか禍々しい気配漂う黒剣が差さっていた。

 

「へぇ…………いいねぇ、わかってるじゃねーか。見たとこ、お前さんはセイバーって感じか? こんな序盤で最優のサーヴァントと当たれるとは中々ツイてるな」

 

「…………そう言う貴方は、ランサーのサーヴァントでしょうか? その魔槍。それに神の気配…………チッ。忌々しい存在ですね貴方は」

 

 ランサーと呼ばれた男は敏感にローズリィの気配が変わるのを察知すると、彼は槍を構えた。

 

 迸る殺気が二人の間に満ちていく。

 満たされていくと共に、場の空気が張り詰めるかのように冷たく、必然を異質へと塗り替えられる。

 

 その空気に似合う獰猛な笑みを浮かべていたランサーは、一瞬無表情に戻った。

 直後、離れていた位置から彼の姿が消える。

 

 端から見ていたイリヤは慌ててローズリィを見た。そこには首を傾けているローズリィと、彼女が先程置いていた頭の位置を槍で突いていたランサーの姿があった。

 

 

 

 ローズリィが初撃を避けたのを確認したランサーは、再び笑みを浮かべると、槍を引き戻すや否やローズリィに高速の突きを放つ。

 それを当たり前のように無手で槍の側面を弾く彼女は、素早くその手を引き戻すと、既に突き出されていたランサーの槍をもう一度弾き返した。

 

 槍を放ってから引き戻しもう一度槍で突く。

 一連の所作にタイムラグがまったく生じないランサーの技は、戦いの素人であるイリヤには槍が消えて見えていた。

 それでも、空気が震え衝撃で起こる風が彼女の身体を叩く度に嵐のような鋭い連撃が、ローズリィを突き殺そうとその猛威を振るっているのがわかる。

 

 彼等の戦いに耐えられず城の石畳は捲れ、地盤が陥没する度に二人は移動しながらその手を緩めない。

 

 防戦するだけのローズリィは、一度高く飛び上がると城の城壁を越えて森の中へと入る。

 それを追うランサーもまた跳び上がり森の中へと消えていくのを見送りながら、イリヤはローズリィの勝利を密かに祈るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 __________

 

 

 深く木々が茂る森の中で、黒と青の人影と共に赤い閃光が駆ける。

 

「しっ!」

 

「…………」

 

 ランサーが槍を突き出せばローズリィは手で槍の腹を弾き、懐に潜り込むと掌底を彼の土手っ腹に撃ち込む。

 ランサーは身体を捻り繰り出された掌を躱すと、その遠心力を利用して槍を一閃した。

 

「甘い…………!」

 

「ぬおっ!?」

 

 横に薙いだ槍はローズリィが腰を落とすことにより当たること叶わず、逆に腰溜めの力をバネにランサーの身体を蹴り飛ばした。

 ローズリィの蹴りをモロに受けたランサーは、木々を薙ぎ倒しながら弾丸を越える速さで森の奥へと消えていった。

 

 木が折れる破壊音が遠くなっていくのを聞き取りながら、ローズリィは溜め息を溢した。

 

「はぁ………………これくらいで死ぬならいいんですけど、ねっ」

 

 直後、ローズリィは首を傾けて横から襲い来る紅い閃光を避ける。

 同時に迫る青い脚。見覚えのある蹴りを手で受け止めながら、ローズリィは横を向いた。

 

 そこには嬉しそうに笑うランサーの姿があった。

 

「やるねぇ坊主。いや、流石はセイバーと言ったところか…………。まあなんにせよ、そろそろ本気を出しちゃくれねーか?」

 

「…………それは、どういう意味ですか?」

 

「さっきから腰に差さってる御大層な剣を抜かずに何言ってやがる。それともその剣は飾りか何かか?」

 

「…………そうキャンキャン戌のように吠えないでくださいランサー。

  弱く見えますよ?」

 

 ローズリィがランサーに告げた瞬間。ランサーの動きが劇的に変わった。

 今までとは異なる、倍以上の速さでランサーは槍を放ったのだ。

 ただの突き。ソレだけで突風を生み出し、二人の戦いで地盤が捲れ掘り起こされ土埃が舞う。

 

 だが、ランサーのその速度と威力を以てしても彼女には当たらない。ローズリィはあろうことか槍が顔面に届く直前で手を迸らせて、槍を掴まえていた。

 

「…………そもそも、先程まで手加減していたのはランサー。貴方の方でしょ?」

 

「……………チッ。あーあ……挑発に乗っちまったぜまったく」

 

「そうですね。ですがその方が良いと思いますよ…………だって」

 

 その時、ランサーは何かを感じ取った。

 彼女の手。もっと言えばその手と己の槍に、野性的な直感が恐るべき危機を予知した。

 

 彼は慌てて槍を操り彼女の手を振り払う。

 そのままローズリィから数十メートルを一歩で離れると、警戒と殺気を込めた眼差しを彼女に向けた。

 

「…………流石に貴方ほどの英雄であれば気づかれますか。まあ良いですが」

 

「テメェ…………今何をしようとした!」

 

「さあ…………それは貴方が近付けばわかると思いますよ? ですが…………私はわかりました。その魔槍、やはり因果逆転の呪いが掛けられた槍。名を、刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)

 

 そう、ローズリィは確信したように告げる。

 

 ゲイ・ボルク。それはケルト神話において影の国の女王・スカサハがその弟子であるアイルランドの『光の御子』クー・フーリンに授けたと言う呪われた(やり)

 つまりその槍の担い手はスカサハかクーフーリン。

 

「……よく言ったセイバー。ならば喰らうか? 我が必殺の一撃を」

 

「私は構いませんが……いいんですか? だってそれ…………使えないでしょう?」

 

「あ? 何言っ………ッッ!?」

 

 突如、ランサーが構えていた槍の穂先が()()()()()()()()と、彼の胴体、もっと正確に表せばその心臓がある位置を貫くように伸びたのだ。

 慌ててランサーは槍の進行を阻むように手を出して、掌を貫かれながら槍を止める。

 

 しかし今だ彼の心臓を射抜くのを諦めていないかのように進もうとする槍に、ランサーは魔力を流し込んだ。

 

「ッソが。暴れてんじゃ、ねぇ!!」

 

 ギチギチと、彼の槍が音を立てる。

 軋む槍を無視し、ランサーは槍の違和感の正体である赤黒い魔力を自身の魔力で外に押し出した。

 

「…………」

 

 槍と格闘するランサーを、ローズリィはただ眺めるように見ていた。彼に何かするでもなく、彼の様子をただ漠然と眺めているだけ。

 そんな彼女に、槍に残っていた異物を取り除いたランサーは苛立ったように話しかける。

 

「テメェ…………色々言いてぇ事はあるが、まあいい。ただ一つだけ答えろ。何故今俺を殺りにこなかった?」

 

「…………」

 

「コイツを制御している間、俺は少しだが隙を晒した。そこを狙われても殺られるような俺じゃねーが、だとしても手傷くらいは負っただろう…………それを逃すような力量じゃねーだろ、お前は」

 

 ランサーは凄むように怒気をローズリィにぶつけた。返答次第では許さないとばかりに、槍を構える。

 そんな彼に、ローズリィはいつもの人形のような感情の見えない顔でポツリと呟く。

 

「何故と言われても………お遊びだからでしょう?」

 

「あ?」

 

「だから、お遊びです。貴方は殺すつもりで襲い掛かって来ましたけど、決して本気ではありませんでした。手を抜いていました。…………ほら、お遊びでしょう?」

 

 ローズリィが妖しく微笑む。

 彼女の態度はランサーを馬鹿にしたようなモノであり、当然それをランサーは理解している。だがそれでも彼はその様子に激昂などせず、ただ黙った。

 

 彼女のソレは慢心でも驕りでもない。純粋にそう思ったからローズリィはお遊びで戦い、そしてチャンスを無視した。

 それはランサーにとって侮辱行為であると同時に、今の自分が手加減される状態でしかないことに苛立つ明確な証でもある。

 

 そう気付いたランサーは構えを解くと彼女に背を向ける。

 当然ローズリィが疑問に思えばランサーは背を向けながらポツリと言葉を発する。

 

「やめだ。どうやら今の俺の状態じゃぁ、お前に全力を出させるのは無理らしい。ならこんな無駄な事やってもつまらん」

 

「おや? 私は楽しいですが? いくら憎むべき神の気配が漂っているとはいえ、貴方は英雄らしい英雄。お遊びは面白いです」

 

「そうかよ………………ったく、こんなふざけた令呪がなけりゃ、テメーと殺し合えたのにな」

 

 そう言うとランサーはその走力をもって瞬時にローズリィの視界から消えていく。

 森の木々で見えなくなるまで彼の後ろ姿を見送ったローズリィは、二人の従者に影から護られているであろうイリヤの下へ戻っていった。

 

 

 



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番外編1 ローズリィと三人のジャンヌ~クリスマス前~


ジャンヌ・ダルク・サンタ・オルタ・リリィの復刻が出たので書きました。後悔はしてません。

今回はアヴェンジャーではなくセイバーです





 それはカルデアにセイバーとしてローズリィが呼ばれて、数日経った頃に起こった事件だ。

 

「むぅ…………ジャンヌが見当たりません。黒いジャンヌも見付かりませんし。二人して何処にいるのでしょうか?」

 

 ローズリィはカルデアのマスターである藤丸立花に面談で呼ばれ。その後はケルト、円卓と言った武道派サーヴァント達と模擬戦に誘われて。

 とうとう腐れ縁のあるスカサハが出張ってきたことで混沌と化した空間から、暫くしてようやく解放された彼女は癒しを求めてカルデアを徘徊していた。

 

「ジャンヌぅ、ジャンヌぅ~…………どこですか、ジャンヌぅ~」

 

 世の人々から悪魔と恐れられている彼女は、今や親を探す迷子のように情けない姿を晒していた。

 

「ジャンヌも黒いジャンヌも、部屋にいません…………何処を探してもいません…………私は、彼女達に嫌われてしまったのでしょうか…………」

 

 足を動かす度に彼女の表情が落ち込んでいく。

 

 長い間ジャンヌ成分を補給していなかった彼女の心は、既に死に体だ。

 心なしか彼女の鮮やかなピンク色の髪が、ほんの少しずつ少しずつ薄くなっている気がする。

 

「そう言えばこの間、天草四郎だとかいうサーヴァントが変な仮面を着けて徘徊していたと聞きましたね…………彼はジャンヌと敵対しているとも聞きましたし、この原因もそのサーヴァントのせい…………?

 

 殺すか」

 

 ちょっと物騒な発言と共に、何処かにいる胡散臭い笑顔のルーラーが悪寒を感じたとか感じなかったとか。

 

 こうなれば他のサーヴァント達一人一人に質問していくかとローズリィが考え始めた時、何やら騒がしい音が廊下に響いているのをローズリィの耳が捉えた。

 

「騒がしい…………この先は、確か子供の英霊の部屋が集まっている区間でしたか? ふむ…………子供好きのジャンヌがいるかもしれませんね。行ってみましょうか」

 

 いざ目的地が決まれば自然と足も速くなるというもの。早くジャンヌに会いたいが為にローズリィは走り出した。

 

「ん? あれは………こないだ召喚された姉ちゃんじゃねーか。あの姉ちゃんは確実に着痩せしているタイプだな……………よし! おーい、ねぇっぶへら!?」

 

「?」

 

 ローズリィは足下で熊のぬいぐるみらしき物を蹴っ飛ばしてしまったような感触を感じたようだが、今はジャンヌの方が大事だと考え無視することにした。

 

 カルデアで牽き逃げ事件が起こったが、正直ぬいぐるみなので今はどうでも良い。

 ローズリィは騒がしき音がする部屋の中へと突撃した。

 

「ジャンヌ! いますか!」

 

「あ! リィルです!」

 

 ん? と、普段のジャンヌより高いような、というか幼くなったように聞こえた声が彼女に届く。なんだかひどく懐かしい声に疑問が生じたローズリィは慌てて声のした方向へ目を向けた。

 

 部屋の中には、ずっと彼女が探し続けていたジャンヌと邪ンヌがいる。そしてもう一人、小さい子供が二人の間にいてローズリィに笑顔を向けているのだ。

 

 というか、幼い頃の姿のジャンヌだった。

 

「……………………は?」

 

「この姿の私とは初めましてですね! いつもいつも未来の私が貴女に迷惑を掛けてごめんなさい」

 

「どういう意味よそれ!?」

 

 何やら邪ンヌと幼いジャンヌが言い争いをしているが、ローズリィは目の前の現状に脳の処理が追い付かず固まってしまった。

 二人の光景をまるで姉妹の喧嘩を眺める長女のように見守っているジャンヌにすら、彼女は気付かないまま固まっている。

 

 しばらくすると、邪ンヌと口喧嘩していた幼いジャンヌ。ジャンヌリリィが口喧嘩を止めるとローズリィと話をするために近寄っていった。

 

「あのですね、あのですねリィル! 私、召喚されてからずっとリィルに会いたかったんです!」

 

「……………………」

 

「リィルにクリスマスプレゼントを渡したいんですが、何か…………ってリィル? 聞いてますか?」

 

「…………………はっ」

 

「え、どうし………って、ちょ!?」

 

 今まで何処かに意識が旅立っていたローズリィの思考が戻る。

 すると目の前にいるジャンヌリリィに条件反射で抱きついたのだった。

 

「むぐぅッ……リィ、はなひて………!」

 

「ああ…………ジャンヌ。どうしちゃったんですかジャンヌ。これはあれですか? タイムスリップですか? トリップしちゃったんですか私? あ、でもジャンヌがもう二人います。と言うことは、なるほど。これがユートピアか」

 

「リィル!?」

 

 ちょっとトチ狂ったローズリィの発言に邪ンヌが驚きの声をあげた。

 だが悲しいかな。彼女の驚きを理解してくれる者はこの部屋にいない。

 ローズリィはトリップしており、リリィはローズリィの胸の中。長女のジャンヌすら二人の姿に笑顔であるのだから。

 

「ジャンヌも黒ジャンヌも、三人同時で構いません。私の胸に来なさい。受け止めてみせます…………いえ! 受け止めます!」

 

「ちょっと! 正気に戻りなさいリィル!!」

 

「はいリィル!」

 

「あんたもふざけたことしてんじゃないわよ! このお気楽聖女様!」

 

 ツッコミを入れる邪ンヌを置き去りにして、ジャンヌもまたリィルとリリィを抱きしめるために二人の中へと飛び込む。

 

 目の前にある現実が、邪ンヌの顔を盛大に歪めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▽

 

 

「それで、なんでちっちゃなジャンヌがいるんです?」

 

 キレた邪ンヌが炎を放ったことで、華麗に二人を抱えながら避けたローズリィが反省して、この場は一度落ち着くこととなった。

 

 ローズリィは部屋の中にある大きなソファーの真ん中に陣取ると、膝の上にリリィを置いてお菓子を食べさせ、両脇にジャンヌと邪ンヌを侍らせた後でようやく事情を尋ねる。

 

「あれですか? またあのギョロ目が何かしたのですか? それなら労いと共にヤツの目くり貫くのですが?」

 

「止めなさい、違うわよ……………………実は、少々手違いがあって、ね」

 

「手違い?」

 

 ジャンヌの幼い姿が久しぶりのせいなのか、ローズリィは幸せそうにお菓子を頬張っているリリィの頬っぺたを指先でツンツンして楽しんでいた。

 いつもの無表情顔が崩れているのは、彼女が子供好きであるからだと信じたいところではあるが。

 

「黒の私はセイバーオルタさんと仲が良くてですね。前にオルタさんがサンタをしているところを見て、この子もやりたいと思ったそうなんですよ」

 

「はああああ!!? 誰があんな死体色の性格最悪女と仲が良いのよこのイカレ聖女!! 目が腐ってんじゃないの!!?」

 

「…………そう、ですか。黒のジャンヌはお友達ができたのですね。それは……大変喜ばしいことです……」

 

「あんたも真に受けてんじゃないわよ!!」

 

 ジャンヌの話を聞いて、少しばかり寂しそうにするローズリィ。

 ジャンヌの最大の理解者であると思っている彼女にとって、その話は複雑な気持ちであるのだ。

 

 ネガティブな感情を埋めるかのように、膝の上にいるもう一人のジャンヌを撫でることで気を紛らわせる。そうやって精神を回復させながら、話の続きを聞き出し始めた。

 

「それでこのジャンヌの原因は?」

 

「………ちょっとばかしサンタ袋を盗もうとしていた時に失敗したのよ。あの金ぴか(子)に透明になる薬を貰おうとしたら―――――――」

 

「貰おうとしたら?」

 

「騙されて子供になる薬を飲まされたんですよリィル!」

 

 ブチリと嫌な音がローズリィの隣で響く。

 突如会話に割り込んできたリリィにキレた邪ンヌの音だった。

 

「うるさいわね、このクソガキ!」

 

「人の物を盗むなんて最低です! どうしたら未来の私はこんな風に育ってしまったのでしょうか?」

 

「ああやだやだ! どっかのウザい聖女様みたいなこと言って……これだから世間知らずは嫌なのよ!」

 

 再びギャーギャー騒ぎだす邪ンヌs。

 これは仲のいい証拠だと、ジャンヌと同じ結論に至ったローズリィは二人を放置することに決める。なぜなら、それよりやらなければならないことができたから。

 

「あら? 急にどこ行こうとしてるんですかリィル?」

 

「いえ。変なものを黒いジャンヌに飲ませたどこぞの英雄王にお礼参りに行こうと思いまして。少々席を外しますので、二人のことお願いしますねジャンヌ」

 

 そうジャンヌに告げて彼女は部屋から出て行った。

 

 

 

 この日、カルデアの一部が破損するほどの被害が出る殺人事件が起こった。その事件に巻き込まれたのは、どこぞの変態ぬいぐるみと人類最古のジャイアニストである金ぴか。瓦礫の下に倒れていたのを発見された。

 未だ犯人は見つかっていない。

 

 

 

 




神殺しB


次回は12月24日です


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本編 ~薔薇の騎士~
私の名前はローズリィ・ゲール


extraイベント間に合わないから自棄で書きます


ある日のことだ。この日、ドンレミの村に二人の女の子が生まれた。

一人は農家と村の自警団を営むダルク家に生まれ、一人はバル公領の傭兵団を勤める家のゲール家に生まれた。

 

二つの家はご近所にあることもあったため、村人達に盛大に祝福された。

 

ダルク家に生まれた女の子の名前はジャンヌ、ゲール家に生まれた女の子の名前はローズリィと名付けられた。

 

 

____________________

 

彼女達が生まれて5年が経った頃だ。

 

「リィル。何やってるの~?」

 

ドンレミの村にあるムーズ川の川岸に、一人の少女が横に刃の潰れた細身の剣を置いて座っていた。

桃色の髪に、子供のように愛らしく将来は美しくなると予想できる整った顔立ち。

ただその顔に感情と言えるような表情が無い。ただただ無表情で空を眺めているのだ。

 

そんな彼女の後ろから声が掛かった。

 

「おはよリィル!また剣でタンレン?してたの?リィルの家に行ってもいないから探しに来ちゃったよ」

 

「ん……」

 

リィルと呼ばれた少女が振り向けば、そこには金髪の、これまた可愛らしく表情の豊かな女の子がいた。

その少女はリィルーーーーーローズリィに抱きつく。かなりの勢いで抱き付いてきた少女だが、ローズリィは座ったまま問題なく彼女を受け止めた。

 

抱き付いてきた少女の名前はジャンヌ。ローズリィとは対称的な明るい表情をしているが、不思議と彼女とローズリィは仲がとても良い。

その仲の良さは、端から見たら姉妹のように思えるほどだ。

 

ジャンヌは顔をローズリィに向けると、笑顔のままリィルに話しかけた。

 

「もう終わった?なら、遊びに行きましょ。今度もまた私と貴女で全員倒しちゃおう!」

 

「わかった……」

 

ジャンヌの話にコクンと頷いて了承するローズリィ。

二人の仲睦まじい雰囲気に騙されがちだが、かなり物騒な話をしていた。

 

二人が話しているのは、この後遊ぼうとしているチャンバラの話である。

男女関係なく仲の良い子供達が他の子供達とチャンバラを行い、二人はその中でも一番強かったのだ。

 

ジャンヌはローズリィの手を取ると、そのまま村の広場へと駆け出した。

 

____________________

 

 

「楽しかったね」

 

「ん………」

 

既に太陽が地平線の半分まで埋まった夕方だ。二人は相変わらず仲良さそうに手を繋いで歩いているが、朝とは違いジャンヌはかなり汚れていた。輝く金髪も藁や土が所々にくっ付いているが、ジャンヌは気にせず歩いている。

ローズリィはさほど汚れていなかったが、服や掌は幾分か汚れていて、人の形をした土跡だけは目立っていた。

多分、またジャンヌに抱き付かれたのだろう。

 

結果は二人のボロ勝ちだった。

 

子供のチャンバラと言うが、集団戦だ。子供は味方を巻き込む等の配慮も無いので乱戦になる。その上、泥や石の投げ合いは日常茶飯事。

ではどうやって勝敗を決めているのかと言うとだ。逃げた者が敗け、その場に最後まで残った者が勝ち、と言う極めて原始的な勝敗の決め方だった。

 

ではその乱戦で二人だけ何故勝てたかと言うことだが。

 

石や土、太い木の枝が飛び交う中、ジャンヌはローズリィに指示をして、指示を聞いたローズリィが全ての攻撃を回避しながら的確に相手の頭をぶっ叩く、という行為を完璧に成功させて繰り返していたからだ。

 

大人顔負けの離れ業に、子供達が上手く対処出来る筈もない。多少ジャンヌの妨害を出来るくらいで、後はローズリィにボコボコにされて終わるのだ。

 

「フフッ。それにしてもリィルは凄いね。みんな回避しちゃうんだもん」

 

「……毎日、鍛練してる…から……」

 

「そうね!リィルはえらいえらい!」

 

汚れた手でジャンヌがローズリィの頭を撫でる。が、彼女は汚い手など気にせず、むしろ気持ち良さそうに撫でやすい位置まで頭を傾ける。

常に無表情のローズリィが目を細めて顔が緩まる瞬間だった。

 

____________________

 

 

どうも皆さん。私はローズリィ・ゲールと言います。親しい友達にはリィルと呼ばれてます。その名前は結構気に入ってるのです。が、今はその話は置いておきましょう。

 

私には前世というものがあります。と言っても記憶が有るわけではなく、ただ知識として知っているだけです。名前とか元の性別とかはわかりません。

 

ただこの知識のせいで、子供らしくない事から呪いの子扱いで嫌悪されますし、フランス語は知識に無かったので凄く困りました。

今では何とか話せる様になりましたが、正直疲れます。英語か日本語が良いです。

初めはとてもショックで鬱ぎがちになりましたが、まあ気にしません。

そんな私にも友達ができたのですから。

 

彼女の名前はジャンヌ・ダルク。

……私の知識だと、フランスの有名な聖女の名前と一致するのですが……同一人物なのでしょうか?

確かに彼女だけ私を好いてくれるのですが、とても聖女様とは思えない腕白ぶりです。いえ…………むしろ聖女だから私の相手をしてくれるのかも?

 

まあどちらでも良いのですが。何にしても私の大切な友達であることには変わりません。

強いて気になることと言えば、その聖女様が最後に火刑に処されるのが心配です。

 

火は熱いし危ないです。火傷します。そんな危ないもので私の大切な友達が処刑されるなんて、とても堪えられません。

 

ただ何で聖女様がそんな事になるのか知識にありませんので、私は彼女が道を踏み外さないように守るつもりです。

 

「リィル。お空に何かあるの?」

 

おっと。隣を歩くジャンヌから呼ばれてしまいました。

お空ですか………雲と太陽があります。とても綺麗ですね。

 

「……綺麗」

 

「そっかぁ。確かに綺麗な夕日だよね」

 

彼女は私の少ない言葉でも的確に理解してくれるので、話すのが楽です。時々申し訳なくなりますが、もう慣れました。

 

「それにしても今日のリィルも凄かったね。どうすればあんなに強くなるのかな?」

 

「わからない……」

 

私は基本話さないのでジャンヌから話しかけられるのですが、私が言葉少ないのでこう言った話題転換が唐突に起こります。

ホント、彼女には申し訳なく……。

 

まあ、それより強さでしたか。

それについては私もわかりません。何となく、身体がこう動けと言ってくるので、それに私が従っているだけです。

ちなみに鍛練をしているのは、何となく落ち着かないから。と言うか、自然と鍛練したくなるのです。ちょっとホラーです。

 

後、鍛練している時や遊ぶ時は、急に周りの動きが遅くなるのです。石や木の枝がゆっくりゆっくり迫ってくるので簡単に避けられます。楽チンです。

 

ただ、この現象は私の知識にも無いので、多分この身体がおかしいのかもしれないと思ってます。何せ、前世の知識があるのだから。他に変なことがあってもおかしくないのです。

 

 

と言っても、ぶっちゃけそんな事はどうでも良いのですが。

今、私はジャンヌに良い子良い子されるので忙しいのです。そんなよく分からないふざけた考察はどうでも良いのです。

 

はふ…………手は汚れていますが、ジャンヌの撫で撫では気持ち良いです……………眠いです。おぶって欲しいです。

期待の目で彼女を見てみましたが、メッてされちゃいました…………残念です……。

 

そんな風にいつも私はジャンヌに頭を撫でられながら、帰路に着くのでした。

 

 



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ドンレミ襲撃

ちょいグロいかも


二人が七歳になった頃だ。

二人の歳になると、皆が親の仕事を手伝わされる様になる。

二人もその例に漏れず、ジャンヌは他の兄姉達と一緒に農業の手伝いを、ローズリィは駐屯所まで父親の手伝いをしに行っている。

 

彼女達が住むフランスとイングランドは戦争中だった。

ただでさえ昔は子供や大人は区別なく働いていたのに、人手が足りない今、子供達は遊ぶ暇なく働いていた。

 

その代わりと言っていいのかはわからないが、ダルク家とゲール家はお隣の上に仲が良いため、ちょくちょく夕飯などの食事を一緒に取っていた。

 

 

今日は風がとても強い。

そんな日にも普段同様にダルク家で一緒に食事を取っていた時だった。

家の外が騒がしくなり始めた。

 

「ブルゴーニュの奴等が攻めてきたぞぉ!!!」

 

「自警団や戦える者は門前に集合しろ!戦えない者は中央広場に避難しろ!」

 

その大きな声を聞いた大人達は一斉に動き出す。

 

「ジャック行くぞ!ローズリィはイザベルやジャンヌ達と広場に行きなさい!」

 

「イザベル。子供達を頼んだぞ」

 

「わかってます。行くわよピエール、ジャンヌ。ほら、ローズリィも」

 

急な展開に子供達がついていけない中、ジャンヌの母であるイザベルが子供達を外に連れ出す。

状況がよく分からない子供達ではあったが、大人の切羽詰まった様子に追いやられて外に出るのだった。

 

ローズリィもそれに倣いジャンヌの後から外に出る。と、門の方から怒号と叫び声が聴こえてきた。思わず皆が門の方へと振り向く中、ローズリィは自分の家の玄関に向かった。

 

(さっきの話と今の叫び声………誰かが私達の村に攻めてきたんですね。なら、武器を持たなきゃ)

 

ローズリィの行動は、半ば反射的だった。武器を取りに行く為に行動し、次いで付随するように武器を持たなきゃと言う使命感に移る。

まるで、身体が戦争を欲しているようだった。

 

玄関に置いていた、刃の潰れた愛用の剣を手に取ったローズリィは、ジャンヌと再び合流した。

その時、イザベルに離れないよう言われたが、彼女はまったく気にした素振りも見せなかった。

 

 

四人が広場に着くと、そこには村の女子供達が集まっていた。イザベルは子供達から離れると、大人の女性達の所へと向かい、ピエールもまた男友達の集まりへと向かう。

 

置き去りにされたジャンヌとローズリィだったが、ジャンヌは気丈に振る舞おうとローズリィに少し緊張した笑顔を向ける。

 

「リィル、大丈夫ですか?私が付いていますから、怖くなったら言ってくださいね」

 

「ん………怖くはない、よ?……でも、ギュッてしてもらいたい……です」

 

「ええ」

 

ジャンヌは了承するとローズリィに優しく抱き付く。

ジャンヌの強張っていた表情が和らぎ、ローズリィの無表情な顔が少しだけ綻ぶ。

数年前より成長して少しだけ大人っぽくなった二人だが、抱き付くと言った行為は今も変わらず健在だった。

 

ここだけ切り取れば微笑ましい光景なのだが、現実はそう甘くなかった。

門の方向から一際大きな叫び声と共に、真っ赤に夜空を照らす炎が立ち上がったのだ。

 

何かが瓦解するような喧ましい音を立てる門の方向を、広場に集まる皆が不安そうに見つめる。

 

「………」

 

「ん………ジャンヌ?」

 

「大丈夫です………きっと大丈夫ですから……」

 

少しだけ抱き付きが強くなったジャンヌに疑問の顔を向けるローズリィ。

そんな彼女に自分の心配が伝わらないように、自分に言い聞かせるように、ただ大丈夫だと言い続けるジャンヌ。

ジャンヌの気遣いが伝わったのかどうかわからないが、ローズリィはただ無言で頷いてジャンヌを抱き締め返す。

 

広場の皆が次第に不安が募っていき、ストレスがピークに達しようとしていた時だった。

約十人程の騎馬に乗った甲冑を着る兵士が、大通りを通って広場に駆けて来るのが皆に見えた。

 

兵士達の手には大きな松明と剣が握られていた。

 

「あ………ぶ、ブルゴーニュの兵士よ!!皆逃げて!!」

 

「家に隠れては駄目だ!反対側の村の出口に逃げろ!」

 

大人達が駆けて来る兵士の正体を理解すると、女性達は素早く子供達を連れて避難を開始し、2・3人の広場にいた男達が盾になるべく前に出ていった。

 

「ッ!逃げますよリィル!!」

 

「ん」

 

広場に集まる皆が逃げ惑う中、ジャンヌもローズリィの手を取り駆け出す。

ただ皆は非力な子供や女性の大人ばかりだ。まして戦力は大人3人のみ。

 

当然騎馬に乗る兵士達に敵う筈もなく、男達は一突きで殺され、逃げ惑う人々を嘲笑うかよ様に家を放火された後、すぐに彼等に追い付き虐殺を始めた。

 

「ぶぐぇッ!!」

 

「あ"ッ!?」

 

「マ、ママぁ……おぐッ!」

 

「いだい……いだいよぉ………」

 

馬に轢き殺されて地面に真っ赤な染みを作る者。剣で首を切られて殺される者。槍で胴体を刺し殺される者。致命傷を負ってジワジワと殺される者。

 

様々な方法で村人の子供達を殺していく兵士達からジャンヌは必死に逃げた。

度重なる悲鳴から目を背け、手にある感触の主を逃がすために幾つもの通り道を駆け抜ける。でなければ二人とも殺されてしまうから。

 

 

家と家の間に隠れるのは駄目だ。

谷と、襲撃に備えて建てられた城壁に囲まれた村の出口は二つ。

風が強い今日は隠れれば火で炙られ、村に残れば他の兵士達に殺される。

だから最速で出口に向かい、狙われないよう運に任せながら逃げるしか生きる術はなかった。

 

一人が殺されればその分他の者が逃げる時間を稼げる。まして放火しながら追ってきているのだ。集まっていた人の2/3ほどは外に逃げられるだろう。だから村人達はその2/3に入るために必死に逃げる。

外に出ても危険はあるが、村に残って囮になるよりはマシだった。

 

 

そうやって皆は逃げる。無力な子供でしかないジャンヌもただ逃げるために走った。生きるために。ローズリィと一緒に明日を迎えるために。

 

だけど、現実はそう甘くなかった。

 

馬の蹄が地面を鳴らす音が後ろから近付いてくる。そして、確実に二人に向かってくるのがジャンヌにはわかった。

 

(私はいい……でも、リィルだけは……!お願いします主よ。リィルを、彼女を救ってください!!)

 

確実に死の気配が近付いてくるのを背中に感じながら、ジャンヌは藁にもすがる思いで神に祈った。

どうしようもないから。自分ではローズリィを守ることができないから。今までずっと、本当の妹のように接してきた大切な彼女だけでも、守りたかったから。

 

だからジャンヌは神に祈った。奇跡が起きることを信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

結果で言うならば、二人は助かった。

但し、奇跡が起きたわけではない。ただ、当たり前のようにそこに現実があっただけだった。

 

 

__________

 

 

 

ローズリィは背後から迫る馬と兵士の存在を認識していた。

このまま何もせずに傍観していれば、自身はともかく、確実にジャンヌは轢かれて死んでしまうと予想を付けたローズリィ。

彼女は刃が潰れた、先だけが鋭利な細長い剣を右手に持った。

 

知識はある。それに見合った身体を動かすこともできる。

 

だからローズリィは、前を走るジャンヌを己の内に引き寄せ、馬が通る直前に横に避ける。

馬の通り抜け様に、その細長く鋭い剣の切っ先で、馬の足の関節に突き刺した。

 

『ーーーーーー!!!!』

 

「ぃぎゅぇッ!?」

 

突如の足の痛みに暴れ回る騎馬。その馬は騎乗者の兵士を振り落とすと、道の奥へと走り抜けて行った。

落馬した兵士は頭から地面に落ち、首から鈍い音を立てて絶命した。

 

「……………」

 

「はぁ、ッはぁ………」

 

阿鼻叫喚溢れる村の中、無言のローズリィと息を切らすジャンヌの周りだけはやけに静かだった。

 

 



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そして彼女は動き出す

ひさしぶりん


 ドンレミの村はかなりの被害を出しながらも、無事滅びることはならずに済んだ。

 バル公からの援軍がたどり着き、無事イングランドの兵士であるブルゴーニュ軍を撤退させたのだ。村の生き残りには、ジャンヌとローズリィの姿もあった。

 

 ドンレミはこの数十年間、幾度も襲撃に合っては復興を繰り返している。そのため、村人達は悲壮感から乗り越えてすぐに復興にあたった。

 七歳になっているジャンヌとローズリィも、この頃から大人とほぼ同じような仕事を任されているため、復興を手伝っていた。

 

 

 

 

 復興がある程度落ち着き始めた頃だった。

 ある日、ジャンヌがローズリィに相談を持ち掛けていた。

 

「……………なんで?」

 

「今日、夢で天啓が降りたのです。リィルに戦いを学びなさいと」

 

「よく………わからないのだけど」

 

 突然のジャンヌの相談に驚きを隠せられないローズリィ。

 しかし、ここでローズリィはある知識を思い出した。それは、ジャンヌが神の声を聞いてその預言の通りに行動したことで聖女と呼ばれるようになった――という伝承だ。

 

(もしかして………ジャンヌは、最後に神の声に逆らったから火刑にされたのかな?なら、そうならないようにしないと)

 

「わかったよジャンヌ。私、頑張って教える」

 

「本当ですか!?ああ、良かった………。家族に話しても馬鹿にされるだけだったので、凄く心配していたんです………でも、リィルなら信じてくれると思ってました」

 

 そう言ってジャンヌはローズリィにとても純粋な笑みを向ける。その微笑みを向けられて、少しだけ疑ってしまった彼女は己を恥じた。

 そしてそれを誤魔化すように顔を少し背け、ローズリィはジャンヌに抱きつく。

 

「あら?………ふふっ。リィルは甘えん坊ですね」

 

「そう………かな?」

 

「ええ……」

 

 まるで妹をあやす姉のような笑みを浮かべていたジャンヌだった。

 が、突然その顔が暗くなってしまった。

 あまりにも唐突に変わったせいか、ローズリィは疑問を口にする。

 

「?………どうしたのジャンヌ?」

 

「………本当は、リィルにこんな危ないことを頼みたく無かったのです。それに………私は今も、貴女に間接的にですが、人を殺めさせてしまった事を後悔しています」

 

「………私は気にしてないよ?」

 

「私が気にするのです。私がもっとしっかりしていれば、貴女の手は血で染まることは無かった………」

 

 ジャンヌは生粋の聖職者だ。いかに相手が敵であり無差別に人を殺す者でも、人は皆平等であると言った意識が強い。

 だからこそジャンヌはローズリィに人を殺めさせたくはなかった。どんな経緯があれ、同族を殺すのは罪だ。

 汚れを知らないとても純粋なローズリィに、そんな重荷を背負わせたくなかった。

 

「リィル。貴女はまだわからないと思います。だから私が貴女の罪を背負います」

 

「!?………だめ……だめだよジャンヌ。私に罪があるなら………私が償う。人を殺すのが罪なら、私が、ジャンヌの代わりに人を殺す。だから………お願い。自分を追い込まないで?」

 

「リィル………。私は貴女が心配で堪りません。貴女は善くも悪くも純粋で素直です……。だから、いつか、そんな貴女が取り返しのつかない事をしてしまう。そんな予感がしてなりません」

 

 一人は未来を覆すために、彼女を守ると誓う。一人は妹のように大切にしている彼女がこれ以上罪を負わないよう、神に懇願する。

 

 平和な時代なら、二人は無二の親友として幸せな人生をお互いに送れただろう。

 しかし、時代は残酷に繰り返される。それは普遍的であり能動的だ。

 だからこそ二人の結末は決まっていて、恐ろしい程に早く、それでいて劇的に終わりを告げるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ____________________

 

 

 

 

 時が過ぎ、二人が16歳になった頃だった。

 

「リィル。私はこれからフランスを救いに行きます」

 

「…………………はい?」

 

 普段のように、二人は己の仕事を終わらせて会っていた日だった。

 普段とは違う雰囲気を纏うジャンヌがローズリィにそう言い放った。唐突の祖国救済宣言に、いつもボーッとしたような無表情の彼女をして困惑気味だった。

 

「………ごめんなさいジャンヌ。もう一度言って欲しいのだけど………」

 

「もう………しょうがないリィルですね。だから、私はこれからはフランスを救いに行ってくると言っているのです」

 

 ローズリィは思考を放棄した。

 

 

 

 

 

 あの後。ヴォークルールへ行くと言った彼女を慌てて止めたローズリィだったが、鉄の意思を持ったジャンヌを止められる筈もなく。

 妥協案としてローズリィも付いて行くことになった。

 

 最初はローズリィを巻き込むことを渋ったジャンヌ。しかしこの頃、ローズリィが男装して騎士の称号を得ようと、オルレアンで武功を上げる計画を立てていた事を知ったジャンヌが、なら自分と一緒にいた方がましだと考えて妥協したのだ。

 

 

 

 

 

 それから二人はお互いの両親に旅に出ることを告げて、ドンレミの村から出ていった。

 ローズリィの父は元々公領の兵士なので、快くローズリィを旅立たせた。しかし、ジャンヌの家族はそうもいかなかった。

 最終的に、ジャンヌがローズリィの世話をするために必要なことだと説得し、何とか二人は了承を得たのだった。

 

 二人はジャンヌの親類のデュラン・ラソワに頼み込んでヴォークルールに向かった。するとジャンヌはヴォークルールの守備隊隊長だったロベール・ド・ボードリクール伯の下に向かい、シノンの仮王宮を訪れる許可を願い出た。

 当たり前のようにジャンヌは当人に会うことなく門前払い。守備兵達に嘲笑を持って追い返されてしまったが、今度はローズリィがボードリクール伯の下へと訪ねにやって来た。

 

 そしてローズリィはあろうことか、ヴォークルールの守備隊全員に戦いを申し込んだのだ。

 

 

 

 

「まったく、昨日と言い今日と言いなんでガキはこう面倒なんだ」

 

 訓練所の観客席にて、一人の守備兵が訓練所の中央にいるローズリィを見ながら苛立った様子で呟いた。

 

 

 

 

 

 騒がしくなってきた門前に興味を引かれた待機中の守備兵が来てみれば、一人の子供が門番の兵士と言い争いをしていたのだ。

 どちらかと言うと門番達が何か騒いでいただけだったが、ローズリィは目敏く守備兵達に声をかけると宣誓布告をした。

 彼女が宣戦布告をした当初は兵士達もジャンヌ同様鼻で笑って追い返そうとした。

 しかし、ローズリィから守備兵とはこんなにも臆病だったのですか?と逆に嘲笑され、流石にプライドを刺激された一人の兵士がローズリィの相手をすることになったのだ。

 

 今の彼らはイングランドとの戦争において劣勢となっており、常に余裕が無い業態である。そんな彼らの前に現れたローズリィは子供とは言え、彼等にとってはあまりにも目障りな存在だったのだ。

 

 

 

 

 兵士は刃の潰れた鉄剣を、ローズリィもまた刃の潰れた細い剣を構える。

 

「ガキが。あんまり調子に乗ってると痛い目を見るぞ」

 

「……………」

 

「ッ!知らねーからな!」

 

 ローズリィはただ無言のままだった。

 そんな彼女の態度に苛立った男がローズリィに向かって剣を振り下ろす。

 

「おらぁ!」

 

 ただしそんな単調な動きである男の剣など、子供の頃から鍛練を積んでいるローズリィには当たらない。

 ローズリィは余裕を持ってその剣を避けると、無防備となったその懐に飛び込み膝蹴りを叩き込んだ。

 

「ぐぼぁっ!?」

 

 可憐な見た目からは想像の出来ない力で蹴られた男は、吐瀉物を撒き散らしながら後方へと勢いよく吹っ飛んでいった。

 

 それを見た他の兵士達は、今の光景を見て平然としていられなかった。

 

「お前ぇ!何しやがった!」

 

「よくも俺達の仲間を!」

 

 興奮したように押し寄せる観戦していた兵士達。その目には先程の光景が何処か信じられないような、それでいて理不尽な現象を拒絶するような目であった。

 彼等が拒絶するのは今起こっている現象か、はたまた劣勢となっているフランスに対してか。

 

 人間はあり得ない現象に見舞われた時、驚きと共にまず否定的になる。それは程度の差こそあれ、人間の本質だ。

 

 無謀だとわかっているのか、わかっていないのか。ただ彼等はこの日理解しただろう。

 後に英雄と呼ばれる力の一端を。

 

 

 

 この日、ボードリクール伯に訓練中の守備部隊が一人の少女によって壊滅させられたことが伝わった。

 

 

 

 



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フランス救済

ローズリィちゃん。この時代では考えられないくらい強い設定にしてますが………良いですよね?


『たちの悪い』

 

兵士を率いるジャンヌを見ながら、ローズリィはそう思った。

 

煌めく金髪を靡かせ、何よりも輝く我等の旗を掲げ、兵士達を先導するその姿は、まさしく『オルレアンの乙女』に相応しい姿なのだろう。

 

ただ、旗しか持たずに先陣を突っ切って行くジャンヌはローズリィにとって不安でしかない。

今もなおジャンヌ目掛けて飛んで来る矢を、ローズリィは己の長剣で叩き落としたばかりなのだから。

 

(どうしてこうなってしまったんでしょう………)

 

ジャンヌに襲い掛かる敵兵士を切り捨てながら、彼女はそう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

ローズリィが守備部隊を壊滅させたことを知ったボードリクール伯は、ローズリィを己の下に呼び寄せた。

 

「………貴殿がローズと名乗る者か。貴殿の行った事は既に伝わっている」

 

「…………そう、ですか。ですが私は彼等と模擬戦を行っただけで、何か咎められることは無いと思うのですが?」

 

「……………確かに、君は普通の子供では無いようだ。なら単刀直入に聞こう。ローズ殿、貴殿は私に雇われないか?」

 

ボードリクール伯にとって、突如現れたローズの実力はとても嬉しい誤算だった。

仮に彼(男装中)を部隊に組み込めば、戦争に勝てなくともフランスの劣勢における何かしらの一石を投じることが出来るかもしれないと考えたからだ。

 

ローズリィはこれに、ある条件を出した。それは自分が騎士を目指している事を伝え、その過程での手助けを求めるモノ。

ボードリクール伯はその条件を当然のように了承する。

 

 

こうしてローズリィはヴォークルールの街の兵士となった。

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

ローズリィがボードリクール伯に雇われたのは半年間だった。

そしてそれだけの期間があれば、ジャンヌダルクは聖女であるという噂が街中に広まることも当然の帰結だろう。

 

 

 

 

ローズリィの知り合いと言うことで、ジャンヌもよく駐屯所に訪れていた。

その時にジャンヌは、オルレアン近郊でのニシンの戦いでフランス軍が敗北するという、驚くべき結果を予言していたのだ。

 

オルレアンは、フランス中心部への侵攻を防ぐ最後の砦であり、オルレアンの趨勢が全フランスの運命を握っている。

つまり、フランスの敗北は一刻の猶予もない。

 

敗北の結果を知らされたボードリクール伯は、ジャンヌをローズリィと同じ特別な人物と認め、前から請われていたシノン訪問の許可を出した。

それと同時に、ローズリィを騎士にするためにジャンヌを連れていくことも認めることとなった。

 

 

 

 

 

 

ジャンヌがシャルル七世と面会を行ってからは、二人の周りの変化は劇的だった。

そのあまりの変化にローズリィでさえも声を上げて驚いたのだから。

 

ジャンヌは軍の指揮官となり、ローズリィはその護衛となった。

 

ローズリィとしてはジャンヌがそれほどまでの出世をしたことに動揺したが、それは周りの兵士や騎士達も同じである。

まだ年端もいかない子供のジャンヌが自分達の上官になるなど在ってはならない。

 

ジル・ド・レェや、ラ・イルなどの指揮官や他将校の人物達とオルレアン包囲戦の作戦時に顔を合わせた。

 

男装をするジャンヌは多くの者から懐疑的な目を向けられていたが、ジャンヌと、彼女と共にいたローズリィはまったく気にすること無く作戦会議に参加した。

 

そして彼女達は、のちに彼等にとって驚くべき成果を見せることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

オルレアン包囲戦。

あれだけ劣勢だったフランス軍だったがジャンヌの登場により、たったの八日間でイングランド軍を壊滅させた。

 

ジャンヌの大胆不敵な各個撃破による作戦と、彼女に付き従う美しい兵士の武力。

どんな兵力差だろうと本陣へと突き進んで行くフランス軍に対して、イングランド軍は恐怖を覚えたのだった。

 

 

 

フランス軍はオルレアン解放からさらに勢いに乗ることとなる。

そして、この頃から次第にジャンヌの偉業とも言える功績が各指揮官に認められ始めたのだ。

 

それによって強固になったフランス軍は、怒涛の勢いでイングランドに占拠された地域を解放していった。

 

 

 

この時、ジャンヌに付き従うローズリィもまた武功を上げていた。

曰く。ジャンヌに迫る全ての脅威をその手に持つ長剣で防ぎ、ジャンヌを救った。

曰く。敵陣に真っ先に突っ込み、ジャンヌ率いる軍の尖兵を担った。

曰く。状況に合わせて敵から千差万別の武器を奪い取る。敵から奪った矢で、離れた位置からクロスボウを構える弓兵を狙い撃ちにした。

 

ジャンヌが救国の聖女として名を広める度に、ローズリィもまた様々な武功が国中に広まっていった。

 

いつの間にか二人の功績はフランス王族にも認められ、シャルル七世よりジャンヌは貴族、ローズリィは騎士の地位を叙せられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__________

 

 

side ローズリィ

 

ラ=シャリテ=シュール=ロワール包囲戦。

私はこの戦ほど肝が冷えた日はありませんでした。

この戦い勝つことはできました。

だけど相手側もこの戦いにかなりの戦力を投入していたようで、私やジャンヌを含む先陣を切った数人の兵士だけが、敵によって囲まれたのです。

 

あまりにも猪突猛進のジャンヌではありましたけど、孤立すると言った采配を取るほど間抜けでもないのです。

 

つまりこれは敵の作戦。

 

確実にジャンヌを殺すために取られた作戦でした。

ただ敵陣の中と言うこともあり、敵の大将も目と鼻の先。

 

これを好機と踏んだ私は、数人の兵士達にジャンヌを庇わせながら、隊列を組むことで大将である敵将軍の下へと突入しに行ったのです。

 

敵側もこれには予想外だったのか、隊列が乱れました。

 

その隙を逃さず、私は右手に愛剣、左手に敵から奪ったバトルアックスを持って敵陣中央へと突撃しました。

 

ジャンヌを護衛していた兵士達は死に、私はジャンヌを守りながら敵兵を殺していく。

運良く敵将軍を見つけてその首を獲り、敵兵の士気を落としましたが………あと数十分援軍が遅ければ危なかったでしょう。

 

ジル・ド・レェには感謝しなくては。

 

なにせあのままでしたら、私はともかくジャンヌは確実に怪我を負っていたでしょうから。

 

ただ助けに来たジル・ド・レェは私達の姿を見て驚いていましたが。

あまりの驚きっぷりに目が飛び出していました。

まあ、目が飛び出すのはいつものことですがね。目を突っついて戻してあげましたよ。

 

それにしても、まさか貴方………私達が死んでると思ったのですか?

 

………え?違う?私が血にまみれていたのに対してジャンヌがまったく汚れていなかったのに驚いた?

なるほど。ですが、それは当たり前なのです。なにせ私が付いていながら、ジャンヌを敵の血で汚すわけにはいきませんからね。

 

………何故か私は彼に酷いモノを見る目、化物を見る目と言ったら良いでしょうか………そんな涙が残る目で見られてしまいました。

 

まあ別に良いですが。ジャンヌは無事ですし。

 

………………それにしてもジャンヌが離れてくれません。いえ、私は良いのですが。でもせっかく綺麗のままだったジャンヌが私に引っ付いていては汚れてしまうのですが………。

 

他の司令官からも生暖かい目で見られてますけど良いんですか?

………はぁ。まあ確かに私達の男装は見破られてますから変な目で見られてる訳では無いでしょうけど………。

 

変なジャンヌですね。今更あれくらいの兵士に囲まれるのだって慣れてるでしょうに。

と言うか、貴女が大軍を目にしてビビるほどのタマでも無いでしょうが。

 

ええ、ええ。わかってます。今夜は一緒に寝ましょうねジャンヌ。

 

いえ、子供扱いしないで下さいと言われても………。

え。貴女がお姉さん何ですか?まあ身長は些か負けていますが、どちらかと言うとこの状況ならジャンヌが妹では………?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時、私は浮かれていたのかもしれません。

私はただ彼女の選択肢を少しだけ変えるだけで、ジャンヌの運命を助けることが出来ると思っていたのです。

 

浅はかにも神などと言う、ふざけたモノの言うことを聞けば良いと思っていたのです。それがどれ程愚かなことかも知らずに。

 

 

 




結構ダイジェストになってしまったが………まあ戦争を書けるほどの才能は作者にはありませんでしたので


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薔薇騎士

グロいかも




 視界に写るのは、私が殺した筈のブルゴーニュ公国軍の兵士達。

 手足を切り裂き、首を穿とうとも立ち上がって来る。

 その常人離れした動きは、正確に私の心臓を抉り取ろうと迫ってきます。

 

 

 ーーーーーー私は襲ってくる死体の首を斬り飛ばす。

 

 

 そして、脅威はそれだけではありません。私を確実に殺そうと襲ってくる、人型の影の化物達。

 見たこともない武器を使い、四方八方から私の命を刈り取ろうと、その猛威を振るって来ました。

 

 

 ーーーーーーそんな化物達を、私は剣を一振りすることで黙らせました。

 

 

 視界を覆い尽くす程の大軍。しかし戦況は私が押しています。

 だけど………足から流れる少なくない量の血を見ながら、少しだけ思ってしまいました。

 

 ーーーーーー私はあと、どのくらい敵を殺せば、ジャンヌに会えるのかな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ____________________

 

 

 

 コンピエーニュ包囲戦にて、ジャンヌ達は援軍としてその戦に参加した。

 その軍の中には、普段いる筈のジル・ド・レエや、ジャン・ド・デュノワ、ラ・イルと言った名だたる司令官の姿はなかった。

 

 軍が到着してからすぐ、ジャンヌはブルゴーニュ公国軍を攻撃した。

 破竹の勢いで進軍したジャンヌが、再びその戦にも勝つと言うところで。

 ブルゴーニュ公国軍に6,000人の援軍が到着したことから戦況は変わってしまった。

 

 敗戦を察したジャンヌは、兵士たちにコンピエーニュ城塞近くへの撤退を命じ、己は殿となって撤退戦を行ったのだ。

 

 そして、それを拒んだのはローズリィだった。

 

 

 

 

 

 

 

「………ジャンヌ。貴女も逃げて」

 

「それはできませんよリィル。私は彼等を逃がさなくては」

 

「………私がいないと、敵を倒すことも出来ないのに?」

 

「うっ………で、でも!私は貴女を一人になんて!」

 

 ローズリィは未だ渋るジャンヌの手を、騎馬の上から自分の手と繋ぎ、優しく説き伏せる。

 

「………大丈夫ですよジャンヌ。私は強いですから。それに、貴女がいては私も本気を出しきれない」

 

「でも………私がいなければ貴女の罪を肩代わりができません………此度の戦争で貴女には多くの人を殺させてしまった。せめて、せめて私が貴女の肩代わりを………」

 

「……………でも私は貴女を、それに自分自身を殺したくありません。だけどジャンヌがいればそうなってしまう………」

 

 その言葉を聞いて、ジャンヌは美しい顔を歪める。

 彼女も、頭では自分が足手まといになると理解しているのだ。

 

 だけど、ここでローズリィを一人にすれば何か取り返しのつかない事が起こるんじゃないかと言う危惧もあった。

 

「ああ………主よ。どうかリィルを見守っていて下さい。彼女をどうか、どうか………」

 

 その言葉を聞いたローズリィは己の騎馬の速度を落とし立ち止まる。

 ジャンヌはスルリと離れるローズリィの手を、ただ見守ることしか出来ない。

 

 それからすぐに前に向き直り、ひたすらローズリィの無事を祈りながらその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __________

 

 

「…………さて」

 

 ローズリィはジャンヌ達が向かっていった方向とは逆の方向へと馬を走らせる。

 

 その左手には、先ほどの乱戦で敵から奪い取った馬上槍(ランス)があった。

 

「敵は六千………早めに終らせてジャンヌに会いに行きましょう」

 

 そう呟くローズリィには、これから来る敵兵の数がわかっているのに恐れなど微塵も抱いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 それに気付いたのは長く隊列を組んでいた、ブルゴーニュ軍の先頭を走る一人の兵士だった。

 

「……なんだ?」

 

 前方から一騎の兵士が槍を高々と掲げて軍に突っ込んでくるのが目に入った。

 槍を構えていることから、伝達兵という訳でも無さそうだ。

 見たところフランス兵のようであるため、囮兵か………と訝しげながらも、そのまま進軍していると。

 

「…………はっ?」

 

 兵士の横を突風が駆け抜けた。

 次いで、彼の腕に違和感が生まれる。

 

 兵士はその違和感を確かめるために、腕に目を向けてみると、それを理解してしまい叫んだ。

 

「うわあああああああああ!!!!?」

 

「あがぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「ッぁ!!!!!?!?!???」

 

 その兵士が叫び声を上げた瞬間、後ろからも度重なる悲鳴や、呻き声が響き渡る。

 悲鳴を上げる兵士達は皆、一直線上にいた者達。彼等は腕を欠損する者や、胴体に穴を空ける者など、多数の被害に遭っていた。

 その被害は、まるで彼等を突き破りながら円形のナニカが通り抜けたような状態だった。

 

 そしてその阿鼻叫喚によって、その現象を起こした人物が近付いていることに誰も気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ローズリィは今しがた全力で投擲した()()()()()を意識から外して、鞘に納めてあった愛用の長剣を手に取る。

 そのまま騎馬を敵陣の先頭へと突っ込ませ、すれ違い様に敵の兵士達の首を切り捨てた。

 

「「「???」」」

 

 何が起きたかわからず悲鳴すらも上げることができないまま、身体から血の雨を降らして兵士達は絶命した。

 その行為を、敵の隊列の中にどんどん突き進みながら坦々とこなすローズリィ。

 

 事態を掴めないままだが、ようやく誰かに攻められていることを理解し始めた兵士達。

 彼等は切り捨てられていく兵士を見て激昂した。

 

「敵兵だ!!殺せ!」

 

 一人の司令官らしき騎士が指示すると、ローズリィの周りにいた兵士達が動き、騎馬に乗る彼女に槍を突き立てようとする。

 

 だが、槍の穂先がローズリィに届くことはなかった。

 穂先が根本から斬り飛ばされ、次いで襲い掛かった兵士達の首が飛ぶ。

 身体の切り口から噴水の如く血飛沫が吹き出し、ローズリィを真っ赤に染める。

 

「ひっ」

 

 血飛沫を浴びる真っ赤な騎士姿を見て、誰かが悲鳴を洩らした。

 その騎士はイングランド及びブルゴーニュ軍の中で、不吉を呼ぶ悪魔のような存在であると噂されていたからだ。

 

「ロゼ、リィ………La Rosery Macabre(死の薔薇騎士)ッ!」

 

 その日、ブルゴーニュ公国が誇る六千人の兵士達は一人の騎士によって殺されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __________

 

 

 

「あがっ………!」

 

「ふぅ………」

 

 ローズリィは最後に残った兵士達の心臓を貫き、一度詰まっていた息を吐き出した。

 彼女の額には敵によって真っ赤に染まる血と、それによって分かりにくいが少量の汗が付着していた。

 

「…………さすがに、疲れましたね。ですが、これで私の仕事は終わり………ジャンヌの下へ帰りましょう、バレット」

 

 ローズリィは己の騎馬の手綱を操りながら、来た道を戻っていく。

 彼女に多少の警戒はあれど、疲労と、己の技量を信じているためか、些か集中力が散漫になっていた。

 

 

 

 だから彼女は直前まで気付かなかった。

 

 

 己の命を喰らう魔の手が迫っていることに。

 

 

「っバレット!!!!??」

 

 気付けたのは直感だった。

 瞬時に騎馬を操りながら剣を横に掲げて、迫り来る黒い光を防ごうとする。

 

 だが、防御が甘かった。

 少しだけ逸らせた光の斬撃は、彼女の騎馬の上半身を吹っ飛ばし、彼女の右足の太股を半まで抉った。

 

「あぐッ………!」

 

 倒れる馬から飛び降りて地面に着地し、一瞬だけ馬に意識を向けた後、襲われた方向に目を向けた。

 ローズリィの視界に入ったのは、黒い影のようなモノだった。両手に剣を持って此方に構えを向けている。

 

「ッァ………い、一体どこ…から…?」

 

 いくらローズリィの注意力が散漫していたとは言え、あのような異形がいたら絶対に気づく筈だった。

 なのに彼女が気付かなかったのなら、それは恐らく。

 

「突発的に現れたのですか………?でも、なんで急に………ッ!!?」

 

 再び感じる己の生命の危機に、ローズリィは回避するためにその場から離れる。

 右足に激痛が迸るが、それを意志の力で抑えて状況把握に努めた。

 

 彼女がいた所に目を向ければ、ローズリィが先程殺した筈の兵士達が殺到し地面が陥没していた。

 

「何、が……チッ!」

 

 ローズリィに避けられた死体達は、再び彼女の下へと群がる。

 死体と侮ることなかれ。その動きは生きていた頃よりも圧倒的に早く、何よりも、その身体にあり得ないほどの膂力が宿っている。

 

 そんな化物達に襲われても焦ることは無いローズリィ。彼女は襲ってくる死体達の四肢を正確に切断した。

 

「「「「「GYAAAAAAAAAA!!!」」」」」

 

 絶叫を上げる彼等を無視し、先程攻撃してきた影の異形に意識を傾ける。

 

 その異形はと言うと、再び光の斬撃をローズリィに放った。だが、二度同じ手が通用するほど彼女も甘くはない。光の斬撃は余裕を持ってその軌道を逸らされてしまった。

 

 それでも止めることなく異形は光の斬撃を放ち続けるのだが、それは途中で阻まれることになる。

 

 ローズリィが落ちていた敵兵の槍を手に取り、それを異形へと投擲したのだ。

 進行方向にいる者全てを貫く槍の投擲に、本能的に危機を感じた異形は回避を優先した。

 

 しかしそちらに意識が傾いてしまい、瞬時に近付いたローズリィに異形は気付くのが遅れてしまう。

 それは戦場において致命的なミスだ。

 

 鋭い剣閃が異形を上下に切り裂く。

 

 上半身と下半身が切断され地面に落ちる異形。

 ―――しかし、そのまま死体となる筈だった異形は、光の粒子へと次第に変わっていきこの世からいなくなったのだった。

 

 

 

 

 その現象を見ていた彼女は、何が起こっているのか理解できなかった。

 

「跡形もなく、消えた…………?この世の生物ではない?それに兵士達の死体も動き出しましたし………」

 

(あの影は見たことがありませんが、あの死体には私の知識に覚えがありますね………ですが、私が知っている筈の彼等ならおかしい。仮にその現象が起きていたとは言え、こんな突然に死徒になるものではない)

 

 前世の知識を持ち出し、思考を加速させる。だが、そのローズリィの知識をして、結果は未知であった。

 

「………一体、何が起こっているのですか?…………いや、それより」

 

(何か嫌な予感がする)

 

 直感がそう彼女を刺激する。

 

 ざわつく心を落ち着かせながら、急いでジャンヌ達の下へ戻ろうと痛む足を動かし、身体を後ろに向けた。

 

「………………」

 

 そして視界に映る光景を目にし、ローズリィは暫し絶句することになる。

 

 彼女の目前には、先程の影の異形達が次々と現れ始め、兵士達の死体が続々と立ち上がる光景が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __________

 

 

 剣が異形の身体を貫き、その身体をこの世から消失させる。

 

「はぁ……はぁ……ッ戻ら、ないと………」

 

 最後の異形を殺したローズリィは、すでに満身創痍だった。

 何千と、数えるのも馬鹿らしくなるくらいに化物達を殺したローズリィ。

 だがその偉業の代償だろう。彼女の右足は動かず、身体の至る所に切り傷を作り、目の焦点は合っていなかった。

 

「ジャンヌの……ところぇ………」

 

 意識が朦朧とし始め、杖の代わりにしていた愛用の剣を手放してローズリィは倒れる。

 

 自分が倒れたことにも気付かず、ただ必死にジャンヌに会うために身体を動かそうとする。

 だが、意思に反してその身体はもう動かなかった。

 

「ジャン……ヌ………」

 

 意識を手放す中、ローズリィは愚直にジャンヌのことだけを考え続けたのだった。

 




次はエグいです

残り2話


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囚われたローズリィ

主人公が残酷な行為を受けます。ぶっちゃけリョナです。
そう言うのが無理な方は次回にダイジェストを乗せるので、そちらを見て下さい。

ぴ、ピンクは淫乱と相場が…………










 手足が動かない?

 意識を戻したローズリィが最初に思ったのはそれだった。

 

 何故?と疑問に思ったローズリィが目を開けると、ようやく何故そうなっていたのか理解した。

 

「私は………捕まった、のですね」

 

 目の前には鉄格子。周囲は独房のようにジメジメと薄暗く、ローズリィの手足が十字のように壁に貼り付けにされていたのだった。

 

 嫌でも状況を理解したローズリィは、気を失う前に何があったか思い出そうとすると、

 

「お。ようやく起きたか騎士様」

 

 鉄格子の向こうから、何かの器具をガチャチガチャと台に乗せていた男が、そうローズリィに話し掛けてきた。

 見たところここの看守のようだが、彼の視線は何処か下卑た目なのは気のせいか。

 

「ずっと眠っていたらしいぜ?お前があまりにも起きないから裁判も終わっちまった。処刑だとよ」

 

「…………処刑、ですか」

 

 捕まった時点からすでにそうなるだろうとは、ローズリィも察していた。

 数多くの兵士達を殺したのだ。当たり前だろう。

 

 ただその前に彼女は聞きたいことがあった。

 

「ジャンヌは…………ジャンヌ・ダルクは、どうなりました?」

 

「あ?ジャンヌダルクだ?知らねーよそんなの」

 

 男の台詞を聞いてローズリィは安心した。

 少なくともあの摩訶不思議な相手達に、襲われたり捕まったりはしていないようだ。

 

 そんな風に彼女が安心していると、その男は牢屋の中に台車を引っ張りながら入ってくる。

 

 男が入ると同時に、何故か牢屋の気温が急激に上がった。

 

「にしてもお前ツイてないよな。眠っていれば苦痛を味わうことも無かっただろうに。いや、グッスリお寝むな時に起こされるのもアレか」

 

「?………なんの」

 

 ことですか、と尋ねる前にそれは起こった。

 男がローズリィの首を絞めて壁に叩きつける。

 

「ガッ………ァ………!!?」

 

「苦しいか?いや、たまんねーなその苦痛に満ちた表情。いきなり勃起しちまいそーになったぜ」

 

 そう言いながら男は台車に乗せられていた一振りの小ぶりの斧を右手に持つ。

 

「戦場で恐れられたあの騎士様をこうやってイタブれるんだ。良い声で鳴いてくれよ~?」

 

「ゲホッゲホッ…………?」

 

 一度首を絞める力を解いた男は、ローズリィの肩目掛けて振り下ろした。

 

「ぁぐッ…………!!?」

 

「おおー、流石に一回じゃ声を上げねーか。我慢強いね騎士様。ま、そっちの方が遣り甲斐もあるってものさ」

 

 ローズリィは激痛に思わず声が洩れる。

 ギラついた斧の刃が、彼女の肩に食い込んできたのだ。その痛みは想像を絶するだろう。

 

 しかし、男の腕はあまり良くなかったのはローズリィにとって幸か不幸か。

 斧の刃は肩の骨を断ち切ること叶わず、肩甲骨の半ばで止まっていた。

 

 結果だけならそれは良いことであるのだが、それは彼女を更に苦しめることになる。

 

「グッ、ァ"ァ…………」

 

 乱暴に引き抜かれる斧によって苦悶の表情を浮かべるローズリィ。

 斧が引き抜かれることで血が溢れだし、彼女の着ている服を徐々に赤黒く染める。

 

「ダメだな俺。やっぱ腕からの方がよく切れるか、な!」

 

「あ"ッ……!!」

 

「おっ、いいねいいねその声。だいぶ良くなってきたじゃねーか!やっべー、興奮してきた」

 

 壁に貼り付けにされて、抵抗すら出来ないローズリィは、今度は細い二の腕辺りを斬りつけられる。

 それでも斧は彼女の腕を絶ち切ることができず、再び斧を乱暴に抜かれる。

 

「はぁッ、はぁッ……」

 

「うーん、良いなその表情。でも、こんなに柔らかい肌してるの切断できないなぁ……やっぱ骨が邪魔かぁ」

 

 息を乱しながらも鋭く男を睨み付けるのだが、それはただ相手の欲望を満たすだけだった。

 

 男は呟くと、台車から新たに器具を取り出す。

 

「まずは皮を剥いでよく見えるようにして、それから骨の切断だな」

 

 そう言うと男は、ローズリィの白く美しい肌にナイフを勢い良く突き立てる。

 

「ッぅ………」

 

 ギリッと歯を食いしばって声を上げることを我慢するローズリィ。

 鈍いと言われる彼女でも、薄々とこの男の性癖に気付き始めたのだ。

 

(…………この男に弱みを見せてはいけない)

 

 ずっと声を上げないでいれば、この男も諦める。そう思い彼女はひたすら声を我慢し続ける。

 

 その間も真っ白な肌は切り刻まれ、血で赤く染まっていく。

 骨が露出するまで肉を削ぎ落とされる腕。血液が流れず、壊死し始めているのが素人でも理解できるほどに、指先は紫色に変色していく。

 

 その行為はどれほどの痛みを彼女に与えているのだろう。

 ローズリィの額にはうっすらと玉の汗が浮かんでいた。

 

「あははっ!骨が見えちまったよ騎士様。さてさて。お次は………」

 

 そんな彼女に気を良くしていく男は、一度ナイフを置き、今度は台車から金槌を取り出した。

 

「骨を砕いて腕を斬りやすくしましょ~ね!」

 

 高く掲げた金槌を、露出し、血で真っ赤に染まった骨に振り下ろす。

 まだ残っていた肉が潰れる音と、硬いものが砕ける音が牢屋の中で響いた。

 

「おぐぅ!!?!?」

 

「ふは!? 良い声!!」

 

 あまりの激痛に、ローズリィは耐えられず声を上げてしまう。

 

 それによって必然的に男はローズリィの上げた声にテンションが上がってしまった。

 何度も骨に金槌を振り下ろし、露出していない部分の骨も肉ごと叩き潰す。

 

「ほら!もっと!哭けよ!!」

 

「んぐ!……ッ!……ィぎッ」

 

 原型がわからないほどぐちゃぐちゃに潰されていく腕。

 それでも声を上げなくなってしまったローズリィに飽きたのか、男は金槌を手放し再び斧を手に取った。

 

「……ぃッ"!!」

 

 ズンッと音を立てて腕に斧が振り下ろされた。

 

 

 拘束された腕を切断されたことでバランスを崩したローズリィは、未だ囚われた右腕側に、前のめりになりながら吊るされる。

 

 意図せずして斬りつけられた左腕の断面は、男の目の前に移動する。

 その断面を見た男は、思い出したとばかりに声を上げた。

 

「あ、しまった!忘れてた~………。このままじゃ騎士様が出血しすぎで死んじまうじゃねーか」

 

 そう言うと男は、先程から牢屋の中の温度を上げる元凶へと手を伸ばす。

 それは、熱せられた炭と鉄の棒が入った釜だった。

 

「止血止血~っと」

 

 男は熱せられた鉄を持つと、先端が赤くなった棒の先をローズリィの傷口にぐちゅりと()()()()()

 

 一瞬、彼女の視界が真っ白に染まる。

 直後、感じたことの無い激痛がローズリィを襲った。

 

「ぃぐ、ぁぁああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 

 肉が焼ける音と共に、ローズリィがこれまで出したことの無い絶叫が響き渡る。

 身体の内側から焼かれる苦しみは、決して耐えられるものではない。

 

 常人がその光景を見れば堪らず顔を背ける程に、悲鳴を上げる彼女の姿はあまりにも痛々しかった。

 

「おお!すげぇ良い鳴き声じゃねーか!!たまんねーなおい!」

 

 その状況で興奮する男は異常者なのだろう。

 

 彼は叫び続けるローズリィの首を絞め、今度は彼女の腹を殴り付けた。

 

「おぶッ!?」

 

「さあ!今度は違う哭き方を俺に聴かせてくれ!苦痛に満ちた表情を俺に見せてくれ!」

 

「が、ゴッ!あ゛ッ!」

 

 首を絞められ、満足に叫ぶことも、満足に息をすることも出来ないまま、延々と殴られ始める。

 

 彼女への虐待はまだ始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ____________________

 

 

「……ぉ……ぁ………」

 

「あちゃぁ………壊れちまったか?…………まあ、いいか」

 

 牢屋の中は凄惨な光景が広がっていた。

 

 血飛沫が壁や天井を紅く汚し、肉片が床の所々に落ちている。

 血と肉が焦げた匂いが混ざり激臭となっていた。

 

 そして中央には、四肢を欠損し、顔以外の至る所、無事な部分がまったく見えない程に身体を傷つけられ、美しかった片方の瞳を潰された少女。

 元の原型がわからないほどに壊されたローズリィが倒れていた。

 

「にしても………ああ。なんて素晴らしいんだ! 俺はこんなに興奮する光景を見たことがない!」

 

 男は悦に浸りながらズボンを下ろしていく。

 下半身を露出させた男は、目に光が宿っていない彼女の髪を掴み、顔を持ち上げる。

 

「ンぇ………」

 

「まずはこいつの口で一発出しちまうか。次にこいつの処女で………」

 

 男はローズリィの口を強引に開かせると、男のイチモツをその口の中に突っ込ませる。

 そのまま彼女の頭を動かし快感を得ながら、男は饒舌に今後の妄想を語りだした。

 

「ああ、スゲー良いなマジで…………。騎士様でこれなんだ。これを聖処女様にやったら………クックックッ!考えただけでイッちま」

 

 

 

 

 ブチり、と音がした。

 

「あ?」

 

 何が起こったのか。すぐに理解できない男だったが、彼の股間に激痛が迸ったのはその直後だった。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!?!?!?!??」

 

 絶叫しながら血で染まる牢屋の床を転げ回る男。股間から血を吹き出し、口から泡を吹き出す。

 

 そんな男を、ローズリィは口から異物を吐き捨てながら眺めている。

 その目には少しの光と怒気が戻っていた。

 

 そのままローズリィは転げ回る男を睨み付けていると、男の叫び声は止まり、唐突に糸の切れた人形のように動かなくなる。

 

 男は白目をむき口から泡を噴いたまま、その激痛に耐えられず絶命したのだ。

 

 その事を理解したローズリィはようやく警戒を解くと、血溜まりのできた地面に倒れる。

 静かな空間にバシャリと音が響く。

 

「…ぁぅ……ジャン、ヌ………私……は………」

 

 度重なる絶叫と男の首絞めによって喉が潰れたローズリィは、掠れた声で呟くとその意識を闇に沈めた。

 

 

 




一話丸々虐待の話でした…………

次回、救国のフランス編最終回の予定です。



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呪いの炎

前回の虐待は果たして上手く書けていたのだろうか………もうちょっとエグい展開にしたかったな。
だれかあの辺り書くの変わってほしい。

ついでに、評価宜しくお願いします。




 前回の話。

 

 ローズリィは拷問によって四肢を失った。

 

 

 

 

 

 ____________________

 

 

 ローズリィは強い。それ故に彼女の生命力は高く、それ故に彼女は苦しむこととなる。

 

 処刑が執行される日まで、彼女は己の肉体に起こる症状と戦っていた。

 四肢が欠損したことで起こる幻痛。放置された傷と不衛生な環境で起きた病気。

 それらが彼女を苦しめ、時に命を蝕んでいった。

 ただ彼女は生命力が高いが故に、死ぬことはできなかった。

 

 そして処刑の日。

 

 度重なる苦痛が彼女を磨耗させる。頭の中ではぼんやりと、今日処刑されると言うのがわかる程度にしか、自意識はなかった。

 あと少しで自分は死ぬ。ローズリィの中にあるのはそれだけであった。

 

 そんな状態のまま、彼女は処刑場に連れていかれる。

 

 処刑の方法は火炙りによる、火刑。

 そのため、薪の束の上に身体を置かれるローズリィ。

 後はその薪に火を付けられるのを待つばかり…………と言う筈だったのだが。

 

「リィル?」

 

 ローズリィの耳に、ふと懐かしい声が届いた。

 

―――忘れることのない、大切な人の声。

 ずっと、ずっと聞きたかった。もう一度だけ会いたい、せめて一目だけでも見たかった。

 彼女の心の支えであり続けた人の声。

 

 それによってローズリィの意識が浮上し始め、声が聞こえた方向へと目を向けた。

 

「…………ジャン……ヌ?」

 

 音にならない程に酷く掠れた声が、彼女の潰れた喉から漏れでる。

 しかし、それは感極まって呼んだのではない。ジャンヌの姿を見て無意識に声が洩れ出たのだ。

 

 声の主。ジャンヌは彼女のすぐ近くにいた。ほんの目と鼻の先。

 ただ彼女の姿がおかしかった。

 

 ジャンヌは木でできた十字架に貼り付けにされていたのだ。

 まるで、いつかの自分と同じように、身体を拘束されている。

 その光景がローズリィには信じられなくて、彼女の鈍くなった頭が、この状況を理解することを拒否する。

 

 そんなジャンヌは、ボロボロな身体、四肢を切断され、片方の目を潰されてしまった彼女の姿に耐えられず、涙を流していた。

 

「ああ…………ああ、リィル!リィル!!なんて……なんて惨い姿に…………私がリィルを一人にしたばかり、貴女をこんな酷い目に合わせてしまったのですね………」

 

 

 普段なら、ちゃんと聞き取る筈ジャンヌの声が理解できない。

 それほどまでにローズリィは追い込まれていた。

 

(…………………………………………………………………………なんで)

 

 次第に彼女の頭が今の状況を理解し始める。

 何故?と声にならない声が彼女の中で訴える。

 

(…………………なん、で…………なんで……なんで、なんで。………なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!!!?!?)

 

 ようやく。ようやくジャンヌが己のように処刑されると理解したローズリィは、ただただ何故だと心の中で訴え続けた。

 

(なんで彼女が捕まって!? …………しかも、処刑されなければならないのですか!!?)

 

 自問自答するが答えはでない。

 

 そして時は彼女を待ってくれなかった。

 

 時間だとばかりに、ピエール・コーション司教がジャンヌとローズリィの罪状を読み始め、処刑場の外から二人の処刑を一目見ようと、群がっている民衆が二人に罵倒を飛ばす。

 

 

 

 

 訳がわからない。

 民衆の冷たい視線を浴びるローズリィの素直な気持ちだった。

 

 何せ、前世の知識通りにこのまま彼女は処刑されるのだから。

 あれほど自分が警戒していながら。処刑の場に立ち会っているのに。ジャンヌの処刑を止められないでいる。

 

 それが彼女にとってどれほど耐え難いモノか。既に様々な虐待を受けてきた彼女の心を折るのには十分だった。

 

(だって、おかしい………じゃないですか。彼女は一人の兵士も殺していないのですよ? なのに何故、ジャンヌは魔女と呼ばれているのですか? ………それに捕虜は賠償金を払えば解放されるはず………)

 

 そこまで思考を重ねてローズリィは気づいた。

 

 

 ジャンヌは

 

 あれだけの功績をフランスに捧げたジャンヌは。シャルル七世に、フランスの兵士達に、国民全員に裏切られたのだ。

 

 いや、そもそも何故捕らわれたのか。

 

 ―――ローズリィは知らないことだが、ジャンヌは兵達を逃がしながら、砦前でひたすらローズリィの帰還を待っていたのだ。不運だったのは、ブルゴーニュの別動隊がいたことか。ジャンヌが一人になったところを襲い、彼女は捕獲された。

 

 だがローズリィは知らない。

 

(フランスが最初から彼女を裏切っていた? でも、なぜ? いや、仮に裏切ってなかったとしたら、ジャンヌが処刑されるこの状況と辻褄が合いません)

 

 結果はわからない。だがフランスがジャンヌを裏切ったのは事実だった。

 しかし、彼女にとって最も許しがたい事実。それは自分自身である。

 この状況で何も出来ない自分が許せない。自分がジャンヌの処刑を防げなかったことが憎い。悔しい。

 

 

(私が…………私がいればジャンヌを処刑させることはなかった! なのに…………………

………………………………………まって)

 

 後悔の中、彼女はある違和感を覚える。

 

(―――出来すぎている。…………これは出来すぎていませんか?

…………私があの怪物達に邪魔されなければ、仮にジャンヌが捕らえられていたとは言え奪還していた。いや、そもそもです…………今の私が五体満足なら、この状況だろうと彼女だけでも生還させることはできます………)

 

 そもそも、なぜあの男はローズリィに死を招くような虐待をするほどの性癖を持ちながら、看守に選ばれたのか。

 処刑は確実に行われなければならない。

 それは国の威信や、政治的な理由など様々あるが、裁判で判決を下された限りそれは絶対である。

 そして、あれが常人ならとっくに死んでいただろう。

 

 仮に拷問が目的なら、あの男が死んだ後、次の拷問官が派遣されるべきだ。

 なのにそれがなかった。

 

 つまりは。

 

(…………すべて、仕組まれていた。あの異形達も。私が受けた痛みも、この傷も。そして、ジャンヌが捕らえられて処刑されることも、全て………!)

 

 全てを予定調和に物事を進める者など、ローズリィの中では一人しかいない。

 

 

 そこまで彼女が思考した所で、罪状の読み上げが終わったのだろう。

 ついにジャンヌ・ダルクの処刑が始まろうとしていた。

 

 二人の兵士が燃える松明をジャンヌの下に敷き詰められた薪へと入れようとする。

 

「ぁ………ま゛っで! ま゛っでぐだざい!! まだワダジはーーーーーー」

 

 彼等の行いを止めようと、潰れた喉に鞭打ちながら叫ぶ。が、兵士達は止まらない。

 

 薪に火が移された。

 

「あ゛あ゛!? いや! いやです、ジャンヌ!!」

 

「ごめんなさいリィル。貴女を巻き込んでしまって。…………貴方には幸せに生きて欲しかった。純粋で誰よりも優しい貴女に………例え主が助言しようと、私の事情を手伝わせたくなかった………………いえ、これは言い訳です。

―――――ああ。全て、私の罪なのですね」

 

 泣き叫ぶローズリィに優しい目を向けるジャンヌ。

 下から熱気が襲って来ているだろうに、それを無視して最後までジャンヌは彼女を気に掛ける。

 

 だがそれも終わりは近かった。

 

 火がジャンヌの纏うスカートに引火し、瞬く間に彼女を包み込んだ。

 

「やめて! やめてぐださい! どうが、どうか!!

やめてぇぇええええええ!!!!」

 

「主よ、この身を委ねます」

 

「いや!!! いやぁぁぁあああああああああああああああああああ!!!!」

 

 ローズリィの泣き叫ぶ声が、彼女が灰になるまで続く。

 

 最後までジャンヌは聖女として生き、聖女としてその人生を終わらせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __________

 

 

 次の処刑はローズリィの番。

 だがそんなことを気にする余裕は、彼女には無い。

 

「…ぅぅ……ジャン、ヌ………ジャンヌぅ」

 

 ジャンヌが死んだことに嘆き、絶望している彼女に、自分の処刑などと言う、どうでも良いことを気に掛けている余裕は無かった。

 

「……………なぜ………なぜなのですか、神よ」

 

 聖女は死んだ。

 それがわかっているから、彼女は問わずにはいられなかった。

 

 

 

 「何故彼女を殺した!!!!!」

 

 

 その叫び声は罵倒が飛ぶ民衆を黙らせ、近付いてくる兵士達の足を止まらせた。

 

「神託で彼女を操りながら! お前の言う言葉を信じて行動したジャンヌを!! 何故お前は殺した!!!」

 

「おい! 早く奴を殺せ!」

 

 潰れた喉を痛めたのだろう。血を吐きながらも叫び続けるローズリィに恐れを抱いた司教が、兵士達にそう叫び命令した。

 その命令に慌てて足を動かした兵士達が、ローズリィのいる場所に松明を投げ入れた。

 

「これもフランスのためか! 世界のシナリオの為か!! そんなことの為に彼女を殺したのか!!? これでは………これでは、単なる使い捨ての道具ではないか!!!!!」

 

 迫り来る炎を恐れず、ローズリィは天に吼える。

 その思いを、その感情を、激情に乗せて叫ぶ。

 

―――炎が彼女に燃え移り、その身体を焼き始める。

 

「あぐぅ………わ、たしは、許さない! 呪ってやる!! 殺し尽くしてやる!! 人も! 神であるお前も!! この世界もッ!!! 何もかも呪い殺してやる!!!」

 

 焼き尽くされながら尚、彼女は叫び続ける。身体の端は灰になり、喉は焼やかれ、その顔が原型を崩そうと、彼女は叫び続けた。

 

「――――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!!!!!」

 

 それは単なる叫びではない、呪いの呪詛だ。

 

 彼女は灰になるまで燃え尽きる。だが、それだけでは終わらなかった。

 

 風が彼女の灰を飛ばし、ルーアンの街へと飛び散る。

 彼女の灰に触れた物は黒く、黒く燃え盛る。その黒炎が消えることはない。

 

 まるで、この呪いを忘れることを許さないとばかりに。彼女達にしでかしたことを、忘れることは許さないとばかりに。

 

 

 この日、ルーアンの街は大火災に陥り、彼女の憎悪の炎は数千人の住民の命を奪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 復讐の怨嗟は消えない。例え、その身体がこの世から無くなろうと、魂まで焼き尽くす。

 いつか神を焼き殺すまで、憤怒の炎は消えることはない。

 

 

 

 

 

 




闇に堕ちたのはローズリィでした。

という訳でようやく本編です。
と言っても、もしかしたら十数話くらいfateやらせて、多作品の派生にさせるかもしれません。

せっかく作ったオリ主なので、色々なところで活躍させたいのが心情です。その時はどうかご容赦下さい。

まあ、ジャンヌが主役のアニメが始まったので、そちらにローズリィを登場させるかもしれませんが。

ちなみに頑張って鬱にしようとしましたが、出来ているんですかね?


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邪竜百年戦争
呼びだされたのは復讐者


原作開始

日間ランキング2位!これも皆さんのお陰ですね。ありがとうございます。


――――――…………

 

 光の届かない闇が拡がる空間で、誰かの声が聞こえた。

 何も感じない筈の世界で、確かに声を感じ取った。

 

――――――…………

 

 懐かしい。それでいて何処か悲しい、誰かの声が聞こえる。

 

――――――…………!

 

 真っ暗な世界の中、一条の光が灯る。

 その光に引き寄せられるように、彼女は手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――告げる」

 

 少女の声が響く。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 何かを決意する彼女の声が、力強く部屋中に響き渡る。

 

「誓いを此処に。

 我は常世総ての悪を敷く者。

 

 されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――。

 

 汝三大の言霊を纏う七天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」

 

 宣言と同時に、5本の光の柱が現れる。

 その光は薄暗い室内を明るく灯し、次第に縮小していく。

 光が収まっていくのと共に、その中から五人の人影が現れた。

 

「――よく来ました我が同胞達(サーヴァント)。私が望んだ子は、どうやらいないようですが…………まあ、それは置いておきましょう。私が貴方達のマスターです」

 

 まるで聖女のようにサーヴァント達に話しかける少女。

 マスター。つまり彼女がこの者たちを呼んだ召喚者なのだろう。

 

 だが、彼女の発言は聖女とは思えないほどに物騒な言葉だった。

 命令をサーヴァント達に告げた少女は、傍らにいる一人の男を呼ぶ。

 

「さあジル。彼を連れてきて頂戴」

 

「畏まりましたジャンヌ」

 

 ジャンヌ・ダルクとジル・ド・レェ。

 それは生前とはかけ離れた二人の姿だった。

 

 

 __________

 

 

 

「た、助けて下さい!なんでもします!!」

 

「―――ハ、アハハハハハハハハ!」

 

 二人の前に連れてこられた男、ピエールコーションは泣きながら彼女達にすがり付く。

 

 男はジャンヌやローズリィが裁判に掛けられた時に、謂れの無い罪を着せて処刑を下した司教であった。

 その時の威厳のある顔と、今の恐怖に染まった顔との違いを見て、ジャンヌは大笑いしてしまった。

 

「た、助けて下さいって! 可笑しい! 可笑しすぎるわ貴方!あれだけ私達を嗤い、嘲り、見下していた貴方が! 虫のように殺されるのだと、慈愛に満ちた表情で私達を焼き殺した貴方が! こんなにも無様に命乞いするなんて!!」

 

「ひぃっ!?」

 

「ああ―――悲しみで泣いてしまいそう。だってこれでは救われないのだから。

 ―――紙のようにペラッペラな信仰では天に届かない。羽のように軽い信念では大地に芽吹かない」

 

「た、助けて」

 

「くはッ。もうやめてくださいよ司教。私を笑い殺すつもりですか?まったく…………神に縋ることすら忘れて、貴方が魔女と呼んだ者に命乞いするなんて」

 

 ジャンヌの笑っていた顔から、スッと表情が抜け落ちる。

 

「わかりますか司教。貴方は今、自分で異教徒であると認めたのですよ」

 

 そう言うとジャンヌは残忍な顔をピエールに向けた。

 

「だから私は悲しくて悲しくて、気が狂う程に笑ってしまいそう!

 ―――思い出して司教。異端者をどう刑に処すのか、貴方は知っているでしょう?」

 

 口が今にも裂けるのではないかと思うくらいに深い笑みを見せるジャンヌを見て、ピエールは彼女が行おうとしていることを理解してしまった。

 

「!?…………嫌、だ……嫌だ嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ!! たすけ、助けて!!」

 

「…………私が火刑に処された時、あの子もそうやって泣き叫びながら、私の助命を嘆願していましたね………それさえ無視した貴方に、救いがあると思って?」

 

 ジャンヌの目の前に、黒く、闇よりも深い炎が立ち上る。

 それを端から見ていたジルが歓喜の声で叫んだ。

 

「おお……おお!! なんて醜悪でドス黒い怨嗟の炎! これぞまさに復讐の聖女! 私が待ち望んでいた貴女の姿だ!」

 

「え…………なにこの炎」

 

 テンションのアゲアゲなジルとは対称的に、突然現れた炎にジャンヌは事態が呑み込めないでいた。

 

 だが、その二人の声をピエールの叫びが欠き消す。

 

「あ、あああああああああああああ!!!!」

 

「うわ、何ですかいきなり…………ほら見てジル。なんて情けないのかしらあの司教。汚水を撒き散らしながら逃げていくわ。ああ汚い」

 

 悲鳴を上げながら、結界によって逃げることのできない部屋の扉を、何度も何度も叩き逃げようとする司教。

 そんな哀れな彼の姿を見て、ジャンヌは可笑しそうに嗤う。

 

「本当に無様。何処まで道化を演じれば気が済むのでしょうか、あの司教は…………それにしても、この炎はなんなのかしら?どんどん膨れ上がっているようだけど」

 

「? 可笑しなことを言いますな。これはジャンヌが出した復讐の炎でしょう?」

 

「え?」

 

「はい?」

 

 話の噛み合わない二人を他所に、その炎の柱はどんどん大きくなる。

 それに合わせて控えていたサーヴァント達も警戒の態勢を取った。

 

「聖女よ。いや、マスターよ。その炎は危険だ、下がった方が良い」

 

 バーサーク・ランサーのクラスで呼ばれた男、ヴラド三世がジャンヌに忠告を発する。

 

 彼等も感じたのだ。黒炎がただの炎ではない。どんな現象よりも悪辣で、どんなモノよりも醜悪な、炎の形をした黒いナニか。

 一度呑み込まれれば神さえ滅ぼしかねないその危険性を。

 

 その意見にジルも同じなようで、ジャンヌを下がらせようとするが。

 

「―――理解しました。

 …………それにしてもジル。何故、逃げなければならないのですか? 貴方はこの炎が何であるかも理解できない程に愚かなのですか?

 これは復讐すらも生ぬるい、憤怒と絶望の業火………

――――喜びなさいジル! 役者は揃いました! 私達は最高の騎士を呼んだのですよ!!」

 

 ジャンヌはジルの手を退け炎に近寄った。

 まるで初々しい乙女のように、初恋の熱に浮かされた少女のように、軽やかに炎の前に躍り出る。

 

 ジャンヌが近付いたことで、その黒い炎は闇よりも濃く、深淵よりも深く凝縮して染まる。

 そして、限界まで縮小した炎は弾け飛んだ。

 

「ああ―――再び、貴女と共に。今度はフランスに復讐するための戦争ができるのですね、リィル」

 

 弾けた炎の中から出てきたのは、一人の少女。

 

 それは戦場で多くの殺戮を繰り返し、聖女・ジャンヌに勝利を捧げた忠信の騎士。

 それはフランス及びイングランドを呪い続ける、史上最も恐れられた復讐の悪魔。

 

 気狂いなほどに聖女の為に身を呈し、戦場で常に己を敵の血で染めたことから、畏怖と鎮魂を込めて彼女はこう呼ばれた。

 

 薔薇の騎士、ローズリィ・ゲールと。

 

 

 




レポート作成のため一時止まるかも


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快楽と復讐

かつて好きな作品を書いている人が、原作沿いは難しいと言いました。
…………それは真であったッ
最初から原作込みで書くなら楽でしたが、オリジナルから原作沿いに変えるのがここまで難しいとは…………
つーかFGOの語り難しい過ぎます。主人公達の地の文がふわふわしてる


ちなみにですが、ローズリィのステータスとか考えた方がいいんでしょうか。




何かに引っ張られる感触がして、彼女は目を開けた。

 

そこは広い部屋。遠くには数人の人間が自分を睨み付ける。

 

そして、目の前には最も愛しいジャンヌの姿があった。

 

「………………ぁ」

 

「おはようございますリィル。いえ、バーサーク・アヴェンジャーと言うべきでしょうか…………まあとにかく、良い悪夢は見られましたか?」

 

「………ジャン、ヌ?」

 

「ええ、そうですとも。卑しくも聖女などと夢見ガチな汚名を付けられた、哀れなジャンヌです」

 

先程と同様、邪悪な笑みをローズリィに向けるジャンヌ。

その表情を見て、彼女はポツリと呟いた。

 

「………………でも、何か違う」

 

「…………はい?」

 

声が小さすぎて言葉が聞き取れず、聞き返してしまうジャンヌ。

そんな彼女を他所に、ローズリィはジャンヌに抱き付いて彼女の胸に顔を埋めた。

 

「なっ!?」

 

「感触は…………フカフカのふわふわ。久し振りの感触………形も完璧………」

 

「あっ……ちょ、ちょっと!」

 

「もふもふ………………良い匂い、です」

 

「な、なに人の体臭嗅いでるのよこの子!?」

 

いきなり抱き付きつかれ、ジャンヌの豊満な胸を堪能するローズリィに、彼女は驚きと困惑を隠せなかった。

そんなジャンヌに、ローズリィはいつもと違う反応に首を傾げる。

 

「?…………どうしたのジャンヌ。これくらい………幼い時からいつもやっていましたよね?」

 

「え……………………そ、そうだったわねリィル。すすすっかり忘れてたわ」

 

「ん…………なら、もう暫くこのまま」

 

ジャンヌより頭半個分小さいローズリィは、腰を少し折るだけで簡単に抱き付ける。

つまり、抱き付く体勢は彼女にとってツラく無いため、この光景はいつまでも続くのである。

 

困った表情のまま固まるジャンヌと、スリスリと豊満な胸に顔を擦り付けるローズリィ。

 

そしてその光景は、先程まで張り詰めていた空気を纏っていたサーヴァント達にとって、何とも言えない微妙な気持ちにさせていた。

 

「ふむ。一度しか見たことありませんでしたが、二人はよくこうしていたのですね」

 

「そこなキャスターよ。いい加減止めなくて良いのか?」

 

ピエールは未だ怯え続け、ジャンヌは未だ抱き付かれ、サーヴァント達は空気となるしか無いカオスな空間。

王としての矜持か、この空気に居ることが耐えられなかったヴラドが、ジルに声を掛ける。

 

「いえ、駄目でしょうね。彼女の機嫌を妨げるのは良くない。まして今の彼女は聖杯によって狂っている。だから」

 

それ以上ジルは声を出せなかった。

 

いつの間にかジャンヌから離れたローズリィが、激情を露にジルの首元に彼女の剣が添えられていたからだ。

 

「っ!」

 

「ローズ、殿?」

 

「…………何故……何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故。何故、貴様がここにいるのですかジル・ド・レェ? ………ジャンヌを裏切った貴様が、何故今もノウノウとその薄汚い姿を私に晒しているのですか?」

 

気を抜いていたとはいえ、まったく彼女の気配に気付かなかったことにヴラドは驚愕する。

しかも部屋の中を満たす濃厚な殺気。

彼はその場から即座に飛び抜き、臨戦態勢を取った。

 

そんなヴラドを無視してローズリィはジルに殺気を向け続ける。

 

「…………ジャンヌを裏切り、こうしてオメオメと生き延びて………よくまあ私の前に居座ることができますね。…………やはり、愚かだからでしょうか? 当然ですか。彼女を裏切ったのだから」

 

「待ちなさいリィル!そのジルは私達の味方ですよ」

 

「…………どうしてですか、ジャンヌ? こいつは私が最も憎む裏切り者の一人。なら惨ったらしく殺すのが筋でしょう?」

 

「ジルは私が呼び寄せたのです。下がりなさい」

 

「………………」

 

ジャンヌの言葉を聞いたローズリィは、些か渋った後、怒りが抜け落ちたかのように無表情に戻り、剣を鞘に納める。

 

そして威圧から解放されたジルは、どこまでもジャンヌに従順であり狂気が見える彼女に、喜んだ。

 

「やはり………やはり、貴女は何処までも素晴らしい! これほどにジャンヌを守る騎士は貴女だけでしょう!」

 

「…………御託は結構です。貴方がジャンヌを助けなかったのに変わりは無いのですから。…………覚えておきなさい。私は貴方を許さない。決して」

 

「肝に、銘じておきましょう」

 

ローズリィの言葉に、ジルは満足そうに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

「さて。役者も揃ったことで…………まずはそこに転がっている司教様に復讐しましょうか」

 

場も落ち着いた頃、ジャンヌは改めて怯えるピエールに近づいた。

 

だが、今まさに危機的状況である筈の彼はジャンヌを見ることなく、ローズリィだけを見て怯えていたのだ。

 

「へぇ…………私を無視しますか。なんです? それほどまでに苦痛と絶望に満ちた処刑。泥水を啜るよりも無様な死に方がお望みかしら?」

 

ジャンヌが掌に炎を宿し、その手をピエールに向けようとする。

が、邪悪な笑みを浮かべて掌を下ろした。

 

「ああ…………そうでしたね。貴方はリィルが起こした『怒り』を実際に見たことがあるのでしたね。———リィル?」

 

「…………どうしたのジャンヌ」

 

「この男は貴女が惨ったらしく殺しなさい。方法は…………フフっ。任せます」

 

ジャンヌの呼び掛けにトコトコとやって来たローズリィ。そんな彼女にピエールの処刑を任せ、より残虐な方法で殺させようとして、オーダーを止めた。

 

なぜなら、ピエールを見たローズリィが普段の無表情を止め、憤怒の表情を浮かべていたからだ。

 

ジャンヌがその場からローズリィと入れ替わりで離れると、ピエールは再び喚き始める。

 

「あああああああああ!!!来るな!来るな悪魔!!」

 

「…………よくも、ジャンヌを殺しましたね。いえ、黒幕はわかっていますが、それでも私は貴方達を許さない」

 

そう言ってローズリィは掌をピエールに向ける。

 

「嫌だ嫌だ!! あの炎だけは! いやだぁぁああああ!!!」

 

「■■■■」

 

雑音に似た言葉がローズリィの口から放たれる。

そして、ピエールの身体からドス黒い炎の柱が上がった。

 

「いぎゃあああああああああああああ!!!!」

 

「燃え尽きなさい、その魂まで。地獄すらも生温い永遠の苦しみを感じながら、灰も残さず世界から消えなさい」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!」

 

魂まで焼き尽くす炎に、ピエールは絶望の声を上げ続ける。

その痛みは、彼の身体が燃え付きようとも、その魂に刻み付ける。

 

世界から存在全てを抹消されていくピエール。苦痛の中で死んでいく彼を見続けるローズリィの表情は、しかし未だ晴れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

フランスのとある草原にて。

そこに二人の人間と一匹の小さな生物がいた。

 

「レイシフト成功。―――先輩、どこか調子の悪いところはありますか?」

 

「うん。大丈夫だよマシュ」

 

「フォーウ…………キャウ!」

 

一人は拘束具のベルトのようなものを服に巻いたオレンジの髪の少女。もう一人は、ピッチリしたタイツのような服に大きな盾を持つ少女だった。

 

藤丸立香とマシュ・キリエライト。

人理修復を担う最後のマスターとそのサーヴァント。それが彼女達である。

 

『――――――どうやら無事レイシフトに成功したようだね』

 

すると、二人のすぐそばに突如一人の男が映ったホログラム映像が現れた。

 

「はいドクター。しかし、これからやることは多いです。現地の人との接触や霊脈を探さなければ」

 

「…………ねえマシュ。何か空気が澱んでない?」

 

これからのことについてマシュが立香と相談しようとした時、それを遮って立香が疑問を口にした。

 

「?…………確かに、なんだか息苦しい気がしますね。ドクター、これは?」

 

『ちょっと待ってくれよ…………うわ、なんだこれ!?』

 

「どうしたのロマン?」

 

いきなり声を上げた映像の男・ロマニ・アーキマンに、空気が澱んでいる現象を尋ねる。

だが、彼の口から放たれた言葉は空気が澱んでいる処の話ではなかった

 

『少しだけだがその空間………いや、その特異点全体か? と、とにかく物凄く広範囲にかけて呪いが充満しているんだ! 僕もこんな現象見たことないよ!』

 

「!? それは大丈夫なんですか? 私はサーヴァントだからともかく先輩は………」

 

「うーん…………でも身体に異常は無いよ?」

 

『………わからない。こんな呪い、カルデアのデータにも登録されて…………いや、まって』

 

考え込んでいたロマンが、何か思い出したかのようにコンソールを操作する。

 

『その特異点は1431年…………つまり、あの聖女が処刑された年だ。ならこの呪いは…………』

 

「ドクター!熟考のところ悪いですが、どうやらフランスの軍隊のようです。接触を試みます」

 

 

 




ガタッ
ジャンヌ「リィルが盗られた!」




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遭遇ジャンヌ・ダルク

だんだん貯まっていく感想の数々。レポート頑張ってたら凄い量でした。感想を頂いておきながら放置してしまってすいません。
皆さんの色んな感想を読んで、ピンッと来るものが結構あるので、閃いた題材をメモに書き留めてるんですすいませんごめんなさい。

ただ感想を頂けるのは凄く嬉しいです。励みになります。
物語進めながらちょくちょく返信しようかと思っています。どうかご了承下さい







「戦闘終了…………やはり峰打ちは難しいですね、先輩。些か強く殴打しすぎてしまいました。まさか全員気絶してしまうとは」

 

フランス軍と接触した二人は、挨拶の仕方がいけなかったのか突然パニックになった兵達に襲われた。

ただ相手はただの人間で、此方はデミ・サーヴァント。手加減されたマシュの峰打ちを受けた彼等は、気を失ってしまった。

 

『いや………マシュの峰打ちのせいと言うより、彼等が既に弱っていたのが原因だと思うよ』

 

「ねえ。盾で峰打ちってどうやってるの?」

 

「確かに………皆さん何処と無く体調が悪そうでした。それに、今の彼等はイングランドと休戦状態。なのに敵に怯えているようでした」

 

「ねえ、私がおかしいの?盾の峰打ちを知らない私がおかしいの?」

 

「フォウ…………」

 

立香は死屍累々となるフランス軍を見て、少しだけ黄昏ていた。

峰打ちと称して、大きな盾で敵を殴る可愛い後輩。

正直トラウマモノ案件である。

 

そんな立香を哀れに思ったのだろう。フォウ君が彼女の肩に乗っかって慰めていた。

 

『おかしいな………彼等に身体への異常は無いように見える。やっぱり、周囲を覆う呪いが関係しているのかな?』

 

「そういえばドクターは先程何か言い掛けてましたよね。何かわかりましたか?」

 

『ああそうだったね。ええっと―――――ごめん二人とも。その前に敵襲だ』

 

ロマニがそう忠告した直後、彼女たちの周りから竜牙兵の群れが土の中から次々と現れる。

ただその竜牙兵達の骨が少々奇妙な出で立ちをしていた。

 

「うわ!?冬木の時の!」

 

「でも先輩……なんだか、冬木のエネミーより少し色や形がおかしいです。黒いし、禍々しい。フランス産……と言うものでしょうか?」

 

『いやマシュ!?竜牙兵に何処産も何も無いからね!?』

 

2人が突如現れた竜牙兵に驚いている中、ロマニがマシュの発言に気の抜けるツッコミを入れた。

緊張感に欠けるやり取りではあるが、先ほどの兵士たちと違い、ふざけて相手にできる敵では無い。

マシュは立香を庇いながらマスター(立香)に指示を仰いだ。

 

 

―――――――――――

 

 

「戦闘終了……な、なんだか冬木の時の彼等より強かったです」

 

「これがフランス産の力………」

 

『確かに強かったね。本当に国の生産地域で性質が違うのかな?』

 

竜牙兵を倒した二人が肩の力を力を抜いていると、兵士達が気絶から回復したようだ。

一人の兵士が彼女達に気が付く。

 

「ひっ!?お前等なんなんだよ!??」

 

「あ、気が付いたみたいですね。先ほどはすみません、皆さんが酷く興奮していたようで制圧させてもらいました。ですが、私達はあなた方に危害を加えたい訳ではないのです」

 

「そ、そうなのか?」

 

マシュの丁寧で敵対心の無い話し方が、彼等の警戒心を解いた。

それを理解した立香が改めて彼等に話しかけた。

 

「一度詳しく現状を聞きたいんだけどいいかな?」

 

「……見たとこ、あんたらはあの魔女の味方って訳でもなさそうだし、一度砦の方まで来てくれないか。我等は早く戻らないといけない。話は移動の時に」

 

「それで構わないよ」

 

交渉が成立した彼女たちは了承を貰えたことで、兵士たちについて行くこととなった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

移動中の兵士達から情報を提供されたカルデア一行は驚愕することとなった。

シャルル王は処刑から蘇った魔女・ジャンヌダルクによって殺され、フランスは今なお彼女の猛威に曝されているのだ。

 

「ジャンヌ・ダルクって……?」

 

「はい先輩。救国の聖女ジャンヌ・ダルク。百年戦争後期、征服されかかっていたフランスを救うために、英雄ローズリィ・ゲールと共に立ち上がった女性です」

 

「16歳の時に神託を受けた彼女は友ローズリィと立ち上がり、僅か半年ほどでオルレアン奪還を果たしたのですが……」

 

『その後、イングランド軍に捕縛されたのさ。フランスは彼女の返還を要求することはせず。唯一最後まで彼女に付き従っていたローズリィも、ジャンヌを逃がすために6000人の兵士を一人で食い止めたけど、重症を負った末に捕虜にされた」

 

「……彼女が投獄されてから火刑に至るまでの日々は、あまりにも惨い拷問と屈辱の日々だったそうです。治療の際、四肢を切断することになった友ローズリィの拷問も、重症の友に代わってジャンヌが肩代わりしたとか」

 

「———————ですが、彼女は最期まで心を折らなかった。度重なる拷問を受けても自分が異端であることを認めず、火にくべられた時でさえ祈りを放さなかった。その功績が認められ、400年後に正式な聖人として認定されたのです」

 

マシュとロマニが歴史に詳しくない立香に説明を施す。

神とフランスのために立ち上がった一人の少女の悲しい末路を知った立香は、悲しい気持ちになった。

 

「……そんな人が、魔女に?」

 

『多分、レフの仕業かもしれないね。魔女ジャンヌが本物にしろ偽物にしろ、彼がいる可能性は高い』

 

「レフ・ライノールっ……マリー所長の仇……!」

 

レフという人物の名前を聞いて、立香は悔しそうに拳を固く握った。

 

「先輩………魔女ジャンヌが今回の特異点に関わっているのは確実でしょう。所長のためにも頑張りましょう先輩!」

 

「……そうだね、マシュ。ありがとう」

 

『ということは、まずジャンヌ・ダルクと会うことから始めないとね」

 

聞いた情報を整理した3人は、今回の特異点の解決法が見えてきたのだろう。まずジャンヌダルクに会うことを前提にこれからの方針を決め始めた。

そうやって今後の大まかな方針について話し合っていると、二人の目に目的地の砦が見えてきた。

 

だが、

 

「くそ!遅かったか!」

 

「えっ……あれは竜種!?」

 

『馬鹿な!?この時代にワイバーンなんている筈がないぞ!?』

 

彼女達が砦にたどり着いた時、すでに砦はワイバーンの群れに襲われていた。

 

「でも、あれ?誰かがワイバーン達を追い払ってない?」

 

「あれは………ジャンヌダルク!?」

 

ただ、その砦の前で一人の少女がワイバーンの群れを相手に一人で戦っていた。

兵士たちにジャンヌダルクと呼ばれたその少女は、人間にはありえないだろう動きをしている。その姿はさながら英雄のようであった。

カルデア一行は彼女が英霊であると理解した。

 

「マスター!」

 

「うん!なんだかよく分からないけど、あのジャンヌって子を助けるよ!!」

 

 

――――――――――――――

 

 

その後、ジャンヌの援護をした彼女達だったが、彼女の助太刀をしたのが原因か、フランスの現地人にジャンヌ共々追い払われてしまう。

なし崩し的にジャンヌとその砦から離れた2人は、ある森まで来ると落ち着いたのか彼女とコンタクトを取った。

 

曰く、此度の聖杯戦争でルーラーとして召喚された様で、その過程でワイバーンの群れを追い払っていたらしい。そのため、ジャンヌにも今の状況が分からないといった様子だった。

 

「この世界にもう一人のジャンヌ()がいると、私も兵士たちから少しだけ聞くことができました。私……竜の魔女・ジャンヌがシャルル七世を殺し、竜種を用いてオルレアンで大虐殺を行ったと………」

 

「同時代に同じサーヴァントが二体召喚されたと言うことでしょうか?」

 

「……わかりません。ですが私は竜種を操るような方法を知りませんし、考えたことも無いんです………私からは以上です。今度は貴女方の事情を聞かせてもらえませんか?」

 

「わかった。まず―――――」

 

 




どーしてもカルデア側書くとぐだぐだしてしまう。


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この慟哭を聞かせたくない。それでは彼女は救われないから

アポクリファ面白い。正直言って、物語的にしっかり構成されてるアポさん書きたい。アニメ見て、アポクリファの発想がポンポン出てきますね。ぶっちゃけ物語中盤まで書けるヨ。
でも物語的にGOの方終わらせないとそっちに行けない悲しみ。つらい。

ついでにフィオレ可愛い。声優さんがドンピシャです。








「……なるほど。よく、わかりました。まさか世界そのものが焼却されているとは。私の悩みなど小さなことでしたね」

 

「……お願いジャンヌ。私達に協力して欲しいんだ」

 

 ジャンヌにカルデア側の事情を話した立香は、改めてジャンヌに協力を求めた。それを拒否する理由など聖女にはあるわけがない。

 

「ええ。私なんかで良ければ助太刀しますとも。むしろ、私だけで魔女であるジャンヌ()を倒そうとしていたのです。こんなにも心強い味方がいるのなら、私としても嬉しい」

 

『やった! 『救国の聖女』が共に戦ってくれるなんて凄くツイてるぞ! 凄い人が僕達の味方になってくれたもんだ!』

 

「…………」

 

 ロマニがテンション上がったように言った直後、ジャンヌの顔に影が射した。それに目敏く気付いた立香が不安そうに声を掛ける。

 

「どうしたのジャンヌ? 何処か体調悪い?」

 

「あ、いえ違いますよ。大丈夫です」

 

 そのいつもの微笑みを向けられた立香は何か言いたそうな表情だったが、彼女に迫るわけもいかず、引き下がった。

 

「では今日はもう休みましょう。私はサーヴァントなので睡眠は必要ありませんが、マスターである立香さんはそうはいかないでしょう?」

 

「そうですね。先輩が休めるようすぐ準備しましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __________

 

 

「立香さんは…………どうやら眠ったようですね」

 

 夜、即席のキャンプで休む彼等を起こさないよう、ジャンヌは外に出て、少し離れた小川の近くに腰を下ろした。

 

 その表情は何処か浮かない。

 

「リィル………私は、どうすれば良いのでしょうか…………」

 

 

 

「ジャンヌさん?」

 

 ジャンヌが小さな声で呟くと、いつの間にか外に出ていたマシュがジャンヌの後ろから声を掛けた。

 マシュの声に反応したジャンヌがビクリと肩を震わせる。

 

「あ………マシュ」

 

「すいませんジャンヌさん。貴女の声が聴こえたもので」

 

「いえ………少しだけ驚きましたが、大丈夫ですよ」

 

 ジャンヌがそう声を掛けると、マシュは安堵したのか彼女の隣に腰を下ろした。

 

 しん、と静まりかえる夜の森。川のせせらぎが二人の間で静かに聞こえる中、マシュが意を決したようにジャンヌに話しかけた

 

「あの………もしかしてですが、ジャンヌさんは私達に何か言ってないことがありますか?」

 

「………………」

 

「詮索するつもりは無いのですが………」

 

「………そう、ですね。この際、告白しましょう」

 

 少しだけ躊躇いを見せたジャンヌだったが、何かを決意した表情で言った。

 

「私はルーラーとして正式に呼ばれました。ですが、私が死んですぐの時代だからでしょうか。なんと言うか………今の私はサーヴァントとして、新人のような感覚なんです」

 

「新人、ですか?」

 

「はい。私がこの時代に二人いるせいなのか、聖杯からの知識も、英霊の座にある記録も触れることが出来ない………まるで初陣に向かうような気分なんです。…………先程、夢見勝ちな魔術師さんが私を『救国の聖女』だと言いましたが、私にはその言葉に相応しい力があるかどうかもわからない…………それに」

 

 ジャンヌは膝を腕に抱え込むと、弱々しそうに呟いた。

 

「私はあの子の…………リィルの最後の泣き顔が頭から離れないのです。フランスを救う、その為に頑張ってきた私ですが、やはり後悔している」

 

「リィル、と言う方はもしかして………」

 

「ローズリィ・ゲール。とても優しい、リィルの名前…………

―――私が処刑される時、あの子は自分の方が酷い状態だったのに、泣き叫んで私の助命を願っていました………火で炙られる事なんかより、あの子の悲痛な叫び声の方がずっと苦しかったッ………」

 

 苦しそうに、自分を責めるように、彼女は小さな声で叫んでいた。

 

「私は確かにフランスを救いたいと思っていた………でも、本当は………あの子が安心して暮らせるように、ただそれだけ願って私は立ち上がった筈なのに……! 私は、彼女を殺してしまったッ!」

 

「ジャンヌさん………」

 

「私は弱い。弱いんですよマシュ……… 私があの子のように強ければ、一緒に戦えたのに。私が弱かったからあの子を殺してしまった……… こんな、一人の大切な人も守れない私が、救国の聖女なんて……… 笑ってしまいますよ。 一人では何も出来ないくせにッ」

 

 ジャンヌは自嘲するように鼻で己を嗤う。心底自分を侮蔑するかのように、ただ自分の存在を呪う。

 

「私を憎んでくれたら、どれだけ良かったか……! 私のせいで自分は殺されるのだと罵倒してくれたら、どれ程救われたかッ!

――――それでも優しいリィルは、私なんかを最後まで想ってくれた! 自分の方がツラい筈なのに、血ヘドを吐きながらジャンヌ()を助けてと訴えていた! 

胸が張り裂けそうだったッ……… 私はあの子に何もしてあげられなかったのに! あの子はずっとずっとッ! いつだって無価値な私の為に尽くしてくれた!! 愛してくれた!!」

 

 顔を覆っていた掌の隙間からは涙が零れ、堪えるように悔しむように嗚咽の音が漏れる。

 

 その叫びは生前彼女が一度として口にしなかった慟哭であり後悔であった

 

 自分が彼女を連れてきてしまったから。自分が彼女の足手まといだったから。自分が彼女に己の罪を着せてしまったから。だから彼女を殺した。

 ジャンヌの心の中で自分がどれほど愚かであったかと、己を責めずにはいられなかった。

 

「私がッ、私が殺した! あの子の優しさに甘えて、あの子の心地好さに依存した私が殺したんだ!」

 

「どうして死ぬ気で止めなかった!? あの子に嫌われてもいいと、悲しまれてもいいと、心を凍らせてリィルを拒絶しなかった!」

 

「何が聖人だ! 何が救国の聖女だ! 何も成しえて無いではないか! 何も救えて無いじゃないか!! 大切なリィルを殺した罪人が、付けられて良い名前なんかじゃ無い!!」

 

 一度決壊した彼女の負の感情は止まらなかった。自分がローズリィを殺したのだと、ジャンヌは叫ばずにはいられなかった。

 この溢れた感情が、誰かのせいにしてしまいそうになる。流れる涙が、何かに責任を押し付けそうになる。

 それだけは、彼女の最後の理性が赦さなかった。だから彼女は叫び続けた。

 

「ごめんなさいッ、ごめんなさいリィルっ……。 貴方が命を張ってまで助けようとした私が、貴方の行いを否定しようとしている。 それだけは何があっても赦されないのに………… でも、今だけは。今だけは愚かな私を赦して……」

 

「………」

 

 それ以降、ジャンヌは時折嗚咽を漏らすだけとなった。

 彼女の独白を黙って聞き続けたマシュは、彼女が落ち着くのをただ黙って待ち続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 ジャンヌが落ち着き始めた頃。

うっすらと涙の跡が残るジャンヌに、マシュは労わる様に口を開く。

 

「……ごめんなさい、ジャンヌさん。貴方に辛い思いをさせてしまいました」

 

「いえ、いいんです…………すいませんマシュ。子供みたいに泣き叫んで、恥ずかしいものを見せてしまった」

 

「そんなことはありませんよマドモアゼル・ジャンヌ。貴女はとても美しい心を持っている………そう、強く感じました。その心も、貴方達の固く結ばれた絆も………… 少しだけ、羨ましいと思ってしまいました。とても信頼し合い、お互いを大切に思い合ったその絆が。私はまだ、『好き』と言う感情がわかりませんから………」

 

「……そう言って貰えるだけで、私は救われます。ありがとう、マシュ。それにマスターも」

 

 ジャンヌが川を向きながらそう後ろの草むらに声をかけた瞬間、ガサリと音が響く。慌ててマシュが後ろを向けば、そこには隠れていたらしい立香とフォウがいた。

 

「先輩……いつからそこに?」

 

「いや~あはは……」

 

居心地悪そうに立香は頭を掻いて、隠れていた事を誤魔化そうとするが、まったく誤魔化せていない。マシュの白い目に晒された彼女は脂汗がダラダラと流れる。

そんな彼女にジャンヌは助け船を出した。

 

「最初からですよマシュ。まあ私は立香さんにも聞いて欲しかったので、敢えて知らん振りしていましたが。盗み聞きは感心しませんよマスター?」

 

「はい……反省します」

 

「フォウ……」

 

 一人と一匹は申し訳なさそうに頷いたのだった。

 

 




どうでも良いけど、この作品の主役二人が情緒不安定なくらい叫んでる気がする。
ジャンヌさん、だいぶ病んでたわ
ちょっと持ってきた感拭えないか


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ラ・シャリテ

夏休みに入りました。予定が詰まってて、あまり執筆に充てられ無いことをここに謝罪します。







朝。

 

ジャンヌの内なる叫びを聞いた立香は、寝不足であった。

 

「うう…………」

 

「まったく………ちゃんと寝なきゃ駄目ですよ先輩」

 

「だって………あんなこと聞いちゃったら寝れないよ」

 

立香の悲惨な状態にマシュは思わず溜め息を吐いてしまった。

弱々しい立香。これから度重なる戦闘があるかもしれないのに、マスターがこの調子では不味い。

それを理解しているから、ジャンヌはすまなそうに立香に頭を下げた。

 

「ごめんなさい立香。私が余計なことを話したばかりに………」

 

「いや、ジャンヌは悪くないよ!悪いのは盗み聞きした私だし!」

 

ワタワタと頭を下げる彼女に手を振って、責任が無いことをアピールする。

盗み聞きした身としては流石に申し訳ないと思ったのだろう。

 

「まあ、過ぎたことは仕方ありません。先輩には負担を掛けることになるかもしれませんが、一刻も早く事態を収拾しなければ」

 

「そうだね。まずはどこに行けば良いのかな?」

 

「そうですね………ここから近い街、ラ・シャリテで情報を収集しましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__________

 

 

「あああああああああああああああ!!!!!」

 

「たずげ………ギッ!!?」

 

「ふむ………やはり凡百の血では満足できんな」

 

「あら汚らしい………と、言いたいところですが同感ですわ。こんな物では私をより美しく染めることができない」

 

ラ・シャリテの街では、サーヴァント達による虐殺が行われていた。

 

たった数十分。

ラ・シャリテの街の人々や、そこに滞在していた軍がサーヴァント達に襲われ始めてから経った時間だ。

 

血を吸われる者。噴水のように血飛沫を上げて殺される者。業火で焼き殺される者。瞬時に首を断たれる者。

死因は様々だが、人々は圧倒的力の前に蹂躙された。

 

 

そんな光景を、さもつまらなそうにジャンヌは眺めていた。

 

「はぁ………まったく。復讐の為とは言え、こうもチマチマと虫を踏み潰しているだけなんて、なんだか飽きてしまいますね。これだったらリィルと一緒にいるか、あの子の手伝いでもしてあげれば良かったわ」

 

「マスター」

 

ふと、ジャンヌに声が掛かる。

その声に振り向けば、声を掛けてきたのは十字架の杖を持った少女だった。

 

「なんですかライダー」

 

「………いい加減、この茶番を止めたらどうですか? こんなことをせずともーーーーーー」

 

「復讐は果たせる。とでも言いたいのかしら?」

 

「………」

 

ライダーと呼ばれた少女は、話を遮られた事も気にせずジャンヌの返答を待った。

そんな彼女に、ジャンヌは煽るように質問で返す。

 

「それが先程から、なんの役目も果たさない理由ですか?それとも、聖女と呼ばれた貴女だから躊躇ってしまうのでしょうか?」

 

「………彼女がいる時点で、この世界の逝く末は決まりました。だから私は無駄なことをしないだけです」

 

「まあ口ではなんとも言えますが…………そうですね」

 

一度、ジャンヌは何かを考えた素振りを見せると、残虐な表情をライダーに向けて言った。

 

「だって、より残虐に復讐したいじゃないですか。魔女と私を蔑み、リィルを悪魔と呼んで石を投げつけたフランスに、ただ殺すだなんて、出来る訳がない」

 

「…………そう。それにしては、つまらない様子だけど?」

 

「だって実際飽きてしまった訳ですし。同じ台詞で助けを乞い、同じ顔で絶望する。一度見れば十分」

 

見飽きたモノを見続ける。ジャンヌはそれが苦痛だった。

殺される者達にとっては精一杯の命乞いと、死ぬ瞬間の感情が表に出ているだけなのだが、ジャンヌとっては一分の感情も湧かなかった。

 

「…………」

 

「さて、もう帰りましょう。他は飛竜達に任せれば…………ッ?」

 

用は済んだとばかりにオルレアンに帰還しようとした時、ルーラーとしての特権を持つジャンヌがサーヴァントの接近を感知した。

 

「帰る前に、楽しみが一つ増えましたね。…………同胞達よ!サーヴァントが接近しています。もてなす準備を」

 

ジャンヌは獰猛に嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

燃え盛る瓦礫の数々と、生気の感じられない死体が蔓延る街、ラ・シャリテ。

そこで初めて、相容れないお互いの敵と遭遇することになる。

 

 

「――――――」

 

「――――――まさか、こんなことが起こるなんて」

 

瓜二つの少女達がいた。

まるで鏡合わせにように、そこには二人のジャンヌ・ダルクがいた。

 

「ねえ。誰か頭に水を掛けてちょうだい。じゃないとまずいの、ヤバイの、頭がおかしくなりそう。可笑しすぎる! なんて滑稽なのかしら!」

 

「貴女は…………貴女は誰なんですか!?」

 

カルデアの二人と共にいたジャンヌは、相手の姿に驚く。

服装や髪色は違えど、そこにはまったく自分と同じ姿をした存在がいる。

 

だからジャンヌはその存在に問わずにはいられなかった。

 

「フッ………あの子がいなきゃ何もわからない。何も出来ない。なんて惨めなのかしら。

――――――良いでしょう。上に立つ者として答えてあげましょう。 私はジャンヌ・ダルク。 甦った救国の聖女ですよ」

 

全体的に黒く灰色のジャンヌ―――ジャンヌオルタは、立香やマシュと共にいるジャンヌを馬鹿にしたように見下す。

自分が本物であちらが偽物。既にそれが証明されているからこそ、ジャンヌオルタは自信に満ちていた。

 

だが、そんな彼女をジャンヌは理解できなかった。

 

「馬鹿げた事を………そもそも、貴女は聖女などではない。この私のように………いえ、今となっては詮無き事。それよりも、何故この街を襲ったのですか?」

 

自分と同じ存在だと、確かにジャンヌオルタは言った。

なら、経緯はどうあれ黒のジャンヌはジャンヌ・ダルクなのだろうと、彼女は認める。

 

そして、認めた上でジャンヌは問うた。

何故こんな事をするのかと。そこには彼女にしかわからない何か大切な事があるのかと。

相手が自分だからこそ明確な理由がある筈だと、彼女は尋ねる。

 

しかし、返ってくる返答は予期せぬものだった。

 

「呆れた。そんなこともわからないのですか? 単に、フランスを滅ぼす為だから。それ以外に理由があって?」

 

「なッ!?」

 

ジャンヌオルタの発言に、ジャンヌは信じられないモノを見る目で彼女を凝視する。

 

だってそれは有り得ないのだから。

それはつまり、()()()()()()()()()()と言うことに他ならないから。

 

「なんて愚かなことを………!」

 

「愚か? 愚かなのは以前の私達でしょう?」

 

「――――――何故、リィルを見捨ててまで、こんな愚かな国や愚者達を救おうと思えたのですか?」

 

「ッ!!? それ、は………」

 

今まで毅然とした態度だったジャンヌが、ここに来て初めて動揺を露にした。

 

 

脳裏に映るのは最後の瞬間。

此方が苦しくなるくらい、絶望と懇願を向けて泣き叫ぶローズリィの姿。

決して消えることの無い、己の罪。

 

「リィ、ル………」

 

ジャンヌの瞳が揺れる。後悔と罪悪感で泣きたくなる程に、ジャンヌオルタの一言が彼女の精神を揺らがせた。

 

 

 

 

そんな、今にも崩れそうなジャンヌを、隣にいた立香が庇うように前に出てジャンヌオルタに向かって吼えた。

 

「そんなの、そのリィルって人の為に立ち上がったからに決まってるじゃん!!」

 

「!? 立香………」

 

「……なんですか、貴女? さっきからそこの残り滓の周りを彷徨いているだけだから無視していましたが………あんまり目障りだと殺すわよ?」

 

「うひゃあ!?」

 

「先輩下がって!」

 

マシュが殺気を感じ取り、立香を己の後ろに引き寄せて盾を展開した直後。肌を焦がすような熱気に襲われる。

 

『うわ! 睨んだだけで呪いを放ったぞ!? 凄い執念だ』

 

「もう一匹、目障りな蝿がいますね」

 

『ちょ!? コンソールが燃えだした!?』

 

カルデア組がすっとんきょな叫び声を上げている中、ジャンヌは平静を取り戻す。

一歩、前に出て立香の隣に並ぶ。

 

「マスター………どうもありがとう」

 

「ジャンヌが言ってたからね。その人が安心して暮らせるようにって。…………その気持ちは、絶対愚かなんかじゃない」

 

「…………そう、ですね。それだけは、私の偽り無い確かな誇り…………

――――――ジャンヌ・ダルク(もう一人の私)。私達は確かに愚かだった。 …………ですが、それでも己の罪を誰かに擦り付ける事だけはしてはいけない。それは私達の罪だから。 あの子を殺してしまった私の罪…………

それを忘れてしまった貴女は私の敵です。英雄ではない。 ただのジャンヌとして、私は貴女を討つ! 」

 

毅然とした態度で、彼女はもう一人のジャンヌに旗の穂先を向けた。

 

旗に誓った、己の()。その夢はもう叶うことはないのかもしれない。

それでも、ジャンヌは旗を掲げる。

 

後悔しても良い。その結末を受け止められなくても良い。

しかし、その誓いだけは目を背けてはいけない。誰もがそれを否定しようと、忘れようと。

それだけがジャンヌの唯一の誇りだから。

 

 

 

 

 

 

 

 




頑張って削ってるけど、ムムム……

あんまり、主人公の正論的暴論て好きじゃ無いんですが………まあ、物語上ここは許してください。


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破滅へと進む

夏イベ。取り敢えず150回連投してみました。結果、本命のネロは出ず。
なのに今回の他のピックアップサーヴァントはちゃんと出やがりましたよ、ええ。物欲センサー働きすぎです。てか何でネロ星5なんだよー。せめて星4とかにして出やすくして欲しかった。性能とかどーでも良いからネロ欲しいぃ!!

個人的に「あれは誰だ? 美女だ!? ローマだ!? もちろん、余だよ♪」が好き








 オルレアン宮殿内にて。

 

 ローズリィは床一面、文字でできた円陣の中にいた。

 床に彼女の細剣を突き立て、柄頭に両手を置いて微動だにしない姿は、騎士のような出で立ちだ。

 

 そんな彼女が何かに気付いたように、ピクりと僅に身体を上下させる。

 

 暫くすると、彼女のいる室内の大きな扉が開いた。

 

「いま帰りましたってきゃぁ!!?」

 

 帰って来たジャンヌに気づいたローズリィは、部屋に彼女が入ってきた瞬間飛び付いた。

 さながら獲物に飛び掛かるチーターのような速さで抱き付き、勢い余って二人縺れながらゴロゴロと廊下を突き進む。

 十数メートル転がると、ようやく二人は止まる。

 

「おかえりなさいジャンもふもふ」

 

「ええい! 離れなさい! このッ、力強!? 私筋力A何だけど!?」

 

「よくわからないけど、私も筋力A?だから」

 

「アンタのステータスちょっとおかしいのよ!」

 

 転がったまま抱き枕のように抱き付いてジャンヌを放さないローズリィは、そのまま彼女の豊満な肢体を堪能する。

 ようやく満足したのかジャンヌが放された頃には、既にジャンヌは息を整えるので精一杯となっていた。

 

「ゼェ、ゼェッ…………」

 

「ところでジャンヌ………もう、満足したんですか?」

 

 ジャンヌが落ち着いた頃を見計らって、ローズリィが帰って来たジャンヌの真意を尋ねる。

 

 オルレアンから出発する際、ジャンヌは復讐と言う名の憂さ晴らしをすると宣言していた。

 が、予想していた時間よりも早くに帰って来たことに、ローズリィは違和感を覚えたのだ。

 

 単純に、ローズリィが予期していたより早くにジャンヌが復讐に飽きたのか。

 それとも、ジャンヌが早急に切り上げる程のイレギュラーが発生したのか。

 

「そうではありません。サーヴァントが現れたんですよ」

 

「ふぅん………とうとう、介入してきましたか。………私が、殺りに行きましょうか?」

 

 サーヴァントと聞いても、ローズリィは気負うことなく敵を殺して見せると宣言した。

 

 彼女にとって、ジャンヌの邪魔する者は何であろうと。例えガイヤやアラヤと言った抑止の手先であろうと排除して見せると言外に言っているのだった。

 むしろそう言った者達程、ローズリィはやる気の源となる。

 

 生前は未知の者達に突如襲われたこともあって、最後の最後で力尽きてしまった。

 

 だが、今なら。

 雑魚相手ばかりして感覚が鈍っていたあの頃と違い、嘗て無いほどに研ぎ澄まされた今なら。

 数え切れない程の量のサーヴァントだろうと、ジャンヌの為なら討ち取ってみせる。

 

 ローズリィの瞳には復讐と絶望と後悔。全てがない交ぜになって出来た殺意の炎が宿っていた。

 

「それも良いですが…………まずはサーヴァントを新たに召喚します。それらを加えてリィル。貴女が加われば万に一つも負ける要素は無くなる」

 

「む。私は一人でも平気です…………」

 

 そんなローズリィの出鼻を挫くようなジャンヌの発言に、彼女は目に見えて不満気になる。

 ジャンヌの言いたいことも理解できるが、自分の実力が認められていないような発言が気に食わないのだ。

 

 だが、ジャンヌは是としない。

 

「リィル。私は貴女と言う戦力を十分理解しています。並のサーヴァントでは貴女に太刀打ちすることも出来ない。

 だが貴女は甘い。こと私の事になると急激に惰弱になる」

 

「…………? 確かに私はジャンヌには甘いと思うけど………だからと言って、私の絶望が尽きることはありえません。止まることすらない。それはジャンヌが一番わかっているはずです」

 

「そうであると………私の杞憂なだけであると、それだけなら良いんですがね………」

 

 何処か煮え切らない態度のジャンヌが、背を向けてサーヴァント召喚の儀式準備を始めた事で、話は打ち切りとなる。

 

 そんな彼女の態度にローズリィは違和感を覚えたが、生前からジャンヌの采配に誤りは無かった。その才能は曲がりなりにも主に認められた程だ。

 

 その事を思い出したローズリィは抗議を諦めて、先刻やっていた術式の刻印作業に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ____________________

 

 

「っ…………ライダーが自決しましたか。凶化しているとは言え、流石は聖女と言うべきか」

 

 ジャンヌが新たに二人のサーヴァントを召喚した直後のことだった。

 

「ですが、彼女も全力で戦ったのでしょう。それを退けるとは油断なりませんね」

 

「あの人…………死んじゃったのですかジャンヌ? それは少し…………残念、ですね………」

 

 ジャンヌの独り言を聞いて、バーサークライダー、真名マルタが殺られた事を知ったローズリィは、普段変わらない表情を落ち込ませていた。

 

 親しいと言えるほど関係を築いた訳では無かった。だが、他のサーヴァント達よりは会話をしていたし、何よりマルタは、ローズリィにとってどこか懐かしい存在であったのだ。

 

「ジャンヌとあの人。マルタを足したら…………ええ、本当に残念です………」

 

「ですが残念がってはいられませんよ。油断は出来ない以上、次は私と彼も出ましょう。それと、貴方も出なさいリィル」

 

「わかっています。………今度こそジャンヌ、貴女を守って見せます。それは今生の私の義務。果たさなければならない責任ですからね」

 

 怒りと覚悟、その両方の光を帯びた眼を向けるローズリィ。

 

「……………」

 

 そんな彼女を見て、ジャンヌは普段のように誇らしそうな態度を何故か取らなかった。

唐突に黙ると、いつもとは違う不安な表情でローズリィに詰め寄る。

 まるで、何かに緊張しているかのように。この後に起こる出来事に恐ろしさを抱いているように。ジャンヌはローズリィに尋ねるのだ。

 

「…………ねぇリィル。貴女は、私が本物であると、そう思いますか?」

 

 不安そうだが、嘘を許さないと言わんばかり真剣な表情をしてローズリィに詰め寄るジャンヌ。

 

 彼女の瞳はやはり何かに恐がっているようなのは明白で。

そんな彼女にどう思ったのか、ローズリィはただいつものように抑揚の無い声で応える。

 

「………………確かに、ジャンヌは私が知っているジャンヌと()()()が違います。それを理由にするのであれば、ジャンヌは私にとって偽者なのでしょう」

 

「…………」

 

「ですが」

 

 無言となるジャンヌの顔を見ながら、ローズリィは目の前にいる存在が偽者であると断言した上で、話を進める。

 

「私の知らないジャンヌでも、貴女はジャンヌ・ダルクと名乗りました。…………そこに嘘偽りは無かった。であれば、貴女はジャンヌなのです」

 

「…………」

 

「むしろ………いや、もしかしたら………私が偽者なのかもしれないのです。…………私がいるせいで、ジャンヌは神を信じ続けてしまったのかもしれない。私と言う存在が、ジャンヌを神の傀儡に変えてしまったのかも…………」

 

 それは世界を怨み続けたローズリィの、ほんの僅かな疑問だった。

 彼女の前世の知識には色んな情報が溢れていたが、ローズリィ・ゲールと言う名前だけは一つも該当が無かったからこそ生じた疑問。

 

 自分はイレギュラーで、あのジャンヌも自分が正しい方へと導いたが故に、歪めてしまったのかもしれない。

 ならば自分の復讐は本当に正しいのか。正しいにしても、自分は消えなくてはならない、ジャンヌの傍にいてはいけない存在なのか。

 実際に世界は自分を消しに掛かった。それが答えなのではないか。

 

 そう言った危惧がローズリィにはあった。

 

 そんな葛藤に苦しむ彼女に対して、じっと無言で聞き続けたジャンヌが唐突に鼻で嗤った。

 

 

「……ハッ! 何言ってんのよリィル。アンタ、ホントに馬鹿ね」

 

 ジャンヌがローズリィの話を遮ると、彼女の傍に一歩近付く。

 そのまま、話の途中から少しずつ地面に顔を向けていった彼女の白い頬を両手で挟み込むと、まっすぐ自分へと向ける。

 

 

「? ひゃんふ?」

 

「………………アンタは私の為に最後まで戦い続けた。

 ジルでさえ私を救いに来なかったくせに、最後まで私を救おうとしていた…………

 そんなアンタが、偽者である筈がないでしょう?」

 

「!!」

 

 ローズリィは眼を見開いた。いつもの無表情が保てないほどに彼女は驚く。

 

 それはジャンヌが言った言葉に、ではない。初めてローズリィに見せたジャンヌの表情に、だ。

 何故ならその表情は、かつて何度も見た彼女の表情とまったく同じであったから。あの頃に何度も見せていた、ローズリィが惹かれ護りたいと感じた、ジャンヌの表情。

 それと同じ表情を、目の前の彼女が出している事に驚いた。

 

 だがそれも一瞬だった。ジャンヌは不健康に見えるほどの真っ白な顔の肌を赤く染めると、そっぽを向いて早口に言葉を紡ぐ。

 

「い、言っておきますけど別にアンタの為に言っているのでは無いですからね。私がただ事実を言っただけでアンタを慰めようとか考えたわけじゃ無いから。ハッ!て言うかアンタ卑屈すぎ。私はただ本物かどうか聞いただけで偽者かどうかなんて思ってないですし。なに自分は偽者かもしれないとか。恥ずかしい。恥ずかしいことこの上無いわホント」

 

「ジャンヌ」

 

「ッ、何よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 それは不意打ちだった。

 振り向いたジャンヌが見たのは美しい笑顔を浮かべたローズリィ。そんな彼女に、不覚にもジャンヌは顔を赤く染めてしまう。

 

 その姿は世界に復讐を唱える者とは誰も思わないだろう。そう思えるほどに彼女は穏やかな笑顔を浮かべていた。

 

 絶望と言った(しがらみ)を忘れ、ただあの頃のように、ジャンヌと共にあり続けた幸せに満ちた表情。

 争いが無ければ。フランスと言う国に生まれなければ。ローズリィがローズリィで無ければ。

 そんなif。生涯悪意とは無縁で微笑み続けることができただろう、あり得たかもしれないローズリィの姿だ。

 

 だがその笑顔も、ほんの僅かの時間だけだろう。

 復讐者としてではなく、ジャンヌの友としていられるのは奇跡の時間。

 

 なぜなら、一瞬にも思える程に幸せに満ちた二人の全てを奪った神を、ローズリィは赦すことは出来ないから。

 大切だったからこそ、それを奪った世界にローズリィは憎悪するから。

 

 どんな結末であれ止まることはない。恨み、怨み、憎み続けて、彼女は破滅へと進み続ける。

 崩壊の足音は着々と彼女に迫っていた。

 

 

 

 

 

 




FGOは向いてないとの声が多数届いて、なるほど。私のやる気が文章にモロ出ているようです。
まあ、確かにローズリィ虐めている時が一番輝いてた気がしますからね作者。

頑張ってやる気、出します


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選択(ステータス一部更新)

感想が貯まっていく………
感想を出してくださる皆様方。申し訳ございません。作者、全部を返せそうに無いっす。
励みになったり、皆様がどう言った解釈をしていただいてるのか、とか。創作意欲の手助けをして貰っているのですが、返信に時間が………

感想事態は読ませて頂いてるので、そこだけは安心して下さい。マジ、励みになってます。
これからも応援よろしくお願いします。










 一度だって、彼女を思わなかったことは無い。

 私は、何時だって貴女の幸せを願っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は生まれた時から忌み子だった。

 

 

 私を生んだ直後に母は息を引き取り、よく分からない知識のせいで大人びていた私を、父はいつも不気味がっていました。

 

 私を恐れてか、父は恐怖を罵倒の言葉に変えて私を罵りました。

 生んだ直後に母が死んでしまったのも原因か。はたまた、そういう下に産まれたのだと父の態度に諦めていた私が原因か。

 彼がすることは、私を無視するか罵るかのどちらかでした。

 

 父は街の傭兵団のトップだったので、世間体を気にして暴力は振ることはありませんでしたけど。

 だからと言って私にとって家は居心地が悪かったのも事実です。

 だから朝早く起きて、河川敷で知識にあった訓練を行い、日が暮れるまで家に帰らない。

 

 

 そんな子供はとても不気味な存在だったでしょう。

 

 

 何度か年上の子供達が話しかけてくれましたが、その時は余計な知識が邪魔をして、フランス語に慣れていなかった私は彼等が何て言ったのかわからなかったのです。元々、父からは罵倒の言葉しか聞いたことが無かったので、それも原因でした。

 話し掛けられても無視する私に、子供達はとうとう私を虐め始めたのです。

 

 いつしか、忌み子としての私の噂が、町中に広まってしまったのは当然の結果なのかもしれないです。

 ドンレミの村は結束力が強かったから。その中で異物の私は邪険にされる。それは仕方なかった。

 幼い頭でそう理解し、諦めるしかありませんでした。

 

 

 だから、いつもの場所で遠くから石をぶつけられながら稽古をしている私に、ジャンヌと知り合ったのも必然だったのでしょう。

 家はお隣さんだったのですが、私はいつも家にいなかったから。だから助けて貰った時、初めて彼女に会ったのです。

 

 虐めっ子達を追い払ったまだ腕白だった頃のジャンヌは、私に向き直ると話し掛けてきました。

 なんて話し掛けたのか、フランス語がわからなかった当時ゆえ、あまり覚えていないけど。それがジャンヌに伝わったのかゆっくりした言葉で何度も根気よく話し掛けてくれたのは懐かしい記憶です。

 まだ幼かったジャンヌが、たどたどしく私に言葉を教えてくれたのは今でも覚えています。

 

 

 それからは毎日一緒で。

 親の代わりにジャンヌが私を姉妹のように愛してくれて。

 彼女が私に愛と言うモノを教えてくれたのです。

 

 一度も愛されることなく放置されて数年育った私は、無意識ながら愛に飢えていたのです。だから私はとにかくジャンヌになつきました。

 そんな私をジャンヌは迷惑がる事もなく、常に優しく接してくれて。

 

 だけど………ジャンヌはとても清い心を持った人だから。不憫な境遇の私に憐れんで助けただけかもしれない。私だけを愛してくれる訳でもない。

 

 でも………それでも構わないのです。

 私は、あの時から。愛と言う感情を感じさせてくれたジャンヌの為になるのだと決めました。

 

 例え報われなくても良い。棘の道でも、苦しい思いをしても構わない。

 私を愛してくれるジャンヌが大好きで。彼女が私の希望だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ____________________

 

 

 私の目の前に愛したジャンヌがいる。

 キラキラと輝く彼女の髪を靡かせて、フランスの旗を掲げる彼女の姿。汚ならしい私と違って、どんな時も純情で、可憐な彼女がいる。

 ただ私が敵対していることに気が動転しているのか、いつもより魂の輝きが薄く、儚い印象が目立つ。

 彼女が何かに悩んでいる時はその光が僅に鈍る。

 

 ジャンヌの光が鈍っているのなら、私が傍に寄り添うことで支える事ができると言うのに。

 私はそれを行動に移すことが出来ないでいる。

 

 そして、そんな彼女の隣に、いつもいるはずのローズリィ()がいなくて。ぽっと出のような私の知らない人達が彼女の傍に立って、支えている。

 まるで、もうその場所(ジャンヌの傍)にいる資格が私には無いのだと告げているようだ。

 

「ハッ、ハハ………」

 

 これは私が見せる悪夢なのか。はたまた、罪を重ねた私への罰なのか。

 

「アハッ………ハハハ………」

 

「リィル………」

 

 護るべき、愛すべきジャンヌが。彼女のために世界に復讐しようとする私に、再び神の傀儡となって私の行いを正そうと立ちはだかっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!」

 

 私は笑った。恥も外聞もなく嗤った。惨めに、憐れに、みすぼらしく、情けなく嗤ってやった。嗤うしか無かった。

 

 世界は何処までも私達に残忍で、横暴で、陰惨だ。そんな事をわかっていたから、私は神を、世界を殺そうとしていたのだ。

 

 ああ……それでも………私は世界を甘く見ていたのかもしれない。

 

 こんな………こんな凄惨なことを赦していいのか。こんな惨いことが罷り通って良いのか。

 ここまで侮辱されるとは思わなかった。こんなにも人の尊厳を愚弄するとは思わなかった。

 

 怒りを通り越して嗤ってしまう。

 

「………ぁぁ……ああ、ああッ、ああ! ああ!! ああ!!!

 どこまで……………どこまで私達を馬鹿にすれば気が済むのだ貴様等は!? どれ程ジャンヌを弄べば気が済むのだお前達は!?

 再びジャンヌを玩具にして!! 死後の彼女すら辱しめて!! 信じ続けるジャンヌを! どうしてそこまで蔑ろにできる!? 裏切ることができる!?」

 

 私の怒りに呼応して。黒く、黒く、何処までも黒く醜い感情が、視界を暗黒に染める。

 

 墜ちた堕ちたと思っていたが、ここまでとは。

 何処までも、いつだって、奴等は絶望に私達を叩き落とす。

 

 試練だとか困難だとか、そんな希望染みたモノではない。

 苦痛だとか苦悩だとか、そんな言葉で表せる程甘くもない。

 

 頭が沸騰しそうだ。おかしくなりそうなんだ。

 

「地獄すら生温いこの世界に私の存在が邪魔だというなら、最初から殺しておけば良いのだ! 中途半端に余計な希望を持たせるな!! 今更しゃしゃり出て、貴様等は何がしたいと言うのだ!!

 苦しみを与えたいのなら人を殺せッ!! 絶望を起こしたいのなら世界を壊せッ!!

 ――――これ以上、私の邪魔をするなぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 

 

 私は今、二つの選択を迫られている。

 

 目の前の大切な人を殺して、この世界を壊し、ジャンヌを呪縛から救うか。

 大切な人を殺したくないから、復讐を止めて、ジャンヌを世界に縛り付けたままにするのか。

 

 どちらも選べる訳が無い。選べる筈が無いのだ。

 

 ジャンヌを傷つけたくない、殺したくない。散々酷い仕打ちをされてきた彼女に、これ以上の責め苦を彼女に与えたく無いのだ。

 それは出来ない。例えどんなことが在ろうとも、彼女に危害を与えることが出来ない。

 

 されど、ジャンヌを自由に、幸せにしてあげたい。こんな残酷な世界で、永遠に苦痛を味あわせたくないのだ。

 ジャンヌを見殺しにするなんて、例え彼女が是と言おうが出来ない。本能がそれを許さない。

 

 

 ………これは、ジャンヌを解放するために始めた復讐なのだ。決してジャンヌに危害を加えるために始めたかった訳では無いのだ。

 なのに、現実はいつだって私達に残酷で。何一つ願いが叶うことは無い。大切な人を護ることすらも出来ない。

 何を行おうとも、その人が傷付く未来しか見る事ができない。

 

 願いを叶える為に突き付けられた二つの選択が、私の首を絞める。

 

 私は、どうすればいい。どう行動すれば良いのか、私にはわからない。

 何も、考えたくない。考えれば、私は苦しむことになる。これ以上は無理だ。限界だ。

 

 苦しい。苦しい苦しい苦しい。

 

 私が、私でいられなくなる。壊れてしまう。

 頭が、痛い。心が、悲鳴をあげている。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

 

 

 ただ、ジャンヌとの平穏を望んでいただけなのに、どうしてこうなってしまったのか………。

 

 ―――ああ………どうか、教えて欲しい。

 私は、どうすれば良かったのでしょうか。ねぇ、ジャンヌ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ____________________

 

 

 

 

 

 真名:ローズリィ・ゲール

 

 享年:18歳

 

 身長:153cm / 体重:45㎏

 

 出典:史実

 

 地域:フランス

 

 スリーサイズ:B84/W56/H86

 

 性別:女性

 

 イメージカラー:ピンク、洋紅色

 

 特技:ジャンヌ・ダルク、ジャンヌの世話

 

 好きなもの:ジャンヌ・ダルク

 

 苦手なもの:運命、陵辱

 

 天敵:神、世界、強姦男

 

 

 

 アヴェンジャー

 属性 混沌・悪

 筋力 A

 耐久 D

 敏捷 B (A+)

 魔力 A

 幸運 E

 宝具 A

 

 

 ・クラススキル

 

 復讐者:A

 忘却補正:C

 自己回復(魔力):A

 

 

 ・保有スキル

 

 ■■■魔術:EX

 前世の知識より持っていた魔術が憎悪により変質した物。怨嗟の炎は魂をも焼き尽くす。

 

 神殺し:B

 死に際に復讐を誓い、神を呪った伝承がスキルとなった物。

 

 無窮の武練:A

 ひとつの時代で無双を誇るまでに到達した武芸の手練。心技体の完全な合一により、いかなる精神的制約の影響下でも十全の戦闘力を発揮できる。

 

 投擲:A+

 ランクに応じて投擲技の威力が上がる。

 

 

 宝具

 

 聖女に賜りし魔剣(ラ・ピュセル・ガルディアン)

 ランク:C

 《対人宝具》

 ジャンヌから授けられた聖剣が魔剣へと変貌した剣。ローズリィの憎悪により本来のランクより下がっている。

 

 復讐の悪魔(ローズリィ・マカブラ)

 ランク:B

 《対人宝具》

 どんな状況だろうとその時に合わせて武器を奪い取り、敵の血で染まりながら戦場を蹂躙した彼女の伝説が宝具化したもの。

 彼女が手にした武器の主導権を奪う事が出来る。が、ジャンヌを守る為に用いた戦闘方法であり、本来のランクより下がっている為に聖剣•聖槍や神造兵装、またAランク以上の宝具を奪う事が不可能となった。

 

 

 永劫の我が絶望(デゼスプワール・エテルネル)

 ランク:EX

 《対神・対界宝具》

 

 伝承から宝具へと昇華した■■■魔術。

 

 

 

 

 




ジャンヌの前に、先にローズリィの独白を書きました。いい感じにバーサークして、まあ…………心が壊れて来てますね。良心が抉れそうです。

ついでにステータスを一部載っけて見ました。色々ツッコミたい所もあると思いますが多目に見てください。
そろそろ前世の方も関わらせようかなー、なんて考えてますので。
前世に絶望は無いので安心して


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リヨンの守り神

fgo書くに当たってめんどくさい所はやはり原作読み。場面が字だけでコロコロ変わるから、いちいち読み直さないといけない所なんですよねー。
シナリオもすぐ変わるから、他サーヴァントのキャラもしっかり把握できないのが難しいです。


完璧に愚痴です本当にありがとうございました。










 都市、リヨン。

 

 聖女マルタが最後にオルタから抗って示した場所が、その都市であった。

 そこにいる二体のサーヴァントがこの世界を救う鍵になると言い残し、マルタはジャンヌ達の前から消滅した。

 

 彼女の遺言を受け取ったジャンヌ達は、道中情報を聞き込みながらリヨンに向かうかを考えていた。

 

「やっぱり、マルタが言ってたサーヴァント達は本当にいるみたいだね」

 

「ええ。マリーが集めてくれた情報では、その二人はリヨンの街からワイバーンの群れを退けて、街の守り神として噂になっているようです。

 ………近隣の人々も安全のために、そこに避難しているようですね」

 

『しかし解せないな………。何故、黒いジャンヌはそこを攻め落とさないんだろう? 数の上ではあっちが有利なんだし。マルタ曰く、その二人は彼女達の一番の障害なんだろ?』

 

 ジャンヌ達が情報を整理していると、ロマンから疑問の声が上がる。

 と言うのも、ロマンの疑いは最もであるのだ。

 マルタがその情報を知っているのならば、当然黒のジャンヌ達もそれを知っている筈。であるのに、彼女達はその都市を攻めない。

 

 マルタの言と今の現状は矛盾しているのだ。だからこそ警戒してしまう。

 であるが、

 

「………確かに、ロマンの疑いもわかります。ですが、逆にこうは考えられませんか?

 黒の私が持つ戦力では現状のリヨンを落とせない何かがあるのだと。彼方のサーヴァントを持ってしても覆せない、何かがあるのでは無いでしょうか?」

 

「そうですね。ジャンヌさんの言う通りだと思います………………それに、私はマルタさんが嘘をついたとも思えません。きっと、そこに何かあるのでしょう」

 

 と言うのはジャンヌとマシュの発言。

 ジャンヌは持ち前の慧眼で現状を考え、マシュは自身が見た最後の聖女マルタを信じてそう考えていた。

 抗うマルタの姿に、二人は何かを感じ取ったのだ。聖女として。稀薄な在り方ゆえに他者を真理を見抜く者として。

 

 マルタを信じた二人は、リヨンに行くことに強い賛成を示していた。

 

「うーん………僕としては疑わしいところだな。彼女、敵だったし。リヨンと言う都市も怪しい気がしてならない」

 

「もう、アマデウスったら心配性ね。変態って認めるくせに変なところで神経質なんだから………私はリヨンに行くのに賛成だわ」

 

 

 お互い対立した意見を告げ合ったのは、二人のサーヴァントであった。

 三人がラ・シャリテでジャンヌオルタ達から逃げる時に、彼女達の手助けをした今回の特異点の野良サーヴァント。

 フランス王妃として名高いマリー・アントワネットと、天才作曲家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトだ。

 

 天真爛漫なマリーと陰険で疑い深いアマデウス。

 対極に見えて二人は仲がいいのか、意見しながらもマリーがアマデウスに対して軽口を言っていた。

 

「………私もリヨンに行くのに賛成かな。マルタが言っていた言葉。信じてみたいんだ」

 

『見事に男女で意見が割れたね。まったく………ロマニと言い、男と言うものは勝負どころになるとどうして弱気になるのか』

 

『ちょ、ダヴィンチちゃん! 僕は現地にいる立香ちゃん達の事をちゃんと考えて意見しているんだからね!? なのにその言い草は酷くないかい!?』

 

 マスターである立香がリヨンに行くことを決めたことで、方針は決まった。

 一人心に傷を負った者がいるが、戦力にはならないため関係なし。

 

 彼女達はリヨンへと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ____________________

 

 

 

 リヨンについたカルデア一行は、都市の中を見て驚くこととなった。

 

「な、なんか皆………凄く元気じゃない?』

 

「そうですね………笑顔に満ちている、とは言えませんが、どこか活気を感じます」

 

「と言うよりも他の街の人達が元気無かったから、余計にそう感じてしまいそうだわ?

  ヴィヴ・ラ・フランス!」

 

 彼女達が見た街の人々は、他の街にいる人達と明らかに雰囲気が違っていたのだ。

 魔女の存在が攻めてきていることに悲壮感はあれど、それでも敵に反抗するためか、予想以上に活気に満ちていた。

 

 これも守り神と讃えられた二人のサーヴァントによる影響か。それとも、何らかの被害を受けていないことによる本来の状態なのか

 

 立香達は都市の門で警備している兵士に二人の事を聞くため、声を掛けた。

 

「ん? お前さん達、新しくここに来た者達だな? 大変だっただろうに長旅、ご苦労であった」

 

「あの………何故この街は他の街よりの皆さんよりも明るいのでしょうか?」

 

「ああ。お前さん達は知らんのか。それは全てあの方々のお陰なのだが…………おお! ちょうどセイバー様が巡回しているようだ!」

 

 マシュの質問に答えようとした兵士が、唐突に街の大通りの方を見て叫んだことで、皆もそちらに目が向いた。

 

 その大通りには、甲冑を付けた白髪の男が街の人々に駆け寄られながら、ゆっくりと此方に歩いているのが見える。

 男の気配は人のそれではなく、サーヴァントの気配。同じサーヴァントだからこそ、すぐに彼が都市の守り神と呼ばれる者の一人だと勘づいた。

 

 そのサーヴァントは周りの人々に謝罪を口にしながら離れてジャンヌ達の近くに来ると、その兵士達に声を掛ける。

 

「警護の者よ。すまないが、この者達と話がしたい。連れていっても構わないだろうか?」

 

「これはこれは守り神様! 了解しました! 私は警護に戻りますので、では!」

 

「守り神と呼ばれるほど、私は高尚な者では無いのだが………戻ってしまったか。すまない………」

 

 男はジャンヌ達に向き合うと、着いてきてくれとだけ伝えて、門の外へと出て行く。

 

 彼女達がその男に着いて行くと、人気の無い門の外で男は彼女達に向き合った。

 

「君達はあの魔女に付き従う者ではないようだ。であるならば、我々の味方という認識をして構わないか?」

 

「うん。それで構わないよ」

 

 サーヴァントとの会話に代表してマスターである立香が対応する。

 

 立香はカルデア側の事情についてと、この特異点で起こった経緯をそのサーヴァントに語った。

 話を聞いたサーヴァントはそれらに納得すると了承の意を示した。

 

「我々もそろそろ限界を感じ始めていたからな。いくらリヨンが他の街より大きな都市だとは言え、放っておけば人で溢れかえってしまう。

 ………この状況を打開するためにも、力を貸そう」

 

 どうやらサーヴァントの方も戦力が欲しかったのか、味方云々になることや会話の流れ事態も中々にスムーズだった。

 

「良かった………手伝ってもらえるんだね」

 

「ああ。俺の他にもう一人サーヴァントがいるんだが………すまない。ちょうど彼女は食料確保の為にワイバーン狩りに出ているんだ。

 帰って来る時に、手伝ってもらう為に彼女にも救援を求めよう」

 

 男がそう言うと、今度は聞いていたマシュがサーヴァントに質問する。

 

「あの………もしよければ貴殿のクラスを教えて貰えないでしょうか?」

 

「………すまない。君達だけ素性を言わせて俺は何も言っていなかった。本当にすまない」

 

「いえ、頭を上げてください! 大丈夫ですから!」

 

「む、そうか………。此度は聖杯によって召喚されたジークフリート。クラスはセイバーだ。よろしく頼む」

 

『ジークフリートって! ニーベルンゲンの歌に出てくる竜殺しの大英雄じゃないか!?』

 

 通信越しに聞いていたロマニが驚きの声を上げた。

 声こそ上げなかったが、立香以外の一同も驚愕した表情になる。

 

 ジークフリートは邪竜ファヴニールを打ち倒したドラゴンスレイヤーだ。彼の武勇は大英雄と呼ばれるのに遜色無いほどの偉業。

 最大戦力と言っても過言ではない。

 

「………なるほど。だから黒の私は、この街を攻めなかったのですね。貴方ほどの英霊がいれば、彼方も被害は甚大でしょうから」

 

「………いや。期待しているところすまないが、そうではない。

 この街が襲われていないのは彼女のお蔭だ」

 

「彼女?」

 

「ああ。と言ってもすまないのだが、俺は詳細を知らなくてな。

 彼女の言葉に従うならば、この都市全域に魔術を施し、敵意や悪意在る不埒な者達から認識を誤認させることが出来るらしい」

 

「ぜ、全域ですか!?」

 

 ジークフリートの発言は、魔術をより理解している者ほど驚く内容だろう。

 なにせ、魔術を理解していないジャンヌ、立香、マリーはわかっていない様子であったが、アマデウス、特に現代の魔術に精通しているマシュとロマニが一番驚いているのだから。

 

「ねえねえアマデウス。私にはわからないけど、素敵な魔術を操る英雄の方なら出来るのではないの?」

 

「ふむ………僕は音楽のために多少魔術を扱っていただけだから何とも言えないけど………

 考えてみなよマリー。いくらサーヴァントの宝具であったとしても、都市一つを丸ごと覆うほどの力なんて普通じゃないだろ?」

 

『しかもそれが魔術となると………そのサーヴァントは神代の魔術師と言っても遜色無いレベルだ!』

 

 説明されてもあまり理解できなかった立香であったが、凄いサーヴァントなんだろうなと大まかに理解する。

 そうなると、そのサーヴァントがどういった人物であるのか気になってくる。

 ジークフリートは快く仲間になることを承諾してくれた訳だが、その彼女と呼ばれる人物が自分達の味方になってくれるかはジークフリート曰くまた別の話らしい。

 

「彼女は少々スタンスが俺とは異なっていてな。食料補給や街の援助はしてくれるのだが、都市自体にはあまり近付かないのだ」

 

「他の場所に拠点を置いているのでしょうか………? ちなみにどういった人物なんですか?」

 

「そうだな…………すまない。一言では言い表せる程、私には語彙の力がないんだ。すまない………だが、強いて言えば―――」

 

『皆、会話の途中で悪いんだけど敵だ! 物凄い数のワイバーンの群れがそっちに向かってる!』

 

 ジークフリートが振り絞って考えたもう一人のサーヴァントの特徴を言おうとして、ロマニに遮られる。

 こればっかりは緊急事態故に仕方ないことであるが、ジークフリートの士気が少々低下してしまった。

 

「………いや、構わない。俺が早く言わなかった事が原因なのだ。すまない………」

 

「あ、あの立香。ジークさんが意気消沈してしまったんですが………」

 

「よーし。やるぞー!」

 

「ええー………」

 

 ジャンヌの気遣いも空しく、戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __________

 

 

 ワイバーンと戦闘を始めてから幾分か経った頃であった。

 

「凄いですねジークフリートさん………流石、竜殺しの英雄です」

 

「ええ。彼一人で殆どのワイバーン達を倒しています」

 

『いや、そうも言ってられないぞ………なんだこれ!? ワイバーンなんて比じゃない。超巨大な生命反応だ! 皆、すぐに都市まで撤退を推奨する!』

 

 粗方ワイバーンを退治し終えた所で、ロマニから通信が入る。

 どうやら先程以上に緊急事態らしく、普段のホンワカしているロマニからは考えられないほどの切羽詰まった口調であった。

 

「超巨大って………まさか、上位の竜種ですか?」

 

『そんな事わからないよ! ただそれだけじゃなくて、五体のサーヴァントも確認できる。流石にこの戦力では勝ち目がないぞ!』

 

「いや、すまないがそれは出来ない」

 

 必死に逃げることを推奨するロマニに対して、反対の意見を告げたのはジークフリートだった。

 彼は既に覚悟を決めた表情で、敵がやって来るであろう方角を見つめている。

 

「既に俺達は敵に感知されている。今更リヨンに逃げても誤魔化しは利かないだろう。迎え撃つしかない」

 

「それに、私達が逃げればリヨンに住む人々にも被害が出てしまいます。それだけは阻止しなくては」

 

「ええ。ジャンヌの言う通りよ! いつだってフランス万歳(ヴィヴ・ラ・フランス)! 民を犠牲にして王妃は勤まらないわ!」

 

 ロマニ以外のメンバーもこの場で事を構える気満々であった。

 それに応えるのがマスターである者。立香や、それに付き従うマシュも覚悟を決める。

 

「戦おう。あの人達にこれ以上好きにさせない」

 

「はい先輩。マシュ・キリエライト、マスターの盾となります!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回憂鬱回ですかね。ツラいわー。
今回はオリ展開ですが、今後もオリ展開で乗り切ろう、うん。

ところで、水着オルタ出ちゃった。しかも二体


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決別

Twitterでも書きましたが、更新遅れてしまって申し訳ないっす

ところでネロ祭なんですが。
ジャンヌ3人出てきた時に、後ろの方でローズリィの姿を幻視しちゃいました。

そのうちリリィがお持ち帰りされる可能性大ですね。









 その膨大な魔力を始めに気付いたのは誰だったか。

 

「この、魔力は………!?」

 

「ッ!」

 

『一人物凄い勢いで近付いて来るよ! 警戒してくれ!』

 

 サーヴァント達が取った臨戦態勢とロマニの忠告に、立香は緊張で張り詰める。

 と言うよりも、彼女も迫り来る圧迫感を感じ取っていた。

 遠方からでも本能が警告する、自身の崩壊を想起させる存在。

 

 

 それが今まさに、彼女達の前に空から舞い降りた。

 

 

 

 まず目についたのが、鮮血のような赤が所々に施された黒の甲冑。ついで色が抜けたように薄いピンクの髪に、黒のサークレット。

 病的なまでに白い肌は、宝石のように輝く紫色の瞳をより強調していた。

 

「えっ………………」

 

 誰もが、その人形のような美貌と、不気味なほどに感情の見え無い表情、場を支配する濃密な存在感に硬直している中。

 ジャンヌの声が良く響き渡った。

 

 驚愕によって彼女の目が大きく見開く。

 熱に浮かされたように頬に赤みが増し、真っ直ぐその騎士を見つめる。

 

「そん、なことが………なんで………」

 

 ジャンヌは一歩足を前に出す。フラフラと身体を揺らしながら、何かを求めるようにその騎士に手を伸ばした。

 

 そして、声に気付いた騎士もまた、近付くジャンヌを視界に入れた瞬間、無表情の目を零れ落ちんばかり見開いた。

 

「………………ジャンヌ、なのですか?」

 

「ッリィルなのですね!」

 

 現れた騎士・ローズリィの声を聞いた瞬間。ジャンヌは彼女の下へ駆け出した。

 

「リィル!」

 

「わぶッ」

 

 誰一人として駆け寄るジャンヌを止める間もない程、凄い勢いで彼女はローズリィに抱き付く。

 ゴキッと鳴ってはいけないような音がローズリィの首もとから鳴った。

 

 が、それに気付かず感極まったままジャンヌは、彼女を己の胸へと抱き寄せる。

 

「ああ………リィル、リィル! もう一度………もう一度会えましたッ!」

 

「んく、ぷは………痛いですよ、ジャンヌ」

 

 頭と背中をホールドして抱き付くジャンヌから、慣れたように顔を出して息継ぎをするローズリィ。

 文句を吐く彼女だが、その鉄面皮が綻ぶ程に、再会を喜んでいるのがありありとわかる。

 

 そんな彼女の姿を見て、ジャンヌは目元を潤ませていた。

 

「ずっと…………ずっと会いたかった! 貴女に会って謝りたかった! あんな最後を迎えさせてしまった貴女がずっと心残りだったッ!

 でも、それ以上に嬉しいんです! もう一度、こうして会えて………本当に良かったッ」

 

「ジャンヌ………私も、もう一度ジャンヌに会えて凄く嬉しいです………」

 

 片腕をジャンヌの背中に回し、残った手を彼女の頬にそっと当てる。

 

「ああ、リィル……リィルっ」

 

「ん……ジャンヌ」

 

 その温もりを肌で感じて、お互いの存在を確かめるように名前を呼ぶ。

 もう離さないとばかりにジャンヌが強く抱き締めれば、それに応えるようにローズリィもまた腕に力を込める。

 

 友人に再会したと言うにはあまりにも情熱的な抱擁で。主従関係と言うにはあまりにも近過ぎる二人に、カルデア側は呆然としていた。

 

「………な、なんか……凄いですね、あの二人」

 

「素敵ね! ベーゼもいいけどcalin(抱っこ)も捨てがたいわ!」

 

 二人の姿を見てマシュは顔を赤くし、マリーは純粋に二人の抱擁を羨ましそうに眺める。

 他の面々も先程までのローズリィの登場から張り詰めていた緊張を解き、ついでジャンヌの普段見れない姿にただただ驚くのみだった。

 

 

 

 

 

 

 そんな時だ。

 

 ローズリィやジャンヌ、そして立香達のいる辺りが突如明かりを失う。

 

 突然の出来事に皆が空を見上げれば、太陽を背にした巨大な影の物体が降りて来るところだった。

 

「っ!!?」

 

 最初にその生物の正体に気付いたのは、生前に相対したジークフリートのみ。だからこそ、その生物の恐ろしさを良く理解して手に持つ大剣を握り締める。

 他の面々も、その生物の全容を見ることで驚愕を露にした。

 

「な、なにこのデカさ!?」

 

「不味いです先輩。この大きさは…………」

 

「…………まさか、英霊になってまで会うことになるとはな…………ファヴニールよ」

 

「GRAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

 爆音とも形容できるその咆哮が、大地を震わせた。

 

 全長50メートルは下らないであろう巨大な黒い体躯。

 力強く羽ばたくその大きな翼は一振りで突風を起こし、禍々しい顎は何物も砕き破壊する。

 鋭く尖った爪は空を切り裂き、地を踏み締める足は全てを蹂躙するだろう。

 

 生物の頂点にして最強の幻想種。邪竜・ファヴニールが立香達の前に君臨する。

 

 その存在は、ただいるだけで人間の本能に恐怖を刻み付ける。

 最近までただの一般人でしかなかった立香は無意識に後退り、少しでも遠くへ逃げようと身体が勝手に動いてしまう。

 

「ひっ…………」

 

「ッ先輩! 落ち着いてください!」

 

「ぁ…………だい、丈夫…………ありがとマシュ」

 

 マシュに支えられてようやく正気を戻した立香。

 だがやはり恐怖心は拭いきれないのだろう。ガチガチと歯を鳴らし、小刻みにその華奢な身体を震わせていた。

 

「ハッ、不様な姿ね! 前は私に対してあんな啖呵切った癖に、いざ絶望を前にすれば恐怖で身体が竦み上がるだけ。所詮、口先だけの一般人てことね」

 

 そんな彼女の上。つまりファヴニールの頭から聞き慣れた、だが此方を見下したような声が降される。

 

 もう一人のジャンヌ・ダルク。ジャンヌオルタが三人のサーヴァントを従えて、そこにいた。

 

 オルタは一同を一瞥すると、抱き合っているローズリィを見て舌打ちする。

 すると、ジャンヌとオルタの視線が交じり合った。

 

「もう、一人の私…………!」

 

「チッ…………リィル! そんな残り滓など放っておいて此方に戻りなさい!」

 

「な………まさか!?」

 

 オルタが掛ける声の意味を理解したジャンヌは、思わずと言った様子でローズリィを見る。

 

 それをさして気にした様子も見せず、ローズリィはオルタに返事を返した。

 

「………意味がわかりません、ジャンヌ。このジャンヌは私の知ってるジャンヌです…………であれば、彼女も連れていけばいいでしょう?」

 

「はぁ…………狂化が付くと、私達への思考が鈍くなるのが珠に傷ですね。

 リィル。その女は私達を裏切ったのです。そちらにいるのがその証拠でしょう? であれば、その女は私達の敵だ」

 

「何を言ってるんですか? …………ねぇジャンヌ。ジャンヌは前みたいにまた私と一緒に来て…………」

 

 

 ローズリィが顔を上げてジャンヌに確認を取ろうとすれば、そこには顔を真っ青に染めた彼女の姿があった。

 

「うそ………なん、で…………」

 

 顔色は頗る悪く、唇は震え、声にならない音が漏れる。

 ジャンヌがローズリィの抱擁を解き、突き付けられた事実を拒絶するかのようにゆっくり首を振りながら後退る。

 

 それを見て、ローズリィもまた理解した。

 いや、理解していた事をようやく認めてしまった。

 

 

 何故なら、彼女の知っているジャンヌは決して復讐等と言った行いをしないから。

 人を憎む。況してや主である神を恨む事など、絶対にあり得ないと知っているから

 

 ただ、それでも理解したく無かった。敵対するなど思ってもいなかった。

 

 ずっと。ずっと一緒にいた。それは当たり前のように。絶対条件のように。

 ジャンヌが無条件で自分の味方であると思っていたのだ。

 

 だが現実は違った。

 

「ジャン、ヌ…………何故なのですか? なんで、私の傍に居てくれないの?」

 

「違う………違う、違う! これは私の過ちだッ。私のせいだ…………! 私がリィルを…………」

 

「待って! 私の話を聞いて!」

 

「ッ!!」

 

 ローズリィの叫びが、ビクリとジャンヌの身体を揺らす。

 ゆっくりと目線が合わされば、ジャンヌの瞳に映っていたのは後悔と不安。それはつまり、ローズリィとの決別の証だった。

 

「もう、私のことが嫌いになってしまったんですか………? 結局、貴女を助けられなかった私を、憎んでいるのですか?」

 

「違う……違うんですリィル!! 私は一度も貴女を嫌ったことなんて無い!! 貴女はいつだって私の………………違う……違うのに、なんで………」

 

 復讐者へと変えてしまったローズリィへの罪悪感。大切な彼女を裏切る事への恐怖。

 

 ジャンヌは紛れもない英雄だ。英雄だからこそ、既に決断は決まっている。

 ジャンヌは決してローズリィに付いて行くことはないだろう。

 激情に身を任せては誰も救われない。それでは、ローズリィを助けることは出来ないと理解しているから。

 

 

 だが、決断と感情の一致はまた別である。

 

 最も親しい相手を傷付けることに、何も思うことが無い者はいない。特別な相手に対してだからこそ、その思いは一段と特別なのだ。

 

 することは決まっている。だけどそれを行動に移すことは身を引き裂くよりも辛い事だ。

 幾度となくローズリィの最後を思い起こし、身を焦がす程の後悔に襲われているのだ。

 

 最後に聞いた慟哭をジャンヌは知っている。だからこそ、ローズリィが止まることは無いことも痛いほどわかっている。

 

 

 

 ――――わかっている。わかっているのだ。

 

 彼女を復讐者に変えてしまったのは自分だ。だから、自分がどのような罰を与えられても甘んじて受け入れよう。

 

 ――――だけど、これは違う。これだけは違う。

 

 彼女が復讐に走れば、それをさせてしまった自分が止めるしかない。それは義務だ。課せられた罪であり罰だ。

 

 

 ――――でも、それでも。あんまりではないか……

 

 心優しい彼女をジャンヌ()の為に欺いて行動させ、その上に復讐者と言う罪を着せて悪者に仕立てている。

 なのに自分は正論を翳して、行わせている彼女の行動を正し、阻もうとする正義側にいる。

 

 偽善者どころの騒ぎではない。これでは、とんでもないほど最悪な詐欺師だ。

 

 これの何処が聖女だと言うのか。

 大切な人を貶めて、自分は我が物顔で正義を振るう。

 聖女処か人間ですらない。悪魔の所業だ。

 

 許されるのなら、この身を串刺しにして業火で焼き尽くしてしまいたい。できることなら、彼女に憎まれて殺されたい。

 

 

「リィル………止まることはできませんか? 今からでも、私達の所へ………」

 

「ッ………わ、たしは………やらなければならないことがあります………ジャンヌの為にも、止まることは出来ないッ………」

 

「………………」

 

 わかってはいても、ジャンヌは拒絶の意思を聞いてショックを受ける。

 ジャンヌの為にと聞いて、彼女にその復讐を強いてしまった事に罪悪感で張り裂けそうになる。

 

「止めるしかないよ、ジャンヌ」

 

「立香………」

 

 いつの間にか立香が横にいて、支えられている事にさえ気付かないほどジャンヌは憔悴しきっていた。

 

 それでも、不思議と立香の声だけはジャンヌの耳に残った。

 何も知らない筈なのに。先程までファヴニールを恐れてそれどころでは無かった筈なのに。

 いざジャンヌが崩れそうになれば、そっと支えてくれるその存在に、不思議と彼女は大切な人(ローズリィ)の姿を幻視した。

 

「止めようジャンヌ。事情はわからなくても、それだけはやらなきゃだって私にもわかるもん」

 

「……………ええ、止めてみせます。リィルを救う為に。私の罪は、その後に償ってみせる」

 

 決意を明確にしたジャンヌは旗を掲げる。倒す為ではなく、彼女を復讐から救うために旗を掲げる。

 

 ジャンヌに釣られるように他のサーヴァント達もまた、武器を構え臨戦態勢を取った。

 

 張り積める空気。風が頬を撫で、ファヴニールの唸り声だけが響く中。

 

 

 

 

 

 壊れた器具のような、雑音が混じった嗤い声が彼女達の耳に届いた。

 

「ハッ、ハハ………」

 

 最初、人の声であることすらわからない程に欠落しひび割れた声であった。

 

「アハッ………ハハハ………」

 

「リィル………?」

 

 声の発生源を見れば、人形のように首を傾け瞳から光を無くしたローズリィがいた。

 異様な姿に、ジャンヌやオルタが声を掛けても返事を返さない。

 

 彼女は

 

 ただただ狂ったように

 

 嗤った。

 

 

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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赤い刺

徹夜で書いたせいか話が纏まらないです。
と言うか、話が長い








 例えるなら、それは殺意の嵐だった。

 そう思える程に、ローズリィは人形のように無機質な顔を歪め、膨大な魔力を放出させていた。

 

「………ぁぁ……ああ、ああッ、ああ! ああ!! ああ!!! 」

 

 激怒と形容するにはあまりにも足りない。憤怒と呼ぶだけでは彼女の一分たりとも、表現することはできないだろう。

 

「どこまで……………どこまで私達を馬鹿にすれば気が済むのだ貴様等は!? どれ程ジャンヌを弄べば気が済むのだお前達は!?

 再びジャンヌを玩具にして!! 死後の彼女すら辱しめて!! 信じ続けるジャンヌを! どうしてそこまで蔑ろにできる!? 裏切ることができる!!?」

 

 彼女が発するのは世界に対する呪いの言葉だった。

 限界だと、これ以上許容できないとばかりに、彼女は思いの丈に憎しみを込めて叫ぶ。

 

「地獄すら生温いこの世界に私の存在が邪魔だというなら、最初から殺しておけば良いのだ! 中途半端に余計な希望を持たせるな!! 今更しゃしゃり出て、貴様等は何がしたいと言うのだ!!」

 

 ジャンヌに寄り添う立香やマシュ達を見て、彼女は気付いてしまったのだ。

 

 もう、自分はジャンヌの傍に居られない。居てはいけないと。

 その資格はもう無くなった。自分は汚れてしまったのだと。

 

 人に否定され、神に否定され、世界に否定され。

 最後はジャンヌに否定される。

 

 

 彼女の限界はとうに越えた。

 もう十分だった。これ以上の何もかもを見たくない。地獄(現実)にいるのならいっそ死んで楽になりたい。

 

 ローズリィから溢れ出る憎しみが魔力へと変貌し、深淵のように深い黒炎が周囲を覆い尽くす。

 

「苦しみを与えたいのなら人を殺せッ!! 絶望を起こしたいのなら世界を壊せッ!!

――――これ以上、私の邪魔をするなぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 

 その悲鳴にも似た彼女の咆哮に。圧倒的な負の感情とその黒炎に。暴力的なまでの殺意に。

 

 立香やマシュ。ローズリィの味方であるサーヴァントやファヴニールも。その圧力に耐えられず地面へと叩き付けられる。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

 

 この世のモノとは思えぬローズリィの絶叫に呼応するかのように、大陸に仕掛けた彼女の呪いが溢れ出る。

 揺れる大地からは黒い炎柱が天高く昇り、空を暗く染めた。

 

 凝縮する魔力が膨れ上がり、世界が歪む。

 

『ヤバいヤバいヤバい!!? なんだこの魔力反応!? その特異点全体が彼の魔力に反応しているぞ!? このままじゃその空間が崩壊してしまう!!』

 

 唯一その場にいないロマニの声だけが、胎動する大地の轟音から逃れ皆に響き渡る。

 それによって呆けていた意識を戻し足掻こうともがくが、だからと言って動くことが出来ない。

 ローズリィの魔力が全員の身体に圧力を掛けているかのように、彼女達を地面に縫い付けた。

 

「ちょッ………ドクター! どうすれば、いいのっこれ!?」

 

『この魔力の元凶たる彼の魔力制御を上手く邪魔できればいいんだけど…………』

 

「くッ…………リィル!!!」

 

 声を絞るのがやっと。大英雄であるジークフリートすらも、その圧力に片膝を付いて耐えるのが限界であった。

 唯一立っているジャンヌと オルタでさえ、全身を覆う魔力に動くことが出来ずにいる。

 

 

 抵抗する彼等を嘲笑うかのように魔力は膨れ上がり、嵐の奔流が世界を壊しに掛かる。

 

 呪いはフランスと言う国、全てを覆っているのだ。

 むろん、各都市でもローズリィの魔力の影響を受ける。そのため、突如膨れ上がった呪いに人々が恐怖を抱き、結局は何も出来ず絶望することしか出来ない。

 未だ見ぬサーヴァント達でさえ、その現象を止めることは不可能だった。

 

 だからこそ、この場で唯一止められるサーヴァント。ジャンヌやジークフリート、マリーにアマデウス、そしてマシュが抗おうと必死になるが、それでも足りない。

 

 最後の手段として立香は右手に宿る令呪を構えた。

 

「くっ…………れ、令呪を持って命ず! ジャンヌ――――」

 

 

 

 

「なんだ? 存外、元気そうではないか」

 

 立香が令呪を解放するよりも早く。凛とした声がその場に響いた瞬間、嵐を貫く鋭い紅の閃光が迸った。

 魔力渦の流れを切るかのように、中心地たるローズリィの元へ閃光が突き進む。

 

「ッ■■ぁ!!!」

 

 狂っていても歴戦の英雄。ただ一点のみを穿つかのような殺気を、本能で察知したローズリィが己の剣を抜き放ち、自身の命を刈り取る何かを防いだ。

 

 煌めく剣閃と貫く光が衝突し、爆発が起こる。

 

「なっ!?」

 

「キャっ!」

 

 粉塵が舞い、制御を失った魔力が霧散し突風が生まれる。

 マシュは咄嗟に立香を支え、立香はその風圧に身体が持っていかれないよう、しゃがみ踏ん張ることで飛ばされることを回避した。

 

「今度はなんなの!?」

 

「この魔力は…………」

 

 風によって次第に土埃が飛ばされ視界が晴れていく。

 

 

 

 

 

 明瞭となっていく目の前の光景に、彼女達が見たのはポカリと空いたクレーターと、光が飛んできた方向を睨むローズリィの姿であった。

 

「お■えは………■れだ?」

 

 ローズリィは四方八方にばらまいていた殺気を、その方向へと鋭く向ける。

 慌てて一同がその方向へと目を向ける。

 

 

 そこには一人の美しい死神がいた。

 

 紫色のタイツのような衣服を身に纏い、完成された美のような肢体を露にした女。

 宝石のように紅い目と、手に持つ二本の紅く禍々しい槍が、視る者に死を連想させる。

 

 誰もが彼女の登場に驚き、その一挙一動を目にする中。

 女はそれらの視線を気にした様子も見せず、ただローズリィの下へ、気品を感じさせる足取りで近付いて行く。

 

 そんな彼女が、警戒し睨み続けるローズリィに話し掛けた。

 

「獣にまで堕ちたと思っておったが…………ふふ。安心したぞ? 未だ、人の理は外れていなかったようだな」

 

「…………誰だと言っている!」

 

 ローズリィが女に剣を向ければ、剣先から黒炎の柱が伸びて女を襲う。

 並みのサーヴァントすら一撃で殺せるその炎。だが、女は槍を横に薙ぐだけで一瞬にして霧散させた。

 

「私の事を覚えておらんか。まあ………わかってはおったが、悲しいものだな。あれほど可愛がってやったのに。いや、本当に悲しいぞ」

 

 悲しい悲しいと言っておきながら、その目は獲物を狙う狩人の目をローズリィに向けていた。

 相手の全てを見透かすかのような視線が、ローズリィの頭を一瞬で冷却させる。

 彼女は最大の警戒を女に向けながら、ファブニールの上に乗るオルタへと声を掛けた。

 

「ジャンヌ。一時撤退…………いえ、貴女達だけでも逃げて下さい。あのサーヴァントは私でも面倒な相手です…………貴女を守りながらでは到底勝てないでしょう」

 

「えっ?」

 

「ふむ、その判断は間違っていないが…………おぬしも退くがいい、狂った忠犬よ。今この場で殺り合えば、貴様はともかく周りがどうなるかわからんのでな。

 ましてやそこの女、勢い余って聖杯諸とも串刺しにしてしまうやもしれん」

 

「…………わかりました。今は、退きましょう」

 

「ちょっ!?」

 

 女の提案を承諾すると、ローズリィはファヴニールの上へと跳んでジャンヌの傍に着地する。

 突然の出来事に付いていけないオルタを抱き抱えながら、ローズリィは他の三騎のサーヴァントが乗っていることを確認して、ファヴニールに告げた。

 

「飛びなさいファヴニール。腹立たしいけど、今ジャンヌがここにいては危険です。それくらい貴方もわかるでしょう?」

 

「GYURAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

 かの邪竜はローズリィに従うと、勢い良く飛び上がることで突風を産み出し、そのままオルレアンの都市へと飛び立って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ____________________

 

 

「行ったか」

 

 ファブニールを見届けた後。女は呟くと、踵を返してジャンヌ達の方へ向かって来た。

 

 驚きの連続で立香達が動けない中、ジークフリートだけが安心したように彼女に声を掛ける。

 

「すまないランサー。貴女がいなければ危ないところだった」

 

「なに。礼には及ばんよ竜殺しの英雄。もともと、私の狙いはあの狂犬だけだからな。然して手間もかかってはおらん」

 

 ジークフリートと知己の様子を見せるサーヴァントの女に、立香達は少し前に彼が話していたもう一人のサーヴァントだと気付く。

 さっきのローズリィとの攻防を改めて思い出し、立香はそのサーヴァントに声を掛けた。

 

「貴女が、もう一人のリヨンの守り神なの?」

 

「ん? ああ…………おぬし等か。この事変を救う為に呼ばれた最後のマスターとそのサーヴァント。いや、デミ・サーヴァントか…………。

 なに。私はただやって来るワイバーン()を狩っていただけだ」

 

『竜種が獣扱いって…………中々、飛び抜けた思考のサーヴァントだなぁ』

 

 話を聞いていたロマニがボソリと呟くと、そのサーヴァントは鋭い目付きで彼を睨む。

 その目力に、画面越しである筈のロマニは心臓を射ぬかれたような、そんな気持ちにさせられた。

 

「遠見の魔術か…………趣味ではないな。根性もなっとらん」

 

『す、すいません…………』

 

「あ、あの。貴女はリィルの事を知っている様子でしたが、どう言った方なのですか?」

 

 話が拗れ始めたことに気付き、見計らっていたジャンヌが話を切り替える。

 と言うよりも、ジャンヌはただ早くに聞きたかった。先程、ローズリィを知っている様子で話していた彼女にジャンヌは疑問を抱いたのだ。

 

 ローズリィと会っているなら当然ずっと一緒にいたジャンヌも会っている筈。なのにジャンヌですら知らないのだから疑問が残る一方。そのためにも、彼女に話が聞きたくてしょうがなかったのだろう。

 

「おお、そうだったな。自己紹介がまだだったか。

 我が名はスカサハ。クラスはランサーだ」

 

「スカサハ…………えっ!?」

 

「スカサハ……! 影の国の門番。以前特異点で助けて下さったキャスターさんの師匠さんですね!」

 

 スカサハと聞いて、あまり歴史を知らない立香やマリーを除く皆が驚くこととなった。

 

 

 スカサハ。影の国の門番にして、国を支配する女王。

 かつて特異点Fでマシュと立香が出会ったキャスターであるクーフーリンが師事していた人物だ。

 

「そんなに有名な人なのジャンヌ?」

 

「そうですマリー…………人であると同時に、神に近い存在。只者ではないと思っていましたが、これ程とは…………」

 

「本来なら私はサーヴァントとして呼ばれ無いのだが…………人類史全てが燃え尽き、私の国も燃え尽きた。

 まさか、このような形で儂の願いが叶うことになるとはな…………」

 

 その美貌とは裏腹に、年期を感じさせる重苦しい溜め息を吐くスカサハ。

 嬉しいような納得いかないような、複雑な表情をしていた。

 

 彼女の正体はケルト神話の大英雄、スカサハであることはわかった。

 だが、それではローズリィとの関係性が見当たらない。ジャンヌはその事への疑問を口にした。

 

「ですが、何故貴女がリィルの事を…………」

 

「そうだな…………この話は長くなる。そこのマスターもあやつの魔力に当てられて疲れておろう?

 まずは、私が魔術を施した街に戻ってから話してやろう」

 

 そう言ってスカサハは、リヨンの方向へと歩き出した。

 皆もその提案に納得したのか、彼女の後に付いていく。

 

 

 ただジャンヌだけは一度振り替えって、ローズリィが飛んでいった方向に視線を向けた。

 

「リィル…………」

 

 悲しげな表情で空を少しだけ見続けた後。彼女は振り替えって、ゆっくりと皆の跡を追ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最近、話が重すぎると言われてしまいましたので、ここは自重すべきか悩むぅ。

彼は誤字ではありません。むしろ地の文以外でリィルのこと彼女呼ばわりしてたら教えて下さい。
リィルは男装しております


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与えられたのは嘘か真か

今回の話は殆ど前の話です。しつこいくらい以前の話です。








 ――――これは、なんだ。

 

 見渡す限り地獄の世界。

 奇声を上げ醜くくも恐ろしい形相で、人成らざる速度と力をもって襲い掛かってくる人間の形をした死徒。

 巨大な体躯と見たこともない体を持つ幻想種と呼ばれる獣達。

 黒く禍々しく変質していようと、生前磨き続けた技を惜し気もなく振るい殺しにかかるシャドウサーヴァント。

 そして、神がその存在を始末するために持ち出してきた虎の子、霊長類の守護者達。

 

 全てが戦場を駆けるたった一人のあの子(自分)を殺すために、猛威を振るっていた。

 

「せあッ!」

 

 自分の意思では動けないのに、身体が勝手に反応する。

 最小限の動きで正確に敵を殺し、遅い来る死神の鎌を避ける。

 迫り来る異形達を圧倒し続けた。

 

「しつ、こい…………あぐっ!?」

 

 けれども。

 一瞬でも気を抜けば瞬時に肉の塊へと変貌するこの場で、無限にも続く数の暴力に対して消耗していくのは必然。

 

 迫り来る凶刃。『避けて!』と、内側で叫んでも声は届かない。

 避けることが間に合わずに、彼女の身体に浅くない傷が付く。

 

「ッぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 殺して殺して、殺し尽くして。

 周りを見渡してもまったく変わることのない敵の数。変化があるのは、消耗し傷付く己の身体のみ。

 それでもあの子は、絶望しかない戦場で希望を失わず剣を振るい続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血と焦げた臭いが充満する牢獄の中、あの子の悲鳴と男の声が良く響いた。

 

「ギぐッゥウウヴヴヴ!!!!」

 

「あははははははは! 今度は目が抉れちまったな騎士様!」

 

 ――――もう、止めて!

 

 悲鳴を上げるあの子と、彼女から抉り出した瞳を目の前に掲げて楽しそうに嗤う男。

 ここにはいない第三者のような自分は、何も出来ずにただその光景を眺めることしかできない。

 

 地面に倒れているあの子の姿は、とても無惨だった。

 彼女の片方の足は鉄球付きの錠で捕らえられ。床に転がる折れ曲がった細長い赤黒色の物体、そこから伸びる錠の鎖と繋がっていた。

 

 彼女の両腕は消失してしまったかのように、在るべき所に無く。

 壁から垂れ下がっている彼女の腕らしき物が在るだけ。

 

 

 男もまた異様で、全身に浴びた血の飛沫で服は殆ど真っ赤に染まっている。どころか所々に千切れた肉片が付着していた。

 

「ああ、綺麗だ! このアメジストのような瞳。どんな宝石よりも輝いている!」

 

「…………もぅ、…………して」

 

「ん? なんか言ったか?」

 

 大切な彼女をこんな酷い目に合わせる憎いアイツが、気持ち悪い表情であの子から奪った目に魅入っていると。

 今まで声を我慢するか悲鳴を上げるしかなかった彼女が、小さな声で何かを呟いたのだ。

 

「も、う…………ンヌ…………じて」

 

「聞こえねーよ」

 

 アイツはあの子の髪を掴み上に引っ張ると、彼女の顔を上に向かせる。そして、私もあの男も、ようやくあの子の状態に気付いたのだ。

 

 泣いていた。あの子が。

 片方だけ残った目で涙を流し、もう片方からは血の涙を流して、泣いていた。

 

 その姿が痛ましくて、もう見ていられなかった。男を止めることはおろか、目を背けることも出来ない。

 出来ることは、これ以上アイツが彼女に酷いことをしないよう祈るだけだった。

 

「もう…………帰して」

 

「…………はっ?」

 

 涙と血で顔を濡らし、ズタズタに裂かれた口からあの子は懸命に言葉を絞り出した。

 

「もう、ジャンヌの所に…………帰してッ!」

 

 弱りきったあの子の声。初めて見た彼女の弱音。

 それは無理だと彼女自身もわかっているだろうに、それでもただただ延々と意味の無い拷問を受け続けた彼女が吐いた言葉であった。

 

 怖い、苦しい、戻りたい、会いたい。

 色んな感情があの子を通して流されてくる。

 

 胸が締め付けられたように痛い。存在しない自分の視界が揺れる。

 

 男の性欲を満たすためだけに彼女はなぶられ、いつ終わるかもわからないような、目的と言う名の終着点が存在しない虐待に、彼女はとうとう耐えられなくなったのだ。

 

 代わってあげられたら、どれほど嬉しいことか。あの男を殺せたらどれだけ満足か。

 

 そんな考えが生まれるのと同時に、冷静な部分はあの子が泣くことを止めようと必死になる。

 

「…………ぷっ、くははははははは!!!」

 

「おごッ!?」

 

 危惧通り。

 あの子の言葉に笑いだした醜いアイツが、彼女の顔を蹴り上げると、吹っ飛んだ彼女に興奮しながら近付くのだ。

 

「アギッ!」

 

「もう心が壊れたってか? 主を守る為の騎士がそんな事言っていいのかよ? それとも、女だからやっぱり耐えられませんてかぁ!?」

 

「ぶっ、がッ! っぁ!」

 

 顔や胴体にできた傷口を狙ったあの男の蹴りが、幾度も彼女を襲う。

 

 ――――――止めろ、止めろ!!!

 

 涙を流しながら吐血する彼女を見て、無意識に届く筈がない声を出す。

 

 

 そして、そこから数分ほどたった頃だ。

 ひたすら醜い言葉で何事か喋りながら蹴り続ける男は、一度あの子を踏みつけるとその足が止まった。

 

 そこで冷静になったアイツは、あの子にとって最も気づいて欲しくない事に気付いてしまった。

 

「…………ん? なんだこの飾り?」

 

「ッ!!!!!」

 

 アイツの声があの子に届いた瞬間。

 あの子は必死な形相で片方だけの脚を動かし、這いずるように男から逃げようとし始めた。

 

「あ? 急に動いてどうし…………ああ。なるほどぉ」

 

 あの子の必死な様子に、意味に気付いた男はあの子の頭を掴むと、もう片方の手で彼女の耳に手を伸ばす。

 

「やだ! やだやだ!! 止めてください、これだけは!!」

 

「すげぇーいいよお前ぇ」

 

 普段、髪に隠れて見えないあの子の耳。

 そこにあるアメジストの宝石が付いたピアスを掴むと、強引に引きちぎった。

 

「返してッ!! それは! それだけはッ……!」

 

 あれは、記憶の中でジャンヌがあの子に渡した誕生日プレゼントだった。

 戦果を上げ始めた頃のジャンヌが買った、あの子の目と同じ色の宝石が付いたお揃いのピアス。

 

 彼女が肌身離さず持っていた物。

 

「これ、大事なのか? そうかそうか。大切にしなくちゃ駄目だぞ? もしかしたら、悪意ある誰かに壊されちゃうかもしれないんだから。こんな風に」

 

 アイツはそう言いながら、床に転がっていたハンマーを手に取ると、ピアスを床に置く。

 それだけで意味に気付いたあの子は、血と涙でぐちゃぐちゃになった顔を気にせず、叫んだ。

 

「お願いします! もう帰りたいなんて言わないから! それはジャンヌから貰った大切な物なの!! だからそれだけは――――」

 

「…………ちっ。うるせーな。そんな叫ばなくても聞こえてるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わりぃ、手が滑った」

 

 アイツは、無情にも、あの子の目の前でそのハンマーを振り落としたのだ。

 

 ガラスが割れるような音が牢獄に響き渡る。

 大切にしていたのだろう、傷一つ無かったピアスの宝石が砕けひしゃげた光景が目に入る。

 

 あの子の目から光が失った。

 

「ぁ…………ぁああッ」

 

 それをニヤニヤと嬉しそうな表情で眺めるアイツが、憎くて堪らなかった。

 

「ぁぁああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 絶望の声が。嘆きの絶叫が、彼女から聴こえてくる。

 心も身体も折れた彼女の声が、ずっと耳に纏わり付く。

 

 大切な人との唯一の繋がりが壊れた。拠り所だった物は失われ、これからも無為に、永遠に虐待され続ける。

 あの子の心を壊すのに十分だろう。

 

 そんな彼女の何が可笑しいのか、男はただただ笑っているのだ。

 人の尊厳を。あの子の大切な物を。彼女の全てを壊して。あの男は悪魔のように笑い続けた。

 

「そうだよ、その表情ッ!! 絶望と苦悩で満ち溢れたその表情が見たかったんだ!!」

 

「ーーーーーーー!!!!!」

 

 もう声にすらならない叫びを上げるあの子に、アイツは再び暴力を振るい始める。

 抉れて失った目の穴に靴先を捩り込み、 折れて飛び出したあばら骨を踏みつけ、体重を乗せた蹴りを細い腰に打ち込む。

 

 

 

 心も身体も壊れたあの子を助けることはできない。それどころか私の意識が薄くなっていく。まるで夢から覚める直前のように。

 

 ――――駄目だ。駄目だ駄目だ!!

 

 これが、あの子の記憶にある過去だと既に気付いている。だからと言ってあの子を見捨てることはできない。したくない。

 

 なのに、意思に反して世界は薄れていく。

 あの子を残して、私は世界から切り離されていく。

 

 

 牢獄も無くなり、あの男もいなくなり。そして、倒れたあの子すら輪郭が見えなくなり始める中。

 

「…………ジャン、ヌ」

 

 私はあの子の声を、聞いてしまった。

 

「ジャンヌ、ジャンヌッ…………助けて……私をここから、助けて………ジャンヌ……!」

 

 

 きっとあの女は知らない。例えソレが無理だったとわかっていても。

 最初にリィルを裏切ったのはジャンヌ(私達)なんだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ____________________

 

 

「――――……ぁ」

 

「あ…………良かった。起きてくれました」

 

 オルタがゆっくりと目を開けると、そこはオルレアンの宮殿にある一室の中であった。傍らには安心して彼女を見るローズリィの姿。

 

 オルタは起き上がるとボーっとした状態でローズリィを見る。その様子はローズリィを心配させるのに十分で、彼女はたまらず声を掛けた。

 

「まだ調子が悪いですか、ジャンヌ? いくらサーヴァントには効きづらい失神魔術とは言え…………私の魔力で活性化させてしまったんです。体調が優れないのならもう少し休んだ方が…………」

 

「…………いえ、大丈夫です」

 

「そうですか…………すいませんジャンヌ。まさかあの女が周辺にルーン魔術を仕掛けているとは…………しかも暴走した私の魔力を用いるなんて。やはり、あの女は私の事を知っている…………」

 

「……リィル―――」

 

 苦々しい表情で何か考え事をしているローズリィに、オルタはそっと彼女の頬に手を伸ばす。

 

 本来ならいつもはローズリィが行う仕草。

 それをオルタが自分にやろうとしていることに気付いたローズリィは、呆然とした様子でそれを受け入れた。

 

「…………ジャンヌ?」

 

「あなた、は…………」

 

 オルタに頬を撫でられ、首を傾けながらただただポカンとするローズリィ。

 何故、普段やらない行為を。それもスキンシップの嫌いなあのオルタが頬を撫で始めたのかわからない彼女だったが。

 優しく撫でてくるオルタの手にそんな疑問も薄れてしまい、彼女は身を委ねた。

 

「ん…………」

 

「…………ッ」

 

 モチモチと柔らかいローズリィの肌とは別に、オルタの指先に何か硬い物が触れる。

 髪の隙間から見えたのは、半壊したアメジストのピアス。砕けて半分ほど無くなり、無事なところにすら罅が入っていた。

 

「やはり、ただの夢じゃ…………」

 

「? どうしたのジャンみゅッ!?」

 

 何か呟かれた言葉にローズリィが尋ねようと声を掛ければ、唐突に勢い良く抱き付いたオルタによって、その声が途中で阻まれてしまった。

 先程から起こる不自然なオルタの様子に、それの文句を吐くことすら出来ない。

 

 あのオルタが。抱き付いても離れようとし、ハグをねだっても嫌がられ、キスを強行しようとすれば炎を投げ付けてくるあのオルタが。

 自分からローズリィに抱き付いたのだ。驚くなと言う方が無理であろう。

 

「………………………………!!!!?!?」

 

 目を白黒させながら抱き付かれているローズリィが、無意識ながらゆっくりと彼女を抱き締め返そうと手を伸ばすが。

 

「――――――ッ!!」

 

 驚いたオルタが猫のようなしなやかさで後ろに跳び上がることで、彼女の伸ばした手から逃げてしまう。

 

そして、何故かオルタは武器を構えていた。

 

「フー! フーッ!」

 

「…………えっと…………落ち着いてジャンヌ。私は別に貴女に危害を加えるつもりはありませんよ?」

 

 自分の行動に混乱して警戒しているジャンヌ。そんな彼女にそろそろと近付いて、威嚇する彼女の頭にローズリィは手を伸ばす。

 ビクッと反応するオルタに優しい手付きで怖がらせないよう撫でる。

 

 そんな風に宥めていると、俯いている彼女の耳が真っ赤になるのが見えた。

 どうやら正気に戻ったらしい。

 

「……落ち着きましたかジャンヌ?」

 

「……………………違います。なんでもありません」

 

「はい?」

 

「ッ~~~だから! なんでもないって言ってるのよ! つーかさっきの忘れなさい!!」

 

 そう言ってオルタが頭に置かれたローズリィの手を払い除けようとして。

 

 その手が唐突に止まった。

 

 

 先程オルタが見たローズリィの過去。

 

 壊れた後もひたすら暴力を振るわれただろうに、ひたすら耐えて、最期にはジャンヌの為に復讐を志した少女。

 どんな英雄より強くても、心は人並みで。自分の事は蔑ろにする癖に、大切な人の為に頑張ろうと必死になる、愚かで優しい彼女。

 

 

―――――あの時、助けなかった私達を彼女はどう思ったのだろうか。

 裏切られたと思ったのか…………それとも、仕方の無いことだと諦めるしか無かったのか…………

 

 きっとこの子は…………―――

 

 

 

 中途半端に空中で止まった手をしばらく眺めているオルタに、ローズリィは首を傾げる。

 

「ジャンヌ?」

 

「…………………なんでもありませんリィル。

 ただ…………フランスに復讐するよりも先に、やらなければならない事が出来た…………それだけです」

 

 ローズリィの顔を見ながら、決意した表情で拳を握り込むオルタ。

 

 彼女の目に宿るのは与えられた復讐の火ではなく、何かを為し遂げるために灯した覚悟の焔であった。

 

 

 

 




疲れた



史実では女とバレてませんし男装してます


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起源

これ書いた初期からこの話に持ってこうとしてたけど、今となってはこれで良いのかわかりません。なので、今回と次回辺りは優しい目で見てください。
誰か影の国の詳しい内容教えて下さい。







「ローズリィ・ゲール。ジャンヌさんの唯一無二の親友にしてフランス最強の騎士だったと聞いています」

 

 リヨンに戻った私たちは、街の人々に宿を貸してもらって一息入れる事となった。私は平気だって言ったんだけど、ドクターやマシュが慣れない特異点の旅に気疲れしているだろうって。

 本当は、一番ショックを受けてたジャンヌの為にスカサハから話を聞きたかったんだけどね…………

 ジャンヌが気持ちの整理がしたいからって私の為に休憩を求めてくるし。それに対して私は何も言えなかったんだ

 

 そういうわけで今はマシュからローズリィのことを、ジャンヌと、二人に興味がある様子のマリーと一緒に聞いているところだ。

 

「親友……というより、家族に近かったですね。あの子とは親や兄弟達以上にずっと長く一緒にいましたから。それこそ戦場でさえ」

 

「あの時も思ったけど、二人はそんなに仲良かったのね!」

 

「………唯一無二と言えるほど大切な人です」

 

 ジャンヌは誇らしそうにローズリィのことをそう言った。

 

 ただ、だからこそさっきの状況を思い出してしまったんだろう。少しだけ暗い顔になっているのがわかる。

 ………とても辛そうで励ましてあげたいけど、なんて声を掛ければいいのかわからない。

 

 多分、私にとってのマシュと同じくらい大切だったんだろう。マシュが私の敵になるなんて想像もしたくないほど嫌なのだから、ジャンヌのショックは相当なはずだ。

 

 マシュもそう思ったのか雰囲気を変えるためにも話の続きを話してくれた。

 

「ジャンヌさんの有名な話と言えばやはりオルレアン奪還でしたが、ローズリィさんには目立った功績はありません。それはローズリィさんがジャンヌさんの従者であったからです。

 それでも、かのローズリィさんを英雄とたらしめた所以は、その圧倒的な強さです。どんな死地であろうともジャンヌさんを守り続けた単騎での戦力。

 指揮官である他の騎士達を除き、ローズリィさんだけが武功のみでイングランド軍を恐れさせたわけですからね」

 

『まあ戦争以外でもう一つ彼には有名な話があるんだけどね』

 

「へ? もう一つあるの?」

 

 マシュの話を聞いていたらロマニが唐突に割り込んできた。

 なんだろうと思い彼に意識を向けようとすれば、マシュが慌てた様子でロマニを睨み付ける。

 

「ドクター!」

 

『あ…………ごめん。なんでもないです』

 

「「?」」

 

 そのやり取りがとても気になるんだけど…………

 隣を見ればジャンヌも良くわからないような顔しているし、何かあるのだろうか?

 

「ドクターの発言は置いておきましょう…………それで、ですが。ローズリィさんの英雄として名が広まったのはやはり、コンピエーニュの戦いです」

 

「…………」

 

「えっと…………確かジャンヌが捕まったのも、その戦いだよね? なんでそれが武勇になるの?」

 

 蒼白になるジャンヌを見れば、その戦いが如何に彼女にとってトラウマになっているのかわかるけれど、二人のことを知るためにも聞かなければならなかった。

 それを理解しているのか、マシュもジャンヌに気を遣いながら話し始める。

 

「コンピエーニュの戦いでジャンヌさん達は少数精鋭の部隊で奇襲を仕掛け、戦いを優勢な状態に持っていきました。ですが、敵側による6000人の援軍が到着したことで、ジャンヌさん達は孤立してしまったんです。

 そして、撤退戦に移行した時に殿を担ったのがローズリィさんなんです」

 

「ッ…………」

 

 ジャンヌが歯を食いしばっている。

 それはその戦いを悔やんでいるようには見えない。己への後悔と無力を恨んでいるような、そんな表情が見てとれた。

 

「皮肉にも、彼が最も戦果を挙げたのがその時です。

 ローズリィさんは6000人の敵兵力相手に、一人で立ち向かい、そして彼は勝った」

 

「へ? …………勝ったの!?」

 

 ジャンヌの表情から負けてしまったのかと思えばそうでは無かった。

 だが同時に。驚きの一言で済むにはあまりにも異常な勝利だ。常識を越えている。

 それほどの武功を挙げているのなら、彼が英雄と呼ばれるのも納得である。

 

「しかし、同時に彼もまた激戦を終えたことで力尽きた。全身に重傷を負い、満身創痍の状態で残党兵に捕らえられたそうです」

 

「ふむ。それはおかしいな」

 

「!?」

 

 び、びびっくりした! 急に私の後ろからにゅっとスカサハが出てきたから、心臓止まるかと思った! 

 と言うか、いつの間に?

 

「おっと、すまんなマスター。驚かせてしまったか」

 

「スカサハさん。いつの間に?」

 

「なに。少しばかり情報の共有をと思ってな。私はこの世界のあやつを知らないのだ」

 

「? それはどういう………」

 

「私のことはいい。それよりもほれ、マシュよ。続きを話すと良い」

 

 さらりといろいろなことを流されてしまったが、確かに続きが気になるのも事実。スカサハに文句を言うのをグッと堪えて、私はマシュに目を向けた。

 

「えっと…………とは言え、その後のローズリィさんの史実はあまり残っていません。治療により四肢を切断しなくてはならなかったことや、彼の代わりにジャンヌさんが拷問を受けたことしか………」

 

「え…………ま、待ってくださいマシュ。……私が、リィルの肩代わりをした………? そんな話、私は知りませんよ………?」

 

「え? ですが史実ではそのように……」

 

 マシュとジャンヌの話が食い違っている? いや………当事者であるジャンヌが違うと言うならそうなんだろうけど、なんでそこが脚色されているのだろうか。

 聖女であるジャンヌの功績を更に彩りたかったから? でも……それじゃあまるで、ジャンヌの為にローズリィが蔑ろにされているような……

 

「…………捕らえられた後、確かに私は拷問を受けました。

 でも、私が屈しなかったから業を煮やしたあの人達が言ったんです。魔女と認めなければリィルに拷問を掛けると

 ………私はすぐ己が魔女であると認めたんです。自分が異教徒だと、信念を曲げてでもあの子を救うためにそう言って………認めればあの子はひどい目に合わない。助けることができるって、信じて…………だから、最後にあの子を見た時、私は………」

 

 そうジャンヌが呟いた直後、彼女は青白かった顔色から白に。血の気が失せたような、死人のように真っ白に変わっていた。

 

「ジャンヌ……?」

 

「…………そう、です……あの時、リィルの傷を見て壮絶な戦いがあったのだと思い込んでいたんです。……………じゃあ、なんで。あの子に治療らしき跡が見られなかった? 

 今でも………今でも覚えています…………

 鮮やかだった髪が酷く痛んでいたのも。綺麗だった顔が、血と傷跡でその面影が無くなっていたのを。満足に動くこともできない身体で、必死に叫んでいたのを………吐血して、引きずられた地面にリィルの血が滲んでいたのを………じゃあ、なんで…………」

 

「ジャンヌ!」

 

「ジャンヌさん!」

 

 どんどん正気では無くなっていく彼女に、マリーが堪らず声を出して肩を揺さぶった。なのにジャンヌは正気に戻るどころか、ますます思考の渦へと飲まれていく。

 

「あの兵士たちが嘘を……? そんなはず、無い。だって主が…………そもそも、その原因を作ったのは私で………でも、それしか無いからって。だから、異教徒になった私が裁かれると………だから、だから――――――――」

 

「だめ! 駄目よジャンヌ!」

 

 ジャンヌの思考の邪魔をするようにマリーが勢い良く抱き着いて、己の胸へと彼女の頭を引き寄せる。

 

「マ、リー…? わたしは、わたしがいるから、リィルが………」

 

「違うわジャンヌ! 貴女は悪くない。悪い筈がない! そんなにもその人のために尽くそうとするジャンヌが間違っている筈無い!」

 

「でも、わたしがいるから、あの子は苦しんで………」

 

「大丈夫。大丈夫よジャンヌ…………貴女がその人を思う限り、きっと支えになっている筈だから。だから大丈夫」

 

 マリーが必死になって励ましているのを、私はただ眺めていることしかできなかった。

 さっき相対したジャンヌの大切な人であり、この特異点において最大の敵になるだろう彼の事が頭に過って、何も言えなかったのだ。

 

 実際に彼の前に立ってわかった。あの人がどれ程ジャンヌを愛し、世界を憎んでいるのかを。

 同時にわからない。彼は何を見て、何を感じて、ジャンヌと敵対してまで復讐を誓ったのだろう。

 

 二人が完全に決別した時。彼は怒っていた、恨んでいた。そして…………泣いているように見えた。

 

 できれば敵になって欲しくない。ジャンヌの為でもあるけど、彼を…………ローズリィを救ってあげたいから。

 人理を守るとか、世界を救うとか、私はまだ実感が持て無いけど…………それでも、あの二人の為に頑張る覚悟はできた。

 

 私は隣にいるマシュと、考え事をしているスカサハに顔を向ける。

 

「二人とも。私は無知だからどうすれば良いかわからない。だから教えて欲しい。マシュの知っている歴史と、スカサハ。貴女が知っているローズリィの事を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ____________________

 

 

「さて…………どこから話したものか」

 

 立香とマシュそしてスカサハの三人は与えられた宿から離れた。ローズリィの話をジャンヌに聞かせて、これ以上彼女の心に負担が掛からないようにするためだ。

 教えるにしても、せめて彼女の精神が安定してから。

 

 そう立香が考えて、三人は人気の無い場所を求めて外に出たのだった。

 

「スカサハとローズリィはどういう関係なの?」

 

「…………まずはそこからだな。とは言え大したことでもない。あやつとは師弟関係であった。それだけだ」

 

「えっ…………でも、それはおかしいです。スカサハさんはケルト神話の英雄…………ローズリィさん達とでは、時代も場所もまったく異なります」

 

 スカサハが言った事にマシュが反論した。

 彼女の意見はとても正論だ。何しろスカサハは紀元前でローズリィとジャンヌは西暦1400年。そもそも、ローズリィがスカサハに師事していたと言う歴史は一切無い。

 

「確かに、あやつは私の時代にはいなかった。だが、逆は違う。私は世界から外れた人成らざる者となったからな」

 

「じゃあ本当に…………」

 

「とは言え私があやつと出逢ったのも、その時代ではないがな。もっと後。そう、お前達と同じ時代にリル…………いや、あの馬鹿弟子とは切れない縁ができたのさ」

 

 スカサハは懐かしむような表情で目を細めると、空を見上げた。

 

「そして、それこそが奴の始まりであり、人理を破壊したあの者との繋がりでもある」

 

 

 

 

 




次回からローズリィとスカサハの回です。
鬱はしばらくお休み。

彼で合ってます。史実では女とバレてませんので。


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全ての始まり

長らくお待たせしました。リアルでダンスやってるんですが、そちらに必死で中々書く気力が湧かなかったのが全ての原因です。

それと、ついでにSNの方も近いうちに載っけます。こちらは気分転換に書いているのであんまり気にしないで下さい。











 表と裏の狭間。世界の果ての更に外、されど理から外れることの出来ない世界。暗く、深い、陽の当たらない『影の国』。

 

 その国にある永遠と続く森の中央。歪で、禍々しく、広大な城。

 城下は現世ではあり得ない化物達が跋扈し、城の廊下には冥界から外れた悪霊がのさばっている。

 

 そして城の最上階にある広々とした謁見の間の最奥。その玉座にて、この国の女王が悠然と座っていた。

 

 彼女の名は、スカサハ。影の国の女王にして、その門番。

 

「――――門が開くか」

 

 女王の見る先。謁見の間の中央にある大きな門から、彼女は何かを感じ取った。

 直後軋んだ音が響くと同時にその門が開き始める。

 

 門の先。闇の中に一筋の光が灯る空間で、一人の少女がふらふらと門の下へ歩いているのが見える。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと。例えフラつこうとも一歩一歩踏み締めながら、不安定な世界で己の存在を確かめるように、確実に影の国へと侵入してくる少女。

 

 無限とも思えるほど長かった時間が過ぎ去り、コトリと、少女の履いているブーツの底が城の床を叩いた。

 

 その女を目の前にして、女王はただ凛とした姿で座っている。

 

「ほう…………まさか、生きながらにしてこの世界に訪れる者が今も居ようとはな。何千年ぶりの来訪者だ?」

 

「貴女が、スカサハか」

 

 来訪者は黒い髪に無機質な表情、アメジスト色の瞳が特徴の人形のような少女だった。

 そんな彼女に興味があるのか、スカサハは不遜な態度を気にせず語りかける。

 

「おうとも。儂が影の国の門番にして唯一の女王。それを問う貴様は何者だ? 魔術師」

 

「…………私の名前は戦葉(せんば) 璃瑠(りる)。貴女が言うとおり、根源を目指す一人の魔術師よ」

 

 これが二人の初めての会合。原初のルーンを求めにやって来た一人の魔術師と、弟子に飢えたこの世界の支配者の出会いだった。

 

 

 

 

 _________

 

 

 不気味に胎動する暗い森の中。一人の少女が必死に槍を振るっている。

 

「ほらリル。モタモタしていると次が来るぞ?」

 

「ふざけんじゃ、ないわよ!」

 

 いつもの無表情が怒りと焦りで染まり、璃瑠の身体中に様々な傷痕が出来ていた。

 

 璃瑠を襲う怪物。それは強靭な四肢に、象を越えるほど巨大な体躯、そして最も特筆すべきが犬の頭部を3つ持つ幻想種の一角。

 名をケルベロスと言う。

 

「このッ!」

 

『GYAAAAAAAAAA!!!』

 

 迫り来る一頭の牙を避け、手に持つ槍でその眼を抉る。

 その隙に死角から迫るもう一つの頭から、地面を蹴ってその場から離脱することで間一髪逃れる。

 

 スカサハがいる近くに着地した璃瑠は、観戦している彼女に悪態を吐いた。

 

「なんだって、こんな幻想種がそこら辺を闊歩しているの! 神秘の秘匿処の騒ぎじゃないわ!?」

 

「はっ。言っておくがその獣は雑種のケルベロスだぞ? 本来のソレより力は劣るし、それより力のある獣などここでは巨万といる。それと、私に対して礼儀がなっちゃおらんぞ」

 

「ッ…………すい、ませんっ」

 

 根源に至るため、その過程である原初のルーンを得るために影の国に訪れた璃瑠。

 その筈の彼女は今。何故かスカサハから武の極意とその極地に至るため、死の修行を受ける羽目になっていた。

 

「なんだって、こんなことにッ!」

 

 再び迫る怪物に対して璃瑠は槍を振るい続けながら、こんなことになってしまった原因である数日前の出来事に思いを馳せる。

 

 

 

 

 

 璃瑠がスカサハにルーン魔術を教わろうと願い出た時、スカサハは彼女にある条件を出したのだった。

 

「遠路遥々こんな魔境にやって来た貴様の願いはわかった。だがその願いに私が応えるかどうかは私が決める事だ」

 

「…………どうすれば、教えてもらえる?」

 

「そうだな…………私が出す条件を飲めば、ルーンの真理全てを教えてやらんでもない」

 

 スカサハが言う条件と言うものに対して、璃瑠はかなり警戒した。

 何せ彼女は影の国の女王。数多くのケルトの英雄達を弟子にした大英雄だ。どんな無理難題がやって来るか、分かったものではない。

 

 そう考えて身構える璃瑠に対して、スカサハはなんでも無いかのように告げる。

 

「簡単なことだ。私が教える武芸を先に体得すれば貴様の望みを叶えてやる」

 

「…………武芸? 何故私が?」

 

 その内容に拍子抜けする璃瑠であったが、さらに疑問が生じた。何故、武術を教えるのか。それもスカサハが自分に。

 はっきり言って謎である。

 

「お主は魔術よりも、どうやらそっちの方に才能があると見た。それも、極めれば英雄に匹敵…………いや。私が教えれば確実に越えるだろう極致まで至る。ならば教えなければ勿体ないだろう?」

 

 そう言って、久々にオモチャを得た子供のように笑うスカサハに対して璃瑠はただ要領を得ない風に頷くしかなかった。

 

 それがどんな地獄への片道切符かも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 ____________________

 

 

「あの頃のリルは可愛げがあったものだ。修行がそんなに嬉しいのか、毎回泣いて悪鬼羅刹の獣や堕ちた神霊共を殺していたからな」

 

「多分それ喜んでません、よね…………?」

 

「ケルト怖い…………流石クーフーリンの師匠なだけある」

 

 何でも無いかのように話すスカサハを見ながら、立花は震えていた。

 思い出すのはマシュの宝具を使えるようにするために起こしたスパルタ特訓。マリー所長と共にとばっちりを受けたのは今でもトラウマであったようだ。

 

 今、立花とマシュが聞いているのはローズリィとスカサハの過去、らしい。

 と言うのも彼女いわく二人が出会ったのは1400年より未来、立花やマシュが生きる現代に近い時であるから、良くわかっていないのが現状だった。

 そんな二人の疑問を他所に、スカサハはただ彼女との過去を話し続ける。

 

「最初の頃は弱い幻獣や悪霊などを相手どらせていたが、奴は筋が良くてな。次第に魔猪やペガサスと言った力のある幻獣や数千年とさ迷い続けた霊。果ては影の国に住み着いていた竜や神霊なども殺していた。

 …………だから私は先程、奴が敗れたと言う話に違和感を覚えたのだ。たかが6000人ごときに負けるなら竜種など勝てるわけが無いからな」

 

「なるほど…………」

 

「まあそれは置いておこう。私は奴に私が持つ技術の全てを叩き込んだ。槍から始まり、剣や弓、終いには体術もな。私も暇だった故、つい熱が入って奴一人に掛かりっ切りになってしまったが……………それから私はリルに原初のルーンを教え始めたのだ」

 

 ルーン魔術。「ルーン文字」を刻むことで魔術的神秘を発現させる魔術で、それぞれのルーンごとに意味があり、強化や発火、探索といった効果を発揮するモノだ。

 そして原初のルーンとは北欧の主神オーディンが苦行のすえ見つけた文字。そこから派生された今のルーン文字とは神秘の度合いが違う、全くの別物と言っていい。

 

「まあ、リルは魔術より武芸の方が圧倒的にセンスがあったがな。奴の起源は『概念』…………酷く面倒で扱いが難しい代物だ」

 

 概念とは酷く抽象的な意味を持つ。事象や現象に一切の干渉は持てずとも、世界が決めた法則や意味を持つあいまいな物。

 それがリルの持つ起源、普遍的ともいえる概念に干渉する彼女の力であったとスカサハは言う。

 

「『概念』とは突き詰めれば『権能』に近い属性だ。生前の神格を得ていた私であればリルの研究の手助けもできる故、手を貸してやったのだが……………私は戦士であって魔術師ではない。手助けするのにも限界があったのだ。私の権能(ソレ)とリルの魔術(ちから)ではあまりにも違いがあり過ぎるからな……………」

 

 少しばかりだが、スカサハの瞳に憂いのような影が見えた。まるで望んだものが二度と叶わないかのような、ほんのわずかの切望と落胆が。だがそれも一瞬。普段の凛とした表情に戻ったスカサハは、二人に語る。

 

「だから私は不肖の弟子の為に一肌脱ごうかと思ってな………リルの夢が叶うのか、視た」

 

「視た、とはどういうことですか?」

 

「そのままの意味だ。私の生前は未来視の千里眼を持っていたからな。奴の未来を視たのだ」

 

 未来視ができるという言葉に、立香は過剰に反応した。なにせ未来が見えるとは現代っ子である彼女にとって夢が膨らむ能力だからだ。誰もが欲しいと思う超能力トップ5に入ると言っても過言ではない。

 

「ならスカサハはこの特異点の未来も見えるの!?」

 

「……………残念ながらそれは無理だ。なぜなら今の私にはそのスキルを持っておらんからな。先程言っただろう? 生前に持っていたと」

 

 伝説上、彼女は未来を見通す力は確かに備えていた。弟子であるクーフーリンの死すらも予言したと言われている。

 だがそれはサーヴァントのランサーという枠組みでは到底収まらないもの。神格であった生前とは違い、無理やり霊基を落とした今の彼女では扱えないものだ。

 

「話を戻そう…………と言っても、先ほど言った未来は、お前たちも知っていることだがな」

 

「私たちも知っている?」

 

「…………ッ! もしかして、それって…………!」

 

「そうだマシュ。2015年を以て人理は焼却された。それは抗いようの無い事実であり全ての終わりでもある。つまりリルは夢に届く届かないに関わらず、その半ばで死んでしまうと言うことだ」

 

 

 

 

 

 ____________________

 

 

 影の国の城。そのとある一室にて璃瑠は己の魔術を研鑽するために研究に没頭していた。

 集中力を極限にまで上げ、『概念』に干渉する術式を組み上げようと魔力を回路に通していく。

 

 が、高まった魔力は突如大きな音で部屋の扉を蹴り破ったスカサハによって霧散する。極限まで集中していた彼女は驚きのあまりビクリと肩が跳ねると、暴走しかけた魔力を慌てて制御する。

 

「やはりここにいたかリル」

 

「………………ここにいたかリル、ではないです! 急に音立てながら入って来ないでください師匠!!」

 

「む、すまんな。火急の要件故、柄にもなく慌てていたようだ」

 

「…………ならそれらしい態度を取ってください。いつもの抜き打ち修行かと思ったじゃないですか……………」

 

 ぶつくさと文句を吐きながら璃瑠はルーンの刻印が刻まれた魔術礼装を片付けていく。一通り片付けた彼女はスカサハに向き直ると要件を聞き出した。

 

「で? 師匠はどういった要件で焦っていたのです?」

 

「…………そうだな。単刀直入に言おう。今から五年後の2016年を待たずして、私たちは死ぬ」

 

「———————————は?」

 

 スカサハの唐突な「死ぬ」発言に璃瑠は訳が分からずただ首を傾げる。当たり前のことであるが、普通5年後に死ぬと言われて、はいそうですかと納得するはずもない。ましてや璃瑠だけでならずスカサハも死ぬと言っているのだ。彼女の不死性と規格外さを知っているが故に信じられる筈がない。

 

 スカサハもその反応を予想していたのか、話を続ける。

 

「お前も知っているだろうが、私には未来を見通す力がある。ソレでお前が根源とやらに辿り着けるか視たのだが…………結果は死であった」

 

「…………よく、わかりません………私が、死ぬ……? 根源に辿り着けない………? なぜ私は死ぬのですか?」

 

「正確には死ぬわけではない。人類史を熱量に変換、焼却………私達の存在そのものが否定され、生や死すらも形骸化されることになる。何者かは知らんが、御大層な大規模魔術もあったものだ。いや、これはもう権能だな。魔術と言う枠を大きく逸脱した権能…………」

 

 スカサハは素直に感心していた。不死である自分すらも否定するその力。切望し、彼女でさえ成しえなかった偉業を、人理定礎を破壊する者は達成させるのだから。

 スカサハは己の死をずっと願っていた。世界が無くなるその瞬間まで生きることを強制された彼女は、死と言うものだけが希望であり願望だった。

 長い間望んでいた願望が叶う。その事に多少なりとも舞い上がっていたスカサハは、だからこそその時に気付かなかったのだ。

 璃瑠が権能の魔術と聞いた時、何ごとか思考に耽ると決意した表情になっていたことに。

 

 

 それから、死ぬことができるとわかったスカサハはただいつもと変わらずその瞬間が来るのを玉座で待ち続け、璃瑠は彼女の魔術工房に引き籠り、鬼気迫ると形容するほど必死になって魔術を研鑽していった。

 

 

 





今回は頑張ったよ! 設定的に!
でも走り気味に書いたから心配です


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揺れ続ける心

今回はローズリィ側

いつもそうだけど、ローズリィの方書いてると話があんまり進まないです。結構大切なこと言ってるけど、代わりに進みません


熱くはない。

ただ融けるように私がその業火と混ざりあっていくような、そんな気がしたのを覚えている。

視界全てが赤くて、何もかもが消えていく。

 

 

痛みはない。

この炎は権能の証。私の在り方に近い炎。殻と言う名の身体を壊すだけで、私の魂は護られている。

そういう魔術を、私は使ったのだから。

 

浮かんでは沈み、浮かんでは沈む。

この魂が何処に行くのかわからない。それでも私に恐怖は無い。ただもう一度やり直すだけだ。そして今よりも早くに越えればいい。それが私には出来るのだから。

 

 

 

 

これは記憶だ。

生前思い出すことの無かった記憶の一部。私の全てを奪った神が封印した記憶の欠片。

煮えたぎるほどの怨念。そして、密かに宿る■■の念。死んで理解したからこそわかる、かの炎の意味。

 

だが今となってはどうでも良い。私が前世で何を望み、何を願ってこの炎を刻み付けたのか覚えていないし、興味もない。

 

私が必要なのはその力だけ。

神を殺して。世界を壊して。もう一度、ただあの場所へ――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――リィル?」

 

大好きな人の声に呼ばれて、私は閉じていた目を開ける。

目に入るのは黒い方のジャンヌ。死んで初めて会ったもう一人の彼女だ。

彼女もまた業を背負わされて産み出された、悲しい存在。綺麗だった筈の魂は誰かによって強制的に汚されて、こうあるべしと勝手に復讐を植え付けられたジャンヌ。

 

「…………どうしたのジャンヌ?」

 

「いえ…………ただアンタが疲れてるような気がしたか…………じゃなくて! もうそろそろで計画も完了するのだからアンタがへばってちゃ計画に綻びができるじゃない!」

 

――――聞こえてますよジャンヌ。

悪戯心が湧いてそう言いたいけど、ジャンヌが拗ねるので黙ったままにしておきます。

 

ちょっと捻くれているけど、根は優しいというか、変に生真面目というか。やっぱり、ジャンヌに似ている。

魂は汚されても、私の前では変わらず彼女はジャンヌなのだ。

 

――――チリチリと心が痛む。決心が揺らいでいるのがはっきりとわかる。

 

「ごめんなさいジャンヌ…………でも安心してください。私は必ずこの計画を成し遂げる。一番厄介そうなあの女も、一対一であれば必ず勝てますし」

 

「期待しています」

 

…………あの女が現れた後くらいからでしょうか。ジャンヌが私に対して優しくなったというか、素直になったような気がします。

いつもなら期待してるなんて直球の言葉は使わずに、ひねくれた発言の一つや二つは挟むのに。

 

それだけじゃない。いつも復讐に狩り出していた彼女が、今は私とずっといる。

私の計画の細かいところまで聞いてきたり、私が準備で疲弊しているとすぐ心配したり…………

 

 

その優しさが嬉しくないと言えば嘘になる。

 

だけど、私の心がズキズキと痛む。彼女に本当の計画を教えていないから罪悪感がよりいっそう高まるのだ。

いや…………彼女だけじゃない。計画の全容を白い方のジャンヌが知れば、彼女も悲しむだろう。

 

それでも私は止まれない。誓ったから。私がジャンヌを護るって誓ったから。

二度とジャンヌの幸福を奪わせはしないって決めたから。

 

戻るだけだ。そう。ただ戻るだけ…………

 

「ジルの情報では、ジャンヌ…………あちらは各地に散らばるサーヴァントを探しに向かっているのですよね?」

 

「ええ…………戦力では私達が上。となれば、戦力を増やすのは当たり前のこと。その前にさっさと叩きましょう」

 

そう言って戦いに赴くために踵を返すジャンヌに、慌てて私は止めるために抱き付きます。

ジャンヌは理解しているのでしょうか? あの女がどれ程危険なのか。

殲滅と戦いは違う。今までは強者が弱者をいたぶる為のただの殺戮だったが、今は違う。あの女がいるだけで殺戮は戦場と化す。

 

「ま、待ってくださいジャンヌッ。貴女が出ては危険です…………もし万が一あの女がいたらジャンヌが…………」

 

キュッと、彼女のお腹に回した腕に力を込めます。

離さないように。どこかに行かせないように。

だって、もう二度と失いたくないから。私の目の前で、なのに手の届かない所で、また殺されたくないから。

 

――――失うのは、恐い。

それが人であれ物であれ、大切なら尚更だ。自分を犠牲にしてでも守りたいのに、壊され、殺されるのはもう耐えられない。

 

それにあちらには私の知っているジャンヌがいる…………

前回は私の魔力で抑えることが出来たけど、必然的にあの女の相手を私はするから次は無理だろう。

…………そして、私は二人の戦いを、きっと受け入れることが出来ない。ジャンヌと敵対しているという時点でも心が壊れかけているのに、二人の戦いは耐えられない。

 

「お願いしますジャンヌ……! 私は、ジャンヌが傷付くのを見たくない! だから…………」

 

そのまま抱き付いていると私はジャンヌが何も話して来ないことに気付いた。

恐る恐る上を見上げてジャンヌの顔を見れば、そこにはいつもと表情が違う彼女の顔が…………

 

「…………ごめんなさいリィル。でもそれは出来ないわ」

 

「な、なんで…………ジャンヌ…………」

 

「そんな声だしても駄目なものは駄目よ。アンタが私を思って言ってるのなら、尚更私は退くことは出来ないわ」

 

意味がわかりません………

 

ああ、どうして…………どうして彼女達はいつも私の言葉を聞いてくれないのだろう。

戦いなら私だけがやると言うのに、いつもいつも…………私の思い通りに動いてくれない。

 

私の事を想って動いているのだから質が悪い。それがどれだけ嬉しくて…………同時にとても恐ろしいのか、彼女達は知っているのだろうか…………?

 

いつ彼女が敵の刃に切られるのか気が気じゃなかった。

いつ矢の雨にその身をいたぶられるのか怖くて堪らなかった。

コンピエーニュの戦いだって、殿の私を気にして大将の貴女が最後尾を逃げていた。

 

理解していない。理解していない。理解していない。

この身は貴女を護るための剣だ…………それなのに貴女は道具の使い道を理解していない。

 

「大体、あの恥ずかしい格好したランサー以外にも他のサーヴァントだっているのよ? 貴女とあの女が一対一の状況を作るためにも、戦力は多いに越したこと無いのだから行くに決まってます」

 

「…………私なら他のサーヴァントがいても勝てます…………」

 

「くどい!」

 

「あぅ…………」

 

ジャンヌが決めたことに私が逆らえたことは無い。あの鉄の意志はどんなことだって螺曲がらないのだから、どうしようもない。

 

………本当に、どうすればいいのか

 

 

 

 

 

 

 

 

__________

 

 

ファヴニールの様子を見に行くと言ったジャンヌが居なくなり、ローズリィは一人準備を進めていた。

ままならないジャンヌに対しての不安の表れか、普段以上に彼女の濃密な魔力が漂う部屋の中、ジャンヌが出ていった扉が開き一人の黒い男が部屋の中へと入ってくる。

 

「…………何のようですかジル・ド・レェ」

 

「これはローズ殿、ご機嫌麗しゅう…………ああ! なんと、なんと誉れ高い騎士なのか貴女は! これほど恐ろしくも美しい物は、我が盟友から授かった螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)を以てしても呼び出すことは不可能でしょう! これこそ復讐者となったジャンヌが持つべき最高の騎士ィ!!」

 

「…………煩いです。私はお前に構っている暇なんて無い。ただでさえ貴方という存在を殺したいのに、その姿のお前は本当に…………」

 

ローズリィの額付近に高まった魔力が洩れると、黒い焔が揺れる。

一瞬でもジルを殺そうと考えたのだろう。その焔を霧散させたローズリィは彼に聞こえるように露骨に舌打ちした。

 

「チッ……………消えろジル・ド・レェ。言ったはずですが? 私は今からでもお前を地獄に落としたいと思うほど憎いと。ジャンヌの命令が無ければお前を殺していると…………」

 

「私は貴女の事をジャンヌの次に崇拝しているのですがね。貴女が行った最後の御業! かの街を恐怖に陥れたあの行いは、まさに聖女の騎士に相応しい呪いの炎だ!」

 

ジルはそう言うと、彼が着ている黒のローブを広げる。するとローブの中から一人の幼い少年が、ジルが呼び出したであろう海魔によって手を縛られた状態で、顔を恐怖に歪めながら現れた。

 

「……?」

 

何故ここに子供が? とローズリィが首を傾げれば、ジルは穏やかな表情で少年に微笑みを向ける。

 

「幼子よ、貴方は運が良い。かの尊い人物に見守られながら、その身体を芸術に変えるのだから」

 

「ひっ!?」

 

囁かれた少年は恐怖から絶望の表情へと変わる。

何故そうなるのかわからないローズリィに、説明も無しにジルは行動を始める。

 

「まずは手」

 

「ぃギッッヅあああ!!!!?」

 

「!?」

 

ジルの言葉と共に、肉が潰れる音が鳴り、少年が絶叫を上げたのだ。

見れば彼の腕に纏わりついていた海魔の触手が腕全体を包み込んでいる。

その触手同士の隙間からは夥しい量の血がボタボタと流れ落ちていた。

 

「な、にを…………?」

 

「侵食は進み」

 

「ォヴぁッ!!!」

 

次いで少年の腹。勢いよく膨れ上がると、その腹から触手が彼の皮膚を貫いて血と吐瀉物を撒き散らした。

腸は飛び出し、口からは溢れんばかりに吐血を繰り返す。

顔は涙と鼻水と血でグシャグシャに。あまりの激痛に話せないのか口をパクパクと開くが、言葉として意味を為さない。

 

血溜まりのできた床に倒れ込む彼の姿は、確実に死ぬであろうことが予想できる。

 

なのに死ねない。未だ痙攣を起こし、意識がはっきりしているのか開いた瞳孔はギョロギョロと動き続けている。

 

「どうですローズ殿! 苦痛と絶望、これぞまさに復讐に染まった聖女に捧げる供物に相応しい!!」

 

無惨に倒れている少年を眺めながら、ジルは狂ったように叫ぶ。

その姿に、ローズリィは戸惑うように彼を凝視していた。

 

「お前………何をしているんです…………?」

 

「もちろんジャンヌに――――」

 

「ふざけるなッ!!」

 

ジルの声を、普段聞くことの無いローズリィの叫びが遮った。

真っ白で不健康な肌の色は、今は青白く染まりかけている。その表情は憤りと、ほんの少しの恐怖が映っていた。

 

「その行いに、何の意味があるのですか? ジャンヌへの供物…………? 彼女はそんな事を望む訳がない!」

 

「何をおっしゃいますかローズ殿! 今の彼女は復讐者。この神聖な供物こそが、穢れた神からジャンヌを浄化させることに必要な物だと彼女もわかっているでしょう」

 

「―――――――」

 

ローズリィは絶句した。

ジルのその思想。その狂ったジャンヌへの崇拝。嫌悪感が涌き出てくるのと同時に、彼女の身体は無意識に震える。

 

ジャンヌの為にと、そう思考していると言うのに考え方が全く違う。

神に復讐を誓った者同士でありながら、結果も過程も全てが異なる。

 

目的は明確なれど、わからない。理解できない。

―――あの男と同じ、私の何もかもを台無しににする。大切なものを奪っていく存在。

 

気付けばローズリィは腰に差してある剣を抜き放っていた。

 

「ぅグッ」

 

宝具・螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)を持っていたジルの腕が床に落ちる。

すると、今まで死ぬことが出来ずに拷問を越える苦痛を味わっていた少年に変化があった。

今までもがき苦しんでいた少年は壮絶な顔付きのまま固まると、そのまま声も上げずに床に突っ伏してしまった。

 

ジルから宝具が離れたことで、今まで彼が少年に掛けていた擬似的な不死の呪いが消えたのだ。

少年はその生命の活動を漸く止めることができた。

 

そんな少年に哀しみを込めた瞳で見下ろす彼女は、小さな声で何かを呟く。

それだけでメラメラと黒い焔が死体に灯る。ゆっくりと、だが確実に死体は燃え上がりその場に()だけが残った。

 

「ッ…………なんと、これでは満足頂けませんでしたか。なら」

 

「黙れ!」

 

絶叫に似た大声が飛ぶ。

そんな彼女の様子に驚き押し黙ったジルに、ローズリィはただただ叫び続けた。

 

「消えろ…………消えろ、消えろ! 私の視界から失せろ! 例えジャンヌの願いだとしても、これ以上私の前にいるようならその首を刎ねるッ!!」

 

そう言ってローズリィはジルに向けて炎を放つ。

いかに英霊であろうとその炎をまともに受ければタダでは済まない。故にジルは海魔を呼び出し、それらと共に地面へと消えていった。

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ………!!」

 

ジルが消えたことで、知らぬ間に荒ぶっていた息を彼女は整え始める。ガタガタと震える身体を抑えるために肩を抱く。

しばらくの間、深呼吸の音が響く空間。その中で徐々に落ち着き始めた彼女は、ようやく自分の感情が揺さぶられていた事実に気付いたのだった。

 

「………………私は、なにがしたいのでしょうね………。今更になって過去の自分と重ねて、あまつさえ割り切った筈のジャンヌを思い出すなんて。だというのにジルを逃して、迷い続けている」

 

酷く自分を馬鹿にするような彼女の独り言は、誰にも聞かれることなく消えていく。

 

「悲しませるとわかっていて、それでも失望されないとわかっていて………だから彼女は苦しむのに、それを私は良しとした。なのに、いまさら………」

 

彼女の後姿は、突然深い闇に囚われ迷ってしまった哀れな少女の様であった。

 

 

 

 

 

 



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最後の会話

ようやく! ここまでこれた!

このFGOパートもいよいよ最終局面に入りました! これ終わらせてアポクリ行くぜ!








「それではリィル。ちゃんと役目を果たしてきなさいね」

 

「………はい」

 

 ローズリィの返事を聞いたオルタはファヴニールの背に飛び移り、号令を掛ける。

 

 オルタ達を乗せたファヴニールが空高く飛び上がると、そのままオルレアンから遠く離れた街へと向かうために飛び去って行った。

 

 その光景を眺めながら宮殿に残るリィル。

 

 飛び去るファヴニールを見送った後、彼女はある方向へと目を向ける。

 

「そこにいるのですねランサー…………その挑発が本物であることを信じてますよ」

 

 そうポツリと呟くと、ローズリィは目線を向けた方向へと駆け出した。

 

 英霊という超人が出す速度は流石にドラゴン等には負けるも、街を飛び出してからその姿が見えなくなる事に僅かの時間も掛からない。

 

 ローズリィはオルレアン傍に流れる河を一足で飛び越えると、一面草木が茂る平野を走る。

 

 彼女が向かっているのは西に向かったオルタ達とは逆の東であった。その方向にはラ・シャリテが近くにある山脈だ。

 その最も高い山の頂上にて、ローズリィを誘き出そうとする魔力の流れが絶え間なく流れ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ____________________

 

 

「さて、そろそろだな」

 

「…………はい」

 

 山の頂上にて人の影が二つほど存在していた。

 一人は常人とは何か決定的に違う雰囲気を纏った美女。もう一人は人間味はあるが、汚すことを躊躇う程に清い雰囲気を纏った少女。

 

 スカサハとジャンヌだ。

 

 スカサハはそこら辺に転がる少し大きな岩石の上に腰掛けていて、ジャンヌはこれから頂上まで登って来るであろうローズリィを待つために目を閉じて立ち続けている。

 

 上昇気流で起こる凍てついた風は肌を刺し、届きそうな程近い曇天の空は今にも暴雨を降らせるかのようだ。

 

「聖女よ。わかっていると思うが、ここにいてもお前が得られるだろう事実は全くないかも知れない。無駄骨かもしれない。それでも、ここを離れないのだな」

 

「聖女はやめてください………………私は、例え無意味であったとしても、あの子に会って話をしなければなりません。それは私の義務であり、私が最も望むことの一つです。

 …………あの子の身に何が起こり、そして彼女が死ぬ間際に何を想ったのか…………それを知らずして私は何をすれば良いと言うのです」

 

「そうか…………決意は変わらんようだな」

 

 スカサハはジャンヌの顔を見て穏やかな表情を微かに見せた。

 

 そのスカサハが見せた表情は、ジャンヌの決して折れようとしない精神に対して微笑んだのか、それとも、かつての教え子をこんなにも想ってくれている親友が出来たことに対する微笑みだったのか。

 それは本人にしかわからない。

 

「ジャンヌ・ダルク。お前は、こと精神の強さに関しては英霊の中でもずば抜けて優れている」

 

「そ、そうでしょうか…………?」

 

「だが精神が強いということは忍耐力、つまり我慢強いということだ。

 そしてその耐えられるキャパシティを超えた時、お前の精神は崩壊する。座にいるお前本体にも多大な影響を及ぼすほどのな」

 

 スカサハは話した未来が必ず起こるとでも言っているかのように断言した。

 まるでその未来でも視たかのように話す彼女に、ジャンヌはスカサハを暫し凝視してしまう。

 

「驚きました…………貴女は()()()()()()()()()? だと言うのに、何故そのようにいられるのですか?」

 

「お前と同じさ聖女。いや、こう呼ぶと駄目だったな…………。ジャンヌ・ダルクよ。私は本来ならあり得ない存在だ。そして、お前もな…………それが答えだ」

 

「そう、ですか…………いえ、そうなのでしょうね………」

 

 ジャンヌはスカサハに笑みを向けると、彼女に背を向けて天を仰いだ。

 

 灰色の天候は薄まるどころかむしろ暗く深まっていく。

 

「嵐が来そうですね………」

 

 ジャンヌは覚悟を決めた顔付きでそう呟いたのだった。

 

 

 

 

 

「来たか」

 

 それは先程から少し経った後のことだ。

 スカサハがそう呟き、ジャンヌが真っ直ぐ正面を向いた直後。

 黒く不気味な鎧を身に纏った一人の騎士が二人の前に飛び出してきた。

 

 鎧を着ているとは思えないほど小さな着地の音が生じる。が、その音は現れた騎士、ローズリィの声によってかき消された。

 

「ジャンヌ…………」

 

「…………ようやく、貴女とゆっくりお話ができますね。リィル」

 

 驚いた表情で固まるリィルに、ジャンヌはこの時を待ち望んでいたとばかりに柔らかい微笑みを向ける。

 

 お話。そう告げるジャンヌにはやはり敵意は無く、後ろに控えているスカサハもまた敵が来たにも関わらず武器を構えない。

 二人の様子からローズリィは何かしら考察すると、悲しそうな表情になった。

 

「ジャンヌ…………もし私をそちら側に勧誘するための交渉に来たのなら、それは無意味ですよ。私は黒いジャンヌを裏切るつもりはありませんし、目的を果たすまで私は止まれない」

 

「ええ…………知っていますよリィル。貴女は私のことになると凄く頑固になりますから、よくわかっています」

 

 自分の考えが否定されたことに訝しむローズリィだが、ジャンヌはそんな彼女に気にした様子を見せず、ただ自分のお願いを話した。

 

「リィル。私が聞きたいのは貴女のことです…………私が貴女と離れた後に、何があったのですか? 貴女は最期の瞬間まで、何を想ったのですか? 教えてください、リィル」

 

「それは…………」

 

 懇願するようにジャンヌは尋ねる。

 

 その質問がローズリィに対してどれほど屈辱的かつ無神経な質問なのか、彼女も理解しているつもりだ。

 それでも、ジャンヌは問わなければならないと思ったが故に、彼女に尋ねた。

 

 

 彼女とて、とても辛いことがあった。女性にとっての尊厳を傷付けられた。信じ通してきた信念を否定された。

 

 ジャンヌにしても他人に明け透けと話すことなどできない。それが例え彼女の家族であろうとも、話したいとすら思えないだろう。

 

 だけど、ジャンヌにとってローズリィだけは違う。

 物心付いた時から一緒に苦楽を共にした。始まりから終わりまで。そこに後悔はあれど、ローズリィがいたからこそ満足した人生だったと、彼女は心の底から思っているのだ。

 

 だからこそ、ジャンヌは何があったのか聞きたかった。ローズリィに起こった悲劇の僅かでも共有することができれば。その苦痛を少しでも取り除いてあげることができれば。

 

 だから彼女は未だ話すことを渋っているローズリィに懇願する。

 

「人に言いふらしたい事でも無いのはわかっています。でも、それでもッ。苦しいことも悲しいことも、楽しいことも嬉しいことも! 全部一緒に分かち合ってきた! 貴女になら私は全てを差し出せる!

 …………それとも、そう思っているのは私だけだったのでしょうか、リィル?」

 

「ッッ………! それは、ズルいですジャンヌ…………そんな言い方されたら、私が断れるわけない」

 

 ジャンヌの言葉はローズリィにとって嬉しいことであり、同時に悲しいことでもあった。

 ジャンヌの言いたいことは嫌というほどわかる。ローズリィもジャンヌ相手に隠し事などしたくない。生前はする意味すらなかったのだから。

 

「ええ、私はズルいです。それでも私は貴女に起きた出来事が知りたい」

 

「……………………」

 

「お願いですリィル…………」

 

「……私は…………私は弱かっただけです」

 

 だけど、真実を告げることはローズリィには出来ない。それが彼女の願いの妨げになるから。

 

 だから、ローズリィは嘘を吐く。

 

「…………耐えられなかった痛みから、どうしようもない恐怖から、抗えることのできない現実から。逃げて、恨んで、憎んだ。

 ……………ジャンヌが考えている程、私は強くないです。貴方が受けた非道な行いの方が、きっと何倍も辛いはず…………」

 

「そんなはずない! 貴女は私が信じる最も素晴らしい騎士です! そんな貴女が容認出来ないほどの出来事が、どうしようもない事実が、そこにはあったはずです! 」

 

 見え透いた嘘。それはジャンヌが一番良く知っている。

 

 自分やローズリィが死ぬであろう覚悟はどちらもあった。その現実を容認する気はさらさら無かったとはいえ、だ。

 敵に捕まれば無事では済まないことも、辱しめと汚名を背負わされながら最期を迎えるだろうこともわかっていた。

 

 だからあの処刑場で最後に会えたことは幸運だとすらジャンヌは思っていた。

 なのに、何故あそこまでローズリィが動揺していたのか。

 

 それ相応の出来事が彼女に起こっていたからだ。

 

「私は聞いたんです! 貴女が最期に放ったその言葉を!! 人も、主も、世界も何もかもを、全部恨んで最後を迎えたことを!!」

 

「ッ……」

 

「弱かったから、逃げたから…………違うでしょう? 最後まで抵抗したから、貴女はあんなにも傷付いていたのでしょう!? そこまでの怒りを、恨みを抱いたのでしょう!?」

 

 ローズリィは胸の前でギュッと拳を握り締めた。

 いつまでも彼女を信じ続けるジャンヌの思いが、酷く彼女の心を苦しめる。

 

 嬉しくないわけない。非道な行いをしてきた自分を信じ、肯定してくれるジャンヌが愛しくて仕方がない。

 

 そして、そんな彼女に本当のことを言えない自分が、どうしようもなく憎い。

 

「…………ごめんね、ジャンヌ」

 

「なんで…………」

 

「…………何も知らなくていい。ジャンヌの平穏も、幸せも、私が全て成し遂げるから」

 

 それでも彼女はジャンヌを受け入れない。

 

 

 ローズリィがジャンヌに告げた瞬間、四方八方から異常な量の魔力が溢れだした。

 

 ジャンヌ達の周りに溢れ出たわけではない。

 フランス全土を規模にした間欠泉地帯のように、突如魔力の渦が特異点各地で次々と出現したのだ。

 

「な、なんですかこの魔力は!?」

 

「ジャンヌ・ダルクよ。悪いが問答は終いだ」

 

 その異常な事態にジャンヌが戸惑っていると、後ろで腰掛けていたスカサハが立ち上がり、彼女の前に出る。

 その姿は既に戦闘態勢に入っており、油断のない目付きでローズリィを見ていた。

 

「この現象はお前の宝具だな、リル」

 

「そうですランサー。計画は最終局面に入りました。宝具の発動により、私の復讐は完遂される。つまり貴女をこの場で止めればそれで終わりです」

 

 そう言ってローズリィもまた彼女の愛剣を鞘から引き抜いて構える。

 それはもう話し合いをする気は無いとばかりの態度だ。

 

 それが悲しくて、同時に納得のいっていなかったジャンヌは、再びローズリィに話し掛けようとする。

 だがそれは叶わず、逆にスカサハに説得されてしまった。

 

「待ってリィルーーーーー」

 

「ジャンヌ・ダルク、情勢を見極めろ。おぬしが戦わなければならないのは、こやつではないだろう?」

 

「…………わかっています。この現象を止めることも、もう一人の私とも会って話を付けなければならないことも、理解しています。ですが………」

 

 渋るジャンヌだったが、そんな彼女にスカサハは決定的な言葉を放った。

 

「なら助言だ、聖職者。そこにいけばお前は真実を知れるかもしれないぞ?」

 

 それはジャンヌの意思を変えるものだった。

 スカサハの一言にジャンヌは一瞬驚いた表情になるも、すぐに意味を理解する。

 

 だがそれを理解できなかったローズリィが、今度はスカサハに口を挟んだ。

 

「まて。それはどういう意味ですランサー。真実を知る…………? 馬鹿な。黒いジャンヌが知っているわけ…………」

 

「さて それはどうだろうなリル? 知りたければ実力で聞き出すんだな。

 …………行け、ジャンヌ・ダルク。私はこやつと決着をつけねばならん」

 

「…………わかりました。私とて、リィルと貴女の戦いに色を加えるつもりはありません。だから、悔いの無い戦いであることを望んでいます」

 

「ふっ。素直にリルに勝って欲しいと言っても良いのだぞ? …………ではな、ジャンヌ・ダルク。いつかまた再会することを願っているぞ」

 

「ええ…………それでは、また」

 

 ジャンヌはスカサハに別れを告げると、魔力が一番集まっている場所へと駆けていった。

 

それを見送った二人はどちらともなく目の前の相手に目を向ける。

山頂で吹き荒れる風が二人の間を流れる音だけが響く中、スカサハがポツリと疑問を溢した。

 

「お前に別れを告げないのは、無意識に信じ合っている証拠、と言うことか?」

 

「………当然です。生前は一度だけ失態を犯しましたが、もうそれはありません。私は常にジャンヌの最強の騎士ですので」

 

「……そうか」

 

 二人の会話はそれのみだった。互いに己の得物を相手に向ける。次の瞬間、二人の姿が消えた。

 

 二人がいた場所の中央で、甲高い金属の衝突音と衝撃波が山頂の地を揺らした。

 

 

 

 

 




残りあと、3、4話かな


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決闘

スカサハの宝具が少しだけ変わってます






 その衝突を例えるなら爆発だ。

 衝撃で山が二人を中心に陥没を起こし、巻き上げられた土埃が辺りを土色に染める。

 

 甲高い衝突音が幾重にも重なり、その度に大地を振るわせる揺れが起こり続けた。

 

「しっ!」

 

「はぁ!」

 

 スカサハがゲイ・ボルクを突き出せば、紅い閃光が空間を穿ちながらローズリィに迫る。それを阻まんと彼女が手を迸らせれば、横から鈍く輝く黒銀の剣閃がその突撃を弾いた。

 

 ローズリィは返す刃で剣を縦に振り下ろす。

 それをスカサハがもう一方の槍でガードすると、瞬時に弾いたはずの銀の刃がスカサハを襲う。

 だが彼女は、それがわかっていたかのように突き出していた槍を引き戻していて、その刃を受け止めていた。

 

 二人の影が重なる度に山の岩盤が砕け、その度に大地の形が変えられていく。

 戦いは苛烈を極めながらも、その戦い方は対照的であった。

 

 スカサハの己のスピードと物量を活かした槍撃。対してローズリィはスカサハに劣る速度の動きとスカサハを超える速度で振るわれる剣技。

 

 槍兵の名に相応しい速度の動きでスカサハは常に走り、撹乱し、相手の命を奪おうと狙いを定める。

 時にはローズリィに真っ正面から突撃。そうしたかと思えば距離を取り、己の背後から夥しい量のゲイ・ボルクを喚び出して爆撃の如くローズリィを襲う。

 

 逆にローズリィはあまり動かず、スカサハの攻撃に対して迎撃に専念する。

 だがそれのみというわけではなく、隙があれば最速でスカサハの首を獲らんと剣を振るう。槍の爆撃に襲われれば剣一つで全てを叩き落とし、土埃舞う視界の悪い中、スカサハに突撃する。

 

 どちらも本気で相手を殺そうと、培ってきた全ての武を繰り出している。

 暴風や地震などの自然現象を平気で幾度となく作り出す戦闘行為に、戦場である山は削れていく。頂は既に消滅しており、周りの地形は陥没や大地の断層などで原型を止めていなかった。

 

 

 ローズリィは翔んでくる槍を叩き落としながら、その一つを地面に落ちる前に掴み取った。

 その瞬間、彼女の宝具である『復讐を誓った悪魔』が発動される。彼女が持つゲイ・ボルクが紅色から黒色に変化した。

 

 

 その現象をローズリィから少し離れた位置で見たスカサハは、唐突に動きを止めて彼女に話しかける。

 

「む、私の支配権が剥がされたか…………なるほどな。相手の武器を自分のものにする。それがお前の宝具と言うことだな?」

 

「…………ええ、そうですよ」

 

「それは奪った宝具の真価をも使うことができる、と考えていいのだろうな?」

 

「…………さあ、それはどうでしょうね」

 

 ローズリィはそう告げるとスカサハ目掛けて突貫する。それを見てスカサハもまたローズリィへと駆け出した。

 

 神速の突きが同時に放たれる。

 

 スカサハが自分より速い相手の槍突を、身体を捻ることで避けた瞬間だ。彼女が避けたことで僅かにブレた槍を、ローズリィが最小限の動きで避けながら、さらにスカサハの懐に飛び込む。

 彼女はその勢いのままスカサハの肩へと剣を袈裟斬りに振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ローズリィとジャンヌが再会する少し前。

 ジャンヌ・オルタ率いるサーヴァントとワイバーンの群れは、ティエールの街でカルデアのマスターである立花とそのサーヴァント達、未だ動ける状態のフランス兵と戦闘を行っていた。

 

「ちっ。野良サーヴァント共と既に合流していましたか…………。まあ、いいわ。どれ程ワイバーン達が倒れようと、このファヴニールがいる限り、奴等は敵わないのだし」

 

「なら私達はそろそろ前線に出るとしましょうか。なんだか殺したいくらい腹立たしい姿のサーヴァントもいることですし」

 

「ふん…………カーミラよ。昔のお前を随分と嫌っているようだな。それは未来を知らぬお前が憎いゆえか? それとも彼女自体が憧れであるからか?」

 

「…………いくら吸血公と言えど、あまりふざけたことを言っていては間違って殺してしまうかもしれませんが…………よろしいですか?」

 

 相変わらず凶化が掛かっているせいか、オルタ陣営は険悪な雰囲気。

 それを仕方がないと諦めているオルタは、二人を諌めながらサーヴァント達に命令(オーダー)を下した。

 

「さあ行きなさい我が同胞達。ヴラド、カーミラ、サンソン、デオン、ランスロット…………あなた達の好きなように行動しなさい。思うように蹂躙しなさい。これが最後の命令(オーダー)です。

 

 我等に勝利を」

 

 その言葉を最後に、六人の英霊は各々が思う敵へと向かっていった。

 それを見送ったオルタは、ワイバーンとフランス兵が戦う戦場を俯瞰しポツリと独り言を溢す。

 

「あの女がいないわね…………隠れて私の下まで辿り着こうって魂胆なのか、もしくはこの戦場にいないのか。まあなんにせよ、私はやるべき事をやるだけですし」

 

 オルタは混沌とする戦場のある一点に目を向ける。

 そこにはフランス兵やサーヴァントに庇われながら、真っ直ぐこちらに向かって来る三つの人影があった。

 

「セイバーに、盾のサーヴァント。後は…………カルデアだったかしら? 忌々しいマスターが向かって来るわね」

 

 ご苦労な事だと、オルタは呆れた様子でそれらを眺めている。

 どれ程サーヴァントがいたとしても最強の幻想種であるファヴニールに勝てない。唯一危険だと思われるランサーもこの場にはいない。

 

 勝てるわけが無いと慢心しているオルタだが、それも仕方の無いことだ。それほどファヴニールは強大であり、彼女が二番目に信頼している配下。

 本来ならその考えは間違ってはいないだろう。

 例え竜殺し(ドラゴンスレイヤー)がいたとしても、数ある竜の中で最も有名な竜の一つが邪竜・ファヴニールだ。

 そこらの竜殺し程度で破れるほど、ファヴニールは弱くない。

 

 竜殺しと呼ばれる由縁は、その偉業が稀に見れる奇跡だからこそなのだ。

 家畜を殺しても誰も偉業とは言わない。熊やライオンを銃で殺しても英雄とは言えない。

 

 竜を殺せるから竜殺しなのではなく、誰も倒せなかった竜をあの手この手でようやく殺したからこそ竜殺し(ドラゴンスレイヤー)となる。

 

「さて、どうしましょうか。見る限りあのセイバーが竜殺しのようですが…………ん? これは…………」

 

 ワイバーンを当てるか周りのサーヴァントを呼んで交戦させるかオルタが迷っていると、突如夥しい魔力が涌き出るのを感じ取った。

 

 フランスと言う土地を揺るがす程の量の魔力が突如現れたことで、土地に留まる生物達に異変を与えた。

 それは魔力に慣れていない一般の兵士達の命に影響を及ぼす程。

 

 拮抗していた戦場が崩れた瞬間だ。

 

「…………どうやら計画も最終段階に入ったようですね。となれば、後は邪魔者を排除するだけね」

 

 オルタは自信のある声でファヴニールに敵殲滅の号令を掛けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ローズリィとスカサハの死闘は佳境に入っていた。

 とは言え戦況が激化しているという訳でなく、むしろ何も起きていないかのように静かであった。

 

 ローズリィは剣を構え、槍を持ちながらひたすら佇むのみ。スカサハもまた剣の間合いから外れた距離で双槍を構えている。

 その距離は槍の間合いだ。だがスカサハは相手を油断なく視線を向けて動かない。

 

 

 ローズリィは一撃必殺を得意とする騎士である。

 相手の動き出しを見て、自分を襲う凶刃より速くに自身の刃を繰り出し、殺す。

 彼女が持つ圧倒的な剣速だからこそできる秘技。

 それを理解しているからこそ、スカサハも闇雲に仕掛けることはしない。

 

 だがこのままでは時間が過ぎるだけ。刻限がわからないスカサハは打って出るしかない。彼女は一度身を後退させた。

 

「さて…………このままでは埒があかんな。互いにゲイ・ボルクを所持していては、最速で相手を穿つ因果の呪いも相殺してしまう」

 

「…………」

 

「とは言え武においても決着が付かん。一撃で決めると言うのも悪くは無いが、それでは貴様に分があるのもまた事実…………生前の私なら悦んで突撃したものを、死した後で臆するとは。私もまだまだと言うことか」

 

 嘆くような言葉とは裏腹に、スカサハはむしろ我慢できないとばかりに笑みが浮かんでいる。

 相手の技をどう攻略しその首を断つか。極限まで磨いた己の武で以てそれを為すの喜び。

 生粋の武人であるスカサハはそれを当たり前に持ち合わせている。

 

 それでも、行動に移さないのは彼女にも任された責任感があるためか。それとも彼女が言うように臆しているだけなのか。それは彼女にしかわからない。

 

 拮抗した状況。

 端から見れば、時間が経つに連れて準備が進んでいくローズリィに分があると思われる。

 しかし、ローズリィもまたこの状況をよく思わないでいた。彼女にしてもスカサハの存在は限り無く邪魔なのだ。

 

 彼女の計画は、彼女が持つ宝具と大量に準備した魔力によって実行されるのだ。

 よって全力で魔力を制御しながら宝具を放つため、どうしても隙が出来る。

 前回のような奇襲も宝具を放つだけなら対応出来るが、膨大な魔力を操作するせいでそれも出来ない。

 

 ローズリィにとっても確実にスカサハは殺したい敵なのだった。

 

「…………やはり貴女を確実に討つためには、最大の一撃で以て倒すしか無いようです」

 

「む…………」

 

 ローズリィは油断なく構えながら己の体内に満ちる魔力を循環させていく。それに伴い、彼女から魔力の高まる気配が漂い始めた。

 

「それは世界を覆す概念の炎」

 

「ちっ――――これより先は影の国」

 

 真名解放を始めるローズリィを見て、スカサハもまた彼女が持つ最大の宝具を放つ準備を開始する。

 

 

「黒炎は我が身を焦がし、滅ぼす力なり」

 

「来たれ」

 

 

 

 

永劫の我が絶望(デゼスプワール・エテルネッル)!」

 

死溢るる魔境への門(ゲート・オブ・スカイ)!」

 

 

 

 



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相対

他作品を読んでくれている方はこんばんは。これだけ読んでる方は9カ月ぶりのお久しぶりです。
なかなか自分の納得できる感じが書けなくてずっと行き詰まっていたのですが、何人もの方々から感想貰ったり評価いただいたりしていたため、凄く申し訳ないと思いながらなんとか今回の話を書き上げました。

正直殆ど忘れている人の方が多いのでしょうが、これから暫くの間はこっちの方メインで頑張ってみるつもりです。
今までお待たせして申し訳ないです。









「ここが………」

 

 オルレアン宮殿にて、ジャンヌはある大広間に辿り着いていた。

 この間に来る道中でオルタ達が残したワイバーンやシャドーサーヴァントによって随分と足止めを食らっていたジャンヌだったが、立香達の奮闘のお陰か誰にも気付かれずにやって来れた。

 

 

 彼女が目指していた巨大な魔力の発生源。その中心地である場所が、広間に所狭しとルーン文字が描かれたこの部屋で間違いないだろう。

 濃密な魔力が漂い、宙には黒く禍々しい火の粉が確認できる。

 常人ならばその魔力の濃さに侵され 生きることが不可能なほどの地獄の世界。サーヴァント達ですら嫌悪感を感じるであろうドス黒い怨嗟の魔力。

 

「リィル……」

 

 しかし不思議とジャンヌにはこの空間が嫌いにはなれなかった。

 いつ暴走するかもわからない、世界を壊す規模の爆発物と成りうる空間。

 

 危険とわかっていても、同時に感じるローズリィの魔力に安心感すら感じてしまう。

 

 事実サーヴァント達をも襲い掛からんと意思を持つソレ等は、ジャンヌに危害を加えるどころか優しく包み込むように彼女を囲っていた。

 

「………いいえ、感傷に浸っている場合ではありませんね」

 

 ジャンヌにはルーン魔術の知識は無くとも、"啓示"のスキルで この工房を破壊する方法は大体把握できている。

 

 何時間も懸けて作られたことで既に異界と化したこの工房を破壊するには、対城・対界宝具並の火力が必要となる。しかしどんな物事にもそれらを構成する核はあるもので、

 その基点となる核を破壊すれば そこまでの火力は必要ない。

 

(だけど…………今の私では核の場所がわからない)

 

 ここからどうするか。たがその問題を解決するためにどう行動するかは今の彼女の頭の中には無かった。

 何故ならジャンヌには頼もしい仲間がいるから。この状況を打開する戦友……人類最後のマスターが味方に付いているから頼れるのだ。

 確かにサーヴァントとしてこの世界を護るために動かなければならないのだろう。だけそれを成し遂げるのは既に死んだ英霊ではない。今を精一杯生きる彼女達人間だ。

 

 だから、それよりもやらなければならないことがある。それを理解しているからジャンヌはこの部屋の破壊よりも目の前の事に意識を傾けた。

 

 直後の事だ。ジャンヌの目の前で部屋に満ちる魔力が渦巻き、中心へと集まる。

 黒い炎のような魔力の塊は歪な音を立てて収束していく。

 

「やはり、リィルの真実を知るには………リィルをよく知るジャンヌ・ダルク以外、いる筈がありませんよね」

 

 寂しくも誇らしい。悲しくて満足気な。言い様の無い言葉がジャンヌから絞り出された。

 収束する黒い炎は柱のように天井まで高く昇ると、鼓膜を揺さぶる爆発音と共に炎柱が弾け飛ぶ。

 

 吹き荒れる風と舞い散る黒い火の粉の中心から現れたのは、ジャンヌと瓜二つの姿を持つ灰色の少女、ジャンヌオルタだった。

 

「クソっ!まさかファヴニールが殺られるなんて! 何故! どうして!?」

 

「その様子を見るに立香達は勝てたようですね」

 

「ッ!? アンタは!!」

 

 何かしらの魔術だろう。突然瞬間移動したかのように現れたオルタ。その彼女の様子は酷く荒れていた。

 そしていつの間にか宮殿へと侵入し、突然現れたオルタにも物怖じしないジャンヌがいたことにオルタは更に狼狽する。

 

「何故ここにッ。いえ………あの戦場にアンタがいなかった時点で、宮殿に侵入する役目を担っていたと考えるべきだったわね。だとしたら、私は丁度良いときに帰って来れたってことかしら」

 

 だがその動揺も一瞬だ。英霊と呼ばれる彼女は瞬時に今までの情報と照らし合わせ、目の前にいるジャンヌの存在にも納得する。

 

 オルタは邪竜を掲げた旗を構えた。

 

「アンタをずっと目障りに思ってたのよ。今は邪魔な連中もいない。これでようやくアンタを殺せる」

 

「………ええ。私も貴女とは二人っきりで話したいと思ってました」

 

 ジャンヌもまた静かに己の旗を構える。

 ジャンヌはローズリィの何かを知っているだろうジャンヌ・オルタに対して会話を求めたかった。だがそれは現状不可能だろうことも察しがついていた。

 彼女達は英雄。ならば相対した時点で戦うことは避けられない。

 

「私は貴女達を止めます。そして貴女にはリィルの事を教えてもらいます」

 

「ッ」

 

 駆け出したのはジャンヌだった。

 

 一足でオルタへと接近した彼女は旗を振り下ろす。

 サーヴァントという規格外の力を宿し、その力は鞭のようにしなる旗の穂先へと集約してオルタへと叩き付けられた。

 

 予想以上の威力に、旗で防いだオルタの手まで力が伝わっていた。

 

「ぐっ………舐めるな!!」

 

 だが力ではオルタの方が上だ。拮抗していたジャンヌの旗はオルタの気合いの声と共に吹き飛ばされる。

 ジャンヌはその勢いに逆らわずに吹き飛ばされると、空中で身を翻し着地した。

 

「喰らえ!」

 

 彼女の着地と同時に既に間を詰めていたオルタは先程のジャンヌ同様に旗を叩き付ける。

 先程の焼き直し。しかしオルタの一撃はジャンヌとは比較にならないほどの威力が込められていた。

 

 まともに受けることをせずに受け流すように旗を振るジャンヌだが、その顔はあまり芳しくない。

 

「ほらほら! さっきの勢いはどうしたのかしら!?」

 

「ぅうっ……!」

 

 嵐のような猛攻にジャンヌは受けるだけで精一杯だった。それほどまでに今のジャンヌとオルタの能力には差があった。

 

(これは、この部屋に描かれたルーンの影響ですね………リィルの魔術が彼女の能力を格段に上げている)

 

 戦いながらジャンヌは周りを観察してそう見定めた。

 

 サーヴァント同士が戦えば戦場の周りは無事では済まない。だと言うのに二人が戦っている宮殿の壁や床は傷一つ出来ていなかった。

 ローズリィの宝具と化したこの宮殿は核を破壊しなければ壊れない。つまりこの宮殿をいくら攻撃しても傷一つ付かない事を意味している。ハンデを背負いながらジャンヌは戦わなければならないのだ。

 

「アハハハ!」

 

 大振りな、それでいて素早いオルタの一撃にジャンヌは飛び退いて避ける。それを狙っていたオルタは突然腰に差した長剣を鞘から抜いた。

 

「汝の道は、既に途絶えた!」

 

「なっ!?」

 

 彼女は抜き放った長剣を振り上げると、届かない距離にいるジャンヌ目掛けてその剣を振り下ろす。

 直後、いつの間にかジャンヌの上空に現れていた数本の黒い杭が、彼女目掛けて放たれた。

 

(まずい!)

 

 今までの攻撃を受け流す戦い方をかなぐり捨てて、ジャンヌは必死にその場から退避した。

 その杭はジャンヌが立っていた床に直撃すると大爆発を起こし、部屋の中を蹂躙するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 部屋中を仄かに黒く染まった炎で埋めつくしたオルタは満足気に周囲を見渡していた。

 

「アハハハ!! 良いわ! 最高ね! あの子の力で、聖職者ブッたアイツを殺してやった!! これが、これこそが復讐!」

 

 それは憎い敵を殺したと言う達成感よりも、ローズリィの力でジャンヌが死んだ結果に満足する様であった。

 

 ローズリィの力。それはオルタが己の炎に宿したローズリィの魔力だ。

 彼女はこの場に満ちたローズリィの魔力を糧に、ローズリィの『復讐』という部分的な炎を自分の炎と混ぜた。それによって本来以上の攻撃性と危険度を上げたのだった。

 

「復讐、その一点において私とリィルは同じなのよ。まあ、聖女サマにはわからないことだったかもしれないけど」

 

 視界を埋め尽くす炎。これが収まったときはジャンヌの死体すら残らない。オルタはそれを残念に思いこそすれど、その結果こそ彼女が求める全てだ。

 

 そして炎の世界は唐突に終わりを遂げる。

 

「ハァ!」

 

「なっ……ぐァッ!!?」

 

 疾風が炎の海に穴を空け、爆風と共にオルタの前に現れたジャンヌが旗を振りかぶっていた。

 咄嗟にガードするよりも早く、ジャンヌは旗の穂先をオルタの胴体目掛けて叩き付ける。

 彼女の攻撃を諸に受けたオルタはそのまま吹き飛ばされ、床に叩きつけられる。

 

「ガハッ………くっ、何故生きて……」

 

 その一撃は魔力を維持することが困難な程の一撃。消えるはずのない炎はこの空間の何かに引火することすら許されず、魔力が切れることで完全に消滅した。

 

 それを確認する余裕がないほどダメージを負いながらも、オルタは己の旗を杖になんとか立ち上がろうとする。だがその被害は予想以上に大きかったのか、体勢が崩れ再び倒れこんでしまった。

 それでも彼女は眼前を睨む。

 

 目線の先には身体の所々を焦がしながらも気丈に立つジャンヌがいた。

 

「私のこの旗は皆を導く為のものです。決して敵を殺すためにあるものではない。皆を護る………この旗はその象徴。生半可な攻撃で私を殺せるとは思わないことです」

 

「はっ………何が敵を殺さない、よ。思いっきり殴るくせに」

 

「ええ。ですがこの旗の穂先に槍がついています。つまりこの旗で殴れ、という主の啓示でしょう」

 

「ふざけたやつめッ……」

 

 未だ立ち上がろうと奮闘するオルタ。しかし立ち上がれず、敵であるジャンヌはもう目の前まで迫っている。あとは倒れている彼女に旗を振り下ろすだけで決着する。

 

 勝敗は誰が見ても明らかだろう。

 

「貴女は私に負けたのです。大人しく全てを白状してもらいますよ」

 

「………アンタなんかに何を話せと言うのかしら? 」

 

「リィルの事をです。貴女がもう一人の私なら、何故彼女の復讐に協力しているのか。それ相応の事情を知っているからでしょう?」

 

「…………ハハッ」

 

 だからジャンヌがローズリィの真実を知るために説得しようと話しかけた直後の事だ。

 突然、オルタは嗤い出した。

 

「アハハハハハハハ!! 私が! もう一人のジャンヌですって!!? アは、アハハハハハハハ!!!」

 

「なっ」

 

 狂い出したように嗤うオルタは、今までのが奮闘が嘘だったかのように勢いよく立ち上がり嗤い続ける。

 そのまま持っている剣でジャンヌを後方に追いやり、歪な笑顔を向けた。

 

「私が本当のジャンヌ・ダルクだと、アンタは本当に思っているのかしら!?」

 

「……だってそうでしょう? 貴女は自分がジャンヌ・ダルクだと言って―――」

 

「嘘よ、嘘。私はジャンヌ・ダルクではない! ジャンヌに成りきれなかった、聖杯が作り出した哀れな偽者! それが私だ!」

 

 そう言い切ったオルタをジャンヌは信じられないように驚き目を見開いた。

 だがそれはオルタの真実を知ったから驚いたのではなく、その逆。

 

「貴女は………自分が聖杯に造り出された者だと、気付いていたんですか?」

 

 オルタがその真実を知っていたことに驚いていた。

 

 ジャンヌはルーラーだ。特例中の特例による召喚でルーラーの特権である『神明裁決』のスキルを失ってはいるが、『真名看破』のスキルは持ち合わせていた。

 だからこそ自分とそっくりなジャンヌオルタを見たときに、スキルでは『無』と告げられたジャンヌは戸惑った。

 最初こそ自分が呼ばれたからと考えた彼女であったが、ローズリィが現れた事でそれは確信に変わった。

 

「ええそうよ。 私にリィルとの関係なんて一切ない! 植え付けられた記憶でしかない! 私とあの子の関係は所詮、紛い物なのよ!」

 

 そしてそれはオルタも気付いていた。あの夢を見たときに、何故ローズリィがそれほどまでにジャンヌの為に生きようとしたのかを考えて………そして戦争以前のローズリィとの関係をまったく思い出せないことに気付いた。

 気づけばもう簡単だ。何故そうなったのか。誰かがジャンヌは復讐心があるはずだと思い、聖杯に願ったから。

 

「所詮リィルを思う感情も紛い物。リィルと隣で戦いたいと願う感情も紛い物。全部、全部、下らない偽物だわ」

 

 そう言って、先程の形相とは似ても似つかない疲れきった表情でオルタは旗を下げる。

 これ以上戦う理由も無い。所詮自分の記憶は偽りなのだからと。

 

 

 

「それは違う!」

 

「………はぁ?」

 

 だがその諦めは、ジャンヌが許さなかった。

 

「貴女がリィルを思う感情が偽り? そんなことあるわけない! 隣に立って一緒に戦いたいという感情も、嘘なんかじゃない!! あの子が心配なんでしょう!? 頼ってほしいんでしょう!? ならそれが嘘のはずがあるか!」

 

 ジャンヌのその言葉は怒りに満ちていた。オルタがそんな発言をすること事態に怒り狂っていた。

 

「な………何を根拠に言っているのよ」

 

「それは私の感情だ! 私がずっと、一人で誰にも言わなかった言葉だ! 他人に……リィルにさえ秘めていた私の後悔だ! 他の誰かに、勝手に割り込まれる余地なんて無い!!」

 

 心に秘めていた。誰にも言わず、それを考えることだってしなかった。沸き上がる感情を押さえ付けていた。

 それを言えば命を懸けるローズリィの誇りを汚すことと同じだから。それを頭の中で考えれば、ローズリィを否定することと同義だから。

 

 だから彼女は心の中で必死にその思いを押さえ付けた。頭で否定し、口にするのを拒んだ。

 

「…………リィルは、私以外の全員に最強と思われていました。心配する余地なんて無い、戦おうとするのが間違い。そう思われていた」

 

 一般の兵士も、部隊の隊長も、司令官も。あのジル・ド・レェですら、彼女の強さを疑わなかった。

 だから誰が思うだろうか。もっとも長く一緒にいたジャンヌが彼女の戦いを心配し、彼女の代わりになってあげたいと思うなどと。

 

「誰も知る筈がないんです。誰も彼女の強さを疑わない。私以外、リィルが負けることを恐れない。心配しない」

 

 

 ジャンヌはいつの間にか握り締めていた拳を開くと、オルタに目を向ける。

 

「だからその感情を持っている貴女は、嘘の存在なんかじゃ無いんです………そんな貴女がいることが、きっとあの子を復讐に駆り立てる一つの要因なんでしょう」

 

「……そんなのわからないじゃない。誰かがそう考えていたのかも……」

 

「ならもう一つ、貴女の存在を確定させる言葉を送りましょう」

 

 先程の怒りとはうって変わって、穏やかな表情でジャンヌはオルタと向かい合った。未だ自分が偽りの存在だと信じる彼女を、妹をあやす姉のように告げた。

 

「リィルが。他でもないローズリィ・ゲールが…………貴女のそんな気持ちを感じて、貴女を信じたのです」

 

ゆっくりと彼女に近付き優しく語り掛ける。

 

「確かに偽りの記憶を植え付けられたのかもしれない。それでもこの世界で貴女達は触れ合い、そしてお互いを信じ合っていた」

 

 彼女に手を伸ばせば触れられる。そこまで近付いたジャンヌはそこで一度言葉を区切ると、オルタに笑掛ける。

 

「私の知っている限り、リィルは姿が似ているからと誰かに鞍替えするような浮気性じゃありません。私がいくら離れようとしてもひたすら頑固で、一生私から離れなかったくらいですからね」

 

彼女の俯く彼女の頭を撫でようと、手を伸ばす。

 

「だから貴女は認められたんです。誇っていい。たとえ皆が、世界が、貴女自身が認めなくとも…………ローズリィ・ゲールだけは貴女(もう一人の私)をジャンヌ・ダルクと認めたのだから」

 

ジャンヌの手は、確かに彼女に触れた。

 

 

 

 



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聖女と魔女

「誰が否定しようとも、貴女は確かにジャンヌ・ダルクです」

 

ジャンヌはもう一人の自分に手を伸ばす。髪が指先が触れても拒絶は受けない。そのまま手を伸ばし続け、優しく包み込むように彼女の頬に掌を添えた。

 

「あの子を救うために、一緒に立ち上がってくれませんか? 貴女となら、あの子を救える………そんな気がするんです」

 

慈悲深く、それでいて親しみの熱か入り交じった目でもう一人の存在を見つめるジャンヌ。

 

その瞳に誘われるように、オルタは呆然とした表情で頬に添えられた手を重ねると、その手を掴んで………

 

 

力強く払い落とした。

 

「えっ?」

 

「私が………ジャンヌですって?」

 

ジャンヌを払い除けて大きく後ろに下がるオルタは、何が起こったのか理解できない表情で見つめてくる目の前の存在を睨み、吼える。

 

「上から言ってんじゃないわよこの偽善者が!!」

 

憤怒の形相とは今のオルタの事を言うのであろう。

そう思えるほどに、彼女は強くその目をジャンヌへと睨み付けていた。

 

「ペラペラと下らない能書き垂れれば誰もがアンタに頭を下げるとでも思ってるのかしら? ありがとうございます聖女サマ。貴女のお陰で目が覚めました…………醜悪過ぎて涙が出そうだわ」

 

「何を………」

 

ジャンヌとオルタには決定的な意識の相違点があった。

確かに二人はローズリィ・ゲールと言う存在を憎からず思っているからこそ成り立つものがある。けれど二人は立場が違う。考えが違う、想いが違う。

 

ジャンヌはオルタとわかり会えると考えていた。いや、考えてしまっていた。己がただの偽物と悲しむオルタが、ローズリィによって無意識に支えられていたなら。自分の言葉に共感してくれるかもしれないと。かつての自分と同じようにローズリィを止めてくれるかもしれないと思ってしまった。

 

「気持ちいいかしら? 他人を救った気になって自己満足でもしてるのかしら? ハッ! とんだ聖女サマもいたものだわ!?」

 

「違う! 私はそんな気持ちで言ったわけじゃ………」

 

「私の事を想って? それとも諭された私がアンタの味方になって、リィルを止めるために? それとも両方かしら? 二人救えばハッピーエンドだとでも?」

 

オルタは知っている。仮に今のオルタがあの光景を知っていなければ、ジャンヌに少しは傾いていたかも知れない。

だけど、決定的な溝がソコにはある。ジャンヌすら知らない、ローズリィがひた隠しにしてきた真実が二人の袂を分ける。

 

「救う!? 何時からお前はリィルを救えるほど偉くなったつもりだ! いつまでお前はリィルを救える側だと勘違いしている!! とっくにあの子はお前に助けを求めてたのよ!それをお前が全部、全部、全部!! その手で振り払って見捨てたんでしょうが!!

 

「!? そ、それはどういうことですか!? 貴女は一体……何を知って―――」

 

 

「五月蝿い! お前の能書きは聞き飽きた! その独善、不正。骨の髄まで燃やし尽くしてやるわ!!」

 

フランスで犠牲となった人々の怨念が。オルレアンに蔓延る憎悪の残滓が。そしてこの場にあるローズリィの魔力と憎悪がオルタの周囲に渦巻き収束し、彼女の魔力へと変換されていく。

その圧倒的な魔力の高まりはサーヴァントであればすぐにわかるだろう。宝具を発動する前兆だと。そしてわずかにであれ(おのの)くだろう。その魔力の量と、それによってもたらされる被害に。

 

「アレは……」

 

「復讐の刻は来た!」

 

それを見たジャンヌも彼女が放つだろう宝具を予想し、己の旗を掲げた。

それと同時にオルタが持つ赤黒い魔力とは正反対の、白金に輝く魔力が周囲を照らし始める。

 

その旗はジャンヌが誓った証。一人の少女を護るために、国を救い平和な世に少しでも変えると誓った彼女の誇り。

何者も汚すことの出来ない聖女の旗。

 

「主の御業をここに」

 

「ッ―――全ての邪悪をここに!!」

 

ジャンヌが纏う聖なる姿に、オルタは吼えた。

未だ偽りの神に祈りを捧げるジャンヌに怒りが止まない。

何故その祈りを少しはローズリィの復讐の為に使わないのだと憎悪を抱かずに要られない。

 

ごめんなさい

 

怒りと憎悪の感情は魔力へと変換され、オルタの力へと代わる。

 

 

「我が旗よ、我が同胞を守りたまえ!」

 

祈りを捧げ、ジャンヌの魔力が神聖な力へと変換されていく。

全ての災害から大切な物を護る加護を。ローズリィを救うために己に力を。

 

助けてよ

 

 

憎悪と信仰。復讐と守護。悪と聖。相反する力が衝突する。

 

その時、確かに

 

我が神は(リュミノジテ)―――」

 

 

吼え立てよ(ラ・グロンドメント)―――」

 

 

 

 

 

 

ごめんなさい

 

 

 

ごめんなさい、ジャンヌ

 

 

助けて………助けてよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャンヌ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある桃色の髪の少女の、叫びが聴こえた。

 

無惨に泣き叫ぶ一人の少女が映った。

 

 

 

 

 

「―――リィ、ル?」

 

それは自分は助からないと諦め、謝りながらそれでも大切な存在を護るために戦い続けるローズリィの姿。

それは虐待を受けて心が折れ、自分に助けを求めるローズリィの姿。

 

 

 

我が憤怒(デュ・ヘイン)!!」

 

 

一瞬止まったジャンヌに、真っ黒な炎が彼女を呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人と化け物の戦争。

 

英雄と英雄の苛烈な戦い。

 

伝説のドラゴンに挑む英雄達のお伽噺の再現。

 

 

それらの戦いを信頼する仲間達に託し、立香はマシュと共に魔力の渦の中心地であるオルレアン宮殿へと向かっていた。

 

邪竜を倒し、とうとう追い詰めたと思われたジャンヌオルタは撤退した。まだまだ敵側に戦力があるとは言え、追い詰めたジャンヌオルタを倒しこの人理を修正すれば全てが解決する。

絶望的な状況から僅かな光を頼りにここまで来た彼女達に残るのはジャンヌオルタとの最終決戦だけ。

まだ世界を救う戦いなんて告げられても現実味が湧かない立香ではあったが、それでも彼女なり精一杯頑張ろうと、やる気は十分だった。

 

ただ一つ立香に気になることがあるとすれば………ジャンヌとローズリィの事であった。

後生に残る彼女の行いは、最も有名な聖人の一人と呼ばれる程。故に、この人理を修正することはジャンヌにとって義務感すらあっただろう。

 

そのジャンヌが、聖人として・英雄としてのあり方よりも己の私情を選んだ。世界の危機よりも、大切な人を選んだ。

たった短い期間であったが、仲良くなり信頼し合った立香やマシュが気にならない訳がなかった。

 

『さあ、最後の戦いだ立香君。緊張するななんて言葉は言わないよ。でも、後悔だけはしないよう頑張ってくれ』

 

「…………」

 

『あれ? 無反応? 今僕結構良いこと言ったつもりだったんだけど?』

 

『本当に空気が読めないねロマニは。取り敢えず土下座したら良いんじゃないかな?』

 

ロマニの余計な一言が、ローズリィの事について傾きかけていた立香の心を揺らす。

 

後悔するな。自分の出来ることをしろ。

そう強く思えば思うほど、二人の事が頭から離れないのだ。

もっと出来ることがあったんじゃないか。何か二人を助ける方法があったんじゃないか。そう思わずにいられなかった。

 

いくら考えても答えは出ない。これから最終決戦に向けて覚悟を決めなければならない場面ではあるが、まだ魔術師としても素人の彼女にとって気になることに意識が傾いてしまうのは仕方がない事だろう。

 

だから立香は気付かなかった。

 

「ッ先輩!」

 

ふいに、そんな立香と共にいたマシュから切羽詰まったような声が掛かる。

 

「どうしたのマーーーー」

 

「止まってください!」

 

後ろを振り向いたまま歩こうとする立香の腕をマシュは引き寄せる。突然の彼女の行動に驚きながら立香はマシュの顔を見上げた。

彼女の瞳には自分の姿は映っていない。あるのは彼女の目の前に広がる光景のみ。

 

立香はマシュの視線の先が気になり、前に向き直る。

 

 

「何……これ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

世界が崩れていた。

 

大地は抉れ、亀裂が迸り、底が見えないほど深巨大な谷底が出来ていた。あった筈の森は火事でもあったかのように全焼し、灰色と黒の混在した不完全な木炭の山に変わり果てている。

この特異点をずっと覆っていたドス黒い雲は、その付近だけ吹き飛ばされたように無くなっていた。太陽の光が死んだ大地を無慈悲に照らし続けている。

 

「来ましたか……」

 

そんな場所に彼女、ローズリィはいた。

まるで立香とマシュを待っていたように、彼女は破壊された地の前で佇んでいた。

 

「……ローズリィさんッ」

 

『ちょっと待ってくれ! 何でここにローズリィがいるんだ!? ジャンヌは!? スカサハは!?』

 

「そう狼狽えなくとも答えて上げますよ、遠方の観測士殿………。ジャンヌは既にオルレアン宮殿にいることでしょう。勿論、もう一人の邪魔者は殺しました。だから、今ここにいるのは私と貴女方だけです」

 

「ッッ」

 

わかっていたことだ。大地に刻まれたこの爪痕から想像だにしない激闘が繰り広げられ、それに勝利したのがここにいるローズリィ以外あり得ないこと等、彼女の姿から簡単に理解できていた。

元々ジャンヌが説得に失敗すれば彼女は退き、ローズリィとスカサハが一対一で決闘を行う事を二人は知っていた。

だから、この結末もあると予想することは出来ていた。

 

それでも

 

「あのスカサハさんが……殺された……」

 

「ええ殺しました。あの女だけが唯一の私の障害でしたので…………ですが、私を邪魔する者はもういない」

 

マシュは恐れずにはいられなかった。

果たして自分一人で立香を護りきれるか。今の彼女に頼れる仲間(サーヴァント)はいない。たった一人で、ローズリィを相手にしなければならない。

 

あのスカサハと戦ったのだ。当然ローズリィも無傷ではなかった。頬には一筋の深い傷が残っており、彼女が着ている鎧もボロボロ。露出している手足には無数の打撲傷や切り傷があった。

それでもローズリィは疲労を感じさせない足取りで二人に近付いてくる。敵対している者同士とは思えないほど緊張感もなく気軽に、散歩でもするように二人に迫る。

マシュはそれを見て立香(マスター)を護る為に彼女の前に立ち塞がるが…………やはりローズリィは変わらない。明確にマシュが敵意を向けようとまるで揺らがない。止まらない。

 

侮られている。

わかっていても、マシュに怒りは湧かなかった。むしろ、それがより恐怖を増長させる。

なぜなら二人にはそれほどの力量の差があるから。

英雄としての知名度や格等ではない。もっと別の、英雄としての在り方。戦いにおける心構えや経験が圧倒的に違うのだ。

 

これが竜殺しのジークフリート等と言った戦いを日常とした英雄であればまた違っただろう。しかし、マシュは英霊として力を得てからまだ少ししか経っていない。さらに、殺し合いの経験や戦術を覆すほどの、高いステータスや特別な宝具があるわけでもない。

 

「神殺しまで後少し…………その間、ちょっとだけ相手をしましょう」

 

「クッ………サーヴァント、ローズリィ・ゲール来ます! マスター、指示を!!」

 

マシュが立香(マスター)に指示を仰いだ直後、ローズリィは彼女へと駆け出した。

 

ランサーのクラスと遜色無い速さによる突進、それにより加速されて突き出された細剣の刺突。その刺突は正面に構えられた盾の中心へと突き刺さる。

 

「ぐぅぅ!!」

 

その衝撃はマシュの予想を超えていた。あまりにも重い一撃は彼女を後方へと下がらせ、怯ませる。

 

(レイピアの一撃がここまで『重い』なんて!!)

 

速さは力……厳密に言えば衝撃に変換される。特にローズリィの操る細剣の速度はサーヴァントの中でも類を見ないほどの速さである。その一撃は当然強い衝撃だ。

しかし、剣の中でも比較的軽い筈のレイピアの突きがここまで()()()()になるのは想像の埓外である。人体に当たれば刺さる処では済まない。肉体は吹き飛ばされ、身体に大きな孔が空けられてしまう。

 

マシュはソレを想像して思わず唾を呑み込んだ。

 

「硬い………それに体勢を崩しませんか。なるほど、貴女の宝具は守ると言う一点において想像以上に優れた物のようですね」

 

ローズリィは己の一撃を防いだマシュに驚いた様子であった。

しかしそれは予想より上回ったからと言う驚きで、彼女の想定以上ではない。

 

「フッ!」

 

「あぐッ!!」

 

戦闘開始早々、マシュは防戦一方となっていた。

反撃するタイミングが無い。ローズリィが刀を振り切った時には既に彼女は次の攻撃に移っている。その間の間隔があまりにも早すぎる。

 

暴風のような絶え間ない攻撃にマシュは耐えることしか出来ないでいた。

 

「マシュッ」

 

立香も見ている事しか出来ない。

本来なら魔術や令呪を用いてサーヴァントの援護をするのがマスターの鉄則ではあるが、今の彼女に出きることはなかった。

立香も魔術礼装を用いて、マシュのステータスを一時的に上げる魔術を使用している。しかしそれ以外打つ手がない。

令呪を用いようとも、この状況を打破できるほどの力は無かった。

 

「そこです」

 

「かはッ!!?」

 

保っていた均衡が崩れ去る。

ローズリィの剣を意識し過ぎていたマシュの腹に、強烈な鋭い蹴りが突き刺さった。

 

「げほッ、けぼッ」

 

「未熟ですね」

 

「クッ!」

 

「………貴女には脅威を感じません。例えるなら、巨大な壁………しかしそれだけです。どんなに硬い城壁でも、護るだけではいずれ崩れる」

 

片膝を突いたマシュを見下ろすローズリィ。既に勝敗はわかりきっていた事だが、それでもあまりの実力差にマシュは絶望するしかなかった。

 

もう用がないとはがりにローズリィはマシュを視界から外した。彼女が見るのは、守るものが無くなって孤立した哀れな少女(マスター)である。

 

「えっ?」

 

「無防備となった王とは……なんとも哀れなモノですね」

 

頼りのサーヴァント(マシュ)は敗れ、頼れる仲間もいない。マスターである立香を護る為の障害は無くなった。

ここは既に戦場。孤立した敵大将を見逃す程、彼女は甘くないのだ。

 

「マスタぁぁあああ!!」

 

「さようなら。最後のマスター」

 

マシュが庇うよりも早く、ローズリィは立香に迫りその剣を振り上げる。

 

「あ――」

 

斬られる。

視界の端ではマシュが精一杯自分へと手を伸ばすのが見える。間に合わない。この無表情で剣を振りかぶっている騎士は躊躇いもなく確実に自分を斬り捨てる。

抗いようのない現実を理解し、斬られる恐怖に立香は思わず目を瞑った。

 

しかし予想に反して届いたのは斬られる痛みではなく、後ろから襟首を引っ張られる衝撃だった。

 

直後、高鳴る金属のぶつかり合いの音。

 

 

 

 

「目をつぶっちゃダメよ小ジカ! まだライブは終わってない………これからが本当のラストステージなんだから!!」

 

「安珍様を殺そうとするなんて…………許せない、許せない。許せない許せない許せない許せない許せない許せない許許許許許憎憎憎憎憎憎――――」

 

それは二体のサーヴァント。

戦場だと言うのに任されたソレを放っぽりだして、自分がアイドルとして一番輝ける立香達の下にやって来たエリザベート・バートリー(アイドル)と、立香を安珍と勘違いしてストーキングする為に戦場から抜けた清姫(うそつきやきころすガール)

 

普段は問題児以外何者でもない二人だが、この時だけは最も頼もしい瞬間だった。

 

「新しい、サーヴァントですか………」

 

「はぁい、陰気な騎士様。アタシのライブ、見てってくれる?」

 

「貴女、嘘をついておいでですね? …………焼き殺してあげましょう」

 

 

 

 



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