二刀は舞い、弾丸は貫く ([Schwarznegger])
しおりを挟む

序章
プロローグ


 

 

 

 少年はよく同じ夢を見る。

 

 

 

 両親の死と自分の無力を痛感した、忌まわしきあの日の——

 

 

 

 

「——え?」

 

 衝撃。濡れたコンクリートの上に叩きつけられて、突き飛ばされたのだと理解する。そして、振り返れば両親は倒壊した家屋の下敷きになっている。

 

 

 

 なんで、どうして。考えるだけ無駄だ。どんな時でも人間の行動原理は単純。

 

「子供を守るのが、親の、役目だからな……」

 

「さ、あなただけでも逃げなさい」

 

「父さん、と母さんも……」

 

 逃げよう、と口にすることができなかった。非力な一人の少年の力ではこの瓦礫の山から両親を助けることはできず、隙間から浸み出す血が如実に死を語る。

 

「和人……お願いよ、生きて」

 

「さぁ、行け……」

 

「父さん、母さん……」

 

 呼びかけるように声を漏らす。無意味なことを、と脳裏でせせら嗤う。死んだ者は帰って来ない。変わることのない不変の真理。だと言うのにこの少年は両親が起き上がって、また笑いかけてくれるのを期待しているのか、雨に打たれながら微動だにせず、じっと見つめる。

 

「和人! 無事だったのね」

 

「……詩乃」

 

 あ、と涙も鼻水も垂れ流しの顔を上げて呼びかけた少女を見返す。

 

「ほら、逃げるわよ」

 

 袖を掴んで引くも、従う様子はなくそのままの姿勢で瓦礫の山を見つめている。

 

「でも、父さんと母さんが……」

 

「だけど、このままじゃ私たちもいつあの“バケモノ”に襲われるかわからないのよ」

 

 この街を襲う突如として現れた白い装甲に覆われたバケモノ。形も様々で、家のように大きなものもいれば、虫のような奴もいる。抵抗の手段を持たない彼らが襲われたらどうしようもない。

 

「けど……」

 

「このっ、意気地なし‼︎」

 

「——⁉︎」

 

 パァン、と小気味良いまでに響く、乾いた音が頬を張り飛ばされたと遅れて認識させる。しかし、少女はそれだけで止まらず胸倉を掴み、怒鳴りつける。

 

「ここに居たら、死ぬの! 死ぬのよ⁉︎ あなたのお父さんとお母さんが身を投げ出して守ったのを無駄にしようとしてるのよ‼︎」

 

 

 あの時、母さんは生きろ、と言った。

 あの時、父さんは逃げろ、と言った。

 常々、約束は守れと教えられてきた。

 ここで死んだらそれこそ親不孝の大バカ者だ。

 

 

「ああ……ごめん、詩乃」

 

「謝罪なら後でいくらでも聞いてあげる。今は逃げるのが先よ。立てる?」

 

「うん、行こう」

 

 崩れた街中を水音を立て駆ける。あちこちで助けを求める声が響いているが、無力な子供二人が行ったところで気休めにもならないだろう。そう言い聞かせてその声を黙殺する。

 

 

 

 抜けられる——。

 

 

 人々が一縷の希望を持った時、絶望は鎌首を擡げ、襲い掛かる。

 

「「——⁉︎」」

 

 家屋を障害物とも思わず、粉砕し地響きを立てて行く手を阻むように立ちはだかる白い装甲に覆われたバケモノ。巨大な目を動かして、眼下の二人の人間を捉える。

 

 

 

 ——対抗手段ゼロ。

 

 ——トリオン能力、兵士にするに足る値。

 

 ——結論、捕獲。

 

 ——距離を計測。周囲に敵影ナシ。

 

 

 

 

 大口を開けて捕獲しようと迫るバケモノ。しかし、見切れないスピードではない。和人は詩乃の手を引いて、別の道へ走る。派手な破壊音と共に家屋が崩落する。背後から迫る死の足音から逃れる為に必死にひた走る。

 

 

 だが、さらなる災厄が降り掛かる。

 

 

 コンクリート塀を破砕して現れた多脚型のバケモノ。見るからに斬れ味鋭いブレードを擦り合わせて、距離をジワジワと詰める。正に死神の鎌。アレにかかれば体はいとも容易く両断されるだろう。

 

「詩乃……逃げろ」

 

「ばっ、バカ言ってんじゃないわよ‼︎ あんなバケモノ相手にどうすんのよ」

 

「避けて避けて避けまくる。俺の反射神経の良さは知ってるだろ?」

 

 

 声は震え、顔からは血の気が引いて真っ白に。脚も頑張って抑えているのだろうが、小刻みに震えている。

 和人だって分かっているのだ。どれだけ無謀な賭けか。明日地球が滅亡する方がまだ確率は高い。いや、このままではどちらにせよ滅亡するのだろう。駆けつけた自衛隊は全く役に立っていない。だが、二人諸共死ぬよりはマシだ。

 

 

「ダメに決まってるでしょ——和人ッ!」

 

 

 嘘だ。ウソだ。止めろ、ヤメロ。ヤメテクレ。嘘だと言ってくれ——!

 

 

 迫る凶刃。離れる彼女との距離。その時だけ、世界の流れは滞り、雨粒の一つ一つすらもが目で捉えられるほどに。ブレードは徐々に、しかし確実に彼女を斬り裂かんとする。

 

 

 ——舞う鮮血。倒れ臥す彼女。しかし、胴体は繋がっている。バケモノの肘から先は失われ、ブレードは地面に突き立っている。

 

 いつの間にか現れたコートを纏った長身の男は、剣を振った体勢のまま一言。

 

「——遅くなってすまない。助けに、来た」

 

 

 

 

 

「——人ッ! 和人ッ!」

 

「——⁉︎」

 

 揺さぶり呼び掛ける声によって覚醒した少年は跳ね起きる。そしたら当然——

 

「「〜〜⁉︎」」

 

 ——額を強く打ち付け合うに決まっている。

 驚きの見事なまでに強烈なヘディングを叩き込んだ和人は声にならない悲鳴を上げて仰向けになる。本当は転げ回りたいところだが、腰の上に少女が乗っているので、どうにか自制。叩き込まれた少女は口をへの字に曲げ、恨みがましく涙目で和人を睨みつける。

 

「…………随分なご挨拶ね」

 

「…………ごめん」

 

 俺も痛いんだ、とは口にしない。古今東西、女が泣いていたら男が悪いのだ。痴漢もやっていないのに冤罪にかけられる。これは理不尽。

 だが、涙目で上目遣いの彼女を見れば、全てを許せるような気がする。なぜなら可愛いから。『可愛いは正義』。どこかの偉人が言った言葉は真実だったようだ。

 

「どうせ、あの時の夢でも見てたんでしょ」

 

「……うん。悪いな、心配掛けて」

 

 バツの悪そうに頰を掻き、俯く。四年経った今でも忘れることも、薄れることもないあの日。

 

 

 あの日の事件——『大規模侵攻』。

 異世界からの侵略者『近界民(ネイバー)』と奴らが送り込んだ機械生物『トリオン兵』によって引き起こされた被害は甚大で、未だに行方不明者が数多くいる。事態は現れた謎の一団『ボーダー』によって収束。彼らは巨大な基地を建設。そこを拠点にネイバーの技術(テクノロジー)『トリガー』を用いてネイバーから市民を、街を守っている。

 

 

 両親を失った和人は叔父夫婦に引き取られた。しかし、二年前にこの街に戻って来た。そして、ボーダーに入隊し、剣を取った。詩乃はこの街でそのまま暮らしていたが、それに追随するようにボーダーに入隊した。

 

 

「——私はちゃんとここに居るわよ」

 

「……ああ」

 

 服越しに感じられる熱。お互いの存在を確かめ合うように二人はしばらくの間、抱き合っていた。

 

「ありがとう、詩乃。もう、大丈夫」

 

「そう」

 

 返事はする。しかし、離れる気配が一向にない。むしろ腕の力を強めている。それに応じて密着度が増す。和人としてはアレがアレするので心底穏やかではない。

 

「あの、大丈夫……なんだけど」

 

「迷惑かしら?」

 

「いや、そうじゃ——」

 

「なら、いいでしょ」

 

 有無を言わさない笑顔の圧力。昔からの力関係は今になっても変わることなく、コクコクと頷くしかない。

 あとどれくらいこうしていればいいのだろう、と諦観の念をもって窓の外を眺める。お腹も空いたなぁ、とも考えながらぼんやりと時間を過ごす。

 

 

 

 ——結局解放されたのは三十分後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プロローグ 其の二

「……うーん」

 

「あら、どうしたの?」

 

「メンバーを増やそうって話したろ? で、良さそうな新人の資料を見てんだけど……」

 

 ボーダー隊員なら誰でも閲覧できる新人隊員のデータベース。その中で和人は二人の隊員をピックアップしていた。

 一人は年上の女性。実力はかなりの物で、戦闘訓練で九秒を叩き出している。

 もう一人も年上。しかし、こちらは男性。女性比率が高い隊のバランスを取る為にも和人は男性隊員が必要なのだ。主に自分の為に。だが、そんな思惑抜きにしても、実力は十分で、戦闘訓練の記録は十三秒。

 女性の方は攻撃手(アタッカー)、男性の方は射手(シューター)だ。この隊には近距離(クロスレンジ)遠距離(ロングレンジ)は相当の実力者がいるが、中距離(ミドルレンジ)がいない為、援護の火力がどうしても不足してしまう。なので出来ることなら、中距離で戦える隊員が欲しい。

 

「…………可愛いからってこの人を選んだのかしら?」

 

「ノー、サーッ‼︎」

 

 煉獄の炎も凍る微笑と漏れ出る暗黒のオーラを見て、死を覚悟する。故に速攻で否定。そのようなことは断じてないのだ。誰が何と言おうと、自分の中では断じてないのだ。

 

「じゃあ行くわよ」

 

「行く、ってどこに?」

 

「……はぁ。呑気なものね……これだけ優秀な新人よ? 他のどのチームも欲しがると思うのが当然でしょう?」

 

 やれやれと言わんばかりに額に手を当て、嘆息する。一方の和人は居心地悪そうに縮こまる。戦闘以外はからっきしなのは師匠のお陰だろう。必要のないところまで似てしまった。このまま周囲の人の手を煩わせるバカ学生(太刀川慶)にならないといいけど、と行く末を心配して、C級隊員達がいるであろうブースへと足を運ぶ。

 

 

 

「おーっす、桐ヶ谷と詩乃ちゃん。元気?」

 

「お疲れ様です、迅さん」

 

「こんにちは」

 

 青いジャケットと首に掛けたサングラス。軽薄そうな笑みを浮かべ飄々としている彼は迅悠一。実力派エリートを自称するボーダーでも二人しかいないS級隊員。

 

「ぼんち揚食う?」

 

「いただきます」

 

「私は結構です」

 

 この男はどこにこの菓子を収納しているのだろうか。常に持ち歩いているそれを道行く隊員たちに進めるという光景は至る所で見られる。噂では彼の住む部屋にはぼんち揚が箱で山積みされているとか。

 

「で、お二人はデート?」

 

「ちっ、違いますよっ!」

 

「どこに職場でデートする人間がいるんですか……そもそも——いえ、何でもありません」

 

 和人が告白してくれていませんし、とは言わずに飲み込む。無論、目の前の男には何を言おうとしていたかは、手に取るように読めていたに違いない。だが当の本人(鈍感タラシ)はハテナマークを頭の上に浮かべるばかり。どちらも腹立たしい。

 

「んで、本当のとこは?」

 

「視えてるでしょ、迅さん」

 

「全く……可愛げがないね」

 

 視えてる、とは文字通り“未来”が視えているのだ。彼にはサイドエフェクト——トリオン能力が高い者が稀に発現する能力——『未来視』がある。それで幾つもの危機を救ってきたが、悪用(セクハラ)するのは頂けない。その被害に遭った女性陣達が制裁を加えるも、一向に懲りる様子がない。

 

「あの二人だろ。ランク戦するみたいだし、丁度いいんじゃないか?」

 

 迅が指差す先には書類にあった二人の新人隊員。栗色の長髪を靡かせる少女と染めてるのか黒色の混じる銀髪の男。何となくだが、男の方は雰囲気が迅に似ている気もする。

 

「どっちが勝つかしら?」

 

「それも大事だけど、重要なのは合うかどうかだ。見て、話して考えよう」

 

「迅さんはどっちが勝つと思うの? どちらを勧誘するべき?」

 

「あー……勝ち負けについては言えないけど、別に一人選ぶ必要もないんじゃないか? 両方誘っても良いわけだし。まぁ、競争も激しそうだけど」

 

 分かっていたことだが、周囲を見回せば見知った顔が何人もいる。これからのランク戦で上位に食い込んで行きたいB級部隊はもちろん、A級部隊の隊長もチラホラとその姿が見受けられる。

 

「あら、桐ヶ谷君。あなたも勧誘(スカウト)?」

 

「はい。加古さんも?」

 

 加古希(カコ ノゾミ)。A級唯一のガールズチームを率いる実力者。『K』のイニシャルを持つ隊員でメンバーを揃えるという妙なこだわりがある為、和人も幾度となく勧誘されてきた。そして今も。

 

「と思ったのだけど、『K』のイニシャルでグッとくる人は居なかったのよ……それで、桐ヶ谷君。気が変わった? あなたはイニシャルの条件も満たしてるし、実力も十分。良かったら私の部隊に来ないかしら?」

 

「い、いや……前から言っている通りお断りさせていただきます。俺も一応隊長なんで……そもそも女子ばっかの部隊はちょっと」

 

「でも、あなたの部隊も女の子しか居ないじゃない。その点に関しては問題ないと思うけど?」

 

 返す言葉もない。しかも勧誘の結果次第ではさらに女子が増えるかもしれないのだ。おろおろとしている和人を見かねて詩乃が助け船を出す。

 

「和人が困ってるので、この辺で加古さん」

 

「ごめんなさいね。からかってたら面白くて、つい。じゃあまた、炒飯でも食べに来て」

 

 さらっと死の宣告を残して優雅に去る加古。それを受けた和人の顔色は盛大に引き攣り、血の気が引いている。思い出したくない記憶の蓋を開けてしまったようだ。

 

「……また、アレを食べるのか」

 

「断ればいいじゃない」

 

「……どうやって?」

 

 超が付くほど素敵な笑顔で美人が皿を差し出してくるのだ。食べないのは男としてあるまじき行為だ。師匠と一緒に保健室のベッドに寝込むこと何回か。お陰でより強く師弟の絆は結ばれている。同じ死線を潜った仲間として。

 

「はあ……ほら、始まるわよ」

 

 

『市街地A』というオーソドックスなステージで向かい合う男女。少女が淡く輝くブレードを持つのに対し、男は無手。完全に脱力した状態で佇む。

 

 

 

 ——少女が斬りかかったのを皮切りに開戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

「……『変化弾(バイパー)』」

 

 右手に現れたキューブを細かく分割。使用者の意志に従い、様々な軌道を描いて敵へと着弾するが、全て回避されるか、捌かれた。地面にも幾らか着弾し、粉塵を巻き上げるが、お構い無しに突貫してくる。基本的に中距離ポジションである射手(シューター)は一定の距離を保って、牽制しつつ仕留めるのが定石だ。

 

「……速いな」

 

 弾を威力重視から操作性重視に調整(チューニング)、射出。しかし、急場凌ぎの弾幕は気休めにもならないようで簡単に接近を許す。

 

「ハアッ!」

 

「——っと」

 

 ステップを細かく踏んで回避。一定の形状を持つ『孤月』なら間合(リーチ)も見切り易く、攻撃パターンも大体分かる。しかし、少女が使うのは『スコーピオン』。耐久力を犠牲にした軽さと自由自在の形状変化がウリの攻撃偏重トリガー。厄介なことこの上ない。

 しかも、そのスピードと勢い、鋭さは一段と増していく。男の動きが見切られ、先回りされ始めているのである。現に致命傷とまではいかないも、身体のあちこちに細かい傷を付けられ、薄くトリオンが漏れ出している。

 

「うげっ⁉︎」

 

「貰った!」

 

 遂に捉えられ、斬り飛ばされた右腕。同時に崩れるバランス。その身をブレードの前に無防備に晒す。それを逃すバカはいない。故に——エサだと気づかずに食いつく。

 

「なんつって♪」

 

 脳天に響く衝撃。顎を蹴り飛ばされたと理解するのに数瞬。だが、それだけではとどまらずに叩き込まれる衝撃の乱打。

 C級隊員にはトリガーは一つしかセットできない。自身のトリガーで防御できるアタッカーと違い、寄られたら為す術がないシューター。弱点があらかじめ露呈しているなら、対策のしようもある。彼が講じた対策は、今まで研鑚を積み重ねた武術を用いて、対応すること。無論、優れたシューターは寄らせずに蜂の巣にして終わらせるのだが。

 

「腕一本取ったって意味ないでしょ。脚取らなきゃ。……まあ、遅いか」

 

 空中に投げ出され身動きのしようのない彼女は上下左右からの包囲射撃を受け、空の彼方に一筋の光を残して消えた。

 

『活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 少女は敗北を告げる無機質なアナウンスと共にベッドの上に投げ出された。一方、勝者は大した感慨を抱く風もなく、ブースから出てきた。

 

 

 

「……凄いな」

 

「なんで射手なのかしら……攻撃手の方が向いてると思うけど」

 

 詩乃の疑問ももっともだが、C級隊員のトリガーは入隊試験の結果からボーダー側が適正と判断したトリガーが選ばれる。つまり、身体能力が高いのに射手ということはそれを補って余りあるトリオンを保持していることになる。

 

「——行かなくていいのか? お二人さん、囲まれてるぞ」

 

 既に二人並んで各部隊の隊長達に囲まれ、勧誘を掛けている。どの隊長もうんと言うまで離すつもりはないらしい。

 

「ああっ⁉︎ 行くぞ、詩乃!」

 

「スカウトは隊長の役目でしょ。それくらい一人でこなしなさい」

 

「ええっ⁉︎ ふ、二人とも年上だし……無理だって! 頼む‼︎」

 

 情けないことにこの隊長、コミュ障である。そんなんでよく勧誘しようと思ったものである。現にタバコ(火は点いていない)を咥えた大学生はマシンガンのように言葉を浴びせ、麻雀ができるなどと言って勧誘している。完全に出遅れた。だがしかし、ややあってその輪は解けてしまった。

 

「あ、あれ?」

 

「……どこも受けなかったみたいね」

 

「…………ど、どうしよう」

 

「当たって砕けて来なさい」

 

 勧誘を断り、ひと段落したと思えば新たに現れる勧誘。向こうからすればいい迷惑だ。

 

「行くしかないか……」

 

 あの、と声を掛ける。背を向けていた二人は同時に振り返った。

 

「……なにか? ——⁉︎」

 

「ん?」

 

 男は興味無さげに見下ろす。少女は不機嫌そうに見つめたが、それも一瞬。赤面し、視線を逸らしたが何もなかったかのように取り繕った。

 

「あ、桐ヶ谷和人と言います。えっと……うちはB級で、A級を目指しているんですけど、まだまだで……よかったら入ってくれませんか?」

 

「ちょっと考えさせ——」

 

「悪いが断る」

 

「——貴方ねぇ、少しは考えようとかないの?」

 

「ない。そんな無益なことに時間を使うのはこちらにも向こうにも迷惑だ。期待を持たせて結局断るなら、最初から断るのが礼儀というものだろう?」

 

 やれやれ、と呆れどころか完全に馬鹿にして隣の少女を見下ろす。確かに正論である。それから和人に向き直る。

 

「ま、悪いな桐ヶ谷。知ってると思うが、有栖川時雨(アリスガワ シグレ)だ。以後宜しく」

 

 じゃあな、と去っていった。一方の少女は黙りこくったままだ。

 

「あの、結城先輩? 無理せず、ゆっくり考えてください」

 

「入る」

 

「……へ?」

 

「入れてって言ってるの!」

 

 ああ言われた手前、少女——結城明日奈(ユウキ アスナ)には考えるという選択はなくなり、入るか断るかのみ。ならば、入るしかない。目の前にいるのはあの時の少年なのだから。

 

「そ、そうですか……」

 

 まずい、と思わざるを得ない。男女比を考えれば有栖川に入って貰うべきだったのだが、最終的に明日奈が入ることに。そもそも男だけを入れたいなら、彼だけを誘えば良かったのだが、それでは負けたから誘うに値しないと言っているに等しく、精神的に傷つくだろう。だから和人が気を遣った結果こうなった。

 

 

 

 

 

 しかし、結果としてこの勧誘はアタリ。彼女が入ったことで、幼馴染だけで構成されていたチームに緊張感が漂い、メキメキと順位を上げ——見事A級認定を受け、晴れてA級部隊へと昇格した。

 

 




サンフレッチェ広島、今季二勝目。これから勝点を積み重ねて降格は回避して欲しいものですが……。という訳で勝利の嬉しさの余り調子に乗って二話目を投稿しました。誤字脱字等ありましたらお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邂逅編
ヒーローが遅れてやってくるのはお約束。


木虎へのアタリがキツくなっておりますが……言わせたいセリフのがあったので……ゴメン、木虎。
という訳ですが、よければどうぞ。


 

 

 

 

「なぜ、お前がここにおる」

 

「フリーの隊員は行き場がないんで。鬼怒田さんも暇でしょ?」

 

 トンデモナイ暴言を吐く者が居たもんだ。目の前の男は生え際が後退している、見た目はただの中年のおっさんだが、その正体はボーダー活動の根幹を支える人間の一人である彼は開発室室長の鬼怒田本吉(キヌタ ホンキチ)。ノーマルトリガーの量産体制の確立、緊急脱出(ベイルアウト)システムの構築、(ゲート)誘導装置の開発、とその功績は数知れず。今現在も、ボーダーの活動並びに街の安全を脅かしかねない問題の原因究明に開発室総出で奔走し、圧倒的に睡眠時間が足りていない。

 

「今日は平日だ。学校はどうした」

 

 聞いてから後悔する。理由なぞある筈もない。この男は『ルールブレイカー』と嘯き、自由気儘に行動する。高校の進級も、出席日数の関係で危うくなるというバカ者。さらに自身のトリガーをわざわざ使い難いように改造を頼むなど考えの読めない変人。この時間にいるということは十中八九サボりだ。

 

「俺の第六感(シックスセンス)が行くな、と告げていた」

 

 何処のS級セクハラエリートだ。そのドヤ顔は彼を連想させるようで。

 

馬鹿者(バッカモーン)‼︎ 去年単位を落としかけたのを忘れたかー!!!」

 

「どふぁっ⁉︎」

 

 炸裂した鬼怒田チョップ。頭蓋骨がカチ割られるかと思う程の衝撃に情けない悲鳴を上げてソファーに沈み、頭を抱えてのたうち回る。トリオン体に換装しておけばよかったと後悔するも遅い。

 

「お前は全く成長しとらんな」

 

「期待を裏切る男だからな」

 

「悪い意味でな」

 

 なぜ誇らしげにドヤ顔ができるのか。この男の行動原理は未だにわからない。

 

「……こちらもお前に構ってやるほど暇ではない。出て行け」

 

「なんかあったの?」

 

「こういう時だけ聡いなお前は……大きな声では言えんがな、イレギュラー(ゲート)というのが発生しておる」

 

 話によると街中に幾つかの門が発生するという問題が起きている。技術者(エンジニア)総出で原因を探すも、見つからない。門誘導装置の故障か、或いは新手の攻撃か。今日までに発生したイレギュラー門は近くに偶々非番の隊員が居たために事なきを得たが、被害が出るのは時間の問題だ。もしそうなれば、ある一人の人物が額の冷や汗でハンカチをびしょ濡れにすることになる。

 

「ということで、暇なら街に出てパトロールでもしてくれんか」

 

「……まあ、俺の『物干し竿』を作ってもらった恩義もあるしな。借りを返してやろう」

 

「おう。では頼んだぞ」

 

「鬼怒田さんも倒れないように程々にね」

 

 時雨は研究室を後にし、鬼怒田はデスクに戻る。それぞれの戦場へと赴くのだった——

 

 

 

 

「とは言ったものの……パトロールという名目で追い出されたな」

 そもそも技術者(エンジニア)でもない彼が残ったところで、何の役にも立たないのだが。

 まあ、秘密警察のように目を光らせるというのは中々心踊る。しかし、あからさまに周囲を見回せば、怪しまれること間違いなし。スパイ映画に憧れた頃の童心に帰って極秘任務に勤しむ。

 

 

 

「……帰るか」

 

 この男、飽きが早い。特に目的もなく歩いても、大した面白味もない。つまらなそうに来た道を引き返そうとした時、事件は起こる。

 

『緊急警報、緊急警報。門が市街に発生します。門が市街に発生します。市民の皆様は直ちに避難してください。繰り返します。市民の皆様は——』

 

「このタイミングで起こるとは……今日は厄日だな」

 

 おそらく朝の占いを見ずに、惰眠を貪っていた所為だなと自己完結して手に握った棒を掲げる。

 

「——トリガー、起動(オン)

 

「本部、イレギュラー門発生。座標をお願いします」

 

『了解。最短ルートを表示』

 

 簡潔に告げられた言葉と共に視界に映るルート。しかし、これに従う義理はないので端から無視し、屋根の上を伝って現場に向かう。

 送られた座標は「三門市立第一中学校」。記憶の限りではあそこに正隊員は居なかった筈。なら、余計に不味い。最悪の事態も想定されるし、校舎の中にトリオン兵が入り込んでいるなら、背負っている長刀は屋内で存分に振るえないので、圧倒的に不利だ。

 つまり、いざとなったら校舎諸共ぶった斬るしか道はない。生徒がちゃんと避難していることを祈ってギアを上げる。

 

 

 

「有栖川現着……被害は?」

 

「え、ええっと……」

 

 声を掛けた教師は確認のために何処かへと小走りで駆けて行った。

 その間に視線を巡らす。見れば、一撃で斬り伏せられたモールモッドが二体転がっている。正確に急所を突く一撃。しかも、モールモッドの斬れ味鋭いブレードの攻撃を掻い潜って。それほどの隊員なら周囲にあまり気を向けない時雨でも記憶していただろう。なら、やはり——

 

「確認できました。全員無事です」

 

「了解です……これは誰が?」

 

「——ぼ、僕がやりました」

 

 ——C級隊員か。

 名乗り出たのはパッとしない地味な印象のメガネを掛けた少年。

 人は見かけによらないなぁ、と呟きつつもその目は笑っておらず、油断なく観察する。口調から意志の強さが感じられるが、目線が揺らいでいる。嘘が下手だとは言わずに見なかったことにする。

 

「君が? 君は——」

 

「嵐山隊現着した! ——有栖川がやったのか?」

 

 赤いジャージを着込んだ嵐山隊の面々の到着に生徒たちは沸き上がる。流石はボーダーの顔、と感心しながら嵐山の言葉に否、と答えた。

 

「いやいや、俺の長物はこんな狭い所では振り回せないんで……この冴えないメガネ君がやってくれたそうです」

 

「C級隊員の三雲修(ミクモ オサム)です。他の隊員を待っていては間に合わないと思い、自分の判断でやりました」

 

 時雨に促されるように一歩踏み出し、名乗り出る。その表情が固いのは有名人である嵐山隊を前にしているからか、この後の展開を予見しているからか。無論、後者だ。

 

「C級……⁉︎」

「C級隊員⁉︎」

 

 嵐山とプライドの高い少女は信じられないとばかりに驚いていた。しかし、既に真実を見抜いている時雨は鋭い目で生徒たちを観察し、ある程度の目星をつけたが、それを突くような野暮はしない。敢えて見守る。その方が面白そうだから。この事態も彼にとっては些事でしかない。

 

「そうだったのか——良くやってくれた‼︎」

 

 俯き、深刻な表情を浮かべる三雲を手放しで称賛し、弟妹の元へ駆け寄る姿はボーダーの顔としての嵐山准(アラシヤマ ジュン)ではなく、家族を心配する一人の兄そのものだった。

 

「……しかし、訓練用のトリガーでアレとは、中々有望な新人君だ」

 

 独り言のつもりで呟いた筈が、周りにも届いていたようで、三雲はビクリと肩を震わせ、弟妹を猫可愛がりしていた嵐山にまで聞こえていた。

 

「確かに有栖川の言う通り、訓練用のトリガーでこれ程とは……正隊員でも中々できないぞ! お前ならできるか、木虎」

 

 木虎と呼ばれだ少女は三雲への称賛が気に食わないのか、憮然とした表情だったが、嵐山の期待通りにモールモッドを細切れにした。その早業に見ていた生徒たちは感嘆の声を上げる。

 

「——できますけど、私ならこんなことはしません」

 

 高慢に語られた言葉はルールを重んじるべきという当たり前のことだった。無論、三雲の表情から処分を受けると分かっていて戦ったのだ。褒められはしないが、理解をしてやるべきだろう。これだから型に嵌った人間というのはつまらない。

 

「示しをつける為にも、彼は処分を受けるべきです」

 

 確かに正論だ。だからと言って正論が正しいとは限らない。ルールを守るべきという観点で見れば彼女が正しい。そこに議論を挟む余地はない。しかし、人道的な観点で見れば寧ろ彼はルールを破ってまで人を救った。ルールで人は、命は救えない。ルールが守るのは世界と組織だ。それに、そもそもこの事態を引き起こしているのはボーダーの対応力不足だと分かっているのか。

 一つ短く嘆息し、助け船を出してやるかと口を出そうとしたところで遮られた。

 

「……お前、なんで遅れてきたのに偉そうなの?」

 

 疑問を呈するのは白髪の中学生とは思えない身長の少年。なんだか面白くなりそうなので言葉を飲み込み、静観の構えを取る。しかし、嵐山の登場に続き、これで話を遮られるのは二回目。今日はツキが悪いらしい。

 

「オサムが何とかしなきゃ、確実に何人か死んでたぞ。少しは感謝してもいいんじゃないの?」

 

「別にトリガーを使用していないなら、素直に感謝したわ。でも、彼は許可なくC級の身でトリガーを使った。これは明確なルール違反よ」

 

「オサムがトリガーを使うにはボーダーの許可が必要みたいだけどさ、アンタらは許可取ってんの?」

 

「当たり前じゃない。トリガーはボーダーの物なんだから」

 

 ああ——愚か者。ボーダーの歴史をちゃんと確認してこい。プライドが高い奴はちょっとした誘いにすぐ乗ってしまう。これだから困る。嘆息と共に額を抑えて、呆れ返る。

 

「何言ってんだ? トリガーは元々、近界民(ネイバー)のものだろ? アンタらはいちいち近界民(ネイバー)に許可取って使ってんの?」

 

 その通り。この事はボーダーが設立される時に伝えられており、ホームページにもその旨は記載されている。木虎はブーメランがぶっ刺さり、目に見えて狼狽する。

 

「なっ⁉︎ ——あ、あなたボーダーの活動を否定する気⁉︎」

 

 論点が違う。許可が必要という次元で話を始めたのは木虎。なのに不利になったと思えばこれだ。実力はエリートでも中身はまだまだ甘ちゃんだ。

 

「ていうかさお前、オサムが褒められるのが単に気に食わないだけだろ」

 

「なっ⁉︎」

 

 図星。組織がどうのと取り繕うがもう遅い。傍目から見ても動揺している上に、拙い嘘を少年にまで見抜かれる。さらに少年の持つ凄みに気圧され後ずさる。既に勝敗は決したと見ていいだろう。

 

「まあ、落ち着こうか二人とも。少年、木虎はプライドが高いから、三雲の行いが気に食わなかったに過ぎない。あまり虐めてやるな」

 

 三雲と少年の間に割って入り、宥めるように肩に手を置く。両者は突然の援護射撃に珍しいものを見るように見上げる。一方の木虎は不服そうに抗議する。

 

「ちょっ、有栖川先輩⁉︎」

 

「確かに、彼の行いは愚行と思わざるを得ない。身の程を弁えずに死地に向かうなど、無謀を勇敢と履き違えた愚者のやることだ。しかし、彼のお陰で救われた者が居るのもまた事実。感謝こそすれ、咎める権利はない」

 

「だ、だからって——」

 

「そもそも、だ。俺たちの到着が遅れたことが彼にトリガーを起動させる要因となった。この少年が言うように遅れたのに偉そうな顔をするのは恥ずかしいだろう? 彼が隊務規定違反で処罰されるなら、俺たちは職務怠慢で処罰されなければなるまい」

 

 既にオーバーキルなのだが、さらに口撃は止まず畳み掛ける。

 

「この事態の全てはボーダーの不手際が招いたことだ……お前も同い年で相当の実力を持つであろう三雲に対抗心を燃やしているようだが——下らない、実に下らない。A級隊員の矜持(プライド)とやらがあるのだろうが……そんなモノはそこら辺の犬にでも食わせておけ」

 

 俺たちの不手際の尻拭いをしたのは彼なのだから、と締め括る。

 プライドを完膚なきまでにへし折られ、完全にしてやられた木虎は表情を歪ませて俯くしかできない。

 

「はいはい、そこまで。現場検証も終わったし、回収班も呼んであるから撤収するよ」

 

 不穏な空気を収めるのは、ボーダー随一の場の空気を収めるのに長けた時枝充。彼が居れば大抵のことは丸く収まる。

 

「木虎の言い分もわかるけど、賞罰を決めるのはオレたちじゃない——ですよね? 嵐山さん」

 

「そうだな……今回のことは俺たちが報告しておく。三雲君も今日中に本部へ出頭するように。俺も君の処分が重くならないように力を尽くそう。君には弟妹を救ってもらった恩義がある」

 

 嵐山は三雲と握手を交わした後、教員たちと今後の対応を協議して、その場を後にした。

 

「さて、帰りますかね」

 

「あの……」

 

「ん?」

 

「ありがとうございました」

 

「礼を言うのはこちらの方だ。だが、命は大切にな」

 

 見回りの続きでもするかね、と再び街へと繰り出した。

 

 

 

 




Fateはニワカです。名ゼリフをちょっとかじった程度なので……虐めないでください。アニメ見たいんですけど、時間がなくて……勉強しなきゃいけないのに。
当初の予定では和人と詩乃がデートしている最中に起こるはずだったんですが……原作平日でしたね。なので、不真面目隊員に活躍?してもらいました。

次回の投稿は未定ですので、更新されたら見てやるか程度のお気持ちでお待ちください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最初は甘く、後味はほろ苦い



長いですが、よければどうぞ。


 

 

 放課を知らせるチャイムが鳴ると共に机から起き上がる一人の少年。

 

「くあ……やっと終わったか」

 

 大きな欠伸を漏らして、伸びをしている間にも、クラスではそれぞれ放課後の予定に合わせて動いている。

 特に予定もない和人は本部に行ってランク戦でもするか、と席を立って鞄を引っ提げる。

 昇降口へとやって来たところで、一人の少女が手持ち無沙汰に立っているのが見えた。

 

「おーい、詩乃。何してんだ?」

 

「待ってたのよ、アンタを」

 

「……なんで倒置法?」

 

「真似よ、穂刈先輩の」

 

 穂刈篤(ホカリ アツシ)。詩乃と同じ狙撃手(スナイパー)で、狙撃手のみで構成されたB級荒船隊所属。常に倒置法で話しているが、メールだと饒舌。なぜ倒置法で話すのかはあまり知られていない。

 

「はあ」

 

「付き合って欲しいの和人——」

 

「ええっ⁉︎」

 

 幼馴染からの突然の告白。完全な不意打ちを受けて狼狽えていたが、次の一言で冷静さを取り戻す。

 

「——買い物に」

 

「あ……そう」

 

 

 

 

「……ねえ、いつまで笑ってんの?」

 

「……あら、いつまで拗ねてるの?」

 

 あれから学校を出て駅前のショッピングモールへと足を運んでいるのだが、詩乃は暫く口元を抑えてくすくすと笑っている。それに対し、和人は口元をへの字に曲げ憮然とした表情で足早に歩いている。

 

「……ふん」

 

「もう……ねえ、和人」

 

「ん?」

 

「ちょっと寒いわ」

 

 そう言って和人の首元に巻かれたマフラーを軽く引っ張った。詩乃もこの時期はマフラーを巻いているのだが、何故か今日に限って忘れてしまったのだった。

 

「ほら」

 

 しょうがないな、とぼやきつつも自分のマフラーを共有する。本来、コレはその用途に使うものではないので長さが足りていない。だから、必然的に密着することになる。

 

「ふふ……ありがと」

 

「どういたしまして——っておい」

 

「どうしたの?」

 

「その……近い」

 

 実際は近いどころか密着状態で、詩乃が和人の腕に抱きつくようにくっついている。女子特有の甘い香りと柔らかい感触が和人の煩悩を刺激する。無論、和人は抵抗したが、詩乃は可愛らしく首を傾げることでスルーした。

 

「この方があったかいでしょ?」

 

「あー……もういいよ」

 

 和人にしてみれば、周りからの視線が気になり、恥ずかしくてしょうがないのだが、詩乃は一向に離れるつもりはないらしいので、仕方なしにこのままで歩くことにした。

 

 

 

 

 

「で、買い物って何買うんだ?」

 

「そうね……新しいメガネと、あなたの洋服」

 

「いや……間に合ってるんだけど」

 

「ふぅん……全身黒づくめのくせによく言えたわね。卒業した方がいいわよ、厨二病」

 

「…………お、俺は厨二病じゃない。ただ黒が好きなんだ」

 

 どの口が言っているのか。動揺している様子から察するに自覚症状はあったようだ。なら卒業して欲しい。

 

「じゃあ、ファッションセンスが皆無なのね。恥ずかしくないの? その歳で全身黒づくめって」

 

「…………」

 

「じゃ、行くわよ」

 

 心を的確に抉られ、撃沈された和人は詩乃に引かれるがままに連れて行かれた。

 

 

「うーん……こっちに変えてみて」

 

「……はい」

 

「やっぱ、これ」

 

「……はい」

 

「いや、こっちかしら?」

 

「……はい」

 

 入店してからかれこれ数十分。成されるがまま着せ替え人形となっている和人の前で唸る詩乃。そんな二人の様子を少し離れた位置から店員が微笑ましげに眺めていた。

 

「まあ、こんなところかしら」

 

「……おお」

 

 紺のジャケットに、白のインナー。ズボンは黒のスキニー。シンプルだが、中々似合っている。しかし——

 

「ちょっと脚短いわね」

 

「……これから伸びるんだよ」

 

「まあ、期待しないでおくわ。取り敢えずそれ買ってきなさい」

 

「ええっと——げ」

 

「少し高いかもしれないけど、勉強代ね」

 

 学生にとっては少し、どころかかなり高いのだが、A級隊員には固定給が支払われている。大きな出費ではあるが、そこまでの痛手でもない。しかし、倹約家の和人は渋い顔をする。

 

「……買ってくるよ」

 

 渋々——本当に渋々といった様子で詩乃に選ばれた衣服をレジで会計する。それを待っている間、詩乃は店員に声を掛けられた。

 

「素敵な彼氏さんですね」

 

「い、いえ……違うんです。…………まだ」

 

 ぽそり、と付け加えられたその言葉は空気に溶けるように誰にも届かずに消えていった。

 ああ、笑顔でそうなんです、と肯定できたらどれだけ幸せなことか。もちろん今でも十分幸せだ。ただ、このままではいけない、とも思ってしまう。

 

「そうでしたか。とても仲良くいらっしゃったので、てっきりそうかと」

 

「まあ、幼馴染なので」

 

「ただいま……何してんだ?」

 

「ちょっとしたお話よ。それじゃあ」

 

「またのご来店をお待ちしています」

 

 店を後にして、同じフロアにあるメガネ店へと足を運ぶ。しかし、そこで一つ疑問が。

 

「なぁ、詩乃」

 

「なに?」

 

「メガネってそんな頻繁に変えるもんなのか?」

 

「靴を買い替えるのと同じよ。メガネもファッションの一部なんだから」

 

「ああ」

 

 なるほど、と頷くもそういうものなのだろうか、と首を傾げたくなったが、本人がそう言うならそうなんだろう、と納得してそれ以上尋ねることはしなかった。

 

 

 

「さて……どれにしようかしら」

 

 あーでもない、こーでもない、と悩む彼女を横目にぼんやり天井を見つめる。女の買い物は長い、という言葉を実際に身をもって体験している。なぜ、そんなに時間をかけるのか男子にとっては理解できないが、女子にとっては何かを買うことだけが目的ではなく、何かを選ぶというのが楽しいのだろうか、なんて考えてみる。

 

「和人はどう思う?」

 

 おもむろに意見を求められて、これは昇降口でのやり取りの仕返しをするチャンスだ、と思った和人は早速行動に移す。

 

「俺はこれよりも——こっちの方がいいと思う」

 

 ひょい、と詩乃が掛けていたメガネを取り上げて微笑んでみせる。

 

「……本当に?」

 

「えっ?」

 

「本当に、って聞いてるのよ」

 

「え、ええっと……どっちでも可愛いと思う」

 

「はぁ……六十点」

 

 ゴリッ、と爪先を踏んづける。この男はまだまだ甘い。そうやって意図的にやろうとすると顔に出るというのが分かっていないのか。大抵の悪巧みはその表情を見れば予想できてしまうのだ。伊達に付き合いは長くない。

 

「でも、嬉しいわ。ありがと」

 

「ど、どういたしまして……」

 

「あなたもメガネ掛けたら?」

 

「いや、目悪くないし」

 

「伊達よ、伊達。ファッション、ってさっき言ったでしょ?」

 

 試すだけならタダなんだから、と言われ適当に四角いフレームのメガネを選ぶ。

 

「どうだ?」

 

 これだから、男子は……と呆れ返る。どうして角縁メガネを掛けたがるのだ。特に目の前の男は。

 

「どうもこうも……ないわ。そもそも和人は女顔なんだからそれ、似合ってないわよ」

 

「俺がっ、気にしてることをっ!」

 

 低身長で線の細い体型に中性的な顔立ち。女子の格好をしても問題ない容姿だ。詩乃的にはアリなのだが、本人的にはコンプレックスらしい。

 

「はい、こっちの楕円の方がいいわよ」

 

「そうか?」

 

「でも、黒なのね」

 

「これぐらいいいだろ。冒険するより」

 

「で、買うの?」

 

「またの機会に」

 

「それ、買わない人のセリフよ」

 

 詩乃もだろ、と返すとウインドウショッピングってこういうものよ、との返答が。

 

「そうか」

 

「そうよ」

 

 そんな会話を交わして店を出る。夕食の時間には早いけど、喫茶店とかで軽く食べていこうかとこの後のことを決めていた時に事は起こった。

 

 

『緊急警報、緊急警報。(ゲート)が市街に発生します。(ゲート)が市街に発生します。市民の皆様は直ちに避難してください。繰り返します。市民の皆様は——』

 

 

「なあっ⁉︎」

 

「お約束は小説の中だけで十分だっていうのに……」

 

 バチバチッ、と耳障りな音を立てて現れた(ゲート)。これが問題のイレギュラー(ゲート)か。(ゲート)からはバムスターが二体、モールモッドが一体。

 

「「トリガー、オン‼︎」」

 

 戦闘体に換装。和人の趣味が前面に押し出された無地の黒コート。詩乃はフードをすっぽり被って顔を隠している。

 

「手早く終わらせるぞ」

 

「了解」

 

 普段はぼんやりしてどこか頼りないのに、こういう時は本当に頼もしい背中。

 詩乃の返事を聞くや否や弾丸のように飛び出しモールモッドの前に立ちはだかる。

 

「本部、こちら桐ヶ谷。イレギュラー(ゲート)が発生しました。応援をお願いします」

 

 既に二刀を抜き放ち、油断なく構える。いくらA級とはいえ、モールモッドは戦闘用のトリオン兵。油断すればこちらが食われる。

 

「ふっ、はっ」

 

 派手な衝撃音を響かせ剣を撃ち交わす。オプショントリガーの『旋空』を使えればこんな相手訳ないが、ここはショッピングモール。柱が何本も近場にあり、人もいるので迂闊に剣を振り回せない。

 それは詩乃も同じく。バムスター二体を牽制するように位置を取りつつ、タイミングを窺う。あの巨体に倒れられたらたまったもんじゃない。

 

「ハアァッ!」

 

 ガガガッ、と連続で鳴り響く剣戟。両刃の長剣を巧みに操って、攻撃を捌く。そこにシールドを使うという考えは微塵もない。詩乃に言わせれば、脳筋なのだ。

 

「オラアッ‼︎」

 

 一瞬の加速。振り下ろされたブレードを斬り飛ばし、《(コア)》である目を斬り刻む。

 

『……相変わらずの脳筋っぷりね』

 

「倒したんだから問題ないだろ」

 

 モールモッドが沈黙したことを確認して、通信に応える。見れば、二体のバムスターも急所を正確に撃ち抜かれて沈黙していた。

 

「でも、問題が解決した訳じゃないしなぁ」

 

「それは鬼怒田さんたちになんとかしてもらうしかないわ」

 

 隣に降り立った詩乃は周囲を確認する。建物は所々破壊されており、暫く営業できなそうな店もあるが、幸いにも死人やケガ人は出ていない。

 だが——こういう時に限って更に災厄は降り掛かる。

 

 バチバチッ、とまたしても(ゲート)の現れる音。しかし、その距離は遠く最悪なことに——

 

「なんで人の多いとこにっ!」

 

「ぐだぐだ言ってないで走るわよ!」

 

 足元のタイルを踏み砕くほどの勢いで新たに現れたトリオン兵に接敵する。しかし、いかんせん距離が遠い。さらに、現れたのはモールモッド三体に砲撃兼捕獲用の『バンダー』。アレに攻撃されたら、建物の崩落による二次被害も起きかねない。

 

「詩乃はバンダーを! 頼むぞ!」

 

「了解」

 

 狙撃手は高い位置から攻撃するのが定石だが、その時間すら勿体無い。その場で狙撃体勢に入る。そして、スコープを覗き込み、照準を合わせる姿に先程の焦りは微塵も見られない。凪いだ水面のように深く集中し——寸分違わず、急所を貫き対象を沈黙させた。

 

「ふっ、はっ……くそっ——しまった‼︎」

 

 三体相手に抑え込むだけで精一杯だったのに、そのうち二体が和人を足止めするように立ち回ったことで、一体が抜け出し背後の逃げ惑う人々へと脚を忙しなく動かして接近する。

 

「あっ——」

 

 コテン、と足を躓いて地面に転がる幼い子供。母親は気づいて駆け戻るが、すぐそばに凶刃は迫っている。それは無慈悲に躊躇うことなく、振り下ろされた——

 

「『エスクード』」

 

 ガコンッ、と地面から生えるように現れた設置型の防御トリガー。それはその見た目に違わぬ防御性能を発揮し、ブレードを容易く弾いた。そして響くリズミカルな発砲音によってモールモッドは沈黙させられた。危機を救ったその主は——

 

「すまん、遅くなった」

 

 ——もさもさしたイケメンだった。

 

「とりまる!」

 

 彼の名は鳥丸(トリマル)——ではなく、烏丸京介(カラスマ キョウスケ)。玉狛支部所属のA級隊員。常に無表情で笑うときも声だけが笑うという特技を持つ。

 

「遅いわよ!」

 

「避難誘導をしていたからな。悪い」

 

 無表情でそれに答える間もその手は止まらずに引き鉄を引き続け、モールモッドを牽制していた。

 

「ハッ」

 

「……命中」

 

 その隙を逃さず、二人は残党を殲滅し、京介の元へ駆け寄った。

 

「どうしてここに?」

 

「バイトだ。上のファミレスに居たんだが、客を避難させていたら遅れた」

 

 彼の家は五人兄妹で、長兄である彼は一家の大黒柱として稼がねばならない。無論、A級隊員の固定給だけでは足りず、幾つもバイトを掛け持ちしている。

 

 

「——おいッ! どうなってるんだ‼︎」

「街にどうして近界民(ネイバー)が現れる!」

「ボーダーは何してるんだ‼︎」

 

 口々に騒ぐ人々。確かに死者が出ていないとはいえ、店を壊された側からすればたまったものではない。

 

「……今現在、原因不明の攻撃を受けておりこのような事態が発生しています。後々、ボーダーによる正式発表があると思うので、どうかご理解を」

 

 京介は常と変わらない無表情で淡々と告げ、踵を返した。

 

「お、おい……アレでいいのかよ」

 

「知らん。この手の事は嵐山隊か根付さんの仕事だ。俺たちに出来ることは大してない。それよりも本部に報告を上げて対策を講じてもらうしかない」

 

「まあ、そうね」

 

 そうして三人は連れ立って本部に報告をした。

 しかし、市街中央では爆撃型トリオン兵による甚大な被害を受けて、上層部はトリオン障壁による門の強制封鎖を決定した。本部に貯蓄されたトリオンが尽きる四十八時間以内に対策を講じなければならなくなった。

 

 

 

 

 

 





とりまる登場。てか、口調大丈夫でしょうか。
あのマフラーのスタイルを何と言うのかわかりませんが、冬ならではのイベントですね(羨ましい)。
そしておかしいな。デート回の筈が……普通にバトってしまった。
最後無理矢理感満載ですね。次回は害虫駆除かな?
まあ、次回更新も未定ですが今まで通りカケラも期待せずにお待ちください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

どうしたって台本には逆らえない




うーん、短い。しかし、サクッと大規模侵攻に行きたいので。
それでは、どうぞ。


 

 

 

 

 先日の『イレギュラー(ゲート)』は『ラッド』と呼ばれる(ゲート)を開ける能力を持った小型トリオン兵の仕業であることが判明し、C級隊員までを動員した駆除作戦により、騒動は幕を閉じた。

 

 

 

 

「……あれが?」

 

「ああ……おそらく、だが」

 

 視線の先には地味なメガネ。先日の一連の騒動の中で隊務規定違反を犯したが、騒動の沈静への功績で正隊員へと昇格を果たしている。

 その少年——三雲修(ミクモ オサム)を和人は三輪隊の面々と共に尾行していた。その理由は『三雲修は近界民(ネイバー)と接触している可能性がある』、という報告を受けたボーダー本部の最高権力者である司令、城戸正宗(キド マサムネ)による命令だ。

 

『移動するようだぞ』

 

 その通信は三輪隊所属、No.2狙撃手(スナイパー)奈良坂透(ナラサカ トオル)によるもの。狙撃手らしく彼は高所から三雲と小柄な少女、白髪の少年を見張っていた。

 

「了解……行くぞ」

 

「おう」

 

「人型とバトれんのか〜。テンション上がるぜ」

 

 そう語るのは三輪隊所属の米屋陽介(ヨネヤ ヨウスケ)。ポジションはアタッカー。カチューシャによるデコ出しスタイルが特徴。

 軽い雰囲気で語る彼を諌めるのは隊長の三輪秀次(ミワ シュウジ)。城戸正宗の腹心であり、近界民(ネイバー)への強い憎しみを持ち、復讐に燃える。

 

「陽介、遊びじゃないんだぞ」

 

「分かってるって秀次」

 

 目標の移動に合わせて、移動を開始。決定的瞬間を抑え、憎き近界民(ネイバー)を始末する為に。

 

「——さて、どうするか」

 

 ——自分たちも見張られているとは露とも思わずに。

 彼らを尾行する主はその銀髪を寒風にふわりと揺らしながら、物陰から適度な距離を保って監視する。

 

 

 

 しかし、全てはある男の手の平の上。彼らは用意された舞台の上で台本通りに踊る役者でしかない。

 

 

 

 

「——動くな、ボーダーだ」

 

 何故、この人が。三雲の脳内をその思いが支配した。その男は携帯電話を片手に現れた。いや、現れるだけなら大した問題はない。問題なのは——

 

「ボーダーの管理下にないトリガーを確認。加えて、近界民(ネイバー)との接触。——処理を開始する」

 

 ——この状況を見られたこと。

 三雲は近界民(ネイバー)である少年——空閑遊真(クガ ユウマ)とそのお目付役であるトリオン兵『レプリカ』に幼馴染の少女が近界民(ネイバー)につけ狙われる原因を相談し、非常に多いトリオンが問題だと判明した。それまではよかった。既に疑いは掛けられていたのかもしれないが、空閑が近界民(ネイバー)だと断定されたこと。それが問題だった。

 

「「トリガー、起動(オン)」」

 

 三輪と米屋はボーダー隊員たる証であるデバイスを起動し、戦闘態勢に入る。

 

「さて、どいつが近界民(ネイバー)だ?」

 

「トリガーを使っていたのはそこの女だ」

 

 三輪は躊躇うことなく銃口を向ける。ボーダーの弾丸トリガーは安全加工がされており、生身で被弾しても衝撃で気絶するのみだ。

 

「ちっ、違います! コイツは——」

 

「おれだよ、おれ。おれが近界民(ネイバー)だ」

 

 自ら名乗り出た空閑。念押しをするように確認する三輪。間違いないよ、と空閑が答えた瞬間、銃口は火を噴いた。

 

「なっ、何するんですかっ⁉︎」

 

近界民(ネイバー)を殺す。それがボーダーの務めだ」

 

「……おー、あぶない、あぶない。おれがうっかり一般人だったらどうするんだ」

 

「——ッ⁉︎」

 

「うおっ、この距離で防ぐか⁉︎」

 

 円形のシールドを展開して弾丸を防御。あの距離で反応し、防ぐとは流石の一言に尽きる。

 

「なぁ、秀次! 俺に一対一(サシ)でやらせてくれよ‼︎」

 

「ダメだ。二人掛かりで仕留めるぞ」

 

「ふぅん、アンタらつまんない嘘つくね」

 

 ハッ、と僅かに目を見開くがもう遅い。その些細な表情の変化で今の言葉が嘘だと悟られてしまったことだろう。

 しかし、それは真実ではない。彼は『嘘を見抜く』というサイドエフェクトを保持している。故に三輪の言葉に含まれる嘘を見抜いた。

 だが、嘘を見抜いたところで不利なことに変わりはない。数の有利というのはそのまま明確に表れる。紙一重で躱しても当たる槍。正確無比な狙撃。常に挟み込むようなポジショニング。そして、防御を無視する弾丸——『鉛弾(レッドバレット)』を受け、錘によって拘束された。

 

「終わりだ、近界民(ネイバー)!」

 

 しかし、彼らは見誤っていた。空閑のトリガーが規格外であるということを。

 

『解析完了。『印』は『(アンカー)』と『(ボルト)』にしておいた』

 

 そう囁く空閑の頼れる相棒レプリカ。

 

「『(ボルト)』+『(アンカー)』——『四重(クアドラ)』」

 

「うおっ⁉︎」

「なっ⁉︎」

 

 飛び掛かる格好だった彼らに躱す術はなく、物の見事に被弾した。その攻撃は鉛弾と同様ながら威力は倍以上だ。

 

「おお〜。便利だな、コレ」

 

 ふむふむ、と新たな攻撃方法に感心しながら、米屋が手放した槍を手に取り検分する。どうやら穂先を持ち主の意思に応じて変形させることができるようだ。これが紙一重で躱しても当たる理由か。

 

「さて、話し合いをしましょうか——あれ?」

 

 何故、胸から剣が生えている。気づく頃にはトリオン体への換装は解かれ通常の姿へと戻された。

 

「死ね、近界民(ネイバー)

 

 物陰で自身の気配を隠蔽し、機会を窺っていた和人はバッグワームを解除し、左手の剣を振るう。

 しかし、それは確かな手応えをもって弾かれる。

 

「落ち着けよ、桐ヶ谷」

 

 長身の男はへらへらと構えも取らずに脱力して、身の丈程の長刀を肩の上に担ぐようにする。

 

「有栖川先輩……何の、つもりですか?」

 

 荒い息を抑え込むように途切れ途切れに紡がれる言葉。目の前の男を無視して後ろの空閑を斬り刻みたいが、その真意を問うておかねばなるまい。この男と斬り結べば、隊務規定の『正隊員同士のランク戦以外での戦闘を禁ずる』という項目に反してしまう。だが、この『ルールブレイカー』にその理論が通ずるかはかなり怪しい。

 

「見りゃわかるだろ。お前らの邪魔」

 

「そいつはッ、近界民(ネイバー)だぞ! 何故、殺さないかと聞いているんだ‼︎」

 

「殺す理由がない。近界民(ネイバー)に復讐したいお前らはそれが理由なんだろうがな。生憎、俺はそれなりに感情を横において損得で勘定する質なんでね」

 

 激昂する三輪に事も無げに答える時雨。ハァ、と溜息まで吐いてみせる様子は復讐など馬鹿らしいと言われているにも等しい。

 

「損得、だと? そいつを生かしておくことに何のメリットがあるというんだ‼︎」

 

「情報。……お前、頭ん中にオートミールでも詰めてるのか? 殺すことはお前らの心が少しばかり満たされるだけで、組織全体の利益には繋がらない。捕らえて情報を引き出してから、煮るなり焼くなり好きにすればいい」

 

「……アンタがどうしてボーダーに入隊したかは知らない。だが、俺たちにとってそんな簡単に納得できるもんじゃないんだよ」

 

 俺たちは任務を遂行するだけだ、と再び剣を構える。一方、時雨はそれを見ても構える様子はない。

 

「——おー、派手にやってんなお前ら」

 

「結局、俺もお前らも台本通りに動く滑稽な役者ってことだ」

 

 この剣呑な空気に似合わぬ呑気な声。この全てを予見していた男が三輪隊の狙撃手二人を引き連れて現れた。

 迅が現れたのを確認して時雨は換装を解く。しかし、和人はギリギリと奥歯を噛み締め、時雨と迅、空閑を睨みつける。

 

「……フン」

 

 鼻を鳴らして、立ち去る和人。捨て台詞と共に本部へと緊急脱出(ベイルアウト)して送還される三輪。換装を解いて、空閑と一対一で戦う約束を取り付けて狙撃手二人と去る米屋。

 

「さて、久しぶりだな。イレギュラー(ゲート)以来か」

 

「どうもあぶないところを助けていただいて。おれは空閑遊真」

 

「どういたしまして。俺は有栖川時雨。君の友人には学校での危機を救ってもらったからな。その恩返しだ」

 

 その後、本部からの呼び出しがあるだろうとのことで迅と三雲は本部へ赴く。時雨も面倒だが、仕方なしに彼らに同行した。

 

 

 

 

 

 







乾選手のバルサ戦での2ゴール。素晴らしかったですね。負けちゃいましたけど。しかも、バルサ優勝しなかったし。でも、ジダンには監督としても歴史に名を刻んで欲しいですね。さらにローマの王子、トッティが退団。残念です。


はい、上の話は適当に流しておいてください。相変わらず適当な感じですが、適当な作品なので適当にお楽しみください。
それでは、また次回。とか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彼らの物語はここから始まる




なんか長くなりました。つーか、会議室のとこ適当だし、遊真の過去とチーム結成のとこも適当。
相も変わらず適当かつ低クオリティですが、どうぞ。



 

 

 

「……何か言い訳があるなら、聞こう。有栖川隊員」

 

 長机の奥。いつにも増して眉間の皺を深く寄せ、不愉快そうに会議室に訪れた面々を睨みつけるボーダー最高司令官、城戸。迅の考えが読めないだけでも厄介なのに、この男まで揃うなど最悪でしかない。

 

「では、遠慮なく。あの場で殺すよりも捕らえて情報を引き出した方が組織にとって有益であると独断し、行動しました」

 

 言葉遣いこそ丁寧だが、その表情はどこか小馬鹿にしたような『そんな事も考えられないのか』と言わんばかりで、会議室の面々は一部を除いて一層不愉快になった。

 

「それが任務を妨害した理由か?」

 

 成程、理屈は最もだ。城戸自身、感情優先で動いてしまったことは否めない。しかも、差し向けた面々が悪かった。実力は疑いようもないが、この男の話を聞くかと考えれば微塵も耳を傾けないだろう。宿敵たる近界民(ネイバー)を前にしては。

 

「情報は時に戦局を左右するものですから。まあ、他にも理由はあります。ま、その話はこのS級エリートがしてくれますよ」

 

「迅……お前はこの未来が視えていた筈だ。何故、報告しなかった」

 

「報告してたら、更に大事になってましたよ。件の近界民(ネイバー)が持っているのは『(ブラック)トリガー』です」

 

(ブラック)、トリガーだと⁉︎」

 

 驚愕する一同。あの性能なら驚くことでもない、とどこ吹く風の時雨。三雲はそもそも黒トリガーがどんなモノか全く理解してないが、幹部たちの反応を見るに凄いモノなんだろうくらいの検討はつく。

 根付や鬼怒田が報告しろと叫んでいるが、この騒ぎだ。未来視のサイドエフェクトを使うまでもなく、大事になるのは火を見るよりも明らか。確かに、と営業部長の唐沢克己は一人感心していた。

 

「……あの、迅さん。(ブラック)トリガーって何なんですか?」

 

 一人置いてけぼりの三雲は隣の迅に(ブラック)トリガーが如何なるモノかを尋ねた。曰く、優れた使い手が己の全てを注ぎ込んで作る桁違いの性能を持つ特殊なトリガー。

 

「成程……君たちの言い分は分かった」

 

「城戸司令。近界民(ネイバー)、それも(ブラック)トリガー持ちを野放しにはしておけませんよ」

 

 冷や汗を拭いながら提言するのはメディア対策室室長の根付栄蔵(ネツキ エイゾウ)。イレギュラー(ゲート)問題の火消しに奔走した後に持ち込まれた厄介な案件に不満たらたらだ。だが、彼の出る幕はない。隠密に処理すれば事足りる。

 

「確かにその通りです。ですが、三雲隊員はその近界民(ネイバー)の信頼を得ています。彼を通じて味方につければ争わずして戦力を手に入れられます」

 

「……確かに、(ブラック)トリガーは強大な戦力になる」

 

 一旦、言葉を切る。そして新たに紡がれたのは迅の提案を一蹴する発言だった。

 

「そのネイバーを始末して、(ブラック)トリガーを回収しろ」

 

「ふむ……貴重な(ブラック)トリガー。逃す手はありませんねぇ」

 

「トップチームは遠征で不在だが、残った正隊員を動員すればやれんことはなかろう」

 

「馬鹿な! その間の防衛任務はどうする。そもそもそれでは強盗と同じではないか‼︎」

 

 机を叩いて、反論するのは忍田真史(シノダ マサフミ)。ボーダー防衛部本部長として、防衛任務を疎かにはできない。

 

「忍田君、その心配は無用だ。部隊はどこも動かす必要は、ない」

 

「では、どうするんですか?」

 

「三輪隊の報告によれば、そのネイバーのトリガーは『相手の攻撃を学習する』だそうだ。しかも、性能が数段上になるという。並の隊員を動員したところで無意味——迅、黒トリガーには黒トリガーだ。その近界民(ネイバー)を始末して黒トリガーを回収しろ」

 

 しかし、城戸の命令を指揮系統を逆手に取った迅と機転を利かせた命令を下した林藤のお陰で、迅が空閑を始末することはなくなった。だが、あのアンチネイバーの筆頭たる城戸があれしきのことで諦める訳がない。

 

 

 

「——という訳なんだ」

 

「ほー」

 

「そうだったのか」

 

 迅の話を聞いても動じる様子は全くない。あの場にいた三雲は冷や汗かきまくりだった。更に時雨はいつからかぼーっと城戸の背後のガラス窓から空を眺めて全く話を聞いていなかった。今ようやく状況を理解したところだ。

 

「迅さん、どうすればいいんでしょう?」

 

「うん、ここはシンプル・イズ・ベストだ。遊真、ボーダーに入んない? もちろん、俺たちの玉狛に」

 

 ボーダーの中でも異端として扱われる玉狛支部。その理由は近界民(ネイバー)と親しくしているから。近界民(ネイバー)を憎む三輪などからしたら確かに裏切り者と呼ばれるだろう。

 そして空閑は二人が一緒ならいい、と言うので揃って五人、玉狛支部へと足を向けた。

 

 

 

 

「空閑にそんな過去があったなんて……」

 

 結局、ボーダー入隊を断り“向こう”へと帰ろうとする空閑。それを見かねてか、レプリカは三雲に空閑の過去を話した。因みに時雨は迅からぼんち揚の箱を二つもらって大変ご満悦な様子で帰宅した。

 話を戻すと、空閑の持つ黒トリガーは父親、空閑有吾(クガ ユウゴ)が瀕死に陥った息子の命を繋ぎ止める為に作られたモノ。彼はその後、塵となって崩折れ、死亡。そして遊真は父親の『嘘を見抜く』サイドエフェクトを受け継いだ。つまり、空閑の黒トリガーは父親の形見であり、彼自身の命でもある。

 

『……オサム。ユーマはユーゴを蘇らせようとこちらの世界にやって来た。しかし、それが不可能とわかってしまった以上、ユーマに生きる目的はない……オサム、どうかユーマに生きる目的を与えて欲しい』

 

「生きる、目的……」

 

 兎に角、話すしかないなと空閑を探してリビングに出ると玉狛のメガネ教祖、宇佐美栞に呼ばれて話を聞くと雨取がボーダーに入りたいと言い出した。

 それを聞いて彼は大いに頭を悩ませる。片方は入隊を断り、誘われてない方は入隊したいと。どうしたものか。さらに説得を試みてもはっきりと突っぱねる。ここまで芯のある少女だったのか、と驚愕の事実。

 

「正直に話すしかないな……」

 

 三雲は屋上で空閑に話した。彼の過去を聞いたこと、こちらに来た目的、そして雨取の兄と友人を助けに向こうの世界に行く為にチームを組んでくれ、と。

 

「オサムは相変わらず面倒見の鬼だな……相手がチカだからか? いや、誰でもか。そして勝手に死にかける」

 

「ぐっ……い、いやそんなことはない。ただ、目の前のことから逃げたら、その先もずっと逃げるようになる。僕はそういう人間だって知ってる。だからこれは誰の為でもない、自分の為にやってるんだ」

 

 赤面して、慌てて否定する。しかし、そんなことは空閑には無意味。嘘だと見抜かれる。だが、後半は意志を持った言葉をしっかりと紡いだ。

 

「ほー、なるほど。でも、本当にやばい時は逃げないと死ぬぞ。——だから、俺も手伝ってやるよ。ほっとくと二人とも無茶して死にそうだし、何よりチームを組むのは楽しそうだ」

 

 無事、三人はチームを組むこととなったが、空閑は三雲が隊長じゃなきゃやらん、と言い、なお渋る三雲を雨取が押し切り、揃って林藤支部長の元へ。この未来は迅に見えていたようだが、誰に唆された訳でもない、彼ら自身の決断。

 目標はA級昇格そして、遠征部隊入り。長く険しい道になるのは必然。だが、それも不可能ではない。チームとは切磋琢磨し合い、成長し合うことで強くなる。

 

 

 

 

「——という訳で諸君!」

 

 朝っぱらから声を張り上げ、得意気にメガネを持ち上げる宇佐美。ホワイトボードの前に立ち、まずは目標の再確認と必要事項の確認。

 

「君たちは今からA級を目指す訳なんだけども、その前にチームを組まねばならない。そしてチームを組むにはB級隊員になるという前提条件があるのだ!」

 

「ほー。それってどうやってなるの?」

 

「C級隊員になって隊員同士のランク戦に勝ち抜いてポイントを積み上げれば成れる。けど、遊真。親父さんの黒トリガーは使えないぞ」

 

「なんで? 本部の人に狙われるから?」

 

「それもあるけど、黒トリガーは規格外だからな。自動的に外されるんだ」

 

「それは、寂しいな。使わんとこ」

 

 で、そのランク戦いつやるの、今から、などと大いにテンションが上がるのは結構。しかし、始まるのは次の入隊日である。しかも、その前にボーダーのトリガーに慣れる必要がある。

 その後、雨取のポジションが狙撃手(スナイパー)に決まるなどトントン拍子に話は進んでいったのだが——

 

 

「あたしのどら焼きがない‼︎」

 

 コロッと騙される純情JK降臨。そんな彼女、小南桐絵(コナミ キリエ)は雷神丸の上で眠りこける陽太郎を吊るし上げ、大騒ぎ。宇佐美はお客さんに出しちゃった、と弁明しているがその怒りが収まる様子はない。

 

「あたしは今食べたいのよ、いーまっ‼︎」

 

「騒がしいぞ、小南」

 

「いつもじゃないですか?」

 

 鍛え上げられた強靭な肉体。筋肉の鎧を纏う男は、木崎レイジ。そして、もさもさイケメン烏丸京介の二人が続いて入ってくる。

 

「あ、これが新入りっすか?」

 

「新入り? ウチに弱い奴は要らないんだけど」

 

「まあそう言うなって小南。こいつら俺の弟と妹なんだ」

 

「ええっ⁉︎ とりまる、アンタ知ってた⁉︎」

 

「もちろんですよ、小南先輩」

 

「えっ、レイジさんも?」

 

「知ってるよ、迅が一人っ子だってことを」

 

「そう。実を言うと遊真は俺の弟なんだ」

 

「……話をややこしくするな、時雨」

 

 突如として現れた銀髪長身の男。迅に負けず劣らずの不敵な笑みでそれに答える。小南は事態に追いつけていないのか、アホ面を晒している。

 

「えっと、どういうこと?」

 

「つまり、こいつらは迅さんの弟妹でもなく、遊真は俺の弟でもない他人だ」

 

「——騙したなぁっ‼︎」

 

 愚か者め、騙される方が悪い、と煽ると収拾がつかず、面倒になりそうなので餌をやって猛獣を手懐けることにした。

 

「まあまあ落ち着けよ。ぼんち揚食う?」

 

 昨日に引き続き、新たなぼんち揚を差し出す。しかし、今までの迅との関わりの中で食べ飽きるほど口にしてきたに違いない。即答だった。

 

「要らない」

 

「じゃあ、この豆大福をやろう」

 

「ありがと」

 

 言葉を言い終わらないうちに差し出した豆大福は手の上から消滅し、小南の胃袋に収められた。そして、頃合いを見計らって迅が話を切り出す。

 

「——さて、小南が落ち着いたところで本題に入ろう。こいつらをマンツーマンで指導してもらいたい」

 

「はあ⁉︎ なんであたしが……」

 

「これは支部長(ボス)からの命令でもある」

 

「仕方ないわね……こいつはあたしがもらうから」

 

 小柄とはいえ、そこそこの体重がある筈の空閑の首根っこを掴んで持ち上げるとはその細腕に似合わない腕力。どうなっているのだろうか。

 

「見たとこアンタが一番マシっぽいし……あたし、弱い奴嫌いだから」

 

「ほほう……俺を選ぶとはお目が高い」

 

「じゃあ、千佳ちゃんはレイジさんだね」

 

 ボーダー隊員唯一の完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)。当然、狙撃もこなせる。

 

「……となると俺は必然的に……」

 

「……よろしくお願いします」

 

 相変わらず感情のない表情で三雲を見やる烏丸。一応これで師弟の組み合わせは決まった。

 

「よーし、それでは三人。それぞれの師匠の元でしっかりと腕を磨いてくれ」

 

「……あれ? 迅さんとしぐれ先輩はやんないの?」

 

「実力派エリートは忙しいんだ」

 

「俺のスタイルは特殊だからな。手本にはならん。小南の方がまだマシだ」

 

「マシってどう言う意味よー‼︎」

 

「感覚派だろ、お前。ほれ、行った行った」

 

 シッシッ、と追い払うような仕草をすると小南に後で勝負しろ、と言われてしまった。無論、約束を履行するつもりはないのでその前に撤退するが。

 

「……さて、俺も行くかな」

 

 それぞれ訓練室に赴き、迅は暗躍しに行った。ここに居てもすることはない。昼食の時間になるまで休ませてもらおうと借りている空き部屋のベッドに倒れ込む。

 

「……ん?」

 

 きしり、と音がしたと思えば胸の上に感じるちょっとした重み。天井に向けていた目を向けると三毛猫が大きな目で眼下の人間を眺めていた。

 ご主人様は、と尋ねても喋る筈もなく、にゃあと鳴くのみ。

 

「——アリス、何してんだ?」

 

「……たまたま通り掛かっただけです」

 

 金髪碧眼の美少女は自分からドアを開けておいてそう宣う。嘘つけ。ドアノブに掛かったその手はなんだ。

 だが、そう思っても言わない。この少女はこういう奴だ。素直じゃない。きっと居るか居ないか確認しようとしたらミケが勝手に入ってしまったのだろう。

 

「ドア閉めた筈だけど」

 

「絶対、とは言わないのですね」

 

「お前のご主人様は人の発言の揚げ足を取る嫌な奴だよ」

 

「にゃ」

 

「直接言わないあなたも嫌な奴です」

 

「で、たまたま通り掛かったのに長い立ち話だな」

 

「良ければ、もう少し立ち話しませんか? その辺を歩いて」

 

「はあ……」

 

 ベッドから起き上がり、腕に抱えたミケをアリスに渡す。部屋から出るのかと彼女が一歩引いたのを見逃さず、ドアを閉めてしっかりと施錠する。そのことをドアを揺すって確認する。

 

「ちょっと、時雨!」

 

『嫌だ。寝る』

 

 ドア越しに聞こえたのはそんな声。少女はその碧眼を大きく瞬かせて、硬直した。

 

 ——この男は、人をなんだと思っているのか。

 

 

 

 







今回はかなりぐだりました。前回、遊真のトリガーが黒トリガーって言うの抜けてたんで、無理矢理詰めたらこうなりました。気づかなかった? 作者も気づきたくなかった。気づいても目を逸らしたかった。でも、後になって直すのも七面倒なので、テキトーにね。

さて、前置きが長くなりましたが、アリスってどこのアリスでしょう? もちろん、今際の国でも不思議の国でもありません。

はい、相変わらず無駄に長い後書き。もちろん無視して下さい。

それじゃあ、また次回とか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒トリガー争奪戦編
Ballerini di danza sotto la luna






なんか短くなった。まあ、サクッとどうぞ。


 

 

 

 

 遠征から帰還したばかりのトップチームに下された『玉狛支部の(ブラック)トリガー奪取任務』。作戦の確認をした後、各々自隊の作戦室で待機していた。

 

 

 

「…………」

 

 へらへらと笑う長身の男。持つ得物はやけに長い長刀。対して自身は両刃の二刀。刃の向きを気にすることなく、かつ手数は相手の二倍。客観的に見てもこちらが有利。ボーダーで積み上げた経験もこちらが上。さらにサイドエフェクトもある。なのに、勝てる映像(イメージ)が全く思い浮かばない。どう攻撃しても、ギアを上げても、軽くいなされる。

 ギリッ、と軋むほど奥歯を噛み締め合わせた両の拳をさらに握り込む。何もかも悟ったようにすかした態度をとって、水のようにゆらゆらと捉え所なく揺蕩う。イメトレするだけで苛ついたのは初めてだ。

 

「……和人、殺気漏れてるわよ」

 

 自分に何をされることもないが、こうもピリピリした空気を撒き散らされると胃に良くない。それを感じて桐ヶ谷隊オペレーターの篠崎里香(シノザキ リカ)は軽く諌めるが聞く気配はなし。

 

「…………」

 

「聞こえてないし」

 

「……いいの? 放っといて」

 

 栗色の髪の少女も微妙に表情を強張らせて、彼と付き合いの長い幼馴染の少女に尋ねるが、返ってきたのは気にするなというような言葉だった。

 

「……別に良いんじゃないかしら。集中の仕方は人それぞれだもの。ああやって感情を昂らせるやり方もあるのよ」

 

 苛烈に剣を振るうには必要かもしれないが、感覚を氷のように研ぎ澄まし、狙い撃つ自分には必要ない。

 

 

 玉狛支部に居る近界民の持つ黒トリガー奪取任務。遠征から帰還したばかりのトップチーム太刀川隊、冬島隊、風間隊に直接戦闘をした三輪隊と和人の桐ヶ谷隊を投入するところに城戸司令の本気度が伺える。だが、その任務を妨害する可能性が大いにあるS級隊員、迅悠一と玉狛支部の面々が立ちはだかるなら、用心するに越したことはない。

 

「…………和人、時間よ」

 

「——ああ」

 

 ばさり、と師匠も羽織る黒コートの裾を翻し、部隊の合流場所へ出発する。この任務の成否でボーダーのパワーバランスが崩れる可能性もある。失敗はできない。

 

 

 

 

 

「よう、太刀川さん久しぶり。こんな夜更けに皆さんどちらへ?」

 

 やはりか、と満場一致で訪れた面々はその言葉を脳裏に浮かべた。飄々とした態度と薄い笑みを浮かべて佇むのは迅悠一。黒トリガー抜きにしても相当の実力者だ。

 しかし、こちらはトップチームに加え、A級部隊を二つ引き連れている。いくら迅とはいえ、S級隊員とはいえ、予知のサイドエフェクトがあるとはいえ、この面子を相手に勝利は困難を極めるはずだ。無論、この未来が視えていなかった道理もない。

 

「迅、俺たちは城戸司令の特命で動いている。邪魔をするとはどういうことか分かっているのか?」

 

 最初に口火を切ったのはA級三位部隊『風間隊』隊長の風間蒼也(カザマ ソウヤ)。今回の案件に関して彼自身思うことがあるのだろう。言葉に若干の棘が含まれている。しかし、実力派エリートは何処吹く風。

 

「いやいや、風間さん。俺は城戸さんに『黒トリガーを回収しろ』って命令を受けた。そして、支部長に俺のやり方でって命令を受けた。そして俺はその近界民をボーダーに入隊させれば、円満に解決できると思って行動してる。俺は俺なりに城戸さんの命令に従ってるよ」

 

「そんな理屈が通ると思ってるのか!」

 

 声を荒げるのは三輪。前髪で隠れて見えないが、いつもよりも眉間の皺がさらに深く刻まれている。

 

「思ってないさ。だけど、ボーダー隊員になれば話は別。だろ?」

 

 あっさりと先程の言葉を取り消し、その思惑を露わに。それを察した風間はさらに言葉を重ねた。

 

「……『ボーダー隊員同士の私的戦闘を禁ずる』か」

 

「ボーダーのルールを盾にするだと……」

 

「いや、迅。お前の後輩はまだボーダー隊員じゃないぞ。次の正式入隊日である一月八日までそいつはただの野良近界民(ネイバー)だ」

 

 任務を遂行するのに何の支障もないな、と腰の孤月を抜刀する。それに応じて迅も『風刃』を抜刀した。

 太刀川慶(タチカワ ケイ)。No.1攻撃手(アタッカー)にして個人(ソロ)総合一位に君臨する実力者。かつてはNo.1攻撃手(アタッカー)の座を懸けてお互いに切磋琢磨し合ったライバル。迅がS級隊員となってからは叶うことのなかった真剣勝負。久々の本気の戦いに心が高揚する。

 

「しかし、迅。まさかとは思うがお前一人で俺たちを相手にできるとは思っていないだろうな」

 

「俺もそこまで自惚れちゃいないよ、風間さん。正直、五分五分だ。だからちゃんと増援を要請してあるさ」

 

「——嵐山隊現着した!」

 

 流石、正義の味方。現れるタイミングもバッチリだ。隊長の嵐山を筆頭に、木虎、時枝も居る。姿は見えないが狙撃手の佐鳥もいるのだろう。

 

「嵐山隊か……」

 

「忍田本部長派と手を組んだ、ということは……」

 

 ボーダー本部隊員の多くを動かせるのが忍田本部長。それに加え、A級最強と謳われる玉狛支部に、S級隊員の迅、黒トリガー持ちの近界民。黒トリガー二本だけでもボーダー内のパワーバランスは既に崩れているのにこれで完全にひっくり返ったと言える。

 

「ナイスタイミングだ、嵐山。助かった」

 

「三雲君には弟妹を救ってもらった恩があるからな。気にするな」

 

「木虎もメガネ君の為に?」

 

「上司からの命令だからです」

 

 相変わらず素っ気ない木虎。しかし、一つの疑問が浮かぶ。

 

「迅さん。有栖川先輩はどうしたんだ?」

 

 和人は気にかけている男の名を口にする。あの男ならば、ボーダーの内部抗争やルールなどお構い無しに自分の信念に従って行動しそうなものだが。

 

「ああ、アイツは子供は寝る時間とか言ってたな」

 

「…………」

 

 気のせいか。一瞬だが皆の視線が風間に集中したのは。大学生にも関わらず、身長百五十五センチという小柄な体格。しかし、高スペックな彼。舐めてかかれば痛い目を見る。

 

「さて、どうする太刀川さん。正直なとこ、嵐山たちがいれば勝つのはこっちだ」

 

「予知のサイドエフェクトか……面白い、お前の予知を覆してみたくなった」

 

 二本目の孤月を抜刀し、放つは斬撃。迅との距離は旋空を使うには良い距離だ。しかし、余裕を持って躱された。そう、それでいい。そうでなくては。この程度でやられる男なら失望していた。

 嵐山は牽制のつもりかメテオラを足元に放つ。粉塵が巻き起こり、視界が塞がれる。だが、それは向こうも同じ。詩乃は迷うことなくレーダー頼りに狙いを定め引鉄を引いた。

 

「——嵐山ッ!」

 

 しかし、迅は当然予知していただろう。警告によって嵐山は集中シールドで顔面を防御した。

 簡単に仕留められるとは思っていなかったが、内心舌打ちする。やはり集中シールドを粉砕できるアイビスを使うべきだったか。もしくは狙いが欲張り過ぎだったか。脚の一本でも奪っていれば大きなアドバンテージを得られた筈だ。

 

「おー、レーダー頼りあそこまでの狙撃。やるじゃん、朝田」

 

「当真先輩に比べたらまだまだです。……狙撃ポイントに移動してもいいですか?」

 

 当真勇(トウマ イサミ)。長身でリーゼントが特徴の男。全体訓練でのやる気は皆無だが、それと実力は比例しない。圧倒的なセンスを持って、No.1狙撃手の座に君臨する実力者。

 詩乃のセリフの後半は部隊の統率者である太刀川に向けられたものだ。バカとはいえ、戦闘に関しては頼れる男。それが太刀川である。少しの間を置いてすぐさま指示を飛ばした。

 

「ああ、そうだな……狙撃手(スナイパー)組は各々ポイントに移動。迅優先で仕留める。嵐山たちを分断するぞ」

 

「了解」

 

「分断したら、どうすんすか太刀川さん」

 

「三輪と米屋、出水で何とかしろ。指揮は三輪、お前に任せる」

 

 もし手が足りないようなら、狙撃手を回す、と付け足し迅たちを分断すべく移動を開始する。

 

「黒トリガーに加え、本部長派も向こうについたとなれば、今回の任務失敗は許されないぞ」

 

「分かっています、風間さん」

 

 戦いはまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 







サブタイはイタリア語。意味は『月の下で踊り手は舞う』。
翻訳サイト頼りなので若干違うかも……。



それじゃあ、また次回とか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Battaglia di orgoglio




ここ難しいですね……戦場が分かれてるので、場面転換が多くなります……。
まあ、よかったらどうぞ。




 

 

 市街地に響く爆音。またしても嵐山が放ったメテオラが粉塵を巻き上げる。その背後から、時枝と木虎はアステロイドを放って牽制。距離を詰める相手に対して一定の距離を保つように行動する。

 

「うひゃー、マジで射線通んねぇな。相変わらずのやらしさだぜ、迅さん」

 

 取り敢えず民家の屋根から狙撃したが、その銃弾が掠る気配もない。迅のサイドエフェクトもあるだろうが、攻撃手陣が邪魔で射線が更に制限される。隙間を通そうにも、射線が絞られてるのだ。余程のイレギュラーが起きない限り当たらない。

 

「ちょこまかと……ウザイなぁ」

 

「俺も菊地原に同感だ。さっさと迅とやり合いたいが、手間がかかりそうだ」

 

「太刀川、目的を忘れるなよ」

 

「分かってるって、風間さん」

 

 だが、不可解だ。風刃の能力と迅の予知があれば、ここへ至る途中に仕込んでいてもおかしくなかった筈だ。それをしなかったということは——

 

「……直接、聞くしかないか」

 

 予知によって導き出された最適解に誘導しようとしているのだろう。どのような結末を望んでいるのかは、ちょっとやそっと考えたところで、あの男が悟らせる筈がない。ならば、それに乗った上で斬る。

 

「何の話だ?」

 

「いや、独り言だ。桐ヶ谷、お前らも嵐山たちを潰してこい。朝田は自分の判断で動いていい。基本こっちのヘルプで」

 

「……了解です」

 

「了解」

 

『朝田、了解』

 

 

 

 

 

「……向こうはこっちを分断するみたいだな」

 

「だろうな。一対一の剣比べなら太刀川さんの方が上だ」

 

「おい」

 

「それ、能力使わなかったらただのブレードでしょう? 予知があっても負けてたんだから、無謀じゃないですか?」

 

 黒トリガーとはいえ、木虎の言う通りそのままでは孤月よりも丈夫で斬れ味鋭く、とても軽いだけの超高性能ブレードである。さらに、嵐山の分析通り太刀川と迅の実力は剣比べという土俵の上では大幅に太刀川の方が上。

 そもそも遠征部隊に選ばれるトップチームは黒トリガーに対抗しうると判断された部隊なのだ。正直、勝てるのか甚だ疑問である。

 

「おい」

 

「……まあまあ。プランAは勝つ必要はないんだから。負けなければいい。ですよね、迅さん」

 

「……ああ」

 

 全ての指摘が的を得ているので、言い返しようがない。それを年下の時枝の絶妙なフォローで助けられるという何ともいえない微妙な感じ。

 

「で、どうする?」

 

「向こうが分断しに来るなら、それに乗ったと見せて誘い込みましょう」

 

「だな。賢、そっちに誘き寄せるから頼むぞ」

 

『了解!』

 

 どこかに隠れ潜んでいる嵐山隊狙撃手、佐鳥賢。嵐山からの通信に元気に答えた。

 

「じゃあ、頼むぞ嵐山」

 

「ああ」

 

「迅さんも自分の仕事はこなして下さいよ」

 

「……信用ないな」

 

 

 

 

 

「迅、お前の目的は何だ?」

 

 迅と嵐山たちを分断——もちろん、相手の作戦だが誘い込みの戦術など常識中の常識。向こうには三輪たちに加え、桐ヶ谷たちも居るのだ。数に頼りすぎるのも危険だが、遅れは取るまい。

 

「さっきも言ったでしょ? 後輩たちを——」

 

「俺たちの襲撃も予知で視えていた筈だ。なら、なぜその途中で斬撃を仕込んでおかなかった? 時間は十分にあった筈だ」

 

「…………」

 

「だんまりか……まあいい。俺はお前を捩じ伏せる。さあ、楽しもうぜ」

 

「相変わらずだね、太刀川さん」

 

 先程の気の抜けたような態度とは違い、幾分かやる気を感じさせる。あそこまで太刀川と比べられてこけにされたのだ。ここで名誉回復といこうではないか。

 

「おい、太刀川——聞いてないな」

 

 またしても飛び出した任務をすっぽかす様な発言を諌めようとするも、既に太刀川は迅に斬りかかっていた。

 

「行くぞ。アレではいつ死ぬか分かったもんじゃない」

 

「了解!」

 

「はぁ、めんどくさ」

 

 狙撃、風間隊の三人による緻密な連携攻撃、太刀川の二刀による剣技を以ってしても、迅の身体を掠めることはなく、逆に僅かに削られている。

 

『あ、当たんないです、奈良坂先輩!』

 

『いいから、撃て。躱されるのは仕方ない。攻撃の密度を上げて迅の対処能力を上回るんだ』

 

『…………』

 

『くあ……』

 

 無反応な二人。当真に至ってはマンションの上で欠伸をする始末。詩乃もスコープを覗いてはいるが、初撃以外撃っていない。

 

『当真さん、朝田。アンタらも少しは撃ったらどうだ?』

 

『流石にやられそうならフォローしますけど、平気そうですし。同士討ち(フレンドリーファイア)しそうなので』

 

 迅があからさまな隙を作る時があるが、そこに僅かな間を置かずに太刀川たちが入ってくるのだ。明らかに誘っている。味方ごと撃ち抜くのはランク戦でも良く使う手だが、失敗した時のリスクが高い。

 

『おいおい、躱されるのは仕方ない? そんなこと言ってっからオメーはいつまで経ってもNo.2なんだよ』

 

『……何だと?』

 

『外れる弾を撃つのは俺のプライドが許さねー。てな訳で俺は出水達の方に行くぜ』

 

 はあ、と聞いている側は頭を抱えたくなる。なぜ煽って仲間割れのようなことをするのか。当真の判断も正しいが、これではこの後でしこりが残るだろう。

 

『おい!』

 

『いや、それでいい。向こうを手早く始末した方がこっちも楽になる。だが、お前も居なくなると困るぞ』

 

『…………はい』

 

 やりきれない気持ちを抑えて太刀川に従う奈良坂。

 その後も数合、太刀川は剣を交えるも違和感を感じて仕方ない。

 

「…………?」

 

「どうした太刀川」

 

「うん? いや……なんでもない」

 

 どこか腑に落ちない表情で、太刀川は迅を見つめる。この男は本当に自分たちを倒すつもりがあるのだろうか。風刃を使う気もないようだし、そこまでの圧力(プレッシャー)もない。

 

「めんどうだなー。玉狛行きましょうよ」

 

 そう提言するのは菊地原。そもそもの目的は(ブラック)トリガーの奪取。迅を相手に正面戦闘することではない。

 

「戦力を分断している今、玉狛に向かうのは拙い。木崎たちはもちろん(ブラック)トリガーもいる。最悪挟撃されるぞ」

 

「はあ……回りくどい」

 

 最後の一言は誰にも届かず、空に掻き消えた。なぜ、風間たちがあそこ迄警戒するのかわからない。迅とは遠征訓練で何度か手合わせしたが、そこまでの強さを感じなかった。

 

 

 

 

 僅かばかり、時を遡った別の戦場では——

 

 

「嵐山さん、玉狛の狙いは何だ!」

 

「さあ、よく知らないな」

 

「ていうか、企みはそう簡単に教えるものでもないでしょう」

 

 実際、木虎もよく知らないが、バカなんですか、と言いたげな視線を送っておく。

 

「うっわ、可愛くねー」

 

 そう言うのは出水。このクソ生意気な後輩は相変わらずの様子だ。バカにされた三輪は怒りが収まらないようだ。射殺さんとばかりに睨み付け、拳を握り、奥歯を噛み締める。

 

「無駄話をする暇はないので、さっさと倒しましょう」

 

 二刀を抜き放ち、臨戦態勢に入る和人。それに応じて明日奈も細剣を構える。まぁそうだな、と頷いた出水もトリオンキューブを出して攻撃態勢に入る。

 

『……佐鳥先輩、撃たないで下さいよ』

 

『いやいや、なんで——』

 

『誘いに決まってるじゃないですか。フォローするの私たちなんですから、考えて下さい』

 

『しかし、数的不利の状況は変わらないぞ』

 

「来ないならこっちから行くぞ」

 

 言うや否や弾丸を雨霰と飛ばしてくる出水。木虎がシールドを張り、嵐山と時枝が応戦。火力も防御も足りていない。ほぼ二チームを相手取っているようなものだ。

 

「このままじゃジリ貧ですね」

 

「まあ、なんとかなるさ。賢」

 

『了解でーす。っと』

 

 バッグワームを解除。もう一本のイーグレットを生成し、二丁同時に引き鉄を引く。その二条の弾丸は出水の脚と三輪の拳銃を持った腕を撃ち抜いた。そして得意のドヤ顔と共にその場から離脱する。

 

「あの野郎〜」

 

 シューターは腕が無くても弾丸を扱える。だから脚を撃ち抜いた。出水も頭と心臓は警戒していたが、これは予想外。一方の三輪は攻撃手(アタッカー)の寄りの万能手(オールラウンダー)なので、武器を扱える腕——しかも利き腕が無くなるのは後々辛くなってくる。

 

「チッ——陽介」

 

「ほいほいー、っと」

 

「木虎、フォローを頼む」

 

 一発で仕留めろ、と言いたいが止むを得ない。確実な手段を選んだのだ。ダメージを与えられずに居場所がバレるよりは余程マシだ。

 

 

 

 佐鳥を追撃する米屋と援護に回った木虎。今のところ完全な一対一だが、下のより一層深刻になった数的不利の状況を考えると、手早く終わらせるか、多少のダメージを与えて合流するか。木虎の役目は佐鳥が離脱するまでの時間稼ぎだが、相手にしてみれば好都合。A級五位とはいえ、たかが二人。この有利な状況で出水の高火力攻撃と数で圧殺し、始末する。

 そこまで考えて、木虎のやるべき事は決まった。あとはどうするかだ。

 

「おいおい、不法浸入だろ」

 

「……米屋先輩、不法浸入って言葉知ってたんですね」

 

「お前なぁ、流石に俺でも『DANGER(デンジャー)』を『ダンガー』とは読まないぜ?」

 

 ま、と石突で床をトントンと叩いて構える。

 

「行くぜ」

 

 風車のように槍を振り回す米屋。対して狭い室内を利用して逃げ回る木虎。

 

「つーか、狭えな……『旋空孤月』」

 

「なぁっ⁉︎」

 

 壁を切り刻み、床と天井も破壊する。死角からの斬撃に反応したが、多少の手傷を負った。

 しかし捨てられてるとは言え、元は人の家。そのような蛮行に優等生が黙ってはいない。

 

「人の家ですよ?」

 

「固いこと言うなって。この方が全力でやり合えるじゃん?」

 

 不敵な笑みを浮かべて槍を構える。この距離は相手の間合だ。視界はオペレーターの支援で問題ないが、遮蔽物がない。かつ、切り崩した瓦礫などで足場が悪い。そして屋内の狭さを利用するつもりがそれも無くなってしまった。

 だが、それは言い訳にならない。彼女はエリート。与えられた仕事に期待以上の結果をもって答える。

 

「私に全力を出させたことを後悔させてやるわ」

 

 木虎VS米屋、開幕。

 

 






今回もイタリア語。意味は『プライドをかけた戦い』。
適当です、ハイ。最初は違ったんですけど、展開が変わったので適当に捻り出しました。



それじゃあまた次回とか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。