ある新鎮守府と料理人アイルー (塞翁が馬)
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料理人サイファー

「じゃあ吹雪。今日から宜しく頼む」

 

「はい! こちらこそよろしくお願いします、提督っ!」

 

 とある一室での青年と少女の会話。

 

 少女から提督と呼ばれた青年は、少し高めの身長にがっしりとした体つき。しかし、精悍ではあるが少し幼さも残す顔つきに、立派な軍服を身に纏っているが、どうにも着られている感が強い。

 

 対して、青年から吹雪と呼ばれた少女も、溌剌とした言葉の影に僅かながらの緊張が見て取れる。

 

 総じて、二人ともまだまだ巣立ったばかりの雛鳥を感じさせる。

 

「よし! では、早速だが出撃をしてもらう。場所は鎮守府近海…大した敵はいないと思うけど、少しでも危ないと感じたらすぐに撤退するように」

 

「了解です!」

 

「吹雪が帰ってくる頃には、二隻目の艦娘も建造完了していると思う」

 

「ふふ、楽しみです! それでは吹雪、出撃します!!」

 

 意気揚々と部屋を後にする吹雪。それを確認した提督は執務机の上にあった書類に目を通し始めた…のだが。

 

「あ、あのー、提督…」

 

 程なくして、吹雪が所在なさげに部屋に戻ってきた。

 

「ん? どうした吹雪、なにか不明な点でもあったか?」

 

 やけに挙動不審な吹雪に提督が不思議そうに首を傾げる。不明な点…とは口にしたものの、今回の作戦内容は実質訓練の様な物だ。実戦になる以上油断は大敵だが、不明な点が出てくるほど難しいものでもない。

 

「あ、いえ、そうではなくてですね…」

 

 そう言って、吹雪は扉の付近から”何か”を抱え、部屋の中に入ってきた。

 

「………猫?」

 

「………猫……ですかね? 鎮守府入り口の付近で倒れていたんです」

 

 その”何か”をまじまじと見つめながら言葉を交わす提督と吹雪。

 

 顔つきは確かに猫そのものだった。だが、猫とは思えない程に体長が高い…恐らく百センチは超えていると思われる…上に、まるで人間の様に服を着ている。猫用の…とかではなく、確かな人間の服を。

 

「………ニャ」

 

 不意に、猫の様な何かが目を覚ました。驚きに目を見開きながらも、未知の存在に身構える提督と吹雪。

 

「…お、お腹空いたニャ…。な、なにか、食べ物を…」

 

「しゃ、喋った!?」

 

 確かな言葉を口にした猫のような何かに吹雪が驚愕の声を上げるが、それ以降、猫のような何かが言葉や動きを見せる気配がない。

 

「…どうやら行き倒れに成る程空腹の様だ。とりあえず、何か食べる物を持ってきてくれ」

 

「あ、は、はい! 分かりました!! …猫缶とかでいいのかな? そんなのあったかな…」

 

 

 

 

 

「むはーっ!! 生き返ったニャ!!」

 

 吹雪の用意した猫缶を十個ほど平らげた猫の様な何かが、満足そうに自分の腹を撫でながら大声で叫ぶ。

 

「お二人とも本当にアリガトウございますニャ! このご恩は一生忘れませんニャ!!」

 

 次いで、提督と吹雪に向かって深々と頭を下げながら感謝の言葉を述べる。

 

「…ふむ。少し質問させてもらってもいいか?」

 

 猫のような何かの行動に吹雪は唖然としていたが、提督はいち早く気を取り直し問い質す姿勢に移る。

 

「何なりとどうぞですニャ!」

 

「君は一体…何だ?」

 

 快諾を受けた提督の質問。が、やはり提督も少し錯乱している様だ。こんな曖昧な聞き方では聞かれた方も困惑するだろう。

 

 案の定、猫のような何かは困ったように首を傾げる。

 

「うーんとえーと…。ボクはアイルーのサイファーですニャ」

 

「アイルー?」

 

 戸惑いながらも、自分の事を口にする猫のような何かに、今度は吹雪が不思議そうに聞き返す。

 

「獣人族の一種ですニャ。…知らないニャ?」

 

 不安げに聞く猫のような何かだったが、提督も吹雪もアイルーなどという生物は聞いた事も無いので、二人揃って首を横に振る。それを見た猫のような何かは「ニャアアァァ~~……」と残念そうにうな垂れた。

 

「…まあ、アイルーと言うのは置いておくとして、名前はサイファーでいいのか?」

 

「ハイですニャ! 前の旦那さんがつけてくれた素敵な名前ですニャ! なんでも、おとぎ話の円卓の鬼神とかいうのから取った名前だそうですニャ!!」

 

 続く提督の質問に先ほどまでの態度を一変、輝かんばかりの笑顔で自らの名前…その由来までをも嬉しそうに語る猫のような何か…サイファー。どうやら、相当自分の名前がお気に入りらしい。

 

「旦那さん?」

 

「以前のボクの雇い主ニャ! 最強最後の超絶ハンターニャ! どんな天災レベルのモンスターも旦那さんに掛かればイチコロニャ!!」

 

 サイファーのセリフの中にあった言葉を口にする吹雪に、サイファーは自慢げに説明する。

 

「雇う…? という事は、君は何か特別な技術を持っているのか?」

 

「ハイですニャ! ボクは料理が出来ますニャ! 前の旦那さんにも褒められた腕前ですニャ!!」

 

 提督の更なる質問に、元気よく答えていくサイファーだったが、料理という言葉に提督と吹雪の眉が微かに反応した。

 

「…提督。これは、渡りに船かもしれませんよ」

 

「…そうだな。この新設の鎮守府には、間宮や伊良湖、大淀、明石といった裏方の艦娘がまだ配属されていない。特に間宮達が担当する料理はどうしようかと頭を抱えていたのだが…」

 

「ですよね! なら、この子を雇い入れれば…」

 

「しかしだ。率直に言うが、俺達が普通に食べれるような料理が出てくると思うか?」

 

「…う、そ、それは…」

 

「とはいえ、確かにこのまま逃してしまうのも惜しい気がする…。という事で、だ」

 

 サイファーに聞こえないようにこそこそと相談する提督と吹雪だったが、不意に提督がサイファーに向き直る。

 

「良かったら君の料理の腕前を見せてもらえないか? 無理強いはしないが…」

 

「お安い御用だニャ! 恩返しも兼ねて、腕によりをかけて作るニャ!」

 

 提督の提案にサイファーは二つ返事で頷くのだった。

 

 

 

 

 

 鎮守府の一角にある大食堂。将来的に様々な艦娘がお世話になると見越して作られた広さだが、今現在の利用者は提督と吹雪、そしてサイファーの三人のみだ。

 

 そして、サイファーの料理なのだが…。結果だけ言えば提督の心配は杞憂に終わった。

 

 最初こそ普通に備え付けられていた食材を不思議そうに品定めしていたサイファーに不安を覚えた提督と吹雪だったが、出てきた料理はどれも豪華且つ濃厚で美味しそうな見た目をしていた。

 

 そして、実際の味も文句なく美味であった。かなり味付けが濃いので、人によっては胃もたれする可能性もあるにはあるかもしれないが、力を付けるという意味では絶好の内容だろう。

 

「…はあ~っ! 美味しかった!」

 

「ああ、まさに想像以上だ。正直、ここまで出来るとは思わなかった」

 

 

  スキル:ネコの射撃術が発動!!

 

 

 サイファーの料理を十二分に堪能した提督と吹雪が、満足げにお腹の辺りを擦りながら言葉を漏らすが、不意に吹雪が勢い良く立ち上がった。

 

「少し遅れましたが、提督! 特型駆逐艦吹雪、今度こそ出撃します!」

 

「飯を食ったばかりですぐに動いて大丈夫か?」

 

「はい、大丈夫です! それどころか、何やら体の内側から力が湧いてくるような気がしてるんです! 今ならどんな強敵も倒して見せます!!」

 

「それは頼もしいな。だが、無理はするなよ。身の危険を感じたら、すぐに撤退するように」

 

「了解しました! それでは!」

 

 提督の注意もそこそこに、吹雪は文字通り大食堂を飛び出して行ってしまった。

 

「よく分かんないけど、頑張ってニャ~!」

 

 そして、そんな吹雪にサイファーは右手を振りながら激励の言葉を送るのだった。




ネコの射撃術

 砲撃による攻撃の威力を約20%上げるスキル。雷撃、航空戦、その他の攻撃には適用されない。


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サイファーと文月

 食事を終え吹雪を見送った提督とサイファーは、再び執務室に戻ってきていた。

 

「さて、サイファー君にここに来てもらったのは他でもない。この鎮守府の料理人として君を雇いたいのだが」

 

「雇ってもらえるのですかニャ!? むしろ、こちらからお願いしたいくらいでしたニャ!!」

 

 提督の言葉が終わる前に、勢いよく首を何度も縦に振りながら即答するサイファー。その表情からは、大きな安堵が見て取れる。

 

「…どうやら君も訳ありのようだが、良ければ聞かせて貰っても?」

 

 サイファーの態度に何かあると直感した提督が、少し視線を鋭くして問い質す。対して、サイファーは少しの間の後、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 色々と己の感情を交えながらサイファーは語ったので、話自体は長くなってしまったのだが、要約するとこうだ。

 

 以前雇われていた旦那さん(サイファーが旦那さんと呼ぶので提督は男だと思っていたが、よく聞くとどうやら女性…それも見た目は深窓の令嬢といった感じらしい)がハンター稼業を引退した折、サイファーは兼ねてより望んでいた世界を巡る旅を決行したそうだ。

 

 暫くは順調に各地を回っていたのだが、それは突然起こった。

 

 いつものように野宿をしていたある日、目が覚めると全く知らない場所…寝た場所は密林の奥地だったのに、一切見覚えのないコンクリートが並び立つ謎の地にいたのだ。

 

 とはいえ、最初は楽観視していたそうだが、すぐに厳しい現実が襲ってきたのだ。

 

 食べ物が無い! 寝る場所はどこでもいいし、服も最悪着なくても問題ないのだが、食べ物だけは別だ。商店の様な場所で食べ物らしきものが売られているのはすぐに確認できたが、残念ながら持っている通貨とその商店で使われている通貨が全く違ったため、渋々諦めたらしい。

 

 見慣れた草食種や、すぐに食べれる野草なども見つからず(アプトノスやポポ、薬草やげどく草などと言っていたが、提督には何のことかさっぱりだった)鎮守府で拾われるまで碌に物を食べられなかったそうだ。

 

「…簡単な調理器具は持ってたけど、肝心の調理素材が無ければどうしようもないのニャ」

 

 かなりお疲れ気味にしみじみと呟くサイファーだったが、提督からすれば俄かには信じがたい内容だ。もしサイファーの言っている事が本当ならば、目の前の生物は異世界の存在となるからだ。とはいえ、このような生物は見た事が無い…どころか、存在すら知らなかったというのもまた事実なのだが…。

 

「君は…深海棲艦という生物を耳にした事はあるか?」

 

「シンカイセイカン? 新たなモンスターか何かかニャ?」

 

 一応尋ねてみる提督だったが、サイファーは首を捻るばかりだ。世界レベルで脅威となっている存在を知らない筈はないのだが、サイファーはどう見ても本気で首を傾げている。

 

「モンスターか…。まあ、あながち間違ってもいないか。結構前から我ら人類と敵対している存在だからな。奴らは海からやってくる」

 

「海から…。という事は海竜種か魚竜種ニャ? ラギアクルスとかガノトトスと同類ニャ?」

 

「いや、奴らは人型だ。特に、能力の高い奴等は我らとそっくりの姿をしている」

 

「なんと!? 人型のモンスターニャ!!? これは大発見ニャ! 研究者の人々は早速調査に出掛けるニャ! 前の旦那さんも、きっとウキウキ気分で大剣担いで一狩り行っちゃう筈ニャ!!」

 

 沈痛な面持ちで語る提督とは対照的に、興奮気味に捲し立てるサイファー。明らかに会話が噛み合っていないが、楽しそうな雰囲気に水を差すのもあれなので、あえて提督は突っ込まない事にする。

 

「その深海棲艦と戦うための最前線の施設がこの鎮守府だ。そして、深海棲艦に唯一致命ダメージを与えられるのが艦娘と呼ばれる存在…先ほどの吹雪も艦娘だ」

 

「つまり、あの女の子もハンターさんなのニャ? その、シンカイセイカンとかいうモンスター専門の」

 

「む…。まあ、君の基準で言えばそうなる…のか? しかし、艦娘がハンターとは…言い得て妙だな」

 

 フッと笑みを漏らす提督。と、その時執務室の扉が少し強めにノックされた。

 

「入りたまえ」

 

 提督の許可と同時に、勢いよく扉が開けられる。そして、一人の少女が室内に入室してきた。

 

「こんにちはしれいかん。くちくかん、ふみづきだよ~。よろしくね~」

 

「ああ、こちらこそよろしく頼む」

 

 どこかふわふわした雰囲気の少女…文月の挨拶に提督も笑顔で挨拶を返す。が、その直後、文月の視線がサイファーを捉えた。

 

「わあぁぁ~! おっきなネコさんだ~っ!!」

 

「ニャッ!?」

 

 歓声を上げながらサイファーを抱え上げる文月。突然の事にサイファーは驚きの声を上げる事しかできない。

 

「う~ん、もふもふ~! にゃーにゃーもふもふ~♪」

 

「は、放してニャーっ! ボクはオモチャじゃないニャーっ!!」

 

 そのまま上機嫌にサイファーの背中に頬を擦り付けながら猫の鳴き声の真似等をする文月だったが、サイファーが喋ったのを見ると、もともとまん丸で大きな瞳をさらに大きく見開きサイファーの顔を見つめ始めた。

 

「…な、なんニャ?」

 

 恐る恐る、といった感じで文月に話しかけるサイファー。その直後、

 

「しゃべったーーーっ!!? わーすっごいねーかしこいねーっ!! にゃふふふふ~♪」

 

 楽しそうな声を上げながら、今度はサイファーの顔に自分の顔を擦り付け始める文月。

 

「ニャ、ニャー…。離してくれニャー…」

 

 これでもかと言わんばかりの激しいスキンシップを取る文月に抗議の声を上げるサイファーだったが、その弱弱しい声が文月に届く事は無かった。

 

 しかし、口調は割と本気で嫌がっているサイファーだったが、特に文月の腕を払いのけようとしたりはしない。

 

「…口で嫌がっている割には、暴れたりはしないんだな」

 

 提督もその事が気になったらしく、サイファーに聞いてみた。

 

「女の子相手に乱暴は出来ないニャ…」

 

「―――むう、意外に紳士だな…」

 

 そして返ってきた器の大きな返答に、提督は感心した様な感じの声で唸った。

 

「提督! ただ今帰投致しました!」

 

 その時、執務室の入り口から聞こえた溌剌とした声。全員が扉の方に振り向くと、そこには吹雪が武装を掲げて立っていた。

 

「お疲れ吹雪。怪我や損傷した個所は無いか?」

 

「はい! 今回の作戦は無事に終える事が出来ました!」

 

 労いの言葉を掛ける提督に、吹雪も元気よく返事をする。多少服が汚れたりしているが、特に目立った異常はないので、言う通りに問題は無いのだろう。

 

「あなたが、このちんじゅふのしょきかんね~。わたしはふみづきっていうの~、よろしく~」

 

「…あ、建造された艦娘ですね! 私は吹雪です! よろしくお願いします!!」

 

 提督に続いて声を掛けてくる文月に、吹雪も勢いよく挨拶を返した…のだが。

 

「あ、あの…。サイファーさんぐったりしてますよ…?」

 

 文月の腕の中で力なくうな垂れているサイファーを指差しながら、困惑気に文月に声を掛ける吹雪。対して、吹雪に返ってきたのは二つの意思。

 

「ふぶきももふもふする~? きもちいいよ~♪」

 

 一つは、吹雪を同じ道に堕とそうとする純粋無垢な悪魔の囁き。

 

 そして、もう一つは声こそ出さないが助けを乞う哀れな贄の双眸。

 

 刹那の思考の末、吹雪がとった行動は…!

 

「…わ、私もちょっとモフモフしてみたい…かな……」

 

「ニャアアアァァァァ―――」

 

 サイファーの大きな落胆を示す声が、執務室内に木霊した。



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第六駆逐隊と男の肉焼きセット

作中に出てくる肉焼きセットは、『女の肉焼きセット』『男の肉焼きセット』として実際に過去作やフロンティアで採用されています。カプコンが病気なのは間違いない。


 サイファーが鎮守府に雇われることが決まってから数日が経った。その間に、所属艦娘が少しずつ増えていく。と、同時にサイファーの仕事も忙しくなってきた。

 

「「「「「「いただきます!」」」」」」

 

「どうぞ召し上がれニャ!」

 

 大食堂に響く六つの元気な食事の挨拶と、それに呼応するサイファーの声。今食事をしている艦娘達は、全員がこの後出撃を控えている者達だ。

 

 サイファーの料理には身体能力を向上させる不思議な力がある。最初は半信半疑だった提督や艦娘達だったが、料理を食べずに出撃した場合と、食べてから出撃した場合、明らかに後者の戦果が優れているのが判明。以降、この鎮守府では出撃する前に必ずサイファーの料理を食べる事となったのだ。

 

 

   スキル:招きネコの幸運が発動!!

 

 

「ふあーっ、食べた食べた! 今日もサイファーの料理は美味いなぁ!」

 

 料理を一番に食べ切った深雪が、自分のお腹辺りを撫でまわしながら満足げに口を開く。

 

「少しお行儀が悪いですよ深雪」

 

「でも本当に美味しいもん! 仕方ないねっ!」

 

 深雪の動作を窘める白雪。その隣では、子日も嬉しそうにはしゃいでいた。

 

「サイファーの料理は大好きなんだけど、これ食べる時って確実に出撃がセットだから面倒でもあるんだよなぁ…。あ~あ、料理だけ食べたいなぁ~…」

 

「御馳走様でした! 今日も美味しかったです!」

 

 深雪、白雪、子日の三人がわいわいやっている対面で、望月が楽しさと面倒くささがない交ぜになった複雑そうな表情で呟き、その隣の吹雪がお行儀よく食後の挨拶をする。

 

「みんなたべおわったね~? それじゃ、きかんふみづき…しゅつげきするよ~!」

 

 五人が食べ終わったのを確認した文月が高らかに宣言してから意気揚々と大食堂を後にする。そして、その後を吹雪達五人が追いかけて行った。

 

「ニャー! 頑張ってニャーッ!」

 

 そんな彼女達を、サイファーは応援の言葉を送りながら見送るのだった。

 

 

 

 

 

 文月達の食事の後片付けを終えたサイファー。そして、今度は自分の昼食の支度にかかる。

 

 とは言っても、これはそれほど面倒な作業ではない。何故なら、今からサイファーが作ろうとしているのは…ズバリ、こんがり肉だ。肉焼きセットを使えば物の数十秒で出来上がる。必要なのはタイミングのみ!

 

 いそいそと自分の持っていたポーチの中から『高級肉焼きセット』を取り出し、そこに生肉をセットするサイファー。

 

 

 ♪フンフンフンフンニャッニャニャッニャニャニャニャッニャニャッニャニャニャニャンニャオニャンニャオニャニャニャニャニャン――――――………。

 

 

「ウルトラ上手にっ!! できましたニャーーッ!!!」

 

 タイミングよく焼きあがった肉を引き上げ、そのまま高々と掲げながら大声で叫ぶサイファー。その直後、こんがり肉Gの食欲をそそる香りが調理場内に充満した。

 

「いつ嗅いでも美味しそうな匂いニャー。後は、マタタビふりかけなんかを振りかければ最高なんだけど…ま、ないもんは仕方ないニャ」

 

 ブツブツと呟きながら、こんがり肉Gにかぶりつくサイファー。その食事の最中に、調理場の入り口が開く音がした。

 

「…こっちから、いい匂いが」

 

「あ! サイファーさんが何か食べてるのです!」

 

 白髪の長い髪の女の子を先頭に、四人の少女達が調理場に入場してくる。

 

「アナタ達は…確か『第六駆逐隊』っていう名前のパーティの子達だニャー」

 

「こんにちはサイファー。お食事の邪魔をしてごめんね」

 

 入ってきた四人を、顎に右手を当てながら思い出すサイファー。そして、そのうちの一人…雷がサイファーに挨拶と謝罪を投げかける。

 

「別に構わないニャー。それより、どうかしたニャー?」

 

「…暁、涎出てるよ。あれ食べたいの?」

 

 雷の言葉を受け止めた後、サイファーは四人に用件を聞くが、サイファーの台詞に被せるように響が暁の様子を指摘する。

 

「な!? ち、違うわよっ! レ、レディーがそんなはしたない真似する訳ないじゃない!」

 

 慌てて響の言葉を否定する暁だが、その視線はサイファーが置いた皿の上にあるこんがり肉Gに釘付けだ。どうやら、かなり気になるようだ。

 

「欲しいなら、自分で作ってみるといいニャー。これを使えばすぐに出来るニャー」

 

 そう言って、高級肉焼きセットの準備を手早く済ませるサイファー。

 

「わあ、いいのですか!?」

 

「良かったじゃない暁! ほらほら、早速やってみたら?」

 

「んも~っ! だ、だから食べたい訳じゃないって言ってるでしょーっ!? …だ、だから、これは…そう、作ってみたいだけだからね!」

 

 感嘆の声を漏らす電と暁を茶化す雷。だが、暁は暁で文句を言いながらも言われるがままにサイファーが用意した椅子に座る。どうやら、作る気…いや、食べる気満々の様だ。

 

「必要なのはタイミングニャ! 音楽が鳴り止んで、肉の色が変わったらサッと肉を引き上げるニャ!」

 

「音楽? タイミング?」

 

 サイファーの説明に、暁は首を傾げながらも肉を回し始める。

 

 

 ♪フンフンフンフンニャッニャニャッニャニャニャニャッニャニャッニャニャニャニャンニャオニャンニャオニャニャニャニャニャン――――――。

 

 

「えいっ!」

 

 気迫のこもった声で肉を引き上げる暁だったが、残念ながらまだ肉は生焼けだ。

 

「残念ニャ! ちょっとタイミングが早かったニャ!」

 

「ううう~…! も、もう一回…もう一回よ!」

 

 サイファーのアドバイスに、暁は悔し気に憤りながらサイファーに再挑戦を求める。

 

「ねえサイファー。どうして、同じような道具が何個もあるんだい?」

 

 その時、いつの間にかサイファーのポーチを漁っていたらしい響が、今暁が使っている高級肉焼きセットと全く同じ物を二つほど取り出してサイファーに見せる。

 

「ニャ!? そ、それは駄目ニャ! 使われるとボクが凄く恥ずかしいニャ…!」

 

「…そこまで露骨に恥ずかしがられると、凄く気になるじゃないか」

 

 そう言って、羞恥に悶えているサイファーの制止を振り切ってポーチの中にあった二つの肉焼きセットの内の一つを、先ほどのサイファーの準備の見様見真似で用意し、響は肉を回し始めた。

 

 

 ♪チャッチャチャッチャッタッタラ~ン「アハ~ン❤」テッテレ~ン「ウフ~ン❤」タッタテレレテレレシュッビドゥバハ~ァン――――――…。

 

 上手に焼けました❤

 

 

「「「………………」」」

 

「な、な、な、何よそれ……!!?」

 

 明らかに怪しい雰囲気の音楽と、甘ったるい大人の女性の声を放つ肉焼きセットに、響、雷、電は白い目でサイファーを見つめ、暁は顔を真っ赤にしながら怒鳴る。

 

「ニ”ャニ”ャーーッ!! ボクだってそんなの持ちたく無かったニャー! で、でも、前の旦那さんが面白いからとか言って、半ば強引に…!」

 

 必死に弁明するサイファーだったが、六つの白い瞳と二つの恨みがましい瞳が止む事は無い。

 

「…まあいいか。じゃあこっちは一体何が聞けるのかな…?」

 

 四人の中でいち早くサイファーに軽蔑の視線を送るのを止めた響が、二つ目の肉焼きセットを回し始めた。表情からは窺い知れないが、声が少し弾んでいるところを見るに、何だかんだで響も結構興味津々の様だ。

 

 

 ♪フンフンフンフンウバウバンバンバウガウガンガンガウバンバウガンガンバンガアッー! ――――――…

 

 上手に焼けましたーっ! ヨイショォッ!!

 

 

 異常に低く、むさく、暑苦しい数人の男達の声を放つ肉焼きセット。そのあまりに異様な雰囲気に暁、響、雷、電、そして持ち主である筈のサイファーも真顔で口を閉ざす。

 

 その、何とも言えない雰囲気の中少し時間が経った。が、

 

「………ハラショー」

 

 不意に、響が口を開く。と、同時にもう一度肉焼きセットを回し始めた。

 

 

 ♪フンフンフンフンウバウバンバンバウガウガンガンガウバンバウガンガンバンガアッー! ――――――………

 

 押忍っ!! ウルトラ上手にっ! 焼けましたーーっ!!

 

 

「…フフフッ、これはいいものだ…」

 

 どうやら、響はこの男臭い肉焼きセットをかなり気に入ったようだ。今作ったこんがり肉Gにかぶりつきながら、新しい生肉を焼こうとしている。

 

 いや、響だけではない。他の三人も、ソワソワしながら響に近づいていく。その目付きは、明らかに自分もこの肉焼きセットを使ってみたいと雄弁に語っていた。

 

「ニャ、ニャー…。皆、あの肉焼きセットを気に入ったニャ…?」

 

「あ、あの勢いだけで押し切る感じは結構好きなのです」

 

「やけに耳に残る声でもあるしね…」

 

「レレレ、レディがあんな下品な肉焼きセット気に入る訳ないでしょ!? た、ただ…その、あ、あれよあれ! その、あ、あれなのよ!!」

 

 サイファーの問いに、雷と電は苦笑交じりに肯定し、暁も口では必死に否定しているが、その理由が全くもって要領を得ない。

 

 結局、四人全員があと一回ずつ回す事となり…。

 

 

 

 

 

「「「「押忍っ!! ウルトラ上手にっ! 焼けましたーーっ!!」」」」

 

 

 

 

 

 四人目…暁が焼き終わる頃には、四人全員が声の締めを大合唱するまでになってしまった。

 

 後に、この男臭い肉焼きセットは鎮守府内で大流行する事となるが、それはまだまだ先のお話―――。




招きネコの幸運

 命中率と回避率をそれぞれ10%上昇させる。

招きネコの激運

 命中率と回避率をそれぞれ20%上昇させ、羅針盤に勝てる確率が上がる。



 完全改変猫スキルその壱。本作では艦娘は全て建造でのみ出現させるつもりなので、海域ドロップなどはありません。そして、それ以外に出撃で運が必要になると言えば、やはり羅針盤と命中、回避になると考えた上でのスキル効果です。

 ただし、上位スキルである激運の方はサイファー一人では発動できません。


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オトモアイドル

 鎮守府内には執務室と大食堂の他にも数多くの個室がある。これも食堂が広い理由と同じく、後に様々な艦娘達の住居とするためだ。

 

 肉焼きセットの事件からさらに数日が経ったある日、サイファーはその内の一つの個室…川内型三姉妹が使っている個室に呼び出された。その理由はというと…。

 

「~~♪ ~~~♪♪」

 

「ニャッ! ニャンニャニャ~ン!」

 

 部屋のど真ん中でちゃぶ台の上に立って気持ちよさそうに歌う那珂と、その後ろで愛嬌を振りまくサイファー。

 

「~~~~イェイッ!!」「ニャン!!」

 

 そして、二人同時に決めポーズをとる。

 

「ニャ! こんな感じで良いニャ?」

 

「うーん、もうばっちりだよっ! あー、やっぱりバックダンサーがいると、アイドルって感じがするぅ~!」

 

 手に持っている極太のマーカーペンを両手で握りしめながら、感慨深そうにしみじみと口にする那珂。マーカーペンはマイクの代わりの様だ。

 

「人語を解するネコがバックダンサーなんて、話題性抜群だもんね! よーし、これで一気に艦隊のアイドル…そして、アイドルのてっぺんにまで登り詰めちゃうぞーっ!!」

 

「そんなのどうでもいいからさ、ねね、サイファー! 今から料理作ってよ料理!」

 

 己の野望を高らかに宣言する那珂だったが、唐突に川内が割って入り、サイファーに料理をせがむ。

 

「ニャ、ニャ? で、でももう暗くなってきたニャ。今から海に出るのは危ないニャ」

 

「私は夜戦がしたいの! だから、ね? お願いサイファー!」

 

 窓の外を確認しながら困惑した様子で川内を窘めようとするサイファーだったが、その言に川内は一切耳を貸さず、サイファーを背後から抱きしめながら勢いよく懇願してくる。

 

「駄目ーっ! サイファーは今から私と一緒に新しい振り付けの練習をするのっ!」

 

 しかし、当然ながら己の予定を邪魔される形になった那珂も黙ってはいない。川内の腕の中でもがいているサイファーの右腕を取り、強引に自分の方へ引き寄せようとする。

 

「やーだーっ! 夜戦ーっ! 夜戦行くのーっ!!」

 

「サイファーも私も、歌や振り付けの練習に忙しいんだから、離してよーっ!!」

 

「ギニャーーッ!!? 痛い痛い腕がもげるニャーーッ!!! どっちでもいいから一旦離して欲しいニャーーッ!!!」

 

 川内と那珂によるサイファーの取り合いが発生するが、当のサイファーは右腕と身体を全く逆方向に引っ張られているのでたまったものではない。

 

 あらん限りの大声で悲鳴を上げるサイファーだったが、川内も那珂も一歩も引かず、お互いを睨み合いながらサイファーを己の物にせんと、サイファーを掴む腕に更に力を籠める。

 

「ふ、二人とも止めてっ!!」

 

 その時、オロオロしながら様子を窺っていた神通が、若干ビクつきながらも川内と那珂を制止しようとする。とはいえ、こんな程度では二人は止まらないという事も知っているので、続けざまにまずは川内に視線を向ける。

 

「止めないと、提督に言いつけて夜戦禁止令を出して貰いますよ!?」

 

「そんなの出されても、出撃したら夜戦出来るもーん」

 

「これから建造されるであろう、重巡や戦艦の人達にも言って強引に止めさせますっ!!」

 

「そこまでするの!? …う、そ、それは困っちゃうなぁ…」

 

 神通の決意と気迫に満ちた言葉に、流石の川内も少し尻込みする。そして、程なくしてサイファーを腕の中から解放した。

 

「きゃはっ! じゃあ川内も諦めた事だし、私と一緒に練習ガンバロー!」

 

「いえ、残念ですがその練習も今日限りで終わりです」

 

 ライバルがいなくなった事により、上機嫌にサイファーを抱きしめながら気合を入れる那珂だったが、そこに入る神通の無慈悲な宣告。

 

「むーなんでよー? なんか問題でもあるのー?」

 

 頬を膨らませ、見るからに不機嫌ですと言わんばかりの表情を浮かべながら神通に詰め寄る那珂だったが、その問いには答えず神通は川内に視線を送る。

 

「一つ川内に聞きますけど、可愛いアイドルと立って踊って歌えるネコ…川内ならどちらに興味が湧きますか?」

 

「へ? うーん……まあ、そりゃネコの方かな…。可愛いアイドルなんて幾らでもいるし…」

 

 突然の神通の質問に、一瞬呆けながらも思った事を答える川内。その答えに満足したらしい神通は、一つ頷いてから今度は那珂に視線を送る。

 

「次に那珂に聞きますけど、このユニットのメインは誰ですか?」

 

「そんなの決まってるよ! もっちろん、この艦隊のアイドル…那珂ちゃんだよーっ!」

 

 神通の問いかけに、那珂は元気よく答える。が、

 

「今のままでは、永久に那珂がメインになる事はありませんよ」

 

 その答えを神通がバッサリと切り捨てる。

 

「な……なんでよーーっ!!?」

 

 あまりにもキッパリと言い切られてしまった為、怒りを通り越して悲しみすら漂う雰囲気を醸し出しながら神通に詰め寄りその理由を聞く那珂。

 

「さっきも川内が言いましたけど、可愛いアイドルと歌って踊れるネコなら、恐らく百人中九十九人はネコの方に興味を示すでしょう。正直、私もこの二つならネコの方に興味を持ってしまいます」

 

 理路整然と理由を述べる神通に、那珂の表情がみるみる絶望に染まっていく。しかし、神通は遠慮をしない。那珂の目の前に自分の右手人差し指を立て、厳しい面持ちで口を開いた。

 

「つまり! 今のまま二人が同じステージに立つと、可愛いアイドルとそのバックダンサーではなく、歌って踊れる世にも珍しいネコとそのオトモアイドルという図式になってしまうのです!!」

 

「あ、ああ………う、あ…」

 

 この世の終わりが来た、とでも言いそうな顔でうな垂れる那珂。それと同時に、サイファーを拘束していた両腕の力も緩んだため、サイファーは急いで那珂の腕の内から脱出する。

 

「ニャフー、助かったニャー。ありがとうございますニャ」

 

「い、いえ、こちらこそ姉と妹が迷惑を掛けて申し訳ありません…」

 

 神通に向かって頭を下げるサイファーだったが、逆に神通から頭を下げられてしまった。

 

「それじゃ、ボクはそろそろ調理室に戻って明日の仕込みをするけど……那珂さんは大丈夫ニャー?」

 

「うーん、確かに相当ダメージを受けたみたいだよ」

 

 そう言って、サイファーと川内が那珂の方を向く。釣られて神通も那珂の方を向いた。

 

 両手を床に付き、真っ青な顔でなにやらブツブツと呟いている那珂。その悲壮感たっぷりの雰囲気は、近づくだけでその者の心を悲しみと絶望で満たしてしまいそうだ。

 

「…まあ、打たれ強くないとアイドルなんてやってられないでしょうし、そのうち元に戻ると思います」

 

「普段は気弱だけど、抉る時は抉るよね神通って…」

 

 苦笑を浮かべながら楽観的な事を言う神通に、川内は少し引いたようだ。

 

「分かったニャー。じゃあ、そろそろお暇するニャー」

 

「ええ、また明日」

 

「なんか夜戦専用の料理でも考えといてねー!」

 

 サイファーの挨拶に、神通は普通に挨拶を返し、川内は何気に結構無茶な注文を付ける。こうして、サイファーは川内型三姉妹の部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

 

「……オトモアイドル? なにそれ、アイドルの新境地かな? アハハハハハ………いやいやいや、全然笑えないから……」

 

「あーもー那珂うっさい! 寝れないじゃんか!!」

 

「川内の夜戦連呼も寝れないですけど、傍でブツブツ呟かれ続けるのも意外とうるさくて眠れないものですね…」

 

 夜遅くになっても、未だにブツブツと呟いている那珂に、川内が大いにキレ、神通も困り果てた様子で溜息を吐く。

 

 結局この日、那珂は一睡もする事は無く、連鎖的に川内と神通も眠る事は出来なかった。



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サイファーと磯風

 まだ新設したばかりのこの鎮守府に於いて、提督が出した当面の方針は艦隊の増強と資材を確保する方法の確立だった。そして、今のところそれは順調に進んでいる。

 

 増強については、鎮守府に所属する艦娘の数も順調に増え、艦種も少しずつ増えてきた。練度についても、少なくとも鎮守府近海で遊弋している深海棲艦程度ならもはや後れを取る事は無いだろう。

 

 資材の確保についても、軽巡が建造されてから遠征の幅がグッと増えた為、資材の使用に随分余裕を持てるようになった。

 

 そろそろ、出撃範囲をもう少し広げてみようかという話も出ている。無論、遠くに行けばそれだけ強力な深海棲艦と遭遇する確率も跳ね上がるので、まずは余裕のある資材で航空母艦や戦艦といった大型の艦娘を建造してからになるが。

 

 こうして、鎮守府に一つの転機が訪れようとしていたが、例えそうなってもサイファーの仕事は変わらない。提督や艦娘達においしい料理を提供する事。これが全てだ。

 

 そして、今日も遠征に赴く艦娘達に対して料理を振る舞うのだった。

 

 

 

 

 

「ふあ~っ! やっぱりウメェ飯を食うと、その後の士気が上がるなぁ!」

 

 天龍が満面の笑みを浮かべながら手に持っていた今しがた空になった食器を机の上に置く。

 

 

   スキル:招きネコの金運が発動!!

 

 

「ホント、凄くおいしくて精が付くわぁ…ウフフッ」

 

「やはり、食事は全てにおいての基礎になるのだと思い知らされるな」

 

「ボクもサイファーの料理大好きだよっ!!」

 

 天龍に続き、如月、長月、皐月の三人も口々にサイファーの料理を褒め称える。

 

「ニャ! 気に入ってもらえてボクも嬉しいニャー!」

 

 対して、サイファーも嬉しそうに応える。自分の作った料理を素直に美味しいと言って貰えるのは、料理人として最高の賛辞だろう。

 

「よーし! 気合も入った事だし、ひとっ走り行って来るか! どっさり資材を持って帰ってこようぜっ!!」

 

「「「オーッ!!!」」」

 

 天龍の気迫のこもった言葉に、如月達三人も盛大に呼応する。その勢いのまま、四人は大食堂を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 天龍達を見送ったサイファーは、彼女達が使った食器を片付け、続けざまに次に出撃する手筈の艦娘達用の料理の用意に移る。

 

「ニャー…。流石に忙しくなってきたニャ。一人じゃてんてこまいニャー」

 

 ブツブツと呟きながら、いそいそと料理用の素材を取り出すサイファー。と、その時調理室の扉が開いた。

 

「サイファーさん、いますか?」

 

 そこから顔を出したのは吹雪と、もう一人サイファーの見知らぬ少女だ。

 

「ここにいるニャ。でも今は忙しいから、話し相手くらいしかできないけど、それでもいいニャ?」

 

「ああ、十分だ。私の挨拶に来ただけだからな。むしろ、作業の邪魔をしてすまない」

 

 手慣れた動きで肉を捌きながらのサイファーの言葉に、見知らぬ少女が一歩前に出て応える。

 

「私の名前は磯風。先ほど建造されたばかりだ」

 

「よろしくニャー。ボクの名前は」

 

「サイファーだろ? この鎮守府を吹雪に案内されている合間に、彼女に貴方の事を嫌という程聞かされたよ。この鎮守府では知らぬ者のいない程の有名人らしいな」

 

「といっても、まだこの鎮守府には三十人前後位しか人がいないですけどね」

 

 サイファーと見知らぬ少女…磯風のお互いの自己紹介に、吹雪がちょっとした補足を入れる。しかし、この間もサイファーの調理の動きが止まる事は無い。

 

「…なにやら忙しそうだな。折角だから、私達も何か手伝った方が良いのではないか?」

 

「あ、確かにそうだね! サイファーさん、何か手伝える事ありますか!?」

 

「ニャー…。それじゃ、まだ洗えてない食器の洗浄をお願いするニャ。あ、それをする前に自分が汚れるからエプロンと頭巾を着用するニャ。調理場の奥のロッカーの中に何着か入ってたと思うニャ」

 

「ああ、心得た」

 

 サイファーからの指示を受けた磯風と吹雪が足早に調理場の奥に移動し、そこにあったロッカーから自分に合ったエプロンと頭巾を着用してから、流しの上に山積みされている使用後の食器に手を付け始めた。

 

 

 

 

 

 

 

   スキル:ネコの秘境探索術が発動!!

 

 

 

 

 

 

 

 続く出撃組の料理を出し終えたサイファー。これ以降の出撃予定はないので、夜食まではそれなりの時間が出来る事となる。

 

「いや、しかし素晴らしい調理技術だな。サイファーはこの技術をどこで?」

 

 遠征組の食器に引き続き、出撃組の食器の後片付けも手伝っていた吹雪と磯風だったが、不意に磯風が食器を洗いながらサイファーに質問する。吹雪も興味深そうな表情でサイファーに視線を向けた。

 

「実は、ボクはもとはオトモアイルーだったニャ。でも、初めて食べたニャンコックさんの料理のおいしさに感動し、オトモ兼ニャンター稼業の傍ら、少しずつ独学で料理の作法を勉強していったニャ。世界を旅したかった理由も、いろんな料理を見てみたいというボクの願望からなのニャ」

 

「独学なんですか!? 凄いです!!」

 

「よく分からない単語が幾つか混じっているが、これで独学なのか…」

 

 手際よく食器を片付けていきながらのサイファーの言葉に、吹雪は感心した面持ちで興奮気味に声を荒げ、磯風も今洗っている食器を見つめながら感嘆の息を吐いている。

 

「…サイファー、一つお願いがあるのだが」

 

「ニャ?」

 

 不意に、磯風が真剣な顔つきでサイファーの方を向く。

 

「私も料理に興味がある。もしよければ、貴方の技術を教えてくれないか?」

 

 続く磯風の言葉を聞いた直後、サイファーの身体に謎の悪寒が走った。

 

 理由は分からない。別に体調が悪い訳でもない。なのに、体が震えたのだ。

 

「…? どうした、サイファー?」

 

 不思議そうに首を捻るサイファーに、何かの異変を感じ取った磯風が尋ねる。吹雪も不可解そうに視線を今洗っている食器からサイファーに移す。

 

「………磯風さんに一つだけ聞きたいニャ。お米を研ぐのはどうやるニャ?」

 

 悪寒の理由も分からないままに聞いた何気ない質問。しかし、次の磯風の言葉でサイファーは悪寒の理由をハッキリと理解できた。

 

「米を研ぐ…あの米を洗う動作だな? 水に浸ければいいのではないか? いや、それだけでは完璧とは言えないな…洗剤でも混ぜた方が良いのか?」

 

「へええ…?」

 

 突拍子もない磯風の回答に、サイファーは勿論吹雪さえも頓狂な声を出す。しかし、磯風の暴走は止まらない。

 

「…ハッ!? もしかしてこれは試されているのか? う、むむ…。洗剤と言っても今ここにあるのは所詮市販の普通の洗剤だ。落とせない菌もあるのかもしれない。いっそここは、米を高熱で殺菌した方が良いのか? いや、中には熱に強い菌もいるだろうから、これも完璧ではないな…。ならば、どんな菌も殺してしまう強烈な薬剤を軍本部から取り寄せて…いやいや、あまり強すぎると今度は米自体が溶けたりするかもしれない…」

 

 もはや、調理という行為から遠くかけ離れた地点の事にうんうん悩む磯風。そんな磯風の肩に、サイファーは出来るだけ優しく手を置き、そして口を開いた。

 

「ごまかしても仕方ないからハッキリ言うニャ。磯風さんは調理という行為に向いてないニャ」

 

「な、なにっ!? あ、いや、もう少しだけ時間をくれっ! 必ず最適解に辿り着いてみせるからっ!!」

 

「最適解って…。そんなに難しい質問だったかな…?」

 

 無慈悲な言葉を告げるサイファーに、磯風はみるからに慌てふためきながらサイファーに答えを導き出すための時間の猶予の延長を求め、それを見た吹雪が思わずポツリと漏らしてしまう。

 

 その後も、磯風は粘り強くサイファーに料理を教えを乞おうとしたが、サイファーとしても彼女が食材に触れるのは危険と判断し、懸命に料理以外の事に尽力して欲しいと説得し続けるのだった。




招きネコの金運

 出撃時→資源取得地での取得数が1%~100%増加する。増加数はランダム。

 遠征時→獲得資源が1%~100%増加する。増加数はランダム。

ネコの秘境探索術

 出撃時→出撃スタート地点で高速修復材、高速建造材、開発資材のいずれかを入手。

 遠征時→資材のみの遠征地の場合、高速修復材、高速建造材、開発資材のいずれかを入手できる。これらも獲得アイテム枠に入っている遠征地の場合は、入っていないアイテムがランダムで追加入手できる。全て入っている場合はどれかの入手数が一つ増える。


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お風呂事情その壱

 サイファーのいたモンハン世界では、イビルジョーやラージャン、その他の古龍などはG級にならないとクエストを受注させてもらえない…という設定です。


 鎮守府内には二つの浴場がある。一つは艦娘用の大浴場…五十人近く入っても余裕がありそうな、名前通りの本当に大きな浴場だ。

 

 もう一つが提督用の浴場だ。鎮守府唯一の男性が使う浴場という事で艦娘用の大浴場に比べれば小ぢんまりとしているが、それでも五、六人位なら余裕をもって入れそうな位の広さはある。

 

 そして今、この提督用の浴場に二つの影があった。

 

 一つは勿論提督だ。本日の執務を終え、手短に身体を洗い流し、ゆったりと湯船に浸かっている。

 

 そしてもう一つ…サイファーも提督の隣で極楽気分と言わんばかりに瞳を閉じて湯船に身を沈めている。

 

「鎮守府という場所故に、周囲は女性だらけだからな。たまには男同士というのもいいだろう」

 

「ニャー。落ち着くニャー…」

 

 不意に口を開く提督に、サイファーも同意の頷きを返す。

 

「何故だかわからないけど、艦娘さん達によく抱きつかれるニャ。拘束は怖いから止めて欲しいニャ。特に、突然抱きつかれると、こやし玉投げそうになっちゃうニャ…」

 

 続くサイファー言葉に、今度は提督が首を傾げた。

 

「そこまで怖いものなのか…? 正直、艦娘から好かれたいと望んでいる他の提督から見たら、下手したら刺殺されそうなほどに羨ましい状況に映ると思えるが」

 

「拘束されるというのが問題ニャ。オトモ時代に怒り喰らうイビルジョーの拘束攻撃を受けて以来、拘束された状態が極端に苦手になったニャ」

 

「それは…生物の名前なのか? 語感だけで禍々しさが伝わってくるようだな…」

 

 サイファーの口から出た謎の名詞らしき物に、提督の表情が変わる。どうやら言葉通りに禍々しさを感じている様だ。

 

「あれは本当に無理ニャ。G級なりたての数々のハンターにトラウマを植え付け、引退にまで追い込んだ悪魔のような攻撃ニャ。この攻撃を食らって尚、精神的に立ち上がれるかどうかがG級の壁と言われてるニャ」

 

「言葉だけでは実際にどんな感じなのかは分からんが、厳しい壁なのは理解できる」

 

 震えながら語るサイファーに、提督も真面目な顔で一つ頷いて応える。

 

「因みに、前の旦那さんはこの攻撃を喰らっても平然としてたニャ。あの人の精神的タフさは脆いとか頑丈とかそんな次元を超越してるニャ…」

 

「女性………ではないのか? いや、そもそも人間なのか? その前の旦那さんとやらは」

 

「というか、長年G級ハンターをやれてる人は、大体人間の姿をした何かニャ。身体的にも精神的にもニャ」

 

 虚ろな遠い目で語るサイファー。提督はこれまでにサイファーが語った”前の旦那さん”の情報から人物像を想像しようと試みてみたが、全く形が定まらず「一体どんな人物なんだ?」と腕を組んで首を捻るばかりだ。

 

 と、その時だ! 突然湯船の中から”何か”が「ぷはあっ!」と息を吐きながら飛び出してきた!

 

「うおっ!?」「ニ゛ャアッ!?」

 

 あまりに唐突な事に、提督は大きく体をのけぞらせ、サイファーに至ってはその”何か”に向かって反射的にこやし玉を投げつけてしまった。

 

「びょんっ!?」

 

 こやし玉を顔面にくらってしまった”何か”は変な奇声を上げて後ろにニ、三歩後退してしまう。

 

「う~、な、なにこれ…? く、臭い…臭すぎるぴょ~ん…」

 

「………う、卯月…か? …お、驚かさないでくれ…」

 

 半泣きになりながらこびりついた異臭を取ろうと、手で顔を払っている少女…卯月に、提督は確認を取ってから安堵の溜息を吐き、サイファーも言葉こそ漏らさなかったが安堵の溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

「う、う~…。いきなりこんなのをぶつけるなんて、酷いぴょん…」

 

 湯船から上がった卯月が、半べそをかきながら自分の顔を石鹸で丁寧に洗っている。

 

「ご、ごめんニャ~…。怒り喰らうイビルジョーの話をしていた時に、突然下から現れたもんだからつい反射的にやっちゃったニャ…」

 

 その隣では、サイファーが申し訳なさそうにうな垂れながら謝罪している。

 

「…よし。一瞬ヒヤッとしたが、風呂に匂いは移ってないな」

 

 そして、提督はこやし玉の匂いが風呂に移っていないかの確認をしていた。先ほどまでは全裸だったが、卯月がいる今は腰にタオルを巻いている。

 

「…ぴょん? 怒り喰らうイビルジョー?」

 

 顔をタオルで拭いた卯月が、サイファーの言葉に興味を示す。

 

「簡単に言えば悪魔の様な形相をした大きな恐竜ニャ」

 

「恐竜!? うーちゃん一回でいいから恐竜見てみたいぴょん!」

 

 サイファーの簡潔な説明に、卯月はぴょこぴょこ飛び跳ねながら興奮気味に言葉を発する。が、

 

「その前に卯月。何故あんな所から出てきたんだ?」

 

 険しい表情で湯船を指差しながら卯月を問い詰める提督。元が少し強面な顔つきなので、表情を険しくした提督は中々の迫力がある。

 

「女湯の方に変な穴があったぴょん。そこに入ったらここに出てきたぴょん!」

 

 しかし、卯月はその迫力にも全く物怖じせず、得意げにここまで来た経緯を語る。

 

「いやいや、何をやっているんだ!? 危ないから金輪際変な穴に入ったらだめだぞ!」

 

「分かったぴょん!」

 

 慌てて否定し注意する提督だったが、卯月の返事は声の大きさに反し軽い。恐らく、今後同じ状況になったら、また同じことを繰り返すだろう。

 

「卯月ちゃん、こっちにいるの!?」「卯月…!」

 

 どうやって卯月を説得するかを考えていた提督だったが、その考えが纏まる前に浴場の扉が開く。そこには、体にバスタオルを巻いた吹雪と弥生の二人の姿があった。

 

「吹雪!? 弥生!?」

 

「あ、きゃっ…!? しれ……て、提督っ!?」「司令官もお風呂に入ってたんだ」

 

 唐突な二人の登場に提督は狼狽した感じの声を上げる。同じく、吹雪も驚きの声を上げ、弥生は表情こそ変わっていないが、声に驚きが現れている。

 

「吹雪と弥生もこっちに来ちゃったぴょん! これはもう皆一緒に入るしかないぴょん!!」

 

「駄目に決まっているだろう! というか、せめて体にバスタオル位巻いてくれっ!」

 

 全裸でキャッキャと騒ぐ卯月に提督が悲鳴のような声で懇願する。

 

「しれーかんはうーちゃん達と一緒にお風呂入るのは嫌ぴょん?」

 

「嫌というか、倫理的にも俺の我慢の限度的にも色々問題がある訳であってだな…!」

 

「ちなみにうーちゃんは入りたいぴょん! 吹雪も弥生も問題ないぴょん!!」

 

 そう言って、吹雪と弥生の方へ振り向く卯月。釣られて、提督も二人の方へ視線を向ける。

 

「…う……まあ、その……。は、恥ずかしい…けど……嫌では……無いです」「………………ん」

 

 二人とも頬を赤らめながらも否定はしない。こういう反応をされると、提督としても強くは拒絶出来なくなってしまう。

 

 結局、その後の卯月の陽気な説得に流されるように、全員で男湯に入る事となってしまった。

 

 

 

 

 

「むふふ~、女湯の泳げるくらい広い大浴場もいいけど、男湯の丁度いい広さのお風呂も気持ちいいぴょん♪」

 

「…うん。それに風情もあっていろいろ癒される」

 

 風呂の隅で縮こまっている提督の右腕と左腕にそれぞれ寄り添いながら、卯月と弥生が思った事を口にする。そのすぐ近くで吹雪もゆったりとお風呂に浸かっていた。

 

 しかし、提督からしたらたまったものではない。ただでさえ提督業に就任する少し前までは女性に全く免疫が無かったうえに、今は卯月に加え何故か弥生まで己のバスタオルを取り払い、全裸で提督に寄り添っているのだ。

 

「な、何という事だ…。男湯という場所ですら男同士の会話は出来ないというのか…」

 

「さっき提督さんはボクの事を羨ましいと言っていたけど、今の提督さんの状況も他の男の人から見たら十分羨ましい状況に見えるニャ」

 

 天を仰ぎ嘆く提督を見つめながら、提督達と少し離れた場所にいたサイファーが今の提督の様子を窺いながら心境を吐露するのだった。




次回は少しシリアス回になると思います。


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初めての強大な敵

 その日、鎮守府は緊張に包まれていた。何故なら、初の大破艦が出てしまったからだ。

 

「ニャー…。吹雪さん大丈夫かニャ…?」

 

「ええ、大丈夫です。私達には『高速修復材』という、どれだけ深刻な破損をしてもたちどころに修理してしまう素晴らしい道具がありますからね。…まあ、その利便性故になかなか手に入らない逸品でもありますが…」

 

 心配そうに『この先入渠ドック』と書かれた紙が貼ってある扉を見つめるサイファーに、その隣にいた女性がサイファーを落ち着かせる様に優しい笑みを浮かべながら宥める。

 

「でも…えっと、大淀さん、だったニャ? 吹雪さんかなり酷い怪我を負ってた筈ニャ」

 

「確かに放っておけば轟沈しかねない程の深刻な破損でした。ですが、意識のある内に入渠ドックに入ったのならもう心配はいりません。高速修復材も使ったので、恐らくそろそろ…」

 

 と、女性…大淀が言った直後、扉が左右に開く。そして、その向こうにはいつもと変わらない姿の吹雪が立っていた。

 

「吹雪さん、大丈夫ニャ!?」

 

「はい! 高速修復材のおかげで、もうすっかり良くなりました! 心配かけて御免なさい」

 

 大慌てで吹雪の目の前にまで駆け寄り容態を聞くサイファーに、吹雪はガッツポーズを取りながら問題ない事を伝えると同時に、心配をかけてしまった事を謝罪する。

 

「ニャーッ!! 高速修復材とかいうの凄いニャッ! いにしえの秘薬みたいニャッ!!」

 

「いや、本当に良かったです。実を言いますと、知識としては知ってはいるのですが、何分私も先ほど建造されたばかりで、内心は少し不安だったんですよ…」

 

 軽く飛び上がって歓喜の声を上げるサイファーの後ろで、大淀も言葉を漏らす。サイファーほどではないにしろ、その言葉通りに大淀の表情には安堵の色が見える。

 

 が、すぐに大淀は顔つきを真剣なものに戻した。

 

「さて、あまり喜んでばかりもいられません。まずは提督の執務室に向かいましょう」

 

 

 

 

 

 大淀先導の下、吹雪とサイファーは提督の執務室へと向かい、挨拶もそこそこに室内へと入室した。

 

 そこには、磯風と弥生、文月、そして執務机の椅子に座りながら、見るからに落ち込んでいる提督がいた。

 

「提督、吹雪ですっ! この通り完治しました!」

 

 入室一番、執務机の近くに駆け寄り己の身が無事な事を提督に報告する吹雪。

 

「…吹雪か。そうか、治ったか。改めて、凄い効果だな高速修復材は…」

 

 そんな吹雪に視線を向けながら、言葉を紡ぐ提督。しかし、その言葉とは裏腹に提督の表情が晴れる事は無かった。

 

 実は、吹雪が大破したという知らせを受けた直後から、提督はずっとこうなのだ。その理由を磯風が多少強引に聞き出したところ、覚悟はしていたが、たとえ兵器だろうとやはり幼気な少女の痛ましい姿を見るのは堪える。と口にしたそうだ。

 

「司令官。私達を気遣ってくれるのは凄く有難い。だが、これから戦いもどんどん熾烈になっていき、大破する艦も少しずつ出てくるだろう。厳しく言うが、その度に落ち込んでいては提督業は務まらないぞ」

 

「…それはその通りだ。ここは割り切らなければならん…のだがな」

 

 磯風が提督を叱咤するが、提督の反応は芳しくない。

 

「こんかいのしれいかんのさくせんには、もんだいはなかったよ~!」

 

「うん、特に問題は無かった。あれは想定外の出来事、そして戦いに想定外は付き物」

 

 次に文月と弥生が提督の立てた作戦をフォローするが、提督の顔色は晴れない。

 

 そのまま、少しの間だけ何とも言えない沈黙が執務室を支配したが、

 

「皆、ここは私に任せて欲しいんだけど…」

 

 不意に吹雪がその場にいる全員を見回しながら口を開いた。

 

「提督の事、お任せしても大丈夫ですか?」

 

「はい、必ず提督を立ち直らせて見せます!」

 

 大淀の問いに、吹雪は笑みを浮かべながら力強く応える。

 

「…そうか。ならば私達は多目的室で例の敵の対策を練ってくる。もし、手早く司令官を立ち直せる事が出来たら、吹雪も顔を出してくれ」

 

 そう言って、まず磯風が執務室を後にする。その後を大淀が追い、次に弥生と文月が提督を気にしながらも執務室を後にする。最後に残ったサイファーも、一つ頷いた吹雪に頷き返しながら部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 そもそも、なぜ吹雪が大破してしまったか…なのだが、まず今回の作戦内容は対空射撃の実戦訓練というもので、実際に深海棲艦の軽空母を相手取った物だ。

 

 まだ航空母艦が配属されていない艦隊にとって敵空母は計り知れない脅威だが、一番旧型の軽空母が飛ばす、最も旧型の艦載機というのなら、駆逐や軽巡でも十分対応可能だ。

 

 実際に、今回の作戦でも対空射撃のみで大体の艦載機を落とす事は出来、相対的に敵艦載機の爆撃や雷撃で大きなダメージを負った艦娘は皆無だったのだ。

 

 しかし、その戦闘の後に予想外の難敵が姿を現した。戦艦クラスの深海棲艦…それも、全ての能力が平均的に高い戦艦タ級だった。

 

 戦艦タ級…深海棲艦達の中では、中の上辺りの力を持ったクラスであり、時に歴戦の戦艦艦娘をも大破撤退に追い込む事もある恐ろしい深海棲艦だ。当然、まだ駆逐や軽巡しかいない新しい鎮守府には荷が重い相手だ。

 

 鎮守府近海という、比較的安全である筈の場所で遭遇してしまった予想外の強敵に、その時旗艦を務めていた北上は慌てて退却命令を出したのだが、不意を突かれた形になった為艦隊内での連携がうまく取れず、その隙に放たれた砲撃が吹雪に当たり、大破させられてしまったのだ。

 

 僚艦の一人が大破させられても冷静さを失わなかった北上と、いち早く冷静さを取り戻した磯風の二人の見事な采配によって、それ以上の被害を免れる事が出来たのは不幸中の幸いといったところか。

 

「…あ、磯風と文月、弥生と大淀にサイファーも来たんだ。提督は…まだ駄目みたいね」

 

 室内にいる十数人の艦娘。その内の一人である北上が、今しがた姿を現した磯風達に提督の事を聞こうとするが、その前に磯風達が視線を落としたので、北上も自ずと理解する。

 

「今はまだ落ち込まれていますが、吹雪さんも一緒にいますし直ぐに立ち直ってくれると信じましょう。その間に、私達でタ級を撃滅できる編成を考えておこうと思うのですがどうでしょうか? 勿論、最終的な判断を下すのは提督ですが…」

 

 周囲の艦娘達を見回しながら話す大淀。そして、この大淀の提案に異議を挟む者はいなかった。

 

「では、まずは私の考えからですが…まず重雷装巡洋艦の北上さんは外せません」

 

「だよね~…」

 

 大淀の言葉に、北上は「知ってた」とでも言わんばかりの苦笑を漏らす。まだ駆逐と軽巡しかいないこの鎮守府に於いて、純粋な火力で一番なのはやはり重雷装艦の北上だろう。まだ改装したてではあるが、現実的に戦艦クラスにダメージを通せる可能性のある唯一の艦だ。

 

「後、私も出ようと思います。総合的な耐久力には難がありますが、他の軽巡より多めの装備搭載スペースがありますので、命中を度外視して砲を積めるだけ積めばあるいは…という考えです」

 

 続けて大淀が自分を名指しする。そして、その理由も述べるが、そもそも大淀自身の火力が並以下だ。ハッキリ言って、気休め程度でしかないだろう。

 

「後のメンバーは、北上さんがタ級に雷撃を仕掛けるまでの露払いと護衛が主な任務となりますが異論はありますか?」

 

「北上の雷撃の威力は認めるけど~、それでもタ級を撃沈するにはまだ威力不足じゃないかしら~?」

 

 再び周囲を見回す大淀だったが、今度は天龍の隣にいた龍田が疑問を口にした。

 

「…う~ん、正直に言えば私もあんま自信ないんだよね~。改二ならともかく、まだ改の段階だし。あ~あ、大井っちがいればダブル雷撃で撃沈しちゃうんだけどなぁ~…」

 

 溜息を吐きながら、まだ建造されていない相方の名を呼ぶ北上。と、その時だ。

 

「ニャーッ! ボクも行くニャ! 吹雪さんを酷い目に遭わせた奴をコテンパンにしてやるニャッ!!」

 

 唐突にサイファーが大きく飛び上がりながら名乗りを上げる。

 

「ボクも行くって…。サイファーって戦闘経験あるの?」

 

「こう見えても結構な修羅場を潜り抜けてきニャ! 命の危機に会ったのも一度や二度じゃないニャ!」

 

「…良いんじゃねぇか? もしかしたら、結構頼もしいかもしれねぇぞ」

 

 北上の問いに意気込みながら答えるサイファー。その姿を見た天龍が、笑みを浮かべながらサイファーに同意する。

 

「…そうですね。では、サイファーさん支援をお願いします」

 

「ニャッホーイッ! 久しぶりの狩りニャ! テンション上がってきたニャ! 狩るのはボクで、狩られるのは奴等ニャー!」

 

 大淀が許可した直後、大はしゃぎするサイファー。その言葉通り、気力体力ともに充実している様だ。

 

「ふむ、だがやはり火力面が心もとないな…。せめてもう一人くらい火力に秀でた艦娘がいれば…」

 

 と、磯風が頭を悩ませようとしたその時だ。不意に扉をノックする音が室内に木霊した。

 

「どうぞ、開いてますよ」

 

 大淀が入室の許可を出すと、すぐさま扉は開かれた。そして、その向こうにいた人物は、今しがた磯風が口にした火力不足を大いに解消できる、まさしく待ち侘びた存在だったのだ。

 

「航空母艦赤城、着任しました。こちらで作戦会議が行われていると聞いて急いで参じた次第です。進展の方は如何ですか?」




必須タグ報告というタグが自動で追加されていて少しビクついています。

一応、お風呂回という微エロを後何話か執筆するつもりなので、それに対して『R-15』を、戦闘回が何回かあるので、それに対して『残酷な描写あり』を、そして艦これとモンハンのクロスなので『クロスオーバー』のタグを付けました。恐らくこれで問題は無いとは思うのですが…。


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決戦の時!

 烈風は知らない子な赤城さんですが、今作では見た事は無いが知識としては知っているという設定です。


「―――。…成程。おおよその状況、及び次の作戦の内容は理解しました」

 

 大淀から説明を受けた赤城が真面目な顔で頷きながら言葉を発する。

 

 この鎮守府初の大型艦であり、殲滅力に優れた空母でもある赤城。そういう理由で、この場にいる全艦娘から程度の差こそあれ期待の眼差しを向けられているのだが、対する赤城の表情と声には、どこか苦々しい何かが混じっている。

 

「あかぎさん~、なにかもんだいでもあるの~…?」

 

 赤城の様子がおかしいのは直ぐに全員が分かったが、何となく聞き辛い雰囲気だった。そんな中で、こういう状況でも物怖じしない文月が口火を切る。

 

「ええ。正直に言いますと私の練度と乗せられる艦載機の質…この二つが絶望的に足りません」

 

 文月の質問に、難しい顔をしながらもキッパリと答えを言う赤城。

 

「まず、練度は先ほど建造されたばかりなので言うまでもありませんが、空母という艦種は他の艦種以上に搭載装備に性能が左右される艦種です。烈風や流星改、彗星一二型、等の新型機であれば空母の性能を十分に引き出せるでしょうが、その様な新型機はまだこの鎮守府には配備されていません。建造と同時に配備された旧型機はありますが、それで戦艦クラスを撃滅できるかと聞かれると、難しいと言わざるを得ないですね…」

 

 悩まし気に俯きながら空母という艦種の特性を語っていく赤城。その芳しくない内容に、一時は沸き立っていた室内の雰囲気が再び重苦しいものとなる。

 

「…とにかく、その深海棲艦にイキナリ挑むのはお世辞にも得策とは言えません。私も含め、もう少し練度と装備を共に高めてからの方が」

 

「皆、ここにいるか!?」

 

 続けて提案を口にした赤城だったが、その台詞は途中で慌てた様子で乱入してきた提督に遮られてしまう。その後ろでは吹雪も若干顔を青ざめさせながら立っていた。

 

「お~提督~、大丈夫なの? もう気持ちに整理はついた?」

 

「…あ、ああ。いや、まだ完全には割り切れ…ではなくてだな!!」

 

 北上が笑みを浮かべながら提督に質問し、釣られたようにその質問に答えようとした提督だが、かぶりを振って話題を逸らされそうになるのを防ぐ。

 

「偵察隊からの報告だ! 先ほど我が鎮守府の主力艦隊を不意打ちした戦艦タ級が、数体の僚艦を引き連れてこの鎮守府に接近中! 直ちに迎撃に出なければこの鎮守府はおろか、民間にまで被害が出る可能性が高い!!」

 

 瞬間、室内に緊張が走った。と、同時に先ほどまでの議論で今のままでの撃退は難しいという結論が既に出ているからか、全員が俯いたり顔を顰めたりしている。

 

「…へっ。ま、そりゃそうだな。敵は待ってなんかくれねぇよ」

 

「相手が万全ではないその隙を突いて叩き潰す。戦略としては当然の判断だ」

 

「う~ん、難しいねぇ…。ま、とりあえず迎撃に出るしかないんじゃない?」

 

「向こうから来るなんて良い度胸ニャ! ボコボコにぶっちめてやるニャ!!」

 

「…ん? サイファーも出撃するつもりなのか?」

 

 暗い雰囲気の中、一人だけ闘志を漲らせているサイファーに、提督が不思議そうに尋ねる。

 

「そのつもりニャ!」

 

「………。分かっているとは思うが、戦場は海だぞ? どうやって戦う気だ?」

 

「ニャ………。そ、その、誰かに乗せてもらうニャ! 爆弾とブーメランで戦うニャ! 必要であらば笛とかも吹きまくるニャ!!」

 

 提督の問いに、少しの間硬直した後しどろもどろになりながら答えるサイファー。どうやら、戦場が海である事を失念していた様だ。

 

「自信満々に一緒に行くと言っていたので、てっきり海を渡る手段をお持ちなのだと思っていました…」

 

 その様子を見ていた大淀が、若干の呆れを乗せた声でポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 今回の出撃メンバーは北上を旗艦とし、僚艦に赤城、神通、磯風、雷、吹雪の六人だ。赤城か北上のどちらかを旗艦にするかで少し口論となったが、瞬間火力なら北上の方が上だという結論に至った故の布陣だ。

 

 そして、サイファーだが吹雪に肩車してもらって一緒に出撃する事となった。乗せて欲しいというサイファーの頼みに、真っ先に反応したのが吹雪だったのだ。

 

 こうして、準備もそこそこにこの鎮守府の恒例である、出撃前の料理の時間がやってきた。

 

「出撃前に料理を食べるなんて、変わった鎮守府ですね…」

 

 風変わりな恒例に多少面食らったらしい赤城だが、その双眸は早々に料理を作るサイファーに注がれている。どうやら、サイファーが作る料理にかなり興味があるようだ。

 

 その興味に、サイファーは見事に応えて見せた。出された料理を一口食べた赤城は、少し目を見開いたかと思うと、直後に凄い勢いで食事を平らげてしまったのだ。

 

「ふう…。少し異質な感じがしますが、凄くおいしかったです」

 

 

   スキル:ネコの火事場力が発動!!

 

 

 いち早く食事を終えた赤城が、緑茶を啜りながら感想を述べる。満足そうな笑みを浮かべている事から、サイファーの料理をかなり気に入ったようだ。

 

「うまいだけでなく、力が湧いてくる感じもするからな。本当に不思議な料理だよ」

 

「出撃自体はあまり好きではありませんけど、サイファーさんの料理は毎回楽しみです」

 

「欲を言えば、このままぐでーっとしてたいよね~。ま、太るからそんな事しないけど」

 

「サイファーの料理は本当に美味しいから、幾らでも食べられるわ!」

 

「うん! 私もサイファーさんの料理大好きです!」

 

「今回は強敵を狩猟するって事だから、いつも以上に腕によりをかけて作ったニャ! 皆満足してくれたみたいでボクも嬉しいニャ!」

 

 食事を終えた順に口を開く艦娘達に、サイファーもおたまを掲げて嬉々として語る。

 

「…さて、じゃそろそろ皆行こうか。難しい戦いだけど、やる以上は勝つ気で行こうね~」

 

 不意に、北上が立ち上がりながらその場にいる全員に話しかける。口調自体はいつものおどけた感じだが、その中には確かな決意の色が見えた。

 

 そして、その言葉に呼応するか゚の様に他の艦娘達も立ち上がり、一斉に決意の顔で頷いた後大食堂を後にする。勿論、サイファーも彼女達に続いた。

 

 

 

 

 

 鎮守府を発った北上達は、情報にあったタ級の現在地に急行する。その途中にも何度か深海棲艦に襲われたが、その殆どは赤城の先制爆撃の餌食となった。

 

「やはり、なんだかんだ言っても空母がいると殲滅力が段違いですね」

 

 赤城の先制に蹴散らされた深海棲艦を見ながら、神通が感動した面持ちで口を開く。

 

「確かにそうね! でも…てぇぇいっ!」

 

 神通の言葉に賛同しながらも、雷が先制爆撃を免れた深海棲艦に砲撃を見舞う。その直撃を受けた深海棲艦は、成す術無く海の藻屑と消えた。

 

「どう!? 私だって負けないわ!」

 

「ニャ! かっこいいニャ!!」

 

 自慢する雷を、サイファーが褒め称える。すると、雷は嬉しそうに「でしょ!?」と微笑んだ。

 

「そろそろ目的地だよ~! 皆、覚悟はできてるね~!?」

 

 先頭を往く北上が後ろを振り向きながら確認を取る。返ってきたのは、必ず勝ってみせるという強い意志を見せる五つの笑み。

 

「ならば、景気づけに一発笛を吹くニャ!」

 

 そう言って、吹雪の頭上で笛を吹くサイファー。全員が何事かとサイファーに視線を送るが、笛を吹き終わると、全員のここまでに受けた小さな損傷がみるみるうちに消えていった。

 

「わっ!? き、傷が消えて…!?」

 

「これは!? い、一体…?」

 

「薬草笛ニャ! ささやかだけど、小さな傷程度ならたちどころに回復しちゃうニャ!」

 

「…料理もそうだが、本当に不思議なネコだな」

 

 驚愕に目を見開く吹雪と、同じく驚きながら聞く赤城にサイファーは得意げに語り、それを聞いた磯風が言葉通り不思議そうにサイファーを見つめる。

 

「あははっ! こりゃ幸先いいや! そんじゃ、いっちょやってみますかっ!!」




ネコの火事場力

 中破、及び大破状態で逆に能力値が上がる。上昇率は、中破状態で火力、装甲、命中、回避がそれぞれ10%ずつ上昇。大破状態で、火力、装甲が50%、命中、回避が30%上昇する。

薬草笛の技

 笛の音を聞いた者のHPを10回復する。ただし、中破、大破した場合はそれ以上には回復しない。


※モンハンのネコの食事スキルの雰囲気を出すために、作中ではネコの~スキル発動!! と表現していますが、実際にどんなスキルが発動しているかは艦娘達は分かっていません…どころか、スキルという概念すら認識できていません。そして、それはサイファーも同じなので、うっかり悪運や暴れ撃ちを発動させてしまうと、後が大変な事に…。


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大勝利!

「偵察機からの報告! 敵陣は戦艦タ級を旗艦に軽母ヌ級が二隻、軽巡ホ級が一隻、駆逐イ級が二隻という布陣です! 敵機確認! こちらも艦載機で迎撃します!」

 

 赤城が戦域に入る前に飛ばした偵察機を迎え入れながら敵の陣容を全員に伝える。と、同時に敵艦載機に対抗すると共に敵陣にダメージを与えるべく、手持ちの艦載機…その全てを発艦させる。

 

 程なくして赤城の艦載機と敵の艦載機が交戦するが、瞬く間に赤城の艦載機が敵の艦載機を粉砕し制空権を確保してしまった。その勢いに乗って赤城の艦載機は敵艦隊に爆撃や雷撃を仕掛ける。

 

 敵陣に次々と上がる水柱。その破壊の渦に敵艦は飲み込まれていく。

 

「流石です赤城さん!」

 

「やっぱり赤城さんは凄い! 私もいつかはあんな風になりたいな…」

 

 神通と吹雪が赤城に賞賛を送るが、当の赤城はそれらには応えず今しがた攻撃を加えた敵陣を見据えている。どうやら、どれほどの損壊を与えたのかを見極めようとしている様だ。

 

 やがて水柱が収まり敵陣を視認できるようになったが、パッと見た感じではイ級二隻とホ級は姿を消し、ヌ級も一隻は小破にとどまったようだが、もう一隻は大破している様だ。

 

 とはいえ、やはりタ級には大したダメージを与える事は出来なかったようで、少なくとも外見には目立った傷は見当たらない。

 

 その時、突然タ級の艦底で先ほどの爆撃や雷撃を上回る水柱が上がった。

 

「へへーん、どうよ私の雷撃は!?」

 

 赤城の隣で北上が自慢げに声を上げている。どうやら、赤城が艦載機を発艦させたとほぼ同時位に先制で雷撃を発射していた様だ。その魚雷が時間差でタ級に命中したのだろう。

 

 さしものタ級も、雷巡の雷撃を受けては無傷とはいかないようで、少し身体を仰け反らせながら小さな呻き声…の様な物を上げている。

 

 が、態勢は直ぐに立て直されてしまったところを見るに、やはり一撃ではまだ火力不足の様だ。精々小破した程度だろう。

 

 そして、タ級の視線が北上に移る。どうやら、自分に唯一ダメージを与えられる艦として、ターゲットにされてしまった様だ。

 

「私に注意を向けてきた以上、もうこの距離じゃ魚雷は回避されて当たらないと思うから、当てれる距離まで詰めるよ~。悪いけど、護衛宜しくね」

 

「ああ、任せておけ」「オッケー! 私に任せて!!」

 

 北上の指示に、磯風と雷が意気揚々と頷く。

 

 そうして、接敵を試みる北上達。当然、タ級といまだ健在の小破のヌ級からの反撃はあった物の、制空権を取っているので、ヌ級の艦載機は注意さえしていればまず当たらない。

 

 そして、タ級の砲撃も一撃の威力、命中率ともに申し分は無いのだが、巨砲の宿命というべきか砲撃回転率が悪い様だ。最初の一撃の回避に何とか成功した以降は、次の砲撃が来る前に北上の想定する距離にまで到達する事が出来た。

 

 しかし、ここで予想外の出来事が発生する。なんと、仕留めたと思っていたイ級の一隻が突然タ級の後ろから姿を現し、今まさに雷撃を放とうと準備をしていた北上に雷撃を撃ってきたのだ!

 

「うわっ!?」

 

 この突然の奇襲に北上は勿論、他の僚艦も反応する事が出来ず、北上は直撃を喰らってしまった。と、同時に北上が撃った雷撃は明後日の方向へ進んで行ってしまう。

 

「あ、こ、このぉ!」

 

 慌てて吹雪が隠れていたイ級に砲撃を見舞う。この一撃でイ級は撃退できたものの、今度は被弾した北上に止めを刺そうと、タ級が北上に向けて砲を向け、更にヌ級の艦載爆撃機の内の一隻が赤城の艦戦の追尾を振り切り北上に急降下爆撃を仕掛けてきたのだ。

 

「ちっ!」「危ないっ!」

 

 咄嗟に磯風と雷がダメージで即座には動けなくなっている北上の前に飛び出す。その結果、タ級の砲撃は磯風に、爆撃は雷にヒットしてしまった。

 

「ぐ…あっ……。くうっ、やはり戦艦の一撃は堪えるな…」

 

「い、いったぁ~い! …で、でも、雷はまだ……!」

 

「三人とも大丈夫ですか!?」

 

 苦悶にあえぐ磯風と雷、そして未だに動けないでいる北上に、大破していたヌ級に確実に止めを刺していた神通が急いで駆け寄る。

 

「一旦距離を取りましょう! 私が北上を曳航しますから、神通は磯風を、吹雪は雷を曳航して下さい!」

 

「分かりました!」「は、はい!」

 

 

 

 

 

 赤城の指示に従い、一旦タ級から距離を取った赤城達。だったのだが…。

 

「…本当に大丈夫なのですか?」

 

「あはは、ホントだよ~」

 

「うむ、何故か体のキレが逆に上がっているような気がする」

 

「その通りよ! 雷はまだ戦えるわ!」

 

 訝しむ赤城に、北上、磯風、雷の三人はまだ戦える事を身体を激しく動かして強調する。とはいえ、服がボロボロに破れ、搭載装備も悉くが破損しているのを見るに、大破しているとみて問題ない程のダメージを負っているのは間違いない。そんな傷をものともせず身体を動かしている彼女達には少し違和感があるが…。

 

 一応、ダメもとでサイファーが薬草笛を吹いてみたが、やはりこれほど酷い傷には効果は無いようだ。

 

「ですが、やはり北上さんが大破してしまった以上は退却するしかないのでは…?」

 

 神通の進言に、赤城も「そうですね…」と難しい顔で頷く。

 

「ニャ! ボクがあのおっきいのを攻撃してみるニャ!」

 

 その時、不意にサイファーが名乗りを上げた。全員の視線がサイファーに集まる。

 

「攻撃…? どうやって攻撃するつもりですか?」

 

「赤城さんのその空飛ぶ船を二つほど貸して欲しいニャ! 出来れば搭載力に余裕のあるヤツがいいニャ!!」

 

 戸惑う赤城の質問には答えずに、赤城の艦載機を要求するサイファー。少しの間、困惑気に視線を揺らす赤城だったが、やがて二機の爆撃機に搭載装備を外す様に指示した。

 

 

 

 

 

「ニャッファー! ボク空飛んでるニャ! とっても気持ちいいニャーッ!!」

 

 そう言って、大はしゃぎするサイファー…なのだが、その言葉通りサイファーは今空の上にいる。飛行中の爆撃機二機の上に立つという、曲芸じみた変態技を披露しているのだ。

 

 この時点でも、操縦席にいる小さな生物は驚きに目を見開いていたのだが、間もなくその瞳は驚きを凌駕し呆れの境地に入る。

 

 まだ残存していたヌ級が、防空の為に戦闘機を発艦させたのだが、なんとサイファーはこの戦闘機を、鍋の蓋をブーメランの様に操って全て撃墜してしまったのだ!

 

「料理人の武器は調理道具と昔から決まってるニャ! ハンターさんだって、ナイフとフォークは勿論のこと、骨付き肉やモロコシ、でっかい魚で飛龍や古龍を撃退できるニャ!!」

 

 あまりに不可思議な挙動をするサイファーのブーメラン…というか鍋の蓋に、小さな生物は目を丸くしながら疑問の色をサイファーにぶつけていたが、返ってきた答えがこれだった。正直、何を言っているのかさっぱり分からないので、小さな生物は首を捻るしかない。

 

 そうこうしている内に、目標の戦艦タ級が確認できた。タ級からの対空射撃に構わず、急降下の態勢に入る二機の爆撃機とそれにしがみつくサイファー。

 

「ボマーの心意気を見せてやるニャーッ!!!」

 

 気合の入った台詞を発した直後、サイファーは爆撃機から勢いをつけて飛び立つ。と、同時に懐からバカでかいタルを取り出し、タ級に向けて構えた!

 

「ニャッホーイッ! これぞ新技…急降下特大タル爆撃ニャーーーッ!!!」

 

 叫びながらタルごとタ級に突撃するサイファー。そして、タルとタ級が重なり合った瞬間、離れていた北上達ですら思わず身を庇ってしまう程の大爆発が発生し、タ級はその爆炎に飲み込まれ、サイファーは爆発の衝撃で吹き飛ばされてしまう。

 

「にゃーーーーん……」

 

 という、何処か気の抜けた声を出しながら中空に放り出され、海水に着水するサイファー。

 

「…いたた、やっぱりちゃんとした防具なしで特大タル特攻は結構厳しいニャー…」

 

 海上で浮ける様に体のバランスを取りながら、身体で傷を負った個所を確認するサイファー。そして、その確認を終えると、今度は視線を先ほど爆撃したタ級に向ける。

 

 体中の至る所から黒煙を上げるタ級。どうやら、撃沈確定の大ダメージを与える事に成功した様…なのだが、その憎しみに満ちた二つの双眸はしっかりとサイファーを捉えている。自身と同じく大破している砲をサイファーに向けている事といい、どうやら死なば諸共とサイファーを道連れにしようとしているみたいだ。

 

「ニャフフ、面白いニャ! やれるものならやってみろニャ! 今止めを刺してやるニャーッ!」

 

 しかし、そんな負の感情を叩きつけられてもサイファーはビクともせず、意気込みながらタ級に向かって泳ぎ始める。

 

 だが、その直後タ級とその傍にいたヌ級に向かって、これが最後だと言わんばかりの攻撃が加えられる。驚いたサイファーが周囲を見回すと、離れた位置にいたはずの北上達が、再び接敵しタ級とヌ級に攻撃を放っていたのだ。

 

「サイファーさん大丈夫ですかっ!!?」

 

「無茶し過ぎだ、この馬鹿者が」

 

 慌ててサイファーに駆け寄り、その体を抱き寄せる吹雪と叱り飛ばす磯風。二人とも、目尻に少し涙が溜まっている。恐らく、サイファーの特攻に大分肝を潰したのだろう。

 

「残敵の掃討、完了しました! 作戦成功ですっ!」

 

「やったわっ! これで、大手を振って鎮守府に帰還できるってものよ!!」

 

 続く神通と雷の声。見ると、タ級とヌ級は諸共海中に沈んでいく最中だった。神通の言葉通り、これで今回の戦闘は勝利という形で終わったのだ。

 

「…うーん、やっぱり通常時より雷撃の威力が上がってる気がするね~。大破して武装の威力が上がるって変な感じだけど、これもサイファーの料理のおかげなのかな?」

 

「その事については後程じっくり熟考する事にして、今は勝利の報告を届けるために急いで帰投しましょう! 鎮守府が、そして提督が首を長くして待っていますよ!」

 

 不思議そうに首を傾げる北上を窘めながら、赤城が満面の笑みで全員に号令を出すのだった。



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間宮とサイファー

「しょ、しょ…勝負です…!」

 

「………ニャ?」

 

 激戦を終え、意気揚々と北上達と共に鎮守府へ戻ってきたサイファーを待っていたのは、何故か少し涙目になっている割烹着を着た女性の、理由も意味も分からない一方的な宣戦布告だった。

 

 

 

 

 

 女性は間宮という名前で、給糧艦という少し特殊な艦娘だ。その名前の通り、戦闘により心身共に疲労しやすい艦娘達に、時に美味しいご飯を、時にあまーいお菓子を配給するのが彼女の役目だ。

 

 また、建造に特別な素材が必要で、鎮守府で普段使っている開発資材では建造する事が出来ない。そのうえ、その特別な素材はかなり貴重な物なので、基本的に管理は大本営が行っている。

 

 そして、その役割からどの鎮守府でも大人気だ。特に彼女の作るお菓子…和洋の東西を問わずあらゆる種類の甘味を用いた幅広いレパートリーからなるお菓子は、特に甘いものが好きな艦娘達からは絶大な人気を誇っている。艦娘は兵器であると同時に、やはり女の子でもあるのだ。

 

 その影響力は計り知れない。数多の精鋭の艦娘が集まる歴戦の鎮守府でさえ、もし間宮が轟沈させられでもしたらその瞬間にその鎮守府は何も出来ない無力な木偶の坊と化す、とまで言われているほどだ。ある意味では戦艦や空母よりも重要な艦娘かもしれない。

 

 その間宮が、ようやく配属されたのだ。彼女は、出撃するサイファー達と入れ替わるように鎮守府に入ってきたらしい。

 

 そして、そこでどうやら川内が余計な事を言ったみたいなのだ。鎮守府の現状を説明する他の艦娘に混じり、曰く「間宮の役割は、八割方くらいサイファーが持って行っているからあまりやる事ないかも」みたいな事を。

 

 見た目は温厚で争い事は好まなそうな外見の間宮だが、その内には他の艦娘と同じく己の役割に対する誇りをしっかりと持っている。その役割の八割もの数を聞いた事も無い人物に持っていかれていると聞かされれば、心中穏やかでいられなくなるのも無理はない。

 

 その、ある種錯乱と言ってもいい取り乱し方をしながら、前述の勝負発言…どちらがよりおいしい料理を作れるかという料理勝負に繋がるのだった。

 

 

 

 

 

 訳の分からないまま、間宮と共に調理場に入っていったサイファー。その後姿を、吹雪は心配そうに見つめていた。

 

「サイファーさん、さっきの戦いの傷も癒えてないのに大丈夫かな…?」

 

 不安げに言葉を漏らす吹雪。調理場に入る前、サイファー自身は「全然問題無いニャ!」と余裕たっぷりな態度で豪語していたが、タ級すら一撃で轟沈寸前にまでもっていく爆弾をもって特攻を仕掛けたのだ。無事な筈がない。

 

 因みに、北上、磯風、雷の三人は既に入渠している。節約のために高速修復材は使っていないが、駆逐二隻と軽巡…もとい雷巡一隻ならそうは時間はかからないだろうという判断だ。少なくとも、料理勝負で料理がお披露目される時間には間に合う筈だ。

 

「どうした吹雪?」

 

「あ、て、提督…」

 

 不意に背後から吹雪に掛かる声。振り返ると、何やら資料を手にした提督と、同じく資料を手にした大淀が二人並んでいた。

 

「サイファーさん、大丈夫かなって思って…」

 

「…ああ。確か、かなりの無茶をやらかしたらしいな。本音を言えば俺もゆっくり休んでいて欲しいのだが、本人が大丈夫と言うのなら信じるしかないんじゃないか?」

 

 吹雪の視線に釣られる様に提督も視線を調理場へ続く扉に向ける。その声色から、提督は提督でサイファーの事を心配しているのが吹雪にも分かった。

 

「…っと。悪いが吹雪、少しの間だけ鎮守府を留守にするぞ。大本営に呼ばれててな」

 

「へ? 電文とかではなくて直接ですか?」

 

 提督の言葉に驚く吹雪だったが、どうやら提督も提督で困惑している様だ。被っている帽子の鍔を所在なさげに弄りながら言葉を続ける。

 

「うむ、何やら問題が発生したらしく、俺だけじゃなく動ける各鎮守府の提督は直ぐに集まるようにと下知されているらしいのだ…」

 

「それってやっぱり、あの人達関連ですよね…」

 

 そう言って、吹雪は大食堂の方へ顔を向ける。そこには、サイファーと間宮がどんな料理を出してくれるのかを今か今かと待っている艦娘達に交じって、落ち着きなく周囲を見回している艦娘が一人、興味深そうにサイファーが料理するところを見ている艦娘が一人…そして、何故か酒瓶を抱きながら頭にたんこぶを作り気絶している艦娘が一人。全員、吹雪が見た事の無い艦娘だ。

 

「えっと、空母のサラトガさんと、重巡のプリンツ・オイゲンさん、そして同じく重巡のポーラさん…ですよね?」

 

「そうだ。故あってこの鎮守府に身を寄せる事になった。三人とも深海棲艦との幾多もの戦いを潜り抜けてきた猛者だから、一緒に出撃する機会があれば、その熟練の腕を見せてもらうのもいいだろう」

 

「…あの床で倒れてる人もですか?」

 

「………………」

 

 露骨に視線を逸らす提督を見て、この話はここで終わらせた方が良いと吹雪は判断した。

 

「あの、提督は大丈夫なんですか? 私が大破した時の事なんですけど…」

 

 不意に気になった事を聞く吹雪。すると、提督はバツが悪そうな顔をしながら後ろ頭を左手で撫でる。

 

「その件については心の整理は付いた。情けない姿を見せてすまなかったな」

 

「提督ったら、『吹雪や他の艦娘達が頑張っているのに、俺だけがいつまでもメソメソなどしていられん!』なんて仰って、自らを奮い立たせたんですよ」

 

「ばっ!? お、大淀! あまりその事は言うなと…!」

 

 それまで黙っていた大淀の突然の暴露に、提督は大いに慌てる。そして、顔を真っ赤にして取り乱す提督を見た吹雪は、思わず小さく噴き出してしまった。

 

「…そう言えば、何故吹雪さんは提督を『提督』と呼んでいるのですか? 司令官では…」

 

「俺が吹雪にそう頼んだんだ! 理由は聞くな、下らんからな!」

 

「…クスクス、そうですね。下らない理由なので聞かないであげて下さい」

 

 大淀の疑問を遮るように大声でその答えを口にする提督。そんな提督に合わせるように、吹雪も小さな笑みを漏らしながら提督に同調する。

 

「そこまで下らない下らないと連呼されると、逆に気になってしまいますね。聞かせてもらえる日を心待ちにしていますよ。では提督、そろそろ移動を」

 

「…あ、ああ、そうだな。それじゃ吹雪、後は頼むぞ。夜には戻ってこれると思う」

 

「了解しました! お気をつけて!」

 

 足早にその場を去る提督と、その後を追う大淀。元気よく返事をした後、吹雪は提督の後姿を視界から消えるまで眺めているのだった。

 

 

 

 

 

 一方、調理場では間宮が料理を作りながらも、申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「御免なさいサイファーさん。私が取り乱した所為で、変な事に巻き込んでしまって…」

 

「気にしてないニャ! それどころか熟練の料理人から勝負を申し込まれるなんて、こんな僥倖滅多にないニャ!ボクの料理の腕がどれほどなのか確かめるいい機会ニャ!!」

 

 同じく料理を作っているサイファーに謝罪をする間宮だったが、サイファーはケラケラと愉快そうに笑いながら返す。

 

「まあ、熟練の料理人だなんてそんな…」

 

「器具を扱う手つきを見れば分かるニャ! それは、頭で考えてから動いている動きじゃなく、体が今作ろうとしている料理の手順を覚えている動き…つまり、歴戦の料理人の動きニャ!!」

 

 手慣れた動作で材料に包丁を入れていく間宮を、サイファーはこれでもかと褒め称える。

 

「…うふふ、お褒め頂き有難う御座います。ですが、かく言うサイファーさんもなかなかのお手前とお見受けしますよ?」

 

「ボクはまだまだニャ! これからも修練あるのみニャ!!!」

 

 仕返しとばかりに間宮もサイファーを褒めるが、対するサイファーの反応は謙虚な物であった。

 

「それは私も同じです。ですが、勝負となった以上は私も勝つつもりで行かせてもらいます…!」

 

「ニャーッ! 絶対勝ってみせるニャ!!」

 

 サイファーに同意しながらも、勝利への意欲を見せる間宮。その意欲を感じたサイファーもまた、改めて必勝の意気込みを見せる。

 

 今ここに、二人の料理人の意地がぶつかり合う…!




という訳で、料理勝負です。勝負となった以上は、今まで見たいに『美味かった』『凄かった』だけで適当に濁す訳にはいきません。何が『美味くて』どう『凄い』のかを詳細に描写しなければなりませんが、果たして私にそれが出来るかどうか…。


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苦難の予感

 机の上に置かれている一つの凄く大きなお皿と、三つのお皿。この四つのお皿の上に盛られた料理に、全艦娘の視線は釘付けになっていた。

 

 大きなお皿の料理はサイファーの作った料理だ。肉、野菜、魚、果物といったあらゆる食材を贅沢に混ぜ合わせて調理されており、その上に見た事が無いソースの様な物が均等に振りかけられている。

 

 恐らくはこのソースの様な物が発しているであろう匂いが、堪らなく食欲を刺激する美味しそうな匂いを発しており、何人かの艦娘はこの匂いを嗅いだだけで無意識に口から僅かながら涎が垂れてしまったほどだ。女の子としては少しはしたない姿であり、直ぐに恥ずかしそうに涎を拭いていたが。

 

 後にこのソースは、サイファーが独自の研究を重ねて編み出したオリジナルの調味料である事が明らかになった。

 

 一方、三つの皿に盛られている料理は間宮の料理だ。それぞれに違う種類の魚が刺身のような状態で均等且つ丁寧に並べられており、その周囲を副菜と思しき野菜や果物が彩っている。

 

 特筆すべきはその見た目の美しさだ。料理の全てが、思わず見惚れる程の上品な輝きを放っており、更に料理の盛り付け方も完璧だ。星形やハート形に切られた人参等も飾られており、調理者の腕前をこれでもかという程に物語っていた。

 

 サイファーの料理が嗅覚に訴える物なら、間宮の料理は視覚に訴える物である。

 

 また、味付けにおいても二人の料理は趣の異なる物だった。

 

 サイファーの料理は食材単品の味も勿論美味なのだが、真に味を発揮する食べ方はやはり掛かっている調味料と一緒に食す食べ方だ。濃厚な甘みを持つ調味料ではあったのだが、それでいて食材の味を殺す事もなく、結果として一度口にすると止めようにも食べるのが止まらない…という事態に陥ってしまう。

 

 また、調味料と一緒に食べる食材を変える事で、味も微妙に変わり、辛みが出てきたり少し酸っぱくなったりと様々だ。やはり人によって味の趣向は違うので、一つの料理である程度その趣向に応えられるというのも大きなポイントだろう。

 

 対する間宮の料理は、一つの食材の旨味を限界まで引き出してある一点突破型だ。食材全てが放っている輝きは伊達ではなく、一口食べればその旨味が口内全体に広がり、普段あまり食材を噛まずに飲み込んでしまう人でも、思わずゆっくりと咀嚼して、旨味を堪能してしまうだろう。

 

 食材の持つ負の方面…魚の生臭さや、人参の独特な苦み…といった物も、非情に精密なレベルで混ぜ合わされ旨味をさらに引き出しているので、これらが苦手な人でも問題なく食せるだろう。

 

 様々な食材の味を混ぜ合わせ、その味を引き立たせるサイファーの料理と、一つの食材の旨味を限界まで引き出す間宮の料理。方向性はまるで違うが、掛値なく美味しいという点だけは共通している。

 

 それ故に、審査は難航する。

 

「…選べと言われれば、私はサイファーの料理を選ぶ…いえ、でも…」

 

「うーんでもでも、マミヤの料理も凄く美味しいよ!? えっと、うーんうーん…」

 

 他の艦娘に混じり、新参であるサラトガとプリンツも大いに頭を悩ませている。どうしても甲乙がつけがたいのだろう事は、その表情を見れば分かる。

 

 と、その時だった。

 

「ここは~引き分けという事に~しませんか~?」

 

 不意に聞こえる少し間延びした声、その場にいる全員が声の方を見ると、いつの間にか起き上がっていたポーラが、酒を片手にサイファーと間宮の料理を食していた。

 

「サイファーの料理は~大人数でワイワイ飲みたい時に~うってつけです~。そして~、マミヤの料理は~一人で…または少数で静か~に飲みたい時にぴったりです~。この二つに優劣を付けろなんて~、ワインと日本酒のどっちが美味しいか~とか言ってる様なもんです~。不毛ですよ~」

 

 ぐびぐびと酒をあおり、「えへへぇ♪」などと明らかに酩酊した笑みを浮かべながら言葉を紡ぐポーラ。しかし、確かな正論でもある為、静かにではあるがどちらの料理を選ぶかでヒートアップしていた場が、少しずつクールダウンしていく。

 

「…ポーラの言う通りです。正直私もこのどちらかを選ぶなんて出来ません」

 

 そして、赤城がポーラの言を肯定した事が決定打となり、今回の料理勝負は引き分けという事で決着する事となった。

 

 

 

 

 

「間宮とサイファーもごめんね…。私が変な事言ったせいで…」

 

 川内が言葉通りに申し訳なさそうに間宮とサイファーに頭を下げる。が、対する間宮とサイファーの顔は実に晴れ晴れとしている。

 

「大丈夫ですよ川内さん。あの程度で取り乱す私がまだまだ未熟だっただけです。何と言われようと、私は心身ともに疲れている人達に美味しい料理を提供する。それが私の誇りですからね」

 

「勝負は引き分けだったけど、間宮さんの調理法と料理が見れたニャ。料理人として、これは大きな経験値ニャ。これでボクは更なるビッグな料理人になれるのニャ!」

 

 笑顔で己の心境を語る間宮とサイファーに、川内も直ぐに笑顔を取り戻した。

 

「さあ、更なる料理を振る舞いましょうか! 料理勝負でうやむやになりかけましたけど、先ほど強大な敵を倒してきたんですよね? ならば、祝勝会を開くのが道理というものです! 食後のデザートもたーっぷりと用意しますよ!!」

 

「作って作って作りまくるニャー!!」

 

 服の袖をまくって気合を入れる間宮と、同じくお玉を持ちながら飛び上がって気合の掛け声を放つサイファー。こうして、この日は鎮守府に身を寄せた新たな三人の艦娘も加わって、夜遅くまで盛大なパーティーを開き大騒ぎするのであった。

 

 

 

 

 

 提督が鎮守府に戻ってきたのは日付も変わる頃という深夜だった。その頃にはパーティもお開きとなり、鎮守府内は静寂に満ちていた。

 

「超巨大深海棲艦か…。また、厄介そうなのが出てきたな」

 

「サラトガさん、プリンツさん、ポーラさんがもともと所属していた鎮守府は、数ある鎮守府の中でもトップクラスの戦果を誇り、所属している艦娘も全員が老練の古強者と言っても差し支えない方達ばかりだと聞き及んでいます。かの鎮守府が、手も足も出ずに壊滅させられたとは、俄かには信じられません…」

 

 難しい顔で資料を見つめる提督と、同じく暗い顔で俯きがちに言葉を発する大淀。

 

「鎮守府近海にタ級などという強敵が現れたのも、こいつが関係しているのだろうか?」

 

「定かではありませんが、可能性は高いと思います」

 

 大淀の答えに、提督は資料を机に置き「ふむ…」と少しの間、顎に手を当てて考え込むが、不意に顔を大淀に向ける。

 

「いずれこの謎の深海棲艦の討伐命令が下るだろうが、もしかしたらこの鎮守府にもその命令が下るかもしれん。その時のために、これまで以上に艦娘達の練度の上昇と、建造による艦隊自体の強化、そして資材を備蓄する為のさらに効率のいい遠征ルートの確保が必要になってくるな」

 

「そういう意味では、サラトガさん達がこの鎮守府に身を寄せてくれたのは幸運でしたね。彼女達に指導して頂ければ、この鎮守府の艦娘達もメキメキと練度が上がっていくでしょうし、私達がまだ行けない遠征ルートも、彼女達が同伴してくれれば行ける可能性が出てきますし」

 

「…そうだな。まあ、とりあえずこの新たな脅威の事については、明日俺から艦娘全員に伝えようと思う。明日からまた忙しくなると思うから、大淀は今日はもう休め。俺も、今日は簡単に身体だけ洗って軽い夜食を取ったらすぐに寝るつもりだから」

 

「…分かりました。それでは失礼します」

 

 そう言って、一礼をした後に執務室を後にする大淀。その後姿を見送った提督も、明日に備えるために手早く就寝に入れるよう動き出すのだった。




 この超巨大深海棲艦は本作オリジナルの深海棲艦となります。動く霊峰の艦これバージョンみたいなもんです。


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二人の空母の憂鬱

 今話でサイファーも述べるのですが、件の超巨大深海棲艦のイメージはラオシャンロン+オストガロア+アトラル・カというちょっと混ぜすぎな物でした。

 そして、その見た目をそのまま文に起こしたところ、艦これどころかモンハンの雰囲気にすらあっていません。どちらかと言うと、バイオ5のウロボロス・アヘリか、同じくバイオアウトブレイクファイル2のニュクスみたいになってしまいました。

 どうしよう、一気に対象年齢が上がっちまったぜ…。


 翌日、提督は多目的室に現在鎮守府に所属している全艦娘とサイファーを呼び、昨日の会議の内容を説明した。

 

 謎の超巨大深海棲艦が突如姿を現したこと…。その侵攻により、最上位に位置する戦績を誇る鎮守府が壊滅してしまった事…。そして、もしかしたらその超巨大深海棲艦の討伐命令がこの鎮守府にも下るかもしれない事…。

 

 更に、壊滅させられた鎮守府に所属していたサラトガ、プリンツ、ポーラから超巨大深海棲艦の容姿が語られる事となる。

 

 曰く、パッと見た姿は四つ足であり、そして顔と尻尾が付いた生気の感じない真っ白い潜水艦…艦娘のような人型ではなく、普通の軍艦としての潜水艦を指している…の様な感じらしい。

 

 そして、異様なのがその体の至る所から様々な種類の…それこそイ級の様な駆逐級からヲ級やレ級といった大型の深海棲艦、更には鬼クラスや姫クラスの深海棲艦と思しき残骸が突き出ていたそうなのだ。他の深海棲艦を強引に体内に取り込もうとしたが、完全には取り込めなかった…と言った感じだそうだ。

 

 勿論、壊滅させられたという鎮守府もただ指を咥えて見ていたという訳では無く反撃を試みたのだが、何百という攻撃機や爆撃機で爆撃しようが、46cm砲や51cm砲を当ててもまるで手応えが感じられなかったと言うのだ。

 

 一応、攻撃を続ければ極稀に身体を怯ませたりはしたらしいが、明確にダメージを与えられたと感じられた場面は一切ないと三人とも断言している。

 

 さらに厄介なのが、この体内に取り込むという性質は無機物や艦娘にまで及ぶ様だ。便宜上は壊滅、という事になっているのだが、実際は鎮守府の殆どがその巨体に飲み込まれたらしい。残念な事に、その勢いのまま半数以上の艦娘も飲み込まれて生死不明…生存も絶望的と言われている。

 

「なんやねんそれ…。ほなら、一体どうしたらええんや…?」

 

 三人の語る謎の深海棲艦の姿や能力に、赤城に少し遅れて建造された新たな艦娘である龍驤が冷や汗を掻きながら質問するが、これに答える声は無い。サラトガ達は勿論、他の艦娘達もどうすればいいのかなど分かる訳ないのだから当然なのだが、それでも龍驤は口にせずにはいられなかったのだろう。

 

「提督、その謎の深海棲艦が今どこにいるのかは分かるのですか?」

 

 暫く沈黙が続いたが、それを吹雪が破り提督に問う。しかし、提督は首を横に振った。

 

「残念ながら、それほどの巨体を持っているにも拘らず、今現在の居場所は一切掴めていないのだ。恐らく、海中深くに身を潜めているのだろうと推測されている。基本の形状は潜水艦らしいからな。不可能ではないだろう」

 

「この深海棲艦の影響で、特に潜水艦の艦娘に注意喚起が促されています。万が一鉢合わせでもしたら、成す術無く取り込まれてしまうかもしれませんから…」

 

 提督の説明に、大淀が言葉を付け加える。この鎮守府にはまだ潜水艦の艦娘は着任していないが、耐久力に難がある上に少し使いづらい面もあるが、戦略上外す事の出来ない重要な艦種だ。いずれは建造しなければならない。

 

 特に、潜水艦の艦娘のみで艦隊を組んだ場合、出撃をしながら資源も備蓄する事が出来るというとある海域があるのだが、それもこの深海棲艦のおかげでおいそれと出撃させる事が出来なくなってしまった。下手をすれば、艦隊を出撃させてそのまま全員轟沈報告すら上がらずロスト…なんていう悪夢のような筋書きが成り立ってしまう恐れすらあるからだ。

 

「…話を聞く限りは不気味なモンスターだニャ。残骸を取り込むという事は、オストガロアみたいな感じかニャ? …でも、無機物も使うみたいだからアトラル・カかニャ? という事は、巨大な外郭を操っている本体がいる…?」

 

 重い雰囲気の中で、サイファーも難しい顔をしながら謎の深海棲艦について考え込む。しかし、実際にその姿を見た事が無い以上、いくら考えようが推測の域は出ない。

 

「さて! 皆さん注目して下さい!!」

 

 そんな中、突然大淀が両手を打ち鳴らしながら自分に注意を引く。

 

「そういう訳ですので、我が鎮守府は練度、艦隊、資材その全てに更なる補強を掛けなければなりません。そして、その一環としてサラトガさん達のコネを頼りに違う鎮守府の艦娘の方々と演習を行う事になりました。ハッキリ言って、練度に雲泥の差があるのですが、その方が経験も早くたまると思いますので、胸を借りるつもりでいってみましょう!」

 

「…へっ! 面白え、やってやろうじゃねえか!」「うげっ、マジ~…? めんどくせぇ~…」「夜戦ならどんな相手にだって負けないよ!」「うーちゃんもやる気満々ぷっぷくぷーだぴょん!!」「早く一人前のレディになる為には仕方のない事ね!」「頑張ります!」

 

 大淀の檄に、それまで青い顔で俯きがちだった艦娘達が(一部を除いて)一斉に気合の入った声を上げる。どうやら、大淀の激は功を奏した様だ。

 

「あの、提督…」

 

 そんな中、赤城が提督の名を呼ぶ。提督が振り向くと、赤城と龍驤も提督を見上げていた。

 

「演習は望むところなのですが、私や龍驤さんが使う艦載機は何とかならないでしょうか? 旧型機では、発艦させたところで確実にその殆どを撃ち落され、結果的にボーキサイトの消費が跳ね上がってしまうと思うのですが…」

 

「それに、カッコも付かんしなぁ。いきなり烈風や流星改! とまでは言わへんけど、せめて零戦の52型くらいは乗せたいんやけど…」

 

 赤城の言い分に龍驤も加わる。とはいえ、少なくとも赤城の言っている事は尤もだ。特にボーキサイトは貴重な資源なのだから、無駄にする訳にはいかない。

 

「…すまん。艦娘の建造に注力していた所為で、武装の方はまだ殆ど手を付けていないんだ。今急いで、武装の方も開発しているのだが、もう暫くかかりそうだ。ただ、一応あてはある…ある、んだが…」

 

 申し訳なさそうに赤城と龍驤に謝る提督だったが、不意にその視線をサラトガに向ける。釣られて赤城と龍驤も顔をサラトガの方へ向けた。

 

「…? 何かご用かしら?」

 

 三人の視線を感じ取り、優雅な笑みを向けながら手を振るサラトガ。そして、そこから微かに見える彼女が搭載している艦載機。

 

「…へ? 提督まさか、ウチらにヘルキャットやドーントレス乗せようとしてんの?」

 

 視線をサラトガに向けたまま提督に聞く龍驤。心なしか顔が若干引き攣っている…様に見える。

 

「やはり駄目か?」

 

「い、いや、駄目な事はないんやけど…。そりゃ、九六式艦戦に比べりゃ遥かに戦力にはなるいうんは分かっとるんやけど、その、なあ…」

 

「他国の艦載機だからといって乗せたくない、などと言う気は一切ありません。実際、優秀な艦載機なのは身をもって知ってますからね。ですが、一度引導を渡された事のある爆撃機を乗せるとなると、どうしても抵抗感は拭い切れません…」

 

 気まずそうに顔を顰めながらもごもごと言葉にならない言葉を吐く龍驤と、厳しい顔つきで心境を吐露する赤城。どうやら完全に苦手意識を持っている様だ。

 

 しかし、今この鎮守府でまともな艦載機と言えばサラトガが搭載している艦載機しかない。加えて、幾千の戦いを乗り越えてきたのだから、艦載機の熟練度も相当な物の筈。もしかしたら艦載機の性能以上の能力を発揮できるかもしれない。

 

 散々悩みはしたが、結局二人はサラトガの艦載機を貸して貰うように頼み込むのだった。




 原作ではヘルキャットを乗せようがドーントレスを乗せようが反応は一切変わらなかった…筈ですが、実際はどうなんでしょう? やっぱり嫌がったりするのか、それとも全く気にしないのか…。


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元帥の影

 演習のための準備を終えた艦娘達は、大淀を先導に鎮守府を後にした。今回は先の謎の巨大深海棲艦に対抗する為の大規模演習という事で、サイファーのいる鎮守府を含めた幾個かの鎮守府も参加する様だ。故に、恐らく今日中にはこの演習は終わらないだろう。

 

 全ての戦える艦娘が出払ってしまった鎮守府に於いて、残っているのは提督と間宮、そして提督に少し話があると引き留められたサイファーの三人が残っていた。この引き留めが無ければサイファーも演習を見学するつもりだったのだが。

 

 そして今、サイファーは間宮と共に執務室に呼ばれている。

 

「…実を言うと、サイファーの存在が大本営から問題視されているのだ」

 

 改めての挨拶もそこそこに、提督が用件を切り出した。

 

「ニャ?」

 

「と、言われますと?」

 

「話自体は簡単だ。正体不明の存在を軍に所属させているのは問題がある…と、言うものだな」

 

 サイファーと間宮の声に、提督は苦々しそうに答える。

 

「それは…。ですが、サイファーさんがいたからこそ、私がいない間もこの鎮守府は活気にあふれ、先日の激戦もサイファーさんの貢献が大きいと聞いております」

 

「ああ、それは間違いない。それに、大本営の手違いで間宮の配属が遅れたのがそもそもの原因なのだ。その件を含め俺は反論したのだが、こんな物を渡してきた以上、頭の固い上の連中に届いているとは言い難いな…」

 

 そう言って、提督は懐から縦横10cm、厚さ2cm程の銀色の物体を取り出した。

 

「これは、装着した者の記憶をVR空間によって再現し、その時その時の状況を追体験できるという装置だ。これで記憶の確認を行い、何か不正を行っていないか調べてこい、という事だろう」

 

 訝し気な視線を送る二人に応える様に、提督は手に持っている物体の説明を簡潔に…そして忌々し気に行う。

 

「…お世辞にも趣味の良い道具とは言えませんね」

 

「無論俺も最初は断った。が、正体不明の存在をいつまでも軍に所属させる訳にはいかない。間宮が配属された以上、軍属を続けさせるつもりならせめて正体を割ってからにしろ。それが出来ないのならすぐにでも軍属の任は解くべき、と厳命されてしまってな…」

 

 間宮が非難の視線を提督に向けるが、提督は提督で苦悩している様で、机の上に置いた銀色の物体を睨みながら腕を組んで考え込んでいる。

 

「もしかしたら、サイファーを雇い入れた直ぐ後に例の超巨大深海棲艦が現れたので、何か関連性があるのでは? と、疑われているのかもしれん…」

 

「そ、そんな…」

 

 続く提督の予想の言葉に、間宮は悲し気に俯いてしまった。

 

「ボクなら大丈夫ニャ。見られて困るような記憶はないニャ」

 

 そんな重苦しい雰囲気の中、サイファーが軽い口調で口を開く。提督と間宮の二人に心配を掛けまいとするサイファーの気配りだろう。

 

「いいのか?」

 

 提督の短くも苦悶の詰まっている声による問いに、サイファーは何のためらいもなく首を縦に振る。

 

「…すまん、恩に着る。今サイファーにここを去られるのはかなり痛いし、俺としても利用するだけ利用して、用が無くなれば任を解く、などと言う事はしたくなかったんだ」

 

 安堵の息を吐きながら己の心の内を語る提督。その苦々しそうな表情を見るに、大本営の決定には一切納得はいっていないが、とにかく目の前の危機は去った…と言ったところだろう。

 

「ただ、ボクの記憶と言っても怖ーい大型モンスターと戦っているシーンか、一心不乱に料理の練習をしているシーンくらいしか無いニャ。多分、全然面白くないと思うニャ」

 

「それについては問題無い。とにかく、不正らしきものが出てこなければそれでいいのだ。それに、正直に言うと、その怖いモンスターとやらや、サイファーの前の旦那さんという人物にも興味がある」

 

「一心不乱に料理の練習をするネコ…。なんだか不思議な光景な気もするけど、可愛らしい様な気もしますね」

 

 顎に手を当て、己の記憶を掘り起こしているのであろうサイファーの台詞に、提督は言葉通りにその瞳に興味の色を宿しており、間宮は自分の想像にほっこりしている様だ。

 

「よし、この件はとりあえず今はここまでだ。もう一つサイファーに伝えたい事があるからな」

 

 一つ頷きながらそう言う提督。サイファーと間宮の視線が再び提督に向く。

 

「実は、先ほど言っていた反論の過程でとある元帥殿とその部下数人が、サイファーの料理に強い興味を示していてな。近いうちにサイファーの料理を食してみたいと言っているのだ」

 

 困惑気にもう一つの用件を語る提督。本来なら、上司の好感度を稼ぐチャンス…と意気込むところなのかもしれないが、サイファーが問題視されているという事情もあり手放しには喜べない事態だと考えているのだろう。

 

「…それは、サイファーさんの料理に適当な理由を付けて追い出すとかそういう…?」

 

 そして、間宮もその考えに至ったようだ。心配そうに提督に問う。

 

「いや、この元帥殿自体はそのような方ではない。厳しい時もあるが、誰にでも分け隔てなく笑みを振りまく大本営の中でも恐らく一番できたお方だ。まあ、俺も昔何度かお世話になった事があるというところからくる、俺の主観も混じっているがな」

 

 しかし、その質問に対し提督はハッキリと首を横に振りながら否定する。そして、その理由を述べるのだが、その最中に微かな笑みを浮かべていたところを見るに、かなり信頼している様だ。

 

 が、その直後提督は肩を落としてしまった。

 

「ただ…な。それだけの人物故に、取り入ろうとする者もやはりいてな。そして、悪い事にサイファーの料理に興味を示した元帥殿の部下と言うのの大半が、まさにその取り入ろうとする者達なのだ」

 

 悩まし気に頭を押さえながら説明する提督。どうやら、結構な心労を感じているみたいだ。

 

「提督、それなら大丈夫ですよ」

 

 そんな提督を勇気づける様に、間宮が爽やかな笑みを見せながら話しかける。

 

「サイファーさんの料理は天下一品です。一口食べれば誰しもが夢中になるでしょう。それは、同じ道を志す私が太鼓判を押します」

 

「ニャッニャッ…。あ、あまり褒められるとこそばゆいけど、ボク頑張るニャ!」

 

 手放しにサイファーの料理を賞賛する間宮に対し、サイファーも恥ずかしそうに両手で顔を拭いながらも気合を入れた一言を発する。

 

「もう一度聞きますけど、その元帥殿はお優しい方なのですよね?」

 

「あ、ああ…。美食家ではあるが、少なくとも突然調理場に『この料理を作ったのは誰だあっ!!?』などと言いながら怒鳴りこむといった暴挙に出る様な方ではない」

 

「なら問題はありません…! 私もできうる限りの補佐を行いますので、サイファーさんと一緒に元帥殿を唸らせて見せます。そして、元帥殿が認めたのであれば他の人達も下手に口出しは出来ないでしょう」

 

「間宮さんに手伝って貰えるなら、これほど心強い事は無いニャー!」

 

 声色こそ落ち着いてはいるが、確かな気迫のこもった間宮の言葉にサイファーも嬉しそうに呼応する。それを見た提督は、一瞬の間の後「フッ」と軽い笑みを漏らした。

 

「分かった。もう間もなく伊良湖も着任するはずだから、彼女を含めた三人で元帥殿に素晴らしい料理を振る舞って見せてくれ」

 

「伊良湖ちゃんも、もうすぐ来るんですか?」

 

「ああ、間宮が遅れた代わりに伊良湖には直ぐに着任してもらうように強引に手配した」

 

「提督、流石です! 伊良湖ちゃんも加わってくれれば百人力ですよっ」

 

 提督の計らいに間宮は嬉しそうに楽しそうに顔を綻ばせる。そして、サイファーも会話の流れから何となく伊良湖なる人物が艦娘である事と、何を得意とするかを察したのだろう。

 

「ニャホーイッ! もう一人料理人が増えるニャ! これでこの鎮守府の料理はますますグレードアップするのニャ!」

 

 と、飛び跳ねながら興奮気味に叫んだ。

 

「元帥殿の訪問日は、後日おって報告する。二人はそれまでにどのような料理を出すのかをよく吟味していてくれ。ただし、あまり時間は無いという事だけは覚えておいて欲しい。頼んだぞ!」

 

「お任せ下さい!」「了解ニャー!」

 

 提督の指示に、間宮とサイファーはほぼ同時に応えるのだった。




料理で勝負の次は、料理で接待です。


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酔えば酔う程…

別に強くなったりはしない。


 執務室を後にしたサイファーと間宮は、早速調理場に移動し元帥にお披露目する料理の案を考え始めた。

 

「提督さんから聞いた話だと、その元帥さんという方は結構な年齢だそうニャ。という事は、若い女性である艦娘さん達とは、そもそも美味いと感じる味覚が違うと思うニャ」

 

「それは間違いないでしょう。普段吹雪さん達にお出ししている料理より、少し味を濃い目にした方が良いかもしれません。その上で、味の繊細さも出した方が良いと思います」

 

「濃くて繊細…完全に相反している内容ニャ」

 

「ですが、その相反している筈の内容をうまく融合させるのが料理人としての腕の見せ所ですよ」

 

「ニャ…。まあ、オトモ時代の時にもよく慎重に急げとか言われてたから、それと同じだと考えれば…」

 

「―――。微妙に違うような気もしますけど、とにかくまずは試作する為の案を幾らか考えてみましょう」

 

 間宮の言葉を皮切りに、サイファーと間宮はお互いの知恵を出し合い始める。こうして、二人は時に少し脱線しながらも、その日は一日中調理場に籠る事となった。

 

 

 

 

 

 翌日の朝に吹雪達は鎮守府に帰還した。結果だけ聞けば、どの鎮守府の艦隊相手にも惨敗を喫したそうだ。北方や南西に赴いて活躍している複数の鎮守府の合同演習の中に、まだ鎮守府近海でしか戦えてない艦隊で混ざったのだから当然と言えば当然の結果ではあるのだが。

 

 そんな中、熟練の戦艦や空母の艦娘達から撃沈判定を次々にもぎ取っていったサラトガとプリンツは、やはり群を抜いて上手なのだという事を内外に知らしめた。

 

「巧妙な艦載機への采配と、絶妙な攻撃回避術。流石としか言いようがありません。私も、早く貴女に近しい技量を身につけなければと、改めて心に誓いました」

 

「赤城さんに褒めて頂けるなんてI am honored.(光栄です。)ですが、私はもっともっとbest()を目指したいと考えています。あの強大な深海棲艦へのrematch(再戦)の為に…!」

 

「その意気や良し! せやかて、ウチらも負けへんで! な、赤城!?」

 

 龍驤の問いかけに赤城もしっかりと頷く。サラトガを含む三人の瞳には、ただ前へ進もうとする強い意志が見て取れた。

 

「プリンツさんも凄かったのです!」「相手の爆撃や砲撃を華麗に回避し、的確にクリティカルを叩き込んでいくその姿は、まさに歴戦の強者の証」「いや~、雷巡の私より魚雷の扱いが上手いって、ある意味反則レベルだよね~」「う、う~…。夜戦まであんな完璧にこなされたら、私の立場ないじゃん!」「あ~! オレも早く強くなってあんたみてぇに暴れてぇな~!!」「私も、もっともっと精進しなければいけませんね…」

 

「わ、わ!? 待って待って、私なんてまだまだだよ~! 未だに浅瀬とか苦手だし~…」

 

 サラトガが赤城と龍驤に称えられているのと同じく、プリンツもまた周囲の駆逐や軽巡に褒めそやされていた。とはいえ、赤城、龍驤の二人とは褒める勢いがまるで違ったため、当のプリンツは若干慌ててしまうが、それでも謙虚な反応を示す。

 

 この鎮守府に来た当初はサラトガもプリンツも少しよそよそしい雰囲気があったが、先の合同演習ですっかり意気投合出来た様だ。戦闘経験のみならず、こういう方面でも演習は役に立ったと言えよう。

 

「…ん? ポーラは?」

 

 徐々に騒がしさを増す多目的室内に於いて、艦娘達の中にポーラの姿が無い事に提督が気付く。そして、その気づきの直後、部屋の扉が開いた。

 

 そこにはベロベロに酔ったポーラと、それを支える大淀、夕立、多摩、球磨と、若干呆れの目でポーラを見つめているサイファーの姿が。そして、その姿を見た提督は瞬時にある予感が脳裏を過った。

 

「まさか…とは思うが、もしかして演習時もポーラは酔ってたのか?」

 

「お察しの通りです。先ほど調理場で水を頂いたのですが…」

 

 大淀の返答に提督は頭を押さえてしまった。サイファーが一緒にいるのは酷く酔っているポーラが心配になったからだろう。大淀の話から予想するに、昨日の演習時から今日の今に至るまでずっと酔っぱらっている事になる。それだけ酒を飲み続けているという事だから、心配にもなろうというものだ。

 

「でも、ポーラも凄かったっぽい!」

 

 そんな中、唐突にポーラを支えている夕立が声を張り上げる。とはいえ、顔を真っ赤にしながら「いへへへ~♪」などと笑っているポーラに凄みなど微塵も感じない。

 

「…吹雪、本当か?」

 

「え、ええ、まあ…。凄いと言えば凄くはありました。なにせ、演習に参加した艦娘達の中で、唯一一発も被弾していないですから…」

 

 提督の質問に吹雪も夕立の言葉を肯定するが、その奥歯に物が挟まった様な物言いに、提督とサイファーも不思議そうに首を傾げる。

 

「いや~、これこそ東洋の神秘ですね~。酔いながら戦える方法…まさに~私の為にあるような~戦法じゃないですか~。えへえへへっ♪」

 

「…それは、もしかして酔拳の事を言っているのか?」

 

 おもむろにポーラの口から飛び出した台詞に、提督が困惑気に反応する。そして、その提督の問いに「それです~!」と上機嫌に応えるポーラ。

 

「てええーいっ!」

 

 突然、夕立がポーラの背後からパンチを繰り出したが、まるで見えていたかの様にそのパンチを千鳥足でかわすポーラ。

 

「うふふ~、当たりませんよ~」

 

「おおお…。本当に当たらないっぽい…」

 

 愉快そうに笑って余裕を見せるポーラに、夕立も感動の面持ちでポーラを見つめる。

 

「演習時もあの動きで相手の攻撃を悉く回避してたにゃ」「ある意味、極まってる動きだったクマ」

 

「…一応言っておくが、酔拳と言う拳法自体は実在するが、あくまで酔った様な不規則な動きで相手を惑わす拳法であって、本当に酔って戦う拳法ではないからな?」

 

 夕立と同じく、多摩と球磨も尊敬の眼差しをポーラに向けている。対して、提督は酔拳と言う拳法についての解説を簡単に行うが、

 

「酔いを極めた者の特権です~。これは~誰も真似できない~私だけのスイケンなんですよ~♪」

 

 自慢げに語るポーラ。確かに、こんな非現実的な戦法を会得してしまったポーラには賞賛があってもおかしくはないのだが、手放しに誉めるには何かが違う…と感じるのもまた事実だ。

 

「……ぐ……う…う………」

 

 何とも微妙な空気が流れる中、何やらくぐもった声が聞こえ始める。その場にいる全員がその声の出所を探ると、何故か俯いていてその所為で表情が分からなくなっている夕立が発声源だと分かった。

 

「お、おい、どうした夕立? どこか具合でも……!!?」

 

 心配になったらしい提督が夕立に駆け寄り声を掛けるが、その声掛けの途中で顔を勢いよく挙げた夕立の形相を見た提督は、驚きに立ち竦んだ。

 

 先ほどまで綺麗な緑色だった瞳が血の様な真っ赤な色に変色し、更に口元からは狂った獣の様に涎を垂らすという狂気を絵に描いたような形相だったからだ。

 

「ぐわおおおおーーーっ!!!」

 

 その形相のまま、夕立は雄たけびを上げ、獣が如く両手を前に突き出しながら俊敏な身のこなしでポーラに襲い掛かった!

 

「ひゃあああっ!?」「ま、待て、夕立!」

 

 流石に悲鳴を上げるポーラと、慌てて止めようとする提督。他の艦娘達やサイファーも夕立を止めようと動きかけたが、その瞬間、

 

「当たったっぽい!」

 

 といういつもの語尾と共に、身体が硬直してしまっていたポーラの脇腹辺りに、自分の拳を軽く触れさせている夕立の姿が。瞳の色も既に元に戻っている。

 

「…な、なんですか今のは~?」

 

 元の夕立に戻った事に全員が安堵する中、未だに少し怯えているポーラの問いに、夕立は自信満々にふんぞり返りながら、右手でピースサインを作って口を開いた。

 

「狂拳!! っぽい!!」

 

「まだ漢字には詳しくありませんけど~、字が間違っているから突っ込めと何処からか言われている気がします~…!」

 

 ニコニコと笑いながらポーラの問いに答える夕立だったが、ポーラはあたふたと周囲に視線を向けながら、少々意味不明な言葉を口走っている。

 

「夕立さん。あまり無茶をしてはいけませんよ」

 

「夕立も何か特殊な戦法を身に着けたいっぽい! ポーラみたいに酔うのは無理だけど、代わりに犬とかの動物ならいけるんじゃないかって思ったっぽい…」

 

 優しい声色で窘める大淀に夕立も反論はするが、言葉がどんどんと尻すぼみになっていく。どうやら、唐突に暴れ様とした事は反省しているみたいだ。ところが、

 

「それだったら、球磨は熊拳を会得するクマー! ガオーッ! グワーッ! クマーッ!!」

 

「なら多摩は猫拳にゃ。ニャンニャン! シャーッ! フーッ!!」

 

 何故か球磨と多摩が夕立に便乗して、球磨は両手を大きく頭上に掲げながら威嚇を、多摩もネコパンチを繰り出しながら同じく威嚇を始める。更に、

 

「それじゃ、ボクも見様見真似の似非ビースト変化の技ニャーッ! 二アァァオン、ニオォォオン!」

 

 サイファーまでもが釣られて変な奇声を上げ始める。ただ、妙に性的に聞こえるその鳴き声を聞く限り、サイファーは”ビースト”の意味を何か誤解している感じがする。

 

 こうして、一時は夕立の暴走で緊張が走った周囲の雰囲気が柔らかくなり、他の艦娘達も自分を動物に例えたりして楽しそうにはしゃぎ始める。

 

「ところでポーラ、その特殊な戦法を用いたのなら、それなりの撃沈数を稼げたのか?」

 

 そんな中、一時は夕立の行動で中断していた飲酒を再び始めたポーラに質問する提督。だったのが、

 

「いえ~、一回も相手から~撃沈判定は~取れませんでした~」

 

 ポーラから返ってきた予想外の答えに、思わず「は?」と抜けた声を出してしまう提督。

 

「だって提督~、こ~んなベロンベロンに酔った状態で~、まともに砲撃が当たると思います~? ウェヒヒヒ~♪」

 

 ゲラゲラ笑いながら飲酒を続けるポーラを前に、提督はただただ絶句する事しかできなかった。




 投稿が遅れて申し訳ありません。言い訳になりますが、実は少し前にsteam(ゲームを有料でダウンロードできるサイト)のアカウントを獲得し、何個かゲームをダウンロードしてしまったのが原因です。


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密着取材 ※青葉一人称

サブタイトルにも記載していますが、今話は青葉の一人称となります。会話すらありませんので、そこだけ了承して頂ければ幸いです。


 皆さん、こんにちは! 私は重巡洋艦の青葉です! 先日、この鎮守府初の重巡洋艦(プリンツ・オイゲンさんがいましたけど、彼女はやむを得ない異動なのでノーカンらしいです)として建造されました。

 

 さてさて、早速ですが鎮守府内のあらゆる情報を掻き集め、一つの新聞として発行する『艦隊新聞』の創刊をここに宣言します!

 

 …と、言いたい所なんですけど、実を言うともう既に公開できる情報があまりない…というのが実情何ですよね。

 

 ここ以外にも鎮守府は数多あります。当然、その鎮守府ごとに青葉()がいる訳で、彼女達の手によりこれまで膨大な量の情報が、様々な鎮守府…それらに所属している大多数の艦娘達に提供されてきました。

 

 今私が書ける事と言えば、色恋沙汰を含む鎮守府内のいざこざを取材した娯楽情報か、深海棲艦との戦いで新たな状況が展開された場合の戦況情報位しかありません…。

 

 いえ、勿論分かっています。勤務中は常に気を張っていなければならない私達艦娘にとって、つかの間の休息となる娯楽は心を保つ上で大事な事ですし、戦況が分からなければ動くに動けません。つまり、二つとも欠かす事の出来ない事柄なのです。…まあ、後者については確定している情報については提督直々に私達に伝えてくれると思いますので、私が伝えられるのは『これこれこうかも【しれない】』という噂の域を出ない情報位ですが…。

 

 ああ…。もっと早く建造されていれば、あの艦娘の新たな一面が!? とか、新海域で新型の深海棲艦を発見!? その姿と性能は!? とかいろいろ公開できたのになぁ…。そういう、知的好奇心をくすぐるネタは、あらかた出尽くしてるんですよね…。

 

 …しかし! しかしですよ!! この鎮守府には、他の鎮守府には無い”特別”がありました!!!

 

 鎮守府内での調理担当と言えば、お馴染み給糧艦間宮さんですが、それに加えてこの鎮守府では謎の二足歩行する猫が間宮さんと一緒に料理を作っていたのです! 調理技術自体も、間宮さんに勝るとも劣らない腕前!

 

 しかもこの猫。なんと人語を解するというではありませんか! 間違いなく新情報の宝庫ですよ! ああ、神様は私を見捨ててはいなかった様です!!

 

 彼の名前はサイファー。”アイルー”という獣人族のモンスター…らしいのですが、モンスターという割には見た目が可愛らし過ぎてそんなイメージは全く持てません。

 

 更に、それ以外にもオトモだのニャンターだの聞いた事も無い言葉がポンポン飛び出てくる始末! ジャーナリストとしての血が騒ぎっぱなしですよ!?

 

 幸い、明日一日密着取材の許可を頂けました。恐縮です!

 

 まずは何を聞こうかな? 彼について? アイルーとは? 獣人族とは? モンスターとは? その調理技術は何処でどうやって? 

 

 実際に料理しているところも写真に収めて、あわよくばそれ以外のプライベートな時間もお邪魔させてもらって、それらの取材が終わったらある事ない事書き殴ってやるんです!!

 

 ああ、明日が楽しみです! 今真夜中で、もう日付が変わったんですけど、興奮しすぎて全く眠れません! 遠足が楽しみで眠れない小学生ですかね私は!?

 

 

 

 

 

 現時刻はマルゴーマルマル。結局一睡もできませんでした! でも、大丈夫です! 未だに興奮して目は冴えっぱなしですから!!

 

 我慢できずに昨日頂いた個室を飛び出して、調理室へ向かいました。流石に早いかなー…と、思ったのですが、来てみてビックリ! 間宮さんもサイファーさんも既に調理室で仕事を…具体的には今日一日使うであろう具材の仕込みを行っていたのです!

 

 常に美味しいものを提供しようというその姿勢、流石です! 私もジャーナリストとして負けていられません!

 

 と、いう訳で早速取材を敢行したいと思います。幸い、仕込み作業自体はそれほど難しい事ではないそうで、私の質問に答えるくらいなら問題ないらしいです。

 

 まずは、サイファーさんについて聞こうとしたのですが、これについては後日、例の記憶再現装置を見て欲しいと言われました。

 

 この装置、何やらいろいろ手順を踏まないといけないそうで、起動には数日を要するんだそうです。

 

 ―――。…正直、私はこの装置は嫌いです。私も、特ダネを握る為には一気に踏み込む事も厭ってはいけない、とは思うのですが、流石に個人の記憶を直接覗くのはどうかと思うんですよね。

 

 …別に、こんなの使われたら取材する意味ないじゃん! とか、私の専売特許を横取りしないで!! とかそんな事は思っていませんよ? いえホントに、マジでマジで。

 

 っと、思考がそれてますね。気を取り直して、今度は”アイルー”という単語について聞いてみましょうか…。

 

 

 

 

 

 現時刻はマルハチマルマル。い、忙しい! とにかく忙しいっ!!

 

 起きだした艦娘達が朝食を食べに、食堂へと集まってくるのですが、作っても作っても次から次へ注文が飛んできます! 私も取材を受けてくれたお礼に皿洗いとしてお手伝いに回っているのですが、片づけても片づけても汚れた食器がバンバン積まれていきます!

 

 赤城さーん! もうそれ以上食べないでーっ! お皿が片付かないよーっ!!

 

 あと、ポーラさんも朝っぱらから無茶な呑み方しないで下さいよーっ! その散らばった酒瓶、一体誰が片付けるんですかーっ!!?

 

 やっと全部終わった…と思ったら、新たな汚れた食器がドンと目の前に置かれます。賽の河原って、こんな感じなんですかね? しかも、これから更に新しい大型の…空母や戦艦の艦娘が入ってくる予定なんでしょ? 考えただけで目の前が真っ白になります…。それらを毎日片づけている間宮さんとサイファーさんには本当に頭が上がりませんよ…。

 

 

 

 

 

 現時刻はヒトヨンマルマル。や、やっと賽の河原(皿洗い)から抜け出せました…。朝食と昼食、そして、その合間に出撃や遠征する艦娘達用の料理と、休まる時間がありません。多少ペースが緩やかになる時間くらいならありますが、本当に休める時間は一切無かったんですよ…!!

 

 私は疲労で用意してもらった椅子の上でぐったりとしていましたが、間宮さんとサイファーさんは再び料理を作り始めています。でも、今回の料理は艦娘達が食べるようではなく、今度この鎮守府に来るという元帥殿用の試作品だそうです。

 

 折角なので、私も一口頂きました。

 

 …形容の言葉が思いつかなかったほど美味しかったです。そんな感想しか出てきませんでした。ジャーナリストとしては、あるまじき発言なのですが。

 

 だというのに、間宮さんとサイファーさんは難しい顔で今作った試作品を見つめながら激論を交わしています。あれでも満足いく出来では無いんですか…?

 

 と、同時に、そんな二人を見ていた私の脳裏を、ある嫌な予感が過ります。もしかして、サイファーさんのプライベートなんて無いも同然なんじゃ…?

 

 

 

 

 

 現時刻はヒトハチマルマル。さあ、夕食の時間です…! また、あの地獄の皿洗いの時間ですよ…!

 

 ………もう嫌だぁ…。汚れたお皿を見るのは、もう嫌なんですぅ…!

 

 

 

 

 

 

 

 現時刻はフタヒトマルマル。お、終わった…。やっと全てが終わったよ…。なんとか…何とか成し遂げる事が出来ました…。

 

 再び私がぐったりとしている中、間宮さんとサイファーさんは明日の準備を手短に終えると、調理場を後にしようとしていました。

 

 慌ててどこに行くのかを聞いたのですが、お二人共もう就寝準備に入るそうです。

 

 まだ早くないですか!? と、思ったのですが、詳しく聞くとお二人は毎日時刻マルサンマルマルには起床して、調理の仕込みを行っているらしいのです。…確かに、そう考えれば決して早くなどない…いえ、もしかしたら遅い方かもしれません…。

 

 それにしても、うう! やはり私の予感は当たってしまいました! とはいえ、どうやらこの後サイファーさんはお風呂に入る模様。こうなったら、御一緒するしかありません!!

 

 聞けば、サイファーさんは男性との事。男の人の前で、乙女の柔肌を晒すのは流石に恥ずかしいですが、情報の為にはそんな事は言っていられません!!

 

 …と、意気込んだのはいいんですが、当のサイファーさんから激しく拒絶されてしまいました。トホホ…。

 

 

 

 

 

 現時刻はフタフタマルマル。間宮さんもサイファーさんも恐らく既に就寝している頃でしょう。

 

 結局、今日は碌な情報を聞き出す事が出来ませんでした。辛うじて”アイルー”という種族について教わりましたが、これだけでは情報としてはまだ薄いです。

 

 ですが! 私は諦めませんよ!! こらからも突撃取材を続け、いつか必ずサイファーさんの事を情報的に丸裸にして見せます! そう、これは私の使命なんですから!!!

 

 …まあ、それはそれとして、今回の艦隊新聞は調理場のレポートを編集して刊行するとしましょう。記念すべき第一刊としては地味だけど、これを機に調理の手伝いをしてくれる艦娘が出てくれれば、間宮さんとサイファーさんの負担もグッと減るだろうからね。

 

 でも、正直今日は疲れた…。編集作業は明日するとして、今日はもう寝ようかな…。



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即堕ちヤンデレ姉妹

 吹雪の扶桑と山城の呼び方ですが、本作ではあくまで戦艦の艦娘として羨望の念を抱いている、と言う設定でいこうと思います。なので、呼び方も普通にさん付けです。


「伊良湖と申します! どうか宜しくお願いします!」

 

「こちらこそ宜しくニャ!」

 

「伊良湖ちゃん、一緒に頑張りましょうね」

 

 青葉と言う艦娘にサイファーが密着取材を受けた翌日、調理場に一人の艦娘が姿を現した。名を伊良湖と言い、間宮と同じく給糧艦と言う艦種であり、待望の二人目の調理専門艦娘だ。

 

 新たな調理仲間を加え、この鎮守府における料理の基本方針、曜日における各々の各担当、そして来る日の元帥に出す料理の品のこれまでの研究成果の共有など、サイファー、間宮、伊良湖の三人は偶にちょっとした雑談を交えながらも決めていく。

 

「なんだか楽しそうですね」

 

 そんな三人に、調理場の外から覗いていた赤城が声を掛けてくる。

 

「ええ、遂に伊良湖ちゃんが来てくれましたからね。もう、色々な意味で嬉しくて…」

 

「赤城さんも、これから宜しくお願いしますね!」

 

 赤城の言葉に、間宮は言葉通りに嬉しそうに口を開き、伊良湖も意気を籠めて赤城に挨拶をする。

 

「…そういう赤城さんも、なんだか少し顔が綻んでいるように見えるニャ。何かいい事でもあったかニャ?」

 

 そんな中、サイファーが赤城も何やら薄く笑みを浮かべている事に気付く。

 

「よー聞いてくれたサイファー!」

 

 しかし、そのサイファーの問いには赤城ではなく、その背後から突如姿を現した龍驤が楽しそうな大声で応える。

 

「なんと! 最新型の艦上戦闘機『烈風』が遂に完成したんや! しかも、ウチ用と赤城用に二つもやで!!」

 

「最新の武装と聞くと、心躍ってしまうのは仕方のないものです」

 

 両手を強く握りしめながら興奮気味に力説する龍驤に、赤城も頷きながら同意する。龍驤程表面には出ていないが、赤城は赤城で嬉しさで興奮している様だ。

 

「新しい武装に興奮する気持ちはよく分かるニャ! ボクも、のちに愛用する事になるバルファルク一式の武具を初めて見た時はすんごく興奮したニャ!!」

 

 そして、サイファーも二人の気持ちに高らかな声で便乗する。とはいえ、赤城と龍驤は勿論間宮と伊良湖も『バルファルク』と言うのが何なのか一切わからないので、「そ、そうですか…」と曖昧な返事を返すしかない。

 

「赤城さん! 準備できました!」「夕立も準備出来たっぽい!」

 

 不意に聞こえる二つの声。全員が声の方向を向くと、四人の人物が立っていた。

 

 その内の二人は吹雪と夕立だ。先ほどのハキハキとした声色からも分かる通り、二人とも気合が十分に乗っている様だ。

 

 そして残る二人なのだが、片方は長くもう片方は短い黒髪で、両方共に純白の小袖に赤いスカートという服装、更に二人とも頭に異様にでかい髪飾りを付けている。

 

 ただ、二人して美人ではあるのだが表情に陰りがあり、その所為で凄く薄幸そうに見える。

 

「あの二人は…?」

 

「二人とも戦艦の艦娘です。長髪の方が扶桑で、短髪の方が山城という名です」

 

 見慣れない二人に首を傾げるサイファーに、赤城が手短に説明する。その説明中に扶桑と山城もサイファーに近づいてきた。

 

「初めまして。先ほど赤城からも紹介されましたが、扶桑型一番艦の扶桑です。妹ともどもこれから宜しくお願い致しますね」

 

「…扶桑型二番艦、妹の山城です。宜しくお願いします」

 

「二人とも、さっき建造が終わったばかりなんや。建造自体は青葉と同じ時間に始めたらしいんやけど、やっぱり戦艦いう事でそれなりに時間がかかってもうたって訳やね」

 

 扶桑と山城がサイファーに挨拶をする。のだが、扶桑はともかく山城はどこかよそよそしい。その山城の挨拶が終わった後に、龍驤が追加で建造について補足説明をした。

 

「宜しくニャ。ボクの名前は」

 

「サイファー…ですよね? 料理が凄く上手い、二足歩行する不思議なネコ…という事で、もう既にこの鎮守府はおろか、他の鎮守府でも噂されるくらいには貴方は有名人ですよ。…いえ、この場合は有名猫の方がいいのかしら…?」

 

 扶桑と山城の名乗りを受けサイファーも名乗ろうとしたのだが、扶桑に先手を取られてしまった。どうやら、サイファーの事はかなり有名になってしまっている様だ。

 

「これから私達六隻で出撃するんです! 赤城さんと龍驤さんの艦載機も凄かったですけど、扶桑さんと山城さんの巨砲による砲撃も凄そうで、今からワクワクしてるんです!!」

 

「戦艦の砲撃かー…。夕立も今から楽しみっぽい!」

 

 扶桑の言葉に何とも言えない表情をしているサイファーを他所に、吹雪と夕立が扶桑と山城に大きな期待の視線を向けながら楽しそうに口を開く。

 

 しかし、そんな二人の機体に対し何故か扶桑と山城は気まずそうに視線を少し下に下げる。

 

「…私達期待されてますね、姉様」

 

「そうね山城。できればこの期待に応えてあげたいのだけど、できるかしら…私達に」

 

「…二人ともどうしたニャ?」

 

 何やら暗い感じでブツブツと言い合う二人を見たサイファーが、赤城と龍驤に向かって小声で訊ねてみる。

 

「あー、あの二人実はな―――」

 

 と、龍驤がサイファーの質問に答えようとしたその瞬間!

 

「きゃあっ!!?」

 

 という派手な悲鳴と共に、突然山城が何かに足を滑らせ仰向けに転んでしまう。見ると、山城の足元に小さな瓶が転がっていた。

 

「山城!? 大丈夫?」

 

「うう、い、痛い…。不幸だわ…」

 

 慌てて山城に駆け寄る扶桑が山城に声を掛ける。吹雪と夕立も声こそ掛けなかったが、心配そうに呻きながらも立ち上がった山城を見上げている。

 

 一方、突然現れた謎の小瓶にサイファーは目を白黒させていた。

 

「ニャ、ニャ? ちゃんと食堂の清掃はしていた筈ニャ…。なのに、あの瓶は一体何処からきたニャ?」

 

「…食卓の下にうまい具合に隠れていて、それが何らかの拍子で出てきた、としか考えられません。これでもかなり強引な解釈ですが…」

 

 首を傾げるサイファーに間宮が自分の推論を述べるのだが、あまり自信はなさそうだ。というのも、食卓の下と言っても特に何の細工も無い地味な食卓であり、ちょっとしゃがめばその下は丸見えだ。なのに見つけられなかった…というのが信じられないのだろう。

 

「…今見たようにこの二人、物凄い不幸体質なんよ。戦闘にすら悪影響が出るほどに」

 

「運も実力のうち…とはいいますが、このような激しい不幸に見舞われては活躍するのも難しいでしょう」

 

 そんな馬鹿な…と言った感じで間宮の推論に唖然としていたサイファーに、龍驤と赤城が先ほどの話の続きを口にする。

 

 そうして、少しの間うむむ…と唸り始めたサイファーだったが、やがて勢いよく顔を上げた。

 

「とにかく、出撃用の料理を用意するニャ! 美味しいものを食べて笑顔になれば不幸も吹き飛ぶニャ! 間宮さん、伊良湖さん、手伝って欲しいニャ!!」

 

「任せて下さい!」「さあ、初めての調理です! 腕が鳴りますよ!!」

 

 気合を入れて調理場の奥に移動するサイファー。そしてその後を付いていく間宮と伊良湖。そんな三人の後姿には、確かな頼もしさが溢れていた。

 

 

 

 

 

「…美味しい。形容しがたい不思議な味だけど、本当に美味しかったわね山城」

 

「ええ、それに何だか力が湧いてくる感じもします。正直ここまでとは思いませんでした姉様」

 

 

    スキル:ネコの砲撃術が発動!!

    スキル:ネコの防御術が発動!!

    スキル:招きネコの激運が発動!!

 

 

 サイファー達三人の作った料理を食べ終えた扶桑姉妹。二人とも微かな笑みを浮かべているのを見るに、言葉通りに満足している様だ。

 

 こうして、扶桑を旗艦としたこの艦隊は出撃する事となる。その際、扶桑と山城の初めて会った時の表情の陰りがだいぶ薄らいでいたので、もう問題無いだろうとサイファーは踏んでいた。…のだが。

 

 

 

 

 

 出撃結果自体は非常に良好な物だった。特に扶桑姉妹の活躍は凄まじく、敵艦隊と遭遇するたびに、姉妹の内のどちらかがMVPをもぎ取っていったそうだ。

 

 そして、どれだけ普段が不幸であろうと、その場の勢いに乗る事が出来れば流れは後からついてくる。今回の出撃では、不幸姉妹という不名誉なあだ名まで付けられている二人とは思えない程の、数々の幸運を味方にする事が出来た様で、それもMVPに繋がっていたのだろう。

 

 その活躍ぶりに、吹雪と夕立は大いに沸き、赤城と龍驤も安堵で胸を撫で下ろしたそうだ。

 

 だが、あまりにも出来過ぎたこの結果の所為で、ある弊害が発生してしまった。

 

 

 

 

 

 その日の夕食時。いつも通りに混雑する食堂。当然、調理場も大わらわ…なのだが、サイファー、間宮、伊良湖に加え、扶桑と山城も調理場でサイファー達の手伝いをしていた。曰く、出撃前の料理のお礼をしたいそうだ。

 

 吹雪と夕立の期待に応えられたという安堵と、幸運を味方にするという自分達の経緯からはまずありえない事態を、二人は狂喜しながらサイファーに報告に来た程だ。余程嬉しかったのだろう。

 

「二人ともありがとうニャ! 凄く助かるニャー」

 

 朗らかな笑みを浮かべながら皿洗いをしている扶桑と山城に、サイファーが調理を続けながらも二人にお礼の言葉を投げかける。

 

「いいのよ。サイファーのお役に立てるならこれほど嬉しい事はないから」

 

「そう、姉様の言う通り! サイファーの役に立てるなら、こんなもの苦にもならないわ!」

 

 対して姉妹は朗らかな笑みを崩さず、姉は穏やかに、妹は大声で答える。

 

 ただ、どういう訳か二人とも若干目付きが怪しい。

 

「ふふ、そうよ。サイファーがいれば、私達は伊勢や日向にだって負けはしないのよ」

 

「…ああ、こんな輝いている姉様を見るのは初めて。これも全てサイファーのおかげなのね」

 

 笑顔でブツブツと呟きながら皿洗いを続ける二人。見た目が美人な事に加え、目付きの怪しさがどんどん深くなっていく事もあり、ハッキリ言って中々に怖い。

 

「山城、いい? これから毎日サイファーの調理を手伝いに来るわよ。出来るわよね?」

 

「勿論です姉様。私達の幸運の招きネコ、サイファーの負担を少しでも軽減するために、身を粉にして手伝うつもりでいます!」

 

「いい返事よ山城。そう、私達の幸運の招きネコ、サイファーの為なら私達はなんだってするわ…!」

 

 冗談っぽい台詞…なのだが、二人の目付きはマジもんだ。恐らく、言葉通り本当にサイファーの為なら「なんだって」するつもりだろう。

 

 その、あまりに重い宣言に、間宮、伊良湖は口を挟む事さえ許されず、サイファーに至ってはどうしてこうなった! とばかりに頭を抱えるのだった。




ネコの砲撃術

 砲撃の威力のみを約40%上昇させる。本作では、ネコの射撃術の上位版という位置づけです。

ネコの防御術

 ダメージを受けた際、50%の確率で受けたダメージの30%をカットする。効果はほぼ変わりませんが、【小】【大】といった区分はありません。


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お風呂事情その弐

 本日の執務、及び仕事の疲れを癒すべく、お風呂に浸かる提督とサイファー。しかし、残酷な事に男湯とは最早名のみであり、そこは既に二人が憩える場ではなくなっていた。

 

 理由は簡単。右を見ても左を見ても艦娘の…若い女性の裸ばかりだからだ。提督業についてから多少は女性にも慣れてきている節の有る提督ではあったが、流石にこういう場はまだいろいろと辛い様だ。

 

 サイファーについても、艦娘の裸自体には種族の違いもありさして興味はなさそうだが、どうやら貞操観念がかなり強いらしく、男性専用の場で女性が裸になるという行為自体に抵抗を感じている様だ。

 

 そしてこうなった原因なのだが、どうやら本日の昼辺りに艦娘達の間で風呂の湯の話が盛り上がったらしく、その時に卯月が弥生と吹雪を引き連れて提督とサイファーと一緒に風呂に入った事をばらしてしまったのだ。

 

 無論、提督とサイファーを含めて反対した艦娘もいたのだが、提督やサイファーと一緒にお風呂に入りたいという艦娘の方が圧倒的に多く(殆ど駆逐の艦娘)、極めつけに戦艦の扶桑と山城(この二人は提督と、というよりサイファーと一緒に入りたいみたいだが)、そして空母の龍驤までもが肯定してしまった所為で、反対派の意見はあえなく押し潰されてしまったのだ。

 

 その際、龍驤は「親交をさらに深めるには裸の付き合いが一番!」みたいな事を宣っていた。恐らくノリで言っているだけだろうが、まだ若い提督が異性からこんな言葉を聞かされると、どうしても卑猥な思考が脳裏を過ってしまうのは想像に難くない。

 

 かくして、混沌の地と化した男湯。因みに今提督とサイファーと一緒に入っているのは雷、電、響、暁、吹雪、霞、北上、扶桑、山城の計九人。提督とサイファーも加えると十一人だ。この中で混浴反対派は霞のみで、吹雪と北上は中立、他は全員賛成という不条理っぷりだ。

 

 更に、人数的に浴場がキャパオーバーしているというのも辛いところ。とはいえ、第六駆逐隊の面々は提督に引っ付き、扶桑と山城はサイファーにくっついているので、吹雪、北上、霞の周囲は比較的余裕があるのだが。

 

「司令官、身体でこっているところは無い? 雷がマッサージしてあげるわ!」「い、雷ちゃんがするのなら電もするのです…!」「良い考えだ、私も混ざろう」「…だ、男性に癒しをもたらすのも一人前のレディの務めよね! 暁だって、出来るんだから!!」

 

「ぐおおおっ…! か、体中を小さな手が這い回って………って違う!! 無い無い! 何処もこってないから、一旦離れてくれ!」

 

「サイファーは何処かこっているところは無い?」「姉様、サイファーの場合はマッサージより毛づくろいの方が大事では?」「…名案よ山城。ブラシは何処にあったかしら…?」

 

「ニャーッ! 一人でできるから勘弁してくれニャ! というか、まず離れて欲しいニャ! あんまり動きを制限されると、またこやし玉を投げそうになっちゃうニャ!!」

 

「アハハッ。いやー、二人ともモテモテだねぇ」

 

「て、提督もサイファーさんも頑張って…」

 

「ちょっと女に言い寄られたくらいでみっともないほどに慌てて…。ほんとだらしないわね!」

 

 無垢な少女達の無邪気な攻勢と、妖艶な女性二人の艶やかな誘いにたじたじの提督とサイファー。そして、その光景を見ていた北上、吹雪、霞の三人は各々のコメントを残す。特に霞の言葉は辛辣だ。

 

「もっと毅然とした態度を取りなさいよね! そう、女の裸を見ても全く反応しなくなるくらいに!!」

 

「いや待て! 俺まだ二十代前半だぞ!? そんな精魂全て枯れ果てた仙人みたいな立ち振る舞い出来る訳無いだろ!!」

 

 続く霞の言葉に提督は思わず反論してしまうが、霞の叱責は止まらない。

 

「大体アンタ、さっきから暁達や吹雪、北上の事ばっかり見てるけど、扶桑や山城の事はあんまり見てないのよね。まさかとは思うけどアンタ…」

 

「ぐっ…! た、確かに自分でも信じられんが、成熟した肢体より未成熟な身体の方がなぜか興奮する…」

 

「開き直ってんじゃないわよ!! このグズ! ロリコン!! 変態!!! 豚野郎!!!!」

 

「お前が言わせたんだろうがちくしょおおおおっ!!!」

 

「…楽しそうだなぁ」

 

 自分の身体を庇いながら提督を罵倒する霞と、立ち上がり両手を腰だめの位置に構えながら慟哭する提督。その一部始終を見ていた北上が薄ら笑いを浮かべながらポツリと呟いた。

 

「…ええい! 悪いが話題を強引に変えさせてもらうぞ! 浴場でする話ではないが、このままでは俺の分がかなり悪いのでな」

 

 そう発言して、顔を激しく左右に振ってから再び湯に浸かる提督。因みに、腰辺りに手拭いを巻いていたので大事なところは誰にも見えていない。

 

「―――例の装置の起動準備が整った。艦娘全員のにゅうよ」

 

「「是非、拝見したいです!!!」」

 

 提督の言葉の途中で、扶桑と山城が右手を上げながら大声で全く同じ言葉を主張する。とはいえ、この二人の執着が異常に強いだけで、他の者達も程度の差はあれ興味深そうな瞳を提督に向けていた。

 

「落ち着け二人とも。無論、現在所属している艦娘全員に見てもらうつもりだ。そのために、今日は出撃の予定は一切入れていないのだからな」

 

 逸る姉妹を落ち着かせながら言葉を続ける提督。

 

「ゴメンだけど、ボクはあまり見たくないニャ。だから調理室で元帥さん用の料理の研究の続きをしていたいのだけど、いいニャ?」

 

 その時、サイファーが唐突に口を開く。

 

「…何か見たくない物でもあるんですか?」

 

「いやー、自分の記憶なんて見てても恥ずかしいだけニャ。深い意味は無いから気にする事は無いニャ」

 

 どこか不安げに聞く吹雪だったが、対するサイファーの答えは軽い笑みを漏らしながらの物。本当に理由はそれだけの様だ。

 

「ところで司令官。VR空間って事はやっぱり大きなゴーグルとか被るの?」

 

「いや、起動すればその部屋全体がVR空間と化すから、特別な何かを装着する必要はない」

 

 サイファーの様子に安堵した表情を見せた後、雷が提督に質問する。そして、それに淀みなく答えていく提督。

 

「はわー…。不思議な装置なのです。技術の結晶なのですねー…」

 

「…そんな事を言ったら、そもそも艦娘と言う存在が不思議の塊なんだがな」

 

 言葉通りに不思議そうに首を傾げる電だったが、その様子を見ていた提督も小声で漏らすのだった。

 

 

 

 

 

 サイファーの記憶を見られるという話は瞬く間に鎮守府中に広がった。そして、それが鎮守府内の艦娘全員の入浴後だという事を知った艦娘達は、手早く入浴を済ませ始める。それは、普段は身だしなみをしっかりする為に長めに入浴していた者や、お風呂自体が大好きな者も例外ではなかった。

 

 そして、全員の入浴が終わった後、サイファーを除いた鎮守府内の全所属者は多目的室に集められた。

 

 

 

 

 

「…よし。起動するぞ」

 

 部屋の中央にセットされた装置を弄っていた提督の宣言。と、同時に殺風景だったが周囲の景色が突然歪んだかと思うと、あっという間に違う景色に塗り替えられてしまった。

 

 あまりに急激な展開に目を見開いて驚く艦娘達。が、驚愕しながらも周りを確認してみると、どうやら今いる場所は一つの村落の様だ。

 

 そして、その村落の中心に人だかりができており、その更に中心にサイファー…らしきネコが立っていた。

 

 らしき…というのは、顔つきこそサイファーのそれだったが、いつもの割烹着姿ではなく、白銀の鎧に厳つい銀色の兜を被り、背中にはサイファーの身長に迫るほどの大きな大剣(とは言っても艦娘視点から言えばとても大剣と言えるような大きさではないが…)を背負っていた。

 

 だが、何だか様子がおかしい。言い合いをしているみたいだが、何故かサイファーが責められている様な雰囲気だ。

 

 気になった艦娘達は、その言い合いを聞き取る為に急いでその場に近づく。相手は映像なので、極端に近づこうが相手に影響はない。

 

「くそっ! あの悪魔と相対するのに、派遣されてきたのがアイルー一匹だと!? ギルドの連中は一体何を考えてやがるんだ!!」

 

「俺達の事なんかどうでもいいんだろ…。ああ、もうこの村も終わりだ…」

 

 悲しげにうな垂れているサイファーを睨みながら、口々に悪態を吐く人々。話から察するにどうやらこの村落の住人の様だ。

 

「…お前さん、大変だよっ!!」

 

 不意に人だかりの外から、一人の恰幅の良い女性が悪魔と言う言葉を口にした男性に慌てて寄ってくる。

 

「なんだ!? 今取り込み中なのが見て分からないのか!?」

 

「あの子が…あの子がいないんだよおっ!! もしかしたら鉱脈火山に…」

 

 と、ここまで会話を聞いていた艦娘達だったが、突然人だかりが自分達から離れていったので、再び驚きながら周囲に視線を向ける。

 

 そして、目を凝らしてよく見ると、離れていっているのは人だかりではなく自分たちの方なのが分かった。といっても艦娘達は一切動いていない。動いていないが、驚くべきことに地面が動いて人だかりと艦娘達を離しているのだ。

 

 と、同時にサイファーがネコらしく両足に両手も使って地を駆けている姿を視認できた。そして、そのサイファーに合わせる様に周囲の風景も流れていく。

 

 あまりに鮮明な風景の数々だったので艦娘達は忘れていたが、これはあくまでサイファーの記憶を映像化したものなのだ。当然、サイファーのあずかり知らぬことを知る事は出来ない。故に、あれ以降の人だかりの会話を知る術もない。

 

「…サイファーさん、何処に向かってるんだろう?」

 

「先ほどの話から察するなら、女の人が言っていた鉱脈火山と言う場所だと思いますよ」

 

 慌てている様子のサイファーを心配そうに見つめながら口を開く吹雪に、赤城が真面目な顔で答える。

 

 と、不意にサイファーが立ち止まった。そして、懐から一枚の紙を取り出す。

 

「―――。絶対強者の亜種…。厳しい狩猟になりそうニャ…」

 

 紙に描かれた絵と文字を見つめ、深いため息を吐きながらそう漏らすサイファー。その紙を、近くにいた文月が覗き込み、その内容を口にした。

 

「なになに? えーっと………こくごうりゅう、てぃがれっくすあしゅ、いっとうのしゅりょう? わー、なんだかつよそうななまえだねー」




仙人の下りで、某ふっはっくらえさんを思い出しました。


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サイファーの過去、黒轟竜との死闘!

 サイファーの移動に合わせて景色が流れる事暫く、辿り着いた地は鉱脈火山という名に相応しく、幾つもの採掘道具が散見される山地だった。

 

 また、周囲の熱気が凄まじいのか至る所で陽炎が立ち上っている。映像なので艦娘達や提督には分からないが、どうやら辺りはかなりの高温の様だ。

 

 しかし、目を引くのはそれだけではない。前述の採掘道具だが何故かその辺に放り捨てられており、その一切が全く整理されていない。まるで、それらの持ち主が何かから慌てて逃げだし、その際に投げ捨てた…といった感じだ。

 

 そしてそれ以上に目を引き付けるのが、火山の入り口と思しき洞穴の横に刻まれた鋭い傷跡だ。

 

「…な、なによこれ…」

 

「―――つ、爪? で、でも、こんな大きな爪を持つ動物なんている訳が…」

 

 丈夫な岩盤でできている筈の壁面に付けられた見るからに凶悪な傷跡に、雷が狼狽気味に顔を青ざめさせながら呟き、吹雪も怯えた表情を浮かべながら傷跡の正体を看破する。

 

 と、その時だ! 突然洞穴の中からこの世の物とは思えない桁外れの声量を誇る轟音が轟いた!!

 

「ぐあっ!!?」

 

「きゃあっ!!?」

 

 現世の存在、その全てを圧し滅さん…と言わんばかりの鮮烈かつ無慈悲な轟音に、提督と艦娘達の全員が咄嗟に耳を押さえながら悲鳴を上げる。

 

『ニャハハ…。相変わらず物凄い咆哮ニャ』

 

 あまりに唐突な事に不安と恐怖で騒めき始める艦娘達を他所に、サイファーは乾いた笑みを浮かべながらポツリと呟く。が、この呟きに艦娘達は騒然となる。

 

「…は? 咆哮?」

 

「咆哮って事は、今のは生物の出した声って事なの?」

 

「一体、この洞穴の中に何がいるというの…!?」

 

 恐怖に打ち震えながら各々が言葉を漏らす。事ここに至り、今から尋常ならざるものを見せつけられると各艦娘が直感し始めたのだ。

 

 しかし、サイファーは何の躊躇もためらいもなく、不穏な気配をふんだんに発している目の前の洞穴に飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 火山と言われるだけあり、随所にマグマが流れる場所が確認できる山内。恐らく、息をするのも憚れる程の暑さだと思われるが、サイファーは平然とした表情で周りを確認しながらひた走る。

 

 その時、サイファーの目の前に小さな二つの影。目を凝らしてよく見ると、その影はまだ幼さの残る少女と、サイファーを更に小さくしたネコ…恐らくアイルーという種族の子供だと推測できる。

 

『ヒック…グス……』『…ニー……ニー…』

 

『見つけたニャ! 大丈夫ニャ!?』

 

 ぐずっている少女と子アイルーに急いで近づき、確認を取るサイファー。声を掛けられた瞬間こそ二人ともビクッと身体を竦ませたが、相手が意思疎通の出来る相手だと分かると大声で泣き叫びながらサイファーに駆け寄ってきた。

 

『う…うわあああぁぁん、怖かったよぉぉ!』『二―二―、ニャーン!!』

 

 顔をくしゃくしゃにしながらサイファーに抱き着く少女と子アイルー。だが、サイファーは瞬時に周囲を見回し、慌てて二人を引き剝がしながら近くの岩場を指差した。

 

『マズい、見つかったニャ!! 二人ともとにかくあの岩場に隠れるニャ! 何があっても絶対に出てきちゃ駄目ニャ!!』

 

『で、でも…』

 

『早くするニャ!!!』

 

 少女に有無を言わさず指示をするサイファー。その余裕の無さは、いつもの温厚なサイファーとは似ても似つかない物だ。

 

「…こんなサイファー、初めて見るよ」

 

「皆、油断しちゃ駄目よ…」

 

 少女と子アイルーが岩場に隠れたのを確認した後、その岩場付近の地面に何かを仕掛けているサイファーを見つめながら那珂が意外そうにつぶやき、龍田はサイファーの注意を真摯に受け取り注意深く周辺を窺いながら、他の艦娘達にも注意を促す。その声を受け、サイファーの近辺にいた他の艦娘や提督も辺りに視線を凝らす。

 

 だが、”それ”は唐突にやってきた。サイファー以外の誰もが想像しなかった、空中から急降下してくるというまさに奇襲の様な形で。

 

 突然の地響きで提督と艦娘達全員が不意を突かれた格好となったが、突如急降下してきた”それ”はいきなり襲い掛かってくるという事はしなかった。のだが…。

 

「―――………へ?」

 

 ”それ”の姿を確認した磯風が、頓狂な声を上げる。が、その姿は彼女の…そして彼女以外の艦娘達の想像を遥かに上回る異常、且つ脅威そのものだったので無理もない。

 

 サイファーは勿論、通常の人間をはるかに上回る圧倒的な巨体に加え、漆黒の肌に異様にギラついた瞳、口から覗く全てを噛み砕けそうな鋭い牙、見るからに強靭そうな四肢と頑健そうな巨爪…恐らくこれが洞穴入り口に刻まれた傷跡の正体なのだろう。

 

 なにより、恐竜に酷似した原始的な風貌から発せられる途方もない威圧感は、気の弱い者ならそれだけで気絶してしまいそうな域に達している。

 

 暴虐、という言葉を体現したかのような目の前の存在には、百戦錬磨である筈のプリンツ・オイゲン、サラトガ、ポーラでさえ、

 

「………じょ、冗談…だよね?」

 

「…ええ、black joke(質の悪い冗談)だと信じたいわ…」

 

「…よ、酔いが醒めちゃいました~…」

 

 と、引き攣った笑みを浮かべながら後ずさる程だ。当然、提督を含む他の艦娘達もその極悪な雰囲気に完全に吞まれてしまっており、暁、文月、電などは今にも泣きそうなほどに顔を歪ませながら提督に抱き付いている。

 

 そんな中、地面に何かの細工をしていたサイファーがいつの間にかその作業を終え、背中に担いでいた大剣を構えて目の前の怪物…この怪物がティガレックス亜種と言う奴なのだろう…と相対する。

 

 対して、ティガレックス亜種は大きく息を吸い込み………口を開いた!

 

 轟く咆哮! 歪む空間!! はじけ飛ぶ周囲の小石!!! あまりの音の衝撃に、駆逐艦娘の内の何人かは後方に転倒してしまったほどだ。

 

 その轟音は、最早声の域を逸脱した立派な凶器。並の人間では、本当にこの咆哮だけで殺されかねない。

 

「く、うう…み、耳の感覚が……」

 

 響が両耳を庇いながら辛そうな声を上げる。必死に両手で押さえて咆哮の轟音を防ごうとしているのだが、そんなものはない、と言わんばかりに轟音は手という防壁を貫通し、鼓膜を攻撃してくる。

 

 しかし、恐怖はここからが始まりだったのだ。

 

 けたたましい叫び声と同時に、ティガレックス亜種はその強靭な四肢を振りかぶり、サイファー目がけて突進してきたのだ!

 

 巨体からは考えられないスピードもさることながら、口を大きく開け顔を左右に激しく揺らしながら迫ってくるティガレックス亜種の姿は、筆舌に尽くしがたいほどのおぞましさだ。

 

 慌てて突進の射線から離れようとする提督と艦娘達だったが、未だに転倒したままの子日が何故か微動だにしないのだ。

 

「う、あ…立てない…こ、腰が抜け…」

 

「子日っ!!」「子日ちゃんっ!!!」

 

 子日の様子に気が付いた提督と白雪が必死に助けに入ろうとするが、既にティガレックス亜種は子日の目の前にまで移動しており、間に合わない!

 

「っ!!!」

 

 観念して両目をきつく閉じる子日。だが、突如ティガレックス亜種の顔が爆発したかと思うと、ティガレックス亜種の突進は子日の身体をすり抜けてしまった。

 

「…あれ?」

 

「そ、そうか。これは映像だったな。あまりに予想外の状況が続きすぎてすっかり忘れていた…」

 

 涙目になりながらも不思議そうな声を上げる白雪と、状況を再確認しながら急いで子日に近づく提督。そして、子日の身体を抱き起すが全く反応がない。どうやら、気絶している様だ。

 

「…姿こそ小さいが、彼女は艦娘だ。戦うために生まれてきた存在なんだ。その艦娘を、映像と音だけで気絶させてしまうとは、本当にとんでもない化け物だな…!」

 

 険しい表情で言い放ちながら、提督は振り返る。そこには、激闘を繰り広げるサイファーとティガレックス亜種の姿があった。

 

 執拗なまでの突進に次ぐ突進で、サイファーを追い詰めようとするティガレックス亜種。時に勢いの乗った巨体をその強靭な四肢を駆使して強引に反転させるという荒業を見せ、時にサイファーの目の前で同じく四肢を使い無理矢理巨体を急停止させるというフェイントを行う、見た目にそぐわない頭脳プレーも見せる。

 

 だが、サイファーも負けてはいない。全ての突進を紙一重でかわし、カウンターといわんばかりに突進の進路上に小さな樽型の爆弾をお見舞いしていく。恐らく、先ほど急にティガレックス亜種の顔が爆発したのも、この樽型の爆弾が原因だろう。

 

 勿論、強引な軌道変換にも、フェイント急停止にも見事に対応していた。

 

 そして、突進の終了間際の一瞬の隙を突いてティガレックス亜種の身体を手に持った大剣で斬っていく。正直、爆弾を当てようが大剣で斬りつけようが今の今まで一切ティガレックス亜種は動じていないので、ダメージは雀の涙程なのだろう。が、それでも諦めずにサイファーは攻撃をし続けた。

 

「一見善戦している様に見えるが、やはり厳しいか…?」

 

「目を覆いたくなるくらい厳しい…いえ、最早無謀といっても過言ではないというレベルですね…」

 

 ポツリと漏らした提督の言葉に、隣に移動していた赤城が苦悶の表情と共に返す。

 

「確かに、サイファーの戦闘技術は完全に神業レベルに達しています。全ての攻撃を紙一重でかわす術といい、的確に攻撃を当てていく技といい、完璧という他ありません」

 

 サイファーの戦いぶりをべた褒めする赤城ではあったが、その言葉に反し表情は苦悶のままだ。

 

「ですが、とにかく体格に差がありすぎます。こちらは、何十回何百回と攻撃しても明確なダメージが与えられるか分からないというのに対し、相手は一度の命中で大打撃…下手をしたら一撃で即死すらあり得るのですから」

 

「まさに、死に対して懸命に抗っているって感じだね。…私も艦娘としての自覚は持ってるつもりだけど、流石にあれはもう見てるだけで心が折れそうになるわ…」

 

 赤城の考察に北上が反応する。が、大量の冷や汗で服まで濡れ始めているその姿からは、いつもの飄々とした態度はすっかり鳴りを潜めてしまっていた。

 

「サイファーさん、頑張ってください!!」「サイファー…頑張って!」

 

 決死の形相で絶望的な相手に応戦するサイファーを、懸命に応援する吹雪と弥生。そのほかの艦娘達も、声には出さねど同じ思いを籠めてサイファーの激闘を見守っている。

 

 そしてその意思が届いたのか、もう何度目かもわからない爆弾攻撃で、遂にティガレックス亜種が身体を仰け反らせるとともに、今までの極悪な威嚇の声ではなく、明確な悲鳴を上げた!

 

「うおおおおっ! やったぜサイファー!!」「凄い…! 一瞬とはいえ、あの化け物を押し返すなんて…!!」

 

 確かな功を奏した事に、天龍が快哉を上げ大淀も口に手を当てて驚いている。

 

「…あ、な、なんやあれ…?」

 

 が、その直後ティガレックス亜種の様子がおかしい事に龍驤が気付いた。釣られて、全員の視線がティガレックス亜種に注がれる。

 

 今まで黒だけだった二本の前肢に、まるで血管の様に真っ赤な線が浮かび上がり、その線は顔にまで続いている。そして、ただでさえギラついていた瞳が、加えてこれでもかという程に血走り始める。その形相は、最早現実の物とはとても思えない、悪魔という言葉ですら生温いものだ。

 

「…う、ああ……」「ひい……」

 

 その、悪夢と言われても信じてしまいそうな程の酷すぎる形相に、殆どの艦娘は金縛りにあったかのように動く事すら叶わず、口から微かな悲鳴が漏れるのみだ。

 

 変化を終えたティガレックス亜種は、一旦サイファーと距離を取り再び咆哮を発した。それは、先ほどの咆哮をも上回る怒りの咆哮。

 

 死闘は、いよいよレッドゾーンへ突入しようとしている。




 やばい…。このままティガ亜種さんに暴れまわられると、冗談抜きで映像と音だけで鎮守府が半壊するかもしれん…。


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サイファーの過去、勝利か死か!

 投稿が遅くなって申し訳ありません。実はモウイチドングリの仕様についてどうしようかとずっと迷っていました。

 一回もベッドで休まずとも八回も力尽きる余裕がでるモウイチドングリですが、流石に小説でそれをするとかなり間延びしてしまいますのでこの辺りはかなり改変しました。

 具体的には、力尽きたらではなく任意で発動できること。回復量は全回復。ただし、食している最中の無敵時間は無し…といったところです。


 サイファー目がけて再び突進を仕掛けるティガレックス亜種。しかし、変化前ですら十分すぎるほどの殺傷能力を秘めていたその攻撃は、変化後には更に凶悪な進化を遂げていた。

 

 まず目につくのが驚異的なスピードだ。変化前ですらかなりのスピードだったのだが、変化後のそれはまさにあっという間に目の前にまで迫ってくる。

 

 次いで、攻撃の執拗さだ。変化前は強引な方向転換は一度、多くても二度までだったのだが、変化後は三回、四回、五回、と休む間もなく立て続けに攻め立ててくる。

 

 更に、攻撃方法の豊富さだ。方向転換、急停止に加え、方向転換後そのまま真っ直ぐ突進してくるのではなく跳躍して飛び掛かってくる、停止したと思ったら振り返り際に岩の破片をサイファー目がけて飛ばしてくる、サイファーの目の前で急停止と同時に超至近距離で大咆哮を上げる、と多彩だ。

 

 怒気をふんだんにまき散らすティガレックス亜種の雰囲気にぴったりなその怒涛の攻めは、一部の隙も無いまさしく苛烈かつ無慈悲なものであり、先ほどまで神業をもって攻撃を加えていたサイファーも防戦一方だ。

 

 さながらその様子は、追い詰めたネズミをいたぶる猫の様だ。あまりに絶望的過ぎる光景に、ある者は冷や汗をびっしょりと掻きながら、ある者は冷や汗に加え涙目になりながら(数人の駆逐艦娘はあまりの惨過ぎる光景に既に泣き出している者もいた)、最早直視に耐えられないのか両目を死闘から逸らしている者もいた。

 

 とはいえ、実を言うと提督や艦娘たちにも視聴を続ける余裕があまりないというのもまた事実だ。目の前の光景に心を折られかけているというのに加え、狂ったように連発してくるティガレックス亜種の大咆哮に体力的にも限界がき始めているのだ。

 

「電! しっかりしろ電!!」「卯月…! 起きて卯月…!!」

 

 運悪く至近距離でまともに大咆哮を受け、人事不承に陥ってしまった電と卯月。響と弥生が必死の思いで助け出して大声でその名を呼ぶが、反応は全くない。

 

「提督! もう私達も無理だよ!!」「これ以上は限界ですっ! 機械を止めてください!!」

 

 その様子を見ていた川内と神通が、真っ青な顔で提督に訴えかける。

 

 だが、提督は機械を持ちながら顔を思い切り顰めるのみで、それ以上の動きを見せようとしない。

 

「何やってんの提督!? 早く機械を止めて」

 

「出来るのならとっくにやっている!! 機械が反応せんのだ!!!」

 

 焦りながら怒鳴る那珂だったが、それをさらに上回る怒鳴り声を提督が上げた。

 

 実は川内型の三人が訴える前から、提督はこれ以上の視聴は色々な面で不味いと判断し、機械の電源をオフにしようとしていたのだ。

 

 ところが、いざオフにしようとしても何故か機械が全く反応しない。どころか、何やら機械から明らかに異常が発生していると判断できる、異音が小さく聞こえてくる。どうやら、故障して操作を受け付けなくなっている様だ。

 

「「サイファー!!!」」

 

 機械が操作できない事に慌てる提督に、更に悲痛な二つの声が届く。振り向くと、サイファーの身体が宙高くに跳ね飛ばされ、その下でティガレックス亜種が突進を停止していた。そして、悲鳴を上げたのは扶桑と山城の二人の様だ。状況から察するに、遂にティガレックス亜種の突進がサイファーを捉えてしまったのだろう。

 

「サイファーさんっ!!」

 

 壊れたおもちゃの様に地面を転がっていくサイファーに、真っ先にその名を叫びながら駆け寄る吹雪。その後ろを扶桑と山城、そして他の面々が追いかけてくる。

 

『…ニャ…ニャぐぐぐ…』

 

 即座に立ち上がろうと懸命にもがくサイファーだったが、赤城の考察通りに大ダメージを負ったようで身体をうまく動かす事が出来ないようだ。

 

 と、ここでサイファーが懐から何かを取り出した。それは大きなドングリ…みたいな物体。そして、サイファーは躊躇いなくそのドングリにかぶりつき、一瞬で全て平らげてしまった。

 

 直後、先ほどまでの状態が嘘の様に勢い良く立ち上がったサイファー。

 

「い、今のは一体…?」「…私達で言うダメコンみたいなものかしら?」「…で、でもサイファーは艦娘じゃないクマ…?」

 

 サイファーの様子の急変に、戸惑う吹雪、予想する大淀と球磨。

 

「…! 全員サイファーから離れろぉっ!!!」

 

 しかし、それらの行動は提督の大声で強引に中断させられる。

 

 慌ててその指示に従う艦娘達。そして、その直後跳躍してきたらしいティガレックス亜種が、まだ回復したばかりで即座に反応できなかったサイファーの上に覆いかぶさった。

 

 そして、間髪入れずにその強靭な右前足でサイファーの身体を地面に押さえつけ、無防備となったサイファーの顔面に見るからに鋭い牙が連なる凶悪な顎で噛みついたのだ!

 

「あ、あああ…」「ひっ…!」

 

 終わった…とばかりの声を上げる雷と、瞬時に顔を逸らしてしまった暁。だが…、

 

「まだだっ! まだサイファーは諦めてないぞっ!!」

 

 そんな二人に深雪が活を入れる。見ると、確かにティガレックス亜種の顎はサイファーの頭部を捉えていたが、サイファーの被っている兜がサイファーの頭部を守っていてくれたのだ。

 

「あの化け物の顎でも砕けないなんて、凄く頑丈な兜ね…」

 

「…確か、ば、バルファルク…? 一式とか言うてたな…」

 

 サイファーの兜の防御力に、龍田が驚きの声を上げ、龍驤は少し前のサイファーとの会話を思い出す。

 

 とはいえ、兜から軋んだ音が聞こえているので、このままでは間もなく兜が砕かれるのは自明の理だ。そして、そんな事になったらすぐさまサイファーの身体と頭は離れる事となる。

 

 と、ここでサイファーが右前足から何とか抜け出した右手を使って、ティガレックス亜種の顔面に何かを叩きつけた。

 

 すると、ティガレックス亜種は悲鳴を上げながら後ろに仰け反ったではないか! その隙にサイファーはティガレックス亜種の戒めから脱出する。

 

「へ? へ!?」「な、何? 今何をしたの!?」

 

 あまりに突然の事に混乱する艦娘達。しかし、今サイファーが叩きつけた物を見た事がある弥生、吹雪、提督の三人は、

 

「…こやし玉」「…こやし玉…だよね」「…あの化け物とて、顔面にこやし玉をぶつけられるのには耐えられないか…」

 

 と妙に納得した様子で頷く。

 

『アイルーさん頑張ってーっ!』

 

 不意に聞こえる声援。声の方向を向くと、先ほどの女の子が岩場の陰から顔を出していた。

 

「なっ!? な、なにをして…!」

 

 しかし、この女の子の行為に赤城が驚愕に顔を歪める。と、同時にサイファーとティガレックス亜種の視線も女の子の方へ向いた。

 

 瞬間、ティガレックス亜種は一瞬の威嚇の声の後、女の子の方へ向かって突進を開始したのだ! 恐らく、目の前の得物よりこちらの方が相手取りやすいと判断したのだろう。

 

 勿論サイファーも即座に追いかけるが、勢いの乗ったティガレックス亜種に追いつく事が出来ない。

 

 あわや女の子に突進が命中するかと思われたその時だった!

 

 突然地面にティガレックス亜種をも飲み込めるほどの大穴が開き、その中にティガレックス亜種は落ちてしまったのだ!

 

「あ!?」「お、落とし穴!?」「…そ、そういえばサイファー、あの化け物が来る前にあの辺りに何かを仕掛けてたにゃ…」「素晴らしい手際の良さだな…」

 

 サイファーの持つ先見の明に感心する艦娘達。

 

 そして、訪れた千載一遇のチャンス! 一気に落とし穴まで距離を詰めたサイファーは、一体何処にそれだけの数を仕込んでいたのか? と、思えるほどの数の樽型爆弾を落とし穴の中に投げ込みまくる!

 

 この爆撃の雨あられには流石のティガレックス亜種も堪らず悲鳴を上げた。しかし、当然ながらサイファーは容赦しない。これが最後だと言わんばかりに巨大な樽型爆弾を持ち上げる。

 

 それは、かつて戦艦タ級を一撃で仕留めたあの爆弾だ。そして、それを落とし穴の中に落とし、即座に自分はその場から離れた。

 

 直後響く特大の爆発音。爆発の衝撃で落とし穴の周囲の地面が崩落してしまった程だ。

 

「や…やったああっ!」「な…何とか勝てたみたいだね……ふう……」

 

 勝利を確信した吹雪が喜びの声を上げ、望月が汗を拭いながら一息吐いた、のだが…。

 

 その直後、崩落した落とし穴から黒く巨大な物体が飛び出してきた。言わずもがな、ティガレックス亜種だ。

 

「…ちっ、やっぱそこまで甘くねえか…! ―――………ん?」

 

 地面に降り立ったティガレックス亜種を見ながら舌打ちをする天龍だったのだが、そのままティガレックス亜種の様子を観察している内に、再び様子がおかしくなっている事に気付く。

 

 前足に浮き出ていた赤い血管は消え、目の充血も消えている。ここまでなら変化が起こる前の状態に戻っただけだが、加えて口から大量の涎を垂らしていたのだ。

 

 更に、首を力なく左右に振り、人間の息継ぎの様に頭を上下させているという、見るからに疲労の症状が現れていた。

 

 しかし、そんな様子でもお構いなしに突進を仕掛けてくるティガレックス亜種。が、そのスピードは先ほどまでと比べてがた落ちしていた。

 

 対して、サイファーは岩壁を背にティガレックス亜種と相対し、突進をギリギリまで引き付けて横にかわす。すると、口を開けながらの突進をしていたティガレックス亜種の鋭い牙が、岩壁に突き刺さってしまった。

 

 顔が壁に引っ付いた状態となるティガレックス亜種。当然全身が無防備となる。その隙に、今度はティガレックス亜種の顔面の真横に先ほどの巨大な樽型爆弾を設置して、すぐさま身を翻すサイファー。

 

 少しの間の後、力任せに牙を引っこ抜いたティガレックス亜種だったが、その反動の所為で顔が爆弾の真正面に来てしまう。

 

 加えて、直後に爆弾が爆発したのだが、その衝撃と力任せに牙を抜いた負担が合わさり、今度は岩壁がティガレックス亜種に向かって崩落してくる。その岩雪崩にティガレックス亜種は飲み込まれてしまった。

 

『…ハァ…ハァ……』

 

 荒い息を吐きながらも、崩落した壁に向かって油断なく大剣を構えるサイファー。しかし、それを見守る艦娘達の思いはただ一つ。

 

 これで終わって! だ。

 

 そして、そんな艦娘達の願いが通じたのか崩落した瓦礫はピクリとも動かない。暫く大剣を構え続けていたサイファーも、全く反応しない瓦礫にゆっくりと大剣を背中に担ぎ直し、隠れていた少女の方へと歩み寄る。

 

 危なかったけど、何とか勝つ事が出来た…。誰しもがそう考えた、その直後だった!

 

 突然瓦礫の大半が弾け飛び、中から姿を現した血管が浮き彫り状態のティガレックス亜種が、サイファーに向かって突進を繰り出してきたのだ!

 

 完全に不意を突かれたサイファーは反応する事も出来ずにまともに突進を喰らってしまう。

 

 思い切り跳ね飛ばされた後、ボロぞうきんの様に地面を転がるサイファー。無論、すぐに先ほどのドングリを食べようと動き出したのだが、流石に二回も回復を許してしまう程ティガレックス亜種は優しい相手ではなかった。

 

 今まさに食べようとした瞬間、サイファーに向かってサイファーよりも大きな岩石を飛ばしてきたのだ。ドングリを食べるために動きが止まっていたサイファーは、この攻撃を顔面にまともに受け吹き飛ばされてしまう。

 

 再び地面を転がっていくサイファー。だが、先ほどと違い動きが止まってもサイファーはピクリとも動かない。

 

 慌ててサイファーに駆け寄る艦娘達と提督。

 

「サイファーさん、起きて…起きて下さい!!」「おきてーっ! おきてよサイファーっ!!」「こら、起きろ! 起きろって言ってんのよこのグズ!! さっさと…さっさと起きなさいよぉ!!」

 

 吹雪、文月、霞の三人が必死にサイファーに呼びかけるが全く反応がない。そして、そんなサイファーに向かって止めとばかりに再び突進を仕掛けるティガレックス亜種。

 

「この、このぉ!」「サイファーにちかづくなーっ!」「寄るなこの化け物ぉ!!」

 

 ティガレックス亜種に向かって思わず砲撃をしてしまう三人だったが、当然砲弾はティガレックス亜種の身体を素通りしてしまう。

 

 そして、ティガレックス亜種の巨体がサイファーを轢き潰そうとした正にその時だった。

 

 突然立ち上がったサイファーが、同時に懐から三度あの巨大な樽爆弾を取り出し抱えたのだ。あまりに唐突な事にティガレックス亜種は止まる事が出来ない。その無防備に開けられていた口の中に、サイファーは特大樽爆弾ごと特攻を仕掛けた!

 

 口内を中心に起こる大爆発。その爆炎にティガレックス亜種は覆われ、サイファーも爆風で吹き飛ばされてしまう。

 

 そのまま岩壁に強く体を打ち付け、地面に倒れるサイファー。その後を急いで追う艦娘達だったが、手足を痙攣させているサイファーはもう見るからに致命傷一歩手前の重体の状態だ。

 

 加えて、視線こそティガレックス亜種に向けてはいるが、周囲の景色が暗くなっていっている。恐らく、今にも飛びそうな意識を必死に保っているのだろう。

 

「もうこれ以上の戦闘続行は不可能だ…!」「お願い、これで決まって…!」

 

 顔を歪めながら判断する磯風と、悲痛な表情で祈るように言葉を絞り出す大淀。

 

 だが、無情にも黒煙の中から聞こえてくるティガレックス亜種の唸り声。そして、黒煙が晴れると、その異形の姿が露わになる。

 

 体中も勿論傷だらけなのだが、特に頭部の損傷が筆舌に尽くしがたいほど酷く、何故これで生きているのか? と純粋に疑問に思えるほどだ。

 

 だが、最早損傷により片方しか残されていない凶眼は、明らかにサイファーに向かっている。

 

「………そ……そんなぁ……」「…まさか、このmonster(化け物)Invulnerability(不死身)なの?」

 

 絶望の声を上げる吹雪とサラトガ。そんな中、ティガレックス亜種はゆっくりとサイファーに近づいていく。

 

 そのふらついている足取りを見る限り、恐らく突進を行う余力さえもう残ってはいないのだろう。だが、その傷だらけの姿はかえって恐怖心を煽りだすに十分な迫力を宿していた。

 

 そして、サイファーの目の前まで来ると、その体をかみ砕かんとおもむろにその大きな口を限界まで開き、サイファーに向かって顔を突き出した!

 

「っ!!!」

 

 咄嗟に艦娘達は顔を背けてしまう。

 

 だが、聞こえてきたのはサイファーの悲鳴ではなく、何かが勢いよく地面に崩れ落ちた音。恐る恐る艦娘達が背けた視線を元に戻してみると、そこにはサイファーと同じく地面に完全にうつ伏せで倒れているティガレックス亜種の姿があった。

 

「………へ?」「………は?」

 

 予想外の事に頓狂な声を出す吹雪と提督。しかし、その直後サイファーの意識も落ちてしまったらしく、周囲の景色は完全に真っ暗になってしまった。



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サイファーの過去、駆けだし時の苦い記憶

 真っ暗闇の空間の中に佇む艦娘達と提督。倒れてしまった子日、電、卯月を入渠させたり、壊れてしまった機械を止めたりとやらなければいけない事はあるのだが、先ほどまでの映像による余りにも重すぎる緊張感と、そこからやっと解放されたという安堵の為、思考が停止してしまっているのだ。

 

 特に文月や響、暁といった精神的にもまだ幼さの残る艦娘達は重症だ。女の子座りをしながら光彩の無い瞳で虚空をぼんやりと見つめている。

 

 と、その時だった。

 

「皆大丈夫ニャ!?」

 

 突然暗闇の一角が扉の様に開き、そこからサイファー…鎧姿ではなく、いつもの割烹着を着たサイファーが慌てた様子で室内に飛び込んできたのだ。その背後には、サイファーが残るならと同じく調理室に残った間宮と伊良湖の姿もある。だが…。

 

「ぐっ!?」「ひいっ!?」「うわあっ!?」「うっ、も、もうやだーっ!!」

 

 急遽室内に飛び込んできたサイファーに対し、恐怖に震えた声で叫びながら警戒する艦娘達。新たなモンスターが現れたのかと勘違いしたようで、中には勢いあまって武装をサイファーに向けている艦娘もいた。

 

「ヒニャーッ!? や、止めるニャ、ボクだニャ、サイファーだニャ!!」

 

「皆さんどうしたんですか!?」「い、一旦落ち着いてください!!」

 

 悲鳴を発しながら両手を上げて降参の意を示すサイファー。間宮と伊良湖も驚きながらもサイファーを庇うように割って入り、武装を構えている艦娘を宥めようとする。

 

 こうして、暫くの間多目的室内は混乱を極めるのだった。

 

 

 

 

 

「ティガレックス亜種!? なんでまたイキナリそんなモンスターの記憶を見ようと思ったニャ!? 最初は小型のモンスター…せめてイャンクックとかアオアシラとかその辺りのモンスターから始めないと、体も心ももたないニャ!」

 

 提督達が鑑賞していた記憶に出てきたモンスターの名前を聞いた瞬間、サイファーは驚きに目を見開きながら怒声に近い大声で提督に訊ねる。因みにサイファーがここに来た理由は、聞き覚えのある轟音が突如聞こえてきたから、だそうだ。

 

「そういえば、その点は私も気になります。一体、どういう基準であの記憶を見ようと決めたのですか?」

 

 サイファーの言葉に同調するように赤城も提督を問い詰める。

 

「―――考えなんて何もなかった。ただ、強そうな名前の奴が出ている記憶を選んだだけだ。正直、サイファー一人で倒せる相手ならそこまで酷い内容ではないだろうと高をくくっていたんだ。まさか、あそこまで絶望的な戦闘だったとは夢にも思わず、な。完全に慢心していた…」

 

 無念そうに顔を俯かせながら答える提督。だが、この提督の言葉を責める者はいなかった。何故なら、提督だけではなく、他の艦娘達もこれほどまでとは予想していなかったからだ。

 

「ニャー…。ボクも記憶を見てもらう前にその内容について注意をしておくべきだったニャ…」

 

 提督の雰囲気に釣られたようにサイファーも申し訳なさそうに頭を垂れる。と、ここで倒れた三人を入渠ドックに運んでいた吹雪、夕立、大淀の三人が部屋に戻ってきた。

 

「…残念ですが、三人とも大破判定を貰ってしまいました。今、回復中です」

 

「う~…。子日達大丈夫かな…?」

 

「外面に一切の傷が確認できないのに大破しているなんて、初めての現象ですよ…」

 

「…そうか。ご苦労だった」

 

 一様に辛そうな表情を見せる吹雪、夕立、大淀に、提督も俯きがちに言葉を絞り出す。そのまま、暫くの間室内に重い沈黙が漂っていたが、

 

『………う……』

 

 不意にサイファーにそっくりな声が室内に小さく漏れる。全員が視線をサイファーに向けるが、サイファーは顔と両手を激しく左右に振る。どうやらサイファーが発した声では無いようだ。

 

『…あ! お父さん、お母さん! アイルーさんが目を覚ましたよ!!』

 

 次いで聞こえてきたのは先ほどの映像の女の子の声。と、同時に先ほどまで真っ暗だった室内が一気に明るくなった。

 

 そこは木造の家の一室のようで、サイファー…鎧姿の方だ…が寝ていたベッドのすぐそばで女の子が心底嬉しそうな様子でその両親と思しき二人の人物…映像の最初の方でサイファーに文句を言っていた男性と、その男性に慌てて駆け寄っていた女性だ…に話しかけていた。

 

 この辺りで、室内にいた提督と艦娘達は先ほどの戦いのその後の映像が流れているのだと悟った。

 

『…目覚めたか。早速だけどよ、あの悪魔を狩猟してくれた事と愛娘を助けてくれたこと。心から礼を言うぜ。それと、当初の無礼な物言いは謝罪する。ほんと、すまなかったな…』

 

『本当にありがとうね! あんたは私たち家族の…そして、この村の英雄だよ!』

 

 両親揃って深々とサイファーに向かって頭を下げ、それを見ていた女の子もサイファーに向かって頭を下げる。が、当のサイファーは目覚めたばかりで状況が上手く把握できていないようだ。呆けた様子で、碌な反応もできずに自分に向かって頭を下げる三人を見つめるのみだった。

 

『…しかし、ハンターが凄いのは十分知っていたが、ニャンターというのもなかなか侮れないもんだな。まさかあの悪魔をたった一人で本当に狩猟してしまうとは…』

 

『うん! アイルーさん、本当に強くてカッコよかったよ! 私も大きくなったらハンターになるんだ!!』

 

『…止めといた方が良いニャ。ハンターなんていつ死んでもおかしくない地獄の職業ニャ』

 

 ひっきりなしにサイファーを賞賛する父親と女の子だったが、その女の子の台詞にサイファーが反応する。

 

『地獄の職業か…。流石に当事者が言うと重みが違うな…』

 

 その言葉に父親はあからさまに顔を顰め、女の子も鉱脈火山での戦闘を思い出したのか、先ほどまでの威勢が一気に鳴りを潜め、顔を青くしながら俯いている。

 

 そして、この二人の気持ちを提督と艦娘達も痛いほど理解できている様子を見せる。如何に戦いを生業とする艦娘といえども、さっきの様な極限状態の戦いは出来れば避けたいものであろう。

 

『…おや。もう起きても大丈夫なのかね?』

 

 そんな中、不意に映像の中に初老の男性が映し出される。

 

『ニャ!?』「ニャ!?」

 

 次の瞬間、何故か映像の中のサイファーと実際のサイファーが全く同じ驚きの声を上げた。

 

『あ…貴方はもしかして…!?』

 

「し、しまったニャ! ティガレックス亜種との戦いの後といえば…!」

 

 映像の中のサイファーは初老の男性に驚きと尊敬のまなざしを向けている。一方、実際のサイファーはあからさまにうろたえていた。

 

「…どうしたんですか? サイファーさん」

 

「あ、い、いや、な、なんでもないニャ! ボボボボクはまだ調理の途中だからこれで失礼するニャッ!!」

 

 急に態度が変わったサイファーに心配そうな声を掛ける吹雪だったが、サイファーはどもりながらも言葉を返し、慌てて多目的室を後にしようとした、のだが…。

 

「行かないで!」「いっちゃだめー!」「ま、待ってよ!」

 

 いち早くサイファーの退室の気配を見抜いた雷、文月、暁が一斉にサイファーを取り押さえてしまった。

 

「ニャ!? ニャ!? なんで捕まえられるニャ!?」

 

「もうこわいもんすたーはいやだよー! サイファーいっしょにいてよー…!」

 

 驚愕の声で疑問を発するサイファーに文月がその理由を口にする。

 

「いやいや! もう怖いモンスターは出てこないから安心して欲し………う、ううう……」

 

 そんな文月を何とか宥めようとするサイファーだったが、恐怖に涙まで流している文月を見てしまったせいで強く出る事が出来ない。雷と暁も流れてこそいないが目尻に涙が堪っている。

 

「何をそんなにうろたえているのかは分からないが、彼女達の為にも一緒にいてやってくれないか?」

 

「それに、正直言うとウチらもサイファーがいてくれると結構安心するんよね…」

 

 駄目押しとばかりに磯風と龍驤にも頼まれてしまい、サイファーはガックリとうな垂れるのだった。

 

 

 

 

 

 初老の男性の正体は高名な料理人であると共に、有名な美食家でもある人物だった。そして、映像内の会話が進んで行くうちに、初老の男性がサイファーの料理を批評する事となったのだ。

 

「サイファーの料理なら大丈夫っぽい!」「なんて言われるのか凄く楽しみだね!」「ま、サイファーの料理なら特に問題はねえだろ」

 

 作った料理を初老の男性の前に出していくサイファー。それを見ていた夕立、川内、天龍がそれぞれの所感を漏らす。他の艦娘達も大体似た様な雰囲気だった。だが、

 

「…ダメですね」「…ええ、あれではちょっと」

 

 不意に、映像を…その映像に映し出されていたサイファーの料理を見ていた間宮と伊良湖がそんな事を口にする。

 

why?(何故?) 美味しそうに見えるけど…」

 

 二人の言葉にサラトガが反応するが、間宮と伊良湖は答えず困惑気に首を揺らすだけだ。

 

『―――ど、どうですかニャ!?』

 

 料理の質感などを確かめていた初老の男性が料理を口に運んだのを見て、映像内のサイファーが期待に満ちた顔つきで聞く。その表情を見る限り、どうやら自信があるようだ。

 

『………そうだな、ハッキリ言おう』

 

 スプーンを皿に置き、視線を真っ直ぐサイファーに向ける初老の男性。その表情はサイファーとは逆にかなり険しいものだ。

 

『…美味くもなく不味くもない、つまらん味だ。少なくともこれを金を払ってまで食いたいなどという酔狂な奴はおらんだろう。タダだというのなら食ってやってもいい…と言ったところだな』

 

 手厳しい批評の言葉。間宮と伊良湖以外の艦娘から「な!?」「そ、そんな…」という落胆の声と、「ひ、ひどい…」「…ちょっときつ過ぎない?」という初老の男性に対する微かな怒りを見せる声が上がる。

 

『…お、おじいちゃん』

 

 そして、映像の女の子も悲しげな顔で初老の男性を見上げているが、彼の表情が変わる事は無い。

 

「…実を言うと、この時はまだ料理を始めて日が浅く、まだまだ基礎中の基礎を学んでいる段階の腕前だったニャ。そんな状態で偉い人に批評を頼んでも、こういう結果になるのは目に見えていたニャ」

 

 初老の男性の批評に愕然とした表情をしている過去の自分を見て、恥ずかしそうに顔を掻きながら言葉を紡ぐサイファー。直後に視線をしきりに動かし始めたのを見るに、相当映像の自分が恥ずかしいようだ。

 

「誰にだって苦い経験はありますよ」

 

「間宮さんの言う通りですよ! それに、この苦い経験のおかげで今のサイファーがあるんじゃないですか?」

 

 そんなサイファーを間宮が優しく諭し、伊良湖が笑顔でフォローを入れる。そんな二人の言葉に、サイファーはやや間をおいてからおもむろに頷いた。

 

『あ、あの…。まだ食べるんですかニャ?』

 

 不意に映像のサイファーから声が聞こえてくる。見ると、初老の男性が再びサイファーの料理を食し始めていたのだ。

 

『当然だ。勿体ないではないか』

 

『で、ですが、貴方は気に入らない料理は一切食さないのでは…?』

 

 恐る恐ると言った感じで問いかけるサイファーに、初老の男性は表情を変えずに口を開く。

 

『誰が君の料理を気に入らないと言った? 儂はただつまらん味と評しただけだ』

 

 初老の男性の言葉が理解できないのか、サイファーは口をボカンと開け続ける。

 

『確かに味自体はつまらんものだが、料理を用意するときの様子から食べる人に楽しんで欲しい、という気持ちは伝わってきた。その気持ちと、あの悪魔をも狩猟できるほどの狩猟技術を体得してみせた精神力を持つ君なら、すぐにでも“自分だけの料理”を作れる筈だ』

 

 淡々と言葉をつづける初老の男性だったが、ここで微かな…ほんの微かにではあったが笑みを見せた。

 

『その時を楽しみにしている。次は儂を唸らせてみてくれ』

 

『………は、はいですニャ!』

 

 と、サイファーが意気を取り戻したらしき明るい返事をした直後。

 

 突如映像が大きく乱れ、次いで機械がとりわけ大きな異音を発してから動かなくなってしまった。と、同時に周囲の景色がいつもの多目的室の物となる。

 

「…唐突な終わりになっちゃったけど、サイファーも苦労してたんだってのは十分理解できたね~…」

 

「タ級に対する作戦会議時に言っていた、潜り抜けた修羅場は一つや二つじゃないって言葉は本当だったのね。この調子じゃ、他の記憶で何が出てくるか分かったもんじゃないわぁ…」

 

 北上と龍田がそれぞれの感想を述べる。とはいえ、この二人を含めた室内の全員が映像を見ていただけだというのに色濃い疲労をその表情に現わしていた。

 

「…とにかく、いったん解散して今日はゆっくり休みましょう」

 

「待て、その前に一仕事だ」

 

 その事に気付いていた赤城が休息の為の解散を口にするが、何故か提督がそれを止めてしまった。

 

「はあ!? 今から一体何の仕事をするってのよ!?」

 

 提督に向かって霞が噛みつくが、その問いには答えず提督はある方向を指差す。その先の壁には大きな穴が三つ開いており、その周囲に壁の破片と思しき残骸が滅茶苦茶に散らばっていた。

 

 恐らく、先ほどの映像鑑賞時に吹雪、文月、霞が砲撃してしまったその跡だろう。

 

「仕事内容は部屋の応急修理だ。各自、異存はないな?」

 

「「…はい」」「…ぐ、わ、分かったわよっ!」

 

 提督の言葉に吹雪と文月は申し訳なさそうに返事をし、霞はやけくそ気味に叫ぶ。こうして、鎮守府総出でこの日の残った時間は多目的室の応急修理に使われるのだった。



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資料作成

今回、サイファーの話の中でのみMH4(G)の主人公が出てきますが、サイファーの前の旦那さんとは別人です。あと、主人公は女性ですがこれは私がMH4をプレイした時に女性でプレイしたという理由だけで深い意味はありません。


 サイファーの記憶を映像として確認したその翌日。大食堂と調理場は艦娘達でごった返していた。

 

 理由は簡単。全員がサイファーの話を聞きたがっていたのだ。先の映像で分からなかったところを知りたい。けどもう一度あの映像を見るのは心身ともに辛すぎる。なら、その当事者であるサイファーに聞けばいい…と言ったところだ。

 

「ね、ね、サイファー。あのいっぱいの爆弾はどこから取り出したの?」

 

「あれはボク達アイルー族の特技ニャ。ボク達はその場で色々な爆弾を精製できるニャ。その中でも特に爆弾の精製速度に優れて使用頻度が高いアイルーはタイプ”ボマー”に属するニャ。因みにボクも”ボマー”ニャ」

 

「他にもいろいろなタイプが?」

 

「近接攻撃特化の”ファイト”とか周りの仲間を助ける”アシスト”とかいろいろあるニャ」

 

「あの…ティ、ティガレックス亜種…? の攻撃をサイファーは見事に捌いていたわけだが、その動きの中には完全に攻撃を予見してかわしているものもあった。奴との交戦は初めてではないのか?」

 

「前の旦那さんのオトモとして何度か戦った事があるニャ。それに、モンスターの動きを熟知するのは狩猟生活を送る中で基本中の基本ニャ。でないと、小型モンスターはともかくティガレックス亜種クラスの大型モンスターは狩猟できないニャ」

 

「と、いう事はティガレックス亜種以外のモンスターの特徴も…?」

 

「当然、頭に叩き込んでるニャ。その上で、最適な武器と道具を使い分けるのがハンターの腕の見せ所ニャ」

 

「あの化け物の大声がサイファーに通じなかったのは何で?」

 

「防音の術というスキルを発動させてたからニャ。この辺りはちょっと種類が豊富で詳しい説明をしようとすると時間が掛かっちゃうから割愛するニャ」

 

「あの後、あのじいさんを唸らせる事は出来たのか!?」

 

「いや、まだあれ以降は食べて貰ってはいないニャ。でも、いつかきっと唸らせて見せるニャ!」

 

 色々な艦娘から次々出てくる質問に、順々に答えていくサイファー。そして、その光景を赤城、龍驤、新たな艦娘として加賀、足柄の四人が大食堂の椅子に座って見つめていた。

 

「フフフ…。以前にもましてサイファーは大人気ですね」

 

 駆逐を中心とした艦娘達に囲まれているサイファーを見ながら、微笑を浮かべる赤城。

 

「赤城さんですら、映像だけで心身ともに消耗しきってしまう相手ですか…」

 

「正直、あの映像を見終わった後に建造された加賀と足柄は運が良かったと思うわ。サイファーの記憶が危険って既に分かった後やからな。…まあ、見たい言うたんはウチラやねんけどさ」

 

 その対面では加賀と龍驤が先の映像とその相手について語り合っている。実を言うと、気丈に振る舞ってこそいたが赤城も龍驤も限界は近かったのだ。

 

「―――た、楽しそうな相手じゃない…!」

 

 そんな中、一人足柄だけが両手で持っている写真を見つめながらプルプルと震えている。その写真に写っているのは、昨日青葉がまだ余裕のある内に撮っていたティガレックス亜種とサイファーとの激闘の一幕だ。

 

「………本気で言ってるんですか?」

 

 突拍子もない足柄の台詞に、赤城がげんなりした様子で問い質すが、

 

「と、当然よ…! 相手が強大であれば強大であるほど、勝った時の喜びもひとしおだわ! そして、私は…私は、どんな化け物が相手だろうと絶対に勝ってみせる…!」

 

 冷や汗を垂らしながらも、興奮で顔を赤くする足柄。恐怖は十分に感じている様だが、それを上回る興奮にうち震えている様で目付きも若干怪しくなっている。

 

「…イャンガルルガみたいな思考は止めてほしいニャ」

 

 不意に四人に掛かる声。見ると、いつの間にかサイファーが二人分の料理を持って赤城達四人の下に来ていた。昨日の今日なので、全艦娘は今日は休養となっているが、新たに建造された加賀と足柄だけは基本を経験するという事で、鎮守府近海に一度だけ出撃する事となっていたのだ。

 

「お! 丁度良かった! ウチもサイファーに聞きたい事があんねんけどええか?」

 

 唐突な龍驤の言葉だったが、サイファーは加賀と足柄の前に料理を並べながら頷いた。

 

「そもそもやな、なんでサイファー一人であんな依頼を受けたんや? 誰の目にも無謀なんは明らかやん」

 

「あの依頼は、本当は前の旦那さん宛だったニャ。でも、あの時旦那さんは動く事もままならない程の重体だったから、代わりにボクが受ける事となったニャ」

 

「その、前の旦那さんというのはそんなに強い人なの?」

 

「史上二人目の女性でハンターランク三桁に到達した女傑ニャ。ティガレックス亜種”程度”なら多少準備がテキトーでも多分余裕で狩猟するニャ」

 

「ちょちょ、待ちぃな! あのティガレックス亜種を余裕で倒せる程の奴が重体って、一体どんな無茶をしたんやそのお人は?」

 

 龍驤と加賀の質問に答えるサイファーだったが、その内容に龍驤が慌てだす。赤城、加賀、足柄の三人も声こそ出さなかったが興味津々の瞳でサイファーを見つめていた。

 

「一日目は激昂ラージャンと怒り喰らうイビルジョーの同時狩猟、二日目はテオ・テスカトルとナナ・テスカトリの同時狩猟、そして最終日となる三日目はダラ・アマデュラの狩猟という、聞いただけで気が狂いそうになる連続狩猟を成し遂げた後だったニャ」

 

「…そ、それらの個体は強いのですか?」

 

「全員一対一でもティガレックス亜種くらいなら歯牙にもかけない強さニャ。特に三日目の相手は、一日目、二日目の相手をも圧倒的に上回る桁外れの存在ニャ」

 

 狼狽しながらの赤城の質問にサイファーは答えるが、最早赤城達の想像の限界を遥かに超える内容に彼女達は絶句するしかない。

 

「因みに、史上初の女性でハンターランク三桁に到達したハンターは、”我らの団”というキャラバンの専属ハンターで、武器も持たず鎧も着ず、インナー一丁で超巨大古龍『豪山龍ダレン・モーラン』を撃退して見せたという白昼夢の様な功績を皮切りに、前の旦那さんすら霞むほどの異形…もとい偉業を今も成し遂げ続けている、生ける伝説の異名を持つ方ニャ」

 

「…ちょっと待ちなさい。それは”人間”の…というか”現実”の話をしているのかしら?」

 

 何やら魂の抜けたような顔で解説を続けるサイファーに、加賀が待ったをかける。あまりに現実離れし過ぎている話に、流石に疑いの気持ちが芽生えたのだ。だが…、

 

「”現実”の”人間”が成し遂げた話ニャ」

 

 迷いなく断言するサイファー。その、曇りなき瞳を前にしては加賀もこれ以上言葉を続ける事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 所変わって執務室。現在、ここには提督、大淀、吹雪、青葉の四人が執務に取り掛かっている。

 

「お邪魔するニャ。頼まれていた料理を持ってきたニャー」

 

 その執務室に、扉をノックした後サイファーが料理を持って現れた。

 

「進歩はどうだニャ?」

 

「正直、難しい…というより、無理難題に近いなこれは…」

 

 料理を準備しながらのサイファーの問いに、提督は後頭部を掻きながら苦悶の声で答える。

 

 今提督が行っているのは、大本営に提出する為のサイファーの資料の作成だ。吹雪と大淀、そしてあの激闘を何枚か写真に収めていた青葉に手伝って貰ってはいるのだが、どうやら作業は難航している様だ。

 

「どんな所が難しいニャ?」

 

「まず、このティガレックス亜種という生物自体が未知過ぎます。そもそもが、謎の巨大深海棲艦とサイファーさんは関係ないという事を証明する為の資料提出なのに、これでは却っていらぬ疑いを掛けられてしまう可能性が非常に高いです」

 

「あと、ティガレックス亜種が例の女の子に向かって行ったシーンも問題だな。悪意ある捉え方をすれば、年端もいかぬ子供を囮に使ったと解釈する事もできる」

 

 首を捻るサイファーに、大淀と提督が説明する。直後、提督が視線で「何故逃がさなかった?」とサイファーに訴えかけていた。

 

「…モンスターは長距離を一気に移動できる移動力を持つ個体が殆どニャ。もし、あの女の子を逃がした後にティガレックス亜種が長距離移動を開始して、全く別の場所で鉢合わせ…なんて事になったらとても助けられないニャ。だから、ボクの視線が届く距離にいて欲しかったニャ。でも、あの激闘の緊張感に女の子が耐えられる筈がないとも踏んでたから、女の子が何かアクションを起こしてティガレックス亜種の注意を引いてしまっても大丈夫なように、女の子の近くに罠を張ったニャ」

 

「つまり、女の子と戦闘の二つを天秤にかけた上でのサイファーさんの最善策という訳ですよね!? サイファーさんが女の子を囮にするなんて考えられないですよ提督!!」

 

 当時の思考を説明するサイファー。そして、その言葉が終わると同時に吹雪が提督に勢いよくくって掛かる。どうやら、吹雪は女の子を囮に説はどうしても否定したい様だ。

 

 そして、それは提督も同じだ。だからこそ、作製中の資料内においてどういう言葉を選べばいいのかについて苦心しているのだ。

 

「いやー、確かにこれはキツイですねー…」

 

 資料作成に口論を交わしている提督、大淀、吹雪の三人とは少し離れた場所で、青葉も謎の資料を片手にうんうんと難しい顔で唸っている。

 

「青葉さんは何をしてるニャ?」

 

「勿論、先日の映像の記事化ですよ! 提督からも許可を貰いましたし、いざ資料作成へ! と意気込んだまではいいのですが、内容が非現実過ぎて新聞というよりは、どうしてもオカルトみたいな話になっちゃうんですよね…。私も、実際に映像を見るまでは信じられなかったですし…。とはいえ、じゃあ記録映像を見ればいいじゃんってなってしまう訳ですが、それでは艦隊新聞を創刊した意味がありません! だからこそ、なんとか新聞としての体を成したものに仕上げたいのですが…」

 

 苦悩の理由を語り、再びうんうんと唸り始める青葉。どうやらこちらはこちらで問題が山積みの様だ。

 

「一旦みんな一息ついた方が良いニャ。その為にも、まずは料理を召し上がれニャ!」

 

「…そうだな。もうずっと資料作成に根を詰めているし、少し休憩しよう」

 

「そうですね」「分かりました」

 

「私もお腹がすきましたので、ご一緒させてください!」

 

 サイファーの休憩の誘いに快諾する四人。こうして、一時の談笑の時間が執務室に訪れる事となる。

 

 しかし、結局資料作成はその日一日を潰してしまうほどにまで時間がかかってしまうのだった。



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クレイジーサイコ…?

「いやー、やっと来てくれるんだねー。待ちくたびれたよー。…っていうか提督、ぶっちゃけ聞くけどわざと建造を避けてたよね?」

 

「…そこは聞かないでくれないか」

 

「いやいや、別に隠したりしなくていーよ。確かに難しい艦娘()なのは間違いないから、あまり建造が気乗りしないっていう提督の気持ちも、分からなくはないし」

 

 執務室での提督と北上のやりとり。

 

「ニャー…。そんなに難儀な艦娘さんが来るニャ?」

 

 その会話を聞いていたサイファーが少し困惑気に首を傾げる。

 

「厄介なのは間違いないよ。なにせ基本的に私にしか興味が無い上に、興味が無い物に対してはとことん冷たいからさ」

 

「とはいえ、北上さんと同じ雷巡に改装できる艦娘なので、戦力になるのは間違いありません」

 

「うう…。不安だな…」

 

 そんなサイファーに北上が簡潔に難しい点を説明し、大淀が次いで説明を補う。そして、大淀の隣にいた吹雪が言葉通りに不安げな表情を浮かべていた。これについては提督も同様だ。

 

 北上こそ笑みを浮かべているが、重苦しい雰囲気となる室内にサイファーもそれ以上言葉を口にする事が出来なくなってしまう。

 

 そうして少し時間が経った時、廊下の方から微かな足音が聞こえてきた。

 

 瞬間、提督、大淀、吹雪の三人が過敏に反応し入り口の扉を凝視する。釣られてサイファーも扉に視線を向ける。

 

 規則正しく、そしてゆっくりと執務室に近づいてくる足音。やがて執務室の扉の前で足音は止み、控えめに扉をノックする音が室内に木霊する。

 

「…入りたまえ」

 

 扉の向こうにいる足音の主に許可を出す提督。一瞬の間の後、扉の取っ手が動きおもむろに扉は開けられた。そして、その向こうにいたのは北上とほぼ同じ制服を着た一人の少女。

 

「こんにちは。軽巡洋艦大井、ただいま着任しました」

 

 その少女…大井は、優雅に微笑みながら入室し室内にいる全員に向かって挨拶をした。

 

 

 

 

 

 そもそも、大井の建造については前々から提督は検討はしていたのだ。耐久力こそ乏しいが、圧倒的な雷撃の威力に砲撃や対潜もそこそこの威力と、攻撃に関しては隙の無い性能を誇る雷巡。北上に加え大井も雷巡に改装できれば鎮守府の大幅戦力アップは間違いない。

 

 ただ、大井と言えば性格に難がある事で有名だ。艦娘達の中には癖のある性格の者も多数いるが、大井はその中でも間違いなくトップクラスだろう。事実、これまであらゆる鎮守府で建造されてきた大井の中には、決して小さくはない問題を起こした事がある者もいる。

 

 加えて、以前の吹雪が大破した時に露見した事だが提督は精神的に強い方ではない。提督自身もそれを自覚している故に、大井を上手く扱えるか自信を持てなかったのだ。

 

 とはいえ、精強な艦隊を作り上げるには避けては通れない道だ。それに数少ない雷巡仲間である北上からも催促されていたという経緯もある。とはいえ、北上も提督が苦悩しているのは知っていたので面と向かって催促した訳では無いが、言葉の節々にそれらしき台詞はあった。

 

 こうして、大井建造に乗り出した提督。そして、建造が完了したという報告を受けた今日。鎮守府の中でも提督以外にも顔を合わせる機会が多いであろう秘書艦の吹雪、提督補佐艦の大淀、食堂でよく顔を出すサイファー、そして大井の着任を待ち侘びていた北上と提督の五人でまずは対面しようという事になった訳なのだが…。

 

 

 

 

 

「ふふ、嫌だわ。提督に反抗なんかする訳ないじゃないですか」

 

 何故建造を避けていたのかを大井本人に問い詰められ、隠しても無駄と本能的に悟った提督は上記の理由を正直に述べたのだが、意外にも大井は朗らかに笑っている。実は瞳が笑っていない…等という事もなく、本当におかしそうに笑っているのだ。

 

「お…怒ったりはしないのか?」

 

「まさか、怒りなんてしませんよ! 大井()が問題を起こした事があるというのは事実ですからね。その分、信頼を取り戻すために頑張っていきますのでよろしくお願いします!」

 

「―――な、なんか大井っちが大井っちっぽくない…」

 

 提督と大井の会話を横で聞いていた北上だったが、自分の知っている大井と目の前の大井が噛み合っていないのか多少錯乱している様子を見せる。

 

「あら、北上さんもしかして提督と仲良く話す私に嫉妬してくれてるんですか? 心配しなくても、私は北上さん一筋ですよ!」

 

 そう言って北上に抱き付く大井だったが、大井のテンションに未だ違和感を感じているらしい北上は、

 

「…ああ、まぁ、うん」

 

 と、曖昧な返事しか返せない。

 

「ですが、別に提督の事など興味がない…という訳でもありません。というか、例え上司であろうとも初対面の相手にイキナリ興味を持つなんて私じゃなくても難しいと思います。ですから、私を上手く扱えるかは提督の提督としての腕次第ですよ?」

 

「…あ、ああそうだな。俺も大井の期待に応えられるようより一層励むとしよう」

 

 北上の身体に自分の頬を擦りつけながらも、提督に挑発的な言葉と視線を投げかける大井。しかし、その両方に嫌みな感じは一切見受けられないので、本心から提督に期待しているのだろう。提督もそれを感じているからこそ、一呼吸おいてからしっかりと頷く。

 

「失礼ながら、大井さんと言えばもっと排他的な艦娘と聞いていたのですが、私の耳に入った情報とはだいぶ雰囲気が違いますね…」

 

 その一連の流れを見ていた大淀がポツリと感想を漏らす。そしてその感想に吹雪も賛同なようで何度か首を縦に上下させる。

 

「他はともかく、私はそんな事しませんよ。何故なら、私と北上さんは同じ艦種なんです。だというのに、私が悪く見られたら北上さんまでとばっちりを受けるじゃないですか。私の事は誰にどう取られようとどうでもいいですけど、私の所為で北上さんまで悪く取られてしまうなんて私耐えられません!」

 

 そんな二人に対し、持論を述べる大井。が、その持論の中の『私の事はどうでもいい』という言葉に提督、大淀、吹雪の三人が反応した。

 

「…どうやら、北上さんに異常に執着しているのはどこの鎮守府でも共通のようですね」

 

「根っこは同じという事だな。だが、その根っこを覆う外面に各人で差があるのだろう。例として、青葉にもあの記憶を覗く機械を勝手に自分が使いやすいように改良して、鎮守府内を荒らしまわった青葉もいるみたいだしな」

 

「ええっ? この鎮守府の青葉さんと違い過ぎる…。同じ艦娘でも、そんなに性格に差が出るんですね…」

 

「面白いところでもあるが、悩ましい面でもあるな。まあ、とにかくこの鎮守府には比較的マシな大井が来てくれた。今はそれで良しとしようじゃないか」

 

 小声で艦娘の性格についての議論を続けている提督、大淀、吹雪の三人を他所に、未だに北上に抱き付いている大井がサイファーに視線を向けた。

 

「あら…? 貴方は一体…」

 

「ボクはサイファーだニャ! アイルーっていう種族でこの鎮守府の食堂で料理人をしてるニャ! これからよろしくニャ!!」

 

「サイファーの作る料理って間宮や伊良湖にも引けを取らないくらい、すっごく美味しいんだよ~っ。私もすっかりサイファーの料理の虜になっちゃったみたいだし、私以外にもサイファーの料理を心待ちにしている艦娘はいっぱいいる筈。多分大井っちも気に入ると思うよー」

 

 サイファーの自己紹介に、北上が先ほどまでの困惑気な様子から打って変わって愉快そうにサイファーの料理について語る。が、

 

「―――………。そうですか、それは楽しみですね」

 

 一瞬。本当に僅かな…刹那の時間ではあったが、北上の表情を見ていた大井の全身から剣呑な”何か”が放たれる。尤も、大井は即座に表情を屈託のない笑みに戻したのでそれを感知できたのはサイファーのみだったが。

 

「それでは提督。北上さんと離れるのはとても名残惜しくはありますが、他の艦娘達とも挨拶をしてきたいのでこれにて失礼しますね」

 

「あ、待ってよ大井っち。私も一緒に行くよ」

 

「はあああっ、私個人の事に付き合ってくれるなんて、やっぱり北上さんは優しいですね…」

 

 瞬間の大井の気迫に真顔になったサイファーから視線を外し、提督に会釈をしてから執務室を後にしようとする大井の後を北上が付いて行く。

 

「いやー、でも大井っちが話の分かる性格で助かったよ。私のフォローも限界があるしねー」

 

「もう、北上さんったら! さっきも言いましたけど私が北上さんに迷惑なんて掛ける訳ないじゃないですか!」

 

 廊下から聞こえてくる北上と大井の会話。ここまでなら親しい友人同士の微笑ましい会話…だったのだが、

 

「だいたい、波風を立てる様なやり方をするのは三流のする事ですよ? もし私がやるなら誰にも気づかれずに水面下でこっそりと行います。そう、誰にも…提督にも北上さんにも気づかれずに…ね」

 

「「…提督」」

 

「だ、大丈夫だ! 俺なら出来る、必ず上手く扱ってみせる! そう、やれる筈だ!」

 

 不意に聞こえてきた不穏な台詞。そして言葉とは裏腹に声量からしてその不穏さを隠そうともしていない大井に、大淀と吹雪が再び不安そうに提督を見つめ、二つの視線に提督は大声で応える。まるで自分に言い聞かせるように。

 

「確かにあれは問題ありそうな人だニャー…」

 

 そして、この中で唯一大井に気迫をぶつけられたサイファーも、一つ溜息を吐きながら大井と北上が去った扉を見つめ続けるのだった。



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戦う理由

 鎮守府内での挨拶を一通り済ませた大井は、最後に大食堂へと向かう。目的はサイファーの料理だ。北上の勧めもあり、大井自身も興味がありそうだったので、大井が挨拶に回っている間にサイファーが料理の…と言っても今日は大井の出撃の予定はないので、夕食に差し支えない程度の軽いものだが…準備をしていたのだ。

 

「―――………おいしい! それになんだか力が湧いてくるような気がするわね。確かにこれは北上さんが推すのも納得の料理だわっ」

 

 小分けにされた料理の一つをつまみ、口の中で咀嚼する大井だったが、程なくして快哉を上げる。それを見ていた北上も、視線で「でしょ?」と語り掛けていた。

 

「出撃前に料理を食すなんて、初めて聞いた時はちょっとどうかと思ったけど…今なら素晴らしい戦果が得られる気がします。これならば、この風習も納得ですね」

 

 北上の視線に対し、大井も少し興奮気味に言葉を続ける。

 

「お粗末様でしたニャ。気に入っていただけて何よりニャ」

 

 そこにサイファーが調理場から姿を現し、大井に話しかけた。

 

「いえいえ、素晴らしい料理ご馳走様です。ところで、サイファーに一つお願いがあるんだけど…私にも料理を教えてくれないかしら?」

 

 おもむろに現れたサイファーに向かって大井も笑顔で賞賛の台詞を送るが、その直後に何故か大井はサイファーに料理の教えを乞うてきた。

 

「…どうしてニャ?」

 

「うふふ、意中の人に美味しい料理を作ってあげたいと思うのは乙女なら当然じゃないかしら?」

 

 唐突な事に訝しむサイファーに、大井はその理由を口にしながら北上に視線を送る。

 

「えー、私の為? いやいや、流石にそれはちょっと悪い気がするなー。それなら、私もサイファーに料理を習ってみようかな…」

 

「…あら、それはそれでいいかもしれませんね! お互いの料理を食べ合って、あれこれと感想を述べあって、あわよくばそのまま…ふ、ふふふ…!」

 

「いや、そんなところまでいくかは分からないけど、お互いの料理を食べ比べてそれについて感想を述べあってのは楽しそう…かも」

 

 こんな感じで少しの間、二人でキャッキャと騒いでいたのだが、サイファーがあまり乗り気でない表情をしている事に、大井が気付いた。

 

「どうしたのサイファー?」

 

「いや、その…」

 

 不思議そうに尋ねる大井だったが、返ってきた反応を見る限りどうやらサイファーは大井を警戒している様だ。

 

「…あ、もしかして執務室での事を警戒してるのかしら? まあ、あれについては御免なさいとしか言えないわね。だって、意中の人が自分以外の人の事を楽しそうに語るなんて、嫉妬するのは当然でしょ?」

 

 頭を下げながらそう言う大井だったが、サイファーとしても一度気迫をぶつけられた以上そう簡単に気を許す事が出来ない。今でこそ料理人を名乗っているが、元は何度も命がけの戦いを潜り抜けてきた戦士なのだから当然と言えば当然の反応だ。

 

 とはいえ、大井としてもそう簡単に諦めるつもりは無いようだ。サイファーに手を出すつもりは無いという意思を見せるために、視線を調理場に移しながら、

 

「それに、もしサイファーに手を出しでもしたら、あの二人が黙っていないでしょ?」

 

 という言葉を放つ。それに釣られサイファーと北上も視線を調理場に向けた。

 

 そこには、調理場の手伝いをしながらも、底冷えするような光彩の無い目付きで大井を見つめている扶桑と山城の姿が…。サイファーも大井もお互いの状態を周囲に知られないために極力自然に接していたつもりではあったが、どうやら今この二人はサイファーに対して非常に鋭敏になっている様で、その感覚がいち早く大井とサイファーの間に緊張が走っている事を察したらしい。

 

「……ニャ」「……うわぁ」

 

 命の危険すら感じる程に怖い扶桑と山城の姿に、サイファーは勿論状況をよく把握できていない北上までもが若干引き気味になる。調理場内にいる間宮と伊良湖も、仕事の手伝いこそ頼みはするがそれ以上は言及しないし視線を合わせようともしない。触らぬ神に祟りなし…と言ったところだろう。

 

 実を言うとこの二人、例の映像を見ていた時も吹雪たち三人に先駆けて砲撃を行おうとしていたのだ。しかし、鎮守府内で戦艦が砲撃を行うなど、下手をすれば鎮守府という建物その物が崩壊しかねないと、提督と重巡、空母の艦娘達が必死に止めていたのだ。そのせいで吹雪たち三人の砲撃を止められなかったのだが…。

 

 しかし、直後サイファーは大井に驚かされる事となる。

 

「例え雷巡になったとしても、戦艦二隻相手では流石にこっちが海の藻屑にされてしまうわ。私としても、理由もなくそんな争いはしたくないから、警戒を解いて欲しいところなんだけど…」

 

 こんな感じで説得に掛かる大井だったが、サイファーとしては自分すら引いてしまう雰囲気を直接ぶつけられているにも拘らず、一切動じていない様に見える大井に目を見開いた。

 

「お、大井っち…怖くないの?」

 

「へ? 怖いって何がですか?」

 

 恐る恐ると言った感じで聞く北上に、しかしあっけらかんと返す大井。どうやら本当に恐怖は微塵も感じていないようだ。

 

「ち、因みにニャ。もし、争わなければならない理由が出来たとしたら…?」

 

 次にサイファーが、こちらも恐る恐るといった感じで質問をする。対する大井は、腕を組んで少し考え込んだ後、薄ら笑いを浮かべながらゆっくりと口を開いた。

 

「その時は………その時ね」

 

 

 

 

 

「―――といった感じニャ」

 

「…比較的マシだと最初は思ったのだが、もしかして実はかなり性質(たち)の悪い大井だった?」

 

「命の危険に晒されても微動だにしない…ですか。少なくとも常人の神経ではありませんね…」

 

 場所は変わって執務室。大食堂での一部始終をサイファーが提督、大淀、吹雪の三人に聞かせる。特に何かあったら報告しろと言われた訳ではないのだが、この内容は報告した方が良いとサイファーが判断したのだ。そして、提督が執務室で仕事をしている時は、与えられた役職上大体大淀と吹雪も一緒にいる。故に、仕事中の提督に報告となると、必然この二人にも話を聞かれる事となる。

 

 サイファーの予想通り、提督と大淀は難しい顔で言葉を絞り出し、吹雪も口こそ開かなかったが委縮してしまっているのは表情を見れば分かる。

 

「確かに常時は扱いの難しいお人かもしれないけど、戦闘だけに絞って言えばこれほど頼りになるお人もいないニャ」

 

 そんな中、サイファーから出てくる肯定的な台詞に、三人は意外そうな訝しそうな顔つきをしながらその理由を視線で問う。

 

「例えば、吹雪さんは何のために戦うニャ?」

 

 しかし、サイファーはその視線には応えず唐突に吹雪に質問をする。

 

「た、戦う理由ですか? そ、そうですね…。私は一人でも多くの笑顔を守るために戦いたいと思っています」

 

「心構えは見事ニャ。でも、その理由では恐らく近いうちに壁にぶつかるニャ。ボクもニャンターになりたての時は似た様な目標を掲げて何度も打ちのめされたから分かっちゃうニャ」

 

 しどろもどろになりながらもその理由を口にする吹雪だったが、対するサイファーは渋い顔をしながら吹雪のこれからを予見する。それを聞いた吹雪は悲し気に俯いてしまった。

 

「吹雪さんの戦う理由も決して悪くは無いと思うのですが、具体的にどのあたりが駄目なのでしょうか…?」

 

「対象を不特定多数にしているところが厳しいニャ。吹雪さんは優しいお人ではあるけど、それでも見ず知らずの人達のために命がけの戦いに赴き続けるのは限度があるニャ。それに、優しいからこそ戦わねばならない相手に情が移ってしまうという事も考えられるニャ」

 

 続く大淀の質問にも淀みなく答えていくサイファー。大淀の声色には微かに非難の色が混じっていたが、サイファーの答えには確かな説得力があったので、これ以上追及する事が出来ずに押し黙ってしまう。

 

「その点、全ては北上さんの為と理由がハッキリしている大井さんは強いニャ。その強固な意志は迷いという物を一切発生させない上に、死をも厭わない姿勢はどのような状況においても的確な動作を可能にするニャ。味方としては頼もしいけど、絶対に敵には回したくないタイプのお人ニャ」

 

「狂っているからこそ強い…か。成程、言われてみれば確かにそうかもしれん」

 

 続くサイファーの解説に提督も得心がいったとばかりに頷く。

 

「とはいっても、提督さんや大淀さん、吹雪さんの考え方の方が普通であって、大井さんが大きくずれてるだけなのは言うまでもないニャ。誰だって真面目に事を成そうとする以上壁にぶつかるのは当たり前ニャ。だから…」

 

 そう言って、未だ俯きっぱなしの吹雪に近寄るサイファー。

 

「今はそのまま進んで欲しいニャ。そして、もし何かあった時はボクに相談して欲しいニャ。これでも戦闘に関しては吹雪さんより先輩だから、少しは参考になる答えを提供できると思うニャ!」

 

 吹雪を元気づけるためか、あえて己の自信を見せるために勢いよくそう宣言するサイファー。その勢いに釣られた…かは分からないが、ややあって吹雪も、

 

「…はい」

 

 と顔を上げてサイファーに返事をした。

 

「うんうん、じゃボクは調理場で研究の続きをして来るニャ。お仕事を中断させて申し訳なかったニャ」

 

 そんな吹雪に満足したのか、サイファーは笑顔で執務室を後にする。その後姿を提督、大淀、吹雪の三人はしばらくの間見つめていたのだが、不意に吹雪は執務室の窓から外を見遣る。

 

「―――………戦う…理由……」

 

 そして、誰にも聞こえない程の小声でそう呟くのだった。



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お風呂事情その参 ※閲覧注意!

 今回、雑なジョジョパロがあったり、提督が性的嗜好に対する偏見を語ったり、鳳翔さんが黒かったりと、色々とアレなのでその点だけ注意して頂ければ幸いです。


 大井着任から二週間が経過した。その間、少し騒ぎとなった大井を含めても特に問題らしきものはたった一つを除き起こる事もなく、艦娘の人数、艤装の強化、資材の備蓄といった鎮守府の総合的な戦力も着々と強化されていった。

 

 そんなある日の夜、執務室にて提督とサイファーの二人が密談を…吹雪と大淀すらも部屋から外して行っていた。そして、その議題は先述のたった一つの問題についてなのだが―――。

 

 

 

 

 

「…一昨日は正直かなり危なかった」

 

 難しい顔でしみじみとそう語る提督。眉間に刻まれたしわの深さが、その言葉の重みを増している。

 

「ニャー…。で、でも、逆に言えば提督さんが彼女達に慕われているからこそそうなるのでは…?」

 

「提督としては認められているかもしれんが、男としては完全に舐められているぞ。俺もサイファーも、だ」

 

「………」

 

 サイファーが擁護の言葉を口にするが、即座に提督に否定される。そして、その否定の内容にサイファーは反論する事が出来ず口をつぐんでしまった。

 

 そのまま、無言の時間が過ぎていく。提督は執務机に両肘を付き、顎を組んだ両手の上に乗せ変わらぬ難しい顔で何かを考え込むかのように俯き、サイファーも悲し気に顔を伏せている。

 

 と、不意に提督が顔を上げた。視線は執務室の壁に掛かっている時計に向かっている。

 

「…フタヒトマルマル、か。まだ早いな」

 

「また時間をずらして行くニャ?」

 

「ああ。しかし、ただ時間をずらしただけでは恐らくもう効果はないだろう。初めての時こそうまく出し抜けたが、二回目は見事に対応されてしまったからな」

 

「じゃ、じゃあどうするニャ?」

 

 サイファーの問いに、しかし提督は答えずゆっくりと目をつむる。その様子に何やら不穏な物を感じたサイファーは生唾を飲み込んだ。因みに、現在調理場は間宮達に頼んである。間宮、伊良湖、扶桑、山城に加え、サイファーへの弟子入りを希望した大井と、それに釣られて北上も手伝ってくれるようになった上に、鳳翔という新たな艦娘も手伝ってくれる事となったからだ。サイファー一人しかいなかった頃に比べると、今はだいぶ余裕が出来たと言えるだろう。

 

「…最初に言っておく。俺も決して騒がしいのが嫌いな訳ではない」

 

 唐突に口を開く提督。しかし、その台詞にはそこはかとなく言い訳臭が漂っている。

 

「しかしだ! やはり憩いの一時くらいはゆっくりのんびり落ち着きたいものだ」

 

 続く提督の言葉にサイファーは首を上下に振る。のだが、言っている事には同意の筈なのに何故かサイファーの脳裏には『同意してはいけない!』というアラートが鳴り響いていた。

 

「だが! 今のままではその平穏な一時は永久に来る事は無いだろう! そしてこの状況を打破するためには、何としても彼女達の意表を突かなけらばならない!!」

 

 語っている間に心が熱くなってきたのか、言葉の途中で立ち上がる提督。声量も上がり声色にも熱が籠り始めている。

 

「その為に俺は考えた。考えに考えに考え抜いた。そして、俺は彼女達の意表を突くのに現在最も最適だと思われる行動を考えついたのだ! ……そ、そして、その行動…なの、だが―――」

 

 ここで一旦言葉を切る提督。その先を口にするのをためらっている様で、ヒートアップしていた筈の勢いも一気にクールダウンしてしまい、再び椅子に腰かけてしまった。

 

 突然震えだした口調と言い、この時点でサイファーの嫌な予感も最高潮に達していたのだが、提督が考え抜いた『行動』とやらも気になるのでここは提督が口を開くのをじっと待つ。

 

 しばしの間の後、今までずっと閉じていた瞳を開く提督。そして、意を決したように両目を限界まで見開き、片腕を振り上げながら凄まじい雄たけびを上げた。

 

「―――おれは女湯に入るぞ! サイファーーーッ!!」

 

「ニ゛ャア゛!?」

 

 

 

 

 

 問題とは、ずはり艦娘達が平気で男湯に入ってくる事だ。勿論、提督やサイファーがいようとお構いなしに…というより、その時を狙っている節すらある。

 

 特に最近については気安さの極致にあり、朝潮や由良といった比較的男性の前で裸体を晒すのに抵抗を感じている艦娘すら誘われている有様だ。

 

 対して、提督とサイファーも入浴の時間をずらしたり、清掃中の看板を立てたりといった策を弄してきたのだが、初回こそ成功はするものの必ず二回目には破られてしまう。特に時間に関しては、どれだけでたらめな時間に入っても必ず何人かの艦娘がいるという、ある意味かなり怖い状況にすらなってしまっている。

 

 しかして、艦娘達の意表を突く為に、下手をすれば法的に人間を止めなければならない方法に走ってしまった提督。そして、なし崩し的にサイファーもその道連れにされてしまうのだった…。

 

 

 

 

 

 現時刻はマルヒトマルマル。信じられない程の広さを誇る大浴場に、二つの人影があった。勿論、提督とサイファーだ。

 

「ヌハ、ヌハハハハ…! どうだサイファー? 久しぶりにゆっくりと風呂に浸かる感触は!?」

 

 上機嫌に笑いながらサイファーにそう訊ねる提督。笑い方が少しおかしいのは、男性にとっての不可侵である筈の場所に入り込んでしまったところからくる、背徳的な高揚感からだろう。

 

「お、落ち着かないニャ…。全く落ち着かないニャ…!」

 

 対するサイファーは、忙しなく周囲に視線を巡らせながら提督の質問に答える。時間が時間なので、周囲に人影は全くない…もしかしたら男湯の方には何人か入っているかもしれないが…のだが、持ち前の貞操観念が今の状況に警告を鳴らしているのだろう。

 

「落ち着かないのは俺も同じだから心配するなっ! それにしても、だ…」

 

 大声であまり自慢にならない事を言いながら、改めて周囲を見回す提督。

 

「…まったく。こんなに広い浴場なら素直にこちらを使えばいいと思うんだがなぁ…。提督業に就いてからそれなりには経つが、一昨日の事と言いやはり女性には理解不能な個所があるな」

 

「そう言えば、一昨日何があったニャ?」

 

 ブツブツと愚痴る提督に、サイファーが不思議そうに尋ねる。一昨日は就業時間の食い違いから提督とサイファーは別々に浴場に入ったのだ。

 

「…ああ、あまりにも貞操観念の無さが酷かったので、流石にここは一発言わねばなるまいと思い立ったのだが、話の流れから何故か性教育を施す事になってしまってな」

 

「手さえ出さなければ問題は無いと思うニャ」

 

「無論、俺も口頭だけで終わらすつもりだったが、あろう事か一部の駆逐艦娘達から実演をさせられかけたのだ」

 

「じ、じつ…!?」

 

 提督の口から放たれた衝撃の言葉に、サイファーは思わず絶句してしまう。

 

「それまで面白そうに見ていた他の艦娘達…あの時は川内、阿賀野、陽炎、秋雲の四人だったかな…も、流石にこれ以上は不味いと判断したのか、それとなく俺を庇ってくれた。そして、その隙に俺は一目散に浴場を後にしたって訳だ。無知な少女に手を出すなど、男の風上にも置けん行為だからな」

 

「…そ、それは…。ご愁傷さまとしか言えないニャ…」

 

 遠い瞳をしながらつらつらと語る提督に、サイファーも労いの言葉を掛ける。のだが、

 

「…正直に言えば、無知シチュ自体はドストライクなんだが、童貞がそんな状況を上手くこなせる訳がない。あんなもの上手くこなせるのは、それこそエロ本とかに出てくる、行為は初めてとか口走りながら手慣れた手際で玄人なプレイを敢行する、ファッション童貞位のもんだ。現実で童貞が女性を満足させられるとか思わない方が良いぞ。三次とニ次を混同しちゃだめだ」

 

 状況の所為かストレスの所為か、何やら暗い欲望の様な物を口から垂れ流す提督。サイファーとしてもどうして良いか分からず、ただ黙って明後日の方向を見つめていた。

 

「提督、それにサイファーさんも。女湯の具合は如何ですか?」

 

「はっ!!?」「ニャグッ!!?」

 

 不意に二人に降りかかる声。慌てて声のした方を振り向くと、ニコニコといつもと変わらない柔らかい笑みを振りまく、バスタオルを体に巻いた鳳翔の姿があった―――。

 

 

 

 

 

「提督自らが規律を乱すのは流石にどうかと思いますよ?」

 

「気をしっかり持ちなさい。一時の感情に流されては駄目」

 

 浴場のど真ん中で正座させられている提督に赤城と加賀の叱責が飛ぶ。この二人も鳳翔に誘われて浴場に来ていたそうだ。

 

「お二人とも、その辺りで勘弁してあげて下さい。提督も追い詰められた故に奇行に走ってしまった訳ですし、提督だけを責めればいいという問題でもありません」

 

 そんな中、笑顔を崩さない鳳翔が二人を宥める。そして、もともと二人もそれほどには怒ってはいなかったようで、この鳳翔の言葉にあっさりと引いてくれた。

 

 そうして、提督の目の前に移動し、しゃがんで視線を提督に合わせる鳳翔。

 

「良いですか提督、それにサイファーさんも。今更女湯に入るなとは言いません。が、もし入るのでしたら一言声を掛けて下さい。それで十分ですので」

 

 予想外の鳳翔の言葉に、提督は驚きの表情で今まで下を向けていた顔を上げ、その隣で申し訳なさそうに提督と鳳翔達を交互に見遣っていたサイファーも驚愕の視線を鳳翔に向ける。

 

「これだけ男湯を蹂躙しておいて、女湯には入るなというのは流石に不公平ですからね」

 

 そんな二人の視線に、クスクスと笑いながら返す鳳翔。鳳翔の後ろにいる赤城と加賀も頷いているのを見るに、今ノリで決めたとかではなく、以前から浴場について話し合いでもしていたのだろう。

 

「ですが、やはり艦娘の中には例え提督と言えど男性の前で肌を晒すのは恥ずかしいという者もいます。ですから、入る前に一声だけ掛けて下されば有難いという事ですね」

 

 そう言って、提督に手を差し出す鳳翔。その手を提督がとると、鳳翔は手を引っ張って提督を立たせてしまった。

 

「では、ご一緒させていただきます。たまには、ゆっくりのんびりと…ね?」

 

 湯船へと提督を促す鳳翔。あくまで提督の後ろを付いていく奥ゆかしさ、迸る大人の余裕、溢れ出る母性と様々な要素をふんだんに発揮する鳳翔に、提督とサイファーは勿論、赤城と加賀も口を挟む事が出来ず、ただ黙って先頭を歩く提督に付いて行くのみだった。

 

 

 

 

 

「困った時は仰って下さいね。いつでも匿いますから。何なら明日もかまいませんよ」

 

 久方ぶりのゆったりとした入浴に、すっかりご機嫌となった提督とサイファーが浴場から出て行く際に鳳翔が投げかけた言葉。対する二人は謝礼の言葉と共に浴場を後にした。

 

「流石ですね鳳翔さん。見事な対応です」

 

「私も見習いたいところです」

 

 鳳翔、赤城、加賀の三人だけになった浴場で、一連の鳳翔の行動を賞賛する赤城と加賀。さらに、

 

「鳳翔さん凄い! 暁も鳳翔さんの様なレディになりたいわ!」

 

「岩場の陰から見させて頂きました! やっぱり鳳翔さんは大人の女性って感じがしますね!」

 

 何処から湧いて出てきたのか、暁と吹雪の二人までもがいつの間にか加わり鳳翔を称え始めた。

 

「「二人ともいつの間に!?」」「あら…」

 

 突然現れた暁と吹雪に驚く赤城と加賀。鳳翔は驚きこそしていないが代わりに少し困った様な表情を浮かべる。

 

「例の卯月が見つけた変な穴を逆にたどってきたのよ!」

 

「わ、私は止めたんですけど、どうしてもと断り切れずに…」

 

 赤城と加賀の質問に、自信満々に答える暁と申し訳なさそうに口を開く吹雪。と、その時だ。

 

「あっ、時雨! 赤城達がいるっぽい!」

 

「…本当だ。ねえ、提督を見なかったかい?」

 

 今度は脱衣所の方から夕立と時雨が顔を出す。どうやら二人して提督を探している様だ。

 

「少し遅かったですね。提督でしたら、たった今上がった所ですよ」

 

「ううーっ! 女湯の方に入っているのは盲点だったっぽいーっ!」

 

「こっちに入っていたなんてそれは幾らなんでも…でも、仕方ない…のかな…?」

 

 赤城の答えに悔しそうに地団太を踏む夕立と、いろいろと複雑そうな時雨。しかし、ここで予想だにしない人物から予想だにしない言葉が放たれる。

 

「その事ですが、無断で女湯に入った事はしっかりと注意しましたので、次回からは男湯に戻ると思いますよ」

 

「「「「…へ?」」」」

 

 出際に提督にかけた言葉と明らかに食い違う発言をする鳳翔に、赤城、加賀、暁、吹雪の四人は思わず頓狂な声を上げながら鳳翔を見つめる。

 

「分かったっぽい! じゃあ、明日こそセイコウイとかいうのを見せてもらうっぽい!」

 

「…夕立、あんまり提督に迷惑かけないようにね」

 

 しかし、夕立と時雨は先ほどまでの鳳翔達と提督、サイファーとのやり取りを知らない。なので、色々と危ない理由で燃えている夕立を時雨が宥めながら何処かへと去ってしまった。

 

「…あ、あの、鳳翔さん。さっきと言ってる事が全然違うんじゃ…?」

 

 恐る恐ると言った感じで切り出す吹雪。対する鳳翔は、

 

「御免なさいね。でも、私も女ですから気になる殿方と一緒にいたいと思うのは、貴女達と一緒ですよ」

 

 と、申し訳なさそうに答える。

 

「で、でも! それだったら鳳翔さんも私達と一緒に入ればいいじゃない!」

 

 しかし、その答えに納得していないらしき暁が大声で反論する。だが、その反論には鳳翔は困った様な笑みを浮かべながらただ一言、

 

「…暁ちゃん。一人前のレディに…大人になるって悲しい事ですね…」

 

 と、言葉通りに悲し気な口調で諭すのみだった。




以前からちょこっとだけ黒い鳳翔さんを書いてみたかった。


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応援要請

 女湯の出来事から一週間がたったある日、執務室に着任済みの空母艦娘全員が呼び出された。

 

「…よし、全員揃ったな」

 

 室内にいる艦娘達を見回して一つ頷く提督。因みに、室内にいるのは赤城、加賀、飛竜、蒼龍、サラトガ、鳳翔、龍驤、隼鷹、飛鷹、祥鳳の十人だ。

 

「では早速本題に入るが、先日我が鎮守府を含む複数の鎮守府に応援要請が送られた」

 

「応援要請、ですか…」

 

 提督の言葉に赤城が渋い顔で口を開く。他の艦娘も、戦闘の話だと即座に理解し表情を固くする。

 

「そうだ。深海棲艦に占拠されてしまった島があるのだが、最近この島から飛び立つ深海棲艦側の航空機の被害が深刻になってきてな。事態を重く見始めた大本営が撃滅部隊を編成して強襲作戦に出たのだが、予想をはるかに上回る航空戦力の前に撤退を余儀なくされてしまったのだ。そこで、次回の部隊編成では航空母艦を重点的に組み込む機動部隊で攻撃を仕掛ける事となった」

 

「…と、いう事はここにいる全員が?」

 

「勿論、出撃してもらう」

 

 提督の説明を聞いた加賀の言葉に、提督は即座に頷いた。

 

「そやけど提督、ウチ等全員分の新型艦載機なんてまだ揃ってないんちゃうん? 烈風は勿論やけど、紫電改や零戦52型かてそんなにないで」

 

「要請によると、旧型機でもいいからとにかく艦戦を搭載しろとの事だ」

 

「旧型機をひっぱりだしてまでなんて、余程敵航空戦力は強大なんでしょうね…」

 

「数も勿論なのだが、どうやら非常に手強い航空機も混じっているらしくてな」

 

「手強い航空機…?」

 

 龍驤、鳳翔と会話した提督だが、その中に出てきた台詞に祥鳳が反応した。

 

「容姿自体は、白い体色に化け物の様な顔を模した敵艦載機の上位版なのだが、他と違い顔の真ん中に一筋の黄色い線が入っており、黄色いオーラを放っているそうだ。そしてこちらの烈風や烈風改、更に熟練の操縦者が操る艦戦を次々に撃墜していった戦力と、常に五機編成で行動している事が特徴だな。大本営はこれらの敵艦載機を最優先の討伐目標として掲げている」

 

「き、黄色いオーラを放つ敵艦載機…か」

 

「聞いてるだけでもものすごく強そうな感じですね…」

 

「まさに、相手にとって不足なし! ってやつだね! いけるいける、パーっと行こうぜっ!!」

 

「…もう! 隼鷹ったら、ちょっと酔ってるんじゃないの?」

 

 少し顔を顰める飛竜と蒼龍だったが、それと対照的に隼鷹が明るい口調でノリのいい事を口にし、その隣にいた飛鷹は少し呆れていた。

 

「という訳でこの作戦に我が鎮守府も参戦するつもりなのだが、その前に決めなければならない事がある」

 

 隼鷹と飛鷹のやり取りに少し騒がしくなった執務室だが、そこに提督が口を挟んだ。

 

「先述の理由から、作戦中の殆どの時間は大規模な空戦となり、開戦から一分もすれば状況把握すら困難な大混戦となる事が予想されている。そこで、その混乱を少しでも抑えるために、鎮守府ごとにコールサインを決めてほしいという指示が来ているのだ」

 

 提督の言葉に、しかし赤城達は首を傾げる。自分が搭載している艦載機の状態はどんな状況だろうと常に把握できているので、わざわざコールサインなど割り振らなくても問題は無いからだ。

 

「今回は複数の鎮守府からなる大規模な作戦だ。となれば、赤城が五隻、加賀が五隻といった様な艦被りが必ず発生する。その際、この連合機動部隊の旗艦を務める艦娘が少しでも指示を出しやすくするための配慮だな」

 

 しかし、続く提督の説明に艦娘達は納得がいったように頷いた。

 

「コールサインは鎮守府ごとに決めたサインと数字、又はアルファベットとなる。そして、数字とアルファベットには既に艦娘の名前が割り振られている。数字は空母で1なら赤城、2なら加賀、そしてアルファベットは軽空母でaなら鳳翔、bなら龍驤…といった具合だ。実際にどう割り振られているのかは、後で作戦資料を渡すのでそれを確認してくれ」

 

 名前を呼ばれた赤城、加賀、鳳翔、龍驤がコクリと頷く。他の艦娘達も多少な差異は有れ、真剣な表情で提督の説明に耳を傾けている。

 

「そしてサインだが、例えば鎮守府A,B,C,D,Eの5つの鎮守府があったとする。そして、それぞれがブレイズ、エッジ、チョッパー、アーチャー、ソーズマンというサインを提出したとする。こうすると空母ならば、ブレイズ1で鎮守府Aの赤城、エッジ2で鎮守府Bの加賀、チョッパー3で鎮守府Cの飛竜といった具合だ。同じく軽空母なら、アーチャーaで鎮守府Dの鳳翔、ソーズマンbで鎮守府Eの龍驤と言った感じだな」

 

「…私達は自分のサインと数字を覚えればいいだけですけど、それらの全てを覚えなければならない今作戦の艦隊旗艦の艦娘は凄く大変そうですね」

 

「因みに、今作戦の旗艦は秋津洲だ。二式大艇を現行航空機では上がれない程の高高度に位置させて、上空から戦闘を観察、適宜各艦隊の艦娘に指示を出すという方策を取るそうだ」

 

「…二式大艇を高高度に? どうやって?」

 

「分からん。その辺りの技術的な面はさっぱりだが、例の記憶装置も謎の技術だったから何かあてはあるのだろう。というか、あてがあるからこそ今作戦を立案している筈なんだがな」

 

 沈痛な面持ちでそう語る提督に、話題を振った赤城と加賀も困惑気にお互いに視線を向け合う。提督の言う通り、何かしらの案があるからこその作戦立案なのだろうが、提督の話しぶりから恐らく実物は確認出来ていない。そして、実物を確認できない以上不安になるのは仕方のない事だ。

 

 そうして、暫くの間執務室内に無言の時間が漂ったのだが、

 

「…まあ、分からない事をいつまでも考えていてもしょうがありません。それより、まずはこの鎮守府で使うコールサインを考えた方が良いんじゃないですか?」

 

 不意に飛竜が明るい声で室内にいる全員を見回しながらそう言った。

 

「…そうね。確かに飛龍の言う通りだわ」

 

「でしょ? さっすが蒼龍、話が分かる! という訳で早速なんだけど、私はコールサインに『タモンマル』を推すわ! 厳しくて強そうな名前でしょ!?」

 

「待て、そのサインは他の鎮守府の飛竜も思いつきそうなものだ。混乱を極力抑えるために使うサインを、他の鎮守府と被る可能性が高いと分かるものにする訳にはいかん」

 

「う…、た、確かにそうね…」

 

 意気揚々とサイン案を口にする飛竜だったが、提督の却下であえなく撃沈する事となる。とはいえ、この一連の流れで執務室内が俄かに活気づく。

 

「…という事は、各艦娘に関連する言葉は総じて被る可能性が高いから使わない方が無難という事ね。とすると…うーん、パッとは中々思いつかないなぁ…」

 

「機動部隊なんだから普通に『キドウ』でいいんじゃないかしら? そんなに凝らなくても―――」

 

「でも、それはそれで安直すぎる気もします」

 

「ならば『ヤマトダマシイ』でどうですか? これならこの鎮守府の気合の内も伝わると思います」

 

「できればサインは3~5文字までにして欲しいと言われている。名前が長ければ長くなるほど、コールするのに時間がかかり、その分指揮を伝えるのが遅くなるからな」

 

「めんどくせえな~! だったら酒のネタで良いんじゃね? そのまんまだとこれも被りそうだから、ちょっともじって『ルコアール』とか『ボルドー』とか」

 

「な、何故かしら…。そこはかとなくダメダメ臭が漂うサインねそれ…」

 

 しかし、活気が戻ったのは良いのだがやはりなかなかこれだ! というサインが決まらない。そうして、皆でうんうん唸っていると、不意に執務室の扉がノックされた。

 

「入りたまえ」

 

「失礼するニャ。もう昼食の時間を大分過ぎてるから呼びに来たニャ~。何だか難しそうなお話をしていたみたいだけど、お腹がすいたら纏まる話もまとまらなくなると思うから、ここいらで一服入れるのはどうかニャ?」

 

 提督の許可を得てサイファーが室内に顔をのぞかせた。そして室内の全員に食事を促す。

 

「サイファーに賛成です。早く行きましょう」「空腹は戦闘の大敵ですからね。急ぎましょう」

 

 直後、赤城と加賀がサイファーに賛同して室内を後にしようとする。二人とも表情や声色こそ平静を装っているが、サイファーの料理に釣られているのは雰囲気から明らかだ。

 

 しかし、二人が部屋を出ようとするその直前だった。

 

「…Mobius(メビウス)、というのはどうかしら?」

 

 これまで一切の言葉を発しなかったサラトガからのサイン案。突然の事に、サイファーを含む全員の視線がサラトガの方へと向かう

 

「この言葉自体にいろいろ意味はありますが、今回はInfinite power(無限の力)という意味で使っています」

 

「…無限の力か。これはまた大きく出たな。意味を聞かれたら、まだまだ新設鎮守部の分際で何を偉そうにと詰られそうだ」

 

「いいではありませんか。call sign(コールサイン)くらい大胆に出ましょう!」

 

 サラトガの意見を聞いた提督が腕を組んで苦笑を浮かべるが、サラトガは自信満々の表情で笑みを浮かべる。その姿には、確かな歴戦の艦娘としての自負に満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

 場所は変わって大食堂。といっても、他の艦娘達は既に食事を終わらせていたので、今いるのは執務室で会議をしていた空母勢と提督、そしてサイファー、間宮、伊良湖だ。

 

「…腕によりをかけて料理を作るから、その大規模作戦、頑張って欲しいニャ!」

 

 空母勢にした説明をサイファーたち三人にもする提督。すると、サイファーが張り切ってこう切り返し、その近くで炊事をしていた間宮と伊良湖も笑みを浮かべながら頷く。ところが、

 

「―――どうせなら、サイファーも一緒に行ってみるか? サイファーなら足手纏いになる事もないだろうし」

 

 不意の提督の言葉に全員が驚きの表情を見せる。特に間宮と伊良湖その後に困惑気に首を揺らし始めた。

 

「だ、駄目ですよ提督。サイファーさんは料理を完成させないと…」

 

「そうですよ提督。元帥殿が来訪される日まで既に二週間を切っているんですから…」

 

 そう言って、提督の提案を却下しようとする二人。二人の言う通り例の元帥の来訪の日時が、刻一刻と迫ってきていたのだ。当然、それまでにサイファー達は料理を完成させなければならない。

 

「実は…だな。先ほど言っていた連合機動艦隊の旗艦を務める秋津洲の所属している鎮守府が、元帥殿が治めている鎮守府なのだ。そして、出撃前の集合場所もこの鎮守府となっている。つまり、赤城達について行けば、一足先に元帥殿と会う事が出来る可能性があるという訳だな」

 

「ちょ、マジかよ提督!?」「も、もう! そういう事は先に言って下さいよっ!」

 

 対して、提督はサイファーに出撃を促した理由を語るのだが、その理由を聞いた瞬間隼鷹が驚愕の表情を、飛鷹が非難めいた言葉を提督に向けた。他の艦娘達も驚いたり困惑したりしている。

 

「…成程ニャ。なら、料理のお披露目前にその御方を一目見ておくのもいいかもしれないニャ」

 

 しかし、この辺は流石サイファー。一瞬だけ目を見開いたものの、即座に冷静に状況を把握する。

 

「うむ…。ただこれは赤城達にも言える事なんだが、もし会う事があれば一つだけ注意して欲しい事がある。元帥殿は己の容姿をとても気にされているのだ。だから―――」

 

 ここで一旦言葉を切る提督。表情を見るに、どう伝えればいいかに迷い台詞を言いあぐねている様だ。

 

 赤城達としても、提督の言わんとしている内容に一気に興味をそそられている。彼女達もやはり女性なので、容姿を気にするというその気持ちに何か共感する物を感じたのだろう。

 

 数分の間をおいて、おもむろに提督が口を開いた。

 

「―――元帥殿の前で”可愛い”…もしくはそれを思わせる物言いは出来るだけ避けてくれ、いいな?」



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番外短編 秋津洲の憂鬱 ※秋津洲一人称

「―――という訳で、旗艦お願いね秋津洲ちゃん♪」

 

「ちょ、ちょっと待って欲しいかもっ!!?」

 

 突然執務室に呼び出された私は、これまた突然言いつけられた連合機動部隊の旗艦というあまりにも責任の重すぎる地位に竦み上がってしまう。

 

「な、なんで私が旗艦なんですか!? 旗艦適任者は他にもいっぱい―――」

 

「でも、さっき言った高高度からの戦況観察には秋津洲ちゃんの二式大艇が一番適任なのよ。長時間の航行が可能な事と言い、艇内に戦況観察用の器具が置ける広さがある事と言い、ね」

 

「だ、だからって、別に私が旗艦をやらなくても―――」

 

「情報を受信、解析する所とそれを基に指示を下す所を別々にすると、いちいち解析した情報を伝達しなければならなくなり、その分戦況に対応する時間が遅れてしまいます。それに、情報伝達時に情報の齟齬が発生する事も考えられるしね」

 

「…っ! で、でも、私の大艇ちゃんはそんな高高度を飛べないかも…!」

 

 次々に逃げ道を封鎖されていく私だったけど、それでも諦めずに最後の賭けに出る。そう、確かに私の二式大艇ちゃんは長距離航行も可能で機内も広いけど、そんな高度には上がれないのだ。

 

 でも、私の反論を聞いた提督は途端に何やら不気味な笑みを浮かべ始めた。―――こ、怖い! すんごく怖いかもっ!!

 

「ふふふっ、大丈夫よ秋津洲ちゃん。現在貴女の二式大艇は超改装中よ。当日にはスーパーグレードアップした超二式大艇がお披露目されるから、楽しみにしていてね!」

 

「いやいやっ!! 私の二式大艇ちゃんに何してるかもっ!? 冗談は容姿だけにして欲しいかもっ!!!」

 

 …って、し、しまった! あんまりにあんまりな状況に、つい提督の容姿の事を言っちゃった!

 

「―――何か…言いましたか?」

 

 ニコニコと笑みは崩さず、でも物凄い威圧感を発しながら私にそう訊ねる提督。…う、ううう、だ、駄目だ! 先ほどをはるかに上回る恐怖に、反論する事が出来ない!

 

 わ、私、どうなっちゃうかも…? 大艇ちゃんも、助けてあげられなくてゴメンね…。

 

「…重い責任に緊張するのは分かります」

 

 不意に、威圧感を霧散させて優しい口調で私に話しかけてくる提督。

 

「ですが、この仕事を任せられるのは秋津洲ちゃん、貴女しかいないんです。ですから、どうか引き受けてはくれませんか…?」

 

 そう言って、私の手を取り私の瞳を覗き込みながら懇願してくる提督、でも…!

 

「調子のいい事言って、体よくその気にさせようとしても、そうはいかないかもっ…!」

 

「…あら、ばれちゃった?」

 

 私の恨めしそうな口調に、提督は舌を出していたずらっ子みたいな表情を作る。こういう時に、普段の行動が尾を引いて来るんだよ提督!

 

「クスクス…。でも、期待しているのは本当だよ秋津洲ちゃん。だから…ね?」

 

「…う、ううう~…」

 

 そんな可愛い顔でお願いされたら断るに断れないかも~…。



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