セラフィムの学園 (とんこつラーメン)
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序章 ~死にゆく運命の過ごし方~

一応…リメイクです。

原型…微塵も無いけど。


『一寸先は闇』

 

この言葉を考えた人間は天才だと思う。

 

一時間後…いや、一分後、もとい、一秒後には何があるか分からない。

だから気を付けていきましょう。

 

今、『この状況』になって初めて、その言葉を意味を噛み締めた。

 

何故なら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の腹から血が溢れて止まらないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の俺はいつものように過ごしていた。

 

いつものように朝起きて、いつものように朝食を食べて、いつものように家を出た。

いつものようにバイトに行き、いつものように主任に怒られて、いつものようにバイトを終えた。

いつものようにバイト帰りにコンビニに寄って…寄って……

 

そこからおかしかった。

 

暗くなりかけている道を一人歩く。

 

別に人通りが少ない道を歩いている訳じゃない。

今日に限って人がいないだけだ…多分。

 

それなのに、背後からひしひしと気配が感じられた。

 

いや…気配と言うよりは視線と言った方が正しいか。

 

何とも言えない、まるで舐め回すかのような視線を感じるのだ。

 

そう言えば、少し前からずっと外出する度にこんな視線を感じていたっけ。

別に俺はなんとも思っていなかったから、敢えて無視していたけど。

 

今日もそんな感じで無視をする。

一々気にしていたらキリがない。

 

コンビニで買ったおにぎりを食べながら歩くと、急に喉が渇いてしまった。

今、俺の手元には飲み物が無い。

さっきコンビニにいた時は別に喉の渇きなんて無かった為、ドリンクの類を購入しなかったのだ。

 

「はぁ……」

 

思わずため息が出る。

こんな事なら、小さめのペットボトルに入ったお茶でも買っておけばよかった。

 

そんな小さな後悔を噛み締めながら歩いていると、ふと、陰で暗くなっている横道に丁度よく自販機があった。

 

勿論、俺はそこに向かって歩いていき、自販機でペットボトルのお茶を買う。

少し大きい気もするが、少ないよりはマシだ。

 

早速蓋を開けて飲もうとすると……

 

「ふ……ふふふ……。じ…自分からこんな場所に入るなんて……さ…誘っているのかい?」

 

いきなり、変態染みた声が後ろから響く。

反射的に声のした方を見るが、影になっていて良くは見えない。

分かるのは、相手が男で、見た感じ俺よりも年上、そして、太っている事。

男のボテ腹とか誰得だよ。

 

「い…今までずっと我慢してきたけど……もう限界だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

突然叫び出したと思ったら、その変態野郎に押し倒された。

押し倒された時に頭を強打して、凄く痛かった。

 

「痛っ……」

「はぁ~…はぁ~…!」

 

涎垂らしながらこっち見んな。

 

「こ……怖くないのかい?」

「さぁ?」

 

俺は昔からこうだ。

ゴキブリや百足が部屋に出た時は馬鹿みたいに驚く癖に、こんな風に本当のピンチや普通なら感情が爆発するような状況では表情筋がピクリとも動かない。

事実、俺は死んだ母親の葬式でも涙一つ流さなかった。

悲しみと言う感情も感じず、ただ普通に『ああ…死んだのか』ぐらいしか思わなかった。

 

「そ……そんな強がっている顔も可愛いよぉぉぉ…!」

 

別に強がっている訳じゃないんだけど。

 

俺の事を可愛いとか…。

 

確かに俺はよく男なのに女に間違われることがある。

俗世間的に言えば『男の娘』ってヤツらしい。

バイトの先輩が言っていた。

 

顔立ちはまさに女そのものらしく、面倒くさがって髪を切らずに伸ばしたのも女らしさに拍車をかけたんだろう。

だが、どんなに女っぽくても俺は男だ。

少なくとも男色の趣味は無い。

同じように襲われるなら、そんなデブ野郎じゃなくて美少女、もしくは美女が良かった。

こんな俺にだってまともな性欲ぐらいはある。

 

「そ……そう言えば……今日……僕が知らない男とは……話してたよね……?」

 

それって先輩の事か?

普通に雑談してただけなんだけど?

 

「駄目じゃないかぁぁぁ……。僕以外の男に近づいちゃ……」

「俺が誰と話そうが、俺の勝手だろ」

「そんな事を言っちゃうのかぁぁぁ……。じゃあ……」

 

男はポケットから包丁を取り出して、俺に向けた。

うん、なんとなくこの後の事が予想出来ます。

本音を言えば逃げたいけど、この野郎が滅茶苦茶重たいから逃げられない。

って言うか、さっきからずっと我慢してるけど、結構苦しいのよ?

 

「お仕置きしなくちゃねぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

極太の腕が振り下ろされて、その手に握られた包丁が俺の腹部に突き刺さる。

 

「ぐはっ……!?」

 

うわ~…刺された時って本当に『ぐはっ!?』って言っちゃうのか~。

 

「い……痛てぇ……!」

 

腹を刺されて『痛い』で済んでる俺って……。

 

「あ……ははは……ははははははははは!! 痛そうに顔を歪める君も可愛いよぉぉぉ!!!」

「うっさい……!」

 

つーか、こんだけこの馬鹿が叫んでるのに、なんで誰も気が付かないんだよ…!

 

「助けを期待しても無駄だよ。この時間帯のこの通りは殆ど人が通らないからね」

 

そうだったの?

初めて知ったんだけど。

 

くそ……なんとなくで普段通らない道を歩くんじゃなかった…。

 

「でゅふふ……さぁ……一つになろうか……」

「なに……を……」

「君も分かってるんじゃない?」

 

想像はしたくないけどな。

一応言っておくけど、俺はまだ童貞だぞ。

なのに、なんで童貞なのに処女を先に失わなきゃいけないんだよ…。

 

こっちが痛みで上手く動けないことをいい事に、こいつは調子に乗って俺のズボンを脱がしやがった。

勿論、下着も脱がされた。

 

「そ……そうだ。一度でいいからやってみたいことがあるんだった……」

 

なんだよ……!こちとら早く病院に行って腹の刺し傷をなんとかしたいんだよ…!

 

「今までも色んな子を犯してきたけど……」

 

けど? なんだよ?

 

「いっぺんでいいから……切り刻みながら犯ってみたかったんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

包丁が再び振り下ろされる。

 

「ぐぁ……!」

「あはははははははははははは!!!!」

「や……め……」

「ははははははははははははは!!!!」

 

体に何回も激しい痛みが走り、同時に何かが入るような異物感があった。

 

途端に意識が朦朧となって、痛みを遠く感じた。

 

このままでは絶対に死ぬ……そう思った瞬間、急に自分の最後を冷静に考えた。

 

(よりにもよって……デブで……不細工で……変態で……ホモで……サイコパスな最低野郎に薄暗い横道で強姦されて…これが俺の終わりかよ……)

 

その間も幾度となく衝撃が走るが、それもどこか他人事のように感じていた。

 

急に瞼が重くなって、眠気が襲ってきた。

 

ああ……これが『死ぬ』ってことか……。

 

出来れば、もうちょっとマシな死に方が良かったなぁ……。

 

例えば……。

 

最後にそんな事を考えながら俺の意識が無くなり、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

次に目が覚めた時、俺の視界には見た事の無い天井が見えた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「せ……先生!! め……目を覚ましましたぁぁぁぁぁ!!!」

 

大声を上げながら看護婦と思わしき女性が走って行ってしまった。

 

(……なんなの?)

 

改めて天井を見る。

 

白くて綺麗で……清潔感に溢れている。

 

次に自分がいる場所を見てみる。

 

室内も清潔っぽくなっていて、視界には木製の小さな引き出しが見えた。

 

っていうか……。

 

(体が思うように動けない…?)

 

もしかして、俺が意識を失った後、あの変態野郎の事を偶然に通りがかった誰かがなんとかしてくれて、その後で俺を病院に運んでくれたのか?

 

もしもそうなら、その人にお礼を言いたい。言いたいけど……

 

(まずは身体が動かないとな……)

 

そう思って試しに手を動かしてみる。

 

すると、俺の目に映ったその手は……。

 

「……え?」

 

包帯だらけで分かりにくかったが、なんだか小さく感じた。

 

(どう言う事だ?視界がぶれて小さく見えるのか?)

 

目の事を考えて、自分の視界が狭く感じるのが分かった。

分かりやすく言うと、片目が塞がっている感じ。

 

今、分かっていることと言えば、自分がベットに寝ている事。

そして、俺の体に包帯が巻かれている事。

まぁ…どう考えてもあんな目に遭えば重症なのは間違いないから、これには大して驚いてはいないんだけど。

で、自分が病院のような場所にいる事。

 

現状出来る状況把握を済ませてから、俺はさっきの看護婦が戻ってくるのを待った。

 

彼女が戻って来たのは、それから10分ぐらい経ってからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




果たしてこれを本当にリメイクと言っていいのか…。

IS要素が全く無いし…。


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セラフィムの迷宮
第1話 見知らぬ場所


ここでようやく原作キャラが登場。

と言っても、ラストの方にだけですけど。


 さっき慌てた様子で部屋を出て行った看護婦が白衣を着た男性、多分は医者の先生だろう……を連れて戻ってきた。

 

二人共凄く驚いた感じで、俺の事を見た途端に、まるで信じられないものを見るような目で見やがった。

ちょっと失礼じゃない?

 

「し……信じられん……! 2週間近くも意識不明になっていて…意識が回復するのは絶望的だったと言うのに……」

 

2週間も気を失っていたんかい。

まぁ……文字通りメッタ刺しにされたからな。

生きてるだけ儲けものだと思った方が建設的か。

 

「相田君! もうこの子のご家族には連絡したのか!?」

「は…はい! さっき秋月さんが連絡してました!」

 

家族?

俺の両親はとっくに死んでるし、兄弟は一人もいなかった筈だけど?

あ、もしかして親戚とかかな?

でも、ここ最近は碌に連絡とかしてない……。

 

「あ……あの……」

「な……なにかね?」

 

あれ? 俺の声ってこんなにも高かったっけ?

しかも、心なしか幼女みたいな感じがしたような……。

 

「鏡はありますか?」

「か……鏡?」

「はい」

 

取り敢えず、今の自分の状態を知りたい。

小さく見えた手とか、何処に包帯が巻かれているとか気になるし。

 

「あるかね?」

「えっと……あった!」

 

ダメ元で言ってみたら本当にあったよ…。

看護婦さんがナース服のポケットから手鏡を出してくれたが、なんでそんな物を持ってるの?

少なくとも、看護には必要ないだろう。

 

「も……持てる?」

「大丈夫です」

 

包帯が巻かれているせいか、少し起き上がりにくかったが、なんとかして起き上がった。

 

「うんしょ……っと」

「なっ……!?」

 

え? なんでそんなに先生は目を見開いてるの?

 

「い……痛くは無いのかい?」

「何がですか?」

「体がだよ」

「全然」

 

そういや、素人目に見ても絶対に重症な怪我を負ったにも拘らず全く痛みを感じない(・・・・・・・・・)

現代の医療はここまで進化したのか。凄いもんだ。

 

「あの……鏡」

「あ! ……はい」

 

少し持ちにくかったが、両手で保持してなんとか持つことが出来た。

って……やっぱり手が小さくなってるし。

 

そっと鏡で自分の顔を見てみる。

するとそこには……。

 

「……は?」

 

とても可愛らしい幼い女の子の顔が映っていた。

包帯が巻かれていて、顔の半分以上が隠れているが、それでも顔つきで性別が女で年の 頃が4~5歳ぐらいだと分かる。

黒くて長い髪が包帯の隙間から流れるように出ている。

 

まさか、何かのジョークアイテムか?

 

流石にありのままを受け入れることが出来なかった俺は、試しに口や目を動かしてみる。

そうしたら、鏡に映った女の子も鏡越しに動いた。

 

「マジか……」

 

どうやら、本当に鏡に写った少女……いや、幼女か。

彼女は今の俺の姿そのもののようだ。

 

一体何がどうしてこうなったのか。

最低な形で死んだと思ったら、いきなり美幼女になってました。

なにこれ? 黒の組織に妖しい薬でも飲まされたか?

 

「どうしたんだい?」

「いえ……なんでもないです。あ、鏡、ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

拙い動きで鏡を返す。

腕がプルプルしてしまったが、落とさずに返すことが出来た。

 

「あの……ここは?」

「ここは見ての通りの病院だよ」

 

まぁ、それは流石に分かる。

 

「あ……あの……あのストーカーはどうなりましたか?」

「ストーカー?」

「はい。俺にいきなり襲い掛かって来て、そしてこの腹を包丁で刺しまくって……」

「……どうやら、まだ記憶が混濁しているようだ」

 

記憶が混濁?

 

「覚えていないかもしれないが、君は車に轢かれたんだ。お友達や弟さんを庇ってね」

「はい?」

 

車に轢かれただって?

しかも…友達はともかく、弟を庇って?

 

「い…いや、俺には弟なんて……」

「まずは落ち着くといい。君はまだ目が覚めたばかりなんだからね」

 

全然話が通じていない。

俺が大怪我したのは分かったが、その経緯が殆ど不明だ。

いきなり『君は車に轢かれました~』とか言われても、そう簡単に納得は出来ないだろう。

なぜなら、その記憶が無いのだから。

これじゃあ、まるで二次創作物によくある転生ってやつみたいじゃ……。

 

(……転生?)

 

 いやいやいや。

 そんな非科学的な事が起こる訳が無い。

 それだったら、何か特殊な薬で幼女にされた挙句、記憶を弄られたとかって言われた方がまだマシだ。

 

「……ん?」

 

 今の状況を色々と考察していると、ふと視界の端に花瓶が見えた。

 花瓶にはちゃんといくつかの花が活けられている。

 こういった病室にはある意味お約束な光景だ。

 

「花瓶……」

「ああ。これ? 私達がここに置いたの。貴女が目を覚ました時に少しでも和むといいな~って思って」

「はぁ……」

 

 それに関しては素直に嬉しいが、なんで今まで気が付かなかった?

 花瓶は引き出しの上に置かれていて、こんな至近距離にあれば花の香りとかで気が付きそうなものだが……。

 

「これ……造花ですか?」

「ううん。ちゃんとした生花よ。なんで?」

「いやだって……全然香りがしなかったから(・・・・・・・・・・・・)…」

「「え?」」

 

 俺だっておかしいとは思うよ?

 けど、実際に匂わない。

 

「…………」

 

 なんか先生が急に真剣な顔になった。

 あれ? なんかマズイ事を言った?

 

「あらら……」

「え? え?」

 

 看護婦さんが傍にあったティッシュ箱からティッシュを一枚出して、俺の鼻を拭った。

 

「先生……」

「うむ。まだ鼻血が出るとはな。これは時間が掛かりそうだ」

 

 鼻血が出たのか?

 本気で分からなかった…。

 

「あ~……口にまで入っちゃって…」

「マジですか」

 

 血が口に入るとか嫌だな~。

 だって、血って不味いじゃん。

 

「ん?」

「またどうかしたの?」

「その……血が口に入ったんですよね?」

「そうよ」

「えっと……血の味がしなかったんですけど(・・・・・・・・・・・・・・)…」

「「……っ!?」」

 

 今度は二人揃って険しい顔に。

 知らず知らずのうちに地雷踏みまくってる?

 

「ど……どうしたんですか?」

「いや……大丈夫だよ。ちょっと検査しておこうか」

「はい……」

 

 怪我人が目を覚ましたんだから検査するのは当然だけど、先生がする検査はちょっと違った。

 

 包帯から少しはみ出ている肌を軽く抓って『痛くないかい?』とか聞いてきたり、花瓶に入っている花を一輪取ってから、俺に鼻に軽く近づけて『匂いはする?』とか言ってきたり、看護婦さんが何故か持っていた医療用の喉飴を俺に舐めさせて『味はする?』って尋ねてきたり。

 

 ま、ここまで来たら凡人の俺にもなんとなく分かってきたけどね。

 

 多分……今の俺は五感の内の三つ……『味覚』と『触覚』と『嗅覚』が失われた状態なんだと思う。

 だから、全身を大怪我していても全然『痛くないし』、花が近くにあっても全く『香りを感じない』、血が口に中に入っても『味を認識出来ない』。

 

 ……どう考えたって、これって怪我の後遺症だよな…。

 

 色々と考えているうちに検査は終わり、再びベットに寝てから先生達は病室を後にした。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 病室の扉が静かに閉められる。

 その途端に主治医は大きな溜息を吐いた。

 

「あれだけ重傷だったんだ。ある程度の後遺症は覚悟していたが……」

「まさか……味覚と触覚と嗅覚が無くなるなんて……」

 

 彼女が病院に運ばれて来た時、全身が血に染まっていて、誰もが最悪の状態を覚悟した。

 普通なら確実に致命傷、それが幼い少女ならば猶更だ。

 だが、医師として目の前で失われつつある命を無視できない。

 彼女の姉と弟が必死に懇願してきたのも後押しになった。

 

『お願いします!!! あいつを……私の妹を助けてください!!!』

 

 涙と鼻水を流しながら必死に頼む彼女を姿を見て動かなかったら、それはもう人間ではない。

 

 その姿を見て、病院内にいた医師達は想いを一つにして幼い命を救う為に手術を行った。

 

 手術は20時間以上にも及ぶ大手術で、なんとかして命を繋ぐ事には成功した。

 だが、彼女は目を覚まさなかった。

 まるで眠っているかのような穏やかな顔でベットに横になり続けていた。

 

 彼女の姉とその友は毎日病室に訪れて見舞った。

 

 その姿がとても悲痛で、見ている方が辛い程だった。

 

 手術が終了して約2週間。

 誰もがこのまま植物状態が続くと思った……その時だった。

 

 ある日突然、彼女が奇跡的に目を覚ました。

 

 驚愕と共に歓喜に振るえた医師は、急いで彼女の元に向かった。

 だが、そこで待ち受けていたのは……意識の回復と引き換えに五感の内の三感を失った彼女だった。

 

「どう説明しろと言うんだ……」

「やっぱり…そのまま言うしかない…ですよね…」

 

 彼は再び溜息を吐く。

 

「しかも、彼女の様子は……」

「ああ……。どうもおかしかった」

 

 記憶が混濁していると言ったが、それにしてはハッキリとした話し方だった。

 しかも、家族の事を覚えていないような言葉…。

 

「記憶喪失……か」

 

 神は一体どれだけの物を彼女から奪えば気が済むのか。

 幼い少女には余りにも過酷な現実だった。

 

「けど、一番の問題は……」

「今になって判明した、あの子が元々持っている症例……だな」

「それが一番深刻ですよね……」

 

 今度は二人揃って溜息を吐いた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 病室に一人になってから、俺は改めて冷静に考えてみた。

 

 まず、死んだと思ったらいきなり病院にいて、しかも姿が幼女になっていて、更には全く知らない家族の話。

 

 ………もうこれ、転生で確定じゃないか?

 

 非常に信じられないが、そうでなければ説明がつかない。

 

 俺の姿が変わったり、突然病院にいたりするだけなら科学的な説明は出来る……と信じたい。

 

 でも、そこに見知らぬ家族の話が出てくればどうだろう?

 

 少なくとも、サブカルチャーに詳しい人間ならば、速攻でこの結論に辿り着くだろう。

 俺もこのクチだが、だからと言って簡単に納得は出来ない。

 だから、これはあくまで仮の結論だ。

 

「しっかし……」

 

 目の前に手をやって動かしてみる。

 包帯だらけで凄く痛々しいが、全く痛くない。

 

「痛覚が無いってこんな感覚なんだ……」

 

 なんとも不思議な感じだ。

 

 これに加えて、味覚と嗅覚も無くなっている。

 

 視覚と聴覚が失われなくて良かったと思うべきか。

 それとも、三つも感覚を失って嘆くべきか。

 それが問題だ。

 

 しかし、それ以上に不思議に思っていることがある。

 それは……。

 

「なんにも……感じない(・・・・)んだよな……」

 

 これだけの事が一度に起きていると言うのに、俺はさっきからずっと落ち着いている。

 いや、落ち着いていると言うよりは……

 

「何の感情も……湧き起らない」

 

 そう、この状況に対する『喜び』も『怒り』も『哀しみ』も『楽しみ』も感じない。

 

 まるで、『感情』というものが欠如したかのように。

 

「ま、これは精神的な問題だろうけど」

 

 多分は一時的な症状だろう。

 何時かは元に戻るさ。

 

 これがアニメや漫画、ラノベとかだったら何か強い出来事とかで感情が蘇ったりするけど。

 俺の場合はどうなるのかな?

 

 そんな事を考えていると、病室の扉が『バンッ!』という音と共に勢いよく開かれた。

 

 大して驚かずに入口の方を見ると、そこには紺色のセーラー服を着た二人組がいた。

 片方は黒髪で、もう片方は紫の髪。

 

(なんだ? この二人は…)

 

 二人共必死の形相で、息を切らせている。

 何処から走ってきたのかは知らないが、全力疾走してきたのは明確だ。

 

「ち…ち…ち…ち…」

 

 こっちを見た途端、その瞳に涙が溜まっていく。

 そして……。

 

「千夏ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

「なっちゃん~~~~~~~~~~~~~~!!!!!」

 

 いきなり飛び込んできた。

 

「やっと……やっと気が付いたんだな!!! 千夏~~~~!!!」

「本当に……本当によがっだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 流石に俺の体に抱き着こうとはしなかったが、それでも今にもそれに近い行動をしようとしている。

 

 この反応からして、この二人組こそが先生の言っていた『家族』だと推測出来るが、今の俺の『姉』になるんだろうか?

 見た感じ、俺が庇ったとされる『弟』はいないようだ。

 

「あ……あの……」

「なんだ!? 喉でも乾いたか!?」

「よし! この束さんがすぐに買ってきて…」

「いや、そうじゃなくて」

 

 取り敢えずは落ち着いて欲しい。

 

「非常に言いにくいのですが………お二人は誰ですか?」

「「…………え?」」

 

 うん、なんとなく、そんな反応はするだろうなって思ってました。

 

「は……ははは……。起きて早々にそんな冗談を言うなんて、千夏はお茶目だなぁ~」

「なっちゃんってば、もしかして寝ぼけてるのかな~?」

「別に冗談じゃないし、寝ぼけてもいません」

「「…………」」

 

 あぁ~…遂に固まってしまった。

 好奇心に負けて思わず聞いてしまったが、不味かったか?

 

「何を言っている!! 私だ!! お前の姉である織斑千冬だ!!」

「なっちゃんのお友達の箒ちゃんのお姉ちゃんの篠ノ之束だよ!! 忘れちゃったの!?」

 

 痛々しい叫びが室内に響き渡るが、それでも何にも感じない。

 精々『五月蠅いなぁ~』ぐらいしか思わない。

 

 その後も二人は俺に叫び続けて、それは騒ぎに気が付いて駆けつけた看護婦さんが来るまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やっと千冬と束が登場。

でも、まだまだISのアの字も登場していない…。


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第2話 失ったもの

なんか、原作突入まで想像以上に時間が掛かりそうです…。

これ…大丈夫かな?






 いきなり病室へと入ってきた千冬と束。

 ベットの上で横たわっている痛々しい姿をした自分の妹の意味不明な反応を見て、思わず声を荒げてしまう。

 

 それを聞いた看護婦によって落ち着くように言われたが、それでも落ち着く様子は無く、後からやって来た束の両親によってようやく落ち着いた。

 

 その後、他の看護婦が呼んだ医師によって、千冬達四人は診察室に案内された。

 その様子を件の主はポカンとした様子で見ていた。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 診察室には医師と束の両親である篠ノ之夫妻が座っていて、その後ろにて千冬と束が立っている。

 

「あの……先生。千夏はどうなんですか?」

「……………」

「ちょっと…黙ってないで何か言いなよ」

「束、少し静かにしなさい」

「ぶ~……」

 

 束の父が彼女を大人しくさせるが、束は未だに不満たらたらだった。

 

「……回りくどい事はよしましょうか…」

「どう言う事ですか?それは…」

 

 医師は膝の上で拳を握りしめて、苦痛の表情をしている。

 一回目を瞑り、意を決したかのように話し出した。

 

「結論から申し上げます。確かに織斑千夏さんは目覚めはしましたが…あの子には事故による後遺症が残っています」

「後遺症……!」

 

 それを聞いた途端、千冬は眩暈を覚えた。

 咄嗟に束によって支えられたが、それでも千冬の目は焦点があっていなかった。

 

「……その後遺症とは一体何なのですか?」

「……非常に言いにくいのですが……」

 

一瞬だけ迷ったが、医師は再び口を開いた。

 

「事故で神経を大きく傷つけてしまった千夏さんは………味覚と嗅覚と触覚を失っています」

「「「「……っ!?」」」」

 

 驚愕の事実に、医師以外の全員が目を見開く。

 

「嘘……ですよね……?」

「ちーちゃん?」

 

 幽鬼のようにゆらりと立ち上がった千冬は、涙を溜めながら医師に話しかける。

 

「嘘だと言ってくれ!! 千夏が……千夏が……!」

 

 遂には、その場に座り込んで泣き出す千冬。

 その様子は誰が見ても悲痛で痛々しかった。

 

 束も一緒に座り込んでいたが、彼女にも気になっていた事があった為、自分の気持ちを我慢して聞く事にした。

 

「ねぇ……お医者さん」

「……なんでしょうか」

「さっき私達が病室に入った時、なっちゃんの様子がおかしかった。あれはどう言う事?」

「……気が付いていたんですか…」

「あんな反応されれば、嫌でも気が付くよ」

 

 束も本当は泣き出したいほどにショックなのだ。

 だが、ここで自分も泣き崩れてしまえば、誰が千冬を支えるというのだ。

 それを分かっているから、彼女は全力で涙をこらえている。

 

「……私は専門家ではない為、確信めいた事は言えませんが……」

「それでもいいよ」

「はい……。恐らくあの子は……記憶喪失になっていると思われます」

「き……おくそうしつ……!」

 

 再び襲い来る衝撃の事実。

 それは、焦燥した千冬の心を切り裂くには充分過ぎる言葉だった。

 

「なんで……なんで千夏なんだ!! あいつが…一体何をしたというんだ……」

「ちーちゃん……」

 

 記憶を失い、更には五感の内の三感をも失ってしまった。

 何故、千夏だけがそんなにも失い続けるのかは誰にもわからない。

 

「ですが……一番大変なのは…あの子がもともと抱えている症例なのです…」

「まだあるのですか!?」

「はい……。これに関しては事故は関係ありません。あの子が生まれもっているものなのです」

「生まれつきの……」

「ええ。こうして早めに気が付くことが出来たのは、不幸中の幸いかもしれません…」

「何が不幸中の幸いだ!! 千夏は……千夏は!!」

「…………」

 

 千冬の叫びに医師は何も言えずにいた。

 自分に何かを言う資格があるとは思っていなかったから。

 

「……先生。教えて貰えませんか? 千夏ちゃんの生まれつきの症状とは…」

「はい。千夏さんの症例……それは……」

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 あの二人組が去っていた後、俺は一人で考えていた。

 

(あの黒髪の女……自分の事を『姉』だって言ってたな…)

 

 確か……織斑千冬……だったか?

 そして、俺の事を『千夏』って呼んでた。

 なら、今の俺のフルネームは『織斑千夏』ってことになる……のか?

 

「千夏……ね」

 

 女の子の名前としては比較的ポピュラーな名前だな。

 苗字は逆に超激レアだけど。

 

 ふと、棚の上に置かれたスマホを見る。

 全体的にピンクに染まっていて、なんとも色が痛い携帯だ。

 

 これは、先程やって来た自称姉と一緒にいた篠ノ之束という女学生が置いて行った。

 

『こんなベットの上にずっと居たら暇でしょ? だから、ここに束さんお手製の携帯端末を置いていくね! ちゃんとネットにも繋がるから、好きに使っていいよ!』

 

 ……って言っていたっけ。

 

 ま、確かに入院生活って暇だよな。

 前(前世)にも何回か入院したことがあるから、よく分かる。

 

 試しに少し触ってみると、見た目と機能は通常のスマホと大差なかった。

 だが、これは普通のやつとは違って、最新の機能やアプリが常にアップデートされる仕組みになっているようだ。

 これ……どうなってるんだ?

 っていうか、通信費とかってどこから出てるんだろう?

 

 そんな風にボケーっとしていると、また病室の扉が開いた。

 

「…………」

 

 そこには、さっきとは打って変わって意気消沈したさっきの二人と、見知らぬ大人達(多分、夫婦)がいた。

 

「えっと……大丈夫ですか?」

 

 一応、気に掛けるフリをしてみるが、見事にシカトしやがった。

 

「千夏……」

「はい?」

 

 思わず返事をすると、自称姉…もう千冬さんでいいか。

 精神的にはともかくとして、肉体的には俺の方が年下だし。

 

 千冬さんが俺にゆっくりと抱き着いてきた。

 痛くは無いからいいんだけどね。

 

「すまない……本当にすまない……! 私が一緒にいれば……」

「はぁ……」

 

 いきなり謝罪されても。

 その時の記憶が無い俺にはさっぱりなんだよな。

 なんて顔をしろと?

 

「千冬君、そろそろ…」

「ぐす……はい……」

 

 男の人に促されて、千冬さんが離れる。

 その目は涙で濡れていて、真っ赤になっている。

 

「その……大丈夫かい?」

「まぁ……はい。で、お二人は……」

「ああ……そうだな。そうだったな……」

 

 なにが『そうだな』なんですか?

 

「私は篠ノ之柳韻。そこにいる束の父だ。隣にいるのが私の妻…束の母だな」

「こんにちわ」

「こんにちわ……」

 

 この二人が『あの』束さんの両親……か。

 見た感じ普通の人達だけど、どうして娘の髪が紫になるの?

 突然変異? それとも先祖返り?

 もしくは染めたとか?

 

 それから軽く話して、四人は帰っていった。

 

 千冬さんは終始、顔が暗かったけど。

 もしかして、俺の感覚が無くなったのを知ったのか?

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 俺の意識が覚醒してから、大体一週間ぐらいが経った。

 

 その間も千冬さんと束さんは毎日やって来た。

 正直言うと、今は一人にして欲しいのだが、それを言うとまた厄介な事になりそうなのでやめておく。

 

 それと、理由は不明だが、俺の体は劇的に回復していっている。

 

 少し前まではベットの上で点滴生活だったのだが、今では松葉杖を使えばなんとか歩けるぐらいにはなった。

 先生も滅茶苦茶驚いていたけど。

 これって…噂に聞く『転生特典』ってやつか?

 いや…でも、俺って『神様』には全然会ってないんだよな。

 

 そういや、まだ俺が助けたって言う、弟君(仮)と束さんの妹の箒ちゃんとやらに会ってないな。

 何時か会えるんだろうか?

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 入院生活が続いたある日の夜。

 

 俺は急に尿意をもようして、慣れない松葉杖を使ってベットから立ち上がる。

 

ドアからは廊下の光が僅かに見えていて、暗い部屋を少しだけ照らす。

 

 束さん特製のスマホを見てみると、時間は21時30分。

 普通なら寝るには早いが、病院などは消灯時間になっている。

 

「……早く行こう」

 

 ここ数日で何回もトイレに行っているが、未だに女性用のトイレに入るのは抵抗がある。

 早く慣れないといけないのは分かってはいるが、男としての人生が長かったせいか、すっかり癖になっている。

 

 本来ならば病室にある尿瓶や尿道に直接装着した排泄物用の管を使うらしいが、流石にそれは嫌だったので、丁重に断った。

 早く女の体にも慣れないとな。

 

「うんしょ……うんしょ……」

 

 ふらつきながらも、なんとかして女子トイレまで行って用を済ませる。

 スッキリしてから部屋に戻ろうとすると、部屋から少し離れた場所にあるナースセンターから話し声が聞こえた為、思わず気配を消して近くまで行ってしまった。

 それが、俺の運命を大きく変える切欠になるとも知らずに……。

 

「ねぇ、アンタ聞いた?」

「何をですか? 先輩」

「この間、目が覚めた女の子の事」

「ああ……奇跡の復活をしたって言う子ですよね。でも、味覚とかが無くなっていたって……」

「そうそう。でね、その子なんだけど…凄い事実が判明したんだって」

「凄い事実?」

 

 こいつらが言っている『女の子』って…俺の事か?

 

「大先生が言っていたんだけど、あの子って実は……」

 

 実は? もったいぶらないで早く言えよ。

 

「『睾丸性女性化症候群』なんだって!」

「えっ!?マジですか!?」

 

 こうがんせい……?

 なんだそれ?

 

「あんな小さな時に分かるんですか?」

「昔は難しかったらしいけど、現代の医療なら可能らしいわ」

 

 凄いな、医療の進化。

 あれ……これって前にも言わなかったか?

 

「でも、あの子ってかなりの美少女……いや、美幼女でしたよね?」

「これも大先生が言っていたんだけど、睾丸性女性化症候群の残酷な所は、なんでか全ての人間が美人に生まれる事らしいわ。だから、これまで見つかった人達は結婚している人達が多かったんですって。世の男共が絶対に放っておかないから。でも、生理が無い事や、不妊の訴えがあって、初めて判明するらしいの」

「じゃあ、今回は?」

「あの子の治療中に偶然判明したって」

「うわ……。なんちゅー皮肉……」

 

 完全に他人事だな…。

 俺も言えた立場じゃないけど。

 

「でも、睾丸性ってことは、あの子って女の子に見えて実は男の子だったって事ですか?」

「そうね。色々な状態があるらしいけど、えっと……千夏ちゃん……だったっけ? あの子の場合は、卵巣の位置に睾丸があるんだって。染色体は46XYらしいわ」

「XYって、それって完全に男じゃないですか!」

 

 ………思いっきり俺の名前が出たな。

 この病院に他に『千夏』という子供の患者がいない限りは、間違いなく俺の事だろう。

 

「一応ね、私はあの子がまだ眠っている時に千夏ちゃんの裸を見てるのよ」

「どうだったんですか?」

「完全に女の子。しかも、包帯を付けてるのに滅茶苦茶可愛いのよ」

 

 ……女の体をしているのに、実は男でしたってか?

 冗談じゃないぞ。

 この体で実は性転換してなかったとか……どんなドッキリだ?

 っていうか、何気に裸を見られてたのかよ。

 今更、気にしないけど。

 

「実は、あの子が目覚める少し前に若先生があの子の事を診た時、凄く悩んでいたのよ。実際に触診して膣が盲端に終わっていることに気が付いて、即座に睾丸性女性化症候群だって直観したんだけど、こうして実際の症例にあたったのは初めてだったらしいの。ま、無理も無いけどね」

「どうしてですか?」

「睾丸性女性化症候群って、1999年を最後に一人も発見されなかったらしいの。でも……」

「時を経て、こうして見つかってしまった…と」

「うん。だから、急いで大先生に相談したって訳」

 

 1999年を最後にって……そもそも今は何年だよ?

 ちゃんと携帯で見とけばよかったな…。

 

「そういえば、若先生ってば色々と資料を探してましたね」

「そうなのよ~。私も一緒に付き合わされて、改めて勉強し直したわ」

「何気に真面目ですよね」

「うっさい。で、驚いたことに、クラインフェルターなんかのXXY症候群なんかは5000分の1、XXYY症候群に至っては2000分の1だって」

「なんですか?それ」

「確率よ。発見される確率」

「嘘っ!? 2000分の1って言ったら、つまり、2000人に1人って事ですよね!?」

「私も本気で驚いちゃった。でも、早期に見つかって却ってよかったかも」

「何故に?」

「これはね、基本的に治療方法が存在しないのよ。だから、いかに現実を受容していくかが大事になってくるの。これから精神的なカウンセリングが必須であり重要になってくるって訳」

 

 今更、カウンセリングって言われてもね…。

 素直に全てを話せば、間違いなく精神病院に直行だろうな。

 下手したら『黄色い救急車』を呼ばれるかも。

 

「でも、あの子は何にも知らないんですよね?」

「うん。って言うか、知る必要性が無いのよ。女として生活しているのを顕在化するのは、却って好ましくないって言うのが学会の考えになってるから。だから、大先生も若先生もこの事は墓まで持っていくって言っていたわ」

「凄い決意ですね…」

「それだけ大変だってことよ。だから、あの子が無事に退院するまでは絶対に口を滑らせちゃ駄目よ? わかった?」

「はぁ~い」

「本当に分かってるのかしら…この子は……」

 

 看護婦も、一皮むけば唯の人…か。

 

 にしても、俺って言うか、この千夏ちゃんは凄い確率の上に生まれたのな。

 

 もしも、この子が俺じゃなくて『千夏ちゃんとしての人格』のままだったら、確実に 途中で心を折られるだろうな。

 これもまた『不幸中の幸い』なんだろうか?

 

 俺は頭の中でさっき聞いたことを反芻しながら、静かに気配と足音を消しながらそっと部屋に戻っていった。

 

 その日の夜は色んな事を考えてしまい、中々に寝付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




千夏の身体についてはもうちょっと詳しく説明しようと思います。

多分、次辺りになるでしょうね。


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第3話 何も感じない

今回、主人公である千夏の身体の事をもうちょっと詳しく説明します。

専門用語のオンパレードになるかもしれませんが…。






 次の日。

 俺はベットの上でスマホを弄っていた。

 昨日、夜中にナースセンターで聞いた事を調べる為だ。

 

「漢字がよく分からないから、まずは適当に検索してみるか」

 

 取り敢えず『こうがんせい』と入力する。

 すると……。

 

「うわ……」

 

 平仮名で検索したせいか、かなりの検索結果が出てしまった。

 何処から調べるべきか……。

 

「時間はあるんだ。虱潰しに調べるしかないな」

 

 指を動かしながら調べていく。

 

 しかし……これ程の代物を作ってしまうなんて、あの束さんは何者なんだ?

 見た感じは普通の学生に見えたけど……髪の色以外は。

 

 そんな、どうでもいい事を考えながら見ていくと、ふと、気になる文字を見つけた。

 

『性分化の異常、特に半陰陽について』

 

 ……読んでみるか。

 

『中腎の近辺に形成された性腺の原基は胎児6~7周になると皮質(後の卵巣)と髄質(後の睾丸)の区別が明確化していく。即ち、この頃の時期の胎児は雄雌両方の性格を兼ね備えており、ここから男児へ、或いは女児へとの性の分化が始まるのである』

 

 うん。全く分からん。

 

 その後も染色体やホルモンに関する記述ばかりが延々と続いていく。

 なんか疲れそうだったので、一気に読み飛ばしていく。

 すると、終わりの方にこんな記述があった。

 

『ミュラー管から卵子・子宮などへの分化や女性の外陰の形成は、卵巣やホルモンの影響無しで起こる。言い変えれば、性腺からの刺激が無い場合には、全ての個体は女性型の内外性器になるように定められているのである』

 

 ……もうちょっと分かりやすい情報は無いのか?

 

 そう思って一旦戻ってから調べ直していると、次に『男性仮性半陰陽』という項目があった。

 

「ここはどうだ…?」

 

 画面をタップして文字を読む。

 

『男性仮性半陰陽とは性腺は睾丸のみを有しているが、内性器及び外性器が男性化せずに、女性化または男女中間型を指し示すものを言う。染色体は46XYである』

 

 染色体46XY……。

 これって、あの時に看護婦たちが言っていた言葉だよな…?

 確か、俺の体は本来卵巣があるべき場所に睾丸があるって…。

 

 いつの間にか夢中になって文字を読んでいて、次のページを読む。

 

『ジハイドロテストステロンの受容体の異常には完全型睾丸性女性化症候群と、不完全型睾丸性女性化症候群に分けられている』

 

 遂に見つけた。

 ここまで来たらもう後戻りは出来ない。

 ただ前に突き進むのみだ。

 

『完全性睾丸性女性化症候群とは、睾丸を有してはいるが、腹腔内にある事が多くて、外表は完全に女性である為、新生児期に気付かれる事は滅多に無く、その全てが女児として育てられている。子宮は無くて、膣は盲端になっている。通常は思春期になっても無月経で、陰毛が薄いなどで発見される』

 

 ああ……なんか、自分の未来を読まれているかのような気分だ…。

 つまり、これから先も俺には生理は無くて、しかもパイパンが確定しているって訳か。

 

「もうちょっと見てみるか…」

 

『本症例は全て女性として育てられるべきであり、大陰茎の中に睾丸が触れる際には、新生児期ヘルニアなどと診断される事もあり、去勢した方が良い』

 

 去勢って……。

 俺は動物じゃないっつーの。

 

 次に俺は『臨床遺伝医学Ⅱ ~染色体異常症候群~』という記述を見つけた。

 

『【症状】性腺の性は男性、即ち精巣であるが、外性器を始めとした身体的性が女性型や男女中間型である性分化異常は、男性仮性半陰陽と呼称されており、睾丸性女性化症候群はその一型である。外性器が女性型である為、女性としての教育を受けて、搾乳児期には鼠径部の腫瘍(精巣)を主訴に、思春期には原発性無月経を主訴に医師に訪れる事が多い。思春期には乳房の発育を認め、脂肪の分布など全身の体型は女性型である。腋下や恥毛は疎らであるか、全く欠如している。膣は短く盲端に終わっており、普通は性腺の他には内性器は認められない』

 

 つまり、俺は子供を残すことも出来ず、子供を宿すことも出来ない…って事か。

 孕ませることも孕むことも出来ないって…。

 俺は本当に『生物』と言ってもいいのか…?

 歪にも程があるだろ…。

 

『【頻度】完全型は20000から62400新生児男児に一人と言われている』

 

 あの看護婦、思いっきり間違えてるじゃないか。

 何が『5000分の1、或いは2000分の1』だよ。

 本当は二万から六万二千四百分の一の確率じゃないのさ。

 

『【成立機構】胎生期の性の分化は、その遺伝的性に関わらず本来女性の方向に向かうようになっており、女性生殖器の分化の抑制と男性化には、精巣あるいはその胎生期分泌物

が必須となっている』

 

 そこまで見て、俺は読むのをやめた。

 

 純粋に精神的に疲れたというのもあるが、それ以上に、ここから先を読んでしまえば自分が自分でなくなってしまったと認めざる負えないような気がしなのだ。

 

「ふぅ……」

 

 スマホをポフ…とベットの上に放り投げる。

 

 体は女で、染色体は男。

 

「俺は……一体なんなんだ……」

 

 思わず呟くが、それに応えてくれる存在はいない。

 

 窓を見ると、そこにはガラスに反射して俺の顔が映っている。

 俺から見ても、間違いなく美少女だ。

 これが実は男だなんて、どこの誰が信じるだろうか。

 

 なんて考えても仕方ないんだけど。

 さっきの記述に書いてあるように、今のこの状況を受け入れるしかないだろう。

 それがきっと一番全てを穏便に済ませる一番の方法だ。

 

 もうすぐお昼だが、それまではせめて夢の中で微睡もう。

 そう思って目を瞑ると、病室の扉がいきなり開かれた。

 

「む? もしかして寝ようとしていたのか?」

「千冬さん……」

 

 そこには、私服を着た千冬さんと束さん、それに小さな男の子と女の子がいた。

 

「大丈夫です。目を瞑っていただけですから」

「そうか……。無理はするなよ」

「分かっています」

 

 妹が事故に遭って心配になるのは分かるが、少々心配性すぎやしないか?

 

「千夏姉!!」

「千夏!!」

「ん?」

 

男の子と女の子がこっちにやって来た。

ちょっと泣きそうになってないかい?

 

「だ……大丈夫!? 痛くない!?」

「すまない!! 私のせいで…」

「え……えっと……」

 

いきなり謝られてもな…。

 

「こら! 二人共! ここは病院なんだぞ! 静かにしないか!」

「「ご……ごめんなさい……」」

「そういうちーちゃんも充分に五月蠅いよ?」

「何か言ったか?」

「……なんでもないです」

 

 ……コントか?

 

「あ……すまん。騒がしくしてしまったな」

「いえいえ。お構いなく」

 

 俺は気にはしないけど、エチケットは守った方がいいだろうな。

 ここが個室だから良かったけど、もしも他の患者さんと一緒の病室だった場合は間違いなく怒られるから。

 

「もしかして……この二人が……?」

「ああ。お前の双子の弟の一夏と……」

「私の妹の箒ちゃんだよ!」

 

 やっぱりか。

 でも、どんな風に接したらいいのかさっぱり分からん。

 少なくとも、他人行儀な態度はしない方がいいだろうな。

 

「えっと……元気?」

「「うん!」」

 

 でしょうね。

 子供は元気でなんぼだし。

 あ、今は俺も子供か。

 

 一夏とか言う子は活発な感じ。

 なんとなく将来的に女たらしになりそうだ。

 

 箒という子の方は、釣り目で男勝りな感じだ。

 でも、間違いなく美少女ではあるだろう。

 ポニーテールが良く似合っている。

 

「千夏……本当に大丈夫なのか?」

「うん。大丈夫だよ……えっと……箒……ちゃん」

 

 しかし、箒ってなんとも奇抜な名前だな。

 束も負けないぐらいに奇抜だけど。

 あのご両親はどんな意味を込めて、この二人にこんな名前を付けたのだろうか。

 

「今日はどうしたんですか?」

「今回はお前の着替えを持ってくるついでに、この二人を連れてこようと思ってな」

「やっと許可が下りたんだよ~。なっちゃんの怪我の回復が幾ら早くても、暫くは絶対安静だって言われてたからね~」

 

 そう。

 俺の怪我は自分でもおかしいと思うぐらいに回復が早い。

 う~む……もしや、俺は異能生存体だったりするんだろうか?

 確率的にも有り得そうで、なんとも言えない。

 

「着替えはこの棚に入れておくぞ」

「はい」

 

 ベットの近くには、着替えなどを入れられるクローゼットの様な物がある。

 そこを開けて千冬さんが紙袋に入れてきた着替えを中に入れてくれた。

 

「なっちゃん。暇してない?」

「大丈夫です。これのお陰で」

 

 スマホを持って見せる。

 ほんと、助かりまくりですよ。

 

「そっか。態々作った甲斐があったよ」

 

 ……本気でこの人って何者?

 どう考えても、一介の学生に造れる代物じゃないぞ。

 

「俺! 千夏姉と色々と話したいことがあったんだ!」

「わ……私も話したいぞ!」

「静かに頼むよ」

 

 それから、やって来た四人と様々な事を話した。

 と言っても、向こうが一方的に話してばっかりだったけど。

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 あれから早くも半年以上が経過した。

 

 入院生活は順調に続き、何事も無く怪我は治っていった。

 

 その間も千冬さんを初めとした四人は暇さえあればお見舞いに来てくれた。

 

 時折、篠ノ之夫妻も来てくれて、四人のブレーキになってくれた。

 

 そして、遂に退院の時がやって来た。

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 病院服から私服(白い子供用のロングTシャツと緑のロングスカート)を着て、千冬さんに手を引かれている。

 俺達の前には主治医の先生と看護婦さんが数名並んでいた。

 

「今迄お世話になりました」

「とんでもない。こっちこそ、力不足で申し訳なかったよ」

 

 そう言われて、俺はなんて反応しろと?

 

「しかし……」

 

 ん? こっちを見てどうした?

 

「こちらの想像を遥かに超える程の回復力だったな…。まさか、僅か半年でここまで治癒するとは思わなかったよ…」

 

 まだ頭や腕に包帯が巻かれた状態ではあるが、自分の足で歩けるようにはなった。

 しかし、食事に関してはかなり気を使わせてしまった。

 なんせ、俺は味覚が無い。

 だから、病院側も比較的俺に負担が無いような食事(スープ系とか)を出してくれた。

 それでも味が無いのは同じなんだけどね。

 

「先生、本当にありがとうございました」

「いえいえ。私の方こそ、力不足で申し訳ございませんでした」

 

 先生と千冬さんが同時に頭を下げる。

 その光景はなんとも奇妙なものだった。

 

「そちらのご家庭の事情は篠ノ之さんに聞きました。いつでも……とは流石にいきませんが、何かあれば遠慮無く来てください」

「はい。是非ともそうさせて貰います」

 

 最後に互いに挨拶に挨拶をしてから、病院を後にした。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 篠ノ之夫妻が病院の前で車で待っていてくれて、それに乗って俺がこれから住む家に移動した。

 

 窓から見る風景はどれも見たことが無いものばかりで、改めてここが自分の知らない世界だと実感させられた。

 リアクション自体は殆どしなかったけど。

 

 車に揺られながら、俺は今更な疑問を感じた。

 

(今の俺の……いや、織斑姉弟の両親はどうしたんだ?)

 

 娘が事故で入院したというのに、全く見舞いに来なかった。

 別にそれに関して何かを思っている訳ではないが、普通に気になった。

 

 何も知らない無垢な子供ならば、ここで無遠慮に聞いたりするんだろうが、俺の精神は完全な大人。

 空気を読んでやるのも大人の務めだ。

 

(下手に聞いて嫌な空気になるのも嫌だしな)

 

 空気読み人知らずになるのは御免だしな。

 

 ボケーっとそんな事を考えていると、車が止まった。

 

「ついたよ」

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「ここが……」

 

 ようやく織斑家に到着。

 

 家自体は子供三人で住むにはかなり大きくて、二階建てになっていた。

 

「送ってくれてありがとうございました」

「なに、困った時はお互い様だ。こちらも束や箒が普段から世話になっているしね」

「そうよ。助け合っていきましょう」

「はい……」

 

 ……今時のご時世には珍しいぐらいに、いい人達だな。

 いい親に恵まれてるんだな、あの姉妹は。

 

「我々はもう行くが、困ったことがあればいつでも来なさい」

「千夏ちゃんもね」

「わかりました」

 

 それだけを話して、車は去って行った。

 

「では、入ろうか」

「ええ…………」

「どうした?」

「いや……なんと言えばいいのか分からなくて……」

 

 確かにここは『織斑千夏の生家』なのかもしれないが、俺という存在にとっては違う。

 だから、この場合は何と言えばいいのか分からない。

 

「……お前の事に関しては、予め聞かされている」

「え?」

「お前が味覚、嗅覚、触覚を失った挙句、記憶喪失になっている事も……な」

「マジですか……」

 

 流石に先生が話したのか。

 って言うか、今の俺って記憶喪失って事になってるのかよ。

 

「でもな、お前がどんな事になっていても、言うべき言葉は一つだ」

「一つ……?」

 

 なんじゃそりゃ。

 

「ただいま……だ」

 

 やっぱ……そうなるか。

 それが正しいよな……。

 

「そう……ですね」

 

 俺は千冬さんの方を向いて、その目を見ながら言った。

 

「えっと…………ただいま」

「おかえり……千夏」

 

 こうして、俺は第二の人生における家に初めて入るのであった。

 

 ここで俺はどんな人生を歩むのだろうか?

 

 それは誰にも解らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




序盤の説明は自分にもサッパリです。

資料と睨めっこしながら書いたので…。


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第4話 二回目の小学校

い…いつの間にか…評価9が二つに7が一つっ!?

マジで我が目を疑いました…。






 俺が転生? をして、謎の交通事故によって入院し、そして退院した後で織斑家に迎え入れられてから早くも2年が経過した。

 

 この体での生活にはそれなりに苦労はしたが、流石に年単位で過ごしていけば嫌でも慣れる。

 

 特に苦労するのが食事だ。

 俺は味を感じない。

 だが、俺がそんな素振りを見せれば即座に千冬さん(なんか面倒くさくなったので、こう呼ぶことにした)が悲しそうな顔になるので、なんとか頑張って平気そうにする。

 それでもまた別の意味で済まなそうにするんだけど。

 

 幸いなのは、俺の弟(仮)の一夏君がその事に全く気が付かない事。

 なんか色々と鈍感な所があるのだが、食事の時は本当に助かる。

 

 そうそう、この家は大人がいない。

 だから、必然的に俺達が家事をしなくてはならない。

 最年長者である千冬さんは家事の腕前が壊滅的で、仕方が無いので俺と一夏君が分担して家事をしている。

 話によると、これまでもそうだったらしい。

 この歳にして家事が出来るとか、一夏君もそうだが、マジで凄いな千夏ちゃん。

 

 あと、束さんと箒ちゃんの家でやっている剣道教室にも連れて行ってもらった。

 

 かなり本格的な道場があって、そこで色んな人間が防具を纏って竹刀を打ち合っていた。

 

 束さんの姿は無かったが、その代わりに箒ちゃんがいた。

 千冬さんと一夏君も一緒にやっているらしく、俺も千冬さんと道場主をしている柳韻さんに勧められた。

 剣道とか全くやった事ないんですけどね。

 高校の時の選択授業も柔道だったし。

 

 案の定、ぜ~んぜんダメダメでした。

 大体、病み上がりの子供に剣道は厳しいでしょう。

 

 ま、リハビリと思えば頑張れるけどね。

 

 因みに、その時に束さんに一台のパソコンを貰った。

 『なっちゃんの退院祝いだよ!』って言ってたけど。

 まさか、これもお手製とか言わないよな……?

 

 そんな感じで三人で力を合わせながら暮らしていった。

 

 前は一人で暮らしていたから、誰かと一緒の生活と言うのが実に懐かしく感じた。

 

 そして、あっという間に時は過ぎ、俺は一夏君や箒ちゃんと一緒に小学生になった。

 入学費とかの出所は聞けなかったけど。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 小学校の昼休み。

 この微妙な解放感は実に久し振りだ。

 

 窓の外では児童達がグラウンドで所狭しと遊びまわっている。

 

 なんつーか……駄目だと分かっていても、どうしてもアイツ等を下に見てしまう。

 そうだ、これを言っておかなきゃな。

 

 俺は一応、女子として入学した。

 他の人達は俺の体の事なんて何にも知らないし、何も言わなければ何も問題は無い。

 だから、学校側にも何も言っていないらしい。

 

 まぁ、この体で『実は僕ぅ~男の子なんですぅ~(笑)』なんて、誰も信じないだろうし。

 俺自身が最初は信じられなかったんだ。

 この体にもすっかり慣れたし、問題は無いんだけど。

 

「千夏姉」

「ん?」

 

 机に体を預けながら窓の外を眺めていると、我が弟(仮)と箒ちゃんが傍に来ていた。

 

「どうした? 外にはいかないのか?」

「千夏姉が行くなら行く」

「わ……私もだ!」

「えぇ~……」

 

 あの中に混じって遊ぶのはちょっとな…。

 流石に抵抗感がありまくるというか……。

 今の自分が無邪気に遊ぶ姿が想像出来ないと言いますか……。

 

「……俺はいいよ。二人で遊んできな」

「嫌だ! 千夏姉も一緒だ!」

「うむ!」

 

 強情な奴め……。

 あと、箒ちゃん。

 女の子が『うむ!』とかって言っちゃいけません。

 もうちょっと女の子らしい言葉遣いを心掛けなさい。

 

「千夏、何故自分の事を『俺』と言うんだ?」

「え?」

 

 今更そこをつくのか?

 

「昔は自分の事を『私』と言っていたぞ!」

「それは……」

 

 なんて言おうか。

 適当でいいや。

 

「馬鹿な男子に馬鹿にされない為」

「男子に?」

「うん。男ってバカだから、少しでも弱さを見せたらすぐにイジメてくる。だから、少しでも自分の事を強く見せようと思った。オッケー?」

「男は馬鹿……」

「なんで俺を見るんだ? 箒」

 

 それぐらい察せよ…。

 少なくとも、俺から見たらお前は正真正銘の馬鹿だよ。

 

 そんな事を話していたら、あっという間に昼休みの時間は終わった。

 なんだ、思ったよりも過ごせてるじゃん。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 少し前から千冬さんが忙しそうにしている。

 

 夜遅く帰る事があったと思えば、軽く食事をした後にシャワーを浴びて自室に直行。

 そして、泥のように爆睡。

 

 それが数日間程続いたある日、『ソレ』はいきなり起きた。

 後の世に歴史的大事件として語り継がれる『白騎士事件』である。

 概要はこうだ。

 

 いきなり日本に向かって無数のミサイルが襲来!!

 僕達私達大ピンチ!

 一体どうするどうなる!?

 その時だった!

 何処からともなく宙に浮く白い鎧を纏った謎の女性が出現し、全てのミサイルを迎撃した!

 その後にやって来た軍の連中も人的被害を一切出さずに追い払った!

 かくして、謎の戦士『白騎士』によって日本の危機は去り、平和は無事に守られたのであった!

 めでたし、めでたし。

 パチパチパチ~。

 

 ……という訳だ。

 

 色々と大事な所を端折りまくったけど、そこは大人の事情という事で勘弁してほしい。

 しかも、この白騎士の開発者はあの束さんで、それを世間に大々的に発表してしまった。

 

 あの白騎士は『インフィニット・ストラトス』通称『IS』と呼ばれる物で、基本的には女性にしか動かせないらしい。

 そして、そのコアとなる物質『ISコア』は彼女にしか創造出来ないらしく、ブラックボックスの塊なんだとか。

 

 これによって世界は大混乱&大賑わい。

 世界はISによって女尊男卑に向かって、緩やかに、しかし確実に向かって行った。

 

 この世界で、俺はどうなるのだろうか。

 姿は女で、生物学上は男。

 

 もしかしたら、織斑千夏という存在は、この世界において唯一のイレギュラーなのではないだろうか。

 

 仮に俺が織斑千夏にならなくても、世界は回っていく。

 もしも、そうなった場合……どんな風に織斑千夏は生きていくのか、それはもう誰にも分からない事だった。

 

 少なくとも、分かっていることは一つ。

 織斑千夏にはISは動かせない。

 染色体が全てを否定するから。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 世界が劇的に変わっても、俺の生活が劇的に変わるわけではない。

 

 変わったと言えば、束さんが今まで以上にコミュ症になって、その上引きこもりになってしまったぐらいか。

 

 ま、別に会えなくても俺が死ぬわけじゃないから、気にはしないがな。

 

 俺達が二年生に進級して、ほんの少しだけ周囲の子供達が自分の事を大人になったと思って粋がっている。

 

 そんな中でも俺の心は冷めきっている。

 今更、一年二年歳を取っても何の感情も抱かない。

 

 これは、転生者云々以前の問題だろう。

 俺は身体以上に精神が人間として破綻している。

 

 それを実感できる事件が、二年生の時に起こった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 その日、俺は放課後に担任教師によって職員室に呼び出された。

 言っておくが、別に悪いことをしたわけじゃないからな?。

 私的な用事だっただけだからな。

 

 用事が終わって教室にランドセルを取りに行くと、教室から複数の声が聞こえた。

 

「やーい! やーい! 男女~!」

 

 ……俺の事を言っているのか?

 

「女の分際で男のような話し方をしやがって!」

「ムカつくんだよ!」

 

 これも俺に該当するな。

 って言うか、今時の小学生って『分際』って言葉を知ってるんだな。

 いや、きっと親が使っているのを聞いて真似しただけか、それともテレビとかで聞いたとかのどっちかだな。

 

 半ば呆れながら教室に入っていくと、三人の男子に囲まれて箒ちゃんが絵に描いたように虐められていた。

 

「………なにやってんだ、そこ」

「げ!」

「お……織斑!」

「男女2号が来た!」

「2号?」

 

 なんじゃそりゃ。

 

「こいつが1号でお前が2号だ!」

 

 あぁ……そゆこと。

 

「ち……千夏……」

 

 すっかり脅えちゃって。

 普段は男勝りでも、やっぱり女の子って事か。

 少しだけ見る目が変わるわ。

 

 でも、一人間として、これを見過ごす事はしちゃいけないよな。

 よし、ここは俺流のやり方で片付けようか。

 

「もうやめろ。彼女、完全に脅えてるだろ」

「うるせぇ!」

「お前も生意気なんだよ!」

「そうだ! そうだ!」

 

 いやはや……実に子供らしい語力の低い言葉だ事。

 

「はぁ……」

 

 溜息交じりに馬鹿共に近づいて行く。

 

「く……来るな!」

「殴るぞ!!」

「どうぞ?」

 

 別に痛くはないし。

 

「俺なら幾らでも殴っていいから、箒ちゃんを離してやれ」

「うるさいって……言ってるだろ!!」

 

 激昂した男子の一人が俺に向かってくる。

 この後の事はなんとなく予想出来る。

 

「このっ!!」

 

 ほら、やっぱり俺を殴った。

 幾ら痛くなくても力の流れはある為、俺はそのままの状態でたたらを踏んだ。

 

「……もう終わりか?」

「え?」

「生意気なんだろ? ムカつくんだろ? だったらもっと殴れよ」

「お……お前!!」

 

 俺の言葉が癪に障ったのか、今度は反対側の頬をもう一回殴られた。

 

「千夏!!」

 

 あれ? なんで箒ちゃんが泣きそうなんだ?

 別に君は殴られてはいないだろうに。

 

「お……おい……」

「もうやめた方が……」

「お前等もうるさい! こいつが悪いんだ! 女の癖に男みたいな話し方をしやがって!」

「またそれかい」

 

 なんで、そんな事に拘るかな?

 マジで訳が分からん。

 

 男子がもう一回、拳を振り上げた瞬間……。

 

「何やってんだ! てめぇ!!」

「「げっ!?」」

「お……織斑一夏……!」

 

 一夏君が滅茶苦茶怒った顔で教室に入ってきた。

 確か、彼も他の先生に呼ばれていた筈だけど……。

 

「よくも千夏姉を殴ったな……!」

「に……逃げるぞ!!」

「「うん!」」

 

 いじめっ子三人は揃って逃げ出す。

 それを一夏君が追いかけようとするが、俺が静止させた。

 

「待てよ!!」

「やめろ」

「「はぁっ!?」」

 

 何で驚く?

 

「ここで追いかけても意味無いだろ」

「何言ってんだよ! あいつ等、千夏姉の事を殴ったんだぞ!」

 

 いや、正確には殴ったのは一人だけだけどな。

 

「そ……それよりも、千夏! 大丈夫か!?」

「あぁ……だいじょぶ。全然痛くないし」

「そんなわけあるか! 我慢するのはやめろ!」

「そうだぜ千夏姉! 早く保健室に行こう!」

 

 別に我慢をしてる訳じゃなんだけどな。

 そんな事を考えつつ、二人は俺の事を保健室に連行した。

 

 保健室の先生は俺の顔を見て驚いていた。

 鏡で見てみたら、思った以上に頬が腫れていた。

 急いで氷水で冷やして、その後に細かく切った湿布を張った。

 

 その後に帰宅したが、帰って早々に千冬さんに驚かれた。

 この顔は俺が想像している以上にインパクトが大きい様だ。

 

 今回の事は、箒ちゃんの口から束さんにも伝わったようで、その日の夜に電話してきて、受話器越しに凄く憤慨していた。

 

 何かやらかさないか千冬さんが心配していたが、俺としてはアイツ等がどうなろうともどうでもよかったので、敢えて何も言わなかった。

 

 次の日、あの三人組は絡んでくることは無くなり、数日後に何処かへと転校していった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 それから約一年後。

 束さんがいきなり姿を消した。

 

 家族にも何も言わずに行ったらしいが、何故か俺と千冬さんにだけは会いに来てくれた。

 その時は一夏君は自分の部屋で寝ていて気が付かなかったけど。

 

 なんでも、政府の連中が五月蠅くなってきて、彼女にISコアの製作を強制させようとしてきたとの事。

 それにブチ切れた束さんは、一定数のみ造って譲渡し、後は知らないと言わんばかりに雲隠れをするつもりらしい。

 

 なんで一定数は渡すのか聞いたら、少しぐらいはこっちからも何かしないと、妹の箒 ちゃんとかにちょっかいを出す可能性が出てくるから…らしい。

 

 コミュ症の癖に、家族愛だけはいっちょ前だな。

 ま、それすらない俺には何も言う資格は無いけど。

 

 簡単な会話だけを済ませて、彼女はどこかへと去って行った。

 呼べば簡単に来そうな気がするけどな。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 四年生になり、突如として篠ノ之一家が引っ越す事になった。

 

 確か、政府の重要保護プログラム……だったか?が理由らしい。

 

 引っ越しの日に我等が姉弟は彼女達を見送ることになった。

 結構お世話になってたし、これぐらいは当然か。

 

「ち……なつぅぅぅ……一夏ぁぁぁ……」

「ひくっ……ひくっ……」

 

 二人共、派手に泣いてやがる。

 

「いい加減に泣き止め。別に今生の別れって訳じゃないんだし」

「こ……根性?」

「『根性』じゃなくて『今生』な。もう二度と会えない訳じゃないって言ったんだよ」

「でも……でも……」

 

 いつもは無駄に男らしさを発揮する癖に、こんな時だけはヘタレ君だな。

 

 仕方があるまい。

 ここは俺がなんとかして、この空気を緩和しますか。

 

「箒ちゃん」

「な……なんだ? 千夏……」

「はいこれ」 

 

 俺はポケットから取り出した赤いリボンを彼女に渡した。

 

「これは……?」

「リボン。最初は何か手作りで小物でも渡そうかとも思ったんだけど、予想以上に難しくて、結局断念してしまった。で、妥協案としてこれを買ってきた」

「貰ってやってくれ。これを選ぶのに2時間も考えたんだ」

「それを言うの?」

「別にいいだろう?」

「まぁ……」

 

 俺は気にしないけど。

 

「なんとなく、君には赤が似合うと思ったんだけど、どうだ?」

「ち……ちな……」

 

 ん? どうした?

 

「千夏ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

「うお?」

 

 いきなり抱き着かれた。

 その拍子に、彼女の涙で服が濡れてしまった。

 

「あり……あり……ありがとう~~~~~(泣)」

「あ~……はいはい」

 

 取り敢えず頭でも撫でておく。

 

 暫くして彼女は離れてくれた。

 

「んじゃ、向こうに行っても元気で」

「ああ! 千夏もな! 後ついでに一夏も」

「俺はついでかよ!?」

「はははははは……」

 

 俺以外の皆が笑っている。

 こうして彼女の笑顔を見る日がまたやって来るのだろうか?

 その時には俺もちゃんと笑えるようになっているのだろうか?

 

 ……いや、それは無いな。

 

 また逢える可能性はあるかもしれないが、俺が笑えるようになる可能性は皆無だろう。

 つーか、その光景が想像出来ない。

 

「三人共、今まで束や箒と一緒に遊んでくれて、本当にありがとう」

「皆……元気でね」

「そちらこそ、お元気で」

 

 そろそろか?

 そう思った時、千冬さんが車に乗っている夫妻に寄っていった。

 

「あ……あの! どうか束の事を恨まないでやってください! あいつは唯、自分の夢に向かって頑張ろうとしているだけなんです!」

「恨むだなんて、とんでもない」

「そうよ。親が子供を恨むなんて、そんな事をするわけがないじゃない」

「そう……ですか……」

 

 それを聞いて安心したのか、千冬さんは俺達の所に戻ってきた。

 

「箒、そろそろ……」

「はい……」

 

 柳韻さんに促されて、箒ちゃんが車に乗る。

 

「元気でな」

「そっちこそな!」

「また会えるよな!?」

「勿論だ!」

「稽古は忘れるなよ?」

「それはお互い様です!」

 

 そうか、彼女達がいなくなったら、剣道も続けられないのか?

 別に強い思い入れとかは無かったけど。

 

 車が発進する。

 

 その姿が段々と小さくなっていった。

 

 やがて、道の向こうへと消えていった。

 こうして、俺は転生して初めての別れを経験するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




結構、飛ばしちゃいました。

でも、これぐらいしないと原作まで辿り着くのが遅くなりそうなんです。

だから、これからも飛ばせるシーンは飛ばしていこうと思います。


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第5話 中国からの転校生

前回言ったように、またまた飛ばしていきます。

個人的に書きたいと思うシーンは頑張りますけど。





 箒ちゃん達、篠ノ之一家が去って行ってから、暫くが経ち、もう5年生になった。

 

 あれから少しの間、一夏君は明らかに落ち込んでいたが、一週間もすればいつもの調子に戻った。

 ま、この頃の小学生男子はこんなもんだろ。

 もしかしたら、強がっているだけかもしれないが。

 ……って、一応俺も小学生『男子』だった。

 

 そして、4年生の終わり辺りから、我が家は急に金回りが良くなった。

 有体に言えば、月に一回ぐらいの頻度で結構な額の金の入金があるのだ。

 まるで、何かの給料のように。

 

 それと引き換えるかのようにして、千冬さんの帰りが遅くなったり、時には一日から数日にかけて帰宅しないことがあった。

 何かをしていることは分かったが、その『何か』の正体を聞くようなことはしなかった。

 誰にだって聞かれたくない事の一つや二つぐらいはある物だから。

 大体の見当はついてるんだけどね。

 

 それというのも、千冬さんの部屋を掃除している時に、机の上にIS関係の本が置いてあったからだ。

 多分、疲れていて片付けるのを忘れたんだろう。

 

 基本的に、千冬さんは他人を決して自分の部屋に入れようとしない。

 それは単純に、部屋が汚いから。

 あの人は今風に言う『片付けられない女』なのだ。

 少しでも放置しておけば、あっという間に汚部屋に早変わりだ。

 だから、俺と一夏君が定期的に掃除をしている。

 家族という事もあってか、俺と一夏君だけは例外的に入る事を許されている。

 彼なんて、思わず部屋に入った瞬間に『トラマナ! トラマナ!』と言っていたぐらいだし。

 ある意味、あの部屋の床はダメージゾーンではあるな。

 

 気にならないと言えば嘘になるが、それでも本人が言おうとしない以上は俺からも聞こうとは思わない。

 多分、これから先、嫌でも話したり知ったりすることがあるだろうから。

 今はその時を待つことにしよう。

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 そんなこんなで五年生。

 

 まぁ、クラス替えはあったけど、変化と言えばそれぐらいか。

 4年生から一緒の奴も多いから、それほど気にはしていない。

 一夏君もそれは同じようで、早速、色んな連中と話している。

 

 俺的に代り映えしない日常が一ヶ月位経ったある日、『彼女』はやって来た。

 

 いつもと同じ朝のホームルーム。

 いつもと同じように先生が入ってきて、挨拶の後に出席を取る。

 その筈だったが、今日だけは違った。

 先生と一緒に見知らぬ少女が入って来たのだ。

 黒髪のツインテールが印象的だ。

 

(……転校生か)

 

 だが、見た感じではなんか日本人っぽくない。

 アジア系の顔立ちはしているが、あれはなんて言うか……。

 

(中国、もしくは韓国か台湾辺りから来たのか?)

 

 そんな俺達を一瞥した後に、先生は黒板に何かを書き始めた。

 

【凰 鈴音】

 

 ……中国人説確定の瞬間だった。

 

「え~……皆さん、おはようございます。今日は、このクラスに新しく転入してきた仲間を紹介しようと思います」

 

 仲間……ね。

 どうも小学生の教師と言うのは、この『仲間』と言う言葉を頻繁に使いたがる。

 唯のクラスメイトだろうに。

 

「じゃあ、お願いね」

「は……はい……」

 

 見知らぬ土地に見知らぬ国。

 緊張するのは自然の摂理か。

 

「は……初めまして。中国から来た『凰鈴音』と言います。これから、よろしくお願いします……」

 

 随分と流暢な日本語だな。

 きっと、転校するにあたって沢山練習したんだろう。

 

(ファン・リンイン……ね)

 

 中国人の名前って独特だよな。

 別に否定するつもりじゃないけど。

 

 外国からの転校生という事もあってか、いきなりクラス中が騒ぎ出した。

 勿論、俺は一言も喋ってないけど。

 

 一夏君も目をキラキラさせている。

 ホント……ガキだよなぁ……。

 

「はいはい! 色々と聞きたいのは分かるけど、今は静かにしましょうね!」

 

 当然のように先生が静かにさせる。

 少し時間は掛かったが、数秒後にはシ~ンとなった。

 

 しかし、あのクソガキ共(箒の事をイジメていた連中)がいなくてよかったな。

 もしもしたら、間違いなくイジメの標的になっていただろう。

 今頃はどこで何をやっているのやら。

 

「じゃあ、凰さんはそこにいる織斑さんの隣にある空いた席に座ってね」

「分かりました」

 

 本気か?

 確かに俺の隣は空いているが……。

 

(これは間違いなく、なし崩し的にあの子の世話をやらされるパターンだな)

 

 超面倒くさいな……。

 そんな事を考えている間に、チャイニーズガールが隣にやって来た。

 

「え……えっと……よろしくお願いします…」

「あぁ……よろしく」

 

 仕方ない。

 これも運命と思って割り切るか。

 

 だが、この新たな出会いが俺の生活を想像以上に彩る事になろうとは、この時の俺は想像もしていなかった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 案の定、俺は鈴(本人がそう呼んで欲しいと言ってきた)の世話をする羽目になった。転校初日に机を寄せて教科書を見せたり、分からないことがあれば教える……って言うか、なんでか真っ先に俺に聞いてくる。

 体育を始めとした授業の際に二人組のペアを作る時に、俺が彼女のペアの筆頭候補にあげられる等々。

 兎に角、俺は鈴とセットで扱われる事が多かった。

 その結果。

 

「ねぇ、千夏!」

「千夏、聞いてる?」

「千夏! 一緒に遊びましょ!」

 

 完全に懐かれました。

 

 クラスにもちゃんと馴染んでいて、他の女子や男子とも話したり遊んだりはしているが、基本的に俺の傍にいる事が多い。

 

 俺を通じて一夏君ともつるむことがあるが、俺と一緒にいる時に遭遇すると、まるで親の仇のように睨み付けている。

 それに怯んで、彼はこっちにあまり近づけないでいる。

 それに関しては純粋に感謝してるけど。

 だって、少し前までは一夏君って俺にべったりだったし。

 

「ねぇ~……聞いてるの~?」

「あ~はいはい。ちゃんとキイテマスヨー」

「絶対に聞いてないでしょ」

 

 今も彼女は席に座っている俺に後ろから思いっきり抱き着いている。

 首に腕を回して、顔が近くにある。

 

「ほんと、あの二人ってラブラブよね~」

「えへへ~そうでしょ!」

 

 そこで肯定しない。

 一応、俺は君からしたら異性なんだから。

 

「でも、気持ちは分かるかな。だって、千夏ちゃんってカッコいいもん」

「だよね~!分かる~!ぶっちゃけ、そこら辺の馬鹿な男子よりもずっとカッコいいよ~!」

「クールって言うか、アンニュイって言うか……大人っぽいって言うか……」

「一人称が『俺』なのもいい!」

「俺ッ娘クールビューティー……萌えね!!」

「萌って言うな」

 

 俺は萌えキャラになった覚えは無い。

 

「一夏君と双子だって言うけど、性格は真逆だよね」

「彼もカッコいいとは思うけど、まだまだ子供っぽいかな?」

 

 いや、実際に子供だし。

 お前等だって子供だからな?

 

「「「「「ホント、男子ってガキよねぇ~」」」」」

 

 ……小学生の女子って怖いな。

 マジで男子共に同情するわ……。

 

「うぅぅ……千夏姉ぇ~……」

 

 今にも泣きそうな目でこっち見んな。

 流石に不憫に感じるから。

 

 こんな感じの日常が続いていき、気が付けば5年生時代の殆どは彼女、凰鈴音と一緒に過ごした。

 

 因みに、俺からの彼女に対する評価は『他人以上友達未満』って感じだ。

 少なくとも、まだ鈴に友情を感じた事はまだ無い。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 鈴が転校してきてから一年が経過した。

 6年生になって、5年生の時以上に色々とした変化が訪れる。

 精神的にも、肉体的にも。

 

 俺の身体は丸みを帯びるようになって、より女性的になった。

 腰は括れはじめ、胸も僅かであるが膨らみ始めている。

 

 だが、どこまで体が女性的になっても、俺の性別はあくまで『男』なのだ。

 これだけは、例え何があっても絶対に変わらない事実だ。

 

 6年生になっても腐れ縁は変わらず続き、鈴はいつも俺にくっついている。

 俺自身も慣れてしまったのか、彼女が傍にいても不快に感じなくなっていた。

 どうやら、俺は自分でも気づかぬうちに鈴の事を『友達』と思っていたようだ。

 

 もうすぐ中学生になるという事もあって、男子女子共に大人びた発言が多くなった。

 同時に、会話の内容も少しだけアダルトな方向になっていっている。

 

 そう、6年生とは『性』と言うものに目覚め始める年頃だ。

 それは、俺達も例外では無かった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 その日、俺の家に鈴が遊びに来た。

 千冬さんは用事で、一夏君は他の男子達と遊びに行っている為、共に不在。

 今、この家には俺と鈴の二人しかいなかった。

 

 俺達は俺の部屋で話していた。

 

 実は最近、クラスと言うよりは6年生全体の女子の間でなんでか編み物が流行していて、鈴もそれに乗っかって編み物を始めた。

 それに巻き込まれるように俺も編み物をやらされたのだが、いざ始めてみると、これが中々に面白かった。

 前世では触ろうともしなかったが、今更ながらにちょっとだけ後悔した。

 転生して失ったものも多かったが、こうして今までしなかったことにチャレンジするのもいいかもしれない。

 人生のやり直しなんて、反則染みた事をしているんだ。

 折角なら様々な可能性を模索するのも悪くない。

 

 ベットの上で鈴は俺に体を寄せて、極極太の毛糸とアフガン針の十三号を使用するクロス・アフガンと言う交差編みをやっていた。

 俺も同じように隣で編んでいて、時折、鈴の手の動きを観察していた。

 

 俺達が編んでいるのは、バルキー・セーターだ。

 最初は渡す相手もいないセーターなんて編んでどうするんだと我ながら思ったが、編みながら普段頑張っている千冬さんに渡そうと思った。

 彼女の体のサイズはちゃんと把握している為、問題は無い。

 

「なぁ……鈴はそのセーターを誰に渡すつもりなんだ?」

「え? 勿論、千夏だけど?」

 

 俺かい。

 まぁ、悪い気はしないけどな。

 

「俺の体のサイズ、知ってるっけ?」

「今迄、何回千夏に抱き着いたと思ってるの?」

「そうだったな……」

 

 もう数えるのも馬鹿々々しくなるほどに抱き着かれたな。

 

 窓の外では木枯らしが吹いていて、もうすっかり冬なのを実感させる。

 風の音が聞こえた途端、鈴が俺に更に体を寄せてきた。

 心なしか、彼女の顔が上気しているように見える。

 暖房を付けているから寒い筈は無いんだが、鈴は寒さを感じているのだろうか。

 

 俺が暖房のリモコンを持って、少しだけ温度を上げようとした時、鈴が俺の手に自分の手を重ねてきた。

 

「ねぇ……千夏」

「……なんだ?」

「キス……って、したことある?」

 

 なんだ? いきなり……。

 

「お前はあるのか?」

「ううん……」

 

 鈴は俺の顔を……目をジッと見つめ続け、俺も視線を逸らせずにいた。

 

「あたし……千夏とキスしたいな……」

 

 鈴に見つめられて、俺は不思議な無力感を感じた。

 昂ると言うよりは、逆らい難い力を感じたのだ。

 結果、俺は掠れた声でこう言った。

 

「…………いいよ」

 

 言葉が終わると同時に、鈴が俺の唇に自分の唇をそっと重ねてきた。

 

 転生して初めてのキスは……鈴とだった。

 

 どこで知ったのか、鈴は舌を使う事を知っていて、俺の事を終始リードした。

 

「んちゅ……」

「んん……」

 

 舌を絡ませて、互いの唾液を口の中で混ぜ合って、涎が口の端から垂れるのを気にせずにキスを続けた。

 

 少しだけ息苦しくなって唇を離すと、鈴はウルウルとした瞳で見つめながら言った。

 

「大丈夫……私に任せて」

 

 再び、きつく唇を重ねる。

 

 俺は鈴に押し倒されて、その状態のままで、またリードされた。

 下がベットだった為、痛くはなかったが。

 

 互いに唇を吸い合った。

 

 今回は俺からも舌を絡ませて、気が付けば腕が鈴の身体に回っていた。

 一方の鈴は、その手を俺の膨らみかけている胸にあてて、服越しに揉んだり、乳首を弄ったりした。

 俺が触覚を失わなければ、ここで喘ぎ声の一つでも上げたのだろうが、俺は何も感じない。

 感じている事と言えば、キスをしているが故の中途半端な息苦しさだけだった。

 

 無意識のうちに、俺の手は鈴の背中から尻の方に動いていた。

 彼女が俺の胸を触るように、俺の方も鈴の尻を触った。

 

 そんなキスは長時間に渡って続いた。

 

 お互いに披露して体を離した時、二人の唇には唾液によって作られた細長い煌く橋が出来上がった。

 

 キスが終わっても、俺達は抱き合っていて、鈴は俺の体の上に乗って顔を胸に預けていた。

 

「………気持ちよかった?」

「さぁな……」

「アタシは気持ちよかった……」

「そうか……」

 

 初めてのキスをしてしまったせいか、鈴の口数は明らかに少なくなった。

 

「あたしね……千夏の事……好き……」

「…………」

「勿論、これは友達としての『好き』じゃなくて、恋の対象としての『好き』……」

 

 ……どうやら、俺は今、告白されたようだ。

 キスの後に告白って……

 

「順番……逆じゃないか?」

「え?」

「いや……だから、普通は告白の後にキスじゃないか?」

「世間一般の常識に捕らわれちゃ駄目よ、千夏」

「誤魔化したな」

「かもね。ふふふ……」

 

 鈴は俺の上で笑い出した。

 彼女の笑い声を聞きながら、天井をジッと見つめていた。

 

「あ、別に返事はしなくてもいいから」

「いいのか?」

「うん…。自分から告白しておいてなんだけど、ちょっと返事を聞くのが怖いの…」

 

 怖い……か。

 今の俺にはその感情も分からない。

 転生前は分かっていた事だが、今となってはどんな感じだったのか、すっかり忘れてしまった。

 

「なぁ……鈴」

「なに?」

「もうちょっとだけ……抱きしめててもいいかな?」

「いいわよ」

「ありがとう……」

 

 俺は横になって、もう感じなくなった人の温もりを少しでも感じようと、鈴の身体をそっと抱きしめた。

 

「千夏の身体……暖かい……」

「そうか……」

 

 暫くの間、俺達は互いを抱きしめ合っていた。

 

 温もりは感じなかったが、不思議な安心感だけは何故か感じていた。

 

 この日の出来事は、俺の記憶に強く刻まれる出来事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前作同様に、ファーストキスは鈴とでした。

次は中学生回か?


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第6話 二回目の中学生

中学生編は、ちょっと密度が高いかもです。

色々とイベントがありますから。






 それは、ほんの偶然だった。

 

 その日、俺は学校から帰った後に、暇つぶしにコンビニに行って立ち読みでもしようと思った。

 バカ一夏(最近になって呼び捨てにし始めた。理由は無い)は家に何故か置いてある木刀を持ってどこかに行ってしまったし、鈴は家の用事で遊べない。

 そんな訳で、俺は今非常に暇なのだ。

 家から少し離れた場所にあるコンビニに向かい、迷うことなく入る。

 

「らっしゃーせー」

 

 店員の気の抜けた言葉を聞いて、真っ直ぐにブックコーナーへと向かう。

 漫画の単行本や雑誌が蘭列している中、俺はある雑誌に目が止まった。

 

「これは……」

 

 それは『インフィニット・ストライプス』と呼ばれるIS関係の雑誌だった。

 主にISの選手のインタビューなんかを載せているが、別に雑誌自体には一切興味はない。

 俺が気になったのは、その雑誌の表紙だった。

 

「……姉さん……」

 

 表紙には、我等が姉である織斑千冬の顔写真がデカデカと記載されていた。

 写真と共に『日本代表【織斑千冬】の活躍に迫る!!』と言う字が書かれてあった。

 

「こういう事だったのか……」

 

 まさか、日本の代表に抜擢されていたとはね。

 道理で金回りが良くなるはずだ。

 国家代表ともなれば給料は凄いだろうしな。

 

 ウチはあんまりニュースや新聞を見ない。

 俺も一夏も興味が無いし、別にクラスなどでも話題にならないからだ。

 っていうか、小学生のうちにニュースに興味を持ち始めたら、間違いなくそいつの将来の夢はサラリーマンか公務員だろう。

 気になるニュースがあればネットで見ればいいし。

 

 試しにちょっとだけ読んでみると、俺達が知らない間にモンドグロッソと呼ばれるISの世界大会に出場し、優勝したようだ。

 この間、通帳に振り込まれていたアホみたいな金額の金は優勝賞金だったのか…。

 

「はぁ……」

 

 数ページだけ読んで元に戻した。

 多分、俺達をISに関わらせないようにする為だろうが、少しぐらいは話してくれてもよかったのではないか?

 俺にだって身内を祝いたいと思う心ぐらいはあるつもりだ。

 それは一夏だって同じの筈。

 

「過保護と言うか、何と言うか……」

 

 あの人は俺に対して特に過保護な感じだ。

 体に色々と問題があるのは分かっているが、俺は特に困ってはいない。

 

 その後、ミネラルウォーターを二本買って、コンビニを出た。

 一本は一夏の為。

 多分、汗だくで帰って来るだろうから。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 時が経ち、小学校を卒業し、俺達は中学生になった。

 国家代表として忙しい筈の千冬姉さん(さん呼びは流石に失礼だと思ったので、姉さんと呼ぶ事にした)も卒業式と中学の入学式に来てくれた。

 

 現在、俺達は中学校の校門にて一夏と鈴と千冬姉さんと一緒にいた。

 姉さんと鈴はいつの間にか仲良くなっていたようで、今も二人で話している。

 一夏は完全に蚊帳の外だ。

 

「中学の制服、良く似合っているぞ、千夏」

「そうか?」

「そうよ! なんかちょっとだけ大人びて見えるもの」

「ふ~ん……」

 

 ちょっとだけ……ね。

 中学生なんてまだまだ充分なぐらいにガキだしな。

 

「しかし……」

 

 スカートを少しだけ摘まんでヒラヒラさせる。

 凄い違和感がある。

 

「これからは毎日がスカートか……」

「慣れないか?」

「ああ。これは苦手だ」

 

 小学生までは私服だった為、俺はよっぽどの事(鈴などに無理矢理着せられる)が無い限りは、いつもズボンを穿いていた。

 体がこんな風になっても、俺の心は男なのだ。

 スカートはそう簡単には容認できない。

 

「気持ちは分かるが、こればかりは我慢だ」

「分かっている」

 

 そう言えば、千冬姉さんも私服はズボンばかりだったな。

 俺の服の半分はこの人の御下がりだし。

 

「なんでスカートを着たがらないのかしら? すっごく似合っていて可愛いのに……」

「そうだぜ。千夏姉はもうちょっと女の子っぽい服装をしてもいいと思うぞ?」

 

 女の子っぽい格好……ね。

 残念だが、俺は男なんだよ。

 身も心も……な。

 ここで言っても意味無いから、言うつもりは無いけど。

 

「ところで千夏。教科書は重たくないか?」

「大丈夫だ。問題無い」

「千夏姉がネタ発言した……」

「は?」

 

 ネタ? 何が?

 

「全く重く感じない。これなら余裕だよ」

 

 五年生辺りから気にはなっていた。

 痛覚が無いことの意味を。

 

 昔、とある本で無痛症の人間について書かれていたのを読んだ。

 なんでも、痛覚が無い人間の筋力は通常の人間よりも遥かに強大らしい。

 『痛み』とは一種の危険信号で、これがあるから人間は事前に自身の肉体の限界を知り、肉体の破壊を防ぐことが出来る。

 だが、無痛症の人間にはそれが無い。

 本来ある肉体的なリミッターが最初から解除されているに等しいのだ。

 その代償として、筋肉や靭帯などに大きな負担を掛けてしまい、壊れてしまう可能性が非常に高いが。

 しかも、本人に痛みがない為、壊れた事にすら自分で気が付かないのだ。

 

 この記述を読んでから、俺は今の自分の『力』に興味が出た。

 本気で力を振るえばそれだけの能力を発揮出来るのか。

 だが、それを知ろうとして体を壊してしまっては意味が無い。

 だから、こうして重い荷物を持ったりする時以外は滅多に力を入れようとはしない。

 

 今も、本来ならかなり重たい筈の全教科の教科書をビニールに入れた状態で持っているが、全くもって重さを感じない。

 寧ろ、鈴と一夏の分を持ってやってもいいと思う程だ。

 

「一体、この細い体のどこにこんな力があるのかしらね~」

「千夏姉は俺よりも腕相撲が強いからな」

 

 そんな事もあったな。

 あの時は俺がこいつを秒殺したんだっけ。

 悔しそうにして何回も挑んできたが、結局は俺の全勝。

 一夏は皿洗いをする羽目になったのでした。

 

「こんな姿を見ると、千冬さんと千夏が姉妹だって納得出来るわ……」

「「それはどう言う意味だ? 鈴」」

 

 あ、ハモった。

 

「あ、やば」

「一番怒らせちゃいけない二人を怒らせちまったな」

 

 失敬な。

 今の俺にそんな大層な感情は無いよ。

 有ればいいとは思うけどな。

 

 にしても、もう中学生か…。

 このままだと、高校生まであっという間だな。

 一夏を見習って、俺も体を動かす事をした方がいいかな……。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 中学生になって約一ヶ月半程が経った。

 

 小学校から殆どの連中が繰り上がりで入学したため、交友関係に関してはそこまで苦労はしなかった。

 俺と鈴、そして一夏は相も変わらず一緒につるんでいて、学校では殆ど一緒に行動していた。

 だが、そんな輪に新たな人間が追加された。

 

「でさ~。そこで小杉の奴がさ~」

「え~? マジかよ~」

 

 今、一夏と話しながら歩いている少年『五反田弾』だ。

 赤い髪の長髪が特徴的で、その人懐っこい性格が一夏を波長があるのか、すぐに仲良くなっていた。

 その流れで俺と鈴とも知り合った。

 

「で、その古本屋って何処にあるんだよ?」

「もうすぐよ。千夏と一緒に見つけたんだから」

「へぇ~……」

 

 今は下校中で、帰りに俺と鈴が新たに開拓した店に行くことになったのだ。

 そこは少し古い古本屋で、見た感じは風情がある感じだったが、意外にも結構な掘り出し物があったりするのだ。

 前世でもよく古本屋に行って立ち読みをしていたっけ。

 

「あ、あそこよ」

「あれか……」

 

 鈴が指差す方向に、少し古ぼけた本屋が見える。

 周囲の風景に少し浮いてはいるが、だからこそいいと思うのは俺だけだろうか?

 

 店の前まで行き、改めて店の外観を見る。

 

「大丈夫なのか?」

「見てくれで判断しないでよね。ほら、さっさと入るわよ」

「「へ~い」」

 

 鈴が真っ先に入って、それに続くようにして一夏と弾が。

 最後に俺が入った。

 

「「おぉ~……」」

 

 中は本が所狭しと積んであって、まさに本だらけだった。

 

「俺はこっち行くわ」

「あ、じゃあ俺も」

 

 男子二人は迷う事無く真っ直ぐに漫画コーナーに直行した。

 あ、俺もある意味では男子か。

 

「ホント……ガキなんだから」

「言ってやるな。いつまでも童心を忘れないのは、男だけの特権だと思うぞ」

「相変わらず、千夏は男子に対して甘いわよね~」

「そうか?」

 

 そんなつもりはないんだが…。

 無意識のうちに甘くしていたんだろうか?

 

「それも千夏らしさだって思うけどね。私はこっちに行くから」

 

 鈴はラノベコーナーへと向かって行った。

 

「俺らしさ……か」

 

 俺らしさって、なんだろうな。

 

「……今考えても仕方ないか」

 

 頭の中に生まれた疑問を振り払って、俺は適当に店の中を見て回る事にした。

 すると、エッセイや詩集などが並べられているコーナーがあった。

 そこで、俺は気になる本を見つけた。

 

「これは……?」

 

『熾天使の一生 ~男と女の狭間で~』と言うタイトルの本だった。

 

 試しに手に取って読んでみる。

 それは、俺と同じ睾丸性女性化症候群として生を受けた『上条涼子』と呼ばれる人物の人生を綴った本だった。

 

 この人が自分の身体の事を知ったのは大学院生の時だったらしい。

 その時、既にこの人は結婚をしていて、順風満帆な生活を送っていたが、子供が出来ない事が唯一の悩みだった。

 何回も病院に行って診て貰ったらしいが、医師は『子宮が未発達』と言われ続けたらしい。

 だがある時、触診の際に自分の腹部の中にしこりの様な物がある事を涼子さんは感じた。

 それで医師に問い詰めたところ、渋々、『子宮の変形』『生まれつきの奇形』だと言われた。

 手術などの手段も考えたらしいが、医師曰く、どんな病院に行っても、どんな手段を用いても無駄……そう言われたらしい。

 医師すらも匙を投げた自分の異常。

 それを聞いて、涼子さんは目の前が真っ暗になったらしい。

 しかし、そんな涼子さんを更に追い詰める出来事があった。

 

 帰り際、涼子さんはナースセンターで看護婦達の会話で、自分が睾丸性女性化症候群である事を知ってしまったのだ。

 

「俺と同じ……」

 

 症状もそうだが、自分の身体をことを知った状況が俺とそっくりだった。

 まるで、この『涼子』と言う人の人生を辿っているかのように。

 

 そこまで読んで、俺は本を棚に戻した。

 なんでか、これ以上は見ていたくなかったから。

 

「あれ? どうしたの、千夏」

「鈴……」

 

 目的の本が見つかったのか、何冊かラノベらしき本を持っている。

 

「なんかあったの? ちょっと沈んでいるように見えるけど…」

「俺が?」

「うん」

 

 今の俺にそんな表情が出来るとはな。

 少しずつ感情が戻って来ているんだろうか。

 

「ま、表情はいつもと変わらないけどね」

「おい」

 

 どうやら、気のせいだったようだ。

 

「それでも、なんとなくそう言うのは分かるもんよ?」

「そうなのか?」

「もう何年の付き合いだと思ってるの?」

 

 そういうもの……なんだろうか。

 

「欲しいやつは見つかったの?」

「いや……特には」

「そう。じゃ、もう行く?」

「そうだな」

 

 それから、俺達は一夏と弾と合流して、会計を済ませた後に店を後にした。

 何気ない日常の一コマだが、俺の脳裏には強く焼き付いた日になった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 何も無い暗闇の中に『声』が響く。

 

「もうすぐだね」

「もうすぐだ」

「ちゃんと来るかな?」

「ちゃんと来るよ」

「目覚めるかな?」

「目覚めるよ」

「選ばれし子」

「運命の子」

「彼女は天使」

「彼は至高」

「最初は全てを『否定』して、『拒絶』して」

「次に『黒き衣を纏う騎士』となって」

「最後には」

「最後には?」

「「黄金に輝く『威厳ある司教座聖堂』に至るだろう」」

 

 男とも女とも思えないぐもった声は、次第に収束していき、消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




途中に入った話は、この作品の元ネタになった作品の一シーンを描いたものです。

それと、今回の千夏は弾とはくっつきません。


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第7話 思考停止

今回、ちょっと(?)だけ千夏の身体に関する事に追記をしようと思います。

改めて色々と調べた結果、ちょっと説明しなくてはいけない事が増えたので。






 以前、俺は触覚を失ったと言ったが、後でちゃんと調べた結果、どうやらそれ以上のものを失ってしまっていたようだ。

 

 触覚とは、肌に触れる事によって物体の形状などを認識する能力の事を指す。

 実際、俺は肌に何かが触れても何も感じない。

 

 だが、俺は痛みや温度等も感じなくなっている。

 これらはまた別の器官で、それすらも俺は失っているようなのだ。

 

 触覚以外にあるのは『痛覚』と『温度覚』。

 

 痛覚は知っている人も多いだろう。

 痛みを司る感覚で、これによって人間は人体の危険や限界を知り、自分の力で身体が壊れないようにしているのだ。

 

 一方の温度感とは、文字通り、温度を感じることが出来る感覚だ。

 これによって人間は熱さや冷たさを感じられる。

 

 『触覚』と『痛覚』と『温度覚』。

 

 これらを総称して『体性感覚』と言う。

 

 体性感覚とは、触覚や痛覚や温度覚など、主に皮膚に存在する受容細胞によって受容されて、体表面に生起すると知覚される感覚の事である。

 

 少々難しいかもしれないが、つまりはこういう事だ。

 言っている俺自身も実はよく分かっていない。

 だって、前世での大学で専攻していたのは機械工学だったし。

 それもかなりの頻度でサボっていたし。

 

 つまり、俺は触覚をピンポイントで失った訳ではなくて、体性感覚全体を失ってしまったのだ。

 だから、俺は痛みを感じないし、温度も感じない。

 

 あと、これに付随してちょっと気になったことがあったので調べたことがある。

 それは『不感症』である。

 

 俺は肌で感じる器官が全て駄目になっている為、感じる感じない以前の問題なような気がするが。

 

 一言に不感症と言っても、大まかには二種類ある。

 

 一つは性的な意味の不感症。

 これは大抵の連中が知っているだろう。

 

 なんでも、これは正式な病名じゃなくて、一般の人達が言い出した造語らしい。

 それをお医者さんが逆輸入したわけだ。

 

 性的な不感症は、精神的な問題と、神経生理学的な問題とに分けられる。

 両者が密接に関係して起こる場合もある。

 これは恒久的な物じゃなくて一時的なものらしく、その時の精神状態や相手との相性などが原因の場合もあるらしい。

 

 俺の場合はどう考えても後者。

 だって、神経そのものが駄目になってるんだし。

 

 もう一つは社会学的な不感症。

 正式名称は『不感症気質』と呼称する。

 

 これは、分かりやすく言えば『KY』の事を指している。

 他人の言う事に共感出来なかったり、その場の空気が読めなかったりすることだ。

 

 これを見て、もしかしたら一夏もある種の不感症気質なんじゃ?と思ってしまった。

 アイツってちょっとKYな所があるからな。

 

 そして、俺が『自分が不感症である』と実感する大きな事件が起きるのだが、それは俺を始めとした織斑家全員にとって忘れられない出来事になった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 突然ですがクイズです。

 今、俺達がいる場所は何処でしょうか?

 正解は……。

 

「すげぇぇぇぇぇぇっ!! 流石は千冬姉だぜ! 千夏姉もそう思うよな!?」

「そうだな」

 

 ドイツにある第二回モンドグロッソの試合会場です。

 俺達の目の前では、千冬姉さんが純白のISを纏って相手の選手を圧倒的な技量で倒した。

 

 なんでこうなったのか。

 それは今から一週間ほど前に遡る。

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 その日の夜。

 夕食を食べ終えた直後に、千冬姉さんが神妙な表情で俺達二人に二枚のモンドグロッソの観戦チケットを取り出して、自分がISの国家代表の選手であることをゆっくりと説明してくれた。

 

 最初に聞かされた時、一夏はかなり動揺していたが、俺と姉さんの言葉で何とか落ち着いた。

 俺の方はそこまで驚きが無かった。

 最初から表情筋が仕事をしていない事もあったが、それ以上に事前に知っていたから。

 

 俺が雑誌を見て知った事を話すと、『しまった』と言いながら頭を抱えていたっけ。

 

 一夏は年頃の男子と同じように、純粋にカッコいいからと言う理由で行くことを決めた。

 一方の俺は、乗れないと分かっていても、一度ぐらいはこの目で見てもいいかもしれないと思って、同行を申し出た。

 丁度、開催日は学校が連休で休みの日だった為、余裕を持って行くことが出来る。

 

 そして、俺達は千冬姉さんが予め呼んでいてくれたマネージャーさんと一緒にドイツまで赴くことになったのだ。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 試合が終了して、一部の観客達が移動を始める。

 

 この会場には複数の試合会場(アリーナと言うらしい)があるようで、見たい試合を観戦するために移動しようとしているのだ。

 

「次の千冬姉の試合っていつだっけ?」

「一時間後ぐらい……だったと思う」

 

 流石のパンフレットにも、細かい試合時間までは書かれていないからな。

 

「じゃあさ……その……」

「ん?」

 

 どうした?いきなり股間を押さえてモジモジしだして。

 ぶっちゃけキモいぞ。

 

「トイレか?」

「あぁ。何処にあったっけ?」

「はぁ……」

 

 それぐらいは覚えておけよ。

 

「こっちだ。ついて来い」

「おう……」

 

 仕方が無いので、俺が案内してやる事にした。

 え? 俺?

 俺はちゃんと会場の見取りぐらいは把握してるぞ。

 会場に入る際に壁に設置してあった大型の見取り図を見て、念の為にスマホで撮影をしておいたからな。

 

 少しして、試合会場から離れた場所にあるトイレに辿り着いた。

 

「まさか、ここに来るまでのトイレが全部埋まっていたとはな」

「こんだけ人間がいれば仕方ないけど、こんな時には迷惑極まりないな」

「それは、この会場に来ている全ての観客が思っていることだろうさ」

 

 今は別に尿意も便意もないが、もしもあった時にトイレの行列に遭遇でもしたら、間違いなく怒りの感情が復活するだろう。

 

「アリーナから離れているせいか、人通りは疎らだ。とっとと行って来い」

「わかった。ちゃんと待っててくれよ?」

「ガキか、お前は」

 

 もう中学生だろうに。

 

 一夏が男子トイレに入って、俺は入り口付近で待っている。

 なんとなくスマホを手に取って時間でも見ようと思ったら、突然……。

 

「はぁ……」

 

 俺の周りに黒ずくめの男達が現れて、俺の事を取り囲んだ。

 多分、物陰に隠れていたんだろう。

 人気の少ない廊下とは言え、隠れる場所は結構あるからな。

 

「……さっきからずっと俺達の後ろからついて来ていた連中はお前等か」

「気が付いていたのか」

「訳あって、そう言った気配には敏感になってるんだよ」

 

 色々と失った結果、他の部分が鋭敏になっているんだろう。

 

 しかし、流暢な日本語だな。

 見た感じは完全に外人なのに、ここまで日本語を話せるという事は……。

 

(間違いなく、ヤバい連中だろうな)

 

 どうしようか考えていると、黒ずくめの一人が話しかけてきた。

 

「お前が織斑千夏か?」

「だとしたら?」

「一緒に来てもらう」

「そう言われて、素直についていく奴がいると思うのか?」

「それもそうだ。ならば……」

 

 黒ずくめの一人が他の奴に目で命令を出す。

 命令された奴が頷いて、トイレの中の方を向いた。

 

「おい!」

 

 この展開……まさか……。

 

「ち……千夏姉……」

 

 一夏が黒ずくめに米神に銃を突き付けられた状態でトイレの中から出てきた。

 

「いつの間に……」

「俺達はプロだぜ?これぐらいは楽勝だっつーの」

「こいつの命が惜しかったら……分かるな?」

「へいへい……」

 

 俺はその場にスマホを落として、両手を上げた。

 

「こいつが織斑一夏か?」

「だろうな。情報とも一致している」

 

 情報ね。

 一体どこの連中なのやら。

 

「俺達をどうする気だ?」

「さぁ……な!」

「ぐぁっ……!?」

 

 一夏が銃を持っていた奴に殴られて、床に倒れて気絶してしまった。

 

「い……一k「お前も寝てな!」……え?」

 

 倒れた一夏の方を向こうとしたら、目の前にいた男に何かを拭きつけられた。

 

「こ……れ…は……」

「猛獣も一発で爆睡する特注性の催眠スプレーだ。効くだろう?」

 

 急激に強烈な眠気が俺を襲う。

 いくら体性感覚が無くなっていても、眠気だけは防げない。

 

(まさか……俺の体の事を知って……?)

 

 最後にそんな事を考えて、俺の意識は闇に落ちた。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「う……ん……?」

 

 唐突に目が覚める。

 

 本来ならば、こういった場合は床が冷たかったり、後頭部に感じる違和感などで目が覚めるものだが、生憎と俺にはそんな感覚は存在しない。

 だから、理由も無く唐突に目が覚めた。

 

「ここは……?」

 

 少し首を動かすと、そこはコンクリートで覆われた仄暗い空間だった。

 周囲には鉄パイプやコンテナが散乱していて、ここが廃棄された工場的な場所だと思わせる。

 

「どうやら、お姫様がお目覚めのようだぞ」

「やっとか。流石は要人誘拐に過去何回も使用されたスプレーだ。効果はお墨付きって訳か」

 

 よく回りを見てみると、さっきの誘拐犯の連中が俺の周囲に立ったり座っていたりしていた。

 そのいずれもが、俺を見てニヤニヤしている。

 

「お前等……」

 

 思わず体を動かそうとすると、体のどこも反応しなかった。

 

「え……?」

 

 どう言う事だ?

 感覚が無いだけならまだしも、動かなくなるとは。

 

 首だけを何として動かして、後ろを見ようと試みる。

 すると、俺の視界には後ろ手で鎖で柱に縛られた自分の両手が見えた。

 

「自分の身体が動かない事に驚いているようだな」

 

 いや、驚きじゃなくて、純粋な疑問なんだけど。

 

「ま、お前からは見えないだろうから、特別に見せてやるよ」

 

 連中の一人が自分のスマホで俺の事を撮って、俺に見せた。

 そこに映っている俺の首には、黒く光っている機械染みたチョーカーが装着されていた。

 

「こいつはな、脳の電気信号を首の所でシャットアウトして、一種の金縛り状態にする道具なんだよ」

 

 そんな代物があるのか。

 金縛りすらも科学で再現出来るとはな。

 凄い時代になったもんだ。

 

「効果は装着している間だけだけどな、充分過ぎる効果は期待出来る。お嬢ちゃんが実証してくれたし」

「そうかよ」

 

 にしても、体が動かないのは厄介だな。

 どうしようか。

 

「おい」

「なんだ?」

「一夏はどうした?無事なのか?」

 

 首は動かせるから、周囲の状況はちゃんと把握できる。

 見た感じ、一夏の姿は見えない。

 

「あのガキなら別の部屋にいる。大事な人質だしな。そこら辺は安心しろ」

「人質……ね」

 

 こいつらの言葉がそれだけ信用出来るのやら。

 

「なんで俺達を誘拐した?」

「織斑千冬を優勝させないためだ」

「はい?」

 

 なんだって?

 

「お前等姉弟を誘拐する。すると、織斑千冬がお前等を助けようと動き、試合を辞退する。不戦勝で別の選手が勝利して、織斑千冬は優勝を逃すって手筈になっている」

「そんな簡単に上手くいくと? 大体、どうやって千冬姉さんが俺達が誘拐されたって知るんだ?」

「それなら大丈夫だ。既に奴さんの近辺にまで俺等の仲間は潜んでいるからな。そいつに知らせてもらうさ」

「スパイってわけか」

 

 用意周到だこと。

 

「ところで、なんで姉さんの優勝を邪魔しようとする?そんな事をしてお前等にどんなメリットがある?」

「さぁな? 俺達はただ、ビジネスとしてやっているだけだからな」

「それでいいのか」

「それが大人ってヤツなんだよ。お嬢ちゃん」

 

 お嬢ちゃんって言われると、なんか複雑。

 だって、俺は正確には『お嬢ちゃん』じゃないから。

 

「おいおい。そんなにもペラペラと話してもいいのか?」

「構いやしねぇよ。肝心な事さえ話さなければな」

「しっかし、この状況でアホみたいに冷静なガキだな…」

「恐怖でおかしくなってるんじゃないか?」

 

 アホって言うな。

 アホって言った奴がアホなんだよ。

 

 そういや、組織名とか、こいつらの正体とかは聞けてないな。

 ま、聞いても素直に話すとは思えないけど。

 

「なぁ、いつまでこうしてればいいんだよ?」

「織斑千冬がやって来るまでだ」

「はぁ……」

 

 溜息を吐きたいのはこっちなんだけどな。

 

「じゃぁよ……少しぐらい暇つぶしをしてもいいよなぁ~?」

 

 男達の中でも一番若く見える奴が、俺の方にやって来た。

 

「お前、ロリコンかよ?まだ13だぞ」

「あぁ? 歳とか関係ねぇし。そこに女がいて、突っ込める穴があれば充分だろ?」

 

あ~……なんとなく、こいつがやろうとしていることが分かった。

 

「それによ、コイツってかなりの美少女だぜ?こんな女を犯せる機会なんてもう二度とないぞ?」

「まぁ……確かに、可愛いと言えば可愛いけどな」

 

 ロリコンが他にもいたよ。

 どうやら、俺は今から、こいつらに強姦されるようだ。

 

「俺もするわ。ここのところ、仕事続きでかなり溜まってたしな」

「じゃあ俺も」

 

 次々と犯る気になった馬鹿共がやって来る。

 もしも、まともな神経をしていたら、絶対に悲鳴とか挙げるんだろうな。

 

「んじゃ、よろしく頼む……ぜ!」

 

 さっきの若い奴が、俺の服に手をかけてビリビリに破る。

 

「これでも悲鳴を挙げねぇとか、頭おかしいんじゃねぇか?」

「まぁまぁ、いいじゃんか。お?思ったよりもスタイル良いじゃん」

 

 ジロジロ見んな。

 これでも、そういった視線には敏感なんだよ。

 

 服を破られたから、俺はブラとパンツの下着になってしまった。

 成長期になってから、俺の胸は一気に成長し始めた。

 そのせいで、鈴のセクハラが毎日のように行われるけど。

 

「さて。今から、お嬢ちゃんを天国に連れて行ってやるよ」

「精々、そうやって気張ってな」

「なら、犯りますか。なぁ? 千夏ちゃん?」

 

 ブラが目の前で外されて、自分の胸が晒される。

 それと同時に、手に巻かれた鎖が外された。

 動けないから、取れても大して意味無いけど。

 あれ? じゃあ、なんで鎖なんて巻かれてたんだ?

 

 男達の一人に押し倒されて、覆い被さられる。

 

 本能的に自分の『処女』が奪われると悟った俺は、その時点で考える事をやめた。

 

 それから、俺は男達に集団でレイプされた。

 どれだけの間、犯されたかはよく覚えていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




処女喪失。

気が向けば、この時のシーンをR-18の方で書くかもしれません。


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第8話 消えない傷跡

前回の話、なんか読者の方々には相当にインパクトがあったようで、色んなご意見がありました。
そりゃ、そうですよね。
普通無いですよ、主人公が集団レイプされる全年齢版の小説とか。

皆さんには不快な思いをさせてしまったようで、本当にすいませんでした。

少なくとも、これから先は、あれ以上に性的に胸糞な展開は無い予定です…多分。

あと、それに伴ってタグを追加しておきました。






 もうすぐ決勝が始まろうとした時、私のマネージャーから衝撃の情報を聞いた。

 

 私の家族……即ち、千夏と一夏が何者かによって誘拐されたと言うのだ。

 

 密かに二人の事を警備していた人間が根こそぎ倒されていて、誘拐現場とされるトイレの前には千夏のスマホが落ちていたらしい。

 

 私に動揺を与えないようにマネージャーに知らせたらしいが、彼女が私の事を思って真っ先に教えてくれた。

 それには素直に感謝したい。

 

 マネージャーはすぐに会場の警備を担当していたドイツ軍に連絡をして、私もすぐに救出に向かった。

 決勝? そんなもの、勿論辞退だ!

 大会の優勝などよりも家族の方が大事に決まっている!

 

 その場はマネージャーに任せて、私は会場を出て軍の連中と合流した。

 彼等に対して何も思わないと言えば嘘になるが、文句を言っている場合じゃない!

 今は一刻を争うんだ!

 

 軍のIS操縦者の一人と一緒に、私は自分の専用機である『暮桜』を飛ばして、密かに千夏と一夏に持たせている発信機の反応がある場所へと先行した。

 

「千夏……一夏……!」

 

 焦りだけが私を支配する。

 特に千夏は身体に障害を抱えている。

 今の私には、二人の身が無事であることを祈ることしか出来ない。

 

「見えました! お二人の反応はあそこからです!」

「あれは……」

 

 反応があったのは、町外れにあった廃工場だった。

 あそこに二人が!

 

「急ぐぞ!!」

「お……織斑さん!?」

 

 私は暮桜の速度を上げた。

 隣にいる操縦者が置いてけぼりになっているが、そんな事に構ってはいられない!

 今は兎に角、二人の事が最優先だ!!

 

「待っていろ……今行くからな!!」

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 廃工場に到着した私は、すぐに付近の壁を破壊して内部に侵入した。

 

「ま……待ってください! お気持ちは分かりますが、少し落ち着いてください!」

「落ち着いてなどいられるか!!」

 

 こうしている間にも、千夏達が傷つけられているかもしれないんだぞ!

 

 後ろから必死について来た軍の操縦者が慌てて私を押さえようとするが、それを振り切って先を急いだ。

 

「どこだ……何処にいる……!?」

 

 私は『暮桜』のハイパーセンサーなどを駆使して、二人の居場所を探した。

 焦燥する心が私から冷静な判断力を奪っている。

 だが、それも隣の彼女によって払拭された。

 

「……っ!? あの部屋から反応が!」

「なんだと!?」

 

 少し離れた場所にある金属製の扉によって閉まっている部屋に、確かに生体反応があった。

 

「ここかっ!?」

 

 急いで扉を無理矢理こじ開けて、中に入る。

 そこには……。

 

「ん~!! んん~!!」

 

 椅子に座った状態で、両腕を後ろ手に鎖で拘束された一夏がいた。

 口には布が巻かれており、声を出せないようになっている。

 

「一夏!!!」

 

 すぐに一夏の口布を外して、腕を拘束している鎖を破壊した。

 

「ぷはっ……千冬姉!!」

「一夏……!」

 

 思わず一夏の事を抱きしめた。

 勿論、ISを纏っているから、力は込めていないが。

 

「大丈夫だったか!?」

「あ……あぁ……。気絶させられた後にここに連れ込まれたみたいで……気が付いたら、こうなってた」

「そうか……。とにかく、無事そうで良かった…」

 

 良かった……本当に良かった…!

 

「それで、千夏はどうした? 一緒じゃないのか?」

「分からない……。ここには俺一人だったし……」

「もしかしたら、別の部屋かもしれません」

「そうだな……」

 

 だとしたら、ここで一安心をしている場合じゃない。

 本当に安心できるのは、千夏も救出できてからだ!

 

「織斑さん。彼は私が……」

「分かった。一夏、私は今から千夏を探しに行く、お前は彼女と一緒に先に出ていろ」

「俺も一緒に行く……って言いたいけど、俺が行っても足手纏いだよな……」

「一夏……」

 

 誘拐されたショックか、考え方がネガティブになっているのか?

 

「千冬姉。頼むから、千夏姉を助けてやってくれ! 俺が間抜けだったから千夏姉は……!」

「分かっている。アイツの事は任せろ」

「あぁ……」

 

流れる涙を拭いながら、一夏は頷いた。

 

それから、一夏の事を彼女に任せて、私は千夏の捜索を急いだ。

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 それからすぐにもう一つの反応が出た。

 もうこの工場には犯人がいなければ、私の他にはもう一人しかいない筈。

 ならば、これは必然的に答えは一つ。

 

「千夏か!?」

 

 眼前に迫る壁を全て破壊して、最短距離で千夏の元に急いだ。

 壁を破壊した先に見た光景は……。

 

「あ……」

 

 服を全て破られて……。

 

「あぁ……」

 

 裸の状態で冷たい床に横たわって……。

 

「あぁぁ……」

 

 全身を汚らしい白濁液に塗れた……。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

 凌辱された後の『妹』の姿だった。

 

「千夏―――――――――――!!!!!」

 

 我武者羅に千夏の元に駆け寄り、機体が汚れる事も構わずに抱き上げた。

 

「千夏っ!! しっかりしろ!!! 千夏ッ!!!」

 

 溢れる涙を押さえられずに、私は千夏を刺激しない程度に静かに体を揺らした。

 

「あ……?」

「……っ!? 気が付いたのか!?」

 

 うっすらと目を開けて、その瞳が私の方を向く。

 

「ね……さ…ん……?」

「そうだ! 私だ!!」

「ご……め………」

「何故謝る!? お前は何も悪くない!!」

 

 最後に少しだけ頷いてから、千夏の頭から力が抜けてガクンとなった。

 

「あ…あああ……あああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 工場内に、私の慟哭だけが空しく響いた。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「う……ん……?」

 

 目に光を感じて、俺は目が覚めた。

 

「………また病院か?」

 

 無駄に綺麗で真っ白な天井は、高確率で病院だろう。

 

「ち…千夏!? 目が覚めたのか!?」

「え……?」

 

 隣には、悲壮感に顔が染まった千冬姉さんが椅子に座ってこっちを見ていた。

 

「あれ? なんでここに? って言うか、なんで俺は病院? にいるんだ?」

「覚えていないのか……?」

「え~っと……」

 

 確か……俺は……。

 

「あ」

 

 そうだ。

 俺ってば一夏と一緒に誘拐されて、そして犯人達に……。

 

「そうか……そうだった……」

 

 何故か冷静になっている頭で、あの時の事を思い出そうとすると……。

 

「千夏!!」

「おふ?」

 

 いきなり姉さんに抱き着かれました。

 

「無理をして思い出さなくてもいいんだ!!」

「あ……うん」

 

 まぁ……具体的な言葉を口に出すのは、流石の俺も憚れるしな。

 

「ところで、一夏はどうした?」

「アイツなら無事だ。頭にたんこぶがある程度で、他には外傷は無い」

「そうか……」

 

 大きな怪我が無いようでなによりだ。

 

「だが、問題はお前の方だ…」

「俺? なんで?」

「それは……」

 

 姉さんが言い淀んでいると、病室のドアが開かれて、軍服を着た黒い眼帯をした女性が入ってきた。

 同時に姉さんが離れた。

 抱き着いている姿を見られたくなかったのか?

 

「貴女の体にこれと言った外傷はありませんでしたが、心の方に大きな傷が出来た可能性が非常に高いからです」

「貴女は……?」

「失礼。私はドイツ軍特殊部隊所属の『クラリッサ・ハルフォーフ』と申します」

 

 ドイツ軍の人かよ。

 随分と若く見えるけど、そこには深くツッコんだらいけないんだろうな。

 向こうには向こうの事情があるんだから。

 

「犯人はどうなった?」

「すいません……。我々が廃工場に到着した時には既に撤退した後だったようで、誰も見つかっていません。悔しさを覚えるレベルで、痕跡すらも残していませんでした」

「なんだと……? ふざけるな!!!」

 

 いきなり叫ばないでよ。

 耳がキーンってなっちゃうじゃん。

 

「一夏を誘拐し、千夏を滅茶苦茶にした連中だぞ!! 絶対に見つけ出せ!!!」

「分かっています……! 今回の事は完全に我々の落ち度……ドイツ軍の誇りに掛けても……必ず……!」

 

 クラリッサとか言う人も、冷静そうに見えて、相当にブチ切れているようで、その拳が強く握りしめられている。

 

「千夏姉!!」

 

 今度は一夏かよ。

 いきなりドアを開けて入ってくるな。

 ちゃんとノックぐらいしろ。

 

「あぁ……良かった……無事で……」

 

 処女は失ったけどね。

 でも、性別的に『男』である俺が処女喪失ってなんか変だな。

 

 一夏はふらつきながらこっちに近づいてきて、ベットの前に膝をついた。

 

「ゴメン……! 俺が弱かったから……千夏姉は……!」

「いや、別にお前は悪くないだろ。アイツ等も言っていたけど、連中はその手のプロだったらしいし、素人で子供の俺達が何も出来ないのは当然だって」

「でも……」

「『でも』じゃない。寧ろ、こうして生きて会えたことに喜んだ方が建設的だ」

「うぅぅ……ゴメン……ゴメン……」

 

 あれ? 一応、俺なりに慰めたつもりなんだけど、どうして泣く?

 俺、なにか悪い事を言った?

 

「あ……あの! 千夏さん! 先程……なんと……?」

「え? 『子供の俺達が何も出来ないのは当然』?」

「その前です!」

「その前……? ああ。『連中はその手のプロだったらしいし』……ですか?」

「そう! そこです! 犯人はそう言っていたんですか!?」

「えぇ。全身が黒ずくめで、パッと見た感じは欧州系や北欧系の人間達だったような気がしますけど。少なくとも、アジア系は一人もいませんでしたね。あと、妙に日本語が流暢でした」

「「「…………」」」

 

 あ……あれ?

 なんで皆して鳩が豆鉄砲を食ったような目でこっちを見るんだ?

 

「お……覚えているのか?」

「まぁ……一応。アイツ等とは少し会話をしたし」

「どうして誘拐されて、そんなにも冷静なんですか…」

「さぁ?」

 

 心がぶっ壊れてるからじゃないか?

 

「犯人は全員が男で、中には結構若い奴もいたな」

「どれぐらいでしたか?」

「多分、姉さんと同い年ぐらい……だと思う」

「つまり、20代ぐらいだと……?」

「恐らく」

 

 多分、連中の中では一番の若手だったんだろうな。

 

「具体的な人数は不明。でも、最低でも8人以上はいたと思います」

「たったそれだけで……?」

「いえ、多分他にもいるでしょう。その連中が実行部隊なだけで」

 

 普通はそうだよな。

 

「千夏姉……スゲェな……」

「それほどでも」

 

 普通の生娘なら、こうはいかなかっただろうな。

 

「そして……いきなり大きな破壊音がして、連中が急いでどこかに去って行きました」

「そう……ですか……」

 

 あ、また沈んじゃった。

 俺……マズイ事でも言った?

 

「さっきも言ったが、今は無理をするな。いいな?」

「う……うん……」

 

 姉さんに頭を撫でられた。

 体性感覚があったら、気持ちよさぐらいは感じたんだろうな。

 

 室内の空気が微妙になった時、ドアがノックされた。

 

「あ……あの~……先生がお呼びです……」

「分かった」

「分かりました」

 

 看護婦さんがやって来て、姉さんとクラリッサさんを連れて行った。

 って言うか、看護婦さんも日本語上手いな…。

 医療関係に携わる人間は、言語学も優れているのか?

 

 残されたのは、俺と一夏だけ。

 

「「…………」」

 

 急に会話が途切れる。

 

 そう言えば……アイツ等に姦された時、全然感じなかったな……。

 俺は不感症にもなっているのか。

 

「あ……あれ?」

 

 手が……震えてる?

 

「あれ……? あれ……?」

 

 今度は全身が震えてる?

 な……なんで?

 

「ち……千夏姉? どうしたんだ?」

「う……うん……」

 

 ヤバい……なんか分かんないけど、体の震えが止まらない……。

 

「一夏……ちょっとこっちに来て……」

「どうした?」

 

近づいてきた一夏の胸に、俺は抱き着いた。

 

「え……ちょ……」

「ゴメン……少しだけ……このままでいさせて……」

「千夏姉……」

 

 一夏は静かに俺の事を抱きしめてくれた。

 その時、自分でも分からないが、いきなり涙が流れた。

 

 転生してから、初めて流した涙だった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 病院側と姉さん達とで話し合った結果、俺は今日一晩だけ入院する事になった。

 

 二人はホテルに泊まるらしく、去り際に大会の事を聞いたら、案の定、辞退してきたと言っていた。

 連中の思惑通りになってしまったという事か。

 

 夜になって、外は雨が降っていた。

 

「雨……か」

 

 雨はあまり好きじゃない。

 だって、髪が痛むし、洗濯物は乾かないし。

 

「はぁ……」

 

 思わず溜息を吐くと、いきなり病室のドアが開いた。

 

「え?」

 

 こんな夜に誰だ?

 もしかして、巡回の看護婦さんかな?

 

「はぁ……はぁ……」

「た……束さん……?」

 

 そこには、まるでどこぞの絵本に登場してそうな格好をした束さんが、全身をびしょ濡れにした状態で立っていた。

 

「なんでここに……?」

 

束さんは俺の事を見て、ドアを閉めた後にゆっくりと近づいてきた。

そして……

 

「ゴメンね……なっちゃん……」

「はい?」

 

 抱き着かれて、謝罪された。

 って言うか、こっちの病院服が濡れたんですけど。

 

「私がISを造らなければ……なっちゃんがこんな酷い目に遭う事も無かったのに……」

「束さん……?」

 

 泣いているのか?

 

「どうしてここにいるのか? とか、なんで事件の事を知っているのか? とか、色々と聞きたい事はあるけど、これだけは言っておく」

「何……?」

「束さんは何も悪くない。悪いのは、間違いなく誘拐犯だ。貴女が罪の意識を感じるのは間違ってる」

「なっちゃん……」

「それに、姉さんが言っていた。ISは束さんの『夢』なんだろう?だったら、『造らなければ』なんて間違っても言ってはいけない」

「ひくっ……ひくっ……なっちゃぁぁぁぁん……」

 

 流石の束さんも、夜の病院では静かにしようと思っているようだな。

 

「どうして……そんなにもいい子なの……?」

「さぁ?」

 

 俺は別にいい子である自覚は無いけど、ここは黙っていよう。

 

「あの……取り敢えずいいか?」

「何かな…?」

「服……濡れてる」

「あっ!?」

 

 別に俺自身には濡れてる感触は無いから大丈夫だけど、もしも誰かに見つかったら、絶対に怪しまれる。

 もしもそうなった場合、上手い言い訳が出来る自信が無い。

 

「ご……ゴメンね! すぐに乾かすから!」

「どうやって?」

「こうやって!」

 

 束さんがポケットから何やら、小さなドライヤーの様な物を取り出した。

 

「束さん特製のドライヤーで、どんなに濡れていても、すぐに乾くよ」

「すげー」

 

 ドライヤーをこっちに向けると、すぐに服が渇いていった。

 温風は全く感じなかったけど。

 

「それじゃあ、もう行くね。また会おうね! なっちゃん!」

「はぁ……」

 

 それだけ言って、束さんは扉を開けて去って行った。

 

「良くバレずにここまで来れたな…」

 

 一応、束さんと会ったことは千冬姉さんには黙っていよう…。

 また話がややこしくなりそうだし。

 

 寝る前に束さんに会えたお陰か、その日の夜はよく眠れた。

 少なくとも、悪夢を見る事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




もうそろそろ、千夏がISに関わってきます。

また性的なイベントがあるかもしれませんが、少なくとも、今回よりは絶対に酷くはない……と思います。


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第9話 帰国

片方を更新しようとすると、他の作品の更新速度が遅くなる。

その時の自分のリビドーに任せている結果なんですが、なんとも情けない限りです。

自分の気持ちが落ち着いたら、それぞれの作品の更新速度は安定すると思います。






 一日だけの入院生活(生活って言っていいのかな?)が終わって、俺は退院して、千冬姉さんと一夏と一緒に日本に帰国する事になった。

 

 前にも言われたが、俺の体には殆ど怪我らしい怪我は無く、それよりもメンタル面の方が心配された。

 そりゃ、そうだよな。

 普通の少女なら、間違いなく精神崩壊していてもおかしくないし。

 俺みたいに精神破綻者だったことが、不幸中の幸いと言うべきか……?

 

 本来、モンドグロッソの選手として来た姉さんは、別のルートで帰国する予定だったのだが、本人の強い希望によって俺達と一緒に帰国出来る事になった。

 その際、またマネージャーさんが色々としてくれたらしい。

 マネージャーって凄い……。

 

 帰る際、俺の荷物はなんでか全部一夏と姉さんが持ってくれた。

 

『これぐらい俺が持ってやるよ! 千夏姉!!』

『当然、私もな。偶には家族に頼れ』

 

 ……と言われてしまい、何も言い返せないまま、荷物を持ってもらう事になった。

 自分的には充分なくらいに頼っているつもりなんだが……。

 

 日本に帰国した後、俺は二人に言われて、学校を一日だけ休むことになった。

 二人曰く、『一日ゆっくりとして、心を落ち着けた方がいい』だ、そうだ。

 別に大丈夫なんだけど、ここはお言葉に甘えることにした。

 

 皆が学校や仕事に勤しんでいる時に一人休むことは、不思議な優越感がある。

 久方振りにそれを堪能する事にした。

 学校側には、帰国した直後で時差ぼけがまだ治っていない為、今日一日だけ休ませてもらう……と、言っているらしい。

 そんなんで本当に休めるのか?

 いや、中学なら大丈夫か?

 

 そして、次の日、一日たっぷりと休んだ俺は一夏と一緒に学校に登校した。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「千夏ぅ~!!」

 

 登校中、一夏と一緒に並んで歩いていると、鈴が後ろから抱き着いてきた。

 

「鈴?」

「だ……大丈夫だった!? 風邪とか引いてない!?」

「大丈夫だ。ちょっと時差ぼけで頭が痛かっただけだ」

「ほんと?ホントにそれだけ!?」

「それだけだ」

 

 嘘。

 本当はとんでもない目に遭ってきました。

 鈴には刺激が強すぎるから言わないけど。

 

 因みに、一夏も俺が強姦されたことは知らない。

 知っているのは、俺も一緒に誘拐されたことだけ。

 

「おいおい鈴。心配する気持ちは分かるけど、それじゃあ千夏が歩き難いだろ?」

「何よ! 弾は心配じゃないの!?」

「いや……俺も滅茶苦茶心配したけどさ……」

 

 呆れ顔で弾もやって来た。

 

「おはよう、弾」

「おう、おはよう」

 

 コイツはいつも通りのようだな。

 

「しっかし、時差ぼけで頭痛とか、お前にもか弱い部分があったんだな」

「当たり前じゃない! 例え一人称が『俺』でも、千夏は立派な女の子なんだから」

「そうだぜ。弾は千夏姉をなんだと思ってんだ?」

「気は強いけど、本当は誰よりも女の子っぽい美少女?」

「「よく分かってんじゃん」」

 

 なんだ、その評価は…。

 美少女と言われて、俺はなんて反応しろと?

 あと、二人はハモるな。

 

「はぁ……。馬鹿やってないで、早く行くぞ」

「「「はぁ~い」」」

 

 だから、ハモるな。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 教室に行くと、クラスメイト全員がこっちを見た。

 

「ち……千夏ちゃん! 大丈夫!?」

「小学生の時からずっと休んだことのないお前が休んだって聞いて、皆が心配してたんだぞ!?」

「でも、時差ぼけで休む…か。これはこれでまた萌えるな……」

 

 なんか知らんが、全員が俺の所に殺到した。

 どうやら、俺は皆の事をかなり心配させてしまったようだ。

 

「だぁ~もう! お前等離れろ!! 千夏姉は病み上がりなんだぞ!?」

「あ! シスコン一夏がキレたぞ!」

「誰がシスコンだ!」

 

 朝っぱらから元気だなぁ……。

 病み上がりじゃなくても、早朝からここまでの元気は出ないわ。

 

「本当に……」

「男子って……」

「「「「「ガキよねぇ~」」」」」

 

 言われてやんの。

 

「ちょっとは千夏ちゃんのクールさを見習ったらどうなのよ?」

「超同感」

 

 俺の場合はクールじゃなくて、根暗と言った方が正しい気がするけどな。

 だが……。

 

「……悪くないな」

「え?」

 

 本当に帰ってきたって感じがする。

 そう思った直後、俺の口が自然と動いていた。

 

「皆……心配してくれて…ありがとう」

「「「「「……………」」」」」

 

 あ……あれ?

 なんでいきなり静まる?

 

「ち……千夏ちゃんがお礼を言った!?」

「誰か録音をしてないの!?」

「ヤバい……めっちゃキュンってなった……」

「こ……これが世に言う『ギャップ萌え』ってヤツか……!」

 

 なんで礼を言っただけでここまで言われなきゃいけないんだ。

 

「愛されてるな、千夏」

「うっさい」

 

 茶化すな。

 

「あ……あああ……! 一気にライバルが増大した……!」

「ライバル?」

 

 なんだそれ?

 その後も教室は騒がしくて、それは先生が入ってくるまで続いた。

 こんな時に笑顔一つ出来ない自分が、少しだけ情けなく感じた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 放課後。

 一夏は一枚の紙を持って職員室へと向かった。

 

「まさか、あの一夏が部活を始めるとはなぁ~…」

「別にいいんじゃない?昔は剣道をしていたって言うし」

 

 そう、一夏は剣道部に入部する為に入部届けを出しに行ったのだ。

 今までも何回か入部しようと思っていたらしいが、千冬姉さんに負担を掛けるようで踏ん切りがつかなかったらしい。

 だが、今回の誘拐事件を皮切りに、決心したらしい。

 帰りの飛行機で姉さんに相談していたが、姉さんは……。

 

『私に遠慮をする必要は無い。お前がしたいと思ったのなら、思う存分すればいい』

 

 ……と言ってくれた。

 

 道着や防具の金に関しては、千冬姉さんが出してくれることになった。

 国家代表の給料ならば、問題は無いとの事。

 確かに、あれは凄い金額だったからな。

 

 それまでは、家に少しでも金を入れる為にバイトをする事を考えていたようだが、結局は部活の方に傾いたようだ。

 俺的にはそれでいいと思う。

 中学の頃からバイトなんて経験する必要は無い。

 そんなのは高校生になってからでも遅くはない。

 

「千夏はしないの? 確か、一夏と一緒に剣道をしていたことがあるんでしょう?」

「俺はいいよ。俺は真剣にやっていたわけじゃないし」

 

 俺の場合はリハビリ代わりにしていただけだし。

 俺みたいな遊び半分の奴がいても迷惑なだけだろう。

 

「でも、その割には運動神経は抜群だよな」

「入学してから、何回か色々な部活に勧誘されてたわよね」

「そんな事もあったな……」

 

 小学生時代の俺の事を聞いた連中が、俺の事を部に入れようと躍起になっていた時期があった。

 それらは全て、一夏によって鎮圧されたが。

 

「運動神経がある事とスポーツが出来る事はイコールじゃないからな」

 

 俺は単純に、事故の影響で体のリミッターが外されて、身体能力が高いだけ。

 スポーツなんて、前世と今世も合わせて、一度もやった事が無い。

 剣道は除く、だけど。

 

「お待たせ」

「戻ってきたか」

 

 あ、一夏が職員室から出てきた。

 

「部活は明日からでいいってさ」

「そうか。じゃあ、帰るか」

 

 俺が持っていた一夏の分のカバンを渡して、下駄箱に向かった。

 

「これからは、一夏とは一緒に帰れなくなるな~」

「仕方ないわよ」

「ま、家の事は俺に任せて、お前は部活に専念しろ」

「悪いな……千夏姉」

「気にするな。お前には、いつも助けられてるからな」

「千夏姉……」

 

 実際、一夏の方が家事は上手い。

 洗濯や掃除はなんとかなるが、料理に関してはどうしようもない。

 味が分からない以上、作りようが無いのだ。

 

 それから、話しながらぼちぼちと帰った。

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 家に帰ると、すぐに一夏は自分の部屋に直行して、ジャージに着替えた。

 その手には、千冬姉さんから借りた竹刀が握られている。

 

「んじゃ、行ってくる」

「おう。気を付けてな」

「分かってるって」

 

 それだけ言って、一夏はランニングに行ってしまった。

 実は、帰国してから一夏は急に体を鍛えるようになっていった。

 別に、今までも体を動かさなかったわけじゃないが、いきなりその量が増えたのだ。

 その理由が……。

 

『千夏姉は俺が絶対に守るからな!!』

 

 ……らしい。

 

 あの誘拐事件が相当に応えたようだ。

 俺的に言わせて貰えば、トラウマにならなかっただけでも充分に凄いと思う。

 精神面だけはマジで凄いよな、一夏って。

 

「さて、一夏が行っている間に洗濯物を仕舞うか」

 

 俺はベランダに干してある洗濯物を仕舞う為に籠を取りに洗面所に向かう。

 因みに、今日は姉さんはいない。

 

 どうやら、決勝戦を辞退したことが政府のお偉方に知られたらしく、呼び出しをくらっている。

 全く……誘拐されて、姉さんが決勝を辞退したのは完全に俺の落ち度なのに、どうして姉さんが怒られる羽目になる?

 意味が分からん。

 罰を与えたければ、俺に与えればいいものを。

 

 心の中で文句を垂れながら、俺はひたすらに洗濯物を入れて、畳み続けた。

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「……と言う訳で、今から約一年間ほど、ドイツで教官のような事をする羽目になった」

「「は?」」

 

 夕食時、いきなり姉さんからそう言われた。

 

「ど……どう言う事だよ?」

「お前達を救出する際にドイツ軍に大きな借りを作ってしまった。それが政府にも知れ渡っていたらしくてな、向こうで一年間ぐらい教官をしてドイツへの借りを返すことが出来れば今回の事はチャラにしてやる……と言われたよ」

「なんじゃそりゃ」

「訳分かんねぇよ…」

 

 いくら国家代表として色々な訓練をしてきたとはいえ、いきなり軍隊の教官をしろとか……何を考えてるんだ?

 って言うか……バカじゃないの?

 

「政府の連中って……バカなんじゃないの?」

 

 あ、言ってしまった。

 

「私も同感だ。だが、私の立場上…上には逆らえない」

「実に腐ってるな」

「今更だろ?」

 

 それを言ってしまったらおしまいだ。

 

「すまない……。また家を空ける事になる……」

「いや、謝るのは俺の方だ」

「千夏……?」

「全ては俺が不甲斐無かったせいで起きた事だ。姉さんは何も悪くない」

「何を言っている! お前は完全に被害者だろう!」

「そうだぜ! それこそ間違ってる!」

 

 なんとも優しい二人だ。

 だが、それでも自分の未熟さは許容できない。

 

「と……とにかく、金の方は毎月入金するから、その点に関しては安心してくれ」

「悪いね」

「それは言いっこなしだ」

「そうだったな……」

 

 これまでも、こんなやり取りは何回もあったっけ。

 

「一夏。千夏の事は頼んだぞ」

「分かってる。千夏姉は俺が守るよ」

「その意気だ。千夏も、無理だけはしないでくれ」

「了解だ」

 

 無理って、どんな事を指しているんだろうか?

 日常生活で無理する事って何かあるか?

 

 にしても、帰国してまたドイツにとんぼ返りとはね。

 どんだけドイツに縁があるんだよ、織斑家。

 

 その日は夜遅くまで千冬姉さんと話した。

 そして次の日、姉さんは再びドイツへと行ってしまった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 何も無い黒い空間に、声だけが響く。

 

 

 

 

「そろそろかな?」

「そろそろだよ」

「彼が来る」

「彼女が来る」

「彼は不幸」

「彼女は不憫」

「「だからこそ…」」

「彼は」

「彼女は」

「「強い」」

 

 クスクスと言う笑い声が響く。

 

「まずは『否定』」

「まずは『拒絶』」

「その拳で敵を砕き」

「その炎で敵を焼く」

「彼が目指すのは強さの限界」

「彼女が目指すのは強さの極致」

「「その向こう側を見る為に」」

「戦え」

「闘え」

「「それが君を『至高』へと導く」」

「僕は」

「私は」

「「その日をずっと待っているよ」」

 

 

 声は次第に収束し、消えていった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「く……くそっ……!」

 

 雨降る夜。

 黒ずくめの男が路地裏で血塗れになって倒れていた。

 その付近には、仲間と思わしき連中が物言わぬ屍となって横たわっている。

 

「なんで……なんでテメェがここにいるんだよ!!」

 

 男の視線の先には、雨に濡れた一人の女性が立っている。

 不思議の国のアリスに登場しそうなメルヘンな格好をしているが、その目は決して笑ってはいなかった。

 その瞳は何処までも冷たく、そして怒りに満ちている。

 

「篠ノ之束!!!」

 

 雷が鳴った直後、稲光で束の顔が見えた。

 

「なんで……? そんなの決まってるじゃない」

 

 束がゆっくりと近づいて行く。

 その足取りは何処までも軽い。

 

「お前達が誘拐して、集団で強姦した女の子……織斑千夏……いや、なっちゃんの無念を果たすためだよ!!!」

「ぐはっ!?」

 

 束の全力の蹴りが炸裂し、男は派手に吹っ飛ぶ。

 そのまま壁にぶつかり止まった。

 

「ちくしょう……! こんなの聞いてねぇぞ……!」

「そっちの都合なんて関係ない。お前等はここで無様に死ぬんだよ」

 

 束は右手を挙げる。

 すると、男の背後に一体のISが降り立った。

 

「なっ……!? ISだと!?」

 

 漆黒に染まり、腕が長い異形の姿をしたISは、男の体を掴んだ。

 

「ぐぁっ……!?」

「そのまま潰れろ」

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

 グシャッ! と言う音と共に、男は断末魔を上げて血飛沫を撒き散らし、潰れた。

 

「後は……閻魔様に任せたよ」

 

 その時、束の頬に冷たい何かが流れた。

 それが涙なのか、それとも雨なのかは分からない。

 

「本当に……本当にゴメンね……なっちゃん……」

 

 彼女の静かな呟きは、雨音に紛れて消えていった。

 

 次の日、路地裏にて身元不明の死体が複数発見された。

 ドイツ軍の調査の結果、千夏達を誘拐した犯人達だと判明した。

  

 

 

 

 

 

 

 




千夏の専用機……今の段階で分かる人はいるでしょうか?

一応、ヒントは出しまくっているのですが…。


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第10話 二回目の別れ

一見すると平気そうにしている千夏ですが、実は密かに心は疲弊しているのです。

その様子は明確な形で現れていきます。







 姉さんがドイツに再び行ってしまった次の日。

 

 俺はいつものように朝起きて、いつものようにリビングへと向かう。

 そこには既に一夏が起きていて、朝食の準備をしていた。

 

「あ、千夏姉。おはよう」

「あぁ、おはよう」

 

 目を擦りながらテーブルに着くと、俺はほぼ日課になりつつある新聞の黙読をする。

 

(別にこれと言った気になる記事は無いな)

 

 こうして新聞などを読んでいると、つくづく自分が転生したのだと実感させられる。

 前世において見知っている企業や政治家、芸能人などの名前が全く無いのだ。

 似たような名前ならば有るが、あくまで似ているだけであって、本人ではない。

 

「ん?」

 

 ふと、自分の視界に白い糸の様な物が映った。

 反射的に触ってみると、何かに引っかかったように途中で止まった。

 

「これは……」

「どうした? 千夏姉」

「いや……ちょっとな」

 

 まさか……これは……

 丁度、味噌汁を運んできた一夏に聞いてみる事にした。

 

「一夏。少しいいか?」

「なんだ?」

「これ……なんだと思う?」

 

 俺は掴んでいる白い糸らしきものを見せてみた。

 

「え? これって……白髪か?」

「やはりそう思うか……」

 

 よもや、この歳(肉体年齢的な意味で)で白髪とはな。

 そんなにもストレスを感じていたんだろうか?

 そんな実感は全く無いんだが……。

 

「はぁ……若白髪とか、冗談じゃないぞ……」

「一本ぐらいなら問題無いんじゃないか?」

「それもそうか」

 

 てなわけで、俺は躊躇することなく白髪を抜いた。

 

「千夏姉……女の子として、迷いも無く髪を抜くのはどうかと思うぞ……」

「そうか?」

 

 そう言われてもな、何回も言うようだが、俺は身も心もまごう事無く『男』なのだ。

 白髪なんて生えたのは、前世と今世含めても生まれて初めてだけどな。

 記念として取って置こうか?

 

「ほら、早く食べようぜ」

「だな」

 

 いつも食事を用意してくれている一夏には悪いが、俺は味を感じない。

 もしかしたら、この食事自体も俺にとってはストレスなのかもしれない。

 かといって、食事をしないとか残すなんてのは論外だけどな。

 俺が我慢さえすれば全て解決する話だ。

 

「それじゃあ……」

「「いただきます」」

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 初白髪が見つかってから二週間後。

 俺は白髪が見つかった事を軽視したのを少しだけ後悔した。

 何故なら……。

 

「はぁ……」

 

 俺の黒かった髪が10分の1程、白く染まっていたからだ。

 

 朝起きて、前と同じように視界に白い髪が入ったのだが、今回は明らかに白い髪の量が違った。

 少なくとも、前髪の右半分は真っ白になっていた。

 

 自分の手鏡(一応、身だしなみの為に持っている)で自分の顔を見た時は、黒い髪の中に混じっている白い髪に違和感を感じた。

 どう見てもこれは変だ。

 

 これを見た一夏も……。

 

「ち…千夏姉っ!? その髪はどうしたんだ!?」

 

 滅茶苦茶、動揺していた。

 

「俺にも分からん。起きたらこうなっていた」

「マジかよ……。昨日までは何にもなかったよな?」

「ああ。今までにも一本や二本位は白髪はあったが、一気にここまで白くなったのは初めてだな」

「なんで、そんなにも冷静なんだよ……」

「ここで慌てても仕方が無いしな」

「そりゃ、そうだけど……」

 

 今から髪を黒く染めるわけにもいかず、それ以前に道具が無い。

 結局、その日はそのまま学校に行った。

 

 勿論、鈴や弾を始めとしたクラスメイトには一夏と同様に驚かれた。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 それから一か月後。

 俺の白髪は更に進行した。

 

「ち……千夏っ!? なんなのよ、その髪は!?」

「さぁ?」

「さぁ?……じゃないわよ! アンタの髪、白と黒の縞縞模様になってるじゃない!!」

 

 そう、まるで俺の髪はシマウマのように白と黒が入り混じったような感じになっていたのだ。

 

「おい一夏。これは流石に洒落になってないぞ。マジでどうなってんだ?」

「俺にも分からないんだよ……。くそっ……! なんで千夏姉の髪が……」

 

 俺にも予想は出来るが、正解は導き出せない。

 自分でも正確な原因は分からないから。

 いや、自分だからこそ分からないのか?

 

「取り敢えず、学校に着いたら保健室に連れて行った方がいいぞ」

「そうだな。千夏姉もそれでいいか?」

「ああ。俺も気になるしな」

 

 本当はちゃんとした病院に行った方がいいんだろうが、今の俺達には保護者がいない。

 未成年だけで病院に行くのは、色々とヤバいだろう。

 

 もしも、これが小学生ならばいじめ等に発展したかもしれないが、中学生ともなればそうはならないようだ。

 寧ろ……。

 

「これもこれで…また、なんとも……」

「もしかして、千夏ちゃんって『猫』の怪異?」

「じゃあ、近いうちに猫耳の千夏ちゃんが出現するの!?」

「なにそれ可愛い」

 

 なんて言われた。

 猫の怪異ってなんだ?

 

 学校についた直後、俺は一夏と一緒に保健室へと向かった。

 鈴と弾には先生にその旨を伝えてもらう伝言役を頼んだ。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

「ストレスね」

 

 保健室に行き、室内にいる先生に事情を話した瞬間、開口一番にそう言われた。

 

「ス……ストレスですか?」

「ええ。私も専門家じゃないから、ちゃんとした事は分からないけど、その若さで白髪になる理由なんてストレス以外には考えられないわ」

「そう……ですか……」

 

 やっぱり、ストレスだったか。

 

「本当はキチンとした病院……精神科とかに行くべきなんだろうけど……」

「今は……」

「うん。そっちの事情は担任の先生から聞かされてるわ。だから、今出来る事をするしかないわね」

「今出来る事?」

「日頃からストレスを感じさせないようにする事。でも、これが一番難しいのよね…」

 

 そりゃそうだ。

 何がストレスなのかは本人しか分からない。

 特に俺の場合は、自分がいつストレスを感じたのかすらも分からないから、もっと厄介だ。

 

「…………」

「一夏?」

 

 さっきから黙ってしまって、どうしたんだ?

 

(千夏姉のストレスって、絶対に誘拐されたことが原因だ……! その上、千冬姉もドイツに行っちまって……千夏姉は優しいから、それすらも自分のせいだと思い込んでいるに違いない……! どんなに体を鍛えて、剣の腕を上げても、千夏姉の心までは守れないのか……! クソッ……!)

 

 一夏はさっきから何かに苦しんでいるかのような表情で俯いている。

 その拳は強く握られていて、僅かに震えていた。

 

「とにかく、何か困ったことがあったり、悩みがあった時はここに来なさい。話し相手ぐらいにはなれると思うから」

「ありがとうございます」

 

 それだけでも大分違うと思う。

 話す事があるかどうかは別にして。

 

「ほら、そろそろ教室に行きなさい。途中からでも授業は受けるべきだわ」

「そうですね。一夏……行くぞ」

「分かった……」

 

 なんか、俺よりも一夏のほうがカウンセリングが必要なんじゃないか?

 そんな風に思いながら、俺は一夏と一緒に教室に向かった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 俺の髪の毛の変化は、当然のように千冬姉さんにも伝えられた。

 

 事情を話して一夏は部活を休み、俺と一緒に家に帰った。

 その後、国際電話を通じてドイツにいる千冬姉さんと話すことにした。

 

『そうか……千夏がそんな事に……』

「ゴメン……千冬姉……。俺……全然、千夏姉の事を守れてない……」

『いや、お前は悪くない。普段は無表情である千夏がストレスを感じているなんて、普通は予想がつかないさ。多分、私が傍にいても無力だっただろう』

「千冬姉……」

 

 少しだけだけど、受話器越しに声が聞こえるから、なんとなく会話の内容は聞き取れる。

 

『それで、千夏はどんな様子だ?』

「いつもと同じだよ。髪の色が変わっても、何にも感じてないみたいだ」

『やはりか……』

 

 だって、別に髪の色が変わっても死ぬわけじゃないし。

 ならば、悲観するだけ馬鹿々々しい。

 

『千夏と変わってくれるか?』

「わかったよ」

 

 一夏が俺に受話器を渡してくる。

 

「もしもし?」

『千夏か?』

「うん」

『その……なんて言ったらいいか分からないが、あまり気に病むなよ?』

「当然だ。俺は別に気にしてない」

『それが一番心配なんだがな……』

 

 何故に?

 

『とにかく、何かあれば遠慮せずに一夏や鈴などに相談しろ。私と話したくなれば、こうして電話をしてきてもいい。出来ればこっちが夜の時が好ましいがな』

「了解。是非ともそうさせて貰うよ」

 

 その機会は限りなく少ないと思うけどな。

 電話代がかかるとあれなので、その後は少しだけ話して電話を切った。

 

「ふぅ……」

 

 久し振りに話したお陰か、少しだけ気が楽になった気がする。

 あくまで『気がする』だけだけどな。

 

「千冬姉はなんて?」

「何かあれば遠慮せずに皆に相談しろってさ」

「千冬姉らしいな」

「だな」

 

遠くにいても、過保護な所は変わらないな。

 

「でも、千冬姉の言う通りだぜ。困ったことがあれば俺に言ってくれよな。どんな事でも力になるからさ」

「すまな……いや、ありがとう…一夏」

「い……いや……その……家族として当然だし……」

 

 どうして、そこで照れる?

 

 それから、俺の白髪の進行は止まったが、元に戻る事は無かった。

 中学一年の後半は、白黒の髪の状態で過ごす事になった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 それから月日が経ち、俺達は中学二年になった。

 進級しても腐れ縁は変わらなかったが、学年が変わった直後ぐらいから、鈴の様子がおかしかった。

 

 いつも溜息を吐き、休み時間などもどこかボーっとしているような感じだし。

 放課後も俺や弾、部活が無い時は一夏も誘って達で遊ぼうと誘ってくる。

 まるで、家に帰りたくないと言っているように。

 

 それは、二年になって数か月経った今も同様で、今日も鈴はどこか上の空だった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 放課後。

 俺は鈴と二人で帰路についていた。

 

 一夏は今日も部活で、弾は家の用事でいち早く帰った。

 そんな訳で、今日は珍しく鈴と二人っきりだ。

 

「千夏のその髪も、もう完全に見慣れちゃったわね」

「そうだな。俺ももう慣れた」

 

 周囲の連中も、何も言わなくなった。

 

 あれからも保健室の先生や千冬姉さんと話したり、一夏達と一緒に過ごした結果かもしれない。

 

「本当なら染めた方がいいんだろうけど、校則でそれは駄目だし……」

「俺だけが例外になるわけにはいかないしな」

 

 ま、別に気にしてないんだけど。

 ……これはもう何回言った?

 

「はぁ……」

 

 また溜息か。

 今日でもう10回以上ついてるぞ。

 

「ねぇ……千夏」

「なんだ?」

「今日……アンタんちに泊ってもいい?」

「なに?」

 

 いきなりどうした?

 

「駄目……かしら?」

「俺は構わないが……一夏がどうか……」

 

 俺は携帯を取り出して、一夏にかけてみる。

 

『もしもし?』

「俺だ」

『千夏姉? どうしたんだ?』

「実はな……」

 

 俺は一夏に鈴が今日、家に泊まりたいと言い出した事を伝えた。

 

「俺としては一向に構わないんだが、お前の意見も聞こうと思ってな」

『成る程な。俺も別にいいぜ。でも、ちゃんと鈴の親に許可を取った方が…』

「それは俺から聞いてみる。部活中に悪かったな」

『気にすんなよ。じゃあな』

「ああ」

 

 通話が切れて、携帯をポケットにしまった。

 

「鈴、この事はちゃんと親に「別にいいわよ! あんな人達に言わなくて!」…鈴?」

 

 鈴が叫ぶのはいつもの事だが、今回のはまるで激情をはらんでいるように聞こえた。

 今の俺には出来ないことをした鈴が少しだけ羨ましかった。

 

「……一体どうした? 何かあったのか?」

「……うん。ちょっとね……」

 

 いつも活発な鈴が、ここまで沈んだ表情を見せるのは本当に珍しい。

 だが、あまり深く聞くのは躊躇われる。

 

「別に嫌ならば言わなくても「ううん。ちゃんと言う。千夏には聞いて欲しいから」…」

 

 そう言うと、鈴はポツポツと話し出した。

 

「最近ね……親の仲が急に悪くなってさ……家に居づらいんだ……」

「成る程な……」

 

 両親がそうなれば、子供としては嫌だろうな。

 今の俺には親なんていないから、よくは分からんけど。

 

「原因は分かるのか?」

「多分……ISが普及し始めてから世間に広まった『女尊男卑』が原因だと思う。そんな話をしてたのを聞いたから……」

「そうか……」

 

 それは根が深いな……。

 もっと他の事が原因ならば俺でも相談に乗れたかもしれないが、これは少し難しそうだ。

 少しでも恩を返せれば…と思ったんだがな。

 

「しかも……もしかしたら、あたし……中国に帰る羽目になるかも……」

「なん……だと……?」

 

 鈴が……中国に帰る……?

 

「…………」

「このままだと、両親が離婚しそうで、お母さんとお父さんのどっちと一緒に行っても中国に戻るかもしれないの……」

 

 そんな……鈴が……いなくなる……?

 

「だから…「嫌だ……」……え?」

「俺は……鈴がいなくなるのは嫌だ……」

「千夏……」

 

 今ならば断言できる。

俺にとって鈴は確実に親友以上の存在になっている。

傍にいるのが当たり前で、一緒にいても飽きなくて……。

 

「あたしだって……嫌に決まってるじゃない……」

 

 鈴は泣きながら俺に抱き着いてきた。

 俺も彼女の事をそっと抱きしめた。

 

「あたしは千夏の事が好き……。それは例えどこに行っても絶対に変わらないから……」

「あぁ……分かってる……」

 

 彼女の一途さは俺が一番よく分かっている。

 

「ひくっ……ひくっ……千夏ぅぅぅ~……」

「鈴……」

 

 俺達は少しだけそのまま抱き合っていた。

 俺達がいる道が人通りが少ないのが幸いして、誰にも見られなかった。

 

 少ししてから、俺達は家へと向かった。

 家にいる間、鈴は先程までの暗い表情は無く、いつものように明るかった。

 だが、それが空元気なのはどう見ても明らかだった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 二学期に入る直前、本人の危惧通り、鈴は中国に戻る事になった。

 

 鈴の両親は離婚して、彼女は母親についていくことにしたらしい。

 

 空港での去り際、俺と鈴は再び抱き合い、彼女は今までで一番の号泣を見せた。

 

 その日、俺も転生して二回目の涙を流した。

 

 一夏と弾も涙を流したが、俺達は互いに抱き合っていたせいか、それには気が付かなかった。

 

 そして、鈴との別れは、俺にとって想像以上の精神的な負荷を与える事になった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 鈴が転校……いや、中国に戻った次の日。

 

 俺はベットから起きるのが初めて億劫に感じた。

 

「んん……」

 

 なんとか精神を振り絞って起き上がり、ベットから降りる。

 

「朝……か」

 

 今日からはもう鈴はいない。

 そう思うと、なんだか心にぽっかりと穴が開いたような気分になった。

 虚無感とでも言えばいいのだろうか?

 とにかく、体にあまり力が入らない。

 歩くだけで、かなりキツイ。

 

 ドアに向かって歩いていくと、部屋に置いてある姿見に写った自分が見えた。

 

「あぁ……そうか。当然だよな……」

 

 分かっていた。

 自分でも、鈴がいなくなったことが、今までで最大級のストレスになった事を。

 だから、この『姿』は、ある意味当然の結果だった。

 

「俺の髪が……完全に真っ白になっている……」

 

 昨日までは白と黒が混じった髪だったが、今の俺は完全な白髪。

 何処にも黒い髪の痕跡は無かった。

 

「……どこまで俺は変われば気が済むんだ…」

 

 もう、どこにも織斑千夏の名残は無かった。

 

「一夏が見たら、どんな反応をするかな……」

 

 きっと、凄くショックを受けるだろう。

 その顔を見るのはとても辛いが、それも俺の『罰』だ。

 

『本当の織斑千夏』を消して、自分が成り代わってしまった事も、体にこんな障害を抱えさせてしまった事も、彼女の体を汚してしまった事も、黒く美しい髪を真っ白にしてしまった事も……その全てが俺の『罪』だ。

だから、俺は背負い続けよう。どこまでも。

でも………。

 

「やっぱり……お前に会いたいよ……鈴……」

 

 今度は涙を流さなかった。

 その事が、とても空しく思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今度は髪が真っ白になっちゃいました。

次はどうなってしまうでしょう?


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第11話 運命の時

もうそろそろ、本格的に千夏がISに関わってきます。

専用機はもう少し……かな?







 鈴が中国に戻ってから、千夏姉の様子は驚く程に変化した。

 

 まず、髪がとうとう真っ白になってしまった。

 千夏姉と鈴が凄く仲が良かったのは知っていたが、俺や弾が想像している以上に千夏姉はショックだったようだ。

 少なくとも、親友以上の関係だったことは確実だろう。

 そんな存在がいきなりいなくなってしまったんだ。

 千夏姉の心に絶大なダメージを与えてしまったのかもしれない。

 この事に少しも悪意が存在しないのが一番質が悪い。

 今回の事は誰も悪くない。

 だけど、千夏姉は自分の事をまた攻めるんだろう。

 そんな姿を見るのは、何よりも辛かった。

 

 そして、表情が今まで以上に難くなってしまった。

 今までも無表情ではあったが、それでもほんの僅かに感情の機微を感じるとることが出来た。

 あくまで俺から見て…だけどな。

 

 今も、千夏姉は俺の目の前で他の女子と話しているが、その目は虚ろなままで、顔も凄く難く感じる。

 まるで、幼い頃に事故に遭ってしまって、意識が回復した直後のようだ。

 

 本当ならば、家に籠って心を落ち着かせたいだろうに。

 千夏姉は今までの日常を演じて、他の皆を心配させないようにしている。

 いつもは無表情でクールだけど、本当の千夏姉はとても優しい女の子だ。

 そんな少女が、『仮面』を被って必死に『いつもの自分』を演じている。

 

「それでね、そいつがまた馬鹿でさ~」

「そうか。お前も大変だな」

「さっすが千夏ちゃん! わかってるぅ~!」

 

 千夏姉の髪が完全に白くなっても、クラスの皆は変わらず接してくれた。

 俺程ではないかもしれないが、皆も千夏姉が無理をしていることには気が付いていたのかもしれない。

 だから、敢えて髪や鈴の話題には触れないように努めてくれている。

 

「はぁ……情けねぇな……」

 

 俺が千夏姉を守るって誓ったのに、実際はこの有様だ。

 どうして千夏姉ばかりがこんな目に会わなくちゃいけないんだ……。

 

「よっ、一夏」

「弾……」

 

 俺の親友がいつもと同じ感じでやって来た。

 だが、その顔は真剣になっている。

 

「お前さ、自分が千夏の事を守れてないって思ってないか?」

「え?」

 

 心を読まれた?

 弾は読心術の使い手なのか?

 

「ばーか。お前の顔は分かりやすいんだよ。千夏とは違った意味でな」

「どう言う事だよ?」

「千夏は普段が無表情だから、ちょっとした変化が読み取りやすいけど、お前の場合はその時の心境がもろに顔に出てるんだよ」

「マジで?」

「おお、マジだ」

 

 知らなかった……。

 自分が千夏姉とは違ってポーカーフェイスが苦手なのは知っていたが、そこまでだったなんてな……。

 道理で千夏姉にも千冬姉にもババ抜きで勝てない筈だ。

 

「俺が思うにな、千夏はお前がいるからギリギリのところで頑張れるんだと思うぞ」

「俺がいるから……?」

「そうだ。千夏の心が想像以上に脆いのは俺だってそれなりに理解してるつもりだ。そんなアイツが親友と別れた挙句に髪が真っ白になっても、ああして『日常』を演じられるのは、まだ弟であるお前が傍にいるからだ」

「…………」

 

 いつもの飄々とした弾とは違い、今日のこいつはなんだか大人びて見えた。

 

「お前の存在が、千夏にとって最後の砦になってるんだよ。そんな千夏の心が完全に壊れるとしたら、それは……」

「俺すらもいなくなって、本当の意味で『独りぼっち』になった時か……」

「その通り。だから、何があってもお前だけは千夏の傍にいてやれ。そこから少しづつ回復していけばいいんじゃないか?」

「そう……だな。そうだよな!」

 

 もうすぐ千冬姉だって帰ってくる。

 そうしたら、千夏姉だって元気になるだろう。

 

「ははは……弾はスゲェなぁ~……。俺じゃ、そんな考えには全然至らなかった。知らないうちに俺は千夏姉の力になっていたんだな…」

「あたりめーだろ。伊達に一年以上、お前等姉弟と顔つき合わせてねぇよ」

「くせーセリフ」

「言うなよ! 俺だって言ってて恥ずかしいんだから!」

「なら言わなきゃいいじゃん」

「それを言っちまったらおしまいだろ!?」

 

 ははは……やっと俺も笑うことが出来た。

 

 よし、千夏姉が『日常』を過ごそうとするなら、俺も頑張って千夏姉の『日常』に合わせよう!

 それが、今の俺に出来る事だ!

 

「また男子達が馬鹿騒ぎしてる」

「もうすぐ三年生だってのに、ちっとも成長してないわね~」

 

 うぐ……! 中々にキツイ一言…!

 

「言われてるぞ、バカな男子」

「いや、それはお前だから」

「何言ってるんだ。二人セットだろ」

「「うそっ!?」」

 

 千夏姉に止めを刺された…。

 相変わらず、ナイフの如き鋭い言葉だぜ……。

 

「はは……言われちまったな」

「でも、千夏姉らしいよ」

「だな。あれでこそって感じだ」

 

 千夏姉はまた女子達と話し出した。

 何を話しているのかは、よく聞こえないけど。

 

「ま、白髪の千夏も魅力的だけどな」

「あ? 千夏姉は渡さねぇぞ?」

 

 俺の目が黒いうちは、千夏姉が誰かと付き合うとか認めるか!

 千冬姉だって同じ事を言うに決まっている!

 

「そいつは聞き捨てならねぇぞ? 織斑」

「そうだぜ。千夏ちゃんは俺等のアイドルなんだからな」

「お前等もかよ!?」

 

 千夏姉が美少女なのは認めるけど、クラスの男子全員が狙ってたのかよ!?

 

「言っとくが、先輩、後輩に関わらず、千夏ちゃんを狙ってる奴は多いぞ」

「マジでっ!?」

 

 そんなにモテてたのかよ!?

 

 久し振りに皆と思いっきり笑った気がした。

 俺も千夏姉も、色んな奴等に支えられてるんだな……。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 二年の三学期にもなれば、受験という単語を聞くようになる。

 普通は三年生になってからだと思われるが、実際はこんな感じだ。

 こう言うのは、早めに準備するに越したことはない。

 実際、前世の中学時代もこんな感じだった。

 あの時はドタバタと大変だった。

 

 そして、今世においては、受験と同時に女子限定でやるべきことがあった。

 それは……。

 

「今日の5・6時間目は体育館でISの適性検査だって」

「遂にこの時が来たわね~」

「私はどれぐらいのランクだろう?」

「普通はCからDぐらいらしいけど」

 

 彼女達が言っている通り、ISの簡易適性検査だ。

 

 ISが世界的に普及してから、無料で出来る一般向けの適性検査や、こうして受検が近づいた中学生に向けて各中学校で検査をしたりする。

 これで、もしも高い適性が出た場合、ISの専門学校とも言うべきIS学園への推薦が貰えたり、各企業等から勧誘があったりする。

 

 ま、俺には全く持って関係無いから、その手の事は全然調べようとは思わなかったけどな。

 だって、俺は『男』だから、動かせるわけがない。

 最初から結末は決まっているのだ。

 それでも、受けなくてはいけないのは変わらないから、ちゃんと受けはするけど。

 

 そんな訳で、女子はこうして更衣室で体操服に着替えて(理由は不明)体育館に行き、男子は教室で自習。

 俺も自習が良かったよ。

 だって、事実上の自由時間じゃないか。

 俺なら絶対に寝る。

 

「「「「「…………」」」」」

 

 そして、さっきからずっと女子達の目線が痛い。

 痛覚は無いのに、視線が突き刺さる感覚はある。

 

 俺は構わずに制服を脱いで下着姿になり、下から体操服を着る。

 もうこの作業にも慣れたもんだ。

 男なのにブラとかを着ける事に慣れるって……。

 

「……なんだ?」

「「「「「いいなぁ~……」」」」」

「なにが?」

 

 皆は俺の胸の辺りをジッと見続ける。

 人の胸を凝視すんな。

 

「千夏ちゃんって本当に中学生?」

「スタイルはもう高校生……いや、大学生顔負けでしょ」

「うんうん」

「それは言い過ぎだ」

 

 今の俺は間違いなく(肉体的には)立派な中学生だ。

 

「ほら、早く着替えないと、先生に叱られるぞ」

「「「「「は~い」」」」」

 

 俺はお前等の保護者じゃないぞ。

 呆れながら、俺は体操服の上を着て、ジャージに袖を通した。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「時は来た」

「時は動き出す」

「まずは『資格』を与えよう」

「選ばれし者に『最高の資格』を与えよう」

「ここから始まる」

「全てが始まる」

「誰も止められない」

「神にも、悪魔にも、『彼女』にも」

「「この流れは絶対に止められない」」

「『試練』の果てに『聖堂』へ至る」

「『苦難』の先に『栄光』がある」

「だから」

「決して」

「「諦めないで」」

「彼は『戦士』」

「彼女は『闘士』」

「「それは最初から定められた事」」

「さぁ」

「今こそが」

「「運命の時だ」」

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 体育館には簡易的は検査装置がいつの間にか設置してあって、その周りには白衣やスーツを着た人達が並んでいる。

 あ、よく見たら先生も何人かいる。

 

 装置は端末らしき装置の他に、全身が入る程の筒状の装置があった。

 多分、あそこに入って検査をするんだろう。

 ま、気楽にいこう。

 結果は最初から確定しているのだから。

 

 俺達は既に並んで座っている、他のクラスの隣に並んで座った。

 

「なんか緊張するね~…」

「うん……。適性が無かったらどうしよう……」

「アンタ、IS学園に行きたがってたっけ?」

「まぁね」

 

 IS学園の倍率は100倍と聞いている。

 受験するだけでも相当な難易度だ。

 勿論、俺は受けるつもりはない。

 

 俺は一夏と一緒に藍越学園を受験しようと思っている。

 家からはそれ程遠くはないし、そこなら楽に合格出来る自信がある。

 一夏も、俺が勉強を見てやれば大丈夫だろう。

 

 残りのクラスがやって来て、俺達の隣に座った。

 全てのクラスが揃ったところで、係の人から説明が始まった。

 半ば流しながら聞いていると、ふと、鈴の事を思い出してしまった。

 

(アイツも……適性検査を受けたんだろうか……)

 

 鈴は運動神経がいいし、何よりも努力家だ。

 アイツならばきっと、優秀なIS乗りになるだろう。

 

(その姿を見る事は……多分、無いだろうけどな)

 

 少しだけボーっとしていると、いつの間にか検査が始まっていた。

 端のクラスから順々に検査をしていっている。

 俺の番までは結構掛かりそうだ。

 しかも、検査自体は10数秒で終わるようだし。

 この時間は暇な時間になりそうだ。

 俺としては大歓迎だが。

 そんな風に呆けていると、俺の前の女子の検査の番が来た。

 

「んじゃ、行ってくるね!」

「頑張ってね!」

 

 何を頑張れと?

 若者特有の可笑しな会話を聞きながら、検査の様子を見る。

 

「結果が出ました」

 

やっぱり早いな。

 

「ISランクは……Dです」

「了解」

「あぁ~……」

 

 端末の前にいる人が結果を報告して、その隣にいるスーツの女性が手にしている紙に検査結果を記入している。

 今時、アナログだな。

 いや、今だからこそアナログな方法を取っているのか?

 ハッキング対策とか?

 

 結果が出た女子は落胆した様子で列に戻ってきた。

 

「次の人、お願いします」

 

 遂に俺の番か。

 

「はい」

 

 一応、返事をしてから装置の前に向かう。

 

「千夏ちゃんの番だわ……」

「どうなるんだろう…?」

「ヤバい……私の方がドキドキしてる……」

 

 なんでやねん。

 

「えっと……出席番号25番、織斑千夏さん…ね。ん? 織斑?」

 

 この反応……なんとなく、次の言葉が予想出来る。

 

「この学校にブリュンヒルデの妹と弟が在籍してるって聞いたけど、貴女がその妹さん?」

「その『ブリュンヒルデ』と言うのが千冬姉さんの事を指しているのならば、俺の事でしょうね」

 

 ブリュンヒルデって確か、モンドグロッソ優勝者の称号だろ?

 なんで名前で呼ばないんだ?

 意味不明なんだが。

 

「お姉さんとは違って髪が真っ白なのね」

「それ、検査と関係あります?」

 

 俺は早く検査を終わらせて教室に戻りたいんだ。

 こんな無駄話をするために来たんじゃない。

 

「そ……それもそうね。ごめんなさい」

「じゃあ、検査を始めます。あの筒状の装置の中に入ってください」

「わかりました」

 

 俺は指示されたように、先程見た筒状の装置に入った。

 

「彼女の妹ならば、いい結果を期待出来そうね」

「そうですね」

 

 期待してるところ悪いが、俺には適正自体が存在しないんだ。

 ランク以前の問題なんだよ。

 

 装置の中に赤外線と思わしき赤い線が出現し、俺の身体を頭の上から爪先まで通過していった。

 

(こんなんで検査出来るのか)

 

あくまで『簡易検査』だしな。

 

「こ……これは……!?」

「どうしたの?」

「これを見てください!!」

 

 俺が適正ゼロで驚いてるんだな?

 そりゃそっか。

 織斑千冬の妹(仮)の適性が無いなんて知ったら、普通の人達は驚くだろうな。

 

「嘘……でしょ?」

「間違いありません……装置は正常に機能してます…」

 

 バグじゃないぞ。

 今、目の前にある結果が事実だぞ。

 

「あ……もう出ていいわよ」

「はい」

 

 遠慮なく、俺は装置から出た。

 そのまま列に戻ろうとすると、係の人に止められてしまった。

 

「ちょっと待って」

「はい?」

「この後、少しだけ残ってくれるかしら?」

 

 なんで?

 別に何にもなかっただろ?

 もしかして、俺の適性が無いのが信じられなくて、もう一回だけ再検査でもするのか?

 

 訳が分からないまま、俺は列に戻ろうとした。

 その時、係の人が思わず呟いた一言が俺の耳に聞こえた。

 

「まさか……Sランクだなんて……」

「いくら血縁者だとしても、信じられないわね……」

 

 ………なんだって?

 俺が……Sランク?

 そんな馬鹿な……。

 

(どう言う事だ? ISは見た目が『女』ならば、誰でも動かせるのか?)

 

 生物学上は間違いなく『男』だが、見た目と書類上は『女』だ。

 けど、間違いって可能性もあるしな……。

 

 完全に予想外の出来事に、俺の頭は全員の検査が終わるまでずっとグルグルしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




案の定のSランク。

オリ主の定番ですね。


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第12話 どうしてこうなった?

まだまだ千夏に安息は訪れません。

今度はどうなるでしょうか?







 学校で行われたISランクの簡易検査において、まさか俺がSランクと言う、誰もが(俺自身も)予想だにしなかった結果が出た。

 

 俺は係の人に言われて、全員の検査が終わった後に一人残っていた。

 係の人が先生に部屋を借りて、俺達は生徒指導室へと向かった。

 で、今俺はその係の人と一対一で向かい合っているのだが……

 

「はぁ……」

 

 さっきの検査結果を見て、何回も溜息をついている。

 溜息をつきたいのは俺の方だ。

 だって、適性があるだけでも驚きなのに、まさかSランクとか。

 誰が想像するだろうか?

 

「あの……」

「あ? あぁ……ごめんなさいね」

 

 このままだと、何時まで経っても帰れそうにないので、俺から話す事にした。

 

「まず、結論から言うわね」

「はい」

「検査の結果、貴女はSランクと判断されたわ」

 

 うん、さっき聞きました。

 

「織斑千冬の妹だって言うから、高いランクは期待していたけど、これは色んな意味で予想外だったわ」

「……どう言う事ですか?」

「ん? なにが?」

「だから、なんで俺が千冬姉さんの妹だと、高いランクだと思ったんですか?」

「あれ? 貴女……何も聞かされてないの?」

「は?」

 

 だから何がだよ?

 

「織斑千冬のISランクはSなのよ」

「ほぅ……」

 

 姉さんもSランクとは。

 前々から凄い人だと思ってはいたが、そこまでとはな。

 

「因みに、Sランクは世界規模で見ても極少数しかいないとされているわ」

「具体的には?」

「貴女と貴女のお姉さんを含めて、5~6人いるかいないか……って言えば分かりやすいかしら?」

 

 世界規模で5~6人って……。

 希少にも限度があるだろうに。

 

「もしも、この事が知られたら、間違いなく注目を受ける。いい意味でも、悪いでもね」

「それは……」

 

 なんとなく予想はつく。

 表沙汰になれば、各国や各企業等がスカウトに走るようになるし、裏では裏で、俺達を誘拐したような連中がまたやって来る可能性が非常に高い。

 

「中学生の貴女にこんな事を言うのは抵抗があるけど、ここで隠してもいずれ知ると思うから言わせてもらうわね」

「はい」

「恐らく、最悪の場合は貴女は非合法な研究所で人体実験のモルモットにされるかもしれない…」

 

 人間としての尊厳すらも奪われる……ってか。

 あれ……待てよ?

 

「俺が狙われる可能性があるのならば、俺の家族である一夏や姉さんも……」

「狙われる可能性があるわね。ま、あのブリュンヒルデに喧嘩を売ろうと思う馬鹿がいるとは思わないけど」

 

 言い切ったな。

 俺も同感だけど。

 けど、もしもそうなったら……

 

(また、前のように誘拐されるかもしれないのか……)

 

 それだけは絶対に避けなければ。

 一夏にはもう、あんな思いはさせたくない。

 

「どうすればいいですか?」

「まずは、貴女のランクを秘密にする事ね。知っているのは一部の人間だけにした方がいいわ」

「例えば?」

「まずは貴女のお姉さんである織斑千冬。彼女ならちゃんと理解してくれるでしょう。そして、この結果を直接見た私達。後は、貴女の後ろ盾になってくれる人達ね」

「後ろ盾?」

「そう。確かに貴女は世界的有名人の血縁者だけど、それだけ。今の彼女はかなりの影響力を持っているけど、それだけじゃ守れない事もある」

 

 確かに。

 世界大会の優勝者にどれだけの力があると言うのか。

 姉さん自身も自分の影響力については否定するだろう。

 

「でも、俺のような中学生に誰がバックについてくれるんですか?」

「それは今から考えるしかないわ」

 

 でしょうね。

 即席で思いつくなら誰も苦労はしない。

 

「大丈夫。私達はIS委員会の日本支部から出向してるの。だから、この件を持ちかえればきっといい方法を思いつくわ」

「いいんですか?」

「勿論。困っている子供を助けるのは大人の義務みたいなものよ」

 

 いい事言うな。

 このご時世には珍しいぐらいいい人だ。

 

「だから、ここは私に任せて」

「……わかりました。どうかお願いします」

 

 礼儀として、俺は深く頭を下げる。

 

「うん。貴女のように礼儀正しくて、将来有望な子がいれば、ISの未来も明るいわね」

「言い過ぎです」

 

 俺はそこまで高尚な人間じゃない。

 寧ろ、普通よりも劣っている言っても過言じゃないだろう。

 

 その後、少しだけ話して、その日は解散した。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「……と、言う訳です」

「ふむ……」

 

 IS委員会の日本支部。時間は夜。

 千夏の中学に来ていた係の女性が、高級感溢れる部屋にて、ある男と向かい合っていた。

 

 その男は大きな木製の机に座っており、大きな体格で着ているスーツが張っている。

彼こそが日本支部のトップにいる支部長である。

 

「まさか、今日行った中学に織斑千冬の妹がいたとはな…」

「それは一昨日言った筈ですが?」

「そうだったか?」

 

 がはは……と、笑いながら体を揺らす。

 

「それで、どういたしましょうか? Sランクの少女……しかも、それがあのブリュンヒルデの妹ともなれば、間違いなくあらゆる組織に狙われるでしょう」

「確かにな」

「一応、後ろ盾になりそうな企業等をある程度リストアップしてはいますが……」

「その事ならば心配あるまい」

「……と、仰いますと?」

「我々がバックにつけばいい」

「………は?」

 

 女は一瞬、言った事が理解出来ずにポカ~ンとなる。

 

「だから、このIS委員会の日本支部がバックにつけばいいと言っている」

「ほ…本気ですか!? 未だ嘗て支部所属の正式なIS操縦者は存在しません!」

「その先駆けになればいいではないか。別に禁止されている訳ではない」

「そうですが……」

 

 前代未聞の事を言い出す男に、女は頭を抱えだす。

 

「それに、我々以上の後ろ盾など存在しまい?」

「それは……」

 

 確かに、IS委員会ほど今の時代において後ろ盾として強大な存在はいない。

 

「ついでだ。自己防衛の為に専用機でも持たせればいい」

「そんな簡単に……」

 

 専用機とは、文字通りの個人用にカスタマイズされたISの事を指す。

 だが、その所持が許可されているのは、訓練に訓練を重ねた企業に所属している人間や、国家代表、もしくは代表候補生のみに限定されている。

 それを、いくらSランクで有名人の妹だと言っても、一般人の少女に持たせるなど、普通はあり得ない。

 その時だった。

 

「その点は心配ないさ」

「え?」

 

 室内に一人の若者が入ってくる。

 綺麗なスーツに身を包み、高級なブレスレットなどを身に付けている。

 

「大島さん……」

「博之か」

 

 入ってきた若者の名前は『大島博之』

 目の前に座っている支部長の実の息子であり、現在は日本支部に所属しているエリートだが、実際は親のコネで今の場所にいる、典型的な七光りである。

 

「専用機ならば、前にドイツから詫びの証として譲渡された機体をあげればいい」

「あの機体ですか!? あれは余りにも性能がピーキーすぎて、事実上の廃棄処分に近い形で押し付けられた、所謂『欠陥機』ですよ!?」

「大丈夫さ。だって、彼女は『あの』織斑千冬の妹なんだろ? きっと上手く使いこなすさ」

「楽観視しすぎじゃ……」

「それに、あの機体は例の彼女が誘拐されたことを防げなかった事に対する日本への詫びとして貰ったんだ。ある意味、最も彼女に相応しいじゃないか」

「貴方は……!」

 

 ニヤニヤとしながら話す大島に、女は怒りを隠せないでいた。

 

「そうだ。どうせなら、この僕に彼女を任せてくれないか?」

「なんですって!?」

 

 大島にはいい噂は無い。

 支部内にいる女性達にも嫌われている。

 彼女だって例外ではない。

 

「いいだろう。お前に一任する」

「支部長!!」

「流石は親父。分かってる」

「ここにいる間は支部長と言え」

「りょ~かい。支部長」

 

 そう話す大島の手には千夏について書かれている書類があり、それを見る大島の顔は怪しい笑いを浮かべていた。

 

(ククク……。中学生は初めてだけど、間違いなく極上の女だ……)

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 検査があった次の日の放課後。

 

 俺は担任の先生に来客用の対談室に案内された。

 案内だけして、先生は去ってしまった。

 どうやら、予めそう言われていたらしい。

 

「失礼します」

 

 ノックをしてから扉を開ける。

 そこには、昨日とは違う、若い男性が立っていた。

 

「貴方は……」

「やあ、初めまして。織斑千夏ちゃん。僕はこういう者だ」

 

 カバンの中から名刺を出して、俺に渡してきた。

 

「IS委員会日本支部所属『大島博之』?」

「お? 僕の名前を一発で読めるなんてやるね~。いつもは読めそうで読めないって言われて、ハクノとかヒロノとかって言われてるんだよ」

「はぁ……」

 

 心底どうでもいい。

 

「昨日の女性は……」

「ああ。昨日の彼女はあくまで検査係の人間だからね。今日は僕が来たんだよ。君の担当になった僕がね」

「担当?」

 

 どーゆーことだ?

 

「君の話は昨日の彼女から全て聞かされている。君が織斑千冬の妹であることも、検査でSランクと言うとんでもない結果を出したことも」

 

 委員会の人間ならば当然かもしれないが、こんな軽薄そうな男に教えても大丈夫なのか?

 

「それで、君には今、バックにつく組織、もしくは企業等が必要な訳だ」

「らしいですね」

 

 主に一夏や姉さんの為……だけど。

 

「で、君の所属が決まって、その報告に来たんだよ」

「もうですか?」

 

 昨日の今日だぞ。

 幾らなんでも早過ぎないか?

 

「君にはIS委員会の日本支部に所属して貰う」

「……なんだって?」

 

 俺が……委員会所属になる……だって?

 

「ど……どう言う事ですか?」

「そのままの意味だよ。君にはこれから、IS委員会所属のIS操縦者になってもらう」

 

 いきなりの事で頭が追い付かない。

 俺が委員会所属?

 なんで、どうしてそうなった?

 

「今まで委員会所属の操縦者はいるんですか?」

「いや? 基本的には企業や国家に属するのが普通さ」

「ならば……」

「でも、駄目だって決まりも無い。だから、君がその先駆けになるんだよ」

「先駆けって……」

 

 どうして俺にそんな大役を押し付けようとする。

 俺の事を過大評価しすぎだ。

 

「織斑千冬の妹である君なら、きっと大丈夫さ」

「俺は姉さんじゃない。同じ役割を求めないでもらいたい」

「でも、大衆は求める。そして、君はそれに応えなくてはいけない」

「そんな……」

「理不尽だと思うかい? でも、それが大人になるってことさ」

 

 言いたいことは分かるが、それとこれとは話が別な気がする。

 

「それに伴い、君には専用機が授けられる」

「専用機……」

 

 それは俺も知ってるぞ。

 ちょっとだけ勉強したから。

 

「なんでそこまで……」

「それだけ期待してるってことさ」

 

 それに対して言いたい事はあるが、その前に一言。

 

「こう言うのは、まず俺の保護者である姉さんと相談したいと思っていたんですが…」

「おお。それもそうだ」

 

 いや、保護者に相談するのは常識だろう。

 昨日は姉さんが忙しかったようで電話で話せなかったから、今日の放課後に相談しようと思っていたんだが……。

 まさか、次の日に決まるなんて予想すらしなかった。

 

「なら、今から話すかい?」

「へ?」

「番号は知ってるんでしょ?ここで電話して話せばいいじゃん」

「えぇ~……」

 

 どうして、そこまで急ごうとするんだよ…。

 マジで意味わからん。

 

(あぁ~……早く手元において、この体を味わいたいなぁ~。中学生にしてはスタイル良すぎなんだよ。まるで、男に抱かれる為に生まれたような体じゃん)

 

 なんか……いやらしい目で全身を舐め回すように見られてるんですけど。

 これが俗に言う『生理的に受け付けない』ってやつか。初めて知った。

 

 嫌悪感に駆られながら、ポケットから携帯を取り出した。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「なにこれ……」

 

 モニターの光だけが光源の暗い空間。

 床にはそこら中にケーブルが敷き詰められていて、ここが研究所の類であることを辛うじて示している。

 そこに彼女…篠ノ之束はいた。

 

「なんで……なんで、なっちゃんに適性があるの!? 睾丸性女性化症候群であるなっちゃんには適正なんて無い筈なのに!!」

 

 完全に予想外の出来事に、束は珍しく動揺していた。

 その顔に余裕は微塵も無く、焦っているのが分かった。

 

「なっちゃんだけは……ISに関わらせないようにしたかったのに……」

 

 涙が流れて、床に落ちる。

 束の心情を如実に表していた。

 

「なんとかして、なっちゃんの『本当の性別』だけは秘密に出来たけど……。それでも、Sランクなんて結果が出ちゃったら、間違いなくちょっかいを出そうとして来る馬鹿共がいる。私が傍にいて守ってあげられればいいんだけど……」

 

 だが、束が今、表舞台に出るわけにはいかない。

 でれば十中八九、様々な輩に狙われるから。

 

「どうして……なっちゃんばかりがこんな目に遭うの……? なっちゃんは何もしてない……何にも悪い事なんてしてないのに……」

 

 束の呟きは静かに暗闇に響いた。

 

「きっと、なっちゃんはちーちゃんに相談するだろうな…。ちーちゃんはどうするのかな……?」

 

 これからどうなるのかは誰にもわからない。

 だが少なくとも、まだまだ千夏には安息が訪れることが無いのは確実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




怒涛の展開?

ここからIS学園に入るまで、千夏にまた試練が訪れます。


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第13話 引き返せない道へ

千夏の状況が目まぐるしく変化していきますね。

でも、まだまだ原作突入は遠そうです。







 IS委員会日本支部の支部長室。

 そこには、大島の実父である支部長が座っている机の前に、多くの投影型モニターが映っていた。

 

 映っているのは、各国支部の支部長とIS委員会の委員長だ。

 

「……と言う訳です」

『成る程な……』

 

 大島支部長は委員長に千夏の事に関する、今分かる全てを報告していた。

 

『あのブリュンヒルデの妹がSランクを叩き出すとはな』

「ええ。私も聞いた時は我が耳を疑いました」

『だろうな。だが、君のアイデアはいいと思うぞ』

「おお!」

 

 自分の提案が褒められた事に、年甲斐も無く喜ぶ。

 その様子は、傍から見ると実に醜いものだった。

 

『もしもSランクなんて結果を見たら、表も裏も大きく騒ぎ出すだろう。ならば、その前に我等の手元に置き、自分達の手駒にする。とっさの判断にしては上出来だ』

「お褒め頂き光栄の至り……」

 

 画面越しに頭を下げる支部長。

 自分よりも強い存在にはとことん腰が低い。

 典型的な俗物の姿がそこにはあった。

 

『私は反対だ!』

 

 だが、それに意を反する者が現れた。

 それは、イタリア支部の支部長だった。

 

『いくらSランクで織斑千冬の妹だからと言っても、本人は何処にでもいる普通の少女に過ぎない! そんな少女をいきなり世界初のIS委員会代表のIS操縦者にしようだなんて、常軌を逸しているとしか思えない!』

「黙れ! お前は彼女が馬鹿共に利用された挙句、モルモットにされてもいいと抜かすか!」

『そうは言っていない! だが、時期尚早だと言っている! 判明したのはついこの間だと言うじゃないか!』

 

 一応言っておくが、大島支部長の言葉は心からの言葉ではない。

 咄嗟に言った言い訳に過ぎない。

 

『黙り給え』

「『うぐっ……!』」

 

 委員長の一言に圧され、二人は黙ってしまった。

 

『私としても、彼女の委員会代表就任については賛成している』

『い……委員長!?』

『この世界はね、常に新しい『風』を求めているのだよ』

「新しい……風?」

『そうだ。今までISと言う存在に塗れた時代を引っ張てきた織斑千冬は、自ら引退を表明した。そうだね?』

「は……はい。もう家族を危険な目に遭わせたくないと言って、そのまま……」

『私は、去る者は追わず来る者は拒まずの主義だ。彼女が引退したいと言うのならば、引き留めようとは思わない。実際、潮時だと思っているしな』

「どう言う事でしょうか? まだまだアイツには利用価値があると思いますが……」

『織斑千冬は敗北した。そこにどのような事情があろうとも、彼女は自分自身の意思で敗北を受け入れたのだ。今の時代に、負け犬の『象徴』は必要無い』

 

 『象徴』という言葉に妙に力が入っていた。

 

『そこで、今の我々に必要なのは織斑千冬に成り代わる新たな『象徴』だ。それが……』

『織斑千夏……だと?』

『そうだ。織斑千冬の実の妹で、しかも、姉と同じSランク。これだけでも充分に世間の目を注目させられるだろう』

「おぉ……」

 

 その脂ぎった顔を醜く驚愕に染めて、ポケットから出したハンカチで汗を拭く支部長。

 

『彼女は間違いなく、次世代の『偽りの偶像(アイドル)』になってくれるだろう』

『彼女を……利用する気ですか……』

『その言い方は適切ではない……と、言いたいところだが、その通りだよ。私は利用できるものはなんでも利用する質だ』

『くっ……! 失礼する!!』

 

 イタリアからの通信が切れた。

 激昂して、向こうから切ったようだ。

 

「馬鹿な奴め…」

『言ってやるな。世の中には彼の様なフェミニストも必要だ』

「はぁ……」

『彼女はそこにいるのかね?』

「いえ。近日中には来させるつもりですが…」

『それでいい。慌てる必要はない』

「分かりました」

『織斑千夏は日本支部代表ではなく、IS委員会全体の代表と言う事にする。異議はあるか?』

 

 委員長が映っている全員に語り掛けるが、誰も何も言おうとしない。

 

『満場一致……ではないか。イタリアが反対していたな』

「ですが、それ以外は賛成しています」

『そうだな。ならば、織斑千夏のIS委員会代表操縦者就任を決定とする』

 

 モニターに映っている全員と、大島支部長が拍手をする。

 

『書類などはそちらで書かせたまえ。こちらはこちらで準備をしよう』

「準備とは?」

『彼女を大々的にお披露目する準備だ』

 

 それだけで、支部長は全てを悟ったようだった。

 

「ランクはどうしますか?」

『発表までは秘密にし、彼女の就任を披露する際に発表しよう。インパクトはありすぎて困る事は無い』

「そうですな。『裏』の連中も、委員会を敵に回そうとは思わないでしょうし」

『そう言う事だ。我等が彼女の最強の盾になる代わりに、彼女には色々と役に立って貰うとしよう』

 

 委員長の顔は怪しく歪んでいて、そこにはある種の狂気が見え隠れしていた。

 

『いつか機会があれば、私も新たな『ブリュンヒルデ』に会いたいものだ』

 

 彼が通信を切る際に呟いた一言は、支部長には聞こえていなかったようで、彼は何の反応も示さなかった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 大島さんに促されるがまま、俺は自分の携帯でドイツにいる姉さんに掛けた。

 

『もしもし?』

「えっと……姉さん?俺…千夏だけど…」

『千夏か。今日はまたどうした?』

「実は……」

「あぁ。そこからは僕が説明するから、スピーカーにしてくれないかな?」

『何? そこに誰かいるのか?』

「ちょ……ちょっとね……」

 

 俺は携帯をスピーカーモードにして、机の上に置いた。

 

「あ~……聞こえますか?」

『……貴様は誰だ』

 

 あ、明らかに怒っている。

 

「僕はIS委員会日本支部に所属している大島博之といいます」

『大島……あの男の血縁者か?』

「あぁ。貴女は僕の父の事を知っているんでしたね」

『成る程。アイツの息子か。道理で耳障りな声だと思った』

「ははは……。いきなり辛辣だなぁ~」

 

 電話越しとは言え、ここまでブチ切れている姉さんは初めてかもしれない。

 

『それで? その息子が私の妹となんで一緒にいる?』

「それを説明するために、彼女に連絡を取ってもらったんです」

『なんだと?』

「実はですね……」

 

 そこから、大島さんは昨日あった出来事を話した。

 学校でIS適性の検査があって、そこで俺がSランクを出した事。

 そして、IS委員会がバックにつくと言い出した事も。

 

「……と、言う訳なんです」

『そ……そんな……千夏が……』

「流石の貴女も驚きを隠せないようですね」

『(なんで千夏に適性があるんだ!? あいつの本当の性別ならば、適正なんてあるはずないのに……)』

 

 あ、なんか静かになった。

 

「どうしました?」

『い……いや、なんでもない』

 

 絶対になんか思ったでしょ。

 敢えてツッコミはしないがな。

 

『しかし、何故委員会がバックにつく?そんな話は今まで聞いた事は無いし、幾らなんでも早急過ぎはしないか?』

「言いたいことは分かります。ですが、もたもたしていたら、それだけ妹さんは危険になるんですよ?どこから情報が洩れているか分からない世の中ですから」

『それは……』

「だから、下手に今から探すよりも、委員会自体がバックについた方が色々と都合がいいんです。準備は手早く出来るし、委員会程、このご時世で強大な後ろ盾は存在しませんよ?」

『ちっ……!』

 

 彼に論破されて悔しいのか、姉さんの舌打ちが聞こえた。

 

 今時、情報漏洩なんて日常茶飯事だしな。

 寧ろ、漏洩しない情報の方が珍しい。

 その時、大島さんの携帯が鳴った。

 

「あ、ちょっと失礼」

 

 大島さんは携帯を持って、そそくさと部屋を出た。

 

『……大丈夫か? 千夏。何か変な事はされてないか?』

「今はまだ……な」

『気を付けろよ。何かあれば、真っ先に私か一夏に言え。いいな?』

「わかった」

 

 可能な限りは自分で何とかしたいが、今回ばかりは姉さんに頼るかもしれない。

 それ程までに、あの大島という男は好きになれない。

 

『それにしても、まさか千夏がSを出すとはな…』

「俺自身が一番驚いてる」

『無理も無い』

「他の人に聞いたんだけど、姉さんもSだったって…」

『あぁ……その通りだ。そのせいで、私も色々な目に遭ったがな……』

 

 どうやら、姉さんも姉さんで苦労が絶えないようだ。

 心中お察しする。

 そんな風に話していると、大島さんが戻ってきた。

 

「やぁやぁ。お待たせしたね」

「『別に待ってない』」

「おう……今度は姉妹揃ってか…」

 

 電話越しに姉さんとハモった。

 貴重な体験だな。

 

「親父から連絡が来たよ。なんでも、IS委員会の委員長が直々に君の委員会代表になる事を認めたようだ」

『なんだとっ!?』

 

 それって、もう確定事項じゃん。

 俺は戻れない場所に来てしまったのか……。

 

「相変わらず親父は仕事が早いよ。僕も脱帽だ」

「なら……」

「うん。近いうちに君にはウチの支部に来てもらって、そこで正式な手続きとかをして貰う事になるかな?」

 

 はぁ……きっと、面倒な書類とかを書かされるんだろうな。

 俺、昔(転生前から)書類とかって苦手なんだよな。

 履歴書書くだけでも超絶億劫になるし。

 

『……待て。一夏には話したのか?』

「まだ話してない。まずは姉さんに相談しようと思っていたから。でも……」

『お前の状況が想像以上に加速している……か』

「うん。お陰でゆっくりと考える事も出来ない」

「だよね~。僕もよく分かる」

 

 嘘つけ。

 そのニヤニヤ顔が本気でキモイ。

 

「弟君にはある程度の事は話してもいいんじゃない? どうせ、遅かれ早かれ世界中に知れ渡るんだし」

『どう言う意味だ……』

「おっと。こればかりは貴女にも話せません。委員会の機密に関わりますから」

 

 大体の事は想像がつくけど、敢えて考えないようにしよう。

 

「貴女も黙っていてくださいよ? もしも話したりしたら……」

『分かっている!』

 

 ここまで堂々と姉さんを脅すか。

 コイツが委員会の人間じゃなければ、真っ先に殴っていたな。

 

『む? ……すまない。呼び出しをくらってしまった。ここで失礼する』

「こちらこそ、お忙しいところを失礼しました」

 

 絶対に心からの言葉じゃない。

 

『千夏……もう一回言うぞ。気を付けろよ』

「了解」

『ではな』

 

 通話が切れて、俺は携帯をポケットにしまった。

 

「さて、次は弟君に説明しに行こうか?」

「学校にはいいんですか?」

「そっちは親父の方から説明するさ」

 

 俺は俺で、目の前の事に専念しろってか?

 

「じゃあ、行こう」

 

 大島さんと一緒に部屋を出て、俺は一夏が部活をしている剣道場に向かった。

 一緒に歩いている途中、彼の手が妙に俺の下半身に向かっている気がした。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「……と言う事なんだ」

「そんな……」

 

 剣道場に来て一夏を見つけた俺は、丁度休憩中だったのを見計らって、こっちに呼んだ。

 そして、隣にいた大島さんが自己紹介の後に、昨日の事を説明した。

 勿論、細かい場所は全部カットしているが。

 特に俺のランクの事は話していない。

 精々、『高いランクが検出された』と言ったぐらいだ。

 

「そんな訳で、千夏ちゃんには近いうちに日本支部まで来てもらう事になると思う。多分、手続きの他にも色々とやる事があるから、基本的には放課後は定期的にこっちに来ることになるだろう」

「そうですか……」

 

 いきなりの事に、一夏はどんな表情をしていいか分からないような感じがした。

 無理も無いだろう。

 俺だって一夏の立場だったら同じような反応をすると思う。

 

「流石に今日いきなりって事は無いけど、君もそのつもりでいて欲しい」

「分かりました。帰りとかはどうするんですか?」

「遅くならないうちに、こっちでちゃんと家まで送るよ。彼女は今や、立派な人材だからね」

 

 濁したな。

 どう考えても、それが本音だとは思えない。

 俺の事を道具ぐらいにしか考えてないに違いない。

 

「今日は僕もこのまま帰るよ。部活の邪魔をして悪かったね」

「いえ……」

 

 一応、会釈をする一夏だったが、本能的に彼の危険さを悟ったのか、その表情は曇ったままだった。

 

「それじゃまたね。一応、何かある時はこっちから連絡するから」

「分かりました」

 

 非常に不本意だが、剣道場に来るまでの間に彼と携帯の番号を交換しておいた。

 彼からの着信がある度に、俺の心は更に暗くなりそうだ。

 大島さんはこっちに手を振りながら、この場から去っていった。

 

「悪いな……また迷惑をかける……」

「気にすんなって。何回も言うけど、千夏姉は何も悪くない。誰もこんな状況になるなんて想像出来ないって」

「そう……だな」

 

 今日ばかりは一夏の慰めが身に染みる。

 許されるなら、ここで全てを白状したい。

 けど、それは出来ない。

 一夏の事を守るために。

 

「これからは、皆が忙しくなるんだな」

「そうなるな。家事が疎かになってしまう」

「その辺は俺がなんとかするよ」

「お前は……」

 

 唯でさえ部活で忙しいのに、家事まですると言い出すとは……。

 俺は一生、一夏に頭が上がらないな…。

 

 その後、俺は剣道場を後にして、そのまま帰路についた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「これか?」

「らしいな」

 

 ISの操縦者を育成する訓練所。

 ここでは未来の日本代表を生み出す為に、多くの訓練生や代表候補生が日夜訓練に明け暮れている。

 そこの格納庫に、一体の全身装甲のISが鎮座していた。

 

「話だと、これってドイツから詫びとして貰ったんだって?」

「表向きはな。でも、実際は廃棄処分に近いらしいぜ」

「なんで?」

 

 格納庫では、二人の整備士がISを見ながら話していた。

 

「性能がピーキーすぎて、今だに誰も乗りこなせてないんだと」

「それって、事実上のガラクタじゃねぇか。そんな機体に誰が乗るんだ?」

「なんでも、あのブリュンヒルデの妹だってさ」

「マジで!?」

「マジマジ。世界最強の妹なら大丈夫なんじゃないかって思ったらしいぜ」

「うわぁ~……。その妹ちゃんもいい迷惑だな」

 

 彼等の前に存在しているISのカメラアイが怪しく光る。

 まるで、自身の主を待ちわびているかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




もしかしたら、次あたりに千夏の専用機が判明するかも?

皆の答えは当たっているかな?


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第14話 『否定』と言う名のIS

千夏には千冬と束以外の大人の味方が少ないと思われがちですが、ちゃんと理解者はいます。

今回は、そんな人が登場するかも?







 大島さんと初めて出会い、千冬姉さんと一夏に事情を話し、そして、俺がいつの間にか史上初のIS委員会代表のIS操縦者に密かに任命されてから数日後。

 意外と俺はいつものような毎日を送っていた。

 この前までのノリからして、また次の日にでも呼び出しが来ると覚悟していたのだが……。

 

「連絡は来たのか? 千夏姉」

「いや、まだだな」

 

 俺は一夏と弾と一緒に教室にて昼食を食べていた。

 因みに、俺が食べているのはサンドイッチ。

 味がしないので、俺的にはスポンジを食っているに等しいが。

 

「連絡? 何の事だ?」

「ちょっとな」

 

 流石に弾に全てを話すわけにはいかない。

 ここは適当に濁しておこう。

 けど、学校側には既に知らせてあるんだろう。

 主に校長や教頭とか。

 

「ふ~ん……。ま、千夏が自分から言わないんなら、深くツッコむのは野暮ってもんだな」

 

 弾のこういうところに、俺は非常に好感が持てる。

 一夏にも少しは見習ってほしいものだ。

 俺が最後のサンドイッチを口に放り込んだ時だった。

 

「「あ」」

 

 俺の携帯に着信が来た。

 掛けてきたのは……。

 

「大島さんか……」

「噂をすれば……だな」

「ああ。少し外す」

 

 俺は廊下に出て、電話に出た。

 

「もしもし?」

『やぁ! 大島だよ! 連絡が遅れて済まなかったね!』

「いえ、別に気にしてないんで」

『ははは! 君は相変わらずだねぇ~』

 

 いや、割と本音なんだけど。

 

『おっと、君と話すとどうも話が脱線してしまう。いけないいけない」

 

 あっそ。

 本気でどうでもいい。

 

『書類の準備とかに手間取ってね。でも、もう大丈夫だよ』

「ならば……」

『今日の放課後に合わせて、君を迎えに行くよ』

「わかりました」

『それじゃ、放課後に会おう』

 

 通話が切れた。

 

「はぁ……」

 

 またあの人に会うのか。

 正直言って、あの男は苦手なんだが。

 俺の中の『何か』が危険だと言っている。

 

 憂鬱な気分になりながら、午後の授業を受けた俺だった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 放課後。

 俺は帰り支度をしながら教室の窓から外を見る。

 

「一夏は今日も部活か?」

「まぁな。弾は?」

「俺は家の手伝い。少しでも小遣いを稼ぎたいしな」

 

 二人共、放課後は予定が入っているか。

 ま、それは俺も同じなんだけどな。

 

「あれ?」

「どうした? 千夏姉」

「いや……あそこ」

 

 学校の校門の前に一台の車が停車していて、その前にスーツを着た一人の女性がいた。

 どう見ても大島さんじゃない。

 

「誰だ?」

「さぁな。だが、こっちを見ているということは、多分、俺関係だろう」

 

 まずは行ってみてからだな。

 

「それじゃあ、俺は行く。二人も頑張れよ」

「お互いにな」

「おう……って、俺は千夏が何をするかを知らねぇんだけど……」

 

 そうだった。

 ま、気にするな。

 

 俺はカバンを持って校門に向かう事にした。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 女性の元まで行くと、彼女の方からこっちに来た。

 近くで見ると、息を飲むほどの美人で、肌の色が白いことから、外国人だと思われる。

 俺、英語って苦手なんだけど大丈夫か?

 

「貴女が千冬の妹の織斑千夏ちゃんね」

「え? なんで姉さんの事を……」

「あ、まだ自己紹介をしてなかったわね」

 

 思いっきり日本語だった。

 助かったけど、どんな人なんだろうか?

 

 コホンと、わざとらしく咳払いをした後に、彼女が自己紹介をしてくれた。

 

「初めまして。私は松川芳美。IS委員会の日本支部支部長の秘書をしていて、今日は貴女の事を迎えに来たって訳」

 

 まさかの日本人だった。

 しかも、美人秘書。

 フィクションだけの存在じゃなかったんだな、美人秘書。

 

「あの……大島さんは?」

「彼は別の仕事があるから、私が代理で来たの」

「別の仕事?」

「そ。彼もああ見えて忙しいから」

 

 そうなのか。

 見た感じはエリートだったしな。

 社会人は大変だ。

 

(本当は、アイツなんかをこんな美少女ちゃんと二人っきりにしたら、どうなるか分からないから、なんとかして私が来たのよね)

 

 今、一瞬だけ凄い表情になったような気がしたけど、気のせいか?

 

「とにかく、まずは行きましょうか」

「分かりました」

 

 俺は彼女の車の助手席に乗って、車は発進した。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 車内。

 俺は窓の外を見ながら、ボーっとしていた。

 

「にしても、貴女も大変ね。Sランクなんて結果が出たせいで、こんな事になるなんて」

「今更気にしても仕方ないですよ。現実逃避しても無意味ですし」

「うふふ……やっぱり千冬の妹ね。そんな所がそっくりだわ」

 

 そうか?

 よく言われるが、全然自覚は無い。

 

「あの、さっき聞きそびれた事なんですけど、姉さんとは知り合いなんですか?」

「知り合い……って言うよりは、ライバルだったかな?」

「ライバル?」

 

 それって、雷を張ることか?

 それとも、フランス風に威張る事?

 

(雷を張って『(らい)()る』。フランス風に威張って『La()・イバル』。なんちゃって)

 

 ……ちょっとしたお茶目だ。

 軽く聞き流してくれ。

 

「そう。もう引退しちゃったけど、私は日本の代表候補生だったのよ」

「成る程……」

 

 それなら千冬姉さんと知り合いでも不思議じゃない。

 互いに切磋琢磨し合った仲…と言う訳なんだな。

 

「一応、貴女のコーチ的な事もする予定よ」

「コーチ……ですか?」

「うん。本意であれ不本意であれ、貴女は委員会の代表に選ばれてしまった。ならばもう、やる事は一つしかない」

「……ですね」

 

 今から、とことんまで自分を鍛えて、代表に相応しい人間になる。

 

 考えてみれば、これはいい機会かもしれない。

 前々から体を鍛えたいとは思っていたが、どうも機会や時間に恵まれなかった。

 いや、これは言い訳だな。

 己の怠慢が招いた結果がこれだ。

 ならば、これからは自分に対する甘えは捨てよう。

 『織斑千冬の妹』に相応しい操縦者にならなくては。

 

 心の中で決意を新たにしながら、車は一路、IS委員会日本支部へと向かっていった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 日本支部は想像以上に大きな建物だった。

 簡単に言うと、超でっかいビル。

 軽く見ても、50階くらいはあると思う。

 

 到着してから、車は地下の駐車場に止めて、俺は芳美さん(名字で呼ぼうとしたら、名前でいいって言われた)と一緒に、建物の中へと入っていった。

 

「まずは支部長室に向かうわよ」

「はい」

 

 案の定、建物内は凄く綺麗で、どこもかしこも豪華絢爛の一言に尽きた。

 流石はIS委員会の日本支部。

 明らかに細かい所まで金を使いまくっているのが分かる。

 

 俺達はエレベーターで最上階にあると言う支部長室に向かう。

 因みに、このエレベーターも凄く豪華で、床に真っ赤な絨毯が敷かれていた。

 生まれて初めてエレベーターに乗るのに躊躇してしまった。

 

 その途中、丁度半分の25階で一度エレベーターが止まった。

 誰かが乗ってくるんだろう。

 扉が開くと、そこにいたのは……。

 

「おや?千夏ちゃん?」

 

 書類の束を持った大島さんだった。

 

「げ」

「出会って早々にその反応は無いんじゃない? 芳美さん」

「名前で呼ばないで」

「酷いなぁ~」

 

 明らかに険悪なムード。

 滅茶苦茶嫌われてるじゃん。

 そんな空気なんて全く気にせずに大島さんはエレベーターに乗ってきた。

 

「千夏ちゃん、こっちに来て」

「え?」

 

 芳美さんに抱き寄せられるように腕を引かれたた。

 

「あんな奴の傍にいたら、貴女もイカ臭くなっちゃうわよ」

「それは流石に傷つく」

「事実じゃない」

 

 え? もしかして大島さんってセクハラ大魔神?

 そのままの状態で、最上階まで上がっていった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 目的の階について芳美さんについていくと、なんでか大島さんも一緒に来た。

 

「なんで一緒に来るのよ」

「二人は親父に会いに行くんだろ? 俺も用事があるんだよ」

 

 そう言って彼は手に持った書類をピラピラと見せびらかす。

 

「ちっ……」

 

 明らかに聞こえるように舌打ちをしたよ…この人。

 

 そのまま歩いていくと、眼前に見ただけで分かる程の高級な扉が見えた。

 あそこが支部長室か?

 

 扉の前まで行くと、芳美さんがノックをする。

 

「支部長。織斑千夏さんをお連れしました」

「分かった。入れ」

「失礼します」

 

 芳美さんが扉を開けて、それに伴って俺と大島さんも一緒に入る。

 

「なんだ、博之も一緒だったのか」

「まぁな」

 

 この感じ……本当に親子だったんだな。

 

 目の前にいる支部長は凄く太っていて、顔中から汗を垂れ流している。

 まるで絵に描いたかのようなお偉いさんだ。

 漫画やアニメから飛び出してきたかのような容姿だ。

 

「少し待っていろ。まずはこっちの用事が先だ」

「りょ~かい」

 

 公私を使い分けるって事を知らないんだろうか?

 敬語ぐらいは使ったらどうだ?

 

「君が織斑千夏さんかね?」

「は……はい」

 

 まるで舐め回すかのように俺を見る支部長。

 こういう所は親子そっくりだな。

 

「私が支部長の大島だ。さっきの会話で分かったと思うが、そこにいる博之は私の息子だ」

「はぁ……」

 

 顔や体はともかく、その性格は凄くそっくりだよ。

 

「もう聞いているとは思うが、君には史上初のIS委員会代表のIS操縦者になってもらいたい」

「はい」

 

 もうここまで来たら、冗談抜きで引き返せない。

 突き進むのみだ。

 

「いい返事だ。君ならばきっと、あの織斑千冬以上の操縦者になってくれるに違いない」

「過分な褒め言葉、ありがとうございます。私自身も姉を超えるような操縦者になれるように日々、努力していきたい所存です」

「そうか、そうか。頑張ってくれたまえよ」

「はい」

 

 一応、こういった場なので、一人称を『私』にしてみた。

 我ながら違和感が半端ない。

 

「松川君。これからはウチのバカ息子と一緒に彼女を支えてくれよ」

「了解です」

「君には主に、千夏君のISの操縦などを指導して欲しい」

「それは分かりましたが、訓練は何処ですれば?」

「それならば問題無い。既に代表候補生達が使用している訓練施設の使用許可を取っている」

「分かりました。では、これから千夏ちゃんは日本の代表候補生達と一緒に訓練をする……と言う事でよろしいのでしょうか?」

「ああ。頼んだぞ」

「はい」

 

 なんか、サラッととんでもない事を言わなかったか?

 日本の代表候補生達と一緒に訓練する? マジで?

 

「では、これで失礼します。まだやる事があるので」

「そうか」

「えっと……失礼します」

 

 俺は自分に出来る精一杯のお辞儀をしてから、芳美さんと一緒に支部長室を後にした。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 千夏と芳美が出ていってから、大島は支部長と向き合っていた。

 

「……で? どうだった?俺の千夏ちゃんは」

「ふふふ……写真で見るよりも遥かに美しかったな。あれならば、問題あるまい」

「だろ?」

「ところで博之。もう彼女の『味見』はしたのか?」

「いや、まだだ。もうちょっと彼女から信頼を勝ち足らないと。でも、なんで芳美さんに訓練を任せたんだよ? そんなの、適当に訓練所にいる連中でいいだろ?」

「私も最初はそれでいいと思った。だがな、IS委員会全体を彼女に信用させるためには、こちらからも積極的に動かなくてはいけない。お前個人の信頼だけでは駄目なのだ」

「それもそっか」

「それに、松川君は元代表候補生だ。彼女ならば千夏君をいい具合に鍛えてくれるだろう」

「じゃあ、俺はどうなるんだよ?」

「お前はここで彼女のバックアップをすればいい。なぁに、会う機会なんぞ幾らでも作れる。だから心配するな」

 

妖しく笑う支部長の顔は、傍から見ても醜いの一言に尽きた。

 

「それで? お前は何の用で来た? まさか、こんな話をする為ではあるまい?」

「俺はちゃんとした仕事の話だよ。ほら、書類」

「おお、そうか。それどれ……」

 

 そこからは、二人は真面目な口調でビジネスの話をしだした。

 最低の性格と趣味を持っている親子も、仕事だけは真面目にするのだった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 支部長室を出た俺達は、エレベーターで下の階に移動して、客室のような部屋で書類を書かされていた。

 あまりよく分からないので、芳美さんに色々と教えられながら記入していった。

 

「これでいいですか?」

「うん、大丈夫よ。貴女って字が上手なのね」

「そうですか?」

 

 普通だと思うがな。

 

「他の書類とかは既に千冬の元に送っているから、貴女が書く書類はこれで終わりね」

 

 やっと帰れるか。

 早く家に帰ってゆっくりとしたい。

 

「じゃあ、次は訓練所に行こうか?」

「訓練所?」

 

 またどこかに行くのか。

 

「さっきの話にあったように、日本の代表候補生達が訓練している施設よ。これからは、基本的に訓練所に行くことになるから、覚えておいてね」

「分かりました」

 

 ここに来るのは今日だけなのか。

 

「何かある時以外は訓練所で訓練する事になるから」

「訓練……」

 

 一体どんな事をするんだろうか。

 少しだけ興味がある。

 

「まずはそこで、貴女の体のサイズを測ってISスーツを造るから」

「ISスーツ?」

 

 確か……ISの操縦をする際に着るスーツの事で、なんでかスク水のようなデザインをしてるんだよな。

 理由は不明だけど。

 

「初めての委員会代表なのに市販のスーツじゃ格好がつかないでしょ? だから、貴方専用のISスーツを特注するの」

「特注……なんて豪華な響き……」

 

 少なくとも、今までの俺に人生には全く縁が無かった言葉だ。

 

「そして、そこには貴女のこれからの相棒になる専用機もあるのよ」

 

 専用機……俺だけのIS……。

 

「あまり遅くなって君の弟君を心配させちゃいけないから、早速行きましょうか?」

「そうですね」

 

 そんな訳で、俺達は日本支部を後にして、そこから少し離れた代表候補生達がいる訓練所に向かった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 もう陽が沈みかけているが、俺達は訓練所まで来た。

 

 中は少し豪華なトレーニング施設みたいで、派手ではないが、壁や床や設置してあるベンチなどが綺麗にしてあった。

 

「静かですね」

「もう遅いしね。訓練生の子達はもう帰ったんでしょ」

 

 遅くまではしないのな。

 でも、それもそっか。

 ここで訓練しているのは、俺と同年代の少女達なのだから。

 

 俺が周囲をキョロキョロとしていると、芳美さんに一人のトレーナーらしき女性が話しかけてきた。

 

「あれ? 芳美さんじゃないですか。こんな時間にどうしたんですか?」

「久し振り。彼女にここを見せてあげようと思って」

 

 そう言って、芳美さんは俺を前に出した。

 

「その子って……」

「そう。彼女が噂の子よ」

「史上初の委員会代表の……。確か、千冬さんの妹さんだって」

「その通り。よく見ると目元とか千冬にそっくりよ」

 

 そうなのか?

 初めて言われた。

 

「まだ大丈夫? この子のサイズとかを調べたいんだけど」

「ISスーツの為ですね。分かりました。まだ鍵は閉めてませんから、適当な更衣室を使っていいですよ」

「ありがとう」

「ありがとうございます」

 

 芳美さん先導の元、俺は近くにあった更衣室に入った。

 

「えっと~……メジャーメジャー……あった」

 

 芳美さんがそこら辺からメジャーを持って来た。

 

「メジャーで測るんですか?」

「意外?」

「はい。なんかの装置を使うと思ってました」

「こう言うのって、アナログな方が正確に測れたりするのよ」

「成る程……なのか?」

「そうよ。ほら、服を脱いで」

「分かりました」

 

 普通ならば、ここで多少は羞恥心が出たりするんだろうが、俺のような人格破綻者にそんな上等なものは期待しない方がいい。

 実際、前に一夏が間違えて俺の着替えを覗いた時があったが、何にも思わなかったしな。

 俺は下着姿になって芳美さんの前に立った。

 

「……自分で言っといてなんだけど、少しは羞恥心を持った方がいいわよ?」

「努力します」

「………ま、いいわ。じゃあ測るわよ」

 

 芳美さんの持つメジャーが俺の身体を巻いていく。

 

「トップは……85。本当に中学生?」

「失敬な。立派な中学生です」

 

 男だけど。

 

「そしてアンダーは……65。やるわね……」

「どうも」

 

 自分の胸のサイズとか気にした事ないから、褒められても何にも感じない。

 

 それからも、ヒップや首の周りなんかを調べて終わった。

 

「着替えたら、今度は格納庫に行きましょ。そこに貴女の相棒が待ってるわ」

「わかりました」

 

 俺の専用機……か。

 どんな機体なんだろうか?

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 格納庫につき、芳美さんが明かりをつけると、沢山のハンガーに前に雑誌で見たISが鎮座していた。

 

「あそこにあるのは、日本製の第2世代型ISの『打鉄』。ここの訓練生達が普段使用している物ね。私や千冬も使った経験があるわ」

「へぇ~……」

 

 本物のISなんて初めて見た。

 ちょっとカッコいいな。

 

「で、貴女の機体はこっち」

「あ……はい」

 

 芳美さんがどんどんと歩いていく。

 慌ててそれについていく。

 暫く歩くと、端の方に全身装甲の漆黒のISが立っていた。

 

 関節部は銀色に染まり、蛇腹のようになっていて、爪先や膝パーツ、肩パーツの回りなんかが暗い金色になっており、肩部や膝部の一部が灰色のクリアパーツになっている。

 

「これが……?」

「ええ。この機体こそが、貴女の専用機。その名も『ディナイアル』よ」

「ディナイアル……」

 

 確か、英語で『否定』って意味だったか?

 全体的に細身のISだな。

 他の機体とは全くデザインが違う。

 

「この機体はね、ドイツから送られてきたんだって」

「ドイツから?」

「お詫びの証らしいけど、詳しいことは教えられてないのよね」

 

 詫びって…もしかして、俺や一夏が誘拐されたことに対する事か?

 謝罪をするのは分かるが、それがISを送る事って。

 国家間のやり取りって凄いな。

 

「詳しい機体データは今度、整備員にでも聞けばいいわ」

「はい」

 

 見上げてみると、なんだかディナイアルに見下ろされている気がした。

 

「そうだ。ちょっと触ってみる?」

「いいんですか?」

「搭乗さえしなければ大丈夫よ」

「なら……」

 

 恐る恐る近づいて、そっとディナイアルの装甲に触れてみる。

 すると……。

 

「!!?」

 

 いきなり、俺の頭の中に様々な情報が流れてきた。

 

 それは主に、色んな格闘技についての事だった。

 型や特徴、その他にも沢山。

 そして、最後に流れてきた情報が……。

 

「次元……覇王流……?」

 

 聞いたことも無い格闘技に関する情報が頭の中に流れた時、俺の意識はいきなり遠くなった。

 

「ち……千夏ちゃん!? 一体どうしたの!? ねぇっ!?」

 

 芳美さんの声を聞きながら、俺の意識は暗闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




そんな訳で、千夏の専用機はディナイアルガンダム(黒・金カラー)でした。

本来はディナイアルが一番最後なんですが、今回は一番最初になってもらいました。

じゃあ、パワーアップしたら当然……?


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第15話 訓練開始

今日、無くしたと思っていた携帯が見つかりました。

心の底から安心した……。

いつも傍にある物がいきなり無くなると、急に不安になりますよね。







「始まった」

「始まった!始まった!」

「彼が」

「彼女が」

「「『否定』と出会った」」

「後悔しても」

「もう遅い」

「君の伝説が」

「君の神話が」

「「遂に産声を上げる」」

「楽しみだ」

「楽しみ!楽しみ!」

「愚かな『兎』には止められない」

「愚かな『戦乙女』にも止められない」

「「さぁ!その蒼い炎で未来を照らせ!」」

「そして、戦いの果てに」

「至るだろう」

「「『黒騎士』へと」」

「次なる世代」

「新たなる世代」

「「そこが、君の生きる場所だ」」

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「うぅ……?」

 

 眩しさが目に刺さり、意識が浮上する。

 

「あ! 目が覚めた?」

 

 視界に写ったのは、心配そうにこっちを見つめる芳美さんと、先程見た更衣室の天井だった。

 

「はい……なんとか……」

 

 起き上がると、俺は自分が更衣室のベンチに寝かされているのが分かった。

 

「びっくりしたわよ、いきなり倒れるんだもの」

「すいません……」

「謝る必要は無いわ」

 

 ニコニコしながら、こっちの唇に人差し指を当てた。

 

「あの……あれからどれぐらい経ったんですか?」

「大丈夫。貴女が気を失ってから10分ぐらいしか経ってないわ」

「そうですか……」

 

 よかった。

 長時間気絶していて、一夏に心配とかかけたくなかったからな。

 

「ねぇ、あの時…貴女がディナイアルに触れた瞬間、一体何があったの?」

「……俺にもちゃんとしたことは分からないんですけど」

「分かる範囲でいいわ」

「分かりました」

 

 と言っても、感覚的な事しか話せないけど。

 

「ディナイアルに触れた瞬間、俺の頭の中にいきなり、幾つもの情報が流れ込んできたんです」

「そう……」

 

 芳美さんは顎に手を当てて考える仕草をした。

 

「それは多分、ISの機体情報が流れてきたんだわ。その現象は訓練機でも発生するけど、それで気絶するとか聞いた事ないわ。どんな情報が流れてきたの?」

「色んな格闘技についてでした。空手や柔道、レスリングやボクシング。他にはムエタイに功夫、それからマーシャルアーツもありました」

「……よく知ってるわね…」

「名称も一緒に流れてきましたから」

 

 その前から知ってはいたけどね、名前だけは。

 

「後、聞いた事ない格闘技の情報が最後に流れ込んできましたね」

「どんなの?」

「確か……次元覇王流……だった筈です」

「次元覇王流? 聞いた感じではどこかの流派みたいだけど、そんな中二病全開な流派なんて聞いたことも無いし……」

「俺もです。なんなんでしょう?」

「私にもサッパリ。詳しくはあの機体を整備した人間に聞くしかないわね」

「ですね」

 

 ここであれこれと考えるよりも、その方が確実だ。

 

「とにかく、今日は早く帰って休んだ方がいいわ」

「そうします」

 

 俺は芳美さんに体を支えられながら、訓練所を後にした。

 途中で自販機でドリンクを買って貰った。

 俺は味が分からないので、ミネラルウォーターにして貰った。

 それから、芳美さんの車で家まで送ってもらった。

 

 家につくと、遅くなった俺の事を心配したのか、玄関で待っていてくれた。

 その際に芳美さんが俺達に謝罪してくれたが、俺は勿論、一夏も許してくれた。

 きっと、一目で芳美さんの人柄を分かったのか、結構フランクに話していた。

 

 因みに、今後は放課後に芳美さんが迎えに来てくれることになった。

 俺としては大歓迎だ。

 少なくとも、あの大島さんよりはずっととマシだから。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 次の日の放課後。

 芳美さんが約束通りに学校まで迎えに来てくれた。

 

「今日からが本番だな」

「頑張れよ、千夏姉」

「ああ。行ってくる」

「松川さんによろしくな」

「ん」

 

 さてと、じゃあ行くとしますかね。

 

「なんの会話なのか、さっぱりわからねぇ……」

「いずれ分かる。気にするな、弾」

「へいへい」

 

 それがいつになるかは未定だがな。

 精々、首を長くして待っていてくれ。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 訓練所に行くと、俺は早々と更衣室へと向かい、そこで芳美さんから俺の分のISスーツを手渡された。

 

「これは?」

「注文したスーツが届くまでの代用品って所かしら。ここではこれを着るようにしてね」

「わかりました」

「そのスーツね、結構性能いいのよ。代表候補生の子達とかは服の下に着たりしてるし、そのままシャワーを浴びても問題無いし」

「ISスーツ万能説。まるで水着みたいなのに」

「そこには同感。最初は誰もが呆れたり、羞恥心に悶えたりするもの」

「姉さんも?」

「うん。顔を真っ赤にしながら『なんでこんなデザインなんだ!』って叫んでたし」

 

 あの気丈な姉さんが赤面か。

 ちょっと見てみたいかも。

 

「サイズはちゃんと合うはずよ。向こうを向いているから、試しに着てみて」

「はい」

 

 芳美さんが後ろを向いて、俺は服を脱いでISスーツに着替えた。

 基本的には学校指定の水着と同じ感覚で着れたが、どうも違和感がある。

 それは多分、今から水場に行くわけでもないのに、こんなにも露出の多い格好をしているからだろう。

 とは言っても、今の俺に羞恥心なんてモノがあるかどうかは微妙だが。

 

「もういい?」

「はい、どうぞ」

「どれどれ……?」

 

 彼女がこっちを向いての最初の一言は……。

 

「あら! 凄く似合ってるじゃない!」

 

 だった。

 そうか? 自分では見えないからよく分からないけど。

 

「千夏ちゃんのそんな姿を見ると、千冬と初めて会った頃を思い出すわね」

「それ、本人の前で言ったら絶対に殺されますよ」

「ちゅ……注意するわ」

 

 それがいい。

 あの人って冗談が通じない事があるから。

 

「そ……そうだ。そのスーツは防弾機能や防刃機能にも優れているの。至近距離で拳銃の直撃を受けても穴一つ開かないわよ。流石に衝撃はあるけど」

「でも、露出度高いから意味無いですよね」

「言わないで……」

 

 あ、この人も自覚してるのね。

 

「と……とにかく、着替えたのなら皆の所に行きましょうか」

「皆?」

「ここで訓練している訓練生の子達の所。まずは挨拶をしないとね」

「そうか……」

 

 ここでの俺はまごう事無き新人。

 挨拶するのは当然の事だ。

 

 そんな訳で、俺は芳美さんと共にここにあるアリーナへと向かった。

 

 ここって、想像以上に大きいんだよな……。

 外から見たら分かりにくいけど。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 アリーナに向かうと、そこでISを纏って訓練をしている者、端の方で柔軟をしている者、その全てがこちらに注目した。

 

「全員集合!」

 

 コーチらしきジャージを着た女性が大きな声を上げて、全員を一か所に集合させた。

 

「私達も行くわよ」

「了解」

 

 皆が並んでいる場所に向かうと、その視線がこっちに集中した。

 ここには十数名ぐらいいて、興味深そうに俺の事を見ている。

 気持ちは分かるが、俺だけじゃなくて芳美さんの方も見て欲しい。

 

「今日からここに新しい訓練生が加わることになった。では、芳美さん。お願いします」

「はい」

 

 芳美さんが前に出て、俺の背中を押した。

 その途端、訓練生の子達がひそひそと話し出した。

 

「芳美さんって……もしかして?」

「うん。千冬様と代表の座を争ったって言う、元日本代表候補生の松川芳美さんよ」

「そんな大物がどうしてここに?」

「隣にいる白い髪の女の子が関係してるのかな?」

 

 聞こえてるぞ~。

 

「こらそこ! 静かにする!」

 

 ほら、注意された。

 

「え~……私は松川芳美。一応、貴女達の先輩ってことになるのかしら」

 

 でしょうね。

 

「今日から私は、この子の専属コーチになってここに通う事になるから、よろしくね」

「「「「「はい!」」」」」

 

 いい返事だこと。

 

「じゃあ、貴女も挨拶して」

「それはいいですが、どこまで話せば?」

 

 ここにいる子達にはどこまで言っていいのか分からない。

 そんな気持ちを込めて芳美さんの方を向くと、彼女がそっと耳打ちしてくれた。

 

「一応、貴女が委員会代表だって事は伏せた方がいいわね。私が適当に話すから、千夏ちゃんも適当に自己紹介してくれればいいわ」

「了解」

 

 ここは一つ、転校生にでもなった気持ちで行きますか。

 

「皆さん初めまして。俺の名前は織斑千夏と言います。これからここで一緒に訓練をする事になります。迷惑をかける事も多々あると思いますが、どうかよろしくお願いします」

 

 定型文にのっとり、適当に言ってみた。

 これで良かったか?

 

「お……織斑?」

「それって……」

 

 案の定、俺の苗字に注目したか。

 

「皆ももう気が付いたと思うけど、この千夏ちゃんは千冬の実の妹よ。この間の適性検査で高いランクが検出されて、彼女自身の自己防衛の為にここで訓練する事になったの。どこで情報が洩れているか分からないし、何も知らないまま高い適性を持っていれば、一体どうなるか……君達も分かるよね?」

「「「「「……………」」」」」

 

 全員が一気に沈黙する。

 ここの子達は、多少なりとも裏の事も分かっているのかもしれない。

 ま、実際に一回、俺は誘拐されたしね。

 だからこそ、ここで俺は強くなる。

 もう、無力な子供の時間は終わりだ。

 

「ん?」

 

 訓練生達の一人……水色の特徴的な髪色の眼鏡を掛けた少女が、食い入るようにこっちをジッと見ている。

 

(なんだ……? まるで嫉妬の様な、哀れみの様な……そんな感じで見られている気がする)

 

 まぁ、こんな視線を一々気にしていたら、これからやってられない。

 

「ま、とにかく今日から千夏ちゃん共々よろしく!」

 

 芳美さんの言葉に合わせてお辞儀をする。

 

「では、訓練再開!」

「「「「「はい!」」」」」

 

 トレーナーさんの大声に合わせて、皆は再び散り散りになった。

 この場には取り残された俺と芳美さんのみ。

 

「今日は初日だから、ISには乗らなくて、基本的な身体能力テストみたいなことをしましょうか?」

「身体能力ですか?」

「そ。まずは君の基礎能力を知らないと訓練のしようが無いし」

「ごもっとも」

 

 俺は自分の身体能力を測る為に、トレーニングルームに行くことになった。

 どんな事をするんだろうか?

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 俺は現在、トレーニングルームにてルームランナーで走っている。

 もうどれぐらい経っただろうか?

 数時間なような気もするし、数分な気もする。

 

「大丈夫~?」

「は……い……」

 

 まだいける……!

 

「無理は禁物よ?」

「わかっていま……」

 

 あ、こけた。

 

「あ~……」

 

 倒れたまま、俺は流れに沿ったままルームランナーから落ちた。

 

「はぁ……はぁ……」

「はい」

「どうも……」

 

 なんとか体を上げて、芳美さんが出してくれたスポドリを手に取った。

 味を感じなくても、この状況での水分は非常に有難い。

 

「スタミナは普通よりは少し下って感じかしら?」

「そう……です…か……」

「今までスポーツとかってした事ある?」

「小さな頃に剣道をしたことがあるけど……」

 

 息が整い始めた。

 少しだけ楽になった。

 

「少しだけ……ね。それ以降は?」

「全く。ずっと家事ばかりしてました」

「そう……」

 

 実に今更ながら、自分の体力の無さを実感した。

 これはこれからが大変そうだ。

 

「少し休憩してから、次に行きましょうか?」

「は……い……」

 

 そのまま寝っ転がって、俺は体を休める事にした。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「次は、千夏ちゃんの腕力や脚力を見てみようか?」

「具体的には何を?」

「そこにあるサンドバックに向かって、全力で殴りかかってみて」

 

 そう言って、芳美さんは少し離れた所にある真っ赤なサンドバックを指差した。

 

「『全力』ですか?」

「そ、全力」

 

 全力……ね。

 まさか、こんな形で今の自分の『全力』を出す機会が来るとは。

 因果なものだ。

 

 俺はサンドバックの前まで行き、『頭の中』に思い浮かんだ構えを構えた。

 

「あれ? 千夏ちゃんって格闘技の心得があるの?」

「いえ、ありませんけど」

「その割には、その構えがかなり『さま』になってるけど……」

 

 そうなのか?

 適当に構えただけなんだけど。

 

「もしかして、ディナイアルに触れた際に流れたって言う格闘技の情報に関係が…?」

 

 ブツブツとなんか言ってますね。

 

「あの……いいですか?」

「あ、いいわよ」

「それでは……いきます」

 

 拳を思いっきり握りしめて、足を踏みしめて、右腕全体に力を込めて……。

 

「はっ!!!」

 

 撃つべし。

 

 拳がサンドバックの中心に直撃し、凄まじい炸裂音が鳴った。

 そのままサンドバックは吹っ飛んで、壁にぶつかってめり込んでしまった。

 

「な……な……な……」

 

 これが今の俺の『全力』か。

 痛覚が無くなって力のリミッターが無くなっているに等しい影響がこれか。

 明らかに、俺の細腕で出せるパワーじゃないな。

 

「なんなの!? その馬鹿力は!?」

「それは……」

 

 なんて説明する?

 ちゃんと白状するか?

 

「スタミナは無いのに、パワーだけは常人を遥かに凌駕しているなんて……どんなカラクリ?」

 

 スタミナと無痛症は関係無いしな。

 

「って! その手!」

「ん?」

 

 手がどうかしたのか? って……。

 

「血が……」

 

 俺の拳の皮が破れて、そこから血が出ていた。

 全く気が付かなかったな。

 痛覚が無いから仕方ないけど。

 

「もう~! 拳が破ける程のパワーって…どうなってるのよ!?」

 

 なんて言いながらも、テキパキと俺の手に応急処置を施して、テーピングを巻いてくれた。

 

「話してくれる? その有り得ない程のパワーはなんなの?」

 

 ……もう隠せそうにないな。

 

「これは周囲には隠していることなんで、内緒にしてくれると助かります」

「それは一夏君にも黙っている事?」

「はい……」

 

 心苦しいけどな。

 でも、千冬姉さんと一緒に決めた事だから。

 

「分かったわ。私の心の中に秘めておくことにする」

「感謝します」

 

 それから、自分の体に起きていることについて話した。

 と言っても、話したのは感覚器官を失った事だけで、それ以外の事……睾丸性女性化症候群については黙っておいた。

 流石にこれは絶対に話せない。

 俺自身も墓まで持って行くと決意してるから。

 

「幼い時に交通事故に遭って、その時の怪我で感覚が……ね」

「はい」

「確かに、痛覚が無くなる事によって本来セーブされている力が解放されるって聞いた事はあるけど、まさか本当だったなんて……」

「正直、俺自身もびっくりしてます。全力を出したのって、これが初めてですから」

「そうなの?」

「ええ。そもそも、その機会自体がありませんでしたし」

 

 振るおうとも思わなかったしな。

 

「そ……それもそうね。普通に学生生活をしていて、こんなパワーを発揮する機会なんてないわよね……」

「はい。それよりも……」

 

 あれ……どうしよう?

 

「あのサンドバック……大丈夫ですか?」

「あれぐらいなら問題無いわよ。流石に壊す事は無かったけど、似たような事は千冬も毎回してたし」

「うわぁ……」

 

 何をしてるかな……我等が姉様は。

 

「次の日には元に戻ってるわよ。主に金の力で」

「金の力って……」

 

 これが委員会の力か。

 多分違うと思うけど。

 

「次……どうします?」

「そうね……少なくとも、筋力関係は規格外だって分かったから、スタミナ関係をもうちょっと測りましょうか?」

「分かりました」

 

 壁にめり込んだサンドバックを背景に、俺は学校でもよくやるような身体測定をこなしていった。

 

 反覆横跳びとか垂直飛びとか。

 他には上体反らしに長座体前屈。

 他にも色々。

 その結果として分かった事は……。

 

「パワー以外は比較的普通ね。スタミナは一般的な女子中学生と同じぐらいだし、体は少し柔らかい方かな? でも、垂直飛びは凄かったわね。脚力も尋常じゃないレベルになってる証拠ね」

 

 足の筋力を使うからな。

 う~む、ワイヤーアクションいらずのこの体。

 その気になれば、生身で特撮のような事が出来るかもしれない。

 

「あと、貴女の規格外のパワーに体の方が耐えきれてない感じがしたわ。これからは、柔軟さとスタミナを鍛えながら、体も丈夫にしていかないとね。そうじゃないと、自分のパワーで自分が傷つくなんて、本末転倒な事になってしまうし」

「やる事は……山積みですね……はぁ……はぁ……」

「でも、目標があるのはいい事よ」

「それは……はぁ……はぁ……分かります」

 

 具体的にやる事があると、モチベーションの維持にも繋がるしな。

 俺としてもありがたい事だ。

 

「今日はもうこれぐらいにしておきましょうか?千夏ちゃんも疲れたでしょう?」

「はい……。出来ればスッキリしたいですね……」

「シャワー室を使ってもいいわよ。今なら誰も使ってないと思うし」

「わかりました……」

 

 遠慮なくシャワー室を使わせて貰って、全身の汗を流した。

 ちゃんとISスーツは脱いだからな?

 着たままじゃちゃんと汗は流せないし。

 

 シャワーの後に着替えて、その日は少しだけ早めに帰宅した。

 

 家に帰ると、夕食と風呂の後に速攻でベットイン。

 久方振りに爆睡させて貰ったよ。

 

 余談だが、トレーニングルームの壁とサンドバックは、本当に次の日には元通りになっていた。

 これはもう、ある種の超常現象じゃないだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回、ちょっとだけ原作キャラが出ましたけど、分かりました?

場所が場所なだけに、これから原作よりも早めに絡ませたいなと思っている、今日この頃だったりします。


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第16話 初搭乗

やっと千夏が専用機に搭乗します。

ここまで長かったですね…。













 本格的に訓練を始めてから数日後。

 俺はまだISに乗る事は愚か、触れてもいない。

 

 と言うのも、芳美さん曰く『最初は基本的な体力作りから』…らしい。

 などと言っても、流石にこのままISに関わらないままでは少し不味いので、今日は俺の専用機(の予定)であるディナイアルについて整備員の人に話を聞きに行く予定。

 

 そんな訳で、俺はいつものようにISスーツに着替えた後、芳美さんと一緒に格納庫に向かった。

 前と同じ場所に向かうと、そこでは数人の整備員らしき人達がディナイアルの事を色々と調べていた。

 

「お疲れ様~」

「お疲れ様です」

「お? 松川さん。それに……」

「織斑千夏です。数日前から、ここにお世話になってます」

「ああ……君が……」

 

 全員が俺の方を向いて物珍しそうな顔をした。

 俺の事は予め教えられていたんだろうか?

 

「で? この機体の事は分かった?」

「はい。まぁ……大体は」

「なんか煮え切らないわね。分からない部分でもあったの?」

 

 ははは……と、苦笑いをしながら頭を掻く整備員。

 プロでも分からない事があるのか……って、そりゃそうだ。

 だって、人間だもの。

 

「取り敢えず、ある程度のデータはこれに纏めてありますから、見てください」

「分かったわ」

 

 芳美さんが整備員から端末を受け取って、その画面を食い入るように見つめる。

 

「な……なによ……これ……」

 

 ん? 何を驚いてるんだ?

 そう思って、横からそっと覗いてみるが、さっぱりわからなかった。

 分かるのは、ディナイアルの全体図が写っていることだけ。

 それ以外はちんぷんかんぷんだった。

 

「これ……第3世代機…なのよね?」

「はい、一応は」

 

 一応ってなんだ、一応って。

 

「このディナイアルは、ISとしての完成度が恐ろしく高いんです。言うなれば、限りなく第4世代機に近い第3世代機って感じですかね」

「そのようね。しかも、これ……」

「分かります?」

「ええ。全身装甲のISなのに、各部関節部の可動範囲が広すぎる。まるで、人体の動きを極限まで再現しようとしてるみたい」

「みたい、じゃなくて、実際にそういうコンセプトのようです。操縦者の技量や性格、果ては癖まで反映する性能を持っています」

 

 それは凄い……のか?

 

「そこまでダイレクトに操縦者の能力を反映するのなら、これに搭乗する千夏ちゃんが強くなればなるほど機体も強大になるけど、技量が伴わなければ逆に弱体化するってことよね?」

「そうですね。ディナイアルは機体性能に頼った戦いが出来ない『機体に嘘が付けない』ISなんです。でも、この機体を使いこなせば使いこなすほど、他のIS以上に操縦者の思い通りに動いてくれます」

「良くも悪くも、千夏ちゃん次第って事ね……」

 

 ……つまり、俺は他の連中以上の努力が求められていると?

 

「しかし、これほどの機体をドイツが作り上げるなんてね…。日本もウカウカとしてられないわね」

「それなんですが……」

「どうしたの?」

「これ、正確にはドイツで製作された機体じゃないようなんです」

「どう言う事?ディナイアルはドイツから送られてきたんでしょう?」

「確かに譲渡されたのはドイツからですけど、それだけなんです」

 

 どゆこと?

 

「実は、こっそりと向こうの整備員に聞いたんですけど、このディナイアルはある日突然、IS委員会のドイツ支部に送られてきたらしいんですよ」

「なによそれ? そんな怪しい物を送ってきたの?」

「その理由は分かってるんじゃないんですか?」

「ピーキーすぎて誰も乗りこなせず厄介払い、もしくは廃棄処分同然に譲渡された……だったっけ?」

 

 ディ……ディナイアル……不憫にも程があるだろ……。

 ちょっと同情するぞ……。

 

「機体性能に関しては申し分ないから、整備する身としては非常に勉強になるんで助かってますけどね」

 

 向上心高いな。

 真面目でいい事だ。

 

「成る程ね。取り敢えずは承知したわ。で、武器はどんなのがあるの?」

「ないですよ」

「「へ?」」

 

 武器が無い?

 

「どうやら、このディナイアルは最初から徒手格闘戦で戦う事を前提にしてるようで、射撃武器は勿論、手持ちの近接武器も一切搭載されてません」

「はぁっ!? ISの格闘戦で与えられるダメージなんて微々たるものだって理解してないの!? この機体を造った奴は!?」

「あ。でも一応、手首の部分にショートレンジのビームソードがありますけど……」

「それじゃあ、射程距離的に格闘戦をするのと同じじゃない!」

 

 ごもっとも。

 

「はぁ……ドイツが廃棄したくなる気持ちも分かるわ…。武器を一切装備せずに、徒手格闘で戦うISなんて、前代未聞よ……」

「格闘戦が出来るISもありはしますけど、それも操縦者の癖に合わせた結果そうなっただけであって、ディナイアルみたいに最初からそんな風に製造された訳じゃないですからね」

 

 なんか、これからが大変になりそうな会話をしてんだが。

 俺はちゃんとディナイアルを乗りこなせるのか?

 

「最初はここにある訓練機から乗らせて、それから専用機に移行しようと思ってたんだけど……」

「あくまで私見ですけど、下手に訓練機で癖を付けさせるよりは、最初からディナイアルに乗って、それに合わせた訓練をした方が手っ取り早いと思いますけど」

「そうね。いくら射撃の訓練とかしても、肝心の専用機に射撃武器が無いんじゃ意味無いもんね」

 

 完全に無意味……じゃないけど、生かす機会は少ないだろうな。

 

「ちゃんと拡張領域はあるから、後付けで武器は搭載出来ますけど……」

「でも、基本的には格闘戦が前提なんでしょ?」

「はい」

 

 格闘技か。

 知識だけならディナイアルに触れた時に植え付けられてるけど、それと使いこなせるかどうかは完全に別問題だしな。

 

「どうします? 今から乗ってみます?」

「そうね。まずは試しに搭乗して貰って、そこから考えましょうか」

「まだ初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)は出来てませんけど?」

「別に試合をするわけじゃないから大丈夫でしょ」

 

 そうなのか。

 よくわからんけど。

 

「動きながらでも設定は可能だし……千夏ちゃん」

「はい?」

 

 やっと声が掛かった。

 さっきまでずっと蚊帳の外だったし。

 

「乗ってみる?」

「そう……ですね。俺も乗ってみたいです」

 

 これから長い付き合いになるんだし、早く乗り心地を知りたい。

 

「決まりね。射出口まで移動させるから、先に行きましょうか?」

「はい」

 

 俺と芳美さんは一緒に射出口近くまで移動した。

 すると、ハンガーに固定されたディナイアルが自動的に運ばれてきた。

 

 ディナイアルは俺の目の前に止まり、まるで俺を受け入れようとしているかのように、装甲が観音開きになった。

 

「慌てなくていいから、ゆっくりと乗ってみて」

「了解です」

 

 えっと……そのまま体を預ければいいのか?

 

「そう。座るような感覚で体を預ければいいわ」

 

 腕に足、体や頭を装甲に入れ、全身が機体内に入ると、全ての装甲が同時に閉まって、プシュー…と言う空気が抜ける音が聞こえた。

 長い髪は後頭部にある穴からポニーテールのように出た。

 

 その瞬間……俺の意思が…遥か彼方にぶっ飛んだ。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 そこは荒野だった。

 何も無く、唯只管にだだっ広い荒野だった。

 周囲が全て蒼い炎に包まれて、足元に広がる地面は赤く染まっている。

 

「ここは……?」

 

 なんだ?

 どうしてここに?

 

「俺はさっきまで格納庫にいた筈……」

 

 これは夢か?

 回りを眺めながら歩いてみると、どこからともなく『声』が聞こえた。

 

『やっと会えた!』

『やっと会えた!』

「はい?」

 

 それは少女と少年のような声だった。

 

「誰だ? 何処にいる?」

『選ばれし子!』

『運命の子!』

 

 いや聞けよ。

 

『真っ直ぐ歩いて!』

『真っ直ぐ真っ直ぐ!』

「はぁ……」

 

 この声の主達が誰かは知らないが、会話が成立しない。

 ならば、声に従って歩くしかない。

 

 仕方ないので、トボトボと荒野を歩いていく。

 炎が傍にあるのに、全く熱くない。

 ま、体性感覚が無い俺には最初から無意味だけど。

 だからと言って油断して、火傷だけはしないようにしないとな。

 

 暫く歩いていくと、前方に人影が見えた。

 と言っても、地面に横たわっていて身動き一つしないが。

 自然と早歩きになって傍までよってしゃがみ込む。

 

「大丈夫………え?」

 

 そこにいたのは『俺』だった。

 いや、『織斑千夏』だと言った方が正しいか。

 

 私服を着た『織斑千夏』が全身を血に塗れた状態で横たわっている。

 その目は虚空を向いていて、生気は全く無い。

 

「死んでいる……のか?」

 

 熱や脈を測りたいが、今の俺にはそれすら出来ない。

 実に歯痒い。

 

『死んでるよ!』

『死んでる死んでる!』

『『君が殺した!!』』

「なに……?」

 

 俺が……殺した?

 

『君が転生したから』

『君が憑依したから』

『『その子は死んだ!』』

 

 つまり……この、目の前で死んでいるのは……オリジナルの織斑千夏……なのか?

 

「……………」

 

 そっとその目に手を当てて、目を閉じさせた。

 

『気にしないで!』

『気にしない気にしない!』

『『その子は死ぬべくして死んだんだから!』』

 

 死ぬのが必然だった……だと?

 

「……すまない。俺が…君の体を奪ってしまった。しかも、その体を汚し、傷つけ、こんな風にしてしまった……」

 

 自分が罪深い事は重々に承知していたが、こうして形として見せつけられると……こう…クるものがあるな…。

 せめて、彼女の体を抱きしめようと思い、その体に手を伸ばそうとすると……

 

「………え?」

 

 いきなり、『織斑千夏』が爆発した。

 まるで内側から爆裂したように、俺の顔に血飛沫が掛かった。

 

『『それ』はもういらない』

『だから消しちゃおう!』

「貴様等……!」

 

 歯ぎしりをして立ち上がると、後ろに気配が現れた。

 

「なに一丁前にブチ切れてんだよ。加害者の分際で」

「……!?」

 

 後ろを振り向くと、そこには緑色のフードを被った青年が立っていた。

 顔立ちは非常に整っていて、間違いなく美青年と言っても差し支えない。

 

「理由はどうあれ、手前がオリジナルをぶち殺したことに違いは無いだろ。その死体が目の前で砕け散ったからって、それで怒るのは完全にお門違いってもんだ」

「……………」

 

 その通りだ。

 全ては俺が原因で起こった事。

 

「そう……だな」

 

 立ち上がって振り向き、彼の方を真っ直ぐに見据える。

 

「全ては俺が悪い。俺は死しても罪を犯した。いや…それだけじゃない」

 

 今までの事を振り返ると、俺がもうちょっとしっかりとしていれば何とかなった事が多い。

 

「俺がしっかりしていれば一夏も俺も誘拐なんてされなかった。姉さんもドイツに行かなくて済んだかもしれない。俺がもっと……」

 

 もっと昔の事なら、俺がもっと箒の事を見ていれば、彼女がイジメられることも無かったかもしれない。

 

「そうだ。全てはお前の『弱さ』が招いた罪だ」

「その通りだ」

「なら……どうする?」

「決まっている……」

 

 彼に近づいて行き、その顔を至近距離で見つめた。

 

「強くなる。俺自身を守れるようになることは勿論、他の皆…一夏や姉さん。他にも沢山の人々を守れるように強くなる」

「今のお前に出来るのか?」

「出来る出来ないじゃない……やるんだ」

「茨の道だぞ」

「覚悟の上だ」

 

 もうその道を歩き出してるんだ。

 後は……進むだけだ。

 

「ククク……いい顔をするじゃねぇか。さっきまでの呆けた顔よりはよっぽど魅力的だぜ」

 

 彼は俺の首を掴むと、自分の方に寄せてきた。

 

「そこまで啖呵きったんだ。途中下車なんて絶対に許さねぇからな」

「当然だ」

 

 俺自身が許せないからな。

 

「『罪』には『罰』が必要だ。お前は死ぬな。死なずにずっと生き地獄を過ごせ。傷つき、倒れ、その度にまた立ち上がれ。それを延々と繰り返せ。それがお前の『罰』だ」

 

 休むこともゆるされないのか。

 ま、当然か。

 

「お前に唯一許されるのは、寿命による死だけだ。それ以外では絶対に死なせねぇ。俺が何度でも叩き起こしてやる」

「それは有難いな」

 

 これで安心してISを纏える。

 

「お前に会えるのはこれが最後だろうが、それでもずっと見てるからな」

「どう言う事だ?」

「今のお前にはどうでもいい事だ」

 

 首から手を離して、急に頭を撫でられた。

 そして、微笑を浮かべた。

 

「お前は俺のようになるな。『強さ』だけを求めずに、『強さ』の中に『意味』を見出せ。いいな」

「意味……?」

 

 強さの意味……か。

 

「じゃあな」

「ちょ……ちょっと……」

 

 もう少し聞きたいことがあったけど、その前に俺の意識が浮上した。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「はっ?」

 

 目の前には射出口の出口が広がっている。

 

「あれ……?」

 

 今のは……一体……?

 

「どうかしたの? 千夏ちゃん」

「いや……なんでもないです」

 

 目の前に表示された時間を見てみると、俺がディナイアルを装着した時間から一秒しか経過してなかった。

 

(あれが……たった一秒の出来事だったのか……?)

 

 マジでなんだったんだ…?

 夢……? それとも……

 

「くっ……!」

「……大丈夫?」

「はい。問題無いです」

 

 下手に心配をかけても意味無いだろう。

 それよりも早くステージに行こう。

 今は……今だけはあの『夢』の事は忘れよう。

 

「……もう行ってもいいですか?」

「いいわよ。今ステージにいる子達には少しだけ開けてもらったから」

 

 ちょっと悪い事をしたな……。

 とっとと済ませるか。

 

「ちゃんと浮ける?」

「やってみます」

 

 確か、イメージが大切だったな。

 

(……浮くイメージってどうすればいいんだ?)

 

 上手いのが思いつかないな。

 前世で見たアニメのキャラとか思い出してみよう。

 

(パワーアップすると髪が金ぴかになる某有名少年漫画の主人公でも想像してみるか?)

 

 まるで当たり前のように空を縦横無尽に駆け回ってるからな。

 イメージとしてはいいかもしれない。

 

「イメージ……イメージ……」

 

 すると、徐々に俺の視界が上がっていった。

 

「お! 浮いてる浮いてる! その調子よ!」

 

 そうか……これが『飛ぶ』という感覚か。

 ちゃんと覚えておかなくては。

 

「そのまま行ける?」

「はい、行けます」

 

 俺はそのまま、ゆっくりとステージへと向かっていった。

 さて、今の俺はどれぐらい動けるのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最初は、この一話で行ける所まで行こうと思いましたが、執筆途中で次の話を思いついたので、本格的な初陣は次回にする事にします。

千夏はちゃんとディナイアルを使いこなせるでしょうか?


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第17話 ダークヒーロー

やっと本格的にディナイアルが動き出します。

さてはて、どうなることやら。







 ディナイアルを纏ってから、俺はゆっくりとアリーナのステージに降り立った。

 あまり前の方には行かず、今はまだ端の方にいる。

 

「……………」

 

 試しに掌を動かしてみたり、足を動かしてみる。

 

「……問題は無い……か?」

 

 勉強不足だから、これが好調なのか不調なのかよく分からない。

 エラーの類が出ていないから、大丈夫だとは思うが。

 

『千夏ちゃん。問題は無い?』

 

 あ、芳美さんから通信が来た。

 

「俺的には」

『それで充分よ。まずは軽く動いてみて』

「了解」

 

 周囲を見渡すと、いつもならば訓練生で賑わっているステージには誰もいなかった。

 俺の為にどいてくれたと言っていたっけ。

 

(早く終わらせてしまおう)

 

 こっちの都合で貴重な時間を譲ってもらったんだ。

 ぐずぐずはしていられない。

 

 ふと、観客席にいる訓練生達がこっちを見ているのが見えた。

 ひそひそと話している者もいれば、こっちをジッと見ている者もいる。

 ジッと見ているのは、前に俺の事を見ていた水色の髪の少女だ。

 

(これがハイパーセンサーの恩恵ってヤツか)

 

 凄いな……望遠鏡いらずだ。

 

(……庶民的な感想しか出ない自分が情けない)

 

 ……って、こうしている場合じゃない。

 早く試運転を済ませなくては。

 

「まずは……」

 

 動きやすいように、ステージの中央付近まで歩いていく。

 機会特有の音と地面を踏みしめる音が響き渡る。

 まるで自分の身体じゃないようだ。

 

「歩行は問題無い……か」

 

 思ったよりもスムーズに歩ける。

 もうちょっと、よちよち歩きをしてしまうかもと思ってしまったが、そうでもなかったようだ。

 

『す……凄いわね……』

 

 え? 何が?

 

『普通、初心者がISに初めて乗った場合、たどたどしくゆっくりと歩くのがやっとなのに……』

 

 そうなのか。

 まぁ、絶対にディナイアルのお陰だけどな。

 中央につくと、ステージの壁にハッチの様な物があるのが見えた。

 

「芳美さん。あの壁にあるハッチはなんですか?」

『あれはね、回避訓練をする際に砲台がせり出して、そこから砲弾が発射されるようになっているの。勿論、危険が無い程度にね』

「ふ~ん……」

 

 砲弾……ね。

 

『他にもマシンガンやレールガンなんかも発射出来るけど……って、どうしたの?』

「いえね、それって今も使えるのかなと思いまして」

『使おうと思えば使えるけど……え?まさか……』

 

 急ぐ必要は何処にもない。

 だが、ちんたらする理由も無い。

 ならば、選択肢は一つだろう。

 

「お願いします。その砲弾、撃ってくれませんか?」

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 皆がアリーナのステージでISを使った訓練をしている最中、いきなり、少しの間だけどくように言われた。

 最初は訳が分からなかったが、少ししてからその理由が判明した。

 

「あれは……」

 

 ピットから出てきたのは、全身装甲の真っ黒なISだった。

 一部に暗い金色のパーツが使われていて、高級感が出ている。

 しかも、肩や膝などにクリアパーツと思われる部分が見えた。

 灰色になっているが、いずれはあそこに光が宿るのかもしれない。

 

(あんなパーツが使われているISなんて…始めて見た…)

 

 その姿は、まるでロボットアニメに登場するライバル機のように見えた。

 

「何よあれ……もしかして専用機?」

「誰が乗ってるの?」

「多分あの子じゃない? ほら、この間来た……」

「あぁ……千冬様の妹って言う白髪の子?」

「確か名前は……織斑千夏……だったっけ?」

 

 あの子が……。

 そう言えば、後頭部から白い髪が出ていて、鮮やかに靡いている。

 

「はん! 有名人の家族はなんでも優遇されるって?」

「なんかムカつく。あたし達よりも訓練時間が少ない癖に、もう専用機を貰っちゃって……」

「しかも、その試運転の為にこっちの訓練を中止させられるなんてね」

「どっかで落とし前を付けさせて貰わないと気が済まないわね」

 

 またか……。

 ここには『女性権利団体』の幹部を親に持つ子達もいる。

 親のコネでここに来て、大した実力も無いのに自分が一番偉いように振る舞っている。

 

(……私も人の事は言えないけど)

 

 実の姉が暗部の当主を務めていて、しかも今はロシアの国家代表になっている。

 私自身も、殆ど家のコネで入ったに等しい。

 

(あの子は……どう思ってるのかな?)

 

 何回か話してみようと思った事はあったけど、タイミングが合わなかったり、緊張して近づけなかったりして、結局は一度も話せていない。

 

「もう行くわよ。見ていても不快な気分になるだけだし」

「「は~い」」

 

 もう行くんだ……。

 

「更識さんも行くわよ」

「私は……もうちょっとここにいる…」

「あっそ。随分と物好きなのね」

「ロシア代表の妹様は余裕があっていいわね~」

 

 私だって好きでお姉ちゃんの妹に生まれた訳じゃない……!

 そんな風に言われるのは心外だ。

 とか、反論をしたかったが、そんな度胸は私には無いし、その前に彼女達は行ってしまった。

 

 よく見てみると、私の他にもちらほらと残っている子達はいる。

 多分、『織斑千冬の妹』の実力を見てみたいんだろう。

 

「え……? 冗談じゃないですよ? ……はい……はい。けど、俺のような素人が少しでも早く上達するためには、これぐらいの荒療治は必須だと思いますが?」

 

 なんか一人で話しているけど、通信越しで松川さんと話しているんだろうか?

 一体何をする気だろう?

 

「……溜息をつかれるような事をしました? ……あ、結局はいいんですね。ありがとうございます」

 

 許可されたんだ。

 本気で何をする気?

 

 彼女の動きを見逃さないように凝視していると、ステージの壁がせりあがって、そこから回避訓練用の砲台が出てきた。

 

「あ……」

 

 そうか、回避をしながらISに慣れる気なんだ。

 でも、最初からそんな事をするなんて……やっぱり、ブリュンヒルデの妹は伊達じゃないって事なのかな?

 

 大きな爆音と共に黒光りする砲弾が発射されて、そのまま彼女に向かっていった。

 彼女は棒立ちしていて、動く気配が無い。

 

「危ない!!」

 

 思わず叫んでしまったが、私が叫ばなくても誰かが叫んだだろう。

 だが、その心配は杞憂だったと、次の瞬間に思い知らされた。

 何故なら……。

 

「フンッ!!!」

 

 彼女は、その場で綺麗な回し蹴りで砲弾を破壊したのだから。

 

「「「「「はぁぁっ!?」」」」」

 

 な……何を考えてるの!?

 本当なら避けるべきところを、よりにもよって蹴りで破壊するなんて!

 他の場所からも砲台が現れて、次々と彼女……いや、千夏さんに向かって撃ち始めた。

 

「肘打ち」

 

 また壊された。

 

「裏拳」

 

 また。

 

「正拳」

 

 流れるような連撃で次々と砲弾を破壊していった。

 その動きは、間違いなく武道の達人の動きだった。

 

(あんな動き……お姉ちゃんやお父さんでも出来るかどうか……)

 

 聞いた話では、彼女は武道の経験なんてものは無くて、今までは普通に暮らしていたらしい。

 そんな少女があれ程の動きをする。

 才能が開花でもしたんだろうか?

 

「ふっ……!」

 

 右の飛び膝蹴りで砲弾を破壊したかと思えば、そのまま空中に浮遊したまま左の回し蹴りで壊した。

 その後も、彼女は止むことのない砲撃を一回も避けることなく破壊し続けた。

 そんな事が30分ほど続いた時だった。

 

「え?」

 

 いきなり、彼女の機体が眩しく光り出す。

 これは……まさか……

 

一次移行(ファースト・シフト)……!? あの子は初期状態であんな動きを……!?」

 

 そして、光が止み…そこに現れたのは……

 

「おぉ~……」

 

 機体に設置されたクリアパーツが紫に怪しく光っていて、装甲の金色の部分がより眩しくなっている姿だった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

(全然駄目だ……)

 

 次々と放たれる砲弾を破壊しながら、俺は理想と現実の違いを身を持って噛み締めていた。

 

 頭の中にはどのように拳や蹴りを放てばいいのか分かっているのに、実際にやってみると想像よりもずっと駄目駄目だった。

 

(正拳突きも回し蹴りも、もっと鋭く、早く打てた筈だ。全ての攻撃に全くキレが無い。これではディナイアルの能力を十全に引き出せない)

 

 やはり、数日間程度のトレーニングでは、付け焼刃にしかならないか。

 少し時期尚早だったかもしれない。

 

(いや……これは言い訳だな。遅かれ早かれ、ディナイアルに乗る事にはなるんだ。今更そんな事を言っても何も始まらない)

 

 兎に角今は、目の前の砲弾を壊す事に専念しよう。

 余計な事は考えず、唯只管に体を動かせ。

 

(そう言えば……)

 

 チラッと、視界の端に表示されている時間を見た。

 

【残り時間 5分42秒】

 

 ふむ……。

 これがゼロになれば、少しはマシになるのかな?

 いやいや、余計な事は考えないと、さっき言ったばかりじゃん。

 速攻で破るなよ。

 

 可能な限り無心になって体を動かし続けた。

 砕かれた砲弾の破片が散らばり、周囲に落ちる。

 

(少しギアを上げるか……)

 

 ディナイアルに無理をさせるようで気が引けるが、今はコイツの限界を知りたい。

 拳を握りしめて足を踏みしめると、俺の身体……いや、ディナイアルが光り出した。

 

(あ……?)

 

 もしかして、時間がゼロになったのか?

 なんて呑気な事を考えていると、光が収束した。

 光が消えると、目の前に現在の状況が表示された。

 

(これは……)

 

 くすんでいた金色のパーツは綺麗な黄金に光り輝き、両肩と両肘、両膝に設置されたクリアパーツが紫色に光っている。

 

「これが……ディナイアルの本当の姿か……」

 

 黒と金のアクセント。

 実に俺好みだ。

 

 どうやら、この紫のクリアパーツには本体とは別にエネルギーが溜め込んであるよう で、この機体が凄くエネルギー効率がいい機体である事を思わせる。

 なんせ、手の部分にあるビームソード以外にエネルギーを使う攻撃なんて無いしな。

 

『無事に一次移行したみたいね』

「はい」

『全く……砲弾を迎撃して体を動かしたい、なんて言い出した時はどうなるかと思ったけど、問題が無くて良かったわ』

「御心配とご迷惑をおかけしました」

『気にしなくてもいいわ。子供は大人に迷惑をかけてなんぼなんだから』

 

 まるで姉さんのような事を言う人だな。

 きっと、現役時代も気が合ったに違いない。

 

「ん?」

 

 これはなんだ?

 

『どうしたの?』

「いや……」

 

 さっきまでは表示されていなかったものが、目の前に映されている。

 

(【アシムレイトシステム】に【バーニングバーストシステム】?)

 

 見た感じ、この二つのシステムは連動しているようで、片方が発動すればもう片方も自動的に発動するようだ。

 

「あの……なんか、聞いた事の無いシステムが表示されてるんですけど……」

『どんなの?』

「えっと……」

 

 取り敢えず、見たまんまの事を言ってみた。

 

『聞いただけじゃ分からないわね。発動は出来る?』

「いつでも」

『じゃあ、試しにやってみてくれる?』

「了解です」

 

 頭の中で『発動しろ』と念じてみる。

 すると、何かがカチリと動く感覚がし、機体全体が唸りを上げだす。

 

「おぉ?」

 

 次の瞬間、機体の各所から蒼い炎が噴出した。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「炎が……」

 

 一次移行して、少しだけジッとしたかと思ったら、いきなり両肩と両腕から青い炎が出てきて、ゆらゆらと揺れている。

 機体の周りは気温が上がっているのか、蜃気楼が出来ている。

 

「見て! 髪が!」

 

 他の子が指差した所を見ると、後頭部からはみ出ている真っ白な髪が機体と同様に蒼い炎に包まれて、まるで本物の髪の毛のように靡いている。

 しかも、包まれている髪自体は全く燃えていない。

 まるで、炎のウィッグのようだ。

 

「綺麗……」

 

 その姿は、それ自体が一つの芸術作品のように美しかった。

 けど、私はそれ以上の感想を抱いた。

 

「カッコいい……」

 

 炎を操るIS自体は珍しくは無いが、蒼い炎は非常に珍しい。

 正しく、私が頭の中に描いたダークヒーローそのものだ。

 私がその姿に夢中になっていると、砲台が引っ込んで、ミサイル台が幾つも出てきた。

 そして、複数のミサイル台が一斉に火を噴いた。

 

「……!」

 

 沢山のミサイルが彼女に迫る。

 千夏さんはそれを見て、腰を低くしてから一気に加速した。

 

「早い!?」

 

 凄い加速……。

 まさか、瞬時加速(イグニッション・ブースト)!?

 

 一瞬でミサイルまで近づき、炎を纏った拳でミサイルを破壊した。

 同じように、炎を纏った蹴りで傍まで迫ったミサイルをまた破壊。

 

「凄い……」

 

 さっきよりも明らかに動きがいい。

 まるで、彼女の体とISが一つになったかのように。

 生身の体のように一つ一つの動きが滑らかだった。

 

「あ……!」

 

 不意を突いたかのように、全周囲からミサイルが迫ってきた。

 私なら、まずは上方に避けて、それから一基ずつ破壊する。

 それがセオリーだろう。

 だけど、彼女は私の予想をとんでもない形で裏切った。

 

 千夏さんは右足を後ろにやって、そのままその場でジャンプした。

 

「次元覇王流……」

 

 そして、右足を開いたまま超高速で回転した。

 すると、その周囲に凄まじいまでの竜巻が発生する。

 

「旋風竜巻蹴り!!!」

 

 その衝撃波は全てのミサイルを破壊しつくし、更にはステージの地面すらも大きく抉った。

 竜巻が消え去って、彼女は静かに地面に降り立った。

 そこはまるで、ドリルによって掘られたかのように螺旋状になっていた。

 

「あれは……必殺技……?」

 

 凄い……凄い! 凄い! 凄い!

 あんなの始めて見た! アニメの主人公みたい!

 

「うん……!」

 

 勇気を出して、あの子と話してみよう……!

 私と同じような境遇の女の子、織斑千夏。

 彼女の話を聞いてみたい……!

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

「ふぅ~…」

 

 試運転が終わってピットに帰ると、芳美さんがこっちにやって来た。

 

「大丈夫だった?」

「それ、貴女が言います?」

「えっと……ははは……」

 

 最後の全方位ミサイル。

 どう考えたって態とやっただろう。

 

「でも、最後にやったあの技……あれは何? 随分と凄かったけど…」

「俺にもよく分からないんですよね。自然と体が動いたと言うか……」

「次元覇王流って言っていたわね。あれがディナイアルに秘められた力……いや、拳法なのかしら?」

「でしょうね」

 

 他にも色々とあるようだけど、それは実際に使ってみないと何とも言えない。

 

「炎は引っ込んだようね」

「あれは俺の意思でなんとでもなりますから」

「無手の代わりに、それを補うシステムが内蔵されていたって訳ね。それなら無手であるが故の攻撃力不足を補う事も出来るわ」

 

 それだけじゃないけどな。

 確かにバーニングバーストシステムも凄いが、もっと凄いと感じたのは、もう一つの『アシムレイトシステム』のほうだ。

 これを考えた奴は、間違いなく超天才か大馬鹿野郎のどっちかだな。

 

「システムの概要は後で説明しますから、まずはディナイアルを取ってもいいですか?」

「あ!? ああ……いいわよ」

「どうもです」

 

 この人……半ば忘れかけてたな?

 確か、頭の中で解除するイメージをすればよかったんだったな?

 

「お?」

 

 ディナイアルが量子化して、俺の身体が外に出た。

 

「改めて、お疲れ様。初めてのISはどうだった?」

「そうですね。不思議な感じがしました。自分の身体なのに自分の身体じゃない……って言えば分かりますかね?」

「実に的を得てるわね。ま、ISは自分の体の延長線上にある物って認識していればいいわよ」

「わかりました……ん?」

 

 あれ? 俺の腕に真っ黒で金の装飾が施された腕輪の様な物が装着されている。

 こんな洒落た物を持っていたかな?

 

「成る程ね。これがディナイアルの待機形態か」

「待機形態……」

「そ。これで名実共にディナイアルは千夏ちゃんの専用機になったのよ」

 

 なんか色々と複雑な気分だが、気にしても仕方ないか。

 

「今日はこれで終わりにしましょうか。奥の更衣室にドリンクとかタオルとか用意しておいたから、遠慮無く使っていいわよ」

「恩に着ます」

 

 ニッコリ笑顔で返してくれた芳美さんを背中に、俺は更衣室に行く事にした。

 まずはシャワーだな。

 今気づいたが、かなりの汗をかいている。

 このままじゃ着替えられない。

 

 疲れた体を一刻も早く癒す為に更衣室に急ぐが、そこで意外な出会いがあるとは…この時の俺は全く予想だにしていなかった。

 その出会いが、俺の運命を大きく変えていくことになるのも知らずに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一見するとチートですが、ちゃんと代償もあります。

じゃないと、釣り合いませんからね。


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第18話 一長一短

今回、千夏にいいことが二つおきます。

一つは前回を読んだ方にはお分かりだと思います。

では、もう一つは……?







 ディナイアルの試運転を終えて、俺は更衣室に直行した。

 

「うん……」

 

 試しに顔を触ってみると、汗がべっとりと着いていた。

 

「思った以上に汗かいたな……」

 

 これは、早く着替えないと匂ってしまうな。

 実際に結構汗臭くなってるし……。

 

「ん?」

 

 あれ?今……なんて思った?

 汗臭くなってる(・・・・・・・)

 

「まさか……」

 

 そんな馬鹿なと思いつつも、汗が付いた手に鼻を当ててみる。

 すると、間違いなく自分の体から汗の匂いがした。

 

「……匂う……汗の匂いがする…!」

 

 ど……どう言う事だ?

 俺の……俺の……。

 

「嗅覚が……戻っている……?」

 

 バッとロッカーに顔を近づけてみる。

 俺の鼻孔には金属特有の何とも言えない匂いがした。

 

「なん……で……?」

 

 どうして……どうしていきなり……?

 本気で意味が解らない……。

 

「あ……シャワーを浴びないと……」

 

 眼前の現実が信じられず、茫然としながらも、荷物からバスタオルセット一式を取り出してシャワー室へと足を運んだ。

 置いてある籠にISスーツを脱いでから置いて、個室になっているシャワールームに入った。

 程よく熱い湯が俺の身体を濡らしていく。

 シャワーを浴びながら、自分に体に起きた出来事を冷静に考えてみた。

 

「理由は不明だが……俺の嗅覚が元に戻っている……」

 

 匂いが嗅げるようになった今、全ての『香り』が新鮮だ。

 今浴びている湯の匂いすらも鼻孔を刺激する。

 

「…………」

 

 目の前にある簡易棚にシャンプーが置かれているのが見えた。

 それを自分の手に出して、嗅いでみる。

 

「強い……けど……」

 

 あ……やばい、泣く……。

 

「いい香りがするよぉ……」

 

 これが……『匂い』なんだ……。

 思わずその場に座り込んで、少しの間、そこで泣き続けてた。

 俺の掌の中では、お湯に溶けたシャンプーが泡立っていた。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

「ふぅ……」

 

 一しきり泣いてから、俺はシャワーを出た。

 綺麗になった自分の体からは先程までの汗臭さは無くなっていて、その代わりに清潔な香り(?)がした。

 

 ISスーツは適当に水洗いした。

 本格的に洗うのは家に帰ってからでいいだろう。

 明日はISには乗らないと思うし、着るのはジャージとかでもいいと思う。

 

 体をちゃんと拭いた後、バスタオルで体を覆って、他のタオルで髪を拭きながら更衣室へと戻ると、なにやら人影が見えた。

 

「えぇっ!?」

 

 そこには、さっきの水色髪の少女がいた。

 こっちを見てすっごい驚いてるけど。

 

「君は……」

「わ……私の事はいいから! まずは服を着て!」

「あ……あぁ……」

 

 怒られた。なんで?

 

「お……女の子なんだから、体を大事にして!」

「いや……同性(本当は違うけど)なんだから、別に気にしなくても……」

「それでも!」

「は……はい……」

 

 最初見た時は大人しそうに見えたんだが、意外とハッキリと言う子なんだな。

 自分の荷物が入っているロッカーを開けて、カバンの中から着替えを出した。

 

「あ……!」

 

 彼女は顔を真っ赤にして向こうを向いた。

 なんでかと思ったら、今の俺は下着をつける為にバスタオルを取って裸体を晒している。

 

「貴女には羞恥心が無いの!?」

「ちゃんとあるよ」

 

 でも、不思議と気にはしないんだよな。

 前も一夏に間違って裸を見られたことがあったけど、悲鳴の一つも挙げなかったし。

 

「ま、いっか」

 

 とっとと着替えよう。

 そんな訳で、そそくさとお着替え完了。

 

「着たぞ」

「ほ……ホント?」

「いや、信じろよ」

 

 こんな事で嘘を言う訳がないだろうに。

 彼女は恐る恐るこっちを向いた。

 

「ほっ……」

 

 一息つくなよ。

 

「それで? 君は誰だ? なんでここに?」

「え……えっと……」

 

 そこで急に言葉に詰まるか。

 さっきまでの饒舌っぷりは何処に行った?

 

「わ……私は……更識簪……って言います」

「ふむ。更識簪ね。俺は織斑千n「知ってる」……そうか」

 

 そう言えば、皆の前で自己紹介して、彼女もその場にいたっけ。

 にしても変わった名前だな。

 勿論、いい意味で。

 

「さっきの動き……見てました」

「そうか」

 

そう言えば、観客席でこっちを見てたな。

 

「と…とても凄かったです!滑らかな動きで、次々と砲弾を破壊して……」

 

 興奮しながら話す更識さん。

 そこまで高揚することか?

 

「最後のヤツが一番カッコよかった! あれは何…?」

「何と言われてもな……」

 

 無意識のうちに技が出たと言うか……。

 やり方自体は頭の中にあるんだが、それを実際に出来るかどうかは別問題だ。

 技を繰り出した俺自身も、今だに信じられないしな。

 

「まるで格闘ゲームの主人公みたいだった!」

「あのカラーでは、どっちかと言えばライバルキャラかラスボスだよな……」

 

 全身真っ黒な格ゲーの主人公なんてそうそういないだろう。

 

「更識さ「名前で呼んで欲しい」……簪はゲームをするんだな」

「うん。私の趣味の一つ」

「そうか」

 

 今時の女子にしては珍しいな。

 少なくとも、クラスメイトの女子達はゲームとかはあまりしない。

 鈴はよくしていたけど。

 

「あ…あの……専用機の名前…聞いてもいい?」

「ディナイアルだ」

「ディナイアル……」

 

 意味を知ったら驚くかもしれないな。

 なんせ、「否定」に「拒絶」に「克己」だもんな。

 負の感情だらけだ。

 

 まるで恋する乙女のような表情でディナイアルの事を呟く彼女を見ていると、更衣室の扉が開いた。

 

「千夏ちゃん、もう着替えた?」

「あ、芳美さん」

「あ……」

 

 いきなり簪の動きが止まった。

 芳美さんに緊張してる?

 

「俺なら着替え終わりました」

「そう。なら、そろそろ帰ろうか?」

「分かりました。……そう言う事だから、俺は先に失礼する。またな、簪」

「うん……またね……その……織斑さn「俺も名前でいいよ」……え?」

 

 俺だけが名前呼びなのは普通に嫌だからな。

 

「ち……千夏……」

「うん。じゃあな」

 

 俺は簪に手を振って、更衣室を出た。

 久し振りにいい出会いだったな……。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 織斑さん…じゃなかった、千夏が去っていった後、私は一人でその場に佇んでいた。

 

「き……緊張した……」

 

 この訓練所で色んな意味で有名な彼女と話す事に、私は必要以上に緊張していた。

 だって、傍から見ていると、凄く怖そうに見えたから。

 

「でも……」

 

 実際は全然怖くなんかなかった。

 と言うよりも、ちょっと間が抜けているような印象すらも受けた。

 だって、出会い頭にバスタオル姿だなんて…。

 

「あれには本気でびっくりした……」

 

 思わず大声で叫んでしまったが、嫌な印象を植え付けたりしなかったかな?

 間近で見た千夏は、遠くで見るよりも綺麗な女の子だった。

 少しだけつりあがっている目に、美しく煌く腰の辺りまで伸びた白髪。

 嫉妬するのも馬鹿々々しくなる程の美貌。

 

「はぁ……」

 

 思わず溜息が零れるレベルの美少女。

 あんな子が代表候補生とかになったら、凄く人気が出るんだろうな…。

 

「また……お話できるかな……」

 

 お姉ちゃんとも『あの子』とも『あの子の姉』とも違うタイプの女の子。

 いつの間にか千夏の事で頭が一杯になっているのに気が付いたのは、帰路についている途中の事だった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 バーニングバーストシステム。

 ディナイアルの各部に設置されたクリアパーツ内に蓄積されているエネルギーを全面開放する事によって、一時的に機体性能を大きくアップさせて、最大で3倍近くにまで上昇する。

 発動の際はクリアパーツが光を放ち、後頭部からは髪の毛に酷似したエネルギーの束が出現。

 更には肩や腕等から炎のように余剰エネルギーが噴出。

 

「……てな感じです」

「成る程ね。アシムレイトについては何か分かった?」

「いえ……それについてはまだ……発動はしてるんですけど……」

 

 帰りの車の中、俺は助手席に座って運転をしている芳美さんにディナイアルに搭載されたシステムの事を報告していた。

 と言っても、流石にアシムレイトについては伏せたが。

 だって、あれは色んな意味で秘匿した方がいいと判断したから。

 もしも知られたら、間違いなくディナイアルは没収されてしまうと思う。

 

「まだまだディナイアルについては解析が必要になりそうね」

「すいません……」

「謝る必要は無いって。これも何回言ったかしら」

 

 さぁ?

 

「そう言えば、いつの間に更識さんと仲良くなったの?」

「いえ、簪と話したのは今日が初めてですよ」

「え?そうなの?てっきり、もう友達になっているとばかり…」

 

 友達?

 俺と簪が友達?

 

「そうか……俺と簪は友達なのか……」

「自覚無かったの?」

「ええ……」

「その割には楽しそうにしていたけど?」

「はぁ……」

 

 全然分からなかった…。

 思ったよりも自然と話せた気はするが…。

 

「あ、芳美さんに報告する事があるんだった」

「なに?」

「実は……なんでか嗅覚が戻ってました」

「はぁっ!?」

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 家につくと、一夏がいつものように出迎えてくれた。

 

「松川さん。いつもありがとうございます」

「いいのいいの。こうして移動中に千夏ちゃんとお話するの面白いもの」

 

 俺のような無表情人間と話して何が楽しいのやら。

 そうそう。

 家に到着する直前に芳美さんにこんな事を言われた。

 

『多分、君の嗅覚が回復したのはディナイアルのお陰だと思う。噂だけど、一部のISには持ち主の身体状態を万全に維持しようとする機能があるらしいわ。多分、ディナイアルにもそれが搭載されていて、一次移行した際に千夏ちゃんの身体を少しでも回復させようとしたんじゃないかしら。だから、この事は千冬には話しても、一夏君とかには絶対に話しちゃ駄目よ。もしも話したら、芋づる式に貴女の体の事がバレちゃうからね』

 

 ちゃんと気を付けないとな。

 俺の場合は口が堅いから大丈夫だと思うが。

 

「あ、そうだ。松川さんも一緒に食べていきませんか?」

「嬉しい申し出だけど遠慮するわ。まだまだ仕事があるから」

「そうですか」

「それじゃあね。ゆっくり休むのよ」

「はい。今日もありがとうございました」

 

 芳美さんは手を振りながら車で去っていった。

 

「じゃあ、早速飯にしようぜ。もう準備は出来てるんだ」

「そうか」

 

 一夏の料理……か。

 今までは分からなかったが、どんな匂いがするんだろうな。

 これで味覚も戻っていれば最高だったんだが。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 自室に戻って部屋着に着替えた後、リビングに戻ってテーブルに着いた。

 

「おぉ~……」

 

 近づいただけでも凄くいい匂いがした。

 食欲がそそられるとは、こういう事か。

 

「さぁ、早く食べようぜ」

「あぁ」

 

 それじゃあ、手を合わせて。

 

「「いただきます」」

 

 今日はハンバーグか。

 随分と凝った料理を作ったもんだ。

 

 箸で一つまみして……パクリ。

 その瞬間……。

 

『『それ』はもういらない』

『だから消しちゃおう!』

 

 訓練所で見た夢がいきなりフラッシュバックした。

 もう一人の『俺』……いや、本当の『織斑千夏』が爆散した光景を思い出してしまった。

 その時は感じなかった筈の血生臭さも、なんでか鼻孔に甦った。

 

「!!!」

 

 思わず口を押えてしまった。

 

「ど……どうしたんだ? 口に合わなかったか?」

「いや……大丈夫だ……」

 

 飲み込め……飲み込め……!

 ゴ……ゴクン……。

 

「お……美味しいよ……流石は一夏だな」

「そ……そうか? あまり無理すんなよ?」

「分かっている」

 

 なんでだ……!

 今まではどうも無かったのに……。

 嗅覚を取り戻したことが原因なのか……?

 

(なまじ中途半端に感覚が戻ったから、逆に食事に対する抵抗感が出来てしまったのか……?)

 

 まさか……ここでこんな弊害が出るなんて……。

 どうして、こうも上手くいかないんだ……。

 

 それからも、なんとか無心になりながら食事を続けた。

 これからは、この感じにも慣れないとな…。

 

 全てを食べ終えてから、俺は先に風呂に入らせて貰った。

 試運転で疲れていたと言う事もあったが、今回はそれ以上の理由があった。

 もう……限界だったんだ。

 

 急いで服を脱いで浴室に入る。

 入った直後に床に座り込んで、そして……。

 

「うぉぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ………!」

 

 胃の中のものを全て嘔吐してしまった。

 全てが吐き出されて胃液だけになっても、俺の吐き気は止まらなかった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 吐き出したものをお湯で徹底的に排水溝に流して、ようやく落ち着いた。

 浴室についている曇った鏡を見てみると、涙と涎が流れていた。

 

「ゴメン……ゴメン……一夏……」

 

 食事を作ってくれた一夏に対して、申し訳なさで一杯になった。

 久し振りに自分の事が死ぬほど情けなくなった。

 

「クソ……なんで俺はこうも……」

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

「千夏姉……」

 

 帰ってきた直後は凄く元気そうに…いや、嬉しそうにしていた。

 何があったのかは知らないが、あんな千夏姉は始めて見た。

 本人は気が付いていないだろうが、少しだけ笑っていた。

 

「笑った千夏姉……可愛かったな……」

 

 双子の姉だと分かっていても、そう思わせる程の魅力が千夏姉にはあった。

 けど……。

 

「どうしたんだろうな……一体……」

 

 夕食の時から様子がおかしくなった。

 顔色が悪くなって……口を押えて風呂場に行って……。

 

「ハンバーグ……生焼けだったかな?」

 

 少なくとも、俺が食ったやつは大丈夫だったし、ちゃんと千夏姉のやつも確認したんだけどな。

 

「向こうで何かあったのか?」

 

 仮に何かあっても、機密の関係で容易には話せないらしいけど。

 

「風呂上がりに飲み物でも用意しておくか……」

 

 今の俺に出来る事と言えば、こんな風に千夏姉のことを支えるだけだ。

 微々たるものかもしれないが、千夏姉の為ならどんなに小さなことでもしてあげたい。

 これは家族として……姉弟として当たり前の事だよな?

 そう自分に言い聞かせて、冷蔵庫から麦茶を取り出して用意した。

 

 そう言えば、見た事の無い腕輪をしていたな。

 あれは何なんだろうか?

 訓練所とやらで貰ったのか?

 ま、凄く似合っていたからいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




千夏、嗅覚が回復するの巻。

でも、却って辛くなるという悪循環。

せめて味覚も復活すれば違うんでしょうけどね……って、これはフラグかな?


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第19話 馬鹿が来る

『いざと言う時に誰かが助けてくれると思ってはいけない』

                      ブラスト (ワンパンマン)














 ディナイアルの試運転をした日に図らずも嗅覚を取り戻したが、結果としては却って日々が大変になってしまった。

 言うなれば、自分との戦いだった。

 

 トラウマになってしまったのか、食事の度に吐き気が込み上げて、一夏にそれを悟られないように、必死に我慢して食事をする。

 

 更に、今まで思い出さないようしていた、俺が誘拐されて強姦された時の記憶が蘇り、夢に出てくるようになる始末。

 ドッと疲れた時は熟睡出来て夢を見たりはしないが、訓練が休み時は眠りが浅くなって、あの時の光景と後悔が夢の中に出現する。

 

 何も感じないと分かってはいても、猛烈に人肌が恋しくなってしまい、一体これまで何回一夏の部屋に忍び込んで一緒に寝たいと思ったか。

 だが、それは絶対にいけない事。

 俺達が兄弟(誤字に非ず)であるのもそうだが、それ以上に、ここで誰かに頼ってしまったら、俺はこれから先も誰かに頼ればなんとかなると思ってしまう。

 今の俺に逃げ道はあってはいけない。

 

 誰かと一緒に過ごす事はあっても、誰かに助けを求めるような真似だけは絶対にしたくない。

 

 それはとても辛く厳しい事だが、友との繋がりが辛うじて俺の心を支えてくれた。

 あ……これも頼っていることになるのか?

 

 そう、あれから簪と話す機会が増えて、気が付けば彼女と一番一緒にいるようになっていた。

 そして、それが切欠となって他の訓練生とも話しすようになり、今では訓練所に来た当初の時のような余所余所しさは無くなり、フレンドリーに接するようになった。

 だが、それは皆の前で『仮面』を被り続けなくてはいけない事と同義であり、いつの間にか偽りの表情が自然と作れるようになっていった。

 友に対する自分の態度に嫌悪感を覚えてしまうがな。

 

 だが、新入りである俺が皆と仲良くしているのを気に入らない連中も少なからずいるようで……

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 ISを使った訓練をするようになってから、俺の訓練所での日程が本格的に決定した。

 

 月・水・金は体力作りや筋トレを始めとした身体能力向上の為の訓練を、火・木はISの訓練をしている。

 

 そして、今日は丁度火曜日。

 ISの訓練の日だ。

 

 簪は別の場所で訓練をしていて、ISスーツに着替えた俺も今から訓練用アリーナに向かおうとしていたのだが……

 

「アンタさ、最近ちょっと調子に乗りすぎじゃない?」

「いくら千冬様の妹だからって、生意気よ」

「代表候補生でもないのに専用機を貰うとか…マジでムカつく」

「はぁ……」

 

 まるで一昔前の少女漫画に出てきた典型的ないじめっ子な連中だな。

 よくこんな事をして恥ずかしくないもんだ。

 

「今から訓練でしょ?」

「まぁな」

「じゃあさ、私達と模擬戦をしようよ」

「なんでそうなる?」

 

 意味不明なんですけど。

 

「アンタに自分の身の程を思い知らせるために決まってるじゃない。一応言っておくけど、私のママは女性権利団体の幹部なの。もしも断ったら……分かるわね?」

「はいはい」

 

 拒否権は無いって訳ね。

 芳美さんになんて言おう…。

 

「アンタは専用機を使ってもいいわ。その代わり、私達は三人でやるから」

「別にいいでしょ? そっちは天下の専用機を使っていいんだから」

「あぁ……」

 

 なんか面倒くさくなってきたな…。

 

「それじゃあ、私達は先に行って準備してるから。逃げたら承知しないわよ」

 

 あ……言いたい事だけ言って行ってしまった。

 

「頭が痛くなる事ばかりだ……」

 

 唯でさえ日々が戦いだって言うのに、こんなイベントなんて誰も望んでないぞ。

 少なくとも俺はな。

 

「おやおや……千夏ちゃんも大変だねぇ~」

「この声は……」

 

 この癇に障る喋り方をするのは、俺が知っている中でも一人しかいない。

 

「や、頑張ってるね」

「大島さん……」

 

 いつものようにスーツを着た大島さんが後ろに立っていた。

 

「どうしてここに?」

「おいおい……仮にも僕は君のマネージャー的存在なんだぜ? 君は気が付いていなかったかもしれないが、こうして訓練所に来て君の訓練風景を何回も見てたんだよ?」

「知らなかった……」

 

 七光りのお坊ちゃまかと思ったら、意外と真面目に仕事をしてたんだな…。

 ちょっと見る目が変わるよ。

 

(ま、本当は君の肢体を見たくて来てたんだけどね)

 

 ……この人の目線、俺の胸や足に向いてないか?

 

「にしても、厄介な連中に目を付けられたね」

「彼女達の事ですか?」

「そうさ。僕等としても、女性権利団体は目の上のたんこぶでね。IS委員会とは水面下で対立してるんだ。俺の親父も向こうの日本支部の支部長とはずっと対立していてたんだよ。どうにかしたいといつも思っていたんだが……」

 

 この様子……珍しく本気で困ってるんだな。

 

「これはチャンスかもしれない」

「チャンス?」

「彼女達は親のコネでここに来た連中だ。僕のような素人から見ても、お世辞にも強いとは言い難い。最悪の場合、彼女達はコネで代表候補生になろうとするかもしれない。そうなったら、日本はいい恥さらしだ」

 

 それはかなり嫌な光景だな。

 簡単に想像出来たぞ。

 

「あの子達をどうにかすれば、ここの訓練所も少しは静かになるんじゃないのかな?」

「そうかもな」

 

 少なくとも、簪にちょっかいを出さなくなるかもな。

 俺が来る前は彼女を標的にしていたようだし。

 理由は知らないけど。

 

「一体何をする気だ?」

「ちょっとね。彼女達には社会的に死んでもらおうと思って」

「えげつない事をサラッと言うなよ」

 

 嫌な予感しかしない。

 

「君は何も考えず、あの子達を倒してくれさえすれば、それでいいよ。そこから先は僕がなんとかするから」

「………やりすぎないでくださいよ」

「大丈夫。これは僕等にとっても君に取っても一石二鳥になるはずだから。じゃ、頑張ってねぇ~」

 

 ニヤニヤとしながら大島さんは手を振りながら行ってしまった。

 

「…………行くか」

 

 あの人の事だから、こっちに不利益な事はしないだろう、と信じたい。

 大島さんと向き合った時、また『あの時』の事を思い出しそうになったが、今だけは忘れるようにしよう。

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 そんな訳で、俺はディナイアルを纏ってアリーナのステージにいる。

 眼前には打鉄を纏った先程の彼女達が。

 

『千夏ちゃんも大変ね……』

「今更です」

『ごめんね……。態度は最悪だけど、あの子達の親の権力は本物だから、どうにかしたくても出来ないのよ……』

「気にしてませんよ」

 

 そこら辺は大島さんがなんとかすると……いや、やめておこう。

 

『千夏……』

「心配するな簪。俺なら大丈夫だ」

『うん。頑張って……』

 

 負けられない理由が出来てしまったな。

 ま、負けるつもりは最初から無いが。

 

「お互いに準備出来たようね」

「ああ」

「言っておくけど、3対1だからって卑怯とか言わないでよ。機体性能はそっちの方が上なんだから」

「分かっている」

 

 数は向こうが上、性能はこっちが上。

 でも……。

 

(不思議と負ける気が全くしない)

 

 自信が付いてきたんだろうか?

 いや、慢心ダメゼッタイだな。

 

『千夏ちゃん』

「はい?」

『遠慮なんてしなくてもいいからね! 今の君の本気をぶつけて、思いっきりぶっ飛ばしちゃいなさい!!』

「は……はぁ……」

 

 どんだけストレス溜まってるんだよ。

 

「じゃあ……リクエストに応えようか」

 

 流石の俺も、簪を始めとした友達に火の粉が降りかかる可能性を無視出来るほど無神経な性格はしていない。

 自分自身はともかく、周りに降りかかる火の粉は全力で払わせて貰おう。

 

(ふふ……いくら専用機とは言え、三人がかりでかかれば楽勝よ。なんたって、相手はまだついこの間初めてISに乗った初心者。負ける方がおかしいわ)

 

 ……とか思ってるんだろうな。

 顔がめっちゃニヤついてる。

 

「早く始めましょうか。お前が地面に這いつくばる姿が目に見えるようだわ」

「あっそ」

 

 本当にそうなるといいな。

 

『では……試合開始!!』

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 千夏とあの子達との模擬戦が始まった。

 私は松川さんと一緒にアリーナの管制室でステージの様子を他の子達と見ている。

 

『それじゃあ、いくわ……』

 

 リーダー格の子が他の二人に命令を下そうとした瞬間だった。

 

「え……?」

 

 一瞬のうちに千夏が三人組のうちの一人の懐に潜り込んでいた。

 専用機であるディナイアルは既に搭載されている特殊システムである『バーニングバーストシステム』を発動させていて、思いっきり振りかぶって相手の眼前まで迫っている拳には蒼い炎が纏われていた。

 

『ブベラッ!?』

 

 千夏の拳が顔面にめり込んで、そのまま派手にふっ飛ばした。

 空気が弾けるような凄い炸裂音と共に壁まで飛んで行き、そのまま壁にぶつかってから停止した。

 ぶつかった壁には大きなひび割れが起きていて、その威力の強大さが伺える。

 

 ピクリとも動かない様子を見るに、殴られた彼女はISのエネルギーが無くなる前に気絶してしまったようだ。

 

「ワ……ワンパン……」

「凄い……」

 

 千夏の実力が日々、驚くべきスピードで向上しているのは知っていたけど、素人に毛が生えた程度で慢心していたとはいえ、シールドエネルギーや絶対防御に守られた状態で一発KOしてしまうなんて…。

 

「いいぞ~! 千夏ちゃん~!! もっとやれ~!!」

 

 ま……松川さん……。

 

『そ……そんな馬鹿な事が!? いや…有り得ない!! ISは絶対防御に守られてるのよ! それが一発殴られた程度で気絶するなんて!!』

 

 現実をもっと見た方がいいよ。

 確かに信じられないかもしれないけど、それは千夏の拳がそれ程のパワーを持っているって言う何よりの証拠なんだから。

 

『こ……こんなの何かの間違いよ! いくら世界最強の妹とは言え、ついこの間まで一般人だった奴にやられる訳ないわ!!』

『そうよ! 選ばれたエリートである私達が負ける筈が無いんだから!!』

 

 まだ言ってる。

 大体、君達の事をそう思っているのは自分達だけだって気付いてないのかな?

 少なくとも、ここにいる皆はアイツ等の事をエリートだなんて一度も思った事は無い。

 

『グダグダ言ってないで、とっととかかって来いよ…金メッキ』

『お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!』

『あ……ちょっと!?』

 

 残った二人の内の一人がキレたのか、馬鹿の一つ覚えのように千夏に突っ込んでいった。

 けど、そんな攻撃が千夏に通用するわけないじゃない。

 

『ほい』

『ぐぶぁっ!?』

 

 実に綺麗なカウンターで、腹部に掌底を叩き込んだ。

 相手はお腹を抱えこんで落ちていき、その場で嘔吐した。

 体が細かく震え続け、そのまま動きを止めて蹲ってしまった。

 

「掌底一つであそこまで苦しむなんて……」

「あれはきっと『気』を叩き込んだんでしょうね」

「気? それって、漫画やアニメとかに出てくるあの『気』ですか?」

「そうよ。信じられないかもしれないけど、実際に気は存在するのよ。目には見えないけどね」

 

 そんなのも使えるんだ……。

 千夏はどこまで強くなるんだろう……。

 

「どう? 貴女の友達は凄いでしょう?更識さん」

「はい……」

 

 私も負けてられないな……。

 千夏とは同じ場所に立っていたいから……。

 

『来ないのか?』

『ひ……ひぃぃっ!?』

 

 完全に千夏に臆している。

 闘う前に心が負けている。

 

『そっちから勝負を挑んだんだ。まさかサレンダーなんてしないよな?』

『あ……ああ……』

 

 千夏がゆっくりと歩いていく。

 ん? ……歩く?

 

「ねぇ……千夏ちゃんの足元…なんか光ってない?」

「そう言えば……なんだろう?」

 

 あれは……もしかして……。

 

「気が付いた?」

「はい。あれはディナイアルに蓄積されたエネルギー……ですね?」

「そう。格闘技を武器にする以上、一番重要なのは足元になる。足腰をしっかりと踏ん張らないと技の威力が大幅に落ちてしまうから。でも、ISは主に空中戦がメインとなる。当然、宙に足場なんて存在しない」

「じゃあ……」

「『足場が無いなら作ればいい』……千夏ちゃんはそう言ったわ」

 

 言いたいことは分かるけど……そんな事、一朝一夕で出来るような事じゃ……。

 

「やっぱり凄いわよ、あの子。勉強に関しては普通よりもちょっと上ぐらいだけど、戦闘センスだけは間違いなく超一流よ。どこで何をすればいいのか、本能的に分かってるって感じ。下手すれば、千冬よりも強くなるかもね……」

 

 元代表候補生の松川さんにここまで言わせるなんて……。

 でも、本人はその事実を理解してないんだろうな…。

 だって、千夏は向上心の塊みたいな女の子だから。

 

『来ないのならば、こっちから行くぞ』

『こ……来ないで! アンタに喧嘩を売ったのは謝るから!!』

 

 ……なんて無様。

 あんな子達に今まで私はちょっかいを出されていたなんて……。

 

『いいや、駄目だね』

『へ……?』

『お前はここで無様に負けろ』

 

 千夏は唯、彼女の目の前まで来て話しただけ。

 だけど、それだけで……。

 

『あぁぁ………』

 

 なんと、涙と鼻水、おまけに口から泡を吹いて落ちてしまった。

 

「あ~あ、可哀想に。千夏ちゃんの全力の殺気をあんな至近距離で受けてたんじゃ、最悪、精神崩壊しちゃうわよ」

 

 よりにもよって、最後は手すら触れずに勝っちゃった……。

 

『し……試合終了! 勝者、織斑千夏!!』

 

 なんともあっけない幕切れだった。

 結果、あの三人は千夏に手も足も出ないどころか、攻撃すらも出来なかった。

 

『はぁ……』

 

 千夏?

 全身装甲で顔が隠れているからよく分からないけど、なんか落ち込んでる?

 

「どうしたんだろう……?」

 

 取り敢えず、千夏の事を出迎えよう。

 丁度、こっちに戻ってくるようだし。

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 なんだろう…この満たされない感じは。

 エリートを自称していたから少しは歯ごたえがあるかと思っていたが、全くもってそんな事は無かった。

 正直言って、次元覇王流を使う価値すらも無かった。

 

 やっぱり、ここで最強なのは間違いなく簪だな。

 だって、他の子達と同じ訓練機でも、別次元の動きをするし。

 確か、一番最初に試しに模擬戦をしてみたら、負けたっけ。

 不思議と悔しくは無かったかな。

 寧ろ、モチベーションが上がった。

 自分にはまだ伸びしろがあると分かったから。

 

「お……おかえり。千夏」

「ああ……ただいま、簪」

 

 そんな事を考えていたら、もうピットについてしまった。

 簪を始めとした面々が俺の事を出迎えてくれた。

 その中には芳美さんもいた。

 

「スカッとしたわ! よくやったわね! 千夏ちゃん!」

「はあ……」

 

 この人もあの三人組にムカついてたのか?

 

 ISを解除して床に降り立つ。

 よく見たら、俺の身体は汗一つかいていない。

 それどころか、全く疲労感を感じていない。

 これは単純に俺の体力が向上した証拠だから嬉しいけど。

 

「これであの子達も少しは懲りるでしょう」

「そうだといいですが……」

 

 それよりも、俺は大島さんが言っていたことが気にかかる。

 本気で何をする気なんだろうか?

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

「くくく……はははははははははは!!!!!」

 

 少し離れた観客席の端っこ。

 大島はそこで高性能のカメラを持って立っていた。

 先程まで、千夏達の試合を録画していたのだ。

 

「まさか、ここまで強くなっているとはね! 親父や委員長の目は間違っていなかったって訳か!」

 

 歪んだ笑顔で高笑いを止めようとしない大島。

 周囲に誰もいないからいいようなものの、もしも誰かがいたら間違いなく不審者確定である。

 

「それにしても実にいい物が撮れた。これを盾に脅せば、あの馬鹿な女どもも少しは大人しくなるだろう…。いや、それだけじゃ物足りないな」

 

 何かを思いついたのか、大島は自分のスマホのアドレス帳を探り出した。

 

「幸いなことに、あのバカ女どもはルックスだけはいいからな。買い手は多いに違いない。いい小遣い稼ぎになるかもな」

 

 どう考えても碌な事じゃないのは分かっていた。

 だが、この男にとっては世間一般の倫理観などどうでもよいのだ。

 重要なのは自分が満足できるかどうか、それだけだった。

 

「一人ぐらいは手元に置いてやってもいいかな。性欲処理人形ぐらいにはなるだろうし。ったく……千夏ちゃんや他の代表候補生のように将来有望な連中ならいざ知らず、コネしかないクソ女は黙って男の上で腰だけ振ってればいいんだよ。お前等に出来る事なんて、精々ガキを孕む事ぐらいしかないんだからさ」

 

 明らかな差別発言だが、大島は気にしない。

 コイツにとって女とは、唯の肉便器に過ぎないのだ。

 

「さて……と。ここからが楽しみだなぁ~」

 

 それから数日後、突如として女性権利団体の日本支部が解体された。

 同時に幹部連中や、その家族などが一斉に行方不明になる事件が起きた。

 勿論、その中には今回千夏と模擬戦をした彼女達も含まれていた。

 

 警察も捜索をしたが、その行方は一向に分からず、暫くして捜索は打ち切られた。

 

 彼女達が一体どうなったのか、それを知る者は少なくとも『表側』には誰もいない。

 そう……『表側』には。

 

 因みに、彼女達が急に来なくなっても千夏達は誰も心配しなかった。

 と言うのも、彼女達は訓練所でも有名な問題児で、誰もが疎ましく感じていたからだ。

 寧ろ、訓練がしやすくなったと言われていた。

 

 千夏自身に至っては、次の日には彼女達の事を完全に忘却していた。

 別に記憶障害がある訳ではなく、千夏があの三人に全く興味を示さなかったから。

 千夏にとっては記憶に留める価値すらも無かったのだ。

 

 こうして時は過ぎていき、千夏達は中学三年生になる。

 

 『始まりの時』まで、あと少し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ねぇ、知ってる?

心が砕けるような絶望は、希望を知ってこそのものなんだって。


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第20話 絶望の宴はここから始まる

さて……そろそろ『食べごろ』かな?








 俺がISに関わり始めてから約半年が経過した。

 中学三年になって高校進学を本格的に考えなくてはいけなくなる頃、俺は放課後にIS委員会の日本支部に久し振りに呼ばれていた。

 

 いつものように建物に入り、エレベーターで支部長室がある階まで行くと、そこには大島さんが毎度の如く怪しい笑みを浮かべながら待っていた。

 

「や、態々ご苦労様」

「いえ……」

「親父なら支部長室で君を待ってるよ」

「分かりました」

 

 そう言えば……。

 

「今日は芳美さんはいないんですか?」

「うん。君が来る少し前に訓練所から連絡があってね、向こうに行ったよ」

「そうですか」

 

 彼女に会えないのは少し残念だな。

 挨拶ぐらいはしたかったんだが……。

 

「ま、取り敢えず行きなよ。あまり待たせるのはよくない」

「そうですね」

 

 待たせたら、どんな嫌味を言われるか分からないしな。

 俺は大人しく、支部長室へ向かって行った。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

「失礼します」

 

 ノックをしてから支部長室へと入る。

 奥にある机には、見慣れた太っちょの支部長が座っていた。

 

「よく来てくれたね」

「いえ……」

「今日来てもらったのは他でもない。君の進路について話そうと思ってね」

「はい」

 

 なんとなく、そんな気はしていたがな。

 

「もう君も分かっているとは思うが、君にはIS学園に行ってもらう」

「矢張りですか」

「だが、その前に君がIS委員会代表のIS操縦者と言う事をマスコミに発表しようと思っている」

「え?」

 

 マスコミに発表?

 

「世間に大々的に発表する事によって、君の存在を人々に知らしめる。勿論、ある程度の素性は話すつもりだがな」

「それは……」

 

 俺が千冬姉さんの『妹』だと言うつもりか……。

 

「タイミングは君が中学を卒業した後にする予定だ。今から心の準備をしておいてくれたまえ」

「分かりました」

 

 気楽に言ってくれる。

 こちとら、前世も今世もそんな経験は全く無いんだよ。

 いきなり、そんな事を言われても困る。

 

「表向きは他の生徒達と同じように受験をする予定だが、君の合格は既に確定していると思ってくれていい」

「はい」

 

 非常に心苦しいな。

 事実上の裏口入学じゃないか。

 そこまでして『俺』と言うネームバリューが欲しいか。

 

「ご苦労だった。下がってよろしい」

「はい。失礼しました」

 

 お辞儀をした後に支部長室を後にする。

 

 支部長はしらを切っているが、俺にはちゃんと分かっているんだぞ。

 アンタの視線がずっと、俺の胸や足に集中していたのをな。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 支部長室を出ると、またまた大島さんが待っていた。

 

「や」

「どうも」

 

 この人の表情は殆ど変わらないな。

 不気味過ぎて気味が悪い。

 

「今日は君の訓練はお休みだ。偶にはゆっくりとするといいよ」

「そうですか」

 

 いきなり『ゆっくり』とか言われてもな…。

 

「まずは下の階に行こうか。ここじゃ休まる体も休まらない」

「ええ」

 

 俺は大島さんに連れられるようにエレベーターに乗って下の階に向かった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 休憩所や仮眠室がある階。

 その一室で俺は大島さんと一緒にソファーに座っていた。

 

「息子の俺が言うのもあれだけど、あんな親父の相手なんかして君も疲れただろう?」

「それを俺に言わせますか?」

「あれ? 言いにくい?」

「当たり前です」

 

 あんなんでも、一応は俺の上司的な人なんだ。

 支部内での悪口は言えないないだろう。

 俺が背もたれに体を預けた瞬間、休憩室のドアが開いた。

 

「ここにいたか」

 

 誰だ?

 高級そうなスーツに身を包んでいる男性だが……。

 

「兄貴……!」

「兄……?」

 

 この人が……?

 全く似てないが。

 

「すまんな。ドアが半開きだったぜ」

 

 あれ? そうだったか?

 

「ほぅ……? 話には聞いていたが、こんな美少女がお前の担当だったとはな」

「うるせぇな……!」

 

 大島さん……?

 

「博之の兄の『山本信彦』と言う。よろしくな」

「あ……えと……織斑千夏です」

 

 あれ? 苗字が……。

 

(もしかして、腹違いの兄弟とかか?)

 

 なんか複雑な事情がありそうだな。

 深く聞くのは躊躇われる。

 

 黒い地味なスーツに白いワイシャツ。そしてノーネクタイ。

 更には左腕からは金のロレックス、首には金のネックレスが覗いている。

 凄いな……始めて見た。

 

 髪は長髪で、凄く手入れが整っていて、居城で束ねている。

 髪が長い男性と言うのも珍しい。

 

 一体どんな人なんだろうか?

 芸能人……じゃないよな。

 

「兄貴、何の用で来たんだよ?」

「中学生の割には妙に大人びてるな。だが、悪くない」

「何の用で来たんだって聞いてんだよ!!!」

 

 ……! 驚いた……。

 この人が大声を出すところなんて初めて見た……。

 

「たまたまこっちに来る用事があったんでな。お前がちゃんと頑張っているか様子を見に来たんだ」

「そうかよ」

 

 まるで、癇癪を起こしている子供のようだな。

 

「……茶でも飲んでいけよ」

「そうだな。偶にはいい」

 

 またまた驚いた。

 大島さんが率先して茶を出そうとするなんて。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 大島さんが茶を淹れに行って休憩室を出ていって、部屋には俺と山本さんが残された。

 

「博之の事をよろしく頼むな。我儘な奴だが、仕事には真面目や奴でな。これからも色々と迷惑をかけるかもしれないが、今のあいつは社会人だ。許してやってくれ」

「いえ……俺は別に……」

 

 この物言い。

 凄くいい人のようだ。

 

「正直ほっとしたよ。君のような気丈な子の方がアイツには合っている。何しろ、あんな奴だからな」

 

 あんな奴って……。

 あ、煙草を咥えた。

 けど……。

 

「あの……火はつけないんですか?」

「俺はヘビースモーカだよ。鬱陶しいかもしれないが、勘弁してくれ。この通り、火をつけるつもりないから」

「俺は別に構いませんけど」

「未成年の前で吸う訳にはいかないだろう?」

「正論ですね」

 

 本当に大島さんのお兄さんか疑わしくなってきたな。

 凄くじゃなくて、滅茶苦茶いい人じゃん。

 

「折衷案だ。こうして『おしゃぶり』のように咥えていれば、それなりに満足なんだ。気にしないでくれ」

「いや……気持ちは分かるって言うか……。俺も大人になったらタバコを吸ってみたいって思った事があるって言うか……」

 

 あ……あれ?俺は何を言ってるんだ?

 あ、山本さんが煙草を握り潰してスーツのポケットに入れてしまった。

 

「悪かったな。やっぱり、未成年の前で煙草を見せつけるのはよくないな」

「真面目なんですね」

「他の連中からもよく言われるよ」

 

 不思議な人だな……。

 他人なのに、不思議と俺は落ち着ている。

 芳美さんと初めて会った時もこんな事は無かったのに。

 

「なに、一人前に話してるんだよ」

 

 大島さんが戻ってきた。

 その手には三人分のお茶が乗っているお盆が握られていたが、彼の顔はさっきと同じように仏頂面のままだ。

 

「一人前に女子中学生とお話しできるような身分かよ!! このヤクザ者が!!」

 

 や……ヤクザ?

 山本さんが?

 

 俺が大島さんの剣幕に驚いていると、山本さんが寂しげな笑みを浮かべながら立ち上がって、俺の頭を撫でてくれた。

 

「弟の事をよろしく頼むな」

「あ……」

 

 こっちが返事をする間も無く、彼は行ってしまった。

 少しした後に、外から車のエンジン音が僅かに聞こえた。

 

「ベンツさ。頬に縫い目のある運転手付きのな」

 

 わぉ……。

 ベンツに縫い目って……本格的じゃん。

 

「この建物も、この土地も、このソファーだって兄貴が極道をして手に入れたものなんだ」

 

 一応……ここは黙っておこうか。

 

「この土地と建物は借金のカタか何かで『合法的』に手に入れたものらしい。『合法的』に……な」

 

 妙に合法的って協調してくるな。

 

「凄いんですね……」

 

 正直、それしか言えなかった。

 下手に何かを言えば、取り返しのつかない事になりそうだったから。

 

「少し前まで、俺は兄貴に依存してたんだ。学費も、生活費も、何もかもが兄貴持ちだった」

「そう……ですか」

 

 う……こっち見た。

 

「俺の親父は支部長なんて地位につくまでは土建屋をやっていたんだ。知ってる?土建屋」

「いえ……」

「簡単に言うと、中堅の建築会社さ。昔は俺の事を跡取りにしたがっていたけど、今となってはどうでもいいみたいだな。そんな話は全然してない」

 

 うぐ……なんか空気が重い……。

 

「その……山本さんはそんなにも偉い方なんですか?」

「東友会の山本と言ったら、良くも悪くも有名人さ。この名前を聞けば、大抵の連中は愛想笑いを浮かべる」

「お若く見えましたけど、そんなに凄い人だったんですね」

「凄い人……ね。まぁ、確かに組関係じゃ凄い人である事には違いないな。若作りしてたけど、今年でもう35になる」

 

 35歳……。

 

「ま、兄貴がのし上がったのは親父の力もあるんだよ」

「と言うと?」

「建設会社と暴力団。お互いに持ちつ持たれず、切っても切れない関係だからな。兄貴は新宿に居を構えてるくせに、山谷とかの色々な利権を全部握ってるんだ。日雇いの労働者を食いモノにしてるんだ」

 

 話しが難しくなってきたな…。

 って言うか、俺にそんな話をしてもいいのか?

 

「嘗ての親父の会社は仕事がある時は異常なまでに忙しいけど、そうじゃない時は悲惨なものなんだ。国や地方自治体の発注待ち。政治家や小役人と癒着をしてるんだ。他の製造業とかとは違って、ビルや道路をいちいち造ってストックしておくわけにもいかないだろう?」

「確かに……やりたくても出来ませんよね」

「だから、なるべく正社員を少なくしてから、仕事の発注があった時限定で日雇い労務者で賄おうっていう発想で出来てくるんだ。福利厚生とか退職金とか保険とかゴチャゴチャ言わない日雇い労務者でさっさと道路とかを造ってしまい、それが終わったなら、ハイさよなら……ってわけ」

 

 う~わ~。

 聞きたくない裏話を聞いてしまった~。

 

「親父は兄貴に発注する。兄貴はその日暮らしの労務者をかき集める。親父はそれを利用して余計な正社員を使用せずに安く仕事が出来る。兄貴は労務者の日当をピン撥ねして私腹を肥やす。ヤクザでのし上がっていくには、まずは無謀な性格であること、次に頭が切れる事。最後に豊富な資金源を持っている事。兄貴はその全てを持っているんだ」

 

 実に饒舌に話すが、そこからは山本さんに対する尊敬の念とかは一切感じられない。

 まるで、最初から決まっている文章を淡々と読むかのようだった。

 

「あ……ゴメン。小難しい話をしてしまったね。君にはまだ早かったかな?」

「いえ、気にしてませんから」

「そう……」

 

 そう言えば、お茶を飲むのをすっかり忘れていた。

 早く飲んでしまおう。

 

「う……」

 

 温い……。

 実に中途半端な温さだ。

 

「!!!!!」

 

 な……なんだ……?

 急に体が痺れて……。

 

「ククク……」

「大……島……さん……?」

 

 ま……まさか……!

 

「この時をずっと待っていたよ。アイツが来て駄目かも知れないと思ったけど、幸運の女神は僕に微笑んでくれたようだ」

「なに……を……」

 

 この男は……!!

 

「君が飲んだこのお茶には裏ルートで入手した特製の痺れ薬を入れたんだ」

 

 なん……だと……!

 

「フフ……出会って当初の君ならば、警戒して僕が入れた茶なんて絶対に飲まなかっただろうね。でも、今は違う。こうして茶を飲んでくれたって事は、僕の事を少なからず信用してくれたって事だ。違うかい?」

 

 悔しいが、ここは彼の言う通りだ。

 俺は今までの日常の中で、この大島と言う人物の事をほんの僅かでも信用してしまった。

 くそっ……! 俺はなんでいつも……!

 

「凄く嬉しいよ。さぁ……一つになろうか?」

 

 ま……まさかコイツ!?

 

 大島さん……いや、大島は身体が痺れて身動きが出来ない俺の事を抱きあげて、休憩所を後にした。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 俺が連れ込まれたのは、近くにあった仮眠室だった。

 そこにあるベットの上に俺の体をそっと置いて、両腕を自分のネクタイで縛り上げた。

 

「念の為にね。後、ついでだから」

 

 あ……腕に付けていたディナイアルの待機形態である腕輪が取られた…。

 そして、大島は俺に覆いかぶさってきた。

 

「僕は知ってるんだよ」

 

 何をだよ……!

 

「千夏ちゃん……僕に惚れてるだろ?」

 

 そんなわけあるか。

 そう叫びたいけど、喉までもが痺れて声が上手く出せない……。

 

「さて、脱ぎ脱ぎしましょうね~」

 

 や……やめろ……。

 だが、心の中で何を言っても無駄で、俺は大島の手によって下着姿にされてしまった。

 

「そう言えば、もうすぐ君のお姉さんが帰ってくるんだって?」

 

 ……? いきなり何を?

 

「ねぇ……知ってるかい? 君のお姉さんの織斑千冬……彼女ね、日本代表を引退したらしいよ?」

 

 な……なんだって……?

 そんな話全然聞いてないぞ……。

 

「きっと、芳美さんは君の事を思って黙っていたんだろうね。でも、いずれバレる事さ」

 

 姉さんが引退……なんで……?

 

「親父が聞いたところによると、君達家族にこれ以上の危険が及ばないようにする為らしいって」

 

 そんな……それじゃあ、姉さんは俺のせいで引退したのか……?

 

「家族思いだよね~。いや~感動しちゃうな~」

 

 俺は……俺は……。

 

「おや? いきなり泣いたりしてどうしたのかな? 今から起きる事を想像して嬉し泣き?」

 

 悔しい……

 こんな最低野郎の事を少しでも信じてしまった自分が。

 こうして何も出来ないでいる自分が。

 

「はぁ~……」

 

 や……やめて……。

 俺の下半身の匂いを嗅ごうとしないで……。

 股間に顔を近づけるな……。

 

「素晴らしい香りだ……。今まで色んな女を喰ってきたけど、君は間違いなく極上の美少女だよ」

 

 お前に褒められても全く嬉しくない。

 

「本当に可愛いよ……千夏ちゃん」

「んぐっ……」

 

 キ……キスされた……。

 こんな奴に……。

 

「れろぉ……」

 

 舌を入れてくるな……。

 くそ……くそ……!

 

「はぁ……あれ? もしかしてファーストキスだった? そうか~……僕は実にラッキーだな~」

 

 残念だが、俺の初めてのキスは鈴だ。

 だが、鈴とのキスがこいつに上書きされたようで、すごく嫌だった。

 

「じゃ、そろそろやろうか?」

「……」

 

 やめ……。

 

「千夏ちゃん……君は特別な存在だ」

 

やめろ……!

 

「君には……神様が宿っているよ」

 

 やめてくれ……。

 

「ならば、僕は……その『神』を犯そう」

 

 やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 全てが終わり、体の痺れも完全に取れたが、俺は全く動く気力が無かった。

 当然だ、俺はまた…強姦されたのだから。

 

「ひくっ……ひくっ……」

 

 生まれて初めてだ……こんなにも悔しくて泣いたのは……。

 体は至る所に白濁液で染まっていて、独特の匂いが匂ってくる。

 

 嗅覚が戻らなければ、こんな不快な思いもしなかったのに……。

 不感症気質なのが唯一の幸いか……。

 そうじゃなかったら、一体どうなっていたか……。

 

「いや~…最高だったよ。マジで君は最高の女だった」

 

 コイツは……。

 裸の状態でこっちを見る大島。

 俺の方も裸にされていて、着ていた下着はそこら辺に捨ててある。

 

「反応が薄かったのが気になったけど、具合が最高だったから……ま、いいか」

 

 全身を犯された……。

 口も、後ろも……。

 

「でも意外だったなぁ~。まさか処女じゃないなんて。もしかして、弟君と近親相姦でもやってるのかい?」

「一夏はお前とは違う……」

「元気あるじゃん」

 

 許さない……コイツだけは絶対に……!

 

「あ、一応言っておくね。君のお姉さんは確かに引退はしたけど、まだ日本に所属はしているんだ。この意味……分かるよね?」

「まさか……」

「今回の事を誰かに言ったりしたら……大事な大事なお姉さんがどうなっても知らないよ?」

「!!!!!」

 

 コイツは……姉さんまでも……。

 

「最悪、連鎖的に弟君にも被害が行くかもね~」

 

 一夏にまで、その毒牙を向ける気か……!

 

「それともう一つ」

「なんだ……」

「君がいつも頼りにしてる芳美さんね。実は兄貴の恋人なんだ」

「え……?」

 

 芳美さんと山本さんが……?

 

「君は兄貴に妙に懐いてようだけど、彼女とこれからも仲良くしたいのならば、兄貴に近づくのはやめた方がいい」

「…………」

 

 俺は………。

 

「じゃ、これからもよろしく頼むよ(・・・・・・・)。僕の可愛い千夏ちゃん♡」

 

 助けて……誰か助けてよ……。

 

 姉さん……一夏……鈴……。

 

 山本さん……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ハッピーエンド?何それ?美味しいの?


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第21話 姉の帰国

色々と感想を読んでいると、大島に対するヘイトが半端ないですね。

まぁ…無理も無いですけど。

実は、大島の最後については色んなパターンを考えているのですが、今回はその中でも一番インパクトが強いのを採用しようと思います。

その際、大島には自分の命を引き換えに千夏にとんでもないものを遺して貰う事になりますが。

ま、大丈夫でしょう。









「あの男~!!! よくもなっちゃんを!!! 絶対に許さない!!!!」

 

 自身の移動式研究所(仮)にて、激しく激昂する束。

 それもその筈。

 彼女は今、密かに見張っていた千夏に起きた悲劇をモニター越しに目撃したのだ。

 

「あの大島とか言う奴……私がこの手で殺して……!」

 

 もう既に千夏達を誘拐した連中を手に掛けた束にとって、殺人に対する拒否感は無かった。

 だが、それでも無意識のうちに手は震えていた。

 

「なっちゃんの優しさに付け込んで、やりたい放題しやがって!! ああ~もう! よっちゃんも何してるのさ!! あんな奴にいいように利用されちゃって!!」

 

 よっちゃんとは、千夏の専属コーチをしている松川芳美の事を指している。

 彼女は千冬を通じて芳美とも知り合っていて、当初は毛嫌いをしていたが、時間が経つごとに自然と仲良くなっていて、気が付けば芳美の事を渾名で呼ぶようになっていた。

 

「もうすぐちーちゃんがドイツから帰ってくる。そうすれば幾らでも……」

 

 千冬の帰国まで残り数日。

 そうすれば千夏を助ける事が出来る。

 そう思っている束だったが……。

 

『あはははは!』

『あはははは!』

「な……なにっ!? って言うか誰っ!?」

 

 いきなり聞こえてきた二つの声に驚きを隠せない束。

 思わず立ち上がって周りを見渡すが、彼女の周囲には誰もいない。

 

『ダメダメ!』

『ムダムダ!』

『『そんな事はさせないよ!』』

「それはどう言う事!?」

 

 普段は飄々としている束が、その顔を怒りに歪ませている。

 今にも声の主に噛みつきそうな勢いだ。

 

『天災では彼女は救えない!』

『戦乙女では彼は救えない!』

『『そもそも、誰にもあの子は救えない!』』

「そんな事ない!!!」

 

 自分達の想いを全否定するかのような声。

 今は言い返す事しか出来ない束だったが、それでも黙って聞く事だけは出来なかった。

 

『これは彼の罪!』

『これは彼女の罰!』

『『だからこそ試練を与えた!!』』

「試練……? 友達とお別れして! 男達に強姦されて!! こんなのが試練だって言うの!?」

『そうそう!』

『うんうん!』

 

 気が付けば唇の端を歯で切っていて、血がうっすらと流れている。

 悔しさの余り、自分を傷つけてしまったのだ。

 

「君達が誰かは知らないけど、なんでなっちゃんがこんな目に遭わなくちゃいけないの!! あの子は何も悪くないじゃない!!」

『本当にそうかな?』

『そうかな?そうかな?』

「え……?」

 

 思わせぶりな言い方に呆けてしまった束。

 さっきまでの怒りが一瞬だけ収まってしまった。

 

「な……何を知ってるの!?」

『『さぁ?』』

「おちょくるな!!」

『『クスクス……』』

 

 いつもは他人を馬鹿にしている束が、完全に弄ばれている。

 だが、その事実よりも声が言っていることの方が許せなかった。

 

『これからも【試練】は続く』

「なんだって!?」

『どっちみち、僕達が君達を妨害するけど』

「妨害……?」

 

 ハッとした束は、徐にコンソールを操作して研究所内を調べてみる。

 すると、ある異常が発生していた。

 

「う……嘘……? 移動不可能……?」

 

 本来ならば、何処にでもすぐに移動が出来る束のお手製の移動式研究所が、完全に移動不可能な状態になっているのだ。

 

『これで釘付け!』

『お前は釘付け!』

『『因みに、ここからも出られないから!! お前だけで移動しようとしても意味無いよ!!』』

 

 確認してみると、研究所のコントロールが一部奪われていて、出入り口の開閉機能が機能しなくなっていた。

 

「………本当に…お前達はなんなのさ?何が目的でなっちゃんにこんな事を……」

『織斑千夏は『選ばれし者!』』

『『皇』になる『資格』を持つ者!』

「皇……?」

 

 どこまでも抽象的な言葉に、束の頭は珍しく混乱していた。

 

『お前はここで見てればいい』

『自分の無力さを噛み締めればいい』

『『お前にはそれがお似合いだ!』』

「黙れっ!!!!!」

『あははははは……』

『あははははは……』

 

 我慢の限界に達した束が大きく叫ぶと、声は静かに消えていった。

 力弱く項垂れながら椅子に座り直す束。

 その顔からはいつもの元気は失われていた。

 

「ごめん……ごめんね……なっちゃん……」

 

 嘗てと同じように、ここにはいない千夏に対して謝罪の言葉を紡ぐ事しか出来ない束だった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 大島に強姦を受けてから数日。

 俺を脅していたから、毎日のように凌辱を受けるとばかり思っていたが、なんでかアイツはあの日以来、俺の事を犯そうとはしなかった。

 だが、それが逆に俺に言い知れない恐怖を与えていた。

 

 少し前ならばこんな事は無かったのに、精神的に不安定になっている時にあんな目に遭ったせいか、一人でいる時は恐怖で体が震えるようになっていた。

 

 不幸中の幸いなのが、誰かが一緒にいる時は震えが止まる事だ。

 自分の知り合い達がいると言う事が、無意識のうちに俺の心に安心感を与えているのかもしれない。

 だから、学校や訓練所では辛うじて正気を保っていられた。

 

 そうした日が少しだけ続いた日、待ちに待った日がやって来た。

 千冬姉さんが日本に帰ってきたのだ。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「はぁっ!!」

 

 訓練用アリーナのステージにて、千夏の駆るディナイアルが疾駆する。

 相変わらず無手ではあるが、その拳の攻撃力は訓練生の誰もが知っている為、決して油断などはしない。

 

「うんうん。今日もいい感じね」

 

 千夏に起きた事を知らず、同時にその心境も知らないや芳美は、笑顔で頷いていた。

 山本とも既に話していて、彼からも千夏の事を任されたのだ。

 

「精が出ているな。芳美」

「そうね~。どこまで強くなるのかしらね……あの子は……って!?」

 

 突然した声に慌てて振り向くと、そこにいたのは……

 

「ち……千冬っ!?」

「ああ。たった今帰ってきた」

「もう~! 帰国の日が決まっていたなら、ちゃんと教えてよ~! そうしたら、千夏ちゃんと一緒に空港に迎えに行ったのに!」

「はは……済まない。ちょっと驚かそうと思ってな」

「ったく……貴女の冗談は洒落にならないのよ」

 

 などと言いながらも、芳美の顔は笑顔になっている。

 なんだかんだ言いながらも、友が帰ってきたのが嬉しいのだ。

 

「支部の方には?」

「もう顔を出してきた。あの支部長には珍しく、軽く言葉を交わした程度で済んだがな」

「そう……」

 

 長い事、あの男の元で秘書をやらされてきた身としては、彼が簡単に千冬を解放した事が気になっていた。

 だが、今はその事を心の奥にしまっておく事にした。

 

「で? 元日本代表様から見て、千夏ちゃんはどう?」

「そうだな……。あの黒い全身装甲が千夏か?」

「ええ」

 

 改めてステージ内の千夏を見る千冬。

 その目は真剣そのものだった。

 

「少しだけ荒く感じるが、この訓練所の中では一番強いだろうな」

「やっぱりそう思う?」

「お前も?」

「うん。千夏ちゃんは本当に凄い子よ。こっちが教える事をあっという間に吸収していく。もう既瞬時加速(イグニッション・ブースト)を始めとしたテクニックをマスターしてるもの」

「もうか……」

 

 動きから見て、千夏がずば抜けているのは理解していたが、それでも驚いてしまう。

瞬時加速は代表候補生レベルが習得可能な技だからだ。

 一朝一夕では習得は難しいだろう。

 

「ところで、何故千夏は武器を使わない?」

「使わないんじゃなくて、使えないのよ」

「は?」

「千夏ちゃんに与えられた専用機『ディナイアル』は徒手空拳で戦うことが前提の機体なの」

「なんだと!? 支部長は確か、ドイツから譲渡されたと言っていたが、そんな機体をドイツが作ったのか!?」

「そこら辺は不明。私も独自に調査してるんだけど……」

 

 あくまでもドイツはディナイアルを『譲渡』しただけであって、制作をしたわけではない。

 未だにディナイアルの製作者は謎に包まれていた。

 

「でも、大丈夫よ。ちゃんと機体は解析はしてるし、無手でも大丈夫なような機能も搭載されてるし」

「機能?」

「そう。ほら……見て」

 

 二人の視線がディナイアルに集中すると、機体の各部から蒼い炎が吹き出た。

 

「あれは……!」

「バーニングバーストシステム。機体内部にあるエネルギーを全面開放して、機体の性能を一時的に向上させるシステムよ。それの副次的効果として、あんな風に炎が吹き出るの」

「性能強化に加えて、視覚による相手に対するプレッシャーも与えられる…か」

「そうね。あれが発動すれば、千夏ちゃんの勝利はほぼ確定同然なのよ」

 

 ディナイアルの炎を纏った拳が相手に迫り、その腹部に直撃する。

 その一撃でSEが付き、模擬戦が終了した。

 

「凄いな……」

「あの炎を纏った一撃は、殆どが一撃必殺に等しいの。拳も蹴りも威力が大幅に上がるから」

「そして、それを使いこなす千夏の実力……か」

「そう言う事。ウチの支部長は委員会代表として、最終的にはモンドグロッソに出場させる気みたいだけど。このままだと、本当に優勝しちゃうかもね?」

「あの座はそう簡単に辿り着ける場所じゃないさ」

「貴女が言うと重みが違うわね」

 

 幾ら『妹』とは言え、真剣勝負の場では身内贔屓はしない。

 それが千冬と言う女だった。

 

「あ、戻ってくるわよ」

「こうして顔を見るのは一年半振りか……」

 

 そうして話しているうちに、ディナイアルが二人のいるピットに降り立った。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

「ふぅ……」

 

 模擬戦が終了し、ピットに戻ってきてからディナイアルを解除する。

 すると、奥から見覚えのある姿が二つやって来た。

 

「お疲れさま、千夏ちゃん。はい、タオル」

「あ……ありがとうございます」

 

 個人的に模擬戦は好きだ。

 何故なら、戦っている最中は嫌な事や余計な事を忘れる事が出来るから。

 

「強くなったな、千夏」

「ね……姉さん?」

 

 な……なんでここに?

 って言うか、いつこっちに戻って来たんだ?

 

「着いたのはついさっきらしいわよ。彼女なりのサプライズなんですって」

「姉さん……」

 

 柄にもない事を……でも……。

 

「よかったよ。無事に帰ってきてくれて」

「私はそんなに軟ではないつもりだが?」

「それでも…さ。家族を心配するのは当然だろう?」

 

 あぁ……もう限界だ。

 

「姉さん……」

「ち……千夏っ!?」

 

 今の俺は猛烈に…姉さんに抱き着きたくて仕方が無い。

 と言う訳で……むぎゅ。

 

「おかえり……千冬姉さん」

「ただいま……千夏」

 

 やっぱり安心するな……姉さんは。

 そして、これが姉さんの匂いか……いい匂いだ。

 

「え~……ごほん! 姉妹で仲良く帰国を祝うのはいいけど、私を除け者にしないでほしいなぁ~?」

「「あ……」」

 

 しまった……芳美さんがいる事をすっかり忘れていた。

 

「そう言えば千夏。その髪は……」

「これは……」

 

 姉さんにはまだ知らせていなかったな。

 なんて説明する?

 

「いや、言わなくてもいい」

「けど……」

「いくら姉妹とは言え、お前のプライベートな問題にまでズケズケと入り込もうとは思わない。お前が自分から話すと言うのであれば別になってくるがな」

「そうか……」

 

 こっちの事は御見通しって訳か。

 本当にこの人には敵わないな。

 

「いつか話せる日が来たらちゃんと話す。約束する」

「ああ。その日を待っているぞ」

 

 ちゃんと心の整理が出来たらな。

 何時になるかは分からないが、いつか絶対に話そう。

 

「そうだ、千夏ちゃん。貴女に渡す物があるんだった」

「なんですか?」

「これよ!」

 

 そう言って芳美さんが近くにあった紙袋から出したのは、一着のISスーツだった。

 

「これって……」

「ずっと前に注文していた、千夏ちゃん専用のISスーツ! 今日やっと届いたの!」

「おぉ~……」

 

 これが……。

 ディナイアルのパーソナルカラーに合わせたのか、全体的に真っ黒で、腕回りや足回りなどの淵に当たる部分が金色で装飾されていた。

 そして、へそに当たる部分にはディナイアルのクリアパーツを彷彿とさせる紫の六角形の模様があった。

 

「なかなかにいいデザインじゃないか」

「俺もそう思うよ。うん、気に入った」

 

 こんな感想を抱く日がこようとはな。

 俺も密かにファッションに目覚めつつあるということか?

 

「今日はもう終わりだから、今度からこれを着てくるといいわ」

「分かりました。これ…本当にありがとうございます」

「いいのよ別に。私も楽しんでやってるし」

「そうなのか?」

「ええ。自分の後輩となる子達を指導するのって思いのほか楽しくて。千夏ちゃんがIS学園に行っても、ここでコーチを続けようかしら?」

「案外それが合っているのかもな。お前に教えてもらえば、いい操縦者がこれからも誕生していくだろう」

「そうだといいわね」

 

 そうか……俺にとって、芳美さんは先輩にあたるのか。

 すっかり忘れていた。

 

「そうだ。千夏…お前に話さなくてはいけない事があるんだ」

「なにかな?」

「実はな……今度から、IS学園で教鞭をとることになった」

 

 ……………は?

 

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 帰りの車。

 俺は助手席に座って千冬姉さんの運転を横目で見ている。

 

 今日は姉さんが帰国した日ということもあって、芳美さんが気を利かせてくれて、姉さんの車で帰る事にした。

 というか、車をいつ購入したとか、いつ運転免許を取得したとか、ツッコミ所は満載だが、ここでは敢えて言わない方がいいと思う。

 

「にしても、なんで教師なんか?」

「支部長が言ってきたんだ。『君ほどの実力者ならば、きっといい生徒達を排出してくれるに違いない』とな」

「なんて勝手な……」

「言うな。今更だ」

 

 あ……姉さんも半ば、諦めの境地にいるのね。

 

「けど、教員免許は……」

「いつの間にか用意してあった。多分、最初から行かせる気だったんだろうな」

 

 あの親子はどこまで……。

 

「あまり口に出しては言えない方法で無理矢理用意したんだろうな。どうやら、とことんまで私の事を利用するつもりらしい」

「姉さん……」

 

 気が重いな……俺達が……いや、俺がちゃんと一夏を守って誘拐なんてされなければ、こんな事には……。

 

「これからは、ISの操縦よりも仕事をしながら教師としての勉強をしなければな」

「頑張れ、姉さん」

「お前もな」

 

 人生これ勉強なり……か。

 

「それよりも、お前は大丈夫なのか?」

「え?」

「あの支部長は悪い意味でかなり有名だからな。何かされてないか?」

「……………」

 

 言えるわけない。

 言えるわけないじゃないか……。

 大島に強姦された挙句、脅しまで掛けられているなんて……。

 

「千夏?」

「あ……あぁ……俺なら大丈夫だよ。心配ないさ。芳美さんもついてるし」

「そうか……そうだな」

 

 よし、なんとか誤魔化せたか?

 

(あの表情……どう見ても何か隠してるな。しかも、相当に深刻な事と見た。多分、私や芳美にも相談できない程のなにか……)

 

 はぁ……また思い出してしまった。

 ま、今は姉さんがいるから体は震えないけど。

 

「千夏。何かあればいつでもすぐに相談しろ。別に私じゃなくてもいい、芳美や一夏。他にも同じ訓練生達やクラスメイトでもいい。とにかく、あまり一人で抱え込むな。いいな?」

「うん……わかったよ」

 

 そう簡単に相談出来れば、苦労はしないのだがな……。

 それからも、姉さんとぽつぽつと話しながら、車は自宅へと進んでいった。

 

 家に帰ると、一夏も驚きまくっていた。

 どうやら、一夏も姉さんの帰国時期は知らされていなかったようだな。

 その日の夜は久し振りに家族団欒の食事となった。

 

 嗅覚を取り戻した直後は食事が辛く感じていたが、今はもう慣れてしまい、以前と同じように食べられるようになった。

 

 食事の後に姉さんに言われたのだが、一夏には姉さんがIS学園の教師になる事は伏せていてほしいとの事だった。

 多分、一夏にはISとは無縁の人生を送って欲しいと願う姉さんの優しさだろう。

 それに関しては俺も同感だから、内緒にする事にした。

 

 その日の晩は、なんでか猛烈に人肌が恋しくなってしまい、姉さんにお願いして一緒に寝させて貰った。

 千冬姉さんの顔を見ながら寝たお陰か、久し振りに心地よく眠る事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




飴と鞭。

当然、飴の後は……?


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第22話 悪戯小僧のピノッキオ

 姉さんがドイツから帰ってきたのはいいが、また忙しくなってしまい、家にいる時間が極端に減ってしまった。

 まぁ、こればっかりは仕方が無い。

 悔しくはあるが、あの支部長の持つ権力は間違いなく本物だ。

 下手に逆らえばどうなるか、想像も出来ない。

 でも、まだ会える時間が僅かでもあるだけマシだろう。

 ついこの間までは、会うことすら出来なかったのだから。

 

 一夏は姉さんがIS学園で教師をしていることは知らない。

 姉さんなりの配慮ではあるのだが、いつかはちゃんと話さなくてはいけないだろう。

 その時にどんな反応をするか、それがちょっと心配だけど。

 

 姉さんが戻ってきてから、芳美さんにも笑顔が増えた。

 二人は親友同士だと言っていたし、きっと嬉しいんだろうな。

 

 だが、私は少々浮かれ過ぎたらしい。

 姉さんが帰って来て、俺が置かれている状況を少しだけ忘れかけていた。

 

 そして知る。

 俺にとっての怨敵は、大島一人だけではないのだと。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 今日も今日とて学校の授業が終わり、放課後はいつものように訓練所での活動になる。

 カバンの中には俺専用のISスーツが入っている。

 今日からはこれを着ての訓練だ。

 なんか、俺も段々と委員会代表っぽくなってきたんじゃないか?

 

「あれ?」

 

 一夏?

 いきなり窓を見てどうした?

 

「あそこ……いつもと違う車が止まってるぞ」

「え?」

 

 俺も一緒に見て見ると、校門の傍に停車していた車は……

 

「あ……れは……」

 

 そこにあったのは芳美さんの車じゃない。

 あれは……大島の車だ……。

 

「どうした? 千夏?」

「千夏姉?」

 

 な……なんでアイツが……。

 また俺に何かをする気か……。

 

「千夏姉? どうしたんだよ?」

「はっ!?」

 

 一夏に片を叩かれて、やっと我に返った。

 

「お……おい、汗が凄いぞ?」

「大丈夫かよ?」

「あ……ああ……」

 

 急いで汗を制服の袖で拭って、一夏と弾に向かっていつもの表情を作る。

 

「大丈夫だ。問題無い」

「それ、逆に心配になるぞ…」

「見事なフラグだな……」

 

 何を言っている?

 

「と……とにかく、行ってくるよ」

「ああ。気を付けてな」

「うん」

 

 最大限に気を付けるさ。

 けど……。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 急いで校門にある車の元まで行くと、運転席から大島が顔を覗かせて、にっこりと笑った。

 

「さ、早く乗って」

「は……はい……」

 

人質を取られたに等しい俺に逆らえるわけも無く、大人しく助手席に座った。

乗った直後に車は発進した。

 

「な……なんでお前が……」

「おやおや、随分とフランクになったねぇ~」

「お前に敬語なんて使えるか。今までの自分をぶん殴りたくなる」

 

 なんでこんな下種野郎に敬語を使っていたんだ……。

 本当に反吐が出そうだ。

 

「芳美さんは今日も訓練所に呼ばれているんだ。あの人も君のお姉さんと同じように忙しいからね」

「そうか……」

 

 元代表候補生ともなれば、色んな事に引っ張りだこになるんだろう。

 俺の訓練にばかり付き合う訳にはいかない…か。

 

「今日も親父からの呼び出しさ」

「…………」

「あれ? 理由は聞かないのかい?」

「聞いたら鬱になりそうだから、聞かない」

「あっそ」

 

あの親父もいやらしい目で俺の事を見ていたな…。

まさか、あいつも……。

 

「そんな訳で、今日は少し時間がある」

「だから?」

 

 途中、児童公園に車が止まった。

 

「……?」

「ここの公園さ、この時間帯はあまり人がいないんだよね」

 

 こいつ……。

 

「あの公衆トイレで……一発やっていこうか?」

「このクソ野郎……」

「なんとでもいいなよ。君には拒否権なんて無いんだしさ」

 

 結局、俺は大島によって公園内にある男子トイレに無理矢理連れ込まれ、また犯された。

 制服は脱がされた為、汚れずに済んだのは幸いだったけど。

 アイツの精液で制服が汚れるのは絶対に耐えられないから……。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「あ~スッキリした」

「…………」

 

 くっ……ちゃんと全部拭けたかな?

 下着に染み込んでないといいけど……。

 

「やっぱり君は最高だね。こんな美少女中学生と和姦が出来るなんて、僕は幸せ者だなぁ~」

「和姦じゃない」

 

 俺は一回とて同意も受け入れてもいない。

 明らかに強姦だ。

 

「はっはっはっ! 君がなんと言おうと、千夏ちゃんが股を開いた事実は変わらないよ?」

「………っ」

 

 もう……いやだ……。

 なんで俺がこんな目に……。

 もしも不感症じゃなかったら、とっくに心が折れていたかもしれない……。

 

「でもね、今日はまだ終わりじゃないんだぜ?」

「え?」

「今日の親父の用事は、今までの様な話じゃない……って言えば分かるかな?」

 

 嘘……だろ?

 冗談だよな?

 

「あ、着いた」

 

 車が日本支部についてしまった…。

 嫌だ……。

 

「ほら、ちゃっちゃと降りて」

「嫌だ……もう嫌……」

「我がまま言わないの。君の大事な家族がどうなってもいいのかい?その気になれば、織斑千冬にある事ない事なすりつけて、スキャンダルで破滅させることも不可能じゃないんだぜ?」

「………………」

 

 選択肢は無い……のか……。

 

「さ、支部長室まで行くよ」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 支部内に入った途端、俺は支部長室まで一直線に連れてこられた。

 俺は一人で支部長室に入らされて、そこにはいつも以上にニヤニヤ顔でこっちを見ている支部長がいた。

 

「やぁ、よく来てくれたね。千夏君」

「は……はい……」

 

 大島以外に生理的に受け付けない人間は、これで二人目だ。

 あ、この人も『大島』か。

 

「そう言えば聞いたよ」

「何を……ですか」

「君……博之と寝たんだって?」

「!!!!」

 

 この男は……やはり……。

 

「それで、私も興味を持ったのだよ」

「何に……」

「勿論、君の『具合』にだよ」

 

 そう言うと、いきなり支部長は俺の腕を掴んできた。

 

「なっ……」

「ほら! 大人しくしろ!!」

「や……やめ……離し……」

 

 本気を出せば振りほどけたかもしれない。

 でも、この時の俺は恐怖で力が出せず、こいつの腕を振りほどけなかった。

 

「ほれ、暴れるな!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 そのまま支部長室に隣接している簡易休憩所に連れ込まれた。

 

 そこはベットがポツンと一台置いてあるだけで、それ以外には置時計ぐらいしかなかった。

 

「ふん!」

「きゃっ!?」

 

 ベットに放りながられて、俺は咄嗟に支部長の方を見る。

 その顔はいやらしく歪んでいて、これから俺になにをするかが一発で分かった。

 

「ん? とっとと服を脱げ」

「い……いや……」

「私は別に着衣プレイも好きだが、制服が汚れたり破れれたりしてしまうぞ?それでもいいのか?」

「う……うぅぅ……」

 

 震える手を押さえながら、少しづつ制服を脱いでいった。

 

「あはは……親父、相変わらずじゃないか」

「ひっ!?」

 

 お……大島……?

 

「おお、来たか」

「こう言うのはさ、複数でやった方が楽しいもんな」

「全くだな!」

 

 このクソ親子……地獄に落ちろ……!

 

「ぬ……脱ぎました……」

「下着も……と言いたいけど、それは俺等が脱がしてあげようか?」

「それがいい。偶には脱がすのも悪くない」

 

 大島がすぐに服を脱いで、パンツだけになってから俺の両腕を掴んだ。

 支部長も同じようにパンツだけになり、俺に覆いかぶさってきた。

 

「いい香りだな~。やはり、犯すならば若い娘の方が断然いい」

「だろ? そこら辺のビッチとは具合が段違いだからさ、親父も早く突っ込みなよ!」

「それは楽しみだな。おっと……想像したら……」

 

 助けて……誰か助けてよ……。

 

「もう……いや……」

「さっきまでの威勢はどこに行ったのかな?」

「大人しい方がこっちとしてはいいがな」

 

 こんな時……物語ならご都合主義で誰かが助けに来てくれたりするよね……。

 でも、現実はそんなに甘くは無い……。

 

「言わずとも分かっているとは思うが、もしも逆らったりしたら……」

 

 それ以上言わなくても分かってるよ……。

 姉さん達の身に何が起きても知らないって言うんだろ……。

 

「さてと、そろそろ味わうとするか」

「んじゃ、俺はその可愛いお口でご奉仕して貰おうかな?」

 

 下着を全部脱がされた後、俺は二人に無理矢理…姦された。

 その時の事はよく覚えていない。

 いや、覚えていたくないと言った方が正しいか。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 全てが終わった後、俺は支部長室から追い出された。

 

 制服を適当に着崩して、フラフラと支部長室がある階を歩いていた。

 頭の中は完全に空っぽで、何も考えられない…。

 

「あ……あ……」

 

 どうしてこんな事になったんだろう……?

 俺がISを動かしたから?

 それとも、Sランクなんて叩き出したから?

 それとも……。

 

(俺が……転生したからか……?)

 

 窓ガラスには、俺の顔が反射して映っていた。

 

「あはは……目が真っ赤だ……」

 

 ずっと泣いてたからな。

 そりゃ目も張れるわ。

 

 なんか……疲れた。

 思わず、その場にペタンと座り込んでしまった。

 床が冷たくて気持ちいいな……。

 

「千夏ちゃん?」

「え?」

 

 あ……なんで……?

 

「山本…さん……?」

 

 なんか、隣に金髪のイケメンが一緒にいる……。

 歳は俺と同じか、ちょっと上かな……?

 

「おい! 一体どうした!?」

 

 血相を変えて俺の所まで来て、視線を合わせる為に座り込んだ。

 イケメン君も一緒だった。

 

「何があった?」

「山本さん……」

 

 あ……やばい。

 もう……。

 

「あ……あぁぁ……」

「ち……千夏ちゃん?」

 

 ごめんなさい……山本さん。

 少しだけ、貴方の胸の中で泣かせてください……。

 

「あああああああああああああああぁぁぁぁぁ………」

 

 そんな俺の事を、彼は静かに抱きしめてくれた。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 近くのベンチまで連れて行ってもらって、ようやく落ち着いた。

 勿論、一緒にいたイケメン君もいる。

 

「で、本当に何があった?」

「それは……」

 

 どうする? 言っていいのか?

 けど、大島も山本さんに近づかない方がいいと言っていたし……。

 

「言えないような事か?」

「……………」

 

 言えないよ……言えるわけ無いよ……。

 

「博之か?」

「……っ!」

 

 やば……反応しちゃった…。

 

「あのクソが……!」

「あ……」

 

 や…山本さん?

 いきなり立ち上がってどうしたんですか?

 

「アイツは支部長室か?」

「えっと……」

「いや、言わなくていい。多分、アイツに何か脅されてるんだろ?」

「…………」

 

 なんで分かっちゃうかな……。

 

「これは、俺が勝手にやる事だ。君は何も言っていない。いいね?」

 

 この人は本当にヤクザか?

 優しすぎるだろ……。

 

「少し行ってくる。彼女を頼むぞ、ピーノ」

「分かりました、山本さん」

 

 ピーノ?

 彼の名か?

 俺が呆けている間に、山本さんは行ってしまった。

 

「心配?」

「うん……」

「大丈夫。あの人ならきっとなんとかしてくれるよ」

「信じてるんだな……」

「日本における僕の後見人だからね」

「え?」

 

 確かに肌が白いけど、この人はヤクザじゃないのか?

 

「一応、自己紹介しようか。僕はピノッキオ。訳あってこんな名前を名乗ってる」

「ピノッキオ……」

 

 随分と個性的な名前だな。

 訳は……聞かない方がいいな。

 

「君は……なんなの? なんで日本に?」

「う~ん……一応、僕はイタリアンマフィア…になるのかな?」

「マ…マフィア……」

 

 ヤクザの次はマフィアか。

 俺はどんだけ裏の人間と知り合えばいいんだ?

 

「日本には、僕を育ててくれたおじさんが見聞を広げる為に行けって言われてきたんだ。山本さんが所属している組の組長さんと僕のおじさんが古い知り合いでね。その伝であの人に付き添う形で日本を見て回ってるんだ」

「そうか……」

 

 マフィアも大変なんだな……。

 

「えっと……俺は……」

「知ってるよ。織斑千夏……でしょ?」

「う……うん……」

「山本さんが話してた。久し振りに見所がある女の子に会ったって」

「見所……」

 

 そんな事を言ってたんだ……。

 

「君に何があったのかは聞かないでおくよ。凄く辛そうにしてるし」

「ありがとう……」

 

 今の俺には、こんな些細な優しさでも嬉しい……。

 

「ねぇ……その……ピノッキオさん……」

「ピーノでいいよ。知り合い達は皆、そんな風に呼んでる」

「じゃあ、俺も千夏でいい……」

 

 なんだろう……山本さんとは違う感じで落ち着くな……。

 あの人はなんか、お父さんの様な感じだったけど、ピーノはなんて言うか……。

 

「ピーノ……」

「なんだい?」

「ちょっとだけ……胸を借りてもいいかな?」

「別にいいよ」

 

 ピーノの胸に顔を押し付けるようにして、体を預けた。

 すると、ピーノがそっと頭を撫でてくれた。

 

「僕には女難の相があるらしいけど、こう言うのも悪くは無いかな……」

 

 残念、俺の本当の性別は男だから、女難の相にはならないよ。

 それからも、俺はピーノに頭を撫でて貰っていた。

 家族以外に、初めて心の底から安心して体を預けられた。

 こんな事もあるんだな……。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「博之っ!!!!!」

「なっ! 兄貴っ!?」

 

 怒りの形相で支部長室に飛び込んだ山本。

 着替え終わった大島は驚いた様子でびくついた。

 因みに、支部長はまだ簡易休憩所にいる。

 防音の為、二人のやり取りは聞こえない。

 

「テメェ……千夏ちゃんに何をした!?」

「はぁ? もしかして、あの子がなんか言ってたのか?」

「勘違いすんな。あの子は何にも言ってねぇよ。けどな、この世の終わりみたいな顔をして、制服を着崩した状態で歩いていれば、誰だって何かがあったと思うだろうが!!!」

「でも、俺が何かしたってあの子が言った訳じゃないんだろ?」

 

 あくまでもしらを切る大島。

 それを見て、山本は本気で怒り、大島の胸ぐらをつかんだ。

 

「大体、ヤクザのアンタにそんな事を言う資格があるのかよ!!」

「ああ、その通りだ! けどな、任侠の世界にも仁義ってもんがあるんだよ!! 俺達にだって、人としてやっていい事と悪い事の分別ぐらいはある!!!」

 

 彼の怒りに完全にビビる大島。

 東友会の若頭、山本がそこにはいた。

 

「俺だってお前の事を偉そうに言える立場じゃねぇ。だから、今までお前や親父がやって来たことを黙認してきたが、今回のは幾らなんでもやりすぎだ!! 未成年の……しかも、まだ中学生の女の子に手を出すなんて、いい歳した大人のやる事か!!!」

「だ~か~ら~! 千夏ちゃんが実際に俺になんかされたって言ったのかよ? 言ってないんだろ? 憶測だけで人の事を犯罪者呼ばわりするのも、いい歳した大人のやる事か?」

「お前!!!」

 

 山本は感情に従って大島の事を突き放した。

 受け身を取れなかった大島は、床に尻餅をつく形になった。

 

「いい機会だから言っておく。ヤクザってのはな、お前等が知らない所で色んな関係各所と繋がってたりするんだぜ。それと……」

 

 ズイっと大島に近づいて顔を近づけて、山本は念を押すように言った。

 

「その気になれば、お前を断罪する方法なんて幾らでもあるんだぞ」

「ひぃっ……!?」

「後、多分この事は親父もグルだな。……もう、終わりだな」

 

 怒りから一転、真剣な表情になった山本は、立ち上がって支部長室を後にした。

 去り際に、山本はぽつりと呟いた。

 

「見せかけだけの家族ごっこもここまでだな。俺達を本気で怒らせたらどうなるか……その身を持って分からせてやるよ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




山本さんブチ切れ。

大島親子の破滅へのカウントダウンの始まり。

そして、初登場のピノッキオがいきなり千夏と急接近?

主人公がチョロインだった話。



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第23話 東友会

台風が来ると聞いて地味に焦ったのですが、先程天気予報を見たら…他所にそれたようで、なんだか肩透かしを食らった気分です。

でも、雨は降るでしょうから油断は禁物なんですけどね。
主に雨漏りとか……。

今のうちにバケツとか用意しておこうかな…?






 山本さんが支部長室に行ってから十数分が経過した。

 

 もう俺はピーノの体から離れている。

 流石の俺にだって羞恥心ぐらいはある。

 何時までも同年代の男の子に抱き着いてはいられない。

 

「…大丈夫?」

「うん…。もう…落ち着いた」

 

 正直言うと、まだ完全にショックは取れていない。

 けど、ピーノのお陰で少しだけ精神が安定した……かも。

 

「恥ずかしい場面を見せた」

「気にしてないよ」

 

 本当にマフィアなのか?

 見た目は普通の男の子にしか見えないが……。

 

「あ、山本さん」

「え?」

 

 廊下の向こうから山本さんが肩を大きく動かしながら歩いてきた。

 気のせいか……本気で怒ってないか?

 

「……………」

「や……山本さん?」

 

 目の前まで来た山本さんは、じっと俺の事を見据えている。

 

「千夏ちゃん……」

「え?」

 

 すると、いきなり山本さんが土下座をした。

 

「な…何をして……」

「半分しか血が繋がっていないとは言え、俺の弟が仕出かした事だ。こんな事で許されるなんて到底思っちゃいないが、それでも今はこれぐらいはしたいんだ!」

 

 なんて誠実な人なんだ。

 絶対にヤクザになんて向いてないぞ。

 

「と……とにかく頭を上げてください。そんな場所で土下座なんてされたら、こっちの方が戸惑ってしまいます」

「すまねぇ……」

 

 自分の二倍以上の歳の人に土下座をさせるとか、俺には普通に無理。

 気まずさと罪悪感で胃が痛くなる。

 

「始めて見たよ。ジャパニーズドゲザ。凄い迫力だね」

 

 マイペースだな。

 

「千夏ちゃん。今日の予定はどうなっている?」

「一応…今日は訓練は休みって事になってますけど……」

 

 本当なら、今からでも行くべきなんだろうけど……今は少し……な。

 

「なら、俺達と一緒に来ないか?」

「はい?」

「連れて行くんですか?」

「ああ。あそこなら他の連中には聞かれないだろうし、アイツ等は口が堅い。それに……」

 

 少しだけ考えるような仕草を見せた山本さんは、顔を上げてまたこっちを見た。

 

「ウチの頭なら……君の事をなんとかしてくれるかもしれない」

「頭?」

 

 それは……山本さんがいる東友会の組長さんの事か?

 

「詳しい話は向こうについてからだ。ここではどこで聞かれているか分からないからな」

「分かりました」

 

 そう言ったのはピーノだ。

 その顔は相変わらず普通にしているが、だからこそ真剣だと分かる。

 

「千夏ちゃん」

「山本さん?」

 

 急に俺の肩の上に手を置いてどうしたんだろう?

 

「アイツの兄としてのせめてもの詫びだ。君の事は絶対に助けてみせる」

「あ……」

 

 頭を撫でられた……。

 やっぱり、この人からは父親の様な包容力を感じる……。

 

「じゃあ、行くぞ」

「「はい」」

 

 俺達は支部内にある地下駐車場に向かって歩き出した。

 

 その間、ピーノがずっと俺の手を握ってくれていたが、なんでか両手の指を絡ませる『恋人繋ぎ』だった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 山本さんが運転する車(黒光りする高級車。左ハンドルだったから、多分外車)に乗って連れられたのは、見るからにブルジョアが住んでそうな高級なビルだった。

 ざっと見ても七階以上はある。

 

 傍に隣接している駐車場に車を停めて、彼についてくようにビル内に入る。

 一人ならば絶対にビビっているだろうが、前に山本さんがいて、隣にピーノがいてくれたから、不思議と冷静だった。

 

「ここは……?」

「東友会のあるビルさ。他の人には内緒にしていてくれよ?」

「はい」

 

 ヤクザのアジトの場所を言いふらす程、俺は命知らずじゃない。

 

「こっちだ」

 

 エレベーターに乗って上がっていくと、最上階の七階についた。

 

 降りてからまた廊下を歩いていくと、階の中央辺りに一際高級感に溢れる大きなドアがあった。

 ここがきっと東友会の人達がいる場所なんだろう。

 

 こっちが心の準備をする間も無く、山本さんが扉を開けてしまった。

 

「今帰った」

「おう! 兄貴!!」

「お疲れ様~っス!!」

 

 入った途端に、任侠映画とかに登場しそうな人達が沢山こっちを向いて、一斉に山本さんにお辞儀をし始めた。

 本当に尊敬されてるんだな……。

 

 ちょっと部屋の中を見てみると、これまた任侠映画の背景の様な光景が広がっている。

 

 達筆過ぎて読めない掛け軸があったり、日本刀や薙刀が飾られていたり。

 意外な事に床や壁はピカピカに磨かれていて、毎日丁寧に掃除をしていることが伺える。

 綺麗好きなヤクザ……か。

 ちょっと俺の中のヤクザのイメージが変わっていく。

 

「お? ピーノ! 日本に来て早速女が出来たのか!?」

「やるじゃねーか! 流石はイタリアの伊達男!」

「いや、勝手に伊達男にしないでよ。僕はそんなキャラじゃない」

 

 ピーノがからかわれている…。

 失礼かもしれないが、ちょっと面白い。

 

「って、この子って中学生ですかい?」

「おいおい……流石にヤバくねぇか?」

「大丈夫だ。この子は俺の客人だからな」

「「「「「ええっ!?」」」」」

 

 三十路を過ぎた山本さんが女子中学生を連れて来て客人とか言えば、そりゃそうなるわな。

 

 けど、一応は自己紹介をするべきだろう。

 

「え…えっと……おr……じゃなくて、私は織斑千夏と言います……」

 

 ヤバいな……今までで一番緊張する……。

 

「千夏ちゃんか~。いい名前じゃねぇか!」

「ん? 織斑?」

 

 あ、やはりそこに食いつくか。

 

「ま、ここで隠してもいずれはバレるだろうしな。この子はあのブリュンヒルデ、織斑千冬の実の妹だ」

「「「「「おお~!!」」」」」

 

 声がでかい……。

 ちゃんと防音設備は整っているんだろうな?

 

「あのブリュンヒルデに、こんな美少女な妹がいたなんてな!」

「しかも、その美少女ちゃんが俺達の目の前にいるなんて!」

「ははは……人生分からねぇもんだぜ」

 

 それには激しく同感。

 

「ところで、組長は何処にいる?」

「組長なら部屋にいますぜ」

「分かった。千夏ちゃん、一緒に来てくれ」

「は…はい」

 

 山本さんに背中を押される形で部屋の中を進んでいって、奥にある部屋に入っていった。

 なんでかピーノも一緒に来てくれた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

「失礼します」

 

 そう言って山本さんはノックの後に扉を開けた。

 

「し…失礼します…」

「失礼します」

 

 俺とピーノも一緒に挨拶をして中に入る。

 すると……。

 

「お? 信彦か?」

 

 どう見ても80代と思わしきおじいちゃんがパソコンと向き合っていた。

 頭は完全に禿げ上がっていて、黒い着物を着ている。

 

「お仕事中でしたか」

「いや、問題無い」

 

 何をしていたか興味があるが、ここは下手に詮索しない方が身のためだろう。

 

「この方がウチの組長だ」

「よろしくな。お嬢ちゃん」

「は……初めまして……です」

 

 凄く言葉を選ぶんですけど。

 馬鹿みたいな受け答えとかしたら、即座に殺されそうだ。

 

「で?どうした?」

「はい、実はうちの馬鹿オヤジとアホな弟についてなんですが……」

「遂に見限る気になったか?」

「はい。ですが、その前に彼女の話を聞いてください」

「ん?」

 

 あ、こっちを向いた。

 

「ふむ……今更だが、そのお嬢ちゃんは誰だ?」

「彼女は織斑千夏。あの織斑千冬の妹です」

「ほぅ……。ということは、お前さんが例の委員会代表か」

 

 なんでそこの事を……。

 

「もう知っていましたか……」

「まぁな。こいつから聞いた」

 

 組長さんは自分の方を向いているパソコンの画面をこちら見せた。

 そこには、偉そうな外国人の中年男性が映っていた。

 

「お前は……!」

 

 え? 誰?

 

『ほぅ…? 君が織斑千夏か。写真で見た以上に美しい少女だな』

「はぁ……」

 

 あの……マジで誰?

 

『おっと失礼。自己紹介がまだだったな』

 

 ゴホン……と一回咳払いをして、画面の向こうのおじ様は姿勢を正した。

 

『初めまして、織斑千夏君。私はクリスティアーノ。IS委員会の委員長をしている』

 

 い……委員長? つまり、この人が俺の一番の上司ってことか?

 

「あ……あの……初めまして。私は……」

『ああ。それはいいよ。君の事は既に知っているからね』

「そ……そうですか…」

 

 向こうだけが一方的に知っていると言うのも変な感じだな……。

 

「お久し振りです。おじさん」

『元気そうだな。ピーノ』

「はい」

 

 ピーノが笑っている……?

 

「このクリスティアーノはピーノの育ての親なんだ」

 

 イタリアマフィアを自称するピーノの育ての親がIS委員会の委員長……。

 どう考えても、かなり深い事情があるのは確実だな。

 でも、ここで聞くのは躊躇われる。

 

「で? なんでアンタがウチの組長と話してるんだ?」

『勿論、今後の日本支部についてだ』

 

 今後の?

 

『私としても、あの大島親子の所業は目に余る。碌に才能もない癖に、権力だけは一丁前に利用する。私はそんな俗物が最も嫌いだ』

「じゃあ、なんであの親父を日本支部の支部長にしやがった」

『あんな男でも、私のスケープゴートぐらいにはなるかと思ったのだが、どうやらそれすら出来ない程の無能だったらしい』

 

 言いたいことは理解出来るし、共感もするけど、仮にもトップだろうに。

 そこまで言いますか。

 

『今後、あの親子を排除した後に日本支部の支部長を彼に任せようと思ってな』

「そういや、前からそんな事を話していたな」

 

 なんと。だったら、一刻も早く排除して欲しい。

 

『彼は各国支部の支部長たちとも縁が深いし、各国の政治にも深く関わっている程の重鎮だ。事実、日本の政治家達も彼には頭が上がらないそうじゃないか』

 

 そんな凄い人だったか、このおじいちゃんは。

 

「ふぅ……。なんてタイミングだよ。こっちが決意したと同時かよ……」

『と、言うと?』

「この千夏ちゃんがあのバカ親子になんかされたらしくてな。そこで組長に相談しようと思い……」

「そうか」

 

 短い言葉だったけど、凄い迫力だ。

 

「話してくれるか?」

「……………」

 

 言わなきゃいけない。

 これは必ず俺がいつか向き合わなくちゃいけない事だから。

 でも、やっぱり躊躇はある。

 

「辛いかもしれない。でも、これは君の為なんだ。勿論、口外はしない」

 

 組長さんと委員長、ピーノも頷いてくれた。

 

「分かりました………」

 

 意を決して、俺はゆっくりと話し出した。

 

 あの親子にされた仕打ちを……

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 全てを話し終わった後、最初に響いたのは山本さんの拳から血が出る音だった。

 

「あの馬鹿共が!!! どこまで腐ってやがる!!!」

「とうとう……堕ちる所まで堕ちやがったか……!」

 

 組長さんも凄く怒っている。

 不謹慎だと分かっていても、俺の為に怒ってくれていることが嬉しかった。

 

『何を考えているんだ……! あの豚は……!』

 

 委員長は別の意味で怒っているように見えるけど。

 

「なんだろうね……。今スグにでも殺したいよ……その親子……」

 

 ピ……ピーノ……?

 

『これはもう、一刻の猶予も無いな』

「ああ。俺は警察の上の方にも太いパイプがある。それに、アイツ等は叩けば埃しか出ない奴等だ。罪状なんて幾らでもでっち上げられるだろう」

 

 な……なんか凄い会話してるんですけど?

 

「正直、それだけじゃ到底収まりがつかねぇが……」

「言うな。それは俺だって分かっている。だがな、それで千夏のお嬢ちゃんの負担になっちまったら、それこそ意味ねぇだろうが」

「はい……」

『ピーノも。気持ちは分かるが、早まったことはするなよ?』

「分かっています……おじさん」

 

 ……俺なんかの為に、ここまでしてくれるなんて……。

 

「なんで……そこまで……」

「そんなの決まってるだろう?」

 

 え……?

 

「君は芳美が目を掛けた子だし、俺自身も気に入った。なにより……」

 

 また頭を撫でられた……。

 

「困っている子供を助けるのが、俺達大人の役目だからな」

「山本……さ…ん……」

 

 なんか……涙出そう……。

 でも、今は我慢する。

 

「後は俺達に任せろ。でも、その前に……」

「嬢ちゃんの家族にも伝えた方がいいだろうな…」

「でしょうね。このまま黙っていても、いい事は無い」

 

 そうなる……よね……。

 

 分かっていたけど、知られたくはなかったな……。

 

「だが、千夏ちゃんも何回も話すのは辛いだろう。家族には俺から話そう」

「それがいいと思う。僕も…千夏の辛そうにしている顔は見たくない」

「ピーノ……」

 

 不覚にも『ドキッ』としてしまった…。

 どうしてしまったんだろうか。

 

『ほほぅ……? 今まで殺ししかしてこなかったピーノが、まさか女に興味を示すとはな。育ての親としては嬉しい限りだな』

 

 委員長さんが親の顔になっている。

 なんとも優しい顔だ。

 

 けど、サラッととんでもない事言わなかった?

 

『千夏君』

「は……はい?」

『不出来な息子だが、よろしく頼むよ』

「え…えぇっ?」

 

 それはどう言う意味ですか?

 

「ふふふ……若いねぇ~…」

「青春……か」

 

 貴方達もなに黄昏てるんですか。

 急に空気が軽くなってしまった……。

 

『個人的に君達の事は応援させて貰おう。あの親子の事は我々に任せておきたまえ』

「は…はい」

 

 話が変な方向に向いてないかい?

 本当に大丈夫かな?

 

「こうなった以上、俺達『東友会』は嬢ちゃんを歓迎するぜ」

「ど……どうも……よろしくお願いします……?」

 

 なんて言ったものの、これってどう言う意味?

 

「何か困ったことがあったら、そこにいる伸彦やピーノに相談すればいい。なんなら、ここにいつでも遊びに来てもいいんだぜ?」

「いや、それは流石に……」

 

 ヤクザの事務所に気軽に遊びに行く女子中学生と言うのもおかしいだろ。

 明らかにヤバい奴だよ。

 

「まずはあの馬鹿共に相応の裁きを与える。その後は伸彦、お前は千夏の嬢ちゃんの様子を見る為に訓練所に通え」

「うっす」

 

 山本さんが来てくれるのか……。

 

『そしてピーノ。お前には彼女の護衛を命ずる。お前ならば言われなくてもするとは思うが、頼むぞ』

「了解」

 

 ピーノが俺の護衛を……ね。

 これは凄い事……なのか?

 

『彼女と共に過ごす事は、必ずお前の為になる筈だ。必要ならば『フランカ』と『フランコ』を呼ぶこともできるが…どうする?』

「いや、今はまだ大丈夫だよ」

『そうか』

 

 フランカ? フランコ? 人の名前か?

 

『では、そろそろ失礼する』

 

 あ、通信が切れた。

 

「中学生をあまり連れ回すもんじゃねぇ。信彦。彼女を家まで送ってやれ」

「はい」

「ピーノも行くか?」

「そうですね。行きます」

 

 ……ISが操縦出来るようになっても、俺って色んな人に助けられてばっかりだな。

 やっぱり、まだまだ子供って事なんだろうか。

 体もそうだけど、多分…心も……。

 

 はぁ……前世から全く成長してないな……。

 なんて情けない……。

 

 よくよく考えてみれば、こうなったのも全部俺が不甲斐無いせいなのに……。

 

 何時か、皆にお礼をしたいな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヤバい……!

また暫く、IS要素が無いかもしれない!!

すいません……皆さん。

私も少しでも早く原作に入りたいのですが、いつもの悪い癖が出てしまい、話が長くなってしまって……。

うぅ~…もどかしいよぉ~!


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第24話 憤り

問題です。

お風呂場に突然、漆黒の嫌われ者『G』が出現しました。

どうしますか?
(別にアンケートじゃありません。それぞれに脳内で勝手に妄想してください)











 山本さんが運転する車に揺られて、俺は帰路についている。

 

 後部座席に座っているが、俺の隣にはピーノが一緒に座っている。

 なんでか手を繋いだまま。

 

「千夏ちゃん。今日はお姉さんは家にいるのかい?」

「恐らく。週一で家に帰るようにしているらしくて、今日が丁度その日なんです」

「そうか」

 

 やっぱり……話さなくちゃいけないんだよな…。

 

「ところで……」

「ん?」

「どうしてピーノはさっきからずっと俺の手を握ってるの?」

「なんとなく」

 

 なんとなくかい。

 せめて何か意味が欲しかった。

 

「自分で話すかい?」

「それは……」

「辛いなら、俺から話してもいいんだが……」

「いえ……自分で話します。しなくちゃいけないんです」

 

 例え何を言われようとも、それは仕方のない事だ。

 どんな言葉であっても受け入れてやる。

 

「……君は強いな」

「そんな事は無いですよ」

 

 俺は臆病で、脆弱で、情けない唯の人間だ。

 自分の身一つすら満足に守れない。

 いくら専用機を手に入れても、何にも変わらなかった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 家につく頃は日が傾き始めていて、空が赤くなっていた。

 

「ただいま」

 

 いつものようにドアを開けると、玄関には一夏の他にも姉さんの靴があった。

 どうやら、ちゃんと帰ってきているようだ。

 

「お、千夏姉。おかえり」

「ん」

 

 俺の帰宅に気が付いた一夏がやって来たが、俺の後ろにいる二人を見て固まってしまった。

 

「ち……ち……ち……ち……」

 

 お……おい?

 

「千夏姉が男を家に連れてきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

 一夏の大声に反応して、姉さんも奥からやって来た。

 寛いでいたのか、Tシャツにジーパンと言った格好で、その手には缶ビールが握られている。

 

「大声出すなよ。近所迷惑だろ」

「なっ!? 片方は年上で、もう片方は外国人だと!?」

「おい」

 

 聞けやコラ。

 

「……賑やかな家族だな」

「お恥ずかしい限りです……」

「僕はいいと思うけどね」

 

 そう言ったピーノの顔は、少しだけ愁いに満ちていたように見えた。

 なんかもう収集が付きそうにないので、半ば無理矢理に近い形で二人を中に入れた。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

「えっと……お茶です」

「すまんな」

「ありがとう」

 

 リビングのテーブルにてそれぞれに向き合う俺達。

 一夏と姉さんが一緒に座り、その反対側に俺とピーノと山本さんが座っている。

 

「で? 実際にその二人は誰なんだ? 返答次第によっては……!」

 

 まだ言ってるんかい。

 

「ず……随分と溺愛されてるんだな……」

「当然だ! 私の目が黒いうちは千夏を嫁になんぞ絶対に出させん!!」

 

 いや……そもそも俺って結婚できるのか?

 だって、こんな体だぞ?

 

「取り敢えずは自己紹介だな」

「ですね」

 

 じゃないと、何時まで経っても話が先に進まない。

 

「俺は山本信彦。貴女もよく知っている松川芳美と付き合っている者です」

「山本?お前……いや、貴方が芳美の言っていた『信彦さん』か……」

 

 あ、名前だけは知っていたのか。

 

「松川さんの彼氏か……よかった……」

 

 なにが?

 

「僕はピノッキオ。訳あってこんな名前を名乗っているけど、決してふざけている訳じゃないから」

「そ……そうか……」

 

 まぁ、最初はそんな反応だよな。

 

「こいつは俺の所で預かっていてな。悪い奴じゃないのは保証する」

 

 マフィアだけどね。

 でも、信用は出来ると思う。

 

「私は……」

「それは大丈夫だ。アンタの事は誰もが知っているだろう」

「有名人だしね」

 

 モンドグロッソの優勝者だしね。

 世界的有名人だろう。

 

「そっちが弟の一夏君か」

「俺の事も?」

「千夏ちゃんから聞いていたからな」

 

 そういや、ここに来るまでに話したっけ。

 

「そんな二人がこの家に一体何の用だ?千夏が一緒の所を見る限り、千夏に関係する事は確実だろうが…」

「うん……」

 

 分かってはいても、やっぱり言い難いな…。

 

「大丈夫か?」

「はい……」

 

 もしかしたら、ここが俺の人生で一番の勇気を振り絞る場面かも知れない…!

 

「千夏?」

「マジでどうしたんだ?」

「じ……実は……」

 

 気まずさが場を支配する中、俺は静かに話し始めた。

 今までずっと二人に黙っていた……いや、黙らずを得なかったことを……。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「なんだよそれ……」

「……………」

 

 全てを話し終えた後、リビングは静寂に包まれた。

 

「なんなんだよ! それは!!」

 

 バンッ! とテーブルを叩きながら一夏がいきなり立ち上がった。

 

「千夏姉があの野郎に辱められてたって……なんでっ!!」

「一夏……」

「アンタ等もどうして止めてくれなかったんだよ!! そうすれば……」

「一夏!!!」

 

 ……っ! 姉さん……。

 

「言いたいことは分かるが、まずは座れ」

「でも!」

「二度も同じ事を言わせる気か?」

「………分かったよ…」

 

 姉さんの睨みに屈して、一夏は渋々と言った感じで座り直した。

 

「君の言葉はもっともだ。本当に情けない限りだ……!」

 

 山本さんも悔しそうに拳を握りしめている。

 それは姉さんも同様で、同時に唇を噛み締めている。

 

「俺達の事は幾ら責めてくれても構わない。だが、千夏ちゃんが黙っていた事だけは許してあげてくれ」

「何故だ……?」

「この子は……脅されていたんだ」

「なに?」

 

 あ……それも言っちゃうんだ…。

 

「『自分達が千夏ちゃんを凌辱したことを誰かに言ったりしたら、家族がどうなっても知らないぞ』……とな」

「「!!!」」

 

 姉さんと一夏が今までで一番の驚きを見せた。

 こんな顔をさせてしまう自分が憎くて仕方が無い。

 

「千冬さん。アンタ…代表を引退したんだって?」

「あ……ああ」

「そ…・・・そうなのか!?」

「あのままIS操縦者を続けていたら、またお前達の身を危険に晒してしまうと思ってな……」

「だが、立場上はアンタはまだ日本の所属となっている……だな?」

「そうなる…・・・な」

「どうやら、アイツ等はそれを利用しようとしたようでな。『大島』がアンタの引退の事も千夏ちゃんに話したらしい」

「そんな……」

 

 本当なら目を逸らしたい。

 けど、それは絶対に許されない。

 これは紛れもなく俺の『罪』であり『罰』だから。

 

 自分の弟の事を苗字で呼ぶって事は、彼なりの決別の証なのかもしれない。

 

「私はまた……千夏を……」

「姉さんは何も悪くない。これは俺が……」

「千夏も悪くないよ」

「ピーノ?」

 

 いきなり何を……。

 

「悪いのは全てあの親子だ。君は何も悪くない」

「そうだぜ千夏姉! 千夏姉は寧ろ犠牲者じゃないか!!」

「一夏……ピーノ……」

 

 二人共……。

 

「いい弟さんですね」

「ええ」

 

 鈍感な所が玉に瑕だけどな。

 

「こうして話した以上、その二人にはそれ相応の報復をするんだろうな?」

「勿論だ。俺が最も世話になっているお人がなんとかする手筈になっている。それにはIS委員会の委員長も一枚噛むことになっている」

「委員長もだと!?」

「その委員長は、このピーノの育ての親でもある」

「「ええっ!?」」

 

 うん、そりゃ驚くよな。

 って言うか、自分達の正体については話さないのね。

 妥当な判断だとは思うけど。

 

「おじさん達なら大丈夫だよ。だから、任せて欲しい」

「これを話したのは、動き出す前に千夏ちゃんの家族にも知らせる必要があると判断したからだ」

「そうか……済まない。ブリュンヒルデだとか世界最強だとか持て囃されても、当の私自身は妹一人守れない弱い人間だ…。世話を掛けてしまうな…」

「気にしないでくれ。こっちも自ら望んでやっていることだからな」

 

 山本さんとしては、自分の家族の不始末を滅却するって言う意味も含まれてるんだろうな…。

 

「そうなると、もう日本支部も終わりか……」

「いや、そうはならないかもしれない」

「なんだと?」

「アイツ等を排除した後に、もっと相応しい人物が支部長に就任する事になっている。正式な発表はまだ先だろうがな」

 

 そう言えば、そんな事を言っていたな。

 確か…あの組長さんだっけ?

 少なくとも、あのクソ野郎よりは100倍マシだな。

 

「千夏はどうなる?まだ続けるのか?」

「俺は……」

 

 あの親子に乗せられるような形でIS操縦者になったけど、今更やめたいとは思わない。

 何故なら……

 

「確かに嫌な事も沢山あったけど、それと同じぐらいに嬉しい事も沢山あった。何より、あの訓練所で得たものは絶対に手放したくない。あそこには俺の…大切な『友達』がいるから」

 

 こんな形で簪達と別れるのは絶対に嫌だ。

 いずれ別れるとしても、ちゃんとした別れをしたい。

 

「そうか…。千夏もそんな事を言うようになったんだな……」

 

 俺だって成長してますから。

 

「分かった。そこまで言うのならば、私は何も言わない。とことんまでやって見せろ」

「勿論」

 

 姉さんなら、そう言ってくれると思っていたよ。

 

「千夏姉の決意は固いんだな…」

「うん」

「なら、俺も千夏姉を応援するよ。俺に出来る事なんてそれぐらいだけど」

「そうでもないんじゃないかな?」

「え?」

 

 今日のピーノはよく喋るな…。

 

「家族の存在ってかなり大事だと思うよ。こうして一緒にいるだけで、千夏は安心できると思う」

「そう…かな?」

「そうだよ」

 

 よもや、ピーノが一夏を慰める光景を見られるとは……。

 

「これからは俺も千夏ちゃんの様子を見る為に、暇を見つけては訓練所に足を運ぶつもりだ」

「そうですか……」

「それと、このピーノが千夏ちゃんの護衛につく事にもなったしな」

「ご…護衛?」

「念の為に…な」

 

 本当は委員長さんのおせっかいに近いけどね。

 

「それは有難いし、疑う訳ではないが……大丈夫なのか?」

「心配は無用だ。こう見えてもピーノはかなりの修羅場を何回も潜り抜けている。ISは操縦出来ないが、対人戦闘ならば間違いなく頼りになる」

 

 マジですか……。

 大人しそうな顔をして、山本さんにそこまで言わせるとは……。

 

「じゃあ、そろそろ行くとするか。報告すべき事は言ったしな」

「ですね」

 

 もう行ってしまうのか…。

 

「長居しちまったようで悪かった」

「いや…こうして話してくれて助かった。知らせてくれなければ、また私は後悔するところだっただろう」

 

 後悔……か。

 

「あの……さっきはすいませんでした!感情的になってバカみたいな事を言って…」

「気にしてねぇよ。家族が酷い目に遭ったと知ったら、誰だって激昂するさ」

 

 マジで『漢』だよな……山本さんって。

 これが任侠に生きる人間か…。

 

「それじゃあ、邪魔したな」

「お休み、千夏」

「う…うん。またな…ピーノ…」

 

 こうして、最終的には何とも言えない空気になってから、話は終わった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

「千夏……」

「姉さん?」

 

 二人が去ってから、姉さんが俺の傍までやって来た。

 

「済まない……」

「ふぁ?」

 

 いきなり抱きしめられた。

 急にどうした?

 

「お前達に迷惑を掛けない為に代表を辞めたのに……結果としてお前に一生消えない傷を負わせてしまった……。本当に済まない……」

「……謝らないでくれ。俺がもうちょっとしっかりしていたら、こうはならなかったんだ。俺の不甲斐無さが招いた結果だよ。寧ろ、姉さん達に辛い思いをさせてしまった自分が憎いぐらいだ……」

 

 俺が油断さえしなければ、大島に好きにさせなかったのに…。

 

「さっきも言っていたけど、千夏姉はマジで悪くねぇよ。全部はアイツ等が悪いんだろ?」

「そうかもしれないけど……」

 

 後悔の念は拭えないな…。

 

「とにかく、これからは今まで以上に色々と話し合おう」

「うん」

「ああ」

 

 皮肉だけど、家族の絆は深まったかもしれない。

 

「それで千夏。それとは別に聞きたいことがある」

「何?」

「あのピノッキオとか言う青年とはどう言う関係だ?」

「はい?」

 

 なんでそこで彼の話になる?

 

「もしかして……自覚が無かったのか?」

「なにが?」

「さっきの話の最中、彼が話す度にお前がジッと見ていたことだ」

「えぇ?」

 

 そ……そうだったか?

 見てはいたかもしれないけど、完全に無意識だった…。

 

「そうだったか?」

「「お前にその手の話は期待してない」」

「二人揃って!?」

 

 鈍感星人が何を言うかな。

 

「まぁ、見た感じでは誠実そうな青年だったが、まだ交際は認めんぞ! 千夏にはまだ早い! まずは『お友達』から始めろ! いいな!?」

「……さっきまでのシリアスを返してください」

 

 あぁ~…シリアスな空気が家の外に逃げていく~。

 

「いや…ピーノとは今日知り合ったばかりで、そんな風に思った事は……」

 

 大体、俺は前に鈴に告白されたし、それ以前に、何度も言うようであれだけどさ…こんな体をしていても、間違いなく性別上は俺は『男』だから!

 そんな俺が同じ男に恋心を抱くなんてことは……な…い……。

 

「あれ?」

 

 じゃあ、なんで俺はピーノと一緒にいた時にあんなにも落ち着いてたんだ?

 手を繋がれても不快じゃなかったし……。

 

(いやいやいやいや。マジで有り得ないから)

 

 そうそう。そんな事絶対にないから。

 俺にとってピーノは大事な『友達』

 それでいいじゃん。

 うん。決定。

 

「千夏姉……なんか焦ってないか?」

「そ…そう? 私は別にそんな事は無いけど? 一夏の気のせいじゃないかしら?」

「混乱の余り、一人称が『私』になってる上に女言葉になってるぞ…」

 

 そ……そうか?

 いや~……おかしいな~……ははは~。

 

「ち…千夏に春が……! 私よりも早く……」

 

 いや、姉さんは容姿はいいんだから、後は生活能力と性格をもうちょっとお淑やかにすれば、絶対に世の男達は逃さないと思うんだけど……。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! 千夏は私の嫁だぁぁぁぁぁぁぁ!! 誰にも渡さん!!!」

「「いきなり何を言ってるんだ、この人は」」

 

 実の姉の百合宣言を聞いて、こっちはどうしろと?

 

「……取り敢えず一夏……ごはん」

「…だな」

 

 一夏が夕飯の準備をする間、ずっと姉さんは俺に抱き着いていた。

 心配してくれるのは本当に嬉しいが、問題発言だけはマジでやめて欲しい。

 リアクションに困るから。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 山本とピノッキオが東友会の事務所に帰った後、ピノッキオは一人屋上でタバコを吸っていた。

 

「ふぅ~……」

 

 年齢よりも若く見られがちな彼だが、普通にタバコも吸うし、車だって運転出来る。

 周囲の人間達が思っている以上に彼は大人なのだ。

 

「織斑千夏……か」

 

 今日初めて会った日本人の少女。

 

 彼女と同じぐらいの少女にならば、仕事の関係上、沢山出会っている。

 その殆どが彼の手によって既にあの世に逝っているが。

 

「不思議だな……。あの子の事が頭から離れない……」

 

 今まで異性を意識した事のないピノッキオにとって、このような事は初めてだった。

 見目麗しい女性には散々会ってきたが、そのいずれにも興味を示す事は無かった。

 だが、何故か千夏だけは別だった。

 余り見せない彼女の表情の変化や、一挙手一投足が全て目に焼き付いている。

 

「……ところでさ、何時までそこにいるつもり?」

 

 ピノッキオがそっと屋上の入り口付近に話しかけると、そこの物陰から一人の女性が現れた。

 

「にゃはは……流石は噂に名高い『ピノッキオ』君だね。私の気配を一発で見破ってしまうなんて」

「そうでもないよ。最初は分からなかった。多分、何か動揺でもして気配が乱れたんじゃないの?」

「……君って本気で何者?」

「僕は僕さ」

 

 出てきたのは、自らの事を『天才』と自称する科学者。

 毎度おなじみの篠ノ之束だった。

 

 彼女は謎の存在の拘束が解除された後、即座に千夏の様子を見る為に日本に来ていたのだ。

 

「それで? 世界的なお尋ね者でもある篠ノ之博士が僕に何の用なの?」

「なっちゃんの様子を見に来たの。でも、その過程で君にも興味が出てきちゃって」

「ふ~ん…。なっちゃん?」

「織斑千夏ちゃんの事」

「へぇ~」

 

 基本的にピノッキオは束とよく似ている。

 興味のない対象にはとことんまで無関心である。

 それが彼なりの暗殺者としての矜持だ。

 

「君なら……なっちゃんを支えてあげられるかもしれない」

「そうかな?」

 

 今の所、彼にとって千夏は唯の護衛対象に過ぎない……と思っている。

 少なくとも、ピノッキオは自分の中に芽生えつつある感情に気が付いていない。

 

「お願い……誰よりも優しくて…儚いあの子の事を……守ってあげて……」

「言われなくてもやるよ。それが仕事だから」

「ふふ……今はそう言う事にしておくよ」

 

 そう言う束の目は少しだけ潤んでいて、赤くなっていた。

 

「まさか、それだけを言う為にここまで来たの?」

「それもあるよ。けど、今回の本当の目的は…君にこれを渡すため」

 

 束が服のポケットからある物を取り出した。

 それは、『AMSF』と文字が掘られた赤いペンダントだった。

 

「これは?」

「いつの日か、なっちゃんを守ってくれる『騎士様』に渡そうと思って密かに用意していた物だよ。これであの子を守ってあげて」

「よく分かんないけど……分かったよ」

 

 普段は最初から疑うピノッキオが、珍しく大人しく受け取った。

 

「随分と素直なんだね」

「色んな人間を見てきたから、自然と相手が嘘をついているか、その表情とかで分かるんだ。少なくとも、貴女は嘘はついてない」

「あはは……本当にチートだね…君」

「そう?」

 

 自覚無き天才なんて、往々にしてこんな物である。

 

「じゃ、私はもう行くね。なっちゃんの事…よろしくお願いします」

「うん。任された」

 

 束は自分が出てきた物陰へと戻っていき、そのまま姿を消した。

 その様子をずっとピノッキオは見ていた。

 恐らく、彼は今回の事を誰にも言うつもりはないだろう。

 

 束が去って行った後、束から渡された物を見ていた。

 

「これ……本当になんなんだろう?」

 

 今は何の関心も無いピノッキオだが、後に知る。

 この時に束から渡された物が、千夏を守る最強の力になる事を。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

『もう終わりかな?』

『終わり終わり!』

『あの親子に』

『利用価値はもう無い』

『そろそろ切り捨てようか?』

『切り捨てよう!切り捨てよう!』

『でも』

『でも?』

『あの息子には最後に人柱になってもらおうか?』

『人柱?』

『あの馬鹿には何の才能も無いけど、生体パーツぐらいにはなるでしょう?』

『生体パーツ!生体パーツ!』

『でも、どうやってやろうか?』 

『じゃあ、あの『天災』の人形を使おうか?』

『あの無人機の事?』

『奪うの?』

『アイツの造った物を使うなんて嫌だ!』

『じゃあ』

『じゃあ?』

『アップグレードした上で、コピーしちゃおう!』

『コピー!コピー!』

『早速始めよう!』

『そうしよう!そうしよう!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前書きの私なりの答え。

ホースで水攻め。

因みに、前書きはノンフィクションです。
実際にありました。

その時ほど、自分の視力が悪くて良かったと思った時はありません。
なんせ、視界がぼやけるせいでGを直視せずに済みましたから。


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第25話 因果応報

今まで更新が滞っていたので、ここから一気に飛ばしていきたいですね~。

正直言って、かなり暑いですが……頑張っていきましょうか。






 千夏が自身の家族に衝撃の告白をした次の日。

 

 まだ午前だというのにも拘らず、IS委員会の日本支部は騒がしくなっていた。

 というのも……

 

「は…離せ!! 離さんか!!」

「くそっ…! くそっ!!」

 

 最上階にある支部長室にて、大島親子が複数の警察官に拘束されているからだ。

 

「なんで……なんでこんな事に……!」

 

 確かに山本は何とかすると言っていたが、昨日の今日で行動に移すとは誰が予想しただろうか?

 これも偏に東友会……否、山本の後見人である組長の『力』の成せる業だった。

 

 彼は警察の上層部に非常に大きなコネを持つと同時に、かなりの弱みも握っている。

 それに加え、組長はIS委員会のトップとも個人的に親しい。

 これだけの力を駆使すれば、すぐに逮捕状を発行し、親子を捕える事など苦も無く行える。

 勿論、二人の犯罪の証拠は既に東友会の組員とクリスティアーノ委員長の私兵によって全て集められ、警察に提出されている。

 

「き……貴様ら!! 私はこの日本支部の支部長だぞ!! こんなことをしてどうなるかわかっているんだろうな!?」

 

 取り押さえられた状態で激高する支部長だが、そんな言葉に耳を貸すものは一人もいなかった。

 

『残念だが、彼らにそんな脅しは通用しないぞ』

 

 その時だった。

 支部長室の奥にある大きな机の近くに投影型のモニターが表れて、そこにはクリスティアーノ委員長が映っていた。

 

「い……委員長!?」

『馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたが……よもや、ここまで愚かな人間だったとは思わなかったぞ。大島』

「は……はい?」

『私が何も知らないと思っているのか? だとしたら、私も舐められたものだな』

「な……何を仰っているのかさっぱり……」

『しらばっくれるな。既に全てが白日の下に曝されている』

「ま…まさか……」

 

 支部長の脳裏に嫌な予感が過った。

 

『IS委員会委員長として命ずる。大島隆……君はクビだ』

「ク……クビ?」

『そう。今、この瞬間から、お前はただの『大島』だ。勿論、貴様の息子もな』

「あ……あああぁぁ……!」

「お……親父……」

 

 事実上の処刑宣言に等しい言葉を聞かされて、呆然自失となる二人。

 だが、警察達はそんな彼らに容赦はしない。

 何故なら、彼ら二人は犯罪者だから。

 

「大島隆! 大島博之!! 婦女暴行、並びに贈賄疑惑、武器の密輸……その他諸々の罪で逮捕する!!」

「その他諸々って……そんなんでいいんですか?」

「構わん。この親子がしてきた罪を上げればキリがないからな。ほら! さっさと立て!!」

「うぐっ……」

 

 手錠を掛けられた二人は、無理矢理その場に立たされた。

 

 連行される中、大島は腹違いの兄である山本が昨日、去り際に言っていたことを思い出していた。

 

(色んな関係各所と繋がっているって言っていたな…。じゃあ、俺らの事を売ったのって……)

 

 そこで大島は思い知る。

 自分達が山本の逆鱗に触れてしまっていたことを。

 

 段々と人が少なくなっていく支部長室に、モニター越しに様子を見ていたクリスティアーノ委員長の言葉が静かに響く。

 

『私は前にも言ったはずだ。己の感情一つコントロール出来ない人間はゴミだとな』

 

 そして、親子が逮捕される様子を一部始終見ていた人影がもう二つあった。

 

「これで……千夏ちゃんも大丈夫かしらね……」

「きっと大丈夫さ。俺らが出来るのはここまで。後は千夏ちゃんの家族と…ピーノに任せよう」

 

 少し離れた場所で見ていたのは、山本と芳美の二人だった。

 

「千冬たちはともかく、ピノッキオ君に?」

「ああ。なんか知らないが、どうもあの二人は仲良くなっているようでな。心のケアは若い者に任せてしまおう……ってな」

「貴方もまだまだ十分に若いでしょうに」

「俺なんてとっくにおっさんだよ」

 

 久し振りに会った二人は、とても仲睦まじくしていた。

 

「訓練所では千夏ちゃんの事を頼むぞ」

「任せておいて。あそこには彼女の友達も沢山いるし、きっとすぐに立ち直るわ」

「そうだな……」

「ところで、あのデブの後釜はどうする気?」

「そこら辺も抜かりねぇよ。ちゃんと考えてあるさ」

「そう。ま、信彦さんがそういうなら問題ないでしょ」

 

 警察官達がいなくなった後、二人はゆっくりとその場を後にした。

 

 並んで歩くその姿は、まるで熟年の夫婦のようだった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 色々と濃密だった昨日から一晩が経ち、今日も今日とて俺はいつものように学校に向かう。

 

 登校の準備をしている最中、一夏や千冬姉さんに『今日ぐらいは休んだらどうか』と言われたが、別に体調も悪くないし、休み理由は見当たらない。

 

 確かに昨日は俺の身に様々なことが降りかかったが、なんでか今では精神状態も安定している。

 なんでだろうか?

 ふ~む……謎だ。

 俺の精神が図太くなってきたのかな?

 

 というわけで、俺はいつものように一夏と一緒に登校した。

 

 学校ではいつも以上に一夏が俺のことを気に掛けるようになっていて、明らかに女子達から変な目で見られていた。

 

「なんか……今日の織斑君って……」

「うん。ちょっと千夏ちゃんにくっつきすぎじゃない?」

 

 そう思うのならば、是非とも本人の目の前で言ってほしい。

 

 え? 俺が直接言えばいいだけだろうって?

 何を仰る。

 これが悪意を持っての行動ならばいざ知らず、今回のこれは一夏の善意から発生したものだ。

 俺は例えどんな事があろうとも、誰かの善意だけは否定したくはない。

 

「一夏のシスコン度がいつにも増して増大してやがる…」

 

 シスコン度ってなんだよ、弾。

 そんな感じで一日が過ぎていき、あっという間に放課後に。

 

「今日も行く気なのか?」

「当然だ。休む理由がない」

「けど……」

 

 心配してくれるのは嬉しいが、今は少しでも体を動かしたい気分だったりする。

 

「あ」

 

 ん? クラスの女子が窓の外を見て声を上げたな。

 

「あそこ……校門の所に見たことない車が停まってるよ」

「どこどこ?」

「あ、本当だ」

 

 皆に釣られるようにして、俺たちも窓まで行って外を見る。

 すると、そこには……

 

「あ?」

 

 確かに見たこともない車だ。

 しかし、この時間帯に来るってことは、恐らく俺を迎えに来たんだろう。

 でも、あんな車を持ってる人っていたか?

 

 そんな風に疑問に感じていると、運転席の窓が開いた。

 

「左ハンドル……」

「ってことは、外車か?」

 

 こんな所に外車かよ…。

 運転席にいたのは……。

 

「…………なに?」

 

 昨日と同じように無表情でハンドルを握っていたピノッキオだった。

 

「だ……誰っ!? あのイケメン!!」

「なんかこっち見てるわね……」

 

 な……なんで彼がここに?

 

「あれってピノッキオさん……だよな?」

「あ……あぁ……」

 

 一夏はピーノのことを『さん』付けで呼んでいるのか。

 確かに彼の方が年上っぽいけどな。

 実年齢は知らないけど。

 

「ねぇ、放課後にこうして迎えに来るのって、大抵が千夏ちゃんの事を迎えに来る人よね?」

「うん」

「じゃあさ、あのイケメンも……」

「千夏ちゃんを迎えに来た!?」

 

 そうなる……のか?

 急に教室が騒がしくなってきたけど。

 

「それってつまり、千夏ちゃんの彼氏ってこと!?」

「か……彼氏っ!?」

 

 いきなり何を言い出すか。

 

「え? やっぱり千夏姉とピノッキオさんって付き合ってるのか!?」

「そんなわけないだろ。ピーノとは昨日会ったばかりなんだぞ」

「その割には、ちゃっかり愛称で呼んでるじゃねーか」

「なんか言ったか?」

「いえ……なんでもないです」

 

 余計なことを言うんじゃないよ、弾。

 寿命を縮めたくなかったらな。

 

「金髪ってことは……外人?」

「外人のイケメンか……。やべぇ、俺らに勝ち目ねぇわ」

 

 勝ち目って何よ?

 

「と…とにかく、俺はもう行くな」

「分かった。気を付けてな」

「ん」

 

 半ば教室から逃げるようにして校門まで向かった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

「そんなに急がなくてもいいのに」

「いや……そんな訳には……」

 

 急いで校門まで向かったが、相も変わらず飄々とした感じでピーノはそこにいた。

 

「な……なんでピーノがここに?」

「昨日も言ったでしょ?僕は君の護衛だって。今日からは僕が君を迎えに行くことになったんだ」

「そ…そう…なんだ」

 

 これからはピーノが迎えに…。

 ってことは、訓練所に行くまではピーノと二人っきりに?

 

(それは……いいな)

 

 いやいやいや、何を考えてるんだよ俺は。

 

「ちゃんと、君のコーチをしている松川さんって人にも伝えてあるから」

「ちゃっかりしてるな」

「まぁね」

 

 用意周到なんだな。

 彼の経験から来ているのだろうか?

 

「じゃ、早く行こうか?」

「うん」

 

 俺は反対側に回り込んで、そのまま助手席に座った。

 そして、ピーノの運転で訓練所まで向かった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 車での移動中。

 俺はチラチラと運転をしているピーノの方を見てしまう。

 

「どうしたの?」

「いや。ピーノって運転免許を持ってたんだなって思って」

「向こうで取得したんだ。持っていて損はないっておじさんに言われて」

「そう……」

 

 運転免許を持ってるってことは、やっぱりピーノは成人なのかな?

 だったら、まだ中学生に過ぎない俺が彼の事を呼び捨てにするのはヤバいのでは?

 

「この車ってピーノの?」

「ううん。これはおじさんの車だよ。まだ自分の車は持ってないかな。いつかは欲しいけど」

「へぇ~……。じゃあさ、もしもピーノが車を買ったら、一番に俺を助手席に乗せてくれる?」

「いいよ」

 

 ……あれ? 俺は何を言ってるんだ?

 いつから俺は、こんな青春漫画に登場するヒロインのような言葉を吐くようになった?

 

 

「そういえば、あの親子の事は何か聞いた?」

「いや、何も」

 

 アイツらか……。

 正直言って、もう思い出したくもないけど。

 

「あいつらね。今朝、逮捕されたらしいよ」

「今朝?」

「うん。組長さんもおじさんも、相当にムカついたらしいね」

 

 こ……怖いな……。

 ヤクザの組長とIS委員会の委員長が手を組むと、とんでもないことになるんだな……。

 

「今頃は、取調室で徹底的に絞られてるんじゃないかな?」

 

 ということは、あの親子の家や日本支部も家宅捜索されてるのか?

 暫くは支部には行けそうにないな。

 行く予定もないけど。

 

「…………」

「なに?」

「い…いや、なんでもない……」

 

 マズいな…。

 一瞬、運転しているピーノの姿が凄くカッコよく見えた…。

 

 少し緊張している俺を余所に、車は訓練所へと向かっていく。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 訓練所に向かう途中、地理的な理由で日本支部の近くを通り過ぎるのだが、支部の周りには警察関係者と思わしき人達がたくさんいた。

 きっと、建物の中も似たような状況だろう。

 

 ピーノは『別に気にする必要はない』と言ってくれたが、それでも気にせずにはいられない。

 

 俺自身はあの親子に関してはもうどうでもいいと思っているが、支部内にいる他の人達に迷惑を掛けてしまったと思うとやるせなくなる。

 

 そんな事を考えている間に、車は訓練所に到着。

 

 車を降りて中に入ろうとすると、ピーノも一緒についてきた。

 

「護衛として、ここでお別れってわけにはいかないからね」

「ピーノ……」

 

 真面目な人だな…。

 いつものように更衣室に向かう途中、俺達は芳美さんに会った。

 

「こんにちわ」

「はい、こんにちわ」

「どうも」

 

 隣にいたピーノも軽く会釈をする。

 

「どうやら、ちゃんと千夏ちゃんをエスコート出来たみたいね」

「はい」

 

 エスコートって……。

 

「皆はもう準備を始めてるわ。千夏ちゃんも急いだ方がいいかも」

「分かりました」

 

 皆を待たせるわけにはいかないしな。

 

「あ、分かってるとは思うけど、ピノッキオ君は更衣室に入っちゃダメよ?」

「僕をなんだと思ってるんですか……」

「なんか、天然ボケをかまして普通に千夏ちゃんと一緒に更衣室に入りそうだったから」

 

 一体何処のラブコメ主人公だよ。

 

「んじゃ、俺は行くから」

「うん」

「君はこっちね。彼から話は聞かされてるから」

 

 あ、ちゃんと話は通ってるのね。

 

(……急ぐか)

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 更衣室に入ると、既に複数人が着替えを終えようとしていた。

 その中には簪も含まれている。

 

「あ、千夏」

「待たせたな、簪」

「ううん、大丈夫」

 

 さて、俺もとっとと着替えますか。

 

「ねぇ、千夏ちゃん」

「なんだ?」

「さっき、他の子が話してたんだけど…」

「うん?」

「一緒に来たあの美青年は誰!? もしかして、千夏ちゃんの彼氏!?」

「はぁ……」

 

 またその話かよ。

 

「か…彼氏!? 千夏…もうそんな人が……」

「お~い、簪~」

 

 なんか簪がトリップしてるんですけど。

 

「で! 実際のところはどうなの!?」

「彼は俺の護衛役の人だよ」

「護衛役?」

「うん。最近ってやたらと物騒だろ? 時には訓練が長引いて暗くなってから帰ることもあるし。そんな時に備えて、委員会の方から護衛を派遣したんだよ」

 

 一応、嘘は言ってない。

 

「なるほどね~…。つまり、彼は千夏ちゃんの王子様ってわけか」

「どうしてそうなる?」

 

 どこから『王子様』が出てきた?

 

「いいなぁ~。私もあんなイケメンの護衛が欲しいなぁ~」

「パッと見ただけだけど、千夏ちゃんと彼って一緒にいてかなり絵になるわよね」

「うんうん。美少女と美青年。街中とか歩いていれば、普通に雑誌インタビューとか受けそう」

「なんじゃそりゃ」

 

 俺もピーノもそんなチャらいキャラじゃない。

 

「王子様…。いや、この場合は千夏が私の……」

「で。さっきから簪は何をぶつぶつを言ってるんだ?」

「ここは敢えて放置しておきましょう。下手にツッコんだら彼女が可哀想だわ」

「そういうもんか?」

 

 ま、そのうち我に返るだろう。

 そんなことを話しつつも、俺はちゃんと着替えを済ませてるしな。

 

「それがこの間届いたっていう千夏ちゃん専用のISスーツ?」

「ああ。初めて着てみたが、想像以上に着心地はいいな」

 

 今まで着ていたスーツよりも体にフィットしている感じがする。

 

「デザインもいいと思うな。色合い的にも千夏ちゃんによく似合ってる」

「そうか? ……ありがとう」

「千夏ちゃんがデレた!」

「デレたって言うな」

 

 しかし……俺がこんな会話をするようになるとはな。

 世の中、存外どうなるかわからないものだ。

 

 未だに異次元に意識が飛んでいる簪を置いて、俺たちは更衣室を出た。

 

 案の定、簪は遅刻して芳美さんに怒られていた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 拘置所に連行するために、護送車にて運ばれている大島親子。

 護送車の周囲には数台のパトカーも一緒に走っている。

 

 元支部長の方は、委員長に見限られたことが精神的に相当なダメージを与えたようで、虚ろな目のまま素直に自白をしていた。

 逆に息子の大島博之の方は容疑を否認し続けたが、父が全てを認めたことを聞いた途端に愕然として、その後に項垂れながらポツポツと話し始めた。

 

 彼らの家からも数多くの物的証拠が発見され、大島の部屋からは、今まで彼が凌辱し続けた女性たちの様子を書き記した日記や、写真などが発見された。

 その中には当然、千夏の物もあったが、それはいち早く組長が回収し、彼の手によって密かに闇に葬られた。

 

 二人は念の為に二台に分けて運ばれていて、傍から見るとかなり大がかりに見えた。

 護送は順調に進んでいるように見えたが、誰もが予想だにしない事態が彼らを襲った。

 

「な……なんだ!?」

 

 いきなり護送車が大きく揺れて、横倒しになったのだ。

 並走していたパトカーも同じように横倒しにされた。

 

 中にいた親子はそれぞれに大きく体を打って、手錠を掛けられている事も加えて動けない状態にあった。

 

 運転手達とパトカーに乗っていた警察官達は慌てて外に出て状況を確認しようとするが、そんな彼らの眼前に現れたのは……

 

「ア……IS!?」

 

 漆黒の装甲に身を包んだ、腕部が異常に長い異形のISだった。

 赤いカメラアイが複眼のように顔面にあり、不気味さを増幅させている。

 

 だが、謎のISは運転手達を完全に無視して、そのまま親子が閉じ込められている後ろに向かった。

 

「え?」

「な……なんなんだ?」

 

 ISは徐に腕を上げて、護送車の扉を力任せにこじ開けた。

 そして、中にいる大島の体をその手で掴んで、腋に抱えた。

 

「よ……容疑者が!!」

 

 どうにかしなければいけない状況であるが、生身の人間がISに敵うわけがない。

 それをわかっているせいか、彼らは動きたくても動けない。

 こんな事ならIS操縦者の護衛ぐらいつけておけばよかったと後悔するが、そもそもISの絶対数が少ないため、護衛をつけたくてもつけられないのだ。

 

 大島は気絶しているようで、ピクリとも動かない。

 

 もう一台に乗っている元支部長の方は、まだ意識があるらしく、その場から逃げようともがいている。

 

「うぅぅ……この私がなんでこんな目に……」

 

 頭から血を流しながら動こうとしているが、怪我と手錠のせいで思うように動けない。

 だが、来襲したISには彼の心情など関係ない。

 彼がまだいる車内に向けて、その腕部に固定された銃砲を向けた。

 そして、ISは微塵の遠慮も無くそこから紅のレーザーを発射した。

 

「え……」

 

 結果、断末魔を上げる暇もなく、元支部長は文字通りの消し炭と化した。

 護送車には溶解したかのように大きな穴が開かれて、穴の周囲は真っ赤に赤熱している。

 中には人影はなく、人肉が燃えるような独特の匂いが立ち込めた。

 

「「「「「…………」」」」」

 

 僅か数分の間に起きた出来事に、現実味が持てないまま、彼ら全員が呆然としていた。

 

「お……おい!」

 

 ISは大島を抱えたまま、来た時と同じようにどこかへと飛び去って行った。

 

「せ……先輩! もう一人は……」

「そ……そうだな」

 

なんとか我に返った全員が、急いで未だに熱を帯びている車に空いた穴を覗く。

そこには……

 

「う゛……」

 

 人間の足だけが立った状態で残されていた。

 その断面は、真っ黒に焼け焦げていた。

 

 それが元支部長のなれの果てだと理解するのに、そう時間は掛からなかった。

 

 

 




どうしよう……自分でもわかるぐらいに駄文だ……。

少しやらなかっただけで、ここまで衰えるの…?

ちゃんと頑張らなくては!!


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第26話 時にはこんな休日も

今回は所謂『日常回』です。

偶にはこんなのもいいですよね。







 それは、ふとした一言から始まった。

 

 その日も俺は放課後にピーノと一緒に訓練所に行き、いつものように訓練をこなした。

 

 で、予定にあったトレーニングメニューを終えた俺は、シャワー室にて汗を流している。

 

 シャワー室には他にも別の娘たちが一緒にいて、俺の隣でシャワーを浴びている。

 因みに、俺の左隣には簪がいる。

 

「ふぅ~……スッキリするな…」

「…………」

 

 なんか…急に静かになったんだが……。

 

「ねぇ……千夏ちゃんって私たちと同い年よね?」

「そうだが……それがどうした?」

「いや……」

「なんていうか……」

 

 仕切り越しに俺の胸を凝視する彼女達。

 今更見られても別に恥ずかしくは無い。

 特に女性には見られても全く平気になっている。

 

「「「「大きいわよね~…」」」」

「胸か」

 

 確かに、俺の胸は女子中学生にしては大きい方だと思う。

 これは姉譲りなんだろうか?

 千冬姉さんもバストは大きい方だったしな。

 

「で? なんで簪は鼻血を出した状態で固まっている?」

「ち……千夏の裸体……」

 

 ……君はもうちょっとまともな女の子だと信じていたんだがな……。

 

「はっ!? 思わず見とれてしまった……」

「「「「気持ち分かるわ~」」」」

「分からなくていい」

 

 全員同時に頷くな。

 

「肌も綺麗だし、スタイルも抜群だし…」

「この髪だって超サラッサラだしね~」

「ほんと……女として完璧よね~」

 

 残念だが俺は男です。

 見た目は完全な女性だけどな。

 

「ね……ねぇ……千夏……」

「ん? 今度はどうした?」

「次の日曜って……空いてる?」

「日曜か……」

 

 基本的に休日は家にいることが多い。

 というのも、俺は友達と遊びに行くことが皆無に等しいからだ。

 鈴がいたころは定期的に外で遊んでもいたんだが、彼女が中国に帰って以降は殆どの休日は家に籠っているな。

 ま、単純に疲れを癒すっていう目的もあるんだがな。

 

「別に予定は無い」

 

 俺的には土日の内の片方が潰れても気にしない。

 よっぽどの事がない限りは土曜で大抵の疲れは癒えるしな。

 

「じゃ……じゃあさ……今度の日曜に一緒に遊びに行かない?」

「俺とか?」

「ダメ……?」

 

 そんな雨の中に捨てられた子犬のような顔をしないでくれ。

 流石に罪悪感で胃に穴が開く。

 

「おぉ~! 簪ちゃんが千夏ちゃんをデートに誘った!!」

「デ……デート!?」

 

 いや…デートって…。

 それはちょっと違うだろう。

 

「で? 千夏ちゃんのお返事は?」

「別にいいぞ。どうせ家にいたって暇なだけだし」

「よかったじゃない!」

「うん……♡」

 

 休日に遊びに行く程度でなんでそんなに嬉しそうなんだ?

 

「じゃあ、千夏ちゃんを完璧にコーディネイトしなくちゃね!」

「は? 何故に?」

「だって千夏ちゃん。またボーイッシュな服で行こうとするでしょ?」

「それしか私服は無いからな」

 

 俺にスカートは似合わんだろう。

 それ以前に苦手だし。

 スカートなんて制服だけで十分だ。

 

「やっぱり……」

「こんなに可愛いのに絶対に勿体ないよ!」

「いい? 千夏ちゃんは磨けば光る『ダイヤの原石』なんだよ!?」

「なんじゃそりゃ」

 

 いくら磨いても俺は俺だろうに。

 

「そんな訳だから、日曜を楽しみにしててね!」

「うん……」

 

 これから俺はどうなるんだ?

 下手したら、俺は彼女達の着せ替え人形になるな。

 ……嫌な気分はしないがな。

 

 因みに、このことをピーノに話したら、二つ返事でOKサインを貰った。

 彼が言うには、『偶にはそんな息抜きも必要だよ』とのことだ。

 山本さんや芳美さんも同意見らしい。

 

 その後、俺は土曜日に呼び出されて、彼女達に『コーディネイト』された。

 ある意味、訓練以上に疲れた日だった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 そして、日曜になった。

 俺は訓練所から少し離れた場所にあるショッピングモールの中にある噴水広場で簪を待っている。

 約束をした日に、ここで待ち合わせをしようと約束したのだ。

 

 今の俺の恰好は、紺色のフレアワンピースの上に水色のチューブトップを着ていて、黒いブーツを履いている。

 そして、なんでか髪型はツインテールに纏められた。

 

 鏡でこの姿を見たときは、本気で映っている人間が俺なのか疑ってしまった。

 化ければ化けるものだ。

 馬子にも衣装とはこのことだな。

 

 余談だが、この恰好を男性陣(一夏とピーノと山本さん)に見せた時……

 

『ち……千夏姉……めっちゃ可愛い……』

『うん。凄く似合ってるよ』

『千夏ちゃんにはこれぐらいの恰好が一番だな』

 

 ……と、三者三様の反応を見せてくれた。

 

 因みに千冬姉さんと芳美さんは……

 

『……なんで、姉妹で結婚出来ないのだろうな……』

『予想通り! 千夏ちゃんはカッコいいよりも可愛い恰好の方が似合うわね!』

 

 姉さんの目が妙に黄昏ていたのが印象的だった。

 

「おい……あの子……」

「どっかのモデルかな? 超可愛いんだけど」

「お前声かけろよ」

「いやいやいや! 幾らなんでも高嶺の花すぎるから!」

 

 通り過ぎる人達が俺の事をジロジロと見てきて、正直ウザい。

 俺の何が珍しいのか。

 

「ち……千夏……」

「ん?」

 

 ボーっとしていたら、いつの間にか簪が来ていた。

 彼女は白いワンピースに薄手の青いカーディガンを着て、なんとも爽やかな感じだった。

 俺よりもずっと可愛いんじゃないか?

 

「待った?」

「大丈夫だ。俺も今来たばかりだからな」

 

 ……あれ?

 なんでデートのお約束な会話をしてるんだ?

 

「千夏……」

「なんだ?」

「可愛い……♡」

 

 お前もか。

 

「そのセリフは、そのままこっちに返すよ」

「え……えぇ!?」

 

 簪の顔が赤くなってしまった。

 けど、年相応でいいと思う。

 

「じゃあ、早速行くか?」

「うん!」

 

 って、簪はどこに行く予定なんだろうか?

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 千夏と簪が合流した頃。

 ショッピングモール内にある喫茶店に、ピノッキオと山本がいた。

 目的は勿論、千夏の護衛の為だ。

 彼らがいる場所からは二人がいる噴水広場が一望できる。

 

「どうやら、無事に会えたようだな」

「ですね」

「にしても……」

「ん?」

 

 山本はピノッキオの顔を見て少しだけニヤッと笑った。

 

「お前は千夏ちゃんの恰好を見て、何か思わなかったのか?」

「そうですね。少しだけ『ドキッ』ってしましたかね」

「そうかそうか」

 

 まるで手のかかる弟を見る兄貴のような表情を見せる山本。

 今まで裏社会で生きてきたピノッキオに、少しでも人間らしい生活を送ってほしいと思っているのだ。

 

「俺は、お前と千夏ちゃんは結構お似合いのカップルだと思うけどな」

「いえ、僕の彼女では住んでいる世界が違います。あの子には明るい場所を歩いてほしい……」

「ピーノ……」

 

 それは、護衛としてでなく一人の人間としての言葉だった。

 そして、ピノッキオが誰よりも千夏の事を大事に思っている証拠でもあった。

 

 そして、二人は気が付いてはいないが、彼らのテーブルから少し離れた場所には……

 

「か……簪ちゃんがあんなにも楽しそうに……」

 

 簪によく似た少女がにやけながら簪と千夏の事を見ていた。

 

「やっぱり……私じゃ……」

 

 そっと呟いた彼女の顔は憂いに満ちていた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 ショッピングモールの中を簪と一緒に歩き回る。

 まずはウィンドウショッピングでもするんだろうか?

 

「まずはどこ行くんだ?」

「あそこ……」

「あそこ?」

 

 簪が指差したのは、そこそこに大きなゲームショップだった。

 どうやら、ゲーム専門店のようだ。

 

「変かな……?」

「気にするな。趣味は人それぞれだ」

 

 そんな訳で、一緒にゲームショップに入店。

 

「おぉ~……」

 

 あ、簪の目がキラキラ輝いてる。

 

 店内を見て回るだけで簪のテンションはどんどん上がっていく。

 

「あ! このシリーズ…もう最新作が発売されてたんだ。それにこっちのヤツは初回限定生産の……」

 

 どうやら、かなり楽しんでいるようだな。

 さっきからずっと鼻息が荒い。

 

「あ……ごめんなさい。私ばかりがはしゃいじゃって…」

「別にいいよ。一喜一憂する簪を見ているのは純粋に楽しい」

「もう……♡」

 

 俺もゲームは嫌いじゃないしな。

 最近はあまりする機会は無いが。

 

「そ……そういえば、千夏の趣味ってなんなの?」

「俺か? そうだな……」

 

 改めてそう聞かれると、俺の趣味ってなんだろうな?

 う~ん……。

 

「編み物?」

「え?」

 

 小学生からの延長で、気が付けば編み物をしている自分がいたりする。

 少し前には自分専用の道具を買ったりもしたしな。

 

「どんなのが作れるの?」

「結構色々と出来るぞ。セーターにニットキャップ。手袋にマフラーも作ったな」

 

 前に一夏や千冬姉さんに渡したら、すごく喜んでくれたっけ。

 一夏は今でも寒い日は俺の作ったマフラーや手袋を使ってくれるし。

 

「凄い……千夏って女子力が高いんだね」

「そうだろうか?」

 

 編み物は出来るが、それだけだしな。

 家事は普通に出来るけど。

 料理以外は。

 

 結局、ゲームショップでは何も買わずに店を後にしたが、それでも簪は十分に満足したようだ。

 

 そして、次に行った場所は……。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

「我が生涯に一片の悔い無し」

 

 猫カフェだ。

 これは俺のリクエストで、実は一度でいいから行ってみたかったのだ。

 俺は寝転がった状態で白や黒、ぶち柄に縞模様といった、様々な超絶可愛い子猫たちを体に乗せている。

 

 子猫たちの感触は感じないが、そんなの関係ない。

 可愛いは正義だ。

 

「あぁ……モフモフだ…。まさに至福の時……」

 

 機会があれば、また来たいな…。

 

(私的には……子猫たちと戯れる千夏の方がずっと可愛いよ……♡)

 

 簪は離れた場所にある椅子に座ってこっちをジッと見ている。

 なんでも、彼女は幼い頃から軽い猫アレルギーらしく、触りたくても触れないらしい。猫自体は好きらしいが。

 だからこそ、ああして離れた場所で猫たちを愛でているんだろう。

 ふむ……少し悪い事をしてしまったか。

 

 って、今携帯で写真撮ったな。

 まぁ、いいだろう。

 普段ならば一言物申すところだが、今の俺は非常に気分がいい。

 なんでも許しそうだ。

 

「千夏って動物が好きなの?」

「動物というよりは、可愛いものが好きだ」

 

 これはあまり人には話さないのだが、実は俺の部屋にはお気に入りのぬいぐるみが沢山あったりする。

 と言っても、全部を一個一個買っていったら金額が凄いことになるので、その殆どが ゲーセンにあるUFOキャッチャーで手に入れた。

 最初は苦戦したが、コツさえ掴んでしまえばこっちのもので、今ではかなりの腕になったと自負している。

 

「またまた千夏の意外な一面を発見……」

 

 今日の簪は本当によく喋るな。

 いい傾向だとは思うがな。

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 子猫たちをたっぷりとモフモフした俺は、簪を連れてゲーセンに来ていた。

 本当は来る予定ではなかったらしいが、ふと目についたので試しに寄ってみた。

 

「簪はこういった場所にはよく来るのか?」

「ううん。来たいとは思ったことはあるけど、緊張して……」

「あぁ~……」

 

 ゲーセンは男がたむろしている印象が強いからな。

 簪のような気弱な女の子には少々敷居が高いだろう。

 

「今日は俺がいるから大丈夫だ」

「うん……♡」

 

 嬉しそうに微笑んだ後、俺の手を掴んできた。

 なんでか指を絡ませて。

 

「千夏は来たことあるの?」

「ここには無いが、学校の近くにあるゲーセンなら何回も」

 

 主にぬいぐるみ目的だがな。

 

「お? あれは……」

 

 少し離れた先には大量のぬいぐるみが入っているUFOキャッチャーが。

 これは是非ともしなくては。

 

「あれやるの?」

「ああ」

「でも大丈夫? UFOキャッチャーは別名『貯金箱』って言われてるんだよ?」

「大丈夫だ。問題ない」

「それフラグ……」

 

 フラグとはなんぞや?

 

 意気揚々とUFOキャッチャーの筐体まで行って、迷わず100円を投入。

 

「まぁ見ていろ」

「う……うん」

 

 まずは……真ん中付近にいる猫ちゃんからだ。

 

「こうして……ここは……」

 

 精神を集中させて……。

 

「よし」

 

 掴んだ。

 後はこのまま……。

 

「あ!」

 

 簪の叫びと共に、猫ちゃんのぬいぐるみが回収口に落ちてきた。

 

「よし。まずは一匹」

「す……凄いね……。まさか一発で取っちゃうなんて…」

「次だ」

 

 同じ調子で次々とぬいぐるみをゲットしていく。

 すると、周囲の連中がこっちに注目しだした。

 

「おい……あれって……」

「間違いない! 色んな場所のUFOキャッチャーを制覇してきた『黒髪の君』改め…『白髪の君』だ!」

「は……白髪の君?」

 

 なんか騒がしいけど、気にせず救出作戦継続だ。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉ!! マジで凄えぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「次々と取っていくぜ……」

「まさに店側泣かせだな」

「あの可愛さで、あれほどの腕を持つとかって…反則だろ」

 

 はいはい。

 見るのは勝手だけど、静かにしようね。

 

 そんな感じで、気が付けば俺と簪の周りには人だかりが出来ていた。

 だが、簪は特に緊張している様子もなく、寧ろ楽しそうに笑っていた。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 UFOキャッチャーに夢中になっているうちに、いつの間にか夕方になっていた。

 俺の手には大量のぬいぐるみが入っている紙袋がある。

 

「済まなかった。あまりにも夢中になりすぎた」

「ううん。大丈夫。私も楽しかったし、それに……」

「ん?」

「千夏が色んな人に凄いって思われてることが嬉しかったから……」

「簪……」

 

 そ……そんな顔も出来るんだな。

 ちょっと顔が熱くなる。

 

「そ……そろそろ帰るか?」

「そ……そうだね。もう暗くなりそうだし……」

 

 会話が少なくなった状態でとぼとぼと歩くが、不思議と足取りは軽い。

 

「じゃ……じゃあ、私はここで……」

「うん」

 

 駅についてから、構内に入っていこうとするが、その途中でこっちを振り向いた。

 

「千夏!」

「どうした?」

「今日はとっても楽しかった! ありがとう!」

「こちらこそ。今日は誘ってくれてありがとう。俺も楽しかったよ」

「それじゃ……また!」

「あぁ、またな」

 

 簪は走って行ってしまった。

 あんな大声を出せたんだな。

 意外だけど、悪くない。

 周りの人たちに滅茶苦茶見られるのがネックだが。

 

「……俺も行くか」

 

 俺も来るときに自分が降りたバス停まで向かって歩いた。

 

 また俺の部屋がぬいぐるみで一杯になるな…。

 一夏が見たらなんて反応をするだろうか?

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「何事もなくてよかったですね」

「だな。二人とも、いい息抜きになったようでなりよりだ」

 

 遠くから密かに二人を見守っていたピノッキオと山本は、安堵の息を吐いた。

 

「今日一日だけで色んな千夏を見た気がします」

「確かにな。表情が少ない子だとは思っていたが、結構色んな顔を見せる子だったんだな」

「えぇ……」

 

 バス停に歩いていく千夏を見るピノッキオの目は、今までの暗殺者としての目ではなくて、まるで愛しい少女を見るような目だった。

 

「惚れたか?」

「さぁ、どうでしょうね」

「否定はしないんだな」

「…………」

 

 気まずくなったのか、急に黙ってしまったピノッキオ。

 沈黙は肯定と同義である。

 

「……闇に生きるお前と、今まで茨の道を歩いてきた千夏ちゃん。いい組み合わせだと思うんだがな」

「それ、今朝も言ってませんでしたか?」

「そうだったか?」

「健忘症ですか?」

「アホ」

 

 まるで本当の兄弟のように話している二人の遥か後方では、簪によく似た少女が悲しそうに佇んでいた。

 

「簪ちゃんのあんな顔……初めて見た……。それに……」

 

 少女は昔の簪を思い出しながら、先ほどまでの簪と照らし合わせる。

 

「簪ちゃんがあんな大声を出すなんて……」

 

 彼女が今まで一度も聞いたことのない簪の声。

 それを目の当たりにして、ショックを隠せないでいた。

 

「織斑千夏……あの子なら簪ちゃんを……」

 

 自分では出来なかったことを易々と成し遂げた千夏を見て、彼女の心は何とも言えない気持ちで満ちていた。

 

 この日は、様々な人々にとって忘れられない日となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いつかはしたかったデート(?)回。

ピノッキオと簪とで迷ったんですが、今回は簪と行ってもらいました。

彼とはこれからも沢山機会はありますから……私の予定では。



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第27話 発表

そろそろ一気に飛ばしていこうと思います。

原作まで加速していきたいですね。






「そんな…そんな事が……」

 

自分の移動式研究所の中で、篠ノ之束は戦慄していた。

 

「一体どうして…いや、いつ…私のゴーレムが……」

 

彼女が密かに開発をしていた試作型の無人機『ゴーレム』が、いつの間にか束の元から 消えていたのだ。

しかも、それだけではない。

その無人機が何者かによって改造された挙句、無断で使われたのだ。

 

「も…もしかして……」

 

自分の元から全く悟らせないで機体を奪取した上、それを自分が製造した時よりも高性能に改造された。

こんな芸当が出来る人物…否、存在に束はたった一つだけ心当たりがあった。

 

「まさか……あの『声』の主が……!?」

 

己を閉じ込めて、完全に嵌めた存在。

自分を『天才』と自称するからこそ、その悔しさは一塩だった。

 

「あの親子がどうなっても別に気にしないけど、あんな下らない事に使われたことが凄くムカつく…!」

 

大島親子は束にとっての粛清対象だから、その生死に関しては特に拘らない。

だが、その殺害に自分の子供に等しい存在であるISが使われたことが問題なのだ。

 

「にしても……父親は死んだけど、どうして息子の方は連れ去ったんだろう…?」

 

あの後、ゴーレムの行方は全くの不明。

束の頭脳と技術を持ってしても、ゴーレムの反応を捕える事は出来ずにいた。

 

「もしもゴーレムがなっちゃん達に危害を加えるなら、その時は……」

 

密かに自分の手でISを破壊する決意をする束だった。

それは、彼女にとっても苦渋の決断であった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 季節が流れるのは非常に速い。

 

訓練を順調にこなしていき、芳美さんが言うには、もう既に俺の実力は代表候補生クラスを超えつつあるとのこと。

俺には全く自覚は無いけどな。

だって、未だに簪との勝率は五分五分ぐらいだし。

他の子達には圧勝出来るようにはなったけどさ。

 

その間もピーノはずっと俺の護衛をしてくれた。

お蔭で、かなり話す機会が増えた。

未だに彼の詳しい素性は教えてくれなかったけど。

 

そういえば、今、簪には倉持技研とかいう場所で専用機を開発中だって聞いたな。

どんな機体なのかとても気になる。

簪が専用機を手に入れたら、確実に負け越してしまうな。

もっともっと精進しなくては。

 

で、気が付けば世間は受験シーズン。

 

それはウチの中学も例外じゃない。

 

クラスの皆は夏辺りから受験勉強を頑張っていて、一夏や弾も同じだった。

そして、既にIS学園に入学が確定している俺は、表向きの受験勉強とISの訓練を両立をしていた。

それに加え、訓練の合間に訓練所で皆と一緒にISに関する勉強もしていた。

そんな描写は無かったかもしれないが、ちゃんとやってたんだよ?ほんとだよ?

 

もうすぐ一夏も受験の日だったな。

確か、弾も一緒の高校を受けるんだったっけ?

 

今日は休日で、俺はいつものように一夏と千冬姉さんと一緒に家で過ごしていた。

 

「一夏。準備はちゃんと出来てるのか?」

「勿論だって。受験票も筆記用具も鞄の中に入れてあるし、大丈夫だよ」

「油断は禁物だぞ。今日寝る前と当日出かける前にもう一回確認しておけ」

「千夏姉って…なんかオカン属性だよな」

「だれがオカンか」

 

一応、表向きはお前の姉だぞ。

 

「ははは……それだけお前の事を心配しているんだろう」

「分かってるって。そういう千夏姉はどうなんだよ? 確か、IS学園を受験するんだろう?」

「まぁな」

 

他の受験生と一緒に受験はするらしいが、点数や受験結果に関わらず、俺の入学は確定しているらしい。

まぁ…今なら普通に受験しても、そこそこいい線行ける自信はあるけどな。

 

「……少しいいか千夏」

「ん?」

 

姉さんが急に肩をトントンと軽く叩いて俺を呼んだ。

俺は姉さんに従うように部屋の端まで行った。

 

「お前の委員会代表を発表する日は何時になってるんだ?」

「詳しい日程はもうすぐ知らせるって芳美さんが言ってた。少なくとも、学校の卒業式の前にはするらしい。多分、受験シーズンに合わせるんだと思う」

「そうか…。お前も有名人になるな」

「不本意ではあるけどな」

「言うな。気持ちは分かる」

 

そういや、姉さんも今や世界的有名人だっけ。

お互いに苦労が絶えないな。

 

「緊張するな…とは言わん。だから、緊張を楽しめ」

「簡単に言ってくれる…」

 

それが出来たら苦労はしない。

こうして普通を装ってるけど、内心は今から緊張しまくってるんだよ。

前世でも記者会見なんてしたことないんだし。

というか、それが普通だけど。

 

「大丈夫だ。現場には芳美や山本さん、それに彼…ピノッキオ君も来るのだろう?」

「まぁ……一応……」

 

ピーノは俺の護衛として、山本さんと芳美さんは俺の付き添いして来るらしい。

山本さんは別の仕事もあるらしいけど。

 

 最初は半ば流されて、今はちゃんと自分の意思で選んだ道だけど、これからどうなるのやら…。

 楽しみと不安が半々って感じだな。

 

 今はとにかく、目の前の事に集中しようか。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「はぁ……遂にこの時が……」

「緊張してる?」

「あぁ……」

 

 やってきました、俺の委員会代表発表会見の日。

 俺は会見場の裏で待機している。

 隣にはピーノが一緒にいる。

 流石に私服では来れないので、今日は学校の制服だ。

 

 会見場では今、芳美さんが司会進行をしている。

 まさか、あの人も参加しているなんて思わなかったな。

 

 山本さんは誰かを迎えに行っているらしい。

 

「君の出番はまだ先だから、これでも飲んで落ち着いて」

「そうだな……ありがとう」

 

 ピーノがミネラルウォーターを渡してくれた。

 下手に味が付いているドリンクよりも、こっちの方が有難い。

 

「ところで、山本さんはどこに?」

「もうすぐ来るんじゃないかな?」

 

 もうすぐ?

 

 頭の上に疑問符を浮かべていると、俺たちの後方にあるドアが静かに開いて、そこから山本さんと一緒に誰かが入ってきた。

 

「おう。もう嬢ちゃんも来てたのか」

「貴方は……」

 

 組長さん? どうしてここに?

 

「前に、俺があのバカの後任として日本支部の支部長をするって話は知ってるな?」

「は…はい」

 

 そういえば、初めて会った時にそんな事を言っていたな。

 

「で、お前さんの代表発表と同時に俺の事も発表しようってことになってるのよ」

「わぉ……」

 

 一度に二つも発表する気かよ…。

 これって世間的には凄い事なのでは?

 明日のニュースは大変なことになりそうだな…。

 記者たちに同情するよ…。

 

「お? 早速出番みたいだな。行ってくるぜ」

「お気を付けて。頭」

「おう」

 

 杖を付きながらも、意気揚々と組長さんは会見場に向かっていった。

 

 背中は曲がっているけど、その後ろ姿からは凄まじい迫力を感じる。

 これが組を纏める者のプレッシャーか…。

 

 ここからでもカメラのフラッシュ音と記者達の質問の声がひっきりなしに聞こえてくる。

 もうすぐ俺もあそこに行くのか…。

 

『では、史上初の委員会代表となった少女をご紹介いたしましょう』

 

 お…俺の出番か…?

 

「い…行ってくる…」

「うん。頑張って」

「お…おう…」

 

 ヤバい。

 さっき以上に緊張してきた。

 前世で初めてバイトの面接に行った時の事を思い出してしまった。

 緊張感はこっちの方が圧倒的に上だけど。

 

 手…震えてないかな…?

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 いざ会見場に出ると、想像以上にカメラのフラッシュが眩しい。

 マジで目がクラクラする。

 

 俺はそのまま、組長さんの隣まで歩いて行って、そこで止まって正面を向いた。

 そこには非常に沢山の記者達がカメラやマイク、ボイスレコーダーを持ってこっちを向いている。

 

『彼女こそが、この度、初めてのIS委員会代表のIS操縦者となった少女…織斑千夏さんです』

 

『織斑』という言葉が出た途端、急に記者達が騒ぎ出した。

 

 やっぱり、その単語には敏感になるか。

 

 そして、芳美さんが俺に向かって目配せをしてきた。

 あ…自己紹介をしろってことね。

 

「え…えっと……初めまして。IS委員会代表IS操縦者となった織斑千夏と申します」

 

 これでいいのか……な?

 

「すいません! 織斑さんが委員会代表となった経緯を教えて貰えませんか?」

 

 来ると思った。

 これは予め考えていたから応対可能だ。

 

「分かりました。私は……」

 

 そこから、俺は自分がISと関わる切っ掛けを話した。

 勿論、隠すべきところは隠したけど。

 

「成る程……ありがとうございます」

 

 お、簡単に引っ込んでくれた。

 

「織斑ということは、貴女はあの織斑千冬さんの血縁者ですか?」

「はい。織斑千冬は私の姉です」

「「「「おぉ~!!」」」」

 

 ごめん…姉さんの名前を出しちゃった。

 

「では、急遽解任されて逮捕された前支部長の事はどう思いますか?」

「え?」

 

 なんでそんな事を聞くんだよ。

 どうでもいいじゃん。

 

「え…えっと……」

 

 なんて答えればいいんだ…。

 頭がこんがらがってきた…。

 

「おい、お前さん」

「は…はい?」

「その質問は嬢ちゃんの代表就任と何か関係あるのかい?」

 

 ギロリと睨みを利かせて、隣にいた組長さんが記者の人を黙らせてくれた。

 こうして近くで見ると、凄い迫力だ…!

 

 組長さんのプレッシャーをもろに浴びた記者は、急に声が小さくなっていった。

 

「あ…その……すいませんでした」

 

 すげ~…。

 前のデブとは雲泥の差だ。

 

「なら…新支部長は委員長とお知り合いと伺いましたが、どのような関係なのですか?」

「あいつとは旧知の仲よ。お互いに昔、ヤンチャしていたころに知り合ったのよ」

 

 ヤンチャって……貴方は昔、何をしてたんですか。

 

「では、今回の支部長就任も?」

「あぁ。あいつに頼まれたからだ。互いに盃を交わした『兄弟』の頼みを無下には出来ねぇからな」

 

 あ、急に記者の目が輝きだした。

 もしかして…俺から注目を逸らしてくれた?

 

「フッ……」

 

 こっちを見て微笑んだ?

 

(マジで組長パネェ~ッす)

 

 山本さんを初めとした東友会の人達がこの人を神輿として祭り上げるのも分かる気がする…。

 これなら命預けたくなるわ。

 

 そこから、俺に対する質問は極端に減少し、その代わりに組長さん…いや、新支部長に質問が集中した。

 胃に穴が開かなくて済みそうだ…。

 この歳で胃薬とフレンズにはなりたくない。

 

「織斑千夏さんに質問いいですか?」

「は…はい? なんですか?」

 

 不意打ちだった。

 けど、少しは気が楽になったから大丈夫…な筈。

 質問してきたのは、若い女性の記者だった。

 

「こうして委員会代表となった以上は、やはりIS学園に入学を?」

「はい。そのつもりです」

 

 正確には、その予定になっている…が正解だけどな。

 受験はするけど。

 

「ならば、次の質問を」

 

 え? 終わりじゃないの?

 

「代表と言うことは、専用機を所持してるのですか?」

「ええ。この場では見せられませんが、私が初めて訓練所で訓練を開始する時に譲渡されました」

 

 これならどうだ?

 

「将来は、お姉さんと同じモンドグロッソ優勝を狙って?」

「いくら姉妹だからと言って、姉さんの影を追うつもりはありません。ですが、やるからには頂点を目指したいと考えています」

 

 なんて言ってみたが、本当は違う。

 確かにブリュンヒルデの称号には興味があるが、俺にとってはそこは通過点でしかない。

 訓練を重ねていくうちに、俺にも人並みの『欲』が沸いてきた。

 

 俺は…『最強』になりたい。

 それは万人が認めるブリュンヒルデ(称号)ではなくて、本当の意味での最強だ。

 俺が目指したいのは、強さの限界、その向こう側、強さの極限。

 そこから見える景色を見てみたい。

 

 ……こんなこと、恥ずかしくて人前じゃ言えないけど。

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

 お…終わった。

 

 でも、思ったよりは緊張が少なかった。

 これも慣れか。

 

 俺が質疑応答している間も、新支部長はずっと記者達の質問に答えていた。

 これが上に立つ人間の器か。

 

 その後も記者達の質問は続いていったが、その殆どは新支部長に向かっていた。

 俺にも質問は来ていたが、その数は明らかに少なかった。

 こっちは大助かりだけど。

 

 この記者会見は全世界に生放送されたようで、俺と新支部長は一夜にして世界的有名人になってしまった。

 

 ということは、必然的に色んな人の目に映るわけで……

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 日本の某所。

 とある部屋にて、黒い髪をポニーテールに纏めた剣道少女が、テレビ放送された記者会見を見て、その口に含んだ味噌汁を盛大に噴出していた。

 

「ブ――――――――――――――――――!! げほっ……げほっ……。今…テレビに映っていたのは…まさか……」

 

 彼女が千夏と再会するのは、もうすぐ……

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 そして、ここ中国にあるIS操縦者訓練施設。

 そこでは嘗て日本に住んでいた黒髪ツインテールの少女が、他の訓練生たちと休憩をしていたが、休憩所にあるテレビに映った映像を見て、目が点になっていた。

 

「な…な…な…」

「どうしたの? 鈴」

「なんで千夏がテレビに映ってるのよ~~~~~!?」

 

 彼女の叫びは訓練所全体に響き渡ったという。

 

 そして、この映像が彼女を再び日本へと誘うことになる。

 

 もうすぐ、『物語』が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




記者会見の様子は完全に私の妄想です。

『ここはこうじゃないだろ!』とか『これはおかしくない?』とかいうツッコみは遠慮して頂くと嬉しいです。

そろそろ、入るかな……?


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第28話 受験(筆記編)

もうすぐ原作突入……かな?

私の事だから、またここら辺で長引きそうな気が……。






 俺の代表就任発表と組長さんの新支部長就任挨拶から少しだけ経った。

 

 ぶっちゃけ、あれから色々と大変だった。

 近所や俺の学校では文字通り大騒ぎ。

 今まではずっと隠していたが、それが全部明らかになったのだから、もう大変。

 クラスの女子や後輩達からは一気に尊敬の眼差しで見られるようになったし、男子は男子で俺とお近づきになろうと、バカの一つ覚えのように告白合戦。

 当然、全部断ったが。

 

 先生たちも、俺に対してどうリアクションすればいいのか分からないといったようだったが、それは俺から『いつもと一緒でいいですよ』と言っておいた。

 

 そんな中で、あまり様子が変わらなかったのが一夏と弾の二人。

 一夏の方は、『最初に話があった際になんとなく、こんな気がしていた』と言っていたし、弾は『お前が何になろうとも、お前はお前だろ?』と言ってくれた。

 二人にそう言われた時、不覚にも嬉しくて泣きそうになった。

 本当に…俺はいい弟と親友を持ったよ。

 

 そうそう。

 発表からこっち、てっきり俺は家にまで取材のカメラや記者なんかが押し寄せてくると想像していたが、実際はそんなことは全く無かった。

 

 不思議に思った俺はピーノに連絡してみた(最初に会った時に実は携帯の番号を交換していた)ら、マスコミの連中は全て、組長さん(新支部長だとまだ俺的に違和感があるため、こう呼ぶことにした。本人も了承済み)が早速、自身の権力をフルに使用し、織斑家に対する一切の取材の類を禁じたという。

 更に、万が一に備えて山本さんを初めとした東友会の組員の人達も常に目を光らせているらしい。

 

 実に今更だが、俺はもしかして最強……いや、最凶の後ろ盾を得てしまったのかもしれない。

 

 そして、そうなると当然のように訓練所の皆にも知られてしまったわけで、最初はどんな反応をするのかドキドキしていたのだが、いざ行ってみたら、皆のリアクションは……。

 

「専用機を受領した時点でタダ者じゃないと思ってはいたけど、まさか史上初の委員会代表だったなんて……凄いじゃない!」

「うん! なんかもう……千夏ちゃんと一緒に訓練をしていたことを誇りに思うわ!」

「今のうちにサインとか貰っておこうかな…?」

 

 とか言われた。

 腫物を触るような扱いをされるよりは幾分かはマシだ。

 で、簪は……。

 

「…………………(尊敬の眼差し)」

 

 無言で非常にキラキラした目で俺を見るようになった。

 何か言われた方がまだ胃によかった。

 

 後で聞いたのだが、実は簪も日本の代表候補生だったらしい。

 何気に彼女も俺と似たり寄ったりの存在だった。

 お蔭で、少しだけ気が楽になった。

 

 そして、とうとう『あの日』がやってきたわけで……。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「ちゃんと受験票は持ったか? ハンカチとちり紙は? 筆記用具は全て持ったか?」

「大丈夫だって! さっきもキチンと確認したし」

「もう一回確認しておけ。念には念を、だ」

「千夏姉は心配性というか、オカン属性というか……」

「まだ言うか」

 

 今日は俺と一夏の受験の日。

 一夏が受験する藍越学園と俺が受験する予定のIS学園は、なんでか同じ受験会場だそうだ。

 なんでよりにもよって一般の学校と同じ場所で受験するんだ?

 機密保持とか普通は考えるだろ?

 

「で、なんで千夏姉はメガネをかけてるんだ?」

「こうしないとまともに歩けないんだよ」

 

 あの日以降、マスコミが来ない代わりに、一度道を歩けば色んな人から話しかけられたり、見られたりするようになった。

 これが有名人になるってことか……。

 完全に甘く見てた。

 お蔭で、外出の際は伊達メガネが欠かせなくなった。

 

 今日は念の為に髪型も変えて、ポニーテールにしている。

 

「それじゃ、行くぞ」

「おう」

 

 準備が終わって、玄関を開けて外に出て、鍵を閉める。

すると、丁度いいタイミングで見慣れた一台の車が家の前に停まった。

 

「お、来た来た」

 

 運転席から顔を覗かせたのは、お馴染みのピーノ。

 

「お待たせ」

「俺達も今出たところだ」

 

 あれ? なんだ、この会話…。

 

「今日も冷えるから、早く乗った方がいいよ」

「そうだな。乗ろうぜ、千夏姉」

「うん」

 

 こんなところで風邪とか引きたくないしな。

 

 俺達が車に乗った直後に、車は発進した。

 因みに、俺は助手席で一夏が後部座席。

 車内は暖房が利いていて、とてもポカポカしていた。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「なんか、すいません。こうして送ってもらってしまって…」

「気にしなくてもいいよ。僕は千夏の護衛として、受験会場までついていかなくちゃいけない。そのついでだよ。それに、この方が電車賃が浮いていいでしょ?」

「そうですね。ありがとうございます」

 

 走る車の中、一夏とピーノが話している。

 俺のような『なんちゃって女子中学生』とは違い、ピーノも話しやすそうだ。

 

(やっぱり……ちゃんとした男同士のほうがピーノも気が楽なんだろうか……)

 

 あれ? 俺は今、何を考えた?

 もしかして……一夏に嫉妬した?

 いやいやいや……まさか、そんな……。

 

 何が悲しくて実の弟に嫉妬しなくちゃいけないんだ?

 訳が分からないよ。

 

「確か、千夏は会場で友達と待ち合わせをしてるんだよね?」

「え? あ…あぁ」

 

 ヤバい。

 少しだけボーっとしてた。

 

「流石に会場までは入れないから、僕は駐車場で待ってるよ」

「分かった」

 

 こっちの受験は長引きそうだが…大丈夫だろうか?

 

「にしても、千夏姉も大変だよな。IS学園の受験って、筆記と実技の二つがあるんだろ?」

「あそこは特殊な学校だからな」

 

 まずは筆記試験を行い、その後に実技試験を行う。

 それを両方とも今日一日で行うのだから、終わるのは何時になるか分からない。

 ピーノを待たせるのは辛いが、彼が待つと言っている以上は断るのも気が引ける。

 終わったら出来るだけ早く彼の元に急ごう。

 うん、そうしよう。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 会場に到着し、車は隣にある駐車場に停車した。

 

「じゃ、行ってくる」

「ん。二人とも頑張って」

 

 ピーノと少しだけ話した後に、俺達は小走りで入口まで向かった。

 

 会場の入り口自体は一か所だが、中で別れているようだ。

 

「それじゃ、俺は行くけど……迷うなよ?」

「いや、流石にここでは迷わないだろうよ」

 

 そう言って迷うのがお前だろうが。

 あぁ…心配になってきた。

 

 姉さんは既に会場にいて、実技試験を見ることになっているらしいし…。

 

(……いや、もうここまで来たら気にしても仕方ないか)

 

 今はとにかく、全力で頑張るのみ。

 俺の場合は半ば裏口入学に等しいが……

 

「じゃ、頑張れよ」

「お互いにな。千夏姉」

 

 拳をコツンと合わせて、俺達は中に入ってそれぞれ分かれた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 会場の中に入って暫く歩くと、受付があった。

 そして、その近くには簪が待っていてくれた。

 

「悪い、待たせた」

「ううん。大丈夫」

 

 持っていた単語帳をポケットにしまい、簪はにっこりとほほ笑んだ。

 

「ちょっと待っててくれ」

「分かった」

 

 まずは受付に行かないとな。

 

「あの、今日…受験に来た者ですが…」

 

 適当に言ってから受付のお姉さんに受験票を見せる。

 すると、急に顔色が変わった。

 

「か……確認しました。ようこそ、織斑千夏さん。筆記試験の会場はあちらになります。案内がありますので、すぐに分かると思います」

「はい。ありがとうございます」

 

 ま、簪と二人なら迷うことは無いだろう。

 

「行こうか」

「うん」

 

 俺と簪は言われた場所に向かって歩いて行った。

 受付で聞いた通り、途中で案内が壁に貼り付けてあったため、迷わずに行けた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 筆記試験会場はとても広く、凄く沢山の人がいた。

 まるで、前にテレビで見たセンター試験の会場のようだ。

 会場全体が喧騒に包まれている。

 これ全員がIS学園を受験するのかよ……。

 

「しかし、これだけ人がいると、空いている席を見つけるだけで一苦労だな…」

「だね…。どこかないかな…?」

 

 二人で空席を探していると、俺の視界にちょうどいい場所が見えた。

 

「おい。あの金髪の子がいる席の隣…丁度二人分ぐらい空いてないか?」

「あ、本当だ」

 

 これはラッキー。

 というわけで、早速そこに向かって歩いて行った。

 人込みをかき分けるように歩いて行ったので、少しだけ申し訳ない気がしたが。

 贅沢は言っていられない。

 

「ここ…いいかな?」

「ええ。私の隣でよろしかったら」

「ありがとう」

 

 近くで見てみると、彼女は外国人だった。

 肌が凄く白い。

 金色の輝く髪も少しだけロールしてるし。

 

 確か、IS学園って外国からの受験者も多いって聞いたな。

 彼女もそのクチなのだろうか?

 日本語がえらく流暢だし。

 経験上、日本語が流暢な外国人は大抵が普通の人間じゃないと思っている。

 

「…?どうしましたの?」

「あ…いや、なんでもない。じろじろ見て悪かった」

 

 失礼だったな。

 ちゃんと人としてのマナーは守らないとな。

 

 俺は彼女の隣に、簪はその俺の隣に座った。

 

「あら?貴女の顔…どこかで……」

「そ…そうか?」

 

 ここで下手に騒がれたくない。

 なんとか誤魔化せないか?

 

「(ツンツン)準備準備」

「おっと、そうだった」

 

 ナイスだ簪。普通に助かった。

 

 鞄の中から筆記用具と受験票を出して、机の上に置いた。

 念の為に、俺のことが分からないように裏向きにして。

 

「お二人はお友達ですの?」

「あぁ。色々とあってな」

「そうだね」

 

 俺はもう、完全に簪の事を友達と思っている。

 それは簪も同じようで、お互いに殆ど無意識でそう思っていたらしい。

 いつの日か、鈴に簪の事が紹介出来ればいいな。

 

「あら? もう来たようですわよ」

 

 お隣さんが前方を向くと、そこには試験官のような人がいつの間にか来ていた。

 道理で急に静かになった筈だ。

 

『では、これより筆記試験を開始します』

 

 これだけ会場が大きいと、マイクを使わないと声が届かないのか。

 試験官の人も大変だ。

 

 前から順番に試験用紙が配られてくる。

 

 こうして、転生してから初めての受験が始まった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

「はぁ~…」

 

 筆記試験が終了し、俺達は休憩所として設けられた複数の部屋の一つで体を休めている。

 

 備え付けのベンチに座って、手にはさっき自販機で買ったホットココアを持っている。

 この季節には必須の飲み物だ。

 

「簪はどうだった?」

「大丈夫……だとは思う。手応えはあったから」

「そうか……」

 

 そう言える自信が純粋に凄い。

 

「そっちは?」

「俺も同じかな」

 

 いくら結果が決まっているとはいえ、妥協はしたくない。

 やる以上は全力で取り組むのが俺流だ。

 だから、今回も自分に出来る全力で勉強し、今回の受験に挑ませてもらった。

 

「後で家に帰ってから答え合わせをしないとな」

「だね」

 

 見直しは絶対にすべきだ。

 これが後々に繋がっていくのだから。

 因みに、問題用紙は俺達の手にある。

 会場には答案用紙のみが残されている。

 

「お二人は本当に仲がよろしいんですのね」

 

 ……なんで、さっきの少女も一緒にいるんだろうか…。

 

「ところで、先程は聞きそびれてしまいましたが、お二人のお名前はなんて言いますの?」

「それは……」

 

 ここで言っていいのか?

 休憩中で人が疎らになっているとはいえ、人影はまだ多い。

 ここで迂闊に名前を言ってしまえば、騒ぎになる可能性が……

 

「そ……そういう時は、まずは自分から名乗るべきじゃないのか?」

 

 少し辛辣だったかもしれないが、まずはこれで凌ごう。

 

「そうですわね…。これは失礼しました」

 

 謝られてしまった。

 少しだけ罪悪感がある。

 

「私はセシリア・オルコットと申します。イギリスから来ましたの」

 

 イギリス人か。

 随分と遠くから来たんだな。

 ご苦労なことで。

 

「私は更識簪。よろしく」

「更識さん、ですわね。どうぞよろしくお願いしますわ」

 

 この流れは……俺も言わなくちゃいけない流れか?

 どうする……。

 

「えっと……」

 

 こうなったら……。

 

「ちょっとお耳を拝借」

「え?」

 

 俺は彼女…オルコットさんの耳に自分の口を近づけた。

 ちょっとドキドキする。

 いい匂いもするし…。

 

(か……彼女の顔がこんなにも近くに!? こうして見ると、とても美しい顔をしてますわ…)

 

 気のせいか?

 オルコットさんの顔も赤くないか?

 

「む~…」

 

 簪は簪でなんか頬を膨らませてるし。

 

「……俺の名前は……織斑千夏って言うんだ」

「えぇっ!? 織斑ちn「静かに」むぎゅっ!?」

 

 案の定だよ……。

 いつでも動けるように構えててよかった…。

 

「君の言いたいことは分かるが、まずは落ち着いてほしい」

「(コクコク)」

 

 よし。

 

「プハッ……。驚きましたわ…」

「悪かった。いきなり口を押えたりして」

「い……いえ。急に大声を上げてしまったこちらにも非はありますから」

 

 はぁ……どうしてこうも自分の名前一つ言うのにも苦労しなくちゃいけないんだ…。

 周囲の皆もこっちを見てるし…。

 

「それにしても、まさか貴女があの『織斑千夏』さんだったとは…」

「やっぱり……イギリスでも有名なのか? 俺……」

「それは勿論。初めての委員会代表の操縦者。注目しない方がおかしいですわ」

「そうか……」

 

 少なくとも、これで国外にも俺の名が知れ渡っている事が判明したわけか。

 別に行くつもりはないけど、安心して海外旅行にも行けないのか?

 

「もしかして、そのメガネは……」

「うん。変装」

「……苦労してますわね」

「まぁな……」

 

 あの会見が終わってから急遽、俺は山本さんに言われて急いでこの伊達メガネを買いに行ったが、言うこと聞いてて本当に良かった。

 この程度でばれないのが不思議だけどな。

 

「もう、これ無しじゃ外を出歩けないんだ…」

「千夏はもう殆ど芸能人扱い」

「言わないでくれ」

 

 今更ながらに、もう一度言わせてほしい。

 ……どうしてこうなった?

 

『準備が終わりました。30分後に実技試験を開始します』

「あら」

「やっと?」

 

 話しが逸れた…。

 これで少しは安心か?

 

「それにしても、随分と時間が掛かっていたな」

「なにやら、先程から試験官の方々が慌てていたようでしたけど…」

「何か想定外の事が起きたのかも」

「想定外って?」

「さぁ?」

 

 分かんないのかよ。

 

「とにかく、今は準備を致しましょう」

「だな」

「うん」

 

 もう他の連中は更衣室に向かっているし。

 俺達も急がなくては。

 

 こうして、俺達三人も実技試験の準備をするために、更衣室へと急ぐのだった。

 

 だが、俺はまだ知らなかった。

 

 この試験の裏で、弟の人生がとんでもない方向に向かっていることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まさかのセシリア早期登場。

なんか、いつの間にかこんな展開に…。

でも、基本的に原作キャラとは仲良くさせたいんですよね。

思ったよりも長引いたことにより、実技試験は次回に。

やっぱり長くなった~…。


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第29話 マリオネット

明日から8月ですね。

まず間違いなく、今月以上に気温は上昇するでしょう。

ですから、皆さんも夏風邪や熱中症にならないように気を付けながらお過ごしください。

水分補給をちゃんとして、汗を掻いたら着替える。

冷房をつけたまま寝たりしない。

これ、マジで大事です。

塩分補給もお忘れなく。









 実技試験の準備をするために、俺達は更衣室へと入る。

 

 中では既に多くの受験生達が着替えを始めていて、俺達が使うロッカーがあるかどうか心配になってくる。

 

「お二人とも、あそこが空いてますわ」

 

 オルコットさんが指差した場所には、確かに見計らったかのように三人分のロッカーが空いていた。

 こんな事ってあるんだな……。

 

 迷っている暇はないため、俺達は遠慮無く空いているロッカーへと足を向ける。

 

 ロッカーの中に荷物を置いてから着替え始める。

 すると、オルコットさんがこっちを見ているのを感じた。

 

「……なんだ?」

「あ……いえ。失礼しました。会見を見て専用機を持っていらっしゃることは承知していましたけど、まさかISスーツも専用の物を所持しているとは……」

「……そうか」

 

 そんなに珍しい事なんだろうか?

 訓練所の女の子たちは、注文さえすれば専用機を持っていなくてもオーダーメイドのISスーツを購入出来ると言っていたが。

 

 因みに、俺は制服の下に最初からISスーツを着て来ている。

 だって、これなら制服を脱ぐだけでいいし、前にも言ったかもしれないが、訓練をしていた時にもこうしていた。

 もう習慣のようになっている。

 

「そういうオルコットさんも専用のスーツを着ているんだな」

「勿論ですわ。なんせ、私はイギリスの代表こ『では、受験番号が早い方から順に実技試験を開始します』あら、急がないといけませんわ」

 

 聞けなかった。

 ま、別にいいか。

 

「私達も行こうか」

「だな」

 

 いつの間にか簪も着替え終えてるし…。

 

「……………」

「簪?」

「どうしましたの?」

 

さっきからずっと俺達の胸ばっかり見てるけど……。

 

「この世は……無常だ……」

「「は?」」

 

 いきなり何を言い出すんだ?この子は……。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 ISスーツに着替えた俺達は、即席で造られたと思わしき簡易ハンガーへと向かった。

 『簡易』と言ったが、その作りは訓練所のハンガーと比べても遜色無い出来だ。

 

 端の方には固定された日本産の第2世代型量産型IS『打鉄』が何体か置かれていた。

 多分、IS学園の方から搬入したんだろう。

 あそこは確か、ラファール・リヴァイヴと打鉄が配備してあった筈だから。

 

 ハンガー内には俺達の他にも何人も受験生が待機していて、いつでも出られるようにしている。

 

 よく見ると、ハンガーの柱には『1』と書かれてあった。

 多分、ここの他にも簡易ハンガーが幾つもあって、そこでも同時進行で実技試験を行っているんだろう。

 そうでもしないと、いつになっても終わりそうにないもんな。

 でも……。

 

「気のせいでしょうか? 係の方々が妙に浮き足立っているような気が……」

「うん。私もそう感じた」

「二人もか」

「千夏さんも?」

「あぁ」

 

 慌てているというか、なんというか……。

 少なくとも、これは普通じゃない。

 

「千夏か?」

「「「え?」」」

 

 俺の名前を呼ぶ、この声は……

 

「姉さん」

 

 普段はあまり見ない、黒いスーツ姿の千冬姉さんがいた。

 うん、キャリアウーマンって感じ。

 

「更識も久し振りだな」

「あ……はい」

 

 簪も俺を通じて姉さんとは何回か話したことがある。

 そのいずれも緊張しまくっていたけど。

 彼女からすれば、姉さんは天の上の人なのかもしれない。

 

「そしてお前は……」

「わ……私はイギリスから来ました、セシリア・オルコットと申します!」

 

 お~お。

 面白いぐらいに緊張してますな。

 本当に笑ったりはしないけど。

 

「そうか。こうして千夏達と一緒にいるということは、二人とはここで知り合ったのか?」

「はい」

「色々と癖が強い妹だが、仲良くしてやってくれ」

「そ…それは勿論!」

 

 いい笑顔ですね。

 完全に教師じゃなくて姉としての言葉だな。

 

「それで、いきなりどうしたんだ。今は姉さんも忙しいんじゃ……」

「そうだった。実はな……」

 

 姉さんが話そうとしたとき、後ろから係員と思わしき人が慌てた様子で走ってきた。

 

「ここにいましたか。織斑先生」

「どうした?」

「山田先生がお呼びです。早く来てほしいと」

「分かった。……済まない。もう行かなくては…」

「気にしないでくれ。こうして少しだけでも話せてよかったと思うから」

「私もだ。ではな。三人とも頑張れよ」

 

 そう行ってこの場を去ろうとした姉さんだっがた、去り際に俺の耳に小さな声で囁いた。

 

「……家に帰ってから大事な話がある」

「え?」

 

 大事な話?

 何のことか、皆目見当がつかん…。

 なんて考えていたら、もう姉さんはいなくなっていた。

 

「初めて本物にお会いしましたわ…」

「気持ちは分かる」

 

 そっか。

 俺は見慣れているから気にしないが、世間的には姉さんは超有名人だった。

 

「二人とも。まだまだ俺達の出番は先みたいだし、少し休んでいよう」

「それがいいですわね」

「賛成」

 

 ハンガーには何個かベンチが置いてあって、そこでは自分の番を待っている子達が話に花を咲かせている。

 よく緊張しないな…。

 いや、あれは空元気か?

 

 俺達も彼女達にならってベンチに並んで座ることにした。

 すると、急に軽い眠気が襲ってきた。

 

「ふわぁ~……」

「千夏?」

「眠いのですか?」

「そうみたいだ…。ちゃんと寝たつもりだったけど……」

「なら、少しだけ仮眠すれば?」

「それがいいですわ。ちょうどいい時間になったら起こしますから」

「そうさせてもらおうかな……」

 

 こんな状態じゃ、自分のスペックをフルに発揮できない。

 そんなのは、態々貴重な時間を作って来てくれた試験官の人達に失礼だ。

 

「じゃあ……たの…む……」

 

 ゆっくりと目を瞑り、背もたれに体を預けた。

 俺の意識が真っ暗になって、眠気に覆われていく。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 意識が浮上する。

 

 目を開けると、そこは見た事のない部屋だった。

 まるで、どこぞのアパートの一室。

 二人分の椅子とテーブルが一つ。

 それ以外には何も無い。

 

「ここは……?」

 

 俺はさっきまで試験会場のハンガーにいた筈。

 それなのに……。

 

「よう」

「!?」

 

 いきなり声がする。

 すると、さっきまで誰も座っていなかった向かい側の椅子に、見た事のある人物が腰を掛けていた。

 

「お前は……」

「久し振りだな」

 

 緑のフードを被った謎の青年。

 俺がディナイアルに初めて乗った時に夢の中であった人物だ。

 

「なんで……」

 

 確か、あの時が会うのは最初で最後だと言っていた。

なのに……

 

「俺だって、本当はもうお前と会うつもりは無かったさ。けどな、今のお前は見てられないんだよ」

「はい?」

 

 こいつは……何を言っている?

 

「……何を言っているのか分からないって顔だな」

「あぁ……」

 

 お見通しですか。

 

「やっぱり……お前は順調に『侵食』されてるみたいだな…」

「侵食?」

 

 一体何に?

 

「ま、お前みたいな鈍感野郎には直に言わないと分からないだろうな」

「……………」

 

 何を言うつもりだよ…。

 

「お前、自分がおかしいって思わないのか?」

「おかしい? 俺が?」

「そうだ。今まで自分がどんな目に遭ってきたのか、思い出してみろ」

「今まで……」

 

 そう言われても……。

 ディナイアルに乗って訓練をして、山本さんやピーノと出会って…それで……

 

「お前……強姦されたんだぞ? しかも、一回や二回じゃねぇ」

「あ………」

 

 そう…だった……。

 俺は……あの親子に……。

 なんで思い出さなかったんだ?

 

「本当なら、PTSDになって精神疾患、いや、下手をすれば精神崩壊してもおかしくねぇ。最悪の場合、狂人になって壊れるか、自殺をしたかもしれない。恐怖に慄きながら暮らして、男性恐怖症なったって不思議じゃない。それなのにお前は……」

 

 俺は……。

 

「あんな目に遭ったって言うのに、一日経てば…いや、下手をすれば数時間でもう立ち直ってやがる。どう考えたっておかしいだろう?」

「お…れは……」

 

 どうして俺は………。

 

「しかも、あいつ等に対して憎悪の感情すらも抱いて無いように見えた。最初は抱いていたかもしれないが、今はどうだ?」

「……………」

「あいつ等が逮捕されたって聞いた時も、お前はそんなに心が揺れていなかった。普通なら、安心するとか、自分の手で罰を与えられなかったとか、そんな事を考えるんじゃないのか?」

「う……ん……」

「ついでに言えばな、嗅覚を取り戻したとはいえ、お前はまだ味覚と触覚を失ったままなんだぞ?それなのに、お前はなんにも無いように普通に生活している」

「それは……単純に慣れたから…」

「いくら慣れても、あそこまで違和感無く健常者と暮らせるかよ」

 

 確かに……そうかもしれない…。

 けど……それは……。

 

「それは…『家族や友達がいたから』…とか腑抜けたことを抜かすつもりじゃねぇだろうな?」

「!!!」

 

 心を読まれた?

 

「分かりすいんだよ。お前は」

「マジか……」

 

 ポーカーフェイスは上手だと思っていたんだけどな…。

 

「確かに、傍にいる奴らの影響は強いだろう。それでも、これはあまりにも異常だ」

 

 ……冷静になると、全く反論出来ない…。

 

「けど、侵食って……」

「今のお前は、『あいつ等』のいいように心を造り変えられてる(・・・・・・・)んだよ」

「あいつ等…? それに、造り変えられてるって……」

「わかんねぇか? あの時…お前に語りかけてきた、ガキのような二つの声だよ」

「あれか……」

 

 オリジナルの織斑千夏を殺した……あの……!

 

「どんな酷い目に遭っても、お前の心はすぐに正常な状態…デフォルトに強制的に戻される(・・・・)。あいつ等の目的に、余計な感情は不要だからな」

 「も……戻される……?」

 

 俺の心は……『奴等』に操られてるのか…?

 

「今のお前は『強くなる』事にご執心の筈だ。違うか?」

「うぐ……」

 

 バレてる……。

 

「それが奴等の狙いだ。余計な事を考えず、とことんまでお前を強者にしようとする」

「なんで……?」

「さぁな。それが分かれば苦労しねぇよ」

 

 この様子……本当に知らない、いや…分からないようだな。

 

「でも、ムカつくことに、だからこそお前は今こうしていられるんだよな…」

「お前……」

 

 唇を噛み締めて、苦しそうにしている…。

 彼のこんな顔を見るのは……なんだか嫌だな…。

 

「もしも、あいつ等の精神改変が無かったら、とっくにお前は終わってただろうし……。くそっ……! 皮肉ってもんじゃねぇぞ…!」

 

 ……情けない…。

 俺は結局、とことんまで誰かの人形なのか……。

 

「はぁ……仕方ない。本当はしたくなかったが、背に腹は代えられねぇ…か」

 

 な……なんだ?

 急に彼がこっちに来たぞ?

 

「最初に謝っておく。悪いな」

「へ? ……むぐっ……」

 

 いきなり『あごクイ』をされたかと思ったら彼にキスされた。

 

「…………」

 

 あまりにも急なことに、頭が真っ白になった……。

 

「……っ」

 

 我に返った俺は、急いで彼を突き放した。

 

「何をするんだ、いきなり」

「だから、さっき『悪い』って言ったじゃねぇか」

「いきなりキスをするなんて、誰が予想するか」

 

 はぁ……俺ってどうしてこうも無防備なんだ……。

 

「泣くなよ」

「泣いてない」

「ほんと……面倒くせぇ……」

 

 どの口が言うか。

 

「お前に俺の『因子』を植え付けた」

「因子?」

「これで、いざという時に備えられる」

「備える?」

 

 また訳の分からないことを……。

 

「『あいつ等』の前では、ブリュンヒルデも天災兎も無力に等しいからな。こうして『裏』から手を回すしかない」

「裏って……」

 

 頭が混乱して、ついていけないんですけど……。

 

「もう用は終わりだ。そろそろ戻れ」

「戻れって言われても……」

 

 どうやって戻れと?

 

「喝っ!」

「うっ!?」

 

 首の辺りに衝撃が……。

 当身ってやつか…。

 

「ジュンヤ」

 

 え?

 

「俺の事は『ジュンヤ』と呼べ」

 

 ジュンヤ……。

 

 彼の名前を心の中で呟きながら、再び俺の意識は真っ黒になった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

「……なつ!」

 

 ん……?

 

「千夏!!」

「んん……?」

 

 目を開けると、目の前には簪の顔。

 そして、周りは見慣れた簡易ハンガー。

 

「目が覚めた?」

「あ…あぁ……」

 

 そうか……仮眠してたんだっけ。

 

「あれ?オルコットさんは?」

「彼女なら、出番になったから行った」

「そっか……」

 

 悪いことをしたかな…。

 

「千夏…なんだか魘されてたけど、嫌な夢でも見たの?」

「夢……」

 

 そういえば、なんか大事な『夢』を見ていたような気が……。

 なんだっけ?

 

「まぁ…いいか」

 

 忘れるようなら、案外どーでもいいことなのかもしれない。

 

「もうどれぐらい進んだ?」

「結構終わってる。私はまだだけど、千夏はもうすぐかもしれない」

 

 どうやら、かなりの時間を寝てたみたいだな。

 お蔭でスッキリしたけど。

 

『受験番号172番。織斑千夏さん。これより実技試験を開始します。速やかに第4ハンガーまでお越しください』

 

 出番か。

 でも、第4ハンガー?

 ここじゃないのか?

 

「どうやら、ステージが空いたら、誰でもいいから早くやってしまおうって考えたみたい。実際、オルコットさんもさっき第2ハンガーに行ったし」

「なるほどな」

 

 それだけ急いでいるってことなんだろう。

 なら、俺も早くしなくちゃな。

 

「じゃあ、行ってくる」

「うん。頑張ってね」

 

 簪に見送られながら、俺は第4ハンガーへと向かった。

 

 移動の際、俺に対する視線が凄かった。

 

 久し振りに視線が痛かった…。

 

 さて、どんな人が試験官なのかな…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いくら大事な話をしても、忘れたら意味が無い。

ここら辺は双子そっくりなのかもしれません。

ま、もう暫くは『嵐の前の静けさ』を楽しんでもらいましょうか。


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第30話 受験(実技編)

なんか、もうすぐ私が住んでいる長崎を初めとした九州に台風が上陸するそうです。

今のところはそんな気配はないですが、後になってから後悔しないように、ちゃんと台風対策をしておかないと……。

九州にお住いの皆さんも、どうか気を付けてください。







 俺の名前が放送で呼び出されて、俺は指定された第4ハンガーへと向かった。

 

 中の構造自体は、俺が先程までいた第1ハンガーとさほど違いは無かったが、雰囲気が違った。

 

 俺が入ってきた途端、全ての視線がある一点に集中したのだ。

 その視線の先は、もちろん俺。

 

ある程度の予想はしていたが、やっぱり……俺に対して色々と思うことがあるようだ。

 

「ねぇ……あの子が……」

「あの会見に出てた……」

「うん。やっぱり受験してたんだ…」

 

 ……別に何を言おうとも、それはそっちの自由だが、せめて堂々と言えないものか。

 

 それとは別に、俺を見つけた係の人がやって来た。

 

「織斑千夏さんですね」

「はい」

「あそこに見えるカタパルトから、試験用のステージに出られます。準備が出来たら、ISに搭乗してあそこから発進してください」

「分かりました」

 

 ふむ……本来ならば、ここで他にも色々と説明があるのだろうが、俺にはそれは無いようだ。

 多分、予め俺が専用機を所持していると聞いていたんだろう。

 それとは別に、俺には細かい説明が必要ないと判断したのかもしれない。

 俺が委員会代表なのは周知の事実だしな。

 

 自分の腕に装着されたディナイアルの待機形態である腕輪をそっと触る。

 すると、ほんの少しだけ腕輪が光ったような気がした。

 

 一回二回とゆっくりと深呼吸をした後、カタパルトに向かって歩るきだした。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 関係者のみが立ち入ることを許可された採点者室。

 ここからはモニターで各ハンガーとステージの様子を見ることが出来る。

 勿論、IS学園の教師である千冬もここにいた。

 

 第4ハンガーを映すモニターには千夏がゆっくりとカタパルトに向かって歩いていく様子が映し出されている。

 

「先輩」

「真耶か」

 

 千冬の後ろには、緑の髪にメガネをかけた、少し幼い顔立ちの女性が立っていた。

 

 彼女の名は『山田真耶』。

 千冬と同じIS学園の教師で、嘗ては日本の代表候補生だった。

 つまり、千冬の後輩にあたる女性ということだ。

 

「次は先輩の妹さんの試験でしたね」

「ああ。確か、お前が相手だったな」

「はい。世界初の委員会代表……どれほどの腕前か楽しみです」

 

 そう言い放つ彼女の顔は、うっすらと笑っていた。

 それは間違いなく、歴戦の戦士の顔だった。

 

「楽しむのは勝手だが、足元を掬われても知らんぞ」

「身内贔屓ですか?」

「そうかもな。だが、それを抜きにしても、千夏の実力は未知数だ」

「と…言いますと?」

 

 千冬の顔が急に真剣みを帯びて、周囲に緊張が走る。

 

「あいつは…未だに成長途中だ。だが、それでも既に代表候補生レベルはとっくに凌駕している」

「つまり…?」

「お前との戦いで、また成長するかもしれないということさ」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 準備を終えて、私は第2世代型の量産型IS『ラファール・リヴァイヴ』を纏って、試験用のステージに降り立ちました。

 

 すると、その直後に向かい側のハンガーから全身が漆黒に染まった全身装甲型のISがやってきました。

 胴体はおろか、その顔面すらも完全に覆い尽くした機体。

 黒に金といったカラーリングが、不思議な存在感を放っています。

 後頭部から出ている真っ白な髪の毛に妙な違和感がありました。

 

「貴女が……織斑千夏さん…ですか?」

「そうですが……それがなにか?」

「いえ……ちょっとした確認です」

 

 構造上、彼女の表情は窺えないが、それでも、カメラアイから見える目はじっとこちらを見据えている。

 まるで、私の全てが見られているような錯覚になってしまいました。

 

(……なるほどな)

 

 その目、その雰囲気、それだけでも彼女が織斑千冬の妹と言われて納得するには充分すぎるほどの材料でした。

 確かによく似ている。

 こうして対峙していると、それがよく分かりました。

 

「私は試験官の山田真耶と申します。事前に何か確認することはありますか?」

 

 一応、殆ど定型文となったセリフを言います。

 すると、彼女は顎に手を当てて考えるような仕草をしました。

 彼女自身は真剣なんでしょうが、あの姿ではどうにも滑稽に見えてしまう。

 

「この試験の様子は、他の試験官の方々にも見られているんですか?」

「はい。私だけではなく、様々な視点で貴女を採点しなくてはいけませんから」

「成る程。了解しました」

 

 納得したのか、彼女は両腕を自由にしてダランと下げた。

 

 自分の姉にも見られていると分かったせいか、一気に彼女の空気が変化しました。

 言うなれば……そう、まるで本気モードになった先輩が目の前に立っているような……そんな錯覚を覚えます。

 

「では、これより試験を開始します。準備はよろしいですか?」

「はい。問題ありません」

 

 ブー! …と言うコールが鳴り、試験が開始されます。

 

 ですが、彼女は動く様子がありません。

 他の子達ならば、慌てたようにすぐ動き出したのに…。

 やっぱり、ちゃんとした訓練を受けているということですか。

 

(……ならば!)

 

 まずは小手調べといきましょうか。

 

 私は右手にアサルトライフルを展開させて、彼女に向かって撃つ。

 一発ではなくて三発程。

 

(さぁ……どう反応しますか?)

 

 回避か。

 それとも防御か。

 

 ですが、彼女はそのいずれもしませんでした。

 

 刹那、千夏さんの右手が高速で動き、数瞬の後に止まりました。

 その手は握られていて、まるで何かを掴んでいるようだった。

 

「まさか……」

 

 そんな筈はない。

 まだ14~5歳ぐらいの少女に、そんな芸当が出来る筈がない。

 そう思う私の心を、目の前の彼女は簡単に裏切った。

 

 スローで開かれた彼女の手から零れ落ちたのは、私が先程撃ったアサルトライフルの弾だった。

 カランカラン…と金属特有の甲高い音を響かせて、地面に三つの弾丸が落ちる。

 

「………舐めてます?」

 

 その一言から感じたのは『怒り』。

 

 自分に対して遠慮も手加減も不要。

 本気で来てほしい……そう言っているようでした。

 

「……すみませんでした。ここからは本気でします」

「お願いします」

 

 試験が始まって、千夏さんが初めて構えた。

 

「今度は……こっちからいきますね」

 

 次の瞬間、千夏さんが眼前から消えた。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 油断をしたつもりはない。侮ったつもりもない。

 だけど、それでも……

 

(疾い……そして、鋭い!!)

 

 千夏さんの専用機……ディナイアルと言うらしいが、あの機体には手持ちの武装が無い。

 だから、遠距離戦に持ち込めば大丈夫。

 そう思っていた数秒前の自分を叱咤してやりたい。

 

「ふっ!」

「くっ…!」

 

 千夏さんの拳が私の顔の横を通過していく。

 更に、彼女の蹴りが胴体を掠る。

 

 先程から、私は防戦一方になり翻弄されている。

 

 距離なんて関係ない。

 射程なんて関係ない。

 

 圧倒的なスピードの前には、二人の間に開かれた距離なんて無意味なのだ。

 

 こうして戦っているとよく分かる。

 このディナイアルという機体は、最初から遠距離での戦闘を想定していない(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 この機体は、先輩の『暮桜』と同様に、極端なまでに近距離戦、より正確に言えば、格闘戦に特化している!

 

 今はまだ致命的なダメージは受けていないが、それも時間の問題かもしれない。

 私が彼女の攻撃を避けられているのは、単純に経験値の差に過ぎない。

 もしもそれが埋まってしまえば、私は簡単に負けるだろう。

 

 成る程、先輩が危惧するのも納得だ。

 もしも千夏さんがこの試験中に経験を埋めるほどの成長をしたならば、その瞬間に試験は終わる。

 

 途端、千夏さんの攻撃が止まる。

 

 彼女は距離を離して大きく呼吸をしている。

 

「フー……フー……」

 

 息吹。

 

 丹田を力を入れるように呼吸をして、気を溜める技。

 やはり、彼女はとことんまで武術を訓練してきたようです。

 

「……ギアを上げるか」

「え?」

 

 ギア……?

 まさか、あの子はまだ本気じゃなかったと?

 

「バーニングバーストシステム……発動」

 

 彼女が呟いた瞬間、ディナイアルの各部に設置されたクリアパーツが紫色に発光し、 同時に両肩や両腕から蒼い炎が噴出する。

 更に、後頭部からも炎が出て、彼女の髪の毛を包み込む。

 

 ステージ内の気温が一気に上昇する。

 思わず頬に流れた汗を腕で拭う。

 

 瞬間、私の腹部に衝撃が走る。

 

「ぐ…はぁっ……!?」

 

 何が起こったのか、本気で分かりませんでした。

 

 必死に目線を目の前に向けると、そこには……

 

「掌…底……!」

 

 炎を纏った掌底を私の腹部に当てている千夏さんがいました。

 

(見えなかった……!?)

 

 スピードがいかに驚異的とはいえ、さっきまでは何とか見切れていた。

 けど、今度は違いました。

 速さが完全に別次元の領域になっている。

 

 いつの間にか右手を振りかぶっている千夏さんを見て、私は既に左手に展開している近接ブレードの【ブレッド・スライサー】で拳を止めようと試みました。

 ですが、それは完全に悪手でした。

 

 動かすのが早かったのか、なんとか防ぐことには成功しました。

 ですが、すぐに様子がおかしいのが分かった。

 

「こ…これはっ!?」

 

 防いでいるスライサーの刀身が、あろうことか熱で溶けかけていた。

 炎を纏ったその拳は、想像以上の熱量を持っているようでした。

 

 無理だと分かっていても、この攻撃は避けるべきだった。

 この炎はあらゆる防御を無意味なものとする。

 必然的に、相手の選択肢を『回避』の一択にしてしまう。

 

 パワーと熱に押され、私は徐々に後ろへと下がっていく。

 

 もうスライサーは使えないと判断した私は、咄嗟にそれを捨ててから後ろにブースターを拭かせて離れた。

 

「これなら!」

 

 右手に残ったアサルトライフルで果敢に接近してくる彼女を迎撃しようとしたが、それすらもディナイアルの炎の前では無駄だった。

 

 千夏さんの全身が炎に包まれて、まるで炎のバリアーのように彼女の体を覆い隠した。

 

 その炎に弾丸が命中すると、その弾丸すらも溶けてしまった。

 

「弾すらもっ!?」

 

 あの炎は攻撃だけでなく防御にも応用が可能なんですか!?

 

 こっちが驚愕している間に、千夏さんが一気に間合いを詰めてきた。

 

 反射的にアサルトライフルの銃身で攻撃を凌ごうしたが、それは手首の部分から伸びたビームソードによって一刀両断されてしまった。

 

 その場で一回転するようにして、千夏さんは再度攻撃をしてきました。

 

 紫に光る刃が私の首に迫る。

 この攻撃は回避出来ない…!

 そう思った……次の瞬間。

 

『そこまで!!』

 

 突然、先輩の声がステージ全体に響きました。

 

『お前の技量は充分に見せてもらった!これにて実技試験を終了とする!!』

 

 光の刃が私の首に触れる直前で止まっていた。

 

 暫くの間……私達は動けませんでした。

 

「「…………」」

 

 無言の時間が過ぎます。

 

 私は少しも動けずに、彼女もまた動きません。

 

 数秒の後、ビームソードが収納されます。

 そして、千夏さんが動いて炎も消えました。

 

「ふぅ……」

 

 彼女が戦闘態勢を解いたのを確認して、ようやく私も動けました。

 

「え…えっと……その……」

「山田さん」

「は…はい?」

 

 な…名前を呼ばれた?

 

「ありがとうございました。では、これで失礼します」

「ど…どうも…。お疲れ様でした」

 

 綺麗なお辞儀をした後、千夏さんは静かに去って行きました。

 

 後に残されたのは、呆然としてしまった私だけ。

 

『どうした真耶。早く戻って来い』

「あ……はい!」

 

 本当に強かった……。

 それ以外の感想が浮かばない。

 

「あ」

 

 戻る途中で思い出したけど、確か彼女ってさっき緊急で試験をした『彼』の双子の姉だって先輩が言っていたっけ。

 

 なんて言うか……

 

「不思議な姉弟だなぁ……」

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 き…緊張したぁ~……。

 

 ぶっちゃけ、夢中で動いていたから、途中で言ったことや行動の一つ一つとか全く覚えてないよ。

 

 ハンガーに戻ってISを待機形態に戻すと、一気にドッと疲れがきた。

 

(い…一応、前世での面接の経験を活かして挨拶とかしたけど、大丈夫だったよな…?)

 

 多分、こういうのは試験の内容だけじゃなくて、その前後の態度とかも評価の対象になっている筈。

 ちゃんと俺は出来ていただろうか。

 

 相手をしてくれた人はなんだか同い年に見えたけど、あの人も姉さんと同じようにIS学園の教員なんだろうか?

 だとしたら、IS学園の先生って凄いんだな。

 

「あの山田って人……強かった」

 

 最初はバーニングバースト抜きでもいけると思っていたが、それは俺の慢心だった。

 実際、能力無しでは直撃を一度も当てられなかった。

 まるで、マタドールに翻弄される闘牛になった気分だった。

 

 バーニングバーストを使ってようやくまともに攻撃を当てられた。

 そこからは完全にこっちのペースだったが、それは明らかにバーニングバーストとアシムレイトの恩恵だ。

 

 それが無ければ、間違いなく俺は負けていた。

 いや、そもそもこの試験に勝ち負けが必要あるのか疑問だけど。

 

 だって、ここに来ているのは大半が今までISに触れたことも無い一般人の少女達だ。

 まともに動かすどころか、ちゃんと歩いたり出来るだけでも充分だろう。

 

 そんな状態で試験官に勝利するって、一体どんな無理ゲー?

 

 俺のように訓練を受けた人間が受験する方がレアなケースなんだ。

 だからこそ、俺の評価はかなり厳しめに下されることだろう。

 

「……まだまだ、精進あるのみ…だな」

 

 こんな状態では、ブリュンヒルデへの道はまだ遠いな……。

 

 俺はまだ……弱い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




受験だけでどんだけ話を繋ぐんだって感じですよね。

これも全て、私の文才の無さと未熟さの致すところ。

本当にすいません。

多分…次回で受験の話は終わります。

……終わるといいなぁ~。


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第31話 試験終了

RGのユニコーンを購入しました。

……遂にガンプラもここまで来たか……ってのが、素直な感想でした。







 筆記、実技共に終了した俺は、取り敢えずは簪とセシリア(名字で呼んでいたら、自分の事も簪と同じように名前で呼んでほしいと言ってきた)を待つことにした。

 

 セシリアは俺よりも先に実技試験が開始されたせいか、俺が終わってからすぐにやって来た。

 そして、簪はそれから10分後くらいに終わった。

 

 試験自体は実技が終了し次第帰宅してもよいとなっていた為、俺は試験会場の出入り口まで二人と一緒に行き、そこで別れた。

 

 ピーノが車で待ってくれている駐車場まで急いでいくと、中ではシートを倒した状態で眠っている彼がいた。

 どうやら、相当に待たせてしまったようだ。

 ま、実際にかなりの時間が掛かったからな。

 

 窓をコンコンと叩くと、こっちに気が付いてくれて、すぐに助手席のドアを開けてくれた。

 

「ごめん、待たせた」

「気にしてないよ、ずっと寝てたし。それよりも、試験はどうだった?」

「まぁ……そこそこ…かな?」

 

 手応えがあるような無いような……そんな感じ。

 俺の場合はあくまで試験を受けるのは恰好だけなんだけど。

 

「ん? 一夏はまだ来てないのか?」

「そうみたい。君が最初だよ」

「そうか……」

 

 おかしいな……。藍越学園は別に実技とか無いから、絶対にこっちよりも早く終わる筈なんだが……。

 

 この状況に疑問を感じながら車に乗ろうとすると、会場の入り口から一夏と一緒に千冬姉さんも一緒にやって来た。

 

「…姉さん?なんで……」

 

 千冬姉さんは試験官の一人としてここに来てるんだから、色々と後処理があるんじゃ……。

 しかも、なんか一夏の表情が優れないし……。

 もしかして、試験にあんまり手応えが無かったとか?

 

「どうして姉さんが一夏と一緒に?」

「それなんだがな……」

 

 姉さんが口ごもるとは珍しい。

 いつもはハキハキとした物言いなのに。

 

「…事情があってな、今日は先に帰らせてもらうことにしたんだ」

「それと一夏が一緒にいるのとどう関係が?」

「……お前が実技試験を受ける直後に話したと思うが、それに関しては家に帰ってから説明したいと思う」

「……………」

 

 いつにも増して真剣な目をしている姉さんと、その隣で俯いている一夏。

 これを見たら、嫌でも何かがあったとしか思えなくなる。

 そして、それはこの場では決して言えないような内容であることも。

 

「そういうわけだ。悪いが、私も一緒に乗せていってもらえるか?」

「お安いご用です。寒いですから、早く乗ってください」

 

 あ、そういや車のドアを開けっ放しにしていたんだった。

 これでは車内の気温が下がる一方だ。

 

 俺達はピーノに促されながら、急いで車に乗った。

 俺が助手席で姉さんと一夏が後部座席。

 

 家に着くまで、車の中はずっと静かだった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 家に着く頃には外はすっかり暗くなっていて、街灯の明かりが眩しく輝いていた。

 

 自宅の前に車を止めてから、一言二言話してからピーノは去って行った。

 

 家には行ってからは、まずは自室に戻ってから着替え、部屋着になった。

 そうして居間に行くと、既に一夏と姉さんも部屋着になってテーブルに座っていた。

 二人とも、相変わらず深刻な表情になっている。

 

「……で? どうして二人揃ってそんな顔になっているんだ? 訳を教えてほしい」

 

 いつもは会話に混ざる側の俺が、今回に限り会話を始める側になっている。

 だって、二人とも俺が話し始めないと、ずっと黙っていそうな雰囲気を醸し出していたから。

 

「千夏姉……実は…俺……」

「いや、これは私から話そう」

「千冬姉……」

 

 ……本当になんなんだ?

 全く状況が読めん。

 

「千夏……今から信じられないようなことを言うかもしれんが、まずは黙って聞いてほしい」

「わ…分かった」

 

 信じられないような事って……。

 

「実はな……」

 

 ゴクリと思わず唾を飲む。

 

「…………一夏がISを動かしてしまった」

 

 …………はい?

 

 反射的に一夏の方を見ると、向こうもこっちを見ていた。

 

「…本当か?」

「うん……マジ」

 

 ……それに対して、俺はなんて反応しろと?

 

 いや……正確に言えば俺も生物学上は男な訳で、ある意味では似た者同士ではあるんだけど……。

 

(俺と違って一夏は姿形も全てが正真正銘の男だもんな……。俺の時のような『もしかして』なんて言い訳は通用しないか……)

 

 しかし、これでハッキリした。

 道理で姉さんや一夏が暗い顔をしている筈だ。

 いきなりこんな事が起きれば、流石の姉さんでも動揺は隠しきれないし、当事者である一夏はもっと気が重いだろう。

 

「…一応、どんな経緯でそうなったか教えて貰えるか?」

「あぁ……」

 

 一夏の口からISを動かすまでの事を教えて貰った。

 簡単に言ってしまえば……

 

 会場内に入ったはいいが、そこから道に迷ってしまい、そこから適当に歩いて行くと一つのドアがあって、思わずそこに入ると中には一体のISが鎮座していて、好奇心に負けて触れてしまった。

 すると、あら不思議。

 何故かISが起動したじゃありませんか。

 しかも、タイミング悪くそこに係員の人が来たからさぁ大変。

 気が付けば、彼はIS学園の試験会場にいましたとさ。

 

「……一言だけ言わせてもらっていいか?」

「どうぞ……」

「……お前……真正の馬鹿だろ」

「うぐっ!」

「会場まではちゃんと道標が壁に貼ってあった筈だ。実際、こっちの会場にはちゃんとあったし」

「緊張してて、キチンと見てなかったかも……」

「それに、ISを見た途端になんで引き返さなかった? ISがある時点でそこは藍越学園の試験会場じゃないって分かるだろ?」

「それは分かったけど……戻る前に記念に少しだけ触っておこうと思って……」

「その結果として動かしてしまってはな……。触らぬ神に祟りなし…って言葉を知らないのか?前々から思っていたが、お前はもう少し危機感と言うものをだな……」

「うぅ……千夏姉の説教がまた始まった……」

「おい、ちゃんと聞いてるのか?」

「は…はい!」

「ったく……そもそもだな、迷ったらまずは誰かに道を聞くぐらいの事は……」

 

 こうなったらもう自分でも止められない。

 思ったことをとにかく言いまくった。

 千冬姉さんが顔を青くしてこっちを見ているが、今は無視。

 いい機会だから、今まで言えなかったことを言ってしまおう。

 

「ち……千夏? もうその辺で……」

「あ?」

「いや…なんでもない」

 

 なんでもないなら、話しかけないでほしい。

 

 それから小一時間ほど説教すると、一夏はぐったりとしていた。

 

「ち……千夏! 一夏のHPはもう0だ!」

「はぁ……。今回は姉さんに免じて、この辺で勘弁してやる」

「……次回もあるのか」

「当然だ」

 

 この一回で終わると思ったら大間違いだ。

 

「実際問題、これから一夏はどうなるんだ?」

「上の方と色々と協議した結果、まずは安全の確保の為に一夏にはIS学園に通ってもらうことになった」

「だろうな」

 

 俺も入学に備えて芳美さんから学園のパンフレットを貰ったけど、確かあそこは一種の治外法権のような場所になっていて、一度入学さえしてしまえば、そこの生徒に対して外部からの強制的な接触や圧力は出来ないような校則があった筈。

 多分、そこには一言では言えないような色々な事情があるんだろうが、今考えても仕方が無いので、まずは頭の片隅に置いておく。

 

「そこでだ、千夏に頼みがある」

「なんとなく想像はついているが……なんだ?」

「入学までの間、一夏にISの知識を少しでも叩き込んでやってくれ」

「えぇっ!?」

 

 おい、なんでそこで嫌そうな顔をする。

 そんなに俺から勉強を教わるのが嫌か。

 

「千夏姉ってスパルタって言うか……」

「スパルタの何が悪い」

 

 少なくとも、甘やかすよりはよっぽどマシだ。

 

「それは知っている。だがな、実際にIS学園に行けば、千夏のスパルタ教育が天国に思えるような授業が待っているぞ」

「嘘っ!?」

 

 なんたって倍率1万倍だしな。

 あそこは名実共に超エリート校だし。

 入るだけでも一苦労って言われてるぐらいだしな。

 

「ハッキリ言うが、予備知識が何もないままでは、速攻で落第確定だ」

「マジかよ~……」

「それに加え、あそこでは実技の授業も行われる。文武両道に頑張らなくては、到底やってはいけないぞ」

「スゲ~んだな……IS学園って……。千夏姉はそこに入ろうとしてるのかよ…」

「千夏も少々特殊な事情があるが、今は置いておくか」

 

 俺に関しては後で説明すればいいしな。

 

「ん? 今思い出したが……会場から一夏と姉さんが一緒に出てきたということは……」

「…もう隠しきれないからな。話したよ」

「そうか……」

 

 これで一夏も姉さんがIS学園で教師をしていると知ったわけか。

 

「驚いたぜ。まさか、千冬姉がいつの間にか教師になっていたなんて」

「黙っていて済まなかった。私もいつか話そうとは思っていたんだが……」

「今更いいよ。俺だって話してくれなかったのは少しショックだったけど、そこにだって『大人の事情』ってやつがあるんだろう?」

「まぁ……な」

 

 大人になるってことは、自由と同時に枷も増えるってことなんだよな……。

 

「そんな訳だから、早速明日から頼む」

「了解。ま、時期的には丁度いいかもな」

 

 受験シーズンであるこの時期は、三年生は自由登校になっているから。

 ぶっちゃけ、結果が出るまでは時間はタップリある。

 

「多分、教科書や参考書などの類は近日中に届くはずだ。……分かってはいると思うが、無くすなよ?」

「は…はい」

 

 一夏の事だから、電話帳と間違って廃品回収に出しそうだな。

 ちゃんと俺が見ておかないと……。

 

「じゃあ、もうこの話はおしまいだ。一夏、ますは風呂を沸かそう」

「ならさ、俺は夕飯の支度をするから、千夏姉に風呂を頼んでもいいか?」

「任せろ」

 

 俺と一夏はそれぞれに家事を分担して、適材適所で行動する光景はもはや織斑家では日常茶飯事になりつつある。

 だが、俺はこんな何気ない日常が好きだ。

 欠陥だらけの体を持つが故に、せめて普段の生活ぐらいは『普通』を演じたいと思うのは…傲慢だろうか?

 

 とんでもないトラブルはあったものの、こうして姉弟が揃って過ごすのは久し振りだったため、この日は家族水入らずで過ごすことが出来た。

 怪我の功名…と言うんだっけ?確か……。

 違うか。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 次の日から早速、俺は一夏に自分が知っているISの知識を教えることにした。

 

 と言っても、実際に入学するまでは俺にも訓練があるため、出来る時間は限られているが。

 

 時間が許す限り可能な範囲で教えてはいるが、なんとも覚えが悪い。

 前からこいつは脳筋な部分があり、頭よりも体で覚えるタイプだった。

 特に計算系は苦手中の苦手で、数学なんて俺や鈴が教えなければ間違いなく悲惨な目に遭っていただろうことは想像に難くない。

 

 そうしていく内に時間は過ぎていって、あっという間に中学の卒業式が終わった。

 因みに、卒業式には姉さんの他にも山本さんを初めとした東友会に人達に組長さん、芳美さんとピーノも来てくれた。

 

 特に東友会に組員の人達は何故か俺を見て号泣していたっけ。

 なんでだ?

 いつの間にか「お嬢」って呼ばれてたし…。

 

 そして、季節は春になり、入学シーズンの到来。

 

 俺と一夏はIS学園へと入学をする。

 ここで何が待っているのか……不安と楽しみが半々と言ったところか。

 一夏は不安の方が多いかもしれないが。

 

 そう言えば……少なくとも、ここには簪とセシリアがいるんだったな。

 一緒のクラスになれると嬉しいのだが……。

 

 

 

 




やっと原作開始です。

ここまで来るのに31話って……。

今度発売するスターバーニングガンダムやGMで癒されよう……。


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セラフィムの果実
第32話 新たな門出


ビックリした? ねぇ、ビックリした?

まさかの連載再開だよ。






 寒かった冬から、暖かな陽気に移り変わった春。

 俺と弟である一夏は、IS操縦者を養成する育成機関『IS学園』へと入学した。

 

 春休みの間は、その殆どが一夏の勉強で潰れてしまった。

 一度スイッチが入ればスラスラと覚えていくのだが、そこに到達するまでが大変だ。

 だから、こいつに勉強を教えるだけで本当に一苦労だった。

 幾ら私が異常者とは言え、そこら辺は健常者と同じ感覚だから。

 

 で、無事に入学式を終えた俺達はと言うと、案内に従ってこれから自分達が一年間通う事になる教室にいた。

 既に全員が着席していて、後は担任が来るのを待つばかりとなっている。

 

「ち……千夏姉……」

「不安そうな顔でこっちを見るな。ちゃんと前を向いていろ」

「でもさ……」

 

 この学園で唯一の男子である一夏の存在は相当に珍しいようで、クラスの殆どの女子達が一夏の事をさっきからチラチラと見ていた。

 本当はここに、もう一人の男子がいるんだがな。

 俺の場合は見た目の性別は完全に女だから、カウントはされないか?

 

 そんな、少しだけザワついている教室の中で、ほんの数名だけ沈黙を守っている者達がいる。

 まずは俺。一夏のお蔭で俺に向かう視線は殆ど無いので、街中と比べて実に快適だ。

 出来ればもう二度とサングラスは掛けたくない。

 最近はサングラスに加えてマスクもつけないといけなくなってきたからな。

 

 二人目は、窓側の一番前の席に座っている黒髪ポニーテールの女子。

 なんて特徴だけを言えば意味不明だが、簡単に言ってしまえば成長した箒だ。

 

(まさか、彼女がここに入学してくるとは思わなかったな)

 

 いや、これも例の保護プログラムとやらのせいか?

 だとすれば、箒もここでは肩身が狭いかもしれない。

 なんとか話が出来ればいいのだが。

 

 三人目は、俺がいる席の一番後ろにいるセシリア。

 前に一緒のクラスになれればいいと思っていたが、まさか本当に一緒になれるとは。

 俺の事を見た時のセシリアは実に嬉しそうにしていたな。

 少しだけ残念なのは、簪が別のクラスになってしまった事か。

 彼女のクラスは四組らしく、ここからでは少し遠い。

 せめて一組か二組ならば、すぐに会いに行けるのだが。

 でも、こればっかりは仕方がない。素直に諦めて、来年一緒のクラスになれるように祈ろう。

 

 試しに少しだけ後ろを見ると、眩しい笑顔でこっちに手を振るセシリアの顔が。

 まぁ、高校入学時に既に顔見知りがいるのは普通に大きいアドバンテージだ。

 

 四人目は、これまた窓際の真ん中辺りの席に座っている独特の雰囲気を醸し出している女子で、何故か袖が長くなって手が見えない。

 さっきからずっと菓子を食べているが、いいんだろうか?

 

(問題は、ここの担任が誰になるかだな)

 

 親しみやすい先生だと、こっちも多少は助かるのだが。

 これもまた運頼みになってしまうな。

 

 暇なので、今度は箒の方を見てみることに。

 すると、彼女は驚いた表情をした直後にそっぽを向いてしまった。

 流石に年月が経ち過ぎてしまったか。

 無理もない。箒と最後に分かれた時は、まだ俺の髪は黒かったからな。

 今のように白くなってしまっては、俺の事なんて分かる筈もないか。

 

 

「な……なぁ……千夏姉……」

「今度はどうした」

「やっぱさ……一番最初は自己紹介とかすんのかな……」

「多分な」

「俺、頭が真っ白で何言っていいか分かんねぇよ……」

 

 そこまで追い詰められてるのか、こいつは。

 女所帯に男一人では精神的にも辛いのかもしれないが、こればかりは耐えてもらうしかない。

 とはいえ、ここで突き放すのも姉としてどうだろうか。

 

「別に難しい事じゃないだろう。普通に名前と趣味か特技を言って、その後に『よろしくお願いします』って言え。後はすぐに座れば大丈夫だろう」

「そ……そんなんでいいのかな……」

「今から会社の面接があるわけじゃないんだし、最初は無難でいいんだよ。これから嫌でも皆と顔を合わせて生活していくんだし。後の事はそれから考えればいい」

「そんなもんなのか……?」

「そんなもんだ。中学の時と一緒だよ」

 

 実際、中学入学時だって似たようなもんだった。

 あれからすぐに打ち解けて、友達が沢山出来ていったからな、一夏は。

 無駄にコミュ力が高いのがお前の数少ない特技だろうが。

 

「名前と特技と趣味……」

 

 一夏は頭の中で自己紹介の模擬練習を始めたようだ。

 その様子を後ろからのんびりと眺めていると、徐に教室の扉が開いた。

 

「皆さん、おはようございます! ちゃんと全員揃ってますね~!」

 

 これは驚いた。

 まさか、実技試験の時に戦った山田さんが一組の担任だったとは。

 あの人なら俺も抵抗なく話しかけられる。

 

「私は、この一組の副担任になる『山田真耶』と言います。これから一年間、よろしくお願いしますね」

 

 担任じゃなくて副担任だった。

 まぁ、俺にとってはどうでもいい事だ。

 彼女がここにいるだけで俺的には一安心できたから。

 

(しっかし、見事に誰も返事しなかったな……)

 

 いや、俺もしなかったんだけどな。

 このシ~ンとした状況で一人だけ声を出す度胸なんて俺には無い。

 あの会見を経験して、少しは成長したと思ってたんだがな。

 どうやら、それは俺の思い過ごしだったらしい。

 

(あ、目があった)

 

 ここで何の反応もしないのは可哀想なので、ちゃんと出来ているかどうかは分からないが、取り敢えず笑顔でも浮かべてみる。

 表情筋が仕事を放棄した俺の顔では、確実に硬い表情になっているだろうが。

 

「千夏さん……」

 

 俺の事を覚えていたのか。これまた予想外。

 

「では、今から皆さんに自己紹介をして貰います。出席番号順でお願いしますね」

 

 沈みかけた顔が元に戻り、山田先生は先生らしく教室を見渡して自己紹介をするように言ってきた。

 言われた通り、名前が『あ』から始まる子から自己紹介をし始めた。

 俺と一夏は揃って『お』なので、すぐに順番が回ってくる。

 別に俺は大丈夫だが、問題は一夏だ。

 さっきからずっとブツブツと何かを言い続けている。

 

「織斑くん? 織斑一夏くん? 聞こえてますか?」

「…………………」

 

 聞こえてない。全く聞こえてない。

 完全に自分の世界に入り込んでいる。

 はぁ……仕方がない。

 

「正気に戻れ。この馬鹿者が」

「ぐえっ!?」

 

 机の上に置いてある教科書の角で軽く一夏の頭をドつく。

 ちょっと鈍い音がしたが、気にする程でもないだろう。

 

「ち……千夏姉?」

「自己紹介。番が回ってきてるぞ」

「マジでっ!?」

 

 慌てて立ち上がる一夏だったが、その様子が面白かったのか、女子達がクスクスと笑っていた。

 

「弟がご迷惑をおかけしてすみませんでした」

「いえ、助かりました。ありがとうございます、千夏さん」

 

 先生に名前で呼ばれるってアリなのか?

 いや、同じクラスに双子である俺と一夏を一緒にしている時点で相当に異常だから、この程度の事はIS学園では日常茶飯事なのかもしれない。

 

「千夏って呼ばれてたわよね……あの子……」

「やっぱり、あの記者会見の子だったんだ……」

「最初は何かの見間違えか、そっくりさんかと思ったけど……」

 

 ヤバい。山田先生の発言で俺にも注目が集まりだした。

 一夏の自己紹介で中和できればいいのだが。

 

「えっと……織斑一夏と言います。家事全般が得意です。これからよろしくお願いします」

 

 無難。絵に描いたように無難。

 自分で言っておきながらなんだが、まさかここまで無難に攻めてくるとは思わなんだ。

 もうちょっとひと工夫とかすればいいのに。

 そんな事を考えている間に、一夏は速やかに着席した。

 その顔は、まるでダンジョン攻略を達成した冒険者のような顔になっている。

 あの程度の事で、何故にそこまで誇らしげになれる?

 

「それじゃあ、次は千夏さん。お願いできますか?」

「分かりました」

 

 山田先生に促されて立ち上がる。

 その瞬間、凄まじい速度で箒がこっちを振り向いた。

 後ろからはセシリアの視線も感じる。

 二人はどうして俺の事を凝視する?

 

「皆さんも既に承知の通り、IS委員会代表IS操縦者の織斑千夏と言います。委員会代表なんて肩書を持ってはいますが、実際にISに触れたのは今から一年前ぐらいになります。私自身はまだまだ頭の上に卵の殻を被った嘴の黄色いヒヨコです。故に、これから皆さんと一緒に少しでも研鑽していければ重畳の至りです。これから一年間、どうかよろしくお願いします」

 

 ここまで言ってから、俺は席に座った。

 ちゃんと一人称は『私』に出来たから、自分的には上出来だと思う。

 

「「「「おぉ~……」」」」

 

 周囲から拍手をされたが、そんなに感心する事か?

 これぐらい、誰でも出来るだろうに。

 

「流石千夏姉……場馴れしてるぜ……。もしかして、台本でもあったのか?」

「いや。即席で思いついたが?」

「俺の双子の姉が想像以上に凄かった件」

 

 別に俺は凄くない。

 本当に凄い人ってのは千冬ねえさんや山本さんや組長さん。

 もしくはピーノみたいな人間のことを指すんだよ。

 

「千夏さん……凄いです……」

 

 山田先生。仮にも教師である貴女まで感心してどうするんですか。

 

「先程から気になっていたのですが、どうして俺だけ名前呼びなんですか?」

「それはですね……」

「名字が同じでは紛らわしいからだ」

 

 ここで再び開かれる教室の扉。

 入ってきたのは忘れようもない女性。

 黒いスーツを見事に着こなしている我等が姉である織斑千冬だ。

 

「普通ならしないのだが、今回ばかりは特別に名前呼びにする事にした」

「よろしいので?」

「構わん。寧ろ、望むところだ」

 

 今、なんて言った?

 

「ち……千冬姉……」

 

 あ。その呼び方は今は拙いかも。

 

「織斑……」

 

 姉さんがその手に持った出席簿を大きく振りかぶって、そのまま一夏の脳天に勢いよく落とした。

 とてもいい音が教室中に響いたとだけ明記しておこう。

 

「プライベートならいざ知らず、学園では私の事は『織斑先生』と呼べ。分かったか」

「痛ぇ……」

「返事は?」

「了解デス……」

「千夏もいいな?」

「承知してますよ。織斑先生」

「うむ」

 

 私もこれからは発言に気を付けなければ。

 まだ頭にタンコブは作りたくない。

 

「織斑先生。もう会議は終了したんですか?」

「あぁ。山田先生、クラスへの挨拶を任せてしまって悪かったな」

「これぐらいならいつでもしますよ。なんたって副担任ですから。それに、千夏さんがフォローしてくれましたし」

「そうか。千夏、よくやってくれた」

「それ程でも」

 

 しれっと俺の頭を撫でた事は深く追求しない方がいいと、俺の中の何かが告げている為、ここは何も言わない事にする。

 

 教壇に移動した姉さんは、まるで学園ドラマに登場する女教師のように両手をついて、体を前のめりにする。

 

「私が一組の担任である織斑千冬だ。お前達ひよっこをこの一年で使い物にするのが私達の仕事となる。私だけでなく、先生達の話は全てよく聞いて、理解し糧にしろ。出来ない者には、ちゃんと出来るようになるまで指導をしてやる。別に私達の言う事に逆らうなとは言わないが、その時はそれ相応の覚悟をしておくように」

 

 なんと言う発言か。

 高校教師と言うよりは、まるで訓練学校の教官だな。

 いや、姉さんは過去に一度だけ教官経験があるんだった。

 つまり、姉さんは教官先生となるわけか。

 いいな……教官先生。語呂がよくていい響きだ。

 

 姉さんの発言後、急に女子達が落ち着きを無くし始める。

 この予兆は……。

 

「一夏」

「合点承知」

 

 こんな事もあろうかと、俺達は予め通販で買った高性能耳栓を装備して事態に備えた。

 

「――――――――――――――――――――――!!!!!」

 

 まだ触角は戻ってないから、直に肌で感じてはいないが、それでも座っているイスと机が振動で揺れている。

 それだけでも相当に凄い声なのが窺い知れる。

 この時ばかりは、自分の感覚器官が無くてよかったと思う。

 

 どうしてここまで興奮出来るのか。

 全くもって理解に苦しむ。

 姉さんが凄い人物なのは理解出来るが、ここまで声を荒げるような事か?

 

 暫くして振動が収まると、俺達はそっと耳栓を外した。

 よかった。教室はちゃんと静かな空間に戻っている。

 

「「ふぅ……」」

 

 あの数秒だけでかなり無駄に疲れた気がする。

 恐るべきは女子高生のパワーか。

 

(表向きは俺も女子高生だった)

 

 いや、俺にあそこまでのパワーは出せない。

 やっぱり現役女子高生は怖い。

 

「そういや、さっきあの二人、千冬様と親しげに話してなかった?」

「織斑君に至っては『千冬姉』って呼んでたし……」

「それじゃあ、あの二人って千冬様と姉弟ってこと?」

「羨ましいなぁ~……」

 

 こんな事で羨ましがられても困るんだが。

 にしても、早くも俺達の関係がバレてしまったか。

 遅かれ早かれ判明するんだし、俺としては一向に構わないのだが。

 って言うか、前に会見で似たような事を言った記憶がある。

 

「「あ」」

 

 ここで終了のチャイムが鳴った。

 まだ自己紹介が終わってないが、いいのだろうか。

 

「チャイムが鳴ったか。これでSHRは終了とする。まだ自己紹介が途中だったが、後はそれぞれに済ませておけ」

 

 それでいいのか先生。

 

「お前達にはこれからの半月でISの基礎知識を学んで貰う予定だ。その後に実習が控えているわけだが、その基本動作も同じ様に半月でマスターして貰う。分かったな返事をするように」

「「「「「はい!!!」」」」」

 

 ここは一応、俺も返事をしておいた。

 一人ぐらいしなくても問題なさそうだが、姉さんの場合だと声を聞き分ける可能性があるからな。

 

 こうして、俺と一夏のIS学園での生活がスタートするのであった。

 

 

 

 

 




約二年振りの更新ですよ。
 
まさか、こんな作品を待っている人がいるとは思わなかったので、本気でビックリです。

本当に気紛れなのですが、これからもこんな事が続いていくかもです。

次回は千夏と箒の再会。


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第33話 懐かしの再会

久々の再開に想像以上に反響があって驚きの私です。

そんな皆さんに朗報です。

私、少しだけやる気スイッチがONになりました。

もしかしたら、今年は新作を出さずにこれまでの作品を再開する形になるかもです。







「大丈夫か?」

「あぁ~……」

 

 一時間目の授業である『IS基礎理論』が終了し、一夏は机に体を預けながら頭から知恵熱による湯気を出していた。

 

「今回はマジで千夏姉に感謝するよ……。春休みを返上して千夏姉が勉強を教えてくれなかったら、絶対にここで瀕死レベルのダメージを負ってた……」

「そうか」

 

 一夏ではないが、確かにここの授業のレベルはかなり高い。

 そこら辺の進学校なんて目じゃない程に。

 正直に言って、私も委員会代表なんて立場にいなければ、間違いなく今の一夏と同様の状態に陥っていたに違いない。

 

「だが、こんなのはまだまだ序の口だぞ」

「分かってる……」

 

 最初の授業でコレなんだ。

 これから増々、授業のレベルがアップするのは想像に難くない。

 

(俺も、場合によっては山田先生とかに勉強を教えて貰う事を考慮しないとな……)

 

 どうしても、自主学習だけでは限界が来る。

 そんな時に一番頼りになるのは間違いなく先生達だ。

 特に山田先生なら、あの性格からして親切丁寧に教えてくれるだろう。

 

「で。弟よ」

「なんだ、千夏姉」

「さっきから何やら牽制し合っている女子達をどう思う?」

「俺に聞かれても困る」

 

 そう。クラスの女子達が先程からずっと一夏の方をチラチラと見て、誰が先に話しかけるか話し合っているのだ。

 それだけならば、まだマシだ。

 問題は、廊下にも生徒達が大勢やってきている言う事態だ。

 一年生だけならまだしも、明らかに二年生や三年生も交じっている。

 まだまだ初心な一年ならいざ知らず、アンタ等は多少は人生の酸いも甘いも経験しているだろうに。

 今更、男子なんて珍しくもなんともないだろう。

 それなのに、どうしてアイドルの追っかけみたいにやってくる?

 

「千夏姉がいなかったら、精神的にも潰れてたかも」

「具体的には?」

「放課後になって、すぐに保健室に胃薬を貰いに行く」

「それは大変だな」

 

 この歳でもう胃薬の世話になるのか。難儀な弟だ。

 

「……少しいいか」

「「ん?」」

 

 こんな状況で話しかけてくる猛者がいるとは。

 誰かと思い顔を上げると、そこには俺と一夏にとっての幼馴染である篠ノ之箒の姿が。

 

「箒……か?」

「らしいな」

「……………」

 

 会話が苦手な俺にとって、久し振りに再会した友人に挨拶をするなど、物凄く難易度が高い行為だ。

 一夏とは違って、俺はお世辞にもコミュ力が高い方じゃないからな。

 

 箒に話しかけられて固まっている俺達の遥か後方で、セシリアも話しかける機会を窺っているようだった。

 少しだけ後ろを見たら、なんだかソワソワしている彼女の姿が見えたから。

 

「廊下でも構わないか?」

「お……おう」

 

 箒に誘われて一夏が立ち上がる。

 ここは黙って見送るべきか。

 千夏はクールに待機しよう。

 

「千夏も来てくれ」

「俺も?」

「あぁ……頼む……」

 

 そんな懇願するように見られると『嫌だ』とは言いにくい。

 感覚が無くて表情も死んでいても、人としての良心だけは無くしていない。

 

「……分かった」

 

 俺も立ち上がり、二人と一緒に廊下に出る。

 それだけなのに周囲がざわめき、まるでモーゼのように道を開けてくれた。

 俺達は決して聖者などではないんだがな。

 

 因みに、ちゃんと後ろからセシリアもつけてきていた。

 お前はストーカーか。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 流石に人が多すぎたので、俺達は教室のすぐ傍にある階段の踊り場に移動する事にした。

 それでも、野次馬根性を見せた生徒達が壁から顔を覗かせているが。

 

「こうして会うのは六年振り……になるのか……」

「そうなるな……」

「年月が経つのは早いよな~」

 

 一応、俺から話を切り出してみたが、そこまで発展しなかった。無念。

 

「そういや、思い出した」

「何を?」

「ほら、去年の新聞記事だよ」

「去年……あぁ。アレか。箒が剣道の全国大会で優勝したと書いてあったやつか」

「なっ……なんで知って……」

「いや。今さっき新聞で知ったって言ったよね?」

「なんで新聞なんか見るんだ……」

「「いや見るだろ」」

 

 ネット社会になっているとは言え、まだまだ新聞も捨てたもんじゃない。

 俺は寧ろ、テレビのニュースよりも新聞の方が好きだ。

 それを言うと爺臭いと言われてしまうが。

 

「にしても、まさか箒もIS学園に入学してるとは思わなかった。ぶっちゃけ、俺としては顔見知りがいるってだけで安心したよ。でも、なんでここに来たんだ? 箒ってISに興味なんてあったっけ?」

「一夏」

「千夏姉?」

 

 俺が一夏の肩を叩いて首を横に振る。

 それだけでコイツは察したようで、バツが悪そうな顔になる。

 

「その……ゴメン。ちょっとズケズケと聞きすぎた……」

「いや。別に気にしてない」

 

 最後に『慣れてるからな』と呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。

 どうやら、箒も箒で俺達の想像以上に辛い目に遭ってきてるようだな。

 

「ところで……だな……」

「ん? どうした?」

 

 俺の方を向いてモジモジしている箒。

 何かを言いたそうにしているが、上手く言葉に出来ていない感じだ。

 

「千夏の髪……は……その……どうしたんだ……?」

 

 ………聞かれると分かっていても、いざ本当に面と向かって言われると戸惑う。

 

「昔は綺麗な黒髪だったのに……どうして真っ白に……」

「それは……」

 

 もう一回一夏の肩を叩いて首を振る。

 今度は違う意味合いを込めた。

 

「あれからコッチも色んな事があってな。こんな醜い姿に成り果ててしまった」

「いや、私は別に醜いだなんて……」

「箒がそう思ってなくても、俺自身があまりこの髪を好きになれないんだよ」

 

 この髪は俺の『罪』の象徴。

 だから、好きにはなれないが、受け入れる覚悟はとっくに出来ている。

 

「全ては俺の弱さが原因だ」

「そんな事!」

「いいんだ一夏。いいんだ」

「でも……千夏姉は何も悪くないじゃねぇか……。完全に被害者だろ……」

 

 そうかもしれない。それでも、こんな姿になったのは俺の精神が脆弱だったせいだ。

 だからこそ、俺は俺を一生許すつもりはない。

 

「久し振りに会ったのに、こんな姿になっていて驚いただろう?」

「驚きはした……。だが、私は決して今の千夏が醜いだなんて思ってないからな。寧ろ……綺麗になったと思う……」

 

 綺麗……か。

 普通なら純粋な褒め言葉として受け取るべきなんだろうが、俺の立場からすればなんとも複雑な気分だ。

 なんせ、体は女でも生物学的には男なんだからな。

 

「箒こそ綺麗になってて驚いたよ。なぁ一夏」

「お……おう! 本当に変わったよな!」

「千夏ぅぅ……一夏ぁぁ……!」

 

 急に涙ぐんだ箒は、そのまま俺の胸に飛び込んできた。

 いきなりで引きはがしそうになったが、ここはグッと堪えて身を任せた。

 

「ずっと……ずっと二人に会いたかった……会いたかったんだ……」

「箒………」

 

 胸の中で泣いている彼女を見て、俺はそっと腕を回しながら頭を撫でた。

 今の俺に出来るのはこれぐらいしかないと思ったから。

 

「俺も会いたかったよ……箒」

「千夏ぅぅぅ………」

「こうして再会出来て、本当に嬉しく思う」

「私も……私も嬉しい……」

 

 彼女が泣き止むまではこうしてやろう。

 と言っても、休み時間が終わる方が早そうだが。

 一夏にしては珍しく空気を読んで静かにしている。

 だがここで、意外な乱入者がやってくることに。

 

「あ……ああああああアナタ!! 千夏さんの胸に顔を埋めて何をしてますの!!」

「「あ」」

「なに……?」

 

 我慢出来なくなったのか、顔を真っ赤にしながらセシリアのご登場。

 あれは明らかに怒ってますね。

 

「なんだ貴様は……」

「私はセシリア・オルコット! イギリスの代表候補生にして、嘗て千夏さんと一緒に受験をした仲ですわ!!」

「なんだとっ!?」

 

 そんなに驚くような事か?

 

「ち……千夏……今の話は本当なのか……?」

「あぁ。確かに俺は受験会場でセシリアと隣の席になって、一緒に受験をしたな」

「そ……そんな……」

 

 いや、割とマジで箒がそこまで愕然としている理由が分からん。

 

「千夏姉。いつの間に外国人の友達なんて出来てたんだ?」

 

 一夏は一夏で普通の反応をしている。

 それと、俺達共通の友人である鈴も立派な外国人だからな?

 アジア系だから忘れがちになるけど。

 

「それなのに……いきなり出てきて千夏さんと抱き合うなんて~……!」

「私と千夏は幼馴染なのだ。抱き合って何が悪い」

「お……幼馴染ですってっ!?」

 

 いや箒。幼馴染でも普通は抱き合わないと思うのだが。

 

「私は篠ノ之箒。千夏の『大切な幼馴染』だ」

 

 何故に『大切な幼馴染』の部分を強調した?

 

「ちょっと待って」

「誰だ?」

「簪さん……」

「また増えた……」

 

 今度は簪か。

 少し息が切れている様子から、廊下を走ってきたのか?

 よく先生に見つからなかったな。

 

「誰だお前は」

「私は更識簪。千夏とは一年間ずっと同じ訓練所に通ってた仲」

「千夏姉って交友関係が広いな~」

 

 お前の感想はそれだけか。

 

「ん?」

「………………」

 

 簪が一夏の事を睨んでいる?

 まさか、俺の知らない場所でまた何かやらかしたのか?

 

(ここは我慢……ここは我慢……! 本当は今すぐにでもぶっ飛ばしたいけど、仮にも千夏の弟なんだし、今は堪えよう……!)

 

 何があったかは知らんが、後で謝らせるべきか?

 

「わ……私も千夏にギュってしてほしい。というか、その権利があると思う」

「権利って……」

「その根拠はなんだ」

「私と千夏は、前にデートをした事があるから!」

 

 あれってデートだったのか?

 俺的には友達と一緒に遊びに行ったつもりなんだけど。

 一応、性別的な意味ではデートが成立してるけど。

 

「なっ………!」

「なんですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

 こらそこ、大声を出さない。

 周りの連中が何事だと思って聞き耳立ててるから。

 

「そんな訳で、私と千夏は相思相愛」

 

 しれっと俺の腕に抱き着かないでくれないか?

 

「ま……負けるわけにはいきませんわ!」

 

 セシリアが逆の腕に抱き着いてきた。

 お蔭で身動きが取れない。

 

「き……貴様等! 千夏から離れろ!」

「それはこちらのセリフですわ!」

「同感」

 

 そして、俺を中心にして言い争うのは止めて欲しい。

 五月蠅くてかなわん。

 

「一夏」

「どうした?」

「……プリーズ・ヘルプミー」

「遂に千夏姉が棒読みの英語で助けを要請してきた」

 

 それ程までに追い詰められてるんだって察してくれ。

 

「つーか、千夏姉の本命は別にいるだろ」

「「「はぁっ!?」」」

 

 おいこらバカ一夏。

 ここでなんつー爆弾を投下するか。

 

「一夏。俺に本命なんていない」

「あれ? 千夏姉ってピノッキオさんと付き合ってるんじゃねぇの?」

「いや、ピーノと俺は別に……」

 

 歳だって離れてるし。向こうだって俺のような小娘の見た目をした奴を好きになんてならないだろう。

 

「もう既に愛称で呼んでる……だと……」

「も……もしかして、そのピノッキオって……背が高くて金髪サラサラで、どこか哀愁の漂う表情をいつもしているイタリア人のイケメンの事……?」

「そうそう。そんな感じの人。よく知ってるな」

「簪さんはご存じなんですの?」

「うん……。よく、千夏の護衛として一緒に訓練所まで来てたから。同期の子達が皆、ワーキャー言ってた」

 

 確かにピーノは傍から見てもカッコいい男子の部類に入るからな。

 年頃の女子には格好の話題になるだろうさ。

 

「ち……千夏に男が……」

「そ……そんな……認めませんわ……」

「私も最初に見た時は自分の目を疑った……」

 

 落ち込むのは勝手だが、せめて俺から離れてくれないか?

 

「織斑君の取り合いかと思ったら、まさかの委員会代表の子の取り合い?」

「しかも、かなり複雑な関係みたいね」

「三角……いや、四角関係か……。飯ウマね」

 

 ………妙な噂を流されないといいんだが。

 

「なぁ、もうそろそろ休み時間が終わるんじゃないか?」

「そうだ! 急いで教室に戻らないと!」

 

 それから俺達は、落ち込む三人をなんとか正気に戻して教室に急いで戻った。

 別れ際に簪が名残惜しそうにしていたが、『また後で会える』と言ったら笑顔で教室まで戻って行った。

 

 なんとか俺達四人は次の授業に間に合ったとだけ言っておく。

 遅刻ギリギリだったがな。

 

 

 

 

 




IS学園に入ると、途端にシリアスが減る模様。

でも、イベントの時は思いっきりシリアスして貰います。

上げて落とす仕様なのはこれからも変わりませんから。


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第34話 普通はこうなる

ここの展開は本当に迷いました。

けど、テンプレのように試合をしてばかりだと味気ないと思ったので、ここはあくまで『普通』にいこうと思います。

だって、IS学園って学校ですよ?







「……であるからして、ISの基本的な運用には現時点においては国家の認証が必須事項であり、万が一にでも枠外を逸脱したIS運用を行った場合は、刑法によって厳しく罰せられて……」

 

 教壇にて山田先生が教科書の内容を読んでいく。

 ノートと教科書を目配せしながら、俺はペンを走らせる。

 少しだけ前にいる一夏の様子を窺うと、後ろ姿からもひしひしと必死さが伝わってきた。

 

「えっと……今はここだから……」

 

 ……本当にギリギリの状態のようだな。

 自分で言っておいてなんだが、一夏に勉強を教えておいてよかった。

 もしも、何も知らずにここに放り込まれたりしたら、まず間違いなく壊滅的な事になっていたに違いない。

 

 と、ここで一夏の様子が気になったのか、山田先生がこっちに来て話しかけてくれた。

 

「織斑君。どこか分からない所とかありますか?」

「い……今のところはなんとか。辛うじてついていけてます」

「そうなんですか。偉いですね!」

「春休みに千夏姉に徹底的に教えられましたから」

「千夏さんが……」

 

 タダでさえ難解なISの勉強を一夏に教えるのは本当に苦労した。

 基本五教科ならば普通に教えればいいんだけど、これは内容自体が複雑怪奇だから、俺自身も別の意味で勉強になった。

 

「ここで『分からない』って言ったら、また千夏姉のスパルタ勉強会が……」

「そ……そうですか。頑張ってくださいね。何か分からない場所があったら遠慮無く訪ねてください」

「その時はよろしくお願いします」

 

 スパルタとは失礼な。

 前々から思っていたが、一夏は俺の事をどんな風に見てるんだ。

 

「千夏ちゃんって……」

「結構なお姉さんキャラ?」

 

 戸籍上は立派な『姉』だしな。

 

「千夏と二人っきりで勉強か……」

「羨ましいですわ……」

 

 なんだか聞き覚えのある声が聞こえた気がしたが、ここは何も聞かなかった事に。

 

「危うく参考書を電話帳と間違えて捨てそうになったけどな」

「言わないでくれよ……。あの時のマジ切れした千夏姉、本当に怖かったんだから……」

 

 そりゃ怒るだろ。

 幾ら分厚いからって、電話帳と参考書を間違えて捨てるか?

 なんとか参考書は救出に成功して、今はちゃんと一夏の机の上で存在感を放ってる。

 

「はぁ~……」

 

 教室の後ろの方で授業を見ている千冬姉さんの大きな溜息が聞こえた。

 姉さんには悪いが、これからもっと溜息が増えるかもだよ。

 

「ち……千夏さんって、怒るとそんなにも怖いんですか?」

「そりゃもう。千夏姉の背後に第五次聖杯戦争のバーサーカーが見えましたもん」

「誰が理性を無くしたヘラクレスか」

「痛っ!?」

 

 余りにも無礼だったので、一夏の大好きな参考書の角でお仕置きしてやった。

 どうだ、嬉しいだろう。

 

「山田先生。授業の続きを」

「あ……はい!」

 

 姉さんの鶴の一声にてグダグダになりかけた授業が再開されることに。

 一夏……後で覚えていろよ。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 休み時間になり、各々が思い思いの場所に移動する。

 だが、俺は別に動きたい気分でも無かったので、そのまま机に座っている事に。

 すると、箒とセシリアの方からコッチにやってきてくれた。

 

「ち……千夏。一夏にマンツーマンで勉強を教えていたというのは本当なのか?」

「うん。千冬姉さんに頼まれてね。何も知らないままだと確実に悲惨な目に遭うだろうと」

「流石は千冬さんだな。ちゃんと先を見据えているとは」

 

 ここで教師をやっているからこそ、IS学園の授業レベルの高さを実感出来ているんだろう。

 実際、俺からしてもここのレベルは相当に高い。

 一夏にばかりかまけてはいられないな。

 

「はぁ……千夏さんと一緒にお勉強……いいですわね……」

「そうか? 言っとくけど、かなり厳しいからな?」

「それでも構いませんわ! 寧ろご褒美と言うか……」

 

 何がご褒美? 悪いが、俺には理解出来ない領域の話は勘弁してくれ。

 変態にはいい思い出が全く無いんでな。

 

「一夏。それ程までに千夏との勉強会は大変なのか?」

「大変なんて次元じゃねぇって。千夏姉って時間に厳しいからさ、仮に一時間するって言ったら、キッチリ一時間するんだよ。それまでトイレとかは愚か、立つ事すら許されないし」

「なんだと……!」

「あの頃のお前は、少しでも時間が惜しかったからだよ。唯でさえタイムリミットがあったのに……」

「また千夏姉の説教が始まった……」

「説教言うな」

 

 俺は普通に言うべき事を言ってるだけだ。

 言われたくなかったら、これからもちゃんと勉強をするんだな。

 

「なんか最近、段々と千夏姉が千冬姉に似てきたんだよな~」

「「主にどこがだ?」」

「普段の表情とかもそうだけど、怒った時の顔なんてほんとソックリ。まるで千冬姉が二人になったみたいで………あ?」

 

 ここが一夏は気が付いた。

 千冬姉さんがいつの間にか教室に入ってきていて、俺と並んで腕組みをしたまま仁王立ちしている事に。

 

「何か」

「言いたい」

「「ことはあるか?」」

「す……すいませんでした!」

「「問答無用」」

「ぐぇっ!?」

 

 千冬姉さんの出席簿と、俺の参考書が同時に炸裂。

 間違いなく、一夏の脳細胞を大量に破壊したに違いない。

 

「千夏の親切心に文句を言うな」

「それは分かってるけど………」

 

 俺ってそこまで厳しいのか?

 なんか地味に落ち込むぞ。

 

「お前達、急いで席に着け。授業を始めるぞ」

 

 この一声で一斉に皆が着席する。

 ここら辺は本当に凄いと思う。

 

「三時間目は実戦で使用する各種装備の特性等について説明をする……が」

 

 今度は千冬姉さんの授業か。

 これは普通に楽しみだが、その前に何か言う事があるようだ。

 

「その前に、まずはクラス代表を決めておかなくてはな」

 

 クラス代表? 聞き慣れない単語だが、そのままの意味と捉えればいいのか?

 

「千夏が何やら聞きたそうか顔をしているから答えておこう。クラス代表とは、文字通りの意味の役職を指す。お前達には学級委員と言えば分かりやすいか」

 

 成る程。学級委員か。

 

「主にやる事は、生徒会で開かれる定例会議や委員会への出席。後は、再来週に開催されるクラス対抗戦へ出場する事だな」

 

 定例会議や委員会への出席は理解出来るが、クラス対抗戦とはなんだ?

 何かの大会的な物が催されるのか?

 

「クラス対抗戦とは、入学時点での各クラスの実力の推移を測るために開催される大会だ。現時点では大差無いかもしれんが、この結果がこれからの指針となる上に、こういった大会を開く事によって向上心を生み出す」

 

 向上心と言うよりは競争心の方が正しいだろうな、この場合。

 他の皆からすれば、どっちも似たり寄ったりかもしれないが。

 

「一応言っておくが、クラス代表は一度でも決定すると、余程の事が無い限りは変更しないのでそのつもりで」

 

 だろうな。それが普通だ。

 

「では、誰かする者はいないか? この際、自薦でも他薦でも構わんぞ」

 

 いや、一番厄介な役職に自分からなろうなんて酔狂な奴はいないだろう。

 間違いなく他薦が殆どを占めると思う。

 

「はい! 私は織斑くんを推薦します!」

 

 織斑くん(・・)……ね。

 くんって事は、俺は関係無いな。

 ご愁傷様、我が弟よ。

 

「私もそれがいいと思いま~す!」

 

 はい二票。

 このまま過半数を占めるのか?

 

「え? もしかして、俺の事を言ってる?」

「お前以外に誰がいるんだよ」

「いや……千夏姉の可能性も……」

「その場合、『織斑さん』って言わないか?」

「あ……」

 

 なんか、自分で言ってて虚しくなってきた。

 

「今のところは織斑一人か。他にはいないか?」

 

 いる訳がない。と言うか、いない事を祈る。

 このまま終わって欲しい。

 

「少しお待ちください」

「オルコットか。どうした」

「一つお聞きしたいのですが、皆さんはどうして織斑さんを推薦なさったのですか?」

「えっと……それは~……」

「まさかとは思いますけど、『学園でたった一人の男子だから』なんて理由じゃありませんわよね?」

「「ギクッ!」」

 

 おい。こいつら口でギクって言ったぞ。

 

「呆れますわ……。少しは彼の気持ちも考慮して差し上げませんと、可哀想ですわよ?」

 

 弟に助け船を出してくれたことには純粋に感謝するが、何故か嫌な予感が拭いきれない。

 セシリア、余計な事を言うなよ……。

 

「幾ら珍しくても、彼はまだISに関しては皆さんと同じ初心者。逆の立場になって考えて御覧なさい。もしも自分がいきなり『珍しい』なんて理由で推薦なんてされたら……」

「かなり嫌かも……」

「でしょう? 自分がされて嫌な事を他人にするなんて、あまり褒められた事とは言えないと思いますわよ?」

「そう……だね……」

 

 流石はセシリア。

 言葉巧みに彼女達を論破してみせた。

 

「だが、一度推薦された以上は引っ込ませることは出来んぞ。どうする気だ? お前が誰か推薦するか、もしくは自薦でもするか?」

「はい。私も一人だけ推薦したいと思います」

「言ってみろ」

 

 この流れは……まさか……。

 

「私は、織斑千夏さんを推薦しますわ」

 

 矢張りか……くそ……。

 

「皆さんも周知の通り、千夏さんはIS委員会の代表操縦者を務めています。それに加え、千夏さんは真面目で頭脳も明晰で容姿端麗で可愛らしくて美しくて……」

 

 途中から惚気になってるぞ。

 それに、俺はそんなにも褒められるような人間じゃない。

 

「四組の更識簪さんから窺った情報によりますと、ISの腕も申し分ないとの事。お話では、以前に訓練生三人を同時に相手にしたにも関わらず、それらを纏めて秒殺したとか」

 

 そんな事もあったな。

 あいつ等の顔は全く覚えてないけど。

 

「よって、全ての面から私は千夏さんこそが最もクラス代表に相応しいと思います」

 

 何故かここでクラス中から拍手喝采が。

 いつの間にか、セシリアによる俺のプレゼンテーションになっていた。

 

「そうだよね……。よくよく考えれば、千夏ちゃんも千冬様の妹な訳だし……」

「ある意味で私達と同じ立場の織斑君よりかは、実力がある千夏ちゃんの方がいいのかも……」

 

 くっ……段々と俺に傾いてきたか……。

 

「お……俺も千夏姉を推薦する! 中学の時も皆から慕われてたし、申し分ないと思うんだ!」

「私も千夏を推薦します」

 

 弟と幼馴染が目の前で裏切った。

 俺に味方はいないのか……。

 

(ここは、俺自らが動くしかないか)

 

 俺的に最も妥当なのはセシリアだと判断する。

 俺以上に頭もいいし、イギリスの代表候補生でもある。

 容姿だって文句ないし。

 

「では俺m「それでは、織斑姉弟のどっちかに決めるとするか」………」

 

 俺の言葉が封殺されてしまった。

 一足遅かったか……。

 

「ならば、この二人で決選投票をする事としよう。山田先生」

「はい。こんな事もあろうかと、既に準備は済ませています」

 

 山田先生の手には、大量の折りたたまれた小さい紙が入った箱があり、それを皆一つずつ取っていった。

 

「それに二人の内のどちらかの名前を書け。書いたら見えないように折りたたんでから箱に戻すように」

 

 俺の場合は必然的に一夏の名前を書くしかないじゃないか。

 流石に自分で自分に投票はしたくない。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「投票結果が出たな」

 

 各々に名前を書いて箱に戻し、それを千冬姉さんが一枚一枚開いていってから名前を呼び上げて、山田先生が黒板に記入していく。

 そんな事が数分続き、全ての結果が出揃った。

 

「織斑一夏は10票。そして千夏は……」

「それ以外の全部ですね」

 

 見たくなかった結果。

 あろうことか、俺が圧倒的勝利を飾ってしまった。

 

「一夏……お前は……」

「勿論、千夏姉に入れたぜ」

 

 だろうな。

 もしやと思い、箒の方を向いてみると、見事なサムズアップを返してくれた。

 絶対にアイツも俺に入れやがったな。

 だとすると、セシリアも俺に投票したに違いない。っていうか、あんなスピーチをして俺に入れないなんて有り得ないだろう。

 

「では、一組のクラス代表は織斑千夏で決定とする。いいな?」

「「「「「はい!」」」」」

 

 こんな時だけいい返事をしやがって。

 俺の意思が全く介入しないまま、クラス代表に決まってしまった……。

 

「はぁ~……」

 

 本気で先が思いやられる……。

 

 こうして、俺の肩書きに『一組のクラス代表』が加わったのであった。

 頼むから、厄介ごとはこれで終わりにしてくれよ……。

 

 

 

 

 

  




普通に投票でクラス代表が決定。

主な戦犯はセシリアですけど。

ちゃんとバトル回も考えているのでご安心を。

別にクラス代表決定戦だけでしか試合が出来ない訳じゃないので。

あのイベントにこだわる必要は無いと判断しました。


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第35話 同居人

ここで『あの子』を出そうと思います。

それっぽい描写はあっても、出番が無かったキャラです。

私も割と好きな子なので、どうしても絡ませかったんです。

それと、全話の修正作業が完了しましたので、いつでも読み直してOKですよ。










「「はぁ~……」」

 

 放課後。俺と一夏の溜息が重なって吐き出される。

 一夏は女子達の反応と勉強の難しさに、俺は全く予想すらしていなかったクラス代表に抜擢されてしまった事実を嘆いて。

 

「……出るか」

「だな。いつまでも落ち込んでいても意味がない」

 

 決まってしまったものは仕方がない。

 こうなれば、後悔をするよりもクラス代表として相応しい人間になれるように努力した方がよっぽど建設的だ。

 

 そうと決まると、俺達姉弟の行動は早い。

 素早く教科書類を鞄に放り込み、教室を後にしようとする。

 ここで、箒とセシリアが一緒に着いてきそうな気がするが、今回はそんな事は無かった。

 俺達が落ち込んでいる間に箒は『見たい所がある』と言って出ていってしまったし、セシリアも少し用事があるとかで、申し訳なさそうに去っていった。

 

 下校準備が完了して、いざ帰宅……と行きたかったのだが、ここでとある少女が俺達に話しかけてきた。

 

「ね~ね~。なっちー」

「…………まさかとは思うが、その『なっちー』とは俺の事を指しているのか?」

「そ~だよ~。『織斑千夏』だから『なっちー』。可愛いでしょ~?」

「それを聞かされて、俺はどう反応すれば?」

「笑えばいいと思うよ」

「俺は綾波レイじゃないから無理だ」

 

 俺の笑顔なんて気持ち悪いだけだろうに。

 

「かんちゃんの言った通りのクールビューティーだね~」

「かんちゃん?」

 

 誰の事を言っている?

 俺と初めて会ったこの子の間で共通の友人なんている筈もないのだが……。

 

「君が言う『かんちゃん』とは誰だ?」

「なっちーもよ~く知ってる子。更識簪ちゃんの事だよ~」

 

 簪、お前の渾名は『かんちゃん』だったのか。

 今更ながら初めて知った。

 

「その簪の事を知っている君は誰だ?」

「あれ~? 朝のSHRで自己紹介しなかったっけ~?」

「あれは途中で中断されただろう」

「あ……そ~だったね~。にゃはは~」

 

 なんと間延びした言葉遣いだ。

 こっちまでペースを崩されそうになる。

 

「私は『布仏本音』。かんちゃんとはね~……幼馴染かな?」

「簪の幼馴染……」

 

 まぁ……その……なんだ。

 とても個性的な幼馴染とだけ言っておこうか。

 キャラのバリエーションだけなら、俺達の周囲も決して負けてないしな。

 主に束さんとか。

 

「かんちゃんがよくなっちーのお話をするから、私もお友達になりたいな~って思って」

「そうなのか?」

「うん。すっごく嬉しそうに話してたよ~。あんなに明るいかんちゃん……久し振りに見たな……」

 

 ……前言撤回。

 簪、お前の幼馴染を自称する少女は、とても優しい子だな。

 

「簪の幼馴染と言うのならば、喜んで友達にならせてくれ」

「わ~い! これでなっちーとお友達だ~!」

「わぷ」

 

 この程度の事で喜んでくれるのは光栄だが、だからと言って抱き着いてくるのは勘弁してくれ。

 俺が体を鍛えてなかったら、確実に倒れてたぞ。

 

「ほんと……千夏姉って男女関係無くモテモテだよなぁ~……」

 

 それ、お前が言っていいセリフじゃないからな。

 去年のバレンタインにチョコを大量に貰っていたくせに。

 いや……俺も一夏の事は言えないか。

 何故か下駄箱と机の中にギッシリとチョコが敷き詰めてあったからな。

 あれを全部食べるのには相当に苦労させられた。

 

「あ、おりむーいたんだ~」

「うん。分かってたよ。俺が空気だって事は。つーか、『おりむー』って俺の事?」

「そーだよー」

「間違いなく名字から取ったんだろうけど、それで言うなら千夏姉も千冬姉も『おりむー』になるんですけど?」

「先生は先生。なっちーはなっちーだよ~」

「布仏さんなりの枠決めがあるのね……」

 

 所謂『自分ルール』ってやつだな。

 俺にも覚えがあるよ。

 例えば、道路の白線だけを歩いていくとか。

 

「あ! 二人共、まだ教室にいたんですね。よかったです、入れ違いにならなくて」

 

 なにやら山田先生が教室の出入り口からこっちを見ている。

 視線の方向から察するに、さっき言った『二人共』とは俺達の事を言っているんだろう。

 

「どうしました? 俺達に何か御用でも?」

「はい。実はですね、織斑君の寮での部屋が決定しました」

「「え?」」

 

 このIS学園は基本的に全寮制となっている為、ここの生徒は例外なく学生寮に住まなくてはいけない。

 それは俺も同じで、既に荷物の方は寮の部屋に運び込んである。

 ちゃんと部屋の番号も記憶しているから、迷う事は無いと思う。

 

「一夏の部屋はまだ決定していなかったのでは? 俺の記憶が正しければ、最低でも一週間は自宅から通学する予定となっていた筈じゃ……」

「本来ならその予定だったらしいですけど、織斑君の場合は事情が事情なので、仮の処置と言う事で部屋割りを無理矢理に近い形で変更したらしいです。織斑君はその辺の事情は何か聞かされてますか?」

「一夏?」

「い……いや。全然全く聞いてないですけど……」

 

 だと思ったよ。

 一夏がISを動かしてから、色んな研究機関の連中が体を調べにやって来た……なんて事は無かったが、これからも無いとは限らない。

 だからこそ、急いで寮に住まわせようと思ったんだろう。

 多分、その辺の余計な輩は山本さん達が成敗してくれたに違いないだろうが。

 日本のヤクザを舐めてはいけない。

 

「ですが、ここの寮は相部屋だと窺っています。一夏も誰かと一緒に住むんですか?」

「暫くはそうなりますね。でも大丈夫です。一ヶ月もすれば個室がちゃんと用意できると思うので」

 

 相部屋と聞かされた途端に不安そうになった一夏の顔を見て、すぐにフォローに入る山田先生。

 その様子が幼く見えて、とても実技試験の時の人と同一人物とは思えなかった。

 

「千夏姉の部屋ってもう決まってるのか?」

「当然だ。俺は最初からここに入学する予定だったんだからな」

「それもそっか」

 

 俺とお前とじゃ微妙に事情が違うんだよ。

 

「そうだ。荷物はどうすればいいんですか? いきなり入寮するとは思ってなかったから、全く持ってきてないんですけど」

「それなら心配無用だ」

 

 ここで千冬姉さんが再度登場。

 心配無用とはとういう事?

 

「こんな事もあろうかと思ってな。予め私が手配をしておいた」

 

 流石は我等が長女さま。

 仕事が早くて助かります。

 

「取り敢えずは必要最低限の生活必需品だけだがな。着替えが数着と携帯の充電器でもあれば大丈夫だろう」

 

 ここは敢えて声には出さないが、余りにも少なすぎやしませんか?

 必要最低限と言っても、限度があるだろうに。

 

「それじゃあ、あまり遅くならないように部屋に向かってくださいね。それと、夕食は寮にある一年生用の食堂で食べてくださいね、食事可能時間は午後の18時から19時までです」

 

 その辺の事は学園のパンフレットにも書かれているが、一夏の事だから絶対に見ていないだろう。

 

「寮の各部屋にはシャワーが設置してありますけど、それとは別に大浴場なんかもあります。と言っても、織斑君は今はまだ使えませんけどね」

「え? なんd「ここには女子しかいないんだぞ」……そうでした……」

 

 一夏がアホな事を言う前に俺が先手を取った。

 まぁ……正確に言うと、もう一人『男』はいるんだけど。

 

「千夏さんは遠慮無く使ってくださいね。学年ごとに使用出来る時間帯が違うので、そこだけは注意してください」

「了解です」

 

 ……俺も、女子と一緒に入浴したりするのに慣れてきたな。

 もう普通に女子専用のシャワー室を使ったりしてるし。

 いや、仕方がない事なんだと分かってはいるけどさ。

 

「いいな~……千夏姉……」

「羨むのはそこか」

 

 一夏が風呂好きなのは分かっているが、そこまで羨ましがるような事か?

 恐らくだが、シャワーがあるのならば簡易的な風呂場とかありそうな気もする。

 

「それでは、私達は今から職員会議があるので失礼しますけど、寄り道とかしちゃ駄目ですよ?」

「千夏がいれば大丈夫だろう。しっかりしているからな。では、ここらで失礼する」

 

 校舎から寮まで、そこまで距離は離れていないのに、どうやって寄り道をしろと?

 それから、去り際にしれっと千冬姉さんが俺の頭を撫でていった。

 抜け目がないと言いますか。

 

「今度こそ行くか」

「だな。俺も早く寮の部屋を見てみたい」

 

 寮の部屋が気になるのは俺も同感なので、一緒に行くことに。

 さっきから気になっていたが、元気が有り余っている本音がずっと黙っている事に素直に驚いた。

 意外と空気が読める子なのかもしれない。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

「俺は1025室だから……こっちだな」

 

 一年生の学生寮に入り、俺達はドアに書かれている番号を見ながら自分達の部屋を探していく。

 一夏はさっき山田先生から自分の部屋の番号が書かれたメモを手渡されていて、俺は少し前から番号を知らされていた。

 

「千夏姉とは離れちまうみたいだな。ちょっと残念だよ」

「別にそこまで遠いわけじゃないだろうに」

「でもさ、すぐ近くに家族がいないのって不安にならないか?」

「その気持ちは理解出来るが、だからと言って我儘は言えないだろう」

「分かってるけどさ……」

 

 その後もブツブツと文句を言いながらも、一夏は俺達とは別方向に歩いていった。

 

「俺の部屋は……こっちか」

 

 一学年の寮だけで、この広さとはな。恐れ入ったよ。

 ちゃんと順路を覚えないと、普通に迷子になりそうだ。

 

「…………ところで」

「なぁ~にぃ~?」

「……どうして本音もついてくる?」

「私の部屋もこっちなんだよ~」

「そうか」

 

 まるでカルガモの親子のように後ろからついてくる本音。

 俺は別に君の母親じゃないぞ。

 

「………ここか」

 

 1111号室。

 恐ろしく分かりやすい番号だったので、すぐに覚えた。

 ポッキーが食べたくなる数字だ。

 

「え? なっちーもここなの?」

 

 背後から本音の素の声が聞こえた。

 あの間延びした声はポーズなのか。

 

「って、今なんて言った?」

「えっとね……私もこのお部屋なんだ……」

 

 確かに、本音の持っているメモにも『1111号室』と書かれてあった。

 

「つまり、本音が俺のルームメイトだと……」

「そーなるねー」

 

 なんという偶然。

 さっき初めて話した相手と同じ部屋に住むことになろうとは。

 これは予想出来なかった。

 

「わ~い! なっちーと一緒のお部屋だ~!」

「そうだな」

 

 まぁ……変に堅苦しい奴と一緒になるよりかは遥かにマシか。

 少々、性格に癖はあるが、基本的に優しくていい子みたいだしな。

 

 本音に抱き着かれながら予め鍵が開いている部屋に入ると、そこは見た事も無いような空間だった。

 高級感溢れる羽毛ベッドが二つに、壁に隣接している木製の机もシックでいい雰囲気を醸し出している。

 床も壁も清潔感に溢れていて、ここが都内の高級ホテルだと言われても違和感がない。

 兎に角、俺のような庶民には間違いなく一生縁がないような部屋である事は確実だ。

 

「こんな部屋でこれから過ごすのか……」

 

 俺でこんなリアクションなんだから、一夏の方はもっと凄いに違いない。

 アイツはどうもオーバーリアクションをする事があるからな。

 

「では、荷物整理でもしてしまうか」

「うん!」

 

 それぞれの名前が書かれた段ボールから荷物を取り出していく。

 と言っても、俺のは私服や本などが大半を占めているが。

 

「これと~これと~……これも~」

 

 本音の段ボールからは、出るわ出るわ色んな遊び道具が。

 こいつめ……遊ぶ気満々だな。

 

 おっと、本音に気を取られてないで、俺も急がないと。

 心の癒しであるぬいぐるみを幾つか取り出して、アレも忘れずにっと。

 

「ん~? なっちー、それはな~に?」

「毛糸玉と編み棒だ」

「なっちー、編み物が出来るの!?」

「一応な」

「すっご~い! 私にも何か作って~!」

「それは別にいいが、何が欲しいんだ?」

「えっとね~……えっとね~……」

「今すぐに決めなくてもいい。ゆっくり考えろ。時間はたっぷりとあるんだしな」

「そうだね!」

 

 本音ならば、毛糸の帽子とか似合いそうな気がするがな。

 上の方に猫耳とかつけて。

 

「「ん?」」

 

 なにやら、遠くの方から一夏の悲鳴が聞こえたような気が。

 

「気のせいか」

 

 番号的に考えても、一夏の部屋から俺達の部屋まで声が聞こえるとか有り得ないだろ。

 早くもホームシックになってしまったのか?

 

 その後も本音と色々と話しながら、各々の荷物を片付けていった。

 小一時間ほど掛かってしまったが、なんとか終わった。

 俺達の部屋は、お互いが持ち寄ったぬいぐるみによって、なんともファンシーな姿に変貌を遂げていた。

 

(これが女子の部屋か……)

 

 自宅での自室は、ぬいぐるみを除けば、本当に最低限の物しか置いてなかったからな。

 元々がゴチャゴチャしてるのが嫌いってのもあるが。

 

「お腹空いたね~」

「荷物整理で疲れたからな」

 

 味覚が無い俺にはどうでもいい事なんだが。

 だからと言って本音の事は無下には出来ない。

 やっと無味有臭の食事にも慣れてきたんだから。

 

 ドアを少しだけ開けて廊下の様子を窺うと、遠くの方がなんだか騒がしかった。

 一瞬で関わりあいにならない方がいいと判断した俺は、すぐに扉を閉めた。

 

「どうしたの?」

「理由は分からないが、どうも騒がしくなってる。まだ時間も早いし、もう少し静かになってから食堂に向かおう」

「さんせ~♡」

 

 暇潰しに軽く編み物をしながら、本音と色んな話をした。

 主にお互いの趣味嗜好に関する事だったけど。

 久し振りに楽しい会話が出来たと思う。

 今までずっと色んな物を失ってきた俺だが、どうやら家族と友人には恵まれているらしい。

 

 

 

 




千夏の同居人は本音になりました。

最初は簪にしようかと思ったんですが、そうすると本音の出番が少なくなりそうだったのに加え、絡みにくくなりそうだったので。

それに、本音が傍にいると、スムーズに簪の専用機問題や生徒会にも関与出来ると思ったので。





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第36話 護る者達 壊す者達

今回は主人公の出番は少なめ。

その代わり、久し振りに彼が登場します。

ついでに彼女も本格的に登場。












 千夏達が寮の自室にて寛いでいる頃、IS学園の理事長室では、ある話がされていた。

 

「では、そのように」

『まだまだ未熟な愚息だが、よろしく頼む』

『お前さんなら安心して任せられるってもんだ。轡木』

 

 高級そうな机に座っているのは、普段は用務員として振る舞っているが、その真の正体は学園の本当の理事長を務めている『轡木十蔵』という老人の男性。

 見た目に反して、彼の実力は千冬すらも易々と上回る。

 いつもは彼の妻が表向きの理事長を務めていたりする。

 彼がモニター越しに話しているのは、例のIS委員会のトップであるクリスティアーノと、IS委員会日本支部の新支部長に就任した東友会の組長だ。

 

『ピノッキオ。分かっているとは思うが、お前の使命を忘れるなよ』

「了解です。おじさん」

『なぁに。ピーノなら問題ねぇだろうよ。千夏の嬢ちゃんとは仲がいいみたいだしな』

「普通だと思いますけど」

『そう思ってんのは当事者達だけだろうよ』

「はぁ……」

 

 そして、机の前に立ちモニターの向こうにいる二人と話しているのは、千夏の護衛役を任せられた青年ピノッキオだった。

 いつも通りの表情を浮かべ、楽な姿勢で立っている。

 

「彼には織斑千夏さんの護衛として滞在して貰いますが、表向き彼には私の手伝いと言う事で、一緒に用務員をして貰う事になります。いいですか?」

『構わない。ピノッキオにもいい経験になるだろう』

「父親をしていますね」

『……そうであろうと努力はしているつもりだがな』

 

 どうやら、クリスティアーノにも彼なりの悩みがあるようだ。

 養父の意外な一面を見たピノッキオだったが、表面上はいつもと変わらない顔をしている。

 

「ピノッキオ君もそれで構わないですかな?」

「はい。別に雑用は嫌いじゃないし、用務員ならある程度の自由がきくから」

「よく分かっていらっしゃる。お若いのに見事なものだ」

 

 ピノッキオはどう見ても十代後半から二十代前半と言った感じの青年だが、これまでの人生で積み重ねてきた経験は巷にいる裏の大人達にも引けを取らない。

 その過程で色々な知識が身に付くのも、ある意味で必然だった。

 

『では、これにて失礼する』

『そんじゃぁな。いつか暇な時にでも、一緒に酒でも飲もうや』

「いいですね。覚えておきましょう。では、ごきげんよう」

 

 通信が切れて、この場には轡木とピノッキオのみ。

 

「ところで、君は織斑千夏さんとは親しい間柄なんですか?」

「普通よりも少し多く話す程度ですよ。僕と彼女の関係はあくまで『護る者』と『護られる者』です」

「ふふふ……お若いですね」

「………?」

「いえ、こちらの話です。君には早速、明日から仕事をして貰いましょうか」

「分かりました」

「では、今から軽く学園の案内をしましょうか。その後に君の仕事着をお渡ししましょう」

 

 轡木とピノッキオは一緒に理事長室を後にし、そのままゆっくりと学園内を回っていった。

 その際、生徒達にピノッキオの姿を見られ、それでまた騒ぎになるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 同時刻。生徒会室。

 

「ふぅ……」

「お疲れ様です。お嬢様」

 

 水色の髪をもつ少女が机に座って書類を見て、もう一人の眼鏡を掛けた三つ編みの少女が紅茶を出していた。

 リボンの色が千夏達とは違っていて、水色の彼女は二年生、三つ編みの少女が三年生であることを示している。

 

 水色の彼女の名は『更識楯無』

 千夏の親友の一人である簪の実の姉であり、IS学園の生徒会長。

 更には、ロシアの国家代表であると同時に、暗部の家系である『更識家』の現当主と、実に多彩な肩書を持つ少女だったりする。

 

 三つ編み眼鏡の彼女は『布仏虚』

 千夏の新しい友達でありルームメイトでもある本音の実姉であり、楯無の従者も務めている。

 本来の役目は影からのサポートなのだが、最近ではお小言が段々と増えてきているようだ。

 

「読まなきゃいけないと分かっていても、かなり辛いわね……」

「無理もありません。私も資料に軽く目を通した時は、本当に殺意が沸きましたから」

「私もよ」

 

 楯無の目の前にあるのは新入生達のデータが記載されている資料の数々。

 データ化すれば手っ取り早いのだが、その場合は別の危険性も伴ってくるので、こうしてアナログな方法を取っている。

 

「あの新しい支部長になった東友会の組長さん。凄い迫力だったわね」

「ですが、前のアイツに比べれば、かなりの人格者です」

「そうね。ヤクザだからと言って差別はしたくないし。あれは確実に孫とかに好かれているタイプのおじいちゃんよ」

 

 年齢にそぐわぬ皺だらけの顔だったが、そのプレッシャーは未だに健在だった。

 

「彼からの依頼で、例の織斑姉弟の護衛をする事になったけど……」

「不服ですか?」

「まさか。弟君の方は知らないけど、姉の千夏ちゃんは簪ちゃんの親友なのよ? 同じ姉として、守ってあげたいと思うじゃない」

「そうですね。私も同感です」

 

 互いに姉であるが故に、千夏には不思議なシンパシーを感じている二人。

 だが、彼女達を突き動かしているのは、それだけではない。

 

「織斑千夏ちゃん。この子だけは絶対に守ってあげなきゃ。ううん。守ってあげたい」

「彼女は……大人達の悪意によって人生を歪められてますからね……」

 

 資料には変わり詳しい事が書かれているようだ。

 千夏のこれまでの経歴。そして、今までどんな目に遭ってきたかも。

 だが流石に、睾丸性女性化症候群については記載されていない様子。

 束の隠蔽技術の賜物である。

 

「直に話した事はないけど、前に遠目で観察した事があるから分かる」

 

 急に楯無の拳が震えだし、その内にある怒りをそのままぶつけるように強く机に叩きつけた。

 

「あの子は! 千夏ちゃんはどこにでもいる普通の女の子だった! 誰にでも優しくて、可愛い物が大好きな、ごく普通の女の子だったのよ!!」

 

 千夏のされてきた事と、以前に見た千夏の顔を思い出して、思わず涙が込み上げてくる。

 

「なのになんで……どうして千夏ちゃんを傷つけるの!! 彼女が一体何をしたっていうのよ!!」

「お嬢様……」

 

 楯無の慟哭だけが生徒会室に響く。

 ここは防音加工が施されている為、外には漏れていない。

 

「虚ちゃん」

「はい」

「さっきも言ったけど、千夏ちゃんは絶対に守るわよ。体だけじゃない。その心も」

「当然です。報告によれば、本音と千夏さんが同室になったようですし」

「そう……。別に何かしたわけじゃないのに、望外の幸運ね」

「ですね。きっと本音ならば、千夏さんの心の癒しになってくれるでしょうから」

「ついでに、本音ちゃんを通じて生徒会室にも誘いやすくなるしね」

「では……?」

「うん。近い内に接触はしなくちゃいけないと思う。簪ちゃんの事でお礼も言いたいし」

「そうですね」

 

 この姉妹にも、あまり人には言えない事情を抱えていたりする。

 図らずも、その解決に一役買っている千夏だった。

 

「一応言っておきますが、ちゃんと織斑一夏君の方も護衛しなくてはいけませんよ?」

「わ……分かってるってば……」

 

 なんて言っているが、実は少しだけ忘れかけていたりする。

 この少女、どこか抜けている所があるようだ。

 

「そう言えば、今日付けで今まで千夏さんの護衛をしていた人が用務員として勤務するそうです」

「知ってる。例の彼……ピノッキオでしょ」

「ご存じで?」

「裏の人間で彼を知らない奴はいないでしょうね。イタリアンマフィアであるクリスティアーノの秘蔵っ子であり、凄腕の暗殺者」

「写真を見る限りでは、彼も普通の青年のように見えますが……」

「人は見かけに寄らないって事よ」

「それは私達にも当てはまりますね」

「確かに」

 

 少しだけ平常心が戻ったようで、二人は一緒に笑い合った。

 その光景だけを見れば、二人も普通の女子高生だ。

 

「いつか、ピノッキオ君とも会って話さないと。出会い頭に襲われたりしたら堪らないわ」

「それが賢明ですね」

 

 ピノッキオの経歴を知り、その腕前が凄まじいからこそ、可能な限り話し合いで解決したい。

 余計な被害を避けようとするのは当然だった。

 

「にしても千夏ちゃんって、すっごい美人よね~……」

「お嬢様?」

「え? いやいやいや、流石に妹の親友に手を出そうとは思ってないわよ?」

「どうだか……」

 

 自身の従者から怪しむ目で見られタジタジになる生徒会長様であった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 因みに、今回ずっと出番が無かった千夏はと言うと……?

 

「あむ♡ ポロポリポリポリポリ……」

「まるで鉛筆削りみたいに食べるんだな」

 

 本音の希望で、彼女のお菓子であるポッキーを食べさせていた。

 なんでこうなったかは、本人にもよく分かっていないが、一つだけ確かな事があった。

 

(こうして菓子を食べている本音って可愛いな……)

 

 千夏が無自覚の内に本音に惹かれつつある事だった。

 と言っても、これは恋愛関係の『惹かれる』ではなく、あくまでもマスコット的な物を見る目での『可愛い』だった。今は。

 

 この関係が一歩でも近づけば、またもや新たなライバルが出現するかもしれない。

 そうなれば、またもや千夏の周りが修羅場と化し、一夏の気苦労が増えるだろう。

 出来れば、彼の健康面も護衛してくると助かる。

 

 こうして、誰もが浮足立っていた新入生達のIS学園一日目は過ぎていった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「長かった」

「本当に長かった」

「でも、やっと始まった(・・・・)

「やっと始まった(・・・・)

「ここから」

「ここから」

「「時代が動き出す」」

「ここまで来れば」

「後は楽」

「「物語に沿っていけばいい(・・・・・・・・・・・)」」

「介入は簡単」

「かんたんカンタン!」

「愚かな兎は動けない」

「誰にも止められない」

「「『試練(・・)は強ければ(・・・・・)強い方がいい(・・・・・・)」」

「試練は恐怖と絶望の中で始まり」

「試練は流される血で終わる」

「『最初(・・)』はどうする?」

「『人柱(・・)』を使おう」

「それがいい」

「生きる価値も無い」

「存在する価値も無い」

「生まれてくる価値も無い」

「「薄汚い蛆虫でも、試練の生贄ぐらいにはなる」」

「感謝しろ」

「感謝しろ」

「「お前に『価値』をくれてやる」」

「精々、無様に役に立て」

「お前にはそれがお似合いだ」

「どれを使う?」

「兎の人形は嫌だ!」

「ならば、アレを使おう」

「そうしよう! そうしよう!」

「「さぁ、出番だ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だ………だず……ぐぇでぇ…………じぃ……にぃだぁ……ぐ……ないぃ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ピノッキオ再登場。

そして、楯無フラグが立ちました。

ついでに不穏なフラグも……。


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第37話 二日目の朝

いつの間にか、地味に評価が上がってて嬉しい今日この頃です。

緑が黄色になっていた時は驚きました。







 入学初日から色々な事があったが、それからは何事も無く無事に二日目の朝を迎えられた。

 ただ一つ問題があるとすれば、それは俺の同居人である本音の寝相だった。

 

「………どうして俺のベッドに潜り込んでるんだ」

 

 昨夜は確かにお互いに別のベッドで就寝した筈。

 この目でちゃんと確認してるからな。

 それなのに、朝起きたら本音が俺の体にしがみ付いた状態で寝ていた。

 自分で言ってても訳が分からん。

 

「まずは起こした方がいいか」

 

 じゃないと俺も身動き取れないからな。

 

「本音。とっとと起きろ。もう朝だぞ」

「ん~……? なっち~……?」

「そうだ。お前のルームメイトの織斑千夏だ」

 

 体を少し揺らしながら声を掛けると、ようやく夢の世界から帰還してくれた。

 

「……あれ? なんで私、なっちーと一緒に寝てるの?」

「それはこっちのセリフだ。どうしてお前がここにいる?」

「わかんない……」

 

 この反応。本当に分からないみたいだな。

 だとすれば、これは単純に本音の寝相が最悪だったという事になるのか。

 何をどうすれば、器用に自分のベッドから隣にあるベッドに移動出来るんだ?

 ある意味で凄くないか?

 

「むふふ……♡」

「急にどうした」

「なっちーの体……とっても暖かくて、いい匂いがするね~♡」

「そうか」

 

 ISに関わってからコッチ、ずっと体を鍛え続けてるから体温が高くなってるのか?

 いい匂いの方は全く自覚が無いから分からないが。

 ディナイアルのお蔭で嗅覚が戻っても、自分の匂いは分からないからな。

 これは全ての人類に共通している事だそうだ。

 余程の事が無い限りは、人間の脳は自分の匂いを『害のない存在』として認識しているせいで、自分の体臭がどのような匂いか分からないらしい。

 

「それよりも、とっとと起きて準備をするぞ。少し早いが、遅刻するよりはずっとマシだ」

「は~い♡」

 

 返事だけは一丁前だな。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 制服を着て、今日の授業で必要な教科書類を詰め込んだ鞄を持って、俺は本音と一緒に部屋を出て寮の食堂へと向かう事に。

 少し早めに出てきたせいか、人気が疎らになっている。

 これならゆっくりと食べられるし、いい席を確保できそうだ。

 早起きは三文の徳と言った人は天才だな。

 

「千夏さん! おはようございますわ!」

「千夏、おはよう」

 

 途中、俺達と同じように準備を済ませて食堂に向かう簪とセシリアに出会い、そのまま一緒に行くことに。

 

「なんで本音と千夏が一緒なの?」

「私となっちーが同じ部屋だからだよ~」

「「えぇっ!?」」

 

 そんなに驚くような事か?

 

「まさか、ここで本音が出てくるなんて……」

「布仏さん……千夏さんとは一切交流が無い方でしたから、全くのノーマークだったのに……」

 

 ブツブツと話しながら歩いていると、何かにぶつかってしまうぞ。

 

「どうしたんだ二人共」

「さぁ~?」

 

 朝から元気なのはいい事だが、どうも元気の方向性が違うように思えるのは俺だけだろうか。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 食堂に付くと、予想通り生徒はまだ少なく、好きな席に座る事が出来そうだった。

 この食堂は食券を購入してから注文するスタイルになっていて、この辺は他の高校と大差無いように思える。

 他の高校、知らないんだけどな。

 

「何にします?」

「そうだな……」

 

 味を感じない俺にとって、食事とは栄養補給以外の目的が無い。

 だから、基本的に緑黄色野菜を多く摂るように心掛けている。

 

「これでいいか」

 

 野菜サラダとトーストとコーヒー。

 スタンダードだが、迷った時はこれに限る。

 

「千夏、野菜が好きだよね」

「そうなんですの?」

「うん。時々、外食をする時も野菜多めの食事をする事が多々あるから」

「なっちーは偉いね~。ベジタリアン?」

「そのつもりはないんだけどな」

 

 普通に楽なだけだ。他意は無い。

 

「千夏姉、ここでも野菜ばっかなのかよ」

「食生活も昔と余り変わってないんだな」

 

 ……いつの間に一夏と箒が来ていた?

 俺達が話している間か?

 

「あら、お二人共。来ていらしたんですのね」

「来てたっつーか、皆の後ろにいたっていうか……」

「最初は話しかけようとも思ったんだが、食堂に入ってからでも遅くないと思ってな」

 

 別に遠慮をしなくてもいいのに。

 

 その後、一夏と箒の二人を含めたメンバーで食券を購入し、適当に空いている席に座る事に。

 今の時間帯ならば、大勢で座っても余裕があるからいい。

 

「ところで、どうして一夏と箒は一緒にいたんだ? 途中で会ったのか?」

「いや、私と一夏は同じ部屋になってしまったんだ」

「あらまぁ」

「ご愁傷様」

「簪……ありがとう……」

「あれ? なんでまだ何もしてないのに、俺が悪い感じになってるの?」

 

 さぁな。

 

「恐らく、二人が知り合いだったからと言う適当な理由で一緒にしたんだろう。学園側が考えそうなことだ」

「それならば……私と千夏が一緒になってもよかったのではないか?」

「そうだよな。俺と千夏姉が一緒でもよかったじゃねぇか」

「「「いや。お前はダメだ」」」

「なんで同時に言うっ!?」

「もしも一夏と千夏を一緒にしたら……」

「間違いなく襲いますわね」

「近親相姦、ダメゼッタイ」

「しねぇよ! 俺にだってそれぐらいの常識ぐらいはあるわ!」

「なんて言いつつ、家で何回も俺の裸を見たのは誰だったかな?」

「千夏姉っ!?」

 

 一応、誤解が無いように言っておくがな。

 俺にだって人並みの羞恥心ぐらいは持ち合わせているんだぞ。

 ただちょっとリアクションが薄いから、そうは見えないだけで。

 女に見られるのは慣れてしまったが、幾ら家族とは言え、男に裸を見られるのは恥ずかしいさ。

 ………精神的にも女性寄りになりつつある証拠だな。

 

「「「死刑」」」

「なんでっ!?」

「千夏の裸を見るなど万死に値する」

「火炙りの刑ですわね」

「いや、針串刺しの刑に処す」

「どっちも嫌なんですけどっ!?」

 

 少しだけ嫌な事を思いだしそうになったが、ギリギリで踏み止まれた。

 自分で自分の地雷を踏むとか、馬鹿もここまで極まれば凄いな。

 

「そ……そーゆー千夏姉のルームメイトは誰なんだ?」

「私も気になるな。是非とも教えて欲しい」

 

 一夏め。上手く自分へのマークを外したな。

 我が弟ながら見事なもんだ。

 

「俺のムールメイトは、隣にいる本音だよ」

「だよ~」

「布仏さんか~。なんか、千夏姉がせっせと世話している様子が簡単に想像出来る」

「千夏と一緒の部屋か……羨ましいな……」

 

 この違いだよ。

 一夏と箒。一か月ぐらいの辛抱とは言え、上手くやっていけるのか?

 

 その後、食堂がやって来た生徒達で賑わい始める頃を見計らって食事を終え、それぞれの教室に向かった。

 勿論、遅刻なんてしなかった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 二時間目が終了し、一夏は机に体を預けた状態で項垂れていた。

 頭からは知恵熱による煙が出ているように見える。

 勉強は常に限界突破で挑んでるから、実際にオーバーヒートはしてるだろうが。

 

「大丈夫か?」

「なんとか……。初日にも言ったかもだけど、千夏姉のスパルタ勉強が無かったら、ガチで終わってたわ……」

「やっと理解したか」

「あぁ……。やっぱ千夏姉ってスゲェわ……。マジで尊敬する」

「俺だって必死に勉強したよ。ただ、勉強した時間と量が一夏よりも多いだけさ」

「それだけでも十分に凄いって……」

 

 俺でも出来たんだし、頑張れば一夏も十分に出来ると思うんだがな。

 

「今はギリギリついていけている感じか?」

「一応な。でも、それも時間の問題かもしれない……」

「その時になったら、また俺か先生にでも言え。そうしたら、いつでも教えてやるから」

「千夏姉の勉強……」

「なんだ。嫌なのか?」

「そ……そんな事はねぇよ?」

(分からなくなった時は、山田先生に聞きに行こう……)

 

 気のせいか。一夏が失礼な事を考えたような気がする。

 

 そうしている内に休み時間が終了し、三時間目に突入。

 

「そんな訳で、ISとは本来ならば宇宙空間での活動を想定して開発されているので、操縦者の全身を特殊なエネルギーバリアで包み込んでいます。また、他にも生体機能の補助をする機能も持っていて、操縦者の肉体状態を常に安定した状態に保とうとします。主に心拍数や脈拍、呼吸量や発汗量、脳内エンドルフィンなどがあり――――」

 

 ここら辺は既に学んでいる部分だから大丈夫。

 一夏にもちゃんと教えてあるから、問題は無いとは思うが……。

 

「………………」

 

 無言でノートと向き合ってる。

 どんだけ必死なんだよお前は。

 

 クラスの女子の一人が山田先生に質問し、そこから変な空気になっていった。

 山田先生も必死に教えようとはしているが、どうも脱線してしまうようだ。

 

「山田先生。あまり変な方向に行かないように」

「あ……すみませんでした」

 

 千冬姉さんによってブレーキが掛けられ、ようやく授業が再開。

 だが、それもほんの少しの時間だけだった。

 またもや女子の質問で空気が変になり、キャッキャッウフフな感じになった。

 年頃だと言えばそれまでだが、ちゃんと授業ぐらいは受けて欲しい。

 真面目にやってるのは箒やセシリアや本音を覗いたら、僅か数名しかいないじゃないか。それでいいのかIS学園。

 

「「あ」」

 

 そんなこんなしている内に、授業が終了。

 結局、本来進まないと行けない部分の半分も行ってないんじゃないか?

 後で自主学習をしておくべきか。

 

「次の授業は空中におけるISの基本制動をやりますからね~」

 

 またもやIS関連の授業。

 ここはIS学園なんだから当たり前なんだけど、一夏の為にも通常授業もやってあげて欲しい。

 

 姉さんと山田先生が教室から去った瞬間、一斉に女子達が一夏の元にやって来た。

 

「ねぇねぇ! 織斑君ってさ!」

「ちょっと質問いいかな~?」

「え……いやちょっと……」

 

 はいはい。俺はお邪魔虫だよね。

 織斑千夏はクールに去るぜ。

 

「ちょ……千夏姉~!?」

 

 ここにいたんじゃ俺も巻き込まれるかもしれないからな。

 薄情かもしれんが、ここは頑張って耐えろ一夏。

 そのまま俺は、本音と箒とセシリアが集まっている場所に移動。

 

「本音。アメちゃん食べるか?」

「食べる~♡」

「餌付けされてるぞ……」

「私もされたいですわ……♡」

「「「え?」」」

 

 割と素で引いたぞ。

 今度からはセシリアの分のお菓子も用意しておくか?

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 休み時間が終わる直後、千冬姉さんの介入で女子達はすぐに着席。

 流石の彼女達も、姉さんの出席簿の餌食になるのは御免なんだろう。

 

「四時間目の授業を始める前に、織斑に伝えておくことがある」

「俺に?」

「今回、学園側からお前に対して特別に機体を……専用機を用意することが決定した」

「せ……専用機?」

「そうだ。ちゃんと予習しているだろうな?」

「え……えっと……前に千夏姉に教えて貰ったような気が……」

 

 常に授業の時に持参している、俺との勉強の時に使ったノートをペラペラを捲る。

 どうやら、目当てのページを見つけたようだ。

 

「国家の代表や代表候補生、企業のテストパイロットなどが持つ事を許された、量産機よりも機体性能が高くて、他にも特殊な機能などを持つワンオフのIS……だよな?」

「少し言葉足らずだが、大まかな概要は間違っていない」

「よ……よかった……」

「千夏に感謝しておけよ。もしも千夏が勉強を見てくれなかったら、お前はここで恥をかいていたんだからな」

「わ……分かりました」

 

 一夏が専用機を貰えると分かると、途端に教室中が騒がしくなった。

 無理もないだろう。本来、専用機とは非常に特別な存在なのだから。

 所持しているだけでエリート扱いをされる例もある。

 少し前までは、俺も一夏と同じような立場だったが故に、こいつの気持ちは理解出来る。

 

「だが勘違いをするなよ。お前は別に実力を認められたわけでもなく、選ばれたわけでもない。単純に『男でISを動かしたから』専用機を与えられたに過ぎない。これがどんな意味か分かるか?」

「男がISを動かした時に得られるデータを収集するのが目的のテストパイロット……的な感じですか?」

「その通りだ。他にも自衛の為などの理由もあるが、大まかな所は間違っていない」

 

 一夏がISを動かした時から予想はしていたが、やっぱり専用機が用意されたか。

 これでコイツも俺達と同じ専用機持ちの仲間入りって訳か。

 

「お前の専用機が学園に運ばれるのは来週の今日辺りになるそうだ。その日の放課後に各種設定や軽い試運転を行う予定でいるので、ちゃんと時間は開けておけよ」

「了解です」

「もしも専用機について分からない事があれば……そうだな。千夏にでも聞け」

「千夏姉に?」

「そうだ。お前の最も身近にいて、尚且つ、お前よりもずっと前に専用機を受領して訓練も重ねている。相談役にはうってつけだろう」

 

 また面倒を押し付けられたような気が……。

 いや、千冬姉さんの言う通り、この場は俺が最も適任か?

 同じ専用機持ちでも、セシリアや簪よりは話しかけやすいだろうし。

 

「そんな訳だから、また頼んだぞ。千夏」

「分かりました。乗りかかった舟ですしね。途中で降りたりはしませんよ」

「助かる」

 

 今までとやる事は大して変わらないだろうし、別にいいか。

 近い内、一夏に専用機を動かす姿を見せるのもいいかもしれない。

 一夏の事だから、実際に目の前で見ればモチベーションがバカみたいに上がるだろうし。

 

「では、少し時間が経過したが、今から授業を始める。山田先生」

「はい」

 

 やっと授業が始まったか。

 午前最後の授業を受けながら、俺は今日の放課後の予定を考えていた。

 この時期は難しいらしいが、ダメ元でアリーナの使用要請をしてみるか。

 それとも、図書室で勉強でもするか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は一夏が原作のように教科書を音読しなかったので、箒の話題は出てきませんでした。
よかったネ! 箒!
そして、一夏はちょっと変則的に白式を受け取る形に。







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第38話 それでも世界は回る

 イタリア下院 モンテチトーリオ宮

 

 建物の中から、一人の男性がガードマンと思しき連中と共に出てきた。

 その中の一人は何故かカメラを構えている。

 

「終身議員には大統領に仲介をお願いしよう。あの方は人望が厚いからな」

「人望ならば貴方にも十分にお有りですよ」

「ワシのはただビビらせているだけさ。人望なんて言葉とはほど遠い」

「そうでしょうか?」

「そうさ。金や力で脅迫するだけでは政治は成り立たない。無論、その逆も然りだ」

 

 そんな会話をしている彼等の元に、一人の女が近づいてきた。

 身なりは整っていたが、サングラスをしている辺り、かなり怪しい。

 彼女に気が付いた警備員の一人が前に出て静止させようとする。

 

「おい! それ以上こちらに近づこうとするな!」

 

 だが、女はそんな忠告を当然のように無視。

 バッグの中から拳銃を取り出して、警備員を射殺。

 そのまま、銃口を男の方にも向けた。

 

 銃声に反応したガードマンが彼の体を覆うようにして地面に押し付けて守る。

 その間に他のガードマンが銃を使って応戦。

 運悪く脳天を一撃で撃ち抜かれた女は、そのまま即死。

 静かになった所で、ガードマンと男はゆっくりと起き上がった。

 

「大丈夫でしたか? 首相」

「なんとかな。助かった」

 

 服に付いた汚れを軽く落としながら、自然に横たわる女の死体を見る。

 

「犯人はどうした?」

「射殺しました」

「おい。さっきの映像はちゃんと撮ってたか?」

「バッチリです」

 

 それを聞いた首相は嬉しそうにニヤリと笑う。

 

「なら、その映像を昼のニュースのトップに流せ。勿論、北の良識層に訴えるような演出でな」

「了解しました」

 

 その後、やっと車に乗り込む事が出来た首相は、車内で初老の女性と話し合っていた。

 

「首相。さっきの女の身元は割れましたか?」

「なんでも。北部解放なんとかとかいう右翼の文派のようだ」

「発表では『女性権利団体』の仕業ですね?」

「当然、そのように報道される。こんな時には便利な呼び方だよ」

「例の『亡霊』に罪をなすり付けなくてもよろしいので?」

「構わん。連中は公には存在しない者達だ」

「だからこそ、奴等を表舞台に引きずり出すチャンスなのでは?」

「何事にも時期というものがある。いずれ必ずや叩き潰すとしても、それは今ではない」

「……分かりました」

「この世界の真実とは往々にして人間の手によって生み出される。残念な事だがな」

 

 車が信号で止まる。

 普通なら危険かもしれないが、ちゃんと周りには護衛の車両もついているので、一応は安全だ。

 

「ところでモニカ。最近の女性権利団体の連中はどうしている?」

「思想や方針などで派閥間の対立が起きている模様です」

「そうか。丁度いい機会だ。ここで一気に攻勢に出ろ」

「了解」

「マスコミなどに潜伏しているシンパも一斉検挙しろ。遠慮無く、囮情報をばら撒いてやれ」

 

 信号が青になり、車が再び走り出す。

 

「今はまだよくても、このまま野放しの状態が危険であることには違いないのだからな」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 今日の授業が終了し、皆はそれぞれの放課後を満喫しようとする。

 なんて言っても、入学二日目でそこまでやる事が無いのが実状で、大体の連中は他のクラスに行ったり、そのまま寮に帰ったりしている。

 少なからず教室に残っている者もいるようだが、それはまだ少数だ。

 これが一年の終わり頃とかになると、皆が普通に放課後を教室で過ごしているのだろう。

 

 因みに、昼食は何事も無く過ぎていった。

 別に上級生に絡まれたりとかは一切無かった事を明記しておく。

 

「疲れた~……主に精神の方が」

「まだ二日目だぞ。もう弱音か?」

「そんな事を言われても……」

 

 机に体を預けながら弱っている一夏を横目に、俺は鞄に教科書を積み込みながら立ち上がる。

 あれから色々と考えたが、特に今日の予定が思いつかなかったので、無難に図書室にでも行って勉強をしようと思う。

 

「何をしている一夏。とっとと行くぞ」

「おっと。そうだった」

 

 いきなり箒がやってきて、一夏に何かを促している。

 この二人は何か用事があるのだろうか。

 

「そうだ。よかったら千夏姉も一緒に行かないか?」

「どこに。何をしに? ちゃんと説明しろ」

「実は、今から私と一夏とで部活の見学に行こうと思うんだ。千夏も行かないか?」

 

 そんなの聞いてないぞ。完全に初耳だ。

 

「部活か……」

 

 中学の時は結局、なんの部活にも入れず仕舞いだったからな。

 いい機会だし、何かチャレンジしてみるのもアリかもな。

 

「そうだな。どうせやる事も無いし、俺も一緒に行こうか」

「「やった!」」

 

 そこまで喜ぶような事か?

 

「どうせなら、セシリアと本音も一緒に……」

 

 と思い振り返ったら、もうそこには二人がいた。

 全く分からなかった……。

 

「非常に有難いのですが、今から祖国に報告をしなくてはいけませんの。申し訳ありません……」

「そうか。代表候補生も大変だな」

 

 俺も一応は委員会代表なんて肩書を持っているから、定期的に報告などをしなくてはいけないのだろうか?

 特にそう言った話は聞いてないが。

 

「私はね~。生徒会室に行かないといけないんだ~。ごめんね~」

「「「生徒会室……」」」

 

 よりにもよって、本音が生徒会室にだと?

 彼女とは最も縁遠いと思われる場所に、一体何の用が?

 

「私ね、生徒会の役員になったんだよ~」

 

 マジか。それでいいのか生徒会。

 

「い……一応聞くけど、役職は……?」

「書記だよ~」

「「「書記……」」」

 

 本音には悪いが、会議などで本音がホワイトボードに字を書いている姿が全く想像できない……。

 

「が……頑張れ」

「応援してる……ぞ?」

 

 二人共、完全に気休めだな。

 

「あまり迷惑を掛けるなよ」

「は~い」

 

 よろしい。根は真面目だから大丈夫だろう。

 

「千夏姉のオカンスキル再び……か」

「何か言ったか?」

「いや何も」

 

 もしも余計な事を言ったら、その顔面に疾風正拳突きをお見舞いするぞ。

 

「オカンスキルとはなんだ?」

「そのまんまの意味だよ。千夏姉って家では殆ど無敵でさ、料理以外の家事の殆どを仕切ってるせいか、千冬姉ですら敵わないんだ」

「それ程か……」

「だから、家事をしている時の千夏姉には絶対に逆らわない方がいいぞ」

「わ……分かった……気を付けておこう……」

 

 さっきからコソコソ話をしているが、俺には丸聞こえだからな。

 他の感覚が無いお蔭で、聴力はかなり凄い事になってるんだ。

 俺の耳は三千里だ。舐めるなよ。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 本音、セシリアの二人と別れた俺達は、そのまま部活棟がある場所に歩いていく。

 学園全体の見取り図ならば、パンフレットに書かれていた物を既に暗記済みだ。

 だから、迷わず進む事が出来る。

 

「確か、こっちだった筈だ」

「スゲ~……千夏姉、よく覚えてるな~」

「逆に、なんでお前は覚えてない?」

「え? あはは~……」

 

 笑って誤魔化すな。

 一夏にだってちゃんとパンフレットは渡っているだろうに。

 こいつの事だから、読んでいない可能性が非常に高いが。

 

 相変わらずの一夏に安心したような、呆れたような。

 そんな気持ちで渡り廊下を歩いていると、向こう側から完全に予期していない人物がやって来た。

 

「あれ、千夏?」

「ピ……ピーノ?」

 

 な……なんで彼がIS学園にいる?

 しかも、作業服っぽいのを着て。

 

「ピノッキオさん? え? なんで?」

「一夏も久し振り。ニュース見たよ。大変だったみたいだね」

「はは……お恥ずかしい限りです」

 

 ピーノがこの場にいることに驚いて、頭が混乱している。

 男二人が仲良さげに話してる光景が自然すぎているとか、ツッコみ所はあるのに。

 

「こ……この人が例の『ピノッキオ』さんか……?」

「あれ? 知らない子がいるね。二人の知り合い?」

「あ。コイツは……」

「自己紹介ぐらい自分で出来る」

 

 ワザとらしく一回咳払いをしてから、箒はピーノと向き合った。

 

「篠ノ之箒……といいます。よろしくお願いします」

「僕はピノッキオ。別にふざけているわけじゃなくて、これが本名なんだ」

「そ……そうですか」

 

 流石の箒も、明らかに年上な異性に対して、ちゃんと敬語を使っている。

 剣道をしているだけあって、礼儀はちゃんと弁えているからな。

 

「にしても、篠ノ之か……」

「私の苗字が何か?」

「いやね。もしかして、君って篠ノ之博士の家族か何か?」

「ね……姉さんを知っているのですか?」

「姉さん? そっか、君はあの人の妹なのか」

 

 この口ぶり。ピーノはどこかで束さんと出会っているのか?

 

「実はさ、前に一度だけ彼女と話した事があって。それで気になったんだ」

「あの姉さんが他人と話した……?」

 

 そんな反応になるよな。誰だってそうなる。俺だってそうなる。

 あの他人を完全に見下す人が、身内以外の人間と普通に話すなんて。

 俺からしても安易に信じられない。

 

「その……どんな様子でした?」

「本人は普通を装っていたけど、僕にはなんだか疲れて見えたかな」

「疲れていた?」

「体じゃなくて心がね。とても消耗しているように感じたよ。あくまで僕の推察なんだけど」

「あの人が……疲れて……」

 

 俺から見て、箒は束さんの事を根っこでは嫌っていないように思う。

 ただ、どう接していいか分からないだけなんじゃないだろうか。

 

「と……ところで、なんでピノッキオさんはここにいるんですか?」

「そんなの決まってるよ。千夏を護衛する為さ」

「ですよね~。でも、よくIS学園に入れましたね?」

「君と違って、僕はISを動かせないからね。だから、ちょっと裏技を使って潜り込んだんだ」

「裏技?」

 

 なんとなく予想は出来るが、一応は聞いておくか。

 

「僕の養父とここの理事長が昔馴染みだったみたいでね。彼のコネで表向きは用務員として働くことになったんだ」

「成る程……」

「だが、用務員って大変じゃないのか?」

「やる事は多いけど、僕は別に苦にはならないよ。どうやら、僕はこういった体を動かす仕事とは相性がいいみたいなんだ」

「そうなのか」

「昔、半年ぐらい知人のワイン園で剪定とかして働いていたことがあってさ。意外なほどに馴染んでいて、自分でもびっくりしたよ」

 

 ワイン園って事は畑作業か。

 言われてみれば、意外と似合っているかもしれない。

 

「へぇ~。凄いっすね。ワインとか飲むんですか?」

「少しね。でも、僕のように煙草を吸う人間にはワインの味が分からないって言われた事があってね。それ以来、ワインはあまり飲まないようにしてる」

 

 酒だけじゃなくて煙草も吸うのか。

 やはり、ピーノは成人男性だったんだな。

 

「お……大人っすね……」

「大人だからね」

 

 今思い出したが、前に乗せて貰ったピーノの車の灰皿には、少しも煙草の吸殻が無かったな。

 もしかして、まだ未成年である俺の事を気遣ってくれたんだろうか。

 

「用務員に成りすましてまで千夏姉の護衛をするなんて、ピノッキオさんって自分の仕事に誇りを持ってるんですね」

「誇り……か。そんな大層なものじゃないさ。単純におじさんの命令だからってのもあるし、それに……」

 

 いきなりピーノが俺の頬に手を当てて、そっと優しく撫で始めた。

 別に不快ではなかったので、そのまま放っておいた。

 

「自分でも理由は分からないけど、僕は千夏が悲しむ姿を見たくない。実に自分勝手な理由さ」

「ピーノ……」

 

 反射的にピーノの手を自分の手で包み込む。

 彼の手の方が大きいから、パッと見は添えているだけだが。

 

「ピノッキオさん……」

「なんだい?」

「今日から『お義兄さん』って呼んでもいいですか?」

「なんで?」

「いや……なんとなく将来を見据えて」

 

 こいつはいきなり何を言い出す?

 

「そういえば、千夏達は今からどこに?」

「俺達は部活の見学に行く所さ」

「そっか。あまり遅くならないようにね」

「分かってる」

「それじゃあ、僕はここで。まだ仕事が残ってるから」

「いってらっしゃい」

 

 ピーノが軽く手を振ってから去っていく。

 手と頬に残った彼の温もりが少し寂しい。

 

「な……なんだ今のは……! まるで恋人同士みたいだったじゃないか……」

「だろ? 俺から見ても、かなりお似合いのカップルだと思うんだよ」

「こ……これは由々しき事態だ……! 後でセシリアと簪にも報告しなくては……!」

 

 なんで報告する必要がある?

 

「ピノッキオさんがいること、千冬姉も知ってるのかな……」

「多分、知ってるだろう。教師として、それ系の情報はすぐに知らされるだろうしな」

 

 そうじゃないと、いざという時に大変だしな。

 

「さて、俺達もそろそろ行くか。部活が終わってしまっては意味がないしな」

「そうだな。箒、呆けてないで行こうぜ」

「あ……あぁ……」

 

 箒、声が震えてるぞ。

 

 意外な出会いによって地味にテンションが上がったまま、俺達は改めて部活の見学に行くことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第39話 部活を見よう

先日、バーベキューパーティーをして、ちょっと飲み過ぎちゃいました。

明日も休みだからいいんじゃねって思ってたら、朝になって猛烈後悔。

二日酔いで頭が痛かったです……。






 ピーノと別れた後、俺達は改めて部活の見学をしに部活棟に向かった。

 まずは、一夏と箒の強いリクエストにより剣道部が活動をしている剣道場へと足を向けることに。

 剣道を嗜んでいるだけあって、やっぱり気になってしまうようだ。

 

「なんかゴメンな。俺達の我儘に付き合わせちまってさ。千夏姉だって見たい部活があるだろうに」

「気にするな。俺としても、武道系の部活は気になるからな」

 

 俺の専用機である『ディナイアル』が格闘技を主体としている為、今後の為にも何か勉強になりそうな部を見てみたいとは思ってたし。

 

「一夏は中学の頃から剣道を再び始めたと聞いたが、千夏もそうなのか?」

「いや。俺は何もしてなかったよ。一夏が部活を始めた以上、俺が代わりに家事をしなくちゃいけなかったからな」

「そうか……それもそうだな」

「と言っても、それは俺のIS適性が発覚するまでの間だったがな」

「簪も言っていたが、その頃から訓練所へと通い始めたのか?」

「あぁ。色んな事があったが、多くの事が学べたと思うよ。良い出会いもあったしな」

 

 悪い出会いもあったがな。

 いや……アレに関しては思い出したくないので、すぐに忘れよう。

 

「ここか」

 

 話している内にいつの間にか俺達は剣道場へと到着していた。

 少しだけ開いている入り口からは、気合の入った声と同時に、竹刀が弾けるような音が響いてくる。

 音だけでも、ここの連中がかなり本気で頑張っている事が窺えた。

 

「「お邪魔します」」

「します」

 

 取り敢えず俺は形だけ。

 一応の挨拶をして扉を開ける事に。

 

「お? 男の子って事は、彼が噂の織斑一夏くん?」

「え? 俺の事を知ってるんですか?」

「知ってるも何も、君はもう既に学園中の有名人だよ?」

 

 部員達に指導をしている部長らしき人がこっちに気が付いてやって来た。

 一夏の顔を見た途端に顔が明るくなった。

 

「そこの二人は君の彼女? 凄いね~。もう女の子を侍らせてるのか~」

「違いますから! 箒はただの幼馴染だし、千夏姉に至っては実の姉ですから!」

「そうです。一夏と付き合うなどあり得ません」

 

 箒は見事にバッサリと切り捨てるし、一夏に至っては顔を真っ赤にしながらの弁解。

 我が弟よ。その顔では全くもって説得力が無いぞ。

 

「な~んだ、残念。って、姉?」

「そうです。だから彼女とかじゃ……」

「この子が一気に有名人になった、委員会代表の織斑千夏ちゃん!?」

「千夏の事もご存じで?」

「いやいやいや! 史上初の委員会代表に就任した美少女って事で、ある意味では織斑君以上に有名になってるよ!」

 

 不本意ではあるが、自分でもその自覚はある。

 前にも言ったかもしれないが、俺が委員会の代表に就任した事を大々的に発表した翌日から、プライベートでは変装をしなくては碌に外も出歩けなくなった。

 今では、伊達メガネと帽子、髪型を変えることが必須事項となっている程に。

 

「分かってたけど、やっぱり千夏姉も有名になってるんだな~」

「ふふん! 当然だ!」

「なんで箒が嬉しそうなんだよ……」

 

 同感。箒が喜ぶ要素は全く無いと思うんだが。

 

「ところで、剣道部に何か御用かな?」

「えっと、実は少し見学をさせて欲しくて……」

「お? って事は入部希望だったり?」

「それはまだ何とも。まずは見てからじゃないと」

「それもそっか。んじゃ、バッチリ見ていってね!」

 

 気合を入れ直してから、部長さんは部員達の元に戻って行った。

 少しだけ集団で固まってから、なにやら事情を説明しているようようだ。

 

「それじゃあ、気合入れて頑張るわよ~!」

「「「「「お~~~!」」」」」

 

 そこからは、さっき以上のキレと動きで部活に勤しむ部員達の姿があった。

 きっと、少しでも一夏にいい姿を見せようとアピールをしているに違いない。

 だが悲しいかな。ウチの弟に色仕掛けの類は通用しないんだよ。

 こいつは超高校生級の鈍感だからな。

 

「やっぱ凄いな~。IS学園の部活は」

「確かにな。これだけの実力がありながら、公式戦に出場出来ないのは非常に惜しい」

 

 そうなのだ。

 IS学園に部活は多々あれど、運動部系の部活は一切、公式戦へ出場が出来ない。

 詳しい事情は知らないが、少なくとも、この学園での部活とは全国の猛者達を武を競い合う為ではなく、己を高める為の自己鍛錬に近い。

 そう言う理由もあって、文化部に所属する生徒がかなり多いらしい。

 

「マジで入ろうかな……剣道部」

「私もそうするか。千夏はどうする?」

「俺は止めておこう。この空気は嫌いじゃないが、どうも……な」

 

 実を言うと、これまで全く剣道をしてこなかった訳じゃなかったりする。

 ISの訓練をするにあたって、俺は芳美さんに格闘技以外の武道も密かに教えて貰っていたから。

 幾ら、俺のディナイアルが格闘技主体の機体とは言え、相手はそうじゃない。

 千冬姉さんのように剣を使ったり、銃を使ったりする者が多々いる。

 それらの使い方や特性をちゃんと学ぶことで、試合の際に相手の動きを少しでも先読みしやすくする。

 だから、さっき箒に言った事は少しだけ誤りだ。

 

「千夏姉はどんな部活に入りたいんだ?」

「そうだな……」

 

 俺の入りたい部活。

 今の俺に合っている部活と言えば……。

 

「空手部とかあったら入りたいな」

「残念。柔道部ならあるけど、空手部は無いのよね」

「そうですか……」

 

 いつの間にか、再び部長さんが近くまで来ていた。

 にしても、空手部は無いのか……。

 別に柔道部でも悪くは無いのだが、自分の理想としては投げ技よりも打撃系の技を少しでも多く学びたかった。

 

「んで、どうだった?」

「はい。凄く気合が入ってて、ここまで皆のやる気が伝わってきました」

「同じくです。ここならば文句はありません」

「よかった~! んじゃ、新入部員二人確保~! ってことでいいのかな?」

「「はい」」

「よし! あ、そうそう。入部届は職員室で担任の先生に貰ってね」

「分かりました」

 

 ふむ。一夏と箒は剣道部に入部確定……と。

 さて。俺は本気でどうするかな。

 

「千夏ちゃんは、何か他に入りたいと思ってる部ってあるの?」

「一応、第二候補はあるんだが……」

「なになに? 聞かせて!」

「……………裁縫部」

「「「え?」」」

 

 女子達が裁縫部がある事を話しているのを少し聞いた事があって、その時から興味をそそられていた。

 だが、今は趣味よりも実益を優先したかったから、敢えて第二候補にしていたんだが。

 

「そっか~。千夏姉にならピッタリかもな。だって、編み物とか裁縫とかすっごい上手だし」

「そうなのか!?」

 

 なんで箒が驚く?

 暫く見ない間に、随分とオーバーリアクションな人間になったな。

 

「箒が知らないのも無理ないか。丁度、箒が転校した次の年ぐらいに学年の女子達の間で編み物が流行ってさ。千夏姉も友達から誘われて始めたんだよ。周りが段々と難しさに挫折したり、飽きていったりする中で、千夏姉だけがずっと続けてさ、今ではすっかり趣味の一つになってるんだ。それに合わせて裁縫にも興味を持ち始めて、服の修復程度なら簡単にやっちまうんだ」

「ち……千夏……いつの間に……」

「因みに、俺や千冬姉も千夏姉に色々と作って貰った事があるんだ」

「なんだと!? それはなんだ!?」

「俺は手編みのマフラーで、千冬姉は手編みのセーターだったっけ。未だに使い続けてさ、冬の寒い時とかすっごい暖かいんだぜ~」

「暫く見ない間に、千夏の女子力が私の想像の遥か上を行ってる……」

「編み物が得意な女子高生……フィクションじゃなかったのね……」

 

 おいこらそこの女子二人。

 何をそこまで戦慄する?

 俺が編み物好きで悪いってか。

 

「一応言っておくが、別に何かを編んであげたのは一夏達だけじゃないぞ」

「そうなのか?」

「簪に頼まれて手袋を編んだし、ピーノにはニット帽を編んだな」

「なん……だと……!」

「他にも、芳美さんにネックウォーマーを編んだり、山本さんにもセーターを編んだし……」

「また知らない名前が出てきた……。山本さんと芳美さんって誰だ……」

「俺が個人的にお世話になってる大人の人達」

 

 山本さんは本当に嬉しそうにしていたけど、芳美さんは微妙な顔をしていたな。

 『セーター自体は嬉しいけど、編み物が全く出来ない自分が情けなくなった』って言ってたような気がする。

 

「そこまで上手なら、そっちに入った方がいいかもね。はぁ~……私も編み物ぐらい出来た方がいいのかな~……。つーか、千夏ちゃんみたいな美人が編み物まで出来るって、もう女子としてほぼ完璧よね。将来、彼氏になる人が羨ましいわ。って言うか、寧ろ私が娶りたい」

 

 告白された。

 それと、編み物なんか出来なくても十分に誰かと付き合えると思いますよ?

 

「えっと……今日の所はこの辺で、お邪魔しました」

「あ、うん。入部届を渡しに来るのは明日でいいからね」

 

 なんだか落ち込んでしまった部長さんを横目に、俺達は剣道場を後にした。

 さて、今から入部届を貰いに行きますか。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 職員室で千冬姉さんから入部届を貰って、そのまま今日は寮に帰る事に。

 途中で一夏達と別れた後、真っ直ぐに部屋まで向かった。

 一応、マナーとして入室前にノックをする事に。

 これが俺一人の部屋だったのなら、こんな事をする必要は無いのだが、今は本音も一緒に暮らしている。

 変な事が起きないように、このようにするのは常識だ。

 ……一夏の奴は普通に忘れそうだがな。

 

「入るぞ」

「なっち~? おかえりなさ~い」

 

 扉を開けて入ると、そこでは既に本音が帰ってきていて、ベッドの上で伸び伸びとしながら雑誌を読んでいた。

 どうやら、ぬいぐるみに関する雑誌のようだ。

 

「もう戻っていたのか」

「うん。まだ入学したてだから、そこまで込み入った用事があるわけじゃないしね~」

 

 それもそうだ。

 新入生を早くもこき使い様な生徒会は、普通にブラックだろう。

 

「ほえ? なっちー、その紙はなに?」

「入部届だ。さっき貰ってきた」

「って事は、どこかに入るの?」

「裁縫部に入ろうと思っている」

「そっか~。なっちー、凄く上手だもんね~」

 

 本音にも少しだけ、過去の俺の作品を見せたが、どれも面白いぐらいに絶賛してくれた。

 その時に『おじょ~さまとは大違いだね~』と言っていたが、お嬢様って誰だ?

 

「それじゃ~、明日の放課後は予定あるってこと?」

「そうなるな」

「そっか~。かいちょーがなっちーに会いたがってたんだけど、次の機会にするように言っておくね~」

「かいちょー……とは、生徒会長の事か?」

「そ~だよ~」

 

 生徒会長が俺に会いたがっている?

 なんで俺なんかに?

 俺が一夏の姉だから?

 それとも、委員会代表だから?

 

「かいちょーはね~、かんちゃんのおね~さんなんだよ~」

「ほぅ……」

 

 簪の姉がここの生徒会長をしているのか。

 その時点でタダ者じゃない事は明白だな。

 日本の代表候補生である簪の姉ならば、間違いなく同じような代表候補生か、もしくは国家代表もあり得るか……?

 

「ん?」

 

 ちょっと待て。

 生徒会長って確か、入学式の時に挨拶をしたり、IS学園のパンフレットに顔写真が記載されていたような気が……。

 でも、あの時は普通に聞き流してたから顔はよく覚えてないし、パンフレットは早くも無限の彼方へ旅立ってしまった。端的に言うと、なくした。

 

(生徒会長と言えば、間違いなく多忙な人だろう。そんな人が俺に会いたがっているのに、こっちの都合で断るのは気が引けるな)

 

 別に入部届は急いで提出する必要は無いし、後でも構わないだろう。

 

「明日、生徒会室に行ってもいいぞ」

「え? いいの?」

「そう言った」

「でも……入部届……」

「生徒会室に行った後でも問題無いだろう?」

「なっち~……」

 

 本音? どうして目をウルウルさせる?

 

「ありがと~!」

「おっと」

 

 いきなりベッドから飛び降りて抱き着いてきた。

 少しよろけそうになったが、日頃から鍛えていたお蔭で倒れずに済んだ。

 

「えへへ~……♡ 明日はなっちーと一緒だ~♡」

「そうだな」

 

 別に生徒会室に行く用事が無くても、俺で良ければ幾らでも一緒にいてやるんだがな。

 

「ところでなっちー。質問があります」

「なんだ?」

「なっちーは編みぐるみは出来る?」

「編みぐるみか……」

 

 やろうと思った事なら何回かあるが、実際にやった事はまだないな。

 何を編もうか悩んでしまって、気が付いた時には時間が過ぎていたことがよくあるから。

 

「実はね、さっき読んでいた雑誌に編みぐるみの作り方が載ってて、なっちーも出来るのかな~って思ったの」

「そうだったのか」

 

 その手があったか。

 雑誌からアイデアを貰えば、少しは指針が固まるかもしれない。

 

「その雑誌、俺にも見せてくれないか?」

「いいよ~。まずはね~……」

 

 その後、夕食の時間までずっと本音と一緒に雑誌を見ながら編みぐるみの事について話していた。

 まずは簡単そうな犬か猫辺りに挑戦してみるか?

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと強引でしたが、生徒会フラグが立ちました。

次回は楯無との初めての出会い?


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第40話 生徒会

今回は楯無視点があるので、いつもとはちょっと雰囲気が違うかもです。

千夏の意外な一面が見られるかも?






 部活の見学に行った次の日。

 俺は本音との約束通り、彼女と一緒に生徒会室に行く事にした。

 一夏や箒達には予め教えていたので、これと言って騒ぎにはならなかった。

 簪は少し暗い顔をしていたが。

 姉であるという生徒会長と仲が悪いのだろうか?

 

「ここだよ~」

「ほぅ……」

 

 本音の案内に従って校舎の中を歩いていくと、そこには学園の他の施設とは雰囲気が全く違う扉があった。

 基本的に最新技術の塊であるIS学園の施設は、大抵の扉が認証機能が設置された自動ドアなのだが、ここだけは一昔前の木製の洋風の扉になっている。

 お蔭で、ここだけ違和感が凄い事になってる。

 

「………………」

「どーしたの? なっちー」

「いやな。中学の時は生徒会になんて縁も所縁も無かったんでな。柄にもなく緊張しているようだ」

「珍しいね~。なっちーの事だから、どんな時も悠然と身構えてると思ってたよ~」

「そんな事は無いよ。俺だって人間なんだ。緊張もするし、恐怖もする」

 

 事実、あの代表発表記者会見の時は緊張しっぱなしだったからな。

 もしも、あの会見の時に一人だったらと思うと、今でも身震いする。

 会長さんと山本さん、それからピーノに感謝だな。

 

「それよりも、早く入らないのか?」

「そーだった。んじゃ、ノックしてもしも~し」

 

 袖が長くて全く手が見えてないが、それでもちゃんとノックは出来ているようだ。

 鈍いが、ちゃんとドアを叩く音は聞こえてくるしな。

 

「はい、入ろっか~」

「向こうからの許可は取らないのか……」

 

 マイペースと言うか、なんというか……。

 本音の方が緊張なんて言葉とは無縁の人間なんじゃないのか?

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 私がパソコンで作業をしていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。

 きっと、本音ちゃんが千夏ちゃんを連れてきてくれたのね。

 

「虚ちゃん。お茶の準備をお願い」

「分かりました」

 

 虚ちゃんが奥に引っ込んでから、私は一声かけようと口を開けると、何か言う前にドアが勝手に開いてしまった。

 

「おじゃましま~す」

「お邪魔します」

 

 せめて、こっちの許可を取りましょうよ……。

 ほら、なんだか千夏ちゃんも気まずそうにしてるし。

 

「かいちょー。なっちーを連れてきたよ~」

「ありがとう、本音ちゃん」

 

 この子が簪ちゃんのお友達であり、史上初のIS委員会代表選手に抜擢された織斑千夏ちゃんね。

 これまでは遠巻きに見たり、資料で顔写真を見たりするだけだったけど、こうして生で、こんなにも近くで見るのは初めてね。

 う~ん……想像以上の美人……。

 この子、本当に一年生なのよね? 本当は大学生でしたとかないわよね?

 さっきから部屋の中をキョロキョロと見渡してるけど、その仕草もとても大人びてるんですけど。

 まるで、子会社の査定に来た親会社の視察員の人みたい。

 

「なっちー?」

「あ……すまない。学校の生徒会室なんて初めて入ったもんだからつい……な」

 

 なにこのクールビューティーな萌えっ子。

 ギャップ萌え? ギャップ萌えなの?

 

「初めまして。織斑千夏ちゃん。私が、このIS学園の生徒会長を務めている二年の更識楯無よ」

「こちらこそ初めまして。織斑千夏と言います。貴女の事は本音から軽く窺っていました。簪のお姉さんだそうですね」

「そうよ。いつも、簪ちゃんと仲良くしてくれてありがとう」

「俺は大したことはしてませんよ。寧ろ、こっちの方こそ簪に感謝したいぐらいです」

 

 話し慣れてる……ってよりは、年上の人間との会話に慣れてる感じ?

 でも、それも仕方がないのかもね。

 だって、学校の同級生や訓練施設の子達を除けば、周りにいるのは全員が大人ばかりだったでしょうし。

 嫌でも、こんな時の会話の仕方が身についている……か。

 

「どうぞ。遠慮無く座って頂戴」

「失礼します」

「わ~い!」

 

 丁寧に座る千夏ちゃんとは対照的に、本音ちゃんはいつも通りに座ってる。

 別に仰々しくしろとまでは言わないけど、もう少し慎みを持った方がいいと思うわよ?

 じゃないと、虚ちゃんの雷が落ちてくるかもだから。

 

「どうやら、丁度良かったようですね」

「お姉ちゃ~ん」

 

 ナイスなタイミングで虚ちゃんが人数分の紅茶を持って戻ってきた。

 ここからでも、紅茶のいい香りが漂ってくる。

 

「お姉ちゃんって事は、この人が本音の……?」

「そ~だよ~」

「お初にお目にかかります。本音の姉である、三年の布仏虚と申します」

「これはご丁寧にどうも。一年の織斑千夏です。妹さんにはいつもお世話になっています」

 

 およそ女子高生とは思えない会話が展開されてるんだけど。

 こうして並んでると、千夏ちゃんと虚ちゃんって雰囲気が似てるように感じる。

 

「そうですか。千夏さんとご一緒のお部屋になったと聞いて、何かご迷惑をお掛けしていないかと思って、心配していたんです」

「おね~ちゃ~ん……」

「迷惑だなんて、とんでもない。俺は、本音がルームメイトで本当によかったと思っています」

「なっちー……♡」

 

 わ……私はハブられてる……!?

 生徒会長なのに……私が千夏ちゃんを呼んだのに……。

 

「どうぞ。私が淹れた紅茶です」

「ありがとうございます」

「はい。本音にもね」

「ありがと~!」

 

 そして、無言で私にも紅茶が置かれた。

 その時の虚ちゃんの目は『少しはお嬢様も千夏さんの事を見習ってください』だった。

 グゥの音も出ないわ……。

 

「いただきます」

 

 千夏ちゃんが淹れたての紅茶を口に運ぶ。

 資料によると、彼女は幼少期に交通事故に遭い、その時の後遺症で嗅覚と触角と味覚を失ったと聞いたけど……。

 どうしても、それを直に確かめてみたかったのよね……。

 我ながら、相当にゲスい事をしてるって自覚はあるけど。

 本当にゴメンね……千夏ちゃん……。

 

「いかがですか?」

「はい。香りも素晴らしいですし、それに……」

 

 長い髪をかき上げながら、誰もが見惚れるような微笑を浮かべながら千夏ちゃんは言った。

 

「とても……優しい味がします」

 

 千夏ちゃん……アナタって子は……アナタって子は……。

 

(メチャクチャいい子じゃないのよ~~~~!!!)

 

 本当は味なんて感じていない筈なのに、紅茶を淹れてくれた虚ちゃんに不快な思いをさせないように、敢えて『美味しい』や『不味い』といった感想じゃなくて『優しい』という言葉を使った。

 こんなの咄嗟に出てくるもんじゃないわよ。

 千夏ちゃんが他者への気遣いが出来る良い子だって、何よりの証明じゃない!

 

 でも、同時にハッキリと分かった事が一つだけある。

 あの紅茶を飲んだ時、千夏ちゃんは躊躇いも無く飲み込んだ。

 淹れたての紅茶なら結構な熱さがある筈なのに、この子は熱がる素振りを全く見せなかった。

 つまり、千夏ちゃんは『味』だけでなく『熱さ』も感じていなかったってことになる。

 彼女の五感の内の三感が機能していないという情報は正しいみたいね……。

 

(※ 楯無はまだ千夏の嗅覚が治っている事を知りません)

 

 情報が正しい事が知れたのはよかったけど、その代償として罪悪感ががががが……!

 

「ところで、どうして俺を呼んだのですか?」

「え?」

 

 ちょっとボ~ッとして油断してた……。

 

「え……えっとね。実は委員会日本支部の支部長さんからの依頼で、千夏ちゃん達の護衛をしてくれるように言われてるのよ」

「それで一度、直に千夏さんとお会いして、人となりを見ておきたいと思った次第なのです」

「あの会長さんが……。でも、護衛って事は、もしかしてピーノと協力して……?」

「そうなるわね。まだ彼とは話してないけど、近い内にこっちから接触を試みるつもりよ」

「そうですか」

 

 あら。意外と冷静。

 愛称で呼んでるから、千夏ちゃんとピノッキオ君が付き合ってるって情報が正しかったと思ったんだけど、実はガセネタだったのかしら?

 

「千夏ちゃんは、何かもう部活って入ってるの?」

「まだです。でも、入ろうと思っている部ならあります」

「何部?」

「裁縫部です。もう入部届も書き終えてます」

「そうなんだ……」

 

 まだなら、この機に生徒会に所属して貰おうと思ってたけど、一足遅かったみたいね。

 この分だと、弟の一夏君の方も剣道部辺りに入部してるかも。

 

「か……簪ちゃんから聞いたんだけど、千夏ちゃんって編み物が得意なんですって?」

「得意って程じゃないですよ。あれはただの趣味です」

「でも、前に簪ちゃんが嬉しそうに手編みの手袋を付けてたのを見たけど、凄く上手に出来てたわよ?」

 

 少なくとも、私には絶対に無理。

 編み物は私が世界で一番苦手な事だ。

 それが出来る千夏ちゃんは、本当に尊敬できる。

 

「偶々上手に出来ただけです。プロの方々には敵いません」

「でも、前に見せて貰った、なっちーの作った編み物の写真、凄かったよ~?」

「そうか?」

「そんなのがあるの?」

「まぁ、一応。作った作品は逐一、写真に収めるようにしてるんで」

「ちょっと興味がありますね」

「私も見てみたいわ」

「………別にいいですけど」

 

 無表情だけど、千夏ちゃんが照れてるのがよく分かる。

 だって、僅かに頬を赤くしてるんだもん。

 マジで可愛いと思っちゃった。

 

 千夏ちゃんが自分のスマホを取り出すのを見て、私達は彼女の傍に行って、覗きこむようにスマホの画面を見た。

 そこには、プロ顔負けの出来の手編みのセーターが写っていた。

 

「これは、俺が小学六年の時に千冬姉さんに向けて作ったセーターです」

「「小学六年……」」

 

 小学生の時に、既にこれ程の出来栄えだったの……!?

 私じゃ一生掛かっても無理だと思う……。

 っていうか、何気に近くに千夏ちゃんの顔があるし。

 睫毛長い……肌も綺麗で……いい匂いが……。

 猛烈に抱きしめて、頭をナデナデしてあげたい~!

 

「そして、これが一夏に作ったマフラー」

「本当に見事ですね……」

「まるで、お店に売ってる品物みたいだね~」

 

 全くもって同感よ。

 もう、将来はISから手を洗って、編み物のお店とかしたらいいんじゃない?

 絶対に繁盛するわよ。私が保障する。って言うか、私も手伝う。

 

「後は、ピーノに作ったニット帽に……」

 

 そこからも、出るわ出るわ、千夏ちゃんが今まで製作した編み物の数々が。

 ここまで夢中になれるって事は、本当に大好きなのね。

 熱中できる何かがあるのは、純粋に羨ましいわ。

 

「こんなに素敵なら、私も欲しいなぁ~……」

「いいですよ?」

「へ?」

 

 無意識のうちに呟いた一言を聞かれた!?

 しかも、いいって言った!?

 

「季節が季節なんて、今は合わないでしょうけど、ゆっくりと作っていけば、今年の冬頃には間に合うんじゃないかと」

「そ……そんな悪いわよ! それに、今のは魔が差したって言うか……」

「俺は気にしませんよ。好きでやってる事なんで。それに、時間ならタップリとありますから」

 

 千夏ちゃん……本当にこの子は……。

 

「よかったら、虚さんにも何か作りましょうか?」

「いいんですか?」

「勿論。なんでも好きな物を言ってください」

「そこまで仰ってくれるのなら……」

「なっち~。私の編みぐるみは~?」

「心配しなくても、ちゃんと作ってやる」

「やった~!」

 

 まるで皆のお母さんみたいね、今の千夏ちゃんは。

 家でも、家事の殆どを任せてるって織斑先生が言ってたけど、どうやら、織斑家の舵を握ってるのは千夏ちゃんのようね。

 なんとなくだけど、将来は絶対にいいお母さんになるって思うわ、この子。

 

 結局、その後も千夏ちゃんの編み物の話で盛り上がって、下校時刻までずっと話し込んでいた。

 簪ちゃんが千夏ちゃんを好きな理由……なんだか理解出来た気がする。

 理解が出来たからこそ、より一層、守ってあげたいと思えた。

 改めて誓うわ、千夏ちゃん。

 あなたの事は、お姉さんが絶対に守ってみせる。

 もう絶対に……大人の悪意の犠牲になんてさせないんだから。

 

 

 

 

 




意外と敬語は話せる千夏。

本当ならしなくてもいい経験で、自然と鍛えられたのでしょう。


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第41話 護る為に

パッションリップと鈴鹿御前を二連続で当てちゃいました。

まだ紫式部も育て上げてないのに……。







 千夏ちゃんが生徒会室を初めて訪問した次の日。

 私は朝から学園の中庭に足を運んでいた。

 その目的は、千夏ちゃんを護衛するにあたって、最も重要な人物に会う為。

 

(彼ね……)

 

 一見すると無防備な背中を晒しながら、彼は作業着を着た状態で花壇に座り込んで整備をしている。

 素人には分からないかもしれないが、彼の足は少し外側に出ていて、いつでも動けるように備えていた。

 私から見ても、寸分の隙も見当たらない。

 下手に仕掛けようすれば、次の瞬間にはこの首を切り裂かれてお陀仏だ。

 そうならないように、私は可能な限り普通を装って話しかける事にした。

 

「おはよう。朝から精が出るわね」

「おはよう。やっと話しかけてきたね」

「……ばれてたのね」

「それだけ視線を向けられれば、誰だって気が付くよ」

 

 一応、近づくまでは気配を消してたんだけど……。

 後ろを向いたままで気が付くなんて、彼ほどの実力者ともなれば、私ですら赤子に等しいのかもしれない。

 

 少し緊張しながら近づくと、彼が不意に立ち上がり、こっちを向いた。

 

(あらイケメン)

 

 これは……簪ちゃん達の同期の子達が夢中になるわけね。

 そこら辺のアイドルなんて目じゃないぐらいに顔が整ってる。

 少しだけ無気力そうな目が、またいい感じになってるし。

 

「君の事は知ってるよ」

「え?」

「IS学園の生徒会長にして自由国籍を取得したロシアの国家代表、そして、暗部の家系である『更識家』の現当主……でしょ?」

「……正解よ。それも貴方のお義父さんから?」

「うん。ここに来るにあたって、必要な情報は全て貰ってるから」

 

 流石はイタリアンマフィアの大物にして、IS委員会の委員長ね……!

 とことんまで抜かりがないわ。

 

「私は更識楯無。千夏ちゃんの事で大事な話があって、ここまで来たの」

「それって、千夏の護衛に関する事?」

「えぇ。貴方が委員長から彼女の護衛を任されているように、こっちも支部長や政府から千夏ちゃん達の護衛を依頼されてるの」

「あの組長さんらしいや。念には念を入れておく腹積もりらしいね」

「最悪の事態に備えて、手札は一枚でも多い方がいいでしょう?」

「それには同意するよ」

 

 今のところは普通に話せているけど、少しでも機嫌を損ねたらどうなるか分からないから、一言一言に気を使ってしまう……!

 

「いいよ」

「え?」

「僕も、自分一人で千夏を全ての脅威から守れるなんて、思い上がった考えは持ってないから。彼女を守れるのなら僕は何でもするし、どんな事でも受け入れる」

 

 ……ここまでハッキリと言えるって、ある意味で尊敬するわ。

 裏社会では知らない人間がいないとまで言われている、若き天才暗殺者『ピノッキオ』。

 そんな彼にここまで言わせるなんて、千夏ちゃんも中々に魔性の美少女ね。

 

「そ……そう。貴方がそう言ってくれて安心したわ。それじゃ、これからもよろしく頼むわね」

「うん。お互いに出来る事を精一杯やろう」

 

 そう言うと、彼は再び座り込んで花壇を弄り始める。

 その時、私はある事が猛烈に気になったので、試しに聞いてみた。

 

「ねぇ……貴方って、千夏ちゃんとお付き合いしてるの?」

「は?」

 

 思わず立ち上がった彼の素の表情を見た気がする。

 でも、そんなにも驚くような事かしら?

 

「僕が? 千夏と?」

「えぇ。訓練所の子達は、そんな風に噂してたみたいよ」

「何を馬鹿な事を。ここの理事長さんにも言われたけど、僕と千夏はあくまでも『護る側』と『護られる側』でしかない。僕等の間には、それ以上もそれ以下の関係も無いよ」

「あなた……」

 

 さっきの発言から、どう考えても千夏ちゃんの事を特別に意識しているのは丸分りなのに、自分の気持ちに気が付いてないのかしら?

 それとも、気が付いたうえでこんな事を言ってる?

 どっちにしても、色恋沙汰に関しては、かの天才も普通の人間って事ね。

 

(あれ……? なんで私、安心してるんだろ……)

 

 別に千夏ちゃんと彼が恋人同士だったとしても、私には何の関係も無いのに……。

 なんか、二人が一緒に並んでいる姿を想像したら、胸の辺りがチクリとした……。

 

「ところでさ、いいの?」

「何が?」

「食堂。早く行かないと閉まっちゃうよ?」

「へ?」

 

 しょくどー……しまる……?

 

「あぁっ!?」

 

 しまった!! 話に夢中になり過ぎて、朝ご飯を食べるのをすっかり忘れてた!!

 時間は……もう8時30分になろうとしてる!?

 急がないと、食べ損なっちゃう!!

 

「もう話は終わりでしょ? だったら早く行かないと、遅刻しちゃうかもだよ?」

「そ……そうね! 私はここらで失礼するわ!」

「ん。いってらっしゃい」

 

 やっば~い!! 私ともあろう者が、こんな少女マンガの主人公みたいなドジを踏むなんて~!

 流石に、お腹空いたままで午前の授業を乗り切れる自信は無いわよ~!

 お願いだから、間に合って~!

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 ふむ。どこかで楯無さんの悲鳴が聞こえてきた気がするが、気のせいだろう。

 生徒会長ともあろう方が、遅刻なんてする筈もないしな。

 

 俺達は今、寮の食堂で朝食の真っ最中だ。

 メンバーはお馴染みの面々に本音が加わった6人だ。

 

「そ……その、千夏さんが編み物がお得意だというのは本当なんですの?」

「うん。私も千夏の手作りの手袋を貰ったけど、凄く上手で暖かかった」

「他にも色々と作ってるんだぜ。千夏姉の裁縫の腕はマジでプロ級だよ」

「そこまで持ち上げるな」

「私も最低限の事ぐらいは出来るが、セーターやマフラーなんて絶対に無理だ……」

「私もですわ……。ピアノやフェンシングなどは習っていますけど、編み物なんて女の子らしいことはとてもとても……」

 

 いや、セシリア。俺からしたらピアノもフェンシングも十分に凄いぞ。

 そっちこそ普通は無理だ。

 

「なら、しののんもセッシーも、なっちーに編み物を習えばいいんじゃないのかな~?」

「「それだ(ですわ)!!」」

 

 本音……今、お前は確実に余計な事を言ったぞ。

 

「千夏! 是非とも私にも編み物を教えてくれ!」

「私にもご教授願いますわ! 千夏さん!」

「それなら私も習いたい」

 

 混乱に乗じて簪もしれッと混ざるな。

 

「はぁ……俺で良ければいいぞ」

「「「やった!」」」

 

 後で三人分の毛糸と編み棒を用意しておかないといけないのか……?

 

「といっても、お互いに忙しいから、暇な時間を作らないとな」

「そうですわね。私と簪さんは代表候補生で、千夏さんも委員会代表。しかも、部活にも所属しているから……」

「必然的に時間は限られてくるな……」

 

 俺はまだ部に所属してないけどな。

 昨日は結局、裁縫部に入部届を提出出来なかったし。

 だから、今日こそは届けに行こうと思っている。

 

「心配しなくても、どこかで必ず時間は出来るだろう。準備さえ怠らなければ大丈夫だ」

「でもさ、編み物って初心者にも出来るもんなのか?」

「そうだな……。流石にセーターやマフラーのような凝った代物は不可能だが、手袋とかだったら、そこまで模様に拘りさえしなければ、なんとか……」

 

 ある意味、編み物と料理は似たようなものだと俺は思っている。

 変に隠し味や模様を拘ろうとすると、逆に失敗してしまう所とかが。

 

「その辺は千夏に任せる。私達では最初の一歩すらも分からないからな」

「了解だ。材料などはこっちで準備しよう」

 

 どうやら、思っているよりもやる気はあるようだ。

 ならば、俺もちゃんと教えてやらねば。

 

「実は千夏さん。私からもう一つお願いしたい事があるんですが……」

「なんだ、セシリア」

 

 彼女からお願いとは、また珍しい。

 

「確か、来週に一夏さんは専用機を受領する手筈になっているんですわよね?」

「千冬姉はそう言ってたな」

 

 最近、セシリアは一夏の事を名前で呼び始めた。

 別に二人が特別に親しくなったとかじゃなくて、単純に同じ名前の人間が三人も一緒だと紛らわしいから、という理由らしい。

 俺と一夏と千冬姉さん。一組に織斑家集結してるからな。

 

「でしたら、私と千夏さんで模擬戦をして、その光景を彼に見せてあげるのはいかがかしら?」

「模擬戦……」

 

 成る程。それは考えも及ばなかったな。

 流石は学年主席。ナイスなアイデアだ。

 

「いいかもしれない」

「でしたら……」

「ああ。喜んで引き受けようじゃないか」

 

 俺としても、IS学園でディナイアルを動かしてみたいという俗な欲求が無かったわけじゃない。

 だから、この話は渡りに船だった。

 

「一夏も、俺の試合を見てみたくないか?」

「そう……だな。興味はあるよ」

「決まりだな」

「ですわね」

「だったら、試合をする日は一夏の専用機が搬入される日にするか。機体の設定をしている間に試合をすれば、一夏も暇を潰せるだろうし」

「模擬戦を暇つぶしと言える人は、千夏さんぐらいですわ……」

「そうか?」

 

 案外、姉さん辺りも言いそうな気がするが。

 

「一夏。どんな理由であれ、専用機を手にする以上はお前も遅かれ早かれ試合をする事になる。訓練機とは違って、専用機の試合とはそれだけで人々の注目を集めてしまう。だから、俺とセシリアの試合を間近で見て、ISの試合をいう物を、専用機同士の戦いをよく見ておけ。嘗て俺達がモンドグロッソの会場で見た試合とは、また違った感想が必ず出てくるはずだ」

「……分かった。千夏姉とオルコットさんの試合、この目にしっかりと焼きつけておくよ」

「その意気だ」

 

 となると、これからの予定は自然と決まったな。

 

「では、試合に備えて俺は体を動かして、トレーニングに励むか」

「私も、そうさせていただきますわ。千夏さんとは、最高の試合をしたいですから」

 

 いい顔をするじゃないか、セシリア。

 俺にはハッキリと分かる。今の彼女はさっきまでのお嬢様じゃない。

 紛れもなく、一人の戦士だ。

 

「千夏は……ここまで闘志を燃え滾らせる女だったか……?」

「試合の前の千夏はいつもこんな感じ」

「簪も千夏と戦った事があるのか?」

「勿論。最初から十分に凄かったけど、今の千夏はその時とは比較にならない程に強くなってる」

「スゲェな……千夏姉。俺も負けてられないぜ……!」

 

 一夏のやる気にも火が着いたか。

 織斑家とは、どうも熱くなりやすい血筋のようだ。

 

「なっちーは熱血キャラだったんだね~」

「千夏姉はクールな熱血キャラって感じだな。なんつーのかな……冷たく燃える青い炎……みたいな?」

「ふむ……言い得て妙だが、不思議と納得できるな」

 

 青い炎……か。

 まさか、一夏はエスパーか?

 

「千夏の専用機とは、どんな機体なんだ?」

「それはまだ秘密だな。一応、対戦相手の前だし」

「あ……」

 

 調べようと思えば、セシリアの専用機の情報を入手可能だが、そんな気は毛頭ない。

 曲がりなりにもスポーツマンである以上は、ここはフェアに行こう。

 

「今から楽しみだな。セシリア」

「そうですわね。千夏さん」

 

 他国の専用機持ちとの初めての試合。

 勝っても負けても、得るものは必ずある筈だ。

 

「一応、後で千冬姉さんにも言っておかないとな」

「あの人の事だから、二つ返事で了承しそうな気がするが」

 

 大人びて見えるが、千冬姉さんも戦闘狂染みた所があるからな。

 何回か俺の試合を見ているあの人なら猶の事、笑顔を見せながらOKサインを出しそうだ。

 

 かく言う俺自身も、セシリアに試合の事を言われた時から、ずっと胸が熱くなる感覚を感じていた。

 何も感じない体に感じる『熱』は、きっと心が熱くなっているんだろう。

 成る程、これが俗に言う『闘志』と呼ばれるものか。

 感情が死んだと思っていた自分にも、まだこんな物が残されていたんだな。

 

(セシリアに出会っていなかったら、気が付かなかったかもしれない……)

 

 大切な事を教えてくれたセシリアに、俺流の礼をしなければいけないな。

 全力で戦い、勝利する事で。

 

 ディナイアル。俺に勝利を見せてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




変則的ですが、セシリアとの試合を設けました。

原作みたいな慢心は当然ないので、熱い試合になるかもしれません。


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第42話 試合に備えて

グリザイアの果実を見ていたら、不思議とモチベーションが向上しました。

もしかしたら、少しの間はこの作品ばかりを更新するかもしれません。






「……と言うわけです」

「そうか。お前とオルコットが模擬戦とはな……」

 

 放課後になり、俺は真っ先に職員室へと向かって千冬姉さんに今朝の話を伝えた。

 最初は大なり小なり難色を示すかもしれないと考えていたが、思っているよりも嬉しそうにしていた。

 

「いいだろう。こっちとしても、遅かれ早かれアイツには試合を直接見学させるか、アイツ自身に試合をさせないといけないと考えていたところだ」

「そうだったんですか」

「だから、千夏の提案は私にとって渡りに船だった。それと、今は放課後だから別にいつも通りで構わんぞ」

「……職員室ですよ」

「気にするな。プライベートの呼び方一つで文句を言うような器量の狭い教師は、ここにはいない。そんな連中は入る前から理事長直々に(ふるい)に掛けられるからな」

「そうなのか……」

 

 ここの理事長はかなりの人格者のようだ。

 いや、それは護衛をする目的でピーノに学園の用務員をさせてくれている時点で分かり切っていたか。

 

「だが、意外と言えば意外だったぞ」

「何が?」

「お前が自分から試合をすると言ってきたことが、だ。昔から千夏は争い事とは無縁の生活を送ってきてたからな。ISに関わるようになっても、自らの意思で試合をした事は一度も無いと芳美も言っていた」

「あの頃は状況に流されていたからな……」

 

 俺自身、右も左も分からない状態でいきなりプロの世界に送り込まれた身。

 ディナイアルと言う専用機を手にしてからも、ISの試合をする事には消極的だった自覚はある。

 

「何がお前を変えたのかな……」

「自分でもよく分からない。だが、セシリアから試合を申し込まれた時、こう……なんて言えばいいのか、胸の奥が熱くなったんだ」

「ほぅ……」

「それを感じた瞬間、俺は生まれて初めて己の意思で誰かと戦ってみたいと思った」

「その気持ち、私にもよく分かるよ」

「姉さんも?」

「いや……私だけじゃないな。代表候補生や国家代表に名を連ねる者達の殆どが、今のお前と同じ感情を一度は経験している」

「それは……」

「言葉で言い表すのは難しいが、敢えて言えば『闘争心』、もしくは『闘争本能』……だな」

「闘争本能……」

 

 そう言われると、まるで野生の獣みたいだな。

 いや、ある意味では人間も立派な『獣』か。

 

「私や一夏もそうだったが、やっぱりお前も『織斑』だったんだな……」

「え?」

「いや、なんでもない。気にするな」

 

 どうも引っかかる言い方だったが、ここは俺も気にしない方がいいと思った。

 

「なに。お前の実力なら他国の代表候補生相手にも十分に通用する。勝ち目はある」

「教師として、一人の生徒を贔屓するような発言はどうかと思うけど」

「言っただろ? 今は放課後でプライベートタイムだ。姉が妹を贔屓して何が悪い?」

「この人は……」

 

 甘い言葉を言いながら、そっと俺の頬に手を寄せても騙されないからな?

 別に抵抗をするつもりはないが。

 

「今からどうする気だ?」

「取り敢えず、昨日出し損ねた入部届を裁縫部に届けに行こうと思う。本格的に体を動かすのは明日の朝からにしようと思ってるよ」

「そうか。また暇な時にでも何か作ってくれ。千夏の編み物は出来がいい上に物持ちがいいからな。本当に重宝している」

「少し予約があるけど、分かったよ」

 

 なんか、ISとは全く関係が無い所で本格的に忙しくなってないか?

 これでいいのか俺は。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「そんな訳で、今日からよろしくお願いします」

「「「「よろしく~!」」」」

 

 裁縫部の部室まで行き、俺は部長さんに入部届を手渡した。

 どうやら、一年生の新入部員は俺だけのようで、呆気なく入部届は受理された。

 裁縫部の部員は、俺を覗いて五名だけ。二年生が三人に、三年生が二人だ。

 今は三年生の人が部長を務めているが、二学期頃には二年生の誰かに部長の座を明け渡すつもりらしい。

 

「いや~! 織斑さんのような有名人が来てくれるなら、こっちとしては大歓迎だよ~!」

「うんうん!」

「最近は裁縫なんて全くしない子が増えたからね~。一度でも嵌れば楽しいのに」

「織斑さん……いや、ここは敢えて千夏ちゃんと呼ぼう! 名字だと弟君や先生と同じで紛らわしいからね!」

「それで構いませんよ。俺も、あまり名字で呼ばれ慣れてないんで」

 

 想像よりもフレンドリーな部で安心した。

 部室の至る所に、彼女達が作ったと思われる作品群が飾ってある。

 どれもこれもが見事な出来栄えだ。

 

「それで、千夏ちゃんはどんなのが作れるの?」

「一応、色々と」

 

 言葉だけでは説明しにくいので、前に楯無さん達に教えた時のように、スマホに収められている写真を見せる事にした。

 

「おぉ~!」

「これは凄いよ~!」

「間違いなく、即戦力確定だわ……」

「大物新人キタ――――――――――――!!」

 

 自分で作っているとよく分からないのだけれども、そこまで褒められるような代物なのか?

 こっちは普通に作っているつもりなんだが。

 後、裁縫部の即戦力ってなんだ。

 

「早速で悪いんですが、一週間ほど来れないかもしれません」

「何か大事な用でもあるの?」

「はい。実は……」

 

 一週間後、セシリアと模擬戦をする事を先輩方に伝えると、これまた目を輝かせる。

 一々の感情表現が激しいというか、豊かな人達だな。

 表情筋が現在進行形でボイコットしている俺からすれば、なんとも羨ましい限りだ。

 

「セシリア・オルコットって、あのイギリスの代表候補生の!?」

「はい。そのセシリア・オルコットです」

「これまた凄い情報ゲットですな!」

「その試合に向けて、付け焼刃だと自覚はしているのですが、一応のトレーニングをしようと考えているんです」

「成る程ね。分かったわ。そんな事情があるなら、こっちとしても快く受け入れるよ。でも、一つだけ条件がある」

「なんでしょうか?」

 

 変な事じゃありませんように。

 

「試合には絶対に勝つ事! いい?」

「了解です。任せてください」

 

 そんな事なら、お安い御用だ。

 流石に必勝は約束出来ないが、1%でも勝率をアップさせる事ぐらいは可能な筈だ。

 俺に負けられない理由が出来てしまった。

 

「試合、絶対に見に行くから!」

「つーか、もういっその事さ、学園中に情報をばら撒かない?」

「賛成! でも、どうやって?」

「新聞部にリークすればいいんじゃね? あの情報収集大好きな黛さんなら速攻で食いつくでしょ」

「確かに」

 

 おいおい……あまり大事にしないでくれよ?

 あと、黛さんって誰だ。

 新聞部って時点で、あまりいい予感はしない。

 

「裁縫部代表として、頑張れ千夏ちゃん!」

「ファイト~! オ~!」

「ど……どうも……」

 

 裁縫部に所属することにはなったが、俺はあくまでも委員会代表なんですけど……。

 ま、いいか……。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 次の日の早朝。

 俺は、またこっちのベッドの中で俺にしがみ付いて爆睡している本音を起こさないようにしながら、静かにジャージに着替えてからグラウンドに出てからの早朝ランニングを始めた。

 

「はっ……はっ……はっ……」

 

 早すぎず遅すぎず。

 常に一定のリズムを刻みながら走っていく。

 完全に走るのに夢中になっていると、いつの間にか隣に千冬姉さんが俺と同じジャージ姿で併走していた。

 

「朝から精が出るな、千夏」

「姉さん」

「お前が走る姿を見るのは初めてだが、ここまで速かったとは思わなかったぞ」

「芳美さんにかなり鍛えられたからね」

「アイツならやりかねんな」

 

 姉さんにそこまで言わせるって。

 現役時代の芳美さんって、どんな人物だったんだよ……。

 

「こうして、朝から妹と一緒にランニングをするのも悪くは無いな」

「そうだな」

「なら、そこに俺も加わろうかな」

「「一夏」」

 

 今度はお前か。

 結局、織斑家三姉弟集合か。

 

「つーか、千冬姉はともかくとして、千夏姉ってこんなに足が速かったっけ? 中学の時の体育の授業じゃ、もうちょっと普通な感じだった気がするんだけど……」

「それは多分、まだ俺が訓練所に通っていなかった頃だろう。あれから相当に体の方を鍛えてるからな」

 

 お蔭で、俺の致命的な弱点も露呈したわけだが。

 それに関しては、まだここで話さなくてもいいか。

 姉さん辺りは既に看破しているだろうが。

 

 そこからは、家族水入らずで静かにランニングをする事に。

 俺達が息を切らせているのに、姉さんだけが終わってからも余裕そうにしていたのを見て、改めて我が姉の偉大さを噛み締めた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 朝のランニングの疲れで授業が少し心配だったが、意外と眠気には襲われなかった。

 寧ろ、体を思い切り動かして気分が晴れやかになっている程。

 矢張り、生きていくうえで運動は大切なんだな。

 何事も無く一日の授業が終了し、あっという間に放課後になった。

 

「放課後も何かトレーニングをするのか?」

「まぁな。一夏と箒は部活か?」

「ああ。入部した以上は、可能な限り休みたくは無いんでな」

「張り切ってるな」

「そのセリフはそのまま千夏姉に返すよ」

 

 さてと。山田先生の話によると、アリーナはまだ使用不可能だが、その代わりに様々な器具があるトレーニングルームが使えると言っていたな。

 放課後はそこに行ってみるとするか。

 

「ねぇねぇ、なっちー」

「どうした、本音」

「私も一緒に行っていい?」

「お前も? 一緒に体でも鍛えるのか?」

 

 本音には悪いが、彼女が体を鍛えている光景が全く想像出来ない。

 それどころか、数秒でダウンしそうだ。

 

「ち~が~う~よぉ~。ほら、今朝はぐっすり寝てて、何にも出来なかったから……。放課後ぐらいは、何かなっちーの役に立ちたくて」

「別に気にしなくてもいいのに」

「私が気にするんだよ~。だから、私がなっちーの専属マネージャーになってあげる!」

「専属って……」

 

 でも、確かに一人で黙々と体を動かしているよりは、今朝のように誰かが一緒にいてくれる方が、こっちとしてもやる気が出る。

 モチベーションの維持は大切な事だからな。

 

「分かった。それじゃ、一緒に準備をして行くことにしよう」

「わ~い! なっちー、ありがと~!」

 

 昼食時に少しセシリアとも話をしたのだが、彼女も彼女で自分なりのトレーニングを頑張っているようだ。

 俺とは違って、己の実力で代表候補生の肩書きと専用機を獲得したセシリアは、間違いなく強敵の部類に入る。

 僅かな期間とは言え、そんな彼女が本気で訓練をしているのだから、その伸び幅は決して侮れない。

 俺も少しハードにいくべきか……?

 

 こうして、試合に向けて俺もセシリアも着実に力を鍛えていった。

 知っているのに知らない相手に、俺はどこまで食いつけるのか。

 全ては、やってみなくては分からない。

 

 

 

 

 




この作品の向かうべき先が本格的に見えました。

千夏には、女版の風見雄二を目指して貰いましょう。


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第43話 初めての輪廻

千夏がヒロイン達の心を救い、ヒロイン達を含む今までに関わった皆が力を合わせて千夏の心を救う。

そんな作品にしていきたい私です。









 時間は過ぎ、気が付けばもう俺とセシリアの模擬戦の日。

 あ、それと一夏の専用機がやって来る日でもあるか。

 あれ、逆か? 別にどっちでもいいんだけど。

 

 俺は予め制服の下に着こんでおいたISスーツに着替えて、第3アリーナのピットで待機をし、それを横目で見ている面々がいる。

 

「「………………」」

「なんで一夏と箒は黙っている?」」

 

 現在、一夏はついさっきやって来たアイツの専用機、機体名は『白式』と呼称するらしいが、それに搭乗してジッと初期設定が終了するのを待っている。

 箒は後学の為に俺とセシリアの模擬戦を見学したいと言って、ここまでやって来た。

 

「千夏姉のISスーツ姿って……その……」

「なんだ?」

「いや……なんでもない……」

 

 さっきから顔が真っ赤になってるぞ。

 本当に大丈夫なのか?

 

「こうして見ると……その……成長してるんだな……」

「当たり前だ。あれから何年経ったと思ってるんだ」

 

 箒の視線が俺の胸に集中しているのが気になるけど。

 色々と経験した結果、それ系の視線には異常なまでに敏感になっている。

 

「おい一夏」

「な……なんでしょうか……織斑先生……」

「私はお前を双子の姉のISスーツ姿に欲情するような男に育てた覚えはない」

「よ……欲情なんてしてねーし!? ちょっと興奮しただけだし!?」

「一夏。思い切りボロが出てるぞ」

「あ………」

 

 こいつ……俺の体を見て興奮してやがったのか。

 流石にそれは引くぞ。

 

「純情なんだね、一夏は」

「ピノッキオさんは相変わらずのポーカーフェイスなんですね……」

 

 そして、俺の護衛という役目であるピーノも、用務員の仕事を早々に終わらせて駆けつけてくれた。

 彼は訓練所でいつも俺達のISスーツ姿を見ていたから、完全に目が慣れてしまっているようだ。

 それはそれで、なんだか複雑な気持ちではあるが、ピーノらしいと言えばそれまでなので気にしない事にした。

 

「ピノピノは大人なんだね~」

「実際、年齢的にも大人だしね」

 

 驚いたのは、俺個人のマネージャーを自称する本音が一緒にピットまでやって来て、すぐにピーノに懐いた事。

 なんせ、出会った次の瞬間にはピーノにお菓子をせがんでたし。

 

「聞いたよ。君が千夏と同じ部屋なんだって」

「そ~だよ~」

「君なら、きっと彼女と良い友人になれそうだ。これからも彼女と仲良くしてあげて欲しい」

「勿論だよ~」

 

 なんとも和やかな空気になってきたな……。

 あの二人の空気はかなり独特だ。

 

「千夏さんのIS学園での初陣が、まさかの代表候補生だなんて……。でも大丈夫です! 千夏さんならきっと勝てますよ!」

「ありがとうございます。ですが、俺は俺に出来る全力を尽くすだけです」

 

 この中で唯一、俺を真っ当に激励してくれたのが山田先生だけだった。

 毎度毎度思うのだが、山田先生は制服を着て机に座っていれば、完全に紛れてしまうのではなかろうか。

 少なくとも、俺は見つけ出す自信が無い。

 

「さて、まだ少し準備に時間もあるし、柔軟でもしておくか」

 

 屈伸に開脚、震脚にアキレス腱を伸ばして……。

 

「ちょ……ちょっと千夏姉!! ストップストップ!」

「なんだ急に」

「その恰好でその動きは刺激が強すぎるから!!」

「は?」

 

 別に何も問題は無いぞ?

 体はどこも痛くは無いし、異常は見当たらないが……。

 

「ゆ……揺れてた……」

「揺れてたね~」

「一夏め……余計な事を言いおって……!」

 

 揺れる? 何が?

 それと姉さんは、実の弟に殺気を向けない。

 

 今度は床に座って足を開いて……と。

 ここで少し手伝ってもらうか。

 

「箒。悪いが、後ろから背中を押してくれないか?」

「わ……私がかっ!?」

「ダメか?」

「そ……そんな事は無いぞ!」

 

 背後に回った箒が、そっと背中を押してくれたお蔭で、俺の体はペッタリと床に付いた。

 

「うぉっ!? 千夏姉って体柔らかっ!? まるで体操選手みてぇだ!」

「そうなるように訓練をしてきたからな」

 

 痛みが無いというアドバンテージを利用して、かなり強引に進めていったけどな。

 だが、そのお蔭でこの通り、一夏も言った通りの体操選手並みの柔らかさを手に入れる事が出来た。

 

「……エロいな」

「潰れてるね~」

 

 今度は姉さんか。

 何がエロくて、何が潰れてるんだ。

 

 そこからも、全身をくまなく動かしていき、充分に体が解れた所で向かい側のピットから連絡が来た。

 さっきから姿の見えなかったセシリアと簪は、一緒に反対側のピットで待機をしていた。

 

「織斑先生。オルコットさんも準備が出来たそうです」

「了解だ。千夏、お前も出撃の準備をしろ」

「分かりました」

 

 それでは、行くとしようか……相棒(ディナイアル)

 

「そういや、千夏姉の専用機って、まだ見た事なかったな……」

「一体、どんな機体なのだろうか……」

「気になっちゃうね~。なっちーの専用機、ワクワクだよ~」

「そうか。まだお前達には見せていなかったな」

「これもまたいい機会ですから、よく見ておいてくださいね」

 

 今や、俺の標準装備となっているディナイアルの待機形態である腕輪を掴み、精神を集中させて、そっと心の中で囁きかける。

 

(仕事の時間だ)

(任せておけ)

 

 一瞬だけジュンヤの声が聞こえた後、俺の体が紫の光に包まれ量子化した機体が足元から順に体を覆っていく。

 入学してからこっち、久しく感じていなかった感覚。

 懐かしいとは言えないが、それでも不思議と久し振りな気持ちになる。

 全身が覆い尽くされるまで、約0.35秒。時間にすればほぼ一瞬の出来事だが、実際に纏う身からすれば、結構長く感じるものだ。

 

「これが……千夏姉の専用機……」

「そうだ。これこそが俺の専用機。機体名は『ディナイアル』だ」

「ディナイアル……不思議な感じがする言葉だな……」

 

 あまり聞き慣れない言葉であることには違いないがな。

 

「でも、俺の白式みたいに生身の肉体が全く出てない。まるでロボットみたいだ」

「千夏のディナイアルは『全身装甲(フル・スキン)』と呼ばれるタイプのISだ。今となっては珍しいが、一昔前までは全身装甲タイプのISも多かった」

「本来なら、全身装甲のISは、その特性故に防御力が高い代償に機動性や運動性が低くなりがちなんですけど、千夏さんのディナイアルは数少ない例外なんです」

「例外?」

「これは訓練所でディナイアルの整備をしていた連中に聞いたのだが、この機体はISとしての完成度が恐ろしく高く、人間の動きを極限まで再現しているようで、機体の性能に嘘がつけないと言っていた」

「嘘がつけない? それはどのような意味ですか?」

「簡単に言えば、千夏の技量が機体にダイレクトに反映される。千夏が強くなればなるほどディナイアルも強大になり、逆に千夏のコンディションが悪ければ……」

「機体の方も大幅に弱体化するって事か……」

「そうです。なんでも、千夏さんの細かい癖まで再現する程に敏感な機体だそうです」

 

 説明だけを聞けば、なんだか大変そうに感じるかもだが、だからこそ頑張ろうという気になれる。

 俺の成長がディナイアルの成長に繋がるのだから。

 

「動きだけなら、千夏が生身で戦っているように見える筈だ」

「それに関しては、直接見た方が分かりやすいでしょうね」

 

 こればっかりは言葉じゃ言い表しにくいだろうな。

 

「おっと。説明が長すぎたな。オルコットを待たせてしまった」

 

 これはいけない。俺もさっさと出撃しなくては。

 

「ところで千夏姉。武器は?」

「この体が俺の武器だ」

「「「へ?」」」

 

 何故にそこで目が点になる。

 俺は別に間違った事は言ってないぞ。

 

「一夏、よく見ておけ。俺が今からする戦いを。これから先、お前も必ず通る道だ」

「あぁ」

「そして、知ってほしい。俺はもう守られるだけの存在じゃない。やっと一夏や姉さんの隣に立てるようになった事を」

「千夏姉……」

 

 拳を上げて一夏に向ける。

 すると、こっちの意図を察したのか、慣れな動きで一夏も拳を出してくれた。

 

「絶対に勝てよ」

「流石に必勝は約束出来ない。俺は俺のベストを尽くすだけだ」

「それが聞ければ十分さ」

 

 コツンと鋼鉄の拳を軽くぶつけてから、カタパルトに脚部を固定する。

 

「千夏さん。いつでもどうぞ!」

「了解。織斑千夏、ディナイアル……出るぞ」

 

 アリーナのステージに向けて、俺は漆黒の鎧を纏って飛翔する。

 IS学園での初試合、見事に勝利で飾れるかな?

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 千夏が出撃する少し前。

 セシリアは簪と一緒に反対側のピットにて待機をしていた。

 

「何故かしら……柄にもなく緊張してますわ。いつもはこんな事ないのに……」

「それはきっと、千夏との試合だからだと思う」

「かもしれませんわね。にしても、よかったんですの? 千夏さんの元に行かなくても」

「本当は私も向こうに行きたかったけど、セシリアを一人にするのは流石に不憫だったから」

「ズバっと言いますわね……」

 

 ハッキリと本音を言う簪に、少しだけ呆れるセシリア。

 『違う世界線』の彼女ならば、考えられない態度だ。

 

(呼んだ~?)

 

 呼んでませんよ。

 

「簪さんは、過去に千夏さんと模擬戦をした事があるんですのよね?」

「訓練生時代にね」

「試合前に聞くのはアレですけど、千夏さんは……」

「強いよ。千夏は強い。複数の意味で」

「複数の意味で?」

「操縦者としての実力も高いけど、それ以上にメンタルが強い。前に織斑一夏が千夏の事を『冷たく燃える青い炎』って表現してたけど、あながち間違ってないと思う」

「それは私も分かりますわ」

「一見すると我武者羅な動きに見えるけど、根っこの部分に冷静な自分を残してるから、時には恐ろしく緻密なコンビネーションを繰り出す事もある。実際に私も、それにやられた事は一度や二度じゃ済まないから」

「貴女にそこまで言わせるとは……」

 

 IS発祥の地である日本の代表候補生は、他国からも特に注目を受けることが多い。

 その中でも頭一つ分抜きん出ている実力を誇る簪が敗北を喫する事がある。

 その事実だけでも、千夏が微塵も油断が出来ない相手であると嫌でも理解出来る。

 

「どっちかを贔屓するような発言は出来ないから、あまりヒントになるような事は言えないけど、これだけは言っておくね。ほんの一瞬でも気を抜けば、その瞬間に敗北は決定すると思って」

「…………承知しましたわ」

 

 いつもは見せない簪の真剣な瞳に、唾を飲み込みながら答えるセシリア。

 若干、緊張が解れたかのように見えるが、その手は未だに汗に塗れ、小刻みに震えていた。

 

「千夏が出てきたみたいだよ」

「漆黒に金の装飾の全身装甲……あれが千夏さんの専用機……」

 

 黒と金の色合いは、なんとも言えない魅力を感じさせる。

 ステージに登場した千夏は、異質な存在感を放っていた。

 

「では、私も行ってきますわ」

「うん。頑張って」

「はい! セシリア・オルコット、ブルーティアーズ……出ますわよ!」

 

 瞬時に自身の専用機を纏い、自分の対戦相手が待つ空へと飛び立つセシリア。

 この戦いが、これからの彼女の人生を大きく変える程の試合になる事をセシリアはまだ知らなかった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 場面は一転して、ここはアリーナの観客席。

 その一角に、生徒会長でありロシアの代表、そして簪の姉でもある更識楯無が同じ生徒会メンバーである布仏虚と一緒に立っていた。

 

「あの千夏ちゃんと、イギリスの代表候補生との試合……か。普通に考えれば試合をするまでも無く勝敗は決しているかのように思えるけど……」

「私達は千夏さんの試合の映像を資料として見ていますからね」

「私から見ても、千夏ちゃんの実力はかなりの域に達してる。現役時代の、あの織斑先生と互角に渡り合ったと言われている松川芳美から直々に指導をして貰った事も大きいんでしょうけど……」

「それだけでは納得出来かねます。あれは間違いなく、千夏さんの内に秘めた実力でしょう」

 

 『裏』の人間である二人から見た千夏の評価は非常に高かった。

 当の本人は全く自覚は無いが。

 

「にしても、注目の二人の試合とは言え、普通はここまで人が集まるかしらね……」

「大方、薫子さんが学園中に噂を広めたんでしょう。やっている事は褒められませんが、彼女の情報収集能力は侮れませんから」

「間違いなく、将来はパパラッチになりそうよね……」

 

 これ程まで言われる薫子とは何者なのか。

 少なくとも、碌な人物ではなさそうである。

 

「どんな結果になったとしても、この試合で千夏ちゃんの評価が大きく変わる」

「全ては千夏さん次第……ですか」

「うん。相手の子とは違って、千夏ちゃんはまだ正式な試合は愚か、他国の選手との試合すら経験が無い。この試合の勝敗が、これからの千夏ちゃんの『標準』になる」

「つまり、これこそが千夏さんにとっての『正真正銘の初陣』になるわけですね」

「さぁ……千夏ちゃん。貴女の本当の実力を、お姉さんに見せて貰うわよ」

 

 常に持つ扇子を口を隠すように広げ、嬉しそうに笑っている顔を隠す。

 扇子には達筆な字で『お手並み拝見』と書かれていた。

 

 

 

 

 

 




次回、本格的な戦闘シーンが繰り広げられる?






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第44話 貫け 奴よりも早く

ようやく本格的な戦闘シーンです。

久々なので、ちゃんと書けるか心配です。

基本的に。戦闘シーンは三人称で書きたいと思います。

そっちの方が分かりやすいと思うので。












 ステージの中央付近で専用機を纏った千夏とセシリアが対峙する。

 漆黒の装甲に金の装飾が施された『否定(ディナイアル)』と、鮮やかな青い装甲の『青い雫(ブルー・ティアーズ)』。

 見た目の印象や色彩なども対照的な二体だった。

 

「それがセシリアの専用機か」

「えぇ。ブルー・ティアーズ。私が故国から授かった専用機ですわ」

「俺の機体と違って、随分と綺麗なISなんだな」

「あら。千夏さんの機体も味わい深いと思いますわよ?」

「そうか。悪い気はしないな」

 

 何気ない会話。

 だがしかし、話しながらも二人のコンセントレーションは着実に高まりつつあった。

 

「にしても、まさか俺達の試合を見にここまで人が集まるとはな」

「誰かがどこかで噂を聞きつけて、学園中に吹聴したんでしょう。よくある事ですわ」

 

 その犯人に心当たりがある千夏は、装甲の中で苦笑いを浮かべた。

 

「こんな風に大勢の人間に見られながらの試合は初めてだから、どうも変な気分になるな」

「いずれ嫌でも慣れますわ。千夏さんも委員会代表というお立場にある以上、これから先もこんな機会は沢山あるでしょうから」

「それを想像すると、気が滅入ってくるな」

 

 ぐるりとアリーナを見渡せば、観客席には所狭しと大勢の生徒達が見学しに来ていて、よく見ると中には裁縫部の先輩や楯無と虚の姿も見える。

 

「………無様な試合は見せられないな」

「そうですわね」

 

 瞬間、二人の間に漂う空気が一変した。

 それを感じ取ったのか、先程まで観客席でざわついていた生徒達も途端に静かになる。

 

「セシリア」

「なんですか?」

「俺は今、とても嬉しいと思っている」

「嬉しい?」

「あぁ。こんな風に友と思える誰かと互いを高め合える事が、何よりも嬉しい。俺は、セシリアに出会えて本当によかった」

「千夏さん……」

「だから、これからの一分一秒を全力で楽しもう」

「はい!」

 

 両足を広げ、右手を前に、左手を腰に当て、いつでも飛びかかれるように構える千夏。

 それを見て、セシリアも自身の機体の主武装であるレーザーライフル『スターライトMk-Ⅲ』を両手で持ち、いつでも射撃できる体勢を取る。

 

 痛いほどの沈黙が流れ、二人はお互いを見つめながら微動だにしない。

 まだ試合が始まらないのか。生徒達がそう思い始めた時、一人の少女が滲み出た汗で手を滑らせて、持っていたジュースをコンクリートの床に落とした。

 その瞬間、試合開始のブザーがアリーナ全体に鳴り響く。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

(消えたっ!?)

 

 試合が始まった瞬間、セシリアの眼前から千夏の姿が消えた。

 刹那、セシリアは本能的な危険を察知し、反射的に体を右に捻る。

 捻った場所を、蒼い炎を纏った鋼鉄の拳が凄まじい速度で通りすぎた。

 

「「なっ!?」」

 

 次元覇王流 ((正))拳突き

 

 先制攻撃としては申し分ない一撃にして、千夏が一番最初に会得した技。

 簪以外の相手には外した事の無い攻撃を、目の前の少女は見事に回避してみせた。

 

(今のは間違いなく回避不可能なタイミングだった。それなのに外したって事は、セシリアは頭で考えるよりも先に本能で回避したということか)

(なんて鋭い一撃……! 回避をしても、その衝撃波だけでどれだけの威力を持つ攻撃か理解出来ますわ……!)

 

 二人はそれぞれに相手に対して戦慄を覚え、間髪入れずに次の攻撃に移行する。

 

「はぁっ!!」

「くっ!」

 

 今度は炎を纏った蹴りを放つ。

 今度は回避出来ないと判断したのか、セシリアは咄嗟に持っているライフルを盾のようにして防御する事に。

 

(これも直撃しないか)

(お……重い……! こんな攻撃を一発でも直撃したら、それだけで大ダメージは必至!)

 

 時間して僅か数秒の出来事。

 だが、二人はたったそれだけの時間で自分が今、戦ってる相手がどれだけの技量を持っているか判断出来た。

 これ以上は攻撃が通らないと感じた千夏は、バックステップをするようにして少しだけ後退した。

 

(舐めていた訳じゃない。油断もしていない。それなのに、俺のファーストアタックが全く通用しなかった。セシリアの反射速度が俺の想像を遥かに凌駕していただけだ。遠距離戦主体の機体だと思って接近したのが仇となったな……)

(最初の攻撃……千夏さんの拳を振るう瞬間が全く把握出来なかった。瞬時加速(イグニッション・ブースト)をしたのかと思ったけど、それは私の思い違いだった。あれこそがあの機体の……千夏さんの素のスピード(・・・・・・・・・・・)! そして、その速度を最大限に生かすために、あの機体は敢えて超接近戦仕様となっている! あの各部から放たれている炎は、間違いなく無手での威力を大幅に増加させる為の機能……第三世代型兵器!)

 

 呼吸を整えながら、二人は僅かな時間で得られた情報を整理する。

 相手を見る目は何よりも鋭く、全てを射抜くかのような迫力があった。

 

「ふっ!」

「くっ!」

 

 体の僅かな揺れが収まり、千夏が再び仕掛ける。

 それに合わせて、セシリアは今度こそ自分の距離をキープする為に後ろにブーストを掛ける。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 ピットの中で試合の光景を見ている一夏達は、完全に二人に魅入られていた。

 

「あれが……千夏姉……? あの大人しい千夏姉なのか……?」

「す……凄い……! なんという動きをするんだ……! だが、なんで千夏は武器を使用しない?」

「使用しないんじゃない。使用出来ないんだ」

「「「え?」」」

 

 箒の疑問に千冬が答えるが、それを聞いて事情を知らない面々は目が点になる。

 

「千夏の専用機の『ディナイアル』は、私の嘗ての愛機である『暮桜』の設計思想を更に精鋭化させた機体なんだ」

「千冬姉の暮桜って言えば……」

「愛刀『雪片』のみを武装とした、接近戦をする事だけを前提としたIS……」

「ということは……まさか……」

「そのまさかだ、布仏。ディナイアルに武器らしい武器は一切搭載されていない。アレは元々、無手で戦う事を前提とする……つまりは格闘技で戦うISなのさ」

「「「えぇ~~~~~~~~~~!?」」」

 

 世に拳で戦うISは数あれど、設計段階から無手で戦う事を想定するISなど前代未聞。

 そんな非常識な機体が実際に存在し、それを目の前で自由自在に操ってみせる少女がいる。

 もう色んな意味で三人は驚きまくった。

 

「あっ! もしかして……」

「どうした一夏?」

「いや……今思い出したんだけどさ、少し前に千夏姉と一緒に部活の見学に行った時、千夏姉が部長さんに希望の部活を尋ねられた時……」

「希望の部活……?」

「ああ。覚えてないか? あの時さ、千夏姉は『空手部があれば入りたい』って言ってた。あの時は何の疑問も感じなかったけど、あれって自分の機体が格闘技を使って戦う事を知っていたから、少しでも腕を上げようと思って入りたいと思ったんじゃ……」

「私も思い出したぞ。そうか……千夏は決して武の道を捨てた訳ではなく、単に私達とは違う道に進んだだけだったのか……」

 

 少し残念なような、でもやっぱり嬉しいような、なんとも複雑な気分の箒だった。

 

「それじゃ~、あの全身を覆う炎は一体……」

「あれこそが、ディナイアルの特殊機能『バーニング・バーストシステム』だ」

「そのものズバリな名前だな……」

「ISの格闘戦はお世辞にも高い攻撃力を持つとは言えない。それを補うために存在しているのがバーニング・バーストだ。あれが発動すれば、ディナイアルの全ての性能が三倍近くまで向上する」

「三倍っ!?」

「あれは機体各所に設置されているクリスタル内にある予備エネルギーを介して発動し、その副次的効果として、あのように蒼い炎が全身から噴出する」

 

 千夏……というよりはディナイアルの周囲にはゆらゆらと蜃気楼が発生しており、どれだけの高温が発生しているかが用意に想像出来る。

 

「もしかして……千夏姉って物凄く強い?」

「もしかしなくても、千夏の強さは間違いなく本物だ。そうだろ、山田先生?」

「なんでそこで山田先生が?」

「山田先生は試験会場にて、千夏の実技試験の相手をしたんだ」

「マジですか!?」

「はい。私から見ても、千夏さんの強さはかなりの領域に達しています。恐らく、並の代表候補生では相手にすらならないんじゃいかと」

「「…………………」」

 

 絶句。

 その言葉が相応しい表情を浮かべ固まってしまう一夏と箒。

 

「でも、その千夏の攻撃を全て防いでみせたセシリア・オルコットも相当にやるね」

「ピノッキオ君もそう見るか」

「はい。僕から見ても、さっきの千夏の攻撃はそう簡単に避けたり防いだりすることは出来ない。少なくとも、見てから防御態勢に移るのは絶対に不可能だよ。それを退けたってことは……」

「オルコットさんは反射神経だけで凌いだってことになりますね」

 

 いずれは自分も通る道。

 そう言われて二人の試合を見せられている一夏だが、今の彼にはどんなに頑張っても千夏とセシリアの域に達するビジョンが浮かばない。

 

「二人共凄いな……」

「そうだな……」

「………ビビってるのか?」

「そうだな……ビビってるよ。俺が知らない間に千夏姉がとんでもなく強くなってて、それと互角に渡り合ってるオルコットさん。二人とも、俺からしたら凄く眩しく見える。自分があの二人とまともにやりあえるようになれるのか……分からないんだ」

「一夏………」

 

 食い入るように試合の光景を映すモニターを見つめるその目には、若干の興奮と、それを塗り潰す不安が見え隠れしている。

 それを見抜いたのか、千冬は一夏の方を見て話しかけた。

 

「今のお前は、昔の千夏と同じだな」

「俺が……千夏姉と同じ?」

「そうだ。私がISの選手になったり、お前が中学になって再び剣道を始めた事に、アイツはあいつなりに焦りを感じていたらしい」

「焦りって……」

「自分の姉や弟が武の道を進んでいるのに、自分だけ何もしなくてもいいのか……とな。千夏は小さな頃から自分の心を隠すのが得意だったからな。ずっと心の奥底に隠していたんだろう。実際、その事を聞いたのもつい最近だしな」

「千夏姉………」

 

 千夏を護る為に強くなると決意をした。

 だが、その千夏が自分達に対して引け目を感じていたなんて全く知らなかった。

 いや、知ろうともしなかった。

 

「だが、結局はこのような形に収まってしまった。皮肉だな……」

 

 そう呟きながらモニターを見つめる千冬の目は、なんだか悲しそうに見えた。

 この場でそれに気が付けたのは、弟である一夏だけだった。

 

「今はただ見守ってやれ。お前の姉の戦いを」

「あぁ……!」

 

 無意識のうちに拳を握りしめ、今の自分に出来る事をする。

 その決意を感じ取ったのか、白式がほんの少しだけ光を発した。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 

「そこっ!」

 

 間合いを広げながら、この試合で始めて自分から攻撃を仕掛けるセシリア。

 青白いレーザーが真っ直ぐに千夏に向かい、そのまま命中する……かに見えたが、その目論見は外れてしまう。

 

「炎の幻影……いや……分身っ!?」

 

 レーザーが命中した直後、千夏の体が炎そのものに変化し、そのまま霧消してしまう。

 当然、ダメージは全く入っていない。

 

「…………はっ!?」

 

 背後から感じた『ナニか』に反射的に反応し、体を後ろに仰け反らせながら後退する。

 その際、ライフルで自身を防御する事も忘れない。

 

「チッ……」

 

 それは、いつの間にか背後に移動していた千夏の回し蹴りだった。

 蹴り自体は回避に成功したが、炎の余波までは完全に回避出来ず、その圧倒的な熱量がライフルにぶつかる。

 蒼い炎をまともに受けたライフルを見て、セシリアは言葉を失った。

 

(銃身が……溶けているっ!?)

 

 ISの武装は基本的にISと同じ装甲材質で造られている。

 何らかの理由で破壊される事はあっても、高熱に晒されて融解するなんて製造した者達でさえ予想もしなかっただろう。

 

(射撃には問題なさそうですけど、よもやこれ程の高熱を放っていようとは……!)

 

 基本的に、蒼い炎は赤い炎よりも温度が高いとされている。

 セシリアとてそれぐらいの知識は有しているが、ISの武装である以上は炎の色なんて単なるブラフであると思うのが普通だ。

 だが、ディナイアルの放つ炎だけは違った。

 あの炎は、見た目通りの熱量を放っているのだ。

 

(自分の距離に持ち込んだにも関わらず、また攻撃を外した……! 矢張り、セシリアは強い……!)

 

 己の間合いで攻撃を外す。

 このことで千夏は自分でも知らない内に焦っていた。

 だが、そこは普段から冷静沈着を己に課している千夏。

 ほんの一瞬だけ目を瞑り、自分の心の中から焦りを吹き飛ばした。

 

(落ち着け俺。ここで焦って何になる。単純にセシリアの技量が俺よりも上だっただけの話じゃないか。それならやる事は単純だ)

 

 千夏が先程以上に全身に力を漲らせる。 

 それに応えるかのように、ディナイアルの炎も激しさを増す。

 

俺がそれを超えればいいだけの話だ(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 否定の炎と青き落水。

 二人の戦いはまだまだ終わりを見せない。

 

 

 

 

 

 

 




最初から一話で終わるとは思ってなかったんですが、これは想像以上に長引きそうですね~。

もういっその事、二話どこか三話構成とかにしちゃおうかしら?






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第45話 激闘の果てに

悩んだ時は一旦休む。

これが一番ですね。







 蒼い炎を纏う鋼鉄の拳が空を裂き、脚が火花を散らす。

 千夏とセシリアの攻防は未だに続いてはいるが、双方共に有効打を与えられずにいた。

 

 自分の最も得意とする距離である超接近戦にて拳や蹴りを繰り出している千夏だが、それをセシリアはギリギリの所で回避し続けている。

 ほんの僅かな隙を狙い、セシリアもなんとかレーザーライフルで攻撃に転じようとするが、千夏の類まれなる反射速度にて避けられる。

 一見すると、このまま試合は終わらないのではなかろうかと思わせるが、実際には極僅かずつではあるが、ダメージは入っている。

 このダメージは本当に微々たるもので、千夏の炎やセシリアのレーザーの余波で受けたものばかり。

 時間にして数分間の激闘ではあるが、当の本人達にはその数分間がまるで数時間や数日にも思われる程に時間の感覚が狂い始めていた。

 

「はっ!」

「くっ!」

 

 今もまた、千夏の蹴りがセシリアによって避けられたが、その火の粉によってブルー・ティアーズにのSEを僅かに減らす。

 

(このままではキリが無い……! どこかで決定的な一撃を叩き込まなくては、時間が無くなってしまう(・・・・・・・・・・・)!)

 

 珍しく千夏は焦っていた。

 短期決戦で決着が着くとは思ってはいなかったが、想像以上に試合が長引いた事に。

 

(流石は千夏さん……! 先程からずっと己の最も得意とする距離でのみ戦い、私の距離に持ち込ませないようにしている! しかも、知らず知らずのうちに私の最大の武装(・・・・・・・)が封じられている!)

 

 焦っているのはセシリアも同様で、今まで幾多の相手を倒してきた愛機の切り札が完全に封じられ、いつまで経っても流れを己に向けられない事に。

 ブルー・ティアーズにはビット兵器と呼称される脳波でコントロールできる誘導兵器が存在しているのだが、セシリアはビットを動かしている間は身動きが取れなくなってしまうという弱点を抱えている。

 もし仮にこの状況でビットを射出すれば、動けなくなったセシリアは即座に千夏の餌食となってしまうだろう。

 故に、彼女はビットを使いたくても使えない状況に立たされていた。

 

 この激しい攻防戦は、アリーナにいる全ての人間の視線を釘付けにしていた。

 野次馬根性で見に来た観客席にいる生徒達。

 千夏の事が気になってやって来た楯無と虚。

 そして、各ピット内にいる彼女達の事も。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「拙いな……」

「「「え?」」」

 

 それは、千冬が何気なく零した一言が切っ掛けだった。

 静まり返ったピット内に、その言葉は確かな形となって響いた。

 

「拙いって……なんでだよ?」

「先程から千夏の方が優勢に見えますが……」

「お前達にはそう見えるだろうな。だが、実際にはそうではない」

 

 腕組みをしたまま真剣な顔でモニターを見続ける千冬を見て、思わず全員が唾を飲む。

 

「山田先生。試合が始まってからどれぐらいの時間が経過した?」

「えっと……約15分ぐらいです」

「そうか……もう半分を切ったのか……」

「「「半分?」」」

 

 一体何が半分なのか。

 事情を知らない一夏達にはさっぱりだった。

 

「千夏には、アスリートとして致命的な弱点が存在している」

「じゃ……弱点?」

「なんだよ弱点って……」

「千夏は、IS操縦者として体力が足りなさすぎる」

「体力が足りない?」

「そうだ。訓練の最中に気が付いた事らしいが、千夏はその身体能力に比べ、体力が余りにも少なすぎた。恐らく、これまでずっと運動らしい運動をしてこなかった事が原因だろうが……」

 

 それを聞いて、一夏はバツが悪そうに顔を下に向けた。

 千夏から運動する機会を奪ったのは自分だと思ったから。

 自分が部活を始めてしまったから、千夏の成長を阻害してしまった、と。

 

「さっき半分って言ってましたけど、まさかなっちーって……」

「お前の考えている通りだ、布仏。ISのサポートを受けていても、千夏が全力で戦える時間は30分が限界だ」

「もしも、それが過ぎたら……」

「その瞬間に負ける……とまではいかないが、極端に動きが悪くなるだろう。そうなれば千夏の敗北は確定と言ってもいい」

「そんな……」

 

 タイムリミットは30分。

 15分経過したと言っていたから、残り時間は大体15分ぐらい。

 それが、千夏にとっての残された時間だった。

 

「……………………」

 

 先程から会話に参加していないピノッキオは、ずっとモニターに嚙り付いている。

 言葉で語っても意味が無いと言うように。

 

「ん……?」

「どうした?」

「どうやら、試合が動くようだよ」

「なに?」

 

 彼の言葉に反応して、全員の視線が再びモニターに向く。

 モニターに注目した彼女達が見たものは……。

 

「な……なにっ!?」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「なっ……!?」

 

 装甲に覆われた仮面の下で、千夏は目を見開き驚愕した。

 彼女の放った拳が、あろうことかセシリアの持つレーザーライフルの銃身にて防がれたのだ。

 しかも、ただ防いだだけではない。そこからセシリアはまるで棍を操るかのように銃身を振り回し、華麗な動きで千夏の事を受け流し始めたのだ。

 

(これは……まさか合気道の応用っ!?)

 

 さっき以上に焦りを隠せない千夏を余所に、セシリア自身も己がした事に驚いていた。

 セシリアは基本的に物事を計算で考える癖がある。

 その直角的な思考は、脳内に構築された幾多のパターンとなって記憶されていて、それを駆使して試合に臨むことが多い。

 今回も先程までそうしていたのだが、計算以上の実力を誇る千夏の動きに対し、生まれて初めてセシリアは思考を放棄した(・・・・・・・)

 全てを数学的に考える少女が、初めて直感と本能で動いたのだ。

 その結果が、ライフルを振り回し棒術のように操る事だった。

 

「そこっ!」

「ちっ!」

 

 しかも、その滑らかな動きから流水のように放たれる銃撃は、今まで以上に精密さを誇る。

 だが、その攻撃が却って千夏に冷静さを取り戻させた。

 

(流石はイギリスの代表候補生なだけはある……! こっちももうなりふり構ってはいられないか!)

 

 ここで千夏も拘りを捨て、己の持つ全てで挑む事にした。

 

「はぁぁっ!!」

「そこですわ!」

 

 激しい金属音がアリーナに木霊する。

 よく見ると、ディナイアルの手首の部分から紫のビームの刃が伸びていた。

 

「ビームソード……。そんな物を隠し持っていたんですのね……」

「一応な。だが、こうして手首から伸びている以上、射程距離に対した差は無い」

「そうですわ……ね!」

 

 千夏の腕を弾き、銃身を使った棒術にて攻勢に出る。

 もう素人には目視することすらも困難になる程に速い攻防戦に発展していた。

 まるで、格闘漫画やアニメの戦闘シーンが実際に目の前で繰り広げられているような、そんな非現実感を彼女達を覆う。

 

「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 横薙ぎに払うかのようにビームソードで斬りかかる。

 だが、ここで千夏は致命的なミスを犯してしまう。

 

 待ってましたと言わんばかりに、セシリアは銃身を敢えて斜めに構えてビームソードの斬撃を受け入れた。

 勿論、その一撃は銃身を易々と斬り裂き、その先端が遠くに飛んでいく。

 そこで初めて、千夏は己の過ちに気が付いた。

 

「しまっ……!」

「そこぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 まるで竹槍のように鋭くなったライフルを千夏の腹部に突き刺し、そのままゼロ距離で発射。

 青い軌跡を残しながら、千夏はそのまま吹き飛ばされてしまった。

 

 千夏のミス。それはセシリアの銃に近接攻撃力を与えたばかりか、至近距離で銃撃出来る程の丁度いい長さにしてしまった事。

 これで、近距離での主導権が千夏の絶対ではなくなった。

 

「くそっ……!」

(ここで流れをこっちに向けなくては! 更に追撃を!!)

 

 セシリアはティアーズに搭載されている二基のミサイルビットを発射。

 これは通常のビットとは違いミサイルタイプなので、自身の動きは関係無く発射可能だ。

 

(ミサイル! これだけは何としても直撃を避けなくては!)

 

 飛ばされながらも千夏の視線は対戦者から逸らしておらず、その目はしっかりと自分に向かって飛んでくるミサイルを捉えていた。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」

 

 あろうことか、千夏は飛ばされながら機体のブースターを全開にして、無理矢理に近い形で体勢を変えて、そこから体全体を高速回転させる。

 

 次元覇王流 旋風竜巻蹴り

 

 嘗て、初訓練にて全方位ミサイルを全て撃破してみせた大技を使用し、その衝撃波でミサイルビットを迎撃、そのままの勢いで上空まで昇っていった。

 

(なんという技……! ミサイルを破壊しながら窮地を脱し、しかも……)

 

 ステージの一番上まで行くと、大きく足を振りかぶり、そこから凄まじい速度で急降下しながらの飛び蹴りを放つ。

 

(そのまま攻撃態勢に移行した!)

 

 次元覇王流 聖槍(成層)蹴り

 

 全身に蒼炎を纏いながら繰り出される蹴りは、まさに巨大な『槍』を彷彿とさせる姿だった。

 眼にも止まらぬ速度で迫ってくる蹴りは、疲弊した今のセシリアは回避不可能。

 だが、それでいい。それでいいのだとセシリアは心の中でほくそ笑む。

 

「これでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

「がはぁっ!?」

 

 千夏の渾身の一撃が腹部に直撃し、そのままの勢いで地面に落下していく。

 だが、その落下していく僅かな時間の中でセシリアは躊躇いなく動いた。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「くっ……!」

 

 楔を打つかのように、ティアーズ唯一の近接武装であるショートブレード『インターセプター』を脚部に突き刺し、震える両腕を抑えながら、短くなったスターライトMk-Ⅲの標準を千夏に合わせる。

 だが、その銃身には今までには無かった物が装着されていた。

 

(な……なんだアレはっ!?)

 

 それは、本来ならば個別に敵を狙う筈の4基のビットだった。

 それらが全てライフルの銃身に固定され、今にも発射されようとしている。

 

(これならば……少しは不足している攻撃力を補える筈!!)

 

 装着者であるセシリア自身も、ブルー・ティアーズの攻撃力が他のISと比べて低い事は自覚していた。

 普段の彼女ならばそんな事は気にしないし、それを補う方法なんて思いつこうともしない筈。

 だが、今回の試合はそんな甘い事を言えるような戦いではない。

 相手は間違いなく、今までで戦ってきた中で最強の相手。

 今までのプライドや趣味嗜好の全てをかなぐり捨てないと勝利は不可能。

 その答えが、この一点集中攻撃だった。

 

(収束砲! そんな事を思い付くとはな! だが、俺だって負けられない!!)

 

 ここまで来たらもう小細工は無意味と考えた千夏は、更に速度を上げて地面に向かう。

 数瞬の後、二人の体はステージの地面に激突し、それと同時に青白い閃光が二人を包み込んだ。

 施設全体を大きな地響きが覆い尽くし、土煙でステージが遮られ、二人がどうなったか分からなくなってしまった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 ステージ内蔵の排煙装置にて土煙が早々に無くなった後に見えたのは、満身創痍となった状態で倒れている千夏とセシリアの姿だった。

 ディナイアルの脚部にはインターセプターが突き刺さったままで、セシリアもまた己の武器であるレーザーライフルを手放していた。

 ISがまだ解除されていない事から判断するに、まだSE自体は残っているようだ。

 

「お……れは……」

「ハァ……ハァ……」

 

 二人共、なんとか起き上がろうとしているが、体が言う事を聞いてくれないようだ。

 震えまくる体に鞭を打ち、何度も立ち上がろうと試みるが、すぐに地面に倒れ伏してしまう。

 何回かそれを繰り返して、ようやく二人は立つ事に成功する。

 だが、お世辞にも試合が続行できるような状態には見えなかった。

 

「千夏……さん……」

「セシリア……」

 

 全身はボロボロになりながらも、その目線だけは決して逸らさない。

 それが彼女達の流儀なのだろう。

 

「貴女の勝ち……ですわ……」

「あぁ……そして…君の負けだ……」

 

 操縦者、機体共に限界が来てしまったのか、ブルー・ティアーズが解除されると同時にセシリアが倒れそうになる。

 それを最後の力を振り絞って駆け出した千夏が支える。

 

「と言っても……こっちもギリギリだったけどな……」

 

 目の前に表示されている『残り時間』と残りSEを確認する。

 

「試合時間……29分59秒……SEは残り1……か」

 

 確認を終えると、自分の役目を終えたかのようにディナイアルも待機形態に戻って生身の千夏が姿を現す。

 

「たった今……こっちのSEも尽きた……」

 

 セシリアを抱きしめたまま、千夏はその場に座り込んだ。

 その直後、試合終了を告げるブザーが鳴った。

 

 

 

 

 

 

 




セシリア強化?
 
いえいえ、この作品ではこれがデフォです。

千夏は僅差の勝利でした。


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第46話 少女達の夕焼け

ちょっと遅くなりました。

別にモチベーションが下がった訳じゃなくて、どうにもタイミングが無かっただけです。

投稿はちゃんと続けていきますから、御安心を。







 千夏とセシリアの壮絶な試合。

 結果は千夏がギリギリで勝利を収めた。

 アリーナで試合を見ていた人間達の多くが、彼女達の勇姿に心を打たれていた。

 それは、観客席で観戦をしていた生徒達だけでなく、彼女達に関わっている人間達も同様だった。

 

 その中の一人、更識簪もピットの中で試合の光景をモニターで見ながら感銘を受けていた。

 

「千夏も凄かったけど、まさかセシリアがあそこまで互角に渡り合えるとは思わなかった……」

 

 訓練生時代に千夏と散々、模擬戦をやって来た彼女だからこそ、今回の試合でセシリアがどれだけ偉業を成したのかよく理解出来ていた。

 

「でも、あの必殺のコンビネーションだけは崩せなかったか……」

 

 簪が言っている『必殺のコンビネーション』とは、試合中に千夏が繰り出した『旋風竜巻蹴り』から『聖槍蹴り』に繋ぐ連携技で、これが繰り出された試合では、千夏はほぼ確実に勝利を収めている。

 旋風竜巻蹴りで体が引き寄せられ、その隙を狙って強烈な聖槍蹴りが炸裂する。

 これの合計ダメージは凄まじく、仮にそれまで全くダメージを受けていなかったとしても、その一連の流れだけでほぼ致命傷を負う。

 

「けど、アレを受けても決して諦めなかったセシリアのガッツは凄かったな……」

 

 清楚なお嬢様の印象が強いセシリアからは想像も出来ない程の食いつき。

 あれ程までに勝利に貪欲な人間だったとは、全く想像していなかった。

 

「なんか気を失ってるみたいだし、保健室に運ばれるだろうから、後で様子でも見に行こうかな……」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「まさか、これ程だったとはね……」

「えぇ。これは完全に予想外でした」

 

 簪の姉である楯無と、本音の姉である虚も、二人の試合を見て感嘆していた。

 上級生であるが故の若干の余裕が垣間見れるが、その心中は興奮一色に染め上げられている。

 

「最初、千夏ちゃんが委員会代表なんて大役に抜擢された時は、本気で『何を考えているのやら』って思ったけど……」

「悔しいですが、前支部長の判断は強ち間違いではなかったようですね」

「そうね。格闘戦特化型の機体を駆って、遠距離戦主体のブルー・ティアーズをあそこまで圧倒するとはね……」

「データでは近接戦が苦手となっていたオルコットさんが、試合中に近接戦に対応してみせたのは、間違いなく千夏さんの影響が大きいでしょう」

「真の強者ってのは、戦っている相手すらも成長させるものだしね。その点で言えば、千夏ちゃんも立派に『強者』なのかもしれないわね」

「今はまだ成長途中でしょうが、それでも立派に『片鱗』は見え隠れしています。このまま成長していけば、いずれは……」

「記者会見で言っていた通り、本当に三代目の『ブリュンヒルデ』になるかもね」

 

 好意を抱き、同時に愛する妹の一番の親友である少女が、将来的に自分の最大最強のライバルになる可能性を感じた楯無は、無意識の内に己の唇を舐めた。

 

「入学して一ヶ月も経たない内に、こんな試合を繰り広げちゃったんだから、千夏ちゃんは間違いなく、この学園の台風の目になるわね」

「どうやら、今年は今までで最も波乱に満ちた一年になりそうですね」

「別にいいんじゃない? 暇を持て余すよりはずっとマシよ」

「そんな事を言えるのはお嬢様ぐらいです」

「そうかしら?」

 

 嬉しそうに広げた楯無の扇子には、綺麗な文字で『将来有望』と書かれてあった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「「……………」」

 

 ピット内。

 一夏の専用機である『白式』はとっくに設定を終えて本来の姿になっているが、それに目をくれる者は一人もいなかった。

 操縦者である一夏ですらも。

 

「千夏姉が勝った……のか……?」

「そうらしい……な……」

 

 目の前で実際に起きた凄まじい試合。

 それを自分の双子の姉が行い、しかも勝利した。

 あまりの出来事に、現実味が持てなかった。

 

「なっちー……」

「どうやら、二人揃って気絶してるみたいだね」

「「えっ!?」」

「あれ程の試合を繰り広げたんだ。千夏もオルコットも、文字通り精も根も尽き果てたんだろう。無理もない」

「バイタルには何の問題もありませんからは、本当に疲れ果てただけみたいですね」

「よ…よかった……」

 

 さっきから全く動かない千夏を見て、密かに心配していた一夏と箒だったが、真耶の報告を聞いてホッと一安心した。

 

「さて、二人を迎えに行ってやらんとな」

「僕も行きます」

「分かった。私がオルコットを抱えるから、君は千夏を頼む」

「了解です」

「アリーナは凄い歓声に包まれているからな。早く行ってやらないと、アイツ等もゆっくりと休めないだろう」

「ですね」

 

 アリーナ内は、未だに試合の興奮が冷め止まらないのか、観戦をしていた生徒達の叫び声が響き渡っていた。

 

「そんな訳だから、織斑はISを待機形態に戻した後、山田先生から専用機に関するマニュアルを貰え。その後は大人しく寮に戻るように。篠ノ之と布仏もそれでいいな?」

「えっと……なっちーのお見舞いには……」

「そうだな。まずは保健室に運んでからだ。その少し後ぐらいになら行ってもいいだろう。ただし……」

「はい。分かってます」

「ならいい」

 

 珍しく、本音がハキハキとした口調で話す。

 それを見た千冬は、それだけ彼女が千夏の事を心配しているのだと察した。

 

 その後、千夏とピノッキオの二人はアリーナに降りてから、千夏達を回収した後に保健室まで運んでいった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 IS学園 保健室。

 そこにある二つのベッドに、千夏とセシリアが仲良く横たわっていた。

 流石に気絶している人間を着替えさせるわけにもいかず、二人は未だにISスーツの姿のままだ。

 

「なっちー……」

「「千夏……」」

「千夏姉……」

 

 寝ている二人の傍には、一夏に箒、本音に簪と、いつものメンバーが勢揃いしていた。

 ついさっきまでピノッキオもここにいたのだが、彼は今、掛かってきた電話に出るために席を外している。

 教員である千冬と真耶の二人は、試合の後片付けをしているから、ここには来ていない。

 

「う……ううん……?」

「千夏姉!? 起きたのかっ!?」

「うるさいぞ……一夏……」

「あ……ゴメン」

 

 保健室では静かにしましょう。

 

「具合はどうだ? 怪我とかしてないか?」

「ISに乗っている以上、大きな怪我とは無縁だろうよ。特に俺のディナイアルは全身を覆ってるからな」

「それでも心配するんだ……」

「そうか……」

 

 表情が暗い箒を想い、口数が少なくなる千夏。

 起き上がろうと試みるが、本人の想定以上に体力を消耗しているようで、起き上がる気力が残っていない。

 

「なっちー……」

「俺の試合はどうだった、本音」

「カッコよかったよ……すっごくカッコよかった……」

「そう言って貰えただけでも、頑張った甲斐があったよ」

「なっちぃ~……」

 

 思わず泣きそうになる本音の頭を撫でる千夏。

 それを見て、地味に羨ましいと思った箒と簪であった。

 

「また一段と強くなってるね」

「鍛錬は怠ってないからな」

「それでもだよ。私もう、千夏に勝てる自信ないかも」

「冗談でも止めてくれ。簪は俺の目標なんだぞ」

「初めて聞いた」

「初めて言ったからな。恥ずかしくて」

「そっか……」

 

 好意を抱いている相手から『目標』と言われ、喜ばない人間はいないだろう。

 簪もその例に漏れず、本当に嬉しそうな笑みを零していた。

 

「そうだ。千夏姉、喉乾いてないか? なんか飲み物を買ってくるよ」

「頼む。出来ればお茶系がいいが」

「分かった」

「私も行く。一夏に任せておくと、紅茶とか買ってくるかもしれん」

「酷ぇ……」

「私も喉乾いたから、一緒に行く~」

「私も行こうかな。今思ったら、試合が始まる前から何も飲んでなかったから」

 

 結局、ぞろぞろと全員揃って買い出しに行くことに。

 保健室に残ったのは千夏とセシリアの二人だけになった。

 

「「………………」」

 

 カーテンの隙間から夕陽が差し込み、二人を暖かく照らし出す。

 少しだけ目を瞑ってから、千夏は横を向いた。

 

「起きてるんだろう?」

「……バレてましたのね」

「途中から寝息が無くなってたからな」

「千夏さんには敵いませんわね……」

 

 苦笑いを浮かべながら、セシリアは天井を見上げた。

 

「今回の試合……お見事でしたわ」

「そのセリフはそのまま返そう。まさか、セシリアにあれ程の闘志があるとは思わなかった」

「私だって代表候補生の端くれ。どんな事をしてでも勝利を渇望するのは当然ですわ」

「確かにな」

 

 肺の中の空気を吐き出してから、千夏はそっと体の力を抜いてベッドに体を預けた。

 

「セシリアと試合をして、俺はまたもや沢山の反省点を見つけられた」

「それはこちらも同様ですわ。自分の弱点を克服することの重要性を改めて理解したような気がします」

 

 普段は表情を変えない千夏が、その時ばかりは見惚れるような笑顔でセシリアの顔を見つけた。

 それを見た途端、セシリアの顔が一気に急速沸騰したのは言うまでも無い。

 

「セシリアと試合が出来て、本当によかった。ありがとう」

「それはこちらのセリフでしてよ。ありがとうございます、千夏さん」

「フフフ……」

「ウフフ……」

 

 お互いに微笑みかける二人。

 試合を通じて、二人の絆がより強固になった瞬間でもあった。

 

「でも、いつか必ずリベンジは果たしますわ」

「望むところだ。俺はいつでも誰の挑戦も受けるよ」

「それでこそ、委員会代表ですわ」

 

 そこで一旦、会話が途切れる。

 どこまで買いに行ったのか、一夏達はまだ戻ってくる気配がない。

 

「あの……千夏さん」

「どうした?」

「今から独り言を言いますので、どうか聞き流してくれませんか?」

「これまた唐突だな」

「なんでか、急に言いたくなったんです」

「それなら存分に話すといい。俺は別に気にしないからさ」

「重ね重ね、ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 そこからセシリアは静かな口調で話し出した。

 彼女の過去と、その心の中に抱いている想いの全てを……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんか長くなりそうな感じだったので、短いですがここで一旦区切ります。

次回はセシリアの過去話が主な話になると思います。






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第47話 少女の過去

令和になって初めてのセラフィムです。

ゆっくり進めていきましょう。







 私の母はとても強い女性でした。

 今のような『女尊男否社会』になる以前から多数の事業をし、その全てを成功に導くほどに。

 厳しくも優しい、私にとって一番の憧れでもありました。

 

 それとは逆に、私の父はお世辞にも強いとは言い難かった。

 婿養子で婚約したという引け目もあったのかもしれませんが、それでも人のいる前ではよく母の顔色を窺っているような男性。

 でも、私は知っているんです。父は最初からそんな人物ではなかったと。

 今ではもうおぼろげではありますが、幼い頃の私の記憶には、いつも仲睦まじげにしている両親の姿が残っています。

 これはあくまで私の推測なんですが、父は母の立場と今の世の情勢を考えて、態と社会的弱者を演じて母を持ち上げようとしていたのではないか?

 今となっては、そう思えて仕方がないんです。

 事実、家での両親はどれだけの年月が経っても全く変わっていなかったから。

 

 でも、心も体も未成熟だった幼い私には、父の姿が情けなく見えてしまった。

 だからでしょうか。昔の私は自然と『こんな情けない男とだけは結婚しない』と固く誓ったんです。

 勿論、今はそんな馬鹿な事なんて微塵も考えてませんけど。

 

 昔の私は父の事を意識的に避けて……いえ、違いますわね。

 あの頃の私は間違いなく、父の事を嫌っていた。

 それに相反するように、母への憧れを経緯は増す一方だった。

 そう……『だった』んです。

 私が大好きだった両親は……もうこの世にはいない。

 

 越境鉄道の横転事故。

 一時期は陰謀説なども囁かれていましたが、当時の事故の状況がその説を呆気なく否定しました。

 情報によると、その事故による死傷者は百数十人をも超えたそうです。

 私の両親は、私が知らない場所であの世へと旅立った。

 

 あの日の朝の事は今でもよく覚えています。

 当時の私は、少しずつではありますが、父に対する罪悪感が出ていました。

 頑張って謝って、それでまた昔のような仲良しの家族に戻りたい。

 そんな気持ちがやっと生まれた矢先、父と母が一緒に出掛ける用事がありました。

 仕事関係の用事なので、私は当然のようにお留守番。

 父が屋敷を出る直前、私が勇気を振り絞って父に『ごめんなさい』と言おうとしましたが、その言葉が紡がれる事は無かった。

 結局、私がモタモタしている間に出勤時刻が迫ってきて、最後まで父に謝る事が出来なかった。

 その時の事は、私にとって最大の後悔となっています。

 どうして、あんな簡単な一言が言えなかったのか。

 たった一言。それだけでよかったのに。

 謝る事が出来ずに両親を見送った直後は、『二人が帰ってきてから、また話せばいい』なんて楽観的な考えを持っていました。

 それが今生の別れとなる事も知らずに……。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「それからの時間は本当にあっという間でした。私の手元には両親が遺した莫大な遺産が舞い込んだのですが、それを狙う輩が後を絶たなかった。金だけを目当てに私に自分の息子と見合いをさせようとする馬鹿な者もいましたが、根こそぎ追い出しましたわ」

 

 保健室の天井を見ながら、俺は黙ってセシリアの一人語りを聞いていた。

 普段からあまり口を開く方ではない俺ではあるが、この時は特に静かにしていなければいけないような気がした。

 

「私は愚かな金の亡者達から両親が遺してくれた遺産と家を護る為に、必死になって様々な勉強をしました。そんな日々が続いたある日、私は政府からISの適性テストを受けるように打診を受けて、試しに受けてみる事にしました。すると、『A+』という結果が出たではありませんか。これはまたとないチャンスと考えた私は、政府から提示された国籍保持の為の多岐に渡る好条件を即断で了承しました。全ては愛する母と父の残してくれたオルコット家を護る為に」

 

 僅かに開いた窓から涼しげな風が入って来て、俺とセシリアの髪を優しく撫でていく。

 それを心地よく感じながら、俺はセシリアの話に耳を傾ける事に集中した。

 

「ビット兵器搭載型第三世代型IS『ブルー・ティアーズ』の第一次試験運用者に選抜され、私はISの訓練に日々を費やすようになりました。そして……」

「更なる稼働データと他国との機体との戦闘経験値をコアに蓄積させる為に日本に訪れた……というわけか」

「そうですわ」

「そうか……」

 

 『人に歴史あり』とはよく言ったもんだ。

 そんな話を聞かされても、俺にはなんて言ったらいいのか分からない。

 だから、俺は俺が思った事を真っ直ぐに喋るとしよう。

 

「俺は……」

「え?」

「俺は、少し前まで自分のような過去を持つ人間は世界中でも極少数だと本気で思っていた。他の皆は当たり前のように幸せな日常を謳歌していると、そう思っていた」

「………………」

「でも、意外とそうでもなかったんだな。どうやら、世界とは俺が想像しているよりも、ずっと苦労人が多いようだ」

「千夏さん……」

「セシリアが色々と話してくれたんだ。俺も少し話すとしようか」

 

 彼女がちゃんと聞いてくれるかは分からないが、それでも何故か話したいと思った。

 今度は俺が独り言を言う番だ。

 

「俺達にも両親がいない。千冬姉さんは少しぐらいは知っているかもしれないが、俺と一夏は両親の顔すら知らない」

「え……?」

「姉さんが言うには、俺達が物心つく前に突如として蒸発してしまったんだそうだ」

「そうだ……とは?」

「なんとも情けない話だが、俺は5歳ぐらいの頃に交通事故に遭ったらしく、その時に過去の記憶を全て失ったようなんだ。だから、元から曖昧だったであろう両親の記憶は微塵も残っていない」

「………!」

 

 本当は『転生』したから最初から知っていないんだが、それはここで言う必要は無いだろう。

 

「目が覚めた時は全身が包帯でぐるぐる巻きになっていてな、本気で驚いたよ。その直後に記憶に無い家族が出てきて二重に驚いたんだが」

 

 俺の時と同様に、セシリアも黙って聞いてくれているようだ。

 それなら、俺も遠慮無く口を動かそう。

 

「それからは本当に大変だった。ガキだった俺にとって、二人は見ず知らずの他人に等しかった。そんな人間と一つ屋根の下で暮らすのだから、精神的負担は相当だった。でも、もっと苦労したのは千冬姉さんだったと思う。なんせ、当時の姉さんはまだ学生で、俺と一夏の二人を護っていかなくちゃいけなかったからな」

 

 あの頃の事を思いだすと、どうしてもっとスマートに出来なかったのだと思えて仕方がない。

 一夏とは違い、俺には明確な意思があったのだから、色々と出来る事はあった筈なのに。

 

「一応、近所に住んでいた箒の御両親にも援助をして貰ってはいたが、それでも限界はやって来る。そんな時に現れたのが……」

「IS……ですか」

「そうだ。ISが台頭し始めてから、ウチの財政は一気に潤った。姉さんがISの国家代表になったからな」

「でしょうね。国家代表ともなれば、その給料はかなりの額になりますから」

 

 因みに、今でもまだ織斑家の通帳には一般家庭では信じられない程の額が刻まれていたりする。

 姉さんの給料に加え、俺の委員会代表として稼いだ金も含まれているから。

 

「それからも色んな事があった。本当に……色々な事が……」

 

 箒が引っ越して、それと入れ替えるように鈴がやってきて。

 ドイツで誘拐され、その後……。

 俺の体に明らかな変化が出てきて、鈴が中国に帰国したと同時に俺の髪が真っ白になってしまった。

 あぁ……思い出せば思い出す程に、自分の情けなさと惰弱さが浮き彫りになっていく……。

 

「そして、中学二年の後半辺りで俺もセシリアと同じように政府が開催した簡易IS適性検査があってな。そこで『S』なんて結果が出てしまった」

「エ……Sっ!? IS適性がSって事ですのっ!?」

「そうらしい。直後に裏の部屋に連れていかれて、色んな話をさせられたよ。その次の日だったかな。委員会の人間がやって来て、俺の身柄を護る為に委員会所属の操縦者にすると言い出したんだ」

「それで『委員会代表』に……」

「まぁな。それから簪も通っていたISの訓練施設に通う羽目になった」

「その言い方だと、あまり良い思い出が無いように聞こえますけど?」

「半々だな。簪を初めとする多数の友人たちが出来た事は、俺にとって間違いなくいい事ではあるが、それを全てぶち壊す程に最悪な出会いもまたあった……」

 

 ヤバい。

 話の流れで喋ってしまったが、頭がアイツの事を思い出そうとしている。

 これはダメだ。忘れろ……忘れろ俺……!

 

「千夏さん、もういいですわ。貴女にとって、その『最悪な出会い』とやらは思い出したくも無い程なんでしょう? 無理して話す必要はありませんわ」

「そう……だな。すまない……」

 

 気を使うべき立場の筈が、いつの間にか逆転してしまった。

 またもや情けない一面を見せてしまったな。

 

「なんだか疲れたよ……もう寝る」

「分かりましたわ。どうか良い夢を……」

「ありがとう……おやすみ……」

 

 今更ながらに出てきた疲労感に身を任せ、俺は体を横にしながら目を閉じた。

 嫌な夢でも見るかと思ったが、案外そうでもなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「「「「………………」」」」

 

 千夏が眠る少し前。

 飲み物を買って戻って来ていた一夏達は、保健室の入り口付近で扉越しに聞こえてきた二人の会話に耳を傾けていた。

 

「オルコットさんに……そんな事があったなんて……」

「そうだな……」

 

 箒も自分が相当に不幸な星の生まれだと思っていたが、それが愚かな自惚れだと思い知らされた。

 

「セシリアもだけど、千夏……」

「なっちー……」

 

 普段ならば絶対にしないであろう、千夏の自分語り。

 己が知らない千夏の過去を知り、簪と本音は表情を暗くしている。

 そして、それは自分が去った後の事を知らない箒もまた同様だった。

 

「千夏も……政府の奴等に振り回されたんだな……」

「箒……」

 

 IS学園に来るまでは、箒も政府の『重要人物保護プログラム』によって各地を転々としていた。

 だから、大人の思惑に振り回された千夏の心境を理解できてしまう。

 

「一夏……。千夏が言い淀んでいた部分を、お前は知っているのか?」

「まぁ……な。けど、こればっかりは幾ら箒でも簡単には話せない。俺も千冬姉も、ソレに関する話は絶対にしないって決めてるからな」

「そうか……」

「これだけは、千夏姉が自分から話す時を根気よく待っててほしいとしか言えない。ゴメン……」

「いや……謝る必要は無い。誰にだってタブーな話ぐらいはあるし、千夏の場合はそれがかなり深刻なだけだ。だから、私は千夏の事を信じて待つとする」

「私も。千夏がいつか話してくれると信じて待つよ」

「うん……そうだね。私達がなっちーを信じてあげなきゃ駄目だよね」

「皆……ありがとな……」

 

 自分一人では無理でも、これだけの友達が支えてくれるのなら、千夏の事を本当の意味で守れるかもしれない。

 僅かに見えてきた希望の光を感じ、一夏は少しだけ涙ぐんだ。

 

「で、どうする? そろそろ中に入るか?」

「もう少しだけ待ってやろうぜ。まだ何か話してるかもしれないし」

「そうだね」

「うん!」

 

 だがしかし、そんな場の空気なんて全く知らない人物がここで登場する。

 

「あれ? 皆して廊下に立ってどうしたの?」

「ピノッキオさん。電話は終わったんですか?」

「一応ね。定期報告みたいなもんだし。それよりも中に入らないの?」

「いや、今はまだ……」

「??? なんだか分からないけど、僕は入るよ?」

 

 コンコンとノックをしてから、念の為の確認をしてから扉を開ける。

 仕方がないと諦めつつ一夏達も中に入ろうとするが、そこでは女子勢を驚愕させる事が起きていた。

 

「ん? なんで一緒に入ってるの?」

 

 ピノッキオの一言では分かりにくいであろうから、ここでちゃんと説明しよう。

 千夏が完全に寝入った事を確認したセシリアは、あろうことか自分のベットから降りて、そのまま彼女を起こさないように一緒のベットに潜り込んだのだ。

 ニコニコしながら、正面から千夏を抱きしめる形で至福の時を満喫しているセシリアだったが、そんな横暴を簡単に許す程、少女達は甘くは無い。

 

「「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」」」

「なっちーと一緒のベッド……いいなぁ~……」

「だ……大胆だな……」

「げっ!? あなた達っ!?」

 

 途端に騒がしくなる保健室。

 だが悲しいかな。この状況を注意する役目を持つ教師は、この場には一人もいない。

 だというにも拘わらず、当の千夏本人は全く起きる気配を見せず、見事に爆睡していた。

 

「す~……す~……」

 

 千夏の静かな寝息も、少女達の声にかき消されてしまう。

 そんな光景を、この場で唯一の成人であるピノッキオは呑気な顔で見つめていた。

 

 

 

 

 

 




前回よりは長く書けた……。

結局はシリアス一辺倒にはなりませんでした。


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第48話 賑やかで騒々しい日常

もうホント……疲れまくりで疲労困憊ですよ……。

休みたいなぁ~……。







 結局、俺とセシリアは保健室で数時間だけ休み、その後に自室に戻って眠った。

 なんでかまたもや本音が俺のベッドに入り込んできたが、疲れ果てていて指摘をする余裕も無かった為、そのまま受け入れて一緒に眠った。

 そんな事があった次の日。

 

「「ふわぁ~……」」

 

 おっと。本音と一緒に欠伸が出てしまった。

 いつものように登校の準備をしてから食堂に向かっているのだが、どうも今日は何かが違った。

 

「なぁ……本音」

「ど~したの~?」

「気のせいかもしれないが、なんだか注目されてないか?」

「いや……そりゃされるでしょ……」

「は?」

 

 急に素になった本音に俺も思わず間抜けな声が出た。

 まだ寝ぼけているのか、頭が上手く回らない。

 

「あんな試合を繰り広げたんだ。誰だって千夏達の事を注視するようになるさ」

「箒……一夏……」

 

 何故か得意気な顔をした箒と、それを見て少し呆れている一夏と合流。

 お前は何をそんなに疲れている?

 

「あの後さ、箒の奴凄い興奮しちゃって、夜遅くまで千夏姉の事を話しまくってたんだよ」

「なんじゃそりゃ」

 

 本気で話の流れがよく分からん。

 どうして箒が俺の事で興奮する?

 

「あら、おはようございます」

「おはよう」

 

 ここで更にセシリアと簪もやって来た。

 セシリアは昨日の疲れは余り残っていないようで、簪はいつもの通り。

 だが、俺とセシリアが一緒になった事で、周囲の視線がより一層集まってくるようになった。

 

「セシリア……」

「分かってますわ。自分でも原因は理解しているつもりですけど……」

「なんとも言えんな……」

 

 試合中ならばいざ知らず、こうして日常的に注目されるのは困る。

 幾ら俺が委員会代表であっても、プライベートぐらいはそっとしておいてほしい。

 

「千夏。慣れるしかないよ」

「それしかないか……はぁ……」

 

 注目されるのに慣れるというのも、なんだかなぁ……。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 学園中の様子が明らかに違うと思い知らされたのは、一組の教室に入る時だった。

 四組である簪と別れた後、教室の扉を開くと、いきなり教室中の生徒達が俺達に殺到してきた。

 

「千夏ちゃん!! 昨日の試合、本当に凄かったよ!!」

「うんうん! 最高にカッコよかった!!」

「っていうか、二人共がカッコよかったし!!」

「オルコットさんもマジで見直したよ!! やっぱ、代表候補生って強いんだね!!」

「あ~……もう! 一組になれて本気で嬉しい!!」

 

 咄嗟に俺とセシリアは指で耳栓をしたが、それもあまり効果を発揮してくれなかった。

 痛覚が無い俺がキンキンすると感じるって相当だぞ……。

 

「皆さん、お話なら後でちゃんとお聞きしますから、ここを通してくださいませんこと? 本当に遅刻してしまいますわ」

「おっと。そうだったね。皆~! 道を開けて~!」

 

 セシリアの丁寧な説得で皆がちゃんと道を開けてくれた。

 俺などとは違って、ちゃんとした教育を受けているセシリアの言葉には重みがあるな。

 

「凄い迫力だったな……」

「流石にこれは祖国でも無かったですわ……」

「あったら逆に凄いと思う」

 

 俺達の後ろにいたからか、一夏達には全く目もくれていなかった。

 つい一昨日まではあんなにもワーキャー言ってたのに。

 女子高生は熱しやすく冷めやすいと聞いた事があるが、本当なのかもしれないな。

 

「そうだ! 折角だし、近い内に千夏ちゃんのクラス代表就任パーティーとかしようよ!」

「「「「賛成~!!」」」」

「しなくていい」

 

 どうして今更になってそんな事を考える?

 俺がクラス代表になったのは一週間近くも前の事なのに。

 どんだけ昨日の試合でテンション上がってるんだよ。

 

 俺達が席に着いてから数分後に千冬姉さん達教師コンビもやって来たが、俺達以外の皆が浮足立っている様子に小首を傾げていた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 その後は意外なほどに何も無く、俺達は無事に放課後を迎える事が出来た。

 昼食時にも食堂で視線を感じてはいたが、朝ほどには強く感じなかった。

 

「それじゃあ、俺は裁縫部に行くとする」

「分かった。俺等も部活に行くわ」

「また後でな」

「あぁ」

 

 一夏達に手を振ってから、俺は部室棟にある裁縫部部室まで向かったのだが、そこでもまた昨日の影響が強いかった事を思い知った。

 

「「「「千夏ちゃん!! 勝利おめでと~!!」」」」

 

 部室に入った途端、いきなりの歓迎っぷり。

 先輩達がクラッカーを鳴らしてきて、俺の頭に紙吹雪が落ちてきた。

 

「あの………」

「いや~! まさか、千夏ちゃんがあれ程の実力を持っていたとはね!」

「驚きと喜びが混ざり合って、もうとんでもない事になってるんだから!」

「自分達の後輩があんなに立派だとさ……もうなんつーの? 先輩として頑張らないとって思うと同時に、感動しちゃったよね……」

「だね……感無量だったよ……」

 

 喜ぶのか感動するのか、どっちかにしてほしい。

 

「マジで千夏ちゃんはこの裁縫部の誇りだわ! こりゃ、来年辺りにはホントに千夏ちゃんに部長の座を渡した方がいいかもね!」

「織斑部長……いや、千夏部長か。いいね!」

「いやいやいや。幾らなんでも先の事を考えすぎです」

 

 まだ入学して一ヶ月も経ってないんだぞ?

 なのに、もう来年の事を考えるってどうなんだ?

 

「よぉ~し! この興奮をそのまま自分の作品に向けるわ!!」

「なんだか燃えてきた~!!」

「やぁぁぁぁぁぁぁってやるわ!!」

「おっしゃぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 ……ここまで五月蠅い裁縫部もまた確実に珍しいだろ。

 まぁ……嫌いじゃないんだけどな。

 さて、俺は俺で、本音にリクエストを貰った編みぐるみにでもチャレンジしてみるか。

 ちゃんと雑誌は借りてきてるし、何か分からない事があれば先輩達に聞けばいい。

 俺等よりも確実に先達なのだから、遠慮無く頼りにさせて貰おう。

 よし、まずは猫から作ってみよう。

 理由は、俺が猫を大好きだから。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 相当に集中してしまっていたのか、碌に休憩もせずにぶっ通しで製作していたせいか、いつの間にか夕方になっていた。

 

「もうこんな時間か……」

「千夏ちゃん、かなり集中してたもんね~」

「でも、その甲斐はあったんじゃない?」

「だね。その猫の編みぐるみ、めっちゃ可愛い!」

 

 俺の手の中には、手の平サイズの茶ぶち模様の猫の編みぐるみがあった。

 ちょこんと座った格好になっていて、首の部分にはちゃんと黄色い毛糸で編んだ鈴まで付けた。

 うん。最初にしては中々に上出来かもしれない。

 

「そろそろ終わりにしましょうか。いい時間になってるし」

「そうね。それじゃあ……」

「「「「「お疲れ様でした~」」」」」

 

 ちゃんと道具を片付けてから、俺達は各々に解散していった。

 先輩達に食事に誘われたが、一夏達を待たせている旨を伝えると、ちゃんと分かってくれた。

 今度は先輩達と一緒に食べるのもいいかもしれない。

 

 そんな事を考えながら一夏達と合流する為に廊下を歩いていると、部室棟を出る所で楯無さんと出会った。

 どうやら、俺がやって来るのを待っていたようだ。

 

「お疲れ様、千夏ちゃん」

「お疲れ様です」

 

 まずは定例文となった挨拶を。

 

「昨日の試合、本当に凄かったわ」

「それ、今日だけで何回も聞かされましたよ」

「あらそう? けど、それだけ千夏ちゃん達の試合の影響が凄かったって証拠じゃない?」

「俺達は普通に試合をしただけなんですけどね……」

「主観の違いってそんなものよ。自分は大したことじゃないって思っていても、相手はそうじゃない」

「そうですね……」

 

 嫌と言うほどに思い知らされたからな。いやマジで。

 

「あ~あ。今更だけど、本気で千夏ちゃんを生徒会に入れられなかった事を後悔してるわ~。千夏ちゃんなら、きっと私が卒業した後に立派な生徒会長になってくれるんだけどな~」

「買いかぶり過ぎですって。俺には楯無さん程のカリスマは無いですから」

「そうかしら? 少なくとも、周りの皆には慕われてるじゃない」

「慕われてるって言うか、懐かれてるって言うか……」

 

 普通は尊敬している人物の腕に抱き着こうとはしないと思うのは俺だけだろうか。

 いや、そんな事は無いと俺は信じたい。

 

「よかったら、これからも生徒会には遊びに来てもいいからね? 本音ちゃんも喜ぶだろうし」

「そうですね。気が向いたらお邪魔させて貰います」

 

 虚さんとも色々と話しをしてみたいしな。

 多分だが、あの人とは話が合いそうな気がするんだよな。

 

「あら? その手に持ってるのは何?」

「編みぐるみですよ。部活で造りました」

「か……可愛い~♡ それにすっごい上手~! マジで千夏ちゃんの女子力ってどうなってるの?」

「どうと言われましても……」

 

 返答に困るような事を言われてもな……。

 そもそも、俺は厳密には『女子』じゃないし。

 

「って、いつまでも話し込んでたら千夏ちゃんを待ってる子達にも悪いわね。そろそろ私は行くわ。それじゃあね」

「はい。また明日」

 

 軽く会釈をしてから、この場を去ろうとすると、楯無さんが去り際にそっと耳元で呟いてきた。

 

「千夏ちゃん」

「はい?」

「……今度は私とも試合をしましょうね」

 

 その瞬間、少しだけ背筋がゾッっとした。

 これが緊張なのか、それとも恐怖なのかは今でも分からない。

 だが、これだけはハッキリと言える。

 

「……喜んでお相手しますよ。ロシア代表さん……」

「フフフ……♡」

 

 俺もまた、この人と戦ってみたいと思っていた。

 どうやら、一夏や千冬姉さんの事をあまり偉そうには言えないようだ。

 

 因みに、今回編んだ猫の編みぐるみは本音にプレゼントをした。

 猫をチョイスをしたのは正解だったようで、とても喜んでくれて、アクセサリーのように鞄に取り付けていた。

 

 

 

 



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第49話 ほんの少しだけ姉らしく

書きたいと思った時に書く。

それが普通の事なんですよね。







 俺とセシリアとの試合から少しだけ時間が経過し、もう4月も下旬に差し掛かった。

 桜の花びらはすっかり散ってしまい、緑の葉がちらほらと見え始める。

 地面に落ちた花びらを掃除するのにピーノが四苦八苦していたのが面白かった。

 おっと。話が逸れてしまったな。

 

 今、俺達はグラウンドにてちょっとした実習授業を受けていた。

 勿論、私達の目の前に立っているのはジャージ姿の千冬姉さんだ。

 

「それでは、今回はISの基本的な操縦飛行を専用機持ち達に目の前で実践して貰う。千夏、織斑、それからオルコット。三人共、前に出てISを展開し、実際に飛んでみせろ」

「「はい」」

「は…はい」

 

 お呼びか掛かった俺達は、皆の前に出てからいつものようにISを展開。

 そのお蔭で今知ったのだが、セシリアの『ブルー・ティアーズ』の待機形態はいつも耳についていたイヤーカフスだったのか。

 そして、一夏の専用機である『白式』はそのガントレット(見た目は完全に白いブレスレットだけど、一応はガントレットになるらしい)だ。

 ISの待機形態とはどれもこれもがこうも洒落た物なんだろうか。

 

「よし」

「完了ですわ」

「見事だ。流石は熟練者だな。二人揃って展開までに一秒も掛かっていない」

 

 授業で姉さんに褒められる機会はかなり少ないので、地味に嬉しいな。

 俺のディナイアルは全身装甲だから表情は見えないけど。

 

「え…え~っと……」

「早くしろ。千夏から展開のコツぐらいは教えて貰っているのだろう?」

「い…一応は……」

「授業が押すだろうが。とっととやれ」

「りょ…了解……」

 

 こればかりは完全に『慣れ』だからな。

 一夏のようについこの間、専用機を受け取ったばかりじゃすぐに展開するのは難しいだろう。

 実際、俺も最初はかなり苦労したもんだ。

 

「一夏。前に俺が言った事を思い出せ。頭の中で白式の事をイメージするんだ」

「イ……イメージ……」

「それが難しかったら、心の中で白式の事を呼ぶとかしてみろ」

「それなら……!」

 

 結果、一夏は何故か右腕を前に出して、それを左腕で掴むという特撮ヒーロー染みたポーズでなんとか展開が出来た。

 お前は無自覚かもしれんが、今のは相当な黒歴史だぞ……。

 

「こうして近くで見ると……」

「うん。千夏ちゃんのISって、まるで本当のロボットみたいだね」

「全身装甲なんだから、仕方ないんだろうけど……」

「このゴツさであんな動きを普通に出来る千夏ちゃんって……」

「かなり凄いよね……。流石は千冬様の妹って感じ?」

 

 ……なんとも複雑な評価をありがとさん。

 成る程。これが有名人を家族に持つ者の辛さってことか。

 

「全員無事に展開できたな。では、飛行を開始しろ」

「「「はい」」」

 

 そう言われたと同時に、俺達は一斉に上空へと飛んでいく。

 あっという間に目標高度まで到達し、俺とセシリアはそのまま待機をする事に。

 因みに、一番が俺で二番がセシリアだった。

 んで、我等が愚弟はというと……。

 

『何をモタモタとしている。ディナイアルはともかくとして、スペック上では白式はブルー・ティアーズよりも飛行速度は上なんだぞ』

 

 なんとなく分かってはいたが、まだIS慣れしていない一夏は最下位だった。

 しかし、白式ってそんなに高性能な機体だったのか。

 地味にディナイアルの方がもっと凄い的な事を言っていたような気がしたが。

 

「つ……着いた……」

「ご苦労様」

「二人共早すぎるって……。何をどうしたら、そんなスピードが出るんだよ……」

「「ん~……イメージ?」」

「二人でシンクロしながら言われてもな……」

「だが、そうとしか言いようがないしな。なぁ、セシリア」

「そうですわ。と言っても、別に私達のやり方にあわせる必要はどこにもありませんのよ? 何事も、御自分が最もやりやすい方法を模索するのが一番ですわ」

「やりやすいやり方って言われてもなぁ~……。そもそも、まだ俺には空を飛ぶ感覚自体があやふやって言うか……。因みに二人はどんなイメージで飛んでるんだ? 参考までに聞かせてくれよ」

 

 どんなイメージねぇ……。

 俺はともかく、セシリアが何を思って飛んでいるのは気になるな。

 

「私は、幼い頃に美術館で見た天使を描いた絵画ですわ。こう……自分の背中に翼が生えた感じで……」

「理解出来るような、出来ないような……。千夏姉はどうなんだ?」

「俺か? 俺は……そうだな……あれだ。自分が某超有名な漫画の主人公になった気持ちで飛んでいる」

「誰だそれ?」

「金髪になってパワーアップする、あの男だよ。息子は愚か孫までいて、最近は金髪から青髪にまでなる『アイツ』だ」

「あ~……アイツね。なんとなく分かったわ」

 

 お前なら分かると思っていたよ。セシリアはちんぷんかんぷんな顔をしているが。

 

「後でまた復習でもしておけ。俺が勉強を見てやるから」

「げ。千夏姉が……?」

「なんだ。何か文句でもあるのか?」

「ア…アリマセン……」

 

 全く。俺が折角、お前の為を思って言ってやってるのに。

 

(最近になってより一層、千夏姉が千冬姉に似てきたなぁ~……)

 

 おいこらそこ。お前が何を考えているのか丸分りだったからな。

 後で覚えとけよ。この愚弟が。

 

『もうそろそろいいか?』

「「「あ」」」

 

 通信回線から姉さんのお叱りの声が。

 思わず話しに夢中になり過ぎた。

 遥か真下にいる姉さんの眉間に皺が寄っているような気がする。

 

「こんな場所からでも、ちゃんと下の様子が分かるんだな……」

「ISは元々、宇宙空間での活動を前提としたパワードスーツだ。それこそ、何万キロ先になる星の光を見てから自分の現在地を把握しなくてはいけないのだから、これぐらいの距離は見えて当然だ」

「あらら。私が言おうとしていた事を全部、千夏さんに言われましたわ」

 

 さて。軽いレクチャーが済んだところで、俺達はこれから何をすればいいのかな?

 

『三人共、今から急降下と完全停止をやってみせろ。目標は地表から約10センチとする。いいな?』

 

 10センチ……か。最初から中々な難易度を吹っかけてくるな。面白い。

 

「誰から行く?」

「では、最初は私からよろしいかしら?」

「分かった。なら、二番目は一夏だな」

「お…俺っ!?」

「そうだ。万が一の場合、上と下の両方からフォローできる存在が必要だからな」

「な……成る程?」

 

 こいつ。全く理解してないな。

 

「それじゃあ、お先に失礼しますわ」

 

 そう言ってすぐにセシリアは地上へとダイブし、ここからでも見事に急停止してみせたのが分かった。

 

「次は一夏だ。ほら行け」

「ちょ……急かすなよ……」

 

 ちょっとだけ一夏の背中を押してやる。

 早く行かないと俺が墜落させるぞ? 後が閊えてるんだからな。

 

「せー……のっ!」

 

 あのバカ……力み過ぎて速度を出し過ぎだ。

 恐らく、自分でも加減が出来てないんだろうが、そんな事は今は関係無いか。

 このままでは一夏が地面に激突してしまう。

 それだけで済めばまだいいが、最悪の場合は周りの皆を巻き込む可能性すらある。

 

「仕方がない……バーニングバースト発動」

 

 俺はすぐにバーニングバースト状態で一夏の後を追うように急降下した。

 見る見るうちに一夏に追いつき、そこで後頭部から伸びた炎の辮髪を伸ばす。

 

「動くなよ」

「ち……千夏姉っ!?」

 

 グルグルとあのバカの体に辮髪が巻き付いたのを確認すると、俺は全力で空中にて急ブレーキを掛ける。

 一人分余計に重いせいで体がギシギシと軋みを上げたが、ここは痛覚が無い体を最大限に利用させて貰った。

 心配なのは寧ろディナイアルの方だ。これで余計な負担とか掛かってないだろうな……?

 

「止まった……」

「た……助かった……?」

 

 俺達が空中で静止したの見て、全員が安堵の表情を見せた。

 特に千冬姉さんが心から安心した顔を見せていた。

 

「このまま降りるぞ」

「あ……うん。……ありがとな」

「礼なんていいよ。偶には姉らしく弟を助けたくなっただけだ」

「…………俺はいつも千夏姉に助けられてるよ」

 

 ん? 何か言ったか? 小さくてよく聞こえなかったぞ。

 

「にしても、この炎ってこんな使い方も出来るんだな」

「みたいだな。俺も実際に出来て驚いてる」

「えっ!? 知っててやったんじゃないのかっ!?」

「まさか。炎で物体を掴めるなんて誰が予想する?」

「マジかよ……」

 

 もしかしたら、この『蒼炎』も実はディナイアルのエネルギーの一部だったりするのか?

 それならば、少しは納得出来るような……いや、やっぱ納得出来ない。

 これ、本当にどんな仕組みで一夏を捕まえられたんだ?

 やった俺が一番よく理解出来ん。

 

 ゆっくりと地面に降り立つと、すぐに千冬姉さんお得意の出席簿が振り下ろされた。

 目標は勿論、一夏だ。

 

「この馬鹿者が!」

「痛いっ!?」

 

 ISを纏っているのにダメージが入るとは……我が姉ながら恐るべし。

 

「はぁ~……千夏が止めてくれなかったら大参事になっていたかもしれんのだぞ。分かっているのか?」

「うぐ……本当に申し訳ありませんでした……」

 

 一夏はまだ俺の辮髪に巻きついたままなので、傍から見るとかなり間抜けな光景だ。

 

「千夏。ナイス判断だった。お前が動いていなければどうなっていた事やら……」

「その時は、セシリアがどうにかしてくれていたよ。そうだろう?」

「勿論ですわ」

 

 と言いながら、セシリアはいつでもミサイルビットを発射出来るようにしていた。

 

「あの~……セシリアさん? そのミサイルをどうするつもりだったのか聞いてもいいかな?」

「これで迎撃するつもりだっただけですけど、それが何か?」

「だと思ったよっ! 千夏姉! マジで感謝します!!」

 

 姉の髪に巻きつかれるか、もしくはクラスメイトにミサイルで撃ち落とされるか。

 ある意味で究極の選択だな。

 

「全くこいつは……」

「おりむ~ダメダメだね~」

「惨めだ……」

 

 そう思うのなら、これからは今まで以上に精進を重ねる事だな。

 

「千夏。そろそろ降ろしてやれ」

「はい」

「ぶぎゃ」

 

 バーニングバーストを解除すると、自然と一夏も地面に落ちる。

 まるで蛙が潰れたような声を出したが、気にする事じゃないだろう。

 

「そう言えば、俺の急降下とかは……」

「もういいだろう。さっきので十分に腕前は確認できたからな」

 

 それならばいいのだけれど。少しだけ得したな。

 

「早く立て。今度は武装の展開をやって貰うからな」

「りょ……了解……」

 

 一夏が生まれたての小鹿みたいにプルプルしながら立ち上がっている最中に、俺とセシリアは皆の前に移動していた。

 

「まずはオルコット。やってみろ」

「はい」

 

 ダランと腕を下げたままの状態で、セシリアは一瞬にして自身の主武装であるレーザーライフル『スターライトMk-Ⅲ』を展開した。

 相変わらず見事なもんだ。

 

「ほぅ……? こっちの資料では、展開前に腕を前に出したりしていたと書いてあったが?」

「少し前まではそうでしたけど、千夏さんとも試合に備えて特訓を重ねた結果、普通の体勢でも展開可能になりました」

「フッ……流石は代表候補生だな。ならば、近接武装も大丈夫だろうな?」

「勿論ですわ」

 

 これまた一瞬だけ光が放たれたと思った瞬間に、ライフルを持っていない左手に近接用のショートブレード『インターセプター』が握られていた。

 

「近接武器の展開は不得手だと聞いていたが、どうやら克服してみせたようだな」

「それもこれも、全ては千夏さんのお蔭ですわ」

「俺は別に何もしてはいないんだがな……」

「触発された……ということなんだろうさ」

 

 俺の存在が誰かの役に立つ……か。なんだか小恥ずかしいな。

 

「千夏は……したくても出来ないか」

「腕部に内蔵されている『ビームソード』なら出せますけど?」

 

 ディナイアルの武装ってこれしかないしな。

 ビヨ~ンとその存在を主張するように何回も出したり消したりしてみる。

 

「いや、いい。省略できるならそれが一番だ。それよりも……」

 

 やっとこっちまで来た一夏を睨んでから、白式の装甲を軽く出席簿で小突く姉さん。

 早くしろって合図だろう。

 

「お前の白式にも武装はある。それを展開してみせろ」

「武装って……あれか」

 

 聞いた話では、白式は剣一本だけの超ピーキー仕様らしい。

 ウチの家の専用機はどれもこれも、どうしてこうも超接近戦仕様なんだ?

 なんてくだらない事を考えている内に、一夏は武装を展開し終えていた。

 剣道をしているお蔭か、白式を展開する時よりは早かったようだ。

 

「まだ遅い。最低でも0.5秒で展開出来るようにしろ」

「そんなご無体な……」

「何か言ったか?」

「ナニモイッテマセン……」

「よろしい」

 

 あれが一夏の白式の唯一無二の武装である『雪片弐型』か。

 姉さんの専用機である『暮桜』の武器である『雪片』の系列に該当する剣らしいが……。

 

(少しだけ羨ましいな……)

 

 いや。今更何を言っているんだ俺は。

 こんな愚かな考えは早々に捨てた方がいい。

 そうだ。そうに決まっている。

 

「「「ん?」」」

 

 ここで授業終了のチャイムが鳴った。

 もう終わりかと思ったが、ディナイアルのモニターに表示されている時計は、もうとっくに一時間を経過していた事を示していた。

 

「では、今日の授業はここまでとする。織斑、着替え終わったら後で職員室に来い。今回の事でたっぷりと説教をしてやる」

「ハイ……」

 

 一夏。完全に顔が死んでるぞ。

 下手に弁護をして巻き添えを食うのは御免だから。頑張れよ、一夏。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 

 中国から日本へと向かう航空機の機内。

 ツインテールが特徴的な一人の少女が、窓から見える青空と、そこに浮かぶ無数の雲を眺めながら、ポケットから一枚の写真を取り出した。

 

「もうすぐ……もうすぐまた会えるのよね……」

 

 写真には彼女の他にもう一人、白と黒の縞模様になった長い髪を持つ少女が並んで映っている。

 一見すると無表情のように見えるが、よく観察すると少しだけ微笑んでいる。

 

「千夏………」

 

 少女の呟きは機内の音に掻き消されて誰にも聞こえていなかった。

 そして、航空機は一路、日本へと向かって行くのだった。

 

 

 

 




やっとここまで来ました。

次の次辺りで千夏と彼女が運命の再開を果たします。


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第50話 鈴の音の帰る時

 やっと……やっと日本に戻ってこれた……。

 あれから一年と少ししか経ってないけど、あたしには気が遠くなるような時間に感じた。

 

 あたしが今いるのは、IS学園の正面ゲート前。

 夜風で髪が靡くけど、そんな些末事なんて気にならない。

 またこの国に……あの子がいる日本に戻ってくれる日を、どれだけ夢見て来た事か。

 でも、それももう終わり。今のあたしはあの子が通っている学園にいるのだから。

 それはつまり、会おうと思えばいつでも会えるという事だ。

 少し前までは当たり前だったことが、また再び出来るようになる。

 なんて嬉しい事か。遂にあたしはやり遂げたのだ。

 ここまで来るのに、どれだけ苦労をした事か。

 

「いいえ。ここで油断しちゃ駄目よ、あたし。まずはちゃんと手続きを済ませないと」

 

 ポケットの中からクシャクシャになってしまったメモ紙を取り出したけど、そこに書かれているのは中国語で『学園に到着したら、本校舎一階総合事務受付に行け』とだけ。詳しい場所なんかの情報は全く記載されていない。

 

「大雑把すぎんのよ……」

 

 場所名自体は飛行機の中で何度も確認したから、もう完全に頭の中にインプットしてある。

 だから、このメモ紙の役目はとっくに終わっている。

 本当なら、ここでポイッと捨ててしまっても構わないんだけど、流石に到着早々にゴミを捨てるのはどうかと思う。

 

「仮にも代表候補生なんだし、節度ある行動を心掛けないとね」

 

 じゃないと、あの子にまた会った時に顔合わせ出来ないから。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 両親の離婚を切っ掛けに、アタシは故国である中国へと戻る事になったのだけれど、まだアタシの心は日本にあった為、懐かしい光景を見ても全く感動しなかった。

 それどころか、まるで全く知らない国に来てしまったかのような感覚すらあった。

 

 親のせいで大好きな人達と離れ離れになったという事もあって、戻った直後のアタシは相当に荒れていた。

 学校になんて微塵も行く気が無かったから、当たり前のように不登校。

 外での外泊も日常茶飯事になっていて、家になんて殆ど戻らない。

 その頃から、あたしは『大人』という人種が猛烈に嫌いになった。

 

 完全に不良の仲間入りになったアタシは、ガラの悪い連中とつるむようになった。

 別にそいつ等の事が気にいったとか、そう言うわけじゃないけど、一人でいるよりは少しはマシだったから。

 今にして思えば、それは憎い親に対するあたしなりの反抗だったのかもしれない。

 そんな事をしても何にも意味は無いと分かっていても、今の自分の中にある言いようのない寂しさを埋める『何か』を求めていた。

 でも、そんな日々もある日突然に終わりを告げる事となる。

 

 それは、ほんの些細な偶然だった。

 あたしが中国に戻ってきてから数か月が経過した頃、政府がいきなり中国全土の20歳以下の女性を対象に、簡易IS適性検査を執り行ったのだ。

 勿論、あたしも半ば政府の役人連中に連行されるように検査場に連れていかされた。

 だがそこで、アタシは日本に戻れるかもしれない千載一遇のチャンスをゲットした。

 

 役人に言われるがままに検査を受けたアタシに、全く予想すらしていなかった事実が突き付けられた。

 

 【凰鈴音 IS適性 A+】

 

 信じられなかった。

 A+と言えば、その頃まだISの知識に疎かったアタシでさえ知っている程に高い適性。

 現在いる国家代表の殆どがA+であると言われていて、どの国でも将来有望と目されている者達が叩き出す値。

 確かに、運動神経にはそれなりに自信はあったけど、まさか自分にそんな才能が埋もれていたなんて誰が想像するだろうか。

 検査結果を聞かされたアタシは、自分でも驚くぐらいに冷静に状況を分析し、そして確信した。

 

『ISの操縦者になれれば、本当の意味で母親から離れられるし、日本にも行けるようになるのではないか?』

 

 心臓が激しく鼓動した。息が荒くなって汗が止まらない。

 端的に言うと、興奮した。

 これは間違いなく、一生に一度の大チャンスだ。

 この機会を逃せば、あたしは必ず後悔する。

 

 色んな考えが頭の中でグルグルと渦巻いているあたしに、役人は無表情でこう告げた。

 

『凰鈴音君。訓練学校に通って、ISの操縦者になってみる気はないか?』

 

 アタシは微塵も躊躇することなく頷いた。

 もう迷いはない。捻くれたりもしない。寂しさを紛らわす事もしない。

 今は唯、この運命とも言えるたったひとつのチャンスを必ず手に入れる事だけしか考えない。

 

 未成年者が訓練学校に通うには、親の承諾が必要となるのだけれど、幸いと言うかなんというか、あたしの母親は女尊男卑の考えを持つようになっていたため、娘であるアタシがIS操縦者として高い適性があると聞かされた途端に、嬉々として書類にサインをした。

 後にも先にも、これが実の親に心から感謝した最初で最後の出来事だった。

 

 アタシが不登校を貫いていた学校にも話が通され、転校と言う形で学校を去った。

 と言っても、実際には一度も通ってないし、友達なんて一人もいない。

 ぶっちゃけ、凄く清々した。

 

 柄の悪い連中とも縁を切り、あたしは生まれ変わった気持ちで中国IS訓練学校の門を潜った。

 

 そこからは本当に大変だった。

 今まで遅れていた勉強を一刻も早く取り戻すために、昼夜を問わず必死に勉強し、それと同時に訓練教官の鬼のようなメニューをこなす。

 勉強のし過ぎで頭痛に苛まれたり、訓練の果てに指一本動かす事が出来なくなる程に肉体が疲弊することだって多々あった。

 地獄のような特訓と勉強の日々と言えばそれまでだけど、その時のアタシはとっくに覚悟を済ませていて、愛する彼女に再び出会う為ならば、どんな苦行も地獄も耐え抜くと決めていた。

 

 余りにも激しすぎる訓練に一人、また一人と脱落をして行く中、あたしだけは絶対に諦めなかった。

 例え泥を啜っても、石に嚙り付いてでも必ず訓練を成し遂げ、立派なIS操縦者となってから堂々と日本に凱旋をして彼女に会いに行く。

 その時まで、挫けている暇なんて一秒も存在しないのだから。

 

 そんな最中に、全世界に同時放送のニュースが流れてきた。

 日本で、史上初めてとなる『IS委員会代表のIS操縦者』が誕生したというニュースだ。

 それは勿論、中国でも報道されて、アタシがいた休憩室に設置してあるテレビにも流れてきた。

 最初は、そのニュースを聞いても何にも思わなかった。

 他人の成功に興味を持つ時間があるのなら、自分が成功するために時間を割くべきだ。

 だが、そのテレビ画面に映った少女の姿を見た時、アタシの思考はほんの少しの時間だけど、完全に停止した。

 

 史上初のIS委員会代表IS操縦者とは……あたしが世界で最も愛する少女『織斑千夏』その人だったのだから。

 

 緊張した面持ちで会見に臨んでいる千夏を見て、アタシは頭がパニックになった。

 なんであの子がISの操縦者になってるの?

 IS委員会代表IS操縦者? なにそれ?

 髪の毛が完全に真っ白になってるように見えるのは気のせい?

 

 色んな考えがまるで渦を巻くように頭の中を駆け回った。

 そんな時、テレビから聞こえてきた会話が、アタシの耳に木霊した。

 

『こうして委員会代表となった以上は、やはりIS学園に入学を?』

『はい。そのつもりです』

 

 とても懐かしい千夏の声。

 テレビ越しとは言え、それを聞いた事の感動よりも、彼女が言った事が気になっていた。

 

(千夏がIS学園に入学する……?)

 

 ISに携わる者ならば、必ず一度は聞く世界で一番の有名校。

 世界中から様々な国籍の人間が集い、ISに関する全てを学ぶ事が可能な唯一無二の学園。

 IS操縦者になった千夏がそこに通うのは、ある意味で必然だった。

 

 その時、アタシの中で自分の目的が明確なものとなった。

 ここであたしも立派なIS操縦者になって、千夏と同じIS学園に入学する。

 これならば、ちゃんとした理由の元で日本へと行くことが出来る!

 日本に行くと目標を決めておきながら、実は先の事を全く考えていなかったあたしには、まさに天啓とも言えるニュースになった。

 

 そうと決まれば話は早い。

 その日の午後から、アタシは今まで以上に必死に訓練と勉強に明け暮れ、自分でも分かってしまう程にメキメキと実力を付けていった。

 

 そんなアタシの努力が遂に実を結んだのか、IS委員会中国支部から直々にアタシを中国の代表候補生に指名してくれた。

 それと同時に、あたしには新しく開発された新型の専用機も与えられた。

 これであたしは『専用機の実戦データ収集の為にIS学園へと入学する』という大義名分を得た訳だ。

 これでもう勝ったも同然! ……とはいかなかった。

 

 必要な条件は全てクリアして、お上からも『君には是非とも中国の代表の一人としてIS学園に行ってほしい』と言われたのだが、そこに至るまでの準備が無駄に長かった。

 まずは普通に入学の手続きや、転入試験。

 これは普通に楽勝だったから別にいいんだけど、問題はここから。

 専用機の初期化と最適化。更には慣らし運転を兼ねた運用試験。

 設定は一日で終了したからいいけど、運用試験が本当に時間が掛かった。

 各種武装の説明や点検や確認。専用機を装備した状態での初試合。

 そこから導き出される、これからの訓練目標等々。

 お前達はアタシを日本に行かせないのか、行かせたくないのか。

 本気でそう叫びたくなる程に、準備に時間を使う連中に、あたしのイラつきは日増しに増していったが、ここで怒りに身を任せてしまえば、今までの努力が全て水の泡になってしまう。

 だから、全部の準備が完了するまでの一ヶ月間。アタシは本気の本気で我慢した。

 

 全ては、もう一度、千夏に会うために。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「長かった……本当に長かったな……」

 

 実際には一年と少ししか経過してないんだけど、アタシにとっては無限にも等しい日々だった。

 けれど、もう我慢なんてしなくてもいい。したいとも思わない。する気も無い。

 政府の連中には少しだけ悪いとは思うけど、ここからアタシは自分の欲求に従って動くから。

 

「でも実際問題、ここからどう行けばいいのよ?」

 

 一応、IS学園のパンフレットは貰ってるけど、ここには学園内の簡易的な地図しか載っていない。

 少なくとも、この中にある地図には『本校舎一階総合事務受付』なんて単語は無い。

 

「歩いて探すしかないか……」

 

 出来れば、誰でもいいから学園関係者が通りかかってくれれば嬉しいんだけど、流石にこんな暗い時間帯には生徒も教師も通らないか。

 なんて思っていた時期がアタシにもありました。

 

「はぁ~……千夏姉がここまで強いとは思わなかったな~……」

「まさか、デンプシーロールを使って一夏に完勝するとは思わなかったぞ」

 

 千夏……ですって……?

 しかも、この声はまさかアイツが……?

 

 ここからは暗くなって少し見えにくいが、学園の訓練施設と思わしき場所から、生徒の集団がやって来るのが見えた。

 それはいい。ここはIS学園なのだから、暗くなるまで訓練をしている生徒だっているだろう。

 問題は、その集団の中にあたしの見覚えのある顔がある事だ。

 

(あれは一夏……! 男なのにISを動かしたってニュースで言ってたけど、本当だったのね……)

 

 ISは基本的に女しか動かせない。

 これはもう世の中の常識となっているにも関わらず、それを真っ向から否定するように男である一夏がISを動かした。

 その出来事は瞬く間に世界中に伝わり、とてつもないニュースとなった。

 身の安全の為にIS学園に入学したとは聞いてたけど、まさか来て早々に会えるとは思わなかった。

 

「千夏さん、一体何処でボクシングなんて習ったんですの?」

「知識自体はディナイアルに触れた時に頭に直接流れてきて、実際に経験をしたのは訓練を始めてからかな」

「あの頃は、千夏だけ別の特別訓練とかよくしてたね」

「機体が機体なだけに、普通とは違う訓練が必須事項だったからな」

「なっち~は頑張り屋さんなんだね~」

 

 あ……あぁ……あの顔……あの姿……あの声……間違いない……あの子だ……!

 

(千夏……この目でまた見る事が出来た……!)

 

 髪の色はすっかり様変わりしてしまっているけど、それ以外は何も変わってない。

 それどころか、少し見ない間に増々魅力的になってる気さえする。

 

 千夏の周りには、学園で仲良くなったと思われる女子達がいた。

 昔のあたしなら、アホみたいに嫉妬をしていたかもしれないけど、向こうで心身共に鍛えてきた今はそんな事は無い。

 冷たく無表情に見えても、千夏は本当は友達想いの優しい女の子だ。

 だから、中学の頃も男女問わずに人気で、馬鹿な男子達が毎日のように告白合戦を繰り広げていたっけ。

 振られるって分かっているのに、それでも告白をしに行くんだから男子って別の意味で凄いわ。

 

「なんだか腹減っちまったな。早く食堂に行こうぜ」

「それがいいね~……むふふ~♡」

「なんだ本音。その意味深な笑みは」

「なんだろ~ね~?」

「何か隠してる?」

「さぁ~?」

 

 思わず、あの集団の所まで行って千夏に会いに行きたかったけど、今の千夏の時間を邪魔したくはない。

 大丈夫。もうすぐ傍まで来てるんだ。明日になればまた会える。

 今までに費やしてきた時間に比べれば、夜が明けるまでなんてあっという間だ。

 

 千夏達が去っていった後、すぐに目的地である本校舎一階総合事務受付は見つかった。

 皆が通り過ぎた場所のすぐ傍に隣接していたから、割と呆気なく発見が出来た。

 これも千夏とまた会えたお蔭だと思って、足取り軽くそこまで行った。

 

「これで全ての手続きは完了しました。ようこそ、IS学園へ」

「ありがとうございます」

 

 場所さえ判明すれば、手続き自体はすぐに終了する。

 後は事前に教えて貰った学生寮の部屋に行ってから休むだけだけど、少しだけ気になっている事があったので聞いてみる事に。

 

「あの、ちょっといいですか?」

「どうしました?」

「あの子……織斑千夏…さんは何組か分かりますか?」

「織斑千夏……あぁ~! あの委員会代表の子ね! あの子なら一組所属よ。凰さんは二組だから、お隣さんになるわね」

 

 千夏が一組であたしが二組……。

 一緒のクラスになれなかったのは残念だけど、隣同士なだけまだマシか。

 

「確か、初めての男性IS操縦者である織斑一夏君も同じクラスだったわね」

 

 一夏も一組なの? 双子で同じクラスって……あるか。

 中学の時も何故かそうだったし。

 

「そういえば、織斑さんは転入早々にクラス代表に選抜されたんですって! 流石は織斑先生の妹さんよね~」

 

 千夏がクラス代表……。

 昔から目立つ事が苦手だった千夏がそんなのになったって事は、多分は投票とかで決めたんでしょうね。

 

「この間なんてイギリスの代表候補生の子と凄い試合して、その上で勝ったらしいわよ! 私も見たかったな~」

 

 しかも、もう既に初試合をして、それを勝利で飾っている。

 それでこそ、アタシが本気で好きになった千夏ね。

 

「なら、アタシもなるしかないじゃない……!」

「へ?」

 

 もしも二組のクラス代表が決定しているのなら、その子には悪いけど交代して貰うわよ……!

 胸を張って千夏の隣に立つ為に! 千夏と今のアタシを見て貰う為に!

 

「な…なんか燃えてる……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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