拝啓 突然ですが、聖女になりました。あと、地球で元魔王や悪魔神との同棲生活始めました。by勇者 (有栖川結城)
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魔王討伐と地球への帰還

 ニルカルアンサ王国より南南西に400キロほど進んだ。

 途中の道は苦難の連続で、実際は10000キロも歩いたかもしれない。

 

 僕達のパーティの歩いたあとには足跡が残っていた。

 永久凍土の土に、常に降り続く雪。

 どこまでも続く漆黒の闇。

 

 その先には禍々しさを漂わせる魔王城。

 魔王城の前には機関銃を持った魔法生物の警備員がいた。

 

「いよいよ来たか・・・。」

 

 風が吹き荒れるこの日、この世界が大きく変わろうとしていた。

 

 疾風の如く魔王しかいない部屋へやって来たのは勇者パーティ。

 

 人型最終兵器とも呼ばれた宮廷魔導師長をも越す実力を持つ聖女、アルテイシアル。

 旅の途中で仲間になった、時空神トルガフの祝福を受けた少年、ベル。

 これも旅の途中で仲間になった自称宇宙人の記憶喪失者、アスカ。

 

 ----そして勇者として異世界から召喚された勇者、タカト。

 

「お前が魔王だな。」

 

 僕が魔王に対してかけた第一声はそれだった。

 

「如何にも。」

 

 魔王が答える。

 

「魔王は人類の敵。よってここに魔王を討伐する。」

 

 僕、勇者タカトが魔王に宣言する。

 その言葉に対し、魔王は鼻で笑った。

 まるで嘲笑うように、また知識の無い者を哀れむように。

 

「なぜ笑う?」

 

 僕は魔王のその態度に気を悪くして、魔王にそう言った。あるいはその奇怪な行動に好奇心を持ったのかもしれない。

 

「いいか、少年よ。たとえ人類の敵であっても、世界----神の敵ではない、ということだってある。」

 

「魔王、お前は神の寵愛を受けてるとでも言うのか。」

 

「後でこの言葉も分かるさ。----生きていればな。」

 

 と言った瞬間、魔王の魔法が炸裂した。

 戦闘が始まった。

 

 魔王は魔法にも白兵戦にも長けている。

 

 そしてその一撃が重い。

 魔法も接近戦も。

 

 剣を振るうが結界を張られてしまう。

 この剣は普通の剣ではない。一撃で山が吹き飛ぶ剣だ。だが、使う人を選ぶ。

 魔力量が常人の2万倍ほどないと、使い物にならないのだ。

 さらに、普通よりも高レベルの剣術を取得してなければ、使えない。だいたいLV8は必要とする。

 その両方を満たしている人物など歴史上今までいない。

 

 そのような神剣を使う僕。しかし、その神剣の攻撃さえ通さない結界を張られており、攻撃が通じない。

 

 さらにに魔王が無詠唱で上級闇魔法を繰り出す。

 僕も同じ無詠唱のスキルがある。

 

 だが、無詠唱でも魔法の発動までの時間が僅かながらある。

 魔王の無詠唱はLV8で僕の無詠唱LV7だ。

 どちらが上か、言うまでもないだろう。

 

 でも、こちらには仲間がいる。

 時空神トルガフの祝福を受けたベルは時間停止の術で、魔王の魔力を霧散させ、魔法攻撃を許さない。

 それに時空魔法でダメージや魔力量を少し回復してくれる。

 それに誰かが危なくなった時は瞬時にその人を短距離転移をさせて、仲間に致命傷を負わせない。

 

 アスカの大矛は魔王の剣と撃ちあっても折れない。

 だが、魔王はタカトとアスカの後ろと前からの攻撃を受けてもなお、余裕がある。

 

 それもアルテイシアルの詠唱が終わると、形勢が逆転する。

 

 彼女自身、原爆並みの威力の魔法を使える、超高火力魔導師でもある。

 まあ、白兵戦では詠唱できる時間が短く、原爆並みの威力の魔法までしか使えないのだが。

 

 その超高火力魔法を魔王の一点に標的を定める。

 

 対して魔王はその魔法を喰らってもほんの少しよろめいただけだ。

 

 ----だが、それを僕は見逃さない。

 

 僕は自身の使える最大技、『雷神剣』を放つ。

 これは雷属性ダメージを剣に付与し、結界の貼ってない国なら一振りで焦土と化すレベルの威力。

 

 しかし、疑問に思う者もいるだろう。

 ----なぜ、最初からその技を使わないのか?と。

 答えは単純だ。

 この技は『魂』を消費するので、確実に魔王を仕留めることができると判断するまで使えない。

 なので、初めてこれだけの威力で『雷神剣』を放つ。『魂』を喰らう技なので練習ができない。威力を極限まで抑えて練習したことはある。しかし、この『雷神剣』は威力がその時よりも何千倍も高かった。

 

 しかし、タカトは『雷神剣』を制御し、魔王に斬りかかる。

 魔王はまだ倒れない。

 

 タカトは自身の魂を限界まで消費し、『雷神剣』を放つ。

 そして魔王は致命傷を負った。

 

「勇者よ、お前は絶対、我を倒したことを後悔するだろう!」

 

 魔王はそう叫びながら、死んだ。

 僕はその魔王の捨て台詞をただのつまらない世迷い言だと思った。

 

 魔王が完全に死んだ後、一際光るものを見つけた。

 ----それは魔力結晶だった。

 しかも、

「第零級の魔力結晶か・・・いや、マイナス一級の魔力結晶に見える。」

 

 第一級の魔力結晶よりも巨大な魔力結晶など神話の時代でもほとんど存在しない。

 僕が異世界から召喚されるときに使用された魔力結晶も第三級の魔力結晶だった。

 

 魔力結晶は階級が一変わるごとに、含有する魔力量が八倍変わる。

 即ち、この魔力結晶は勇者召喚された時の魔力の4000倍が溜まってる魔力結晶である、ということだ。

 

「この魔力量があったらタカト様を送り返すことができますね。」

 

 とベルが言った。

 異世界からこちらに何か召喚する時より、この世界から異世界へ何かを送り返す時の魔力量が何百倍も大きい。

 それ故、魔王を倒してもそれだけの魔力量が獲得できるか心配だった。

 その心配もなくなった。

 

「ベル、早く送還させてください。タカト様の魂が大きく摩滅していて、今にでも死にそうな状態です。」

 

 とアルテイシアルが言った。

 実際、僕は苦しかったし、周りからも苦しそうに見えた。

 

「僕はなるべくなら国に帰るまで一緒に行きたいんだけど・・・無理みたいだね。ベル、よろしく。」

 

 と僕は頼む。

 そしてベルとアルテイシアル、アスカが三人で詠唱をする。

 詠唱分担だ。効率は良くないが、できるだけ早く魔法を発動させたい時には詠唱分担を行う。

 3分ほど詠唱して、あのマイナス一級の魔力結晶が光り出した。

 

 僕は元の世界へ戻った。

 

 

 懐かしい景色。

 紛れもなく、それは東京湾だった。

 後ろには高層ビルの立ち並ぶ東京都があった。

 あの世界にいたからだろうか、視力が格段に良くなっている。10倍ぐらい・・・いや、それ以上視力が良くなってるはずだ。

 

 そこで、僕はは心の中で叫んだ。

 

(なんで僕の体がアルテイシアルになってるんだ・・・!)



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001 うん。これはどういうことだろう。

 僕の体がアルテイシアルになっている。

 

 この世界が地球であり、日本であり、そして自分が東京にいるということも紛れもない事実だ。

 

 そして、僕の体が、アルテイシアルになっているというのもまた紛れもない事実。

 

 髪の毛を10本ほどつまんで、それを見てみれば、金髪だった。

 

 それに、後ろの髪の毛が首に当たって少し痒い。

 見ないでも、触らなくとも自分の髪の毛がそんだけ長くなっているという事実を否応なくつきつけられる。

 

 このストレートの金髪はまさしくアルテイシアルのものだ。

 

 何が起こったのか?

 

 予想できることとしては。

 

 詠唱が間違っていてシアルの体と僕の意識だけが地球に送還されただとか。

 

 ・・・・ありえるな。

 

 もし、本当にそうなら大変だ。

 

 早急に対応を考えなくては。

 

 シアルの体とタカト、つまり僕の意識が地球に送還されたのだとすれば、あの世界に僕の体が残っていることになる。

 そして、その僕の体の中にシアルの意識が入ってるのと同意である。

 

 さて、どうしようか、と思った時だった。

 

 不意に声をかけられた。

 

『最初に謝っておきます。

 すいません、こうするしかありませんでした。

 事情により、こういう形になってしまいました。』

 

 シアルの声だ。

 しかも、念話だ。

 

「シアル!?どうしてこうなった!?」

 

 どうして念話できるのか?

 とかいう疑問より前に、思わず叫んでしまった。

 シアルの可愛く高い声で。

 

 いや、恥ずかしい。

 誰にも見られてなくて良かった。

 ちょうどこの周辺には人がいない。

 

 だが、シアルには聞こえたはずだ。

 別にそのぐらいいいか。

 

 まあ、気を取り直して冷静になろう。

 

『それで、何があった?』

 

 どんな衝撃的な答えが出ても大丈夫なように、深呼吸で心の準備をして、シアルに問い直す。

 

 そして、シアルの答えは予想通りに・・・・・、予想外の答えだった。

 

『タカト様が元の世界へ戻った後の話です。

 ベルがタカト様を送還した後、タカト様の肉体が危篤状態であると気づいたのです。

 確かにこの世界へタカト様が送還されたことでタカト様の魂は完全に元の状態になりましたが、体は危篤状態のままでした。

 そこで話し合った結果、私の体も送還し、その体にタカト様の魂を入れるということで決まったのです。』

 

 頭がオーバーヒートしそうなのは勇者生活ではよくあることだった。

 そして、この説明にも頭がオーバーヒートさせられそうになる。

 

 ええと、僕の魂は魔王との戦いの後、地球に送還することで修復できた。

 しかし、僕の体は危篤状態のままだった。

 だから、シアルの体も地球に送還し、その体の中に魂をはめこんだ。

 

 それはそれは。

 

『色々と疑問点があるんだが・・・シアルは良いのか?』

 

『タカト様のお陰で世界は救われました。そのタカト様のためなら如何なることでもする次第です。』

 

 うん。

 

 いろいろな疑問はほっぽり投げといて、シアルがいいのなら別にいいか。

 

 ---いや、よくないな。

 

『この体に変身魔法をかけるのは無理か?』

 

 僕は異世界で変身魔法を使ったことはないが、詠唱を組み立てることさえできれば僕にも使うことができるはずだ。

 

 もし、変身魔法が使えるのなら、完全に東條崇人としてこれからも生活することができる。

 

 それに対するシアルの答えは半分肯定し、半分否定する内容だった。

 

『私の体がタカトの姿に変身することが可能なのは実証済みです。

 ですが、同時に変身魔法によって魂が削れてしまうということも実証されました。

 なので、タカト様の魂のためには、変身魔法を極力使われない方がよろしいかと思われます。』

 

『確かに、魂の剥がれていくあの感覚は二度と経験したくない。』

 

 というか、『魂が削れる』というのは僕の中では一種のトラウマになっている。

 

 あの背筋の寒くなるような感覚は、それを体験した者じゃないと理解できないだろうが、二度と経験したくない。

 

 アドレナリンが大量に分泌されたため、魔王との戦闘中にはそれほど辛くはなかったが、戦闘が終わった後はまるで生気を失っていたからな。

 

 変身魔法は使えない、な。

 なら、幻影魔法か。だけど、体に触られたら正体が判明するのが問題点だ。

 

 ---ーん?

 

 そのとき、根本的な疑問が浮かんだ。

 

 この世界は、地球だ。

 剣と魔法のファンタジーの世界では無いのだ。

 

『てか、この世界で魔法使えるの?』

 

 その僕の疑問に対してシアルは即答した。

 

『使えるはずです。まず、鑑定魔法で自分を鑑定してみてください。』

 

 アルテイシアルの言葉に従って、僕にステータス鑑定魔法をかける。

 詠唱もなく、難なく掛けられた。

 

 ステータスとは神話の時代、ある国の建国者が神に頼んで作ってもらったシステムで、自身の能力を数字で表してくれるというものだ。

 

 そのステータスを鑑定する、ステータス鑑定魔法がこの世界でも通用できるらしい。

 

 で、鑑定結果がこちら。

 

 

 

 

 《東條・崇人【アルテイシアル】

 

 

 

 称号

 元異界からの勇者

 TS娘

 

 LV362(176UP!)

 

 魔力量40,000,000(38,000,000UP!)

 

 

 魔法

 

 物理魔法LV10以上(2UP!)

 

 術理魔法LV9(UP!)

 

 物質魔法LV9(2UP!)

 

 熱力魔法LV9 (2UP!)

 

 電磁気魔法 LV10以上(UP!)

 

 虚空生命魔法LV8(2UP!)

 

 時空魔法LV7(3UP!)

 

 創世魔法LV4(NEW+3UP!)

 

 

 

 スキル

 

 無詠唱LV8(UP!)

 

 術式省略LV3(NEW+2UP!)

 

 勇者LV10以上(UP!)

 

 戦神の加護LV1(NEW!)

 

 魔力神速回復LV9(NEW+8UP!)

 

・・・・etc》

 

 

 

 

 ・・・・これも色々とツッコミどころ満載なんだけど。

 

 ステータスが。

 物凄いことに。

 なっている。

 

 まず、レベルが滅茶滅茶上がってる。176ってどんだけ上がってるんだよ。スキルも増えてるし。

 

 勇者スキルがやっとLV10になったんだけど、これ意味ないよね?

 この平和な地球で使うことないと思うんだけど。

 

 特に魔力量。

 4000万の魔力量ってなにそれ。

 

 確か、伝承によると女神様の魔力量が300万程度だったよね。

 

 余談だが、女神様は直接に世界へ介入することができないらしい。

 だから、魔王を倒すためには勇者を召喚するのだとか。

 

 それはともかくとして。

 

 魔王を倒す前、僕の魔力量は200万だった。

 

 女神様に迫るほどの魔力量を持っていた僕は十分チートな存在であった。

 

 だが、このステータス鑑定結果は。

 

 4000万と出ている。

 

 もはやどう反応していいのかわからない領域だ。

 

 魔王を倒しただけでこんなにもステータスは上昇するものなのか?

 

『なあ、シアル、シアルも僕のステータス鑑定できるか?』

 

『・・・あ、はい、一応、タカト様のステータス鑑定をできないことはないのですが・・・。』

 

 と言って、シアルは言い淀んだ。

 

 言い淀んだことから、ああ、シアルも多分僕と同じ鑑定結果になったのだろうと、大体の察しがつく。

 

 勇者としてあの世界で過ごしていくうちに、相手の感情や思っていることを見抜く力を手に入れたのだ。

 

 相手考えていることがわからないとやっぱ不安。

 なぜなら、異世界では、裏切りなど日常茶飯事のことなのだから。

 

 さっきのシアルの反応から推測するに、自分のステータスを鑑定することはできたのであろう。

 

 だが、言い淀んだことから推測するに、自分の鑑定結果に自信がないものと思われる。

 

 なぜ、鑑定結果に自信がないのか。

 

 答えは僕の鑑定結果から推察できる。

 それは、シアルが鑑定した僕のステータスが(だけど今は同じ体だからシアルのステータスでもあるか。)あまりにも高すぎるから、鑑定結果の自信がないからだと思われる。

 

 あとは、それを確証するだけだ。

 

『シアル、それじゃあ僕のステータスの魔力の欄はいくつになっている?』

 

『はい、多分違うと思うのですが・・・4000万となっています。』

 

『やっぱりそうか。実は僕も魔力量が4000万だとか表示されていて、鑑定結果が間違ってないか悩んでいたんだ。』

 

『あ、それじゃあこの鑑定結果は合ってたのですか!』

 

 シアルの驚いたような声が脳内に響く。

 

 うーん。

 やはり、ここまでステータスを上げた原因は魔王を倒したのと、自分の魂がシアルの体と融合したから、ぐらいしか思いつかない。

 

 まあ、答えのわからない疑問は脳内の片隅に置いておくことにする。

 

 僕の主義だ。

 

『とにかく、帰ろうか。』

『は、はい!そうしましょう!』

 

 さて、家族は久しぶりに帰った僕を見て、どう反応するだろうか。

 

 ----それよりも家族を納得させる方法を考えるのが先決だな。



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002 元勇者VS元魔王again

 タカトの家は東京都内だが、23区外にある。

 

 そして、当然ながらタカトはお金を持っていない。

 

 よって、家には徒歩で帰ることになる。

 

 体力強化魔法を自分にかければ、歩けない距離ではない。

 

 だが。

 ものすごく目立っている。

 

 ちなみに、幻影魔法は使えなかった。

 あの世界で発動できた魔法だが、地球では発動できない魔法というものも存在するらしい。

 シアルによると、もしかするとあの世界とは全く別の術式で発動できるかもしれない、とのことだが。

 

 ちなみに後にある人物から幻影魔法の発動方法を教えてもらうことになる。

 

 横を通り過ぎた人が思わず二度見した。

 

『なんかみなさんタカト様の方向を向いてませんか?

 もしかして異世界から来たのがバレたのではないでしょうか?』

 

『確かに、結構たくさんの人が僕の方見てるね。

 だけど、異世界から来たってことはバレてないはずだよ。』

 

 アルテイシアルちゃん。

 だいたい、地球では異世界というものの存在が空想上のものだと思われているんだよ。

 

『それでは、タカト様が異世界から来たことが街行く人には気づかれていないのに、なぜこれほどにも多くの人がこちらを向いているのでしょうか?』

 

 うん。

 シアルにはこの世界、そして日本の常識を教えなければいけなさそうだな。

 

『いいか、シアル。

 金髪翠眼の人はこの日本ではほとんどいないんだ。

 それに、シアルの顔立ちはこの国の人種のものとかけ離れている。

 ヨーロッパって言うこの国からは遠い遠いところに多い顔立ちだ。

 それに、こんな服を着る人なんてそういない。

 この国では仮装にしか見られないだろう。』

 

『仮装・・・にしか思われないのですか。

 これはテンジェン会の正式な聖女服なのですがね。』

 

 シアルが少ししょんぼりとした声で言った。

 いや、しょうがないと思うよ。

 聖女服とかコスプレにしか思われないだろう。

 

 しょんぼりするのは筋違いだと思う。

 

 余談だが、テンジェン会とは28万年前にいたと言われる伝説の聖女、ムバイ・テンジェンの名前に因んで作られた国境なき人民救済協会だ。

 また、聖女協会とも言われる。

 そして、シアルはテンジェン会会長の姪である。

 

「やあやあお嬢ちゃん、ちょっと俺とお茶しない?」

 

 そんなことを考えてたら絡まれた。

 最初から絡まれるだろうと予想してたけどね。

 

『なんですか、この人は。

 タカト様に勝手に話しかけて・・・!』

 

 シアルが心の中で怒ってる。

 僕はその態度に苦笑する。

 

『シアル、これはこの日本国でよく起きる現象の一つなんだ。

 非リアと呼ばれる人種のうち青年ぐらいの男性でリア充にレベルアップしたい人達と、シアルみたいに可愛い女の子が近づきあった時におきる化学反応なんだよ。』

 

 それに『タカト様に勝手に話しかけて』とか言ってるけど、このチャラ男が声をかけてるのはシアルだと思うよ。

 

 もし、今の僕の外見がタカトのままだったら声をかけて来てないと思う。

 

『そんな、可愛いだなんて・・・。』

 

 あ、照れてる。

 

「あれ?

 日本語とかわからない系?」

 

 シアルと念話で会話してると、このチャラ男からは日本語が話せないのだと勘違いされてしまった。

 まあ、別にいいんだけどね。

 

 でも、早く諦めてくれ。

 こんな街中で魔法や剣を使うわけにはいけないし。

 

 正直、うざい。そう思った瞬間。

 

「ひっ!」

 

 と目の前のチャラ男が後ろにたじろいだ。

 

 その光景を周りの人が不思議そうに見ている。

 

 僕は数秒考え込み、気づいた。

 

 思わず殺気を出してしまっていたらしい。

 

 

 勇者として殺気を感じるのは日常茶飯事。

 特に魔王の殺気など平和ボケした日本人が受けたら失神するだろう。

 あるいはショック死するかもしれない。

 

 だが僕はその殺気に耐え、戦うことができるほどの精神耐性を持つ。

 

 そして、それほどの殺気に晒されている世界に何百日もいれば、勝手に殺気を放つことができるようになる。

 それも、無意識でチャラ男をこれほどに怯ませることができるほどに。

 

 

 それは置いといて。

 

『さっきよりも多くの視線が集まってませんか?』

 

 シアルの言うように、あの一事でさらに視線を集めてしまった。

 中には写真を撮るものまでいる。

 

 僕はそそくさとこの場を離れていった。

 

 世界を救う救世主になって異世界で名を馳せるのはいい。

 だが、晒し者は嫌だ。

 

 

 

 身体強化魔法をかけたおかげで、3時間ほどで家に着くことができた。

 

 途中で2桁はナンパされた。いや、100回ぐらいされたかもしれない。

 

『108回ですよ。』

 

 なんと、煩悩の数ですか。

 というかシアル、なんで数えてんねん。

 

 ともかく、108回も殺気を放つか精神魔法をかけるかしてナンパに対処しなければいけなく、実に面倒だった。

 

 中にはネイティブな英語で話しかけられたこともある。

 

 ちなみにタカトは英語をネイティブレベルで話せる。

 勇者スキルの中に【多言語理解】ってものがあってね。

 もともとは異世界で召喚されても普通に会話ができるようにするためのスキルだ。

 だが、このスキルのおかげで英語がネイティブレベルに読み書きできるようになった。

 多分、英語以外の外国語も同じだろう。

 勇者になったがための思わぬ恩恵だ。

 

 閑話休題。

 

 別にネイティブな英語でお断りしてもよかったんだが、面倒なので殺気を放ちながら素通りした。

 

 そして、今この目の前にあるものは、何年ぶりかに見た、一戸建てのタカトの家。

 大きくもなく小さくもない通りに面した、大きくもなく小さくもない家だ。

 幸い、引越しはしてなかったようだ。

 

 思わず、感動で泣きそうになった。

 なんか、僕が地球に帰ってきたのだという実感があった。

 地球に帰ってきたということはさっきからわかっていたのに。

 

 

 インターホンを押す。モニター付きだ。

 

 ほとんど変わらない家。

 感慨深いものがある。

 

『・・・どなたですか?』

 

 と返答が来た。

 

 ということで、ホッとする。

 

 家の中に誰もいなければここでずっと誰かが来るのを待つしかない。

 そうなると、誰かに通報されるかもしれない。

 そうなったら面倒だ。

 それはともかく。

 

 今、出たのは年の大きく離れたタカトの姉の夫の声だ。僕が異世界召喚された時は31歳だった。

 

「その声は東條和也さんですよね?

 ええと、ちょっと時間よろしいですか?」

『・・・誰ですか?』

 

 和也さんが怪訝そうに訊いた。

 当然だろう、相手は美少女とはいえコスプレをした変人、あるいはカルト宗教団体の関係者に思われかねない。

 

 しょうがない、思い出話しをしてやるか。

 それも、とびっきりの黒歴史を。

 

「2030年の6月23日、和也さんが成人した時のこと。

 和也さんはビールを大量に飲んで酔ってしまい自分の家とこの家を間違えて入ってしまい、そのままリビングのソファーで寝てしまった。

 その後、家の人である麗奈が帰って来た。

 幸いなことに、面倒見の良すぎる麗奈は警察に通報もせず、布団を和也さんにかけてあげたまま、和也さんが起きるまでそっとしておいた。

 そしてそれが和也さんの夫である麗奈との出会いです。」

 

 

 これは絶対に和也さんの黒歴史だ。

 

 こんなことが結婚につながる出会いだなんて、運命のかけらも感じない。

 

 僕がタカトだと証明するにはうってつけだ。このことを知っているのは麗奈と崇人と和也しかいない。

 両親や真弓(タカトの妹)も知らないはずだ。

 

 

 ちなみに、当時まだ生まれてなかった僕がなんで知っているのか。

 その答えはなんとも笑える理由である。

 

 ある日、麗奈と和也さんがちょっとした夫婦喧嘩をした。

 その時、麗奈が最終手段として、僕にこの和也さんの黒歴史を教えたのだ。

 そして、この夫婦喧嘩は麗奈の勝ちとなり、それ以来和也さんは麗奈に楯突くことはほとんどなくなった。

 

 

 そして、和也さんはインターホンの先で驚きのあまり震えている・・・はず。

 

『・・・・・・・一体あなたは誰ですか?

 それと、誰から誰から聞いたのです?』

 

 数十秒ぐらい間を置いて、冷静な声で訊いた。

 

「その辺を詳しく知りたければ中に入れてください。

 してくれなければ、この黒歴史を流布させます。」

 

『はい!ちょっと待ってください!絶対他人に言わないでくださいね!』

 

 と和也さんは叫び、廊下を走って来た。

 

 現在は少女であるタカトの外見を見れば、それほど警戒心を抱かなかったのだろう。

 中に入れてくれた。

 

 ちゃんと靴は揃える。

 

『この人がタカト様の姉の夫ですか?』

 

 とシアルの声が聞こえて来る。

 タカトの家庭のことは歩いてる途中、だいたい説明した。

 

『そうだ。しかも、姉と和也さんとの間には僕と同じぐらいの歳の子供もいる。ちなみにおっちょこちょいだけどその点に目を瞑れば優秀なイケメンだよ。』

 

 僕はリビングに案内された。

 この家には客間がない。

 

「で、君は一体何者?」

 

 と座ったら単刀直入に訊かれた。

 

「それより、和也さんは私のことを誰だと思いますか?」

 

 一人称を私と言ったのは当たり前だがおかしく思われないためだ。

 こんな変なコスプレをしている上に一人称が僕だなんて確実におかしいだろう。

 

 そして、この質問に対する和也さんの反応は実に意外なものだった。

 

「ああ、そういうことだったのか。」

 

 と和也さんは納得した顔をして言った。

 

 刹那、『何が、“そういうことだったのか。”なの?』と訊く暇もなく、緊急事態が発生した。

 このリビングルームが結界で囲まれたのだ。

 

 なんだ?

 

 何が起こった?

 

 そして、和也さんを見た瞬間、驚愕した。

 

『魔王の剣・・・しかも、この魔力は魔王のものです!』

 

 シアルの言う通り、和也さんは魔王の魔力を身に纏い、右手には剣を持っていた。

 

 その光景を見たタカトは即座に鑑定魔法をかけた。

 

 

 《東條和也(32)

 

 人間転生した元魔王

 

 詳細

 隠蔽魔法・看破無効によって鑑定不可。》

 

 僕は元魔王という一文を見た瞬間、無意識のうちに時空倉庫から神剣を取り出していた。

 

 こうして地球帰還後初の戦闘は始まった。

 

 戦闘の火蓋を切ったのは、またしても魔王だった。

 

 元魔王和也は1/20秒という速度で剣を振るった。その速度は、普通の人間の目では処理できない速度である。僕はその剣の威力を嫌という程思い知っている。

 

 なので、元魔王和也が剣を振るってくることを予知していた僕は身体強化魔法を最大までかける。そして、バックステップでなんとか逃げる。魔王討伐時みたいに剣をもろに受けたくはないので。

 

 その間にシアルが熱力最上級魔法と電磁気最上級魔法の合わせ技、『神気火炎雷』の術式を構成する。

 

 あの世界にいた頃はシアルも僕も使えなかった。なぜなら、魔力量が足りなかったからだ。なんせ、神話級の魔法である。だが、今では使える。魔王を倒し物凄くレベルアップしたからだ。

 

 だが、元魔王和也はその神気火炎雷を剣で粉砕。さすが魔王の魔剣だ。褒めてる場合じゃないけど。

 

「三次元カラーテレビにそんな高火力魔法当たったらどうするつもりなんだ!あれ高かったんだぞ!」

 

 などと元魔王和也は言った。ずいぶん怒っている様子の元魔王和也は、僕の周囲に牢獄作成の術式を展開した。それも、封印術式を張り巡らした牢獄である。その大きさ2メーター四方。牢獄は定期的に光りながら闇の魔力を漂わせている。

 

 シアルはその魔法を解こうとした。しかし、一瞬で封印術式が解けないと判断した。あまりにも封印術式が複雑すぎたからだ。そこで、短距離転移魔法の脳内詠唱を始める。だが、すでに牢獄は僕の周囲を覆っていた。しかし、牢獄の上部がギリギリ空いていたため、間一髪で牢獄から逃れた。

 

 ちなみに短距離転移は術式の構成に時間はかからない。だが、莫大な魔力を消費する魔法である。よって、今ほど多くの魔力を持っていなかった魔王討伐時には使えなかった。

 

 それとあとで判明するのだが。元魔王和也が使ったこの技は悪魔王や悪魔神の技である。その名も無限牢獄。その技で作り出した牢獄は、物理的な脱出や魔法を使った脱出が不可能である。いわゆる必殺技である。

 

 それはともかく、僕は短距離転移で元魔王和也の後ろに回り込む。そして、背後から剣を振るい、襲った。

 

 が、元魔王和也は僕が短距離転移したことを瞬時に把握。寸分の隙も見せずに対応された。

 

 それに対抗するため、僕は剣に莫大な魔力を注入していく。

 負けじと元魔王和也も膨大な魔力を剣に注入する。

 

 だが、これが元魔王和也の誤算だった。

 

 魔法を同時に2個並行して術式・詠唱構成ができない。それと同じように、物に魔力を注入している最中に魔法を使うことはできない。

 

 よって元魔王和也と僕との戦いが保有魔力量の戦いになった。かのように見える。

 

 だが、僕にはもう一人の味方がいた。

 

 シアルだ。

 

 僕が元魔王和也と剣で戦っている間に、もう一度神気火炎雷の術式を構成してもらっている。

 

 そして、元魔王和也は僕との剣の打ち合いに夢中になっている。なので、魔法に対する防御が疎かになっていた。

 

 僕は剣に常に魔力を送っていた。

 そして、元魔王和也はそれを見破っていた。

 見破っていたがために敵は魔法を使えいないだろう、と元魔王和也は考えていた。

 

 だが、僕にはシアルという反則な存在がいる。

 

 彼女が神気火炎雷の術式を構成し、魔法を発動した。

 

 元魔王和也は敵が魔法を使うなど予想してなかった。

 そして、神気火炎雷の対応に遅れた和也は魔法をもろに受け、感電により失神した。

 

 よって、地球帰還後初の戦闘は勇者タカトin聖女アルテイシアルの勝利となった。




次回の戦闘は激闘になります。


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003 和解とプライドの敗北

 目の前には感電により失神している和也さんがいる。

 

 魔王の能力を持っている元魔王とはいえ、体は完全に人間のようだ。

 

『タカト様、トドメは刺さないのですか?』

 

『シアル、地球では相手が誰であろうと殺したら罪に問われるんだ。

 第一、これから家に帰ってくるであろう姉になんと言い訳をすればいいんだ。』

 

『なるほど・・・確かにそうですね。

 なら、封印魔法で封印しますか?』

 

『ああ、そうしよう。』

 

 それも、普通の封印魔法ではない。

 最上級神を封印するつもりで封印しなければいけない。

 

 念入りに念入りに何重にも封印を施す。

 

 そして、和也さんに覚醒魔法をかけて目を覚まさせる。

 

 

 覚醒魔法はその名の通り寝ている人物を起こす魔法で、虚空生命初級魔法に分類される。

 朝に弱かった僕はシアルに覚醒魔法で起こされた経験が何度もある。

 

 今ではいい思い出だ。

 

 

「ん・・・。

 あ、そうだ!テレビは無事か!?」

 

 和也さんは起きた瞬間そんなことを叫んだ。

 いや、本当に元魔王なのか?

 

『テレビ?テレビとはなんですか?』

 

『後で説明するから。ちょっと今は待ってて。』

 

 そういえば和也さんの言葉が気になる。テレビ?

 

 リビングにテレビなんてないじゃないか。そう思ったときのこと。

 

「テレビつけて。」

 

 和也さんが封印状態のまま、言った。

 するとリビングの中央部分の立体的なNCH(日本中央放送局)のニュースが映し出される。

 

『あれはなんですか!?

 ま、まさか嵌められた!?』

 

『いや、あれはただのテレビだよ。罠でもなんでもないよ。

 ・・・それにしても僕のいない間に新しいものができたんだなぁ。』

 

 3次元テレビは僕が異世界召喚される前までは開発中の代物だったのに。

 

 

「よし、テレビは壊れてないようだ。

 それに家具も一つの損傷してないな。」

 

 和也さんが部屋を見回して言った。

 

「そこって気にするところ?」

 

「気にするよ。

 家具の一つでも壊したら俺の嫁に滅茶苦茶怒られるよ。」

 

 緊急事態。

 元魔王は人間の嫁を怖がっているようです。

 

「本当に元魔王なの?」

 

「ああ。

 如何にもお前たちのパーティに倒された魔王だ。

 そして地球でもお前に倒された。」

 

 和也さんはシアルの姿をちゃんと覚えてるようです。

 

「あの世界で『私を倒したことを後悔するだろう!』とか言ってた、あの魔王?」

 

「え?そんなこと言ってたっけ?」

 

 和也さんが素っ頓狂な声を上げた。

 

「いや、死ぬ間際にそんな世迷言みたいなこと言ってたじゃん。」

 

「すまん、覚えてない。魔王の頃のことで忘れてることも多いんだ。」

 

 和也さんは笑いながら言った。

 

「ところで・・・君は俺に何をしようとしてるんだい?

 君達に倒された魔王が転生した後の姿である俺を倒しにきたんだと思ってたんだが、まだ殺してないところをみるとそうでもなさそうだし。」

 

「うーんと、ちょっとステータス隠蔽魔法とか解除するから、僕のステータス鑑定してみて。」

 

「俺・・・封印魔法かかってるから魔法使えないんだけど。」

 

「あ、そうだったね。封印魔法も解除しとくよ。」

 

『え?解除しちゃって大丈夫なんですか?』

 

『この際しょうがないさ。』

 

 完全に大丈夫、とは言い切れないが相手は和也さんだ。

 話し合ったらわかってくれるだろう。

 

「ええと、封印魔法解除したから、僕にステータス鑑定魔法をかけてみて。」

 

「あ、ああ。

 ・・・・・・ん?・・・崇人・・・だと!?」

 

「そうだよ、僕は紛れもなく東條崇人本人さ!」

 

「崇人って一年前に飛行機墜落事故で死んだ、俺の嫁の弟の?」

 

「その通りだ。」

 

 と堂々と答える。

 

「・・・質問はいろいろとあるんだが、なんでそんな姿になった?」

 

『その質問には私、アルテイシアルから答えさせてもらいます。』

 

「うわ!びっくりした!」

 

『びっくりしましたか?』

 

「普通、どこからともなく念話で話しかけられたらびっくりするよ。

 ・・・で、なんで崇人はそんな姿になったんだ?」

 

『その理由は勇者召喚の儀の日まで遡ります・・・・。』

 

 シアルの説明は5分ぐらいかかった。

 相手が元ファンタジーの世界の住人だったので、意外にも説明の時間がかからなかった。

 

「・・・で、今の崇人の体の元の持ち主が、俺を倒した勇者パーティの一人である聖女アルテイシアル、ってわけか。」

 

『要約するとそうなります。』

 

「そうだったのか・・・。いきなり攻撃したりしてすまなかった。」

 

『わかればいいのですよ、わかれば。』

 

「そう言ってもらえてありがたい。和解の印だ、握手しよう。」

 

 そう言って和也さんは手を差し出した。

 

 僕もシアルの代わりに握手に応じた。

 

「あ、そうだ!」

 

「ん?どうした?」

 

「姉にはどう説明すればいいだろう・・・。」

 

「なあに、そのことなら心配しなくていいさ。」

 

 和也さんがのんびりとした口調で言う。

 

「いやいや、こんなファンタジーなこと信じてもらえるかどうかわかんないでしょ。

 ----いや、もしかして姉貴、和也さんが元魔王だってこと知ってるの?」

 

「ああ、知ってる。崇人が勇者として異世界に召喚される前からな。」

 

 和也さんがいきなり衝撃発言をした。

 

 もはや、なんと返答すればいいかわからない。

 

「ええと、崇人くんに聖女さん、重要な話があるんだけどいいかな?」

 

『私にはアルテイシアルという名前があります。聖女ではなく、アルテイシアルと呼んでください。

 長いのならシアル、と呼んでください。』

 

「あ、ごめん。怒らせちゃったかな?

 まあ、それは置いといて、崇人くんにシアル、魔界って知ってるか?」

 

 魔界。

 それは神話の時代より昔からあるものである。

 

 伝承によれば、古くは魔族は魔界に住んでいたとされる。

 だが、魔神や悪魔の侵攻によって魔族は魔界から追い出されたのだ。

 

 そして、行き場を失った魔族は(魔族から見た)救世主であり初代魔王のイグニティケに率いられて、人間の住む世界にやってきたとされる。

 

 ちなみに、現在では人間や魔族が魔界に行くためには悪魔王、あるいは悪魔神の許しが必要である。

 また、魔神悪や魔が人間界に行くには、人間や魔族の召喚魔法によって呼び出される必要がある。

 

『それは知ってますが、何か?』

 

「崇人くんの姉、麗奈は悪魔神の転生後の姿なんだ。」

 

「!!」

 

 今日何度目かの衝撃発言だ。

 

 ・・・今日は何回も驚愕してばっかりで感情の休む間もないな。

 

「魔界でね、魔神達と悪魔達でいざこざがしょっちゅう起こったらしくてね。

 それでついに全面戦争になったらしくてね。

 結局大魔神の軍勢によって悪魔神であった麗奈は殺されたんだ。

 で、気がついたら人間の女の子の赤ちゃんに転生したらしいんだ。」

 

「・・・・本当だよな?今日は4月1日とかじゃないよな?」

 

「ああ、エイプリルフールでもなんでもなく、紛れも無い本当の事実だ。

 それと今日は4月28日だ。」

 

 うん。

 姉が悪魔神だったのか。

 

 それは和也さんが魔王だったということよりも衝撃的である。

 

 なんせ姉とは僕が異世界召喚されるまでほぼずっと一緒に過ごしてきたわけで。(苗字を見ればわかると思うが、和也さんは婿養子として東條家にやってきた。)

 

 こんな身近にファンタジーな人がいたとは思いもしない。

 

 今日は本当にびっくりすることだらけだな。

 

 魔王を殺すまでは人生最後の日になるかもしれないという覚悟があったのに、10時間も経っていない今ではこうしてその魔王と打ち解けあっている。

 

 ----尤も、元魔王である和也さんにとっては魔王だったのは30年以上前のことである。そんな前の話であるが故、自分を殺した憎き敵である僕であってもこうやって接することができるのだろう。

 それに和也さん、魔王の頃の記憶をいくつか忘れてるほどだし。

 

 閑話休題。

 

「まあ、麗奈には俺が話をしとく。

 それと、崇人、あの世界から送還魔法で送還された時、どこに送還されたんだ?」

 

「ええと、東京湾周辺かな?」

 

「そこから歩いてきたのか?」

 

「そうだけど。」

 

「これは・・・まずいかもな。」

 

 と和也さんは少し眉間にしわを寄せる。

 そしてノートアイパッドを持ってきて、電源を入れる。

 インターネットを開き、『金髪翠眼 謎 美少女 東京』で調べた。

 

 すると・・・シアルの画像が何十枚も、いや何百枚もでてきた。

 

「東京湾からこの家までは結構長いからな。その間に撮られたんだろう。

 それにしても一杯撮られたなぁ。これじゃあ、画像を全部消すのも無理だろう。

 それに、消したとしてもこの画像を保存している人も多いだろうし。

 まあ、外に出たら絡まれるの必須かもな。」

 

 すごい。

 こんな短時間にこれほどサイトができてるとは。

 ・・・まとめサイトまでできてる。

『そんな美少女がいるならナンパしてくる!』

 あるスレッドに書き込みもあった。

 さすがに108回もナンパされるのはおかしいと思っていたが、こんなところに原因があったとは。

 

「まあ、過ぎたことはしょうがない。

 それと、もう一つの問題は戸籍だな。洗脳魔法を片っ端からかけていけば一旦はなんとかなるが、それだといつかボロがでるかもしれないしな。

 それで、ちょっとこれ見てくれないか。」

 

 和也さんはインターネットを開き、『無戸籍者 扱い』で検索した。

 

「それでな、シアルには難しい話かもしれないが、ウィキ◯ディアによると家庭裁判所が二重戸籍になる可能性を容認しながらも新しい戸籍を作ることを認めてるそうなんだ。

 まあ、それは元の戸籍が完全にわからない時のみだけど。

 だから、崇人くんには記憶喪失者になってもらう。」

 

「・・・つまり、記憶喪失者として新しい戸籍を作れ、ということ?」

 

「話の理解が早くて助かるよ。

 もちろん、この世界にシアルの姿をしている崇人の戸籍はないから、警察に届け出を出せば新しい戸籍を作ってもらえる・・・はずだ。

 無論、最初に保護した人が俺だから親権は俺にある・・・はずだ。」

 

「おい。」

『はずって何ですか・・・。』

 

「大丈夫だ、裁判官あたりに少しだけ洗脳魔法をかけて何とかするから。

 あと、なんとか中学校一年生から始められるようにしてやるよ。」

 

「ああ、わかった。確かに僕が異世界に召喚されたのも中学一年生の時だしな。」

 

「よし。

 それじゃあ、警察に届け出云々の話よりもまず先に、日用品や服を買っとかないとな。」

 

 ん?

 日用品や服って昔使っていたもので大丈夫じゃないか?

 

 と一瞬思ったが・・・・今、僕はシアルの体なんだ。

 

 昔の僕が使っていた物など使えるか。

 

 そう思い出した時のこと。

 

 下腹部がこう悲鳴をあげた。

 

 ----トイレ行きたい。

 

 トイレ。

 それは人間生活を送っていく中で避けては通れない道である。

 尿意を感じるのはただの生理現象。そして尿意を感じた者は近々トイレに行く。

 

 

 そのような光景、普通の人にとっては日常の一断片でしかないだろう。

 

 

 だが、いきなり性別を変えられた人物T(僕)にとってはまさに非日常の世界である。

 

 そしてその非日常のうち90パーセントは羞恥心である。

 

 ・・・なぜなら女子としてトイレに行くということは男としての尊厳を捨てるに等しい。

 

 

 そして僕にはそんな覚悟などない。

 

 数時間前までは死ぬ覚悟ができていた。

 

 しかし、僕には男のプライドを捨てる覚悟はない。

 

 だが。

 下腹部はさらなる悲鳴をあげる。

 

 もはや我慢ができない。

 

「ごめん、トイレ行ってきていい?」

 

 ふとそんな言葉がもれた。

 

「ああ、もちろんいいが場所覚えてるか?」

 

「場所は覚えてるんだけど・・・。」

 

 女子としてのトイレなんてやったことない。

 

『女性のトイレの仕方は私が教えてあげますから大丈夫ですよ。』

 

 そのシアルの言葉と同時になぜか笑っているシアルの姿が浮かんだ。

 

「ああ、麗奈がいないからそうしてもらえると助かるよ。」

 

 和也さんが頷いた。

 

 ・・・開き直るしかないな、これは。

 そうだ、気にしなければいいのだ。

 別に恥ずかしくなどない。

 

 そうなんだ、僕は(元)勇者だ。

 

 この程度のことで勇気を振り絞れなくてどうするんだ。

 

 いつのまにか無意識のうちにトイレにいた。

 

 パンツを下げて、スカートを上げる。

 そして座って、排尿をする。

 最後にトイレットペーパーで拭く。

 

 なんだ、こんなもん。

 魔王討伐に比べれば簡単じゃないか。

(元勇者タカトは超特殊スキル『開き直り』を獲得した。)

 

『おー、よくできましたね、タカト様!』

 

『赤ちゃんに話しかけてるみたいに話しかけるのはやめてくれ。』

 

 僕は赤ちゃんではない。

 

『いや、でもこんなに勇気を出せたのはすごいですよ!』

 

『勇気を出したというか、開き直ったな。』

 

 今までこれほど開き直った事はない。

 そう思った時だった。

 それ以上に開き直る必要があるものを思い出した。

 

 何倍も開き直る必要があるもの。

 それは

 

 ----風呂である。

 

「魔王を討伐する旅でほとんど風呂入ってないだろ?」

 

 ああ、和也さんの言う通りだ。

 風呂のことを思い出したのはトイレが終わった時のことだ。

 

 最後に風呂に入ったのは討伐の旅に出る前日である。

 何日間入ってないかわからない。

 それ故に、忘れていた。

 

「というか元々和也さんが魔王だったせいなんだけどね!」

 

 和也さんが魔王じゃなければ、勇者として召喚されなかった。

 それだったら、風呂を忘れるなんて事なかった。

 第一、僕の体がシアルになることもなかった。

 

 まあ、よくよく考えれば、そのおかげで僕は航空事故から助かったんだけどね。

 勇者として召喚されなければあのまま飛行機の中で死んでいただろう。

 そういえば僕と一緒に飛行機に乗っていた両親と妹の真弓はどうなったんだろう?

 ・・・後で尋ねよう。

 

「俺にも魔王にならなければいけなかった理由があったんだよ。」

 

 和也さんが言った。

 

『それはどんな理由ですか?』

 

「・・・忘れた。」

 

「おい。」

『また忘れたんですか・・・。』

 

「いや、ちょっと待て。

 ・・・なんだか、思い出せそうなんだけど思い出せない。

 めちゃくちゃ重要な理由があったような気がするんだが・・・。」

 

 と言い、とたん神妙な顔つきになる。

 

「重要ってどのぐらい?」

 

「この世界がの存続に関わるぐらい。」

 

 何?

 この世界の存続----!?地球が滅びるのか?

 

「冗談だ。」

 

 和也さんが真面目な顔で言った。

 

 冗談はやめてくれよ、本気にしちゃったじゃないか。

 

 ----この時、僕はこの和也さんの言葉が冗談ではないと見抜く事はできなかった。

 

「それよりも、崇人の両親や妹がどうなっているか知りたくないか?」

 

 和也さんが話題を変える。

 

 

「もちろん知りたい。」

 

 さっき後で尋ねようって思ってたしね。

 

「そうだろうな。」

 

 と言われて、説明を受ける。

 

 昨年の4月2日、僕の乗っていた飛行機は日本海に墜落したらしい。

 そして乗客乗員は全員死亡したのだとか。

 それと、僕の両親の遺体は発見され、葬儀も終わってるようだ。

 ただ、妹の真弓と僕の遺体は発見されていない。今も行方不明扱いのようである。

 

「家族が死んだって聞いても泣かないんだな。」

 

「最初っから予想してたからね。航空事故にあって生きてるなんてほぼほぼありえないでしょ。

 まあ、両親が死んだっていう実感がちょっと湧いたぐらいかな。

 それに、あの世界だと家族みたいな人が死ぬことなんて何回もあったし。」

 

 勇者パーティだって最初は魔王討伐時のパーティではなかったのだ。

 

 一人は僕の剣の師匠だった剣聖。

 もう一人は王国の誇る極大魔導士。

 

 両者とも呆気なく死んでしまった。

 

 それ以外にも周りの人が死ぬことなんて日常茶飯事だった。

 

 と言っても、両親は唯一無ニの存在であることには変わりはない。

 悲しいことには悲しい。

 

 それに、真弓は行方不明か・・・。

 今頃日本海のどこかで眠っているのだろう。南無。

 

「それに、僕には新しい家族がいるしね。」

 

 そうさ、過ぎた事はしょうがない。

 人は常に未来を見ていなければいけないのだ。

 

「そうだな。崇人くんにシアルを入れて5人家族だな。」

 

 和也さんが言った。

 

「そう、五人。」

 

 僕も反復して言った。

 だが、ちょっと引っかかった。

 

 五人?

 僕に、和也さんに、姉に・・・シアルに・・・そうだ!

 

「魁斗だ!」

 

 和也さんと姉の子供の魁斗を忘れてた。

 そういえば今年で中学生になるんだよな。

 

 その時だった。

 噂をすればなんとやら、インターホンが鳴った。

 

「ただいまーー。」

「ただいま帰りましたー。」

 

 そんな声が玄関から聞こえた。

 間違いない、魁斗と姉だ。



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004 地球帰還初日はいろいろありました

「これが崇人兄さんなのか?

 すごい美少女になってるじゃん!」

 

 こちらが僕の甥である東條魁斗。

 中学一年生で市立第三中学校に通っている。

 火曜日の今日は部活がないのか、早く帰ってきた。

 そして・・・和也さんに似てイケメンだ。羨ましい。

 

 すでに僕は男でもないんだけどね。

 

「崇人、久しぶりー。

 事情は私も魁斗も全部聞いてるよ。それにしても、元勇者だったなんて思いもしなかった。」

 

 で、こちらがその魁斗の母親であり僕の姉でもある東條麗奈。

 

『こんにちは、シアルです。これから長い間よろしくお願いします。』

 

「お、よろしく。」

 

「うん、シアルちゃんよろしくね。」

 

 まあ、シアルや姉、魁斗の間に問題が起きなくてよかった。と、僕はほっと胸をなでおろす。

 

「それにしても、勇者に悪魔神に魔王に聖女か・・・。

 この家が普通じゃないのは知ってたけど、ますます普通じゃなくなるぜ。」

 

「まったく、その通りだ。」

 

 僕が願ったのは平穏な地球での生活だったのに。

 これじゃあ異世界並みに波乱万丈な生活になりそうだ。

 

「ね、それでさ、家の中だったらいいけど、家の外だと崇人のことを崇人って呼んだら変に思われるでしょ?

 崇人ってどう考えても男の名前だから。

 それで、新しい名前考えてきたんだけど、どうかな?」

 

 麗奈が言った。

 

「へえ、新しい名前って?」

 

「東條紫苑。シオンちゃんね。

 もし、魁斗が女の子だったらこの名前をつけるつもりだったの。」

 

「ま、別にいいんじゃないか?」

 

 ということで僕の新しい名前は簡単に決まった。

 

「改めてよろしくね、シアルに紫苑。」

 

『こちらこそ。』

 

 シアルがお辞儀したような気がする。

 

「ところでさ、紫苑、風呂入らない?」

 

「ええ、もう入るののか?面倒なんだけど。」

 

 そう言うと姉からダメ出しを喰らう。

 

「まず、口調を女の子口調に直さないとね。

 まずは少しずつでいいから、ね。」

 

 そこを指摘するのか。

 まあ、確かに外でボロが出ないように今から練習する必要はあるかも。

 

「それと、風呂にはもう半年以上入ってないでしょ?

 魔法で少しは綺麗になるとはいえ、お風呂で綺麗さっぱりになる必要はある。

 私が手取り足取り教えてあげるから。」

 

 うん。

 ----プライドというものを捨てる必要があるかもしれない。

 

「それにしても、姉と一緒に入るってのは・・・。」

 

「そうは言っても年齢差的には親子ぐらい離れてるし、女の子として入浴するのは初めてでしょ?」

 

 全くもってその通りだ。

 ・・・この羞恥心との戦い、勝てるであろうか。

 

 多分、姉にいくら拒否しても風呂に入らせれる。

 僕は、こういう時はいつまでも食らいつかれるということをよく知っている。

 

「わかった。」

 

 といつの間にか口に出してしまっていた。

 

『久しぶりの風呂・・・久しぶり風呂・・・。』

 

 シアルも余程入りたい様子。

 

「それじゃあ紫苑、ちょっと身長計らせて。」

 

 と麗奈は言い、黒魔法陣を僕の下に展開して、僕の身長その他の身体情報を暴かれた。

 それと同時に、悪魔の魔法の使い方がわかった。こうやって黒魔法陣を対象の周りに展開させるらしい。

 

「着替え用意しとくから、紫苑は先に入っててねー。」

 

 と姉が言い、三階の麗奈の部屋に消えていった。

 多分、姉が小さい頃に使った服を持ってくるのだろう。

 ともかく、それよりも。

 

 ----僕と羞恥心との戦いの第二ラウンドが始まった。

 

 姉と一緒に風呂に入ったことはない。少なくとも、記憶上は。

 理由は年が離れすぎているからである。

 ちなみに和也さんとも入ったことはないが、魁斗とは入ったことがある。

 

 なんせ魁斗は僕の一歳年下だ。

 それに、僕のことを崇人兄さんって言っていたし。

 

 話を戻す。

 

 僕と一緒に風呂に入った女性は母と妹の真弓ぐらいである。

 

 そして、僕は今、----女子だ。それに、僕は女子と一緒に風呂に入る勇気はない。その相手が、シアルの姿をしている自分だとしても。

 

『頑張ってください、タカト----じゃなくて、シオン様!』

 

 アルテイシアル。

 これは開きなったとしても、かなり難しいよ。

 

 シアルだっていきなり男子になって風呂行けって言われたら躊躇うだろう。

 

 そんなことを考えてると、後ろのドアが開いた。

 もちろん姉だ。これで和也さんや魁斗だったら心底軽蔑するだろう。

 

 それはともかく。

 

 姉の手には僕のものと思われる着替えがあった。もちろん女子の私服の。

 

 当然ながら、着替えの中に下着もあった。

 姉が使ったことのないやつだと思いたい。

 あまり深くは考えないようにしよう。

 

 それともう一つ言いたいことが。

 

『可愛いです。』

 

 シアルの言う通り、はっきり言って可愛い。オシャレな服だ。

 こ、これを----女子歴数時間の僕に着ろと?

 

「ぼ・・私にこんな服着れないよ!」

 

 僕って間違って言いそうになった。

 多分、私って言わないと姉にまた怒られるしね。

 

「これはね、私には可愛すぎて似合わなかった服なの。だけど、捨てるのはもったいなくて取っておいたのね。

 でも、紫苑なら絶対似合うよ!」

 

 いやいや、似合うとかそう言う問題じゃない。

 僕のプライドが許さないのだ。

 僕のプライドは確かに削られてきたが、まだ完全になくなったわけではない。

 

「何ぼんやりしてるの?早く脱ぐ!」

 

 そう思ってたら、いきなり姉が後ろからアタックしてきた。

 即ち、服を脱がしてきた。

 

「ぎゃう!」

 

 僕は女の子らしからぬ叫び声を出した。それも可愛い声で。

 

 女の子らしい叫び声ができてもしょうがないけど。

 

 そして恥ずかしくてすかさず体を隠してしまう。

 

 その反応に姉はため息をついた。

 

「だめよ、そんなに恥ずかしがっちゃ。

 そんなことじゃ修学旅行とかで友達と一緒に風呂は入れないよ?

 それは随分先のことだけど、今のうちから女子に慣れたほうがいいよ?」

 

 正論を並べられて反駁のしようがない。

 

『そうですよ、昔は私の体だったかもしれませんが、今は紫苑様の体なんですから!』

 

 シアルにまで正論を言われた。

 

 チラッと姉の方を見ると既に全部脱いでいた。

 僕は慌てて目を逸らした。

 

「なにやってるの?」

 

「・・・姉さんは僕に見られても平気なの?」

 

「・・・呆れたねぇ。

 もう紫苑は女の子でしょ。

 恥ずかしいわけないじゃん?

 ほらほら、早く脱ぐよ。」

 

 そう言われて下着も脱がされた。

 

「あと、脱いだ服はちゃんとたたんで脱衣かごに入れといてね。

 紫苑は半年も風呂に入ってないから忘れてるかもしれないから言っとくよ。

 まあ、この服は聖女服のようだから今日はいいけど。」

 

 そして僕は姉に促されるまま風呂に入った。

 

 風呂は簡単に言えば天国だった。

 

『ふぇぇぇぇぇーー。気持ちいいですーー。』

 

 シアルも一緒に脱力している。

 こんなに、湯船が気持ちいところだったとは。

 

 異世界に行ってなかったら知らなかっただろう。

 

 これなら何分でも居られる。

 

 だが、姉がそれを許さない。

 

「こらー。

 いつまで湯船にいるの?

 ちゃんと体も洗いなさーい。」

 

「ふぇーい。」

 

 恥ずかしさなんてどうでもいい。

 だって、ここは天国だから。

 

「いい、これがシャンプー、これがコンディショナー、これがトリートメント。

 ちゃんと使い方を覚えとこうね。

 女の子の会話で、使ってるシャンプーはどこの製品だとかいう話になることもあるんだから。」

 

「ふーん。」

 

 そして、完全に脱力しながら女子のイロハを教えてもらった。

 

 ドライヤーかけてる間もずっと気持ちよかった。

 

「魁斗に和也さん、風呂入ってきたよー。」

 

「お、帰ってきたか。」

 

 リビングには勉強をしている魁斗がいた。

 魁斗は昔から自分の部屋じゃなく、リビングで勉強をしている。

 

 一年ほど経った今日もその習慣は変わってないらしい。

 

「あれ?和也さんは?」

 

 そして、親子似たりと言うべきか、和也さんもリビングで仕事をしていることが多い。

 

 ノートアイパッドとにらめっこしていたらそれは仕事中だ。

 

 

 尚、こういう仕事を選んだ理由はわからない。

 

 元魔王だったのなら魔法を活用できる仕事にでも就けばいいのに。

 

 それはともかく。

 和也さんはどこだ?

 

「お父さんなら車を出しに行ったぜ。月極駐車場から。」

 

『車ですか!?』

 

 シアルが魁斗の車という言葉に大きく反応した。

 

「そういえばシアル、僕・・・じゃなくて私があの世界で車の話ししていた時、目を輝かせて聞いていたからね。」

 

『はい!

 すごい乗りたいです!』

 

 シアルの声が少し楽しそうだ。

 ----それほど車が楽しみか?

 

 まあ、あの世界では物を動かすには魔力を使うのが主流である。

 だが、水素自動車は『水素』を燃料にして走る。

 魔力も使わずに1トンの鋼鉄が動くのだ。

 そんなこと、あの世界の住人であるシアルには想像もつかないだろう。

 

 僕も、魔法を初めて見たときはすごい興奮したからね。

 それと同じような感覚なのだろうか。

 

「・・・そういえば車を出しに行ってるってことはどこかに行くのかな?」

 

 そう言った時、ふと思い出した。

 そういえば服と日用品を買うとかいう話をしていたな。

 

 そして、僕に姉から声がかかった。

 

「紫苑ー。

 買い物行くから、玄関来てー。」

 

 案の定、買い物だった。

 ----この可愛い服で外を歩くとか死刑宣告だろ。

 

 だが、躊躇ってもいつか姉さんがやってくる。

 しょうがない。

 

「はーい、今行くー。」

 

 渋々ながら玄関に向かった。

 そして玄関には僕用と思われる靴が置いてあった。

 これを履いていけ、という意味なのだろう。

 

 外に出ると車に乗った姉と和也さんがいた。

 

『これが車ですか。

 魔力のかけらも感じません。

 なのに、こんな大きい鉄の塊がどうして動くんですか?』

 

 シアルが興奮気味に言った。

 

『ああ。原理はよくわからないが。』

 

「紫苑。」

 

「はい。姉さんごめんなさい、女の子口調で話します。」

 

「よろしい。」

 

 シアルとの念話の会話とはいえ、また男の子口調に戻ってしまった。

 ボロが出ないように頑張らないとな。

 

 シアルみたいな美少女が男の子口調だったら悪い意味で注目を集めるだろう。

 

 ただでさえ金髪翠眼の容姿から注目を集めているのに。

 

『ところで紫苑様、この車の後ろのあのパイプはなんで濡れてるんですか?』

 

 シアルは車のマフラーのことを言ってるのだろう。

 

『水素自動車は走ると水ができるらしいからね。

 その水があのパイプから出るんだよ。』

 

 これも原理はわからないけど。

 

『へぇ、そうなんですか。』

 

 まあ、それはいいとして、僕は車に乗り込む。

 前が見えるように助手席だ。

 

 シートベルトをつける感覚が違ってちょっとだけ戸惑った。

 シアルの身長は140センチぐらいで、元の体より15センチも低い。

 

 そして、和也さんが目的地を指定して車を発進させる。

 

 ちなみにこの車は全自動なので運転する必要がない。

 

『わあ、すごいです、本当に動きました。

 しかも、あとは待つだけで目的地に着いちゃうんですよね。

 凄いです!』

 

「ああ。生まれて初めて全自動車に乗った時はビックリした。」

 

「うん、魔界にもこんなに便利なものはなかった。」

 

 姉と和也さんがシアルの言葉に頷く。

 

「そういえば、日用品とか服とかを買うんだよね?」

 

「うん、そうだね。

 女子人生を歩むために必要なものを一式揃えに行くよ。

 ブラとかの下着もね。」

 

「え?」

 

 な、なんだと!?

 

「当然じゃない。」

 

 いや、そうだけど。

 ----しまった。

 風呂よりも精神をすり減らしそうだ。

 

「で、別に私が直接下着とかそういうもの買いに行かなくてもいいよね?」

 

 だが、その提案は即座に却下される。

 

「ダメ。

 だって紫苑はもう女の子でしょ。

 それにこれから友達と買い物に行ったりすることもあるでしょう?

 それがなくても、一人で買いに行かなくちゃいけないこともあるでしょ?」

 

 姉の正論がまた並べられる。

 

「あと、スカートの履き方とかスカートを履いた時の座り方とかも指導しないとね。

 やることはいっぱいあるねー。」

 

 ああ、もはや僕のハートは消えかけている。

 

「帰りたい・・・。」

 

「だめ。」

 

 帰りたいって言えばすぐ姉がダメって言う。

 しかし、僕の尊厳がやはり許さない。

 その時、名案が思いついた。

 

「そうだ!自分に精神魔法をかければいいんだ!」

 

 自分が完全に開き直る魔法。

 それをかければいい。

 

 そうすれば、恥ずかしさもない。

 

 

 

 

 気づいた時には夜だった。

 

 そして、僕は超巨大ショッピングモールで両手に大量の荷物を抱えていた。

 

『あ、紫苑様、洗脳魔法が解けたようですね。』

 

『シ、シアル、これまで何が起こっていた?』

 

 しかも、服を見ればスカートだった。

 それなりにロングだったが、下がスースーして誰かからパンツを見られているような気がする。

 それに、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 上着もそれなりにオシャレなやつだ。

 

『すっごい楽しそうに買い物をしていましたよ。

 それと、待つことのできない和也さんは途中で本屋行っちゃいましたね。』

 

 僕が、すっごい楽しそうに買い物をしていた、だと!?・・・誰か、通り魔でもテロリストでもいいから殺してくれ。

 恥ずかしすぎる。

 

「まあ、頑張ってくれたから16式スマウォ買ってあげてもいいけど?」

 

 だが、そんな愚かな考えはすぐに丸めてゴミ箱に捨てた。

 17式の・・・スマウォだと?

 

 スマウォ。

 スマウォ自体は昔からあった。

 だが、僕が持っていたのは9式。

 10年ほど昔に発売が始まった旧式モデルである。

 

 それに対し、最新型の17式。

 僕が異世界召喚される前は開発中だった最新型だ。

 

 16式までの機能である、インターネット接続やテレビ接続、何十万ものアプリは勿論のこと。

 

 所持者の声を登録すれば喋るだけでいろんなことをしてくれる。

 しかも、友達のように会話もできるらしい。

 

 それも、聞き間違いはほぼ皆無で、ほぼどんな会話であろうと、ちゃんとした会話が成立するのだとか。

 

「嬉しいけど・・・高くない?」

 

 最新式のスマウォである。当然高いだろう。

 

「いやいや、崇人が他人の姿になってでも帰ってきてくれたことに比べちゃ、こんなの安い!」

 

 その姉の言葉は、僕が家に帰ってきたのだと実感させる。

 

「ま、これからまた面倒事が降りかかってくるんだけどね。」

 

 姉が言った。

 

「面倒事って?」

 

 これ以上、面倒な事は御免だ。

 

「警察に紫苑のこと届けないといけない。

 あと、戸籍も獲得しないと。」

 

 そうだった。

 ----確か、家庭裁判所だっけ。

 裁判所に行くのか。

 

 ああ、面倒だ。

 ま、戸籍を獲得するにはしょうがないか。



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