DQ5 天空の花嫁と浪速の賢者 (かいちゃんvb)
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第1章 邂逅と別れ
第1話 その始まり


どうも、かいちゃんvbです。まず、「君の名は〜bound for happiness〜」ほったらかしてスミマセン。瀧と三葉を早くくっつけすぎて展開が思い浮かばなくなってしまいました。良い案が思いついたらボチボチ書くつもりです。
では、新作小説を生暖かい目で見守って頂けると幸いです。
*5/26 スコットの設定を追加しました。


目の前には、ずいぶん中世ヨーロッパを匂わせる服装のふくよかな中年女性が、喜色満面の表情でこちらを見ている。室内を見回すと、木組みの山小屋のような建物の中にいることが見て取れる。驚くは自分の体だ。確か23歳ピッチピチの社会人2年目のOLであるはずの自分とは思えないほど体も四肢も小さく真っ赤っかで、首も座っていない。おまけに全ての声は甲高い泣き声に変換されてしまう。

そんな自分は、以前の自分と同年代くらいの妙齢の女性に抱かれ、あやされている。するとどうやら産婆らしい中年女性が自分を抱く女性に語りかけた。

 

「ユリーナちゃん、玉のような女の子だよ。早く名前をつけてやりな。」

 

「女の子ね。今日からあなたの名前はカリンよ。」

 

混乱する頭を必死で制御しつつ、カリンと名付けられた女児は、ここまでの来歴を振り返ってみる。

 

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湯川美咲 1993年3月14日生まれ

性別 女 大阪府生まれ

 

中学、高校では弓道部に所属。インターハイに出場経験あり。運動神経抜群で身長173センチという高身長。顔は美人の端っこにぶら下がるくらい。つまり中の上から上の下(親友談)で勉強もソツなくこなし、結構モテた。(自分で言ってて恥ずかしい……)

 

猛勉強の成果で地方国立大に合格。関西弁を抜くことを最初から放棄し、2015年に卒業。就職難に揉まれながらもそこそこデカい大阪の中小企業に就職。

 

趣味は料理と読書。

 

しかし2017年3月12日、帰宅途中に交通事故で死去。享年23。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そうだそうだ。私一回死んだんや。ほんでそのあとやたら焦った閻魔的ポジションのやつに会ったんや。

 

 

「マジごめん!!」

 

「何慌ててるか知りませんけど、私死んだんですよね。」

 

「冷静だね。」

 

「もうちょい生きたかったな〜。職場楽しかったし。でもあれやろ、天寿ってやつやろ。」

 

「それが………全然全うしてないんですよ、あなた。」

 

「マジ!?」

 

「ほんとは84歳で体悪くして死ぬはずだったんですけど、なんかの手違いでこんなことになってしまいました誠に申し訳ございませんだから殴ったりしないで〜〜!!」

 

「落ち着け!早口でまくし立てんな!ものっそい気になるけど気にしてへんから!落ち着け顔上げろ額を床に擦り付けんな!」

 

「許してくれます?」

 

「急にケロッとすんな…………でもやっぱあんまり死にたくなかったな。」

 

「転生とかしてみます?」

 

「できんの?」

 

「ちょうどひと枠空きがあるんですよね。」

 

「よろしくお願いします。」

 

「ドラゴンクエストって知ってる?」

 

「……………スライムが出てくるゲーム?」

 

「やったことは?」

 

「ありません。ゲームはあんまりやらんかったから。」

 

「一回しか言わないからよく聞いてね。魔物という人間にとって敵になる存在がうじゃうじゃいるから。頑張って身を守ってね。そうじゃないとまた死ぬから。」

 

「他に何か気をつけることはある?」

 

「世界救っちゃう主人公の近くに生まれちゃうけど、何やるかは自由だから。物語に干渉しようがしまいがあなたの勝手です。じゃ、頑張ってね!」

 

「ちょ、そいつの姿とか教えて!平和に暮らしたいから!世界とか救わなくてもいいから!」

 

「あっ、時間だ。では良い人生を!」

 

「あ、行くなコラ!ちょ、下に引っ張られる〜〜!!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

はい、これがいわゆる転生者ってやつですね。しかもかなりファンタジーな世界に。魔物とか言ってたな〜。結構やばそう。ちょっと体鍛えとかな。まぁいっぺん死んでるわけやし、閻魔にあんなこと言うといて何やけど、今度は別にスリリングに生きてみるのもアリかな。ま、主人公の顔知らんからどうなるか分からんけどな。どうせ弓道しかできひんし。取り敢えず、ええ子ちゃんキャラすんのもしんどそうやし、自然体で生きてみますか!

 

こうして、大魔王を倒した英雄リュカの片腕にしてムードメーカー、弓使い賢者カリンの物語が幕を開けた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それから5年の月日が流れた。

 

「幸せは〜 歩いてこない だから歩いて行くんだね〜」

 

はい、湯川美咲改めサンタローズのカリンです!一昨日5歳になりました!誕生日は前世と変わらず3月14日です。それではウチの生誕5周年を記念して、この世界についてちょっと整理してみよう!

 

・この村の名前はサンタローズ

・父親はウチが生まれる前に既に亡く、母も病気を患っている。しかもここ最近調子が良くない。ちなみにメッチャ優しいけど若い頃はやんちゃしてたらしい。

・周りは関東弁やけどなぜか関西弁に違和感なく反応してくれる。ありがたい。

・文字は前世と全く違う。勉強中。

・5歳の誕生日に母に弓矢が欲しいと言ったらマジで今の私にはちょっとデカイくらいのサイズのやつと、大人用もくれた。大丈夫か?子供にこんなもん持たせて。練習には家の地下室を使っている。あんまり鈍ってなくて安心。

・髪の色は薄く淹れた紅茶の色。目の色は青紫。顔立ちは前世の頃とそっくり。どうやら運動神経も悪くないっぽい。

 

「1日一歩 3日で三歩 三歩進んで二歩下がる〜」

人口50人に満たないこの村では同年代の子供がおらず、こうして前世で覚えた歌を歌いながらブラブラ歩いている次第です。

 

 

気づいたら村の入り口に着いた。今日も魔物と盗賊に備えて衛兵のスコットが村の外に目を配っている。

 

スコットはまだ18歳にも関わらず武芸に長けており、顔もそこそこイケメンな長身の男である。昼の見張りを全面的に任されるほど、その信頼は厚い。

 

「スコットさん!ご苦労さん!」

 

「お、カリンか。今日も散歩かい?」

 

「うん。やっとぬくくなって来たね。」

 

「そうだなぁ。もう春だな〜。」

 

「あ、スコットさん。人が近づいて来るで。」

 

「盗賊かもしれん。ちょっと影に隠れてなさい。」

 

「ほーい。」

 

カリンは草むらの陰から近づいて来る人影を観察する。1人は筋骨隆々とした偉丈夫だ。その隙のない動きからかなりの実力者と伺える。その隣に並んで歩く柔和な表情の太った男も相当腕が立ちそうだ。その少し後ろからは3〜4歳の幼子が健気に先行する2人の大人の後をつけて来ていた。そして、スコットが村に近づいて来た筋骨隆々とした男を呼び止める。

 

「旅人とお見受けするが、何者か?」

 

「わたしはパパス。この太った男がサンチョで後ろにいるのは私の息子のリュカだ。遥か東の大陸から人を探して来た。このラインハット国と西の大陸をこれから隈なく旅をするにあたって拠点となる場所が欲しくてな。旅を終えたらそこに住まいたいとも思っている。ここなら空気も澄んでいるし、食い物もうまいと思ってな。空き家か何かないだろうか?」

 

その無骨な見た目に反する慇懃な言葉遣いにスコットは緊張を解いて応対する。

 

「生憎空き家はありませんが、しばらくの間なら宿屋を使うといいでしょう。旅人は皆隣町のアルカパに流れてしまって暇をしているでしょうからな。」

 

「そうか、それはありがたい。して、その草むらに誰かいるようだが?」

 

「村の娘のカリンです。活発な5歳の娘なんですが、歳の割りにしっかりしていましてね。カリン、出ておいで!」

 

許しを得たカリンはパパスにお辞儀する。

 

「初めまして、カリンです。」

 

「ほう、カリンと申すか。礼儀正しい子だな。このリュカと遊んでやってはくれぬか?」

 

「はい。」

 

カリンはリュカに近づいていく。紫色のターバンとマントを身に纏い、その黒い瞳には、吸い込まれそうになるような柔らかい不思議な光をたたえていた。

 

「カリンよ。よろしくね。」

 

差し出されたカリンの右手にリュカも恐る恐る手を伸ばす。

 

「僕リュカ。4歳。」

 

2人の小さな手のひらがしっかり互いを握った。

 

 

こうして、英雄リュカと名パートナーカリンの、生涯破られることのない友情が成立した。

 

こうして 伝説が はじまった……!




誤字訂正や感想、評価などありましたら、どしどし送って来てください!
星のドラゴンクエストの天空コラボにどハマりなうです。
<次回予告>リュカと友誼を結びんだカリン。一方でカリンの母ユリーナはパパスに面会を申し込む。
次回 第2話「初めての旅、始まる。」
賢者の歴史が、また1ページ。


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第2話 初めての旅、始まる。

どうも、かいちゃんvbです。書きあがりが溜まったのでしばらくは週2回投稿したいと思います。それでは2話、スタートです。


春が近づきつつありながらも、かなり冷えたある日の午前中、サンタローズの村には追いかけっこに興じる2人の子供の姿があった。

 

「待てこら〜〜!!」

 

「カリン、こっちだよ〜〜!あははは!」

 

村全体をフィールドにしてカリンとリュカが追いかけっこに興じている。そんな2人の様子をパパスが感慨深げに見つめていた。

パパスがサンタローズの宿屋に居ついて1週間になる。村人たちは皆おおらかでパパス一行を歓迎し、既に彼らを村人の一員とみなしているようであった。特に14歳のシスター、ルカには随分懐かれ、毎日のように宿屋に押しかけては村のことを事細かに教えてくれた。

多くの村人と会話したパパスだが、最も印象深く感じたのはカリンであった。少し口調が他の村人と異なっているし、何よりも5歳とは思えないほど冷静で大人の話も理解し、的確に返してくる。村人たちが口を揃えてカリンを褒めちぎるのも頷ける話だった。

 

そしてこの日、パパスはカリンの自宅に向かっていた。カリンの母親は名をユリーナといい、昔はかなりのお転婆娘だったらしく、今は隣町に嫁いだダイアナという女性とやんちゃの限りを尽くしたそうだが、やがて商人と恋に落ち、カリンを授かったが夫はカリンの生誕を見届けた後に魔物に襲われて亡くなったという。

その後は女手一つでカリンを育ててきたが、昨年に病にかかり、医者の話ではもう永くないとのことだった。そして、パパスがサンタローズに来てからまだ会っていない村人の、最後の一人でもあった。

今まではユリーナの体調が思わしくなかったのだが、この日、ようやく話ができる状態になったということで、ユリーナに呼び出されたのだ。

カリンの家は村の北東の端に位置する二階建ての大きな家である。今は2人しか住んでいないが、ユリーナは3人兄弟だったらしく、その頃はとても賑やかな家だったという。パパスは件の家に到着し、ノックをした後で家の中に入った。

 

「失礼する。」

 

「お待ちしていました。」

 

ユリーナは家の奥にあるベッドから体を起こしてパパスの訪問を歓迎した。髪はカリンと同じ薄い紅茶色で、顔立ちは非常に整っており、とても美しい女性といえた。しかし病気のせいか肌は健康的でない白色をしており、やややつれているようにも見えたが、目には強い光をたぎらせていた。

 

「挨拶が遅れてしまった申し訳ありません。もっと体の調子が良ければ、来た日にでも歓迎会を行いましたのに。」

 

「いえいえ、何よりもお身体が大事ですからな。」

 

「それより、カリンはどうしていますか?」

 

「外でリュカと追いかけっこをして遊んでおりましたぞ。非常に活発で利発な良い娘さんをお持ちですな。」

 

「優しい方なのですね。ただの筋肉バカではないようで安心しました。」

 

「筋肉バカ………」

 

ユリーナは柔和な笑みを浮かべて楽しそうに言葉を紡ぐ。

 

「冗談ですからお気になさらず。ところで、あなたをここに呼びつけたのにはわけがありましてね。」

 

「何でしょうか?」

 

「実はあなたにお願い事が2つあるのですが、聞いていただけますでしょうか?」

 

「何なりと。あなたのような美しい女性の頼みとあらば、このパパス、何でもいたしましょう。」

 

「そういう台詞は奥様に向けられた方がよろしくて?」

 

「……………」

 

パパスは苦い表情をして俯いた。

 

「………失礼なことをお聞きしたようですね。」

 

「いえ、お気になさらず。とにかく、お聞きしましょう。」

 

「1つ目ですが、隣町の宿屋に嫁いだ私の友人のダイアナという女性を連れて来ていただきたいのです。長らく会ってませんから。」

 

「村人たちから聞いております。非常に仲がよろしかったと。」

 

「とにかくやんちゃしまくりましたからね。お聞きになります?私たちの武勇伝。」

 

パパスは村人から笑い混じりに様々な武勇伝を聞いていた。曰く、爆弾を自作して広間で爆発させた、魔物の住み着く洞窟で魔物を倒しまくって大金を手に入れて帰って来た、教会の前に落とし穴を掘って神父を落とした……など、被害は与えないもののスケールのデカいイタズラの数々を繰り返して来たのだ。

 

「……遠慮させていただきましょう。」

 

「そういう反応をされると喋りたくなってしまうものですよ。」

 

「村人たちの言うとおりですな。とてもイタズラ好きでお調子者であると。とても楽しい方だ。」

 

「ありがとうございます。そして序でにアルカパにカリンも連れてお行きください。弓を使うのが上手い子です。邪魔にだけはならないでしょうし、あなたが疑われてもカリンを連れて行けばあなたの頼みを聞き入れるでしょう。それに、ダイアナの娘のビアンカちゃんにも会わせてあげたいですからね。」

 

「分かりました。して、もう1つというのは?」

 

ユリーナはそれまでの楽しむような表情から一転して、真剣な表情で話した。

 

「私が死んだら、あの子とこの家を引き取ってください。」

 

「何を仰いますか!弱気になってはいけません。病は気からとも申しますし……。」

 

「良いのです。自分の体のことは自分が一番良く知っています。私はもう永くありません。もう1週間も保たないでしょう。」

 

「…………。」

 

「あの子は5歳とは思えないほどしっかりしていますし、わたしの代わりに料理までしてしまいます。でも、この大きな家を管理するのは手が余りましょう。定住できる場所を探してこの村にいらしたのでしょう?丁度良いではありませんか。」

 

「…………1つ、お約束して頂きたいことがあります。」

 

「何でしょう?」

 

「最後まで生きることを諦めなさいますな。カリンのために、1日でも長く生きるために。」

 

「もちろんです。まだやり残したことがありますから。それに、あんまり死にたくはありませんから。」

 

「それは良い事だ。その心が生きる糧となりましょう。では。私はそろそろお暇させて頂きましょう。今から出れば日没までに向こうに着けそうだ。」

 

「カリンを頼みます。」

 

「もちろん。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

パパスはカリンの家を出て、まだ追いかけっこに興じているカリンとリュカを呼び止める。

 

「カリン!リュカ!」

 

「はーい。」

 

「父さん、どうしたの?」

 

「今からアルカパに行くことになった。カリンのお母さんのお友達に会いに行くためだ。」

 

精神年齢29歳のカリンは経緯を大体察した。カリンはいつも優しくて冗談好きなこの世界の母のことを実の母のように愛していたため、涙が瞼を乗り越えそうになる。

 

「どうしたの?カリン。」

 

「何でもない。目にゴミ入っただけやから。」

 

そう言いながら語尾は震えていた。それを見ていたパパスはカリンの頭をくしゃっと撫でた。

 

「聡いのも考えものだな。」

 

「はい………。」

 

「とにかく、旅仕度をして来なさい。」

 

「何時頃に帰ってこれますか?」

 

「明日の夕方までには戻ろう。」

 

「分かりました。」

 

カリンは溢れる涙を拭いながら家の方へ去っていった。

 

「カリン、どうしちゃったのかな?父さん、何かした?」

 

リュカはジト目でパパスを見つめる。

 

「そんな目で見るな。私は何もしていないし、誰のせいでもないのだ。お前ももう少し大きくなればわかる。ほら、宿屋に戻るぞ。我々も旅仕度だ。」.

 

「はーい。」

 

宿屋ではサンチョが本を読んでいた。

 

「サンチョ、ユリーナ殿に頼まれて隣町のアルカパまで行ってくる。明日の夕方には戻る。」

 

「坊ちゃんも連れてお行きになりますか?」

 

「そうだ。」

 

「分かりました。」

 

数分後、パパスとリュカが村の入り口に着くと、カリンは既に旅仕度を整えて待っていた。ユリーナの言うとおり手には弓を持っている。

 

「カリン、もう大丈夫?」

 

「もう大丈夫。心配かけたね。」

 

「よし、では行くとしよう。」

 

スコットにアルカパに行く旨を告げて、3人は大草原を西に進み始めた。

 

 

カリンにとって初めての旅が始まった。

 




なんかあんまり序盤は楽しい雰囲気ではないですが、楽しんで続きを待って頂けると幸いです。ちなみに、今は6話まで予約投稿になってます。あと2週間は安心です。ヤバくなったら週一回にします。
<次回予告>ついにフィールドへ出たカリン。果たしてチートパパスがいるパーティーで彼女の初実戦の機会は訪れるのか?
次回 第3話「上を向いて歩こう」
賢者の歴史が、また1ページ。


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第3話 上を向いて歩こう

どうも、体育祭で肌真っ赤っかのかいちゃんです。明日と体育祭代休の明後日に小説を溜めまくりたいと考えています。(←受験生が言うセリフではない。勉強もせな………)
では第3話、スタートです。


旅仕度って言ってもわからんからな〜。とにかく弓矢と着替えだけ持って来たけど、大丈夫やんな。

 

カリンがそんなことを思いながら歩いていると、先行するパパスが足を止めた。

 

「魔物だ。」

 

うひゃー、初の魔物との遭遇ですよ!興奮する!

 

すると草むらから黄色い首長いたち2匹と青と白の縞模様の化け猫・プリズニャン2匹が現れ、パパスに襲いかかった。

 

よっしゃ、パパスさんが撃ち漏らしたやつをこの矢で仕留め…………る暇もねぇ!パパスさん強っ!マジ秒殺!アイツ人間かよ……

 

魔物の死骸は死んでから1分もしないうちに風解し、死骸のあった場所には金貨が落ちていた。

 

へぇ〜、こうやってお金稼ぐんや。知らんかった。この世界の通貨単位はG(ゴールド)で、だいたい1G=10円かな。

 

「2人とも、怪我はなさそうだな。では、行くとしよう。」

 

初実戦いつになるんやろ……。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

しかし、その機会は意外にも早く訪れた。昼下がりになり、アルカパの街並みがうっすらと見え始めた頃、一行は10匹以上の魔物に囲まれてしまったのである。ご存知青いプルプル玉ねぎ・スライム4、首長いたち4、巨大な緑の青虫・グリーンワーム3の構成であった。

 

パパスは手始めに正面にいた首長いたち2匹を剣で真っ二つにすると、飛びかかって来たグリーンワームに斬りかかった。しかし、その時にパパスの反対側から首長いたち2匹が子供たちに向かって来ていたのである。パパスは既にグリーンワームに向かって跳躍しており、引き返しようがなかった。パパスは最悪の未来を想像し、肝を冷やした。しかし……

 

「甘いわァ!!」

 

カリンは5歳の女の子とは思えないほどの気迫のこもった声でガラの悪いセリフを叫びながらつがえた矢を放った。矢は首長いたちの脇腹にヒットし、矢を受けた首長いたちは倒れ込んで悶絶する。もう1匹の首長いたちも弓を用いてうまくいなし、カリンから距離を取ったところでカリンの矢を食って絶命した。

 

「ウチに襲いかかろうなんて100年早いねん、ボケ!」

 

その殺気立った宣言に残りの魔物は逃げ出した。

 

「リュカ、カリン、怪我はないか!?」

 

「うん、カリンがやっつけてくれたから怪我してないよ。」

 

うん、小指で鼻くそほじりながら言われると妙に説得力ある。

 

「カリン、怖い思いをさせてすまなかったな。」

 

「え、あんな啖呵の切り方見てから言う?」

 

「それもそうだな。それにしても見事な集中力と正確性だったぞ。まだ弓も背丈に合ったものではなかったのに。」

 

「あざーす。」

 

「うむ。」

 

パパスは無言で拳をカリンの頭頂部に打ちつけた。

 

「痛っ、さすが女の子ととしてこの言葉遣いはまずいですよね。」

 

「うむ。理解が早くてよろしい。では、行くとしよう。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

アルカパは旧レヌール王国とラインハット王国の丁度中間地点に位置する街で、以前は両国間を行き交う行商人が多く立ち寄り、交易も盛んに行われ、街は大変な賑わいを見せていた。しかし25年ほど前にレヌール王家が断絶し、城も魔物の襲撃によって廃墟と化してしまうと、アルカパは衰退の色を示し始めた。それでも、商人たちはビスタの港からラインハット城を目指す旅人のための中継点として再活用し、以前ほどではないまでもアルカパは賑やかさを取り戻していた。

 

サンタローズの比ではない賑わいを見せるアルカパに一行が到着した頃には日は大きく傾き、気温もやや下がり始めていた。

 

「少し冷えてきたな。まだ春先であることだ。早く宿屋に泊まりたいものだな。」

 

そう言って街のメインストリートの突き当たりにある宿屋へ入って行くと、30半ばほどの黒髪の男が店番をしていた。

 

「いらっしゃい。旅人さんですか。子供2人と大人1人で10ゴールドですが、泊まっていかれますか?」

 

「うむ、よろしく頼む。それと1つ聞きたいのだが、ここにダイアナという女性がいるだろうか?」

 

「家内に何か用ですかな?」

 

「おや、あたいに何か用かい?」

 

店の奥から気の強そうなユリーナと同年代くらいの茶髪の女性が姿を現した。件のダイアナである。

 

「実は、サンタローズのユリーナ殿から遣いを頼まれてな。」

 

「おや、ユリーナかい?去年から病気してるらしいけど、大丈夫なのかい?」

 

「それが、もうあまり永くないそうだ。」

 

「何だって!?あのユリーナが!?」

 

「驚かれるのも無理はないが、あなたと娘さんをサンタローズまで迎えるようにと仰せつかった。」

 

「その話は本当かい?」

 

「ここにユリーナ殿の娘のカリンを連れてきている。」

 

パパスは言葉をつづけようとしたが、ダイアナはそれを手で制した。

 

「そうかい、カリンが一緒なんだね。これは信用せざるを得ないね。あの子、相変わらず先を読むのが上手いんだから。」

 

「ご理解いただき、感謝する。」

 

ダイアナはダンカンに向き直る。

 

「あんた、しばらく家を空けたいんだけど、大丈夫かい?」

 

「任せなさい。こう見えたって、お前が嫁いでくるまでは1人で切り盛りしてたんだからな。」

 

「すまないね、迷惑ばっかりかけて。」

 

「夫婦なんてそんなもんだよ。」

 

うわ〜、ダンカンさんええ旦那やわ〜。ダイアナさん男見る目あるな〜。

 

「ではお客さん、部屋へお上がりください。あと、夜にうちらの娘のビアンカを寄越しますので、相手をしてやってくれますか?私は少しダイアナがいない間どう効率よく回すか考えなければなりませんし、ダイアナも明日の支度で忙しいでしょうから。」

 

「わかりました。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

日も暮れてすっかり暗くなった頃、一行は夕食を終えて一息ついていた。すると、ダンカンの言う通りに金髪の女の子が現れた。

 

「ビアンカです。6歳です。」

 

うわ〜、可愛らしい子が来たよ。将来絶対美人になるわ〜。

 

すぐにリュカとカリンと打ち解け、しばらく遊んでいると、時間も時間ということでパパスがリュカを連れて部屋についている風呂に入っていった。

 

「2人になっちゃったね、カリン。」

 

「せやね。」

 

「何して遊ぶ?」

 

まだ遊ぶ気かい。でも何しようかなー。

 

 

パパスはリュカを洗い終わって浴槽につけ、自分の頭を洗いながら自責の念に駆られていた。また愛する者を守れなかった。カリンがいなければリュカを失っていたかもしれない。パパスは自分の弱さを呪った。

すると、風呂の外から歌声が聞こえて来た。

 

「上を向いて 歩こう

涙が こぼれないように」

 

どうやらカリンがビアンカに歌を教えているようだ。パパスは最初はただ耳を傾けているだけだったが、その歌詞にどんどん引き込まれていった。

 

パパスは数多くの国を周り、様々な歌を聞いて来たが、このような歌を聞いたことがなかった。修辞をほとんど用いない単純な歌詞と耳に残る優しいメロディーがパパスの荒んだ心を癒していく。

 

(過去を悔やんでいる暇などないな。とにかく、経験を糧にして前に進まなければな……)

 

パパスは誰にこんな素晴らしい歌を教わったのだろうかと耳を傾けていると、驚くべき事実がカリンの口から語られた。

 

「ねえ、カリンは誰にそんなお歌を教えてもらったの?」

 

「ううん、ウチだけが知ってるの。母さんも村の人も吟遊詩人の人も誰も知らんから、あんまり言いふらさんとってな。」

 

「リュカにならいい?」

 

「リュカにならええけど。」

 

「ねえ、他にはどんなお歌を知ってるの?」

 

「いっぱい知ってるよ。」

 

「教えてよー。」

 

「ダメ。もうパパスさんとリュカが上がってくるから、また今度な。」

 

「はーい。」

 

(カリン、本当に不思議な子だな。サンタローズに来たのは正解だったな。)

 

晴れやかな気持ちになったパパスは立ち上がり、リュカに声をかける。

 

「よし、リュカ、そろそろいいだろう。上がるとしよう。」

 

「父さん、頭の泡は流さなくていいの?」

 

「…………。」

 

 

今日のアルカパの夜は平和である。




祝!カリン初実戦!ちなみに、リュカは退屈すると鼻をほじり始めます。
<次回予告>翌日に一行が村に帰ると、村の中は妙に静まり返っていた。一体村で何が起こったのか? そして、カリンの母ユリーナの意外な秘密が明かされる。
次回、第4話「さらば、遠き日」
賢者の歴史が、また1ページ。


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第4話 さらば、遠き日

どうも、かいちゃんです。この回を書く少し前に"クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツオトナ帝国の逆襲"を見て号泣しました。この回を書いていた時のBGMは上記作品より、"ひろしの回想"です。ヨウツベに上がっているので、聴きながら読むのも一興かと思います。
では、第4話、スタートです!


翌日、全員の支度が整い次第、パパスら一行はダイアナとビアンカを連れてサンタローズへ引き返した。昼過ぎには帰ってこれたが、当のユリーナが昨晩に容態が急変し、危篤状態となっていた。それでも意識はあるということで、スコットから事態を聞いた一行はカリンの自宅へ駆け込んだ。

 

「ユリーナ!私だよ!ダイアナだよ!わかるかい!?」

 

「ダイアナ…………、来て…………くれた……のね。」

 

「私が来たんだから、まだくたばるんじゃないよ!」

 

「うん………、あり……がとう。」

 

まさに部屋に飛び込んだダイアナに続いて入って来たカリンはユリーナの手を握りしめた。その周りをパパス、サンチョ、リュカ、ビアンカが取り囲んでいる。さらにその周りには、多くの村人がいた。スコットの話では教会では彼女の完治を願って一部の村人がシスタールカと神父と共に祈りを捧げているという。おかげでいつもは生活感が溢れている村の中は静まり返っていた。

 

「 みんな………私なんかの為に………来てくれて………。案外………私も………人に………好かれてたんだね………」

 

「そうだよ。みんなあんたのことが大好きなんだ。だから、もっと生きてくれよ。昔みたいにまた遊ぼうよ。」

 

「ううん…………それは………叶わぬ願い…………だから……」

 

「弱音を吐くんじゃないよ!」

 

「弱音じゃ………ないわよ………。みんなに………囲まれて…………こんなに安らかな気持ちで…………成仏出来る幸せを…………噛み締めてるんだもの。」

 

「減らず口は相変わらずだね…………。」

 

ダイアナの涙混じりの返答にユリーナは消え入りそうな柔和な笑顔を見せた。普段の快活な彼女からは程遠いその儚さが、彼女の死期が迫っていることを悟らせる。

 

「カリン………。」

 

ユリーナは涙で顔をぐしゃぐしゃにしている娘の名を呼んだ。

 

「母さん………。」

 

「あなたに…………言いたいことは………、私のデスクの…………上から2番目の……………引き出しのメモに…………書いておいた…………から………。だって………、多すぎて…………全部言える気が…………しないんだもん……………。」

 

「母さん………。」

 

ユリーナは少し視線をあげてパパスを見る。

 

「パパスさん…………。」

 

「なんでしょう。」

 

「昨日…………申し上げた……………こと………、頼み…………ますね…………。」

 

「はい。」

 

言い終えると、ユリーナはゆっくりと目を閉じた。

 

「ごめん…………、ダイアナ…………。ごめん…………、カリン…………。ごめん…………、みんな……………。」

 

それが彼女の発した最後の言葉だった。徐々に呼吸が浅くなり、ついに胸が上下しなくなった。それから5分後、村の医療を担っている薬師が、ユリーナの臨終を告げた。カリンとダイアナは泣き崩れ、周りの村人も涙を流していた。本来は余所者のパパスとサンチョも姿勢を正して黙祷し、リュカとビアンカだけが、何が起こっているかわからずキョトンとしていた。

 

その夜、カリンは早速ユリーナが残した手紙を読むと、そこには驚きの内容が記されていた。というより、この世界ではカリンしか知らないはずの日本語で書かれていたのである。

 

<カリンへ。今まで気付かないフリをしていましたが、あなたもだったんですね。何がとは言いませんけど。普通に槇原歌うし、関西弁全開だし。

あなたはどうだかわかりませんが、私は1979年東京生まれ東京育ちの17歳でした。通学途中に駅のホームから落ちて電車に轢かれたと思ったらいつの間にかこのドラクエ5というゲームの世界に生まれてました。

あなたがパパスさんやリュカを見てもあまり目立った反応をしないので、多分ドラクエ5をご存知ないのでしょう。ネタバレされまくっても面白くないでしょうから、あんまり言いませんけど、リュカがドラクエ5の主人公です。初めて見た時は飛び上がりそうなほど嬉しかったですよ。パパスと話をした時は舞い上がって設定忘れて失礼なこと聞いちゃった。それは反省。ゲームの中の存在が、目の前にいるんですからだからリュカと一緒に旅をしたいな〜とか思ってたんですけど、叶わなくて残念です。

でもあなたは違う。リュカの旅はとても危険だし、辛い思いもたくさんするでしょうから無理について行けとは言いません。でも、あの子を支えてやってください。あの子は本当に壮絶な運命に晒されることになります。だから、リュカを陰ながら見守るだけでいいから、力になってあげてください。

そして、何より幸せになってくださいね。それが、本当の母ではないけど、あなたを5年間見てきた私からの、最後の願いです。

精神年齢38歳の母より

p.s.この家はパパスさん達に譲ります。あなたの面倒も見てくれるそうなので、そのつもりで。>

 

そうか、母さんも転生者やったんや。どうりで臨終の言葉どっかで聞いた覚えあると思った。あれ○河○○伝説のヤ○の臨終のセリフやんけ。しかも私の名前も登場人物から取ってるし。それにしてもリュカが主人公か。確かに閻魔の言う通り、なかなか近いポジに生まれてきたな。

 

母さん…………こんな私を5年間も面倒見てくれて、ありがとう………。そして、さようなら…………。

 

カリンは手紙を抱きしめ、静かに泣き続けた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌日、雲ひとつない晴天の下、村を挙げての葬儀が執り行われた。村の全員が、ユリーナの死を悼んだ。

 

「しかし、こんな日に似つかわしくない天気だな。」

 

パパスが今は誰もいない村の丘で陽光を仰ぎながら言う。すると、カリンが近づいてきてその独り言に答えた。

 

「いいえ、母さんにどんよりした天気の葬式なんて似合いませんよ。自分が死んだくらいでそんなに悲しんどらんと、子供は元気に遊んで、大人はさっさと仕事しろっていうことですよ、多分。」

 

「そうかもしれんな。それにしてもカリン、お前は本当に5歳なのか?話しているとつくづく疑問に思うのだが。」

 

「あまり驚かずに聞いて欲しいんですけど、私、実は一回死んで生まれ変わったんです。今まで合わせて29年生きてます。」

 

「……………!私と1歳しか変わらんのか!」

 

「その外見で30歳と言うのもちょっと驚きですが、この事は他言無用でお願いしますね。パパスさんだから話したんですから。」

 

「一昨日、宿屋で自分の歌ってる歌は誰も知らないというのは、生まれ変わる前から知っていた、ということなのだな。」

 

「そういうことです。てか盗み聞きは良くないですよ。それにしても案外驚かないんですね。」

 

「まあな。実は今探しているのは私の妻なのだが、その妻も不思議でな。生まれ変わりなどではないのだが、魔物を改心させて友誼を結ぶことができるのだ。他にも様々な力を持っているらしく、そのせいで魔物に攫われてしまったのだが、妻の能力のお陰で、どうやら耐性がついてしまったらしい。」

 

「早く見つかると良いですね。」

 

「済まないな。気を遣わせてしまって。」

 

「いえいえ。では、私はリュカとビアンカと遊んできますね。本当なら既に大人なんですけど、子供と遊ぶのもなかなか楽しいのでね。」

 

カリンはリュカ達の方へ向けて駆け出していった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして、数日後にビアンカとダイアナはアルカパに帰った。さらに、季節が変わって夏が始まる頃、パパスは妻を探す鍵となる伝説の勇者についての情報を得たため、リュカを連れて旅立っていった。ユリーナが残した家では、サンチョとカリンの2人が、慎ましく暮らしていた。

 

 

それから2度冬を越した。

ある船の上では、近づいてくる陸にキラキラとした目を向ける、紫のターバンを巻いた可愛らしい男の子がいた。そこに、父親らしい無骨な男が声をかける。

 

「リュカ、サンタローズを覚えているか?もう2年近くも前になるから、忘れていても無理もないが……。」

 

「うん、分かんないや。」

 

「ではカリンは覚えてはいないか?」

 

「あ、カリンなら覚えてるよ。<上を向いて歩こう>と<掌を太陽に>を教えてくれたんだ。僕この歌大好きなんだよ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

3月13日、カリンの7回目の誕生日を前日に控えたこの日、ダイアナとビアンカがダンカンの病気を癒す薬を求めてこのサンタローズにやって来ていた。

 

「カリン!久しぶりね!あたしのこと覚えてる?」

 

「忘れるわけないやん、ビアンカ。んじゃ、何する?」

 

「またお歌を教えてよ。あの時は結局パパスさん達の引越しで忙しくて一曲も教えてくれなかったからね。」

 

「わかった。とりあえず水汲んで行かなあかんから待っといて。すぐ終わるけど。」

 

 

既にこの時、遠くの方から2人の旅人がサンタローズに向かって歩みを進めていた。

ついに、親子三代に渡る魂の物語が始まる…………!

 




やっと前置きが終わりました。次回からゲーム上での本編がスタートです。引き続き誤字脱字、感想意見等ありましたら、どしどし送ってきてください。それよりも女子バレー迫田選手の引退が悲しい筆者でありますが。
<次回予告>サンタローズにパパスとリュカが帰還した。村人たちは皆彼らの帰還を褒め称える。そして、カリンの家でも帰還を祝う会が開かれた………。
次回 第5話「パパスの凱旋」
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第2章 リュカ少年の大冒険
第5話 パパスの凱旋


どうも、かいちゃんです。プロ野球・オリックスの復調に狂喜乱舞しております。推しメンは山岡と駿太。絶対交流戦でAクラスまで戻すで〜〜!!
それでは、本編スタートです!


どの歌を教えようかと思案しながらビアンカのいる村の小高い丘に戻ると、ビアンカが遠くに目を凝らしていた。

 

「どうしたん?誰か来た?」

 

「うん。あれ、パパスさんとリュカじゃない?」

 

「え、マジ!?」

 

言われてカリンも目を凝らしてみる。どうやら二人組がこちらに近づいているようだ。

 

「あ〜〜!!」

 

「どう!?見えた?」

 

「いや、全然見えへん。」

 

ビアンカはズッコケそうになる。

 

「何よ!見えたんじゃないの!?」

 

「確かに二人組が近づいてくるのは見えるんやけどな〜。ビアンカめっちゃ目ええやん。」

 

「あ、戦い始めたね。」

 

どうやら魔物と遭遇したらしい。

 

「あ〜〜!」

 

「今度は何よ!?」

 

「あれパパスさんやわ。」

 

「本当に!?」

 

「あの規格外の素早さと強さはパパスさんやな。目算一キロやから15分ぐらいか?」

 

「キロって何?」

 

「忘れてくれていい。あ、スコットさんも気付いたっぽい。」

 

2人はスコットのいる村の入り口へ向かう。

 

「おお、2人か。どうやら人が近づいて来ているようだな。」

 

「うん、パパスさんっぽい。」

 

「本当か!?」

 

「魔物と遭遇したっぽいねんけど、瞬殺してた。あのデタラメな強さはパパスさんに間違いない。」

 

「うーん、根拠としては弱いな。だがカリンが見誤るはずもあるまい。村の者を呼んでくるからここにいなさい。」

「いや、ウチが呼んできますよ。」

 

「バカを言うでない。一緒に住んでいたカリンが最初に出迎えるのが筋だろう。」

 

「ありがとうございます。」

 

「パパスさんにサボってはいないと言っておくのだぞ。」

 

そう言い残してスコットは村の中に消えていった。しばらく待っていると、こちらに気付いた紫のターバンの男の子が猛ダッシュで駆けて来た。

 

「カリ〜〜ン!!」

 

「リュカ!覚えててくれたんやな!」

 

リュカはカリンに走って来たそのままの勢いで抱きついた。それをかなり下半身に力を入れて抱きとめる。

 

「カリン、また歌を教えてね。今度は長くいれるみたいだから。」

 

「わかった。」

 

そこへビアンカが言葉をかける。

 

「リュカ、あたしのことは覚えてる?」

 

「あ〜〜!」

 

「覚えてくれてた!?」

 

「誰だっけ?」

 

「「覚えてないんかい!!」」

 

カリンとビアンカが突っ込む。

 

「嘘だよ。金色の髪の女の子と遊んだ思い出はあるんだけど、名前はどうしても思い出せないんだ。ゴメンね。」

 

「ううん。いいのよ。あたしはビアンカよ。」

 

「うん、ビアンカだね。もう忘れないよ。」

 

すると遅れてパパスが村に近づいて来た。

 

「ビアンカ、私ちょっとパパスさんとお話しするからリュカと丘の上くらいで遊んであげて。」

 

「うん。でもあたしの方がお姉さんなのに、カリンにお願い事されると断れないな〜〜。」

 

「よし、ビアンカよ、リュカと遊んで参れ。」

 

「うん。その口調だったら問答無用で断るわ。」

 

「嘘やって。お願いしていい?」

 

「うん。」

 

リュカとビアンカが丘の上で遊び始めると、村に到着したパパスに向き直る。

 

「お帰りなさい。」

 

「うむ。それにしても大きくなったな。もう明日で7歳であろう。」

 

「覚えててくれたんですね。嬉しいです。それはともかく、もうすぐ村の人間にもみくちゃにされると思うから、四方山話はまた夜にでも聞かせてくださいね。」

 

「わかった。」

 

「じゃ、ウチもリュカと遊んで来ますわ。」

 

「うむ。」

 

カリンが丘の上へ駆けて行くと、村人たちがパパスの元へ集結して来た。皆、パパスが無事に戻ったことを喜んでくれている。村人たちの祝福も一通り終わり、パパスはリュカとビアンカとカリンを連れて1年9ヶ月ぶりに家の前にたどり着いた。そしてドアノブに手をかけようとした時、教会から猛スピードでシスタールカが駆け出して来て、パパスの胸に飛び込んだ。

 

「パ、パ、ス、さ〜〜ん!!!」

 

「お、おおシスタールカ。そなたも今年で16歳であるな。大きくなったな。」

 

「はい。パパスさんの無事を毎日教会でお祈りしておりましたの。」

 

はい、そうです。ルカはパパスさんにマルボレ印ですわ。この2年間口を開けば「パパスさんに会いたい。リュカに会いたい」と豪語しておりました。リュカも可愛いからね。こっちはペットを愛でる感覚なんやろ。あー、これは仕事ほったらかして来たやつですね。教会で神父さんがまあまあ困った顔してこっちの様子伺ってますわ。

 

「パパスさんもお疲れなんやし、この家の思い出にも浸りたいやろうから離してあげてください。それに、あんた仕事ほったらかして来たやろ。」

 

「はっ、いけない。まだお勤めが終わっておりませんでしたね。また伺いますね。」

 

そう言ってルカは教会に戻っていった。お、神父さんにサムズアップされた。ちょっと嬉しい。

 

「すまんな、カリン。手を煩わせてしまった。」

 

「いいんですよ。それより中に入りましょう。今日は特別にウチが料理しますわ。こう見えて得意なんですよ。」

 

「そういえばユリーナ殿も言っていたな。」

 

そして、ようやくドアノブに手を掛け、パパスは家に凱旋した。

 

「おやまあ!村の入り口が騒がしいと思っていたら、旦那様とお坊っちゃまのお帰りだったんですね。このサンチョ、感激の至りでございます。」

 

「サンチョ、留守番ご苦労であったな。」

 

「サンチョさん、今日はウチがご飯作りますわ。」

 

「あら、そうですか?リュカお坊っちゃまとお遊びにはなりませんか?」

 

「ダイアナさんも来てるしな。ちょっと今日は趣向を変えておもてなししたいなと思いまして。」

 

「そうですか。では今日はカリン料理長ということになりますね。では私はダイアナ様を呼んで参りましょう。まだこちらには顔をお見せになっておりませんしね。旦那様の帰還をお喜びになることでしょうから。」

 

そう言ってサンチョは宿屋へ向かった。

 

「カリン、あたしたちとは遊ばないの?」

 

「ゴメンな。どうしてもパパスさんたちに料理作ってあげたいねん。そこのテーブルで座っといてくれたら、歌を一曲教えるわ。それで勘弁してくれへん?」

 

「わかった。カリンの料理、楽しみにしてるからね。」

 

カリンはリュカたちに「それが大事」を教えながら手際よく料理を作り始める。この世界に箸はないので、ユリーナが小枝を削って作った菜箸を使ってテキパキと料理を作っていく。(といっても、ユリーナがカリンも転生者であることを見抜いてすぐにカリンの箸も作成したので、ユリーナが他界するまで箸が存在しないことをカリンは知らなかった。)

 

とにかくね、出汁がないのよ。この世界。てか母さん何気にスゴい。箸を小枝削って作っただけならまだしも、鰹節の作り方知ってたとか最強やろ。しかも鰹節菌倉庫で栽培しとったし。母さんが死んだ後倉庫の整理してたらメモ出て来たわ。ウチが生まれてからは女手一つで子供育てんのはキツイから得意な方の洋食ばっか作ってたみたい。ちなみにウチは和食の方が得意やねんけどな。

 

 

そして日は落ちた。何故かこの世界に味噌はある(ユリーナが普及させた可能性はある。)ので、味噌汁とご飯と肉じゃがと適当に生野菜ををつくった。

 

「見たことのない料理だな。」

 

「はい、このサンチョも初めて見ました。」

 

「一回ユリーナが作ってくれたことがあるね。確か肉じゃがだっけ?」

 

「へぇ〜、母さんこれ作ったことあるんだ。」

 

「カリン、あたしにお箸を頂戴よ。使い方わかるし、この料理は箸の方が食べやすいんだろ?」

 

「はーい。」

 

何かあった時のために箸を削る練習はしていた。ちょっと余分があったのでそれをダイアナに渡す。

 

「はい、皆さん揃いましたね。では、パパスさんとリュカの無事の帰還を祝って、今日は私が腕によりをかけて作りました料理でおもてなししたいと思います。では、顔の前で手を合わせて。いただきます!」

 

「いただきます!」

 

ダイアナだけがそれに唱和した。

 

やらかした!そんな文化こっちにはないんやった!

 

それからは、「いただきます」「ごちそうさま」についての話や箸の使い方レクチャー、ユリーナの昔話、そしてパパスの旅の四方山話などで大いに盛り上がりながら、夜は更けていった。




思えば"いただきます"と"ごちそうさま"って日本人のメンタリティを表す凄く大事な言葉ですよね。皆さんは言っていますか?私は毎食ちゃんと最低でも心の中では言うようにしています。
<次回予告>武器屋の前で不審な行動を見せるリュカ、リュカの取ろうとする行動を聞いたカリンは、ついに始めての冒険を決意した。次回、"はじめての冒険"
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第6話 はじめての冒険

<カリンのステータス>
カリン 村の娘 Lv.2
HP 24 MP 6
力 12 素早さ 9 身の守り 4
賢さ 72 呪文 ホイミ、メラ

どうも、かいちゃんです。呪文は初出の際に簡単に解説しますが、モンスターの解説は私の表現力では表現しきれないし字数も嵩むので割愛させて頂きます。「その魔物知らんわ」という人は、お手数ですが、ネットで検索するか実際にプレイすることをお勧めします。
では、本編スタートです!


翌朝、カリンが目を覚ました頃にはかなり日が高く上っていた。昨晩は大人の話に加わりながら後片付けをし、寝る頃にはおそらく日付を跨いでいた。7歳の体にはまだキツかったようだ。サンチョが用意してくれた朝食を食べ、既に出掛けたというリュカを探して散歩をしていると、武器屋の前でオロオロしているリュカを発見した。

 

「リュカ、何してんの?」

 

「か、カリン!起きたんだね。一緒に遊ぼうと思って起こそうと思ったんだけど、サンチョと父さんが寝かしてあげてって言うから、1人でお散歩してたんだ。」

 

「なんで武器屋の前でオロオロしてんのよ。」

 

「た、たまたまだよ。」

 

しらばっくれる気やな。こうなったらあの作戦や。

 

「そうそう、昨日の夜ご飯美味しかった?なかなか自信作やってんけど。」

 

「うん、カリンって料理もできるんだね。今宿屋のビアンカのところにも行ったんだけど、美味しかったって言ってたよ。」

 

「へ〜。それは嬉しいなあ。それにしてもゴメンな、昨日はあんまり遊ばれへんくて。じゃあ今からどうする?」

 

「ゴメン、僕今からここで武器と防具を買わなきゃ…………あ!」

 

「ふっ、引っかかったな!会話の流れからポロっと言わせる作戦成功!さてさて、もう言い逃れは出来ひんで〜。さあ、武器を買って何するつもりやったか言うてみ?よっぽどアホなこと言わん限り怒らんから。」

 

「う、うぅ〜。」

 

「さてはビアンカのところでなんかあったんやな。」

 

ビアンカがこの村に滞在している目的。リュカは武器と防具を買おうとしている。この事から考えると……。

 

「わかった。ダンカンさんの薬取りに行った薬師が洞窟に入ったまんま帰って来おへんから、洞窟に入って助けにいくつもりやったんやな。」

 

「え、何でわかったの!?」

 

「考えたら思い浮かんだ。」

 

「カリン、凄いや。」

 

「んで、武器屋のおっちゃん強面やし、子供に武器売ってくれるかわからんかってんな。」

 

「そうなんだ………」

 

「よっしゃ、ウチに任せとき。手伝うわ。」

 

「本当に!?」

 

「ビアンカとダイアナさんの悲しむ顔は見たくないしな。それと洞窟の魔物で力試ししたいってずっと思ってたし。お金いくら持ってる?」

 

「150ゴールド。」

 

「ウチは160か………」

 

ウチは武器は弓矢、防具は毛織りのケープとヘアバンドやから買い足す必要はないな。よし、いっちょやりますか!

 

「おっちゃん!」

 

「おう、カリンか!今日は何の用だ?」

 

「近々旅に出るかもしれへんくてな、ちょっとこのリュカに武器と防具買ってやりたいんやわ。」

 

「おう、何が欲しい?」

 

「樫の杖と旅人の服と皮の帽子と皮の盾。335やんな。」

 

「おう、計算が早いな!」

 

「でもな、手持ち310しかないねん。経営苦しいのは重々承知やねんけど、今度ビール1杯奢るから負けてくれへん?」

 

「そんなことしなくてもウチは簡単には潰れねーよ。300で負けといてやる。ビールも無しだ。ほれ、持って行きな。」

 

「ありがとう、おっちゃん!大好き!」

 

「おう、パパスさんに宜しくな!」

 

10Gを手元に残してカリンはリュカの元へ戻った。

 

「うわー、凄いや。」

 

「良い子のリュカ君は真似したらあかんで。」

 

「はーい。」

 

「んじゃちょっと弓矢取って来るから待っといて。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

10分後、2人は洞窟の前に姿を現した。

 

「さて、教会でお祈りを済ませた事やし、行きますか。」

 

「それにしてもカリンいつの間にかホイミとメラ覚えてたんだね。びっくりしたよ。」

 

ホイミは初級の回復呪文、メラは小さな火の玉を発生させる呪文である。

 

「リュカももうすぐ覚えるんやろ。ええやん。」

 

この世界では教会にて神父、もしくはシスターに魔力を見てもらうことができる。どの呪文を使えるのか、もうすぐどんな呪文を使えるようになるのかを判断してもらうのだ。

 

(そう考えたら何気にルカとか凄いよな……。)

 

そんな事を考えながら、2人は洞窟の内部についに侵入した。すると、まだ地上一階だが少し奥まったところに宝箱を見つけた。リュカが目を輝かせて飛びつく。

 

「宝箱だ〜〜!」

 

「え、それってほんまに大丈夫なん?後から訴えられたりせえへんの?」

 

「知らないの?洞窟とか塔の中の宝箱は鍵がかかってなかったら持って行ってもいいんだよ。父さんが言ってた。」

 

「まあ、こんなところに置いといて大丈夫なわけはないよな…………。」

 

この世界ってやっぱり色々(ちゃ)うな〜。

 

「あ、薬草だ。」

 

「うん。儲けやな。ホイミ一回ケチれるし。こっちは何もないみたいやし、反対側行こか。」

 

振り返って進もうとすると、スライム2匹と文字通り大きな木槌を持ち紫頭巾を被った妖精・おおきづち2匹、いかんせん見た目が愛くるしいコウモリ・ドラキー1匹が現れた。

 

「カリン、どう戦うの?」

 

「まあ常識的に弓矢は遠距離やからな。リュカは相手の懐に飛び込んでドツき回ったらええんちゃう。アシストするわ。」

 

「OK!」

 

言うなりリュカはスライム2匹に飛びかかった。飛行生物は厄介だと踏んだカリンは狙いを定めてドラキーを射抜く。二本で仕留めた。リュカもすでにスライムを1匹叩きのめし、2匹目に取り掛かっている。そこへ、おおきづちがリュカの左右から飛びかかってきた。

到底カリンもリュカも両方は対処できない。しかも左から来るおおきづちはリュカが反撃しても槌が外れても体の重みで潰すつもりらしく、リュカが右を対処しては、矢では勢いを殺しきれず、押し潰されてしまう。対して右は飽くまでも槌で勝負を決めるつもりらしく、槌をはじき飛ばせば心配はない。(この段落の間のカリン脳内での思考時間は0.1秒)

 

「リュカ!左!!」

 

叫びながら矢を放つ。矢は過たずにおおきづちの右手甲を射抜き、槌は狙い通り飛ばされ、リュカとはズレた位置にダイブする。さらにもう一発食らわせると、おおきづちは動かなくなった。その間にリュカも左から来たおおきづちをいなし、反撃して決着をつけていた。魔物が風解した後に残った矢は使えそうだったので箙にもう一度入れておく。魔物が落としたG(ゴールド)を回収していると、リュカが興奮した様子で話しかけて来た。

 

「それにしてもカリンは凄いね。矢を一本も外さなかったよね。それに、僕が襲われないように先回りしてうってるし。僕に襲いかかってきたおおきづちの手を射たのなんか凄すぎて言葉も出なかったよ。」

 

「まあ、あんまり威力もないんやけどね。とにかくリュカの邪魔せんように魔物に当てる事に集中してるだけやから。」

 

「でも、もし距離を詰められたらどうするの?」

 

「それが考え所やねんな〜〜。短剣か何か腰に差しといたほうがええかな?」

 

「そうだね。そのほうがいいよ。」

 

さすがパパスさんの息子。鼻を小指でほじりながらでも指摘が鋭い。それにしてもあの鼻ほじんの何なん?癖?

 

「でもさ、よく考えたらカリンの持ってる弓って変わってるよね。」

 

「えっ?」

 

「だってさ、普通の弓だったら持つところが真ん中にあるし、まず木でできてるよね。でもこれ、持つところが真ん中より下にあるし、竹でできてる。それに何より大っきいよね。」

 

それ、めっちゃ思った。この世界で和弓流通してんの!?とか思った。やっぱり特注なんや。剣で襲われた時の防御用に重さのバランスが崩れない絶妙な長さで鋼の薄皮巻いてるし。流石に弓の型は自分で覚え込まなあかんかったけど、母さんすげぇな。ウチがアーチェリー部やったらどうするつもりやったんやろ。

 

「こういう弓やねん。かなり変わってるけどな、使いこなせるようになったらもう体の一部。引く力強くせなあかんからあんまり速射には向かんねんけどな。」

 

「いっぱい練習したの?」

 

「そりゃもう、リュカもビアンカもおらんかったから暇でしゃーなくて、ずっと家の地下室で練習してた。朝ご飯食べて練習して昼ごはん食べて練習して、たまに息抜きに散歩してお使い行って練習して夜も暇があったらずっと練習してた。高校の時もこんなにやらんかったけどな。」

 

「ん?こうこう?」

 

「何でもない。忘れて。」

 

「はーい。」

 

あっぶね〜〜。こういう時にポロって出る〜〜。

 

「よし、先へ進もうか。」

 

「うん。」

 

2人は最深部にある階段を下へと降りて行った。

 




同じものでも西洋と東洋では大きな違いがあるんですよね。ちなみに「虫の声」は日本人とポリネシア人にしか聞こえないそうです。我々が虫の声を言語として捉えるのに対して、他の民族の人たちは雑音と捉えてしまうそうです。さらにこれは母語が日本語でないといけないそうです。日本語って面白いですね。
<次回予告> ついに薬師を発見したリュカとカリンであったが、そこには魔物の群れが接近していた。狼狽えるリュカと薬師。しかし、そこでカリンが猛然と立ち上がった!
次回、第7話”はじめての危機”
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第7話 はじめての危機

どうも、かいちゃんです。オリックスが交流戦単独首位ですね!借金も完済直前!頑張れオリックス!
では本編スタートです!


カリンとリュカはスライム、おおきづち、ドラキー、グリーンワーム、地中を素早く移動する、頭がセミで鋭い鎌を持つせみもぐら、モヤっとボール(知ってるかな?)に顔をつけたような姿・とげぼうず、文字通りの姿をしている一角ウサギといった魔物たちをばったばったとなぎ倒しながら洞窟を下へ下へと降りて行った。そして、2人は地下二階の一角で件の薬師・カールを発見した。どうやら上から落ちて来た岩が足の上に落ち、身動きが取れなくなっているようだ。

 

「カールさん!」

 

「う、うん?カリンか。どうしたんだこんなところへ。」

 

「カールさんを助けに来たんや。それよりどうしたん?」

 

「いや、薬草を無事取って来て帰ろうと思ったら少し地震があったらしくてな。そのはずみでこの岩が落ちて来たのだ。」

 

「そう言えば昨日ちょっと揺れたな〜。あんまり気にも留めてなかったけど。」

 

「それより、そっちの子は?村の子ではないようだが。」

 

「忘れたん?パパスさんの息子のリュカやで。」

 

「おー、あの時のな。大きくなったなあ。だが、子供だけでこんなところに来ちゃいかんだろう。危ないじゃないか。パパスさんもサンチョさんも心配しているだろう。」

 

「…………リュカ、カールさんは見つかった事やし、怒られるのは嫌やから帰ろ!」

 

「うん!」

 

「あ〜〜!こら!ゴメンって!嘘だから!謝るから見捨てないでくれ!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

二人掛かりで岩をどかせることに成功すると、カリンがカールの足の様子を見る。

 

「あかんな、完全に折れてるわ。」

 

ホイミ系の呪文と薬草の効果は傷口を塞いで止血することである。そのため体の中で折れている骨に対しては効かない。というより、馬鹿正直に骨をくっつけてしまうため、接合部がきっちり噛み合わないとズレたまま骨がくっついてしまい、動かせなくなる恐れがあるのだ。(ちなみに薬草は塗布すると上記の効果が発生し、すりつぶして飲むと、体力回復と造血機能の増進の効果がある。しかし、失った血は戻ってこないので、出血多量による死亡は防ぐことはできない。)

 

「うーん、参った参ったマイケルジャクソンやな。」

 

「「え?」」

 

「えっ?あっ、お気になさらず。独り言ですから。」

 

流石にリュカとかウチの腕力でカールさんを運び出すのは無理やな。戦闘要員も残しとかなあかんし。

 

すると、最悪なことに魔物がここを取り囲み始めた。合計10匹は下らないだろう。リュカもカールも顔が青ざめている。

 

「リュカ。」

 

「な、なに?」

 

「外へ出てパパスさんを呼んで来て。ウチはここでカールさんの様子見とくから。」

 

「ダメだよ!カリンとカールさんを置いては行けないよ!カリンが傷つく姿は見たくないよ!」

 

こういう時こそ年の功である。この時、カールはカリンの表情がガラリと切り替わったことに気づいた。それは、いつもの陽気な彼女ではなく、前世でインターハイに出場した時の、勝負師の顔であった。カリンは震えているリュカの両肩に手を置き、目を覗き込んで余裕の笑みさえ浮かべながら言葉の一つ一つをリュカの脳に叩き込むように話す。

 

「ええか、リュカ。2人とも残ってもカールさんは運び出せへん。つまりどちらかが助けを呼びに行かな埒が開かへんねん。この状況やったら武器の射程が長いほうが残るべきなんは分かるよな。つまり、あんたがここでぐずってる暇なんかないねん。これが3人が全員が生き残る一番確率の高い方法やねん。ウチはビアンカとダイアナさんを悲しませたくないし、ウチもあんまり死にたくはない。だから、出口へ向かって全力で走って、パパスさんを呼んで来て。ええな。」

 

大人の落ち着きを醸し出すカリンの態度を見てリュカは冷静さを取り戻した。体の震えは止まり、目には決意の篭った強い光が宿った。そして、カリンに向かって大きく頷いて見せた。

 

「分かった。すぐに呼んでくるから、待っててね!」

 

リュカは出口に向かって駆け出して行った。カリンはすぐにカールに向き直る。

 

「カールさん、今からリュカを追わせないためにこっちに注意を引きつけます。危険な目に遭うと思いますけど、ごめんなさいね。それと、薬草を摘み取るその小ちゃいナイフ貸してくれます?」

 

「うむ。この命、カリンとリュカに預けよう。ほらよ。」

 

カリンは小さく頷いてナイフを腰のベルトに差し込むと、リュカを追おうとしたドラキーとグリーンワームを連続で射抜き、大声で叫ぶ。

 

「オイコラ!お前らの相手はこの私や!」

 

カリンは文字通り矢継ぎ早に矢を放ちまくり、飛びかかってくる魔物の群れを1匹ずつ射抜いてゆく。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

パパスは洞窟の前に立っていた。昼ごはんの時間になってもリュカとカリンが帰ってこないとサンチョに知らされたパパスは、村の各所を聞き込んで回り、どうやら2人は病気に臥せったダンカンのための薬草を取りに洞窟に入ったまま戻って来なくなった薬師のカールを探しに行ったらしいことが明らかになった。そして昼下がりになり、パパスは洞窟内の探索に出向こうとしていたのである。

 

洞窟内に足を踏み入れようとすると、中から走ってくる足跡が聞こえてきた。それは、紛れもなく紫のターバンを被ったリュカであった。

 

「父さ〜ん!!」

 

「リュカ、何をしていたのだ!志は結構だが昼には戻らないと………」

 

ここでパパスは息子のリュカが今まで見せたことがないほど切羽詰まった表情をしていることに気づいた。

 

「何があった?」

 

「カールさん見つけたのは良かったんだけど、カールさん足を骨折してて………。とても担いでからそうになかったからどうしようかと思ってたら魔物に囲まれちゃったんだ!それでカリンが自分は残るから父さんを呼んで来いって。でもどうしよう!かなりの数だったんだよ!もしカリンが死んだら………」

 

「落ち着け!リュカ、案内してくれるな!」

 

「うん!こっちだよ!」

 

親子は、勇敢な1人の女の子(精神年齢は31歳)を救うために洞窟の中へ駆けて行った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

どのくらいの魔物を屠っただろうか?

 

大声で魔物を挑発してから15分。カールを壁にもたれさせ、カリンは矢を放ち続けた。激闘の末に当初31匹を数えた魔物はせみもぐら2匹、とげぼうず2匹、ドラキー1匹の残り5匹まで撃ち減らされていた。

しかし、カリンは力が強くないため、一発では仕留められないことが多く、魔物の数より多い矢とその分だけ多くの体力を使ってしまう。そのために隙も生じ、魔物の攻撃を受けることが多かった。すでに薬草も使い切り、ホイミも魔力切れで打てない。矢も回収できないところに全て飛ばしてしまい、護身のために借り受けたナイフの刃は半ばで折れてしまっていた。それでも美しい紅茶色の髪を振り乱し、肩で息をしながら、カリンは魔物と向かい合っていた。

 

「カリン!もう良いんだ!私を置いてお前だけでも薬草を持って逃げてくれ!」

 

「アホなこと………言わんといてください…………。あんたには、………こんな目に遭わされたことに………文句を言わなあかんねんから……………はあ、はあ。」

 

すると、ドラキーが飛びかかって来た。カリンは弓にドラキーを噛みつかせ、そのまま地面に叩き伏せる。まず1匹。ちょうどそこに野球ボール大の石があったので、とげぼうずに向かって投げつけた。さらにその先にあった矢を転がりながらつがえ、放つ。矢は石が当たり怯んだとげぼうずに過たず直撃し、とげぼうずは息絶えた。そこから立ち上がろうとした時であった。

 

「カリン!右だ!」

 

気づかれないように近づいて来た1匹のセミモグラが、カリンの膝をついていた左脹脛を鋭い鎌で貫いた。宙に鮮血が舞った。

 

「あああああ!」

 

カリンは浮かしかけていた左足を地面につけてしまう。それでも激痛に耐えながら弓でセミモグラをはたき、弾き飛ばす。すると、とげぼうずがカールに向かって跳躍していた。軌道を見ると、とげぼうずはカールの頭を潰しにかかっていた。それを察知したカリンはカールの前に立ちはだかった。そして、2度目の死を覚悟した。

 

 

しかし、予想していた衝撃は訪れなかった。不審に思って視線を動かすと、パパスが投げた剣がとげぼうずの腹に突き刺さり、軌道を変えてカリンのすぐ隣に落下していた。生き残っていたセミモグラもリュカに叩き伏されている。

 

危機は去った。そう安心した瞬間、カリンの意識はブラックアウトした。




<次回予告>危機は去った。そしてその夜にはカリンの誕生日パーティーが盛大に開かれる。しかし丁度その頃、死者を司る冥界ではある重要な決定がなされていた!
次回、第8話「後始末と宴と異分子と」
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第8話 後始末と宴と異分子と

どうも、かいちゃんです。
火曜日が一番朝ラッシュが混んでいる気がするのは気のせいでしょうかね?どうでもいいですけど。
では少し前回から時間を巻き戻したところから、パパス目線で本編スタートです!


パパスとリュカがカールとカリンの姿を視界に捉えた時、カリンの左脹脛から鮮血が噴き出した。

 

「カリン!?」

 

カリンの悲鳴が響く。しかし、まだ生き残っていたとげぼうずがカールに向かって飛びかかっていた。そして、驚くべきことに、左足を貫かれたカリンが右足の力だけで立ち上がり、とげぼうずを阻止しようとしていた。

 

「リュカ!そこの影にセミモグラが1匹隠れている!」

 

そう叫ぶや否やパパスは自らの剣をとげぼうずに投げつけた。剣は過たずにとげぼうずの腹に突き刺さり、とげぼうずは大きく軌道を反らして墜落した。リュカも指示通りにセミモグラを倒した。

それに気づいたカリンはこちらを向いて安堵の笑みを浮かべると、緊張の糸が切れたのか意識を失って倒れ込んでしまった。

 

「カリン!」

 

パパスは慌てて駆け寄ってホイミをかけ、左足の傷口を塞いだ。リュカがカリンを抱え起こす。

 

「疲れているのだろう。寝かしてあげなさい。」

 

カリンを起こそうとしたリュカをそう言って止め、パパスは俯いているカールに向き直る。

 

「私はとんでも無いことをした。まだ7歳の女の子をこんな危険な目に合わせるなんて………。」

 

「カール殿…………」

 

「ああ、パパスさん、戻って来てたそうだね。挨拶が遅れて申し訳ないよ。だが、本当に罪深いことをしてしまったな。ユリーナに申し訳が立たんよ。」

 

「違うよ、カールさん。」

 

リュカが後悔するように言う。

 

「僕が悪いんだ。僕が洞窟に入ろうって言ったから。僕が悪いんだよ。」

 

「いや、それも違うな。」

 

パパスは2人を落ち着かせるように言う。

 

「カール殿が洞窟から出られなくなったことは仕方のないことだし、それを救おうとしたカリンとリュカの行為は勇敢で正しかったと言える。そして、この状況下になっても、リュカは私を呼ぶために必死で洞窟内を駆け抜け、カール殿はカリンとダンカンのために薬草をすり潰し続け、カリンは戦い続けた。それぞれが最善を尽くしたからこそ、誰1人死ぬことなく帰れるのだからな。」

 

「でも、やっぱりカリンには敵わないや。父さん。見てよ、ここの地面を。」

 

文字通り地面の至る所に魔物が落としたゴールドとカリンが放った矢が散らばっていた。

 

「よし、引き揚げるとしよう。リュカ、手近に落ちている矢を4、5本くれ。カール殿の足の添え木にする。それからここのゴールドと矢を回収しよう。全て、カリンの手柄だからな。」

 

すると、パパスが洞窟の奥へ駆け込んで行ったのを訝しんだサンチョが現れた。

 

「旦那さま!この金貨と矢の数はいったい………?」

 

「おお、サンチョか!丁度良い。少しカール殿の手当てをしてやってくれ。骨折をしている。事情もカール殿から聞くといい。私はリュカとこの矢とGを回収しよう。」

 

サンチョは手当てをしながらカールからあらかたの事情を聞いた。

 

「そうですか。カリンちゃんが………。本当に不思議な子ですな。料理もいとも簡単に作れば、誰かのために命を懸けて戦い抜き、こんなにも安らかな寝顔を見せるとは………。」

 

「本当にそうだな。私が駆けつけた時には鬼神のような形相で戦っていたというのに。それに、見ろ。魔物が怯えて全く近寄ってこない。」

 

岩陰や草陰に魔物がいることはわかるが、全く近づいてくる気配はない。

 

「本当だ!みんなカリンに怯えて岩陰に隠れちゃってるや。」

 

「よし、あらかた終わったな。では、戻るとしよう。」

 

「今日はカリンちゃんの誕生日だというのに、主役がこれでは………どうしましょう、旦那さま。」

 

「いや、主役を抜いてパーティーなどしたくはないし、後日に延期するのも筋が違うだろう。カリンが起きるのを待とう。リュカも昼飯を食っていないだろうが、今回の懲罰に丁度良いだろう。わはははは!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

洞窟を出た時にはすでに夕暮れ時だった。まずパパスはカールを工場に送り届けた。

 

「本当に世話になったな。申し訳ない。」

 

「それはそうとこの後カリンが目を覚まし次第カリンの7歳の誕生日パーティーを開くのだが、お越しになるだろうか?」

 

「いや、私はそこに出席できる資格はありませんよ。なんせ、ダンカンさんのために超高速で薬草を作らなければならないのでね。明日の朝にはお届け出来ますよ。」

 

「それは招待する訳にはいかんな。ダンカンのため、よろしく頼む。」

 

「分かりました。」

 

サンチョとカリンとリュカとは別れてパパスはダイアナとビアンカが滞在する宿屋へ向かい、ダイアナに事の次第を説明した。

 

「カリンはやっぱりユリーナそっくりだね。昔、あたしが風邪を引いて、まだ若手だったカールが丁度留守にしてて薬がなかった時に、あいつったら1人で洞窟に潜って薬草を取って帰ってきたことがあったんだよ。」

 

(それはたまたまユリーナとカリンの性格がよく似ていたためであるのだが、それでもやはりこの親子には不思議な縁を感じざるを得ないな。)

 

そして、そのままダイアナとビアンカを連れてカリンとパパス一行の自宅へと帰った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

カリンが目を覚ますと、いつの間にか自分のベッドで寝ていた。窓の外を見ると、日は完全に落ちていたが、まだ西の空がぼんやりと赤かった。カリンは自分の置かれている状況を推測し、概ね正しい答えを導き出すと、階下から漂ってくる食べ物の匂いに釣られて階段を降りた。

 

「「カリン、7歳の誕生日おめでとう!!」

 

「えっ、あ、そういえば今日か。ウチの誕生日。」

 

「わはははは。カリン、そんなことも忘れていたのか?お前の弓は武器屋の店主が手入れをしておいてくれるそうだ。これで一気に村の英雄だな。カリン。」

 

「カリン、あんたは他人の為に無茶し過ぎだよ!心配する方の身にもなってみな。まったく、そんなところまでユリーナに似なくてもいいのに。」

 

「カリン、あのフロアでカリンがやっつけた魔物が落としたGと使えそうな矢だよ。Gにはそれまでにやっつけた分の半分も入ってるから、合わせて137Gだよ。」

 

「カリン、今度はあたしも混ぜなさいよね。カリンに襲いかかる魔物は全部あたしがやっつけちゃうんだからね!」

 

「カリンちゃん、今宵はこのサンチョが腕によりを懸けてご馳走をご用意しましたから、心行くまで食べてくださいね。お昼ご飯を食べてないからお腹も空いているでしょうし。」

 

「みんな、心配懸けてごめんなさい。じゃあ、無事にダンカンさんの薬が調合できそうなのと、私の7歳の誕生日を祝ってくれるみんなに感謝の気持ちを込めて、手を合わせて!」

 

今日は全員が合掌した。

 

「いただきます!」

 

「「いただきます!」」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その頃、死者の国では、また閻魔がへいこら頭を下げていた。

 

「いや、ほんまにごめんなさい。」

 

「いや、いきなり謝られても意味不明なんでゆっくり事情を説明してくれませんか?」

 

「いや、あなた、本当はあと15年は生きるはずだったんですよ。」

 

「それでも46歳かい!」

 

「そう、46歳で自分の子供を庇って事故死するはずだったんですよ。でもね、さすがにストレス性の病気に罹られるとそうなってまうんですわ。何もあなたを責めてる訳じゃありませんよ。何の罪もないあなたを営業成績が良いからって勝手に妬んで社内で虐めてた連中が全て悪いんですからね。あそこまでやられるとどんな人間でも限界が来ますわ。失敗の責任は全て押し付けられ、犯罪者にされかかれ、ホームからも一回落とされてるでしょ。」

 

「確かに、客観的に見ると私よく耐えましたよね。」

 

「それに弱音を吐かずに頑張ったけど過労による栄養失調。安心してください。あの会社、あなたの件が世間にバレて今ヤバいことなってますから。」

 

「…………。」

 

「話を戻しましょう。ちょっと確認しますね。

武田桃華(ももか)さん 1992年9月16日兵庫県生まれ、2024年3月12日没。享年31。高校時代は大阪の○○○○高校で女子バレー部……………!」

 

「どうかしました?」

 

「あのですね、湯川美咲さんってご存知?」

 

「ええ。高校時代は親友でした。でも7年くらい前に事故で………。」

 

「実はですね、彼女、別世界で人生やり直してるんですよ。」

 

「えっ…………。」

 

「会いたく、ありませんか?」

 

「…………はい。」

 

こうして、歴史には残らない新たな異分子が、伝説を築くピースとして、現代日本から送られて来たのである……。




転生者追加です。風化してきてますけど、電○の事件、やばかったですよね。修学旅行で東京に行った時に「あの○通の本社や!」って皆んな盛り上がってたのが印象的です。就職先選ぶのは慎重にならないと………。ちなみに中小企業は今人手不足らしいです。
<次回予告>ドラゴンクエスト5の世界に転生を果たした桃華は、驚きの姿になっていた。一方でカリンはダイアナとビアンカを送り届けるために人生で2度目のアルカパ訪問を実現させていた。果たして2人はこの異世界で再会できるのか?
次回 第9話「時空を超えた再会」
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第9話 時空を超えた再会

どうも、かいちゃんです。女子バレーワールドグランプリの選抜メンバーに佐藤ありさ選手の名前がなかったことに割とがっかりしてます。1番の推しは石井優希選手なんですけど。
では、本編スタートです!


目を開けてみる。

 

辺りは真っ暗だ。どうやら夜らしい。少し歩いてみる。最初は慣れない四足歩行に戸惑ったが、だんだん慣れて来た。あたりを見回してみる。どうやら森の中のようだ。上を見上げてみると、現代日本ではお目にかかれない満天の星空が広がっていた。とても美しい。それにしても日本では見たことないような生物がいっぱいいる。ドラキーとか、ろくろ首みたいな灰色のイタチとか………。でも、普通にネズミとかカエルとかもいてちょっと安心。

喉が渇いたので近くに池か川かがないか探す。すると、川が見つかった。いつの間にか人里に来ていたようで、中世ヨーロッパ風の家があちこちに建っている。どうやらこの川は用水路のようだ。そういえばまだ自分の姿を見ていないと思って、水面を覗き込んでみる。すると、そこには奇妙な生物が映っていた。

一見ヒョウの子供に見えたが、赤い鬣が頭頂から背中に懸けて生えており、顔が大きい。耳も縦に立つのではなく、若干横に垂れている。それに尻尾が異常に細く、尻尾の先にも真っ赤な毛が生えていた。でもどっかで見たことある気がするんだよな〜〜。

とにかく声を出してみる。

 

「ふにゃあ〜〜、ゴロゴロゴロゴロ」

 

うん、日本語は喋れない!

 

 

夜が明けた。

しばらく歩いていると、家から人が出て来た。どうやら8歳ぐらいの子供のようだ。

 

「ん、何だこの猫?」

 

「ふにゃあ〜〜。」

 

「こいつ、なかなか面白い鳴き声だぞ!あいつにも知らせてやろう!」

 

うわ〜〜、ヤバい予感がする〜〜。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

カリンの誕生会は恙無く終了し、夜が明けた。まだ完全には日は登り切っていなかったが、カリンも前日の激闘の果実である筋肉痛に悩まされながらも起きだす。すると、パパスが旅支度を整えていた。

 

「どこか行かれるんですか?」

 

「いや、ダイアナ殿とビアンカをアルカパまで送り届けるのだ。リュカも行きたいと言っているが、カリンはどうする?」

 

「すぐ支度します!」

 

「あまり急がなくても良いぞ。リュカに稽古をつけていただけだからな。出るのは2時間後くらいだ。」

 

「な、何や〜〜ビックリした〜〜。」

 

「それで相談なのだが、ダイアナ殿が向こうについたら2泊ほど泊まって行かないかと勧められているのだが……」

 

「そうですね。どっちでもいいですけど、まだビアンカに歌教えるって言っときながら教えてないんですよね。久々にアルカパに行けるんやし、ゆっくりして行きたいって思うんですけど、いいですか?」

 

「分かった。泊まっていくこととしよう。」

 

「ちょっと教会行って来ますね。シスタールカに魔力見てもらって来ます。」

 

「うむ。」

 

教会に着くと、シスタールカが出迎えてくれた。

 

「え〜〜、またパパスさんとリュカまた旅に出るの〜〜?」

 

「2泊3日で戻ってくるから大丈夫やって。」

 

「でも寂しいわね〜〜。」

 

「とにかく見てくれます?」

 

「ハイハイ。んー、ヒャドとキアリー覚えてるわね。もうちょい頑張ったらマヌーハとスクルト覚えるみたい。」

 

ヒャドは氷の結晶を作り、キアリーは毒消し、マヌーハは味方全員の幻惑状態の解除、スクルトは味方全員の守備力を上げる呪文である。

 

「ありがとう。んならまたね。」

 

「パパスさんによろしく言っといてよ〜!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その5時間後、昼下がりにはアルカパに到着した。まっすぐ宿屋へ直行し、ダンカンと再会する。ダイアナの案内でパパス達はダンカンが休むベッドにたどり着いた。

 

「あんた、まだ生きてるかい?」

 

「生きてるぞ〜〜。おかえり、2人とも。すまないな。わざわざ薬を取りに行かせたりして。」

 

「迷惑なのはお互い様だろ。それより、パパスさんとリュカとカリンが来てるよ!」

 

「おお〜、パパスさん!帰って来ていたのですか!いやー、驚きました。ユリーナさんの葬式の帰りにダイアナとビアンカを送って来てくれた時以来ですな。」

 

「そうですな。二泊三日でここに滞在する予定だから、ゆっくり話をしよう。」

 

「ビアンカ。リュカとカリンに町を案内して来なさい。大人の話は退屈だろうから。」

 

「はーい。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

こいつら飽きねーなー。ずっと私を鳴かせようと躍起になって棒でつついたりとか蹴ったりとか色んなことしてくるけど、精神統一中の私には何も通じない。子供2人のマッサージ(?) を受けながら、閻魔とのやり取りを思い返してみる。

 

 

「本当に会えるんですか?」

 

「会えますよ。多少の不便を乗り越えてくれれば。」

 

「何ですか、その不便って?」

 

「まず、あなたは枠の都合上、人間に転生できません。他の生き物になります。機密事項だから詳しくは言えませんが。それと、湯川さんと多分直接会話はできません。だってあなた人間じゃなくなるんですから。それに、湯川さんも容姿が変わってますから、それを認識できたら大丈夫です。」

 

「それでもいいです!」

 

「あんまり関西の訛りきつくないんですね。湯川さんバリバリだったから。」

 

「これでも抜くのにはだいぶ苦労しましたよ。」

 

「ふーん。最後に、ドラクエってやったことある?」

 

「…………友達に勧められて10年以上前に一回だけ8だけやったことあります。」

 

「5は?」

 

「無いです。」

 

「じぁあひとつだけ。紫のターバンの男の子が主人公ですから、その子に懐いてる雰囲気出しといてください。あとは自由にやってくれたらいいです。では、良い人生を!」

 

「あ、下に引っ張られうわあああ〜〜!!!」

 

あー、いい加減うざいな〜〜。ちょっと抵抗しよかな〜。

ん?紫色のターバン発見!!あいつやな主人公。え、待って。その後ろにくっついてる茶髪の女の子………美咲だよね。髪と目の色変わったけど顔一緒やし。おい、美咲〜〜!!私だよ!!桃華だよ!!こっち向け〜〜!!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「あそこで何かオモロイ事やってんで。」

 

カリンが用水路の近くで遊ぶ2人の子供を発見する。しかし、その言葉ほどカリンは面白そうでなく、逆にその目は怒りに満ちていた。

 

「あの悪ガキども!あいつらいっつもイタズラばっかりしてんのよ。本当に困っちゃうわ!」

 

「あれが普通の物やったらええんやけどなー」

 

「カリン!あれ生き物だよ!」

 

「ほほーう、動物虐待とはええ度胸しとるやんけ。残念ながらカリンちゃんは動物が大好きだから、遊び方を間違えてる奴を見ると殺したくなるんだよね〜〜」

 

「カリン!怖すぎ!ちょっとリュカ、カリンを抑えてなさい!あたしが話つけてくる。」

 

「待てビアンカ!あいつらいてこます!こっち連れてこい!」

 

<相変わらずやな〜美咲。動物好きやから動物虐待を許されへんねんな〜。変わってなくて安心やわ。それにしても、名前はカリンやねんな。これは覚えとこ。>

 

「ちょっとあんたたち!何やってんのよ!その子がかわいそうじゃないのよ!」

 

「おー宿屋のビアンカじゃねえーか。何だ?お前もこいつで遊びたいのか?こいつ、変な鳴き声なんだぜ。」

 

「違うわよ!離してあげなさいって言ってんの!そうじゃないと後ろの既に腕まくりしてるあのおっかない女の子にあんた達ぶちのめされるわよ!」

 

「ビアンカ〜、余計な事言わんでええねんで〜。」

 

カリンの腕は弓で鍛えているため、他の子供より一回りほど太い。その腕には既に血管が浮き出る程力がこもっており、それを見た男の子2人は折衷案を提示した。

 

「わ、わかったよ。こいつを解放してやろう。だが一つ条件がある。お前ら3人でレヌール城のお化けを退治してくるんだ!それができたらこいつを解放してやる。」

 

「何でお化け退治なんかせなあかんねん。こいつらどつき回したらええだけちゃうん?」

 

「カリン!ナチュラルに怖すぎるから!ね、僕も強くなりたいし、丁度いい力試しの機会なんじゃないかな?」

 

「えー、お前らがその間にこの子に手ェ出さへん保障はあんの〜?こいつらほんまに信用できる〜?」

 

「おう、もし約束を破ったらぶちのめすなり何なりするがいいさ!」

 

「そうだ!俺たちは約束を破るような卑怯者じゃないもん!」

 

「おっしゃ、もし破ったら市中引き回してから両手足縛り付けてそこの用水路に沈めたるからな。それでもええんやな?」

 

「も、もちろんだ!」

 

「分かった。受けたろ。」

 

<美咲えげつな〜〜。やっぱ怒らしたら手ェつけられへんのも変わらんな〜。>

 

「待っててな〜そこのヒョウ柄ちゃん!明後日の朝に迎えに行くから。」

 

 

こうして、リュカとカリンとビアンカの、初の街の外に子供だけで出ての冒険である、レヌール城のお化け退治の実行が決定したのである。




怒ると感情的になって怒鳴り散らす人と逆にクールダウンして静かに怒る人がいますよね。ちなみに僕は不機嫌になると声は低くなるけど臨界点を超えると怒鳴る人です。友人からはイライラしてる時が1番怖いと言われます。ま、怒鳴るほどブチ切れたことが3、4回しかないんですけどね。
<次回予告>レヌール城に向かうことが決まった一行だが、装備品を揃えるには資金が足りず、魔物を討伐して稼ぐこととなった。推定戦闘回数は60回。リュカとビアンカにとって長い夜が始まった。
次回 第10話「資金調達指令」
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第10話 資金調達指令

どうも、かいちゃんです。東京スカイツリーもあべのハルカスも全然怖くないのに、梅田スカイビルの内側を覗くとめちゃくちゃ怖いです。リアルに想像できてしまう高さかつ屋外というのが響くのでしょうか。
では、本編スタートです!


「ちょっとカリン、ビアンカ!レヌール城って町の外なんでしょ。いつ出れるの?」

 

「夜は衛兵さんが居眠りしてるからオッケーだよ。」

 

「最悪実力行使でも構へんやろ。」

 

「それは色々ダメだよ。カリンはどうしてそこまで拘るの?」

 

「あのヒョウ柄ちゃんがウチに救いを求めてたから。」

 

「そうよね。あの子ずっとカリンの方見てたわ。」

 

「とにかく武器防具の調達や、リュカとビアンカはいくら持ってる?」

 

「あたし125G」

 

「僕160G」

 

「ウチが200と。リュカ、この前の洞窟で宝箱に入ってた防具持ってる?」

 

「あるよ。皮の盾と旅人の服。」

 

「そういえばカリン、どうしてあの子に明後日って言ったの?今日じゃダメなの?」

 

「一つ、ビアンカの実力がわかんない。一つ、武器防具は揃えるだけ揃えたい。一つ、今日レヌール城に乗り込まなくても明日があるから大丈夫。OK?」

 

「分かった。」

 

「それにしてもあと2000はいんねんな〜。」

 

「「に、2,000!?」」

 

「この辺の魔物は大体戦闘一回で平均20稼げるから、100回戦ったらいけるか。作戦開始は大人が酔っ払う10時やな。6時に引き返すとして8時間。うん、5分に一回戦ったらいける。」

 

「それってなかなか凄まじいわよね?」

 

「とにかくこの皮の盾はビアンカにあげる。だからお鍋の蓋と果物ナイフをちょうだい。あたしがその旅人の服もらうわ。ほんでリュカ、あんたの樫の杖も。2人ともちょっと待ってて。」

 

カリンは武器屋の主人に貧乏アピールをしながらヨイショとぶりっ子を駆使して、いばらのムチとブーメランを19%カットの620Gで手に入れた。

 

「カリン、あなた、えげつないわね〜。」

 

「この前はもっと優しい値切りだったのに……。」

 

「うるさい!お陰で一文無しや!それでもウチの努力のお陰で必要経費が値切り無しで1373G、つまり値切り12.6%を前提に含めたら1200まで減らしたんや!戦闘が100回が60回まで減ったで!」

 

「「おー!」」

 

「あとは集めれるだけ薬草を集めたらそれで終わりや。ウチは夜に備えて寝るからな、おやすみ!」

 

リュカとビアンカは肩を竦めあった。しかし、その目の奥では、必ず猫(?)を取り戻すという決意の光が漲っていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

夜が更け、ダンカンが寝ている横カウンターに背を向けて壁際で酒を酌み交わすダイアナとパパスの目を盗み、3人は夜の町へ飛び出した。そして、ビアンカの言う通りに衛兵は船を漕いでおり、容易に外に出ることができた。

 

「で、これからどうするの?」

 

「ウチの勝手な分析によると、山道と森は魔物が多い。だからあそこ南の森に拠点を作る。あそこなら騒いでも街まで声が届くことはないやろ。」

 

「騒ぐって?」

 

「2人とも<手の平を太陽に>は覚えてくれてる?」

 

「「うん。」」

 

 

翌朝5時30分。3人はまさに敗残兵のような姿でアルカパに帰還した。魔力と喉は枯れ、目の下には濃いクマを作り、ぐったりした様子で各自のベッドの中へ転がり込んだ。つまり、大声で「手の平を太陽に」を繰り返して歌って魔物をおびき寄せてスライムの一種で、緑色をした完全に形が崩れて液状になったバブルスライム、青毛で何故か体格がやたらガッチリしている大ねずみ、首長いたち、プリズニャンなどを片っ端から殺しまくるという手法で(もちろん適宜休憩を挟みながら)、6時間半で55回の戦闘をこなし、目標の1200Gを超える1246G手に入れて帰ってきたのである。

 

そして、その日の昼、カリンの値切り術でカリンに追加の矢と皮のドレス、リュカに皮の鎧と木の帽子と鱗の盾、ビアンカに皮のドレスと鱗の盾とヘアバンドを購入した。さらに教会で魔力を見てもらい、カリンはスクルトとマヌーハと敵一体の守備力を大きく下げるルカニ、リュカはホイミとキアリー、ビアンカはメラと相手を幻惑状態にするマヌーサと相手全体の守備力を下げるルカナンと地面に炎を走らせ敵にダメージを与えるギラを覚えていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして、この日も夜が更けた。昨日と同じ要領で街を脱出し、一路北へと向かう。昨晩に確立したリュカとビアンカが前衛で攻撃を仕掛け、カリンが後衛で回復や弓での的確な攻撃を行うというこのシフトが十分に機能し、2時間かかると思われていたレヌール城まで1時間40分ほどで到着した。

レヌール城は元はレヌール王国の城で、こことアルカパを支配する小さな王国であったが、30年前に王家が断絶し、25年前に魔物に襲われて廃墟になったという。そしてこの城のどこからか、女性のすすり泣く声が聞こえてくるという。

 

「ふー、着いたな。それにしても随分豪華なお城やってんな〜。てか、お化けってどんなんなんかな?」

 

「し、知らないわよ。と、とにかく行きましょ!」

 

「え、何ビアンカ、ビビってんの?」

 

「ビ、ビビってなんかないわよ。」

 

「ほんまに〜〜?」

 

するとリュカがビアンカの耳元に顔を近づけ……

 

「わっ!」

 

「きゃあ〜〜!!」

 

「お、リュカナイス〜〜!やっぱビビってるやん。」

 

「ビ、ビビってなんかないわよ!」

 

「はいはい。とりあえず、正門からとっかかってみまひょか。」

 

しかし、扉は錆びついているのかビクとも動かなかった。

 

「ダメだよカリン。開かないや。」

 

「裏に回るか。」

 

「そうだね。」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。」

 

「ビアンカ、やっぱ怖い?」

 

「怖くない!」

 

カリンはビアンカをそっと抱き寄せた。

 

「ほんまのこと言うてみ。」

 

「う、うぅ………、怖いよぉ。」

 

「大丈夫。ウチとリュカがついてるから。何も怖がることはないから。一緒にあの猫ちゃん助けよ!猫じゃないとは思うけど。」

 

「うん。ありがとう。ちょっと落ち着いたわ。」

 

「ほんなら裏に回りましょ。」

 

奇しくも、裏に回ってみると北東の塔の最上階から侵入できるように梯子がかけられていた。

 

「うーん、どーも誘われてるような気もするけどなあ。ここ以外に入り口はなさそうやけど、行ってみます?」

 

「行きましょ!さっさとこんな気味悪いところからはサヨナラしたいわ。」

 

「入り口が無いものはしょうがないからね。行くしか無いと思うよ。」

 

「じゃあとりあえずリュカが先頭やな。」

 

「え〜、何で〜〜?」

 

「「男の子だから。」」

 

「はい……。」

 

「真ん中はビアンカが行き。私が殿行くわ。」

 

「うん。」

 

 

そして、最上階にたどり着いた。

全員が中に入ると、入り口に鉄格子が大きな音を立てて下りた。

 

「きゃあああああ!」

 

「うーん、やっぱり誘われてたね。この中に閉じ込める気だったんだ。」

 

「これで退路は絶たれたわけや。これは進むしか無いな。」

 

「あんたたちどうしてそんなに冷静なの?」

 

「簡単なことや。誰かがウチらをビビらせようと思ってこんな小細工してんねんから、それにお付き合いする必要はないって割り切ってるから。」

 

「そ、そうよね。私たちが怖がってちゃ相手を喜ばせるだけだもんね。リュカは?」

 

「え、そんなに怖い?」

 

「……………。」

 

「さ、ちゃっちゃと終わらせましょか!」

 

薄暗いフロアを3人は奥の下り階段へ進む。しかしその時、急に視界が暗くなった。何やら激しい物音やビアンカの悲鳴が聞こえる。しばらくして再びカリンの視界は元の明るさを取り戻した。見回すと、自分1人になっていた。

 

「ん?ビアンカ?リュカ?」

 

うわー、ぼっちか。これはだるいな。とりあえず探すしかないか。

階段を降りると、そこには多数の鎧が通路に沿って並んでいた。奥には西側へ出れる扉がある。その中に一体だけ不審な鎧が存在した。その鎧は目の部分から光を発していたのである。不審に思ってその鎧を覗き込むと、不意にくぐもった声を鎧は発した。

 

「見たな〜〜?」

 

「え、見てません見てません。綺麗な鎧やな〜と思ってみてただけなんでお気になさらず。」

 

「答えてる時点でアウトだ!思い知るがいい!」

 

鎧の正体=動く石像が拳をカリンに向けて振り下ろす。カリンはひらりとかわしながら挑発を続ける。

 

「落ち着いてくださいよ〜。せっかくやり過ごしてあげようと思ってたのに、自分から墓穴掘りに来んといてください。」

 

動く石像のラッシュをいなしながらカリンは機会を伺い続ける。

 

「そんなに早くもない軽い一撃やったら倒せませんよ〜〜。多少リスキーでも渾身の一発来たらどうですか?」

 

「おのれ〜〜!!食らうがいい!!」

 

動く石像は挑発に乗って渾身の一撃を繰り出した。カリンはかわしながら繰り出された右手を掴み、そのまま勢いを加速させるように力を入れる。すると、動く石像は体重を前にかけすぎた結果、うつ伏せに地面に向かってダイブした。すかさずカリンはアルカパの街で護身用に買ったブロンズナイフを的確に突き立て、綺麗に頭と胴体を分離した。

 

「ふぅー。じゃあ、進むか。」

 

 

探索開始早々にいなくなったリュカとカリンを探してカリンは西側からにあった扉から外に出た。前途多難なレヌール城での冒険は、まだ始まったばかりにすぎない。




男子校に入ると女性に対するハードルが幻想を抱いて極端に高くなるかあまりにも女子が少なすぎて低くなるかのどっちかだそうです。特に女兄弟がいる人は低くなる傾向があるんだとか。そんな男子校に通っている友人は絶賛彼女募集中だそうです。
<次回予告>城内の探索の結果、なんとかカリンはリュカとビアンカを見つけ出す。再会を喜ぶ3人の前に現れたのは美しい女性の幽霊だった。そして、3人は別の幽霊にあるものの探索を命じられた。
次回 第11話 「ティーセット探索要請」
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ネタバレしとるやん!!


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第11話 ティーセット探索要請

どーも、かいちゃんです。最近GTOを見ました。反町版もAKIRA版もアニメ版もみんな違ってみんないいと金子みすゞチックな事を言って見ました。(それがどうした)
では、本編スタートです!


カリンは無事に動く石像を討伐し、扉から外に出た。どうやら屋上庭園になっているようで、東西に池があり、その間に墓石が二つ並んでいる。カリンは池を通り過ぎ、墓の前に来ると、ある違和感に気づいた。墓石周辺の草に、何か平らで重いものを置いたような形跡があるのだ。もしやと思って墓石を開けてみると、そこには恐怖で縮こまっているビアンカがいた。

 

「おーい、助けに来たぞ〜。」

 

「ふぇ?カリン?」

 

「ほら、出ておいで。」

 

するとビアンカはものすごい勢いで飛び出して来てカリンに抱きついた。

 

「うぅ………、怖かったよ…………。」

 

「もう大丈夫。ほら、ちょちょぎれかけてる涙拭き。リュカに合わせる顔ないで。」

 

「うん。リュカは?」

 

「多分、この中。」

 

カリンは開けてない方の墓石を指差す。

 

「それにしても棺桶がないのは不思議やな。」

 

「きっとこの城を襲った魔物がとって行っちゃったのよ。魔物は人の死体を薬に使うって聞くし。」

 

「そんなもんかなぁ、ま、とりあえずリュカも助けたろか。」

 

「うん。」

 

2人が墓石を動かすと、案の定リュカがいた。小指で鼻をほじりながら。

 

「リュカ?元気してたか?」

 

「うん、遅かったね。」

 

「よーし、とりあえず上がっといで。」

 

「うん。」

 

するとカリンはリュカを引き上げるなり拳をにぎってこめかみに人差し指の第一関節を押し付け左右にひねった。所謂グリグリである。

 

「いたたたたたたた!」

 

「あん?それが助けてもらった立場で言う言葉か?」

 

「ごめん!冗談だから!ギブギブ!」

 

「しゃーない。こんなもんで勘弁したろ。」

 

「とりあえず3人揃ったわね。ところでさ、さっき気づいたんだけど、この墓碑銘………」

 

「ん?どれや?」

 

よく墓碑銘を見てみると、しっかり彫られた墓碑銘の上から筆で"リュカの墓" "ビアンカの墓"と書かれていた。

 

「ったく、ひっどいことしやがって。」

 

そう言うと、カリンはカバンから大きめの布を出して池で濡らして絞ると、その絵の具を拭きはじめた。リュカもビアンカもそれを手伝う。あらかた綺麗に拭き取ると、正しい墓碑銘は"エリック王" "ソフィア王妃"と読めた。

カリンはしゃがんで胸の前で手を合わせた。

 

「リュカ?カリンってああやってお祈りするの?」

 

「そうだよ。カリンは"クヨウ"って言ってたね。」

 

"随分敬虔な子なのですね"

 

「ちょっとリュカ!変な声出さないでよ!」

 

「僕じゃないよ。ビアンカじゃないの?」

 

「違うわよ!」

 

「おーい、こんなところでケンカすんなよ。」

 

「「「で、誰?」」」

 

カリンは視線をリュカたちの後ろにやり、リュカとビアンカはゆっくり後ろを振り向いた。そこには、体が透けた30代後半と思しき豪華なドレスに身を包んだ美女が佇んでいた。

 

"こんばんは、小さき勇者たち。"

 

「きゃああああ!!」

 

「うわああああああ!!」

 

リュカとビアンカはものすごい勢いでカリンの影に隠れる。当のカリンも悲鳴こそは上げないが、膝はガクガクと震えていた。

 

"こ、怖がらないで?別にあなたたちのに危害を加えようと思っている訳ではないから。"

 

「あー、ひょっとしてアレですか?私の供養のやり方がまずかったですか。そうですよねごめんなさい謝りますから呪ったりせんといて〜〜!」

 

"落ち着いてください!とにかく話をしましょう。実はあなたたちに頼みたいことがあるのです。"

 

「あ、今すぐ出ていけですよね。はい、今すぐこいつらまとめて出て行くんでではお邪魔しました〜!」

 

"お願いだから私の話を聞きなさ〜〜い!!"

 

「カリン……悪い人じゃなさそうだよ。一回話を聞いてみてもいいんじゃないかな?」

 

「そうよ。何か困ってるみたいだしね。」

 

「大丈夫やって、2回目の台詞は揶揄っただけやから。」

 

「「 "……………。" 」」

 

「で、頼みって言うのは?」

 

"とにかくついてきて頂けますか?"

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

カリンたちは女幽霊に連れられて西側の塔に入り、階段を降りて、どうやら王族の寝室だったらしい場所に案内された。そこには王様の格好をした壮年の幽霊が待っていた。

 

"よくぞ来た、小さき勇者たちよ。実はお主たちに頼みたいことがあるのだ。"

 

「その前に自己紹介プリーズ?」

 

"うむ、私はレヌール国最後の国王、エリックだ。そなたらを連れて来たのは我が妃、ソフィアだ。"

 

「ああ〜。あの墓の。」

 

"いかにも。小さき勇者たちよ、そなたらに頼みたいことは2つだ。1つ目は、そなたらがここへ来た目的でもあろう、この城に巣食う魔物たちを追い払って欲しいのだ。奴らは殺されたこの城の住人たちを使役して毎晩舞踏会を開いておるのだが、城の人間は誰もそのようなことは望んでおらぬ。我々はこの城で静かに眠りにつくことを望んでおるのだ。

そしてもう1つは、この城の宝であった銀のティーセットを揃えて欲しいのだ。城が襲われた際にカップ、トレイ、ポットがそれぞれバラバラになってしまってのう。1つ1つの場所はわかるのだが幽霊となってしまった以上、触れることができんのだ。だからもう一度完成されたものになるように集めて欲しいのだ。"

 

「うん、1つ目はわかったんやけど、銀のティーセットはなんで集めなあかんの?」

 

"そんなもの、天に召される前にもう一度見ておきたいからに決まっとるだろう。"

 

「「「…………。」」」

 

"どうだ、引き受けてはくれぬか?"

 

「「引き受けます!」」

 

リュカとビアンカが高々と宣言する。

 

「ま、2人がそこまでノリノリなんやったらウチも尻馬に乗っかりますか。」

 

"うむ。恩に着るぞ。"

 

「で、ティーセットの場所は?」

 

カリンはカバンから羽ペンと紙を取り出し、小さなツボに入ったインクをペン先につけてメモの用意をしながらエリックに問いかける。

 

"うむ、まずこの寝室のあそこの棚にトレイが入っておる。ちなみにここは五階なのだが、四階の東側の塔の、魔物がここを襲った際にできた床の穴を上手いこと落ちれば三階の宝箱にポットが入っておる。それからカップなのだが、これは城の中にはなかったから、おそらく地下の避難用の物資を置いた倉庫にあると思う。城の扉に来る前に窪地があっただろう。あそこにそこへ通じる扉があるはずだ。"

 

「でもエリック王、扉は錆びついてて開かないんじゃないかしら。」

 

"私が開けておこう。こう見えても少しは魔法の心得があるのでな。それと魔物の件に関してだが、奴らの首領は四階の玉座におる。だが奴は人を寄せ付けぬように四階を闇で閉ざしておる。視界が効くようにするには松明が必要だろう。西の塔の一階の下り階段を降りた地下の壺の中に入っているから取っていくがいい。"

 

「オッケ。なら行きますか。」

 

「「うん!」」

 

"3階より下はおばけキャンドルやゴースト、スカルサーペント、ナイトスウィプスといった魔物が出る。注意して行くのだぞ。万全の体制で魔物の首領と戦えるように、キズは銀のティーセットを持ってきた時に治そう。"

 

「「はい!」」

 

「ん、おけ。」

 

カリンたちはレヌール城大探索へ出発した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

早速棚からトレイを見つけ出した一行は真っ暗な四階を抜け、言われた通りに穴から三階に落ちてポットを回収。もう一度穴に落ちて二階に到達し、階段のある反対の塔へ向かうために吹き抜けを通ると、その下、つまり一階のホールでは魔物たちがエリックの話の通り、呪いによって幽霊の体を無理やり動かして踊らせ、それを見て楽しむという趣向の舞踏会が行われていた。

 

「可哀想ね。無理やり踊らされるなんて。」

 

「本当だね。ますます魔物が許せなくなってきたよ。」

 

「虫唾が走る。はよ行こ。」

 

一階に降りてみると確かに扉は開くようになっており、言われた通りにカップの回収に成功、これで銀のティーセットは揃った。

さらに地下で魔物たちのためのかなりエグい料理をヒイヒイ言いながら作るコックを申し訳ないと思いながら素通りし、松明も手に入れた。

そしてエリックの元へ戻り、できた銀のティーセットを見せる。

 

"おお、少し汚れてしまってはいるが、正にこの城に伝わる家宝だ。感謝するぞ。お、ケガはしておらぬようだな。それでは魔力の回復だけをすることとしよう。"

 

3人は魔力を回復してもらった。すると、3人をここに連れてきて以来言葉を交わしていなかったソフィアが前に出てきた。

 

"この城の皆のために、命をかけてくれたことは感謝に絶えません。ですが、くれぐれもお気をつけて。"

 

 

エリックの魔力で魔力(MP)を回復してもらい、ソフィアに激励の言葉をかけられた一行は、ついに魔物たちの首領=親分ゴーストと対決するため、勇ましい足取りでエリックとソフィアのいる寝室を出ていった。




タイトルの内容が後半2割に押し込まれる形になりました。最初は意気揚々と長く書くつもりだったんですけど、全然長くならなかった………。
<次回予告>ついに始まる親分ゴーストとの頂上決戦。しかし、3人は分断策を取られて窮地に陥る。果たして、勝負の行方は?
次回 第12話「レヌール城の決戦」
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第12話 レヌール城の決戦

どうも、かいちゃんです。最近英単語とイディオムの勉強が進みません。手っ取り早い方法がないのがこたえます。地道に地道にやるしかないんです。辛いです。辛いです。でも避けて通れないんです………。
と、ヒロシ風の愚痴を連ねましたが、気にしないでください!では、本編スタートです!


3人は松明に火を灯し、ついに玉座の間に踏み込んだ。玉座には紫色のローブを着た魔物が鎮座していた。その魔物=親分ゴーストは3人の存在に気付き、面白そうな様子で話しかける。

 

「ここまで来るとは大したガキどもだ。褒美に美味しい料理を作ってやろうではなないか。さあ、こっちへ来なさい。」

 

「えー、その料理が目の前にないと納得できないなあ。」

 

「とか言っちゃって網で捕まえたりするんじゃないの?」

 

「うわー、こいつ6歳児と8歳児に論破されとる。え、ウチ?そんな見え透いたウソに引っかかると思う?」

 

3人は返答ついでの挑発を行う。

その時、カリンはこの部屋のある違和感に気づいた。

 

「ほう、来ないと申すか。と言うことはこのワシを倒しに来たのだな。遠慮することはない。かかって来なさい。」

 

「ビアンカ、カリン、行くよ!」

 

「うん!」

 

リュカとビアンカは親分ゴーストに向かって駆け出す。

 

「あ、コラ!多分そこ落としあ…………」

 

そう叫んだ瞬間にはリュカとビアンカが走っていったところの床が開き、一直線に下に落ちていった。

 

「「あーーーれーーーー!!」

 

カリンは慌てて穴を覗き込み、2人に向かってスクルトをかける。確かここは料理が出てくる穴の上だ。つまり地下一階まで真っ逆さまだろうが、スクルトを二回かけたので死ぬことはないだろう。

 

「ほう、落とし穴に気づくとはなかなかやるな。どれ、私が直々に料理してやろう。」

 

「えー、やだ。めんどくさいし。」

 

「それを決めるのはお前ではない!!」

 

そう叫ぶと同時に親分ゴーストはカリンに飛びかかった。弓で受け止め、弾き返す。さすがにここの魔物を統べるだけあって強さは尋常ではない。親分ゴーストの苛烈な攻撃とメラ、ギラの呪文攻撃をかわし、矢を放ちながらリュカとビアンカの帰りを待つ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

落とし穴にまんまとハマったリュカとビアンカの2人はカリンのスクルトのお陰で、15メートルほど落下したにも関わらずほとんど無傷であった。

 

「リュカ!大丈夫!?」

 

「うん、大丈夫だよー。」

 

「早く戻りましょ。カリンが落ちて来てないってことは、きっとあいつと戦ってるのよ!」

 

そんな2人に何か粉状のものが降りかかる。

 

「わ、なんだこれ?」

 

ビアンカは匂いを嗅ぐ。

 

「粉チーズ?」

 

あたりを見回してみると肉やその他の食材が自分たちの近くに盛り付けられていた。さらに奥に目をやると、魔物に脅されているコックが自分たちに粉チーズを振りかけているのがわかった。

すると、急に床が上昇し始めた。リュカは突然の出来事に驚く。

 

「な、何?どうなってるの?」

 

そこで意外にも落ち着いているビアンカが冷静に状況を分析する。

 

「ここ、多分お皿の上よ。美味しい料理ってあたしたちのことなのよ。今から一階のホールにいたおばけキャンドルたちに食べられるのよ。」

 

「それは嫌だなぁ。」

 

「そうね、暴れましょ。」

 

リュカとビアンカを載せた皿はついにホールに到着した。文字通りの姿をしたおばけキャンドルたちが歓声をあげる。

 

「久々にうまそうな飯だ!生きた人間だぞ!」

 

「俺はメスの頭を頂こう!」

 

リュカとビアンカは目を合わせると、それぞれ反対方向に駆け出して、1匹ずつおばけキャンドルを片付ける。ついでにフロアにいた魔物ーー見るからにお化けの図体をした、黄色いボディに紫色の帽子を被ったゴースト、黄色い幅を象った炎で出来た体を持つナイトウイプス、蛇の形をした骨の魔物・スカルサーペントなどーーを全て倒すと、2人は階段を駆け上がり、カリンの元へ向かう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

カリンは親分ゴーストに苦戦を強いられていた。さすがに普段は後衛であるカリンにとって1対1はきついものがある。カリンはじわじわと玉座の間の反対側にあるバルコニーに押しやられていた。

 

「そんなもので終わりか?え?」

 

「喧しいな!女の子いじめて何がおもろいか知らんけど、だいぶ年もいってそうやし、もうそろそろ隠棲でもしたらどうや?ウチが代わりにこの城治めといたるわ。」

 

「ふん、馬鹿も休み休み言え!」

 

「ガキの挑発くらいでマジになっとんとちゃうぞ!」

 

その時、階段を駆け上がって来たリュカとビアンカが戦場に到達した。助かった、とカリンは思ったが、リュカとビアンカは減速する気配を見せない。逆に加速しているくらいだ。これはもしや………

 

「「おりゃ〜〜〜!!!」」」

 

2人は高々と跳躍し、親分ゴーストに足を向ける。すなわち、飛び蹴り。しかし、その親分ゴーストの後ろにはカリンがいることをわかってんのかこいつら。

ハイ、わかってませんね。

不意を突かれた親分ゴーストはカリンに向かって倒れ込んだ。カリンは案の定押しつぶされ、ようやく這い出る。

 

「ビアンカ、決まったね!」

 

「カリンもびっくりよ!」

 

そんな2人の脳天にカリンのゲンコツが降り注ぐ。

 

「アホかお前ら!ウチが親分ゴーストの奥におるのわからんか!?あいつが刃物もっとったら味方のせいで串刺しにされるとこやってんぞ!」

 

「う……ごめんねカリン。気づかなかったわ。」

 

「ごめん。」

 

「まあええわ、お陰で助かったしな。」

 

すると、しばらくノびていた親分ゴーストが立ち上がった。

 

「き、貴様ら………。ホールの魔物たちが取り逃がしたということか………。」

 

「ついでに叩きのめして来てやったわよ!」

 

「案外大したことなかったしね。」

 

「さーて、ケリつけようやないか。」

 

月明かりに照らされた広いバルコニーでカリン、リュカ、ビアンカの3人と親分ゴーストが対峙する。

 

「ルカニ!」

 

カリンのルカニの詠唱を皮切りに、レヌール城最後の激闘が始まった。

ある程度のダメージを広範囲に及ぼすギラを駆使して迫ってくる親分ゴーストに対して、前衛ではリュカとビアンカのコンビネーション攻撃が炸裂し、後衛ではカリンがホイミやスクルトで支援し、時には矢で相手の動きを牽制する、いつも通りの戦いであるが、いつも通りだからこそ、コンビネーションに乱れが生じることなく親分ゴーストに確実にダメージを与えていく。

親分ゴーストもホイミで回復を行い、マヌーサなどで撹乱を狙うが、リュカとビアンカの攻撃はホイミによる回復量を上回り、マヌーサはカリンのマヌーハによってすぐに掻き消される。通常攻撃もスクルトでほぼ無効化され、呪文に頼らざるを得ないが、カリンの的確な射撃が呪文の詠唱に必要な親分ゴーストの集中力を奪う。3人組は親分ゴーストに主導権を渡すことなく終始有利に戦いを進め、ついに親分ゴーストは諸手を上げて降参の構えを見せた。

 

「ま、参った。降参しよう。ワシはこの城から魔物を率いて出ていく。だから命だけは助けてくれ!」

 

「どうする、リュカ、ビアンカ?ウチとしては死者に対する扱いがなってないこいつを今すぐぶっ殺したいぐらいやねんけど。」

 

それを聞いて親分ゴーストは震え上がる。それを見たリュカが笑いながら窘める。

 

「カリン、言葉が悪すぎるよ。それはそうと、一応魔物に 退治の名目も立ったし、もういいんじゃないかな?」

 

「そうね。こいつを殺したところで時間の無駄よ。さっさとここをおさらばして帰りましょうよ。」

 

「よかったな、お前。多数決の結果、お前を見逃したるわ。一生こいつらに足向けて寝られへんで。」

 

「ありがとな。あんたら、いい大人になるぜ。」

 

そう言うと親分ゴーストは魔物を連れて正面玄関からいづこかへ旅立っていった。

カリンたちが戻ろうと建物の中に入ると、玉座の間にはこの城の幽霊たちが大集合していた。皆カリンたちに歓声を上げている。

 

「わー、みんな喜んでくれてるのね。」

 

「あ、あのコックもいるよ。」

 

「こういうのも悪い気はせえへんな。」

 

玉座にはエリックとソフィアがいる。カリンたちは彼らの前に立った。

 

"うむ、よくやってくれた。これで城の者たちはゆっくりと眠りにつけるだろう。"

 

"あなたたちには感謝してもしきれませんわ。そこでお礼にこれを上げましょう。"

 

そう言ってソフィアは金色の宝玉を差し出した。

 

"今から15年ほど前に私たちの墓の前に落ちて来たのです。これが驚いたことに、よほど魔力が強いのか私たちにも触れるんですよ。"

 

「ありがたく頂戴します。」

 

カリンは受け取るとリュカに手渡した。

 

「微妙に重いから持っとけ。」

 

「えー、理由が雑いよ〜〜。」

 

それを見て一同は笑いに包まれる。それが引くと、エリックはカリンたちに向き直った。

 

"それでは、我々に未練は無くなったことだし、眠りにつくとしよう。"

 

徐々に幽霊たちの姿は薄くなり、ついに消えた。

 

「終わったわね。」

 

「終わった。」

 

「帰ろか。もう日の出や。」

 

 

登り始めた朝日がレヌール城を照らす。光り輝くその姿は、晴れやかな美しさがあった。

こうして、レヌール城の冒険は幕を閉じた。




7月にWOWOWでシンゴジラが初放送です!めっちゃ嬉しいです!DVD買えなかったので………。ゴジラシリーズも一挙放送しろよ!!全部持ってるけどゴジラ対メカゴジラに傷いっちゃってるんだよ!!頼むよ〜〜(自業自得です。)
<次回予告>無事に猫を解放することに成功したカリンたちはサンタローズの村に帰還する。モモと名付けられた猫はカリンの服の裾を引っ張って人気のない場所に連れてくる。果たして、モモの意図は?
次回 第13話「真なる再会」
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第13話 真なる再会

どうも、かいちゃんです。あっという間に6月が飛ぶように過ぎてしまいました。正直ヤベェ。そして来週からは期末試験!勉強しないとマジヤベェ。ですが安心してください、試験中投稿分は書きあがってますよ!
では、本編スタートです!


リュカ、ビアンカ、カリンの3人がアルカパに戻る頃には日は既に昇り切っていた。8時ごろといったところか。

 

「遅くなっちゃったね。父さん心配してるかな?」

 

「そうね。でもすごく楽しかったわね。」

 

「先猫救出する?それとも先寝る?」

 

「猫にしようよ。」

 

「でも先に怒られる方が先かもしれないわね。」

 

「それな。」

 

アルカパの入り口に着くと、起きている衛兵が驚いてこちらに詰め寄って来た。

 

「どこへ行ってたんだ。危ないじゃないか!それにしてもいつ村の外へ出たんだ?」

 

お前の管理不足やろボケ!と叫びそうになったカリンをリュカが抑え、ビアンカが応対する。

 

「ちょっとレヌール城までよ。あなたがウトウトしてる間に抜け出させてもらったわ。」

 

「肝試しでもしに行ったのか?」

 

「馬鹿ね〜。ちゃちゃっとお化け退治して来たのよ。」

 

「何?嘘を吐くな!そんな証拠がどこにある?」

 

「それがあるのだよ。」

 

答えたのはビアンカではなかった。宿屋から出て来てこちらに歩いて来たパパスである。

 

「昨日まで北の空を覆っていた禍々しい魔力が消え失せた。レヌール城は怨霊から解放されたのであろう。この子たちには私から注意しておこう。だいぶ疲れているようだし、ここは通してやってくれぬか?」

 

「……わかりました。」

 

3人はホッと一息ついて宿屋に向かった。

 

 

「おお、ビアンカ、カリン、リュカ。帰って来たか。心配したよ。まあ、人助けをして来たわけだし、お咎めは無しとしよう。とにかく朝ごはんをお食べ。」

 

「まったく、一昨日の晩も抜け出しだろ?バレてないと思ったら大間違いだよ!ま、いいんだけどね。子供はこれくらいヤンチャなのが丁度いいよ。」

 

「村の外へ勝手に出たのは感心せんが、まあよしとしよう。さっさとご飯を食べてしまって早く寝なさい。もう一泊してから帰ることにしておいたからな。」

 

「「「はーい。」」」

 

3人は朝ごはんを文字通りかきこむと、すぐさま猫を助けるために用水路の前に向かった。すると、カリンたちがレヌール城のお化けを退治したことは既に町中に広まっており、悪ガキ2人は猫を連れて待っていた。

 

「お、来たな。待ってたぜ。約束通りこの猫はお前たちに譲ってやろう。」

 

「でも本当に退治してくるなんてお前ら勇気あるよな。」

 

「どういたしまして。」

 

「あんたたちこの子に手出ししてないでしょうね?」

 

「まあ見た感じじゃあ特に何もされてないみたいだけど。」

 

「約束通り何もしてねーよ。じゃあな。」

 

男の子2人は去って行った。

 

"わー、美咲ガチで退治してきたんだ。"

 

「ねえねえ、この子の名前を決めましょ!」

 

「そうだね。ビアンカは何か候補ある?」

 

「ボロンゴ、プックル、チロル、ゲレゲレ………」

 

猫はあまり嬉しくなさそうな顔をする、

 

「なーんかイマイチナンセンスやな〜。この子も気に入ってへんみたいやし。そもそもこいつオスメスどっちなん?」

 

リュカが抱きかかえて腹を見せる。どうやらメスのようだ。

 

「そうねー。男の子の前提で考えちゃってたわ。そういうカリンは何か候補があるの?」

 

"いや、仮に私がオスでもちょっとセンスない名前が並んでた気がするけど………"

 

「……………モモ。」

 

"えっ…………。"

 

「いいと思うけど、どうして?」

 

「言われへんな〜。でも大切な名前。」

 

"美咲………!"

 

「ふにゃ!ふにゃ!」

 

猫は尻尾をブンブン振り回してモモがいいとビアンカにアピールしている。

 

「わっ、この子この名前気に入ったみたい。」

 

「なんちゅう食いつきや。リュカもモモでいい?」

 

「いいよ。」

 

「ところでさあ……」

 

ビアンカが申し訳なさそうに切り出す。

 

「私の家ってお客さんが来るからモモを引き取れないの。だからリュカとカリンでお世話してくれない?」

 

「リュカヨロシコ。」

 

「カリンも少しは手伝ってくれるよね。」

 

「それは当たり前。」

 

「じゃあ2人ともお願いするわね。」

 

「「オッケー」」

 

"やった!美咲と一緒に暮らせる!"

 

「とりあえず決まった事やし、パパスさんにモモの事一応許可とったらさっさと寝よーぜ。とにかく疲れた。」

 

「そうね。早く宿屋に戻りましょ。」

 

「モモ、おいで!」

 

リュカがモモを呼ぶ。

 

"本当は美咲に呼んでほしいねんけどな〜。ま、いっか。"

 

「ふにゃあ!」

 

モモは明るく返事をし、3人の後を追って宿屋へ向かった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌日になり、ついにビアンカとの別れの時が来た。昨日は結局3人とも寝ることはなくモモとずっと遊び、一日中はしゃぎ回った。ちなみに、教会で魔力を見てもらった結果、カリンは親分ゴースト戦で使用したルカニに加え、味方全員の素早さを上げるピオリムを習得。リュカも竜巻を発生させて空気の刃で敵にダメージを与えるバギとスカラを習得していた。モモの件についてはパパスはあっさりと許可したため、モモもこの町を離れることとなる。宿屋を離れる際には家族総出で見送ってくれた。

 

「パパスさん。旅の話、面白かったです。またお話ししましょう。カリンもリュカも元気で。」

 

ダンカンは1人ずつと再会を約して握手をした。

 

「カリン、あんたは本当にユリーナにそっくりだわ。きっとユリーナも誇りに思ってると思う。でもだからこそ無茶をしすぎないように。分かったね!」

 

「はい。」

 

「リュカ、カリン。本当に楽しかったわ。絶対また冒険しましょうね。そうだ、モモにこれあげる。」

 

ビアンカはモモの首に自分のリボンを巻きつけた。

 

「じゃあね。」

 

3人は町を出てサンタローズに向かう。そしてその日の夕方、予定より1日遅れてサンタローズへの帰還を果たした。

 

家に帰るとリュカはベッドに倒れこんで爆睡し、パパスは村の人々に今回のリュカとカリンの武勇伝を語らっており、さらにサンチョは夕食の準備をしている。つまり、カリンとモモだけが暇を持て余していた。

 

"今がチャンス!"

 

そう判断したモモはカリンの服の裾を引っ張った。

 

「えっ、何?」

 

なおもモモはカリンの服の裾を引っ張り続ける。

 

「分かった。遊びたいの?」

 

その言葉も無視し、モモはひたすらカリンを家の外に出そうとする。

 

「え、え、外に出たいのは分かったから引っ張らんといて。」

 

するとモモはすぐに裾を離した。

 

(えっ、ひょっとして人間の言葉通じてる……?)

 

そしてモモはカリンを人気のない、さらに地面が土である所へ先導した。そこでモモは地面に自分の足で線を描き始める。

 

(……………?)

 

モモは思うようにまっすぐにならない線にイライラし、幾度か訂正を繰り返しながらひたすら線を引き続ける。

モモが線を引き続けること5分。ようやく形になった。それを見てカリンは唖然とする。

 

「……………嘘やん」

 

そこには"わたしはももか"と平仮名で書かれていた。

 

「ほんまのほんまに桃華なん?バレー部の武田桃華なん?」

 

「ふにゃあ!」

 

大きく返事をすると再び地面に平仮名を描き始める。

 

"みさき、ひさしぶり。"

 

その瞬間、カリンの目から涙がどっと溢れ出した。

 

「なんであんたがこんなとこおんのよ〜〜。」

 

そう叫んでモモに抱きついた。 モモも涙を流している。

モモは地面に、今度は爪を出して漢字混じりで説明を始めた。

 

"会社でイジメにあって、ずっと耐えてたんだけど、それで体悪くして脳梗塞でぽっくり死んじゃった。そしたらエンマに会ってさ、美咲と一緒のところで人生やり直さないかって言われて、今ここにいる。"

 

「チッ、相談してよっつってもウチが死んだ後やもんな。ごめんな、あんたが辛い思いしてる間にこっちでのうのうと暮らしとって。」

 

モモは首を左右に振る。徐々に書くことにも慣れてきたのか、かなり速いペースで地面に文字を刻んでいく。

 

"いいの、また美咲に会えたから。これでも私、あんたの葬式の時に号泣してんで。あー、なんて友達思いなんやろ、私。"

 

「変わってなさそうで何よりやわ。」

 

"どうも。それより今も弓矢使ってんねんな。"

 

「まーね。これ以外取り柄ないし。とりあえず、当面このことは秘密で行こか。とにかく手足器用に動かせるように鍛えといて。スムーズにコミュニケーション取れるように考えとくわ。」

 

"ありがとう"

 

「カリンちゃ〜〜ん!夕食の時間ですよ〜〜!早く戻ってきて下さ〜い!」

 

サンチョの声が家の方から聞こえてくる。

1人と1匹は顔を見合わせ、かつてのように笑いあった。

 




今年の梅雨は雨降らないですね〜。お陰で体育のソフトボールが潰れなくて嬉しいですけど。でも蒸し暑いのだけはマジ勘弁。太陽が照りつける真夏の方がマシや……
<次回予告>3月も半ばを過ぎたのに春の気配を見せないサンタローズ。そこに見知らぬ旅人が現れた。しかし驚くべきことにその旅人はある人物にそっくりだった。果たして旅人の正体と目的は?
次回 第14話「怪しい旅人」
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第14話 怪しい旅人

大河ドラマのオープニングテーマってかっこいいやつ多いですよね。ちなみに僕は「花燃ゆ」「龍馬伝」「風林火山」「天地人」「新撰組!」のやつが好きです。
では、本編スタートです!


翌朝、リュカはカリンとモモと共に村の中を散策していた。パパスは朝から調べ物をしていて手が離せないようなので、邪魔にならないように家の外で遊ぶことにしたのである。しかし………

 

「なあ、リュカ。」

 

「何?」

 

「さぶない?」

 

「うん、寒いね。」

 

もう三月も後半に入った(正確には3月19日)にも関わらず、全く気温が上がる気配を見せない。連日冬が春になることを執拗に拒否するようなかなり寒い日が続いていた。

 

「何が何でも寒すぎるわ。ええなあ〜、モモは毛皮着てて。」

 

「ふにゃあ〜。」

 

「今絶対ざまーみろって思ったやろ?言葉通じひんくても今のはなんとなくわかったぞ。」

 

「ふにゃ〜、ゴロゴロ………」

 

「てか癖とか何も変わってへんからすぐわかんねんぞ。」

 

「カリン、何言ってるの?」

 

「いや、こっちの話。」

 

村ではどうやら不可解なことが起きているようだった。不可解なことと言っても、そんな大した出来事ではない。鍋の中の夕食のシチューがなくなった。サンチョのまな板がなくなった、宿屋の宿帳に落書きがしてあった。その程度のものだ。そしてもう1つ、不可解なことが………

 

「あの旅人、一体いつここに入ったのだ?」

 

スコットが訝しがっている。

 

「スコットさん、どうかしたの?」

 

「いや〜、あの教会の横に立っているあの紫ターバンの旅人なんだが、あいつを村に入れた覚えはないんだよ。」

 

「あ〜、スコットさんもうボケ始めたんか〜」

 

カリンの脳天にゲンコツが振り下ろされる。

 

「カリン、余計なこと言うからだよ〜」

 

「ボケることがウチのライフワークや。」

 

「「はいはい。」」

 

すると、旅人は教会の周りを掃除していたシスタールカと談笑し始めた。すると、スコットは少しムッとしたような表情になる。

 

「お、まさか妬いてる?」

 

「そ、そんな訳がない。そ、そうだリュカ、カリン。あの旅人にどこから入ったか聞いてきておくれよ。私が行くよりすんなり話を引き出せるだろうから。」

 

「ふーん?本当にそんな訳ないん?ま、ええけどな。」

 

そして教会の方に向かうと、シスタールカが頬を赤らめてキャッキャ言っているのが目に入った。気になるので話を聞いてみる。

 

「あの旅人さんがね、私の手を握って熱い視線で見つめてくださったのですよ!もう感激しちゃって、ズキューンって来ちゃったのよ!」

 

「「はいはい」」

 

恋する乙女は放っておいて教会の横に向かうと、そこには紫のターバンを頭に巻いたガッチリした逞しい肉体を持つ20歳くらいの若者が立っていた。

 

(リュカ………?)

 

その姿は、リュカをそのまま大人にしたようであった。リュカ本人はそれに気づかないのか、旅人に気さくに声をかける。

 

「旅人さん!この村は初めて?」

 

「いや、随分前に一度ね。ところで君がリュカくんかい?」

 

「そうだよ、どうして知ってるの?」

 

「シスターが教えてくれたんだ。この村には元気いっぱいの男の子と女の子がいるって。」

 

「へー。あっ、そうだ。村の入り口にいるスコットが旅人さんが村に入るのを見てないって言ってたよ。どこから入ったの?」

 

「それが僕もよくわからないんだ。気がついたらここにいた。」

 

「ふーん。」

 

すると旅人は何かに気づいたようだ。

 

「お、リュカくん、綺麗な宝玉を持っているね。」

 

「そうだよ。見る?」

 

「お、見せてくれるのか。これはありがたい。」

 

旅人は宝玉を手に取り、太陽にかざしたり、くるくる回したりしている。しばらくすると、リュカに宝玉を返した。

 

「ありがとう。綺麗な宝玉だったよ。おっと、カリンちゃんとはお話ししてなかったな。」

 

「な、何や?」

 

あまりにも旅人がリュカに似ていたため、思考をフリーズしていたカリンは慌てて返事をする。すると旅人はカリンの頭に手を置き、

 

「リュカくんのこと、頼むね。」

 

とだけ言った。そして、リュカに向き直る。

 

「人生色々辛いことはあると思うけど、君は1人じゃない。友達を大切にしてね。」

 

「うん!」

 

「ほら、君たちはスコットさんに伝言を頼まれたんだろう。早く行ってきな。」

 

リュカたちはスコットの元へ向かう。

 

「気づいたらここにいたんだって。」

 

「ふーむ。ま、いいか。ところでその旅人さんは?」

 

旅人を探して村を見回すが、もうその旅人の姿はなかった。

 

「いなくなっちゃったね。じゃあね、スコットさん!」

 

「おう」

 

リュカはついでの用事を思い出し、一路酒場へ向かった。ついでの用事とは、グランバニアの地酒を買ってくることだった。

 

(きっとこの3人はグランバニア出身なんやろう。それにしてもあの旅人………絶対リュカやんな。どういうことなんやろ………?)

 

そうこうしているうちに目的の酒場まで着いた。マスターに料金を払い、地酒を受け取る。

 

「毎度ありがとよ。そうだ、ちょっとここで休憩して行くといい。ジュースを出してあげよう。私は今から倉庫を整理してくるから、飲み終わったコップはテーブルの上に置いて行きな。」

 

そう言ってマスターはリュカとカリンにぶどうジュースを渡し、地下へ降りていった。

 

「なーリュカ。あの旅人あんたにそっくりちゃうかった?」

 

しかし、リュカは驚いたような顔で何もないカウンターを見つめている。

 

「ちょ、あんた聞いてんの?」

 

「カリンには見えないの?カウンターの上に座ってるお行儀の悪い女の子。」

 

「は?」

 

"えっ、あなたには私がみえるの?"

 

「えっ、今誰が喋った?」

 

"そちらの方には声だけ聞こえるみたいね。"

 

「うん、僕には見えるよ〜」

 

そう言いながらカリンにドヤ顔を見せる。カリンはそれをスルーし、会話を進める。

 

「なるほど、大人はだーれも気づいてくれへんからイタズラしまくってたんやな。」

 

「えっ、何でそんなことわかるの?」

 

「ウチが中途半端にしかその子を認識できひんから。」

 

「??」

 

「わからなくてええよ。また大人になったら教えてあげる。」

 

「ふーん。」

 

"話の流れはよくわからないけど、とにかく女の子の言う通りよ。"

 

「あー、自己紹介忘れてんな。ウチはカリン、こいつがリュカ、この猫っぽいやつがモモ。あんたは?」

 

"妖精のベラよ。あなたたちに来て欲しいところがあるの。武器だけ持って地下室のある家に来てくれない?"

 

「うちのことやけど……。ま、わかった。」

 

"詳しい事情はまた後で説明するわ。じゃ、後ほど。"

 

「あー、行っちゃった。」

 

「武器持ってこいなんてえらい物騒な話やな。リュカ、はよ行こか。」

 

「うん!」

 

2人と1匹は家に向かってダッシュで帰って行った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

カリンとリュカは武装を整えて家の地下室にやって来た。もちろんモモもついて来ている。普段はカリンが弓の練習に使っており、壁の至る所に傷がついている。その部屋の中央にベラがいる(らしい)。

 

「んで、どうしろと?」

 

"今からあなたたちには妖精の世界へ行ってもらうわ。"

 

「「え!?」」

 

「ちょまって!聞いてないって。」

 

「そりゃそうだよ。今初めて言われたんだもん。」

 

「…………。」

 

すると、地下室に光の階段が現れた。

 

"さっ、登って!"

 

「いや、こんな得体の知れへんもんに自分の体重かけて登れるか!!」

 

しかし、リュカは腹を括ったのか、決然とした様子で階段を登って行く。カリンとモモもそれに続いて階段を上がった。そして、視界は白い光に包まれた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

目を開けると、そこは銀世界であった。大阪は年に数回しか雪が降らず、積もることなど滅多にないし、サンタローズ周辺は雪の少ない気候なので、初めて見る銀世界のその美しさにしばし目を奪われた。しかし………

 

「寒っ!え、何これめっちゃさぶいやん!」

 

決して薄着をして来たわけではないが、ここは桁外れに寒かった。リュカもモモも歯をガタガタ鳴らして凍えている。そして、そこでカリンは初めてベラを見た。紫色のショートヘアーに吊り目ではあるが可愛らしい顔立ち。人間と見間違えそうだが、何よりも尖った耳がやはり人間ではないことを如実に示している。

 

「あら、人間にはここは寒いかな。さ、さっさと屋内に入ってポワンさまとお会いになるといいわ。」

 

カリンとリュカとモモは一刻も早く暖かい屋内に入るために、ベラが指差した巨大な木の切り株をくり抜いて作られた妖精の世界の宮殿に向かって猛ダッシュする。

 

「ちょ、私を置いていかないで〜!」

 

ベラがそう叫びながら慌てて後を追う。

妖精の世界での冒険が、今始まった。




ゲーム「星のドラゴンクエスト」で強い剣と弓と杖が当たりません。今回の武器フェス、頑張っていくぞ!
<次回予告>突如妖精の世界へ連れてこられたリュカたち。彼らは妖精の村の主であるポワンからある事を依頼される。それは世界に春をもたらす魔法の笛の奪還であった。
次回 第15話「フルート奪還隊西へ」
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第15話 フルート奪還隊西へ

どうも、かいちゃんです。ヒアリが最近話題になっていますね。今回東京にも出たとか。どうせ駆除なんてできないんだから噛まれないように気をつけながら上手く付き合っていくしかないと思いますけどね。
では、本編スタートです!


「「あったけ〜〜」」

 

建物内に入るなり、2人と1匹はその暖かさを噛み締めた。慌ててベラが追いついてくる。

 

「はあはあ。あんたたち急に走り出さないでよ……。とにかくポワンさまに会って。三階にいらっしゃるから。」

 

一行はベラに促されるまま天井のない三階に出た。吹きさらしであるにも関わらず、屋内のように暖かいそのフロアの中央には、美しい女性が鎮座していた。その女性がリュカたちに声をかける。

 

「ようこそおいでくださいました、小さき勇者たちよ。私がこの妖精の村の主、ポワンです。それにしてもベラ、事情くらい説明してから寄越してはどうですか。ま、いいですけど。」

 

「………。」

 

「とにかくあなた方には説明が必要ですね。実は妖精は季節を司る役目を担っているのです。人間界にある妖精の城の女王が夏と冬の訪れを世界に告げ、私たちが春と秋の訪れを世界に告げる役割を背負っているのですが、春の到来を快く思わない雪の女王がザイルというドワーフを唆してここから春風のフルートを盗み去ってしまったのです。これでは世界に春を告げることができません。

そこで、あなた方には春風のフルートを取り返していただきたいのです。」

 

「えー、自分で行ったらええやん。めんどいしさぶいからはよ帰りたいねんけど。」

 

やはりカリンが雰囲気をぶち壊し始める。

 

「私たちもそれが出来ればいいのですが、もともと私たち妖精は戦う種族ではなく、ろくに魔物と戦うこともできないのです。そこで、ベラに人間の戦士を連れてくるように命じたのですが、すっかり忘れてましたわ。妖精は心が清らかな子供にしか見えないことを………。」

 

((はいはい、どーせウチらは心の汚れた大人だから見れなかったんですよ〜〜))

 

カリンとモモは心の中で同時に突っ込んだ。

 

「その代わり、ベラを連れてお行きなさい。この子の呪文は役に立つでしょうから。」

 

「はい!それでポワンさま、雪の女王は今どこにいるんですか?」

 

リュカが健気に受け答えしている。

 

「彼女はこの世界の北西にある氷の宮殿に住んでいます。しかし、その鍵は閉ざされており、中に進むことができません。ですから昔に"カギの技法"という、簡単なカギなら何でも開けてしまう技法を生み出したドワーフに会いに行くといいでしょう。この村を出てまっすぐ西に進んだところにある洞窟に住んでいるはずです。」

 

「分かりました!」

 

「ガッテン承知の助。」

 

「それからリュカにはこの鉄の杖を差し上げましょう。どうか気をつけて行ってきてください。」

 

「「はい!」」 「はーい」

 

リュカ、カリン、モモにベラを加えた4人での妖精界での冒険が始まった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

やはりというべきか、カリンが最初にやって来たのはよろず屋の前である。店頭に出ている品目と金額を見て素早く勘定する。

 

「リュカ、あんたにこの前のレヌール城の時の稼いだ金渡したやんな。いくら?」

 

「親分ゴーストからかなりせしめたけど所持金は全部で1300ゴールドくらいだね。」

 

「品目見たら2000は欲しいな。」

 

「洞窟を探検し終わったらまた来れば良いんじゃない?」

 

「せやな。」

 

「ブーメラン売ったらお金にならないかな?」

 

「ブーメランは何かと便利やから残しとく。あれ近接戦闘にも使えるし、とっさの防御にも使えるからな。」

 

「ま、カリンに任せとけば問題ないや。」

 

「任せとけ。とりあえずあんた木の帽子出し。」

 

「はいよ。」

 

「じゃ、行って来ます。」

 

やり取りを見ていたベラがリュカに声をかける。

 

「大丈夫なの?任せて。」

 

「大丈夫だよ。カリンならおまけつけて値引きしまくって買ってくるから。」

 

「本当に?」

 

「まあ見ときなって。」

 

5分もするとカリンは店の中から出て来た。手には毛皮のフード3つ、石の牙、皮の腰巻を持っている。それを見てベラが驚く。

 

「あなた、どう考えても手に持ってるもの1300ゴールド超えてるでしょ!」

 

「正確には1324ゴールド。ま、足りへんのには変わらんけど、そこをここまで持って行くのがウチやで。舐めんといてほしいわ〜。」

 

「………。」

 

"うわー、えげつなー。"

 

そして、毛皮のフードはリュカ、カリン、モモがそれぞれ装備し、さらにモモは石の牙と皮の腰巻を装備する。

「じゃ、みんな早く行こうよ!」

 

「ほんまにウチ冬嫌いやからさっさと終わらそ〜。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

一行は雪が降りしきる平原を、巨大青リンゴに一つ目と凶暴な口をつけたガップリン、青玉ねぎの下に黄色い触手が数本生え空中浮遊しているホイミスライム、やたら細い四肢とつり目と長く伸び、口から出ている舌を持つ猿・つちわらし、丸っこい黄緑いろのサボテンに紫の目と何故かピンクのリボンをつけているサボテンボール、緑色のローブを身に纏い、ギラとヒャドを得意とする怪人・まほうつかい、マッドプラント(表現出来ないので、画像検索してください。)などの魔物を蹴散らしながら西に進んで行く。初めは魔物との戦いに不慣れだったモモであったが、カリンの指示に従って行くうちに戦い方をだいぶ覚えたようで、洞窟に着く頃には文句なしの戦力になっていた。

 

 

土の地面の上に文字が形成されていく。

 

「モモ、だいぶ様になってきたな。」

 

"カリンのおかげやって。ありがとうな。それにしてもカリンの射撃凄いわ。さすが元弓道部インターハイ選手。"

 

リュカ一行は件の洞窟に入ったところで一休みしていた。リュカとベラは雑談をしており、その反対側で絵を描いているふりをしながらでのカリンとモモの筆談である。

 

「お世辞ありがとう。ま、あんたはセンスあるわ。短い時間で相手を見るのが上手いし、攻撃にしても何にしても相手の嫌がることするのは一級品やな。元バレー部っていうのもあるんかも知らんけど。」

 

"お世辞ありがとう。"

 

「カリン、モモ、そろそろ行こ!」

 

「うし。」 「ふにゃあ!」

 

洞窟の中はより強い魔物で溢れていた。メラを操る赤い子供のドラゴン・メラリザード、赤いグリーンワーム・ラーバキング、オレンジ色のとげぼうず・スピニー、ナイトスウィプスなどの魔物たちは洞窟の外と違って手強く、苦戦を強いられた。

それでも洞窟を奥へと進むと、明らかに生活感があるんかも空間に出た。中を覗いてみると、背丈の低いヒゲを生やした中年のドワーフが座って本を読んでいた。

 

「邪魔すんで〜」

 

「む、お客さんか。おや、どうしたんだい?子供ばかりのようだが……。」

 

「えっと、話が長くなるんですが………」

 

ベラが説明しようとすると、カリンが横槍を入れる。

 

「春風のフルートが雪の女王に唆されたザイルというドワーフに盗まれた。奴らは氷の館に立てこもっとる。で、そこの鍵を開けたいから開け方を知っとるっちゅうあんたに会いにきたんやけど、全然話長ならへんで、ベラ。」

 

「ちょっとカリン!年上の面目丸つぶれじゃないのよ!」

 

「何!?ザイルだと!?」

 

「どうしたんすか、ドワーフのおっちゃん?」

 

するとドワーフが急に土下座をして頭を地面に擦り付け始めた。

 

「非常に申し訳ない!!」

 

「ど、どったの?」

 

「………ザイルはワシの孫だ。」

 

「「ええっ!?」」

 

リュカとベラは驚いた表情をする。一方でカリンは膝をついて落ち着いて問いかける。

 

「どうやらもうちょい詳しい話を聞かなあかんな。どうやらこの爺さんもこの一件に噛んどるみたいやし。」

 

「全てはワシのせいなのだ。ワシがカギの技法などを生み出してしまうから、回り回って多くの人に迷惑をかけることになったのだ。」

 

「まず、カギの技法って何なんすか?」

 

「細い針金をうまく用いてカギを開ける技法だ。」

 

((ただのピッキングかい!))

 

カリンとモモの心のツッコミがシンクロする。

 

「若かりし頃のワシはこれを生み出したことが嬉しくてのう、つい自慢してしまったのだ。それを先代の女王に知られてしまってな。そんな技法はけしからん。この洞窟へ追放すると。」

 

「こんなん知れ渡ったら犯罪が横行するからな。厳しすぎるとはいえ、正しい判断であるのは間違いないですね。」

 

「しかしあの頃のワシは若かった。そんな考えには思いも至らず、ザイルがいる時にそのことをふと愚痴ってしまったのだ。奴はきっとそれを聞いて、ポワン様に一方的な怨みを抱いたのだろう。」

 

「ま、動機はわかった事やし、ささっとカギの技法教えてくれますか?ザイルはあんたのところに襟首引っ掴んで連れてきますから。」

 

「済まないな。世話をかける。あなた達ならこの技法を悪用することもないだろう。この洞窟の最深部の宝箱に入っている。取ってくるといい。」

 

「オッケー!」

 

「あんたらからしたらここの魔物は手強いだろう。十分気をつけてな。」

 

「「「はい!」」」

 

 

一行は、カギの技法を納めた宝箱を目指して洞窟を奥深くへ進んでいく。

 




女子バレー日本代表がワールドグランプリ初戦のタイ戦にフルセットで勝利しました!東京五輪に向けていいスタートが切れてよかったと思います。まだ見てないから詳しくは分からないんですが大差をつけられた第2セットに不安が残りますね。そこも含めて改善して秋のグラチャンでの活躍を期待しています!
<次回予告>カギの技法を手に入れた一行はついにザイルの待ち受ける氷の宮殿へ向かう。慣れない氷の床に苦戦する一行は、果たして無事にザイルとの決戦に臨めるのか?
次回 第16話「スケートはお好き?」
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第16話 スケートはお好き?

どうも、かいちゃんです。バレー男子日本代表とオリックスの勝利に沸いていたら前書きと後書き書くの忘れてました。しかしオリックス、強い!吉田正と伊藤(今日のヒーロー)に乾杯!
では、本編スタートです!


カリンがカギの技法(ピッキング)を習得して(リュカとベラに穢れて欲しくなかったカリンの思いやりから2人は技法を習得していない。)再び洞窟から出てきたのはそれから6時間後のことであった。全員身体中傷跡だらけである。

 

「あー、死ぬかと思った!」

 

「ベラがいなかったら三回は死んでたよね。」

 

「ほんまそれ、ホイミバリ助かった。」

 

「いや、私なんて大したことしてないよ。それより……」

 

「せやな。今日のMVPはモモやな。」

 

長い時間の洞窟での戦いは体力を大きく消耗する。その中で皆が疲れている時に真っ先に敵に攻撃し、他の3人の負担を大きく減らしたのである。そのモモは身体中を他の誰よりも傷跡だらけにし、よほど疲れたのか、この洞窟の入り口での休憩の際に爆睡してしまい、今はリュカの胸に抱かれている。

 

「さ、帰ろか。一旦宿屋で休みたい。」

 

「そうだね。お金も随分貯まったし。」

 

「私も魔力がスッカラカンだわ。身動きが取れなくなる前に帰るのが正解ね。」

 

3人は東へ向かって歩き出した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

村に着くとカリンはリュカから財布と皮の鎧と鱗の盾を強奪してよろず屋に駆け込んだ。そして鱗の鎧と青銅の盾を持って戻ってくる。

 

「ちっ、なんやあの店主。ウチが入った瞬間やな顔しやがって。そんなにこの前の値切りが不満やったんか?」

 

「不満だったから嫌な顔したんでしょ………。」

 

「前回どんな値切り方したのよ…………。」

 

「…………」

 

「思い当たる節はあるのね。」

 

「ま、取り敢えずポワンに現状報告でもしとく?ザイルの動機も分かったことやし。」

 

「そうだね。ポワン様のいるところの二階の教会で魔力も見てもらっておきたいしね。」

 

一行は教会で魔力を見てもらう。カリンは回復の上級魔法であるベホイミとマヒを治すキアリク、リュカは味方1人の守備力を大きく上げるスカラとカリンと同じくベホイミを習得した。そして最上階でポワンにこれまでの経緯をざっと説明する。

 

「ご苦労でした。これで解決へ向けて一歩前進しましたね。今日はゆっくり休むと良いでしょう。あなた方が宿屋で休んで目覚めたらあなたの現実世界のベッドで目を覚ますはずです。そうしたら、また地下の光の階段からおいでなさい。」

 

「はい!」「はーい」「ふにゃあ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ポワンの言う通り、宿屋のベッドに入って目を覚ますと自分のベッドにいた。荷物もベッドの下に置かれている。時間も地下の階段から妖精の世界に行った時から1時間と経っていない。

 

「妖精の世界って時間の経過が遅いん?」

 

カリンの目からは見えないベラに向かって問いかける。

 

「いいえ。今回が特別なのよ。本当はどちらの世界も同じように時が流れてるんだけど、あなた達を無理に招いているからね。ポワン様が魔力を使って時間の経過を調整しているのよ。」

 

「へ〜。ポワン何気に凄いやん。」

 

「何気にとは何よ!あんなにおっとりした方でも一応は妖精の世界を統べてるのよ!」

 

「………何気にめっちゃ失礼やな、あんた。」

 

「…………。」

 

すると、2人の会話の声で目覚めたリュカが話に入ってくる。

 

「それにしても驚いたよね。モモが魔物だったなんて。」

 

「ま、私もひょっとしてとは思ってたんだけどね。」

 

宿屋に入ると宿屋の主人がモモを見て目を丸くしてモモがキラーパンサーの子供であるベビーパンサーであると教えてくれたのである。子供とはいえ魔物と仲良くするなんて不思議な子供だなあと宿屋の主人は言っていた。

 

(ま、それはモモが桃華の生まれ変わりやからやけど、そういえばリュカの母親も魔物と友達になれるとか言うてたな。)

 

2年前のパパスとの会話を思い出してそんなことを考えていると、リュカが再び旅支度を始めた。

 

「カリン、早く行こうよ。」

 

「ん、分かった。」

 

カリンもモモも旅支度を整えて家の地下室に向かい、再び光の階段から妖精の世界へ向かった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

妖精の世界に到着するや否や村を飛び出して一路北西に向かう。カッコよく戦おうとして自滅する水色の子供の妖精のコロヒーロー、コロファイター、コロプリースト、コロマージの4匹組のダサさにカリンとモモが(○本新喜劇か!)と心の中でツッコミながら爆笑するなどの小話を挟みながら進むこと2時間、一行は大きな岩山をくり抜いた洞穴の中に鎮座している氷の館の前に立った。

一応ドアを開けようとしてみるが、ポワンの話どおり、鍵がかかっており開かなかった。そこでまずは建物をぐるっと回ってみる。

 

「何の変哲もなさそうな建物やな。でも魔物はうじゃうじゃおるで。声聞こえるし。」

 

「それでも行くしかないよ。ここに春風のフルートがあるんでしょ?」

 

「誰も行かんとは言うてへんから。みんな、心の準備はええか?」

 

カリンがドワーフの洞窟でカギの技法書と共に収められていたピッキング用の二本の針金を取り出してそう確認を取る。

 

「「うん!」」「ふにゃあ!」

 

「ええ返事や。じゃ、いきまーす。」

 

カリンは鍵穴に二本の針金を入れ、技法書の手順通りに鍵穴に型どおりの鍵が入っていると錯覚させる。そして、二本の針金を鍵穴から抜けないように回すとカチリという小気味の良い音が鳴った。それを聞きつけたリュカが取っ手を握って手前に引っ張ると、ドアが開いた。……カリンを巻き添えにして。

 

「あたっ!」

 

リュカが開いたドアがカリンの頭に激突する。

 

「あ、ゴメン!」

 

「ゴメンで済んだら警察いらんのじゃワレ!」

 

「けーさつって何?」

 

「…………何でもない。忘れて。」

 

「さ、早く進みましょ。」

 

「そうだね!ちょっと先を見てくる!」

 

リュカは建物内に駆け出していく。頭を打ったためしゃがみ込んでいたカリンがその視線の低さから床の異変に気付いた。

 

「リュカ!止まれ!床滑るぞ!」

 

「あ〜〜れ〜〜」ドシン!

 

「………言わんこっちゃない。」

 

「どこかから下に落ちたみたいね。」

 

「さてと……」

 

カリンはカバンの中からレヌール城で用い、その後サンチョに新しい樹脂を染み込ませた布を巻いてもらった松明を取り出し、カリンのメラで火をつける。そして滑らないように注意しながらカリンとベラはゆっくり氷の床の上を歩き始めるが、思うように行かず、何度も転びそうになる。それを見ていたモモが前世の知識を思い出し、カリンを呼び止める。

 

「ふにゃあ!ふにゃあ!」

 

「何?モモ。」

 

モモはベラに見えないように氷に爪を立てて文字を書く。

 

"ペンギン歩きをすると滑らんらしい"

 

「へー。試してみよ。」

 

体重を前にかけて歩幅を狭くしてチョコチョコ歩く。すると意外にも滑りにくかった。モモは爪を立てて普通そうに歩けており、心配はなさそうだ。

 

「ベラ!これでいけるで。」

 

しばらく進むと床に穴が空いている箇所を発見した。松明を穴に突っ込んで中を覗いてみると、尻を強打したのか、尻をさすりながらしゃがみ込んでいるリュカを発見した。辺りを見回して他に降りれそうなところがないか探してみると、かなり左奥に下り階段があった。右手前には登り階段がある。

 

「リュカを長いことほったらかすのも可哀想ね。」

 

「せやな。こっから落ちて奥の階段に登ってきて、また手前に進んでそこの階段から登ろか。」

 

「リュカ〜〜!飛び降りるから受け止めてね!」

 

まず妖精は寒さに強いため、軽武装なベラが飛び降り、その2人に抱きとめてもらう形でカリン、さらにモモが飛び降りる。そしてリュカにペンギン歩きをレクチャーし、フロアの隅の宝箱を回収する。

紫色の一角うさぎ・アルミラージ、紫色のスカルサーペント・カパーラナーガ、ホイミを放つ黄色いドラキー・ドラキーマなどの魔物を倒しながら側から見たらシュール極まりないペンギン歩きを続け、ついに屋上となっている二階にやって来た。見回してみると、フロアの中央に一段高くなっており、三方を氷の壁に囲まれた場所があり、その前にピンクのフードを被った小柄な人影が見える。

 

「なるほど、あれがザイルやな。」

 

「そうみたいね。」

 

回り込んでザイルの正面から見てみると、氷の壁の内側には宝箱が2つ置いてあった。当然、ザイルの正面に回り込んでいるので、ザイルはこちらの存在に気づいて声をかけてくる。

 

「誰だ!お前たちは!」

 

フルートを取り戻す氷の館での決戦が始まろうとしていた。




ついに今週末には女子代表の試合がテレビで見れます!楽しみです!オールスターもあるしね!
<次回予告>ついに始まったフルートを取り返すための最終決戦。しかし、ザイルの裏には黒幕が存在した。これまでの敵とは比べ物にならない強さを誇る敵に勝つことはできるのか?
次回 第17話「禁じられた挑発文句」
賢者の歴史が、また1ページ。


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第17話 禁じられた挑発文句

どうも、かいちゃんです。昨日はプロ野球オールスターと女子バレーワールドグランプリのタイ戦が被っていましたが、僕は塾に行ってました…………。見たかったなあ〜。
では、本編スタートです!


「誰だ!お前たちは!」

 

そう叫ぶザイルであろう人影にカリンとリュカが見事なコンビネーションの掛け合いを披露する。

 

「泥棒でーす!」

 

「いやあ、泥棒はあっちだよ。」

 

「そう、お前のことや。お前がザイルやな。」

 

「そうだ!俺様が………」

 

「指名手配犯発見!カリン、捕まえるよ!」

 

「ラジャー!」

 

2人はザイルに向かって跳躍し、ザイルの顔面に同時に拳をめり込ませる。ザイルはその場に倒れこむ。カリンはその胸倉を掴みあげて前後に揺すりながら顔を限界まで近づけて恫喝する。

 

「オラァ、さっさとフルート返さんかい!ウチはなあ、寒いのが一番嫌いやねん!それがおんどれがフルート盗んたせいであったかくならへんし、わざわざさらに寒いこっちまで出向いてタダ働きせなあかんのじゃ!この責任をどうとってくれるつもりや!?言うてみい!!」

 

「ひ、ヒィ〜〜!!」

 

文字通り蒼くなってブルブル震えているザイルが流石に哀れになったのか、追いついてきたベラの手がカリンの肩に置かれる。

 

「カリン、落ち着いて。それよりリュカ、フルートを!」

 

「うん!」

 

リュカは宝箱に手を伸ばすが、その手が何もないはずの空間で勢いよく弾かれた。

 

「あたっ!」

 

「え、どういうこと!?」

 

「バリアか!」

 

「ふふふ、その通りだ。」

 

宝箱の上の何もない空間が歪み、中から人影が現れる。半透明の氷でできたドレスに身を包み、肌は雪のように白く、吊り目でスタイルのいい美女であったが、その雰囲気には禍々しさが滲み出ていた。

 

「我がこやつにフルートを盗ませた雪の女王である。」

 

カリンは掴みあげていたザイルを手を離して自由落下させ、雪の女王に向き直った。

 

「動機を聞かせてもらおか。」

 

「我はそなたと違って冬を愛する。雪と氷の世界でこそ我の美しさが際立つのだ。故に我は永遠の冬を望む。そのためにポワンの元から彼奴に春風のフルートを盗ませたのだ。調子の良い言葉で踊らせてな。」

 

「ふーん。ま、1つわかったことはあんたが老いに逆らって美を求めるあまり道理をはき違えてる単なるオバハンやっていうことやな。」

 

その瞬間、雪の女王の表情に亀裂が走った。

 

「お、オバハン………?」

 

「自分、よう見たらほうれい線浮いてんで。化粧も濃いし。スタイルも服に肉詰め込んで調節しとるやろ。肌もカッサカッサやし。オバハンはオバハンらしく、若くあり続けることに執着するんや無くて美しいまま老いることを考えた方がええんちゃう?」

 

「今オバハンと言ったな?」

 

「おばちゃんに訂正しとこか?」

 

雪の女王の怒りが爆発した。

 

「謂れなき侮辱、我にはもう耐えられぬ!小娘!貴様を仲間もろとも氷漬けにしてくれるわ!」

 

「オバハンのヒステリーは目も当てられんな。」

 

「ほざけ!!」

 

雪の女王は凄まじい冷気を発生させてリュカたちに向かって吹き付けた。カリンは転がっているザイルを掴みあげ、リュカとベラとモモを引き連れて柱の陰に避難する。

 

「ほほほほ、我が冷気に恐れをなしたか!」

 

雪の女王のそのセリフとともに冷気が収まった所でリュカ、カリン、モモ、ベラは戦闘態勢を整えて雪の女王の前に姿を現した。今度はリュカが啖呵を切る。

 

「お前みたいなオバサンなんか怖くないぞ!早く春風のフルートを返すんだ!」

 

「小僧!お前も我を愚弄するのか?」

 

「もっと簡単な言葉を使ってよ!さっきから難しすぎて何言ってるのか全然わかんないよ!そんなんだからカリンにオバハンって言われるんじゃないの?」

 

「ほう、そなたはまだ幼く、躾が足りぬようだな。ならば我が代わりに躾けてやろう。」

 

再び空間が歪み、雪の女王の右手に美しい氷の彫刻が施された杖が現れる。そして雪の女王はその杖でリュカを殴ろうと飛びかかる。リュカは鉄の杖で受け止め、弾き返す。

 

「ルカニ!スクルト!」

 

カリンが立て続けに補助呪文を唱える。雪の女王はそれを一切気にも留めずにリュカに襲いかかる。その横からモモが飛びかかり、それに合わせてリュカも鉄の杖を振り下ろすが、リュカの鉄の杖は手で受け止められ、モモは氷の杖で殴打されて吹っ飛んでしまう。

 

「ベラ!モモをお願い!」

 

カリンは鉄の杖を掴んでいる雪の女王の左手に向かって矢を放ち、それは見事に命中した。雪の女王はリュカの鉄の杖を思わず離す。

 

「カリン、サンキュー!」

 

リュカとベラのホイミで復活したモモが同時に飛びかかるが、雪の女王は氷の杖一本で受け止め、弾く。ベラがギラを放つが、雪の女王の氷の息で無効化される。戦いは激しさを増していく………。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

女王を名乗るだけあって雪の女王の強さは半端ではなかった。まず、リュカたちのあらゆる攻撃が通らず、全ていなされる。そして氷の杖の殴打は激しく、リュカも受け止めるのが精一杯であり、狙い澄ましたヒャドや全体にダメージを与える氷の息はリュカたちの体力を大きく蝕んでいた。

 

「このままやったらジリ貧やな……。」

 

カリンはそう冷静にジャッジを下すが、だからと言って攻撃の手を緩めるわけにもいかず、とにかく状況を悪化させないことに心血を注ぐしかない。

そんな戦況を冷静に見つめる目がもう1つあった。カリンの恫喝から精神的再建をようやく果たしたザイルである。

 

(ちくしょう、俺がアイツに騙されなければこんなことにはならなかったんだ。だからこそ、この状況を何とか打開する手立てを考えないと………)

 

そんな時である。ベラが雪の女王の氷の息でさらに滑りやすくなった氷の床に足を取られ、転倒してしまった。

 

「きゃっ!」

 

それを見つけた雪の女王は襲いかかってきたリュカとモモをベラと反対側に投げ捨て、ベラに向かって冷酷な笑みを見せる。

 

「そろそろ終わりにしようぞ。」

 

雪の女王はベラに向かって突進し、氷の杖で殴殺しようとする。カリンが矢を放って牽制しようとするが、簡単に杖を持たない左手で弾かれてしまう。

 

「ポワンの手下よ、まずお前からだ!」

 

氷の杖がベラに向かって振り下ろされる。カリンはベラの頭がザクロのように砕ける光景を想像してしまう。

 

しかし、その杖が振り下ろされることはなかった。柱の陰に隠れていたザイルが投げたザイルの斧は雪の女王の右手の氷の杖を弾き飛ばし、氷の杖は建物外まで飛んでしまう。

 

「何!?」

 

「俺を騙した罰だ!思い知ったか!!」

 

「ふん、お前も役に立たん奴だったな。ならばお前から殺めてしまおう。」

 

ザイルに雪の女王のヒャドが直撃し、吹っ飛ばされて床に頭を強打したザイルは気を失ってしまう。さらに近づいてザイルを攻撃しようとする。誰もがザイルの死を覚悟したが、その中で名案を思いついたカリンが叫ぶ。

 

「ベラ!ギラを打って!リュカはタイミング計ってバギ!」

 

そう言いながらカリンはメラを放つ。そしてその作戦の意図を理解したベラがギラを放つ。

 

「ふっ、我が此奴を殺す方が早いわ!」

 

雪の女王は体に冷気を纏わせることでそれらを無効化しようとするが、その時、リュカがバギを放った。

 

「まさか!」

 

リュカのバギがメラとギラを巻き込み、炎の竜巻と化して雪の女王に襲いかかる。その風は雪の女王の冷気を突き破って雪の女王に大きなダメージを与えた。しかし、それでも雪の女王は怯んでザイルへの攻撃をやめただけであった。

 

「かくなる上は頭脳となる要素を取り除くしかあるまいな。」

 

そう言うと、雪の女王はカリンに襲いかかる。距離的に誰の援護も間に合わないと判断したカリンは矢をつがえようとするが、弓を持つ左手にヒャドの直撃を喰らい、弓を取り落としてしまう。雪の女王は手の平の上にヒャドを留めていつでも放てるようにした状態でカリンに飛びかかった。

 

「いくらヒャドでも、至近距離でしかも避けられなければ心の臓を突き破るだろうて、ふふふふふふ!」

 

周りの誰もがカリンの最期を覚悟した。しかし、カリンは余裕の笑みさえ見せ、腰に手を当てている。

 

「来やがれオバハン!」

 

「それが遺言か!!最期まで我を愚弄しおって!!」

 

雪の女王は勝利を確信した。しかし、カリンは体を沈めてヒャドを回避し、腰に差していたもの=リュカに貰ったブーメランを握りしめて雪の女王の脇腹に向かって振り抜いた。

雪の女王の氷のドレスが砕け、さらにその衝撃で雪の女王はバランスを崩して膝をつく。そこへ、飛びかかって来たリュカの鉄の杖が背中を打ちつけ、モモの頭突きが炸裂する。後頭部に頭突きを受けた雪の女王は気を失ってそのままうつ伏せに倒れこんだ。

 

勝敗は決した。




1番最初のリュカとカリンの掛け合いは某映画のワンシーンをアレンジしたものです。
「薬は注射より飲むのに限るぜ」って言ってわかる人何人いるのかな………。
<次回予告>雪の女王を倒し、ついにフルートの奪還に成功したカリンたち。しかし、それは一つの冒険の終結を意味する。一つの別れが、彼らをまた成長させると信じて。
次回 第18話「桜咲く春の訪れと……」
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第18話 桜咲く春の訪れと……

どうも、かいちゃんです!
土曜日のプロ野球オールスターゲームのMVPは小林誠司であると信じて疑いません。さすがセ界の小林、大舞台では打ちますね笑笑。由伸の反応が全てを物語っていましたね。シーズンで打て!笑笑
では、本編スタートです!


死闘の末に勝利を掴みとった一行は気を失っている雪の女王の手を後ろで縛りつけ、近くの柱にもたれ掛けさせた。

そして、負傷者の治療を行い、リュカは宝箱から春風のフルートと、なぜか隣の宝箱に入っていたブーメランを回収した。カリンがばら撒いた矢をモモと目を覚ましたザイルが回収し、ベラは春風のフルートを傷がつかないように丁寧に布で包んでいる。特にすることの無くなったリュカとカリンの2人が雪の女王の元に歩み寄ると、雪の女王が目を覚ました。

 

「ん………」

 

「あ、起きた?頭痛いとかない?一応ベホイミかけといたろか?」

 

「情けをかけるつもりか?早く我を殺せ。」

 

「アホウ、なんでウチらがあんたを殺さなあかんねん。ウチらが頼まれたんはフルートを取り返してくることだけや。それ以上を望むんやったら超過勤務手当出してもらわんとな。」

 

「なぜ殺さぬ。我はそなたらを殺めようとしたのだぞ。」

 

今度はリュカが答える。

 

「ダメだよ!悪いことしたんでしょ。ちゃんとポワン様に謝らなくっちゃ。死んだらそれでチャラにはならないんだよ。」

 

リュカの発言に雪の女王は目を丸くする。そして、自嘲を含んだ声色で呟く。

 

「ふっ、躾けてやると言ったこの我が6歳の子供に躾けられるとはな…………。」

 

カリンが続ける。

 

「これはウチの持論やねんけどな、季節っていうのは巡るから価値があると思うねん。春は冬の寒さがあるからその暖かさが引き立つし、他の季節にはない陽射しと暑さが夏を際立たせるし、夏の暑さがあるから秋の涼しい風が心地よく感じる。冬も一緒やろ。他の季節やったら見られへんからこそ銀世界に美しさを感じるんちゃう?」

 

「そうだよ。毎日雪合戦しても毎日お花見をしても毎日海で泳いでも毎日秋でも飽きちゃうもんね。」

 

「………そうだな。我が間違っていたかもしれぬな。」

 

「それに、ほうれい線浮いてるっていうの、嘘やから。お姉さんっていうにはちょっと年食い過ぎやけどまだまだ若いねんから、若さに拘ってたらあかんで。余計はよ老ける。啖呵切った時も言うたけど、美しく老いること考えよーぜ。」

 

「ふ、小娘風情が………」

 

「お、まだ言い返してくる元気あるか。ほんじゃあそろそろ村へ帰りましょか。片付けも終わったみたいやし。」

 

リュカは雪の女王を立ち上がらせる。そして雪の女王と歯のついた靴を履いているザイルとモモをを除いて、ツルツル滑る床の上をペンギン歩きで帰る。

 

「カリン、この歩き方、他の人から見たら絶対おかしいよね。」

 

「うん。自己分析できるとはいい傾向や。しかもこの歩き方、明日あたり前腿筋肉痛でヤバそうやわ。」

 

一行は笑いに包まれた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ポワン様、今回はごめんなさい!」

 

「この度はワシの孫がとんでもないことをしでかしました。ワシはどうなっても良いからこの子だけは許してやってください!」

 

「この度は迷惑をかけて申し訳ない。如何様にでも罰してくれ。」

 

妖精の村の巨木の切り株をくり抜いた建物の三階、つまりポワンのいる間で、ザイルとザイルの祖父の鍛冶屋は土下座をし、雪の女王も頭を垂れている。

 

「みなさん、頭を上げてください。怒ってなどいませんよ。今回の件は、様々な行き違いや価値観の相違が生んだ事故です。従って、誰も処罰はいたしません。鍛冶屋とザイルには、この村へ自由に出入りすることを許可します。雪の女王、いえ、本当の名は雪の精霊カザリンでしたね。私の元で仕えなさい。貴女の健康法は美容にとても良いのだとか。是非ともご教授いただきたいわ。」

 

「いえ、しかし……」

 

「異論は許しませんよ。これでもここの主なのですから。」

 

「「「ははあ」」」

 

3人はポワンに頭を垂れた。そしてポワンはリュカたちに向き直る。

 

「リュカ、カリン、モモ。本当によくやってくれました。心から礼を言います。ベラも彼らをよく支えましたね。カリン、モモを連れて春風のフルートをこちらに持ってきてください。」

 

カリンはポワンの真意を測りかねて首を傾げたが、取り敢えず言われた通りにする。すると、ポワンが誰にも聞こえないように1人と1匹に語りかける。

 

「貴方方はどうやらここにいる人々とは一線を画す存在のようですね。それはそれで構わないのですが、今のままだと色々と不便でしょう。」

 

そう言うとポワンは2人に魔法を掛けた。

 

「これでモモの声がカリンにだけ届くようになりました。」

 

カリンとモモは顔を見合わせ、喜び合う。するとポワンは立ち上がり、高らかに宣言する。

 

「では、これより春の訪れを告げるとしましょう。」

 

ポワンは春風のフルートを口につけ、音を奏でる。すると、建物の中に植わっていた桜の木の花が一斉に咲いた。一同はその美しさに感嘆する。とりわけ、カリンとモモの感慨は一入(ひとしお)であった。

 

"こっちでも桜の花があんねんな〜"

 

「わっ、ほんまに聞こえた。それにしても、やっぱり桜は日本人の心揺さぶるな〜」

 

"ほんまに………綺麗。"

 

そこで、ポワンが本当に名残惜しそうに言う。

 

「残念ですが、カリンとモモとリュカとはここでお別れです。お礼にこの桜の苗を差し上げましょう。」

 

ポワンはそう言ってカリンに植木鉢を与える。

 

「それは挿し木が上手くいった桜の苗です。5年もすれば立派な花をつけ、10年もすれば立派な成木になるでしょう。根気よく育てることですよ。桜は育てるのが非常に難しいですからね。そして、もし貴方たちが大人になって、困ったことがあったらどんなことでも力になりましょう。その時まで、お元気で。」

 

すると、ベラが目に涙を湛えながらリュカたちとの別れを惜しむ。

 

「あなたたちとの冒険、本当に楽しかったわよ。また大人になったら元気な姿を見せてね。」

 

ザイルと雪の女王改めカザリンも別れを惜しむ。

 

「お前らには世話になったな。お前らが大人になってまたここに来たら、俺が立派な武器を叩いてやるよ。」

 

「そなたらには本当に世話になったな。特にカリン、お前にはいくら感謝してもしきれない。とにかく、達者でな。必ずまた会おう。」

 

「みんな!さよなら!またね!」

 

「じゃあ、また。」

 

「ふにゃふにゃ!」

 

そして、ポワンが2人と1匹を自分の近くに呼び寄せる。

 

「それでは、目を閉じてください。」

 

ポワンが呪文を唱えると、カリンたちの瞼の裏が白く輝いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

目を開けると、そこは家の地下室だった。

目の前にはまだ光の階段が残っていたが、徐々にその光は薄くなっていき、やがて消えてしまった。カリンは肩の荷が下りたかのように呟く。

 

「終わったな。」

 

ふと横を見ると、リュカは泣いていた。もう2度と会えないかもしれないという思いがそうさせるのだろう。

 

「リュカ。」

 

カリンも懸命に湿り気が声に混ざらないように堪えながらリュカに話す。

 

「人生は出会いと別れの連続や。いつまでも泣いてはおれへんで。ウチだって悲しいけどな、別れて悲しくなるような人と出逢えたってことが、何より得難い財産なんや。」

 

「うん。」

 

地上からは夕日の光が漏れている。2回目に妖精の世界に行ってから2時間というところだろうか。カリンの腕の中にはまだ桜の苗がしっかり握られていた。リュカが涙を拭き終わったところで提案する。

 

「よっしゃ、取り敢えずこの苗どっかに植えよ。うちの裏の教会の横くらいでええか。リュカ、スコップ持って来て!」

 

「えっ、スコップでちっさい穴掘るの?」

 

"美咲!関東と関西はスコップとシャベルが逆らしいで!"

 

モモが説明を入れてくれた。

 

「マジ!?やっぱりシャベル!」

 

「はーい。」

 

 

世界に遅めの春が息吹き始めたこの日、一本の桜の木がサンタローズの村に植えられた。この桜が繁殖を重ねた結果、数百年後には村全体に広がり、サンタローズを桜の名所とすることとなる。そんな事はつゆ知らず、夕陽で赤く染まった少年と少女と1匹のベビーパンサーは、植わった苗を飽きる事なく眺めていた。




昨日ニュースで生徒に「飛び降りろ」と言った教師がいたって話ですけど、あれってそのあとにまだ続きがあるんだとか。政治家の失言騒動もそうですけど、発言のほんの一部を抜き出されて言葉尻を取られるって怖いですね。
<次回予告>パパスがラインハット王に招集された。初めてラインハット王国の土を踏むリュカ。そこでヤンチャな第一王子ヘンリーと出会う。しかしそこでは恐るべき陰謀が蠢いていた。
次回 第19話「王子奪還作戦」
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第19話 王子奪還作戦

どうも、かいちゃんです!
今日は女子バレーワールドグランプリで日本代表が先週ストレート負けを喫したセルビアに勝利しました!公式戦では実に3年ぶりなんだとか。東京五輪に希望が持てますね!
では、本編スタートです!


妖精の世界での一件が解決し、世界には春が訪れようとしていた。それからおよそ一週間後の3月25日早朝、パパスの元へ一通の書簡が届いた。

 

"親愛なるサンタローズのパパス殿

ラインハット城に来て欲しい。頼みがある。用件だけ伝えるから2、3日でいい。私の頼み受けるか受けないかは一旦持ち帰ってもらった後で十分だ。できるだけ早く頼む。

ラインハット王 エドワード"

 

「旦那さま、どういったお手紙でしょう?」

 

「ふむ、2、3日の間ラインハットにリュカを連れて行ってくる。エドワードからの頼みだ。」

 

「左様でございますか。今ラインハットの情勢は何やらきな臭い様子。用心だけは怠りませんよう。」

 

「そうだな。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「………というわけでリュカと私は2、3日家を空ける。」

 

「はい………ゲホッゲホッ。」

 

「カリン、あまり無理をするでないぞ。とにかくゆっくり寝ていなさい。」

 

「お手数おかけします………」

 

カリンは前日から風邪を引いてベッドで寝込んでいた。

 

「本来ならお前も連れて行きたかったのだが……」

 

「ウチだってついて行きたかったです………」

 

「…………まあ、ことの運びによってはまた行けるかもしれんがな。」

 

「一つ聞いていいですか?」

 

「何なりと。」

 

「ラインハットの王に呼びつけられるとかあんた一体何もんなんですか?」

 

「………いずれ時間があれば話そう。」

 

「わかりました。必ず………」

 

「うむ、大事にな。」

 

パパスは部屋を出た。カリンはモモに話しかける。

 

「あんたも行ってき。」

 

"カリンと一緒にいたいねんけど〜"

 

「一応飼い主はリュカやねんからついて行くのが道理やろ。」

 

"ま、それもそうか。"

 

「リュカのこと、頼むで。」

 

"うん。"

 

「そうや、リュカにウチのお金と売れるやつ入った袋渡しといて。ま、念のためってやつや。」

 

朝食を取ってすぐ、パパスとリュカとモモはサンタローズを出発した。暇になったカリンは、妖精の世界でポワンからもらった桜の苗に水をやるため、ガウンを着て外へ出る。すると、スコットの父であり、夜の見張りを担当しているマルティンと出会った。

 

「マルティンさん、こんちは。」

 

「おお、カリンか。パパスさんが村から出たようだが、何か聞いているか?」

 

「何でも用事ができてラインハットに行ったみたいです。そういうあなたは?」

 

「いや、ただ散歩しているだけだ。カリンは水やりかな?」

 

「はい。」

 

「うむ、いい心がけだ。それにしても東の空が暗く感じるな。別に曇っているわけではないのだが……」

 

「何事もなければいいのですけど………」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日の夕方、リュカとモモはは防具屋にいた。リュカがカリンから預かったお金と売れるものとカリンの値切り術を駆使して買い物をしているところだ。武器屋で鉄の杖とブーメランと石の牙を売って自分のチェーンクロスとモモの鉄の爪を買い、防具屋で毛皮のフードと鱗の鎧を売ってモモに鉄兜を、自分に鉄の鎧を買う。そこで資金が尽きた。

 

(くそ、何でこんなことになったんや!?)

 

モモはリュカに鉄兜を被せられながらこのラインハットに着いてからの出来事を頭の中で整理してみる。

 

 

・パパスがサンタローズとラインハットの間を流れる川の地下道を逆流しかけるというボケをかますも、無事にラインハット到着。

 

・一行、国王と謁見、パパスがラインハット王エドワードにこの国の第一王子ヘンリー(緑髪、7歳)の教育係を要請される。国王の病気による衰弱が原因と思われる。なお、ヘンリーの性格はワガママでイタズラ好き(カエル嫌いの男の布団にカエルを入れる、スカートめくりなど)。だが、それらは母親がおらず、父親が構ってくれないことに対する甘えから来ており、根は素直らしい。(城内の者談)

 

・城を探索中に第二王子デール(ヘンリーの異母兄弟、金髪

、5歳)と、その母カタリナと会う。デールの性格は臆病だが誠実な模様。カタリナはデールを王位に就けたい。

 

・上記二点より、ラインハットの現在の状況は"お家騒動勃発前夜"と言える。

 

・リュカ、ヘンリーの友となるため二階のヘンリーの部屋(ちなみに、ラインハット城は北側の玉座のある塔のみ四階建、他は二階建でロの字型をしている。ヘンリーの部屋は東側に位置している。)でヘンリーと面会。しかしヘンリーはリュカに別室へ"子分の証"なるもの(実在しない)を取りに行かせる間に隠し階段で一階に降りて隠れておくなどのイタズラを行う。

 

・リュカ、隠し階段のトラックを看破。一階でヘンリーと対面も、その時に城内に人攫いが乱入。ヘンリーを攫って逃亡。

 

・リュカ、パパスに状況を知らせる。パパスは地図を見て敵のアジトはラインハット北東にある古代遺跡と断定。リュカを残し、追跡に向かう。

 

・居ても立っても居られなくなったリュカ、行動開始。

 

 

………真犯人はカタリナで間違いないだろう。しかし、まずはヘンリー救出が先である。リュカとモモは茶色のサボテンボール・ダンスニードル、オレンジ色のエビルプラント・笑い草、紫色のトンネラー・トンネラー、ギラを操る青いメラリザード・ベビーニュートらの魔物を苦戦しながらも蹴散らして夕陽に照らされながら北東の遺跡へ向かった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

洞窟内の魔物は外にも増して手強かった。緑色の甲冑を纏い、槍を持った骸骨兵、何が入ってるかわからんがやらたニヤニヤしてる顔のついた水色の袋・笑い袋、茶色の遮光器土偶・土偶戦士、カパーラナーガ、天井に張り付き、触手を垂らした目の怪物・ダークアイなどがひしめき、リュカとモモに襲いかかる。しかし、途中でパパスと合流できたのは非常に幸運であった。回復は行ってくれるし、何よりものっそい強い。一転して楽勝ムードで洞窟探索を続けた結果、牢屋の中に監禁されているヘンリーを発見した。

 

「ぬっ!ぬおおおおおぉーーーっっ!」

 

いや、いくら怪力やからって体当たりで鉄格子吹っ飛びます?外れるんじゃないんですよ。飛ぶんですよ。リアルガチで。

 

「ふん!随分助けに来るのが遅かったじゃないか!まあいいや。どうせ俺はもうお城に戻るつもりはないからな。王位は弟が継ぐ。俺はいない方がいいんだ。」

 

あ〜、ヘンリー君、分かりやすくグレてますね〜。まあ、城の中の8割がデールを支持してるわけだし、間違ってはいないんだけれども……

 

「王子!」

 

はい。予想してました。パパスさんの平手、ヘンリーに直撃!いや〜、ええ音鳴るなあ〜。

 

「な、殴ったな!父上にも殴られたことないのに!」

 

いや、どこの○ムロやねん!

 

「王子!あなたは父上の気持ちを考えたことがあるのか?城のすべての人間がお前を必要としていなくとも、エドワードだけはそなたの味方だというのに!」

 

カリンも言ってたけど、国王呼び捨てとかマジこいつ何者?生き別れた兄弟?顔似てへんけど。

 

「そうだよ、ヘンリー。城の人達も言ってたよ。ヘンリーは甘えたいだけなんだって。本当は優しい子なんだって。今までお父さんにあんまり構ってもらえなかったのが寂しかったんだよね。もっとお父さんと遊びたかったんだよね。なら大丈夫だよ。お父さん、独り言でもっとヘンリーと遊んでやるべきだったって言ってたよ。だから、まだ間に合うよ。一緒にお城まで帰ろ。」

 

さすがリュカ!キメましたね!

 

「…………わ、分かったよ。父さんと一回話してみるよ。」

 

「では、戻るとしようか。」

 

しかし、その行く手を阻むように魔物が現れる。

 

「リュカ!モモとヘンリー王子を連れて先に行け!父さんもすぐに追いかける!」

 

リュカはヘンリーの手を引いて出口へ向かって走る。モモもその後を必死で追った。しかし、出口の前には紫色のローブに身を纏った、明らかに邪悪な気配を漂わせている人型の魔物が冷酷な笑みを浮かべ、リュカたちの行く手を阻むかのように佇んでいた。

 

「ほっほっほっほっ、ここから逃げ出そうとはいけない子供達ですねえ。この私がお仕置きをしてあげましょう。さあ、いらっしゃい!」

 

「やだ!急ぐからどいてよ!」

 

リュカはきっぱりと宣言する。その態度に魔物は驚いた表情をするが、また先ほどの冷酷な笑みを浮かべる。

 

「しかし、そうは言ってもここを通すことは出来ません。あなたたちが外へ出るには、私を倒してもらわないと。」

 

(どうしよう、こいつ、明らかに今までの魔物とは格が違うよ!それでも、ヘンリーだけでも逃がさないと!)

 

リュカはそう考えた。そして、それを実行に移すべく、チェーンクロスを構える。モモも同じ考えに思い至り、ヘンリーを庇うように鉄の爪を構えた。

 

こうして、リュカの戦闘史上最も絶望的な戦いが始まった。




先日、友人が大阪の塚本神社の暴れ太鼓を見てきたそうなんですが、非常にダイナミックでカッコよかったと言ってやたらプッシュしてきたのでYouTubeで調べて見て見たらなかなかカッコよくて面白かったです!7/19.20開催なので終わってしまってはいるのですが、皆さんも是非YouTubeで調べて見て下さい!
<次回予告>圧倒的な強さを誇るゲマと名乗る魔物になす術もなく防戦一方に追い込まれるリュカ。ゲマはリュカの激しい抵抗をついに退け、パパスと相対する。卑劣な手段でパパスに攻撃をさせないゲマをパパスとリュカは倒すことができるのか?
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第20話 漢、還らず。

どうも、かいちゃんです!
昨日は天神祭でしたが、あんなに人が多いところへは行きたくないので行ってません。地元の祭りで十分です。一回行ってえらい目に遭いました……。
では、本編スタートです!


「ふっ、そんな貧弱な装備でこのゲマに立ち向かおうと言うのですか。これは愉快ですね〜。」

 

「仕方ないじゃないか。これしか持ってないしお金も無いんだから。」

 

「ほう、言い返して来るとはなかなか度胸のある子ですね。」

 

「褒めてくれてありがとう。」

 

「そろそろお喋りをやめましょうか。」

 

「僕はやだなあ。父さん来るの待ちたいし。もっとお話ししようよ。」

 

「まあ、あなたの都合など関係ないんですけどね。メラミ!」

 

今まで見たこともないような、ハンドボール大の火の玉(メラはソフトボールサイズ)が三つもリュカに襲いかかる。リュカは何とかかわしてゲマをチェーンクロスで攻撃する。しかし、あまりダメージは与えられていないようだ。

 

「少しはやるようですね。」

 

「ほんの少しだけね。避けるのが精一杯だ。」

 

「そこで大言壮語を吐かないあたりは好感が持てますが………」

 

そこへモモが死角から飛び出し、頸動脈を爪で引き裂きにかかる。しかし、ゲマの持っている鎌の柄で叩き伏せられて気を失ってしまう。

 

「モモ!」

 

「いやはや、危ないところでした。狙いもタイミングも気配の消し方も最高だったんですけれどもねえ。」

 

リュカはとりあえずモモにベホイミをかける。後ろではヘンリーがガタガタと震えていた。

 

「心配ないよ。こいつには勝てっこないから、とにかく逃げることを考えよう。」

 

「いやはや、正しい認識ですね。しかし、それをさせないのがこのゲマです!」

 

ゲマはリュカに向かって飛びかかり、持っている鎌を振り抜いた。何とか盾で受けるが、衝撃で左手が痺れてしまう。しかしその時、ゲマとヘンリーの間に障害物が無くなってしまっていた。

 

「しまった!」

 

「ほほほ、メラミ!」

 

リュカはチェーンクロスを手加減して投げ、ヘンリーを弾き飛ばした。何とかメラミの直撃は避けられたがヘンリーも気を失ってしまう。

 

「咄嗟にしてはいい判断でしたよ。さあ、決着をつけましょう!」

 

ゲマの鎌が何度もリュカを襲うが、リュカは何とかかわしていく。その時、一瞬ゲマに隙が出来た。

 

「喰らえっ!」

 

リュカはチェーンクロスを全力で投げる。その分銅はゲマのクビに見事直撃した。

 

「しまった!まさか!」

 

「そう、そのまさかですよ。」

 

ゲマは燃え盛る火炎を至近距離でリュカに吐き出した。

 

「わああぁぁっ!!」

 

火だるまになることはなかったものの、そのあまりの高熱にリュカは気を失い、地面に倒れ伏した。

 

「危なかったですよ、もうそこまであなたのお父様が来ていましたからね。」

 

そこへちょうどパパスが駆け込んで来た。

 

「リュカ!王子!モモ!くそ、なんて事だ!貴様!!」

 

「いやあ、あなたのご子息、なかなか手強かったですよ。もう少しで2人同時に相手しなくてはなりませんでした。しかし、あなたは少し遅かったようです。私に部下を呼ぶ余裕を与えてしまったのですから。出でよ!ジャミ!ゴンズ!」

 

黒い雷光と共に白い馬面の魔物と、剣と盾を持った豚面の魔物が現れた。パパスと2匹の魔物は交戦するが、パパスの実力の方が上回っていた。数分の激闘の後、馬面=ジャミは胴体を、豚面=ゴンズは首をそれぞれ跳ね飛ばされた。

 

「ほっほっほっ。見事な戦いぶりですね。しかしこれならどうでしょう?」

 

ゲマはリュカを持ち上げてそのまま首筋に鎌を当てがった。

 

「この子供の命が惜しくなければ存分に戦いなさい。その代わり、子供の魂は永遠に救われる事なく地獄を彷徨うでしょう。」

 

「リュカ!くそ!卑劣な!」

 

「ジャミ、ゴンズ、立ちなさい。」

 

どこからともなく現れた黒い光が二頭を包む。しばらくすると、完全復活を果たしたジャミとゴンズが余裕の笑みを湛えていた。ジャミが慇懃にゲマに謝辞を述べる。

 

「ゲマさま、ご慈悲を頂き、ありがとうございます。」

 

「良いのですよ。この男は並の人間ではない。遅れをとるのも当然と言えば当然です。但し、2度目はありませんよ。」

 

「「ははっ」」

 

そして2匹はパパスに襲いかかった。パパスは唇を噛み締め、その猛攻を暫く耐えていた。しかし、何事にも限界はある。ついにパパスはズタボロにされてゲマの前に引き出された。この時奇しくもリュカ、モモ、ヘンリーの全員が意識を取り戻していた。自分の死期を悟ったパパスは意外にも落ち着いた様子でリュカに語りかける。

 

「リュカ………、聞こえているか………?お前の母さんは………今まで死んだと教えていたが………、実はまだ生きている………。私に代わって、必ず………、母さんを探し出してくれ!」

 

パパスは思う。これから息子が歩む道は険しく辛いものなのかもしれない。それにも関わらず、生きる使命を無理矢理与えることがリュカの幸せになるのか?だが、生きてさえくれれば………

 

「ほっほっほっ、遺言は終わりですか?」

 

「ああ、終わった………。その子たちを殺さないと誓うなら………遠慮なくやってくれ。」

 

「わかりました。命だけは保障しましょう。但し、光の教団の奴隷として、ですが。」

 

「生きていてくれるなら構わん………。」

 

「わかりました。それなら約束しましょう。メラゾーマ!」

 

リュカたちは見た。そして脳裏に焼き付けた。直径3メートルを超える火の玉が、愛する父を、親友のの父親がわりとなってくれた男を、人生の指南役を、その圧倒的な熱量で消しとばす瞬間を。

 

 

「ぬわーーーーっっ!!

 

 

跡には骨も残らなかった。そこには、パパス愛用の剣だけが残っていた。

 

「ほっほっほっほっ、子を想う親の気持ちというのはいつ見てもいいものですね。安心してください。あなたの要望通り、この子たちは一生光の教団の奴隷として幸せに暮らすでしょう。ジャミ、ゴンズ!この子供達を運び出しなさい!」

 

「「はっ!」」

 

モモに歩み寄ったジャミがゲマに問う。

 

「ゲマさま、このベビーパンサーはいかがいたしましょうか?」

 

「放っておきなさい。自然と魔性を取り戻すでしょう。」

「はっ」

 

「おや?」

 

「どうかなさいましたか?ゲマさま。」

 

「この子供、不思議な宝玉を持っていますね。これはもしや?いや、そんな大したものでもないですかね?ま、どちらにしろこうしておくに限りますが。」

 

ゲマは両手に魔力を込め、リュカがレヌール城でエリックに渡された宝玉を握りしめた。宝玉は跡形もなく粉々に砕け散った。

 

「さて、長居は無用です。早急にここを立ち去るとしましょう。ぬんっ!」

 

次の瞬間、ゲマの両腕から発せられた黒い光はリュカを抱いたジャミとヘンリーを抱いたゴンズを包み込む。その光が消えた時には、包み込まれた魔物たちの姿はなく、黒く焦げた地面とパパスの剣、そしてモモだけが残された。

 

ようやく体が動くようになったモモは、パパスの剣を咥え、既に真っ暗になった洞窟の外に出た。何とかモモはサンタローズへ帰ろうとする。しかし、そこへ毛皮ハンターが現れた。モモは体力を大幅に消耗している今、逃げ出せるとは考えられず、無理に抵抗しようとはしなかった。

 

「こいつはなかなかな上玉だぜ!」

 

「へへへ、おとなしい奴め。しかしその剣だけは離さねえんだな。」

 

「ほっとけよ。どうせ死ぬ時には離さなくちゃならねえんだ。とにかく早くしないとビスタの港が閉まっちまう。何でも政変が起きたらしいぜ。このままだと戒厳令が敷かれて港が封鎖されちまう。」

 

「送り先は?」

 

「西の大陸だ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その頃、サンタローズにもラインハットで政変が起こったという知らせが飛び込んできた。カリンも情報を受け取ったマルティンから詳細を聞く。

 

「どうも第一王子のヘンリー殿下が行方不明になったらしい。パパスさんとリュカとモモちゃんも行方不明だそうだ。国王エドワードもショックで寝込んでしまったと言うし、不安だなあ。」

 

(リュカ、モモ、パパスさん…………。)

 

しかし、この時点で既にラインハットで巻き起こった嵐がサンタローズに矛先を向けているとは、誰も知る由がなかった。




現在池袋で行われているウルトラマンフェスティバルのイメージガールに土屋太鳳さんが就任していることをご存知でしたか?彼女は2010年にウルトラマンの作品に出演されているんですよね。ファンからするとこういうカムバックはありがたいです!
<次回予告>ヘンリー行方不明の報を受けたラインハット国王が失意のあまりに崩御してしまう。その後任として幼少ながら国王の座に着いたヘンリーの弟デール。その背後ではデールの母で摂政皇太后のカタリナが暗躍を始めた。
次回 第21話「蠢動」
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第21話 蠢動

どうも、かいちゃんです!
どうも夏風邪を引いたみたいで熱はないのですが鼻水が止まりません。皆様も体調には気をつけて暑い夏をお過ごしください。
では、本編スタートです!


リュカとヘンリーはこの世界で一番高い山であるセントベレス山の頂上付近に移された。荷物や装備は取り上げられ、代わりに奴隷の服を渡される。先輩の奴隷たちに仕事の要領を説明してもらい、その日のところはそこで就寝となった。しかし、ヘンリーはなかなか寝付けないのか、何度も寝返りを打っている。

 

「眠れないの?」

 

隣で眠るリュカが声をかける。

 

「そんなことねーよ。それより俺たち、これからどうなっちゃうのかなあ?」

 

「大丈夫だよ。なるようになるさ。」

 

「本当にか?」

 

「まあ、当然いつまでもここにいるつもりはないけどね。ヘンリーにはここから逃げ出す方法を考えて欲しいんだ。僕はどうやったら仕事を楽にできるかを考えるからさ。」

 

「お前、勇気あるんだな。親父さんが亡くなってるのに、どうしてそんなに平然としてるんだ?」

 

「違うよ。平然となんてしてないよ。心の中は怒りでいっぱいさ。でも、ジタバタしたって始まらないからね。運命だと思って割り切ってるだけさ。」

 

「それでも十分だよ。俺なんかまだ自分を責めずには居られないからな。本当にお前の父さんには悪いことをした。許してくれ。」

 

「いいよ。そもそも君のせいだなんて思ってないよ。全てはあのゲマだ。きっと次はカリンとモモを連れて、あいつの喉元を貫いてやるんだ。」

 

「俺も手伝うぜ。それ。」

 

「ありがとう。心強いや。」

 

「俺に戦い方を教えてくれるか?」

 

「暇があればね。そうだ、元気になれるように歌を歌ってあげる。」

 

負けないこと 投げ出さないこと

逃げ出さないこと 信じ抜くこと

ダメになりそうな時それが一番大事

負けないこと 投げ出さないこと

逃げ出さないこと 信じ抜くこと

涙見せてもいいよそれを忘れなければ

………

 

「不思議だなあ、なんか勇気が湧いてきた気がするよ。こんな歌聴いたことないよ。誰に教えてもらったんだい?」

 

「僕の友達のカリンっていう女の子だよ。彼女、すごいんだ。とってもかわいい女の子なんだけどね、1度に30匹の魔物を相手取った事もあるんだ。」

 

「すげー、めっちゃ強えーじゃん!」

 

「それにね、面白いし、頭もいいんだ。ああ、早くカリンに会いたいなあ。」

 

「俺も会ってみたい。」

 

「そのためにもここから抜け出さないとね。」

 

「おう!」

 

2人の男の子が握手を交わす。カリンに次ぐリュカの名パートナー、魔法戦士ヘンリーとリュカの友情はこの瞬間に成立したのである。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

4月3日、ラインハット国内を凶報が駆け巡った。

 

国王エドワード、崩御

 

原因は、もともと患っていた病気が第一王子ヘンリーが行方不明になったことに対する心的ストレスによって加速的に進行した結果だという。

次代の国王には行方不明となっている第一王子ヘンリーに代わって第二王子デールが即位し、デールの母であるカタリナが摂政皇太后に就任した。その摂政皇太后に就任したカタリナの最初の命令が、明けた4日に発令された。

さらに明けた5日、サンタローズ村の入り口にラインハットの兵士たちが押し寄せた。

あまりに大勢の兵士にスコットは怯む。しかし、たまたま居合わせたカリンが兵士団の前に立ち塞がった。

 

「おいお前ら。ウチの村に何の用や。」

 

「ガキには関係ない。そこをどけ!」

 

「あん?何やとコラ?そうか、ガキには見せられへんマズイことでもするんか。こんな大勢で押し寄せるからには国王もしくは摂政皇太后の書状を持っとるんやろ。出して見せてみい。」

 

「そこをどけ!どかぬと……」

 

「どかんかったらどうする?ガキを殴るか?それとも殺すか?あいにく今ウチは家族が帰ってこんと機嫌悪いねん。拳振り上げられたり武器構えられたりしたら制御できるかわからんで。」

 

「ふん、口だけは達者なガキだな。ガキに分かるとも思えんが一応見せてやろう。」

 

そう言って差し出された紙にはま"行方不明になったパパスがヘンリー誘拐の首謀者である疑いあり、調査せよ。"と書かれていた。

 

「なるほど、一応状況証拠はあるな。行方不明になったんがほぼ同時やし。やけど物的証拠が何一つあらへんがな。

それに普通に考えて家と長年連れ添った従者と小さい女の子残して、中途半端に息子と息子の飼い猫だけ連れて誘拐事件起こすなんて考えられるか?

ラインハット城下町では緑髪の男の子抱いた人攫いと、それを追いかけるパパスさんらしき人物の目撃証言もあるやないか。ないとは言わさへんぞ。キッチリお宅のとこの早馬で知らされたんやからな。訂正の早馬も来てないねんからこの証言は間違いないということになる。

一体その証言のどこがどんな根拠で間違ってるといつ判明したのか、それと物的証拠。この2つを反論の隙がない様に立証してから出直してこいアホタレ!!」

一分の隙もない正論に兵士たちは押し黙る。そして自分たちの愚かさに気づいておずおずと引き返していった。勇気あるカリンの行動に対して、村中から大きな拍手が鳴り響いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その夜、村の大人たちにカリンが混じって会合が教会で開かれた。先月の薬師救出の件も相まって村の英雄的ポジションに祭り上げられたカリンが自分の意見を述べる。

 

「次はないですよ。」

 

その発言に出席者たちは訝しがる。

 

「次は対話すらして来ないでしょう。この村を滅ぼすつもりでやってきますよ、あいつら。」

 

「どういう事だ?」

 

薬師カールが聞く。

 

「摂政皇太后が間違いなくヘンリー王子誘拐事件の真犯人やからですよ。」

 

「もう少し詳しく説明してくれ。」

 

カールが促す。

 

「ラインハット城内がお家騒動勃発前夜だったのはみなさんご存知の通りです。ここで大事なのは国王がヘンリー王子誘拐の知らせを聞いてぶっ倒れたということです。つまり、その間政務は停滞する。しかし、政務を滞らせるわけにはいかない。だから臨時でカタリナ摂政皇太后が政治の指揮を取っていたはずだということです。

これは早馬の知らせを噛み砕けば、国王の容態を知らせる早馬とカタリナのコメントを伝える早馬の矛盾からわかります。しかし、カタリナは自分が代わりに政務を執り行うという宣言をしていません。なぜ正々堂々と国王の政務を代行しているという宣言をしないのか。なぜ何1つ捜査状況が全く知らされなかったのか。という疑問が出て来ます。」

 

サンチョが後を引き継ぐ。

 

「つまり、国王が病身を押して政務を取っている様に見せかけて裏でカタリナ摂政皇太后が政務を執り行っていた。理由はヘンリー王子捜索隊に自分の配下を紛れ込ませて捜査を混乱させるため。その混乱を見せないために捜査情報は明かさない。そして旦那さまをスケープゴートに仕立て上げるストーリー作りを行なっていた、というわけです。そしてカタリナ摂政皇太后ご自身が正々堂々と政務を行える様になった今、かねてより用意していた見せしめ計画を実行に移したのです!」

 

マルティンが話を纏める。

 

「つまり、"この村にはヘンリー王子誘拐の容疑者パパスが住んでいた。怪しいと思って調べにいったら拒否された。これはラインハットに逆らう危険分子の集まりだ、潰してしまえ!"と言ってこの村を滅ぼし、他の町村が反抗しないためのスケープゴートにするつもりなのだ。もはや一刻の猶予もない。急いで女子供は洞窟の中へ避難した方が良いな。」

 

「ですが一番の不安要素はが兵士と戦える奴がカリン、この私、スコットさん、マルティンさんのたった4人だけなんです。到底抑えきれるとは思えませんが?」

 

サンチョが不安を述べるが、マルティンが否定する。

 

「大丈夫だ。この村は結構入り組んでいるし、人が横に広がれる幅も狭く、大部隊を大きくは展開できない。

「この村全体を戦場にしてゲリラ戦を行えばそう簡単には滅ぼされないでしょう。あと、誰か火薬もっとったらウチにください。お願いします。」

 

そして、カリンの口から驚きの作戦が発表された。

その日の夜からサンタローズは密かに村全体を使ってラインハット軍を迎え撃つ準備を始めた。村民総出で洞窟の前にはバリケードを築き、村中にはあらゆる罠が仕掛けられた。全ては、愛する村を守るために………

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして、カリンたちの予言通り、その日の内にラインハット軍に一枚の命令書が交付された。そこには

 

"サンタローズ村に叛意あり。4月7日の日の出を以って反乱分子を鎮圧せよ。"

 

と書かれていた。




今年のFNS27時間テレビは録画映像を用いて進行するんだとか。ぶっ続けの生放送だから面白いと思うんですがねぇ。忙しくて見てる暇もないんですが。
<次回予告>ついに村へ押し寄せてきたラインハット軍に対してサンタローズ村の決死の抵抗が始まった。思わぬ損害に驚いたラインハット軍はさらなる増援を要求し、サンタローズ最大の危機が訪れた。
次回 第22話「サンタローズのいちばん長い日 前編」
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第22話 サンタローズのいちばん長い日 前篇

どうも、かいちゃんです!
「星のドラゴンクエスト」で天空の剣が当たったのですが、星の錬金粉が足りません。ドロップを狙ってクエストを周回する毎日です。
では、本編スタートです!


サンタローズは切り立った崖の下にあった丘を切り拓いて形成された街である。南西部に入り口があり、そこからコの字を描く様に村のメインストリートが奥へ向かうにつれて標高が高くなる様に走っている。入り口のすぐ北は丘陵地になっており、その上に宿屋が建っている。そして洞窟はメインストリートの終点に位置しており、その洞窟からは川が流れ出て村を東西に分断している。

この地形的に非常に恵まれたサンタローズ村を舞台に、村人たちは"伊達と酔狂によるサンタローズ村防衛戦"をおっ始めようとしていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

4月7日早朝にラインハット城を出発した何も知らないラインハット軍300名は昼下がりにサンタローズ村に入った。しかし、驚いたことに村人は誰も外へ出ておらず、入り口で前々日にラインハット軍をやり込めた少女が入り口の前に立っていた。その少女が軍に向かって高らかに宣言する。

 

「おお、また雁首揃えて来やがったか。今度は何の用や?」

 

先頭にた立っている先日カリンにやり込められた兵士が嘲笑する。

 

「小娘には何も知る権利はない。何故なら……この村は今から滅ぼされるのだからな!」

 

兵士はカリンに向けて槍を突き刺そうとするが、見事にカリンは体を反らして直撃を避け、逆にその柄を掴む。

 

「おにーさん、あんたらがどういった経緯でここにおるかぐらい分かっとんねん。ところでやけどさ、先そっちが手ぇ出してんからこっからは正当防衛やで。言質もとったしな。」

 

そう言うとカリンはポケットから黒い球を取り出して、そこから伸びている紐にメラで火をつけた。

 

「爆弾って、知ってる?」

 

そう言うとカリンは兵士の群れの中へ球を投げ入れた。そして村へ向かって全力で戻る。一瞬惚けていたラインハット軍であったが、カリンの言葉と投げたものの意味に気づいて慌てふためく。しかし、その反応は明らかに遅すぎた。

 

爆炎と爆風がラインハット軍先頭集団をなぎ倒した。

難を逃れた先頭の兵士が突撃を命令する。無事であった270名ほどの兵士がサンタローズに突撃した。しかし、宿屋のある丘の上に隠れていた村人が熱湯をふりかける。兵士たちは熱さでパニックに陥った。そこへ、槍を持ったスコットとマルティンとサンチョが猛然と飛び込んでゆく。彼らはラインハット兵士を殺さない様に脚や腕を突き刺し、戦闘能力を次々に剥奪していく。

 

日没と同時に戦闘は終結した。4時間あまりの戦闘でラインハット軍は村の入り口を突破出来なかったばかりか、サンタローズの犠牲者0に対してラインハット軍の戦闘不能者は80名に上った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ふむ、まずいな。このままでは妾の面目が立たぬ。増援1000を派遣せよ。今夜中にだ。」

 

そう命じると摂政皇太后カタリナは冷酷な笑みを浮かべた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「なんて数だ。」

 

翌4月8日早朝、サンタローズ周辺にカタリナから命令を受けた増援部隊1000名を含む1220名の軍が集結していた。その壮観を丘の上から眺めた見たスコットの述懐が上記である。

 

「ま、増援に関してはこっちから蒔いた種ですからね。やるっきゃないっしょ。」

 

昨日は敵を油断させるために何も装備していなかったが、今日はガッチリとフル装備に身を固めたカリンが言う。そして、その言葉と同時にラインハット軍は進軍を開始した。

 

「団体様のお出ましですね。」

 

「この村の利点は守り口が1つしかないところだな。あとは火矢と投石にさえ気をつければ何も恐れるものはない。昨日は手加減してやったが、今日はそうはいかんぞ。」

 

「やりますか。」

 

「うむ。」

 

カリンとスコットは指定された配置についた。サンタローズの一番長い1日が幕を上げた。

 

昨日と同じ要領で丘の上から熱湯をぶちまけ、槍の使い手が襲いかかるという形で村の入り口付近で戦闘が始まる。しかし今日のラインハット軍は数の力で押し切り、1時間程度で村の入り口をようやく突破した。サンタローズ3名の槍使いは足元に注意しながら村の奥へと引く。それを追って一挙に兵士が村になだれ込むが………その兵士一団が消えた。

入り口を入って20メートルもしないところに仕掛けられた巨大な落とし穴が一瞬にして50名以上の兵士を飲み込んだのである。もがく兵士たちに上に熱湯が撒かれ、兵士たちはパニックに陥る。そその中に命綱をつけたサンチョとカリンが飛び込んで次々に足の骨を折ったり関節を外すなど戦闘能力を剥奪していった。事態を重く見た本隊は火矢による遠距離攻撃をかけるが、これをあらかじめ予想したカリンが村人に配った水をたっぷり染み込ませた皮の盾が防いでいく。

 

何とか落とし穴を回避した兵士たちが、コの字型のメインストリートの、川を渡って1つ目の角に立つカリンに突撃する。カリンは速連射で先頭10人の兵士の膝を射抜き、北へ向かって走る。

そこへ殺到する兵士たちは気づかなかった。コーナーに大量の料理用の透明な油が撒かれていたことを。油に足を取られた兵士たちはその場で大きく転ぶ。

すると、武器屋の影に隠れていた村の男たちが燃料用の油を足を取られた兵士たちに向かってふりかける。100人程度の兵士がそこで足掻いていた。そこへ、味方が放った火矢が足を取られた彼らを襲う。油に引火した火は一瞬にして燃え広がり、轟音を立てて大爆発を起こした。火だるまになった兵士たちが次々と川へ飛び込んでいく。それを無視して突撃してくるものには容赦なくカリンの矢が襲いかかった。

 

結局この第一コーナーでの騒ぎが収拾するまで1時間半を要し、ラインハット軍の10時に予定されていた再侵攻は正午まで延期となった。この時点で未だサンタローズの51名の村民に犠牲者は出ておらず、一方のラインハット側は死者55名、足を射抜かれたり腕を切られたりして戦闘不能になった者は387名に上った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

11時、ラインハット軍増援部隊の総大将であるイワンは戦況を見て渋い顔をしていた。イワンは55歳の経験豊富な将帥で、その実直な人柄と堅実な用兵で兵からも前国王エドワードからも大きな信頼を勝ち取っていた名将である。

 

「なかなか敵はやりおるな。地の利と知恵を活かして大軍にここまで対等に戦うとは。たった5時間の戦闘でおよそ25倍の兵力の我々がその戦力の3割6分を失うなど誰が想像したかな。」

 

「如何なさいますか?」

 

部下が伺いを立てる。

 

「うむ、突撃しか考えぬ先行部隊にこれ以上任せてはおけぬ。午後からはこの私が指揮を執る。全隊を30人ほどの小集団に分割し、時間差で突入させる。正午までに間に合わせろ!もちろん敵には気づかれるな!」

 

(しかしこの村の者が反乱分子というのは本当なのか?そもそも実行犯が城で見たあの実直そうな男というのも納得がいかぬ。エドワード先王がパパス殿の身分を最後まで誰にも明かさなかったのも気になる話だ。今回の摂政皇太后陛下の命令、些か不可解なものに思えるが……。しかし、何よりも今は目の前の敵だ。この恐るべき相手を如何に屈服させるか、用兵家の血が騒ぐ!)

 

イワンは訝りながらも昼食の乾パンを口に放り込んだ。

 

 

「問題はここからや。」

 

「そうだな。ネタもだいぶ尽きてきた。」

 

カリンとマルティンが丘の上から敵の状況を観察しながら話している。

 

「ここで一番怖いのは少数部隊を時間差で突っ込まれることなんですけど、それやる雰囲気ですね。」

 

「そうだな。兵の動きが今までと違う。逆に今まで通りに見せようとしている感じだな。」

 

「ここからが勝負ですね。」

 

「うむ。洞窟の中の女子供の様子は?」

 

「シスタールカのおかげでとても落ち着いています。」

 

「こうしてみるとつくづく思うのだが、本当にお前は7歳なのか?大人の一流の軍略家と話しているように感じるのだが。」

 

「あら、ウチが7年前にここで生まれたの知ってるでしょ。何アホなこと言うてますの?」

 

「そ、そうだな。」

 

今回の防衛作戦は全てカリンとスコットの起草によるものだ。しかもその殆どがカリンの頭脳から生み出されていた。カリンは前世での映画や小説の記憶をフル活用してこの前代未聞のゲリラ戦を仕掛けていたのであった。

 

(さあて、ここからの敵さんはなかなか優秀な人物らしいな。これは気張ってやらな。)

 

 

サンタローズ防衛戦の最終局面に向けて、カリンとイワンの頭脳戦が音もなく始まっていた。




先日京都に行ったのですが、外国人めっちゃ多いですね。特に包丁屋の「有次」で欧米の方々が興味津々な様子で包丁に見入っていました。通行の邪魔になって迷惑な事もありますけど、これだけ来てくれるのも嬉しいです。
<次回予告>イワンの指揮するはカリンの恐れていた少人数による時間差突撃戦法によってサンタローズ村の奥へと侵入していく。徐々にジリ貧になるサンタローズ。そんな状況の中、サンタローズ側の重要人物に兇弾が放たれた。
次回 第23話「サンタローズのいちばん長い日 後編」
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第23話 サンタローズのいちばん長い日 後篇

どうも、かいちゃんです!
なにわ淀川花火大会を見てたら前書きと後書き書くのを忘れてました。それにしても綺麗でした。生ではなくテレビ大阪の中継でしたが………くそ、次は絶対生で見てやる!
では、本編スタートです!


正午になり、ラインハット軍は再侵攻を開始した。30人ほどの小集団が時間差で突入してくる。

 

「これだよ。これをやられたら困るんだよ!」

 

絶対数が圧倒的に不足している以上、この戦いで大事になってくるのは如何に多くの敵を労なく屠るかである。しかし、このような戦法を取られると、一度に倒せる敵の数は少なく、時間差をつけた間断ない攻撃は防衛側の精神力と体力を大幅に削ぐ。さらに30人というバランスもいい。多すぎて一度に多く屠られるリスクは少なく、かといって少なすぎてすぐに捌き切れるというものでもない。

 

「とにかく、集団を集めて纏めて叩くしかない!」

 

カリンたちはあらゆる手を尽くした。地味に今までやってなかった川に架かっている橋を落としたり、カリンが井戸に隠れて敵をやり過ごして後輩から襲いかかって襲撃したり、足元に紐を張ってこけさせたりといった、どちらかと言えば二流のトラップでラインハット軍を困惑させ、次々と仕留めていく。

しかし、その防衛線は徐々に後退し、午後2時現在、カリンの家を中心に戦いが行われているという状況である。それでもサンチョ、スコット、マルティンが前衛で槍を振るい、後衛でカリンは援護し続けるというフォーメーションは、数の利をもってしても容易に覆せるものではなかった。

 

「サンチョさん、そろそろあれやりましょ!」

 

「分かりました!」

 

サンチョとマルティンが二個集団を引き連れてカリンの家に入り込む。スコットは後から来る集団に備えていた。カリンは心の中で母に詫びながら家の柱に爆薬をセットし、メラで導火線に点火した。そして首から下げていた笛を吹く。するとサンチョとマルティンが窓から飛び降りた。そして3秒後、ユリーナに譲り受け、パパスとリュカとサンチョと共に時を刻んだ愛する二階建ての家は、カリン自身の手で爆破された。そして、涙を拭きながらカリンは次にやってきた集団に対処していった。

 

その後もジリジリと防衛線を下げながら教会に貯めておいた水を扉を爆破して鉄砲水のようにして放出するなど、様々な仕掛けで一行はラインハット軍を苦しめ続けた。

しかし、その中で大きな問題が発生した。カリンの矢が尽きてしまったのである。カリンは矢を求めてまだストックを置いている洞窟へ向けて走った。しかし、それを目ざとく見つけたラインハット兵の1人が、カリンに向かって槍を投擲したのである。しかし、その軌道に立ち塞がった者がいた。そして、ラインハット兵が投じた槍は当然のように立ち塞がった者=マルティンの左胸を貫通した。

 

「親父!!」「マルティンさん!」

「マルティン殿!!」

 

マルティンはゆっくりと膝をつき、その後仰向けに倒れた。心臓を貫かれ、即死であった。残された3人の目から涙が流れる。しかし、その悲しみとショックをエネルギーに変え、ラインハット軍に襲いかかった。怒りと悲しみに燃えた3人の猛攻は激烈を極め、まともに太刀打ち出来る者はいなかった。その隙にマルティンの遺体は村の男たちによって洞窟へ運ばれ、泣き崩れるマルティンの妻を中心に死化粧を施し、刺さった槍は抜かれ、血が拭われていく…………。

 

 

イワンはその報告を聞き、ついに決断する。

 

「時は満ちた!残存部隊の半分を突撃させよ!我ら本体も負傷者に対する警備兵を除いてそれに続いて村へ入る。この戦いを終結させるのだ!」

 

(どうやら勝ったな。見事な戦いぶりであったが、ここが潮時だ。)

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「どうやら夕暮れ時にはこの村に入ってきそうだぜ!集団も一旦引いてあそこに合流するつもりだ!」

 

武器屋の主人がサンチョに手当てを受けるカリンにことの次第を伝えた。マルティンを欠いたことが災いし、苦手な格闘戦に持ち込まれ、左腕を骨折していた。そうでなくても戦っていた3人は傷だらけであった。スコットも肋骨を骨折していた。残りの村の男も多かれ少なかれ怪我をしている。文字通りの死闘であった。

 

「分かりました……。サンチョさん、最後の悪あがきをよろしくお願いします…………。」

 

「分かりました。」

 

(どうやら講和のテーブルには引き出せそうや……)

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ラインハット軍の残存部隊の前半半分は、抵抗が無いのをいいことに村の奥へと進行した。あちこちから煙があがり、建物は倒壊し、畑は戦闘によって荒れていた。仮に再建するならその苦労が思いやられる。しかし、ラインハット兵は妙に体が気怠くなっていき、そして………

 

 

イワン率いる本体が村へ入った時、先発していたはずの前半半分は皆縛られて、武器を持った村人に包囲されて村の中央の広場に集められていた。どうやら眠りこけているようだ。そして、イワン達の行方を、危険な存在として報告のあった少女と太った男と若い長身の男が塞ぐ。

 

「ここからは武器ではなく、会話でやりあいましょう。あなた方だって彼らの命が惜しいでしょう。」

 

3日前の先遣部隊を正論で論破したという、左腕を吊った満身創痍の少女がイワンに告げる。イワンはその言葉に頷き、崖をくり抜いて作られた薬師カールの家に少女と2人だけで入っていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「私が今日の昼から全権を預かったイワンだ。」

 

「今回の防衛戦の統括を担当したカリンです。」

 

イワンは目を疑った。この娘に茶を出させておいて指導者が出てくるとばかり思っていたが、この娘こそが指導者だったのだ。そんな動揺を表に出さずに続ける。

 

「表の兵はどうしたのだ?」

 

「あなたをここに引きずり出すために、ウチの村の薬師のカールさん特製の催眠作用のある煙で夢の世界へご招待しました。」

 

「なるほど。」

 

「こちらが求める事はただ1つ、村人の生命の確保です。それさえ保障していただければ、別にこの村が滅ぼされたという風に報告していただいても構いません。そうすれば、広間の兵は無傷で解放します。」

 

イワンは悟った。この村は決して反乱分子の集まりなどではないと。もしそうであるなら、ここで兵士を無傷で返すという提案は行うはずがない。逆に後の事を考えて後発の兵とまとめて皆殺しにした方が戦力を削ぐという観点では有利である。彼らは単に殴られたから殴り返しただけで、何も彼らに非はない………。そしていつしかイワンは賢く、強く、何より優しいこの少女の力になってやりたいと思うようになっていた。

 

「承知した。実はこの件、私個人としては妙に感じている。どうやらそちらに非はないようだ。立場や家族もあるので公にとはいかないが、この件を独自に調査しよう。」

 

「ありがとうございます。非常に助かります。」

 

2人は握手を交わした。

 

「そなたのような知将と戦えた事、誇りに思う。」

 

「私としてはもう2度とやりたくないですけどね。」

 

「それもそうだな。」

 

イワンは捕まった兵を連れてすぐに帰途についた。戦いは終わった。

 

 

こうして、サンタローズ防衛戦は終結した。ラインハット軍は1300名の兵を動員したが、住民達の激烈な抵抗に遭い、死者145名、重傷者624名を出しながらも、摂政皇太后の指示通りにサンタローズ村を滅ぼしたと記録されている。

 

 

それから、10年の月日が流れようとしていた。カリンは長身の美しい女性に成長した。マルティンを自分のせいで殺してしまったという自責の念に駆られ、リュカやモモやパパスが帰らないことに心を痛め、カリンは村の英雄であるにも関わらず、その表情には常に影が付きまとっていた。村人はそんな彼女を心配していた。

さらに、カリンにとっては良くないことが続いた。多くの村人がサンタローズを離れた。残ったのはシスタールカ、スコット、マルティンの妻、宿屋の主人一家(3人の子供がいる)、カール夫妻と7歳になる息子、武器屋夫妻と9歳になる娘、その他数名のみであった。サンチョはパパス達を探すためにサンタローズを離れた。アルカパのダンカン一家が西の大陸に引っ越した。カタリナ摂政皇太后は苛政はラインハットの人心を蝕んだ。ビスタ港が封鎖され、西の大陸との連絡手段が無くなり、ダンカン一家の消息は知れなかった。

しかし、良いこともあった。スコットは、兼ねてから想いを寄せていたシスタールカと結婚した。妖精の世界から持ち帰った桜の苗は立派な木に成長し、毎年花を咲かせていた。

 

そして、あの戦いから10年が過ぎた年の3月、世界一高い山であるセントベレス山山頂において、再び物語は動き出そうとしていた………。




月曜日からは高校野球が始まりますね!今年も球児たちの青春から目が離せません!それはそうといつの間にか僕も歳を重ねて高校球児たちに歳上がいなくなりました。なにか感慨深いものもありますね。
<次回予告>長く過酷リュカとヘンリーの奴隷生活であったが、彼らはまだ希望を捨てていなかった。10年の時を経て再び伝説が始まる。
次回 8月9日水曜日午後9時3分投稿 第24話「奴隷生活についての一考察」
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第3章 故郷へ……
第24話 奴隷生活についての一考察


どうも、かいちゃんです!
昨日から高校野球が始まりましたね!既に熱戦が繰り広げられているわけですが、昨日の第3試合、藤枝明誠(静岡)対津田学園(三重)の死闘にシビれました!決着がついた時に叫びましたね。
では、本編スタートです!


世界一高い山、セントベレス山頂。

標高は1万メールに届き、空気も薄く、地上より平均気温が10度低いこの劣悪な環境下において、新興宗教である"光の教団"の大神殿が建設されていた。その過酷を極める作業には、セントベレス山がある中央大陸の現地住民や、世界各地から集められた奴隷達が従事していた。

その中に、10年前に当時まだ子供だった頃から連れてこられた2人の若者がいた。そのうちの1人は長い黒髪を後ろで縛り、愛用の紫のターバンをいつも巻いている、瞳に不思議な光を湛えた16歳の若者で、名をリュカといった。そのリュカは、作業場で呑気に歌を歌っていた。

 

「負けないで もう少し

最後まで 走り抜けて

どんなに離れてても 心は側にいるわ

信じてね遥かな夢を〜」

 

「こら!貴様!何を歌っているんだ!」

 

「いいじゃん!この歌聞いたらみんな元気出て作業効率上がるんだから!」

 

「うるさい!黙れ!」

 

リュカはムチを持った監視員にムチで叩かれてしまった。

 

 

「リュカ、ま〜た叩かれてたな!毎日飽きもせずに良くやるぜ、全く。」

 

その日の作業が終わり、夕食時にそう声をかけてきたのは、リュカと共に10年前にここに連れてこられた緑色の髪の17歳の若者、元ラインハット王国第一王子のヘンリーであった。2人はこの苦難の10年間を共に過ごす中でいつの間にか無二の親友となっていた。

 

「何だよ〜。別に僕悪くないし。あ〜、おんなじ嫌味を言われるんだったらカリンに言われたいや。」

 

ヘンリーは押し黙る。ヘンリーはリュカからカリンの話を聞くうちに、カリンに対して恋心までは行かない、仄かな憧れを抱いていた。ちなみに、リュカがカリンをどう思っているかについては、リュカは口を開かなかった。

 

「それよりさ、今日言ってた、神殿の完成の暁には自由にしてやるって話、どう思う?」

 

「あんなの嘘に決まってるだろ。どうせ真実を知ってる人間は消されるのさ。」

 

「だろうね。僕も全く同意見だよ。」

 

そして、リュカは声を低くして続ける。

 

「つまり、僕が言いたいのは時間が限られてきたっていうことだよ。」

 

「そうだな。このペースだとあと2年もすりゃ完成しちまうからな。」

 

「何かここを抜け出すいい案はあるの?」

 

「ありゃとっくに実行してるさ。ギリギリになったら例の手を使うけどな。」

 

「死体を流す樽に入るっていうやつね。」

 

ここで死んだ人間は樽に入れられて海へ捨てられる。それに紛れて脱出しようと考えたのだが、高度一万メールからの脱出である。かなり命の危険が高すぎるため、2人の間では最終手段という位置付けであった。

 

「それとさ、今日新しく奴隷が入ったよね。」

 

「ああ、あのなかなか美人の。」

 

「マリアって名前らしいんだけどね。あの子、元々はこの光の教団の信者だったらしいよ。」

 

ちなみに、光の教団とは、入信していれば死んだ時に救われるという、教義としては単純な宗教だが、魔物の数が増え、ラインハットやグランバニアなどの大きな国家での凶事の数々が人々の不安を煽り、今ではかなりのペースで信者が増えているらしい。そして、教義に背く者や、人攫いに攫われ、売られた者達が、ここで奴隷として働かされている、という訳だ。

 

「マジか。いよいよ腐ってやがるな。それにしても俺たち良く10年も保ったよな。」

 

「本当にそうだね。何回死にかけたかわかったもんじゃないよ。」

 

リュカとヘンリーの体はムチで殴られた傷跡だらけであった。回復呪文で消えるような代物でもなかった。そもそも、朝一番に全ての魔力を吸い取られて呪文を唱えられないようにされるのだが。

 

「さてさて、毎日恒例のこのクソ不味いシチューも食い終わったことだし、明日に備えて寝るか。」

 

「そうだね。あー、サンチョの料理が恋しいな〜。」

 

「そのためにも必ず生きて帰って、一緒にあのゲマをぶっ殺そうな。」

 

「もちろんだよ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌朝。目覚めたリュカは毎日恒例の朝礼で魔力を吸い取られ、作業に精を出す。石を山頂に作られた神殿の土台に運び続けること2時間、すると、急に下のフロアが騒がしくなったのをリュカは感じた。野次馬根性から作業をサボって騒ぎを見に行く。すると、そこでは昨日入ってきたマリアが教団の人間にムチで叩かれていた。その場に居合わせたヘンリーに何があったのかを聞く。

 

「俺も詳しくは知らねえが奴らの口ぶりからすると、どうやらあの子が石を持ってよろけた拍子にあいつらにぶつかって服が汚れたらしい。」

 

そう語るヘンリーの目は既に怒りに満ち溢れていた。ヘンリーは口は悪く、少しチャラけた印象のある男だが、根はとても真面目で正義感が強い。だからこそマリアを理不尽な理由で殴っている教団の人間が許せないのだろう。

話を聞いているうちにムカついてきたリュカがヘンリーの肩に手を置いて言う。

 

「やろう。もしこれがバレて捕まったら牢獄行きだけど、牢獄は死体を流す場所のすぐ近くだ。僕は賭けてみてもいいと思う。」

 

「奇遇だな。俺も全く同じことを考えてたところだぜ。よし、リュカに暇があれば鍛えてもらった格闘の成果、見せてやろうか。」

 

リュカとヘンリーは一歩前に進み出た。それに気づいた教団の男が蔑むような目で誰何する。

 

「何だお前達は?こいつと一緒に殴られに来たのか?」

 

「えー、痛いのはやだなあ。君たちみたいに下衆な考えしかできなくて、人をムチで叩く事しか頭にない連中にはわからないだろうけど、ムチで叩かれるって結構痛いんだよ?」

 

「しかも何の非もないか弱い女性にやってるらしいじゃねーか。男の風上にも風下にも置けねーな、お前ら。」

 

「ふん、よっぽど死にたいらしい。なら俺があの世に送ってやるよ!」

 

そう言ってムチ男は飛びかかって来た。リュカは石を拾うとムチ男の右手に向かって投げつける。石は過たずに右手に直撃し、ムチは弾き飛ばされた。そのムチをヘンリーが拾い上げ、右手を抑えてうずくまっているムチ男に打ち付ける。

 

「どうだ、痛いだろ?」

 

しかし、騒ぎを聞きつけた他のムチ男達がその場に現れ、リュカとヘンリーを包囲した。

 

「わ〜!団体様のお着きだ〜!」

 

「4人か。リュカ、行くぞ!」

 

「はいよ!」

 

 

五分後、リュカとヘンリーの周りには4人のムチ男の身体が転がっていた。

 

「案外弱かったね。」

 

「そうだな。」

 

そこへ教団施設の警備と治安維持を担当する兵士の一団が現れた。そのリーダー格の男が事情の説明をムチ男に求める。

 

「この娘が躾がなってなかったもんで躾けていたら、急にこいつらが殴り込んで来たんです。それで他の奴らが取り押さえようとしたんですが、返り討ちにあってこのザマに………。」

 

「おいおい、躾がなってなかったのはそっちだろ!か弱い女性が重いものを運ぼうとしてよろけてぶつかったくらいでムチで打ちやがって!」

 

ヘンリーが自分を正当化しようとするムチ男を非難する。

 

「事情はどうであれ、早急にこの問題を収拾せねばならん。とにかくその奴隷2人は牢屋へ。その女の奴隷は手当てをした後、私の元へ連れてこい。女の手当てが済むまでの間、お前達から事情を聞こう。監督不行き届きがなかったかを精査する必要がある。処分は追って下す。」

 

「はっ」

 

部下の兵士が動き出す。

 

「リュカ!」

 

「ここは下手に騒がない方がいいと思うよ。素直に捕まっておこう。大丈夫、悪いようにはならないさ。」

 

「そ、そうなのか?」

 

「あれ、知らない?」

 

「何のことだ?」

 

「ならいいや。あとで言うよ。」

 

「…………。」

 

リュカ達は大人しく牢屋へ連行されていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「開かねーな。」

 

ヘンリーは鉄格子のドアを開けようとするが、ビクともしない。

 

「そう?ま、気長に待とうよ。」

 

「おいおい………、ってそうだ!さっきの"知らない?"って何のことだよ!説明しろよ!」

 

リュカは鼻を小指でほじりながら答える。

 

「本人に直接聞くのがいいと思うよ。」

 

「どうやって聞くんだよ!このまま何の事情聴取もなしで死刑になるかもしれないんだぞ!」

 

「あ、来た。」

 

リュカとヘンリーが入る牢屋に二組の足音が聞こえて来た………。




さて、本日8月9日は長崎原爆が落とされた日な訳ですが、よく考えたら民間人の虐殺って明らかに当時の国際法を違反してるんですよね………。あ、ちなみに南京大虐殺は大嘘らしいですよ。
<次回予告>10年前の出来事以来、リュカも、パパスも、モモも帰って来ず、マルティンを失った悲しみが癒えずに心の底から笑わなくなったカリンをサンタローズの者たちは心配していた。そんな中、セントベレス山頂ではリュカとヘンリーの驚くべき脱出計画が進行していた!
次回 第25話「3月の自由な空の下で」
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第25話 3月の自由な空の下で

どうも、かいちゃんです!
昨日の高校野球、智弁和歌山(和歌山)対興南(沖縄)の試合をたまたまテレビで見ていたのですが、とても面白い試合で見ててシビれました。それにしても智弁和歌山の応援歌のジョックロックめちゃカッコいいですね。なんかウォーってなります。
では、本編スタートです!


牢屋の前に現れたのは、先ほどの兵士たちのリーダー格であった男とマリアであった。

 

「ど、どういうことだ?」

 

ヘンリーは驚きの事態に目を丸くしている。

 

「ごめん、ヘンリーには言ってなかったね。その兵士の人がヨシュアさん。マリアさんのお兄さんで、僕の内通者だよ。元々は給料がいいし、マリアさんが光の教団の敬虔な信者さんだったからここに入ったらしいんだけど、どうもここの教義に疑問を感じていたから協力してくれるんだってさ。ま、今回の件は偶然なんだけどね。」

 

「どうしてそんな大事なこと黙ってたんだよ!」

 

「てっきりもう言ったと思ってた。」

 

「調子のいいヤツめ……。」

 

ヨシュアは牢屋の鍵を開け、2人を外へ出す。そして死体を流す樽の前に2人を連れて来た。

 

「この水と食料とあんたらが捕まった時の荷物を積んだ樽に乗ってマリアと共に逃げてくれ。」

 

「あんたはどーすんだよ!」

 

「俺はここに残る。」

 

「そんな……兄さん………。」

 

「ダメなんだ。下に落とすための水門を開けるにはこのレバーを誰かが引かなきゃならん。私ならここでは地位と身分があるから大丈夫だ。」

 

そう言ってヨシュアは壁にある上下に動かすレバーを指差す。そして、樽置場から水門までは距離がややあり、水門の近くまで樽を流さなければ水門が開いても樽が流れ落ちることはないのだ。

 

「そんなのダメだよ。その樽なら荷物と人間4人でもギリギリ入るよ。それに、マリアさんが悲しんでる。レバーを引き続けている間はずっと水門は開くんだよね?」

 

「そうだ。」

 

「ヨシュアさん、細くて丈夫なロープとテント建てる時に使う穴の空いた杭ある?」

 

「ある。取ってこよう。」

 

言われたものを取ってヨシュアが戻って来た。

リュカはレバーを一番下まで引き、レバーの取っ手にロープを結ぶ。そして壁に垂直に打ち込まれた杭の穴にロープを輪っかにして通してピンと張るように結んだ。これでレバーが戻ることはない。

 

「これでいける!ヨシュアさん!鎧とか全部脱いでこの袋に入れて樽に入って!」

 

リュカを除いて全員が樽の中に入った。リュカは樽を勢いをつけて押し出し、そのまま樽に向かって跳躍して中に入る。確かにギリギリながら全員が入って蓋を閉めることができた。

リュカが勢いをつけた樽はしっかりと水門近くまで届いて水門を抜け、山肌に沿って作られた傾斜のキツい水路を流れていく。4人は衝撃に揺られながらも耐えぬき、ついに樽は穏やかな外海に流れ出た。4人は身体をよじらせながら食料と水を補給し、三日三晩波に乗って流され続けた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

サンタローズ。10年前にラインハット正規軍1300名を50名で退けた村だ。だが、戦いの傷は大きく、田畑の多くはダメになり、殆どの家や建物は廃墟となってしまった。再建は容易ではなく、多くの村人がこの地を去った。後に残った20名ほどの村人が、地道な復興作業を続けながら慎ましく暮らしていた。その中に、ラインハット正規軍1300名を文字通り手玉に取った英雄、カリンの姿もあった。

カリンは今日も桜の木の前に立っていた。この桜は、カリンがリュカとモモと妖精の世界の危機を救った際に妖精の村の主、ポワンから貰った苗木が生長したものだった。その桜の近くには、2つの墓石が並んでいる。1つはカリンの母、ユリーナのもの。もう1つは、10年前の防衛戦で、カリンを庇ってサンタローズ側唯一の犠牲者となったマルティンのものだった。カリンは墓の前で手を合わせる。桜は、まだ花芽を付けたばかりだった。村人に呼ばれ、カリンは復興作業に戻っていく。その笑顔には、濃い影がこびり付いていた。

 

「カリン、またあの辛そうな笑顔をしてるわね。」

 

今年で27歳を迎える村唯一の聖職者、シスタールカが、大きくなったお腹をさすりながら夫に呼びかける。

 

「やっぱり父さんのことまだ引きずってるのかな?」

 

そう答えたルカの夫は、マルティンの息子であり、10年前には八面六臂の働きを見せたスコットである。妻より4歳の年長であった。

 

「パパスさんも、リュカも、モモちゃんも帰ってこないもんね。相当無理してると思う。」

 

「昔みたいにニカーッって笑うカリンが見たいな。」

 

「うーん?誰や?人の噂話してんのは?」

 

驚いて振り返ると、カリンが佇んでいた。

 

「い、いやいや、噂なんてしてないよねー?」

 

「そ、そうだよ。桜まだ咲かないかなーって話してただけだよ、あははははは」

 

すると、カリンはやはり寂しげな顔をして話す。

 

「ゴメンな、心配かけて。ウチもほんまは昔みたいに笑えたらええなあって思うねんけどな。でも、どんなに気にすんなって言われてもマルティンさんはウチのせいで死んだって考えてまうし、リュカ達のことも不安に思ってまうねん。」

 

「カリン………」

 

「さ、この話はここまで。スコットさんはこっち手伝って。ルカさんもお腹の子に障るから早く休むねんで。」

 

そう言い残してカリンは復興作業に戻っていく。ルカは神に仕える聖職者でありながら、この時ばかりは神の至らなさを呪わずにはいられなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

リュカが目を開けると、そこは知らない天井だった。

 

「お、リュカ、気がついたか。」

 

目の前には清潔な服を着たヘンリーがいた。

 

「ここはどこだい?」

 

「詳しくは俺も分からねえけど、どこかの海辺の修道院だよ。もう他の2人は起きてるぜ。シスターの話ではこの浜に打ち上げられた時は全員気を失っていたらしい。今日は3月28日だ。あそこを出てから5日。この浜に打ち上げられてから丸1日ってとこだな。」

 

「そうなんだ。とにかく、みんな助かったんだね。」

 

「ああ。それよりこのリンゴ食えよ。美味いぜ。」

 

リュカはヘンリーが器用に剥いたリンゴを口にする。

 

「あー、長らくリンゴなんて食べてなかったな。こんなに新鮮な味がするんだ。」

 

「俺らもだいぶ悪食に慣れちまったからな。あのシチューの酷さといったらありゃしねーからな。」

 

「ははは、その通りだね。」

 

「よし、食ったな。歩けるか?」

 

「問題なさそうだけど、どうしたんだい?」

 

「実はな、もうそろそろマリアさんの洗礼が始まるんだ。ここのシスターになるんだってよ。」

 

「ヨシュアさんは?」

 

「本人は何も言ってないから詳しくは分からないけど、この修道院の貴重な男手として重宝されてるし、マリアさんもここに残るわけだからここに残るんじゃないか?」

 

「………ヘンリーは?」

 

「おいおい何疑ってんだよ。お前について行くよ。お前の親父さんの仇を討ちたいのは俺もなんだぜ。」

 

「ありがとう。疑って悪かったね。」

 

「まあいいってことよ。さ、そろそろ行こうぜ。マリアさん、普通の環境に戻ったらめちゃめちゃ綺麗なんだぜ。」

 

「ま、美人な雰囲気は奴隷の服でも出てたけどね。」

 

リュカは実におよそ10年ぶりにフカフカのベッドから起き出した。

 

 

マリアの洗礼も終わり、脱出した4人は1つのテーブルを囲んで今後について話し合う。

 

「私はここで今も働かされている奴隷の人たちや、あの場所で亡くなられた人たちに祈りを捧げるつもりです。」

 

「私もしばらくここにいよう。ここの修道院は男手が無いから、色々と頼まれごとを抱えていてな。それが済んだら済んだでまた考えることにしよう。」

 

「僕はヘンリーと明日にはここを出るよ。どうやら10年前と違ってここからサンタローズまで歩いて行けるみたいだし。」

 

この修道院は、サンタローズのある半島のすぐ南に位置する島の南西端に立っている。ここから北へ向かうとオラクルベリーという街が存在しているのだが、以前は半島とこの島には橋が架かっておらず陸路での移動は不可能だったが、8年前に橋が完成したお陰で陸路での移動が可能になったのだという。苛政で疲弊したラインハットからこの島に多くの人が流れ、オラクルベリーは急速に発展しているそうだ。

ヘンリーがまとめるように一座に声をかける。

 

「ま、これから自由な空の下で生きていけることを祝って、まずは乾杯しようぜ。」

 

残りの3人は頷き合う。そして、この修道院で取れた茶葉で淹れられた麦茶の入ったグラスを手に取った。

 

「自由に乾杯!」

 

「「「乾杯!」」」

 

万感の想いが籠もったヘンリーの音頭に合わせて四つのグラスが涼しげな音を立ててぶつかった。




高校野球ってプロ野球とは違った面白さがありますよね。両方大好きですけど。
<次回予告>ついに旅立ちの時が訪れた。修道院を離れてオラクルベリーに向かったリュカに意外な才能があることが発覚する。
次回 第25話「魔物使いの覚醒」
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第26話 魔物使いの覚醒

どうも、かいちゃんです。
明日の大阪桐蔭対智弁和歌山を見たいのに用事で見れません。悲しいです。
では、本編スタートです!


翌日、リュカとヘンリーは旅支度を整えて修道院の門の前ヨシュア、マリアに加えて、修道院長とここに流れ着いた時に身の回りの世話をしてくれたシスターたちの見送りを受けていた。

 

「何がともあれ達者でな。」

 

「ご無事を心からお祈りしています。」

 

ヨシュア、マリアが言葉をかけながら2人に握手をする。対して修道院長は実用的なアドバイスをくれる。

 

「ここを出たら真っ直ぐ北のオラクルベリーを目指しなさい。あなた達が子供の頃に着ていた防具を売り払って新しいものを買うといいでしょう。状態がいいものであればタダで大人のサイズのものと交換してくれるようですし。」

 

最後にヨシュアがずっしりと金貨の入った袋をリュカに渡した。

 

「あんたらがあそこに来る前に持ってた金に俺の蓄えの3000Gを上乗せしてある。さっき数えたら4251Gあったな。旅には先立つものが必要だ。俺の手元にも幾分か金は残してあるし、ここにいれば食うには困らない。遠慮せずに持って行きな。勿論返済は不要だ。」

 

「そんな!悪いよヨシュアさん!」

 

「何を言ってる?これは光の教団をぶっ潰すための先行投資だ。そう考えれば安すぎるぐらいだと思うが。」

 

尚も固辞しようとするリュカを制してヘンリーが袋を受け取る。

 

「有り難く頂戴したぜ。ヨシュアさんも元気でな。」

 

「ヘンリー………」

 

「人の好意を無碍にするのは良くないぜ。」

 

「………わかった。」

 

「では、2人の旅に神のご加護があらん事を!」

 

修道院長の号令とともに見送りに来た全員が胸の前で十字を切った。それを見届け、リュカとヘンリーは踵を返して修道院の門をくぐった。新たなる旅が始まったのである。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

朝一番に修道院を出た2人は昼頃に最初の目的地オラクルベリーに到着した。

 

「………すごい人だな。」

 

「うん。もう人酔いしそうだよ。」

 

「とにかく飯にするか。ついでに人生初の酒も頂こうぜ。」

 

「それは夜でいいんじゃないかな?そう言えば大人って何歳からなのかな?」

 

「俺も分からん。なんせ10年も禁欲の奴隷生活してたんだからな。」

 

2人はとにかく定食屋で昼食を済ませ、まずは武器屋に向かってヘンリーのチェーンクロスを購入する。続いて防具屋に向かって2人ぶんの防具を買い揃えた。残金は500Gほどである。

 

「どうする?カジノで遊ぶか?」

 

「いや、やめとこう。多分ああ言うギャンブルは一回ハマったら抜けれなくなるよ。それに一回コインに変えたら2度と換金できないしね。それよりも僕はモンスター爺さんの方が気になるな。」

 

「ああ、確かこの町の人間が言ってたな。」

 

「あそこだよ。」

 

リュカの指差す方向にはスライムを象った看板があった。おそらく地下にあるのだろう。下り階段が看板の下に見えた。ヘンリーも好奇心に負け、リュカに続いてその下り階段を降りていった。そこには、案外広い空間が広がっていた。そしてフロア中央の椅子には1人の老人が座っており、その横には見事なプロポーションのバニーガールが立っていた。

 

「儂が有名なモンスター爺さんじゃ。どの様なご用件かな?」

 

「いえ、町の人に紹介されて興味を持って来ただけなんですけど…………。」

 

「あら、そういうことならこの私、助手のイナッツがご案内いたしま〜す!」

 

「いや、待つのじゃ。そこの紫頭、こっちへ来てみなさい。」

 

リュカは言われた通りにモンスター爺さんに近づく。

 

「うむ、そなた、モンスター使いの目をしておるな。」

 

「何?」「はい?」

 

リュカとヘンリーは同時に聞き返す。

 

「モンスター使いというのは天性じゃ。努力してなれるものではない。つまり奥の緑頭やイナッツには逆立ちしたってなれないのじゃ。じゃがそなたはその素質を持っておる。」

 

「僕はモンスター使いになれるんですか?」

 

「その目を持って生まれた時点で半分なっているようなものじゃがな。やり方は簡単じゃ。人に襲い来る魔物は皆邪気を纏っておる。 その邪気を払ってやればよい。基本的は魔物を切ったり潰したりせずに倒せば邪気は晴れる。その中でお主について行きたい魔物がおれば魔物の方から立ち上がってお主について行こうとするじゃろう。」

 

「わかりました。その際に何か注意することはあるでしょうか?」

 

「この街の北東の端にオラクル屋という店がある。そこで馬車を買って行くのじゃ。なんせ魔物をぞろぞろと連れて町や村には入れんからの。確か今セールで1000Gで買えたはずじゃ。」

 

「ありがとうございます。」

 

「うむ、精進せいよ!」

 

「はい!」

 

2人はモンスター爺さんの洞窟から出た。

 

「しかしお前すげーな。モンスター使いだったなんてな。」

 

「僕が一番驚いてるよ。とにかくお金足りないし、夜まで外でお金貯めよ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ベビーニュート、灰色の首長いたち・ガスミンク、笑いぶくろ、頭巾が茶色になり、強さの増したおおきづち・ブラウニー、プリズニャン、スライムが出現するオラクルベリー周辺で資金集めに精を出す。そしてそれは、日が落ちかけて来た午後4時ごろ、スライム2匹とガスミンク2匹を倒した時のことだった。

戦闘が終結し、魔物の死骸が風解した後からゴールドを回収する。しかし、倒したスライムの一匹が時間を経ても全く風解しなかった。

 

「おい、これってもしかして………」

 

「かもね………」

 

すると、スライムはプルプルと震えて起き上がると、リュカに熱い視線を送り始めた。

 

「これってどうすればいいんだろ?」

 

「俺に聞くなよ!とりあえず来いって言ってみたらどうだ?」

 

「おいで!」

 

すると、スライムはとても嬉しそうに近づいて来た。

 

「名前どうしよう?」

 

「変につけても分かりにくいし、スラリンでいいんじゃね?スライムってこともわかるし。」

 

「あ〜、こういう時にカリンがいてくれたらな〜。モモの名前つけたのもカリンなんだよな〜。一発でモモも気に入ったんだよ。」

 

「カリンに欠点ってないのかよ。頭良くて強くて優しくて料理できて可愛くてネーミングセンスもあるだと?」

 

「本当に欠点なんて口調が独特で毒舌で何かにつけて笑いを求めて来るってとこくらいしかないかな。」

 

「………もしいたらの話だけどカリンの彼氏って相当苦労しそうだな。」

 

「そうだね。じゃ、続けようか。」

 

「また歌うのか?」

 

「でもこれが一番手っ取り早いでしょ。動かなくていいし。」

 

「…………。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

日が暮れて夜になった。2人はさらにブラウニーのブラウンを仲間に加えて、所持金を1413Gに増やしてオラクルベリーへ帰還した。そのまま夜にしか営業していないオラクル屋に直行し、モンスター爺さんの話どおり1000Gで馬車を手に入れた。早速その中にスラリンとブラウンを残して宿屋へ向かう。その時、不意に占いを行う老婆に呼び止められた。

 

「おー、そこのお兄さん。占いには興味ないかね?顔がいいからタダで見てやるよ。」

 

「あ、本当ですか?じゃあお願いしちゃおうかな?」

 

「おいおい、本当にこの婆さん信用出来んのか?」

 

「ふーん、そこの緑頭のお兄さんは本当は高貴な家の生まれだね。だが幼い頃に不幸を経験したんだね。」

 

「げ、なんでわかったんだ?当てずっぽうで当たる話じゃねーぞ!」

 

「当然じゃ。私はその辺の確率にモノを言わせる占い師じゃないからね。どうだい紫ターバンの兄さんよ、占われる気はないかい?」

 

「是非お願いします。」

 

そう言うと老婆はリュカの目を覗き込み、その後水晶を覗き込む。

 

「あんたの探し人、あんたの想像してるところにいるよ。そして時が来れば西へ渡るべしと出ているね。」

 

「ありがとうございます!」

 

「じゃ、緑頭の分50を置いてってくれ!」

 

「もちろん!」

 

「おい!俺は金取んのかよ!」

 

 

その後2人は宿屋に入って人生初の酒を楽しんだ。安いワインであったが、自由への喜びを噛みしめるには十分だった。

 

「リュカはそんなに強くないな………」

 

グラス1杯で赤くなり始め、3杯で机に突っ伏して寝てしまったリュカを見てヘンリーはそう呟く。リュカをベッドに運び、瓶に入っていた残りを飲み干して眠りに就いた。

 

 

翌日早朝、ついにリュカはヘンリーとパトリシアと言う名の美しい馬に引かれた馬車に乗ったスラリンとブラウンと共にサンタローズへ向けて北進を開始した。精神年齢41歳の友と再会を果たすために………。




<次回予告>一路サンタローズを目指すリュカとヘンリー。しかし訪れたサンタローズは変わり果てていた。過去の回想に耽るリュカに忍び寄る人影が。
次回 第27話「魔物使いの凱旋」
賢者の歴史が、また1ページ。


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第27話 魔物使いの凱旋

どうも、かいちゃんです。
最近どうも前書きと後書きを載せ忘れますね。大体1週間前に書き上げて予約投稿にしているのですが、塾の夏期講習やらで忙しい上に夏休みで曜日感覚が狂いまくって……
申し訳ありません。では、本編スタートです。


昼前に一行は橋を渡ってサンタローズのある半島に渡った。ガスミンク、鋭い嘴が武器で丸っこい体をした黄色い巨鳥・ピッキー、しいたけの傘を綺麗な茶色にして柄の部分をぶっとくし、そこに顔が付いているお化けキノコ、ピンクのとげぼうず・爆弾ベビー、赤いガップリン・エビルアップルなど10年前とは顔ぶれの異なる魔物たちを倒しながら北進し、途中でドラキーのドラッチを仲間に加えた一行は夕暮れ時にサンタローズに到着した。

 

リュカは複雑な気持ちになった。今はどこの家も夕食時なのか出歩いている人はいないが、確かに生活感があった。しかし、リュカが暮らしていた10年前よりは村は荒れ果てており、家も半分に減っている。何より、カリンと同じ時を過ごした二階建ての家がなくなっていた。

しかし、妖精の国から持ち帰った桜は成木に生長しており、まだ五分咲きではあるがしっかりと花を咲かせていた。リュカはその桜の前に佇む。そこには墓石が二つ並んでいた。ユリーナとマルティンの墓であった。マルティンが亡くなっていたことに対しては驚いたが、カリンの名前はなく少しホッとする。

 

すると、以前は建っていなかった小屋から1人の女性が出てきた。薄暗いので顔立ちはわからないが、かなりの長身であることがわかる。

その女性はこちらを見て何かに気づいたのか、急に突撃してきて腰を落とし、リュカの左脹脛に思いっきりチョップを入れる。何の備えもしていなかったリュカは当然のように左足を抑えてピョンピョンと跳ねながら痛がる。

 

「ちょ!何するんですか!?」

 

「嘘!幽霊ちゃうん!?」

 

リュカはハッとなった。その独特な語り口は……

 

「か、カリン………?」

 

女性は肩をビクンと震わせる。

 

「リュ、リュカ………?」

 

「そうだよぼ「ちょまって!」

 

リュカの言葉を遮ると、女性は手を引いて先ほど出てきた小屋の中にリュカを連れて入る。

 

「え、俺は?」

 

桜の木の前に、1人の緑髪の若者が残された。

 

 

「リュカ、リュカやねんな!」

 

その吸い込まれそうな瞳、だいぶとクタクタにはなっているが、10年前と変わらない紫のターバンを見紛うはずがない。

 

「カリン、カリンなんだね!」

 

薄く淹れた紅茶色の髪、青紫の瞳、その独特な口調、そして部屋に立てかけられている弓矢を見て確信する。

2人はお互いを抱きしめた。

 

「リュカ……正直死んだって思ってた………」

 

「そこは嘘でも"生きてるって信じてた"とか言わない?」

 

その時、外に取り残されていたヘンリーが恐る恐る小屋に入ってきた。

 

「リュカ、その人は?」

 

「ヘンリー。僕の親友だよ。」

 

「あ、初めまして。」

 

「リュカ、2つ質問していい?」

 

「どうぞ。」

 

「10年間何をしてたかを一言で表すと?」

 

「奴隷。」

 

「ヘンリーさんと知り合ったんは何年前?」

 

「10年前。」

 

「ん。大体事情はわかった。とにかく座り。」

 

カリンは2人に4人掛けのテーブルの席を勧める。2人は片側に並んで座り、カリンはその反対に座った。

 

「では、改めて初めまして、ラインハット王国第一王子ヘンリー殿下。」

 

「え、何で何も言ってないのにわかったの?」

 

「行方不明になった時期と友人になった時期が変わらんこと。ほんであんたらが奴隷してたって話。さらに10年前のラインハットの情勢。こんなけ揃ったら簡単に答えには辿り着く。」

 

「ご明察の通りだ。」

 

「リュカ、10年前に何があったか話して。」

 

リュカは10年前の出来事をカリンに話した。ヘンリーが連れ去られて遺跡に向かったこと。逃げようとしてゲマに敗北したこと。そしてパパスの最期、さらにモモが置き去りにされたこと………。

 

「パパスさん…………。モモ………。」

 

カリンは溢れ出した涙を拭った。

 

「今度はウチの番やね。」

 

カリンは10年前の攻防戦、その後の村の移り変わり、ラインハットの苛政、それによってビアンカの消息がつかめない事などを話して聞かせた。

 

「それにしてもカリン凄いな〜、ラインハット軍を蹴散らしたんでしょ。」

 

「それでも、ウチの油断で大切な命を失った……」

 

カリンはマルティンの墓の方を見つめる。

 

「そうか、それを引きずってるから何か表情に影があるのか………」

 

「やっぱり分かる?」

 

「うん。」

 

「ゴメンな、みっともない姿見せて。」

 

「いいんだよ。とにかく、他の村人にも会いたいな。」

 

「今日はここで泊まり。明日にしよ。」

 

その時、ヘンリーが口を開いた。

 

「1つ聞いていいか?」

 

「どうぞ。」

 

「この村の人間は俺の事を恨んだりしてるだろうか?一応パパスさんに汚名を着せた当事者だが………。」

 

「大丈夫ちゃう?大体の事情はみんな知ってるし。ま、ウチが攻防戦の時に喋ったからってのもあるやろうけど。」

 

「そうか………」

 

「そうだ、僕、魔物使いになったんだよ!」

 

「は?魔物使い?」

 

リュカは小屋を飛び出す。しばらくするとスライムとブラウニーとドラキーを連れて帰ってきた。

 

「スラリンとブラウンとドラッチだよ!」

 

「うわ〜、能力は凄いけど、名前………。」

 

「ほら、やっぱりヘンリーは信用できないな!」

 

「てめぇ、俺が名付けたのスラリンだけだろうが!」

 

そのやり取りを見てカリンは微笑む。その笑みは、10年前の屈託なさが、完全にではないが戻っていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌朝、カリンは村の者たちを広場に集めた。

 

「皆さん、昨晩、私のところにええ知らせと悪い知らせが1つずつ飛び込んできました。どっちから聞きたいですか?」

 

「じゃあ悪い知らせから聞こう。」

 

スコットが答えた。カリンは小さく頷くと、自分の感情を制御しながら悪い知らせを村人に伝えた。

 

「パパスさんは既に10年前に魔物の手にかかって殺されてしまっていました………」

 

村人はやや予測していたことでもあったのだろうが、それでも悲しみを抑えることができずに皆涙を流した。カリンも頬に涙を伝わせる。

 

「パパスさんに黙祷!」

 

村人たちだけでなく、まだ建物の陰に隠れて村人たちの前に姿を見せていないリュカとヘンリーも、パパスの冥福を祈って目を閉じる。

 

「そして、ええ知らせです。」

 

村人たちは息を呑む。

 

「パパスさんの息子さんのリュカが生きて帰ってきました!彼がパパスさんの訃報を持ってきたのです!10年前に目の前で父であるパパスさんを殺され、その後10年間にも及ぶ奴隷生活を耐え抜いて、ここに帰ってきてくれました!」

 

リュカが建物の陰から姿を表す。ある者は喜びを爆発させ、ある者は感涙を流してリュカの帰還を祝福した。

少し場の興奮が収まった頃を見計らって、再びカリンが話し始めた。

 

「さらに、もう一つ知らせがあります。リュカと同じく奴隷に落とされ、それでも共に支え合って10年間の過酷な奴隷生活を耐え抜き、リュカの親友となった人物を紹介します。」

 

建物の陰から緑色の髪の毛の若者が姿を表す。

 

「10年前にカタリナ太后の陰謀に巻き込まれ、行方不明となっていたラインハット王国第一王子、ヘンリー殿下です。」

 

その場にどよめきが走る。しかし、ヘンリーを非難する声は上がらなかった。それどころか、村人たちはリュカを助けたことを感謝する声や、労いの言葉をかける。

 

「さ、ここからは無礼講です。皆さんでパパスさんを偲び、リュカの帰還とヘンリー殿下の来訪を祝いましょう!」

 

リュカは多くの懐かしい人との再会に心を弾ませた。リュカが仲間にした魔物たちもずいぶん可愛がられ、あっという間に時は過ぎた。しかし、ヘンリーは自分の国であるラインハットの惨状を聞かされ、心は晴れなかった。

 

「何するつもりかは知らないけど、やたらめっかし軍拡して税金もどんどん重くなるし、ラインハット城下町の人の心も荒んでてねえ。」

 

「この村が攻められたのは見せしめの要素が強い。強大な武力によって反抗できなくしようとしてるんだよ。」

 

ヘンリーの心の中で、故郷に帰るべしという思いが強まっていく。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

夜になり、村人たちは皆家に帰り、リュカとヘンリーと魔物たちは引き続きカリンの小屋に泊まることとなった。そんな中、カリンがリュカに声を掛けた。

 

「ひっさびっさに冒険せえへん?」

 

「どうしたんだい、急に。」

 

「洞窟の川挟んで反対側の入り口あるやろ。」

 

洞窟は川を挟んで東西に分かれていたのだ。

 

「そこに生前パパスさんが入ってんの見たんやけどな。気になって何回かチャレンジしてみてんけど魔物は強いし復興作業もあるしで全然踏み入れられてへんねん。」

 

「………分かった。」

 

こうして、10年ぶりにリュカとカリンが揃っての冒険が実現しようとしていた。




<次回予告>実に10年ぶりにサンタローズの洞窟に潜ったリュカ。その最深部でリュカはパパスが生前に残した手紙を発見する。その側には、光り輝く一本の剣があった。
次回 第28話「英傑の遺言」
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第28話 英傑の遺言

甲子園の決勝戦、あんなにワンサイドゲームになるとは思いませんでした。何がともあれ、花咲徳栄優勝おめでとう!
では、本編スタートです!


翌日、カリンとリュカとヘンリーは洞窟の前に立っていた。久々にルカに魔力を見てもらった結果、カリンは眠りを覚ますザメハとあらゆる物の鑑定ができるインパス、そして毒沼や電気床を無効化するトラマナの呪文を、リュカはインパスと洞窟や塔を一瞬で離脱できるリレミト、ヘンリーはメラとマヌーサとルカナンと爆発を起こして敵にダメージを与えるイオを習得していた。

 

以前とは違い、今回は筏に乗って川を遡りながら進む。リュカが10年前に通った道を横目に見ながら筏を漕ぎ進めて行くと、そこには下り階段がある小島が見えてきた。大きさにすれば半径2メートルほどである。くねくねと長い階段を降り続けると、未知のフロアに出た。

 

「へ〜、こんなところあったんだ。」

 

「ウチもこのフロアまでしか行ってないねんな。左奥に階段があんのと、そこの一個手前の分岐を奥に行ったら金が入ってたわ。使わんから非常用に置いてたんやけど、取ってまうか。」

 

「そうだね。」

 

テンポ良く話す2人を見て、ヘンリーは複雑な気持ちになる。

 

 

第一王子として何不自由なく育ったヘンリーにとって、過酷な奴隷生活の中で娯楽を見つけ出すのは困難であった。城の中の生活では既に遊ぶためのおもちゃが用意されていて、それを使って遊ぶのが普通であったため、本当に何もない空間で就寝前の僅かな余暇を過ごすことはヘンリーには不可能だった。そんな時に、リュカは自分の体験談をヘンリーに話した。

 

薬師を救出するために子供だけで洞窟で魔物と渡り合ったこと、虐められていたベビーパンサーを助けるために、廃墟と化した大きな城の中を駆けずり回ったこと、春が来るようにするために強敵と渡り合ったこと………。

 

城の中に閉じこもっているだけでは決して経験できない冒険の数々をヘンリーは聞いた。その中で、リュカはしきりにカリンの名前を出しては褒めていた。強く、賢く、優しく、可憐で家事までできる理想の女の子。幼いヘンリーの目にはカリンはそう映った。

彼女はまた、何のおもちゃがなくても遊べる方法を数多くリュカに伝授していた。藁の敷物の上で石を弾きあってどちらが先に座敷の外に出すかを競ったり、一方が言った単語の最後の文字を先頭に置いて新しい単語を作り、それを交互に続ける遊びなど、カリンは多くの娯楽をリュカとヘンリーに提供した。カリンがリュカに伝授した歌は苛酷な奴隷生活に挫けそうになった心を何度も奮い立たせた。次第に、ヘンリーの中でカリンの存在が大きくなっていった。

 

そして、晴れて自由の身になったリュカとヘンリーはサンタローズへ向かった。そして、ヘンリーはそこで初めてカリンを見る。

薄い紅茶色の長い髪、整った目鼻立にくりっとした青紫色の瞳。抜群の美人ではないが、万人が好感を持つ容姿に加え、リュカとはほぼ変わらず自分より僅かに低い、女性にしては長身とそこから伸びる手足は理想的な筋肉のつき方をしており、あまり主張しすぎず、かといって小さすぎない胸の膨らみが女性らしさを醸し出す。

話してみれば気が強くて毒舌ながらも気さくで話しやすく、その独特な訛りとジョークはかえって話のテンポを弾ませる。そして、カリンが作ってくれたヘンリーの初めて見る料理はヘンリーの胃袋を掴み、ふと時折見せるもの悲しげな表情が庇護欲を掻き立てた。

 

間違いなくヘンリーはカリンに恋をした。

 

しかしそれを表に出したり、リュカとカリンの間に無理矢理割って入るほどヘンリーは子供ではなかった。しかし、それでも二人が親密にしていると、やや不機嫌になってしまう自分がいた。互いが相手をどう思っているのか分からないという点も、ヘンリーの苛立ちを助長する。

 

「ヘンリーも何か言いなよ。」

 

「そうやそうや、こいつ奴隷生活のどさくさに紛れて悪さしてへんかったか?」

 

そして、カリンに話しかけられると内心舞い上がってしまう自分に羞恥心を抱くのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

カリンの話通り、洞窟の中の魔物は凶暴だった。文字通りの姿をした腐った死体、亀の甲羅を背負った青い龍・ガメゴン、二足歩行で羽がなく、逆に腕が太くて怪力を誇るフクロウ・アウルベアーの攻撃は強力であったし、文字通り体が金属で出来たスライム・メタルスライムは倒そうとするなり最後っ屁のようにメラだけ打って逃げていった。それでも、呼吸の合ってきた3人の手に掛かって彼らはゴールドの山となっていた。

カリンたちは宝箱から850Gを回収し、一つ下のフロアに降りる。しかし、そこは妙な造りになっていた。

 

正面には深い水たまりがある。そこを渡れば下に降りる階段と宝箱に到達できるのだが、水面が周りの陸よりかなり低く、手をつけてみると一瞬にして手がかじかむほど冷たい。これでは泳いで渡っては凍えてしまう。仕方なく右へ伸びている道へ進むが、宝箱が1つ置いてあるだけで、水たまりの向こうへは回り込めないようになっていた。仕方なく宝箱を開ける。中には鉄の胸当てが入っていた。幼少期から変わらず皮のドレス(サイズは大人のもの)を着用していたカリンが装備する。

 

「さーて、こっからですよ。どうやったら向こうへ渡れるか」

 

「そういえばこの水たまりの上だけ天井がやけに低くないか?」

 

「そうだね、ヘンリーの言う通りだ。僕らの頭が普通についちゃうよ。」

 

「それに、よく見るとこの天井、明らかに後付けやねんな。周りの岩とちょっと色違うし。それにこの水面の不自然な低さも気になる。」

 

「あ、カリン!ここにハンドルがあるよ!」

 

リュカが壁にある隠し扉を開けると、中には歯車と明らかに歯車の中央にある突起にはめれば長いハンドルになりそうなL二つを互い違いにくっつけたような形(╹ーー┐←こんなやつ)の棒があった。

 

「なるほど、このハンドルを回せば天井が降りてきて水たまりにはまって渡れるようになるってわけだ!」

 

「よし、そうと決まれば男気ジャンケンやな。」

 

「男気ジャンケン?なんだそれ?」

 

「普通ならジャンケンして負けた人が罰ゲームをやるんだけど、勝った人が罰ゲームをすることを喜びながらやるのさ!昔カリンとよくやったよ。」

 

「お、おう………」

 

「それでは………」

 

「「男気ジャンケン、ジャンケンポン!!」」

 

結果はカリンとヘンリーがパー、リュカがグーであった。

 

「よっしゃ〜!勝ったで!」

 

「くそ〜、やりたかったのにな〜!」

 

「…………ルールは理解した。」

 

ヘンリーとカリンが向かい合う。

 

「「男気ジャンケン、ジャンケンポン!」」

 

カリンがチョキ、ヘンリーがパーであった。

 

「よっしゃ〜!これを待ったったんや〜!」

 

「悔し〜!」

 

結果、カリンがハンドルを回した。すると、ヘンリーの予想通りに天井が降りてきて、水たまりを塞いだ。降りた天井の上部は完全に平らであった。

 

「だけど、父さんはいつの間にこんなもの作ったんだろうね?」

 

「元々あったやつを利用しただけかも知れへんけどな。ま、先に進もか。」

 

宝箱の中から辺りを暗闇で包むことのできる闇のランプを入手し、ついに一行は最深部に到達した。そこには、宝箱と一本の美しい剣が保管されていた。

 

「とりあえず宝箱を開けよか。」

 

リュカが宝箱を開けた。中からは便箋が出てきた。

 

「!?これ、パパスさんの字やで!」

 

「えっ!?父さんの!?」

 

"リュカよ、お前がこの手紙を読んでいるということは何らかの理由で私がもうお前の側にいないのだろう。既に知っているかもしれんが私は邪悪な手に攫われた妻のマーサを助けるために旅をしている。私の妻、お前の母には生まれつきとても不思議な力があった。私には分からぬが、その威力は魔界にも通じるものらしい。多分妻はその能力故に魔界に連れ去られたのだろう。

リュカよ、伝説の勇者を探すのだ!私の調べた限り、魔界に入り邪悪な手から妻を取り戻せるのは天空の武器と防具を身につけた伝説の勇者だけなのだ。私は世界中を旅して天空の剣を見つけることができた。しかし、未だ伝説の勇者は見つからぬ。

リュカよ、残りの防具を探し出し勇者を見つけ、そして我が妻マーサを助け出すのだ!私はお前を信じている。頼んだぞ、リュカ!"

 

「するとこれが天空の剣か……」

 

カリンは天空の剣を手に取って構えようとしたが、あまりにもの重さに取り落としてしまう。

 

「重っ!」

 

「多分勇者にしか扱えないんだよ。持ち運ぶぶんには影響はなさそうだし、とにかく持って出よう!」

 

「せやな。」「賛成!」

 

リュカたちは来た道を戻り始めた。敢えてリレミトを使わないことで、3人はパパスの遺言を噛み締めた。

伝説の勇者を見つけ、リュカの母マーサを救い出す。

数十分後、旅の明確な目的を得たリュカたちは晴れやかな表情でサンタローズの洞窟から帰還した。




<次回予告>洞窟から帰還した一行はある人物から送られて来た手がかりを元に、ラインハット城へ進発した。ラインハットの窮状を救うために。
次回 第29話「関所を突破せよ」
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第29話 関所を突破せよ!

どうも、かいちゃんです。ここで残念なお知らせです。間も無く二学期が始まり、受験勉強も忙しくなって来るので、週一投稿に切り替えたいと思います。毎週金曜日の投稿の予定です。投稿ペースが落ちますが、これからも何卒よろしくお願いします。
では、本編スタートです。


洞窟からの帰還を果たしたカリンとリュカとヘンリーはカリンの家で夕食と風呂を済ませた後、天空の剣をテーブルの中央に置き、それを取り囲むように座ってこれからのことを話し合っていた。

 

「オラクルベリーの占い師に西に行けって言われてるんだよね。だから何とかしてビスタの港から船を出してもらわないと。」

 

「やけど戒厳令でビスタの港は閉鎖中や。無理矢理港に行っても船がない。」

 

「戒厳令を撤回させねーと埒があかないという訳だな。」

 

「そゆこと。それでな、この前ラインハットにおる知り合いから手紙が届いたんや。」

 

「知り合い?誰?」

 

「まあ見てみ。」

 

カリンは引き出しから1枚の便箋を取り出し、テーブルの上に広げた。

 

"親愛なるカリン殿。

この度私の独自の調査による結果、まだ疑いの段階ではあるが非常に興味深い仮説が立ったので、お知らせしようと思った次第である。

カタリナ太后の周辺を洗い出した結果、ヘンリー殿下が行方不明になられる少し前からそれまで普通の皇后であらせられたのに対して急にお人柄が変わられたとのことだ。さらに好みの食べ物も変わったそうで、それまで好んでお召し上がりになっていた魚を食べなくなり、肉食が急に増えたそうだ。昔からのお友達の顔を忘れられたり、最近は息子のデール陛下まで疎んじられているご様子である。

以上から判断すると、ある仮説が私の頭に浮かんだのである。

 

太后陛下は偽物である。

 

物的証拠は何もないので表立った行動はできないのだが、最近はデール陛下を廃する計画が進行しているという噂を耳にし、危機感を募らせたため、こうして書簡にてお知らせした次第である。

元第3師団師団長 イワン"

 

 

「何だって!?」

 

ヘンリーは驚きの声をあげた。

 

「あんたから見た太后はどんな感じやったん?」

 

「10年会ってない俺が言っても説得力はないかもしれんが、あの親バカがデールを見捨てるとは思えないな。」

 

「偽物説が濃厚になってきたね。どちらにしろ、ラインハットに行く必要があるよ。」

 

「そういえば現国王のデールってどんな人なん?」

 

「僕が見た感じだと、優しくて賢そうだったけど、ちょっと気弱な感じがしたね。」

 

「その評価で大体あってる。昔は俺のことを兄さんって呼んでくれてたな。」

 

「何とかデール国王に会えたら活路開けるんちゃう?」

 

「そうだな。リュカ、明日ラインハットに行ってもいいか?」

 

「もちろんだよ。」

 

「おいコラ、ウチを除け者にするつもりはないやろな?」

 

「いや、関係ない人を巻き込むわけにはいかない。これは俺がケリをつけるべきだ。」

 

「あら〜、それはしゃあないな〜〜って言うとでも思ったかボケ!出発は明朝な!おやすみ!」

 

カリンはそう言うとさっさと布団に入ってしまった。

 

「お、おい………」

 

「まあまあヘンリー、どれだけ言っても付いてくるよ。僕も置いていくつもりなんかさらさらないし。」

 

「で、でもよ……」

 

「うんうん、惚れた女は危険なところへは連れて行かないか。気持ちだけはわかるよ。」

 

その瞬間、ヘンリーはフリーズした。

 

「な、な、何故それを………」

 

「見てりゃわかるよ。奴隷の時から気になってたんだよね。あ〜〜、ヘンリーもちゃんと大人になったね〜〜。」

 

「舐めてるのか!俺だってもう17だぞ!年下に大人になったとか言われる筋合いはねー!」

 

「ほらほら、そんな大声出したらカリン起きちゃうよ。」

 

ヘンリーは声を潜めて恐る恐る尋ねた。

 

「お、お前はカリンの事どう思ってんだよ?」

 

「うーん、家族だね。頼れるお姉さんって感じ。恋愛感情はないかな。向こうもそうなんじゃない?」

 

「前言撤回する。そこまで自分の気持ちの整理がつくお前はやっぱり大人だな。」

 

「まあね。カリンに奴隷になる前に言われたんだ。人の気持ちが汲み取れる大人になれって。僕はそれを実行してるだけだよ。」

 

「………」

 

「さ、僕たちも寝よう。明日は忙しくなるよ。猛烈にね。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌朝、リュカたちはラインハット城を目指して東進を開始した。戦闘はある程度仲間になった魔物に任せてできるだけ体力を温存しながらの旅路となった。

 

「いや〜、皆さん大活躍やな〜〜。楽でええわ〜。」

 

「本当にそうだね。」

 

装備品は基本的にサンタローズの武器屋に無償で譲り受けた、決してランクの高いとは言えない装備品ながらも彼らは堂々たる戦いぶりで魔物をなぎ倒していく。

 

「難関は川の関所だね。」

 

「最近は通行証無いと通られへんらしいからな。ヘンリーが10年も奴隷になってなかったら顔パスでいけたのに。」

 

「そうだな。馴染みの兵士なんて残ってないだろうし、今の俺を見て判別してくれる保証なんてどこにも無いからな。」

 

「あ〜、何の対策も決まらんまま関所見えてきてもうた〜。最悪強行突破やな。うん。それで行こう。」

 

カリンは箙から矢を取り出してつがえようとする。

 

「まあまあ落ち着こうよ。一縷の望みが無いわけじゃ無いんだし。」

 

「チェーンクロス取り出してやる気マンマンなリュカにだけは言われたないわ〜。」

 

「とりあえずスラリン、ブラウン、ドラッチ、ご苦労さん、馬車に入ってな。」

 

ヘンリーの誘導に従って魔物たちが馬車に入っていく。ヘンリーも自分のチェーンクロスをいつでも取り出せるように半分ベルトから抜いておく。そして、一行は川の下を通るトンネルの入り口の関所に到達した。

当直の兵士が一行を呼び止める。

 

「おい、お前たち、太后陛下の通行証は持っているか?」

 

((あーあ、こりゃやるしかないな。))

 

リュカとカリンが同時にそう思った時だった。ヘンリーがある事に気付いたのか、その辺の草むらを何やら掻き分けている。

 

「おい!通行証はどうした!通行証が無い以上ここを通すことは出来ないぞ!それにそこの緑頭!何をしている!」

 

その時、ヘンリーが何かを捕まえ、手で包む。

 

「何してるかって?これだよ。」

 

ヘンリーはゆっくりと包んでいた手を開いた。そこに居たのは………

 

「ぎ、ぎゃああああああ!!」

 

それを見た兵士は急に狼狽えて騒ぎ始めた。カリンが手の中を覗き込むと、アマガエルがヘンリーの手の中にちょこんと座って居た。ヘンリーはカエルを持って兵士に近づいていく。

 

「ん?まだカエルは苦手なのか?偉そうにふんぞり返ってるからもう克服したのかと思ったぜ。やっぱりお前が寝てる布団の中に入れた時が一番傑作だったな。あの時お前はベッドから飛び上がってもら「あああああ!!何も知りません何も聞こえません!!」

 

「え?漏らしたん?」

 

カリンが兵士の喚き声にかき消された部分をあっさりと補完した。

 

「ぐ……人の心の傷を抉りおって…………」

 

「やっぱり気にしてたのか、トム。あん時はガキで悪かったよ。」

 

「な!?貴様、何故私の名前を知っている!?それにカエルのことだって私とヘンリー殿下しか………まさか!?」

 

兵士がまさに幽霊を見たような表情で緑頭の男を指差した。

 

「へ、ヘンリー殿下…………?」

 

「やっと分かったか。そうだ。俺がお前の布団の中にカエルを入れてお前をチビらせたヘンリーだよ。」

 

「ヘンリー殿下なのですね!まさか生きておらられたとは…………。」

 

自分を認識してくれた事がわかったヘンリーはカエルを放した。

 

「お懐かしゅうございます。あの頃の我が国は楽しかったものです。ヘンリー殿下のイタズラには散々迷惑しましたが、あれも国を明るくしていました。しかし、今の我が国は…………」

 

「心配するな、トム。俺が今からこの国をもう一回あの頃みたいな平和で暖かな国に戻してやるよ。」

 

「しかしヘンリー殿下!今の我が国は普通ではありません。危のうございます!正体が露見すれば間違いなく捕らえられて殺されてしまいますぞ!」

 

「バーカ。俺だってあの頃から少しは成長したんだ。うかうか捕まって死ぬつもりなんてさらさら無いし、ラインハットを本道に戻すことができるのは王族の俺の他に誰がいる?」

 

「殿下………。」

 

「さ、トム。通してくれるな?」

 

「…………もちろんです。そこまで覚悟を持って戻ってこられた殿下をカエルにビビっている程度の私には止めることなどできません。どうか、我が国ラインハットをよろしく頼みます。それと、川の向こうは10年前に比べて魔物も強くなっております。どうかお気をつけて。」

 

「もちろんだ。ありがとな、トム。」

 

こうして一行は川の関所を通る事に成功した。目指すラインハットは、目と鼻の先である。




<次回予告>遂にラインハット城下町に乗り込んだリュカ一行は既に引退して城下町で暮らしている元第3師団長のイワンと接触する。そして、事の真偽を明らかにするため、リュカ一行は城に乗り込むことを決意する。
次回 第30話「渦中へ」
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第30話 渦中へ

どうも、かいちゃんです!
先日の北朝鮮によるミサイル発射ですが、実はめちゃめちゃ計算された軌道を描いていたみたいです。デタラメに打ったように見えますが、日本の陸地の上を通過しないようにピンポイントで津軽海峡を抜けてるんですよね。
では、本編スタートです!


ちょうどリュカ一行が川の関所で一悶着している頃、サンタローズの教会では安産のお祈りを終えたスコット=ルカ夫妻が一行について話していた。

 

「ねえ、あなた。」

 

「なんだい?」

 

「カリン、やっと笑うようになったね。」

 

「そうだな。リュカが生きて帰ってきてくれたおかげだ。カリンが明るくなってくれたおかげで村人たちも明るくなった。」

 

「カリンたち、大丈夫かなあ?」

 

「大丈夫じゃないか?一人じゃないんだし。身のこなしを見てると、二人とも強いよ。特にリュカはパパスさんを彷彿とさせるな。」

 

「パパスさんか…………。カッコよかったな〜。勇ましいのにどこか上品で。」

 

「昔はゾッコンだったもんな。ところでなんで俺と結婚したんだ?お前からプロポーズされておれが了承してからトントン調子で式まで挙げたからその辺がわからないんだけど。」

 

「バカね。パパスさんの次にあなたが好きだったからじゃないの。」

 

「……………男としては複雑だな。」

 

「ま、嘘ついても仕方ないしね。」

 

「まあいいや。ルカとこいつが俺の隣に居てくれたら。」

 

「ありがと。」

 

スコットとルカは大きく膨らんでいるルカのお腹をさすった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ラインハット城とサンタローズ村の中間にあるラインハット川を渡ったリュカ一行はラインハット城に向けて北東に進路をとった。トムの話通り、10年前にリュカがここを冒険した時とは現れる魔物が違っていた。ダンスニードル、白い毛むくじゃらの怪人・イエティ、アウルベアー、黄色いメラリザード・ドラゴンキッズなどを仲間になった魔物たちの手を借りて倒していく。その途中で、初めて遭遇しし、倒したスライムナイト(緑色のスライムの上に乗る、小柄で鎧を着た妖精の総称。)がむっくりと起き上がった。

 

「へ〜。こうやって仲間になるんや。」

 

「そうだよ。」

 

カリンが感心していると、スライムナイトが人の言葉でくぐもった声で話し始めた。

 

「見事な腕前、感服いたした。そなたこそ、我が仕える主。拙者をそなたの臣下としてお加えいただきたい。」

 

「そ、そんな……。僕は主なんかじゃないよ。君は僕たちの対等な仲間だ。よろしくね。ナイ………」「ストップゥ!!」

 

カリンが大声をあげて止めた。

 

「何!?そなたは拙者が加わるのを良しとせぬのか!?」

 

「ちゃうわ!!こいつのネーミングセンスは信用ならんからな!ウチがなんかええ名前つけたるわ。」

 

「え〜。僕そんなに酷い?」

 

「しばし待たれよ。」

 

「酷いっていうより安直過ぎんねん。」

 

「それは俺も思ってた。」

 

「ヘンリーまで………」

 

「あの………」

 

「スラりんとかドラッチとかブラウンとか魔物の種類の名前文字っただけやん!」

 

「さすがにドラッチは引いたぞ。思いつかなかった俺にも責任はあるが。」

 

「ううう」

 

「しばし拙者の話を聞け!!!」

 

痺れを切らしたスライムナイトが叫んだ。

 

「拙者にはピエールというちゃんとした名前がある!」

 

「「「………………。」」」

 

「どうした?何か不都合でもあったか?」

 

しばらく3人はフリーズしていたが、カリンが先にフリーズを解除した。

 

「よっしゃ、行こか。」

 

「そうだね。ピエールも行くよ。」

 

「ここからだとラインハットまであと1時間もすれば着くぞ。」

 

「…………さっきまでの話を無かったことにするな!というか人のを聞け!!」

 

「ん?話?なんの事?」

 

「ピエール、真っ先に名乗ってくれてありがとね。」

 

「よろしくな、ピエール!」

 

「……………。」

 

一行は引き続き北東に進路をとった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ヘンリーの予測通り小一時間ほどで一行はラインハットに到達した。スラリンらの魔物は馬車の中で留守番させて一行は城下街に入った。人々の顔はどことなく暗く、街のいたるところには国威発揚のための張り紙が見られた。

 

(まるで戦時中の日本やな。)

 

カリンはそんなことを思いながら街を見やる。

 

「さて、ここからどうやって城の中に入るかだよ。」

 

「ま、例えヘンリーがおっても簡単には入られへんやろ。いや、逆にヘンリーやとバレたら速攻でブラックリスト入りやな。」

 

「今の俺に権限なんて何一つ無いぞ。それでもか?」

 

「当たり前やん。そこら中に転がってる不平分子に担がれて革命を起こす恐れがある王族なんて放置できるかいな。ウチがカタリナの立場やったらあんたの首に100万かけるで。ま、そんなことになる前に善政敷くけどな。」

 

「手紙をくれたイワンさんは城下街にはいないの?」

 

「おるんちゃう?知らんけど。てかヘンリー、抜け道かなんか無いん?」

 

「俺は知らないな。それを知るには俺は幼過ぎたんだろう。まだ7歳だからな。」

 

「とにかくイワンさん探すしかないか。」

 

聞き込みの結果、すぐにイワンの自宅は判明した。教えてもらった一軒家に赴き、ドアをノックする。

 

「すんませーん。イワンさんいます〜〜?」

 

すると初老のガッチリした体型の男が現れた。

 

「私だが………!そなたは!?」

 

「会うのは10年ぶりですね。ちょっと白髪増えました?」

 

「10年も経てばそうなるさ。そなたも美しく成長したものだな。それにしてもよく関所を通れたな。許可証を手に入れるのになかなか苦労していたのだが……。」

 

「ま、いろいろありましてね。」

 

「立ち話もなんだ。お連れ様も入りなさい。」

 

4人は椅子に座った。

 

「どうですか?隠棲ライフは?」

 

「悪いものではないな。元々の身分のおかげで城へもかなり自由に出入りできた。」

 

「ところで、この緑頭に見覚えありませんか?」

 

「そういえばどこかで見た覚えが…………!まさか!?」

 

「お気づきになられましたか。そうです。この人がヘンリー王子ですよ。魔物に連れ去られて10年ほどセントベレス山頂で楽しい奴隷ライフを満喫していたのですが、里心がついて帰って来ちゃったんですよ。ほら、ヘンリー、挨拶しなさい。」

 

「なんか凄い語弊があるけど………。私がラインハット第一王子ヘンリーだ。長い間のスパイ生活、ご苦労であった。早速だが、城の中の様子について知りたい。」

 

「はっ!最近は傭兵を称してかなりの数の魔物が城内をうろついております。さらに太后陛下は経済の要、オラクルベリーへの侵攻をお考えのご様子。デール国王は一切国政に関与できず、適当に謁見者をあしらうだけでかなりの気落ちもあるご様子。最近は自室に引きこもっておられるそうです。」

 

「チッ、えげつないな。それでイワン。誰にも見つからずに城内に入る方法を知りたい。裏口か何かを知らないか?」

 

イワンはしばらく考え込んでいたが、何かを思い出したようだ。

 

「そうだそうだ。一つ隠し通路がございます。」

 

「本当か!?」

 

「城を囲む堀を進んでいただくと、ちょうど正門に至る橋の真下に緊急用のシェルターへの入り口がございます。」

 

「ああ、訓練に使ったあそこか。外にも出れたんだな。知らなかったや。」

 

「しかし、太后陛下が侵入者よけのために魔物を放っているかもしれません。十分お気をつけなさいますよう。」

 

そこでカリンが手を叩いた。

 

「よっしゃ決まり!イワンさん、色々とありがとうな。ほんま助かりました。後は若いもんに任せてください。一朝一夕にとはいかないでしょうが、必ず何とかして来ます。」

 

「頼んだぞ。」

 

そして、一行はイワン宅を辞した。

 

 

「侵入は夜になるな。」

 

「無理だ。あの橋は夜の間は上がってしまう。つまり、夜は堀を渡ることができない。」

 

「なら早速行くしかないな。」

 

既に日は大きく傾いていた。午後四時ごろといったところだろうか。

 

「さて、ほんなら買い物やな。」

 

「所持金は3162ゴールドだよ。」

 

「よっしゃ!」

 

しかし、いい武器防具は全て城に流れてしまったらしく、目ぼしいものはカリンの銀の髪飾りくらいだった。仕方ないので、魔物達の装備を揃えておく。もちろん値切りは苛立ちもあって強烈を極めていた。

 

「リュカが言ってた通りのえげつなさだな。店主の顔が真っ赤だ。」

 

「こんなん折れた方の負けやからな。」

 

そして3人はラインハットの正門と城下街を繋ぐ跳ね橋を渡りきり、そのまま正門には入らずに城の外を反時計回りに回るように進む。そして、ボートがある桟橋についた。

 

「懐かしいなあ。ここらかヘンリーが連れ去られたんだよね。」

 

「ああ。さて、行くか。」

 

3人はボートに乗って来た道を引き返すかのように進み、ついに跳ね橋の下へ到達した。そこには中に入れるようになっており、奥には船着場が見えた。ボートをそこにつけ、3人は通路に降り立った。

 

 

ラインハット城潜入作戦が始まった。




<次回予告>城内への侵入を果たしたリュカ一行は現国王デールとの会談を実現する。デールは事態解決のためにある伝説の宝物の使用を提案した。
次回 第31話「真夜中の会談」
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第31話 真夜中の会談

グラチャンバレーでは熱戦が繰り広げられていますね。僕が思う日本躍進のカギは、いかに相手に簡単にブロックされないか、すなわち、ブロックフォローやブロックアウトを取る打ち方がしっかりできるかだと思います。
では、本編スタートです!


城の外と変わらない魔物たちを倒しながら一行は奥へと進んでいった。途中からはヘンリーが構造を思い出したため、ヘンリーのガイドでスイスイと進むことができ、一行は日が落ちきる前にラインハットの中庭に出ることができた。

そして、近くを通りかかった3人組の兵士を10年前にサンタローズ防衛戦で使用したカール特製の眠り薬を散布して眠らせ、鎧を剥ぎ取って手足を縛り、口を塞いで植え込みの裏に転がした。

 

「とにかくデールと会って方針を決めるまでバレなきゃいい。最悪来た道を帰ればいいからな。ボートも二艘しか無いから俺たちが乗らない方を沈めればいい。」

 

「で、どうやって会うん?」

 

「何とかデールの部屋に入れれば何とかなると思う。ま、それが一番の難関なんだがな。」

 

「巡回を装うのが一番じゃないかな?」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そして夜半、誰もいないタイミングで3人は国王デールの部屋の前に現れた。先王が寝室として使っていた部屋は今は太后が1人で使っているようで、デールの部屋は幼少の頃と変わっていなかった。扉の前に立っている眠そうな目をした衛兵に向かってカリンが歩き出した。

 

「おいおい、大丈夫か?随分眠そうじゃないか。」

 

カリンが無声音で話しかける。当然暗いのでほとんど顔は認識できない。

 

「おっとこれはいけない。巡回ご苦労だな。」

 

「もう巡回終わりかけなんだ。何なら代わってやろうか?帳簿にはちゃんとつけとくからよ。」

 

ヘンリーが幼少時に夜に抜け出す際に仕入れていた巡回システムの情報を基にカリンは話を進める。

 

「そうか?悪いな。またビールでも奢るよ。」

 

「無理は体に毒だからな。お疲れ!」

 

衛兵は巡回ルートに沿って去っていった。物陰から見守っていた2人も姿を現わす。

 

「いやはや、実力行使にならなくて良かったよ。」

 

「すごい演技力だな。あいつ全く疑ってなかったぞ。」

 

「ま、ウチがちょっと本気を出せばこんなもんや。」

 

「しかしここは鍵が掛かってるぞ。どうやって開けるつもりだ?」

 

「それはね………」

 

カリンは鞄から二本の針金を取り出した。

 

「鍵の技法だね!」

 

「その通り。」

 

カリンは鍵の技法(ただのピッキング)を用いてデールの部屋の鍵を開けた。

 

「誰だ!?」

 

真っ暗な部屋の中から若い男の声がした。よく見てみると剣を構えているようだ。全く動じることなくヘンリーが応対する。

 

「まあまあ焦りなさんな、国王陛下。」

 

「予を暗殺しに来たのか?」

 

「取り敢えず剣を置こうか。こっちも丸腰だからな。それにしても騒がないんだな。さすが国王、意外に肝が据わってる。」

 

「いつ母上に殺されるか分かったものではないからな。お前たちのような者を差し向けて。」

 

「なるほど、頭の回転も速いと見た。とにかく灯つけようぜ。ここはお互いに顔を合わせて話し合いといこうじゃねーか。」

 

若い男はこちらをかなり警戒しながらもロウソクに火を灯した。3人はそれに合わせて兵士の鎧を脱ぐ。

 

「あ………あなたは!」

 

「随分久しぶりだなぁ、デール。ちゃんと親分の顔は覚えててくれたみたいだな。」

 

「兄さん!生きていたんですか!」

 

「10年も放ったらかしにして悪かったな。俺がいない間にお前も随分成長したじゃないか。」

 

「しかし危険を冒してまで何をしにここへ戻って来たんですか?」

 

「クーデターを起こすため。」

 

「!?」

 

「ていうのは言い過ぎだけど、とにかくお前の母親はどうやら偽物かもしれないという情報があるんでな。なんか証拠なり尻尾なり掴みたいと思って潜入してきたわけだ。」

 

「僕も母さんは偽物だと思います。完全に人が変わってしまっていますからね。僕も僕で暇を持て余してたもんですから、色々と書庫を漁って調べたところ、どうやらオラクルベリーの南にある修道院からさらに南東に進んだところにある塔に祀られている"ラーの鏡"という代物は真実の姿を示すという言い伝えを見つけました。僕では身動きも取れないのでこれを取りに行くことはできません。兄さん、急だし親分に頼むのも何なんですが、取ってきていただけないでしょうか。」

 

「当たり前だ。」

 

「ありがとうございます!ところで、後ろのお二方は?」

 

「こっちの紫ターバンが俺と一緒に10年間地獄を生き抜いたリュカ。こっちの女性がリュカの親友のサンタローズのカリンだ。2人とも腕は立つ。」

 

「カリンさん、私の力が至らないせいでサンタローズには大変なご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。」

 

「ほんまやったらこの場で頭スコーンって割って脳みそチューチュー吸いたいとこやけどな。ま、それは事が済んであんたがどうこの国を動かすかを見てからでも遅くないやろな。」

 

男3人はカリンの発言のえげつなさに悪寒を感じた。

 

「そ、そしてリュカさん。何があったかは詳しくは存じ上げませんが、兄と共に生き抜いてくれた事、非常に感謝します。」

 

「そこまでのことはしてないよ。」

 

「じゃ、俺たちはこの辺でお暇しようか。早いとこラーの鏡を手に入れちまおう。」

 

「わかりました。どうかお気をつけて。」

 

「中庭の植え込みの裏に兵士を3人転がしてるから回収しとけよ。」

 

「はい。お任せください。」

 

3人はデールの部屋を辞し、再び兵士の変装をして兵士の詰所の勤務表にチェックを入れ、中庭のシェルターへの入り口に入り、元来た道を戻ってラインハット市街に帰還した。遅いながらも宿を取ってゆっくり英気を養い、翌日の午前9時ごろ、ラーの鏡を手に入れるべくオラクルベリー方面へ進路をとった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「なるほど、ラーの鏡の伝承ですな。」

 

まだラインハットを出たばかりという頃、とにかく人の言葉を話し、魔物達へも細かい情報伝達ができるピエールに事の次第を伝える(その他の魔物は人間の言葉の細かいニュアンスまでは伝わらない。人間と行動するうちに覚える種類もいるようだが、一朝一夕にという話ではない。byモンスター爺さん)。どうやらピエールには心当たりがあるようだ。

 

「その昔、人間に化けたとある魔王の正体を見破ったという伝説があります。確かにそれを持ってくる事が叶えば、ニセ太后を見破る事ができるやも知れませんな。」

 

「へー。結構ちゃんとした伝承残ってるんや。」

 

「しかしラーの鏡が祀られているという神の塔は非常に神聖な場所で、心の清らかな者にしか扉は開かれないという伝承もある故、それが気がかりですな。」

 

「あ〜。ウチパスや。全然心綺麗ちゃうもん。」

 

「俺もアウトだな。」

 

「僕は?」

 

「いや〜、リュカはリュカで腹黒いからな〜。大事な情報は出し惜しみするし。」

 

「まだヨシュアさんの紹介忘れてた事怒ってるの?」

 

「別に根に持ってる訳じゃねーけど、とにかくお前は腹黒い。」

 

「うー。思い当たる節が何個かあるから言い返せない〜〜。」

 

「何なん?その思い当たる節って?」

 

「こいつ、奴隷時代に1人だけラクしようとする事にかけては天才的だったんだよ。まあ俺がよくダシにされたもんだ。こいつが失敗したくせに"ヘンリーがやりました。でも反省してるので仕事増やすぐらいで許してやってください。"なんて平気で吐かしやがったからな。」

 

「あのリュカがいつの間にかこんな捻くれた子になってたなんて、お姉さん、悲しいわ〜。」

 

「あんたも顔をニヤつかせながら言うセリフじゃねーぞ。」

 

「ハハハハハ。ご主人もヘンリー殿もカリン殿も愉快ですな。しかし、拙者もこれ以上は存じ上げません。オラクルベリーの南にある例の修道院に立ち寄るのがよろしいでしょう。」

 

「あそこに戻る事になるのか。」

 

「ヨシュアさんとマリアさん、元気にしてるかな?」

 

「あ〜〜、ウチには絶対に不向きな場所や。」

 

「そうだな。おしゃべりなあんたにはあの静かな場所は不向きなんだろうな。」

 

「それにカリンが一番性格悪いからね。」

 

「リュカ?」

 

「なに?カリン。」

 

「一番性格悪いって誰のこと?」

 

「だって自分で言ってたじゃん。」

 

カリンは両手で拳を作り、その人差し指だけをやや突き出してリュカのこめかみに当てた。そして、その拳を左右にひねった。

 

「いたたたたたたた!ごめん謝るからやめて〜〜!」

 

「謝って済んだら警察いらんわボケ!」

 

「ギブギブ!痛い〜〜!!」

 

「…………けーさつって何だ?」

 

賑やかな一行はアホ話を繰り広げながら順調に歩みを進め、3日後にリュカとヘンリーが流れ着いた修道院に到達した。

 




<次回予告>ラーの鏡を手に入れるために神の塔に向かうリュカ一行は、リュカたちがセントベレスから脱出した際に漂着した海辺の修道院で歓待を受ける。リュカが今後の相談のために修道院長と話っているなか、与えられた客室で休むヘンリーとカリン。そこで事件は起こった。
次回 第32話「恋するヘンリー」
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第32話 恋するヘンリー

どうも、かいちゃんです。
最近ようやく涼しくなってきましたね。やっと秋が来たか。しかし今週末は台風直撃とのこと。日曜日に文化祭があるのですが、どうやら月曜に延期になりそう………。
では、本編スタートです!


4月6日の昼下がり。ラーの鏡を求めて旅を続けたリュカ一行はリュカとヘンリーが10日ほど前に10年の過酷な奴隷生活から逃れて流れ着いた海辺の修道院についた。春の暖かな陽射しが一行の凱旋を祝福しているようだった。

 

「あれから10日しか経ってないとは思えねーな。」

 

「ほんとだね。毎日の密度が濃かったからね。」

 

「静かなええとこやな〜。」

 

魔物達を馬車に残して一行は修道院の門をくぐった。ちょうどそこには大きな荷物を運んでいるヨシュアがいた。

 

「ヨシュアさん!」

 

「ん?おお、お前達か!久しいな!それでも10日ぶりくらいか。ともかく、元気そうで何よりだ。」

 

「はい。ヨシュアさんも元気そうで何よりです。」

 

「しかし、綺麗な女の子を連れて一体どうしたんだ?まさか結婚式でも挙げるのか?」

 

「いやいや、ちょっと用事のついでに立ち寄っただけですよ。修道院長はいらっしゃいますか?」

 

「わかった。呼んでこよう。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

数分後、少し暗い表情のリュカだけが食堂に通された。本来ならヘンリーも呼ばれるはずだったが、ヘンリーは疲れが溜まっているとのことで、カリンと共に客室に通され、休んでいる。食堂には修道院長に加えてヨシュアとマリアもいた。

 

「修道院長、マリアさん、お久しぶりです。」

 

「そんなに時間は経っていませんけど、それを久しぶりと感じているということは良いことです。さて、何用でしょうか?」

 

「実は、ラーの鏡についてお聞きしたいと思いまして。」

 

「ラーの鏡ですか。」

 

「はい。色々と伝承は聞いたのですが、まだ肝心な塔への入り方がわからないんです。心の清らかな者にしか扉は開かれないということまではわかったのですが……。」

 

「なるほど。事情は分かりました。とにかく今日はゆっくりしていきなさい。塔の魔物はとても強力です。十分に英気を養うと良いでしょう。塔へはマリアを遣わします。」

 

「えっ!?私なんかが行ってもよろしいのですか?」

 

「ええ。心の清らかな貴女には十分その資格があるはずです。それに貴女はいつまでもここに留まっているような人ではありません。ヨシュアさん、貴方もです。」

 

「はっ!?私もですか!?」

 

「その通りです。こんな所で世捨て人になっていてはいけません。マリアさん、セントベレスの人々への祈りなど別にここでなくても出来るわけですし、ヨシュアさんもその武芸を他のところで役立てるべきです。2人は幸せにならなければなりません。

しかし勘違いしないで下さい。伊達や酔狂では幸せを掴むことはできませんし、それを維持するためには不断の努力がなければなりません。ここは幸せを掴むコツを掴むためにうら若き乙女が花嫁修行をし、幸せを掴めなかった私たちのような人間が花嫁修業の手伝いをし、救いを求めてやってくる人に方向性を与える場所なのです。あなた方がここにいる理由は無くなりました。今こそ、人生の本道に立ち返る時です。」

 

「「………。」」

 

兄妹は考えこむ。やがてマリアが意を決した。

 

「わかりました。神の塔へ赴きます。院長、今までお世話になりました。」

 

それを見てヨシュアも決心する。

 

「私はリュカ達の旅のお手伝いをしましょう。ここでの生活の穏やかさは良い滋養となりました。元々はリュカの機転がなければ失っていた命。恩返しをせねばならん。」

 

「さあ、そうと決まれば今晩は送別会ですね。私がこんな言葉を使うのもなんでしょうが、パーッと盛り上がりましょうね。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

リュカ達が食堂で会談を行っている頃、ヘンリーとカリンは2人で客室で待たされていた。カリンはヘンリーとリュカの奴隷時代の生活やここで過ごした時間についての話を聞きながら出された茶をすすっていた。

 

「なんであんたは呼ばれへんかったん?」

 

「知らねーよ。」

 

しかし、ヘンリーは知っていた。これが親友の気配りであることを。実はヘンリーも食堂での会談に参加するはずだった。

 

"せっかく2人きりになれるんだから、ちょっとは距離縮めなよ。話し合いは僕が綺麗に纏めとくからさ。ファイト!一目惚れ王子!"

 

相変わらず一言多かったが、聡い親友を持てたことを少し誇らしげに思う自分がいた。親友がくれたチャンスを無駄にはできないも思ったヘンリーはカリンに何気なく話しかける。

 

「あのさ………良かったのか?サンタローズを飛び出してきて。」

 

「あそこは後ろを振り返る場所やからね。ええとこやしずっとおりたいと思うけど、何かを変えるためには動いた方がええと思って。」

 

「そ、そうか………。」

 

「てか何あんたどぎまぎしてんの?」

 

「ど、どぎまぎなんかしてねーよ。」

 

(惚れてる女と2人で喋ってんだぞ!どぎまぎするに決まってるだろ!………とにかくここで一番まずいのは俺がカリンに惚れてることを悟られることだ。とにかく普通に会話しねーと。)

 

しかしその直後、ヘンリーは自分の足下にダイナマイトを設置することとなる。

 

「そー?まあええけど。」

 

「ところでさ、お前ってリュカのことどう思ってるんだ?」

 

「どうって言われてもな〜。ま、可愛い弟かな。あんたが疑ってるような関係じゃないわ。」

 

「そうか。」

 

ヘンリーは安堵のため息をついた。聡いカリンがこれを見逃す訳がなく、追及を開始する。

 

「え?何あんた安心してんの?」

 

「へ?あ、安心なんかしてねーよ!」

 

「落胆のため息にしてはガッカリ感がなかった気がすんねんけど。まさかあんたウチに惚れてるとか言うんちゃうやろな?」

 

カリンは完全にジョークでその台詞を言い放った。しかし、それを聞いたヘンリーは図星を突かれて完全に硬直してしまった。顔からはしきりに冷や汗が吹き出している。自分の足下のダイナマイトが炸裂した。

 

「……………嘘やろ?」

 

「…………………………。」

 

その時、2人がいた客室の扉が開かれた。2人きりになってから1時間程経った頃である。

 

「出発は明日だって!今から皆んながパーティーを………どったの?2人とも?」

 

「「…………………………。」」

 

「喋れよ!てか時間ないから早く下に行こうよ。皆んながパーティーの準備して待っててくれてるんだよ!」

 

「……………取り敢えず行こうぜ。」

 

「…………うん。」

 

とは言いつつ2人は椅子に座ったまま動こうとはしなかった。両者とも額に汗を浮かべて考え込んでいる。

 

(あ〜〜〜!!やっちまったよ!!一番やっちゃダメなことやっちゃったよ!!いくら図星突かれてもフリーズとか"はい"って言ってるようなもんじゃねーか!!もうダメだ。確実に嫌われた…………。)

 

(は?ありえへんし!なんであいつウチなんかに惚れてんの!?確かにそんな雰囲気は出してたけどさ!カマかけただけでフリーズするとかどんだけ純情やねん!恋愛経験が前世でほぼないからこういう時どうしたらええかわからへん!!言い寄られることはあったけど燃えるような恋はしたことない!!どうするんが1番ヘンリーが傷つかんのかな?なんでこういう時に限ってモモおらんねん………)

 

「2人とも何赤くなってるの!?皆んな待たせてるから早く行くよ!!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

カリンはここの修道院のメンバーと会うのは初めてだったが、送別会をする中ですぐに打ち解けることができた。清楚を絵に描いたようなマリア、ちょっと強面ながら気さくなヨシュア、人生を達観している冗談好きな修道院長、年相応にはしゃぐシスターたち。酒もこの世界では初めて飲んだ。久々のワインは結構美味しかった。そこへヘンリーか近づいてきた。

 

「よ、よう。た、楽しんでるか?」

 

引け目と緊張でヘンリーはガチガチになっていた。カリンも似たような状況ではあったが。

 

「え、うん。そ、それよりさっきのことやねんけど。」

 

ヘンリーの顔が朱に染まった。そして固唾を呑む。

 

「ほ、惚れたとか急に言われてもウチあんまりそういう経験ないからな、あんたのことどう思ってるかとか全然わからへんねん。だ、だからさ、まず友達から始めへん?すでに友達みたいなもんやけどさ。そっからどうするか考えるわ。別にあんたのこと嫌いやないし。」

 

「そ、そうだよな。わ、悪りぃ。混乱させちまったな。」

 

「ごめんな、あんたの気持ちに応えられへんくて。」

 

「嫌われてないんだったら良いか。」

 

「取り敢えず乾杯しとこか。」

 

カリンとヘンリーのグラスは軽やかな音を立ててぶつかった。

 

 

翌朝、ついにカリンたちはマリアとヨシュアを加えて神の塔へ向けて出発した。




<次回予告>マリアとヨシュアを加えたリュカ一行はついに神の塔の前に立った。マリアの乙女の祈りによって扉に取っ手が現れたものの、何をしても扉が開かない。果たして、リュカ一行はこの仕掛けの種を見破れるのか?
次回 第33話「絞り出せ知恵」
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第33話 絞り出せ知恵

遂に銀河英雄伝説新アニメの情報が公開されました!声優も今の所文句ナシです。ヤン役の鈴村健一さんもなかなか合ってると思います。それにしてもキルヒアイス目つき悪ない?


「それではリュカ、ヘンリー、ヨシュア、マリア、そしてカリン。みなさんお元気で。」

 

翌朝、春の暖かな陽気の中で一行は修道院長の見送りを受けていた。ヨシュアとマリアもあらかじめ買い揃えていた旅装束に身を包んでいる。

 

「取り敢えず魔力だけ見ておきます。…………カリンは吹雪や炎の攻撃を緩和するフバーハと鉄の塊となって敵の攻撃を一切受け付けなくするアストロン、味方の攻撃力を大幅に増すバイギルトを、リュカは巨大な竜巻を起こすバギマを、ヘンリーは魔除けの効果があるトヘロスを習得しています。それではみなさんの旅路に神のご加護があらん事を。」

 

海辺の修道院を発った一行は南東に進み続け、日が落ちる頃に神の塔を見据える位置に到着した。山賊ウルフ、クックルー、まどうしなどの強力な魔物が立ちはだかるようになったが、ピエールとヨシュアの戦闘能力は非常に高く、リュカとカリンとヘンリーはかなり楽をすることができた。神の塔の攻略は明日へ回してこの日は野宿をとる。

 

「ヨシュアさん、強いですね。びっくりしちゃいました。」

 

「いやはや、それ程でもないさ。これしか取り柄もないしな。」

 

そう言ってヨシュアは鉄の槍を誇らしげに掲げる。マリアは既に仲間の魔物たちと仲良くなっており、魔物たちに子守歌を聴かせていた。

 

「ピエールも本当に強かったね。」

 

「お褒めに預かり、光栄の極み。」

 

「てかさ、神の塔って名前ついてるけど魔物とか入れんの?」

 

「あの中にはかなりの魔物が巣食っていると修道院長が言っていた。野生の魔物が入れるんだから改心した魔物も入れると思うが。」

 

「げー。あんな高い塔を階段で上り下りせなあかんのに魔物ともやりあうん?めんどくさ〜。」

 

「そう腐るなよ。苦しいのは皆んな一緒なんだからな。さ、さっさと寝て英気を養おうぜ。」

 

「そうだよカリン。不機嫌と夜更かしは美容に悪いんでしょ?」

 

「はあ、リュカも言うようになったなあ〜。昔はあんなに純粋無垢やったのにな〜〜。」

 

「取り敢えず寝ようぜ。見張りは俺がやっとくよ。ピエール、途中で起こすから代われよ。」

 

「承知した。」

 

(そうやねんな〜〜、ヘンリーって意外と男気あるし優しいねんな〜〜。)

 

「明日は忙しくなるね。」

 

「せやな。モーレツにな。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

夜が明け、一行はついに神の塔の麓に立った。リュカは扉の前に立つ。しかし、その扉に取っ手らしきものは見つからなかった。無理矢理押してみるが全く微動だにしない。

 

「う〜〜ん、やっぱり開かないね。じゃ、マリアさん。」

 

「私で務まるかどうかはわかりませんが………。」

 

促されてマリアは扉の前に立った。そして膝を折り、天に祈りを捧げる。すると空から光の柱が降り注ぎ、扉の中央に縦に二列に多数の立方体の取っ手らしきものが現れた。

 

「さすがマリアだな。では、行こうか。」

 

ヨシュアが取っ手を掴んで扉を開こうとする。しかし、押しても引いても引き戸のように動かしても扉は開かなかった。

 

「なっ!どういうことだ!?開かないぞ!」

 

「嘘つくなや。ほれ、うちがやるわ。」

 

しかし扉は開かない。

 

「は〜〜。やっぱりうちの心は汚いねんな〜〜。」

 

「これはマリアさんしか開かないのかな?」

 

しかし、マリアがやっても扉は開かなかった。

 

「どういうことなんだ!?」

 

ヨシュアが頭を抱えてしゃがみこむ。他の面々も大きく肩を落とした。そこへリュカが近づいていく。

 

「おいリュカ、お前、マリアさんより心が綺麗な自信でもあるのか?」

 

「大丈夫だよヘンリー。そんなに自惚れちゃいないよ。でもみんなより観察力には自信があるんだよね。」

 

「どういうことだ?」

 

「さっきカリンがガチャガチャやってた時に微妙に扉が動いてたんだよね。…………上下に。」

 

「なんだと!?」

 

「だからね………」

 

リュカは下の方の取っ手を逆手で掴み、扉を上へ跳ね上げた。すると扉は上へ持ち上がった。

 

「こういうこと!」

 

扉はシャッターのような構造になっていたのだ。

 

「この塔の設計者性格悪っ!この上魔物おるとかマジないわ〜〜。」

 

「修道院で聞いた伝承の一つに"目に見えるものが全てではない"とありましたが、こういうことですか。」

 

「これはなかなか楽をできそうにないね。じゃ、行こうか。できるだけ早くラインハットに戻りたいしね。」

 

かくして一行は神の塔内部に侵入した。どでかい盾と剣を持った紺色の鎧の魔物・さまようよろい、緑肌の踊り子のお化け・エンプーサ、ダークアイ、ダークアイの色違い・インスペクター、エビルプラントらの魔物の強力な魔物を四苦八苦しながら討伐する。ワンフロアを毎回端から端まで歩かされ、時には中央の吹き抜けと通路を仕切る壁のわずかな幅の道を壁にへばりつきながら進んだり、宝箱の中身がしょぼかったりしながらも着実に塔を登っていった。

 

「なんなんだよこの塔!おかしいだろ色々!」

 

1番最初に発狂したのは意外にもカリンではなくヘンリーだった。かといってカリンが冷静を保っているわけでもないが。

 

「ヘンリー落ち着いて。とにかく登るしかないんだから。」

 

「うるせー!愚痴ぐらい許せよ!」

 

「ま、まあね。気持ちは分かるよ。」

 

「カリンだってそう思うだろ!?」

 

振られてカリンは怒りをぶちまけた。

 

「ほんまそれな!時々わけわからんとこ歩かされたりいちいち階段上がんのにフロアの端まで歩かなあかんかったりするのはまあええわ!魔物が強いことも良しとしたろ!でもな、いくらなんでも宝箱ショボいのはあかんわ!!何よりもそれが1番腹立つ!!」

 

「まあまあヘンリーさん、カリンさん、私も十分に腹が立っています。若くて血気盛んなのは結構なことだ何よりもラーの鏡を持ち帰ることが先決だろう。ここは我慢だな。幸いもう少しで最上階のようだ。あと一踏ん張りだ!」

 

年長者のヨシュアが宥める。すると急にヘンリーがけろっとした。

 

「ふぅー。これでカリンもガス抜きできたんじゃない?」

「へ?」

 

カリンが驚いたように言う。

 

「当たり前じゃん!俺がこれくらいで発狂するかよ。あの奴隷地獄に耐え抜いたんだぜ。ちょっとやそっとの嫌がらせなんか気にも留めねーよ。カリンが暴発しそうだったから怒気の抜け穴を作ってやったんだよ。」

 

「…………見透かされてたんがなんか腹立つけど、取り敢えずありがと。ええストレス発散になったわ。」

 

「そりゃどうも。」

 

(え?ヘンリー何気に優しいやん。これはポイント高いわ〜〜。)

 

カリンのヘンリーに対する好感度が上がった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ついに一行は最上階に辿り着いた。吹き抜けを挟んだ反対側のフロアには台座が設置されており、ラーの鏡が神々しい光を放ったまま安置されていた。しかし………

 

「下から覗いてる時から気になっててんけど、ここ、床空いてるよな!」

 

一行が登ってきた階段からラーの鏡がある台座までは吹き抜けを貫通するようにおよそ30メートルほどの人2人が通れるくらいの太さの橋(とはいっても、手すりも何もなく石を組み合わせた足場が伸びている。)が架かっていた。しかし、その橋の中央が7、8メートルほど欠けているのだ。

 

「そうなんだよね。それを気にして装置か何かがないか気を配りながら進んでたんだけど、それらしきものは何処にもなかったんだよね。さて、どう渡る?」

 

「取り敢えずさ、ドラッチ空飛べるじゃん。やらせてみたらどうだ?」

 

それを聞いてドラッチが空をパタパタと飛んで橋の中央へ向かう。すると、その手前で急に何かにぶつかったかのように進まなくなった。しばらくジタバタしていたが、やがてこちらにションボリした様子で帰ってきた。

 

「魔物だからダメなのかな?」

 

「いや、どっちかと言うと空を飛ぶのがアウトなんだろ。でもあの距離を飛び越えれる自信はないしな……。」

 

するとカリンが何かに気づいたかのように手を叩いた。

 

「逆転の発想で行こか。」

 

するとカリンはスタスタと橋へ向かって進んでいく。そして、石の橋が切れるギリギリ手前に立った。

 

「取っ手が現れたからって扉のように開くとは限らない。

ほんで、目に見えるものが全てでもない。」

 

カリンは何もない空間に足を踏み出す。

 

「よせ!やめろ!」

 

ヘンリーが制止する。しかし、降ろされたカリンの足はしっかりと何もない空間を踏みしめていた。そのままカリンは歩を進め、何もない空間の中央に佇む。

 

「な?」

 

驚きのあまりフリーズしている一行を尻目にカリンはさらに進み、対岸にたどり着く前に……………落ちた。

 

「あ〜〜〜〜れ〜〜〜〜!」

 

残っていた全員が青ざめた。




<次回予告>遂にラーの鏡を入手したリュカ一行は、来た道を引き返してラインハットに戻る。しかし、ラインハットでは変事が起こっていた。その知らせを聞いたリュカ一行はラインハットへの帰途を急ぐが………。
次回 9月29日金曜日午後9時3分投稿 第34話「2度目の凱旋」
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第34話 2度目の凱旋

どうも、かいちゃんです!
いつの間にかお気に入りが100件を超えていました。めちゃ驚いており、かつ嬉しくもあります。今後とも暖かい目でこの作品を見守って頂けると幸いです。
では、本編スタートです!


慌ててヘンリーとリュカが橋の中央に駆け寄る。カリンは何もない空間に左手だけで掴まり、辛うじて落下をこらえていた。その様子を見て2人は一安心する。気が動転していたせいか、足下を全く見ずに駆け抜けてきたが、2人の両足は何もないはずの空間において何か固い材質の床を踏んでいた。

 

「本当に床があったんだな。」

 

「魔法か何かなのかな?とにかくすごいや。空を飛んでるみたいだよ。」

 

「あ〜〜、風が気持ちいいぜ。」

 

「うん!」

 

「おいこら!お前ら何しに来たんじゃ!!さっさと引き上げんかい!!」

 

2人は慌ててカリンを引き上げる。助かったカリンは透明な床をコンコンと叩いた。

 

「ガラスかなんかやな。それにしてもほんまに透明やな。ものすごい純度の高さやで。」

 

「へー、ガラスなんだ。」

 

「ほんでここだけ穴を開けてると。」

 

カリンが文字通り何もないところに手を突っ込んで穴の側面をなぞる。どうやら縦1.5メートル、横1メートルほどの穴がくり抜かれているようだ。

 

「どうやら最後まで気を抜くなってことらしいな。さ、先に進もうぜ。」

 

3人はついにラーの鏡の前に辿り着いた。ヘンリーがそれを取って皆がいる橋の反対側に戻る。

 

「これがラーの鏡か。どこか神々しいな。」

 

「伝承によれば、かつてこの鏡で人に化けていた魔王を見破ったとあります。それがあれば、きっと太后が偽物であると見抜けるでしょう。」

 

「非常に神々しい代物ですな。拙者のような魔物は触れることすら叶いますまい。」

 

鏡を見てヨシュア、マリア、ピエールがそれぞれ感想を述べる。

 

「じゃ、おりますか。」

 

ヘンリーの号令と共に、一行は撤退を開始した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

塔を攻略した一行は、すでに日が暮れかかっていたので再び海辺の修道院で宿泊し、オラクルベリーで銀行口座を開設して余分な金を預けてすぐさまオラクルベリーを出立して徹夜で行軍し、サンタローズで数時間の休息をとったのち4月11日未明、一行はラインハット川の関所に到達した。

 

「このままやと日が暮れるまでにはラインハットに戻れそうやな。」

 

「そうだね。」

 

そんな会話を交わしながら関所を通ろうとすると、ここの衛兵であるトムがこちらを認識するや否や切迫した表情で猛スピードで駆け寄ってきた。

 

「た、大変ですヘンリー殿下!!」

 

「ど、どうしたんだトム、そんなに慌てて。」

 

「太后がデール国王陛下を処刑しようとしています!!」

 

「何だと!?」

 

「流浪の傭兵を雇って国を転覆させようとしたとか何とかで………。公開処刑が12時から始まるそうです!お急ぎください!!」

 

「タイミング的にラーの鏡を取ったのがバレたって感じだね。」

 

「確かに奴らからしたら表に出ちゃマズイ代物だからな。反乱勢力に渡る前に頭目になり得る人間を潰しておこうって魂胆だろ。だが即刻処刑にはしないってことはまだ俺たちの存在が把握されてないってことだ。」

 

「つまり、ウチらにはまだツキには見放されてへんっていう訳や。」

 

「じゃ、憐れな子分を助けに2度目の凱旋と洒落込むか!」

 

一行は猛スピードでラインハット川のトンネルに潜っていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

4月10日の夜更け、デールは自室でラーの鏡を取りに行った兄、ヘンリーの帰りを今か今かと待ちながら、ニセ太后を除いた後のことについて思いを巡らせている時であった。太后の取り巻きである憲兵団がデールの部屋に何の予告もなくなだれ込んで来た。

 

「何事だ!国王の部屋に許可なく立ち入るなど大不敬に値する行為だぞ!」

 

デールは憲兵団に向けて怒鳴り声をあげる。それに対する憲兵団長の応答は冷淡であった。

 

「デール国王、いえ、賊軍の頭目たるデートリヒ・フォン・ラインハット。太后陛下に対する大逆未遂の容疑で逮捕する。貴様の犯した罪は大変重く、明日には死刑に処されるであろう。」

 

「証拠はあるのか?疑わしきは罰せよではいくら容疑が大逆未遂であってもお粗末がすぎるぞ。」

 

「太后陛下の命令だ。さ、大人しく来てもらおう。」

 

デールは悟らざるを得ない。ついに太后は自分を切り捨てる時が来たのだと。こうなればヘンリー達が一刻も早く戻ってくることを祈るより良い解決法がデールには見出せなかった。

 

「わかった。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして来たる11日午前11時45分、デールは城の中庭に設置された断頭台に連行された。国民全員が集められ、その目は断頭台に現れた国王デールに釘付けとなっている。すると、他にも死刑にされる罪人が出てくる。中には軍の元第3師団長イワンの姿もあった。デールは改めて会場を見渡してみる。国王が処刑されることにショックを隠せずどよめく群衆、無表情な刑吏と100名ほどの警備兵、諦めの表情を浮かべるイワンらの罪人、刃が研ぎ澄まされたギロチン、そして………窓からその光景を覗き、ニヤリと笑う太后ら。人生最後の中庭の景色を十分目に焼き付けていると、刑吏が高々と声をあげた。

 

「では、これより、大逆未遂の大罪を犯した国王デートリヒ・フォン・ラインハット、元第3師団師団長のイワン・フォン・ベルツら12名の危険分子の公開処刑を行う!」

 

「異議あり!」

 

よく通る青年の声が中庭に響き渡った。国民はざわめく。すると、群衆を押しのけてフードを被った旅装束をした5人の人間が処刑台の前に現れた。

 

「誰だ!?」

 

刑吏が誰何する。先頭にいた長身の人物がフードを外しながら答える。その頭髪は緑色であった。

 

「な〜に、無実の人間が殺されるのを見て憐れに思って助命嘆願をしに来たただの旅人ですよ。ただし…………」

 

男は群衆に振り返る。

 

「本名はハインリッヒ・フォン・ラインハットというのですがね。」

 

その宣言に中庭にいた一同は驚愕する。10年前に連れ去られたはずの第一王子ヘンリーが帰って来たのだ。狼狽えながらも刑吏は声をあげる。

 

「う、嘘だ!証拠でもあるのか!?」

 

「そうだな………俺の部屋の奥には宝箱があって、子分の印があるとか言って空の宝箱を見させている間に隠れるっていうイタズラを何回繰り返したことか。」

 

「な………そ、それを知っているのは…………」

 

「さ、デールとイワン達の縄を解いてくれ。新兵のエドワード君。」

 

刑吏はヘンリーが誘拐された当時の身分と自分の名前を告げられてたじろいだ。

 

「ま、まさか………」

 

「な、ついでに太后のところへ案内してくれるか?」

 

「その必要はない。」

 

よく通る声が広間に響き渡った。断頭台の前に40代くらいの豪奢に着飾った、美しくどこか無機質な女性が現れた。

 

「なんだ、妾に何か用か?」

 

「そっちの方から出て来ていただけるとは手間が省けて何よりだ。リュカ、あれ頼む。」

 

フードの中の1人が袋から神々しい一枚の円形の鏡を取り出した。それを見て太后は目に見えてたじろいだ。緑髪の男は鏡を受け取り、それを太后にかざした。鏡は眩ゆい光を発して広間全体を照らし出す。それが収まると、警備兵や重臣の一部の姿が魔物に変わった。そして太后も、美しい女性の姿から醜いエビルダンサーに似た魔物に姿を変えた。

 

「き、貴様〜〜!!」

 

その声と共に広間に集まっていた群衆が慌てふためく。

 

「トム!後は頼んだ!」

 

フードを脱いだラインハット正規兵のトムが民衆を落ち着かせて場外への退避を促す。城門の外では既にマリアとリュカの仲間の魔物たちが待ち構えており、全ての群衆とトムに連れられた死刑囚たちの退避を確認すると、トムと仲間の魔物たちが城門を塞いだ。

中に残っているのは既にフードを脱ぎ捨てたヘンリー、リュカ、カリン、ヨシュアとリュカの仲間の魔物たち、60人ほどのラインハットの一般兵と本性を現した魔物たちであった。30匹ほどの魔物たちがヘンリー達の周辺を取り囲む。どうすればいいかわからずに戸惑っている一般兵に向けてカリンが怒鳴りつける。

 

「お前ら何ボケっと突っ立っとんねん!!城に残っとる侍女とか一般市民を守らなあかんのちゃうんか!!」

 

慌てて兵士たちは城内になだれ込んだ。

 

「さーて、土俵も整った事やし、ひと暴れしまっか。」

 

リュカたちは一斉に魔物に向かって飛びかかった。




<次回予告>遂に始まった因縁のニセ太后との対決。しかしニセ太后の常識はずれの素早さに一行は苦戦を強いられる。ジリジリと追い詰められていく一行に、一発逆転のチャンスは到来するのか?
次回 10月6日金曜日午後9時3分投稿 第35話「ラインハットの死闘」
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第35話 ラインハットの死闘

どうも、かいちゃんです。
最近急に涼しくなりましたね。来週はまた暖かくなるのだとか。急な気温の変化についていけずに体調を崩すことが多いので、体調に気をつけてお過ごしください。
では、本編スタートです。


魔物に飛びかかったリュカ、ヘンリー、ヨシュアをカリンがバックアップするという、神の塔で既に完成したコンビネーション攻撃が広間の魔物たちを圧倒していた。ピエールの助力を借りながらカリンが補助呪文と弓を巧みに操って大勢の魔物を牽制し、前衛3人が隙を見せずに各個撃破する。スラリンとブラウンとドラッチは城門を固めて逃げ去ろうとする魔物たちを城内に押し戻していた。およそ30分ほどの戦闘で立っている魔物はニセ太后のみとなった。

 

「ふぅー、これであんただけになったな。」

 

「俺のことはまだしもデールに手を出されたとなったら、親分としては借りを返さないとな。」

 

「くくく、愚か者め。この妾を倒せるとでも思っておるのか?」

 

するとカリンとリュカが前へ進み出た。

 

「う〜ん、僕らとしては君の実力わからないからね。何とも判断し難いなあ〜。」

 

「もうあいつ何年も戦ってないんやろ?相当腕も鈍ってるんちゃう?」

 

「偽物さん、急に体動かすと次の日困りますよ〜。年寄りは長引くからね。」

 

「そそ、長い間動いてなくて急に運動したら肉離れにもなるらしいしな。」

 

ヘンリーもヨシュアもピエールたちもその挑発の的確さと2人の息のあった掛け合いに目を丸くしている。ヘンリーの目には少し嫉妬の色も混じっていた。挑発された当のニセ太后は文字通り顔を真っ赤にして憤怒の表情でこちらを睨みつけている。

 

「ええい、うるさい!!まずは貴様らから始末してくれるわ!!」

 

ニセ太后は大きく息を吸い込んだ。

 

「フバーハスクルトバイギルトォ!!」

 

カリンが補助呪文を手早くかける。リュカはニセ太后に飛びかかったが、それよりも早くニセ太后は燃え盛る火炎を吐いた。

 

「あぢぃっ!!」

 

モロに食らったリュカの服に火がつき、リュカはその場でのたうち回った。ヨシュアが慌てて池の水を汲んでリュカにぶっかける。

 

「ありがとう、ヨシュアさん!」

 

すぐさまリュカは立ち上がってニセ太后に飛びかかる。それに続いて、ヘンリーもヨシュアも魔物たちもニセ太后に襲いかかった。

 

激戦が幕を開けた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ニセ太后飛びかかってきたリュカたちの攻撃を華麗なステップで躱しきる。するとそのまま見た目に反することこの上ない素早い動きでヘンリーの背後に回り込んで強烈な一撃を加えた。

 

「ぐはっ!!」

 

さらに今度はピエールの背後に回り込んで攻撃を加えようとするが、これはカリンの矢による牽制で攻撃を遅らせることに成功して、ピエールは盾でニセ太后の拳を受け止めた。そして今度はカリンをめがけて突撃してくる。カリンは腰に差していたブーメランを抜いて応戦した。鋭さと早さを兼ね備えたニセ太后の連続ラッシュを、身のこなしと的確なブーメラン捌きで一発も体に当てずに凌ぎきる。効果なしと悟ったニセ太后は一旦カリンと距離をとった。

 

「ふっ、なかなかやるの。」

 

「お世辞ありがとう。」

 

「人の好意を素直に受け取らんか、娘。」

 

「あいにくツレをえらい目に合わせたやつに褒められて嬉しがるほど人間できてないんでね。」

 

「ふっ」

 

そして再びニセ太后はリュカたちを翻弄するような素早い動きで攻撃の的を絞らせず、逆に一行に確実な一撃を叩き込んでいく。ピエールら魔物に攻撃が集中している隙にヘンリー、リュカ、ヨシュア、カリンの4名が集まって作戦を練る。

 

「チッ、このままじゃ埒があかねえ。」

 

「そうだね。何とかあいつを止めないと。」

 

「そう思って私も先程から足を狙ってはいるのだが……」

 

ヘンリー、リュカ、ヨシュアがそれぞれ肩で息をしながら愚痴をこぼす。

 

「なんか落とし穴的なやつがあったらな〜。」

 

「そうなんだよね〜〜。」

 

カリンの反実仮想にリュカはそう返しながら荷物を弄っていると、カリンが念のためと言って放り込んでいたある物を見つけ、リュカはしたり顔でほくそ笑んだ。

 

「ねえ、ニセ太后さん。そろそろ僕らも飽きてきちゃったんだけど。ここはひとつ、ラインハット国民のためにさっさと負けてくれると嬉しいなあ。」

 

「ふん、寝ぼけたことを言うな!」

 

そう叫んでニセ太后はリュカの方へ飛びかかってきた。するとリュカは荷物をゴソゴソといじる。ニセ太后はリュカの顔面を殴り飛ばそうとするが、リュカは腰を落として回避し、ニセ太后の左足に何かを貼り付けた。そしてそのまま転がりながらリュカはその場を離れる。ニセ太后の足についていたのは………トリモチとカリンお手製の手榴弾だった。

 

「な、何だこれは!?」

 

「メラ!」

 

カリンが狙いを定めてメラを放つ。火の玉は寸分狂わずニセ太后の足の手榴弾に命中した。その瞬間、爆音が広間に轟き、ニセ太后は3メートルほど吹っ飛んだ。威力が弱めの威嚇用ではあったが効果は抜群で、ニセ太后の左足は跡形もなく吹き飛び、右足もかなり損傷している。左足の付け根と右足の傷から紫色の血が延々と流れており、まだ意識はあるものの、致命傷を負っていることは明らかであった。

 

「カリン、ナイスコントロール!」

 

「よっしゃ!」

 

カリンとリュカの2人がハイタッチを交わす。そして、ヘンリーが落ちていたラインハット兵の制式の剣を持ってニセ太后の前に立った。

 

「一つ聞きたいことがある。」

 

「ふっ、お主か。10年前の恨み言でも言いに来たか?」

 

「それもあるがな。………本物の太后はどうした?」

 

「老いゆく姿を正確に再現したいと思って牢に閉じ込めたまま生かしていたが、3年前に死んだ。最期までお前と国王の事を気にかけておったわ。」

 

「そうか。」

 

そこへカリンが歩み寄って来た。

 

「あんたも勿体無いな〜。そんなに頭切れるんやったらもうちょい民生に努めてたらもっと楽に国を乗っ取れたのに。」

 

「…………フン、……………人間ごときに…………説教を垂れられる日が…………来る……………とはな……………。」

 

ニセ太后の目から光が消えた。

 

「ふう、終わったな。」

 

ヘンリーが呟く。カリンはニセ太后の瞼を閉じてやった。

 

「さて、革命には生贄が必要や。気は進まんけど、ヘンリー、頼むわ。」

 

「ああ。」

 

ヘンリーは持っていた剣でニセ太后の首を落とした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

一行が市街に戻ると、民衆は通りすがりの英雄に喝采を浴びせた。人々の中心ではデールとイワンとマリアとトムが待っていた。

 

「兄上、リュカさん、カリンさん、ヨシュアさん。本当にありがとうございました。これでラインハットは正しい道を歩めます。」

 

「ああ。とりあえず、これがニセ太后の首だ。晒すなり何なり好きにしろ。」

 

「いえ、跡形もなく消え去ったことにしておきましょう。魔物であれ暴君であれ、皆生きとし生けるものですからね。でもバレるのもあれですから、誰にも気付かれないように他の魔物も合わせて火葬して埋めておきましょう。」

 

「さすがはデールだ。器が大きいな。」

 

そして、ヘンリーは一行を取り囲んでいる群衆へ向かって声を張った。

 

「ラインハット王国第一王子ハインリッヒ・フォン・ラインハットは10年の時を経て今帰った!私と共に過酷な旅を共にしてくれた彼らのおかげでラインハット王国を蝕んで来た脅威は去った!それは喜ぶべきことである。しかし!本番はここからである!皆の者!力を合わせて国王デートリヒを助け、この国を正しい道を歩み続ける国にしていこうではないか!!」

 

民衆から怒号のような歓声が湧き上がる。

 

「兄上、私の知らない所で随分な弁論術を学ばれましたね。国民皆があなたに熱狂しています。」

 

「ま、俺にできるのはこれと戦いだけなんだけどな。」

 

「これからも頼みます。」

 

「ああ。」

 

2人が強く頷きあうのを見届けてカリンが提案を投げかける。

 

「さーて、ちょっと落ち着いたことやし、飯食わん?バリ腹減ってんけど。」

 

「そうだね、僕たち朝も早かったからね。」

 

「それに、ラインハットを具体的にこれからどうするかを決めなな。城の重臣はあらかた魔物やったみたいやし、民生にしても何にしても、抜本的な改革が必要や。」

 

「はい。皆さんの知恵もお借りしながらみんなで相談してやっていきましょう。」

 

 

再び民衆から歓声が上がった。春の陽光が、ラインハットの新たなる門出を祝福するかのように優しく一同を照らしていた。

 




<次回予告>ついにラインハットは魔物の手から解放された。国王デールは混乱したラインハットを立て直すためにリュカ一行とイワンを招集して会議を開く。
次回 10月13日金曜日午後9時3分投稿 第36話「ラインハット会談」
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第36話 ラインハット会談

さて10月22日日曜日投開票の衆議院選挙が今週火曜日に公示されました。ウチの最寄駅でも学校の最寄駅でも朝早くから多くの議員候補者が演説をしていて選挙ムードが高まってきましたが、選挙分析についてはyoutubeの「報道特注」という番組が面白いですよ!
では、本編スタートです!


革命の英雄たちのためにと振る舞われた豪華な食事を堪能した後、すぐさま城の会議室にデールを始めとして、ニセ太后討伐に関わったリュカたち、イワンが集って今後の話し合いを始めた。城の重臣は全てが魔物とすり替わっており、ブレーンとなりうるのはこれらの面々だけだった。座長のデールが口火を切る。

 

「さて、いろいろ話し合わなければならないことは多いですが、まず今回の事後処理を何とかしましょう。」

 

「取り敢えず全世界にここで何が起こっていたかを詳らかに公開しないとな。国際社会の信頼はガタ落ちだろうが……。」

 

「ま、何も言わんよりはマシちゃう?それとパパスさんの名誉回復な。これをやらんかったらサンタローズにいつまでもしこりが残る。後始末としてはそれぐらいでええやろ。ところでや、ヘンリー。」

 

「何だ?」

 

「あんたひと段落ついたらどうすんの?リュカはビスタの港が開港され次第西の大陸に渡りたいって言うてるけど。ここに残って王様なり大公なりに収まるか?」

 

「…………………………。」

 

「ま、なかなかきつい二択やろうけどな。急かして悪かったな。」

 

「いや、いいんだ。避けては通れない問題だからな。」

 

「それでは、これからの事を話し合いましょう。」

 

まずリュカが口火を切る。

 

「国王はデールでいいんじゃないかな?あんまりヘンリーを祭り上げたら調子に乗りそうだし。」

 

「何だと!?」

 

「それにヘンリーは意外と感情論で突っ走るからね。ヘンリーが僕たちと一緒に旅をするっていう選択肢も十分考えられるわけだから、デールのままが1番手間暇が省けるんじゃないかな?」

 

「しかし、私は王の器ではありませんよ。」

 

ここで、今まで沈黙を守っていたヨシュアが発言した。

 

「いえ、デール陛下には十分王の素質があると思いますよ。我々国民の目線に立って国を良くしようとする。カリスマ性や体の強さよりも大事な資質だと思いますが。」

 

「その通りです。デール国王陛下。」

 

さらにマリアもデールを支持する。

 

「恐れながら陛下には、このような状況を10年にも渡って放置した責任もございます。その間あなたにできたことは少なかったかもしれませんが、そこから逃げることは許されないと存じます。」

 

「そうだぞ、デール。仮に俺がここに残ったとしても王位だけは絶対に継がねえからな。」

 

「さて、王位の件は片付いたっぽいし、今後どうするか決めてこか。」

 

ここで予算の帳簿を持っているイワンがその資料を読み上げる。

 

「とりあえず現在は軍事予算が国家予算の半分以上を占めていますから、財政を健全化するにはこれを2割台には抑えなければ。」

 

「部隊を再編して兵を民間に戻さなければいけないね。生産力もかなり落ちてるみたいだし。あとは税を少なくしたらいいんじゃないかな?」

 

「税率の下げ幅は少なくしといて残ったぶんを教育に回さん?少なくともウチとリュカは旅に出るし、イワンさんも若くない。今は回せて行けても次の世代さっさと育成せなものの10数年で国傾くで。国力は優秀な人材からやし。幸い民間にはニセ太后に楯突いてクビになった元高官結構おんねんから、その人ら教師にしたらええんちゃう?」

 

「教育か。いいアイデアだな!」

 

「しかし税率の下げ幅を少なくして大丈夫なのでしょうか?民たちはかなり苦しんでいるようですが。」

 

マリアが懸念を示すが、イワンが再び資料を見てカリンの意見を補強する。

 

「今年は豊作が見込まれる上に軍縮が成功すればそれだけお金も浮きますから多少は大丈夫でしょう。それに、このラインハットは先代の時から民生の充実のために税率が高い国として有名だったんですよ。それでも現行の半分にはなりますから先代の時の税率にしておけば問題ないと存じます。」

 

それを聞いたデールは大きく頷き、決を下す。

 

「当面はそれでいきましょう。イワンさんは軍縮と税制の整備をお願いします。今回の事態に対する声明は私が1人でまとめておきます。そして、ニセ太后や旧高官らが溜め込んだ私財を切り崩して各地の復興金に当てるので、リュカさんとヨシュアさんでサンタローズの復興を指揮してください。」

 

「え?ウチは?」

 

「カリンさんには教育制度の確立のお仕事をして頂きます。」

 

「マジ!?めんど〜。」

 

「言い出しっぺですからね。よろしく頼みます。それにマリアさんも付けますから。」

 

「へーい。」

 

「おいデール、俺はどうするんだ?」

 

「救国の英雄なんですから好きにしてくださって結構ですよ。あなたが現れるだけで民は熱狂するでしょうし、城で悠々自適な生活を送っても結構です。」

 

「そうだな…………俺は城にいるよ。色々考えることもあるしな。」

 

「それが良いでしょうね。色々と僕も相談したいことがありますし。それではみなさん、明日からは忙しくなります。今日はこの辺でお開きにして明日に備えて下さい。解散!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

夜が更け、ラインハットの空には革命の成就を祝うかのような美しい満天の星空が広がっていた。なかなか寝付けなかったヘンリーは、バルコニーで風にあたりながら星空を眺め、自らの進退について考えていた。

 

ラインハットに残るべきか、リュカたちについて行くべきか。

 

どちらも短所はある。ラインハットに残れば好きな女性を逃してしまうし、かと言ってリュカに付いて行っても、この国を10年も放ったらかしていたのだから、最後まで責任を取る必要があるようにも感じる。

 

「兄さん、夜更かししてていいんですか?」

 

ヘンリーが振り返るといつの間にかそこにはデールが立っていた。

 

「なんだデールか。驚かせるなよ。」

 

「どうやらこれからのことでお悩みのようですね。」

 

「ま、そんな感じだな。」

 

「ラインハットのことなら任せて頂いて構いませんよ。リュカさんへの恩義もあるでしょうし、何より好きな女性とは離れたくないでしょうしね。」

 

「………お前、いつからそんなに聡くなった?」

 

「まあ、城にいる間は勉強と人間観察くらいしかやる事がなかったですしね。自然と身についたという感じでしょうか。それにしても兄さんもよくご無事で。話は先程リュカさんから伺いましたが、よくぞ過酷な生活を乗り越えて帰ってきて下さいました。」

 

「まあな。リュカのお陰だけどな。」

 

「リュカさんも兄さんのお陰で生き延びたって言ってましたね。ちなみにカリンさんとはどこまでいってるんですか?」

 

「お前、そういう事こそ俺の口から言わせないでリュカに聞けよ。」

 

「困った兄さんを見る方が楽しいと思いまして。」

 

「いつの間にか性格悪くなってんぞ、お前………まだ友達だよ。一回俺がボロ出してあいつに惚れてる事バレたんだけど、その時に気持ちの整理が付かないから友達から始めてくれって言われた。」

 

「なんだ、今日のやり取り見てまだかなあとか思ってましたけど、十分脈アリじゃないですか。」

 

「そ、そうかあ?」

 

「友達からって言ったんでしょう?なら発展する可能性はまだまだありますよ。戦いはまだまだ序盤です。あなたがめげた時こそ敗戦の時です。」

 

「そういえばお前、会議の時からマリアさんに視線が釘付けだった気がするのは気のせいか?」

 

「わお、兄上も目敏いですね。そうです。多分一目惚れしました。僕は偉大なる兄上とは違って自分に正直ですからね。」

 

「チッ、よく言うぜ。そうですよ!どうせ俺は臆病者ですよ!」

 

「僻まないで下さいよ。とにかく、あなたは自分のしたいようになさって下さい。どちらにせよ、僕が上手く纏めておきますから。………では、明日も早いので休ませて頂きますね。」

 

「ああ、お休み。」

 

デールは自分の部屋へ去っていった。ヘンリーの中で、これからについての意思が固まった。

 

リュカとカリンと旅を続けよう、と。

 

 

「ぶうぇっくしょい!!あー誰だ噂してんのは!」

 

カリンは与えられた部屋で早速教育制度の立案に取り掛かっていた。嫌な事は先に済ませる主義であった。すでに義務教育6年制と学区編成は済ませており、あとはデールの承認を貰うだけだが、ここからのカリキュラムの設定が難しくなるだろう。科目や進度など現代日本との差を痛感して絶望しながら、イワンなどの高等教育を受けた人材の話を統合しつつ悪戦苦闘する日々が始まっていくこととなる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

こうして様々な人間模様を描きつつ、ついに長かった激動の4月11日が終わる。ラインハットにおいて、この4月11日は革命記念日として、建国記念日に並ぶ祝日となり、ヘンリー達の英雄譚は長く語り継がれていくこととなるのであった。




<次回予告>復興に向けてラインハット王国は確固たる歩みを始めた。教育行政の整備を委任されたカリンは仕事に一段落つけて、久々にサンタローズに帰郷する。そして、自分の気持ちを整理する時間が訪れた。
次回 10月20日金曜日午後9時3分投稿 第37話「本当のキモチ」
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第37話 本当のキモチ

プロ野球CSがアツいですね!日本シリーズに進めるのはどのチームなのか?非常に興味深いです!
さらに土曜日にはバレーボール・Vプレミアリーグも開幕します!めっちゃ楽しみです!見れないけど!
では、本編スタートです!


5月13日、ラインハットの復興は進み、ついに6月1日にビスタの港の封鎖が解かれ、西の大陸への航路が再開されることが決定した。実に10年ぶりのことである。その他にも、デールが国際社会に出した、懺悔と未来への希望に満ちた声明は各国の同情と共感を買い、ビスタの港の開港と同時に膨大な支援物資が届くことも予想されているし、イワンらの軍縮と財政政策と各種法整備によって治安や流通も安定し、国民の支持もうなぎ登りである。

また、ヘンリーによって暴君の出現の際に暴走を止められるように国民投票の結果によって国王の罷免ができることを明文化し、改正もかなり難しくした法典が整備された。そしてこの日、6年の無償の義務教育制の開始、いつの間にか押し付けられていたインフラの整備の目処が立ったカリンは単独でサンタローズに帰還した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

この日も変わらず村の入り口の警備を行なっているスコットに声をかける。

 

「ただいま〜。スコットさん、元気してた?」

 

「おー、カリンか!実はルカがちょうど一昨日に出産したんだ!元気な男の子で、名前はカイル。うちにいるから寄ってくれよ!」

 

「わかりました。取り敢えずおめでとうございます。それで、復興状況はどうでっか?」

 

「ああ、かなり進んでるよ。桜の木の下にパパスさんの慰霊碑も立ったし、だいぶ荒れた田畑も土が入れ替わったから夏蒔きの冬野菜の種蒔きも始まったし、生産力は文句なしだ。オラクルベリーやアルカパに流れた村人たちも帰ってきてくれてるし、その他の移住者も増えてきてかなり活気も出てきたよ。」

 

「それは何よりや。じゃ、また夜にでも。」

 

スコットと別れて村に入ったカリンはスラリンたちの歓迎を受けた。カリンを見るなりこちらへ駆け寄ってきたのである。

 

「おうお前ら、元気してたか?」

 

「ピキー!」

 

「よいしょ!よいしょ!」

 

「キーッ!キーッ!」

 

それに気づいたリュカとヨシュアとピエールも駆けてくる。

 

「カリン!もう仕事は終わったの?」

 

「まあね。あとは下に任せて大丈夫そうやからこっちに戻って来た。特別なことがない限りもう戻らんかな。」

 

ヨシュアが前へ進み出る。

 

「カリン、息災そうで何よりだ。して、マリアは?」

 

カリンの顔がにやける。リュカはそれがカリンが悪い事を考えているときの顔である事を瞬時に悟った。

 

「さるやんごとなき方からラブコールを受けているので老婆心から置いて来ました。」

 

ヨシュアの表情が激変した。

 

「何!?デール国王が!?た、確かに会議の時から意識なさっているように思われたが………。」

 

「応援しますか?それとも"まだ嫁にはやらん"とか言って止めますか?」

 

「そんなものはマリアの自由だ。私が口を出すことではない。いい気分ではないが。」

 

「そうですか…………ちぇっ、おもんね〜」

 

「一発殴っていいか?」

 

「ジョークですから。ま、マリアさんとデールの真意は2週間後にお確かめになって下さい。ウチらを見送るためにデールがこっちに来るらしいから。」

 

「そうさせてもらおう。」

 

ピエールも騎士の礼をとる。

 

「カリン殿、息災そうで何よりです。」

 

「…………じゃ、ウチはルカさんの様子見て来ますわ。」

「無視するでない!」

 

「いや、特に言うこともなかったしな〜〜。」

 

「貴様!」

 

見かねたリュカがピエールを宥める。

 

「ピエール、落ち着きなよ。逆上するとカリンの思うツボだよ。それを楽しんでるんだから。」

 

「さすがリュカ、よくお分かりで。」

 

「ところでヘンリーは?」

 

「さあ?本人は忙しいからもう暫くしたら来るって言うとったけど。何もすることなさそうやねんけどな〜。さて、ほんまにそろそろルカさんとこ行くか。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その頃、ラインハットでは国王とその兄が玉座の間でたった2人で額を突き合わせていた。

 

「デール、どうするよ。」

 

「そうですね、私も聞きたいところです。」

 

「しれっと自然に言うのが良いか、ロマンチックに決めるか、はたまたまだ様子見か………」

 

「いや3番目だけは無いでしょう。リュカさんに付いて行くことは決めたんでしょう。それなら早い方がいいですよ。船旅は優雅に行きたいじゃないですか。狭い空間で意識だけはして告りもせずにただただ居心地悪いなんて嫌でしょう。さっさと腹括ってください、ってこれ何回言いました?多分3回目ですよ!せっかく選択肢を一つ削って差し上げたんですから告り方くらい自分で考えてください!」

 

「とか偉そうなこと言ってマリアさんにまだ想いは伝えれてない奴が言うなよ。」

 

「うっ………!」

 

「ヨシュアさんにも了承取り付けないといけねーから俺はリュカの見送りの時を推奨するけどな。ま、玉砕したら全てパーだけど。」

 

「…………で、兄さんはいつサンタローズに行くんですか?」

 

「もう明日には出るよ。道中でも気を抜かなかったら考え事くらいは出来る。」

 

「頑張ってくださいね。」

 

「ああ、お前も留守は任せたぞ。」

 

「はい。」

 

ヘンリーは玉座をの間を出て旅支度を整えるべく自室へ戻った。デールもため息を一つつくと、それまで退出させていた侍従や家臣を呼び寄せて政務に戻った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「いや〜、やっぱ赤ちゃんって可愛いなあ〜。」

 

「ほらカイル、カリンお姉ちゃんでちゅよ〜。」

 

スコット・ルカ夫妻の寝室でカリンは2人の子供であるカイルを抱かせてもらっていた。

 

「あ、リュカから聞いたわよ。」

 

「何を?」

 

「あなた、ヘンリー殿下に惚れられたらしいじゃない?」

 

それを聞いた瞬間、カリンはカイルを抱いたまま硬直した。額には大粒の汗が浮かぶ。

 

「で、あなたはどうなのよ、あなたは?」

 

「う、ウチですか?」

 

「そうよ。修道院でヘンリー殿下がボロ出した時は保留にしたんでしょう。あれから気持ちは変わった?」

 

「…………やっぱり分かりませんわ。」

 

「ほんとに貴女って意外と鈍いわよね。他人の気持ちにはすぐに気付くくせに、自分のことになるとからっきしなんだから。」

 

「ここに来るまではまでは何だかんだ忙しくて考える余裕が無かったですからね。忙しさにかまけて考えることから逃げてた側面も有りますけど。でもこうやっていざ時間ができて自分に向き合ってみると、自分でもよくわからんモヤモヤってした気持ちに戸惑ってるんですよね。」

 

「で、この1ヶ月強の間ヘンリー殿下を見てきて、どう思ったの?」

 

「うーん、やっぱりウチを1番に思ってくれてるのは伝わってきましたね。ニセ太后とやり合う時もさり気なく守ってくれてたし、ふとした時にもそれは感じてたし。ほんで、普段はおちゃらけてるんですけど、ふと見てみたら意外と男らしかったりするんですよね。」

 

すると、扉が開いてリュカが中に入ってきた。

 

「それにね、カリン実は無意識にヘンリーのことむちゃくちゃ意識してるよ。ヘンリーの進退について真っ先にやり玉に挙げたのはカリンだし、僕と話す時とは違ってヘンリーと話す時は顔が明るくなってる。」

 

「え、そうなん?」

 

「そうだよ。僕と話す時はどっちかって言うとリラックスした表情なんだけどね。」

 

「貴女、それって立派にヘンリーさんに惚れてるわよ。」

 

「そ、そうなんかなあ。でも確かに言われてみればヘンリーと喋ってたらちょっとドキドキするわ。」

 

「てか何でリュカ入ってきたん?」

 

「そんなのカリンがいつまでも煮え切らないことばっかり言ってるからだよ。」

 

「でも、ほんまにウチなんかでええんかな?」

 

「やっぱりね。」

 

「やっぱり?何が?」

 

「まだマルティンさんのこと引きずってるでしょ。」

 

「そらそう「カリン、悲しみも後悔も消えることはないよ。そんなの当たり前。だけど乗り越えることはできるはずだよ。僕はカリンとヘンリーには幸せになってもらいたいからさ、過去に囚われてヘンリーを蔑ろにするのは良くないよ。奴隷生活で学んだんだけど、人間っていうのはもっと今を大切に生きなきゃいけないんじゃないかな?」

 

「………リュカに説教垂れられる日が来るとはな。」

 

カリンはずっと抱いていたカイルをルカに返し、決然と宣言する。

 

「2人の話聞いてて、やっと自分の気持ちに気づけた。ウチ、ヘンリーのこと好きやわ。じゃ、ウチは他の人たちのとこにも挨拶してくる。ほんまにありがとうな。」

 

カリンは家を出て行った。リュカが口を開く。

 

「うん。あとはヘンリー次第だね。あいつ意外と優柔不断だから。」

 

「これはどんな告白をするのかなかなか見ものね。」

 

2人は顔を見合わせて笑い合った。




ついに決心を固めてサンタローズへやってきたヘンリー。ついに自分の気持ちの整理をつけたカリン。その2人が再会する。果たして、どちらがどんな告白をするのか?
長かった第2章、ついに完結!
次回 10月27日金曜日午後9時3分投稿 第38話「想いよ、届け」
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第38話 想いよ、届け

昨日はドラフト会議でしたね!清宮幸太郎は日本ハムですか。そんなことより、オリックスが田嶋選手を引き当てましたよ!!左投手不足にあえぐオリックスにとっては願ったり叶ったり、いいドラフトになりました!(清宮さん、"そんなこと"とか言ってごめんなさい)
では、本編スタートです!


カリンに遅れること2日、5月15日朝にヘンリーもサンタローズに到着した。

 

「ヘンリー!久しぶりだね!」

 

「ああ。今までずっと一緒だったから余計にそう感じるな。元気してたか?」

 

「うん。」

 

まずは10年来の親友であるリュカが出迎える。魔物たちや村の人々からも歓迎を受けたが、カリンだけが現れない。

 

「カリンはどうしたんだ?」

 

「え?いないはずないんだけど。どこ行ったのかな?」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

カリンは妖精の村から持ち帰った桜の大木の裏で顔を赤くしていた。

 

(うわなんかばり緊張してきた。なんか意識しだしてからヘンリーの顔見ただけで恥ずかしくなる〜!そうか!これが恋か!前世やったら何の感銘も受けへんかった少女漫画の胸キュンの意味が今になってやっとわかった〜〜!嬉しくはないけどな!)

 

「カリン…………。」

 

「!!ヘンリー……-」

 

1人で物思いに耽っていると、いつの間にかヘンリーが目の前に立っていた。

 

「ひ、ひさしぶりやな。」

 

「何緊張してんだよ。てか俺が来るのは嫌だったのか?こんな所でコソコソして。」

 

「ち、ちゃうし!全然ちゃうし!」

 

「………ちょっと話があるんだ。」

 

ヘンリーに連れられて2人はサンタローズの丘に腰かけた。10年前にビスタの港からやって来るパパスとリュカを発見した場所である。

 

「な、何や話したいことって。」

 

「何でそんなに余所余所しいんだよ。ラインハットにいた時はもっと普通に喋れてただろ。」

 

(お前の顔が恥ずかしくて見られへんねん!)

 

「べ、別に………。」

 

「何だ?熱でもあるのか?」

 

そう言ってヘンリーがカリンの額に手を当てる。その瞬間、カリンの中で何かが爆発し、茹で蛸になって顔を伏せる。

 

(わ、恥ずかしい!やめろ!)

 

1人でパニックに陥っているカリンはヘンリーも顔を赤くしていることに気づかなかった。

 

(さ、触っちゃったよ俺。変に思われたかな?)

 

「だ、大丈夫やし。」

 

「そ、そうかよ。」

 

「「……………。」」

 

二人は無言になる。その様子を陰から見守っていたリュカがため息交じりに同じく隠れているヨシュアとスコットに無声音で話しかける。リュカは本当は1人で見届けたかったのだが、2人がリュカを見つけたため、現在の状況となっている。

 

「いやあ、何かこうワクワクしますね。」

 

「いやあ、俺もルカに告白される時はあんな感じだったけどな。そうか、他人事になるとこんなに面白いものだったんだな。」

 

「私はワクワクすると同時に焦れったく思うけどな。」

 

スコットは懐かしそうに、ヨシュアはやや苦々しく返す。

 

「どっちから行くと思います?告白。」

 

「私はヘンリーに一票かな。こういうのは男が行かんと示しがつかんしな。そういうスコット殿はどうなんだ?」

 

「僕の時は想いを寄せていたのは僕が先でしたけど、告白したのはルカの方でしたからね。カリンも意外と純情だから先に行くんじゃ無いですかね?リュカはどう思う?」

 

「じゃあ僕は間をとって二人同時にしますよ。なんなら賭けますか?」

 

「よし、乗った!勝った奴に割り勘で1杯驕りだ。」

 

「俺も乗ります!」

 

「そうなるとリュカが一番確率が低そうだな。」

 

「これでも自信は有りますよ。あ、何か言うっぽいですよ!」

 

三人は黙って二人のやり取りに注視する。その周りにはいつの間にかカイルを抱いたルカを始めとして村人の全員が集まり、サンタローズの英雄の恋路の行方を見守っていた。

 

 

「そ、そうや。話ってなんなん?」

 

「そ、そうだったな。」

 

「あ、実はウチもあんたに伝えたいことがあんねんけど。」

 

「先に言うか?」

 

「や、やっぱええわ。あんたが先に言いーや。」

 

「何だよ。お前が割り込んで来たんだからお前が言えよ。」

 

「大したことちゃうし、あんたからどうぞ。」

 

「何だよ、水臭いぞ。」

 

「…………ここはせーので言わん?」

 

「い、いいけど………。」

 

「…………せーの!」

 

「「好きです!付き合ってください!!」」

 

2人は顔を真っ赤にして見事にシンクロした。

 

「「えっ!?話ってそれ!?」」

 

驚いた表情を作りながらもまた2人はシンクロする。そしてまた顔を真っ赤にして沈黙した。先に精神上の再建を果たしたヘンリーが沈黙を破る。

 

「逆に何の話だと思ったんだよ。」

 

「い、いや、これからのことちゃうかなって。そういうあんたは?」

 

「いやさっぱりわからなかった。」

 

「あ………そう…………。」

 

「……………。」

 

2人の間に再び沈黙が降りたが、どちらからともなく笑いが零れた。そんな2人の手はいつの間にか重なっていた。

 

すると、隠れていた村の全員が飛び出して来た。皆が口々に祝福の言葉を2人に投げ掛ける。目と口で3つのOを作って呆気にとられているカリンとヘンリーの元へリュカが近づいて来る。

 

「おめでとう、カリン!ヘンリー!」

 

「え、え、何なんこれ?」

 

「見てわからない?みんなカリンとヘンリーを祝福しているんだよ。修道院でヘンリーが自爆した時にはどうなることかと思ったけど、なんだかんだでカリンもヘンリーに惹かれていったよね。いや、本当に良かった。親友として心から嬉しく思うよ。」

 

「「あ、ありがとう。」」

 

そしてまたそのハモリに喝采が起こった。

 

 

こうして2人の想いは通じ合った。だからと言って2人の関係性がすぐに変わるわけでもなく、これまでのように気の置けないやり取りを続けていた。しかし2人のその表情は、とても幸せそうだった。

救国の英雄ヘンリーに恋人が出来たという知らせはラインハット王国全土に伝わって全国が祝福ムードとなり、その夜はあちらこちらで乾杯の音頭が響き渡っていたという。

その中で賭けの結果、弱いくせに店で一番強い酒を頼んだため1杯で顔を赤くし、3杯で突っ伏して寝てしまったリュカに奢る羽目になったスコットとヨシュアはリュカが大酒飲みでなかったことを心底感謝したというが、それはまた別の話である。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

来たる6月1日、それまで小さな港に過ぎなかったラインハット川河口のビスタの港の改修工事も終わり、ついに開港を迎えた。これまでサンタローズ側にあったビスタの港は貿易港としての機能はラインハット城側に移された。そして、開港記念式典がサンタローズ側の港で行われた。

 

「いやあ、10年前とは見違えるようだよ。本当に綺麗になった。」

 

そう述懐するリュカと、彼との同行を決めたカリン、ヘンリー、魔物達、さらにはスコット、ルカ、ヨシュアなどのサンタローズ住民も式典に参加している。この日のために作られた仮の演壇では、国王デールが祝辞を述べていた。

 

「…………というわけで、これを以って祝辞とする。

新暦11年6月1日 ラインハット王国国王デートリヒ。」

 

会場からは惜しみない拍手が送られる。それが収まると、デールは声色を変えて会場に語りかける。

 

「さて皆さん、先月中旬に我が兄ヘンリーに恋人が出来たことが記憶に新しいと思いますが、実はこの度、この私にも好きな人ができました。」

 

会場は大きくどよめく。しかし、その声もだんだんと祝福ムードに変わり、最後はほぼ全員が拍手喝采を送っていた。そうでないのはデールがある女性を好いていることを知る数名のみである。その1人であるヘンリーがため息まじりに漏らす。

 

「やりやがったな、全く。俺にはできねーや。あんな恥ずかしいこと。」

 

「ほんまな。あれで14歳やで。」

 

カリンもそれに返す。そのやり取りには既に夫婦同士のような自然さがあった。

全員が固唾を呑む中、ついにデールはその名を告げた。

 

「マリアさん。」

 

呼ばれたマリアは自分ではないと思っていたのか非常に驚いた表情でぎこちなく壇上に上がった。

 

「一目見た時から好きで、あなたと時間を共に過ごせば過ごすほど貴女の純真さに惹かれました。こんな年端もいかない孺子(こぞう)ですが、よろしくお願いします!」

 

妹にまだ嫁がれたくないヨシュアが縋るような目線を壇上に投げ掛けるが、マリアは顔を赤らめながら、

 

「こ、こちらこそ。」

 

と言った。会場からは怒号のような歓声が沸き起こる中、1人肩を落とすヨシュアの肩に手を置いたスコットがグラスを煽るような仕草をする。彼らの夜は長そうだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

午後3時。ついに出航の時間がやって来た。最初にデールが声をかける。

 

「では兄さん、元気で。カリンさんとリュカさん、不束者の兄ですがどうかよろしくお願いします。」

 

「お前、一言余計なんだよ!とにかくマリアさんと上手くやれよ。ヨシュアさんもいつまでも拗ねてちゃダメですからね。」

 

「う、うるさい!」

 

「お兄さん、もう決めたことですから。」

 

「う………マリア…………」

 

次にスコットが進みでる。

 

「みんな元気でな。」

 

「スコットさんもやで。ちゃんとルカさん大事にしーや。ルカさんも、しっかり手綱引いてくださいね。」

 

「はい、任されました。リュカ君も元気でね。」

 

カイルを抱いたルカがカイルの小さな手を振らせながら答える。

 

「はい!カイル君も元気でね〜〜。」

 

 

3人と4匹を乗せた船が西へ進み始めた。目指すは西の大陸の東端の港、ポートセルミである。この西の大陸でリュカは大きな決断を迫られることとなるのだが、それを知るものは生者のうちに存在し得なかった。

 

 

第2章 完




<次回予告>海風に吹かれて船は西へ進む。悲喜交々の一行を乗せて。第3章・西大陸編が幕を開ける。
次回 11月3日月曜日午後9時3分投稿 第39話「華麗なる船旅?」
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第4章 再会と決断
第39話 華麗なる船旅?


受験生なのに鋼の錬金術師のマイブーム再来ナウ。勉強しろ!と心の中で自分に突っ込みながら鋼の錬金術師の漫画を読んでます。あー、英語なんて教科滅べば良いのに。
では、本編スタートです!


「んーーーーーー!やっぱこうやって爽快な気分で船旅をするのはいいよな〜〜〜〜〜!」

 

大きく伸びをしながらヘンリーが大きな声をあげる。

 

「そうだよね。この前は樽の中で缶詰だったし、奴隷になる時は魔法で瞬間移動みたいな感じだったし、それより前は船に乗ったことがなかったもんね。」

 

「…………ウチは初めてやけどな。」

 

危うく"前世を含めて4回目"と言いそうになるのを堪え、カリンは差し障りのないことを口にした。

だんだんと出航したビスタの港が見えなくなってくる。ラインハット王国を離れたリュカ、カリン、ヘンリー、そしてスラリン、ドラッチ、ブラウン、ピエールの3人と4匹は次の目的地である西の大陸の玄関口のポートセルミに向かって船上の人となっていた。ポートセルミまではうまく風に乗って15日、平均して約20日の船旅である。

 

「そう言えばさ、リュカって6歳でサンタローズに戻ってくるまでどこ旅してたん?」

 

「さあ?よく覚えてないなあ。まあでも今思うと情報を得るために港から港へ転々としてた感じかな。陸にいるより船に乗ってた時間の方が長かったと思うよ。」

 

「他の国は言語違ったりせえへんの?」

 

「うーん、言い回しが独特だったり、ちょっと語感が違ったりするけどあんまり変わらないと思うよ。」

 

「そうなんや。それは安心したわ。」

 

「ていうか僕たちみんな人間なんだから話す言葉なんてそう大差ないのが普通じゃないか。」

 

(いや〜、この世界便利やわ。)

 

カリンはそんなことを考えていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

船の上はまさにカリンのリサイタルの場であった。前世の頃から歌っていた歌を口ずさんでいると仲間たちや同乗した商人たちがいつの間にか集まってくる。カリンの柔らかな歌声と現代日本の名曲の数々の心温まる歌詞が船員や商人たちの心を掴み、いつしか午後一回と夜一回の定期公演のようになってしまっていた。

それ以外の時はコックの手伝いをしたり、カリンの美貌と歌声とさんの強さに惹かれ、鼻の下を伸ばす(常にヘンリーの険しい目線が突き刺さっているため手出しはして来ない)商人たちと雑談しながら西の大陸の情報を集め、それ以外の時は筋トレなどで汗を流していた。ブラジャーなどという便利でセクシーなものがないこの世界ではあるが、汗をかいて上半身サラシ一枚で涼むカリンに、船にある男は皆ドキリとした。

リュカはピエールと共に魚釣りをしている事が多かった。ヘンリーはカリンの歌を聴きながら剣や魔法の練習に勤しむ。カリンを守るためにと決然とした様子で黙々と剣を振り続けるヘンリーにカリンもかなり胸キュンしていた。スラリンとドラッチとブラウンは好きな時に好きなことをして勝手気儘に過ごしていた。

最初は同乗者たちは彼らを警戒していたが、リュカたちに懐いており、海の魔物と戦ってくれ、何よりほのぼのしている様子に警戒心を解き、普通に接してくれていた。そして、日に数回現れるしびれくらげ、幽霊船長、深海竜、マーマンなどの海の魔物を討伐しながら船はのどかにかつ順調に西へ進み、6月18日にリュカ一行はポートセルミの港に降り立った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ポートセルミは世界有数の港湾都市である。この西の大陸に入る人とモノは必ずここを経由する。内陸に物品を搬入するために古くから運送業が発展し、その元締めである大豪商、ルドマンは一代でそれまで全く手を出していなかった娯楽、造船、海運など様々な業種に手を出しては大儲けして西の大陸の中部にあるサラボナという町の自宅をまさに豪邸に改造して権勢を振るっているという。それでいてあまり悪い評判を聞かないあたりがおそらく大商人たる所以なのであろう。

そしてこのポートセルミには、ルドマンの会社の造船所や昔からの運送業の事務所が存在し、そこに勤める人々がここに住んで生活をしている。その彼らが使う金でこの町の経済が成立しており、まさにルドマンによって支えられている町と言える。

 

「いや〜、しかし暑いなあ。」

 

ヘンリーが燦燦と降り注ぐ陽光を仰いで呟く。

 

「まあ、寒いのよりまし。」

 

カリンはそう返すが、額には汗が滲んでいた。ポートセルミはラインハット王国周辺より低緯度にあるため、暑いのは当然ではある。

 

「まあ干からびて死ぬほどの暑さでもないし、大丈夫なんじゃない?とにかく情報を集めようよ。」

 

「そうやな。」

 

馬車の中に魔物たちを入れてタラップを降り、西の大陸の地図を購入する。この西の大陸には国家が存在せず、ここからほぼ真南にある丘陵の上に立つ村のカボチ、ここから真西にあるルラフェン町、そしてルラフェンから赤道を越えてさらに南にある、ルドマンの本拠地たるサラボナ、その北の山岳地帯にある名もない山奥の村から成り立っている。

 

「そう言えばこの大陸のどっかにビアンカがおんねんな〜。多分美人になってるで、あいつ。」

 

「そうだね。子供の頃から可愛かったもん。」

 

「ん?ビアンカって誰だ?」

 

「ああ、レヌール城の冒険の話したじゃん。あの時の金髪のおさげの女の子だよ。」

 

「ああ〜。その話聞いたわ。お前が落とし穴に落とされたってやつだな。」

 

「そうそう。」

 

そして一行はまず武器屋と防具屋を回って装備を買い換えた。資金については神の塔で魔物が落としたゴールドや、ラインハットからの報奨金などで余裕があったのだが、"先立つ物はあって損はしない"と言うカリンの思考法によっていつもと変わらず値切りが行われ、彼女が去った後それぞれの店の店主はなんとも言えない表情でカリンの後ろ姿を見送っていた。

さらに嬉しいことに、カリンは弓矢による攻撃が最近効果が薄くなっていると感じていたが、この大陸の魔物はラインハット周辺に比べて強力なので矢のレベルも高く、それまで鉄製だった鏃を全て玉鋼のものに買い換えた。手に大きな荷物をぶら下げてルンルン気分で武器屋から出てきたカリンを見てリュカがため息をつく。

 

「もー、また値切ってきたの〜?なんかさっき武器屋の主人が恨めしそうな目でこっち見てたよ〜。」

 

「そう言うあんたもオラクルベリーでやんちゃしたらしいんやん。ヘンリーから聞いたで。」

 

「だってカリンの見てたら自分ももうちょっと値切れるんじゃないかなって思うじゃん。」

 

「いや〜あの時のリュカはえげつなかったけどな。」

 

「そんなことないよ。僕は端数を切ってもらっただけだから。浮いたの結局600ゴールドぐらいじゃん。カリンはもっとえげつないよ。ラインハットの時もヘンリーは気づいてなかったと思うけど、あれはどう考えても2割近くは値切ったよね。」

 

「に、2割!?」

 

「ちなみに今回は23パーカット。」

 

「!?!?2500くらいは普通に浮いてんじゃねーか!」

 

「とりあえず銀行行こか。」

 

「銀行?なにそれ?」

 

「金預かっといてくれるとこ。店主が口走っとったから間違いなくこの町のどっかにある。」

 

「へー、そんな便利なものがあるんだ。で、どうしてカリンはサンタローズから殆ど出たことないのに銀行のことを知ってるの?」

 

「!?船で商人から聞いたんやけど。」

 

カリンは核心を突かれてどきりとする。まだカリンは自分が転生者であることをパパスにしか告げていなかった。説明が面倒臭いので墓まで持って行ってやると考えていたが、リュカは逆にまくし立ててくる。

 

「嘘だ。さっき店主にここにあるって聞いたって言ってたよね。もし銀行のことを商人に聞いて知ったんだったらこの町に銀行がある事ももちろん教えてもらってるはずだよ。商人たちがそこだけ伏せる意味はないからね。」

 

「…………。」

 

カリンはしまったという感じで手を顔に当てて天を仰いだ。

 

「お、おいリュカ………どういうことだよ………。」

 

ヘンリーは状況について行けずにオロオロしている。

 

「それに小ちゃい時から教えてくれてた歌もそうだし、その頃の行動を思い返してみてもやっぱり変だよ。ラインハット城下町にいた子供達より大人び過ぎてる。本当はカリンは何者なの?」

 

「……………。」

 

カリンは観念する。どうやら年貢の納め時が来たようだ。

 

「前からずっと聞こうと思ってたけど、ずっと僕たちに何か隠してたよね。」

 

「お前ほんまに昔から変なとこ鋭いよな。説明すんの面倒いから隠し通したろうと思ってんけどな。分かった。全部話す。その代わり長くなるから夜にやだ宿屋でな。じゃ、ちょっとその辺ウロウロしてくるわ。それと…………今までずっと騙しててごめん。」

 

カリンは町の雑踏に踏み入っていく。いつものように明るい声で話していたが、やはり少し申し訳ないという気持ちがあるのか、最後の謝罪の声は少し震えていた。




<次回予告>ついに明かされるカリンの秘密。それに対してリュカとヘンリーはどのような反応を示すのか。カリンの昔語りが始まる。
次回 11月10日午後9時3分投稿 第40話「明かされる秘密」
賢者の歴史が、また1ページ。


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第40話 明かされる秘密

どうも、かいちゃんです。
いやあ、ついに大谷メジャー行き決定ですか!これからの活躍が非常に楽しみですね!その影でオリックスからメジャー行きを表明してる人もいますけどね。あれ?ウチに抑えで7敗する守護神なんていたっけ?ん?誰のことだったかな?(すっとぼけ)
では、本編スタートです!


ヘンリーはカリンが戻ってこなくなることを危惧したが、リュカの予想通りそんな事はなく、カリンは夕方には帰って来て全く無口ながら共に夕食を食べ、部屋に戻って早々に風呂を済ませた。気まずさはこの上なかったが。そして夜更け、カリンは旅立ちに先立ってルカに貰ったネグリジェを着てリュカとヘンリーの部屋に入って来た。

 

「お待たせ致しました。」

 

普段からは全く想像のできない慇懃さにヘンリーもリュカもやや慄く。

 

「や、やめろよカリン。頼むからいつも通りにしてくれ。こっちの調子が狂う。」

 

「そうだよ。別に吊るし上げようっていう気じゃないからね。 」

 

しかしカリンはそれを全く無視して急に土下座し、文字通りひれ伏して謝罪の言葉を述べた。

 

「私は、私に信頼を置いてくれている仲間を長きにわたって欺き続けていました。本当に申し訳ありませんでした。」

 

「おいおい、冗談は止めろよ。ま、らしいっちゃらしいけどな。」

 

「お前、半分バカにしてるやろ。ま、ええわ。まあその、隠してたことやねんけど………」

 

リュカもヘンリーも身を乗り出す。

 

「ウチ、これで人生2回目やねん。」

 

「「……………?」」

 

「簡単に言うたら、こことは全く別の世界に生まれて24年間生きてたんやけど、事故で死んでもうてな。気がついたらこの世界で母さんに抱かれて産声あげてた。」

 

カリンは閻魔のくだりは面倒臭いので端折って説明したが、リュカは思わぬ方向から突っ込んで来た。

 

「うん、カリンにしてはジョークのキレがないから本当のことなんだ。て言うかカリンならボケ突っ込んでくると思ってたよ。」

 

「俺も最初はボケだと思ったけどな。ボケにしては面白くなさ過ぎるだろ。とは言っても突拍子すぎてちょっと理解が追いついてないけどな。」

 

「…………あんたらウチのこと何やと思てんねん。」

 

「説明の必要あるか?」

 

「うん。まんまだよ。」

 

「………答えが想像通りすぎたわ。」

 

「で、これはあんまり根拠はないんだけど、モモも一緒の世界から来たんじゃないの?」

 

「………理由は?」

 

「妖精の村から帰って来てからカリンが意味不明なことをモモに喋りかけてて、それを完全にモモも理解してるように見えたし、逆にモモが何も言ってないのにカリンとモモの間で会話が成立してたんだよね。妖精の村で最後にポワンさんに何かして貰ったんじゃないの?盗み聞きしてたんだけど、二人とも特別な存在って言ってたし、その後にやっぱり魔法の力を感じたんだよ。

その時からそれまでたまにコソコソ庭の裏で何かしてたのに妖精の村から帰ってきてからそれが無くなったんだよね。それに野生のベビーパンサーにしては賢すぎだよ。僕の言葉を余裕で理解して頷いてたし、すぐに戦い方とかも覚えたよね。スラリン達でも形になるまで結構かかったじゃん。」

 

「ほんまにお前ようそんな細かいとこ気ぃ付くなあ〜〜。ほんまに脱帽やわ。もう大正解。あなたのおっしゃる通りです。前世からの親友やねん。あ〜〜、今頃どうしてるんやろか。元気してるかなあ。」

 

「きっと元気にしてるよ。」

 

「ありがと。んで、ヘンリーとリュカはウチを責める気とかはないん?幼馴染と恋人にこんな大事なことずっとだんまりしてたけど。」

 

「何を隠してたってカリンはカリンだよ。」

 

「俺は今お前に恋人って言って貰えたことの方が嬉しいけどな。」

 

「ま、そう言うわけだよ。それどころか逆に感謝してるよ。ずっとモヤモヤしっ放しで旅なんて続けたくないしね。それよりカリンとモモがいた世界ってどんな世界なの?」

 

「お、それは俺も気になるぜ。」

 

「もー、凄い世界。この世界とは比べものにならへんぐらい進んでるし。魔物なんかおらんし魔法もあらへん。離れた人と普通に会話できるし、馬の数倍早い乗り物もあるしな………」

 

カリンの現代日本についての話は尽きることなく、気づけばすでに東の空が白んでいた。特に桃華との思い出や高校と大学での弓道部の話、歌の話は盛り上がり、ヘンリーもリュカもぐいぐいだった。そしてまた時間が過ぎ、日が昇りきったタイミングでリュカが欠伸を一つした。カリンもさすがに丸半日ほど話して少し疲れを感じたためお開きとなり、ポートセルミでの情報収集は少し伸びることとなる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ポートセルミに到着してから丸3日が経ち、この大陸についての情報を集め終え、そろそろここを発とうかと言うタイミングであった。午前中に教会で魔力を見てもらい、カリンが相手の魔力を任意で吸収するマホトラ、相手からの呪文を弾き返すマホカンタを、ヘンリーはイオの上位呪文であるイオラ、リュカは相手が放った呪文の魔力を受動的に吸収するマホキテを習得していた。

そしてこの日、ポートセルミの南にあるカボチ村から輸出用の農産物が運ばれて来た。西のルラフェンやサラボナのルドマンの話はよく聞いたのだが、カボチについての情報は少なかったため、一行は馬車を引かせて農産物を運んで来た農民の男に話を聞いてみた。

 

「すみません、カボチ村の方で間違いないですか?」

 

「ん、そだが?」

 

「あの、僕たちはこの度この大陸に初めて渡って来たので少しこの街でこの大陸の情報を集め回っているところなんですけど、なかなかカボチ村についての情報が集まらなかったところでちょうどあなたを見かけたので、お声がけしたのですが………」

 

「どうやら探しもんの旅みてーだな。んだ。オラはカボチ村のペッカっちゅうモンじゃ。別にあんたらの探しもんがあるとも思えんが、おらたちの村について教えてやる。」

 

その後、数分間に渡ってカボチの住民構成や地形、特産物についての情報を聞いた。暮らしぶりは悪くはなさそうで、その語り口から自分たちの村に大いに自信を持っていることが伺えた。

 

「何かお困りのこととかはございませんか?」

 

「困ったも何も、あいつが来てから魔物も寄り付かんかなったしなあ。」

 

「あいつ?」

 

「んだ。もう10年ほど前やったか。村に随分痩せこけたキラーパンサーの子供が紛れ込んで来たんだ。村のみんなは警戒しとったんじゃが、余りにもその姿が哀れでなあ。人も襲わんようじゃったから野菜をやったら居着いたんだ。そいつがめっぽう強くて、魔物が襲って来んようになっただ。」

 

それを聞くとカリンの目の色が変わった。

 

「なんやて!?キラーパンサーの子供!?モモちゃうん!?」

 

「んだ。何でその名前を知っとるかは知らんが、モモっちゅうキラーパンサーだ。そう言えば今でもこっちに来た時から持っとる刀みたいなもんを大事にしとるなあ。確か柄が紫色じゃったか。」

 

今度はリュカが目を見開く。

 

「それ多分父さんの剣だよ!モモだ!生きてたんだ!!」

 

「おっさん!村まで案内して!そいつ多分ウチらの知ってる子やねん!」

 

「な〜んだって!そりゃええ事だ。あいつずっと何かを待っとる感じやったけのお。明日オラも村へ帰るから、ついてくるとええ。」

 

「「ありがとうございます!!」」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌日、一行は早速ペッカに同行してペッカが農産物を積んで来た馬車とリュカ一行の馬車が2台並んで南へ向かった。本来はペッカはポートセルミで護衛を雇って危険な道中を行き来するのだが、リュカ達ががタダで護衛代わりを務めているので、ペッカとしても大助かりであった。しかし、カリンもリュカもモモが生きているかも知れないと聞いてからそわそわして落ち着きがなく、馭者台に乗っているペッカとヘンリーだけが平常運転だった。

しかし、基本的にせっかちなヘンリーとのほほんとしているペッカの話は全く噛み合わないため、二人ともだんまりしたまま旅は続き、この時のことを後にヘンリーは"今までで最も気まずかった。"と表現した。

 

浮き足立って使い物にならないカリンとリュカを幌の中に押し込めて、基本的にヘンリーが魔物との戦闘の指揮を執った。魔法使い、ドラゴンキッズ、二足歩行をし、サーベルを持った狼・山賊ウルフ、紫色のアウルベアー・モーザ、スライム部分がメタルスライムになっているスライムナイト・メタルライダー、さまようよろいなどの魔物を、スラリンとドラッチの補助呪文とブラウンとピエールの連携攻撃で退けながら南下を続けること8日、ついに一行はカボチ村に到着した。




<次回予告>10年前、1匹のベビーパンサーが北の大陸から毛皮商人の手によって運ばれて来た。やがてベビーパンサーは毛皮商人から逃れて南へ向かうこととなる。想像を超える苦難を乗り越えながら………。
次回 11月17日金曜日午後9時3分投稿 第41話「とある魔物の回顧録」
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第41話 とある魔物の回顧録

どうも、かいちゃんです!
昨日の野球アジアチャンピオンズカップの韓国戦、見てて面白かったですね。なかなか息詰まる攻防で最後の劇的な逆転劇に至っては夜遅くにも関わらず叫んでしまいました笑。
では、本編スタートです!


長い10年間だった。

毛皮商人と思しき集団に連れ去られ、鍵のかかった檻に入れられて海を越えた。すぐに皮を剥がされてポイされるのかと思ったが、話を聞く限りでは皮を剥ぐにもそれ専門の職人がいるらしく、彼らはその職人の元まで新鮮な状態のまま運ぶ必要があるようだった。3週間ほど船に揺られて港に着いた。その間、十分とは言わないまでも食事は与えられたため、飢えることはなかった。

 

そして、港のある街の外れの一角にある小屋に連れていかれた。どうやらここが毛皮を剥ぐ職人の小屋らしい。もちろん檻に入れたままでは皮を剥げないので、檻から約1ヶ月ぶりに出された。あのゲマとかいう魔物がつけた身体中の傷も自然に回復しており、船に揺られている時には彼らが寝ている時にトレーニングを怠らなかった。遂に一瞬の間隙を突いて逃げ出すことに成功した。

 

 

そこからが真の地獄だった。

街に留まっていてはまた商人達に捕まるかもしれない。とにかく街を出た。しかし、行く当ては何処にもない。どうやら大陸自体が違うようで、サンタローズに戻るのは絶望的だった。小動物を食べながら飢えを凌ぎ、街周辺を徘徊して情報を集めた。どうやらここから西のところに大きな街が、南に行けば小さな村があるようだった。人の多いところで待っていれば美咲やリュカと会えるかもしれない。

だが、人が多いということは追っ手に見つかる危険も多いことを意味する。しばらく迷った末、南に向かうことに決めた。農村なら、溶け込めれば食うには困らないはずだから。パパスが遺した剣を離さぬようにしっかりと咥え、意気揚々と南進を開始した。

 

しかしそこに至るまでが苦難の連続であった。サンタローズやラインハット周辺ではそんなことは無かったのだが、ここの魔物は同じ魔物であっても容赦無く襲いかかってきた。正に弱肉強食。自分以外にも多くの魔物の子供などが襲われていた。さらに、南へ行くと言っても村の正確な場所がわかる訳ではない。偶に通りかかる馬車を目印にしながらゆっくりと進む。

そこで食糧難という大きな問題がのしかかってきた。季節もちょうど夏。容赦無く照りつける陽射しが着実に体力を奪う。体力のない中、たまたま通りかかってきた小動物や昆虫を食すだけだった。昼夜もなく歩き、魔物が襲って来れば撃退し、正に極限状況の中僅かな希望を信じて南へ進み続けた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

何日が経ったであろうか。

あまりにもの過酷さで最早希望などという言葉など頭から消え去り、殆ど無意識的に南へ進んでいた時のことであった。昼間に紫色のフクロウのような姿をした魔物に襲われて右前脚に怪我を負っていた。出血が酷く、貧血で意識が飛びそうになる。それでも咥え続けているパパスの剣だけは護り抜かなければならないという使命感が、意識を辛うじて繋ぎ止めていた。

 

ふと周りから殺気を感じた。

気付けば完全に夜になっており、空には満点の星空が輝きを放っていた。辺りを見回してみる。どうやら知らぬ間に目的としていた村に紛れ込んでいたようだ。彼方此方に民家が見え、それ以外は畑が広がっていた。そして、自分の周りを村人達が槍や鎌や鍬を持って取り囲んでいた。本来なら警戒して戦闘態勢を取るべきであろうが、それをできる体力はどこにも残されていなかった。それどころか目標としていた村に辿り着けたという安心感で今まで張り詰めていた緊張の糸が途切れて気を失ったようで、そこからしばらくのことは何も覚えていない。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

眼を覚ますと、何処かの小屋の中だった。窓から差し込んでくる光が既に昼であることを告げる。怪我をしていた右前脚には包帯が巻かれていた。

 

「お、気がついたべか?」

 

まだ20代と思われる若い男が声をかけてきた。

 

「ちょっと待ってくれよ。すぐに食いもん取ってきてやるけんの。」

 

そう言って男は消えていった。壁際にはパパスの剣もちゃんとあった。まだ動かしいにくい右前脚に配慮しながら室内を歩き回る。

 

「こら!動いちゃいかん!まだ治っとらんのに。とにかくこれを食って栄養をつけるのが一番やけの。しっかり食うてくれ。」

 

男は皿に盛った野菜を差し出す。空腹だったことを思い出し、貪るようにかぶりついた。

 

「お、思ったより元気そうじゃ。よかったよかった。」

 

そう言って男は頭を撫でてくれる。美咲には及ばないまでも、確かな温もりを感じた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

1週間もすれば傷もふさったので、村を自由に歩き回る。あちこちから情報を集めた。どうやらここの村はカボチという名前であるようだ。見渡す限り畑が広がるのどかな農村である。どうやら介抱してくれた男の名前はペッカといい、少し間の抜けたところがあるようだ。村人達は最初は警戒心を持たれていたが、村を襲わず、ペッカに懐いている姿を見て安心したのか、次第に村に溶け込むことができた。

村に居ついて2ヶ月、完全に村の一員になることができ、名前もつけてもらった。別の名前にされると迷惑だったので、ピンク色のものや果物の桃に異常に執着するように見せかけた結果、狙い通り「モモ」と呼ばれるようになった。毎日トレーニングは欠かさず、身体を鈍らせないようにしながら穏やかな日々を過ごしていた。

 

そんなある日の夜、村が騒がしくなった。どうやら魔物がこの村を襲撃しようと近づいているらしい。村人たちはかつて私にそうしたように、鎌や鍬などを持って魔物の前に立ちはだかろうとする。相手の力量や癖を見抜くため、敢えて手出しせず距離をとって魔物を観察する。しかし村人たちより魔物が強すぎるため、瞬く間に負傷者が出た。居ても立っても居られなくなり、村人たちの前に立ちはだかる。

 

「モモ!いかん!下がってるんだ!」

 

ペッカが叫ぶが、逆に魔物を威嚇してやる。この前に襲われた時とは違う。今はコンディションもモチベーションもバッチリだ。相手は紫色のでかい顔面フクロウの怪人"モーザ"2体と二足歩行でサーベルを持つ狼"山賊ウルフ"が3体である。

 

山賊ウルフがサーベルを手に襲いかかってきた。それを素早く躱して後ろで油断している山賊ウルフに頭突きを食らわせる。そしてその山賊ウルフを壁にして方向を変え、先ほど襲いかかってきた山賊ウルフに飛びかかって顔面を引っ掻く。痛みでもがいている間に喉を食い破って仕留めた。今度はモーザ2体が竜巻を起こすバギマの呪文を唱えてきた。それを避けて今度は最大戦速で魔物たちの間を駆け回って惑わし、効果的な一撃を叩き込み続ける。そしてモーザ1体と山賊ウルフをもう一体倒すと、残りの2体は逃げ出した。

村人たちの大歓声が響いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

以来、魔物に襲われる度に戦い続けた。魔物たちも学習するのか、伏兵や時間差攻撃など色々な手を使って襲ってきたが、悉く見抜いて返り討ちにしてやった。そうこうしているうちに魔物たちも無駄だと悟ったのか、3年もすればほとんど魔物に襲われなくなった。村人たちは私に任せてばかりもいられないと思ったのか、いつの間にか研鑽を積んでいて、最後の方は村人たちだけで追い払うことも多くなり、私は最終兵器のようなポジションになっていた。

 

それからさらに7年の時が流れた。体は15回りくらい大きくなった。昔はリュカに両手で抱きかかえてもらえるくらいの大きさだったが、今では軽く体長3メートルを超えている。大人のライオンくらいのデカさだ。本当にいつの間にかでっかくなってた。村の人たちには私の食べる量が多くなり、負担をかけてしまってはいるが、そんなものはどこ吹く風といった感じで、変わらず暖かく接してくれていた。私もそれに報いようと重いものを運んだり、村人のタクシーがわりになったりして、それはそれは長閑な日々を過ごしていた。だからと言って美咲やリュカと会えない悲しみが薄れるわけでもない。最近ラインハットで革命があってビスタの港の封鎖が解かれ、船が行き来するようになったと村人の話で聞いた。そろそろ動こうかとも思っていた。

 

もうすぐ夏が来る。村も秋に収穫する作物の世話で大忙しだ。ペッカは収穫を終えたトマトなどの野菜を私が10年前に降り立ったポートセルミの街へ運びに行った。そろそろ帰って来る頃だろう。次にポートセルミに行く機会があったら無理にでも行こうと思っている。今回はポートセルミの人に迷惑をかけるだろうから付いていかなかったのだ。

ペッカの匂いが仄かにしてきた。遠くを見ると作物を積んで行った馬車が見えてきた。しかし様子が変だ。馬車が二台に増えている。今までそんなことはなかったのに。馭者台には緑色の髪の青年が乗っていた。どこかで見覚えがある。誰だっただろうかと思案しているうちに、馬車は村に入ってきた。緑色の髪の青年の馬車の荷台から人が降りて来る。それを見て、自分の目を疑った。

 

 

紅茶色の髪、紫の瞳、整った顔立ちの長身の女性。まさか、と思った。

女性もこちらを見ると、驚愕の表情を浮かべた。

 

「モモ!!」

 

女性が駆け寄ってきた。

ついに、その時が訪れた。




<次回予告>ついに再会を果たすカリンとモモ。感動的な再会の後には、別れが待ち望む。カボチ村の暖かさが、一行の旅の疲れを癒しながら、のどかに時を運んだ。
次回 11月26日金曜日午後9時3分投稿 第42話「再会、そして……」
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第42話 再会、そして……

どうも、かいちゃんです。
いよいよセンター試験まで50日あまりとなって余裕もなくなってきました。できる科目が日本史しか無い………。投稿ペース落ちるかもです。
では、本編スタートです!


6月30日午前、リュカ一行はカボチ村の住人、ペッカの案内でついにカボチ村に到着した。カリンは大きく伸びをして馬車の幌の中から出た。辺りを見回す。どうやらペッカの話通り、長閑な農村であるようだ。さらに視線を移す。すると、高台の上に体長3メートルほどの大きな魔物がいた。黄色の体に黒の斑点、赤い鬣…………まさか?

 

「モモ?」

 

向こうもこちらを驚いたような表情で見ている。すると、昔のように頭の中に懐かしい声が響いてきた。

 

"美咲?"

 

その瞬間、カリンの涙腺は決壊した。

 

「モモ!!!」

 

"美咲!!!"

 

魔物も駆け寄ってきた。そして思いっきり飛びかかって来る。カリンは魔物を受け止めた。

 

「…………重い。」

 

"あ、ごめん。"

 

「それにしてもえらいデカなったな〜。」

 

"いつの間にかデカなった。"

 

リュカもモモに歩み寄る。

 

「モモ、久しぶりだね。」

 

"いや〜、リュカもイケメンになって〜。"

 

そう言いながらモモはリュカの顔を舐め回す。

 

「あー、ごめんモモ。ウチらのことバラしたからもうええで、演技せんでも。」

 

"え、嘘マジ!?"

 

「マジマジ。こいつ昔からどうでもええとこで鼻効くやん。めっさふつーに怪しまれてた。」

 

"うわー、迂闊やったわ。"

 

すると、ペッカが寄って来た。

 

「いや〜、本当にあんたらのやったんやの〜。こりゃ驚いた。」

 

「はい。色々とありがとうございました。」

 

モフモフしてモモから離れようとしないカリンに代わってリュカがペッカに感謝の辞を述べる。

 

「いやいや、ええんや。こいつにとっても元のご主人様のところに戻れるのが一番やけの〜〜。いや、ほんにえがったえがった。」

 

「でもずっとこの村を守ってたんですよね。大丈夫ですか?モモが抜けても。」

 

「それは大丈夫じゃ。いつまでもモモに頼れるわけじゃないからのう、研鑽を積んどったんじゃ。」

 

「それにしても何でモモって呼び始めたんですか?」

 

「それがな、やけに桃と桃色の物に興味を示しましてな。」

 

(((あ、謀ったな)))

 

3人は同時に心の中で思った。

 

「村のことは心配せんでも大丈夫じゃ。わしらが勝手に預かってただけじゃからの。それに魔物の四、五匹くらいなら村の者が力を合わせれば優に追い返せる。モモが魔物の弱点を的確に攻撃しているのを見てな、あそこに鎌を突き立てれば勝てると教えてもろたくらいじゃ。ほんに感謝感謝じゃ。」

 

「いえいえ、感謝したいのはこっちですよ。」

 

「ははは、そりゃそうじゃ。」

 

「さて、これからどうしようかな………。」

 

「今日はここに泊まってけ。モモが急にこの村を離れたとあったら村のもんも驚くじゃろうからな。今夜は宴じゃ。モモの仲間さんが見つかった事を祝ってな。んで、オラは村長のとこに顔出して色々とせにゃならんし、モモのことも伝えにゃならんからな。紫ターバンのあんた、ついてきてくれ。他のもんとモモはオラの家で休むとええ。」

 

「何から何までありがとうございます。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「そうか、モモのはぐれとった仲間が見つかったんか。ええことじゃ。」

 

「んで、モモを連れて人探しの旅に出ると言うとるんじゃけんど……。」

 

「構わん。最近は魔物も襲って来んし、5匹くらいなら村の者たちでも防げるからの。何にせよえがった。今宵は宴じゃな。村の者たちに呼びかけて準備をせねばな。」

 

「んだ。」

 

「そこの紫の若いの。」

 

「はい、何でしょう。」

 

「何か困ったことがあったらいつでも戻って来るとええ。お主がモモの仲間というのであれば、無論儂らもお主らの仲間じゃからな。」

 

「………ありがとうございます。」

 

「うむ。では散会としようかのう。お主も休んで行くとええ。」

 

「はい。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

リュカも充てがわれたペッカの家に入った。

カリンはリュカが村長の家にいる間もずっとその場でモフモフしており、ペッカの家に3人+1匹が同時に入る。

 

「えらく長いモフモフだったね。」

 

「そりゃなあ。デカくなっても毛並みはサラッサラのまんまやったし、つい気持ち良くてな。」

 

"てかさ、さっきからずっと気になっててんけど、"

 

「ん?何やモモ?」

 

"そこの緑頭誰なん?"

 

「あー、ヘンリーや。あんたがリュカと救いに行った王子の。」

 

"えっ?あの生意気でファザコンなクソ坊主!?"

 

「そうそう。ちなみに………ウチの彼氏。」

 

そう言ってカリンは顔を赤らめる。

 

"え〜〜!!!嘘マジ!?うわ〜〜なんか嬉しいような腹立つような………。"

 

2人の会話?を見てリュカとヘンリーがヒソヒソと話す。

 

「本当にカリンとモモって意思疎通できてるんだね。」

 

「ああ。あんな感じなんだな。でもさっきからモモに凄い俺が見下されてるような気がするんだが………。」

 

「そりゃモモは子供の頃のヘンリーの事しか見てないからね。まあ、今でもあんまり変わってないけど。ワガママなところとか。」

 

「てめぇ、俺のどこがワガママなんだ!?」

 

「え?違った?」

 

「ちげーよ!」

 

「おい、何コソコソしとんねん。」

 

そこへ顔を赤らめたままのカリンが乱入して来た。照れ隠しである。

 

「いや、ヘンリーが絶対モモにバカにされてるよねって話してただけだよ。」

 

「お、よう分かったな。ワガママとかファザコンとか泣き虫とか散々言われとったで。」

 

「マジだったのかよ………。」

 

"なあ〜、美咲何でこの緑頭好きになったん?教えて〜〜!てかあんたまともな恋愛した事あったっけ?"

 

「なかった。ま、ええやん。恥ずかしいから2人きりになったときな。」

 

"うわー、一丁前に恋する乙女になりやがって……"

 

「お褒めに預かり光栄や。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

夜。宴も終わり、皆床についていた。宴は盛大なものとなり、カボチの食材を使った料理が振る舞われ、村人全員がモモとの別れを惜しんだ。カリンはとにかく料理を平らげ、ヘンリーと地酒の杯を重ねながら駄弁っていた。このカップルは成立してからも以前とさほど変わらず、どちらかと言うと友達の延長線上の恋愛といった風情であった。まだ体はもちろんのこと、唇すら重ねていない。今時の中学生の方がもっとませているだろう。もっとも、当事者2人はそれで満足していたが。カリンが蝋燭の僅かな光の中で弓の手入れをしていると、モモが近寄って来た。

 

"なー。"

 

「何〜?」

 

"あんたら2人の馴れ初めってどんなんなん?"

 

「向こうが勝手に惚れてて、告られて、保留して、一緒に過ごしてたら"あ、こいつええ奴や。"って思って、そんな感じ。」

 

"あ〜〜、語り手にやる気が無さ過ぎて凄い淡白に聞こえるけど、なんか意外やわ。"

 

「どこが?」

 

"だってあんた前世でまともな恋愛したこと無いやろ。"

 

「ま、まあ。なんかこいつや!っていうやつがおらんかった。弓道にのめり込んでたしな。」

 

"せっかくモテてたのに?"

 

「ええやん、別に。何か関係あんの?」

 

"なんや、素っ気ない。せっかく心配したったのに。でも良かったわ。あんたとヘンリー、なかなかお似合いやで。互いに完全に気を許して付き合えてる。"

 

「なんか恋人要素が欠落してるってリュカにはせっつかれんねんけど。」

 

"ま、ラブラブでは無いわな。でもええんちゃう?それで。よう考えたらあんたまだ17歳やろ。前世やったらピッチピチの女子高生やで。それでも健全すぎるけどな。でもお互いそれで幸せそうやし、楽しいんやったら十分やろ。"

 

「精神年齢はもう41歳やけどな………。立派なアラフォーやな。」

 

"ふぅ〜〜。あ、そうや。今までの10年間のこと教えてーや。私何も知らんねん。"

 

カリンは10年間の事を話してやった。サンタローズ防衛戦のこと、灰色の10年間のこと、リュカとヘンリーの地獄の10年間のこと。ラインハット革命のこと、そして旅の目的のこと………。

モモもこの10年間のことを話した。地獄の放浪生活。それとは裏腹に楽しくもどこか悲しさを拭えなかった村での生活………。

 

「互いに苦労人すぎん?」

 

"それな。"

 

「あ、あんたパパスさんの剣持ってるんちゃうん?ペッカが剣持って来たって言うてたけど。」

 

"この場にはない。"

 

「どこにあんの?」

 

"ここから西に3日くらい歩いたとこに洞窟あんねんけどな、そこが涼しくて非常食とか保管してるからそこに置いてる。なんせ使うこと無いしな。魔物もまあ出るけど非常食の周りには魔除けが厳重に張られてるから、そこの方が保管には向いてるかなって思って。"

 

「分かった。明日取りに行こか。」

 

"美咲とどっか行くんはあの妖精の村の時以来か……。"

 

「あの時植えた桜、もう立派に花咲かせとんで。」

 

"ほんま?"

 

「しかもめっちゃ綺麗。」

 

"はあ〜。サンタローズに帰りたいな〜〜。"

 

「ま、我慢しぃ。この大陸散策せな戻られへんやろ、どっちにしろ。」

 

"分かっとるわ。ボヤいただけやん。"

2人は長く語り合った。今までの時間を埋め合わせるように…………。




<次回予告>かつての稀代の英傑、パパスが愛用した剣。モモとともにこの西の大陸に持ち込まれた逸品を取り出すため、リュカ一行は西の洞窟へ向かう。しかし、そこで一行は予想外の敵と対峙することとなる。
次回 12月1日金曜日午後9時3分投稿 第43話「怪我の功名」
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第43話 怪我の功名

ああ、もう12月ですか。時が経つのは早いですね。もう2017年も終わりです。今日、流行語大賞が発表されましたね。「インスタ映え」と「忖度」ですか。
ここでうちの社会の先生の名言を一つ。
「政治家っていうのはなあ、忖度してなんぼやと俺は思うんやけどな〜〜。」
では、本編スタートです。


夜が明けて7月1日、リュカ一行は西の洞窟に保管してあるパパスの遺した剣を回収するために西進を開始した。もちろんモモも加わり、3日かけて洞窟にたどり着く。その間にも戦闘をピエールを指揮官としたスラリン、ドラッチ、ブラウンが魔物たちを続々と屠っていった。

 

「いやあ、ピエールもだいぶ戦いが上手くなったな。」

 

ヘンリーがそう論評してのけた。これからは魔物たちも強くなっていくだろうし、そうなればいちいち全員で馬車から出て戦っていては疲労も溜まり続けるばかりである。そのため、ヘンリーが二交代制のローテーションを構築したのである。とは言っても人には向き不向きはあるため、最も適切なローテーションを構築するために色々と試行錯誤しながら戦いを重ねて来たのであるが、どうやら理想のフォーメーションが構築できたようだ。先ほどヘンリーの論評を受けた魔物4匹とリュカ、ヘンリー、モモの2人と1匹である。

カリンはと言うと、いくら矢を強化したとは言っても弓矢での攻撃力には限界があるため、適宜に回復呪文をかけたり牽制攻撃や弱点へのピンポイント攻撃を行ったりしながら状況がまずくなれば馬車内で待機している仲間を呼び出したりと後方で戦闘の全体の統括を任されていた。最も、生前将棋が得意だったカリンからすれば、全体の戦局を見渡しながら戦闘をコントロールする今の役割が非常に合っていたし、周りもカリンが後方で楽をしているとは考えなかったため、しばらくはそれで回すことにした。

一行は洞窟を目の前にして夜になったので一旦休息を取っていた。ヘンリーの先ほどの分析についてカリンも私見を述べる。

 

「まあでもピエール本人は前線に出て暴れ倒したいやろうけど、回復出来るやつの人数が限られてるからなあ。ま、本人が折り合いつけてくれてるんやったらええけど。」

 

「うん、ピエールは大丈夫だよ、きっと。」

 

そして、カリンは膝にポンと手を打って立ち上がった。

 

「さて、この洞窟は馬車ごと入れるらしいから、さっさと行きましょか。」

 

村人たちがここを非常食の保管庫兼避難場所に指定していた理由がわかる。馬車が入れるほど足場はならされているし、洞窟の中は岩の隙間から漏れてくる陽光によって意外に明るくなっており、気温は外に比べれば低く、夏に入ったと言うのにどこかひんやりとしていた。

さらにここの魔物は排他的な集団のようで、外から来るものには人間であろうが魔物であろうが容赦しなかった。休息の前にドロヌーバ(表現不能)、青いピッキー・デスパロット、紫色の土偶戦士・ミステリードール、紫色の服を着た長い槍を持つ細身の怪人・とつげきへい、少し青みがかったイエティ・ビックスロース、ビッグアイ、青いナイトウイプス・デススパークなどの魔物の強さを測るため、少し実験的に入り口付近をほっつき歩き、対峙しては次々と構築された連携攻撃で倒していった。確かに手強いが無理ゲーでは無さそうだ。

ちなみに村人たちは魔物のエサとなる牛肉と魔物を寄せ付けなくする聖水を持参し、魔物のエサで洞窟の外の魔物をおびき寄せて洞窟の中の魔物と戦わせている間に奥に進入して保管庫のある区画に入っているようだ。

 

その間にもカリンという通訳を介してリュカやヘンリーとモモの会話が続く。

 

"ヘンリー、美咲を頼むな。こいつウブやし不器用やし息をするように毒吐くし色々と迷惑かけるかも知れんけど、よろしくお願いします。"

 

「ん、任された。」

 

馬鹿話は長く続き、夜は更けていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌朝、睡眠もしっかり取って英気を養ったリュカ一行はついに洞窟への侵入を開始した。次々に魔物を討伐し、宝箱を逐次開けながら奥へ奥へと進行する。

地下二階のフロアを探索中のことであった。ヘンリーがやや奥まったところで宝箱を発見した。しかし、他の面々は何も感じていないようだったが、カリンはその宝箱に何かしら違和感を感じていた。

 

「なーんかやな感じがすんな〜。」

 

「どうしたの?」

 

呟きを聞いたリュカがカリンを伺う。

 

「いや、あの宝箱な、根拠という根拠は無いねんけどなーんか気配を潜めてるような感じが………。」

 

宝箱にはヘンリーが手をかけようとしていた。すると、あろうことか宝箱がひとりでにやや開き、その隙間から光る目が覗いた。

 

それに気づいたカリンは即座に矢をつがえる。

 

「ヘンリー!動くな!」

 

そう叫ぶと同時にカリンは矢を放つ。その矢は綺麗な直線軌道を描きながら寸分狂わず宝箱のわずかに開いた隙間から宝箱の中へ吸い込まれていった。すると矢が何か柔らかいものに刺さった音がすると共に宝箱が跳ね上がった。

 

「な、何だ!?」

 

宝箱は大きくその蓋をあけ、中から鏃に紫色の体液をつけたカリンの矢が吐き出された。中には禍々しい光を放つ双眼と、宝箱の中と蓋の縁にびっしりと生え並んだ尖った歯が覗いていた。

 

「これは人食い箱ですな!こうやって宝箱に成りすまして身を潜め、不用意に近づくとあのデカい口であっという間に噛み切ってしまう、恐ろしい魔物です。体力も攻撃力も高い上にすばしっこく、非常に強力な相手です。」

 

ピエールが分析を加える。見聞が広いピエールはまさに歩く魔物辞典であった。

 

「ヘンリー、取り敢えず貸し1な。」

 

「こりゃ高くつきそうだな。」

 

3人と5匹は瞬時に身構え、攻撃をかけるが、人食い箱のすばしっこい動きを捉えられずに空転する。人食い箱はどうやら人間にしか興味が無いらしく、リュカとカリンとヘンリーを重点的に狙って攻撃して来る。その一撃は盾を使っても腕に痺れを感じる程のピエールのお墨付き通りの重さを誇った。盾を持たないカリンも何とか中古の刃のブーメランで対応する。

 

10分ほどが過ぎた。人食い箱が攻撃を3人に集中している現状では魔物たちはノーマークであるため、人食い箱が3人に攻撃を加えている隙にちまちまと打撃を与えていき、どうやらダメージの蓄積を怖れた人食い箱は一気にカタをつける気になったようだ。盾を持たないカリンに向かって人食い箱は跳躍する。カリンは人食い箱から放たれる素早い連続噛みつき攻撃を5発まではいなす事が出来たが、6発目になって遂に刃のブーメランを弾き飛ばされてしまった。人食い箱はそこから口(蓋)を閉じて体当たりを食らわせてカリンを転ばせる。すっ転んで無防備になったカリンに向かって人食い箱はその体を噛みちぎるべく再度の跳躍を行なった。カリンは目を閉じた。

 

しかし、カリンの予測した痛みは無かった。その代わりに何かに後ろに押される感覚と液体の飛沫が顔にかかる感触がした。恐る恐る目を開けると、そこには屈強な一本の左腕があった。そこには人食い箱の歯が噛み込まれ、鮮血が滴っていた。しかし、人食い箱の顎の力が抜けていき、遂に噛み込んだ歯は腕から離れ、人食い箱はその場にひっくり返り、風化が始まった。見ると人食い箱の中から一本の鋼の剣がそびえ立っていた。カリンは血塗れになった腕から肩、そして苦痛に顔を歪ませたヘンリーに移した。その瞬間事態を把握し慌ててヘンリーにベホイミを唱えてやる。

 

「大丈夫?」

 

ヘンリーは頷きながらもその場に膝をつく。回復呪文で傷は塞がったものの、痛みは取れない。その痛さに左腕を押さえて蹲るヘンリーの顔には大粒の脂汗が浮かんでいた。カリンは自分の膝を枕にしてヘンリーを寝かせてやる。ヘンリーそしてカリンは鞄から痛み止めの薬を染み込ませた包帯を左腕に巻いてやる。少し呼吸を落ち着けたヘンリーがカリンに話しかける。

 

「カリン………」

 

「何?」

 

「これで貸し借り0だな。」

 

「いや、膝枕で貸しプラス1」

 

「せこ!」

 

「んー、しゃあないなあ。んならカッコよかったご褒美に………」

 

その後のカリンの行動にその場にいたリュカと5匹の魔物は驚愕を禁じ得なかった。

 

 

CHU………

 

 

何とカリンはヘンリーの唇に口付けを落としたのである。

 

「"エーーーーーーッ!!"」

 

リュカが大声で、モモは心の中で盛大に叫び声をあげた。ヘンリーも即座に顔を赤くした。口付けは長くは続かず、3秒ほどでカリンは唇を離した。

 

「な、何すんだよ、いきなり。嬉しいけどビックリしたし、何より恥ずかしいじゃねーか。」

 

「いや、ウチを守ろうとしてるヘンリーがカッコよかって胸キュンしたから、つい。」

 

「あ、ありがとよ………。」

 

「ちなみに前世含めて今のファーストキスな。」

 

カリンが顔を背けて告白する。

 

「…………!」

 

「ちゅうわけで貸し10な。」

 

「ファーストキスで10か。安いな。俺はお前とキス出来るんだったら100でも構わねーぞ。」

 

今度はカリンが顔を赤くした。

 

 

急にデレつき出した2人を見て残りの面子は唖然としていた。しかし、2人は立ち上がるといつもの友達の延長線上ポジションに戻っていた……………いつの間に繋がっていた2人の手を除いて。




<次回予告>洞窟の最深部に眠るパパスの剣をついに手にしたリュカ一行。カボチ村を経由して西の大陸の玄関口・ポートセルミに戻った一行は、ついに西の街、ルラフェンに向けて移動を開始した。
次回 12月8日金曜日午後9時3分投稿 第44話「ポートセルミでの一夜」
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第44話 ポートセルミでの一夜

どうも、かいちゃんです。
まあ、ここで散々愚痴ってるように今年受験なのですが、受験勉強ってやっぱ禁欲生活じゃないですか。そのくせ今年の冬は見たい映画が多い!「鋼の錬金術師」「スターウォーズ8」題名忘れたけど土屋太鳳と佐藤健出てるやつ、「ゴジラ 怪獣惑星」……….
では、本編スタートです!


その後も様々な魔物を蹴散らしながら奥へ奥へと進むと、遂に大きな扉を見つけた。強力な魔法で編まれた強靭な結界に包まれ、スラリン、ドラッチ、ブラウン、ピエールは扉から半径5メートル以内に近づけそうもなかった。魔物では唯一モモだけは何の抵抗もなく入ることが出来た。魔物たちを外に待たせておいて3人と1匹は扉の中へ入る。中には乾パンや干物、乾物などの非常食や大量の飲料水、ここへ立てこもった際に使える武器が整理されて置かれていた。ちなみに魔除けは今から数百年前にカボチ村ができ、ここを食料庫として使用することを決めた際に高名な僧侶に張ってもらったのだという。

一行はその中でも奥の方に進んで行き、リュカは遂に綺麗に布に包まれたパパスの剣を手にした。

 

「これが父さんが使ってた剣か………。」

 

リュカは剣を包んでいた布を取り払って掴み、未だに輝きを保っているその刀身を見つめて呟いた。その姿は、パパスを彷彿とさせるものがあった。

 

「なかなか似合ってるじゃん。」

 

「取り敢えず鞘作らんとな。それにちょっと研いどこ。」

 

「え?これ使うの?」

 

「多分鋼の剣より普通に強いで、それ。使わんなんて勿体無いこと出来るか。しかもあんたが今持ってる鋼の剣売るだけで楽に1000G入ってくんのに。」

 

「そうだぞ、リュカ。それにパパスさんもその剣を使ってくれたら喜ぶと思うぜ。とにかく、馬車の中に鞣し革と砥石があるから、さっさと作業してしまおうぜ。」

 

ヘンリーが宣言すると早速連れて来た馬車から鞣し革と砥石を取り出す。鏃の手入れのためにかなり研ぎ師としての技能を身につけたカリンが研ぎを担当し、リュカとヘンリーが鞣し革を剣に合うようにカットする。それをカリンが編んで筒状にし、補強のために細い紐を先、真ん中、柄の近くに巻く。こうして、パパスの剣は10年ぶりにその所有者を得た。試しに鞣し革を切ってみる。細いながらも重みを感じる刀身から放たれる斬撃の切れ味は鋭く、研いだカリンも驚くほどだった。

 

「うん、スゴく使いやすい。」

 

リュカもご満悦のようで早速腰に挿した。用事を終えた一行は洞窟を出る頃には、日はすっかりと落ちていた。洞窟に入る前に一泊した場所にテントを張り直し、野営の準備をする。パーティーの料理番の役割がすっかり定着したカリンの食材を切る音が、夜の帳に木霊した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

7月5日に洞窟を発ったリュカ一行は元来た道を逆戻りし、7月8日にカボチ村に到着、一泊した後に北進し、7月16日に西の大陸の玄関口たるポートセルミに戻って来た。

次の目的地を西のルラフェンに定めたリュカ一行はモモの武器防具を買い与え、一泊した後にルラフェンの情報の収集に当たった。

 

<あそこには幻の地酒があるらしいぜ。>

 

<今は何も無くなっちまってるが、この大陸の中央に昔城があってな。あそこは最初は敵軍の進行を阻止するための砦として出来てな、そこから一気に要塞都市に発展したんだが王国の方が滅んじまって、結局敵を殲滅するための無駄に入り組んだ構造の街だけが残ってるんだそうだ。>

 

<何か偏屈な変わり者の爺さんがいるらしいわよ。>

 

<何か古代魔法の研究をする人間がいるらしいって聞いたことがあるぞ。>

 

「集めた情報を要約すればざっとこんな感じだな。ん、もう一枚くれ。」

 

夕方、宿屋で3人と一匹がトランプで遊びながら今後の打ち合わせをしている。さらに、ヘンリーの手元にはブランデー、カリンの手元にはカクテル、リュカとモモの元には水が置かれていた。トランプは別にユリーナ(カリン母)やカリンが持ち込んだわけでは無く、カジノにポーカーがあるというように普通にこの世界に既に存在している。さて、リュカとカリンとヘンリーと、体がキラーパンサーであるとは想像できないほど指の間にカードを挟んで器用にカードを操ることのできるモモの3人と一匹が興じているのは、カリンが現代日本から持ち込んだおいちょかぶである。

 

知らない人のためにルールを説明すると、親1人と子に分かれる。使用するのは株札か1〜10のトランプだ。勝敗は全ての札の和の1の位が高ければ勝ち、低ければ負けである。どのように勝負するかというと、まず親は表向きの場札を4枚並べる。子は好きな札に賭ける。別に2点に賭けても一枚につき倍額賭けても構わない。そして端から順番に親は子に新たな札を見せ、それを子が確認すれば該当する場札の上に伏せる。もし和の1の位が0とか2とか小さい数字だと子はもう一枚だけ札を請求でき、これは表を向けて全員に開示される。ちなみに誰も賭けていない場札も札は全て開示されるが一応手順を踏む。そして予め親も二枚の札を伏せておき、それを見て勝負するか、もう一枚請求して勝負するか、現時点で勝てそうな場札のみ勝負してもう一枚請求して残りと勝負するかを選択し、勝負を行う。

さらに特別な役が3つ存在し、子は1と4もしくは4と1の2枚の組み合わせでは「シッピン」という役が成立し、これは親の和の1の位が9であっても勝利できる。親も1と9もしくは9と1の2枚の組み合わせでは「クッピン」という役が成立し、これはシッピンにも勝る。さらに親も子も同じ数字が3枚連続して出れば「アラシ」となり、これは無条件で勝利できるだけでなく賭け金の倍をせしめることができる。よって、場札に同じ数字が3枚出ている場合、アラシが出ないので場をもう一度整え直す必要がある。

 

現在親を務めているカリンがヘンリーに要求通り一枚カードを渡しながら意見を述べる。

 

「まずはルラフェンに向かわな話にならへんやろうな。」

 

「それにしても15日かかるって、なかなか遠いなあ。ラインハット国内だったら隣町まで遠くても3日くらいで着いたのにね。あ、僕はそのままでいいよ。」

 

"迷路みたいなとこか。方向音痴の私が10年前に行ってたら間違いなくのたれ死んでたな。あ、もう一枚で。"

 

モモは手招きをするように手を動かす。モモの賭けたカードに表を向けて三枚目が置かれた。

 

「しゃーないわ。この大陸やたらめっかし広い割に統一国家があらへんから、今更新しい都市なんて作ろうともせーへんやろうしな。」

 

「ここは魔物も強いからなあ。」

 

「おかげで隊商の護衛をする傭兵はなかなかにウハウハらいよ。明日ルラフェンに向けて出発するらしいけど、引き受けちゃう?」

 

「嫌。ペース乱されるしモモたちの説明がめんどくさい。それにそこまで金に困ってるわけでもないし。はい、ウチ8でおいちょな。」

 

和の一の位の値に応じて呼び方があり、0=ブタ、1=ピン(インケツとも)、2=ニゾウ(ニタコとも)、3=サンタ、4=ヨツヤ(シスとも)、5=ゴケ、6=ロッポウ、7=ナキ、8=オイチョ、9=カブという。

 

「ちぇっ、ロッポウで負けだぜ。それにしてもカリンが金に釣られないなんて珍しいな。」

 

"うん、ヘンリーの言う通り。私はオイチョでイイブン。"

 

「はい、僕カブね。ま、カリンもヘンリーもいちゃいちゃしたいだろうしね。」

 

それを聞いてカリンとヘンリーの顔に朱が上る。

 

「違うの?」

 

カリンは顔は赤いままだがやや冷静さを取り戻して切り返す。

 

「違う、て言い切れへんところが何とも癪やな。」

 

「素直に言えばいいのに。」

 

リュカは口調とは裏腹にニヤニヤしていた。モモも同様である。そこでカリンがふと思い出したように口を開いた。

 

「そう言えば、ビアンカどうしてるかなあ?」

 

「そう言えば西の大陸にいるんだっけ?」

 

「一応アルカパを出るときはそう言っとった。」

 

「元気にしてるんじゃない?」

 

「そうやとは思うけどさ、何かこう、この大陸のどっかにおるっていうのがわかってるだけにだんだん不安になってくるっていうか………。」

 

「うん、わかるよ。そう言えばサンチョもどこにいるんだろうね?」

 

「グランバニアちゃう?サンチョさんとパパスさん2人でグランバニアの地酒飲んどったし、多分あそこの生まれなんやろ。もっとも、ウチはグランバニアについて全然知らんねんけどな。」

 

「グランバニアなんて聞いたことないなあ。ヘンリーは知ってる?」

 

「ああ、ちょっとだけな。東の大陸にある王国で名君か治めているらしい。何でもウチの親父はそこの国王とは親友だったんだとよ。国務でお互いの国を行き来してる内に仲良くなったらしい。お前もああいう立派な王様になれよってよく言われたっけ。………そういやちょっと夜更かしし過ぎたんじゃねーか?」

 

壁掛け時計は12時過ぎを指していた。

 

「せやな。これ以上考えても詮無いことやし、今日はさっさと寝よか。」

 

「賛成。僕も眠たくなってきたよ。」

 

「ふにゃあ」(賛成。)

 

明けて7月18日午前10時、リュカ一行は一路ルラフェンに向けてポートセルミに別れを告げた。




<次回予告>ルラフェンに到着したリュカ一行は、古代魔法の研究を行なっているとして有名なベネット老人と面会する。そこで一行は、その古代魔法の復活のために手を貸すこととなった。
次回 12月15日金曜日午後9時3分投稿 第45話「失われた古代魔法」
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第45話 失われた古代魔法

どうも、かいちゃんです。
昨日、センター試験形式の模試が返却されたのですが、思った以上に成績が芳しくなく、不安になって現在大学一回生のクラブの先輩にラインでアドバイスを請うたところ、「センターは全国塗り絵大会やで〜〜」と冗談交じりに言ってたのが微妙にツボにはまってます。ちょっと救われました。
では、本編スタートです!


8月3日、15日をかけて700キロを踏破したリュカ一行はルラフェンに到着した。

馬車の中にモモを含めた魔物たちを残した一行はとりあえず宿屋を目指そうとする。カリンはモモとあまり離れたく無かったが、モモの種族であるキラーパンサーはこの街周辺を縄張りとしていることもあって、街の人に迷惑をかけないという観点からも連れて入るのは厳しいものがあり、カリンもかなりの抵抗ののちに引き下がった。

しかし、このルラフェンという街はただ道が入り組んでいるだけでなく、階段や建物の屋上まで利用した立体的な迷路を構成している町並みを前に、早々に溜息が零れた。道行く人に声をかけても、旅人や商人は既に途方に暮れており、地元の人間が教える道順も複雑すぎて理解できない。それでもカリンが町民の道案内を死ぬ気でメモを取った結果、町に入って1時間かかって、町の入り口から徒歩10分の宿屋に入ることが出来た。

荷物を部屋に置き、馬車を預ける手続きをした後、カリンはゴールドがたんまり入った袋を担いで武器と防具を買いに出かけた。

 

「いやあ、この店は昼が俺が経営する武器屋、夜が弟が経営する防具屋なんだ。ちなみに他にこの類の店はない。」

 

(は?二度手間やん!うっざー!!)

 

30分かけてようやく辿り着いた武器屋で残酷な事実を告げられ、カリンは唖然とした。その苛立ちも相まって、二度にわたって繰り広げられた買い叩きは、武器屋と防具屋の財布と在庫を震撼させた。

 

翌日、まだ怒りが沈静化していないカリンを先頭に、一行はこの街で古代魔法の研究をしているというベネットという老人に会いに行く事になった。主としては情報収集が目的だが、単に興味が湧いたという側面も否定できない。一行は瞳に好奇の色をたたえながら、村に入る前から気づいていた、モクモクと紫色の煙を煙突から吐き出し続ける家の扉の前に立った。

 

「ごめんくださ〜〜い、ベネットさんはいらっしゃいませんか〜〜?」

 

人当たりの良いリュカが扉を叩く。しばらくすると、中から1人の老人が出てきた。

 

「ん?ワシがベネットじゃ。何の用じゃ?町の者に文句を言うて来いとでも言われたか?」

 

「いや、旅の途中にあなたの噂を聞いて単純に興味を覚えただけですよ。ポートセルミであなたが古代魔法の研究をしていると聞きましたが、具体的にはどんな魔法を研究してらっしゃるんですか?」

 

「ほー、お主らもなかなか物好きじゃのう。よかろう、上がって行くと良い。話は長くなるからのう。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「昔、ルーラという呪文が存在した。多種多様な文献に登場しておるからそれは疑う余地はない。しかし、今からおよそ200年から150年ほど前に何故か急にルーラが文献から消えたのじゃ。一説には最近この人間界に勢力を伸ばしつつある魔族がルーラを伝えていた魔法使いを人知れず根絶やしにしたとも言われておる。まあ、伝説の勇者にそんなに世界中を飛び回られたら困ったことになるのは自明じゃな。じゃが、本当のところはサッパリ分からん。」

 

「魔族ってそんなに勢力拡張してるもんなん?」

 

「うむ、じっくりと、じゃが確実にな。近頃野良で現れる魔物も徐々に強くなっておるし、現にレヌール城が占拠されておったし、グランバニアの王妃が15年ほど前に連れ去られ、更にはラインハットも近頃まで魔物の支配下に入っていたと言うではないか。こんな事、500年前に導かれし勇者たちが魔族の王から世界を救って以来無かった事じゃ。噂によれば魔族は害となる導かれし勇者の血族を探し回っておるらしいが…………おっと、話が逸れたな。」

 

ベネットは茶で口を潤して再び話し始める。

 

「それでルーラという呪文は、一度行ったことのある場所に瞬時に飛んで行ける魔法なのじゃ。」

 

「キメラの翼の強化版、ということか。」

 

キメラの翼とは、直前まで立ち寄っていた町や村に一瞬で帰着する事の出来るマジックアイテムである。名前の通り、この道具はこの西の大陸の南部に生息するキメラという魔物の羽からできており、サラボナの大商人ルドマンがその権益を独占しているらしい。魔物が強くないサンタローズでも安価で購入出来るアイテムなのだが、カリン曰く、"楽は出来るけど村に戻るまでにも魔物と戦えるやん。キメラの翼如きに金払うより手間かけて帰った方がよっぽど経済的やん。"という論理により、一度も購入したことはない。

 

「何それ、めっちゃ便利そうやん!」

 

先ほどまでは胡散臭げに話を聴いていたカリンだったが、すぐさまその有用性を認めて食いついてくる。

 

「そうか、便利そうか。そう言ってくれるとありがたいのう。それで、どうじゃ?ワシの研究を手伝ってみる気は無いか?あともう少しというところまでは漕ぎ着いたのじゃが、難題にぶち当たっておってのう。丁度助手を探していたのじゃが。」

 

「僕は乗ってもいいんじゃないかなって思うんだけど、ヘンリーとカリンはどう思う?」

 

「俺は同感だが。」

 

「………内容による。」

 

「うむ、実はキメラの翼に含まれておる魔力から"離れた場所へ飛ぶ"原理はわかったのじゃが、"一度行った事のある場所にどこでも"という原理が不明なのじゃ。ま、それがルーラ復活の最大の難点じゃった訳じゃが、20年掛かって様々な文献を読み漁っているうちに1つの可能性に思い至ってのう。」

 

ベネットは本棚から分厚い本を一冊取り出した。付箋の貼ってあるページを開いてリュカたちに指し示す。

 

「このルラムーン草という植物じゃ。」

 

「確かに名前似てるけど………」

 

「お嬢さん、実はこの植物を服用して得られる効用はのう、記憶喪失の患者に記憶を思い出させる事が出来るという代物なんじゃ。」

 

「「???」」

 

小首を傾げるリュカとヘンリーを他所に、カリンは合点がいった。

 

「なるほど、つまり"脳内の記憶を引っ張り出してくる"という要素とうまいこと結びつけば、両方の要件を満たすことになると。」

 

「その通りじゃ。いや、なかなか聡明な娘じゃのう。それで頼みというのは他でもない、そのルラムーン草を取って来て欲しいのじゃ。」

 

「ほう。で、場所は?」

 

「ワシも詳しいことは分からぬが、この大陸の西端に群生していたという記録が残っておる。何しろ用途が用途じゃから滅多に使うこともなくてのう。ほとんど栽培されておらん。その上、唯一の栽培地じゃったカボチのものも20年前の疫病で全滅してしまったそうじゃ。」

 

「つまり、あるかどうかは分からんけどあるとすればそこにしかないと。」

 

「うむ。頼まれてくれるかの?」

 

「良いでしょう。人質がわりにリュカを残して行くんで好きにこき使ってください。」

 

「えっ?」

 

「おお、そいつはありがたい。ルーラも研究自体は終わっておるし、ちょうど次の古代魔法の研究に取り掛かろうと思っとったとこじゃ。若いの、手伝ってもらえるかな?」

 

「えっ?えっ?僕置いてかれるの?」

 

「察しがええやないか。」

 

「ま、残るとしたらご老人の相手が上手いリュカだな。」

 

「え〜〜、2人でイチャつきたいだけじゃないの?」

 

「「それがどうした?」」

 

「…………。」

 

「おお、その2人はデキておったのか。うむうむ、若いっちゅうのはええのう。」

 

「ほんでや爺さん、地図かなんか無いんか?今までみたいに人の行き来のある場所じゃ無いやろうから、簡単にそこまでたどり着けるとも思わんねんけど。」

 

「おう、そうじゃな。ではこの地図を持って行くがよい。何が目的で旅をしておるかは分からんが、これがあれば役に立つじゃろう。」

 

そう言ってベネットは西の大陸全土が記された地図をカリンに渡した。群生地と思われる大陸の西端とルラフェンが丸で囲まれている。

 

「おっとそうじゃ、ルラムーン草は夜になるとぼんやり光る性質があるらしい。探すなら夜の方がええじゃろう。」

 

「何から何までありがとうな、爺さん。さ、ヘンリー。ウチらも準備せなあかんし、そろそろお暇しよか。もう昼飯食ったら出てまおう。」

 

「そうだな。」

 

2人は颯爽とベネット宅を辞した。後には少し切なげな目をしているリュカと喜色満面のベネットが残された。

 

「さて若いの、ちょっと資料の整理から手伝ってもらうとしよう。ほれ、そこの二段目の棚の緑色の本を取ってくれんか。」

 

「ハイハイ、ただいま。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

宿屋で食事を済ませたカリンとヘンリーは早速村を出て西へ向かい始めた。夏の暑い陽射しが照りつける中、失われた古代魔法の復活に向けた、ベネットの20年間に渡る執念の研究の、最後の一歩のために………。




<次回予告>ついにルラムーン草を求めて西へ旅立ったカリンとヘンリーは、ルラムーン草群生地帯で幻想的な光景を目にすることとなる。その絶景が、二人の絆をより強固なものとした。
次回 12月22日金曜日午後9時3分投稿 第46話「地上の星」
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第46話 地上の星

どうも、かいちゃんです。
元オリックスの平野がダイヤモンドバックスに入団するとか。メジャーはフォークの使い手が少なく、需要が高かったみたいです。それにしてもオリックスフロントよ、年齢もさほど変わらん劇場型抑えを取るなよ………。
では、本編スタートです!


ベネット老人に頼まれて古代魔法のルーラを復活させるために必要なルラムーン草を取りに行くために、カリンとヘンリーと魔物たち一行は、木で出来た人形のような姿をしたパペットマン、肌が青く、赤い服を着た腐った死体・リビングデッド、灰色のつちわらし・スモールグール、キラーパンサー、おばけキノコらの魔物を倒しながら、サラボナ方面へ向かう南方向への街道から離れ、ほとんど誰も足を踏み入れない大陸の西端へ向けて進んでいた。初日から見えてはいたが、4日目になって麓までたどり着いた険しい山を仰ぎ見てカリンは1つ息をつく。

 

「でかい山やな。」

 

「セントベレスほどじゃ無いけどな。それでも十分に高い。」

 

2人の進行方向左手に聳え立っている山を見たときの感想である。地図には"グレートフォール山"と書かれていた。かなり斜面が急な山で高さはおよそ8000メートルでこの世界で第2位の高さを誇る山だ。ちなみに最高峰はリュカとヘンリーが地獄の奴隷生活を送ったセントベレスで、こちらは標高10000メートルを超えている。

 

「この山の向こうやな。」

 

「ああ。」

 

一行は山の縁をぐるっと回るように進む。その行程だけで丸1日を費やし、一行が大陸の西端に到達したのは11日目の昼過ぎである。カリンとヘンリーの2人は夜まで仮眠を取ることにした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

一方リュカは、ルラフェンのベネット宅で人質と言う名の小間使いに徹していた。

 

「これをその棚に戻しておいてくれ。」

 

「そろそろくたびれたわい。ちょっとお茶を入れてくれんか。」

 

「買い出し頼まれてくれんかのう。」

 

などの様々な依頼をこなしながらひたすらカリンとヘンリーの帰りを待っていた。

そんなある日、休憩中にベネットと茶を飲んでいると、唐突にベネットが話しかけてきた。

 

「お前さん、良い人はおらんのか?」

 

「はい?」

 

「彼女じゃよ。」

 

「居ませんね〜〜。いるとありがたいんですけど。」

 

「まあ色々と思うところがあるじゃろうが焦りなさんな。緑頭に比べたら地味じゃがお前さんもなかなかええ男じゃし、すぐにええ人が見つかるはずじゃ。」

 

「そうですかねえ。」

 

「しかしお前さんら3人共苦労してるようじゃのう。なかなか物腰やら目やらが据わっとるから二十歳(はたち)くらい普通に越えとるように見えるが、そんな事は無いのじゃろう?」

 

「はい。僕とヘンリーが16でカリンが17歳です。」

 

「ならまだ軽く10年はチャンスがあるんじゃ。諦めてはならんぞ。ま、所詮は年寄りの戯言じゃからのう。聞き流しておいてくれても構わんが。」

 

「いえ、分かりました。ルーラが完成した暁には結婚式にご招待しますよ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

8月15日の夕暮れ時、ピエールに見張りを任せて3時間ほど仮眠を取っていたカリンとヘンリーはモモに起こされて早めの夕食を取った。そして、夜になると光る性質を持つというルラムーン草の特徴を見届けて採集を楽にするためにのんびりと日没を待っていた。

 

「そう言えばさ、ヘンリーってウチのどんなとこが好きなん?」

 

なだらかな丘の斜面で寝転んでいたカリンが隣で足を伸ばして寛いでいるヘンリーに唐突に話題を振った。

 

「………最初は奴隷生活の最初の頃だな。俺ってさ、こう見えても王族だからガキの頃はあんまり城の外に出た事なくてよ。おもちゃとか遊びっていうのは"与えられるもの"だったんだよな。でも、奴隷生活じゃあ夜っつうのはなかなか暇でさ、手持ち無沙汰だったんだよな。

そんな時にリュカが色々カリンに教えてもらった遊びとか歌とか教えてもらったり、冒険の話とか聞かせてくれたんだ。それ聞いてるうちに、"ああ、王族じゃねーし、剰え女の子なのに俺より色んなこと知ってる子供がいるんだな"って知って、すんげー興味が湧いた。」

 

「ま、ウチが特別に広過ぎたんやけどな。」

 

「でまあ色々話聞くうちにこんな完璧な女の子がいるのかって思うようになってよ。」

 

「おいおい、あいつウチのことどんだけ脚色したんや?」

「"根性が据わってて、頭良くて、料理できて、可愛くて、話も面白い。" 完璧超人だな。」

 

「うわっ、恥ずかし!」

 

「でも決定打になったのはサンタローズで実際に姿を見た時だな。目の前にリュカの話に聞いていた可憐な少女をまんま大きくしたような綺麗な女性を見て、もうズキューーン!!って感じだったな。旅を始めたら料理で胃袋掴まれて、話も面白くて、でも時折見せる悲しげな目が庇護欲を掻き立てて………。こんな素敵な女性と生涯添い遂げたいって思ったんだよ。」

 

「うわ、振っといてなんやけど聞いてみたらなかなか恥ずかしいな。」

 

「そういうカリンはどうなんだよ。」

 

「まあ初対面の時は顔は十分ストライクゾーンには入っとったな。話おもろいし、強いし、意外と聡いしみたいな感じで見てて、まあ思えばこの時点で惚れてるようなもんやけど、しばらくそんな感じで時を過ごしとったらお前が修道院でボロ出したやろ。そっから、あんたがウチのこと色々女の子扱いしてくれてたことにも気付いてさ、ええ男やな〜〜って思ったし、これが好きっていうことなんかな〜〜とか思ってんけど、10年前のことが引っかかって、"ほんまにマルティンさんに取り返しのつかんことしたウチが幸せになってええんかな?" とか思っててんけど、ニセ太后殺した後にルカさんとリュカに"気にすんな"って言われたら、色々気持ちが抑えられへんくなった……って感じかな。」

 

「そうだったんだ。」

 

「なんか2人で並んで寛いでるだけで満たされてんな。」

 

「そうだな。」

 

するとその時、ちょうど日が沈んだ。それと同時に地上の草原が一箇所に固まることなく、だがびっしりと淡く光り始める。その光景は、まるで真っ黒なキャンバスに光る砂を散りばめたようであった。

 

「うわ〜〜、すげぇ綺麗だ。これが全部ルラムーン草か。」

 

魔物たちも息を呑んでいる。

 

「むむ、これは絶景でございますな。」

 

"うわ〜〜"

 

カリンがこの絶景に相応しい言葉を思いつく。

 

「これぞまさに…地上の星、やな。」

 

まるで夜空をそのまま転写したようなその幻想的な光景にしばらく一行は見惚れる。

 

「そういえば今日お盆か。」

 

「お盆?」

 

「ウチが前に生きてた世界では8月13日〜15日は死者が現世に帰ってくる期間って言われてる。んで15日は死者があの世に帰る日で、死者の魂を載せてる灯篭を川に流したりする日やねん。」

 

「……こん中にパパスさんとか親父もいるのかな?」

 

「マルティンさんも母さんもおるんかな?そういえば墓参りしてへんし、ちょっと手合わせとこ。」

 

カリンはそう言って直立して手を合わせる。ヘンリーもそれに倣ってみる。見てみるとモモも器用に手を合わせて冥福を祈り、ピエールも騎士の礼を取っていた。スラリンとドラッチも今は静かにしている。

地上の星空のもとで、一行の間に静かな時間が流れる。

 

そしてカリンが名残惜しそうに足下の光=ルラムーン草を5本ほど引き抜いた。それを大切そうに布に包む。

 

「これで目的は達したな。夜が明けたら引き返すで。」

 

そう言ってカリンは残りの面子を追い返す。1人残ったカリンは地上の星空を向いて座り、カバンの中から平たい瓶に入ったブランデーを取り出した。瓶を軽く掲げ、一口飲む。

 

「おいおいカリン、1人でしけこむなんて水臭いぞ。」

 

後ろからヘンリーが近づいてきた。

 

「アホウ。あんたが来ることぐらい織込み済みやから。」

 

そう言いながら蓋を閉めたブランデーを投げ渡す。ヘンリーも軽く瓶を掲げて口をつけた。そして地面に腰を下ろし、地上の星空をぼんやりと眺める。

 

「なあ。」

 

「何だ?」

 

「勇者、ほんまに見つかるんかな?」

 

「分かんねえ。」

 

「パパスさんの遺志を継いでリュカのおかんを探すわけか………。」

 

「それとパパスさんの敵討ちも入ってるな。」

 

「たまに不安になんねんな。なんかノリでついてきてリュカとあんたの足手纏いになってるんちゃうかって。」

 

「そんな事ねーよ。」

 

「そう思ってくれてるって事も分かってんねんけどな……。」

 

「自信が無いんだな。」

 

カリンは軽く頷く。

 

「弓も通用せえへんくなってきてるし、回復呪文やったらピエールも唱えられるし、戦力になってないような気もするんや。」

 

「大丈夫だよ。カリンはみんなにとって必要だ。戦闘全体を俯瞰して最善の指示を送れるし、弓が通じなくなってきたって牽制とか色々役に立ってる。料理も上手いしムードも作ってくれてるじゃねーか。それに……お前は、お、俺の彼女なんだぜ。」

 

「そういうの反則やわ。ありがと、やる気出た。」

 

そう言ってカリンはヘンリーの唇を去り際に奪おうとする。しかし、ヘンリーが頬に触れようとしたカリンの両手を掴んだ。

 

「おいおい、やり逃げは無しだぜ。」

 

「う………だ、だって恥ずかしん………。」

 

今度はヘンリーがカリンの唇を奪った。最初は目を丸くしていたカリンだったが、すぐに受け入れて舌を絡める。30秒ほど続け、お互いに離れると、2人の間に唾液の橋が架かった。

 

「な、恥ずかしくは無くなっただろ。」

 

「顔赤くしてそっぽ向きながら言う台詞ちゃうやろ。」

 

2人は笑い合う。そしてもう一度口付けをした後、今度こそ翌日に備えて2人は床に就いた。




<次回予告>ついにルラムーン草を手に入れてルラフェンにカリンとヘンリーが凱旋する。ついに結実したベネットの20年に渡る研究。ルーラを習得したリュカが、その記念すべき試射の場所に選んだのは?
次回 12月29日金曜日午後9時3分投稿 第47話「ルーラの復活」
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第47話 ルーラの復活

どうも、かいちゃんです。
これで今年最後の投稿ですね。来年受験の僕にとって、今年ほど「良いお年を」を切実に感じたことがありません。
では、本編スタートです!
良いお年を!


8月27日、ルラムーン草を採取したカリンとヘンリーがルラフェンに帰って来た。カリンは町に入るや否や一直線にベネット宅にルラムーン草を持って押しかけた。

 

「おい爺さん!約束通りルラムーン草持って来たで!」

 

「おお!良くやってくれた!これぞまさしくルラムーン草じゃ!さて、既に準備は整っておる。あとは紫の帰りを待つだけじゃな。」

 

「あ、そういえばいませんね。どこ行ったんですか?」

 

「唯の買い物じゃよ。それよりあの紫に面白いことがあったんじゃ。」

 

「おもろいこと?」

 

「3日ほど前に教会の隣の酒場に酒を買いに出かけたんじゃ。酒場の主人と顔馴染みのワシだけで良かったのじゃがどうせならと言ってついて来てのう。」

 

「ふむふむ、それで?」

 

「偶々おった派手で性格はキツそうじゃが別嬪な娘がおってのう、ワシも鼻の下を伸ばしておったがあの紫はなんと、顔を真っ赤にしておったぞ。まあ、その後直ぐに正気に戻って首を振っておったがのう。」

 

「「ええ〜〜!?」」

 

ヘンリーもカリンも大声で叫ぶ。

 

「あのリュカが一目惚れだと!?」

 

「うわぁ〜〜、なんか、あの純真やったリュカが〜〜。」

 

ヘンリーは驚愕で目を丸くし、カリンは頭を抱えて蹲っている。

すると、件のリュカが帰って来た。

 

「あ、カリンもヘンリーも戻ったんだね!お帰り!」

 

「「…………。」」

 

「あれ?2人ともどうしたの?何かあったの?」

 

「………爺さん、始めてまお。」

 

「………頼む。」

 

「うむ、では始めるとするかのう。」

 

「えっ、ちょっと、何があったの!?」

 

 

ベネット3人を地下室に案内する。倉庫のようになっており、中央には巨大な囲炉裏のようなものがあり、その上には鉄の骨組みで支えられた直径3メートル、高さ2.5メートルほどのどデカイツボが置いてあった。そこは保管庫も兼ねているようで、壁に並べられた陳列棚には見たことのない植物や粉などが所狭しと並べられていた。そしてまだ得心のいっていないという表情をしたリュカがそのツボに梯子をかける。

そしてベネットはそのツボの中に色々な粉や液体を注いでいった。ベネットに頼まれたカリンが薪にメラで火をつけてツボの下に入れる。そのまま火の面倒を見るように頼まれたカリンが薪の追加や配置の変更などを適宜行いながらツボを加熱すると、中のものがグツグツと煮立ってきて、臭くはないがいい匂いでもない、なんとも言えない匂いが漂ってきた。

 

「さて、後はこのルラムーン草を入れれば完成、という訳じゃな。20年にも及ぶ研究が終わるとなると、何か感慨深いものがあるのう。」

 

そして、ベネットはグツグツ煮立っているツボの中にルラムーン草を投げ入れた。すると急に沸騰が激しくなり、今度は紫色の煙がモクモクと出始めた。そして、しばらくするとツボの中から眩い光が漏れ始める。

 

「おお、遂に完成じゃ!」

 

次の瞬間、腹の底に響くような轟音と共にツボの中で爆発が起き、勢いよくツボから飛び出した閃光と紫色の煙が部屋中に満たされる。その瞬間、カリンとリュカだけが身体が異常に熱くなり、意識を失った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

煙が晴れたのは2分後のことであった。ヘンリーは閃光から目を守るために顔の前にかざしていた両腕をどけると、周囲を見渡して状況を確認する。ツボの中からはまだ紫色の煙が僅かながら出ているが、反応自体はもう収まっているようで、無事だったベネットがツボを熱していた火を消している。ヘンリーは余りにもの轟音で情けない悲鳴を上げている鼓膜が収まるのをやや待ってから、一緒に居たはずのリュカとカリンを探して視線を動かす。果たして、2人は気を失って倒れていた。

 

「おい、カリン、リュカ!しっかりしろ!」

 

先に目を覚ましたのはリュカであった。

 

「ん、んん………頭痛い〜〜。」

 

とりあえずこっちは大丈夫そうだ。

 

「ん、んん〜〜」

 

カリンもどうやら気がついたようだ。

 

「おい爺さん、こりゃ一体?」

 

「うむ、恐らくルーラを習得したのじゃろう。適正のない魔力を無理矢理体の中に定着させたのじゃ。それに身体が一時的に拒絶反応を示したのじゃろう。」

 

「らしいが2人とも大丈夫か?」

 

「僕はもう平気だよ。」

 

「お前化けもんか?ウチはまだちょっと無理。それにしてもこれ魔力量デカすぎてウチ多分2、3発しか打たれへんわ。」

 

「僕は10回くらい行けそうかな?」

 

「いや、魔力量というより適正の問題じゃろうな。ではリュカよ、早速試し打ちしてはくれんか?移動させたい人間と、移動する場所を頭に思い浮かべて唱えるのじゃ。」

 

「はい。………ルーラ!」

 

4人の視界は光で包まれた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

数瞬置いて一行が目を開けると、目の前には活気溢れるラインハット城下町があった。

 

「ま、マジかよ。」

 

「うわ、ほんまにワープしとる。」

 

「うむ、成功じゃ。」

 

「本当に出来ちゃったよ。」

 

こうして、ついにベネットが20年かけて研究し続けた失われしルーラの呪文が復活したのである。

 

 

「おい紫。」

 

「何ですか、ベネットさん。」

 

「ワシをルラフェンに送り返してくれんかな?ついでに馬車を連れてくるとよかろう。」

 

「はい。ルーラ!」

 

リュカとベネットだけが光に包まれてその場から消えた。

 

「しっかし、凄ぇ魔法だな。」

 

「ほんまやな。ところで、なんかえらい祝福ムードやな。なんかあんの?」

 

「いや、分からん。建国記念日は1月だし、デールの誕生日も7月だからもう過ぎてるし、俺の誕生日はまだ先の11月だし………。」

 

「まあええやろ。とりあえずリュカが戻ってきたらデールに自慢したおしたったらええか。」

 

少し木陰に隠れて立ち話をしていると、5分ほどでリュカは馬車を連れて戻ってきた。

 

「お待たせ、じゃあ行こうか。」

 

魔物たちを引き連れてラインハット城下町のメインストリートを堂々と凱旋する。革命の英雄を知らない訳がないラインハットの住民たちは狂喜乱舞した。

 

「革命の英雄達が帰ってきたぞ!」

 

「めでたいこと尽くした!」

 

「いや、きっとそれ(・・)のために戻ってきたのだ。」

 

「何がともあれ万歳!」

 

町中からの大喝采を浴びて、ついに一行はラインハットに入城した。

城に入ってみると、どこもかしこも忙しそうだった。全員が右へ左へ駆け回っており、誰も革命の英雄達に気付く素振りは見せない。すると、1人カリンのみがこの状況を見てこの城になにが起こっているかを察した。

 

「なるほど、そういうことか。」

 

「何かわかったのか?」

 

「いや、それはお楽しみで。………さて、どっちがより驚くかな?」

 

「「??」」

 

「さ、さっさと済ませてまおうぜ。」

 

一行は玉座の間へ向かう。そして、玉座の間の真下のフロアには、色々な資料を比較検討しているイワンの姿があった。

 

「イワンさん!」

 

カリンが呼びかけ、イワンがこちらを向き、イワンは驚きの表情を作った。

 

「カリン殿であったか!これは失礼した。しかしどのようなご用事で?まだ招待状は出していないはずだが………」

 

「いや、ちょっと立ち寄ってみただけやねんけど、なかなかグッドタイミングやったみたいやな。」

 

「そうですな、こちらも手間が省ける。では陛下にお会いになるか?」

 

「うん。積もる話もあるからイワンさんも一緒に来てくれるとありがたいねんけど。」

 

「承知した。」

 

未だに疑問を解消出来ていないリュカとヘンリーとともに、玉座の間に入った。デールも難しい顔をして何やら資料を眺めていた。

 

「陛下、お客様がお見えです。」

 

余程大事な資料なのか、紙から視線を動かさずに答える。

 

「今忙しいが、イワン殿が連れてくるのであれば重要な客人なのだろう。誰だ?」

 

「ご自分の目でお確かめ頂きたく存じます。」

 

「?」

 

デールは疑問に思いながら視線を動かす。そこには、懐かしい姿があった。

 

「兄さん!」

 

「おう、デール。元気そうだな。」

 

「しかし兄さん、まだ招待状は出していないはずですが。」

 

「何のことかは知らんが、とにかく西の大陸で旅をしてる最中に失われた古代呪文を復活させたんだ。」

 

「………ルーラですか?」

 

「よく知ってるな。だからちょっと揶揄ってやりたくてな。ルラフェンってとこからひとっ飛びして来たんだ。」

 

「そうですか。それは驚きました。これで旅も便利になりますね!」

 

「ところでデール、これは何の騒ぎなんだ?何か祭りか何かのようだが………。」

 

デールが口を開くより早く、一歩進み出たカリンが膝を折って臣下の礼を取った。

 

「陛下、この度はご結婚されるとの由、誠に御目出度う御座います。」

 

「あ、ありがとうございます。な、なんか照れるな〜〜」

 

そのやり取りの意味を理解したリュカとヘンリーは驚愕の表情を作った。

 

「「えーーーっ!!!!」」

 

玉座の間に、2人の男の声が木霊した。




<次回予告>国王デールとマリアの結婚式というラインハットの国を挙げての大イベントの準備が着々と進む中、国王デールから驚きの提案が持ち上がる。その提案は、ラインハット全国に波及して大きな騒動を巻き起こすこととなる。
次回 2018年1月5日金曜日午後9時3分投稿 第48話「儀式を前にして」
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第48話 儀式を前にして

どうも、明けましておめでとうございます。かいちゃんです。
いよいよセンター試験まであと8日となってしまいました。ここで自由な発想で物語を考えるのが唯一の癒しになってます。さて、来週12日はセンター前日なのでお休みさせていただきます。次回はセンター明け1月19日金曜日とさせていただきます。
では、本編スタートです!


リュカとヘンリーが落ち着くのを待ってデールが口を開く。

 

「お二方はご存知ではなかったんですか?カリンさんは知っておられたようですが。」

 

「いや、ウチも知らんかったんやけど、周りの状況とかから判断してな。」

 

「そうでしたか。」

 

「しかしびっくりしたぜ。いつの間にそんな急展開してたんだよ。」

 

「まあ兄さんとは違って僕はここぞという時にはあまり躊躇しないので。」

 

「バ、バカ!俺だってちゃんとキスまでは行ったからな!」

 

「何慌ててるんですか。それより順調そうで何よりです。」

 

「ありがとよ!………で、式はいつなんだ?」

 

「9月10日に行うつもりです。」

 

「…………ああ、親父の誕生日か。」

 

9月10日はヘンリーとデールの父、前国王エドワードの誕生日である。

 

「はい。」

 

すると、デールは何か良いことを思いついたといった風に手を叩いた。

 

「カリンさん。」

 

「何でしょう。」

 

「あなたは兄と添い遂げるつもりはありますか?」

 

「なっ!?」

 

カリンの顔に一気に朱が上る。

 

「い、一応そうできればええかなあとは思ってるんやけど………。」

 

「兄さんは?」

 

「うっ…………こういうのはプロポーズの時にきっちり言うもんなんだろうが……………そのつもりだ。」

 

「なら良かった。」

 

「「??」」

 

ヘンリーとカリンの頭に疑問符が浮かぶ。

 

「イワンさん!」

 

「陛下、何でしょう?」

 

「僕のしたい事は分かりますか?」

 

「…………分かりました。そのように手配いたします。」

 

イワンはどうやらデールの意図に気づいたようだ。それに遅れてカリンも気付く。

 

「ま、まさか…………」

 

「はい、この際パーーッと二組合同で結婚式やっちゃいましょう。」

 

「「えーーーっ!!!!」」

 

その時、上の階=王族の私室のある階から1人の女性が降りてきた。デールの花嫁、マリアである。

 

「あら、何の騒ぎでしょう?」

 

「マリア、兄さんたちが戻ってきてたんだよ。それで、僕たちの結婚式のついでに兄さんとカリンさんの結婚式もやってしまおうって言う話になってるんだけど、どうかな?」

 

「まあ!それは良い事ですね。しかし大丈夫なのでしょうか?今城の人たちは私たちの式の準備で手一杯のようですけど。」

 

「そ、そうやでデール陛下。あんまりこき使うのもあれやろ?」

 

「そうだそうだ。そんな無茶な事したら城内で過労でぶっ倒れる奴が出るぞ。」

 

カリンとヘンリーが悪あがきをするが、デールはきっちり対処策まで考えていた。

 

「そうですね。確かに城内の者だけでは厳しいでしょう。しかし、村の英雄が結婚式を挙げると聞いて、サンタローズ村の人たちが手をこまねいて待っているでしょうか?」

 

「「……………。」」

 

2人は完全に反論を封じられて沈黙する。確かにサンタローズ村の人々なら喜んで準備に協力するだろう。

 

「とりあえず今夜はゆっくりと過ごしてください。夕食も用意させます。サンタローズには早馬を飛ばしておくので、明日の朝に出発なさると良いでしょう。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その日のうちにヘンリーの一時帰還とデールとマリアとの挙式の際にヘンリーとカリンの婚礼の儀を同時に行うことが全国に知らされた。花嫁の出身地であるサンタローズを筆頭にアルカパやオラクルベリーでもこの知らせは喜ばれ、あちこちで宴会が開かれた。

 

リュカ一行はというと、ラインハット城で行われたリュカ一行の帰還と2人の婚約を祝う宴に参加していた。魔物たちも招かれてそれは賑やかな宴となった。酒に弱いリュカはものの1時間で陥没し、スラリンとドラッチはもラインハットの宮廷料理人が腕によりをかけた食事に満足してスヤスヤと寝息を立てている。デールとマリアは仲睦まじく話をしながら時間を過ごし、ピエールとモモも器用にグラスを掴んでワインを嗜みながら何やら会話をしている。

ちなみにリュカは魔物使いとしての才能がさらに開花したのか、今まで何となくの気持ちしか分からなかったのだが、最近は魔物の声が聞こえるそうでモモの直の声も聞こえ始めているそうだ。

そして、当の主役のカリンとヘンリーはそんな面々を横目に夜風が気持ちいいテラスで2人だけでグラスを重ねていた。

 

「なあ。」

 

「なんだ?」

 

「ウチら、ほんまに結婚してまうねんな。」

 

「らしいな。実感はゼロだが。」

 

「後悔とかしてへん?」

 

「どこにだよ。」

 

「何かプロポーズもせんとなし崩しに結婚が決まってもうたこと。」

 

「驚きはしたが、後悔はしてねーよ。それよりもカリンが一緒の気持ちだったのが安心した。」

 

「………ありがと。」

 

「それより気になる事がある。」

 

「何?」

 

「ベネット爺さんが言ってたリュカが一目惚れした女だ。」

 

「あ〜。確かにウチも気になる。」

 

「リュカの恋路が叶うことを願って乾杯でもするか。」

 

「せやな。」

 

2人のグラスが小気味良い音を立ててぶつかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌朝、リュカ一行はサンタローズの村の前に立っていた。二日酔いで潰れているリュカに代わってカリンがルーラを唱えた。

 

「おっ、好きな場所にひとっ飛び出来る呪文を覚えたって噂は本当だったのか。おかえり、カリン、リュカ。」

 

一行を出迎えたのは村の門番、スコットである。

 

「ただいま。でも、帰ってきたんはウチらだけちゃうで。」

 

「?」

 

スコットは小首を傾げる。

 

「ほれ、こいつ。」

 

カリンが見せたのは大きなキラーパンサーであった。スコットはしばらく考えた後にその正体にたどり着いた。

 

「ま、まさかこの子は………モモちゃんか!」

 

「そうです。うちのモモです。」

 

「おおそうか。無事だったんだな。そいつは良かった。さてカリン、どうやら腹を括ったみたいだね。」

 

「はい。」

 

「さあ、もうルカが手ぐすね引いて待ってるよ。早く行ってきな。」

 

カリンは小さく頷くと、ルカの待つ小屋へ消えていった。後には二日酔いでまだフラフラしているリュカと、新郎のヘンリー、そして魔物たちが残されている。

 

「さて新郎さん、色々と話をしましょうや。それとリュカはどっかで寝てなさい。まったく、昨日何杯飲んだんだ?」

 

「俺の記憶ではワインまる一本は空けてましたよ。」

 

「酒弱いくせに無茶しやがって。」

 

「それよりヨシュアさんは?ラインハット城でも姿を見なかったんですが。」

 

「ああ、彼なら今海辺の修道院に行ってるよ。牧師の依頼と出席者を集めにね。」

 

「最後まで抵抗してたんですか?」

 

「いや、マリアさんもデール陛下のことを愛していると分かったら案外すんなり受け入れたよ。さすがに妹の恋路まで邪魔するシスコン兄貴ではなかったらしい。」

 

「ちぇっ、面白くねえ。」

 

「おっと、お前さん、考え方がカリンに似てきたのと違うか?」

 

「いえ、元々です。」

 

「そうか。まあ、何がともあれカリンを頼むよ。マイペースな癖にしっかりしてるカリンの夫なんて大役が務まるのはあんたとリュカぐらいだろうからね。」

 

「お褒めに預かり、光栄です。」

 

「さて、花婿の方も婚礼衣装の採寸をせねばな。武器屋の主人と薬屋のカールが待ってる。さっさと行きな。」

 

「では、失礼します。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

魔物たちもそれぞれのお気に入りのスペースで寛いでいる。その間に酔いの醒めたリュカはカボチのペッカやルラフェンのベネット爺さんにカリンとヘンリーの結婚式の招待状を配って回った。2人ともその場で快諾してくれたため、9日に再度ルーラで迎えに上がる事となった。

ひと段落してリュカがサンタローズに帰ってくると、意外なことにカイルを抱いたルカがリュカの帰りを待っていた。

 

「あれ、ルカさん。どうしたんですか。」

 

「今からまた酒場?」

 

「はい?」

 

「私を舐めてもらっちゃ困るわよ。あなた、カリンのこと好きだったでしょ?」

 

図星であった。長い奴隷生活の中でカリンに会うことがモチベーションであり、サンタローズに帰ってきて成長したカリンを見て想いを伝えたくなった。だが、親友のヘンリーのために自分の気持ちを押し殺して今日まで過ごしてきたのだ。しかし、いざ2人が結婚するとなると少しムシャクシャした気持ちになって、それを奥底に沈めるためにアルコールの力を借りようとしたのだ。

 

「………参りました。」

 

「いいのよ。恋心を持つことは誰にも止められないからね。私も随分パパスさんに惚れ込んでたものよ。結婚してるって知ってたのに。」

 

そう言ってルカはウイスキーのボトルを投げてきた。

 

「ま、酔い潰れない程度に程々にね。付き合うわ。」

 

「カイルのことは良いんですか?」

 

「私は飲まないから。」

 

「…………ありがとうございます。」

 

「今日が終わったら諦めて他の人を探しなさい。大丈夫。あなたは良い男だから。」

 

 

祝福の行事を前にして1人の若者が心の整理をつけたのだった。サンタローズの英雄カリンとラインハットの英雄ヘンリーの結婚式まで、あと13日である。




<次回予告>ラインハット新暦11年9月10日、ラインハット国民にとって革命記念日に並ぶお祭り騒ぎとなる、合同結婚式が青空の下で執り行われた。4人の若者が、未来への希望を胸に、一つ幸福の階段を上っていく。
次回 1月19日金曜日午後9時3分投稿 第49話「史上最大の儀式 前編」
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第49話 史上最大の儀式 前編

どうも、かいちゃんです!
センター試験受けてきましたよ!僕は地理選択ではありませんが、ムーミン解けましたよ!世界史がちょっとわかれば、バイキング=ノルウェー、よってムーミンはフィンランド一択、メッセージカードの背景のトナカイ=サンタクロース=フィンランドで結び疲れるんですよね。
自慢ごめんなさい。
では、本編スタートです!


そして、9月10日がやって来た。雲一つない青空の中、ラインハット城中庭大広間に設けられた式場にはラインハット政府高官、海辺の修道院関係者、サンタローズ村の人々、そしてリュカと仲間の魔物達、さらにカボチ村のペッカとルラフェンのベネット爺さんが集結した。また、一般解放された口の字型の城の屋上にも抽選が当たった一般の参列者が詰めかけ、合計の参列者は2000人を数えた。

 

式の開始まで後1時間と迫った中、新郎のヘンリーは控え室でソワソワしていた。久々の王族の正装を着て緊張していることもあるが、もちろんそれだけではない。カリンのドレス姿への期待である。

その時、ドアが開いた。ヘンリーは背筋をピンと伸ばす。部屋に入ってきたのは………

 

「あ、ヘンリー、準備出来てるみたいだね。うん、似合ってるよ。」

 

紫ターバンを巻き、呑気な口調でヘンリーの格好を論評するリュカであった。

 

「なーんだ、お前かよ〜〜。」

 

「いや〜、ぜひやってみたくてね。新婦が来ると見せかけてからかうの。残念だったでしょ。」

 

リュカはクックッと笑いながら更に口撃を加える。

 

「テメ〜、喧嘩売ってんのか?そうだよ、物凄く残念だよ!これで満足か!?」

 

「まあキレんなって、せっかくの結婚式で新郎が仏頂面とか嫌やで、ウチは。」

 

ヘンリーが声のする方を向くと、純白のウエディングドレス姿のカリンがいつの間に入ってきたのか、ヘンリーの控え室の壁にもたれて腕を組んでニヤニヤやり取りを見守っていた。

 

「カ、カリン………。」

 

「どう?私の会心作のドレスは。」

 

見るとドアのところに今回のカリンのドレスを監修したルカがヘンリーにドヤ顔を向ける。ヘンリーは改めてカリンの姿を見る。あまり凝った装飾は見受けられない、シンプルな純白のウエディングドレス。シンプルだからこそ長身でスッキリした花嫁の美しさが際立っていた。

 

「すげぇ綺麗だよ。驚いた。」

 

「ありがとう。でも横で着付けてたマリアさんのドレスはヤバかったで。」

 

「そうそう。もう"手間暇掛けました〜〜"ってドレスが喋ってるっていうレベルで凝った装飾が散りばめられててね。それでもやっぱりマリアさんは綺麗だったわよ。カリンとは地のレベルが違うって感じ。あのドレスカリンが着たら完全に装飾に埋没してまうけど、マリアさんは逆に装飾が装飾らしく引き立て役になってたわ。」

 

「さぞデールも腰を抜かすだろうな。」

 

「しかしあんたの衣装も似合ってるやん。普段はチャラ男の癖にそのカッコしたら、曲がりなりにも王族やなって感じするわ。」

 

「どう考えても貶されてるようにしか聞こえないんだが?」

 

「当たり前やん、馬鹿にしてるんやもん。」

 

「ったく、カリンには緊張とか羞恥心とかってモンが無いのかよ。」

 

「ん〜〜、そう言えば前世からそうゆうやつとは無縁やったな。」

 

「それはそれで微妙に羨ましいぜ。」

 

2人は幸せそうに笑い合う。そこへモモもやって来た。

 

"うわ〜〜、美咲めっちゃ綺麗やん!"

 

「ありがとう桃華。」

 

"うんうん、ヘンリーもええ感じやし、文句無しやわ。"

 

「さて、そろそろ時間やし、最終打ち合わせしよか。」

 

「おう。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

午前10時、ついに定刻通りに二組合同の結婚式が挙行された。まずはヘンリーとカリンのカップルからである。半分国王の結婚式の前座のような扱いであるにも関わらず、新郎新婦の入場の瞬間の拍手は凄まじかった。そのあまりにもの勢いに気圧され、神父役を務める海辺の修道院の院長が待つ祭壇に歩いていくのも忘れて言葉を交わす。

 

「すげーな。」

 

「わお、なんか場違いやわ。」

 

「この後にデールの式が控えてるっていうのに、デールの式がこれより白けてたら格好付かねーぞ。」

 

「てかウチらってこんなに人気あってんな。ヘンリーはともかく、ウチなんか全部リュカに擦りつけて名前出さんようにしてたのに。」

 

「知らねーのか?」

 

「何を?」

 

「配られてるパンフレットにカリンの素性全部書かれてたぞ。10年前の事も、俺と一緒にここに乗り込んだ事も、教育改革の事も。お陰で今カリンはバッチリラインハット英雄列伝の仲間入りだ。」

 

「………迂闊やった。おっと、そろそろ行かんとヤバイな。」

 

「ああ。」

 

2人はバージンロードをゆっくりと歩いていく。サンタローズの人々が座っているテーブルからは大きな声が飛び交った。

 

「カリン!お幸せに!」

 

「おい新郎!カリンを泣かしたらただじゃおかねーからな!」

 

「もし旅先で子供ができたら預かってあげるわよー!」

 

"美咲!おめでとう!"

 

上から順にリュカ、スコット、カイルを抱いたルカ、そしてモモである。魔物たちも主人たるリュカと共にいる仲間が幸せそうな表情をしていることが嬉しそうだ。その中でヨシュアは次のデールとマリアの登場に備えて沈黙を保っている。

2人は壇上に上がり、院長の言葉を待つ。

 

「ヘンリー、あなたがボロボロの状態で修道院に流れ着いて来た事が昨日のことのように思い出されます。とは言っても、まだ半年も経っていませんが。」

 

「はい。」

 

「さて、説法を始めましょうか。

人生はよく旅に例えられます。山あり谷あり、思わぬところに落とし穴だってあるかも知れません。ですが、愛する人と2人寄り添って力を合わせれば、例え険しい山道も、それほど苦しいものでは無くなり、落とし穴も2人ならば見破って回避できるはずです。これからも幸せな家庭を築かれんことを。

さて、夫ヘンリーよ、貴方は妻であるカリンを、健やかなる時も病める時も共にあり、幸せな家庭を築いていくことを誓いますか?」

 

「誓います。」

 

「妻カリンよ、貴女は夫であるヘンリーを、健やかなる時も病める時も共にあり、幸せな家庭を築いていくことを誓いますか?」

 

「誓います。」

 

「では指輪の交換と誓いのキスを。」

 

2人は予め用意していた指輪を交換する。そして、ヘンリーがカリンのヴェールをめくった。

 

「なあ。」

 

「何だ、急に。」

 

「ウチ多分この先恥ずかし過ぎて二度と言わんと思うから耳の穴かっぽじってよう聞いといて。」

 

「ああ。」

 

「愛してるで、ヘンリー。」

 

「俺もだ、カリン。愛してる。」

 

そのやり取りを聞いて苦笑する院長の目の前で2人の唇は重なった。一際大きな歓声が広間に木霊した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

2人はそのまま場をはけて少し離れた席に座る。次はデールとマリアが入場してくる。顔も整っており、正装もバッチリ決まっているデールと豪勢なドレスに全く見劣りしないどころか、逆にドレスが引き立てられるほどの美しさのマリアの美男美女の組み合わせは、それ自体が一枚の名画のようだった。カリンとヘンリーの懸念はある意味当たった。会場にいる皆がその美しさに見惚れて暫く声を出せなかったのである。しかし直ぐに前の2人の時を超える、腹の底に響くような歓声が会場に木霊した。

デールとマリアが祭壇の上に立った。それを確認して院長が説法を始める。

 

「デール陛下は他の者たちとは違って、国という大きなものを背負っていらっしゃいます。その重責は我々のような一般市民には推し量り得ないほどのものでしょう。しかし、隣にマリアさんのような聡明で純真な奥様の存在が陛下の助けとなり、ラインハットにさらなる繁栄をもたらすでしょう。

では、新郎デールよ、貴方は妻であるマリアを、健やかなる時も病める時も共にあり、幸せな家庭を築いていくことを誓いますか?」

 

「誓います。」

 

「新婦マリアよ、貴女は夫であるデールを、健やかなる時も病める時も共にあり、幸せな家庭を築いていくことを誓いますか?」

 

「誓います。」

 

「それでは指輪の交換と誓いのキスを。」

 

2人は指輪を交換してお互いの指にはめ、キスのためにデールがマリアのヴェールをめくる。

 

「マリア。」

 

「はい。」

 

「私はまだ15歳という若干の身です。人間的にもまだまだ未熟なのはわかっています。時には誤謬を犯すこともあるでしょう。そんな時には、私を叱りつけて、貴女が私を正しい道に正して欲しいのです。」

 

「そういう私もまだ18歳ですよ。」

 

「そうでしたね。とにかく、これからもよろしくお願いします。あ、それと………愛してます。」

 

「はい。微力ながら私も愛する夫のために尽くさせていただきます。」

 

2人の唇は触れ合った。歓声が起こった。

 

こうしてラインハット新暦11年9月10日、ラインハット史上最大規模となったこの結婚式において、二組の夫婦が誕生した。




<次回予告>メインイベントである式も終わり、ラインハット城中庭では、2組のロイヤルファミリーの結婚を祝って宴が開催されていた。そこではさまざまな人々の思いが交錯する中、次の旅への扉が開かれていく。
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第50話 史上最大の儀式 後編

ひとまずこなすべき行程を終え、歓談の時間となった。カリンとヘンリーがリュカとこれからの事について話していると、デールがマリアを伴ってその輪に近づいて来た。

 

「兄さん、この度はおめでとうございます。」

 

「お前もな。で、何か用か?」

 

「西の大陸のルドマンという豪商をご存知ですか?」

 

「ああ、色々と噂は聞いているが。」

 

「実は私も兄上が旅をしている間に色々と調べていたのですが、そのルドマン氏が天空の盾を持っているという情報を得ました。」

 

「何だと?」

 

「どうやらルドマン氏は伝説の導かれし者たちの末裔だそうで、勇者から譲り受けた天空の盾を受け継いでいるそうです。」

 

ヘンリーは頷いてリュカに向き直る。

 

「目的地は決まったな。」

 

「うん。ありがとうございます、デール陛下。」

 

「俺からも礼を言うぜ。」

 

「私も皆さんの無事を祈っています。」

 

そしてデールはリュカ達の輪から離れていった。

 

夕方になって式は終了しようとしていた。後はブーケトスを残すのみである。誓いのキスとは逆に先にマリアがブーケを投げた。そのブーケはそれをもぎ取ろうと躍起になっている未婚女性の人垣を大きく越えて、その様子を遠巻きに見ていたヨシュアの足元にポトリと落ちた。当然の如くヨシュアはそれを拾い上げて照れ笑いをする。マリアは全く予期しても狙ってもいなかったが、兄の幸福を願う彼女にとって最良の形となった。ラインハット未婚女性の敵意を一身に集めて。

その後はカリンのブーケトスである。本来ならマリアのように適当に投げれば済むのだが、何故かカリンは精神統一を始めた。

 

「カリン、ブーケトスに何緊張してんだ?」

 

「うるさい!気が散る!」

 

ふとカリンの意図を察したヘンリーがカリンに耳打ちする。

 

「リュカならヨシュアさんの2メートルくらい右だ。投げる距離もそんなに変わんねえ。」

 

「お、流石旦那やわ。これでわざわざリュカの気配を察して投げる手間が省けた。」

 

「お前本気で気配でリュカの位置探すつもりだったのか?てかさっきからリュカ動いてねーぞ。見てただろ。」

 

「いや、逆に動いてたらヤバいやん。どっちにしろ最後はあんたに聞くつもりやったけど。…………よし!」

 

カリンが投げたブーケは見事な放物線を描き、狙い通りにリュカの腕の中に入った。振り向いてその成果を確認したカリンはガッツポーズをする。

 

「リュカーー!次はあんたの番やでーー!!」

 

「早く良い女性見つけろよな!」

 

リュカは驚いたような表情で壇上の2人を見る。そして、他ならぬ親友2人が自分の幸福を願っていることを知り、その表情はくしゃっと綻んだ。この瞬間、リュカはカリンに対する未練を断ち切る事に成功した。

 

式はお開きとなり、一般の応募で招待された市民は盛大かつ大いに祝福すべき結婚式の名残を惜しみながら帰途に就いていった。城の中庭にはサンタローズ関係者、ラインハットの重臣達といった、二組の夫婦に近しい人々だけが残り、盛大な晩餐会が催された。

 

「最近にしては珍しく飲んでへんやん、リュカ。」

 

ワインではなくブドウジュースを飲んでいたリュカに新婦のカリンが近寄ってきた。紫色のドレスが非常に似合っている。新郎のヘンリーはどうやらデールと2人でワイワイやっているようだ。

 

「そうだね。弱いのに深酒する理由も無くなったし。そういうカリンは旦那さんと一緒じゃなくていいの?」

 

「ん?まあええやろ。ウチとはこの先も何回も一緒に飲む機会があるやろうけど、デールとは数が限られてくるからな。偶には兄弟孝行を黙って見とくのも必要やろ。ま、そもそもウチはそんなに嫉妬深ないし。」

 

「そっか。カリンは優しいんだね。」

 

「なんや今日はえらい素直やな。」

 

「そうかな?」

 

「………ひょっとして悩み事でもあった?」

 

「まあね。」

 

「水臭いなあ、相談しいや。ウチとあんたの仲やろ。」

 

「逆にカリンだから相談出来なかったんだけどな〜。」

 

「え、逆に気になる〜。」

 

「結構重い話だよ。」

 

「俄然聴きたくなった。」

 

「……………僕、カリンのことが好きだったんだ。」

 

「…………マジ?」

 

「うん。だからね、式が始まるまで物凄く内心複雑だったんだよ。そりゃヘンリーの方がカリンにお似合いだって分かってるし、お互いが好き同士だから引き剝がしようもない事も分かってる。でも、やっぱりヘンリーにちょっと嫉妬してたんだよね。それに、2人だけで僕を放ったらかして別の所に行っちゃうんじゃないかっていう不安もあったね。」

 

「まあ理性と感情は必ずしも一致せえへんからな。ま、そこが人間のおもろいとこやけど。で、それはいつ吹っ切れたん?」

 

「ブーケ受け取った時だよ。他ならぬヘンリーとカリンの2人に"幸せになれ"って言われてさ。別に2人がくっ付いたからって僕との絆が断ち切れる事は無いんだって。2人とも親友として僕のことをちゃんと気遣ってくれて、今までみたいに馬鹿話しながら楽しく旅を続けられるんだって。」

 

「ウチがあんたを見捨てるわけないやん。こんな弄りがいのある奴おらんのに。」

 

「あれ、ヘンリーは?」

 

「1人やと飽きる。」

 

「あははは、カリンらしいや。」

 

「んで、ルラフェンで一目惚れしたって話はどうなん?」

 

「一目惚れ?」

 

「何か酒屋かどっかでケバい女に一目惚れしたってベネット爺さんが言っとったけど。」

 

「ああ〜、あの時か。いやあ、そんな風に受け取られてたんだなあ。確かに綺麗な人だと思ったし、鼻の下を伸ばした事は否定しないんだけど、あの人を何処かで見たことあった気がしてね。」

 

「一つええか?」

 

「なに?」

 

「鼻の下を伸ばした時点で一目惚れしたんとちゃうの?」

 

「うっ………そう言われればそうなんだけど………それよりどこかで見た覚えがあるんだよな〜、どこなんだろ?」

 

「ちぇっ、まだ"ひと目見ただけなのに忘れられない〜〜"的な惚れ方してへんのかい。で、リュカ的にどこがあかんかったん?」

 

「別にダメとかじゃ無いよ。ただ、もう少し話をしないと恋愛対象には入らないかな。やっぱり将来を誓い合う人なんだからさ。」

 

「そう………。しっかりしてんな〜。」

 

「ありがとう。」

 

「昼間も言うたけど、ええ人見つけや。」

 

「うん。」

 

その輪の中に先ほどまでイワンと酒を酌み交わしていたヨシュアがやって来た。

 

「少し話があるのだが。」

 

「何でしょう。」

 

「実は、私も旅に連れて行って欲しいのだ。」

 

「ふふ、妹を取られた哀れな兄貴の傷心旅行でっか?」

 

「違う!なぜカリンは私をそこまでシスコンにしたがるのだ!?」

 

「当たり前やん、そっちの方がおもろいからですよ。」

 

「…………まああれだ、ラインハットも平和になったし、マリアの巣立ちも見届けたし、私も少し手持ち無沙汰でな。それに、光の教団のこともあるし。」

 

「そうやな。ヨシュアさんが来てくれたらこっちも大分楽になるし、この際来てもらおか。」

 

「そうだね。」

 

「かたじけないな。」

 

「へぇ〜、ヨシュアさんも来るのか。」

 

いつの間にかヘンリーが会話の輪に加わっていた。

 

「今回は妹をデールに取られた傷心旅行………」

 

「お前らな〜〜!!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

宴も終わり、皆が寝静まる頃、ラインハットの宿屋の一室寝室ちは、初夜を迎えるヘンリーとカリンがいた。2人はお互いの裸というものを初めて見た。

 

「「うわー」」

 

カリンの均整の取れたプロポーションに感嘆の声を漏らしたヘンリーとは対照的に、カリンはヘンリーの肌に奴隷時代に刻まれた無数の傷跡に声を上げていた。

 

「ほんまに地獄やったんやなあ。」

 

「あ、ああこれか。済まないな。汚い体で。リュカの方がもうちょっとマシなんだが。」

 

「汚くなんかないわ。」

 

カリンはその傷跡を指でなぞりながら言う。

 

「傷痕も全部込みのあんたが好きやねん。どーせその傷痕も半分ぐらいは他人の代わりに打たれたやつちゃうの?」

「ま、まあな………」

 

「その一本一本があんたの優しさの勲章や。」

 

「お、おう。」

 

「んであんたはさっきなんで"うわー"って言うたん?」

 

「そんなの、お前が綺麗だからに決まってんじゃねーか。」

 

「うわー、恥ずかし!よう言えるなー。」

 

「お前もよく"優しさの勲章"とか言えるな。」

 

2人は顔を見合わせて笑顔になる。そして、実はまだ3回目である口付けを交わした。そしてヘンリーはゆっくりと抱え落とすようにカリンをベッドに押し倒した。そのタイミングで唇は離れ、2人の間に唾液の橋が架かる。

 

「ついにウチも処女卒業か。なんか感慨深いな〜〜。」

 

「なあ。」

 

「ん?」

 

「………これからも、どうぞよろしく。」

 

「こちらこそ。」

 

2人は再び深い口付けをした。そして、2人の初めての運動会が始まった。



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第51話 旅の再開

どうも、かいちゃんです。
私学に合格したため、浪人の可能性が消滅致しました!あとは国公立を目指すだけです!
では、本編スタートです!


ラインハット史上最大の儀式と称される事となる二組合同の結婚式から一夜明け、サンタローズの関係者が宿泊している宿屋の食堂に人が集まり始めたのは7時を過ぎた頃である。階下のそのざわめきが聞こえ、カリンが目を覚ました。横ではヘンリーが裸のままスヤスヤと寝息を立てている。カリンは大きな欠伸を1つすると、幸せそうな笑みを浮かべて、特に理由もなくヘンリーのほっぺたをフニフニとつついた。

 

「ん、んん〜〜〜〜!」

 

どうやらその感触でヘンリーも目を覚ましたようだ。

 

「ん、起こしてもうた?」

 

「いや、大丈夫…ん?………わっ!」

 

バッとヘンリーが自分にかかっている布団を引き剥がす。どうやら自分とカリンが生まれたままの姿であることに驚いたようだ。

 

「何ビビってんねん。おはよ、ヘンリー。」

 

「お、おはよう。お、俺たちも夫婦になったんだな。」

 

「せやな。呼び方はヘンリーのままでええか?」

 

「そうだな。他の呼び方されても多分咄嗟に反応できねえ気がする。」

 

「さて、皆んなも起きだしてるみたいやし、ウチらも下降りよか。」

 

2人は服を着て皆が待つ食堂に降りた。わざわざ一緒に連れて来たカイルを抱いたルカがニヤニヤしながら、新婚夫婦への一種のテンプレートとも言える質問を投げかけた。

 

「昨晩はどうだった?」

 

2人の顔に一瞬にして朱が上る。その様子を見るだけで他の人々は既に噴き出しそうになっていた。その様子を見てムッとした新郎新婦は同時に口を開いた。

 

「「そ、それなりにな!!」」

 

あまりにもシンクロした2人の台詞に、食堂は大爆笑の渦に包まれた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

昼過ぎ、ラインハット城門前では、これから旅を再開するリュカ、カリン、ヘンリー、ヨシュア、モモ、スラリン、ドラッチ、ブラウン、ピエールの4人と5匹と、結婚式に招待され、リュカのルーラでそれぞれの住む街へ送って行くことが決まっているカボチ村のペッカとルラフェンのベネット爺、そして結婚式の準備に携わり、式にも出席した海辺の修道院の人々とサンタローズの人々を見送るべく、国王デール、皇后マリアを始めとしたラインハットの人々が集結していた。まずはイワンが一歩前へ進み出る。

 

「カリン殿、ヘンリー殿下、そして仲間の皆様方、どうかご無事で。」

 

「イワンさんも体にだけは気いつけや。もう若くないねんから。まだ後進の人材も育ってへんし。」

 

続いては皇后となったマリアである。

 

「どうか兄上のことをよろしくお願いしますね。どうせいじり倒して遊ぶのでしょうけど。そして、修道院の皆様には大変お世話になりました。心からお礼を申し上げます。最後に、皆様のこれからの人生に神のご加護があらん事を。」

 

次に答えたのはヘンリーである。

 

「おう、ヨシュアさんは俺たちがいじり倒しておくから任せとけ。それと、デールをよろしくな。」

 

「はい!」

 

「ちょっと待て!私の扱いが些か酷くないか!?」

 

そのヨシュアの悲鳴をスルーして最後に国王デールが声をかける。

 

「カリンさん、兄の事をよろしくお願いします。もし兄と喧嘩でもしたらここに来ていただければこの僕が全力を以てカリンさんの味方をしますから。」

 

「おいおい弟よ、そいつはちょっと薄情過ぎねえか?多分喧嘩したらカリンの方が強いぞ。」

 

「はははは、弱気になる兄上というのもなかなか面白いですね。」

 

「こいつ〜〜!もしマリアさんと喧嘩して泣きついて来ても俺は知らねえからな。」

 

「はい!誠心誠意マリアを怒らせないように努めます!」

 

デールの混ぜっかえしが完全にヘンリーは反論を封殺されて言葉に詰まった。その様子を見てカリンが腹を抱えてゲラゲラ笑う。

 

「あははは、傑作やないか!デールに完全に一本取られとる!あはははははは!」

 

(そうやって俺を馬鹿にして笑い転げてるカリンも可愛いとか思っちゃうんだよな〜〜。)

 

そんな惚気を頭の中で再生しつつ一つ息を吐いたヘンリーはデールに向かって右手を差し出す。2人の間でいつの間にか完成していた別れの合図だった。デールもにこやかに笑ってその手を握り返した。

 

「じゃあな、デール。ラインハットを頼む。」

 

「兄上こそ、どうかご無事で。」

 

固く握られた両者の手が離れ、リュカたちはラインハット市街からやや離れた場所へ移動する。旅の第一歩は、結婚式の列席者をルーラで送り返すことから始まった。ルーラにより適正のあるリュカが海辺の修道院、カボチ、ルラフェンなどの遠隔地に飛び、カリンは複数回に分けてサンタローズの村人を送り届けた。再集合先はサンタローズである。時間的にはデールと別れてから僅か1時間である。

 

「あ〜〜しんど!!」

 

カリンが最後の移動を終え、ヘンリーと互いの想いをぶちまけた丘で腰を下ろした。魔力量は十分だが適正が低いカリンの場合、一度のルーラでリュカとは比べものにならない魔力を消費する。近場の方が魔力の消費は少ないためサンタローズへの送迎を担当したが、既にカリンの魔力はスッカラカンであり、その影響が身体にも出て、現在のカリンは凄まじい疲労感に襲われると同時に目の下に大きなクマを作っていた。

 

"ここにおったんや。"

 

一息ついていたカリンに近寄って来たのは意外にもモモであった。

 

「ヘンリーは?」

 

"リュカと飲んでた。"

 

「わかった。」

 

"…………幸せ?"

 

コクンとカリンは頷いた。

 

"それは何より。"

 

「こうやって2人かりで喋んのめっちゃ久し振りやな。」

 

"そうやな。"

 

2人は日が沈むまで語り合った。それは、非常に穏やかな時間だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

一方、ヘンリーもリュカと久し振りに2人で盃を交わしていた。

 

「お前、カリンのこと好きだっただろ。」

 

唐突にヘンリーはそう言った。

 

「そうだよ。」

 

リュカも何事もなさそうに返す。

 

「…………俺、悪いことしたか?」

 

「そんな事ないよ。」

 

「本当にか?」

 

「うん。もう吹っ切れた。」

 

ヘンリーはリュカの顔を見る。その表情は、少し切なげではあったが、曇りは感じられなかった。

 

「ならいい。」

 

「ヘンリーは幸せ?」

 

「………ああ。」

 

「ならいいや。」

 

2人は薄く笑い、控えめにグラスを掲げて酒を飲み干した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌朝、旅装束を整えたリュカ一行は教会でルカに魔力を見てもらった。

 

「このシスターの服を着るのも結構久し振りね。カイル産んでから初めてか。さて………リュカは一瞬にして全ての傷口を塞ぐベホマを、ヘンリーは大爆発を起こすイオラと移動中に毒や暑さなどから身を守るシールドを張るトラマナを、カリンは呪文のダメージを軽減するマジックバリアとベホマを習得していますね。」

 

「毎度ありがとうな、ルカさん。」

 

「いえいえどういたしまして。それより、無事でね。」

 

「はい。カイルにもよろしく。」

 

一行はそのまま教会を出てすぐ裏の桜の木の根元を訪れた。そこには、カリンの母ユリーナと、スコットの父でカリンを守って死んだマルティン、そして遺体はないもののリュカの父パパスの墓が建っている。カリンは細長く加工した香木に火をつけて供えた。

 

「?それは?」

 

初めて見るヘンリーが問いただす。

 

「ん?ああ、ヘンリーは見るの初めてか。お線香って言うてな、まあこれで弔ってんねん。作んの邪魔くさいから盆と彼岸と正月ぐらいしか供えへんねんけどな。今回は秋の彼岸の時期やし、盆に参ってないしな。」

 

「彼岸って?」

 

「春と秋にこの世とあの世が近づく期間や。」

 

カリンは弓矢をヘンリーに預けて墓の前にしゃがみ込んで手を合わせた。それを見てリュカとヘンリーとヨシュアも死者を弔う礼を取る。

 

(母さんの言うた通り、なかなかリュカは壮絶な人生送っとんな。まあでも、なんだかんだ楽しくやってます。この度はヘンリーとも結婚したし、幸せやで。)

 

供養を終えたリュカ一行は遂に旅を再開するべく、サンタローズ村を出発する。門の前では、いつものようにスコットが見張りをしていた。

 

「村のことは任せろ。とにかく、元気でな。」

 

「頼りにしてるで、スコットさん。」

 

スコットはカリン、リュカ、ヨシュア、ヘンリーの順に握手を交わす。そして一行は村の外に停めてあった馬車を引いてサンタローズ村を発った。

 

「この辺でいいかな?」

 

村から少し離れたところでリュカは仲間たちを固めてから精神を統一し、ルーラを唱えた。ほんの一瞬でリュカたちの目の前の景色がサンタローズ周辺の平原から城塞都市のルラフェンに変わった。

 

「さあて、行きますか!」

 

「「「"おう!!"」」」

 

カリンの号令と皆の掛け声が上がる。そして、リュカ一行はサラボナのある南に進路を取った。

 

こうして9月12日午前9時、パパスの遺志を継ぎ、マーサと天空の勇者を探し出す旅は再開された。



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第52話 時には昔の話を

天空の盾が伝えられているという情報を元に、リュカ一行は稀代の大商人ルドマンがその根拠地として築き上げたサラボナの街を目指して、ルラフェンの町から南へ向かって進んでいた。新たに旅に加わったヨシュアの槍捌きは以前神の塔やラインハット革命の時よりも一層洗練されており、他の面々の戦闘時の負担は大きく軽減された。

 

「あー、あれ絶対マリアさん取られて悔しくて槍ばっか振ってたんやで。」

 

「いや、マリアさんがいなくなって暇を持て余したんだろ。」

 

「聞こえてるぞ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

西の大陸は北半分と南半分に分割することができる。これまで旅をしてきたポートセルミ、カボチ、ルラフェンはいずれも北半分にある。そして、北半分と南半分を区別するのは、ルラフェンから南に伸びるサラボナに至るまでの街道、その中間地点に位置する砂漠地帯である。

ルラフェンを出発し、グレートフォール山を横目に見ながら南下すると、陸地がまるで漏斗のように収斂し、最終的にその幅は50キロほど、つまり一日かければ横断できるほどになる。そして、その幅の細い陸地が250キロほど続くのだが、その全てが砂漠地帯なのである。

バギ系の呪文を操る紫ローブを纏った怪人のグレゴール、白い毛むくじゃらの怪力の魔物のビッグスロースなど魔物も強力で、通り慣れた人間でも稀に砂漠特有の環境故に行方不明者を出すほどの、文字通りの難所なのである。リュカ一行も、ルラフェンを出発して6日目に、その砂漠地帯の入り口に到達した。

 

「さて、この砂漠越える前に一泊しとく?この先やばいらしいし。」

 

9月18日の昼下がり、カリンの提案によってこの地点で一泊することとなった。旅の途中とは思えないカリンの豪華なお手製の料理(とは言ってもただのカレーライス)に舌鼓を打つ。スラリンたち魔物にも好評で、一応15人前炊いたカレーの鍋も空っぽになってしまった。

 

「ふぅー、食った食った。」

 

ヘンリーが腹をさすりながら言う。

 

「移動してる時ならまだしも、今の瞬間だけを切り取ったら旅をしてるようには全く見えないよね。」

 

リュカが皿を洗いながら返す。

 

「まあでも砂漠通るからこの先はあんまり贅沢できひんで。あと残ってんの日持ちするもんだけやし、いかんせん水が無いからな。さっき行商人から買い上げたけど、元々の備蓄と合わせても飲み水だけで10日が限度やからな。ちびったらもうちょい持つけど、倒れられるのが一番困るから遠慮せんと飲めよ。」

 

そして、カリンのその言葉を皮切りに砂漠を渡る際の注意点などを確認し合う。その後、しばらく雑談タイムとなった。以前リュカ一行に同行した時は急ぎで余裕が無かったため、そのゆったりとした様子に慣れていないヨシュアが独り言のように言う。

 

「我々はピクニックをしに来たのか?」

 

独り言にしては少し声が大きく、結局全員の聴くところとなった。そして、それにカリンが絶妙に切り返した。

 

「いや、ちゃうな。ピクニックなんてもんはもっと真面目にやるもんや。」

 

一同は大爆笑に包まれた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

夜が大分更けた。夜空に輝く星々の海が寝静まるリュカ一行を見下ろしている。リュカとヨシュアは寝袋にくるまり、魔物たちもそれぞれ自分の好きな場所で丸まって眠っている。しかし夜は最も魔物たちが活発になる時間帯であるため、警戒を怠るわけにはいかない。そのため、リュカ一行は2人ずつ三交代で夜の見張りを行なっている。一組目がモモと、カリン以外で唯一モモとコミュニケーションが取れるようになったリュカ、二組目がヨシュアとピエール、そして三組目が現在見張りを行なっているヘンリーとカリンの新婚夫婦である。

 

結婚したからといってこの2人が急にいちゃつき出すなんて事もなく、友達の延長線上という言葉がぴったりという関係であった。普段は馬鹿話か他人をイジることに精を出し、基本笑いが絶えない夫婦であったが、この時ばかりは幾分真剣な表情で話をしていた。

話を切り出したのはカリンである。

 

「なあ。」

 

「何だ?急に改まって。」

 

「今天空の防具集める旅してるやんか。」

 

「そうだけど。」

 

「なんか導かれし者たちみたいな伝説あるけど……。」

 

そこまで聞いてヘンリーは大方の事情を察する。

 

「カリン、まさか………。」

 

「そのまさかや。」

 

「知らねえんだ………。」

 

この世界で最もポピュラーな導かれし者たちの伝説をカリンは知らないのだ。本来なら幼い頃にこの伝説を子守唄にして育つのだが、その頃既に精神年齢20代後半である。カリンの母ユリーナもそれが分かっていたため、無理に聞かせようとはしなかった。

 

「全くもって興味が無くて………。」

 

「あー。精神年齢的に御伽噺に現実味感じないもんな。」

 

「専ら弓の練習と料理してたからなあ。」

 

「で、教えてくれと。」

 

「この世界においては伝説とか御伽噺って馬鹿にならんらしいからな。」

 

「カリンの世界には御伽噺とか無かったのか?」

 

「アホか。あったけどこの世界の御伽噺と一緒な訳ないやろ。ウチが言うてんのは歴史も御伽噺として伝えられるってとこや。ウチの世界では歴史は全員がハッキリと資料に残ってることだけを年代順に並べて詰め込んで学校で学ぶもんやったんや。裏を返せば学校に行かれへん子供は居らんかったって事やけどな。」

 

「なるほどな。さて、どっから話すかな。」

 

ヘンリーはこの世界ではかなりポピュラーな導かれし者たちの伝説を語り始めた。本来ならこの前に数回伝説の勇者云々の話があるのだが、それを語っていては日が昇ってしまう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

昔、龍の神様が天空にいた。天空には天空城という空に浮かぶ城があって、そこに天空人がいて、地上を見守り、対抗勢力である魔界にいる魔族を牽制していた。但し、対抗勢力といっても、武装中立のような感じだったようだ。おかげで世界は概ね平和だった。

 

そんな時、ある男が魔族のトップに立った。彼は人間に虐められてるエルフと恋仲であり、そのエルフ虐めが原因で人間を憎んでいた。この頃から、魔族が人間のいる地上に攻撃を仕掛け始めた。そうやって天空界と魔族の仲に亀裂が入った頃、天空から誤って落っこちた天空人の女と名もなき人間の木こりの男が恋に落ち、1人の男の子を産んだ。この事が龍神の怒りに触れて木こりは死を賜り、女は天空界に連れ戻され、男児は名もなき村で拾われて養育されることとなる。

 

そして時が流れ、男児が立派な青年に育った頃、魔族の王が一連の出来事を知る。魔族の王は危機感を感じた。巨大な力を持つ天空人と、非常に思念の力の強い人間の血を併せ持つ者の存在。もしそんな輩が人間を贔屓する天空人の味方に付けば、その強大な力によって魔族が滅ぼされるやも知れぬ。

魔族の王は早速行動に出た。その青年に対抗するために様々な策を講じた。人間が生み出した進化の秘法と呼ばれる(詳細は伝わっていない)ものの完成を強奪し、予知夢を見る王族の城の人間を拐かし、青年を見つけるために各地に配下を派遣した。そして、遂に魔族は青年の居場所を突き止め、彼を匿っていた村を滅ぼした。

魔族は勝利の祝杯を挙げて凱旋したが、実は青年は生き延びており、彼と数奇な運命の元に彼の元に集った7人の導かれし者たちが、魔族の配下を続々と倒していく。青年の生存にショックを隠せない魔族の王にさらなる悲劇が襲った。彼と恋仲にあったエルフが人間の手に掛かって殺されたと言うのだ。

理性を失った魔族の王は進化の秘法を用いて異形の、そして最強の怪物と化し、魔界で青年の一行と対決した。対決は青年の勝利に終わり、世界には安寧が訪れたのである。そしてその時に青年が身につけていた武器防具はそれぞれ”天空の”の名が冠され、彼の仲間に預けられたという。その後青年は姿を消し、誰もその消息を知る者はいなかった。しかし、世界のどこかでその血脈は延々と続いているという。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「なるほどな。それでその青年がいつしか伝説の勇者と呼ばれるようになったと。」

 

「まあ、ざっとそんなもんだ。色んな所に異説があるんだけどな。実は別の黒幕がいたとか、魔族の王はその後も生きていたとか、青年は魔族の王と相討ちになって死んだとか、天空の武器防具はそれより前の時代から存在したとか、導かれし者たちの数が違うとか、青年はその後魔族に身を堕としたとか、実は導かれし者の子孫はどこどこの誰々だとか、そもそもそんな龍神や天空界なんて存在しないとか。

ま、何れにせよ馬車に積んでるあの剣と俺らが今から取りに行こうとしてる盾は相当歴史と由緒ある剣と盾だって訳だ。」

 

「ふぅーん。なかなかおもろい話やな。ツッコミどころは山ほどあるけど、今はその伝承が正しいと信じて突き進むしかあれへんちゅう訳やな。

お、そんなこんなで見張りの交代の時間やな。さーて、リュカとモモ起こしてウチらも寝るか。」

 

「そうだな。」

 

少し恥ずかしげに手を繋いで2人はリュカとモモを起こしに向かう。その光景を、夜空に輝く星々は相変わらず微笑ましげに見下ろしていた。



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第53話 砂漠にまつわるエトセトラ

翌9月19日、体調を万全に整えたリュカ一行は遂に砂漠越えに乗り出した。初めは意気揚々として出発したのだが、9月21日になると流石のヘンリーやリュカも音を上げ始めた。

 

「ひー、覚悟はしてたけどなかなかあちぃな。」

 

「そうだね。水を頭から被りたい気分だよ。」

 

「何弱音吐いとんねん。まだ半分行ってへんで。」

 

カリンが額の汗を1つ拭って突っ込む。暑い方が得意なカリンも長袖の旅装束を脱ぎ捨てて上半身はサラシ一枚である。健康的な肌に浮かぶ汗が烈しい陽光によってキラキラと輝き、その美貌とスタイルがより強調され、男性陣は目のやり場に困っていた。

 

「それにしてもカリンは平気そうだな。」

 

そんなカリンの男の欲望をくすぐる姿から目を逸らしつつヨシュアが感心したように言う。

 

「うーん、まあいくらウチが寒いのより暑い方がマシとは言うてもそろそろ勘弁して欲しい感じではあるんやけどな。モモなんかウチらと違って毛皮着てんねんで。それに汗かかへんからな。」

 

モモは激しくハアハアと舌を大きく出して口で息をしながらも文句1つ漏らさずについて来ている。

 

「それにピエールもあの鎧絶対暑いで。」

 

ピエールもその表情は兜で隠れて見えないが、しっかりとついて来ている。

 

「そうだね。僕たちも負けてられないね。」

 

「ああ。カリンのあの役得な姿を見られるなら頑張ろうって気にもなるもんだ。」

 

「お?そんなにこの格好エロい?」

 

「うん。正直。」

 

「そうだな。」

 

「夜だったら確実に襲ってる。」

 

その反応を見てカリンが少し茶目っ気を出す。

 

「じゃあ鑑賞料1000Gな。」

 

「うわあ、高い。」

 

「いやしかしそれに匹敵する値打ちは……」

 

リュカもヨシュアも馬車の中の金庫に向かおうとする。それを見てため息まじりにヘンリーが突っ込んだ。

 

「バーカ。その金俺たちの金だから意味ねーだろ。」

 

「今のツッコミは91点やな。」

 

「お、残り9点は?」

 

「顔。」

 

「それどうしようもねーじゃねーか!!」

 

ヨシュアもモモもその夫婦漫才に暑さを忘れてゲラゲラと腹を抱えて笑う。スラリン、ドラッチ、ブラウンも主人たちの楽しそうな様子を見れて嬉しいのか、全身で喜びを表現している。

 

「そうだね〜。それにカリン、ドヤ顔が鬱陶しいから8点マイナスしよ!」

 

「ムムッ!流石リュカ審査委員長、きびしいぃ〜〜〜」

 

「てめぇ!勝手に減点すんな!!」

 

この幼馴染のカリンーリュカのラインのボケもキレッキレである。そこでヨシュアがある事に気付いた。

 

「おや、それにしてもピエール殿はこんなに面白い漫才を見てもクスリとも笑わんのだな。」

 

「え?ピエールって割とゲラな方やろ?」

 

「うん。いつもは声は出さないけどクツクツ笑ってるよ。」

 

「おいおい、こいつまさか………」

 

モモがピエールの肩をつつく。するとピエールの体は物理法則に従って横に倒れた。

 

「あかん、こいつ熱中症なっとる!」

 

「と、とにかく幌の中だ!」

 

「ヨシュアさん!甲冑脱がすの手伝って!」

 

「てか何気にピエールが甲冑脱ぐん初めてちゃう?」

 

「そうだな。いつも鎧着っぱなしだし、水浴びの姿見せねーからな。」

 

「そもそもこの甲冑の中身が何なんだ?男か?それとも女か?」

 

「一応妖精の類いらしいんだけどね。」

 

「てかこの下のスライムは別もんなんや。」

 

「おいおい、こいつ謎な部分多すぎねーか?」

 

ベラベラと口を動かしながらも一行のピエールを処置する手は止まらない。カリンはヒャドで氷を作り出してそれを手早く布にくるんだものを幾つも作り、ヘンリーは熱を持った鎧を冷ますためにピエールに水をぶっかけ、リュカは主人が倒れて慌てふためくピエールが乗るスライム=スラッシュを宥めて落ち着かせ、ヨシュアは鎧の留め金を次々に外していく。ついにカリンによって兜が外された。

 

「女や………。」

 

「しかもめっちゃ美人じゃねーか。」

 

兜の下から現れたのは十分に美少女と称しうる少し大人びた少女の青ざめた顔であった。黒紫のストレートの直毛を後ろでポニーテールにしている。そして妖精であることを示すように、顔の横の耳は尖っていた。

リュカが顔に浮かぶ大粒の汗を拭き取り、カリンが先ほど作った氷枕を額と首筋、脇の下に挟んでやる。ヨシュアも鎧を脱がせ終わった。鎧の下にはごく普通に薄い旅人の服を着ていた。

 

「結構スレンダーやねんな。顔は大人びてんのに、勿体無いな〜〜。背もあんまりあらへんし。」

 

「論評してる場合か?」

 

すかさずヘンリーが突っ込む。

 

「………モモ、あんたは幌の中に入って看病したって。状況に応じて水とか飲ませたってな。」

 

「ふにゃあ。」

 

体の大きなモモが馬車の幌の中に入れるように先にカリン以下の人間が全員幌から出て再び歩みを進めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

砂漠という場所は常に灼熱地獄ではない。中学校の理科で学習する通り、陸地というのは非常に熱しやすく冷めやすい。つまり、一旦日が沈むと、湿気がない砂漠には涼しく過ごしやすい夜が訪れるのである。

ピエールはうっすらと目を開けた。どうやらピエールは横たわっているようで、満天の星空がピエールの視界に飛び込んでくる。ピエールは確か真昼の炎天下の砂漠を、体調の悪さと格闘しながら歩いており、リュカが頭から水を被りたいと言っていた記憶はあるが、その後の記憶が曖昧であった。

 

「あ、ピエールが目を覚ましたよ!」

 

リュカの能天気な声が聞こえる。それに反応しようと体を起こそうとする。しかし、いつもより体がなぜか軽かった。その違和感の正体を探るため、ピエールは視線を自分の体に移す。すると、いつも着ているはずの鎧を着ておらず、ほとんど水浴びの時にしか見ない旅人の服の姿であった。

 

「おいこら、無理に起きようとすんな。病人は大人しく寝てろ。」

 

起きようとする自分の肩を押しとどめて、ヘンリーが再びピエールを寝かせる。そこへヨシュアとスラッシュが駆け寄って来た。

 

「全く、無理をするでないぞ。心配するではないか。まあ、一番慌てていたのはスラッシュだったがな。」

 

「ぽよーん、ぽよーん!!」

 

しきりに"大丈夫だったか"と聞いてくるスラッシュの頭に手を置いてやる。

 

「お、起きた?飯食えるか?念のために消化のええお粥作ってきたけど。」

 

「………す、すまない。」

 

「わお、なかなかなハスキーボイスの持ち主で。いや〜、それにしてもあのピエールも仮面を外したらこんな美少女やとは思わんかったな〜〜。」

 

そう言われてピエールは赤面してしまう。そしてカリンの作ったお粥を食べ切り、器をカリンに返した。

 

「何から何まで本当に済まない。貴重な水も多く使っただろうし………。」

 

「構へん構へん。ウチらは仲間やねんから、逆にもっと頼って欲しいぐらいやで。」

 

「………ありがとう。」

 

「うわ、なんかピエールが感謝するとかちょっとレアな光景ちゃう!?………みたいなアホくさいボケはさておき、なんであんたってそんなに自分の姿見せへんの?」

 

「いや、これと言った大きな理由はない。放浪して暮らすことが長かったから、例え夜と雖も気を抜けない癖が抜けていないのだろう。」

 

「んじゃ、水浴びを1人でしたがる理由は?」

 

そこへヘンリーからの質問が飛んだ。

 

「それは………」

 

「なんや、貧乳見られんのが恥ずかしいんか?」

 

カリンが茶々を入れた。

 

「違う!断じて違う!!」

 

「じゃあ何なん?」

 

「単に私の一族のしきたりとして裸を見せるのは将来を誓い合った相手とだけというしきたりがあるだけだ。全く、すぐに人の話の腰を折って笑いに変えようとするな!」

 

「ちぇっ、つまんねー」

 

「つまらなくなどない!れっきとした事実だ!」

 

「まあ冗談はさておき、そういやウチらあんたのこと全然知らんねんな。ちょっと自分語りとかしてみる?」

 

「………そうだな。あまり私のことは話した事が無かったな。

………私は端的に言えば大地の精霊と言われる一族の出だが、その精霊の役目を果たせるのは長子だけでな。顔を普段から見せれるのも長子だけだ。私は三番目だったから、物心ついた時から友達だったスラッシュとともに流浪の剣士となった。長子は大地の力を糧として行きていけるが、私たちのような者はちゃんと飯を食って行きていかねばならない。それまではなんとか商隊の護衛などで生計を立てておったのだが、例のラインハットの政情で商隊どころでは無くなったから、お主らと出会った時は食いっぱぐれておってな、手当たり次第人を襲っていたのだ。」

 

「なるほどな。そういう経緯があったんや。とにかく、体調には気いつけや。あんたに倒れられたら困るから。」

 

カリンがそう締めると皆も寝所や見張り場所へ散って行った。ピエールは、自分を気遣い、そして信頼してくれる仲間とともに旅をする喜びと幸福を噛みしめるのであった。



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第54話 意外な再会

ついに9月23日に一行は地獄の砂漠地帯を抜けることに成功した。そこから蒸し暑いジャングルの中を進み、数多くの魔物と渡り合う事5日、9月28日夕方に、サラボナへの旅の中継地点である行商人用の宿屋に辿り着いた。過酷な環境下での長旅にさすがの一行も疲れ果て、宿で出された食事の味も噛み締めないままとにかく胃に流し込み、そのまま布団に潜り込んで眠ってしまった。

 

翌29日、皆が眠りこけているのをよそに、カリンはサラボナについて詳しいであろう宿の主人にサラボナの事を聞いていた。60歳を過ぎている。嗄れた声が印象的な中肉中背の初老の男である。

 

「サラボナってどんな感じ?」

 

「どんな感じって?まあ大豪商ルドマンが築き上げた街でな。街の西の方にはルドマンのそりゃまたどデカイ豪邸があってだな。その南っ側には別荘までついてやがる。」

 

「ルドマンの家と別荘とどれくらい離れてんの?」

 

「歩いて5分かからねぇんじゃねえかなあ。」

 

「………金持ちのする事は分からんなぁ。」

 

「別荘とは言っとるが、実際は娘が結婚した時の新居にするみたいだな。」

 

「へえ〜〜〜。」

 

「おや?何だお前さん知らないのか?」

 

「知らないって何を?」

 

「ルドマンの2人の娘の妹の方が、今結婚相手を探しとる。」

 

「それでこの宿にやたら筋肉質の若い男が多いんか。その娘は筋肉フェチかなんかか?」

 

「フェチ?」

 

「要するに男の逞しい筋肉を見てうっとりするような娘のことや。」

 

「実はな、その結婚には条件があんだよ。」

 

「条件?」

 

「わしもよう知らんが、なかなか厳しいらしくてな。募集が始まってから二週間ほど経つが、一向に相手が決まらんらしい。」

 

「まあルドマンの娘と結婚するっていうことは、ルドマンの遺産総取り出来るってことやからな。候補者も多いやろうし、ホンマにルドマンの商売継がして大丈夫かとかも見なあかんやろうしな。んでや、おっちゃん。風の噂でルドマンが天空の勇者の伝説の中の、導かれし者たちの末裔で、天空の武具を受け継いでるって聞いてんけど。」

 

「あー、その話ならこの界隈じゃ結構有名な話だな。わしも直接見たわけじゃないんだが、ルドマンの邸宅には確か盾だったかな?が飾られてるそうだ。それにしても、そんなこと聞いてどうすんだい?」

 

「ま、興味本位で。ところで、娘2人おるって言うてたけど、もう片っぽは?」

 

「うーん、わしも良くは知らんのだが、幾分性格がキツイらしい。ルドマンが設けた見合いの話を悉く蹴っとるそうだ。妹の方はお淑やかで優しい娘なんだがな。あまりにもやんちゃすぎて、花嫁修行のために入れられた修道院も手を焼いたんだそうだ。」

 

「娘2人の名前は?」

 

「姉の方がデボラちゃん、結婚相手を募集しとる妹の方がフローラちゃんだ。」

 

「ん。ありがとうな、おっちゃん。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

サラボナについてのカリンの情報を共有した一行は、もう一日体を休めて10月1日に宿屋を出発した。南に3日ほどすすむと、大きな山脈にぶち当たった。ただ、山越えをする必要はなく、ルドマンが10年前に開通させた、山脈の裏側へ通じるトンネルを通れば半日でこれを越えることができる。しかし………

 

「魔物多いなあ。」

 

カリンが大きくぼやく。10月4日夕方、トンネルの手前までやって来た一行は、リュカとカリンとヘンリーを先遣隊として洞窟の中を偵察した。どうせトンネルをくぐるのは翌日になるからだ。

 

「魔物も馬鹿じゃないってことだ。ここを人間が通るのは自明の理だからな。」

 

「襲うのは簡単って訳だね。」

 

ヘンリーとリュカがそう論評する。その時の事だった。

 

「うぐっ!!!」

 

突然ヘンリーが首の後ろを抑えて苦しみだした。

 

「ヘンリー!どうした!」

 

「どうした!」

 

リュカとカリンが駆け寄る。カリンがヘンリーの手を退かせると、そこには、体長5センチほどのとサソリが取り付いていた。カリンはサソリに刺されないように尾を抑えてからヘンリーの首元から引き離し、メラで焼却した。ヘンリーの刺された傷口は既に大きく腫れ上がり、紫色に変色していた。

 

「キアリー!!」

 

カリンが毒消しの呪文を唱えるが、なぜかヘンリーの苦しんだ様子は解消されず、傷口の腫れも引かない。

 

「なっ!?どういうことや!?」

 

「ヘンリー!しっかりしろ!」

 

「うっ………」

 

カリンが涙ながらに傷口の毒を直接吸い出そうとするが、無情にもヘンリーの呼吸は浅くなっていった。リュカも諦めかけたその時だった。

 

「おい、そこの!サソリに刺されたのか?」

 

紫色のローブに身を包んだ、魔法使いの色違いの魔物がこちらに声をかけて来た。焦って魔物かどうかの確認もせずにカリンが鋭く声を飛ばす。

 

「そうや!」

 

「ならこの薬草を使うんじゃ!そいつには普通の毒消し草もキアリーも効かねーぞ!!」

 

魔物が袋に入った薬草を投げ渡した。カリンは受け取ると、それを絞ってヘンリーの傷口に塗り込んだ。すると、徐々に傷口の腫れが引き始め、ヘンリーの呼吸も安定し始めた。

 

「「ふぅー。」」

 

カリンもリュカも安堵の溜息を漏らした。

 

「どうじゃ。よう効いたじゃろう?」

 

「どこのどなたか知らんけど、ホンマにありがとう……ん?こいつの顔どっかで見たことあるぞ?」

 

「あれ?そういえば僕もどっかで?」

 

「その紫のターバンと背中の弓、どこかで………!あ!!お前たち!」

 

「ああ〜〜!レヌール城のあのジジィか!!」

 

そう、この魔物は10年前にリュカとカリンとビアンカがレヌール城で退治した親分ゴーストだった。

 

「こんなとこにいたんだ!」

 

「いや〜、お前さんたちも大きくなったな!」

 

「そういうジジィはちょっと老けたんちゃう?それに、また悪さしてたんちゃうやろな?」

 

「老けてなどおらん!口調が好々爺の方が稼ぎがいいからそうしただけのことだ!」

 

「今までどうしてたの?」

 

「まああれから各地を転々としてたんだがな。最近はこうやって魔法で改造したサソリを放ってそれに刺された奴にこの薬草を1回500ゴールドで売って何とか生計を……」

 

「お前それただの詐欺やんけ!」

 

「そうだよ!もう悪いことしないんじゃなかったの!?」

 

「くそっ!よりによってお前達にバレるとは!!」

ぐぎゅゆるるる〜〜〜〜

 

その時、親分ゴーストの腹が大きな音を立てて鳴った。

 

「………腹減ったんか?」

 

「くっ!5日くらい何も食ってないくらいでこの俺が腹など鳴らすものか!!」

 

「それより、引き連れてった魔物たちはどうしたの?」

 

「……………。」

 

「逃げられたんだ…………。」

 

「哀れやなあ。」

 

「………はあ。もう俺もおしまいだな。金も無いし。仲間も家族もいねぇし。自分を負かした相手に情けをかけられるし。」

 

「せやなあ。ここで一思いに死んどくか?あの頃より弓の腕は上がってるから一発で確実に仕留めたるで。」

 

カリンは親分ゴーストの首元に向かって矢をつがえた。

 

「ああ、こんな惨めな思いをしてまで生き延びたくはない。」

 

親分ゴーストは死を覚悟して首元をカリンが狙い易いように開ける。両人は気づいていなかったが、後ろでは何故かリュカがクツクツと笑いを堪えていた。

 

「ほーん。」

 

カリンは弓を下ろした。

 

「そうか、死にたいんか。それやったらお前の希望に沿うようで嫌やな。逆に無理にでも生きといてもらお。お前、ヒャド使えるか?」

 

「覚えている呪文はメラ、メラミ、ギラ、ベギラマ、ヒャド、ヒャダルコ、マヌーサ、ラリホーだが?」

 

「ちょうどヒャド系使える奴が足らんくて困っとったとこやねん。飯は食わしたるから付いて来い。」

 

「………ふっ、2度も助けられたこの命、どう使われようと文句は言わん。」

 

「殊勝な心がけやないか。とにかく、ここ潜んのは明日や。いっぺん出るで。リュカ、そこで笑っとらんとヘンリー担いで出るぞ。」

 

「なんだ、やっぱりバレてたのか。ちなみにヘンリーもとっくに気がついてるよ。まだふらふらな感じだけど。」

 

「………また……騒々しく………なるな………。」

 

「そりゃ良かった。ホンマに心臓止まるかぁ思ったわ。」

 

「憎まれ口の割に本心から安心してる顔してるよ。ホントにラブラブだね。流石新婚夫婦。」

 

「やかましい!」

 

「照れてるね〜。」

 

「おー、お前、結婚してたのか。」

 

「お前も冷やかさんでええから。あ、名前どうする?」

 

「好きにつけろ。」

 

「ん〜〜〜、じゃあJPな。」

 

「ジェイピー?」

 

「ジェルミー・パウエルの略や。おさるのジョージ・マッケンジーの略のジョージとの2択で迷ったけどな。」

 

「???」

 

「よろしくね、JP」

 

「JP、行くで。」

 

「……よろしくな、JP。」

 

「お、おう。」

 

(元近鉄ファンの親父に感謝やな。)

 

こうして、ジェルミー・パウエル、略してJPが、このパーティーの新たな一員として加わった。



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第55話 天空の盾との邂逅

新たにJPを加えて人間4人、元人間含めた魔物6匹、その魔物のうち1匹に乗った妖精1人の奇妙なパーティーが、ビッグアイ、ドロヌーバ、デススパーク、金髪赤服腐った死体・リビングデッド、翼を持った緑色のトカゲ・ヘビコウモリなどの魔物をなぎ倒してトンネルをぬけ、1日西へと進んで10月7日昼前ごろ、ついに目的地であるサラボナに到着した。

 

「ほー、ええ雰囲気の街やな〜〜。」

 

いつも通り、馬車の中に魔物たちを残してリュカ、カリン、ヘンリー、ヨシュアの4人がサラボナの街に入った。街の入り口は東側に位置しており、そこからは幅の広いメインストリートが続いている。メインストリートの北側には大きな宿屋が、南側は武器屋やその他の商店が建ち並んでいる。メインストリートは街の中心部に続いており、そこには巨大な噴水が水飛沫を上げている。噴水の北側にはこれまた大きな教会があり、南にはまた通りが続いていた。武器屋防具屋でいつも通りの買い叩きを済ませた一行は、早速ルドマンと面会するべく街の北東に位置するルドマンの巨大な屋敷を訪れた。

 

「ワンワンワン!!」

 

カリンが大きな玄関ドアをノックしようとしたその時、リュカ達に向かって1匹の巨大な白い犬が駆け寄って来た。犬はそのままリュカに飛びつき、尻尾をブンブンと振ってリュカの顔をベロベロと舐め回し始めた。

 

「あはははは!くすぐったいなあ。」

 

「おー、すげぇーくいつきじゃねぇか、リュカ。お前ってホントに人間以外の生き物に好かれるよな。」

 

「しかし、こいつはどこの犬なのだ?ここの屋敷のだろうか?」

 

「首輪付いてるから、野良ちゃうなぁ。犬種はセントバーナードやな。ウチもモフモフしたいわ〜。」

 

「す、すみませ〜〜ん!!」

 

すると、街の西側の方から蒼い髪の女性が駆けてきた。遠目から分かるほどの美人で、いかにも良家のお嬢様といった雰囲気が滲み出ている。その手にはリードが握られており、どうやらこの女性がこの白いセントバーナードの飼い主であるようだ。

 

「リリア〜〜ン!旅人さん困ってるでしょ!」

 

「へぇ〜〜、君、リリアンって言うんだ。おお〜、名前呼ばれてまた興奮しちゃったの?しょうがない子だなぁ。」

 

リリアンはリュカに名前を呼ばれたことが嬉しかったのか、もはや尻尾はもとより尻を盛大に振ってリュカに甘える。それを見て青い髪の女性は驚いたようだ。

 

「まあ!リリアンが私と姉さん以外に懐くなんて、初めてのことですわ!」

 

ここで、カリンが話を変える。

 

「失礼ですが、あなたは?」

 

「はっ!私ったら、お客様の前で自己紹介もしないなんて。私はフローラと言います。あなた方は?」

 

「このリリアンちゃんに懐かれてる紫ターバンの男がリュカ、槍持ってるこの人がヨシュア、ウチがカリンで、この緑頭がウチの旦那のヘンリー。あんたが結婚相手探してるっていうルドマンの娘?」

 

「はい、ルドマンは私の父ですが………あなた方も試練を受けに?」

 

「いや、ちょっとルドマンさんに聞きたいことがあってな。」

 

「そうでしたか。では私がご案内いたしますわ。どうぞ中へ。」

 

フローラはリリアンにリードをつけて犬小屋に繋ぎ、一行をルドマンの屋敷に迎え入れた。玄関ホールには侍女が2人おり、そのうちの年長の方が驚いてフローラを制止しようとする。

 

「フローラお嬢様!試練についての説明はお昼を過ぎてからでございますよ!」

 

「いえ、この方達は結婚希望者ではないようです。」

 

「そ、そうですか。旦那様なら居間にいらっしゃいましたわ。」

 

「はい。」

 

一行はそのスペースだけで家が一軒達そうな広いホールに通された。部屋の中心にある豪奢なソファーには頭頂部が禿げ上がった50歳くらいの男が紅茶を啜っていた。

 

「お父様、お父様にお会いしたいというお客様が見えられましたわ。」

 

「ん?結婚の申し込みなら昼からのつもりだが?」

 

「いえ、どうやら別件のようなのです。」

 

「そうか。まあ、取り敢えず話を聞こう。」

 

フローラは一礼してリビングを後にし、リビングにはルドマンとリュカ達の5人が残された。

 

「それで、話というのは?」

 

リュカが答える。

 

「実は僕たち、天空の勇者を探して旅をしてるんですよ。」

 

「ほう、天空の勇者を。」

 

「旅を続けるうちにあなたが天空の盾を持っているという噂を聞きつけまして、ここを訪ねたのですが。」

 

「天空の盾か。それならそこにかかっておるだろう。」

 

リュカ一行がルドマンの指し示す方向に顔を向けると、竜の装飾を施した見るからに美しい盾が壁に掛けられてた。

 

「もっとも、天空の盾かどうかは知らんがな。先祖代々から伝わる由緒あるものであるというのは確かなのだが。」

 

リュカはその盾に歩み寄りながら、馬車から持って来ていた包みを開けて天空の剣を取り出し、天空の盾にかざした。すると、二つの装備が共鳴して美しい光を放ち始めた。

 

「どうやらこれがビンゴやな。」

 

「みたいだね。」

 

「お、おいお前たち!」

 

「はい、なんでしょう?」

 

今度はヘンリーが応対する。

 

「その剣は………?」

 

「天空の剣です。」

 

「ふむ。天空の勇者を探しておるそうだな。」

 

「そうですが。」

 

「詳しく話を聞かせてくれ。」

 

ヘンリーはここに至るまでの経緯をざっと話した。

 

「よし、決めた!そこの紫ターバン、確かリュカとか言ったな。お主、フローラと結婚せんか?」

 

「は、はい?」

 

リュカが驚きのあまりに素っ頓狂な声を上げる。

 

「もし結婚するなら、その盾はお前に進呈しよう。」

 

「は、はあ。」

 

「どうだ、悪い話ではないだろう。」

 

「ちょっと待ってください。僕は流浪の身ですよ?フローラさん幸せにできないかもしれないですよ?」

 

「じ、実は今回の結婚相手を決めるのだってしたくはないんだ。だが、フローラが花嫁修行から帰ってきた途端にあちこちの王家やら貴族やら大商人やらから毎日のように縁談を持ちかけられてな。ワシはフローラには自由に生きて欲しいんだが、ついに商売に圧力がかかり始めてな。無理難題を出して煙に巻いてるというわけだ。」

 

「娘想いのいいお父さんだとは僕も思いますが、やはり僕はフローラさんを幸せにできる自信がありませんし、ここで僕なんかと結婚する方が、かえってフローラさんを不幸にすると思います。ですから………」

 

「そうだな。君の言う通りだ。済まなかったな。どちらにせよ、この盾は進呈する。これで伝説の勇者を探すといい。」

 

「いえ、今は所在がわかっただけで充分としておきます。また勇者を見つけたら取りに参上しますので、それまで預かっておいてください。」

 

「そうか、ではこのルドマン、責任を持って預からせていただこう。それに、何か困ったことがあったら何でもワシに言うといい。できる限り力を貸そう。」

 

「では我々は宿屋でしばらく英気を養っているので、何かあればお声掛けください。」

 

「うむ。」

 

2人は握手を交わしあった。この後に起こる事件のことなど想像もせず。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

リュカ一行はルドマンの邸宅を辞し、宿屋に逗留した。そこで少し遅めの昼食を摂りながらルドマン宅訪問を振り返っていた。

 

「いやあ、あのオッサンもなかなかええ奴やったな。娘想いのええ親父やし、懐も深いし。」

 

「やはり器が違うな。大商人というのは。」

 

「そういえばビアンカ見つからなかったね。」

 

「それにルラフェンでリュカが一目惚れしたって言う女もみつけてねーよな。」

 

「あー、それめちゃめちゃ気になる!ま、取り敢えず、これからのこと考えんとな。この大陸に一応用は無くなったし。」

 

「もう一回デールになんか情報集めるように頼むか。」

 

「せやなあ。」

 

「取り敢えずはここでゆっくり休もうではないか。せっかくこんないい街に来たんだ。焦ることもあるまい。」

 

「さて、ちょっと歩いてくるわ。ヘンリー、来る?」

 

「お、ちょっと待ってくれ、まだ食い終わってねーから。」

 

「はいはい。」

 

ヘンリーが食べ終わるのを待ってカリンとヘンリーは市街を散策した。リュカとヨシュアは部屋に戻ってゆっくりしている。2人が噴水の近くを歩いていると、屋敷の方からフローラが駆けてきた。

 

「ヘンリーさん、カリンさん!」

 

「あれ?フローラさんやん。またリリアン逃げたん?」

 

「いえ、そうではないんですけど、少し頼みがありまして………」

 

「頼み?」

 

「はい、実は………。」

 

こうして、リュカ一行の、サラボナでの大冒険が幕を開けることとなる。



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第56話 新たなる冒険の序曲

「頼み?」

 

カリンは尋ね返す。

 

「はい、実は……皆さんにある方を助けて来て欲しいのです。」

 

「ある方?」

 

「先程、私の結婚相手を決める試練の説明が行われたんですけど、私も全く予想してなかったんですけど、幼馴染のアンディが紛れ込んでて、試練を受けに行っちゃったんです。アンディは体も強くないし、街の外にもほとんど出たことないのに………。」

 

「一個質問。」

 

「何ですか?」

 

「あんたはアンディのことどう思ってんの?」

 

「………昔からアンディが私に想いを寄せていることはわかっていましたし、私もアンディの誠実で優しい人柄に対して徐々に好意を抱き始めていました。でも、大商人の娘として産まれた以上は、お父様の事業の為に、例え望まない相手とでも結ばれなければいけないと思っていました。しかし、先程、お父様と皆さんの話を盗み聞きしていまして、それならとお父様にアンディは試練に向かわせないように頼んで、了承までしていただいたのですが、どうも変装していてお父様も気付かなかったみたいで。」

 

「あちゃー。」

 

「その次第をお父様にお話ししたら、出発してしまったアンディを引き返させて結婚させるのでは、他の志願者に面目が立たないということで………」

 

「そりゃそうやなあ。よっしゃ、恋するフローラさんのために不肖我々が一肌脱ぎましょうか。」

 

「そうだな。で、その試練というのは?」

 

「炎のリングと水のリングをここまで持ってくるというものですが、炎のリングがこのサラボナから南にある活火山の洞窟の中に、水のリングはグレートフォール山の滝壺の洞窟にそれぞれあるんです。両方とも強力な魔物が住み着いていて、アンディ1人じゃ死んじゃうかも………。もしそんなことになったら、私………!」

 

「任せとき。とにかく、明日になったらアンディ追いかけたるわ。それまでちょっと他のメンツ休ませたって。」

 

「引き受けて頂けますか!ありがとうございます!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その夜、カリンとリュカとヘンリーとヨシュアが宿屋の二階にあるバーで一杯やっていた。その中で、カリンが1人何かにしっくり来ていない表情をしていた。それに気づいたヘンリーが声をかける。

 

「どうした?カリン。」

 

「ん?まあどうでもええっちゃあどうでもええねんけど。」

 

「何だよ。」

 

「フローラちゃんってホンマにあのルドマンの娘なんかなあ?」

 

「急に何言い出すんだよ。確かに俺にもあの恰幅の良い親父からあんな美人が生まれんのかとか思ったけどよ。」

 

「いや、あの後散歩しとったら多分フローラのお母ちゃんと思しき人見かけてん。」

 

「ああ、あの屋敷に入っていったおばさんか。」

 

「あんたも気づいてたんか。ルドマンは茶髪、お母ちゃんは金髪やったやろ?あそこからどうやったら青い髪の子が生まれんねやろ?」

 

「そういやそうだな。俺の場合は俺を産んだお袋が、髪が緑だったらしいしな。」

 

「そう、ウチも母ちゃんから貰ってるわ。ウチの前世の知識として、髪の色とかはどんなに遡っても祖父ちゃん祖母ちゃんまでのモンしか受け継がれへんねん。だから可能性が無いとは言われへんねんけど、いくらなんでもあそこまで鮮やかな青になるかなあ?」

 

 

「その通りよ。」

 

その時、バーの入り口近くから若い女性の声が飛んできた。

 

「そこのあなた、勘がいいのね。」

 

カリンたちが振り向くと、薔薇の飾りで括られ、独特な結び方をした長い黒髪をなびかせ、少しキツめの美貌を持ち、贅沢かつ奇抜なファッションをした、ケバい若い女がカリンたちが座るテーブルのすぐ近くに立っていた。

 

「失礼やけど、おたくは?」

 

「私?フローラの姉のデボラよ。あんたの言う通り、私とフローラはルドマンの実の子供じゃないの。一回そういう話をパパとママがしてる所を聞いたことがあるわ。どういう経緯で私達がこの家に来たかまでは知らないけど。」

 

「ほーん。で、その事フローラちゃんは知ってんの?」

 

「知らないと思うわ。それより、あなたたち?フローラの無茶ぶりを引き受けたっていう物好きは。」

 

「まあ、そういう事になるんかな。」

 

「そ。まあ頑張ってちょうだい。」

 

「そういやあんたは結婚とかは?」

 

「してないわよ。何回かそういう話はあったけど、私がこういう派手好きな女だって知った瞬間向こうが引くし、正直どいつもこいつも私の好みじゃないのよね。」

 

「好み?」

 

「ま、私自身よくわかってないんだけど。」

 

「あっそう。」

 

一旦話題が途切れた所でデボラがカリンたちが座るテーブルに座る面々を見渡していると、ふとリュカのところでデボラの視線の移動が止まった。

 

「あら?」

 

「どうしたん?」

 

「そこの紫ターバン、どっかで見たことあるわね。」

 

「僕?」

 

「どこだったかしら?」

 

「多分ルラフェンで一度。」

 

「ああ、あの酒屋でジジイと酒買ってた小魚ね。」

 

「小魚?」

 

「だってあんた、小魚みたいな顔してるじゃない。」

 

「はあ。」

 

「ま、頑張ってちょうだい。それじゃ。」

 

そう言うとデボラは酒屋を去っていった。その後ろ姿を見送ると、ヘンリーとカリンとヨシュアが立ち上がってリュカに詰め寄った。

 

「おいリュカ、ルラフェンで一目惚れした女っていうのはあいつか?」

 

「確かに美人ではあったがな。性格もキツそうだぞ。」

 

「あれは絶対ドSやな。あんなんと結婚したら一生尻に敷かれっ放しやで。」

 

「ドSとは何だ?カリン。」

 

「Sっていうのはサディスティックの略で、まあ簡単に言うたら人をイジることに加虐心をそそられて興奮するような性格のことや。この場合は男を尻に敷きたがる女のことかな。」

 

「カリン、お前のことじゃねーか。」

 

「ウチは"ド"はつかへんって自負してんねんけどな。ヘンリーに甘えんの結構好きやし。」

 

「ば、バカ!何言ってんだよ!」

 

「何でヘンリーが慌ててんのよ。そこ恥ずかしがるん普通ウチちゃう?」

 

「うるせー!」

 

「………。」

 

本来話題の中心であるはずのリュカを置いてけぼりにして、3人で誰がSで誰がMかの談義に耽るヘンリーとカリンヨシュアであった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌10月8日朝、リュカ一行はサラボナの教会で魔力を見て貰った。

 

「汝、リュカは味方1人の体力を全快させるベホマを、カリンは仲間の体力を一気に回復できるベホマラーを、ヘンリーはメラの上級魔法たるメラミを習得している。汝らの旅に神のご加護があらんことを。」

 

一行はサラボナの街を後にし、一路南の火山へ向かった。その道中の魔物たち〜左手に弓矢と右手に剣を装備したロボット・メタルハンター、肥満体型のだらしない鬼のような姿をして常に長い舌を出している魔物・ベロゴン、黄色のどでかい3つ目のマンモス・ダークマンモス、顔が着いた岩の姿をし、ピンチになれば自爆する魔物・ばくだんいわ、とつげきへいの上位種・ランスアーミー、ムチを持った道化師・魔物つかいなどの強力な魔物〜を倒しながら進んでいく。その道中で、キメラの翼の原料であり、火の息と氷の息の双方を使いこなし、回復呪文も使用できるキメラを1匹仲間に加えた。

 

「ねえ、カリン。名前どうする?」

 

「この前はふざけてJPとか付けてもうたしな。キメラやしメッキーとかどう?」

 

「えらく安直だね。」

 

「しょうみ考えんの面倒い。」

 

南下を続けること7日、リュカ一行は遂に南の火山に到達した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「うわー、近づくだけで暑いな。ようルドマンもこんなん考えついたわ。しかも中の魔物の気配も強いしな。」

 

「マジで指輪こん中にあんのか?」

 

「指輪自体は元々ここに祀られていた物だと聞く。昔は死火山と見なされていたそうだが、ここ10年ほどの間に急激に火山活動が活発化したそうだ。それにしても、この中に入るとなるとゾッとするな。」

 

「サラボナの人たちからは死の火山なんて呼ばれてるんだって。」

 

一行は火山を見上げてため息を吐く。

 

「暑さに弱そうなん連れて行くのは論外やな。分かれよか。」

 

こうして、毛皮を着ているモモとブラウン、熱中症の前科があるピエール、火山に近づいただけで既に蕩けかけているスラリンが留守を任されることとなった。潜入メンバーは人間4人とドラッチ、JP、メッキーである。

 

「モモ、ピエール、留守番頼むわ。」

 

"美咲、無理しーなやー。"

 

「私も本来ならついて行きたいところだが、留守番とて大切な役割。全身全霊を以って務めさせていただく。」

 

「さあて、行きますか!」

 

10月15日昼下がり、リュカ一行はアンディの救出と指輪を目的として、死の火山の探索を開始した。



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第57話 死の火山の冒険

「それにしても暑すぎん?」

 

洞窟に突入してから30分、上半身は胸に巻くサラシ1枚になっているにもかかわらず、既にカリンの額には大粒の汗が大量に浮かんでいた。その問いに、上半身素っ裸のヘンリーがため息混じりに答える。

 

「まあ死の火山って言われてるだけはあるな。いくら防御力が下がるとはいえ、鎧脱いで来て正解だぜ。」

 

「そういやヘンリーって、この大陸に初めて渡ってくる時の船でサラシ一枚になったカリンのこと見て興奮して鼻の下伸ばしてたよね。しかも他の船乗りたち追い返して一人でさ。」

 

「リュカ!何バラしてんだ!」

 

「おお、意外とヘンリー殿下は嫉妬深いのだな。」

 

「シスコンもおちょくってんじゃねーよ!」

 

「何に怒っているのだ?いいじゃないか、ラブラブで。それとそのシスコンネタはいつまで引っ張るつもりだ?」

 

「え?マジ?恥っず!」

 

「ていうかお前はそもそも無防備過ぎるんだよ!下手したら酒入ってる方がガード固いんじゃねえの?ってぐらいにな。今も後ろでJPが鼻の下伸ばしてんぞ。」

 

「いやあ、若いっていいもんだな。」

 

「お前は黙っとれ。お前だけそこの溶岩にぶち込むぞ。」

 

カリンを始め、他の3人も冷ややかな目線をJPに向ける。

 

「おっと、どうやら俺だけいつのまにか氷河の中にいるようだな。くわばらくわばら。」

 

「カリンはヘンリーの裸とか見て興奮しないの?」

 

「んー、今はせえへんな。ギャラリーが多すぎる。それにヘンリーはそっちのモードに入ったらチャラ男捨てて情熱的になるからなあ。そういう状況の方が興奮するわ。」

 

「バッ!余計なこと言うなよ!」

 

「恥ずかしがるヘンリーってやっぱ可愛くてオモロイわ〜。」

 

少し2人の世界に入り始めた2人を見て、リュカとヨシュアが少しウンザリした表情を浮かべる。

 

「あー、熱くて見てられないね。」

 

「全くだ。ただでさえクソ暑いのに。」

 

「やっぱ若いっていいよなぁ。」

 

カリンたちが歩いている、明らかに道と分かるように均された場所を除いては溶岩がグツグツと煮立っている箇所もあり、所々の壁からは高温の蒸気が噴き出していた。

 

「しゃあない。魔力ケチるために今までやってなかったけど、あれ使うか。」

 

「あれ?」

 

「トラマナ!」

 

カリンたちの周りに薄い光の結界が張られた。これで外の熱気や冷気、毒素、電磁波などを遮断できる。

 

「やっぱこれ使うだけでだいぶ違うな。それでもまあ暑いっちゃ暑いけど。」

 

「しかし油断は禁物だ。一度ここに潜ったことがあるが、魔物もかなり手強い。」

 

JPが注意を促す。JPの忠告通り、外にもいるメタルハンター、ばくだんいわ、魔物使い、キメラ、ランスアーミーの他に、メタルスライム、へびこうもり、灰色のドロヌーバ・マドルーパー、宝石を溜め込むわらいぶくろの亜種・踊る宝石、メラミをやたら連発してくる有翼の馬面悪魔・ホースデビル、頭頂部と両手に炎を纏った魔人・炎の戦士などの強力な魔物が続々と出現してくる。そんな中で主に戦力になったのはヒャド系の呪文を使えるJPと氷の息を吐くことのできるメッキーだった。

 

「やっぱりこういう場所に住んでるような魔物ってヒャドとかに弱いんだな。」

 

ヘンリーが散らばっているゴールドを回収しながら呟く。

 

「まあ当然ちゃ当然やけどな。」

 

「やっぱり奥に来るにつれて人も少なくなってきたね。」

 

洞窟に潜ってからすでに2時間近くが経過している。入り口近くではあっちでもないこっちでもないと右往左往して魔物と渡り合う冒険者や、彼らに薬草や武器防具を売り捌く行商人たちで賑わっていたが、ここまで来ると人っ子ひとりいなくなっていた。

 

「まあな。ウチでも好奇心だけで潜るには環境が過酷すぎるわ。ましてや財産目当ての貴族のボンボンか、そいつらに雇われた金目当ての傭兵が気安く来れるとこちゃうわ。」

 

「しかしまだアンディを見てないとなると……」

 

「よっぽどの実力者か、根性だけで乗り切ってるか、って感じか。」

 

「ウチらとしてはできれば前者であって欲しいな。」

 

「かなり話を変えるが、リュカとカリンよ、10年前には金髪のおさげの女の子を連れていただろう。あの娘はどうしてるのだ?」

 

JPが古い話を持ち出してきた。

 

「ああ、ビアンカなあ。あんた、あの後ラインハットでゴタゴタがあったんは知ってる?」

 

「確か王の長男が行方不明になって、そのショックで国王が死んで、長男誘拐の容疑をかけられた村が滅ぼされたというやつか?」

 

「よう知ってんな。まあ、ウチはその滅ぼされた村におって、旦那のヘンリーがその行方不明になってた皇太子やねんけどな。」

 

「ほう。そうか、皇太子と一緒にラインハットを救った流浪の旅人ってのはお前たちのことか。」

 

「まあそういうことや。んでビアンカは戦乱からの避難と病弱やったお父ちゃんの療養を兼ねてこの大陸に引っ越したってとこまではわかってんねんけど、その後がさっぱりわからんって感じやな。」

 

「なるほどな。そう言えば、サラボナの北にデカい川があっただろう。あそこを北上すれば名も無き秘湯があるっていう村があったはずだ。そこで湯治すればどんな病気もたちまち良くなるという噂を聞いたことがある。どうせ行ったことは無いんだろう?この件がひと段落したら訪ねてみたらどうだ?」

 

「なんやJP、お前めちゃめちゃ役に立つやん。」

 

「この大陸も長いからな。」

 

「なんか癪やわ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

フローラが好きだ。

 

その想いだけは誰にも負けないと自負している。

誰よりも長くフローラと接した。フローラと同い年の17歳。彼女が子供の頃からずっと一緒に遊んでいた。いわゆる幼馴染というやつだ。その頃からフローラに対して淡い恋心を抱いていた。それをよくフローラの3歳上の姉のデボラにからかわれたものだ。もちろんその想いは今も一ミリも変わっていない。

だから今回のフローラの結婚相手募集に真っ先に飛びついた。フローラやデボラにバレるのが恥ずかしくて変装し説明会に潜り込んだ。その試練の内容は炎のリングと水のリングをそれぞれ死の火山とグレートフォール山麓の洞窟から取って来ること。この試練は予想通りだ。あまりにもフローラへの求婚相手が多いから、篩にかけるために何らかの試練を設けるという情報を得てからこのための準備を進めてきた。街の周辺の魔物たちと戦って経験を積み、彼らが落とすゴールドで、サラボナで買える1番良い装備を揃えた。この修行にはよくデボラも付き合ってくれた。

 

"弱いあんたじゃ、いつ死ぬかわかったもんじゃ無いわ。私の暇つぶしのついでにぶっ倒れたあんたをおじさまのところへ運んであげるわよ。"

 

全くデボラも素直じゃない。本当は僕とフローラの結婚を応援してくれているのだ。……というのはフローラとデボラのお母様に聞いた話だ。

その修行の甲斐もあってか、死の火山に至るまでに現れる魔物には全く苦戦しなかったし、死の火山の中の魔物も、最初は強くて面食らったがやり過ごしたりうまくおびき寄せて他の魔物と戦わせたりして、ついに丸一日かけて最深部までやって来た。デボラに教えてもらったトラマナをずっと掛けていたせいで魔力は限界に近い。だが手探りで進んで来た行き道より、帰り道の方が遥かに早いはずだ。それくらいの魔力なら残っている。あとは目の前に鎮座している炎のリングを取って来た道を戻ればいい。

 

と思っていた。

僕がリングに手をかけようとすると、周りの溶岩流の中からマドルーパーに似た、しかし体表がマグマで覆われていて、しかも強烈な殺気と魔力を溢れさせている魔物が三体現れた。しかし、交戦している余裕はない。僕はリングをバッと掴むとそのまま真後ろに向いて駆け出した。しかし、背後から猛烈な熱気と炎が僕を襲った。熱さで悶え死にそうになる。

薄れゆく意識の中、誰よりも想い続けた、蒼髪の女性の顔が脳裏に浮かぶ。

 

「ごめん、フローラ。愛してるよ…………。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

死の火山に入って4時間、カリンたちも遂に最下層に到達した。

しかし、そこには予想外の光景が広がっていた。

1人の男が全身火だるまになって横たわっており、その周囲を朱色のマドルーパーに似た魔物が三体で取り囲んでいた。彼らの目線の先には、男が握るリングがあった。

それを見たカリンが矢を放って魔物たちの気を反らす。それと同時にリュカとヘンリーが男を引っ張りこみ、JPがヒャドで作った氷を溶かした水をぶっかける。

 

「大丈夫!息はあるよ!」

 

「ドラッチ!そいつの面倒みといてくれ!」

 

「キキー!!」

 

「さーて、たっぷりお相手しましょうかね。」

 

死の火山での決戦の火蓋が切って落とされた。



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第58話 死の火山の決戦

「こいつらが溶岩原人だ。高い攻撃力と口から吐く燃え盛る火炎を武器にしている。とにかく1匹ずつ叩きのめすのがベストだろう。」

 

JPが分析結果を伝える。

 

「スクルト!フバーハ!バイキルト!」

 

手早くカリンが補助呪文をかける。

 

「JPはヒャダルコ、メッキーは氷の息を連発!残りはひたすら打撃を叩き込め!1番左のヤツから行くぞ!」

 

ヘンリーが作戦概要をまくし立てながら溶岩原人に斬りかかる。

しかし、溶岩原人はそのドロドロとした体を器用に変形させて剣先を躱した。ヘンリーは続けざまに剣を横一文字に振るい、今度は溶岩原人を斬りつけたが、思ったほどの手応えはなく、ドロヌーバやマドルーパーを斬った時に感じる、粘土を切ったような感覚ではなく、流れる泥水を払ったような感覚しかなかった。

 

「ちっ、単なるマドルーパーの上位互換って訳じゃなさそうだな。」

 

殴りかかってくる溶岩原人をいなしながらヘンリーが叫ぶ。それを聞いたカリンが新たな作戦プランを伝達する。

 

「作戦変更!ウチらはJPとメッキーの盾になりながらアイツらに隙を作る。隙ができたら2人でヒャダルコと氷の息を叩き込んで!」

 

カリンは弓矢を馬車の中に放り込んで、腰に差していた護身用の刃のブーメランを抜く。

 

「そういやこいつらって直に触れて大丈夫なん?」

 

「無理だな。近づいただけですげぇ熱気だ。」

 

「ちっ!やりにくい!」

 

「まあでも奴らも一回切られたら回復にちょっと時間食うみたいだし、弓矢に持ち変える必要はねえな。」

 

「サンキュー!」

 

弓矢を取りに帰ろうとしたカリンをノールックでヘンリーが制した。

 

「さすが夫婦。お互いに考えてることが丸わかりなんだな。」

 

「あーあ、僕も早く結婚するか!」

 

ヨシュアとリュカが溶岩原人に攻撃を加えながら話す。その戦列にヘンリーとカリンも加わり、4人は縦横無尽に走り抜けながら溶岩原人にダメージを与えていく。そして、溶岩原人三体に同時に隙ができた。

 

「今や!」

 

その号令とともに、攻撃していた4人が溶岩原人から飛び退く。そこへ、JPのヒャダルコとメッキーの氷の息が炸裂した。効果は覿面で、溶岩原人たちは大きくよろけた。それを見てJPとメッキーがもう一度ヒャダルコと氷の息を放つ。しかし、これには溶岩原人たちが反応し、燃え盛る火炎を吐き出して相殺した。

 

「立ち直るのも早いね。まあでもあと3発くらい叩き込めば行けそうだけど。」

 

リュカが論評を加える。

 

「ま、そんなもんやな。」

 

その時だった。三体の溶岩原人が一斉に大きく息を吸い込んだ。

 

「三体で同時に燃え盛る火炎を吐く算段だな。1匹でも火達磨になるってのに、こいつはやべぇぞ。」

 

「メッキーの氷の息とJPのヒャダルコも1匹で相殺したからな。しかもその射線上には馬車と。どうする?」

 

そう言いつつ、カリンが溶岩原人の1匹にヒャドを放つ。しかしほとんど効果は無く、溶岩原人たちは三体同時に燃え盛る火炎を吐いた。

 

「っしゃあ!来いや!!」

 

リュカたち4人は炎や氷の息を防ぎやすい鉄の盾二枚を前にして、馬車の10メートルほど前方で一列に並んだ。そして、燃え盛る火炎をもろに食らう。

 

「「「「うわああああああ!!」」」」

 

4人はその炎のあまりもの勢いに弾き飛ばされた。そして、馬車のすぐ近くの地面に叩きつけられる。メッキーがすかさずホイミをかけてくれた。

 

「おー、効くな〜〜。」

 

最初に頭をさすりながら1番最後尾にいたヨシュアが立ち上がった。

 

「さーて、次はどう防ごかな?」

 

そこへ溶岩原人たちが近づいてくる。前方にいたリュカヘンリーはまだ頭を抑えて座り込んでいる。まだ戦える状態ではないようだ。カリンは咄嗟に時間稼ぎのために刃のブーメランを投げた。ブーメランは溶岩原人の体の中心を横一文字に切り裂いていった。しかし、3匹目にブーメランが当たった時、妙な事が起こった。

鋭く回転しながら進んでいたブーメランが、3匹目を通過する途中で何かにぶつかったかのように回転が止まり、ブーメランがその場に落ちた。

 

「なにが起こったんだ!?」

 

カリンが刃のブーメランを投げたスキに立ち直ったヘンリーが驚きの声を上げた。しかも、他の2匹の溶岩原人がすぐさまブーメランの通り過ぎた傷(というより、マグマの流れの途切れ)を修復したのに対し、最後の1匹は酷くもがき苦しんでいるように見えた。

 

「なるほどな。奴らの体の中心にはコアっちゅうか、核みたいなんがあって、そこに溶岩を纏わせてるんや。」

 

「そうか、その核にたまたまカリンが投げたブーメランが当たったんだ。そこに傷がついたから、うまく体を形成できなくなったんだ。」

 

同じく立ち直ったリュカが大きく頷く。

 

「よっしゃ、とりあえずあのもがいとる1番左からいくで!」

 

その号令と共にリュカたちが一斉に溶岩原人に斬りかかる。残りの2匹の溶岩原人がその後背を襲おうとしたが、JPのヒャダルコとメッキーの氷の息が彼らを足止めした。

当の溶岩原人も、最初はコアの位置をずらすなどして粘っていたが、抵抗虚しくヨシュアの槍先が傷ついたコアを捉え、最後は灰になって消滅した。

 

「よっしゃ!残り2匹や!」

 

 

それから2時間して戦闘は終結した。1匹をJPとメッキーのコンビで足止めしている間に、さすがにピンピンしている溶岩原人の反撃や超高速のコア移動に苦戦したものの、人間4人がかりでコアを叩き潰した。最後の1匹に至っては4人と2匹がかりでフルボッコにされ、最後はヘンリーにコアを破壊されて灰となって消滅した。

 

「ふーっ、これはこれで疲れたな。」

 

カリンが散らばったゴールドを回収しながら呟く。

 

「全くだ。それより、さっきの火達磨野郎はどうした?」

 

ヘンリーが他のメンバーが忘れかけていたことを言い放った。彼が担ぎ込まれた馬車の中では、ドラッチによる完璧な応急手当が完了していた。上半身は包帯でグルグル巻きされ、ところどころに火傷によく効く薬草が挟み込まれている。その時、人の気配を感じたのか、男が目を覚ました。

 

「お、気ぃついたか。」

 

「ここは…………?」

 

「馬車の幌の中や。今あんたを襲った魔物ぶっ倒して一息ついてるとこ。」

 

「リングは…………?」

 

「あんたの荷物にあった指輪入れに挿してある。あんたがアンディやな?」

 

「そうですが………」

 

「ウチらはあんたのヘルプをフローラに頼まれたもんや。」

 

「フローラに…………?」

 

「さて、指輪を回収した時点でここに用は無くなったな。さっさと帰ろか。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

洞窟を3時間かけて脱出し、ルーラでサラボナに帰着したのは10月16日朝のことだった。とにかく全身火傷のアンディをルドマン邸に担ぎ込む。

 

「アンディ!」

 

知らせを聞いたフローラが慌てて玄関ホールにやって来た。その後ろから悠々とデボラも降りてきている。

 

「アンディ!しっかりして!」

 

「フローラ、済まない。こんな無様な姿を見せてしまって……。」

 

「もう!バカ!あなたに何かあったら、私………!」

 

フローラはアンディの手を握りしめてアンディを乗せた担架に突っ伏して泣き喚いている。

 

「まあ怪我っちゅうても全身の火傷がメインやから、全治1ヶ月ってとこかな。」

 

カリンが取り敢えずデボラにアンディの容態を説明する。

「へぇ〜〜。あんたたち、なかなかやるわね。」

 

「まあ伊達に旅続けてるわけちゃうしな。それと、アンディがむしり取ってきたこのリングはどないしたらええんや?」

 

「それはワシが預かっておこう。」

 

騒ぎを聞きつけたルドマンが居間から出てきた。

 

「本当によくやってくれた。フローラの頼みを無償で引き受けてくれた君たちには非常に感謝している。さて、これから水のリングも取ってきて頂こうと思うのだが、どうかな?」

 

「引き受けさせていただきます。」

 

リュカが大きく頷いて承諾の旨を伝える。

 

「そうか、引き受けてくれるか。とにかく今日は一日ゆっくり休んで英気を養っておきなさい。そして明日の朝にもう一度ここを訪ねてきたまえ。水のリングのありかについて詳細に説明する。」

 

「わかりました。」

 

こうして、アンディは自宅に引き渡され、リュカたちはサラボナの宿屋に宿泊し、疲れを癒した。サラボナでの冒険の前半が終了した。



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第59話 秘湯を前にして

10月17日、死の火山での冒険の疲れをある程度癒したリュカたちは、ルドマンからの呼び出しに応じてルドマンの屋敷に来ていた。

 

「よく来てくれた。改めて死の火山で我が娘、フローラの愛するアンディを救ってくれたことに礼を言おう。」

 

「で、フローラは愛するアンディの看病に向かった、というわけだな。」

 

「うむ、そうだ。」

 

先ほど大量の薬草を抱えてルドマンの屋敷を出ていったフローラの行動をヘンリーが言い当てた。

 

「それでだ。次の水のリングなのだが、グレートフォール山の南側の川に面した麓の洞窟の最深部にある。というより、滝の裏だな。本来ならグレートフォール山の麓をぐるっと回って行くのだが、今回は先日の礼を兼ねて特別に船を貸してやろうと思う。」

 

「はあ。船ですか。」

 

ヘンリーが相槌を打つ。

 

「そうだ。実は船を使ってグレートフォール山に行く途中に秘湯がある山奥の村あってな。そこにいる高名なブーケ職人にブーケ作りを依頼せねばならんのだ。別に直前でも構わんのだが、まあついでと言うやつでな。」

 

「なるほど。」

 

ルドマンが懐から一通の書状を取り出した。

 

「これが依頼書だ。それと、山奥の村の近くには水門があって、それを開けなければグレートフォール山には辿り着けん。村に水門を管理している家があったはずだから、どうせ寄らねばどうにもならんのだ。」

 

「わかりました。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「これでついでにビアンカ探しもできるね。」

 

「せやなあ。さぞかし美人になってるやろうなあ。」

 

リュカとカリンが上機嫌で真っ先に船に乗り込んだ。他の面々も次々と船に乗り込み、出航したのは昼過ぎである。青色のフグのお化け・プクプク、合わせの部分に鋭い歯を持つ凶悪な二枚貝・たまてがい、灰色のタコの頭を悪魔にすり替えた怪物・オクトリーチ、下半身が人魚で上半身が厳つい半魚人のようなすがたをした青色の怪物、マーマン、山賊ウルフをオレンジ色にした怪物・シードックといった魔物をなぎ倒して北に進むこと5日、10月22日の早朝に一行は水門に到着した。

 

「これが例の水門か。」

 

木でできた水門が一行の行く手を阻むように立っていた。

「さーて、降りるぞ〜。」

 

船の護衛には、ビアンカと会うかもしれないことを考慮して、ビアンカと面識のあるメンツで山奥の村に向かうため、スラリンとドラッチとブラウンとメッキーを残してリュカ一行は山奥の村へと進んだ。

 

 

一行が村に着いたのは翌日の昼下がりである。非常に長閑なこの村は秘湯の村として西の大陸の中では有名であり、休耕期である冬になれば、カボチの農家が1年の疲れを癒しにわざわざ湯治に訪れることも多いようだ。村の入り口は南側にあり、その入り口から村を縦断する道が伸びており、道沿いには土産物屋や一般の民家が立ち並び、その裏に自給自足用の畑が広がっている。件の秘湯は村の1番奥の大きな宿屋が管理しており、その西側からは絶えず湯気が立ち上っていた。

 

「この村に有名なブーケ職人がいてるって聞いたんやけど、どこか知ってる?」

 

カリンが村の入り口に立っていた警備兵に声をかける。

 

「ブーケ職人?ああ、その職人ならそこの路地裏から抜けたとこにある洞穴にいるよ。ブーケの依頼かい?」

 

「まあ他人のやねんけどな。」

 

「そうかい。どちらにしろめでたいねえ。」

 

「あと、今から船でグレートフォール山に行きたくて、あそこの水門開けてほしいねんけど、水門管理してるとこってどこ?」

 

「それならこの通りの突き当たりにあるでかい宿屋で聞けばいいよ。そうか、あんたら、フローラお嬢ちゃんとの結婚を狙ってるのかい?」

 

「いや、まあ代理やな。」

 

「まあグレートフォール山に行く前にここでゆっくり温泉に浸かって行きな。疲労回復にはもってこいだからね。」

 

「色々ありがとうな。」

 

 

道沿いの酒場のランチメニューで昼食を済ませ、警備兵に教えてもらったブーケ職人に依頼書を届けたリュカたちはしばらく道沿いを散策していた。

ある土産物屋の手芸細工を見ていた時だった。ふとカリンが顔を上げて宿屋の方を見ると、村の東側へ抜ける路地裏に入っていく金髪の美しい女性が見えた。同じくそれに気づいたリュカがモモを引っ張ってその女性の後を追った。

路地裏を抜けるとそこは墓地だった。女性は緑色の裾の短いワンピースに黄色のマントのような服を羽織っていた。ボリュームのある金髪は一本のおさげにして左肩から垂らしている。そして、女性は持ってきていた花を墓に手向けた。

そして、女性が帰ろうとしてリュカたちのいる路地の方を向いた。女性は大きく目を見開いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

この村に移ってきたのはもう10年ほど前になる。

2人の親友と大冒険に出てからしばらくした頃、そのうちの1人とその父親が行方不明になったという知らせが飛び込んできた。私と父と母は大きなショックを受けた。その衝撃から立ち直れないうちに、今度は2人の親友が住んでいた村が軍隊に滅ぼされた。幸い行方不明にならなかった方の親友は無事だったが、私たちが住んでいた国では苛政が始まり、それらの出来事に心を痛めた父が体調を崩してしまった。そこで、父の病気の治療を兼ねて、父の実家である西の大陸のこの村に移り住んできたのである。

引っ越しに際して親友が必ず手紙を送ってくれると言っていたが、ビスタの港が封鎖されてしまったことで手紙が届かなくなり、安否は分からなくなってしまった。

 

母と私は熱心に父を看病した。そして父の実家である宿屋を2人で切り盛りし、水門の管理も行った。しかし、父の病気は小康状態と悪化を繰り返し、徐々に父の体力を奪っていった。そして3年前、父は息を引き取った。

父を失った悲しみは大きかったが、それでも母と2人で何とか立ち直り、宿屋の経営に心血を注いだ。

 

そんな私たちの元に、ラインハット解放の知らせが届いた。ビスタの港も再び開かれ、手紙を送ることができるようになった。

しかし、送れなかった。行方不明になった親友の安否を尋ねるのが怖かったのだ。もし、死んでいたら………。そう思うとどうしようもなく胸が締め付けられた。要するに逃げたのだ。母もそんな私の心情を察したのか、何も言わなかった。

ラインハット解放の知らせから半年が経った。宿泊客の退出を済ませて客室を掃除する。それが終わると、日課の父の墓参りに出かけた。母はこの時間は仕入れに出かけている。いつものように花を手向け、目を閉じて祈りを捧げる。そして、宿屋に戻ろうと振り返った時だった。

旅装束をした一団が路地を出たところに立っていた。1人は紫色のターバンを頭に巻いた青年、もう1人は薄く淹れた紅茶色の髪をした、長身の美しい女性だった。その隣には、あろうかとかキラーパンサーが座っていたが、敵意はないようだ。

しかし、彼らには見覚えがあった。離れ離れになった親友たちが成長したような姿をしていた。そして、3人で冒険した時に助け出した妙な猫も、そういえばキラーパンサーの子供であるベビーパンサーだと言われれば納得できる。

今目の前にいるのは、リュカとカリンとモモかも知れない…………。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その場に沈黙の時が流れた。そこへ、リュカとカリンとモモが消えたことに気づいたヘンリーが追ってきた。

 

「おいリュカ、カリン、急にどうしたんだ?」

 

その声に反応して金髪の美女が驚いたように声を上げる。

 

「リュカとカリンなの………?」

 

「ちゅうことは、ビアンカってことでええんやな。」

 

「久しぶりだね、ビアンカ。」

 

「じゃあ、そのキラーパンサーはモモ?」

 

「そうだよ。」

 

それを聞いた瞬間、美女=ビアンカの目から涙がぶわっとこぼれ出た。そしてカリンとリュカの胸に飛び込む。それをリュカが満面の笑みで、カリンが涙を流しながらの笑みで迎える。3人はビアンカが飛び込んできた衝撃で地面に倒れこんだ。そして、そこに涙を流しているモモが近寄ってビアンカに頬ずりをする。

そのまま3人と1匹はしばらくの間この再会に酔いしれた。

10月23日、西に傾き始めた太陽の光の下で、10年前にレヌール城舞台に大冒険を繰り広げた3人と、そこに大きく関与したキラーパンサーが、感動的な再会を果たした。



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第60話 再会と昔話と恋バナと

ビアンカと感動的な再会を果たしたリュカ一行は、そのビアンカの案内でビアンカとビアンカの母、ダイアナが営む宿屋に向かった。

 

「あら、ビアンカ、今日はちょっと遅かったね。何かあったのかい?」

 

宿屋に入ると、ダイアナは入り口に背を向けてカウンターに座って宿屋の帳簿をつけていた。そちらに集中しており、まだリュカたちには気付いていない。

 

「ママ。ちょっと開業するには早いけど、とびきりのお客様をお連れしたわ。」

 

ダイアナはこちらを振り向きながら掛けていた老眼鏡を外す。少し癖のある長い茶髪を後ろで束ねている。疲れたような表情や少し落ちた頰肉が時の流れを感じさせたが、あの気丈な肝っ玉母ちゃんであったダイアナであることは一目瞭然だった。ダイアナもこちらに気づく。そして、その目をまん丸に開けた。

 

「あんたたち、もしかして…………。」

 

「久しぶりやね、ダイアナさん。」

 

「その話し方……、本当にカリンなのかい?」

 

「うん、まあ。」

 

「じゃあその後ろにいる紫ターバンは………。」

 

「うん、僕だよ。リュカだよ。」

 

「あ、あんたたち………。」

 

ダイアナの目から大粒の涙が溢れてくる。

 

「よく………よく生きてたねえ…………。」

 

そして、ダイアナはリュカとカリンに近寄り、2人をきつく抱きしめた。その時、ビアンカがカリンの左手薬指の指輪に気がついた。

 

「あら?カリン、その指輪は?」

 

「あ、これ?まあ、その、あれや。要するに、その、ウチ…………結婚したんや。」

 

「「……嘘………」」

 

「まあ、その、そこの緑頭がウチの旦那やねん。」

 

「式は挙げたの?」

 

まだ信じられないという顔をしながらビアンカが尋ねる。

 

「挙げたで。」

 

「なんせ相手はラインハットの王子様だからね〜、そりゃもう盛大に。」

 

カリンの返答に被せてリュカが新郎の個人情報を暴露する。

 

「そうかい、あんたが行方不明になったっていうヘンリー王子かい。」

 

「はい。」

 

「何があったかは後でじっくり聞くよ。とりあえずは、カリンを幸せにしてやるんだよ。もしカリンを不幸にしたら、あんたが王族だろうと私は容赦しないからね。」

 

「肝に銘じておきます。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「そうかい、2人とも苦労したんだねえ。」

 

カリンとリュカがこの10年間に起こった出来事を話す。特にパパスの最期やリュカの地獄の奴隷生活の話の時は、ビアンカもダイアナも流れる涙を止められなかった。

 

「そうかい、あのパパスがねえ。何回殺しても死なないような偉丈夫だったのにねえ。」

 

そして、話はセントベレス山の脱出からラインハット奪還作戦へと移っていく。カリンもリュカとモモとマルティンを失ってからの灰色の日々についても話した。ビアンカとダイアナが特に食いついたのはもちろんカリンとヘンリーの馴れ初めについてである。

 

「なるほど、ヘンリー殿下の一目惚れだったのね。」

 

「その殿下っていうのはやめてほしい。私は王族になど値しない。ビアンカさんはカリンの親友なのだから、私のこともそう思ってほしい。」

 

「じゃあ遠慮しないわよ。で、カリンはヘンリーの告白を受け入れたのよね。どの辺に惹かれたの?」

 

「そうやなあ。自然体で過ごせるとこと、ウチのことを女の子やと思ってくれるし、優しいし、男気あるし……。」

 

「うわ〜、あのカリンが女の子の顔してる。」

 

「なんやビアンカ、ウチのこと何やと思うてんねん。」

 

「なんか独身貴族貫くと思ってたなあ。」

 

「う、ウチだって恋くらいするし!そういうあんたはどうやねん?あんたは?」

 

「全然よ!そもそも若い男の人少ないし、全員タイプじゃないし。」

 

「じゃあタイプは?」

 

「秘密!」

 

「なんやそれ。」

 

そして西の大陸での大冒険である。ポートセルミで明かされたカリンの秘密、カボチでのモモとの感動の再会劇、ルーラを復活させるために見た地上の星、そして、プロポーズのないまま挙行されたラインハット王族のW結婚式。

 

「そうか、それであんたは妙に大人びてたんだね。」

 

「まあそういうことです。」

 

「そうか、レヌール城に冒険に行った時にモモが熱烈な視線をカリンに送ってたのは元々知り合いだったからなのね。」

 

「そゆこと〜。」

 

「で、どうだったの?結婚式は。」

 

「豪華すぎてビビった。ラインハット城の中庭フルで使っとったからな。」

 

「んで、デール国王陛下と結ばれたのがこのヨシュアさんの妹さんのマリアちゃんなんだけど、妹を取られてシスコンのお兄様は悲しみに暮れて………。」

 

「おいリュカ、うるさいぞ。」

 

「うわあ。本当に居たんだ、シスコンって……。」

 

「ビアンカさんも便乗するでない!」

 

最後に、現在のミッションについて話した。

 

「なるほど、天空の装備を探しに行ったら恋のお手伝いに巻き込まれちゃったのね。」

 

「まあ、そういうことや。んで、リュカがデボラに一目惚れしたんやんな?」

 

「え?」

 

ビアンカが少し動揺する。その様子を見てカリンとヘンリーとヨシュアとモモとダイアナは察した。ビアンカのタイプの男性がどのようなタイプであるか。いや、具体的に誰であるか。

 

「別にしてないよ〜。」

 

「ふーん。ま、そういうことにしといたるわ。」

 

カリンは追及の手を緩めた。

 

そして、ビアンカも最愛の父、ダンカンを失ったことを話す。

 

「ダンカンさんがなあ〜。」

 

「本当にね。」

 

「ところでビアンカ。」

 

「何?お母さん。」

 

「リュカたちの旅について行きな。」

 

「えっ?」

 

「あんたには色々我慢させちまったからね。これからは私のためじゃなくて、自分のために生きなさい。私は大丈夫だよ。何せここは稼ぎが良いからね。新たに人を雇えば済む話だ。」

 

「でも………」

 

「カリン、リュカ、それで良いかい?」

 

「こちらとしては大歓迎や。何迷うてるか知らんけど、せっかくお母ちゃんがこう言うてくれてるんやから。」

 

「そうだよ。ビアンカと一緒の方が絶対に楽しいよ。」

 

「ほら、リュカたちもああやって言ってくれてるんだから。それに、私は早く孫の顔が見たくてね。」

 

「…………うん、わかった。リュカたちについて行くわ。」

 

「レヌール城の時以来やな。」

 

「さっきから気になってたんだけど、後ろのフードかぶった人は?」

 

「ああ、こいつはジェルミー・パウエル。略してJPや。またの名をレヌール城の親分ゴーストっちゅうんやけどな。」

 

「ああ〜。私たちがやっつけた魔物ね。」

 

「仲間に見捨てられたり、あろうかとかこのウチを詐欺ろうとしてバレたりな、とことん不憫やったからこき使ったってんねん。」

 

「なるほどね。」

 

「さて、話はまとまったようだね。今日は一日ここでゆっくりしていきな。積もる話もあるだろうしね。」

 

最後にダイアナが場を締める。こうして、ビアンカを新たに旅の仲間に加えたリュカ一行は、ひとまず山奥の村の温泉で疲れを取ることとした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

日が沈んでしばらく、夕食を済ませたカリンとビアンカは温泉にそのスタイル抜群の全身をたっぷりと浸していた。

 

「あんた、リュカのこと好きやろ。」

 

カリンが唐突に爆弾を投げ込んだ。

 

「なっ………!」

 

ビアンカの顔が一瞬で茹で上がる。

 

「隠さんでもええやん。リュカを好きって思うんはあんたの自由やねんから。それに、ウチに隠し事なんか通用せえへんしな。」

 

「それもそうね。」

 

「ちなみにいつから?」

 

「やっぱりレヌール城の時かな。何事にも臆さないところがカッコよかった。だからリュカが行方不明になったって聞いて本当にショックだったわ。」

 

「んで、今日イケメンにさらに磨きをかけて来たリュカを見て株価急上昇って感じか。」

 

「本当に何でもお見通しなのね。」

 

「それでさあ、もし仮にリュカがあんたを選ばんかったらどうするつもりなん?」

 

「そりゃあ諦めるしかないわよ。」

 

「そっか。」

 

「それにしてもカリンが転生者だったことにも驚いたわ。まあ、納得の方が大きかったけどね。よくよく考えたらあんなに大人の余裕醸し出す7歳児なんて考えられないわ。」

 

「実はお母ちゃんには早々にバレとったし、パパスさんにはウチからバラしとったんやけどな。これで秘密墓まで持って行ったろかって思ったけど、リュカにあっさりバレたわ。」

 

「ふふ。さすがリュカね。」

 

「じゃあ、そろそろ上がろか。」

 

「そうね。」

 

「腕は鈍ってないか?」

 

「水門の掃除に行く時に出くわすこっちの強い魔物に随分と鍛えられてね。鈍るどころか成長してるわよ。」

 

「それは期待させて頂こう。」

 

2人はグータッチを交わして浴槽を出た。満天の星空が2人の美しい裸体を照らし出していた。



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第61話 滝の洞窟

明けて10月23日、ビアンカによって開けられた水門からリュカたちを乗せた船は西の大陸の中央を流れる、グレートフォール山の滝につながる川を流れに逆らって北上し、一路グレートフォール山を目指した。途中の戦闘においてビアンカは、先日温泉で豪語していた通りに強くなっており、さらに魔物たちとの息もピッタリで大活躍し、スムーズに船は進み続けた。そして10月29日、一行はグレートフォール山の麓に船をつけた。

 

「これは壮観だな〜。」

 

ヘンリーが目の前の、通称グレートフォールの大滝を見上げて呟く。

グレートフォール山の南側に流れ落ちる(というより叩きつけると言った方が正しいか)大滝は、幅30メートル、落差500メートルに及び、滝壺の深さは数十メートルに及ぶという。その巨大な滝には常に細かな水滴が作った虹がかかっており、心なしか清涼感のある空間であった。

一行は滝の水が水面に叩きつけられて跳ね上がる水滴でずぶ濡れになりながら滝の裏側へ回った。すると、そこには大きな洞窟が口を開けて一行を待ち構えていた。一行はそこへ入る前に濡れた服を乾かし、暖をとりながら作戦会議を行った。

 

「魔物の気配はあんまり強くないんやけど、ここエグ広いよな。めっちゃ時間かかりそうやから手分けして探した方がええと思うんやけど。」

 

カリンが洞窟に入った途端に広がった巨大な空間を見上げながら意見具申する。

 

「そうだな。水の洞窟ってこともあって足場が悪い所がいくつかあるし、馬車を持って行くには不便だ。」

 

ヨシュアが補足意見を述べる。

 

「じゃあ馬車に残る組は死の火山で頑張ってくれたメッキーとドラッチとJPで。ウチと一緒にこの右っ側から探しに行くのがリュカとモモとビアンカ。んでヘンリーとヨシュアさんとスラリンとブラウンとピエールで左っ側頼むわ。」

 

「オッケー。レヌール城に関わったメンバーとそれ以外っていう分け方だね。」

 

リュカが納得して頷く。

 

「そうね。なんか懐かしくてワクワクするわ!」

 

ビアンカが内心でリュカといれることにガッツポーズをしながら返答する。そのビアンカの内心を正確に読み取ったカリンとモモがお互いを見合って肩をすくませた。

 

「でもいいの?新婚の夫婦が一緒じゃなくて。」

 

リュカがカリンとヘンリーに向かって問いかける。

 

「まあたまにはこういうのもいいだろ。それに、俺の知らない話で俺を置いてけぼりにして盛り上がられるのも気まずいしな。」

 

「それに、地味に大人になってからヘンリーと離れ離れなんが初めてやねんな。お互いがおらん状況っていうのも経験しとかんと、何かあったときに困る。ウチついついヘンリーのこと当てにしがちやからな。」

 

"さらっとのろけとんちゃうぞ。"

 

モモがジト目でカリンと魔物使いのリュカにしか聞こえない声(テレパシーと言うべきか)で突っ込む。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

服が乾き、その間に仮眠をとって疲れを癒した一行は、あらかじめ決めたグループに分かれて、この広大な洞窟の中に眠る水のリングの探索を開始した。もちろん魔物も待ち構えており、川を遡る時に戦った魔物たちや、ランスアーミー、まものつかい、踊る宝石、マドルーパー、ベロゴン、ホイミスライムの色違いでホイミの代わりにベホマを用いるベホマスライム、プクプクの色違いの上位互換種・プチイール、ブヨブヨと太った肉体に溜め込まれた毒や焼けつく息を腹に直結している管から吐き出す水色の魔物・ガスダンゴ、二足歩行の槍を持ったイノシシ・オークなどの魔物が襲いかかってきたが、それらを撃退しながら探索を進めていく。

ヘンリー、ヨシュア、スラリン、ブラウン、ピエールのグループは順調に探索を進めて、ヘンリーたちがとったルートにおける、洞窟の最深部に到達した。

 

「ちっ、ここで行き止まりか。」

 

「どうやらハズレだったようですな。」

 

「結局手に入れたのは魔物ぶっ倒してかき集めたゴールドと宝箱で見つけたエルフの飲み薬と1200ゴールドだけか。」

 

ヘンリーとピエールは思った以上の歯ごたえのなさと戦利品の少なさに少しガッカリしているようだ。

 

「まあそう落ち込むこともあるまい。とにかく、引き返すこととしよう。長居は無用だ。」

 

「そうだな。」

 

ヨシュアに促されてヘンリーたちは来た道を逆戻りし始めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

一方のリュカたちも洞窟の最深部に到着していた。そのフロアの中心には井戸があった。

 

「いかにもあん中にありまーすって感じやな。」

 

「そうだね。あそこから飛びっきり濃い魔物の気配を感じるってことを除けばね。」

 

「こっちが近づくのを待ってるって感じよね。」

 

"私がちょっかい出してこようか?"

 

「いや、ウチがやるわ。」

 

カリンが弓を持って井戸から距離を取る。そして、慎重に狙いを定めて斜め上に矢を放つ。矢は美しい放物線を描いて井戸の中に吸い込まれていった。待つこと数秒、激しい地鳴りとともに井戸の中からどうやって井戸に入っていたのか疑問になる程の大きさを誇る、体表の青い怪物が現れた。その頭頂部にはカリンが放った矢が刺さっている。

 

「井戸の直径は1メートル半ってところやったけど、こいつ明らかに5メートルくらいあるよな。どうやって入ってたんやろ。」

 

「さあね。とにかく、こいつを倒さないことにはどうにもならなさそうだね。」

 

リュカが論評を加えたその時、怪物が攻撃を開始した。巨木の幹程ある太い腕を振り回してパンチを喰らわせようとしてくる。リュカはそれを華麗に躱して返す刀でパパスの剣による斬撃を伸びて来た腕に向かって放つが、まるでサッカーボールを棒で叩いたような感触と共に弾かれてしまう。

 

「こいつ、なかなか硬いよ。それにブヨブヨ感をプラスした感じ。」

 

「メラミ!!」

 

ビアンカがハンドボール大の火球を3つ発生させてメラミを放つ。直撃を受けた怪物は少しの間その熱で苦しんだが、すぐさま態勢を立て直してその辺に落ちている石をまとめて掴んでリュカたちに向かって投げつけた。ビアンカのメラミで一時的に怯んだ怪物に追い打ちをかけようと、怪物に向かって飛びかかっていたカリンとリュカが後退を余儀なくされる。しかし、あらかじめ距離を取っていたモモが身軽な動作で石を躱し、怪物の右側背に回り込んで奇襲をかけた。モモは怪物の喉笛に噛み付こうとしたが、それに気づいた怪物に右腕で払われてしまう。態勢を立て直したモモも一旦後退した。

 

「これはちょっと骨が折れるなあ。一旦退いてヘンリーたちと合流するか?」

 

「結局私のメラミもちょっと怯ませた程度だったしね。」

 

「まあそう簡単にも行かせてくれそうにもないね。」

 

リュカが指差す方を振り返ると、リュカたちがいるフロアの入り口を塞ぐように100匹以上の魔物たちが集結しつつあった。

 

"なるほど、この怪物がここの洞窟の主だったってことね。でもこのまま戦っても魔力切れたらジリ貧だしね〜。"

 

「まさに前門の虎、後門の狼っていう感じね。」

 

「まあこういう事態を考えてなかったわけちゃうからな。ちょっとこの強さは想定外やけど。」

 

カリンはそう言うと黒いソフトボール大の球体に紐がついたものをいつも提げているポーチから取り出した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「そうか、まだ戻ってないのか。」

 

洞窟内探索開始から6時間が経ち、ヘンリーたちが洞窟の入り口に置いてある馬車に帰還した。そこでJPからカリンたちがまだ戻っていないこととそれまで漂っていた魔物の気配が奥に向かって移動しつつあるとの報告を受けた。

 

「そういえば先程から魔物をほとんど見かけていないな。楽に帰ってこれて良かったという程度にしか考えていなかったが。」

 

「どうにも気になりますな。あっちで何かあったのだろうか。」

 

ヨシュアとピエールが懸念を表明する。ヘンリーは即座に決断した。

 

「奥で何かあったのかもしれない。俺とヨシュアさんとピエールで後を追う。何かあったら伝令にはスラリンを使ってくれ。それから………」

 

その時だった。リュカたちが進んだ方の洞窟の奥から微かな爆発音と振動が伝わったのは。

 

「!?今のは!」

 

ヨシュアが声を上げる。

 

「ああ。間違いない。カリンが作った爆弾の爆発音だ。」

 

「では迷っている余裕はありませんな。」

 

「よし、ヨシュアさん、ピエール、行くぞ!」

 

「「よし!!」」

 

ヘンリーとヨシュアとピエールはそれぞれ武器を抜いて洞窟の奥へ向かって駆け出して行った。滝の洞窟での戦いの第二幕が上がろうとしていた。



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第62話 滝の洞窟の血戦

「へへ〜。ちょーっとキツすぎたかな?」

 

そう言いながらカリンはススっぽくなった顔を手拭いで拭いた。カリンがフロアの入り口を包囲しようとしていた魔物たちに向かって投げつけた爆弾は凄まじい轟音と共におよそ30匹の魔物を吹き飛ばした。周りの魔物たちはその威力に恐れおののき、物陰に隠れて近づいて来ない。しかし、少し火薬の量が多すぎたのか、爆風が思いっきりフロアの中に流れ込み、リュカたちの顔をススで薄黒くしていた。

 

「さーて、後門の狼は黙らせた訳やし、さっさと前門の虎料理しよか。」

 

「なんかこうやって強敵と戦ってると、レヌール城で親分ゴーストと戦った時のことを思い出すわね。」

 

「そうだね。ビアンカと2人で親分ゴーストが仕掛けた落とし穴におっこちたんだっけ。」

 

「せやな〜。あの時に味方の飛び蹴りのせいで死にかけたな〜。」

 

「「あれは気づかなかったカリンが悪い。」」

 

リュカとビアンカが息を揃えてツッコミという名の言い訳をぶちこむ。

 

「は?あの状況でどうやって避けろっちゅうねん。」

 

そう反論すると同時にカリンはノールックで矢をこちらの様子を伺って近づいて来たベホマスライムを仕留める。それを見た入り口の魔物たちはさらにおののき、もはやフロアからはその姿を確認できなかった。さらに前方の怪物もこれには驚きを隠せず、一瞬無防備になった。

 

「今だ!!」

 

リュカがその隙をついてリュカはパパスの剣を怪物の左目に突き立てた。怪物はけたたましい呻き声を上げる。左目からは緑色の体液が飛び散り、怪物は左目を抑えて蹲る。さらに怪物の背後からモモが飛びかかり、無防備になった怪物の後頭部に思いっきり頭突きを食らわせた。怪物は怯んだ。

 

「ビアンカ!僕がバギマ撃つから上手いこと合わせてベギラマ撃って!」

 

「お!ウチらが妖精の村行った時に使うたやつやな!」

 

「そういうこと!バギマ!!」

 

「ベギラマ!!」

 

リュカのバギマによる巨大な竜巻にビアンカのベギラマが組み合わさり、炎の竜巻となって怪物に襲いかかった。強靭な防御力を誇った怪物の皮膚があちこちで焼けただれた。

 

「よっしゃ、ナイス!!」

 

しかし、この一連の苛烈な攻撃にも怪物はその生命活動を停止させる気配を見せない。それどころか、逆に視力が残っている右目に憎悪を炎を滾らせてこちらを睨みつけている。

 

「おーっと、怒らせちゃったみたいだね。」

 

「ヘンリーたちが助けに来るまでは凌ぎきらんとな。」

 

「まあでもさっきより防御力は削れたわ。なんとか隙を見つけて、カウンターっぽい攻撃を当てれると良いんだけど。」

 

「それが出来たら誰も苦労せん、っちゅうことやな。」

 

怪物は一旦井戸の中に潜ると、おそらく井戸の底から大量の石つぶてを持ち出してきた。それを見たカリンが2人と1匹の前に立ちふさがって呪文を唱える。

 

「スクルト!」

 

怪物が放った石つぶてが前に立ちはだかって標的となったカリンに大量に襲いかかった。カリンは全身にそのつぶてを受け、スクルトを掛けていたことによって多少はダメージが少ないが、あちらこちらから血を流して倒れ込んだ。

 

「「"カリン!!"」」

 

倒れ込んだカリンに残りの面々が駆け寄る。

 

"大丈夫!?"

 

「ま………何とかな。でも鳩尾にええの一発もろたし、しばらくは動けんわ。」

 

その時だった。

 

「おーーーい!カリーーーン!!」

 

入り口から慌ててヘンリーとヨシュアとピエールが駆けつけてきた。

 

「ヘンリー!取り敢えずその辺の物陰に隠れてる魔物何とかして!!」

 

リュカがヘンリーに指示を飛ばす。

 

「カリンは無事なのか!?」

 

「怪我はしてるけど命に別状はないよ!!」

 

「よし!」

 

ヘンリーは最愛の妻の命が無事であることを聞き遂げると、物陰に隠れている魔物の掃滅を開始した。その隙にリュカたちは怪物と大きく距離をとった。どうやらこの怪物は必要以上に近づかれない限りは攻撃してこないらしい。そこでフロアの隅でカリンに応急処置を施す。

傷口に入り込んだつぶてのカケラを取り除き、しっかりと消毒をした上で回復呪文をかけて、痛み止めの薬草を染み込ませた包帯を巻いていく。特に左脇腹の傷がひどくて出血も多かった。そして応急処置を終えてその場にカリンを寝かしつけた。

 

「カリン、ちゃんと休んでるんだよ。」

 

「あいつは私たちに任せなさい。」

 

「頼むで。」

 

そしてリュカとビアンカとモモは怪物に向き直る。そこへ魔物を掃滅したヘンリーたちも駆けつけてきた。

 

「あれはいどまねきだな。」

 

魔物を一瞥したピエールが怪物について説明する。

 

「井戸の中に潜んで近づいてきた人間を喰らう怪物だ。今ではほとんどお目にかからなくなったが、導かれし勇者たちの伝説には幾度か登場している。私も実物を見るのはこれが初めてだ。怪力とカリン殿に喰らわせた石つぶてが最大の武器で、防御にも優れていて、呪文もあまり効かん。しかし、ここまで弱っていれば、活路はあるだろう。」

 

「で、どうすれば勝てそう?」

 

リュカがピエールに問いただす。

 

「カウンター攻撃に警戒しつつ、火傷で脆くなった肌に攻撃を食らわせ続ける。これが一番手っ取り早いだろう。」

 

「もう一発バギマとベギラマの合わせ技を喰らわせるのは?」

「無しではないが、黙って撃たせてくれるか、というところだな。」

 

ビアンカの問いにピエールは消極的反対の意見を述べた。

 

「取り敢えず、やってしまおう。」

 

ヨシュアの呼びかけに頷いた面々は、それぞれの武器を手にいどまねきに踊りかかった。しかし、いどまねきの方もこちらの狙いに気づいており、火傷した箇所をうまく庇いながらカウンター攻撃を仕掛けて来る。どちらも決定打を欠き、戦線は膠着した。

 

「ちっ、なかなか上手いこといかねーな。」

 

「隙を見てバギマとベギラマの合わせ技もやろうと思ってビアンカとも相談したんだけどね。撃とうとするたびに石つぶてだよ。」

 

「しかし、やるしかないのが事実だ。」

 

ピエールの残酷な宣言に、ヘンリーもリュカも肩を落としてため息を吐く。そして、気を取り直して再びいどまねきに挑んでいった。ヘンリーがいどまねきの太い右腕にしがみつき、そこに剣を突き立てる。あまり深くは刺さらなかったが、ヘンリーはその剣を支えにして、腕を振るってヘンリーを振り落そうとするいどまねきから離れない。

ヘンリーに夢中になったいどまねきの脇腹に、今度はリュカが一撃をくらわせた。そして、ずっと顔を覆っていたいどまねきの左腕が下がった。その隙にヘンリーがいどまねきの右腕を駆け上がり、右目に剣を突き立てようとした。しかし、いどまねきは顔を振ってその剣先を躱す。空を切ったその剣先を見てヘンリーは舌打ちをした。その時だった。

 

「ヘンリー、動くな!!!」

 

その鋭い聞き慣れた声と同時に、ヘンリーの鼓膜に矢が飛んでくる音が聞こえた。そして、その音が途切れたかと思うと、次にいどまねきの大きな悲鳴が聞こえた。見ると、いどまねきの右目に矢が刺さっていた。矢の放たれた方角を見ると、カリンが膝を立てて弓を持っていた。

 

「カリンのバカ!無茶して!でも………バギマ!!」

 

「ほんと、あの無茶でお節介焼きな性格は死んでも治らなさそうね。ベギラマ!」

 

再び炎の竜巻がいどまねきに襲いかかった。いどまねきが耳をつんざくような悲鳴を上げて苦しみもがく。そして、そこへヘンリーとピエールがいどまねきの顔面めがけて踊りかかった。

 

「「イオラ!!」」

 

2人は大爆発を起こす呪文をいどまねきの口腔から体内へぶち込んだ。数瞬ののち、いどまねきの胸部が大きく膨らみ、強烈な閃光と地面を揺るがす振動、そして鼓膜を破壊するような轟音と共にいどまねきの巨体といどまねきを収容していた井戸は四方八方に弾け飛んだ。

 

「や、やった………」

 

ヨシュアが感慨深く呟く。そして、井戸のあった場所には、青く輝く美しい指輪が転がっていた。

 

「これが水のリングね。」

 

ビアンカがそれを拾い上げてリュカに手渡す。

 

「さて、水のリングも回収したし、帰ろっか。」

 

リュカが呼びかける。

 

「もう一回温泉に浸かってから帰ろうぜ。」

 

「それいいわね!」

 

「私も賛成。」

 

「今度はこのピエールも入浴したいな。」

 

"私も〜"

 

 

一行は出口へ向かって歩き始めた。無鉄砲なお節介焼きを残して。

 

 

「お前らわざとやろっ……いてててて!!」

 

その情けない声を聞いて一同は爆笑する。そして、カリンはヘンリーがおぶって全員で出口を目指した。

滝の洞窟での激戦は、ここに幕を下ろした。



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第63話 三角関係+α

滝の洞窟を後にしたリュカたちは、途中にビアンカがいた温泉のある山奥の村で休息をとってからサラボナに向かった。グレートフォール山に向かう際は川を逆流して進んだが、今回は川を下って行くためスムーズに船は進み、10月31日に出発した一行は11月9日にサラボナに到着した。

 

 

「あら、あんた達じゃない?まさか水のリングもう持って帰って来たの?」

 

魔物たちをいつものように馬車に残してサラボナに入ってから早々声を掛けて来たのは宿屋の周りをうろついていたデボラだった。

 

「まあそういうことになるね。ルドマンさんはいるかな?」

 

「いるはずよ。そういえばそこの金髪の女は誰?」

 

「ビアンカ。僕の幼馴染なんだ。山奥の村に居たんだけど、お婿さん探しも兼ねてついて来てるんだよ。」

 

「ふーん。」

 

そう言うとデボラは少し不快そうな顔をした。それを見てヘンリーとカリンとモモがあることに気づく。そして、ヘンリーがカリンに耳打ちした。

 

「あれってあれだよな。デボラってリュカのこと……」

 

「間違いないな。これはおもろなってきたな。」

 

「でもデボラはいつからリュカのこと気になりだしたんだ?接した機会って2回か3回くらいだろ?」

 

「お前、考えてみーや。そこそこ結構なイケメンで腕っ節強くて情に篤いヤツやで。口の悪さはマイナスやけど、それ入れても十分な優良物件や。ウチもあんたおらんかったら分からんかったで。」

 

「さて、リュカはどっち選ぶと思う?」

 

「分からん。やけどそれが分かったら分かったでおもんないやろ。」

 

「それもそうだ。」

 

一行はデボラに連れられてルドマン邸に向かった。

 

「おー君たち!やはりワシが見込んだだけはあるな。よし、これで指輪は揃った。フローラとアンディのための式の準備をするとしよう。もちろんブーケも持ってきておるな?」

 

「はい。こちらに。」

 

最初に山奥の村に立ち寄った際に注文し、帰り際に受け取ったブーケをルドマンに手渡す。

 

「うむ。確かに受け取った。ん?その後ろの女性はどなたかな?ここを発つ時には居なかったと記憶しているのだが?」

 

リュカがビアンカをルドマンに紹介する。

 

「そうか。よくぞリュカたちに協力してくれた。私からも礼を言おう。それはそうと、とにかく疲れただろう。たっぷり最高級の食事を用意させるから、存分に味わって行きなさい。」

 

「はい。お言葉に甘えてそうさせていただきます。」

 

「そういえばリュカ、お前には好きな女性はいるのか?」

 

「へっ?」

 

「結婚は早い方がええぞ。しかもお前はワシとは違ってなかなかに顔が整っておる。お前が口説けば落ちない女など1人もおらんだろう。」

 

「は、はあ。」

 

「まああれだ。とにかく式の準備にはしばらくかかる。そうだな。式は11月15日といったところかな。その間に少し考えておくがいい。」

 

そう言うとルドマンは豪快に笑った。その一方でデボラとビアンカは不安そうな表情を浮かべ、リュカは困惑した表情を浮かべる。それを周りのギャラリーたちは"面白いことになってきたぞ"と思いながら見つめていた。

 

その日の夜、ルドマンは約束通り最高級の料理でリュカ一行をもてなした。その席上にはまだ包帯を巻いているがかなり体力が回復してきているという新郎のアンディと新婦のフローラ、そしてデボラも招かれていた。旅の際の苦労話などをしながら楽しい時間が過ぎていく。しかし、その途中でヘンリーは愛する妻、カリンの異変に気付いた。

 

「おいカリン、どうしたんだ?こんなに豪勢な食事なのに、随分と進みが悪いじゃねーか。それに顔色も悪ぃーぞ。」

 

「ごめん、ちょっと気分が……。」

 

「ルドマンさん、お手洗いってどこですか?」

 

「案内させよう。」

 

カリンはルドマン邸の使用人とヘンリーに連れられてお手洗いに向かう。そこでカリンは戻してしまった。そのままカリンはソファーに寝かされた。

 

「ごめんな…………迷惑かけて…………」

 

「何言ってんだよ。お互い様だって。とにかくお前は休んでろ。」

 

そう言い残してヘンリーは席に戻る。カリンを心配したリュカとビアンカがカリンの様子をヘンリーから聞く。ビアンカはあることに思い当たってヘンリーを引き連れてカリンの元へ向かった。

 

「ねえ、カリン。最近女の子の日来てる?」

 

「え?生理?」

 

「おいおい、唐突に何を聞いてるんだ?」

 

「ちょっとヘンリーは黙ってて。うん、そうよ。生理のことよ。」

 

「…………そういや来てへんなあ。ここ2ヶ月くらいご無沙汰してるわ。」

 

「それは良かった。」

 

それを聞いてカリンは嬉しさ半分、困惑半分といった複雑な表情を浮かべた。

 

「……………あれか。おめでたとか出来ちゃったとか言うやつか。」

 

「そういうこと!」

 

「マジか!」

 

ヘンリーが非常に驚いた表情を見せる。

 

「やけど、ウチが子供産んで育ててるビジョンが全く見えへんねんけど。」

 

「た、確かに………。俺も父親って感じはしねーな。」

 

「まあ、実感なんて後から追いついてくるものよ。私、山奥の村で何回か妊婦さんのお世話したことあるけど、みんな最初は実感は無かったって言ってたし。とにかく、他の人たちに報告してくるね。」

 

ビアンカは皆が集まっているダイニングにパタパタと走っていった。数瞬してダイニングからは歓声と拍手が響き渡ってきた。その様子を聞いて、2人は顔を見合わせて微笑み、いつのまにか重ねていたお互いの手を握り合った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その後、カリンはルドマン邸の南にある、結婚後はフローラとアンディの新居になる予定の別荘に移されて安静にしていた。別荘には着々とフローラとアンディの荷物が運び込まれており、すでに荷ほどきが終わっている2人の寝室になる予定の部屋のベッドでカリンは横たわっていた。妊娠発表から一夜明けた11月10日の昼下がり、フローラがカリンの元を訪ねて来た。

 

「カリンさん、ちょっといいですか?」

 

「ええよ〜。そもそもこっちが場所借りてる身やし、何も遠慮することないで。」

 

部屋に入ってきたフローラはベッドの横に置かれた椅子に腰掛けた。

 

「何や?マリッジブルーの相談か?」

 

「いえ、まあアンディも今眠ってしまって少し暇が出来たので世間話でもと思いまして。」

 

「ええよ。」

 

「それでですね、デボラお姉さまのことなんですが……」

 

「ああ、あれ絶対リュカに惚れてるよな。」

 

「そうなんです。でもビアンカさんもリュカさんのことが好きなんですよね。」

 

「そうやねんな〜。見てる方はおもろいねんけどなあ。」

 

「私としてはお姉さまには是非とも幸せになってもらいたくて、早く結婚してほしいと思うんですけど……」

 

「まあこればっかりはウチらがこうなって欲しいとか思うのは勝手やけど、リュカの意思を尊重せんことにはな。」

 

「そうですよね。」

 

「ま、デボラとしては結婚式までが勝負やろな。結婚式終わったらウチらここ出るし。」

 

「あら、そうなんですか?」

 

「出産はうちの地元ですることに決めてるから。ルーラは妊婦にはあんまりええことないってベネット爺さんが言うてたって今日ルラフェンに聞きに行ったリュカが言うてたから、まあえっちらおっちら帰らなあかんからな。」

 

「そうなんですか。ではお姉さまにもお伝えしなくては。」

 

「そうやな。」

 

フローラは少し悪戯っぽい笑みを浮かべると、カリンの元を辞した。それと入れ違いに入ってきたのは、意外なことにヨシュアだった。

 

「あら、ヨシュアさん。どうしたん?」

 

「いや、実はカリンに折り入って相談したいことがあってだな。」

 

「何?ついにシスコン脱却すんの?」

 

「だから私はシスコンではないと何度言ったらわかるんだ!?」

 

「ジョークやん。マジギレすんなって。で、相談って?」

 

「その、実は、その、どうやら私は、その、ビアンカ殿に恋をしてしまったようなのだ。」

 

「あー、やっぱりそうやったんや。」

 

「驚かないのか?」

 

「何か薄々そんなオーラは出てた。でも大丈夫か?ビアンカが惚れてる相手はあのリュカやで。」

 

「……………。」

 

「まあ、好きになるのは個人の自由やからな。」

 

「そうか。済まないな。身重のカリンにこんな相談を持ちかけて。」

 

いや、相談って言われるほどの話してへんやん、とは思いつつもカリンは笑顔で送り出した。

 

「それにしてもこれまたオモロなってきたな。」

 

カリンはいつものゲス顔でほくそ笑む。アンディとフローラの結婚式までの5日間は、すでに嵐の前兆を示していた。



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第64話 初恋の行方

11月10日夜、リュカは1人で酒場のカウンターで飲んでいた。薄く淹れたブランデーを飲みながらリュカはこれからの自分について考えた。つまり結婚相手のことである。

 

(僕が結婚か…………。想像がつかないな。)

 

「あら、小魚じゃない。」

 

リュカが声のする方に振り返ると、デボラが来ていた。

 

「隣いいかしら?」

 

「どうぞ」

 

リュカは自分の隣の椅子を引いてやり、そこにデボラが座った。デボラは赤ワインを注文する。

 

「あんた、随分辛気臭い顔してるじゃない。どうやらこの私の美貌の虜になったってわけでもないようね。」

 

「随分自信家なんですね。まあ僕はこれからの人生に思いを馳せてたってところです。」

 

「それってパパが言ってた結婚相手のこと?」

 

「まあ、そういうことです。」

 

「そうよね。あんたは流浪の身だし、相手を幸せにできる自信がない、か。まったく、小魚のくせにちゃんと考えてるのね。」

 

「そういうデボラさんだってアンディのこと好きだったんでしょう?」

 

「あら、小魚のくせに察しも良いのね。そりゃあいつだってなかなか良い男じゃない?しかもフローラは長いこと修道院にいたから私の方が接する時間が長かったし、それなりにアプローチもかけたのに、あいつは初恋の相手を最後まで想い続けてたわ。もうあそこまでいったら諦めざるを得なかったわね。」

 

「つまり、未練はないと。」

 

「そうね。逆にあそこまで相思相愛だったら応援したくなるわよ。ていうか、何で気づいたの?」

 

「実は、僕もカリンのことが好きだったんですよ。」

 

「あら、あの妊婦?」

 

「ええ。でも、ヘンリーとカリンが相思相愛なのが痛いほどわかって、結局は手を引いたんです。それで、デボラさんがフローラとアンディに向けていた暖かい、けどどこか寂しげな視線が僕のカリンとヘンリーを祝福するときの心情を表したような視線だったので、ひょっとしたら同じ気持ちだったんじゃないかなって思った感じです。」

 

「ほんと、小魚のくせに生意気ね。」

 

「お褒めに預かり光栄です。」

 

2人は肩を竦めて笑い合い、お互いのグラスをカランとぶつけた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

11月11日、カリンの病室代わりとなっている、ルドマンの別荘の寝室にはヘンリーが来ていた。

 

「へ〜。早速デボラがアタックしたんか〜。」

 

「戦果は上々だったみてーだぞ。」

 

ヘンリーはデボラが入店した後にたまたまバーで2人が談笑する姿を肴に飲んだようだ。

 

「いやー、これでビアンカも負けられへんくなったな〜。なんせヘンリーの酒代が懸かってるもんな〜。」

 

実はこの2人、リュカがどちらを結婚相手として選ぶかでしょーもない賭けをしていた。負けた方が勝った方に一杯奢りで、カリンがデボラに、ヘンリーがビアンカに賭けていた。

 

「そういえばあんた、誕生日いつなん?11月って前に言うてた気がすんねんけど。」

 

「あ!え?11日だから………今日だな。って今日!?」

 

「自分で忘れるとか、ほんまに世話ないやっちゃな〜。ほれ、プレゼント。」

 

カリンが小包を渡した。

 

「なんだ、知ってたのか。」

 

「この前の結婚式の時に堂々と読み上げられてたやん。それ覚えてただけや。まあ18歳おめでとう。」

 

「ちなみにリュカとカリンはいつなんだ?」

 

「リュカが確か2月かな。ウチは3月14日。ビアンカは10月やからもう過ぎてるわ。19歳のはず。」

 

「そうなのか。ところで、この小包の中は?」

 

「開けてみ。」

 

ヘンリーは促されて縦長の小包を開けた。すると、中には縦20センチ、幅は5センチに満たない竹でできたものが入っていた。

 

「何だこれ?」

 

「まあウチの前世であったやつを見よう見まねで作ってみたんやけどな。扇子っていうもんで、端っこ以外は真ん中で上側は紙、下側は竹の骨組みでできててな、こうやって開いて扇いで風立てる道具。まあ季節外れっちゃそうやねんけど、思いついたんがいかんせん夏やったから。」

 

「いや、普通に嬉しい。ありがとう。」

 

「んで、みんなからのプレゼントは無いけど、手紙預かってるから渡しとくわ。」

 

「…………泣いていいか?」

 

「え、いや。」

 

「何でだよ!感動の涙だぜ!?」

 

「ま、そんなことより、次のウチの誕生日、期待してるからな。」

 

「お、おう…………」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日の夜、リュカの寝室を訪ねたのはビアンカである。

 

「どうしたんだい?ビアンカ。こんな夜更けに。」

 

「その………一昨日のルドマンさんの話についてはリュカはどう思ってるの?」

 

「ああ、結婚相手ね。」

 

「その、デボラさんなんかお似合いなんじゃない?」

 

「デボラさんね。仮にそうだとして、僕は世界を飛び回って伝説の勇者を探す身だからね。相手を幸せにできるかどうかわからない、いやそれ以上に不幸にすることの方が多いんじゃないかな?だから、全てが終わってからの方が良いと僕は思うな。」

 

「なら、奥さんが一緒に旅について行ってくれるって言ってくれたら?」

 

「それならありかな?とは思ってるんだけどね。そんな都合の良い人いるかな?」

 

「じゃあその………私なんかは?」

 

ビアンカは核心に触れた。

 

「ビアンカが…………?」

 

リュカは固まった。しかし、1つ頭を振ると、ビアンカの肩に手を乗せた。

 

「ビアンカに僕なんかは勿体ないよ。僕よりもビアンカを大事に思ってる人は、意外と近くにいると思うよ。」

 

どうやらリュカは、ヨシュアがビアンカに好意を寄せていることに勘付いていたようだ。そしてそれと同時にビアンカも、リュカが好意を寄せる相手に心当たりがあった。

 

「やっぱりリュカはデボラさんがのことが好きなのね。」

 

「うん。まあ。」

 

リュカはここで初めて本心を暴露した。

 

「私は恋愛対象じゃなかったの?」

 

「うーん、これでも結構迷ったんだよ。久しぶりに会ったらびっくりするくらい綺麗になっててさ。昔のまんまで明るくて元気になれたし。でも、ここで僕とビアンカがくっついちゃうと………」

 

「そうね。カリンがレヌール城メンバーの中で1人、蚊帳の外に置かれちゃうわね。本当にリュカは優しいのね。そういうところに惚れちゃうわ。」

 

「ごめんね。ビアンカの気持ちに応えられなくて。」

 

「良いのよ。リュカがしたいようにすれば。でも歳上のお姉さんとして1つだけ言わせて。」

 

「なに?」

 

「デボラさんに想いを伝えるなら"全てが終わってから……"なんて悠長なこと言ってないでさっさと告げちゃいなさい。」

 

「でも………。」

 

「もし誰かに先越されたらどうすんのよ。それこそ後悔するわ。もしリュカがデボラさんを幸せにできなかったとしても、それはリュカを選んだデボラさんの責任よ。よくカリンが言ってるじゃない。"決めるのは個人の自由。だけど、一旦決めた以上はその選択に対して最後まで自分が責任を取らなきゃいけない。"って。」

 

「………わかった。フローラさんとアンディの結婚式までにはなんとかするよ。ありがとう。」

 

「困ったらいつでも私を頼りなさい。」

 

「そうするよ。」

 

ビアンカは笑ってリュカの部屋を辞した。そして、その足でバーに向かう。そして、カウンターに座り、この店で1番度数の高い酒を注文した。そのあまりに高い度数でビアンカは少し噎せてしまう。そのビアンカの目の前にグラスに入った水が差し出された。ビアンカはとりあえずその水を飲み干して呼吸を整えた。

 

「ビアンカ殿、そんな飲み方をしては体に毒ですぞ。」

 

「あなたの方が歳上なんですからそんな他人行儀な呼び方じゃなくて良いですよ、ヨシュアさん。」

 

ビアンカに水を差し出したのはたまたまバーで飲んでいたヨシュアであった。ヨシュアはそのまま自分の酒を黙って飲み進める。

 

「なにがあったかとかは聞かないんですか?」

 

「私はそんな野暮な人間ではないと自覚している。だから………別に泣いてもいいのだぞ。」

 

ビアンカはヨシュアの見た目に反する(と言うのは失礼だとビアンカも自覚しているが)優しさに少し驚いた。しかし、泣きたい気分だったビアンカはヨシュアのその優しさに甘えることにする。リュカと話している間もずっと堪えていた涙を解放してあげる。涙は止めどなくはらはらと流れ落ちた。

ビアンカの初恋は、ほろ苦い形で幕を下ろした。しかし、そこに後悔はなかった。ただ、完全に吹っ切れるまでの少しの間だけ、ビアンカはヨシュアの優しさに甘えて涙を流し続けた。



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第65話 面倒事は先に片付けろ

"想いを告げたいならさっさと告げちゃいなさい。"

 

ビアンカのそのアドバイスを聞いたリュカは早速翌日の11月12日にルドマン邸のデボラの部屋に来ていた。もっとも、呼びつけられたという方が正しいものではあったが。

 

「どうしたんですか、デボラさん。急に呼びつけたりなんかして。」

 

椅子に座ってそっぽを向いていたデボラがこちらを向いて立ち上がる。

 

「ねえ、あんた。あのビアンカとかいう田舎娘のことはどう思ってんのよ。」

 

その質問でリュカは大体のデボラの心情を察した。要するに、2人は両想いだったのだ。リュカは舞い上がりたい気持ちをグッと堪えて自然体でデボラに向き合う。

 

「別に、普通の幼馴染と思ってますよ。」

 

「本当にそうなの?」

 

「実は昨日ビアンカに告白されたんですよ。」

 

「で、振ったの?」

 

「はい。」

 

デボラはその返事に意外そうな顔をした。そして恐る恐るその理由を尋ねてくる。

 

「どうして?」

 

「そんなの、僕の好きな人が目の前にいるからじゃないですか。」

 

デボラは目をまん丸に見開いた。リュカの推測通り、どうやらデボラはリュカとビアンカは相思相愛だと思っていたようだ。

 

「あんた、ひょっとして私のことが好きなの?」

 

「そう以外に聞こえたのなら、おそらく僕の伝え方が悪かったんでしょう。」

 

その返事を聞いて、デボラは顔を真っ赤にし、俯いて少しイラついたような口調で話し始めた。

 

「あんたって馬鹿よね。こんな私のどこが好きなのよ。口が悪くて無愛想でこんなにツンケンしてる女の。」

 

「そうですね〜、もちろん容姿に一目惚れしたっていうのがスタートですけど、やっぱりそうやって自分の照れ隠しのために僕に辛く当たっちゃうような可愛らしいところですかね。」

 

リュカは現在のデボラの心情を正確に言い当ててデボラからさらなる反応を引き出そうとした。効果はまさに覿面である。

 

「はっ!この私が!?照れ隠し!?まったく、バカも休み休み言いなさいよね!」

 

「知ってますか?デボラさん。カリンによるとそういう性格の人のことを"ツンデレ"って言うらしいですよ。」

 

「あんまり意味は分からないけど、どうやら私を馬鹿にしてるようね。」

 

「いえいえ、そんなつもりは毛頭ありませんよ。僕的にはデボラさんのそういうところこそ"ツンデレ"で、可愛いって思いますよ。」

 

ついにデボラはリュカに対する攻撃を諦めた。これでは手を出すだけ向こうから強烈なカウンターを貰うだけだと察したのだ。

 

「あんたって物好きな男ね。」

 

「まあ、恋なんてきっとそんなもんですよ。」

 

「何よ。私より年下のくせに悟ったようなこといって。本当に小魚のくせに生意気ね。」

 

「お褒めに預かり、光栄の極み。」

 

そう言ってリュカはデボラに近づいてそっと抱き寄せた。

 

「僕としては本心を打ち明けたつもりなんですけど、そろそろデボラさんの気持ちを聞きたいですね。」

 

抱き寄せられたことで先ほどよりより一層顔を真っ赤にしたデボラがリュカの背中に腕を回しながら返事をした。

 

「私にここまでさせた責任、取りなさいよね。」

 

2人はしばらくそのまま抱き合った。

 

 

「はい、そこで覗きしてる人出てきて〜」

 

デボラを抱いていたリュカが不意に声を上げた。デボラも驚いて扉の方を向く。

 

「ちぇっ!バレてねーと思ってたのによ!」

 

「いや、だいぶ前から気づいとったな。ほんま、やらしい性格やわ〜。」

 

扉の向こうから現れたのはヘンリーとカリンの夫婦だった。さらにその後ろからビアンカとヨシュア、さらにリュカもデボラも予想していなかった………

 

「お姉さま、おめでとうございます!ついに意中の方を射止めなさったのですね!」

 

「ふ、フローラ!?」

 

「フローラさん!?」

 

野次馬をしていた最後の1人はフローラだった。実は、デボラがリュカを呼びつけたことを察知してカリンに耳打ちしたのはフローラであった。そしてカリンが残りの3人を呼び集めて、リュカが部屋に入った直後からずっと聞き耳を立てていたのだ。

 

「うふふ。それにしてもリュカさん、不束者のお姉さまをどうか末永くよろしくお願いしますね。浮気なんかしたら私が許しませんわよ。」

 

「だ、そうだリュカ。これでうかうかと浮気なんてできねーな。」

 

「なんや、最初から相思相愛やったんか。おもんな〜。」

 

「何言ってんのよ。これでめでたしめでたしじゃないの。」

 

「アホぬかせ。ビアンカ、あんたがリュカに惚れとったことなんかリュカ以外全員気づいとったで。まあウチは温泉で聞いたから例外やけど、フローラにデボラさんまでな。なんならルドマンの親父も気づいとったんちゃうか?」

 

「なっ…………!?」

 

「まあとにかく、カップルがまた1組成立したわけだ。とりあえずリュカ、ルドマン殿に"娘さんをください"の一言を言わないとな。」

 

ビアンカを赤面させた後は、しれっとヨシュアがリュカに矛先を向ける。

 

「はあ。早いこと片付けるか。デボラさん、ちょっといいですか?」

 

「…………わかったわ。それとあんた、その…………恋人同士になったんだからタメでいいわよ。」

 

「そう?じゃあ……………行こっか。」

 

「うん。」

 

リュカとデボラが部屋から出てルドマンが寛いでいる居間に向かった。残された5人も少し遅れて後に続く。

 

「それにしても、デボラお姉さまのあんな女の顔をが見られるなんて思ってもみませんでしたわ。」

 

「そういえばヘンリー、カリンもあんな顔見せたりするの?」

 

「まあ、あんまり数は多くないけどな。告白した時と結婚式の時くらいか。」

 

「うわ〜、その時のカリンの顔見たかったな〜。」

 

「まあこればっかりは見逃したビアンカの責任やな。」

 

 

そうこうしているうちにいつのまにか一行はルドマンのいる居間に到着していた。

 

「どうしたんだ?全員でぞろぞろと押しかけてきて。」

 

ルドマンが不思議そうに問いかける。

 

「いえいえ、ウチらはただの付き添いっていうか野次馬です。メインディッシュはそこのリュカとデボラですから。」

 

「それで、何だね?」

 

ルドマンに問いかけられたリュカは緊張しながら声を発する。

 

「あの〜、その〜、できればデボラさんとお付き合いしたいな〜と考えているんですけど………。」

 

ルドマンは大きく目を見開いて驚く。

 

「本当なのか?デボラ。」

 

「え…………まあ。」

 

「リュカたちの旅についていくつもりなのか?」

 

「私はそのつもりよ。」

 

「……………リュカよ、デボラを幸せにできるか?」

 

「正直、流浪の身である以上自信はありませんが、精一杯の努力はいたします。」

 

「……………。」

 

ルドマンはしばらく考え込んだが、やがて目に決意の光を湛えて大きく頷いた。

 

「よかろう。デボラはお前にくれてやる。」

 

「ありがとうございます!」

 

リュカは腰を90度曲げて頭を下げた。

 

「デボラ。」

 

「何?」

 

「リュカを選んだのはお前だ。この先何があっても心配はするがそれ以上のことはせん。リュカを責めるようなこともな。お前の選んだ道だ。最後までお前の脚で歩きなさい。」

 

「わかったわ。」

 

「しかし困ったな。これではフローラの挙式までにデボラの準備が間に合わん。できれば一緒に挙げたいものだが。ドレスもヴェールも今からではどうにもならんしな。」

 

「その点についてはウチらの故郷の村で挙げますわ。ここで挙げるよりは数段地味な式にはなるでしょうけど、リュカの地元ってこともあるし、参列に関してはリュカがルーラで送り迎えしてくれるから大丈夫でしょう。」

 

挙式はサンタローズで行うことをカリンが提案する。そしてそれにルドマンも賛同した。

 

「多分年明けくらいになるでしょうから、一応そのつもりしといて下さい。具体的な日取りが決まったらリュカを遣わすんで。」

 

「わかった。それにしても、デボラに良い婿が現れて良かった。正直言って、もう見合い結婚しかないと思っとったからな。それがお互い意中の相手と結ばれるのだ。これ以上のことはないな。」

 

「こちらこそ、リュカにいい嫁を提供してくださってありがとうございます。こいつのことやから、"全てが終わるまで結婚はしない"とかぬかして独身貴族貫くもんやとばかり思ってましたから。」

 

「ハハハハハ!そいつは良かったな!さて、それでは食事の用意をさせよう。いやはや、こんなに吉事ばかり続いてはうちの料理人も豪勢なものばかりを作らされて大変だろうて。ハハハハハ!」

 

ルドマンの豪快な笑い声とともに、奥で控えていたシェフが肩を竦めていそいそと調理場に向かう。

アンディとフローラの結婚式までは、あと3日を残すのみである。



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第66話 結婚式には金がかかる

明けて11月13日、一人別荘で暇を持て余していたカリンのもとへ意外な客人が姿を見せた。

 

「急にどうしたんですか?………デボラさん。」

 

「そういやあんたと二人きりで話したことなかったわね。」

 

「まあそうですね。」

 

「その………本当にあんた達の旅について行ってもいいの?」

 

「何を気ぃ遣ってるんか知りませんけど、お宅が戦力になろうがなかろうが、あんたはウチらの仲間のリュカの嫁ですやん。何も問題ありませんよ。」

 

「………そう。」

 

「まあ一応、来る者拒まず去る者追わずがモットーやし。それにしても、なんでヘンリーすっ飛ばしてウチのとこ来たんですか?」

 

「さっき会ったから聞いたけど、あんたのとこ行けって。」

 

「………ちっ、賭けに負けたからって面倒ごと押し付けやがって。」

 

「あら、何か賭けてたの?」

 

「リュカがビアンカとあんたとどっち選ぶか。」

 

それを聞いてデボラは顔を真っ赤にする。

 

「バッ………、あんたら何考えてんのよ!」

 

「いや〜、なかなかスリルある賭けでしたよ。それにしてもデボラさんはリュカのどこに惚れたんですか?なんだかんだで聞いてないんですけど。」

 

「何でそんなこと言わなきゃなんないのよ。」

 

「個人的な興味。って言っても、ほかの奴らも知りたがってたなら、誰かと会うたんびに質問攻めされますよ?それか今言うとくんとどっちがええですか?」

 

「わかったわよ………最初は一目惚れよ。正直タイプだったわ。」

 

「せやなあ。あいつ何だかんだ整った顔立ちしてますしねぇ。目はクリクリしてるし、それに細身やけどめっちゃ筋肉質なええ体してるし。」

 

「それに、途轍もなく困難な旅をしてるのに、全然気負わずに堂々としてるところがカッコいいとか思っちゃったし、他人が困ってたら手を差し伸べるあたり優しいし………。」

 

「うわぁ、ちゃんとベタ惚れやないですか。"小魚みたいな顔"とかいうてる割に。」

 

「………………。」

 

「まあええんとちゃいます?まあウチとして言えることは、あいつ結構ええ性格しとるけど、信用に足る男です。まあでも、あんまり弱み見せたがらへんとかあるから、その時は力になったってください。ウチらやから打ち明けられへんってこともあるやろうし。」

 

「………わかったわ。それと1つだけ聞いていいかしら?」

 

「何なりと。」

 

「"ツンデレ"って何?」

 

その質問を聞いてカリンは盛大に吹き出した。

 

「何がおかしいのよ!」

 

「いや、リュカも言うてましたやん!あんたのことですよ!他ならぬあんたの!」

 

「だからどういう意味よ!」

 

「普段ツンケンしてるくせにたまに彼氏に甘えちゃったりするような、それこそデボラさんのようなピュアな恋する乙女のことですよ。」

 

思い当たる節が多すぎるデボラは瞬時に顔を赤らめた。何も言い返す言葉が思いつかず、口をパクパクさせている。その様子を見てカリンは堪えきれずにゲラゲラと声をあげて笑った。

 

「ヒ〜〜、横隔膜攣るかと思たわ。いや〜、デボラさん、あなたも相当におもろい人ですね。これはイジり甲斐があるわ〜。」

 

「もう、何なのよ!」

 

「まあウチらの仲間になるっちゃうことは日々こういうイジり合いの中に身を投じるっていうことです。このノリについて行けるなら、何も心配はありません。」

 

そしてカリンは一呼吸おいてゆっくり改めてデボラの方に向き直った。

 

「ようこそ、"リュカと愉快な仲間たち"へ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして来たる11月15日、晴れてアンディとフローラの結婚式が、雲ひとつない青空の下で行われた。前日にカリンとヘンリーの元に届いた招待状には、サラボナから内海に出るための港に来るように書かれていたため、訝りながらもそこを訪れてみると、目の前には驚愕の光景が繰り広げられていた。

 

「なんか………なんかスケールちゃうなあ。」

 

「ああ、なんか俺らの時よりもこう………ド派手?」

 

「ド派手やな〜。掛けた金はどっちが多いかわからんけど、こう………な?」

 

「うん、お前の言いたいことはスゲーよくわかる。」

 

カリン・ヘンリー夫妻が目を見開いて、半ば呆れながら目の前の建造物を眺めた。そこにあったのは、あちらこちらに花飾りがつけられ、側面に結婚式の開催を知らせるどデカイ横断幕があしらわれた…………豪華客船だった。

 

「なあ、この世界では船で結婚式すんのがデフォルトなん?」

 

「いや、俺らの結婚式思い出してみろよ。王家の結婚式ですら教会に見立てた中庭だぜ。」

 

「………大商人の考えることは我らパンピーには想像つかんってことなんかな?」

 

「カリン、お前一応王族だからな?」

 

「あっ、そっか。ヘンリーって見た目そうでもないしこんなにチャラチャラしてるけど、曲がりなりにも王様のお兄様やったっけ。」

 

「本当に一言も二言も多いよな、お前って。」

 

「お世辞ありがとう。………それに、100歩譲って船の上は認めよう。洋上の結婚式ってのもなかなか華があってええやん。でもこれ………。」

 

「そう、カジノ船なんだよな………。」

 

「あれ一隻作んのいくらや?」

 

「下手したら1億Gくらい行ってんじゃねーの?」

 

「しかもどうせあれやろ、内装も内容もコッテコテで金かけてんねやろ。笑い止まらんで、ほんまに。」

 

「………ま、こんなとこでぼーっと突っ立ってんのもあれだし、そろそろ行こうぜ。」

 

「せやな。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

カリンの予想を裏切らず、式典は盛大を極めた。各地の大商人や国家から祝電が届き、中にはデールのものもしれっと混じっていた。しかし主役の花嫁と花婿の衣装はあまり華美でゴテゴテなものではなく、豪華ではあるがシンプルにまとめられたものであった。

 

「うちのパパもなかなかやるわね。意外と良いセンスしてるわ。フローラのこと溺愛してるだけあって、あの子の引き立たせ方をよく心得てるわ。」

 

自分の父親をデボラはそう褒めた。どうやらアンディのタキシードを仕立てたのが妻の方で、ルドマンがフローラのドレスのデザインを指定したという。

 

 

式次第通りにことは進み、気づけば披露宴が始まっていた。

 

「いや〜良かったやんか。結局2人とも想い人同士で結ばれて。」

 

通り一遍の来賓の挨拶が終わった後は、カリンたちがテーブルに就く新郎新婦を取り囲んで冷やかしていた。

 

「アンディ、フローラを不幸にした暁にはこの私がぶっ殺しに行くからね。」

 

「あらあらお姉さま、嫁入り前の娘が彼氏を目の前にしてそんな乱暴なこと言っても良いんですか?」

 

デボラの冷やかしに意外にもフローラがやり返す。

 

「良いんですよ、フローラさん。そういうところも含めて好きになったんですから。」

 

「バッ…………!なんであんたはそんな歯の浮くようなセリフをさらっと言えるわけ!?」

 

「そうやって照れ隠しに怒っちゃう可愛いデボラさんを見るためですよ。」

 

「…………。」

 

リュカの見事なまでのまぜっ返しにデボラは顔を伏せてしまう。どうやらリュカは早々にこのツンデレ彼女の操縦法を心得たらしかった。

 

「ところでお姉さまの晴れ姿はいつ頃見られるのかしら?」

 

「そうですね〜。ウチらがゆっくりえっちらおっちらサンタローズに帰り着いてからやし、年は跨ぐやろうな〜。順調にことが運べば冬の終わりから春先ぐらいちゃいますか?ウチとしてもあんまりお腹大っきくならんうちに済ませたいし。」

 

「まあそれまでに次期新郎新婦の2人には仲睦まじさを増しておいてもらうって魂胆だな。」

 

間にヘンリーが入って茶々を入れた。

 

「まあ、楽しみにしてますわ。ところで出発はいつになさるおつもりで?」

 

「あんまり長居するのも悪いし、明後日には出て行くよ。幸いカリンの悪阻も今は落ち着いてるし。」

 

「そうですか。もう少しゆっくりしてもらいたかったんですが…………。まだ死の火山で助けてもらった恩も返せた訳ではないですし。」

 

早めの出発ということを聞いてアンディが名残惜しそうにするが、カリンはそれを笑ってはねのけた。

 

「アンディはルドマンの跡継ぐんやろ?ならあんたもさっさと商人のイロハでも覚え込んどいて。あんたがルドマンに匹敵する大商人なったら有力なパトロンとして金とか色々出してもらうから。」

 

「てめぇ集る気満々じゃねーか!!」

 

慣れた様子でヘンリーがすかさずツッコミを入れた。

 

「アホ。これこそが"情けは人の為ならず"ってやつやろ?売った恩はちゃーんとウチらのところに帰ってくんねんって。」

 

「わかりました。ご期待に添えるように頑張ります!」

 

一連のやりとりに、リュカ一行と新郎新婦、さらに新郎新婦親族の席から大きな笑い声が起きたのだった。



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第67話 思いがけない贈り物

そして11月17日早朝、デボラを新たに仲間に加えたリュカ一行はサラボナを出発しようとしていた。旅支度を整えたリュカとデボラは、ルドマン邸の前で家族に別れの挨拶をしていた。悪阻の件で世話になったヘンリーとカリンも同行しているが、残りのメンバーはすでに街の入り口で待機している。

 

「じゃあね、パパ、ママ、フローラ。」

 

「ルドマンさん、何かとありがとうございました。娘さんは責任を持って幸せにします。」

 

「いや、礼を言うのはこっちの方だ。君のような懐の深く邪心のない人間だからこそデボラを安心して預けられるというものだ。それに、復活が噂されている魔王を止めるのだろう?しっかり励んでくれたまえ。デボラ、達者でな。しっかりリュカを支えてやってくれ。」

 

「お姉様、お会いできなくなるのは残念ですけど、どうかお幸せに。」

 

「言われるまでもないわ。あんたたちも幸せにやるのよ。アンディ、もしフローラを泣かせたらすぐリュカのルーラで飛んできてぶっ飛ばすからね。」

 

そしてデボラはサラボナに残る家族それぞれと抱擁を交わす。それを見届けると、カリンが一歩前に進み出た。

 

「ルドマンさん、それに奥様や使用人の皆さんにはお世話になりました。ほんまに助かりました。」

 

「いやいや、良いのだ。困っとる人間が目の前におるのに、助けんわけにはいかんからな。それとリュカ、デボラはあまりサラボナから出ておらんし、甘やかして育ててしまったこともあって少し世間知らずなところがあるかも知れん。そんな時はしっかり手綱を引いてやってくれ。」

 

「わかりました。」

 

「それにカリンとヘンリーも先達として面倒を見てやってくれたまえ。」

 

「「はい。」」

 

「それと、この書状をやろう。」

 

するとルドマンは懐から細い筒に入った一枚の書状を取り出した。受け取ったリュカが中身を確認する。………そしてそのままフリーズした。

 

「おーい、リュカ?どしたん?」

 

カリンがリュカの顔の前で手を振ってみるが、全く反応がない。仕方がないのでリュカの手の中の書状を引ったくって目を走らせ………フリーズした。

 

「何だ?何が書いてるんだ?」

 

ヘンリーはカリンの肩越しに書状を覗き込んで………フリーズした。

 

「その書状の通り、君たちにポートセルミにある船を1隻譲渡する。」

 

いち早くフリーズから復活したカリンがルドマンの肩を揺さぶりながら詰問する。

 

「おい、冗談か?冗談やんな!?船1隻って!船1隻て!!太っ腹にも程があるやろ!?トチ狂ったんか?娘2人同時に嫁入りして娘可愛さ余って頭がお花畑になったんやろ!!?思いとどまるんや!!絶対壊して帰ってくるからな!?無事に船返せる保証なんてどこにもないからな!!とにかく落ち着いて考え直せ!!」

 

「別に返してくれなくても良いのだぞ。壊したら新しいのまたあげるから。」

 

「っておい!何子供のおもちゃ感覚で船の話しとんねん!!」

 

「まあまあ落ち着かないか。」

 

「デボラさんも何とか言ってやってくださいよ!」

 

「あら、船1隻くらい安いもんじゃない。世界を滅ぼす大魔王ぶっ倒す先行投資なんでしょ?」

 

「お、おう………。」

 

ようやく正気を取り戻したヘンリーが震える手をカリンの肩に乗せて宥める。

 

「ま、まあな。ひ、人の好意を無下にするのもアレだし?素直に貰っとこうぜ?」

 

「せ、せやな………。ま、まあルドマンさん、ありがとうございました。この恩はあんたの娘婿がキッチリ利子まで付けて返すんで。」

 

「そうだな、リュカ。期待しておるぞ!わははははは!」

 

ルドマンは豪快に笑った。カリンはしてやったり顔でリュカを見、デボラとヘンリーは肩を竦めて笑いあう。それをアンディとフローラが楽しそうに見つめる。当のリュカはフリーズが解除された瞬間にとんでもない約束を取り付けられ、顔を引きつらせていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そしてリュカ一行は船のあるポートセルミに向かうべく、旅を再開した。一度通った道でもあるし、そこまで苦労することもない。死の火山や水の洞窟で鍛えられたリュカ一行にとって、道中の魔物は大した脅威にはなり得なかった。

基本的には馭者台でパラソルをさしているデボラであったが、戦闘になると好んで前線に出てくる。しかしただ無鉄砲というわけでもなく、サラボナを出た当初は少し後ろから連携等を確認し、慣れてからは連携を崩さないように補助呪文や攻撃呪文を叩き込む。さらになかなか腕っぷしも強く、襲いかかって来たパペットマンを回し蹴り一発でバラバラにした時には、素直に仲間から拍手が起きた。

 

「ま、これくらい当然よ。」

 

そう言いながら顔は真っ赤であった。カリンがそれを見逃すはずもなく、弄りの格好の標的になったことは言うまでもない。

 

パーティーも何だかんだで人間がリュカ・デボラ・ヘンリー・カリン・ヨシュア・ビアンカの6人、魔物がモモ・スラリン・ブラウン・ドラッチ・ピエール・JP・メッキーの7体にまで膨れ上がっている。それでも彼らはあまりそれまでと変わることなく、ピクニックより不真面目に旅を続けていた。

そしてサラボナを発って31日、12月18日にリュカ一行はポートセルミに到達した。

 

「わしがこの船、スフィーダ号の艦長のケビンだ。よろしく頼む。」

 

「これから長い付き合いになるでしょうけど、何卒よろしくお願いします。」

 

ポートセルミに着いてすぐリュカ一行はルドマンに譲渡された船のあるドックに向かった。そして船の前で腕組みをしてリュカは一行の到着を待っていた筋骨たくましい初老の男と握手を交わす。

 

「さて、こいつの説明っつーか、自慢をしておこうか。」

 

「自慢?」

 

「いいか、このスフィーダ号はな、ルドマンの親父がプライベート用に特別に拵えた船だ。最新の技術を至る所に使い倒している。何よりもこの船はちょっと小ぶりだが頑丈で速い。ちょっとやそっとの嵐じゃあビクともしねー。速さも従来の船の1.5倍は出るな。まあ高性能にこだわった分船室がちょいと地味なのが玉に瑕だって親父は言ってたが、旅するだけなら十分だろう。」

 

「ますますこんなええ船何でくれたんかわからへん……。」

 

「まあ貨物室が狭いってのが1番じゃねーかな。通常の貨物船の半分くらいしか積めねー。親父のプライベート旅行なんて商談のついでみたいなもんだからな。そうなると使う機会が結構限られちまう。」

 

「なるほどな〜。」

 

「さあて、もう出航するぞ!乗った乗った!どうせなら新年は故郷で迎えたいだろう?この船なら天気が良ければ間に合うぜ?」

 

「マジか!?」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして一行を乗せたスフィーダ号は12月30日早朝にビスタの港に到着した。荷物の積み下ろしを待っている間に船を降りたヘンリーとカリンがスフィーダ号を見上げながら肩を寄せ合って言葉を交わしている。

 

「聞きしに勝る快足やったな。」

 

「ああ。前は15日かかったのにな。」

 

「それにしてもいつのまにか冬やなあ。寒いのは苦手や。」

 

「本当にあっという間の一年だった。去年の俺に脱走に成功して色んなとこで人助けして、あまつさえこんな良い嫁を迎えてるなんて教えたらどんな顔することやら。」

 

「ウチもこんな幸せな思いしてるなんて想像すらしてへんかったな。」

 

2人は顔を見合わせて笑い合うと、腕を絡めてしばし荷物の積み下ろしをぼんやりと眺めていた。

 

一方のリュカとデボラのカップルはビスタの港の復興時に新設された待合所でコーヒーを啜っていた。

 

「どうだい、デボラ?僕たちと1ヶ月半旅してみてさ。」

 

「悪くないわね。誰からもお嬢様扱いされないって結構新鮮で楽しいわ。」

 

「考えてみたらヘンリーとカリンなんてあれで王族なんだからね。礼儀も品格もあったもんじゃない。」

 

「………あんたってサラッとものすごい毒吐くわよね。」

 

「あれ、知らなかった?僕あんまり性格良くないよ。」

 

「あんま………り…………?」

 

「そういうデボラは本当に優しいよね。高飛車なようで意外と気が効くし、カリンの悪阻ちょいちょい気にするし、魔物達とも結構積極的に触れ合ってるしね。」

 

「…………。」

 

デボラは顔を真っ赤にして俯いてしまう。それを見て幸せそうにリュカは微笑んだ。

 

荷物を積み下ろした一行はビスタの港を出て北に進み、昼下がりにサンタローズの村に到着した。カリンの結婚式以来、3ヶ月半ぶりの凱旋である。



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