人間の私が吸血鬼の姉になるだけの不思議で特別な物語 (百合好きなmerrick)
しおりを挟む

序章その1 「人間の姉と吸血鬼の妹編」
1話「人間の私が吸血鬼の姉になるだけのお話 前編」


──ここはエウロパ。人が、魔が、神が生きる神秘の世界──

これは、そんな世界で生きる人間と吸血鬼の姉妹のお話。


side Naomi Garcia

 

──いつかの記憶 どこかのお花畑

 

また、同じ夢を見た。

 

「おねーちゃーん!」

「んー、どうしたのー?」

 

これは、今も忘れない......いや、忘れたくない記憶だから。

 

「見て見て! 花冠! ほら、綺麗でしょ? お姉ちゃんに似合うと思うの!」

「私の為に作ってくれたの? ありがとね。......どう? 似合う?」

「うん! 似合うよ! すっごく可愛い!」

 

大切な妹と遊んだ最後の記憶だから。

 

「そう? えへへ、嬉しいなぁー......あ、貴方にも作ってあげるね」

「ほんとに? ありがと! ......あれ? あの煙なんだろ?」

「え? ほんとだ。何だろ? あっちって村の方だよね? 何かあったのかな?」

「んー......行ってみる?」

「うん、そうだね」

 

何度も、同じ夢を見るんだと思う。

 

──私はこの日......たった一人の家族を、たった一人の妹を失った──

 

 

 

──いつかの記憶 どこかの村

 

気付いた時には、また違う夢を見ていた。

 

「お、お姉ちゃん! 助けて!」

「ど、どいて! エリーが!」

 

忘れたい。だけど、忘れてはいけない大切な記憶。

 

「お姉ちゃん!」

「あ......エリー!」

 

村に帰ってくると、村が魔族に襲撃されていた。

家に帰るまでもなく、妹は魔族に連れ去られ、私も別の魔族に連れ去られ、離れ離れとなってしまった。

あれから、一度も妹を見たことがない。おそらく、もう──

 

──そんな最悪な事態を考える前に、私の目が覚めるのであった──

 

 

 

──現在 どこかの館

 

「......また、か......」

 

目が覚めると、最近になってようやく見慣れてきた館の天井が目に入る。

妹とはぐれたあの日から、この夢をよく見るようになった。見たくもないのに......何度も、何度も同じ夢を見る。

 

「姉様? また怖い夢でも見ちゃったの? ふふ、大丈夫、私がいるから怖がらなくてもいいよ?」

「......そっちの方が怖いんだけど......」

 

起き上がると、目の前には妹に似た少女が立っていた。

白い短髪に真っ赤な目を持つ少女。

黒い長髪に黒い目を持つ私の妹とは少し違うが、まるで小さな妹がもっと小さくなった姿にも見える。

服は、体格よりもかなり大きな布に穴を開け、そこから頭と手を通したような貧相なものだ。その服には、日光が当たらないように、フードも付いている。

 

「......姉様、やっぱり、私は嫌なの?」

「人間の私が吸血鬼である貴方の姉とか嫌に決まってるじゃん。早く家に返すか殺しなさいよ」

 

この娘は姿こそ似ているが、私の妹、エリーとは全く違う存在。

名前はリリィ・ベネット。魔族である吸血鬼の少女だ。

見た目的に、私の妹よりも三歳下の十歳くらいに見えるけど......実は、十五歳の私よりも五歳くらい年上らしい。

それなのに、姉が私と似ているからという理由で、姉様と呼ばれている。

 

「そっか......。でも、安心して。私の魅了が効かないとしても、いつかは私のものになってくれると信じてるから。

大丈夫、それまでは絶対に死なせないし、絶対に私の傍から離さない」

「......やっぱり、本当に貴方ってヤンデレよね。正直言って近付きたくないわ」

「またまたぁ、そんなこと言って、私と一緒に居たいんでしょ?

大丈夫、ずーっと一緒に居てあげるから。......もう、絶対に死なせたりしないんだから」

「......そ、勝手に頑張りなさい」

 

リリィの狂気にも感じる瞳。

それに見つめられながら、私は素っ気なく答えた。

 

どうしてこんなことになっているのかは数日前に遡る。

そう、それは私がまだ魔族に捕まっている時のことであった。......いやまぁ、この娘も魔族だから今も捕まってるのと変わらないけど──

 

 

 

──数日前 吸血鬼が住む街『ドラキュア』

 

村で魔族に捕まってからは、どこかの街に連れていかれた。

二、三日もの間、馬車に揺られていたせいか、ここが何処だか全く分からない。

やっぱり、魔法学校行っとけば......でも、エリーがいたから無理か......エリー......。

 

「......痛っ」

「おめぇ、何度言ったら分かるんだァ? その檻に触れたぁ痺れて、終いには死んじまうぞ?」

 

そして、連れていかれた先では、私は魔法が込められた檻の中に閉じ込められ、奴隷市場で売られていた。

檻は触れると電気が流れる魔法がかけられており、少し痺れる。

いやまぁ、私の力じゃ、これが無くても出れないんだけどさ。

 

「......ふん」

「ちっ、可愛くない奴なこって」

「......ねぇ、おじさん。その娘、幾ら?」

「あぁ? あ、お、お客様で......ちっ、なんだ、子供かよ......」

 

檻に入れられて、何時間が経っただろうか。......おそらく、一時間くらい経った時であった。

いつの間にか、目の前には白い短髪と真っ赤な目を持った少女が立っていた。

最初に見た時は、容姿や面影が妹に似ているせいか、一瞬エリーと見間違えた。

 

「何? 子供じゃ悪いの? 貴方、見たところ悪魔よね? それも、かなり低級の」

「そ、それがどうしたってんだ?」

「分からない?

──私は吸血鬼よ。貴方とはそもそも格が違う。低級の悪魔如きが、私に舌打ちなんて......ほんと、命が惜しくないのね。

姉様の前だから今は何もしないけど、姉様が居なかったら、首を切り裂いてたわ」

 

容姿は見間違えたが、中身は全く違っていた。

優しいエリーとは全く逆の、慈悲が全くない、第一印象は残忍な性格だった。

って、姉様? 今、目の前にはこの娘しかいないし......何処が姉様の前なんだか。

 

「......は? ね、姉様?」

 

横に居て、私を見張っていた商人らしき悪魔も同じようなことを思ったようだ。

辺りを見舞わたしても、やっぱりこの娘しかいない。

 

「姉様よ。ほら、今、檻の中にいる娘。私の姉様」

「......え?」

「は、はぁ?」

 

この娘は一体何を言っているんだ?私が? 姉様?

た、確かに、この娘はエリーに似てるけど、絶対別人だよね? 吸血鬼とか言ってたし、私は人間なんだけど?

 

「ま、そういうことだから。さ、私に渡しなさい。あ、お金はちゃんと払ってあげるわ。特別よ」

「え、あ、はぁ......それなら別に構いやせんが......五十万ゴールドですぜ?」

 

五十万ゴールド? 五十万って結構な金額だよ? 吸血鬼と言っても、十歳くらいの少女が持て──

 

「ふーん、思ったよりも安いわね。はい、これ」

「......え!?」

「お、おぉ......」

 

そう言って、その少女は懐から大きめの袋を取り出した。その袋には、溢れんばかりの金貨が入っていた。

 

「もしかしたら、五十万よりも多いと思うけど、まぁ、別にお金なんて幾らでもあるからあげるわ」

「......はっ! あ、有難うございやした! く、首輪はどうしやすかい!?」

 

首輪......奴隷に付けるらしい、逃亡防止用の首輪のことかな。

確か、奴隷が逃げた時に任意のタイミングで首輪を爆破することが出来るとか......。

 

「首輪? あぁ、逃亡防止用の首輪ね。そんなの要らないわ。だって、私の姉様ですもの」

「え、ちょ、ちょっと待って! 私、貴方の姉なんかじゃないわよ!?」

「あ、う、うるせぇ!お前は黙って──」

「貴方が黙って! ......大丈夫、貴方は私の姉様よ。絶対に、ね。

あ、心配しなくてもいいよ。姉様には何も悪いことはしないから。だから.....安心して私の傍にいて。ずーっと、ずーっとね」

 

そう言って、その少女は檻越しに私の頬に触れた。何故だか、その時に見えた少女の瞳は、狂気に染まっている、と思わせられた。

お金を渡された時に魔法を切っていたのか、電気で痺れてはいないみたいだ。

 

「......あ、貴方、狂ってるの?」

「......あれ、おかしいね。魅惑されてないの? やっぱり、吸血じゃないと効果薄いのね。

じゃ、おじさん。もう連れていくけど、何も伝え忘れとかないよね? それと、私の姉様をもう檻から出して」

「え、えぇ、分かりやした。......へい、出しました。もう連れて行ってもらって大丈夫ですぜ」

 

そう言って、悪魔は私を檻から出して、私を強引に少女に引き渡した。

 

「そ、じゃあね。じゃぁ、行こっか。姉様」

「え、ちょ、ちょっと! 手を強く引っ張らないでよ!」

「あ、痛かった? でも大丈夫! 手が取れたとしても、リンが治してくれるから!」

「そ、そういう問題じゃなくて!」

 

こうして、私は厄介な吸血鬼に拾われることになったのであった──

 

 

 

──数日前 幼き吸血鬼の館

 

「姉様! ここが私達の館よ! 名前はないけど、立派な館でしょ!」

 

奴隷市場からしばらく歩くと、この娘の家らしき館に着いた。

確かに大きくて、立派な館だ。けど、周りの家とかよりも、古い感じがして、浮いてる気がする。

 

「......うん、そうだね。それで? どうしてさっきから私を姉様って呼んでるの?」

「え? そんなの決まってるじゃん。貴方が姉様だから。あ、詳しく言うとね、貴方が姉様の『代わり』なの。

私のお姉さまは魔物に殺されちゃって......。でも、これからは貴方が姉様よ。よろしくね!」

「......死んだ貴方の姉さんはそれでいいと思う? 代わりなんて、姉さんは貴方のこと恨みそうだけど?」

「ううん、大丈夫だよ。お姉さまは私に優しいから。私のことを一番知ってる人だから。許してくれるよ」

 

うん、この娘が何を言ってるのかよく分からない。

何? 妹が妹なら、姉も姉ってこと? それとも、この娘が勝手にそう思ってるだけ?

多分だけど、この娘......姉を亡くして、狂っちゃったんじゃないの?

 

「ま、そんなことは置いといて。早く入ろうよ、姉様」

「......うん、そうだね。寒いしね」

 

吸血鬼に促されて、私は館の中へと入っていった。

入ってすぐには、階段があり、周りは幾つかの部屋があるみたいだ。

そして、中は丁寧に掃除されているのか、とても綺麗になっていた。

 

「......へぇー、綺麗なんだね。貴方が掃除してるの?」

「ううん、メイドがいるの。一人だけね。名前はリン。とっても頼りになるよ!」

「ふーん......」

 

これだけ広いのだから、メイドはいるとは思っていたが......まさか一人だけとは。苦労が思いやられる。

 

「さ、先ずは私の部屋に行こっ! そこで自己紹介もしようね、姉様」

「......えぇ、そうね」

 

そう言えば、まだこの娘の名前を知らないんだっけ。なんだか不思議な気分。

姿はエリーに似ているし、姉様って呼ばれているから、とても別人とは思えないのに......全然違う種族だなんて。

 

「......姉様、元気ないけど......大丈夫?」

「......大丈夫じゃない。連れ去られたと思ったら、吸血鬼の姉になれって言われたのよ? 大丈夫なわけないじゃない」

「あぁ、そういうこと。それなら何も心配ないじゃん。だって、これからはずーっと幸せだよ?

私みたいな妹と一緒にいれるんだよ? 絶対に幸せだねっ!」

「その自信はどこから来るのよ......。それと、私、すでに妹いるから」

「......え? 本当に?」

 

少女の顔が、見て分かる程に変わっていく。

あ、これは言わない方がよかったのかな? ......流石に、今更訂正しても嘘だとバレるよね。

それなら、言った方がいいか。

 

「......えぇ、本当。二歳下の妹がいるわ」

「......ふ、ふふ、姉様も妹がいたのね! それも、私とお姉さまと同じ年の差の!

もはや、これは運命よ! ねぇねぇ、その妹はどこにいるの? 出来れば、その娘を私の妹にしたい!」

 

あぁ、これは別の意味で言わなければよかった。何この娘? 色んな意味で怖いんだけど。

 

「......残念だけど、分からないわ。私と同じで、魔族に連れていかれたから......」

「ふーん......そっか、残念。でも、安心してね。いつか、私が助けてあげる。私も妹が欲しいからね〜」

「......やっぱり、貴方に話さなければよかった......」

 

助けてくれるのは嬉しいけど、これってエリーにも迷惑かかってるよね......。

はぁー、本当に厄介なのに捕まってしまったわ。......今すぐにでも逃げたい。けど、逃げたら殺される。あぁ、本当にどうしてこうなったんだろう......。

 

「え? どうして?」

「妹に危害が加わりそうだから」

「? ま、いいや。話の続きは部屋でしよっか」

「......そうね。ここで話すのも疲れたわ」

 

どうせ逃げれない。そう諦めている私は幼き吸血鬼の部屋へと向かうのであった────




前後編に別れているうちの前編のお話。
これから数話は世界観説明が多いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話「人間の私が吸血鬼の姉になるだけのお話 後編」

前後編に別れているうちの後編のお話。
妹の愛は重いもの()


 side Naomi Garcia

 

 ──数日前 幼き吸血鬼の館(幼き吸血鬼の館)

 

「さ、ここが私達の部屋だよー!」

 

 幼き吸血鬼の部屋は毎日掃除しているのか、整頓されていて、一言で言えば綺麗だった。

 しかし、この娘の年頃が遊ぶような物は一切なく、本棚や机はあるが、魔導書や見たこともない魔法の品々ばかり並んでいた。

 

「......綺麗ね。掃除は貴方が?」

「ううん、リンだよ。あー、言い忘れてたけど、リンって言うのは私の世話係兼護衛ね。

 ま、リンはホムンクルスだし、私の方が強いんだけどー」

 

 ホムンクルス......一般的に人造人間とか呼ばれてるあれか。ホムンクルスなんて、一般の人が造れる物じゃないだろうに......。

 

「......最近は何かと物騒だから、居た方がいいとは思うわよ。それよりも、貴方のお名前は? まだ聞いてないはずだけど......」

「あ、そうだそうだ。完全に忘れてたわ。私はリリィ・ベネット。二十歳のまだまだ幼い吸血鬼よ」

「ふーん、二十......二十!? 私より五歳も上なんだけど!? よくそれで十五歳の私を姉にしようと思ったね!?」

「あはっ! 姉様が驚くと、おーばーりあくしょん、になるんだね」

「......知らない言葉を無理して使わなくてもいいわよ?」

「むっ、知らなくないから!」

 

 あ......やっぱり、エリーに......いや、気にしないようにしないと。情が移ったら、それこそこの娘の思うつぼだし。

 そもそも、この娘の年頃って大体は同じような怒り方だろうし。適当に返して話を終わらせないと。

 

「あぁ、はいはい。それよりも、どうして五歳下の私を姉にしようなんて思ったの?

 貴方の年は間違えられても、私の年は間違え用がないでしょ? 人間なんだし」

「ん、あ、姉様はお姉さまに似ているから、歳なんて関係ないよ。ほら、姉様が運悪く、ちょっと遅めに生まれただけだしね」

「......やっぱり、そんなに似てるの? 私とそのお姉さまって」

 

 売られている時からずっと姉呼ばわりしていたし、かなり似ているんだろうか。いやまぁ、嬉しくはないけど。

 

「うん、顔も、大きさも、全部全部似てる! ただ......」

「......ただ?」

「いや、些細なことなんだけどね? お姉さまと違って胸小さく──」

「全然些細なことじゃないじゃん! それと、小さくないから! 一般的だから!」

「え? でも、お姉さまはEくらいあったよ。姉様はA──」

「流石にBくらいあるわよ!」

「......私よりも小さいのに......」

「何? 言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」

「.何でも、ないです......。姉様怖い......」

 

 ほんと、どうしてみんな胸の話ばかり......。それに、貧乳はステータスだから。あ、私貧乳じゃないけど。

 

「ふん、自業自得よ」

「うぅ、それよりも、次は姉様の話聞かせて。姉様の名前とか、妹ちゃんの話とか!」

 

 リリィは目をキラキラさせながらそう聞いてきた。

 ついさっきまで泣きそうな顔になってたのに、切り替え早すぎない?

 

「......私はナオミ・ガルシア。妹の名前はエリー・ガルシアよ。見ての通り、ただの人間。

 魔法は好きだけどからっきしだし、だからといって運動も苦手。だから捕まってしまったわ」

「ふーん......どうしてからっきしなの? 人族にも魔法習う場所あるんでしょ?」

「......行ってないからよ。父は私が物心つく前にどこかに行っちゃったし、母は私が魔法学校に入れる年の十歳の時に他界。

 だから、お金が無いし、妹がいるしで行きたくても行けなかったのよ」

「へぇー、私と同じね。私も両親は物心つく前に死んでたから。ま、私にはお姉さまが居たからよかったけど......」

 

 お金はあるんだし、行きたいと思えば行けるだろうに......。かなり姉に懐いてたんだろうね。姉さんもご苦労なことで......。

 

「......そ、貴方も大変だったのね。で、リンって人はどこにいるの? 挨拶しておかないと、泥棒とかに間違われない?」

「んー......あ、それもそうだね。リンにはまだ姉様のことを何も話してないし、一人で居るのを見つかったら、殺されてたかもね」

「貴方、色々とズレてない? 私を姉にしたいのなら、それくらい先に気付きなさいよ......」

「あはっ、ごめんねー。ま、気付いたからその話は置いとこっ?」

「......まぁ、別にそれでもいいけど、早く行きましょう。お腹も空いてるし」

 

 馬車に乗っている時や売られている時は、全然ご飯食べさせてもらってないからかな。かなり食べ物に飢えてる気がする。

 気がするだけ......ではないか。本当にお腹空いてるや。

 

「あ、リンに頼んでご飯いっぱい作ってもらうね!」

「えぇ、そうしてくれると有難いわ」

「じゃ、着いてきてー!」

「え、あ、だから! 強く引っ張りすぎだって!」

「あはっ、大丈夫大丈夫!」

 

 こうして、私は無理矢理手を引っ張られて、リリィに連れられていったのであった──

 

 

 

 ──数日前 リリィの館(厨房)

 

「リーン!」

「何でしょうか? ......妹様、その方は?」

 

 リリィに厨房まで連れられると、そこには赤っぽいピンク色の髪と赤い目を持ち、右目に眼帯を付け、メイド服を着た二十代前半の女性が料理をしていた。

 二十代前半とは言っても大人びているし、人間基準なので、見た目と実年齢は違うかもしれない。いや、ホムンクルスだから製造年数か。

 

「今日から私の姉様になった、ナオミよ。姉様、こちらがリン。正式名称はリン・ホール、製造年数三十年のホムンクルスよ」

「三十年......やっぱり、見た目の年なんて当てにならないわね。今紹介されたけど、ナオミ・ベネットよ。よろしくお願いね」

「よろしくお願いします。そして、妹様。また外に行かれたのですか?」

「うん!」

「悪びれもなく返事をなさいますか......。いえ、それよりも、お金はどうなされたのですか? いつものように無駄になされたのですか?」

 

 お金......あぁ、私を『買った』時の五十万ゴールドか。って、いつも無駄にしてるの? それなら、この娘にお金渡しちゃダメでしょ......。

 

「姉様を買うためだからね、仕方ないね」

「......ふむ、それなら仕方ありませんね」

「仕方ないの!? いやいや、五十万だよ!? 五十万! かなり高いよ!?」

「? 妹様、そうなのですか?」

「え? んー......いつもお姉さまが錬金術で作ってたし、今もお姉さまのアーティファクトでゴールド作ってるから価値なんて分かんないや」

「......バレたら死刑もんだよね? 貴方のお姉さん、凄いね、悪い意味で」

 

 ゴールドは人族、魔族共通の通貨だ。ゴールドとは金貨のことなので、錬金術をそれなりに極めている者なら作れないこともない。

 だが、バレたら弁明の余地なく死刑と決まっている。

 それなのにやる奴はいるが、本物の金貨にはとある魔法がかけらていて、偽物と判別出来るらしい。ちなみに、その魔法を知っている者はかなり少ないが、判別出来る魔法なら誰でも知っている。

 

「まぁ、お姉さまだからねー。興味本位で色々な物に手を出すことが多かったから。......ま、そのせいで......」

「えぇ、死にましたからね。魔物の中でも最高位に位置する竜種に手を出し、返り討ちに合いまして」

「......ま、この話はもういいよね。ささ、姉様はお腹が空いたみたいだから、何か作ってあげて」

「はい、仰せのままに」

 

 少し暗い雰囲気にはなったが、すぐにリリィは調子を取り戻した。

 それにしても、このメイドさん、思ったよりも不謹慎なんだね。いやまぁ、ホムンクルスは大体のやつが不謹慎だけどさ。

 

「姉様、食堂で待っとこっ!」

「え、あ、だから! 手が取れるから強く引っ張らないでって!」

「あはっ、取れないからだいじょーぶ!」

 

 この後、出てきたのはハンバーグ料理だった。久しぶりに食べたまともな料理は、懐かしくも愛おしくも思えた──

 

 

 

 

 ──現在 リリィの部屋

 

 とまぁ、こんなことがあり、人間である私は吸血鬼の姉になった。

 あれから数日経ったが、毎日起きて、食べて、寝ての繰り返しだったので飽き飽きしていた。

 リリィにとって、本当に私と一緒に居るだけで満足らしい。

 

「姉様? 上の空になってたけど、どうしたの?」

「......リリィ、毎日何もしないのは飽きたからさ、何かしたいわ」

「ん、そうなの? 何がしたいの? 姉様がやりたいことなら、何だってやらせてあげる!」

「そうねぇ......魔法の練習とか、出来ない?」

 

 まぁ、とにかく暇すぎたので、リリィに魔法の練習がしたいと打ち明けてみた。

 魔法が好きなのに、魔法学校には行きたくても行けず、自分で練習することが出来なかった。

 だから、ドワーフとか魔法が苦手な者以外、誰でも使える魔法を、私は全然知らないのだ。

 

「姉様も魔法が好きなの?」

「えぇ、まぁ、そうね。ほら、かっこいいでしょ? 魔法って」

「......やっぱり、お姉さまに似ているわ! お姉さまも魔法が好きだったからね〜。

 それにしても、かっこいいって面白いこと言うのね、姉様は」

「む、かっこいいでしょ? 別におかしなことは言ってないでしょ?」

 

 魔法は便利で、使える人を見るとかっこいいなぁ、って思える。

 だから、子供のうちはみんな憧れるものだ。あ、私は子供じゃないけどね。もう十五歳だから大人だし。

 

「あはっ、そうね。うふふ」

「......馬鹿にされてる気がするけど、それは別にいいわ。それよりも、練習出来る? 魔法を教えれる人っているの?」

「うん、いるよ! リンがお姉さまに一通りの魔法を教えてもらってるから!

 それに、お姉さまのアーティファクトがいーっぱいあるからね!」

「へぇー、ホムンクルスが魔法を......珍しいこともあるのね」

「大体はお姉さまのせいね。それと、ほら、リンって眼帯してるでしょ?」

「え? えぇ、してるわね。ただ単に怪我をしてるだけでしょ?」

「ううん、あれは魔眼を隠すためなの!」

「へぇー、魔眼を......え、魔眼!?」

 

 魔眼とは、その名の通り、魔法を宿した眼球のことだ。相手を見つめるだけで眼球に宿った魔法を行使出来るというものだ。

 一つしか魔法を行使出来ないが、本来魔法に必要な詠唱を必要とせず、見つめるだけで行使出来るためかなり便利なのだ。

 もちろん、行使する際は体内に流れる魔力、オドが必要だが。

 

「でも、あれって先天的なものでしょ? 造られた存在であるホムンクルスにどうして魔眼が?」

「あ、姉様は知らないのね。ふふ、教えてあげる。魔眼ってね、後からでも付けれるのよ。

 もちろん、痛みとか凄いけど、それはほら、ホムンクルスだからねー」

「......痛みを感じないからって、やっていいことと悪いことがあると思うよ。

 いやまぁ、私には関係ない話なんだけどさ」

「んー、そうなの? なら、今度からは姉様の言う通りにするね!」

「え、えぇ、そうしなさいな。......素直すぎるのもちょっとね......」

「え? ま、いいや。さ、リンのところに行こっ!」

「え、あ、だから! はぁー、もういいわ......」

 

 こうして、私はまた強く手を引っ張られ、リンのところまで連れていかれることになった────




姉よりも、妹が強い。稀によくあるよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話 「メイドに色々と教えてもらうだけのお話」

文字数を少なくして、早めに投稿する作戦に出たrickであった──

あ、3話、題名通りのお話です。

少しずつ変わるナオミの心境。
まだこれは序章過ぎないのだが、まだ誰も知る由もない。

......まぁ、まだ3話だしね(メメタァ)


 side Naomi Garcia

 

 ──リリィの部屋

 

「じゃ、リン。簡単な説明からお願いね」

 

 私達はリンを呼び、リリィの部屋で魔法を教えてもらうことになった。

 ここで教えてもらう理由は、リリィの姉が遺したアーティファクトや魔導書が沢山置いてあるかららしい。

 

「はい。まずは魔力......『マナ』と『オド』の説明からですね。

 この世界には、自然に存在するマナ、それぞれの人の中に存在するオドがあります。どちらも、魔法を行使するために必要なものです。

 行使する分には片方だけで充分ですけど」

「うんうん。基本的にはオドで魔法を行使して、マナは属性魔法とか使う時とか、オドが少なくなった時に使うんだよね」

「はい。オドは人によって量が違いますし、使う度に量が減りますから。減った分は時間経過や睡眠、食事で回復しますけど」

「......そう言えばさ、貴方は魔眼を持っているけど、ホムンクルスだからオドは持ってないんじゃないの?」

 

 基本的に、オドは生命体しか持つことが出来ない。魔物であるアンデッドやゴーストは元々生命体だったため、例外だが。

 

「マナは扱えませんが、魔眼を付けられた際に人工の魔力器官を取り付けられたため、オドはあります。私は睡眠や食事を必要としないため、時間経過でしか回復はしませんが」

「ふーん......」

「では、話を戻しますね。魔法を行使するには、その魔法に必要な量の魔力と魔法ごとに違う詠唱が必要不可欠です。魔力は先ほど話したマナかオドのどちらかを必要とします。詠唱は魔法ごとによって違い、魔眼などのように詠唱を必要としない例外が多く存在しますので......まぁ、詠唱は魔法ごとに覚えていけばいいでしょう」

「ふむふむ......まぁ、取り敢えずさ、簡単な魔法から教えてよ。お金の判別でもいいからさ」

「はい、分かりました。では、まずはそれからですね。と言っても、詠唱が『ゴールド』という単語だけの簡単すぎる魔法ですけど」

 

 その簡単な魔法も私は知らないからなぁ。正直、今まで贋金掴まされてたとしても、全然気付いてないと思う。

 

「......そう言えば、魔法なんてお姉さまに習ったこと一度もなかったなぁ......。姉様! 一緒に習おっか!」

「え? ま、まぁ、別にいいわよ。それにしても、貴方のお姉さんは凄い魔法使いだったんでしょ? どうしてお姉さんに習わなかったのよ」

「え、んー......私はただ、お姉さまと一緒に居るだけでよかったから、魔法なんて興味なかったのよね。

 でも、姉様が魔法習うってなったら、私のことを放っておくでしょ? だからね、一緒に習ったら、放ってはおけなくなるでしょ?」

「なるほどね。その放ってはおけなくなる、っていう自信がどこから来るのか分からないことが分かったわ」

 

 本当にこの娘の心理が理解できないわ。この娘のお姉さんも大変だったんだろうね......。

 いやまぁ、妹も妹なら、姉も姉かもしれないけど。

 

「あはっ、またまたぁ、そう言って、構ってくれるんでしょ?」

「あぁ、はいはい。分かったから次行きましょ。リンさん、偽金ってあるの?」

「はい、ありますよ。判別魔法で判別出来る贋金が」

「じゃ、それを貰うわ」

 

 そう言って、リンさんから贋金を受け取った。

 私は贋金を握りしめ、『ゴールド』と呟いた。

 

「......うん、全然分からない」

「あらまぁ。ただ、呟くだけではダメですよ。魔法を行使するイメージを持って、魔力を身体に、物に流すイメージを持ってくだい」

「......あ、出来た」

 

 リリィのその言葉に反応して、私はリリィの方を振り向いた。

 一瞬の出来事だったが、リリィの手に握られた贋金は薄らと輝いて見えた。

 

「くっ、負けた......」

「あはっ、大丈夫大丈夫。姉様もすぐに出来るようになるよ!」

「......そう言ってくれるだけでも嬉しいわ。......ありがと。それじゃぁ、もう一度やってみましょうか」

 

 次は、リンさんに言われた通りに魔法を行使するイメージを、魔力を流すイメージを持ってみる。

 

「......あ、姉様! 光ってるよ!」

「......えぇ、本当ね。これが、魔法......なんだね」

 

 次こそは、はっきり分かった。これが偽物であるということ、魔法を行使出来たということが。

 一番簡単だけど、初めて使った魔法。......うん、なんだか嬉しい。

 

「ふむ、ナオミ様。次の魔法に行きましょうか。次は召喚魔法です。理由は貴方様のオドの量を調べるためでございます」

「召喚魔法ね。......何を召喚するの?」

 

 一口に召喚魔法と言っても、使い魔や武器、その他道具など、様々な物を召喚出来る。

 あまりにも種類が多いため、召喚魔法を極めてる者は少ないとか。

 

「貴方様自身の身を守る武器を召喚して下さい。自分に一番合う武器は、召喚魔法で一番召喚しやすいので」

「ふーん......でも、私は武器とか持ったことすらないよ?」

「うんうん。私も武器なんて必要ないから、武器は持ったことないや。姉様と同じだね!」

「あぁ、うん。そうだね。でも、リリィは爪があるでしょ? それに、牙も」

「うん! でも、武器じゃなくて種族特徴だし、召喚魔法では召喚出来ないのよね」

「まぁ、それは仕方ありませんね。魔法の練習と並行で、武器の扱い方、ついでに魔法学校で一通り覚える勉強もしましょう」

 

 勉強かぁ......魔法学校行ってないから、どんな勉強するか全然知らないのよね。......でも、やってみたいわね。魔法の知識が増えるのなら。

 

「えぇー! 勉強するのぉ!?」

「え? リリィは勉強が嫌いなの?」

「うん......。姉様は好きなの?」

「まぁ、そうね......やったことはないけど、やってみたいとは思ってるわ」

「そう......なら、私も勉強する! 姉様と同じがいい!」

 

 この娘、本当に私が......。いえ、姉が好きなのね。狂気的なほど、姉が好き。だから、何でも姉と同じがいい。

 だけど、本当のお姉さんが死んだ時は後追い自殺なんてしなかった。......お姉さんが何か言ったのかしら?

 まぁ、お姉さんが死んだ今となっては、聞こうとは思わないけど。

 

「では、まずは自分に合う武器を探すために、武器の練習から始めましょうか」

「はーい! 姉様! 姉様はどんな武器が好きなの?」

「私、武器なんて使ったことないから好きな武器なんてないわよ。ただ、使いやすいのがいいわね。

 それか、遠距離攻撃出来るやつがいいわ。私、力は強くないし」

「ま、姉様は人間だからねぇ......。姉様、吸血されてみない?」

「全力でお断りするわ」

 

 確か、吸血鬼の吸血って、魅了の効果があったり、眷属になる効果があったりするらしいしね。

 それで力が強くなるとしても、人間じゃなくなるのは嫌だね。

 

「ふーん......ま、いつかされたいって思う日が来るだろうし、それまで我慢しないとね」

「絶対に来ないからね! さ、そんなことは置いといて、さっさと練習を始めましょ。

 極東にある倭国では、善は急げ、って言うらしいし」

「では、そうですね......一番ポピュラーな剣から始めましょうか。それでは......妹様、ナオミ様。この剣を使って下さい」

「えぇ、ありがと。......って、え!? 詠唱は!?」

 

 リンさんは、詠唱をせずに、手を動かしただけで剣を召喚して見せた。

 あ、そう言えば......魔眼みたいに詠唱を必要としない例外が多く存在するって、さっきリンさん言ってたっけ......。

 

「詠唱を動作で置き換えましたので。このように、詠唱の代わりを動作で置き換えるというのはよくあるので、これから一緒に覚えていきましょう」

「うわぁ、動作まで覚えるの〜?」

「詠唱か動作。一つの魔法にどちらかだけを覚えるだけでいいので、そこまで苦ではないかと」

「全然苦だけど!?」

「はぁー......リリィ、私が付いているから。一緒に覚えましょ」

「え? ......う、うん!」

 

 リリィは嬉しそうな顔で返事をした。

 そこまで嬉しそうにすることなんてあった? いやまぁ、別にどうでもいいけど。......どうでもいいはずなのに......。

 やっぱり、エリーに似ているから情が移ったのかな? それとも......。

 

「姉様? どうしたの?」

「......いや、何でもない。それじゃ、始めましょ。リンさん、簡単な剣の扱いからお願い」

「えぇ、分かりました。では、まずは──」

 

 こうして、私達は武器の扱い方、魔法の練習、勉強を始めることになった。

 そして、それらが終わり、夜になった頃。

 いつものように悪夢を見ると思っていたが......今日は、違っていたようだ────




次回も自分の他の作品と比べると文字数が少ないですが、少し早めになると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話 「夢の中で会話をするだけのお話」

世界観説明はまだ続くけど、話が少しだけ進むお話。


 side Naomi Garcia

 

 ──???

 

「ん、んー......」

 

 目を開けると、そこは気が狂いなくらい真っ白な空間だった。

 何処を見渡しても永遠と続く真っ白な世界。

 どうしてここにいるのか全く分からない。確か、今日は魔法の基礎や勉強をして──

 

「やぁやぁ、ナオミちゃんだよね? いや何、間違っていたとしても、適当に記憶を消すから大丈夫だけどね」

 

 どうしてここに居るのか、必死に思考を巡らしていると、どこからともなく女性の声が聞こえてきた。

 あぁ、なんかの魔法をかけられたのか。いやまぁ、こんな魔法知らないから、別の可能性もあるけど。

 

「......誰? どうして私をこんな場所に連れて来たの?」

「あれ、あまり驚かないんだ。急に知らない場所に来たのに......あ、慣れたってこと? 慣れは嫌ねー」

「質問に答えなさい。というか、そろそろ姿を表しなさい」

「あぁ、はいはい。ちぇっ、ナオミちゃんも私の質問無視してるくせに......。よっ......と。はい、これでいい?」

 

 そう言って、上から私と同い年くらいの少女が降りてきた。

 少し大人っぽい顔で、少し鋭い目つきにロングヘアー。目の色は赤で、リリィと同じような大きな布を服にしたかのような貧相な服。

 目が私のように黒かったら、極東にある倭国出身と言っても疑われない容姿だ。

 何処と無くリリィに似ている気がするが......それよりも、何処かでもっと似ている人を見たことある気が......。

 

「......貴方、もしかして、リリィのお姉さん?」

「イエス! ご明答。私はリリィの姉、リナだよ。よく分かったね。やっぱり、リリィに似てる?」

 

 あぁ......何処かで見たことある気がしたのは、私に似ているからか。

 姉妹揃って似ているって......もう運命的な何かを感じるわ。

 

「え、えぇ、似ているわ。......っていうか、どうして生きてるの? 生きてるなら戻ってきなさいよ。色々と大変なのよ?」

「そこまで大変じゃないでしょ? だって、ただあの娘を愛すればいいだけなんだしね。

 その結果、襲われたとしても私は責任取らないけどね!」

「一発殴っていい? その顔うざいんだけど?」

「あはっ、ごめんごめん。で、どうして生きているのか、だね。

 だけど、違うわ。残念ね。私はもう死んでいるよ。リリィからにも聞いているでしょ?」

「......え?」

 

 目の前で元気そうに喋る彼女を見ると、どうにも信用できない。

 見たところ、傷らしきものはどこにも付いていない。

 本当に死んでいるのか? 本当は生きているんじゃないのか?

 そう感じるほど綺麗な姿に見えるのに......。

 

「あ、まだ信じてない? 私は魔物でも最強と謳われる竜種に殺された。身体を半分に引き裂かれた後に燃やされてね。

 あの感触、今でも残っているわ。結構痛かったからね」

「ど、どうしてそんな平然と......。そ、それに、死んでるってことは幽霊(ゴースト)ってこと?」

 

 幽霊(ゴースト)とは、その名の通り、死んだ者が霊となって現れた魔物の一つのことだ。

 しかし、誰でもなれるわけではなく、幽霊(ゴースト)として現界できる者は、生前、魔力(オド)が強く、この世に強い未練を残している者だけらしい。

 

「うーん、まぁ、そうかな。そうとも呼べるね。ただ、少しだけ普通のとは違う。

 普通の幽霊は魔力(マナ)が強い場所でしか現界できないし、幽霊のオドは、マナがある場所で吸収する以外に回復する手段はないでしょ?

 でも、私は違う。マナが強くなくても、誰かの夢の中なら現界できるし、人の夢を食べればオドだって回復するからね」

「......夢魔ってやつ?」

「いいえ、私は吸血鬼よ。今はゴーストだけどね。ただ、夢見の魔法が得意なだけ。

 死してなお、未練を残し、夢魔になる。とまぁ、そういうことよ」

 

 なるほど、結局は夢魔なんだね。というか、話の内容的に、ここって夢の中ってこと? 全然実感がわかないわ。

 

「ふーん......で、夢見の魔法って?」

「その名の通り、夢を見るだけの魔法。特別なことと言えば、他人の見ている夢も見れたり、入れたり、他人が見ている夢を改変できたりすることくらいかな」

「......貴方、それでリリィに会おうとは思わないの?」

「もちろん、思ってるよ。私の未練はただ一つ、リリィを残したことだけだからね。

 だけど、あの娘なかなか夢を見ないし、夢を見てもなぜかそれを見ることができない。まぁ、貴女の夢もちょっとばかし見にくかったけどさ」

「......貴方の力が無くなってきているってこと? それとも元から?」

「元からだね。リリィは昔からそうだったし、人によって見にくいとかあるんだろうね。まぁ、貴方とリリィしか見たことないし、他に該当するのは神族とかくらいだろうけどね」

 

 神族......種族特徴『神の加護』があるせいでかな。確か、精神系の魔法をほぼ無効化するとかいう種族特徴だったし。

 夢見の魔法も精神系の魔法に分類されるんだね。

 

「で、どうして私の夢に入ってきてるの?」

「それはもちろん、貴方がリリィの姉だから。リリィのためにも、できる限り助力してあげる」

「私はリリィの姉じゃないし、助力って一体何の助力よ」

「もちろん、リリィが妹を欲しいって言ってたから、君の妹を奪い返す助力よ」

 

 え? こいつ......聞いてたのか? それとも、私の夢で?

 

「......どこでそれを?」

「私、現界はできるんだけど、夢の中に居るとき以外は見えなくなっているのよね。ここのマナが少ないせいだと思うけど。

 まぁ、夢以外に干渉することも、夢の中以外で魔法を使うこともできないけどね」

「......不便な身体になったのね。ご愁傷さま」

「えぇ、うん。そうね。で、貴方も妹を奪い返したいんでしょ? 私があの悪夢を見せると、いつも──」

「って、貴方があの夢を見せてたの!?」

「え、う、うん......って、どうして私は胸ぐらを掴まれているのかな? そ、それに、顔が怖いよ?」

「貴方ねぇ......!」

 

 怒りがふつふつ湧いてくるのが分かる。

 こいつのせいで毎日毎日あの夢を......。

 

「あわわ、そんなに怒らないで、ね? 私、夢魔みたいなものだから、貴方には絶対負けるから! その拳を下ろしてー!」

「......ちっ、いいわ。理由を聞こうじゃない。どうして私にあの夢を見せてたの? 面白かったから、とかだったら即刻、捻り潰させてもらうわ」

 

 こいつが夢魔で、今ここが私の夢の中ならば、人間である私でも夢の主ならば、こいつを簡単に倒すことはできる。

 けど、それだと何故ここに来たのか等の理由が分からないからね。ここはぐっと抑えて......理由を聞かないと。

 

「それはもちろん、君のためだよ」

「はぁ? 私のため?」

「おっと、全然信じてない顔だねー。......君が望むのなら、君の妹の場所を教えてあげる。だけど、本当に教える価値があるかどうか。

 もっと言えば、本当に妹を大切と思っているのか。それが知りたかったからね」

「......だから何回も見せたと? 一回で見極めなさいよ!」

 

 そう言って、私はリナの胸ぐらを掴んで揺らした。

 現実世界でならこんなこともできないだろうけど、ここは私の夢だ。できないことなんてほとんど無い。

 

「えぇ!? あ、ちょっ、は、離してー」

「反省した?」

「うん! すごっく反省したからー!」

「......いまいち信用ならないわね。で、エリーの場所は? それと、どうして知ってるの?」

「人の見る夢は、全ての夢は深い部分で繋がっている。だから、誰かの夢を介して別の誰かの夢を見ることもできる。

 そして、夢見の魔法を極めた私は、夢を介してその主の場所へと移動することができるの」

「......空間移動の魔法を使えるってことね」

 

 夢見の魔法......本当にただ夢を見るだけの魔法だよね?

 それなのに、空間移動まで使える......魔法って極めれば何でもできるんだね、やっぱり凄いや。

 

「そゆこと。で、場所を確認して、その娘と話して──」

「え、ちょっと待って。エリーと話したの?」

「え、うん。話したよ。貴方が今も元気で居るとか、貴方の現状とかをね」

「......エリーの反応はどうだった?」

「嬉しそうでもあり、悲しそうでもあったよ」

 

 嬉しそう、なら良かったのかな。

 それにしても、何か勘違いされるようなことを言われてなければいいんだけど......。

 

「そう......。何か伝言とかある?」

「もちろんあるよ。『お姉ちゃん、私は元気だから心配しないで......新しい妹と一緒に過ごしていれば?』ってさ」

「......エリーに凄く嫌われた気がするんだけど? 何を話したのかな?」

「あ、ごめん。最後のは冗談。って、やめて! か弱い少女を殴ろうとしないで!」

「貴方は吸血鬼でしょ? なら大丈夫。怪我を負ってもすぐに再生するだろうから」

「怖い! 顔が怖いから! というか、痛いのは痛いし、今は物理が当たる幽霊だからね!?」

 

 こんな時にでも冗談が言えるのは、逆に尊敬できるわね。

 ほんと、妹を騙ったのは許せないけど。割とマジで。

 

「本当は『お姉ちゃん、私は元気だから心配しないで。......私を助けに来ようなんて思わないで。

 私は大丈夫。友達もできたし、すぐに逃げてお姉ちゃんに会いに行くから』だってさ」

「......で、何処に居るの?」

「......あはっ! やっぱり信じてよかったわ! ここから南に位置するオークの都市『ディース・パテル』に囚われていたわ」

 

 オークか......。確か、人間を嫌っている種族だったよね。そんな場所にエリーが......。

 

「......ん、『囚われていた』? 今は違うの?」

「イエス。ちょっとヤバイ奴も一緒に捕まえてたからね。リリィや貴方の妹よりも幼いけど、力は本物だからね。

 で、貴方の妹は何があったのか、そいつと友達になっていたからねぇ。他にも、囚われていた数人と一緒に今は逃げているよ」

「エリー......やっぱり、幸運高いね。というか、それなら私の助けいらなくない?」

「と思うでしょ? だけど、オーク達も気付いちゃったからね。そのヤバイ奴の正体に。

 だから、今は都市の騎士総出で探しているのよ。全員無事に助かるためには少しでも戦力が必要なの。

 まぁ、貴方には期待してないけどね。私はリリィとリンに期待しているわ」

「まぁ、私は魔法もまだ使えないただの人間。期待されたら逆に困るわ」

 

 凄くムカつくけど、リナが言っていることは本当のこと。言い返せないからね。

 いやまぁ、魔法さえ使えれば変わるんだろうけど。

 

「あはっ、ちゃんと理解していたんだね。じゃぁ、リンにある程度の魔法を教えてもらいながら、『ディース・パテル』に向かって。

 いつ見つかるか分からないし、できるだけ早く向かいなさいよ。......貴方の妹の命がかかっているんだからね」

「......もちろん、分かっているわよ。未熟でも、少しだけでも戦えるようにはなるわ」

「そう、そう決心してくれて良かった。......それじゃぁ、夢から醒めそうだし、私は戻るわね。

 大丈夫。私はいつでも貴方達の傍に──」

 

 リナがそう言いかけた瞬間、辺りは光に包まれ、私は現実へと引き戻されるのであった────




どうでもいいけど、『リ』から始まるキャラ多いな、と書いてて思った()


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話 「冒険に出る準備をして、本を読むだけのお話」

 side Naomi Garcia

 

 ──朝 リリィの館(リリィの部屋)

 

「はっ! ......夢? いえ、夢じゃないわね」

「姉様? 大丈夫?」

 

 あの悪夢から覚めると、目の前にはいつも通り、心配した表情で覗き込むリリィの姿があった。

 

「また悪夢でも見たの?」

「......いえ、夢の中で、貴方のお姉さんに会ったわよ」

「......え? お姉さま?」

 

 リリィは疑いの目、というよりかは、驚きに近い目を私に向けてきた。

 まぁ、いきなりこんなことを言われても、信用するわけ......って、この娘、疑ってなくない?

 

「そっか......会ったんだ。お姉さまは私に何か言ってた?」

「......確か、何も言ってなかった気が......」

「やっぱり、自分で言いたいのかなぁ。でさ、お姉さまに会ったってことは、何か話したんでしょ? 何話したか教えてー!」

「......エリーが、私の妹が無事ってことと、何処に居るか教えてくれたわ」

「......あはっ、お姉さまったら、私のために色々としてくれるんだなぁ〜」

「いえ、貴方のためじゃ......あぁ、絶対にそうと言えないから困るわね......」

 

 そう言えば、リリィはエリーを妹にしたいとか言ってたし、それを聞いたあいつがリリィのためにも場所を教えた可能性もあるのか......。

 まぁ、そんなのはどっちでもいいか。私はエリーを助けたい。また会いたいだけだし。

 

「姉様、その娘が何処に居るか知ってるんだよね? なら、今すぐにでも行こうよっ!」

「い、いいけど......。リンさんがいいって言うかな? それに、あの娘達は敵から逃げているのよ?

 絶対、戦いになるけど、私は戦えないし......」

「......姉様は妹を助けたくないの? また会いたくないの?」

「そ、そう言うわけじゃ......」

「まだ会える可能性があるなら......後悔しないように、助けに行こうよ。大丈夫、リンは私の命令が絶対だからね。

 それに、戦いなんて練習すればいいし、私が居るから......大丈夫だよっ!」

 

 純粋無垢な瞳でリリィにそう言われた。

 義理だとしても、妹にこう言われるなんて......はぁー、姉として失格かな......。

 

「......分かった。今回は貴方を信じてみるわ。妹を、エリーを救うためにも、手を貸してくれるかしら?」

「もっちろーん! 大丈夫、私は姉様のために頑張るからね! じゃ、早速リンに言いに行こっかー」

「え? あ、ちょっと待って」

「ん? どうしたの?」

「貴方は知ってたの? お姉さんが近くに居るって。夢を見れば会える可能性があったって」

 

 知っているのなら、どうして私を姉の『代わり』にしたのか気になった。

 そして、同時に怖くなった。本当の姉がいるのなら、リリィに必要なのは姉に似ているこの容姿......いや、器だけなのではないかと思ったからだ。

 

「知ってたよ。でも、姉様には触れることも、話すこともできないから......。

 だから、お姉様。貴方を『代わり』に触れて、貴方と『代わり』に話したかったの」

 

 その言葉を聞いた私は、鳥肌が立った。自分の想像が合っていたのではないかと不安になったし、怖くもなった。

 

「......あはっ! 姉様、大丈夫だよ。貴方は誰にも壊させない。身体も......心もね。ずーっと、そのままで居てね。

 あ、心配しないで、私も壊すつもりはないからさ」

 

 もしかして、顔に出ていた?

 そう思い、顔に手を触れてみた。......普段の表情と特に変化はないよね、大丈夫......。

 

「......べ、別に、そんなの心配してないわよ。ただ、気になっただけだから」

「あ、ふーん。......姉様ってツンデレ?」

「違うわよ! というか、どうしてそうなるのよ?」

「お姉さまが、最初の文字を二回繰り返して、最後に『だから』を付けたらツンデレになる、って言ってたから」

「貴方、何でもかんでもお姉さんの言葉に頼ってちゃダメよ。たまには自分で考えなさい」

「はーい! じゃ、今度こそ行こっかー」

「あ、だから! 手を! ......はぁー、もういいわ......」

 

 こうして、私はリリィと一緒にリンさんのところに向かうのであった──

 

 

 

 ──リリィの館(リンの部屋)

 

「──ってわけでさ。今から姉様の妹を助けに行こー!」

「はい、分かりました。では、いつ出発しますか?」

「......え? 意外なんだけど。いいの? え? 本当に?」

 

 リンさんの部屋に行き、協力してくれるように頼むと、二つ返事でいいと言ってくれた。

 私は、てっきり止められるものだと思っていたから、本当に驚いている。普通、魔族とかって人族を見下してるし......。

 いやまぁ、リンさんは人造人間(ホムンクルス)だから、人族でも魔族じゃないけど......。

 

「もちろん、いいですよ。妹様の命令とあらば」

「あぁ、そんな理由で......。従者って止めるのも仕事だと思うんだけど......」

「そうなのですか?」

「大丈夫、私を信じれば大丈夫」

「まぁ、そういうことらしいので」

「あ、うん。もういいや......。取り敢えず、ありがとうね、協力してくれて」

 

 私一人じゃ無駄死にで終わるだろうし、この二人がいないと、私は外も満足に歩けないからね。......本当に、この人達に買われて良かったわ。他の人だと本当の奴隷となってただろうし。

 

「いえ、妹様の命令なので」

「それでも嬉しいのよ。リリィ、貴方もありがとう」

「私は、姉様の命令なら何でも聞くよ〜」

「あ、それはやめて欲しいわね。下手すると、自殺しろと言っても聞くでしょ?」

「うん、姉様が望むなら」

「人の命を預かるなんて、そんな偉い人じゃないのよ、私は。だから、『何でも』はやめなさい」

 

 多分この娘、幻惑や変身能力で私やリナに化けた奴の命令でも聞くと思うのよね。

 そんなことになるのだけはやめて欲しいわ。......私のせいで人が死ぬのは見たくない。

 

「はーい。あ、リン。冒険の準備しといてー。明日にでも出発したいからー」

「はい、仰せのままに。夜までには用意致します」

「急に言われて夜までに用意できるとか人間じゃないわ......」

「はい、私はホムンクルスです」

「そういう意味じゃなくてねぇ......まぁ、いいわ。お願いね、リンさん」

「はい。それでは、またお食事の時に会いましょう。妹様、ナオミ様とお勉強をしていて下さいね」

「はーい! じゃ、姉様。行こっかー」

「えぇ、そうね」

 

 最後にリンさんの言葉だけ聞いて、私達は自分の部屋へと戻っていった──

 

 

 

 ──リリィの館(リリィの部屋)

 

「それじゃ、なんの勉強するー?」

「そうねぇ......種族特徴についてでも勉強する? これから行く『ディース・パテル』にはオーク以外にも、魔族が居るでしょうし」

 

 種族特徴とは、その種族ごとに持つ身体的、魔力的特徴や特殊能力のことだ。

 ちなみに、別の種族同士のハーフなら、種族特徴が一部ずつ受け継がれるらしい。

 

「ま、いると思うよー。ここ、吸血鬼の都市とか言われてるのに、他の魔族がいーっぱい、いるからねー」

「そう言えば、私が捕まってる時に見たのもほとんどが吸血鬼以外だったわ。というか、貴方くらいしか吸血鬼は見てないわね」

「ま、この都市を治める王様が吸血鬼ってだけで吸血鬼の都市だからねー」

 

 そう言えば、都市ごとにそこを治める王様が居るんだっけか。その種族によって何の都市か変わるなんて......まぁ、人族も同じだった気がするから何も言えないわね。

 

「じゃ、まずは人間の種族特徴から見ていこっかー」

「はい、何も無し。次行きましょう」

 

 私は種族特徴が載っている本をペラペラとめくりながら、そう言った。

 

「姉様、見ないで進めちゃだめよ」

「だって人間が種族特徴無いなんて周知の事実よ? そんなの分かってるのに見るなんて嫌だわ」

 

 ほんと、どうして人間だけ種族特徴が無いのかしら?

 嫌になっちゃうわ。他の種族は何かしらの種族特徴があるのに......人間だけ一つも無いなんて。

 

「......姉様、いじけてるの?」

「いじけてない! ほんと、私に比べたらいいわよねー。吸血鬼って一番種族特徴を多く持ってるしー」

「やっぱり、いじけてる? ま、そんな姉様も好きだからいいやー。

 で、次は吸血鬼()ね。暗視、吸血、爪牙、吸血鬼の魅惑、変身能力、再生能力(大)、弱点多め......これだけだね。

 暗視から爪牙までは身体的特徴。吸血鬼の魅惑はそのままの意味だね」

「吸血する時が一番効果高いのよね。まぁ、姿を見るだけでも魅力効果あるらしいけど。

 というか、これだけって言っても、一番多いからね?」

 

 多分、最初にリリィが吸血をしようとした時も、私を魅惑させるのが目的だったのよね。

 だからこそ、断ったのだけど。

 

「羨ましい? 姉様、羨ましいの?」

「......羨ましいわよ、悪い?

 まぁ、そんなことは置いといて。次は変身能力ね。蝙蝠とか霧になれるとかだっけ?」

「うん! これでいつでも姉様を包み込めるよー」

「物理的に、ってのが恐ろしいわね。で、再生能力(大)ね。『大』だから、致命傷以外なら瞬時に治るとかいう。致命傷でも一日で治るのが恐ろしいわね」

「私、怪我したことないからよく分からないやー」

 

 まぁ、人間よりは身体も頑丈だしね。

 ちなみに、再生能力が吸血鬼並に高い種族はあまりいない。吸血鬼よりも高いとなれば、神族くらいしか私は知らないくらいだ。

 致命傷でも瞬時に治るチート性能。これがあるから神族を殺すのが不可能、と言われるくらいだ。

 

「怪我しないのが一番よ。後は弱点ね。銀、太陽の光、倭国の鬼の弱点。色々あるわよね」

「ま、いきなり死ぬとかはないからいいんだけどね。ただ、回復するのも遅いからねぇ」

「吸血鬼を殺すなら太陽の下で、銀の武器を片手に。とかよく言われてるわよね」

 

 まぁ、それで倒せるかどうかは本人の技量次第だから、結局は倒しやすいかどうか、ってだけなんだけどね。

 

「それを返り討ちにして、首を晒そう。とかこっちでは言われてるよー」

「うわぁ......どっちも酷いのねぇ。さて、次は何の種族を調べる?」

「オークにしよー!」

「オークは......あったわ。暗視と再生能力(小)ね。『小』は......」

「どんな傷でも一日で治るレベルだね。致命傷なら一週間くらいかかるらしいよー」

「やっぱり、吸血鬼と比べたら弱く感じるわね。......まぁ、結局は戦闘経験の差もあると思うけど」

 

 どんなに強い種族特徴を持っていたとしても、勝つか負けるかに対して影響はない。

 結局は、その人の技量、戦闘経験、要するに強いかどうかだけなのだから。

 だからこそ、私は弱い。負ける可能性が、最悪死ぬ可能性だってある。......エリーは大丈夫なのだろうか。今はただ、それだけが心配だ。

 

「姉様ー、次いこー」

「あ、えぇ、そうね。次は......」

 

 だけどまぁ、今はリリィやリンさんがいる。私一人じゃ抜け出すことも、生きることもできなかったけど、この二人が一緒にいてくれる。

 これなら、エリーを助けることだって、できるのかもしれない。

 

「あ、竜種かぁ......。私、嫌いなのよね。姉様を殺した種族だし。弱点とか載ってないかしら」

「......載ってるといいわね。まぁ、できれば戦いたくないけど」

 

 できる限り、戦闘を避けて、エリーを助けないと。そう言えば、エリーに友達ができたとか言ってたけど、どんな人なんだろう?

 そんな疑問を胸に、私はリリィと一緒に勉強を続けた────




次回、いよいよエリー視点。
一体、エリーは何を思い、何をしているのか。そして、エリーの友達とは誰なのか。

全部分かるかは知らない(←おい)

※オークの種族特徴が再生能力だけになっていましたが、暗視を付け忘れていました。すいませんm(_ _)m
今は訂正していますが、今後、このようなことがないように気を付けます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

序章その2 「人間の妹と竜の幼子編」
6話 「捕まっていただけのお話」


昼に投稿することもある人間以下略。
ここからは主人公の妹、エリー編です。


 side Ellie Garcia

 

 ──???

 

「う、うーん......あれぇ、ここは......?」

 

 目覚めると、牢獄のような場所に入っていた。

 頭がクラクラする。目もチカチカする。

 

「......あ、私、捕まっちゃった!?」

 

 と、叫んだと同時に、檻を「ガシャン!」と叩く音が響いた。

 

「そこの餓鬼! うるさいぞ!」

「ひゃっ!? あ、ご、ごめんなさい......」

 

 檻の中から外を見てみると、檻の出入り口には猪のような頭を持つ変な生き物が立っていた。

 見たことないし、多分、人族ではないと思うけど......。

 

「あのぉ......ここって何処なんですかー?」

「餓鬼に教える筋合いなんてねぇよ。一緒に入ってる餓鬼とでも一緒に話しとけ。俺は他の牢を見て回るが......騒ぐなよ?」

「あっはい。......って、え? 一緒に......あ」

 

 その男が何処かに行ってから、改めて檻の中を見渡すと、確かに誰かが一緒に入れられていた。

 見た目通りなら、七歳にもいかないくらいの幼女だ。

 水のように薄い青の髪をサイドテールにまとめ、白い半袖の服を着ている。そして、先ほどの私のように、横になって寝ていた。

 

「私よりも年下の子も捕まっているんだ......。ねぇねぇ、起きてー」

「むぅ? ......ご飯、時間?」

「え? ううん、違うよ。......多分、だけど」

「違う? 分かった」

「......あ、あれ?」

 

 この娘を近くでよく見ると、頭に小さな白い角のようなものが生えていた。

 角が生えてる人族なんて知らないけど......もしかして人族じゃないの? それとも、私が知らないだけなのかなぁ。

 

「どうした、の?」

「え? ううん、何でもないよー。貴方のお名前は? あ、私はエリーねー」

「わたし? わたし、アナンタ」

「アナンタ......アナちゃんね! よろしくっ!」

 

 そう言って私は手を出し、握手を求めた。

 が、アナちゃんは意味が分かってないのか、頭を傾げている。

 

「......この手、なに?」

「握手だよー。握手、しない?」

「......ううん、あくしゅ!」

 

 そう言って、アナちゃんは私の手を強く握り締めた。

 

「え、い、イタタタタ! めちゃくちゃ痛いっ!?」

「あ、ごめん、なさい。痛かった?」

「うー......あ、も、もう大丈夫だよぉ!」

「そっか。よかった......」

 

 思ったよりも、かなり力が強かった......。見た目は私よりも小さいのに......。

 

「あ、アナちゃんは、何の種族なの? 角が生えていて、力が強い種族なんて知らないんだけど......」

「......い、言いたくない。言ったら、嫌われる......」

 

 言ったら嫌われる種族? 生まれた時から特別な力を持つという超能力者とか? あ、でもあれは種族じゃないんだったね。

 ということは......何だろう?

 

「うーん、何の種族なんだろう......? ねぇねぇ、ヒントちょうだーい」

「むぅ、聞いてない......。言いたくない、だからダメ!」

「......ねぇ、どうして嫌われると思うの?」

「むかし、言ったら、怖がられた。逃げられた」

 

 要するに、強過ぎる種族ってことなのかなぁ......?

 余計に分からない......。もしかして、人族じゃないとか? でも、人族領土で捕まった......あ、それ以外の可能性もあるのか。

 

「じゃあさ、アナちゃんは何処で捕まったのー?」

「わたし、捕まってない。お菓子、貰った。ついてきたら、もっとくれる言ってた」

「お、お菓子に釣られてやって来たと......。それって何処に居たときなの?」

「分からない。わたし、世界、飛び回ってる」

 

 ふーん、飛び回ってる......飛び回ってる? あ、比喩表現とかそんな感じなのかなぁ。

 

「そっかぁ。私はねー、こっちの領土に近い村で、お姉ちゃんと一緒に......」

「うん? どうした、の?」

「......ううん、何でもないよ。そう言えば、お姉ちゃん何処に居るのかなぁ、って思っただけだよ。

 でね、一緒に暮らしてたの。お母さんは私が今よりも小さい時に死んじゃって、お父さんは私が生まれるよりも早くに、何処かに行っちゃったらしいから......」

 

 最後にお姉ちゃんを見たのは、村で連れ去られた時だっけ......お姉ちゃん、無事だよね......?

 

「何でもない、嘘。悲しそう。何かあったの?」

「......実は、お姉ちゃんとはぐれちゃってるから......。今まで、お姉ちゃんと一緒に暮らしていたから心配なの......」

「......お姉ちゃん、会いたい?」

「うん、とっても会いたい。......アナちゃんは大切な人とかに会いたくないの?」

「わたし、生まれた時から、ずっと一人。大切な人、いない」

 

 大切な人がいない? ......それって、寂しすぎない? 悲しすぎない? アナちゃんは大丈夫なのかな......?

 

「......でも、思い付いた」

「え? 何が?」

「......大切な人、作る。今、ここで。エリー、話してて、楽しい。だから、エリー、信用する!」

「え? そんなことで、信用してくれるの?」

「うん。信用する。間違いだったら、諦める」

 

 そう言えば、この娘って、お菓子に釣られてやって来るくらいだから、案外騙されやすい娘なのかな?

 いやまぁ、私は騙す気なんて全然ないけど。

 

「ん? 間違いだったら、って何が?」

「......わたしの種族、竜種。人化で、人間になってる」

「へぇー、竜って人化とかあるんだ〜。......って、それで怖がられるの?」

「竜種、最強の魔物。だから、人を襲う、思われてる。実際、竜種は人喰って生きる」

 

 あ、竜種って魔物なんだ。私、そこまで他の種族のことは知らないからなぁ。

 

「それにしても、人を喰う......人を食べるの!?」

「......うん、食べる。やっぱり、怖い?」

 

 アナちゃんは、悲しそうな青い瞳をこちらに向けてきた。

 

「......うん、正直に言うと、怖いかなぁ。でも、絶対に人を食べないと生きていけないってわけじゃないよね? お肉食べるってだけで」

「う、うん。お肉なら、何でもいい。お菓子もいい」

「......なら、竜種は怖くても、アナちゃんは怖くないよ。大丈夫、私は逃げたりしない。怖がったりもしないよ」

「え、あ......」

 

 そう言って、安心させるためにも、アナちゃんを抱き締めてみた。

 ......体温が人間よりも低い気がする。けど、しっかりと温かみがある娘だなぁ。

 

「あれ? どうしたのー?」

「......ハグされるの、初めて。嬉しい......!」

「そうなんだね。......そんなに嬉しいの?」

「うん。人と触れ合うことなんて、今まで無かったから」

 

 これって......あまり深く聞かない方がいいよね? あ、怖がられてたから、ってことなのかな......?

 

「じゃあ、行こう」

「え? 何処に?」

「エリーのお姉ちゃん、探しに。じゃあ、隠れてて。まずは、わたし、竜になる。それで、逃げる」

 

 竜に? ......竜になるの!?

 

「......えぇ!? ちょ、ちょっと待って! か、隠れる場所ないんだけどぉ!?」

「それなら、ちょっとだけ、待つ?」

「ん? おい! 何騒いで──」

「あ、もう戻ってきたの!? いやまぁ、いつ戻って来てもおかしくなかったけど!」

「あ、見つかった。敵、だよね? なら、もうなっちゃうね」

「ふぁっ!? 本当にちょっとま──」

 

 アナちゃんがそう宣言したと同時に、アナちゃんが青白い光に包まれた。

 そして、青白い光が姿を大きく変えていき、部屋に収まらないほどの大きな光へとなっていった。

 

「ちょっとぉ!? 狭い狭い! アナちゃん! どれくらい大きくなるのー!?」

「うわぁー、竜種とか聞いてないんだが......。さっさと逃げて伝えなきゃ......」

「敵さん案外気楽だねっ!?」

 

 敵さんが逃げているうちに、アナちゃんは四足歩行の大きな動物のように姿を変えていった。

 って、あ、もう逃げ場が──

 

「──ぶわっ! か、壁に押し付けられてるんだけどっ!?」

「......グォォォ!」

 

 突然、未だに光に包まれたアナちゃんが咆哮して、前足らしきものを上げた。そして、一振りで壁や檻、周りにある飛行に邪魔な物を破壊した。

 が、それでも空は見えない。おそらく、地下だからだと思うけど......。

 

「え? あ、ありがとうっ!」

「グァァァ......」

「しゃ、喋れないの? あ、背中に乗れって? でも、ここ、地下みたいだし、この狭さだと......」

「ガァ? グァァァ......グォォォ!」

「え? えぇーっ!?」

 

 再び咆哮をあげたかと思うと、天井を見上げ、そこに水のように薄い青のブレスを放った。

 そのブレスにより、真上にあった天井は消失し、牢獄に月の淡い光が差し込んだ。

 

「あ、他の天井が崩れ──」

「グァァァ!」

「え? 今度こそ乗れって? というか、私どうして貴方の言葉分かるのかな!? え? 知らない? うん、まぁ、そうだよねっ!」

 

 私は急いでアナちゃんの背中に乗った。アナちゃんはそれを確認するやいなや、急上昇し、月明かりと松明の光だけが見える、暗い闇の街へと飛び立ったのだった────




まだまだ続くエリー編


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話 「逃げ出して、仲間ができるだけのお話」

しばらく続くエリー編その2。

これは、竜の幼子と共に進むエリーの冒険。これはまだ序章に過ぎない。
いやまぁ、まだ7話だけど()


 side Ellie Garcia

 

 ──???(上空)

 

「アナちゃん! 下から何か飛んできてるよっ!」

「ガァ!? グァ!」

 

 牢獄から逃げ出し、暗い街の上空を飛んでいる時に、下から矢のような物が飛んできた。

 アナちゃんはそれをとっさに避けたが、腹部を掠ったように見えた。

 これは......このまま逃げるのは無理かもしれない。

 

「ぎ、ギリギリ? ......アナちゃん! 一回下に降りて隠れよっ! また狙われて、アナちゃんが傷付いたら大変だから!」

「ガァ? グァ!」

 

 そう思った私は、アナちゃんに下に降りることを提案した。

 

「グォ......グォォォ!」

「え、ちょ、急降下するなら先に言ってー!」

「グァァァ!」

「今言っても遅きゃー!」

 

 急に降下したせいで、風が強く当たる。今にも吹き飛ばされそうな風を、私は必死にアナちゃんに掴まって耐える。

 

「きゃー! す、ストーップ! 地面に激突するよーっ!」

「ガァ!」

「──うわっ!? い、一瞬浮いたよっ!?」

 

 地面に激突するかと思うくらい接近し、ギリギリのところで浮上して、人気のない墓地のような場所で着陸した。

 その反動のせいか、浮上する辺りで私の身体が浮いたような気がしたのだ。

 いやまぁ、無事だったからいいけどね。

 

「グァァァ......」

「え? 降りろって? うん、分かったよ」

 

 そう言って、私はアナちゃんの背から、アナちゃんの腕伝いに飛び降りた。

 そして、先ほど、矢が掠ったように見えた腹部を確認してみた。

 特に、怪我らしきものはない。やっぱり、そう見えただけみたいだね。良かった。

 

「......良かった。怪我は無いみたいだね」

「ガァ? グァァァ?」

「え? すぐに治るから心配ない? いやいや、それでも心配するからね? ほら、毒とかあるし......」

「......グァ!」

「ありがとう? ううん、友達を心配するのは当たり前のことだからねっ!

 それにしても......綺麗だね、アナちゃんって」

 

 改めて竜になったアナちゃんを見ながらそう言った。

 体長五メートルはあるであろう竜の巨体に、水のように薄い青色の鱗、アクアマリンのように輝く瞳。

 よく見る四足歩行の竜の姿だが、怖いというよりも、少し可愛らしい感じがする。

 

「グァ! ......グァァァ?」

「あ、もう戻っていいか、って? うん、もちろんいいよ。というか、そろそろ隠れないとね。敵が来ちゃいそうだし」

「グォォォ......え、りー......早く、行こう。......疲れた」

 

 咆哮した瞬間、再び青白い光に包まれたかと思うと、瞬きした一瞬の間に元の小さな子供の姿に戻っていた。

 

「あ、うん。そうだね。......歩ける? 私がおんぶしようか?」

「......して欲しい。けど、大丈夫? 重たくない?」

「人の時は竜の時よりも軽いでしょ?」

「うん、軽い。竜よりも、ずっとずっと軽い」

「なら、大丈夫だね〜。よいしょっと。あ、思ったよりも全然軽いんだね」

 

 同じサイズの人間よりも全然軽い気がする。三十弱ある私の体重の、半分以下の重さだと感じた。

 

「そうなの? ......それよりも、エリー、早く、何処かに隠れよう」

「あ、そうだね。......あ、教会があるみたいだし、そこに行こっか。見た感じ、中には誰も居ないみたいだしね」

 

 その教会は、墓地の真ん中にあるみたいだった。外から見る限り、掃除がされていないのか埃っぽく、人の気配もしない。

 逃げている私達からすれば、絶好の隠れ家だ。

 だけど、降りた場所を見られていたかもしれないし、ある程度休めたら移動しないと......。

 

「それじゃぁ、開けるよ?」

「うん。何かあったら、私を置いて。足止めする」

「足止めしないで、一緒に逃げよ。さて......誰もいないよねー?」

 

 扉を開き、誰も居ないことを祈りながら、聞いてみた。......返事はない。ただのしかばねのようだ。って、しかばねあったら怖いわ!

 あれ、なんで自分でツッコミしてるんだろ......。だんだん恥ずかしくなってきた。

 

「エリー、大丈夫? 顔、赤い」

「う、うん。大丈夫だよ。気にしないで......。中に誰も居ないみたいだし、ここでしばらく休もっか」

「うん。休もっか」

 

 そう言って、ゆっくりとアナちゃんを椅子の上に置いた。

 中はよくある協会のように、ベンチのような椅子が並び、主祭壇の後ろには翼が生えた人間らしき像が立っていた。

 そして、外と違い、定期的に掃除されているのか埃が全くなく綺麗だった。

 

「エリー、あの像、何?」

「んー......多分、アニ様の像じゃないかな? あ、アニ様って言うのは、魔族を創ったとされる神様のことね」

「魔族、創られた? エリーも創られた?」

「うん、そう言われてるよ。私達(人族)はアニ様の弟、オト様に創られたんだって」

「エリーも創られた......。わたしは?」

「え? んー、アナちゃんは竜種だから......」

 

 そう言えば、竜とかの魔物って誰が創ったって言われてたっけ?

 確か、誰に創られたか不明とかお姉ちゃんに聞いた気も......。

 

「......エリーにも、分からない?」

「う、うん。ごめんね、私は知らないなぁ」

「知らないの、仕方ない。エリー、休んでて。わたし、見張りする」

「いやいや、アナちゃんが休んでてー。私は何もしてないからね」

「むぅ......分かった。休む。でも、無理しないで」

 

 輝く青い瞳に見つめられながら、そう言われた。

 つい先程までは知らない人だったはずなのに、ここまで心配してくれるなんて......アナちゃん、優しい娘なんだね。

 

「うん、分かったよ。まぁ、すぐそこで見張っているだけだし、そこまで心配しなくてもいいけどね」

「見えないと、心配する。近くでも」

「そっかぁ......なら、できる限り見える範囲に居るね」

 

 そう言って、私は再び教会の扉を開き、暗い墓地へと出ていった──

 

 

 

 ──数十分後 ???(教会前の墓地)

 

「......やっぱり、夜は冷えるなぁ」

 

 冬でもないのに、夜は冷える。いやまぁ、私の村よりかはマシだけどね。

 

「冷えるなら、俺の寝床に来る? と言っても、勝手に住み着いてる場所だけどね」

「いやー、遠慮するよー。知らない人の......ふぁっ!? だ、誰!?」

「名乗る時はまず自分から。常識だろ? それにそれほどビックリすることか?」

 

 見張っているため、神経を張り詰めていたはずの私のすぐ隣から、声が聞こえた。

 それに驚愕した私はとっさに声がする方向とは逆方向に飛び退いた。

 いつの間にか私の隣には、私とあまり背が変わらず、黒いフード付きのマントを着た銀髪と紫色の目を持った少年が立っていたのだ。

 

「エリー!? 大丈夫!?」

「だ、大丈夫だよっ! けど、この人がいつの間にか隣に......」

「やぁ、名前は知らないけど、君が竜の娘だよね? あ、攻撃とかしないでね。俺は別に敵ってわけじゃないから」

「誰? エリーに近付くな」

「うわっ、思ってた辛辣だなぁ」

 

 確かに、アナちゃんって知らない人には結構辛辣なんだね〜。まぁ、喋るのがあまり上手ではないみたいだし、仕方ないよね。

 あれ、でも私が会った時はそれほど......。

 

「アナちゃん、大丈夫だよ。まずは話を聞こっ?」

「......むぅ、エリーが言うなら......許可、してあげる」

「ありがとう。さて、まずは自己紹介。俺はカルミア・ブリガン。種族はハーフリング。

 魔族だけど、人族の支援をしている。まぁ、俗に言う裏切り者、だね」

 

 ハーフリング? 確か、種族特徴が透明化とか隠密行動とかがあって、盗賊が多いとかいうあの?

 あぁ、だから、近付かれても分からなかったんだぁ。

 

「裏切り者、信じられない。どうしてここに?」

「王の軍隊が騒いでいるのを見てね。反逆か、人族でも攻めてきたのかと思ったら、なんとただの脱獄ときた!

 それですぐに情報を集めてみると、黒い髪の人間らしき少女が竜に乗っているのを見た。それがここに降りたのを見た。っていうのを聞いてね。急いでここに来たのさ」

「......どうして、来たの?」

「今、俺達は人族領土のとある国に亡命する準備をしていてね。それの成功率を少しでも上げるために、協力してくれそうな脱獄囚に会いに来たってわけさ」

 

 ふーん......普通に胡散臭いなぁ。

 でも、『俺達』ってことは、他にも仲間が居るってことだよね? それに、私達だけでも逃げれるか分からなくなってきたし......。

 

「えーと、カルミアさん?」

「名前は呼び捨てとか何でもいいよ。何だい?」

「なら、カルミアちゃん」

「いやいや! それはおかしいから! 俺男だから!」

 

 んー......女装したら女に見えなくもない気がするんだけどなぁ。

 

「むぅ......まぁ、いっか。カルミア君、他にも仲間が居るの? それに、どうやって逃げるつもり?」

「仲間は居るよ。君達みたいに脱獄した人や、間違って紛れ込んだ人、俺みたいな裏切り者。総勢百人くらいだね。

 逃げる方法は地下通路を通ってだね。もう少しで完成するんだ。まぁ、この街を脱出してからは人族領土まで走るしかないけどね」

 

 一応、作戦はあるみたいだけど......徒歩で人族領土って結構な距離なんじゃないかなぁ。ここが何処の街なのか知らないけど。

 

「......エリー、どうしたい? わたし、エリーのためなら、何でもする」

「何でもするってのはちょっとなぁ......。でも、ありがとうね。

 ......このまま逃げるのも難しいと思うし、カルミア君について行こうと思う!」

「一先ず、信用してくれたみたいだな。ありがとう。じゃぁ、行くとするか。

 多分、もう少ししたら王国軍の奴らも来るだろうしな」

 

 何人かに見られていたみたいだし、来てもおかしくないだろうなぁ。

 まぁ、最初からその可能性はあったし、今更な気もするけど......。

 

「さぁ、付いてきてくれ。少し走ることになるが......まぁ、大丈夫だよな? それじゃぁ、このマントを着といてくれ」

 

 そう言われて、フードが付いたマントを貰った。

 

「これは?」

「もちろん、顔を隠すためだよ」

「......顔、バレても消せば問題ない」

「アナちゃん、顔が怖いよ......。さ、さぁ、行こっか。早く行かないと、見つかるかもしれないしね」

「よし、出発するか。俺から離れるなよ?」

 

 こうして、私達はカルミア君の後について行くのであった──

 

 

 

 ──???(とある酒場)

 

「案外、バレないもの」

「運が良いのもあるが、こんな暗い時にこの服装は目立たないからな。さて、着いたぞ。ここが俺達の棲家だ」

 

 カルミア君に連れられて来た場所は、人が少ない通りにある酒場らしきお店だった。

 何気に初めて見たけど、お酒の看板がぶら下がっているし、酒場で間違いないよね、うん。

 

「やっぱり、単にここが棲家ってわけじゃなくて、棲家は地下とかにあったりするの?」

「まぁな。流石に、普通に集まっていると怪しまれるんでね」

「早く、入ろう。エリー、寒いから」

「あ、ありがとうね。まぁ、そういうわけだから、入ろっか」

「よし、分かった。あぁ、店をやってる奴は怖い顔だが、いい奴だからな。怖がって攻撃するなよ?」

 

 よく居るよね、そういう人。いやまぁ、私はそもそも攻撃手段皆無なんだけどね。

 

「大丈夫。エリーに、何もしなかったら、殺らない」

「おっとー、なんか言い方が怖いぞー」

「気のせい。早く入ろう」

「あぁ、分かってるよ。さて、入るか」

 

 こうして、私達は酒場の中へと入っていった。

 中には確かに猪頭の魔族が居た。こちらを睨めつけている気がするけど、顔が怖いせいでそう見えるだけだろう。

 その人を通り過ぎて、奥にある部屋に入り、そこからまた地下へと続く階段を降りていった。

 

「エリー、暗い。大丈夫?」

「薄ら見えるし大丈夫だよ。アナちゃんも大丈夫?」

「わたし、暗視ある。だから大丈夫」

「竜種ってそういうのもあるんだぁ」

 

 人間は何もないらしいし、暗い場所でも見えやすい暗視とか羨ましいなぁ。

 人間も何かあればいいのに......。

 

「ちなみに、俺も持ってるぜ」

「誰も貴方に聞いてない」

「辛辣だなぁ。あ、着いたな。開けるよ?」

「どうぞどうぞ」

 

 カルミア君によって開けられた扉の奥には、上の酒場とは比べ物にならないくらい大きな広場があり、その広場から、他にも道が続いているらしく、幾つもの通路があった。

 そして、人間やエルフ、獣人などの人族が沢山居て、寝ていたり、喋っていたりしていた。

 

「ひ、人多い、怖い......。え、エリー......!」

「え、あ、うん。大丈夫だよ。私がついているから」

「人が多いのが怖いのか? まぁ、それは置いといて......お前達の部屋に行くか」

「え!? 部屋あるの!?」

「新しく来た人用に幾つか部屋は作っているのさ。まぁ、簡単な作りだから、そこら辺の牢獄より少し快適、程度だけどな」

 

 まぁ、それでも全然嬉しいかな。あの牢獄、ベッドとかも何も無かったし......。

 

「私は大丈夫。普段から草原や水の中で寝ているから」

「アナちゃんも凄いところで......って、水の中!? それ大丈夫なの!?」

「普通の人なら溺死するだろうな。だが、エルフや人魚の水の加護......要するに、水の中でも呼吸ができる奴らなら、それも大丈夫なんじゃないか?」

「うん。私、水竜らしい。水の中で、暮らせる。水の中で、傷癒える」

 

 水の中で傷が癒える? もしかして、自然治癒でもあるのかな? 確か、自然の力で治癒できるってやつだったと思うし......。

 まぁ、要するに、水の加護があるから水の中でも呼吸ができて、自然治癒(水)があるから水の中で回復できるってこと?

 なにそれめちゃくちゃ便利......いいなぁ。

 

「池でも作ればよかったかな? まぁ、いいか。さぁ、人が多いの怖いんだろ? 早めに案内してやるぜ」

「あ、ありがとう。エリー、行こう」

「うん、そうだね。......アナちゃん、部屋に行ったら寝てもいいかな? ちょっと疲れちゃって......」

「もちろん、いい。エリーは、私が守る」

「うん、ありがとうね」

 

 こうして、私達はカルミア君に連れられ、自分の部屋へと向かうのであった────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話 「夢を見て、都市から逃げるだけのお話」

 side Ellie Garcia

 

 ──???

 

「あ、あれー? ここは......」

 

 いつの間にか、私は真っ白な空間に居た。

 どれだけ遠くを見ても、終わりがない真っ白な空間に。

 

「エリーちゃん、だよね?」

 

 声がした。聞き慣れた声が。

 

「......え?」

 

 声がした方を振り返ると、そこには私がよく知る人が立っていた。大切な人、大好きな人が立っていた。

 

「やぁ、初め──」

「お姉ちゃん! 良かったぁ......無事だったんだねっ!」

 

 私は嬉しさのあまり、姿を見たと同時にお姉ちゃんに飛び込んだ。

 

「あ、いや、その......まぁ、無事なのは無事だけど......」

「お姉ちゃん? どうしたの?」

「ごめんね、エリーちゃん。私、ナオミちゃんじゃないの」

 

 え? ......あ、目が赤い。それに、胸がでかい......お姉ちゃん、Bすら無いのに......。

 

「ご、ごめんなさい。私、私のお姉ちゃんと見間違えたみたいで......」

「まぁ、容姿似ているのは知ってるからね。それは仕方ないよー」

「え? お姉ちゃんを知っているんですか!?」

「知ってるよ。今は私の妹と一緒に居るから」

 

 良かったぁ......ひとまず、無事って分かったから本当に良かった......。

 

「......お姉ちゃんは今どこにいるの?」

「吸血鬼の都市『ドラキュア』。ここから北にある街だよ。貴方の姉さんは、明日にでもここに向かってくるよ。

 あ、ちなみに、ここはオークの都市『ディース・パテル』ね」

「こ、ここに向かっているのっ!? お、お姉ちゃんは大丈夫なんですか!?」

「大丈夫だよ。怪我一つないはずだからね。

 あ、自己紹介が遅れてた。私はリナ・ベネット。元吸血鬼の亡霊兼夢魔。気軽にリナって呼んでね」

 

 元吸血鬼に亡霊に夢魔......属性多いなぁ。いいなぁ......。

 

「り、リナさんはどうしてここに......って、ここ何処だっけ?」

「ここは君の夢の中。私は夢見の魔法を極めた人だからね、他人の夢を見れるんだ」

「便利だなぁ......。わ、私にも使えたりしますか......?」

「使えるよ。でも、極めるのに凄く時間がいるから今すぐに、とはいかないけど」

「そっかぁ......」

 

 少し残念だなぁ。私、魔法使えないからとても羨ましい......。

 

「まぁ、それも言いたかったからついでに言うか。

 今、現実世界の方で、現在進行形でこのアジトに敵が来ている」

「......え!? は、早く逃げないとっ!」

「まぁまぁ、そう慌てないでよ。ここは夢だ。時間の流れが必ずしも外と同じ、というわけではない」

「逆に言えば、早い可能性も!?」

 

 もしもそうだったとしたら、今すぐにでも起きないと......あ、どうやったら起きれるの!?

 ね、願ったりすれば起きれるかな......?

 

「大丈夫だよ。そこは私がある程度いじれるからね」

「ゆ、夢見の魔法って凄い......」

「さて、本題に入ろうか。今、敵が来ている。それと、私の妹や貴方の姉の為にも、貴方には生きて欲しい。だから......」

「だから......?」

「私が直々に魔法をレクチャーしてあげよう!

 攻撃、回復、補助。どれかの魔法を一つでも覚えていれば、生存率はグンッと上がるからね!」

 

 この人......魔法のことになると、お姉ちゃんみたいにテンション上がるんだなぁ。

 

「さぁ、何を教えて欲しい? 時間にあまり余裕がないから、教えれるのは一つか二つだと思うけど」

「回復魔法がいいなぁ。私、人を傷付けるのは嫌だから......。逆に、人を治したいんです」

「......優しい娘だね。さて、それなら『ヒーリングライト』を教えよう。今作ったやつ」

「え、即席の魔法なの!?」

「いや、貴方に合いそうなのを考えて作ったやつよ? 即席なのは仕方ないね」

「心配しかないんですけど!」

「まぁまぁ、大丈夫だよ。私を信じて」

 

 本当に大丈夫なのかなぁ......。いざ使うとなった時に、失敗しそうで怖いなぁ。

 

「おっと、そんな心配そうな顔をしなくてもいいよ。なんたって、私は魔法を極めし者だからね!」

「......へ、へー、凄いんですねー」

「めちゃくちゃ棒読みに聞こえるのは気にしないようにするね!

 まぁ、とりあえず、魔法の説明からかな。オドとマナについてだね」

「う、うん。説明、お願いしますっ!」

 

 心配な気持ちを抑えながら、私はリナさんに魔法について教えてもらうことになった──

 

 

 

 ──オークの都市『ディース・パテル』 酒場の地下アジト

 

「エリー! 起きて!」

「ん、アナちゃん......? ふぁ〜......どうしたのー?」

 

 目が覚めると、一番最初にアナちゃんの慌てている顔が目に入ってきた。

 

「敵が来た! みんな、逃げる準備してる、戦ってる」

「......え!? あ、そ、そうだ。早く、地下から逃げよう! できるだけ、みんなを連れて!」

「起きたか!?」

「あ、カルミア君!」

 

 カルミア君も慌てた様子で部屋に走ってきた。

 この慌てよう、もしかして結構ヤバいのかな?

 

「急げ! 上はもう交戦中だ!」

「え、ど、何処に行けばいいのー!?」

「あぁ、そうだった! お前達はまだ場所を......おい! レイラ!」

「にゃんにゃ?」

 

 カルミア君は外で走っていた二十歳くらいの女性を呼び止めた。

 その女性は、緑色の目と髪を持ち、黄緑色の猫耳と尻尾を持った人だった。

 いや、人じゃなくて、獣人かな。動物、特に哺乳類と人間が混ざったかのような種族らしいし、多分、猫の獣人?

 それよりも、耳が四つもあるんだけど......。

 

「今、私は抜け道から逃げようとしている最中にゃんだが?」

「こいつらも一緒に連れて行ってやってくれ! 俺は地上で時間を稼ぐ!」

「にゃんと!? 死にに行く気かにゃ!?」

「いや、俺透明化できるから。適当に引っ掻き回して、時間を稼いだら逃げるに決まってるじゃないか」

「......それでも危なくにゃいか?」

「大丈夫だって。たまには俺を信じてもいいんじゃないか?」

 

 心配しているレイラさんを安心させるためか、カルミア君は再度「大丈夫」と言ってレイラさんの頭を撫でた。

 なんだろう......恋人みたいだなぁ。

 

「......死ぬにゃよ?」

「あぁ、絶対に死なないよ。それよりも、こいつらを頼んだ」

「分かったにゃ。......それじゃ、お前達! 私に付いてくるにゃ!」

「え、あ、はい!」

 

 返事をするよりも早く、私とアナちゃんはレイラさんに手を引っ張られた。

 そして、同じように逃げる人混みを掻き分けながら、私達は長い洞窟を抜けていく。

 

「レイラさん!」

 

 走っている最中、気になることができたので、私は同じく走っているレイラさんに話しかけた。

 

「レイラでいいにゃ! にゃんにゃ!?」

「で、ではレイラ! 他の人達、別の場所に逃げてるみたいですけどっ!」

「誰も出口が一つとは言ってないにゃ! 幾つも出口を作っているのにゃ!

 まぁ、まだ全部が完成しているわけじゃにゃいんだけどにゃ!」

 

 そう言えば、カルミア君がまだ出口は完成してないって言ってたなぁ。

 あれって、全ての出口が完成してないって意味だったんだ。

 

「エリー、大丈夫? 走るの、疲れてない? 疲れてるなら、背中に乗る?」

「ここで竜になったら色々と大変だから大丈夫!」

「むぅ......大丈夫なら、いいけど......」

「にゃんにゃー!? お前はにゃんの種族にゃー?」

「竜種」

「へぇー......にゃんと!?」

 

 あまりにも驚いたのか、レイラがその場で立ち止まってしまった。

 やっぱり、竜種って怖がられて......。

 

「珍しい種族だにゃ! 私、初めて会ったにゃ! 握手してもらっていいかにゃ!?」

 

 思っていた反応と違う。

 怖がるどころか、微笑んでいるので、会ったことを嬉しく思っているように見える。

 

「え、あ......え、エリー......」

 

 どうしたらいいのか分からないのか、アナちゃんが困惑した表情でこちらを振り返った。

 それを私は「大丈夫」と、首を縦に振って返した。

 

「......う、うん。いいよ」

「いやぁー、珍しい種族に会えて感激にゃ! ......あ、私達も急がにゃいとにゃ!」

「あ、はい! 急ぎましょうっ!」

「まぁ、私達が目指している出口は、もうすぐしたら着くから大丈夫にゃ!」

「近い? エリー、もうちょっと、頑張ろう」

「うん! 頑張るっ!」

 

 それからしばらく走っていると、レイラが言ってた通り洞窟の出口が見えてきた。

 出口には、月の淡い光が差し込んでいる。

 

「さぁ、後もう少しにゃ! 外に出たら、この都市の近くにある『魔の森』で落ち合うことになっているにゃ!」

 

『魔の森』......マナが満ち溢れている森だったっけ? 確か、お姉ちゃんがそう言う森があるとか言ってた気がする。

 

「外に出たら、竜になっていい?」

「目立つから禁止にゃ!」

「むぅ、でも、エリーが......」

「アナちゃん、私は大丈夫だよっ! だから、走って行こっ!」

 

 流石に、人間の私じゃあまり移動できないけど、捕まるよりはマシだからねっ!

 とりあえず、移動して、お姉ちゃんに会わないと......。そう言えば、お姉ちゃんと入れ違いになったりしないかなぁ......?

 

「エリー! アナ! ここからはもう少しペースを上げるにゃ!」

「えぇっ!? これ以上上げるのっ!?」

「敵に見つかったら勝てる見込みなんてないからにゃ! あ、お前達は戦えるかにゃ?」

「私は大丈夫。敵、皆殺しできる」

「アナちゃん、顔が怖いよ......? あ、一応、二つ、魔法を教えてもらったけど、どっちも戦えるやつじゃないかな。

 回復魔法と身を守る魔法だから......」

 

 夢の中で、リナさんに教えてもらった二つの魔法。

 私が他人を攻撃することを嫌と言ったら、回復魔法以外にも、自分や他人を守るための魔法を教えてもらった。

 お姉ちゃんやリナさんの妹、アナちゃんに脱出に手伝ってくれたカルミア君やレイラ。そして、自分のためにも生きないと......。

 

「それで充分にゃ! さて、ここから先が本番にゃ! 覚悟はいいかにゃ?」

「うん、もちろん」

「私もできてるよっ!」

 

 私達はそう言って、出口を抜けて、レイラの後へと続いていった────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話 「二回目の夢を見るだけのお話」

昼に投稿することもある(ry
閑話っぽい本編()


 side Ellie Garcia

 

 ──オークの都市『ディース・パテル』 付近

 

「敵はいにゃいにゃ? 私達以外は......もう何人(にゃんにん)か行ってるみたいだにゃ」

 

 レイラは、外に出たと同時に辺りを見回した。

 そして、月明かりだけが頼りのこの夜の中、私達の前を走っている人でも見つけたのか、レイラはそう言った。

 

「こんな暗い中、見えるの?」

「私は獣人だからにゃ。暗視持ちだから見えるのにゃ」

 

 あぁ、暗視があるから......。何も持ってない私は何も見えないなぁ。

 魔法を使えば少し先は見えるだろうけど、それだと光で場所がなぁー。

 

「私も暗視ある。エリー、私の手を繋いで。転けないように見てあげる」

「ありがとうね、アナちゃん」

 

 流石に、月も出てるからそこまで見えないわけじゃないんだけどね。

 まぁ、アナちゃんのせっかくの好意を踏みにじるわけにもいかないからね。

 

「......にゃ?」

「ん? どうしたのー?」

「......少し離れたところで金属と金属が打つかる音が聞こえたにゃ。多分、戦闘音だにゃ」

 

 え? ......耳を澄ましても、何も聞こえない。

 こんなに静かな夜なんだし、そういう音があったら分かると思うんだけどなぁ。

 

「え? そんなの聞こえなかったよ?」

「私も、聞こえなかった」

「猫は人間よりも聴覚がいいからにゃ。多分、カトレア達が引き止めてくれてる音だと思うにゃ」

「今から行けば、助けれる?」

「......止めとけにゃ。いくらお前が強いと言っても、数で負けるにゃ。

 ここは、大人しく逃げた方がお前達やカトレアのためににゃると思うにゃ」

 

 レイラ......やっぱり、心配なのかな? 少し悲しそうな表情に見える気がする。

 

「さぁ、早く行くにゃ。心配しにゃくても、カトレアも、他のみんなも無事に決まってるにゃ!」

「......うん! そうだねっ! 早く森に行って、みんなを待った方がいいよねっ!」

「うん、分かった。でも、エリー。大声出すと、気付かれる」

「あ、そうだね。ごめんね」

 

 きっと大丈夫だよね。カトレア君達も、こういう時のために準備はしてるだろうし......。

 そう自分に言い聞かせ、私達は森へと急いだ──

 

 

 

 ──『魔の森』 入り口付近

 

「ここだにゃ。この森の奥に、仲間(にゃかま)が作った小屋があるはずにゃ。

 一日だけそこで仲間(にゃかま)を待った後、集まった仲間(にゃかま)と共に、ここから一番近い人族の都市に行く予定にゃ」

「......集まらなかった人達はどうするの?」

「......遅れてきた仲間(にゃかま)は、後で来ることを祈ることしかできにゃいにゃ」

 

 やっぱり、そうなるよね......。

 できれば、仲間を置いていきたくない。会ったことない人は多いけど、それでも元は同じように捕まっていた人も多いだろうし......。

 

「エリー、レイラ。仲間、置いていくの嫌?」

 

 考えていたことが顔に出ていたのか、アナちゃんが私の顔を覗き込みながら、そう聞いてきた。

 確かに、置いていくのは嫌だけど、今の私達にできることなんて何もないよね......。

 

「い、嫌だけど......」

「私も嫌にゃ。けど、今助けに行っても無駄死にするだけだからにゃ。今は他の仲間との合流を急ぐにゃ」

「......うん、分かった。急ぐ」

「うん、急ごっか」

 

 それからは、私達は無言で歩を進めた──

 

 

 

 ──『魔の森』 中心付近の大きな小屋

 

「......ここだにゃ。人の気配はするから、先に何人か来ているみたいだにゃ。......一応、警戒しておくのにゃ」

「分かった。エリー、私の後ろに居て」

「うん。......あれだね。アナちゃんの方が年下だろうに......」

 

 あれ、そう言えば歳を聞いていない気がする。

 魔族とかって、見た目と本当の年齢は一致しないって言うし、後で聞いてみようかな。

 今はとにかく、安全を確保しないとね。

 

「......誰か居るにゃ?」

 

 レイラがゆっくりと、そして静かに扉を開け、警戒しながら声を出した。

 

「......レイラ? 良かった! あんたも無事だったんだね!」

「にゃ? あぁ、アエロ姐さにゃふ!?」

 

 中から声が聞こえたと思ったら、扉が突然開かれ、鳥の翼と足を持つ女性らしき人がレイラに飛び付いた。

 

「き、急にはびっくりするにゃ!」

「いやー、ごめんな。あまりにも嬉しかっただけだ。ん、そこの娘達は? ......新入りかい?」

 

 アエロ姐さんと呼ばれた人は、私達を哀れむような目で見て、そう言った。

 まだ十代くらいの私達が捕まっていたことを思って、哀れんでいるのかな......?

 アナちゃんやカトレア君、レイラと会えたし、別にそこまで酷い目にあってないから、私はいいんだけどなぁ。

 

「私、アナンタ。アナって呼んで」

「私はエリー・ガルシア。エリーって呼んでね」

「ふむふむ、アナにエリーだね。私はアエロ・オーキュペテー。

 みんなからはアエロ姐さんって呼ばれてるが......まぁ、好きなように呼んでくれて構わないよ!」

 

 アエロ姐さんは、私やレイラよりも背が高く、二十歳よりも少し年上に見える。

 獣人、それも鳥人なのか、腕があるはずの部分は青い鳥の翼に置き換わっていて、下半身はほぼ鳥のような姿だった。

 髪は短めで、ポニーテール。アナちゃんよりも濃い青色の目を持っている。

 

「うん、よろしくね。アエロ姐さん。アエロ姐さんは、レイラみたいな獣人(鳥人)なの?」

「いんや、私はハーピーの方だな。よく間違われるけど、レイラ(こいつ)とはまた別の種族だよ」

 

 ふーん、ハーピーなんだぁ......。ってことは、アエロ姐さんも魔族ってこと?

 ハーピーは獣人(鳥人)とよく似ているけど、種族特徴が少し違うくて、魔族らしいし......。

 まぁ、カトレア君も魔族だったし、同じ裏切り者ってことなんだろうけどね。

 

「アエロ姐さん、他の人達は?」

「ん、あぁ、ここに居るのは私を含めて十三人だけだな。他の奴らは......まだ来てないな」

「そっか......まぁ、すぐにでも来るに決まってるにゃ」

「あぁ、そうだね。私らは、一番ここに近い出口から来たしな。

 あ、いつまでも外で話すのもあれだし、中に入るといいよ」

「あ、そうだにゃ」

 

 中に入ると、玄関から入ってすぐは、大きめの広間となっていた。

 そして、隅の方には、人間やエルフ、低身長のドワーフ達が寝転がっていたり、座って寝ていた。

 全員、私達を見ることもなく、身体を休めていた。

 

「エリー、アナ。お前達も寝ていていいぞ。出発は明日になると思うからな。今は、身体を休めておくんだ。

 あ、レイラは私と一緒に見張りな」

「にゃー!? ま、まぁいいにゃ。そういうわけだから、お前達は休んでていいにゃ」

「分かった。エリー、寝よう」

「うん、そうだね。......いやまぁ、来る前も寝てたからあまり眠たくないんだけどね」

 

 とは言ったものの、眠気がすごい......。

 長い間、走ってたせいなのかな? 私、あまり運動しないし。

 

「エリー、休息は大切」

「でも......いや、そうだね。今日はもう寝よっか。......そう言えばさ、アナちゃんって何歳なの?」

「六歳。だから、竜種としての力は弱い。レイラくらいで、ようやく半人前」

「へぇー、今よりも強くなるんだねー」

 

 六歳でも、牢獄の壁を壊せるくらい強かったのに、まだまだ強くなるんだなぁ。

 まぁ、それよりも、私よりも年下でよかったぁ......。年上だったら、これからどう接すればいいか分からないし......。

 一つの疑問を解決できた私は、他の人達と同じように、隅の方でアナちゃんと一緒に丸まった。

 そして、気付いた時には──

 

 

 

 ──夢の世界

 

「おはよう、エリーちゃん。私だよ!」

 

 ──夢の世界に居た。って、急すぎないかなっ!?

 え、寝たら自動的に送られるようにでもなってるのっ!?

 

「いや、私が近くに居るせいだね。私が無理矢理引き込んでる。お陰で、マナ多いのに実体化できないというねー」

 

 なにそれこわい。ん、あれ? 私、声出してなかったよね?

 もしかして......。

 

「心の声が聞こえるんですかっ!?」

「まぁ、聞こえるよ。淑女の嗜みだからね」

「淑女が全員心の中聞こえたら怖いんですけどぉ!?」

「まぁ、冗談だから気にしないでね。これが夢の中だから聞こえるだけ。

 それよりも、オーバーリアクションってよく言われない?」

 

 オーバーリアクション? あまり言われないと思うけどなぁ。

 

「絶対よく言われてると思うんだけどなぁ。まぁ、それは置いとこうか。

 今は、それよりも逃げることだからね。敵の様子は見てないから分からないけど、敵が来る可能性もある」

「うん。私達を追いかけて来るかもしれないよね......」

「......まぁ、それもある。と、そうだったそうだった。貴方、お姉さんに何か言っておきたいことはある?

 多分、私が貴方と次に会うのは、貴方のお姉さんが来てからになると思うからね」

 

 お姉ちゃんに言いたいこと......?

 んー......やっぱり......。

 

「それじゃぁ、『お姉ちゃん、私は元気だから心配しないで。......私を助けに来ようなんて思わないで。

 私は大丈夫。友達もできたし、すぐに逃げてお姉ちゃんに会いに行くから』って、言っておいて」

 

 確か、リナさんは明日に出発するって言ってたし、できるなら、お姉ちゃんを危険な目に合わせたくない。

 いやまぁ、それでもここに来るかもしれないけど......。お姉ちゃん、心配症だし......。

 

「ふむふむ。......よし、覚えたよ。大丈夫、ちゃんと伝えるからね」

「ありがとうございます、リナさん」

「別にいいのよ。......それじゃぁ、私は貴方のお姉さんのところに行ってくるね。

 安心して、ゆっくり眠りなさいな。......私が教えた魔法が役に立つ時が来るかもしれないけど」

「え? それってどういう──」

 

 私が聞こうとした瞬間、目の前が眩しく光った。

 そして、再び気が付いた時には、寝る前に居た、大きな小屋に居た────




まだエリー編続きます。
同じくらいだし、多分、後一、二話かな


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10話 「戦闘の準備をするだけのお話」

序章、最後のお話です( ´ ω ` )

途中、視点が変わりますのでご注意ください。


 side Ellie Garcia

 

 ──『魔の森』 大きな小屋

 

「エリー、朝。起きて」

「うん......おはよう......」

 

 目が覚めると、窓からは光がこぼれ、朝だということが分かった。

 それにしても、リナさん......あの言葉ってどういう......。

 

「エリー、大丈夫? 顔暗い」

「ううん、大丈夫だよー」

「おっ、起きたか? 今日の夜に出発するから、準備しとくんだよ」

「はーい......ふわぁ〜......」

 

 あ、よく見ると昨日よりも人数増えてる? ん、あれ、レイラが居ない......? どこかに行ってるのかな?

 それにしても、あの夢を見ていたせいかな? 寝た気がしないや......。

 

「エリー、眠い?」

「うん、まぁねー。でも、大丈夫だから気にしないでー」

「分かった。でも、無理しちゃダメ」

「大丈夫。無理はしないよ。まぁ、アナちゃんが危険な目に遭いそうな時は、無茶するかもしれないけど、それはいいよね?」

 

 アナちゃんも私が危険な目に遭った時は助けてくれるだろうしね。

 私は友達いなかったから知らなかったけど、助け合うのが友達らしいしめ。

 

「ダメ。私がエリー守る。エリーが傷付くの見たくない」

「むぅ......一応、人や自分の身を護る魔法は使えるのよ? まだ使ったことないけど......」

「おっ、魔法使ったことないのか。それなら使ってみるかい?

 今、レイラに偵察に行かせてるから、レイラが帰ってくるまでだが」

 

 あ、レイラの姿が見えなかったのはそういう事だったんだね。

 で、魔法かぁ......。教えてもらったから大丈夫だと思うけど、いざっていうときに使えないと困るしなぁ。

 

「んー、じゃぁ、アエロ姐さん、貴方にかけていいですか?」

「あぁ、もちろんいいよ! あっ、回復とか補助の魔法だよね?」

「うん。攻撃魔法はちょっと......嫌いだからね」

「ん、どうして......は、聞く必要ないか。人族は好戦的なやつ少ないからねぇ。あ、嫌味とかじゃないからね?」

「あ、大丈夫! 分かってますよー」

 

 魔族は戦いを好む種族らしいし、そういう反応されてもおかしくないしねー。

 まぁ、私は戦いって、人を傷付けることがあるから嫌いなんだけどね......。

 

「それならよかった、よかった。あ、一応、外でやろうか。念のためにね」

「私も付いていく。エリー、一人にしたくない」

「私がいるんだけどなぁ......。まぁ、いいか。あ、シアルヴィ! ここは任せたぞー。

 さて、エリー、アナ。付いてきてくれー」

 

 シアルヴィと言う、レイラと同い年くらいの人間らしき男性にそう言った。

 シアルヴィさんが「う、うん。分かった」と答えたと同時に、アエロ姐さんは外へと出ていった。

 私達もアロエ姐さんの後へと続く。

 

「さぁ、行使してくれていいぞー」

「エリー、頑張って」

「うん! じゃぁ、遠慮なく......って言っても、人を護る魔法だけどね」

 

 アエロ姐さんから数メートルほど離れ、オドを温存するために、森中に広がるマナを自分に集中させる。

 

「ふぅー、私ならできる......絶対にできる......『スヴェル』ッ!」

 

 そして、力いっぱい呪文を叫んだ。

 マナが身体中に巡っていくのが分かる。そして、マナが身体から、身体の外へと出ていくのが分かる。

 

「ん、おっ!?」

「......白い盾?」

 

 よ、よかったぁ......。

 魔法を行使し終えると、無事、アエロ姐さんの目の前には、半径一メートルほどの白い盾が現れた。

 

「......や、やったぁー! 成功したよー!」

「へぇー、結構デカイ盾だなぁ。ビックリしたよ。で、これってどういう盾なんだ?」

「えーっと......この盾は、物理はもちろん、魔力的な攻撃をも防げる盾らしいです」

 

 そして、リナさんによると、光と熱系の魔法や干渉を防ぐことに特化しているらしい。

 どれくらい特化しているかは知らないけど......。

 

「へぇー、これまた凄いねぇ。これなら頼れそうだねぇ」

「エリー凄い。でも、私が守るのは変わらせない」

「あはは、アナって過保護なんだねぇ」

「保護者は私だと思うんだけどなぁ」

 

 実年齢、精神年齢からしても、私の方が年上だろうから、私の方が保護者だと思うんだよね。

 まぁ、アナちゃんの方がめちゃくちゃ強いけど......。

 

「私も、エリーが保護者だといい。けど、守るのは私」

「矛盾してる気もするが、確かにそっちの方がいいだろうねぇ」

「むぅ......私、護る魔法持ってるのになー」

 

 まぁ、アナちゃん達が危険な目に遭ったら、私が護ればいいよね。

 もし怪我をしても、『ヒーリングライト』で回復させればいいだけだし。

 

「さて、他にも魔法はあるかい?」

「は、はい。後一つだけ、回復魔法が......」

「よし、それならまだ──」

「おーい! 大変にゃー!」

「って、ん?」

 

 魔法の練習中、森の入り口の方から、レイラが慌てた様子で走ってきた。

 何かあったのかな?

 

「敵がこの森を囲んでいるにゃ! あ、正確に言うと、十個くらいの小隊に別れて囲んでいるにゃ!」

「それは......総数で言うと、どれくらいだい?」

「五百にゃ。結構やばいにゃ」

「......え、五百!? え、えーっと、こっちの数は......」

「昨日、あんたらが来てからも増えたのは増えたんだが......三十弱しかいないねぇ。しかも、こっちは戦える数が半数もいないときた」

「まぁ、ほとんどの人らは捕まってたからにゃ......私も含めてだけど」

 

 私は防護魔法、回復魔法しか使えないから戦えるわけではないし......。

 アナちゃんは戦えるけど、五百は流石に......。

 

「まだ攻めてくる気配はにゃいにゃ。多分、完全な位置を把握していにゃいから、攻めるに攻めれないみたいにゃ」

「ふむぅ......不意打ちを警戒しているってことか? オークなのに?」

「え? オークだと警戒しないの?」

「あいつらは人族が物凄く嫌いだからな。不意打ちなんてお構い無しに突撃してくるはずなんだ。

 それが無いってことは......」

「そういうオークじゃにゃいだけか、オークを従えるほどの強さを持った、オーク以外の魔族が部隊長のどっちかにゃんだろうにゃ」

 

 オークか、オーク以外の魔族で、オークを従えるほどの強さ......。

 どちらにしても、ただ突撃するだけの脳筋じゃないってこと?

 ......これ、本当にピンチなんじゃ......。

 

「どちらにしても、どうにかしないとな。レイラ。中の奴らにも伝えてやってくれ。私は空から見てくる」

「見つかる可能性があるからダメにゃ。見るなら隠れて見るにゃ。まぁ、中の人らに伝えるのはいいにゃ」

 

 それだけ言って、レイラは小屋の中へと入っていった。

 

「むぅ、それもそうだったか。アナ、エリー。あんたらはどうするんだい?」

「私はエリーに付いていく。だから、任せる」

「私に任せられてもなぁ。でも......」

 

 アエロ姐さんを一人にさせるのも心配だし、付いていった方がいいよね。

 人を攻撃することはできないけど、人を護ることはできるし......。

 

「アエロ姐さんに付いていきます。一人にさせるのは、心配だし......」

「優しいんだねぇ。まぁ、人が決めたことに口出しするのもなんだしな。

 何かあったら私が守るから、隠れて付いてくるんだよ」

「エリー、安心して。私も守る」

 

 確かに、アナちゃんに守ってもらえると安心するけど......目立つだろうし、アナちゃんが攻撃されるかもしれないしなぁ。

 できる限り、危険な目に遭わないようにしないと......。

 

「よし、それじゃぁ行くか。遅れないようにしなよ?」

「うん、分かった」

「はーい」

 

 アエロ姐さんは歩きにくいからか、少しだけ浮いて森の入り口へと飛行して行った。

 それを、私達はできるだけ素早く、目立たないように後を追っていった──

 

 

 

 ──『魔の森』

 

「これは......多いなぁ。流石に、三十人弱で何とかできるレベルじゃないねぇ.......」

 

 森の中に潜み、森の外側を見てみた。

 レイラの言う通り、敵がわんさかいた。

 

「私なら、百や二百......」

「アナちゃんが傷付くからダメ。却下」

「むぅ......」

 

 傷付くならまだしも、最悪......いや、そんなマイナスなことは考えないようにしないと。

 あれを思い出すし......。

 

「さて、これはどうしたものか......。いや、最悪......」

「ん、アエロ姐さん?」

「......あ、いいや。何でもないよ。一応、策はあるけど......」

「え、あるの!?」

「あるのはあるんだが......ほぼ賭けだねぇ。それに、全員が助かる見込みも低いからなぁ」

 

 むぅ......それだとダメだよね。一体どうすれば......。

 

「まぁ、まだ攻めてくる気配は無いんだ。それまで考えるとしようじゃないか。何か案が思い付ければいいんだが......。

 思い付かなければ......」

「......あ、アエロ姐さん?」

「......いや、大丈夫だよ。安心してくれ」

 

 アエロ姐さんの顔は、何かを決心したかのように見える。

 もしかして......いや、大丈夫だよね。多分......いや、絶対にみんなで助かる道があるよね。

 そう自分に言い聞かせ、私達は森に潜んで、敵の動向を探り続けた────

 

 

 

 

 

 side ???

 

 ──同時刻 『魔の森』付近

 

 エリー達が森の中から偵察しているのと同時刻。

『魔の森』の近くでは、オーク達を従える二人の人影があった。

 

「......男爵。このまま待たせといてもいいのか? オーク達は今にでも暴れそうな勢いだぞ」

 

 そう言ったのは、その影の内の一人。

 銀色のロングヘアーに赤い目を持つ二十代前半の男性。

 剣に慣れているのか、双剣をジャグリングのようにして遊んでいる。

 

「心配するでない。彼らはそう簡単に暴れるはずはない。できる限り、そう、夜まで待つのだ。

 そうすれば、暗視を持つ者が少ない人族は不利となる。こちらの被害を最小限に抑えるためにもそうするのだ」

 

 そしてもう一人、男爵と呼ばれた馬に乗っている男性。

 立派なちょび髭を生やし、ボーラーハットをかぶった三十代後半に見える男性だ。

 彼は幾つもの戦場を駆け抜け、勝ち抜き、己の強さのみで貴族の男爵という称号を手に入れた歴戦の戦士だ。

 

「今すぐ突撃させればすぐに終わるんだがなぁ」

「突撃さして不意打ちを受けたらどうするのだ。軽傷ですむやつは少ないかもしれんのだぞ?」

「そんなの不意打ちを受けた方が悪い。魔族なら自分で何とかしろってんだ。

 俺みたいな半端者ならまだしもな」

 

 彼らはいずれ始まる戦闘を前に、ゆっくりと、着実に準備を進めていくのだ────




戦闘開始直前。
エリー達は生き残ることができるのか。
ナオミ達はエリー達を助けることができるのか。

次回、ようやく1章に入る()


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1章 「『魔の森』攻防編」
11話 「街に着くだけのお話」


 side Naomi Garcia

 

 ──お昼頃 オークの都市『ディース・パテル』道中 馬車内

 

「意外とあっさり抜けれるものなのね......」

 

 魔族領土(ここ)だと奴隷以下の扱いだから、吸血鬼の都市『ドラキュア』から外へと出れるか心配だったけど......意外と簡単に出れたことに今も驚いている。

 都市から出る場所に検問所のような場所があったけど、中を全然確認しなかったし......意外とザル警備よね。

 

「侵入されることはないってタカをくくっているらしいよー。

 だから、ここは外側からなら攻めにくいけど、内側からなら攻めやすいらしいのー」

「ふーん、よく知ってるわね」

「前にお姉さまが言ってたの!」

「へぇー......」

 

 あの人、どうしてそんなことを......。まぁ、暇つぶしに考えでもしてたのよね。

 

「そう言えば、今から『ディース・パテル』には何時間くらいかかるの?」

「んー......リンー。何時間かかるー?」

 

 リンさん、馬車の御者をやってるのに話しかけられて大変ねぇ。

 まぁ、それくらい大丈夫なのかもしれないけど。私は集中しないと絶対に無理だけど。

 

「五時間ほどですね。かなり長いので、その間はオドの量を増やすためにも、魔法の練習をしていて下さい」

「姉様、オド少ないからね。私と一緒に練習しよー」

「どうしてかしら? オド高い貴方に言われると腹立つわね......」

 

 魔法の練習中に分かったことだけど、私の体内魔力(オド)は常人よりもかなり低い。

 簡単な魔法でも数回行使するのが限界で、召喚魔法で出した武器は数分ともたない。

 高位の魔法ともなれば、私は行使することもできないくらいだ。

 

「大丈夫。オドが少なくても、マナがあるからねー」

「まぁ、そうだけど......」

 

 マナはその場所の濃さに依存するし、できればオドを高くしたいのよね。

 まぁ、オドはコツコツと上げるしかできないけど......まだ上げれるからいいよね、うんうん。

 

「まぁ、オドも魔法を使い続ければいずれ増えるし、そこまで気にしなくていいと思うよ。

 姉様は大丈夫。私が付いているからね」

「そっ、ありがとうね」

「あれ、姉様が珍しく素直......。もしかして、雨降る!?」

「失礼過ぎない? まぁ、別にいいけど」

 

 別に、エリーや村のみんなには素直なんだけどなぁ。

 そう言えば、村のみんなは大丈夫なのかな? 死んでないといいけど......。

 

「いいんだ。あ、姉様。結局召喚魔法の武器は何にしたのー?

 私は槍だよ。姉様の名前と同じだからねー」

「詠唱が『ガルシア』なんでしょ。何回も聞いたわよ、それ」

「あれ、そうだっけ?」

 

 どういう因果か、私の名前と召喚魔法での槍の詠唱が、同じ名前らしい。

 リリィは私と同じ名前というだけで、槍の召喚魔法を気に入っているみたいだった。

 

「そうよ。で、武器だっけ? 普通のサイズの武器だと私は数分しかもたないし、ナイフとかにするわよ。

 小さい分、作りやすいし、保ちやすいし」

「えぇー、姉様も槍にしようよー」

「槍だと使っている最中に消えちゃって、私が死んじゃうかもしれないわよ?」

「あ、ならナイフでいっか。姉様の命大切だし」

「......私以外の命も大切よ。生きているもの全ての命は大切。いいね?」

「はーい」

 

 こんなことを言っても、聞いてくれるかどうか分からないのに、どうして私はリリィに言ったのかしら?

 ......言っておきたい。ただそれだけかもしれないわね。

 

「あ、そう言えばさ、姉様の妹って、どんな人なの? 見た目とか、性格とか教えてー」

「見た目はほとんど貴方が成長したような姿と思ってくれればいいわ。

 髪は貴方と違ってロングヘアーで黒く、目は赤じゃなくて黒だけど」

「まぁ、赤い目のほとんどは吸血鬼だしねー。種族特徴でもないのに多いよね」

 

 確かに、赤い目って少ないけど......まぁ、別に気にする必要はないわね。

 

「で、私の妹の性格はー?」

「何さらっと自分の妹にしてるのよ......。性格は一言で表すなら......優しい、かな」

「分かりにくいけど分かったー」

「それならよかったわ」

 

 それからも、私達はたわいのない会話を続けた。

 数時間後、あの戦いに巻き込まれるとも知らずに──

 

 

 

 ──オークの都市『ディース・パテル』 城門前

 

「妹様、着きましたよ」

「うん、そうみたいね。姉様、着いたよー」

 

 日が落ちるまで後一時間程という時、リンさんが突然口を開いた。そして、その言葉に反応した私は馬車の窓から外を見てみた。

 一番最初に目に入ったのは大きな城壁、そして、慌ただしく走っている騎士のオーク達だった。

 

「......リンさんの声が聞こえてるから、いちいち言わなくてもいいわよ」

「姉様に言いたかっただけよー」

「あぁ、そうなのね。で、ここまで来たのはいいけど、エリーは何処に居るのかしら。

 まだ一日も経ってないから、この都市の何処か、もしくはこの都市の近くには居るはずだけど......」

 

 とりあえず、ここに来た目的を達成しないと。でも、人間の私が話しかけるわけにもいかないし......。

 はぁー、リリィとリンさんに任せるしかないわね。

 

「ねぇ、リリィ。情報収集は頼んだわよ。人間の私が魔族領土で情報収集なんて、絶対に無理だから」

「大丈夫、大丈夫。私と一緒にいれば、吸血鬼だと勝手に思ってくれるはずよー」

「バレたら大変なんだけど......。まぁ、いいわ。たまには貴方を信じてみていいかもしれないし」

「では、ナオミ様。妹様から離れないようにしてください。

 私は少しでも早く見つけるために、これからは別行動を取ろうと思います」

 

 え、要するに、一人で行動するってこと? 危険なんじゃ......。

 

「じゃ、リン。頼んだよ。姉様は私と一緒に行動しようねー」

「一緒に行動するのはいいけど......リンさん、大丈夫なの?」

「私はホムンクルスですから。魔族に襲われる心配も、人族に間違われる心配もありません」

「外見は人間と変わりないんだけど......」

「大丈夫。私も爪とか牙見せないと人間に間違われるしね」

 

 確かにほとんどの種族は人間と大差はないけど......。

 まぁ、ホムンクルスは機械の身体だし、触れれば分かるか。

 

「まぁ、本人が大丈夫って言うなら、いいけど......」

「なら、決まりね! リン、ちゃんと私の妹の情報収集してきなさいよー」

「はい、仰せのままに」

「......だから、貴方の妹じゃないでしょ......」

 

 一人で馬車を連れ、街の中心部へと向かっていくリンさんを見送りながら、私はそう呟いた。

 まぁ、結構似てるから、妹と言っても嘘だとバレないかもしれないわね。

 もちろん、リリィがエリーの妹って言った場合だけど。

 

「じゃ、姉様。ちゃんとフードは被っててね」

「分かってるわよ。それにしても、よく私と同じサイズがあったわね」

 

 今、私はリリィから借りた吸血鬼がよく身に付けているフード付きの白いコートを着ている。

 リリィ曰く、これをしていたら大丈夫、と出発する前に渡されたのだ。

 

「もちろん、お姉さまの服だったものよ。姉様にぴったりで嬉しいわ!」

「あ、そ、そうなのね......。だから、少しぶかぶか......いえ、私はBあるから......」

「姉様? どうしたの? そんなに暗い顔をして......」

「い、いえ。何でもないわよ。心配しなくても大丈夫よ」

「ふーん、それならいいけど......。何か悩み事があったら、いつでも相談してね」

 

 これはリリィに相談しても......いえ、もしかしたらリナのアーティファクトか何かで......。

 

「姉様ー、早く行こー。大丈夫、情報収集は私がやるからねー」

「えぇ、任せたわよ」

「分かったー。ねぇ、そこのオーク。ちょっといい?」

 

 そう言って、リリィは近場の人に話を聞き始めた。

 

「あ? こっちは時間が無いんだ。餓鬼が──」

「貴方の時間は私の時間。オーク風情が......吸血鬼に口答えしないで、私の話を聞きなさい」

「え、は、はい......」

「吸血鬼パワー凄いわね......。っていうか、魅了は使わないの?」

「姉様、貴方以外に使いたくないの。で、私に似た人間の女の子を探してるんだけど、何か知らない?」

 

 本当に私と、私以外の人に対しての口調が違うわね......。

 もはや別人だわ。

 

「そ、それなら、昨日、襲撃された奴らの中にでも紛れ込んでいると......」

「ふーん......その襲撃された奴らは今、何処にいるの?」

「今は『魔の森』の何処かに潜んでいるらしいです」

「もう丁寧語にまでなっちゃったわね。リリィってやっぱり恐ろしいわ」

「うふふ、ありがとー。

 あ、貴方はもう何処かに行っていいから。一先ず何処に居るか分かったから用済みよ」

「あ、はい」

 

 解放されたのが嬉しかったのか、ホッと安堵して、オークは去っていった。

 

「一人目から当たりっぽかったよね。まぁ、ちゃんとした目撃情報がないとねー」

「適当に話しかけていたら、いつか見た人を見つけるわよ。さぁ、次にいきましょう」

「はーい」

 

 それだけ言うとリリィは次の人へ話を聞きに行った────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話 「作戦会議するだけのお話」

 side Naomi Garcia

 

 ──オークの都市 『ディース・パテル』 教会前の墓地

 

「リン? ここに居るの?」

「はい。協会の中に居るように言っています」

 

 情報収集を続けて約一時間。

 リンさんに詳しい情報を持っている人を見つけたと言われて、墓地にある教会までやって来た。

 墓地という場所のせいか、それともそろそろ日暮れという時間帯のせいか、この教会は不気味に見える。

 

「じゃ、入ろっか。姉様。私の後ろに居てね。襲われたりしたら大変だから」

「えぇ、分かったわ。任したわよ」

「うん!」

「妹様。先頭は私が」

「あ、うん」

 

 リンさんを先頭に、私達は教会の扉を開けた。

 中には、銀髪の男の子が一人、ベンチに座っていた。

 

「へぇー、本当に似てるな。ありがとよ。あんたのお陰でここから出る目処が付いた」

「......えーっと、誰? リン。この人が詳しい人?」

「この方が王国軍から逃げているのを見つけまして。

 この王国の状況下で王国軍から逃げている人は、盗人などの罪人か、罪人の逃亡を手助けした者のどちらかだと判断したので、話を聞くために捕まえてきました。ついでに、当たりだったようで、エリー様と知り合いの方みたいです」

「あ、うん。詳しい説明ありがと」

 

 要するに、罪人かもしれない奴を連れてきたと......リンさんェ。

 もしも罪人だったらどうしてたのよ。まぁ、当たりみたいだからいいけど。

 

「私の名前はリリィ。貴方の名前は?」

「俺はカルミア。種族はハーフリング。見た目は十代に見えると思うが、歳は二十歳だ」

「......私よりも年上だったのね」

「何気に姉様が一番若いよね」

 

 今に始まったことじゃないけど、やっぱり姉なのに妹より年下って変な感じね。

 まぁ、リリィが勝手に私を姉にしてるから義理と変わらないけど。

 

「で、話を戻すけど、エリーを知ってるの?」

「知ってるよ。昨日、ここで会った。そして、アジトが襲撃されるまで一緒に居たんだ」

「ふーん......なら、今何処に居るか知ってるわよね?」

「『魔の森』に居るはずだ。当初の予定通りならな」

 

 ふーん、やっぱり『魔の森』にエリーが居るのは確実なのね。

 あの娘、大丈夫かしら......。オークが知ってるくらいだし、今頃戦闘にでもなってたりしたら......。

 

「姉様。顔暗いよ。大丈夫。エリーは私が助けるから」

「......私達、ね。私も助けたいし」

「そういう事なら、俺も連れてってくれ。透明化くらいしか使えないが、あっちには俺の仲間も居るんだ」

「いいよ。まぁ、足でまといになるなら切り捨てるけど」

「なんか辛辣な奴が多いなぁ......」

 

 ......この人、将来苦労しそうね。勘だけど。

 まぁ、ハーフリングと言ったら、その名の通り透明になれる『透明化』や他の種族よりも容易に気配を殺し、見つかりにくくする『隠密行動』を持ってる種族だし、足でまといにはならないと思うけどね。

 ただ、どちらも暗殺向けだからねぇ。

 

「それにしても、カルミアだっけ? 透明化できるなら、逃げれたんじゃないの?」

「追いかけられてなかったらな。透明化はクールタイムが三分もあるから、ここぞという時にしか使えないんだ」

「......ふーん、微妙な特徴なんだねぇ」

「微妙な特徴で悪かったな」

 

 まぁ、何も無い人間よりはマシだと思うけど。

 それに、ハーフリングは魔族特有の再生能力もあるだろうしね。

 

「妹様。そろそろ出発した方がよろしいかと」

「ん、まぁ、そうね。『魔の森』にゴーっ!」

「なんだか気楽ねぇ」

「気楽な方がいい時もあるさ」

 

 こうして、カルミアを連れた私達は『魔の森』へと急いで向かったのであった────

 

 

 

 

 

 side Ellie Garcia

 

 ──『魔の森』大きな小屋

 

 敵の警戒をレイラと交代し、私達三人は小屋へと戻ってきた。

 そして、今は作戦会議の途中なんだけど......。

 

「さて、どうしたものか......」

 

 誰も、全く良い案が思い付かない。もちろん、私もなんだけど......。

 

 最初、囲んでくるであろう敵を一点集中して突破する、という案が出たが、却下された。

 理由は森から出ると目立つため、嫌でも見つかる。こちらは基本的に徒歩なので、馬などで追いかけられたらすぐに追い付かれるかららしい。

 

 次は誰かが囮になる、という案が出たけど......こっちも却下された。

 囮役は必ずと言っていいほど死にやすいし、敵との数の差があり過ぎるから、囮じゃない方にも大量の敵が来る可能性が高い。

 だから、囮の意味がないということで却下された。

 

「......わたし、囮になれば敵倒せる。敵引きつけることできる」

「確かにアナちゃんは強いから引きつけることもできると思うけど......敵の数が多いから、無茶しちゃダメ。

 私、アナちゃんに、みんなに死んで欲しくないから......」

「むぅ......なら、やめる......」

「他に考えれる作戦は......まぁ、迎え撃つしかないか。この森で」

 

 迎え撃つ......。確かに、この森の中、この暗闇なら、視界の悪さのお陰で不意を付くこともできるかもしれないけど......。

 私、回復と防護魔法しか使えないからなぁ。

 

「あ、アエロ姐さん。そ、それは無理だと思います......」

「ん、どうしてだ?」

 

 怯えるような声で、シアルヴィと呼ばれていた人間らしき男の人がそう言った。

 それにしても......見るからに臆病そうな人だなぁ。

 まぁ、私もあんまり変わんないけど......。

 

「だ、だって、オークは再生能力以外にも、暗視を持っているし......こっちは暗視を持ってる人どころか、戦える人も少ないですから......」

「む、確かにそれもそうだな......」

「こ、こっちの利点を一つずつ考えて、作戦を立てた方がいいと思います」

「こっちの利点か......」

 

 利点って言っても、こっちは戦える人は少ないし、数でも負けてるし......。

 それでも、敵よりも上回っている部分ってなんだろう?

 

「......ここはマナが豊富。オークは人族が嫌い。だからこそ、それを統率する奴がいる。

 そして、こっちには戦闘において最強の竜種、アナちゃんがいる」

「......えーっと、要するに、どういうこと?」

「最初に却下された作戦に、多少手を加えるだけで、勝てるかもしれない」

「ほ、本当に!? あ、でも、最初の作戦って逃げるのが難しいんじゃ......」

 

 森から出ると隠れる場所が無いからバレるし、追い付かれるから......。

 

「大丈夫。逃げるのが難しいなら、相手の足を潰せばいい。

 それと、敵を統率している奴を倒せば、オーク達は統率力を失い混乱するはずだ。そこを突けば......なんとかなるかもしれないな」

「詳しい説明、お願い。わたし、エリーの、みんなのためなら頑張れる」

「アナちゃんは敵の足、要するに馬と陽動を頼む。あ、別に馬を殺す必要はないからな。動きを止めたり、奪ったりするだけでいい。

 あ、できる限り、竜にはならないように。敵の攻撃に当たりやすいし、森だと動きにくいだろうからね。

 それと、私とレイラでリーダーを倒す。他のみんなはできる限り、固まって隠れながら、私達の敵を倒した、という合図を待ってくれ。

 もしも十分経っても無い、もしくは敵が来た場合は西を目指して逃げるんだよ」

 

 

 要するに、私も隠れながら......って、アナちゃん達を置いていけない。

 それに、アナちゃん、寂しそうな目でこっちを見てるし......。なんだか、先に逃げることになったら罪悪感がすごいし......。

 

「わ、私もアナちゃんと一緒に行動する!」

「......危険だぞ?」

「大丈夫。身を守るくらいはできるしね。それに、アナちゃんを護ることもできるから」

「......死ぬかもしれない。それでもいいのか?」

「アナちゃんが、みんなが死ぬよりはマシ。私、人が死ぬところ、見たくないから......」

「......まぁ、そこまで言うならいいか。だが、危険だと思ったら逃げるんだよ?」

「大丈夫。何かあったらアナちゃんと一緒に逃げるよ」

 

 最悪、アナちゃんが竜になったら盾で護りながら......あ、半径一メートル程度で護れるのかなぁ......?

 アナちゃん、竜になったら体長五メートルくらいあるし......。

 

「さて、後はレイラの報告を──」

「みんにゃー! 敵が動き出したにゃ!」

「タイミング良すぎだな。じゃ、エリーとアナちゃんは東で陽動を頼む! 森から出ないようにするんだよ!

 さ、レイラ。行くよ!」

「え、唐突過ぎて(にゃに)がにゃんだか......」

「走りながら説明するからとにかく来い!」

「わ、分かったにゃー!」

 

 レイラとアエロ姐さんはいち早く森の北側へと走っていった。

 多分、その方向に敵将らしき人を見つけたからかな。

 

「エリー。わたし達も行こう」

「うん、そうだね。みんなも頑張ってね!」

「う、うん。君たちも頑張って」

 

 私とアナちゃんは、仲間に見送られながら、森の東へと向かっていった────




さらっと生きてたカルミア君であった()


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話 「再会するだけのお話」

 side Ellie Garcia

 

 ───『魔の森』 東側

 

「エリー、敵きてる!」

「うん! 魔法の準備はできてるよっ! アナちゃん、いつでも戦い始めてもいいからねっ!」

 

 東側の入り口へと到着したと同時に、敵の大軍がよし押せてくるのが見えた。

 数は分からない。けど、軽く一〇〇人は超えている気がする。

 

「エリー。危険だと思ったら隠れて。竜にならないから、力弱い。だから、何かあったら守れないかもしれない」

「マナは豊富にあるから大丈夫だよっ! 私のことは気にしなくていいから、できる限り人を殺さないように倒して!」

「難しい要望。でも、頑張る」

 

 できれば、仲間にも、敵にも死んでほしくない。

 人族と魔族の戦争中に、こんな理想、実現なんて不可能に近いけど......。

 

「ヒャッハー! 幼女だーっ!」

「なんだと!? 捕まえろ!」

「お前ら! 統率を乱すな! また男爵に怒られるだろうが!」

 

 オーク達が私達を見てそう言って、真っ直ぐ私達へと向かってきた。

 あれ? 地味にオークじゃない奴が一人いるような......。でも、リーダーとかじゃないよね。

 リーダーっぽいのはアエロ姐さん達が行った方向に居たし。

 まぁ、今はそれよりも......。

 

「あの人たち怖いんだけどっ! っていうか、私は少女だから! 幼女って年じゃないから!」

「あれ、殺していい?」

「ダメ! 怖いけど、一応、殺さないで。動きを止めるか気絶させてっ!」

「分かった。じゃ、凍って」

 

 アナちゃんは一言だけそう呟くと、手を握りしめ、淡い水色の光を拳に集めた。

 

「ちっ、めんどくせぇ。おい、盾になっとけ」

「ふぁっ!? あ、これやば──」

 

 そして、その拳を開けたと同時に、すぐにその光は敵の方へと薄く広がり、ほとんどの敵の足を凍らせてしまった。

 

「──なんだこれ!? 氷か!?」

「こんなもの! あ、転けぶへらっ!」

 

 足が凍った人のほとんどはその場から動けなくなり、一部の人は氷を無理矢理砕いたが、その反動で転けてる人もいた。

 

 うん、普通にダサいなぁ。身体能力そこまで高くない私が言うのもなんだけど。

 

「アナちゃんって、竜じゃなくてもそんな魔法使えるんだねー」

「魔法? ううん。これ、私だけの種族特徴、個体特徴。オド消費して、水、氷を作って操れる。詠唱は必要ない」

「へぇー、竜ってそういうのもあるんだねっ!」

「テメェら。呑気に話してんじゃねぇよ」

「あっ、と。アナちゃん! 敵来てるから構えて!」

 

 アナちゃんの氷を回避した人達が真っ直ぐ、こちらへと向かってきた。

 オークじゃない人、多分人間の人を先頭にして。

 

「ここは戦場だ。一瞬の隙が命取りに......げっ、お前リリィか!? い、いや、お前じゃ──」

「お前が命取りになってるのよ!」

「え? ぶへらっ!」

「よし! 決まった!」

 

 突如、何も無いところから少女と男の子が現れた。

 そして、人間らしき人の顔を思いっきり蹴ったかと思うと、私達の目の前に着地していた。

 

「え、貴方は......カルミア君!?」

「昨日ぶりだな。ま、俺は死なないって言っただろ? ところで、レイラ達は何処だ?」

「レイラはアエロ姐さんと一緒に北にいるよっ! 他のみんなは小屋の近くに隠れてると思うっ!」

「ふむ。分かった。リリィ、でいいよな? お前はこいつらを頼む! 俺は北に行ってくる!」

「あいさー。さて、私はリリィ・ベネット。貴方の味方、っていうかお姉ちゃんだよ!」

「......は、はい?」

 

 急に出てきて、お姉ちゃんとか言われても......。

 でも、味方なのは確かだよね。敵さんから守ってくれたみたいだし。

 

「あー、そっか。まだ知らないかったわね。後で姉様、もといナオミが来るから少し待ってて。

 私達だけ先を急ぎすぎちゃったからねぇ」

「え!? お姉ちゃんが!? あ、ってことは、貴方がリナさんの妹さん?」

「あ、正解ー。ま、ちゃんとした自己紹介は後ででいいよね。今は──」

「痛てぇなぁ。まぁ、いつも通りみたいで逆に安心するが、分からねぇな」

 

 さっきの人、何ともなかったみたいに起き上がってる!?

 不意打ちだったし、くりーんひっと? してたのに......。

 

「リリィ。お前は魔族だろ? どうして人族の味方をするんだ?」

「──あいつをボコって逃げないとね。後、恩売るついでに他の人族を助けて」

「な、何? あの人知り合い?」

「さぁ? 知らないわ。お姉さまを私から盗ろうとしたクズなんて」

「おい、それ絶対覚えてるセリフじゃねぇか。それで? リナは何処だ?」

 

 えーっと......うん、話に全然ついていけない。

 と、とりあえず、あの人達を気絶させて逃げればいいんだよね?

 他のみんなも頑張ってるし、私も頑張らないと......!

 

「貴方になんか教えない」

「ちっ、まぁいい。あいつだけでも魔族(こっち側)に引き戻さないとな。お前はあれだ。事故死って報告にしとくわ」

「貴方の武器、双剣? それで事故死ってどうするのよ」

「殺した後に考えるわ」

「そ、なら私はお姉さまにでも伝えるね。貴方がどうやって無様に死んだか」

 

 うわぁー、あっちはものすごくっピリピリしてるぅ......。

 わ、私達は他の敵を相手にしとけばいいんだよね? .....,護るしかできないけど。

 

「あ、アナちゃん! 私達は、他のオーク達を!」

「うん、分かった。的確に、確実に、凍らす!」

 

 そう強く声を発したと同時に、先ほどと同様、右手に淡い水色の光を集め始めた。

 

「そうはさせねぇぞ! お前ら! 矢を放て!」

「アナちゃんがっ! くっ、『スヴェル』!」

 

 気付くと、私はアナちゃんの前に飛び出し、大きな盾で自分とアナちゃんを護っていた。

 矢は全て盾に塞がれるか外れるかして、なんとか無事にすんだみたいだった。

 盾に傷一つ付いていないみたいだし......これなら、大丈夫!

 

「ちっ、めんどくせぇガキがいやがるぞ!」

「や、やっぱり怖い......。けど! アナちゃんは私が護るから!」

「エリー、ありがとう。じゃ、エリー以外は凍って!」

「第二波だ! 避けろ!」

 

 アナちゃんの二発目の攻撃は、先ほどと同じように地面スレスレに飛んでいった。

 

「くっ!? 足が!」

「ひゃぁ、冷たいぃ!」

「狼狽えんじゃねぇ! ただの氷だ! 砕いてしまえ!」

 

 そして、先ほどと同じように、複数の人の足を凍らす結果となった。

 

「このまま、時間を稼いで......って、そうだった! 馬をなんとかしないとっ!」

 

 馬のほとんどは、離れた位置にいたせいか、凍ってない。

 このままじゃ、逃げれたとしても追いつかれる......!

 

「アナちゃん! 馬の動きを止まらせるか、馬を盗らないと!」

「そうだった。じゃぁ、私が......エリー! 後ろ!」

「えっ?」

「死ねぇ!」

 

 後ろを振り返ると、既に剣を振り上げていたオークがいた。

 

 ──あぁ、これは終わったかなぁ。

 

 この世界の全てがスローモーションに見えた私は、そう悟った──

 

「──私の妹に! 手を出すんじゃないわよ!」

 

 懐かしいその声が聞こえた。

 それと同時に、オークは殴られて横にすっ飛んでいった。

 

「ぶへらっ!?」

「え、りー? ......よかった」

「ふぅ、危なかったわね。大丈夫?」

「え、うそっ......!?」

 

 気が付くと、唯一の家族に会えた嬉しさのせいか、腰を抜かして、目の前が見えなくなるほどの涙を流していた。

 ──ようやくだ。長く感じたこの数日間。ようやく、再会できたんだっ!

 

「まだ逃げれてないのに、そんなに泣かないの。ほら、立てる?」

「うんっ! 大丈夫だよっ! お姉ちゃん!」

 

 嬉しさのあまり、私はお姉ちゃんの胸に飛び込んだ。

 ──いつもの匂い、いつもの触感。間違いない。お姉ちゃんだ......。

 紛れもない、私の、お姉ちゃんだっ!

 

「嬉しいのは分かるけど、抱きつくのは後でにしなさい。今度こそ、助けるから」

「う、うんっ、分かった!」

「さて、敵の足を潰せばいいのね。

 まぁ、それはリンさんがやってくれるらしいからいいとして、こっちは時間稼ぎをしないとね。

『ミセリコルデ』!」

 

 お姉ちゃんが詠唱を口に出したと思うと、いつの間にか、右手にはダガーが握られていた。

 

「これは止めの短剣、慈悲の短剣。簡単に言うとただのダガー。

 今から、時間を稼ぐわ。その間、貴方は後ろに下がっていて。あと、貴方もね」

 

 お姉ちゃんは私とアナちゃんを交互に見て、そう言った。

 ──でも、下がるわけにはいかない。もう、何も失いたくないから。

 

「お姉ちゃん。私も一緒にやる。大丈夫っ! 私も魔法、使えるからねっ!」

「え? ......本当に?」

「うん、本当に」

「......そ、それでも、あまり前にいかないようにしなさいよ。

 できる限り、私よりも後ろにいなさい」

 

 あ、なんだか羨ましそうな目をしてる。

 お姉ちゃんも魔法使えるようになったみたいだし、羨ましがるようなことじゃ......あ、お姉ちゃんって、魔法が大好きだったんだ。

 だから気になってるわけか。ま、お姉ちゃんって、時々子供みたいなところあるしねー。

 

「なんか失礼なことを考えられている気も......。まぁ、いいわ。

 とにかく、ある程度時間を稼いだら、逃げるわよ!」

「分かった!」

「.....,話に入れなかったけど、分かった」

 

 お姉ちゃんに再会できた私は、再度、時間を稼ぐために、戦うのであった────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14話 「希望が見えただけのお話」

多分、これからは急展開が多くなりますが、ご了承ください()


 side Naomi Garcia

 

 ──『魔の森』 東方面

 

「さて、時間を稼ぐとは言ったものの、どうしようか......」

 

 今更だけど、この状況、どういうことよ。

 敵であるオークのほとんどは足が凍って動けない。そして、一番強いはずのリリィはなんか変な奴と戦いを繰り広げている。

 素人目には、五分五分の戦いだけど、加勢するべきか否か......。

 

「お姉ちゃん、敵が来てるよっ!」

「ん、あ、そうね。さて、私もそこまで戦えるわけじゃないけど......。

 妹を守る時くらい、火事場の馬鹿力とか出せる、よねっ!」

 

 不意打ちと言わんばかりに、話している最中に、こっちに向かってくる敵にダガーを投げた。

 ──ヒュン! と音をたてて飛んでいったダガーはグサリと向かってきていた敵の一人の膝に命中する。

 

 が、少し痛がったものの、すぐにダガーを抜き捨て、またこちらに走ってきた。

 

「ぐわっ! あ、あのアマ......!」

「あ、当たった。てか、絶対怒ってる。あの顔は絶対怒ってるわぁ」

「エリーの姉、だよね?」

「え? え、えぇ。そうだけど......そう言えば、貴方は?」

「私はアナンタ。エリーの友達。エリーの姉なら、守る対象。だから、安心して」

 

 安心して、って言われても......。この娘、見た目からして魔法学校の初等部一年くらいの歳じゃない。

 こんな娘が、どうやって......。

 

「あ、お姉ちゃん! アナちゃんはね、強いのっ! だからね、ちゃんと守れるからねっ!」

「そこまで必死に言わなくてもいいわよ」

「お姉ちゃん、絶対に信じてない顔をしてるから......」

「あぁ、顔に出てたのね。さて、そうこうしているうちに敵も来てるから......『ミセリコルデ』! はぁっ!」

 

 二本目のダガーを作り出し、精一杯の力で敵に向かって投げる。

 が、流石に不意を付けていないせいか、当たることはなく、避けられてしまった

 

 ──ちっ、流石に当たらないわね。

 

「はっ! そんな攻撃、二度もぐはっ!?」

 

 ダガーは避けられたが、私の横を通り抜けた水色の塊の何かが敵の頭に命中した。

 そして、敵はその反動で吹き飛ばされた。

 

 今のは、アナンタ(あの娘)の魔法?

 吹っ飛んだんだけど。強すぎない?

 

「よそ見、ダメ、絶対」

「......まさか、そんな小さい時から魔法を使えるなんてね」

「魔法じゃないよ。私の個体特徴」

「個体、特徴? え、それって......」

 

 個体特徴なんて、神族や竜種だけの特権じゃない。

 もしかして、リナ(あいつ)の言ってたやばい奴ってこの娘のこと?

 でも、こんな小さな娘がそんな......。

 

「お姉ちゃん! 敵が来てるよっ!」

「え? あぁ、そうね。聞きたいことが増えたけど、先にこいつらをどうにかしないとね!」

 

 敵が集まっている中、私は再びダガーを召喚し、次の敵に備えた。

 

「はぁっ!」

 

 一番近い敵に向かって投げる。

 

 が、流石にそう何度も当たらない。

 

 というか、一発目は奇跡だったんじゃないかというくらい、敵から外れる。

 

「ちっ、あのガキも厄介だぞ!」

 

 こうなったら......でも、近距離戦は絶対に勝てないよね。

 はぁー、リンさん。早く馬をなんとかして......。

 

「敵多い。まだ竜になっちゃダメ?」

「え、えーっと......お姉ちゃん、いいと思う?」

「そこ私に振る? まぁ、いいんじゃない? けど、貴方が本当に竜なら、リリィがねぇ......」

 

 リリィのお姉さん、リナは竜種に殺されたらしいし、この娘が殺した竜じゃなくても、恨んでる可能性があるのよね。

 姿を見たら、考え無しに襲うとかじゃなきゃいいんだけど......。

 

「ダメ? あ、敵来てる。はぁっ!」

「あ、本当ね。『ミセリコルデ』! 当たれっ!

 ......ちっ、やっぱり当たらないわねっ!」

「『スヴェル』ッ! お姉ちゃん達を護って!」

 

 凍ってた敵も動き出し、どんどん敵が押し寄せてきてる。

 こっちの攻撃は当たらないし、マナは豊富だと言っても、手数もエリーの防御にも限界がある。

 だからといって、エリーの友達を危険な目に遭わすのも......。

 

「お困りのようだね。助力しようか?」

「えぇ、そうしてくれると......えっ!? ど、どうして......!?」

 

 聞き覚えがある声に対し、適当に返事をしていた。

 

 しかし、それがそこに居ないはずの人物だと気付き、私は振り返り、その姿に目を疑ったのだ。

 

「え、リナさん?」

「......誰? エリーの姉に似てるけど」

 

 振り返った先には、竜に殺されて亡霊となったはずのリナがいた。

 しかも、幽霊によくある半透明とかじゃなく、しっかりとした身体を持っている。

 

「ほらほら、前見ないと。敵が来てるよ?」

「え、あ......そうね。『ミセリコルデ』! 当たれっ!」

「さて、そのまま攻撃して、こっちに近付かせないようにしてよ。

 その間に、私が居る理由話すから」

 

 いやいや、かなり大変なんだけど。

 それに、ダガーが一発も当たらなくなってきてるし......。

 

「できる限り手短にしなさいよ! 多分、一分も持たないかもしれないから!」

「はいはい。簡単に言うと、ここはマナが多いから現界できた。

 それで、リリィのためにも、まだ死んで欲しくないから貴方達を助ける。

 以上! 何か質問は?」

「最初からそうしなさいよ! それと、実体化できるなら私がリリィと一緒にいる意味無いじゃない!」

「いや、だって実体化するのも時間かかるし、今は貴方に取り憑いてるようなものだし。

 後者のは、マナ豊富な場所はそうそう無いし、もう貴方を気に入っちゃてるし」

 

 だからといって......って、取り憑いてる!? 私に!?

 いや、初耳なんだけど!?

 

「あ、驚いてるね、その顔は。まぁ、そういうことだから──」

「エリーの姉、危ない!」

「え? あ、ちょっ」

 

 リナに集中していたせいで、敵が目前まで迫ってきていることに気付かなかった。

 

 これ、避けれな──

 

「──吹っ飛べ!」

「ふわっ!?」

 

 リナがそう言ったと同時に、私は何か暖かい風のようなものを感じた。

 

 そして、目前まで迫ってきていたはずの敵は、いつの間にか遠くに飛ばされていた。

 

「きゃっ! か、風? 一先ず助かったわ......」

「なんだか面白い反応するよね。これは私の生前の魔法よ。個体特徴とも言っていいほどのレベルだけどね」

「言っただけで本当に吹き飛ばすとか、どんな魔法よ。とか思ったけど、詠唱と変わらないか」

「そういうこと。さて、と。リリィは......あっちね。レンね。久しぶりに見たけど、変わってないわ。

 じゃっ、聞こえてないだろうけど、レン。またね。『テレポート』!」

 

 リナが手をリリィの方向へと向けて詠唱したかと思うと、虚空から戦闘していたはずのリリィが落ちてきた。

 

「い、ったぁ......。あれ、ここ......あ、お姉さま!」

「リリィ、久しぶりね。あ、周りの敵は吹き飛べ!」

 

 リナが敵を吹き飛ばしている最中、リリィはリナへと飛び込んだ。

 

「あ、え? 痛っ! あ、あれ? 触れない......」

 

 ──が、リナの身体をすり抜け、地面と激突してしまった。

 

「私、実体化してると言っても、本当の実体は無いからこの状態でも触れないのよ」

「......うん、そうだよね。そうだったよね......。お姉さま。また、会えるよね?」

「会ったばっかりなのに早いね。大丈夫。ナオミと一緒にいればまた会えるよ。ナオミは私の生きる糧となったし」

「そっか。分かった。お姉さま、また、絶対に会おうね」

 

 今、聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど?

 まぁ、いいわ。今はそれよりも......。

 

「リナ! 私達はどうすればいいの?」

「あぁ、そうね。隠れてる仲間を集めて、西へ逃げて。ここと、北にいる人達は私が何とかするから、安心してね。

 リンは......まぁ、大丈夫みたいね。というか、流石ね。それと、リリィ。みんなを頼むわよ」

「......うん。お姉さま、またね」

「さぁ、みんな。行くわよ」

 

 ここをリナに任せ、私達は森の中へと走っていった────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15話 「逃げのびるだけのお話」

かなり遅くなって申し訳ないm(_ _)m

これからは長い休みに入るので、早めに投稿できる......はず()


 side Rina Bennett

 

 ──『魔の森』 東側

 

「さぁて、足止めの時間ねー」

「......やっぱり、お前も人族(そっち)側なんだな。リナ」

 

 迫ってくるオークの軍勢。その中にいるオーク(それ)とは違う唯一の者がこちらに向かって話しかけてきた。

 

「ん? 私はいつでもリリィ(こっち)側よ?」

「それは初耳だったな。......どうしても戻ってきてくれないのか?」

「もう私とは別れたんだし、私のことは忘れて()()()()()と付き合った方がいいと思うよ?」

「いや、俺は諦めねぇ。お前に見合うくらい強くなってみせる!」

 

 あら、まだ別れた理由を勘違いしてるのねぇ。

 それにリリィったら、まだ私が死んだことを言ってなかったのね。

 あの娘なりの優しさかな? それとも......。

 

「ふふっ、一体何年、何十年かかるんだろうねぇ」

「すぐに追いついてみせるさ。これでも同い年だ。努力さえすれば......」

「おい! いつまで敵と話してんだ! 男爵にまたどやされるぞ!」

「......あぁ、そうだったな。あのおっさんはめんどくせぇからな。

 リナ、すまないがここは力づくで通らせてもらう。......まぁ、無理だろうけどな」

 

 レンったら、心の声漏れてるよ?

 それに、私はそこまで強くないんだけどなぁ。

 本来は戦闘にあまり向いていない魔法しか極めてないし。戦闘用含めて他の魔法は微妙だし。

 

「あらまぁ、力づくで通るの? なら、私も妹を守るために本気を出すね?」

「......お前ら、油断はするなよ。あの顔はかなりやばいからな。それと、まだ凍ってる奴を早く助けて加勢させろ。

 急がないと、こっちが全滅するかもしれん」

「そ、そんなに手強い奴なんすか? あの女性は」

「名前を聞けば知ってるはずだ。魔族皇帝に認められた吸血鬼、『リナ・ベネット』という名を聞けばな」

「あ、あの皇帝様が次期皇帝にするという噂の自由人、リナ・ベネットですかい!?」

 

 あれ、なんかあの人達、大袈裟過ぎない?

 確かに皇帝様とは話したことや、王国をプレゼントしようか、とか言われたことあるけど、まだまだ二十二の若者よ? 死んでるけど。

 それと、自由人って言うほど自由にしてないからね?

 

「あぁ、あのリナだ。あいつを敵に回すのは厄介。お前ら、男爵が言ってたように死なないように戦え。

 ここで全滅するよかマシだ」

「警戒し過ぎじゃないかな? 大丈夫よ。むやみな殺生はしない主義だからね」

「全軍! 目の前の敵を警戒しながら前進! 隙あらば逃げた連中を追え! そして、絶対に誰も死ぬな!」

「って、聞いてないか。仕方ない。誰も追うことは叶わないよ。私がいる限りは、絶対に」

 

 目の前まで迫り来る軍勢を前に、私はすぐにでも魔法を使えるよう、準備をした────

 

 

 

 

 

 side Naomi Garcia

 

 ──『魔の森』 西側

 

「お姉さま、大丈夫かなぁ......」

 

 森の中にある小屋を通り、エリーの仲間を集め、西に向かっている最中、悲しそうな顔でリリィがそう言った。

 

「あいつが簡単に死ぬとは思えないわよ?」

「あ、そうじゃなくて......私の近くにいないから泣いてないかなぁ、って......」

 

 あぁ、そう言えばこういう娘だったわね。それにしても、この娘にはリナ(あいつ)が負ける、という考えは無いのね。

 それくらい信用しているのかしら? リナ(あいつ)の強さを......。

 

「みんな! そろそろ森抜けるよっ!」

「おそらく、敵がいるはずよね。さて、どうしたものか」

「姉様、私が先行しよっか?」

「......そうね。この中ではかなり強い方だしね。お願いできるかしら?」

「一番強い自身あるよ! じゃっ、行ってきまーす!」

「ちょっ、先行、って言っても早く行けとは......」

 

 リリィは私が制止するよりも早く、森の外側へと走っていった。

 

 あの娘、私と初めて会ったとき以上に御機嫌ねぇ。

 やっぱり、少しだけでも姉の姿を見れたから、なのかしら?

 

「......お姉ちゃん、私達も急ごっか」

「えぇ、そうね。......エリーも嬉しい?」

「え? 何がー?」

「私に会えて、よ」

「うんっ! 当たり前っ!」

「......そうね。当たり前のことよね」

 

 わざわざ聞くまでもなかったわね。さて......急いでリリィを追わないとね。

 あの娘、エリーに似てはしゃぎすぎると色々と失敗しそうだし。

 

 そう考え、私は走る速度を速めた。

 そして──

 

「みんな! 森の出口が!」

「えぇ、見えてきたわね」

 

 しばらくすると、森の出口が見えてきた。

 しかし、不思議なことに何も音がしない。

 

 戦っているなら、何かしらの音はするはずなのに......。

 まさか──

 

「あ、姉様ー! 遅かったね!」

「......え? リリィ?」

「......お姉ちゃん。敵、みんな倒されてるよ」

 

 ひと足早く、森の出口から外を見ていたエリーがそう言った。

 

 もしかして、私達が着くまでの数分の間に敵を?

 いや、そんなこと──

 

「あ、一人だけ、立っている人が......メイドさん?」

「メイド? ......あ、リンさん?」

 

 エリーのその言葉に、私は森の外を見に行った。

 そこには、複数の馬車を連れて立っているリンさんがいた。

 

「あ、敵はね、リンが倒しといてくれたよー」

「えぇー......」

「えーっと......そのリンさん、って人が一人で倒したの?」

「ま、五十くらいだし、魔眼と姉様のアーティファクト使えばこんなもんでしょ」

 

 霊となった今でも一人で百以上の敵を抑えたり、五十人ほどの敵を倒せるアーティファクトを持っていたり、リナってどんだけ凄い人だったのよ......。

 それにしても、そんなリナを殺した竜って一体......。

 

「ナオミさん。アエロ姐さんやレイラさんは......?」

 

 リリィと会話している最中、一緒に逃げてきたエリーの仲間の一人が聞いてきた。

 そう言えば、カルミアが助けに行った人らの名前......かな? リナがなんとかするとか言ってたけど、どうするんだろう?

 まぁ、今はとりあえず安心させないと。

 

「大丈夫よ。すぐに来るから」

「そ、それなら、よかったけど......」

「今はとにかく、逃げなさい。リンさん!」

「はい、ここに。どうなされましたか?」

「この人達を、人族の街まで送ってあげて。そのための馬車なんでしょ?」

「はい、そうでございます。では、皆様。こちらの馬車にお乗り下さい」

 

 とりあえず、一緒に逃げてきた人達はリンさんに任すとして......。

 

「リリィ。ちょっといい?」

「ん、どうしたの? それも小声って......」

「誰にも聞かれたくないからよ。リナが北側にいる仲間を連れて来れない、っていう可能性はあるかしら?」

「無いと思うよ」

「予想はしてたけど、即答なのね。で、どうやって連れて来ると思う?」

「そうねぇ......」

 

 リリィはしばらく「んー」と声を出し、頭を抱えていた。

 そして──

 

「生きているなら瞬間移動や透明化の魔法で来させるかな。死んでるなら直接言いに来るはずよ」

「そう......。まだ生きている可能性はあるのね。それはよかったわ」

「まぁ、この都市は人族、特に人間以外なら生け捕りが基本だしね。人族がいなければ生きてると思うよ」

「流石に何の種族かは聞いてないわね」

「ナオミ様。全員、乗り込めました。どうなされますか?」

「なんか言い方悪い気がするわね」

 

 それでも、流石ホムンクルスのメイド。仕事が速いわ。

 残りの馬車は二台、か。私達が乗る分とカルミア達の分。ちょうどあるわね。

 

「できれば一緒に行ったほうが安全なんだけど、敵が集まるのも時間の問題。

 ねぇ、リンさん。馬車を先に行かすことってできる?」

「支配系の魔法は取得済みなので、馬に命じれば何処へでも行かすことができます」

「......程々にしなさいよ? その魔法は。でも、今は有り難いわ。

 この人達を先に行かしてあげて。目的地はここから一番人族の都市で」

「了解致しました」

 

 そう言って、リンさんは馬に魔法をかけていく。

 これ、今更だけど動物に支配魔法をかけるって、都市によっては犯罪だった気もするわね。

 まぁ、今はそうも言ってられないけど。

 

「では......馬達よ! 人を目的地へとお連れなさい!」

 

 リンさんの一言により、馬は音を立てて走り去っていった。

 

 これで、あとは祈ることしかできないわね。

 ここから近いのは、おそらく人間の都市『アンリエッタ』のはず。

 あそこなら、人族は大丈夫のはず。......でも──

 

「......意外と馬って速いんだね」

「ん、え、えぇ。そうね。あとは無事に着くのを祈るだけ。カルミア達を待ちましょうか」

「うんっ、そうだねっ!」

「って、言ってるそばから誰か来たみたいだよ?」

「え?」

 

 リリィが森の中を指差しながらそう言った。

 敵? それとも味方? どちらにせよ、警戒はした方がいいに決まっている。

 

 そう思いながら、私はありあまるマナを使い、ダガーを召喚した。

 

「着いたにゃー!」

「みんな! 無事か!?」

「......カルミアね。それに、アエロ姐さんとレイラさん、かしら?」

 

 森から飛び出して来たのは、カルミアに、鳥の獣人と猫の獣人だった。

 怪我はしてるけど、どうやら無事みたいね。安心したわ。

 

「そうにゃ! お前は......誰にゃ?」

「初対面にお前って......。まぁ、いいけど。エリーの姉よ。よろしくね」

「私はアエロ。見ての通りハーピーだ。よろしくな!」

「あ、私はレイラにゃ。って、それよりも他のみんにゃは?」

「敵が来ても困るから、先に『アンリエッタ』向かったわ」

「それならよかったにゃ。ちょうど向かう予定だった場所もそこだからにゃ」

 

 へぇー、最初から......。まぁ、助けた、っていう事実があれば大丈夫よね。

 

「さぁ、積もる話もあるが、着いてからにするか。馬車はこれだな? 今すぐ出発するぞ!」

「では、貴方方はこちらの馬車へどうぞ。ご心配なく。目的地は『アンリエッタ』となっております」

「ホムンクルス、か? まぁ、後で聞くとするか。とりあえず、ありがとな」

 

 それだけ言うと、カルミア達は馬車へと乗り込み、馬を走らせた。

 そう言えば、リンさんにリリィ。エリーにアナちゃんという娘に私。

 合計五人もこっちに乗るのね。狭そうねぇ。

 

「では、私達も向かおっか。別に私は行く必要も無いんだけど......リン。『アンリエッタ』に出発よ!」

「はい、かしこまりました」

「......私、あんまり喋ってないから忘れられてる気がする」

「だ、大丈夫だよ? 私は忘れないからっ!」

 

 こうして、私達も馬車へと乗り込み、人間の都市『アンリエッタ』へと向かうのであった。

 おそらく、私だけが心配事を胸に秘めて────




アナちゃんの会話が物凄く短いどころか、一言しか喋ってない気もしますが、空気を読んで空気になっているだけです故、次回はちゃんと喋りますので、安心してください()


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16話 「馬車の中で揺られるだけのお話」

あまり進まない。というか全然進まない気もする()
それでもいい方は暇な時にでも読んでくださいませ()


 side Naomi Garcia

 

 ──人間の都市『アンリエッタ』までの道 馬車内

 

「さて、改めて自己紹介から始めましょうか」

 

 静かに揺れる馬車の中、最初にそう切り出したのは私だった。

 

「うん、そうだね。もう安全だろうし、見知らぬ顔もあるし......」

 

 リリィはそう言って、怪訝な目でアナンタを見つめた。

 

「......何?」

「何もない。だけど、貴方から何か嫌な......」

「それもすぐに分かると思うわよ? けど、何があってもアナンタ(この娘)を傷付けるようなことはしちゃダメよ?

 エリーの友達なんだから」

「......分かった。姉様の言う通りにするわ」

 

 こういうところは素直なのよね、リリィは。

 でも、種族を聞いても本当に抑えてくれるかどうか......。まぁ、いずれ分かることだし、今はリリィを信じるしかないわね。

 

「じゃ、私からするわね。言い出したのも私だし」

 

 馬を引いているリンさんと私以外の、ここにいる三人の顔を見回しながら、私はそう言った。

 

「まぁ、そうは言ってもアナンタ以外は知ってるわよね。

 私はナオミ。ナオミ・ガルシア。人間でエリーの姉よ。よろしくね」

「......うん、よろしく」

 

 主に初めて会うアナンタを見ながら自己紹介をした。

 アナンタの方も、エリーから聞いているかもしれないから、ここにいる全員が私のことを知ってるかもしれないが。

 

「次は私でいいかな?

 私はエリー。お姉ちゃんと同じく人間だよー。

 えーっと、初めて会うのはリリィちゃん? だけかな。よろしくねっ!」

「うん、よろしくー。まぁ、名前出てるから言う必要あるか知らないけど、一応、言っとく。

 リリィ・ベネット。姉様の妹。なったのは最近だから、義理の妹、かな?

 種族は吸血鬼。好きなのはお姉さまと姉様。嫌いなのはり......うん、言わない方がいいみたいね」

 

 何かを察したのか、リリィはアナンタの方を見ながら言葉を切った。

 

 もしかして、気付いてる? それとも、別の理由かしら......?

 まぁ、どちらにせよ、有り難いわね。言わない方が余計な敵対心を生まないし。

 

「最後、私。名前はアナンタ。エリーの友達。

 種族は......竜種の水、氷竜。得意なのはどちらかと言えば氷だから、種族も氷竜より」

「竜......うん、だろうね。嫌な感じがするし。でも、姉様。安心して。暴れたりはしないから......」

 

 落ち着いた声でそう言うが、目は明らかに敵意を剥き出しにしている。

 アナンタの方はといえば、敵意に気付いているのか、鋭い目でリリィを見つめていた。

 

 この娘、意外と失礼ね。まぁ、吸血鬼にとって二十歳はまだ子供かもしれないから、我慢できるだけでも良しとしますか。

 

「......えぇ、偉いわね。アナンタ、ごめんなさいね。この娘、色々あったらしいから」

「ううん、大丈夫。......リリィ、ごめんね」

「......別に、貴方が謝ることじゃないよ。ただ、どうしても、竜って言う名前だけでも聞くと......。

 ......こちらの方こそごめんなさい。もう大丈夫。貴方の匂いにも馴れたから」

「いいよ。全然大丈夫」

 

 その言葉が真実であると物語るかのように、リリィは声だけではなく、目も落ち着きを取り戻していった。

 

 暴れないかと冷や冷やしたけど、意外と丸く収まるものなのね。

 それにしても、匂いで分かるって凄いわね。やっぱり、吸血鬼は人間と違って嗅覚も凄いのね。

 

「仲直り、って言うのが正解なのかな? まぁ、一先ず安心〜」

「別に、吸血鬼だからといって、私は好戦的なわけじゃないし......。

 それに、お姉さまを殺したのは水や氷じゃなくて炎。炎龍だから。種類が真逆なの」

「そう言えば、確かにリナも言ってたわね。燃やされた、ってね」

「炎龍......一番苦手な種類。得意な氷、効かないのもいるから......」

 

 確かに、水よりも氷が得意なアナンタにとっては、炎は苦手かもしれないわね。

 まぁ、水があるだけマシだとは思うけど。

 

「......あ、そう言えばさ。リリィやアナンタはこれからどうするの?」

「これから......? もちろん、姉様と一緒に居る! お姉さまが取り憑いてる相手も姉様だしねー」

「ほんと、それ怖いからやめて欲しいけど......まぁ、助けてもらったから良しとしますか」

「私は......これまでと同じ。エウロパを回り続ける。理由は、居場所、無いから......」

「えっ? アナちゃん、一緒に暮らさないの?」

「......え?」

 

 予想外の言葉だったのか、アナンタは目を丸くしていた。

 

 えっ、予想外なんだけど......。

 リリィやリンさんだけでなく、アナンタも一緒に暮らすの?

 まぁ、居場所が無い、っていうなら仕方ないか。エリーにも遊び相手は必要だしね。

 

「い、いいの? 私なんかが、一緒にいて......」

「いいに決まってるじゃんっ! ねっ、お姉ちゃん!」

「有無を言わさない言い方よね、それ。まぁ、いいけど」

「むぅ......まぁ、私もいいよ」

「貴方もどちらかと言うと居候になると思うけど?」

「まぁ、人族領土で暮らすならそうなるか」

 

 と言っても、住む家なんて無いけど。

 あ、そう言えば、リリィも知り合いに顔を見られたみたいだし、もう戻れないかもしれないのね。

 ......ちょっと悪いことを手伝わせたかもしれない......。

 

「あ、姉様。食べ物()、ちょうだい、ね?」

「......え、いや、他の人から貰えば?」

「バレたら大変な目に合うよー? それでもいいのー?」

「面倒な奴を妹にしちゃったわね......」

 

 助けてもらった恩があるとはいえ、血を提供するのは......。

 でも、あのまま捕まってると絶対に死んでたし、エリーは助けてもらったし......。

 

「大丈夫。私、普通の料理でも栄養取れるし、少食だから」

「それならまだ安心でき......って、それだったら普通の食事で充分じゃない!」

「えー。姉様の血飲みたーい」

「......お姉ちゃんの血って、美味しいのかな?」

「ちょっと!? エリーまで!?」

「美味しいよー」

「飲ましたことないけど!?」

 

 

 

 ──しばらくの間、愉快な声が馬車の中に響き渡った。

 そして、数分後。皆が落ち着くのを待ってから、私は話を再開した──

 

 

 

「......で、本題に入るわよ。リリィとアナンタにとっては結構重要なことだから、しっかり聞きなさい。

 今から行く都市『アンリエッタ』はね、人族の都市の中で一番の人族至上主義な都市なの。

 謂わば、さっきまで居た『ディース・パテル』の真逆。戦争に一番加担してるし、一番魔族や魔物を嫌ってるのもその都市。まぁ、大体は王のせいだけど。

 というわけで、絶対に魔族や魔物ってことがバレないようにしなさいよ? バレたら即死刑。逃げるなんて不可能に近いわ」

「ふーん。でも、バレたらさっきみたいに──」

「それもダメ。人族だから、とかじゃなく、あの都市にはエルフと神のハーフが暮らしているらしいから。それも、二人もね」

 

 先ほどのように、リナが実体化できるくらい、マナが豊富な場所があればいいんだけど......。

 流石に、私が知ってる限りではそこら辺には無いからねぇ。

 

「え? 神とのハーフ? 双子の神の?」

「さぁ? 流石にそこまでは知らないわ。ただ、噂によるとそのハーフ達は兄妹でね、強力な魔法を使うらしいわよ。

 それと、その兄妹から逃げれた人はいない、って話よ」

「......お姉ちゃん、もしかしてだけど、その都市で住むつもり?」

「もちろん、嫌に決まってるじゃない。あんな都市に住みたい奴は、魔族が嫌いな人だけよ。

 別に、村を焼かれたりしたけど、リリィとかリナとか、魔族でも良い奴は居るの知ってるから」

 

 まぁ、どちらも少し変わってるけど、それでも良い奴は居る。

 あの都市は......少し過激だ。だからこそ、住みたくはない。リリィもリンさんも居るしね。

 

「えへへー」

「あ、いいなぁー。お姉ちゃんに褒められるのっていいなぁー」

「後で褒めてあげるから我慢しなさい。で、リリィとアナンタ。貴方達は絶対にバレないようにしなさいよ。

 特にリリィ。貴方は牙や爪があるんだから」

「大丈夫大丈夫。それくらいなら変身能力で化けれるから」

「それならいいけど......何があっても、暴れないようにしなさい。バレたら逃げることだけを考えて」

 

 二人の顔を見ながら、私は念を押した。

 

「分かった。竜に、ならないようにする。その代わり、エリー。一緒に居て」

「うんっ、もちろんいいよー」

「仲良いわねぇ。貴方にも友達ができたようで嬉しいわ」

「なんか友達少ないみたいに言わないでー」

「姉様も少ないよね? 絶対」

「おいこら。合ってるけど、怒るわよ?」

「まぁ、お姉ちゃんはね。あれが......うん」

 

 エリーまで可哀想な人を見るような目を......。

 いや、確かにあれは......。

 

「怒られるの嫌だから、これ以上はやーめよっと。リンー、後どれくらいで着くー?」

「後一時間もかかりません。ごゆっくりお待ちを」

「はーい」

 

 リリィが御者の代わりをやっているリンさんとそう話していた。

 

 馬車で二時間もかからない......。やっぱり、前線の都市だけあって近いわね。

 これからが本番。さて、どうなることやら。

 そう言えば、カルミアは大丈夫なのかしら? 何か考えがあるから元からそこを目指していたんだろうけど。

 

「あ、今まで何があったか教えてよー」

「え? 私とアナちゃんが会ったところからでいいー?」

「いいよー。あ、終わったら私と姉様が会った話をするね」

「あぁ、リリィ。嘘教えたら怒るわよ? なんか教える気がするから言うけど」

「アハハー、マサカー」

「あ、分かりやすい......」

 

 こうして、再び馬車の中では、賑やかな声が響き渡るのだった────




レン側の視点を入れるかどうか迷ったけど、ネタバレが多すぎるから止めといたという()


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2章「人間の都市で起こる事件編」
17話 「人間の都市に着くだけのお話」


昼に投稿することもある以下略。

今回は少しほのぼのが混ざったりします。
それでもいい方は暇な時にでもごゆっくりお読みくだされ


side Naomi Garcia

 

──満月が見える夜 人間の都市 『アンリエッタ』 城門付近

 

「うわぁ......凄いなぁ」

「リリィ。夜だからといって離れちゃダメよ」

「大丈夫大丈夫。......こんなに居るのに離れる方がどうかしてるよ......」

 

都市に着くと、城門前には多くの馬車と、どういう訳か、少数の鎧に身を固めた王国軍騎士が居た。

そして、現在は騎士達に連れられ、城へと向かっている。

会話を聞く限り、どうやら先に着いた人達も城に案内されているらしい。

 

「ねぇ、お姉ちゃん。ちょっと怖い......」

「大丈夫。何もされないわよ。......少なくとも、城に入るまでは」

 

ゆっくりとした足取りで城へと向かっていく。

夜遅いせいか、周りを見ても騎士以外に人は少ない。

 

周りを囲む騎士は五人。少ないから逃げやすい。だけど逆に言うなら、あまり敵対心は持っていない、ってことよね。

あ、私達を魔族に襲われないように守る、っていう命令でも受けてるのかしら?

まぁ、『付いてこい』以外は何も喋ってくれないし、聞く術が......。

 

「お姉ちゃん、城に......」

「え? あぁ、そうね」

 

かなり歩いたらしいが、あまり自覚は無かった。

気付くと、私達は目の前に城が見えるくらい近くまで来ていたのだ。

 

「皆様。城に着きました。王室へと向かいますので、王様に失礼の無いように」

「は、はい......」

 

そう促され、私達は城内へと足を踏み入れた。

中は毎日掃除されているのか床や壁が綺麗に輝き、通路の端には高価そうな装飾品が、ガラス張りのケーズの中に保管されている。

 

装飾品とかは見せびらかしてるって気しかしないわね。やっぱり、ここの王様はあまり好きにはなれそうにないわ。

 

「......これで全員か?」

「密偵によれば、その通りかと......」

「そうか。最初に聞いていたよりも少ないな」

 

王室は赤く長い絨毯が敷かれ、その絨毯の先には大きな玉座が置かれている部屋だった。

中には数人の騎士と従者、偉そうに玉座に座る五十代程の王様。

そして、その横には黒髪で二十歳程のエルフらしき耳を持った青年が居た。

 

「王よ。連れてきました」

「見れば分かる。お主らは下がって良いぞ」

「ははぁっ」

「......して、ある程度のことは密偵から聞いておる。無事、こちらへ戻ってきたことを喜ばしく思うぞ」

 

私達を連れてきた騎士達が下がるのを確認すると、王は一人一人の顔を観察するようにじっくり見ながらそう言った。

 

「いえいえ、王様にそう言って下さるとは......感謝します......」

「顔を上げよ。そして、今日はゆっくり休むが良い。部屋は貸してやろう。

後日、騎士を遣わす。それまでは都市の中でも見て回るといい」

「ありがたき幸せ。......先に来た者達は?」

「既に別の部屋を用意しておる。都市に居れば会える機会もあろう」

 

何故だろう。何か、嫌な予感がする。......まぁ、いずれ分かることか。今は、ゆっくり休みたいわ。

 

「......そうですか。ありがとうございます。では、失礼しても?」

「......良かろう。そこの従者よ。この者達を案内して差し上げろ」

「承知しました。では、私に付いてきて下さいませ」

 

私達は一礼だけすると、王室を後にした──

 

 

 

──そして、従者に案内され、城から数分程歩いた場所にある建物へと案内された。

 

外観は立派な二階建ての建物だが、簡素な造りだ。

それでもまぁ、貸してくれただけでも有り難い。

 

「こちらの建物を自由にお使い下さい。二日後。使いの者を寄越しますので」

「分かったわ。......って、この建物まるごとつかっていいの?」

「はい。王様からは、そのようにと」

「......ありがとうございます。では、二日後。また会いましょう、と王様にお伝え下さい」

「承知しました。では、私はこれで......」

 

それだけ言って、従者の人は城へと戻っていった。

 

意外とあの王様。太っ腹ねぇ。逆に何か考えてるんじゃないかと思わされるわ......。

 

「......姉様。入ろっ?」

「えぇ、そうね。......貴方達、喋ってもよかったのよ?」

「下手に喋るよりも、お姉ちゃんが喋った方がいいと思ってね?」

「ま、そゆことー」

「あぁ、そう。それならいいけど......。それにしても綺麗な家ね」

 

扉を開け、部屋に入ると中は城内のように綺麗にされていた。

部屋の数は普通よりも多いみたいだが、一つ一つは少し狭い気がする。

 

「お風呂付き? やったー! 久しぶりに入る気がするー!」

「お風呂? 水、ある?」

「あるよー。アナちゃん! 一緒に入ろー!」

「え、う、うん」

 

夜遅くだと言うのにエリーはアナンタを連れて、はしゃぎながらお風呂場へと向かっていった。

 

「着替えは......。リンさん。着替えの代わり無い?」

「無いですが、作りますよ。道具はありますので。すぐにでも」

 

作れるんだ......。っていうか、道具って何処から出した?

何か、ポケットからポケット以上の大きさの道具が出てきた気がするんだけど......。

 

「姉様。あの二人が上がったら一緒に入りましょ?」

「貴方と入るのは嫌な予感しかしないんだけど?」

「大丈夫。変なことはしないからー」

「それならいいけど。変なことしたら、絶対に一緒には入らないから」

「あはっ! またまたご冗談をー」

 

いや、割とマジなんだけど......。っていうか、ここで冗談と思うってことは、するつもりなんじゃ......。

 

「......まぁ、考えていても仕方ないわね。リンさん。あの二人の服をお願い」

「承知しました。ナオミ様の分はどうなされます? お嬢様の物を着ますか?」

「ついでに作ってもらったら? お姉さまの服は胸元の幅がね......」

 

そう言って、リリィは私の顔の少し下に目線を向けた。

 

「わ、悪かったわね。小さくて......。まぁ、そういう訳だからお願いするわ......」

「別に悪いって言ってないのに。ただ、お姉さまよりもかなり小さいから......」

「何故かしら。あいつの勝ち誇った顔が容易に想像できるわ。あぁー、無性に腹立つわー」

「......姉様。私はそれでも姉様が大好きだからねっ!」

「慰めないで。なんか悲しくなってくるから」

 

なんか話してるだけで涙が出てきそう。......でも、久しぶりに落ち着けた気がするわ。

妹には会えたし、人族領土には戻ってこれたし。でも──

 

「あはっ! ごめんねー」

「別に謝ることなんてないわよ。......ねぇ、リリィ。貴方は本当にこっちに住みたいの?

魔族領土で、元居た家で住みたくないの?」

「え? 別にどっちでもいいよ。私は姉様さえ居ればいいからー」

「......そう言えばそういう奴だったわね。貴方って」

 

質問する必要なんて無かったわ。この娘は私が、リナが居ればそれでいい娘なんだから。

リナも苦労してたでしょうね。......いや、どっちもどっちか。あの性格じゃ。

 

「えへへー」

「あれ、今の話に嬉しがる要素あった? まぁ、いいわ。あの娘達が上がるまで部屋を見て回りましょうか。

リンさん。その間、着替えよろしくね」

「承知しました」

「リリィは......まぁ、付いてくるわよね。ついでに寝る準備するのを手伝って」

「はーい」

 

こうして、新しい都市での、短い生活と物語が幕を開けた────

 

 

 

 

 

side Ellie Garcia

 

──人間の都市 『アンリエッタ』 新たな家(お風呂場)

 

お風呂場は人がギリギリ二人が入れるくらいの小さな浴槽と、都市でしか見れないシャワーが付いている綺麗な空間だった。

 

「ひゃー! 久しぶりのシャワだー。気持ちー」

 

村で捕まってからだから、数日ぶりのお風呂。シャワーにいたっては、前に都市に行った時以来だから数年ぶりだなぁ。

ふぁー、気持ちよすぎて眠くなってきたぁ。

 

「シャワー? ......これ、熱くない?」

 

初めて見たのか、アナちゃんは冷たい水が入った浴槽に浸かりながら、シャワーを訝しげに見ていた。

 

「私は丁度いいかなー。もしかして、氷竜だから熱いのダメ?」

「うん、ダメ。私の水、冷たい水。だから、熱いのダメ」

「へぇー......ちょっとだけ冷たくしよっか」

 

そう言えば、アナちゃんが竜になった時に触れたことがあったけど、その時も微妙に冷たかったような、普通だったような。

綺麗な鱗と目のことは憶えてるんだけどなぁ。どうだったっけ?

 

「あ、そうだ。アナちゃん。触ってもいい?」

「え? うん......。でも、冷たいから、注意して」

 

そう言いながら、アナちゃんは浴槽から出て私の前まで来てくれた。

前まで来たと同時に、シャワーを一度消し、私はアナちゃんの体を恐る恐る触れてみた。

 

「本当に冷たいんだねー。あー、ひんやりして気持ちー」

 

アナちゃんを抱き枕代わりにして寝たら、気持ち良く寝れそうだなぁ。

今日からお姉ちゃんじゃなくてアナちゃんを抱きしめて寝よっと。

 

「......初めて」

「え? どうしたのー?」

「初めて触ってもらえた」

「え、もしかして嫌だった......?」

「ううん。嬉しい。竜の時も、人の時も......エリー以外、自ら進んで触ってくれる人なんていなかった」

「......そっか。でも、私も、お姉ちゃんも。アナちゃんが竜なんてことは気にしてないよ。

みんな、元を辿れば創造主様が創った存在だろうしねっ」

「......エリー、私竜。魔物だから、創造主じゃないかもしれない」

 

......あれ、そうだっけ? あ、なんだか恥ずかしくなってきた。

めちゃくちゃカッコよく言ったつもりなのに、間違ってるとか......。

 

「でも、そう言ってくれて嬉しい。ありがとう、エリー」

「......うんっ! 私もアナちゃんが嬉しそうで嬉しいー。

あ、そろそろ上がろっか。お姉ちゃん達も待ってるだろうしねー」

「うん、分かった」

「あ、それとね、アナちゃん。今日、抱きしめて寝てもいいー?」

「? うん、いいよ」

 

それからも少しだけ雑談を交わし、私達はお風呂を上がった────

 

 

 

 

 

side Naomi Garcia

 

──人間の都市『アンリエッタ』 新たな家(寝室)

 

「結局、リリィのせいでゆっくりできなかった気がするわ......」

 

エリー達がお風呂から上がるとリリィと一緒に入った。

が、すぐに後悔した。確かに変なことはしなかったが、すごく疲れた。暴れる吸血鬼相手には、人間は無力だと改めて実感した。

正直、こんなことで実感したくなかったが。

 

「えー、ちょっと遊んだだけじゃーん」

「貴方のちょっとは私にとってはかなりなのよ。私、人間なのよ?」

「じゃ、血を吸って、眷属にしてあげてもいいよ?」

「遠慮するわ。生涯人間のままでいたいから」

「じゃ、死んだら私の物になってね。その代わり、それまではずっと人間でいてね?」

「......可愛い顔して怖いこと言うわね。それに、それじゃあ意味が分からない」

 

ほんと、リリィにとって私は何なのかしらね。

まぁ、それでも──

 

「ま、冗談だからねー。さ、一緒に寝ましょ!」

「うるさくしないでよ。エリーとアナンタはもう寝てるんだから」

 

今、すぐ隣にはアナンタを抱きしめて寝ているエリーがいる。

おそらく、寝るのは久しぶりだろうし、起こしたくはない。

 

「あはっ、大丈夫。疲れきってる妹を起こすようなダメな姉じゃないからねー」

「......あ、そう言えば貴方にとってエリーは妹だったわね。私も年齢的には妹なんだけど」

「まぁまぁ。そこら辺は難しく考えちゃダメだからね」

「あー、はいはい。それじゃ、もう寝るから。疲れたし。リンさんに早く寝て......いや、ホムンクルスだから睡眠は必要無いのね。

それじゃ、おやすみなさい」

「うん、おやすみ。......また明日ね、姉様」

 

既に寝ている妹達の横で、私は深い眠気に襲われながらも、浅い夢を見るのだった────




次回もほのぼの回な予感


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18話 「買い物したりするだけのお話」

地味にタイトル詐欺です。注意しましょう(おい)

いやまぁ、地味に合ってたりもするけど(←どっちだよ)


 side Naomi Garcia

 

 ──夢の中

 

「いやぁー、霊体とはいえ流石に一人で百人近く相手にするのは疲れたよー」

「今日はゆっくり寝たかったのに......」

 

 深い眠りについたはずなのに、気が付くと白い空間の中に自分が居て、元気そうなリナが目の前にいた。

 

 はぁー、見たくない夢を見るのは流石に嫌だわ......。早く覚めないかしら? この悪夢。

 

「心の声もここじゃ聞こえるから、そんなこと言うのやめてー」

「あぁ、はいはい。ごめんなさいね、うっかりしてたわ」

 

 まぁ、嫌なものは嫌だけど。というか、どうして私なのよ。憑く相手ならリリィが居るでしょうに。

 

「むぅー、悪霊みたいに言わないでよー。まぁ、理由はあるよ。とっても簡単な理由が」

「どんな理由よ。納得できる理由でしょうね?」

「モチのロン。ただ単に、リリィには憑けないけど、まだナオミには憑ける。

 だからナオミん、貴方がリリィに選ばれたんじゃないかな」

「あぁ、姉の代わりってそう言う......って、変なあだ名付けないでよ」

「あはっ、ごめんねー。まぁ、そう言うわけだから、今後ともリリィをよろしくね」

「はいはい。分かったわよ」

 

 やっぱり、これからもリリィと一緒に暮らすことになりそうね。......まぁ、いいけど。

 でも、リリィは本当にそれでいいのかしら。私、人間なのに......。

 

「......それはまだ先のことだから気にしなくていいよ。大丈夫。その時にはリリィも精神的に成長してるはずよ」

「えぇ、そうね。まだ先のこと。今はこれからどうするかね。

 リナ、貴方もこの都市(アンリエッタ)の評判くらい聞いたことがあるでしょ? どう思う? 今の状況」

「逃げるのは不可能。神のハーフとか、種類にもよるけど、かなり強いだろうしね。

 なら、バレないようにしてやり過ごすしか無い。先に着いた仲間に会ってみれば? 魔族居たでしょ?」

 

 そう言えば、カルミアとか魔族だったわね。それに、エリーによるとカルミアはリーダー的存在らしいし。

 ここのことを知ってるなら、魔族を保護するとか契約を結んでいるかもしれない......。

 

「まぁ、そゆこと。元は魔族領土に居た人達。魔族が混ざっていてもおかしくない。

 それに、密偵とか居たらしいんでしょ? それなら、既にバレてるかもしれない。

 まぁ、バレてるか分からないけど、外、見張られてるから」

「えっ!?」

 

 見張られてる? リリィとアナンタのことがバレている? それに、いつから? もしかして最初から?

 

「おぉ、疑問の渦で頭がいっぱい。バレてるかは知らないけど、最初から見張られていたよ。

 多分、逃げ出さないようにね。どうする? 逃げるための魔法でも教えようか?

 ナオミんの魔力じゃ一分も使えないだろうけど」

「だから変なあだ名付けないでって。まぁ、魔法は沢山あっても損しないし、教えてくれてもいいけど......」

「うわぁ......」

「どうして変な目で見てるのかしら?」

「あ、いや。何でもー。じゃ、後で教えるね」

 

 一体どんな魔法なんだろう? 逃げるためで時間制限付きなら、やっぱり透明とか消音とか?

 どっちかっていうと、私はテレポートとか移動系が欲しいんだけどなぁ。

 

「魔法好き過ぎない? 後で教えるから慌てないでよ。今はそれよりも、もし逃げれたら何処に行くの?

 ここに住むのは論外。魔族領土は強い者しか受け入れてくれない。後は人族領土と別の大陸くらい」

「最西端にある『ヒューノリア』か最東端にある倭国に行くかのどっちかね」

 

 人族領土の『ヒューノリア』は戦争に参加してない平和そのものの都市。

 倭国は場所によっては内戦中らしいが、人族も魔族も受け入れてくれる場所がある。

 

 リリィやアナンタと一緒に暮らす以上、この二つしか安全に暮らせる場所は無い......。

 

「まぁ、そうね。それが最善の選択。でも、それまでの道のりが長いよ?」

「そうは言っても一週間もあれば行けるわよ。ただ、『ヒューノリア』じゃリリィ達は正体を隠さないといけないけど」

「まぁ、そうね。平和でも人族領土なのは変わらないし」

 

 はぁー、戦争さえ終わって、どちらも仲良くできればこんなことで悩まなくていいのに......。

 ほんと、皇帝共は戦争なんかして何がしたいのかしら。

 

「めちゃ辛辣ねぇ。まぁ、気持ちは分かる。でも、魔族の皇帝さんは流されやすいだけだから許してあげて」

「あぁ、そう言えば、貴方は会ったことあるんだったわね。どんな奴なの?」

「生まれながらの天才なのに控え目で大人しく、悪魔の血が流れているのに優しくて流されやすい。正直、本当に魔族なのか疑われる人。

 でも、強さは本物。私が絶好調で皇帝が絶不調でも私が負ける自信がある」

「百人近くを相手にした貴方が絶好調で負けるって......」

「やる気を出せば、一人で都市の一つや二つを容易に壊滅できる人と比べるのが間違ってるよ」

 

 都市を壊滅できるって......。確かに百人レベルじゃないわね。都市って数万人の騎士が居る場所もあるし、一つの都市に一人か二人、ここで言うと神とのハーフレベルの精鋭がいるわけだし。

 

「あぁ、そうそう。皇帝も神とのハーフだよ。悪魔だけど」

「神とのハーフ多っ。なんだか新鮮味が薄れてくるわね......」

「意外と多いのよ? 特に、今も神が住まう倭国や神代から生きてる人とかは」

「神代?」

「あれ、知らない? 『マザー』にこの大陸が創造された三〇〇年前、主に神と一部の種族だけが生きていた......あ、これ言っちゃいけないやつだった」

 

 えっ、大陸が創造された? 世界じゃなくて? それに、神と一部の種族が生きていたって......。

 そんな話、今まで一度も聞いたことが無いのに......。

 

「あー、もうそれ以上は考察しないでー。

 神代から生きてる人と極一部しか知らないこの世界の真実だからー」

「うわぁ、軽いノリで世界の真実ってバラされるものなのね。

 まぁ、どうでもいいわ。早く魔法を教えてちょうだい」

「えぇー、どうでもいいのー!?」

「だって聞いても答えてくれそうにないし、魔法の方が興味あるし」

「まぁ、うん。そうなんだけど。じゃ、透明化から教えるよ?」

「えぇ、お願いね」

 

 こうして、深い眠りにつくまでの間、リナに魔法を教わることになったのだ──

 

 

 

 

 

 ──朝 人間の都市『アンリエッタ』 新たな家

 

「ふわぁ......」

「お姉ちゃん眠そうだね。夜更かしでもしたのー?」

「してないけど似たようなのはしたわね」

 

 魔法を教わるのは良いが、覚えが悪かったせいもあり、かなりの時間を使ってしまった。

 流石に、テレポートまで教えてもらうのは無理があったか。

 

「ふーん......? ま、それよりも早く出かけよー」

「分かったから急かさないで。で、リリィは本当に行くの?」

「絶対行くー! 何が何でも行くから!」

「まぁ、そこまで言うならいいけど......陽の光を浴びないようにしなさいよ?」

 

 正直、吸血鬼であるリリィを日が出ている外に連れ出したくは無いんだけど......まぁ、本人がここまで言うなら仕方ないわね。それに、何かあった時に一緒の方が対応しやすいし。

 

「大丈夫! フードあるから!」

「それで吸血鬼ってバレそうだから困るわ。でもまぁ、寒い日だからまだいいわね。暑い日にこれだったら怪しすぎるし」

「ま、暑くても着るしかないけどね。日中だと数分も持たないし」

「数分は持つんだねー」

「ふふん、そこら辺の吸血鬼よりも強いからね」

 

 まぁ、確かにあの姉を見れば普通よりも強い気はするけど......。

 他の吸血鬼を見たことが無いから強さはねぇ。

 

「ふーん。じゃ、行きましょうか。リンさん、留守番お願いね」

「はい。行ってらっしゃいませ」

「アナちゃん。私から離れちゃダメだからね?」

「うん、離れない」

「店を見て回るのもいいけど、ちゃんとカルミアとか探しながらにしなさいよ」

「はーい」

 

 注意を促しながらも、久しぶりに都市を回れる嬉しさを胸に、都市へと出かけるのだった──

 

 

 

 ──昼頃 人間の都市『アンリエッタ』 とある大通り

 

「買い物ってつまんないんだね......」

「え? 楽しいよー?」

「欲しい物は見つからないし、私はただ歩いてるだけな気がするのよねー」

「目的は人探しで、ついでが買い物なんだけど......」

 

 結局、昼まで街を回っていたのにカルミア達を見つけることはできなかった。

 その代わりに、結構買い物はできたけど。

 

「それにしても寒い日が続いているよねー。何か熱いもの買いに行かなーい?」

「えー! まだ買い物するのー?」

「私、熱いもの苦手。だけどエリーに付いていく」

「仕方ないわね。リリィ。我慢して付いてきなさい。後で遊んであげるから」

「むぅ......仕方ないなー」

 

 意外と素直なものね、吸血鬼も。よく聞く話だと、傲慢な奴が多い種族なのに。

 リリィとリナは変わってる方なのかしら?

 

「キャー! ジャックよ! 切り裂きジャックが出たわ!」

 

 突然、裏道から金切り声が響いた。

 

 と同時に、周囲の人達、特に女性が何かに怯えるように周りを警戒し始めていた。

 ある者は祈り、ある者は身を震わせていた。まるで、自分が何かに襲われるかのように......。

 

「切り裂きジャック? そう言えば、一〇〇年以上前にそんな話あったよね」

「えぇ。確か女性だけを狙った連続殺人鬼、だったかしら? でも、それはお伽話なんじゃ──」

「おや、君達は知らないのですか?」

 

 突然背後から男性の声がした。

 

 後ろを振り返ると、そこには杖を持った、痩せ気味で黒い目と白髪が混じった黒いショートヘアーの男性が立っていた。

 

「何が? っていうか、あんた誰?」

「リリィ。その言い方は初対面の人に失礼だからね?

 すいません。妹が失礼な口を......」

「いえいえ、こちらこそ失礼しました。私はドゥーコー・ホーン。元冒険者です」

 

 冒険者......主に魔物を狩ったり薬草を採ってきたりと、何でも屋みたいな人達のことよね。

 フリーの冒険者の特権で、人族や魔族領土を行き来することができるとか。

 

 それにしても元でも冒険家って珍しいわね。しかも、この都市で見かけるなんて。

 大丈夫なのかしら? 領土をどちらも行き来できるから、差別とか受けるらしいのに......。

 

「元冒険者? 今は?」

「膝に矢を受けてしまい、足が少し動かなくなったので......。今は何でも屋をやっています」

「あんまり変わんないわね」

「よくあるよね。膝に矢を受けることって」

「よく無いから。それで、切り裂きジャックのことですが......」

「あぁ、そうでした。ですが、立ち話もなんですし、私の職場に来ませんか? すぐそこにありますので」

 

 うわぁ......初対面の人を職場に連れ込むとかちょっと怪しいかも。

 でも、本当に善意からやってる可能性もあるし、どうしましょうか。

 

「熱いものあるー?」

「えぇ、ありますよ」

「じゃ、行こーよー、おねーちゃん」

「......まぁ、そうね。立って話すのも疲れるしね」

 

 まぁ、大丈夫でしょ。リリィもアナンタもいるし、何か起きても対処はできるはずよね。

 最悪はテレポート使ってみんなを家に送ればいいし。

 

「では、行きましょう」

 

 私達はドゥーコーに連れられ、何でも屋へと向かうのであった────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19話 「何でも屋でお話するだけのお話」

お話するだけ。本当に()

それでもいい方は暇な時、時間がある時にでもお読みくださいまし


 side Naomi Garcia

 

 ──人間の都市『アンリエッタ』 ドゥーコーの何でも屋

 

「ここです。さぁ、中にお入りください」

「はーい」

「お邪魔ー」

 

 案内された場所は、大通りにある二階建ての建物の二階にある部屋だった。

 

「ゴクゴク。え、あっ......あ、ドゥーコーさん。その人達は?」

 中に入ると、向かい合うソファーの片側に腰をかけてゆったりとし、コーヒーを飲んでいた男性が話しかけてきた。

 その男性は丸い眼鏡をかけ、黒いインバネスコートを着ていた。

 

 見る限り二十代後半かな? 人間以外ならもう少し上だろうけど。

 弟さんにしては年下過ぎる気もするし、何でも屋で働いてる人かな?

 

「切り裂きジャックの話をするためにね。立ち話もなんだし、近かったしで連れて来たんだ。

 あ、こちらはウォルター君。私の助手をやってもらっている」

「よろしくお願いします。......俺は邪魔みたいですし、部屋で待っていますね」

「あぁ。すまないね」

「いえいえ。大丈夫ですよ」

 

 ウォルターと呼ばれた男性はソファーから立ち上がるとコーヒーを片手に、少し早めの足取りで奥にある部屋へと入っていった。

 

「さてさて、お座りください。何か飲み物でもいります?」

「いえ、大丈──」

「私オレンジジュースー」

「んー、トマトジュースでー」

「氷と水」

「遠慮って言葉を知らないわね。しかも見事にバラバラだし......」

「いえいえ。遠慮しなくても大丈夫ですよ。すぐに持ってくるのでしばらくお待ちを」

 

 それだけ言うと、ドゥーコーは飲み物を入れに、すぐ傍にある台所へと向かった。

 

 

 

 そして、持ってきた飲み物を置き終えると、ドゥーコーは神妙な顔になって話し始めた。

 

「では、切り裂きジャックについて、だね。まずは伝承の方を簡単にお話しましょう。

 切り裂きジャックとは、約一〇〇年前に居たとされる連続殺人鬼です。被害者は五人。その全てに共通することは被害者は全員女性ということ。凶器は刃物ということ。そして、必ず身体の一部が持ち去られているということです」

「で、犯人は見つかっていない。だよね?」

「はい、そうです。でも、これはあくまで伝承、御伽噺です。

 ですが、今起きている事件は実際に起きていることなんです。実際に被害者は三人も出ていました」

 

 まさか、この都市でそんな事件が起きてるなんてね......。

 この都市なら、普通の殺人鬼ならすぐに捕まえれそうなのに......何かあるのかしら?

 

「そして、今回も本当に切り裂きジャックの犯行ならば、四回目となります」

「ふーん。今起きてる事件もさ、御伽噺みたいに被害者が女性だったり、一部が持ち去られたりしてるの? ま、御伽噺と同じ名前、切り裂きジャックって言うくらいだから同じなんだろうけど」

「はい、同じです。一人目は両腕、両足を。二人目は顔と両足を。三人目は身体を持ち去られています。持ち去られる物に統一性はありませんが、被害者に共通していることが、白っぽい肌、黒い目と黒い長髪ということです」

「ふーん。白っぽい肌に黒い......え?」

 

 何かに気が付いたのか、リリィは喋っていた口を開けたまま、私の方をじっと見つめ出した。

 

「何よ? 何か付いてる?」

「ううん。ただ、姉様の特徴と......」

「あ! お姉ちゃんが被害者と同じ特徴だ! ど、どうしよう!?」

「いや、そんなに慌てなくていいと思うけど......」

 

 正直、同じだからどうした、と思っている。切り裂きジャックと言っても所詮は人族か魔族のはず。なら、リリィと一緒に居れば特に問題無いに決まっている。あの娘は吸血鬼。そこら辺の種族よりもかなり強いはずだ。

 

「一人で歩くか夜に歩くかしなければ大丈夫ですよ。今までの事件も夜で、一人に居た時に殺されたみたいですから」

「ほっ、それなら良かったね、姉様。で、ドゥーコーはどうしてそんなに詳しいの?」

「こう見えても私、なかなか有名なもので。王様を含め、切り裂きジャックに関する依頼を幾つも受けていますから」

「へぇー、凄いんだねー」

 

 リリィの言い方、棒読みにしか聞こえないんだけど......。

 それほど興味無いなら聞かなきゃいいのに。

 

「いえいえ。ありがとうございます」

 

 ドゥーコーは気付いてないのか、それとも気にしてないのか笑顔で返事をした。

 

「それで、初対面の人に言うのも何ですが、お願い事があります。今、見ての通り人手が足りなくて......良かったら、切り裂きジャック事件の手伝いをしてくれませんか? もちろん手伝ってくれた分だけ報酬はあります。最低でも十万ゴールドは出します。それに、危険な目に遭わないように配慮はしますので」

 

 ......あぁ、そういうこと。だから、見ず知らずの私達を......。いえ、知ってはいるわね。

 もし、私が考えていることが合っているなら。

 

「うわぁ、怪しさ満点。姉様、どうする?」

「あはは。まぁ、そう言われてもおかしくないですよね」

「......いいんじゃない? 丁度お金に困っていたし、ね? リリィ」

「......うん。そうだね。姉様の言う通りにするね」

「私もお姉ちゃんがそうしたいならいいかなぁー」

「氷、お代わり」

 

 あれ、一人だけ何かおかしくない? もしかして話している間ずっと飲んでた?

 

「はい。お代わりを持ってきますね。それと、貴方はいいんですか? 手伝いに関しては」

「エリーがいいなら私もいい。正直言うとどうでもいい」

「あはは、辛辣ですね......。はい、氷と水です」

「ありがとう」

「手伝うとは言ったものの、具体的に何を手伝えばいいのですか?」

「簡単なことですよ。切り裂きジャックが出没したエリアを重点的に待ち伏せするだけです。四箇所だと流石に私とウォルター君だけではキツイのでね......」

「ん? 要するに、バラバラになる感じ?」

「二箇所だけですよ。私とドゥーコー君で残りの二箇所は見張るので」

 

 二箇所だけでも二手に別れるのは......。

 いやまぁ、見た目は幼くても二十歳な娘や若くても竜の娘が居るんだけどね。

 

 って、私以外見た目が幼い私達に頼むのもおかしいわよね。

 やっぱり予想的中? っていうか、絶対馬鹿にされてるわね......。

 

「じゃ、姉様と私。エリーとアナンタでいいよね」

「まぁ、それが妥当ね。それで行きましょうか」

 

 エリーとアナンタだけじゃ心配だし、リンさんに付いて行ってもらうか。

 リリィと一緒はまぁ......大丈夫でしょう。

 

「いつから見張るのー?」

「夜十二時頃から二時間ほど、ですかね。あ、時間は大丈夫ですか?」

「大丈夫です。何もすること無いですから」

「そうだね。それに、夜も慣れてくるだろうし、ね」

「では、夜の十二時頃、ここに集合ということで」

「......あ、もう帰ってもいいの?」

「えぇ、いいですよ。では、またお会いしましょう」

 

 別れの挨拶を終えると、私達は帰路へと着いた──

 

 

 

 ──そして、その途中。

 

「さて、リリィ。誰か付いてきてる?」

「後ろの右側の角に一人。二つ前の同じく右側に一人、かな。事務所? に入る前からずっと見てるし、まず間違いないかなぁ」

「ほんと、よく分かるわね」

「え? どういうことー?」

「家に帰ってから......いえ、それも危険かしら?」

「え、え? どうして?」

 

 話の流れに付いていけてないエリーは頭を傾けていた。

 

 やっぱり、この娘ってば割と純粋な方なのね......。

 さっきの会話中も、何の疑問も無く話していたのでしょうねぇ。

 リリィが思いっきり怪しいとか言ってたけど。

 

「簡単に言えば、この都市は危険、ってことよ。切り裂きジャックのことは本当だとしても、あのドゥーコーって奴はあまり信用できない。まぁ、どうせ王様に命じられた監視役の一人か何かなんでしょうけど」

「えぇ!? だ、だったらどうして、いいとか言っちゃったの!?」

「落ち着きなさい。どうせあれを断ったとしても、また別の何かがあるに決まってるじゃない。最悪、実力行使もあり得るわよ。あの王様なら」

 

 ただ、どうしてこんな回りくどいことをするのかが分からない。魔族をあぶり出すためだとは思うけど、どうして切り裂きジャック事件なんか......。

 事件はおそらく偶然起きたこと。そんな偶然でも利用するのは分かる。......あ、もしかして、本当に捕まえる気なのかしら?被害者と容姿が似ている私を囮にして......。

 

 はぁー、私ったら、この容姿で損しかしてない気がするわ......。

 

「姉様。姉様! 大丈夫? 聞こえてた?」

「あ、ごめん。何かしら?」

「もぅ......これからどうするの? 家に帰った後はまた何でも屋に行くの?」

「えぇ、行くわよ。見張られてるなら、怪しい動きはできないしね。

 でも、用心してよ。絶対にバレないようにしなさい。何があっても、ね」

 

 こんな忠告、リリィに効くかは分からない。けどアナンタやエリーには効くはず......。

 リリィも危険な目に遭わない限り、正体を明かすことをしないはず。

 

 この陽の下、フードを取られたらすぐにバレるんだけど......。

 

「お姉ちゃん。顔が暗くなってるよー。そんな顔しないで、明るく、ね?」

「......えぇ、そうだったわね。もう大丈夫よ。ありがとね」

「あ、えへへー......」

 

 エリーの頭を撫でながら、私は空を見上げた。

 

 ......明るく元気に生き生きと。

 最近はよく忘れるわね。でも、平和に暮らせる日が来たらきっと......。

 

「姉様ー。エリーだけずるいー。私もナデナデしてー!」

「貴方ってほんとに子供ね......。まぁいいわ。はい、よしよし」

「あはっ。嬉しいなぁー」

「凄く蚊帳の外。早く家に帰って、エリーと遊びたい」

 

 

 

 夕暮れ時、家へと着いた私達。

 

 まだ、夜に何が起きるのかは知らなかった────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20話 「切り裂きジャックに会うだけのお話」

久しぶりに投稿した気がする。rickです()

特に進展するわけでも......進展するかぁ......。


 side Naomi Garcia

 

 ──夜十二時頃 人間の都市『アンリエッタ』 ドゥーコーの何でも屋

 

 十二時きっかりに何でも屋に着くとすぐに......。

 

『皆さん。お待ちしてました。今から二箇所のポイントを言うので、そこで待機、というよりかは、見張りをしてください。もちろん、見張るだけでいいですからね? 手を出しちゃ行けませんからね?』

 

 ──と言われ、今はリリィと二人きりで二人目の被害者が死んだ場所を見張っている。

「ねぇ、姉様。本当に殺害現場に来ると思う?」

「犯人は現場に戻ってくるとか言うらしいし、来るかもしれないわよ? かも、だけど」

「来たら困るなぁ。来るってことは、姉様が狙われるってことでしょ?」

「リリィが守ってくれるんでしょう? 逆に心配なのはエリー達よ。リンさんが居るからと言って、本当に行かせてよかったのか......」

「アナンタが居るから大丈夫よ。竜種なら心配は無いから......」

「......ふふっ、そうね」

 

 成長している。

 

 そう感じた私は、少し微笑ましくなった。

 

「むぅー、どうして笑うのー? 何かおかしなことでも言った?」

「まぁまぁ。......それよりも、誰かに見られている気がしない?」

「......切り裂きジャックかな? でも、辺りには誰も居ないね」

「透明にでもなってる、とか?」

「分かんない。でも透明になってるだけなら攻撃できるね」

「当たればいいわね。取り敢えず、警戒だけはしましょうか」

 

 透明化の魔法は基本的に影は見える。光を反射させて自分を見えなくさせるからだ。

 だが、今は夜中。影を見ることができない。

 

 私に気付かれないで後ろに居た、という可能性も大いにある。

 

「......え? 姉様! 危ないッ!」

 

 リリィの叫び声のつかの間、私は勢いよく押し倒されていた。

 

「痛ぁ......リリィ? 何があった、の......」

 

 最初、何が起きたのか分からなかった。

 

 ただ、手に付いた生温い液体の触感だけが頭の中でいっぱいになった。

 

「え、血......? え? り、リリィ!?」

「いったぁ......。あぁー、痛い。姉様、大丈夫?」

「え、えぇ。私は大丈夫だけど、貴方が! ......あ、れ?」

 

 リリィの背中からは、確かに血が流れていた。

 

 が、服に斬られたような痕はあっても、傷らしきものは一つも無かった。

 

「大丈夫なら良かった。さて、切り裂きジャックなの? それとも別の誰か?

 どっちでもいいけど、姉様を傷付けた奴は殺す」

 

 リリィは立ち上がると、私を守るようにして前に出た。

 

「......答えてくれないのね。そうだよね。死ねっ!」

「わっ!? あっ」

 

 何も無い場所を切り爪で切り裂いたかと思うと、そこから女性の驚く声が響いた。

 

「見えてる? どうして? それに、傷も無いよね? どうして?」

「吸血鬼だから。よく見れば影なんて見える。じゃ、そゆことで、死ねっ!」

 

 勢いよく前に出て、見えない敵を鋭い爪で切り裂いた。

 

「っ! うぅ......」

 

 リリィの爪は血で濡れた。しかし、どう見てもその血の量は致命傷では無かった。

 

「惜しい。掠っただけかな?」

「痛ァい......。ねぇ、お姉さん。本当に吸血鬼なんだね。わたし、初めて見た。

 あなたも、みんなに嫌われてる? 魔族だから嫌われてるよね?」

「姉様からは好かれてる。とってもね。でも、それ以外の人族はどうか知らない。興味も無い」

 

 そんな会話の間にも、リリィは相手が居るであろう場所をずっと見つめている。

 

 しかし、私はそれよりも気になることがあった。

 

「お姉さん? 切り裂きジャック......貴方って子供なの?」

「......やっぱり、喋らない方が良かったね。バレちゃったから、お父さんに怒られる」

 

 その声と共に、何も無い場所からエリーよりも幼い少女の姿が現れる。

 

 金髪のショートヘアーにアナンタのような薄い水色の右目と血のように真っ赤な目を持つ少女。右手には、小さなダガーを持っている。

 目は獲物を見つけた獣のように鋭く、それと同時に、どこか朧けだった。

 

「え? エリ......いえ、違うわよね。そうよね......」

「姉様? どうしたの? 知ってる娘?」

「いえ......貴方、名前は?」

「......切り裂きジャック。それが私」

「聞いたのは本名なんだけど......。まぁ、普通は教えてくれないわよね。

 でも、貴方みたいな子供がどうしてこんなことを......」

 

 見たところ、人間なら学園の初等部一年、六歳前後だ。

 そんな小さな娘がどうしてこんなことをするのか、私には理解できなかった。したくなかった。

 

「お父さんのため」

「親の......? それは、貴方が本当に望んでしたことなの?」

「......お父さんの望むことは、私が望むこと。誰にも邪魔させない。だから、大人しく壊されて!」

「私がそうはさせないから!」

 

 割って入るように、リリィが私の前へと入る。

 

「リリィ。もう少しだけ、この娘と話を──」

「ダメ。危険だから。姉様。貴方を危険な目に遭わしたくないの。だから、何もしないで。私に守られてて」

「壊れろッ!」

「姉様は誰にも渡さない!」

 

 切り裂きジャックは透明になるわけでも無く、距離を取るとダガーを構える。

 

 対して、リリィは私を守るようにしながら、右手に魔力を集中させていた。

 

「壊れてッ!」

 

 切り裂きジャックは何も持っていない方の手で投げる仕草をする。

 

「『スヴェル』! 透明にしても音で分かるんだから!」

 

 切り裂きジャックが投げるのと同時に、リリィは赤く大きな盾を出現させる。

 

 すると、盾から金属の打つかる音が響いた。

 

「透明のダガーでも投げてたの? いえ、それよりも貴方、その盾......」

「エリーの盾だよ。見て覚えた」

 

 私は驚愕した。そして、同じくらいの嫉妬も覚えた。

 

 私があれほど苦労してやっと一つの魔法を覚えたのに、この娘は見ただけで覚えたことに対する才能に。

 

「盾? 普通のダガーじゃ無理そう。なら......っ!? 何がっ!」

 

 切り裂きジャックが何かをしようとしたその瞬間、その小さな肩に、矢が刺さった。

 

「王国軍? なんで? どうして......? 大丈夫だって言ったのに......。また、捨てら......ううん。大丈夫、だよね。もう、帰らないと......。

 次に会ったら、絶対に壊すから」

 

 切り裂きジャックはそれだけ言うと、透明になったのか、姿を消した。

 

「あ、待って! ......一体、誰が?」

「はっ、姉様危ない!」

「えっ、くっ! うぅ......」

 

 リリィの叫んだ声すら聞き取れず、私の腹部に激痛が走る。

 

「何、これ......?」

 

 

 

 ──目が眩む、立ってられない......。

 

「姉様! 姉様!」

「捕獲せよ! 生け捕りにとの命令だ!」

 

 誰かの走る音が聞こえた。男の人の声が聞こえた。

 

「姉様に近付くな! 姉様! 起きてよ! お願いだから! 姉様ぁぁぁ!」

 

 リリィの、泣き叫ぶ声が聞こえた──。

 

 

 

「あぁぁ......あ、れ? ここ、は......?」

 

 目が覚めると、真っ先に白い天井が目に入った。

 

 ──私は、どうしてここに......はっ!

 

「リリィ! っ......」

 

 起き上がろうとすると、腹部が強く痛んだ。

 

 ──包帯? あぁ、私、怪我をして......。ということは、ここは病室?

 

「まだ寝といた方がいい。傷は浅いが、まだ動ける状態じゃ無い」

「誰......、あ、貴方は......」

 

 男の人の声が聞こえた。その方向に目を向けると、昨日、王様の隣に居た少年が立っていた。

 

「ハクア・ホストリア。王の養子であり、補佐役だ。まず、手違いにより負傷させてしまったことを詫びよう」

「そんなのはどうでもいいわ。リリィは? エリーにアナンタ、リンさんは?」

「後者の三人は無事だ。今は家に待機させている。だが、リリィという奴は吸血鬼だと報告があったので、捕縛、監禁している」

「......いつから、後を付けてたの?」

「......昨日からずっと。王からは人族を捕まえろ、という命令は受けていない。それに、王は人族を好んでいる。無闇に人族を殺すことを嫌っている。だから、吸血鬼以外のお前らは無事だ。おそらく、人族だろうと言う報告を受けてな」

「はぁー......」

 

 流石としか言いようがない人族至上主義に呆れ、私はため息を付いた。

 

「ねぇ、リリィを返してくれない?」

「お断りする。王様からの命令で無ければ──」

「あ、お兄様!? こんな所にいらっしゃったのね!」

 

 大きな声と共に、小さな少女が部屋に入ってきた。

 

 その少女は、日に当たっていないのか、透き通るような美しい真っ白な肌を持ち、私の隣に居る男の人、おそらくその娘の兄と同じ黒い髪、ポニーテールと紫色の瞳、エルフ耳を持っている。

 そして、何よりも目に付くのが、左足の足首から右手の中指まで、体を這うようにしてグルグルと細い鎖が巻かれていることだ。

 鎖は動く度にジャラジャラと音が鳴り、まるで自分を動かなくするために巻き付けているようにも見える。

 

「わっ!? クロエ!? ちょ、今仕事中──」

「お兄様!」

 

 クロエと呼ばれた少女は、兄の言葉を無視して、飛び付いた。

 

「お兄様ァ......大好きィ......。で、この女誰? 浮気したらお兄様を殺して私も死ぬ!」

「違うから! 俺はお前が一番好きだから、な?」

「......あぁ、ヤンデレとかそう言う......」

「あら。その容姿は......もしかしてナオミさん!?」

 

 クロエは顔が顔に当たるくらい、近付けると、興奮した表情でそう聞いてきた。

 

「え、えぇ。そうだけど......」

「リリィちゃんと話してたら、ナオミさんに会いたいというから、探しに来たの!」

「リリィと......? リリィは何処なの!?」

「そう慌てなくても大丈夫ですわ。今からにでも、会わせてあげますわ!」

「クロエ!? あいつは魔族なんだぞ!? 魔族とは面談禁止とあれほど!」

「それならもっと頑丈な鍵を付けてとお父様に言ってください。それに、私、リリィちゃんと意気投合しましたし、見殺しにはしません。なので、後で解放するように、お父様に頼んできます」

 

 クロエの言葉に、私は嬉しさと共に驚きを隠せなかった。

 

 あのリリィが、意気投合するわけない、と。

 

「意気、投合......? お前が?」

 

 それは、クロエの兄も同じようだった。

 

「はい!」

「俺やお父様以外には無表情しか見せないお前がか!?」

「はい! 兄を好む私と姉を好むリリィちゃん、何処と無く似ている気がするので!」

 

 似たもの同士だから意気投合した、ということだろうか。

 正直、それだけで仲良くなるのかは不思議な気持ちしか無いが、王女ともなれば、あまり周りの人とは会わないのだろう。

 だからこそ、似ている人と、シスコンで少しヤンデレ気味のリリィと仲良くなったのだろう。と、私は推測してみた。

 

 ──だがまぁ、その推測も案外当たっている気がする。

 

「マジかよ......。お前が言うなら、お父様も止めはしないと思うが......。流石に吸血鬼を簡単に自由にさせるとは思えないぞ?」

「そこはお父様と交渉しますわ! さぁ、ナオミさん。行きましょう!」

「えっ、ちょっ、まだ痛むんだけど!」

「あぁ、もう! 絶対面倒事になるなこれぇ! しかも俺巻き込まれる気しかしねぇよ!」

 

 悲痛な叫びが背後で響く中、私はクロエに連れられて部屋を出ていった────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21話 「自由を得る権利を手に入れるだけのお話」

またまた、お久しぶりです。約二週間ぶりですかね? はい、遅くてすいません()

今回は再開とかのお話です


 side Naomi Garcia

 

 ──人間の都市 『アンリエッタ』 牢屋

 

 腹部の傷が痛む中、クロエに連れられて牢が一つしか無い部屋までやって来た。

 

「リリィ!」

 

 そして、吸血鬼である妹の姿を見つけると、そう叫んだ。

「姉様ぁ! 大丈夫!? 怪我痛くないの!?」

 

 その声に反応するようにリリィに近付くと、牢屋越しに手を繋ぎ、抱きしめ合い、その感触が本物かを確かめた。

 

「......良かった。また会えて......。リリィ、大丈夫? 何もされてない?」

「うん。大丈夫。クロちゃん、ありがとうね。姉様を呼んできてくれて」

「いいえ。お礼は必要ありません。兄を思う気持ちにも似たその姉を思う気持ち......よく分かりますわ」

 

 ──兄と姉は少し違うと思う。

 

 そう心に思ったことは口には出さず、ただ今は、妹に会えたことだけに安堵し、喜びに浸る。

 

「牢屋越しでそうするのも疲れるでしょう? 今すぐ出してあげますわ」

「クロエ! それはお父様から許しを得てから──」

「お兄様。お堅いですわよ? お父様には後でお許しを得ればいいのです。それに、魔族だからという理由で捕まえるのもおかしいですわ。リリィちゃん限定で!」

「やっぱり変わってないのか......。まぁ、別にいい。ただし、怒られてもお兄ちゃんは守ってあげれないからな? 絶対にだぞ?」

「いいえ。お兄様は絶対に守ってくれてると信じていますので!」

「っ!? ......し、仕方ないな。今回だけだぞ?」

 

 純粋な眼差しで、それも曇り無き眼で見つめられたハクアは渋々と返事をし、了承する。

 

 ──あぁ、ヤンデレも相当だけど、兄の方も意外とシスコンなのか。いや、姉妹や兄弟が嫌いな人は少ないだろうし、普通かもしれないけど。

 

「流石お兄様です! 今度、お礼をたァっぷりしてあげますわね。大丈夫。痛くはしません!」

「......お兄ちゃん、背筋が寒くなったんだが? 絶対にやばいやつだよな? お前のことは嫌いじゃないが、たまに一途過ぎてやり過ぎるのは苦手だぞ?」

「嫌いでないなら慣れましょう! 大丈夫......手取り足取り、教えてあげますわねェ?」

「名前何て言ったか......あぁ、ナオミ。代わりに教えてもらうか?」

「ダメよぉ、お兄様ァ。貴方にしか教えれないのよォ?」

「......だってさ」

「いや、あぁ......。とにかくだ。王様のところへ行くぞ。リリィ(その娘)も連れてな」

 

 これ以上話しても意味がないと考えたのか、ハクアはそそくさと牢屋から出ていった。

 

「お兄様ったら。本当にお堅いんですから......。そこもまた、好きですけどねェ......」

「......リリィ。貴方って色々と凄い人と友達になったのね......」

「え? クロちゃんは普通じゃない?」

「......貴方を見ているとそう感じてしまう自分が怖い......」

「では、王室へ行きましょうか。安心して下さい。リリィちゃんは私と居れば大丈夫ですので!」

「そう言えば、ハクアの妹なら、王の養子とは言え王女なのね。......そう考えれば、大丈夫かは分からないけど、確かに安心はできるわね」

 

 この世界では養子とは言え王の子供なら権力は強い。

 だからこそ、王女となれば王とは行かずとも、それに限りなく近い権力を振るうことができる。

 

 ──それにしたって、王が許さなければリリィが外に出ることはできない......。リリィが自由を得られるかはこの人に掛かっている。......こういう時、私って何もできないわね......。

 

「はい。私は王女です。幼い頃、お兄様と一緒にお父様に拾われ、育てられました。お父様には実の子供はいないので、それはそれは、大切に育てられましたわ。ですから、きっと大丈夫です。まぁ、それなりの条件があるでしょうけど。それはまぁ、私も手伝いますわ。お兄様と一緒に。

 ......実を言うと、最近お兄様が仕事で忙しいので、それを口実に一緒に居たいと言う気持ちもありますけど」

「分かる。私も姉様と一緒に遊びたい時は適当な理由を作って遊ばせると思うから」

 

 どちらもそれを話している時、少し悲しそうにも、思い出にふけているようにも見えた。

 

 私はそれをじっと見つめながら、リリィにエリーの姿を重ね、思い出していた。

 

 ──色々なことがあったとはいえ、最近は遊べていないどころか、エリーよりもリリィに気をかけ過ぎているかもしれない。......実の妹を気にかけないでいるのは、やっぱり姉としておかしいよね......。でも、助けてもらった恩もあるから......。

 

「姉様? どうしたの? 私は大丈夫だよ? クロちゃんがいるから」

「......えぇ、そうね。大丈夫よね。さて、王室へ行きましょうか。多分、ハクアも待っていることでしょうから」

「そうですわね!」

 

 私は本当の気持ちを義妹(リリィ)に言えないまま、王室へと向かった。

 

 

 

 王室へ辿り着くと、王様とハクア以外は出払っていたのか、それとも王自身がそう命じたのか。誰もいなかった。おそらくは、王がこのような特例を他の人に知られたく無かったのだろう。

 

「......おぉ、クロエ。ハクアからあらかたの事情は聞いた。......本当に、その魔族を解放しろと申すのか? そやつは魔族だと言うのに......」

「人族と魔族の関係は百も承知ですわ。ですが、それとこれとは別の問題です。リリィちゃんはここへ来てから、危険なことは何もしていませんわ!」

「しかし、兵士を傷付け......」

「それは姉を守る為です! 話は既に聞いています。疑いがあるだけで、兵を使いこの方達を騙したことも。切り裂きジャックに襲われた時も監視を続け、助けなかったことも。そして、挙句の果てに切り裂きジャックは逃がしてしまったこともです!」

「うっ......そ、それはだな......」

 

 王は自分の娘の気迫に押され、たじろいでいた。そして、とっさには言い返す言葉も思い付かなかったのか、王はそのまま黙り込んだ。

 

「お父様。いえ、王様。私から一つ、提案がありますわ。リリィさんを、それとリリィさんの仲間と言う魔族達を解放する代わりに、私とお兄様で切り裂きジャックを捕まえ、この街でその事件が起きないようにします。さらに、前々から提案されていた東方遠征、倭国への遠征を引き受けましょう」

 

 ──うん? リリィの仲間......? さらっと言ったけど、カルミアとか捕まってるのかしら?

 

「クロエ!? お、おぬし、この魔族のためにそこまですると申すか!?」

「はい。友の為に、最善を尽くしますわ。ねェ? お兄様ァ?」

「......はぁー。手伝うしかないか。後が怖いし......。王よ。私からもお願いします」

 

 妹に促され、ハクアも王に頭を下げる。

 

 王は頭を抱えるも、目は真っ直ぐと自分の息子達を見ていた。

 

「......よかろう。そこの魔族、リリィと......人間のナオミと言ったか。その二人を守り、監視し、何があってもそなた達が責任を負うと言うのなら、その提案を呑もう」

「流石お父様! 分かっていますわね!」

「......まぁ、お前、自分の思う通りにならないと怖いしな......」

「お兄様!」

「は、はい!」

「それに、リリィちゃんとナオミさん!」

「え、何かしら?」

 

 唐突に呼ばれたこともあり、少し驚きながらも返事をした。

 

「そうと決まれば! 早く捕まえましょう! あ、その前に家にいる妹さんや友達さんに会わないと心配されていますわね! ということで、まずはそっちに行きましょう!」

「え、あの、ちょっ!?」

「えっ? な、何これ?」

 

 突然、クロエに巻き付いている鎖とは別らしき鎖が三本、私とリリィ、そしてハクアの手に巻き付いた。

 その鎖は全て、クロエの指先から出ているようにも見える。

 

「落ち着け......。これはクロエの魔法だ。そうだ。お、落ち着くんあわわ」

「貴方の方が落ち着きなさいよ!」

「い、いや。こうされるとトラウマが......。いや、それよりもあいつ、無理に引っ張っていくからな。走らないと、手が取れるぜ」

「いや、それ怖すぎるんだけど!? と、止めてよ!」

「いや。俺にはどうすることも......」

「クロちゃん。姉様と私も分の鎖だけは解いてー。ちゃんと走るから大丈夫ー!

 あ、貴方のお兄さんのは別にそのままでもいいから」

「あ、分かりましたわ!」

 

 そう言うと同時に、巻き付いていたはずの鎖は消えていた。

 

 その代わりと言わんばかりに、ハクアの両手に一本ずつ鎖が巻かれていた。

 

「お前、俺に恨みでもあるのか!?」

「さぁて。お兄様! 行きましょうか!」

「せめて普通に運んでくれ!」

「......姉様。姉様はああいうの、好き?」

「ごめん。全然好きじゃないわ。......さぁ、早く家に戻って、エリー達に会いましょう」

 

 そう言うと、私達はクロエとハクアを連れ、家の方向へと向かって行った────




次回も1週間後かもしれませんが、気長に待って下されば有り難いです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22話 「再開するだけのお話」

今回ほぼ閑話なので、閑話として読んでくださいませ。

閑話? まぁ、それでもいいよ。
という方は、暇な時にでもごゆっくりどうぞー


 side Naomi Garcia

 

 ──人間の都市 『アンリエッタ』 新たな家

 

「お姉ちゃん! 良かった......戻ってきてくれて良かったぁ......」

「妹様。ご無事で何よりです」

 

 家の扉を開けると同時に、私の顔を見たエリーが飛び込んできた。

 その後ろでは、リンさん達が安堵の表情を浮かべている。

 

 エリーの目は涙ぐんでいたが、今の顔表情からは泣いていたことも想像できない。

 

「あぁ、エリー......。心配をかけてごめんなさいね......」

「ううん。大丈夫だよー。それよりも、また会えて嬉しいからねっ!」

「エリーちゃん、エリーちゃん。私も居るよ?」

「リリィちゃんもおかえりっ!」

「ただいまー!」

 

 エリーは私、リリィと抱擁し終えると、後ろから付いてきていたハクアとクロエに視線を移す。

 

「お姉ちゃん。その人達は? あ、そっちの男の人には会ったことがあるかも。もしかして王国の人ー?」

「あら、お兄様? 何処でこの娘と知り合ったのです? 私、気になりますわ」

「王室だ。気にすることじゃない。俺は王の養子であり、王の補佐兼専属騎士のハクアだ。こっちは俺の妹のクロエ。君の......妹か? いや。人間だよな?」

「人間だけどリリィちゃんは私のお姉ちゃんになったのー」

「な、なるほど......? とにかく。俺達は切り裂きジャックを捕まえることを条件に、お前の姉とその他一部の魔族を解放することとした。もちろん、王様はここに住まわせる気は無いだろうがな」

 

 真っ直ぐ面と向かって言われたエリーは目を逸らし、リリィとアナンタ、そしてリンさんをちらりと見ていく。

 

「ここに、住んじゃダメなんだね......」

「......そ、そんな目で見られても、魔族を住まわせることはできない。この都市には魔族が嫌いで集まった連中が多いからな。もちろんお父様の影響だが」

「王様も魔族が嫌いなの? なら、どうして取り引きしたとは言え、リリィちゃん達を解放するのを許可をしたの......?」

「お父様の心の中で何か変化があったのだろう。詳しくは俺も知らない」

「お兄様? それよりも、早く切り裂きジャックを探しに行きませんか?」

 

 クロエが話に割って入るようにそう切り出した。

 

 ──何か知っているような顔だけど......深く聞かない方がいい気がするわね。おそらくだけど、ハクアは知らないから、クロエにしか聞かされてないことなんだろうし。

 

「そうだな。俺も王を守る役目があり、時間は無駄にできん。お前達。切り裂きジャックの姿は見たか?」

「え? 見たけど......。私達を付けてた兵士達は見てないの?」

「み、見たのか? あいつらは見てない。それどころか、今まで切り裂きジャックは姿を見られたことがあるはずなのに、その顔や姿を一切憶えられていないのだ。おそらく、記憶を消す魔法か何かでも使っているのだろう。だから、今回も憶えられていないかと......」

「へぇー......え? 傷付けられたり、バレたりして使い忘れた......いや。それだと兵士達も憶えているはずね。でも、霧が凄かったから見えないのも納得はできる......」

 

 考えれば考えるほど分からなくなってくる。

 

 ──まぁ、みんな普通の人間だろうし、魔法を使い忘れたか、今までも霧で見えなかったとかそんなのよね。

 

 が、最後には自分のその考えで納得した。

 

「それで? どんな姿、顔だったんだ? 分かればすぐにでも、兵に調べさせよう」

「え? でもねぇ......」

「姉様。見つからないとあの娘とお話もできないんだよ?」

「うっ。どうして私がしたいことを知っているのかはともかく、それもそうよね......」

 

 ──親に命令されているから、という理由で殺人を平気でするなんて、何か理由があるはず。いえ、それよりも、子供に殺人なんてさせる親を捕まえないと......。

 

「これ以上この都市で死人を出すわけにはいかない。大人しく言ってくれ」

「......いいけど、実行犯らしきあの娘とは少し話をさせてくれない? もちろん捕まえた後でいいわ」

「いいだろう。それくらいは許可する」

「お兄様って変な時に真剣な顔になりますよね。それも好きですけど」

「クロエは少し黙っててくれ......」

 

 私は切り裂きジャックらしき少女の容姿や使った魔法らしきものを教えた。

 

 やはりというか、当たり前というか、ハクアは驚くばかりでその少女を知っている様子では無かった。

 

「子供だと? いや、それよりもオッドアイだと? 間違いないか?」

「えぇ。間違いないわよ。何かあるの?」

「オッドアイと言えば、超能力者の特徴だ。オッドアイでも超能力者じゃない奴はいるが、超能力者でオッドアイじゃない奴はいない」

 

 超能力者。魔力ではない何かを使い、原因不明なこともあり恐れられている能力を持つ人......。

 

 ──オッドアイは超能力者、みたいな言い方ね。......差別とかありそうで嫌いだわ。

 

「別にオッドアイだからって超能力者な訳じゃないでしょ? それに、超能力者なら何か問題でもあるの?」

「大ありだ。王は超能力者も許容はしていない。それはどこの都市でも同じことだ」

「あっそ......。でも、超能力者でも話はさせてもらうわよ。それに、あんな小さな子供も殺すなんてしたら、許さないから」

「ナオミさん。そう心配せずとも大丈夫ですわ」

 

 ハクアとの会話中、クロエが割って入るようにそう切り出した。

 

 言い争いになりそうなのを止めたかったからなのか、それとも安心させたかったからなのかは分からないが。

 

「ついでにお兄様も超能力者くらい、許容しましょう。その少女は、何かあるみたいですし。

 例えその少女が超能力者だとしても、私が何とかしましょう。育ち盛りの子供ですもの。死ぬことなんて無いですわ!」

「クロエ......ありがとうね」

クロエ(お前)っていつも我が儘だな......」

「お兄様譲りですわ。それはそうとして、私、その少女を見たことがあるかもしれません」

「そうなの? ......えっ!? ほ、本当に?」

 

 何食わぬ顔で、さらっと重大なことを言うクロエに驚く。

 もしもそれが本当に切り裂きジャックなら、後はその親に会い、捕まえればいい。その後、切り裂きジャックとゆっくりお話さえできれば......あの娘の人生を、よりまともなのにできるかもしれない。

 そう思うと、真偽を聞かずにはいられなかった。

 

「本当です。孤児院で見たことがありますわ」

「あぁ、お前は毎日のように孤児院に通っていたな......」

「です。見たのは少し前、今はもう、養子として引き取られたとか......」

「その親が切り裂きジャックを......? でも、強要するような義理の親に言われてもするものかしら」

「......見た目からしても、六歳、七歳ほどなんだろ? それなら善悪の区別は分からず、親に捨てられたとすれば、親の愛に飢えているかもしれないな」

 

 理由は知らないが、王の養子であるハクアが言うと妙に説得力があった。

 ただ、それでもやはり......殺人をするのに抵抗が無いとは思えない。親に何かしらの暗示や、魔法でもかけられているとしか思えなかった。

 

 ──否。そう思いたい......。自ら進んで殺人なんて。人の命を奪うだなんて。

 

「親の愛、かぁ。分からないけど、私にとって姉様と思えばね。私は姉様さえいれば......」

「私もお兄様がいれば、それだけで幸せですわ」

「リリィちゃん、私よりもお姉ちゃんに依存してない......?」

 

 エリーの言う通り、確かにその二人は度が過ぎているかもしれない。

 

 案外、私を傷付けたことを許して、リリィは切り裂きジャックと気が合うようになるかもしれない。そう思うと、少し残念な気持ちにもなる。

 

 ──リリィと同じような性格になったらどうしよう......。

 

「一先ず、その孤児院から切り裂きジャックの親のことを聞き出すとしよう」

「あ。私も着いていくからね?」

「あぁ。そっちの方が守りやすいだろう。そうしてくれると有り難い。だが、吸血鬼じゃない他の者は残っていてくれ」

「えぇーっ! 私もお姉ちゃんを守りたい!」

「エリーが行くなら私も行く」

「しかしだな......」

「お兄様。私にお任せを! 全員守ってみせますわ!」

 

 気持ちいいほど元気よく、クロエが宣言する。

 

 流石王女と言ったところか、自由奔放な気もするが今はそれが頼もしい。

 

「何もかもお前に任せっきりになってしまっているな......」

「お兄様は気にせずともよろしいですわ。ただ、頑張ったらご褒美をですねェ」

「あ、あぁ......考えておこう......」

 

 声も口調も少し低くしてそう話すクロエの目には、リリィと似た狂気が混じっていた。

 やはり、リリィとクロエは同類なのか、と感じた。

 

「さて......まずはその孤児院から向かうか。付いてくる奴らはクロエから離れるなよ」

「はーい」

「大丈夫。わたしが、エリーを守るから」

「アナちゃん。無理はダメだからね」

「あ。リンも付いてきてよー?」

「仰せのままに」

 

 こうして、私達七人は孤児院へと向かうことになった。

 

 

 

「お兄様。聞いてきましたわ」

「そうか。それで、どうだった?」

 

 孤児院に着くと、クロエが話を聞いてきてくれた。

 そして、クロエが得た情報を聞くと、切り裂きジャックらしき少女の名前は『ジャクリーン』ということ。その少女は約一年前、切り裂きジャックの事件が起きるのとほぼ同じ頃、引き取られたらしいことが分かった。

 

「そして、その引き取った親の名前ですが、ウォルター・トェテシュレーガ、という名前らしいです。お兄様、もしかしてですが、この名前って......」

「あぁ......あいつか? だが、あいつはドゥーコーの助手を......」

 

 ウォルター・トェテシュレーガ......ウォルターの方は、最近聞いたことがある。

 そして、ドゥーコーの方も。昨日のことだから、忘れるわけがない。

 

「え? ウォルターとか、ドゥーコーって誰?」

「ほら。昨日会った何でも屋とその助手じゃない。まさか、あいつの助手が親だったってこと?

 でも、あいつは王からも依頼を受ける奴なんでしょ?」

「ウォルターの方は信用できる。長い間ここに居るからな。だが、ドゥーコーは......俺の耳に入ってきたのも数年前のことだ。俺は王の騎士、補佐として王に関わる奴の名前は見ているんだが、ドゥーコーは数年前に妻を亡くした可愛そうな奴とばかり......」

 

 王の補佐で騎士だとしても、一介の何でも屋の助手の情報を憶えているなんてどれだけの記憶力なんだろうか。と、改めて王の補佐を務めるハクアに感嘆する。

 

 ──やっぱり、騎士としても相当強いのかな? もしそうなら、切り裂きジャックを、ジャクリーンを無傷で捕まえることも......。

 

「だが、やはり間違いないかもしれない。切り裂きジャックの事件のことは全てドゥーコーに回していた。だから、その助手のウォルターの耳に入っていたのもおかしくはない。あいつは、最初からそのためにドゥーコーの助手に......。最初からおかしかったんだ。何故か切り裂きジャックが現れる場所が警備の薄い場所だったり、持っていた証拠が消えたり......」

「本当にそうならば、凄い人ですわ。だからこそ、一刻も早く捕まえないとダメですわね」

 

 ぶつぶつと後悔していたハクアをよそに、クロエは決意を固めていた。

 

 ──しかし、証拠が消えたらまずはそっちを調べればよかったのでは......。調べても出てこなかったのかもしれないけど。

 

「ねぇ、ウォルターって、今はどこにいるの?」

「確か、今日は自宅に居るはずだ。リリィ(そいつ)を捕まえる協力をしたことは、お手柄だったからな。しばらく何でも屋は休暇にするそうだ。収入もそれなりにあったからな」

「なんだかやな感じ。でも、犯人を捕まえれば姉様と一緒にいれるのよね。

 なら、早く捕まえに行きましょう」

 

 リリィを解放することもそうだが、カルミア君とかが捕まっているらしい。だから、それを助けるためにも、ウォルターに会いに行かなければ。

 

 ──いやまぁ、正直忘れかけていたんだけど......。

 

「そうと決まれば行くか。ウォルターの家は知っている。案内しよう」

「えぇ。任せたわね」

 

 こうして、切り裂きジャックの真相を求め、ウォルターの家へと向かった────




次回......第4章最後のお話。

リリィ達は無事に解放されるのか──

なんて次回予告的なのを書いてみたかった()


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23話 「ジャクリーンに会って終わるだけのお話」

かなり久しぶりです。お待たせしましたm(_ _)m

今回でこの章は終わりです。ではまぁ、お暇な時にでもどぞ。


 side Naomi Garcia

 

 ──人間の都市 『アンリエッタ』 ウォルター宅

 

 ハクアの案内により、ウォルターの家までやって来た。ウォルターの家はスラム街にあるものの、周りよりも大きな館という感じで、まるで貧相に見えない。だが、どこか物寂しい空気が漂い、薄らと嫌悪感をもよおす臭いが広がっていた。

 それは、まるで何かが腐敗した臭いだった。野菜が腐ったというよりは、肉が腐った臭いの方が近いだろう。

 

 ──あぁ、それにしても本当に嫌な臭い......。

 

「なんだこの臭いは......。失礼! 王の護衛兼補佐のハクア・ホストリアだが! ウォルターは居るか!?」

 

 ハクアも気付いた様子でそう悪態をつき、扉を大きな音を立ててノックしてそう叫んだ。

 

「おや、ハクア様。それに、随分と大勢で......どうなされました?」

 

 ウォルターは急な訪問にも平然と対応する。

 

 本当に犯人なのかと思うくらい自然な顔だ。

 

「切り裂きジャックの件で話がある。中に入らせてもらってもいいか?」

 

 開口一番にそう言える辺り、やはり王子だけあって、権力は相当なものなのだろう。

 

 ──若干権力乱用にも見えるんだけど......。

 

「......ふむ。いいですよ。ただし、この家は大勢が入れるほど広くありませんし、何処の馬の骨か分からないような人達を入れるつもりはありませんねぇ」

 

 私とリリィを見るその目は、明らかな敵意が込められている。

 やはり犯人なのか、それともただリリィが捕まったことを知ってたのか、定かではない。

 

「......いいだろう。入るのは俺とクロエだけにしておこう」

「それなら私も文句はないです。さぁ、中へ」

「分かった。すまないが、ナオミ達はここで待っていてくれ。......裏口があるかもしれない。見張っていてくれ」

 

 ハクアはウォルターに聞こえないくらいの小さな声で去り際にそう話す。

 

「どうしました? 早くお入りください」

「あぁ、今行く。クロエ。行くぞ」

「分かりましたわ。皆様。お気を付けて」

 

 それだけ話すと、クロエとハクアは中へと入っていった。

 残された私達は入り口に待たされることとなった。

 

「ハクアの言う通り、裏口があれば逃げられるね。リン。エリーちゃんとアナンタと一緒にここで見張っていて。裏口は......多分、危険だし」

「仰せのままに」

 

 いつも通り機械的に答え、心配などの声もかけない。やはり、ホムンクルスだからか。

 

 ──それでも、もう少しくらい、心配してもいいと思うけど。

 

「えぇっ!? お姉ちゃんも裏に回るのー!?」

「エリー。声がでかい。心配しなくても大丈夫よ。リリィがいるから」

「うん......。それは分かってるけどぉ......」

 

 悲しげな表情を浮かべ、つぶらな瞳をこちらに向ける。

 いつもなら許してしまいそうな顔だが、今回だけはそうはいかない。

 

 もしも本当に犯人なら、切り裂きジャックもいるはずだ。あの娘と話がしたいとは思っていても、あの娘からは怪我をさせたことで恨まれている。ここまで連れてきて何だが、そんな危険な時にエリーに会わせようとは思えない。

 

「ね? 安心できるでしょ? エリー。ここをお願いね。アナンタ。エリーをお願いするわ」

「分かった。何があっても必ず守ると、約束する」

 

 決意を固めことが分かるように、アナンタの目は真っ直ぐ私を見つめていた。

 

「......お姉ちゃん。何かあったら大声を出してね。すぐに行くから」

「分かったわ。リリィ。探しに行きましょうか。無かったらすぐに戻ってくるわね」

 

 エリーを少しだけでも安心させるようにそう言うと、私達はウォルターの家の周囲を回り始めた。

 

 

 

 しばらく歩くと、案の定裏口を見つけた。どうやらここの一つしか無いらしく、人気のない裏路地へと続いている扉だった。もしも逃げてくるなら、ここから出てくることになるのは間違いないだろう。

 

「しばらく待機ね。何かあればハクア達が騒ぐ声が聞こえるだろうし......しばらく待ちましょうか」

「うん。そうだね。......それでさ。姉様は、切り裂きジャックと何を話して何がしたいの?」

「何を話すかはまだ決めてないわ。でも、切り裂きジャックに、あの娘のような小さな子供に、殺人鬼なんて道は間違っているわ。絶対にね」

 

 これは、あの娘のためだけではなく、()()()のためにも。()()()の願いのためにも、殺人鬼なんて道は正さないといけない。

 

 ──それが、私のできる、唯一の罪滅ぼしなんだから......。

 

「姉様? ......あ、いや。それよりも......」

「どうしたの?」

 

「クロエ! 挟め! 逃がすな!」

 

 ウォルターの家から大きな声が響く。

 ──これは、ハクアの声かしら?

 

「何かあったみたい! 姉様! 行くよっ!」

「えぇ、そうね!」

 

 私達は裏口から声が聞こえた方向へと向かった。

 

 

 

 中に入ると、さらに臭いはキツくなっていた。

 

「バレてしまっては仕方ない。秘密の入り口をよく見つけたものだねぇ?」

「あからさまに怪しすぎるんだよ! 何だよ、ここには何も無いですからー、って! 絶対何かある時のセリフじゃねぇか!」

 

 声が聞こえる部屋では、ハクアとクロエ、ウォルター、そして、切り裂きジャックの少女が今にも戦いそうな雰囲気で話していた。

 

「切り裂きジャック......」

「おや? おやおや? 誰かと思えばジャックが取り逃がした少女達じゃないのかね? えぇ? こんなところまでやって来て......あの人の部品になりたいのかな?」

「......壊す。貴方達は、絶対に」

 

 ウォルターは化けの皮が剥がれたからか、さっき会った時と違い性格が豹変していた。

 切り裂きジャックは私達に警戒心をあらわにした眼差しを向ける。

 

「やっと会えたわね。切り裂きジャック。いえ、ジャクリーン、かしら?」

「......どうして知ってる?」

「ジャック。敵の言葉に惑わされないように。お前はただ私の邪魔になる者を殺せばいいのだから」

「はい。お父さん」

 

 ──やはり、こいつが親か......。

 

 そう思うと、ウォルターに対する怒りがふつふつと煮えたぎる。

 

「ウォルター、だったかしら。私は貴方を許さないから」

「元より許される気はない。それに、ここでお前達は死ぬのだ。ジャック。俺が逃げる時間を稼げ」

「なっ、おい逃げっ!?」

 

 ウォルターは丸い何かを地面に投げつける。

 

 その丸い何かが地面に当たった瞬間、煙が溢れ出し、視界が悪くなる。

 

「煙玉か!? 古典的で面倒臭い物を! クロエ、お前は裏口を頼む! 俺は入り口に向かうことにする! 守ると約束したからな!」

「分かりましたわ!」

「逃がさないッ!」

 

 入り口へと向かうハクアに向かう二つの影がチラリと見えた。

 

 片方の影に対し、もう片方の影が立ちはだかる。

 

「切り裂きジャック。姉様が話をしたいらしいから、貴方はここで待ってね。

 絶対に、逃がさないから」

「っ!?」

「リリィか!? ここを任した!」

 

 その影とは、リリィとナイフを持つジャクリーンだった。

 

 リリィは入り口へと繋がる扉の前に立ちはだかり、ジャクリーンを止めている。

 

「別に姉様以外の言うことは聞くつもり無いけど......今回は特別ね」

「......あの時の傷、忘れてない。お前を壊すのが最優先」

「姉様と話すのが最優先だよ。大人しく捕まってもらうから!」

「......嫌。お父さんのために、時間を──」

「まだ分からないの!? 貴方はあの男に利用されているだけなのよ!?」

 

 戦って勝っても、この娘の気持ちが変わらないと意味はない。

 そう判断した私は、必死に思いを伝える。

 

「違うっ! お父さんはわたしを大切に......それにッ! 親がいないわたしを、育てて......」

「子供に殺人をさせる親なんて、子供を囮にする親なんて......そんなの親じゃないわよ!

 親なら子供を正しい道に進ませ、子供のために頑張るものなのよ!」

「っ......!? わ、わたしは、それでも......誰も、いないから、お父さんのために──」

「そんなの私が代わりになってあげるから、殺人に手を貸すのはやめなさい!」

「えぇ!? ね、姉様!?」

 

 ジャクリーンはその言葉に動揺してか、驚いてか、動きを止めた。

 

 ──つい言ってしまったが、殺人に手を染めないのなら、超能力者の娘でも何でも、親になる覚悟はある。それが、()()()の願いだから......。

 

「え......? 壊そうとした私を......? バカなの?」

「姉様はバカじゃないからっ! 姉様、考え直して! その娘、絶対に私以上のヤンデレだよ!?」

「自覚あったのね......。ただ、私は人の命は重いと考えているだけよ。貴方みたいな子供に、人の命を奪わせるなんて我慢ならない。だから......それを止めるなら、私は貴方の親にでも何でもなってやるわよ!」

「......本当に本当? 本当に言ってるの?」

 

 ジャクリーンは左手に持っていた武器を落とし、ゆっくりと近づいてくる。

 

「本当よ。もう殺人をしないなら、貴方のためにも生きてあげるわ」

「......そっか。なら──」

 

 ジャクリーンは私に手で触れれる距離まで来ると、()()()()()()()()

 

「うっ......っ!?」

「──こんなことされても、わたしのために生きてくれるの? ()()()()()

 

 腹部に鋭い痛みが走る。殴られたはずなのに、何かで刺されたような痛みを感じる。

 

 ──あぁ、そう言えば、自身に透明化が使えるんだから、武器にできてもおかしくは......。

 

「姉様っ!? っ、殺──」

「リリィ! ......大丈夫、大丈夫だから。少し待って......」

「姉様......」

「わたし、お母さんとお父さんに捨てられたの。忌み子だからって。人を傷付けるからって。そんなつもりは無かったのにね。誰も信用してくれないの。

 うん。本当は知ってるよ。お父さんがわたしを道具としてしか見てないって。

 貴方は、お母さんは......こんなわたしでも、信じてくれるの? 信じると、こんな風に刺されるかもしれないよ。それでも、ちゃんと好きになってくれるの?」

 

 もう何もかも諦めたような、疲れきった笑顔で語りかけられる。

 

「さっきも言ったけどさ......貴方のためにも生きてあげるわ。もう既に何人かのために生きてるんだし、今更一人増えたところで変わらないわ。ジャクリーン。貴方を信じるから、安心してちょうだい」

「......うん、分かった。......よかった。もしも信じてくれなかったらこのまま首を切って壊してたの」

 

 無邪気な笑顔を見せると、ゆっくりと私を刺した何かを抜く動作をする。

 

 無邪気な笑顔を見せながらも、残酷なことをさらっと言うその姿には、吸血鬼の妹や、()()()の姿を重ねてしまう。

 

「ね、姉様? もういい? 早く治さないと、傷が......」

「大丈夫よ。ちょっとは痛みに慣れたから」

「お母さん、痛いのダメ? なら謝らないとね。ごめんなさい」

「大丈夫よ。......なっ、ジャクリーン!? どうしたの!?」

 

 ジャクリーンの鼻から、血が流れ出ていた。

 どこも怪我をしてないはずなのに。

 

「......超能力を使い過ぎたらこうなるの。でも、大丈夫だよっ。お母さん」

「それよりも! 姉様の傷でしょ!? 早くエリーちゃんに見せて治療を......っ!」

「だから大丈夫ってば......いっ」

「大丈夫じゃないから言ってるの!」

 

 ──あはは......。初めてリリィに怒られたわね。......大丈夫とは言ったものの、もう無理そうだ。

 

「はぁ......ごめんなさい。やっぱり無理。ちょっと休むから、ウォルターに気を付けて、エリーの場所に私を......」

「ね、姉様!?」

 

 前回怪我をした時のような感覚が蘇る。

 

 気付くと私は、夢を見ていた────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章 「和国の遠征編」
24話 「遠征の話をするだけのお話」


お久しぶりです。新しい章です。以上()


 side Naomi Garcia

 

 ──未明 夢の中

 

 目が覚めると、真っ白な空を見上げていた。雲も太陽もない、真っ白な空を。

 

 だが、見覚えがある。そして、どうしてか、刺されたはずの腹の痛みが消えている。

 

「......あぁ、また......」

 ──あぁ、分かった。ここは夢の中か。

 

「起きた? お疲れ様ー。あ、痛みは消しといたよ。傷も多少はね」

 

 目の前には、鏡映したかのように、胸以外が自分にそっくりな女性が立っていた。

 

「リナね。ありがとう」

「どうして再確認したの? ま、いいけどー。それで、大丈夫?」

 

 何か心配なのか、リナは不安気に聞いてくる。

 

 もしかして、ジャクリーンのことなのだろうか。

 と、思い浮かべるも、どうして心配なのかは目覚めた直後だからか、全く分からなかった。

 

 いや、まだ夢の中だから目は覚めていないが。

 

「ジャクリーンは超能力者で、しかもあの性格だよ? リリィが二人に増えたくらいの苦労はかかりそうだよ? それでも大丈夫なの? まだどこに住むかも決まってないのに」

「あぁ、そういうこと。リリィは最近大人しいし、ジャクリーンもまだ子供だから世間知らずなだけで、これから色々教えていけば大丈夫よ」

「あはっ、やっぱり面白いねー。ナオミんってさ」

「ナオミんじゃなくてナオミよ。それで? いつ出してくれるの?」

「えっ?」

 

 質問の意味が分かっていないのか、それともわざとか、首を傾けてとぼけている。

 

「あはっ、冗談冗談。夢から覚めたいんでしょ?」

「やっぱり冗談なのね。そうよ。早く目を覚まさないと、心配されちゃうわ」

「うんうん。そうだよね。ま、私はちょっと話してみたいと思ったから、呼んだだけだし、すぐに目覚めさせてあげる。あ、目が覚めたらびっくりするかも?」

「何が?」

「......多分、予想はできるだろうからバイバーイ!」

 

 リナがそう言うと、辺りに眩い光が溢れ出す。

 

「え、ちょ、ちょっと──」

 

 私は為す術もなく、現世へと戻された。

 

 

 

「はっ!? ......夢か。って、夢だけど! あの人、どうして気になることを途中まで言って、そのまま元に戻すのかなっ!? あー、もういいや。......ここは?」

 

 次に目が覚めると、真っ先に夢の中とはまた別の白い天井が目に入った。

 そして、どこか知っているようなベッドの上だった。

 

 ──確か、昨日か今日か。寝ている間がどれくらいだったのか分からないが、それくらい前にも同じような部屋で寝ていた気がする。

 

 だが、その前とは、少し違っていた。

 

「あ、姉様。起きた? 大声出してたけど、大丈夫?」

「お姉ちゃん! 良かったぁ......。

 お姉ちゃん。腹を刺されて気絶したって、私、心配で心配で......」

 

 隣には、私の妹達が心配そうに、そして嬉しそうな顔をして私を見ている。

 

 少し離れた椅子には、リンと寝ているアナンタも居た。

 

 そして──

 

「お母さん。もう、大丈夫? 良かった。私嬉しい!」

 

 エリー達とは真反対の隣には、ジャクリーンが無邪気な笑顔を見せていた。

 

「ジャクリーン? 貴方、大丈夫なの? 私、あんな無責任なことを言ってたけど、王国軍に連れて行かれるんじゃないかと......」

「大丈夫っ! わたし、お母さんとずっと一緒に居ていいんだって!」

「えっ......?」

「うふふ。お母さん、変な顔」

 

 今の私の顔はどんな顔なのだろうか。

 驚いているのか、嬉しそうなのか、嫌そうなのか。どれにも取れるような声が出た気がした。

 

 実際、私もどれかは曖昧だ。ただ、絶対に嫌だとは思っていない。

 この娘を殺人鬼にさせないのなら、危ない目に遭わせないのなら、一緒に居てあげても、母親になってもいいとも思っているからだ。

 

「どうしたの? お母さん」

「お母さん連呼し過ぎ......」

「むぅ......リリィは、黙ってて!」

「無理ー。私は自由に生きてるからー」

 

 やはりリリィにとっては私に傷を負わせた犯人だからか、嫌っているような態度を見せていた。だが、あからさまな行動を取っている訳では無いので、リリィにとっては複雑な気持ちなのかもしれない。

 

 ──主に私のせいで。

 

「リリィ。ジャクリーンも。喧嘩はやめて、仲良くしなさい。それにしても、ジャクリーン。大丈夫なの?」

「え? 大丈夫?」

「ほ、ほら、一応、殺人犯として......」

「そのことなら大丈夫だぞ」

「え? あぁ、ハクアね」

 

 いつ入ったのか、音も立てず、出入り口の扉の前を開けてハクアが入っていた。

 

「この都市に子供を罰する法はない。罪を犯した場合、全て親が責任を取ることになっている。そして、子供の方は孤児院などの施設に入れられるのだが......。ジャクリーンから、お前がその娘の義母になる、と聞いたがいいのか?」

「えぇ、もちろんいいわよ。ジャクリーンの犯した罪も私が引き受けていいわ」

「いや、それはウォルターが義父の時の話だから、ウォルターが罪を償うことになる。あぁ、ウォルターは俺が捕まえておいた。もちろん、みんなの協力もあったがな。

 あ、それは置いといてだな。前にも言ったかもしれないが、魔族をここに住まわせるわけにはいかない......」

 

 確かに前に言っていた気がする。

 

 やはり、切り裂きジャックを捕まえるという条件は、魔族であるリリィを解放するだけであって、ここに住める訳ではなかった。

 

 ──しかしまぁ、最初からここに住むつもりはなかったけど。

 

「──が、だ。切り裂きジャック事件の主犯を捕まえる手伝いもしてくれたことだ。三日後に俺達が遠征する、和国という国のある地域に住めるように手配できないこともないぞ」

「え、ほ、本当に? あの和国に?」

 

 和国......創造主や双子神以外の神様が創ったとされる、神の住まう国。

 

 なんでも、六つの地方に別れており、その内の二つが戦争中とかなんとか。

 

「あぁ。もちろん、戦争をしておらず、魔族や人族の差別がない地方にな」

「そ、そこまで配慮してくれるのね。私は一度、和国に行ってみたいとは思ってたけど......。みんなは、どう思う? 和国に住みたいと思う?」

 

 一人一人の顔を見渡し、呟くような声で聞いてみる。

 

 平和とは言っても行ったことがない未知の国。本当に平和なのか、安全なのか。真実は行ってみないことには分からない。

 

「私はお姉ちゃんと一緒に、幸せに暮らせるならどこでもいいかなー。あ、もちろんアナちゃん達も一緒でね」

「姉様となら、どこでもいっしょがいい。私は、それだけ叶えばいいから......」

「妹様の命令とあらば、どこへでもついて行きます」

「わたしは、お母さんといっしょに居たい。ただ、それだけでいいの......」

 

 分かっていたこととは言え、やはりというか何というか。みんな、一緒に居てくれると分かって嬉しい気持ちでいっぱいになる。

 

 ──後は、アナンタだけだけど......。何か迷っているのかしら。難しい顔をしているわね。

 

「......わたしは、エリーと一緒が、いい。でも、ちょっとだけ、流国という場所に行ってみたい」

「流国か......。あそこは戦争には関わっていないが、危険だぞ?」

「りゅうこく? 和国にある場所? どうして危険なのー?」

「流国。別名龍の国とも呼ばれている。和国の一部であり、和国の西南に位置する島の名前だ。そこでは竜とは違う龍が住み、閉鎖的な地域だと聞いている」

 

 竜と言えば、エリーから聞いただけだが、アナンタも氷の竜。自分の出生を知りたいとか、そんな理由だろうか。

 

 ──そこまで親しくなく、下手に聞ける話とは思えないからエリーに任せるしかないけど。

 

「アナちゃんはそこに行きたいんだねー。私も行ってみたいなぁー」

「そんなチラチラ見ながら言われなくても、アナンタもエリーも行きたいんでしょ?

 なら行くに決まってるじゃないの」

「やったぁー!」

「全く。面倒事が好きな連中だな。......だがまぁ、事件を手伝ってくれた者達だ。和国までの道のりは護衛しよう。俺もクロエも、和国に用があるから、ついで、だけどな」

 

 ついでとは言え、神のハーフと言われる二人と一緒に行動できるのは頼もしい。

 和国までは船以外だと、必ず魔族領土を通るから尚更だ。

 

「ハクア、だっけ? 世話焼きだね。結構」

「こ、これは王の命令も含まれている。だからついでなのだ。別に世話焼きなどではない。

 そ、それよりもだ。お前達とおそらく一緒に居た魔族達を解放するとは言ったが......流石に他の連中にバレて、難しくなった」

「あぁ......カルミア達のことね。あの人らも災難ね。色々と。どうにかして助けれない?」

「それは大丈夫だ。手は打ってある。お前らと一緒に数日後の遠征で和国へと送ることにした。表向きは流刑だが、実際はお前達と一緒にさせて逃がす算段だ」

 

 かなり素早く手を回している辺り、流石としか言いようがない。

 

 ──それにしても、どうしてここまでしてくれるのかしら。事件を一つ手伝っただけなのに。なんにせよ、お礼だけでも言わないとね。

 

「......ありがとうね。ハクア」

「え、い、いやな......。別にいいってことよ。お、俺は仕事があるので戻る。お前達は傷を癒し、ここから出る支度をしていてくれ。出発日前日、家に訪れるとする」

「えぇ、分かったわ。それじゃあバイバイ」

 

 ハクアを見送ると、私は静かに横たわる。

 

 横で話す妹達としばらく話した後、再び目を閉じるのだった────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25話 「遠征初日になるだけのお話」

いつも通り題名通り。
お暇な時にでもお読みくださいませ


 side Naomi Garcia

 

 ──人間の都市 『アンリエッタ』 商業区大通り

 

 切り裂きジャックの事件解決から三日後。今日は約束の和国遠征の日。

 事件解決から二日間は怪我の影響で外に出ることを許してもらえなかったが、三日目の今日は約束の日ということもあり、自由に外を出歩く許可を貰えた。ジャクリーンに二回も同じ箇所を刺されたはずだが、思ったよりも傷の治りが早く、痛みはほとんど無くなっていた。

 現在、旅に出るのに必要な物を買い揃えるために、商業区の大通りで買い物をしている。

 エリーとアナンタ、リンさんとは別行動をしていた。理由は至極簡単で、ただ目的が違うから。エリーはアナンタに色々なことを教えるべく、様々な場所を回っている。リンさんはリリィの計らいで護衛代わりをしてもらっていた。

 私と一緒にいるのはリリィとジャクリーンなのだが......。

 

「お母さん! お菓子いーっぱいあるよー!」

「買いすぎないようにしなさいよ」

「っていうか、全部私のお金なんだけどなー。姉様が使う分にはいいけどさぁ」

「お母さんがいい、って言ってるのからいいのー!」

「あぁはいはい。元は私のお金って言っただけなんだけどねー」

 

 二人は本来の目的を忘れ、保護者である私も離れることができずに、子供らしいお店ばかりを回ることとなってしまった。

 リリィとジャクリーンはあからさまに敵対することはないが、たまに喧嘩腰で話し合ったりすることがあるから、気が気ではない。

 

「二人とも喧嘩をするのは止めなさいよ。ジャクリーン。お菓子もいいけど、まずは旅の支度を終えてからにしましょうね」

「うんっ! わかったー!」

「過保護はやめた方がいいと思うよ? わがままになるから」

「貴方は言えないと思うわよ。ねぇ、リリィ。私の妹なんだから、ジャクリーンの面倒もちゃんと見てあげなさいよ。年齢的には微妙だから、姉としてでいいけど」

「むぅー......。姉様が言うなら別にいいけどぉ......」

 

 リリィは拗ねた子供のように頬を膨らませたかと思うと、すぐに諦めたかのようにため息をついた。

 

「あ、姉様。冒険者商品、ってあるよー」

 

 しかし、なんだかんだ言っても、流石に私よりも年上なだけある。

 今も、そして今までも自分から喧嘩を起こそうとはせず、すぐに気持ちの切り替えをしていた。

 

「冒険者専用というよりは、旅をする人なら誰にでも必要そうな品揃えね」

「お母さん。これ買ったら、お菓子買いに行ってもいーい?」

「私が買い物している間に行ってもいいのよ? もちろんリリィと一緒に行ってもらうことになるけどね」

「子供はお母さんから離れちゃダメって聞いたの。だから、わたしはお母さんから離れないよ?」

 

 どこで聞いたのか、しっかりとした話を知っているようで少し安心する。

 

 ──けど、私よりもリリィと一緒にいた方が安全だと思うのよね......。ジャクリーンの気持ちを何よりも優先するつもりだけど。

 

「そうねぇ......。貴方がそうしたいのなら、一緒にお買い物しましょうか。でも、絶対に私から離れちゃダメよ?」

「うんっ!」

「姉様ー。私にも言ってくれてもいいのよ?」

「はいはい。リリィも離れちゃダメだからね」

「はーい!」

 

 それからは、上機嫌になった二人を連れ、商業区を歩き回っていく。

 

 ハクア達の方でも用意してくれるらしいが、備えあれば憂いなし、とも言うように、買いすぎても損をすることはないはずだ。

 と思いながら、旅に必要な物を集めていった。

 

 

 

 そして、約一時間後。旅の買い物を終え、ジャクリーンのお菓子を買いに、お店を探し回っていた。

 

「お菓子ないねー?」

「ないね。姉様。別の場所探してみない?」

「そうねぇ......。でも、もう少ししたら集合時間なのよね......」

「えー! お菓子食べたーい!」

「そうよねぇ。んー......」

 

 ジャクリーンは年相応の子供のように、周りのことなど気にせずに駄々をこねた。

 この姿を見ていると、エリーが今よりも小さい時を思い出し、どれだけ時間をかけてでも探してあげたい気持ちになる。

 しかし、みんなを待たせるわけにもいかない。

 

 ──最悪、私が作るしか......。

 

「あの、何かお困りですか?」

 

 ジャクリーンの姿を見かねてか、私と同い年くらいの紅顔の美少年が声をかけてきた。

 その少年は灰色の服に、寒い季節なのに赤い半ズボンという、おかしな格好をしている。

 

「え? あ、娘が、お菓子が食べたいとごねていて......。買ってあげたいのですが、その肝心のお店が見つからず、困っていて......」

「あぁー、それならいい場所を知っていますよー。さっき寄って来たばっかりなんですけどね。リベラルと言って、そこの通りの......案内した方が分かりやすいかな。私に付いてきてください」

「あ、ありがとうございます! ジャクリーン。良かったわね」

「うんっ! ありがとうね、おじさん!」

「お兄さんですよー」

「お兄さん!」

 

 意外と打ち解け合うのが早いジャクリーンを見て、少し嬉しくなる。

 

 ただ単に、この少年の打ち解けの早さが凄いだけかもしれないが。

 

「それにしても、若いですね。あ、もしかして人間じゃなくてエルフ辺りかな? ここには旅をしている最中に来たので、どの種族が主にいるのか分からないんですよねー」

 

 その少年は道案内をしながらも、どんどん話しかけてくる。

 この少年は本当にお人好しなのかもしれない。そうじゃなければ、こんなに親しみやすく話をかけてくるとは私には思えない。

 

 ──けど、どこか空虚感というか、虚ろな空気を感じる。常に笑みを浮かべている不思議な表情のせいかしら......?

 

「どうしましたー?」

「あ、いえ。私は人間です。この娘、ジャクリーンは私の養子で......」

「あっ、そうなんですねー。深いことを聞くのも失礼ですし、話を変えますねー。もしかしてですけど、貴方と妹さん? は私と同じ旅のお方です? 私、人族、魔族領土を問わずに旅をしているんですよね。だから、雰囲気で何となくそう思うんですよー」

 

 見た目も喋り方もあれだが、意外と侮れないかもしれない。

 

 そう思い、リリィが魔族とバレる気がして、内心ヒヤヒヤしていた。

 

「そうですか......。私と妹は訳あってここの都市に少しの間、泊まっていたんです。そして、ちょうど今日からまた別の場所に行く予定です」

「へー。奇遇ですねー。私も今日、度立つ予定なんですよー。行き先はここから西ある人間の都市『ヒューノリア』に行く予定なんですよね。平和そのもの、とか聞きましたし」

「平和ねぇ。まぁ、一番魔族領土から離れている都市だしね」

 

 人族領土で最も西にある『ヒューノリア』では、戦争の火の粉が降りかかることは無い。

 そもそも、中立を徹していて戦争から最も遠い場所にある都市が戦争に巻き込まれるわけがないのだ。

 

 それでも、魔族や魔物であるリリィやアナンタと一緒に住むには和国に行くしか道はないが。

 

「平和って素敵ですよねー。あ、そう言えば名前がまだでしたね。私はルチーフェル。貴方達は?」

「私はナオミです。妹のリリィと娘のジャクリーンです」

「統一性がないですねー。それにしても娘さん、そんな格好で寒くないんですかー?」

 

 その言葉で、改めてジャクリーンの服装を見てみる。

 

 確かに、肩は出していないが黒いワンピースというのは、子供には寒いかもしれない。

 何か温かい服を買った方がいいのでは、と心も中でひっそりと悩む。

 

 ──それにしても、ウォルターはどうしてこんな服を......?

 

「お母さんと一緒だから、だいじょうぶ!」

「そう言えば、子供は風の子とか言いますしね。あ、このお店ですね」

 

 色々と話しているうちに、そのお店に着いていたようだ。

 

「近かったわね。......随分と古風なお店ですね」

「そういうお店ですからー。ここは和国のお菓子である和菓子を専門にしている和菓子屋なので、美味しくて珍しい物がたくさんありますよー」

「和国の......。ここまで案内してくれてありがとうございます」

「ありがとーございます!」

「いえいえー。あ、旅をしているんですよね? なら、家でのしきたりなんですけどね......はい、これをどうぞー」

 

 唐突に思い出したのか、ペンダントを手渡してくる。

 それは上下逆に描かれた五芒星に、『6』という数字が三つ並んでいるという、見入ってしまうような綺麗なペンダントだった。

 

「旅をする人に手渡すしきたりなんですけど、旅の安全を守る、というお守りですよー。要らなかったら捨ててもいいですからねー。では、私はこれで。また縁があれば会いましょうね」

「あ、ありがとうございます。......行っちゃったわね」

 

 それだけ話すとペンダントを返されたくないのか、一目散に何処かへ行ってしまった。

 

 ──このペンダント......別に変な気はしないし、捨てることはないかしらね。相手も善意で渡してきたはずでしょうし。

 

「変な人だったね。案内して、ペンダントを渡すとか......お姉様に気があるとか? ......そう思うとなんか嫌になってくる。ま、いいや。で、そのペンダントどうするの?」

「せっかくだし持ってるわ。それよりも、早く買って行きましょうか」

「わーい! お母さん! お菓子いーっぱいあるよー」

「えぇ。美味しそうな物ばかりね」

 

 ──ルチーフェルのことは頭の片隅にでも置いとけばいいわね。

 そう思いながら、ジャクリーンのために、物珍しいお菓子を買っていった。

 

 

 

 ジャクリーンと一緒にお菓子を買うのに夢中になり、約束の時間よりも十分ほど遅れてしまった。

 

 集合場所の都市の入口付近の噴水広場には、いくつかの馬車と一緒にエリー達が待っていた。

 

「お姉ちゃん達遅ーい!」

「ごめんね。ちょっと手間取ってしまったの。ところで、もう出発するのかしら?」

「するよー。お姉ちゃん達が遅かったから、お姉ちゃんの準備も私達でやっちゃったからねっ?」

「ふふっ、偉いわね。ありがとう、エリー」

「えへん! えらいでしょー」

 

 いつものように頭を撫でると、エリーは得意気な顔をする。

 

 そんなことをしていると、目線を感じる。

 どうやら、他の二人が羨ましそうな目でこちらを見ているようだった。

 

「お母さん。頭を撫でてー」

「私も私もー!」

「はいはい。分かったから落ち着いて......」

「おっ、来たか、ナオ......。大変だな、お前も」

 

 二人にせがまれて頭を撫でていると、いつの間にかハクアが来ていた。

 そして、私を見るなり同情するかのような目を向ける。

 

「そ、その目はやめて欲しいわ......」

「す、すまないな。あぁ、もう出発するが、準備はいいか?」

「えぇ。いいわよ」

「よし。ではそこの馬車に乗ってくれ。和国遠征の開始だ!」

 

 そう高らかに宣言するハクアを横目に、私達は馬車へ乗り込んだ────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26話 「久しぶりに再開するだけのお話」

 side Naomi Garcia

 

 ──エルフの都市『エルロイド』への道 馬車内

 

 遠征初日。

 馬車の中で揺られながら、私達は和国を目的地として移動している。

 しかし、現在は真っ直ぐに和国を目指さず、今はエルフの都市『エルロイド』を目指していた。

 

「ねぇー。どうして真っ直ぐ行かないのー? 早くつかなーい?」

 長い時間、馬車の中で退屈そうにしていたリリィが突然口を開いた。

 寝ていたり疲れていたりと、誰も喋らないこの空間に嫌気がさしたのだろう。

 

「真っ直ぐ行くと魔族領土に入るからよ。入って見つかったら戦闘になっちゃうじゃない。この数で魔族領土を通るのは自殺行為なのよ」

「あ、なるほどねー。......え? なら、どうやって和国に行くの? 空でも飛んでいく?」

「空でも通る場所によれば撃墜されるわよ。今向かってるのはエルフの都市『エルロイド』っていう場所でね。そこは海に面しているの。まぁ、要するにそこまで行ってから船に乗り換えて、和国を目指すらしいわ」

 

 リリィと話しながら、改めて自分でも和国への道のりを整理していく。

 エルフの都市『エルロイド』まで約二日間、船で約二週間ほどかかるらしい。

 

 長い道のりだが、これも平和な日々を手にするためだと思えば短く感じる。

 ──ようやく、村で暮らしていたあの日々に戻れるのね......。

 

「さっすが姉様ー! はくしき? だねー」

「昨日、説明されてたのを覚えていただけよ。そう言えば、私とエリーは大丈夫だけど、船に弱い人とかいる?」

「船乗ったことないから分からないなぁ。リンは大丈夫よね? 人造人間(ホムンクルス)だし」

「はい。もちろん大丈夫です」

「アナちゃんとジャクリーンちゃんは大丈夫ー?」

 

 リリィが話している最中、私の向かい側の席に座っているエリーがアナンタ達に語りかけていた。

 リリィはジャクリーンに対して複雑な気持ちみたいだが、エリーは年下の友達、もしくは自分の妹のように接しているようだった。エリーの誰とでも友達になれる、優しくて素直な性格には危うさも感じていたが、この分なら大丈夫そうで心の中で密かに安心している。

 

「わたし、船乗ることない。海、凍らして歩いていく」

「す、凄い......。アナちゃん流石だね」

「わたしはお母さんと一緒なら大丈夫だよっ!」

「へ、へぇー。......お姉ちゃんって好かれやすいよね、お姉ちゃんを好きになる人に」

 

 エリーは自分にも、自分を好きになってくれる人が欲しいのか、羨ましそうな目を向けられる。

 

 ──そんな目で見なくっても......近くにいることにどうして気付かないのかしらね、この娘は。

 

「エリー。わたし、エリーのこと、好き」

「え? ......うんっ、ありがとうね。私もアナちゃんのこと好きだよー」

「そう、なの? ......ありがとう」

 

 妹達の和やかな会話を見ながら、私はふと別のことを考えていた。

 ──素で忘れていたけど、カルミア達って同じ馬車じゃなかったのね。

 

「姉様? 何か考え事?」

「いえ、大したことじゃないわよ。カルミア達ってどの馬車に乗ってるのか気になっただけだから」

「お姉ちゃん、大したことだよー? 私達を救ってくれたんだからー」

「......そうね。エリーを救ってくれた恩人に対して失礼だったわね。そう言えば、ハクアがそれについて何か言ってたような......」

「ふふん。姉様や私はその恩人を助けたんだけどね」

 

 得意気に話すリリィを他所に、ハクアの話を必死に思い出そうとする。

 

 ──夜になったら一度馬車を降りて休憩をする、とか話してて......。その時に会えるとか聞いたような、聞かなかったような......。

 

「......ここで考えても仕方ないし、夜になったら会えるとは言ってた気がするから、一度この話は置いておきましょうか。でね、少し話は変わるけど......ジャクリーン。貴方って戦えるのよね?」

「お母さんのためなら頑張れるよ!」

 

 ジャクリーンは無邪気な笑顔でそう話す。エリーやリリィのように何も知らない無邪気な笑顔。

 この笑顔を絶やしたくない。この笑顔を失いたくない。

 

 ──あいつとの約束もあるが、それ以前に、親として......絶対に。

 

「そう......。でもね、頑張らなくていいのよ。貴方は私の娘よ。だからね、約束して。貴方(子供)(母親)に守られて。何かあっても、戦って死ぬようなことはしないで。ごめんなさい。こんなの私のエゴね。でも、親よりも子が早く死ぬなんて......考えたくないから......。

 もちろん、エリー、リリィ。それにアナンタやリンさん。貴方達も、絶対に私より早く死なないで」

「いいけどぉ......わたしが死んだら、お母さんは悲しいの?」

「えぇ、当たり前じゃない」

「......うふふ。やったぁー。お母さん、大好きー」

 

 嬉しそうな笑みを浮かべながら、私の胸の中に飛び込んでくる。

 

 初めて会った時には思わなかったが、今は会えて本当に良かったと思っている。

 

「私、お姉ちゃんに死んで欲しくないからね?」

「えぇ、もちろん死ぬつもりは無いわよ。私も......できれば寿命をまっとうしたいわ」

「できればねぇ......。私、二回も姉様は失いたくないなぁ......。

 あ、姉様。私とも約束しよっか」

 

 何かを思い付いたかのように、リリィは手を私に向け、小指を出す。

 いつの間にか、私の方も反射的に小指を出していた。

 

「あ、()()知ってるんだね。なら話が早いや。じゃあ、悪魔()との約束ね」

 

 リリィは私の小指に自分の小指を無理矢理絡めると、無理矢理そう切り出した。

 

「え? まだ何も──」

「死に急がないでね、絶対に。指切りげんまん、もし破ったら、死ぬまで恨むから」

「ちょ、貴方(悪魔)との契約(約束)を無理矢理させるなんて......。

 それに、死んだら恨んでも意味無いわよ?」

「ま、無理矢理なんて契約じゃないし、簡単に破棄できるでしょうね。でも、意味あるよ。妹に恨まれて死にたくなかったら、死なないでね」

 

 リリィは凛々しく、真っ直ぐな瞳で私を見つめる。

 その言葉には強い信念、その類が込められている気がした。

 

「......えぇ、分かったわよ。死なないから安心して」

「......言わなくてもお分かりでしょうが、私も妹様と同じ意見ですので」

「わたしは、エリーが悲しむ姿見たくない。だから、ナオミが死ぬのは見たくない」

「......はぁー......優しすぎない? まぁ、別にいいけど......」

 

 恥ずかしさからか、表情を悟らせまいと、顔を下げる。

 

 頭を下げると、そこには私を抱きしめたまま、気持ち良さそうに眠るジャクリーンの姿があった。

 

 

 

 馬車に乗って数時間後。日が暮れ、月明かりだけが頼りの時間。

 私達はエルフの都市に近い平原の真ん中で一度馬車を降り、そこで夕食と睡眠を取ることになった。

 

「ここをキャンプ地とする!」

「食事中よ。リリィ、いきなり立ってどうしたの?」

「なんか言いたくなったのー」

「あぁ、お前達はこっちの馬車だったか」

「あら、ハクア。それにクロエも......」

「こんばんは、ですわ」

 

 何気ない会話をしながら夕食を食べていると、少し離れたキャンプ地からハクア達がやって来た。

 そして、ハクア達の後ろには──

 

「にゃぁ! エリーにその姉さん達! 久しぶりだにゃぁー。

 あ、でも何日(にゃんにち)か振りだからそこまでじゃにゃい?」

「レイラ! それにカルミアちゃんやアエロ姐さんもー!」

「だから、俺は男だって。......話は大体聞いたよ。まぁ、なんと言うか......ありがとうな」

 

 本人達を目の前にして、素で忘れていたことの罪悪感が少しだけ蘇る。

 だが、終わり良ければ全てよし、と自分に言い聞かせて罪悪感に耐えた。

 

「え、カルミア君が素直......。何か変な物でも食べたー?」

「失礼だな......。まぁ、こうして俺達魔族を自由にしてくれたことには感謝するよ」

「いやいやぁ。大体お姉ちゃんのお陰だからー。......あれ? 三人だけなの? それに、レイラって人族でしょ?」

 

 確かに、不思議と気付かなかったが、レイラは獣人。話を聞く限り、カルミアやアエロ姐さんと違って人族のはず。

 それなのに、どうして捕まっていたのだろうか。そして、他の人は......。

 

「あぁ、俺達だけだ。大体は人族だったから捕まらなかった。そして、和国ではなく他の場所に行きたいと言う人達もいてな。ちなみに、レイラは本来捕まることはなかったが、俺達が捕まる時に暴れたから捕まったらしい」

「そ、それは......仕方にゃいにゃ? にゃぁー?」

 

 レイラは顔を赤くして話を濁らす。

 ──仲間のために怒ることは、恥ずべき行動ではないと思うんだけど......。

 

「にゃぁにゃぁ言いすぎてもう何を言いたいのか......。でも、気持ちは分かるかなぁ。あれ、でも、捕まってた人達は逃がすのが難しいから、和国行き以外に道はないんじゃ......」

「あぁ、それは俺から説明しようか。確かに表向きには不可能だ。正式な手続きなども面倒だしな。しかし、裏向きなら幾らでも手はあった。もちろん、オススメはしなかったがな」

 

 ようやく話が分かってきた。

 一先ず、表向きで来ているカルミア達は大丈夫そうだと、心の中で安堵する。

 

「とりあえずにゃ。少なくとも和国までは同じ道。何かあったら頼ってにゃ?」

「うんっ! もちろん! レイラ。それにカルミア君とアエロ姐さんも。みんなで一緒に和国に行こうね!」

 

 それからも、エリーは数日ぶりに会った仲間と話を続けていた。

 

 そして、まだあんなことが起きるとは思っていなかった私達は、組み立て式のテントの中で、静かな眠りについた────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27話 「エルフの都市に着くだけのお話」

いつも通り、ほぼタイトル通り。それでもいい方は暇な時でもどぞー


 side Naomi Garcia

 

 ──エルフの都市『エルロイド』 城門入り口

 

 遠征から二日目の昼頃。私達は海に面するエルフの都市『エルロイド』に到着した。

 馬車から見た外の景色は、エルフの都市らしく、ひと目で人間の都市『アンリエッタ』よりも緑が多いと分かる。都市のいたるところに木や花が植えられ、まるで木と建物が一体化しているようにも見えた。

 そして、何よりも都市の中心部にある大きな木が、自然を愛するエルフを象徴しているように感じられた。

 

 私達は都市に入ると、都市の入り口から少し先にある広場で馬車を降りる。

 エルフの都市『エルロイド』。そこでは、私達を歓迎しているかのように、爽やかな風が吹いていた。

 

「気持ちいい風ね。ここがエルフの都市......。緑がいっぱいね」

「うん、確かにいっぱいあるね。でも、風は強すぎるくらいだと思う......。フードを抑えてないと日に当たりそうで怖いなぁ」

「あらそう? 日に当たらないように気を付けなさいよ」

「はーい。ま、多少日に当たっても死にはしないんだけどねー」

 

 吸血鬼にとって日光は弱点だと言うのに、口に出す通り、リリィは風にしか注意を払っていなかった。

 ──確かにフードをしているから陽には当たらないとは言え、もう少し危機感を持つべきだとは思う。

 

「お母さん! お買い物行こっ!」

「え? 二日前にしたばっかりよ?」

「でも、お買い物したーい!」

 

 駄々をこねて可愛いジャクリーンを見ていると、どうしてか言うことを聞いてあげたくなってくる。

 

 もしかして、これが母性というものなのだろうか......。

 

「はぁー、仕方ないわねぇ。いつ出発するか聞いてくるから、時間次第では行きましょうか」

「やったぁー!」

「お姉ちゃん! あんまりジャクリーンちゃんを甘やかしたらダメだからねー? 甘やかし過ぎると、リリィちゃんみたいになっちゃうよー」

「えぇー! 姉様ー。エリーがひどいー」

「エリーもリリィもお互い様だから。じゃ、すぐ戻るから、しばらく待っていなさいよ」

「あ、結局行くんだねー......」

 

 あまり大人数で行くのも迷惑だと思い、一人でハクアがいるであろう場所へと向かう。

 

 

 

 ハクアは、それほど遠くない馬車をいくつか挟んだ場所で、遠征に付いてきた兵士達が荷物を運び出すのを指揮していた。

 その荷物は食料や日用品などで、おそらく二週間の船旅に備えて船まで持っていくのだろうと考える。

 

「ハクア。ちょっといいかしら」

「ん? あ、な、ナオミか。......どうした?」

「ジャクリーンと買い物に行きたいんだけど、時間は大丈夫かしら?」

「あー......。そう言えば、言ってなかったな。出航は明日の昼頃だ。それまでは自由行動で大丈夫だぞ。宿は港近くの......いや、口で説明するのは難しいな。またここに戻ってきてくれ。って、おい! その荷物は持っていくじゃないぞ! クロエを怒らせないように間違えるな!」

「貴方も大変ね......」

 

 指揮を執りながら話してくれるハクアに感心しながらも、可哀想に思えた。

 

 この年で妹の尻に敷かれていたら、将来妻ができた時も変わらないんだろう、と哀れに感じたからだ。

 

「この荷物、船に持っていくのかしら?」

「あぁ。直接港まで持って行ければ良かったんだがな。港までの道のりは馬車が通れないから仕方がない」

「だから運ばせているのね。......大変そうだわ」

「まぁな。しかし、手伝わなくていいぞ。これからは長い船旅になる。だから、ゆっくり体を休めていてくれ」

「お気遣い、感謝するわ。それじゃあ、お仕事頑張ってね、ハクア」

「あ、あぁ。頑張るとしよう」

 

 どうしてか顔を赤らめて答えるハクアと別れて、私は元の場所へと戻った。

 

 

 

 

 エリー達の場所に戻ると、すぐさまリリィとジャクリーンが近寄ってくる。

 そして、ハクアに聞いたことを話すと、嬉しそうに声をあげて喜んだ。

 

「お母さん! 早く行こーっ!」

「はいはい。分かったから引っ張らないで」

「お姉ちゃんも大変だねー......。アナちゃん、今日はお姉ちゃん達と一緒に行動しよっか。お姉ちゃん一人じゃ大変だろうしねー」

「あ、姉様は私が手伝うから大丈夫だよ?」

「そおー? ならお姉ちゃんを任せるねー!」

「普通、それ私に言わない? まぁいいわ。リンさん。いつも通り、エリー達をお願いね」

「仰せのままに。妹様方もお気を付けてください」

 

 いつも通りのメンバーに別れると、エリー達は都市の中心へと向かって行った。

 それを見送ると、私達はジャクリーンの思うがままに行動を始める。

 

「で、どこに行くの? エリー達は都市の中心街の方に行ったけど、こっちは外側を見て回る?」

「うん! お母さんの言う通りにするね!」

「いやいや。ジャクリーンのしたいようにしていいのよ?」

「え? だったらお母さんの言う通りにするね!」

 

 変に促したせいで、ジャクリーンの考えを固定してしまった。

 少し後悔しながらも、結果的にジャクリーンのしたいことになるならいいか、と都市の外側に向かって歩き始めた。

 

「それにしても、入り口に近付くにつれて風が強くなってない?」

「......突然どうしたの?」

「突然じゃないよ? だって、風が吹いて......あれ、もしかして姉様気づいてなかったの?」

 

 私にはリリィが何を言っているのか分からなかった。

 風なんて全然感じないし、周りの木々も揺れている様子はない。

 

「気づくも何も、そもそも風なんて今は吹いてないわよ?」

「え? でも......」

「お母さん。私も感じるよ。不思議な風なのかな?」

「そうなの? 変な風ぶわっ!?」

「きゃっ!?」

 

 話しながら歩いていたせいか、顔に何かがぶつかり、尻もちをついた。

 そして、少女らしき若い女性の驚いた声が聞こえる。

 

「痛ぁ......」

「いったぁ......。ちょっと! ちゃんと前見なさいよ!」

「あっ、す、すいませ......ん?」

 

 顔をあげると、そこには宙に浮いた三十センチもないくらい小さな女性が私を見下していた。

 その女性は緑色の目とサイドダウンの長い髪を持ち、腰に布を巻き付けた白の半透明で薄いパレオというなかなか際どい服を着ていた。そして、何よりも驚いたのは、薄く白い二枚の大小の翼が重なるようにして生えていたことだった。

 

 ──しかし、際どい服を着ているわりには私と同じくらい貧しいわね。何がとは言わないけど。

 

「あっ! ......もしかして、見えてる?」

「え、えぇ。はっきりと見えているわよ」

「お母さん? どうしたの? 誰かいるの?」

「誰? 誰が話しているの? 姉様には見えるの?」

 

 どうやら、リリィとジャクリーンには声は聞こえてもこの小さな女性は見えていないようだった。

 傍から見れば、私は独り言を話している変な女性に見られるのだろう。

 

 が、今はそんなことを気にしてられない。この女性に対しての知的好奇心が勝っているからだ。

 

「あら? リリィやジャクリーンは見えないの? ここに小さな女性が......」

「どうしてあんたが見えてんのよ! 風の魔法は完璧なはず......。あたしの姿は風の衣によって見えているわけないのよ!?」

「聞かれても知らないわよ。見えてしまっているのは仕方ないわ」

「......ということは、素で見えてるの? 要するに、貴方が占いに出た風の子?」

 

 私の頭の中では、色々と混乱していた。

 

 ──占い? 風の子? 一体この子は何を言っているのだろうか。それに、一体何の種族なのだろう?

 

「は、はぁ? 子供はみんな風の子なんじゃない?」

「違うわよ! あたしの魔法が効かないのは風の落とし子や神様くらい! やっぱりディー(ねぇ)の占いってば凄い的中率!」

「えーっと、話が見えないわ」

「姉様。誰がいるのー?」

「あ、今、目の前に小さな女性がいるのよ。緑髪の女性が」

「あら、見えてないのね。じゃ、姿を見せてあげるから光栄に思いなさい」

 

 そう言うと、姿を見せるためにか、小さな声で何かを唱え始めた。

 すると、それに反応するように周りの木々などが揺れだした。

 

「うわっ、凄い風!」

「そう? 私は何も......って、リリィ達が言ってた風って貴方の仕業ね?」

「ふふん。あたしは自然の風を操ったり味方にできる妖精のシル......シルフィード。自由自在に風を操れる。ま、風の衣を使っている時は、なんか勝手に周りに風が吹くらしいけど」

 

 妖精......自然を愛し、自然と共に生きる種族。自然を壊しさえしなければ、人を襲うことはなく、自然を操る魔法が得意という、あの妖精だろう。確かに自然を愛する種族であるエルフの都市にいてもおかしくない種族だが、妖精は恥ずかしがり屋が多く、その姿を見せることは少ない。

 これだけ恥ずかしがらずに話すこの妖精は、妖精の中でも珍しい方なのだろう。

 

「うわぁ! 本当にちっちゃい人だー!」

「だ、誰がちっちゃいよ!? あたしはこう見えても妖精の中では大きい方よ!」

「あぁ、はいはい。で? 風の落とし子って何なの?」

「......詳しいことは......ディー(ねぇ)が何か言ってたけど、忘れたわ。ま、話の続きは後の姉妹に会ってからね」

「エリーを知ってるの?」

「そう、エリーって言うのね。その話も会ってからしてあげるわ」

 

 いかにも胡散臭いが、妖精が使う魔法には興味がある。

 ここは、少し付き合おうとしよう。

 

「そうねぇ......じゃあ、エリー達の場所に行きましょうか。でも、まずはジャクリーンの買い物ね」

 

 もちろん、まずはジャクリーンの買い物に付き合うのが先だが。

 

「だね! お母さん、あっちにあるケーキ屋さんに行きたーい!」

「え? えっ、先に姉妹に会いに行かないの?」

「それは娘の買い物が終わったら、よ。貴方も付いてくる?」

「え、でも......あー、もう! 付いていくけど早くしなさいよ!」

 

 こうして、わがままな妖精を加えて、私達は都市の中を見て回ることになった────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28話 「出航日になるだけのお話」

題名と違い、出航日のお話は雀の涙ほどしかないです(←おい)

ま、それでもいいか、という方は、暇な時間にでも、読んでくださいまし


 side Naomi Garcia

 

 ──エルフの都市『エルロイド』 港近くの宿

 

 エルフの都市に着いてから一日目の夜。私達は港近くの宿に泊まっている。

 そして、全員が不思議な妖精のシルフィードの話を聞くために広間に集まっていた。

 

 結局、ジャクリーンの買い物は夕暮れ時まで続き、エリー達と合流できたのは夜になってしまったのだ。わがままな妖精はグチグチと文句を言っていたが、同じように買い物を楽しんでいたため、あまり強くは言えないようだった。

 

「さて、何から話せばいいの? あたしの英雄譚でも聞く?」

「そんなのいいから、早く風の落とし子とか貴方のこと、そして貴方の魔法について聞かせてちょうだい」

「半分は冗談よ。改めて自己紹介からね。あたしは妖精の国から来た妖精、シルフィード。一応、風の妖精よ」

 

 妖精の国......話には聞いたことがあるが、本当に実在するとは思っていなかった。

 

「ねぇねぇ、お母さん。妖精の国ってなあに?」

「妖精の国って言うのはね、その名の通り妖精だけが住む国よ。でも、誰も見たことが無いからおとぎ話かと......」

「見てないというか、妖精は皆恥ずかしがり屋だから、その国も妖精以外に見えないようにしているだけよ。だから、おとぎ話じゃなくて実話。ま、私もいるから信じてもらえるとは思うけど」

「確かに信じるよ。姉様が信じるならだけど。それにしても、この妖精、ちっちゃいのに生意気じゃない?」

「誰がちっちゃくて生意気よ! これでも大きくて優しい方なのよ!」

 

 敢えて触れていなかったというのに、リリィは知らず知らずのうちに相手の神経を逆なですることが得意なようだ。

 ──確かに生意気なような気もするが、これくらい小さければ普通な気もするけどね。

 

「まぁまぁ。で、風の落とし子って何かしら?」

「会った時も言ったけど、ディー(ねぇ)の言ってたことを忘れちゃったのよね。ま、簡単に言えばあたしの魔法が効かない、要するに風や空気に愛されている人、かな?」

「私が風とかに愛されている気はしないけど......」

 

 今までも、風に恵まれて何かが上手くいったことはない。自覚がないだけかもしれないが。だからこそ、シルフィードの言っていることは本当なのか疑問に感じている。

 

「あ、その目、疑ってるんでしょ? でも、実際にあたしの風を感じない、というかは自然の風魔法を無効化しているんだから、本当の話なのよ。ま、別に貴方が信じる信じないはどうだっていいんだけど」

「あ、そうよ。結局どういうことなの? 私が風の落とし子だとして、何があるの?」

 

 未だにこの妖精の本題を聞いていない。

 風の落とし子、風の自然魔法、占い、と色々喋っているが、結局この妖精が何をしたいのか目的を話していない。

 

「あぁ、そうだったわね。ディー(ねぇ)の占いって凄い的中率なのよ。で、そのディー(ねぇ)の占いで、あたしの魔法が効かない人、風の落とし子ってのが私の願いを叶えてくれるって聞いたのよ」

「願い? 後、ディー(ねぇ)って誰?」

「あたしのお姉さん的存在の人。ま、関係ないから話さなくていいわね。願いって言うのは......その時になれば分かるから今は言わなくていいか」

「は、はぁ......。まぁ、いいけど......」

 

 この妖精、お喋りかと思えば意外と秘密主義者のようだ。

 もしかすると、妖精らしく自分の願いを言うのが恥ずかしいだけなのかもしれないが。

 

「でもさぁ、願いが分からなかったら叶えようがなくなーい?」

「ふん、もしそうなら言うに決まってるでしょ。言わなくても叶えてくれると決まっていることだから大丈夫なのよ。それにしても、貴方とそっちの似ている貴方が風の落とし子の姉妹? あれ、もう一人は誰? そっちは娘だし......そこの無表情なお姉さんか子供?」

 

 それぞれリリィとエリーを指さして聞いてくる。

 無表情なお姉さん達というのは、リンさんとアナンタのことだろうか。

 ──確かに否定はしないが。

 

「あぁ、私の名前はナオミ。そっちの私に似ている二人が妹のエリーとリリィ。娘がジャクリーンで、お姉さんが、服で分かると思うけど、メイドのリンさん。で、最後にエリーの友達のアナンタね」

 

 それぞれ指をさして順に名前を上げていく。

 未だに名乗っていなかったことを失礼と思っての行動だ。

 

「名前知ってた方が呼びやすいわね、どうも」

「お姉ちゃん。アナちゃんは親友だからー!」

「あぁ、はいはい。改めてエリーの親友のアナンタね。

 で、リナのことを言ってるならもういないわよ。というか、ある意味タブーだから言わないで。

 それと、私とエリーは本当の姉妹だけど、リリィとリナは義理だから」

「あ、そっか。死んじゃったのね。って、えぇ!? 義理の姉妹なの!? でも、実際に魔法は効かないし......。ということは......。ま、めんどくさいからいいね」

「お母さん。この人一人でぶつぶつ言ってるけど大丈夫かな?」

 

 まだ子供だからか、正直に話すジャクリーンを制しながら、自分の世界に入って聞いていなかったシルフィードを見て安心する。

 

 もし聞かれていたら、会った時のように怒っていただろう。

 

「......ま、合ってるよね! じゃ、そういうわけであたしは貴方達に付いていくから。ご飯とかは食べないから食料は大丈夫だし、魔法も強いから連れてって損はないはずよ!」

「なんかまた増えた......。姉様、なんかウザそうだし、連れて行かなくてもいいんじゃない?」

「ちょ、リリィ......。本当のことは言っちゃいけないのよ?」

 

 確かに少しそう感じることはあるが、そういうことは本人を目の前にして話してはいけないものだ。だが、最初のうちに本音を言い合ってた方が、相手のことをよく知れていいかもしれない。

 

「だから誰がウザいよ!? ってか本当って何!?」

「まぁまぁ。旅と言っても、今のところ和国に行くしか予定はないけど、それでもいいのかしら?」

「あら? ......ま、いいわよ。願いを叶えるってこと以外にも、外で楽しく、ってのも目的だしー」

「あぁ、それと。いつでもいいから風の自然魔法ってのを見せてくれない?」

「出た、お姉ちゃんの魔法好きな癖......」

 

 どうしてか、エリーの視線が冷たい。

 

 確かに魔法が好きでその魔法を見るまで少し、ほんの少しだけ諦めることはしないが、そこまで酷くないとは思っている。

 

「まーた、自分は酷くないとか思ってるー!」

「思ってないわよ? それに、本当に酷くないし」

「お姉ちゃんがエリちゃんの......! ううん、やっぱり何でもない......」

「......いいのよ、もう。あ、なんだか暗くなっちゃったわね。

 で、話を戻すわね。シルフィード。いいわよ、魔法を見せてくれるなら」

「結局魔法を見せることが前提なのね......。いいわよ。和国に行くなら、船に乗って行くんでしょ? その時にでも見せてあげるわ。ここで使うには、ちょっと自然の風が少ないしね」

「なるほどね」

 

 ──自然魔法には、自然の力が必要なのかしら? 風を自由自在に操れるらしいから、それくらい代償があってもおかしくないわね。

 

 魔法のことを想像していると、どうしてか楽しくなってくる。

 魔法が好きというよりは、オドが少ないため憧れているといった感情の方が近い。

 

「そう言えば、ジャクリーンちゃんの超能力って魔法と何が違うのー?」

「唐突だね。わたしのは、近くにある光を操る超能力で、オドの代わりに体力が消耗するの。だから使い過ぎると鼻血が出ちゃうのー。でも、お母さんに超能力の使い過ぎはよくない、って言われてるから、お母さんが危ない目に遭った時にしか使わないようにしてるんだー。

 あ、魔法は超能力とは別に使えるんだよー」

「へ〜。ってことは、ジャクリーンちゃんは魔法が使えるのー?」

「お母さんと(おんな)じ魔法なんだよー」

 

 ジャクリーンは私と同じようにダガー系の召喚魔法と短距離の転移魔法、そして一定時間の記憶抹消や煙幕系の魔法を使えるらしい。

 

 実は、私と初めて会って戦った時も転移魔法を使ったらしいが、超能力での透明化と転移魔法の発動を見た目で判断することは私には難しく、未だにどのことを言っているのか分かっていない。

 

「私も姉様と同じ魔法練習しようかなぁ。

 魔法は見て覚えるのが得意だし、船乗った後にでも練習しよっか。ね、エリーちゃん」

「えぇー......。私はアナちゃんと遊んでいたいかなぁー」

「じゃあさ、アナンタも一緒に練習しよー」

「......わかった。いい、よ?」

「やったー! これで暇が潰せるー」

 

 妹達の女子トークが始まると、それは夜遅くまで続いた。

 

 この後すぐに話に付いていけなくなった私は、ジャクリーンと一緒にベッドに入り、深い眠りにつく。

 

 そして、その翌日、新たな仲間を加えた私達は、大きな船へと乗る────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29話数 「船上で揺られるだけのお話」

こちらではお久しぶりです。

今回からまた一週間に一度のペースを目指して頑張りたいと思います。

では、お暇な時にでも、ごゆっくりどぞー


 side Naomi Garcia

 

 ──和国への航路 船上

 

 和国へと向け船に乗り、かれこれ一週間経つ。

 

 初めての船に戸惑ったり、船酔いしたりと、散々な目にあう超能力者の娘や竜っ娘がいたが、今では落ち着いてエリーとともにはしゃぎ回っている始末だ。

 対してリリィはと言えば、毎日毎日同じ景色を見て飽きているのか、ほとんど用意された自室で過ごしていた。もちろん、私を連れて。

 

「あのさぁ......早く外に出なーい? アタシの魔法見るんじゃないのー?」

 

 そして、船酔いする娘やアナンタの面倒を見ていたせいで、今日までシルフィードの魔法を見ることが叶わなかった。

 今日こそはと思っていたものの、今はリリィに誘われて用意された自分の部屋に戻っていた。

 そんな時に、見て驚いてもらうと息巻いていたシルフィードが痺れを切らして部屋まで入ってきていた。

 

「あぁ......ごめんなさいね。すぐに行こうと思っていたところよ」

「えぇー!? 私と遊ぼうよ〜」

「アタシの魔法見たいのよー、ナオミはー」

「むぅー......無理」

「え、な、何?」

 

 リリィは私をそこから動かさない気でいるのか、私の右手を力強く掴んだ。

 

「これくらい......あら、動かないわね......」

 

 リリィの思惑通り、人間の力では引き剥がすことも難しく、無理やり手を取ろうものなら手が抜けてしまう勢いで掴まれているので、私はそこから動けなくなってしまった。

 

「今日も姉様と一緒にいたい」

「またー!? わがまま過ぎでしょこの娘! ナオミも何とか言ってよ!」

「私が言って止まるなら苦労しないわよ......。それと、貴方も充分わがままよ......」

 

 最近は毎日このやり取りをさせられる。いつもは最後にシルフィードが折れ、リリィが私を独占する。

 という流れだったのだが、どうやら今日は違うらしい。

 

「今日こそアタシの力を認めさせるのよ! 無理やりにでも連れて行くわ!」

「別に認めてないわけじゃないし、認めてない、なんて言った覚えがないわよ」

「あ、あらそう? 当然っちゃ当然よね。

 ......じゃなくてね! 危うく乗せられるところだったわ!」

「充分乗せられてるわね。って、肩に乗らないでよ」

「あ、つい。ごめんねー」

 

 居心地がいいからか、シルフィードはよく私の肩に乗る。小さいこともあり重くはないが、身体が小さい分代わりに声がデカくなっているのか、とてもうるさい。

 

「シルフィードは一人で魔法でも使って遊んでて。私は船無理だから、部屋でゆっくりしたいの」

「リリィは船が無理なの? というか一週間も一緒にいて初めて知ったわ」

「あれぇ? 言わなかった? もっと私のことを知って欲しいし、もっと私と一緒に居ようね、姉様」

「ちょっとアタシ蚊帳の外じゃな〜い? そろそろアタシの魔法見よ──」

「あぁー、もう! さっきからうるさい! 私と姉様の邪魔しないで!」

 

 船が苦手なせいで機嫌でも悪いのか、とても冷めたい目で、きつい口調でシルフィードに言い放った。

 

「え、あ......はい。ごめんなさい......」

 

 対してシルフィードはショックでしおらしくなり、うっすらと涙目になっていた。

 

「じゃあ、もう行くね......」

「シルフィード! ちょっと待って。

 ねぇ、リリィ。流石にひどいわよ。この娘も貴方みたいに遊びたいだけなのよ。謝りなさい」

「うぅ......はい、姉様。......ごめんなさい。ねぇ、姉様。シルフィードの魔法見に行ってもいいよ......」

「べ、別にいいのよ。アタシの魔法なんて別に......」

「どうしてそんな子供みたく拗ねて......はぁー、いいわ。外に出るわよ。リリィ。貴方もね」

「え? 私も?」

「貴方も」

 

 この二人を見ていると、呆れた、という感想しか出てこない。

 独占欲が強かったり、自信が強かったり。どちらも我が強いタイプなのは分かるが、程々にしてほしい。

 

「ほら! 早く行くわよ! シルフィード、魔法見せたいんでしょう?

 リリィは私と一緒に居たいのよね? なら貴方も来なさい」

「いいのね! やったわー!」

「シルフィードはともかく、姉様のテンションが珍しく高い......。分かったけど、姉様の引っ張る力弱いね」

「貴方の力が強いだけよ! さぁ、話してないで行くわよ」

 

 気分転換も兼ねようと、私は二人を連れて外へと出た。

 

 

 

 甲板へ行くと、すでにそこにはエリー達がいた。リンさんも最近はリリィの命令でエリーに付く形となっており、エリー達が遊んでいるすぐ近くで待機している。

 

 私達はその近くの少し広い場所で魔法を行使することにした。

 

「ねぇ、やっぱり部屋に戻ろ? 海見える場所だとなんか気分が......」

「それ、戻るなら私も一緒なのでしょう?」

「うん。いい?」

「ダーメ。魔法を見るのに海が目に入るなら、こうしときなさい」

「え......?」

 

 そう言うと、私はリリィを引き寄せ、腕の中に頭を納めるようにして抱きしめた。

 

「これはあれ? 貴方は私だけを見てなさい、っていう......」

「違うから。どうせなら、このまま寝てもいいわよ」

「......ふふん。それもいいかも。やっぱり、姉様が姉様になってくれて良かった。

 姉様。誰にも渡さないから......」

「いい雰囲気だったのに言うことが重い。......って眠そうね」

 

 抱きしめたついでに頭を撫でていると、気持ちいいのか腕の中で大人しくなっていった。

 ── 一層の事、このまま寝かせた方が楽かもしれない。

 

 そう思い優しく抱き抱えながら、ゆっくりと頭を撫でる。

 

 しばらく経つと、さっきまでとは別人のように、可愛らしい笑顔で寝息を立てるようになった。

 

「......ナオミー。もうやっていいー?」

「あ、いいわよ。お待たせしてごめんなさいね」

「別にいいって。それにしても......本当に仲良いのね」

「......そうね、私でも不思議に思ってるけど。......貴方って意外と気が弱いのねぇ」

「べ、別にあれはびっくりしただけだから! そんなことより、アタシの魔法にびっくりして大きな声出さないでよ?」

 

 また怒られることを危惧しているのか、それともただ単にリリィが怖いのか注意を促された。

 ──そこまで悪い子じゃないのに......。

 

 心の中でそう思いながら、シルフィードの魔法を見て今日も平和な一日を過ごした────

 

 

 

 

 

 side Ren Ross

 

 ──どこかの海上

 

 俺達が『魔の森』でリリィや人族を逃がしてしまったことを切っ掛けに、帝国の信用は下がってしまった。それでも、元からあった男爵の忠誠心や話術のお陰で俺達はギリギリの立場をキープしている。

 

 逃がしたリリィ達のことは都市、主にリナのことを知っていた連中にとっては痛手だったらしく、他の捜索隊が探しているらしい。

 

 そして、俺達は失った信用を取り戻すべく、和国へ協力を求めようとする人族の連中の情報を手に入れ、それを止めるべく和国近くの船上で見張りをしていた。

 

「レン。あまり思いつめるな。これはお前のせいではない」

 

 そういう顔でもしていたのか、一人で甲板にいると男爵が近付いてきてそう話す。

 

 確かに最近まで思い詰めてはいたが、今は吹っ切れているはず、と自分では思っていた。

 

「......思いつめてなんかないさ。ただ、見張りをしていただけだ」

「見張りならラナが居るだろう」

「それもそうだが......」

 

 ラナ......本名はラナ・アラーシュ。俺と同じ人と吸血鬼のハーフ、ダンピールの女性。

 前回の失敗を受け、帝国から援軍として派遣された内の一人。長距離特化型の凄腕らしい。が、昔から遠くで見たり話に聞くことはあっても、実際に近くで会って話すことは今まで一度も無かった。

 

「それに、近距離戦闘を得意とするお前が見張りをして何になる」

「......そうだな......」

 

 悔しいが、何も言い返すことはできなかった。

 

 俺はラナが居るであろう遠くの別の船を見やると、そのまま部屋へと戻っていく────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30話 「襲撃されるだけのお話」

 side Naomi Garcia

 

 ──船上(ナオミの部屋)

 

 船旅が始まって約二週間。

 そろそろ和国も見えてくるだろうという頃だった。

 

 一週間前のリリィとシルフィードの件から、かれこれ一週間も経つがあの二人は相変わらずだった。リリィは部屋に居たい。シルフィードは更なる魔法を自慢したいと、どちらを優先させるかで争っている。あの二人は互いに相見えない性格なのだろうか。

 

 だが、魔法に関しては二人に通ずるところがあるらしい。リリィは一度見たシルフィードの魔法をすぐに覚え使うことができていた。......私はいくら練習しても使えないのに。

 単にリリィの覚えが早いだけかもしれないが、それでも通ずるところの一つや二つはあって欲しい。と、私が勝手にそう考えているだけなのだが。

 

「お母さん。お外に、行こ?」

「姉様は私と一緒に部屋に居るのよ。ジャクリーンはエリー達とでも遊んでたら?」

「そうなの? お母さん。リリィお姉さんと一緒にいるの?」

 

 いつの間に仲良くなっていたのか最近リリィはジャクリーンに、お姉さんと呼ばせている。

 嬉しいことなのだが、よりややこしい関係になってしまったとも思っている。

 

「一緒には居るけどそれは外でよ。だから、貴方も一緒よ。ジャクリーン」

 

 そう話すと、「やったー」と嬉しそうに飛び跳ねてジャクリーンは喜ぶ。対してリリィは頬を膨らませ、ふてくされていた。

 

「なんでよー!? 今日も一緒に居ようって言ったじゃん!」

「それ昨日の話よね。それに、明日は外で遊ぼうね、って言ったでしょう?」

「あー、それアタシも聞いたわー」

「......あっ。むぅー......」

 

 シルフィードに言われて思い出したのか言い返すことはなく、ただ悔しそうに唸っていた。

 おそらくは、何故あの時に反論しなかったのかとでも思っているのだろう。

 

「さぁ、行きましょう。エリーとアナンタ二人だけで遊ばせるつもり?」

「リンが居るじゃん......」

「リンさんは子守り役でしょ。貴方も外で遊びなさい。子供は外で遊んだ方がいいわよ」

「そう言う姉様の方が子供のくせに......」

「あら。私は後一年で大人よ。貴方はまだまだでしょう?」

 

 リリィの小言を聞いて、言い返してやった。

 それでも私が年下なのは変わらないが。

 

 種族によって成人になる年齢が違う。私達人間は十六歳で、リリィ達吸血鬼は百歳。それぞれの寿命に沿う形になっている。

 

「百歳なんてあっという間だもん!」

「あっという間は困るわね。私の寿命、百年ほどだろうから」

「あっ。そ、そっか......。もっと、もっと長い間姉様と居たいのに......」

 

 改めて人間の寿命の短さを思い知ったリリィは悲しそうに呟いた。

 確かに私も死にたくはない。だが、リリィの願望を叶えることは私にはできない。

 

「ねぇ、姉様。......寿命、延ばしたくない?」

「......リリィ。私の寿命は吸血鬼と比べると確かに短いわ。でもね、それでいいのよ。生に固執するのもいい。というかそれが当たり前。けれども、無理に延ばすのはダメよ。人間は生が短い分、その短い生を楽しんで、実感して、一生懸命に頑張りたいものなのよ。それを無理に引き延ばして、人としての目的を失わせちゃダメよ」

「人としての目的? 吸血鬼と目的が違うの?」

 

 首を傾げ、リリィがそう質問する。

 

「いいえ。同じよ。短いか長いかで価値観が変わるけど。生を楽しむことを忘れ、ただ無気力に、空虚に生きることは、もはや生きているとは言わない。どこかのお偉いさんが言った言葉だった気がするわ」

「なんだ、姉様の言葉じゃないんだ......」

「べ、別にいいじゃない。って、どうしてこんな話をしてたのかしら。さっ、お外に出ましょうか。お嬢さま?」

「むっ、嫌味に聞こえるー。でも......ふふん。いいよ。姉様」

 

 外へと出る前に、リリィと手を繋ごうとする。

 

「! な、何!?」

 

 が、それを阻むように「ゴンッ!」という大きな音が響き、船が大きく揺れた。

 

「わぁっ!? お、お母さん!」

「大丈夫よ! ジャクリーン、早くこっち、へっ!?」

「きゃっ!?」

 

 手を出すも間に合わず、船が傾くと同時に、身体の小さいジャクリーンは傾いた方向に転んでしまった。

 

「あぁ、もう! 何が起きてるのよ!」

「文句を言う前に助けるなり何が起きてるか見に行くなりしなさいよ!」

「あぁ、はいはい! 仕方ないわね!

 ジャクリーン! あとついでにリリィも! 『宙を舞え』!」

 

 シルフィードの言葉とともに、リリィとジャクリーンには実体化するほど強い魔力の風がまとわりついた。

 

 シルフィードの魔法は、リナと同様命令口調で話すと発動する魔法だ。

 リナと違うのは実際に風を操ってでしか実行できないことは発動しないらしい。そして、私には例の如く効果が無い。そのためバフ系の魔法も私には無意味なのだ。

 

「バフもらって何だけど......私、魔法無くても飛べるんだよ。吸血鬼だし」

「あっ......つ、ついでだからどうでもいいでしょ! 気にしたら負けよ!」

「わぁー! お母さん! わたし宙に浮いてる!」

「ジャクリーンもはしゃぎすぎなうわっ! ちょ、ちょっとまだ揺れは収まらないの!?」

 

 宙に浮いてる三人に対し、私は一人、安定しない床に立っている。

 今にもバランスを崩せばそのまま転がって物にでも当たり怪我をしそうだ。

 

「このまま部屋の中で宙に浮くのも危険ね。ナオミ。アタシ達は外の様子を見に行ってくるから!」

「えぇ!? このまま一人にさせる気!? いえ、正直危ないからそっちの方がいいとは思うけど!」

「姉様と一緒に行くから見に行ってて!」

「わたしも、お母さんと一緒に行く!」

「貴方達、いくら宙に浮いてるからって......いえ、ありがとうね」

「はぁー。いいわ。アタシは先に行ってるから!」

 

 リリィとジャクリーンに支えられ、シルフィードの後を追っていった。

 

 

 

 エリー達がいつも遊んでいる甲板までたどり着くと、船員達が慌てた様子で動き回っていた。エリー達はと言うと、邪魔にならないように隅の方で心配そうに海を眺めていた。

 海は靄で霞んで、先を見るのも一苦労する状態だ。

 

「エリー! 大丈夫!?」

「大丈夫だよぉ。アナちゃんも、リンさんも大丈夫ー」

「そう......良かったわ。シルフィードは何処かしら? 先に行ったはずだけど......」

「シルちゃんはハクアさんのところに行ったのー」

「そう......。なら待っていても良さそうね」

 

 シルフィードが聞きに行っているなら、すぐに何があったか聞いて戻ってくる。ああ見えて意外と心配性で世話好きな娘なのだ。

 すぐにでも伝えに戻ってくるだろう。

 

「何があったんだろうね。......あっ、魔法、切れちゃった?」

「みたいだね。私は普通に飛べるから問題ないけど」

 

 シルフィードが離れたせいか、それとも効果時間が切れたのか、浮いていた二人は地へと落ちてしまった。しかし、身体は小さくとも戦い慣れている二人は上手に着地した。

 

「あ、今更だけど、どうして浮いていたのー?」

「本当に今更ね......。シルフィードの魔法よ。やっぱり便利よねぇ。風を操るとか」

「みんなー! 大変よ! かなりガチで大変!」

「あら。早いわね」

 

 話をしていると、シルフィードが取り乱した様子で戻ってきた。

 何かあったのは分かるが、いささか動揺が激しすぎる。

 

「さっきの揺れは津波が来たからなんだって!」

「へぇー。......でも海の真ん中よ? ここ」

「だから大変なのよ! それを起こしたの、魔族軍の軍艦に乗ってる奴らしいの!」

「......はい? えっ、魔族軍って津波起こせるの? あれ結構傾いたわよ?」

 

 津波を起こす魔法......聞いたことがないが、それもあるかもしれない。

 ──だけど、軍艦であるこの船が傾くほど強い津波を起こすなんて、どれだけ強い魔力なのかしら......。

 

「魔族軍に限らず、力が強ければ起こせるよ。お姉さまだって起こせるし」

「貴方のお姉さん、魔族よね......」

「おい君達! どうして外なんかに出てきちゃったんだ!」

 

 不意に声をかけられた。

 王国軍の一人らしいが、私達を心配して話しかけてくれたようだった。

 

「その前に最後まで聞いてって! 魔法で起こしたんじゃなくて──」

「......え? 何よ、あれ......」

 

 不意に上空から風を切る音が聞こえた。

 それに目を向けると、小さな緑色の何かが放物線を描き、彗星の如くこちらへと向けて降ってきていた。

 

「う、後ろ! あれよ!」

「伏せろー!」

「!? みんな、伏せなさい!」

 

 王国軍の人に言われるまま、近くに居たジャクリーンとリリィを守るようにして屈んだ。

 

 次の瞬間、海が割る音が響く。そして、津波の押し寄せる音とともに揺れを感じた。

 

「きゃーっ!?」

「うっ......。し、沈んでない......よし......」

「っ!? ちょ、ちょっと......。あれのせいで?」

「えぇ! あれ......一瞬見えたけど、おそらくは矢ね。

 信じられないけど、あれが降ってきた勢いで津波が起きたのよ......」

 

 信じられない言葉に、驚きを隠せなかった。

 

 しかし、再び遠くに見えたそれを見てしまった私は信じるしか無かった────




最後が微妙だけど、文字数的な意味で別けることにしました()


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。