PSO2×SAO VR世界に入り込んだ守護輝士 (のーん)
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第1話 アークス

PSO2とSAOのクロス、第一話は導入部なので作者の文体を見たいなら見る程度でも構いません。


第1話 アークス

 

AP241/AC2028

地球の月軌道近傍に光学・電波・物理的な隠蔽を施された巨大な三又の宇宙船が一隻停泊していた。外宇宙調査船団オラクルを構成するアークスシップの一隻、7番艦ギョーフがここに停泊しているのは地球からの来訪者に端を発する一連の事件によるものだった。

 

 

【アークスシップ7番艦ギョーフ艦橋、指令室】

 

「エンガ兄さんは生きてるし、いつの間にかアースガイドなんて組織に入ってるし、使徒はいっぱい出てきたし、どういう事なのよ」

 

苛立ちと疲労が混じった声を上げたのはその来訪者である少女、八坂ヒツギはこの一月余りの間に起きた膨大な出来事にパンク寸前で、普段は花のように開いて見える赤髪のポニーテイルもその感情に連動したかのように萎んでいた。もっとも、感情に感応して微細な事象を起こすフォトンが多量にあるアークスシップ内ではさして珍しい現象ではないが。

 

「良かったじゃないですか。お兄さんは生きていて、マザークラスタと対抗する組織が出てきたのはこちらにとってもプラスです。少なくとも、地球で動きやすくなったのは確かです」

「ヒツギ、あまり気になるようなら直接会ってきたらどうだ? ここにいるよりはマシだろう」

そんなヒツギに声をかけたのはセミロングの金髪をツインテールにした女性と、全身を蒼い装甲に包んだロボットであった。

「ディアリーンの言うことも尤もだけど、さっきので話さなかった分、余計に話しにくいというかなんというか」

蒼いロボット、オラクルではキャストと呼ばれるサイボーグである男性のディアリーンはやれやれとでも言いたげな口調で続ける

「話すなら早い方がいいぞ、ここで考えていても仕方があるまい」

「・・・はい、あきらめて行ってきます」

立ち上がり、深呼吸をしたヒツギが弟分でもある連れ、アルに出かけることを告げようと艦橋から外に通じるエレベータの前に立った時、唐突にその扉が開いた。

「うわっ!?」

「おっとゴメンよ、驚かせちゃったみたいだね」

「いえ、こちらこそ済みません」

出てきたのはヒツギの肩ほどの身長しかない少年、青い髪と服が特徴的だが、それ以上に外見年齢不相応な話し方の方よっぽど特徴的である。

 

「シャオか、直接会うのは目覚めて以来だと初めてか」

「お久しぶりです、シャオ。ここに直接来るなんて、珍しいですね」

「シエラ、相変わらず元気そうでよかったよ。ディアリーンとは二年ぶりかな?」

金髪の女性はシエラと呼ばれて嬉しそうにする一方、ディアリーンは変えられない表情そのままに、皮肉げな声で返答した。

「一晩寝て起きたのと感覚は変わらんが、お前からすればそうなるな。さっそく、また騒動に巻き込まれているよ」

「君なら、一晩寝れば十分だろう。一日のうちにダークファルスと何戦したか忘れたわけじゃないだろ?」

「アドバンスクエストで出てきたのも合わせれば10程はあるな」

「だったら、何の問題もないじゃないか」

「今と変わらず底なしの強さですねー」

ハハハハ

 

自身を除く全員が談笑している中、ヒツギはポツーンとエレベータの前に立ちつくしていた。

「な、なんなのよー!?」

いきなり出てきた少年にからかわれるような謝罪をされたかと思えば、自分を除いて雑談を始めたら、さすがに気になるのが人情である。

「あぁ、君が八坂ヒツギか、直接会うのは初めてだったね。僕はシャオ、オラクルの管理人といったところかな」

「ついでに言うならば私を作り上げた張本人で、親のような存在ですね」

誇らしげに胸を張って、シエラが補足する。

「こんな小さい男の子がオラクルの管理人って、冗談・・・」

「残念ながら真実だ、もともとはシオンの海に生まれた知性体で、現在のマザーシップそのものがコイツといえる。この見た目も、自分の意識している年齢の人間としての姿だ」

その言葉にシャオが首肯し、ますますヒツギの困惑は深まるばかりであった。

 

 

ヒツギに事情、主にシャオが現在マザーシップに籠っている理由やマザーシップの管理を任されている理由、シエラの親的存在の意味などを説明して落ち着くまで、優に30分が経過していた。

「事情は呑み込めたか?」

「ど、どうにか呑み込めました」

「ならいい。分からないことがあったらその都度俺かシエラに訊け、教えられる範囲で事実を教える」

地球に戻る前にいったん頭の整理をしてくるということでヒツギは自室へと戻り、艦橋へはディアリーン・シエラ・シャオの三人が残った。

 

 

「さて、そろそろ僕の本題に入ろうか」

「お前がここに来たということは、どうせロクでもないが重大な案件ということだろう」

ディアリーンが青色のフォトンソファーを取り出して腰かけ、シエラがその横に椅子を持ってきて座る。

「艦橋内の監視機能をすべて停止、盗撮・盗聴は無し。これで今からここでする話は記録には残らず、無かったことになります」

「ありがとう、シエラ。今回は久しぶりに事象改変を試みようと思ってね」

事象改変、平たく言えば過去の書き換えである。全知であるシオンやその劣化コピーであるシャオが記録・演算した過去に対象者の情報を挟み込むことで時間移動を行い、そこで起きたこと起きなかったことを改変する。シオンが健在の頃には複数の出来事に同時に介入するため、もしくは起きた不都合を消すために何度も行い、シャオに代わってからも過去の真実を確かめるため数度行った。

「それで、今度はどこに? 予想は12年前のエーテルインフラ普及か、2年前のコッチへのアクセス急増だが」

「残念、その二つは地球との接点を無くしてしまう可能性が高いから改変する気はないよ。なにより、マザーの介入というリスクが大きすぎる」

現在の課題であるマザークラスタと関わりのある2事象が違うと言われ、ディアリーンはわずかに落胆する。

「外したか、たまには当てたいのだがな」

「今回は仕方がないよ、僕自身のちょっとした思い付きのようなものだからね」

そう言ってシャオが空間上に投影したのはいくつかの風景、剣を背負った黒い剣士や背中に虫のような羽を生やした女性などが戦っている光景、他のも同様だがその服装や背景・持っている武器やエネミーは時代も種族もバラバラである。

「VRゲーム、地球で流行っているゲームでね、意識だけを仮想現実に飛ばして体感するゲームみたいだ。一応、PSO2もこの分野に入っている」

VRと聞いてアークスなら誰もが思い浮かべるものがあり、ディアリーンはそれを挙げた。

「エクストリームの劣化版、といったところか」

「そのとおり、アレはフォトンや立体投影で現実世界に仮想物を作り出しているけど、こっちは仮想世界に現実の意識情報だけを飛ばしているんだ。もちろん、エクストリームみたいにデータを物質化することはできないし、そこで得た強さが本物になる訳ではない。でも、体験していることはプレイヤーにとって本物であることも事実だ」

 

とりあえず、シャオがやろうとしていることは分かったがその理由が不明である。どうして、VRゲームか時間遡行に絡んでくるのか、シエラとディアリーンの二人がほぼ同時に疑問を投げかけた。

「PSO2のプレイヤーを上手くこちら側に引き込むために、別のVRゲーム内で人脈を作ろうと思ってね。マザーが僕たちにしているのと、同じことをそっくりそのままやり返してやろうというわけさ。特に、SAOというゲームならこっちに引き込める可能性が高そうだからね」

そう言ってシャオが映し出したのはSAOの詳細だった。主目的はメインダンジョンの攻略、それ以外はけた違いの自由度を誇るVRゲーム初期の話題作ということだった。

「細かいことはプレイヤー達と把握している情報に齟齬が出るから言えないけど、内部で起きたある事件以降このゲームのプレイヤーたちはVR適性が非常に高くなったらしくてね、物は試しというわけさ」

 

 

SAOの詳細、主にβテスト時の攻略情報などを見てディアリーンはすでに乗り気だった。もとより探求心が強く、趣味人の気がある彼には魅力的に見えたのだろう。

「了解したが、ソフトはどうする? 住居やハードはどうにかできるだろうが、ソフトは1万しかないらしいじゃないか」

「その点は少々強引だけど、この子から強奪しようと思ってる。精巧な偽物とすり替えて本物は君が、彼には偽物をというわけだ」

「あのー、シャオ? それ、犯罪では・・・?」

「まぁ、内部の事件でこの子は真っ先に致命的なアクシデントに遭遇していたからね。それを回避したと思えば、マシだと僕は思うけどね」

どうやら、シャオの中では既定路線らしい。

「盗むのはどうする?」

「それについてはコッチとの交信の中継にも使える透刃マイを使おうと思ってる」

ということは、その本来の持ち主とも話がついているのだろう。なんとなくとしか言いようがない感覚に従い後ろを振り向くと、すでに本人がいた。

「というわけで、こちらをお貸しします。大食いですから、気を付けてくださいね」

黄色のボディスーツを纏い、脚と腕に黒色の防具を纏った少女、六芒均衡の零にして始末屋のクーナがそこにいた。

「せいぜい、気を付けるとしよう」

1mを超える二振の刃、アークスでは双小剣(ダガー)と呼ばれるタイプの創世器、透刃マイをクーナから受け取ると同時、彼女の服装はどこにでもいそうな薄黄のジャケットとスカート、帽子という風貌に変わった。

「これで、私もしばらくは始末屋休業でアイドルに専念できるねー、パートナーカード渡しているあなたも過去に行くみたいだし」

話し方もどこにでもいる少女と同じ明るいものに変わり、からかうような口調で話している。

「もっとも、私からしたらほんの短い間かも知れないけどね」

「そうなるよう祈ってくれるならばありがたい」

 

 

その後、簡単な当時の世相や基礎知識の説明を受け、機械然とした今のボディからハイキャストと同様の有機体で構築されたボディに乗り換えて、過去へとディアリーンは出立した。

 



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第2話 リンクスタート

とりあえず、地球来訪からデスゲームスタートまで。
ここからが本番かなー?


AP238/AC2025

3年前、地球の暦で言うところの西暦2025年の日本に降り立ったディアリーンが手始めに行ったのは役所の戸籍システムの改竄だった。これをしておかないとマザーにバレる可能性が高いということで透刃マイのテストも兼ねてサイタマという自治体のサーバールームに潜り込み、一人ごちていた。

 

「透明化は良いとしても、予想以上にフォトンを持っていかれるな」

 

所有者のフォトンを喰らい続け存在感すら希薄とする代償に姿を変えるという隠密性に特化した固有能力を持つ創世器:透刃マイ。

これのおかげでクーナは暗殺者としての生業と、アイドルとしての活動を両立できていた。現在のディアリーンもその能力で姿を消し、ディアリーン・アークという偽名で数年前に日本に帰化した他国人という身分を偽造していた。当然、そこまで高度な技能は彼には無いのでシエラが遠隔ハッキングをしている。

「しかし、こちらとそちらで時間の進行感覚は同じでも時間軸がずれているのは妙な感覚だ」

〈そうですね、今回はいいですけど次回以降の通信の際にはこちらの経過時間、お伝えしますね〉

「任せるぞ」

そうして5分後、痕跡を残さずに戸籍を改竄し終えたディアリーンは、しばらく暮らす住居へと向かった。

 

 

当面の住居であるマンションには事前に送り届けていたマイルームの家具が一部、パートナーコンソールやベッド、最低限の調理器具が一揃い設置されていた。

「あ、ディアリーンお疲れさま。こっちも大体終わったよ」

「助かる、フィア」

先に室内にいたのはサポートパートナーのフィア、今回は長期滞在ということで一人では手の届かない部分や不審に思われる部分をカバーするために妹として来ている。こちらの住居の家具の設置は彼女が受け取りから一通り済ませていた。

「えへへ、褒められたー」

ディアリーンが設定しているフィアの性格は無邪気、憮然として取っ付きにくいと思われがちな自分が他のアークスと話すときのクッション役や、シップ内にエネミーが侵入した際、子供の避難時などに泣かせた経験からそう設定している。時々、彼女がこのままの性格でいいか尋ねてくるが、今までの彼女を否定する気がして変えていない。

「幸い、ハードの方は大きな電器店で買えたし、あとは発売当日に彼からソフトの方をいただくだけか」

手に持つ写真に写されたのはどこにでもいるような男子学生の写真、軽くこの世界の情報端末で検索したところヒットは無し、なぜシャオはこの少年を選んだのか。

「あいつの考えることを考えるだけ無駄か、とりあえず夕食にするとしよう」

「用意するから、待っててね」

 

今のディアリーンは普段のキャスト態ではなく、ほぼ有機体で構成されたハイキャスト態である。一応、キャスト態の中にも人と同様の飲食が可能な物もあるのだが、より人に近い方がいいという理由で新造されたハイキャスト態を使っている。

料理ができるまでの間、彼が手元で弄んでいるのはSAOのダミー。明日のすり替え用に適当なVRゲームに細工を施したもので、ログインサーバーに入る直前に別のプログラムが起動して24時間のネットワーク遮断、表裏のデータ書き換えで元のゲームソフトに化ける。ケースにも同様の細工が施されており、筋書き上では別のゲームソフトと店員が取り違えたということになる。

「ここまで手の込んだ悪戯をするとはな、こいつもとんだ迷惑に巻き込まれたものだ。」

若干の哀れみと共に、フォイエ未満のごく小規模なフォトンの炎が写真を灰に変える。

 

 

割愛

 

 

翌日、すれ違いざまに紙袋が破れたように見せかけ、それを拾うふりをしてソフトを入れ替えたディアリーンは自室に戻っていた。

「では、行ってくる」

「体の面倒はしっかり見るから、頑張りすぎないようにしっかりね」

「フィアも体には気をつけろ。リンク・スタート」

その言葉と同時にSAOとナーヴギアが起動、ディアリーンの意識をVR空間に飛ばす。

 

VR空間にダイブして白い半球状の空間で初期設定、自身の体格とVRゲームでの分身(アバター)の体格差が生じた場合に違和感を緩和するために全身を触って補正用のデータを作り、アバターを作成する。特段こだわりはないので今の身体と同様の外見、やや痩せ気味で長身、髪型は黒のショートウルフ系で顔はやや柔和な感じに整える。このあたりは、エステによく通う友人からのアドバイスを参考にして作り上げた。キャラクターネームは本名の一部を取ってDiar。ここまででおおよそ30分、あと10分もすればゲームサーバーへのログインが可能になる。

 

「ふむ、身体の感覚は違和感なし、やや反応が鈍い気がするがそこは慣れるしかあるまい」

一般人対象なら十分な追従性も持つナーヴギアだが、極限の戦闘を重ねているディアリーンは僅かなリアルとの誤差を感じていた。

「近接武器を中心にテクニックのたぐいのような遠距離攻撃は一切なし、基本的には自由な攻撃だが、高威力だが硬直やキャンセルの厳しいPAのようなソードスキルが存在する。おおよそ把握したが、実際にどうなるかは試してみなければな」

 

そうして体の感覚を慣らしながら事前に得た攻略情報をつらつらと眺めているうちにサービス開始の時刻、ディアはアインクラッド第1層はじまりの街へと降り立ち、小一時間ほどチュートリアルを受けてフィールドに繰り出していった。

もともとアークスであるディアにとって戦闘は本業であり、ソードスキルの練習も兼ねてのレベリングだけで、はじまりの街から縁の近くまでエネミーを直線に殲滅していた。

 

「フンッ!」

やや小ぶりなフォードランに似た獣、地球では怒る猪を意味するフレンジーボアというエネミーの突進を僅かに身体をひねることで避け、それにカンランキキョウ同様の回転斬りの勢いを乗せて思い切り胴体を斬りつける。そこから繋げて曲刀<プレーンシミター>を納刀するように左手を添えた状態で腰を落とし、体勢を崩したフレンジーボアにタックルと居合を打ち込む。

グレンテッセンを模した動きだが、筋力や俊敏といったパラメータが低いためか普段ほどの勢いは出なかった。

「動きの再現はともかく、性能までは流石に無理か」

グサリと、突進を構えたフレンジーボアの脳天に曲刀を突き刺してとどめを刺しながら、今までの戦闘を振り返ってのつぶやきがディアの口から漏れる。

 

先程から幾つかのカタナやソードのPAを模した攻撃をしているがフォトンによる挙動制御が効かないことを除けば概ね実用的な物もあり、こちらでのPAとも言うべきソードスキルも硬直時間をうまく最小化できるようになりつつあった。

「今のでレベル5、クラス育成と同程度の速度か」

俊敏値(AGI)と筋力値(STR)に多めに振り、残りを器用値(DEX)と防御値(DEF)、体力(HP)の優先順で振り分ける。火力をステータスで、防御をスキルで補うつもりでいるためやや攻撃寄りのステ振りである。

曲刀を腰の鞘に収めてディアが向かうはアインクラッド外縁部、浮遊大陸のように浮かんでいるこの城からの眺めを見ておこうという腹づもりらしい。

 

 

 

「ぐわぁっ!?」

「クライン、もう少ししっかりしろよ」

ゆったりとした足取りで外縁部に向かうディアの耳に、誰かの叫び声とそれをからかう声、わずかに遅れてフレンジーボアの嘶きが聞こえる。

「ふむ、他のプレイヤーと交流を深めるのも悪くはないか」

ログイン直後の僅かな会話を除いて会話自体しておらず、ゲームシステムに不慣れなまま一人でいるのも良くないと考えてそちらの方へと足を向ける。

「こう、いまいちスキルの出し方がわからねんだよ」

「んー、こうやって初動を意識したらシステムがサポートしてくれるから、あとはソレに任せてズドン!」

そう言いながら、フレンジーボアに片手剣のソードスキル、バーチカルを打ち込んだのは黒髪の青年。その隣には赤髪の青年が土まみれになりながらそれを眺めていた。

「こんな感じかな」

「こんな感じって言われても」

「やはり、慣れるのが肝心ではないか?」

「「うわっ!?」」

いきなり声をかけられたことに驚いたのか、二人がそろって飛び上がる。

「すまない、驚かせるつもりはなかった」

「いや、こっちこそゴメン」

「というか、どっから出てきた」

「はじまりの街から直線に、と自己紹介がまだだったか。俺はディアだ、VRはこれが初めてで、知り合いもいないものだから声をかけたんだが」

実際にはエクストリームやチャレンジでVR空間の経験は何度もあるが、意識だけを飛ばすのは初めてになる。

「なるほどな、俺はキリト。βテストにも参加していたからほかの連中よりこのゲームやVRについては知ってるつもりだ」

黒髪の剣士、キリトが俺のソレにこたえる形で自己紹介する。

「俺はクライン、一応武士のつもりだ。アンタと同じでVRは初めてだからよろしく頼むぜ」

赤髪の方、クラインの装備は確かに所々が地球の武士と呼ばれた昔の戦士に似たもので構成されている。

「こちらこそ、よろしく頼む」

とりあえずフレンド登録を済ませ、ソードスキルが苦手だというクラインの練習、というよりもソードスキルに失敗したクラインのフォローを俺とキリトが交互に努め、合間の休息にはキリトから簡単なレクチャーを受けるということを繰り返しているうちに、周りの景色は夕暮の朱に包まれていた。

 

 

一通りソードスキルを扱えるようになったことで満足したのか、草原に両手両足を広げて寝そべるクラインと、その横でアイテム整理をするキリトと俺、特段のイベントもなく普通のゲームのようにしか思えない。

「シャオの言っていた事件、初日に起きたものではないのか?」

「ん?事件?」

「いや、独り言だ、気にするな」

「てっきり、何かリアルで事件が起きたのかと思ったよ」

ピピー、ピピー、ピピー・・・

音の源を見ると、クラインの奴が眠たげな表情で身体を起こしていた。

どうやら、セットしたアラームが鳴いているらしい。

「ふぁーあ、よく寝たぜ」

「そりゃ、あれだけ動いたり吹っ飛ばされたりすれば疲れるだろうよ」

キリトの苦笑交じりの言葉に合わせて頷く。少なくとも、両手の指では足りぬほどに吹き飛ばされたクラインの姿が脳裏に浮かぶ。

「冗談きついぜ、と俺は落ちるけどどうする?」

落ちる、つまりは一度ログアウトしてリアルに戻るということだ。

「俺はもう少しここにいるよ、アイテムの補充もしたいしな」

「そうだな、キリトに付き合うとしよう。まだまだ知らないことの方が多いから、教えてもらいたい」

「そうか、んで、戻ってきたら俺、他のゲームで知り合いだった奴と《はじまりの街》で落ち合う約束してるんだよな。良ければ紹介すっからよ、フレンド登録でもしねぇか? いつでもメッセージ飛ばせて便利だしよ」

「え・・・うーん」

「ふむ」

キリトは渋面、ディアは考え込むようなそぶりを見せる。

 

そもそもがこの世界、というよりはこの時間より未来から来ている自分がどこまで他人と親しくしてよいものかという、割とまじめな問題である。

 

「まぁ、気にしても仕方あるまい。コチラの都合がつけば向かうとしよう、場所がはっきりしたらメッセージを送ってくれ」

「おう、キリトはどうすんだ?」

「そうだなぁ・・・」

歯切れが悪い返事、大方、クラインの知り合いとうまくやれるかという心配であろう。

半日付き合って分かったのだが、こいつは結構人間関係を構築するのが下手だ。

人との距離感をつかむのが苦手、というよりも他人同士の距離感をはかるのが苦手という感じで、俺とクラインが話している際もそこに加わるのにタイミングを見ているのがよく分かった。

「もちろん、無理にとは言わないから安心しろよ。そのうち、紹介することもあるだろうしよ」

「悪い、ありがとうな」

「俺が紹介するかもしれんぞ? クラインよりも息が合うやつがいるかもしれん」

「おいおい冗談きついぜ、まったくよぉ」

ひとしきり冗談や与太話で締めをしたところで、クラインがゲームからログアウトする時間になった。夕食の宅配ピザが1730に届く予定らしい。

「そいじゃ、またな」

「おう」

「何かイベントがあれば、一応メッセージを飛ばしておこう」

そうして、クラインが右手の人差し指と中指をそろえて真下に振り、メインメニューを表示する。奇しくも、アークスがメニューを開くのと同じ動作であったため強く印象に残り、平然とメニュー操作をしつつ戦闘を行ったときは二人に驚かれた。

 

「あれっ」

メニューを操作し、ログアウトしようとしていたクラインが急におかしな声を上げた。

「どうした、何か問題でも起きたか?」

「いや、ログアウトボタンがねぇんだよ」

怪訝な顔をしたクラインと同じように、ディアも右手を振って自身のメインメニューを開き確認する。

隣の岩に腰かけていたキリトも同様にメニューを表示する。

「無いな」

「そんな訳が…あったな」

ボタンが無いというディアと、ボタンが無いという事実があったキリトの声が重なる。

「まっ、運営初日だしこんなバグもあるか・・・、ピザは食えねぇかもしんねえけど」

落胆するクラインはGM、ゲーム管理者へのコールをすべくGMコールを押す。

そしてディアは、ある考えを巡らせていた。

“確かシャオの奴は『ある事件によってVR適性が増した』と言っていた。仮にそれがこのことを示しているならば、これは短期的なものではなく長期的なもの、少なくとも一日では済まないか”

「存外、ログアウト機能そのものが致命的な欠陥をきたしている可能性もあるぞ」

「それはあり得ないぜ、ディア。いくらSAOがナーヴギア初のMMORPGとはいっても、βテストや他のMMOでログアウトできなくなったことはない」

 

ふむ、それならば、とディアが考えられるほかの可能性に考えをめぐらし始めたとき。

 

「まじかよ、GMコールも反応しねえ」

「ログアウト不可、GMはほかの応対に対応してる可能性があるにしても応対なしか」

「この状況、不味いんじゃねぇのか? 俺、一人暮らしだからよう、このままだと誰かにギア外してもらうこともできねぇんだ。お前らはどうだ?」

そこまで隠すこともないが、一応リアルのことなのでぼかして伝える。

「妹がいるが、ギアを外すとは思えんな。この時間は夕食を作っているはずだ」

キリトの方は多少考え込んでから

「・・・母親と妹、三人だ。たぶん、晩飯の時間になっても降りてこなければ、強制的にダイヴ解除されると思うけど・・・」

「まじか――」

 

リンゴーン、リンゴーン・・・

 

クラインの言葉を途中で遮るように、鐘の音が鳴り響いた。そして、それを合図とするかのように俺たち三人はそれぞれが光の輪に包まれた。

「なっ!?」

「強制転移!?」

「なんだ!?」

ばらばらの場所に飛ばされるのを防ぐため、とっさにキリトとクラインの腕をつかみ、近くに引き寄せる。おそらく、ハラスメント警告が出ているだろうが二人ともそれにかまっているはずはない。

「何が起きている」

 

 

17:30、アインクラッド内のプレイヤーすべてがログアウトできなくなり、強制転移させられたこの時、本当の意味でこの世界が始まったことを知るのはただ一人であった。

 




というわけで2話目にしてようやくSAO内。
しばらくはSAOPの中から場面とかセリフを引用するかも…

小説書くの、難しいですね。


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第3話 デスゲームの始まりと同行者

ゲーム開始からおおよそ7時間半後、ログアウト不可・GMコールすらも応答がない異常事態において、突如として強制転移の青い光がディア、キリト、クラインの三人を包み込んだ。

 

 

「ここは、主街区か」

転移の光が晴れるなりディアがつぶやく。

石畳と周囲を円状に取り囲む建造物、中心には石碑と石柱があり、さらに奥には鉄色の宮殿が聳える。間違いなくアインクラッド第1層の主街区はじまりの街だった。

キリトとクラインをつかんでいた手を放すと、二人も周囲を見回し、お互いに顔を見合わせていた。

「一体、何だっていうんだよ」

「そりゃあ、俺も同じ感想だな」

周囲にいるのは眉目秀麗なプレイヤーたち、髪も服の色も様々なディアたちも含むほぼ全てがここに集まっているのではないかと思われた。ようやく転移の光が落ち着き始めると、何らかの発表のために集められたことを期待していたプレイヤーたちから「何が起きてんだよ!」「GMは何しているの?」「早くログアウトさせてくれよ・・・」などなど不満の声が出始める。

そして、誰かが言った。

「おい、上見てみろ」

その言葉につられるように、ほぼ全員が上へと視線を移す。

そこに現れたのは夕陽を受けてもなお紅い、血のような真紅のローブをまとった巨大な人型だった。その顔や表情はフードに隠されうかがうことはできないが、記憶の中にある限りはゲームスタッフ、ログイン時に案内やキャンペーンを告知していた何人かと同じローブである。

「告知、というわけではなさそうだな」

「なんでそんなことが分かんだるんだよ。一応、GMのローブ姿だろ、ありゃあ」

右隣のクラインが反論する。

「よく見てみろ、ローブの中もそこから見える隙間も、全部が全部黒い靄だぞ?」

周りからは同じようにGMが出てきたする声とGMではないという疑念の声が半々で聞こえてくる。

その間に巨大な赤い影はゆるゆると、左右の手を広げて、よく通る低い声で告げた。

『プレイヤーの諸君、私の世界ようこそ』

私の世界、GMが絶対の権限を持つSAOの世界においてその言葉は正しいが、ディアはその言葉に違和感とかつてルーサーと対峙したときの既視感を覚えていた。

「キリト、クライン、多分だが大分面倒なことになりそうだ」

「え?」

「え?」

その声にこたえるように、巨大な赤い影は続けた。

『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 

「な・・・」

隣のいる青い剣士、ディアが言ったことはある意味で的を得ていた。

茅場晶彦を名乗るアバターのその声はいくつかのインタビュー動画で聞いたものに間違いなく、否応なく白衣をまとった怜悧な風貌を想起させたからだ。

「ディア、・・・お前は何か知っていたのか?」

《事件》というのをこの出来事が起こる数十分前に気にしていたディアの姿がキリトの脳内にフラッシュバックし、せいぜいクライン程度にしか聞こえない声で尋ねる。

「・・・何かが起こることは知っていたが、その何かまでは知らなかったさ」

その言葉は、少なくとも嘘でないことは確かだった。ナーヴギアの読み取った感情はアバターの表情を分かりやすく変化させる。ディアの表情は、焦りや驚きとは違う、困惑というべき表情をしていた。

「確かに、知っていたならログアウトできたもんな」

「・・・」

沈黙が彼の気まずさを示していた。彼が悪意を持って接してきたことはないし、今日一日の間に何が起きるか気にしていたそぶりはあったが、この直前までクラインと三人で下らない会話をしていたのだから。

そうして、赤い影に再び視線を向けたときに告げられた言葉は、そのわずかな安堵を砕くには十分だった。

『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気づいていると思う。しかし、ゲームの不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』

「し・・・、仕様、だと」

クラインが割れた声でささやき、その声に被さるようにアナウンスは続く。

 

『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない』

ログアウト不可、厳密にはこの城の頂に立つまでは、という条件付きだが、この城というのを理解するのにディアは数瞬を要した。

「浮遊城、アインクラッドか」

その言葉は、それと同時茅場晶彦が告げた言葉によって周囲の人間の耳に入ることはなかった。

外部の手によるナーヴギアの解除・停止・分解が試みられた場合にはナーヴギアが高出力スキャンを行い脳を焼き切ること、すでに213名がナーヴギアに外部の手が加えられたことで死亡したこと、10分間の外部電源切断・2時間以上のネットワーク切断でも同等ということ、ほぼすべてのゲーム内へのメッセージは茅場晶彦の検閲を通してから各員へ送られること。

隣のキリトが安心してゲームを攻略してほしい当たりの下りで吠えていたが、個人的には今度実装されるPAクラフトやらVRミッションに乗り遅れる方が致命的なので割とどうでもよかった。

『・・・そして、諸君らには充分に留意してもらいたい。諸君らにとって、 《ソードアート・オンライン》は既にただのゲームではない。もう一つの現実と言うべき存在だ。・・・今後、ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間』

「死ぬ、か」

『君たちはこの世界からも現実世界からも永久退場してもらう。』

そうして、ココがもう一つの現実であることを示すため、茅場晶彦に渡されたアイテム《手鏡》によって、現実と同じ体格・顔立ち・性別へと変更されたアバターたちは先程までと異なる現実的な姿のまま、この世界へと放り込まれた。

『それでは、ソードアート・オンライン、本来のチュートリアルを終了する。諸君らの検討を祈る』

そうして、赤いアバターは紅い霞となって宙へと消えた。

「・・・キリト、クライン、ちょっとこっちに来い」

「うぇっ!?」

「なっ、おいっ!?」

二人の手をつかみ、強引に広場からそこらの建物の陰まで引っ張っていく。

ちょうど広場から出るころには、アバターが消えたことで押さえ込んでいた混乱の声と恐慌があふれ、広場を埋め尽くし、圏内の広場とはいえ精神的にダメージを食らわざるをえない状況になっていた。

「さてと、どうするかな」

ログアウト不可、おそらくはこのゲームがクリアするまでの間この世界にいたことが、シャオの言っていた事件とみてほぼ間違いない。

「とりあえず、キリトの意見を聞くのが一番か」

「俺、の?」

「というかよ、どうしてお前はそんなに冷静なんだ!?」

紅顔の若武者から髭面の野武士へと戻ったクラインが俺に詰め寄ってくる。

キリトの方は少年剣士のままだが、顔立ちの方は大分柔和というか、中性的になっていた。

「死ねば死ぬ、何も変わらないだろ? だったら、何をそんなに慌てる必要がある?」

「だからってよう・・・」

「落ち着け、といっても無駄だろうが自暴自棄になるな。少なくともここから出るための方法が一つは示されているんだ。幸い、職業柄こういう状況には慣れてるんでな、手伝えることがあるなら手伝おう」

「俺は会社員だぞ・・・」

「俺は学生だ」

「ついでに言うと俺は」

さすがにアークスとは言えないな・・・。

「軍人、のようなものだな」

「「明らかに住む世界が違い過ぎるだろうが!!」」

 

 

だが、あまりにも突拍子もない話は二人をショック状態から立ち直らせる手助けとなった。

「さて、キリト。βテストのとき、こういう状況でも使えそうなレベリングと装備強化の方法は何かなかったか?」

この世界において俺には圧倒的に情報が足りていない。アークスとして戦闘者としてならばこの二人よりも格段に上だが、ゲーマーとしてはクラインより下、この世界の知識についてはクラインともどもキリトより下である。

「この街の隣の村、だいたい30分程度のところに向かおう」

すぐに、キリトから広域マップ上に大雑把なルートがいくつか示される。

「俺とディアがいれば、クラインの安全は最低限保証できるな?」

「俺が殿につこう、クラインはキリトのそばを離れるな。道中のはキリトとクラインで一撃入れて離脱、それで倒しきれないのは俺に回せ。途中ではぐれるだろうが、村までには追いつく」

地図上で推測できるのはおおよそ10程度の接敵、おそらくは二回ほど群れとの戦闘がある。

幸いにも全員が片手剣、曲刀という機敏な動きを可能にする装備のため逃げに徹して体制を立て直す、不意打ちで仕留め安全を確保しるという手段もとれる。

「・・・すまねぇ、二人とも」

そうして、話を進めていく俺とキリトに挟まれたクラインが申し訳なさそうに、苦々しそうに告げる。

「気にするな、一人くらいなら大したことはない」

「いや、そうじゃねぇんだ、俺はこの街に残る。そんで、知り合いたちとどうにかする。付き合いも長ぇし、おいてはいけねぇ」

その目は、怖れと共に強い決意を秘めていた。

少なくとも、この案が彼個人にとって魅力的であることは確かだろう。しかし、クラインという男は、ディアが思っていた以上に他人を思いやれる男のようだった。

「そうか、無理はするなよ」

「・・・すまない」

「気にすんなって、もしかしたら、誰かが安全な解除方法を見つけ出して、こっから出られるかもしれねぇんだ。だからよ、お前たちも無理すんなよ」

こうして、クラインと別れ、キリトと共に次の村を目指すこととなった俺は、回復アイテムの補充のため一度別れ、5分後にはじまりの街南西のゲートへ集合することとなった。

 

ポーションを買えるだけといくつかの状態異常対策、当面不要な素材を売って得たコルを確認するとディアはいくつかのメモを書き出していく。

ここまでで得られたエネミーの特性、個々の技の対処法、得られる素材、アークスにおいてもエネミーのデータは蓄積され、全体知として公開されていた。それと同じように、アインクラッドのエネミーについて、可能な限りの情報をまとめ、周知するつもりでいた。

「しかし、情報が少なすぎるな。人型や遠距離型がいる可能性も否定できんし、可能性という程度に注意喚起しておくか」

そうしてまとめ、コピー&ペーストで複製した10枚程度を適当な掲示板に留めておく。この掲示板は各所に設置されているもので、プレイヤーが自由にメモをやり取りできる。お互いに対価を要求することができないが、気軽にパーティを組んだり、アイテム交換を持ちかけるためのもので、必要に応じて連絡先や相手指定のメモを張ることもできる。

「さて、そろそろ時間か」

掲示板から離れ南西のゲートへと足を向けたとき、薄い黒髪をロングポニーにした少女と、そのそばにいる茶髪の少女にふと目を止めた、というよりもそちらに歩みを変えた。

 

 

「・・・どうした?」

「え?」

薄い黒髪の少女はうずくまり、茶髪の少女はそれを慰めているようだった。

「Elice、エリスか」

「はい、私はエリスといいます、こっちの子はノエル」

「どうした、ノエル?」

多少という時間ではすみそうにないし、其処ら中で同じような光景があるのだろうが、偶然とはいえ一度見てしまった以上放っておけないのが、お人好しといわれてる彼の性である。

「えっ? な、なんでもないよ、悲しくて、泣いているとでも思ったの?」

精一杯の強がり、そうとしか思えない声と表情で、ノエルと呼ばれた少女は応えた。

「そうか、無理をしているように見えたので、迷惑だろうが声をかけただけだ」

ヴィエルと化した彼女、マトイに比べれば数段マシとはいえ、相当に無理をしている、というよりもあまりにも悲観的な状況を理性が理解していても、心がそれを拒んでいるといったところか、その表情はこわばった笑顔だった。

「無理、なんて」

「無駄ですよ、ノエル。SAOの感情表現システムは、プレイヤーの理性でどうにかなるものではありません。この人は、その程度のごまかしは見抜いているようです」

エリスがノエルに告げる、強がりは無駄、ソレがきっかけとなったのか、ノエルの瞳から大粒の涙があふれだす。

「だ、だって、死んじゃうんだよ、この世界で死んだら、ゲームで死んだら、現実で」

「・・・」

「・・・」

なんと声をかけるべきか、わからないディアと、迷っているエリスを急き立てるようにノエルは続ける。

「100層のクリア? そんなの、できるわけないのに、あの人、狂ってるよ、誰か、助けてよ」

「私だって! 私だって、助けてほしいですよ」

まだ20にも満たない二人の、平和に暮らしてきた少女のことなど、アークスとして生まれ、学び、生きてきたディアには分からない。しかし、この二人を置いていくことは、少なくとも自身がすべきでないと感じていた。

「なら、俺が助けよう」

「「え?」」

狼狽する二人に、そう告げる。

「俺はゲームを知らん、VRも初めてだ、その上お前たち二人のことも名前しか知らん。それでも、ここで出会ったことに意味があるのなら、それを知るためにも、お前たちを助けよう」

「でも、ゲームも、VRも初めてなんですよね・・・」

エリスが懐疑的なまなざしを向けてくる。

「だが、単純な戦闘者としてなら経験は上だ。大剣、槍、鎖、小剣、拳撃、双刃槍、刀、弓、二刀、蹴撃、長杖、短杖の扱いは分かっているし、ソレの対処法も分かる。たいていのエネミー、Mobの動きも見た目と感覚で予測がつく。だが、ゲームの知識が圧倒的に足りていない」

そう、彼が足りていないのはこの世界での戦い方ではなく、この世界での生き方。どうステータスを振り、コルを稼ぎ、素材を集め、装備を強化し、経験値を集めるか。経験則では補えないその部分が、彼に足りていないものだった。

「あなたの言葉が本当ならば、そうじゃないとしても、私は貴方にかけてみます」

「ほう」

「ちょっ、エリス!?」

泣くことも忘れる衝撃がノエルを走った。このよく分からない初対面の男をなんで信じるだという風に。

「私は貴方を信じてナビゲートします。ナビゲーターとして、あなたの助けになります。その代り、あなたも私たちを助けてください」

「確証はせんが、約束しよう、俺がこの世界から消えるまで、お前たち二人は死なせないと」

「もし、死んだら?」

「そうはならない、お前たち二人が死ぬのは俺が消えた後だからな」

「いいでしょう、貴方に賭けましょう、こんな状態なんですから、もっとどうなるか分からない方にかけた方が面白そうです」

「決まりだな」

どちらともなく、エリスとディアが互いの手を握り締める。

「改めて、ディアだ。よろしく頼む、ナビゲーター」

「エリスと呼んでください、ディアさん。ナビゲーションはお任せください」

「ちょっ、私もいるからね!」

その二人の間に割り込むように、ノエルが下から飛び出してきた。

「わっ!?」

「イタズラ成功! もう、こんなん所でメソメソシてるよりはマシだから、私もあなたについていくからね」

「ふっ、さっきまで泣いていたくせに」

「あっ、あれも驚かすためのイタズラ!」

おそらく、今から急いでもキリトのところには間に合うまい、そう考えて、キリトに短いメッセージを飛ばす。

 

“返信不要

よけいな荷物を拾った、俺の好き勝手だから気にはするな。

荷物と一緒に行くのは無理だろうから、先に行け。

もし何かあったら、連絡しろ、近くにいれば助けに行く”

 

その直後、返信不要と念押ししたにもかかわらず返信が来た。

 

 

分かった”

 

おそらく、何かを書いて消してそのままになった空白の二行が、キリトの苦悩を示しているように見える。まぁ、気にするなと言ってある以上、罪悪感を覚えられる方が困るのだが。

「さぁて、まずは何をすればいい? ナビゲーター エリス?」

「そうですね――――――」

こうして、SAOでの日々が幕を開けた。

 




デスゲーム開始からはじまりの街出発まで。
ちなみにこの作品はソシャゲのSAOEWに出てくるキャラクターをディアに絡ませていくので、知ってる人はニヤニヤしてください。
人物描写難しいけど。


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第4話 MMORPG

前回から間が開いてしまいまして申し訳ないです。

クロスオーバータグ忘れで運営に非公開変更されていたこともありご迷惑おかけしました。

朝勤だと投稿難しいですね・・・


SAOサービス提供初日、およそ1万人のプレイヤーたちは開発者:茅場晶彦の手により舞台であるアインクラッドへと幽閉され、ゲームクリアまで解放されない状況となった。

 

 

「しかし、MMORPGというのは中々に楽しめるものだな」

フレンジーボアを撃破し、ドロップアイテムの一つある《ボアの生肉》が落ちたかを確認する。

「でしょう? 仲間と協力して物事を協力して進めるのがMMO、大規模多人数参加の醍醐味ですから」

茶のコートを纏ったエリスが、同じくフレンジーボアを倒し終えてこちらを振り向いた。

現在、ディア、エリス、ノエルの三人は受注したクエストを基に、《ボアの生肉》を20ほど集めていた。アークス時代も同じようにクライアントオーダーを受注して進めており、それと変わらぬクエストというのはディアの日常であり、その間にVRMMOの楽しみというのをエリスに教えられていた。

「ところで、ノエルはどこに行ったのでしょう・・・」

周囲を見回すと、土煙と共にこちらに向かってくるノエルが見えた。

 

「ちょ、助けてぇ――――!」

 

その後ろには、ボアが10頭ほどの群れを成して追いかけていた。

「ノエル!? いったい何を?」

「茂みの端にいるの攻撃したら、奥からイッパイ出てきちゃって!」

「とにかく、逃げるぞ!」

さすがに、突進してくるボア相手に範囲攻撃もなしに突貫するほど無謀ではない。

“クチナシとキキョウ、シャプボ零かペネでもあれば一掃できるんだがな”

早くも普段使い慣れた抜剣と強弓のPAを思い出し、今は別世界にいることをディアは強く実感しながら全力疾走で逃げ、岩の窪みに身を隠して、三人はようやくボアの群れをしのぐことに成功した。

 

「ぜぇ、ぜぇ、ノエル、見えてないところにはエネミーが、いるかもしれないから、危ないと、言ったでしょう」

「だ、だって、茂みに攻撃が当たったら、急に、いっぱいポップして」

「よかったじゃないか、茂みに、アラームめいたトラップがあることを、知れたんだ」

窪みから身を出して、システム的に乱れた息を整える。

今のところ、時たまノエルがとんでもないポップを引くことはあるものの、NPCから受注したクエストを行いながら、様々な素材の収集・コル稼ぎをしながら三人はレベリングを行っていた。

「まぁ、さっきみたいにいきなりアクティブでなければ個別撃破でどうにかなりますし、そろそろ群れを相手する時期が来ているのかもしれませんね」

「群れか・・・」

 

基本的にSAOのモンスターは複数が同時に現れることは先程のようなアラームトラップや、イベントを除き存在しない。しかし、稀にフィールド上に現れる群れは一定時間内に殲滅させるとアイテムや経験値にボーナスがかかる仕様がある、というのがナビゲーターであるエリスの得た情報だった。その情報源である情報屋、鼠のアルゴは同じ情報屋であるパティエンティアと比べると皮肉屋で金には厳しいが、その分信頼できる情報を適正な値段でやり取りできるというのは僅かな接触でも理解できた。

 

「そうなると、曲刀よりは大剣・長槍の方がいいか?」

「いえ、曲刀のソードスキルの中には転倒や出血を持つ範囲攻撃があるようですし、マスタリを上げてそちらを習得してから挑みましょう。出血は大型にも有効ですし、覚えて損はありません」

曲刀のマスタリとソードスキルを確認すると、現在24の曲刀スキルが25で転倒持ちの範囲攻撃が習得できるため、手近のボアを片っ端から撃破することとなった。

 

 

「フンッ!」

ディアが走ってボアに側面から接近し、ステップで加速して思い切り斬り付ける。強撃で怯んだことを確認すると、そこからさらに連続で斬り、怯みが解除されると同時に右へ向きを変えながらリーパーの切り上げを放つ。

「スイッチ!」

その背面でボアの顔面にノエルの長槍が左へと薙ぎ払われ、リーパーと再びの強撃によりボアは再度怯み、そこからスムーズに繋げられた右薙ぎとフェイタル・スラストの二発で撃破できるかと思われたが。

「ス、スイッチ!」

残念ながら、ボアのHPはほんの僅かに残り、ソードスキル後の硬直に入ったノエルに突進を繰り出そうとする。

「ヤアッ!」

念のために待機していたエリスがスイッチし、軽く剣をあてるとボアはポリゴン片へとその姿を還元した。

「今のは惜しかったですよ、ノエル。ほんの少しだけ一撃目の踏み込みが浅かっただけです」

腰に《アルバシミター》を収めつつ、ノエルの動きを脳内で再生する。

エリスの言う通り、確かに踏み込みが浅いが、肩越しに見たノエルの位置なら普通に踏み込めば十分に届いた間合いのはずだ。それでも彼女が踏み込み切れなかったのは・・・。

「まだ、戦うのが怖いか?」

まっすぐ、ノエルの瞳を見据えて言う。

「・・・うん、怖いよ。一撃で死なない相手だとわかっていても、自分の命が目に見えて減るんだもん。戦うのは、怖い」

「そうか」

頭を撫でようとしたが、ハラスメント扱いにされては困るため戻し、話を続ける。

「踏み込みが浅かったのは、怖さが怯えになったからだ」

「むぅ・・・」

残念そうな顔から、やや悲観的な顔にノエルが忙しく表情を変える。

「だって、」

「話は最後まで聞け。だけどその怖さは忘れるな、恐怖のない勇気は蛮勇でしかないただの過信だ」

レベル70を越えてすぐ、防衛戦で、迎撃戦で、遊撃戦で、しゃにむに突っ込んでいった結果、長期の戦線離脱やリハビリを送ることになったアークスを思い出して語る。

「だが、怯えるな。怯えは体を止める、それは身を守ろうとする恐怖よりもひどい状況を招く。さっきのがエリスの一撃で仕留められなかったら? 仮に相手が次の一撃で全員を殺せたら? 俺のHPがレッドで、絶対にノエルが倒さなければいけない状況だったら? その時に怯えるな、恐怖して抗い、覆せ」

今度はハラスメントも構わずに頭をなでる。

「お前は十分戦えるぞ、ノエル。だから、怯えるな」

「うん!」

そうして、蒼髪の槍使いはいつもの悪戯っぽい笑顔を浮かべる。

「よーし、村に戻ってのイタズラ考えながら、クエストとレベリングを頑張るよー!」

「まったく、イタズラもほどほどにしてくださいよ」

「個人的には楽しいのだがな」

この前の粉まみれになったエリスを思い出して笑う。

ノエルは俗にいう悪戯っ子であり、何かとアイテムを使って悪戯を仕掛ける。もちろんプレイヤーに直接危害を加えたりアイテムに影響を及ぼすものではないが、たまに派手なことをするようで、この前はエリスがクリームと粉にまみれた愉快な顔になっていたのだ。

「もー、ディアさんまで!」

「娯楽に飢えているんだ、仕方ないだろう?」

「そうそう、どんな時でも楽しまないと!」

ニヒヒと笑いながらノエルが新たなボアへと突っ込んでいく。

まだ動きは固いが、さっきよりも思い切りが良くなり、少しだが長槍の一撃が深く入る。そうしてクリティカルで怯んだ所にさらに連撃、一度離れて短距離突進を交わしたところに横から《フェイタル・スラスト》を打ち込んで止めを刺す。

「・・・あっという間に終わりましたね」

「レベル的にも装備的にもおかしくはないだろう。さっきのボアは初撃とリーパー以外まともに当てず、スイッチの練習をしたかっただけだ」

「位置取り、結構重要ですね」

「ノエルの場合は槍だから余計だな、うまく先端を当てれば威力は上がる、そうすればコンボ一通りで倒せる相手も増える」

そうして今度は一人ずつバラバラで倒し、目的の素材が必要数集まるころには三人とも、ディアは元からつかんでいるが、位置取りや自分の踏み込み幅などをつかみ始めていた。

 

 

「さて、コルも素材集まってきたことだし、お楽しみの強化と行きましょう」

「おー!」

「・・・おー」

強化、と聞いてあまりいい顔をするアークスは少ない、2年以上のキャリアを持つディアリーンならばなおさら。

「あまり乗り気ではないみたいですね、ディアさん」

「いや、昔を思い出してな、武器強化で金が消し飛んだ記憶が」

今思い出しても腹が立つ、ガイルズオ―ビット最終強化が10回ほど失敗したあの記憶は。

「ま、まぁ、確率ですから」

鍛冶屋の主人がアフロだったらどうしようかと思ったが、幸いにも白髪を短く刈り上げた老人だった。

「すまないが、これの強化を頼む。DEXを重点、確率は90以上で頼む」

SAOの強化はアークスのものと違い、武器それぞれが持つ強化回数限度が0になるまで試行できる。

そして、その回数内でどれだけ成功できるかで、最終的な強化値は変わる。

今ディアが依頼したのは1回目の強化、成功率は80%ほどだがそこにコルと素材を余分に払うことで90%まで補強している。

「あいよ、ちょっと待ってな」

コルと素材、アルバシミターを預けて鍛冶の様子を見守る。アルバシミターはこのひとつ前の村で手に入れたイベント武器だが、性能自体は同じ難易度のクエストの中では割と低い。その代り回数限度が多く、順調に強化できれば最終的には他の武器を上回るという。

炉の中に素材と武器が入れられ、赤熱したそれを主人が叩く。そうして、ひときわ強い光を放つと鍛冶が終了したらしく、こちらに戻ってきた。

「成功だ、また頼むよ」

武器ステータスを確認すると《アルバシミター+1》になっており、確かに強化が成功していた。

「どうも」

ノエルとエリスも同様に強化し、無事に+1となった。

「強化具合の確認に少しクエストでもやろうか」

「そうですね、日が暮れる前に終わりそうな軽めの討伐でも」

「じゃあ、この前見つけたハチ退治は? 一人2,3で終わるからちょうどいいんじゃない?」

「ハチミツが報酬の奴か、夕飯の足しにもなるしちょうどいいな」

そういうわけで村の外れにある農場でクエストを受注し、ハチを討伐していく。

「なるほど、伊達に数値が増えたわけではないな」

DEX、アークスでは技量に相当するそれは動作や武器の動きのばらつきを補正するパラメータである。

短槍や細剣のようにピンポイントで攻撃するものや、曲刀のように一撃が速いものはこれで正確に弱点を狙うことでダメージの上昇が期待できる。意外なところでは大剣使いがDEXとSPDを上げて、一撃離脱に特化したスタイルに構築することもあるらしい。

「さっきよりも大分違うねー、っと!」

「文字通り、0と1の差がありますから」

ノエルが最後の一匹を仕留め、クエストクリアがメッセージログに表示される。

「さて、報酬を受け取ったら宿に帰るとするか」

なお、現在拠点にしているのは《はじまりの街》から北西に5kmほど離れた中規模な村で、他にも何人かのプレイヤーたちが逗留している。彼らとは大型モンスターや数の多い収集クエストで協力することもあり、そこそこといった仲を築いている。

「それにしても、ディアさんの部屋代高いですよね」

「まぁ、一人部屋が割高になるのは仕方あるまい」

「さすがに男の人と一緒の部屋で寝るのはね」

宿屋のロビーで今日のアイテムの整理や必要な交換、パーティストレージに入ったものの分配などを進めていく。クエストの報酬品を除き、基本的にパーティで手に入れたアイテムは一度パーティストレージで共有され、必要に応じてメンバー間で分配するのがSAOの仕様になっている。

どうも、アイテムを個々にドロップさせると生じる不公平感を解消すると同時に、オブジェクトの存在を全プレイヤーで共通認識するという基本設計上こうなるらしい。

「じゃあ、また明日な」

「はい、お疲れ様でした」

「おやすみ~」

 

 

ゲーム開始から3日、この世界の3日目はこうして過ぎていく。

 




というわけで第3話、MMORPGで生きている3人です。

しばらくはこの二人+キリト&アスナに戦闘職の先達であるディアがいろいろ話したりする幹事になりそうな予感・・・
キャラ同士の接点作るのが難しい。


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第5話 攻略会議

どうもー
3週間ぶりの更新となりまして申し訳ないです。

基本的には次話が書きあがり次第上げているのですが、ここのところ工場のシフトの関係もあり書けずにいました。
コレの後もしばらく更新が遅れると思いますので、ご容赦を。


第1層のボス部屋が発見されその攻略会議が開かれる、掲示板や有力プレイヤーが拠点とする町や村に置かれたメモ紙程度の情報に基づき、ディア・エリス・ノエルの三人はダンジョン近くの街を訪れていた。

 

 

「とはいっても、私とノエルのレベルではメインアタッカーよりはサポ寄りのサブですかね」

「ディアと同じ時間しかやってないのにねー」

そう言う二人のレベルは12、ディアのレベルはこの階層では頭一つ抜けていると思われる17。

日頃から一対多の戦いを行うアークスであるディアにとってレベリング自体はそれほど苦でもなく、見つけたエネミーを容赦なく殲滅していくスタイルでレベリングを行っていた。

「まぁ、それこそ戦闘経験の差としか言えないな」

アークスであることは伏せて傭兵のようなものと二人には説明しているが、それでも説明がつかないものは純粋に経験値で誤魔化している。

「それにしてはモンスターを相手にしても落ち着いて対処してますし、特殊能力持ちでも対応早いですよね」

「じーっ、実はベーターだったり?」

「俺は製品販売までSAOはプレイしてないぞ」

「恐らくですがそれは確かだと思いますよ、元ベーターが保証します。それにディアさんほど強ければ別の名前でも知られているはずです」

そう言って手元でメモ帳らしきものを操作するエリスはベーター―の一人であり、その知識を惜しみなく周りに教えている。ベーターの大半も同様に自分たちが知る情報を検証の後に他のプレイヤーたちに回しており、誰にも知られることなく蔑まれても一般プレイヤーを支えていた。

「共有知は全体の底上げになるからな、ボス戦はレイドになるだろうから少しでも平均値は上げておくに越したことはない」

深淵のような多対一の戦闘、防衛戦のような多対多の戦いで少しでも優位に立つには個の強さも重要だが、それ以上にサポートも含めた全体の戦力を上げる、というよりも全体が最低値を満たしている必要がある。

「実際にはサポート役などで参加してもらえますからね? ディアさんはソコのところが少しシビアというか厳しいというか……」

「あー、それに関してはスマン、つい癖で他人にステを要求してしまってな。本来なら避けるべきなんだろうが、昔からの癖でパーティメンバの装備確認をしてしまうし……」

アークス時代は他人のクラスとスキルを確認するのは高難易度レイドバトルでは自分がどのスキルを使うかということにも関わってくるので、割と確認することが多い。場合によっては破棄して再受注というのもありうる。

「見れる範囲以外は見ないようにしているみたいですし、大丈夫だと思いますが、文句も言わないでやるあたりはプロというかなんというか」

「文句を言っても他人の装備やスキルが変わるわけでもないからな、それなら文句を言う間に戦った方がましだ」

「うわー、そのあたりもドライだー」

というか実際アークスはそんな感じのが多い、文句を言うなら自分が殴った方が速いとかそんな理由ではあるが。

 

 

そうこうしているうちに、呼び掛け人の《ディアベル》が舞台の中央にやってきた。

「どーも、ディアベルです、気分的にはナイトやってます」

青に髪を染めた青年の装いは同色のハーフコートにプレートメイル、スモールシールドに片手直剣という確かに騎士めいたものだった。

「本日ここに集まってもらったのは他でもない、第一層のボス部屋が発見され、その攻略のために集まってもらった」

そして、今のところ集まった情報や実際に偵察を行った連中の感触、集まったプレイヤーの武器傾向を基にして即席パーティが組まれていくが・・・

 

「エリスとノエルを取られたか」

「いや、取られたというか回されたという感じなんですけどね?」

「ディアさんも二人と組んだんだから仲良くしないとダメ、だよ」

まぁ、うち一人は元知り合いのキリトであり、もう一人もそのキリトの知り合いらしいのでどうにかなるだろう。

「片方は知り合いだ、どうとでもなるさ」

キリトの方を見やると苦笑いしつつも頷いてくれた。

「では、後程」

「話が終わったら声かけるねー」

一度二人と別れ、キリトともう一人、フードを被った細剣使いと合流してパーティを組む。

画面に表示された名前はKiritoとAsuna。

「よろしく頼む、二人とも」

「まぁ、その、久しぶりだけどよろしく」

「・・・よろしく」

声と名前からして、フードの方は女性らしい。

「俺たちの担当は取り巻きの排除だが、場合によってはボスとの戦闘もありうる。無理にとは言わないがよろしく頼む」

「そうならないことを祈りたいが、どうなるかは実際にやってみないと分からない。念のため、多少はパーティ戦の練習だけでもするか?」

「別に、構わないわ」

「なら、どこかのフィールドに・・・」

そう言いかけたとき、オレンジの髪を棘のように整えた男がディアベルを押しのけて声を上げた。

「ちょお待ってくれへんか、ナイトはん」

なにかしら、不満抱えたようなその男は制止するディアベルを無視して続けた。

「ワイはキバオウいうもんやが、まず、この中には謝らアカン奴らがおるはずや」

「五月蠅い」

「なんやと!?」

面倒くさいのでコイツの言いたいことをまとめて言い切る。

「お前が言ってるのはベーターのことだろう? あいつ等は攻略情報や効率のいい狩場やクエストを独占し、自分たちのこと優先で攻略をしていると、そうだろう?」

苦虫を噛み潰したような表情でキバオウが頷く。

「せや、あいつらは」

「これを持ってる奴がいたらこの場で出すか手を挙げてくれ」

そう言って俺が懐から取り出したのは緑色の表紙の、片手サイズの本。

ここに集まったプレイヤーのほとんど、パーティ単位で見れば一人、キバオウを除いて全員が手に持つか挙手したその本は宿屋のテーブルの上に置かれているものだった。

「こいつのこと知ってる奴は?」

「知らない奴がいたようだから説明するが、これはベーターたちがβ時代にあった狩場やクエストをまとめたもので効率のいいモノや難易度の低いやつ、序盤の手引きや注意する敵をまとめたもんだ」

アンタは知らなかったようだがな、と付け加えて返答してくれたのは褐色の肌を持つ大男、背に背負っているのはこの層ではやや上位に位置する斧だが、2m近いそいつが持つ姿は絵になっている。

「そういうことだ。確かにベーターの中にはお前が言うような奴もいるだろうが、狩場の独占も一時的なものだし、クエストも検証が終わったものからこれに追加されてる。リスクを冒してまで情報を全員に回しているんだ、そのリスク期間だけでも大目に見るわけにもいかないか?」

個人的には狩場の独占については思うところがあるものの、時間単位で交渉はできているし、攻略本の内容についても多少の違いはあるものの、核心的な部分について嘘は書かれていないのでベーターについては悪い感想は持っていない。

「ぐぅ、しゃ、しゃあない……。ベーターにもアンタたちが言うみたいに悪くないやつもおるようやし、ここにいる中にそういう奴がおるんやったら謝るわ。スマン!」

さすがにそこまで言われてごねるわけにはいかないらしく、悪くないベーターに対して謝罪するという決着を見た。コイツ、ベータ―に対して恨みでもあるんだろうか?

「まぁ、キバオウ君の言わんとすることも分かる。今日のところは、ここらで水に流そうじゃないか」

ディアベルの一言でとりあえずこの場は収まり、明日の集合日時を正午丁度とすることで第一回の攻略会議は終了の運びとなった。

「さて、改めてどこかに行くとしようか」

「そうだな、フィールドで実際に動いてみれば見えてくることもあるだろうし、君もいいだろう?」

「構わないわ、この人の実力も見ておきたいし」

 

 

そういうことでダンジョンの入り口近くで適当にモンスター相手の戦闘をする運びとなった。

ダンジョンをコボルトの本拠と見立てているのか周辺には小型のコボルトが現れ、明日の取り巻き退治の練習にもなり一石二鳥だ。

 

「まずは俺から行こう」

「頼む」

「いいえ、私が行くわ」

そう言うなりアスナはコボルトめがけて細剣を繰り出し、怒涛の突きで瞬く間にHPを削っていく。

「勝手なところはあるが、腕は確かだな」

「だろ? それと、根は真面目で正直な奴だから多少大目に見てやってくれ」

反撃一つ許さずにコボルトをポリゴン片に還元したアスナはどこか気品のある歩き方でこちらに戻ってきた。

「どう? 私の実力を分かってもらえたならいいんだけど?」

少しだけ得意げに語る彼女の腕は確かなようだった。

「攻略会議に参加するだけのことはある。剣筋にも迷いがないし狙いも正確、だけどもう少しよそ見をする余裕があってもいいんじゃないか?」

「え?」

腰だめに構えた《ヴィタシミター+5》を放ちながら先程までアスナが戦っていたすぐ左後方の茂みに向かい、次いでキリトが何かに気づいたような表情と共に片手剣を抜いて同じ茂みに駆けていく。

「遅い!」

茂みから飛び出して来た二体目のコボルトが手斧を振り下ろす前に、抜き打ちの右切り上げから袈裟切りでバツの字に切り裂く。その交点を狙うようにキリトの突きが炸裂し、さらに追撃するようにリーパーを撃ち込んで消滅させる。

「サンキュ、キリト」

「お前の索敵スキル、どういう鍛え方してるんだよ」

ポカンと、ようやく女の子らしい表情を見せて驚いたアスナを放置して話を進める。

「スキルじゃなくて感覚的なものだな、一体目を倒したときに茂みの方に首を動かしたのとそこから感じた敵意、あとは空振りでも構わなかったから攻撃してみた、という程度だ」

ついてもいない血糊を振り払うかのように素振りをしてから腰の鞘に戻しながら、二人のあきれたような視線に気づく。

「そりゃあ、システム的に視線とかを感じるっていうのもあるかもしれないだろうけどさ・・・」

 

 

「さっきのそれ、普通にできるものなの?」

思い切り首を横に振るキリト君を見ると、こと戦闘に関してはどこかしら突き抜けている人間がいることを改めて実感する。

「慣れと経験としか言えないな。さっきの君の戦闘もなかなかのものだったし、あの調子で経験を積んでいけばいつかは届くかもしれない」

「キリトの言うとおりだが、まずは戦っている相手以外にも気を配れるようになった方がいいな。実力は十分なんだ、程々で戦った方が長く戦えるぞ」

それでもこの世界から早く出るために強さを求めている自分にとって、キリト君の強さとは違うそれをもつ彼からは何かを学べるような気がした。

「どうして、そんなに強いの?」

彼の強さの訳を知りたくて、ふとそんなこと聞いてみる。

「・・・軍人のようなものだから、といっても納得はしてくれなそうだな。あまり詳しくは話せないが理由の一つはリアルで戦闘を生業にしているから、もう一つは死ねない理由が多すぎるからだ」

「死ねない、理由?」

苦笑しながら彼が告げたのは、実にシンプルな訳だった。

「ちょっ、アスナ」

「構わないさ、納得するかはともかく話だけはしておきたい」

キリト君の制止を抑えた彼が話を続ける。

リアルのことは禁句がこの世界のルールだけど、あえて話してくれるらしい。

「迷ってばかりの奴が結論出すまで付き合ってやらねばならんし、気にくわない自己犠牲してる奴もどうにかする必要がある。放っておいたらどんな無茶をするか分からない奴もいるし、とにかく現実で半端に残してることが多すぎる」

面白そうに語る彼のそれは確かに彼個人が死ねない、生きて帰るには十分な理由のようだった。

「あぁ、今はあの二人もそうだな、あの二人を現実に戻すまでここから消える訳にはいかないんだったな」

「ディアは、凄いな。戦闘だって上手いし、リアルに戻る理由も生きる理由もしっかりしてる」

「うん」

彼の言うことを聞いていると、私の中で生きる理由や現実に変える理由が軽く感じる気がする。

「私も現実でやらなきゃいけないことがあるから、生きて帰らないと」

それでも、私は両親のためにも現実に戻り、遅れた勉強を取り戻して大学に行って、期待にこたえなければいけない。

「まぁ、当面はここで生きていかねばならんし、現実のことは先送りだな」

「「ええぇっ!?」」

あれだけ語っておいて、どうでもいいって、この人は何を言っているのか、その疑問すら可笑しいと思うような顔で話は続く。

「ここで何をしても現実が変わるでもない、だったらこの世界で生き抜いて、出ていくしかないだろう。それから現実のことを考えても、間に合わないということはないだろうしな」

「だって、このままこの世界にいたら、学校とか仕事とか遅れて、両親も私にいろいろ期待してるのに・・・」

勉強や習い事、受験だってあるのに、いつまでもこの世界にいたらどんどん引き離されていって私は両親の期待に応えられないイラナイ子になってしまう。

そう続けようとした私を制すように、彼が話す。

「どうでもいいだろう、この世界では」

「どうでもって、あなた・・・」

「じゃあ一つ聞くが、この世界から自由になるのと現実で両親の期待に応えるの、お前はどっちが大切なんだ?」

 

「・・・え?」

 

唐突なその質問に答えようとして、その答えが見つからなかった。

この世界から解放されるのと現実で両親の期待に応えるのがイコールで結ばれていた私にとって、それを全く別のものとして訊かれるのはまるで想定外だったからだ。

「どちらでも構わないが、少し気になってな。お前はさっきから、やらなきゃいけないことが帰らなければいけないと言っているが、お前のやりたいことを一度も言っていない。それなのに、この世界からは自由になりたがってるのが不思議でな。親の期待に応えるのがやりたいことならいいが、やらなきゃいけないことなら」

「どうでも、いいってこと?」

怒りがこみあげてくるともに最後まで話を聞かなければいけない気がして、それを抑え込む。

「そうだな、どうでもいいということはないが、やらなきゃいけないことが無くなった時、どうするつもりなのかと思って訊いてみただけだ」

そこから、この人はさらに話を続ける。

「昔、お前と似たような奴がいてな」

少し長くなるぞ、と付け加えて彼は話を始めた。

 

 

 





うっすら分かる方もいるかもしれませんが、ディアが話すのはEP2-6章時点のマトイです。
使命のために生み出され、使命に流されるまま生きて、使命以外を知らないために消えた少女、全治存在のシオンが他者に知られたくないほどの汚点です。


ついでに人物紹介

・ディアリーン(アバターネーム:ディア) 男性 24歳
アークスシップ7番艦ギョーフ所属のアークスにしてアークスの英雄、あらゆる命令や指揮系統に属しない独立戦力の称号である守護輝士(ガーディアン)を持つ二人のうち一人、PSO2のプレイヤー的には安藤といえば通じる。

アークスの母体である外宇宙航行船団オラクルの管理者シャオの思い付きにより、SAOプレイヤーと人脈を構築するために何も知らされずにSAOに参戦することになった。
単純な戦闘能力で言えば同じく最高戦力として数えられる六芒均衡のトップ二人に次ぐ3位だが殆ど全ての時間や空間に干渉するタイプの攻撃を物理的に壊せるうえ、アークスの力の源であるフォトンを集める能力が並大抵の方法で阻害できないほど強く、あらゆる状況において常に全力で戦えるというのが彼の強さ。お人好しでありトラブルにはとりあえず首を突っ込むタイプ。
リアルの戦闘力はアークスの中でも指折りだがSAO内では並みのプレイヤー程度。しかし、アークスとしての膨大な戦闘経験は健在で、初見の相手でも戦いながら様子見をして隙を拾いに行ける。

ちなみに種族はキャストでロニア・ヘッド/フリーヴァ・ボディ/アルベルカ・アーム/フリーヴァ・レッグ、Br/Huの刀弓両立ツリー。


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第6話 mission and self ~二度も彼女と出会った理由~

ギリギリですが7月二度目の更新です。

EP5始まりましたね。
読者の皆様はどんな状態でしょうか?
バスタークエストなどのメインコンテンツはこれから実装のようですが、
すでにHr強くね?状態になっているので今後は1強状態になるのか、というのが心配です。

今回もキリアス+ディアで話が進む都合、進行遅いです。
では、お楽しみを。


そうして彼が、ディアさんが話してくれたのはある女性の話。

みんなを守るために育てられて、みんなを守ることしか知らなくて、みんなを守る以外を知らなかったゆえに、消えてしまった女性。

 

「そのあと記憶をなくしたところを拾ってな。リアルじゃ軍人みたいなことやってるせいでまともに相手してやれなかったし、それに巻き込むこともあったけど、今は本人的に幸せらしい」

やらなきゃいけないことで生きた結果全部なくして、やりたいことで新たに生きる道を見つけた彼女の話を聞いて、私はもう一度ディアさんの質問を反芻する。

 

『この世界から自由になるのと現実で両親の期待に応えるの、お前はどっちが大切なんだ?』

 

両親の期待に応えるのはやらなきゃいけないこと。

私がやりたいことは・・・。

「そうだ、私、自由になりたかったんだ」

なぜだか分からないけれど、思い出したのはキリト君に助けられたこと、この世界に来た時のこと。

この世界に来てから経験した、現実では経験できなかった、知らない人と話すこと、自分で買い食いすること、自分で戦って何かをしてやるという気持ち。

「私のやりたいこと、この世界で自由になることだったのに何で忘れてたんだろう」

兄からナーヴギアとSAOを借りたときに抱いた小さな欲、それにすらも忘れるくらい、SAOの中でSAOに来た理由を忘れるくらい、私は追い込まれていた。

「ありがとうございます、ディアさん、キリト君」

「ん?」

「え?」

 

 

いきなりフードを外して頭を下げて礼を言われたことに驚き、思わずキリトとそろって妙な声を出してしまった。

「ディアさんのさっきの質問の答え、この世界から自由になるのと両親の期待に応えるの、どっちがやりたいことか考えてるうちにこの世界に来た理由とかも考えて、色々とスッキリしました。とりあえず、この世界から自由になるのが私のやりたいことで、この世界に来たのは自由になるためだったのでこの世界にいる間は好き勝手に生きていくことにしました」

「そうか、やりたいことがはっきりしたか」

毒気が抜けたような明るい表情のアスナからは先程までの硬い調子が無くなり、朗らかに言い切ってみせた。

「キリト君もありがとうね、あの時私のことを助けてくれて、この世界のことも色々教えてくれて。言ったような気もするけれど、改めてお礼、言わせてもらうわね」

「お、おう、どういたしまして・・・」

 

アスナとキリトの関係はいまだによく見えないが、微笑みながらそう告げたアスナを見るのが恥ずかしいのか、キリトは目をそらしながら返答した。

「さて、やりたことも見つかったし、自由にするためにも、もっと上の層に行かないとね」

「こ、攻略の意思は変わらないのか?」

「当たり前でしょ? この世界で自由にするのは決めたけど、現実に戻ることだってやりたいことなんだから攻略には参加するわよ」

「くっくく、お前の連れは面白いな、キリト。余裕がないと思ったら自分のことで悩みだして、それが終わったと思ったら今度はコレか。アスナといったか、コイツはコレでもナイーブで人付き合いの苦手なお人好しだ、面倒を見てくれるか?」

正直、キリトを一人にしておくとそのうち人付き合いで何かやらかしそうな気がしていたのだが、ちょうどいい具合にキリトと一緒にいてくれそうな奴が見つかった。

「任せてください、ゲームのことで教わりたいこともありますし、今のところ私が付き合いのあるプレイヤーも彼だけですから」

確かに、このゲームの中で女性、しかも美少女といってもいいアスナが人付き合いを避けているのもなんとなく分かる。そこにイケメンとは言えずともそこそこ整った顔立ちのキリト、しかもゲームに積極的なベーターであるコイツの近くにいれば下世話な考えを持った人間を避ける効果もあるか。

「おい、アスナ、俺は了承してないぞ」

「いいじゃない、私が勝手にするんだから。それとも、私が相棒じゃ不安?」

「いや、そういうわけじゃないけれど」

確かに、今まで出会ったプレイヤーの中でもアスナの剣技に匹敵する人間はシステムアシストを加味しても知りうる中ではおらず、かろうじてエリスが同等程度の可能性を秘めている程度。

相棒として逃すのには惜しい存在だろう。

「分かったよ。当面の間頼むぜ、相棒」

「分かればよろしい。ディアさんも、明日のボス戦までの間よろしくお願いします」

「明日までとは言わずに、困ったことがあればメッセージを飛ばして構わん。手伝える範囲でなら手伝おう」

その後何度かコボルト相手の戦闘をしていくうち、アスナは余裕が生まれたせいか剣技の鋭さは多少落ちたものの、それを補う柔軟性と状況判断で先程よりも余裕をもって戦っていた。

「このゲーム、戦う時にあんなに力まなくてよかったんだ・・・」

「常に全力だと長時間戦闘の時もたないからな」

「セイッ!」

キリトとアスナの会話を聞き流しつつ、グレンテッセンからサクラエンド零式のコンボとでもいうべきPA擬きをコボルトに打ち込み、その4発でポリゴンの破片へと還元する。

 

一度俺の動きを見ておきたいという二人の希望により、コボルト相手に動きを見せているが、その動きを見ながら二人は会話を続けている。

《ヴィタシミター》は普段使っているカタナよりもリーチが短い《曲刀》のため踏み込みを強くするか短い距離から放つしかないのが難だが、第一層最高クラスのレベルとステ、リアルで身体に染み込むほど使い込んだ動きはコボルトの反応よりも遥かに早い。

斬り払いで虚を突かれ、身体の捻りと腕の振り抜きで加速された居合でノックバックを起こし、さらに十文字に斬られたコボルトはほとんどその連撃で撃破。そうでなくとも多重のノックバックを喰らった相手は無抵抗でソードスキルを受けるほかなく、そこからリーパーを撃ち込めば確実に仕留められていた。

 

「これで終わりにするか」

沈み始めた夕陽を見て視界の右端に表示される時刻を確認すると17:36、単独とパーティで合わせて8体ほどのコボルトとの戦闘をこなし、なんとなく動きの癖やスイッチのタイミングを理解できたため、明日のフロアボス戦に向けて早めに切り上げることにする。

「そうだな、明日も早いし、前日に根を詰めすぎてもしょうがない」

「それじゃあ、街に戻りましょうか」

 

再びフードを目深にかぶったアスナの横にキリト、そのすぐ後ろにディアといった配置で一行は街へと歩き始める。

その途中、エリスから送られてきたメッセージを見ると向こうは既に街の中で宿屋を確保して夕食を始めているとのこと。ディアはこれから街に帰る旨と、ほかの二人と同じ宿に泊まるため明日合流することを返信した。

そうしてディアたち3人が街についたのは18:47、すっかりと日も暮れて街は夜闇に包まれていた。

 

とりあえずは夕食を食べるという提案をディアが出したものの、何を食べるか決めていなかったのか俺に店や食品の情報を求めてきた。

「いや、俺もこのフロアのことはあんまり知らなくてさ。けど、うまい食べ物なら一つ知ってるぜ」

「ほう」

「なになに? キリト君?」

そう言ってアイテムストレージから取り出したのは《黒パン》、比較的安価で味もそこそこだが硬いそれを見て二人ともやや落胆したような表情を見せる。

「それで、これにコイツを載せると」

もう一つアイテムストレージから出したのは小さな赤茶のツボ、回復ポーションのそれとは異なる素焼きのそれからはかすかに甘い香りが漂う。そのふたを開け、軽くタップしてから黒パンを同じようにタップするとあら不思議、,《クリーム載せ黒パン》の出来上がり。

「クリームはいくつかあるから、二人にも一個ずつやるよ。それと、これのクエストはこの前の村で受けられるから、暇なときに何度か受けておくといい」

二人にアイテムを渡して、俺は自分のクリーム載せ黒パンにかじりつく。元が乾燥しているせいかよくクリームの染み込んだ黒パンはやや重めのケーキのような食感で、そこにほのかな酸味と甘さが加わることで素朴な焼き菓子のように変わる。

「どれどれ」

「いただきまーす」

二人も同じようにして噛り付くが、ディアは片手で無造作に、アスナは両手でしっかりと食べるところを見るとなんとなく性格が見えてくる。

「中々、うまいものだな」

「これ、美味しい!」

その後は著しく早く食べるディアとがっつくアスナという真逆のものを見ることができて、ある意味で珍しい光景だった。

練習して、わだかまりも解けて、腹ごしらえもしたとなるとあとは寝床か。

「ディアはどこに泊まるか決めてるのか?」

「ん、お前たち二人がどこにするのかを聞いてから決めようと思っていたから、まだ決めていない。可能なら、まとまって行動したいしな」

「それなら私、お風呂のあるところがいいなー。しばらくはシャワーだけだったし」

「また俺かよ!?」

 

こうして、二人を宿屋に案内してようやく寝床を確保したのだが、アスナと俺が風呂付の部屋で一緒になるというまさかの自体が生じていた。

理由は三人で部屋を取ろうとしたら空きが風呂なし/あり各一室で、ゲームに不慣れなディアが先に風呂なしの部屋を一人で借りたことにある。

 

「あー、すまない。こういうのには疎くてな」

「いや、問題はアスナの方だろ、最悪は俺がディアの部屋にで寝ればいいし」

「私は別に、覗かれたり見られたりしなきゃ、二人でもいいけど」

結論として、アスナが風呂から出て呼びに来るまではディアの部屋にキリトがいることとなった。

 

 

部屋にあるのは簡素な椅子が二つととベッドにテーブル、俺がソファに腰かけてストレージからマグに入ったコーヒーを二つテーブルの上に置く。

「とりあえずは座ったらどうだ? こんな物でもいいなら、飲み物もある」

入り口近くで立ったままのキリトに座るように促す。

「そうだな、立ったままってのもおかしいし」

武器を装備解除したキリトに習って俺も解除し、キリトと向かい合わせになるように座る。

「それにしても、無事で生きていたのは良かった。さすがに初日に会った奴に死なれていては目覚めが悪い」

苦みと酸味以外、特に香りについては壊滅的なコーヒーを啜りながらキリトに話しかける。

攻略会議の場でコイツを見たとき、よく生きていてくれたというのが正直な思いだった。

この世界に閉じ込められて、というよりも強制的に移されてから一ヶ月、その間に死んだ連中は約300人。誰が死んだかははじまりの街にある生命の碑で確認できるらしいが俺は一度も確認しておらず、フレンドリストにあるキリトの名がブランクになっていないことを確認して生存を確認していた。

「済まなかった!」

「うん?」

キリトは突然席を立って頭を下げ、謝ってきた。

一体何のことかと考えていると、それに続けてキリトは喋りだす。

「あのとき、お前が連れと一緒に来るまで待たなくて、その後何も手伝えなくて、済まなかった!」

「別に、気にしてないが」

「へ?」

「まぁ、不味いコーヒーでも飲んで落ち着け」

もう一つのコーヒーをキリトに渡して座らせ、口を付けて顔をしかめたのを見て苦笑する。

「クククッ、不味いだろコレ。だが嗜好品の類が今のところコレしか無くてな、上のフロアには何かあるか?」

「そんなことより、気にしてないって・・・」

「幸いにも連れの片方は前線組でないとはいえベーターだったし、攻略本のおかげでそこまで苦労することも無かった。今日みたいにシステム面で苦労することはあっても、それ以外ではさほど苦労していないさ」

戦闘時や初対面の時より幾何か砕けた口調で話を続ける。

無意識とはいえ、戦闘時と普段では大分頭の中で切り替えがハッキリしているものだ。

「あまり抱え込み過ぎるな、キリト。あの時お前が俺やクラインのことを置いて行ったのは非難されるかもしれんが、無責任に他人の命を背負い込んで途中で逃げだすよりはマシだ」

自分の手に負えないことを無理に引き受けて、それを途中で放り投げる方がよほど非道い、と付け加えて残りのコーヒーを飲み干す。

対するキリトは俯いて手元のコーヒーに視線を落としたまま、何を話すべきか悩んでいるようだった。

 

 

SAOに閉じ込められて一ヶ月の間、俺はほとんどの時間をソロで過ごしていた。

β時代の経験を基にクエストや効率のいい狩場を巡って、ひたすらに自分のレベルを高め、強くなることを繰り返していた。生き残るためといえば聞こえがいいが、実際は他の連中のリソースを奪い、不慣れな非ベーターを置き去りにしてひたすら自分のことだけ考えていた。

それでも、目の前のこの人は気にしないと言ってくれた。

「それでも、俺はアンタたちを置いて逃げたんだ」

「逃げたかもしれないが、無責任よりはましだ。お前は自分で負えない責任を負わなかっただけで、そこを責めるつもりはない。それにお前が書いた記事も役に立ったからな」

「へ? なんで、それを・・・」

顔を上げてディアを見ると、やっぱりとでも言いたげな笑みを浮かべていた。

あぁ、もう、こんな簡単な手に引っかかるなんて。

「ブラフかよ」

「まだまだ甘いな。攻略本の大手である鼠のアルゴと親しく、お人好しなくせに人と関わるのが苦手、その上この世界のことをあれだけ知っているベーターとなれば候補はお前ぐらいしかいないからな」

「うるさい」

誤魔化すように不味いコーヒーを飲み干すと空になったマグは消失せずに手元に残る。

それをディアに返して、ふとこんなことを訊いてみたくなった。

「ディアはあの二人のこと、なんで面倒見ようと思ったんだ?」

俺と違う、誰かと一緒にこの一ヶ月を過ごしていたディアのキッカケについて訊いてみたくなって尋ねてみた。

「たまたまだな。お前と合流するための道沿いで見つけて、放っておけずに拾った。偶然通らなければ会わなかったし、目に留まらなければ一緒にいなかった。人の縁なんて、偶然結ばれるものだよ」

「たまたまか、なんかディアらしいな」

「そうかもしれんな」

多分、コイツは相当なお人好しで困っている人がいたらそのままにしておけないのだろう。

自分の手の中から零れそうなくらいに責任をしょい込んで、他の誰かの手も借りて、それでも責任を果たす。事も無げにたまたまと言い切った時の笑みからは、俺なんかとは全然違う強さのようなものを感じた。

「強いなディアは」

「強くないさ、お前よりも後悔や手を伸ばせなかった時の辛さを知っているだけだ」

「・・・」

やっぱり、目の前で死んだ仲間とか助けられなかった人もいるのか、どこか遠くを見るようにディアは答えた。後悔や辛さは俺には分からないけれども、多分俺が感じている以上に辛い目にも遭ったんだろうな。

「済んだことや過ぎたことはどうにもならないからな、それは今に生かすだけだ。重たい話はここまでにして、今度は俺からキリトに訊きたいことがあるんだがいいか?」

「構わないけど、何だ?」

「この世界についていろいろと教えてほしくてな、エリスもベーターだが攻略よりも他人とパーティ組んで楽しむが中心であまり最前線にはいなかったらしい。上の階層の情報を知りたい」

「そうだな、10層までで気を付けるべきなのは・・・」

アスナが呼びに来るまで、上の階層で気を付ける敵や状態異常、おすすめのアイテムなどについてディアと話し、アスナが来てからは風呂に行ったディアと代わって、アスナと同じような話をした。

 

 

浴槽の湯は抜かれていたので入れなおして、そこに浸かる。

「やはり、風呂はいいな」

全身を浸す湯の温度が共に身体に染み込むとともに、それと入れ替わるように疲労感が抜けていくような錯覚すらしてくる。

流体モデルのシミュレーションもなかなかのもので、違和感を感じるほどのものでもない。

「明日、誰も死ななければいいのだがな・・・」

すくなくともエリスとノエル、付き合いのあるキリトとアスナ、今回のリーダーであるディアベルの5人だけは死なせるわけにはいかない。

ディアベルの人柄は今後の攻略を進めるうえでも、第一層のボス攻略を呼び掛け成し遂げたプレイヤーとしてシンボルになってもらう必要がある。そこに死者ゼロがつけば慎重派や今回参加しなかった有力なプレイヤーが参加するきっかけとしては十分だし、眠っている人材を呼び起こす呼び水になる。

彼を立てつつ如何に指揮をサポートするか、普段はその時々で各員の有効なスタンドプレーが合わさることで全体が高火力を叩き出すアークスのレイドとは違い、ゲームに慣れているとはいえ実際の戦闘では素人の集まりをどうするかというのが目下の悩みだ。

「結局は、いつも通りに状況判断か」

どうせ初見の相手である以上セオリーも何もあったものではないので、やれるだけやるしかないという或る意味でいつも通りの結論を出して風呂に浸かる。

 

ボス戦前夜は、こうして過ぎていった。

 




というわけでキリトとアスナのコンビ結成話になりました。
ここでアスナが丸くなってるので、攻略の鬼時代の話はやるにしても大分原作イメージからは離れた感じになるかな、といったところです。

それにしても、我ながら遅筆ですみません。
アークスとかハンターとか提督とか会社員とか色々兼業しているせいか、次話がいまいち纏まらない……
今後も、こんなグダグダとした進み方の話でよければお待ちいただければと思います。

ついでに
SAO知ってるけどPSO2知らない、若しくはその逆の方向けに解説付けようかと思う時があるのですが、どうでしょか?
独自解釈含みですが、この世界だとどうなってるの? 的な疑問もあるかと思いますし。
アリだと思う方は感想の方へ、全部かはわかりませんが質問あればネタバレにならない程度で解説・回答するかもしれません。


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第7話 第1層ボス攻略戦

お待たせしました。
最近ハンターが忙しくてアークスやれてない作者です。
ようやくの戦闘シーン、あっさりでよければお楽しみを。


風呂付宿屋でしっかりと身体も精神も休むことができた翌日、装備の耐久値や回復アイテム・攻略本にまとめられている大まかな情報を再確認してから、キリトとアスナと共に宿屋を出る。

 

「一応の確認だが、俺たちの役割は周囲の取り巻きの排除と下がってきた前衛が回復するまでのガード、指示があればボスとの戦闘だったな?」

「その認識で間違ってない。俺たち三人ともが軽量防具の盾無し剣士だからあちこちから湧いてくる取り巻きを排除するにはもってこいだし、人数の少なさで脚も軽いからな」

「それじゃあ、どっちかとサポートよりなんだね」

その後もキリトからゲームでの役割、壁役であるタンクや攻撃役であるダメージディーラー、サポート役のバッファー、回復役のヒーラー等の説明を受けていく。

「つまり、最初から役割を明確しておいて各々が専念するというわけか」

「ほかのゲームだと兼任したりするのもあるみたいだけど、SAOはスキル制だからどれか一点を伸ばしていった方がいいな。できるだけ早めに方針を決めておかないと、ポイントの振り方でも悩むし」

アークスだと年に一回はスキル全体の見直しとそれに伴うスキルリセットパスの配布でスキルを振りなおす連中も多いが、SAOではそうもいかないらしい。

「キリト君、あとでいろいろ教えてもらってもいいかな?」

「あぁ、このボス戦が無事に終わったら、だけどな」

「うん!」

 

そうして喋りながら歩くうちに広場に到着し、前日の攻略会議から一人も減らずに攻略が行えることにディアベルが感謝して、ダンジョン内のボス部屋に進むことになった。

 

「長い、ワープとかポータルとか転送装置はないのか」

小一時間広場からダンジョンの入り口まで歩き、さらにそこからモンスターたちを相手にしながらボス部屋まで30分、いくらなんでも長すぎるのではないか?

「ディアの言うことももっともだけど、俺がベータで行ったときもその類は無かったからな。たぶん、ダンジョンはこれからも徒歩移動だろうな」

「ボス戦の前に少し休憩しないとダメだね、みんなも疲れているみたいだし。」

アスナの言う通り、ボス攻略に参加したメンバーのほとんどはボス部屋前の安全地帯で腰を落として一段落ついていた。

肉体的な疲労はなくとも、散発的な戦闘を経ながら1時間半の移動をするのはさすがに疲労が大きい。俺もアークスとしてその程度の任務は経験しているが、それも特定の戦闘区域の中だけでありこのように長距離移動を兼ねた戦闘というのは不慣れだ。

「とは言っても、ここまで来た勢いというのもあるから、あまり長く休み過ぎないようにした方がいい。少し、ディアベルと話してくる。」

「そうだな、俺も付き合うよ」

 

ディアベルのところにキリトと一緒に行くと、ちょうど近くにいた昨日の男、キバオウがその近くにいた。

「確かキバオウだったな、昨日はこちらも不躾な言い方をしてすまなかった。それとディアベル、少し話をしたいんだがいいか?」

「構わないよ」

毒気の抜けたような、驚いた顔をしたキバオウを横目に話を続ける。

「あまり休憩するとここまで来た勢いや気持ちが落ちるかもしれん。実際にボス戦を始める時間を早めに決めたい」

「俺もディアと同じ意見だ。今から一度アイテムのストレージからポーチへの入れ替えや確認を考えると、5分後でどうだ?」

俺とキリトの言葉に少し考え込むような仕草をして、ディアベルが答える。

「分かった、みんなにもそう伝えてくれ」

「いや、お前が言った方がいいだろう。今回のリーダーはお前だし、そのリーダーから伝えた方が全体の統率が取れる」

「そ、そうか。昨日もそうだけど、君は結構物言いがストレートだよな」

「昔から、話して伝わることは直接的に言う主義でな。悪意はないから気にするな」

誤解を招きやすいことは承知だが、変に伝わらずにいるよりは多少悪感情を持たれても、はっきりと物は言った方がいい。

「それは分かっているよ、そうでなければキバオウ君に謝るなんてできないからね。」

「そうか、ではついでにもう一つ。戦場ではイレギュラーがレギュラーだ、相手の動きが変わった時はそれが予想内でもいったん引いて様子を見た方がいい。特に第一層のボスならば、ほぼ確実にベータからの変更点が盛り込まれているはず。仮にこれがデスゲームでなくとも、一度クリアされたものをそのまま製品版に入れてくるとは考えづらい」

どんなものでもそうだが、一度攻略されてしまえばその後はその時の方法を洗練させて無駄を省いていけばより単純で効率的に進めることができる。今回は一度きりの階層ボスだが仮にもベータで攻略されたエネミー、そのままではベーター中心のレイドで容易に攻略されることは目に見えている。

「開戦と武器の持ち替え時には、多少でも様子を見た方がいいのではないか?」

「そうだな、攻略を急ぐあまりに基本的なことを見逃していたかもしれない。ほかのオンラインゲームでも調整目的でテスト時と挙動が変わることはあるし、これまでにゲーム内で手に入れた情報以外は参考程度にとどめておいた方がいいな」

少なくとも何かしらの変更点があるという前提のもと、ボスのHPが半減した時点で全員に後退の指示を出すことでディアベルが結論を出し、それを全員に伝える。

ここにいるのはそれなりのレベルのプレイヤーだが、俺のように命がけの戦いを潜り抜けてきているわけではない。功名心や慢心で前にいるプレイヤーが出た際にはそれをどうにかすることも考えながらキリトと共にアスナの元に戻ると、エリスとノエル、加えて二人と同じパーティのプレイヤー二人が話し込んでいた。

 

 

取り巻き担当の交代について事前にディアさんたちのパーティと打ち合わせをしておこうと思ったのですが、あいにくディアベルさんと話したいことがあるそうで不在。仕方がないので、その場にいたアスナさんに伝言のような形で話し終えると、ちょうど彼がキリトさんと共に戻ってきました。

「ディアさん、お話は終わりですか?」

「エリスとノエルか、少しばかり打ち合わせておきたいことがあってな」

「なるほど」

確かにリアルでは軍人のようなものであるディアさんの視点から気になる点が出てもおかしくないし、その点を指摘していたのだろう。

「それで、エリスの要件は何だ? もう少しでボス戦を開始する時間のようだが」

「っと、そうでした。私たちのパーティは取り巻きの排除が役割ですが、その分担について決めておきたいんです」

「ならば……」

先程アスナさんに話したこと、交代のタイミングやボス組へのサポート、その際のボスへの対処などをそのままお二人に伝える。

「分かった、基本的にはそのままで行くが何かあれば外れて動く。その時はフォローを頼む」

「いえ、こちらも何もないとは言い切れませんからあくまでも目安程度で構いません。むしろ、ディアさんの場合はある程度自由に動いてもらった方が戦力として期待できますし、アスナさんとキリトさんではどうにもならないときは私とノエルにも指示を飛ばしてください。手が空き次第手伝いますから」

「そうならないことを祈っているがな」

「では、お互いにベストを尽くしましょう」

改めてアスナさんとキリトさんに向き合ってお願いする。

「このボス戦の間かもしれませんが、ディアさんのことをよろしくお願いします」

「うん」

「おう」

やれやれと言いたげに苦笑するディアさんは、私のお節介を嫌っているわけではなさそうだった。

「このボス戦が終わったらまた俺のナビを頼む、ナビゲーター」

「お任せください、不肖エリス、しっかりと務めさせていただきます」

ディアベルさんのボス戦開始を告げる号令をきっかけに別れようとすると、ディアさんが一言。

「安心しろ、少なくともお前とノエルの二人だけは殺させない。生きて現実に返すと約束している」

これから死闘に赴くにもかかわらず、普段と変わらずに話しかけてくる彼の表情は落ち着いていて、その言葉を信じるには充分です。

「はい!」

 

 

ディアベルを先頭に立つボス攻略集団、その目の前のフロアボスの入り口は如何にもといった雰囲気の青銅らしき巨大な扉。開けるのに力がいるのかと思ったが、ディアベルが触れると内側に開き俺たちを中に招き入れた。

「暗いな」

「油断するな、明かりが点いたら開戦だ」

キリトがそう言うと壁面のトーチに青い炎が灯り、部屋全体を照らす。その最奥にいたのは肥満体の赤く巨大なコボルト、視線を上の方に上げると4段のHPバーとボス名【Gill Fang The Cobalt Load】が表示される。

その体系と右手に片手斧、左手に盾の容姿からあるエネミーが想起される。

「なるほどな、小柄で太ったナイトギアといったところか」

赤い巨体を揺らして迫ってくるコボルト、イルフォング・ザ・コボルトロードを眺めての感想はソレ。騎士鎧のようなナイトギアに対して粗暴な風貌だが、身長はやや小さい程度で手持ちの巨大な武器と素早い動きというのは共通している。体系は逆三角と三角で真逆だが。

「全軍、突撃!」

ディアベルの声に従い、攻略参加者はそれぞれ担当する場所に向かっていく。

「ディア、アスナ、俺たちは取り巻きの除去だ。片づけたら消耗している奴との交代、HP少ない奴とはすぐ変われよ」

「分かったわ」

「任せろ」

キリトとアスナと共に取り巻きのラーカー・コボルトに向かっていく。

「ウォー・クライ、というわけじゃないがな」

ヘイト取りのために足元の石畳に思いきり曲刀《ヴィタシミター》を打ち付け、大きな音を鳴らす。すでに何人かが取り付いているイルフォングは見向きもしないが、取り巻き3体すべてがディアたちに向かってくる。

「一対一で片づける、俺は奥のをやるから二人は手前のを頼む」

「無理はするなよ」

思い切り踏み込んで最初2体の脇を通り過ぎ、後方のコボルトに袈裟と逆袈裟を交互に、サクラエンドのような動きで打ち込んでヘイトを取る。

背後の2体はキリトとアスナが相手を始め、幾合か打ち合う音がする。

「クォーッ!」

「テッセン、と」

雄たけびと共に振るわれるメイスの一撃に対してカウンター気味の居合を懐に潜り込むようにして撃ち込み、その勢いを殺すことなく後方へと回り込む。目の前から急に標的が消え、がら空きの胴体に抜刀の一撃を喰らったラーカー・コボルトが怯み状態に陥る。

その隙を逃さず再び居合、今度は十分な腰の捻りと腕の振り抜きを備えた強撃、曲刀の形状では鯉口を切ることができないので不十分な再現だが、PA:グレンテッセンを模した一撃でラーカーのHPを3割ほど削る。

「フンッ!」

そのまま踏み込みながらの斬り上げ・斬り下ろし一発ずつの二連撃ソードスキル《ツインクレセント》、すぐにスキル硬直が入るが、その硬直を利用して身体を可能な限り捩じる。

「もう、一撃!」

ひるみ状態から復帰したラーカーが振りかぶると同時、スキル硬直から解放されたディアは体の捩じりが解かれるに任せて、ラーカーを思いきり斬りあげる。

「セイッ!」

僅かに残ったHPから弱攻撃で十分仕留められると判断、そのまま曲刀を振り下ろしてラーカーをポリゴン片に還元する。

「ふぅ、一撃が軽いな」

腰に吊った鞘にヴィタシミターを収めるとポーションをオブジェクト化し、後退してきたアタッカー連中に渡す用意をする。

「こっちも、片付いたぞ」

「大振りだからカウンターが取りやすいわね」

アスナとキリトも取り巻きを仕留めたらしく、同じようにポーションを用意していた。

「多分、次の連中が来るまで間があるはずだ。その間、こっちもカバー入るぞ」

キリトが何人かのHPが減ったプレイヤーを指さしながら話す。

「分かったわ」

「任せろ」

 

イルフォング近くでHPが一番低いプレイヤーとイルフォングの間に入り、ポーションを投げ渡しながら後ろに下がるように告げる。

「すまない、思ったよりも動きが素早いから気を付けろよ」

「そっちもHP管理には気を付けろ。それと取り巻きが出たら言ってくれ、手の空いてる奴を行かせる」

「ヤバくなったら呼ぶさ。一対一なら、取り巻きに負けるつもりはないしな」

後ろに行くことを確認してから、イルフォングの懐に潜り込む。

「やれやれ、本来ならカタコンやテッセンで動き回りたいところだが、そうもいかないからな」

何度か斬り付けると間合いを取り、技のすきを狙い再び近づく。

キリトやアスナ、ほかのプレイヤーたちも同じように安全策を取り確実に狙っていくが、時たま深追いし過ぎてオレンジゲージに近づくHPになる連中もおり、そこには遊撃手となる俺たち三人が代わる代わる入ることで戦線復帰まで受け持つ。連携はそれほどでもないが、個々のプレイヤースキルが高いためか安定して代わりを務め、取り巻きが増え始めれば再びそちらに向かうということを繰り返していた。

 

 

「お前たち二人、結構息があっているな」

「そうか?」「そうかしら?」

取り巻きやイルフォングの攻撃で無傷とはいかず、ポーションでの回復を待つ間にキリトたちと雑談を交わす。息が詰まるほどではないが、ここまで気を張り過ぎている感もあり、少しずつ動きが悪くなっている二人の気を紛らわすためだが、本音でもある。

生来の呼吸が合うのか、即興コンビにもかかわらずお互いにうまくカバーや連携ができている。

「無理せずに呼吸が合うのはいいことだ、自分のやりたいことをやってるだけでお互いの隙が埋まる」

もちろん、それでも生じる隙は俺がカバーするが、と付け加えて再び取り巻き退治に向かう。

「しかし、一撃が軽い……」

普段使っていた武器、エギルオービットはブレイバー専用武器カタナの中でも最上位に位置するレアリティ13。対して今持つシミターは下から数えた方が速いランク2。

普段使いの武器との相違点は納得するしかないが、いきなりそこまで武器の威力に差が出れば違和感というレベルでは済まない感覚の違いがある。

「慣れるしか、無いな」

今度は一体、攻撃をギリギリで躱してからガラ空きの胴体を横薙ぎ、逆手に持ち替えて逆袈裟、再び順手に持ち替えて追撃をしようとしたタイミングで相手が態勢を整えたので一度ステップで間合いを離して回避。残りのHPから見て一撃で決められると判断してリーパーを発動させて直撃させる。

「ちっ、足りないか」

ほんの数ドットHPを残したラーカーが怯んでいる間にスキル硬直から回復、蹴りを入れて仕留める。

「微妙なところが見極められんか、まったく」

愚痴りながらも戦闘を進め、10分が経過する頃にようやくイルファングのHPバーがラスト一段に突入。事前情報によると武器の持ち替えのタイミングだが……。

「曲刀に持ち替えるかどうか」

見極めようと後退や防御をする大多数のプレイヤー、しかし、ただ一人だけがイルフォングに向かって行く。

「ディアベル!?」

そして、抜き放とうとする構えを見て気づいた俺とタイミングを同じくしてキリトが叫ぶ。

「タルワールじゃない!」

「抜刀攻撃が来るぞ!」

ディアベルに攻撃が来る警告をすると同時、足を止めたディアベルに向かって全力で走り出す。

 

イルフォングが武器を持ち構えるタイミングで持ち出したのは曲刀に見えたが、その先端は曲がることなく直線。そして、鞘も革製ではなく硬質な木か何かでできているように見える。

「タルワールじゃない!」

「抜刀攻撃が来るぞ!」

イルファングが抜いたのは《刀》の《野太刀》、ベータ版じゃ10層で出てきたエネミーが使っていた武器だ。

隣のディアが駆け出すのに気付いて、俺も何かをしなければとその後に続いた。

理由は分からないが、妙な胸騒ぎがした。

 

 

「ちぃっ!」

イルフォングは広範囲を薙ぎ払うために刃をほぼ水平にして構えている。

「総員後退! タンクは下がれないのを庇え!」

叫びながら全力でディアベルめがけて駆け寄り、抜刀より僅かに遅れて首根っこを掴んで後ろに引き倒すと同時に左手でアルバシミターを逆抜きにしてイルフォングの斬撃を反らし、それに合わせてバックステップすることでうまく吹き飛ばされる。

「土産だ!」

「ぐぁっ!」

ついでに一度納刀してからカウンターを撃ち込んでおいたが、薄っすらと傷をつけたに過ぎない。カウンターエッジがあれば腕の半分までは食い込んだろうが、無いものねだりか。

ディアベルの首根をつかんだまま、おおよそ5mほど床と水平に飛んでようやく着地。

幸いにも、他に近距離で喰らったのはタンクのみで全員ガード成功という形で被害を留めることができた

「ディア君!?」

「気にするな!」

残りがレッドに突入したHPバーを見て、ポーションを一気に飲み干す。

じわりと回復するそれを横目にディアベルのHPの具合を見ると、まだ余裕はあった。

「見てのとおり回復までしばらくかかる、しばらくは後ろに下がらせてもらう。指揮の方、今はキリトが支えてるが時間はあまり持たないだろうから、そっちを頼む」

「あ、あぁ」

そうして、後衛の指揮を取るディアベルを見送るとHPが回復するのを待つ。

戦線復帰まで2,3分といったところだが、持ち直した戦線を見る限りはそれまでには大勢は決しそうだ。

「ディアさん、ご無事ですか!?」

「エリスか、見ての通りまだ生きてるぞ」

「良かったですけど、次回からはあんな無茶は···」

「するさ、無理でないならいくらでも無茶を通すのが俺のやり方だ」

さてと、と言いながら手近に湧いた取り巻きに向かって連撃とリーパーを撃ち込んでポリゴンにしてから再び下がる。

「死にさえしなければ、どうとでもなるさ」

「それは、そうですが···」

 

不満そうに見えるエリスとポットローテのために戻ってきたノエルと壁際で待機する。

「武器は想定外だったが、キリトとディアベルが立て直してるな。さすがはベータテスター」

「ベータテスターって、あのお二人が!?」

「そう、キリトはもともと知り合いだから知ってたが、ディアベルのやつはさっきので確証できた。多分、エリスの話してたLAボーナス狙いだろう」

LA、ラストアタックボーナスは一部のボスエネミーが持つシステムで止めを刺したプレイヤーに数階層上の性能の装備品が落ちるというもので、当分の間は装備の更新が不要になるというメリットがある。

一方で、10も階層が上がれば一般化する装備とのことで、一時的なブースト程度というのが主だった認識だった。

「それで、突撃を・・・」

「武器が変わっていて死にかけたがな」

呆れ顔のエリスを横目に、HPバーの回復具合を見やる。ようやくオレンジというところで全快までしばらくかかるが、そろそろ取り巻きのリポップ時間である。

「最後の取り巻き位、倒すとしますか」

「私がメインで入りますから、ディアさんはサポートです」

「エリスの言う通り、ディアはHPがイエローになるまでサポート」

有無を言わさない迫力と、といっても船団の管理者のそれすら無視してきた俺にとっては気にするほどでもないが。

「あっ、はい」

心配させた手前、素直に後衛として二人をサポートする。

最後の取り巻きを光の破片に還元するとイルフォングは転倒状態で、俺とエリス、ノエルも含めたHPに余裕のある全員が一斉に攻撃をかけることで撃破、LAはキリトが取ったらしく手元のリザルトには経験値やアイテム、コルと共に【Last Attack Bonus “Kirito”】と表示されていた。

 

「お疲れさん」

「あぁ、ディアベルのこと、ありがとな」

「そんなことよりも・・・」

そうやってキリトと話をしたのも束の間、そこから先の数分はキリトがLAを取って皆の前でボーナス品を披露し、ディアベルがベーターであり先走ったことを謝罪し、という今日一日の清算作業が待っていた。

幸い、ディアベルが非難されてもその場で終わり、キリトも自分がベータ―であることを明かしても驚かれず、むしろキバオウが謝罪するという結末に終わった。

「では、ここらで失礼するとしよう」

そうして俺が向かうのは解放された第二層ではなく先程入ってきた第一層のダンジョン。

「そっち、逆じゃない?」

「少し、気になることがあってな。確かめたら行くから気にしないでくれ」

噂話をきっかけに、鼠のアルゴに調べさせたとある部屋。

黒い仮面のNPCが不定期に出現し、プレイヤーを見つめては消失するという部屋に歩を進める。勘が正しければ、なぜここ居るのかという点を除くと、正体は限られる。

「【仮面(ペルソナ)】、なぜおまえがココに?」

成りえたかもしれない自分、過去の自分がこの世界にいるかもしれない。その疑念を解消するため、ディアはダンジョンを逆走していく。

 




以上のような話となりました。
次回はちょっと説明回になりそうですが、その分キャラの会話に頭を抱えております。

今後もちょくちょく更新していきますのでゆっくりお読みになってください。

では、また次回。


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第8話 【仮面】とアークスと創世器

投稿が遅れて申し訳ありません。
ちょいと風邪を拗らせて執筆の時間が取れずにいました。
読者の皆様にご迷惑おかけしないよう、体調管理にも気をつけねば。

それでは、お楽しみを。


キリトたちと別れて一層ダンジョンを入口へと進み、目当てとしていた部屋にたどり着く。

白く輝く何かを持った仮面のNPCが消えた部屋、アルゴから聞いた【変わったNPC】の情報の1つを元に着いた部屋は他とは違い、薄青に輝く水が幾つかの窪みに溜まっていた。

「情報が確かだとしても、やはり杞憂だったか」

多少は期待していただけに何も無いことに嘆息して部屋の奥に進んだとき、背後に懐かしくもある気配が唐突に現れた。

「……久しぶりだな、【仮面(ペルソナ)】」

振り向かず、声をかける。

「これを持っていけ。私が10層でお前たちと相見えるまでには元の姿に……」

再び虚空へとアイツが消える気配を感じると共に振り返ると、純白の棒と僅かな闇の残滓が残されていた。

「クラリッサの柄か、ということはどこかにコイツの石突と先端があるはずだが」

あいにくと【仮面】の奴はヒントを残すこともできない状態、というよりもなぜここにいるかも不明。一応アイツが何らかの方法でエーテルに干渉して意識の一部を伝言のような形でよこした可能性もあるが、それならなぜこの場で言わないかという疑問も残る。

 

 

「ディアさん!」

背後からの女性の声に振り返ると、息を切らせてエリスとノエルの二人がこちらに向かってきていた。

「お前たちか、わざわざ追いかけてこなくとも用事は済んだからもう次の階層に行くぞ。他の連中は?」

「へ? えと、皆さんは既に次の階層に向かいました。キリトさんとアスナさんには私達が追いかけるので、ひとまず先に行くように伝えておきました」

「で、ディアはなんでわざわざダンジョンを逆走してこんな部屋に来たの?」

顔を近づけながら質問してきて来たノエルを後ろに下がらせてその質問に答える。

「それならば、コイツが目的だな」

右手に持ったクラリッサの柄を二人の前に差し出す。

これを含めて創世器を見慣れている俺にとっては存在感を放つ棒程度にしか見えないが、創世器を知らずコレが何かも知らない二人はそれを見て一瞬身を震わせ、俺に視線を向け直す。

「これ、何? ただの棒のはずなのに、よく分からないけど、凄く変な感じ」

「オブジェクト化されたアイテム、ですよね? ですが、存在感というか、ココにあるだけで息が詰まるようなこの感覚は」

「まぁ、あまり長く見るのも毒か」

クラリッサの柄をストレージに入れると、イベントアイテム専用の部分に収納され《白銀の破片/柄》というアイテム名が表示された。

「二人とも、大丈夫か?」

「はい、先程までの感覚はなくなりました」

「少し嫌な感覚は残ってるけど、大丈夫」

今後のためにも、少しだけ説明しておく方がいいか。

「さっきアイテム、この部屋の中で【仮面】、そういう名前の奴に渡されたものでな。10層クリアまでに元の姿に戻せというクエストらしい。で、さっきの破片の本来の名は《白錫クラリッサ》。PSO2内で創世器と呼ばれるロッド型武器全てのプロトタイプにして、六芒均衡の五、クラリスクレイスの名を継ぐ者が扱うものだ」

なお、当代のクラリスクレイスが使っているのはその劣化コピー《灰錫クラリッサⅡ》、マトイが使っているのはコレを基にしたシャオバージョンである《明錫クラリッサⅢ》。どちらもオリジナルが破格すぎるため性能は劣るものの、創世器に恥じない性能はある。

「えっと、クラリッサ?」

「PSO2はエスカOSに初期インストールされているMMORPGですよね。確かにSAO発売の少し後にVR対応が予定されていますが、なぜそこに出てくる武器がここに? 確かに六芒均衡という強力な味方NPCが使用している専用武器はまとめて創世器と呼称されていますが……」

マズいな、想定外にPSO2としてアークス内に来ていた連中はアークスの常識を知らないらしい。

怪しまれるか?

「コラボの一環ではないか? ゲームではよくあることだ」

「……そうかもしれませんが、デスゲームになってそれをやるとは」

「最初から実装されていたのでは?」

「そういうことに、しておきましょう」

イカンな、確実に怪しまれている。

 

第2層へと向かうディアさんの背中を見ながら、先程までの話を反芻する。

確かに、知名度的にもプレイヤー数的にもSAOがPSO2とコラボするのはおかしい話ではない。しかし、デスゲームの中でそのクエストが進行できるのは、この世界を【私の世界】と呼んだ萱場明彦のみ。彼がこの世界にそんな異物を許容するかと言われても、その可能性は低いように思える。

「ディアさん」

「……上で話そう。ここは、落ち着いて話ができる場所ではないしな」

「はい」

この人は、少なくとも誠実な人だと思う。私とノエルを放っておけずに一緒にここまで来てくれたし、ディアベルさんを命がけで助けに行くなんてこともした。それでも、どこかしら彼が私たちとは決定的にズレているところがある気がする。

命がけというのに最初から落ち着いていたし、普段の動きが余りにも戦闘慣れしている。それこそ、PSO2のアークスのように命がけの戦闘や宇宙の危機を日常的に過ごしてきたように。

「えいっ」

「ひゃっ!?」

腰のあたりに何かが当たる感覚がして、思わず変な声を上げてしまう。

「フフフ、イタズラ成功」

ニヤリという表現がまさに当てはまるような顔で、ノエルが笑っていた。

「ちょっ、ノエル!?」

「エリス、ずっと怖い顔してるよ。ディアさんが嘘ついたり騙したりしたわけじゃないし、上で説明するって言ってるんだから、それ聞いてから考えようよ?」

確かに、ノエルの言うことにも一理ある。少なくとも、ディアさんが私たちを騙したり何かをするつもりならとっくにそうしているだろう。

「そうですね、上で話を聞いてから考えましょう」

「ディアも、ちゃんと全部話してよねー!」

「分かっているさ」

私たち、どうなるのでしょうか?

 

先程までフロアボスと激戦を繰り広げた広間を抜け、その先にある巨大な扉と階段を抜けると目の前に広がるのは数々の岩山。今まで訪れた星で似ている場所を挙げるならばリリーパの砂岩地帯だが、そことは異なり豊富な水と緑にあふれている。

「テーブルマウンテンという奴か」

ナベリウスには似た場所もあるだろうが、アークスの活動範囲である【巨躯】が封印されていた大樹を中心にした領域では見覚えはない。

「絶景だねー」

「そうですね。βの時はこの景色が好きでよく訪れていました」

ノエルとエリスもこの光景には素直に感嘆したらしく、三人でこの光景を眺めながらゆっくりと主街区まで歩みを進める。

「よう!」

「三人とも遅いよ?」

主街区に入り転移門の場所をエリスに案内してもらうと、そこにはキリトとアスナの二人がいた。

「わざわざ待っていたのか?」

半分呆れ、半分驚きといった感じで二人に尋ねる。

「そんなところだな、まだパーティも組んだままだし」

言われて視線を左上に上げると、そこには自分の名前とHPバーの下に二人のそれが映っていた。

「そうか、そうだったな。……お前たち、この後時間をもらえるか?」

どうせなら、この二人にも話してしまおう。

俺が何者で、何のためにここにいるのか。

「この後は休むつもりだったし、問題ないさ」

「私も大丈夫。さすがにあそこまで戦った後だと、これ以上はね」

「少し、お前たち二人にも話したいことがある。そこの宿屋で話そう」

「別にいいけど、改まってどうした?」

「もしかして、大切な話?」

「そうだな、今後俺と付き合いを続けるかどうか、決めるためにも聞いてほしい」

ノエルとエリス、キリトとアスナを連れて宿屋に入る。

よほど聞き耳スキルとやらとあげていないと部屋内の話を聞かれることはないらしいので、ここでなら安心して話すことができる。

「ディアさん、先程の約束憶えていますよね」

「上で話そうと言ったからな、話すさ。だが、その前に一つ確認しておきたいことがある」

俺から確認したいことがあると聞いて、全員が表情を硬くする。

「《PSO2》とは、何だと思う?」

俺にとっては生まれ育ち、幾人と出会い、そして戦い続けてきた世界そのものだ。

しかし、単なるMMORPGの一種という前提があるコイツらはあの世界をどう考えているのか、俺自身のことについてどう話すかを決めるためにも聞いておきたかった。

「《ぴーえすおーつー》?」

「そっか、アスナはMMORPG自体が初めてだったな。ディア、俺から説明していいか?」

「構わん。むしろ、これから話す前提にもなるから今のうちに話しておいてくれ」

「お願いします、キリト先生」

「先生はよしてくれよ」

そういうわけでざっくりとキリトがMMORPGとしての《PSO2》を説明する。

俺の認識するそれをゲームの中と語られるのは少し不満だが、宇宙を旅する巨大船団《オラクル》の調査部隊《アークス》の一員として様々な惑星で戦ったり、様々なファッションを楽しんだりとSAO(このゲーム)のSF版というのざっくりとアスナに説明する。

「ま、ざっとこんなものだな。ゲームシステムは背景に無関係だから話してないけど、問題ないか?」

「十分だ。最低限、世界観が分かってくれればいい。そこで改めて、アスナ以外の3人に確認しよう」

まずはエリス。

「そうですね、キャラクタークリエイトの自由度やNPCとの自然なボイスチャットによる会話など、キャラクター面でのつくり込みの高さが異常なまでに素晴らしいゲームだと思います。その一方で、装備の特殊能力付与や潜在能力開放などシステムの説明が乏しいですし、レベルキャップ開放の手間などは少し面倒ですね」

特殊能力とか潜在開放はルーキーがつまずきやすい点として上層部も問題視していたな。

今は暇つぶしに50%の5S付くか遊ぶが、昔は堅実なのしかやらなかったし。

「了解した。次はノエルか?」

「うーん、キャラクターを細かく作り込めるし服とかアクセサリーもたくさん種類があるから、そこは好きかな。けど、装備が強いの作ろうとするとスゴク大変だから、そこはちょっと……」

懐かしい、サイキ36連とかやったな。

レッグだけやたらと出て、リアが全くでなかったのも今となってはいい思い出だが。

「装備関係はそうだな、俺もそう思う。慣れるまでは時間がかかったし、掘りに行くのが当たり前だからな。とりあえず、女性陣はキャラクターの自由度は評価するが、上位装備作りが難易度高いゲームという認識か。唯一の男性陣でゲーマーと噂のあるキリトはどうだ?」

今までの話を聞いていたキリトに振る。

「俺も似たような感じだな。けど、グラフィックと物理演算の凄さは正直言って異様だと思う。いくらクラウド型OSと回線速度が速いエーテルインフラとは言っても、ほとんどPCのスペックと無関係に描画機能を維持できるのは異常だ。まるで、何処か別の場所で巨大なスパコンでも使って再現した世界をこっちは眺めているみたいな」

「惜しい、VRのモデルを使って画面にそれを映しているという発想はいいが、どうせならもう一歩踏み込んで欲しかったな」

「は?」

まるで意味が全く分からないとでも言いたげな全員を見ながら告げる。

まるでこいつ等からすれば妄言にも等しい事実を、ココで知るだけでも現実に戻ってから後を引くであろうことを。

「あそこが、別宇宙の現実世界と考えたことはないか?」

「ちょ、ディアさん? 何を言っているのか」

「最後まで話してから、質問を訊こう。とりあえず、これから話すことは仮定、全部が前提になると思って話を聞いてほしい」

ざっくりとこの当時のアークス、のちに再誕の日と呼ばれたルーサー撃退以降について説明する。

ルーサーを撃退し【双子(ダブル)】と名乗るダークファルスが現れたこと、それに伴う組織改革が行われている最中など当時の情勢が中心だが、そこに加えて六芒均衡やマザーシップや出撃制限、ルーサーがいなくなりシオンからシャオに管理者が移行したことでその引継ぎが完了するまでの期間、船団防衛や採掘基地防衛を除くほとんどの出撃ができないことを伝える。

「こんなところか。おかげでアークスは組織としてガタガタ、部隊の再編成やルーサーの反乱に伴う人的・物的損失の補償や研究部門だった虚空機関代わりの新部署創設、戦闘班所属の俺に異動予定はないが文民方面は大分ごちゃごちゃしているらしい」

一番付き合いの深い管理官であるコフィーとチップ技術の技官も兼ねているセラフィ、当時というかこの頃は二人が一日おきに呑みに誘ってくるので辛かった。二人の仕事山積み・担当変更・アークスの窓口ということからストレスフルな職場だというのは分かるが、ルーサー仕留めたり、複製【敗者】を一日10近く仕留めねばならん俺の気持ちになって欲しかった。

「正直、信じてもらえるとは思ってないがこれが事実だ。さて、これを踏まえた上で質問があれば受け付けよう」

「それでは、遠慮なく。今の話、証拠はありますか?」

エリスからはまっとうな質問が飛んできた。

「その質問が一番の難問だな。俺は実際にオラクルのある宇宙とこっちの宇宙を行き来して双方が実在することを知っているが、お前たちがそれをSAO内で確認する術がない。だから、俺が話すことは前提、すべてが事実であるとしたうえで質問をして欲しかったんだが……」

やはり、それは難しいか。

「いえ、私が知りたかったのはそれに対してあなたがどんな答えをするかです。ここで適当な答えで証明しようとすれば嘘だという確率は上がりますが、証明できないというのは逆に真実です。もしあなたが本物のアークスでここにいるなら、それを証明できるのは自身の存在だけですから」

そこで一度言葉を区切り、エリスが続ける。

「むしろ、あなたの話し方や内容はそれが全部実際に体験してきたこととしか思えない話しぶりですし、今までのディアさんの態度や振る舞いを考えるとアークスとしての戦歴が強さや判断の源だと考えた方が自然です。少なくとも、ディアさんの話を信じる証拠の方が否定する証拠よりも個人的には勝っています」

自分の心情と論理で板挟みといったところか。

「じゃ私からの質問、ディアはクラスとレベルはいくつなの?」

ノエルからは暢気ともとれる質問が飛んできた。

この時期は……。

「ブレイバーで70レベル、武器はカタナがフィルフスイレンで弓がヒュリオロア。ちなみにユニットはビブラス一式だ」

防衛戦に何度も行けば自然と落ちるユニットと、当時最高レアリティの☆11の武器群。

OP付けで苦戦したが、ファーレン・ユニットが出るまではしばらく世話になっていた。

「ゴメン、全然分かんない」

「ノエル、一応補足するとユニットは準最高、武器は最高レアリティの武器。正直、普通のプレイヤーのプレイペースだと入手に時間がどれだけ掛かるか分からない」

キリトの説明通りアークスでも当時はコレが最高峰だった時期、その半年後に☆12や☆13が実装されて一気に装備改革やユニット変更が迫られるとは思っていいなかった。

「ということは、それを使ってる時点でPSO2を長時間遊べる、ディア的にはアークスとして活動してるってこと?」

「そうなるな。しかし、ノエルは俺が本物のアークスだと信じるのか?」

正直、ここまでスムーズに信じているような話をされるのも困る。理想的なのはPSO2がゲームではなく現実かもしれないと疑問に思いつつも、俺がアークス若しくはPSO2運営側と思われる事だったのだが。

「うん! ディアが今まで嘘ついたことないし、あんなに強いの普通の軍人じゃ考えられないけれど、アークスならありそう」

まっすぐな瞳が俺に向けられる。

そこにあるのは確信と俺のことを信じるという決意。

「まったく、大した子だよノエルは」

「へ?」

何故か無性にそうしたくなり、わしゃわしゃと頭を撫でる。

「ちょ、ディア、くすぐったいよ~」

「ウルサイ、ここまであっさり信じられる身にもなってみろ。こっちは嘘つき呼ばわりや付き合い無くす覚悟で話してるんだ、ちょっとは疑え」

「でも、全部本当なんでしょ?」

「話したことはだ、まだ話してないことや話せないこともあるから隠し事はしている」

時間遡行・マザークラスタ・アースガイド、俺の中の深遠なる闇etc、話すべきでないこともある。

「うん、それはそれでOK。アークスみたいな組織だと外に話せないこともいっぱいあるんでしょ、無理に話さなくていいよ」

撫でたせいで乱れた髪を整えてやりつつ、ノエルと会話を続ける。

「まったく、お前の純真さが怖い、そこまで信じられると逆に嘘を吐きたくない」

「うーん、だけど私もノエルちゃん同意見かな。ディアさんの話が全部アークスだっけ? としての体験なら私にいろいろ戦闘の心得教えることができたのとか、今まで妙だと思ってたことが、そういうのが本業だっていうことで納得できる部分もあるし」

アスナまで同意見か……、先入観がないというのはこういうことを言うのだろうか。

「ちなみに俺も同意見だぞディア。お前の言ってることは嘘じゃないと仮定した方がお前の今までの戦闘、VRゲームが初めてなのにモンスター相手で苦戦らしい苦戦してないことや動きの良さも納得できる。というか、お前の動きをよく思い出してみると全部フォトンアーツが基盤になってるし」

普段慣れた体の動かし方だから多用していたのだが、よく覚えているものだな。

「たしかに、フォトンアーツは実際に体を動かせない今の《PSO2》では再現できないが、モーションくらいなら見た目でどうにかなるだろう?」

「だとしても、見て覚えただけじゃあそこまでスムーズに繋げることや途中で別の動きに変化させることはできない。お前の戦闘スタイルが、俺にとっては一番の根拠だよ」

どうも、短い期間とはいえ嘘は言わずに誤魔化しもなく生きてきたことがプラスになったらしい。

すでに全員が俺のことをどうするかと待ち構えるかのような表情で眺めている。

「だったら、俺がここに来た目的もついでに話しておくか。端的にはスカウト、《PSO2》に地球からアクセスしている連中で信頼出そうな奴を見つけてアークスに引き込むのが目的だ」

ここまで来たら洗いざらい、俺が未来から来たことを除いて話すしかない。

「正直、地球からアクセスする目的も不明、調査なのか偶然なのかも不明な以上は少しでも地球側の協力者が欲しい。だからVRMMOであるココにログインして、予想された事件の中でプレイヤーと交流深めることによって協力者の候補を探せというのが上からの命令だ。上がこの事件のことを知っていたかはともかく、俺は知らずにここに放り込まれている。正直、俺個人にもアークスとしての活動に支障が出ている」

時間遡行していなければ、2年近くも今の状況で戦力を遊ばせておく理由もない。

この時期だとハルコタンの発見やナベリウス壊世区域の発現、【双子】の引き起こしたハルコタン動乱だってここから半年程度しか余裕がない。

『ご愁傷さまです……』

「ゴシュウショウサマデスの意味は分からんが、慰めというか憐れみというかそんな感じがする言葉だ。今度俺も使ってみるとしよう」

とりあえず、話しておきたいことは全部話したので、もう一つの本題について話を進める。

ストレージからアイテムを一つ、《白銀の破片/柄》をオブジェクト化してテーブルの上に置くと、澄んだ高い音と共に置かれたそれを見て、俺以外の全員が身体を強張らせる。

「これは、先程の破片ですよね」

「やっぱり、ちょっと怖い感じがする」

エリスとノエルの二人は二度目ということで多少は落ち着いているが、キリトとアスナ、特にアスナの方は少し顔が蒼くなるほどに何かを感じ取ったらしい。

「ディア、これは何だ?」

あまり長く出しても毒にしかならないと判断して、再びストレージに戻す。

一息ついたアスナの背中をキリトがさすり、アスナの顔色が良くなってきた頃合いを見てその質問に答える。

「俺がアークスだというのはさっき説明したな。これは、本物に酷似したデータで作られた《白錫クラリッサ》の破片、俺の知っているオリジナルをこの世界の中で可能な限り再現したものだ。【仮面】というNPCから受けたクエストに関わるもので、第10層までにこれを修復しろということらしい」

理由は分からないが【仮面】は確かにここにいて、俺にクラリッサの破片を託し、修復するように求めてきた。アイツは俺と異なる選択肢を選ぶことはあるが、基本的に無駄なことは可能な限り排除する性格。少なくとも、何らかの理由があってのことは確かだ。

「もしかして、あの【仮面】か!?」

「おそらく、ダークファルス【仮面】だろう。なぜアイツがこれを持ち出したのかは知らないが、一部がこちらに囚われ、その脱出のために何かしらの協力をしている可能性はある」

「敵のダークファルスが?」

「あくまでも可能性だ。もしかしたら、俺がこのゲームにログインしたことでフォトンが干渉して敵や一部のNPCのデータが記憶に上書きされた可能性もある。正直言って、なぜここにいるかは不明だ」

あの話しぶりだと確実に俺のいる時代から来た【仮面】の一部だろうが、今のアイツとは断言していないので嘘はついていない。それに、ココに干渉しているということは深遠の依り代となった本体ではなく俺と繋がりのある一部だ。

「訳が分からないな」

「安心しろ、俺も訳が分かっていない」

「ディアさんが分からない以上どうにもなりませんね」

「とりあえず、進めるしかない状態?」

「そうなるな」

とりあえずの懸案事項の共有はできたので、ここで解散として各々別に部屋を取って宿泊する。

キリトたちはもともとこの階層にある《体術》スキル取得のクエストを受ける予定だったらしいが、どうせならということで俺たちも一緒に行くことになり明日に延期。

申し訳ない思いをしつつ、この日は寝床に入った。

 




というわけで第8話は説明化になってしまいました。

以下この作品におけるPSO2の設定
・NPCとの会話はボイスチャット
VR技術の応用でヘッドセットに実際の発声を伴わないボイスチャット機能が可能なのでそれをセットで使うことが前提だが、携帯機でも遊ぶことができる。

・本体の性能に非依存
作中で説明した通り、リアルタイムで中継される動画のようなものなのでクライアント側で処理するデータ量が非常に少なく、本体の性能に関係なく一定の画質で遊べる。

・シップ配置がランダム
偽装アークスのデータ数=アカウント数なので、どのシップになるかは分からない。
マザークラスタは基本的にShip7ギョーフだが、アークスとしてシップ間移動をすれば後でいくらでも別のシップに行ける。



ついでにちょいとSAO側の時間が後ろにズレています。
計算し直したら、PSO2側の時間に合わせるとSAOの時系列そのままだとSAO事件から1年近く間が空いてしまうので、ストーリー進行に支障が出そうなための措置です。


……最近感想が無くて寂しい作者なので、感想ください。


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第9話 たまには違うクラスっぽいことも

前回から大体2週間、これくらいのペースで投稿していきたいと思いつつ、1週間で書いてる他の書き手さんを尊敬する日々。


とりあえず第9話、始まります。


コンコン

「誰だ?」

時刻を確認すると22:45、寝るには少し遅いくらいだが人を訪ねるにはだいぶ遅い。

「ディア、ノエルだけど入っても良いかな?」

断る理由も無いのでドアを開ける。

「いいぞ。ただ、あまり遅くならない程度にな」

「はーい」

システム上は廊下の音は他の部屋に漏れることはないが、もしかしてがないとは言えないので小声で話す。

 

先程までとは異なり、真面目な話をするわけでも無さそうなのでベッドに腰掛けるとノエルが隣に座ってきた。

「それで、何のようだ?」

わざわざ夜中に一人で来る理由が分からずに尋ねる。

「えっとね、その、何で私の事をあの時助けてくれたのかなって思って。改めて教えて欲しいの」

始まりの街で二人を拾ったときのことか。

「あそこで放っておけなかっただけだ。どの道この世界に囚われている限りは誰かと繋がりを持つのは避けられないし、弱味につけんだと思われるのを承知で言うと、タイミングが良かった」

「タイミング?」

下から覗き込むようにノエルがこちらの顔を見る。

コイツは自分が割りと可愛いのに無自覚だと思いつつ、正直な理由を話す。

「あの時、実はキリトと合流する途中でお前達を見つけたんだ。で、ちょうど同行者が欲しかったし、広場の喧騒から離れてて話もできたしということで声をかけた。キリトとは合流出来なかったが、あの時二人を拾えたは運が良かった」

「あー、確かのあのタイミングで助けるって言われたら手を取っちゃうよね。で、拾ったあとは?」

「鍛えつつ攻略に参加。一人よりも人数多いほうが参加しやすいからな。それに、独りは寂しいからな」

正直、一人でいつまでもと言うのは心が持たない。何処かでチームや固定パーティを組むつもりではいたから、早目にそれができたのはありがたい。

「ディアって、意外に寂しがりやなんだね」

驚いたような顔でノエルが言う。

「知り合いのいない世界だからな。VRMMO自体が始めてで人付き合いもないし、孤独に独りで生きるのは辛い」

「そっか、本当に独りだもんね。うーん、それなら私と友達になる?」

「ん?」

「ほら、今までは助けてもらう側と助ける側でしょ? 今更かもしれないけれど、これからは友達として一緒にいたいな、なんて」

「そうだな、悪くはないかもしれん」

答えを待たず、ノエルが俺の手を取る。

「それじゃ、今後は友達としてよろしくね、ディア」

「分かった。よろしくな、ノエル」

 

「うん、ってゴメン! 勝手に手を握ってびっくりさせたよね!?」

本人も無意識に手を握っていたらしく、一段落ついた時点で勝手に手を握ったことに赤面して謝罪した。

流石に、異性の手を握るのは恥じらいがあるらしい。

「いや、気にしていないから心配するな」

「そう? 勝手に触ってビックリしたかなと思って、ちょっと心配しちゃった」

ホッと胸を撫で下ろすノエルを見て、思わず笑みを浮かべてしまう。

「なぁ、ノエル。俺の手を触って、どんな感じだったか教えてもらえるか?」

「え? 触った感じって言われても、そんな変な感じはしなかったよ。温かくて、ちょっと筋肉質で、大きいなってくらいの普通の手」

「そうか温かいか、なるほどな、この身体だとそうなるのか」

「どうしたの? ちょっと変だよ?」

「普段は温かいなどとは言われないからな、少し嬉しかっただけだ」

予想外らしく、キョトンとした顔でノエルが言う。

「言われないって、他人に触ったり触られたりとかないってこと?」

「違うよ。俺はキャストでほとんどの場合はヒト型じゃなくてキャスト型、つまりパーツ主体で構成した姿をしていたから殆どが金属かシリコンみたいな素材の身体だ。だから、人に触られてもあまり温かいと言われないし、極端な時だと熱い・冷たい時もある」

「そっか、人の体で温かいって言われるのはほとんど経験ないんだ」

ヒトの体といっても生身というよりは疑似的な皮膚と熱素子を埋め込んだもの、ほぼ有機体で生成されたハイキャスト態も完全には生身とは言い切れない。皮肉なことに、キャストである俺は仮想世界であるこの現実で初めて生身で他人と触れ合うという経験をしていた。

「そうだな、生身の体になってまだ10日程、ある意味ではお前以上に幼いな」

「うわー、弟分ーというか或る意味っていうのが普段のディアっぽい」

「ククク、ノエル姉さんとでも呼んでやろうか?」

「やめて! 怖いから!  むしろ姉が妹になるから!」

本気で嫌らしく、両手で右手をつかんで懇願される。

やはり、コイツはおもろい奴だ。

「さて、最後にもう一つお前を道連れにした理由を教えてやるから寝ろ」

「そう言えば、理由教えてもらいに来たんだっけ、私」

(忘れてたのかい!)

心の中で盛大に突っ込みながら空いている左手で頭を撫でてやる。

「そういうところだよ。お前といると退屈しないと思ってな、実際その通りになったから俺の読みは当たっていたわけだ」

「なら、よかったのかな。私もディアと一緒にいて色々教えてもらって嬉しいし、強くなってるのが分かるから。だから、いつかはディアの後ろじゃなくて、せめて隣で戦いたいな」

無理して前に出る必要はないし別に後ろにいるという風には思っていないのだが、互いの考え方や気持ちの違いということにしておく。

「ま、適当に期待しておこう」

「うん、期待してて」

気になることが済んだころには23:30、一気に眠気が来たノエルを部屋に送り届けてから俺も寝床に入る。

「本当に、面白い奴だ」

 

 

翌日、キリトを先頭に5人で主街区を出るディア達の姿があった。

「それで、どこに行くつもりなんだ」

キリト曰く、道中で説明するということで何の説明も受けずに朝から移動していたのだ。

「これから先のことを考えたときに取得しておきたいエクストラスキルがこのフロアにあるんだよ。それを攻略を進める前に取得できれば、というわけだ」

「ふーん、キリト君がわざわざ取得したがるってことは便利なスキルっぽいわね」

「アスナさんの言う通り、期待大だね、これは」

盛り上がる二人を見ながら、エリスとディアは周囲を警戒していた。

「一撃死はないだろうが、少しは警戒してほしいものだな」

「その通りですけど、全員《索敵》スキルは憶えていますし、この平原で敵に不意打ちされるリスクは低いので気にしすぎもよくないですよ? 私たちで周囲の警戒をすると言った手前もありますし」

「その通りだな。しかし、うちのナビゲーターはこの階層で取得できるスキルの情報は知らないのか?」

ベーターでもあり、ナビゲーターを自称するエリスにディアが問いかける。

「恐らくですけど、《体術》スキルだと思うんですよね」

「《体術》、ということは移動補助のようなものか?」

ディアのイメージする体術は俗にいうアクロバット、現実ならまず不可能な跳躍や壁面走りなどだった。アークスでもちょっとした程度なら、アクセサリのブースタ系を組み合わせればもう少し動ける者がいる。しかし、自由自在に近い動きはFiやBoのように特化したクラスでもなければできない。

「いえ、どちらかというと《徒手格闘》、素手で戦うためのスキルといったところですね。階層が上がると武器を《盗ん》だり《叩き落す》スキルを使うモンスターも出てくるので、とっさに使える攻撃手段として有用です」

「ということはFiのナックルやBoのジェットブーツに近いものか。あれらも拳や脚を使って物理攻撃を繰り出す」

厳密にはジェットブーツは派生するテクニックや多彩な属性こそが真骨頂だが、ココでは省略する。

「そうですね、手足を使って敵を攻撃するという意味ではその二つに近い部分があるかもしれません。それにしても、っ!」

エリスが気付くと同時にすでに腰の《ヴィタシミター》をいつでも抜ける構えで周囲を目視警戒する。

「この感じ《索敵》の感あり、それと街の方から誰か来ているな」

「そこまで分かりませんけど、何かが《索敵》スキルに引っかかったのは確かです」

人の気配、おそらくは2以上が距離を取ってこちらに接近する気配、それに加えて別のナニかがこの周辺にいる。

明確にどこかに存在していればその気配や存在感を感じ取って場所や大まかな人数を読み取れるが、突如としてポップするエネミーはその限りではない。《索敵》スキルと気配察知の技能は組み合わせなければこの世界では生きていけないことは早くに理解している。

「どうした?」

戦闘態勢を取った俺とエリスに気づいたキリトが声をかけてくる

「近くにモンスターがいるのと、街から誰かが来てるな」

「それって、あとをつけられてたってこと?」

「いや、それならここで急に近づいてくる理由がない」

アスナの質問を否定して遠くを見やる。

「それにしても、よく街から誰か来てるの気付いたね」

周囲をキリトとアスナに任せて街の方角を凝視しているとノエルが声をかけてきた。

「気配のような感じだな、人が動けば必ず何かしらの現象が生じる。それを察知できれば大まかに人がいるか、どういう状態か分かる」

もっとも、この世界では現実ほど空間を構成する要素が濃くはないから、ハッキリ伝わるわけではないというのを付け加える。

「……ディアのそーいうところ、チートだよね」

「チートというか現実引継ぎだな。来たぞ」

遠くに土煙を上げながら走ってくる姿が見えるが、アイツは……

「アルゴさん!?」

「だな」

激走してくるフードと金髪、それに髭状のメイクをした姿は間違いなくアルゴに違いない。

「その後ろに二人か、追いかけられているようだな」

「それって、大変なんじゃ!?」

アスナが血相を変えて声を上げる。

もっとも、危害を加えられていない限りはこちらも犯罪者である《オレンジ》になるため迂闊に手を出すこともできない。

「というか皆さん、もうすぐかち合いますよ!」

「とりあえず、事情」

を訊くか、と言い切る前にアルゴは俺たちの元に辿り着き、素早くキリトの背中に隠れる。

そして、それに数秒遅れて追いかけて来たらしい、青の布系中心装備で頭巾をかぶった二人組がいきなり大声で叫ぶ。

「貴様ら!そいつを庇い立てするとは何者でござる!」

「もしや、他藩の透波か!?」

えーと、アレだ、確かハルコタンが見つかったころにこんな感じで話す連中を見たような。

「ナンデ ニンジャ?」

「アイエー とでも言った方がよかったかも?」

隣のノエルが訳の分からないことを言ってるが、地球ではニンジャ好きに対するテンプレ応答でもあるのだろうか?

「えっと、えーっと、確かフーガじゃなくて、フードじゃなくて、えーっと」

「この忍者っぽい服装としゃべり方でフー、ええっと、確かそんなギルドが在ったような」

隣のベーターテスター二名、実戦担当とナビゲーション担当は何かを思い出そうとしている。どうも、この二人の所属に心当たりがあるらしい。

「フウマでござる!」

ござる?

「ギルド《風魔忍軍》のコタローとイスケとは拙者たちのことでござる!!」

「それだ!」

「それです!」

思い出せた快感で思わず、といった具合にキリトは指鳴らしを、エリスは手を叩く。

「どうでもいいが、さすがに知り合いが追いかけられるのを見過ごすわけにはいかないな」

「どうでもいいとは貴様、我らを愚弄するつもりか!」

ウルサイ二人組だなー、と思いつつチラリと連中の後ろを見たときに索敵スキルが警報を鳴らす。

「っと、今度は別のお客さんか」

「お前たち、後ろ!」

のそり、とでもいわんばかりに岩陰から巨大な牛が現れる。

さすがに索敵スキルに何かが引っかかって時間がたてばエネミーも出てくるが、俺とキリトの声を聞いても目前のニンジャ二人は気付いていない。

「そんな手は……」

「食わないでござる・・・・・・・」

と言いつつもこちらにいる全員が武器を抜いて自分たちとは別の存在を見ていることに気づいて、後ろを見る。

現れた巨大牛のエネミー名は《トレンブリング・オックス》、慄く猛牛といったところか。

「ブモォーーーー!」

突進の予兆なのか、大きく吠えてその場の地面を脚で掻き始める。

「「ごっ、ござるーーーーーーー!?」」

「そんな風に叫んだら」

いちおう、心配してのアドバイスを言おうとしたところでニンジャ二人は真っ直ぐそのまま主街区へとダッシュで逃げだした。案の定、牛は一番目立った行動をしたニンジャたちを追いかける。

「そうなると警告したかったんだが、逃げ切れそうだな」

「あいつらのギルド、AGI特化壁っていう回避主体の壁なんだけどな、危なくなるとヘイト押し付けて逃げるっていうのでβ時代有名だったんだよ」

ふむ、とエリスに初日注意されたマナーについて思い出す。

「それはマナー違反ではないか?」

「そっ、だからあいつ等は嫌われてたんだよ。で、アルゴ……」

言葉に詰まったキリトをいぶかしむと、アルゴが離れて出てきた。

「さんきゅーな、キー坊、ディーさん」

少し鼻がかった声と間延びした喋り方が特徴のアルゴだが、さすがに普段の暢気さまで取り戻す余裕はなかったらしく安堵の表情を浮かべていた。

「はぁー、お前にはいつも世話になってるからな」

「この前のクエストの礼がまだだったし、タイミングは良かった」

ついで、ということでアルゴに確認してみる。

「で、それと話は変わるのだが《体術》スキルに心当たりはないか?」

ピクリと、僅かにだがアルゴの顔が動く。

ナーヴギアを通したそれは意識的でないもの動作まで再現して、ある程度感情に沿った過剰表現をしてくれる。つまり、この情報屋は《体術》に何かしらの反応をしたことになる。

「知ってるみたいだな」

「知ってるも何も、さっき追いかけられていたのはそのせいサ」

嘆息したアルゴをねぎらってやりたいが、何もないのでそのまま聞き流す。

「エリスに訊いたところ徒手格闘スキルのようなんだが、詳しい情報を買えるか?」

「んー、その情報なんだけどナ、俺っちとしてはあんまり売りたくないんだヨ」

この情報屋にしては珍しく売りたくないと来た、基本的にはあらゆる情報に価値を付けて売買することをモットーにしているのに。

「訳アリの情報か」

「訳アリっていうか、最悪俺っちが恨まれるんだヨ」

情報を売った人間が嘘を言ったわけではないのに恨まれるとは、酷い話だ。

「別に恨んだりしないからさ、《体術》スキルの受注できる場所教えてくれよ」

ちょっと待て、何故キリトがその情報を欲しがる。俺たちはそのスキルを習得するため、お前についてきたんだが。

「イヤー、βの時に第2層の西で《体術》スキルが取得できるって聞いて、そっちの方に行けばなんか手掛かりがあるかなと思ってたところでさ。頼むよ」

さすがにキリトも気まずかったらしく、苦笑いしながらアルゴに情報を求める。

「あー、だから2層に上がって早々に行こうとしたわけですね」

「探すのに時間がかかる前提だったのね」

苦笑するエリスとあきれたアスナを横目にアルゴに視線を戻すと、さすがに苦笑いしていた。

「しゃーないか、キー坊だから特別だヨ? 案内してやるカラ、ついてきナ。お代の方はさっき助けてくれた分と相殺で貸し借りなしだからナ」

「助かる!」

 

そういうわけで、アルゴを先頭に第2層を西に進む。

途中で出てきた《トレンブリング・オックス》に対してはAGIの高いアルゴとノエルが突進を別方向に誘導、振り向きや突進後の隙に残る全員がソードスキルを撃ち込むことで一気に倒して進んでいく間に全員が1~2レベル程あげ、アルゴの言う目的地である山の麓に到着した。

「ふぅー、さすがにここまで歩き通しだとキツイな」

「ここから先は山道と洞窟だかラ、もっときついゾ」

「私、ちょっと休みたいかも」

「そうだな、道が険しくなるなら少し休んでもいいだろう」

というわけでノエルの提案で小休止、30分程度休んだところで再び山を目指したのだが、道を塞ぐようなフィールドボスらしき大型エネミーとの戦闘を余儀なくされた。

エネミー名は《Demolisher the ferocious bull》、打ち崩す猛牛の通りにトレンブリング・オックスを二回りほど大型化させ体色も赤っぽく変化した姿をしている。ボスらしくHPバーも2段でそこそこの強敵らしい。

「さーてと、やりますか!」

「ノエル、アルゴ、突進誘えるか?」

キリトが気合を入れ、俺がノエルとアルゴにトレンブル・オックスと同様の手でも問題ないか確認を取る。

「私は大丈夫、レベル差的にも3発までなら武器防御でオレンジまで耐えられるそう」

「俺っちは無理そうだナ、一発でオレンジになりそうダ」

さすがに前線で殴ることまで情報屋に求めるのは酷か、そうなると囮を出来そうなのは俺かアスナか。追撃が得意なのは突進系ソードスキルの豊富な《細剣》の方だからアスナはアタッカーに回したい。

「アスナ、俺とノエルが突進を誘うから追いかけてソードスキルを頼む。キリトとエリスはそれの硬直を突いて攻撃を、アルゴは周囲の警戒頼む」

異議もないのでその役割で戦闘開始。

「ブモォッー!」

「セイッ」

「イヨッ!」

とりあえずは様子見も兼ねて俺とノエルが左右に分かれて突進を誘う。

予想通りに突進の予備動作中に攻撃を加えた俺とノエルのうち、俺の方に突進が向かってくる。

ステップ回避しながらすれ違いざまの一撃を加えようとすると、予想よりも近くによって来た。

「っと、曲がるか」

土煙を上げながら突進してきたフェロシウス・ブルは緩やかなカーブを描いて回避した方向に曲がり、俺に近づくような軌道を取る。

すれ違いざまの一撃を入れるには少し気付くのが遅かったので回避に専念、ステップからの前転で軌道から逃げ切る。

「ディア、大丈夫!?」

「問題ない、無理にカウンターを狙わなければ回避は楽だから俺達は追撃に専念するぞ」

「オッケー!」

追いかけたアスナがリニアーを撃ち込み、その隙をカバーするようにエリスとキリトが強攻撃、さらに俺はリーパー、ノエルがフェイタル・スラストを撃ち込むとこちらを振り向いて再び突進の予備動作に入る。

ここまでで大よそHPバーの1段目1/3ほどが削られる

「ディア、ノエル、ヘイト頼むぞ」

「任せて!」

「了解」

その声に合わせてキリト達3人が武器を収めて後退し、俺とノエルが弱攻撃を連打する。

あくまでもヘイトを稼ぐためなので、すぐに離脱できるように斬りながらもフェロシウス・ブルの方を見ておく。

「ノエル、離れるぞ」

「はいはーい」

そろそろ頃合いと見てバックステップで離れると、今度はノエルの方を向いてひと際強く地面をける予備動作を見せた。

「私だ!」

少し慌てたようなノエルだが、しっかりと相手の軌道を見切って回避するとともに俺の曲刀よりも長い片手槍のリーチを生かしてすれ違いざまの一撃を撃ち込む。

「セェイッ!」

突進してきたフェロシウス・ブルと思い切り振りぬいた槍の穂先の勢いが合わさったことで横一文字の赤いライトエフェクトを深々と刻み、HPバーを一気に削る。カウンターで強力な一撃を喰らったフェロシウス・ブルはその痛みに耐えかねたかのように突進を終えることなく転倒し、その場で悶える。

「グッジョブ!」

キリトがノエルのカウンターを褒めながら縦斬り二連撃ソードスキル《バーチカル・アーク》を繰り出し、反撃がないことで攻撃に加わったアルゴが突き単発の重撃《アーマー・ピアス》を放つ。

それに続いてエリスの横斬り二連撃《ホライゾンタル・アーク》、アスナの上下二連撃《パラレル・スティング》、俺の回転斬り三連撃《トレブル・サイズ》、最後にノエルの回転斬り三連と突き一発の四連撃《ヘリカル・トワイス》と現時点で各々が習得している最大威力のソードスキルを連撃で打ち込む。この連撃で一気にHPバーを2段目の2/3程まで減らすと、フェロシウス・ブルの全身から熱気が立ち込める。

「ちょ、熱いんだけど!?」

ヤバい気配がするので離れるように言おうとしたが、ノエルの言葉通りに異様な熱さで俺も含めた全員が距離を取っていた。

「ブモ゛ォーフッ!!」

ひと際野太く大きな鳴き声と共に全身から熱気を振りまきながらフェロシウス・ブルがその場で角を振りかざしながら暴れだす。

「キャアッ!」

「ノエル!」

ヘイトがカウンターと最後の攻撃を決めたノエルに集中し、そちらを向いて何度も角を振り回す。

逃げようにも狭い山道ではよほどタイミングが良くないと左右を抜けることは難しい。

キリト達と共にヘイトをこちら側に向かせようと何度も攻撃するが、その場で角を振りかざすように暴れるせいで思うようにノエルとの距離を話すことができない。

「クソッ」

パーティメンバーのHPバー表示を見るとノエルのそれは少しずつ減少していく。

ノエルの装備的にすぐにどうにかなることはないだろうが、武器耐久値が0になれば一気にHPを削られる可能性もある以上、可能な限り短時間でこの状況をどうにかしたい。

「どうにか、なれよ」

「ディアさん!?」

一度攻撃の手を止めて周囲を見回す。

何をしているのか驚いているエリスを尻目に使えそうなものを探すと、いくつかの岩と木が配置されており、どうにかなりそうだ。

「少し、賭けてみるか」

ダッシュパネルを踏んだ時のように思い切り走りだす。

そして、岩から岩、木の幹を蹴って最後にフェロシウス・ブルの背中目掛けて飛び掛かると同時に、シンフォニックドライブを空中発動する要領で《ヴィタシミター》を逆手で抜きながら蹴りから回転斬り、さらに蹴りで一気に飛び越えてノエルとの間に割って入る。

「Fiはあまりやらんのだが、存外上手くいったものだな」

「ディア、助けに来てくれたんだ」

正面で暴れるフェロシウス・ブルの角を受け流しながら、想定以上に上手く割り込めたことの感想が漏れる。

「さてと、ノエル」

「うん」

少し暗い顔をしているが、生憎とそこをサポートする余裕がない。

カウンターエッジが使えればそれでこの攻撃を凌ぎながら反撃をすることもできるが、相変わらずの無いものねだりに過ぎない。

「攻撃は俺が凌ぐからカウンターで頭を突いてやれ。右か左のどちらかでも構わん、いけると思ったら全力でいけ」

武器防御スキルとBrで培ったジャストガードの経験で大分ダメージは軽減され、HPバーと武器耐久値の減少速度から見るとこのままで5分程度は保つ。

「って、それディアの負担が」

「大きいが、生憎と俺の武器はお前の武器ほどリーチが長くない。それに心配するなら早く済ませてくれ」

キリト達3人も攻撃をしているが暴れていてまともに直撃させることができる数が少ない。

やはり、頭の方がダメージは大きいらしい。

「頼むぞ!」

「オッケー、やるよ!」

一度頬でも叩いて気合を入れたのか、軽い破裂音がしてノエルが俺の左後ろに立って槍を構える。

キンッ、と今までよりも強くカウンターを角に当てると一瞬だが頭の動きが止まる。

「テイッ!」

そこにノエルの槍が突き立てられるが、少しタイミングがずれて暴れだした頭を掠めるような一撃になる。

「気にするな、手を止めずに突き続ければダメージ自体は稼げる」

「よし、ディアに楽させるためにも早く終わらせないと」

再び頭の動きを止めると今度は直撃する、次は当たったもののタイミングが遅く突き切る前に頭が動く。そうして回数を重ねると残りが2段目の1/3程のところでは直撃以外が5発中1発程度までなり、ようやくノエルがタイミングを掴めてきたところで熱気が収まり大人しくなった。

「よし、離脱するぞ」

「うん、回復しないと危ないね」

一度距離を取って回復ポーションを一気にあおる。

少し苦みのある甘酸っぱい液体を飲み干すとHPバーが少しずつ回復し、フェロシウス・ブルのHPが残りわずかなところで再び攻撃に参加する。

「これで、決まれよ!」

そうして最後に思い切り上段からの斬り下ろしを加えると、残りHPが一気に削られてポリゴン片へと還元される。

「ふう、どうにかなったか」

「ディア、助けに来てくれてありがとね」

心配した顔でノエルが礼を言ってくる。

「気にするな、ああなるのは誰も予想出来てなかったし、お前は良く凌いでいたよ」

「今度はああなってもどうにか出来るようにならないと」

深刻そうな顔をしたノエルの頭に手を置きながら少しだけ注意しておく。

「それも大事だが、誰かに頼ることも忘れるなよ? 今回だってそこまで無理なことをしたわけでもない、俺やお前一人で出来ることなど高が知れている」

そうしていると、後ろからエリスが声をかけてきた。

「お二人ともお疲れ様でした。ディアさんの行動にはちょっと驚きましたが、ノエルのことを心配しての行動でしたし、あのままでも持ち堪えられたとは思いましたが、結果としては短時間で済んだのでオーライとしましょう」

「あんまり時間をかけすぎると武器破損のリスクもあったからな、ディアの判断も間違ってるわけじゃないし」

エリスとキリトからもあのままでもノエルが持ち堪えられたことと、その場合のリスクが示される。

「ノエルちゃん、ディアさん、二人とも大丈夫みたいだけど、今度からは私たちもすぐにサポート入るから無理しないでね」

「はーい」

「了解した」

アスナに心配と軽めの説教をされたところで、ドロップアイテム等を確認するためにログウィンドウを見ると《You got the Last Attack!!》の表示とともに《ダルム・アーマー》という装備品が表示されていた。

「LAボーナスか」

「おー、ディア一杯頑張ってたからご褒美だね!」

目を輝かせるノエルにこたえるために、装備欄を操作して《ダルム・アーマー》を装備する。

蒼の布地に黄の縁取りがされた布主体の胴防具で前掛けと腰布が一体になり、肩と腰には初期セットされたプレートが追加されている。

プレートの方は後で上位のものに交換したい性能だが、アーマーそのものの性能は初期防具を最大強化した従来品をはるかに上回るもので、キリトの《コート・オブ・ミッドナイト》と比べれば劣るものの、現時点では確実に上位の装備だった。

「軽いがいい防具だな」

「ディアさん、蒼の防具似合いますね」

「そうだな、俺のと違って一色じゃないし」

そう言えば、今のキリトは黒のパンツにシャツ、さらに真っ黒なコートと黒一色であり、俺と違って挿し色がない。

「そこは、後々どうにかしていくしかないだろう」

「強化の時に灰とかでいいから色入れるか」

「黒一色だと地味すぎるもんね」

「うぐっ」

アスナの一言が突き刺さったらしく、キリトが妙な声を上げる。

そうしているとアルゴが俺に声をかけてきた。

「ディーさん、その装備の情報700コルくらいで売ってくれないカ? さっきのがリスポーンするなら、情報欲しがる連中もいるだろうシ」

「あぁ、構わない」

大雑把に装備ステータスを教えて対価のコルを受け取ると、本来の目的地に向かって歩き出す。

「毎度アリー。βじゃいなかったボスだったから一度に来た人数に関係してるかもしれないけド、いい装備の情報は高く売れるからナ。いい情報が手に入ったヨ」

愉快そうなアルゴを先頭にして山道を進んでいく。

どうにも、体術スキルのクエスト受注場所までは遠そうだ。

 




戦闘描写もちょこちょこ入れつつの第9話、誤字脱字等ありましたらご報告願えると幸いです。

SAOEW終わっちゃった、今後の話のタネをイッパイもらえたソシャゲだったから寂しいな。
UW編のアニメやるときにまた新しいの始まるんだろうと予想したいこの頃です。


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第10話 砕いて暴いて確かめて ~前編~

更新が一か月ぶりとなったことを申し訳なく思います。
またもや体調を崩して、家では帰宅即寝るという生活のせいで全く書いていませんでした。

愛想を尽かさずに読んでくれる読者の皆様に、多大なる感謝をいたします。


フィールドボスを倒したのち、山の中腹で洞窟に入ると何体かのコウモリ型モンスターとの戦闘やアスレチックのような岩登り、ウォータースライダーのような滝下りなどをして辿り着いた小屋の中でNPCから《体術》スキルのクエストを受注した。それはいいのだが……。

 

 

「ヒゲか」

「ディアの顔にヒゲはちょっと面白いかも」

「キリト君も面白い顔になってるね」

アルゴのようなヒゲを全員が描かれていた。

どうにも、クエストが終わらないとコレは消えないらしい。

その上もう一つの問題はクエストの達成条件。

「……この岩を砕く方が大変だぞ。一回全力で殴ってみたけれど、破壊不能オブジェクト並みに硬い」

からかわれて憮然とするキリトが岩の耐久値を示しながら言う通り、信じられないほどの硬度を誇る岩を破壊しなければこのクエストは終わらない。その上、受注時に没収された武器も戻らない。

「じゃ、頑張れヨー」

「程々に頑張りますが、確かにこれではアルゴさんが売りたくない訳ですね」

去っていくアルゴの背中を見ながら、全員で息を吐く。

「とりあえず、手でどうにかして壊すしかないわね」

アスナの言う通り、壊さなければ武器も戻らない以上は壊すしかない。

そういうわけで各々が岩に拳を叩きこんでいく。

「おりゃ!」

「フンッ!」

隣のノエルがやみくもに殴りつけるのを横目に、連続でナックルのPAを岩に打ち込んでいく。

少なくともただ殴るよりは効率が良くPAと違ってPPを気にせずに連打できるため、バックハンドスマッシュの左裏拳とスライドアッパーの右アッパーをペンデュラムロールのモーションに組み込んで連続で打ち込む。

耐久値の減少速度は大分上がるが、このままだと2日近くはかかりそうだ。

 

「ちょっと、私休憩するね」

「アスナさんが休憩するなら、私も」

「同じく」

アスナ・ノエル・エリスの女性陣は1時間ほどで一時休憩、さすがに俺も連続でPAのモーションを取り続けたせいで若干疲労感が出てきている。肉体疲労ではなく体を動かすことによる脳の疲労が出ているらしく、あまり長く続けると動きが悪くなりそうだ。

そこから30分程度でどうにもバックハンドスマッシュの打ち方が悪くなってきたので、俺も休憩する。

「さすがに、キツイな」

「思っていた以上にノックバックの衝撃もありますね。ほどほどに休憩しないと、手の感覚がなくなりそうです」

「俺も、ちょっと休憩だ」

疲労感のある声でキリトも休憩に入る。

コレで全員が休憩に入ったわけだし、打撃のコツでも教えておいた方がいいか。

そう思い立って、一度全員を集めて実演と言葉で打撃の打ち方を教える。

「基本的には如何に体の動かしている場所を一杯まで振り切るか、身体の動きを打点までしなやかに届けるかが打撃を撃ち込むポイントだ」

バックハンドスマッシュを岩に向かって一発撃ち込むが、あえて腰の動きを止めて裏拳も半端な腕の振りで当たるようにする。当然だが、硬いヒット音と共に岩の耐久値は僅かしか削れない。

「さっきのは悪い例だが、こっちがちゃんとした見本だ」

今度は踏み込みから腕の振りまでシームレスに繋ぎ、しっかりと腕を振りぬいたところで手の甲が岩に当てる。

「フンっ!」

ゴンッ、と先程よりも低く大きな音が岩から響き、耐久値も全体から見ればわずかとはいえ数倍は減る。

「こんなところだ。やっていて気が付いていると思うが動きの方は多少システムアシストが利いている、身体の動かし方に気を配れば誰でもこのくらいの芸当はできるはずだ」

「なるほど、身体の動きに気を配れば攻撃が良くなるっていうアレだね」

「システムアシストが素手でも効くのは気が付いていましたが、身体の動かし方は参考になります」

「私なんてこういう風なことするの初めてだから、まずはちゃんと殴れるようにならないと駄目ね……」

「アスナ以外も似たり寄ったりだと思うぞ? ディアだってBrならそこまでナックルの扱いにたけているわけでもないし」

実際そうなので頷く。

ナックルに慣れていればPAよりも効率的に殴る方法を考えているが、生憎Fiのレベリング時も主にツインダガーばかりで戦っていたのでナックルはPAの動きを覚えているだけだ。

「正直なところ憶えている動きとシステムアシストがあってようやく、あの動きができる状態だ。どう動くかを明確にすれば動かしてくれるシステムアシストの恩恵だな」

逆にいえば動かし方を理解していれば、実際の腕力もステータス依存である以上誰でも同じ威力を出すことができる。ある意味ではゲームらしい公平さだ。

「じゃあ、ディアの動きをちゃんと理解すれば!」

「バックハンドスマッシュ、左の裏拳だけでも効率は上がるだろうな。あとはストレイトチャージ、右の踏み込み正拳だから交互打ちにはいいだろうし、PAの接続に別のPAの一部を組み込むよりは覚えやすい」

そういうわけで全員にバックハンドスマッシュとストレイトチャージの動きを1時間ほど岩を砕きながらレクチャーし、想定よりも短く2日ちょっとで全員が素手スキルを習得した。

なお、ヒゲの方はペイント扱いのアイテムとしてストレージに収納されたため、付け外しが可能になった。

 

 

 

「ふふーん♪」

「クッソー」

目の前を歩く彼女、アスナの背中を俺が毒づきながら着いていくのはちょっとした勝負に負けたからだった。

「キリト君にケーキを奢ってもらえるとは思ってもみなかったわね」

「約束は約束だからな、不利な勝負に乗った俺にも非はあるわけだし」

飛び回るハチMobを規定数討伐するクエストを早くクリアした方が第二層の隠れた名物、《トレンブルショートケーキ》を奢ってもらえるという条件で勝負をしていたのだが、勝負に熱くなっていたせいで失念していたことがある。

「細剣と片手直剣の相性差がここまで響くとは」

「キリト君も途中から《体術》使って同じくらいのペースで狩ってたけど、モーションの時間が違うから仕方がないわね」

嬉しそうな顔のまま、アスナは先程の戦闘を思い出しながら言う。

「片手剣から体術にソードスキルを繋げても、リポップと硬直解除がほぼ同時だからな。アスナは余裕をもってリポップを待てるから正確にソードスキルを当られるし、そこまで疲れてもないだろ?」

正直、今の状態をディアあたりに見られたら呆れられそうな気もする。

賭けでそこまで疲れてどうするんだとか、負けが見えた時点で疲れない方向に切り替えろ、とか。

ちなみにディア・エリス・ノエルの三人はエリスのナビゲートで戦闘と採取を同時にこなすクエストに行った。

おそらく、森の中でクモを相手にこっちと似たクエストをしているだろう

「そうね、甘いものも食べられるって期待もあるから普段よりも疲れてないかもしれないわね」

「ご期待に応えるためにも早く街まで帰るとしますか、俺も甘いもの食べたいし」

「じゃ、ちょっとだけキリト君におごってもらったの分けてあげようかなー?」

「ありがとうございます!」

自分のコルで買ったものを分けてもらうのを感謝するという構図だが、0のはずが1になっただけでも儲けものなので思い切り頭を下げる。

 

街に帰り付き、喫茶店のテラス席に着く頃にはすっかり日も暮れて、第二層の天蓋となっている第三層の底に幾何学的な模様が星のように輝きだしていた。こういった経験に疎い自分としてはデートなのではと思ってしまうが、異性というよりも相棒としての意識があるおかげで、それを思考の隅に追いやる。

「じゃ、いただきます」

「どうぞ」

ざっとアスナの提案に基づいて自分の食べられる量を計算し、アスナが食べ始めてから少しずつ食べ進めていく。

大量のクリームとそこに乗ったフルーツ、柔らかなスポンジ生地が口の中に広がる食感と味は第一層の素朴なクリーム載せ黒パンとは異なり、これ一つで十分な満足感が得られる。

β時代にも人気だったこのケーキには味と見た目以外にも人気だったわけがあるが、それを言うのは食べ終わってからでもいいだろう。

「うーん、美味しかったー」

「時々食べにくるご褒美的なものとして、下の方では大分いいものだからな」

10分ほどでケーキを平らげてしまって、すっかり満足したような表情のアスナを見ながらケーキにある、もう一つの人気の訳を教える。

「それでアスナ、ちょっとステータス画面を見てくれないか」

「え? 別にいいけれど、どうして?」

「いいから、ちょっと見てみろよ」

「うん」

不思議そうな顔をしながらアスナは自分のステータス画面を表示する。

俺も同様にステータス画面を見ると望んだとおりのバフが掛かっていた。

「えっと、《幸運》っていうバフが掛かってるんだけど?」

「このケーキが人気な別な理由がそれだよ。《幸運》バフが掛かってる間は少しだけレアアイテムのドロップ率や武器の強化成功率が上がったり、『ちょっといいこと』が起きやすくなるんだ」

あくまでもちょっといいことだから、少しだけ確率が上がれば踏ん切りがつくという時に頼りにする程度。それでも武器強化やのような確率が明確に出るものであればそれを実感しやすい。

というわけで街のいる鍛冶屋にアスナの武器強化を頼むことを提案した。

「せっかくだし試してみるのもいいかもしれないわね。《ウィンド・フルーレ》も、もうしばらくの間は使いたいし」

というわけでケーキを十分に堪能したのち、街中で鍛冶屋を探すこととなった。

幸運バフの有効時間に余裕があったので回復アイテムの補充などもしたのだが、そのおかげか何個かオマケしてもらうことができた。幸運バフの意外な効果である。

そうして街を歩いていると、この階層では珍しい店があった。

「プレイヤー鍛冶屋か」

「へぇ、珍しいね」

「いらっしゃいませ、宜しければいかがですか?」

せっかくなのでこの鍛冶屋に頼んでみないかとアスナの方に目配せすると、なんとなく察したのか頷いて《ウィンド・フルーレ》を腰から外して鍛冶屋に手渡す。

 

 

クエスト終了後の夕方、たまには一人でこの世界を眺めてみたいとエリスとノエルに告げ、大雑把な地図を片手にフィールドを散策しながらレベリングをしていた。

「第一層は草原、第二層は高地、地形も気候も何でもありになりそうだな」

第二層の外周近くで休憩がてら獲得アイテムの整理をし終え、日が完全にくれる前に主街区への街道に辿り着こうと歩き始めると少し離れた茂みに灰銀色の何かがチラリと見えた。何かは分からないが、アークスの本能として珍しいものはとりあえず追いかけざるを得ない。

「何が出るかな?」

期間限定クエストや新種のエネミーを知らされた時のように何かが出ることに期待して追いかけると、数体のウシ型モンスターに追いかけられているプレイヤーがいた。

先程の灰銀色の何かはそのプレイヤーの髪で、外周部に向かって逃げてきたが森から平原に出ることを嫌って進路を変えたらしい。

「何も出なそうだが、放っておくわけにもいかないか」

ダッシュパネルを踏んだ時のように姿勢を低くしたスプリント姿勢で前方の小集団を追いかけるが、多少の障害物を無視して走るウシと、それに追いかけられるプレイヤーの距離が縮まる方が少し早い。このままだと追いつくまでに突進の餌食になる。

この状況を打破できるとすれば、そう考えて現在習得しているスキルとステータス、エリスやキリトから聞いたシステムを組み合わせて取りうる手段を考える。

「試してみるか」

最悪でも追いかけられている奴が死なない方法は考え付いたので、実行する。

「イヤーッ!」

ちょうど間に遮る物がない場所に出たタイミングを狙って、気合の声と共にドロップアイテムの短剣をオブジェクト化してモンスター目掛けて投げつける。視認できた3頭の内狙いは先頭、さらに腰の《ヴィタシミター》の柄に手を添えながらAGI全開で走り、最後尾に接触すると同時に勢いをつけたまま《リーパー》を撃ち込む。

最初に選択した武器種に加えてデフォルトで取得している《投擲》スキルには片手で持てる程度のものなら何でも使え、スキル硬直がほとんどないという特徴がある。

「モォッ!?」

つまり、オブジェクトした武器でも《短剣》サイズならギリギリで投擲スキルの適用対象にでき、そこから別の行動に派生させるのが極めて容易だ。

さらに大声を上げたことでHuスキル《ウォー・クライ》のようにヘイトを取ることもでき、先頭の一頭がこちらを向くため急停止し、その後方一体がそれにぶつかる。最後尾の一体はリーパーのノックバックから復帰できずにもがいたままだが、ヘイトは取れているはずだ。

「うぇっ!?」

急な音に驚いたプレイヤーがこちらを振り返るが、顔を見る余裕もない。

声の感じからするとノエルと同年代程度の少女のようだ。

「こけてる間に一体ずつ片付けるぞ、もし復帰したら俺がまとめてヘイトを取る」

「え、はい!」

少女の獲物はノエルと同じく片手槍、盾無しな上に《武器防御》スキルなしだとすればこの数相手は確かにキツイだろう。

「フンッ」

「ヤァッ!」

短剣が突き刺さったままのモンスターがこちらに突進してこないか、索敵スキルで位置を警戒しつつ、もう一体に次々と攻撃を叩きこんでいく。

突進なら少女に向かないように誘導して回避と同時に側面にソードスキル、できるだけダメージを稼ぐために多少の角振り回しに被弾するのは覚悟で強撃を撃ち込む。

「もう一体が起きたか」

おおよそ1/4程まで減らしたころに最後尾だった一体が復帰。

当然ヘイトはこちらに向いているので二体の突進を避けながら片方を仕留めると、残った片方に少女が《フェイタル・スラスト》を撃ち込んで仕留めてくれた。

「えっと、横取りでしたらスミマセン」

「臨時の共闘でそんなことを気にするな」

すると、はっとした表情でこちらに頭を下げてくる。

「そんなことよりも、ありがとうございました! 危ないところを助けてもらったのにお礼もせずに」

ようやく少女の顔を見ることができたが、アスナ以上に街中では目を引く容姿だろう。

白系のワンピースと薄青のフーテッドケープや武器の片手槍は何度か街中で見たことのある中級品だが、お下げにした殆ど白に近い銀髪と金に近い黄色系の瞳は地球では珍しく、顔も地球基準で可愛いの部類だろう。

もっとも、髪から肌から瞳までなんでもありのアークス、その中でも変態的に外見のこだわりを持つ連中が多いギョーフにいた俺からすると普通である。肌色ゼルシウスとか男の娘同盟、キャストの可能性やアクセサリの使い方を追求するアークスばかりな上に、そういう変態な奴らほど強いシップだ。

「いや、こちらもいきなり追いかけるような真似をしていたからな。たまたま危ないところだったからよかったが、そうでなければ闇雲に怖がらせていただろう」

「いえいえ、結果的とはいえ助けてもらいましたから問題なしです」

礼儀正しい娘だと思いながら、一つの疑問を投げかける。

「それにしても、なぜ追いかけられていた? 3体ほどなら、その装備で十分各個撃破できただろうに」

アークス的な思考だと群れは突っ込んで範囲攻撃で蹴散らす・反撃は喰らう前に倒すというのが鉄則だが、ココでは範囲攻撃はある程度スキル習熟度を上げないと覚えられないため、基本的には群れは個別に引き離して各個撃破が基本だ。

「その、範囲攻撃をしたタイミングでリポップしてきたモンスターに当たりまして・・・・・・」

「リスキルできなくてさっきの通りか」

「リスキル?」

「リスポーンキル、エネミーの再出現に大技を重ねて硬直を実質キャンセルする方法だ。マップの構成にもよるが、袋小路やリポップできるのが限られる場所でなら大抵使える」

アークス的にはADクエストでPSEバーストを起こす場所を調整することで大技を連発してエネミーを殲滅するのによく使われる手だ。

「そういえば、周りが樹に囲まれていたような。今度から気を付けないと」

「だな」

その後、互いに主街区に帰るという事なので道中臨時のパーティを組むことにした。

幸いにもその後はエネミーと遭遇することなく主街区までたどり着くことができ、パーティ解散前に名前だけでも確認しておこうと見てみるとキャラ名は《Lucia》。ルシアとでも読むのだろうか?

「また機会があれば、名前は《ルシア》でよかったか?」

「いえ、《ルチア》といいます。祖母がロシア系なので、読み方もそっち風です。あなたの名前は《Diar》、《ディア》さんでよかったですか?」

「その読み方であっている。ルチアはこのあと少し時間はあるか?」

「はい、ちょっとなら大丈夫ですけど」

いい子そうだし、ノエルたちに紹介しておくか。

「もしよければだが、俺の知り合いを紹介しておきたい。少し変わった奴らだが実力者ぞろいだ、何かの時に手助けできるかもしれない」

「そうですね、せっかくほかのプレイヤーと交流できるチャンスですから、お言葉に甘えさせてもらいます」

「よし、知り合いも近くにいるようだし早めに済まそう」

ルチアがフードを深めに被り、一緒にフレンドリストにあるエリスとノエルの位置に向かって歩き出す。幸いなことに二人とも近くのNPC商店でアイテムを買っているのか動く気配がない。

もし動きそうであればメッセを飛ばして動かないでもらう必要があったので僥倖だ。

日が暮れたとはいえ未だ活気ある主街区の商店街を歩いていると、嗅ぎなれた匂いが漂ってくる。

「ふむ、少し待ってくれないか?」

「ん?」

キョトンとした顔のルチアを置いて、少し他の店からは影になったNPC商店でコーヒーを1つとココアを3つ買う。

第二層の食品は第一層のものとは味の格が違う。エリス曰く、第一層はあえて微妙な味に調整して上の階層に上がるためのモチベーションにするという開発側の思惑もあるのでは、という事だった。

「よければどうだ?」

「いただきます!」

ココアを渡し、俺はコーヒーを啜りながらノエルたちのところに辿り着く。

「よう」

「おっ、ディアが帰ってきた……と思ったらスゴイ美人さん連れてる」

「そんな、美人なんて」

「また拾い者ですか?」

「今回は拾いに行ったがな。主街区までという約束だったが一度もエネミーに合わなかったせいか時間に余裕があるらしく、困ったときに頼れるナビゲーターの紹介でもと思っただけだ」

持ち上げられたと分かっていても満更ではないらしく、目の前にいるナビゲーターを自称する少女は嬉しそうな顔をする。

「ふふ、ディアさんも私のこと良く分かってきましたね」

「これでも2週間近く付き合いがあるんだ、多少は分かるさ」

同年代らしい上に片手槍使いという共通点もあって、ノエルとルチアはすっかり打ち解けたらしく、さっそくフレンド登録や様々な話に花を咲かせている。

「で、こっちがエリス。私とディアのナビゲーターで、困ったときにいろんなこと教えてくれるし、助けてもらってるの。戦闘の先生がディアなら、エリスはゲームの先生かな」

「ルチアと言います、よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いしますね、ルチアさん。同じプレイヤー同士なんです、助け合えるところは助け合いましょう」

「はい! って、そろそろ待ち合わせの時間だから、失礼します!」

自己紹介も済んであわただしく帰ろうとしたルチアだったが、その走っていく方向は偶然にも今の拠点としている宿屋の方向。

彼女を見送りながらノエルが呟く。

「同じ宿屋街だったりして?」

「かもしれませんね、意外と宿は密集していますから」

「フレンド登録してあるんだ、会いたいときは連絡すればいいだろう」

「そうだね」

お土産代わりのココアを二人に渡して宿屋に向かうが、この時はルチアにあっていたことがキリトとアスナの遭遇していた事件を解く助けになるとは思っていなかった。

 

 




というわけで第十話でした。
ようやく二桁突入したのにまだ2層、次々回からはテンポよく話を進めていきたいと思う作者です。

イヤー、それにしても今回の調整はインフレにインフレで対応するみたいなヤケッパチのお陰か、いい意味でバランスが取れている奇跡が起きましたね。
久々にBrやったらHrと火力変わらないうえに、感覚で使えるのですごく気楽、勇者だって英烏有に負けないことを実感しています(笑)
読者の皆様も、好きなクラスで暴れる楽しさを噛み締めていればと思います。

目指せ! 今月中にもう一回更新!


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第11話 砕いて暴いて確かめて 後半

久しぶりの更新となりますね(;'∀')

お待たせて申し訳ありません。


ルチアと別れて宿屋に戻ると同じ宿屋を拠点としているとキリトとアスナがロビーに居たのだが、背後から見る二人の様子が少しおかしい。なんというか、少しぎこちない感じがする。

「何かあったのでしょうか?」

「キリトさんがアスナさんの怒りを買ったと見るね」

「むしろアスナの方が肩身が狭そうで、キリトがそっぽを向いているように見えるが、どうだかな」

もっとも、アスナが怒り過ぎて冷静になった後でああなった可能性も否定できず、ノエルの意見が間違いとは言えない。

「まぁ、プライベートっぽいので首を突っ込まない方がいいですね」

「そだねー、あとでからかうネタに取って置きたいし」

「そのうち笑い話になればいいがな」

とりあえず、何があったかは触れないことで意見は一致したので二人に声をかける。

「キリト、アスナ、戻ったぞ」

「ん、お帰り」

「お、おかえりなさい」

よそよそしいというよりは、やはり何か変な空気感が漂う二人だが事情が分からない以上は下手に首を突っ込むこともできない。

「何があったかどうでもいいが、あまり引きずるなよ」

特段話すこともないので、二人の横を通って自室に戻ろうとするとキリトが声をかけてきた。

「ちょっと、三人に伝えたいことがある」

「どうしたました?」

普段とは違う、真剣みを帯びた声にエリスが反応する。

「もしかしたら、詐欺パーティがいるかもしれない」

「詐欺?」

「多分、武器強化詐欺だ」

ピクリと、その言葉に反応する。

「ほぉ、なるほどな、それは吊るし上げねばならんな」

 

ビクン!

普段のディアとは全く異なる、何か異質な声色に恐る恐る視線を向けると、そこにはディアの姿をした何かとしか形容できないモノがいた。

「ディ、ディアだよな?」

何か薄っすらと周囲に黒々としたオーラのようなものが見える、気がする。

凄まじいまでの寒気を催す何かは間違いなく、この場にいないネズハをはじめとする詐欺集団に向けられているはずだ。

「ククク、武器強化で失敗するたびに恨みを重ねるというのに詐欺だと? 吊るし上げて二度と表を歩けなくする程度のことはしなければ割に合わんな」

何か武器強化に恨みでもあるのか、かつてないほど冷酷な言葉が聞こえてくる。

ドゥモニだの煽るとか、失敗を流すなとかいろいろ聞こえてくるが、何が彼をそこまでさせるかが分からずとも、武器強化に偽りがあるのが許せないという事だけは分かる。

「お、落ちつけディア、まだ限りなく黒い灰色だから、証拠がない」

「ならば集めればいいだろう、それが何かは知らなくてても発生する確率が分かれば後は試行だけだ」

さらっと検証勢的なことを言ったディアの笑みが怖い、絶対に物証で追い詰める気だよこの人。

「と、とりあえず話を聞こう? まずはそれからにして、っていうかすごく怖いから!」

ノエルが必死で訴える、若干怖がりの彼女にはこの空気がすでに耐えられないものだろうし、アスナも若干顔を引きつらせていて早急にどうにかする必要がある。

「そうだな、確率が分からなくては検証の手立ても決められん」

とりあえず、普段通りに戻ったディアにほっとしてから話を始める。

 

大雑把にキリトの話をまとめると

・成功確率95%の強化に失敗した

・失敗した結果に本来あり得ない《武器破壊》が出た

・その後、担当した鍛冶師のパーティが詐欺を行っているらしきは会話をしていた

・もしかしたらと考え、武器の所有権が残っている場合の救済措置を行った結果、破壊されたはずの武器が戻ってきた

「状況証拠はあるが、物証に乏しいというところか」

「正直、シラを切り通されたらつらい。鍛冶を依頼した人間が、難癖をつけているとみられるのがおちだ」

「ふむ、成功確率95%で武器破壊の発生確率を多めに見積もって5%、一回で出る確率は0.25%、試行回数が1000を超えないと確率で追い込むのは厳しいな。逆に武器破壊のペナが失敗の中で出る確率を求めた方が早いか」

「アークスも確率検証するのか?」

「ん? 俺はあまりやらないが、中には潜在能力の倍率検証するために1000回ほど試行した連中もいるぞ。確率とは少し違うが、データは数が無ければ信頼性ができないからな」

なんにせよ、検証の方向性は武器破壊に絞った方がいいのと、その方法を考えねばならんか。

「やるなら、武器破壊が生じる可能性を求めた方がいいな。それなら200回ほど失敗して、武器破壊のペナがつかなかったことを証明すれば十分だ。誰かここにいない人間を証人に立てて、鍛冶の結果を記録してもらえば一人40回ほど失敗すれば済む話だ」

「せ、せめて150回くらいになりませんかね? 30回でも今のコルの半分が吹き飛ぶんですが・・・・・・」

序盤という事もあり、武器強化は一回500コル程だがそれでも30回やれば約15,000コル、ステータスを開いてみると俺の所持金は30,000コル、余裕で半分ほどは吹き飛ぶ。

キリト達の似たような懐事情を考えると、エリスの言う通り衣食住に装備の維持を鑑みて、その位が限界かもしれない。

「それでも武器破壊が出ない確率は0.05%か、十分信頼できそうな値だが、問題は誰を証人に立てるかだな」

余り俺たちと利害関係のない知り合いで、ある程度他のプレイヤーからも信頼のあるものとなると限られているが全員の意見をまとめた結果はディアベル、アルゴ、エギルの3人。

それに加えて、場所を分散させるためにもう一人は欲しい。

「あっ、ルチアちゃんは? 今日会ったばっかりだし、キリトさんやアスナさんなら一度も会ったことないから大丈夫でしょ?」

「なるほどな、頼みごとができて接点がない人間という意味では最適ではある」

あの真面目そうな白髪おさげ少女なら、嘘を吐く真似はしないだろうから証人としては最適だ。

さすがに時間が遅いので今日今すぐにというわけにはいかず、明日検証したいことがあるからその証人として付き合って欲しいとのメッセージを送り、手持ちの使う気のない武器系統をピックアップする。

「短剣が2本、槍と細剣が各1本、それに初期装備の曲刀が1本、ツインダガーとパルチザンのように使えればと取っておいたのが幸いしたな」

強化に失敗しても仕方がないと割り切るしかないが、これでも1本当たり平均6回は失敗する必要がある。素材は手を抜けるとしても、武器は安物を1,2本余計に買った方がよさそうだ。

「私は片手斧2本と短剣1本、あとは槍がやたらと多くて4本だね。最初に練習で壊せるように安いの一杯買ってよかった」

まあ、そのおかげでしばらくの間はノエル一人だけ宿が貧相だった。

この事件が終わったら真面目にノエルにも槍の使い方を教えておきたいし、今回の検証で作る槍を使った《決闘》形式で教えるか。

「そういえばノエル、いつの間に片手斧なんて買ったんですか? てっきり槍一本で通すものかと思っていましたが」

「この前のボス牛の後ね、槍だけだと懐に潜られたときに危ないからリーチが短くて振り回しやすいうえに、そこそこ一撃が重い武器が欲しいと思って買ったの。少しスキル枠がもったいないけど、空いてる枠があるのに使わないのも、ね?」

こいつなりに考えているのだと思って、頭を軽く叩いてやる。

「うにゃー」

「これでも褒めているつもりだ、あとで片手持ちの重量武器の使い方も教えてやる。斧の経験はないが、短杖(ウォンド)なら使い慣れている。距離を詰められたときに使うなら、多少の共通点はあるはずだ」

「じゃあ、お願いします」

とりあえず明日以降考えていると、メッセージの着信を示すマークが表示される。

「早いな、アルゴからの返信か」

やけに早いと思いつつ本文を表示すると、そこには日時と場所が指定されており、そこに来るようにとのこと。ついでのように武器強化の検証結果はもう出てるから、こっちではやらなくていいというのが書いてあった。

キリトにも同じメッセが届いたらしく、2人で残る3人に事情を説明して明日の予定を変更する。

「まぁ、それを基に考えるとしよう。仮に武器強化失敗にペナがあったら悪い偶然、無いなら無いで別方向からアプローチすればいい」

「だな」

他の連中にも謝罪と予定変更のメッセを出すと、気にしなくていいという返信が帰ってくるが、ルチアだけは明日会いたいので構わないという返事が来た。何やら、武器強化絡みで相談事があるとのことだ。

「キリト、さっき話したルチアだがアルゴとの話に同席させても構わないか? 武器強化がらみで相談したいと返事が来た」

「多分、大丈夫だと思う。アルゴの奴が話したくないなら人払いするだろうし、ルチアって子が相談したいことがアルゴから買える情報で解決する可能性もある」

「分かった、情報屋が来るというのとアルゴからと同じ場所と時間を伝えておく」

とりあえず、武器強化詐欺がどういうトリックかを見抜くためにもアルゴから武器強化の検証結果を聞いておくに越したことはない。ルチアの武器強化絡みの相談もそれで解決すればよし、解決しなければ、トリックを暴くヒントの一つになるかもしれない。

「とりあえず、今日は寝るか。夕方からさっきまで結構神経張ってたせいで、フワァ、急に眠気が」

「そういえば、夕方競争してちょっと休んだ後に強化詐欺疑惑だったもんね。・・・そのあとに私があんなことしちゃったし」

「いや、アレは事故だからノーカン、というか今後は触れないことにしよう」

……気になるが、触れない方が良さそうだな。

ノエルと

「やっぱり、何かあったんだね」

「本人たちが触れたくないことを無闇と尋ねるものでもありませんよ」

「さすがにそんなことはしないよ」

とりあえず、時間も時間なので各々が部屋に行く。

……全員が寝静まった深夜に緊急クエストの夢で目が覚めて、30分ほどフィールドのモンスターを狩り続けた以外は平穏な夜だった。

 

 

第2層主街区《ウルバス》

転移門の前はほとんどの場合人が多く行き来している、というよりもここしか人の往来が集中する場所がないといった方が正しい。

解放された各階層間を安全かつ最短でつなぐ経路である以上人は集中するし、それが2か所しかないのならなおさらだ。そんな場所に大勢で待つわけにもいかず、ルチアとアルゴの二人に顔を知られているディアが待ち合わせ場所でコーヒーを啜って待っていた。

「そんなに飲んでると、カフェイン中毒になるゾー」

「安心しろ、リアルではとっくにカフェインジャンキーのあだ名をもらっている」

皮肉を交えて挨拶をしてきたアルゴを迎えると、割と呆れた顔をしていた。

「一応、冗談のつもりだったんだけどナ。リアルのディーさんが心配だヨ」

「健康状態に異常はないぞ? もとより丈夫なカラダだ」

そもそも、アークスはアンティでそういったものを無毒化できるので二日酔いなどにも縁がない、なっても大体すぐにアンティ・レスタされてダルイ体を引きずって出撃していく。

「そうかイ」

そうしていると、もう一人の方も転移門から出てきた。

フードの下とはいえ、少しくすんだ灰髪は遠くからでも見間違いようがない、ついでに俺の装備であるダルムアーマーも蒼に黄色と目立つ色遣いで見つけやすい。軽く手を振ると、すぐ此方に駆けてきた。

「おはようございます!」

「ん、おはよう」

「おはよう、っていうか初めましてだナ。俺っちはアルゴ、情報屋だヨ。何でも買うし、コル次第で何でも売るから欲しい情報があったら、おねーさんに訊きに来るといいヨ」

「よろしくお願いします、アルゴさん」

「一応知ってるとは思うが、コイツはルチアだ」

当然といった感じでアルゴがそれに答える。

「ディーさんの言う通りだナ、白髪の子なんて珍しいからちょっとした噂になってるヨ。おねーさんとしてはちゃんとフードをかぶっているのは安心したヨ」

「はい、二日目の時点で身に染みてます……」

とりあえず、転移門の近くではゆっくりしゃべることもできないので、広場の近くで待機していたノエルたちと路地裏にあるカフェに移動する。

俺が最近見つけたこのカフェは路地の路地とでもいうべき細い道の突き当りの陰にあるため、よほど歩かなければここに辿り着くことはない。

俺が辿り着いたのも、道を一本間違えて転移門広場から宿に向かう途中迷ったからだ。

「ディーさんがこんな気取った店を知ってるのは、意外だナ」

「私もアルゴさんと同じ意見です。ディアさんって戦闘以外はあんまり関心なさそうだし、こういうお店に来るイメージが……」

「本人を前にして言ってのける図太さは、褒めておこうか」

アルゴとアスナのコメントはまぁ、そういう風に思われている程度で流す。

今までの付き合いだとそう思われても仕方ない部分は多いし、戦闘以外の私的な面もほとんど見せたことがない。

「これでも嗜好品、特にコーヒーにはこだわりがあるからな。街中を歩いているときもこの類の店は場所を覚えるようにしている」

「そういえば、私とディアさんが街に戻ってきたときにもコーヒーとココアを買ってくれましたね」

昨日のことを思い出したルチアがそれを肯定するような発言をする。

付き合いの長いエリスとノエルも首肯し、隠れたというほどでもない趣味が明かされる。

「お待たせしました」

「ありがとう」

そんなくだらない会話のうちにコーヒーと菓子が目の前に運ばれてくる。

コーヒー独特の芳ばしさに多少甘い香りが混ざったものが、ここにいるメンバーの周りを包む。

「さてと、飲み物も来たことだし今日の本題に入ろうか」

そう切り出したキリトに対して、申し訳なさそうにルチアが声を上げる。

「えっと、私も一緒で問題ない感じでしょうか?」

「大丈夫だろう。下手に公になると困る話だが、知られることに対して問題はない」

強化詐欺疑惑の話なので、他にも類似の出来事があったプレイヤーがいるか知る意味でもルチアにいてもらった方が好都合だ。

「とりあえず……」

赫赫云云とキリトとアスナが遭った出来事について話し、他の6人は黙ってそれを聞く。

カップの中のコーヒーが半分程度まで減ったところで話は終わり、それについてのアルゴの見解が問われる。

「……多分、確実に詐欺だナ。武器強化の検証はとっくにされてて、通常の武器の強化範囲内で《武器破壊》のペナがつく確率は0%だヨ。なにせ、初日にスタッフから配られたパンフに書いてあったからナ」

「さいですか」

「茅場明彦が何者かは知らないが、そんなに信用していいものか?」

「それについては信用してもいいと思うヨ、彼は『ゲームでもあって遊びではない』『SAOのチュートリアルはコレで終了する』って言い残していたからナ、チュートリアルやマニュアルに嘘は無いって判断するべきダ」

確かに、巨大なアバターで全てのプレイヤーにチュートリアルと称する説明をした人間がそんなくだらない嘘を吐くとも思えないし、ゲーム内で残っているマニュアルに《武器破壊》の失敗ペナが記載されていないのもおかしい。

「だとすると、通常の強化範囲外では《武器破壊》が起こるということか」

「さっすがディーさん、頭の回転が速いネ」

「えっと、どーいうこと?」

「???」

全く話についていけていないノエルとアスナに、俺の言葉の意味を察したルチアが説明する。

「アルゴさんがさっき、『通常の強化の範囲内で』っていったじゃないですか。それはつまり、通常じゃない武器の強化をすると《武器破壊》が起こるってことですよね?」

「おー、ルーちゃんは気付いたカ。キー坊とエリちゃんはとっくに気付いてたっぽいし、ノーちゃんも気付いたみたいだから、気付いてないアーちゃんに説明するヨ」

通常でない武器強化、アークスならばOP付けともいわれる特殊能力追加や潜在開放、NT武器の限界突破で思い当たる節があるし、ゲーマーでないアスナ以外はそれに類するシステムに心当たりがあって気付いたらしい。

「というわけで、武器の性能を上げる以外にも、鍛冶屋ができることにはいっぱいあるのサ。ちなみに強化で武器破壊が起こる条件はただ一つ、《武器強化限度》が0のエンド品で《限界突破》や《インゴット変換》をせずに《強化》を選択した場合ダ。これに限っては100%破壊される、設定的には武器が耐えられる回数の打ち直しを超えてるってところだナ」

「じゃあ、あの鍛冶屋さんはそれを利用して……」

「何らかの方法で預かったのと同じ武器のエンド品とすり替えてるってことか」

「キー坊たちの話を聞く限りだと、多分そうだろうナ。エンド品はステータスのわりに安いし、同じ武器で強化値が高めの非エンド品とすり替えて売ればそれなりに儲かるし、自分で使ってもいい」

そこまで言ったところでアルゴがコーヒーに手を付けると、全員が考え込む。

武器破壊が起きる理屈は分かった、問題はどのように武器を入れ替えているかだ。

とはいえ、このまま悩んでいても仕方がないので、別の話題を切り出す。

「ルチア、お前の質問は何だったんだ? 武器強化がらみのことらしいが」

「はい、私の訊きたいことも実は今の話題と同じで、私の知り合いも詐欺にあったみたいなんです。それで武器破壊が本当に起きないのかという事と、どうにか取り戻す方法はないものかと情報屋さんに……」

残念ながら、直接鍛冶屋と交渉して取り戻すしかないというのがアルゴの見解だった。

キリトのように偶然詐欺があった可能性に気づいて、《全アイテムオブジェクト化》をすることによる救済措置を取らなければ離れた場所にあるものを取り戻すのはほとんど不可能。そして、その時間もとっくに過ぎている。

「やはり、どうにかして武器すり替えのトリックを見破るしかないようですね。それにしても、鍛冶の動作の中でどうやって武器をすり替えているのか……」

アイテムを入れ替えるという事は何かしらの方法でオブジェクト化したものを入れ替えているという事だが、その方法は見当がつかない。

鍛冶屋の動きを再現するようにキリトが手を動かすが、その間に別の動き、特にアイテムの入れ替えを行うような動きは見られない。

「練習を重ねてウィンドウの操作を早くすれば」

「そうだとしても、ウィンドウは私たちからも見れるんだから無理でしょ。仮にアイテム確認の時にすり替えたとしても、そこでステータス以外の部分を見ればすぐに分かるはずだわ」

キリトの言葉にアスナから突っ込みが入る。

アスナの言う通り、どこに入れ替える行動をとる余地があるかというのが問題だ。

「じゃあさ、武器の束を用意しておいて、いったんそこに置いたように見せて実は別の武器を取ってるって可能性はないの?」

ノエルの言うことも一理あるが、ウィンドフルーレのようなそこそこレアな武器を何本も確保するのは難しい。アルゴの言うようにエンド品を安く買ったとしても、そこまで大量に用意できる可能性は低い。

「だとすると、裏技のようなテクニックがあるのかもしれませんね」

「それです」

エリスの言った言葉に、ルチアが反応する。

「ディアさんが私と会ったときに短剣を投擲した直後に曲刀で戦っていたじゃないですか。仮に曲刀をウィンドウで装備し直しているとしたら早すぎますし、何よりもオブジェクト化した武器をそのままにしていたはずなのにその場からは消えていました。これって、武器が入れ替わったってことじゃないですか!」

「そうか、《クイックチェンジ》……。確かにアレなら最低限の動作で武器を一瞬で入れ替えることができる。しかも、習得難易度も低いから鍛冶メインだとしてもすぐに習得できる」

盲点だった、使っている自分ですらアレは無意識のうちに戦闘時にしか機能しないものだと思っていたが、スキルリストを表示して説明を見てみると場所の制限はない。

《クイックチェンジ》は武器をショートカットメニューを用いて瞬時に入れ替えるスキルと言い換えることもできる、俺の場合は右手の《曲刀》に加えて左手に《短剣》を登録しているがその設定項目は多岐にわたる。手だけではなく武器を収めことができる場所全てに武器を出現させることも可能だし、スキルを習得していない武器でも制限されない、ショートカットの出し方も自分で設定できる。

つまり、この方法によるすり替えの可能性は大いにある。

「すこし、試してみるか」

「頼む」

キリトに言われるまでもない。

全く同一名の、外見上はほとんど差異の無い二本の短剣を一度テーブルの上に置いてから、一方を《クイックチェンジ》の対象に登録する。

モーションを軽く左手の指で空をかく動作に変えれば準備は完了。

「今からテーブルの上に置いたのと、ストレージに戻した奴を入れ替える。ノエルとエリスは反対側に回ってくれ、正面からでどの程度動きが見えるか知りたい」

「オッケー」

「お任せください!」

二人が反対側に回ったところで一度キリトに短剣を渡し、それを再び右手で受け取ってテーブルの上に置き、鍛冶と同様に右手で材料を投げ入れる仕草と同時に、前からは見えないように左手を動かして《クイックチェンジ》を発動させる。

 

ヒュン

 

という音と共に短剣全体が光に包まれると、そこには一見して何ら変化が起きたとは思えない短剣がそのまま置かれていた。

「今の工程で、何か気付けたところはあったか?」

全員が首を横に振る。

「いや、正面からだと全く気づけなかった。実際に入れ替えのエフェクトが起こるまで、何をしていたかもだ」

「あの鍛冶屋さんはここと違って地面に直接店を広げていたからテーブルの下ほど見えない場所があるわけじゃないけど、武器の陰とか何かの操作に見せかければ十分入れ替えの操作をする余裕があると思うわ。あとは、実際の鍛冶だと材料を炉の中に入れればその時に強く光るから、それに合わせて《クイックチェンジ》を発動すれば……」

「武器の入れ替えとエンド品による武器破壊、そして自分のストレージにアイテムを残すことができる」

「仮に武器破壊をしない失敗でも、ステータスが下がったといえば同じ武器でステータスの低いのを入れ替えれば済むシ。仮に文句をつけられたとしても、今度は逆の手順で元の武器に入れ替えて鍛冶をして返せばバレる可能性はまずないナ。詐欺としては理想的なダヨ」

キリトとアルゴの言う通り、これをされて普通は気付かない。

そして、武器破壊のペナがついたときの依頼者の落胆を利用して取り戻す可能性を消すという点は特に悪意を感じる。

「さて、手口も分かったところで、その鍛冶屋を潰そうとしようか」

「と、とりあえずは穏便な手段で行きましょう。強硬策に出るとあまり……」

「ならば、とりあえずは事情聴取するか。個人的には鍛冶屋を潰して名前を非公開で手口を晒し、二度と同じ人間が犯罪をしないようにして、犯罪の手口は絶対に暴かれるという事を示したかったんだが」

「……意外と穏便ですね」

エリスには一度じっくりと俺のことをどう思っているのか訊く必要がありそうだが、俺とてそこまであくどいことをするつもりはない。私刑で個人を裁いても、それが今後の個人を裁く基準にはなっても困るし、最悪死刑とでもなればそれはこの世界で殺人が裁きの手段として認められることになる。

ならば、下手に個人を裁くよりは手口を明らかにして犯罪を出来なくしてしまう方がはるかに楽だ。

「この方法なら、今の状態でという限定付きだが、犯人が自首と償いのチャンスを与えることもできるからな。詐欺なら現実でも初犯なら執行猶予付きだ、俺だってそこまで揉めるようなことはしたくないし、多少は大目に見る」

そうして、この事件への対処も決まったところでアルゴに今回の事件の概要と手口の噂、それにあった場合の対応策について《盗み》対策も兼ねて5日後から公布してもらうことにしてその場はお終わった。

 

 

5日後

 

目の前にいる男性プレイヤーは、難儀そうにコーヒーカップを手に取ると口へと運んだ。

「話は聞かせもらったぞ、ネズハ、いや、ナタクと呼んだ方がいいか?」

「どちらでも構いませんよ」

彼、《Nezha》の本来の読み方は《ナタク》、インドという国に伝わる古い話の登場人物らしい。

「別に、この場で何かするつもりはないが、お前がどうしようとしているか知りたくてな」

目の前にいる男こそが、今回の強化詐欺実行犯であり、ある意味で被害者ともいえる人物だった。

「貴方のことはキリトさんから聞きました。今回の件が余り大ごとにならないよう、事件を噂レベルに抑えて私が犯人だとは直接示さないようにしたのも貴方だと」

「今回だけだ、次回からは少なくとも街には入れんようにする。それに、お前の事情も事情だ、純粋な悪人ならもう少し楽だったんだがな」

俺の目の前にいるコイツはFNC、Full-Dive Nonconformity:フルダイブ不適合のプレイヤーだった。

視覚、というよりは遠近感の認識がギアを通して上手く行うことができす、結果としてモノの距離感が分からずにほとんど平面で世界を認識した状態でこの世界にいるらしい。

そのため、チームの仲間に負担をかけているという罪悪感に付け込まれた面もあり、非戦闘職の鍛冶屋として詐欺の片棒を担いだ。それが事件の顛末だ。

「十分に悪人ですよ、他人の武器を私欲のために売ったりしたんですから」

「それでも、生きて償おうとしているんだから良いよ」

「それも、キリトさんとアスナさんのおかげです。アスナさんに死ぬなと言われ、キリトさんに生き抜く手段をもらいましたから」

そう言ってテーブルに置いたのは二つの金属製の輪、一見してタリスのように見えるが、チャクラムという投擲武器らしい。

「この後、このスキルのクエストを受けてきます。そして、自分が武器を砕いた人たちに、同じものを返還しようと思っています。それができるのは多分、その武器が必要ない時かもしれませんが、私にできるのはそれぐらいですから」

「分かった。それともう一つ、ポンチョの男について教えてほしい」

そういうと、ナタクは首を横に振った。

「すみません、そのことはキリトさんに話した以上のことは何も。この世界に規則は無いと犯罪をそそのかされたこと、そして人をうまく乗せたこと、純粋な日本人ではないという事しか」

「いや、本人の口から知れただけでも十分だ。とりあえず、死ぬなよ?」

「えっ?」

意外そうに、ポカンと口を開けてナタクが俺を見る。

「自分で罪の償い方を見つけたんだ、殺されそうになっても生き延びて、自分なりに罪を償ってからまた考えろ。それで許されるわけでもないが自分の罪を数え直すんだ、そこでまた見えるものもあるだろう」

話すこともこれ以上ないので、コーヒー代だけ置いて店を出る。

「あの、」

「人生、死んでみるまでどんな結末になるかなんて全知でも予測できないんだ。容易く死ぬだなんて考えるなよ」

少し芝居がかった会話だったが、アイツが自分なりに自分の罪に向き合おうとしているのは分かったから良しとするか。

だが、問題は一つ残った。

「犯罪を唆す黒ポンチョの男か、情報が無くてどうにもならないが、嫌な予感がするな」

【敗者】ほどでなくても、人心掌握や餌による誘導で人を動かせる人間はいる。

黒ポンチョが大したことのない奴であればいいが、この後も犯罪に関わってくるようであれば……。

「そのうち、手を打つ必要があるか」

正義を騙るつもりはないが、悪を許すつもりもない。ましてや、他人をたきつけて自分はそれを楽しむような人間なら、どこまで被害が広がるか分かったものでもない。

「やれやれ、悩みごと増えるな」

 

 

その後の顛末、ナタクの仲間であったチーム《レジェンド・ブレイブス》を交えた第二層ボス攻略戦はディアベル率いる《聖竜連合》を中核として俺たち五人も参戦して行われた。

一時はブレス攻撃に対応できるプレイヤーが俺とキリト、ディアベルとその場で対応したアスナを除いてほとんどいなかったことから戦線が瓦解しかけたものの、ナタクがチャクラムによるヘイト取りで2分もの間ボスを釘付けにしている間に体勢を立て直し、ボス撃破に成功した。

そして、その場でナタクの謝罪と断罪が行われて処刑になりそうだったものの、俺が彼に彼なりに罪に向き合う覚悟とその証を残す方法を決めていること、《ブレイブス》の他のメンバーも彼のNFCに付け込んで詐欺行為を半ば強要していたことを白状し、自分たちの装備を被害者の弁済とすることで一応の手打ちとなった。

「これは、今回のボス戦で君がいなければヤバかったことも酌量の一つになっている。君が死を恐れずに罪を償う覚悟を着てここに来たから、彼らも君を殺すことを選ばなかった。だから、絶対にそれを裏切るな」

こういう時、カリスマのディアベルがいると話がまとまるので重宝する。

一応は《守護輝士》だの《アークスの英雄》だのと言われている俺と違い、実績だけではなく天性のカリスマという奴だろうか。俺の場合は実績がとんでもないせいで、馴染みじゃ無いアークスからはプロパガンダの誇張戦果扱いされてるし。

「キリト、ディアベルがいて助かるな」

「同感、俺やお前は実力で物言わせるタイプだからああはなれないな」

アスナあたりは持ってそうだと言うと、キリトが頷いたので、そのうちアイツがチームの団長やまとめ役になる日も来るかと予感する。




こんなに長く期間空いたにも拘らず読んでくださりありがとうございます。
社会人、忙しい。


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第12話 欠片を探して

どうもお久ぶりです、作者です。
昨年中に更新するとか言って出来ませんでした。
私は謝罪する。

お待ちいただいた読者様に感謝を、新規の方は不定期更新でもよければお待ちください。



この世界、SAOが単なるVRゲームの舞台からプレイヤーたちが生きる世界となって早くも50日、攻略階層は現在100層中5層。

大よそ10~15日前後で1つの層が攻略されていることから約3年でこの世界から解放される目途が立ってきたこともあり、攻略に参加するプレイヤーは数を増やしていたが、図らずしも無理な戦闘で命を落とすプレイヤーが増える一因ともなっていた。

主だった攻略戦参加者、通称《攻略組》もボス戦での死者は出ていないものの、少数とはいえフィールドでの死者は出ていた。

 

 

「《フロントランナー》か、いつの間にか妙なあだ名がついたものだな」

「攻略組の中でも前線で攻略を進めるプレイヤー、つまりは私たちのことですけれど、個人的には《リードランナー》とでも呼んでほしいですね」

「リードって、優位に立つってこと?」

エリスの言葉にノエルが反応するが、彼女の性格からして意味が違っていると考えるのが妥当だ。

「どちらかと、《先導》や《連れていく》方のリードだろうな。同じ言葉だが、意味は少しばかり異なる」

「ディアさん、私の喋ったことくらいは私に説明させてください」

「それは失礼した」

やれやれとでも言いたげなエリスの不満げな顔から視線を移し、目の前に広がる第五層を眺める。

そこに広がるのは見覚えのある二つの景色が融合した世界。リリーパのような砂漠と岩山、そこに並ぶのは採掘基地の代わりと言わんばかりに点々と聳える花が付いた10程の尖塔とそれを中心とするオアシス、ナベリウスの遺跡エリアがリリーパに点々と存在する不可思議な世界だった。

「多分だが、クラリッサの欠片はこの層に最低一つ存在する」

「そうですね、ベータテストの時には存在しなかったあの変な塔があるという事は、あとから追加されたPSO2絡みのイベントが関わっていると考えるのが自然です」

「エリスのおかげだね、PSO2に似た階層ってだけじゃ、あんまりヒントにならなかったでしょ?」

実際、【仮面(ペルソナ)】がこの世界に現れたせいかこのSAOの世界には点々と俺の知るフィールドの一部が存在していた。

第4層は水の都がモチーフだったが所々に浮上施設のようなモニュメントや遺跡が存在していたし、第3層の森林地帯にはナベリウスで見覚えのある植物やエネミーが一部のインスタントマップに出現した。

しかし、それらはエリス曰く『βのときにあったものが部分的に変わっていたり、追加されたといった感じですね』という事でさほど大きな変化ではなかった。

しかし、この第5層の変わりようは、それらとは一線を画していた。

「そうだな、基は砂漠とその地下にある遺跡がモチーフだった階層が、砂漠と塔を中心とするオアシスの階層に変わった。その変化にも、エリスがいなければすぐには気付かなかったろうな」

「これでも貴方のナビゲーターですからね、可能な限り、リードしていきますよ」

「この世界のことについては、私とディアは同じくらいしか知らないからね。一緒にエリスに教わろう?」

ノエルの言葉に頷きもう一度フィールドを眺めると、あるオアシス、正確にはその中心たる塔に目が吸い寄せられた。

「エリス、β時代にあそこのオアシスのあたりには何が在ったか覚えているか?」

そうやって指し示したのは遠目にも分かるリング状のオブジェクトと、それにもたれる様に倒れた塔のあるオアシス。

他にもリング状のオブジェクトや斜めの塔はあるが、見覚えのある封印の柱とは異なり華が無数に咲いていたり、水中に没していなかったり、時期も古いものから新しい物まで見事にバラバラな特徴を持っている。それらの中で、唯一見覚えのあるものが指し示している塔だ。

「えっと、あそこのオアシスがある場所には小さなダンジョンがあったはずです。規模も小さく、イベントなども起きないので、経験値稼ぎに一時期使われた程度です」

だとすれば、ベーターたちは見向きもせずに他のオアシスに行く可能性が高いか。

「よし、あそこに行くぞ」

「それなら、ついでに途中の町に寄っていきましょう。いい加減に武具の乗り換えも検討しないといけませんし、ノエルは防具の更新を急がなくてはいけません」

「さんせーい。5層に入ってから重い攻撃をしてくる敵も増えたし、そろそろ基礎防御高いのにしないと」

今のノエルの防具は3層で手に入れた《プリースシリーズ》と呼ばれる軽量布系装備を強化した上で手甲・胴プレートを追加して防御力を高めているが、3層の店売り品ではさすがに2つ上の階層でボスに挑むのは無理がある。

「そうだな、町に良いものが無くても途中のクエストや宝箱で手に入ったものを使ってもいいし、趣味に合わなければインゴットに変換して作り直す手もある。どっちみち、クラリッサの欠片を探すときに素材集めもするだろうし、ちょうどいいだろう」

他の攻略組参加者、《フロントランナー》達も武器強化やレベリングに精を出しているから、そこまで攻略の乗り遅れることも無い。自分が【仮面】に任されたクエストも、他のプレイヤーたちの長期イベント同様にいくつかのアイテムが途中に手に入る可能性もあるので、そこを攻略しつつ装備を更新していくのも悪く無い。

 

 

-オアシス:ルベリ-

道中何体かのサソリや骸骨騎士を相手にしながら30分ほど、特段ボスもいない道を宝箱など漁りながら目的のオアシスに辿り着いた。残念ながら、宝箱の中身はコルや素材ばかりでノエルの装備更新には至らなかったが、それでも経験値はそこそこ美味しい道中だった。

村人NPCの情報によると小さな町とダンジョンがセットになっているらしく、規模のわりに鍛冶屋やアイテム屋など探索に必要な店もあり、他の店も充実していた。

「ふむ、ノエルの好みに合うものはあるか?」

店売りとはいえ最大強化すれば現状よりもステータスが良さそうな装備はいくつかあるが、装備は個人の好みによる部分も大きいので、買うかどうかはノエル次第だ。

「武器はいいのがあるけど、防具は微妙かなー。ほかにAGIの+補正が付くのがないから、とりあえずグローブだけ新しいのにしようかな」

「そうか」

エリスが情報収集でNPCから話を聞いている間にノエルは革製の指ぬきグローブを、俺は投擲用の安い短剣を数本購入する。

「よし、見た目も悪くないしこれはこのまま使おう」

「色はそのままでいいのか? お前は薄青が好きなものだと思っていたが」

今のプリースシリーズもそうだがノエルは装備を基本的に薄い青や紫系の色合いで統一している。それ以外の装備も色変更で似たような色に変更しているが、買ったばかりのグローブは革の地色のままだ。

「後でほかの装備も揃ってから、一括で変更しちゃうから大丈夫。そこらへんは見た目との兼ね合いもあるしね」

「確かに、装備によっては個々に色を変えたくなることもあるだろうな」

「というわけで、色変えるときの素材集めは手伝ってね」

「俺のクエストを手伝ってもらってるんだから、それくらいは当然だ」

さすがに二月近く付き合いがあると気心も知れてくるもので、この世界の中のことについてはこういった軽口を言い合いことも増えていた。

ノエルと共に武具屋を出て、回復ポーションなどの探索に必要な消耗品と軽食を仕入れて合流場所に向かうと、約束より20分近くは早いのにエリスが待っていた。

「お二人とも、もう買い物はいいんですか?」

「うん、武具に好みのが無かったからすぐに終わったよ。エリスこそ早かったけど、どうしたの?」

ノエルの質問に、得意げな顔でエリスが答える。

「よくぞ聞いてくれました、NPCが何も情報を教えてくれなかったのでこんなに早かったんですよ」

「ダメじゃん!」

ノエルが突っ込むが、エリスは表情を変えない。

「いえ、ダメではありません。情報を持っていないではなく、教えてくれなかったんです。私がどんなに調べても、誰もあのダンジョンにについて教えてくれることはありませんでした」

つまり、何らかのクエストの受注者、若しくは別のイベントをクリアしている必要があるという事。

この中で条件を満たしていそうなのは……。

「というわけでディアさん、お願いしますね」

「そうだろうと思っていたよ、NPC見当はつけているのだろう? そいつらに訊けば、すぐに終わる」

「では、こちらへ」

エリスに教えられたNPCたちに話を俺が訊くと、アソコは『闇の巨人を封じた碑』という前置きの後に様々な情報を得ることができた。

やはり、【仮面】のクエストを受注していることが情報のトリガーになっていたようだ。

「ふむ、やはり【巨躯(エルダー)】か」

ひとりの復讐者とその最期を思い出しながら、あのダーク・ファルスの姿を思い出す。

【仮面】とはまた違う意味で風変わりな、ひたすらに闘争を求めたアイツを。

「エルダーって、ダーク・ファルス【巨躯】のこと?」

「それ以外に何がある? あの塔自体が【巨躯】を封印するためのものなんだ、むしろここで【若人(アプレンティス)】や【敗者(ルーサー)】が出てきたら訳が分からなくなる」

「それも当然だと思うけど、私、PSO2でダーク・ファルスと戦ったことないんだよね。ほどほどにしか遊んでないから、緊急クエストもそこまで参加してるわけじゃないし」

とりあえず、ダーク・ファルス【巨躯】の人型体、ファルス・ヒューナルの攻撃で注意する点とアイツの眷属であるダーカー全般の傾向を二人に教えておく。

「それでは、行くとしようか」

「あのダンジョンの中はディアさんの方が分かりそうですね、ナビゲーターはお譲りします」

「よろしくね!」

「実際には何とも言えないがな、中身は元のダンジョンのままかもしれん。その時はエリスにナビゲーターを返すとしよう」

 

 

ーダンジョン内ー

 

所々砂が降ってくる広大な空間、その中には人工物らしい遺物が植物に覆われており、周囲を水が囲っている。

遺跡を地下坑道に落とし込んだらこうなるのではないか、そのような空間がディア達3人の目前に広がっていた。

「うわー、深い」

「底までざっと5階層といったところでしょうか」

「どこまで降りられるかも分からんが、戻れるところまで行くか」

「では、回復アイテムが2/3程度になったら引き返すということで。用心するに越したことはありません」

初挑戦の上に詳細も不明、戻りの安全を考えると妥当なエリスの提案にノエル共々頷く。

「とりあえず、マップ自体は遺跡ベースのようだしグリムモノリスには気を付けろ。二又の大剣のようなもので、何も付いていないなら放置していいが赤黒い玉のような侵食核が付いていたら範囲型の攻撃をしてくる、すぐに壊せ」

「オッケー」

「それでは、慎重に行きましょう」

 

「セイッ!」

「ギュゥ……」

「まぁ、こんなところか」

ダガッチャのコアに連続攻撃を撃ち込むと普段の黒いフォトンとは異なる、青いポリゴン片となって霧散する。

経験値という形で力が流れ込むせいか、現実と同じようにフォトンを喰らうような感覚がするが気のせいだろう。

「速い……」

「あの、私たちまだ一体しか倒してないんですけど」

「ん?」

リアルで何体倒したかは分からない、遺跡でお馴染みダガッチャの群れを一掃するとそんな声が聞こえてきた。

斬り払いで額のコアをまとめて切り裂き、怯んだその隙にさらにコアへの攻撃を重ねる。

俗にいう怯みハメというもので先程から3体ほどのダガッチャをまとめて相手にして一方的に殲滅しているのだが、そこは仕方がないだろう。

「お前たちとはダーカーを相手にしてきた数も経験も違うからな、もはや反射のレベルでできる。っと、ブリアーダか」

今度は空飛ぶ虫型ダーカー:ブリアーダだが、こっちに気づいて臨戦態勢になったころには後ろに回り込み、容赦なく投擲スキルでコアに短剣を撃ち込む。

そして高度を下げたところをノエルに短槍でコアを攻撃させ、墜落したら3人でソードスキルを撃ち込む。誘導+頭上から降る毒弾は厄介なので今のところ優先順位が高い敵がコイツ。このパターンで先程からほとんど何もさせずに倒している。

幸いにもエルアーダやディカーダ系のような高速高火力タイプやガウォンダ系の盾持ち、サイクロネーダのような範囲攻撃持ちは居ないようなので、俺がまとめてヘイトを取ったところをノエルとエリスは各個に、他は俺が一掃というスタイルで先程から進んでいる。そのため、反撃の間もなくダーカーたちが霧散しているため、半分ほど降りても数えるほどしか回復アイテムは使っていなかった。

 

「うーん、戦闘してないのにレベルが上がる上がる。ディアの動きを見るのも勉強になるけど、速過ぎて武器の違いどうこうじゃない無いし」

「ディアさんの本業がアークスとはいえ、その中でもかなりの上の方にいるのではないでしょうか。六坊均衡や創世器のようなオラクル上層部についても知っているようですし」

ダンジョン内の安全地帯、圏内同様にモンスターが侵入せず《犯罪防止コード》が有効なエリアで昼飯のサンドイッチをつまんでいるとそんな話になった。

「それなり、といったところか? 戦闘能力としぶとさで先遣調査に回されることもあるからな」

今から見ると二年以上先だが、扱いも守護輝士で船団司令部直轄の、一般の指揮権とは独立した行動ができる状態を考えると、アークスとしての枠内では権限とは違うが好き勝手出来るという意味では一番上だろう。今回のようにシャオから直々となれば断るのも難しいが。

「さて、休憩もここまでにして先に進むとしようか。あまり休み過ぎると、緊張感や戦闘の感覚が抜ける」

そう言って立ち上がると、エリスが手を挙げてある提案をした。

「ココから先は私とノエルがメインで、ディアさんはサポートお願いします。さっきからディアさんばかりが戦闘していますし、私たちもダーカー相手の戦闘に慣れておくべきですし」

「では、任せるとしよう。ただ、危ないと思ったらすぐに退け、とりあえずは相手の動きとコアをどう狙うかが分かれば良し、だ」

「いざという時は、守ってくれるよね?」

「約束だからな、当然だ」

という事で役割交代。

二人が群れのヘイトを取り、ヘイトを取れなかった・後から湧いたダーカーを俺が相手をする。

「セイッ!」

「これで!」

片手槍のリーチを生かしてノエルがダガッチャの射程に入る前にコアを攻撃し、生じた隙にエリスが片手剣の連続攻撃で仕留める。

即席の役割分担だが片手槍のリーチとピンポイントへの狙いやすさ、片手剣の機動力と手数を生かして上手く相手取っている。

「この調子なら、最初に湧いたのは任せて大丈夫か」

二人の様子を見ながら次に湧いてきたダガッチャを仕留め、二人の連携の良さに安心する。

少し、アイツらのことを心配し過ぎているかもな。

 

適度にメイン戦闘役を交代しながら進むこと1時間ほど、さすがに下層に行くと湧きの間隔が短くなってきたこともあり多少は消耗した状態で最後のフロアと思われる場所に到達した。

「ふぅ、しばらく休んでから行こうとしよう」

「そうですね、回復アイテムに余裕はありますが、先程の連戦で少し疲れました」

「甘いもの食べたーい」

この世界だと実際に体を動かしているわけじゃないから、身体が重たいとか、そういう疲れ方はしない。だけど、身体を動かしているという感覚や、命がけの戦闘をすることが疲れるという感覚を生んでいる。

だから、疲れたときは息抜きの方が休息時間を長く取るよりも大切で、回復アイテム以外のものも持ち込むのが攻略の常識になっていた。

意外とちょっとした程度の菓子ならどの町でも売ってるし、階層が上がるごとに様々なものが売られているため私の好きなものを探す楽しみも増えていた。

その中に当然、イタズラに使うものもあるわけで・・・・・・。

「エ~リス?」

「どうしましたか、ノエ、ひゃあっ!?」

「ん?」

「ビックリシタ?」

4層で見つけた怪物っぽいマスクにイロイロとくっつけて、ダガッチャっぽい感じに仕立てたものを外しながら、エリスに種明かしをする。

「ほ、本当にびっくりしましたからね! 安全地帯でモンスター出てきて、ノエルが食べられたかと!」

む、ちょっと心配させちゃったかも。

ビックリはさせたいけど、笑えるイタズラが好きな私的にはあんまりよろしくないイタズラだね。

今度は服を変えて、背景に紛れることが必要だね。あと、私だってバレないようにしないと。

「ゴメンゴメン、ちょっと心配させちゃった?」

「ふぅー、イタズラもいいですけれど、さすがにアレは心臓に悪いです。せめて、非敵性のMobにしてください」

「なるほど! その手があったか!」

「しまった!」

ふふふ、コレはいいことを聞いたね。まさかエリスからイタズラのヒントをもらうとは。

「ククク、相変わらず面白いことを考えるなぁ」

「おぉ、意外とディアには受けてる!」

「アークスのアクセにはエネミーの頭部を模したのも多くあるからな、その手のはある意味で鉄板ネタだが、この世界で見ることになるとは思っていなかったよ。それに、ククッ、エリスの反応が新鮮でな」

「むしろ私のリアクションにウケていたんですか!? それはちょっとショックですよー」

まぁまぁ、と言いながらディアがエリスを慰める。

うん、やっぱり悪戯はこういう風に騒がしくて面白いのじゃないとね。

 

ひとしきり騒いで、休憩もして、すっかり余計な緊張もほぐれたのでいよいよ最後のフロア、ボス戦へと向かうとしよう。

「行くか」

「はい!」

「行こう!」

先程までと二人の雰囲気も変わる。

この二人も50日近く命がけの戦闘を潜り抜けことで、すっかり冒険者であり戦士として育っていた。

一度顔を見合わせてから最後のフロアの扉に手をかけ、押し開く。

「んっ!」

「眩しいっ!」

「えっ!?」

薄暗いダンジョン内とは比較にならない光量が扉を開けた途端にディアたち三人を包み、ほんのわずかの間3人の視界を塞ぐ。

そこから復帰した3人が目にしたのは、遥か上方から光の差し込む巨大な空間。その中心には外から見たモノリスを2mほどにしたようなものがそびえているが、いくつものヒビと内側から漏れだす赤黒い粒子のせいで今にも崩れそうだ。

「もしかしてしなくても、ボス戦だね」

「その前に、会う必要のあるヤツが居るようだがな」

言い終わると同時に、モノリスの内側から溢れ出す粒子の量が増え、モノリスの崩壊が始まる。

「ボスが出て来るようですね。お二人とも、油断しないでください!」

「当然!」

「ヒューナルでなければいいんだがな!」

完全に崩壊したモノリスから溢れる粒子は徐々に人の形を取り、黒く分厚いロングコートに身を包んだ巨漢の姿を現す。

そこから放たれる威圧感は俺の知るそれと同質だがその程度は俺の知る復活時と同等、本体は未だに別の場所に封じられているという事だろう。

「なんか、寒い…?」

「あのボスが出てきた途端、少し寒くなったような気はしますね」

「当然だろうな、【巨躯】の力は凍結だからその場にいるだけで気温が下がってもおかしくない」

もっとも、当代の【巨躯】依り代の影響と好戦的な性格、強靭な肉体が相まって主に肉弾戦を好む戦闘狂だったため、そちらの方が多くのアークスにとっては印象に残っている。

「貴様らは何者だ? わざわざ、我の居る斯様に深き場所まで来るとは」

「相変わらずの物言いだな、【巨躯】。もっとも、お前は俺の知るお前とは別物だがな」

模倣体に過ぎないが、それでもソコソコ似せてきている。深遠なる闇の中で【仮面】と共にいる以上不思議ではないか。

「面白いぞ、名も知らぬ剣士よ。我が名を知るならば、その力を見せてみよ! 来たれ、剛腕なるものよ!」

【巨躯】の剛腕なる眷属となると、今のステだとなかなかの強敵だな。

「ウォルガータが来るぞ! 腕を使った攻撃に注意、浮かせて連続攻撃や掴んで拘束攻撃につなげてくる!」

「行動パターンの指示お願いしますよ!」

空間に空いた赤黒い穴から飛び出して来たのはダーカー共通の黒と紫を基調に赤のラインが入った、胴体に直接巨大な眼と牙を持つ異形の巨人。

≪剛腕なる眷属≫という通り、下半身と不釣り合いな太い両腕には幾つもの甲殻が重なり合い手甲のような形状をしている。

「グルワァーッ!」

《Wallgurter, The strength fist》

「そのまま、剛腕ウォルガータか!」

「ディアが突っ込んだ!?」

「いやー、私たち的には野獣ヒグマみたいな感じですからね。あまりにもストレート過ぎるといいますか」

そんなことを言っているとウォルガが身を屈めてきた。

「連続突っ張りが来るぞ! アイツ中心に円を描くように回避!当たると痛いうえに最低一発は空中で当たるから回避に専念」

「オッケー、.私がタゲ取りするからディアは回避の指示お願い!」

「私はアタッカーに入ります!」

この世界で初めての中型ダーカー戦、基本は同じでも世壊種のように何か変わっているかもしれんから要注意だな。

 

 




ようやく第5層&クラリッサの欠片の手がかりが出てきた第12話でした。

誤字脱字のご指摘在りましたらどうぞよろしくです。

あと、SAOIFをプレイし始めましたので、そちらの方で会うことがありましたらよろしくお願いします。


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第13話 【巨躯】の復活

ウォルガーダの張り手を躱し、ガラ空きの背中を見せた所にノエルが突っ込む。

 

「ヤァッ!」

 

その勢いのまま槍を突き立てた直後、俺とエリスの剣が追撃する。

基本的にヘイトは攻撃回数やウォークライのようなアピールで上昇するが、一番手っ取り早いのは最初に攻撃することだ。

 

「振り向き際は腕で薙ぎ払ってくる時もあるから気をつけろ! 腕を振り上げたら懐に潜り込むか腕の範囲外に出ろ!」

「っ!」

「おっと!」

 

言った直後に右腕での薙ぎ払いが俺たちを襲う。

俺とエリスは巨体の股を潜り抜けるように、ノエルはバックステップで回避すると視界に唯一存在するプレイヤーであるノエル目掛けてウォルガーダが駆け寄る。

 

「思った以上に速い!?」

「ノエル! 無理にガードしたり隙を誘わないで回避に専念してくださいね!」

「動き自体は素直だ、逃げ切れないときは懐に飛び込んだ方がいいぞ」

 

コイツの巨体とスピードは武器だが、先程の俺とエリスのように回避に専念された場合は股をくぐられたり上空を飛び越してしまったりと穴が多い。戦闘不能要因も複数現れて回避が間に合わない場合や連続張り手で2ヒット+起き攻めという場合がほとんどだ。

なので、一対多の場合はダメージの即時回復を鉄則として攻撃~振り返りの裏拳までの間にありったけの火力を撃ち込むか、遠距離職が怯ませ続けるかのどちらかで即討伐されている。

今回は遠距離攻撃ができないので、ヒット&エスケープで削ることになる。

 

 

 

「よっと」

 

ディアさんの言う通り、ウォルガーダというエネミーの攻撃は素直だ。

一度攻撃姿勢に入ったらほぼ中断することなく攻撃を仕掛けてくるし、その軌道も直線か緩い追尾にとどまる。だからこそ、変に距離を取ると逃げられなくなる可能性があるけれど、その点については半端な距離なら飛び込むというディアさんの考えが生きてくる。

 

「っと、上を飛び越えられるのは中々怖いねぇ……」

 

冷や汗を流しながらノエルが言うけれど、傍から見る分には大分上の方を通過している。

当たれば一撃で半分以上のHPを削られる攻撃ですが、逆にいえば連続で攻撃を受けない限りは死ぬことはありません。受けたダメージの大きさに慌てず、誰かがヘイトを取ったり回復までの間は回避に専念すれば十分に戦えます。

 

「これで、半分!」

 

回復のために逃げていた時間もありましたが、開始から5分程度で2本あるゲージのうち1本を削り切る。

 

「発狂かな?」

「皆さん、下がってください!」

「ディア、タゲ取りお願い!」

「任せろ」

 

ボスの例にもれず、HPが半分を割ったことで俗に発狂と呼ばれるパターン変化を起こしましたね。

その場で何度も足を打ち付け、その度に衝撃波が周囲に生じるけれど、すでに範囲外にいる私たちには当たらない。

その隙を狙ってタゲ取りを交代するため、ディアさんが短剣2本を眼球目掛けて投擲する。

 

「ギュワッ!」

「タゲは取れたが、っと!」

「ディアさん!?」

 

さすがに眼球は防御が薄いらしく、通常ならほんの僅かしか通らないはずのダメージは残りゲージの1割ほどを一気に削る。けれども、それだけの攻撃を受ければ当然タゲはディアさんに移り、発狂直後の強力な攻撃の対象になる。

 

「普段よりは遅いが、それでも速いな」

 

身体を沈めてのタックルを連続で放ってくるが、アークスであるディアさんにとっては慣れた攻撃らしくヒラリヒラリと躱していく。一見簡単そうだが、ギリギリのところで躱してすれ違いざまに撫でるように曲刀で斬るのは、こうして剣士となった今だからその難しさが分かる。

 

「経験の差は、中々埋まりそうにありませんね」

「でも、私たちもこの世界なら出来るよ。身体の条件は同じで、違うのは経験だけだもん。今のディアができることならレベルを上げてスキルやステータスで補えば私たちにもできるし、ディアにできないこともできるんだから」

「そうですね、貴方が出来るといっていることを、ナビゲーターの私ができないと言えるわけがありません!」

 

そうです、私だってこの世界では同じなんです。

現実では人間とアークスでも、ココでは同じプレイヤー。だったら、出来ない道理はありません!

 

「よし、行きますよ、ノエル!」

「ディアばっかりに良い恰好はさせられないね!」

 

連続タックル最後の一発、地面に滑り込むようにして止まるウォルガータに向かってノエルと共に走る。

 

「はぁっ!」

「やぁっ!」

 

片手剣4連続水平斬りホライゾンタル・スクエア、片手槍3連続重撃クロス・ブラスト。

私の片手剣が4連続回転斬り、ノエルの片手槍が袈裟・逆袈裟、その交点への踏み込み突きを撃ち込み一気に残りHPを2/3以下まで削る。

 

「まだまだ!」

 

そこにディアさんが曲刀4連撃レイジング・チョッパーを撃ち込む。

 

「グウォッ!?」

「チャンスです! このまま一気に決めますよ!」

「オッケー!」

「よし!」

 

タックルの速度が上乗せされた連続斬り、3発のソードスキル、この二つによって短時間に残HPの半分以上を失ったウォルガータはその場で転倒して無防備な身体をさらす。

そこに全員が連続で強攻撃を撃ち込み、起き上がるそぶりを見せたところでもう一度ソードスキルを撃ち込む。

残りのHPが一気に削られ、ほんの僅かとなったところにノエルが突っ込む。

 

「私たちの、勝ち!」

「グギッ・・・・・・!?」

 

振り返ったウォルガータの眉間に単発重攻撃ブラストが叩き込まれ、残りのHPが0になる。

それと同時、ガラスが砕けるような音と共にポリゴン片へと還元されたウォルガータが消滅する。

 

《LAST ATACK !! Noel !》

 

「やったーーー!!」

「よくやったな」

「まったく、無茶をしますね」

「ふふふ、私だって何も考えずに突っ込んだわけじゃないよ。残りのHPなら一撃で吹っ飛ばせると確信したうえで行ったもん」

 

ピースサイン、この場合はブイサインの方がふさわしい、を突き出してノエルがニカッと笑う。

この子の無邪気なところは、頭で考え気味な私にとっては少し眩しいですね。

そう考えた瞬間、再び凍えるような怖気が私たちを包んだ。

 

 

 

 

冷気とダークファルス独特の雰囲気に呼び戻され、ウォルガータを倒した喜びもほどほどにして再び【巨躯】と向き合う。

 

「面白いぞ、剣士よ。我が眷属を打ち倒すとはな」

「次はお前か」

「ククク、滾る闘争を期待するぞ」

 

さてさて、どこまでやれるかは分からんが二人は逃がしておこうか。

 

「ディア君!?」

「?」

 

振り向いてみるとそこにいたのはディアベルとキバオウを含めた8人程度の小隊。

ちょうどいいか。

 

「ノエル、エリス。お前たちはディアベルたちと合流、さっさと逃げろ」

「嫌」

「付き合いますよ」

 

即答か。

 

「ダメだ、それにここから先は勝手の違う戦いだ」

「ハハハッ、闘争を始めようぞ!」

 

いきなり放ってきた【巨躯】の右ストレートをギリギリで回避、風圧だけでHPが数ドット減少する状態を見て二人もようやく察したらしい。

 

「フンッ!」

「当たらん!」

 

今度は地面への打ち付け、それを受け流してカウンター気味に脇腹を切り裂く。

するとHPバーが表示されるが、5段の内1段のみが明るく表示され、それも通常のエネミーとは異なるブロック分けされた表示になっている。

 

「なるほどな」

 

10に分けられたバーの内1つは既に消えている。

という事は死ぬ前に10発当てればいいというわけか。

 

「フンッ」

「セイッ!」

 

今度は連続のジャブだが武器防御の上からでもHPが削られる上に、体術ソードスキルで相殺してもノックバックを受ける。

やはり、普段とはステータスの差があるか。

 

「これで、どうだ!」

「ヌンッ!?」

 

コア目掛けて突きを一発、さらに頭部目掛けて空中回転斬りを決める。

武器耐久値を確認するとすでに半分、これで3発当てたが残り7発いけるか怪しいラインになってきた。

 

 

 

逃げる必要はなくなったけど、逃げろといった意味は良く分かった。

 

「……」

「速過ぎる」

「ディア君もあのボスも、間に割って入ることもできないな」

「なんやあの動き、あの速度に反応するどころか先読みまでしとるで」

 

拳の嵐や急に距離を開いての跳び蹴り、重たいストレートを最低限に防いで避けて、その隙間に攻撃をしていく。

多分、ココにいるディア以外のプレイヤーが相手をしたら数分と持たない。

 

「これで、終いだ!」

「ヌウンッ……」

 

身体を掠める右ストレートに合わせるように放った斬撃がボスの右腕を深々と切り裂き、HPバーの一段を消滅させる。

 

「良いぞ、良いぞ、ここまで滾る闘争があるとは、グゥツ!?」

「っ!?」

 

ボスが喋り始めた直後、そこから黒い煙があふれて、ディアの元に向かって行く。

 

「もらえるだけはもらっておこうか」

 

そう言って懐からオブジェクト化して出したのは白く輝く杖のようなもの、クラリッサの欠片だった。

 

「我が力、喰らうつもりか!」

「喰えるだけだがな」

 

そう言うとさっさと仕舞い、こっちの方に駆けてきた。

 

「面白い、面白いぞ剣士よ、我が力を喰らうとは。だが、封じていた楔は今、ようやく砕かれた。この身、解き放たん!!」

「逃げるぞ」

「うん」

「はい」

「お前たちも逃げるぞ!」

 

そう言ってディベルさんの首根っこをつかむと、何かが崩落するような音がしてきて、その場にいた全員で一気にダンジョンの外まで出る。

崩落で構造が変化したおかげか、殆ど一本道の坂を上るだけであっという間に外に出られた。

 

「ハハハハハハッ! 良き滾る闘争であった、また会おうぞ!」

 

その声に振り向くと、巨大な黒い三角形にいくつもの腕が生えたようなモノがこのフロアの外に飛び出し、上へと昇っていくのが見えた。

 

「あれが、【巨躯】本来の姿だ」

「へ?」

 

小声で言ったディアは普段と変わらない様子で、それがそのことをより本当のことだと実感させていた。

 

「か、勝てるの?」

「一人では無理だが、仲間がいればどうにかなるだろう」

 

そう言うと、いきなり頭に手を置いてきた。

 

「へ!?」

「お前もその一人だ、今日だって立派だったんだから自信を持て」

 

ぽんぽんと、いつものからかいの混じった感じでは無く、私のことを安心させるような撫で方は普段よりも温かく、何かが沁みてくるような嬉しさがあった。

 

「うん」

「ククク」

 

いつもと同じような笑い声だけど、何だか嬉しげだなー。

 

 

 

 

【巨躯】が上層へと飛び去ったのを見届けたのち、情報を整理するために一度ディアベルたちも交えて街に戻り、適当な店で食事することになった。

 

「それにしても、あのタイミングでお前たちと出くわすとは思ってもみなかったぞ」

「僕たちもそれは同じだよ。道中のエネミーや宝箱の数から先行しているパーティがいるとは思ったけど、君たちとは思ってもみなかった。てっきり、キリト君たちの一緒に例の場所でレベリングをしているものかと」

「そっちは修正が入りそうだし、競争率が高いからな。今回はダンジョン探索しながらのレベリングだ」

 

適当な話もほどほどに本題に入る。

 

「さて、問題はあの超大型ボスエネミーだな」

「あぁ、だけどもあの姿は間違い無く別のゲームに出てきたモンスターものだ」

 

ふむ、コイツは知っていたか。

アークスなら【巨躯】そのもののデータはいつでもアクセスできるし、割と頻繁に攻めてきた時期もあったから当然か。

 

「ダークファルス【巨躯】、凍結の力を持ちその名の通りの巨体を持つダークファルスの一体。このゲームじゃなくて、PSO2という別のゲームのレイドボスだ」

「PSO2はエスカOSのプリインストールされたゲームだからな、コラボか何かをしてもおかしくはあるまい。それにしても厄介なボスが出てきたものだ」

 

もっとも、連日の如く襲来する時期を過ごしたアークスとしてはファルス・アーム(経験値の塊)と連戦してレベリングする期待もあるのだが、プレイヤー諸氏はそうもいかないようだ。

 

「このフロアのボスではなさそうだが、強敵なのは間違い無い。……ところでディア君」

「?」

 

「君がさっき使ったアイテムだけど、アレは何だい?」

 

あまり人目につけたいものではないし、ノエルとエリスが怖がるので出したく無いが、仕方ないか。

 

「一層で受けたクエストのイベントアイテムの一つだ。コレが【巨躯】に直接関わるアイテムかは別にしても、PSO2とのコラボクエストのようでな。受注できる人数が限られているのか俺以外は同じアイテムを受け取った人間はいないらしい」

 

俺がクラリッサの欠片を【仮面】から受け取って以降、あの部屋では仮面を付けたNPCから複数のフロアに跨るクエストを受注できるが創世器絡みのものはなく、赤武器SAO版の欠片集めになっていた。

 

「コレがさっきのアイテムか。彫り込まれた紋様も細かいし、とても貴重なアイテムのようだね」

「さっきのボス、ファルス・ヒューナルやったか? ソレの力を吸い取ってるみたいやったし、ゴッツいアイテムかと思ったら意外とキレイやな」

「?」

 

隣にいるノエルとエリスに比べ、ディアベルたちのパーティは反応が普通というか大人しいというか、特に何も感じていないように見える。

ホンの欠片程度とはいえ変わらずに創世器としての凄味を放っているソレ目前にしてこの反応、もしやと思ってノエルとエリスに意見を求める。

 

「やっぱり怖いけど、前みたいに寒気がする感じは減ったかも」

「前よりはマシになりましたが、威圧感というか圧迫感というか、平気になった分だけ別の怖さが出てきますね」

 

その二人を見てディアベルたちは首をかしげる。

 

「どうしたんだい二人とも、どんなにすごいアイテムだとしても所詮はアイテムだよ。そんなに身構えることはないだろうに」

「せやで。ごっついアイテムやとしても、そんなに怖がることあらへん」

 

二人と他のプレイヤーを見ると、どうもクラリッサの欠片に対する反応が違うように見える。

もっとも、俺がそういう扱いをしていることやこの二人が俺の近くにいて近くにいることで感覚の信号に干渉している可能性もある。エーテル≒フォトンであり、それを媒体にした通信で感覚の全てを受け取っている以上、アークスである俺が二人の感覚に影響を与えていないと考える方が不自然か。

 

「まぁ、こちらでも【巨躯】関係の情報が集まれば攻略本に載せるよう努める。エリスが情報を出すのは勝手にさせてるし、ここら辺は信用してもらっていい」

「もちろんだとも。キリト君からも君がPSO2を大分やり込んでいるとは聞いているし、コラボクエスト関係の情報は役立っているからね。特に、赤武器のクエストの情報は途中で手に入る武器もそこそこ優秀だし、助かってるよ」

「まぁ、期待せずに待っててくれ」

 

深い詮索は無しというこの世界の不文律のおかげか、特に何事もなく会席は終了。

ディアベルたちのパーティは別の町に行くとのことで分かれる。

 

 

 

そのまま夕食を終え、宿屋に入ったところで今日一日の収穫を確認する。

 

「さてと、お楽しみのドロップ品整理の時間ですよ」

「防具、防具、良いのが来てて」

「まぁ、落ちるときは期待しないで、落ちたら喜ぶのが一番だがな」

「夢が無いなー」

「ドロップ品に夢なんか見てないからな」

 

なぜか新レアリティが出るたびに手元にはウォンドばかりが転がってくるので自分が使う武器はほとんど買うか交換した品ばかり。この世界ではエネミーの種類ごとにドロップする武器系統が縛られているためそのような事態はあまり起きていないが、期待しないで喜ぶのが精神的には宜しい。

 

「と、とりあえず個別に確認してみましょう」

 

アイテムストレージを開いて全カテゴリを入手順にソート、武具を片っ端から移動させて装備品の確認をする。

武器はほとんどがメイスなどの打撃武器、インゴットに変換するか売るか、知り合いに交換を持ちかけるか、いずれにせよ自分で使う気になるものはない。防具の方は数自体が少ないうえに、殆どが今の下位品か。

 

「ん、これは」

 

1つだけ気になったものがあったので詳細を見ようとしたとき。

 

「ひゃっほー!」

「何ですか!?」

「何だ!?」

 

いきなりノエルが歓声を上げた、というかエリスもいつの間にか上着を新しいのに変え、先程まで着ていた錆色のシンプルなものから、襟に黄色の縁取りがされた朱色のモノになっていた。

 

「ちょっと待ってて」

 

そう言ってウィンドウを操作すると臍あたりが開いた、ペールピンクの縁取りが施された藤色のワンピースを身に纏って見せた。

 

「《ウィステリア・ワンピース》っていうだ、似合うでしょ? さっきのLAボーナスはコレだったんだー!」

 

快活な彼女と落ち着いた色ながら身軽な印象のワンピースは確かによく似合っていた。

 

「なら、コレも使うといい」

 

先程気になったアイテムをオブジェクト化して放り投げる。

 

「おぉ、これまた良いものを。ありがとうね!」

「今回は経験値でいい思いをさせて貰ったからな、アイテムくらいは譲ろう」

 

ファルス・ヒューナルの力を喰らったときは気付いていなかったが、どうも経験値を喰らうという扱いなのか【仮面】のクエストを一部クリアしたからなのか、レベルが3ほど上がっている。

コレでレベルは35、エリスが28でノエルが27、キリト達攻略組トップが20台後半~30というのを考えると頭一つほど抜け出ている。スキルも充実しているし、使う気のない装備品なら身近な仲間に渡した方がいい。

 

「指ぬきの手袋、うん、薄手でさっきまでの革のグローブよりいいかも」

「これで全員が一通りの装備更新が終わりましたね。やはり、プレイヤー間でアイテムのやり取りができるもMMORPGならではの醍醐味ですよ」

「そうだな、アイテムのやり取りを気軽にできるのはいいことだ」

 

アークス内ではマイショップか月々の手数料がかかる宅配サービスを使わなければアイテムのやり取りができないので、こういったことの手軽さはこの世界の方が格段に上だ。

 

「ふふー、ディアのおかげで手に入った装備とディアからもらった装備で強くなった私の力、試してみよ・・・う・・・?」

「っと」

「大丈夫ですか?」

「あれ、なんか、力が入らない?」

 

立ち上がったノエルが椅子に座り込み、机に頭を突っ伏しそうになる。

それを受け止めると、顔色は変わらないが脱力した感じがある。

 

「気分はどうだ?」

「んー、特に何もないけど、なんか身体動かすのが億劫な、うまく身体を動かせない感じ?」

「身体を動かす神経が一時的に働いていないみたいですね。今日は結構連戦しましたし、脳がまいってしまったのかもしれません」

「おー、初体験、というか眠くなってきたかも・・・・・」

「やれやれ、ベッドまで運んでやるから今日はもう休め」

 

ノエルを俗にいうお姫様抱っこで部屋まで運ぶ。

気恥ずかしそうだが、抵抗できないので顔を赤くしたままベッドに運び、布団をかけておく。

 

「…ありがとね」

「ゆっくり休むといい、明日も大事を取って休むとしよう」

「でも」

 

言いかけたノエルを遮るようにしてもう一度言う

 

「明日は休みだ。クラリッサの欠片を探すのは10層に到達するまでいいし、まだこのフロアのボス部屋も見つかっていない。焦る必要もない」

「……分かった」

「ん」

 

多少強引にだが納得させたところで部屋を出る。

このまま寝るにはまだ早く、ノエルの好物のサンドイッチでも何種類か買って来ようと街に出る。

 

 

 

「すまないがフルーツサンドとハムサンドを3つずつ包んでくれるか」

「かしこまりました、少々お待ちくださいね」

 

適当な喫茶店に入り、エリスと俺の分も含めて3つずつ買っておく。

ついでにコーヒーを買おうかと思ったが、メニューには紅茶しかないようだ。

 

「1800コルになります」

「ありがとう」

「またの御来店をお待ちして居ります」

 

せっかく商店の多い通りに来たことだし、ついでに消費アイテムも補充しておくか。

そう考えてアイテムショップに行こうとしたところ、ズボンの裾が何かに引っ掛かった。

 

「なんだ?」

「リリッ!」

 

ずんぐりとした体形に二本の耳をピンと立てた2足歩行の獣人、早い話がリリーパ族がそこにいた。

 

「どうした?」

「リーリー、、リッ!」

 

こいつらの喋っている言葉にはほとんど意味がない。アークスの言葉は理解しているようなんだが、コミュニケーションのほとんどがジェスチャーで行われ、言葉はそのテンポを取るためであったり何かの合図程度である。

 

「ついて来い、という事か」

「リリッ!」

 

頷いて手招きするような仕草をしたそいつに付いて行くと、路地から路地へと人気の無い場所へ進んでいく。

 

「下に向かっているのか?」

 

先程までと比べて明らかに屋根が高い場所に見えている。

その後も下へ下へと緩やかに下っていき、10分ほど歩いたところでようやく行き止まりに辿り着いた。周囲をぐるりと見渡すと【巨躯】と戦った場所に似ているが、あそこよりも幾分か綺麗ではある。

リリ―パ族の方を見ると、いくつかの瓦礫を指して、別の方を向けるというジェスチャーを繰り返していた。

 

「リーリ」

「この瓦礫をどかせばいいのか?」

「リリッ」

 

数も大きさも一人でどかすのが苦になるわけでもなく、殆ど時間もかからず終わる。

瓦礫の下からは小さな祠のようなものがあり、ここまで案内してきたリリーパ族がその中に入ると白銀の欠片を取り出して来た。

 

「リリー」

「【巨躯】が復活したから、封印に使っていたこれが要らなくなったというわけか」

 

とりあえず、クラリッサの欠片はこれで二つ。今回は柄の部分だ。

残るは先端の球状部品だが、どこにあるのやら。一個目は【仮面】から受け取り、二個目はリリーパ族から。

昔の記憶を辿ってみると最後はロ・カミツから受け取ったはずなので龍が関係するフィールドにありそうだ。

 

「リーリー?」

 

考え事をしていたのが不思議なのか、リリーパ族がこちらを見ている。

ついでに周りを見渡してみると、どことなく遺跡エリアにあった花畑に似ている。

 

「明日、ここまで来てピクニックもいいかもしれないな、休息にはもってこいだろう」

 

時刻を見るとすでに9時近いので、そそくさと宿に戻る。

エリスに心配をかけたが、クラリッサの欠片で進展があったと伝えると納得してくれた。

今日はいろいろあったが、一段落ついたし、俺も明日は休むか。

 




お待たせしました、PSO2×SAO第13話、お楽しみいただけましたか?

お気づきの方もいらっしゃると思いますが、少し文体が変わっています。
改行入れて読み易くしたつもりなのですが、どうでしょうか?

感想のところで読み易かったか教えていただけると嬉しいなー、ついでに感想増えるといいなー。

ゲームの方はSAOFB発売されたので、MHWorldと並行で進めています。



…………PSO2は……あんまり、やれてない。


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第14話 休息

お待たせしました、1月ぶりの更新となります。

最近は寒かったり暖かくなったりと気候が不安定ですが、皆様どうお過ごしでしょうか?
作者はハンターやったり働いたり、アークスしています。

それでは、どうぞ。



ノエルの疲労回復と装備更新、ついでにエリスの攻略情報更新という事で久しぶりにディアリーンたちのパーティは攻略・レベリングを休み、一日の間休息を取ることにした。

当然、町や村の間を移動する際の戦闘は避けられないが、戦闘目的でフィールドには出ないという事を取り決めていた。

 

「ごめんくださーい、装備の強化を今ある素材でできるところまで。あと、インゴットへの変換とプレートメイルの作成も」

「任しときな!」

ノエルが威勢のいい若旦那風のNPCに装備と素材、そしてコルの入った革袋を渡し、仕事が終わるのを待つ。

「そういえば、ディアと二人だけっていうのは意外と初めてかもね」

「確かにそうだな。別行動で二人というのはたまにあったが、最初から二人で過ごすのは初めてだ」

自然と二人で会話をすることになるが、ノエルの言う通り今日は二人だけだ。

エリスはアルゴをはじめとする情報屋や攻略本の執筆者たちとの編集会議のようなものがあるとのことで、主街区に行っている。普段はその間にキリトやアスナ、顔見知りのプレイヤーたちと即席パーティを組んでレベリングや攻略をしているが、今日はノエルの休息が目的なのでそういったのは無しだ。

「体調の方はどうだ?」

「バッチリ、完全回復したよ!」

「そうか。それでも今日は一日休みだからな、ゆっくりするとしよう」

「りょうかーい」

この後どうするかを話しているうちに鍛冶屋の仕事は終わり、幸いなことに一度の失敗もなく強化された装備一式がノエルの手元に戻ってきたそれを装備する。

「じゃ、一回主街区に行こっか」

 

 

ノエルの要望で一度主街区に戻ってきたものの、何をするつもりなのだろうか?

一応はいろいろ買いたい物があるので何か所か店を回りたいとのことだが、何を買うかは秘密らしい。

「まずは洋服屋から」

「構わないよ」

女の子の休日としては妥当なところか。

手近な服屋に入ると探し物があるのか、ケープなどの外套のコーナーに向かって行った。

「これは、うーん、こっちとあれで……」

ぶつぶつと独り言を言いながら服を選んでいるノエルを見ると、コイツの普通の女の子としての面が見れて面白い。そんなことを考えていると、いくつかのケープの名前をメモしたノエルが戻ってきた。

「とりあえずこのお店は見終わったから、次のお店に行こう」

「はいはい」

ノエルに手を引かれ、次の店へと向かう。

キャストの身体では意識しないが、この世界で得た肉体はノエルたち人間と同じ身体で同じ温かさがある。ノエルから伝わってくる温かさや感触はキャストの身体の時よりも、仮想のはずのこの世界の方がよほどリアルに感じられる。

「次も服屋か」

「あっ、やっぱり男の人はそういうの退屈かな?」

「いや、眺めているだけでも楽しいし、俺も服を見繕うのは好きだから問題ない」

伊達に見た目に拘るアークスの多いギョーフに所属しているわけではなく、服装などもちょくちょく気にする習慣がついているため良さげな服が無いかは探している。現実の気候とリンクしているのかこの頃は寒くなってきたので、深い青のコートが無いか探しているのだが中々シルエットと色が噛み合うものが無い。

「じゃ、ディアのコート探しもできて一石二鳥だね。さすがは私」

「そういうことにしておくか」

「ニヒヒっ」

その後も何件か店を回る中で無事にコートは見つかったが、ノエルは未だに探している物が有るらしい。

適当なレストランで昼食をとっていると、別の町に向かうことを提案してきた。

「あと一個だけほしいものがあるから、ちょっとだけ付き合って」

「別に気にしなくていい。もともと今日は何も決めずにぶらぶらするつもりでいたから、そうやって目的があった方が俺としてはありがたい」

「ありがとう!」

 

 

 

ケープにスカート、手袋、ブーツはいいのが見つかったけれど、帽子が見つからない。

この時期だからどこににあるはずだけど、どこにあるんだろ。

「うーん」

「もし」

いっそ裁縫スキルを持ってるプレイヤーを探してみようかな?

「もし」

「エリスに訊いてみようかな」

そんなことを考えていると急に肩をつかまれた。

「わっ!?」

「んっ、気が付いたか」

「気が付いたかって、別に気絶してないよ!」

「そうじゃなくて、さっきからNPCがお前に声をかけてるのに気が付いたかという話だ」

「あっ、それには気が付いていませんでしたー」

NPCが話しかけて来たってことはちょっと珍しい系のクエストだよね。

今日はやらなくても明日以降にやればいいし、受注するだけ受注しておこうかな。

そう思って、さっきから声をかけられていた老爺NPCに話しかける。

「気付かなくってごめんなさい。それで、どうしましたか?」

「おおぉ、こちらこそ考え事をしてる時に話しかけてすまんね。実はの、お嬢さん方にちょいと頼みごとがあるんじゃ」

話を聞くと、この時期に作るお菓子があるけれど、その材料に使う木の実が足りていないとのことだった。モンスターが原因で穫れないとかではなく、単に遠くの町から運ぶ最中の道が途絶えて運べないから、転移碑で移動できる私たちに頼んだみたい。

「いいよー、パパっと終わらせちゃうから待ってて」

「頼みましたぞ」

「えっと、目的の町は……ルベリ―? ってタイミングのいい偶然があるもんだね」

「そうだな、手早く終わしてしまおうか」

今の拠点にしてる町が目的地、っていうかそこの転移碑をアクティベートしてあるからこのクエストを出来るのかな? 見た感じ他のプレイヤーには声をかけていないみたいだし。

そういうわけで一度オアシスに戻ってアイテムを受け取り、超特急で戻ってきた。それにしてもルベリーベリーはさすがに安直というかストレート過ぎて笑っちゃた。

「さすがに、AGIでは負けるか」

「フフフ、リアルじゃ負けるかもしれないけど、ここじゃあ互角だからね」

ついでに競走したけれど私が2秒差で勝ちました。AGI/DEX型だからAGI/STR型のディアとはいいところ行くかと思ったけれど、装備補正も含めたAGIは私の方が上だったみたい。

「最近はダメージのばらつきを抑えるためにDEXを少し上げてたからな、それに装備の差が出たか」

「かもねー」

とりあえず納品しないと。

 

キリト達がお使い系と呼ぶアイテム納品のクエストをノエルとこなしたが、やはり競走で負けたのは少しばかり悔しい。

スキルビルドやOPの差があるのはもちろんだが、あいつの方が小回りが利いている。

同じ道を通って俺は加減速の切り替えと加速度で勝っていたが、ほぼ最高速を維持したままで細い路地や急カーブを曲がられてはそこの減速分でロスが出る。

普段移動系PAでほぼ直線移動しかしていないツケか……。

「まだまだ、俺も至らないな」

今までの経験に加えてこの世界の、剣士としてのシステムを理解して使いこなさなければ、戦闘者としてのアドバンテージはそのうち無くなる。アークスのディアリーンを土台にして剣士のディアを新たに育て直す、その位の覚悟でやらねばなるまい。

「明日、一度エリスかキリトにもう一度基礎的な部分を習いなおすか」

正直、戦闘システムで良く分かっていないところがある、特にヘイトやスイッチのタイミングはまるで分らん。今後はエネミー相手でもスイッチをする機会は増えるだろうし、特に重点的に習い直すか。

老人に納品とクエスト完了の報告を済ませたノエルが戻ってくるが、報酬を確認した顔が嬉しそうににやけている。

「えへへ~」

「はぁ、どうかしたのか?」

「ちょっといいものが手に入ったんだー。これで欲しかったものは手に入ったし、万事オッケー」

「では、もう一度ルベリ―に戻るとしようか。少し、お前と行きたい場所があるからな」

「うん!」

あの後にもう一度行けるか確認して、イベントのインスタントマップでは無いことは確かめてある。

 

 

 

 

ルベリ―に戻り、リリーパ族に案内されたルートを辿っているとノエルが話しかけてきた。

「そういえば、クラリッサのことで進展があった、って言ってたけどどんな感じ?」

「昨日町を歩いていたらイベントが進行した、としか言いようが無いな」

サンドイッチ買った帰りに進行したとか、自分でも訳が分からん。

「やっぱり、変なクエストだね」

「そのあたりは、ゲームに詳しいエリスあたりに訊いてみないと分からないがな。他のプレイヤーたちは武器を入手するクエストとして進めているようだし、それを強引に改変している影響だろう」

昨日はデイアベルたちもこの町に来ていたし、元のクエストでは他の町で進行する予定だったのだろう。この世界全体が【仮面】や俺の影響で改変されているならば、創造主である茅場晶彦の思惑とは外れた、本当の意味で独立した異世界と化しているな

「それにしても、どこまで歩くの?」

「そこの角を曲がったところが目的の場所だ」

「ディアが連れて来るなんて、どういう場所なんだろ」

リリーパ族に案内された行き止まりにノエルと共に到着する。

夜闇の昨日と違って様子もはっきりと見え、午後の穏やかな日差しを受ける其処は池の中に浮かんだ花畑のように石碑を中心に色とりどりの花が咲く、穏やかな雰囲気を漂わせていた。

ちょうど芝生のように丈の短い草も生えており、一服するにはいい場所だ。

「どうだろうか? 気に入ってくれると嬉しいが」

「うん! 気に入っちゃた、綺麗で風が吹いてて気持ちいいし、なんだかのんびりできそう」

「そうか、それならば良かった」

喜んでもらえたようで安心していると、ノエルが草の上に寝転がった。

「はあぁ、芝生の上で寝転がるのは、気持ちいいね」

その姿に、マトイの姿が重なる。

いつだったか、おそらく深遠なる闇が復活する前、クエスト後の自由探索中にエネミーが出てこないエリアで休憩していた時に同じようなことしながら、同じようなことを言っていた。

「クク、アイツと同じこと言うな」

「あいつ?」

「現実にいる、俺の大切な人だ。そのうち紹介してやる」

俺のその言葉に反応して、起き上がって俺の方を向いたノエルが少しだけ真剣な顔をして言う。

「その前に、現実に帰らないといけないけどね」

「俺は現実に帰って、オラクルからお前を迎えに行かないと紹介できないな」

そうして、どちらともなく笑いだす。

まだ5%もクリアしていないゲームをクリアできるのはもちろん、その後のことまで話しているのだ。

法螺か何かと思われても仕方ないが、本気だ。

「さて、茶にしようか。ノエルは紅茶派だったな?」

「ミルクとお砂糖たっぷりのだよ」

「はいはい」

そのあとは他愛もないことを話した。

どこの飯屋が美味い、不味い、ネタとしか思えないクエスト、これまで過ごして来た中で、戦闘とはあまり関係ない出来事ばかり。

こうして振り返ってみると、2か月に満たない中で5層を上る間、戦闘ばかりしているようで意外とそうでない時間を持っていたことに気づく。

不思議なもので普段の息抜きでは全く気にもかけていない出来事が、こんなゆったりとした時間では一息抜けていた瞬間だと分かる。

「ヘクション!」

「寒くなってきたか?」

立ち上がったノエルと建物の隙間から見える夕陽を拝んでいると、ノエルがくしゃみを一つ。

冬に近い気候であることに加えて、このフロアでは元々が砂漠気候という事もあり日が暮れると一気に気温が低下する。

夕暮時ともなれば肌寒さを感じるし、軽装のノエルならばなおさらだろう。

「やっぱり、夕方になると寒い」

「仕方のない奴だ」

買ったばかりの新品だが、自分よりも先に他人に着せるとはな。

アイテムストレージから今日買った蒼いコート、アズール・コートを肩にかけてやる。

買う時は見た目≒値段だと思っていたので気にしなかったが、ちらっと見えたステータスはそこそこで今の装備の上から羽織って戦闘に持ち込んでも支障はなさそうだ。

「いいの?」

「これでもお前よりは厚着だからな、それに寒さは凍土で慣れてるから多少ならば問題ない」

とはいえ、日が暮れればいくらなんでも寒いので足早に宿屋へ帰る。

途中、ノエルに『少し買いたいものがあるから先に戻ってて』と言われ、返事をする前に人混みに紛れられた。

マップで位置を確認すると通りの店に立ち寄っている様だし、心配する必要もないか。

 

 

危ない危ない、ディアとお茶しながら綺麗なエリアに居たら、すっかり大事な買い物を忘れてた。

これが無いと、イマイチ今日が盛り上がらない。

「ディアも喜んでくれるかな~♪」

アークスにも今日を祝う習慣があるかは分からないけど、パーティみたいなのはいつやっても楽しいもんね。

「あとは、これを仕込んでっと」

食べても味を壊さないように甘いのと酸っぱいのをいくつかと、一つだけよく洗ったコル銀貨を入れる。

本当は指輪とかも入れたいけど、買えなかったし仕方がないか。

「うん、準備は万端。あとは」

ステータスウィンドを表示して装備をどんどん変えていく。

スカート、セーター、ケープ、それにさっきクエストで手に入った帽子と。

あとはシーツで包んでと。

「これで良しっと、どんな顔するかな?」

さて、楽しいイタズラの時間だよ。

 

 

一足先に宿屋に帰ると、思わぬ来客が待っていた。

「よっ、久しぶりだな」

「久しぶりです、ディアさん」

「ご無沙汰しています」

同じ宿にいるエリスは当然として、キリトにアスナ、ルチアまで揃っていた。

「久しぶりだな、相変わらずのようで安心した」

この階層に入ってからはクラリッサの欠片集めをメインにレベリングをしていたこともあり、攻略のメインとなる町を拠点とするキリトとアスナ、上層にいるとはいえ攻略組には少し届かないルチアと直接顔を合わせるのは久しぶりだ。

「ノエルの奴は一緒じゃないのか? ここに来たのも、メッセージで来て欲しいって連絡があったからなんだけど」

「そうそう。絶対に来て欲しいなんてメッセージが来たら、行かない訳にもいかないし」

そういう二人に事情を説明する、と言っても外出帰りの途中に何かを思い出して買い物に行ったというぐらいだが。

「ノエルらしいうっかりと言えばそうですけれど、他人を呼んでおいて買い忘れがあるとは……」

「あっ、大丈夫ですよ。時間まではあと30分くらいありますし、皆さんとお話がしたくて早く来ましたから」

「そうそう、3人と直接会う機会もなかったし、早く来ちゃたのよ」

そういうわけで、ノエルが来るまでの間4人で会話を咲かせる。

どこのダンジョンに変わったアイテムがあった、最新の攻略状況、効率のいいクエストの話、エリスとキリトのベーター情報、そんな話をしていると弾んだ声とともにノエルが帰ってきた。

「メリー! クリマスだよ!」

そう言う彼女の服装は緑のチェックスカートに白のセーター、赤のケープに、白いポンポンの付いた赤い三角帽子というもので、確かにクリスマスの・・・・・・。

「そういえば」

「今日は」

「クリスマスね」

「すっかり忘れてたけど」

4人でセリフを紡ぐが、クリスマスと言えば。

「氷上のメリークリスマス行けていないな」

ぼそりと、独り言が漏れる。

まぁ、この時期にあるというだけで、この世界にあるわけではないのだが。

「やっぱり。みんな忘れてるけど、今日はクリスマス、一年一度の祝祭だよ! というわけで、サンタクロースからのプレゼント!」

背中の白い袋、というよりは白いシーツをテーブルの上で解くと現れたのはクリームの上に赤い果実の乗ったケーキ。俗にいうクリスマスケーキという奴か。

「ささ、みんな食べて。ちょっと中に仕込んであるけど、ハズレはないから」

そういうと、手際よくケーキを五等分する。しかし綺麗に奇数個に分割できるとは、結構自慢できる特技ではないか?

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「いただきます!」

「うーん、いい匂い」

「ディアさん」

「まっ、ハズレはないから気にすることはないだろう」

一度クリーム充填の饅頭で痛い目に遭っているせいか、若干エリスは警戒する。

「私は最後のこれと、ついでにディアに紅茶を出してもらえれば……」

「残念だが、6人に振舞えるほどの備蓄はない」

確かにケーキと言えば紅茶の方がなじみ深いが、暖炉で暖まりながらクリスマスケーキというのは乙なものだ。

『いただきます』

めいめいにケーキをほおばると、ノエル以外の全員が驚いた顔をする。

「おいひーれふ」

「この世界で食べてきた中じゃ、一番かもしれんな」

「甘めのクリームと、中にある酸っぱいフルーツが合わさって、美味いな」

「私のは甘さの二段構えで、最後まで甘さを堪能できます」

「えっ!? 私とキリト君で中身違うの? 私のは甘いのが入ってたんだけど」

得意げな、しかし悪戯を成功させたときのニヤリとした顔でノエルがネタ晴らしをする。

「イタズラ成功かなー、ちょっとだけ中身に細工してみたんだ。いろんな味があった方が面白いし、交換もできるし。んっ、私のはラムレーズンみたいなのでちょっと大人風味」

そう言いながら互いに違う味も食べてみたいと少しずつ分け合い、ガヤガヤと楽しみながら食べていると口の中に違和感が。

自分の分のケーキを食べていると、妙に冷たく硬い食感が出てきた。

氷と違って解ける気配もなく、いつまでも無くならないので顔を背けてナフキンに吐き出して拭いてみる。

「・・・? 銀貨?」

それを見せると、ノエルが嬉しそうな顔でこっちを見る。

「大当たりだよ、ディア! それね、幸運の印。地球のイギリスだと、クリスマス・プディングって言ってドライフルーツを使ったクリスマスケーキがあるんだけど、それにならって入れてみたの。本当は指輪とか指抜きとかも入れて占いみたいにするんだけど、そういうのは買えなかったから」

なるほどな、コイツも色々考えていたわけか。

「へー、ノエルがそんなことを知っているとは、意外ですね」

「失敬な、これでもリアルだとケーキ屋の娘だからお菓子関係の知識はあるんだよ。ノエルっていう名前も、フランス語のクリスマスシーズンから取ってるし」

意外なところでノエルの名の由来が判明した瞬間だった。

「だから今日起きてからディアと一緒にいろんなお店に行って衣装を用意したり、思い出してケーキを準備したの。いやー、ほとんど毎日戦ってたせいで日付なんて気にしてなかったからね、危なかった」

その一言で全員がはっとする。攻略を進めることも重要だが、その中で休息することも一種のルーチンワークになっていた。

ノエルがクリスマスだと気づいたのも偶然に近いような休養日を設けたからで、普段通り過ごしていたら、今日が何の日かなんか気にせずにいただろう。

「攻略も大切だけど、たまにはいいでしょ? なにせ、1年に一回のクリスマスなんだし。ちょーっと、財布が軽くなり過ぎちゃったけどねー」

「なら、来年はみんなでやりましょうよ。こうやって集まって、もっと大勢で、衣装も普段着じゃなくてノエルさんみたいにして、もっと豪華なのを」

「ルチアちゃんの言うとおりね、今年はノエルちゃんのご馳走になったから、来年は私たちで、再来年からは全員で」

ルチアの意見に、アスナが賛同する。キリトやエリス、当然俺も同意見で頷く。

少なくとも、この世界にいる間は死ねない理由が全員に一つ出来た。クリスマスを毎年全員で祝うというシンプルな、少し子供っぽい、だけど大切な理由だ。

「じゃあ、来年は豪華なプレゼント期待しちゃうよ」

「楽しみにしてくれていいぜ、ビックリするようなアイテムを持ってきてやる」

「そうですね、今年のサプライズには届かないかもしれませんが」

「まっ、適当に探すか」

その後もささやかなクリスマスパーティは続き、時計が10時を示すころまで下らない話で盛り上がった。

 

これを目撃した他のプレイヤーたちの噂により、次の年からは様々な季節ごとのイベントが徐々に盛り上がるようになっていく。

 




どーも、読んでいただきありがとうございました。
更新遅いのに読み続けていただいている方には感謝を、初めて読んでいただいた方には更新遅いという告知を。


そして宣伝というか、うちのディアリーンが沖田佑士さんの作品に客演させて頂きました、本当にありがとうございます。
私のお気に入りから読みに行けるので興味がありましたら、というか私と同じPSO2×SAOの作品なので知っている人が多数と思います。
ついでに、あそこのシーンを映像で見たい人のためにリンク張っておきます。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm20879300
バトルシップはいいものです、一度も見たことのない方は是非見てください。

次回の更新も間が開くと思いますが、お楽しみに―


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第15話 堅牢なる真紅の骸甲

ドーモ、作者です

2か月ぶりの投稿なんてことになり申し訳ありませんでした、というか謝罪が恒例と化してる。

そんな亀更新ですが今後とも読んでいただければ幸いです。
それでは、お楽しみを。


先日のクリスマスパーティから3日、おそらく今年最後となるフロアボス攻略戦が始まろうとしていた。

 

「さて、諸君たちも知っての通り今回のボス戦はディア君に指揮を執ってもらう。一応、自己紹介を」

 

ボス戦の相手が相手のため、普段はディアベルが仕切るこの場も俺が仕切ることになった。

 

「ディアだ。ボスと類似、若しくは同一のエネミーとの戦闘経験があるという事で今回はディアベルの補佐のような形で指揮を執らせてもらう。知ってる奴も多いとは思うがボスの名前は【Rigsh-raider The crimson carapace】、HPバーは3段。偵察隊の報告は『どこからどう見ても赤いゼッシュレイダだった』そうだ。この中でゼッシュレイダを知らない奴は?」

 

集まったプレイヤーの内半数ほどが手を挙げる。

非PSO2プレイヤーはもちろんアークスでも遺跡エリアはある程度実績が無ければ入れないエリアだし、そこ以外のフリークエストだとラグネに遭遇することの方が圧倒的に多いから仕方がないか。

 

「知らない奴のために説明すると別のオンラインゲーム、PSO2に出てくるボスエネミーだ。平たく言えばジェット噴射で動き回り、背中の砲から炎弾をバラ撒く巨大な二足歩行の亀だな。弱点は頭部とダウン時露出する胸部のコア、それと破壊した砲。基本的な攻撃は両腕と尾の薙ぎ払い、尾の方は予備動作から始動までが短い上に往復だから周囲からの声かけと、ガードの向きに気を付けてほしい」

 

そんな説明をすると、久しぶりに顔を見た気がするクラインがポツリとつぶやく。

 

「それってガ〇ラ、若しくはカ〇ーバじゃねぇのか?」

 

その言葉に全員が頷く。

カメ〇バは知らないが、昨日説明したときもノエルにガメ〇と言われたな。

地球のトクサツと呼ばれるジャンルの映画に出てくるキャラクターらしいが、結構メジャーなのだろうか。

 

「まぁ、直接攻撃はモーションが大振りだからあまり警戒する必要はないが、注意すべきなのはボディプレスからのコンボ。甲羅に手足と頭、尾を引っ込めてボディプレスをしてから数秒後にジェット噴射で移動。そこで頭を出すが、それを引っ込める迄にダウンを取れなければ誘導付きの炎弾をバラ撒いて再び移動、そこからジェット移動+炎弾バラ撒きに繋げてくる」

 

その他、行動パターンは直線的だが一撃は重く、遠距離攻撃の炎弾は誘導性能付きで弱点部位以外は比較的硬めであること、四肢の殻は破壊でき、攻撃範囲・威力の縮小やダウンが誘発できることを説明する。

あらかたの質問も出尽くしたところで、今年最後の攻略戦が始まる。

 

「よし、みんなで新年を新しいフロアで迎えようぜ!」

 

ディアベルの言葉に全員が賛意の声を上げ、ボスフロアへと向かう。

 

 

 

ダンジョンの最奥、フロアボスの部屋に入ると何も居ませんね。

普通ならば奥に堂々と居座っていたり、すぐに何処からとも無く現れるものですが、その気配もありません。

 

「もしかすると、ディアさんがいるから?」

 

PSO2の大型エネミーが初めてフロアボスとして登場するなら、この前のダークファルス【巨躯】が復活した時のように予想外の出来事が起きてもおかしくない。

 

「可能性はあるな。この前のことが起きてからまだ1週間も経っていない、それで大型ダーカーがボスともなれば何かしらイベントが起きるかも」

 

「そうなると、少し厄介ですね」

 

「レア種がボスの時点で十分厄介だ」

 

呆れたようなディアさんと共に、もう一度を見渡してみると、突然部屋全体を振動が襲う。

何事かと思う間もなくフロアの天井が崩れ、大量の瓦礫と共に所々が赤く光る巨大な影が降ってくる。粉塵でよく見えませんが、あの大きさはするとボスでしょう。

 

「・・・【巨躯】やファルス・アームじゃなくて一安心だな」

 

「いやいや、ボス出てきたんだから戦闘開始だよ!」

 

「それじゃ、戦闘開始! タンクが正面でヘイトを取りつつ、側面から攻撃して右脚から狙っていくぞ!」

 

少し不安になりましたがボスの登場とノエルの言葉で気を取り直し、ディアさんが号令をかける。

今回の作戦は攻撃を一方向に誘引しつつ側面から攻撃。普段よりも人数が多めのタンクは半分ずつA隊とB隊に分け、ヘイト取りと炎弾バラ撒き前の攻撃役を交互に行う。

アタッカーも今回はAGIが高めのプレイヤーで編成し、炎弾バラ撒き前の移動に付いて行く。

 

「とりゃ!」

 

「はっ!」

 

「フンッ!」

 

充分にタンクがヘイトを取った状態で、左右の脚に攻撃を開始する。

幸いにも取り巻きがいないタイプなので、全員が目の前のボスに集中して戦える状況だ。

 

「タンク全員ガードを固めろ!」

 

戦闘開始からしばらく、B隊の指揮を執るプレイヤーの声に反応してA隊がガードを固め、攻撃隊は蜘蛛の子を散らしたようにリグシュレイダから離れていく。

直後、地響きと噴煙を巻き起こしながらボディプレスがタンク隊を襲う。

 

「タンク交代、それ以外は総員で追いかけるぞ!」

 

「よっしゃ!」

 

「急げー!」

 

その言葉が終わらないうち、噴出音と共にリグシュレイダが高速で移動を始める。

とはいっても、広いとはいえ所詮1部屋なのですぐに壁へとぶち当たり、多少跳ね返ったところで動きを止める。

そうして首を出したところを狙って。

 

「一斉攻撃! 何としても止めろ!」

 

その言葉を合図に各々の武器が色取り取りのライトエフェクトを纏って振り下ろされる。

 

「スイッチ!」

 

「スイッチ!」

 

その硬直をカバーするため、そして狭い場所で連続してソードスキルを打つため変則的ではあるがスイッチが行われる。

無数のソードスキルが頭部に打ち込まれ、時間にしてほんの10秒ほどで、1段目の1割ほどが削られる。さすがにそれだけの集中攻撃を受ければ……。

 

「よし、ひっくり返ったな。胸のコアと頭部に分かれて攻撃、打撃武器は今のうちに腕を破壊!」

 

頭部を攻撃していた中から両手武器のプレイヤー数名が胸のコアに取り付き、ハンマーやメイスなどの打撃武器は両腕を攻撃する。

事前に何も知らなければボディプレスからの移動に対応できず一回目は炎弾に焼かれることになっていたろうが、生憎こちらは何度も交戦済み、容赦なく攻めさせてもらう。

 

「ディアの指示、バッチリだな」

 

「初見じゃない敵だからな。思っていた以上に向こうと同じ動きをしてくれて助かってる」

 

レイジング・チョッパーを放ち、スイッチをする時にキリトと短い会話を交わす。

すでに1段目はほとんど削り終わり、この転倒中に2段目まで行けるかと思ったが、

 

「そう甘くはないな。総員後退、復帰時の高速回転に巻き込まれるなよ!」

 

四肢を振り上げる動作を見て、転倒からの復帰に入ることを全員に伝わるよう大声で叫ぶ。

殆どのプレイヤーは無事に逃げおおせるが、ちょうどソードスキルを始動していた何人かがキャンセルして後退に遅れたことで掠めるように攻撃を受け、調子に乗って大技を連発していた胸コア担当の一人が回転で吹き飛ばされる。

 

「大丈夫か!?」

 

「大丈夫じゃないけど、死んではいません」

 

「A隊は負傷者のガードに、B隊はヘイト取り、攻撃隊はさっきより狙われるから技の隙を狙うだけでいい。下手に回復が必要になるとヘイトが他所に向きやすくなるから、タンク以外は攻撃をしばらく控えるんだ」

 

ディアベルの指揮で隊が動き、負傷者のフォローと復帰までの時間稼ぎを行う。

あくまでも俺は攻撃への対処とタイミングを指示するだけなのでそっちに注力。

テク職が居ればレスタ撒いてもらって攻撃を継続できるんだが、今のところは範囲型の回復アイテムもスキルもないので負傷者の回復を優先するしかないのが課題か。

 

「いっそ、誰か一人か二人ソッチ系やりたい奴を探して、仲間に引き入れておくか」

 

そんな独り言を言いつつ、ちまちまと削っていく。

無事に負傷者も回復が完了し、脚部の破壊による転倒と集中攻撃で一気にゲージ2本目の半分まで削ったところでボディプレスからのジェット移動。

 

「今度も撃たせるなよ」

 

再び全員で追いかけ、リグシュが首を出すのに備える。

そうして、首を出したところで再び集中攻撃をかけ、ひっくり返したところでさらに攻撃を重ねる。

これで一気に3本目も削りたいが、最後の一本で今までのボスは確実にパターンが変化して来た。それに加えて5層目のボスだという事を踏まえると、向こうのリグシュと違うパターンが入ってくるか?

 

「ゲージが3本目に入ります。皆さん、一度退いてください!」

 

「了解!」

 

エリスの指示もあり、全員が一度退く。

予想通り、ゲージが3本目に突入した瞬間にダウン状態から強制復帰。

周囲に炎弾をばら撒きながら高速回転で周囲のプレイヤーたちを吹き飛ばすが、先程と異なり大したダメージは入っていない。そのかわり当たり判定があったプレイヤー全員が吹き飛ばされ軽いショック状態になっており、その中にエリスやアスナも含まれていた。

 

「うっぅ、フラフラ、する」

 

「ちょっと、油断しましたかね……」

 

「アスナ!」

 

「エリスッ!」

 

キリトとノエルが二人の方に向かう。

無事なのは10人程度、その面子で時間を稼ぐしかないな。

 

「ディアベル、ヘイトを取るから編成頼む! お前の方がこいつ等のスキルも装備も分かってるだろう!」

 

「分かった! 動ける者は各自で回復を、アイセルは動ける重装備プレイヤーをまとめてタンクを、クライン君たちは俺と一緒にアタッカーを」

 

「任せてください」

 

「応よ! ディアばっかに良いところは見せられねぇからな!」

 

ソロでも動けレベルの高い俺、クライン、ディアベルがメインでヘイトを取り、その3人が避けきれず受けるしかない攻撃をアイセルというプレイヤーを中心とした重装備の5人が臨時のタンク隊を務めて他所に行く攻撃を最小限にする。

 

盾でガードしながら上手く隙を突き上位ソードスキルを撃ち込むディアベル、強攻撃中心に硬直の短い下位ソードスキルを織り交ぜてコンスタントにダメージを稼ぐクライン、攻撃を見切って回避しながら弱攻撃と上位ソードスキルのコンボを繰り出し続けるディア。

ちょうど3人が互いの隙を埋めるようなバトルスタイルであり、ディアがまだ戦闘慣れしていない二人の隙をカバーすることでダメージ量自体は微々たるものだがヘイト取りには成功し、臨時タンク隊の活躍もあってどうにか広範囲技の発動は防げていた。

 

「炎弾来るぞ、タンク隊用意!」

 

「はい!」

 

リグシュの攻撃パターンは向こうでの発狂時とほぼ同じ、動作の高速化と腕の薙ぎ払い時にオーラ追加だが、それにSAOオリジナルで炎弾ブレスとその場で回転しての尻尾薙ぎ払い、背中の各砲台から単発の誘導炎弾。

誘導弾は背中の砲台5つの内、2つが転倒時に破壊されているため3発。

それをタンク隊が盾を打ち鳴らし雄叫びを上げ、場合によっては攻撃もすることで一時的にヘイトを移し、俺たち三人に来る弾の数を減らす。

 

「おわっ!? アブネー……」

 

「近くに来れば回転、離れれば炎弾、最後の一段で急にキツくなったな」

 

「とはいっても炎弾の当たりは重くないよ、片手盾でも十分ガードできている」

 

ショックから復帰してHPを回復するまではそんなに長くはないはずだが、こっちは回復する余裕もほとんどないので如何に被弾せずヘイトを取るかという難しい戦況。

ガードの削りダメや炎弾の爆風もあり、HPがジワリジワリと削られていく。

 

「ディア、俺が変わるからお前も回復して来い」

 

「タンクの人たちも半分は回復して、エリスがそれをまとめて新しいタンク隊にしたから、交代できるよ」

 

その声で振り返るとほぼ満タンまでHPを回復したキリトとノエル、その後方にはショック状態から復帰して再編成を終えた隊が揃っていた。

全員がショック状態から復帰して回復するまでの間、短くはない時間をどうにか8人でしのぎ切った。

 

「そうだな、少し休ませてもらおう」

 

「俺も盾の耐久値が危ないから、一回下がって装備を変えたらまた出させてもらおう」

 

「一回下がって回復だな、ちょーっと無理し過ぎた」

 

ディアたち8人と交代でエリスによって再編成された隊が前に出る。

当然エリス本人やキリト達も攻撃隊としてその中にいるので、攻撃隊は年長者と年少者が交代する形になる。

 

「どうにか、なったな」

 

「とはいっても、最後はキリト君たちに任せることになってしまったね」

 

「まっ、仕方ねーだろ。俺たちとキリト達の立場が逆だったかも知んないしよ、そこは運ってやつだ」

 

二人と苦酸っぱい回復ポーションを飲み干すと、無事に体力は安全圏の8割程まで回復。

クラインとディアベルは6割強、まだ前には出られないか。

 

「じゃ、俺はキリト達に混ざってくるか」

 

「……タフだね」

 

「マジかよ……」

 

終焉なんてこれを30分近く続けるのだから、1WAVE程度の戦闘は大した問題ではない。

あっちだとビブラスを4人程度で仕留めなきゃならんこともある。

それでも、疲れてはいるので軽くちょっかいをかける程度でメインはエリス達に任せてサブアタッカーに専念。

 

 

そこから10分後、最後の1段がようやく削り切れるところまで来た。

 

 

「これで、止めだ!」

 

残りのゲージ量を見て、上位ソードスキル一発で削り切れると踏んだクラインだったが。

 

「グワォッー!」

 

「へ?」

 

「セイヤッ!」

 

ほんの僅かに削り切れなかったらしく、硬直を狙われて反撃した隙をディアが突いてLAボーナスを掻っ攫って行った。

 

「まぁ、運が悪かったと思ってあきらめろ」

 

「マジかぁー!?」

 

ディアの攻撃が決まりリグシュレイダがポリゴン片、ではなく赤黒い粒子と化して消滅する。

ダーカーお馴染みの現象だが、初めて見るプレイヤーたちは何事かとざわめき、ソレが完全に消え去ってから【CONGLATULATION】の表示が出たことでその場は歓声に包まれる。

 

「お疲れ、ボス攻略完了だな」

 

「キリトも、ご苦労様。エリスも臨時の隊編成してくれて助かった、おかげで凌ぐ時間がだいぶ短くなった」

 

キリトとエリスをねぎらっていると、後ろから誰か、多分ノエルが近づいてきた。

 

「ディーアー、私だってエリスのこと運んだり動ける人に連絡して頑張ったんだけど―」

 

不満げな声と共に揺さぶられる、というかノエルのステでも身長差20センチ程度なら揺さぶれるのか、ステータス恐るべし。

 

「分かっ、たから、揺さぶるのをやめろ」

 

適当に、それでも要点をかいつまんで労う。

 

「エリスの護衛とサポートご苦労。今回みたいに誰かが動けなくなっても、ちゃんとやることは分かっているようで安心した」

 

「さすがに5層まで一緒にいれば何をしなきゃいけないとかは分かるからね」

 

流石に2か月近く戦いの中に身を置いていれば、泣き虫だったこいつも成長せざるを得ないか。

 

「そうだな、その調子でこれからも頼む」

 

さて、扉も開いたことだし次のフロアに行くとするか。

 

 

 

リグシュレイダが守っていた扉を抜けて、長い階段を上ってきた攻略組がざわめきだす。

出口の方から冷気と共に白い物が入ってきたからだ。

 

「これは、雪か?」

 

「本当だ、最近寒くなってきたとは思ったけど、雪まで降ってきたんだ」

 

アスナとキリトの会話を聞きながら【巨躯】の封印されていた側のナベリウス、凍土付近を連想してしまう。元々寒冷なフィールドだったのか【巨躯】復活の影響で寒冷化したのか、どちらにせよ第五層で買ったコートが役に立ちそうだ。

 

「ふぅ、さすがに風を凌げるのはいいな」

 

ストレージからアズール・コートを取り出してと着込む。戦闘中に着てもいいのだが、曲刀だと柄が片手ほどしか無いせいで抜きにくく、今回のボス戦では脱いでいた。

 

「サンタ装備、防寒目的に着ておこうかな」

 

ノエルも寒くなってきたのかサンタ装備からケープとセーターを取り出す。

元々コートを着ているキリトはいいとして、アスナとエリスは大丈夫だろうか? 二人の方を見ながら階段を上っていくと、出口が近づくごとに寒そうな顔をしている。

 

「寒いです」

 

「キリト君、ちょっと上着借りたいんだけど、ダメ?」

 

「俺も寒い」

 

「スマン」

 

女性には優しくしろと言いたいところだが寒さには勝てず、男性陣二名とも拒否。

さすがにこの寒さだと女性陣も無理は言えず、出口に到達するまでディアとキリトが風よけになることで手打ちとした。

 

 

 

「風が無いと少しは温かいわね」

 

「それに、ちょうどいい感じでノエルも温かいですし」

 

「……」

 

ディアとキリトさんの後ろを歩きながら湯たんぽ代わりにエリスとアスナさんに左右から挟まれてるんだけど、左右から服越しでもわかる柔らかいものが当たってくる。

思わず自分のソレを見てしまうと、そこまで大きくはないことを確認してしまってなんか悲しい。

 

「せっかくキャラクリでお姉さんキャラにしたのに……」

 

身長の高いディアの隣に、あの格好で並んでいたら少しは相方らしく見えたかもしれないのに。

でも、リアルと同じ姿になったからディアと会えたわけで、そう考えるとちょっと複雑。

 

「でも、今のノエルちゃんも可愛いからいいと思うわよ? 性格を誤魔化してお姉さんキャラを演じるのも疲れちゃうし、ディアさんも見た目とかよりも実力と気が合うかみたいなところでパーティ組んでる気がするし」

 

「あー、それ結構当たってますね。私がパーティを組んで手伝いするときに一緒に来てもらっても、気が合う・合わないでちょっと雰囲気が違いますから。合う時は結構勢いで行っちゃう感じですが、合わないときは基本に忠実な感じですね」

 

確かに私やエリス、アスナさんやキリトさんと戦っているときは少し楽し気に戦ってる感じだけど、キバオウさんやディアベルさんのパーティに混ざってる時は連携をうまく合わせるように気を使ってる感じがする。

 

「ロールプレイもいいけど、生きていく時まで役割を演じるのはつらいし、やっぱりこのままでいいのかな?」

 

 

 

そんな会話をしているとは露ほども知らず、ディアとキリトも会話していた。

 

「そういえば、アークスにも色々いるのか?」

 

「色々、の種類にもよるが割と何でもいるだろうな」

 

見た目だけでも年齢なら幼女から爺、性別と外見が一致しないのは当たり前、変形するキャストや御伽噺に出てくる怪物に扮したデューマン、どう見ても痴女・痴漢としか思えない過激な格好をする連中までいる。

 

「外見もそうだけど、俺が訊きたいのはアークスの世代だよ。こっちだと第何世代とか聞くけど、詳しいことが何も分からないからさ。せっかく本物のアークスがいるなら訊いてみようと思って」

 

ソッチの話か、と言ってもそんなに複雑な話ではないがな。

 

「第1世代型は文字通り一番最初のアークス、オラクル創設時にフォトナーどもが攫ってきた、ある惑星の自分たちに似た姿の人型生命体にフォトンを扱う能力やその他諸々、ダーカーと戦うのに必要な能力を遺伝子操作やら何やらを使って付与された世代だ」

 

現在だとレギアスやマリア、非戦闘員だがジグもその中に含まれる。

 

「結構、エゲツナイな」

 

「当時はダーカーもダーク・ファルスも最大勢力を誇った時代だからな。フォトナーとしては手段を選ぶ余裕もその倫理も無かったようだ」

 

とはいえ、自分たちの不始末が原因でも【深遠なる闇】を放置すれば宇宙全体の生命に対する危機なので、大局から見れば小の犠牲で大を救う判断ともいえる。

現在ではフォトナーはほぼ死んでいるし、自分たちの生まれをどうこう言う相手がいないこともあり、アークス内でもそのあたりを気にするものはほとんどいない。

 

「その次の第2世代と第3世代の区分は曖昧なところがあるな。第一世代以降で特定クラスに対して適性を持つというのが第二世代、複数のクラスに自在に変えられるのが第3世代だ」

 

「って言われても、プレイしてる時は第3世代アークス扱いで、しかもいきなりクエストやらされるから良く分からないんだよな。ライブラリでも突然変異でフォトンを自由に変えられるようになったとしか書いていないし」

 

とはいっても、アークスですらそこの区分は曖昧なので上手く説明できるか分からない。

 

「知っての通りほとんどのアークスはサブクラスも含めれば2~3程度のクラスを鍛えているし、第1世代と違ってクラスではなくて打撃・射撃・法撃の3系統で適性を見ているから、どっちつかずの第2世代は第3世代のように複数のクラスに適性が掛かっているのもいるし、クラス変更しても一応は戦えるからな」

 

前者はハンターからファイターに転向したパティ、後者は打撃と射撃の両方をそこそこ扱えるアザナミが当てはまる。ゼノや一時期のエコーのようにサブが自分の適性と一致していればメインの武器を扱うにも支障も無し。あるとすれば多少威力が落ちる程度だが、それも武器の性能でカバーできる。

 

「結果的にブレイバー・バウンサーみたいな複数の系統にまたがるクラスを創ることになったし、強いて言うなら個人の質が安定しているのが第2世代、その系統を後天的に変更できるのが第3世代か」

 

個人的な所感も含めてだが、外から見る部外者であるキリトに中の世界を少しは知ってもらえただろうか。

 

「なるほどな。しっかりとどこからどこまでが第何世代とかじゃなくて、フォトンを扱う能力で決まってるのか。それだと、細かいところが説明しにくいのも納得だな」

 

一応、キリトなりに納得はしてくれてようで安心する。

視線を上げるともう間もなく出口のようだ。細い通路から出れば、少しは風も弱くなるだろう。

 




今話もお読みいただきありがとうございました。

更新遅いのに読んでくれている皆様には感謝を、初めての方には亀更新でよければお付き合いを。

今回登場の重装備プレイヤー:アイセルですが名前の元ネタは神の使いを2体まとめて相手取る人間、氷川誠です。Ice River → Icer →Icelという感じです。

書けるときに書いて投稿しますので、次回もお楽しみください。


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第16話 アインクラッド・ニューイヤー

昨年末に行われたボス戦から早くも4日、雪と氷に覆われた第6層の攻略はその気候もあり過去の階層よりもペースが鈍い。しかし攻略組内でも無理に攻略を進める動きは無く、天候に恵まれた合間に幾つかの村や町を拠点として着実に攻略範囲を広げていた。

またアルゴから少なくとも1月前半、アインクラッドでいう元の月前半は荒天が続くという情報がもたらされたこともあり、新年は普段と異なりどこかのんびりと迎えることができた。

 

 

「新年、あけましておめでとうございます」

 

「新年おめでとう、今年もよろしく頼む」

 

「あけましておめでとうございます」

 

アークスと地球、多少の違いはあれど新たな年を祝うという事に変わりはないのでディア、ノエル、エリスの3人も新年の挨拶から元日は始まった。

 

「さて、何をしようか?」

 

「一応新年セールみたいなお店のイベントはやってるけど、買うものもないからね」

 

「そういうと思って、実はこんなクエストの情報が」

 

流石ナビゲーターといったところで、自信ありげなエリスが持ってきたのは《祥牛の落とし物》というクエスト、見たところアイテム収集系のイベントだな。

 

「ふむ、《ラッキー・カウカウ》というモンスターの落とすアイテムを集めればいいのか」

 

ついでのように《ラッキー・カウカウ》の情報も出てきたが典型的なイベントモンスター、硬い・速い・タフと三拍子そろった上に出現率も微妙に低い。

 

「あっ、エリスが狙ってるのはこっちの方?」

 

モンスターの情報と出現パターンから、効率のよさげな狩場を考えているとクエスト情報を眺めていたノエルがある項目を指さした。

どうも、メインとは別にサブのターゲットと報酬が書かれていたらしい。

 

「よく気が付きましたね、ノエル。こっちの《ニュイヤ・カウカウ》を倒したときにドロップするアイテムを、あるNPCに渡すと武器やアイテムと交換してくれるんですよ。しかも経験値も高くてそこそこ良い素材を落とすとかで、新年の運試しにはもってこいじゃないですか?」

 

「面白そう! ディアもやるでしょ?」

 

クエスト自体も報酬はまずくなさそうだし、ついでの運試しにも興味はある。

それにしても、季節限定で現れてそこそこの素材を落とすとは、まるでラッピーやニャウのようなモンスターだな。

……ラッピーはともかく、ニャウは出てきそうで怖い。何故だろうか?

 

「そうだな、たまにはこういう運任せなものもいいだろう。せっかくの期間限定クエストだ、回せるだけは回してみよう」

 

交換アイテムなら多いに越したことはない、アークスバッチやその他のアイテムのようにクエストの受注期間を過ぎても交換できる公算も大きいしな。

 

 

 

 

新年クエストを受注し、ディアたち3人は6層主街にほど近いフィールドでカウカウを探していた。

幸いというべきか晴れ間は無いものの天候は落ち着いており、時たま雪がちらつく程度だった。

 

「あっ、二人共こっちに来て」

 

小声でそう言いながら手招きするノエルの元に向かうと、茂みの向こうにカウカウがいた。

 

「ディアさん、まずは短剣の投擲で動きを止めてください。ノエルと私がその間に仕留めます」

 

「分かった」

 

投擲スキルが高く、普段でも弓の代用として使っているため慣れているディアにとってその程度なら容易い。

投擲のソードスキル《シングルショット》を命中させ、先制攻撃ボーナスで怯んだところをノエルとエリスが袋叩きにする。マスコットのような牛に翼が生えたファンシーな外見なので若干遠慮気味ではあるが、怯み続けている間にHPがゼロになる。

 

「これでアイテムゲットですね」

 

「ちょっと可哀そうだけど、仕方ない…って? あれ?」

 

HPがゼロになるとこの世界のモノはすべて青いポリゴン片となって霧散する。

ダーカー系を除いてアイテムであっても耐久値が0になれば消滅するし、武具も残り耐久値を大幅に上回るダメージを受ければ同様、のはずなのだが目の前では違った現象が起きていた。

 

「落とし物がフィールドドロップで、カウカウが残ってる」

 

「さすがにマスコット的なモンスターですから、ポリゴンになると罪悪感があるだろうという運営の配慮でしょう」

 

そんな会話をしながら落とし物を回収しているノエルとエリスの横をツカツカとディアが歩いていき、カウカウの前で何かを待つようにじっと佇む。

 

「?」

 

「?」

 

何をする気なのかと二人が見守る中、回復したのかフワリと飛び上がったカウカウ目掛けて……。

 

「てい」

 

問答無用で、落とし物をしたから見逃してくれると安心しきった顔面に青く光る正拳、体術ソードスキル《閃打》を打ち込む。

その光景を横から見ていた二人は一瞬何事かと思うが、猛烈なスピードで上空に飛び去っていくカウカウを見て安心し、地面を見ているディアに詰め寄る。

 

「ちょ、ディアさん!? 何するんですか! 追剥とかいくらモンスター相手でも酷過ぎます!」

 

「そうだよ! あんなに可愛いんだから、そこまでしなくてもいいでしょ!」

 

約150センチの少女2名に180近い男が凄まじい速度で揺すられる。

現実なら不可能だが、ステータスがすべてのこの世界では多少のレベル差があれどこの程度なら問題ない。

 

「ヤメロ、さすがに少し気持ち悪い。というか、ハラスメント警告出るぞ」

 

一応、パーティメンバーは互いに接触する可能性が高いので故意に触ってもハラスメント警告は猶予されるが、あまり長時間触ると不快な痺れに似た感触が送られてくる。

 

「っと、それはさすがによろしくないですね」

 

「あれ、前に一回ディアに触ったときに来たけど、正座とかで痺れるのを大分強烈にした感じだよ」

 

あぁ、パーティ解散した状態でイタズラされたときのアレか。

人混みに紛れていたから気付かなかったうえに、急にハラスメント警句は出るわ、ノエルが変な声出すわでこっちも驚いた。

 

「ノエル? いたずらは程々にいつも言っているでしょう?」

 

「アッ、ハイ」

 

「ディアさんも、偶には叱ってください。私が言っても上の空というか、こんな感じなので」

 

「アッ、ハイ」

 

横道にそれたが、話が本題に戻る。

カウカウにいきなりソードスキルを当てたディアの真意だ。

 

「いや、消滅しなかったものだから殴るのが当然だと思ったのだが、ダメか?」

 

何故非難されているのか全く分からないといったふうでディアが答える。

そこにはカウカウが可愛いとかそういう事情は全くなく、当然のことをしたのに何故、という疑問があった。

 

「普通は殴らないと思うよ」

 

「一度倒した相手を攻撃するのは死体殴りと言って、嫌う人もいるんですよ。このゲームだと死体は大抵ポリゴン片になりますが、今回みたいに残る場合はそれ自体がアイテムやイベントの進行に関わる場合もあるので猶更ですね」

 

ふむふむと、初めて知ったと言わんばかりにディアが頷く。

そうして、カウカウを殴った理由を話す。

 

「ラッピーはさすがに分かるな?」

 

二人が頷く。

ラッピーとはたまにどこからとも無く現れる原生でないエネミー、俗にいう超時空エネミーの一種で黄色い雛鳥のような外観をしている。モフモフとした抱き心地でアークスの中には愛好家も存在するが、大抵のアークスは見つけ次第、そこらのエネミーよりも優先して撃破にかかる。

 

「あいつらはフォトンの影響を受けやすくてな、季節ごとのイベント時なんかにはアークス全体の雰囲気で見た目が変わる。その時に特有の特殊能力が付いた装備を落とすんだが、その確率が低い。それを少しでもカバーするために起き上がり際に攻撃して再度ドロップさせる」

 

ここまでの話で、何となく二人にも分かった。

 

「つまり、普段の癖みたいなものなんだ」

 

「アークスの殺伐とした事情が……」

 

二人から呆れた目線を向けられる。

とはいえ、当たり判定が残っていたのは事実なので念のためログをスクロールしてみると《???》という何か分からないアイテムがドロップしていた。

やはり、何事もやってみるものだな。

 

「何が出るかな?」

 

一応、空きスキル枠に《鑑定》を入れているので落とし物程度の鑑定なら出来る。

空きに詰めておくなら実用主義という事でエリスに勧められたものだが、武具も大まかな能力値と種類くらいならば分かるので余計な鑑定をせずに済むのでそこそこ使っている。

 

「《カウカウのベル》か。種類は鉱石扱い、後で鍛冶屋で精錬してもらうか」

 

「一応、納品の時に確認してみましょうか。それもカウカウのドロップアイテムには違いありませんし、何かもらえるかもしれません」

 

その後もカウカウを探しながら、ついでに消耗アイテムの調合素材なども採集しつつ主街区の周りを歩きまわる。出現確率は何処でも同じなので、天候悪化に備えて多少ポップが悪くてもあまり街から離れない方がいい。

 

 

 

「ていっ」

 

ぺちん

 

「モウゥ・・・・・・」

 

落とし物目当てとはいえ、死体殴りに近いことをするのは気が引けますね。

扱いとしては気絶から覚めたところを驚かせているのでしょうけど、一度倒したモンスター、しかもマスコットのような可愛い子を攻撃するのは少し後ろめたい。

 

「ニュイヤ・カウカウは全体の3割程度か、もう少し多いと思っていたんだがな」

 

対するディアさんは容赦なく攻撃してHPを削り切り、起き上がる瞬間に攻撃をして落とし物を集めていた。

 

「ディアの眼が心なしか死んでる」

 

「仕方あるまい、数を集めるタイプのクエストだと同じような場所で同じエネミーを何度も倒さねばならん。そんなにもなる」

 

「ノエルも似たような感じですし、私も飽きてきたので休憩にしましょうか」

 

流石に2時間近くも同じ相手ばかりだと飽きてきますし、このまま続けるよりは仕切りなおした方がいいですね。とりあえず街まで戻り、適当なベンチにでも座って休憩しましょうか。

 

3人で周囲の警戒をしつつ、街の入り口まで戻っててベンチに座ると、ディアがカップを、ノエルとエリスが菓子を取り出す。

コーヒーだけでは味気ないとディアに菓子を差し入れていたのが始まりだが、いつしか小休憩の時にはディアが飲み物を、ノエルとエリスが菓子類を用意するのが定番になっていた。

 

「今日は新年なので紅白の餅、ならぬパンです。中にクリームが入っているので食べるときは気をつけてください」

 

「紅茶だが、少し渋みが強い。ミルクはあるから好きに使ってくれ」

 

少ししたところで、エリスがディアに質問を投げかける。

 

「ディアさん、アークスの新年ってどんな感じなんですか? 私がPSO2をやっていた時はニューイヤーカーニバルとかのイベントで盛り上がってるって感じましたけど」

 

地球の新年とアークスの新年でどんな違いがあるのか、この際なので訊いてみる。

異世界というだけでも十分興味は湧くし、何よりも今まで仮想の世界だと思っていた場所が実在して、そこの人と話せる機会なんてそうそうない。

 

「んー、大体はショップエリアで新年を迎えるアークスが多いな。知っているとは思うがショップエリア中央にいきなり神社が現れるから、それと同時に新年の挨拶を周りにいるアークスやチームのメンバーと交わしておみくじを引くな」

 

ふむふむ、意外と普通ですね。

てっきり変わった風習やイベントでもあるのかと思っていましたが、そこは地球と変わりないようです。

 

「で、大体新年の運試しで緊急クエストに行って一暴れする。なにもレアなものは出ないが、おみくじの結果を貶したり喜んだり不幸を早々に使い切るなど、一種の厄落としだ。その後は大体寝るな」

 

ノエルともども、その発言に思わず唖然としてしまう。

 

「ね、寝正月ですか」

 

「アークスのお正月、意外と平和だね」

 

「それもあるが年末はやたらと緊急クエストやイベントが多いし、特に31日は朝から晩まで緊急クエストのオンパレード、おのずと年明け初日は緊急クエストの頻度が下がるから一息つきやすい。そのおかげで1月1日の午前中は何処も暇なアークスで溢れてる」

 

もっとも、午後になると起きてきたアークスや年末年始を一般居住区で過ごしたアークスがいつもの習慣でクエストに行くので普段とそうは変わらないらしい。

それにニューイヤーカーニバルも年明けすぐに始まるので、ディアさんを含めて装備や特殊能力を考えて必要な素材を集めだすアークスも多いとのこと。

 

「結局、一年中忙しい感じなんだね」

 

「それでも一応は新年らしいことはするんですね」

 

「季節イベント初日の午前中くらい、それなりにそのイベントそのものを楽しむさ」

 

そのあと地球、特に日本でのお正月の過ごし方について教えると、おせち料理や門松などPSO2内でもルームグッズとして実装されているものに強い関心を持ったらしく、熱心にその意味や作り方を二人に尋ねていた。

 

 

「うーんっ、そろそろ休憩も終わりにしましょうか。アークスを見習うわけではありませんが、クエストを進めてしまいましょう」

 

ディアとノエルがそれに頷き、食器類をストレージに戻していると息せき切って見慣れた少女が駆けてきた。

 

「はぁっ、はぁっ、ディアさん、姉さんたちが、エリスさんとノエルも」

 

「わわっ、とりあえず落ち着いて」

 

「落ち着けルチア。なんでメッセじゃなく直接呼びに来た、お前の姉に何があった?」

 

何で来たかを全部説明させるのは無理そうなので、最低限必要な2つを訊く。

 

「メッセ打つ余裕もなくて、姉さんたちがモンスターに襲われてて、私が助けを呼びに来て……」

 

その間にノエルとエリスの方を見ると二人ともフル装備状態で頷く、この世界でこんなに焦って他人を呼ぶとすれば、考えられるのは1つ。

 

「大丈夫ですよルチアさん、一人でも逃げられるなら6人がかりで倒せないモンスターではありません。最悪の場合は私たち3人で足止めしつつ逃げますから」

 

ルチアの先導で街を出てフィールドを駆けると、その中で風切り音に交じってルチアの声が聞こえてくる。

 

「あの茂みの向こうです!」

 

ノエルと顔を見合わせてお互いに頷き、AGI全開で加速する。

 

「イイィッヤァッーー!」

 

走ってきた勢いを上乗せして軌跡を描く飛び蹴り、体術ソードスキル《ストライク・シュート》を巨大な獣人モンスターにブチかます。助走が必要で始動モーションが長いのがこのスキルの欠点だが、今回のように助勢として駆け付けた際の初撃としては威力・ノックバック値共に申し分ない

 

「これでも、喰らえっ!」

 

そこにノエルの追撃が加わり、大きくのけぞる。

 

「お二人とも、ヒール!」

 

その隙に、エリスが最大HPの25%を即座に回復させる《治癒結晶》を使ってエリスの姉ともう一人のプレイヤーを回復させる。《結晶アイテム》は《ポーション》と異なりその大半が即座に効果を発揮するが、その代わりに高価なアイテムで常用するには負担が大きい。

とはいえ、そんなことを言ってられる状況ではない。

 

「た、助かったー」

 

「ごめんなさい、私のせいで貴方たちまで」

 

「困ったときは助け合いですよ、お気になさらないでください」

 

二人に追加のポーションを渡したエリスと、その様子を見て落ち着きを取り戻したルチアを交えた四人で改めて獣人モンスターと対峙する。

見た目はキングイエーデに近いが、ところどころに氷のような甲殻がある様はロックベアにも見える。とはいえ、それ以外の獣人型エネミーを知らないんで例えようもない。壊世種? あれは論外だ。

 

「気を付けてください、あの体格ですが結構素早いです。それに、って避けてください!」

 

ダウンから復帰して早々、足元をすくいあげるようにいくつもの雪塊をこちらに放り投げてくるが誘導でもついているのか微妙に追いかけてくる。しかも、タイミング悪く4人で密集していたためピンポイントで降ってくる。

 

「ぬぅ!?」

 

ギリギリまで引き付けて曲刀で弾こうとしたのだが雪の塊ゆえなのか当たった瞬間に砕けず、崩れて自分の周りに降り注ぐ。行動不能になるようなほどではないが、視界は奪われ寒いのであまりよろしくない。

雪にまみれたまま戦闘を続行しようとするとルチアが声をかけてきた。

 

「その雪、直撃すると《雪だるま》状態になりますから、ガードしても短時間に連続で当たるとアウトなので可能な限り避けてください」

 

「面倒な……」

 

《雪だるま》状態は文字通り身体が雪にまとわりつくことで雪だるまのようになる状態異常だが、6層に入って発見された当初は恐れられていた。見た目の通り手も足も出ないので回復アイテムも使えず、動作も鈍くなる。そこに攻撃を喰らって死亡、という流れが危惧されたのだが実際はそうならなかった。

理由は単純、ほんの僅かでも外部から衝撃を与えれば解除されるからだ。

 

「あー、さっきのアレで複数人やられると中々きついねー」

 

「すみません、私たち三人だと順番で解除してるうちに攻撃できなくなって」

 

「確かに、片手剣・長槍・短剣のパーティだと投擲持ちが居ない場合は辛いですね。それで逃げられず、かといって倒せるわけでも無く、仕方なく応援を呼びにと」

 

ルチアたちのパーティとレイド組んだことになり他の二人の名前とHPも表示される。

そこから結晶での回復分を差し引いてみると、ディアア達3人がついた時点でのHPはオレンジをやや下回った程度だったことが分かる。

 

「まぁ、4人でボコってしまうか」

 

攻撃を避けつつ左右から連続攻撃、特にノエルとルチアの長槍コンビが抜群のコンビネーションを攻撃を繰り出して俺とエリスの大技を当てる隙を作る。

途中で俺とルチアが雪だるまになったが、ヘイトが0に近いルチアたちのパーティ二人が戦闘に復帰しながら割ってくれたおかげで事なきを得る。

 

「助かった」

 

「ありがとね、シャサ」

 

「いえ、こちらこそありがとう」

 

「いいってことよ、サクッと片付けちまおうぜ」

 

そのまま戦闘を続けること数分、無事に獣人モンスターを倒して一息つく。

 

「いやー、新年早々大暴れだねー」

 

「やれやれ、多少はゆっくりと過ごせると思っていたんだがな」

 

苦笑いするノエルをからかうようにディアが軽口をたたく。

切羽詰まった様子のルチアを見たときは多少焦ったが、思っていたより深刻な状況ではなかったことで肩の荷が下りたこともあるのだろう。一方、ルチアたち3人のパーティはようやく危機的状況から脱したことでその場に座り込んでいた。

 

「お正月に死ぬなんて、危うく不幸の中の不幸を貴方たちに振りまくところだったわね」

 

「アネットさーん、冗談で済んでよかったじゃん」

 

「姉さんもシャサも、生きててよかった……」

 

そんな中、エリス一人だけは何か考え事をしているようだった。

納得がいかないような、そんな表情だ。

 

「どうかしたか?」

 

それに気付いたディアが声をかける。

 

「いえ、さっきのモンスターのことについて少し気になることがありまして」

 

「気になること?」

 

戦っていて、特に違和感を覚えなかったディアが訊き返す。

思い返してみても、特に変わった様子は見受けられなかったはずだ。

 

「あのモンスター、普通のフィールドモンスターではないような気がするんですよ。攻略組でもトップクラスの火力を持つディアさんとそれに劣るとはいえ同じく攻略組のノエル、二人のソードスキルを喰らって短時間のノックバック程度で済み、適性レベル以上のプレイヤー6人がかりですぐに仕留められないモンスター。もしかして、イベントモンスターやフィールドボスだったではないとかと思いまして」

 

「ふむ、言われてみればそうかもしれないな」

 

攻撃も人数が居れば容易に対処できるものだが最低でも4人(フル)パーティ、出来れば今回のように6人程度いるのが好ましい難易度だ。

基本的にこの世界は理不尽なほど強い敵はおらず、居たとしてもボスモンスターのように意図的な穴や弱体化の方法を持っている。今回であれば人数を増やすことがそのまま対策になった。

 

「あまり考えたくはありませんが、MPKの可能性もありますね。念のため、今度の攻略本に要注意モンスターとして載せておきます」

 

「MPKとなると仕掛けてきたのはそれなりにレベルが高い奴だな、一定のヘイトを取りつつモンスターを誘導して他人に押し付けるには攻撃にある程度耐えられるスキルと装備がいる。ここ最近はレッドプレイヤーも現れたというし面倒なことだ」

 

レッドプレイヤー、つまりは殺人者。

先程のMPKのように偶然を装った形ではなく、故意に他のプレイヤーを殺害したプレイヤーが存在している。全体がアインクラッドの攻略に専念しているわけではないとはいえ、得になるわけでも無い殺人行為を犯すプレイヤーがいるのも、異世界と化したSAOならではというべきか。

 

「嫌ですね、意味のないPK。しかも、本当に人が死ぬのに」

 

「連中にはその自覚が無いのだろう。ここはゲームで外に出るまで本当のことは分からない、だから好きにすればいい、そう思っているのだろう」

 

片や陰鬱に、片や呆れたとした調子で話す。

攻略以外にもこの世界から抜け出るためにはやらねばならないことが多すぎるな。

 

 

 




ドーモ、作者です

平常運転な久方ぶりの更新です。
誰も感想書いてくれないのでちょっと寂しかったりします。

亀か? 亀更新だからか?


そんなことより皆様は最近どうお過ごしでしょうか、作者はいい加減に全種に交換以外の方法で手に入る14武器実装しろと憤っております。

それではみなさん、さようなら、さようなら


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第17話 灼・熱・少・女

ルチア達のトラブルはMPK疑惑を残したままだが全員で街まで戻る。

ディア達3人は休憩の途中で、何よりもルチア達のパーティが精神的に参っていた。人通りのある場所で話すのもということで適当な店に入ると、同年代の同じ性別相手の方が気が楽だろうと言い残してディアは報酬の交換へ行ってしまった。

「とりあえず、なにか頼む?」

ノエルがそう言うと、各々が飲みたいものを注文する。

ルチアたち3人はまだ先程までの出来事が頭から離れないのか少し強張った表情をしていて、エリスもその状態で下手に声をかけることは出来ないでいた。

飲み物が運ばれ、湯気と甘い香りを立てるそれに口をつけるとようやく彼女たちもほっとしたのか、ルチアが改めてお礼を言う。

「2人とも、それにここには居ませんけれどディアさんも、助けていただいてありがとうございました。ほら、シャサも姉さんもお礼を言わないと」

シャサっていうのはこっちの茶髪に半袖ジャケットの人で、ルチアと同じ白髪の人が…?

「ルチアの姉のアネットよ。別に、ダジャレのつもりは無いわ」

どこか影のあるような感じだけど、美人さんだ。

ルチアが快活な姫騎士なら、アネットさんは深窓のお姫様ってところかな?

ノエルがそう思っているともう一人の少女が見た目通り快活な声を上げる。

「アハハ、アネットさん誰もそんなこと思って無いですって。アタイはシャサール、呼びにくかったらシャサで良いぜ。ルチアとアネットさんとはリアルでも知り合い。助けてくれてアリガトな」

「それじゃ、私達も自己紹介しないとだね。私はノエル、それでコッチがエリスでさっきまで一緒に居たのがディア。一応攻略組だよ」

その言葉を聞いて、三人が驚きとともにどこか納得したような表情をする。

多少の面識があったルチアをはじめ、攻略組だというのが意外なのとともに先程見せた強さに納得がいったようだ。

「攻略組って、もっとコアなゲーマーとかゴツそうな人だと思ってた」

「ディアさんならともかく、お二人もなんですね」

ディアならと言われたことが癪に障ったのか、ノエルがそっぽを向く。

これでも1層から5層まで全てのボス戦に参加した経験を持つプレイヤーなのだが、情報が広まりにくいアインクラッドでは狭い範囲の中でしか知られていない情報らしい。

「まぁまぁ、ノエルもこっち向いてください。私やノエルが意外というは事実なんですから」

「でも、エリスは攻略本の編纂者の一人で下層にも顔出してるからそれなりに有名人じゃん。ディアだって攻略組じゃトップクラスの一人だし、私だけ何も取りえないし」

ルチアの言葉が気にしていたことを刺激したのか割と本気で落ち込んでいた。

こんな時ディアさんが居れば励ましてくれるのにな、と思いつつ代わりにエリスが慰める。

「そんなことありませんよ、ディアさんより素早いですしそれをうまく活用する判断力も徐々についていますから。何より、初日からここまで逃げ出さずについてきている意志は十分取り柄です」

たまには思っていることをちゃんと言ってやらなければと考え、自分がノエルに抱いている印象を素直に述べる。未だにはじまりの街を中心にフィールドに出るのは最低限の生活費のためというプレイヤーも多い中、初日に泣いていた彼女がディアやエリスのサポートがあったとはいえここまで共に上っている。調子に乗りやすい彼女を褒めるのは窘めつつするディアの役割だが、たまにはいいだろう。

それに、この世界でできた初めての友人だ。

「ホント?」

「本当ですよ。これからも頑張りましょう」

「…うん!」

コロコロと表情を変えるノエルが面白かったのか、ルチアたち3人も顔に笑みを浮かべる。

先程までの恐怖もようやく抜けたようだ。

「それにしても本当に助かったぜ、マジで死ぬかと思った」

「たまたま近くにエリスさんやノエルが居てくれたおかげで助かりました」

「------」

それを聞いたアネットが俯いて何か言ったようだが、それに気が付いたルチアが気にするそぶりを見せると何でも無いとでも言うように首を横に振って飲み物に口を付けた。

「……あそこか」

ドアが開く軋んだ音に遅れて、ディアの声が聞こえてくる。ノエルが入口の方を覗いてみると店員と2,3言会話してこちらに向かってくる姿が見えた。テーブルに着く前に幾つかのアイテムをストレージからオブジェクト化してノエルとエリスの前に置く。音からすると、いくつかの結晶系アイテムが入っているらしい。

「一応確認を頼む、俺の分は交換していないから間違っていたらそれで補填してくれ」

二人とも袋の中身に問題が無いことを確認すると自分のストレージにしまう。そこでようやくディアもテーブルに着いて会話が中断する。

「お待たせいたしました」

「どうも」

運ばれてきたコーヒーのような黒い液体に口をつけると、ディアがルチアたち3人に質問しだす。MPKの疑惑がある以上、記憶が鮮明なうちに多少でも手がかりを得る必要がある。

「さっきのモンスターと遭遇した時の状況を教えてもらえないか?」

「えっと、私たち3人でフィールドを散策していたら突然出てきたとしか。一応シャサが索敵スキルを持ってるので隠れているモンスターが居ても大丈夫だと思っていたんですけど……」

彼女からしてみれば最上階層に来るのに不十分なスキルで来たことを攻略組に何か言われると思ったのだろう、ルチアの声が尻すぼみになる。

もちろんディアにはそんなつもりは毛頭ない。ルチアを逃がしてディアたちがいくまでの間2人で凌げていたことからそれなりの技量があることは分かるし、いま彼女たちが使っている装備も最上級とは言えないが攻略組にも使用者がいるものでフィールドレベリングには十分すぎる。

「気にしないで下さいルチアさん、この人は別にあなたを責めようとは思っていませんから。多分、あんなに強いモンスターがなんで急に現れたか知りたいだけで他は何も考えていませんよ」

コクコクとディアが首肯する。正直なところディアも一人でやり合った場合は雪玉にヒットしない前提で戦わなければならないためそれなりの強敵となる。ある程度の火力と行動を封じる能力の組合わせはソロにとって結構致命的なのだ。

「その時、周りに他のプレイヤーは居なかったか? 物音や足跡、そういうものでもいい」

その質問に対して3人は思い出そうとするが襲われたときに気が動転したせいもあって憶えていないようだ。そもそも、普段からフィールドを観察して歩いているならともかく足跡の一つや二つなどは見過ごしても当然だろう。ディアもMPKとは断定できないグレーな部分を補強する手掛かりが欲しいのだが、そう上手くはいかないらしい。

「そういえば、アタシらの歩いてた道に新しい足跡があったな」

「本当か?」

「あぁ、どこまで続いてたかは分かんねぇけどアタシは先頭歩いてたから他のプレイヤーでもいるかと思ってたらいきなり雪玉が飛んできてさ。で、避けられなくて雪玉状態のまま戦闘開始ってわけよ」

その話を聞いてディアとエリスは別のことを妙だと思っていた。ディアは先を歩いていたプレイヤーを、エリスは最初から雪玉を投げてきたモンスターをそれぞれが別の理由で不審に感じた。

「シャサ」

「シャサさん」

「二人して急に何だよ?」

二人から同時に声を掛けられたシャサールが驚きながらも応える。

「あ、ディアさんからお先に」

「いや、お前の方がこの世界のことは分かってる。先に質問してくれ」

それでは、と前置きしてエリスがシャサールに質問する。

「貴方は先程急に雪玉を投げられたといいましたよね」

「うん、道歩いてたら急に攻撃されるんだもんビックリしたぜ」

「このフロアにいるモンスターは基本的に雪塊か洞穴の中に潜んでいることは知っていましたか?」

その言葉にシャサールが頷く。彼女の索敵スキルにもよるが斥候役を任されていたという事はそれなりのモノだろう。仮にいくらかスキルレベルが不足していたとしてもあれほどのサイズのモンスターが潜んでいた雪塊や洞穴があれば相応の大きさのはずで、一度投擲などで確認をしてから先に進むのが定石だ。

そういったことも無く現れたとするならば……。

「んー、やっぱり怪しいんですよね。確認しながら進んで急に攻撃されるなんて滅多にないはずですし」

まずは一つ目の疑問点、突如として現れた上に先制攻撃を仕掛けてきたモンスター。次はディアの疑問だ。

「俺が訊きたいのは2つ、1つはその足跡の数、もう1つはその向きだ」

厳密に言うと知りたいのはその場にいたルチアたち以外のプレイヤーの存在だが、足跡の数は向きが分かればそれを間接的に知ることができる。うーん、と思い出そうとしているのか腕を組んで目をつぶったシャサールが唸る。

「たぶん、足跡は1つだけだったと思う。向きまでは覚えてねぇけど、1つのはずだ」

足跡が一つだけという事はあの先に村や町が無い以上、先行していたプレイヤーは既にモンスターに殺されたか逃げて周辺に潜伏していたかの2択になる。前者ならばMPK疑惑は晴れるが後者の場合は単に隠れていたか、それとも殺されるところを眺めようとしていたのか、隠れていただけだとしても他のプレイヤーの危機を放置していたことになる。

「……やはり、誰かのヘイトが擦り付けたと見るのが妥当か」

「ですね、意図的かはともかく他のプレイヤーのせいでルチアさんたち3人が危ない目に遭ったのは確かなようです」

その話を聞いていた全員が何となく状況を理解する。あそこにいたモンスターは誰かが戦っていたもので、ルチア達はそのせいで危うく死にかけたのだと。

「とはいえ、故意なのか偶然なのかは不明のままだ。そこまで気にする必要はないだろうが今後もこういうことはあるかもしれない、ある程度は注意してくれ。それより、最近は何か変りないか? あまり下のフロアには顔を出せていないから少し心配していたところだ」

暗い話はここまでにして、少し近況などを聞いてから解散しようとディアが思っているとシャサが真剣な顔で一言発した。

「ディアさん、アタシのことを鍛えてください!」

その言葉にディアがあっさりと答える。

「構わないが」

「へ?」

本当にあっさりと、何でもないように応えたことに拍子抜けしたのか先程までの真剣な表情も何処へやらといった顔でシャサールが訊き返す。

「本当にいいのか?」

「あぁ、自分から強くなりたいと思っている奴を断るほどの理由もないからな。それに明日は迷宮区に入るつもりでいたし、パーティメンバーが増えるのはありがたい」

「じゃあ」

よろしくお願いします、と言い掛けたシャサールを遮るようにディアが一言告げる。その顔には不敵な笑みが浮かんでおり、あまりいい感じがするものではなかった。

「その前に俺と決闘してもらおうか」

 

 

 

唐突にディアからシャサに持ち掛けられた決闘。訳も分からないまま店を出て、街中にある適当な広さの場所を探しながら当の2人をを先頭に6人は歩く。

「それにしても、なんで決闘なんですか?」

シャサールが当然の疑問をディアに投げかける。一応初撃決着モードにすれば死ぬ確率は限りなく0になるが、それでも何かの拍子に死ぬ可能性は残る。そのこともあり、シャサールはほとんど決闘を経験したことが無い。

「一番手っ取り早く実力を把握できるからだ。レベルやスキルは単にモンスターを倒すだけでも上がるけど、プレイヤー本人のテクニックや判断力は実際に戦闘してるところを見ないと分からん。決闘なら直接それを確認できるし、HPの減り具合で装備のステータスも推測できるから相手の強さを測るにはちょうどいい」

「なるほど」

そうしているうちに路地裏の空き地を見つけ、そこで決闘することにする。あまり人通りの多いところでやると注目を集めるし、具合のいいことに観戦者4人が座れるほどの石段もある。

いざ始めようとシャサールが短刀を取り出すが、対するディアは意外な武器を取り出した。何の飾り気もない柄から同色の刀身が細く伸びている。《アニールレイピア》、第一層で手に入るクエスト武器群《アニール・シリーズ》の細剣で3層程度までなら十分使える良品で大抵の細剣使いは世話になっている。

「曲刀じゃない上に弱い武器って……」

手加減されていると思ったシャサールが激高しかけるが、それも一つの策かもしれないと思い直しかぶりを振る。対するディアはそれを腰に差すと鯉口を斬るかのような仕草で得物を確かめるとシャサールに決闘を申し込む。

当然《初撃決着モード》で申し込まれたそれをシャサールは受ける。ルールは単純、強攻撃の初撃がクリーンヒットするかそれ以降の攻撃でHPが半減するかした方が負け。当然降参もあるが、今回はそれで決着はつかないだろう。

「さて、行こうとしようか」

上着の裾を翻し、左手で鞘ごと細剣を引き抜いたディアはあたかもそれが自身の扱いなれた《抜剣》であるかのように鞘に納めたまま構える。

「おう、アタイの本気を見せてやっかんな!」

シャサールも短剣を構えると頭上のカウントが動き出す。

《3》

僅かにディアが腰を捻り、シャサールがどう動こうとも迎撃できるよう備える。

《2》

リーチで劣る分を速度で詰めようとシャサールは身を少し落とし、カウント0と共に走り出せるようにする。

《1》

両者が相手を注視し、初動がどう来るかを探り合う。

《FIGHT!》

「遠慮なく行かせてもらうぜー!」

腰だめに構えた短剣がディアの胸目掛けて突き出されるが、軌道を見切ったディアはそれを事も無く避ける。当然シャサールもそんな単純な攻撃が攻略組プレイヤーに通じるとは思っておらず、そこから逆手に持ち替えて連続で切り付けてくる。

「このっ!」

「ふっ」

その僅かな間隙を縫って大きく退いてディアが腰のレイピアに手をかけた、と思ったときにはすでに逆手でレイピアを抜きながらこっちの懐まで潜り込もうとしていた。

「ヤバッ!」

すかさずライトエフェクトを伴う蹴り、体術ソードスキル《スナッチ・ドロップ》で離脱と反撃を同時に行う。

「っと、危ないな」

シャサールの頬に冷や汗が一筋流れそのまま蒸発するように消える。

対するディアの方は先程回避した反撃にも涼しい顔だ。

「浅かったか。やはり斬る武器ではないと上手くはいかないな」

その言葉にシャサールが確認してみると赤いメッシュ状の傷跡と減少したHPバーが表示されていた。

あんな短い間、それこそコンマ数秒程の間に攻撃をしてから回避まで行っていたのかよ……

「攻略組ってのは、そんなのばっかりなのか?」

「今はそれほどではないが、ここまで到達できそうな連中は10人ほど居るな。それに俺の場合はもともとの経験が違うから、そこをシステムやこの世界での経験で補えば十分。さっきのもスキル云々じゃなく単純なテクニックみたいなものだから、そこをスキルで補って別のテクニックを身に着ける選択肢もある」

デュエル続行中とはいえ今回のはあくまでもシャサに興味が湧いたディアの腕試し的な側面が強い。こうして会話しているのも、そんな真剣勝負でありながら勝ち負けだけが求めるものではないからだ。

「今度は、こちらから行こうか」

腰のレイピアを抜くような仕草をすると一息で私の目の前まで近づいてきた。

「袈裟と逆袈裟」

そう言うと全くその通りに、ただしデタラメに近い速度で2つの斬撃が私に襲い掛かってきた。

「んっ!」

どうにかその二発を防御したところに追撃が飛んでくる。

「胴薙ぎ、突きから連続斬り」

「また、予告されても!」

速過ぎてどうにもならないとか言う暇もなく続けざまに攻撃を放ってくる。その後も予告付きで来る攻撃をどうにか凌ぎながら反撃してるけど、マジでキツイ。

動きが早いのもそうだけど、レイピアをまるで居合刀みたいに扱ってくるから抜いた時の攻撃がどう来るか、予告されてても目が追い付かない。

「けど、たかだかアニールレイピア!」

一撃で受けるダメージは高が知れてる、急所に当たればそれなりにダメージは出るけれど、それさえ躱したり防いだりすれば問題ない。そう考えてガムシャラに反撃をする。

「いいぞ、受ける攻撃とそうでない攻撃が分かれば手数は増やせる。とはいえ、もっと殺す気で来ないとな」

「へっ!?」

軽く言われたその言葉の直後、言葉では言い表せない嫌な予感がした瞬間にディアさんがアタシの正面から消えて懐に現れまた消えたと思うと胸に感じる違和感と共に背中から何かが飛び出して来た。

飛び出てきたソレは……。

「現実ならこれで死亡確定だな、と言ってもここじゃ死なないから安心しろ」

するりとアタシの胸から飛び出ていたのソレが、ディアさんのレイピアが抜き取られる。

この人の言う通り、現実なら心臓が貫かれて死んでいる。

「嘘だろ……アタイ、生きてるよな?」

「この世界では生きてるし、現実でも死んではいないだろうな。いくら急所に直撃とはいえ、この武器じゃ与えられるダメージに限りが出てくる。それに初撃じゃないから50%で止まる」

出てきたときと同じようにレイピアが抜かれると自分の胸にくっきりとその痕、赤く光る傷が残される。少しずつその後は消えていくけど、その一撃で勝負は決していたらしくアタシの前に《DEFEAT

》の文字が表示される。

「まぁ、俺もそれなりにダメージを受けていたがな」

そう言われてディアさんのHP、デュエルのリザルト画面のソレを見てみると確かに残りHPは半分近くまで減っていた。攻撃力という意味では、攻略組に通じてるみたいだけど……。

「けど、ディアさんの方が弱い武器使ってたし、実質アタイのボロ負けじゃんか」

「そこは対人戦のハンデというところだな。心臓や首みたいな急所は武器の攻撃力以上にダメージが通るから狙えれば有利になる。それに純粋な戦闘経験で俺より上のプレイヤーはアインクラッドにいないだろうし、真正面からやり合えば俺より強いプレイヤーは少ないだろう」

だが、とそこでいったん言葉を区切る。

「スキルやステータスを組み合わせればひっくり返る。俺のAGIはノエルより低いからヒット&ウェイで動かれればになったらジリ貧だ。シャサールにも懐に入られてその間合いを維持されたら武器を抜きづらいし、体術スキルを使うか逆手で戦う羽目になるからソッチの方が有利だ」

思い返してみれば、ディアさんが攻撃に移るときは一回バックステッップしてたっけ。

その時深追いしちゃまずいと思ったけど、短剣の間合いは細剣の内側だから一発喰らうつもりで踏み込んでればその後の連続攻撃は防げたのか。

「なるほどなー」

「勉強になるわね」

いつの間にか隣で聞いていたアネットさんも頷いている。

「そういうわけで、まずは相手の武器を見ることですね。この世界で戦闘は手元にアイテムを持たなければ始まりません、攻撃手段である武器を見てそこからどんな攻撃が来るか想像するのは、これから先も必要になってきますよ」

ディアさんの話を引き継ぐように、エリスさんが楽しそうに話し出す

あれだ、ネトゲ特有の他の人に情報教えたりして強くなるの見るのが楽しい人だ、そんでそのうちパーティとかギルドに勧誘……あたし達レベルじゃされないか。

そう考えているとディアさんが意外なことを言ってきた。

「それについては俺もエリスに教わる身だからな。武器特性とかソードスキルは良く分からんし、ブレスみたいなのはどのモンスターがやるかも分からない。というわけで、後は任せた」

「え? ディアさん教えてくんないの?」

「生憎、モンスターの特性ついては専門外だからな。基本的に見たものに対処して戦闘するから、たまに変な攻撃方法持ってるのにソロで当たるとオレンジまで減らされるのもザラだし」

「へー、あんなに強くてもそんなことあるんですね」

ルチアの意見と同じく、強い人も苦戦するときあるんだな。

「むしろ、ディアさんの場合は知っていれば注意するけれど、知らないと痛い攻撃に弱い感じですね。カウンターへの派生も考えて武器防御を鍛えているという一面もありますけど、範囲技はガードの向きとかで削られる量も変わりますから」

「変に戦いなれている分、ゲームの仕様に振り回されるてるよね」

現実とゲームの違いってことか。なんかディアさんも明後日の方向いて誤魔化してる風だし、ゲームならではのところを上手く使えば追いつくのも無理じゃないんだな。

「よし、改めてお願いします。しばらくの間ディアさんたちのパーティに入れて、鍛えて下さい!」

「で、どうするの?」

ノエルが悪戯な表情を浮かべ、エリスが俺を小突いて結論を促す。動きは粗削りだがこの世界ではシステムアシストがあるぶん経験を積んで動きがよくなるのが早い、それに俺たちのパーティに入れてしばらく最前線付近で鍛えればいいところまで行くか?

「動きは悪くないし装備やレベルも最前線近くに行ける、しばらく一緒にいてみるか」

「ディアさんが攻略組以外のプレイヤーと積極的にかかわろうとするなんて珍しいですし、せっかくの機会ですから2、3日一緒にいてみましょうよ」

そういうわけで、シャサにパーティ招待を出す。

一度ルチアたちのパーティから外れたのち、今度は俺たちのパーティに入って移籍は完了。

「そういうわけで、ちょっとの間お世話になりまーす」

心配そうな、呆れたような表情のアネットとルチアの姉妹だが言っても無駄だとはわかっているのか何も言わずにその様子を眺めていた。




ドーモ作者です

今回は少しばかり短い間隔での更新となりました。
…レイニーイベントでようやく天然の14弓が実装されましたね
自動追撃は面白いですが、作者は手に入れていないので使用感分かる人いたら教えてください。

というわけで前回からSAOEWのオリジナルキャラクター、アネットとシャサールが参戦しています。
インテグラル・ファクターもちょこちょこ触っているので、ソッチでアインクラッドの様子見なが書き進めていきます。

で、また次回。


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第18話 鍛える剣士

投稿ミスしてしまい申し訳ありませんでした。


その場で6人が互いにフレンド登録をすると、ルチアたち3人も主街区に泊まるというので明日の集合時間と場所を伝えておく。パーティの人数的にはちょうど6人になるので、シャサだけでもいいしルチアとアネットを加えてもいい。SAOの経験値はアークスのそれと異なり人数割りのため効率は落ちてしまうが、3人にFFの攻撃を取らせれば育成に問題はない。

 

 

ディアたちのパーティはシャサール達3人と別れた後、まだ日昏迄時間があるので誓うのダンジョンに潜ってレベリングをしていた。

 

「フンッ!」

ディアの曲刀が小型の狼《ゴブ・ヴォルフ》を両断し、そのポリゴン片を突き破るようにしてエリスとノエルのソードスキルがその奥にいる痩躯のゴブリン《ハンドラー・ゴブリン》目掛けて放たれる。

その後を追うように一気に間合いを詰めるとディアが逆袈裟切りにゴブリンの胴体を斬り付けるが、HPを削り切るには至らず、ゴブリンは手に持った長杖を槍のように扱いソードスキルを放とうとする。

「させないよっと」

それをパリングしたノエルが硬直状態のゴブリンに二連撃ソードスキル《ツイン・スラスト》で止めを刺し、ひとまず今いるフロアのモンスターは全滅させた。

ノエルとエリスはそこそこの経験値の量が入っており、明日の狩りも含めれば次のボス戦までにはレベルを1つ上げられところまで見えていた。が、ディアはそうもいっていないようだった。

「経験値が、低い!」

いままでのパワーレベリングが祟ったのか、6層に入ってからというのも全くレベルが上がる気配が無い。そもそもアインクラッドの階層ごとの適正レベルは階層+10以上、ダンジョンに入るプレイヤーはそこから安全マージンを取って最低でも15程度、攻略組はそこからさらに上げられるだけレベルを上げて階層+20程度が攻略組の平均値になっている。ノエルやエリスはちょうどその周辺に位置している一方、ディアは普段の癖で敵がリポップしなくなるまで倒し続けたり、ソロでモンスターが密集する場所に突っ込むなど若干異常な方法でレベリングしたせいでそれを遥かに上回るレベル36。

 

「前にもお話しましたが、カーディナルシステムによる調整なので解決法はありませんね。せいぜい、クラリッサのクエストのように報酬経験値の多いクエストをやるくらいでしょうか」

エリスの言うカーディナルというのはこの世界、SAOの管理用AIのことで自律的に諸々の機能を調整してゲームバランスを維持し、それ以外にもNPCやクエストの生成も行っているらしい。

その機能によってあまりにも効率的な狩場やプレイヤー間の軋轢を生みかねないシステムに手を加え、人の手が無くともサービスとしてSAOが存続できるようにする。茅場晶彦がこの世界の創造者なら、カーディナルは調停者といったところだろうか。

「レベルを上げ過ぎるとマイナス補正が入るというのは下層を荒らさないようにという配慮で分かるんだが、それにしても限度があるだろう。5層じゃ一日狩ればそれなりだったが、この層に入ってからは大分厳しくなったな」

「私たちはそんなことないけどね」

「ディアさんのレベルが高すぎるんです、この分だと10層近くまでレベルは上がりそうにないですね」

10層、【仮面】が言っていたフロアまでレベルの上がりようが無いという事はそれはそれで問題がある。何が起こるか分からない以上可能な限り態勢を整えたいディアにとって、ソレが意味するのはレベリングよりも装備を充実させるべきという事だった。

「誰か腕のいい鍛冶屋が居ればな」

滅茶苦茶なレベリングの副産物としてレアリティを問わずディアのストレージには大量の素材が眠っている。クエストの報酬は例外だが作ろうと思えばほとんどの武器は作ることができるだろう。

ただ、NPC鍛冶屋ではそれを扱えないことがネックとなりほとんどが死蔵されている。これは攻略組共通の問題で、装備できるかは別として素材はあるが作れない武器による戦力の頭打ちは誰しもが抱えていた。

「なら、アルゴさんに訊いてみてはどうでしょうか。情報屋の彼女なら腕のいい鍛冶屋の一人や二人……」

「後払いで頼んでいるけど連絡は無いな、ジグがいれば武器の1本や2本素材を用意すればすぐに作ってくれるんだが」

アークス最高の鍛冶師、創世器すら打ち直す名工の姿を思い出してしまう。ディアリーンとして振るうカタナとバレットボウ、オフスティアガランとガイルズオービットも彼が作った業物だ。

彼ほどとは言わぬが、持ち込んだ素材を断ることなく武器にできる鍛冶屋が居ればいいのだが。

「なかなか難しいね」

その後もダンジョンを進み、最奥の部屋にあった宝箱からまとまった額のコルを回収できた。

未踏のダンジョンではなかったが、運よく宝箱がリポップしていたようだ。

「ふぅ、今日のところは引き上げるか」

「そうですね。明日は迷宮区に行くつもりでいますし、早めに休みましょう」

時刻は18時を回ったところ。冬で日が短い今はフィールドも暗くなり、よほど開けた場所でなければ常に奇襲を警戒する必要がある。《索敵》を鍛えてすぐに習得できる《暗視》ならばある程度暗さは軽減されるが、日没間もない今のうちに主街区近くまで戻った方が良い。

 

 

 

「よっ、待ってたよディーさン」

ダンジョン近くの村から転移碑で主街区戻るとすっかり聞きなれた特徴的な声がディアたち3人を迎えた。3人がダンジョンから戻ってくるのをフレンドリストから確認して来たのか、そんなに待っていたようではなかった。

「アルゴか、お前の方から直接会いに来るなんて珍しいな」

「最近はメッセ越しだったからナ、たまには俺っちが直接顔を見てやろうと思ってきたわけサ」

ディアの記憶が確かなら最後に顔を合わせたのは6層を開放したときだから大よそ10日ぶり、フレンドリストで互いに生きていることは分かっても多少は心配になってくる時期だ。現実ならばビデオチャットなどで対面することもできるがココでは音声通信すらできない、確実を期するなら対面が一番良い。

「というわけで、ディーさん待望の情報を持ってきたヨ。腕のいい鍛冶屋だ、一人はゴツイおっさんでもう一人は女の子、どっちが良イ? ちなみに女の子の方が情報量は高いヨ」

「高い方を買おう」

値段を聞くことも無く即答だった。それを見ていたノエルは引いていたが、エリスとアルゴはにやにやと笑ってディアを眺めていた。もっとも、その理由は全く異なるものだ。

「毎度アリー、というわけで5000コル」

早々と情報を売買するとノエルがディアに突っかかってきた。

「なんで女の子の鍛冶屋さんが良いの!?」

「別に女だから選んだわけではない、とも言い切れないか。お前たちが頼む時のことを考えるとゴツイ男よりは頼りやすいというのと女性同士のコミュニティを広げる意味もあるからな。とはいえ、腕がいい鍛冶屋を優先しただけだ」

へ? とでも言いたげなよく事態が把握しきれていないノエルにディアが説明を続ける。

「基本的に情報の価値はそれを知っている人間の数に反比例して、その必要性に比例する。だからクリアされたばかりのクエストや必須になるアイテム関係は高くなる、これは分かるな?」

「うん」

「これを今回のに当てはめると俺が欲しい《腕の立つ鍛冶師》の情報はおのずと高くなる。元の絶対数が少ないしその中でもアルゴが俺に売れると確信したものだから更に値は上がる」

コクコクと頷くが、合点行かないような表情をしてノエルが言う。

「でも、女の子の鍛冶師だって少ないよ。女性プレイヤーの数だって少ないもん」

その点でもノエルのが納得しきれないのは一理あるが、今回ディアが欲しがったのはあくまで腕の立つ鍛冶師の情報。性別も何も指定していないし、アルゴもそこに値を付けたわけではない。

「そこはアルゴへの信用度だな、女という付加価値で値を吊り上げようとしていないことと俺に推薦した鍛冶師がそんなことで客を得ようとする人物でないという2つのな」

鍛冶師のことを上げたことで、少し考えてからノエルもようやく合点がいったらしい。

エリスがナビゲーター、アルゴが情報屋、ディアベルがナイトを自称しているように職業(クラス)制ではないアインクラッドでは自分の行動やスキルビルドで自分の在り様を決めることができる。

この層でディアが求めている鍛冶師というは文字通りトップクラスの腕を持つ鍛冶屋、そこまでスキルを上げるには鍛冶屋という在り方でこの世界を生きていくと決めたプレイヤーだろう。そんな人物が自分の腕以外の部分で客を得ようとしているとは考えにくいからこそディアは単純に値が高い鍛冶屋を選んだ。

「だけど、もし違ったら?」

「そこは俺とアルゴの眼が節穴だった言う事だろう、ついでにアルゴは女の情報は高く売るという噂を広める」

「ソレはオレッちの情報屋としての信頼に関わるからやめて欲しいナ。 勝手にそんなことしたら、仮面のNPCに関わる情報はもう売ってやらないケド」

普段の態度を崩さないところを見ると本当に腕が立つ鍛冶師なのだろう。

とりあえず、アルゴにはその鍛冶師との連絡を頼んで名前を聞いておく。

「んで、その子の名前はリズベット、スペルはLisbethだ。 いつ頃なら会えるんダ?」

「急で悪いが明日の午前中、出来れば朝がいいと伝えてくれるか。昼頃に先約が入っていて、出来ればその前に作成と強化を頼みたい」

急なことが重なったため、相手には無理を押し付けることになる。

とはいえ最前線に初めて赴くプレイヤーが同伴する可能性を考えると装備は一番良いものをそろえたいというのも事実、朝に来てもらえなければ夕方になるだろうか。

「それなら5層主街区の鍛冶屋に9時でどうだ? アソコの鍛冶場はプレイヤー向けにも開放してるし、最前線のココと違って混まないゾ」

「わかった、9時に5層だな。念のため、俺と彼女に場所をメッセで送っておいてくれ」

「あいヨ」

すぐに簡素なメッセージからアルゴから送れ、あて名でリズベットにも送られていることを確認する。

同じ内容を見ているのでまず別の場所に行くことはないだろう。

「じゃーなー。ディーさんは女の子だからって鼻の下伸ばすような真似はしないと思うけド、怖―いパーティメンバーに刺されないようにナ」

「肝に命じておこう」

苦笑しながらディアが答えると最後にニヤリとした笑みを浮かべてアルゴは去っていった。

エリスとノエルは一瞬後に自分たちのこと言われたのだと察し、ディアが女性鍛冶師と対したときにどんな対応をするのかを各々想像してしまった。ノエルは頭を振って無かったことにし、エリスは相手によりけだと考えるのを途中でやめたが、同じ女性として生産職を選んだプレイヤーには興味がある。

「かわいい子だといいな、あんまり姉御肌みたいな人は苦手かも」

「会ってみないと分かりませんけれど、鍛冶師というからにはこだわりが強そうというか、頑固なところがありそうですね」

勝手な予想を広げる二人とともに宿屋に帰る。ディアの方は相手の性格よりもいい武器を作ってもらえればそれで良いので、二人から声をかけられても適当な返事で誤魔化していた。

 

 

 

翌日早朝、普段通りに目を覚ましたディアは主街区内で軽い準備運動をすると、フィールドで軽く狩りをしていた。数体のモンスターを倒してその日の体調を確かめると街に戻り、コーヒーを飲みながらノエルたちが起きてくるのを待つ。

「おはよー、今日も早いねー」

「おはようございます、ディアさん」

「二人とも、おはよう」

起きてきたノエルとエリスと朝食を取ると5層の主街区、約束している鍛冶場へと向かう。

時刻は8時半、予定の時間まで30分ほど余裕があるので近くのNPC鍛冶屋で今使っている装備をメンテしたり、消耗品を補充し時間を潰す。

そうして約束の時間少し前、鍛冶場に戻ってくるとあるプレイヤーに声をかけられた。

「ええと、アンタ、じゃなくてあなたがディアでいいのよね?」

「いかにもそうだが、ソッチは?」

声をかけてきたのは濃い茶髪の女性プレイヤー、年はノエル以上アスナ程度といったところか。

「まずはアタシから名乗るべきだったわね。リズベットよ、呼びにくかったらリズでもいいわ」

「そうか、アルゴから話は聞いている。ディアだ、こっちがエリスとノエル。よろしく頼む」

まとめてこっち呼ばわりされた二人は若干不服そうだが改めて自己紹介をしている。

その間にディアはいくつかの鉱石アイテム、NPC鍛冶屋で扱いを拒否されたものをレア度の低い順にソートして準備していた。

「えっと、自己紹介を終わったことだし本題に入ってもいいかしら? いい武器を作りたいって聞いてるんだけど、ちゃんと素材やお金はあるの?」

言い方は少し悪いが、彼女の言うことも一理ある。基本的にディアの装備は実用一辺倒、ノエルやエリスも似たようなもので見た目にはあまり高価なものには見えない。そうなると、代金や素材の心配をする気持ちも商売人としては湧くのだろう。

「素材はここのリストの中でお前が扱える最高のモノを、ステータスはAGI・STRで耐久値は並程度あればいい。要求ステータスは今のこれの2割増し程度といったところか」

 

 

 

そう言った彼、ディアからいくつかの素材名が書かれたらしきメモと今装備している武器が私に手渡される。アルゴさんからの紹介だから来てみたけれど、女の子2人連れの男という時点で若干警戒している、ついでに装備はどことなく褪せたような藍色であまり良いものには見えないし、武器もシンプルを通り越して初期装備並みに簡素な外見。

そのことが表情に出ていたのか、苦笑いのような表情を浮かべた彼からメモと武器を受け取る。

っと、さすがに重量はあるわね。持った感じ要求ステータスはAGIかしら?

「えっと、武器名は《リヒトシミター》ね。武器のステータスはと……」

一応《鍛冶師》スキルにはオブジェクト化された武器を持つときに限って要求ステータス無視の補正がかかる、そして《鑑定》スキルさながらに他人の武器でもステータスを覗き込めるんだけども……。

「何これ!? こんなステータスの武器初めて見たわよ!」

思わず驚きの声を上げてしまう。鍛冶師になってからガムシャラに色んな武器を作って、色んな人から依頼を受けて来たけれどもココまで要求ステータスの高い武器は初めて見た。お客の中には攻略組と呼ばれる人たちもいたけれど、その人たちの武器より要求値で言えば一回り上、レベルで言えば確実に5以上高くないと装備できないはずだ。

「フィールドボスのドロップ品を限界まで強化したものだ。ステータス的には一級品だが、これより上のものが作れるなら頼みたい。」

ボスのドロップ品でこのクラスの武器、ってことはやっぱりこの人たち攻略組、しかも絶対にトップクラスのプレイヤーだ。

「それはいいんだけれど、私の手持ちの素材じゃこの武器より上っていうのは無理よ。一応リストの方も見てみるけど、場合によっては別の素材を集めてもらわないとダメだから」

よし、いつもの私だ。武器ステータスと依頼人で少しびっくりしたけれど、落ち着いてきた。

それにしても、このディアって人良くもこんなに素材を集めたわね。クエスト報酬は別として拾えるものは半分以上、ドロップアイテムならほとんどがリストに載っている。中には私が名前を聞いたことも無いような素材もあって、そこから作れる武器には魅力を覚えるけれども、職人としまずは目の前の依頼をキッチリやらないと。

「えっと、今ある素材から作れる武器だと……、こんな感じのになるわね」

今あるものをベースに幾つかの素材を足して作れる武器を提示する。

AGI/STR軸の曲刀で要求値も大分高い、この人以外に装備できそうな人はいないだろう。

「良い武器だな……要求値もギリギリだが足りている。強化をしていけば長く使えそうだ」

表情一つ変えないまま、だけれども満足そうな声色で頷くと素材が記されたリストを受け取る。

面倒なフィールドボスやレア系の素材は殆ど揃っていたけれど、一つだけ大量の素材が必要になっていた。

「問題は《粘生物の核液》ね、スライム系の素材で微妙にレアな奴。それがあと20個ほど必要になるわ」

スライム系のモンスターはダンジョンに入ればすぐに出て来るけど、正直言って面倒くさいモンスターなのよね。核以外はダメージの通りが悪い上に軽度とはいえ状態異常持ち、しかも複数で出てくるから狩りづらいったらありゃしない。

 

 

 

「20か、今日中にどうにかなりそうだがスライムは迷宮区に出たかな」

最新版の攻略本とエリスが仕入れてきた情報をまとめた手帳をめくる。迷宮区でシャサールのレベリングをする都合もあるし、場合によっては夜中に一人でという事も考えておくか。そう考えつつ迷宮区の出現モンスター一覧をなぞると数は少ないながら出現はするようだ。

「あっ、今日中が無理なら揃ったときでいいわ、他の攻略組のお客さんも最近はあんまり来てないからボス戦はまだ先みたいだし。そもそもフロアボスの部屋がまだ見つかってないでしょ」

急かしたと思ったのか、リズベットが慌てた様子で言ってくる。

とはいえ良いものが手に入るならなるべく早く手に入れたいのがアークスの性な上、現実ではコレクトファイルというもので期限に追われながら同じ武器を6本集めるという行為に慣れつつあることでその程度は急かされているうちに入らない。

「気にしないで大丈夫だよ、リズさん。この人、ディアはそういう必要な苦労は気にしないタイプだから。逆に理不尽なことはすぐに文句言うけどね」

「コイツの言う通りだ、急かされてもお前にも事情があるのだろうし、別に今すぐにと言われたわけでも無いからな。それにここに呼び出したのは俺の都合だし、少しくらい無理な要求は聞くつもりだったさ」

逆に必要な素材を絞り込めたのでありがたいくらいだ。

「そ、そう? いやぁ、てっきり変な人かと思って緊張しちゃって……。ごめんなさい、今のは無かったことに」

「クククッ、素直な奴だ」

はた目から見れば大人の男が少女二人を連れているのだからそう思うのも無理はない。

その上目立たないとは言えキャスト系特有の虹彩は近くにいる人間には違和感を感じるものらしく、そのせいもあるのだろう。

「いやぁ、私やノエルを連れて歩いている時点で大分変人の部類ですよ。私たちは変に男性プレイヤーが寄ってこないのでいいですけど」

「そうそう、アスナさんもキリトさんと一緒にいると男の人から声かけられないから楽って言ってたし」

どうも、俺の身近にいる女子たちは今の状況を彼女たちになりに楽しんでネットワークもできているらしい。

「あっ、そのアスナって娘私にも紹介してくれない? 生産職とか商業職ってなかなか前線にいる女の子と触れ合う機会がないのよ。《攻略組》の子ならコルもいっぱいあるだろうし、今の内から付き合っておけば後々素材集めとか頼めるし、そっちにもいい服や装備が行くんだからいいでしょ」

さすがは商人、客と金の匂いには敏感だな。とはいえあまり長々話しているとシャサールとの集合時間に遅れそうなので、適当なところで切り上げるとともにフレンド登録をして別れる。

ついでにフレンドリストを確認してみたのだが、意外にも男女の比率はほぼ半々だった。個人的にはノエルとルチアを除いた付き合いは男性の方が多いと思っていたが、よくよく考えてみるとエギルやディアベル、クラインといったパーティ・ギルドリーダーを介した付き合いのため、フレンド登録した人数はエリス経由の女性プレイヤーの方が多いようだ。

「じゃあ、次のご用命をお待ちしてます」

「あぁ、次合う時には素材をそろえておくからよろしく頼む」

少女鍛冶師に別れを告げ、次は少女剣士とレベリング……。

マトイやイオのことを思い出すが忘れよう。特にイオとは同じブレイバー同士で先輩後輩関係という事もありよく組むのだが、時たまそれを男性のチムメンやアフィンにからかわれた。

自分のことを昔と変わらず先輩と慕ってくれる小柄なデューマンの少女は今頃何をしているのだろうか。

 

 

 

「ヘックシ!」

「あれ? どうしたのイオ? 風邪でも引いた?」

「いや、急にくしゃみが。誰か俺の噂でもしてるのかな」

アザナミさんとブレイバーのスキル構築についてベースになるものをあれこれ話していると急にくしゃみが出てしまった。風邪な訳ないし、花粉症でもないから何か鼻に入ったのか?

「今日は暖かくしときなよ、だいたいイオはいつも薄着なんだから。もうちょっとフワフワの暖かそうな恰好したらいいんじゃないの?」

フワフワの恰好、絶対似合わない。今は冷凍睡眠しながら治療中の先輩とかはお世辞で似合うとか真顔で言うだろうけど、似合わない自信がある。

 




投稿ミスしてしまい、あまつさえ読者にそれを指摘されるまで気付かないという醜態をさらしてしまい申し訳ありませんでした。

次回以降は気を付けますので、これまでと変わらぬご愛顧のほどよろしくお願いします。


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第19話 一面の・・・・・・何?

リズベットとの話を切り上げて向かうのは迷宮区近くの村。

シャサールとの待ち合わせ場所に少しばかり遅れてディアたちが到着するとすでに準備万端といったフル装備の3人が出迎えた。

 

「ディアさん、遅い!」

「スマンな、別件が長引いた」

文句を言うシャサールの横にいるルチアとアネットの姉妹を見ると昨日と異なりどこか腹の座った顔でこちらを向いていた。

「昨日みたいなことがまた起きては困りますし、いざという時に生き残るために少しでも強い方が良いです!」

「私もルチアと同じ意見でね、自分の不幸をせめて他人に不幸にしたくないの……」

結局、昨日の事件で思うところがあったのは3人とも同じだったらしく6人パーティでのレベリングを行うことになった。装備もレベルもダンジョンに潜るのに最低限のラインは満たしているし、いざという時に逃げる算段を決めてから迷宮区でレベリングを開始する。

 

6層はβ時代はパズルと水がモチーフだったらしいがエルダーの影響か製品版の差異なのか氷と獣のフロアに変化していた。とはいえ気候の変化を受けていないダンジョンや迷宮区、街の中は大して変わらず、パズルの仕掛けやβ時代と似た構成のモンスターたちが闊歩している。

「スイッチ!」

「はい!」

ルチアとノエルの槍使いコンビがウォパルあたりに居そうな魚人型モンスターに連続でソードスキルを打ち込む。その隙をカバーするように短剣使いのシャサールが一気に懐まで入ると、急な距離の違いに戸惑うような動きを見せるモンスターにソードスキルを使わず通常攻撃を連続でたたき込む。やっと間合いの変化に対応して攻撃しようとしたとき、シャサールの短剣が紅い光に包まれ単発重攻撃《アーマー・ピアース》が胸元に突き立てられる。

「これでお終いっと」

すでにHPバーが0になったことを確認してシャサールがイクチオイド・スミアから離れる。

ポリゴン片に還元されたそれはすぐに霧散して無くなり、シャサールは経験値を確認する。

「もう少しでレベルが上がるな」

一応はボス部屋探索も兼ねているので未踏区域から先を狩場にしているが、メインの戦闘はルチア・シャサール・ノエル・エリスの四人が行っていた。前者二人については分からなくもないが、そこに居ないディアとアネットが何をしているかというと。

「1、6、7次は9か?」

「えっと、ココに7を動かすと」

互いに別の扉の前でブツブツとつぶやきながら手元で何かを操作しているようだった。

「解けましたー?」

「あと5マスだからすぐに解ける、ここは3か」

「こっちはもう少しかかりそうね、ナンプレならともかく、4×4の15パズルは少し手こずるわね」

「こっちも変則で4×4の16だがな、開けるぞ」

パズルの最後の1マスに数字を入れる前、そう宣言した声に反応してルチアを先頭にノエルとシャサールが戦闘態勢を取る。ディアも片手は腰の曲刀に手をかけており、いつでも抜けるようにしている。

「3,2,1」

最後のマスに数字を入れると同時、パズルが設置されていた壁面がいくつかのキューブ上に分解されて組み替えられ新たな空間へとつながった。

「モンスターは居ないみたいですね」

「ちぇー、せっかく経験値を稼げると思ったのに」

ルチアとシャサールに続いてディアも自分が開いた通路に足を踏み入れる。

先程からディアとアネットのはパズルをとき、残り四人はモンスターを倒すという役割分担が自然と出来上がっていた。

元はレベリングの効率が悪い為ディア一人が解いていたのだが、ナンプレや数独と呼ばれる類のパズルと比べてスライドパズルの類に時間がかかっていたためアネットが助っ人に入っていたのだ。

「こっちも解けるわよ」

他の面々が何もない通路を確認して戻ってきたところでアネットが扉のパズルを解いて開ける。

今度こそはと身構えていたシャサールとノエル、その後ろにディアたち3人がという陣形で扉を開けると予想外の事態が起きた。

「ぬわっ!?」

「うおいっ!?」

扉の向こうから現れたのは黒づくめの人影、一瞬新手のエネミーかNPCかと思ったがその声は聞き覚えのあるものだった。

「なんだ、キリトか」

「って、ディアか、ビックリさせるなよ」

驚かせたのは俺ではないのだがと、どこか釈然としない顔をしたディアに後から出てきた二人が声をかける。

「お久しぶりです、ディアさん」

「私は初めて会うな、二人の知り合いなのか?」

1人はディアにとっても顔なじみとなったアスナ、一言二言挨拶を交わすと他のパーティメンバー、特に初めて会うルチアたちと自己紹介も兼ねて喋りだす。

もう一人はディアにとっても初めて会う女性で、外見上の特徴は浅黒い肌に尖った耳。それを見ても特に気にすることなくディアは話しかける。

「ディアだ、よろしく頼む。キリトとアスナとは迷宮区のボス戦でよく同じパーティを組ませてもらっている。それにしても、その耳は……」

ニューマンなのか? と言いかけたがここはSAO、そんなはずはない。

「あぁ、やはり人族には珍しいようだな。私はギズメル、黒エルフ族の剣士だ、故あってキリト達と天の柱に来ている」

「そうか」

エルフ、というのはエリスに訊いたことがある。地球のヨーロッパと呼ばれる地域ではポピュラーな存在で森や自然の中に生き、独自の魔法や武術に精通している架空の人型種族。アークスで言うところのニューマンによく似た特徴だとは聞いていたが、本当によく似ている。

「にしても、ちょうどいいタイミングで会えたよ」

一通り挨拶を済ませたキリトがディアに声をかける。話によるとある部屋のギミックを解く必要があるが、それには3人で足りずに一度街に戻ってディアたちに声をかけようとしていたらしい。

「それで、そんなに人手が必要なギミックって何なんですか? 実力的に十分なお二人に強力なNPCでも足りないとなると、相当強力な……」

「強力と言えば強力なんだけど、実際に見てもらった方が早いか。ちょっと付いて来てくれるか?」

物は試しという事もあるし、キリト達がPKを仕掛けてくるのは人数差的にもあり得ないのでギミック部屋へと3と6、合わせて9人のレイドとなって付いて行く。この部屋だと言って指し示された部屋をのぞいてみると、急な斜面を下るように螺旋状の坂があるフロアだ。

光量は十分なので底の方まで見渡せるが、斜面に沿って視界を下の方に向けると……

 

 

プルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプル

プルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプル

プルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプル

プルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプル

プルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプル

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プルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプル

プルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプル

プルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプル

 

フロアの底面にうごめく大量のスライム。

レベルは相当低いようだがあの数に襲われたら堪ったものではないな。そう思いながら、静かに離れる。

「どうする」

「いや、俺が訊きたいぐらいなんだけど」

「9人で行ったとしても、あの数では押しつぶされるのがオチだな。何かいい手は思いつかないか?」

黒エルフの女騎士、ギズメルの問いかけに良い答えは出せそうにない。

現実ならユリウス・ニフタやゾンディールで吸ってから一網打尽にするなり、ペネレイトアロウやギ・ゾンデで離れたところから複数を一気に仕留めるなり、範囲系PA全般で寄ってきたそばから潰すなり対処の仕様はある。それが無い以上、何か別の方法があるはずだ。この数のスライムを相手にするのはさすがにレベルやプレイヤースキルでどうにかするのは困難で、何かギミックを解くには、と考えてディアに一つの考えが思い浮かんだ。

「いっそ、纏めて固めてしまえればいいのだが」

ウォパルの海底エリアに時たま発生するETの中にいるポマッグ、あれは個々の個体が一塊になって起爆するという良く分からない生き物だが、それのように一塊にして一掃できないだろうか。

「そういえば聞いたことがある。群れで行動するスライムたちはあまりにも敵が強く逃げられない場合には集まって巨大な姿となることで相手を威嚇し、それと同時に集まった場合は核が一つになるらしい」

思わぬ形でフラグを踏んだのか、ギズメルからそんな言葉が出てきた。

まぁ、9人いれば最悪POTローテ組みながら戦えば行けるだろうという判断もあって下に降りようと坂に足をかけた瞬間、想定外の勢いで滑り始め9人が一気に底まで滑り落ちる。

「ちょっ、早い!」

「やっぱり、私がいると不幸が・・・」

「姉さん、普段以上にそんなこと言ってる場合じゃないって!」

とりあえず、底に着いたタイミングで範囲型のソードスキルを出せるように構えておく。そしてスライムたちよ、素材を目の前にしたアークスの貪欲さを刻み込んでやろう。

「核液寄越せコラァー!」

初撃のソードスキルでまとめて数体のスライムを薙ぎ払うが、核には当たらなかったのか大してHPが減らずに逃げていく。そして、中央付近の一体に寄り集まると徐々に結合し巨大な一塊のスライムが現れた。

《Bonding slime》

巨大なスライムを目の前に全員が身構える中、真っ先に飛び込んで行ったのはディアだった。

「核液寄越せ!」

もはや完全に獲物を狙う捕食者状態になったディアの攻撃でスライムは何度も切り裂かれていく。攻撃をしようと触手状に変形させた体の一部はディアに届く前、曲刀の間合いに入った時点で切り捨てられるか投擲スキルで砕かれるかのどちらかだった。

当然ヘイトのほとんどはディアに吸われてタゲを持つことになるが、キリトを筆頭にした4人の攻略組にギズメル、さらにシャサールたち3人がソードスキルや強攻撃で巨大スライムのHPを削っていく。

「キリト君、スイッチ!」

「任せろ!」

アスナが細剣の2連撃《ダイアゴナル・スティング》でスライムが伸ばして来た触手をまとめて薙ぎ払い、そこにキリトが《バーチカル・アーク》を本体目掛けて放つ。そこにギズメルも攻撃を重ねてダメージを稼いでいく。

エリスとノエルもディアが薙ぎ払った攻撃の隙をついていくつもの強攻撃を放ち、ヘイトを持っている関係で攻撃を捌くディアの分もHPを削っていた。当然、シャサールたち3人も見てるわけではなく、攻撃に参加する。

 

 

「そこだ!」

スライムの特性上、核以外の部位は大きなダメージ軽減がかかるが、それでも数とステータスの暴力でどんどんHPが削られていく。ついでに、集合体になったとはいえ所詮は低レベルのスライム。自分よりもでかい相手に獰猛なまでの勢いで向かってくるものはいないという設定なのか、殆どダメージらしいものも与えられずに粘液を削られて露出した核をディアに砕かれたことによって周りの破片ごとポリゴンと化して消滅した。

「ふぅ、どうにかなったな」

「本当ね、人数が居ればそんなに苦戦しないタイプでよかったわ」

一安心といった感じでのんびりしている中、シャサール達3人は自分たちのレベルが上がったことを余所にして圧倒されたようにディアたちを眺めていた。

「皆さん、凄い気迫でしたね」

「特にディアさんは迫力が凄かったよな」

「あんなに強い人に会ってしまうなんて、不幸だわ」

そんな3人とそれを普段はあんなではないとフォローするノエルとエリスを横目に、ディアはログ画面とアイテムストレージをスクロールさせて何かを確認していた。

「・・・ギリギリ足りるな」

「どうしたの?」

「いや、ドロップ判定が単体扱いなのか複数扱いなのかと思ってログを見ていたんだ」

いつの間にか近くに来たノエルの問いにディアが答え、今朝のことを思い出す。

「そっか、スライムの素材が必要だったんだっけ」

「単体扱いならしばらくスライムを狩ろうかと思っていたが、集合体だからかアイテムもかなりの数がドロップしている。経験値やコルもトータルはそれなりだろう」

とりあえず、キリト達の用件も済んだので軽く挨拶をして別れる。ついでに一つ、ギズメルにディアが質問をしていく。

「ギズメル、仮面の男について何か言い伝えのようなものはエルフ族には伝わっていないのか?」

ディが一番欲しい【仮面】関係の情報、プレイヤー間の情報が最も集まる人物の一人であるアルゴから情報を得られない以上、NPCでも何でも手がかりを求めるしかない。

「仮面の男か……、たしか大地切断直後の混乱期に関わるものでそんな言い伝えがあった気がするが、詳しくは憶えていないな。ここより上の砦ならば小さな書庫も備えているから調べることができるかもしれない」

「そうか、いきなり変な質問をしてすまなかったな。感謝する」

ひとまず、手がかりにつながるものは得られたので良しとする。ダンジョン外に向かうキリトたちを見送ってシャサール達のレベリングを再開、ダンジョンを奥に奥に進んでいくと道中のモンスターや壁面の装飾が少しずつ変わってきた。

「もしかすると、もしかするかもしれませんね」

マップを見ながら何か思案していたエリスが呟く。

いまレベリングをしているのは未踏破だった区画、そしてこの迷宮区でまだ見つかっていないのは……。

「皆さん、ボスフロアが近いかもしれません。モンスターやトラップに警戒しながら進んでください」

「ついでに様子見、というのは無理そうか」

さほど気になるほどではないが、シャサールたちの動きが悪くなっている。ディアはまだまだ問題ないが武器の耐久値や回復アイテムを考えるとボス部屋の位置を確認するのが限界だろう。

「それじゃあ、もう少しだけ頑張ろ?」

「おう! ボス部屋まで行ったらまっすぐ帰るけどな!」

そうして歩くこと数分、数体の手強いモンスターの相手をしたがある程度ポーションに余裕を持って巨大な扉の前に到達した。

「ここがボス部屋か」

「はい、この扉の向こうにフロアボスが居ます」

閉じた状態を初めて見るであろうシャサールたち三人は硬い表情を隠せず、少しばかり身構えている。

「心配するな、扉を開けて中に入らない限りは襲ってこない。勝手にボスフロアを抜けて動かれては迷宮区の探索すらままならいからな」

苦笑いのような表情を浮かべたディアの言葉に、少しゾッとしてしまう。これから先もフロアボスがボス部屋にいるとは限らない、というよりもボス部屋が迷宮区の1フロアだけではないという可能性に気が付いた。

「今後も、そうだといいんですけどね」

「そうね、そのうちフロアボスが迷宮区の1階層を丸ごとボス部屋にして歩きだしてなんて、不幸過ぎるわ」

ルチアの心底願うような言葉に、不幸が口癖のようになっているアネットもさすがにそれは勘弁願いたいのか首を横に振りながら応える。

「それじゃあ、少しだけ休憩して帰りましょうか。ディアさん、帰りの先頭お願いします」

「分かった、シャサールたちは俺の後ろに居るといい」

「それなら私とエリスが後ろだね」

少しの休憩の後、エリスのナビゲートで最短距離を進み、道中のモンスターは尽くディアが削ってシャサールたち3人が順番で止めを刺しながらダンジョンを出ると、外から差し込む光で長い影ができていた。

「ようやく出口か」

「うーん、流石に半日も狭い迷宮区にいると疲れますね」

「普段のフィールドレベリングと大分感覚が違うよね」

迷宮区の方が高レベルのモンスターが出るためソロでは美味しいのだが、パーティで分割される関係上数が多く出るフィールドの方がパーティにとっては狩場として向いている。その上ナビゲーターのエリスと詳細不明のクエストを受注しているディアの情報収集で人の少ない場所を優先して回っているので、用が無ければディアたちのパーティはフィールドを転々としながらレベリングする。

「今日でレベルも2つ上げられたし、攻略組の戦いも間近で見られたし、一石二鳥ってやつだな」

「もう、シャサったらダンジョンを出た途端に元気を出しちゃって」

じゃれ合うシャサールとルチアを見つめるアネット、それを眺めていたディアが急に声を荒げる。

「誰だっ!」

そう言うなりいきなり走り出しながらエリスとノエルに指示を出す。

「エリス、ノエル、3人を連れてダンジョン入り口で待ってろ!」

「「は、はい!」」

例外はあるが、ダンジョンの入り口とボス部屋前はモンスターが侵入できない安全エリアに設定されている。前者はボス戦前の用意のため、後者はフィールド内外のモンスターが混ざらないためで当然一切のダメージも生じない。そこに居ろと言ったことは……。

「何か嫌な予感がしますね」

その声に圧倒されて入り口まで戻ったエリスが茂みの中に消えていくディアを見送った。

 

 

茂みの向こう、そこから一瞬殺意のような嫌な感覚がした。明確にこちらを狙う、妙にチクチクとする感覚だ。茂みをっ回分ける音と勘を頼りに追いかけていくが、不意にその音が消えた。

「クソ、逃げられたか」

《索敵》にも周囲の気配にも引っかかるものは無し、転移結晶で逃げたかインスタントマップに逃げ込んだか、何にせよ後を追う手掛かりになりそうなものもない。

「昨日のことといい、嫌な感じだ」

吐き捨てるようにそう言うと、踵を返してダンジョン入り口まで戻る。

 




ドーモ皆さん作者です
最近14拾いました、ガンスラでした。


更新が遅いのにお待ちいただきありがとうございます。
今回のプルプル、前から一度やってみたかったのでやってみました。
スライムがプルプルしてるところを想像してください。



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第20話 いざ10層

ドーモ作者です。
相変わらずの亀更新ですがお付き合いのほど、よろしくお願いします。


アインクラッド第10層《ズィーレバン》

ゲーム開始から約4か月、攻略の最前線は一つの節目である第10層に到達していた。

このフロアまでがベータテストで攻略された範囲であり、ココから先はベータ―であっても情報はほとんど持っていない。そのため、多くの攻略組のプレイヤーたちは今まで以上に注意を払って攻略を進めていた。

特に緩やかな連携・中級ソードスキルの使用・弱点以外が堅固など、一癖あるフィールドモンスターは初見での対応が困難なことから攻略本などで全体に周知されている。

一方でプレイヤーたちにもいくつかのエクストラスキルの開放・武器強化クエストなど強化要素が追加され、それを使いこなすプレイヤーたちはハイペースでレベリングや攻略を進めていた。

 

 

「はいっ、出来上がりよ」

「すまないな、急に持ち込んで」

ディアと共に鍛冶場にいるのはすっかり馴染みとなった鍛冶師の少女、リズベット。

彼女が出来上がったばかりの武器を近くのテーブルに置くとそこには他にも2振りの武器が置かれており、ディアのが最後の一本のようだった。

「本当よ、せめてメッセの一本でも入れてくれればお茶位用意したのに。ノエルとエリスは買い物に行っちゃたし、アンタも待ってなくて良かったのよ?」

リズベットの方のもすっかりディアに慣れたようで大分砕けた話し方をしていた。デスゲームとはいえ、元はゲームであるアインクラッドでは初対面だと敬語を使ったりもするが、ある程度親しい間柄ともなれば大分口調は適当なものになる。

「そうすると、お前が終わった後暇になるだろう」

「別に気にしないわよ?メッセ送って取りに来るまでの間に片付けておしまいだもの」

そう言ってしまえばそれまでだが、場合によっては時間もかかるしやることも無いので待っていた、と告げると二人の分の代金も払って武器をストレージにしまうとその場を離れる。

「あっ、そういえばギルド組んだんだって? アルゴさんから聞いたわよ」

その言葉に反応して、鍛冶場から出かけたディアが立ち止まって振り返る。

星辿(せいてん)旅団、アインクラッドで星が見える100層まで辿り着くとともに現実の星を見るという願いを込めてエリスが決めたものだ」

「いい名前じゃない。じゃ、これからはそこの皆さん私のお客ということで」

「お前の腕に見合うだけの武器を欲しがる奴が居ればな。それじゃあな」

「毎度あり―」

今度こそ、鍛冶場からディアが立ち去る。

 

 

第9層にあったエルフ砦の書庫で見つけた神話には大地切断直後の混乱期にフォールンエルフ達が現れ闇の化身を作り出し浮遊城を支配しようとしたこと、その時に常の諍いを続けている場合ではないという人族の呼びかけにより森エルフ、黒エルフ、人の3種族連合がそれらを退けたこと、闇の化身本体が生み出した特に強力な4体の眷属が各階層に封印され、力の弱まった化身本体を巫女と騎士がその身と力を持って封印したことが書かれていた。

その中に巫女の杖が3つにわかれて飛び散り、うち一つが手元に残った以外は行方不明となったこと、その一つは現在も10層にあるが記されていた。

「とはいえ、どうやってあそこに入るか」

ディアが見つめる先にあるのはこのフロアの中心に位置する巨大な城、そこに最後の欠片が保管されているらしいのだが入ろうとしてもNPC門番に塞がれて入ることができない。とはいえそこにある以上は入れるはずなのでエリスやノエル、旅団に所属することになったルチアやアネット、シャサールたちに頼んで情報を集めてもらっているがあまり芳しくはない。

「いっそのこと、見張りの目を盗んで忍び込んでみるか」

「何物騒なこと考えてるんだヨ、ディーさン?」

似たようなことをキリトがやったと聞いたことがるので試してみるかと思っていると、ふいに現れたアルゴに声を掛けられた。

「ヤッホー」

「よう、お前から声をかけて来るなんて珍しいな」

「見かけたから声をかけてみただけだヨ」

「それで、城に入るための方法は何か見つかったのか?」

今回は望み薄とはいえ、一応情報屋のコイツにも依頼は出している。城そのものじゃなくても、せめて門の内側に入る方法が見つかればそこから突破口が開けるかもしれない。

「そのことならちょっと違うかもしれないけどクエストの情報があるヨ」

まぁ、手がかりもない状況なので話だけ聞いてみるか。

「どういうことだ?」

「なんでも城の薬師が依頼主の収集クエストが有るんだけど、ほかに城の関係者が依頼主ってクエストは見つかってなイ。ただ、受注出来てるのは居るんだけど、制限でもあるのか受けられたってプレイヤーがまちまちなんだヨ。ただ、受注できる場所は決まってるかラ」

そう言ってメモ紙がアルゴから手渡される。城の裏手辺りの座標が掛かれており、そこで受注できるらしい。

「助かる、何も手掛かりがない状況から比べれば多少は前進だ」

「そう言ってもらえるとこっちも助かル。なにせディーさんのクエストは他に受注できたプレイヤーもいないユニークな奴だからナ、今回のは不確かな情報だし普段情報貰ってる分と相殺しとくヨ」

とりあえず、エリス達と合流して行ってみるか。

 

アルゴと別れたと後、アルゴに教えられた場所に行くと老婆のNPCからクエストを受けられたのだが、何故か受注できたのはノエルだけだった。アルゴの話と合わせてみても、どうにもランダム要素が絡んでいる様だ。俺とエリスの場合は悩ましいそぶりを見せた後在庫の確認をしていたし、レベルと在庫で収集する内容が変わるのだろうか?

「それで、どういうクエスト内容なんですか?」

エリスがノエルに問いかける。

「んー、《月光樹の葉》に《地樹の花》をそれぞれ10ずつ集めるみたい。場所はちょっと離れた森の中だね」

「月光花か、名前からして夜だけ見つかる可能性もあるな」

「ディアさんもすっかりゲームに慣れてきましたね」

「流石に4か月もいれば色々と憶えるさ」

とりあえず、昼のうちに花の方だけでもという事で森の中に移動。

 

人型樹木のモンスター、トレントの腕を躱すと一気に懐まで入り込み武器の柄に手をかける。

「セイッ!」

身体全体をねじる様にして抜刀しながら斬り付けると青い軌跡が深々とその太刀筋に刻まれる。そこから逆手に持ち替えるとそれと交差するようにもう一撃、連続の強攻撃にたまりかねたトレントが怯んだ瞬間を狙って単発ソードスキル《既朔》を連打する。

《既朔》は一風変わったソードスキルで、単発威力は低いがリキャストが非常に短く連打可能という特性を持っている。それを武器スキルのModで連続ヒット数に応じて攻撃を強化する《連撃強化》とタイミングで強化する《刹那の合撃》で強化することで、やや燃費は悪いものの短時間で一気にダメージを稼ぐ。

「よっと」

怯みから回復したトレントの攻撃を防ぐと、今度は一気に距離を取ってから姿勢を低く取る。残りのHPからしてこれで終わりだ。

「《弓張》」

踏み込みながらの薙ぎ払いと突きから構成される二連続重攻撃《弓張》、一発目の薙ぎ払いは武器防御適応のため攻防一体のソードスキルになっている。とはいっても完全に防御できるのは一瞬で、防御しきれなった場合2発目の突きが失敗するため防御として使うには心もとない。

もっとも、今回は踏み込みの方がメインなので防御は関係ない。

「グォ……」

突きでHPを削り切ったトレントが消滅すると樹の上からエリスとノエルが降りてくる。

「いやーまさかあんなトラップがあるとは」

「念のため、ディアに見張ってもらって正解だったね」

二人が葉を摘もうと木に登った直後に先程のトレントが現れてディアは戦闘に入っていた。

恐らくは人数の少なくなったところにモンスターが、というトラップなのだろうが下に残っていたのはこのパーティで最も戦闘力の高いディア。しかも、10層で曲刀から派生したエクストラスキルで従来よりも戦い慣れたスタイルの。

「コイツの初めての相手としてはちょうど良かったがな。《太刀》スキルも大分上がってきたし、やはりこの方が馴染む」

カチリと、今までと異なる硬質な音と共にディアが武器を納める。曲刀と異なり細長く僅かな曲線を描く片刃の刃物、平たく言えば抜剣(カタナ)がディアの今の武器だった。アインクラッドでは《太刀》というカテゴリに分類される片手斬撃武器の一種で、曲刀から派生するエクストラスキルの一つだ。

「《斧槍》も早く慣れないと、足を引っ張ちゃうかな」

ノエルも片手槍から派生した斧槍(ハルバート)に乗り換えたが、重量配分が変わったことためやや振り回され気味でシステムアシストに頼っている。

「そこは時間が解決してくれますよ。ここまで最前線で戦ってこれたノエルなら5層くらいに行ってソロでスキル上げするのも楽ですし、慣らしがてら行ってみてはどうですか?」

クラインなどはその口で、5層に行ってクエストでコルを稼ぎながら《刀》のスキル上げをしている。

ディアは【仮面】のクエストの都合があるから難しいが、ノエルとエリスにはそういった心配もないのでいいかもしれない。

「それじゃあ、このクエストの間は私がモンスターの相手してもいい?」

うーん、とディアとエリスが唸る。レベルも装備も十分安全圏なのだが、アシストがあるとはいえ不慣れな武器のノエルに任せていいものか。

「俺やエリスが危ないと思ったらその時点でサポートに入る、それでいいのなら任せるが・・・・・・」

ディアが横目でエリスを見る。

「安全第一で無茶はしないこと、それが約束できるなら良いですよ。」

「当然だよ。強くなって上に行くために戦うんだもん、その前に死なないようにしないとね。だけどアブナイ時はタスケテネ」

流石に心細いのか最後の方が妙な片言になっていたノエルを先頭に次の花を探して森の中を探索する。

 

ブンッ、と勢いよく振り下ろされたかと思うと今度は重たそうにハルバートが薙ぎ払われる。そのせいでトレントの反撃に一瞬ガードが遅れるが、どうにかガードすると一度大きく距離を取る。

十分なレベルマージンを取っているとはいえ、慣れない武器に振り回される様は見ていて危なっかしい。

「大丈夫か?」

心配になり声ディアがをかけるが、その声に頷くとノエルは再びモンスターに向かって行く。

今度は勢いよく振り下ろされたハルバートより前に出るよう大きく踏み込むと身体全体を使うようにして一気にハルバートを薙ぎ払う。

「っと」

今度はしっかりと攻撃をガードするとそこから穂先での突き、柄尻での殴打、斧部分での縦斬りという3連ソードスキルを決めてトレントのHPを削り切る。

「よし、何となく分かってきたかも」

手に持った得物の向きを変えながら握りしめ、先程の感覚を反芻するようにして新しい武器の扱い方を身体に染み込ませていく。いくらシステムアシストがあるとはいえ、武器の扱い方はプレイヤー本人が覚えるのが一番いい。

「ディア、エリス! さっきの私どうだった?」

自慢げな顔でノエルが樹から降りてきた二人に駆けよってくる。

「まずまずといったところですね。ハルバートの扱い方は分かってきたようですが、まだ少し考えながら扱っている感があります。感覚でできるようになるまでは練習ですよ」

「エリスの言う通りだな、まだ動きがぎこちない。この後も戦闘は任せるから早く慣れろ」

厳しい意見だが、ノエルにもその自覚はあるのか力強く頷く。

「任せて! 今日でコレの扱いはバッチリにしちゃうからね!」

胸を張るノエルと次の場所に向かおうと歩きだしたその時だった。

「エヴェイユさん!」

「きゃあっ!?」

そう遠くないところから二人分の悲鳴が聞こえてきた。声の感じからして年の頃はノエルと同程度だろう。即座に顔を見合わせると頷き合い、その声の方へと駆けていく。

 

 

三人が駆けつけるとリザードマンと戦闘をしている二人の少女が見えたが、あまりよろしい状況ではない。索敵スキルを通して見える相手のネーム色はやや薄い赤、それはリザードマンのレベルがディア達より多少低い程度であることを示している。

その上少女のうち片方が大きなダメージを受けたのか、一人で戦闘をしている。

「少し手伝おう」

「へ?」

体術MODの一つである疾走によって一気に残りの距離を詰めたディアが間に割って入り、勢いをそのまま抜刀速度に乗せた居合い切りを放つ。

グレンテッセンもどきが直撃したリザードマンは軽く仰け反るにとどまるが、タゲはディアに映ったようで反撃はそちらを狙ったものだった。

「グオッ!」

ソレを鞘に納めたままの太刀で防ぐとカウンター気味の一撃がハルバートの重い薙ぎ払いと同時にヒットする。

「ナイスだノエル!」

「当然!」

連続攻撃で怯んだところにエリスが体術・片手剣複合ソードスキル《メテオブレイク》で追い打ちをかける。そこに元々戦闘をしていた少女がハンマーの、復帰した小柄な少女が大振りな短剣のソードスキルを浴びせると、リザードマンはポリゴン片と化して霧散した。

「ふぅ、助かりましたわ」

武器を納めた少女がこちらへと向き直る。

金髪をカチューシャで纏めており少し大人びた顔をしているが、身長や声の高さからしてノエルと同年代といったところだろうか。話し方やチョットした仕草から、俗に言うお嬢様のようにも見える。

「おじさん達、ありがとうねぇ」

「おじさんか・・・・・・」

見た目年齢なら一応は20代のつもりでいたのだが、どこか達観したような表情のせいか年齢以上の経験のせいか、ともかくもう一人の小柄な少女にはおじさんに見えたらしい。

「大丈夫だよ! ディアはおじさんじゃなくて、おにーさんくらいだから、変にしょげないで!」

ノエルが微妙に精神的ダメージを受けたディアのケアをしていると、エリスが二人に話しかけた。

「その二人はひとまず放っておいて、お二人とも無事なようですね」

「え、えぇ。おかげ様と言いますか、お助けいただきありがとうございました」

「お姉ちゃんたちも、ありがとぉ」

困惑したような表情で金髪の少女が礼を言い、小柄な少女は無邪気な笑みを浮かべてそれに続く。二人とも装備はそれなりな上に、あまりに疲れた様子も見せていない。

「もっとも、余計なお世話だったかもしれませんね。ディアさんも、そろそろ拗ねるのやめてくれませんかー?」

「別に拗ねてはいないんだがな、おじさんはショックだったが」

とはいえ、自分より10近くも年が離れていればおじさんと言われても仕方あるまい。

 

その後、簡単な自己紹介を済ませる。

金髪の方がベティ、小柄な方がエヴェイユといって二人とも攻略には興味が無いが自分が強くなることやゲーム安全な範囲内で楽しむことには興味があるらしく、時たま前線フロアで腕試しをしているらしい。俗にいう中層プレイヤーというものだが、最前線の10層まで来るのは中々珍しい。

「今回は少し上のフロアに来てみようと思いまして。それで周りに他のモンスターが居ないところで戦っていたのですが、エヴェイユさんがダメージを受けて気が動転して思わず大声を……」

「私が回復してる間ベティちゃんが戦ってたけど、一人だと大変だったのぉ」

「なるほど」

誰にでもあることだが、それに対して十分な対応ができなかったのは問題だろう。絶対が無い以上、何かがあってもソレに戸惑ったり動きを止めたりすればそこから先の動作はすべて遅れる。

そんなことはこの二人ならわかっていると思ったのか、今度から気を付けろの一言でディアは済ませたが、エリスは何か考えているのかたまに見せる思案顔をしていた。

「あのー、もし良ければお二人とパーティを組んでもいいですか?」

「私は良いよぉ、エリスおねえちゃん強いし優しいし、一緒に冒険しよう。ベティちゃんは?」

急なエリスからの申し出にエヴェイユ以外の3人は少しばかり驚いていた。エリスがディアたち以外のプレイヤーとパーティを組むことは珍しくないが、フィールドで会ったプレイヤーにいきなり申し込むのは稀だし、ベティも初対面から急な申し出を受けて戸惑っていた。

「ええっと、エヴェイユさんが良いのなら私も良いですけれど」

「それなら決まりですね! ノエル、ディアさん、クエストの途中で申し訳ないですが一時離脱します」

そう言うとこれまで集めたアイテムを二人に渡してパーティを離脱するが、ノエルが袖をつかんで小声で問いかける。

「どうしたの、エリスにしては珍しくない?」

「いやー、我ながら強引だとは思うんですけれど少しもったいなくて」

隣で聞き耳を立てているディアは何となく事情を察したようだ。

「あの二人、経験さえ積めばもっと強くなれると思って少しその手伝いをしたくなったんですよ」

中層プレイヤーの2人が最前線でも戦える程度まで強くなればそれをきっかけに他のプレイヤーも上に、そうして攻略組やそれに匹敵する層を厚くするのが狙いらしい。

「もっとも、それだけではなくてあの二人の戦い方で気になることがあったのも理由なんですけどね」

ナビゲーターとして、二人の戦い方に感じた違和感をどうにかしたいのもある、というかこちらの方が本題だろう。ともあれノエルとディアは花を探して森の奥に、エリス達はモンスターの弱い森の外周部へとそれぞれ場所を移した。

 

 

5人が分かれてから小一時間、《月光樹の葉》をすべて集めて、残りは《地樹の花》数個となったディアとノエルは花を探しつつ森の中で狩りをしていた。ノエルもすっかりハルバートの扱いに慣れたようで、ディアとの連携を意識した動きもできるようになっている。

「それにしても見つからんな」

「残り少しだと余計そう感じるね、ってアソコにイッパイある」

そうノエルが指差したところには《地樹の花》が複数集まって咲いてた。

「やったね」

「おい、ノエル」

トラップか、そうでなくてもエネミーの大量湧きでもあるかもしれないとディアが声をかけるがそれを聞かずにノエルは花の方に走っていく。

「大丈夫だって。花だけ摘んで、いざとなったらディアと逃げる」

そう言って花の群生に駆け寄った途端、ノエルが足元の沈み込むような感覚と軽い浮遊感を感じると不意に地面が上がった。

「って違う、私が落ちてる!?」

「クソッ」

慌ててディアが駆け寄って完全に落ちる前に腕を掴むが、拡がり続けた穴はディアがノエルを引き上げる前に二人を飲み込む。幸い穴の中にモンスターがいることは無かったが、スライダーのように滑らかな穴の中を二人は滑り落ちていく。

「キャアッ!?どこまで滑るのー!?」

「知らん!そんなことよりしっかり掴まっていろ、離れて別の穴に入ることがあれば最悪だ」

腕と肩を引き寄せるようにディアがノエルを引き寄せると、ノエルも必死にディアに捕まる。

密着状態とかそういうことを考える余裕も無く、二人は暗い穴を滑り落ちていく。

 

 

 




1話から通しで読んでくださった方は初めまして、更新をお待ちいただいた方はお久しぶりです。
イヤー、前回から大分間が開いてしまいました。
2クール目?の24話までには10層までの第一部を終わらせたいなーと考えておりますので、ちょいと長い10層のお話にしばしおつきあい下さい。

感想、お待ちしております。


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第21話 壊世の幻想

ドーモ、読者=サン、作者デス。

久しぶりの更新となります、どうぞお楽しみください。


ズシャーーーッ!

「キャーーーーー!?どこまで滑るのー!?」

「喋るなノエル、舌を噛むぞ」

半ばパニックになっているノエルを落ち着かせようと努めて冷静な声でディアが言うが、彼もまた現状を把握するので手一杯だった。

”落ちた場所はおおよそ分かるが、暗い上に蛇行しているせいで今どこに居るのか分からん。最悪、城の外かもな”

そう考えたディアにギュウとノエルがしがみつく。

「ディア……」

その言葉でディアは自分が彼女とした約束を反芻する。

「安心しろ、死なせはしない」

そう、生きて彼女達を現実に返すと約束した以上、此処で死ぬつもりになっている場合では無い。

冷静に状況を整理しよう。二人が落ちたのは周囲に何も無い落とし穴、理不尽が存在しないこの世界(SAO)でソレが即死トラップかと言われたらその可能性は在る。だが、其処から助けようとしたディアまで飲み込んだ上に更に長距離を移動させる即死トラップかと言われればその可能性は低い。なら、考えられるのは。

「大丈夫だノエル、この穴には終わりがある筈だ。だから、それまで離れるなよ」

ハッキリとした声でノエルにそう告げる。それを聞いたノエルは頷くと、絶対離れないようにとディアにしがみついた。ディアもノエルを離さないよう体を引き寄せる。

 

 

「コレで、どう!」

相手の懐に一気に潜り込んだ小柄な体格と、それに見合わぬ大きさの棘付鉄球(モーニングスター)を軽々と振り回すエヴェイユが得物の見た目通りに重たい一撃をトレントに与える。

「ハッ!」

さらにエリスが3連撃水平斬り《ホライゾンタル・デルタ》で残りのHPを削り切る。

「エリスお姉ちゃん凄いねぇ」

「エヴェイユさんもですよ。元々性に合っていたというのもありますけれど、こんなに早く短剣から転向出来るなんて驚きです」

エリスが気になったところ、ソレはエヴェイユの戦闘スタイルが武器と合っていないことだった。懐に潜り込んで一撃を入れて離脱するスタイルはどちらかというとハンマー系の片手重量武器向きで、手数を信条とする短剣とは合っていない。ステータスも戦い方のせいかSTR・AGI型で、次にVITとという一撃離脱特化のアタッカー。

それならばという事でメイスやハンマーを持たせて試していたのだが、一番しっくり来たのがモーニングスターだった。

「私は全然気づきませんでしたね。エヴェイユさん、良かったですね」

「うん、エリスお姉ちゃんのおかげだよぉ」

自分より年下の少女二人に感謝されたエリスが嬉しそうに応える。

「どんどん頼ってくださいね。10層に入ってからディアさんやノエルも頼ってくれ無いので嬉しさ半分、残念半分で……」

第1層で出会った頃はゲームのシステムが良く分からず、戦闘は上手いのに倒す効率が悪かったディアと全く何も分からなかったノエルも今や立派な攻略組。ノエルはまだ駄目なところもありますけど、ルチアさん達のおかげか少しはしっかりしてきましたし、私も自分の方向性でも考え直してみましょうか。

そんなことを考えて、少しばかり自分本位になってみようかと考えるエリスだった。

「そういえば、ディアさんとノエルさんは大丈夫でしょうか? 別れてからしばらく時間が経っていますけれど」

ふと口にしたベティの言葉に、エリスは即答する。

「大丈夫に決まっています。とはいえ、心配なので場所の確認くらいはしておいた方が良いですね」

ギルドメンバーのリストを出してそこから二人の現在地を確認するとunknown、今まで見たことが無い表記だ。そう思ったエリスはフレンドリストなども確認するが結果は同じ、念のため“どこにいますか?”というメッセを二人に飛ばしてメニューを閉める。

「どうしましたの?」

場所を確認するだけにしては時間のかかっていたエリスを心配したベティが声をかける。

「いえ、何でもありませんよ。二人ともクエストの中でローカルマップに入ったのか、詳しい場所は分かりませんが森の中にはまだいるようです。それより、この後はどうしますか?もう少しレベリングします?」

何事も無かったようにエリスを見て、二人はそれ以上に何も聞いてこなかった。

「そうですわね、少し疲れましたし街に戻ってお茶でも」

「さんせーい、エリスお姉ちゃんも一緒にお茶飲んでとお菓子食べよう」

「いいですよ。美味しいお店を教えてもらえそうで、少し期待しちゃいます」

ディアさん、ノエル、お二人なら心配ないとは思っていますが、お茶が終わる頃には帰ってきてくださいね。

 

暗さとスピード、激しい動きで時間感覚も麻痺してきたとき、ようやく穴の終わりらしき薄明かりが見えてきた。

「ノエル、出口のようだ」

「終わり、ッ!」

二人が落下の衝撃に身構え、再びの浮遊感の後に緩衝目的で設置してあったらしい水場に着水する。

急に出来事に慌ててしがみついてくるノエルごと、どうにかそこから這い出たディアがあおむけに転がり、しがみついたままのノエルは必然的にその上にのしかかることになる。

「ノエル、プレートの角が痛い」

「はっ、ゴメンっ」

実際には痛覚信号はある程度軽減されているのでそれほど痛くはないのだが、厚い布越しにでも金属がゴリゴリと当たるはあまりいい気分ではない。

「ふぅ、無事でよかったね」

「そうだな、生きているうえに安全地帯のようだし、ココから脱出する方法は少し休んでから考えるか」

約5分後、先程までの衝撃から立ち直った二人は先程の部屋から繋がっていた通路を歩いていた。出現するモンスター自体はさほどレベルが高くないものの、どれもダーカー系のものばかりで不慣れなノエルをサポートするようにディアがメインで戦っていた。

「やっぱり、ダーカーの相手は本業のディアの方が上手だね」

「とはいっても、俺もアークスになってまだ2年程度しか経っていないがな。ノエルだってSAOで槍使い、今はハルバート使いだが、そうなってもう2か月近いんだ。戦闘自体はだいぶ慣れただろう」

「それはそうだけど、ディア程勘は良くないし、初めての敵には上手く戦えないし、」

自分とディアとを比較して落ち込み始めたノエルの頭をディアが刀の柄で軽く叩く。

「むー」

「恨めしそうな顔をするな、それに俺だって最初から上手く戦えたわけじゃない。アークスになって最初の研修じゃ先輩に助けられなければ死んでいたかもしれんし、その後だって何度も危ない目に遭ったり自分より強い奴から逃げたこともある」

ヴォル・ドラゴンの火球に焼かれ、バンサー系に翻弄され、それでも死なずに生き残ってきたからこそここにいる。苦笑しながら当時の情けない、今となっては笑い話となったそれをノエルに聞かせてやると意外そうな顔から次第にディアと共に笑っていた。

「そっか、ディアもそんなことしたんだ」

「全くだ、今となってはなんてことはないが最初はずっと逃げるのを追いかけていてな」

「ふふ、それで息切れしたところを引っ掛かれたんだ。だけどちょっと安心した。ありがとうね」

 

ディアも最初は駄目なところがあったり、今みたいに何でも出来た訳じゃないんだ。

そう考えると今まで自分と比べて凄いと思っていたところも、自分の手が届かないところでもないのかな。

「そういえば、お前は現実ではどうなんだ? 身長からすると学生だろうが、少しくらいは教えてもらいたいものだ。まさか、散々俺の話を聞いておいて答えられないとは言うまい?」

ディアの話を聞いてしまったし、ちょっとくらいならいいかーという感じでノエルが現実でのことを少しだけ話す。

「私のことだよね。家はお菓子屋さんで学生っていうのは知ってるよね、普段は……あんまりコッチと変わらないかな? イタズラしたり遊んだり」

趣味や好きなファッションのことなど、取り留めのないことを適当に話す。

当然モンスターも出てくるが、少しずつダーカー相手も慣れてきたノエルは時たま大胆なフェイントで隙を作ってディアのアシストをしたり、同時攻撃で一気に倒したりと戦い方も広がってきた。

「中々やるじゃないか」

「ふふーん、凄いでしょ、って言いたいところだけど半分はディアのお陰かな。やっぱりいいお手本がいるから、それで動きをイメージして、後は半分くらいシステムアシストに任せれば結構戦えちゃうもん」

「まっ、そう思うならそれでもいいがな」

フフ、と軽い笑みを浮かべながらディアとノエルは突き進む。しばし進むとようやく出口らしいところが見えてきたが、お約束通りそこには扉が。この扉の先はイベントボス戦だろう。

「HPやアイテムの残量は大丈夫か?」

「問題なし、イベントボスくらいなら十分戦えるはず」

それじゃあ開けるぞと言ったディアが扉に軽く手を当てると懐から強烈な光が溢れ出し、二人は声を上げる間もなくその中に飲み込まれた。

 

光が収まり二人が目を開けると、先程まで居た石造りの通路とは全く異なる光景が目の前に広がっていた。

「えっと、ここ何処? 空もなんだかオレンジというか紫というか変な色だし、草は全部枯れてるのに花とか実は光ってるし、凄い不気味」

「壊世区域、にしては何か違うような気がするな」

「カイセイクイキ?」

ノエルの疑問にディアが答える。ダーカーやダーク・ファルスの大元である【深遠なる闇】の影響によって時間や在り方が壊れた世界、あらゆるエネミーがより攻撃な姿と能力を持つ屈指の危険区域だと。

「ヤバくない?」

自分のハルバートを握り締めたノエルがそんなことを口にする。

「現実のならな、ここには幸いエネミーの反応もないしボス戦の舞台になっているだけだろう。覚悟は良いな?」

「それなら大丈夫、ディアもいるし勝ってエリスのところに帰ろう」

「あぁ、ノエルもいることだしどうにかなるだろう」

二人が一歩踏み出した途端、何処からともなく紫の光球が無数に尾を引きながら集まり一つの形を成した。何処か歪な紅い人型に白の鎧、その所々は欠けたようになっており先程まで戦闘をしていたようにも見える。HPバーも4段中3段が空になっており、残る1段分を削ればいいという事だろう。名称は。

「《Vision-Hunal》、ヒューナルの幻影?」

今ここで戦っているのが欠片にせよ複製にしよ、幻影というのは何か違和感を感じる。

その疑問は一度頭の隅に仕舞い込み戦闘に突入する。

「正直コイツの動きは予想がつかん、しばらくは様子見しながら行くぞ」

「なら、私が軽く当てて逃げるからディアは上手くサポートして」

「無理はするな」

頷いたノエルが軽く突きを入れるがヴィジョン・ヒューナルは右腕を変化させた剣でそれを軽く弾くと、一度退いたノエルに追撃してくる。それをディアに鞘に納めたままの太刀で防がれると逆袈裟に切り上げ、舞うように連続で攻撃を仕掛けてくる。

「ヌンッ!」

「わわっ!?」

その合間を縫うようにディアも抜刀するとノエルと共に攻撃と攻撃同士をぶつけ合う。とてもじゃあないが様子を見るなどと悠長なことを言っている場合ではない。

このままでは埒が明かないと感じたノエルと軽くアイコンタクトを交わすと、その意図を察したノエルが重攻撃ソードスキルを発動する。

「これでも、喰らえ!」

左斜め上から穂先の重量を生かした斧の斬撃とそれを振り抜いた勢いをそのまま乗せた突き、2連撃重攻撃《スパイラル・デュオ》がヴィジョン・ヒューナルに放たれ、それを防御しようと剣を盾のように構える。

「俺も居るぞ」

その防御の空いた部分、ディア達から見て右側に潜り込むと太刀を目線当たりに両手で構え、姿勢を低く落とした状態のディアも同様に重攻撃スキルを放つ姿勢を整えている。

「《旋月(せんげつ)》」

捻じ込むように繰り出しされた突きはノエルの攻撃を防御することに専念していたヴィジョン・ヒューナルの脇腹に深く突き込まれ一気にHPバーの2割ほどを減らす。

連続で二人共が重攻撃スキルを放ったために硬直が発生するが、一気に大量のダメージを喰らったことで相手も後退しその間に体勢を整え直す。

「ふぅーっ」

「手強いね」

「そうだな」

旋月はディアの習得しているソードスキルの中では最も単発威力の高いものだ。それが直撃しても2割、しかもノエルが半ば囮のような形で隙を作ってようやくとなると、次から同じ手は通用しないと考えた方が良い。この世界のエネミー、特にボスクラスはある程度の学習能力を備えているため同じパターン攻撃は通用しにくい。

「ならば、今度は」

一気にディアが踏み込むと今度は迎撃するかのように剣を振りかぶり、ディアの未来位置にそれが落ちてくる。

「っ!」

それに反応したディアが急制動で動きを止めると同時、その勢いのまま抜刀して斬り付ける。予測とズレた位置にディアが止まったことで軽い一撃とはいえ無理な動きで防御しようと動きを変えたヴィジョンは不格好な姿勢で防御に成功するが、端からディアの攻撃は上手い角度で放たれており、弾かれたところから攻撃に転じる。

そこから反撃か防御か、どちらにせよ一度おかしな姿勢になったところから動こうとすれば動きに無駄や無理が生じる。そこを逃すディアではなく剣に一撃入れてさらに動きを遅延させる。

「伏せて!」

急に背後から聞こえたノエルの声に迷うことなく姿勢を低くしし鞘に納めると頭上をハルバートが通り過ぎる。音とライトエフェクトの破片からすると直撃とはいかないようが、確かにヒットしたそれに重ね、ディアも《既朔》を2連撃で放つ。

「もう一撃」

と構えた瞬間、ヴィジョンは右腕の剣を解くと左腕を砲にも杖のようにも見える形に変化させると光弾を一発放った。

「ディア!?」

「クッ!」

予想外の一撃に左腕を盾にするようにしてどうにか直撃は避けたが、手甲とコートの袖はボロボロになりHPも一気に3割ほど減らされた。……直撃のことはあまり考えたくないな。

「大丈夫!?」

「どうにか、とはいえぬかったな」

ポーションを飲み干すだけの時間はあったが、間欠的に光弾が放たれ二人共回避や防御に専念する。発射される間隔は短いわけではないものの、ヘイトを多く集めているディアはHPが回復するまで攻撃に転ずるのは難しい。ノエルも不慣れな遠距離攻撃を防いではいるものの、しばらく膠着状態が続く。

 

 

ディアのHPがある程度回復し二人共ポーションを飲みつつ光球の直撃を避けながら攻撃を仕掛ける、どうにかヴィジョン・ヒューナルのHPも残り1割程度まで減らしたところで急な変化が起きる。

再び右腕を剣に変化させると二人をまとめて薙ぎ払い、先程までより一回りほど大きな光球が放たれた。

「ヤバい感じだ、ノエル全力で逃げろ!」

「分かってるよ!」

武器を納めてダッシュで逃げる二人、動き自体はのろいものの若干の追尾性があるのか二人の方にじわじわと寄ってきたソレは途中でターゲットをノエルに定めたのか地面に落ちつつゆっくりと進んでいく。

「コッチ、来るなーーー!!」

となればディアの取るべき行動はただ一つ、発射した姿勢のまま動きを止めたヴィジョンをひたすら殴ること。

「オォッ!」

連続で《既朔》を放つが硬い、先程までより大幅に防御力が上がったのか軽減スキルが発動したのか分からないがとにかく硬い。普段は十分な間隔を開けてから放つため気にならないが、発動に必要なSPが尽きる前に削り切れるか微妙なところだ。

「ヤバ、ヤバいから!」

ひたすら連続で斬り続け、体感時間が引き延ばされたディアは残り僅かとなった自身のSPとヴィジョン・ヒューナルのHP、地面に着弾しノエルを飲み込もうと広がる光を同時に認識していた。

「ハアアアーッ!」

HPがほんの僅か、もう一撃ソードスキルを入れればというところで《既朔》の最後の一発が放たれ、それがヴィジョン・ヒューナルの身体に食い込んだのとノエルの視界が光に包まれたのはほぼ同時だった。

 

 

あぁ、これは駄目かもしれない。ディアも一生懸命で、私との約束守ろうとしてくれたけど私が弱かったからかな、もうちょっとAGIがあれば、もう一歩踏み出せれば。

”安心しろ、あの幻影は既に倒れている。私のことも自分のことも恥じることはない、私を頼むぞ、槍使い”

「え?」

聞いたことのない低く落ち着いた声、だけれどもそれは一瞬ディアの声のように感じてしまった。そして、その声の言う通りに私を飲み込もうとしていた光は薄れていって、私のところに来たときはさっきまでの恐怖とは逆の温かさすら感じる穏やかなものとなって消えていった。

「…ル…! ノ…ル! ノエル!」

その声を聞いている間、というのも変かもしれないけれど気を失っていたのかディアの呼び声が聞こえる。

「う…ん、ディア、ちゃんと聞こえてるよ」

真剣な顔で私を抱えていたディアはその声に安心したみたいで、険しい顔のままだけど、息を吐いて安心したようだった。

「良かった。お前を守れて、約束を破らずに済んで」

あぁ、そっか、ディアがあんなに必死で戦えるのはこういうところなんだ。

「ねぇ、ディア。私も約束するね、勝手に死なないのディアに約束を破るなんて思いをさせないこと。またディアに心配させちゃったら、また無茶させちゃうでしょ?」

私なりの決意表明、もう二度と心配させない、少なくともディアが自分の戦いに専念できるくらいには、のはずだったんだけど。

ペシッ!

「痛い…」

「そういう余計なことは考えるな。俺が約束したのは俺の勝手だ、そこを勝手に背負い込もうとするな」

呆れたと、とでも言いたげな顔でデコピンされた、結構本気なのに。

「まぁ、好きにすればいいさ。俺も約束したのが勝手なら、お前の考えもお前の勝手だ。けど、勝手を通すならそれなりに強くなれ」

別に嫌な訳じゃないんだ。勝手を通すくらい強くなる、当面の目標は決定だね。

……あれ? ちょっと待って、今の私って?

背中に地面の感触、無し。ディアの腕、私の背中。顔、見上げる高さ。

これってもしかして、お姫様抱っこ!?

「キャーー!」

多分、SAOに来て一番の勢いで飛び上がると唖然としたディアの眼の前に着地する、けど姿勢を崩して倒れかける。そこでディアに腕を掴まれて、変に意識してるせいか思わず手を弾きながら立ち上がってしまう。

「……大丈夫か?」

「うん! 全っ然、大丈夫! 大丈夫だから!」

心臓がドキドキしてる、はずだけどここだとドキドキしないんだね。うん、知ってるけどそんな気がする。男の人にお姫様抱っこなんて、人生でも初めてだよ。

「しかし、これでクエストクリアのはずなんだが……」

その言葉で我に帰ったノエルが周囲を見渡してみると光の粒子が赤黒から空色に変じながら吹き出しているボスはそのままに、まるで時間が止まったように周囲は動きを止めていた。

「バグとかラグ?」

「いや、エーテル通信に理論上のラグは存在しないし、バグにしても進行が止まるなんて致命的なものをカーディナル・システムが放っておくはずはない。何かの演出か、それともまだ先があるか」

前者には期待を、後者にはそれが無いことの祈りを込めてディアが口にした時、世界がセピア調に変色するとともに世界は動き出した。

「しぶとい!」

そう言ったディアがヴィジョンヒューナルに攻撃を仕掛けようとするが何かがおかしい。違和感を無視して攻撃を仕掛けるが、それは霞か何かを斬ったかのようにすり抜ける。そして、HPバーもエネミー名も表示されないままヴィジョン・ヒューナルは再び戦闘体勢に入るが二人には目もくれず傷口から粒子、フォトンを噴き出したまま二人が最初に立っていた場所を見据える。

「何が起きている?」

「もしかして、これムービーなんじゃない? さっきまでので戦闘は終わりで、ここでこれから起きることは見ているだけ」

「なるほどな」

いうなれば、これも一種の過去改変だろう。自分たちが居なければ歩んでいた歴史、そこに自分たちという異物が交わったことで生まれた新たな未来がここから始まるのだ。

「誰か来たよ」

「そう……」

ヴィジョン・ヒューナルの見つめる先、そこに辿り着いた二人の姿を見てディアは言葉を失った。巫女であろうマトイそっくりのNPCと騎士であるこの世界で出会った【仮面】、二人が手に持つのはクラリッサとコートエッジ、そこまでくればディアには薄っすらとこの後の展開が、二度目にして三度目の光景が読めてしまった。

「ノエル、分かっているとは思うが」

「うん。エルフの本に書いてあった通りなら、結構ハードな展開だよね」

その後はおおよそエルフの伝承とディアの思った通りに進んだ。

二人のNPCがボロボロになりながらもヴィジョン・ヒューナルを追い詰め、最後に二人が止めを刺す。そこで、僅かだが大きな違いが生まれた。

【仮面】(ペルソナ)!?」

「うそっ!」

仮面のNPCが自らの身体でヴィジョンの剣から巫女を守ると、彼の持っていた大剣が浮き上がり自身とヴィジョンを貫き縫い留めた。それはディアたちとの戦闘でヴィジョンにできた傷口をちょうど貫くようになっており、逡巡する巫女は悲壮な表情を浮かべながら手に持ったクラリッサから無数の光を放って陣を形成するとその中心にいる【仮面】の中にヴィジョンが吸い込まれるようにして消える。そして【仮面】の姿は1層であったのと同じ、SAO風ながらもディアの知る黒と紫を基調とした姿に一瞬だけ変化し、そこから同じ色のヴィジョンに変化を遂げると光の陣が収束して捕縛され迷宮区の方へと飛び立った。

「あの感じだと、このフロアのボスってあのNPCとクエストボスが合体したのだね」

「そうだな」

半分上の空でノエルの言うことを聞いていたディアが見つめているのは残された巫女、その手の錫杖はちょうどディアの持っているクラリッサの破片とほぼ同じ位置にヒビが入り、今にも壊れそうになっていた。そして、巫女もまた力を使い果たしたのと間接的とはいえ騎士を封印したことのショックからかうなだれていた。

そのまましばらくいると、残った力を振り絞るように割れゆく錫杖を支えにして立ち上がり、それを強く握りしめる。すると、巫女を中心として光の奔流が生まれ、自身もその一部となりながら錫杖の先端に吸い込まれていき、全てが錫杖に吸い込まれるとその姿は見慣れたクラリッサのものへと変化した。

「あれってディアの集めてたのと同じものだよね、どこに行くのか見ておかなきゃ」

「そうだな、この層で完成させなければならないし大切だな」

そんな会話をディアとノエルがしていると、限界まで蓄えた力とそれまでの疲労に耐えかねたかのように3つの破片へと分かれ、先端を除いた2つは何処か下層へと降っていった。

それらの破片は既にディアが所持しているもので残り1つ、先端はどうなったかと思っていると急に風景のすべてがセピア調に色褪せ始め、ココに来た時と同じく眩い光に包まれると二人は元の扉の前に立っていた。相違点といえば扉が開かれており、その中には淡い光を放つ小さな祭壇があった。

「あの中にクラリッサがあるのか。それにしても、あのイベントの意味が今一つ分からないな」

「うーん、このフロアのボスの正体とクラリッサの欠片のが報酬なのかな? なんでディアじゃなくて私のクエストでなのかは分かんないけど」

祭壇へと向かいながら二人はそんな会話をする。

可能性があるとすれば一応伝承に則り巫女役にノエル、騎士役にディアを据えたという事だが、どうなのだろうか。

「けど、伝承だと巫女と騎士は封印の時に二人共居なくなってるんだよね? 普通のゲームなら勝ち負けで分岐して負けた方が伝承ルートだったかもね。負けたら死んじゃうかもしれないから、こっちのルートしか私たちは選べないけど」

「しかし、そうなると伝承は変わっていたりするのだろうか? 9層にあるエルフの書庫に戻って確認したいな」

ともあれクラリッサの先端部を祭壇の中から回収したものの、どうやって外に出ようか?

元の入り口以外に通路もないようだし、などと思っていると急に祭壇が揺れ出して上昇していく。

「流石に帰りは楽チンだね。だけど、どこに出るんだろ?」

「少なくとも、安全地帯であることを祈っておけ」

「うん、祈る」

 




今話も最後まで読んでいただきありがとうございます。

☆15が実装されましたが皆さんのもとには届いているでしょうか?
自分のところにはまだ来ていません、というか14タクトしか来ません。
15にして交換してしまおうかと考えているのですが、OPが0のところから拡張するのが……
皆さんも、OP付けレア堀頑張りましょう。

多忙なもので執筆が遅れがちですが、ちょこちょこ書いていきますのでお付き合いください。
では、またのお話で。


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第22話 欠片

ドーモ作者です、細々と書いていたのが上がりましたので投稿させていただきます。


第10層《ズィーレバン》の森でエヴェイユとベティの2人を鍛えていたノエルだが、先ほどから何度かメニューを開いては何事も無いようにふるまっている。

最初はエヴェイユとベティも特に気にしていなかったが、何度もそんなことをしているとさすがに気になってきた。

「あの、エリスさん? 先程から何度もメニューを確認して、どうなさったんですか?」

「いえ! なんでもありません。ちょーっと気になることがあるだけで」

そう言ってメニューを確認したエリスは先程までより少しだけ穏やかな表情をしている。

「それより、一度街に戻って休憩しませんか? 結構な時間狩りをしていますし、時間も時間ですし」

言われてみればもう4時近い。さすがに日も落ち始めているし、一応戦えるとはいえ日が暮れてからエヴェイユとベティの二人を連れてフィールドを移動するのは得策ではない。

「そうですわね。今日は結構な時間をフィールドで過ごしましたし、早めに街に戻るとしましょう」

「美味しいお菓子でも食べてぇ、ゆっくりしたいねぇ」

街に戻ろうと3人は歩みを進めるが、ベティは忘れていなかった。

「それで、なんでメニューを確認なさっていたのですか?」

「……やっぱり気になりますか?」

悪戯っぽい笑みを浮かべ、ベティはエリスの回答を待ち構えている。

やれやれと、観念したようにエリスも訳を話す。もとより隠す理由も今となっては無くなったわけだし、そのことについて問題は1つもない。

「ノエルとディアさん、二人の所在が分からなくなっていたんですよ。私達と別れた後にインスタントマップに入ったせいだと思うんですけれど、無事か心配でちょくちょく確認していました」

少し恥ずかしげにエリスが白状する。

それも先程の確認で主街区内に移動したことが分かったため、二人にも一度戻ろうと提案したのだ。

「それなら私達のことを放っておいて、ディアさんたちの所に行っても良かったんですよ?」

「うん。エリスお姉ちゃん、スゴク心配してたんでしょ」

「助けに行ければそうしたかったんですが、お二人を放っておく訳にも行きませんし、インスタントマップだと私がソコに行く方法を見つけても、同じマップに入るとは限りませんから」

そうかと、二人共納得したような顔をする。

クエスト中のインスタントマップなら先ずはクエスト中の条件を達成しないとならないし、同じクエストでも別のプレイヤーが受けているなら違うマップが用意される可能性もある。それなら、下手の動かないのも一つの策だ。

「……私達が居なければ、エリスさんにこんな心配をさせずに済んだかもしれませんわね」

「ベティちゃん……」

余計なこと、というより前線に出てきたことを悔やんでいるようだが、当然エリスはそれを否定する。

「そんな事はありませんよ。お二人について来たのはそれこそ私の勝手ですし、気にしないで下さい。それに、お二人のような強いプレイヤーが攻略組に興味を持ってもらえたらなんて下心も私にはありましたから、お互い様です」

そう言って笑うエリスに納得したのか、ベティとエヴェイユも軽い笑みを浮かべていた。

「それなら、早くノエルお姉ちゃんとディアお兄ちゃんにごーりゅーしよう」

「そうですね、主街区まで競争ですよ。ヨーイ」

「ドン!」

駆け出した二人にあっけにとられたベティもそれを追いかける。

「チョット、エリスさん、ベティさん、反則ですわよー!」

「ベティちゃんおそーい」

 

一方、ディアとノエルの2人は上へと上がる祭壇の上でポーションを飲んで回復しながらグッタリとしていた。イベント中は戦闘後のテンションで追いやっていた疲労感が、安堵感と共に押し寄せてきたのだ。

「ノエル、さっきはすまなかった」

「ううん、生きてるから大丈夫。怖かったけど生きてるし、ディアが一生懸命だったから私も少しでも逃げなきゃって思えたし」

「ならいいが、それにしても危なかったな」

「本当だよ……」

数分もしないうちに祭壇が頂点まで達すると、そこには一人の女性NPCが待ち構えていた。

彼女のどこか高貴な佇まいや服装から察するに、主街区中央にあった城でかなりの地位にいる人物か、あるいは主に類するものだろうという事は察しが付く。

「騎士様に選ばれた旅の剣士様、そしてその同行者様、よくぞ此処へ参られました。私はこの城の主テンイと申します」

「これは、見苦しいところを見せてしまった。ディアという者だ」

「ど、どうもすみませんでした! あの、私ノエルと申します」

神や全知存在、未来であり過去である自分など目上や超常の存在と知り合いのディアは敬意や礼儀という面で姿勢を正す程度だが、NPCとはいえ女王に初めて対面したノエルはガチガチに緊張していた。

「そのように緊張されなくて結構です、私の役目は巫女様、初代より託された物をディア様にお渡しすることだけですから。私について来てください」

そう言って歩き出した女王に二人も付いて行く。通路の両側には水が張ってあり、時折魚が撥ねていた。その端まで辿り着くと一見行き止まりのようだが、女王が手をかざすと複雑な術式陣が展開されてそこが通れるようになり、広大な部屋の中央に何かの殻のようにも見える物が付いた棒状の欠片が安置されていた。

「どうぞ」

「あぁ」

勧められるままに進み、クラリッサの先端を掴むと一瞬【仮面】の姿とともに何かが衝突するようなヴィジョンが視えた。それが何を意味しているのか分からぬままではあるが、とりあえずディアの目的の第一段階、クラリッサの破片回収は終了した。

「これは私の願いです、独り言だと思ってください」

ノエルに向かって頷き、ようやく一区切りとなったことを伝えると唐突に女王がそんなことを言い出した。

「初代様の御遺志はその神器に宿っています。もしそれ果たせるのであれば、願わせてください。神器に触れるたびに伝わってくる御遺志はとても悲しいものでしたから」

まぁ、それはそうだろうとディアは思う。

自身もマトイが全てのダーカー因子を引き受けて【深遠なる闇】と化したときに感じ、【仮面】がその命を断った時に感じたものと同質のものだ。

何よりも大切な相手を自身と相手にために滅せねばならぬ絶望と悲哀、それに触れた女王の気持ちも分かる。

「それでは失礼するとしよう」

「うん、独り言なら聞いてちゃまずいもんね」

此方に背を向けた女王が軽く手を振ると、それが何らかの術式を発動させたのか一瞬視界が光に包まれると城門付近まで転移していた。この世界の設定では魔法は失伝したと聞いているが、制限付きとはいえ女王は魔法のような技術も使えるのだろうか。

「ディア、巫女さんの心残りを果たさないとね」

「その前に、これを修復する方法を見つけるのが先だ。よほど腕のいい鍛冶師、少なくともこれと同等のものを作れるのを探さなければ」

オラクルではジグに修復してもらったクラリッサだが、この世界で鍛冶屋の伝手は生憎一人しかいない。

「リズさんに訊いてみよっか」

「だな、もしかするとこのクエストのように一般のクエストの中に紛れている可能性もある」

 

とりあえず一度エリスに連絡を入れた方が良いかな。勝手に、でもないけど主街区まで戻ってきちゃったし、イベント中は場所も分からず不安にだったろうし。

エリスに主街区のお城近くにいるよー、とメッセを送ろうとしたら何処からともなく本人の声が聞こえてきた。

「ノエル、ディアさん、大丈夫ですよね!? お二人ともいつも、いーっつも心配させて、またですか!」

そう叫びながらこっちにやってきて私とディアの腕を掴むと、そのままぎゅっと握りしめる。

「スマンな」

「ごめんなさい」

うん、悪いのは私たちだし、エリスが言うにはメッセを送ったけど返事が来なかったみたいだし、仕方ないよね。

「まぁまぁ、エリスさんも落ち着いてください。お二人から離れたのは貴方ですし、心配したのは分かりますけれどその位に」

「いえ、今回ばかりはハッキリ言わせてもらいます。今度から危険な時には私も巻き込んでください、お二人の心配をするのはこれっきりにします」

今回の件はさすがにお冠だね、後ろに鬼が見えるよ。ベティちゃんの言葉を一刀両断したエリスの気迫にはディアもさすがに反論するのは諦めたみたいで、仕方ないと言いたげな雰囲気で分かったと言っていた。

 

 

幕間

とりあえず、今日心配させた分としてベティとエヴェイユを含めた全員分の夕食代をディアとノエルが折半することで今回の件は水に流してもらい事情を説明する。

二人は断ろうとしたのだが。

「どうせなら食べていけ、3人払うも5人払うも同じようなものだ。それに、今日はうちのナビゲーターに付き合わされたのだろう? その礼だ」

というディアの言葉で半ば強引にレストランに連れ込まれていた。

「大皿の料理を2、3頼む、それと取り皿を人数分。金額はこのくらいだと助かる」

「はい、他にご注文はありませんか?」

ウェイターのNPCに頼むとに普通の人間と変わらずに応えてくれる。SAOのAIはこういったファジィな注文も金額を明確にすれば、それなりに応えることができる。普通のシステムだと注文を決めなければいけないが、そういったところは他のシステムへの応用が利くためか結構出来が良い。

「あ、私はハンバーグ」

「私も食べるぅ」

どうせ自分が払うのだからとノエルも注文し、エヴェイユがそれに便乗する。

「それなら、私はクリームパスタを」

「私はフィッシュアンドチップスですね、ディアさんは?」

「ポトフを頼む、それと食後にコーヒーを2つに紅茶を3つでいいか?」

ディアとエリスはコーヒー派、ノエルは紅茶派、ベティとエヴェイユは年齢的に紅茶の方が良いかと人数分注文すると特に異論はないらしく、ウェイターに注文は以上だと伝えて食事が来るのを待つことにする。

「二人共、もっと高いものを頼んでもよかったんだぞ? どうせ他人の金だ、下手に遠慮するな」

「それはディアの金銭感覚のがおかしいと思うよ。普段は全然お金使いたがらにくせに、この前のギルドホームとかそこの家具一式みたいなのはポンッって買っちゃうんだもん」

まぁ、あれは確かに中々の買い物だったな。ギルドホームは全員で出したとはいえ、ギルドの財布に放り込んだコルの半分近くは元々俺のモノだったし、家具はほぼ自腹だ。

普段金を使うのが武器メンテとその多消耗品に最低限の食費、収入は見敵必殺プレイのおかげでそれなりにあるので気が付いたら結構な額が懐にあり、どうせならと使ってしまったのだ。

「金はあって困らないが、使う時は思い切り使った方が良いぞ」

「いや、ディアは使う時の思い切りが良すぎるから」

そんな二人の会話を見ながら、3人が苦笑していると大皿料理が2つ運ばれてきた。

「チキンサラダとサルディフィッシュのアクアパッツァです、他のお料理もすぐにお持ちしますね」

 

 




少し短めな22話、お楽しみいただけましたか?

質問感想お待ちしています。


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第23話 解放

1か月ぶりの投稿となります、お待ちの方が居ればうれしいのですが……


ひとまずクラリッサの破片一式をリベットに預け(押し付け)て修復できそうな鍛冶師を探してもらいつつ、ディアたち《星辿旅団》は迷宮区の攻略を進めていた。

このフロアは元々ダーカー系のモンスターが多いが迷宮区内はそれこそ巣窟と言っていいほどダーカーだらけ。多くのプレイヤーにとっては不慣れな敵だがディアにとってはそれこそ数えきれない程倒して来たエネミー、《星辿旅団》の面々は直に対策を教えてもらったおかげでさして労せず倒せている。

それが、ちょっとした軋轢を生んでいるのだが……。

 

「ディカーダを相手にする時はそんな感じだな」

カマキリとカミキリムシを足したようだとエリスに形容されたダーカー、《ディカーダ》数体を相手にし終えたディアたちはHPを回復しながら休息していた。

ルチアとエリスのHPはオレンジ間近まで、アネットとノエルはオレンジまで減ったそれを回復させているがディアは約8割ほどHPを残しており余裕がある。

「事前に聞いていてもワープは怖いですね。急に視界から消えるとどうしても戸惑ってしまいますし、今のように乱戦中の不意打ちもあります」

ディカーダの特徴はワープ、どこまでも追ってくるというわけではないが索敵範囲に引っかかればすぐに眼前まで跳んでくる上、攻撃も素早く一撃が重い。とはいえ最初に跳んでくるのは決まって前、その後は基本背後を狙ってくるが足を止めなければワープからの攻撃を食らうこともない。

だが、それはあくまでも1対1の話、エリスの言うように乱戦ともなれば足を止める機会は増えるし、実際に全員のダメージは混戦で背後から不意打ちを受けたことによるものだ。

「俺も一発貰っているし、混戦はできるだけ避けたい相手だ」

ポーションを飲んで回復している間、ディアはアルゴにメッセージを送る。

内容はディカーダ・プレディカーダの情報を掲示板・攻略本に記載してもいいというもの。5層でダーカー系のモンスターが出現してから、ディアは蟲・水棲・有翼型ダーカーの情報を出現が確認されたら公開するという条件でアルゴやエリスに教えていた。この世界にもともと存在せずベータでもその存在を一切知られてないダーカー系統のモンスターはSAOのプレイヤーにとって大きな脅威であり、ゲーム内に存在するものについて可能な限り早く公表するための策というわけだ。

「さて、HPも回復したしそろそろ先に行こうよ」

「そうですよ、どんどん攻略を進めないと先にボス部屋見つけられちゃいますから」

一番ダメージを受けていたノエルとルチアもHPを回復し、すでに歩き始めていた。

「あぁ、クラリッサの件が終わっていない以上ボス部屋が開くかは分からんが、他のところに見つけられるのは避けたいな」

ディアが現状警戒しているのは他ギルドの動きと攻略の進捗具合。このフロアのボス攻略の鍵の一つがクラリッサであるのは間違いない。問題はそれを握っているのがほかのプレイヤーが関知しないままクエストを進め、ダーカー相手の対処も知り尽くしているディアであるという事だ。

「最近ディアさん向けられる目線、何となく刺々しいですからね」

「特にDKBの人は5層のことがあるからボス部屋の前でクラリッサのこと知ったら危ない、っていうかキバオウさんの性格からして確実に何か言ってくるよね」

悪い人じゃないんだけどねー、と付け足したノエルだが、直情型のアイツのことだから近くに抑えが居なければ……何を言われるか分かったものではないな。表面化していないだけでベーターテスターやその疑惑があるプレイヤーを《ビーター》と蔑称して半ば逆恨みのような感情を持つ者は一定数いる上に、キバオウは1層でのボス戦からその傾向が強い。

「正義感というか義憤というか、大義があればどう振舞ってもいいと考えているタイプよね」

まぁ、その分理屈が通じれば嫌でも納得するタイプなのでそこが救いとも言える。

「それじゃ、ボス部屋探しの続きですね」

ルチアとノエルを先頭に道中湧く何体かのモンスターを仕留めながら探索を進めているとばったりディアベル・キバオウたちのギルド《ドラゴンナイツ・ブリゲート》、通称《DKB》のパーティと顔を合わせた。

「ディア君じゃないか、相変わらずそうで何より」

「ディアベルも、変わりないようで安心した」

和やかな雰囲気を見せているディアベルとは対照的に、キバオウたち他のメンバーは剣呑な雰囲気と表情を見せていた。懸念していた事態が当たってしまったようだ。

「ディアはん、ちょっとエエか?」

「いや、キバオウ君。仮にも彼はギルドの長だ、ここは立場的にも俺から話した方が良いだろう。少し他の団員には聞かせにくいこともあるだろし、この後8時頃、10層にある《月華亭》という店で話さないか? 無論、俺と君のサシだ」

「分かった、8時に《月華亭》だな。今日はここで引き上げるとしよう、帰るぞ」

流石にコチラのメンバーは事情を察していることや先程までその話をしていたこともあってノエルとルチアが残念そうな顔を見せるにとどまるが、キバオウたち《DKB》のメンバーは今一つ納得できていないようだ。しかし、すでに団長同士という立場で話が決まっているうえにここから立ち去るプレイヤーに突っかかる訳にもいかず不満げな顔をしていた。

「助かった」

「けど、本当のことは話してもらうよ」

「話せる範囲でな」

通り過ぎざま、ディアベルと小声で言葉を交わす。

ディアベルたちを置いて《迷宮区》の出入り口を抜けたディアたちは真っ直ぐ主街区に帰る、訳も無くフィールドレベリングにいそしむ。

先程のキバオウの態度に全員多少は思うところがあったのか、特にディアは自身が上手く立ち回らねばという重圧と苛立ちを解消するかのように普段以上にモンスターを斬り伏せていた。

「ディア、スイッチ!」

「セイッ」

大型の猿のようなモンスター、《プレーリー・エイプ》の懐に潜り込んでライトエフェクトと共に太刀を胸元に深々と突き刺す。急な踏み込みに振り下ろす場所を見誤った猿の拳はディアの背を軽くこする程度にとどまり、ノエルがハルバートで突き、斬り上げ、振り下ろしの3連コンボ、そこに硬直から回復したディアの無数の斬撃が刻まれ、瞬く間にHPが0になりポリゴン片とコル・経験値へと還元される。

「私流ピックアップスロー、どう?」

「上々だ。投げられないだけで動きは完璧だし、突きも無理に2連でする必要もないからアレンジもいい具合だ」

同時現れてもう一体にもエリスとアネットが3連撃ソードスキル《バーチカル・デルタ》を連続で放ったところにルチアの槍が連続で突き立てられ、止めとして放たれた単発重攻撃《ブラスト》が締めの一撃となりカタがついた。

「向こうは《ティアーズグリッド》か、一番ベーシックな片手剣を教えられないのが歯痒いな」

「アークスにない武器だから仕方ないよ」

《星辿旅団》のメンバーにはエリスが主に連携やシステム活用による集団やゲームとしての戦い方、ディアがアークスとしての経験を生かして個人での戦闘技術や武器の扱い方を教えている。

当然ベースとなるのがアークスの戦技なので、ついでにソードスキルやSAOのシステムで再現したPAも教えているため再現可能な範囲に限ってだが使っている。

「さて、狩りますか」

「狩りましょうか」

再び現れた《プレーリー・エイプ》、哀れな彼らは《迷宮区》での揉めごとで大なり小なりイライラのたまった面子にリポップが枯れるまで殲滅されてしまった。

 

フィールドレベリングをしつつ主街区へと帰り、暫定ギルドホームにしている宿屋に戻ると見慣れた鍛冶師が待っていた。

「ヤッホー」

手をプラプラと振りながら、どこか自慢げな顔をして待ち構えていたのはリズベット。

その様子だと、預けたクラリッサの件で何か進展があったらしい。

先にアネットとルチアに自室に戻るように伝えて、ディア、ノエル、エリスの3人が残る。

「まったく面倒なことを押し付けてくれたわよね、おかげでこのフロアを走り回る羽目になったじゃない」

「そうか、迷惑をかけたな」

意外ときっちり働いてくれたらしく、そこまでするとは思っていなかったディアは礼の意味も込めて幾何かのコルを革袋に入れて渡そうとするがリズベットに制されてしまった。

「いいのいいの。私に何も収穫無しってわけじゃなかったし、結果的にだけど私の利益にもなったし。この分は、今後もお付き合いをして貰う中で分割支払いしてもらうわよ」

「随分と回数の多い支払いになりそうだな」

「それでリズさん、クラリッサは今どこに?」

話が脱線し始めていたのを察したエリスが話を元に戻す。

ちょうどノエルが菓子を取り出したのでディアも人数分のコーヒーを宿屋の設備で淹れ、テーブルに着いて落ち着いて話すことにした。

「ディア、コーヒーなんて淹れられるんだ……」

「意外か? リアルでは趣味でよく淹れていたからな、料理スキルのMODに《喫茶》があると聞いて取得したんだ。まだスキルが低いから、あまり味は期待するなよ」

手慣れた手つきで入れたコーヒーをテーブルに置くと、リズベットが現状について話し始めた。

「アンタに渡されたときはどうしようかと思ったんだけどね。断るわけにもいかないし、一目で凄い武器になるって分かったから主街区中の鍛冶屋や武具屋のNPCに凄い武器を作った職人はいないか、って訊きまくったのよ」

少し割愛するが昔城に出入りしていた武器工房の一人からエリスのいうところの《ワラシベ》の要領で一繋ぎになっている一連のNPCを辿っていき、最終的にグリファンという職人NPCの元に辿り着いたという。

「最初そこに行ったときは胡散臭いなーって思ってたのよ。だけどあの武器、《クラリッサ》の破片を見せたら目の色変えて飛びついてきて、『無駄しかないようなフォルムで、その実全てが噛み合っておる』とか『この武器の真なる姿はどんなものか、血が騒ぐ!』とか興奮しだしてお代は要らない、むしろ同じ鍛冶師のよしみとして鍛冶の技術を教えてやる、ってなっちゃたのよ」

何処かで聞いたようなセリフを言う鍛冶師もいたものだな、と思いつつディアが聞いているとリズベットがコーヒーを一口含んで話を続ける。

「で、グリファンさんから鍛冶の手ほどきを受けたら鍛冶スキルは上がるし、古いもので済まないがって鍛冶の道具一式をくれたのよ。どれも少し手入れしてあげる必要はあったけど、私から見れば高級品よ。だから、今回の謝礼は要らないわ」

「そうか」

頑固なところがあることは分かっているので、これ以上礼を押し付けても断られるのが目に見えているのでディアもあきらめる。

「修復が終わるまで毎日通うことになりそうだから、終わったらアンタたちのところに持ってきてあげるわね。……あんまり、大勢に見せたくないものなんでしょう?」

「今日もそのことで少し揉めたしね。リズベットさんもココ出るときは気を付けた方が良いかも」

元は【仮面】が原因とはいえ、【仮面】はディア自身であると共にここに来なければそもそも【仮面】が居るはずも無かった。ノエルの言葉に、気まずい顔をしながらディアがコーヒーを啜る。

「お前たちには苦労を掛けるな」

「気にしないで大丈夫だよ、ディアのおかげで私はここまで来れたし」

「そうですよ。訳アリとはいえ、ディアさんは面倒なクエストに巻き込まれただけですから」

ノエルとエリスは事情を知ったうえでココまで来ているのでそうでもない。

「エリスの言う通りよ。ディアだって第1層からここまで訳も分からないでクエスト進めてるんだから、苦労してるでしょ。じゃ、私はそろそろ帰るわね。コーヒーご馳走様」

「あぁ、出来上がったら連絡をしてくれ」

リズベットを見送った時点で時刻は午後6時、ディアベルとの待ち合わせ時間までは多少余裕がある。装備の手入れや消耗品の補充をし、待ち合わせ先を探しながら歩くにはちょうどいいだろう。

 

 

午後8時を少し過ぎた頃、ディアはディアベルに指定された店に赴きその姿を探していたが見当たらない。

ウェイターNPCに尋ねると2階の個室に居るとのことで、彼女に案内してもらうと小さなテーブルが置かれた個室でディアベルは何か飲みながら待っていた。

「すこし遅かったか?」

「いや、あまり早く来られても待たせることになってしまうからな。丁度いい位だよ」

席に付くとウェイターがメニューを持ってきたのでコーヒーとフライドポテトを頼む。ディアベルも空になったグラスの替えを頼んでNPCが退室すると室内は二人だけとなった。

「ここなら外から話を聞かれることもない、腹を割って話をしようじゃないか」

ある程度予想の範囲内とはいえ、わざわざ二人きりで外部に漏れない場所で話をする以上は此方も話せることは話すべきか。

「今日の迷宮区探索で俺達のギルドがフロアボスの部屋を見つけた。けど、そこの扉には何かの封印が掛かっているらしく入ることができなかった。ディア君、その扉には何があったと思う?」

まどろっこしい話をするのも面倒なので、ディアは考えたままに答える。

「大方、何かの封印だろう。で、それを解くのに俺の持っていた破片が必要というところか」

「……いつから気付いてた?」

ディアベルがわずかに語気を強める。

「1層からこの10層でアレが必要になることは分かっていた。とはいえ、それがどう使われるかは全く知らなかった。ついでに言うと破片のまま持っていっても無駄だろうな、先ずは修復しなければ鍵にもならん」

もっとも、すでに修復の目処は立っているからその間は自分のレベリングと《太刀》のスキル上げにつぎ込むことができる。。

何分、二ヶ月以上はカタナの扱いから離れていたせいで身体の感覚と動きにズレがある。通常戦闘なら問題ないが、このフロアでは最悪ボスとの単独戦闘も想定しなければいけない以上、ベストの状態に持っていきたい。

「ディア君、それを俺たちに渡してくれないか? 悪いようにはしないし、何ならそれ相応のコルも」

「却下だ」

そんなことだろうと予想していたディアは提案をバッサリと切り捨てる。

「ボス戦には参加するし此方もそっちが求めるなら鍵を開けることには応じる。だが、それは飲めないな」

「これは君のためでもあるんだ。キバオウ君や俺、それに何人かのメンバーは5層で君が持っていた欠片を見ている。だから封印を見たときにそれが封印の鍵だと分かったし、それと同時に君がそれを集めていたことを不審に思っている。その、君がビーターなんじゃないかと……」

遠慮がちにいうディアベル本人はそうは思っていないのだろう。その声にはディアを心配する気が多分に含まれており、それと引き換えに可能な限りの擁護をするつもりのようだ。

「これは俺個人の抱えているクエストだ。仮にその成果が偶然10層ボスフロアの鍵だったとしても、それを譲るつもりはない。この件に対してDKB内の不満を抑えること、それが確約されるならボスフロア解放時の無償貸与と《星辿旅団》のLAボーナスの破棄を約束する」

ボス攻略に関わるユニークアイテムの取引としては破格に近い。

金銭的にも物的にもディアベルには要求せず、この件に関して団長として内輪をまとめれば良い。その上、有力ギルドがLAボーナス争いに参加しなければ自分たちが手に入れる確率は上がる。

「分かった、君も意志は固いようだしこれ以上の交渉は時間の無駄だろう」

「俺の要求に対するイエスと受け取って構わないか?」

頷くディアベルとディアは細かい条件、具体的な攻略日時や受け渡すタイミングを詰めていく。

 

 

そうして、リズから修復が完了したクラリッサを受け取った3日後。アインクラッド初の2桁層のフロアボス戦の日がやってきた。

ボス部屋の前に並ぶのは《聖竜連合》・《アインクラッド解放軍》の2大ギルドの精鋭を中核として、さらにディアの《星辿旅団》やクラインの《風林火山》をはじめとする有力中小ギルド、キリトのようなトップソロ、文字通りアインクラッドの中でも現時点最高峰の剣士たちが集うその先頭にはクラリッサを持ったディアベルが立っていた。

「みんな! 言いたいことはいろいろあると思うが今この場ではこれだけ言わせてくれ。死ぬな、勝ってみんなで11層に行こうぜ!」

そう言ってクラリッサを扉のレリーフに押し当てる。

音もたてずにはまり込むとソコを中心に蔦上の光が伸び、扉一面を覆うと扉表面の色彩がそれに吸われるかのようにして白一色へと変わり僅かに扉が開く。

その途端、扉から赤黒い粒子が噴き出してフロア全体を包み込む。

「なんだ!?」

「落ち着け、どこからボスが襲ってくるかわからないぞ」

「タンクは周りを囲え!」

そんな状況には慣れきっているディアは落ち着いた様子でクラリッサをストレージに戻し、腰の獲物に手をかけるといつでも抜けるように構える。

「さて、何が出るかな?」

周囲の粒子が再び1か所に集まると周囲の様子は一変していた。

ディアとノエルがヴィジョン・ヒューナルと戦った場所と同様、まるで壊世区域のように赤っぽい光が差す広間のような空間に変化し、その中心に集まった粒子はまさに形をとる。

右手に片刃の大剣、左手に大砲のようなものを装備した赤い異形の人型。何人かが戦ったヴィジョン・ヒューナルによく似ているがその姿はより禍々しい。

《Premonition of The Abysmal darkness》(プレモニシオン・オブ・ザ・アビスマル・ダークネス)

深淵なる闇の予兆、異形の人型に一瞬気圧されたようなディアベルだが、剣を抜くと自分を奮い立たせるように号令をかける。

「総員、戦闘開始!」

 




今回はここまで、次話の投稿は可及的速やかに……


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第24話 深遠の予兆

ようやく10層のボス戦です。
思ったよりも長くなったため分割したり直したりしていて時間がたってしまいました。


アインクラッド第10層、そのダンジョン最深部で待ち構えていたのは《Premonition of The Abysmal darkness》(プレモニシオン・オブ・ザ・アビスマル・ダークネス)。

深淵なる闇の予兆を意味する異形の人型に一瞬気圧されたディアベルだが、剣を抜くと自分を奮い立たせるように号令をかける。

「総員、戦闘開始!」

『うぉーっ!』

ディアベルの号令でボス戦参加者が正面から突っ込んでいき、ディアもその中の一人として走り出す。それに対して迎え撃とうとプレモニションが弓を曳くような独特の構えをとる。

「総員回避、斬撃が飛んでくるぞ!」

斬撃が飛んでくる訳がないと注意に従わなかった何人かのプレイヤーは構わず突き進むが、プレモニションから剣の軌跡に合わせて三つの斬撃が飛んでくる。

「マジか!」

「ヤベェ!」

注意を無視していたこともあり、完全に意表を突かれた二人はもろにその攻撃を食らってHPを一気に2割ほど減らされる。ディアはその斬撃を跳んで躱すと空中で反転する勢いを載せて《シングルシュート》でプレモニシオンの気を引く。

「ボマーがあれば楽なんだがな」

回避と一体でそれなりにダメージを稼げるバレットボウのPAを恋しく思いつつ、着地すると間合いを詰めてテッセン擬きを放つがあっさりとガードされて弾き飛ばされる。

「大丈夫!?」

「問題無い、ただ吹き飛ばされただけだ」

弱体化しているが動きはほぼディーオ・ヒューナルか、ニフタやプロイも使ってこないで基本技だけだが威力は変わらずなのは恐ろしいな。

HP自体はさほど減っていないが、ガードの上からそれなりの重量がある俺を簡単に吹き飛ばす威力、軽装プレイヤーに直撃なら重症か瀕死だ。

「ノエル、冗談抜きで死にかねんぞ」

「直撃したら、でしょ?」

真剣な顔で武器を構えるノエルは幾分か頼もしく見える。

「とは言っても、あれですからね。お二人だけじゃあ無理なんじゃないですか?」

「そうだぜ、俺達だっているんだから少しは頼ってくれよな」

「俺達って、私もそれに入ってるの?」

エリスとキリトが後ろから声を掛け、不満げながら嫌ではないアスナもそれに合わせる。

「そうだな、頼らせてもらうか」

ディアも武器を構える、というよりは刀を抜けるように備える。すぅ、と息を軽く吸うと他のプレイヤー達が殺到しては翻弄されるプレミシオンの攻撃をギリギリで避けて大剣の攻撃に合わせるようにして腰の捻りと腕の振りを最大限活用する抜撃、単発重攻撃スキル【孤月】を放って迎え撃つ。

「キリト君、合わせて!!」

「任せろ!」

どうにか攻撃を押し留めて作った隙をアスナとキリトの同時攻撃が広げ、エリスとディアベルの号令で一斉にプレイヤー達が攻撃を放つ。

「グルゥアアッ!!」

態勢を立て直したプレミシオンが苛立ちを露わにするよう大剣を薙ぎ払い、多くのプレイヤーが防御する中でノエルは持ち前の身軽さでそれを跳んで躱すと攻撃後の隙に一撃入れてすぐに離脱する。

「危なっかしいことしますね」

「けど、避ける自信はあったから」

それでヘイトをとったらしく、プレミシオンがノエルに向かってくるがそれをタンクが阻む。そうして彼らが小技を防ぐ横からノエル・アスナを筆頭にしたAGI型プレイヤーが入れ代わり立ち代わりで攻撃を仕掛け、痺れを切らして大技を放ってきたところをエギルやクラインを筆頭とする両手武器使いが単独、もしくはディアやキリト・エリス達STR型の片手武器使いが複数でそれを迎撃して攻撃の隙を作る。

それを何度か繰り返し、3段あるHPバー内の1段を削りきったところで両手を大の字に広げ、周囲を紫の衝撃波で吹き飛ばすと今度は砲を構える。

「形態移行だ、遠距離主体に変わるぞ!」

ディアベルの声に素早く反応したタンクが回復中のプレイヤーたちに向けて放たれた幾つかの光弾を防ぐ。

が、よほどの衝撃らしくノックバックで体が揺れ、後ろに押されているのが遠目でも分かる。ひとしきり光弾を放ち終えたのか、今度は急にタゲを反対方向にいたディアたちの方に向けて砲を鈍器のように扱って攻撃してくる。

「動きが読めんな」

「遠距離主体でタゲをランダムに切り替えるようです。うまく誘導しつつ、ほかの人が当てるしかありませんね」

「ディア君、エリス君、俺と一緒に誘導を頼む。ノエル君たちAGI型のプレイヤーだと被弾したときが怖いし、タンクだとさっきのように釘づけにされる。キリト君も頼む!」

「了解!」

近づいてきたプレミシオンの砲による打撃を回避し、或いは防ぎ、再び距離をとってディアたちに向けて光弾を連射し始めた瞬間にそれを避けながらディアたち4人は突き進む。流れ弾はタンクたちが防いでいるので他のプレイヤーへの影響は少ないが、近づくたびに次の攻撃への間隔が短くなっていくそれに対処する4人の負担は大きい。

「少し、無茶をするか」

「ちょ、ディアさん!?」

残りの距離を一息で詰めたディアはほぼゼロ距離まで迫ると放たれる光弾をすさまじい勢いでパリングしていく。

「イィィッヤアァッ!!!!!!!」

連続して放たれた光弾がディアの連続パリングによって霧散し、紫の光がその場に何度も現れては消える。が、スキル値不足のせいかそのたびにディアのHPはじわじわと削られていく。

だが、それに足止めされたプレミシオンに対して態勢を整えたプレイヤーたちが殺到する。慣れない遠距離攻撃も一人に集中して一か所に足を止めていれば他のプレイヤーはその間ノーリスクで攻撃できる。

「スマンが限界だ」

「ディア君が抜けるぞ!タンクは離脱のサポート、アタッカーはヘイトを取れ」

「よっしゃあ、俺もいいとこ見せてやるぜ! おりゃあっ!!」

ディアベルの号令で太刀を大上段に構えたクラインが真横から気合と共に《ウォークライト》と単発スキル《閃空》でヘイトを取りにかかる。それに合わせて最後のパリングを決めたディアも後退し、そのカバーに二名のタンクが入って残りの光弾とクライン狙いの流れ弾からディアをガードする。

「武器防御スキルはまだまだだな。ジャスガとカウンターのスキルをとればだいぶ使い心地も変わるだろうが、今は肉を切らせてか」

ポーションを飲み干したディアがやれやれといった風に独り言を言う。ガード自体はアンガの爆発のような多重攻撃に比べて楽だが隙を作るのに手いっぱいで反撃する暇はなかった。それでも周りのプレイヤーたちが十分攻撃のチャンスを生かして離脱のサポートまでこなしているおかげで全体としては上手く立ち回れている。

「少しは周りに声をかけるべきだったか」

死なない程度の自信があったとは言え無茶なことには変わりがないし、クラインやディアベルが砲撃を裁けているところを見ると、3人で回した方が楽そうだ。

「やるやらないと出来る出来ないの問題は別だが、変に気合を入れ過ぎたな」

「ディアさん、大丈夫ですか?」

少し反省気味にHPを回復しつつ、今の戦況を眺めているとディアにアスナが声をかけてきた。

「アスナか、お前も回復か?」

「それもありますけど、ついでにディアさんの様子を見てきてほしいって。今日は普段よりも無茶してる気がするって、エリスが心配してました」

「今回のボスは少しばかり俺の個人的な事情が噛んでるからな、張り切り過ぎただけだ。ここからは少し肩の力を抜いて、普段通りに行くさ」

「それならいいですけど、あんまり私に心配かけさせないでくださいね」

「ん、気を付けるとしよう」

HPを回復させたディアはそう言いながら再び戦闘に向かう。

先程同様に真剣な眼差しだが本人の言う通り、少し肩の力が抜けたのかアスナの眼からも先ほどより動きが滑らかになったというか、微妙に硬さが無くなったように見える。

「いよっと!」

「クソ、また砲撃か」

「タンク隊、ガードに入れ!」

距離を取ろうと砲撃をやめたプレミシオンを全員が追撃しようとするが機動力の差は如何ともできずに再び光弾がバラ撒かれる。

「ディアベル、キリト、クライン、エリス、少し俺の策の乗ってくれないか?」

タンク隊の影に隠れたところで光弾の炸裂音に負けぬように大声でディアが呼びかける。

「どんな策かに依りますけど、一人で無茶はしないでくださいね」

「いや、無茶するのは全員だ」

その顔には何やら意地の悪い笑みが浮かんでいた。

 

「タンク隊、俺たちに合わせて前進!」

ざっと打ち合わせを済ませたディアたち5人がディアベルの声で一列になって走り出す。

プレミシオンの砲はそちらに狙いをつけ、壁の間から出てきた彼らに狙いをつけて光弾を連射する。先頭にいたディアがそれを弾き、先程と同じように単独で対処するかと思われたが今度はその背後にいたエリスが2発目を弾いて残りの4人は前進する。

「ナイス!」

「次は、俺だ!」

その次はディアベル、キリト、クラインと代わる代わるパリングしながら前進し、流れ弾はタンク隊が防ぐ。ほかのプレイヤーたちはその意図に気が付いたのかタンク隊に守られながら前進し、その時に備える。

「うおりゃぁつ!」

クラインが最後の光弾を弾くと同時に重攻撃ソードスキルで砲を払い落とすと遠距離から近距離にモード移行し、スキル後の硬直状態を狙って攻撃を仕掛けようと左腕を振り下ろす。

「はっ!」

「ぬぅっ!」

それをディアベルの盾とディアのパリングが防ぐと先程とは異なりプレミシオンは姿勢を崩し、無防備な姿を晒す。これを好機とばかりにタンクの陰からプレイヤーたちが殺到し、思い思いに攻撃を繰り出す。

「総員後退! 残りは投擲で削るぞ!」

そうして2段目のHPを一気に削りきる寸前でディアベルが周囲のプレイヤーに後退の指示を出す。このまま2段目を削りきってもいいのだが、最後の1段に入ったタイミングでまた攻撃パターンが変わることを危惧して残りを投擲で削る。

様々な形状、色の閃光が無数にプレミシオンに飛翔し2段目の残りを一気に削り取る。

形態変化のモーションに全員が身構えた瞬間、ディアにとっては慣れた感覚が全身を駆け巡る。喰らったらヤバイ攻撃、次の一撃で床を舐めるとき、そんなときに感じるベットリとした嫌な予感。

「全員、逃げろ!」

ディアががこれまでないほど真剣な、鬼気迫る声でそう叫んだのと周囲に紫のオーラが先程以上の勢いで放たれるのはほぼ同時だった。幾人かのプレイヤーがその迫力に足がすくんみ、その一人に目掛けてプレミシオンが砲を放つ。タンクがその間に割って入り放たれた攻撃を防ぐが、その光は先程までのように一度で終わるでも何度も放たれることもなかった。

「は、早く逃げろ!」

先程までの光弾と違う《光線》、極太のビームとでも呼ぶべきそれはタンクが持つタワー・シールドの表面を青いポリゴン片に変えていくとともにプレイヤーのHPも削り取っていく。

「早よ立たんか、ワレ!」

「アアァッーーッ!!」

普段に以上に語気を荒げたキバオウがそのプレイヤーを引きずるように射線から退避させたのと同時、シールドが砕ける音と絶叫が広がる。

シールドを破壊したプレミシオンの攻撃は重装タンクのHPをほんの数秒で削り切り、ガラスの砕けるようなプレイヤーの死亡音とそのエフェクトすら飲み込んでようやく止まった。

「総員回避に専念、タンクも下手に防ごうとするな!」

ディアベルの号令がパニックに陥りかけたプレイヤーたちをギリギリで抑え込むが、それでも先の光景、盾の耐久と重装ガチタンクのHPを10秒足らずで削り切った攻撃に恐怖は隠せず逃げ回ることしかできない。

「ノエル、エリス、お前たちは動けるな?」

「うん、大丈夫」

「とりあえず、この場を納めないと。ディアさんは臨時の指揮をお願いします、ディアベルさん! 今のうちに!」

先程の攻撃はプレミシオンにも硬直を強いるものだったのか動きを止めているが、再び動き出した途端に再度同じ攻撃を繰り出してこないとも限らない。それを防ぐ、もしくは誘導するにはどうしてもヘイトを取る必要がある。エリスの言葉は、言外にその意図を含んだものだ。

「やれやれ、手荒い参謀だな」

ざっと辺りを見回して使えそうな有力プレイヤーに当たりをつける、ディアベルとエリスは再編成に回るから無理、キリトとアスナは動けそうだ。ノエルとキバオウは二人の補佐に回すとしてクラインのところは自分たちのところで手一杯、残りはエギルとあそこの連中か。

連携の取りやすい顔見知りから何人かと既に再編成を終えたらしきギルド、全員が赤い剣の紋章を装備に着けたパーティのリーダー格らしい灰髪をオールバックにした男に声をかける。

「スマンが少し時間を稼ぐに協力してくれ」

キリト、アスナ、エギルの3人はすぐに快諾してくれたが、リーダー格の男は少し考えてから返事をしてきた。

「ならば、我々がヘイトを取って攻撃を引き付けよう。君たちはその援護を頼む」

「危険すぎる、アンタもさっきの攻撃を見ただろう? フル装備のガチタンが10秒も持たないで溶かされたんだぞ!」

やけに自信があるような口ぶりで言う彼にキリトが口を荒げる、とはいえ彼らも無策ではないのだろう。

「責任はとらんぞ、俺たちが左右から叩いて気を散らすからその間に攻撃を仕掛けてヘイトを取れ。基本的にはレイドの再編が終わるまでの時間稼ぎだ、無理はするな」

「……分かった」

「任せたまえ」

キリトもここで揉める時間はないと判断したのか渋々引き下がる。しかし、この男にも何か策はあるはずだ、そうでなければギルドのメンバーも彼の発言に異を唱えたり不満を口にするはずだ。即席の作戦会議を終えたディアたちはすぐに動き出す。

「行くぞ!」

右はキリトとアスナ、左はディアとエギルで障壁を無視してプレミシオンに攻撃を仕掛ける。初手はエギルの《ギガント・スワッター》、範囲は狭いがその分威力・速度共に申し分ない両手斧の2連撃中級ソードスキル、それとキリトの《ホライゾンタル・デルタ》が障壁に喰い込むとプレミシオンのHPバーを覆うように表示されていた紫のゲージが2割ほど減少する。

「「スイッチ!」」

「任せろ」

「行くわよ!」

今度はディアが《弧月》、アスナが《ミラージュ・スラスト》で攻撃を仕掛けると不意に障壁を解いたプレミシオンが左右の腕でその攻撃を防御する。

「きゃあっ!」

STRの差か、アスナは攻撃を弾かれてスキル・ファンブルでの硬直が入るがディアはそのまま鍔迫り合いに持ち込む。紫と青、2色の火花が二人の得物から飛び散り少しずつディアが押されていくが、それをどうにか耐えていると一斉に無数のソードスキルがプレミシオンに殺到する。

「スイッチ!」

リーダー格の男の声に合わせてディアが右手の素手スキル《閃打》でプレミシオンの剣を叩いて鍔迫り合いを解いてバックステップで距離を取る。剣の紋章のパーティは良く統率された動きでスイッチや連携をして攻撃を仕掛けディアたちも引き続き攻撃しているがやはり少数、硬直の長い大技を仕掛けることができないのもあってHPはさほど削れていない。

付かず離れずのの距離で遠距離攻撃を出させないように戦闘をしていると焦れたプレミシオンが再び衝撃波で全員を吹き飛ばすと再度砲撃の構えに入る。

「総員回避! 逃げ切れなくても知らんぞ!」

指示を飛ばすとプレミシオンを中心に円を描くようにしてビームが放たれる瞬間に備える。

「単縦で防御、先頭は私が務める」

「はっ!」

「はぁっ!?」

リーダーの男の指示で一列に並んで大盾を構えたプレイヤーたち、キリトが抗議の声を上げようとするがその瞬間にプレミシオンの攻撃が放たれ一列になったプレイヤーに迫る。

ディアも含めた全員が先程の光景を思い出すが、それとは違う光景が目の前にはあった。

「ぬぅっ、スイッチ!」

「なかなか、キツイな」

重装備のプレイヤーたちは攻撃を地面に突き立てた盾で受け止めるとその耐久値限界まで耐え、壊れる寸前で盾を遺棄して次のプレイヤーが同じことを繰り返すという手法でプレミシオンの極太ビームを受け止めていた。

「Unbelievable!」

「マジかよ……」

確かに先程も盾はプレイヤーよりも耐えていたが、それを見ただけですぐにあんな手を思いつくシステム面への知識、メンバーに実行させるリーダーシップ、今まで攻略戦にいた覚えがないが、どこのギルドだ?

目の前の光景に唖然としていると最後尾のリーダー格の男までビームは到達し、彼の持つ赤い十字が描かれた盾がそれを受け止める。すでに十分時間を稼いだせいか彼に到達してすぐにビームは撃ち終わり、再び障壁に身を包んだプレミシオンが長い硬直に入る。

「一斉攻撃!あのバリアを打ち破れ!」

「バリアを破ればボスは身を守れないはずです!」

再編成を終えたボス戦参加者たちが戻ってくるがやはり数は何人か減っている。その場で逃げ出さなかったことで戦線の瓦解は防げたとはいえ、やはり全員残るのは無理だったようだ。気を取り直してエリス・ノエルと合流したディアはほかのプレイヤーたちと好機を逃さぬよう一気に攻勢へ出る。先の攻撃で盾越しとはいえ大きなダメージを受けた剣の紋章のパーティも早々に復帰した何人かがリーダー格の男と共に攻撃に参加している。

全員の一斉攻撃は障壁を割るまでホンの数秒、障壁を割られたプレミシオンはそのまま全員から攻撃を受けて残るHPをラスト1本の1割ほどまで減らす。そのタイミングでディアたちは事前の約束通り攻撃から手を引いて後ろに下がる。

「ご苦労だった、イレギュラーはあったが今回も勝てそうだな」

「そう、ですね。人が死んだのは6層以来ですか……」

「うん、あの時のと違って一撃だったね」

今回の死者は1名、10層節目のボス戦が無事で済むと思ってはいなかったが、あんなにあっさりとは予想していなかった。

そんな話をした瞬間、ボスを倒したらしきガラスの砕けるような音と歓声、その後の絶叫が再び3人の視線をボスに戻す。

「なんですか!?」

エリスがそう言った瞬間、撃破したはずのプレミシオンはゲージ0のまま飛散しかけた身体を再び寄せ集めるようにして復活を遂げる。その名は《Remnant of The Abysmal darkness》(レムナント・オブ・ザ・アビスマル・ダークネス)、文字通り残骸と化したそれは再び動きだした。

 




今回も読んでいただきありがとうございます。
今日から終の艦隊迎撃戦ですので、レア堀ながら緊急までの時間潰しにお楽しみいただけたなら幸いです。

誤字脱字の報告、感想等ありましたらよろしくお願いします。


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第25話 骸討つC/Pの伝言

お待ちの方はお久しぶりです。
初めての方はここまで読んでいただきありがとうございます。

後編の投稿が遅くなりましたがお楽しみください。


「なんですか!?」

エリスがそう言った瞬間、ゲージ0のまま復活を遂げたプレミシオン、今は名前が変わって《Remnant of The Abysmal darkness》(レムナント・オブ・アビスマル・ダークネス)がディアに向かって一直線に飛んで来る。

全身がヒビだらけでボロボロのそれがディアにぶつかる直前、ディアとその間にインベントリの中のクラリッサが突如としてオブジェクト化して割り込む。咄嗟にディアがそれを掴んでレムナントの攻撃を受け止めるとボス部屋全体が青い輝きで満たされ、それが消失すると見慣れぬ装備のプレイヤーとレムナントが青と紫が入り混じった障壁の内側で対峙していた。

「あれ、ディア?」

「のはずです。マーカーの位置もプレイヤーネームも合っていますけれど、あの姿は?」

「エリス達にも視えてるのか?」

キリトとアスナもこの世界においてはまさしく異形なその姿に、戸惑いを隠せていない。

「おいおい、なんだよあの装備、まるで伝説に出来る騎士のまんまじゃねぇか!」

エリスやノエル、キリトにアスナに視えた姿はそういったクラインの言葉は全く異なる姿。背に二つの翼と複数のバーニアのようなものを備えた藍に橙のラインが入ったSFチックな機械の鎧、半透明なそれがディアの身体に重なり、青い刃の大剣を構えいた。

当然このアインクラッドにそんな場違いな装備品が在るはずがない、が現に見えているその姿に一つの可能性が浮かび上がる。

「もしかして、キャストの姿なんじゃないか」

以前ディアが話していたように今のディアのアバターはキャストが二つ持つボディのうち人間体の方、仮に何らかの理由でパーツから構成されるキャスト体がアバターに反映されているなら、キリトの言う通りに今見えている姿はディアのもう一つの姿なのだろう。

 

何が起きたかと思えば結界の中でコイツと1対1か、しかも武器まで上書きされるとは。

「大剣はあまり好きではないが、やるとしよう」

再び突撃してきたレムナントは身動きのたびにヒビ割れが進行し身体が崩壊していき、放っておいても消滅するように見える。が、クエストログが更新され一つのサブターゲットが出ているのでそうするつもりはない。

《サブターゲット:レムナントに一定以上のダメージを与える》

レムナントの再度の突進を剣の腹でガードすると即座にステップで横に回り込んでガラ空きの胴体にサクリファイス・バイトのように剣をねじ込み横薙ぎにする。

すぐさま反撃の砲撃がゼロ距離で放たれるが、それをイグナイト・パリングの要領で弾き飛ばしてラッシュを叩き込むと今度は大剣が頭上から振ってくる。

「チィッ、さすがに重いな……!」

それをガードするがタイミングが悪く、受け止めた姿勢のまま身動きが取れなくなる。そこを逃すはずもなく畳みかけるように剣や砲での攻撃が繰り出されるが、その間隙を縫ってレムナントの懐に潜り込むと連続の水平斬りから縦斬りを一気に叩き込む。

この時点で既にレムナントの身体は1/3ほどが崩壊しており、残りの時間はそう多くはない。【仮面】が何かを伝えるとしたら隔離されたこのタイミングしかないはず、そう考えるディアはペースを落とさずレムナントとの攻防を続行する。

 

ディアとレムナントの戦いはボス戦に参加した攻略組から見ても、自分たちより上だと感じざるを得ない。1対1で先程までとペースの変わらないレムナントの攻撃を防ぎ躱し、隙をができれば可能な限り攻撃を仕掛けては僅かな予備動作を見逃さず反撃に備える。

「ディアの本気、やっぱり凄いね」

「そうですね、あんな戦いを何度も経験しているなら強くなりますよ」

経験の違いを身をもって実感しているノエルたちは本気のディアを見逃すまいとその戦いを目に焼き付ける。

 

「ハッ!」

再び放たれた砲撃を避け、一気に間合いを詰めて再び連続で攻撃を叩き込むとレムナントはそれに耐えかねてダウンする。当然それを逃すはずはなくオーバー・エンドのごとく大振りな左右の水平斬りと縦斬りを放ち、最後の縦斬りがレムナントを深々と切り裂くと全身のヒビが一気に全身を覆いつくしてその場で身動きを止める。

《サブターゲット変更:レムナントに止めを刺せ》

変更されたターゲットに従うなら、これで終わりのはずだ。

「【仮面】、お前の真意を測らせてもらうぞ」

眼前のレムナントに手に持った大剣を突き立てるとそれは抵抗もなく柄の辺りまで突き刺さり、そこから噴出した膨大な青と紫の粒子が障壁の中を埋め尽くすと周囲のプレイヤーたちから窺うことが出来なくない。その内ではディアリーンと【仮面】が対面していた。

「時間もないから手短に話す。此処にいる私は貴様の時間の私の残滓のようなものだ、いくつか地球に関して伝えたいことがある」

そう言うと【仮面】はディアリーンに手を伸ばし、ディアリーンはその手と自分の手を合わせる。すると、ディアの脳裏にいくつかのイメージが流れ込んでくる。

―――廃棄、漂流、衝突、そして孤独と自分を認めさせたいという感情

巨大な青い何かと共に感じたそのイメージ、そして次に別のイメージが流れ込んでくる。

―――自尊、諦念、破壊と創造

こちらは巨大な龍のイメージと共にそれを感じる。

「エーテルから取り出した事象を基に演算し作り出したイメージだ。その意味は私にも理解しかねるが、何かの役に立つだろう。それと【若人】に気をつけろ、貴様が眠っている間にアイツが復活しかけた。貴様のせいで時期がずれるだろうが、おおよそ半年から一年後のことだ。本来は私がその影響を抑える役だったのだが、今回は貴様にも果たしてもらおう」

幾つかのイメージというか情報の伝達と時間遡行に伴う事象のズレの修正、【仮面】が俺に託したかったのはこれか。

「分かった、此方のことは引き受けよう」

「任せるぞ。それと、あの子をよろしく頼む」

【仮面】はそう言って姿を消し、障壁も消えたことで粒子が薄まるその場に残されたディアは一人呟く。

「分かっているさ、お前は俺なんだからな」

粒子が晴れるとボスフロアは入って来た時と同じ状態に戻り、その中心に立つディアの頭上にはフロア攻略を達成した《congratulation!!》の文字が踊っていた。

しかし、周囲にはボス攻略を終えた歓声が上がることはなく重い沈黙と困惑が場を支配していた。そんな中、どこからともなく拍手が聞こえ、その音の方に全員が視線を向ける。

音の主は剣の紋章のパーティのリーダー、彼がディアに拍手を送っていたのだ。

「実に見事な戦いだった、こうして称賛を送るのに十分すぎるほどに」

「どうでもいい、それよりそっちの連中は無事か? 大分無茶をしたようだったが」

彼の後ろにいたメンバーは無言でその健在ぶりと自身の活躍を示威するようにボロボロの盾を地面に打ち付ける。

「我がギルドにそのような心配は無用だよディア君」

「俺を知っていたのか」

「あぁ、ギルド《星辿旅団》の団長といえば方々で話題になっている人物だからね。なんでも、やたらと強い団長と情報通の参謀、その2人に連れ回される団員がいると」

無言の抗議をエリスとノエルに送るとそっぽを向かれるが、今回はいいとしよう。

「そうか、それならばそっちの名も聞いておこう。今回世話になった礼もしなければならない」

「ギルドKob、《血盟騎士団》団長のヒースクリフだ。今後は我々もボス戦には積極的に参加させてもらうので、そのつもりでいてくれると助かる」

さっきのはそのためのアピールのつもりか、自信たっぷりにそういったヒースクリフとディアに一人のプレイヤーが絡んでくる。

「ちょっとエエか、ワレはなんでボスと一騎打ちなんてできたんや?」

「キバオウ君止めたまえ。LAボーナスは俺が手に入れたし、それは此処に居る全員のシステムログに証明しているだろう。ディア君がアイテムを手に入れたとしてもそれは彼が進めていたクエストの報酬として当然のものだし、彼はそれに見合うだけの苦難を乗り超えている」

ディアベルとしても思うことはあるのだろうが、ディアがクラリッサのクエストを進めていなければボス部屋に入ることも難しかった事実がギルドリーダーとしてそのメンバーが言いがかりのような真似をすることを許さなかった。それでも、キバオウは続ける。

「ちょっとディアベルはんは黙っていてくれへんか。そもそも、ワレだけがそのカギを持っていたのはなんでや? 5層でのダンジョンボス戦は? さっきの一騎打ちは? なんでなんや!!」

キバオウの声に周りのプレイヤーたちが「そういえば」「アイツ、なんか裏技でも使ったんじゃ」「チーターじゃないのか」と訝しみの声を上げる。

”どうしたものだかな、周りの連中からどう思われようとも一先ずの目的は果たしたわけだしエリス達と別れて飛び火を防ぐのも手だが、約束もあるわけだ”

キバオウや周りの声を極めて如何でもいいと思っているディアだが、同じギルドのメンバにまで変な疑いが係るのは好ましくない。逡巡の後、ディアはある言葉を発した。

「単に俺がVR版PSO2のα版プレイヤーだったというだけだ。恐らく、俺のナーヴギア内にあったデータがSAOに仕込まれていたコラボクエストの条件を満たしただけだろう」

あくまでも偶然、実際には【仮面】が自分の仕組んだメッセージに確実に到達させるためのものだが、ここに至るまでディアもそうとは知らなかったし、昨日の会談までクラリッサがメインクエストの鍵になっているとは知らなかった。

そう弁明するディアにキバオウは尚も噛み付く。

「だとしても、なんでそないなこと言わんかったんや! やましいことでもあったんちゃうか!?」

「お前の言うことも一理あるがこれのクエストが始まったのは第一層だ。そんな早期に始まったのに俺以外の誰もこのクエストを受けていない、その時点でアインクラッドの攻略に直接関わる、しかも一人しか受けられないクエストがあると思えるか?」

大剣から長杖へと姿を戻したクラリッサをその手に持ちながらディアは話す。

自身がこれを手に入れた部屋でほかのプレイヤーが同じように手に入れられるか確かめるために流した情報が赤武器入手クエストであること、情報屋のアルゴはこれのことを知っていること、5層のダンジョンボス戦時に偶然DKBと鉢合わせ、その時にこれの欠片を手に入れるのを見ていたこと、ほかの欠片も含めてキバオウとディアベルには目の前でそれを見せていたことをこの場に居る全員に暴露する。

「なっ!? それは、その……」

「あぁ、確かに俺とキバオウ君は5層で彼が今手に持っているアイテムの欠片を手に入れたの知っていた。だからこそ、ボス部屋を開けるためにそれを貸してもらうよう頼んだんだ」

周囲が再びざわめきだす。高潔だと思われたディアベルが自分たちだけが知っている情報でボス部屋の開放を行わせ、攻略の主導権を握ろうとしていたのは間違いないからだ。

「そのことで非難されるのは仕方がないが、キバオウ君の言うようなやましいことはディア君には無いと思う。仮にそうならば5層で俺達にその杖の欠片を見せることはなかっただろうし、俺にそれを貸すはずはないと思う」

そう、この部屋が封印されていたこと、そのカギを手に入れたというのは昨日の攻略会議でディアベルが言い出したことだ。そもそも封印されていること自体がこのフロアに至るまで分からなければ、逆説的にそれまで手に入れたものがメインクエストに関わっているかも知りようがない。キバオウの言うままにディアを批判するのは、誰もが同じ理由で非難される口実を作ることになる。

「もちろん、俺がPSO2のαテスターであったことを隠していたのはすまないと思っているが、守秘義務もあり言い出すことができなかった。できるならばこのことは秘密にしてもらいたい、仮に話せばお前たちがエスカから不利益を被る可能性もある」

「もう分かったわい! このままなんか言ってもワイのいちゃもんにしか聞こえへんし、この位で勘弁しといたるわ」

 

 

この場は若干のわだかまりを残しつつもキバオウがこれ以上の追及をやめたことで収まった。ほかのプレイヤーたちが11層への階段を上っていき、最後にその場に残されたのはディアたち星辿旅団とキリト・アスナの5人。

「それで、ディアはこれからどうするんだ?」

一先ずの区切りであるクラリッサの修復に10層攻略と先程の一騎打ち、そこで何かを手に入れたはずのディアはこれからどうするのか、キリトが問いかける。

エリスとノエルもディアの答えを待つようにじっと見る。

「当面は自分のギルドの強化だな。人数も増えてきたし、クラリッサの件が終わったからその分の時間で見れる範囲では死なないで済むようにしたい。最終目標は100層攻略といったところか」

ニヤリと笑みを浮かべたディアが答える。

アークスの自分ならココで自殺してログアウトしても脳みそが焼き切れることはないが、ノエルとエリスとの約束もあるし、SAOの中でできた繋がりを安易に切るのは惜しい。

「それに、協力者のスカウトもしていない。今のところはここの4人が候補だし、他にも何人か当たりをつけたプレイヤーも誘いたい」

本来の目的はそちらなので、どのみち最後までここには残るつもりだったようだ。

「え!? 私もアークスの協力者候補なの!?」

「当たり前だ、事情も知っていて付き合いの長い上にクラリッサを見て変わった反応を見せた時点で候補として十分だろう」

「なんだか嬉しいかも。ココだけじゃなくて、リアルでもディアの役に立てるんだ」

少しだけ誇らしげな気持ちになったノエルがディアとノエルの手を引く。

「よし! 11層に行こう!」

「っと」

「ノエル、そんなに急がなくても」

結果、その場に置いて行かれる格好になったキリトとアスナは二人きりになる。

「それじゃ、俺達も行くか」

「う、うん」

呆気にとられたような顔から真剣な表情に変えたアスナがキリトに問いかける。

「キリト君はさっきのディアさんが言ってたこと、どう思ってるの?」

「アークスの協力者候補ってことか? 興味がないって言えば嘘になるけど、まだわからないっていうのが本音かな。ディアが嘘をついているとは思えないけど、ちょっとVRゲームが強いだけの人間をスカウトする理由がよく分からない。アスナはどうしたいんだ?」

キリトの懸念はエーテルや具現能力者のことを知らない一般人としてはもっともな感想だ。

対するアスナはディアの話に強い興味があって、乗り気のようにも見える。

「ちょっとだけ、やってみてもいいかなって思ったの。自分でやりたいって思ったこと、そんなに無かったから悩んじゃって」

「なら、一度ディアに相談してみたらどうだ?」

「んー、そうじゃなくて」

自分が期待していたのとは違う答えが返ってきたのか不満げな顔を見せるが、仕方がないとあきらめたのかそれ以上何も言わずにアスナは話を変える

「私たちも行きましょ、キリト君」

「お。おう」

アスナの問いにどう答えるべきだったのか、まだまだ女性の扱いというものが分かりかねるキリトは悶々と考えながら11層への階段を上る。

 




ようやく10層攻略完了、ここからはちょいちょい階層飛ばすと同時に原作のキャラは影が薄くなるかもしれません。
次回の投稿も遅くなるかと思いますが、お待ちいただけると幸いです。

感想、誤字脱字の報告在りましたらご気軽にお書きください。


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第26話 波乱の予感、来る戦闘狂

ドーモ、お久しぶりです。
皆さんのおかげで1万UA突破、お気に入り50突破しました。
亀更新でも読んでいただける皆様、ありがとうございます!


一名の死者があり、ボス戦後のひと悶着も含めて波乱づくめだった10層攻略戦から早くも1か月半。ゲーム開始から数えるとほぼ半年が経過し血盟騎士団という強力ギルドの登場やそれに触発された他ギルドの競争意識、10層以降解放されたスキルや1ランク上の装備など様々な要素が攻略を加速し、攻略の最前線は23層に到達していた。

 

「それでは、各ギルドのレベリング場所の割り当てと時間の取り決めについての会議はこれで散会とします。エリスさんとアルゴさん、攻略本や掲示板での周知をお願いしますね」

「あいヨ」

「お任せください」

《血盟騎士団》副団長アスナの散会の言葉で三々五々、各ギルドや一般プレイヤーの代表者が会議の場となっていたレストランから出ていく。その場には《星辿旅団》団長のディアと副団長エリスが残り、そのままアスナを昼食に誘っていた。

「それじゃあ、ご一緒します」

「では適当に頼もうか」

新興ギルドの副団長と中堅ギルドのトップ2名、自然と話はその運営の話になる。

「団長はこういう場にはめったに来ないから、体よく面倒を押し付けられている気がするのよね」

「うちのも似たようなものですよ。指導や新入りの育成は引き受けてくれるんですけど、細かいことは私にやらせてばっかりで」

それを横で聞いている本人は苦笑しつつも応じる。

「こっちも副団長が連れてくる新人の面接や攻略本の最新版作るためのダンジョン探索に何度も潜って、宝箱の中身まで記録させられているがな」

そんな軽口を叩く二人を少し複雑な表情で見つめるアスナにエリスが気付く。

「キリトさんとまだ仲直りしていないんですか?」

コクン、とアスナが頷いくとそのまま下を向いてしまう。

アスナがKoBに入団した時、それまでコンビを組んでいたキリトも誘ったのだが彼はそれを拒否。

その際に自分が攻略第一で物事を考えるあまり、キリトに攻略を考えていない能天気だのコミュ障のゲームオタクだの、半ば事実のような気がするものも含めてこれまで溜まっていた怒りもぶつけてしまった。

結果、売り言葉に買い言葉でキリトもこれまでは我慢できていた些細なことや過去の無茶っぷりをぶつけ、お互い喧嘩腰でのコンビ解散となったのだ。

「まったく、まだまだ子供というか、羨ましいというか」

アークスをやっていると口や性格が悪くとも腕のいい奴と我慢して組むことや、長い付き合いの者でも不満が出てくる。それはそれで流してしまうのも人付き合いだし、互いに言い合って不満をリセットすることもある。

今の2人はその半端、これまでの付き合いを流すこともできないし、かといって言い合いでリセットできたわけでもない。それどころかディアたち3人やアルゴのように相応と付き合いのある友人からは互いに未練があるようにしか見えない。

「今度のボス戦までには一度話した方がいいぞ、フレンド解除まではしていないなら居場所は分かるだろう?」

「けど、今の私は立場が……」

KoB入った後、実力や統率力もあってアスナはすぐに副団長に抜擢され、先のようなプレイヤー間の調整に入ることも多い。そんな自分がソロの、しかも元ベーターと個人的なことでも二人きりで話せば何か疑われるのではと心配するアスナをディアは一言でねじ伏せる。

「知らん、自分の不始末くらい自分で始末しろ。キリトにも同じように言ってあるから個人でどうにかしてくれ」

「で、ですよね」

珍しく有無を言わせぬ態度のディアにノエルも頷くしかない。

ディアも本音を言えば二人が元鞘に戻ることを願っているが勝手にこじれた部分まで修復する手伝いをするつもりはない。

運ばれた食事を食べ終えるまで終始無言となった3人だが、食後のコーヒーを飲み終えるとディアは一言残して席を立つ。

「まぁ、伝言役と場所探しくらいなら手伝ってやる。決心がついたなら、いつでもうちのギルドに来い。それならソロプレイヤーと会うより理由がつけやすいだろう」

普段と変わらぬ調子でそう言って、エリスを連れて店を出る。

あとに残されたアスナはどうディアに頼もうかと悩みながらケーキをつついていたが、そもそもキリトと会う決心がつかないことに悶々としていた。

 

 

《第22層》樹照平原、光を放つ果実や花を持つ樹木がまばらに生えるココは夜間でもある程度の明かりが確保でき、広いフィールドで狩場を気にせずそれなりの経験値を拾えることから第23層が解放された後もそれなりのプレイヤーが昼夜問わずレベリング励んでいた。

「これで70体、今日はこれくらいにしておくか」

「そうだね、ディアたちも会議が終わるころだろうしちょうどいいかも」

キリトの横にいるのは《星辿旅団》のノエル、旅団のメンバーでレベリングに来ていたところを偶然居合わせたノエルが強引に誘ってパーティを組んでいたのだ。

「さすがはトップソロ、私なんかよりよほど腕が立つわね」

私もあなた位強ければ、とアネットが言いかけたところを遮るようにルチアが姉に声をかける。

「他人と比べちゃ駄目よ、姉さんだって強いんだから自信をもって。そうじゃないと、自分の不幸だって吹き飛ばせないんだから」

その様子に苦笑いを浮かべるキリトをノエルが小突く。

「大丈夫、いつものことだから気にしないでいいよ。それより、キリトさんはまだ喧嘩中?」

「別に、喧嘩ってわけじゃ……」

「それなら、今から会いに行く?」

「用事がないからいいよ」

はぁ、キリトさんとアスナさん、変なところで頑固だよね。

ディアからは様子を聞くくらいにしておけって言われてるから我慢するけど、やっぱりどうにかしたい。だけど二人が自分で解決しないとまた喧嘩しちゃうかもしれないし。

「ごめんなさい」

「いや、俺の方こそ変に気を使わせて悪いな。そのうち、どうにかするよ」

苦笑いを浮かべるキリトさんはどこか寂しそうで、自分でもどうにかしないといけないことは分かってるみたい。あとは、切欠かな。

「ノエル、そろそろ戻ろう」

アネットさんとルチアちゃんとの話も一段落したみたいだし、帰ろうかな。

キリトさんはどうするんだろう?

「じゃあ俺はここで、この近くの村に宿をとってるんだ」

「それじゃあ、そのうち」

キリトさんみたいにものすごく強い人でも、この世界では明日あっさり死んでるかもしれない。

それでも、生きていればそのうち会えるという望みを込めてノエルたちとキリトは別れた。

 

 

一人で宿屋に入り、武器や防具の耐久値、消費したアイテムの数量を確認して修復や補充をすると途端にやることが無くなってしまう。1か月ちょっと前までであれば隣室か同室にいた相棒と何かと話したりもして、食事やちょっとしたクエストに出たりすることで何かをやっていた気がするのだが、それをする相手もいない。

「ちょっと、時間潰しのクエストでもしてくるかな」

経験値とコルの割がよさそうで尚且つまだ行ったことのないフィールド、そんなクエストがないかと探してみるとちょうど良さそうなものがあった。

《風鳴りの小路》で《猫凪の花》10個の収集、大分下の11層のダンジョンが目的地だが記憶が正しければまだ行ったことがないはずだ。手元の攻略本を開いてみるとちょうど欲しかった強化素材もドロップするらしく、今の自分にうってつけのようだ。

「行ってみるか」

 

そう思ってフィールドに降りてから2時間ほどで無事に素材集め兼暇潰しのクエストは完了した。

クエストの方はすぐに必要数が集まったのだが素材集めは思ったよりも時間がかかってしまったが、高効率レベリングのせいで最前線のモンスターともソロで戦えるレベルまで達していたこともあって普段と違う気楽な狩りを終えた俺はさっさと帰ろうとした時、奥のダンジョンからモンスターの群れに追われてくるパーティと遭遇した。

目視の前に《探知》スキルでそれに気づいていた俺は小路に隠れて様子をうかがうっていると最初は大変だな、と思っていたのだがパーティの構成と彼らのHPを見て少し手伝おうと決めた。

盾持ちメイス1人にシーフらしき短剣使いと棔使い、それに長槍使いが2人。盾持ちメイスの代わりになる前衛プレイヤーがおらず、タンクである彼が後退するとそのままズルズルとパーティ全体が後退すること必至なのはソロの俺から見ても明らかだった。

「少しマナー違反だけど、仕方ないよな」

小路から飛び出てリーダー格らしき棔使いに声をかける。

「良ければ、ちょっと前支えていましょうか?」

急に現れて助力を申し出る俺に一瞬怪訝そうな顔をするが、すぐに頷いて返事をする。

「すみません、ちょっとの間お願いします」

一応素材集めという目的があるのだが、適正レベルよりも大分低い層で高レベルプレイヤーが狩場を荒らすのはあまり褒められた行為ではなく、最悪は非マナープレイヤーリストに晒される可能性もある。それに、このパーティの5人から何か言われるかもしれない。

そんな気持ちから初級から中級程度のソードスキルに限定して攻撃も少し手を抜いてわざと時間をかけ、5人と共にゴブリンを討伐した。

そうしてピンチを乗り切った彼らの喜びようはまるでボス戦でも終えたようなもので、ファンファーレでも聞こえてきそうなものだった。

その後、成り行きで彼らと共にダンジョン外までついて行ったキリトは食客のような形で彼ら5人のギルド《月夜の黒猫団》と関わることとなる。

 

 

同時刻第23層外縁近くの村、ディアは両手に素手スキルにバフの付く手甲と大剣を装備して《星辿旅団》のメンバーと対峙していた。

無論、喧嘩というわけではない。初撃決着モードの決闘で対ファルス・ヒューナル戦に備えた模擬戦おこなっているのだ。

「ふんっ!」

「ほっ!」

ノエルの斧槍がディアの胸に直撃すると背中の大剣を抜き、軽く振ってから一気に距離を詰めながらの突きを放ち、それを防いだノエルへ薙ぎ払いで追撃する。見た目は重そうな大剣だが、下層で売っている低級品のためディアのSTRであれば片手でも振り回せる。

「後ろがガラ空きー!?」

考えが甘いとばかりに後ろ回し蹴りがノエルに炸裂し派手に吹き飛ぶ。ギリギリで武器防御には成功したようだが自身とディアの蹴り、双方の勢いが合わさったことで勢いよく吹き飛ぶこととなった。

「剣を抜いたからとそっちに気を取られるな、蹴りはいつでも使ってくると言っただろう」

「言いながら突っ込んで来ないで!」

態勢を崩したノエルに再びディアの突きが炸裂、転がるように回避に成功したものの続く薙ぎ払いからの連続斬りを防ごうとしてさらに体勢を立て直すまでの時間が伸びる。

「ハァッ!」

そこ目掛けて黄のライトエフェクトを伴って跳び蹴り、体術ソードスキル《衝雷》を放ったディアが真っ直ぐ突っ込んでくる。直線的な上に多少の溜めがあるため当てるにはコツのいるソードスキルだが、直撃に防御低下+短時間の麻痺と2重のデバフがあるうえ空振りしても至近への衝撃波で小型モンスターへの足止めが効く。

「ヤバ」

便利ながらも対人戦では避けられがちなこの技も今のノエル相手ならば効果範囲から逃げる余裕も与えず、ついでにヒューナルの真似ということで放ったそれをモロに受けたノエルは妙に鈍い胸部への衝撃と浮遊感を味わいながら再び吹き飛んでいった。

「やーらーれーたー」

吹き飛んだ方向にあった藁束に埋まったノエルを引っ張り出して、先程の決闘の反省会を始める。

「やはり咄嗟の判断がまだ追いつかないようですね、見てから武器防御するまでのいいですがそこからの動きがつながっていません」

エリスの論評をノエルがじっと聞いている。対戦していたディアは既に2戦目、アネット相手に先程同様ヒューナル擬きのスタイルで決闘を始めている。

「やっぱり経験の違いかな、ディアみたいにその場その場で良い方に動くっていうのはさすがに無理だけど、次の動きをいくつか考えておいて……」

「ノエルの場合は難しいことを考えるより、何かあっても動けるようにする方がいいかもしれませんね。あなたの強みはすぐに動ける身の軽さと危機察知能力の高さです、頭で考えて行動を制限するよりはいつでも動けるようにした方がノエルらしく戦えると思います」

「目指すは猫だね、あんな感じでシュッと動けるようにすれば色々できる気がする」

自分の得意をどう伸ばすか、そこに関しては自分で方法を考えて鍛えるしかないのでエリスに頼んで何度か防御の練習を重ねるノエルを横目に、旅団のメンバーはトレーニングを続ける。

そうしてしばし過ごしたのちにダンジョンで軽く経験値稼ぎと装備強化用のアイテムを収集する。ここ最近は個人のスキルアップを目標にしていることもあり、そんな風にして一日を過ごしている。

 

 

そうして過ごしているうち、23、24層のボス攻略戦が行われ25層に到達した。

5の倍数フロアであることに加えて全体の1/4、クォーターポイントに当たるこのフロアはこれまで以上に強力なボスがいると予想されたが、その正体は早々に露見することになる。

 

フィールドを行動していた《DKB》のパーティが謎のNPCに襲われた、その情報を耳にしたアルゴは真っ先にディアのもとへ情報を売買しようと押しかけていた。

「で、《DKB》の連中の話を基にオレっちが描いたのがコレだヨ」

「ふむ」

アルゴのイラストには血のように赤い目をした黒い岩のような身体を持つNPCが描かれていた。

ディアにとっては久方ぶりに見る一方で、見慣れた姿のそれについて詳しく聞きたいとアルゴは訪ねてきた。

「《DKB》の話を聞いたということは、此奴が何なのか知っているんじゃないのか? あそこのギルマスはこいつを直に見たことがあるんだからな」

「それは初耳だけど、周りの連中が訊くなら旅団のディアに訊けとうるさくてココに来たんだヨ」

まぁ、これまでのボス戦含めてPSO2関連の件は基本的にコッチに投げられてるからな。

「《ファルス・ヒューナル》、ダークファルス【巨躯】の戦闘態だ。四肢を使った体術スキルと大剣による攻撃、それに加えて広範囲に放つ衝撃波とそれに付随する最大HP減少と麻痺効果、一撃必殺クラスの大技二つ。大よその特徴はこの程度だ。詳細はエリスに預けてある紙を見ろ」

6層で対峙したファルス・ヒューナル、そいつがこの25層で通り魔のように現れプレイヤーを襲っている。そうなると攻略への影響は直接の妨害だけでなく、ヒューナルの存在そのものが攻略をより慎重にさせてペースを落とすことや参加者の数を減らしかねない。

大よその情報を伝えた後、現状に対する率直な意見をアルゴに述べると少し戸惑うよな表情と共に答えが返ってきた。

「ディーさんの考えも尤もだけド、そうとも言い切れないナ。襲われたDKBの連中は負けたけど生きて帰ってきてるんダ」

「負けて? 逃げてではなくか?」

NPCであれMoBであれ、敵性キャラとの戦闘を指すには妙な言葉だ。

逃げ帰ったのではなく生きて帰ったというのもどこか不自然だし、まるで決闘でも挑まれてそれに負けたような言い方だ。

「その通りだよ、このNPCはいきなり強制で初撃決着モードの決闘を挑んでくるんダ。負けてもHPが0になるまで攻撃せずに『つまらぬ闘争よ』と言って去り、勝てば『良き闘争であった!』と言って去ル。コルは大したもんじゃないけど、経験値とスキルの習熟度が大分上がったって聞いてるヨ」

闘争狂のヒューナルらしいといえばらしいが、迷惑極まりないETだ。

その上、ソール系の素材が期待できないココではドロップアイテムもあまり狙う気にはならない。

ディアにとっては積極的に狩る理由のない相手だが、他のプレイヤーには違うらしい。

その狙いはヒューナルの持つ大剣エルダー・ペイン、これまでも再戦可能なフィールドボスや敵性NPCから所持している武器に似たものを低確率でドロップしたことがあり、大剣使いの強化を図るギルドやそこに売りつけようとするプレイヤーが討伐を狙っているらしい。

「そこで、コイツの情報を今のうちに仕入れて売れば大儲けになると思ったわけサ」

結局、基本情報はタダ、技の詳細について5000、行動パターンを1万で売ることとなった。

金額としては安いがどこかのギルドが討伐に成功すればパターンはすぐに出回るだろうし、足の速いネタならば安くても早々に売りたい心理が働いた格好だ。それに、基本情報は早々に周知したい。

「アルゴ、ここのフロアボスについてどう思う?」

「多分、ディーさんの考えてるのであたりだヨ」

用が済んだから帰るネ、と言い残して去ったアルゴを見送りつつ一人ディアは呟く。

「ダークファルス【巨躯】、その真の姿か」

6層で見た山のような姿、PSO2をなぞるのならば時限式で主街区を襲い来るものを迎撃するのか、それともこれまでのボス部屋同様にダンジョンの最奥に挑むのか、どちらにしてもこれまで以上の激戦は必至だ。

そうしてアルゴからヒューナルの情報が方々に売られた数日後にディアベルからこのフロアのボスの断片的な情報、【巨躯】の姿形が公開されると提供元を隠す形だが《星辿旅団》からも情報が公開された。そうなるとレベリングやアイテム狙いでメインダンジョンに潜るプレイヤーも増えるのだが、そこで壁に当たることとなった。

「これがその壁か」

「彫られているのは何かのゲージのようですが、何を示しているかは不明です」

「ディアさんは何か心当たり無いんすか?」

ノエルに後方の警戒をしてもらい、エリスとシャサールと共に扉を探る。

メインダンジョンの一角にある扉、現在攻略の物理的にも進行的にも壁になっているのだが解除条件が判明していない。ゲーム全般に詳しいエリスやトレハンのシャサールであれば何かわかるかもしれないと連れてきたのだが、あいにく大した手がかりは得られそうにない。オラクルであればファルス・アームの討伐で肉体を削って【巨躯】との決戦に持ち込むのが基本だが、このフロアでファルス・アームが出現したという情報は無い。そして、ここに到達するまでの間にコレと類似した扉がいくつか解放されている。

この二つから考えると何かしらの条件を満たすと扉が開き、それは段階的に達成されていることになる。が、それが何なのかは分からない。

「だったら、開くまでここに張り込んでみます?」

半ば冗談めかしてそう言ったシャサールに不意に声がかけられる。

「そういうのは俺っちの仕事だゾ」

「うわっ!?」

「そんなにビビらなくてもいいだロ、おねーさんちょっとショック」

驚いてシャサールが振り返ると常備している『イタズラ成功』のパネルを持ったノエルが声をかけた本人のアルゴと並んで立ち、とうに気付いていたディアやすっかり慣れたエリスは苦笑いを浮かべてそれを見ている。

「そんな急に話かけられたら誰でも驚くって。それにディアさんたちも気付いてたなら言ってくれりゃあいいのに」

恨めし気に4人を見るとそれぞれから、驚かせたかったから、面白そうだから付き合った、気付くか眺めていた、それに乗ってみたとの答えが返ってきてシャサールを辟易させた。

とはいえ、アルゴの言う通りにここで扉が開く条件を調べるのは攻略組よりは情報屋の仕事だ。

現状は手がかりのない以上、情報屋がここでゲージが伸びた時刻を記録してその直近に起きた出来事と照らし合わせるのが一番早いだろうと結論付けてアルゴに任せる。

「ゲージが進んだ時刻をいくつか記録したらまた会いに行くかラ、それまでに色んなことしといてくれヨ」

開かない扉にヒューナルの襲撃、25層の攻略はこれまでと一味違うものなるという予感が攻略組に広がっていく。

 



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第27話 猛る闘争/Nは認められたい

ドーモ作者です。
更新久しぶりとなりますが読んでいただきありがとうございます。


頭上を過ぎ去る剛腕とそれに遅れてくる風切り音を身を屈めてやり過ごすとその場から跳び上がるように逆手に持った太刀でその腕を斬りつける。

表面を滑るようにして進んでいく刃は進むごとに深く刻まれていき、切っ先に達するころには骨か何かに達したのか硬い感触を返す。

「面白いぞ、剣士!」

しかし、腕を刃がめり込んだままにも拘らず眼前の敵《ファルス・ヒューナル》は愉快そうに叫ぶと逆の腕でディアに殴りかかろうとする。

「この戦闘狂が!」

咄嗟に太刀を腕から抜くと同時にヒューナルの身体を蹴って距離を取るがその腹を拳が掠める。

それだけで掠めた部分を中心に赤いダメージエフェクトが胴の半ばまで達しHPを2割ほど削ると同時にLv.2出血のデバフがかかる。皮系のロングコートと軽量プレートメイルとはいえその系統では階層トップクラスの防御の上からこのダメージ、さらに軽装のノエルなら3割ほどは削られると思うがアイツもそれは理解しているはずだ。

「これでも!」

「喰らえ!」

その証拠にディアの迎撃直後、両腕が使えなくなったヒューナルの背後にそれを見計らったノエルとルチア、二人の槍が襲い来る。

「甘い!」

当然ヒューナルも後ろ回し蹴りで迎え撃とうとするが、二人は得物を棒高跳びの要領で使ってそれを空中へ躱すと完全にガラ空きとなったヒューナルへ片手槍単発重攻撃《フェイタル・ブラスト》、斧槍2連重攻撃《アサルト・ブランチ》を叩き込む。真紅と山吹、並のフィールドボスなら十分勝負を決めるだけの二つの閃光が刻まれるが直撃にも拘らず与えられたダメージはHPバーの約2割強に過ぎず、累積でもこれでようやく5割を削ったに過ぎない。

「良いぞ良いぞ、遊戯に本気なれるとはな。応えよ深遠、」

「総員距離を取れ! 死ぬぞ!」

身動きを止め、本来ならば攻撃のチャンスとなるそれをヒューナルの言葉を聞いたディアが引き留め、本人も先のダメージの回復を最低限の出血解消のみとして逃げる。

「我が力に!」

そのセリフと共に双拳が地面へ打ち付けられ、赤黒の衝撃波が炸裂する。それは円を描くようにして地面に亀裂を残しながら進み、各員はそれを回避しつつヒューナルの動きを警戒する。

先に距離を詰めるようにして衝撃波をやり過ごしたディアは回復ポーションを一気飲みして次の動きに備える。ノエルは場合によっては自身の盾役となるルチアと共に、エリスはディアとヒューナルを挟み込むように陣取る。

「遊びの由は幾百も」

そう言って背中の大剣を抜きルチアとノエルに向かって猛スピードで間合いを詰めるが、受ける覚悟の決まっていたルチアはそれを正面からガードし続く攻撃をしのぐ。

「うぅっ」

3連撃を受け切ったルチアはその衝撃で身動きが取れなくなるがディアとエリスが間に割って入り、ディアのパリングからのカウンターとエリスの《ホライゾンタル》が大剣を弾き攻守を逆転させる。

「大丈夫、ルチア?」

「うん、だけど回復しないと」

「オッケー、その間は必至で逃げるから心配しないで!」

ディアがカウンターと弱攻撃主体で攻め、姿勢を崩したところにエリスの強攻撃と一撃離脱でノエルの単発ソードスキルが放たれる。

ヘイトを取る対象も距離も分散するヒューナルは一人に的を絞ることができずに少しずつだが着実にHPを削られていく。

格闘主体から大剣主体に切り替わるタイミングで攻守を逆転させるエリスのプラン通りに進み、大剣に攻撃を絞っていたディアが一瞬自分から完全にヘイトがそれた瞬間に4連重攻撃《対朔月》を放つとHPの1割ごと大剣は峰の部分を残して破壊される。

「さすがに、辛いものがあるな」

システムアシストに自身の速度を乗せることで極限まで動作を高速化するシステム外スキル《アシストアクセル》、平たく言えば動作を完全に覚えた上で発動から完了までを失敗ギリギリまで高速で行うものだが当然デメリットもある。一つはシステムアシストが殆ど利かないため動作を完全に覚えなければ確実にファンブルすること、もう一つはシステムアシストと自身の動きが同時にアバターを動かすことに伴う疲労感。

腕をゆっくり降ろすのと高速で降ろすの、重力という力に対して順方向に動かすのは同じでもどちらが身体と感覚に負荷を与えるのかを考えれば当然ともいえるそれは、連撃数が増え、元の攻撃速度が上がるほど増加する。

「大丈夫ですか?」

「問題ない、勝ってから休む」

攻撃を放った後一瞬動きを止めたディアにエリスが声をかけるが顔色を変えずにディアは答える。

勝ってから休む、ダークファルスやその眷属との連戦すらあるアークスなら当然の意識が身体を動かし疲労感を忘れさせ、アインクラッドより以前からアークスとして戦ってきたディアの身体と精神に染み付いたそれが戦闘を続行させる。

「フンッ!」

欠けた大剣を一瞥したヒューナルはそれをブーメランのようにして投げ捨てるが直ぐにルチアが叩き落とす。その隙を逃さずにノエルが自慢のAGIで高速接近するとそのまま胸のコア目掛けて突きを放ち、たまらず怯んだところへ4人が一斉に自身が発動できる最強のソードスキルをぶつける。

「「「「ハアアアアッ!!」」」」

気合と共に4色のライトエフェクトが放たれ、同色の傷を刻まれたヒューナルのHPバーは一気に減じて0になる直前で止まるとそれ以上のダメージを受け付けず、跪いたままだったヒューナルが再び立ち上がると視界から消失する。

「フハハハッ! 良き闘争だったぞ!」

跳び上がったヒューナルはそう言い残し、笑いながら赤黒い粒子と共に虚空へと姿を消すとその場には赤い身の丈ほどもある結晶とディア、エリス、ノエル、ルチアの4人が残されるのみとなった。

「お、終わった……」

「あの戦闘狂め、この階層であの強さはないだろう……」

「倒せなくても死なないとはいえ、明らかな設定ミスですよ」

「まずは回復とアイテムの回収、それと安全地帯への離脱ですね」

馴れているディアでも現時点ではソロでは相手にならない、そう判断するほどにステータスの差は大きかった。単純な防御面であれば比較的柔らかいうえに明確な弱点が存在するが、攻撃面がこちらの防御を大きく上回っているため小技であっても大きくHPを削られるため防御や回避に神経を使う。さらに人型武器持ちゆえの攻撃パターンの多彩さ・素早さがそれに拍車をかける。

「しばらくは戦いたくないな」

確かに経験値もコルも単独のエネミーとしてみれば過去最高クラスだが、割に合わない強さなのもまた事実。それでも、4人が不意に遭遇したヒューナルとの戦闘をした理由はある。

25層のメインダンジョンにある扉の封印、その開放度がヒューナルに与えた総ダメージ数と連動しているため偶然の要素が大きいヒューナルとの遭遇を逃がすわけにはいかなない。

ヒューナルとの戦闘でHPが0にされないのも戦闘そのものを避けて攻略が必要以上に遅くなることを防ぐための調整だとエリスは結論付けていた。

赤箱を割ると個別にドロップ判定会出たためそれの確認とトレードは後回しにすることにして、エリスに連れられて最寄りの村まで疲労の色濃い4人は歩く。

 

 

モンスターとの戦闘を極力避けて村までついた4人は現在前線拠点にしている町に移動するには時間がかかりすぎるということでそこで宿をとることにした。が、案の定というべきか部屋割りをどうするかはもめることとなった。

「俺の意見は当然聞かれないだろうし、あとは勝手にしてくれ」

自分の意見が尊重されるとは思っていないディアはそう言って買い出しに出てしまい、残った女子3人がどうするかを話し合っていた。

「ディアさんと二人きり、始めたばかりのころはコルが無くて3人で一部屋というのは有りましたが2人部屋とは」

「ディアのことだから変なことはしないだろうけど、やっぱり二人きりは……」

「いろいろ気にしちゃいますね」

自分たちとより年上でこれまでの信頼があるとはいえ密室で男性と二人きり、しかも一晩とはいえ寝室を共にするのは年頃の少女たちにとって一大イベントであり、思惑が浮かんでいた。

 

“ディアさんと二人きり、考えてみれば大分久しぶりですね。二人きりで話したいこともありますし、アークスのことなど訊きたいこともありますからここは譲れません”

 

“今日は頑張ったし、久々にディアに褒めてもらえるかも。エリスがいるとあんまり褒めてくれないし、今晩くらいは独り占めしてもいいよね”

 

“ディアさんから二人のことやいろんなことを教えてもらうチャンスだよね、ここは簡単には引けません”

 

各々の思いが交錯し、にこやかな雰囲気を装った話し合いが始まった。

 

 

結局、3人とも話し合いでは埒が明かないということでサイコロを使って決めた結果、ノエルがディアと相部屋となった。それを見計らったように帰ってきたディアはよさげな店を見つけたらしく、夕食とすべく4人でそこへと向かう。

腹を満たした四人が宿屋に戻り、しばしの歓談の後にディアを連れて部屋に入るノエルを見る二人は恨めしい一方で友人が楽しげな姿を見せることはそう悪いものではなかった。

「やれやれ、ディアさんに訊きたいことはいっぱいあったのですが仕方ありません。今夜はあの二人の失敗談を語るとしましょう」

「ディアさんの失敗談、それはそれで気になりますね」

これで意外とミーハーなルチアはその話に乗り気で、此方の二入はディアと相部屋にならなかったことを忘れて眠くなるまで二人+アネットの失敗談や笑い話で愉快な一夜を過ごしたのであった。

 

一方でこちらはディアとノエルの部屋、考えてみれば二人きりというのが5層で休みがてらの散策をして以来なのでノエルはともかく、ディアも多少緊張していた。

「ノエル」

「う、うん!」

ただ声をかけられただけだが、二人きりの時に名前を呼ばれるのが思っていた以上にドキドキするものだったノエルは思わず上ずった声で応えてしまった。

「ククッ、そこまで気にしなくてもいいだろう。それとも、何かされるとでも思ったか?」

対するディアは多少の心得もあって少し余裕のあるそぶりを見せているが、自分より年下の少女をどう扱ったものかと悩んでいた。イオやヒツギが年齢としては近いが、こうしてプライベートな一室で過ごした経験があるわけもなく、どうすればいいかと考えていた

「もう、これでも女の子と一緒なんだからちょっとは嬉しそうにしてよ。さすがにアスナさんみたいにスタイル良くないし、アネットさんみたいに綺麗でもないけど」

「そうだな、悪戯好きの娘といるんだ。少しは嬉しそうにしないと寝ている間に何をされるか分からんし」

「やっぱり意地悪だー」

少しばかり普段のじゃれ合いのような会話をしたことで緊張もほぐれ、武装を解除して普段着に装備を変える。ディアは蒼のパンツにそれより同系色で少し明るいシャツ、茶の縁取りがされた紺の上着で戦闘装備からプレートを外して上着を変えただけの姿に。ノエルはプレートを外してピンクのセーターとペールブルーのスカート、黒のニーハイソックスという具合だ。

「それにしても、今日は疲れた」

「あんなに強いのと戦うのなん初めてだよ。フロアボスも強かったけどHPの多さとか特殊攻撃があったからで、速くて重くて硬くて、うまく言えないけど本当に強いって感じだった」

その言葉にディアも頷く。動作が速く、防御や肉体が硬く、重い一撃を持つヒューナルは単純に強い。今の装備やステータスで1対1なら恐らくは倒せなかったと、ディアが珍しくノエルに弱気なことを言うほどには差が開いている。

「それでもお前たちがいれば負ける相手ではないと思っていた。根拠はないが、そういう勘は外れたことがない」

アークスとしての経験で共に戦う者の力量は何となくわかる。それが長い間戦闘を共にしてきたギルドのメンバーなら尚更のこと、具体的な数値で表すことのできない漠然とした感覚だがヒューナル相手でも負けることはないと思っていた。

「そっか。私やエリス、《旅団》のみんなはちゃんとディアに認めてもらってるんだ」

嬉しそうにそう言ったノエルはベッドに腰かけて俺に隣へ座るよう促す。

断る理由はないが、年下の少女が何を考えているのか分からないままディアは座る。

「頭、撫でてもらってもいい? ディアにしてもらった中で一番嬉しかったのがそれだから、頑張ったご褒美がもらえたら良いなって思って」

そういえば、コイツを褒めるときは頭を撫でていた気がする。《旅団》の規模が大きくなり他にも相手をする団員が増えたため二人だけで会う機会が減ったせいか、それとも無意識のうちに特別扱いすることを避けていたのか、どちらにせよ久しぶりだ。

「それくらいでいいならお安い御用だ」

ノエルの頭に手を乗せてターコイズの髪を梳くように撫でると一瞬だけ驚いた様な顔をして、すぐに目を細めて気持ちよさそうな表情を浮かべる。

「やっぱりディアは頭撫でるの上手だねー、極楽だし、褒められている気分が出てくるよ」

すばしっこくて悪戯好き、そのくせ寂しがりと何処かネコっぽいとは思っていたがこうして頭を撫でていると余計ネコのようだな。

 

 

ディアの手、大きくてあったかいし撫でるの上手だから極楽だよ。それにさっき褒めてもらったからうれしいし、もっと褒めてほしいかも―。

「ねぇ、私のことでもっと褒められることとかある?」

「そうだな……」

少し考えてから思い切りの良さ、戦闘中に周囲の状況を見て動けてること、戦うとなったら逃げないっていうところを誉めてくれた。そうすると余計に嬉しくてすこしだけ撫でてもらう時間を伸ばしてもらった。憧れの人に認めてもらって、ちゃんと見てもらえるっていうの、すごくいい気分。

「ディア、これからもよろしくね」

「どのみちあと75のフロアがあるんだ、嫌でも付き合ってもらうぞ」

「望むところだよ」

何となくだけど、100層まで行って現実まで帰れる気がする。

そうしたらディアとはお別れだけど、今度はアークスのディアと会えるもんね。その時ちゃんとしてないとダメだし、これからも頑張らないと。

そう考えていると撫でられる感覚が不意になくなる。

「今日のところはこれくらいだ、また機会があれば褒めてやるから頑張れ」

「約束だよ」

「分かった」

よし、これでもっと頑張れる気がするよ。心配かけないように程々だけど、褒めてもらえる程度には頑張る。

その後、交代で風呂に入った二人は眠気が来るまで他愛もない会話をして時間をつぶし、眠くなってきたところで明かりを消して眠りに落ちた。

 

 

翌日

普段通り早朝に目が覚めたディアの物音に気付いたノエルが眠い目をこすると、フル装備のディアが部屋を出ていくところだった。

「・・・ディア?」

「起こしてしまったか。少しフィールドで狩りをしてくるだけだ、小一時間で戻るから寝ていてもいいぞ」

んー、付いて行きたいけどまだ眠い。あんまり好きじゃないけど、アレを使うしかないかな。

強制起床アラームを5秒後にセットして・・・・・・。

「うー、嫌な感じだけど目が覚めたよ」

強制起床アラームは文字通りナーヴギアが直接脳を覚醒させて起こすんだけど、その分嫌な感じの目覚めになる。今考えるとこれがHP0になった時に脳を壊すのと同じようなのかもしれない。

「やれやれ、コーヒーでも飲んでから行くか?」

「うん、砂糖少なめミルク入りで」

オーダー通りのコーヒーを《喫茶》スキルで淹れてもらう。コーヒーの香ばしい匂いとミルクで軽減された苦みが頭の嫌な感じを無くしてくれて、戦闘も十分できそうな感じ。

「うん、もう大丈夫」

「そうか、それなら一緒に行くとしよう」

戦闘装備でディアに連れられて、静かな早朝のフィールドで狩りが始まった。

25層はディアが水棲系って呼んでるダーカーと獣系のモンスターが多いから結構戦う相手の幅は広い。

今目の前にいる二体の一つ目で腕が武器になったダーカー、棍棒のキュクロナーダとフレイルのサイクロネーダはよく似た見た目で対処法も似てるけど微妙に戦い方が違う。

サイクロネーダがフレイルを振り回している隙にその、股間の甲殻を壊して弱点のコアを露出させる。そのまま怯ませて一気にHPを削り切ろうとするとキュクロネーダが跳び上がって棍棒を叩きつけようとしてくる。それを見て距離を取るとすぐ目の前まで叩きつけられた衝撃波が広がる。

「フンッ」

その直後、攻撃直後とフレイルを振り回している間の隙を狙うようにディアの《弓張》が一弾目でキュクロネーダの甲殻を破壊して二段目の強攻撃が二体のコアを攻撃して怯ませる。

「スイッチ!」

ディアの声に反応して咄嗟にフェイタル・スラストで2体のコアに攻撃するとそれで残りHPは0。

赤黒い粒子になった2体のダーカーはシステムログにその痕跡を残して消える。

「ディア、フォローありがとね」

「こっちこそ、仕留めてくれて助かった。ソロで鍛えるのもいいが、こうして二人でやるのもたまには悪くないな」

ディアが朝の日課にしている狩りは散歩のようにぐるりと町や村を一周しながら通りがかりにいるモンスターを狩って調子を確かめる朝練のようなものだ。今日はノエルがいるので普段より戦闘の時間が短く、その分ノエルの指導をすることができた。

「たまには朝から体を動かすのも悪くないだろう」

「だけども、毎日これやるのはちょっと」

目覚めは良い方だが早起きが苦手なノエルは毎朝この時間に起きることを考えると少し気分が落ち込むが、普段より落ち着いてディアの動きを見たり戦闘を教えてもらえるのはいいかもしれないとたまにはとお茶を濁して答える。

「良い頃合いだし戻るとするか」

「戻ったら、とりあえずシャワー浴びよっと」

部屋に戻るとノエルは宣言通りにシャワーを浴びに行ったため、実質一人となったディアはコーヒーを淹れながらエルダーの緊急クエストを思い返していた。ファルス・アームと30分戦闘をした後に本体と連戦。巨大な本体との戦いはSAOでこれまで経験したものとは大きく勝手が違う上にそこから受ける威圧感や技の規模も桁が違う。

「一度、攻略会議を開いた方がいいか」

PSO2をプレイした人間が少数でも存在する以上、扉の開放ギミックと併せてこのフロアのボスに見当をつけているものも多いだろう。扉の開放を訪ねるついでに一度その可能性を話しておくべきか。

 




いつも読んでくださる方はお久しぶりです。
一気読みしたいただいた方は初めまして。

PSO2とMHWとアプデが重なっていますが少しずつ書いています。

いつも通り、感想・誤字脱字の報告在りましたらなんでもお待ちしております。


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第27話 対峙せし巨なる躯

前回の投稿から3か月ぶりの作者です。
またもや間隔があきましたが初めての方はようこそ、お久しぶりの方はお待たせしました。


第25層メインダンジョン最深部、無数の扉の先にひときわ巨大な扉の前でボス攻略に挑もうとする攻略組が集結した。

「みんな、覚悟しているとは思うがこのフロアのボスはこれまでとは次元が違う戦いになるはずだ。集めた情報によると相手は《ダークファルス・エルダー》、山のような巨体とそれに見合ったバカみたいな攻撃範囲・威力で俺たちを攻撃してくるはずだ。だけど、俺たちは勝って次のフロアに行くぞ!」

『おぉーーっ!』

ディアベルの簡単な演説があってフロアに突入する、攻略組にとって儀式のようなそれに異議を唱えるプレイヤーはいない。ギルド間で対立している《解放軍》もこればかりは最初のボス攻略を先導したディアベルへの敬意として賛意は見せないが邪魔することもない。

「さて、どうなるか」

「ディア君は今回のボス戦をどうなると読んでいるのかね?」

ディアの隣にいる《血盟騎士団》団長ヒースクリフが声をかけてくる。

今回はギルド同士の連合という形で同じ遊撃隊に分けられたため期せずして2つの新興ギルドが肩を並べることになった。今まで戦闘装備の彼を近くで見ることはなかったが、紅色の剣十字が描かれた盾と片手長剣、それに真紅のプレートメイルで武装した姿は壮年の彼に元から専用に用意されたのではという程似合っていた。

「本体もそうだがその前哨戦のファルス・アームでどれだけ消耗を抑えられるかだな。偵察隊がアタッカーの少ない構成とはいえ、それなりに手こずったと聞く」

ボスの偵察隊が交戦した際はどうにかファルスアームを倒してエルダーに突入したあたりで離脱したため本体の情報が不足しているが、そこはディアが補足している。

とはいえ人数が増えたことでHPが増えていればそれだけ面倒は増えるだろうし、エルダー本体の攻撃パターンが分からないままで多数のPSO2未経験プレイヤーがどこまで戦えるか不安がある、率直な意見を述べるとヒースクリフは少し驚いた表情を見せる。

「ほう、まるで実際に戦ったことのある自分は大丈夫というふうじゃないか。α版ではソコまで体験できたのかい?」

「いや、単に通常版で嫌という程戦っただけだ。一時期は2時間おきでエルダーの緊急が組まれていた時期もあるしパターンもほぼすべて経験済、それだけ戦えば慣れる」

適当にはぐらかして扉の開放に備えると、それ以上の追及はなかった。

そうしているうちにディアベルがボス部屋の扉を開き、全員がボス部屋に突入するがそこは全くの暗闇。これまでなら明かりが点いたはずの部屋は暗闇のまま全員を迎え入れると遥か上方に無数の赤い輝きが煌めく。それに気づいたディアがそれを見上げるとつられて周囲のプレイヤーも上を見る。

「エリス、そういえばこのダンジョンは1階しかなかったな」

「そうですけど、・・・・・・もしかして!?」

「その通りみたいだよ」

ノエルのその言葉通り、ディアの予感は当たってしまった。25層の地表から26層の底までつながるメインダンジョン、今ディアたちがいるのはその基部の入り口から真っ直ぐ進んだほぼ中心部で上に何があるかと言われればメインダンジョンの巨大な空間そのもの。第25層のボス、《ダークファルス・エルダー》はその空間に身を潜め、自身を楽しませる剣士たちを待ち構えていたのだ。

「フハハハハ、ここまで来たか。ならばまずは戯れよ、来たれ眷属!」

「経験値の塊だ、さっさと潰すぞ」

エルダーの召喚した2体のファルス・アーム、10mほどある岩石のような巨大な手を見てそう呟くは無理もない。ディアにとっては4体まとめて数分で片づけていた相手だ。事前情報ではここから増えても一部の技と電車ごっこで4体まで、さすがに気を抜いて相手はできないがHPバーも2段で緊張するほどの相手ではない

「戦闘開始!」

一方、ほぼ初対面のSAOプレイヤーたちはそのサイズと数に緊張の面持ちでディアベルの号令で事前に打ち合わせた通り二手に分かれ、AGI型プレイヤーが後方のコアを攻撃してダメージを稼ぎつつ他は指を破壊して動きを止めるよう攻撃を始める。

効率を考えるならコアだけ狙うのが一番楽だが動き回る複数の相手を常に意識しながら後方に回り込んで戦うのは難しい、ということで折衷案的なこの作戦が選ばれた。

「ん、後ろから来るか」

短く甲高い音と振動を感じて呟くように言ったディアの声を聴いた旅団メンバーはすぐに散開する。ほかのプレイヤーたちもその音源を見て何度も手のひらを地面に叩きつけるように進んでくるファルス・アームを躱すと、背後のコアがガラ空きになったところへ攻撃を集中する。

「HPが共通なのは変わらないようだし、殴れるところを殴った方がやはり早いな」

「それが出来るのは何度も戦ってるディアだけだろ」

いつの間にか隣で剣を振るっていたキリトから鋭い突っ込みがある。

そうかもしれん、とだけ返しながら攻撃を続けるとファルスアームはその場で旋回して此方を向き、同時に他のプレイヤーがもう一体のほうが迫ってくると声を上げ、ほとんどのプレイヤーがファルスアームに前後を挟まれた格好になる。

「全員その場から離れろ、挟まれるのは避けるんだ!」

ディアベルの言に従って殆どが散開する中何人かは後方へと回って攻撃を仕掛けようとするが、ファルスアームはそれを無視してフィールド中心付近で互いに掴み合うと上方へと消える。

「どう来るか……」

ちょうどHPも残り1段、パターン変化は数の増加だが初手がどう来るかは読めない。

偵察隊は上空から降ってくるパターンを見ているが、その他にも4体の合体技は直列状態でフィールドを走り回るのがある。今回はどう来るか……。

「前回と同じか!」

上空から降ってくる4つの影の下から逃れるよう全員がフィールドを動き回るが、落下速度が速い上に緩い追尾が掛かっているため何人かの重装備プレイヤーはギリギリまで逃げたところでガードの姿勢を取る。

「ぬおっ!」

直撃は避けられたものの、何人かが大型盾で防御した上からノックバックを受けているのが分かる。致命傷になるほどではないが、しばらくタンク隊は動けないと見た方がいいか。

「ダメージを受けた皆はすぐに回復を、ここから先はAからD隊で各自隊長の指示に従ってくれ!」

『了解!』

ディアベルの指揮で攻略組は即座にA隊《聖竜連合》、B隊《解放軍》、C隊《星辿旅団・風林火山連合》、D隊《血盟騎士団・小規模ギルド・ソロ連合》の4つの隊に分かれる。

A・B隊は抱える人材の数と相互の関係から自然と決まり、C・D隊は指揮能力の高い副団長を抱える2ギルドを中核にいくつかのギルドとソロプレイヤーたちで組まれている。

「タンク隊は回復を優先、アタッカーはディアさんに続いてください!」

エリスは自身で凡その指示を出しながら最前線を慣れたディアに任せる。

「ノエル、ルチア、エージは俺と一緒に背面のコアを叩け。クライン、シャサールとアネットを預けるから向かって一番右の指を狙ってくれ、ゴトーは援護を頼む」

「よっしゃ! 行くぜ、クラインさん!」

「野郎ども、ココで活躍しねぇと男が廃るぞ!」

『応っ!』

動き回るコアに付いて行くAGIを考えればシャサールもこちらに回したいが、他3体に目を配る見張り役もかねてアネット・エリスと併せて指を任せる。エージとゴトーは今回の攻略戦で初めて顔を合わせた俺と同年代か少し上のプレイヤーでエージは爪付き手甲と片手剣、ゴトーは片手剣主体に様々な補助武器とあまり見ない組み合わせだが、現実で戦闘経験があるのかかなり板についた戦い方を見せる。

「ふんっ!」

「いよっと!」

動きに付いて行くため弧月やスラストなど単発の隙が少ないソードスキルで攻撃を仕掛け、周囲から来る他のファルスアームを見張り役が知らせて回避。重装備プレイヤーの多い《解放軍》のB隊は追いかけっこで忙しいようだが他3隊が相次いで指を破壊してダウンを取るとそのまま一気の残りHPを削り、B隊が部位破壊を達成する前にファルスアームは撃破された。

「思ったよりも苦戦はしませんでしたね」

「それでもここから二戦目に突入です。回復をしっかりして、可能なかぎり態勢を整えましょう」

ルチアとエリスがそんな会話をしてポーションを飲み干すと、エルダーは身体をプレイヤーたちがいるステージに近づけその巨体を見せつける。

「ゴトーさん、デカいですね」

「エージ、そんな暢気なこと言ってる場合か」

このサイズの相手に慣れているディアは何の感慨もないが、多くのプレイヤーたちは目測で15m近いその姿に差はあれど圧倒されていた。

「我が眷属を打ち破るとは面白いぞ剣士たち。ならば始めようぞ!」

その言葉と共に背後から向こうよりも2本少ない左右3本ずつ、計6本の腕を現出させるとうち2本を腹に当たる部分の巨大なコアの前で組むと初めてエネミー名とHPバーが表示される。

《The Dark Falz Elder》、直球そのままのネーミングだがHPバーは3段、目安としては腕四本分で1段に少し足りない程度といったところか。

 




アーム戦終了、後半のエルダー戦が始まります。
タイミングよくエルダーUHが増えた時期だったので書きやすいなーと。

ご意見・誤字脱字在りましたら感想からどうぞ~


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