比企谷家のペットな居候 (心折)
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番外編 こたつの周りにはやはり人が集まる

メリクリ!ということで番外編。

受験が迫る。

でも書く。

久しぶりの投稿で誤字や文のおかしさがあるかもしれませんが、それはご愛嬌。でも出来れば報告ください(切実)

それでは宜しくお願いします。あ、題名には意味はなく。


クリスマス。

 

 

それは世の中を活気づける盛大なイベントである。

 

一歩外に踏み出せば、凍てつくような空気。しかしそれをものともせず、イルミネーションで彩られた街道を練り歩く人々。

 

家族と、友達と、恋人と、各々身近で親しい相手と共に過ごし、楽しかった記憶として新たに刻み込む。そんなリア充たちにとっての祭り。それがクリスマスというものである。

 

元来、キリストの降誕を祝う為の催しだったものが、今ではこのような黄色い声の飛び交うイベント事になってしまっている。イエスさんもビックリだね。

 

そんな真冬の厳しい寒気と相反してどこを歩いても火照ってしまうような街道をポケットに手を入れて俯きながら歩く。

 

うっすら雪の積もったベンチで、どこぞのサーティでワンなアイスクリームを女子たちが丸いテーブルをかこみながら食べ合っている光景を見て、体の芯から凍えそうになった。冬の方がアイスクリームの売り上げが高いってのはマジなのか…?

 

 

「ふぅ…」

 

 

マフラーを口元まであげて覆っても、隙間から息が白く漏れ出た。

何にせよ、俺は課せられた(無理矢理)任務を遂行するだけだ。

 

 

☆★☆★☆

 

 

 

クリスマス。

 

 

降る雪がぶつかる音が聞こえそうなほど、家の中は静まり返り、時間が止まったような感覚になる。

 

カーテンの隙間から外を覗くと、案の定雪がしんしんと降っていた。ガラスに映った自分の顔に溜息をするように息を吹きかけて白く曇らせる。

指を滑らせて星を一筆書きで描いて並べていると、チリン、と部屋のドア辺りから鈴の音が鳴った。

 

 

「なーご」

 

 

ぬぼーっとした表情で、のそのそゆっくりした足運びでベッドに登ってきて、私の太ももの上で丸くなった。

 

指先でふてぶてしい猫の柔らかいほっぺたをつつきながら、課せられた仕事について思いを馳せる。

 

 

「…働きたくないでござる」

 

 

どうやら自分は一緒にいすぎて伝染してしまったようだ。

 

自然と口元が緩み、少しだけ幸福感に包まれた。

 

でも、彼は既に任務に着手している。あの人が動くなら私も動かないとね。

 

軽く爪を立ててささやかな抵抗をしてくるカマクラを横に下ろして、作業に取り掛かる。

 

 

★☆★☆★

 

 

クリスマスは意外にもファストフード店が混雑する。並んでいる間退屈なのでケータイを弄っているのだが、既に並び始めて15分経とうとしている。別に予定が詰まってるわけじゃな…無理矢理詰められたんでしたわ。

でもまぁそんな急ぎの話じゃなさそうだったし、問題ないと思うけど。

 

店の奥から香ばしいチキンが揚がっている匂いがする。嗅いでいるだけで腹が減ってくる。

 

 

「あれ?八幡?」

 

 

ふと、近くで小鳥のさえずりが聞こえた────。

 

 

☆★☆

 

 

ピクリと、繁華街の方向からよろしくない信号を察知した──気がする。

 

 

「まぁいいか……」

 

 

リビングのテーブルで、チョキチョキと色紙を短冊状に切り刻み、輪っかを作ってノリで端をくっつける、そんな作業。さっきから黙々とやっていたせいか、軽く3メートル程の長さまでになっていた。

 

 

「…長過ぎた?」

 

 

最悪どこかでちぎれば問題ないだろうとたかをくくって2本目に移る。

しかし若干足元が冷えてきた。暖房は着いているが、足元の底冷えは避けられないようだ。

横目で見ると、全ての人間を虜にすると言われるコタツが陣取っている。

 

 

「少しなら…大丈夫っ」

 

 

─ 30分後 ─

 

 

「ん…」

 

 

まぁ、結構作ったし、もういいかな…。

 

というか、もうダメぽ…。

 

 

☆★☆

 

 

「やっぱり!」

 

 

嬉しそうにはにかむ癒しの天使。この長い待ち時間に若干イライラしていたのも忘れてしまった。

何だろうねこの感じ。

 

 

「おお、戸塚は何してんだ?」

 

「僕?ええっとね…晩御飯の調達に来たんだけど、人がいっぱいでね、諦めようかと思ったんだけど八幡がいたから声かけてみたってわけ」

 

 

たははと、若干火照って赤くなった頬に、俺の平静を装った返しはむしろ俺を内心悶えさせるものになった。やだ、何この感覚。

 

しかしまぁ、戸塚の判断は十分正しいと思う。俺だってあの厄介な指令さえなければ99%帰るし。残りの1%は今のこの状況。

 

 

「あー、確かに多いもんな。俺はそれでも並ばねばなんだけど。はぁ…しんどい…」

 

 

心の底からため息がこぼれそうになる。そんな陰鬱な雰囲気を察したのか、戸塚は苦笑いを浮かべながらおずおずと口を開いた。

 

 

「どうかしたの?」

 

「何かクリスマスパーティーをするんだってよ」

 

 

そう、この指令即ち小町の命令はクリスマスパーティーを盛り上げるためのものだったりする。

実際は家でゴロゴロしていたら、何故か家にいた、掃除機を引きずった小町に心底うんざりした顔で出された指令だった。まぁそのへんから察するに、ウザくて俺を外に追放したかっただけなのかもしれないが。

 

 

「そうなんだ…いいなぁ」

 

 

そう言っておもちゃを取られた子供のような表情を浮かべる。

 

 

……

 

 

…もう誘うよ?

 

 

いいよね?

 

 

ね?

 

 

あ、でも流石に小町には言わないといけねぇかなぁ……

まぁいいだろ。二兎を追う者は一兎をも得ずってな。

 

 

「な、なら参加するか?多分大丈夫だと思うが」

 

「いいの?!」

 

「おう、歓迎するぞ」

 

 

特に俺が。

小町も流石に家に戸塚が訪れても嫌な顔はしないだろう。……あれ?じゃあ今日の夜は天使が揃うってことか?やっべえ超楽しみ。

 

 

「やったぁ…」

 

 

守りたい、この笑顔

 

 

 

「はちまぁぁぁぁん!!」

 

 

ノイズが聞こえた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

心地よい微睡みの中、ピクンと身体が跳ねた。いわゆる寝ビクだ。おかげでこたつの上に置いてあった飾りを床に薙ぎ払ってしまった。

 

まだ微睡みから抜けない意識をあつめて床に散らかった飾りを拾う。

すると、誰もいないはずのキッチンからいい匂いがしてきた。その匂いの元につられるように目を擦りながらキッチンを覗いてみる。

 

 

「おやおや?匂いで妖精さんが釣れましたなぁ…へへ」

 

 

と、背後から今では聞きなれた声がした。

 

 

「小町…?」

 

「はーい!そうでございます!おはようございますましろさん!」

 

「小町、元気だね…」

 

「そうですかねー?まぁパーティーなんですから、これくらいテンション上げてかないと!」

 

「小町…」

 

「はい!なんでしょー?」

 

「うるさい…」

 

「辛辣っ!」

 

 

わたしゃそんな言葉遣いを教えた覚えはございませんよ…よよよとその場で崩れ落ちる小町を尻目に流してまだ静かなリビングを見渡す。だが、私の入っていたこたつ布団がめくれ上がってるくらいしか変わりはない。

 

 

 

 

「もうすぐで帰ってくるみたいですよ?」

 

「っ!」

 

 

 

急に耳元で囁かれ、耳元をおさえながら後ずさる。

 

 

「な、何が…」

 

「おやおや?今になって照れてるんですー?可愛いですなぁましろさんは…ふふふ」

 

 

不気味。小町の後ろには何も無いはずなのに、何か黒いものが見える。

 

 

「愛しの殿方はもう少しで帰ってくるとのことですよ?」

 

「…」

 

 

徐々に熱くなってくる頬を隠すように回れ右して元いた場所に戻る。

 

 

「ああっ!ましろさん!無視だけはダメですよ!」

 

「…」

 

「ごめんなさい!謝りますから機嫌直してくださいよぉ!」

 

 

知らない。

 

 

★★★

 

 

『我ら孤高のレジスタンス!皆の者!クリスマスという下らない催しにうつつを抜かすカップル共に制裁を下そうぞ!』

 

 

やっとけと一蹴して注文をする。パーティーセットがあったので、適当にそれを選ぶが、かなりの美人な店員さんがにこやかに『お隣で10分程お待ち下さい』と返してきたので、『あ、は、はい』としどろもどろになった。どこまでもコミュ障をこじらせてんな、俺。

 

そしてそのまま商品を受け取って戸塚と共に家に向かおうと歩き続けているのだが、それこそ子供がおもちゃを取られたような表情で奴が後ろをつけてくるのである。

 

戸塚もそれに気づいているのか、ちらちらと俺の方に視線を送ってくる。もっとお願いします。

 

 

「はぁ…」

 

「…ふふ」

 

 

溜息をついただけなのに微笑まれた。なんで?

 

 

「どした?」

 

「ふふ、だって材木座くんを呼んであげるつもりでしょ?やっぱり優しいなーってね」

 

「…いや、別にそういうやつじゃないんだけど」

 

「でも呼ぶんでしょ?」

 

「う…」

 

 

あれ?戸塚ってこんなに鋭い子でしたっけ?何だか瞬間的ににこやかなマスクを被ったやべぇ奴が俺の腹の中まさぐってる感覚に陥ったんですけど。戸塚に限ってそれはないと分かってるんだけどね?

 

徐に立ち止まると、何もかもわかったような表情で戸塚も足を止める。

 

 

「…ソコの不審者」

 

「びくぅっ!わ、わわわ我のことを言っておるのかそれは!?」

 

「うちでパーティーするんだと。来るか?」

 

 

すると、待ってましたと言わんばかりの満天の笑顔を浮かべる。が、その表情を無理矢理抑え込み、得意げな顔を浮かべた。

 

 

「ふふん!どうしてもというのであればついて行ってやらんでもないぞ!」

 

「じゃあ来んな。以上」

 

「わあああ!ごめん!ごめんなさい!一生ついて行きます!」

 

 

随分と滑稽な姿である。

 

 

「あら、比企谷き…くん」

 

「ヒッキーじゃん!どしたのこんなとこで?!彩ちゃんも!」

 

 

突如、俺の中での厄介者リストに入っている2名が現れた。

なんという…なんというタイミングなんだろうか。10分前くらいの自分に忠告してやりたい。

お前、そこからが茨の道だぞと。

 

 

「おい、無理に寄せないでくれはる?あと由比ヶ浜、お前のその一言で1名三途の川に飛び込んだ奴がいるんだけど」

 

 

しれっと亡きものにされた材木座は今頃川を犬かきでもしてるのだろう。

 

これからの出来事なんて、楽勝で想像できる。

 

すまんな小町。もう俺ァ無理だわ。

 

 

*****

 

 

腰にまとわりついてくる小町を引き離しながら、特に面白くもないテレビ番組をぽけーっと見ていると、玄関あたりで靴音がした。……多数。

 

小町も流石に察したのか、目は泳ぎ、口元はひくついている。

 

 

「ましろさーん…これからもっと騒がしくなるよ…」

 

「…そうみたいね」

 

 

私たちは覚悟を決めた。

 

 

 

*★*

 

 

 

いや、いやいやいや。まさか。お兄ちゃんが?知り合いを連れてくるなんて、誰が予想できようか、いやできない!私には収集つけようがない。

 

 

「じゃあお兄ちゃん。私はこれで帰るからね!後片付けよろしくぅ!」

 

「おいこらまて」

 

「だって!こんなの聞いてないよ!こんなにお嫁さん候補ゲフンゲフン知り合い連れてきてさ!私には対応しきれない!」

 

「いや、マジで頼む。一応君が主催者だからね?お、俺もこのパーティを盛り上げようと思っ」

 

「お兄ちゃんに限ってそれはないでしょ」

 

「うぐ…」

 

 

そうやってリビングの外、廊下で誰にも聞こえないようにひそひそと、それでいて強調するところはしっかりとするという、器用な会話が成り立っていた。

 

私は……あそこに入ったら……

 

 

 

 

…………尊みで死んじゃう。

 

 

あんな美女軍(2名)プラス我らが誇る姫様を一緒の空間に詰め込んだ天上の箱庭に私が息をし続けられるだろうか、いやできない。

 

しかし、怖いもの見たさというのか、もしくはただ単なる欲望か。そこにいたいという思いが無いわけじゃない。

 

てか居たい。

 

 

「…じゃあ私はキッチンから出ないから。それなら妥協できる」

 

「なんで上からなんだよ…」

 

「確かにパーティーを提案したのは私だけど!この状況にしたのはお兄ちゃんだかんね!」

 

「くっ…」

 

 

さらなる尊みを感じるため、私は高みの見物という方法をとらせてもらうことにする。

 

 

***

 

 

「…いつもあなたたちはそんなに寄り添っているのかしら」

 

 

そんなふうに冷ややかな目で問いかけてくる氷の女王もとい雪ノ下さん。

 

 

「いや、そんなことは無いんだがな…やたら今日は近い」

 

「どうしてそんな慣れた様子なのかしら」

 

 

そりゃね。自由気ままな猫のごとく引っ付いてきたらね、慣れるよね。最初は俺の方も結構渋ったんだが、こいつのしつこさの方が戦闘力が上回ってたらしい。

まぁ雪ノ下の前では口が裂けても言えない。下手すりゃテーブルの上に、『変な事したら通報するよ?』と言わんばかりに置かれたスマホで社会的に潰されるかもしれない。

 

 

「ま、まぁまぁいいじゃん!今日はクリスマス!そしてパーティー!小さいことは気にしないの!」

 

「私は別に気にはしてないのだけれど…」

 

「……む」

 

 

何故か更に近づいてきたんですが。てか、あの二人を見る目がヤバい。仔犬が威嚇している時くらい。何このかわいい生き物。

 

 

「ほらほら食べよう?このチキン美味しそうだよ!」

 

「俺と戸塚が買ってきたんだがな」

 

「僕は並んだって言うのかな?」

 

「まぁ一応一緒に並んでたんだし、いいんじゃねえの?」

 

 

並んだことにしよう?そうすれば灰色の記憶に彩りが加わって映えるから。彩加だけに。

 

 

「…あ、ほらケーキも!」

 

「私が作ったものだけれど」

 

 

クオリティ高ぇ。職人さんでしょうか。

 

 

「こ、この飾り綺麗!ヒッキーがやったの?」

 

「…私」

 

 

どうしよう。だんだん由比ヶ浜の首がしまっていっている気がする。というか自分で絞めてる。言葉で首吊りとはなかなか器用なことをするもんだ。

 

 

「……くぅっ」

 

「八幡、我お腹すいたからもう食って良い?」

 

 

ここで思いもよらないところからのフォローが飛んでくる。

 

材木座だ。

 

材木座である。

 

 

「中二…居たんだ…」

 

 

まさかの救いの手を切り落としていくスタイル。これで結末が確定してしまったのは言うまでもない。そして膝から崩れ落ちる材木座。確かに空気だったけども。確かに気付かれないというのは辛いよな。

 

 

「まあいいや、もう食べよう!ね?」

 

 

よく考えたら、彼女が何かしら作ってきてた時点で、このクリスマスパーティーは崩壊していただろう。あのダークマターをこんな楽しむべき催しに持参されたら困る。

じゃあ由比ヶ浜が何も持ってこなかったというのはある意味ファインプレー。誉められるべきなのだ。

 

 

「由比ヶ浜さん、あなたは持ってこなくて良かったのよ。寧ろそれは称えられるべきことだわ」

 

「それってどういう意味!?」

 

 

雪ノ下も同じ考えだったようで。とにもかくにも、もうこうなってしまったからには引き返すことはできない。隣に座っている椎名は、すでに我関せずといった風に黙々とフライドチキンをかじっている。最早このマイペースさに畏怖すら感じてきた。

 

 

「…だからもうちょっとうまいこと食えんのか?」

 

「む?…ん」

 

 

何も考えずにかじりついていたため、口元を油で汚してしまっている。

ため息をつきながら付属のナフキンで拭ってやる。

 

 

「ったくよ…」

 

「ほんとにペットみたい…」

 

「みたいじゃなくて本当にそうなのよ」

 

 

ちょっとー?聖夜に核兵器投下するのやめてくれはる?もう何か冷気が凄い。特に雪ノ下の方向からの冷気が凄い。窓開けっぱなしだったかな?

そんなわけはなく。

徐々に彼女の手が例のケータイに伸びていっている。まぁ本気ですることはないと思うけど。誤解だけは解いておかなくては。…本気でやらないよね?

 

 

「んな訳ないだろ。ちょっと常識を知らなすぎるから暴走しないように面倒を見てるだけだっての」

 

「それって飼い主みたいなもんじゃ…」

 

 

変なところだけ理解するんじゃないよアホの子。

 

 

「何かけなされた気がする!」

 

「ま、まあ食べようよ。ご馳走も冷めるともったいないし!ね?」

 

「そうだな」

 

「そうね」

 

「ブヒ…」

 

「…あ、先にいただいてまふ」

 

 

外は凍てつくような空気ではあるが、今日の我が家は随分と暖かく感じる。

賑やかなようで落ち着いたこのパーティは存外、楽しめそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

30分後、キッチンにて幸せそうに気を失っている小町が発見された。何故だ。

 

 




パルクリ!

遅くなって申し訳ないです。久々の投稿楽しかったです。

次の投稿は受験が終わり次第。はてさて次の投稿はあるのか?

ではでは、お読みいただき有難うございました!


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本編 邂逅

思い付きで書きました。

続けたいとは思いますが...(苦笑)


──昔、約束をした。どんな、と聞かれると、返答に困る。少し、というかかなり、恥ずかしい約束をした。

 

 

──また会おうね…?

 

 

あの滅多に表情を変えなかった彼女が、あれほどまで辛く、悲しそうな表情をしたんだ。…忘れられるはずもない。

 

 

 

 

 

ゆっくりと覚醒していく意識に、また朝が来た、と煩わしくも自己主張してくる朝日が相まって、重い瞼を開ける。

それでも、布団が離してくれない。俺は悪くない。布団が悪い。だから、もう少し寝させてくれ、小町…。

 

いつも文句を零しながらもなんやかんやで起こしてくれる小町に、今日の始まりのスイッチを入れてもらおうと、半ば覚醒した状態で小町の突入を待つ。

しかし、布団の中で待てども待てども、小町はやって来ない。

 

「ああ...今はもういないんだったか...」

 

昨日、両親が離婚した。理由なんてありきたりなもので、性格が合わないだの、意見が合わないだのと、そんなものだ。

まぁそれによって、小町が母親に連れていかれ、俺は親父に引き取られたと言うわけだ。

小町たちは隣町のマンションで住んでいるらしい。小町が翳りのある顔で、

 

「また会おうね?」

 

なんて言ってたので、近々遊びに行こうと思う。正確には今日。

 

しかし、無駄に待っていたために、遅刻ギリギリである。別に皆勤が残っているわけでもない。遅刻すると分かればのんびり行ってもいいのだが、この不気味なまでに静かな家から早く出たいとも思えるので、さっさと登校することにした。

 

「朝飯は、抜くか...」

 

取り敢えず冷蔵庫に残っていたペットボトルのコーヒーをグラスにコポコポと入れ、徐ろに喉に流し込む。舌に残った苦味が、まだハッキリしていなかった意識を明瞭にした。

しかしまぁ...

 

「苦ぇ。ったく、あの社畜は...人生だけじゃ飽き足らず、コーヒーまで苦くしてやがる」

 

思ってもないことを独りごち、そんな自分に自分で苦笑する。

すると、テーブルの上に写真が置いてあった。どうやら女の子の写真の様だ。

 

(あの親父...小町から幼女にタゲ変更したのか?やめてくれよ?流石に擁護できねえから)

 

と、その写真の隣にノートを乱雑に破りとった様な紙があり、そこに見慣れなければ読めたものじゃない暗号、もとい文字の羅列があった。

 

『???が、???て、???することになったから、そこんとこよろしく。??時??分に??駅に待ち合わせになってるから、迎えに行ってやってくれ』

 

──無言でそのメモを真っ二つに破ってやった。

 

 

 

───────────────────

 

 

「おはよう!八幡!」

 

「おはよう!戸塚!」

 

 

ああ、ここにもいるじゃないか。俺のスイッチを入れてくれる天使が...!

 

 

「ねぇ八幡、今日転校生が来るって知ってた?」

 

「え、そうなの?知らねえわ」

 

「あはは...結構クラスで噂なんだけどね...」

 

 

その噂が俺の耳に入って来ないってことは、俺が難聴系主人公になったからかな?...違うか?違うな...。

 

 

「そーそー!女の子らしいよー!楽しみだよねー!」

 

「ぐおっ...由比ヶ浜、耳元で騒ぐなよ...」

 

「あれ?あっはは、ゴメーン」

 

 

女の子ならもっとお淑やかにしてもらえませんかね。文の最後に全部『!』つけてんじゃねーよ。

 

 

「あ、じゃあそろそろ予鈴鳴っちゃうから、また後でね」

 

「おう」

 

「私もー!」

 

「ん」

「なんか私だけ対応が冷たい気がする...」

 

 

俺は難聴系主人公じゃない。だからそのつぶやきも聞こえている。...その気は当たっているよ(ゲス顔)。

 

 

 

*****

 

 

まだ、やって来ない。例の転校生だが、まだ学校に着いていないらしい。それで平塚先生が保護者に電話をしたり、他の先生達と連絡し合ったりしている。...だが、まだ動向が掴めていないらしい。なんか、動向って言うと警察みたいだな。

 

 

「おい、あれパトカーじゃねえの?」

 

 

と、なんともタイムリーな単語が聞こえる。パトカーなんてどこでも走ってるでしょ。と、1人嘆息しながら、頬杖をつく。

 

 

「あれが、転校生か...?」

 

 

ふむ、どうやらパトカーから転校生が降りてきたらしい。なるほどそれは確かにおかしな話だな。しかし懐かしい。昔、アイツもよく警察にお世話になったものだ。...悪い意味じゃないよ?いや悪いのか...?

 

 

「「「「うおおおおおおおおお!!!」」」」

 

 

外のパトカーを眺めていた野郎共が突如として叫び声を上げた。それにつられて何人かがまた様子を見に行き、同様に叫んだ。

...何があった?と、流石に気になってきた。

 

 

「はい、お前等席につく!やっと転校生が来たようだから座って待ってろ!これ以上私に面倒を押し付けるな!」

 

 

先生が涙目です。

 

 

 

───転校生がやって来て30分。未だに現れない。

さっき平塚先生がダッシュで教室を飛び出していきました。

この時間が数学だったらどれ程良かったことか。だが生憎現国の時間で、平塚先生の授業だった。だが、担任でもあるということで、転校生が来ないと授業を進められない。よって、先生は降って湧いた新たな面倒事にまた走らないといけないということだ。南無。

 

 

*****

 

「ぜっ、はぁ、っ、はぁ、はぁー」

 

 

転校生を探すこと15分。授業残り時間5分。平塚先生、お疲れ様です。

 

何はともあれ、転校生が見つかり、先生が転校生について大まかに説明している。特に興味もなく、聞き流していたのだが、帰国子女、という単語が耳についた。

 

 

「それでは入ってくれたまえ、転校生」

 

 

入って来たのは、白い少女。その朱に染まった瞳は()()()()()どこを見ているのか分からない。見間違えなんてしない。彼女は、

 

 

「椎名ましろです」

 

 

...変わらないな。お前は。

 

 

「「「「美少女来たぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」

 

 

なるほど。さっきの騒ぎはコイツが原因か。

しかしまぁ、成長したもんだ。あの頃はもっと小さく、幼い顔をしていたのに、身長も伸びて、顔立ちも...変わらないな。まだ幼い感じがする。それが何故か俺を安心させる。

人は簡単には変われないと自分で豪語してきたのに、この瞬間で俺は彼女があまり変わってないことに安心している。皮肉なもんだ。まさか、椎名が変わっていたら、と考えるだけでソワソワしてしまう。

そんな椎名が、爆弾を落としてきた。

 

 

「比企谷八幡って、このクラスにいる...?」

 

 

突如としてざわつくクラス。俺も内心冷や汗かきまくりで、正直、今の自分を見られるのが、何となく、嫌だ。もしも、知らないうちに俺自身変わってしまっていて、彼女に、彼女の期待に答えられなければ、と思うと、恐ろしくて仕方ない。

 

クラスのヤツらは俺に気づいていない。戸塚や由比ヶ浜辺りは気付くかもしれないが、あの2人は空気が読める奴らだ。どこか察してくれるだろう。

 

そういう訳で、机に突っ伏して寝た振りを決め込むことにした。

 

 

「...見つけた」

 

 

そう、耳元で囁かれた。その声は、どこか嬉しそうで、先程のような淡々と告げられた自己紹介よりも温度があるように感じられた。

 

 

────ひし、と。

 

 

バレたと思ったその瞬間。横から何かに包まれた。抱き着かれた、と言えば正解なんだろう。

 

 

「やっと、見つけた」

 

 

横を見れば、頬を僅かに朱に染めて、ほんの少し、見慣れていないとわからないくらい、口角を上げて微笑んでいた。

 

クラスの連中の喧騒すら聞こえない程、俺はその懐かしい顔と表情に目が離せなかった。

 

 

「久しぶり」

 

「おう」

 

 

たったこれだけ。それでも俺達には充分なんだ。元々よく話すことは無かったし、その分、その瞬間、1分1秒が尊く感じられるから。

きっと、椎名はそんな難しく考えてはいない。でも、こんな表情をしてくれているだけで、俺には充分だ。

 

 

1限目の終了のチャイムが鳴り、椎名はクラスの連中に連れていかれた。

 

...変わってないとは言え、自分のことに関しては何も出来なかったアイツには、流石に服を着る、顔を洗う、歯を磨く、くらいはできるようになっていて欲しいが。

 

 

 

椎名は質問責めをされている途中、寝落ちしたらしい。

 

 

 

 




少しでも楽しんでいただけたら幸いです。


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昼休み

お気に入り登録ありがとうございます。

拙作ですが、まだまだ頑張ります。

糖分レベル ★★★☆☆


 

あの後、戸塚からの追求を身を削る思いで躱し、何故か戸塚以上に追求してくる由比ヶ浜を軽くいなして、椎名との関係を伏せた。

...だって俺もよく分かってねえもん。

 

そしてクラスの連中からのウジ虫を見るような目にも耐え、昼休みのチャイムが鳴るが早いかという速さで教室から逃亡した。4時限目から由比ヶ浜がやたらと見てきたのが怖かった。目のハイライト消えてるんだぞ?怖いっての。

 

そして安定して安全なベストプレイスにやって来た。今日はたまたま買い置きのパンが家にあったので、それを持って来た。(余談だが、その選択が功を奏し、購買で張り込んでいた由比ヶ浜に見つからなかったのはホントに助かった。)

 

 

「はぁ、まさかあそこまで荒れるとはな」

 

「皆私に聞いてきたわ、どんな関係なのかって」

 

「ほー、そりゃ災難だったな」

 

「だから言ってやったわ。八幡は私のご主人だって」

 

「は?...てか、なんでここにいる!?」

 

 

椎名がサラリととんでもないことをのたまったことをさっきの騒動と照らし合わす。そうすると、あのウジ虫を見るような目の理由がわかった気がする。

 

 

「八幡がここにいたから」

 

「いや、うん。待って?俺が椎名のご主人?」

 

「名前...」

 

 

小さな声で呟いた言葉は、俺を羞恥に染めるには事足りるであろう威力だった。てか、話のキャッチボールしてくれませんかね。

 

 

「名前って...」

 

「2人の時は名前で呼んでって言った。約束、した...」

 

「ぐっ...」

 

 

こいつの記憶力を舐めちゃいけない。こんな風に、ざっと10年前の事でさえ鮮明に覚えている。昔もこの記憶力に舌を巻いた。国語の教科書忘れたのか?って聞いたら、覚えてきた。なんて答えることもあった。あの時はホントに目が点になった。

そんなに天才なのに、自分の身の回りのことはさっぱり出来ないときた。

脱線しかけたが、椎名は今になって昔の約束をこのタイミングで再確認してきたのだ。

...いや、呼ぶのはいいんだよ?でも流石にこれだけ時間が経ってしまうと、恥ずかしいというか、恥ずかしい。...一緒だな。

 

 

「...八幡?」

 

 

この遠慮がちに、綺麗に整った眉を緩やかな『ハ』にするところが卑怯だ。でも、懐かしく感じる。その揺れる朱色の瞳もまた、懐かしい。でもやっぱり、卑怯だ。

 

 

「まし『くぅ』...」

 

「...お腹、空いたわ」

 

 

...こいつっ...

 

 

*****

 

 

で、まさかのまし...椎名さんお昼ご飯忘れる問題発生。侮ることなかれ、このときは絶対に椎名から目を離してはいけない。何故かって?...店の物でもお構い無しに食べ出すからだよ。コンビニでバームクーヘンを勝手に開けて食べたり、金もないのにクレープ注文して、俺が謝って出来上がったクレープを返品させてもらったり...。

で、結局出来るのは俺のパンを分けてやること。俺も椎名もあまり食べる方ではないので、充分足りるだろうと、一つ椎名に分けてやると、

 

 

「八幡が食べてるのがいい」

 

 

なんて言うので、俺が口をつけたところをちぎって、残りを差し出したら、

 

 

「あー...」

 

 

口を小さく開けて、待機しているのだから困ってしまう。...ここは外だ。誰かに見られる可能性が0では無い。出来ればこういった行為は避けたいのだが...

 

 

「流石に、な?」

 

「昔はしてくれたのに...」

 

「ぐっ...」

 

 

こうやって、無意識に過去の記憶を盾にして強請ってくるのだ。無意識って怖い。そしてタチ悪い。

 

 

「はぁ、わかったよ」

 

 

と、ため息一つ、周囲をくまなく警戒して、パンを口に運んでやろうと────

 

 

「こら」

 

「?」

 

 

コクコクと両手でマッ缶を飲みながら器用に首を傾げる椎名の姿があった。しかも開封済み。つまり俺の飲みかけ。ホントにこいつは...

 

 

「それ、もう俺が飲めないじゃん」

 

「?飲んでいいわ」

 

「そういう問題じゃない。...ほれ」

 

 

徐ろにパンを差し出す。只のメロンパンだから問題ないだろう。

椎名は頬の横に垂れてきた髪を耳にかけて、小さな口を開けてパクリと食いついた。...俺の指ごと。

 

 

「な!?」

 

「ん、んぅ」

 

「こ、こらやめろっ!」

 

「んちゅ...」

 

「おいおいおいおい」

 

 

背筋がゾワゾワするっ...!と言うか、もうパンじゃなくて俺の人差し指をねぶってるだけなんですけど...!!?

しかも一向に止める気配がない!かと言って無理矢理引き抜けば、椎名の口内を傷付けかねない。

 

 

「んちゅー」

 

「なに呆けた声出してやがるっ、椎名!いい加減に...」

 

「んむ」

 

「ひぃっ」

 

 

甘噛みしてきやがったぁ...!喉元が熱い...。背筋がゾワゾワするし...

 

 

「ま、ましろ...ストップ...」

 

「ぷは」

 

 

やっと解放された...。この指どうしたらいいの?拭けばいいの?でも何か本人の前で拭くってのもどうかと思うしな...てか、俺悪くないじゃん。何で俺が気を遣う必要がある?

そう開き直って、制服に擦りつけた。...一応見られないように。

 

 

「やっと呼んでくれたわ」

 

「呼んでくれって言ってくれりゃ呼んだわ」

 

「さっきは呼ばなかったのに」

 

「時と場合によるんだよ」

 

「じゃあ今」

 

「駄目だ」

 

「じゃあまた指舐めるわ」

 

「やめて」

 

 

やっぱり意図的にやってきてた。ましろん、恐ろしい子...!

まぁその話は置いといて、やっと昼飯にありつける。なんだかんだでまだ口につけれてないんだよな。

と、弱い風が吹いて、砂を巻き上げた。片手でパンに砂がつかないように庇って、もう片方の手で顔に飛んでくる砂を防ぐ。

その時に見えた腕時計には1時を示す短針があった。

 

 

「まじですか」

 

「?」

 

 

食後と言うか、少し食べただけだが、椎名は既にこっくりこっくりと、船を漕いでいた。

放っておいたら放課後まで冗談抜きで寝てしまいそうなので保健室に連れていくことにしよう。

 

 

「ほら、行くぞ」

 

「ん...」

 

 

危なげない足取りの椎名を支えながら、保健室に向かうまで、すれ違う人々からの視線が痛かった。

 

 

「すいません。じゃあこいつの事、よろしくお願いします」

 

「はい、任されました」

 

 

なーんで保健室の先生って皆優しいんでしょうね。あの視線の中をくぐり抜けてきた俺にとっては包み込むような暖かさが感じられる。

 

 

「失礼しました」

 

「はーい」

 

 

先生に礼を一つして、扉を閉める。

 

 

「はぁ」

 

 

あの教室にまた戻るのかと思うと憂鬱でため息が零れてしまう。

それでも、不思議と運ぶ足はとても軽い。

 

 

*****

 

 

「八幡...」

 

「あらあら」

 

 

 




お気に入り登録して下さった方々のためにも、早期更新を努めますが、やはり、勉強のモチベが上がらない時に更新しようと思います。

誤字、感想、評価して頂けると幸いです。

ありがとうございました。


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新たな日常は忙しく、暖かい。

お気に入り登録ありがとうございます。

今回もよろしくお願いします。

糖分レベル ★☆☆☆☆



 

終業のチャイムが鳴り、結局椎名は保健室から出てくることはなかった。

休憩時間に様子を見に行ったが、すやすやと熟睡していたので起こそうにも起こせず、(時差ボケでも起こしたのだろう)結局放っておくことになった。何故か保健室の先生にニマニマしながら見られたのは謎である。

 

 

「ひ、ヒッキー!ま、ましろちゃんのとこ行くの?」

 

 

...何故か5、6時限目の休憩時間にも同じことを聞いてきた由比ヶ浜が、最早テンプレ化してしまったセリフを吐いた。

 

 

「まあな」

 

「わ、私も行く!」

 

「好きにしろ」

 

 

何故ここまで拘ってくるのかは知らないが、まぁしたいようにさせてやろう。これでコイツも満足するだろう。

 

 

「ぼ、僕も行っていいかな...?」

 

「おう、是非来い。寧ろお願いします!」

 

「やっぱり私と対応が違う!?」

 

 

なんやかんやと文句を垂れる由比ヶ浜をいなしながら、一階の保健室に向かう。

西側に位置する大きめの窓から西陽が差し込んでおり、思わず目を細める。

 

 

「ましろちゃんってさ、ちょっとのんびりした子だよね」

 

「うん。見てると何だかほのぼのしちゃうよ」

 

「昔からあんなもんだけどな」

 

「...ヒッキーはあの子と、どんな関係なの...?」

 

 

さっきのテンションから一変して、翳りのある表情で若干俯きながら尋ねてくる。

どんな関係、か。ホントどんな関係なんだろうな。アイツとは昔に付き合いがあっただけで、今どんな関係なのかって聞かれると答えに窮する。

 

 

「昔の知り合いってやつだ」

 

「嘘だぁ。だってそれならましろちゃんヒッキーのこと、飼い主だとか、ご主人だとか言わないもん」

 

「忘れろ。いいな?それはアイツの勝手な思い込みだ。決してあっちの意味なやつじゃない」

 

「うわぁ、何だか必死なところがまた怪しいなぁ...」

 

 

どうしろって言うんだよ。それだったら必死で弁解してる人皆怪しまれちゃうじゃん。

聞こえないようにため息をついていると、戸塚が、少し残念そうな顔でこちらを向いた。

 

 

「八幡と仲いいんだね。ちょっと寂しくなるな」

 

「ばっか、戸塚だって仲いいほうだろ?え、違った?」

 

 

え...違ったら血の涙流す自信あるよ。そのまま引きこもっちゃうレベル。

 

 

「ううん、違わないけど、僕の時より何だか楽しそうだからさ」

 

「そんな事ないと思うけどな」

 

「あはは」

 

 

誤魔化すように笑われた。きっとここからは知らない方がいいのだろう。なら追求しない。追求して出てくる答えは相手が答えるのを躊躇う答えだ。聞かない方が吉。自己保身大事。

そうこうしてるうちに保健室前に着いた。

無機質なドアをスライドさせて開ける。

 

 

「失礼します」

 

「遅いわ」

 

「おわっ!?」

 

 

開けたすぐ前には椎名が立っており、後ろで先生が苦笑している。

椎名は俺の後ろに視線を投げ、一瞬、目を見開いた。どうした?と目で語ってみるが、何分腐った目をしているため、どう捉えられたのかは分からない。

 

 

「浮気...?」

 

「違う。そもそも俺らはそんな関係じゃないだろ」

 

「3股?」

 

「違うっつの。しかも1人は男だ」

 

「ほm「はい静かに」むぐ」

 

 

やばい単語が聞こえかけたので手のひらで椎名の口元を覆う。そのまま頬を膨らませ、俺に手を退けるよう、ぷーっと手に息を吹きかけた。

 

 

「っ!...そういうのやめような?」

 

「昔は許してくれたわ」

 

「昔な...」

 

 

いい加減、昔の話を引き合いに出すのをやめて頂きたい。その度に記憶がフラッシュバックして恥ずかしくなるから。

 

 

「そういや、ましろちゃんの家ってどこにあるの?」

 

「?八幡の家だけど?」

 

「「ええ!!?」」

 

「...まじで?」

 

 

衝撃の告白。その告白について、詳しく追求をかけている2人。奇声を上げたり唸ったりと忙しいな。

...正直あまり驚いてはいない。何を隠そう、今朝見たテーブルの写真は小さい頃の椎名だったのだ。朝見た時はただの幼女だったが、あそこまで感情の起伏が見られない女の子と言ったらこいつしかいない。

そして親父の謎のメモ。あれはきっと、椎名を駅に迎えにいけ、というようなメモだったのだろう。...もっと丁寧に書きやがれ。あんな要所だけきったねえ字で書いてる時点で嫌がらせだろ。つまり、平塚先生ごめんなさい。

 

 

*****

 

 

何とか由比ヶ浜と戸塚からの追求を逃れ、帰り道は違うため、椎名と2人で下校となった。

しかし、目に見えて椎名が不機嫌。問いかけを全て黙殺される。何で?

 

 

「仲いいのね」

 

「由比ヶ浜はともかく、戸塚はそうだな」

 

 

無言で脛をけってくる。地味に痛い。

それ以降、椎名は話しかけてくることは無かった。

...ただ、じっ、と顔を見られている気がする。

 

太陽も沈みかけているのだろうか、空が夕暮れの橙色と夜の黒とのグラデーションになっていた。

夕飯は何かなと想像したが、小町がいないことに気づく。そして会いに行くことを忘れていた。...明日行こう。

 

 

「晩飯、何がいい?作れる範囲なら作るけど」

 

「オムライスがいいわ」

 

「チキンライスの炒り卵和えな」

 

 

リクエストしてくる料理名と予想していた料理名が同じだったことに少し苦笑しながら、妥協案を出した。

卵が難しいんだって。

 

空を見上げたら、既に殆どが夜の色に支配されていた。

同じようにして空を見上げる椎名の瞳に反射する星の光は、言いようもなく美しかった。

 

 

「どうしたの?」

 

 

椎名の目を眺めていたなんて臭い台詞が言えるはずもない。若干の気恥ずかしさと共に、

 

 

「別に」

 

 

こう答えるしかなかった。

 

 

 

*****

 

 

「ただいま」

 

「ただいま」

 

 

そこはお邪魔しますじゃねえのか?と思ったが、今日から居候でしたね。なら自然なもんか、と自己完結。

 

 

「なーご」

 

「?」

 

 

カマクラが椎名に寄ってきていた。

椎名は徐ろに、カマクラの前足の両脇に手を突っ込み、ガッ、と持ち上げた。流石にあのふてぶてしいカマクラも戸惑っているようで、自由な後ろ足をジタバタさせていた。

満足したのか、ゆっくりとカマクラをフローリングに下ろし、俺を見る。

 

 

「どした」

 

「可愛かったわ」

 

「じゃあ、可愛かったときにする表情をして下さい」

 

 

全くの無表情で可愛いなんて言葉を発さないでほしい。ギャップで違和感が半端じゃない。

そういや、こいつの部屋どこになるんだ?順当に元小町の部屋?それとも元母さんの部屋?

 

 

「八幡の部屋がいいわ」

 

「内心を読まないでね」

 

「私程までになると、手に取るようにわかる」

 

「怖いなそれ...てか俺の部屋は無しだ。体裁を気にしろよ」

 

「昔は一緒に寝たのに...」

 

 

だから昔の話は蒸し返さないで。

 

 

 

*****

 

 

 

晩飯の支度に入る。その前に風呂を沸かそうと給湯器のスイッチを押す。スイッチが入ったことを報告する音楽が流れ終えて、椎名に一応言っておく。

 

 

「風呂沸いたら入れよ」

 

「わかったわ」

 

「バスタオルはもう出してあるから。着替えは無いんなら、一応俺の昔のジャージ出してあるからそれを着てくれ」

 

「うん」

 

「あと、下着は自分で頼むぞ」

 

「...舐める?」

 

「あほか」

 

 

急に下品なことをのたまった椎名にデコピンをかます。「うう...」なんて痛そうな声を出しているが気にしない。こっちは精神が危ういんだからな。...別に舐めたいと思ったわけじゃないよ?いや、ホントに。

 

チキンライスが完成し、あとは卵となった所で、風呂が沸いたことを示す音楽が流れる。

リビングでゴソゴソとしている姿が見えるので、これから入るのだろうと思い、風呂に入れと言わないでおく。

 

といた卵をフライパンに流し込み、いい具合に火が通ってきたら、取っ手の根元を小刻みに叩き、丸めていく。...何気に上手くいっている。高揚する気分をなんとか押さえ込み、慎重にトントンと根元を叩く───刹那

 

 

「覗いちゃ嫌よ?」

 

 

と、わざわざ律儀に隣までやってきて、俺の顔を覗き込む。...下着姿で。

 

 

「だぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「?」

 

「早く風呂に入れ!」

 

「入るわ」

 

「今!...おい、何ここで最後の砦を解除しようとしてる?」

 

「今から入るから」

 

「脱衣所で脱げ!」

 

 

脱衣場まで押し返し、扉を乱雑に閉める。

台所に戻って来たら、片面だけ真っ黒に焼けたなんとも言えないオブジェクトがフライパンに鼓舞するように乗っていた。

 

 

「はあ...」

 

 

とても懐かしいやり取りを楽しんでいる自分と、それに疲れの色を示す自分がいる。

風呂場からシャワーを流す音が聞こえてきた。

今朝とは違い、人の気配のあるこの家は、暖かい。

それを代弁するかのように、カマクラがにゃーんと鳴いた。

 

 

 

 




読んで頂き、ありがとうございました!



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やはり椎名ましろは変わっていない

平日の投稿はこれでしばらく無くなります。

それではよろしくお願いします。

糖分レベル★★☆☆☆


...椎名が風呂に入って小一時間。他人の風呂の時間なんて人それぞれだから、長い人もいるだろう。まぁ俺には長く感じるんだがな。...風呂で寝てるんじゃないだろうか。

 

ガチャ、と扉が開く音がした。眠ったまま溺れたんじゃないのかというような心配は杞憂だったようだ。

しかし初夏ということもあり、夜でも少し蒸し暑さが残る。ということで、奥の押し入れから扇風機を取り出す。

プラグを差し込む所を探していると、リビングに風呂上がりの椎名が入ってきた。...髪も乾かさず、ジャージが水分で黒く水玉模様が出来ていることから、身体も良く拭いていないことがよく分かる。

髪の毛から次々と滴る水滴がフローリングに水溜りを作っていく。...当の本人は、何の気なしに俺を見ている。

 

 

「?」

 

 

コテン、と不思議そうに首を傾げる。何かおかしい?って言うように。

 

 

「髪拭いてこい。そんで、身体も」

 

「どうして?」

 

「風邪引くだろ」

 

「?」

 

 

今度は逆の方向に首を傾げる。その度に揺れる濡れた髪が妙に色っぽい。顔も湯上がりということでほんのり紅潮している。

 

 

「はぁ...しゃあねえなぁ」

 

 

そう言って、脱衣所から全く濡れていないバスタオルを取り出し、椎名の頭に投げる。

 

 

「?」

 

 

そうして傾げる首によって、バスタオルがずり落ちる。

 

 

「拭けって」

 

 

ゴシゴシと頭を拭いてやる。心無しか椎名が楽しそうな表情をしているのはきっと気のせいだろう。

 

 

「...おい、何服を脱ごうとしてる」

 

「身体も拭いてもらおうかなって」

 

「アホ」

 

「痛い」

 

 

軽く頭にチョップを叩き込み、大人しくさせる。抗議の眼差しを向けてくるが、脱ごうとするやつが悪い。

 

 

「ほら、さっさと拭いてこい。飯は出来たから」

 

 

そう言って、脱衣所に押し返す。

 

 

「一緒に入る?」

 

「次はグーだぞ」

 

 

再度チョップを強めにかまし、脱衣所の扉を閉める。...全く、こういう所が変わってないんだよなぁ...流石にこういう所は成長していて欲しかった。

そんなことをふと、濡れた床を拭きながらぼんやりと思った。

 

 

*****

 

 

 

で、風呂騒動が終わり、夕食タイムなのだが...

 

 

「あー...」

 

「...」

 

 

何故か俺の前には二つのオムライス(卵はなんとかリカバリーした)が乗った皿が鎮座している。そして前を見れば、数時間前に見た光景がそこにある。顎を小さくしゃくって俺にその行為を求めてくる。所謂、あーん、である。

 

 

「椎名」

 

「名前」

 

「ぐっ...ましろ」

 

「なに?」

 

「流石にこの年になってする事じゃないだろ」

 

「リタが恋人同士ならするって言ってたわ」

 

「ぶふぉっ」

 

「どうしたの?」

 

「いや...なんでも」

 

 

こいつ恋人とか知ってたんだな(失礼)。しかし、まぁ俺らは恋人関係という訳ではなく、ただの...?何であったのだろうか。本当に今、この状況での俺達の関係はただの昔馴染みで済むのだろうか。

リタってのは向こうでの知り合いか?

 

 

「はぁ...ほれ」

 

 

結局根負けして、口もとまでスプーンを運んでやる。ましろの小さな口から覗く真っ赤な舌がひどく艶かしい。

健全な男子学生ならこれくらいの反応当たり前だよね?

 

 

「ぁむ」

 

 

それでいて、よく噛んで咀嚼している姿は、どこか小動物を思わせる。

何このエロいのと可愛いらしいのハイブリッド超生物。

 

 

「味は大丈夫か」

「美味しいわ」

 

「なら良かった」

 

 

ほんと良かった。マズイとか、美味しくないとか直接的に言われる分には全然いいんだけど、不味いのに美味しいとか言ってくれるに関しては本当に悪い気しかしないから、不味いときは不味いと言って欲しいものだ。

...さり気なくオムライスをましろの方に戻したら、知らないうちに返ってきてた。おっかしーなー?と、前を向けば、また催促している。

 

恥ずかしくて死ねる。

 

 

*****

 

 

長い晩飯も終わり、椎名に歯も磨かせ、指定した部屋に寝かしつけて、ようやく俺の風呂の時間。長かった...これ程濃密な1日は久しぶりだ。そのせいか、疲れがどっと出たように思われる。

 

 

「さっさと入って寝よ...」

 

 

正直かなり限界だったので、風呂には入らずにシャワーで済ませることにした。

先に出てくる冷たい水を何となく足にかけ流しながら、ぼんやりと今日を振り返る。

今日の濃密な時間には必ずと言ってもいいほど、椎名が関係してくる。直接的に関わってくるものや、間接的に関わってくるもの。思わず苦笑が零れてしまう。

 

知らないうちに熱くなっていたシャワーを頭からかぶり、シトラス系の香りのするシャンプーで髪を洗う。泡が危うく目に入りそうな所で目を固く閉じる。

湯で髪を良くすすぎ、身体もウォッシュタオルにボディソープをつけて泡立て、身体をこする。

最後にまたシャワーをかぶり、全身くまなく湯を流す。

 

風呂から上がり、水を一杯飲んで自分の部屋に向かう。

小町の部屋に寝かせた椎名はぐっすり眠っているように見えた。

それに安心して自分も部屋に入り、布団を被る。

潜り込んでしばらく経ってから、部屋の扉が開く音がした。

 

 

────刹那、ドスンと隣に衝撃が走った。その正体は言わずもがな、

 

 

「今夜は寝かさないわ」

 

 

どうやら、まだ今日は終わらないようだ。と、小さくため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




少し短めでした。

読んで頂きありがとうございました。


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深夜テンションは時折人を変えてしまう。


お気に入り登録100人ありがとうございます!

勢いで書いた作品ですが、こんなにもお気に入りが付くとは思ってもおりませんでした。

これは書かねば!と、決意した次第であります。

拙作ですが、よろしくお願いしますm(_ _)m

...これは18禁作品ではございません(念押し)。

糖分レベル★★★★☆ ←これ要ります?


 

 

俺のベッドが大きく軋む。

キシキシとベッドを鳴らせながら、椎名は半ばハイハイのように寝転んでいる俺の上にそのまま座り込むようにのし上がった。...いや、座った。所謂、マウントポジションというヤツであろう。

何分、カーテンも閉めて、外の明かりさえも入ってこないような暗がりなので、椎名の表情は分からない。...まぁきっと、いつもの澄ました無表情だろう。

 

 

「...何しに来たんだ」

 

「夜這い?」

 

 

コテン、と、例に漏れず首を傾げたのが分かった。それ以上に、ヤバいことに気づいた。

...こいつ、ジャージ穿いてねえ。道理でやたらと彼女の体温が伝わってくるわけだ。そして感触もまた...ゲフンゲフン。

 

 

「冗談言ってんじゃねえよ。さっさと戻って寝ろ。てか服を着ろ」

 

「冗談じゃないわ。ちゃんと用があるの」

 

「用?」

 

「うん」

 

 

椎名の用とは何か、気にならない訳じゃない。...それ以上に

 

 

「分かったから服を来てくれ...」

 

「嫌よ。邪魔だから」

 

「お前...服を邪魔とか言っちゃう?」

 

「...」

 

 

急に黙りこくった椎名を不思議に思いながら、次の反応を窺っていると、

 

 

「八幡」

 

「何?」

 

「Hしたこと、ある?」

 

「...は?」

 

 

とんでもない爆弾を落としてきた。もしかして、用ってそれ?

なんてことを自問していると、

 

 

「...あるの?」

 

 

と、ずいぶんと消沈したようなため息と共に出た声が聞こえた。

...何をガッカリしているのか。よく分からん奴だな、と思ったが、まぁいつもそんなもんか、と思い直す。

 

 

「ある訳ねえだろ。そもそも、俺がそんなこと出来るような奴に見えるか?」

 

「由比...ヶ浜さん?とか」

 

「はぁ?んな訳ないだろ。アイツに関しては、部活が同じってだけで、他に接点なんてないぞ?」

 

「でも、仲良さげだった...」

 

「向こうからつっかかってきてるからそう見えるだけだろ」

 

「...」

 

 

あ、こいつ小さくガッツポーズしましたね。小さな鼻息と共に、右手をキュッと腰辺りで握ったのが、乗られているから分かる。

何が椎名を満足させたのか知らんが、まぁ良いだろう。

 

 

「で?用ってのはそんだけか?」

 

「ううん」

 

「じゃあ何?」

 

 

今日1日久しぶりに色々あったために、疲れがMAXなわけで、聞き方が少し乱雑になってしまった。

椎名はそれに過敏に反応して、少し震える声で俺に問うた。

 

 

「約束、覚えてないの...?」

 

「約束?」

 

 

勿論覚えているとも。『また会おうね』これが約束の筈だ。そうなれば約束はもう完遂されている。現に、目の前にましろがいる。これが証拠と言わずに何と言うのだ。

 

 

「『また会おうね』ってやつだろ?」

 

「...違う」

 

「え?」

 

 

若干涙声になり、先程よりも震えた声で俺に答えを発した。

 

 

 

 

「『次会ったら、ずっと一緒にいよう』って、約束、したのに...」

 

 

 

 

──途切れ途切れに話した約束の内容は、ずいぶんとすんなりと腹の中に落ちていった。──同時に思い出される昔の俺の姿。当時は綺麗でピュアッピュアの目をしていた...筈の俺。

 

......はっっっっずいっ!!!!

 

言ったわーそんな事言ったわぁ...しかも俺から言ったわー...

と、赤面しながら椎名に跨られている下で悶絶する。暗がりでよかった...。絶対顔真っ赤だからな、今。

 

 

「思い、出した?」

「ああ...ばっちり」

 

 

今尚おずおずと聞いてくる椎名に、若干の申し訳なさと、羞恥の感情の相乗効果による虫の羽音位の返事をした。

 

 

「...よかった」

 

「っ」

 

 

カーテンが完全に閉まってなかったのか、隙間から入り込んできた月の光が、一瞬、椎名の顔を照らした。その双眸は涙で潤み、こちらが息をするのも忘れてしまうほどの微笑みを浮かべていた。その滅多に見ることのない、と言うか、見たことのないその笑顔はただただ綺麗だった。

 

 

「しかしなぁ...何でそこまでその約束を大事にしてたんだ?大体10年位開いてるんだぞ?...その、向こうで気になる奴とかいなかったのかよ」

 

 

無粋だなぁと自分でもわかってしまう質問にじくじくと胸を焼くような痛みに襲われる。...でも──

 

 

「...知りたい?」

 

「ああ」

 

 

そう。知りたいんだ。本来ならこのような質問は俺ならしない。絶対にと、断言出来る。理性の化物に誓って。だが今回に限ってはそうだと言えない。10年という長い年月の間、この約束を思い続けてくれていたことに関する彼女の想い。これは別な方向での理性の化物と呼べるのではないかとも思える。何にせよ──

 

 

──この約束に、椎名にとって、どれほどの価値があったのか。その約束に俺が含まれているなら尚更──

 

 

...小さく、再開した時と同じような微笑みを浮かべていることが、どうしてか暗闇から伝わってくる気がする。

椎名の浅い呼吸音が聞こえる。...やがて決意したかのように、小さく、強く、息を吸った。

 

 

「教えてあげない」

 

 

そこにある答えから読み取れることは何一つ無い。

 

 

「...はっ」

 

 

ただ、そこから読み取れる感情は、とても満足気に、してやったり!というような悪戯を完遂して喜ぶような子供みたいなものが読み取れた。

声を抑えているのだろうが、クスクスと体を揺らして笑っている事がわかる。...ベッドがぎしぎし言ってます。何か恥ずかしくなってきたので(色んな意味で)、腹筋の要領で上体を起こし、椎名の口元を塞ぐ。

 

 

「おひゃふ?(おかす?)」

 

「アホか!...てか、どこでそんな単語を覚えてきたんだよ...」

 

 

とんでも発言をする椎名に、そのまま自由な方の手でデコピンをかます。

 

 

「...痛いわ」

 

「うるせ。ほら、用事は終わったろ?戻って寝ろ。俺ももう寝たい」

 

「何もしないの?」

 

「するかアホ」

 

 

言われて気付く。この体勢。俺は足を投げ出して座っている。椎名はそこに跨って俺と向かい合うように座っている。...対面座位ってやつじゃね?これ。

そう気付くが早いか、椎名の口を塞いだまま、位置を入れ替えるように後ろに椎名を倒す。

そして、やってしまったと気付く。

 

 

「大、胆」

 

「ちがぁぁぁぁぁぁぁう!!!」

 

 

俺が今度はマウントポジションを取ってしまった。もう、絵面が襲おうとしてる真っ只中になってる。

...とにかく距離をとって正座する。こういうとき、自然と正座になる。ふっしぎー

 

 

「...意気地無し」

 

「やかましいわ」

 

「童(ピー)卒業できる」

 

「静かにしろ。な?」

 

「私は処「はいストップ」んみゅ」

 

「さて、そろそろ寝よう。な?」

 

 

もう、何か色々ぶっ飛んじゃった椎名を鎮めて、寝かしつけることを試みる。

...記憶が確かであれば、頭を撫でながら背中をさすったらこいつは速効で寝るはず。

 

 

「一緒に寝ないと嫌よ」

 

「なんでだよ」

 

「約束を忘れていた落とし前位つけないとダメよ?」

 

「ぐっ」

 

 

ぐうの音も出ない正論に叩きのめされる俺。椎名が正論?夢じゃねえのかと思ったが、のしのしと再度俺に近づいてくる椎名を見て、現実だと思い知る。

若干のショックを受けながら、椎名が勧めてくる布団の中に入る。

椎名の人肌の温度と、布団の保温性の高さで布団の中は素晴らしい環境だった。

...抱きついてくる裸の椎名がいなければ。

 

 

「寝れねぇだろ、これ...」

 

「ぅん?」

 

「や、何でもない」

 

 

寝る寸前はまるで幼児退行したかのように言動、及び行動が幼くなる。

...裸でスリスリしないで下さい。既に元気ですから(意味深)。これ以上俺の理性をガリゴリ削らないで!

 

 

「おや、すみぃ」

 

「へいへい、おやすみ」

 

 

こちとら今夜は眠れそうにないんだがなと、心の中で愚痴りながら、悪態をついた。

だが、こんな幸せそうな笑顔で眠られたら、そんな気もすぐに霧散するというものである。

明日保健室にバックレようと決意しながら、今尚抱きついてくる椎名の背中に手をまわし、柔肌をさすりながら、誰も知らない、ましろの幸せそうな寝顔を堪能するとしよう。

 

 

*****

 

 

 

カチリ、と、最後の防御壁がさする手によって外れる音がしたときには後の祭りだった。

 

 

 





18禁じゃないよね?(迫真)

読んで頂きありがとうございました。

感想、評価お待ちしております。特に感想!修正すべきと思った所や、純粋な感想をお待ちしております。


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やはり朝は彼女の声がしっくりくる

高評価、お気に入り登録ありがとうございます!

皆様の期待に応えられる様、楽しみながら書かせていただきます。

それではよろしくお願いしますm(_ _)m

糖分レベル★★☆☆☆


 

 

AM6:00 比企谷家玄関前

 

 

「やって来ました!我が家!」

 

 

小声ながらも快活な声で、腰に握りこぶしを当てながら、胸を張るようにしてその家を見上げる。

そして、この時期では少し暑いであろうデニムのポケットから鍵を取り出す。

 

 

「ふふふ、こんなこともあろうかと合鍵は持っていたのだ」

 

 

相変わらず小声で独り言を呟く。

まだ空は白んできたところで、太陽はまだ登ってはいない。

 

 

「それでは!御開帳〜!」

 

 

 

*****

 

 

八幡’s room 前

 

 

「おはよーごさいまーす」

 

 

某バラエティ番組のようなノリで扉を開ける。内心ワクワクしながら、眠りこける兄の枕元に忍び寄る。

 

 

「ふふふ、気持ちよさそーに寝ておるわい」

 

 

さて、どうして起こしたもんかと思案して、悪戯を思い付いた子供のような表情で肩に担いできたボストンバッグを開き、洗濯バサミを取り出す。

 

 

「ちょーっとテンプレな気もするけど、洗濯バサミで鼻をつまんでやりましょうか!」

 

 

そーっと洗濯バサミを兄の鼻に近づけていると、

 

 

「んん...」

 

「!?」

 

 

兄の下半身が大きく動いた。しかも、声付きで。

 

 

「ど、どういう事かなー?おにーちゃん?」

 

 

と、尋ねても兄はぐっすりと眠りこけており、起きる気配がない。

今尚、もぞもぞと動く兄の下半身に目が釘付けになる。

 

 

「流石に、小町達がいなくなってすぐに女の人連れ込むのは小町的にポイント低いなー...」

 

 

そう言いつつ、恐る恐る、布団をめくる。

 

現れたのは、女性の素足。布団の中から伸びるスラリとした白い足。そして魅惑的な太股。

 

 

(太股!?もう情事まで進んでるの!?)

 

 

そして淡い桃色の下着。

 

 

「何でズボン穿いてないの!?」

 

 

まどろっこしくなり、布団を半分ひっぺがす。そこには、

 

 

「下着姿の美人さんキターー!!!」

 

 

下着姿の椎名を見て、思わず大きな声ではしゃいでしまった。

慌てて口を塞ぐが、既にその女性は半分程目が開いてしまっている。

しばらくその眠たげな目と見つめ合う。

 

 

「すぴー」

 

「寝ちゃうの!?」

 

 

そして結局眠ってしまった。

 

 

*****

 

 

ズシ、と頭に重みを感じる。煩わしく思って、横を向く。ゲシ、と今度は蹴られた感覚が後頭部に感じた。何事だ、と振り向いて目を開くとまた、ゲシ、と顔を踏まれた。

一瞬見えたその顔は、

 

 

「何やってるのかな?小町ちゃん?」

 

「ゴミぃちゃんの顔を踏んでるんだよ?」

 

 

心無しかゴミの所にアクセントが付けられていたように聞こえる。

てか、何でいるの?と、そんなことを考えていたら、小町がハイライトの消えた魚のような目でこっちを見下ろしてくる。...やだ、何かに目覚めそう!...気持ち悪。

 

 

「この状況はどういう事なのかな?ゴミぃちゃん」

 

「は?この状況って...」

 

 

ふと、足元に感じる重みに気づき、足元を見る。そこには、下着姿の椎名が眠っていた。...おおーっと、これはヤバいですねぇ。

 

 

「どういうことかな?」

 

「まて、誤解だ」

 

「浮気夫って大体そんなこと言うんだよ」

 

「いや、だから、本当誤解だから」

 

 

ふーん、と、未だに疑っているのか、まだ蔑んだ目を投げてくる。

もぞもぞと足元で椎名が起きる気配がした。

 

 

「...テント?」

 

 

俺の股間の前で起きたらしく、男の生理現象を比喩表現を用いて端的に述べた。

 

 

「...うーわー」

 

「待って、小町ちゃん?これは生理現象だから。膀胱に尿が貯まって、前立腺を勝手に押し付けて俺の俺が勝手にこうなっただけだから」

 

「私に興奮したの...?」

 

「お前は黙ってような!?」

 

 

椎名が眠気眼で、そんなことをのたまう。

少しでもお前の方を見たらこれが生理現象って言葉で逃げられなくなるから。

 

 

「...ん?小町...?」

 

「ほぇ?何で私の名前を...?」

 

 

椎名が小町を思い出したらしく、これまた微妙に表情を柔らかくして小町を眺めている。

当の小町は、目がピカリと光って、あわあわと唇をわななかせながら、

 

 

「ましろさーん!!!」

 

 

と、抱きついた。

小町が身体を白々しくまさぐっていたが、椎名は若干顔を染めるだけで抱きしめ返していた。

 

 

「くぅ...おキレイになられて...ワタクシは嬉しゅうございますよ...」

 

「おい、何でそんな敬ってるんだよ」

 

「だって、世間知らずなお姫様って感じがするじゃん?」

 

「いや、しねえだろ...」

 

「じゃあ八幡は王子様?」

 

「「はい?」」

 

 

何だか有り得ない言葉が聞こえたよ?俺が王子様とか、何度転生しても有り得ねぇな。

隣で小町がぶつぶつと何か言ってるが、気にしないでおくことにする。

 

 

「てか時間!もう7時半過ぎてんじゃねえか!」

 

「およ?もうそんなに経ったの?」

 

「朝なんて来ないわ...」

 

「怖いこと言ってんじゃねえ!」

 

 

昨日ただでさえ平塚先生に迷惑かけたのに、さらに迷惑なんてかけられるだろうか、いやかけられない。

今日も朝飯は抜きかと心の中で嘆息しながら慌てて身繕いする。

 

自分が出来ても、椎名は出来ていないのがいつもの定石。急いで椎名の着替えの手伝いに赴く。

 

 

「...ん?」

 

「...変態」

 

「...すまん」

 

 

くそ、どこのリトさんだよ?と、愚痴りながら、リビングにコーヒーを淹れに行く。すると、リビングのテーブルに、完璧にセットされた洋風プレートがあった。

...きっと小町だろう。くそ、痛み入るぜ...。だが、これは椎名に譲ってやろう。ああ、でもそうなるとかなり遅れるな...

どうせ遅れるなら俺も朝食を摂っておこうと、トースターに食パンを入れる。バターを用意して、コーヒーを淹れに向かう。

 

 

「八幡」

 

 

降りてきたらしい椎名がリビングの扉の前で俺を見ていた。

 

 

「ん?」

 

「おはよう」

 

「...おう」

 

「...このやり取り懐かしいなー」

 

「俺も思った」

 

「私も」

 

 

どうやら、皆考えていたことは同じだったようだ。

 

チン、と、トースターが焼けたことを知らせてくる。

ふと、ましろはコーヒー飲めるのだろうかと思い、確認するのも面倒だったので、冷蔵庫にコーヒーを戻し、親父に頼んでおいたオレンジジュースを取り出す。ほんとコンビニって便利。

 

自分の分だけでもコーヒーで良かったのだが、何となく気分が乗らなかったので、自分もオレンジジュースにすることにした。

グラス3人分にトクトクとオレンジジュースを入れ、小さい頃練習した持ち方で彼女達の元まで運び、配膳していく。

 

 

「ありがとー」

 

「もぐ...ありがと」

 

「おう」

 

 

こんなやり取りも久しぶりだな、と思ったのはきっと彼女達も同じだろうと思いながら、カマクラの餌の準備に取りかかる。

 

 

「ん、餌が切れたのか...」

 

 

丁度餌が切れてしまい、帰りに買いに寄って帰るかと、リマインダーをセットする。

そして餌を運ぼうとしたら、既に足元にカマクラが来ており、早く飯を寄越せと言わんばかりに制服をガリガリと引っ掻く。

 

 

「ったく...ほらよ」

 

 

カリカリと子気味良い音を聞きながらその場を後にする。

 

 

「あれ、小町は食わねえのか?」

 

「私は向こうで食べてきたよん」

 

「そうか。ならいいんだが」

 

 

向かいに座る椎名を見て、一つため息をつく。

 

 

「ほら、付いてんぞ」

 

「んん...」

 

 

頬についていたマヨネーズをウェットティッシュで拭き取ってやる。

...横から視線を感じる。

 

 

「なに?」

 

「べっつにー?」

 

 

何故か嬉しそうな表情をしている小町に内心首を傾げながらも、まぁいいかと小さく息を吐く。

昔と照らし合わせ、本当に変わらねえなと苦笑しながら、パンを齧る。

 

ふと、ファンタジーなことを考えてしまった。

 

まるで時間が巻き戻ったようだと。

 

 

*****

 

 

...まぁ、実際時間が巻き戻ることなんて有り得ない。だから、今時間が迫っているのもどうにも出来ない。

今日は諦めるか、と、むしゃむしゃと食事を続ける椎名を見て嘆息する。

 

──刹那、ピリリリリと携帯のアラームが鳴った。

 

 

「は?」

 

 

携帯の表示には7:00とある。

徐ろに小町を睨む。

 

 

「うわー、そんな目で見ないで。妊娠するから」

 

「しねぇわ。くそっ、謀りやがったな」

 

「ふふん」

 

 

と、ない胸を張って、Vサインをしてくる。──一気に脱力し、ソファーに倒れ込む。

朝からどっと疲れた。ただでさえ寝れてないのにこの仕打ちは無いだろう。

そのままソファーに横になってやった。制服にシワが付くなんてどうでもいい。

 

 

「ああ...眠い...」

 

「添い寝してあげる」

 

 

と、食事を終えた椎名が隣に転がり込んできた。

狭い。お陰で椎名の慎まやかに見えるが意外と着痩せするんだなぁと思ってしまうものが当たっている。

しかも落ちないように、腰を抱かなきゃいけないというオプション付き。

 

 

「わーお、おにーちゃんだーいたーん」

 

「やかましいわ。とにかく椎名を降ろしてくれ。そろそろ手が限界」

 

「酷いわ」

 

「遠回しに重いなんて...これだからお兄ちゃんはお兄ちゃんなんだよ」

 

 

理不尽な罵倒を受けながら、どうにか椎名を降ろす。

ホント疲れた...

 

 

*****

 

 

「それじゃ行ってくるであります!」

 

「おう。気をつけてな」

 

「いってらっしゃい」

 

「くぅっ...染みるねぇ...」

 

「何がだよ」

 

「ましろさんにいってらっしゃいって言われるのがグッときた!」

 

 

なんかよく分からんが、グッときたらしい。

元気よく走り出す妹を見届け、自転車を取りに行こうと振り返ると、すぐそこに椎名の顔が。

 

 

「うおっ!?」

 

「2人っきりね」

 

「そ、そうだな...?」

 

「2人っきりね」

 

「お、おう」

 

「2人っきりね」

 

「...」

 

「2人っ「ましろ」...ん」

 

「行くぞ」

 

「うん」

 

 

自転車はダメだなと思い、歩き出す。

カーブミラーに反射されてくる日光に目をしかめながらも、その方向に敢えて目を向けた。

その鏡にましろが映っていることに、普通ならありえない組み合わせの新鮮味と安心感を同時に得た気がした。

 

口角が上がってしまうことを堪えつつ、代えがたいこの瞬間を噛み締めるように、1歩1歩踏みしめて歩いていく。

 




長め。

すいません。受験生ということで、更新はこれ以降土日になると思います。繰り越したら平日投稿も有り得るんですが...。

今回もありがとうございましたm(_ _)m


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やはり椎名ましろは変わっていない2

時間きっかりに投稿したいマンです。

滑り込みセーフってことで...(汗)

かの兄妹みたく、眠るまでが今日ってことで... 。

すいません。遅くなりました(_ _)

何で模試って休みの日にあるんでしょーね?

さて、前置きが長くなってしまいました。のんびり、まったり進めていこうと思います。

それではよろしくお願いしますm(_ _)m

糖分レベル★☆☆☆☆ ...作者の尺度です。



ピポピポーン、と自動扉が開いて入店を示す音がする。

何か大事なことを忘れている気がして、確認したところ、弁当が無かった。別に購買で食ってもいいのだが、前回、由比ヶ浜を見てしまったからには迂闊に近づくことは出来ない。

適当にサッと買ってしまおうと、目当てのパン売場の所で立ち止まる。

めぼしいものを2、3個カゴに放り込むと、ついでにマッ缶も買いに行く。...横目でチラリと見えたが、椎名はちょっとしたお菓子が陳列している棚を眺めていた。

胸を刺されるような悪寒を感じて、急いで椎名のもとに向かう。

 

 

「遅かったか...」

 

「?...食べる?」

 

「いらねぇよ...」

 

 

そこには既にラッピングを剥がしてバームクーヘンをもくもくと齧る椎名がいた。

 

 

「食っちゃダメだろ...」

 

「?どうして?」

 

「いやほら、法律的に...」

 

「法律なんて私には効かない」

 

「効くから。むしろ効果バツグンだから」

 

 

失踪事件とか。

よくお世話になったじゃん。

 

 

「はぁ、仕方ねぇ。会計するからそれよこs...」

 

「はぐ...ん?」

 

 

2つ目突入☆

俺の中で何か弾ける音がした。

 

 

「ばっかやろぉぉぉぉぉ!!!」

 

「やっぱり欲しいの?」

 

「ちがぁぁぁぁぁう!!!」

 

 

口元にバームクーヘンの破片を付けながらコテン、と首を傾げる。その時にさらりと垂れる髪の毛に目を奪われていたのは昔までだ。

 

 

「ん...お腹いっぱい」

 

「どーせなら全部食っちまえよ...」

 

「八幡」

 

「なに?」

 

 

今回は意図的に不愉快そうな声を出したが、椎名は特に臆することなく、

 

 

「あーん」

 

 

なんてことをしてくれる。

そもそもここは店内ですよ?そこで支払ってもない商品を事も無げに『あーん』なんて、そんな事する奴いる?...ここにいましたわ...。

とにかく、店員さんが震えながら携帯電話構えてる。

...遅刻の理由が万引きして、警察に捕まってました☆なんてそんな馬鹿ダサい事になりたくないし。そもそも俺からしたらとんでもなくアホな冤罪ですし。

 

 

「ほら、会計行くぞ...コラ」

 

「あ...カフェオレ...」

 

「水を飲もう?な?」

 

 

カフェオレまで開けようとしていた椎名を寸前の所で引き止め、手を引っ張って会計へ。

やたらと怯える店員さんに、何とかお会計を済ませてもらい、店を出る。

既に随分と昇った太陽の光に目を細めながら、学校へ向かってとろとろと歩いていく。...早めに出て良かった。いつも通りに出たら余裕で遅刻だ。まぁ、自転車通学だったために、歩いて通学すれば時間が遅れるのは当然か。

 

 

「ちととばすぞ」

 

「ん」

 

 

最低限の会話で、テンポよく歩いていく。チラホラと見かける同じ学校の生徒は皆自転車通学している。

隣を自転車が追い越す時に感じる風に若干の焦りを感じながら、椎名に無理をさせない程度に急ぐ。

 

 

「八幡」

 

「ん?」

 

 

あ、思い出した。みたいな感覚で俺に呼びかける。とてつもない悪い予感に戦々恐々としながら、視線で先を促す。

 

 

「鞄忘れた」

 

「なん...だと...」

 

「鞄忘れた」

 

「あ、うん」

 

 

なかなかの案件だった。

よく考えたら、小町の見送りをしてそのまま登校したのだから持ってきてないということも十分ありうる話だった。

自分の至らなさを悔いながらも、そんなことしてる場合じゃないと思い直し、

 

 

「取ってくるからそこにいてくれ」

 

「ここ?」

 

「そこ。絶対に動くなよ」

 

「分かったわ」

 

「いいな、絶対だぞ」

 

「うん」

 

 

...何か某芸人のフリみたいだなーなんて思いつつ、自分が出せる最大速で家にダッシュする。

 

 

*****

 

 

景色が後ろへ流れていく中、あることについて思案する。

...彼女に待てと言って待った事があっただろうか?

...全く思い当たらない。忘れているだけだと自分に言い聞かせて走る。

 

 

「っ...はぁぁ...着いた...」

 

 

やっと着いた時にはかなりギリギリの時間で、また走って行かなければ間に合わないだろう。

──ふと、脳裏に浮かんだある可能性。

 

──そもそも椎名は教科書とか持っていたのか。

 

そんな最悪な可能性が頭について離れない。

 

 

「電話してみるか...」

 

 

今朝小町に入れられた椎名の電話番号にかける。

今聞いたら無性に腹が立つ呑気な音楽の後に電話が繋がる音がした。

 

 

『もしもし?』

 

「単刀直入に聞くぞ。お前って教科書持ってたか?」

 

『ううん』

 

「...ガッデム」

 

 

悪い予感程当たる。

とてつもない虚脱感が俺を襲うが、笑う膝に鞭打って再び走り出す。

制服がかさばってとても不愉快だ。滲んだ額の汗に前髪が張り付くのもまた然り。

...余計なフラグを立てたことを思い出し、そんな笑えないことは無いだろうと願いながら(これが既にフラグ)、椎名が待つ場所まで疾走する。

 

 

*****

 

 

結論。

何と言うか、当然のようにいなかったので驚くこともなかった。つくづく嫌な予感というのは当たるものだ。

 

 

「くそ、時間が無い。...電話するか」

 

 

分かってしまったような気がする結果にならない事を祈りつつ、コールを押す。

 

 

「...何でだよ」

 

 

やはり当然のように出なかった。

口ではああ言ったが、こういう事態が予期できてしまっていた。...占い師になれるかもな。...ああ駄目だ、絶対に噛みまくる自信がある。

 

 

「はぁ...探しますか」

 

 

*****

 

 

──公園にてベンチに座る椎名発見。眠っているのだろうか、こくりこくりと船を漕いでいる。...まぁ昨日は眠れなかったしな。お前のせいだが。

ベンチの後ろにある木が陰になっており、風が吹くとザワザワと木の葉が揺れる音がする。

椎名の顔に木の葉の影が映っており、やたらと白い肌のせいか、影が映えて見える。

小さく寝息を立てる椎名の肩を揺すって起こそうと試みる。

 

 

「おい、ましろ」

 

「すー」

 

「起きろ」

 

「...んくしゅっ」

 

「くしゃみしやがった...」

 

 

特に今日は冷えることもないし、花粉ということにする。

眠りこける姫君を見ていると、こっちの疲れがどっと出てきてしまい、空いている隣のスペースに勢い良く腰掛けてしまった。

ドッカとはいかないが、それなりに木が軋む音がした。

何故かその音は自分の苦労を痛み分けしてくれているようで、木に同情されているのかと苦笑する。

 

 

「んー」

 

「おわっ...と」

 

 

俺が座るのを待っていたかのように、俺の肩に頭を預けてくる。

こいつ起きてるんじゃないだろうなと疑ってしまうが、規則的な呼吸音が熟睡している事を示している。

 

...軽くため息を一つ。これで朝の面倒は水に流してやろう。

 

...今度は深いため息をつく。

遅刻が確定したことに対するものだ。平塚先生の気持ちが良くわかる。大変でしたね、お互いに...。

平塚先生には何とか理解を得てもらおう。

 

 

木の葉が一枚、はらりと木から舞い降りてくるのが見え、それは丁度俺の目と目の間に落ちてきた。

俺はそれを手に取り、太陽に透かす。広葉樹なのだろうか、少し幅が広い葉だった。

それは風に吹かれ、彼方へ飛んでいってしまった。

 

ふと、横を見ると、椎名の額を赤と黒のマーブル模様のてんとう虫が歩いていた。

離陸しやすい所を探しているのか、右往左往している。

最終的に鼻先が飛び立ちやすいと思ったのか、鼻先でうろちょろ。

 

 

────公園に微笑ましい音が木霊した。

 

 

それを聞き遂げ、ゆるりと目を閉じる。

 

 

肩にかかる重みが増したような気がした。

 

 

 

 




あまりにも進まなくて僕としても驚いております。

書き終わりの描写が難しいです...。

評価、感想ありがとうございます!そしてたくさんのお気に入り登録もまた、嬉しい限りです。

感想、評価よろしくお願いします。

読んで頂きありがとうございました。



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いつでもどこでも彼女は平常運転である。

お気に入り登録200件ありがとうございます!

ゆっくりと進めていきたいと思います。

それではよろしくお願いしますm(_ _)m

5段階評価やめました(苦笑)


──陽射しが瞼を通してうっすらと感じられる。ぼんやりと目を開き、雲一つと無い空が見える。

木の陰もいつの間にか俺の座る所から離れてしまって、直で当たる日光が眩しい。──目が浄化されそう。このままずっと見ていてやろうか。駄目ですね。目だけに。...はぁ。

 

...あれ?今何時?

 

既に高く上がった太陽を見て呆然とする。

 

 

「昼じゃねぇか...」

 

 

腕に装着しているアウトレットで買った安物の時計を見れば、短針と長針が丁度12時の所で重なっていた。

暑さによる汗とは別に、冷たい汗が背中を流れる。まだ少し朧気だった意識が冷水を浴びせかけられたようにハッキリとしてくる。

スマホには平塚先生からのメールと不在着信がそれぞれ20件ほど来ていた。...あの人俺のこと好きすぎでしょ...。

戦慄を覚えながら隣で未だに眠りこける椎名を、肩を叩いて起こそうと試みる。

 

 

「おい、起きろ!」

 

「zzz...」

 

 

両肩を揺さぶって起こそうと試みる。

 

 

「おい、いい加減にしろ」

 

「z...zz...」

 

「こいつ...意地でも起きないつもりか...」

 

「...」

 

 

...寝てるのか?

どことなく違和感を感じ、離れてみることにする。

ザッザッザッと、わざとらしく地面の砂を蹴りながら俺達の座っていたベンチから丁度プール程の距離くらい離れた所にある別のベンチに座る。

そこから向かいにいる椎名を眺めてみる。変質者とか言うなし。

 

 

「zz...ぁれ?」

 

 

目を覚ましたようだ。やはり狸寝入りだったかと、思った通りだったのでベンチから腰を上げ、椎名の方へ向かおうと──

 

 

「?、?、?」

 

 

──何かを探しているようだ。落とし物でもしたのだろうか。寝ている間に落とし物とは器用なもんだ。

 

 

「あれ...?」

 

 

と、ベンチの下を覗き込む。

 

 

「何探してんだ」

 

 

ピクンと肩が跳ね上がる。そのままゆっくりと首を回し、俺の方を見る。

 

 

「いた...!」

 

「うん?...とぉい!?」

 

 

探していたのは俺だったらしく、声をかけたら俺に抱きついてきた。もっとも、しゃがんでいたためにほとんどタックルだったのだが。...しかし俺がベンチの下にいると本気で思ったのだろうか...?

 

 

「んー」

 

「ほれ、起きたんなら学校行くぞ。大遅刻だ」

 

「いやよ」

 

「何でだよ」

 

「きっとまた八幡は浮気するわ」

「しねぇし。そもそもお前とはそんな関係じゃねぇだろ」

 

「ち」

 

「舌打ち!?」

 

 

そんなやり取りをしながらも、なんだかんだ言いながら着いてきてくれる椎名に内心ありがたく思いながら学校へ歩みを進める。

 

*****

 

 

どうせなら昼休みくらいに学校に行こうと思い直し、通りかかった広場で昼食を取ることにした。

その広場はご老人の方々がグランドゴルフを楽しんだり、仕事の昼休みなのか、弁当を食べているサラリーマンと思しき人もいた。

この時間に学生は怪しまれると思い、必然的に人が少ないところに移動することになったが、幸いにも人気のないところに先ほどのベンチとは違った少し西洋風な白いベンチがあったので、そこに腰を落ち着かせた。

 

 

「ほれ」

 

「あー」

 

 

毎度の如く口を開けて催促してくるが、生憎俺はそこまで優しくも甘くもない。

ということで、メロンパンを丸々一つ献上して差し上げる。

 

 

「んぐ」

 

「ほら、自分で持t」

 

「んぐんぐ」

 

 

この状態で、咀嚼しているだと...!?

赤子に哺乳瓶でミルクを与えるような感じになってるんですが。

 

 

「すいません、いやほんとごめんなさい。だからホントやめろください」

 

「んは」

 

 

ふぅふぅと肩で息をする様子から、意外としんどかったらしい。もう少し粘るべきだったか...。

そう思いつつ、餌付けしながら自分もコロッケパンを頬張る。...やっぱセ○ンのコロッケパンはうめえな。安定の美味しさ。

しかしまぁ喉が渇く。コロッケパンとか惣菜パンでありがちだよな。そんな時のためのマッ...あるぇ?...無いぞー?どこに消えたのかなー。

 

 

「んぐ?」

 

 

し っ て た 。

 

若干と言うか、かなりのショックを受けながら、広場の給水所で水を飲む。

 

何かおばあちゃんが凄い切なそうな顔でカップの緑茶くれたんだが...?

 

あれか?ホームレスと間違えられたのかな?だとしたらちょっと泣きそうよ?

 

何にせよ、このまま返すのも何か更に深読みされそうで嫌なので、ありがたく頂くことにする。

 

お茶の苦味が俺の切なさを加速させたのは後の話だ。

 

 

*****

 

 

昼食も食べ終わり、さっさと学校に行くかと意気込み、腰をあげようと足を踏ん張った直後

 

 

「すぴー」

 

 

と、眠りながら俺の膝に倒れ込んできた。

非常時の対応に膝が耐えられなかったのか、一気に膝下、もとい、ふくらはぎ辺りに一気に力がかかる。

結論

 

 

「うぐぉぉぉああ!!?」

 

 

つった。

 

 

獣のような声を出してしまい、羞恥で死にそうになるものの、未だに膝から離れないクソ姫のお陰でふくらはぎが伸ばせない。羞恥と純粋な痛みのダブルパンチを食らい、全身が痙攣する錯覚に陥る。

 

 

「起きろ!死んじゃうから!足攣り耐久とかどこのSMだよ!?」

 

「むにゅ...大丈夫だ。問題無い」

 

「お前起きてんだろ!?」

 

「すぴー」

 

「狸寝入りも大概にしやがれ!」

 

 

腕力にものを言わせ、無理矢理椎名の上体を起こす。そしてめいいっぱい足を伸ばす。爪先を掴んでやる方がいいのだが、椎名を支えるために腕は使ってるから出来ない。やろうと思えば出来るけど、今は仕方ない。いやホントだよ?

 

 

「はぁ...」

 

「すー」

 

「...おい、そろそろ怒るぞ」

 

 

ちょっと強めに額を指で弾く。

 

 

「...いたいわ」

 

「俺はその何倍もの痛みに()()したんだが」

 

「...で?」

 

「あれ?何でその元凶となった君が『で?』とか言っちゃうわけ?」

 

「ごめんなさい?」

 

 

張り合いがねぇ...。

まぁいいや、今回は流してやろう。それよりも

 

 

「お前のび太くん並みに寝るじゃねえか。調子悪いなら帰るか?」

 

「?大丈夫よ。八幡の隣は安心するの。だから眠くなっちゃうのよ」

 

「お、おう」

 

 

地雷踏んだ。

顔が赤くなるのを自覚しつつ、いい加減学校に行くことにしようと、椎名を立たせる。

 

 

「行くぞ。マジで平塚先生に殺される」

 

「大丈夫。その時は私が平塚を屠るから」

 

「屠!?しかも呼び捨て...」

 

 

何やら意気込んで歩いていく椎名に若干の心配が現れるが、この際どうにでもなってしまえ。もう俺は疲れたよ...。

 

のしのしと、異様な覇気を纏いながら先をゆく椎名。

...はぁ

 

 

「...そっちじゃねえよ、そこ左だ。...それは右だ」

 

 

心配だ...。

 

 

*****

 

 

学校が昼休みの喧騒に包まれている中、俺と椎名は職員室で平塚先生と対面していた。

汗が止まらない。手汗が尋常じゃない程吹き出してくる。

 

 

「比企谷」

 

「は、はい」

 

 

徐ろに口を開いた平塚先生に咄嗟に身構えてしまう。

しかし、先生は

 

────ポン、と

 

俺の肩に手を置き、少しうつむき加減で前髪が垂れており、表情を伺うことはできないが、なんたらブリットは食らわなくて済みそうだ。

 

 

 

「お前も、苦労してるんだな...」

 

 

 

同士よ!と言わんばかりの固い握手を交わした。

その時には既に汗もすっかりと引いていて、むしろ先生という存在がありがたすぎて涙が出てきそうだった。

 

 

「まぁ、色々あったということは分かっている。椎名、お前もあまり比企谷に面倒をかけるなよ?」

 

「うん?」

 

「...はぁ」

 

 

その頭に手をやる仕草、似合ってますね。

 

 

「しかし、遅刻は遅刻だ。しかも長時間の無断遅刻だから反省文を書いてもらうことになる」

 

「うす」

 

「分かったわ」

 

「では、今日中に提出したまえ」

 

 

ふむ、プリント1枚か。しかたない。

 

 

「先生」

 

「ん?どうかしたかね」

 

 

 

「1枚じゃ足りません」

 

「比企谷ぁっ!!」

 

 

 

 

先生が半泣きになって抱きついてくる中、椎名はジトっとした目で俺を数秒間眺めた後、小さな鼻息と共にそっぽを向いた。

 

 

 

昼休みの終了を知らせるチャイムが学校に響き渡った。

 

 

 




ようやく学校に着きました。どんだけ時間かかってんでしょーね。

来週は投稿出来ないかも知れませんorz
出来たらする予定。


読んで頂きありがとうございました!
感想、評価よろしくお願いしますm(_ _)m


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勘違い

何か意味深なタイトルですけど、深読みしないで下さい。

それではよろしくお願いしますm(_ _)m


ありとあらゆる所から視線が飛んでくる。

侮蔑の視線、羨望の視線、軽蔑の視線。...あれ?最初と最後の意味一緒じゃね?

そして羨望の視線を送ってくる奴ら、代わるか?そんなに羨ましそうに見てくるなら、代わってやろうか?

 

 

「ダメよ」

 

「はい」

 

 

俺の思考を全読み出来る椎名さん。このままだと椎名さんの保護者に永久就職しそうです。

その椎名さんは俺の後ろにピッタリと付いていて、近すぎて呼吸する息がかかるほど。...恥ずかしいんで離れてくれませんかねぇ。

 

 

「嫌よ」

 

「はい」

 

 

厄介な読心術ですね。

 

──と、いつまでも扉を開けて立ち往生している所に、顔を真っ赤に染めた由比ヶ浜さんがズンズンと足音がしそうな歩みでやって来た。

...揺れますねぇ...どことは言わないですが。...ヌルフフフフフ

 

 

「ふっ」

 

 

ズドッ

 

 

「ごふぉあ」

 

 

椎名の鋭いエルボーが入った。

...平塚先生の拳に匹敵する威力だ。凄まじい威力で身体がくの字に折れ曲がる。

 

 

「ヒッキー!?」

 

「おま...何しやがる...」

 

「ふんす」

 

 

若干のふくれっ面でこちらを睨みつけてくる。いや、何故だし?

 

 

「ましろん!何するの!」

 

「八幡の目が○せんせーみたいになってたからマッハ20で逃げる前に仕留めたのよ」

 

 

何故バレたし

 

 

「八幡の考えは手に取るようにわかる」

 

 

どや、とこれまたいい表情で俺を見てくる。...謎の敗北感。

 

 

「ましろん!」

 

と、こちらは怒っているような、恥じらっているような表情の由比ヶ浜。

 

 

「?」

 

 

こてん、と首を傾げて返事をする。

 

 

「今までヒッキーとナニしてたの!?」

 

 

おおっとー?これまたとんでもない誤解だな。ほれ、このムッツリに現実を言ってやんなさい。そんで赤っ恥をかかせてやんなさい。

 

 

「...えーと」

 

 

流し目で俺をチラリと伺って、少しばかり口を小さくもごもごとさせて、

 

 

「一緒に寝てたわ」

 

 

アホたれ。なに誤解しか生まない言い回ししてるの?修飾語足してください。お願いします。このままでは学校サボって18禁展開してましたって曲解する馬鹿が続出するから。

 

 

「「「「えええええええ!?!?」」」」

 

 

...ほらぁ、言わんこっちゃない。

そして毎度のように汚物を見る目でこっちを見てくるだろ?2度目にもなれば慣れるもんだね。

 

 

「おい、誤解されるような言い方やめろ」

 

「...え?」

 

 

と、何故か椎名はしょげたような様子で、瞳を小刻みに揺らしながら俺に言った。

 

 

「一緒に寝てたじゃない...!」

 

 

精一杯の大きな声。いや確かにね?一緒に寝たけどさ、言い方に気をつけてください...!

しかも何故ここまで悲しそうな表情をするのかわからない。

────ひそひそと、周りが口々に俺を罵る声が聞こえる。

 

 

『ヤッといて忘れるとか最低な野郎だなアイツ』

 

『ましろちゃん可哀想...』

 

『絶対に無理矢理やらされたんだぜ...』

 

『同じ空気吸ったら妊娠するかも...』

 

 

...曲解乙ぅぅぅ!!!

ヤってませんし、可哀想なのは俺だし、無理矢理入り込んできたのは椎名だし!最後の奴に限っては何だその超理論?

 

 

「お、おい椎名?」

 

「...なに」

 

 

明らかに不機嫌な椎名。まるで表情が抜け落ちている。いつもそんな感じだが、よく見ればのんびりとした瞳が色んな表情を醸し出しているのだ。

ただし、今の椎名は人形のような冷たい無表情だ。

...まず、コイツの誤解から解きますかね...

 

 

「確かに俺とお前は「ましろ」...ましろは一緒に寝た。これは揺るがない事実だ。俺はお前と寝てないなんてそもそも言ってないだろ」

 

「...あ」

 

「俺が言ったのは、周りに誤解されないように説明しろってこと」

 

「...?」

 

「つ、つまりはだな、お前が今言った言い方だと...」

 

 

耳を寄越せとジェスチャーをする。流石に大きな声で言えるような内容じゃないしな。

対する椎名は不思議そうな顔でそろりと耳を貸した。

 

 

「────」

 

「...っ」

 

 

ほんのりと頬を染めて、僅かにたじろいだ。コイツはこういうことに免疫あったと思うんだが...?

 

 

「あ、あ...あ」

 

「...」

 

「ぅぁ...」

 

「お前もしかして...」

 

「っ!」

 

 

ビクリと肩を震わせてこちらを見る。

林檎のように紅くなった顔が何とも嗜虐心をそそる。

...きっと、こんな大衆の面前でトンデモ発言をしてしまったのが恥ずかしいのだろう。表情は乏しいが、目線が泳ぎまくっている。

 

 

「...や、何でもない」

 

 

敢えて見逃してやろう。...虐めたいなんて思ってないったらない。

クラスの喧騒も次第に小さくなっていき、今では我が同胞、ミス平塚がクラスの奴らを威圧して押さえ込んでいる。そのうち白目剥いて倒れる奴とかいそう。覇王色にも負けないね。

 

 

「ひ、ヒッキー!」

 

「ん?」

 

「放課後、部活来るよね!?」

 

「あー、確かウチのペットの餌買いに行かなきゃだから無理だわ。雪ノ下にも伝えといてくれ」

 

 

 

 

*****

 

 

...俺は間違った事なんて何一つ言ってない。そのはずなのに...

 

 

『椎名さん、前に八幡は私のご主人様、とか言ってた気がするんだけど...』

 

 

こんなことをのたまう阿呆が更に状況を悪化させた。平塚先生仰天レベルの。

 

 

『椎名さん、可哀想...。きっと酷いことをされてるんだわ...』

 

『うわーヒキタニ君、それは無いわー』

 

 

などなど。

はぁ...学生がそんなに責任の取れんことを易々と出来るはずがないのにそういう解釈をするのはどうなのだろう。責任が取れたらヤり放題だとでも思ってるんだろうか。言ったところで俺の言葉には耳も貸さないだろうけども。

 

 

「...ヒキタニって誰...?」

 

 

と、頭にはてなマークを浮かべたような表情の椎名に周りの喧騒が静まる。

皆目配せし合いながら、ニヤニヤとしている。

その目配せが終われば俺の方に視線を向ける。そしてまたニヤニヤ。

...ため息が出る。

 

 

「...八幡のこと...?」

 

 

誰でもわかる、とてつもない怒気を孕んだ小さく、力強い声。

わからないバカは言ってしまった。

 

 

「そうに決まってるっしょ!」

 

「八幡の名前は八幡よ」

 

 

何故だろう、椎名の声がこの世のものとは思えないんですが...。あの世で怒ったお釈迦様が八幡大菩薩を読んでるみたいな?...駄目だ。頭が混乱してる。

 

その後、パンクした自転車みたいにガックンガックンしてる馬鹿が椎名の前で土下座していた。若干嬉しそうだったのは伏せておこう。

 

*****

 

 

午後の授業は滞りなく進み、休憩挟んで2時間眠り続けた勇者を起こしに行く。

その勇者の席は窓際で、春であればぽかぽかとした日光があたるベストポジションだ。しかし今は梅雨時のために、蒸し暑さと直射日光のダブルパンチでかなり寝づらいはずだ。

だがその勇者は、ああーっと!ねむっているー!

額に滲んだ汗に引っ付いた前髪からして、かなり寝苦しかったのだろう。

 

 

「ほら、椎名。起きろ」

 

「すー...」

 

 

まぁこの程度で起きてるなら今朝ほどの苦労はしないよな。てか、コイツ今日のうちのどれくらいを寝て過ごしてるんだ?

 

知りたくないことに飛んでしまった思考を再び椎名を起こすことに切り替える。

 

 

「...ましろー」

 

「んー...」

 

 

返事をするような寝言。思わず噴き出しそうになりながらも肩を揺すって起こそうと試みる。

 

 

「ヒッキー!」

 

 

教室のドアの前で手を大きく振っている由比ヶ浜。いや、そんなに振らなくてもいいですから。見えてますから。

と、こちらにててて、と駆け寄ってくる。犬みたい。

 

 

「あー、ましろん寝てるの?」

 

「ああ。こりゃまた面倒なことになりそうだ」

 

「あはは...」

 

 

と、学生ズボンがぐい、と引っ張られる。

 

 

「......」

 

 

突っ伏した状態からこちらを睨みつけてくる目。まさしく狩人の目、もしくは鷹とか猛禽類みたいな鋭い目。

正直びびった。

 

 

「何してるの...」

 

「お前を起こしに来たんだよ」

 

「由比...ヶ浜さんも?」

 

「ん?あー、いやー、あはは...」

 

 

何その答え方。コミュ障の俺もびっくりな語彙力。

ムクリと起きた椎名の顔には制服の型が付いている。そしてどんな寝方をしていたのかわからない様な寝癖。何でそんなに羽ばたいてるの?

 

 

「あれ、次の授業は...?」

 

「「終わったよ」」

 

 

おっかしーなー?という風に帰る支度を始める。

その様子を由比ヶ浜と微笑みながら眺めているというのはどうもおかしな状況だ。

 

 

 

*****

 

 

「んじゃな、雪ノ下によろしく」

 

「うん!バイバイましろん!」

 

「...バイバイ」

 

 

ららぽに寄るために、今日は部活を休むという旨を伝えるように由比ヶ浜に頼み、昇降口から出る。

外に出れば初夏とはいえども、夏は夏なんだぜ。とでも言うように強い直射日光が降り注いでいた。そのうち陽炎とか見えそうだ。

 

 

「さっさと行こう。今日マジで暑過ぎ...」

 

「うん」

 

「だったら離れて...暑いから」

 

 

汗をかきながらも引っ付いてくる椎名に頼んでも離れてくれる気配がない。もう昔のノリから醒めてほしいものだ。

30℃を超えていると電気屋のテレビが報道している。テレビがウィンドウに並んでテレビ放送を流してるって結構古い時代な感じがするんだが、これは偏見なのだろうか。

それでもテレビに流れている中継には、腕を組んだり手を繋いだりと、既におアツいのに更に暑苦しくしてる人々もいる。

時代はクールビズだと言うのに、なに頭の中沸騰させてんだよ。

 

と、内心愚痴りながらも、自分も何やかんやでその状況にいることに気付く。

意外とその人達も仕方なしとか、体裁を気にした結果行わずを得なかった行為なのかもしれない。

...そうだと面白いのに。

 

くいくい、と裾を引っ張られる感覚になんだと振り返れば、汗だくでシャツが透けてしまい、下のものが見えてしまっている椎名がいた。

 

 

「...お、おいどうすればいいんだこれ...?」

 

 

盗み見る分には俺得なだけだが、同意(?)の場合、どうすればいいのか分かるもんじゃない。尚も袖を引っ張られ、

 

 

「お兄さん、少し休んでかない...?」

 

 

意味のわからん呼ばれ方にたじろぎながらも彼女が指差す方向に視線を投げる。

 

 

───そこには、鮮やかなピンク色の建物がそびえ立っていた。

 




クオリティが低いかも知れません。少し急いだので。

テスト期間に入るのでまた投稿出来ない期間が長くなるかもしれません。ご容赦をm(*_ _)m

読んで頂きありがとうございます!
感想、評価お待ちしております。


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俺...頑張ったよ...。


 

 

──ジリジリと歩道のアスファルトを焼く音が聞こえそうなほど日は照り輝いており、梅雨特有のじめっとした空気も相乗して体感気温が格段と上がる。

 

日は傾いているが、沈むにはまだまだ時間があるだろう。そんな時間帯に何故こんな、いっそ毒々しい色──ピンク色の建物の門前で俺は立ち尽くしているのだろうか。明らかに暑さとは別の汗が吹き出していることが分かる。

 

 

────今なんて言った?

 

 

 

「ちょっと休んでかない?」

 

 

...どこで?

 

まさかこの禍々しいピンク色に染めた豆腐を積み木よろしく積み上げたみたいな建物で?ヴァカでしょ。昼に18禁展開について湧き上がるアホどもをかなり馬鹿にしたばっかりなんですけど。フラグ?フラグだったの?

 

ふと、ズボンのポケットでスマホが振動する感覚がした。ディスプレイを見れば、『帰り、猫の餌』と、リマインダーがセットされていた。

 

 

「そうだな。デパートのフードコート辺りで一休みするか」

 

「お兄さん、暑いでしょ?休んでかない?」

 

 

半ば捲し立てるように椎名が食ってかかってくる。暑いのは半分お前のせいだ。──顔が近いっ!爛々と輝いて見える瞳が真っ直ぐに俺の淀んだ目を映している。

 

気付けば、制服の裾を掴んで背伸びしてまで俺に近付いてくる。

 

 

「待て待て待て!何でそんなに必死なんだよ!?」

 

「一緒に、休も...?」

 

「落ち着けばいいってことじゃねえわ」

 

 

正直、かなり揺れました。しかし、俺にも譲れないものはある。椎名がどんな思いで俺に迫ってくるのかは知らないが、今回ばかりは引き下がる訳にはいかないのだ。

 

 

 

*****

 

 

──嗚呼、神よ。今日ほどあなたを憎らしく思ったことは無い。

 

何故、先程まで雲一つ無く、澄み渡っていた空にこれでもかと上塗りをし続けたような仄暗い雲が覆っているのだろうか。そしてどうしてたった今、バケツの水をひっくり返したような豪雨に身を晒しているのか。

 

──ほら見ろ、いや見るな!椎名が!椎名がエロいこっちゃああぁぁぁああ!!

 

 

「ふ...ふふ、作戦通り...」

 

「...嘘つけ」

 

 

透けてしまった肌着を公共の場で晒しているからか、椎名の頬が熟れた林檎のように紅い。

 

制服が張り付いて、地肌の色まで透かしにかかっていた。吸い込まれていくように持って行かれる視線をどうにか逸らし、これからどうするかと思考を巡らせる。何にせよ、このLOVEなHOTELにチェックインなんてことは先ずありえない。どこかに喫茶店は無かったかと思い出そうとするが、出てこない。

 

 

「ふぇ...くしゅっ」

 

「...」

 

「八まっ...くしゅっ!」

 

 

八MAX?

はぁ、と溜息を零す。その手は卑怯だ。そんな状態で長く外に出せていられる野郎がどこに居ようか。内心で愚痴を零していると、こちらもブルりと背筋に寒気が走った。

 

 

「...はぁ」

 

「八幡...?」

 

「仕方ない。休んでいくか、おじょーちゃん」

 

「......」

 

「お前が始めたノリだろうが」

 

 

尚一層強まっていく雨足に責め立てられるように、地獄の門に向かって歩みを早める。

 

こんな所を雪ノ下にでも見られたら生涯罵倒され続けるかもな、と苦笑いが浮かんでいるのを自覚しつつ、エントランスのガラス張りのドアを押し開ける。

 

横では雨に濡れ、しっとりとした髪を揺らしながら未だに腕に擦りついてくるましろがいる。濡れて冷えてしまった身体の一部に人肌の体温が当てられるというのは、意外と心地良いものなのだと奇しくも教えられてしまった。

 

 

*****

 

 

「おお...」

 

 

と、椎名が感嘆の声を上げる。正直俺も上げかけた。

 

普通にホテルっぽかったので、少し気持ちが落ち着いた。流石に室内装飾までもがピンクピンクしていれば、変な空気になっていたかもしれないし。てか、雨宿り感覚でホテルに入るって結構やり過ぎな気がするのは俺だけ?

 

すると、部屋で何かを漁っていた椎名が何かを持って来た。男子高校生なら1秒も要さずに即答できるであろう物だ。

 

 

「八幡、これ何?」

 

「...近藤さんだ」

 

「なにそれ?」

 

「...──ぐだ」

 

「?」

 

「避妊具だよ」

 

「!!?」

 

 

ポトリ、と近藤さんが落ちた。

 

...避妊具を落とした状態のまま、椎名の時間が止まっている。しかし、視線は今でも落ちた近藤さんに向いており、『これは使っちゃいけないものね』とか呟いている。

 

ふと、窓を見ると雲間から光が差し込んできていた。どうやらゲリラ豪雨だったようで、直ぐに晴れてくるだろう。

 

──さっさと服乾かして猫の餌買いに行きますか、とドライヤーを探しに脱衣所に入る。ありがたい事に結構しっかりしたドライヤーだったので、乾くのにもそんなに時間はかからないだろう、と1人考えていると、後ろから首周りに腕を回すようにして抱き着いてきた。無論、椎名だ。

 

またか、とため息が出るのを堪えながら、後ろを向こうとすると、椎名の額が耳の後ろに突っかかって向こうにも向けない。

 

何なんだ、そう聞こうと口を開いた瞬間、

 

 

「こっち見ちゃダメよ」

 

 

と言われた。ぎりぎり見える彼女の頬は紅一色で染め上がっているように見える。

 

どきり、と大きく心臓が拍動した気がする。そのためか、無様にも呑気な声が零れ出てしまった。

 

 

「は?」

 

「...着てないから」

 

「え...」

 

 

肩甲骨辺りに感じる柔らかさは直のソレだったのか、と薄々分かっていたことの証明が成されてしまった。

 

所謂、アレだ。『当ててんのよ』だ。

 

全くふざけるんじゃない。こっちは理性を抑えるのに苦労しているのに、何故わざわざ裸体で抱きついてくるのかね。

 

なるべく椎名の柔らかい身体の感触を思考の外に追い出し、さっさと制服を乾かそうとドライヤーに手をかける。先客が使ったのか、プラグが挿さったままだった。

今更ながら、この部屋を()()()()意味で使う人達がいることを実感し、その部屋に男女が2人きりでいる事の重大性をひしひしと感じた。

 

軽く頭を振り、その思考も除き去る。

 

カチ、とスイッチを入れれば、直ぐにけたたましい音と共に強い風が吹いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

───小さな嗚咽の音と、啜り泣く音と共に。

 

 

 

 

 

 

 

泣いているのは俺じゃない。必然的にもう一人──ましろだ。

 

...何故、泣いているんだ?何か気に触るようなことをしただろうか、抱き着いてきたことに関する反応が薄かったから?...まさか、そんな事で泣くほどましろは弱くない。

 

 

──もし、ましろにとって、()()()()じゃ無かったら...?

 

 

まさか、と後ろを振り向く。今度は何にも突っかかること無く振り向くことが出来た。

 

そこには、強く目をつぶり、一筋の涙を流す彼女がいた。小刻みに肩を揺らし、身体を震わせ、何かに耐えるように強く目を閉じている。

 

──言葉が出ない。出そうとして開いた口は、何の音も発すること無く、金魚のようにぱくぱくと開いたり閉じたりするだけで終わってしまった。

 

 

「...どうして...?」

 

「っ」

 

 

彼女から放たれた言葉はどうしてか、今までに感じたことのない胸の痛みを誘った。開かれた目からは怒りと悲しみが入り混じった、いつもとは考えられない表情を感じられた。

 

 

「どうして、触ってくれないの...?」

 

 

いつもなら、鼻で笑っていなすような質問。それでも、返せない。鼻で笑うために出す空気が、肺に残っていない。

 

 

「『昔みたいに』頭を撫でたり、手を繋いだりしたいのに...っ!」

 

 

ああ...分かってしまった。彼女──ましろは何も変わってないのだ。『昔』から。

 

そして昔の日常に恋焦がれ、ましろが負の感情をたたえた表情をしていた時によくやっていた頭を撫でるやら、色々なスキンシップを望んでいたのだろう。...最後の強硬手段が色仕掛けとは恐れ入ったが。

 

俺との約束──『ずっといっしょにいようね』という約束が、呪いとなって『昔』にましろをつなぎ止めてしまっているのだ。

 

だが悲しきかな、どうやら俺は皮肉にも知らない内に変わってしまっていたようだ。

 

馬鹿な話だ。自身の持ち論である、『人は簡単には変われない』というのは、簡単には、という話ってだけで、ゆっくりとした時の流れが人を変えることは可能なのだ。

 

 

「ねぇ...どうして...?」

 

 

なら、変わってしまった俺ができるのは、彼女を『昔』とつなぎ止めている鎖を断ち切ることだ。

 

しかし、それはましろにとって至極最低で最悪なことだ。何しろ、何年も信じ続けた約束を否定する事なのだから。

 

嫌われるだろう。憎まれるだろうし、拒絶されるかもしれない。

 

汚い野郎だ。こんな自分が嫌になる。結局自分のエゴじゃないか。

昔の自分の無責任さを否定なんてしない。それは昔のましろを否定することと同義だ。そもそも幼い子供だし。

 

それでも、ましろをこのまま過去に縛り付けておいていい理由にはならない。だから──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──俺はましろを傷付けてでもましろを過去から切り離す。

 

そして願わくばもう一度彼女と──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





先ず一言。近藤さん、本当に申し訳ございません。


えらいことになっちゃいました。

シリアスっぽいのは入れないつもりだったんですが、それはそれでつまらない気がしたので、ちょいと入れてみました。...シリアス書いたことないんでどれが正解か分からず、手探り状態でしたが。評価が怖い(^^;;


原作を完全無視している今ですが、どちらの原作にも沿うことができるようにしていきたいと思っています。

...更に進みが遅くなる模様。


お読み頂き、ありがとうございます!
感想、評価お待ちしております。







次回が難産になること不可避な件について。


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『昔の』

お気に入り登録ありがとうございます。

300件を超えました!

これからも何卒よろしくお願いしますm(_ _)m


難産になると言ったな。あれは嘘だ。(あれ?過去編ぶっ込んだらいけるんじゃね?と思っただけ。)

結構急いだので誤字ってるかも知れません。その時は報告よろしくお願いします。


──真っ白な子がやって来た。

 

面倒な夏休み課題の算数のドリルをしていた時に隣に引っ越してきた家族の一人の少女。

 

肌や、輝く薄いブロンドの髪だけじゃなく、中まで真っ白な子。

 

まっさらで何も描いていないキャンパスのような、彼女の白さ、純粋さに興味が湧いた。

 

*****

 

 

昼過ぎ、引越しの挨拶に我が家に来たのだが、両親は既に仕事に出ており、俺と妹しか居なかった。

 

そのため、年長者で、兄である俺が来客をするハメになった。

 

 

「ったく...」

 

 

3度目を境にやたらとチャイムの間隔が狭くなり、今や連打と言っても過言ではない程のチャイムが家の中を鳴り響いている。チャイムが鳴る度にこちらの気分にも陰がかかってきて、ドアの前で押し開けるのを躊躇い、相手の顔を見るのが億劫になってしまった。

 

 

 

──ガチャ、と。

 

 

 

勝手に開いたドアを見て、ああ、これがホントの勝手口だな。なんて思考が堂々巡りしてしまった。そしてふと前を見ると、自分より頭一つ分ほど背の低い女の子が立っており、その事に目を白黒させていると、その女の子は徐に、

 

 

「...悲しい色ね」

 

 

と言った。

 

何を感じて俺をそう表現したのだろうか。その微動だにしない赤銅の瞳で彼女は俺の何を見たのだろうか。

 

しかして、俺の口は勝手に開いて。

 

 

「あんたに何がわかる」

 

 

と、自分でも驚くほどの凄みの含んだ声を出していた。何を怒っているんだ──、いや焦っているのか?

 

今まで抑え込んでいた()()()が、じわじわと鉄が熱せられるように燻り出したことに。

 

 

「何も分からない。でも...」

 

「分からないって...」

 

 

支離滅裂なことを言い、黙り込んでしまった彼女に若干の苛立ちが現れたのを感じた。

 

何に俺は苛立っているんだ──?

 

そしてまた、彼女は口を開いた。今度は質問という形で。

 

 

「ねぇ、あなたは何色が好き?」

 

 

こいつは何を言ってるんだ?まるで会話が成立していない。何故そんなことを聞くのか。それを聞いたところでまた話の論点はズレていくのだろうと諦め、その質問に付き合ってやろうと思考の海に潜る。

 

 

(色、ね...)

 

 

別に色に好みなんてないし、嫌いな色も特に無い。

 

俺を色で言い表せば、『黒』とか『灰』色とか、『迷彩』色?これは色なんだろうか。...まぁ、暗い、汚い、あまり好まれない色だと思う。

 

憧れ、という意味では、『白』とか悪くないと思う。

 

黒の対極にある白。俺にはない純粋さや淀みない色が意外と好きなのかな、なんて思った。...所詮無いものねだりだが。

 

『白』と答えようと、やや俯き加減になっていた頭を上げ、口を開いた瞬間、

 

 

「し──」

 

「きゃ──」

 

 

まさに女の子。というような小さな悲鳴を上げて、尻餅をついた。どうやらヒールとまではいかないが、少し踵が高く、先が尖っていたサンダルでバランスを崩し、足を挫くようになってしまったのだろう。

 

そして尻餅を付いたことで、白いワンピースの絶対領域が丸見えになってしまっていた。

 

たっぷり数秒。目が釘付けになってしまった。

 

そして少し視線を上げ、恥ずかしそうに手でワンピースを上から押さえている彼女と目があった。

 

かなりの気恥ずかしさと共に目線をゆっくりと彼方遠くへ投げ、先ほど答えそびれた質問に対する回答を流水の如く、口にした。

 

 

「白だ」

 

「...」

 

 

何故か反応がない。なんで?また話逸れるのかな?なんて思いながら、彼女に目を向けると、

 

ふるふると、熟れたトマトのように顔を真っ赤にして、涙目でこちらを睨んでくる。

 

あっるぇー?俺何かしましたかい?

 

余りに予想外の反応をしているので、未だに地面にぺたりと座り込んで小刻みにふるえる彼女に戸惑っていると、

 

 

「...それ、何の色を言ってるの?」

 

 

と、聞いてくるので、

 

 

「俺の好きな色だろ?」

 

 

と、聞き返すと、

 

 

「...変態」

 

「何故」

 

 

思わずマジトーンで反論してしまったが、ここである記憶がフラッシュバックした。

 

彼女が尻餅を着いた時、絶対領域の中は何色だった?

 

 

 

────白、だな。

 

 

 

「お、おい、違うぞ。別にそういう意味で言ったんじゃなくてだな」

 

「...えっち」

 

「だ、だから」

 

「すけべ」

 

「ちょっ」

 

 

次々に発せられる罵倒の嵐に四苦八苦していると、

 

 

「おにいちゃーん?何やって...」

 

 

やばい子が来た。

 

 

「こんな...こんな純粋そうな人に...お兄ちゃん、いやゴミいちゃんは何を...」

 

「ちょっ、小町?誤解だよ?」

 

「ここは1階だよ。はぁ...だいじょぶですかー?」

 

 

5階じゃねえよ。と言いたかったが、まぁ言ってもまだ分からんだろうなと思い、口を噤んだ。

 

結局話が何一つまともに成立しなかったな、と自分も自分じゃねえかと苦笑した。

 

 

何故か小町が白い女の子(意味深)を家に上げていた。

妹のコミュニケーション能力に感心しながら俺も家に上がろうと、もみあげ辺りから顎に垂れてくる汗を手首で拭いながら玄関に入る。

 

賑やかだった玄関前が静かになったことで、今まで意識にさえ無かった煩い蝉の鳴き声が、背中を押すように膨れ上がった。

 

 

 




少し短めでした。

感想ありがとうございます!もっとくれてもいいんやで...|ω・)チラッ

お知らせがありますので、良ければ活動報告を見てやってください。

お読み頂き、ありがとうございます!

感想、評価よろしくお願いします。



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名前

感想、評価ありがとうございます!
何だかハッキリした評価となってました(苦笑)

タイトルの名前を【君の名は】にしようとしたというのは内緒。



気付いたら10話到達してました(^ω^;)


ムシムシとむせ返るような暑さにのぼせそうになりながら、空調の効いた天国へ早足で進んでいく。閉められたドアを開け、流れ出る冷気に外とのギャップで鳥肌が立つ。

来客こと、...あれ?こいつ名前何だ?...まぁいいや、何にせよ同じ年位の女子とは言え茶も出さないのは流石に無礼だろう。

 

と、その足でそのまま冷蔵庫へ向かう。

 

\パッカーン/と開けてみれば緑茶が横面に並んでいた。

 

まぁこれでいいだろう。簡単な茶菓子と言えば煎餅だが、生憎それっぽいのは無い。

 

適当に戸棚を開け探していると、一口サイズに切り分けられたバームクーヘンを発見。それを適当な器に適当に放り込み、グラスと共に運ぶ。...やたら適当だなー(棒)

 

リビングのソファに座って仲良く談笑、とはいかず、小町が一方的に話しかけている様子が伺える。かなりの速さでまくし立てているので、あの女子も少し困った表情をしている。

 

テーブルに大きなつばの着いた帽子、麦わら帽子?みたいな帽子が置いてある。あの子のだろうか。

 

遠目から眺めていると、手がそろそろ限界を迎えようとしていたので、彼女と目を合わせないようにしながらお茶と茶菓子を並べる。

 

 

「...くれるの?」

 

 

と、彼女が聞いてくる。別に答える義理はなかったが、何だか意外そうな声だったので不思議に思いながら肯定の意を述べる。

 

 

「いらねえの?」

 

 

間違えた。これ完璧に喧嘩売ってるじゃねえか。

 

少し気まずくなりそそくさとその場を後にしようと踵を返す。そして右足を踏み出そうとしたところ、あの女の子に手首を取られた。

 

 

「な、なに?」

 

「ぁ...ありがとう」

 

「お、おう」

 

 

照れくさそうに頬を少し赤らめながら、上目遣いで礼を言ってくるあたり、此奴は確信犯かと思いたくなる。

 

 

「ほーん?ほほーん?」

 

 

ニヤニヤとまだ小学校に入ったとはいえ、まだまだ幼い小町が小悪魔みたいな顔をしてこちらを眺めていた。

 

...無視。

 

と、視線を彼女に戻せば、ぱくりとバームクーヘンをかじっている最中だった。何か驚いたように、はた、と行動が止まり、また再開した。...お前はリスか。そして脇目も振らず次々とバームクーヘンを平らげていくその健啖ぶりはいっそ清々しい程だった。しかし、入って20分も経たない家でこうやって菓子に手をつけるあたり、こいつは意外と神経が太いのかもしれない。

 

 

「...?」

 

 

知らぬ間にじっと見てしまっていたようで、彼女が怪訝な目で小首を傾げる。

 

 

「ん?ああ、なんでもない」

 

 

そう答えたのだが、何かを考えるような素振りを見せ、ゆるりとした仕草でペリペリとバームクーヘンの包装紙を破り、俺に向けて差し出してきた。

 

欲しくて見てたんじゃないんだけど...。ふと、彼女の髪の色がほのかに金色に輝いていることに気づく。

 

 

「ん」

 

 

器用にもう片方の手でバームクーヘンをもう一つ開け、それを口に運びながら俺に受け取れと小さく、強く突き出した。

 

ここまでしてもらって受け取らないのもアレなので、受け取っておくことにする。そうして受け取ろうとすると、

 

 

「あーん」

 

 

なんでやねん。

 

受け取ろうとした俺の手は見事に躱され、ゆらゆらとバームクーヘンを揺らしながら俺を、正確には俺の口を寄越せと催促する。

 

 

「いや、普通にくれ。何なら要らねえけど」

 

「食べるの。はいあーん」

 

「だから普通に...っ!?」

 

 

後ろからいきなり体重をかけられ、バランスを崩しかける。そんなことをしてくるのはあの小悪魔だろう。

 

倒れないように踏ん張っていると、いつの間にか立ち上がって俺の目の前にあの女子がいた。

 

 

「な──んぐ!?」

 

 

なんで?と、目を細めて問いかけようと口を開いた瞬間、柔らかい物体をねじ込まれた。

 

いきなりの事で、目を白黒させていると、目の前で小町とあの女の子がハイタッチを交わしていた。──片や悪戯が成功したと嬉しそうに、もう一人は特に何も写さない表情で。

 

傍から見たら結構シュールな画だ。

 

 

「美味しい?」

 

 

と聞いてくるので、

 

 

「甘い」

 

 

と答えておいた。

 

何故美味しいではなく、甘いと言ったのかは分からない。

 

 

*****

 

 

あれから1時間。あの後俺は宿題を終わらせるため、部屋に戻り、せっせと算数のドリルをやっていたのだが、先程の騒がしさから一転、誰もいないよと言われれば信じてしまうほどリビングが静かになっていた。

 

 

「外にでも行ったのか...?」

 

 

と独りごち、リビングのドアを開ける。そして見渡せば、彼女らが寄り添ってソファに座っているのが見えた。

 

やたらと静かだなと思い、その元まで行くと、2人とも規則的な呼吸をして眠っていた。その姿は仲良く一緒に寝ている姉妹に見えないこともない。髪の色が黒であれば信じるだろうなと思いながら、未だに名前の知らない少女の口元を見れば、バームクーヘンをあれからも食べ続けたことが容易に想像できる。

 

やれやれと、テーブルからティッシュを1枚抜き取り、その少女の口元を拭ってやる。

 

 

「んん...」

 

「ちょっ、と!?」

 

 

何故か前のめりになってしなだれかかってきた。この娘の目の前にテーブルがあるため、避けるわけにも行かず、正面から受け止めることを許容される。

 

異性ということを意識してしまい、その柔らかい感触が伝わってきて、否が応でも顔が熱くなる。しかも一向に目を覚ます気配がないのが殊更タチが悪い。

 

現在進行形で抱き合う形となっている状態で、数分が経っただろうか、もしかしたら1分と経ってないかもしれないが、目を覚ましたのはコイツではなく、我が愛する妹だった。『むにゅ...』と愛らしい声を上げながら微睡む目を擦っている。

 

普段なら眼福としていつまでも眺めていたいものだが、今では冷や汗が止まらないったらありゃしない。先程の『あーん』事件も小町が関わっており、この状態を見られて何をされるか分かったもんじゃない。

 

 

「...わぁ」

 

「こ、小町...?」

 

「お兄ちゃんに...は、春がやって来たよぉぉぉぉ!!」

 

「落ち着けぇ!」

 

 

面倒のベクトルがまた違った方向にぶっちぎって行った。この騒がしい状態でも身じろぎ一つせずに俺に抱き着いてくるこの女の子は本当に肝が据わってるというか、神経がないというか。

 

 

「妹が寝てる隣でこんな...こんなぁ...こんなシチュエーションになってるなんて、お兄ちゃん、G・J!」

 

「誰だ...俺の妹をこんなにした奴...」

 

 

凄くいい笑顔でサムズアップかましてくる妹に、項垂れることしか出来ない俺。しかし、項垂れると抱き着いてくるこの娘の肩に顔が近づいてしまい、即座に顔を上げる。

 

 

「小町は小町だよーん」

 

 

ヘヘヘとキラキラとした笑顔でそう言われるともう、そうだね!しか言えないと思う。

 

さて、俺を抱き枕のようにして抱き着いてくるこの少女はドウスレバイインデスカ?

 

すぅすぅと、首元にかかる息がくすぐったい。そして変に抱きついてきたため、ワンピースの肩のところがズレて胸元が少しずつ露になってきている。

 

 

「へ、ヘルプこまt...」

 

 

先程までそこに居た小町が消えた。リビングにすらいない。つまり、この状況を俺一人で打破しろと、そういう事だな?あぁ?

 

...いけない、何かが切れかかった。

 

 

「んーぅ」

 

「お?起きたか」

 

「...ぇ」

 

 

その紅い目が見開かれる。流石のこの娘でもこんな状況では驚きを隠せないか。それでも取り乱さないだけ、凄いんじゃないかと思う。

 

ビシッと固まる音が聞こえるんじゃないかと思うほどの綺麗な膠着。あちこちに飛び跳ねる彼女のくせっ毛が何とも微笑ましい。

 

 

「あの、そろそろ離れてくれません?」

 

「う、うん」

 

 

何この空気ー。さっきの図々しさはどこに行ったんだと思わずにはいられないくらいしおらしくなって、落ち着かない様子で視線を泳がせている。

 

おずおずといった様子で俺から離れる。ほのかに表情に翳りが見えるのは気のせいだろうか。特にその表情に俺が踏み入れる必要は無い。けれど、その翳りに何か重要な事が隠されている気がした。これまで翻弄された礼に多少仕返ししたところでバチは当たらないだろうと思い、少し探りをかけてみる。

 

 

「寂しい色だな」

 

「っ...何が...?」

 

「目の色」

 

「あなたに言われたくない」

 

「るせ」

 

 

何故か俺が傷を負った。なるほど、これがブーメランか。

 

それでも俺は彼女の動揺を見逃さなかった。『色』はただの意趣返し。つまり、なんとなく付けただけの付属品。あの俺の質問の最たる意味は『寂しい』のか、という事だ。

 

どういう事情か知らないが、それに近い感情を持っているのは明らかだ。それが何かは俺にも分からないが。

 

...もしかすると、彼女も俺に何か『悲しい』ものを見て、俺を『悲しい色』として表現し、俺が少なからず反応したのを見て、何か察したのかもしれない。そして、『分からない』と。...俺と同じ、なのだろうか。

 

そう思うと、親近感に近い、そう、『理解者』の存在が出来た気がして胸が暖かくなった気がした。

 

勿論、彼女はそうは思ってないだろう。俺の勝手な妄想かもしれない。それでも信じたいと思うのは間違ってないと思いたい。何故信じたいかなんて分からない。本能的な、突発的な何かだ。

 

 

「ふぅ...」

 

 

考え込んでしまって、意識を思考の海から引っ張り出せば、先程から目に映っていたにも関わらず、無機質に見えていた家の内装に温かみがこもった気がした。窓から差し込む光は彼女の薄く金に輝く髪を黄金色に染め上げていた。

 

 

「そろそろ帰った方が...?」

 

「...あ、そっか」

 

 

更に翳りが増す表情に俺の中で焦りと不安がせめぎ合うのを感じる。

 

打開策なんてすぐに見つかった。

 

 

「...なぁ」

 

「...何?」

 

「晩御飯、食ってくか?」

 

「ぇ」

 

「いや、別に無理する必要は無いぞ?その、親御さんとかもあるだろうし、あ、作るのは小町だから心配はないぞ?味なら保証する。何たって小町だからな!」

 

 

言い訳ならすらすらと出てくるのは何故ですか。

 

言いようのない恥ずかしさを一身に受けながら、相手の反応を窺う。

 

彼女は目を丸くして、時間が止まったように動かない。

 

 

「お、おい?」

 

「...いいの?」

 

 

先程やらかした質問だ。今回は失敗する訳には行かない。親にもよく言われる、『素直』になるんだ!

 

 

「お好きに」

 

 

『素直』?なにそれ美味しいの?

 

いや、ホント何この返し?こっちから誘っといて『お好きに』だってさ!ばっかじゃねえの!?ばーっか!ヴァーカ!

 

 

「ありがとっ」

 

 

そんな俺の胸中で悶え苦しむ姿は彼女の初めて見せた嬉しそうな笑顔に霧散された。

 

 

「てかお前、親に連絡とかは...何だよ」

 

 

あまりにも不服です。というような表情をしているので聞いてみた。何か癪に障ったか?

 

 

「お前じゃない、ましろ」

 

「は?」

 

「ましろ」

 

「...苗字は」

 

「...ましろって呼んで」

 

 

こいつ、俺が基本的に苗字でしか呼ばないことを悟ったのか...?だとしたら八幡検定3級位はあげたいところ。

 

 

「で、親に連絡はしなくていいのか」

 

「ましろよ。親はいないわ」

 

「一人暮らしなのか?冗談だろ」

 

「ましろよ。冗談じゃないわ」

 

 

意地でも下の名前で呼ばせたいらしい。しかし、その年(俺と同じくらい)で一人暮らしというのは、ちょっと親に問題があると思うんだが...。もしかすると、寂しいというのは、家に帰っても誰もいないということなのか。...しっくりくるな。

 

割とニアピンと思える考察になるほどな、と一人で小さく相槌をうつ。

 

 

「分かった。じゃあ小町に言ってくる」

 

「どうして妹は名前で呼ぶのに私は呼ばないの?」

 

「いや、兄妹はこんなもんだろ」

 

「お兄ちゃん?」

 

「やめろ、背筋がぞくぞくした」

 

「つまり気に入ったってこと?」

 

「お前は何を言っている」

 

 

何故か良くないと思ってしまう方向に思考がトんでいた。

 

まぁそれはさておき、その旨を小町に伝えねばならない。俺の独断だが、問題無いだろうか。...あるな。特に俺に。今日小町とこの娘「ましろよ」!?...の組み合わせで起きたことは基本的に俺に矛先が向いており、精神的にも物理的にもキツい攻撃が飛んできていた。今日俺はゆっくり眠ることが出来るのだろうか...?

 

 

「何を考えてんだ」

 

 

ため息混じりにネガティブな方向に考えていた自分を戒め、軽く肩を回す。コキコキという小さな小気味よい音がなり、進める足が軽くなった気がした。

 

後ろをついてくる彼「ましろよ」...女は、こうやって俺の思考に入り込んだりしながらぽてぽてと着いてくる。

 

 

「おm「ましろよ」...しろは「ん?」...もういいわ」

 

「...けち」

 

「けちって...」

 

 

結構頑張って名前呼びしてやったのにけちって...苗字を教えろよな。そうすれば気兼ねなく呼ぶのに。俺に女子の名前を呼ぶほどの度胸はない。小町か?小町は小町だろ?(錯乱)

 

階段を上がれば小町の部屋はすぐそこだ。どうせ爽やかな笑顔と共にオッケーしてくれる事に間違いはないだろうが、確認はしなければならない。何か詮索するような事は聞かれるかもしれないが、一切を黙してやろう。

 

そう決意しつつその部屋のドアを叩いた。

 

*****

 

 

「おっけぃ!まかせときぃ!」

 

「...何故関西弁?」

 

 

変なテンションの小町の対応に辟易しつつ、分かっていたとはいえ、快諾してくれたことにほっと一息をつく。だが、次に小町が発した言葉によって俺の中に流れている時間が、止まった。

 

 

「どーせなら泊まっていきます?」

 

「おと、まり?」

 

「そーです!私ぃ、ましろさんともっとお話したいなーって思いまして!」

 

 

...まぁ、俺に矛先が向かないなら別に構わん...か?正直嫌な予感しかしないが、こちらの要求を小町は通してくれたのだ。こっちもそれなりに許容する必要もあるだろう。この等価交換をその年で理解してやってくる小町の将来が少し怖いです。

 

「うん、いいよ」

 

「やたー!」

 

 

何故だろう...文面にすれば小町の方が年下なのに、立場が逆転してるようにしか見えない。

 

もしかして小町は既に察していたのだろうか。だったら俺の立つ瀬が無いってもんだが。

 

 

「じゃあ、お野菜が多分足りないので、買ってきてもらえます?お兄ちゃんと一緒に!」

 

「えっ俺?」

 

「え、お兄ちゃんはこんなに可愛くてか弱い女の子を1人外に放り出して心配ないって言うの?」

 

「うぐ...」

 

「ほらほら行ってくるー!」

 

 

そう言って家から追い出された。

 

何故二人?何なら俺一人でよかったじゃん?と家の中にいる愛すべき妹に念を送り続ける。そして返ってきたのはその念に対する念ではなく、2階からメモ用紙のようなものを紙飛行機に折りたたんで投げつけてきた。開いてみれば、どうやらお使いの内容のようだった。

 

...野菜が一つも書いてないのは何でですかね?書いてあるのはあって困らない、日用品がほとんどだった。

 

野菜を買うんじゃないの?

 

ちらりと後ろを見ればつばの広い帽子をかぶった白い女の子。ふわりと湿った風が吹き、帽子を飛ばしそうになるが、その子は上から慌ててその帽子を押さえた。

 

その姿はジ○リの映画のワンシーンのようで。

 

夕暮れの中に映える白いワンピースを着た女の子。彼女には分からない、今この瞬間。彼女はどれほど自分が綺麗な姿をしているのか知っているのだろうか。

 

あった時は何も映していなかったその瞳は夕陽と同じ色をしていて、物憂げな佇まいを醸し出している。

 

まぁ、その理由が分からなくもないんだが。

 

 

「ほれ、行くぞ」

 

「...」

 

「おい」

 

「...八幡」

 

 

別に驚きなんてしない。それも何となく分かる。

 

 

「...小町か」

 

「八幡」

 

 

まぁつまり────

 

 

 

「...さっさと行くぞ『ましろ』」

 

 

 

────こういう事なんだろ?

 

 




終わらせ方ァ...(´°ω°)








1つ、気になる事が。


君たちホントに小学生?
小町ちゃんとか性能高すぎじゃね?



.........(; ^ω^)




お読み頂き、ありがとうございます!

感想、評価お待ちしております。(2017/07/09 00:30訂正しました。)


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斯くして比企谷八幡は彼女の白さに苦労する。

ノーゲーム・ノーライフ ゼロ すげかったぁ...いやほんとに泣きそうになりました。

*****

誤字報告ありがとうございます。

白さ=純粋さ、無垢な。という意味のつもり。

よろしくお願いします。


やって来ましたは某スーパーマーケット。野菜や魚に肉類、日用品に至るまで基本的になんでも揃っており、主婦の御用達だ。

 

普通に行けば10分~15分で着くのだが、今回は軽く30分は超えただろう。このように、いつもの2倍以上の時間をかけてしまったのは主に後ろをついてくる見るもの全てが見新しいといったふうに周りをきょろきょろとしている彼女──ましろが原因である。何故か苗字は教えてくれない。

 

彼女は俺が先導して道案内しているにも関わらず、ここに来るまでに2桁はいったんじゃないだろうか、姿を何度も消していた。その度に俺は路地を奔走し、見つけてはどこ行ってんだと、同じ叱責を繰り返した。その度に彼女は『八幡、どこに行ってたの?』と、集団行動で言えば、『皆迷子になっちゃった』とか言う最早言ってることすら迷子な迷子である。

 

このやり取りに毎回辟易しながら、根気強く、さながらパルクール(笑)の如く路地を道路をと駆け回り、彼女を見つけては叱責し、さぁ行くぞと振り返れば既にそこには彼女の姿は無い。ステルスヒッキー顔負けである。こんな畜生ループを繰り返し、ようやくここに辿り着いたのだ。

 

片や涼し気な顔で、片やTシャツの背中が黒くシミになるほど汗だくで、スーパーの中に入っていく。

 

既に日は落ちかけており、空には星がちらほらと瞬いていた。

 

*****

 

そうして入った店内の空気に身体が震える。急激に冷えた汗が身体を冷やしたからだろう。だがそんなことは些細な問題だ。

 

 

「ああ...マジ天国」

 

「ちょっと寒いわ。...八幡、私外にいていい?」

 

「絶対に許さん」

 

 

許すものか。こいつを一人で置いておけばホントどこに行くかわからん。海でさえ越えてしまいそうな気がする。とにかく、カートに籠を突っ込んで、ポケットから複雑な折り目のついたメモを開く。一番上に書いてあるのはトイレットペーパー。ガラガラとカートを押して日用品売り場へ向かう。勿論ましろを連れて。

 

 

「この辺りか...?」

 

 

洗剤のサンプルが置いてあり、ほのかにラベンダーの香りが漂っている。その陳列棚の真ん中辺りに鎮座している、もったりとした白いトイレットペーパーの塔がある。

 

ダブルかシングルか。面倒なのでどちらも一つずつ入れておく。ふむ、もう籠がいっぱいになってしまった。次はカ○キラーなのだが、入るだろうか。最悪手持ちだな。

 

と、流れるようにトイレットペーパーを籠に入れ、彼女の存在確認をする。

 

 

「...?」

 

 

ちゃんとそこに居てくれた。...だが、何だろう?あのゆっくり咀嚼しているような口元の動きは。何だろうか、その手に持つお菓子の袋は。

 

 

「バリッ...ポリ、パリ...んくっ...ふぅ...?」

 

 

コテン、と小首を傾げてボディランゲージと言うのだろうか、疑問を表した。

 

 

「な、に...食ってるんだ...」

 

「お...せ、んべい?だって」

 

「『だって』って...ましろ」

 

「なに?」

 

「その手を止めなさい」

 

 

その後店員さんに変な目で見られ、最後には店長さんにまで通達が行ってしまい、プチ騒動となった。

 

 

*****

 

 

そんな騒動があり、俺は只今絶賛落ち込み中なのだが、隣では何故かご機嫌なましろさんがいる。洗剤やらシャンプーやらと重いものが意外と多く、右手の指先に血が行ってないのか、痺れるような痛みに苛まれる。...じゃあ左手に持ち帰ろよって話だが、その左手はましろさんにしっかりとホールドされ、手と手の間に空気が入らないほどしっかり握られている。...ついさっき指が絡まってきたところだ。

 

 

「ましろさんや、ちょいと左右代わってくれませんかね」

 

「ん」

 

 

そう言って俺を起点に回れ右をするましろさん。

 

 

「違うそうじゃない」

 

 

またスーパーマーケットに行くんですか?正直凄くあの店に行きにくくなったんで必要最低限あの店には近寄らないことを心に決めた。その決めて5分も経たぬうちにとんぼ返りはしませんよ。

 

 

「手ぇ離してくださいってことだ」

 

「...どうして?」

 

「俺の右手を見てみ?」

 

 

俺の右手を覗き込むように俺の体の前に身を乗り出し、そして首を捻る。

 

 

「で?」

 

 

ま じ か 。

 

この状況見て『で?』て。鬼ですかそうですか。...スーパーの袋からトイレットペーパーやら何やらよく分からない食器用洗剤?が飛び出ているのが見えないのだろうか。

 

まぁこの際指先の色なんてどうでもいい。ただでさえ大量の荷物を持っているのに、それを片手で持ちこたえているという事実を目の当たりにして欲しかったのだが、目の当たりにしたところでの話だった。

 

 

「と、とにかく、ホント右手がピンチだから手離してくんね?」

 

「...ん」

 

 

渋々といったように手を解いてくれて、その手には夏の暑さとは違った暑さの残滓が残っていた。

 

転じてましろの機嫌が傾いたように思える。彼女が意図してやっているのではないのだろうが、眉尻が下がって脱力したような表情になっている。歩く歩幅も狭く、速さも遅くなり、負の感情を抱いていることは明らかである。

 

 

「ふぅ...」

 

 

吐息のようなため息。きっとため息であることを隠そうとしたのだろう。

 

今更何を遠慮しているのだろうか。こちらがため息を吐きたい気分になってしまったが、何とか堪える。

 

ガシガシと後頭部を掻きながら仕方ないなと考える。

 

 

「ほれ」

 

「...ん?」

 

 

自由になり、血の巡りも戻って痺れも幾分かマシになった右手をましろの前に差し出す。何を意味しているのか理解しかねたのか、彼女は戸惑いの色を滲ませながらその輝く髪を揺らす。

 

 

「...あー、その、迷子になると不味いし、な?」

 

「...!」

 

 

やっと察してくれたのだろうか、目に火が灯ったように爛々と輝かせて口元をもごもごしている。

 

街灯もあってか、良く見える小さく緩んだ口元が少し印象的で、しばらく頭から離れないだろうなと思いながらも目に焼き付ける。

 

 

 

 

 

家に帰った時の小町に意味ありげな目は絶対に忘れないだろう。

 

 

*****

 

 

 

夕食は素麺だった。

 

夕食に素麺かよと思う人も少なからずいるだろうが、意外と何にでも合うということで色々なトッピングがあった。

 

オクラやらとろろ、果てには納豆といった粘りのあるものも悪くなかったし、湯通しした豚バラ肉を突っ込んで食べるのも結構美味しかった。

 

何にせよこの梅雨といったジメジメした暑さの中に晒された後の食事は冷たければたいてい美味しいのだ。いや、小町が作ったからかな?いや、そうに違いない。

 

 

「...けふ、ごちそうさま」

 

「お粗末さまですーましろさん!」

 

「ごっそさん」

 

「ん」

 

 

何その差?ましろには感情たっぷりの猫なで声だったのに、俺には感情すらこもってないたったの一語ですか?

 

若干のショックを受けながら今の状況を見渡す。

 

楽しそうに笑う、贔屓目無しでも最上級に可愛い最愛の妹と、興味深そうにその話を聞いているましろ。

 

彼女たちの笑顔のベクトルは真逆のように違うが、どちらも引けを取らないほど魅力的なことは身をもって知っている。

 

愛と勇気だけが友達の彼に対し、俺は彼女たちの笑顔だけで生きていける気がする(迫真)

 

 

「八幡」

 

「ん?」

 

「一緒にお風呂入ろ?」

 

「は...あ"?」

 

「お風呂...」

 

 

後ろでニヤニヤしている小町を見て、なるほどな、とすべてを察した。だが、毎回毎回小町に振り回されてきただけではない。俺だって成長し、対策を練るようになる。

 

 

「や、悪い。ちょいと素麺食って腹冷やしたみたいだわ。だから小町、先に一緒に入ってやってくれ」

 

 

完璧だ。これなら否定もできなければ、むしろ誘いにくくなっただろう。

 

心の中でガッツポーズを小さくかまし、晴れやかな気持ちで彼女たちを見る。

 

だが、そこには──

 

 

 

 

「じゃ、明日は入ってあげるんだ」

 

 

 

 

──最早小学生とは思えない程邪悪でいて、とても可愛らしい笑顔を湛えた小町が、そう計画的に言質を取ってきた。

 

 

 

どうやら俺は墓穴を掘ったようだ。そう認識する時には最早彼女たちの姿はなく、ただ1人、申し訳程度に置かれたグラスに入った食後のお茶を眺めていた。

 

 

 

 




まだまだ過去編は続きます…(白目)

ノゲノラゼロ面白いですよ。是非是非。

感想、評価お待ちしております。

お読み頂き、ありがとうございました!


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彼らは暑さに奔走する

この前から100件近くお気に入り登録が増えてましたΣ(゚д゚lll)
ありがとうございます。

それではよろしくお願いします。


...喧嘩した。

 

と言っても、特に殴り合った訳でもなく、取っ組み合いになった訳でもない。単にましろからの『あーん』を拒否し続けていたらこうなった。

 

いや、待って欲しい。聞いて欲しい。確かにあんな美少女に『あーん』をされるのは至福だろう、幸福だろう。だが、朝イチにフォークにトマトぶっ刺して寝起きに突き出してくるのはホント勘弁願いたい。ただでさえ苦手なトマトを朝イチで見るのは苦痛でしかない。

 

...どこかの国でキラートマトって言う映画があったらしいよ。確か、トマトが人を殺すやつ。まんまですね。

 

とにかく、そんなこんなでましろは2,3程小言を言って、先に図書館へ向かった。彼女は小学校も同じで、クラスも同じだった。どんな運命だよ。

 

 

「ああ...めんどい...」

 

 

頭に出てくるのは『めんどい』一辺倒で、思考の大半を占めてしまっている。重い足取りで、心持ち重くなった気がするリュックを背負い、玄関へ向かう。

 

 

──そこには左右入れ替わった俺の靴が。

 

 

何この可愛い嫌がらせ。思わずほのぼのしちゃったよ。むくれっ面で靴の左右を入れ替えるましろの姿が目に浮かぶ。知らぬ内に零れていた笑みを押しとどめて靴を履いて玄関のドアを開ける。昨日と一転、カラッとした透き通るような晴天だった。夏も真っ盛りと言ったところか。

 

 

「あちぃ...」

 

 

なんて愚痴ったところで気温が下がったりするわけでもない。ため息一つ、茹だるような暑さの中に歩みを進めていく。

 

...しかしホントに暑い。いつもクーラーの効いた部屋にいた為か、この暑さに身体が慣れてないようだ。じっとりと汗ばんで貼りつくポロシャツが鬱陶しい。

 

遠くに見える道路標識が揺らめいて見える。何と言う現象だったか...。

 

 

*****

 

 

...来ない。

 

(八幡)と初めて喧嘩した。

 

そんなことは今はどうだっていい。その八幡が来てない事が問題。

 

最近、と言ってもニ週間程の付き合いだけど、八幡と一緒に転校先の学校の夏休み課題をやっている。実際に宿題をやった記憶は無いけど。...だって図書館って涼しいから。仕方ないよね...?ね?

 

 

「遅い...」

 

 

彼の性格上、私のことはきっと追いかけてくれる。...そう信じて私が図書館に着いて1時間は経とうとしている。

 

...そんなに靴の左右の入れ替えがショックだったのかしら...?

 

首筋にひんやりとした風がそよいで、思わず身体が震えてしまう。今日はちょっと薄着過ぎたかなと思いつつ、私しか使っていないこの大きな机に突っ伏した。

 

 

*****

 

 

少ない金を払って自販機で天然ミ○ラル麦茶を購入し、液体を喉に流し込む。鳩尾に染み渡る冷たさにほぅ、と息を吐く。どうやら軽い熱中症だったらしい。

 

それなりに痛んでいた頭痛...ニホンゴムズカシイネ。は水分を取ったことで少し軽くなった気がする。

 

未だに少し目眩がするが、アイツ(ましろ)を長時間放置するのはマズい。寝てくれてれば問題ないのだが、仮に俺を探すなんて事があれば、それは俺への死刑宣告となってしまう。...こんなクソ暑い中町中走り回るなんて苦行はやめてつかあさい。

 

本当はあまり良くないと分かってはいるが、アイツを探すことに比べればこっちの判断の方が正しい選択だろうと思い、熱いベンチから立ち上がる。

 

 

「見つけ、た...っ」

 

 

すると、鈴のような声が聞こえた。

 

その声が聞こえた方向に視線を向ければ、問題のましろさんがいた。

 

......ふらつく足取りで。

 

 

「なにやってんの...」

 

「八幡が来ないから、探しに...っ、来た...の」

 

 

俺がここに辿り着いたときと同じ状態で、滝のように汗を流しながらそう答える彼女の姿には苦笑すら出てこず、どれほど自分に余裕がないことが分かる。

 

まだ日は登っている途中だ。

 

 

 

*****

 

 

────デカい。

 

何がって、家が。ましろの。

 

あれから結局、もう帰ろうかということになり、ましろが、『ちょっと私の家寄ってこう?』と言うので、普段なら断っただろうが、【涼】を求めたいがためにその言葉に甘えてしまった。

 

ちなみにましろはここ最近ずっとウチに泊まっている。家に寄ってこうと言ったのはそういう訳だ。

 

 

「入らないの?」

 

 

と、玄関のドアを小さく開いた隙間から顔を覗かせるましろさん。何かを期待しているような表情をしている気がするが、とにかく涼みたいので入らせていただく。

 

 

「...あっつ」

 

 

そりゃそうだわな。まだ帰って10分経ってないもんね。

 

 

「汗流してく?」

 

「結構です」

 

「...ち」

 

 

小町に言質をとられてから、かれこれ未だに一緒に入ってはない。あれから浴室の扉の鍵を閉めているからだ。それでも突入してこようとした時は本気で焦ったけど。

そしてこんな風にどんな手を使っても俺の風呂に突入しようとしてくるのだ。

 

 

「で?何を取りに来たんです?」

 

「ぱんつ」

 

「あ、俺帰ります」

 

「駄目よ」

 

 

鍵をかけ、チェーンロックまで施錠しやがった。別に室内にいるからどうってことないけど。腕さえ掴まれてなければ。

 

 

「私の部屋においで?」

 

「あ、結構です」

 

 

そう言いつつ俺を引っ張って行くましろ。それ聞いた意味ないじゃん。

 

 

*****

 

 

「ここよ」

 

 

と立ち止まった前には俺の部屋のドアより一回りほど大きなドアがあった。......なんだろう、凄く嫌な予感がする。

 

そんな予感も露知らず、ましろはゆったりとした素振りでその扉を開けた。

 

 

「いらっしゃい」

 

 

地獄絵図だった。

 

色々と散乱している上に、奥の方に謎のキャンパスが仁王立ちしている。何ともおかしな状況だ。

 

 

「気になるの?」

 

「ん?おお、特にあれ」

 

「どうぞ」

 

 

入りたくねぇ...。

 

 

「え"、これお前が描いたの?」

 

「お前じゃない、ましろよ」

 

「ましろ」

 

「そうよ」

 

「えー...上手いな...」

 

「ふふ」

 

 

ホントこの部屋に飾っておくのが勿体無い。美術館にあっても多分驚かないであろう、そんな作品がそこに鎮座していた。

 

てか、この溢れてるものはなんだ?と思いつつ、足元にあった布製の何かを拾い上げる。

 

......肌着だった。無言でぶん投げた。

 

 

「お気に入りなのに...」

 

「じゃあこんな所に放り出すんじゃありません」

 

 

ぽつりぽつりと愚痴をこぼすましろを放っておいて、部屋を見渡す。物が散乱しているので見渡したところでほとんど同じ光景の連続だったために直ぐにやめた。

 

 

「ほら、さっさと荷造りして帰るぞ。暑すぎる」

 

「りょーかいぃ...」

 

 

何故か甘ったるい声を出して返事をしたましろに魅了されそうになりながらも、その声に溶けないように頬の内側を噛み締めて意識をはっきり保つ。...冗談じゃない威力だった。

 

 

*****

 

 

......今、いいものを見た。変態的な意味ではなく、だ。何とか表情に出ないように気をつけながらもましろを手招きして呼ぶ。

 

 

「なに?」

 

「なぁましろ、あれってなんて読むんだ?」

 

 

と、指差すはちょうど先程までいた大きな家...の表札だ。そこには【椎名】と書かれている。多分【しいな】って読むんだろうと思うが。

 

 

「あれは...【しいな】よ。私の苗字......っ!!!」

 

「そうか、【しいな】って読むのか、ありがと、助かったわ【しいな】」

 

 

ほくそ笑みながら【ましろ】もとい【椎名】に丁寧に感謝の意を述べる。

 

 

「っ!っ!っ!」

 

「痛ぇ!おま、脛を蹴る...痛い!」

 

「ばか、ばか、ばーか...!」

 

 

今度は俺の貧弱な胸板を叩いてくる。普通に殴る感覚で叩いてくるから普通に痛い。

 

 

「ぶぅ...八幡のば「椎名」ふしゃーっ!」

 

「悪かった!だから脛にかかと落としなんて器用な真似をするな、あ"あ"あ"あ"!!」

 

 

見事に横かかと落としが俺の脛とふくらはぎの筋肉のちょうど境目辺りに炸裂した。貫かれるような痛みとともに、電気が走ったようにビリビリと痛みが伴う。

 

それと共に尻餅をついて仰向けに倒れてしまい、椎「ましろよ」...に見下げられるような形になってしまった。やってやったぜ、とでも言いたいかのように微妙に胸をそらし、これまた微妙なドヤ顔をかましてきた。

 

ふむ、ならこちらもそれなりに返してやろうか。

 

 

「あんまりふんぞり返るな」

 

「ふふん」

 

「......見えてんぞ」

 

「!!!!」

 

 

 

頬を真っ赤に染め、ましろが飛びかかってきた!

 




ちょっと賑やかにしてみました。

2人とも少し感情的な気がしますが、子供ってことで......ほんとに君たち子供なの?って感じがしない事もありませんが(^^;;

前書きを書いたのが3日前なんですが、お気に入り登録がそれから60人ほど増えてましたΣ(゚д゚lll)
...何があったし...?


読んで頂き、ありがとうございます!

感想、評価お待ちしております。

これから更新が不定期になるかも知れませんので、Twitter載せておきます。よろしければ(・∀・)

追記

すいません、Twitter検索で出てこなかったみたいなので、名前で検索してみてください。申し訳ありませんでした!

@kamesama1947749
亀吉('∀`) ←ユーザー名です。こちらで検索した方が出てくると思います。本当に申し訳ありません


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彼女の白さの中に恐ろしい物が潜んでないと誰が言った。

これで過去編折り返しでしょうか。

投稿遅れて申し訳ありません。受験勉強舐めてた結果です…(苦笑)
続けざまに本当申し訳無いのですが、定期的に更新する事が矢張り難しくなりそうですので、不定期更新になると思います。

ご迷惑をお掛けしますm(_ _)m


それではよろしくお願いします。


色々とあった夏休みも今日で最後となり、暮れゆく夕暮れの明かりを眺めながら、また学校といった監獄生活が始まるということに辟易としている中、俺はリビングにあるソファーと一体化していた。

 

 

「一週間、いや、二週間...一ヶ月足りない......」

 

「学校なんて無いのよ」

 

 

さらっと俺よりもえげつないことを言ってしまったせいで俺のセリフが霞んでしまっている件。表情も出さずに言うので真面目にハルマゲドンでも起こす気なのではないかと思えてしまう。

 

しかし、明日が来るのは必然のことで、それを止める術などなく受け入れる事しか出来ないのが現実である。

 

......畜生め...!

 

 

「てか何で君がいるの?」

 

「暇だから来たの」

 

「鍵は?」

 

「小町に貰った」

 

「...」

 

 

後でしっかりohanashiしようか、小町ちゃん?

 

まぁそれはさておき、来る明日に備えるため、ゴミ袋やらなんやらを調達するとしましょうかね。

 

 

*****

 

 

やって来ましたは某スーパーマーケット。...まさかまた来るとは思っていなかったが。

 

今回はしっかり椎名を連れてこれた。しかし、一度来た道をすべて覚えてるって...あの記憶力何なの?インなんとかさん並の記憶力でしたよ?

 

 

「八幡、何買えばいいの?」

 

「あー、ポリ袋と雑巾だな。別に鉛筆とかはあるんだろ?」

 

「うん」

 

 

そう、明日の準備を始めようとして直ぐに直面した問題が、学年だよりに書いてある、【持ってくるもの】欄の中にある物が何一つ揃ってなかったということである。

 

それがこうしてわざわざ外まで出てやって来ないといけなかった理由である。

 

 

「椎名」

 

「...何」

 

 

わーお、背景が真っ暗闇なエフェクトがかかって見えるのは俺だけでしょうか?いい加減にそろそろ名前の呼び方の一つや二つで機嫌を悪くして欲しくないものである。

 

 

「食うなよ」

 

「分かってるわ」

 

「ならよし」

 

 

前回と同じ轍は踏まない。俺は二度と店長さんの『何だこいつら』みたいな視線を受けはしない。

 

 

「お、これ結構お得な感じのやつかな...これ買っとくか」

 

お徳用パックみたいなものが目に入ったために、衝動的にカゴに放り込んでしまった。何だか主夫になった気分だ。......悪くない。働かずに家の警備か...悪くない!

 

 

「うし、そろそろ良いかな。しいn」

 

「バリッ」

 

「おい、なんだ今の音」

 

「ポテトチップスの袋が勝手に破れたわ」

 

「んな訳あるか」

 

 

二度目ともなるともう、なんと言うか諦めがつくのが早いというか、直行で店員さんのもとに行き、なんとか穏便にそして悪化させずに事を収めることが出来た。

 

見事なまでの神速フラグ回収をキメて、精神的に疲れを感じてしまう。何が『同じ轍は踏まない』だよ。

 

店を出れば、いつか見た事のある景色がそこにあった。夏休み最終日の夕方をこんな風に過ごすとは思いもしなかったが、明日が来る明日が来ると、今年の夏休みの思い出の感傷に浸ったり、陰気な感情に包まれて過ごすよりかはまだマシな選択だったのではないか、そういうふうに思える俺は果たして楽観的なのだろうか。

 

──ふと、持っていたレジ袋が軽くなった。

 

 

★★☆★★

 

 

明朝。

 

朝6時。

 

──重い。腹に何か乗ってるのか、圧迫されての目覚めは最悪だ。しかも6時。そして九月に入ったとは言えまだ夏が終わった訳では無い。この瞬間、この部屋だってまだ湿気のあるムワッとした暑さに包まれているのだ。エアコンはタイマーで夜明け前辺りに切れてるし。

 

 

「んだってんだよ...?」

 

「...すぴー」

 

「...お前かよぉ」

 

 

この場合、この俺の中で渦巻く鬱憤はどこで晴らせばいいのか分からなくなる。何故か?そんなもの答えは明白だ。

 

......コイツ人の話聞かないから。大体『で?』って返してくるから。

 

 

「はぁ、もういい。起きるか」

 

 

そう呟いて上体を起こそうとするが、中々起き上がれない。よく見たら椎名がシーツをしっかり掴んで俺を磔にしている。

 

起きることも許されず、かと言って寝られるような環境でも無し。こんな生き地獄を俺は後一時間弱過ごさないといけない。......助けて、母sはいないし、親jも昨日は帰ってきてないから......マイエンジェル小町頼りになると。そうなると朝食の準備で6時半には起きるだろう。よし、希望が見えた。

 

 

因みに小町に助けを求めたが、部屋に入るなり黒い笑顔を湛え、何事も無かったように部屋を出ていった。...解せぬ。

後、椎名が起きたのはそれから30分後である。遅刻ギリギリ☆

 

 

*****

 

 

朝食を無理矢理腹に詰め込み、ランドセルではなく小さなナップサックを背負い玄関へ向かう。今回は椎名と同伴ということで、気は抜けない。何しろ、椎名は学校には行ったことがないからな。小町もいれば百人力だったのだろうが、その肝心の小町はさっさと先に行ってしまった。お兄ちゃん泣いちゃいそう。

 

ともかく、しっかりと手を取り、引きずるようにして椎名を学校へ連れていく。彼女のせいでかなりの時間(主に着替え)を食ったのだ。これくらいの乱雑さがあっても許容範囲だろう。椎名にそんなものがあるのかは知らないけど。

 

 

「八幡大胆」

 

「なに?四字熟語?」

 

「...照れてら」

 

「...黙れ」

 

 

登校時の会話はこれにて終了。まるでお通夜だね。

 

 

校門前では、うじゃうじゃと人が集まり、『俺ポ○モンの映画行ってきたんだけどさー』だの、『──がめっちゃ楽しかったでー!』とか『これ!ほら!見てこの写真!』だの各々が夏休みにどれだけ貴重な事したか選手権が始まっていた。

 

俺からしたら鼻で笑って一蹴出来るけども。だって家になんちゃって居候がやって来たんだぞ?居候って本当に存在したんだよ?都市伝説とかじゃないんだよと言ってやったらどんな反応をしてくれるのだろうか。気になるけど気にしない。気にしたところで俺に関わってくれるような物好きはいない。

 

 

「むすー」

 

 

前言撤回。ここにいたわ。今朝からずっと。...あれ?ずっと?...何故だろう、頭が痛くなって来たよ?

 

 

「お、比企谷菌じゃーんw」

 

「あ、ホントだ!移るぞ!離れろー!」

 

 

第三学年の階に来るとそんな事を出会い頭の2人組に言われた。...あれ?まだ続いてたのかその設定。何故か俺様最強ステータスを勝手に与えられた俺。俺が歩けばそこにはモーゼの十戒。何だかいい気分。...そう思えばこういうのは楽勝で切り抜けられる。

 

が、

 

 

「...離れてくんね?」

 

「いやー」

 

「いやほんとに」

 

「や」

 

 

この厄介なひっつき虫がいるとまた話が変わる。これ周りからどう見られてるの?すげぇ怖いんですけど。

 

 

『え、何あの子かわいー!』

 

『目付き悪いけどなんか大人びた子と一緒にいるねー、どんな関係なのかなぁ?』

 

 

などなど。

 

今迄影が薄くあった俺を再認識し出す輩が現れだした。別に悪い事じゃないけど、椎名に関しては面倒なことになりそうだ。

 

 

「む、八幡の株が上がった」

 

「どこでだよ」

 

「そこいらの雌b「それ以上はいけない」...ん」

 

「おい、菌!」

 

「そこの半分目ぇ腐ったお前だよ!」

 

 

菌って...抽象的過ぎるだろ...。そんでもって例えが酷ぇ。そんで目は腐ってねぇよ。ちゃんと見えてるから。椎名の後頭部が...え?

 

 

「...」

 

「な、何だよ...」

 

 

アイツ落ちてないか?顔赤いよ?

 

 

「...ん?」

 

「......え?」

 

 

そうして回れ右して戻ってきた。心なしか何か達観したような表情をしている。

 

 

「どしたん」

 

「ここって三年生?」

 

「そうだけど?」

 

「何でここに一年生がいるの?」

 

 

「えっ、」

 

 

おっと、これが言葉の刃か。言葉は人を殺せるってあながち間違ってないな。うん。いい勉強になった。

 

 

「さあ?そろそろ時間が来るから行くぞ。同じクラスなんだろ」

 

「りょーかい」

 

 

とてて、と駆け寄ってくる椎名はどこかやってやったぜと言わんばかりの清々しい表情をしていた。...もしもアレを故意にやったというのなら、ましろん、恐ろしい子っ......!

 

 

因みに、それから俺に色々と言い寄ってくる輩は居なくなった。悪い気はしないが、少し気の毒である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




久々の投稿で語彙力の低下が見られます。ご了承を。

お読み頂き、ありがとうございます。


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失踪事件

せぃふ。
大詰めですね。
それではよろしくお願いします。


厳しい残暑を抜けて、秋を感じさせる冷っこい風が通り抜ける。校庭の背の低い木は一斉に小さな実を成し、葉も薄ら茶色に染まってきている。

その傍ら、身を屈めてその木の根元を食い入るようにして見つめる1人の少女の姿があった。

その瞳はなんとも儚げな色を湛え、話しかけることも億劫になる雰囲気を醸し出していた。

 

 

「...八幡」

 

「...よぅ」

 

 

砂を踏みしめる音を聞いて気付いたのか、はたまた始めから気付いていたのか分からないが、向こうから切り出してくれた。その声もまた陰鬱な調子をしていた。

彼女がこんなわかりやすく沈んでいるところは初めて見たので、場違いにも新鮮さを感じてしまう。

 

 

「何してんだ」

 

「これ...」

 

 

指さすところを見ても特に何も見えない。小さい何かなのだろうかと彼女と同じように身を屈め、指さすところに目を凝らす。

そこには動きの鈍った瀕死のセミの幼虫がいた。時期的に考えて、ヒグラシかツクツクボウシだろう。その時期を考えても、幼虫の状態でいるというのは中々珍しいのではないだろうか。だから瀕死なのかは定かではないが。

 

 

「この子は死んじゃうのかな」

 

「...まぁ、そうなるんだろうな」

 

「...悲しいな」

 

「...」

 

 

そっ、とその幼虫を手のひらに乗せ、慈しむような、それでいて辛く、苦しそうな表情を露わにする。と言ってもその変化は微々たるものだけれど。

しかしその悲しみは、何か芯となる別のものを覆い隠すような、例えば号泣している事を誤魔化すように欠伸をするような、そんな何かを隠しているようにも見える。

 

 

「なんかあったのか」

 

「べ、別にっ...」

 

 

そう言って、俺に横たわって動かなくなった幼虫を押し付け、駆けていってしまった。力尽きている事は見なくてもわかる。

 

 

「...はぁ」

 

 

零れるため息は、力尽きた小さな生命に対するものか、彼女の豹変に対するものか分からない。

 

せめて墓くらいは作ってやろうかなと思い立ち、周りの地面を踵で掘ってみるが、多くの人間に踏み固められた土はこの亡骸を埋めるには不十分な深さしか掘れない。

帰り道にある公園にでも埋めてやろうと、両手で包み込み、彼女の走り去った道を彼女とは逆の方向に足を動かす。

ふと、靴紐が解け、その紐を踏んでしまってつんのめる。しゃがみ込んで遺骸を横に置き、靴紐を結び直す。その時に、形容し難い靄のようなものが心を覆った気がした。

気のせいだとかぶりをふり、遺骸を再びつまんで手で包む。後ろ髪を引かれる思いだが、それを振り切るように歩を早めた。

 

 

*****

 

 

日が落ちるのも早くなったと自覚できるようになり、蝉の代わりに秋虫のさざめきが聴こえる。

彼女はまだ帰ってこない。別に彼女が自分の家に帰っているなら問題ないのだが、ここ最近ずっとウチに居座り続けていたため、もしかすると、といった予感がしてならない。実際それが無くても俺の中では警報が鳴りまくっているのだが。

 

 

「ましろさん、どうしたのかなぁ...」

 

「そうだな」

 

「むっ、お兄ちゃん、心配じゃないの?」

 

「心配って言うか、危惧とか懸念ってところだな」

 

「まーた難しい言葉使っちゃってさー!キグ?ケネン?知らないよそんなの!」

 

「いや、心配のワンランク上の心配みたいな?」

 

「じゃあましろさんの家に行って確認してくる!はい行ってらっしゃい!」

 

「えっ」

 

...まぁ心配っちゃ心配だし。家隣だし。行きますかね。

 

 

*****

 

 

家の中の明かりはついている。と言っても、彼女のズボラな性格からして付けっぱなしということも全然ありうる。

とりあえずインターホンを探す。それは表札を見つけた時に一緒に見つけていたのでどこにあるかは直ぐに見つけられた。

カチリ、と小さな手応えに呼応するように家の中にチャイムが響いた。

しかし、反応はない。帰ってないと考えるのが妥当だろう。

 

「流石に鍵は閉まってるだろ......」

 

何の気なしにドアノブを回すと、ガチャリとなんの抵抗もなく開く少しばかり豪奢なドア。

 

「...大丈夫かよ」

 

彼女の色々な部分が心配になってきたが、家の中にいるかもしれない。その可能性が有り得るし、ちょっと気が引けるが勝手にお邪魔します。

玄関で靴を脱いで直ぐに赤く点滅する何かが見えた。何故か廊下は真っ暗で、その点滅が異様な恐怖を湛えているように感じる。

...怖くなんてなーいさ、お化けなんてなーいさぁ!

 

「......家電かよ」

 

チカチカと瞬く赤い光は、どうやら留守電を記録している事を示しているらしい。...押してもいいだろうか。まぁ最悪椎名には言伝で教えればいいよなと一人勝手に納得し、点滅するボタンを押す。

 

『はーい!マシロ〜!』

 

「...誰だし」

 

『そっちはもう準備出来たのかしら?こっちに着くのはいつ頃かしら?着く時言って頂戴ね!迎えに行くから!』

 

......なるほどね。

確か帰国子女だと言うことは知っていたけど、そろそろ帰ってきなさいというお達しがやってきたということなのかね。

そしてこの電話の相手の少女であろう声はとても楽しみに、そしてどこか挑戦的な色も伺える。もしかしなくとも、椎名のライバル的存在なのだろう。まぁ、彼女がそう思っているのかどうかは置いておいて。

......何だろうか、この腹の中で渦巻く感情は。

電話の相手に何も悪い事など無いのに、その相手に対して黒い感情が湧いて出てくるのが分かる。

一歩その電話から離れ、一つ深く呼吸をする。

気分は落ち着いた。とにかく、相手がこの家に居ないのはもう分かっている。だって玄関に靴無かったし。

 

「探すか」

 

誰に言うわけでもなく、自分に発破を掛けるように成した声は、心無しか震えていたような気がする。

 

 

*****

 

 

 

 

 

リタから電話が来た。

 

 

帰って来いと。

 

 

みんな待ってると。

 

 

......嫌だ。

 

 

何故かは分からないけれど、なんか嫌だ。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

......居ないんですけど...っ!

これかなりヤバいんじゃないだろうか。海とか越えてない?流石にそれは無いよね?

......なんか地雷踏んだ。突如としてやってきたこの感覚。

日も暮れてきたし、流石に見つけないと夜中に探すのは無理がある。募る倦怠感を振り払い、捜してやろうと視線をあげる。

 

「......八幡?」

 

「あ?」

 

お目当てのターゲット発見。発見された形で発見した。なんだこれ。

 

「「......」」

 

......なんだこれ。

日も暮れてしまったのか、雲がかかったのか、目に見えて光量が減ってしまい、彼女の表情が更に翳りを増しているように見えてしまう。

 

「...何してるの?」

 

「お前を捜してたんだよ」

 

「...ごめんなさい」

 

「...謝れたんだな、お前」

 

「...ましろよ」

 

いつも通りを演じているつもりなのか、それとも意地なのかは分からないが、未だにそこにこだわる彼女を見て自然と笑みが浮かんでくる。

 

「戻るんだろ?向こうに」

 

「...嫌」

 

「でも、戻るべきだって自分でも分かってるんだろ?」

 

「...」

 

沈黙は肯定だと言うが、これほどまで分かりやすいものなのだろうか。彼女は表情をあまり表に出さない子だけれど、何か知られたくないことを包み隠そうとしている時はその変わらない表情も変わって見える。

 

「だったら...」

 

「どうしたらいいの...?ねぇ、教えて...?私まだここに居たい、八幡達と一緒に居たい。どうしたら向こうの皆とも一緒にいられるのかな...」

 

「そりゃ、俺らも付いて行くくらいしかないだろ」

 

「じゃあ...」

 

「流石に無理だろ」

 

そう苦笑混じりに言うとまた黙り込んでしまう。

確かに俺とましろはそれなりに気の許せる仲にはなったと思うし、別れるのが辛くないのかと聞かれたらそりゃ辛い。

 

「...でもどうしようも無くないか?」

 

「嫌よ。まだ終わってない...!」

 

「そう言う問題じゃないと思うけど」

 

「...八幡は私に帰ってほしいの......?」

 

「いや、そういう訳じゃなくてだな...」

 

「じゃあどういう意味なの」

 

ジトッとした眼差しで見つめられて、半歩後退してしまう。その下がった分を詰めようとましろが進軍して来る。

 

「おい、近っ、近い!」

 

「む...」

 

逃がしませんよと言わんばかりの追求の眼差しを止めないましろん。怖いです。

...てか近い。最早顔が見えない程近い。てか抱きつかれてますねこれ。目と鼻の先にあるのは彼女のつむじ。若干汗をかいたために香る、シャンプーの残り香が鼻をくすぐる。

 

「気が済んだら離れろよ」

 

「じゃあ気が済むまで離れないわ」

 

「それっていつまで?」

 

「いつまでも」

 

「降参。ギブアップだ」

 

「じゃあ、あと少し、だけ...」

 

そうして額をぐりぐりと擦りつけ、俺に表情を見せないように踵を返した。

中途半端に手を伸ばすと、その先には振り返ってこちらを優しいながらも諦観した眼差しで見つめる女の子がいた。まるで今生の別れのように。

 

「...お」

 

おい、と声をかける間もなく彼女は走っていってしまった。

腕には彼女の体温が、そして胸には暖かく感じたものが冷たくなって突き刺さり、そこから漏れ出すように彼女との思い出が脳裏に浮かんだ。

同時に、胸の中が空っぽになっていくような感覚に襲われた。

空を垂れるような仄暗い分厚い雲が覆っていた。気を利かせて雨の一つ降らせてみろよと心の中で悪態をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いやはや今回は少し重い感じになりました。
やっぱりシリアスは難しいです。

毎回思う、この過去編の彼と彼女に対する疑問。
……君たちホントに小学生?

それではお読み頂き、ありがとうございました。
感想、評価お待ちしております。
























知り合いがリア充になってました。君たち受験生だよね!?

……いいですもん。僕には読者様がいるので。

勉強ツライネ _(:3」∠)_ 


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玉虫色の風

タイトルに意味はなく。
更新遅れてすみません_|\○
次話で過去編完結となるはずです。

さっさとシリアス抜けてぇ…(小声

それではよろしくお願いします。


次の日の明け方、澄んだ空気を鋭く刺す朝日に眠気眼を細めながら新聞を取りに外に出ると、隣の家──ましろの家に引越し業者が来ていた。

それを横目に家に入ると、仁王立ちするパジャマ姿の小町に遭遇した。何してるのかなー?と思いつつ、いそいそと靴を脱ぎ、家に上がろうとすると、凄まじい力で両肩を押さえつけられた。

...なんで?

 

 

「何、勝手に上がろうとしてるのかなー?」

 

「妹に許可取らんと入れない家なんてあんのかよ...!」

 

「ここに、ね...!」

 

ね!じゃねえよ。そんな家あってたまるか。

しかし何だろうか、この違和感。この嵩む重力に微量ながらも確かな違和感を感じる。

...あー......。

 

「小町」

 

「なぁに?」

 

「お前、太った?」

 

「えっ」

 

呆けた声を放ち、みるみるうちに顔色が悪くなっていく。終いにはこちらが心配する程のしてはいけない顔色になってしまった。

これはしてはいけない質問だったかと思い至るに5秒かからなかった。

 

「う、うそ...うそだよね?質の悪いジョーダンだよね?! 」

 

「おう冗談だ。だから気にすることないぞ、うん」

 

「うわぁぁぁ!嘘だァァァァ!絶対嘘だぁ!もう今日からお兄ちゃんのおかずから動物性タンパク質ぶっこ抜いてやるぅぅ!!」

 

「...え?ジョーダンだよね?」

 

「...勿論嘘だよ」

 

一転していつもは小悪魔笑顔で放ってくるセリフが今回はもう、サタン。サタン様ですわ。

 

「そうか...今日から豆腐というタンパク源パラダイスなのか...」

 

口は災いの元。このことわざを痛感したのは初めてのことだった。以後気をつけます。

 

「で?ましろさんのことはどうするの?」

 

「...どうにも」

 

表情の切り替えが早いこって。

実際どうすることも出来ない。そもそも子供の都合で大人の都合が覆せるわけが無い。...この引越しに大人の都合が含まれているのかどうかは分からないのが本音ではあるけども。

 

「...逃げるんだ」

 

「...いやいやまてまて、これは逃げじゃない。そもそも、アイツのことに勝手に関わるのは良くないし、あっちも迷惑だろ」

 

「小町、お兄ちゃんのそういう所よくないと思うな」

 

自分の目が見開かれるのが分かった。

 

「そうやって自分を差し置いてさ、こうある方が正しいんだ、みたいな。こんなこと言いたくないんだけどね、お兄ちゃん、いつか損するよ」

 

「...そんなことしてない。俺はやりたいことやってるから」

 

「...そっか、それなら小町は何も言わないよ。けど、小町は前みたいにお兄ちゃんにもうちょっと笑ってて欲しいなって感じ...あっ!今の小町的にポイント高い!?」

 

「最後がなけりゃポイント高かったな」

 

しかし、俺そんなに笑ってたか?前っていつの事だ?

湧き上がってくる疑問が頭の中に靄がかかるように不明瞭になる。...本当に自覚がないというか、笑ってた自分が想像出来ない。大体、笑うという感覚をいちいち毎回感じてないし。

 

「ましろさんといる時、お兄ちゃんずっと楽しそうだったよ」

 

「はい?」

 

何故そこに椎名が出てくる?楽しい思い出などほとんど無いし、むしろ大変だった記憶しか残ってない。しかもその記憶だけが妙に鮮明に残っている。

 

「ほら、にやけてんじゃん」

 

「...マジか」

 

口元に手をやると微かにだが、口角が上がっているのが分かった。そう自覚してしまうと、その大変だった記憶がはっきりと浮き彫りになってきて、その瞬間を悪くないと思っている自分を写し出した。

 

「ほらほら行ってくる!善は急げぇ!」

 

「へいへい」

 

小町には敵わないなと、心の中で嘆息一つつき、ドアノブを回した。

 

 

────

 

 

「小町以外にああいう顔をするようになって...成長したねぇ、お兄ちゃん」

 

そう零してみたが、胸を小さくつつく棘が消えることはない。小町以外に笑わなかった兄が他の誰かに楽しみを覚えるようになったのだ。嬉しくないわけがない。

 

「むー、でもやっぱり寂しいなぁ...」

 

しかし別の言い方をすれば、私だけのものがましろさんにも渡されるということで...。

わっかんないなーこの感覚。

 

「これがじぇらしー?なのかな、お兄ちゃん」

 

そう問いかけてみるが、目の前には嫌味のようにドアが立ちふさがっている。

...ムカついたのでアルコール消毒液を噴射しておいた。

 

 

──────

 

 

 

家を出て数歩。少しばかり派手な門の前に到着。家の中を引越し業者が駆け回っていることが分かる。

...アイツ部屋片付けたんだろうな?...心配だぁ...。

 

「ん?小僧、何してる?」

 

急に後ろから声をかけられ心臓が飛び出そうになった。

 

「ちょっとー?」

 

何故だろうか、汗が止まらない。身体が震える。...俺は薬物中毒者じゃないぞ?!

 

「な、なにゃんですか」

 

「...くっ」

 

噛んだ上に笑われた。頬が熱くなるが、目の前の赤に近い茶髪の女の人は特に気にした様子もなく、試すような目で問いかけてきた。

 

「ましろのお友達かな?」

 

「...知り合いです」

 

「...ほほー、コイツがねぇ」

 

「...なんすか」

 

「いやいや、いつもは本当素っ気ないあの子がね?今回はなーんか行きたくない感を出してんのよ」

 

そう言ってニヤニヤと俺を眺めてくる。...俺だってそこまで鈍感じゃない。その行きたくない感の原因はきっと俺なのだろう。なら、ケジメはつけるべきなのだろう。一介の男として別れの言葉の一つや二つは言えなくてはいけない。

 

「...どこにアイツはいるんですか」

 

「んー、まだ渋ってたら千葉駅にいると思うよ?でもまぁ、諦めてたら居ないだろうけど」

 

最後の言葉を聞いた瞬間、俺の足は、俺の頭の中の葛藤など無かったかのように、まさしく鎖から放たれたように回転し始めていた。

 

 

────

 

 

「なんだ、走るの速いじゃねーか。なら荷台に乗らなくてもいいよな」

 

走り出して30秒は経っているはずなのに、さも当然かのように隣からさっきの女性の声が聞こえた。

真っ白になっていた頭の中が急に冴えていった。

 

「なんで...!?」

 

「いや、私自転車通学だから」

 

「あ、そうですか」

 

肩透かしを食らった。なんだか気の抜けそうな会話から思考を引き剥がし、走ることに集中する。

他のことは考えるな。千葉駅に向かって走ることだけを考えろと、休みでなまってしまった足に鞭打ち、さらに回転数を上げる。

 

「だぁからぁ、乗せたげるって言ってんでしょーが」

 

その声とともに、先に行って待ち伏せしていたのか、えりの部分を掴み上げて、自転車の荷台に乗せられた。...長らく忘れていた後ろに乗せられる感覚。何時ぶりだろうか、幼稚園ぶり?

ていうか、そんなこと言ってた?

 

「しっかり掴まってなさいよ!」

 

そんなことを言われましても、はやくなった動悸と今の状況を理解できないことに困惑してしまって何が何だか分からない

 

「いや、掴まれってそもそもどこに...っあ"あ"あ"あ"あ"!!?」

 

しんちゃんの母ちゃん顔負けの速度で下り坂、上り坂を爆走する。流れる景色が線のようだ。あれだ、前CMでやってたグラファイト自転車効果線ってやつだ。あれ、違う?違うな。

 

「ほらほらしっかり掴まってないと、振り落とされるわよん♪」

 

そう言った次の瞬間、ヘアピンカーブのような右折路を超速のドリフトで差し込んでいく。生きた心地がしねぇ。

 

「安全運転!安全運転でお願いします!」

 

「そしたら間に合わなくて、あの子行っちゃうよ?」

 

「何ちんたらしてんだ!ぶっ飛ばせぇぇぇ!!」

 

「あーっははは!いーねぇ!そーこなくちゃな!」

 

あれ?俺今何を...?

 

「ラストスパートだ!しっかり掴まってろよガキんちょ!」

 

ガチガチガチ!と六段変速と思われる自転車のグリップが力まかせにねじられる音が聞こえてきた。

そして────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────俺は風になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────

 

 

「ほら、着いたわよ?ちょっと?ほら、腰から手を離して。私も降りれないじゃない」

 

「...おっかねぇ......」

 

そう言いつつ、いつの間にか握っていたその女性の制服と思われるカッターシャツを離し、大地を踏みしめる。

 

「嗚呼、地面って良いなぁ...」

 

「あーあー、あんたのために全速でここまでチャリ漕いでやったのに、そんなこと言うんだー」

 

「...ありがとうございました」

 

「うん、それでよろしい。そんじゃま、行っといで」

 

そう言われて駅構内を見る。駅の先端の方に特徴的な髪の女の子が立っていた。思わず安堵の息が漏れる。

しかし、電車の到着を知らせるコールがあり、背筋が凍ったように固まってしまった。

「...マジか」

 

とにかく走る。改札を通っていたら時間が無い。なるべく近くまで行って、声をかけようと試みるが、現実は非情である。

すぐに電車がやって来て、俺と彼女の間に立ち塞がった。

声をかけても聞こえないであろうことは明白だった。既に息も切れている。

 

「...」

 

成すすべもなく、そこに佇むことしか出来なかった。

その1分2分後、電車は発進してゆっくりとその壁を溶かしていく。

その後ろには彼女の姿があるのか、唇を噛みしめ、鋭い痛みがしてきた所でその壁は音と共に消えた。

 

──その先には、彼女の姿があった。

 

何をする訳でもなく、ただ空間を見つめるようにぼーっとしている。その中に俺は映っているのか。

 

「...あんまり焦らせるなよ...」

 

そうは零すが、笑いが込み上げてくる。

しかし、そうのんびりとしていられない。次の電車も迫っているのだ。さっさと切符を買って別れの一言くらい言わねば。

 

 

引き攣る足の筋肉にはっぱをかけ、切符売り場に可能な限り出せる速さで走る。

明日は筋肉痛待ったナシだ。

 

 

 

 

 




千石先生ムズい。上手く描写出来たか分かりませんが、過去の先生は想像しにくいんですよね。

それではお読み頂き、ありがとうございました!

次の更新ものんびり書かせてもらってますので...気長にお待ちください(´・ω・`)

因みにこれ書いてるときに風が吹く街って言う歌を思い出しました。確か文ストのEDだったかな?

でも Noisycell が好きでござる


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約束


ひまわりの約束ってサブタイにしようと思ったのは秘密。

ご無沙汰してます。本当更新遅れてすみません。受験勉強受験勉強でいっぱいいっぱいでして...(^_^;
今日は時間が取れたのでようやく完成しました。

今後もこんな感じになりそうです。ご迷惑おかけします。

それではよろしくお願いします。


 ──俺は何を馬鹿なことをしているのだろう...

 

 ──俺は何をしに、ここに地獄を見てまでやってきたのだろう...

 

 今俺は何を──────......

 

 

 

 **

 

 

 

 

 

 

 ふくらはぎの筋肉が引きつって震えているのが分かる。今にも膝がくの字に折れ曲がり、地面に物理的挨拶を交わそうとしている。

 それでも、笑う膝に握り拳1つ、傍から見たら千鳥足のような足運びで切符売り場に向かう。

 

「...」

 

 その足が、ふと、止まる。

 

 大事なことに気づいた。

 

「金...」

 

 金が、ない。

 

「んん!?」

 

 ある訳もないのに、空っぽのズボンのポケットやシャツの胸ポケット、身体中至る所を抑えて確認し、俺が望むブツがこの場に存在しないことを確認。

 

 

 ──ここに、財布など、ない。

 

 

 これは由々しき事態だ。財布も無しに、あるいは金も無しに切符売り場に来る馬鹿が何処にいるのだろうか?ここにいたわド畜生...っ!

 園児でも無いのに顔パスでもしてやろうかとも考えたが、何を言おう、駅員さんがちょっと修羅場くぐってきましたみたいなやばそうな顔をしてるのでそんなゲスなことは出来ない。てか、園児も一人で乗車する時は子供切符買わないといけないんだぜ。

 

「向こうに気付いてもらうしかないか...」

 

 正直これはあまりいい手段とは言えない。

 ほとんど無の境地に至っているアイツに気付いてもらえる可能性なんて確率5割も無いだろうし、駅構内の喧騒やらアナウンスやらで俺が精一杯声を出しても聞こえないかもしれない。

 しかし金がない今、それしか方法が思いつかない。ならば早く実行に移すのが吉だ。

 ......膝が笑うどころか、大爆笑しているが、そんなもん知らん。泣きを見るのは俺だ。笑うなら勝手に笑ってろと、半ば投げやりに思考を放棄して無理矢理足を動かす。

 

 

 

 ***

 

 

 

「...」

 

「...」

 

 ...絶対目ェ合ってると思うんだがなぁ......?

 向こうも向こうとて、こちらから目を離そうとしていない気がする。

 

 試しに手を振ってみた。

 

「...っ」

 

 胸のあたりまで手を持っていき、手を振ろうとしたところでその手を引っ込め、そっぽを向いた。

 

 ...見えてますやん。

 

 一応まぁ、これで最悪の場合を回避することはできたと思う。

 さて、俺には金がない。椎名に来てもらうしか方法はないわけだし、こっち来いみたいなジェスチャーでもすれば来てくれるだろう。電車が来るまでに来てくれるといいけども...。

 

 

 

 手招きしてみた。

 

 

 

「...」

 

 

 やめて。そんな目で見ないで。そんなハイライトの消えた目で見つめないでください。

 ...どこに電話する気かな?

 

 とにかくそれは不味い。この年で前科作りなんてやってられん。だから次の手を考えろ俺っ!アイツがボタンを押し終えるまでにっ!

 

 

 口パクで名前を読んでみる。

 

 

 し、い、な、と。

 

 

 ...何その不服そうな目。ガラケーのボタンをモタモタと押していたのをやめて、パタン、と閉じてくれたのはいいが、ジト目というのだろうか、下げずんだ目で俺を見下ろしてくる。

 ちくしょ、プラットフォームにいて目線は向こうの方が上だから、どうしても俺が見上げる感じになっちまう。

 

 はぁ...今度はどうしますかね...。

 流石に時間が無い。

 のんびりしてる暇は......

 

 

 ふと、構内放送で機械的な女性の声が緩るかに流れた。

 

 

 名前で読んでみる。もう時間が無い。とにかくやれること全てを試してみる。

 ...椎名さん?何その試すような目?

 

 

 ...ま、し、ろ、と。出来るだけ大きく口を開けて口パクで表現する。

 

 そして相手の表情を伺うと────

 

 

 

 ────耳に手を当て、聞こえませーんというジェスチャーをしていた。

 

 

 

 

 ...マジか。

 

 表情ではこの困惑を浮かべないように必死にポーカーフェイスをしているけれど、内心恥ずかしすぎて死にそうです。今からやろうとしてる事はきっと俺の黒歴史に深く、深く刻まれることになるだろう。

 さぁ深呼吸だ。

 なに、周りの人は皆じゃがいもと里芋とレンコンだ。何も気にすることは無い。かましてやれっ!

 

 

「......ましろぉぉぉぉ!!」

 

 

 久しぶり、もしくは初めて腹から全力で声を出した。お陰で喉がヒリヒリする。これまでの体の酷使も相まって少し目眩がしたが、大丈夫だ。

 目眩に閉じた目をうっすらと開けると、電車が発車し終わったところで、彼女の姿は無かった。

 

 彼女がいた空間を呆然と眺めていると、改札の方が騒がしくなっている。それにふと気づき、何をしているんだと思い直して、鉛でも詰まっているような足を虚無感に包まれながら動かして帰路につく。

 

 

 

「────ちまん」

 

 

 

 すると、どこからか鈴のなるような澄んだ声が聞こえてきた。しかしそれはずっと聞き覚えのある声で────

 

 

 

「待って!」

 

 

 

 ────ずっと聞いてきた彼女の声だった。

 

 しかしその声の主は何故かあの改札の喧騒の中心にいるらしく、声は聞こえても、姿がちょっとした人盛りで見えなくなっている。

 ......警備員らしき人が混ざっているのは気のせいだろうか。

 

 自然とひきつる頬。おもむろに彼女の声が発された相手の方を向こうとしたのか、振り向いた警備員さんと目が合った。

 

 

 ...優しい笑みを浮かべながら手招きしてきた。

 

 

 あの、僕知らない人について行ったら行けないって学校で習ってるんで......

 

 そう微笑みに脳内で返しながらも、こちらも薄い笑みを浮かべて歩みを進める。

 軽く会釈して彼女──ましろの前に立つ。

 

 

「何してんの、お前」

 

「...」

 

 

 ぷっくりと頬を膨らませて抗議の目を向けてくる。

 

 

「...なんだよ」

 

「呼ばれたから来たのに、どうしてこうなったの?」

 

「切符入れろよ」

 

 

 ツッコミを入れるにも関わらず、未だに改札のバーをぐいぐいと押し切ろうとするましろ。

 てか、切符入れちゃ駄目じゃん。こいつ今から海外じゃん。

 

 そう考えてしまうと、ましろにはあまり時間が残されていないことが容易にわかってしまう。

 未だに押し切ろうとしているましろに片手を突き出し、止まるように指図する。

 

 俺の真剣な態度に気付いたのか、はたまた偶然なのか、それに応じて小首を傾げてその場に立ち止まってくれた。

 

 

「...ましろ」

 

「...ん?」

 

「お前はこれから向こうに行かなきゃならないんだ。それは分かってるだろ?」

 

「いやよ、八幡が呼んでくれたんだからここにいるわ」

 

 

 やはりこの子は自分の置かれている立場について全く理解していない、と言うか理解しようとしていない。流れに身を任せるようにのらりくらりと自身の意思を持たずに動いているからなんだろう。少なくとも俺の前で何かしたいと自分の行動で表したことは記憶にない。

 そろそろ自分からアクションを起こすべきだ。

 

 

「ましろ、お前はここに居たいのかもしれない。でもお前を心待ちにする奴らはどうすればいい?お前の勝手でそいつらの気持ちを無かったことにするのか?」

 

 

 ピク、と睫毛を瞬かせ、目の色に困惑の色が滲み出てきた。

 

 

「八幡は私と居たくないの...?」

 

 

 声音に震えが表れ、戦慄く唇から零れた言葉はとても儚く、そして俺の中を靄となって埋め尽くしていく。

 

 

「そういう訳じゃない」

 

「じゃあ...っ!」

 

「それはダメなんだ」

 

 

 縋るように見つめてくる目から目を逸らし、ただそこにある現実をただただ冷酷に並べていく。

 ここまで酷い話があるのだろうか。

 自分と居たいと本心から想ってくれる女の子を、自分は現実という建前を盾に本心を隠し、無慈悲に彼女を送り出そうとしているのだ。

 ......吐きそうだ。

 

 

「とにかく、お前を待ってくれている人たちのためにも、お前はここから帰るべきなんだよ」

 

 

 心の中では自分も彼女との日常を焦がれているのに

 

 

「ほら、絵の勉強も日本よりも本場の方がいいだろうし」

 

 

 純粋な彼女を逆手に取って、その純粋さを利用している自分に醜い感情が湧き出てくる。

 

 

「だから...っ?」

 

 

 頬に暖かく、柔らかい感じがした。気付けば、ましろが改札のバー越しに俺の頬に手を添えていた。

 そしてその目は優しく、唇は緩るかに笑っていた。

 呆然とその映画のワンシーンのような絵に見蕩れていると、

 

 

「ありがとう」

 

 

 そんな声が聞こえた。

 

 

「私と居たいって思ってくれて」

 

 

 続いた台詞に絶句した。

 俺はそんなことをチラつかせる要素は一切話していないつもりだが、彼女はさも当然のように、そして木漏れ日のように微笑んだ。

 

 

「...八幡」

 

「......なんだ」

 

 

 彼女は涙を湛えた目をこちらに向けて、申し訳なさを含んだような表情でこちらに小指を向けてきた。

 

 

「...」

 

「...指切り」

 

 

 何をしているのかさっぱりわからなかった俺に、ぼそりと怒りを孕んだ声が飛来した。

 ムスっとした表情を見て、今日この瞬間でこの子の乏しい感情表現を多く目の当たりにしたような気がする。

 

 しばらく彼女の繊細な小指を眺めてから、目を合わせない様に小指を差し出した。

 そしたら顔の向きを彼女自ら修正してきた。

 

 

「...なに」

 

「内容は、また会おうね、よ。いい?」

 

「......また、ね」

 

「...だめ?」

 

 

 ダメなわけが無い。でも彼女を見れば、やりきれないといった表情をしている。

 

 ましろは自分の意思で動いた。

 

 なら、やはり俺も自分の本心を少しでもさらけ出すべきだ。自分の願いを込めた多少のわがままくらい、誰も問題にしないだろう。

 ──ふと、愛する妹の言葉が蘇った。『お兄ちゃん、いつか損するよ』だったか。

 なら、少し得できるように願掛けくらいしてみようか。

 

 

「──ならいっそ、次会ったらずっと一緒にいようってのはどうだ?」

 

 

 頬が燃えるように熱い。そのまま焼けて焦げそうだ。

 

 対照的に彼女は狐につままれたようになっていたが、言葉の意味を理解したのか、俺の黒歴史ものの羞恥を忘却の彼方に吹き飛ばしてくれるほどの、向日葵のような微笑みを咲かせた。

 

 

 

 

 





過去編完結となります。難産でした…(^_^;

それでは次回も微シリアスですね。また難産かなぁ…(´Д`)

次回の更新もよろしくお願いします。

執筆の進捗とか活動報告でやってますんで、ちまちま覗いてやってください。



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結局彼女にはいつも振り回される。

遅くなりました。本当申し訳ありません。

いやー、勉強が実を結ばなくてですね、ちょっと焦って勉強してて、こっちが蔑ろになってました(ノ∀`)タハー

あと、もうこれ以上複雑な話にはしませんので。主に作者である僕が辛い(迫真)

時間がある時にゆっくり読んで頂けると幸いです。

…辻褄が合わないところがありましたらご報告を、若しくはご勘弁を……。


 仄暗い一室で、背中には一糸纏わぬ女の子。

 

 状況から見れば、そりゃぁ事後だと思われるかもしれないし、これからなのかとも思われるかもしれない。だが、ここにはそんな邪な考えが横槍を入れられる程の隙間など一切存在しない。

 

 俺の頭の中は、呑気に自分の欲望に向き合える程余裕がなかった。

 

 頭の中では苦悩、懺悔といったものが疑心暗鬼となって渦巻き、頭の中を鎖が這い回る様な感覚に陥る。

 

 だが、それも全て因果応報。

 

 子供ながらに俺が口走った『一緒にいようね』というのは、その時の自分達が互いに幼かったから言えたことであり、その約束を交わす時点での俺達──まだ現実も知らず、社会のあり方も考えず(今でもその最果てには至ってないのだが)、ただ毎日を純粋に楽しんで来た頃だから、それがこれからもずっと続くだろうと信じ込んでいたから言えたことなのだ。

 

 だが、少なくとも俺は変わってしまった。

 

 現実を知ってしまった。

 

 人の醜さを──

 

 人のあり方を──

 

 これが人の中身の大部分だと言うのであれば、俺は大して気にも留めなかっただろう。

 

 だが、それ以上のものがあるのだろうと漠然とではあるが、確信してしまっているのだ。

 

 こうなってしまった以上、俺は昔の様に彼女と付き合って行くことはできない。

 

 決して彼女をそんな風に勘繰っている訳では無い。むしろ絶対的な信用すらある。彼女は嘘はつかない。隠し事をしたりしたことは昔あったが、嘘はつかない。というかつけない。なぜなら彼女は純粋だから。疑問があったら何だってストレートに聞くし、プライバシーや、加減なんてあったものじゃない。

 

 そして再会した彼女という存在のキャンバスに何一つ澱みや滲みの現れた色は塗られていなかった。

 

『昔』と変わらない、真っ白なキャンバスだった。

 

 何より嬉しかった。同時に羨ましかった。

 

 だから俺はその『白さ』を守りたいと、稚拙で愚かな考えが生まれてしまったのだ。

 

 ──それが彼女を一番傷つける行為とは知らずに。

 

 ──『一緒にいようね』という約束の意味とは違った方向に走っていることに気付かずに。彼女の白さを利用して、『一緒』という意味をすげ替えたのである。

 

 一緒にこれからを過ごそうという意味から、俺が彼女から一歩離れた場所で彼女を汚さないように監視するという意味へと。

 

 

 

 …俺は初めから間違えていたのである。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

「何か言ってよ…」

 

 

 鉛のように重くのしかかった空気を響かせるようにぽそりと問うた声は、空気以上に俺の心を震わせた。

 

 情けない。自分が犯した罪の大きさを知ってコレだ。責任なんて問題じゃない。彼女の10年間を無下にするのと同じことを俺はやってのけたのだ。

 

 俺のために彼女は彼女の10年を棒に振ったのだ。

 

 時間は戻らない。責任なんて取りようがない。そもそも責任の追及の手段を探している時点で烏滸がましい。

 

 

 

 それでも彼女との関係は切りたくない。

 

 

 

 甘ったれた考えだ。

 

 自分の醜さに吐きそうだ。

 

 

「…八幡?」

 

 

 俺は最低だ。

 

 そんなものは分かっている。

 

 こうして考える事を徐々にやめようとしている所が本当に、最低だ。

 

 

「八幡?!」

 

 

 視界がぼやけ、頬を伝う液体に自分の傲慢さを知り、愕然とする。

 

 頭の内からガンガンと鉄を打ち付けるような鈍い痛みに意識が朦朧とする。

 

 もう上も下も、右も左も分からない。

 

 気付けば床に臥していた。

 

 どこまでいっても逃げることしか出来ない俺は卑怯者だと涙を流しながら再認識する姿は、自分でも笑えてしまうほど、滑稽だった。

 

 

「八幡!!!」

 

 

 ましろの声が聞こえる。

 

 …彼女の強さが羨ましい。

 

 その白さを保つ強さが、とても。

 

 我慢しているのだろうと、薄々と気付いていたのに。

 

 

「泣きたいのは、お前の方なのにな…」

 

 

 そこで俺は意識を暗闇に落とした。

 

 

 

 ***

 

 

 自分の膝、と言うより太もも辺りに頭を乗せて寝苦しそうに眠るこの人を見下ろしながら、あまり手入れされてないようなくせっ毛の頭を撫でる。…膝枕で寝苦しそうにしてましたという事実は出来れば避けてほしいけれど。

 と言うか、意外とさらさらヘアーな事に驚く。

 

 

 …初めてこの人の涙を見た。

 

 私のために、と言うのはあの状況から簡単に分かる。

 

 それがとても嬉しくて、でも、その涙の理由が知りたくて。それが今の八幡の私に対するあの態度に基づくなら尚更。

 

 八幡が昔と変わったと言うのは薄々気付いていた。そして昔の様に二人で一緒にいることが何となく難しくなったことも前々から思っていた。それが寂しくて、八幡に必死にアプローチしたけれど…

 

 …私も、変わった。

 

 だって、昔ならもっと何も考えずに八幡に引っ付いたり、スキンシップをとることなんて簡単だった。…少し、ほんの少しだけ恥ずかしかったけれど。

 

 でも今では違う。

 

 さっきみたいに後ろから裸で抱きつくなんて、昔さえ無かったけれど、さっきみたいに引っ付くのはもっと簡単だったと思う。

 

 でもさっきは、顔から火が吹きそうなくらい顔が熱くて、心臓なんて破裂するんじゃないかと思ってしまうくらい早く鼓動していた。

 

 でも、この気持ちでいることがどことなく心地好くて、この興奮に浸っていたいという不思議な感覚もある。

 

 ふと、彼の顔を眺める。

 

『今』私はこの人とどうなりたいのか。

 

『昔』の自分の想いと『今』の自分の想いが鏡に映したように同じだと思っていた。

 

 けれど確信した。確信してしまった。

 

『昔』と『今』、この想いはその二つの瞬間で鏡合わせになっていたと思っていたけれど、そこに大きく亀裂が走っていたことに。

 

 私は『今』八幡とどうしていたいのか。

 

『今』考える事は『今』の事なんだと、その確信はじわりと胸に溶け込んでいった。

 

 

「…八幡。あなたは、どうなの…?」

 

 

 ぽつりと呟いた疑問に応えてくれる声は無く、さっきとは打って変わった緩やかな空気に霧散していった。

 

 

 ***

 

 ぼんやりと、頭を撫でられている感覚に気付く。その手は柔らかく、とても心地いい。

 

 うっすらと目を開けると、目の前には慈しむような優しい笑みを湛えて、ゆったりと頭を撫でるましろがいた。

 

 

「あ、起きた?」

 

 

 拍子抜けだった。

 

 彼女とあんな状況にあったと言うのに、嬉しそうに笑うのだ。

 

 今でもぐるぐると胸の中をあの想いが渦巻いているというのに。そのような顔をされたら戸惑わざるを得なくなる。

 

 

「もう…いきなり倒れないで。心配したわ」

 

 

 何故かましろはすっきりとした表情で俺に話しかけてくる。

 

 

「八幡」

 

「…なんだ」

 

 

 上からましろが何でもお見通しと言った様な視線を送ってくる。…何なんだ一体?

 

 

「どうして泣いたの?理由が聞きたい」

 

「…」

 

 

 言えるわけがない。お前の10年を棒に振らせてしまったなど、口が避けても言えない。言ってしまったら、きっと傷付くから。

 

 …それを見て更なる責任に追われたくないから。

 

 

「私は大丈夫よ」

 

「へ…?」

 

「私は『昔』より、『今』を大切にしたいから」

 

 

 …誰だこいつ?

 失礼ながら思ってしまった。

 

 それよりも今こいつは何て言った?

 

『昔』より『今』って言ったのか?

 

 

「ま、ましろ…お前何言って…」

 

「八幡は変わったね」

 

「っ!?」

 

「私も、変わったのよ。昔と」

 

 

 こいつは、何を、言ってるんだ…?

 

『変わった』だと?どこが?ましろは昔のましろそのものだ。変わったところなんて…

 

 込み上げる疑問と、不可思議な焦りが募る。

 

 何とか紛らわせようと、ぶっきらぼうに尋ねる。

 

 

「どこが変わったんだよ。昔とまるで同じだ」

 

「八幡の知らないところが変わったの」

 

「…」

 

 

 絶句した。

 

 それなら、何故ここまで白く、純粋でいられるのか。この10年間で変わった部分が少しくらい表に出てもいいと思うのだが。ご自慢の観察眼なんて役に立たなかったし、俺の何かを感じて嘘をついた可能性を考えたが、彼女が嘘をつけるはずもない。

 

 

「…どうして黙っちゃうの?」

 

「…それでも変わったように見えねぇんだよ」

 

「…ふふふ」

 

 

 どこか可笑しそうに笑うましろ。それが少し気に入らない。

 

 しかし気付いたことがある。というのも、自分の胸に渦巻いていたモノが薄れていっているのだ。俺はまさに今、彼女に救われようとしている。…最悪のパターンで。

 

 騙していたことをましろが気付かないままに、ましろ自身が俺の犯してしまった罪を許そうとしているのだ。

 

 それは俺にとっての一番の屈辱的な、そして同時に平和的なパターンなのである。

 

 自分の罪を吐かずして、彼女と向き合っていくことが出来る。これはお互いに傷つかない最善の策なのだ。

 

 そんな卑怯な結末を受け入れるべきなのか。

 

 それとも互いに傷付き合うべきなのか。

 

 

「ましろ」

 

「ん?」

 

「お前は向こうの10年間、どうだった?」

 

「え?」

 

 

 馬鹿なもんだ。この質問の答えなんて分かりきっているのに。些か自意識過剰かもしれないが、ましろは10年俺に縛られていたんだ。その弊害が無いわけがなく、俺への依存も昔と同じくらいあるはずだ。

 

 その場しのぎの応答など取るに足らないとまた次のその場しのぎの質問を考える。

 

 今はとにかく、最悪最善の選択と、自己満足の選択のどちらでもない選択を探さなくてはならない。そうやって袋小路に追い込まれているのを自覚しながらもまだ、悪足掻きをする。

 

 

「楽しかったよ?」

 

「…は?」

 

 

 適当に放った質問に対する返答に、ついさっきまで必死に考えてきた思考が綿毛のように散っていった。

 

 

「絵を描いて賞も取れたし、…『夢』?みたいなものも見つかったし」

 

「じゃあ…充実してたってことか…?」

 

「?…うん」

 

 

 不思議そうに小首を傾げるましろに苦笑いが止まらない。

 

 つまり?

 

 俺との約束に縛られることなく?

 

 棒に振ることもなく?

 

 楽しめたと。

 

 

 

 

 …ほーん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …おい俺。

 

 

 自意識過剰通り越して盛大に勘違いしてるぞ。

 

 

 あっホントだー(笑)

 

 

 

 

 …じゃねえ。何現実逃避してるんだ。

 

 …え?じゃあ俺の考えてた憶測ってのはまるっきり逆だったわけで、ましろはこの10年間を普通に過ごせたということでおっけーなんですよね。

 

 なるほどなるほど。

 

 じゃあこれだけ悩んだっていうのは、ましろが依存してるんじゃなくて、俺が依存してるってことを証明したことになるのか。

 

 ふむ、ただ俺がましろと離れたくないと。

 

 

 

 ふーーーん。

 

 そーなのかー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……あーあー、こっぱずかしいねぇ。

 

 カラになって楽になった頭の中が突然沸騰したお湯を入れられたように熱い。

 

 熱伝導という言葉があるように、それは顔にまで至ってきた。

 

 しかし、胸の中で渦巻いていたモノは霧散して無くなっていた。そして同時にその空いたスペースを埋めるのは無限の羞恥。

 

 コレは確実に我が黒歴史の中でトップに君臨し続けるだろう。

 

 

「?大丈夫?顔赤いよ」

 

「おー、大丈夫」

 

 

 正直大丈夫では無い。そうやって頬に手を当ててくるお前がいるからもっと大丈夫じゃない。でもここでうろたえれば負けた気しかしないので、なんとか平静を装って若干棒読みに応える。

 

 

 この娘が純粋にその時間を楽しめたかは本人でないと分からない。けれど、『夢』を見つけたと本人は言っていた。それならば、その時間はきっと無駄ではなかったのだろう。そう思えるだけで俺は救われる。

 

 自分の盛大な勘違いという間抜けな結果に終わったが、俺との約束を覚えていながら、楽しめたというのは本当に変なところで器用というか。

 

 子供だったから深く考えないで時間の流れに身を任せられたのか、それはもう一生問うことは出来ないが、なんにせよ、二人して変わっていたということに若干のむず痒さと、確かな落ち着きを何気なく感じている。

 

『今』俺とましろの関係は『昔』という止まった時間から、ようやく進み出したのだ。

 

 

「ねぇ八幡」

 

「ん?」

 

 

 限界まで脱力してましろの膝にゆったりと頭を預ける。そう、ましろの膝に……膝?

 

 

「足、しびれてきた」

 

「…」

 

 

 すっ、と流れる水の如く、世界不変の道理であるかのように起き上がる。

 

 

「…すまん」

 

「何が?」

 

 

 …これである。

 

 どこが変わったのか本気で言及したい。まぁ、服を着てくれていることに関しては及第点は差し上げましょう。

 

 

「ねぇ」

 

「…今度はなに?」

 

 

 じっ、と見つめてくる、冗談抜きに石になるんじゃないかと思える程の爛々とした真紅の瞳に緊張せざるを得ない。

 

 

「『今』八幡は私のことをどう思ってる?」

 

「……はい?」

 

 

 例のその瞳に期待の念を添えて更なる難題を突きつけてくる。

 

 その質問のタイミングに悪意を感じる。

 

 少なくとも、俺はましろを今までの様に見ることは出来ないだろう。

 

 俺はましろに依存していた。この事実がどういうことを意味するかなど、考えるまでもなく分かってしまっているのだ。

 

 だが流石に『今』この状況(ラ○ホ)で伝えるのは月とスッポンが入れ替わったとしても言えることではなく、また俺は彼女からの言及から逃げ続けるために頭をフル回転させる必要がある。

 

 

 …どうやら、この娘は本格的に俺の思考回路を焼き切りに来たらしい。

 

 

 




長めでしたねー、と振り返って思います。

しかしまぁ、一山越えましたのでここいらで区切りを付けさせていただきます。
活動報告にて書いておりますように、執筆は続けますが、今以上に更新速度が落ちると思います。それはもう著しく。

ですので、まったりとお待ちしていただけると嬉しいです。

あ、お気に入り登録たくさんありがとうございます←語彙力の欠如

長文失礼しました。

10/21 00:39 修正しました。


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彼女を彩るのはやはり。

お前らいい加減そこ(ラ○ホ)から出ろや。と思う今日この頃。

あ、どうもVIP改めまして心折です。
今後ともどうぞよろしくお願いします。

報告がございますので出来れば最後まで読んで頂けるとありがたいです。


 薄暗い部屋のベッドの上にて、私比企谷八幡は窮地に陥っております。

 いつもなら桃源郷である筈の布団が、この状況下では忌々しいほどに感じられてしまう。

 

 何故このタイミングでその案件について言及してくるのか、本当に空気が読めない奴というか。まぁこれは俺の一方的な感覚であるから空気なんて介在する余地すらないのだか。

 

 

「ねぇ」

 

 

 このたった二文字がすんごい怖いんですけどー?

 

 ただもうこの鬼気迫る迫力でいつもとは打って変わったような態度に、ただただ固唾を呑んでこの時が過ぎるのを待つことしか出来ない。

 

 その態度が不服だったのか、遂には俺の元に逃げ場をなくすようににじり寄ってきた。…何故か体裁の危機を感じる。

 

 

「…早く言わないとっ」

 

「…な、何でしょう…?」

 

 

 ピクりと肩が震え、視線が泳いでいる。戦慄く唇から放たれた次の一言に俺は言葉を失った。

 

 

「め、めちゃくちゃする…っ!」

 

 

 するよ?じゃなくて、するって言っている時点で決定事項なわけで。そもそもTPOを弁えてもここはそういう場所なわけで。

 

 ていうか、そんなに顔赤くするんならそんなこと言わなきゃいいのにと思ってしまうのは失礼なのだろうか。

 

 この暗がりでもはっきりと分かってしまう。

 

 正直、やってみろよ、と言ってみたいが、そんなことを宣うほどの度胸は持ち合わせてないし、考えるだけで羞恥の極みだ。

 

 

「やめてください死んでしまいます」

 

 

 主に俺の思考回路が。

 

 想像したら負けだと、自己暗示を重ね重ね掛けて、とにかく材木座の顔を思い出す。……よし大丈夫。これこそがあいつの存在価値。…違うな。

 

 そうやって遠くに思いを馳せ(何に馳せてたんだろうか…忘れてしまったが)、賢者となって再びこの場に意識を戻すと既に目の前に正座を少し崩したましろが鎮座しており、瞳が比喩表現無しに獲物を捕らえる獣のそれだった。

 

 

「ま、ましろさん…?ちょっと近すぎやしませんかね」

 

「っ?!」

 

 

 目を見開いて器用に、さながら平行移動する様に後ろに下がった。おい、今のどうやった?

 

 最近の女子というのは本当にパーソナルスペースが狭すぎて困る。この娘もそうだが、由比ヶ浜などがいい例である。

 頼むから勝手に人の席に座ったりしないで!

 

 というか、さっきからましろの様子が本当におかしいんだが。いつもならこの程度でこんな反応はしないはずなのだが。いや、いい傾向ではあるんだよ?でもね、急にこんな人が変わったように反応されたらそれはそれで困るというか…。

 

 そう思って一つ溜息をこぼし、視線を彼女に向けようとすると、形容し難いおぞましい何かを感じ、首が変になるくらいの速さで視線を逸らした。

 

 

「八幡」

 

「な…なんでせうか…?」

 

「今、他の女の子のこと考えた…」

 

「っ?!」

 

 

 こっわ。ましろん怖っ!

 

 え、なに?虎も射殺す目をしてるんですけど?

 

 そう、ふと目を見ると、一見すれば普通な瞳をしているのだが、良く見ると人の感情を顕著に表す目の灯りが全てシャットダウンされている。そして同時にその目が俺の顔を捉えて離さないというおまけ付き。

 

 ヘタな返答をするとマジで喰われる(物理)。

 

 

「い、いや考えてないぞ?」

 

「……」

 

 

 この沈黙。

 

 現世の不動明王はだぁれ?と聞かれれば間違いなく俺は今のコイツを名指すだろう。女子だけど。…あ、でも雪ノ下とかもニアピンかもしれねぇな。あっちは不動明王と言うより金剛力士像か。二体いるけど。まぁどっちかを雪ノ下(姉)にすればいいか。

 

 

「ひっ!?」

 

 

 覇王色…だと…?!

 

 

「…2人」

 

 

 まって?なにこの心を読むような洞察力!?てか何で浮気の追求から逃れる夫みたいになってんの?状況がどんどんおかしくなっている…っ!

 

 

「今、私の知らない女の人の気配がした…」

 

 

 背筋に冷水が伝う錯覚に襲われた。

 

 何この子。

 

 人外の威圧感を纏ったソレは、先程とは全く違った雰囲気を醸しながら、また近づいてきた。

 

 

「誰?その女……達」

 

 

 達、の時の声の音程がソプラノから一気にバスまで急降下したような錯聴に陥った。

 

 冷や汗と共に脂汗が止まらない。

 

 

「な、何が?そんなことは考えてないぞ?」

 

 

 我ながら落ち着いた、それでいて妥当な返しができたと思ったが、目の前のソレは止まらない。

 

 

「私の目を見て言って」

 

 

 見たら死ぬ。

 

 そんなふうに思わせるほど、ましろから放たれる威圧感が如実に主張している。とにかくこの窮地を脱しなければ…っ!

 

 

「ねぇ」

 

 

 そうやって放たれる言葉はいつもと変わらない鈴のようなコロコロとした音程なのに、その二文字の裏側にはとてつもないナニカを孕んでいるように思えてしまう。

 そして相変わらずのハイライトの落とされた、もう、率直な感想を言ってしまえば……血、の色をしている。

 

 

「お、落ち着け、な?何を考えてるのか知らんがお前の思っているようなことはないからな?」

 

 

 必殺『相手が何を考えているかわからないが、まるで分かったようにその相手の考えを否定する。』

 

 …なぁんでこんな生涯体験しないような経験をこのタイミングでしちゃうのかね。甚だ疑問でしかない。

 

 

「ふーーーん…」

 

 

 ジトォッとした、粘着質のある眼差しで見つめられて、身体が一瞬硬直した。でもまぁこの子に及んで俺の考えが汲み取れるはずもない。さっきの硬直は『相手が何を考えているか分からないが(ry』の反動だと思えば、安いもんだろう。

 

 反動と言えば、ディアルガの“ときのほうこう”とパルキアの“あくうせつだん”の差よ。

 

 そんなクソどうでもいいことを胸の内で反芻し、時合いを見計らって徐に立ち上がる。

 

 

「ほれ、そろそろこんな所出るぞ。もう雨も止んだだろうしな」

 

「…わかった」

 

「…まだなんかあんのか?」

 

「…ぁ」

 

 

 小さく放たれた言葉に、ややあって振り返る。そしてその続きを促すように腰に手を当て、手持ち無沙汰になったもう一方の手を首の後ろに持っていき、そのまま首を楽にする。…調子乗った中学生みたいになった。すぐさまズボンのポケットに突っ込んだ。

 

 

「…やっぱりいい」

 

 

 そう言いつつ、俺の元に大股で歩み寄ってくる。雰囲気もいつものましろだ。どこかにスイッチでもついてるのかと思うほどの切り替わりの速さである。

 

 

「私のだもん」

 

 

 と、呟いた。唐突に。

 

 何の話かよくわからん。“私の”ってなにが?目的語付けてくださいな。困惑してるうちに目の前まで来て佇んでいた。

 

 

「んっ」

 

 

 いきなり胸ぐらを掴んで引き寄せられる。しかし、俺も男の端くれ。少ないながらも存在する体幹をフルに使って耐える。

 結果、多少腰がまがって前かがみになったくらいだ。

 

 

 横目に見れば、何かを啄むように唇を少しすぼめたましろの横顔が伺えた。

 

 

 あっ

 

 

 みるみると紅色に染まっていくましろの頬。

 

 心なしか瞑った目尻に光るものが見える。

 

 

 ────やっちまった。

 

 

 千載一遇のチャンスを棒に振りつつ、彼女の一世一代であろう初行為を未遂という中途半端な結果に収めてしまった。

 

 

「…ゆるして」

 

「…」

 

 

 すっかり真っ赤に染まった頬に、目には涙を湛えながら睨み付けてくる。

 

 直視できない。

 

 そしてその目に更に殺意も込めたような眼力で睨みつけてきた。器用ですね。

 

 

「次は仕留める…っ」

 

「え、俺殺られるの?」

 

「黙って」

 

「はい」

 

 

 秒殺で封殺。

 

 ラブなホテルを出たときの一切の問い掛けをも黙殺。

 

 あの俺でも甘酸っぱいと思ってしまうひと時から引きずられてくる雰囲気など微塵も残っておらず、一切の応答が『へぇ…』、『そう…』、『ふーん』と生返事のオンパレード。

 

 それでもその表情に先程のような翳りなどはすっかり消えていた。

 

 ちらちらと送ってくる視線からは嗜虐心が感じられ、俺に対する生返事で反応を楽しんでいるようにも思える。

 

 

 

 今まで空を覆っていた分厚い雲も合間合間から橙色の暖かい光が漏れ出ている。

 

 横目で彼女を見ると、軽やかな革靴の音をたてながら歩いていた。

 だんだんと感情豊かになっているましろに、更に心が惹かれていっていることが今日を通して痛感した。

 比喩表現でなく、本当に目と鼻の先3センチで見た、朱に染まった彼女の顔が脳裏に焼き付いて離れない。

 

 徐にましろがこちらを向いた。

 

 不意なことで少々驚いたが、彼女も視線が合うとは思わなかったらしく、少し目を見開いた。

 

 季節の移り変わりを告げる冷たい風が吹き、彼女の髪を吹き上げる。彼女は靡く髪を押さえながらうっすらと微笑んできた。

 

 

 ましろ(彼女)は、今自分がしている表情に気がついているのだろうか。

 

 この答えは俺だけが知っている。

 

 そう思うと不思議と頬がゆるんだ。




病み要素微レ存。
しっかしようやく場面が進みました。
八幡のベタ惚れ感。

ゆるゆるなのんびり小説なので完結のさせ方がぱっと思いつきません。
30話~40話で完結ですかねー。

そして報告ですが、受験を控えているため、受験が終わるまで今以上に更新速度が亀になると思います。

更新しないとは言ってない(ドヤ

今しばらくお待ちいただけると嬉しい限りです。


下にTwitter貼っときますんで、進捗を知りたい方は、フォローよろしくお願いします。

心折設計@ハーメルンの笛吹き男 (@kamesama1947749)


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おはよう。

どうも、ご無沙汰してました。間が空きすぎてどんな状況か忘れかけてましたが(苦笑)
ぼちぼち続けていこうと思います。

あと大事な話がございますので出来れば活動報告を読んでいただけると幸いです。……失踪案件ではないですよ(迫真)


 

 

 目覚まし機能付きゲーム機から優しいベルの音が連続する。この音ってむしろ睡眠を促進してないだろうか?少なからず意識のハッキリした今ならそう感じてしまう。

 画面をスワイプして音を止めると、小さくすずめの鳴き声が聞こえる。

 

「ん…疲れが取れねぇな」

 

 まぁ昨日の内容が濃すぎたから仕方ないと言ったら仕方ないのだが。

 

「宿題やってねぇ…」

 

 数学という悪魔がニヒルな笑みを浮かべながら俺の布団を引き剥がしにかかってくる。

 昨日の晩宿題の存在に気付いて数分絶望の淵に立っていたものの、開き直って布団に潜り込む自分の姿がフラッシュバックした。

 

「やっぱつれぇわ…」

 

 今更後悔しても先には立たない。何のためにいつもより早い時間に起きたというのだ。さっさと終わらせてしまえば運良くもう一度寝る時間が取れるかもしれない。その希望を糧に、布団から起き上がろうと試みる。が、

 

「すー…」

 

 寝間着を掴まれて動くに動けない。

 たしかに早い時間で寝てても仕方ないけれども。

 

「そんなに気持ち良さそうに寝てるんじゃねえよ…羨ましいだろ…」

 

 すやすやと温い寝息が首筋にかかる。それは俺を『サボっちまえよw』『一緒に寝よーぜw』などとそそのかしてくる、まるでサボローのようだ。

 後ろ髪を引かれる思いで、そして物理的に背中を引かれる力に反して、布団から起き上がる。

 

「んん…」

 

「ちょっ…と…」

 

 もちろん引き離せば捕まえに来る。お前は寝てられるんだからいいだろと逆ギレしてしまいそうになるが、昨日を境に俺の目には凄まじく魅力的に見えてきたましろの愛くるしい姿にはそんな言葉も霧散する。

 

「やぁ…」

 

 寝てていいよね。もうこんなん無理どす。我この娘を可愛がりたいで候。

 …何かおかしかったが、そういう訳にもいかず、やはり宿題はやらねばならぬもので。

 

「はち…」

 

 犬かな?忠犬かな?そんなくだらないことを考えるが、流石の俺でもこの単語が何を表しているかは理解出来る。昨日の今日だし。

 

「悪い。数学の先生面倒なんだよ」

 

 いるよね。何か忘れたり、遅刻したりすればやたらと当ててくる先生。ウチの学校の数学教師はまさにソレで、不正解を唱えれば『やってきてないのに出来ないのか』みたいなことを遠回しに間接的に、そして本人に聞こえる声で言ってくる。

 ああ、考えるだけでめんどくさい。

 

「んん…」

 

 がっちり背中をホールドされてしまった。あああ…理性が削られていく…ホント着痩せするよねこの娘。

 

「でもごめんよっ…と」

 

 丁寧に締め付けられた腕を外し、机に向かう。そこには白紙のノートが。

 

「マジで萎える…」

 

 ため息と共に独り言を零してシャーペンを握る。

 相変わらず後ろからは規則的な、それでいて気持ちよさそうな寝息が聞こえる。いいなぁ…

 

「…ん?」

 

 ふとペンを握る手が止まる。

 こいつは宿題終わっているのだろうか。

 終わってないはず…だよなぁ。

 

「最悪俺のを見せるしかないか…」

 

 昨日のやり取りを妙に意識してしまって無理にましろを起こす気になれない。

 

「不公平だ…」

 

 もう10年近くになるささやかなしっぺ返しをくらった。因果応報とはこのことか。

 

「八幡…」

 

 なんだこいつ可愛いな。寝言で名前を呼ばれると勘違いしそうになるから言葉のチョイスに気を付けてね?

 

「はーちーまーんー」

 

 …黙って寝てられんのか?

 不可解な現象に思考を持っていかれて全く集中出来ない。

 ふと、何の気なしに彼女の寝ている方に振り返ると、

 

「……」

 

 ばちりと目が合った。それはそれはしっかりと。

 そして訪れる沈黙の間。

 時計の秒針の音だけがその世界に奏でられる。

 

「起きてたのか」

 

「寝てるわ」

 

「寝言は寝て言うんだよ」

 

 目をぱっちり開いて受け答えしている時点で完璧にダウトなわけですが。

 しかしこの時間に起きるようなことがこの娘にあったのかと思うと正直かなりの驚きである。いつもは目覚ましを2つ3つ同時にかけてもぐっすり眠っていられるほどである。

 

「早起きなのね」

 

「宿題が残ってるからな。だからちょっと静かにしててくれ」

 

「おはよう」

 

「今かぁ…今それ言うのか…」

 

「おはよう」

 

「おう、わかった。だから静かにおやすみ」

 

「おはよう…!」

 

「…おはよう」

 

「おやすみ」

 

 間髪入れずにおやすみと言われるとどうも狐につままれた感覚に陥ってしまう。

 ちょっとの間呆然としていると、彼女は満足そうに鼻で笑って布団に潜り込んでしまった。

 不思議な娘だなぁ、なんて感想は大分昔に経験したが、これまた新たな境地を開拓してしまった感覚である。

 

「…おやすみ」

 

 机に向かいながら若干の妬みを孕んだ声が出たと自分でも思ってしまうが、それを聞いたのか、後ろで布が擦れる音がした。どうやら起き上がったのだろう。

 

「八幡も、一緒に、寝よう…」

 

 しぱしぱと瞬きを繰り返しながら、毛布をマントのようにして抱きつくように膝の上に乗りかかってきた。

 めっちゃあったかいでぇ…ぽかぽかやでぇ…。

 じゃなくて。

 

「宿題出来ないだろ。離れろ」

 

「やぁ…」

 

 より一層強く抱きしめてくる。寝ぼけているのか幼児退行したような、舌のまわっていない口ぶりで離れることを拒絶されると母性というか、この場合は父性なのだろうか…何かハッキリとわからないものが内内から湧き上がってくる。

 

「温いな…」

 

「……」

 

 寝付いてしまったのか、返事はない。随分と寝付きがいいものだ。のび太くんといい勝負。

 

 昨日のことをぼんやりと回顧する。知らない間にこいつは成長していて。自分の思い込みは勘違いであり。

 ましろとは1歩先に進んだ所から先を照らしてやろうと、正義感を感じていた。そして、自惚れていた。

 

 だが、違ったのだ。ましろは俺の知らない所で大きく成長し、俺に並び、きっと俺を追い抜いたのだろう。

 

「大きくなったな…」

 

 しみじみと思う。どことなく親父臭い台詞な気もするが、本心である。

 ましろという存在がどれ程の支えになっていたのかも昨日、痛いほど感じた。

 

「親父の小町への異常なまでの愛情に初めてシンパシーを感じたわ…」

 

 ましろに『きっも』とか言われたら立ち直れる気がしない。前々の感覚なら『だろ(どやぁ)』、みたいに返せていたはずだが。

 

 これまでを反芻して感じたのは親愛だけだと、そう思っていたのだが。

 そうではないと昨日、それもまた、気づいてしまった。

 

「宿題進まん」

 

 気付きたくないことに気付いたことを誤魔化すように零すが、しかし。

 

 あまり認めたくない。認めたくないが…

 

「惚れてるんだろうな…俺」

 

 親愛だけでは物足りないと、昨日、そして今、明確に感じている。

 寝間着のジャージの胸元を握りしめる小さく繊細な手が愛おしい。

 そんなことを思うほど、ましろという存在に溺れたのだろう。

 

「難儀だよなぁ…」

 

「ん…」

 

「っ!」

 

 もぞりと胸元で寝返り打った。その動きに頭が急激に冷えて、そして沸騰しそうになる。

 

「何を考えてるんだよ…」

 

 らしくない。

 

「これから集中出来るわけないよな…」

 

 胸元で寝息を立てるましろを眺める。

 

 ぽす、とシャーペンを持った手を乗せる。彼女を見ている限り、髪の手入れなぞしている素振りを見たことが無いが、ふんわりとしている。

 手櫛を入れても詰まることもなく滑らかに滑っていく。

 

「すっげ…」

 

 これが女子と男子の違いかぁ…なんて、随分と安直な考えをたたき出しているほど俺には余裕はない。

 カーテンから日光が漏れ出ている。…いつもの時間だ。

 

 そして彼女のケータイからのアラーム音が部屋中に鳴り響く。こっちの音は結構激しい。どれくらいかと聞かれれば、黒板引っ掻く音の方がマシと言えるくらい。

 

「うるさい…」

 

 そう言ってましろは俺の膝元から降りて、ケータイのアラームを止め、俺達の寝ていた布団にブン投げて元の位置に落ち着いた。

 

「いやおきなはれや」

 

「寝るのよ、八幡」

 

「バカか、学校だっての」

 

「でも行かなかったら宿題なんてしなくていいのよ」

 

「…学校だっての」

 

「今の間は?」

 

「学校だっての」

 

「私と学校、どっちが大事?」

 

「がっ、ま、学校だっての」

 

「ぷふっ」

 

「おいコラ」

 

 凄まじい誘導尋問。コイツ…できる…っ!

 まぁ普通に誘導尋問にかかってりゃ良かったんだが。タイミングが悪すぎた。

 顔が熱くなっていくのを知られない為に、朝食の準備をと立ち上がる。

 

 すると、少しの抵抗を感じる。ましろがジャージの裾を掴んで

 

「私は…八幡の方が大j」

 

「今日の朝食はバームクーヘンだぞ。やったな」

 

 とんでもないことをのたまう前に、というか殆どのたまっちゃってるけど、言い切る前に割り込んでやった。

 

 誰かアイスバケツ。アイスバケツ持ってこい。意味合い変わってくるけど、今ならいくらでもチャレンジしてやんよ!

 冷たい物を心臓付近に突然ぶつけたら心臓麻痺するって言うけどやってやんよぉ!

 

 …やけになるくらい顔が、頭が、身体中が熱い。

 

 数学1つも進んでないけどもう知らん。なるようになりやがれ。

 

 部屋を出て、癖づいた髪の毛を手櫛で梳きながら階段を下りる。

 

「固い髪してんな…」

 

 無理に髪を梳くとブチッと髪が切れた音がした。

 

「将来禿げそうだな…」

 

 ストレスとかで(笑)

 

 

 バームクーヘンとか適当なことを言ってしまったが、そんなものはうちの食料庫にはない。

 あると言ったら昨日の晩、言葉少なにましろと囲んだ水炊きの後だけ。

 ヤケになって適当に入れてしまったのだが、ネギとかウインナーとか細長いものの食べ方が不自然に自然だった。あれ、意味不明だわ。

 

「適当に食パン食わせとけば問題ないだろ」

 

「八幡は嘘つきね」

 

「…だろ」

 

 いつの間にか後ろに立っていたましろに鳥肌がたった。

 

「…いいわ、食パンで」

 

「そりゃ助かる」

 

 ジャムを大量サービスしてやろう。…あーでも後処理面倒だから少なめにしておこうか。カフェオレに砂糖を大量サービスしてやろう。

 

「ねぇ八幡」

 

「ん?」

 

「今日の数学の宿題、見せてあげようか?」

 

「は?えっ、終わってるのか?」

 

「ええ」

 

「ほ、ほぉー、や、でもやめとくわ」

 

「今日八幡日直。つまりあの先生に当てられる宿命」

 

「…見せてください」

 

「…えー」

 

「そりゃないだろ」

 

 そりゃないだろ。そこまで言っておいて?そこでやっぱやーめたってか。冗談も程々にしないと流石の俺でも怒っちゃうよ?無理に怒ろうとして挙動不審になって小町に『うっわ気色悪』と言われたのはいい思い出だけど。

 

「頭を垂れてお願いしたら見せてあげないこともなくもないこともないかもしれないけど」

 

「そりゃどっちなんだよ」

 

「私も分からなくなった。でも見せてあげないこともないよ?」

 

 若干頬を染めて小さく微笑んでくる。

 目を合わせていられず、彼女の顔から逃げるように頭を下げた。

 

「やっぱりやーめた」

 

「おま、結局どっちなんだ…」

 

 頭を上げて言い切るまでに、頭を両手で抑えられた。

 謎の状況に目を白黒させていると、若干上を向いた額に小さい、そして熱くて柔らかい感触が生じた。

 

「はっ?」

 

 素っ頓狂な声が弾き出たと同時に頭のホールドは解かれて、ましろを仰ぎ見ると、頬をりんごのように染めていた。

 表情はいつもの無表情だが、色付いた頬が彼女の表情を顕著に表している。

 無理に我慢しているのがバレバレなのだが。

 

「おはよう」

 

 小さく呟いて俺を見下ろしてくる。

 

「おう」

 

 立ち上がってそう返す。

 

「…」

 

 案の定不服そうな顔でこちらを見上げてくるが、それはおもちゃを取り上げられた子供のようで。

 微笑ましいなと、笑みが零れそうになる。本当に額にアレしてきた本人なのかと疑うくらいに子供だ。

 

 これからもこんな女の子に振り回されるのかと思うと、存外、悪い気はしない。

 

「…おはよう」

 

「ん」

 

 満足気に返事を返してくるが、その返事は随分と覚めたものなんだなと苦笑。

 

「その前に顔洗ってこい」

 

「ん」

 

 のそのそと洗面所に向かっていく。

 

 きっと何もかもをびしょ濡れにして、それに愚痴をこぼす俺に不思議そうな顔をするのだろうと簡単に頭に浮かんでくる。

 タンスからタオルを取り出して朝食の準備を進める。

 

 恐ろしい程の蛇口からほとばしる水流の音にうんざりしながら、タオルを持って洗面所に向かう。

 

 

 *****

 

 

 見せてもらった数学の宿題は全て答えに0が呪いの如く書き連ねられており、アテになるはずもなかった。

 

 学校で仕方なく戸塚様に見せてもらおうと思ったが、随分と自信満々な由比ヶ浜が『今回は完璧だよ!』とまで言うので見せてもらったが、やたらとキリのいい数字しか答えに並んでおらず、これまたアテにならなかった。

 

 結局自分で昼休みの内に全て解いた。その後すぐに戸塚が分からない所があるから教えて欲しいとの旨を言ってきた。

 至福の時間を過ごすことが出来た。

 

 隣の席から脛を蹴られ続けたが。

 

 数学の授業が午後からで助かった。

 

 




ただいま。言葉遊びをする女の子が大好きです。

感想、評価が私めの制作意欲に直結します。どうぞよろしく……

お読み頂き、ありがとうございまする。


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夏祭りは存外心が踊る。

この前奇跡的にランキング載ってました。
そこからお気に入り登録してくださった方々、ありがとうございます…!


『今週末暇だったらさ、夏祭り、行かない?』

 

『あー、アレがアレでアレだから無』

 

『行きたい』

 

『…じゃあましろんも一緒に行こうか!』

 

 

 

 ……なんてやり取りから数日。

 

 俺の意見なぞ取り付く島もなく。

 

 祭り当日がやって来てしまった。

 

「リア充爆発しろ…」

 

 から、ころ、と可愛らしい下駄の音は少数で聞けば風情のある涼し気な音なのだが、かたまりとなって群がれば風情などかなぐり捨てたように見事な雑音である。

 あれだ。どんなに綺麗な絵の具を混ぜ合わせても、行き着く色は黒というようなものか。

 

 そんなことは、今はどうだっていい。

 

 

 

「あいつどこ行った?」

 

「あはは…」

 

 人混みの中を突っ切れば、隣にいるはずのましろが忽然と消えていた。ニフラム!

 

「ま、まぁそこまで遠くには行ってないだろうし、きっと見つかるよ!」

 

「そうだな」

 

 励ましの言葉。そんなもので彼女が易々と見つかった試しは無い。気休め程度に受け取っておこう。

 

 しかしまあ、縁日というのはやはり人を惹きつける効果の大きい単語なのだろうか。既視感ある学生らしき人達がちらほらと見受けられる。

 っべー星人に始まり、出会いを求めて三千里の女先生。誰か…誰かホント貰ってやれよ…

 

 人混みを掻き分け掻き分けましろを探す。

 

「結構みんな来てるんだねー」

 

「そうだな。マジで爆発すりゃいいのに」

 

「またそうやって卑屈になるー」

 

 ぶーぶーと抗議の声が聞こえるが、それよりも、

 

(コイツ卑屈の意味知ってたのか…?)

 

「今なんか失礼なこと考えたでしょ…?」

 

 じとっとした瞳で見つめられる。若干前のめりになったからか、顔が近い。

 てか、女子って男の考えてること筒抜けにできるのな。ましろといい小町といい、そして由比ヶ浜といい。

 

「近い。近いから」

 

「あっ…」

 

 ようやく気付いたのか縮こまってくれた。

 この子もいい加減自分のパーソナルスペースを確立した方がいいと思うの。

 

「しかしホント人多いな…」

 

「そだねー」

 

 チラチラとこちらの顔を伺ってくる。その度に頭に乗っかった団子が右往左往しているのがどうにも面白い。

 どんな風に髪をくくれば団子が出来るのかは皆目見当がつかないが。

 

「ね、ねぇ」

 

「あん?」

 

「は、はぐれちゃヤバいから…ね?」

 

「はっ…えっ…お、おう」

 

 祭りの空気に当てられたのか、上気して火照った顔で手を差し出してくる。

 流石の俺でもこれは理解出来ないはずがない。昔ましろに理解した上で握手をしたら30分程口を聞いてくれなかった。しばらくすれば向こうから猫のごとく擦り寄ってくるのだが。

 

「へへへ…」

 

「新しい鳴き声だな」

 

「あたしポケモンじゃないし!」

 

「デジモンだよ」

 

「そっちでもない!」

 

 いつもは静かな隣だが、こういう賑やかなのも悪くない、と柄にもなく思ってしまった。

 

 

 *****

 

 

「迷った…?」

 

 1人ふらふらと出店の連なる境内をうろうろ。

 喧騒を傍目にすることは1つ。迷子の八幡とゆい何とかさんを捜すこと。

 じっとしていれば向こうが気付くかもしれないが、それではどちらが迷子なのかよく分からなくなる。

 

「全く…」

 

 面倒な事態にため息をつく。しかしこのままじっとしていられない。

 そう意気込んで、カランと下駄を鳴らす。

 

「あら?あなたは…」

 

「?」

 

 ふわりと目の前に綺麗な黒髪の女性が現れた。

 雪ノ下雪乃。確かそんな名前だったか。ゆい何とかさんとやたら仲がいい人。それ以外あまり印象は無い。

 

「椎名さん…ね?」

 

「そうだけど」

 

「貴女、こんなところで何してるの?」

 

「八幡とゆい何とかさんと来たけど」

 

「はぁ…はぐれたのね」

 

 何故か言わずともなるほどと解釈された。私椎名ましろはまっこと不服でございます。

 はぐれたの私じゃなく向こう2人だし。私は悪くない。

 その旨を伝えると、雪乃はとても気の毒そうな顔をして私を見つめてきた。

 

「貴女、比企谷菌にかかってるわ」

 

「私どこも悪くないわ」

 

「言い方を変えましょう。…貴女は比企谷くんに影響されてるわ」

 

「でしょ」

 

「そこで胸を張るのはどうなの…」

 

 はぁ、とため息をついて2、3歩先を行き、こちらを振り返った。

 

「携帯で連絡取ってあげるから、少しの間一緒にいましょう」

 

 これは助かる。実は気分が高揚していたせいか、携帯を家に忘れてきてしまっていたのだ。

 素直に甘えさせてもらおう。

 

「うん」

 

「もしもし比企谷くん?貴方のペットが迷子になってるわよ」

 

「迷子は私じゃないわ」

 

 

ここは譲れない。

 

 

 

 *****

 

 

「雪ノ下もそこにいるとさ」

 

 一通り電話で連絡を取り合った後、口元にこびりついた綿菓子に悪戦苦闘している由比ヶ浜に声をかける。

 

「えっホント!?ゆきのんいつの間にかいなくなっちゃったから良かったよー!」

 

 へぇ、あそこには迷子が集まったのか。変に親近感湧いて仲良くなってたら面白いな。

 てかあの二人だろ?絶対私が迷子なんじゃなくて向こうが迷子なんだとか思ってるだろう。

 

「とにかく集合場所に行くぞ。ここから大して離れてないし、すぐに着くだろ」

 

「わわっ!待ってヒッキー!まだ焼きそばが残ってるの!」

 

「それをどうしろって言うんだよ」

 

「手伝って!」

 

「無理」

 

「即答?!でもヒッキーお祭り来てから何も食べてないじゃん!」

 

「祭りの出店は割高だからな。家で軽く食ってきた」

 

「そんなのあり!?…こんなに美味しそうなのに…」

 

 まぁ確かに旨そうではある。あの湯気のたちかたは生唾ものだが、腹が減ってないのに胃袋に押し込むのはどうかとな…。

 

「うー、ちょっとまってて。直ぐに食べちゃうから」

 

 そう言って一心不乱に焼きそばをすする。そんなに勢い良くすすったら

 

「げほっ」

 

 …ほらむせた。

 仕方ないな…

 

「ほら、半分寄越せ」

 

「え?やっぱりお腹すいてたの?」

 

「違ぇよ。旨いもんは味わって食べるのが鉄則だろ」

 

「…ふーん」

 

「何にやにやしてんだよ」

 

「んーん、ありがとっ!」

 

 何を感謝してるのか分からんが、やっぱり見た目だけじゃなく味も旨い。小町程ではないが、祭りならではのこの濃いソースの味が旨い。小町程ではないが。

 

 そしてこのソースの旨さに感激して一心不乱にすすってると、思いっきりむせた。隣で由比ヶ浜が腹を抱えて震えていた。

 食いすぎて腹でも壊したのか(すっとぼけ)

 

 *****

 

「遅いわね…」

 

「そうね…」

 

 人があまり居らず、少し落ち着いた広場──と言っても芝生が敷かれた簡易なものだが。

 それでも風が通って涼しくはある。

 

「電話してみましょうか」

 

「そう、ね…」

 

「そうねって貴女それ言ってればなんとかなると思っ…?!」

 

 突然場の雰囲気が落ち着いたのと環境が良くなったためか、凄まじい眠気が襲ってきた。気付けば雪乃のほんのり暖かい膝の上。浴衣の上からでも分かる。

 もう何もする気が起きない。ここで寝てしまおう、おやすみ。

 

「ちょっ、ちょっと?これじゃ動けないじゃない…!」

 

「大…丈夫よ」

 

「それは貴女の寝床でしょう?」

 

「私を置いていけばいいわ…」

 

「え?」

 

「ん…動きたいなら…ね…」

 

「…バカ言ってないで起きなさいったら」

 

「ん…すぅ…」

 

「…全く」

 

 結衣と一緒にいるところを見て、この人は面倒見いいんだなって思った。

 なら八幡に代わって寄生するなら雪乃だなって。

 

「放っておけるわけないじゃない…」

 

 それみろと内心ほくそ笑みながら迫り来る眠気に身を任せた。

 

「ふふ…」

 

「全く…何がそんなにおかしいのかしら…?」

 

 

 

 

 

 …本当に眠ってしまった。

 膝の上ですよすよと寝息を立てる、まるで猫のような女の子。

 先程から感じてはいたが、全く読めない子である。由比ヶ浜さんとは全く違った性格をしている。

 

「比企谷くんの家に下宿しているというのは本当だったのね…」

 

 そう。この子の言動諸々、比企谷くんに通ずるところがしばしば見受けられた。しかしここまで影響を受けていると思うと、比企谷菌というのもあながち間違ってはいないのかもしれない、と思ってしまうのは仕方ないのではないか。あの時の私はそれを感覚で予知していた…?

 くだらない。こんな考えは持つだけ無駄。考えるべきは今のこの状況。

 

「やっぱり電話しかないかしら」

 

 しかしこんな場所、どのように説明したところでどこにでもあるような立地。そしてこの立地は少し違うのだ。

 

「比企谷くんなら…避けるところよね…」

 

 特別席、いわゆるVIP席である。それも、かなり広い。

 

 そして特徴は広い、芝生、以上2点である。

 

 どこを目印にしたところでそんなものはどこにでもあると一蹴されるのが関の山。

 

 しきりに頭を回すが方法は見つからない。

 

「どうしたものかしら…」

 

 自分の膝の上で眠りこける椎名さんの、比企谷くんが毎日ドライヤーをかけているらしい髪を撫でる。

 驚きの指通りに苦笑がこみ上げる。

 きっとこの事を追求したら慌てたように、小町の髪でよくやったから、みたいな返答が返ってくるのが安易に想像できる。

 

「及第点をあげるわ、比企谷くん」

 

 まだ日は暮れていない。通話アプリを駆使して何とかこの窮地を脱しようと密かに意気込む。

 

 私は鞄の中から予備充電器を取り出した──。

 

 

 

 

 




大学もぼっち。


感想、評価お待ちしてます。これらは作者の投稿ペースの増長材となります。いやマジで。

@kamesama1947749←twitterです。大学開幕ぼっちの方々、仲良くしましょう(懇願)


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味をしめた彼女は止まることを知らない

怒涛のベビーカステラ回

ケータイぶっ壊れてしまいましてな(3週間前)
更新遅れて申し訳ございません。


 

 

 どうにかこうにか比企谷君とコンタクトは取れた。小言が聞いて取れたが全て軽くスルー。彼のペットの面倒を見てやってるのだ。これくらいやってもお釣りが来る。

 

 

「…ほら、そろそろ起きなさい。比企谷君が引き受けに来るって言ってるわよ」

 

「……私が迷子みたいな言い回しね」

 

「あら、事実じゃない」

 

「ふーん」

 

「ほら、早く起きて」

 

 

 肩を軽く揺するが、いやいやとなかなか起き上がる気配がない。これほどまでになると、比企谷君に少し同情してしまう。

 すると、ぽつりと

 

 

「私知ってるわよ」

 

 

 と呟いた。

 何を?と聞く前に向こうが口を開いた。

 

 

「本当は由比ヶ浜さんと一緒に花火を見る予定だったっていうの」

 

 

 吐こうとした息が逆流しかけた。

 

 

「あ、あら?私そんなこと言ったかしら?」

 

「ん、由比ヶ浜さんが言ってたわ。『3歩歩いたらゆきのんが消えたの!』って」

 

「3歩歩いたらって…人を鳥頭みたいに…それに私が消えたんじゃないわ。由比ヶ浜さんが消えたのよ」

 

「ふーん。あ、あれかしら?由比ヶ浜さんが迎えに来てるわよ?」

 

「…まるで私が迷子みたいな言い回しね」

 

「事実じゃない」

 

 

 まさかこんな形で反撃されるとは思ってもみなかったが、不思議と屈辱感を感じることはなく、むしろ可笑しくて笑みが零れてしまう。

 

 

「雪乃…笑えたの…?」

 

「あら、当たり前じゃない。私をなんだと思っていたのかしら」

 

「雪の女王って八幡が言ってたわ」

 

「へぇ」

 

 

 陰口とはいいご身分じゃない。誰がエルサよ。

 

 

「雪乃…目が笑ってないわ…」

 

 

 

 ***

 

 

「っ!」

 

 

 ぞわりと背中を寒気が走る。瞬間妙な動きをしてしまったが、周りに見られてないだろうか。遠巻きにこっちを見ながらひそひそと話をされるだけで俺はもうダメなんだよ。

 

 

「はぁ」

 

 

 由比ヶ浜と別行動になってはや10数分。彼女の知り合いと思しき人達がいたため、そそくさと離れてきた訳だが、どうも道を間違えたらしい。

 迎えに呼ばれてるのだが、このままでは確実に遅れるだろう。

 

 

「VIP席とか…」

 

 

 流石というか何というか。たしかに安心は出来るが。

 …それ以前に、

 

 

(あの瞬間でましろが雪ノ下に懐いたってことか?)

 

 

 だとしたら多少は助かるのだが。

 何にせよ、現在地の把握だよな。場所が分からなければどうしようもない。スマホのマップを駆使して速く辿り着かねば。さもないと氷のような視線と絶対零度の罵詈雑言が飛んでくる。

 

 

「げ、電池少な…」

 

 

 ケーブルがうまく刺さってなかったのか、残量が10%を切っている。ただでさえ電池を食うマップを使うとなると、持って30分。45分持てば御の字か。コ○ン君の言ってたバッテリーを手で暖めて電圧を上げるという方法も視野にいれておこう。

 

 

「探しますか」

 

 

 ベビーカステラの甘い匂いを突っ切るように歩みを進める。

 

 

 ***

 

 

 芝の匂いが鼻につくVIP席。こればかりは仕方ないのかななんて。辺りを見渡すと、直ぐに周りの空気とは一線を画した雰囲気を醸し出す場所を見つけた。それはつまり。

 

 

「おーい!ゆきのーん!ましろーん!」

 

 

 先程までの空気は何処へやら、ましろんの穏やかな笑みが不思議な空気を溶かしていった。

 

 

「どこに行ってたのかしら」

 

 

 随分と食い気味に聞いてくる。笑いながら。ちょっぴり怖い。

 

 

「ええと、出店…っていうか!ゆきのんが『福玉焼きでも買いましょうか』って言うから、私待ってたのにそれから一向に帰って「もういいわ」何それー!?」

 

 

 なんで私が責められるのか、私馬鹿だから分かんない!

 

 

「ゆい……」

 

 

 するとましろんが私の方を見ながら、名前で…?!

 

 

「……なんだっけ?」

 

「がくっ」

 

 

 苗字すら覚えられてなかった。私忘れられるような名前じゃないんだけどなぁ…。

 

 

「由比ヶ浜結衣!」

 

「ええ、知ってるわ」

 

「えっ」

 

 

 これは…からかわれた?のかな?こんなことましろちゃんに滅多にっていうか、されたことがないから反応に困る。

 

 

「ふふ…」

 

「あ、あはは…?」

 

「比企谷君はどうしたのかしら?」

 

「あ、ほんとだ。八幡は?」

 

「あれ?ヒッキー来てないの?」

 

 

 ………

 

 

 

 氷河期到来。

 

 

 

 ………

 

 

「八幡は」

 

 

 ぞっ、と一気に気温が氷点下まで下がったような感覚。

 

 

「ど「落ち着きなさい」…ぅい」

 

 

 ゆきのんがましろんのプルンプルンのほっぺをもみんもみん。この2人、なんだかバランスがいい気がする。ゆきのんの冷たい雰囲気をほぐすましろんに、暴走するましろんを止めるゆきのん。………、

 

 

「私いらない子?!」

 

 

 だってそうだよね!?ここにプラスアルファ私(笑)みたいなことしたらダメじゃん!酢豚のパイナポーじゃん!

 

 

「そんなことないわ由比ヶ浜さん」

 

「そうよ由比ヶ浜=サン」

 

「ありまくりだよぉ!」

 

 

 ヤケ気味に言うも悲しき。この人達息ぴったりだ。ますますいらない子……?

 

 

「あら」

 

「結衣がいるから毎日が楽しめるのに」

 

 

 空耳のように抜けていったコロコロと楽しそうな声。その声の意味が理解出来た途端、私は弾かれたように飛び出していた。

 

 

「うわあああん!ゆきのんましろーん!!」

 

「面白いし、ね」

 

「ええ、全く」

 

 

 何だかちょっと違う気がしないでもないけど、この際何だっていいや!

 これでもかと2人を抱きしめる。すると、さっきと打って変わって冷ややかな視線を感じた。

 

 

「それは…私への挑戦かしら…?」

 

「ん?何のこと?」

 

「……負けない」

 

 

 彼女は罪深き天然であった。

 2人を強く抱きしめ、形が適宜変化する自らのたわわな果実に少しも気づくことは無い。それがまた2人の闘争心を掻き立てるのだが。無自覚は罪なのである。

 

 

 ***

 

 

「買ってしまった…」

 

 

 小脇に抱える紙袋。大にしてしまったゆえかなり大きい。その袋からは甘い香りが立ち上る。偶に衝動的に食べたくなるような屋台の食べ物。

 1度は息を止めて通り過ぎたのだが、向かい来る人々が何故か殆ど全員ベビーカステラを抱えていたため、匂いに当てられ食いたくなってしまった。俺は悪くない。

 

 

「この辺りだと思うんだがな…」

 

 

 適度に間隔のとられた、混んではいるものの溢れかえっている訳では無い、ストレスの感じない程度の人の数だ。

 

 

「ん、あれか…?」

 

 

 小高くなっている丘に3人がおしくらまんじゅうをしている。こんな暑いのによくやるわ。てか、2名ほど背後に修羅を立たせているんですが何かやらかしたんですかね。

 おしくらまんじゅうとか雪ノ下だったら『暑苦しい…(てれてれ)』みたいな反応するはずなのだが、何故か今回は自ら向かって行っているような気がする。これが祭りテンションか。

 そして由比ヶ浜の、何が起きてるのかわからないみたいな、ぽけっとした表情。

 これはアレですね。由比ヶ浜が知らぬ間に2人の逆鱗をつんつんしちゃった感じですね。1人で2人とか、一石二鳥っていう四字熟語がここまで似合う場面もそうそうないでしょ。この場合『石』が『むn』…止めておこう。命が惜しい。

 

 

「…なにやってんのお前ら」

 

「「!」」

 

「八幡」

 

「おう」

 

「八幡は大きいのと小さいの、どっちが好き?」

 

「えっ」

 

「「えっ」」

 

 

 

 

 

 氷河期突入。

 

 

 

 

 

 流石の俺でもこの言葉が何を指しているかくらい分かる。でもね?ましろさんや。これは公開処刑って言うやつでね、軽々しく答えられることなんてできないんだよ?

 

 

「ねぇ」

 

 

 俺の意思はもはや言うまでもなく加味されない。というか、コイツにそんなことを毎回求める方が愚直というもんだ。

 

 

「…ベビーカステラ、食うか?」

 

 

 まだ熱のこもる紙袋とは反対に、冷ややかな視線が3方向から注がれた。……理不尽極まりない。

 

 

「まあいいじゃん!ほら!ゆきのん、福玉焼きだよ!」

 

「ちょっと由比ヶ浜さん…!」

 

「ん?買ってきて欲しかったならその時言ってくれりゃいいのに。まぁ結局買ったからいいんだけど」

 

「え、ええ、そうね。ありがとう。比企谷くん」

 

「…お前が素直に礼とか明日は台風でも来んのか?」

 

「本当に貴方という人は私をなんだと思っているのかしら…」

 

「さあな」

 

「全く…はっきりしない人ね」

 

「ホントだよね…」

 

 

 さっきの質問に関しては、答えた瞬間にセクハラだのなんだのと言って通報される未来しか見えなかったもんで。雪ノ下のあの通報しようとする行為、アレ何やかんやで見逃してくれてるよなと思うと、そうでもなかったりする。目が笑ってない。

 

 

「全く…」

 

 

 と、そのこめかみに手を持っていく仕草。いつもの調子が出てきましたね。

 そしてさっきから大人しくなった1名の所在はというと、

 

 

「もむもむもむ…ん?」

 

「や、ごゆっくり…」

 

 

 リスのようにベビーカステラを頬張っていた。このKYさどうにかならんものか。残りの2人も各々、『あー!ずるーい!私も食べるー!』や、『全く…』と言ったふうにいつも通りの光景が伺える。

 

 

「ねぇねぇ、そろそろ時間じゃない?」

 

「そうね。そろそろかしら」

 

「あ?なんの話してんだ?」

 

「花火よ」

 

 

 一通り飲み込んでしまったのか、ふいにましろが耳元でつぶやく。福玉焼きの甘い匂いだけでなく、彼女自身の甘やかな香りが鼻腔をくすぐる。

 

 

「…それ耳元じゃないとダメだったのか」

 

「?」

 

 

 無意識ですかそうですか。てかここに花火見に来たんだったな。色々ありすぎて忘れてたわ。

 そしておもむろに袋を差し出してくる。

 

 

「食べる?」

 

「それ俺が買ったんだが…貰うけど」

 

 

 手を伸ばすとスっと袋を引かれた。

 

 

「…おい」

 

「…」

 

「ったく…」

 

 

 そのまま無理に奪うのも気が引ける。だったら諦めるほかないと座り直し、花火の上がるであろう方向の空に視線を投げる。

 

 

「…えぃ」

 

 

 グリィと頬に柔らかいものをねじ込まれる感覚。ほのかに熱を帯びたそれは言わずもがな、

 

 

「…ましろさん?何をなさっているので?」

 

「食べる?」

 

「それ食べる以外の選択肢ないですよね?」

 

「あーん」

 

「待ってついていけない。あっ、ちょっ、食う、食うから回転運動入れてくるなっ」

 

 

 両手にベビーカステラを握ってねじねじと頬を抉られる。柔らかいので全く痛くはないが。片方をギリギリ口の中に入れ込んだ時、

 

 

「あっ」

 

 

 ぶちゅっ、ともう一つのカステラの半生状態の生地が中から飛び出した。

 

 

「あ"っづぁ!?」

 

 

 その悲鳴を皮切りに、色とりどりの花火の種が打ち上がり、空高くできらめきを放った。

 

 

「大丈夫?」

 

「そう見えるなら眼科に行け…」

 

 

 彼女はそれに目もくれず、こちらの様子を伺っている。ふわふわとした食感に集中し、熱さから気を逸らしている俺を見つめてくる。

 

 

「…なんだ?」

 

「どう?」

 

「…美味い」

 

「…ふふ」

 

 

 一つ微笑み、何か隠すように由比ヶ浜の方へ向かって行った。その時頬を染めていたのは花火の光だろうか。

 

 

『ぎゃーっ!?』

 

 

 女の子らしからぬ声が花火の起こす音を切り裂いて聞こえてくる。どうやらましろに色々されているようだ。俺には何も見えない聞こえない。雪ノ下が由比ヶ浜に目もくれず、冷ややかな視線を俺に投げかけ、携帯を耳元に当てているのも全く感じないし見えてない。

 

 

『ゆきのんの薄情者ー!!……あっ』

 

 

 その声を聞いてもそちらへ一瞥もくれず、やはり携帯を装備している姿は俺には見えない。

 

 

「哀れ由比ヶ浜…」

 

 

 俺は悪くないんだ。恨むなら自分の胸に直接聞け。俺にはどうしようも出来ぬ。

 

 おい、コールボタンを押すな

 

 

 

 

 




意外と忙しくて…ぼちぼち更新していきます。


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夏休みになれば面倒事が減ると思ったか、愚か者。

おひさです。


 校長の長い話も無事突破し、ホームルームでの成績表の返却も突破し、無事帰路についたわけだが。

 

 

「何故だ」

 

「さあ」

 

 

 片手に握られたくしゃくしゃの紙。夏休みに学校に来いと言う通達である。

 

 

「なんでお前はこの学校に入れたんだ…」

 

「そんなこと言われてもわからないわ」

 

 

 その文面には命令口調でもなんでもなく、ただ端的に、文字が並んでいる。

 

【椎名ましろさんのテスト得点が足りないため、補習。】

 

 なんとましろではなく、俺にこの手紙が来たのだ。つまり学校側が言いたいのは、

『椎名さんだけだとどうせ来ないので保護者として同伴しなさい』

 ということであろう。ふざけろ。

 夏休みに学校に来なくていいように、赤点取らないように必死に数学を勉強した自分が馬鹿らしい。こいつの朝の支度だけでどれ程のカロリー持ってかれてるのか分かってるのか。分かるはずないか。

 

 

「…行くの?」

 

「そりゃお前…」

 

 

 行かなきゃ駄目でしょと言いかけたとき、1つの妙案が閃いた。

 

 第2の飼い主、雪ノ下さんに擦り付けよう(ゲス顔)

 

 この間の花火でそれなりに仲良くしてた記憶があるし、なんなら当然のように補習の由比ヶ浜氏(本人確認無し)もくっつけてしまえばゆるゆり天下の完成じゃないか。

 ktkrですわ。これで俺は1人まったりと夏休みを満喫できる。まぁ初めの一週間は課題に費やすだろうが。

 

「ま、学校には連れていくから、後は雪ノ下あたりに助けてもらえ。迎えには行くから」

 

 雪ノ下さんへの負担が凄まじいものになるだろうから流石にお迎えくらいは行かなくてはならないだろう。

 

「八幡は来ないの?」

 

「家でゆっくり課題してる」

 

「課題なら学校でやった方が早く終わるんじゃないの?」

 

 

 …。

 

 何だろう、この感覚。まるで正しいルートを進んでいたはずなのに、隣から『ここからショートカットできるよ』と言われているようだ。違うんだ…それはこだわり勢からしたら全くの蛇足なのだ…。しかれども、ましろの言うことは正鵠を射ており、どうにも口を噤むほか無かった。

 

「ねえ」

 

「わかった、わかったから。行けばいいんだろ」

 

「…ん」

 

 納得したのか、それっきり口を閉ざしてしまい、家まで会話が生じることは無かった。そんな沈黙も悪くないと感じてしまうのは、隣にいるのがこいつだからだろうか。そんな感情を持ったことに人知れず肩をすくめる。そんなモノ鼻で笑って投げ捨てる。ただの昔からの慣れから来る安心感だ。

 

 

 ***

 

「で?明日からも学校に行くと?」

 

 通い妻をしてくれた小町が口の中のものを咀嚼し終えてボヤくように零す。

 

「まあな。俺は別に家にいてもいいんだけどな」

 

「それはいいの」

 

「お、おう」

 

 俺のことはいいんですって。酷いなー。お兄ちゃん泣いちゃうよ?泣いて喚いて叫び回るよ?本格的に嫌われるからやらないけど。

 

「ましろさんと一緒に遊びたかったのになー」

 

「私も」

 

 そう言って俺に抗議の視線を送ってくる。いや俺悪くないですやん。

 

「いや、そもそもの問題考えてみろよ。お兄ちゃんが面倒を見なかったのが悪い。以上」

 

「いや、お兄ちゃんが面倒を見なかったのが悪い!以上!…あれ?」

 

 ふむ。どうしたものか。こうなってしまうと進学校である総武高はなかなかに補講者を見逃してはくれない。しかし確かましろは無記入での0点だったらしい。そうなれば話は変わる。その場合、欠席扱いとなって、教師陣からの視線も緩くなるはず。ましてや、教室の癒しペット状態のましろにそうそう不幸な仕打ちはしないだろう。今では平塚先生すらその虜なわけだし。この間、何があったのか、大泣きしていた平塚先生に抱き枕にされていた無表情のましろのあの光景はシュール極まりなかった。

 

「とにかく、暗記できるところは暗記しとけよ?お前は暗記に関しては誰にも負けないんだからよ」

 

「…」

 

「わかったか?」

 

「…ごみいちゃん、こうなることが分かってて…?」

 

「…言っておくが放置していた訳では無いぞ。結果論だ。一応由比ヶ浜までもがコイツを勉強会に連れ出そうとしてたんだが、小テストに関してはお得意の記憶術で躱してたから、勉強が実は全くできない事実が姑息なガキがドア裏に隠れるように潜んでやがったんだよ」

 

 しかも無意識下に。

 

「失礼よ」

 

「そう思うなら器用に立ち回ってんじゃねぇよ…。今の今までテスト無記入とか聞いてなかったわ」

 

 全く…ステルスヒッキー顔負けの立ち回りしやがって。柄にもなく感心したわちくせう。

 

「…ふ」

 

「あーお前そのドヤ顔すぐ引っ込めろ。今まで破られてこなかった影の薄さで負けたことに若干の敗北感なんて全く感じてねえよこの野郎」

 

「お兄ちゃん…」

 

 小町が何かを察した瞳で微笑みかけてくる。砂漠に遭難した時に見つけたオアシスの如く、俺は縋るように視線を向けた。

 

「わぁ、いつも以上に腐った目、してるよ?」

 

 オアシスではなく、毒沼だった。波一つない、透き通った、毒沼だった。

 

 ***

 

 遅めの昼食を終え、小町は食器の後片付け。俺は自室に戻って買い溜めておいた小説に手を伸ばす。しかし小町は働きすぎではないだろうか。手伝うと言っても聞かなかったが、これからは勝手に仕事を横取りしていこう。…まぁやってくれると他力本願に思っているところを見ると、惰性にこの状況が続きそうではあるが。

 

「……」

 

 そう言えば。

 

「あいつどこ行った?」

 

 いつも金魚の糞(失礼)のように引っ付いてくるましろが部屋についてこなかったということに一抹の疑問を覚える。まぁ今回本を読むに関しては願ったりな状況になった訳だが、突然いつもと違う動きをされるとどうもその事が頭の隅に居座り続ける。

 

「…まぁ、いいか」

 

 しかしアイツがいないこの状況が久しぶりだ。この部屋こんなに広かったんだな。

 読書に勤しむべく、表紙をめくる。

 …元一流のボッチは寂しさなんて感じねぇ。

 

 ***

 -比企谷家キッチン-

 

 男一人自室にこもりきりの中、キッチンでは姦しい話し声が響いていた。片や心底楽しそうに。片や甘い匂いを漂わせるキッチンに並べられた様々なフルーツに目移りをするのか、ウロウロと歩き回る。いつものポーカーフェイス(比企谷兄妹からすれば手に取るようにわかるが)はとどまるところを知らない。

 

「さて、驚きの事実を知りましたが、当初の予定通りましろさんとのお菓子作りを始めます!どんどんぱふぱふ〜!」

 

「よろしくね」

 

「いやぁ驚きましたよ!まさかましろさんがお菓子作りをしたいだなんて」

 

「…作ってみたくなったのよ。前の料理は出来なかったけど」

 

 以前、回転寿司を食べて感銘を受けたましろさんが、何を思ったのか自分で作ってみると、何故か塩さんまを購入し、3枚に下ろすのよねと、3つにぶつ切りにし、結局わからなくなってお兄ちゃんの部屋に”ドス”の持ち方で突貫してきたという話を聞いているため、正直腕前に難ありと言えるだろう。

 

「…へーぇ、そうですかー」

 

 とりあえず当たり障りのない返答を返しておく。若干呆れたような響きになってしまったが、ましろさんのことだ。目敏く指摘してきたりはしないだろう。

 

「舐めてもらっちゃ困るわ」

 

 わーお、そっちかー。焚き付けたつもりでは無いが、そういう形で捉えられてしまったようだ。まぁ今回作るのは混ぜて焼くだけのホットケーキ。そうそう失敗することはないと思うが…。神のみぞ知る領域の問題だ。

 

「じゃぁ、パパっとやっちゃいますか!」

 

「うん。やっちゃおう」

 

 お馴染みがんばるぞいのポーズで向かい合う。何故かその手に出刃包丁。

 

「ましろさん?!」

 

 どうやら一筋縄で上手くいくほど甘くないそうで。これはお兄ちゃんがましろさんをキッチンに立たせようとしないのわかる。

 …楽しいお料理になりそうだ。

 

 ***

 

 …下から小町の悲鳴が聞こえる。包丁だの火力だのと言っているので、あのバグったチャーリーとチョコレート工場状態のましろをキッチンに入れたらしい。…愚か者め。

 とにかく、忠告はしておいたはずだ。それを無視してキッチンという聖域にハルマゲドンを起こそうなど具の骨頂。つまり何が言いたいかと言うと、後片付けお願いねってこと。

 この間は何故か3等分にされたさんまがまな板に乗っていた。しかも何故か塩さんま。焼けば完成の物をなぜぶつ切りにしたのか皆目見当もつかない。そのまま焼いて食べましたが。

 

「まぁせいぜい、」

 

 頑張れよと呟こうとした刹那、ノックもなしに自室の部屋が開け放たれた。…そろそろ鍵つけようかな…。

 

「助けてお兄ちゃん!」

 

「回れ右。前へー進め」

 

「いっちに!…やってる場合か!」

 

 なんだよそのまま行っちまえよ、と内心思いながら想定している答えを得るために、こんな時の為にあるような常套句をボヤくように吐き出す。

 

「で?どうした?」

 

 その言葉によってか、みるみる内に小町の顔に生気が戻ってくるのが分かる。まぁ助けの理由はなんとなくというか、確信はしてるんだが、体裁良くした方が、俺の注意を無視して行ったことに対する罪の意識は薄れるだろう。

 

「えっとね…」

 

 我が愛しき妹は、俺の顔色を伺いながら口を開いた。

 

 

 

 

「『自分の血が隠し味ね』ってましろさんが…」

 

 

 

 俺は脱兎のごとく、自室を飛び出した。

 

 

 

 




スランプに陥り、何やかんやエタってたらだいぶ間が開きました。すみません。
(編集しました)


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