もし傀儡兵に生き残りがいたら? (傀儡兵C)
しおりを挟む

始まり

 新西暦1035年に発生した古都プラーガの動乱から数年――世界は未だに争いの火種を抱えたままだった。当然のごとく、それは国境を接する地域ほど苛烈な傾向にある。とはいえそれは精々が小競り合いという程度のもので収まっていた。

 理由は様々だろう。噂によれば星辰界奏者なる人物が各地で粘り強い交渉を続けた結果、アドラー、アンタルヤ、カンタベリーの3国が徐々に融和路線を取りつつあるとも言われている。

 人間兵器、星辰奏者〈エスペラント〉の技術流出により軍事帝国アドラーの圧倒的なアドバンテージが失われた。それにより、帝国一強の時代は過ぎ去ったが、裏を返せばどの国家も確実に勝利できるという保証は無いのだ。戦争に保証など元々無いが、勝算が高いと太鼓判を押せなくなったのだ。

 なによりも星辰奏者は金食い虫だ。製造費、維持費…得られるメリットも大きいが、それ故に気軽に使い潰せるような存在ではない。優秀な星辰奏者につまらない戦場で死なれても困るのだ。

 それが故に三国は旧西暦においてヨーロッパと呼ばれた地において暗闘と小競り合いに耽っていた…。

 

 

 ここ、アドラー帝国南部戦線もその例に漏れない。国境を接するのはアンタルヤ商業連合。三国の中で唯一、金銭次第で星辰奏者となることができる実利重視の国家。成り上がりを望む血気盛んな兵たちが帝国にちょっかいをかけてくることなど日常茶飯事のことだ。

 そんな南部戦線においてアドラー帝国に所属する一人の男が今も駆けずり回っていた。貴種〈アマツ〉とは程遠い雑種。褐色の肌の男は世界から見ればどうということもない、小さな小さな戦場で必死にその日を生き長らえていた。

 

 コリン・ハバード准尉は疾風となって突撃する。それを迎え撃つは炎を纏った銃弾(・・・・・・・)。付与属性に秀でた星辰奏者が存在する部隊はただの兵士ですら時に星辰奏者すら打ち倒す。特化型を重用するアンタルヤ商業連合傘下らしい部隊だと言える。

 とはいえ敵の側もいざとなれば切り捨てられる存在だろう。表向きは三国は融和に向けて少しづつ関係改善に努めているとされているのだ。なにかあれば彼らのスポンサーはあっさりと知らぬ顔をしてしまうはずだ。コリンですら単身で未だに戦えているのがその証左。大した相手では無いと言える。…真っ当な帝国製星辰奏者ならば、だが。

 そう、対するコリンはマトモな星辰奏者ではない。動きこそ鋭いものの、あるものが欠けているためだ。そして精神面においても戦闘適性は凡庸に過ぎる。本来ならば星光を纏い、帝国の威信を背負うような存在ではないのだ。

 顔を覆面で覆ったアンタルヤの兵をとうとう視界に収める。彼らに炎を与えている星辰奏者が来る前に数を減らさなければならない。炎弾が頭の横を通り過ぎ、毛が焦げる不快な臭いを感じたコリンは焦りを込めて星辰光(アステリズム)を発現させた。

 

超新星―惑星間塵・残骸之型(Metalnova Mk-dust Planetes)!」

 

 コリンに許された紛い物の異能。アダマンタイト製の刀の先に星光を充填する。銃弾を飛び越えて兵士達を刃圏に捉え、太刀が振るわれると爆発が生じた。

 至近距離で起きた炸裂に3人の兵が手足をもがれ、苦悶の呻きを上げた。肉が焦げる臭いが当たりに漂いだした瞬間にコリンは周囲に殺気が満ちるのを感じて飛び退いた。先程まで立っていた場所に炎が何もない宙空から放射された。

 間違いない――星辰奏者のお出ましだ。

 確信した時には既に脱兎の如くコリンは逃げ出していた。

 動きだけならば多少劣っている程度だ。まさかここまで来て逃亡を図られるとは思ってもいなかった敵は行動が遅れ…結果を言えばコリンは無事に逃げおおせた。

 

 そう――所詮、俺は紛い物。本物の星辰奏者と戦えるかもは知れないが、勝利は期待できない。

 かつて古都プラーガの動乱において狂気の女科学者と光の亡者によって造られた廃品利用の兵器。それがコリンの正体。かつて傀儡兵と呼ばれていた木偶の更なる成れの果て。

 

 これは彼の何を成すでもない生存譚。




初の二次創作!なので駄文失礼しました
続くかな…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

贖罪者

「はい、これでおしまい。気分はどう?」

 

 旧パルマ…ドゥカーレ宮殿に増設された帝国軍南方基地、その一つ。第四南部駐屯部隊・堅爪巨蟹(キャンサー)の隊員であるコリンもまた、ここが根城ということになるのだろう。

 その一室でコリンは妙齢の美女と向かい合っていた。華のような香りが鼻孔をくすぐるが、素直に喜ぶことはできない。シズル・潮・アマツ――軍属の貴種(アマツ)、この女こそがコリンを傀儡に仕立て上げた張本人であるからだ。

 

「特に問題は…どうも」

 

 短い答えは自分でも表現できないマーブル模様の感情に溢れていた。

 男として美女に鼻を伸ばせばいいのか、怨敵として憎めば良いのか。それとも凄腕の奏鋼調律師(ハーモナイザー)である彼女が手ずから調律してくれることに感謝すれば良いのか?

 わからない。わからない。

 なぜならコリンは出来損ないの死に損ない。感情を判断する基盤となる記憶ですらかき混ぜられて原型を留めていないのだ。

 

 準星辰奏者といえば聞こえが良いが、その実態は適正値が基準に達していない人間に無理矢理強化手術を施した使い捨ての兵器に他ならない。第六東部征圧部隊・血染処女(バルゴ)の前部隊長が推し進めていた実験の過程で生み出された廃材である人間を再利用した存在だ。

 過程で他者の記憶を植え込まれることも行われていたため、コリンは過去を思い出そうとする度に割れたガラスのような光景を見ることになる。一介の労働者であった気もする。輝ける英雄であった気もすれば、それに救われた幼子だったという思い出もある。

 

「ごめんなさいね…。繰り返しになってしまうけれど、あなたの寿命がマトモになるには自分の星を掴む事が大事。現状のあなたは体内の星光に振り回されているようなものなのだから、当然に体に無理が出るわ」

 

 謝意を込めた言葉…人体実験を行っていた人間が、なぜ善人に鞍替えしたのか。その過程もコリンは知らない。

 寿命、という言葉だけが漠然とした不安を煽る。実感は無いがコリンの命にはタイムリミットがある。手をつくしておよそ10年――言われてから3年が経過しているのだ。残りは7年ということになる。遠い日に爆発する体を怖いとは思うが、半端に遠い時間が現実味を無くさせていた。

 星辰奏者は星光に専用の武器…発動体を用いて感応する。だからこそ奏鋼調律師という同調のための調整を用いる存在が必要不可欠。元々第十一研究部隊・叡智宝瓶(アクエリアス)にも在籍していたという才媛はコリンの体内で暴れまわりかねない星光を絶妙に調整していた。

 戦闘においても、平時においてもシズルはコリンの命の恩人であり、命綱。しかし、そもそもコリンを戦闘者に仕立て上げたのは眼鏡の美女本人であり…堂々巡りの思考をコリンは頭を振って打ち切った。

 

 その光景に何を思ったのかシズルは痛ましげに目を伏せて、いつも通り現状の説明を繰り返した。

 

「そもそもあなたが生き残れたのは適性が軍の基準より極僅かに下回っていただけだったから。本来なら第13星辰小隊に配属される未来もあったのでしょうけど…あの男(ギルベルト)はそうした基準に厳しかったから」

 

 だから自分だけの星を掴むことが出来るはずだと才女は語る。とはいえ、どうすればいいのか分からない。褐色の肌が示すとおりに雑種であり星辰体に対する同調率も高いとはいえない。加えて言えば戦闘訓練を受け始めたことすら3年前からであり、その日の戦闘を生き残ることがコリンの精一杯。

 数年後に炸裂する爆発物の処理方法を覚えろ、と言われれば必死になりたいとは願ってもから回るだけだった。

 

 揃ってため息をつく。シズルは贖罪に焦り、コリンは明日をも知れぬ我が身を嘆いている。

 

「考えていても仕方ないことではあるのだけれどね。感覚的な面が大きいから」

 

 実感が篭った言葉にコリンは唸った。そう、この豊かな肢体を持つ美女は正統の星辰奏者である。貴種の名に恥じぬ適性を備えている。正直なところコリンがシズルと戦えば、コリンに勝ち目など全く無い。本気で0であるはずだ。

 そんな人間に感覚的なことを説かれても、表面を滑るだけだ。天飛ぶ鳥に蟻の気持ちなど分からないから。

 

「はぁ…それはともかく、これから暇かしら?食事でもどう?」

 

 再びついたため息のあとに続くのはシンパシーを覚える同士としての言葉。

 二人にはある共通点がある。それはこの基地…いや軍においてはみ出し者であるということだった。

 

 今はただの軍属となっているが、シズルの階級は元少佐。それも12部隊の副官まで勤めていたのだ。それがなぜか階級を失い、落ちてきた。しかも噂によれば非道な人体実験を行っていたが故の飼い殺しだという。となれば、見目麗しくとも避けられる。嫌悪を覚えずとも元少佐、というのは扱いに困る。無難に離れて愛でるだけに留まるというのは当然のこと。

 コリンもまた同様だ。人体実験の成果の集合体ではあったものの、同じ境遇の遺体は既に各勢力に拾われ解析済みだろう。戦闘能力においても機密性においても何とも中途半端だ。

 本来、下士官に与えられる最高位の階級である准尉を与えられているのも「これで我慢してね」ということである。

 

「奇異の視線を向けられるより、気まずい食事の方がマシだと?変わった趣味ですね…いいですよ付き合いますよ」

「たまには奢るわよ?お給金は私の方が良いんだし」

 

 夕刻の約束を取り付けてコリンは部屋を辞した。まだ日は高く、訓練も残っている。

 一人になってから雑然さと整然さが合わさった私室兼仕事場でシズルは呟いた。

 

「過去を償い、明日を生きる、そして都合のいい明日の一つでも描いて見ろ。こんなに難しいとは思わなかったわブラザー」

  



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

双子のいる店

 旧パルマは食の都として知られていた。それは新西暦となった現在でも変わりなく、ハムなどの名産品を未だに世界へと送り続けていた。

 そんな町の小さな店。そこがシズルの行きつけであった。必然的に関わる機会の多いコリンも顔馴染みとなっている。

 

 扉を開けば、据え付けられた来客を告げる鐘が鳴る。落ち着いた雰囲気の店内。そこに鐘の音以上に鳴り響く声があった。

 

「いらっしゃいませ~♪お二人様ご案内です。おやおや逢引でしょうかね、ティセさん」

「めくるめくオフィスラブだねティナ!けど悲しいかな、真っ当に生き始めた人達はあまりからかい甲斐がないね。W双子の生クリーム載せ、さくらんぼ付きはお預けかな?」

 

 金の髪をサイドテールにまとめた、かしましいウェイトレスが冷やかしてくる。残念ながらそういった関係ではないし、ここは否定するべきなのだが…。なぜかこの双子の発言はあまり気にならない(・・・・・・)。からかわれているとは分かるのだが、その事実が残るだけで後を引かないのだ。これが彼女たちの自然体だからだろうか?

 反応に二人が窮していると、この店の主からの助け舟が入った。腰の曲がった老婆。こちらは店の雰囲気とぴったりだ。温かみがあるというべきか、何もかもが気まずい基地でささくれだった心を癒やしてくれるような気配がある。

 

「ティナちゃん、ティセちゃん。あまりお客さんをからかっちゃあいけないよ?ご注文をお取りしてね」

「「はーい、店主(・・)!」」

 

 穏やかな老婆と双子は孫と祖母のようで、見るものを和ませてくれる。この店はずっとこの雰囲気を保って欲しいと思わせる光景だった。

 

 

「最近、出撃が多いわね?アンタルヤの動きは特に活発…まぁ一時に比べれば大したことは無いけれどもね。強欲竜団(ファブニル)ももう無いわけだし」

 

 かつて古都を騒がせた伝説の傭兵団の名をシズルが口にする。過去が混濁しているコリンにはあまり縁の無い名ではあったが。

 

「傭兵達からすれば、成り上がる機会が減るのは避けたいんでしょうね。商業連合としてもせっかく開発した商品が売れなくなるのも困りモノでしょう」

 

 商の国から見れば戦争は最大の勝機。そこから爪弾きにあった人間まで含めて金にならない存在など無いだろう。噂ではかつてのコリンと同じような準星辰奏者じみた人間兵器まで開発しているという。

 平和になればそれはそれで得をする者もいるであろうから、その内部の混沌は推して知るべし。元々、十氏族という豪商が覇権を握っている国家だ。現在はミツバの家が抜きん出ている状況も、他の9家にとっては面白くないに決まっている。

 結果として国境を接する南部戦線は未だに紛争中である。外交上問題になりそうなら切り捨てられる兵たちも気の毒というものだった。アンタルヤ商業連合では借金の形に強化手術を受けさせられる人間までいるのだという。

 

 運ばれてきたラガーを呷る。どう対応していいか分からない相手との食事を少しでも明るくするために。強化された内臓は中々酔ってはくれないが、喋りやすくはなる。

 

「訓練はどう?」

 

 何だか、母子のような会話になってきている気がする。だからだろうか、コリンはうっかりと口を滑らせてしまう。

 

「元々向いてないんでしょうね。剣の扱いとか酷いものですよ…多分あなたに操られていたときのほうがマシ…あ」

 

 言ってはいけないことを言ってしまった。そう感じた時には既に遅く、シズルは沈痛な面持ちで顔を伏せてしまう。

 

「ごめんなさい…」

「あ、いえ。こちらこそ…」

 

 ああ、最悪だ。いやしかしなぜ自分も謝らなければならないのだろうか。彼女が罪を犯したのも事実で、自分はその被害者。だが既に過去のこと。

 

「はーい、ジョッキのおかわりと!生ハムサラダお待ちどう様ー!」

「白身魚のソテーも入りまーす!」

 

 思考の迷宮に入り込みそうになったコリンを双子が救ってくれた。偶然かとも思われたが、小悪魔のような笑みを浮かべていることから気を効かせてくれたのだろう。

 ありったけの感謝を込めてチップを多めにねじ込む。

 

「やぁん。お客様、おさわりは禁止ですよ?」

「やだティナ!この人、案外カモ!?」

 

 双子のおかげでこの日は和やかなままに終わった。

 救われたと思ったために、コリンはなぜシズルに申し訳なく思ったのか、という思索を打ち切ってしまっていたことに気付かなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

想いと心

「はぁ…はっ…はぁ…」

 

 目の前の鋼鉄の塊を前にしてコリンは息を荒らげる。

 戦車…地上を走る鉄獣。戦場の花形を星辰奏者に譲ったとは言え、その威力が目減りしたわけではない。星辰体により空気抵抗が増大したため、空飛ぶ機械が失われた現在となっては数少ない旧西暦からの兵器の系譜だ。…金属抵抗値が無くなり集積回路を作れなくなってもいるために、性能は遠く及ばなくとも。

 

「小競り合いにこんなもん持ち出しやがって…目立ちすぎだろ」

 

 商業連合によれば傭兵の暴走ということだったが、帝国の南部防衛力に味噌をつけるのが目的であろうことは目に見えていた。随伴していた星辰奏者は堅爪巨蟹(キャンサー)の正規隊員が相手取っている。よって半端な敵の相手は、同じく半端な準星辰奏者にお鉢が回ってきたのだ。

 

 そう、半端な相手なのである。

 なにせ星辰奏者ならば時間をかければ素手で戦車を解体してのけることさえ可能。帝国最強の誉れ高い第七特務部隊・裁剣天秤(ライブラ)の星辰奏者ともなれば数台を相手取っても勝利を収められるという。

 

 しかし…それは真っ当な星辰奏者の話。紛い物であるコリンにとっては十分、強敵だった。

 砲身から放たれる破砕の一撃を太刀に込めた星光で逆に爆砕する。他の星辰奏者のように切り伏せることはしない。出来るかもは知れないが…余りにも恐ろしい。

 弾が打ち出される時に伴う音も、熱も、衝撃も現実のものとは思えない迫力!こんなものを相手に「性能はこちらが上だから、接近戦でも勝てる」などと言えるのは心という要素を無視しているとしか思えない。

 

 自分には勇気が足りない。精神に牙城を築き上げようとしても、過去すら撹拌された俺には土台がない。無い無い尽くしだ。逃げる理屈すら無いのだから笑う他はない。

 だからこそ、飛んだ。放火を掻い潜り…戦車に飛び乗る。現在しか無い者に出せるのは自暴自棄のみだ。

 固い軍靴が戦車に触れた…その時に電流が流し込まれた。

 

 随伴の星辰奏者が未だに落ちていなかったのだろう。付与された電撃がコリンを襲ったのだ。

 わけの分からぬ声を他人事のように聞く。それが自分の口から発せられている叫びだとは思えない。視界が眩み、上面から振り落とされる前に太刀を装甲に当てて爆裂させた。

 吹き上がる噴煙と吹き飛ばされるコリン。場当たり的に用いられた星光は使い手にも被害をもたらしたのだ。

 意識を失う。誰か…誰か俺が傷ついたら心配してくれるだろうか?無言の問いには誰も答えない。大和(カミ)でさえも。

 

 

「…っかりして。ここで…」

 

 声が聞こえる。激しい感情が秘められた静かな声。

 なぜだか、とても聞いていたい。

 

「…なさい。ごめんなさい」

 

 何に謝っているのか。俺か別の誰かか…それとも自分自身にか(・・・・・)

 手に僅かな熱を感じてコリンは目を痙攣させた。

 熱がより確かに伝わる。ずっと昔に誰かにこうされたような覚えのある感触。

 眠れない時に握っていてくれた誰か。それは誰だったか。だけど…覚えていなくても子供の時はもう過ぎてしまったから。感じる熱に安心したのならば眠るのではなく、起きなければ。

 

 目を開く。祈るように手を握る女。シズル・潮・アマツの目には雫が輝いていた。

 手を握り返すと、はっとした様子で見つめる眼鏡越しの目。

 

「…よかった」

 

 僅かに微笑む顔を見た時、コリンは初めてこの才媛を混じり気無く美しいと思った。

 

 

「仮にも星光の恩恵を受けているんです…そんなに調べなくてもいいでしょう?」

 

 星辰奏者は性能だけ見るならば分かりやすく人間の上位互換。生命力も例外ではない。多少の傷ならばさっさと治ってしまうのだ。

 だがこの貴種の女性の診察は念入りだ。間近で揺れる髪を見るのが気恥ずかしい。

 

「そうね…この怪我ならしばらくすれば問題ないわね。大丈夫だった?」

 

 何を指している質問なのか分からない。戦闘中のことならば今こうして生きている。戦闘後のことならば他ならぬ彼女が調べたのだ。

 

「意味がよく…」

「戦うのはとても怖いことでしょう?あなたをこんな目に合わせた私が言うのもなんだけれど…」

 

 先程とは違う涙が無い僅かな笑み。

 シズル・潮・アマツはかつて同じことを口にした。だが今では込めた意味が違う。

 

「 大切なのは想いであり、心でしょう? 」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

襲撃

 国が一つの行動に複数の意味を持たせるのは珍しいことではない。連合であり十師族という多数の頭を持つアンタルヤ商業連合国ならば尚更だ。

 連鎖する小競り合いはその現れだった。帝国の権威に砂をかけたいのも本当。帝国の南部におけるイニシアチブを…あわよくば覇権を狙っているのも本当。

 故に今行われている作戦も本当だった。十師族の一つ、ミツバ商会から派遣された2人の星辰奏者の狙いは技術。ミツバ家の大幹部リン・ミツバが古都プラーガにいたためにミツバ商会は知っていた。他国より一歩先を行くアドラー軍事帝国の知恵の宝箱がこの地にいることを。

 元、第十一研究部隊・叡智宝瓶(アクエリアス)に所属していたシズル・潮・アマツがこの地にいることを知っていたのだ。

 

 帝都の守りは固い。当然、そちらも諦めてはいないが技術を奪取する試みは全て裁剣女神(アストレア)に阻まれている。

 一方、ここ南部の目は外からの敵に向けられている。連日の襲撃、遭遇戦…対応するために出来た僅かな隙。ならば見逃せる筈もなかった。

 

 

 双子の姦しい声と老婆の穏やかな声を背に店を出る。

 コリンのささやかな快気祝いが終わった。僅かの酒精に薄い朱がさしたシズルにコリンは見惚れた。夜の冷気に吐く息の白ささえも情深い贖罪の女神を彩っている。

 

「少し歩きましょうか…お酒なんて久しぶりだから。内臓は強化されている筈なのにね」

「ええ…喜んで」

 

 喜んで付き合う…自分の言葉にコリンは驚いた。シズルも少し驚いているようだったがくすくすと笑って頷いた。

 最近自分の気持ちを自覚しつつある。結局は俗な男であり、美しい女性に弱いということなのだろう。全てが曖昧だということは彼女が犯した罪の記憶も曖昧であるということ。そんな内面を抱えていては元、狂気の女神に惹かれるのも当然かもしれなかった。

 

 ドゥカーレ宮から少し離れた公園は静かだった。元々城塞だったという建物が見える公園に人気はない。だからだろうかコリンは切り出した。

 

「…私に親切なのは贖罪のためですか?」

 

 分かっていったことだが、口にだすのは初めてだ。祝の空気は掻き消えてシズルの顔に沈痛の表情が浮かぶ。

 

「ええ…そう。私は非道なことをした。あなたを救わなければ私は明日に向かってはいけないの」

 

 脈なしだなこれは。

 コリンという準星辰奏者はその非道な行いによって生まれた哀れな犠牲者。情深い貴種の目に映っているのは悲しい失敗作で、コリンではない。

 ツギハギの記憶に新しく繋がれた真白い生地。産まれたばかりの青年という歪な存在は、しかし勇気を持って言葉を紡いだ。

 

「なら行って下さい。私はさほどにあなたを恨んではいませんから」

 

 過去に接点を持つ同志めいた間柄。優しく手助けする母子のような間柄。他にも、他にも。

 そして新しく産まれた自分にとってこの美しい女性は初恋の人だったのだろう。

 だから別れを告げよう。きっとこの人はこんな自分の横で終わっていい人ではないのだから。贖罪というのは限りが無い。過去に応じた幸福を与えようとすれば、いつまでも引き伸ばされていくだけだ。

 

「…どうして?どうして、そんな事言うの…だったら私はどうやって償えば良いの?アッシュ君もグレイ君も、私を必要とはしない。だから…」

 

 その2人がどういう人物なのかは知らない。だがきっと強い人達だったのだろう。助けが必要な弱者は自分だけ。だから…

 

 

「そうだなぁ。差し当たって他国への技術支援なんてどうだい?」

救われる(もうかる)やつはきっと多い。だから安心して…」

 

 横合いから割り込む男女の声。それに気付いた時には既に敵は公園の中にいた。幾らか間合いは離れていても星辰奏者ならば一瞬で詰められる距離。

 赤髪の女が脚甲を持ち上げる。禿頭の男が剣を抜き放つ。

 

「「創生せよ、天に描いた星辰を――我らは煌めく流れ星」」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

星辰奏者

 ここがアドラー帝都ならば、裁きの女神と慈愛の女神が侵入を許しはしなかっただろう。

 しかし、ここにそんな力は存在しなかった。

 

「逃げ回るだけかい?こっちの目的はあんたの脳みそなんだ。あんまり動き回られると…」

 

 禿頭の男が剣を振りかざすが、シズルは逃げ惑うだけだ。

 彼女は発動体(アダマンタイト)を所持していない。過去に凶刃を振るった経緯から取り上げられるのは当然のことであり…現在のシズルはただの人より優れた身体能力を持つだけの存在だ。

 拳の極みの真似事も封じられた身では、初手から発動値にまで上昇させた敵手に嬲られるのみとなっている。

 

「手足の一本は無くなっちまうぜ?」

「くそっ!」

「あんたの相手はこっち。浮気しちゃやぁよ」

 

 助けにいかんとするコリンを赤髪の女が阻む。

 邪魔だとばかりに振るわれるコリンの太刀は鋭いがしかし…あらぬ方向に逸らされる。

 その大きな隙に繰り出される蹴撃の嵐。

 体勢を立て直して何とか防御へと移行できたが…

 

「ぐぅ…!」

 

 その防御の太刀がブレる。結果として都合5回の蹴りを受けて悶絶する。星辰奏者の打撃を受けて死亡にまで至らなかったのは先の攻撃による違和感を警戒していたから。武器を用いてではなく、単純に体術を用いての守備の賜物だった。

 

「これは…斥力操作か!」

「ご名答かな?はてさて、どうだろうね」

 

 磁力によるものか、はたまた他の力によるものか。

 それは不明だが…こちらの発動体と相手の発動体の間に遠ざける(・・・・)力が働いていた。

 あまり強力な能力とは言えないだろう、どういう仕組みかは不明でも反発が起きるのは互いのアダマンタイトの間だけであり、必殺とはなり得ない。

 しかし近接戦闘においては使い手に有利をもたらし、相手の力を着実に削いでいく。

 コリンの紛い物の星光は剣の切っ先から爆発を起こすだけのものであり、剣を逸らされては敵に命中しない。

 巧みに余波さえ届かない位置に陣取った女は訝しげに眉をひそめた。

 

「…変な感じだね。あんた、本当に星辰奏者?」

 

 痛いところをついてくる。

 しかし、そんな感傷に浸っている暇など無い。こんな場所で暴れれば、巡回の兵や星辰奏者が駆けつけてくるだろう。敵はその間に離脱しなければならない。つまりは短期決戦狙いだ。

 敵の戦術は単純。白兵戦に長けた女が標的の護衛を足止めし…

 

「ああっ!」

 

 捕獲に長けたもう一方が目的を達成する。

 闇夜に煌めく黄光。禿頭の男の剣から伸びた電気鞭が貴種の女を捕まえていた。

 

 

 

 コリン・ハバードには何も無かった。

 それは記憶をかき混ぜられたからだけでなく…元から何も無かったのだ。

 無味乾燥などこにでもある人生。星はその人の気性を反映しているという説がある。だから何も形にできず…界奏の救いによってさえ変化が無かった。

 

「コリン君…あなただけでも…」

 

 逃げて。そう続けようとしたが分かる。

 

「お断りだ。俺はあなたがす…嫌いじゃない」

 

 我ながら美人に弱い。自分の人生を滅茶苦茶にした人物を助けるために心の翼が燃え上がろうとしているのだから。

 全てを失った先に、ほんのすこしだけ特別なものを手にした。それは思い出であり、そこにはいつも彼女がいた。だから――

 

「創生せよ、天に描いた星辰を――我らは煌めく流れ星」

 

 初めて獲得した“自己”が形を帯びた。

 鳴動する星光はこれまでのような不安定さからは程遠く、弱くとも安定した輝きを放つ。夜空に瞬く星のように。

 創生せよ、己の星を。

 遍く全てを照らす恒星でなくともいい。闇を照らす月ですら無くとも構わない。

 全てはちっぽけな自分と彼女を守るために――

 

「素晴らしきかな神に選ばれし者。獅子を倒した果てに辿り着く沼地に炎が訪れる」

 

 自分は選ばれていなかった。そしてだからこそ選ばれた。

 

「制覇される数多の偉業。輝ける英雄が捻れた獣を焼き殺す」

 

 どこかの誰かが紡いだ英雄譚の端役達。その最後の生き残り。

 

「例え毒蛇であろうとも、それなるは我が兄弟。歪な絆のために沼地の巨蟹が立ち上がる!」

 

 端役は所詮、端役。何も成せはしない。だが、自分達にも名があり、それぞれに人生があったのだ。…何一つとして誇らしいものもおぞましいものも無かったとしても。

 

「不遜なり!貴様の狂気を拭うため、我らを害するというならば、その足を砕くのみ。傍観するのはこれまでだ!」

 

 何も成せ無くとも足掻くのを止めてはならない。星辰奏者としてのあまりに短い過去でできた関わりを失いたくはないのだ。

 

「半神に踏み潰される哀れな命よ。心せよ。お前の献身は女神の心を射抜いた。汝を星座に召し上げよう!」

 

 被害者だったという事実を捨て去り、只人でなくなったことも悪いことばかりではない。そう認めたからこそ、星空はその決別を祝福した。

 

超新星(Metalnova)――永遠なれ、献身の絆・泡沫之型(Mk・acid Karkinos)!」

 

 

 

 今更に起動した不可侵の詠唱。それを前に襲撃者は呆れを隠せない。もはや目標は達成されようとしている。…全てが遅きに失している。

 まさか、これが初めての星光発現だとは知りもしない彼らには分からぬことであった。

 

 基準値から発動値まで上昇した身体能力で女神をさらう者共に食らいつく。それは当然、赤の女に阻まれ、剣は逸らされる。

 

「あんた、一体何がした――っ!?」

 

 逸らされた剣から噴出し、宙に浮く泡。

 撒き散らされるそれは子供の玩具のようであまりに滑稽だっただろう。

 

「さっきまでの爆発じゃない!?けど、こんなもの」

 

 女の蹴りが、男の斬撃があっさりと蟹の泡を砕いていく。

 

 だが、それでいい。かかってくれた(・・・・・・・)

 次の瞬間、敵の発動体から煙が上がる。言わずもがな、それは泡に触れた場所だ。

 

「なんだ…!?毒…?酸か!」

 

 これが超新星――永遠なれ、献身の絆・泡沫之型。

 蟹の口から出た泡が触れた物を腐食させるのだ。

 

「そっちの兄ちゃんにはもう構うな!さっさと行くぞ!」

 

 男が真っ当な指示を出すが、もう遅い。

 公園を飛び去り、敵を追って町の外へと向かっていく。

 動きが鈍くなった(・・・・・・・・)2人を離すまいと、追い続ける。結果として、コリンは敵2人の足を引っ張り続けることに成功していた。

 

 獲得した星光による酸の腐食はさして強力な能力とは言えない。泡という形態を取っているため遅く、腐食自体も精々が常人を溶かす程度。

 だが、星辰奏者は発動体を通じて星辰体と感応する。

 敵のアダマンタイトには星光によって作られた酸の泥濘がこびり付いている。それがほんの僅かに調律を乱していた。

 総じて言えば、補助的な星光であり、誰かと組むことによって真価を発揮する能力ではあるが…

 

「全く、我ながら情けない。白馬の王子様とはいかなかった」

 

 突然、闇夜を照らす灯り。それが襲撃者たちの姿を現した。彼らの敗因は泡に触れたことによる僅かな速度低下と、追撃者にかかずらったことによる時間のロス。

 第四南部駐屯部隊・堅爪巨蟹が侵入者に対する対策を講じる時間を稼ぐことに、コリンは成功したのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。