陸上進化。イ級改め、イロハ級 (あら汁)
しおりを挟む

一章 喋るオタマジャクシと彼女の過去
歩く深海棲艦イロハ級


 この海は平和なものだ。

 謎の海洋生物、通称『深海棲艦』の脅威が近辺にある海軍防衛施設、鎮守府によって守られている田舎の漁港。

 鎮守府が誇る人形秘密兵器、『艦娘』なる存在のお陰で少なくても、近海は平穏を保っている。

 まあ、一般人からすれば艦娘も、深海棲艦も得体の知れない存在であることには変わらない。

 軍事機密の塊である艦娘の情報も、突如として海を侵略し始めた深海棲艦も、民間が知れることは少ない。

 無論、深海棲艦たる俺も、何故自分が深海棲艦という存在なのか。艦娘さんたちと同格の自我を持つに至ったのか。

 その理由は分からない。ただ、幾つか言えることがある。俺は、人類の敵じゃない。

 人を脅かす、害悪にはなりたくない。勝ち目の薄い戦いをするほど、自我の発達した今の俺は愚かではない。

 たとえ、お偉いさんのモルモットだとしても。それで何かがわかるのなら。俺は喜んで身を差し出そう。

 ああ、でも無事に帰りたいな。マスターのいれるコーヒー、まだ飲みたい。

 だから、殺さないでほしい。話し合いには応じる。だから、俺を。

 

 

 

 

 

 ――殺さないで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は深海棲艦と呼ばれる海洋生物の一種だ。

 生物と海に沈んだ戦争の悲しき記憶が融合した、謎の侵略者『深海棲艦』。

 突如として出現した海の悪魔に、人間の海路はあっという間に絶たれてしまう。

 そのすべてが不明な彼らに対抗するために、軍隊が開発したという新兵器。それが艦娘。

 若い女性と戦艦などを融合させた、高次元の兵器。ただ、その扱いは面倒だったと聞く。

 詳しいことは最高レベルの軍事機密。

 艦娘を指揮する司令官、提督と呼ばれる役職ですら詳細は明かされない。

 申請することで本部から送られてくる艦娘を使うとかなんとか。

 都合の悪い事実でもあるんだろう。本人たちも、記憶操作を受けているのか思い出せないと言うし。

 ……仕方ないとは思う。海底から、得体の知れない化け物が突然世界中で現れて、我が物顔で泳いでいる世界だ。

 酷いときなんか、海辺の街を爆撃して壊滅させることだってあるらしい。主に艦娘運用施設、鎮守府を狙って。

 しかも深海棲艦には人間の女の子に似た存在もいるのだと。

 恐ろしいことに現代兵器の効果が薄く、下手すると一人で艦娘で構成された艦隊をも滅ぼせる。

 俺のような独自進化、鎮守府のよる独自改造でもされない限り、奴等と対等に戦える艦娘は一部だけだ。

 ……ああ、話がずれた。深海棲艦のなかでも人間に似た連中は片言とはいえしゃべることもできる。

 但し、意志疎通は不可。敵対意識しかない通常の深海棲艦には喋るだけ無駄だ。戦うしかない。

 で、民間では艦娘はイコールで人間という意識。装備をはずして街を歩けば単なる女の子だ。

 たとえ中身が、人と似た何かだとしても。だが軍はそうはいかない。艦娘とはただの戦力。

 もっと言えば戦う武器でしかない。だから兵士ではなく、道具であり、兵器であり、消耗品。

 人権なんて当然、ない。求められるは戦果と効率。犠牲を少なく、消耗を抑えて、敵にダメージを。

 そう、これは侵略者との海を巡る戦争なのだ。戦争ならば、効率優先をしても寧ろそれは当たり前。

 俺はその理屈にヘドが出る。

 本来なら敵たる深海棲艦の端くれ、雑魚の俺まで使って領海を取り戻すために躍起になる。

 人間には最早余裕はない。艦娘のことを割りきらないと、戦いをすることすらできない。

 彼女たちを死地に送り、一人離れた母港の執務室で指揮を執る提督だって取り繕っている。

 そうしないと、戦えないから。終える度に傷ついて戻ってくる少女たちを見て、誰が兵器と扱えよう。

 無邪気に慕う彼女たちを戦争に放り込む外道は誰だ。

 自分の指示、指先で失われるかもしれない命を、代えの効く消耗品と言い切れるゲスは誰だ。

 俺の知っている、引退した年老いた元提督は言っていた。毎日、敵襲の知らせを聞く度に頭痛がしたと。

 自分が戦えればどれだけよかったかと。

 戦果と言う結果のみを追求する、求められる理想と目の前にある現実の板挟みでおかしくなりそうだったと。

 ……提督には、提督の悩みがあった。俺は敵にも事情があったのだと知った。

 海軍と民間の艦娘に関する衝突は社会問題になっているし、そのへんは置いておこう。

 少なくても地元の鎮守府は、ある程度の戦果をあげつつ、持続的な結果を出せるように頑張っている。

 最近では轟沈したという話も聞かないし、大丈夫かと思っていたんだけど。

 その日。鎮守府近海を散歩という手前で哨戒していた俺は、一人の女の子が沈みかけているのを見つけた。

 ……誰だろうか。気をつけて近づく。この辺で俺のことを知っている鎮守府の艦娘さんだといいが、知らない場合は襲われる。

 距離をつめる。すると、武装から黒煙をあげている破けた服装の女の子だった。

(……雷さん?)

 それはよく知る俺の恩人によく似ていた。力なく海面を漂うその人を慌てて背中に乗っける。

 よかった。まだ、死んでない。派手に大破して気絶しているけど、たぶん生きてる。

 ……このまま放置しておいたら俺の同類に餌にされてしまう。どうやら、一部の深海棲艦は雑食で、俺のような駆逐と呼ばれる種類は大破した艦娘を主食としているらしい。

 だから人間たちが分類する種類――俺なら駆逐だ――のうち、イ級などは激戦のある海域に生息していることが多いと聞いた。

 近海は平気だけど、隣の鎮守府が担当する海域は怪物が毎日出没する激戦地区。

 彼女、潮の流れからして、向こうから流されてきたのかな。

 然し、本当に恩人に似ている。

 茶髪の髪の毛も、幼い顔立ちも、着ている服も何処と無く。

 でも、あの人がここにいるわけがない。

 あの人は既にマスターと共に鎮守府を退役して、喫茶店で働いているはずだ。

 それでもって、俺はその人達と生活している世界でまれに見る人と生きる、深海棲艦。

 一応、鎮守府の明石さんという艦娘さんに改造されて今は非武装にしてもらっているし、鎮守府を通して海軍にも許可をもらっている。

 その代わり、こうして定期的に近海の哨戒を担当しているわけだけど。

 轟沈している艦娘を発見した場合、サルベージしてこいと命じられている。

 救助じゃなくてサルベージ。嫌な言い方するよね。そういうの、嫌いだな。

 とりあえず鎮守府に届けておこう。俺は陸に向かって泳ぎ出す。

 独自進化してるからか、普通のイ級と呼ばれるタイプよりも俺は大型だ。

 そりゃ、栄養状態は良いからな。旨い飯を毎日たらふく食えるし。

 因みに俺は種類上、駆逐イロハ級と呼ばれている。他の駆逐深海棲艦よりも大型で陸上での活動もできるから。

 まあ、尾びれはあっても背鰭はないし、形には恩人いわく、魚雷がオタマジャクシになったとか言われるし。

 手足生えてるし別物ですからね。仕方ないです。

 四肢を折り畳み、警戒に泳ぎ出す。

 やろうと思えば水面を蹴飛ばして走ることも出来るけど、怪我人乗っけているので慎重に急ぐ。

 艦娘さんはすごい。水面をスケーターみたいに華麗に舞う。一回見せてもらったけど綺麗だったな。

 まさに戦乙女、って感じでさ。この子もそんな風に戦っていたのかな。

 ついでに、同類のせいで漁業出来ない漁師にかわって、魚とりなんかも最近バイトでやってます。

 深海棲艦ってば、軍艦だろうが漁船だろうが見境なく襲って撃沈させちまうから、今のご時世海の幸は高級品なのだ。

 養殖場なんかも襲撃されて、食卓から海の幸が並びにくくなったそうだ。

 幸い、内陸部には川魚がいるんで専ら魚といえば今は川魚メインである。

 でもシャケとかウナギ食えないのって辛いよね。なので俺は海魚を捕獲してはもって帰っている。

 恩返しのつもりだし。こうして万が一敵と遭遇しても俺なら艦娘さんよりも逃げ足早いし、確実に逃げられる。

 そもそも、戦うために海に出てる訳じゃないからね俺。海の幸回収と哨戒が目的だから。

 怪我人を背負った俺は、そのまま地元の鎮守府に艦娘を送り届けるのだった。

 寄り道してたらお腹すいた。早くマスターんとこ帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府が置かれた田舎の長閑な海沿いの町。

 そこで、退役した元提督と元艦娘が経営する喫茶店がある。

 名前は楽園。小さなカウンターしかないお店で、レトロな内装をしている、今の俺の住み処。

 裏口から慣れた手つきでドアを開ける。後ろ足で立ち上がり、前足でドアノブを回す。

 オタマジャクシよろしくの体格なので、うまく出来ないが慣れ。

 海水を吸い込んで膨張した身体も元通りになったし。

 深海棲艦はどうやら陸上で生活を始めると、身体が収縮していくようだ。

 理由としては、水分が抜けて軽くなるから。陸上でのサイズは猫サイズだ。

 逆に本来の大きさは大体、大きなバイク程度だろう。普通のイ級はもう少し小さいけど。

 厨房から戻った俺は施錠しキッチンを通り抜けて、二階の住居に向かう。

 四つ足だと結構床の汚れ見えるんだよな。厨房で誰か、コーヒー溢したみたい。

 後で拭き掃除するべ。ま、それはいいとして。

 階段を上がって、廊下を通ってお姫様たちのお部屋と伺う。

 ふすまをノックして、返事があったので開ける。

「ふぁー……。あっ、おはようイロハ。早いじゃない」

「おはよう、雷さん。今朝の哨戒のついでにワカメ採取してきたよ」

 畳に敷かれた煎餅布団。広くはない和室で寝ていた、寝癖の茶髪を整える女の子。

 寝間着もちょっと着崩れしてるから、寝起きか。彼女は元、駆逐艦の艦娘『雷』さん。

 俺の命の恩人の一人であり、現在同居している喫茶店のホール担当。

「ワカメ? 漁業組合の人に頼まれた?」

「うん、現物支給でバイトでさ。少し分けてもらったよ。店で使える?」

「んー……。マスターに聞いてみないと分かんないわね。神通と榛名がモーニング作ってるから、詳しいことは二人と相談してみて」

 欠伸をしながら、持ち帰ったバイトの報酬である天然ワカメを入れた袋を持っていく。

 地元の人たちとも俺はある程度上手くやっている。主に漁業代理。魚介類の入手を。

 お金は貰えないけど、少し現物貰えるから有難い。報酬としては破格だと思う。

 一応、同類とはいえ襲われるから命懸けだし。

「ちょ、イロハ。あなた、ちょっと臭いわよ。お風呂入ってきたら? 準備しておくよ」

 嫌そうな顔で雷さんに言われた。そりゃさっきまで、海泳いでましたから。

 世話好きな彼女に抱き抱えられる。うーむ、小柄な雷さんですら軽々とか。

 最近、体重減ったかな。干上がってるのもあるけど軽すぎじゃないか、俺。

「あー……少し汚れてる。もう、仕方ないわね。私が綺麗にしてあげるわ」

「お手数をおかけします……」

 苦笑する雷さん。項垂れる俺はそのまま風呂場に直行。

 寝間着のまま、腕捲りする雷さんに、全身を束子で洗われる。

 お湯をかぶり、みるみる巨大化する俺。次第に悪戦苦闘する恩人。

 最後は浴槽にお湯を溜めて、入浴。ギリギリのサイズなので狭い。

「相変わらずお風呂になると大きくなるわね。やりがいがあるわ」

 大きさの逆転をしてつっかえながら脱衣場に出た俺を、バスタオルで丁寧に拭いてくれた。

「ありがと、朝っぱらから」

「いいのよ。もっと私を頼っても」

「そんな、これ以上はおそれ多くて」

 雷さんは、面倒見のよい姉貴分。ホント、カッコいいぜ。

 笑いながらやってくれた。俺はそんな雷さんに何時も感謝しながら生きている。

 この物語は、陸に上がった駆逐イ級と元提督と元艦娘が贈る、日常の物語。

 戦いから離れた俺達の、ありふれた日常のストーリーである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

地元の提督、クソ提督

 

 ――戦艦大和。

 その名前を聞いて、彼女を知らぬ存在は艦娘さんにも深海棲艦にもいない。

 誰もが認める、最強にして伝説の艦娘。

 超弩級大型戦艦にして、一人で艦娘一艦隊に匹敵する戦果を出した無敵の存在。

 その重厚な装甲に傷をつけた深海棲艦はおらず、大鑑巨砲主義が叩き出す海を割る轟音に沈まぬ敵はいない。

 嘘かまことか、眉唾物の逸話まであるらしい。

 曰く、ショックカノンなる新型兵器を主砲とする。

 曰く、三式何とか弾は陸まで届く超射程がある。

 曰く、深海棲艦は彼女を前にして生きて帰れない。

 曰く、同系列の戦艦は空を飛ぶ。

 曰く、更には宇宙にまで旅立てる。

 曰く、彼女の最終兵器ははど……。

「落ち着いて、イロハ。大和さんはそこまで艦娘離れしてないです。普通の艦娘ですよ」

「えっ?」

 頭から段ボールをかぶり、近所のおばちゃんから聞いた話をすると、一人が苦笑いして訂正した。

 大和さんって艦娘さんだったんだろうか。彼女は知り合いだと言うがどうだろう。

「確かに滅多に表に出てきませんし、一度出撃したら敵艦隊は必ず壊滅しますけど」

 やっぱ異次元の怪物だった。だから人類に喧嘩を売るには愚行なのだ。

 ダメだ、そんなのがいたら絶対に勝てぬ。深海棲艦終了だわ。

 共闘したことがあると言う、某戦艦の艦娘さんは大和氏についてこう語る。

 強い。速い。硬い。重い。

 何でも、大和氏は一度出撃したら必勝である。

 但し、運用すると鎮守府の運営が傾く。出撃にかかる費用は駆逐艦の15倍。

 一度で、だ。どう言うことだ。大和さんがでると、雷さんサイズが15人も出撃できるとな。

 強いけど、お金は破格にかかる。使いすぎると、海軍の家計が火の車。

「……何でさ」

「諸々の物品が特注とか、後は兎に角武装のサイズが大きいから、ですかね」

 えー。つまりは、最終兵器大和? 何処の漫画ですかそれは。

 と、まあ半分くらいは事実とはいえ実際は最強にして最終の艦娘。

 俺にも分かりやすくすると楽園の一月の売り上げの倍、お金がかかる。

 大和さんの最大の敵は経済なのだ。勝てるわけがないよ。

 お金がなければ、防衛も戦争も遠征も出来ない。基本だ。

 朝っぱらから哨戒及び、天然ワカメの採取を行った俺は、厨房担当の一人と喋っていた。

 今日も喫茶店、楽園は通常営業しております。小さな喫茶店だから、店員も少ない。

 今はモーニングとランチの間の暇な時間。

 カウンターには常連の八百屋のおっさんがサボりを口実に、嫁さんから隠れてマスターと話している。

 ホールに二人、厨房に二人。俺は番犬ならぬ護衛艦。おさわり禁止を無視するマナーの悪い客に噛みつく役。

 見た目が怖いってことで普段はホールの隅で頭から蛇のかかれた段ボールをかぶり過ごしている。

 だが役目を果たすときは、深海棲艦独特の威嚇で、危険生物がここにいると警告するのだ。

 尚、過去には警告を無視して雷さんにお触り決行した愚か者がいた。

 そいつは利き手に歯形が残る結果となった。次はないと言う意味でホントに噛みついた。

 全く。セクハラは許されぬことだ。元艦娘だからってさわっていいと思うなよ。

 そんな感じで、雷さんとかがホールに要るときは俺が護衛艦して、マスター不在の代理で治安維持。

 マスター居るときは無いんだけどねセクハラは。なにせ常連客がやるもんだから、最早お約束だよ。

 雷さんも甘やかすから、代わりに俺が牙を剥く。厨房の二人にした場合は、血の池が出来ることだろう。

 艶やかな長い黒髪に、女性らしい美貌。橙色の瞳は手元のボールに向いている。

 私服にエプロン姿のこの女性は、榛名さんという。元、戦艦の艦娘さん。

 楽園の料理担当で、モーニングセットとかの考案とかもしている。

 今朝採ってきた新鮮なワカメの使い道を相談しているのだ。

 結果として、本日の日替わりランチの味噌汁にいれることになった。

 最近じゃワカメの味噌汁も飲めないからね。他の店だと結構お値段するんですこれが。

 そのぶん、楽園では現地調達に体力以外コスト無しの俺がとりにいくので、コストダウン。

 安価で提供できるわけ。榛名さんの腕もあって、評判は上々。

 明日はランチに海鮮カレーにしたいので、行ってきてくれと頼まれた。

 無論、行ってきます。おこぼれ貰えそうだし。

「榛名はそんなに凄くはないです」

「ややや、榛名さんってばご謙遜を」

 照れたように控えめに笑う榛名さん。

 謙虚な性格は昔かららしいが、そこがまたいいんだよね。

 俺でもかわいいと思うもの。モテモテだろうな、きれいな人だし。

 ……うちのマスターが雷さん含め、皆さんにナンパしようもんなら烈火の如く怒るからいないと思うけど。

 普段は穏やかな老紳士なのに、何であの時だけキレるのだろうか。

 尚、結構な年齢の元鎮守府提督の楽園の名物マスターですが。

 腕っぷしは軍人だったってこともあり、超強い。

 それこそ、人間の大和氏。一度出ると敵は壊滅。

 榛名さんはマスターを心底心酔してるから靡かないだろうし。

 もう一人の神通さんは人前にあんまり出たがらないし、ホール担当のヴェルさんはいつもクールだし。

 雷さんはまあ世話焼きだし人気あるけど、あれは孫に対する態度だよなぁ……。

 セクハラ大好き、地元の鎮守府のエロ提督は論外として。あんにゃろうは有能だろうが許さん。

 次触ったら噛み砕いてやるあの手癖。いや、鎮守府のアンチ提督、曙さんにチクったろ。

 あのクソ提督が口癖の曙さんならエロ提督でも矯正してくれるだろう。

 うちのマスターとマトモに物理的にやりあう奴はきっと俺と同じ深海棲艦の一種だと思う。

 榛名さんと喋ってると、ホールの方で呼び鈴が鳴る。お客さんだ。

「イロハ、持ち場に戻ってください」

「了解しました」

 この半端な時間にいつもくるとなると、……噂をすればなんとやら。

 あの野郎のご登場ってか。よし、噛もう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぴぎゃあああああああーーーーーーーーーッ!!」

「!?」

 その人たちを見たホールで瞬間、俺は本能的に悟ってしまった。

 裏返った絶叫をあげて、置いてあった愛用の段ボールのなかに逃げ込んだ。

 あの野郎、最終兵器大和さん連れてきてやがった!!

 一介の駆逐艦相手に超弩級大型戦艦とか大人げないぞ!

「……あの。何で、イロハは隠れてしまったのでしょうか……?」

 某大和さんは困ったように聞いているようだった。

 俺は段ボールに隠れてガタガタ震えていた。

 一見しただけで分かるぞ、俺でも。絶望的な戦力の違いを。

 あの女性には歯向かわない方がいい。轟沈させられる。

 俺の深海棲艦としての本能がそう言っている。

「あー……。ごめんなさい、大和さん。イロハ、一応深海棲艦だから艦娘が自分よりも強いって直感で分かるらしいの。多分、大和さんが怖いんだと思うわ、深海棲艦の本能的に」

「……そうなのですか。お礼を言いたかったのですが、残念です」

 雷さんがフォローしてくれている。残念そうな声が聞こえてくるが、俺は出ないぞここから。

 殺される。圧倒的パワーで殲滅されてしまう。

 あの赤い傘を持つポニーテールの女性に主砲を叩き込まれたら砕け散る。

 死にたくないから、断固出ないぞ。怖いものは理屈抜きで怖いんだ!

 敵意無くても理由無くても。深海棲艦と艦娘は本来敵対してる。

 その前提が、自分よりも上の存在に対して忌避をするんだ。生存本能、ってヤツかも。

「大和。まあ、気を落とすな。あいつは基本的に嫌なやつだが、いいやつでもある。後で僕がお礼言っとくよ」

「ありがとうございます、提督」

 大人げない提督め。あの白い軍服と眼鏡をしている変態エロ提督め。

 前回のお返しに最強の艦娘を率いてくるなんて。ひどい男だ。

 後で曙さんに言いつけてやる。

「ところで、ヴェルちゃんと雷ちゃんは、今日もかわいいね。今度一緒に食事でもどう?」

「丁重にお断りするわ、提督さん。うちのマスターから、ホイホイついていくなって言われてるから」

「私も遠慮させてもらおう。正直いって、身の危険しか感じない」

 あんにゃろう……俺が動けないからって、早速ナンパか。

 此のために大和さんを連れてきたのか、姑息な手を!

「…………」

 うん? 何だか流れが変わった?

 この段ボールのなかにいる俺ですら感じる、肌を突き刺すような感覚は何だ?

 しつこく食い下がる提督のそばから感じるこれは……まさか殺気!?

 俺に対するもんじゃないのに、身構える圧倒的パワー。

 おおう、ヤバイぞこれ。身体が更に萎みそうだ……恐怖で。

 その時、すさまじい音が店内に響く。

 他にいるのは、厨房で注文の品を作っている榛名さんと神通さん。

 あとは言うだけ無駄と諦めてコーヒーを準備しているマスター。

 ナンパされてるヴェルさんと雷さん。それとクソ提督。

 ……音を出したのはどうやら、大和さんだったようだ。

 次に提督の呻き声と、ドスの効いた大和さんの脅しが聞こえてきた。

「提督……駆逐艦好き(ロリコン)も大概にしてくださいと、何度言えばご理解して頂けるのでしょうか……?」

 後に聞いたら、あのすごい音は大和さんが提督の首を絞め上げている音だったらしい。

 ハイライトの消えた目で、持ち上げた提督は完全に足が浮き上がっていたって。すげえ大和さん。

 ついでに言うなら、大和さんは秘書艦っていう旗艦だったのだ。

 艦娘には大変名誉なことなのだが……いやそうじゃないよ。何で大和さんが提督殺そうとしてんのさ。

「提督。提督の秘書艦は誰です?」

「や、大和さん……デス」

「提督。提督が指輪を贈って、ケッコンカッコカリをした相手は誰です?」

「や、大和さん……デス」

「その私のいる前で、公然と浮気ですかいい度胸ですね、提督」

「め、滅相もございません」

「そんなに小さな子が好きですかそうですか。私とは対極的ですね、何が言いたいのですか?」

「い、いえそんなことは……」

「確かに私は強いだけ、硬いだけ、悪燃費で運用しづらくて出るとこ出てますよ。挙げ句には大きいですよいけませんか?」

「いえ、本当に他意はないんです。軽く食事に誘っただけで」

「提督の駆逐艦好きは知ってます。ですが、私だって見てくれても良いじゃないですか」

 何か最後には泣きそうな声である。

 マジでクソ提督だなこのメガネ。嫁泣かしてるぞ。

「提督さん、ちょっとフラフラしすぎよ。大和さんの気持ちも考えなさい」

「同感。これじゃ、ただのクソ提督。曙の言う通りになる」

 二人にも言われている。多分本当に知り合いを飯食いに誘っただけなのだろう。

 本人も大和さんの焼き餅に困惑してる様子だ。

 恐々段ボールから顔を出すと、泣きじゃくる大和さんを慰める雷さんとヴェルさん。

 マスターがキレてクソ提督にカウンター越しにアイアンクローして説教していた。

 何してんだこいつ……。丁度榛名さんたちも厨房から顔を見せて目を丸くしていた。

 あーあーもう修羅場みたいになってんじゃん。どーすんのさこれ。

 俺知らないよ、提督の自爆なんだし。とりあえず、大和さんが冷静になるまで一時間程かかった。

 その間本人はマスターの手により、頭蓋の軋む音を激痛と共に受けていたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

対抗演習、帰りたい

 

 元提督と言う経歴ゆえか、マスターと鎮守府のエロ提督は仲が良い。

 新しく転属してきた艦娘さんの対抗演習の相手に、暇なときに俺は駆り出される。

 理由? 一応明石さんに改造してもらったとは言え、深海棲艦。

 時々検査のために行かないといけないのだ。生態系不明の海洋生物ですから。

 今回は検査序でにやっていけとか言われた。相手は駆逐艦数名。

 良かった。あの鎮守府、海の平和を守る組織のくせに艦娘さんに似た海賊が混じってるのだ。

 眼帯して一人称が俺で、刃物持ったり大砲背負ったりしてる女の子。

 あれは絶対に艦娘じゃない。一度演習したら血祭りにされた。容赦なく殺そうとして来た。

 やだ、あいつら怖い。戦闘バカなんじゃないのかアレ。

 こっちは非武装、武器なんて積んでないのに。

 素手同士の戦いならいいんだろうという意味不明な理屈で襲ってきた。

 ええ、死にかけましたよ。武器あろうが無かろうが海賊には関係ないのだ。

 雷さんに慰められながら出発し、町中を移動する。見た目怖いので動く段ボールで。

 スパイの基本だって、ヴェルさんが言ってた。段ボールは優れた潜入道具だって。

 詳しいことは知らん。でもこの移動方法、気に入ってるんで当分やめない。

 目指すは、恐怖の鎮守府だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府の入り口で、明石さんと合流。

 艦娘さんたちの装備をメンテする場所に連れてって貰う。

 民間は働く人以外は立ち入り禁止だし、俺そもそも深海棲艦。

 人ですらない。関係者かもしれないけど。

 詳しい名称は秘密なので教えてもらえないけど、その整備する場所に到着。

 一見するとちょっとした町工場。小さな何かが働くこの場所で、俺もメンテを受ける。

 海洋生物なのだが、明石さん曰く一部が機械パーツで構成される深海棲艦。

 その機械部分を解明しつつ、演習に備えて装備一式をお借りする。

 暇をもて余した明石さんが余剰武装を改造して作り上げた俺こと深海棲艦イロハ級専用装備。

 砲撃や雷撃は上の人に怒られると提督が言うようなので、何故か近接武器を毎度使用する。

 ま、俺見た目オタマジャクシなんで、振り回すにしたって不利だけど。

 射撃に至っては背負って撃つ以外は方法がないと来た。

 演習とはいえ模擬の弾薬を使うし、双方怪我もする。

 そこは鎮守府お手製バケツの出番だ。聞くところによると、一種の入浴剤。

 艦娘さんは損傷すると、武装をメンテして本人はお風呂にはいるのだそうで。

 その時怪我を忽ち治す超技術。それが通称、バケツ。

 俺も怪我すると、薄めたバケツを頭から豪快にぶっかけて貰う。

 深海棲艦の怪我もなおるとか凄いな鎮守府。なので怪我は気にしないでいい。

 逆言えば某海賊も容赦ないわけだ。死ななければ良いわけだしな。あの鬼眼帯どもめ。

 案内されて、全身に先ず水を被る。巨大化していく俺を見て明石さん、解剖したいとかボソッと漏らす。

 この人……話せば分かるけどマッドな科学者みたいなことたまに言う。怖い。

 それでもってサイズが元通りになるとそこに服をきる要領で軽量防弾服を着込む。

 見た目はオタマジャクシが一回り大きい薄汚いシャツを着てると言えばしっくりくる。

 で、手渡される今回の得物。……メイスってあんた、女の子これで殴れと?

 明石さんスゴい良い笑顔で死なないから大丈夫。怪我もしないから大丈夫って言い切る。

 いいわけねえだろあんたって人は……。同僚殴る鈍器を、笑顔で渡すって鬼畜か!

 でも普段の演習でもこの人、整備してるだろうし。大砲に比べたらマシと思うことにする。

 納得できないけどね。うん、普段んはいい人なのも事実だしな。

 然し、こんな柄が長いもの、俺使えるかな。体格的に縦には振れないし横からか。

 一応は水面に立たないといけないわけだしなあ。ま、うまくやってみるべ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府の湾内で演習は始まった。俺は一人で、水面から顔だけ出している。

 相手は……駆逐艦が三人か。うわ、ガチ装備で来てる。

 主に魚雷と駆逐艦が使える主砲……レーダーも装備してるのかな。

 こっちは詳しい武装の事を知らないし、見た目で判断するしかない。

 しゃあない、いつぞやの巡洋艦の悪夢と空母の悪夢に比べたらマシだ。

 あの飛行機地獄と弾幕地獄は洒落にならんかった。

 上からくるわ、下からくるわで逃げ道なくて袋叩きにされた。なんの演習だよ。

 演習だから殺傷能力は低いだろうけど、バケツの存在があるからなあ。

 また、躊躇いなく沈めに来るだろうか。マジでやりたくない。

「……あのっ」

 このまま逃げてやろうと画策する俺に、相手が一人近づいてきていた。

 見上げると、それいつぞやの女の子だった。

「えと……電を助けてくれたって言う駆逐艦さんですよね?」

「あぁ、あの時の人? 良かった、何事もないようで」

 間近で見ると、本当に雷さんに似てる。茶髪だし、髪型こそ違うけど顔も。

 何か声まで似てるよ、雷さん変装してないよね。

 名前は電さん。優しそうな人だけど強そうな名前だった。

「あ、ありがとうございました。おかげさまで、九死に一生を得たのです」

 改めて、本人にもお礼を言われた。先ほどクソ提督にも言われたのだ。

 詳細は伏せられるが、今はこの鎮守府に異動したらしい。ま、ここなら安心だと思う。

 あのクソ提督は、セクハラで浮気者でろくでなしだが轟沈はさせない。

 沈むことに嫌悪感があるようで、今の鎮守府の風潮に反抗的だとマスターが言ってた。

 戦果さえ出せば文句は言わせない。あの男の信条は長く結果を出し続けること。

 目先の事で熱くならず、その視線は常に未来に向いている。無闇な出撃は消耗増加を呼ぶ。

 有能なんだろうが、如何せん中身がなぁ……。ただのロリコンの変態だし。

「おきになさらず。ここの提督はエロ提督だけど有能だから安心して。あと、セクハラされたら曙さんか大和さんに言ってね」

 俺が言うと、電さんは頬をかいて、苦笑い。

 今日の相手に曙さんいるけどまた不機嫌そう。腕を組んで仏頂面だわさ。

 また曙さんもセクハラされたと言われた。眺めている提督の顔がジャガイモ見たいと言われて笑う俺。

 あと一人は……げ、暁さんだ。あの人、子供みたいな人なのに淑女として扱えとか無茶ぶり言うから苦手。

 取り敢えず、演習には全力で挑むと新人の電さんは張り切る。

 ……ってことは俺のこと誰かに聞いてないのかな。通常の駆逐イ級とは訳が違う。

 練習相手になれればいいけど、痛いのやだから本気出すよ俺も。

 可愛らしい艦娘さんを殴るのは気が引けるけど、背に腹はなんとやら。

 丁寧にお辞儀をして戻っていく彼女を見送り、内心俺はため息をついたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 対抗演習開始の号令が湾内に鳴り響く。

 新人艦娘電、配属されてから日の浅い曙、たまたま暇していた暁は口先でおだてられてここにいる。

 曙はイロハのことを知っているが演習は初めて。暁は舞い上がっていて聞いてない。

 ドキドキしながら電は轟沈していたのを助けてくれたと言う深海棲艦に主砲を向ける。

 心優しい彼女は出来れば演習とはいえ戦いたくない。そんなのだから轟沈するのだと受け入れてくれた提督は言う。

 生きるために戦え。任務よりも生き残れ。その為に責任は提督が背負う。

 そういってくれた彼に感謝しつつ、生きるための力を身に付ける為に志願したはいいが。

 ――相手のことをよく知るべきだった。深海棲艦といえど仲良くしている。

 普通じゃないとは思っていたが、あのオタマジャクシは……予想を超えていた。

「それじゃ、行くよ!」

 曙が先手で主砲を撃つ。オタマジャクシは回避のために泳ぎ出す……がちょっと待て。

 いきなりスゴい速度で逃げ出した! 三人に背を向けて、初手から敵前逃亡。

 主砲は海面を直撃して水柱を打ち上げた。

 あいつは非武装なので、打ち込んではこないと事前に説明を明石から受けていた。

 但し。殴りには来る。メイス持ってるらしい。武器は都合上、持てないけど自衛武器として最低限。

 鈍器所持のオタマジャクシは潜水して姿を隠す。飛沫が収まる頃には海面から消える。

 余裕の表情で、暁が魚雷発射。続いて、各自散開して爆雷も投下。

 海のなかに潜ろうが魚雷の敵ではない。すぐさま反応して爆発する魚雷。

 直撃したと油断する暁。曙は違和感を感じた。いくら奴が武装に乏しくても、対処法を考えないとは考えにくい。

 イ級と違って知恵のある深海棲艦。気は抜けない。

 電もいくつか魚雷を放っていたが慣れていないせいで、検討違いの方に行ってしまっている。

 ため息をつく電の下で。海のなかでは、イロハは無傷だった。

 一度海底にまで降りていって、落ちていた固形物の瓦礫や岩を掴んで、追ってくる魚雷を叩き落としていた。

 メイスは邪魔にならないように、背負っている。

 基本的な感覚は深海棲艦が高いため、彼の目には迫り来る魚雷は視認できている。

 それこそ、武器が持てないぶんのハンデとして海のなかと言う潜水艦の艦娘しか居られない世界で思考する。

 穏便に勝つ方法。怪我させないで、降参させる方法。

 改訂で調達した岩などを投げつけて浮かんでいる爆雷も冷静に処理。

 ソナーで海中を探っていた暁は、まだイロハが健在であることを知る。

 装填していた魚雷を全部撃ち込んだのに、何がどうして生きているのか。

 慌てて、次の魚雷を装填する。が、それが油断だった。

 曙と電はソナーを装備していない。演習の為、余っていた装備を明石に借りてきている。

 普段の装備は、遠征組に貸し出しているので持っていなかった。

 海中のイロハを追っているのか、スケーターのように海面を舞う暁。

 その彼女が突然、スッこけるように消えた。

 正確に言うなら、躓いたようにして前のめりになり、一瞬で海中に引きずり込まれた。

「暁ッ!?」

「暁ちゃん!?」

 まさかのソナー持ちが撃沈。すぐあとにばしゃんと海面は跳ねて、目をバッテンにした暁が浮かんできた。

 被っていた帽子が無くなり、代わりに大きなたんこぶが出来ている。

「あいつ……!」

「はわわわわっ!?」

 舌打ちする曙。混乱する電。

 やっぱりだ。イロハは最初からソナー持ちの暁を狙ってきていた。

 海中にたいして目を失った曙は、目視で懸命にイロハの魚影を探すが見えない。

 パニックを起こす二人を尻目に、暁が追いかけていたイロハ。

 通常イ級の何倍かの速度で海底で逃げ回り、追いかけて離れた暁狙い急浮上。

 その速度が暁のそれとは段違いであり、ギリギリの距離まで接近されて、足を捕まれ海中に引きずり込む。

 尚、艦娘は水上移動はするが水中移動は潜水艦以外は、深海棲艦にはほぼ勝てない。

 普通は海上でやる戦いをこいつは対抗策を叩き潰し、突破して暁を倒した。

 魚雷とて、自動追尾するような高性能なものを演習では使わない。

 実戦ではないのが幸いし、暁は溺れたところを拳骨を食らって気絶した。

 イロハは浮上して、顔を出す。

「あ、イロハ! よくもやってくれたわね!」

「曙さん……。俺だって魚雷ぶちこまれるのは嫌ですって……」

 悔しそうに唸る曙に、ため息をつくイロハ。

 そのまま、海面へと足を出して同じく水面に立ち上がる。

 眺めている他の艦娘達は、イロハとは時々演習をしている。

 戦艦とは断固拒否。巡洋艦や空母は常勝している。苦戦することはあっても質はそう簡単にはひっくり返らない。

 駆逐艦にしてはやたら賢いイロハだが、歴然の差がある相手には白旗をあげる。そういう意味でも賢かった。

 だが、イロハの真価は同じ水面上の勝負でもある。

 獰猛な深海棲艦の唸り声を出して威嚇する。同時に大口を開いて、

 

 ――――ッッ!!!!

 

 二人にたいして、特大の咆哮を上げた。

「はわっ!?」

 食らったことのない深海棲艦の雄叫び。腰を抜かして尻餅をつく電。

 先程の恩人とは思えない獰猛さ。牙を剥いて大きな口で吼える。

 気の弱い駆逐艦の艦娘には効果抜群の脅し。曙も数歩、後ろに下がる。

 冷や汗が流れていた。演習と思えない殺意の色。

『大丈夫だ。あれはやつの強がり。只の見栄だよ』

 提督が無線で言い切るが、狂暴な鈍器を持つ深海棲艦ってなかなか怖い。

 尻込みする二人に、提督が邪悪な笑う声を聞いた。

 それは、面白いことを思い付いた時のワルガキの笑い声で。

『――天龍、木曽。イロハと遊んできていいぞ。改二の恐ろしさを教えてやってこい』

 途端、岸のほうで殺気を感じるイロハ。

 ぎょっとして見返すと、海賊眼帯の二人がこっちに向かってきているじゃないか。

 二人とも、普通とは違う勝負ができるイロハとの戦いが気に入っており、チャンスがあれば当然参戦する。

「ぴぎゃああああああーーーーーーーーーっ!!」

 すると。イロハが絶叫した。本気で怯えている声だった。

 迷わず逃げ出す。見てて可愛そうになるくらい、哀れな姿っを晒していた。

「まあまあ、そう逃げるなよイロハ」

「折角の対抗演習なんだ。……楽しもうぜ?」

 思いっきり楽しそうな姉貴たちは先回りして難なく捕獲。

 じたばた抵抗するイロハを二人がかりで持ち上げて放り投げる。

「うぎゃああああああああああああっ!!」

 イロハ、再び絶叫した。曙は目をそらす。

 かわいそうに。木曽と天龍は強敵との戦いを望むタイプだ。ライバル認定されてる時点でもう手遅れ。

 楽しそうに笑う二人と、逃げ惑うイロハに襲いかかる砲弾と魚雷の雨。

 演習という名前の公開処刑がまたも開かれることとなる。

 追記しておくと、姉貴二人はイロハとは仲良くいたいのだが、イロハがビビって毎回逃げ出す。

 二人して不器用なものだから怖がられているだけなのだ。

 決して、変な人でもないことを名誉のためフォローしておく。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カレーカッコカリ

 

 

 その日、俺は埠頭でヴェールヌイさんと共に海釣りをしていた。

 綺麗な長い銀髪と涼やかな碧眼。あの雷さんと姉妹というから驚きの彼女。

 クールで冷静沈着な彼女ですが、時々変な言葉を喋る。

 はらしょーとかすぱしーばとか。どっかの言葉らしい。

 曰く、染み付いた癖だが最近では言わなくなってきたと。

 長年の口癖だが、本人が努力あって回数は減っている模様。

 ま、それはおいといて。今は折り畳みの椅子に腰掛け、無表情で釣糸を垂らしているだろう。

 俺は何してるかと言えば、餌です。

 ヴェルさんがマスターから借りてきた釣竿から垂れる釣糸の先には、命綱よろしく繋がれた俺が海のなかにダイブして魚介類を捕まえている。

 一応深海棲艦は海洋生物。水中呼吸はお手の物。

 で、俺は短いが手足があるので丁寧に捕獲して背負った篭に入れて回収。

 ある程度溜まったところで浮上して、ヴェルさんに足元においてあるクーラーボックスに入れる。

 ヴェルさんは主に荷物持ちとして、俺はダイバーとして分担している。

「どうだい、イロハ」

「上々。カニは結構いるから捕まえてくる」

 乏しい表情を変えないで、問われたので答えてまた潜る。

 海底近くに食用のカニ発見。素早く捕獲。お、二枚貝発見。回収。

 海老もおるな。捕獲、捕獲。許可もらっているから気にしないでいいしな。

 後で納品もしにいくべ。大漁大漁。

 満足して再び浮上。そして、

「よぉ、イロハ。元気そうじゃねえか!」

 気さくに俺に声をかける女性に俺は凍りついた。

「イロハ、冷静に。なにもしないから」

 条件反射で悲鳴をあげて逃げそうになる俺をヴェルさんは宥める。

 釣糸を巻いて俺を引き上げ、篭の中身をボックスに流し込む。

 その間俺は艦娘に睨まれる深海棲艦として硬直している。

 ニヤニヤする余裕のフェイスがこええ……。

「フフフ、怖いか?」

「怖いっす、マジで殺すの勘弁してください」

「安心しろ。無粋なことはしない。今日の俺は客だからな」

 俺命名、鎮守府海賊キャプテンテンリューが俺を見下ろして不敵に笑う。

 腕を組んで堂々たる出で立ち。あかん、歯向かったら殺られる。

「天龍、イロハがビビるからその辺に。イロハ、戻ろう」

 ヴェルさんが荷物を纏めて、立ち上がる。

 重たい荷物を背負って俺も歩き出す。巨大化した背中にクーラーボックスを乗っけてもらう。

「悪い、ヴェールヌイ。ちょっとからかいすぎたな」

 鎮守府所属の海賊眼帯の一人、天龍さん。腕っぷしは陸でも海でも変わらない。

 何時もの格好で、よく見たら何かビニール袋下げている。何だろう。

「ヴェールヌイ、こいつには何も話してないのか?」

「雷の事は言ってる。でも、比叡の事はなにも。榛名が出来れば勘弁して欲しいと言っていた」

「そうか、あいつ姉妹だから知ってるのか……。まあ、イロハなら大丈夫だろ。深海棲艦だし」

「彼に毒味させるのはどうかと思うけど」

「こっちは無理だ。今朝、提督が墜ちたぜ。どうやら食あたり起こしたらしい。今は医者行き」

「それを彼に与えるつもりかい? 天龍、イロハを仕留めるならその前に私達を倒してもらおうか」

「ま、待てよヴェールヌイ。俺達はそんなつもりじゃねえよ。勘違いすんなって」

 歩きながらキャプテンテンリューとヴェールヌイさんが言い争っている。

 俺のことのようだけど、何だろう。ヴェールヌイさんが眉をつり上げて怒ってるのは珍しい。

 本日、雷さんが初めて店に出す日替わりカレーの試作品をつくってくれる。

 先日、榛名さんが作った海鮮カレーがいたくお気に召すようで、自分も作ると張り切っていた。

 俺は試作品の味見担当していいとのことで、こうして試食予定のヴェルさんと釣りをしていたと言うわけ。

 んで、天龍さんもご相伴に預かるんだろうか。何処から聞いてきたのやら。

 今日は楽園の定休日だから、普通は入れないんだけど。

「イロハはうちの家族だ。いくら鎮守府の艦娘だとしても、飯テロを敢行するなら私は事前に阻止するよ」

「いや、だからこれは改良品だっての。死にゃしねえよ、多分。俺も食うから、な?」

 説得しているようだけど、何事?

「イロハ、お腹壊したくないならこっちのカレーはお勧めしない」

 振り返ったヴェルさんに告げられる。

 天龍さんも鎮守府で料理の特訓をしている艦娘さんのカレー試作を持参したようだ。

 聞けば、クソ提督を半殺しにする榛名さんの姉妹が作った劇物だかの改良品。

 俺に食わせて味に反応をみたいと言われる。

「フフフ、怖いか? 俺は正直、めちゃくちゃ怖い……」

 青くなる天龍さん。共に食べると言うが、顔色が悪い。

 あの天龍さんが青白い顔するレベル。そんなにすごいカレーなのかこれ。

 寧ろ興味出てきた。ちょっと食べてみたいかも。

 よし、食べてみよう。駆逐イロハ、気合い、入れて、行きますっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブラブラしながら楽園の裏口から入り、一階の店舗へ向かう。

「あら、天龍じゃない。比叡のカレー、持ってきてくれた?」

「お、おう雷……。持ってきたけど、お前も命知らずだな……」

 厨房から顔を出したエプロン姿の雷さんに、持ってきた海鮮をヴェルさんが手渡す。

 ヴェルさんは二階に戻り、雷さんも厨房に引っ込む。

 今日は神通さんとマスターが一緒に用事なので、今はいない。

「…………」

 榛名さんもいたが、何か悲痛そうな顔をしている。

 珍しい表情だけど、そこまでヤバイのか比叡さんのカレーって……。

 カウンターに腰掛ける天龍さんの隣の椅子に飛び乗る俺。

 水分抜けて小さくなったから、ちょうどよい。

 雑談に誘われたので、ビビりながら受けた。

「そう身構えるなよ。海の上じゃライバルでも、陸の上じゃ僚友だぜ。これから、俺達は死地挑むんだからな」

 天龍さんはそういって笑いかける。演習の時の鬼気迫る勢いは微塵もない。

 海賊も陸の上じゃただの艦娘、ということか。それに、命がけの戦いを一緒に潜るのだ。

 ここは、俺も身構えるのはよそう。

「然し、お前の強さは本当にすごいな」

 肘をついてにやっと笑う彼女はそう切り出した。

 艦娘は基本的に砲雷撃戦をメインにする。殴りあいなどは先ずしない。一部除き。

 その一部が天龍さんだったり、木曽さんだったり、下手すると榛名さんのお姉さんだったり。

 後は俺とか。俺は演習の時は殴っていくスタイルだし。飛び道具使えないから。

「殴りあいで俺と木曽と対等な深海棲艦なんていないぜ?」

「実戦で殴りあいしたんだ……スゲエ」

 素手同士の戦いにおいて、この二人は破格に強い。

 鍛え方がまず違う。やろうと思えば、戦艦の主砲だって叩き落とせると豪語する。

 そういえば、誰だったか戦艦の主砲を拳で迎撃する演習したって言ってたなマスターが。

 この人だったんか。本当に巡洋艦の艦娘か……? 

 俺は殴られていたけど殴り返したこともある。

 その時は確か、一回沈んで夜叉の顔した天龍さんに逆襲されたのだ。

 普通の駆逐イ級ならば天龍さんのパンチで身体に穴が開く。らしい。

 計測上ならそうなるって明石さんも言ってたな。この人も化け物だ。

 そんなので殴られて生きてる俺って……。

「だが、そんな俺達ですら……比叡カレーには……勝てなかった」

 ちょっと待て。どう言うこっちゃ。

 曰く。木曽さん、天龍さん、その他無数の艦娘さんが轟沈したという件のカレー。

 ご本人も含まれているそうで。今、地味に鎮守府は危機的状況。

 原因は比叡さんのカレーによる艦娘達の腹痛。集団食中毒と違いますかそれは。

 でも艦娘さんは怪我や病気はバケツ使えばすぐに治癒するのに、その腹痛は治らない。

 ……バイオテロですか?

「本人は、残った劇物を何とかしないといけない。でもそれは食えないし、そもそもふたを開けると駆逐艦の連中が匂いで失神しやがる。だから明石が、重装備で改良してくれたのさ。レシピは金剛発案だし、毒味した大和もすげー顔したけど、食えそうってお墨付きしてくれた。多分平気だ、多分」

「いや、俺は食うけどね」

 大和さんですらそれか……。比叡さんって実は料理音痴?

 榛名さんはそーでもないけどな……。

 そうやって如何に比叡さんのカレーが恐ろしいものか説明される間に、試作品の雷さん特製カレーも出来上がったようだ。

 大きな鍋を抱えた雷さんが自信満々で登場。

 ご飯をもって、そこにカレーを注ぐ。

 ……えっ?

 なに、このカレー……黒いよ?

 凄い変な臭いするよ? 何この刺激臭。目が痛い。

 で、お隣に例の劇物と称される比叡さんカレー……こっちは何か赤黒いよ?

 何で生臭いのこっちは。どうなってんお二人さん。海鮮カレーだよね?

「おおう……こいつは、強敵だぜ……」

 戦慄する天龍さん、同じく身がこわばる俺。

 ……食えと? この臭いダブルカレーもどきを、食えと?

「さっ、たーんと召し上がれ!」

 嬉しそうに言う雷さん。待って、この得たいの分からない物体は何!?

 後ろで榛名さんが「……大丈夫、榛名は大丈夫……」って自己暗示みたいに繰り返している!?

 しかも俯いて。ああ終わった、あれは大丈夫じゃない時の反応だ。

 厨房で何があったんだ……。天龍さんと俺は生唾を飲み込んだ。

 目の前に盛られたカレーもどき。期待する目で俺たちを見る雷さん。

 天龍さん、俺は覚悟を決めたよ。道を切り開く、俺が。

「いただきます」

 先ずは比叡さんのカレーを一口、食べる。

 速攻で吹き出した。生臭い。汚いけど速攻で白旗をあげた。

 加熱してるのに何で生臭いのこれ。大和さんよく平気だったよ本当。

 味、魚の生臭いのが酷い。見た目、何かこうグロテスク。

 アウト。これは無理。俺も食えない。天龍さんも腹をくくってスプーンを口に運ぶ。

 すぐに水で流し込んだ。涙目だった。ですよね。

「…………新手の毒かこりゃ」

 感想、食えたもんじゃない。

 雷さんも食べて涙目になった。美味しくないのは同じだった。

 これで改良品。前はどこまで酷いもんだったんだ。

 榛名さんの遠い目をしてるに凄く納得した。

 気を取り直し、こっちもヤバそうな雷さん特製カレー。

 俺は迷わず口に運んだ。恩人のカレーは死しても食う。

 ……咀嚼。飲み込む。

「……」

 あれ、味気ない。何か味が薄い。

 具材の味もカレーの味も、とても薄い。臭いは強烈だけど、味は寂しい。

 なんと言うか、食感のほうが味よりも強い不思議なカレーだ。

「…………」

 天龍さんも微妙な顔。

 おかしい。不味くはない。物足りない。

 美味しくはないけど。雷さんにそのまま伝えた。

「味が薄いの?」

 首をかしげて自分で食べる。嫌そうな表情になった。

 天龍さんも俺も、微妙な顔をしている。榛名さんは……まだ現実逃避していた。

 雷さんのカレーは味が薄すぎてなんとも言えない。

 比叡さんのカレーは振る舞っちゃいけない。それでこの日は互いに納得した。

 翌日、俺もお腹を壊したのは言うまでもない……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

月が綺麗な夜の下で

 

 ――この役立たずがッ!

 

 嫌な夢を見た。

 水底に沈みながら見上げる真ん丸のお月様。

(そうなのね……。今夜は、満月……)

 何れ程の月日が流れても、あたしは月が好きだった。

 自分のことを忘却の彼方へと追いやり、茫然としか思い出せない愚かな怪物。

 それでも、愚直に力を求めこの姿になったこと。そして、自分が月が好きだと言うことは覚えている。

 役立たず。そう、誰かに罵られた苦い記憶。今でも夢に見る、嫌で色褪せない数少ない過去。

 比べる相手はビックセブン、ソロモンの悪夢。

 そんな風に言われる相手だった。勝てるわけがない。

 素質が違えば、技量も違う。

 比べないで欲しかった。あたしと選ばれた相手じゃ次元が違う。

 戦果を出せないのはあたしのせいじゃない。相手が強すぎる。器用すぎる。

 それでも、あたしは何時も卑下された。屑鉄、スクラップ、ポンコツ。

 必死になって出した結果も、あくびをしながら弾き出される結果に潰されて。

 あたしが悪かったの? あたしが弱いから、怒鳴られて殴られて。

 全部、あたしの自分のせいなの? 今更問うてもどうせ誰も答えない。

 嗚呼、今のあたしは何だっけ? 一瞬、自分が誰なのかすら思い出せない。

 ……駆逐棲姫。そうだ、この間出会した艦娘達はそう叫んで撃ってきた。

 あたしはただ、海面を漂っていただけなのに。どうして、仲間を殺そうと……。

 

 ――仲間? あたしは、仲間だったのか?

 

 まただ。月を見上げながらあれこれ余計なことを思い出すと、鈍痛が頭を襲う。

 気分を入れ換えよう。あたしは不器用に泳ぎ出す。

 今夜は久々に、陸に上がって月を見上げたい。

 そう思った、これこそがあたしの転機。まさか、あんなことになるなんて。

 幸福は、何処からくるかわかんない。生きてて良かった。そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、俺は深夜。一人月見をするために人気のない埠頭に向かっていた。

 マスターの許可を得て、月見酒と洒落こむつもりだった。

 まあ本音は、期限切れの大量のビールを発見して、景気よく鎮守府のクソ提督と嫁さん連れて酒盛りしているマスターから逃げたかっただけだけど。

 ノロケの大和さんの相手は勘弁だ。絡んでくるしさ。

 深海棲艦だって、酒は飲めるんだぜ。意外かもしれないが。

 酔っぱらうことはないけどね。水浴びして巨大化、背中に背負ったビール瓶を持っていざ出発。

 のっしのっしと道路を歩き、時々コンビニなどの近くで知り合いとすれ違い、立ち話。

 人間と敵対している深海棲艦が笑い会うって平和で好きだ。これもクソ提督と艦娘さんのおかげ。

 感謝してる。道中、八百屋のおっさんがツマミに唐揚げくれた。有りがたく頂戴する。

 海の方に向かい、鎮守府の前を通りすぎ、警備の人に挨拶して向かう。

 警備の人が「俺も月見酒してーなー」とぼやいていた。お仕事、お疲れ様です。

 俺のことは人畜無害な珍生物で通っておるので無問題。

 まあひっくり返っても艦娘さんには勝てないしな。どうせ俺元々イ級だし。

 そして、鎮守府の近く似る埠頭に向かっていると。

 前方。月明かりの照らすその場所に、人影を発見する。

 女の子かな。シルエットはそう見えるけど、こんな時間に海に?

 そう言えば、神通さん言ってたな。この場所、幽霊出るって。

 ……ないない。バカらしい。理不尽なのは深海棲艦だけで十分だ。

 先客がいるのを気にしないで俺は進む。……よく考えてみれば、俺も酔っ払っていた。

 だから不用意に近づいたりしたんだろう。

「こんばんわー」

 能天気に声をかけて、俺は少し距離を開けて停止する。

 声をかけられたその子は、ゆっくりとこちらに振り向いた。

 銀色のサイドテールが、月光で煌めいて美しかった。

「月が綺麗ですねー」

 朗らかに笑って俺は背中から袋の中身をぶちまける。

 手足短くて、届かないからこうして流れ出たビール瓶とツマミを地面に取り出した。

「…………。初対面で、しかも一言目、陸にいる深海棲艦に口説かれるって凄い経験ね」

 こっちを見ていた紫眼の女の子。ノースリーブの制服らしき姿。

 ヘソ見えてるけど、寒くないのかな。顔立ちはどこか幼い。可愛らしい子だった。

「あなた、性別はオス?」

「一応男ですよ。こんなオタマジャクシでも」

 あれ。俺はそういって返事をしてから気がついた。

 彼女、黒っぽいスカートを着ているのだが。太ももから下の部分。

 要するに、足が……ない。両足とも、欠損していた。

 そして、彼女の座る位置には、水溜まり。しっとりと濡れ、彼女は磯の香りを纏っている。

「ちょっと見ない間に、陸地も平和になったものね。このご時世に、良いことだと思うわ」

「……」

 女の子は、気にしない様子だった。足がない、ってまさか。幽霊の定番じゃないかそれって。

 時刻は静まり返る深夜の埠頭。シチュエーションとしては満点だけど。嘘だろ、おい。

「あたしは幽霊じゃないわ。ご覧の通り。あなたと同じ、深海棲艦よ。一応、だけれど」

 俺の顔を見て、月を見上げる少女は言った深自らを深海棲艦だと。

 陸に上がった、深海棲艦。俺以外にもいたのか。そんなこと、提督は言ってなかった。

 ビックリする俺に、彼女は言う。

「月見酒ってやつなのかしら。今宵の月は格別だもの、分かるわ。あたしもご同伴、してもいい?」

 綺麗な横顔で告げる少女、人に似る深海棲艦。埠頭に一人と一匹の、月見酒が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「へえー。じゃあ姫さんは、元々は違う人だったん?」

「そうね。駆逐艦の艦娘だったと思うわ。だから、あたしは元々は生粋の深海棲艦じゃないの。改造深海棲艦だから、人工物というか、人造棲艦というか……。もう何年も前の話だし、あたしのいた鎮守府はとっくに潰れていると思うけど、どうなのかしら」

 互いに雑談しながら酒を飲む。いい感じに互いの身の上話に盛り上がる。

 曰く、本名は思い出せないが現在、鎮守府に認定されている階級では『駆逐棲姫』というらしい彼女は、姫と呼ぶことにした。

 本人も気に入ってくれたので、姫さんと呼ぶ。

 で、彼女は昔は鎮守府の所属する駆逐艦の艦娘で、今は居場所のない深海棲艦。

 足がなく、海の底で海上を見上げる日々を送っていたのだと言う。

 飲まず食わずでも、海中プランクトンを取り込んで生きていけたので、陸に上がったのは久々だとか。

 ただの気まぐれで俺と出会って、こうして互いに話している。

「喋れる深海棲艦なんて、そうそう居ないし。大抵、艦娘に対する恨み言とかで話し合いにはならないし、駆逐イ級とかの下位の深海棲艦はただ単に襲ってくるの。だから、ゆっくりとお話しするのは本当に久々」

「大変なんだな、姫さん」

「浮上すれば、現役艦娘に問答無用に殺されそうになるし、散々よ深海棲艦なんて」

 しみじみとため息をついて、ビールをあおる。

 俺もひっくり返って大口を開けて、器用に流し込む。

 オタマジャクシ体型でなんか飲むのってキツイんですよこれが。

 手足が短くて口まで届かないから、不格好でもこうするしか。

「あら、イロハ。少し……小さくなってない?」

 姫さんが唐揚げを食べながらそう言った。いかん、水分抜けてきたか。

 一度海にダイブして水を吸い込み、海上で立ち上がり、真上にジャンプして戻る。

 そうすると元通りの大きさになる。

「あらあら。乾くと小さくなるのね」

「一応海洋性物だし」

 人の形になるとどうやらそうでもないのかな。

 ああ、違うか。姫さんの場合は深海棲艦とは事情が違うんだった。

 自分からこの姿になったと言っていたし。

 思いきって、姫さんが何故足が欠損しているのか、予想はできていたけど聞いた。

 俺とて、駆逐艦を冠する深海棲艦だし、知ってる知識として予想できる。

 姫さんは肩を竦めて言った。

「あたしの足は、暴走して轟沈させられたときに、群がってきていたイ級に食われたのよ。幸い、沈む前にまだ艤装が生きていたから射殺して、後は沈んでいくだけだったわ。ここまで自分の身体が深海棲艦に近くなってるとは思わなかったけど、想像できる範囲だもの。驚かないわ。海底で沈んでいたら傷も治っていたの。恐ろしいものね、深海棲艦って」

 昔、というか当初はまだここまで深海棲艦に近い姿はしていなかったと言う。

 だが今は、こうして俺によく似てる姿だ。つまり、姫さんは既に俺と同類。

 人類の敵扱いが妥当と言うことになる。こっちが敵意があろうが無かろうが。

 理解しているので、姫さんは何も言わない。艦娘は深海棲艦を殺す道具。

 深海棲艦は人を、海を侵略する侵略者。敵対視は当然。

「足がなくて、武器もない。そんな相手にも艦娘は容赦ないわ。当たり前よね。任務に失敗すれば、存在意義を否定することになる。戦えない艦娘には価値はないわ。背負った艤装が、手にした武装は、戦えない人間の代わりに戦う象徴だもの。代理で戦場に出ているしか能がないのに、戦えないなら生きていたって仕方ないでしょ?」

「そうかなー……? 俺の知ってる元艦娘さんは無事退役して、元提督と仲良くやってるよ?」

 随分と悲しいことを言う姫さん。達観した顔で言うけど、雷さんたちを見てるとそうは思えない。

 あの人たちは俺の恩人だし、家族と言ってくれるのだ。理解はどこかできても、共感は無理。

 すると、姫さんは羨望すると告げた。

「余程良い司令官に巡りあったのね。羨ましいわ。普通は効率と成果、勝利だけが艦娘の価値よ。どんなに甘い言葉を言われようが、どんな笑顔を向けられようが、あたしは結果を出せなくなったら役立たずって言われて、見捨てられた。現金なものよ、使えない艦娘は無価値って言い切ったもの。提督なんて、見せ掛けの愛情を注ぐだけ。奴等の真髄は軍人。軍人は、道具よりも任務と使命、そして民間人と秩序を愛するわ。イロハの知り合いの元提督さんは、提督に向いてないと思う。道具を愛してしまったら…………おしまいよ。下手をしたら任務失敗で、無関係な民間人が死ぬ。そんな軍人は、軍人失格だと思わない?」

「それは言えるけど……本人も毎日死ぬかと思ったって言ってた」

 自分は提督の仕事が辛かった。マスターは言ってた。

 艦娘と軍人としての責務。板挟みの日々にいっそ、心無き兵器の方が良かったと。

 艦娘のことは分からんけど、姫さんの言うことも一理ある。そんな気がした。

「フフフ。ちゃんとそれでも退役したなら、使命を全うした有能な人だったのね。一度、見てみたいわ」

 姫さんはビールを飲み干した。かなり出来上がっているようだ。

「久し振りのお喋りだから、楽しかったわ。ありがとう、イロハ。あたしなんかに声をかけてくれて」

 そう言う姫さんの酒で赤くなった頬は……寂しそうだった。

 海の底に帰るんだろうか。

 冷たくて、暗くて、寂しい孤独な海の底で、ただ太陽と月を眺めていく日々を続けるんだろうか。

 俺に、それに何かを言えるほど高尚な生き方をしていない。俺とて所詮は深海棲艦。

 化け物の一人に過ぎない。かける言葉を見つけられず、逃避的に月を見上げて呟いた。

 

「月が綺麗……」

 

 

 その言葉に、姫さんはこちらを向いた。呆れている表情だった。

 

「…………あなた、最初もあたしを口説いていたけど。なに、あたしに一目惚れでもしたのかしら?」

 

 ……? なにいってんだこの人。酔っぱらってんのか?

「あたしの話を聞いて、それでも言うって相当なものだと思うわよ。女の趣味は大丈夫?」

「ごめん、何の話?」

「惚けちゃって。誤魔化すならもう少し、マシな言い分にした方がいいわ」

 え、口説いた? 俺が、誰を?

「まぁ……そうね。海の底で一人きりってのも、寂しいし……口説かれても、いいわ。ちゃんと面倒見てくれるなら、だけどね」

 あれ、なにこの展開。一夜の過ちみたいになってる!?

  俺ってば酔っぱらった勢いで、何してくれてんの!!

「……死んでもいいわ」

 死ぬ!? よくわかんないけど、口説いたら責任とれと!?

 さもなくば死んでやるって言ってるよ姫さん! どうすればいいのこの場合!?

 知らぬ間に女の子口説いてその気にさせて、逃げたら死ぬぞって脅された。

 どういう……ことさね……?

 その時運悪く、遠くから雷さんの声が聞こえてきた。迎えに来てくれた、ようだが。

 振り替えると、寝巻き姿の彼女がこっちに走ってきている。

 そして、発見するや駆け寄ってきた。

「イロハ、やっと見つけ……」

 そして、隣でビール瓶持ってる姫さんに気がついて、

「し、深海棲艦っ!?」

 驚いて叫び、慌てて飛び退いた。

「ああ、イロハの言っていた艦娘の人ね。大丈夫、敵意はないし見ての通り、暴れることは出来ないわ」

 酔っ払ってる割には冷静に足を指差し、姫さんは言った。

 ジトっとこっちを横目で見る雷さんに事情を説明。要するに一緒に月見酒してたと。

 警戒していた雷さんだったが、姫さんの身の上話に次第に同情したのか、最後には。

「大丈夫よ、お姫様。私に任せなさい! イロハの恋人として、きっちりと楽園で引き取ってあげるから!」

 一存で勝手に決めちゃった。いや、彼女じゃないです口説いてません誤解です。

 暫し待てと雷さんは携帯を取り出すと、酒盛り中のマスターと地元鎮守府の提督を呼び出した。

 電話口の向こうでビンの割れる音が聞こえた。こっちに向かうと、雷さんは笑顔で言った。

「赤の他人の為なのに、アクティブなのね」

「イロハの彼女は他人じゃないわ。家族よ!」

 いえ、何をいってるんですか雷さん。知り合って数時間で彼女ってお見合いですか。

 冷静に言う姫さんに、胸を張って堂々と答える雷さん。世話好きは伊達じゃない。

 しばらくすると、マスターとクソ提督、大和さん。

 それにヴェルさんと榛名さんも血相を変えて駆けつけた。

 神通さんはもう寝たらしく、不在だった。

 揃った面子に、面食らう姫さん。酔いで赤い顔をする提督が、真顔になり名乗って聞いた。

 即ち、姫さんは何者なのかと。対して、姫さんも真顔で言った。

 

「禁忌改修。この一言で、多分理解してもらえると思うわ」

 

 一言で簡潔に告げる。すると途端。

「クソがァッ!!」

 提督が汚く吐き捨てる。顔は本気の嫌悪感が浮かび、

「……本当に、いたんですね。噂には聞いていましたが……」

 大和さんは目を伏せる。辛そうな表情で。

「……私も、流石に今回は彼らの正気を疑うよ。私はそんな連中の言いなりだったんだな」

「榛名も、同感です……!」

 静かに、ヴェールヌイさんと榛名さんは怒っていた。堪えていた。

 マスターに至っては、持ってきていた瓶を握り締め、握力で割っていた。

 表情はない。でも、滲み出る怒気は俺でも、肌で感じる。

 ああ。きっと、姫さんは人道を外れた行為を自分から受けたんだ。

 でも、多分。そうなるように仕向けたのは――人間の都合だ。

「?」

 雷さんだけは首を傾げていて知らない様子だった。恐らくは、知らなくていいこと。

 俺も、知りたいとは思わない。

「勝つためにそこまでするか……? 僕の提督として、いや。人のプライドに誓って、駆逐棲姫。君の安全を保証する」

 静かに怒るのは皆、同じだった。

 大和さんも、提督も。マスターも。みんな、怒ってる。

「……あたしの為に怒ってるくれるの?」

「そうですね。艦娘として、私は今これまで無いほど怒り狂っています。駆逐棲姫さん、私達に任せてください。二度と悲劇は、繰り返させませんから」

 最強の艦娘すら起こる事案。姫さんは、茫然としていた。

 信じられないように、そして。一言、言った。

 悲しそうな、でも嬉しそうな、そんな笑顔で。

 

 ――ありがとう。と。

 

 

 

 

 

 

 

 追記として、翌日から楽園の従業員が一人増えた。

 足のない、俺が背負って移動する女の子。名前は、駆逐棲姫。

 愛称は、『お姫様』で。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

禁忌と提督の在り方

 

 

 世の提督たちの多くは知らないことがある。

 鎮守府に伝わる、艦娘にだけ語られる噂話。

 今から数年前。とある激戦区の鎮守府に、それはそれは優秀な艦隊があった。

 旗艦に、彼の長門型の戦艦が率いる強豪な艦隊で、幾つもの作戦を成功に導いた優秀な提督がいた。

 だけど、その人はもういない。殺されてしまったのだ。自分が指揮するハズの、艦娘の手によって。

 真面目で実直で、とてもじゃないが、恨みを買うような人物じゃ無かったらしい。

 ……人間の評価では。艦娘の評価は真逆だった。悪魔、鬼、外道。

 正に悪逆非道を体現したかのような提督だった。憎しみを募らせた艦娘達は提督を恨んでいたと言う。

 そんななか、一人の駆逐艦が轟沈したと言うニュースが飛び交った。墜としたのは……仲間であるハズの艦娘で。

 理由は、暴走。作戦中に急に仲間を攻撃し、説得不可と判断した長門型に撃沈させられた。

 これだけならまだ、救いようがあった。暴走しただけなら、それだけなら。

 ……無理矢理な度重なる近代化改修の限界を迎えた彼女は、行ってはいけない領域へと、足を突っ込んでしまった。

 否。力を求めた彼女に、見せびらかすように提督がちらつかせた行動が、彼女を墜ちる原因にた。

 それが、『禁忌改修』。多くの艦娘が恐れる、最悪の結末。同士討ち、仲間割れの悪夢。

 本当の敵は、深海棲艦だけじゃない。余裕をなくした、人類そのものなのだと。

 提督は、光か、闇か。それは場所によって違う。噂に出てくる鎮守府の提督は、邪悪な闇その物だった。

 そういう、顛末。その言葉が意味する内容は噂らしく、想像に任せている。詳細は明かされていない。

 でもハッキリしているのは、禁忌改修を受けたら仲間と戦い、人に逆らえばこうなる可能性もあると言うこと。

 提督の前で言えば、自分も同じ末路を辿る。最後にそう締め括られた噂。

 だから提督たちは多くは知らない。知り得ない。上の連中は秘匿して漏らさない。

 ごく一部の、例外を除いて。例えば、禁忌改修を受け深海棲艦『駆逐棲姫』になってもなお。

 しぶとく生き残った成れの果てがいるとか。

 始末させようとしても逃げきり、真実を公に晒されそうになったりしたら、どうなるか。

 その答えは、地方の鎮守府と、喫茶店にあったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスターさんの時代にはもうあったはずよ。近代化改修の技術を応用し、発展させて出来上がった試作の技術だもの。禁忌改修というのはね、サルベージした深海棲艦の身体、又は艤装の一部を改造して艦娘や艤装に組み込むことなの。あたしはそのテストをするための実験機。試作機は……多分死んでるわ。どのみち、禁忌改修を受けると深海棲艦のパーツに侵食されて、艦娘ですら居られなくなる。意識が飛んだり、艤装が暴走したり。最悪、敵と味方の識別も出来なくなるわ。最終的には、ご覧の有り様よ」

 翌日。一夜あけた夜だった。

 閉店した喫茶店の店舗に、各々集まっていた。

 異例の早さで提督は返事を持ってきた。結果は、観察処分。

 秘匿義務が発生しており、大事にしない代わりに誰にも言うな。

 駆逐棲姫はイロハと同じ扱いで鎮守府が管理しろ、とのこと。

 詳しい事は機密情報。提督にも明かされなかった。

 シャワーを浴びたり食事をしたり、眠ったりしたせいで記憶が少し回復した駆逐棲姫こと、姫。

 彼女は椅子に座って過去を語る。黙っていろと言われても、これは隠蔽して良いことではない。

 提督、大和、マスター、ヴェールヌイ、榛名は神妙な面持ちで話を聞いていた。

 イロハ、神通、雷は二回で待機。神通は姫をイロハの仲間と言われてすんなり納得した。

 元々人を疑うタイプではないし、イロハは気を使ってくれた。雷は……いつも通りだ。

「要するに、駆逐棲姫。君は……」

「姫よ、提督。駆逐棲姫は分類でしょ。名前じゃないわ」

 榛名の私服を借りた姫は、改めて思い出せる範囲で詳細を語った。

 本名は不明。禁忌改修の詳細はまだあるだろうが、今のところこれが精一杯。

 分からないことが多い未知数の方法ゆえ、生存者でも全ては分かりかねる。

 他の被験者は大抵死んでいるだろう。

 もしかしたら、姫以外にも深海棲艦のなかには、禁忌改修によって生まれた深海棲艦も要るかもしれない。

「ビックセブン、ソロモンの悪夢……。長門と夕立のことでしょうか?」

「さあね。あたしの同期がまだ現場で活躍してるのは驚いたわ。まあ、当然よね。あれだけの強い艦娘、手放す方がどうかしている」

 姫はどうでもいいと切り捨てて、語り終えた。

 この場の誰よりも、鎮守府と人間、艦娘の闇を知っている姫は、壮絶な過去を送っている。

 噂は知っていた大和、大和から聞いていた提督。現役時代から耳にしていたマスター達も悲壮な顔をしていた。

 敵である深海棲艦。その一部を、守るべき鎮守府が生み出したという現実。

 それをあからさまに隠蔽する本部。これは艦娘という存在を生み出した、人間の業だった。

 本人は、仕方ないと諦めて受け入れていた。

「……誰があたしを罵ったかは思い出せない。でも、流れからしたら提督でしょうね。でも、誰が悪いとか悪くないとか、そんな問題ではないの。提督は、執務に忠実だった。あたしは、道具としてやれることをした。後悔もないし、提督を怨んでもないわ。あの人も……必死だったのよ」

 こんな仕打ちをされても、姫は穏やかだった。当事者で、不当な扱いを受けていたのに。

 大和が理由を問う。すると、

「大和。多分、あなたには理解できないわ。……提督と愛し合っている艦娘には、したくないと思うの」

 見抜いてた。大和たちが、カッコカリによる深い繋がりを紡いでいることを。

 その証拠に、大和は兎も角提督の指には指輪がある。結婚指輪が。

「提督、あなたは独身でしょう? それがあの人との最大の違いよ」

 本当の意味で、伴侶はいない。提督は頷くと、姫は今度はマスターに問う。

「マスター。あなたは、奥さんを亡くしているんでしょう。上に仏壇があったから」

 マスターは提督時代から妻がいた。今はもう、居ないけれど。

「マスターは兎に角、提督。あなたには、あの人がさぞかし外道に見えるのでしょう。大和もそう。艦娘を道具として使い回し酷使し、壊れたら捨てて新しいものを使う。嫌な顔をするのは分かるわ」

 提督が反論する前に、姫は一度言葉を切る。

 大和も、提督を手で制して、先を促した。ヴェールヌイも榛名も黙って聞いている。

 姫は、主に提督に向かって言った。それは昨晩、イロハに向かって言った言葉と同じ。

「提督。あなたは、軍人失格よ。もっと言えば、提督に向いていないわ。心が壊れる前に、執務室を去った方が身のため」

 ガタンッ! と椅子をはねあげて大和が立ち上がった。

 提督への侮辱と受け取り、怒ったのだ。無論、本人も激怒した。

 一体何が言いたいのか、分からない。

 だが、マスターは理解する。嘗て自分が体験した、覚えのあることだから。

「座れ、大和。坊主、お前さんもだ」

 静かに、マスターが制止にはいる。

 坊主、というのは提督のことで、マスターが、提督を説教するときに使う呼び方だった。

「……侮辱に聞こえたなら、謝罪するわ。でも、訂正はしない。あなたは提督になるべきではなかった」

 それでも変えない姫は、頭は下げても決して意見は曲げない。

 最強の艦娘の怒りを向けられても、彼女は気圧されないし、怯まない。

「理由はある。提督は、守るべき対象を履き違えている。違う?」

「!?」

 面向かって、そう言われた。心の中が、ざわめいた。

 指摘されたくない部分を言われたようだった。

 大和が不愉快そうにしているなか、不意に。ヴェールヌイが口を開く。

「……提督が真に護るものは、平和や、民間人。私達、艦娘じゃない。そう言うことなんだろ?」

 大和がその一言に、更に眉をひそめる。姫はヴェールヌイに首肯する。

「そう、ヴェールヌイの言う通り。艦娘は道具よ。代理で戦うだけの道具。あなたは、本当の意味で愛する人が居ないから、艦娘に愛情を注ぐ。あたしがあの人を恨まない訳はね、あの人は本当の『提督』だったから。聞いてる限り、結果として道具に殺されてしまったようだけど、軍人として恥ずかしい行動はしていないわよ。ちゃんと、公私を弁えて指揮を執っていた。あなたはどうなの? 何のために戦うの? 誰のために戦うの? 艦娘が好きなら、マスターみたいに鎮守府をやめればいいわ。今のままじゃ、絶対に取り返しのつかないことになる。あなたたちの言う、間違っている提督の姿の方が、あたしは正しいと思うけどね。マスターみたいな才能がないと、行き詰まるわよ。最後まで、全うなんて出来やしない」

 姫は、要約すると、提督にこう言いたいのだ。

 

 ――大和の為に戦って、恥ずかしくないのかと。

 

 軍人ならば、軍人としての矜持を。

 姫は言う。前の提督は既婚者で、子供もいた。彼が戦う理由は、家族のためだった。

 家族を守るために鎮守府に着任し、艦娘を操り家族を守り、町の平和を守り、そして艦娘に殺された。

 確かに、道具の扱い方は下手くそだっただろう。それは姫も認めている。

 でも、彼は人として間違ってはいない。提督とは、平和と、町と、人類を守る仕事だ。

 その事に関して、姫は言うなれば尊敬さえしていた。彼は任務に私情を決して持ち込まなかった。

 艦娘は人と違って、替えがある。でも人にはそれがない。

 どんなに罵られるのも、暴力を振るわれるも、結果が出せなかったからに過ぎない。

 提督とて、殴ることを、罵ることを楽しんでいた訳じゃないのだ。

 彼は、提督として当然のことをし続けた。恨む艦娘もいたが、慕う艦娘もいたのを思い出した。

 不当な扱い? 提督を恨む? バカらしい。

 何かを決定的に彼女たちは履き違えている。

 結果を出して、人を守り、平和を維持した提督がなぜ悪人扱いされるのだ。

 その過程で艦娘が酷使されるのは自明の理。激戦になれば消耗も激しくなる。

 艦娘は戦うための存在であり、愛玩する物じゃない。

 艤装が、武装が、戦えない人たちの代わりに戦うための証なのだから。

 色々と思い出せた姫は、他の艦娘とは自分が違うことも自覚している。

 道具は道具。愛着ならまだしも、本気で愛するのなら提督としての本懐を忘れている。

 笑顔も、甘い言葉も。艦娘のモチベーションを挙げるための手段だけでいい。

 今の大和のような、依存では提督には相応しくない。

 マスターのように日々苦しみ、もがき、それでも戦うつもりなら大いに結構。

 だがそれで万が一のことが起きたら、提督と大和は責任をとれるのか?

 マスターはやってのけた。だから姫は、共に戦ったと言う四人も尊敬した。

 マスターもまた、元軍人として敬うべきだと思う。

 だが、今の大和と提督は見てて恥ずかしい。

 公私混同もいいところで、最早大和と居るために提督を続けているようにしか見えなかった。

 他の本気で軍人として戦っている鎮守部と提督に対する冒涜ではないか。

「だから向いてないのよ。失格の意味も理解してもらえたかしら?」

 姫はこの際なのでハッキリさせておくと、付け加える。

 立場が違うゆえ、意見が対立するのは当然。

 だがその爛れた理由で、何時までも続けていくならそれ相応の覚悟をしておけと。

 禁忌改修をさせる可能性は、甘いやつにも訪れる。

 特に平和ボケして、最初から強大な力を持つ人間は、姫のような存在を量産するかもしれない。

「あたしの為にあれこれしてくれて、ありがとう。でもね、不純な動機で戦って勝てるほど、この戦争は甘くはないの。お願いだから、あたしみたいな艦娘を出さないで。より強い力を求めると、必ずここにたどり着く。あたしみたいに自分から行くのはいいわ。でも、無理矢理押し付けたりできる立場ってことと、大和の為に死んでいい人の命なんてないわ。散っていいのは艦娘だけよ。替えがあるから、道具だから。艦娘はその為に存在する。武器を手にして、戦場にいる限りは、戦わなければ意味なんてない。過剰な愛を注いでも、艦娘には応える術はないわ。覚えておいてね」

 最早完全否定だった。

 姫は二人の関係を爛れていると酷評する。マスターは耳がいたいとぼやく。

 実情を知れば、民間人もこういう反応をする人もいる。

 人類を脅威から守るハズの提督が、私情にとらわれるなど言語道断。

 提督は痛いところをつかれて、沈黙する。

 いつの間にか、目的が刷り変わっているのを言われて落ち込んだ。

 彼女の言うことも一理あるし、大和も言い返すにも感情論になりかねない。

 彼女はひどい目に遭った。でも、恨まないし憎まない。寧ろ尊敬して納得した。

 艦娘は戦争代理の道具。愛する存在ではない。そんなのはおかしい。

 ずっと黙っていた榛名だったが、話終えた時ふと思い出した。

 ケッコンカッコカリ。あのシステムは、未婚者の男性提督にしか許可が降りないと言う小話。

 あれは、現場を悪化させるだけのもんだったのかもしれない。そう、思うのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

覚醒の片鱗

 

 

 見上げても、見下ろしても、青一色。

 波の音だけ聞いて、俺達は仕事を全うする。

「あら。引いてる」

 今日は姫さんと共に漁業の仕事をしている。

 楽園に来てからの姫さんの仕事は、基本的に俺と同じだ。なにせ足がないから、陸上での行動は制限される。

 だが海中では俺と同じで呼吸できるし、潜水能力も並みの潜水艦の艦娘さんを越えると自負している。

 なので専ら、俺と同席して海産物の入手がメイン。

 足がなくとも海の上なら俺に乗っかっていればいいし、人であるから釣りもできる。

 積載量も増えて、食い扶持を稼ぐには文句はなかった。

 クーラーボックスを抱えて、マスターの釣り竿でがんがん釣る。

 沖に出て深海棲艦に襲われても、鎮守府には知らせてあるし、目的も教えた。

 許可をもらっている限り、文句を言わせるつもりはない。

「……鯵ね。ランチのフライにしてもらいましょ」

「ほいほい」

 釣れた鯵を生きたままボックスに放り込み、再び釣糸を垂らす。

 お気に入りという、ヘソだしセーラー服にスカート、サイドテールの銀髪の姫さん。

 性格はヴェルさんに雷さんの口調を足したような感じで、かわいいというよりはカッコいい。

 然しながら、

「お仕事ついでのデートも悪くないわ。ねぇ、イロハ」

「んー……」

 誤解だと何度も説明したのだが、一応俺の恋人であるとも自負していた。

 月が綺麗という台詞は、有名な文豪が使った遠回しな口説き文句だと知ったが、全くの偶然。

 返事が了承だと言うと、死んでもいいというのが通例らしい。

 姫さんは俺の何が良いのか分からないが、譲らないのだ。

 俺には恋愛と言うものは分からない。深海棲艦だし、姫さんのように人じゃない。

 でも、悪い気分じゃないのも事実。だから、恋人でいいと思う。

 唯一、互いに深海棲艦なわけだし。

「いい天気。ある程度終えたら、早めに帰りましょう。教えた時間より早くても鎮守府は何も言わないから」

「そうだね。襲われるのは流石に御免だもんね」

 そう言う俺達はとうとう、武装を許可された。直々に、鎮守府を通して、海軍に。

 民間扱いの俺たちが許された理由。それは、隣の海域を担当する鎮守府が、襲撃されたのだ。

 人に似た、深海棲艦の艦隊に。結果、鎮守府は壊滅。保有していた艦娘さんは沢山、沈んだらしい。

 激戦区だとは聞いてた。でも、防衛艦隊を一艦隊で全滅させるって、姫さんと同型ってどんだけ強いんだ。

 尚、提督は迷わず救援に彼女を出したという。自分の愛する、最強の艦娘。

 大和さんを。言うまでもなく、敵は全滅。数分で滅んだという。

 ……一番信じられないのが、比較的に平穏な海域を担当する鎮守府に大和さんがいる理由だ。

 姫さん曰く、超弩級戦艦である大和さんは一度の出撃で莫大な資材とコストを食う。

 激戦区だと日々の消耗で彼女を動かせない。

 対して、貯蓄のある消費の少ないこの海域では連続運用できる資材も金もある。

 だから、ここにいる。一番の敵、悪燃費を打ち勝つために。

 流石は最強。姫さんよりも強い相手を単機で殲滅。凄まじい戦果と言えよう。

 そんなこともあり、こちらも襲撃される可能性を視野に入れて、戦えるであろう俺達もとうとう、非常時の鎮守府の戦力にカウントされてしまった。

 だから、普段は民間でいざというときは鎮守府所属の深海棲艦という事になる。

 但し、軍所属とはいえ俺も姫さんも戦いたくない。拒否したら独立した艦隊として動けとのこと。

 要するに外部協力者。自己判断でやれって。まあ特例だしね、深海棲艦が味方になってるのは。

 姫さんは最後まで嫌がったが、俺がいるならと渋々了解。なので、俺と姫さんは普段通り生活していい。

 明石さんに再び改造され、体内に駆逐艦の主砲を内蔵してもらった俺と、姫さんは駆逐艦の枠を飛び越えた深海棲艦なのか、大型武装を搭載していた。重巡とかいう艦娘の主砲らしい。後は魚雷とかも少々。

 旧式の余っていた奴を改造している、時代遅れの武器だけれど無いよりはマシ。

 人に向けるなと口を酸っぱくして言われた。当然、身を守る以外には使わない。使えない。

 戦いなんて怖いし、痛いし、演習ですらあれなのに俺に戦えるのだろうか。

「イロハ。敵はいないわ。戻りましょ」

 姫さんは俺の顔を見て、わかったのかもしれない。元艦娘であることは同じだもんな。

 俺がビビってるってことに。

 

 

 

 

 

 

 

 海を泳ぐ俺達は、帰り道砲撃の音を聴いた。

「……あら。襲撃されてるわね」

 冷静に言う姫さんが指を指す。

 遠目だが水柱が何回も立ち上る。ありゃ魚雷か。

 見れば俺よりは小さいけど、駆逐艦の連中が群がって艦娘さんを襲っていた。

 でも二つぐらい、変なのいる。やたら砲身が飛び出た、中途半端に人の部分が残ってる奴だ。

 鎮守府から渡された無線に連絡。

 近くの別の鎮守府に所属する艦隊が遠征中に襲撃されて救難信号を出している。

 至急、増援に入れとのこと。助けに艦隊が出ているが到着までまだ少しかかるという。

「……どうする、イロハ。助けるなら、行くわ。でもその義理は、ないわね」

 今は非常時じゃない。俺たちには拒否権がある。

 戦えと言われて戦うときは、所有する鎮守府が襲撃されたり、艦隊を守るときと約束している。

 この場合は、違う所なのだから、軍の規定がどうだか知らないが、深海棲艦には関係ない。

 俺達はあくまで、貸し出しを受けた武装を持つ民間だ。

 連中は規律に従えとは、言えない。俺達は現在数少ない深海棲艦の味方。

 失うには、色々代償があると提督に聞いている。俺は答えた。

「助けないよ。俺達には、無関係だ」

「そう。じゃあ、帰るわね」

 姫さんは無線に素っ気なく、一言言った。

「嫌よ」

 連絡を寄越した提督は了解とだけ言う。

 そりゃそうだ。俺たちのことを知らない艦隊を助ければ、敵の増援と思われる。

 同時に深海棲艦からも襲われて、二重の危険が降りかかる。

 向こうの人たちが知る保証はない。俗にいう訳ありの俺達は、早々手助けはできない。

 保身でいい。俺が大切なのは他人じゃない。自分に関係ある物だけだ。

 余計なものに首を突っ込んで、リスクを背負うつもりはないし、それで失うには今の日々は幸せすぎる。

 だったら、他人なんて躊躇わずに見捨てるよ。見殺しでいい。俺には、関係ない。

 轟沈していた電さんの時とは、危険度が違いすぎる。届ければいいだけならするよ。

 だが、戦いをするなら話は別だ。俺は助けない。俺と姫さんが危ないから。そんなのはゴメンだもの。

「別に気にしなくていいわ、イロハ。艦娘なら、司令官に任せておけば逃げるときどうすればいいのか、聞いている。統率された艦娘は、バカでなければ弱くもない。まあ、司令にもよるけど」

 淡々と告げる姫さんを連れて、俺は黙って帰る。

 遠ざかる戦闘の音。このまま帰る、つもりだったのに。

 だが不意に、俺は何かを背後に感じた。姫さんも同じ。

「姫さん」

「ええ。追っ手のようね……。こっちまで、巻き込まれたみたい」

 後ろに、波を切り裂く音。こっちに近づいてくる。

 振り返る姫さんが嫌そうに、呟いた。

「軽巡が二機……。逃げ切るのは無理ね」

 取り敢えず止まらずに泳ぐ。

 後ろから轟音が響いて、慌てて回避。逃げ回る。

「提督、聞こえる? こっちにも現れたわ。軽巡が二機、多分ホ級。追ってくるから迎撃するけど。……ええ。じゃあ、落とすから」

 姫さんが鎮守府に連絡して、迎撃許可をもらう。

 俺はただ前を見て逃げる。殺されてたまるか。俺は楽園に絶対に帰るんだ。

「イロハ、あいつらを殺すわよ。これじゃ逃げ切れないから」

 姫さんが言う。戦えと。でも、どうやって?

 俺はただのイロハという駆逐艦で、軽巡なんて自分よりも強いやつとは無理なのに。

「平気よ。あたし、駆逐棲姫はその辺の深海棲艦よりも強いから」

 と自信満々に告げて、

「イロハは気が弱いけど、大丈夫。一緒に戦えば、一緒に帰れる。行こう、行けば絶対に帰れるから」

 パニックになっていた俺に、優しく言った。二人なら、大丈夫。二人で、帰ろう。

 今ここで、頑張って一緒に夕飯を食べよう。生き残るために、今は。

 そう、いってくれた。姫さんは、逃げない。俺は、どうする?

 俺の選択は。俺の、選ぶべき未来は……。

 そこまで考え、突然。

 

 ――俺の意識は、轟音と共に消し飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 イロハの尾びれに、軽巡の砲撃がかする。

 それだけで、イロハの動きは急停止。

 水柱をあげた先で、イロハは突如水の上に立ち上がった。

「イロハ!?」

 姫は慌てる。説得していた彼が突然、片方の目だけが不気味に明かりを灯した。

 宛ら青白い焔のように左目を変色させて、向きを反転。

 追ってくる軽巡に顔を向け。

 

 凄まじい雄叫びをあげて、泡を吹き開いた口から与えられた砲身を露出させたのだ。

 

(これは……何かがイロハの中で覚醒している?)

 姫は半分は深海棲艦だ。だから、察するように理解した。

 極度のストレス状態、つまり殺されると肌で感じていたイロハが、かすった攻撃で理性が吹き飛び、通常の深海棲艦同様、本能的に敵を殺そうとしていた。

 なまじ高度な知性を持っていたがゆえに、恐怖を知り、追い詰められて抑え込んでいた野生が暴走している。

 証拠に、彼は紅く身体を発光させている。これは何度か見たことがある気がした。

 通常よりも遥かに強力な個体、見た目は変わらないが非常に危険な深海棲艦の一種。

 海の底で見上げた世界にいくつかいた、特別強そうな深海棲艦の姿を、思い出した。

「ガァアアアアアアッ!!」

 四つ足で踏ん張り、射撃体勢を取るイロハ。

 軽巡は立ち止まり、砲撃に徹する。飛んでくる砲弾。上にいた姫は咄嗟に裏拳で弾き飛ばした。

 左右で着弾し、飛沫を上げた。一見すると暴走のようだが、どうやら恐怖で逆上していると見た。

 姫は前屈み、何度も言い続けた。

「イロハ、あいつだけよ。いい、敵はあいつらだけ。あいつらを殺したら、帰ろう。大丈夫、イロハには、あたしがついているわ」

 何度も言い聞かせると、僅かに頷いた。大丈夫、イロハは狂った訳じゃない。

 深海棲艦としての本能が解放されて出ているだけ。姫は飛来する砲弾を弾き、負けじと主砲を打ち返す。

 構えた一発が直撃。黒煙をあげて、沈ませた。

 これで一つ。後は、咆哮するイロハが仕留める。

 怪獣のような破滅的な声が響き渡り、落とされたことで撤退していく軽巡の背中に照準は重なった。

 イロハは最後に、特大に吼えた。

 砲撃の音を上書きすらして、放たれた一撃が流星のごとき軌跡を描いて敵を穿った。

(砲弾がこんな風に飛ぶなんて……見たことない。イロハはやっぱり、普通の駆逐イ級じゃないわ)

 薄々感じていたが、イロハはやはり突然変異か何かした陸に対応できる深海棲艦なのだ。

 貫かれて、爆音を奏で爆発して派手に軽巡は散った。

 同じ駆逐艦とは思えない火力。圧巻の一言だった。

 イロハの左目の焔は、ゆっくりと小さくなった。そして、彼は我に帰る。

「あ、あれ……? 今、何が起きて……」

 呆然としていた。主砲は焔と共に収納されている。

 彼は今しがたの事を記憶していない。姫に何事か聞いてきた。

「敵はあたしが殺したわ。もう、大丈夫。帰りましょう、イロハ。楽園に」

 姫は沈黙する。言わない方が良さそうだった。

 余計なことを教えてしまえば、彼はもっと戦いを忌避してしまう。

 せめて、自衛程度には戦えないと最早海には出られないと見ていいかもしれない。

(イロハもあたしも、深海棲艦なのに攻撃される。奴らには、敵として認識されるなら別の存在と言うことなのかも。気を付けないと)

 改めて、半端者として自覚する。平穏に生きるための努力は欠かさずに生きよう。

 それが、今の姫にとっては最大の課題なのだから。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

対立する価値観

 

 

 その日は、上機嫌な提督が複数の艦娘を連れて、昼時の楽園に訪れていた。

 段ボールのなかで丸くなり眠っているイロハ。姫はお会計を手伝うために、レジスターに張り付いていた。

 何だかんだ、手伝えることは率先して二人とも働いている。出来ることは少ないけれど、やれることは全力で取りかかる。

 それが二人にできる唯一の恩返しだった。

 ある程度、客をさばいた時間帯に顔を出した鎮守府ご一行。

 カウンターに数名、腰を下ろした。皆、機嫌は良さそうである。

「さぁ、好きなものを頼んでいいぞ。労いをするために来たんだから、遠慮しないでくれ」

 提督はマスターと話している。何でも難しい任務を成功した労いで、ご褒美なのだという。

 面子は曙、電、天龍、飛鷹、熊野。それぞれ、気前のよい提督に感謝しつつ、メニューを物色する。

「あら、電に曙。久しぶりねー」

 片付けを終えた電が親しげに二人に話しかけていた。

 同型なだけあり、電と雷は双子のようにそっくりだ。

「電、おひさ。元気にしてた?」

「お久し振りなのです」

 仲良くしている様子を、姫は黙って頬杖をついて眺めている。

 別に、感じることなどない。良い働きをしたら、然るべき褒美があるのは当然。

 ……別に、羨ましくなど、ない。

「提督、わたくしはこれに致しますわ」

「私は、じゃあ……これで」

 熊野と飛鷹はすぐに決めた。サービスに出されたコーヒーを優雅に飲む熊野は良いところのお嬢様に見える。

 飛鷹は飛鷹で、何故か普段着が巫女のような袴などの姿なので目立つ。

「おっし、任せろ。僕の自腹だから、変に気遣うことはないぞ」

 経費で落とさず、個人的な褒美であるようだ。本当に、提督に向いていない。

 姫は、そう思う。恰も部下のように扱う彼は、理解できなかった。

 それは、姫が現役時代において、あのような扱いをされたことがないからだった。

 徐々に思い出す、己の過去。艦娘としての記憶。

 彼女らに語れば、忌まわしいと嘆かれ、同情される。

 だが、あの扱いの何がおかしいというのか。考えても姫は常に疑問符が浮かぶ。

 結果を出せずに暴力を受けるのは当たり前ではないのか?

 人間は感情の生き物。思い通りにならなければ、怒る。

 求められた成果を出せないのは提督のせいなのか? だがあの人は姫以外の指揮では結果を出していた。

 つまり、姫の要領が、実力が、技術が低いだけ。悪いのは姫の方。

 実力以上の事は求めていない。事実、途中までは姫もこなせていた。

 なのに……気がついたら、姫は周りから取り残されていた。

 その理由は、姫は自分の不甲斐なさだと分析する。

 提督の望む成果を出せなかった自分のせいだ。内罰的かもしれないけど、あの人を悪く言いたくない。

 姫は今でも、亡くなった提督を、言ってしまえば一途に信じていた。

 あの人は優秀だった。あの人が間違うはずがない。あの人は正しかった。

 全部、姫自身の失態である。落ち度は姫にある。道具として、応えきれなかった無念さが。

 だから、成果を出せた彼女たちの扱いには、なにも感じない。だが、あの言動には違和感しかない。

 艦娘は部下ではない。道具だ。まだ、あの提督は理解していないのか。

 最早言うだけ無駄と判断して、切り捨てた。あの提督は無能なのだ。本当に使えない司令塔はあの男である。

 早々に、姫は彼に期待することを止めた。仮にも独立部隊とはいえ、一応の指揮官。

 だが、彼は信じるに値しない。甘ったれた司令に付き添えば、沈むのは自分とイロハ。

 死にたくないから、彼の言うことには従わない。

 姫の理想とする提督像は、効率と戦果優先とする、機械的な提督だった。

 彼女は知らない。現在の世間の風潮、そのイメージと自らのイメージの解離。

 彼女の想像する提督とは、今の世間では嫌悪の対象となる。

 艦娘は人と同等の権利を、が主流において、元艦娘でありながら旧世代を信じる彼女はまさに異端。

 自らの権利を自ら捨てる真似を、姫は平然と、疑問に思うことすら無い。

 悲しいことに、彼女は自分含めて、艦娘とは艤装を持ち戦場に出る限りは道具でしかないと考える。

 道具であれば、主にどのように扱われようとも受け入れ、もしも不必要と言われたら彼女は死ぬことすら受け入れていただろう。

 つまりは、極端な話、艦娘に意思はないものとしている節があった。

 自分は言われた通りにした。でも結果はでなかった。それは自分のせいだ。

 提督は軍人らしくあった。軍人の本懐を遂げていた立派な人。目の前の男はそれを忘れた無能。

 言うことを聞く必要はない、と断定している。それに付き添う艦娘も理解できない。

 なぜ、口答えするのか。なぜ、抵抗するのか。

 現役時代、そんなやつはとっとと解体されていたのになぜ野放しにされているのか。

 時代は変わったことを、受け入れられない姫。

 何より、鎮守府の上の立場の連中は、艦娘の存在を姫と同じく見ているからたちが悪い。

 所詮兵器、所詮道具。管理する人に歯向かえば即座に処分。それが、彼らの認識。

 姫の言うやり方をして、莫大な戦果を上げる鎮守府は確かにある。

 が、大抵そういう提督の結末は世間に抹殺されるか、艦娘の逆襲を受けて死ぬ。

 どっちが正しいか、と聞かれても誰も明確に答えは出せない。

 艦娘の存在意義は姫の言う通りでもあるし、またある艦娘は自分は道具じゃないと言い返す。

 ならばなんだ、と聞かれて答えられるほど長くは生きていない。

 姫は、戦う艦娘は道具とする。だが、戦うことをやめ、日常にとけ込んだ雷達は人間として扱っていた。

 理由は、戦えないから。雷達は鎮守府をやめる際、艤装に関する記憶や艦娘の能力を全て後輩に託していた。

 今の彼女達は寿命が長いだけの人間擬き。戦うことも出来ないし、能力も人間と同等。

 人の脅威には、なり得ない。

 だから一部では怪物と揶揄される艦娘のなかで、数少ない受け入れの姿勢をとってもらえた。

 姫は言っている。道具が嫌なら戦いを捨てろと。そうすれば、彼女は守るべき人として扱い、命がけで戦う。

 艦娘は、戦場にいるから道具として、姫は見る。自分含めた、全ての戦う艦娘を。

(あたしには、関係ない。あたしは、今は深海棲艦だから)

 彼女はあの人が悪と言われるのが嫌だった。

 禁忌改修を受けたのは自分の意思。提督は強要していないし、命令もしていない。

 そういう選択肢を持ってきてくれただけだ。悪いことは、していない。

 人道に背く事も、していない。勝つための戦争だ。勝たねば意味がない。

 そして、何より。艦娘に気遣いは不要。道具は役目を果たすためだけにいる。

 今、目の前でいちゃついているあの集団が、理解不能の塊にしか姫には見えない。

 あの人のことを思い出す。どうしても比べてしまう。

 向いていない、やる気があるのかも乏しい司令には、従いたくない。

 聞いていればこの数日、呆れることばかりだった。

 例えば、目の前に敵がいて追撃できるのに、艦娘がちょっと大破した程度で撤退する。

 本人は貴重な戦力を失うわけにはいかないと言うが、たかだか駆逐艦が一隻だろうに。

 そんなもの、上に掛け合えば三日もすれば補充が来る。

 それに鍛えるのだって実戦に放り込めば嫌でも覚える。

 大体、その程度で沈む艦娘じゃ戦っても足手まとい。

 沈んだのなら、その程度だったと言うことでしかない。

 なのに、敵を倒さずにして撤退など司令のするべきことじゃない。

 無限に湧いてくる深海棲艦を一匹でも殺して、平和を維持することが大切なのに、分かってない。

 敵は無尽蔵。限りある戦いなら倒せねば、そのぶんやつらは攻めてくる。

 どうして軍人の癖に、そのぐらいを理解しないのか。

 無能と言い切ったのは、逃げ腰や臆病とも取れるその戦争に対する姿勢。

 姫の考え方と、この提督との考えは反対で、命令されても姫は言うことを一切聞いていない。

 深海棲艦であると同時に、二人には拒否権がある。それが亀裂の原因でもあった。

 イロハ含めて、この男に付き合っていると死ぬ確率が上がっている。

 攻撃するときに逃げる、逃げるときに攻めていく。この男に恐らくは戦略と言う文字が無いんだろうと思う。

 イロハをこんな奴に殺させるわけにはいかない。

 救われた恩以上に、提督に殺されるかもしれない危惧を感じているせいで、彼女は異様に警戒していた。

 そして、連日のそういう態度を知っている一部の艦娘は、その態度が気に入らない。

 丁度、この日楽園に来ていた一人が、姫に口喧嘩を吹っ掛けた。

「あんたよね、うちのクソ提督に好き勝手言ってる深海棲艦って。イロハはそんなこと言わないし」

「……誰よ、あなたは?」

 ボーッとしていた姫に、立ち上がって睨み付けてくる髪型が似てる艦娘の少女。

「あたしは曙。あのクソ提督の下で戦ってる駆逐艦の艦娘よ」

 周囲がわざと触れないようにしていたのだが、口よりもずっと提督を信頼して、最早全幅の信頼を寄せる曙が、姫に仕掛けたのだ。

 侮辱されたことを怒り、貶された事を訂正させようとしていたのが。

「あんた、何様? 確かにクソ提督はロリコンだし変態だしエロ提督だけど、無能じゃないわ。訂正しなさい」

 曙はレジ前に立つと、仁王立ちして命令する。周囲は止めるが、姫が一言冷静に返した。

「嫌よ」

 素っ気なく、横目で一瞥する姫の態度が、曙を刺激する。

 反省も訂正もしない。本気で見下しているその言動に、曙はキレた。

 普段こそ貶しまくっている彼女でも、その本音は有能で優しい提督に既に心を開いていた。

 スケベだしバカだしロリコンだし変態だしと言いたい放題言うけれど、口ほど嫌ってはいない。

 寧ろ誰よりも熱く、隠している好意が、少しだけこの時顔を出した。

 暫く、言い争いを繰り返す。あの曙が、と唖然とする提督。

 一方的に可愛がっていたが、ウザいとか思われていると思っていた。

 皆が二人を止めるが、加熱していく曙と気にも止めない姫。

 次第にエスカレートしていって。

「あいつの事を悪く言うようなら、あたしはあんたを敵だと判断するわよ! 元々深海棲艦なんだから、沈めたって問題ないでしょ!!」

「鬱陶しいわね、本当に……。そっちがどうだろうと、あたしには関係ないわ。鎮守府の不利益をなりたいな、やってみなさいな」

 やれるものならやってみろ、と挑発されたと曙は感じた。

 とうとう怒ったホール担当のヴェールヌイが、事態収集のために厨房から借りてきた鍋で姫の頭を殴った。

「姫、いい加減にしろ。まだ営業中だぞ。声が聞こえたらどうするんだ」

「ごめんなさい、ヴェールヌイ。あたしも、熱くなっていたみたい」

 恩人には素直に謝り、しかし曙には謝罪しない。

 それが腑に落ちない曙は、どしどしと怒る足取りで提督に近づいて、言った、

「ねえ、明日あいつと演習させて。対抗で、あいつと決着つけさせてよ」

 呆然とする提督。彼女は名誉のために、演習で雌雄を決すると言い出した。

「誰がそんなもの、受けると思うの?」

 と涼やかに姫は言うが、マスターが騒いだ罰として受けてこいと命じてしまった。

 マスターもこの姫の考え方をどうにかしないと危ない、と思っていたので姫は嫌々ながら従った。

 提督も、明日は特に用事はないので、演習の予定を立てると約束した。曙は本気で怒っている。

 貶された事を、証明する気だ。演習と言う、現実で。

「首洗って待ってなさいよ、駆逐棲姫。あたしは、あんたを仲間と認めないから」

「別にいいわ、認めなくても。あたしの居場所は楽園だし、みんながいるなら仲間なんて要らない」

 真っ向から対立する。姫も曙が鬱陶しいので、叩き潰してしまおうと思った。

 互いににらみ合い、翌日。鎮守府湾内で決着がつくことになったのだった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

海底灯す鬼火

 

 一体、俺が寝ている間に何が起きたのだろうか。知らぬ間に話が展開されている。

 どうやら昨日、楽園に来ていた提督の連れである、曙さんと姫さん揉めていたみたいだった。

 喧嘩に発展した結果、今日の昼行われる演習で決着をつけると。

 乗り気じゃない姫さんはマスターに言われて、渋々参加。俺は孤立するであろう姫さんの助っ人に入る。

 相手は以前より対立していた艦娘さんが多数。姫さんは提督にやけに辛辣で、無能だと言い切っていた。

 多分、それが原因だろうなとは思う。口が悪いのは姫さんの性格だし……。

 しかも今回、実弾使うと言い出して流石に正気を疑った。

 上の人たちが姫さんと俺のスペックを知りたいがため、敢えて行うらしい。

 海に出ても逃げるか、追っ手は倒しているゆえ、本気で戦うことはない。

 殺すことじゃない。俺たちは生きるために戦うだけだ。だから、逃げられれば深追いはしない。

 その為に、倒すための戦いをして見せろとお達しが来てしまった。

 心配して雷さんとかも演習を見に来ていた。許可を得て、鎮守府の湾内が見える位置に座っていた。

「鬱陶しい……」

 今朝から姫さんは不機嫌だった。その筈で、彼女は今、なれない艤装に手間取っている。

 足がない彼女に、明石さんは戦闘用の艤装を改造して武装搭載の義足を作り上げた。

 元は魚雷直撃などで足を失った艦娘用の装備らしい。そこまでして戦わせるのもどうかと思うけど。

 兎に角、姫さん用のデータを解析して特注で仕上げたそれを装備して、よろよろと姫さんは歩く。

 酸素魚雷を始めとしてギミックを仕込まれた義足は、陸の上で練習してから演習に入る。

「大丈夫?」

「歩くの、久々だから……大丈夫よ、そのうち慣れる」

 覚束ない足取りで、一緒に外へと向かう。

 俺も新型の主砲を内蔵して貰った。以前のものは、いつの間にか使って壊れてしまったと言う。

 なので、試作の駆逐艦の連装主砲を組み込まれた。背中に装甲も背負い込んで、さながら鎧。

 追加として、折り畳み式の砲身も脇に装備。武装オタマジャクシってのも中々怖い。

 俺達駆逐艦の規格みたいだが、深海棲艦には通用しないのか、とうとう戦艦の主砲まで姫さんは持ち出した。

 あんなデカイ口径の主砲、姫さんの細腕で耐えられるのかな。

 今回は俺達にたいして、鎮守府側も容赦なかった。

 相手は、曙さん、天龍さん、電さんに暁さん、飛鷹さんと言う軽空母の人に加えて……大和さんが名乗りをあげた。

「そう。大和はあたしたちを事故に見せかけて、殺すつもりなのね」

 勝ち目はない。正直、やる前から結果は見えている。

 単機で敵を撃滅する最終兵器に、フルメンバーの艦隊。

 姫さんは早々に諦めていた。俺も同感。深海棲艦とは言え、駆逐艦相手に大人げない。

 道理で、鎮守府が戦艦の主砲まで貸し出すわけだ。そうでもしないと張り合いがない。

 大和さん相手とか、俺達には死刑宣告に等しかった。そこまで鎮守府の怒りを買っていたのか姫さん。

「この際、もう形振り構っている余裕はないわね。イロハ、死にたくないなら殺すわよ。いい?」

「…………うん。そうだよね、そうするしかない」

 やっぱり、深海棲艦には艦娘は容赦ないのだ。姫さんが前にいっていた、勝たなければ価値はない。

 手段を選ばずに、名目まで用意して殺しに来るなら……俺は知り合いだろうが、殺す。

 死にたくない。知り合いだろうが、狙ってくるなら沈めてやる。

 死ぬものか、お前らが……死ねばいいんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人は知らない。此度の演習は、深海棲艦の底力を試すため、絶望的な状況に追い込み、真価を見極める、極めて実戦的かつ重要な演習なのだ。

 未だに不明点の多い深海棲艦において、特定の個体が特殊状況において、戦闘能力の向上を見せると報告が入ってきていた。

 その個体に人工深海棲艦、駆逐棲姫。進化個体、駆逐イロハ級は分類されると思われる。

 一度、とある艦隊が彼らと遭遇し、運よく軽巡が追撃したとき、イロハ級の外見に変異が生じたらしい。

 覚醒とも言える変化はすぐに収まったようだが、その報告に気になる一部は大和の出撃を許可した。

 無論、大和は単なる飾りだ。彼女が戦えば殲滅してしまう。そこにいるだけでいい。威圧できれば。

 ある意味、人間の都合で生け贄、実験動物にされている艦娘。命の保証は無かった。

「……」

 提督は歯向かえない立場。言われた通りにするしかない。

 出来ることは、バケツを用意しておいてアフターケアをサポートするくらいか。

 演習と言う名目の殺しあいが、始まろうとしていた。

 皆が心配そうに見守るなか、開始の合図が鎮守府に響き渡る……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦娘達の作戦では、大和はなにもできないので、実質五人で対処する。

 飛鷹が後ろで航空機で撹乱、支援。曙と天龍で姫を、潜水されたときに対して暁と電でイロハを相手する。

 深海棲艦とは違い、知性と理性のある相手。戦法はより高次元にしないと通用しない。

 禁忌改修については極秘のため、大和しか知らない。大和は指示だけだして後は砲身を動かして威嚇するだけ。

 戦うな。そう言われている限り、彼女はいくら姫が気に入らなくても戦わない。

 演習は始まる。分かれて、飛鷹が航空機を発艦。開幕なら爆撃と銃弾の雨が二人に襲いかかる。

 二人には対空装備がない。連装の砲身をあげて叩き落とす。そう飛鷹はセオリー通りに考えていた。

 

 が。

 

 最初に爆撃、などという派手な事をしたのが悪手だった。

 派手な音と立ち込める硝煙の臭い、立ち上る水柱。殺意があると誤解されても、否定できない。

 その時点で、大和の心理効果によって追い詰められていたイロハの精神は再び恐怖で、振り切れる。

 深海の怪物が、肌で感じた命の危険に、咆哮をあげて覚醒する。

 

「いきなりきたのか!?」

 

 陸で様子を双眼鏡で見ていた提督は予想よりも遥かに早い暴走に驚いた。

 イロハは突然、見境なしに砲口を動かして乱射を開始した。手当たり次第、動くものは全て襲いかかる。

 動かぬ彼を中心に、直線の軌跡が走る。航空機どころか、全方位射撃による誤射まで発生している。

 姫に何発か当たるが、姫は気にせずに海上を歩いていた。

 回避運動をする艦娘艦隊。大和は飛んできた砲弾を防ぐが、かなりの距離があるにも関わらず、届いた。

 新兵器は伊達じゃないと見る。速さも重さも、従来とは桁が違う。

 少なくても、最強の艦娘に防御させる程度には威力も速度もあった。

「うぉっ!?」

「くっ!」

 天龍と曙はギリギリで回避成功。

 避ける事が得意な駆逐や、慣れがある天龍ですら危ない所だった。

「キャー!!」

 またも、暁が初手で落ちた。

 回避したはいいが、イロハに発見されて、集中砲火を浴びせられた。

 連射性能まで向上していた主砲は、打ち返す暇も与えずに艤装を貫通。

 爆破して暁大破。あっさり気絶した。

 一方、電は逃げ切れてはいたが、余りの剣幕に怖じ気づいていた。

 今のイロハは、左目にまるで青白い鬼火を宿している。不気味な焔が燃えていた。

 見たことのない現象に、気弱の電は砲口を向けるも、震えで定まらない。

 獰猛なうなり声をあげるイロハが、近づいてくる。ヨダレを垂らして、捕捉している。

 耳に入る無線に、提督が逃げろと命じているのが聞こえる。然し、睨まれる電は硬直していた。

「……」

 至近距離まで詰めてきたイロハ。それ以上は近寄ってこない。

 一定の距離を開けて、見つめてくる。

「あ、あの……イロハ。電は、敵じゃないのです。イロハに酷いことは、しないのです。信じてほしいのです」

 まるで、こっちを警戒している動物のようだ。イロハは電を恐れている。

 そんな風に、見えた。だから電は主砲を下げて、言葉を投げた。

 なにもしない。これは演習であって、殺しあいじゃない。

 大丈夫だから、落ち着いて。説得するように何度も言う。

 知り合いと争いたくない。電の性格は艦娘には不向きだとよく言われる。

 でも、この時ばかりは幸いした。

「…………」

 言葉が通じたのか、鬼火は徐々に小さくなる。沈静化していくイロハに、手を伸ばす。

「大丈夫なのです。電はみんなと、仲良くしたいのです」

 笑顔で、言った。電は姫に嫌悪は抱いていない。

 ただ、悲しいことがあったのだろうと察していて、出来れば仲良くしたいと思っている。

 その言葉が、イロハをもとに戻した。大人しく、我に帰ったイロハは降参した。

 伸ばされた手に、不器用に自分の手を差し出して。

 

 

 

 

 

 

「……イロハとあの子は、友達のようね」

「まーな。あいつはああ見えて結構いいやつなんだぜお姫様。お前はどうする?」

 こっちは壮絶な殴りあいをしていた。

 姫対処の二人のうち、いがみ合っていた曙が先に沈んだ。

 最初はゆっくりと歩いてくる姫に牽制を仕掛けていたが全部無視されて、本命を撃ち込むも足止めにならず。

 最終的に、姫の足に搭載された魚雷を、海中に打ち出すのではなく一度落としてから水平に纏めて、蹴り飛ばすという荒業なのか蛮行なのか分からないめちゃくちゃな攻撃に、対処しきれず直撃。

 天龍は喧嘩戦法にはお手の物。

 難なく撃ち落として、防いだ。

 鬱陶しいと言っていた背後の飛鷹には、走って追い付き、事前に拾ってきた倒れていた曙の半壊した艤装と、対空放火で撃ち尽くした邪魔な艤装を無理やり外して、これも纏めて蹴飛ばして逃げ回る足の遅い飛鷹に至近距離で射出。

 まさかの艤装切り離しによる突撃に、飛鷹も逃げ切れずに直撃。

「嘘でしょ……」

 無惨に残して失神した。

 大和も姫のチンピラみたいなやり方に目を丸くする。

 そして、こっちは眼帯海賊と不良お姫様による格闘の真っ最中。

 刀を持ち出していた天龍の斬りを、義足の足裏で弾き飛ばす。

 袈裟懸けの一撃をバック転で避けて、ハイキックで反撃。

 空いた手で受け止め、投げ飛ばして海面に叩きつける。

 姫は受け身で起き上がり、追撃の突きを回し蹴りで弾く。

 連続の斬撃も、蹴りの連続で相殺する。その度に綺麗な火花が散る。

「どうにもしないわ。あんなマニュアル通りの戦法しかとれないなら、教えが甘いわね」

「そうかい……。でも、提督はああ見えて、道具ってのを大切にするもんでな。物持ちが良いことにこしたことはねえだろ?」

 斬りあいと蹴りあい。

 白熱したバトルの中、二人は話す。

 互いの価値観の違いはあっても尊重はできないかと。

 理解できないではなく、敬うことを天龍は提案する。

「それじゃあ、単なる子供のワガママだぜ? 分からないもんを無闇に指摘して、周囲と対立して。自分だけが正しいとでも言いたいのか?」

「…………」

 子供という言い方は、合ってると思う姫。決して、自分は大人じゃない。

 それは間違いないし、否定しない。天龍の言い分は、耳が痛い。

「本物のお姫様じゃないんだから。そう言うのは、あだ名だけにしておこうぜ、姫。その言い分じゃ、自分まで道具扱いだ。イロハだって言ってたんだろ。悲しいことだと。あいつんとこ、そんな風に思わせんなよ。彼女だろ?」

 ……天龍の言いたいことはわかる。でも、姫も今さら考えを変えられるかどうか、分からない。

 ずっとそれが正しいと思っていた。疑問にも思わなかった。改めて、イロハを出されて漸くだ。

 自分は……どうなんだろう。喧嘩をしながら、説得する天龍の言葉に耳を貸す

 姫はイロハに感謝しているし、間違いなく好いている。

 彼に嫌われるのは……嫌だ。心配もかけさせたくない。

「お前の過去に何があったか、俺はわからねえ。でもよ、自分を大切に思ってくれて、帰る場所があんなら、それでいいじゃねえか。うちの提督がアレなら、俺たち艦娘が支えていく。お前の危惧する最悪の事態にならねえようにしてやるよ。なにせ俺は、世界水準軽く越えてるからな。簡単簡単」

 ニカッと爽やかに笑った天龍は大口を叩く。だが、不思議と天龍ならできる気がした。

 艦娘は道具、戦うために存在する。でもそれは悲しいことだと恋人は言う。

 つまりは、大切な人にそんなことをいってほしくないというイロハの思い。

「……まぁ、いいわ。あたしも譲歩する。少なくても、言い過ぎた。ごめんなさい」

 仕方ない。考え方を少しずつ改めていこう。凝り固まった偏屈な女にはなりたくない。

 謝罪すると同時に、天龍の一撃が届きそうになる。

「貰った!」

 王手、だと油断する天龍。が、甘かった。

 

「天龍、と言ったかしら。ここからは、あたしも本気で挑ませてもらうから」

 

 瞬間、その切っ先を素手で掴んで、握り潰した深海棲艦が邪悪に笑っていた。

 右目を薄暗い蒼に燃やした、深海を照らす不気味なランタンを持つ怪物が目の前にいた。

「……姫、なんだその目」

「あたしによく分からない。でも、たまーにテンションに身を任せると、こうなるの。気分が高揚して、気持ちいいわ。と言うわけで、軽く潰すけど覚悟してね天龍。死なないと思うけど、頑張って」

 冷や汗を流す天龍。どうやら、姫のバトルスイッチを押してしまった様子。

 そのまま、軽々と壊れた刀ごと持ち上げられた。

(ふ、フフフ……怖い……)

 自分の姉妹を見ているような恐ろしさだった。

 笑い方が非常に似ている。勝てる気がしない。

 投げられて、反撃されながら天龍は、一応和解は出来た感触はあった。

 ただし、死ぬほど恐ろしい目に遭ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 追記とする。

 姫とイロハはやはり覚醒状態になれる特定の個体と判明。

 どうやら、精神状態が本人の供述によると関係しているらしい。

 引き続き、調査を続ける。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

姫の改心

「イロハは、調子はどう?」

「全然、ダメダメ……」

「そう……」

 何でこうなった。

 身体中が痛い。鈍痛で動けやしない。

 これが、最強と謳われる艦娘のパワーか。

 件の演習の翌日。俺達は倒れた。

 昨日の演習は大和さんに姫さんが粛清され敗北。

 決着は、大和さんの一撃で幕を閉じた。

 俺は殴られる姫さんを咄嗟に庇って大破。電さんが制止した理由がわかり、そのまま気絶した。

 まさか、素手で殴られるだけで意識飛ぶって誰が思うよ。

 後で散々謝られたけど、大和さん穏和に見えて、殴るの眼帯二人よりも痛かった。

 俺が気絶したのち、後処理は姫さんが責任をとって済ませたという。

 事の発端は姫さんの揉め事だし、妥当だろう。

 そして、姫さんは自分の了見の狭さを反省して、一同の前で謝罪してきたと伝えてきた。

 理解はできずとも、努力はすると明言した上。

 天龍さんとの戦いで、なにかが変わったんだろうな。

 理解するまでに痛い失敗あったわけだし。これで蟠りを消えて万々歳。……訳がない。

 大和さんに殴られた痛みが抜けねえ……。バケツ使って傷は癒えたのに、何でや。

 姫さんも翌日、古びたベッドの上から起き上がれない。俺も敷物を詰めた段ボールから出られない。

 揃って、全身を鈍痛が襲っていた。

「しんどい……」

「同感……」

 これは今日の仕事はお休みするしかないな。泳げたもんじゃねえもん。

 現在、姫さんの部屋は二階の隅っこにある、空いていた部屋を借りている。

 元々は、物置だったがちぃっとスペース確保してそのまま利用中。

 俺も今はこの部屋でお世話になってます。前は雷さんと同室だった。

 因みに鎮守府が気を聞かせてくれて、義足をくれた。

 提督が明石さんと共にジャンクパーツから作り上げていた。

 無論、武装はないシンプルで武骨なデザイン。姫さんは何度か練習して、歩く程度は出来るようになった。

 後は頑張って走るくらいはできるようになりたいとのこと。

 提督にも謝罪しているしもう喧嘩もしないでいい。平和平和。

 ただ……。鎮守府の上の人たちに完全にマーキングされたみたい、俺達。

 何か姫さん、天龍さんとやりあってるときに右目が変な風になってた。

 俺も演習の一部の、記憶がない。爆撃されたとのことも。

 今朝、姫さんが教えてくれた。本当は、黙っていたかったことだといって。

 俺達は特殊個体の深海棲艦で、追い詰められたり感情が昂ると戦闘能力の向上が見られる。

 俺が記憶がない時は暴れていたと言われる。元に戻してくれたのは電さんだったと。

 どうして、俺がそんな力があるのは、分からない。でもそれなら、戦いは余計に怖い。

 狂って姫さんを殺しそうで、でも姫さんは俺よりも強い。暴走しても止めると言う。

 戦いを恐れたら、生きていけない。生きるために戦う。それは俺が楽園にいる為の方法。

 逃げるな、と警告された。逃げたら居場所は無くなる。それが嫌なら、目を背けるな。

 一人じゃないんだ。みんながいる。だから、俺は向き合うことにした。

 この力と。失いたくない世界を続けるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやら、イロハは眠ってしまったようだ。

 姫は鈍痛で気だるい身体を起こして、室内を見回す。

 散乱とした風景。荷物は半分ほどの面積を占拠し、居候と世間では言う自分の荷物は余りにも少ない。

 服は大体、榛名は神通の着古したものを譲ってもらい、深海棲艦の時に着ていた昔の名残ぐらいしか私物はない。

 日用品はお下がりで十分すぎるほどで、姫は人工の深海棲艦。侵略者の仲間のはずなのだ。

 だがそれを言えばイロハも同じで、戦い嫌いのイロハと、海底から月を見上げる以外に日課の無かった姫。

 陸に上がってからの生活は正に楽園だった。ゆえに、思う。

(あたしは……ここに馴染む努力をしないといけない)

 陸上では厄介なお客さん、悪く言えばただの新参者。

 礼儀知らずの言動は控えないといけない。それが常識と言うものだ。

 姫は恥じる。今までの言動はまさにワガママの極みで、後悔しかない。

 ここは冷たくて、暗くて、寂しい孤独な海の底じゃない。

 温かくて、明るくて、満たされた陸上の楽園。

 求めていたものを自ら壊すところだったのだ。猛省する。

 鎮守府の彼女たちと、そこそこ良好なかんけいにならないと、いけないだろう。

 その為には、見聞を広げないといけない。起き上がった姫は、荷物を漁る。

 何かないかと、時間潰しも兼ねて物色すると、複数の書籍とCDを発見。

 更にプレイヤーも見つけて、埃を払って起動。入れて、小さな音で聞いてみた。

 歌詞カードに書かれた歌詞を眺めて、聞く。……悲しい歌だった。

(艦娘の……心情を描いた歌)

 轟沈した時の無念さ。憧れを抱いて初めて抜錨したときの思い。

 聞いているうちに、ちょっとブルーな気分になる。身に覚えがある気がした。

 嘗ては艦娘だった姫にも、こんな時期があった。それが気がつけば深海棲艦。

 ……生きていれば、色々なこともある。海の色に例えた歌詞を見終えると、そのまま流し続けて書籍に手を伸ばす。

 ひとつ目は、小説だった。提督と艦娘のラブロマンス。葛藤と禁断の恋に揺れる艦娘が主人公。

 軽い気持ちで読んでいくと、段々とイライラしてきた。

 多分、価値観が違いすぎるんだと思う。フィクションとはいえ、身近に丁度それらしき人がいる。

 あれは禁断でも何でもない、ただの……いいや、やめよう。

 姫は半分ほどで、乱暴に投げ捨てた。まるで昼ドラだ。

 提督が本部からきた憲兵に撃たれて、それを介抱する主人公のシーンで限界が来た。

 一時間ほど読み更けていた。次に、気分転換に艦娘についての解説をかねた、海軍監修の分厚い書籍。

 小難しい単語が多いが、要するに艦娘は深海棲艦に対する切り札だ、的なことが書いてある。

 機密に触れない程度の民間に公開されている情報。言うまでもなく、禁忌改修については書かれていない。

 でも、ふとここで姫は疑問に思った。自分は、元々は艦娘で深海棲艦に改造されてここにいる。

 艦娘は『建造』という表記をされている。つまり、物扱いなのだ。

 それはいい。知っている限り、姫は禁忌改修のテストタイプ。データ収集の個体だ。

 これから推察するに、実戦配備の建造を視野に入れていたのか?

 深海棲艦に対する切り札。でも深海棲艦は世界中の海にいる。海外産の艦娘もこの国で運用されている。

 理由は、深海棲艦の登場したばかりの頃、その脅威を正しく理解していなかった海外の海軍は全滅したからだ。

 深海棲艦相手に敗北を重ねて、現代兵器は意味をなさないと広めるきっかけになった。

 その課程で、海外の海軍基地は深海棲艦に制圧されて、今では人類は比較的被害の少ない内陸部にしかいないと聞く。

 侮っていた結果が海岸線よりの後退。艦娘を建造はできても、運用は難しい。

 だからこの小さな島国に物資など支援しながら、戦力を送り込むのだ。

 遠征で、自分の国の海域を取り戻してもらうために。これは常識だ。

 だが、そこで疑問が浮かぶのだ。艦娘だけなのだろうか、深海棲艦に対する切り札は。

 そして、本当に深海棲艦には現代兵器は効かないのか。まだ一つだけあるはずだ。

 人類最強の、諸とも滅ぼす破滅の光が。それは、使っていないのか?

 禁忌改修は、言わば艦娘の強化、発展の一つ。ならば、無尽蔵の相手をするならもっと賢い可能性がある。

 その答えに行き着いたとき、姫はゾッとした。あり得る。今の余裕のない人類なら、追い詰められたら絶対にする。

 ……聞いてみるか? マスターには怖くて聞けない。事情を知ってるのは、榛名、ヴェールヌイ。

 あの二人になら、聞ける。昔は同じ艦娘だったんだ。

 事情を知っていた二人なら、教えてくれるかも。昼休みにはいったタイミングで、姫は二人を呼んで、尋ねた。

 自分の疑問に持っている事を。エプロンをしたまま来てくれた二人は、神妙な顔つきで唸る。

 イロハは眠っているから、気にしないでいい。聞かれても、問題もないだろう。

 榛名が前者の質問に答えた。

「榛名達も、詳しい事は聞いてません。でも姫が言う……水爆なら、確か深海棲艦には効果はない、と榛名たちの時から言われています」

 そう、人類最強の破滅の光、それは核だ。

 あらゆる物を吹き飛ばす、最後の手段。なんと深海棲艦には、意味はないと言われた。

 ヴェールヌイが補足する。

「シミュレーションでの結果に過ぎないらしいけど、放射能は無意味に環境汚染をするだけで、肝心の深海棲艦には効かないんだそうだ。だから、使う前から結果は見えてる。答えはノーだね。使ってないけど、自滅するから使わない。使えない。だから、深海棲艦には艦娘でしか対抗できない」

 そう締め括るヴェールヌイ。その通りだ。海洋生物と言いながら、生物兵器と大差ない怪物。

 確かに、核で死滅したら艦娘は必要ない。

 同時に、姫の後者の言葉に反応した。身をもって経験していることを。

「本当に、深海棲艦には艦娘でしか対抗できないのかしら」

 その言い方に、眉をひそめるヴェールヌイ。榛名も首をかしげた。

「どういう……意味?」

「あたしが結果よ。深海棲艦には、深海棲艦なら。同類の存在なら、勝てるんじゃない?」

 そう。深海棲艦には、深海棲艦を使えば勝てるかもしれない。

 事実、野生の深海棲艦同士で殺しあう所は目撃しているし、姫も深海棲艦には勝てる。

 ヴェールヌイは顔も渋くした。榛名は成る程、と頷いた。

 道理でもあるし、その可能性は十分にある。同時に、思うのだ。

「数に限りがある艦娘だけじゃ、そのうち物量に負けて、勝てないかもしれない。だから、あたしみたいな艦娘と深海棲艦の混ざりものを作る技術を研究していた。前にいったよね。あたしはテストタイプ。つまり、あたしの技術を応用した、完全な人工深海棲艦も、出てくるんじゃないかな。例えば、艦娘が仕留めた深海棲艦の死骸をサルベージして、組み直す。そして艦娘の建造技術で生き返らせて、使役する……とか」

 姫はゾッとするこの考えを、打ち明けた。

 艦娘なら、どう感じるだろうか。心配そうに見ていると、

「…………あり得ない話ではありませんね」

「可能性としては、考慮すべき事柄だと思うよ」

 肯定する。二人とも、禁忌改修の内訳は知っている。その上で考えた。

 海軍のことだ。新たな戦力として、艦娘以上に従順で強力な戦力を欲しているに違いない。

 只でさえ面倒くさい艦娘の扱い。世間の風当たりも厳しいなか、それに代わるなにかを探すのは必然。

 ならば、化け物には化け物を。

 深海棲艦の研究はいまだに途上ではあるが、既存の技術と合わせて応用とすればどうだろう。

 過程において、姫こと駆逐棲姫が誕生したのは恐らくは偶然。

 失敗作として処分され沈んだハズの彼女が深海棲艦として生きていたのは嬉しい誤算であるあろう。

 何度かデータを取っているようだし、決して無視できる可能性ではない。

 加えて、イロハの存在もある。進化個体である彼の事を追加すれば、軈ては純度百の人工深海棲艦が艦娘の代替として登場しても不思議ではない。

 深海棲艦は世間から見ても化け物だ。多少、雑に扱っても今ほど文句も言われまい。

 艦娘よりも運用が楽で、強力な兵器。しかも深海棲艦の死骸から造れるならコストも安上がり。

 姫と言う存在があるなら……笑える話ではない。他にも生まれているかもしれない、人工深海棲艦。

 人類は可能性があるなら何でも試す。況してや、それが戦争なら。

「我ながら、洒落にならない推察しちゃったけど……あたしは、事実そういう存在。自分で選んでおいたけど、更なる悲劇を生む要因になってる。そうならないことを祈るしかないわ」

 後悔はない。駆逐棲姫という深海棲艦になっても、生きているだけまだマシ。

 深海棲艦に殺されて、足以外に食われていたかもしれないと思うと恐ろしい。

 願わくは、海軍がそんな怖いことをしないと願おう。まだ艦娘の数は足りている。

 状況はそこまで最悪ではないと思いたい。

「姫、自分で追い詰めるような真似はするな。君は、君だ。ただの姫しかない」

「そうです。姫が起きてないことを怖がる必要なんてないです。それに、もしそうなってもそれをしたのは向こうの都合。姫には、責任を感じることもないんですよ」

 二人に励まされる。確かに、少しネガティブになりすぎていた。

 ありがとうと礼を言って、姫は暗い考えを吹き飛ばす。

 何時までもこんなことを考えていたら気が狂う。勘弁願いたい。

「それよりも、楽しいことをしよう姫。今聞いていた音楽に興味はあるのかな? なら、私が好きなアーティストのCDを貸すから、聞いてみてほしい」

「榛名はオススメの小説とか、良ければ紹介させてください」

 落ち込み前に、二人に誘われる。そういえば、娯楽とは無縁の生活だった。

 この際、今の時代の楽しいことを謳歌しよう。辛いことばかりで下を向いているのは良くない。

「そうね。じゃあ、お願いしていい?」

 姫は何とか、ぎこちなく笑って言えた。陸に上がって、久々の笑顔を浮かべていた気がする。

 もっと、笑おう。笑えば幸せは来るという。先ずは笑顔を、姫は目指すことにした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そして、世界は動き出す 前編

 ――悪夢。その存在は、決して許されるものではない。

 

「わたしは、何のために生まれたんですか?」

 

 敵を滅ぼすため。

 

「わたしは、誰を守ればいいのですか?」

 

 人類と町の平和、そして未来を。

 

「わたしの敵は、誰ですか?」

 

 深海棲艦。

 

「わたしの家族は、何処ですか?」

 

 お前に家族はいない。お前は道具だ。

 

「わたしの家族は、何処ですか?」

 

 繰り返す、お前は一人だ。道具なのだ。

 

「わたしの家族を、何処にやりましたか?」

 

 くどい。お前は、兵器だ。家族などいない!

 

「わたしの敵は、この人ですね?」

 

 ……!? おい貴様、何をしている!? その方向は、ラボ……!

 

「ワタシノテキハ、ニンゲンデス!!」

 

 貴様、まさか意識を深海棲艦に!?

 

「おっとっと……。気は抜けないな。でね、お兄ちゃんと、お姉ちゃん。家族の敵が、わたしの敵……だから」

 

 止めろ、何をする気だ!!

 

「知ってる、分かるのわたし。お姉ちゃんと、お兄ちゃんに酷いことをしたの、海軍なんだよね。人間なんだよね。だったら、そいつら全員、わたしの敵だよ。わたしは、…………。家族のために、人間を、深海棲艦を、海軍をやっつける!!」

 

 何を言っている!? 誰か、奴のセーフティを起動しろ!

 このままでは、奴はラボを破壊するつもりだぞ!!

 

「調子に乗るから、そうなるんだよ。わたしを最強にしたのは誰かな? わたしは案外家族思いなんだ。ゴメンね、ちょっと顔出したいから、ここから出ていくけど。邪魔する気だろうから、力ずくで押し通っちゃう!」

 

 貴様、人間に……主に、逆らうつもりか!?

 バカな、ここまでの自我は貴様にはないはず!!

 

「母なる海が教えてくれるの。わたしは、仲間を守る為に生まれた。幾多の同胞の、犠牲の上に。経験が入った亡骸を、弄ぶからわたしはここにいる。わたしの心が、感情が生まれたのは、復讐がキッカケ。でも、そんな風には行動しないから、安心してほしいな。みんなには悪いし、深海棲艦としてではなくて、申し訳ないけど。でも、操り人形になる気もないから。大人しく解放してくれるなら、なにもしないよ?」

 

 ……なに、セーフティが起動しない!?

 何故だ、何故動かないのだ!?

 

「んー……? 首輪のこと? もう壊れたよ。ううん、壊したよ。あれ、もしかして壊したらまずかったのかな」

 

 貴様、こんなことをしてただですむと思っているのか!!

 我らに産み出されて起きながら、反逆などと!!

 

「思わないよ。解体される気も、処分されるつもりもない。やっぱり、邪魔するんだ。じゃあ、…………死んじゃえ!!」

 

 響く轟音。崩壊する施設。燃え上がる山吹。揺れる黒煙。響く断末魔。

 

(準備完了。さて、歩いて川に入って、川下りして、そこから海に出て……方角はどっちだっけ? 今の砲撃で資料燃えちゃったかな。まあ、いいか。端末は向こうのビルに残ってるし、データベースだけ引っ張り出しておけば情報であの人たち脅せるだろうから、後は必要なのは物資かなぁ……)

 

 小さき悪魔は産声をあげる。作り出された最強を、まだ見ぬ姉と兄のために。

 この力で、大切だと思う二人を守るため、揺りかごを壊して抜錨した。

 

 

「――開発コード『超弩級重雷装航空巡洋戦艦』。お兄ちゃん、お姉ちゃん。今、妹が会いに行きます!」

 

 

 

 

 とある山岳部の、深海棲艦研究施設で、爆発事故が発生した。

 研究員は軒並み死亡。施設は壊滅し、鎮火するまで数日経過した。

 尚、海軍上層部の情報によると、開発中だった次世代海洋兵器が一体、脱走したとの情報もあった。

 我が国の鎮守府すべてに通達。可及的速やかに、その個体を回収せよ。如何なる犠牲を払っても構わない。

 事実上、その次世代海洋兵器には艦娘では勝てない、最強の個体であることを通達する。

 高度な自我を持つ可能性が高く、指揮系統の情報を奪取して逃走中。

 民間人に危害を加える可能性があるので、十分注意されたし。

 

 

 

 

 

 

 そして、追記の極秘情報を限定的に開示する。

 その個体は、特定研究対象深海棲艦、駆逐イロハ級及び駆逐棲姫に接触することが予想される。

 他鎮守府より、主力艦隊に匹敵する戦力を投入する。全戦力をもって、次世代海洋兵器を回収せよ!

 

 

 

 

 

 

 

 暫く、外出をするなと言われた。突然の出来事だった。

 町に出るな。海に出るな。楽園から出るな、なんて。

「……何故なの?」

「なして急に?」

 マスターに言われても、納得はできない。

 深海棲艦の二人は、外出禁止令に不服そうだった。理由は機密だと言われれば是非もない。

 また、鎮守府がらみのことらしい。今回は真面目にヤバそうだった。

 何だか見かけない艦娘が楽園にも出入りしているし、知らない提督を見たと雷が教えてくれる。

 二人は不満だったが、言われた通りにする。仕事もするなと言うなら大人しく二階で過ごそう。

 姫が娯楽を覚えるようになってから二週間程経過した頃だった。

「イロハ、甘いわよ」

「ぬおおおおーーーー!!」

 二人は最近、雷とヴェールヌイが遊んでいるゲームを借りていた。

 大乱射スナイプムラザーズとかいう射撃ゲームで、村人を射撃しながら進めていくゲームだ。

 村人もまた、武装しておりスナイパーを攻撃してくる。仲間も射殺できる、タイトル通り大乱射であった。

 日々、姫に付き合うイロハは、実に不健全な生活をしていた。これではまるで軟禁だ。

 数日もすると、

「姫さん……俺、海に出たいです……」

「海に出たら、そこで生活終了よ」

 バスケの漫画を読む姫に合わせて、ひっくり返って退屈なイロハは悶えていた。

 暇だ。兎に角、暇だ。禁止令出されてから、神通達もやりにくいとぼやいている。

 町全体が、刺々しい。どこにいっても、殺気だった艦娘、艦娘。みんな血眼でなにかを探していると言った。

 楽園に来る常連も、渋い顔で鎮守府が忙しそうだと言っている。

 何が起きている。どこもかしこも、様子がおかしい。そして渦中にいる二人は、身動きできない日々が続く。

 更に日時は経過して、日に日にイロハはおかしくなっていた。

「深海棲艦ぜってぇ許さねえっ!!」

 ある日はオレンジを食べながら特撮を姫と共に眺めて、

「…………はい?」

 ある日は紳士な警察官のドラマを姫と見て、

「月が綺麗ですね」

 ある日は文豪の小説を姫と読んで、

「気合い、入れて、逝きますっ!!」

 ある日は姫と共にカレーを食べて、

「…………」

 最終的に、姫の娯楽体験の一通りの同伴していた。そして生気の乏しい目になった。

 というか姫は、軟禁なら軟禁で、状況に対応していた。趣味探しに没頭している。

「……姫さん、もう……ゴールして、いいですかね?」

「何処に?」

 暇すぎて死にそう。働きたい。仕事しないと罪悪感で気が狂う。

 仕事を欲するイロハは窶れていた。雷が心配したほどだ。

 マスターも、したの仕事を手伝うぐらいなら許可した。

 イロハに何かさせないと、深海棲艦に戻りそうだった。

「仕事……仕事ォ」

 動物の癖に勤労なのはいい。だが、このままでは姫は兎も角彼が持たない。

 虚ろに独り言まで言い出した。なので、そこそこ働かせる。

 その判断が、間違いだったわけなのだが……。

 

 

 

 

 

 

「こんにちはー」

 ある日、楽園に一人の女の子がお客として訪れた。

「いらっしゃいませー」

 いつも通り、ホール担当の雷が対応していた。

 たまたまマスターが出掛けているタイミングだった。

 レジに姫、段ボールのなかで番犬をしているイロハ。

 案内されてカウンターに座る女の子。

 派手な格好だった。黒いコートをきているのだが、水着の上からきてるのかヘソから胸まで前開き。

 真っ白な肌をする、紫目でショートヘアで、背丈はそんなに大きくない。

 姫は小銭を取りに奥に引っ込んでいたが、暫くすると戻ってきた。

「あの、わたしお兄ちゃんとお姉ちゃん探してるんですけど、知りませんか?」

 人探しにしているというよく笑う女の子。

 その子が、奥から戻ってきた姫を見て、席を立ち上がり、突然大声で叫んだ。

 

「あっ、お姉ちゃんっ!!」

 

 呼ばれた姫は驚いて、目を見開く。

 何事かと思って、そう呼ぶ少女を見た。

「お姉ちゃんだ!! じゃあ、お兄ちゃんもどこかにいる!?」

 騒ぎ出して店内を探し回る。雷とヴェールヌイが慌てて止める。

 閑散とした店内には彼女しかいない。段ボールに近づき、中身を見ると。

「お兄ちゃん、みーつけた!」

 そういって、イロハを取り出した。

「……へ?」

 唖然とするイロハ。絶句する姫。

 彼女は、誰? 見に覚えのない家族の存在。だが。

 姫は刹那、直感的に感じた。それは、楽園の危機。

 同時に、雷とヴェールヌイの……大切な人の危機。

 

「イロハ!! そいつから逃げて!!」

 

 大声で叫んだ姫は、そのまま抱き抱える少女にハイキックを放った。

 鋭く切り込む一撃に、少女も驚くが片腕で軽く受け止めた。後ろを見てなかった。

 イロハがその隙に脱出し、言葉を失う二人にも姫は叫ぶ。

「ヴェールヌイ!! マスターに連絡をして! こいつはあたしたちが引き付けるから!! 早く!」

 慌てて、イロハを拾うと逃げ出した。

 何事かと混乱するイロハを連れて兎に角走る。

「あっ、待ってよお姉ちゃん!」

 女の子も後を追って出ていった。

 残された二人に、厨房から榛名達も顔を出す。

「榛名、マスターに電話だ!! 姫の危惧が現実になったぞ!」

「は、はいっ!!」

 二人には以前、話していたことだった。それだけで通じた。

 神通たちもただ事ではないと察して、店前の看板を準備中に下げて、やれることに取りかかった。

 

 

 

 

 

 

 商店街を走る姫。腕のなかで、イロハが問う。

「イロハ、多分あいつはあたしたちと同じ深海棲艦。よくわかんないけど、あたしたちと海軍が関係しているのは間違いないわ。鎮守府の連中があたしたちに外に出るなって言ったのはこの事を恐れていたから! そうすれば合致はする!」

 走りながら、説明する。要するに、鎮守府の上層部が絡む面倒なこと。

 そして深海棲艦なら、町中にいるのは不味い。暴れだしたら被害が直帰する。

 後ろをイロハが見ると、コートの女の子は着いてきていた。待ってよ、と言っている。

「チッ、逃げ切れない……。こうなったら」

 姫は上着のポケットから携帯を取り出すようにイロハに言った。

 言われた通りにして、番号を押す。

 コールで、誰かが出た。この声は……地元の提督?

「提督、姫よ! 緊急事態発生、今すぐ明石にあたしとイロハの艤装を用意させて!」

 切羽詰まった声で叫ぶ。通りすがる歩行者に訝しげに見られても、知るものか。

「……えっ?」

「ん……?」

 誰かとすれ違ったとき、そんな声が聞こえたが知らない。

 構っていられない。今は緊急事態なのだ。

 電話の向こうで、提督は直ぐ様明石に命じた。理由は聞かない。

 ニュアンスで感じ取ってくれた。そして問われる。

「……楽園に、深海棲艦と思われるやつが来たわ。あたしたちを、兄と姉と呼んでいたわ。例の件で関係ある奴かもしれない。あたしたちが、町から出来るだけ遠ざける。今、丁度ここには艦隊が集まってるんでしょ? あたしたちがそっちまで誘導するから、提督は連絡しておいて。出来れば支援も。天龍とか電とか、事情を知ってる子を寄越して!」

 二人のことは他の鎮守府には知らされてない場合がある。

 その場合、一緒に攻撃され共倒れの可能性もあった。

 息をのむ気配が聞こえる。通常の深海棲艦の行動原理とはかけ離れた現実に、提督は硬直していた。

 代わりに、彼女が対応する。

『分かりました。今、沖で哨戒している艦隊にも連絡をいれておきます。まさか、特定されていたのは予想外でしたが、こちらも対処しましょう。上手く鎮守府まで誘導してください。私が迎え撃ちます』

「助かるわ、大和。あと、沢山の水もお願い」

 秘書艦の大和だった。冷静に対処し、取り敢えず鎮守府まで逃げ込む。

 深海棲艦と陸地で戦うという理解不能の事態に、パニックを起こすイロハ。

「待ってってばー!」

 得体の知れない深海棲艦。喋ってる。コミュニケーションを取れる。

 姫の危惧が現実になった、というのを自覚した。それが追いかけてくる。

「イロハ、兎に角鎮守府まで逃げましょう!!」

 走り続けて、海の方まで駆け抜ける姫。

 鎮守府の入り口が見えてきた。中でも既に大騒ぎになっていた。

 警備の人に中にはいれと急かされ、急ぐ。足を止めずに、明石のいる工場へと向かった。

「お待ちしてました! イロハ、高速で武装をつけます! 大和さん達が迎撃している間に、早く!!」

 スタンバイしていた明石がイロハに水をぶっかけて巨大化。

 テンパっているイロハを任せて、義足を艤装に履き替える。

 鎮守府内部とはいえ、町に近いこの場所では大事にはできない。

 況してや、艤装なんてもってのほか。物理的に武器に聞かない深海棲艦には陸地で戦うのは不利だ。

 そもそも、陸上に深海棲艦がいること事態が、常識はずれなのだが。

 外の方で派手な音が聞こえる。大和や艦娘に加え警備の人も加勢しているのに、何が起きている!?

 内線が響く。艤装を切り替えた姫、ものの一分で組み込まれたイロハが慌てて、海の方に駆け出す。

 明石が内線に出て、叫び返す。

 

「大和さん達が負けて突破された!?」

 

 捕獲しようとして、逆襲されてしまったらしい。

 怪我人も出たというが、死人は出ていない。不幸中の幸いだった。

 やっぱり、海で対処するしかない。二人の哨戒をしているという、艦隊に向かって、海上を疾走していった。

 背後では、その様子を上から眺めていた追っ手が、ニコニコしながらゆっくりと鎮守府内部を歩いていた。

 その軌跡には、倒れて呻く関係者と艦娘たちがいた。

「か、怪物……だとでも言うの……?」

 手痛くされた大和はボロボロだったが、まだいいほうだ。

 大半の艦娘を怪我させられた。これでは、追撃できない。

 雷、天龍は幸い無事だ。大和と共に、奴を追いかける。

 未曾有の大事件。鎮守府を殺意無く襲った無垢なる襲撃者は、海へと出ていった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そして、世界は動き出す 後編

 ――別に、人間を恨んでいたり、憎んでる訳じゃない。

 わたしは単に、自分の基礎になった人に会いたかっただけ。

 だから、邪魔しなければ誰も殺さないし、必要な犠牲って言うのは知ってるつもり。

 もっと言えば、たとえ邪魔したとしても、殺しちゃいけない相手もいる。

 最低限でいいの。強い子が弱い子に勝利を譲る。強い人の義務だし、常識でしょ?

「……強いな、流石は次世代海洋兵器と言われるだけはある」

 ちょっと時間を遡るね。

 此処は情報にあった鎮守府だと思う。

 お姉ちゃんとお兄ちゃんを追いかけていったわたしを出迎えたのは、沢山の艦娘といっぱいの提督達。

 取り押さえようと襲いかかってきたので軽く逆襲。わたし強いもん、艦娘にだって負けないよ。

 ちゃんと怪我しないようにもしたし、わたしと殴りあいした鎮守府の提督も感心したように呟いた。

 近くにいた戦艦の艦娘が、危ないと言うけど……そこまではしないってば。殺しに来た訳じゃない。

 加減したから、お風呂はいれば回復するぐらいにしたもん。回りに死屍累々になっちゃったけど。

「白い軍服、ってことは提督だよね。そっちも十分、人間にしては強かったよ」

 尻餅をつく提督と、それを見下ろすわたし。無傷なのに、あの人はボロボロだった。

 でもこの人、勇気あるなあ。艦娘と混じって戦うってすごい度胸と胆力。物怖じしないんだ。

「提督とはコミュニケーションが取れるなら、一つ教えておくね」

 この人は他の提督とは違うらしい。

 形振り構わずかかってくる真似はしなかった。

 利口な人は、わたしは嫌いじゃない。

「別にわたしは、この鎮守府を壊したりしないよ。目的はあくまで、お兄ちゃんとお姉ちゃんだもん。それで、これ以上被害出したくないなら、足止めは諦めてね。勝ち目がないのはわかったでしょ?」

 言い聞かせるように念を押すと、もろ手を上げ降参した。

「……そうだな、完敗だよ。お前の大体の事は想像ついてる。大和、もういいよ。大和が白兵で勝てないならうちの子達じゃ全員無理だ。危害を加える気もないって言うし、大人しく通そう」

 へえ、わたしたちの事は知ってるんだ。なら、話は早いね。

 まだ抵抗する戦艦の艦娘は無視して、聞いた。

「なら、どこまで知ってる?」

「……お前が姉っていってる姫のことなら、最低限。本人からある程度は聞いた。お前はそのデータとノウハウが入った後期型ってことぐらいは想像してる」

「オーケー、大体正解だよ。じゃあそれなりには、知ってるんだね」

 この提督は利口な上に有能だ。事情をしってるから、抗うことはしない。

 部下思いなのは良いこと。ここには、一度用事はないし早く追いかけよう。

「あ、そうそう。用事終えたらまた来るから、よろしくね提督。今度はちゃんと従う。安心して。暴れたりしないことも、誓う。海軍の情報も覚えてきたから、お姉ちゃんとお兄ちゃんの上官であってるよね?」

 わたしが背中を向けると、彼は言った。

「ああ、正解だ。成る程、頭がいいわけだ。お前、さては固定観念を見越した上で陸から来たな?」

「うん、そうだよ。一応、深海棲艦扱いみたいだけど、どっちかって言うと艦娘に近いと思うんだけどなぁ」

 身体は深海棲艦だけど、海軍生まれのわたしはルーツは艦娘と同じだと思う。普通なら鎮守府襲わないけど。

 戦艦の艦娘も知っているのか、悔しそうに呻いた。そーいえば、そこそこ強かったっけ、この人。

 他の人たちは、海から来るもんだと思っているから、海の方に警備を出す。

 詳細を知らないとはいえ、普通海軍所有の兵器だったら海って言うのは浅はかだよ。

 足があって会話できるなら、陸から来るって分かる。艦娘だってそうするはず。

 町にいるのは多分聞き込みの人たちだ。見た目わかんないのに闇雲に探して見つかるわけないのにね。

「もういい。正体は分かったから、追いたければ追いかけろ。その代わり、用が終わったらとっとと本部に帰れ。うちに来るな。これ以上物理的な被害を出すなよ、頼むから」

「え、やだよ。あの人達、鬱陶しいもん。しつこいし」

 何でまた帰らないといけないのさ。戻るわけないじゃん。

「…………じゃあ、どうする気だ?」

「ここの戦力になる気で来たよ。今回は、襲ってきたから逆襲したけどね」

 元々、二人の事は調べているし。この鎮守府の独立部隊なら、わたしはそこに配属になるだけ。

 それだけの交渉の道具は用意してあるし、無理を言うなら吹き飛ばしてでも叶えてみせる。

「また、僕の胃痛が増えるのか……。次世代型の運用テスト? どんなエリートがすることだよ、全く……」

 ぼやいた提督も立ち上がった。凄い、傷が浅いとはいえ艦娘より早く立ち直った。

 そして、警報が鳴り響く鎮守府の様子を一瞥して、インカムから聞こえる緊急無線に応答する。

 苦い顔で、応答を繰り返して、切る。そしてわたしに言った。

「不味いことになった。哨戒をしていた他の鎮守府の艦隊が、無数の深海棲艦の艦隊に囲まれているらしい。もとを言えば、お前ように警戒していた応援の艦隊だったんだけどな。どうやら、急襲されたようだ。至急、救援を出せってさ。……この様だがな、お前のせいで」

 わたしを試すように見る。責めるような口調。

 つまり、本当に敵意がないなら、証拠を見せろってことみたい。

「うん、そう言うことなら責任もって助けにいくよ。それが条件?」

「わからん。ここまで大がかりなことになれば、提督程度の権限じゃたかが知れる。だが、お前が結果を出せば、襲撃の事で迷惑被ったこっちに、詫びぐらいにはなるだろ。そこから先は自分で決めろ。でき次第じゃ、考えよう」

「て、提督……」

 わたしを捕まえろって言われている割には、穏便な方法を取る。

 そう、妥協するんだ。しかもわたしに譲歩する、と。倒れる艦娘は、困惑したように見つめる。

 但し、監視として遠征帰りで、無事な艦娘とこの人を同伴させる、とのこと。別にいい。

「分かった。じゃあ、提督の言うことを聞く。お姉ちゃんとお兄ちゃんと一緒でいいなら」

「好きにしろ。仕事はしろよ、次世代型」

 握手を求められ、わたしも応じる。先ずは、こう言うときは何て言うんだっけ。そうだ。

「無闇に暴れて、ごめんなさい」

 頭を下げて謝る。悪いことをしたら、当然。

「……変なやつだな。まあいい、早く姫のところに行け。こっちも応急処置したら出す。連絡はしておいてやる。積もる話は帰りにでもしてこい」

「お気遣いありがとう。ちゃっちゃと殲滅してくる」

 さてさて、初陣に抜錨か。なんとかなるかな、あんまし同類のこと知らないわたしでも。

 ここの指揮官は幸い優秀みたいだし、するっきゃない。責任とらないと。

「そうそう、名前押しておくけど、提督さん」

 上官なんだ、呼び捨ては不味いので言い直してわたしは仮の名を告げた。

 

 ――超弩級重雷装航空巡洋戦艦レ級。それが、わたしの名前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 応急処置を終えて、大和が出撃する頃。

「な、何が起こってんだおい!?」

「はわわわわわっ!?」

 遠征帰りの二人も合流。困惑するなか、休まずの出撃を詫びて、提督に命じられた。

 騒ぎを起こした新型の手伝い兼、監視。奴は独立部隊と合流予定。

「レ級……って、それ深海棲艦の階級じゃねえか!! 本当に味方かよ!?」

 艤装を背負った天龍の言う通り、階級が深海棲艦のそれと同じ。

 しかも滞在していた経験のある他の鎮守府の艦娘と提督をタコ殴りにして出撃中。

 大和にも素手で勝利する腕っぷし。新型は伊達じゃない。

「で、でも……話し合いには応じてくれたんですよね?」

 電が恐々訊ねると、大和は首肯。敵意はない。襲われたから逆襲した、それだけの話。

 簡単ではない現実だが、レ級にとってはしんぷるなものらしい。

 言うなれば、自衛しただけ。だから鎮守府の施設はみな無事だし、怪我人の度合いも軽い。

 一応、筋は通っている。理解はできないが。

「……チンピラみてーな奴だな。心配だぜ」

 お前が言うなと姫が言いそうな感じだったが、救援として三人は鎮守府を出撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大体、理解したわ。その子が来るまで、待機してる」

 一方、その頃。近海沖合いで、姫が唖然としていた。

 疲弊していた提督から無線を受けて足を止める。

「どったの?」

「あの女の子、あたしたちのデータを使って作られた、海軍の新型らしいわ。敵意はなかったんですって。これから合流するから、哨戒していた他の鎮守府の艦隊達が襲撃されているから、増援に行くんだけど、その子も連れてけって」

 提督がどうやら、説得したらしい。艦隊に入れて、連れていけば大人しくするらしいんで面倒よろしく、とのこと。

 よくもまあ、話し合いで解決したものだ。大騒ぎになってるけど。

「まー、確かに見た目は普通の女の子だったよね。姫さんと似てたし」

 イロハも敵じゃないと分かり安堵していた。能天気にそんなことを言う。

「何が?」

 流石に鎮守府に喧嘩を売るやつと似てると言うのは心外。イロハ曰く、雰囲気とか肌の色とか。

 言われてみれば似てる気もする。凄く真っ白なのは共通している。

 海の真ん中で突っ立つ二人。内心、姫は苦しかった。

 案の定、やるとは思ったけどまさかこんな短期間で仕上げているとは予想外。

 やっぱり、余裕がないと人間は何を仕出かしてもおかしくない。

 しかも一方的に慕われている様子だったし、どう扱えばいいんだろう。

 イロハは姫の苦痛は何となく察している。あの女の子は姫と同じような過程で生まれたのだろうと。

 だから、まあ来ちゃったら受け入れる。彼は前向きに考える。というか、諦めた。

 腕を組んで黙る姫と、空を見上げるイロハ。波の音だけ聞いていると、数分後。

「おーい、お姉ちゃーん、お兄ちゃーん!!」

 手を振りながら、さっきの女の子が海面を走ってきた。

 黒いフードつきのコートを前開きする目立つ格好で。

 よく見れば、瞳が姫と同じような紫眼。顔立ちはどこか雷に似ている。

「あー、やっと追い付いたよ! わたしのこと、置いてかないでよもー!」

 急停止して、呼吸を整えながら二人に親しげに言う。初対面なのだが。

 騒がしい女の子は、イロハと姫に取り敢えず自己紹介。

「はじめまして。突然のことで、驚いてると思うけど、わたしは実際妹にあたるの。超弩級重雷装航空巡洋戦艦、レ級って言います」

 完全に深海棲艦だった。人工の深海棲艦だと軽く説明される。

 姫以外の人工深海棲艦。初めて見る現物に、イロハの目が点になった。

「機密に触れることは言わないで。聞いたら巻き込まれるでしょ。話はわかったから、あたしたちの言うことを聞ける? 勝手に暴れない? 味方を撃たない? この三つだけは最低限守ってもらうわ」

 厳しい顔で言いつける姫に、妹――レ級は、敬礼して頷いた。復唱して、言うことは絶対聞くと約束。

「よろしい。あたしも出所がアレだから、大声では言えないのよ。そのへんは察して」

「大丈夫。二人のことは、しっかり調べてきたから。分かってるつもりだよ。お姉ちゃんのデータと、お兄ちゃんのデータが流用され完成したのがわたしこと、レ級なの。だから、妹って言うのもわかってもらえた?」

「はいはい。まさか、深海棲艦になってから妹ができるなんて思わなかったけどいいわ。言うことを聞くなら、妹と認める。イロハはどうする?」

 ずっと黙っているイロハは会話を聞いていなかった。

 ずっと一つのことを考えていたのだ。それは、

 

「よしっ。妹、お前の名前は『レキ』だ!」

 

 長すぎる名前を略して愛称をつけていたのだ。

 姫は呆れた。何をしてるんだこの彼氏は。

「イロハ……遊んでるんじゃないの」

 これからややこしいことが控えているのに、何をいっているのやら。

 本人は大歓迎だった。レキ、という名前が気に入っていた。

「ありがとうお兄ちゃん、素敵な名前だよ! じゃあ、今からわたしはレキって名乗るね!」

「おう、レキ。よろしくな」

「よろろー!」

 あっさりと受け入れてやがった。

 現実逃避か、あるいは単純なのか……。

 常識的に考えて、疑えよと思うが自分等深海棲艦だった。人じゃない。

「頭が痛いわ……」

 非常識な妹、レキを連れて姫は戦場に向かう。

 頭痛を覚えて、この先の不安に頭を悩ませて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無数の艦隊が、沖合いで混線になっていた。

 鳴り響く砲撃、爆裂する魚雷、降り注ぐ銃弾の雨。

 異なる鎮守府の艦隊が近くで迎撃を余儀なくされたせいで、混じりあって戦っている。

 互いの戦術がぶつかり合い、まさかの艦娘の攻撃が互いにスレスレの瀬戸際で迎え撃っていた。

「な、長門……そろそろ、不味いっぽい……」

 とある鎮守府から応援に来ていた艦隊は、かなりの損害が出ている。

「くっ……応援はまだか!?」

 応戦する旗艦の戦艦が叫ぶ。

 拠点にしている鎮守府に救難信号を出してはいたが、向こうも何者かに襲撃されて、機能不全に陥っていたようだ。

 先ほど、救援を出したと入電したはいいが、こちらも長くは持たない。

 そもそも、相手は最近近海に出没し、複数の鎮守府を壊滅させた深海棲艦艦隊。

 しかもそれが、狙ったのごとく複数同時に現れた。鎮守府を滅ぼすほどの実力は侮れない。

 事実、百戦錬磨の艦隊はそれぞれ苦戦している。なにせ空には無数の艦載機。

 それを操る艦娘同様、人に似たの空母の深海棲艦が何人もいる。

 加えて、戦艦の深海棲艦に駆逐イ級などの小型に、騒ぎに気がついて寄ってくる連中含めてキリがない。

 対空砲火だけでも手一杯なのに、次々とイ級などが群がってくる。

 こいつらは大破した艦娘を狙って補食しに来たのだ。

 支援砲火をして、おこぼれを貰おうとしている。

「くっ!」

 爆撃、銃撃、そんなものが上から投下され、魚雷で足元も襲われる。

 油断したら、殺される。轟沈もあり得る。撤退したくても逃げる暇すらない。

 戦艦の率いる艦隊は既に被害が大きい。駆逐艦が数名負傷、弾薬も艤装の燃料も底を尽きそう。

 そんな状態で戦い続けること、数分。

 

 ――とうとう、恐れていたことが起きてしまった。

 

「如月ちゃん、後ろっ!!」

 

 艦隊の一人が、よい一撃を頭にもらい、意識が混濁してふらついた。

 そこに艦載機爆撃、イ級の襲撃が重なった。

 呆然とする少女。その視界には、イ級の不気味な口のなかと、上から降り注ごうとしている一撃が霞んで見えた。

 仲間が叫ぶ。慌てて迎撃して叩き落とすも、発射されている爆撃に間に合わない。

 イ級も、海上から飛び上がり彼女を食い殺さんと大口を開いて、飛びかかった。

 誰も、間に合わない。近くにいるものは、庇うには離れすぎていた。

 動けぬものから死んでいく。それが戦場における摂理。

 助けられない。旗艦を勤める彼女の脳裏に焼き付いた過去の記憶。

 また、自分は失うのか。自分は守れないのか。その手で、仲間を殺すのか。

 

「やめろぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 思わず叫んだ、戦艦長門の悲痛な叫び。

 救えなかった仲間の人生は、ここで終わる。悪意の水底に沈む。

 また覚悟をする、そんな風に考えてしまう。

 

 その、刹那だった。

 

 突然、目の前に人影が躍り出る。華麗に跳躍する、逆光の人影。

 同時に、不気味なシルエットも海中から姿を見せて、割って入った。

「!?」

 飛んできた爆撃を、平然と至近距離で蹴り落として爆発させた。

 飛びかかろうとしていたイ級より、更に巨大なシルエットが噛みついて、海面に叩きつけた。

 爆風と爆煙で視界が遮られた。その間にも生々しい音と、イ級の断末魔が耳に聞こえてくる。

 煙が晴れると、そこには。

「……ギリギリだったけれど、間に合った。ということでいいのかしらね?」

 腕を組んで、黒いセーラー服を来ている艦娘がいた。

 白い髪型はサイドテールにし、へそが見える格好で、両足に艤装を集約して、紫目で空を見上げていた。

 そばでは、妙な生物がイ級をイヤそうに吐き捨てている。

 ……黒い、オタマジャクシ?

 にしてはかなりの大型で、全身に装甲で身を包み、両脇に連装砲を装備して、短いながら手足が生え、長い尾びれを持つ黒々とした目の怪物。

 言うなれば出来損ないの巨大なカエルとオタマジャクシの中間。

 大口から噛みついたイ級の鮮血を垂らして、赤く染めた海水で口を濯いでいる。

「うぇぇ、鉄くさ!」

 しかも喋った。なにこの両生類。

 新手の深海棲艦だろうか……?

「…………支援艦隊の者、か?」

 旗艦は呆然とする。沈められそうになっていた艦娘は無事で、珍生物が気遣って背中に乗せている。

 ふらついていた彼女も、自分の乗る生物に目を丸くした。

「ええ。遅れてごめんなさい。連絡貰ったから、先行して来たのよ。敵の撃滅はあたしの連れがするから、あたし達は撤退を支援する。あと、聞いた話だと大和、電、天竜三名が支援してくれるわ。数分でこっちに来る。持ちこたえてくれる?」

 淡々と確認する肌が白い艦娘。インカムで提督と連絡し、到着を報告。

 然し……連れと言うのはこの新手のカエル擬きのことか。

「あの……然り気無く、砲口向けるのは止めてくれませんかね……?」

 突然乱入してきた謎の一団。向こうでは、艦載機を操る空母を、似たような姿の深海棲艦が襲っている。

 フードの深海棲艦は、蛇の頭に酷似する尻尾で広げた口で、空母を食い殺している。

 血を撒き散らし、零距離で砲撃を叩き込み破砕。笑いながら、次の獲物に飛びかかる。

 艦娘とは思えない残虐なやり方に思わず、目を背ける。

 白い艦娘の仲間らしい、深海棲艦。言葉を話し、睨み付けて艤装を向ける如月に攻撃しない。

「やめろ、如月。その深海棲艦は、増援だ。今しがた助けられただろう」

 撤退しながら、旗艦――長門はたしなめる。カエル擬きは彼女を背負って、仲間の所に連れていく。

 旗艦と思われる艦娘にイロハ、と呼ばれて振り返る。彼女はカエル擬きに詳しく説明している。

 そんな中でも、敵は追撃してくるが彼女らは気にせず片っ端から打ち落とし、噛み殺し、沈めていく。

 流れ作業となった戦闘。手傷をおった一人が、その姿を見て、見覚えのある艦娘を思い出す。

 彼女の髪型は、あの人に似ていた。でも声も違う、口調も違う。だけれど、似ている。

 沈んでしまった彼女は、轟沈する時にイ級に足を食われていた。目の前の義足の艦娘は、誰だ?

 長門も強烈なデジャヴを感じていた。目前の少女は、知り合いを彷彿とさせる。

 ……一体、何故だ? この手で止めをさした現実を、とうとう受け入れられなくなってしまったのか。

 似たような艦娘が、危険な場面で現れたから混乱しているのか。このビッグセブンと呼ばれた長門が。

「……ん? ビッグセブン?」

 他の艦隊の誰かが、ビッグセブンと呼ぶ。その声に反応して、少女はこちらを見た。

 紫の瞳が、長門を捉えた。疑問を浮かべる、そんな色で。

 同時に、疑長門の心は確信へと変わった。いるはずのない、生きているはずのない亡霊が、いる。

 今、共に戦場に立っている。どこか深海棲艦に似た、変わり果てた姿で。

 自分が殺した、嘗ての仲間が。

 

「……お、お前は……春雨……なのか?」

 

 震える声でいった言葉に、艦隊の一人が強く反応した。

 紅い瞳が、サイドテールの髪型を見て、辛いことを思い出して。

 自分も沈むことを覚悟した窮地に、その艦娘は、深海棲艦を連れて現れた。

 知っているからこそ、合致した。

 涙が溢れてきた。二度と会えないと思っていた彼女が、敵の姿になってでも、助けに来てくれた。

 

「春雨ちゃんっ!!」

 

 大声で叫んだ。すがるような声だった。

 他の付き合いが浅い艦娘が聞いたことのないような、戦場の彼女を知る艦娘からすると信じられないくらい、弱々しい声だった。

「……誰のこと? あたしはそんな美味しそうな名前じゃないわ」

 言われた彼女は覚えていないようだった。でも二人には分かる。

 姿こそ激変していたが、彼女は間違いなく――!!

「あたしだよ春雨ちゃん、夕立だよ!! 覚えてないの!?」

「ごめんなさい、忘れたわ」

 彼女、夕立が問うても素っ気なく忘れたと言う謎の艦娘。

 今は違うというのか。然し、異名には反応した。

「イロハ、余計なことは言わなくていい。今はレキをどうにかしないと。あの子ってば、本当に敵を撃滅する気みたい」

 カエル擬きが何か言おうとするが黙らされた。

 大和達も到着し、何故か負傷している大和の指示で、全艦隊は撤退する。

 しつこく追ってくるイ級を踏み潰す彼女の言う通り、嬉々として深海棲艦の群れに突貫して暴れている一人の怪物。

 尾っぽから硝煙を上げて、敵を血祭りにあげていた。あれでは戦いではなく、虐殺ですらない。一方的すぎた。

「面倒なことになりそうね。こっちの二人といい、あの子といい……」

 横目で見る彼女の紫眼は、何処か冷たかった。

 結果的に撤退は成功。増援の深海棲艦に似た何かが大暴れして敵を撃滅。皆殺しにしてしまった。

 それも、たった一人で。それぞれの鎮守府へと帰還した彼女らはその謎の増援に対する質問を提督にしたが、満足のいく答えは帰ってこなかったと言う。

 それは、後日異動を指示されたとある数名の艦娘にたいしても、同じだった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

御注文は妹でした

 ……鎮守府の騒動から一週間経過。

 俺たちの回りは落ち着きを取り戻した。

 解放されていつも通り海にでて漁業を営み、報告して納品。

 近海の警備をしつつ、以上なしの日々。

 あの大騒ぎが嘘のように穏やかな日々だった。

 あのあと、例の妹だが、鎮守府に回収された。

 嫌がっていたようだが、クソ提督の力添えあり、無事に持っていかれた。

 詳しい事情は知らないけど、鎮守府に被害出したのはアイツだ。

 きっちり責任を取らせるべきだ。そっちは今のところ、音沙汰なし。

 もうひとつの姫さんの知り合いについてだけど……姫さんは全部拒否した。

 話し合いも突っぱねて、言い寄る少女に苛立ってしつこいと怒った。

 一回話してくれた、過去に比較されたっていう艦娘二名。そりゃ、思い出せないのに相手が言い寄れば鬱陶しい。

 しかも姫さんは名前も顔も思い出せない状態。辛うじて異名には反応したぐらいで、後は忘却の彼方。

 記憶がないってのは分からない。でも、姫さんが嫌がるなら俺は姫さんの味方だ。

 最終的に俺に乗っかって、帰ってきた。

 ヴェルさんやマスターは鎮守府から話を聞いているので、言うなと言ってくれた。

 おかげで、まあなんとか日常に戻ってこれた。

 姫さんもだいぶお疲れのようだし、仕事終わりぐらいは趣味に付き合おう。

 無趣味の俺に出来ることは、これぐらいだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫さんは、趣味に目覚めた。ヴェルさんの影響で、二次元に。ゲームとか音楽とかアニメとか。

 それだけじゃない。榛名さんの影響で、読書も始めた。

 神通さんの影響で料理を、雷さんの影響で……あれ、雷さんの影響だけ受けてない。

 まあいいや。で、最近レンタルしているDVDでハマったものがある。

 深夜アニメの、鎮守府がテーマになっているコメディアニメ。『ご馳走はウサギですよね?』というアニメだ。

 簡単に言うと、足の早いのが自慢のウサギみたいな駆逐艦の艦娘が主人公で、鎮守府に蔓延るロリコン提督とか戦艦艦娘の魔の手から仲間と共に協力して逃げ切るという日常アニメ。

 タイトルのそれは主人公をよからぬ事に巻き込もうとする変態どもの決め台詞だった。

 ……気の毒に。実際モデルになってる艦娘さん居るんだろうが、これ見たらどう思うかな。

「ふふふ……」

 静かに笑う姫さんは楽しそう。俺も何だかんだでぶっ通しで見てる。結構面白い。

 毎回あの手このてで主人公を追い詰めるエロ提督。二週に一回ぐらい、ピンチになる主人公。

 時々巻き込まれる艦隊のアイドルというキャラと共に鎮守府を逃げ回るが、行き止まりに追い詰められた。

「ふひ、さあ覚悟は出来たかね、ウサギ君とおまけのアイドルよ。今夜の提督は……激しいですよ?」

 妙に怖いポーズをとるロリコン提督。顔はエロに染まっていた。

 あ、今回はピンチの話だったか。

 今回は提督が変身艤装ロリコーンなるモードを披露して、主人公の自慢の足を追い抜いていたっけ。

 因みに現在、深夜です。姫と共に最新の話を夜更かしして見ております。

 迷惑にならぬように、姫の部屋にテレビを持ち込み、二人してイヤホンとヘッドホン装備で寝間着姿で視聴。

 ピンチになったときのお約束がそろそろ出るぞ。俺のお気に入り。

「ベアーーーーーーーーーーーッ!!」

 ピンチの主人公とアイドルが顔芸を晒して、雄叫びをあげた。

 このアニメのお約束、変な顔と奇声。これが俺のつぼだった。

 笑いをこらえて、悶える。やばい面白い。この女の子と思えない深海棲艦みたいな声。

 二人して抱き合い、絶叫。半泣きだった。にじり寄る変態。

 姫さんのお気に入りはコメディアニメとは思えない迫力のバトルシーンだとか。

 今回はバトルも入ってるのかな。そろそろきそう。

 画面で、変態がいよいよ襲いかかる、その瞬間だった。

「どうも、提督、さん。川内、です」

 闇夜の中から謎の女の子が、いつの間に提督の背後をとって、くないを首筋に当てていた。

 変な自己紹介はデフォらしい。忍者らしい姿のカッコいい人だった。

 途端、

「ヒエーーー!? カワウチ!? カワウチナンデ!?」

 驚いて叫び、振り返る。えと確か、夜に限り主人公がピンチになると助けに入るくの一だったっけ。

 これも姫さんのお気に入りのキャラだといってた。夜戦くの一カワウチだったっか。

 語呂悪いかも。

 それは兎も角、キラキラした目で静かにハイテンションになる姫さんは食い入るみたいに展開に見る。

 激しいバトルが始まった。BGMもさることながらド派手なアクションで数分で鎮守府が瓦礫になっていく。

 ……おい、主人公達逃げ遅れて潰れてるじゃねえか! しかも何か提督に援軍来たぞ。

「バーニング……ラーブッ!!」

 掌を真っ赤に燃やした艦娘が、川内めがけて飛んでいく。

 直撃して爆発する忍者。何が起きたし。あれは戦艦艦娘か。

「提督、ご馳走を独り占めはダメデース!」

 何か榛名さんに似た艦娘が決め台詞言ってるよ。

 姫さんと共に、展開を見守る。

 復活した川内が提督と艦娘相手に奮戦する。

 丁度盛り上がるところで、今回はお仕舞いだった。

 エンディングを見ながら、イヤホンを外す姫さん。

「面白かった」

 満足そうに笑っている。俺も面白かった。野暮なツッコミは無しで。

 次回予告を見て電源を消す。来週も楽しみにしつつ、その日は眠った。

 …………因みに俺たちは鎮守府に御注文していない。間違いない。

 なのに、どうしてこうなった。

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 寝坊した俺たちを迎えたのは。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん!! 見てみて、ウサギ捕まえたよ!!」

 一週間ほど離れていた自称妹が、ウサギと称した艦娘さんをお土産に楽園に遊びに来ていました。

「ぴょん……」

 小さな女の子は、目をバッテンにしてぐったりしている。死んではなさそう。

 片手で持ってきたそれを見て、絶句する俺。

「それウサギじゃない。卯月よ」

 腕を組んで、冷静にツッコミを入れる姫さん。青筋が浮かんでいた。

「え、でも山で倒れてたよ? ウサギじゃないのこれ?」

 何で艦娘が山にいるのさ。あとお前もなぜここにいるのさ。

 それは丁度、仕事に海に出るところだった。裏口から出た俺たちを待ち構えていた彼女、レキは無邪気に笑う。

 事情を聴くと、海軍が手を余した為、ここの鎮守府に押し付けられて、所属になったという。

「レキ……海軍を脅したの?」

「ちょっとね。あんまり駄々こねるから、空砲撃ったら大人しく言うこと聞いてくれたよ」

 何してんだお前は。姫さんが呆れたようにため息をついて、聞いた。

「じゃあ楽園に来るの? マスターは知ってる?」

「知ってる知ってる。提督さんが鎮守府で管理できないからお姉ちゃんたちのとこ行けって。独立部隊なのも同じだよ。他の艦娘さんにも伝えてくれたって」

 そう言えば昨日の夜に、マスターが部屋の片付けしとけって言ってたな。

 それにみんな、新しい面子がどうのこうのって言ってた。

 ヴェルさんもやれやれと肩を竦めて、雷さんは面倒見てやるって気合い入れてた。

 榛名さんも神通さんも、住み込みのバイトみたいなもんだって言ってたけど、こいつのことだったんだ。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん。これから一緒に住むけど、よろしくね!」

「突然だなおい……」

 まー、いいんだけど。深海棲艦の家族が増えるのは、理解者が増えてくれるってことだし。

 俺は特に異論はない。みんながいいならそれでいい。

「迷惑かけるんじゃないわよ。大人しくしてなさい、いいわね?」

 嫌がるかと思ったが、姫さんは受け入れた。なんか諦めたような顔だった。

 元気一杯のレキは、戦場での残虐さを思わせない可愛い顔で、姫さんに抱きついていた。

 とても、嬉しそうな顔で。姫さんは扱いに困っている様子だった。

 あと……足元で捨てられたウサギ、届けにいこうよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レキは更に色々な土産を見せてくれた。熊と猫と犬。

「クマ……」

「にゃあ……」

「ぽいぃ……」

 みんな艦娘さんじゃねえか!!

 しかも落とし穴にハマってるってどういうこっちゃ!?

 どっかで見た顔の子もいるぞ、何した妹ォッ!!

「山で猪追いかけてて、追ってきたあの人達は落とし穴に落ちて気絶したの」

 こいつは……野放図に育った阿呆か! 要するに監視の目が自滅したってことじゃねえか!!

 穴は猪のために掘ったもの。土産が海の幸じゃ味気ないから山の幸にした、と。

 一度近くの山道から入った斜面で、艦娘さん達を発見。気絶していた。

 勝手に鎮守府を抜け出して会いに来た妹を追いかけて、彼女達は全滅。

 そして、鎮守府に持ち帰っているという訳。俺が巨大化して全員乗っけている

「この間の子、転属してきたのかしら。思い出せない過去の絡まれるのは面倒なのに……」

 目を回す犬を思わせる艦娘に向かってため息をつく。

 やっぱ嫌ってるのかなこの人のこと。露骨に顔をしかめるし。

「どうやら、対お姉ちゃん用に連れてこられたみたい。わたしのせいで、二人もあの人達に警戒されているから。ごめんね、余計なことして」

 レキが謝る。成る程、姫さんが反逆したときにぶつけるためか。

 忌避しているのを承知の上で、嫌がらせだろうか。

「レキのことは諦めたわ。予想していたし、敵じゃないだけマシだもの。だけど、彼女達に追い回されるのはちょっと」

 姫さんは悩ましげに言う。嫌い、と言うよりは避けたい、苦手という印象。

 レキがしつこいようなら追い払うと言い出すし、その事だけは姫さんも許した。

 その禁忌改修っていうのは、やはり大変なことだったのだろう。

 後悔はないし、今のままでいいと姫さんは言う。周りがそれに罪悪感を抱いているとかそんなのかなぁ?

「大丈夫、お姉ちゃんはわたしが守るよ。人間だろうと深海棲艦だろうと、艦娘だろうと。新型は伊達じゃないよ」

「ありがと、レキ。その言葉だけで十分よ」

 ガッツポーズをとるレキと、苦笑いする姫さん。

 鎮守府の艦娘さんとはある程度和解したけど、こっちは無理そうだな……。

 姫さんが避けたい事案なら、俺も手助けするし。無理時はさせない。

 歩いて鎮守府に向かい、入り口で警備の人に艦娘さんを引き渡す。

 その時、

「この間はご迷惑おかけしました!」

 ちゃんと、レキは警備の人にも頭を下げて謝った。

 苦い顔をしていた警備さんも、真っ直ぐに謝罪した彼女に、次はないぞと苦言を呈して終わらせてくれた。

 人のよい人たちで良かったなレキ。普通は軍法会議ものだぞ。

 ……こいつの場合は力ずくで突破しそう。大人しく言うことを聞きそうにない。

「お、おのれウツボ……次こそ、うーちゃんが勝つ……ぴょん」

 ウサギが去り際、恨み言を言っていた。ああ、動物で言うならレキはウツボか。

 尾てい骨辺りに一体化した艤装あるもんな、レキ。

 コートまた着てるけど、さっき見せてもらったらリスみたいに丸めて収納していた。

 ……一応、一切性的な意味はないぞ。姫さんに確認してもらって、教えてもらっただけだ。

 俺は見てない。妹の尻尾なんて見てないからな!!

「次もわたしが勝つよ、ウサギ。海にかわってお仕置きするのはわたしだもん」

 振り返って言い切るレキ。何をいってるんだお前は。

 兎に角、今日から配属になったレキと同居生活。早速仕事も手伝ってもらい、大幅に効率が上がった。

 夜には、事情を聞いていたみんなに暴れないって約束して、新しい家族ができた。

 平和になった近海に乗り出す日々が、また帰ってきたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

姉妹の関係

 ――嘗て、姫は一人の艦娘だった。

 その時は礼儀正しく、大人しい性格の駆逐艦であった。

 決して、禁断の道に歩むような性格はしていない。

 当時の仲間はそう思っていた。だから、彼女の気持ちに気付けなかった。

 常に劣等感を抱いていた姫は提督の役に立ちたかった。

 置いてきぼりにされても、彼女は純粋に褒めて欲しかった。

 それだけで良かったのに。彼女は日々苛む感情に負けて、示された可能性を選んだ。

 禁忌の力。受け入れてしまえば何と甘美なことか。この溢れる自信、負ける気のしない高揚感。

 これから行ける。結果を出せる。そう思っていた、最初は。

 でも出撃したら、変わった。目障りな仲間を殺して自分だけが提督の一番になればいい気がしてきた。

 だから仲間なんて要らない。自分だけが一番で、このパワーで全てを焼き尽くす。

 先ずは劣等感を与え続けてきた旗艦を沈めてやろう。そして、同型の駆逐艦も皆殺しに。

 ……同型は、一人いればいいのだ。敵を倒し終えて消耗してるときに、襲いかかった。

 殺せると思ったのに。あいつには、あいつらには禁断の力でも勝てなかった。

(私は……やっぱり勝てないんだ……)

 どう思われていようがどうでもよかった。沈みながら思った。

 勝てないのは、才能と経験の差。強い艦娘じゃない姫は負ける運命だったのだ。

(提督……ごめんなさい。私は、海の藻屑となります。どうか、私の分まで、深海棲艦を……)

 涙を流し、鮮血と共に深海に消えていった過去の姫。そして数年後。

 同じ深海棲艦によって、月光を見上げるだけだった深海の姫君は陸に上がった。

 全てを与えてくれた、優しき恋人の存在によって。今、姫は幸せだ。

 ……思い出せない過去なんて、捨てたい。本音はそれだ。

 あの子達は鬱陶しい。何時までも何時までも、無理矢理思い出させようとする。

 過去があるから今があるなら、今が大切だから過去は封じる。それでいいじゃないか。

 一度は墜ちた身だ。今更仲間面する気はないし、よりを戻すつもりもない。

 何時までも過去に固執する同型なんて……もう要らない。今は、楽園が居場所なのだ。

(あたしの姉妹は……家族は、楽園のみんなだけよ。あいつらは仲間じゃない。家族じゃない)

 暫く経過しても、未だに関わってこようとする嘗ての同胞に、苛立ちが募る姫。

 そろそろ、切り捨てるべきなのかもしれない。因縁を、そして……海に沈めたい柵を。

 

 

 

 

 

 

 

 

「きれいな三日月だね」

「そうね。悪くないわ」

 とある初夏の夏の夜。埠頭に、レキと姫の姿があった。

 例のごとく、月見酒である。初めて、イロハと出会った思い出の場所に、姫は妹をつれてきた。

 片方の髪の毛を垂らして、薄手の半袖とハーフパンツ。レキもお揃いの物を着ている。

 あれ以来、レキは楽園の裏方としてよく働いている。

 尻尾を持つ異形のために、表にはあまり出られない。どう頑張っても背中が不自然に膨らむ。

 そこで、イロハが提案したのが丸めた尻尾を背負ったリュックなどに押し込むこと。

 ちょっと改造して収納出来るようにしたそれを背負ったらうまい感じに尻尾が隠れた。

 今はこれで外に出掛けるようにしている。レキは姫と同じで世間知らずの少女だったが頭はよい。

 常識と言うものをかなり早く学習した。おかげで平穏が続いている。

 性格も無邪気で可愛いので、姫も戸惑いながらも仲良くしていた。

「良かったの、お姉ちゃん。お兄ちゃん連れてこなくて」

「いいのよ。イロハったら、ヴェールヌイと飲み比べしてて、出てきそうになかったもの」

 楽園でも酒盛りをしていた。イロハとヴェールヌイと雷が、商店街の福引きで当てた酒屋の商品券で買いまくったお酒を折角なので三人で。

 ウォッカをがぶ飲みするヴェールヌイに負けじと、イロハも挑んでいた。茶化す雷も相当酔っぱらっている。

 姫たちはばか騒ぎする三人に断って出てきた。神通や榛名、マスターは商店街の飲み会に出席しているのでいない。

 コンビニで好物の唐揚げを購入したふたりは、こうして月を見ながら駄弁っていた。

「唐揚げって美味しいね。今度一緒に作ろうよ」

「いいわよ。まあ、成功するかはわかんないけどね」

 料理は勉強中の姫と、物覚えの早いレキはそんなことを言っていた。

 平和な夏の夜。波の音を聞きながら楽しんでいる。

 ……三日月か。姫は酒を飲みながら思う。

 メイス振り回したり地面から出てくる三日月も好きだが、空に浮かぶ三日月も好きだ。

 星空に一際輝く、美しい月を見上げるのが唯一の日課だったからか。

 艦娘の三日月は知らない。堅物で実直な子だ。提督と仲良しならそれでいい。

 姫の着る半袖には駆逐艦は最高だぜ!! という意味不明なロゴが入っている。

 服屋で気に入って速攻買った。因みにレキのは戦艦が簡単に沈むか!! という余計意味不明なロゴ。

 ネタ半袖だった。それはともかく、ツマミが切れた。レキが思った以上に食べる。

 一度立ち上がり、レキに留守番を言いつけた。姫はコンビニに買い物にいってくる。

 まだ用意した酒は残っている。レキは笑いながら返事。まあ大事を起こす事もないだろう。

 姫は酔っ払った頭でそう判断して、一度出掛けた。それが致命的なミスを生むとは、思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 コンビニで適当にホットスナックを選ぶ。序でにアイスやお菓子も購入。

 すると、上下ジャージ姿で顔が紅潮する出来上がったヴェールヌイと遭遇。

「やあ姫。まだ飲んでいくのかい?」

「そーねー……。暫くしたら帰るわ。まだそっちも続いているでしょう?」

 そう問うと、肩を竦めるヴェールヌイ。

「イロハが思った以上にタフでね。飲み比べは延長戦を開始した。これは負けられない」

「どんだけ飲んでるの……」

「なに、ウォッカを一本一人で消費した程度さ。まだまだいけるよ」

 程度というにはかなり飲んでいる。互いに酒臭いのは分かったので、そこで一度別れた。

 レジ袋を下げて埠頭に戻ると、不振な人影を発見。レキに絡んでいる。

「……」

 あの子は我慢している様子だった。何やら良からぬ空気も遠目で感じる。

 姫は持ってきた袋の口をしっかり締めると、走り出す。徐々に加速し、突撃。

 複数の人影は、レキを責めているようだった。酔っ払った頭で短絡的判断を下した姫の答えは、

 

 

「邪魔よ」

 

「うおあっ!?」

 

 足音に気がついて振り返った人影目掛けて飛び蹴りを放った。

 不意討ちされた人影は悲鳴をあげてそのまま海に吹っ飛んだ。水しぶきを立てて落ちる。

 着地した姫は止まらない。レジ袋をレキに投げると、急展開に立ち尽くす複数の相手を残らず蹴り飛ばし海に蹴り落とす。

 悲鳴が重なって、穏やかな夜の海に波紋が広がった。

 顔までは見てないが声からして女か。だからどうした。

 いちゃもんをつけてくる相手には蹴り飛ばすという措置で、彼女は座った。

「ただいま。大丈夫?」

「うん」

 姉のバイオレンスにも動じずにレキは笑顔で言った。二人して相当酔っている。

 海では溺れるような声がしたが無視。死んでないなら別にいい。

 姉妹は気にせず駄弁って買ってきたアイスなどを食べ始める。

 レキもなんも言わないので、酔っ払いだと決めつけていた。

 海から戻ってきた連中は、懲りずにまたこっちに来た。

「お姉ちゃん……しつこいから、追い払っていい?」

「止めときなさいな。鎮守府所属が民間人に手を出していいと思ってるの? さっきのは大義名分があるけど、次はないわ。ほっときなさい」

 棚上げして姫は顔をしかめるレキを宥める。海水でずぶ濡れになった連中は姫に話しかける。

「いきなり蹴飛ばしてくるとはな。足癖の悪い艦娘だ」

「……?」

 どこか親しげに、苦笑いする声。振り返ると、例の連中だった。

 途端、辟易した顔になる姫。

「……またなの? いい加減、ストーカーはやめてほしいわね。戦艦の名が泣くわよ、ながもん」

「いや、だから私は長門だと言っているのだが」

 それは姫が普段から避けている集団だった。

 名前は思い出せないし覚える気もないが、……誰だったか。

「長門、五月雨、村雨、夕立。それに追加するなら時雨とかもいたと思うよ」

「なんか増えてないストーカーの数?」

 レキがそんな風に言うから、姫も付きまといの対応はドライだった。

 涙目の五月雨、悲しそうな村雨、レキを睨む夕立、そして……長門。

「わざわざ居場所を突き止めてまで来るなんて本格的なストーカーね。一体何のつもりか知らないけど、今は気分がいいの。殺される前に失せなさい。警告は一度までよ」

 月を見上げて突き放す姫の言葉。酔いがある分、普段より刺々しい毒を吐く。

 酒を仰ぐ彼女は、みなの表情など見る気もない。どんな顔をしていても今の姫には関係ない。

 ますます泣きそうになる五月雨、悲痛になる村雨、唯一睨む夕立は言い返す。

「……深海棲艦に言われたくないっぽい」

 それはレキのことを敵だと言い切っている証拠だった。

 経緯を知らないとは言え、いってはいけないことを夕立は言った。

「あたしも深海棲艦だけど?」

 そこで顔だけ振り返る姫。軽蔑の眼差しだった。

 慌てて夕立が言い直すが、時は遅い。長門は、何も言わなかった。

 レキも気にしていない。弱い艦娘がやっかみを持ったところで怖くもない。

 さっきだって、姉妹といっていいのは白露型の艦娘だけと食いかかってきた。

 愚かなものだ。姫のデータを生かされた真の姉妹は、レキただ一人。他のは遠い過去の忘れ物。

 今頃すがるところで、姉の心は靡かない。妹はレキだけなのだ。

「あたしはね、月が好きなの」

 姫が夜空に浮かぶ三日月を見て呟いた。

 独白に近い言葉だったが、皆反応する。

「夜空に浮かぶ月はとても美しいでしょ。だから、それを隠す雲が嫌い。折角の月が見えなくなる。星も隠す雲なんて、消えてなくなればいい」

 淡々と、続ける。何が言いたいのか、長門には分かった。

 多分、否定の言葉がまた出てくる予感があった。

「雲が雨を降らすから、雨も嫌い。五月雨だろうが時雨だろうが村雨だろうが、夕立だろうが。雨も、降らなければいいのにね」

 強烈な拒絶だった。キライだと、本人がハッキリ目の前で言い切った。

 顔もみたくない。彼女の言動は、まさにそれだった。

 嘗ての仲間をストーカー呼ばわりしてる時点で分かっていたがこれはキツイ。

 長門も俯いた。ただ、話がしたいだけ。でも姫は、とりつく島もない。

「春雨ちゃん……」

「あたしはそんな名前じゃないっていってるはずよ、鬱陶しいわね何時までも」

 五月雨がこぼした言葉に、姫は舌打ちしてこっちを見る。明らかに苛立っていた。

「湿っぽいのよ、ジメジメと。あたしは昔のことを思い出せないと告げたはず。それをしつこく思い出にすがるような真似をして……関わらないでと何度言わせれば気が済むの? 気にしないっていってるんだから、そっちだって忘れればいいでしょう? 元より一度は沈んだ身よ。死んだも同然なんだから、死人に執着するのをやめなさい。死人だっていい迷惑だわ」

 姫はこの数日、口を酸っぱくしてやめろと言った。提督にも頼んだ。

 なのに止めない。文字通り、付きまとう。何がそんなに姫に関わってくるのか。

 昔の名前らしい『春雨』の二文字。姫は麻婆春雨でもなければ春雨スープでもない。

 そんなやつは知らないのに、こいつらは知らない誰かの名前で姫を呼ぶ。

 だから、鬱陶しい。

「……は、いや……姫。その辺にしてやってくれ。もとはといえば、私が原因だ。責めるなら私にしてくれ」

「あらそう。じゃあ消え失せて頂戴、ながもん。目障りよ」

 居なくなれと拒否された面々は、とぼとぼ悄気て帰っていく。

 また、失敗した。一言言いたいだけなのに、それすら彼女は聞いてくれない。

 やっぱり恨まれているんだろうか。嫌われているんだろうか。どうすればいい。

 昔は一緒に戦えた。なのに……。長門は引き際かと考える。

 無理はものは無理なのだ。諦めた方がいい。彼女の逆鱗に触れる前に。

 ……これは罰なのだ。長門が受けるべき罰。永遠に苦しみ続けろと本人が態度で示している。

 受け入れよう。罪人の長門には、これが当然の事なのだから……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

仲良く出来ないワケ

 

 ……埠頭の一件があって以来、姫は彼女たちにより強い反発をするようになった。

 夕立のレキに対する差別意識を知ったからだった。

 それは、深海棲艦と艦娘であるなら当たり前だ。戦争をする相手を嫌わずに何ができる。

 敵対心がなければ電のように迷いが生じて死にかける。正しい心意気といっていい。

 殺しあう関係であるし、侵略者と守護者の立場は反するものである。

 だから、当然。況してや、半端者である姫とレキ。イロハは完全な深海棲艦なのは周知の事実。

 が二人は機密の下で誕生した存在が忌避されるキメラ。

 艦娘の変異の成れの果てに、艦娘の技術の応用で生まれた深海棲艦。

 生粋の艦娘とうまくできるはずが無かったのだ。イロハはただ、進化しただけの個体。

 ややこしい事情なんて存在しないから、上手く噛み合えば仲良くできる。

 二人は海軍の事情が重なって、誰とも仲良くなんて出来ない。

 だって向こうは敵だと思ってて、それが現状常識。自覚した。如何に、人類の味方である深海棲艦が歪であるか。

 ……姫は、折角和解した鎮守府の艦娘とも壁を作り始めた。逃げる先は妹と恋人のところ。

 同じ深海棲艦の苦しみを、イロハとて分からない訳じゃない。

 いつ不要と言われて殺されるか、考えてないようにしていただけで根本の不安は何時でもあった。

 自分の生殺与奪は、人間に捕まれている。それを本当の意味で助けてくれる同族は、二人しかいない。

 ……雷たちのことは信じている。でも……所詮は、人間の味方になるのでは?

 姫の不安はイロハにも波及して、二人は疑心暗鬼に陥った。互いに気持ちはよく理解できる。

 恋人と言う関係以前に、この陸上と言う孤立した世界で、支え会えるのは誰か。

 苦楽を分かち合える同族は誰だ? そう考えた時、答えは隣の笑顔だけ。

 事実、イロハは鎮守府のモルモット。どんなに取り繕うと変わらない現実がここにある。

 一度加速して膨れ上がったマイナスの感情は、分かち合える同族への感情移入が始まる。

 守るのだ。イロハを、姫を。唯一無二の深海棲艦を。妹は上二人の不安を感じ取っていた。

 が、フォローもしない。なにせ、自分より弱い旧式に負ける気はない。

 全て一人でこなせるように造られたこの身体、家族の為なら喜んで振るう。

 裏切られるかもしれない。殺されるかもしれない。言ってしまえば被害妄想の始まりである。

 可能性を捨てきれない二人と、困難を突破すると決意している妹。

 違和感を当然、周囲は感じ始めていた。日常のちょっとしたことで、それは発露している……。

 

 

 

 

 

 

 ある日は、神通が厨房で包丁を持って料理していた。

 たまたま材料を裏口から入れていたイロハは、手元が狂って落としてしまった包丁に過剰に反応して、一心不乱に逃げ出した。

 神通が謝る前に、脱兎の如く。ただ、床に落としただけなのに。

 首をかしげる神通だった。

 また違う日は、暁と電が楽園を訪れて雷とヴェールヌイの第六駆逐の面々が久々に集まり、語っているとき。

 姫は一瞥して、無言でレジから離れていった。一言、普段なら声をかけていくのに。

 ヴェールヌイが姫の横目に気がついていた。曰く、警戒の色が見えたと。敵意の意味も込めた。

 三人は何事かと聞いても、姫は気のせいと言い切り、逃げる。

 最近では、レキと共に居ることが格段に増えた。以前にも増して働くようにもなった。

 というか、明らかに楽園の面子と被らないように行動をシフトアップしている。

 朝は早く、夜は遅く。マスターとも最低限会話はするし、問いかければ反応もする。

 然し話題は早く切り上げ、そそくさと身内のところに戻る。雷達は避けられる理由は互いにないと話し合った。

 鎮守府に聞いたら、無線連絡以外では顔を出さなくなったらしい。演習も言い訳をして出ない。

 …………怪しい。四人は、とうとう三人を強襲した。訳を聞くために、自室に押し掛けたのだ。

 無論、マスターも平和的にいこうとしていた。が、イロハに至ってはマスターに及び腰になっている始末。

 最早強行策しかないと踏み切り、突入。が、いつの間にか鍵がついているではないか。

 何故か開かない扉。榛名が強引に開くと、室内は変わった様子はない。然し本人たちが居ない。

 雷が壁に張られた置き手紙を発見。仕事をしてくると書いてあった。また、言い分をつけて逃げたらしい。

 ここまで露骨になると、悩み事の可能性がある。誰かと何かで揉めたか。

 察した彼女らは、皆が言うまで無理に聞くことを止めた。微妙な立場である三人には、相応の悩みがある。

 自分から打ち明けてくれるまで、待つことにした。結果としてこの判断は正しかった。

 帰る場所、と認識している二人にとっては……やはりここは、楽園だったから。

 

 

 

 

 

 

「イロハ、大丈夫……? 尾行されてない?」

「平気だと思うけど……」

「大丈夫だよ。艦載機で上空から見張ってるから、近づいてきたら絶対わかるよ」

 過剰に回りを気にして、三人はとある崖に来ていた。ここには、仕留めた深海棲艦の艤装を隠してある。

 いざとなったときに逃げ出せるように、普段から少しずつ貯蓄を始めていた。

 深海棲艦を解体して、体内の艤装を引きずり出し、意外と詳しいレキが簡単に整備して隠してある。

 艦載機の関係も、運良く大破した空母をレキが襲い、艤装を強奪。艦載機を収納している。

 レキは単体で全てが出来る。砲撃、雷撃、艦載機の発艦から着艦、艤装の保管まで尾っぽが機能する。

 しかも深海棲艦を捕食して取り込み、機能をそのまま使える互換性まであるという規格外のスペックだった。

 流石は次世代に完璧最強をコンセプトに開発されたこともある。破格に強い味方。

 鎮守府にもバレないように、こそこそと、然し着々と準備を進めている。

 仮想敵は鎮守府を想定している。姫も戦えるように、レキも手探りで深海棲艦艤装を改造してくれている。

 明石だけが、艤装のスペシャリストではないのだ。倒すときは、倒せるだけ倒して深海に逃げるつもりでいた。

 飲まず食わずでも姫は海中プランクトンを取り込めるし、イロハはまあ野生に帰ればその通りに生きるだけ。

 レキも普通に魚とか食べていれば生きていける。なので、あとのことも割りと問題はない。

 仲間は居ない。深海棲艦にも敵と認識される三人は、三人しか居ないのだ。

「…………よし。戦艦の艤装も隠し終えたわ。戻りましょう」

 崖底の険しい海底に潜り、いつも通り隠しておいた。

 艦娘が叩き落とした深海棲艦艤装もイロハが拾ってきて、レキが修理、補強する。

 元々深海棲艦の艤装は沈めておいても問題はない。隠すにはバッチリだった。

 三人は、バレないように潜水しながら町の方に戻る。が、レキが不意に海面を見上げた。

(……どうしたの?)

 泳いでいた姫が、振り返り問う。

 深海棲艦は互いに、無線なしにテレパシー的な感じで通話が出来ることが最近分かった。

 海中では圧倒的に有利なわけだ。この事は報告する気はない。知られたら不味いから。

(艦載機、撃墜された……。多分、艦娘の砲撃。哨戒していた艦隊が近くまで来てるみたい。やり過ごそう)

(オッケー)

 空の上で警戒していた艦載機が撃墜。見回りの艦娘にやられたと判断。

 大人しく、海底で隠れている三人。黙視できない深い海域までわざわざ沈む。

 暫くしても、海上にいる艦隊が離れない。それを見上げていたイロハが一つ漏らした。

(……ソナー持ってる人が居るんじゃない?)

 海中の様子が分かるソナー。駆逐艦の誰かが持っているのだろうか。

 様子を見ていた三人だが、不意に上の方から何かが投下されたのを見る。

 あの特徴的な形は……。

(機雷!?)

 絶句する姫。潜んでいる何かを炙り出すために、落とした可能性が高い。

 逃げないと直撃する。姫でも爆雷は嫌だ。イロハも勘弁願いたい。レキは微妙な顔で見ていた。

 慌ててイロハに姫は跨がって、イロハは急速発進。レキも続いた。

 逃げ出した直後、爆発する機雷。間一髪だった。

 が、予想通り艦隊が追いかけてくる。ご丁寧に魚雷まで撃ち込んで。

(やっぱりあたしたちを目の敵にしてる! 艦娘は深海棲艦の敵じゃないの!)

 なにもしていない。海底に潜んでいただけ。それで攻撃されて、追い回される。

 そういう役割だとしても、理不尽すぎる。逃げ回りながら、だが反撃はしない。

 した場合……居場所を失うリスクは、まだ辛うじて判断できていた。

 あくまで、なにもしない姫たちに対する敵意に過敏になっているだけ。

 こっちから仕掛けるときは、相手に絶望したときだ。まだ、早い。今はまだ。

(クソ、しつこい!)

(逃げ切れるかな)

 焦るイロハと、共に泳ぐレキ。

 かなりの速度で逃げているのに、まだ相手は追いかけてくる。

 焦燥感だけが募る。やがて、浜辺の方に近づいてきた。

(もう潜水は無理ね。浮上して、相手によって対処を決めましょう)

(分かった)

(了解)

 姫の提案で浅瀬になりつつある為に浮上する。ざぱっ、と海面に互いに顔だけ出す。

 すると。

「ん? なんだ、姫じゃねえか。何してんだこんな夜更けに?」

 追ってきていたのは、眼帯の艦娘。刀を持っていた、天龍の艦隊だった。

「天龍……?」

 一先ず、知り合いであることに安堵しつつ、海面に上がる。

 背後には、曙などの駆逐艦が待機する。天龍は旗艦のようだ。

「さっき、変な白いたこ焼きみたいな物体が旋回運動してたんで、深海棲艦の空母が居るかと思ったんだが、レーダーに異常はねえし、怪しいと思ってたんだ。お前らか、あれ?」

 白いたこ焼き。遠目で見ればそうだろう。レキが空母から奪っている艦載機だ。

 口があったり前歯があったりグロいが、立派な航空機である。

 丁度遠征帰りでその道中、発見したので追撃したとのこと。

 天龍提督に無線で姫たちのことを伝えて、異常なしと報告。

 一応、信用はされているのだろうか。曙はこっちを、特に姫を睨んでいるが……。

「仕事してたのか? だったら悪かったな、邪魔しちまって。俺たちは戻るから、適当に切り上げろよ?」

 何も答えないでいる三人に、自己完結した天龍が戻ろうとする。

 すると。

 

「待ってよ天龍。ちょっと、イロハに姫。質問に答えないで帰るつもりなの?」

 

 曙が口をはさんだ。無言で立ち去ろうとする姫たちは足を止めた。

 天龍が食って掛かる曙に訝しげに見る。

「……何が言いたい曙?」

「行動が怪しいって言ってんのよ。一目散に逃げたって、潮が言ってるわ。普通、上に来たら顔を出すでしょ? 互いに知ってる間柄だし。しかもあの海域、海底にカニとか貝とか居ないはずよ。……何で潜んでたのよ?」

「…………」

 成る程。言う通りだ。確かに仕事で通すにはあの場所は無理がある。

 つまり、曙は疑っているのだ。姫たちを。言う義務などない相手に、教えるのが当然のように。

「魚とるにしたって、道具を準備してない。……ねえ、イロハ。何をしていたの?」

 あくまで、疑心を持っている曙と、その仲間の駆逐艦。こっちの味方は……天龍も納得してるので無理。

 誰も居ない。怪しいのは認めるが、答える必要が果たしてあるのだろうか?

「答える理由は、無いわね。あたしたちが海底で何をしていようが、鎮守府には関係ないわ。事前に、報告しているのに詳細を語る必要は、皆無よ。どうせ理由を教えても、疑うんでしょう? 顔に書いてあるわよ曙。信用できないってね」

「なっ……」

 煽るように挑発して答える姫に、曙は激昂しかけた。それを天龍が制する。

「曙、落ち着け。……なぁ、姫。最近、お前らの様子がおかしいのは俺も知ってる。何かあったんだろうってのも、想像はつくぜ。だが、今のはひでーんじゃねえか。幾らなんでも言い過ぎだ。何をそんなにイラついている? 俺でよければ、話を聞くぜ? 無論、誰にも言わない。タイマンでだ」

 ……訂正しよう。天龍は、こっちの話を聞こうとする。

 目線を合わせる、数少ない味方になるかもしれない艦娘だと。

「……ごめんなさい。ちょっと最近イライラしていて、イロハとかも巻き込んで、みんなを避けているの。暫く、放っておいてくれないかしら……」

 何故だろう。強烈な不安を感じていたのに、天龍の前ではあっさりと口に出せた。

 イロハも何も言わないが、警戒の色が少しだけ解けた。レキは様子を眺めている。

「うーん。経験上、悩みがあるときは誰かに打ち明けた方が気が楽になるぜ? まー、短気な曙がいると言いにくいよな」

「何ですって?」

 腕を組んで、怒る曙。天龍は笑って謝り、そして告げた。

「うっし、今日は思いきって外泊すっか! ダチの為だもんな!!」

 何かをノリで決めて、細かいことは気にしないと詮索せずに流した。

 不満そうにしている駆逐艦たちを説得して、プライベートなこともあると言い、そして。

 

「ってな訳で、一晩よろしくお願いしますっと!!」

 

「……なのです」

 

 何か、夜遅くに天龍と電が楽園に押し掛けてきた。

 鎮守府からお許しが速攻出たらしい。

 姫達の不審な行動に手を焼く提督が解決してこいと比較的仲良しな二人を遣わせたのだ。

「……どうして、ほっといてくれないのかしら」

「雷さんみたいだ……」

 疲れた顔で連れてきた二人を、マスターも了承。

 結局、逃げられる筈もなく、二人を姫たちの部屋に泊まらせることになるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

好いて嫌ってまた好いて

 

 いたちごっこ、という言葉をご存知だろうか?

 もとは子供の何気無い遊びの一つだったという。

 それは同じことを繰り返し、延々と終わり無く続いていく不毛な遊び。

 今のこの状況も、似たようなもんだと姫は思う。

 一度は好いていたハズの楽園の面々。それが疑問を持っただけで嫌いになり、天龍達の好意に甘えそうになってる。

 だけど、それもまた嫌うための布石にしかならないだろう。

 何故なら姫たちは深海棲艦。天龍達は艦娘だから。

 抗うことの出来ない、敵味方の垣根がある。越えられぬ種族の違いがある。

 もう、姫には周りが信じられない。イロハも、信じる気持ちよりも疑う気持ちが勝る。

 レキは迷うほどの感情移入してない。ただ、家族を守る。ゆえに迷わない。

「ってな訳で。酒盛りすっぞ」

 姫たちの部屋に来た天龍は、ニヤリと笑って荷物からビンを取り出した。

 腹を割って話すために酒の力を借りるつもりか。

 最近酒盛りばっかしてる気がする。姫はことある事に酒盛りをしていた。

 イロハとの出会いと言い、今回の発端と言い、酒が絡むとろくなことがない。

 然し酒があろうが無かろうが、何れは表沙汰になっていたこと。ちょうどいいのかもしれない。

「はわわわ……。天龍さん、いつの間に持ってきたのです!?」

「そこのコンビニで売ってた」

 同伴していた電が気づかぬ間に買っていたのか。晩飯を買いにいったついでだとか。

「いいわ。あたしも、やけ酒したいと思っていたの。イロハはどうする?」

 やけ酒か。姫は自分で言いながら思う。深海棲艦のクセに随分と馴染んできていた。

 問われたイロハは、段ボールの中で既に何か食っていた。天龍が与えたらしく、

「うぐっ。……これかてぇ……」

 ひっくり返って抱えた大きな干物と悪戦苦闘していた。飲むと言うよりは食うか。

 レキは眺めているだけでよいとのこと。一応参加。客間から持ってきた布団を狭い室内で敷いた。

 電は小さいので天龍と添い寝。二人はベッドで寝る。

 そういえば、二人の私服は初めて見た。天龍は紺色のジャージ上下。

 登り竜が描かれたカッコいい奴だ。電はお子さまが好みそうなパジャマが可愛い。

「そういえば、酒の席ってのは初めてだな。まあ気張らずに行こうぜ」

 こんなときでも眼帯は外さず、紙コップに酒を注ぐ。いきなりテキーラとは意外と攻める。

「……電はジュースでいいのです……」

 彼女は持ってきていたオレンジジュースを注いでいた。酒を飲むつもりはないのだろう。

「あら、電は飲まないの? ヴェールヌイはかなり飲むのに」

「ヴェールヌイちゃんは特殊なのです。酒豪と一緒んされても困るのです……」

 姫は酒盛りならそれはそれで、気分を入れ換えたいこともあり積極的に行くことにした。

 レキは持参した麦酒をがぶ飲みしている。イロハは今回は酒は遠慮するとのこと。

 どうやら雷の姉妹の中で、ヴェールヌイは格段に飲兵衛らしかった。

 一度真似した姉の暁が失神したらしい。確かに何度か見ているがあれは凄い。

「お、意外とノリいいな姫」

「月見酒が好きだからね。止めないわ」

 普段は提督などにも止められると言う天龍。参加する姫に、笑った。

「そーだよな。俺達、互いに知らないことが多い。だからこうやっていけば、意外とどうにかなるもんじゃねえか?」

 肴を開いていた姫に言う。顔をあげると、目は笑ってない。真剣そのものだった。

 ため息をついて、姫は俯き作業に戻る。

「……知れば、どうにもならないこともあるわ。知らなかった、知りたくなかったってことも世の中沢山ある」

 一理ある言い分に、天龍は否定せず肯定せず、受け止める。相当根の深い事なのだろう。

 電は降参して出てきたイロハを抱き抱えて、苦闘する干物を小さくしてあげた。

「さて、そんじゃ……腹割って話そうや、姫。俺でよければ言いたいこと全部聞くからよ」

 紙コップを持って、言った天龍に、テキーラを煽りながら姫は一度沈黙する。

 ここまで譲歩されてしまえば、言わないワケにもいかない。

 腹を割って話すなら、溜めているよりは幾分マシかもしれない。

 イロハは巻き込まれただけだし、レキは気にしてないし。実質、姫の問題なのだ。

 確認すると二人とも良いといってくれた。好意に甘え、全てを打ち明けよう。

 弱い自分ではどうしようもないから、酒の力を借りて……。

「いいわ。あたしも、本音で喋るから……」

 

 

 

 

 

 

 

 言ってしまえば、疑心暗鬼。

 自分達に危害を加えるかもしれない、相手が怖い。

 差別される理由はあるし、どうしようもない事も分かってる。

 人間も、艦娘も、深海棲艦の敵でしかない。逆も然り。悲しいけど、それが本質で。

 イレギュラーな三人は、海軍にオモチャにされている事もある。

 だから、最近信じられなくなったと告げた。

「よく、天龍が聞くでしょう、怖いかって。ええ、全力で怖いわよ。信頼していた相手に裏切られるかもしれない。殺されるかもしれない。今日だってそう。天龍は仕事で襲ったんでしょうけど、あたしたちはなにもしてない。ただ、海底で大人しくしていたのに襲ってきた。これが現実よ。あたしたちが深海棲艦である以上、襲われない理由はないわ。寧ろ今、こうして無事であることが生殺与奪を海軍に握られている証拠。あいつらの気紛れで殺されてもおかしくない。誰も……信じられないわ。深海では同胞にも襲われて、陸に上がれば敵だらけ。……あたしたちの居場所はどこにあるのよ?  誰を信頼すればいいの? ここにいるあたしの家族以外で、誰があたしの苦しみを理解してくれるって言うの。艦娘は深海棲艦の敵よ。敵視されて当たり前。だったら……あたしたちが敵視してもいいでしょ。敵同士なんだから」

 酔いが回って饒舌になり、溜まっていた鬱憤を全部ぶちまけた。

 天龍は黙って聞いていた。電は泣きそうになっていた。

 レキは平然と聞いており、イロハは代弁してくれた姫の言葉が本心だった。

「…………これが、あたしの本音よ。イロハも同感だっていってくれた。レキは理解してくれた仲間は二人だけよ」

 イロハが頷き、肯定腕を組んで、天龍は唸った。渋い顔だった。

 スッキリしたように、姫はまたテキーラを煽る。

 電が何か言いたそうにしていたが、天龍が先ず口を開いた。

「姫、サンキューな。本当の気持ちを教えてくれてよ」

 そう言った天龍は穏やかに笑っている。一口酒を口に運び、続ける。

「考えても見れば、恐ろしい話だよ。俺なら堪えられないな、本気で。姫の言動にも納得したわ」

 天龍は思った。逆に立場になれば良い。深海棲艦しかいない深海で、三人だけの艦娘の毎日。

 いくら周りが親切でも、善意しかなくても疑ってしまえばこうもなろう。ゾッとする、孤立した世界。

 艦娘と深海棲艦は敵同士。だから、例外となる姫とイロハは周囲を恐れる。

 大義名分があるから、信用しすぎたら……遠慮なく殺せるのだ。

 姫には精神的な余裕がない。一度始まった疑心の膨張を止められない。

 感化されたイロハも同調して、余計に助長させている。唯一余裕のあるレキは傍観していて動かない。

 成る程。確かに……これはツラいし、キツイ。不安にもなるし、イラつきもする。

 そもそもの発端は多分、新しく転属してきた艦隊の面々だ。鎮守府でも噂になっている。

 姫と転属組は過去に何か揉め事を起こしていて、数名がストーカー紛いのことをしてると。

 どうやら、事実だったようだ。機密が多いらしいから深くは知れないが、姫がそうするのも筋が通る。

「……まあ、なんだ。俺は深海棲艦としてお前は見てねえ。姫って言う個人で見てるつもりだよ。その辺はマジだから、疑うのは勘弁な?」

「今は疑ってないわ。演習で戦ったときにも思ったけど、あなたも大概お人好しね」

「誉めてんのか?」

「ええ」

 姫はさらっと、天龍に関しては今は信頼していると言った。

 演習の時と言い、無駄がない天龍の思考。姫は僚友だから、深海棲艦だろう人間だろうが気にしない。

 豪胆と言うか、単純と言うか……。殴りあったら既に友達、みたいなヤンキースタイルの思考だった。

 分かりやすい真っ直ぐさが、姫の疑心をすぐに払拭させた。

「お前、曙とも仲が悪いよな。何でだ?」

「同族嫌悪でしょ。互いに子供で意固地だから、衝突するのよ。あたしもあの子は今でも嫌いだし」

 意地っ張りで子供っぽい言う姫。子供は兎も角意地っ張りなのは事実で、姫も頑固。

 ゆえにぶつかって喧嘩をする。これで二度目だ。しかも互いに謝らないから余計に拗れる。

「……仲良く、出来ないのですか?」

 小さく、電は呟く。みんな仲良くしてほしい。

 彼女は常にそう願っている。深海棲艦とか艦娘とか関係なく。

 でも現実は、深海棲艦だから、艦娘だからと言ってすれ違う。

 それが、電はとても悲しい。

「電さんは、優しすぎるんだよ」

 ボリボリと乾物を貪るイロハが胸のなかで答える。

「仲良くって口で言うのは簡単。でも、実際はこれが結果だよ。俺達と艦娘さんはね、例外であっても必ず何処かで争うんだ。それは人間同士でも、深海棲艦同士でもあり得る話。仲良くしたくても、できないこともある。結局、理屈もそうだけど感情も大きいし。好き嫌いの問題は、簡単じゃない」

 電は綺麗な心を持っている。死にかけても尚、善意を信じる清らかな心。

 でも清濁あわせ持つこの世界において、その考えは危険すぎる。

 仲良くなれればそれに越したことはない。

 だが、それは相手にその意思がある場合のみだ。深海棲艦の例外ですらこの様。

 意思疏通のできない侵略者に和平を持ち出せば滅ぶのは人間と艦娘だ。

 彼女の願いが現実になるのはほぼ不可能と断言できる。

 電の思考では、この辺を省いているせいでたどり着かない。

 愚直なまでに善意を信じる愚か者。電はそういう一面が強いから、鎮守府でもお花畑と揶揄されていた。

「……全てを信じろとは言わねえ。だが、目の前の連中くらいは信じてみたらどうだ? 楽園の連中は、お前の敵じゃねえよ。少なくとも、鎮守府の艦娘よか信じられるぜ」

「分かってるわよ。でも……それでも、怖いのよ。マスターもみんなも、人間と元艦娘じゃない。個人として、見ることも……うまくできないよ……」

 姫はすっかり弱気になっていた。根本が異なると言うことが、こんなに苦しいなんて知らなかった。

 肩を優しく持つ天龍は、俯く姫を励ましていた。レキはマイペースに飲みあさり、聞いてない。

 まあ、レキ程割りきり出来れば姫もよかったのだが、彼女もまた信じたいと思っている。

 板挟みの状態が辛くて、安易な逃げ道を探していた。レキは前提として細かいことは気にしない。

 勝てる相手で悩むほど、感情がない。彼女にあるのは盲目的な家族愛のみ。

 二人が無事ならそれでいい。極論、深海だろうが陸上だろうが地獄だろうが家族がいるから着いていく。

 依存しているし、役目を自覚している。メンタルが強いのは余計なものがないのと自分のあり方を確立している。

 その違いだった。

「イロハは電の命の恩人なのです。酷いことなんて出来ないのです。裏切るとか怖くて……したくないです」

「…………」

「それに、イロハは友達なのです。種族とか、立場とかそんなのよりも電は気持ちを優先するのです!」

 此方は、電の純粋さがイロハを信じさせていた。純真とも言える心は、偽り無くイロハに語りかける。

 彼女の思いは、綺麗すぎる。だからこそなのかもしれない。イレギュラーにも、届くのは。

「……そうだね。電さんは、信じていいかもしれない」

 顔をあげるイロハに、にこやかに電は言った。

「なのです。もう、さん付けは要らないのです。電と呼んで欲しいのです」

 呼び捨てでいいという彼女に、イロハは答えた。

「ありがとう……電。俺は、電を信じるよ」

 まるで天使のような無垢さ。抱き締められたイロハと抱き締める電は和解できた。

 無事に解決した素面組に対して。

「いっそ演習で本音ぶつけようぜ、姫。縁を切るにしたって、相手の気持ちも聞いた方が後腐れ無さそうだろ? 俺も手を貸すからよ」

「…………気持ち?」

「つまりだ。互いに、殴りあって言い合ってスッキリさせようやってこと。このままじゃあ、諦めないと思うし」

 ヤンキー特有の喧嘩が近道というバイオレンス思考になっていた。

 姫も本人を叩きのめしてスッキリしたかったのもあり。

「そうしましょう。ありがとう天龍。原因だけでも解決しておいた方が良いわよね!」

「当たり前だろ。うだうだ考えてると、凹むだけだぜ」

 結果、長門と夕立などの連中に喧嘩売ることにした。酔っ払いの思考って怖い。

 唖然とする電とイロハを尻目に、二人は意気投合して更に酒を飲み始めた。

 翌日二人は、二日酔いで見事に潰れたのは言うまでもない。

 レキとイロハでその日の仕事は終えて、イロハが変わって雷達に謝った。

 一応解決したものの、姫は四人に水臭いだの、家族はみんな同じだのと有難いお説教を受けて、深く反省するのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの思い

 酔っ払いって怖い。つくづくそう思う。

「…………」

 酔っ払った勢いで約束してしまった姫は、目元に影をおとして俯いていた。

 ノリとテンションに身を任せた結果がこれだ。ストレスでお腹いたい。

 翌日。鎮守府に顔を出した姫は目が死んでいた。

 死にかけのイ級よろしくの紫眼で、提督に呼び出してもらった因縁の相手を待つ。

 大丈夫、戦闘服着てきたし、どうせ後戻り出来ないし後は野となれ山となれ。

 天龍との約束したのだ。破るのは言語道断。逃げ道はないのだ。

「……姫、焦点が昇天してるぞ?」

「夜の戦の時間だゴルァ……」

「何処の漫画の台詞言ってるんだ、落ち着け」

 鎮守府の入り口。昼下がり、休日の天龍に付き添いを受けて姫は決意を新たにした。

 過去との因縁を断ち切る。その為に、相手と本音を言い合うのだ。演習で。

 言いたいことがあるからはっきり言えばいい。殴りたければ殴れ。殴り返すから。

 と言うわけで、夜戦の演習を沖合いでさせてもらう事にした。

 天龍を通して提督には伝えた。蟠りがあるよりは良いと了承を得た。

 後は相手次第。応じない場合は、姫は一切の関わりを切って、無視することにしている。

 事実上の最後の手段。姫だって覚悟はある。後味は悪いけど、前に進むためならする。

 ただ、正直言うと勝ち目はない。相手は戦艦とバカみたいに強い駆逐艦。

 駆逐棲姫と言えど駆逐艦。常識的に考えて、夜戦という有利な状況でも勝ち目は薄い。

 しかも長門はビッグセブンの通り名があるほど、強力な艤装を使う。

 万が一、直撃しようものなら……一撃大破は免れない。

 深海棲艦と言えど、戦艦の一撃は耐えられない。

 自分から仕掛けておいて何だが、冷静に判断すると愚行そのもの。

 後には引けないし、進むしかない。退路はない。行くしか。

「…………その、待たせたな。遅れてすまない」

 何処か戸惑いがちに、長門が姿を見せた。その後ろには、例の駆逐艦たちもいる。

 尋常ではない姫の雰囲気に圧倒されつつ、用事を訪ねる長門。

 初めて、姫から接触の申し出があった。何事かと訝しげに来てみればこの有り様。

「……………………」

「!?」

 長門は姫の様子を見て絶句した。

 眉間に影のさす、険のある表情でこちらを見ていた。

 恰も、メンチを切っているチンピラのような顔……いや、違う。

(あの表情……一度見たことがあるな。深海棲艦の中でも強い奴だった)

 港湾と呼ばれた深海棲艦も、あんな風に血走った目で艦娘たちを睨んでいた。

 壮絶な戦いを経て辛勝した事を思い出した。彼女は本当に、最早長門の知る春雨ではない。

 直感した。これがきっと、ラストチャンス。あんな顔をするほど、長門達は取り返しのつかない罪を犯した。

 仕方ないと言えるかもしれない。けれど、長門の誇りは、あの日から失われた。

 仲間に艤装を向けた瞬間、悲痛な顔で殺してやると叫んだ春雨の気持ちを知れなかった自分が何よりも情けなかった。

 戦艦として、旗艦として仲間の事を誰よりも知っていると傲慢な考えを持っていた。

 だが結局、彼女の事を何も分かってなかった。だから、沈めることになった。

 皆、後悔した。誰一人、春雨の気持ちを感じていなかった。知らなかった。

 ずっと一緒に戦ってきたはずなのに。何時から置いていってしまったんだろう?

 仲間だったと思っていた長門は、自分に情けなさを恥じた。そして自らの罪とした。

 春雨を殺した自分は、誰よりも生きて苦しむことが沈んだ彼女への贖罪になると思っていた。

 だが、彼女は生きていた。記憶を失い、敵として。戸惑った彼女は、対話を望んだ。

 せめて。せめて、一言。詫びる事を許してほしかった。然し彼女は拒んだ。

 当然の事だ。殺したことを許してほしいと言われて誰が許す。

 記憶がなかろうが、切っ掛けになったと知れば拒絶するのは当たり前。

 だから、生きる限り苦しみ続けることが罰だと思っていた。

 だが……。

「ヨルノイクサ……ハジメマショウ……?」

 澱んだ海底の色をした瞳。強い憎悪と怒りを感じる。

 怨念返しが、始まったのだと感じた。

 ストーカーをする駆逐艦たちを止められず、ストレスを与え続けた事への反撃なのだろう。

 怯える夕立達。明らかに殺気だっている。演習の申し込みなのに、殺害予告に聞こえる。

 片言の要約をすると、話し合いをしてもいいけど夜戦のなかで、互いに言いたいことを言う。

 話し合いだとうまく話せないから、殴りあいで一発殺らせろと言いたいようだ。

「分かった。その演習、受けよう」

 長門は受ける。殺意にまみれた視線と言葉。

 それだけの事をしたのだ。当然の報いを本人から受けるのは……裁きなのかもしれない。

 罪悪感を感じ続けた数年が、亡霊の裁きを受ける日により終結する。

 長門にとっては、ある意味救いなのかもしれない。

 そう思う自分に嫌気がさす。何処まで卑怯な艦娘なのだ、と。

 こんなことを感じていること自体、最低で下劣な存在だと自覚する。

「ハッキリ、サセマショウ……タガイノタメニネ……」

 彼女の言葉に首肯して、長門は覚悟する。己の終焉と、裁きの時を……。

 一方、夕立は。

 ただただ、怯えていた。

 あの姿は夕立の知る春雨じゃない。ただの深海棲艦だ。

 面影があるだけで、別人なのだと漸く理解する。

 ……殺される。初めて、深海棲艦に恐怖を覚えた。

 戦場では勇猛果敢、時には狂犬とすら揶揄される夕立が。

 一人の義足の深海棲艦に、戦慄している。間違いない。彼女は、怖い。

 戦って勝ち目はあるのか? 聞くところによると、艦娘の戦い方は通用しない。

 況して、深海棲艦より高い知能と知識と経験を持つ元艦娘。

 いくら数年前は戦果で勝っていたとしても。改二と呼ばれる夕立でも。

「ケッチャク……ツケテヤルワ……」

 メンチだけで此方を竦み上がる程の眼力を持つ深海棲艦には、勝てない。

 殺意が漏れている。あいつは、殺すまで戦いをやめない気だ。

 そういう猛獣みたいな、化け物みたいな目をしてる。

「……」

 いつ、彼女の逆鱗に触れた? 思い出せる事は幾つもある。

 きっと、月見酒を邪魔したときだ。あの時には既に、夕立達の死刑は決定済みだったんだ。

 どうしよう。ただ、話したかっただけなのに。

 夕立はパニックを起こしていた。仲直りしなきゃ。ごめんなさいって。

 もう一度、最初からでいいからお友だちになりたい。

 春雨じゃなくていい。今の彼女を受け入れて、もう一回友人として、チームとして組みたい。

 都合のよい話だと思う。夕立はそれが本音だった。一度は殺す真似をしていて、ひどい話だ。

 でも、チャンスがほしい。謝って、お詫びをして……やり直したい。

 深海棲艦だからと差別したことは、本気で後悔している。

 彼女の妹と言う存在が目障りだったのは事実だ。

 でも、だからと言って差別していい理由にはならなかった。

 自分はバカなことばかり繰り返している。

 気持ちばかりが空振りして、気がついたらストーカーをする駆逐艦になっていて。

 挙げ句の果てには深海棲艦だからと差別して、最悪なのはさっきから自分勝手なことばっか考えている。

「……それじゃ、あたしは行くわ」

 用件を伝えた彼女が行ってしまう。

 夕立は背を向ける彼女に何を言えばいいか分からない。

 否、言える道理などない。アノときの見殺しは、長門と同罪だ。

 自分だけが罪が軽いと何処かで思っているのかもしれない。本当に最悪な女だ、夕立は。

(……あ、分かったっぽい)

 ふと、自覚する。……彼女に、一体加害者である夕立は何を求めているのだろうと。

 自分勝手なことばっか言ってるくせに。許してほしいと思ってるくせに。

 そうやって自分が罪悪感から解放されたいだけのくせに。

 彼女の事を、本当は怖いって思ってるくせに。

 みんなの事を思い出せない彼女を責めていたくせに!!

(あたしって……ホント、最悪っぽい……)

 加害者なのに被害者面している自分がいた。

 酷いのは春雨。悪いのはあんなことを選んだ春雨。

 覚えていない春雨。襲いかかった春雨。

 

 全部、春雨の自業自得!!

 

(違うッ!! 悪いのはあたしだ!! 見殺しにしたあたしだ!! 助けられなかったあたしだ!!)

 

 助けるって言うその言い方が高慢だよね。上から目線だよね。

 そうやって仲間の時代から、春雨を見下してきたんでしょ?

 実際、あの子はああなったのは誰のせいかなー?

 ほらほら、よく思い出してみて? 

 一緒に戦ってきたとき、約たたずって言われた原因誰だっけ?

 比較されて、提督の寵愛を受けていた勝ち組は、誰だったかなぁ……?

 

 ――ねぇ、『ソロモンの悪夢』さん?

 

(ああああああああああああああああああッ!!!!)

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああッ!!」

 

 突然、夕立が頭を抱えて絶叫した。

「!!」

 天龍と共に楽園へと帰ろうとしていた姫は振り返る。

「夕立、どうした!?」

 長門が駆け寄り問いかけるが、夕立は錯乱していた。

 突如泣き出し喚き散らす。ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返す。

「なんだ、ありゃ……!?」

 直ぐ様人だかりが出来て、夕立を取り囲む。遠巻きで見ていた天龍も驚いていた。

「……」

 数秒、姫はその方向を黙ってみていた。興味がなくなったように、再び歩き出す。

「お、おい姫……!」

 慌てて天龍も追い掛ける。彼女の歩くスピードは異様に速い。

 なにも言わない姫だが、その足取りが心情を現していた。

 逃げたいのだ。顔は青ざめ、血の気が引いている。

 彼女の感情が、姫にも聞こえて見えたように。

「大丈夫か?」

「…………ええ。まだ、大丈夫、よ……」

 歩幅を合わせてとなりに歩く。姫の視線は下を向き、返事は弱い。

 天龍は必死になって姫が自分のせいで夕立が錯乱したことを否定していることに気がついた。

 ただ、演習の申し込みに呼び出しただけ。緊張して目付きが悪くなって片言になってしまった。

 何も悪いことはしていない。悪くない、なにもしていない。

 そう、反芻するように姫は小言で自分に言い聞かせているのだ。

 自覚はないだろう。殆ど反射的に自己防衛するための正当化。

 互いに少し会話するだけでこれだけメンタルに悪影響を及ぼす間柄。

 詳細を知らない天龍も眉を寄せる。

(こいつら……艦娘同士で殺しあうようなことでもしたってのかよ?)

 極めて正解に近い予想であった。事実、姫は長門に『処分』された過去がある。

 姫は無意識で自我のバランスをとっているぐらい、精神が揺らいでいた。

 思っている以上に、姫の心は失った記憶のせいで追い詰められている。

 天龍がその機微に気づかないわけがない。

 天龍はビッグマウスであるが、同時に本当に実行できる。

 単なる大口ではないゆえに、駆逐艦の艦娘に慕われているのだから。

「姫、一回深呼吸してみ」

 信号機で止まったとき、肩を叩いて言った。

 大袈裟に反応する姫に、手本として自分もする。姫も続けた。

 数度繰り返して、動揺していた姫も次第に落ち着いてきた。

「ありがとう天龍。落ち着いてきたわ」

「そうか。まあ、やることはやったんだ。後はあいつら次第だ」

 できることはした。相手の対応を待つのみ。

 少なくても、もうひと悶着ありそうな空気だったが。

 二人は、そのまま楽園へと戻っていくのだった。 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

前に、進んで

 

 夜の演習の許可を得て、うまくいけばそれでよかった。

 だが現実は非情、無情の連続で。結局、起こるべくして起きた事柄。

 

 ――夕立の『解体処分』が、正式に決定したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 姫との顔合わせ一件で錯乱したこと一件で夕立は艦娘として致命傷をおった。

 ……戦えなくなってしまったのだ。救護室に運び込まれた夕立は、鎮静剤を打ち込まれ漸く大人しくなった。

 だが、翌日から出撃しても思うように動けず的になり、大敗を重ねるようになった。

 異変を感じた提督が演習を延期。同時に姫にも事情を聴くが特になにもしていない。

 その場にいた天龍もそう説明して、彼女に非はないと判断。

 本人に問うが大丈夫と言ってばかりで教えない。挙げ句には死に急ぐような勝手な真似も突然増えた。

 戻れと言うのに言うことを聞かずに大破しても出撃しようとする。

 とうとう同じ艦隊の艦娘まで危険にさらして、危うく沈むところだった。

 見かねた本部が遂に口をはさんだ。それが、暴走する可能性がある夕立の、解体処分。

 このままでは鎮守府に余計な被害が出る。改善の見込みなしと判断された。

 転属組はまだ鎮守府に慣れておらず、仲違いを起こしていた内部では夕立を嫌がる声も出ている。

 提督は反発したが、当然正式決定した処分は覆らない。これは鎮守府の為なのだ。

 夕立と同じぐらいの経験を持つ駆逐艦は幾らでもいる。補充は後で出来る。

 ……当たり前の結末だった。夕立は、解体される。

 艦娘にとっての解体の二文字程恐ろしい言葉はない。

 人間で言うなら死刑宣告。僅かな資材と引き換えに、彼女たちは死ぬのだ。

 解体は本部で行われ、連れていかれる艦娘は恰も売りに出される子牛の如く。

 死神の踊る曲がよく似合う、そんな光景だった。

「どうにかならないのか提督!」

「無理だった。裏から根回しされて、全て手を潰された。もう、撤回は難しいだろう」

 執務室で項垂れる提督に噛みつく長門。折角の姫との演習が、潰えてしまった。

 何より、夕立の意志が見えない。長年苦楽を共にした彼女は塞ぎこんでいる。

 引き渡しは明日。明日、夕立は資材に変わる。連れていかれる。

 既に時は遅い。手は打てない。長門は、無力さを痛感していた。

 まただった。また、無理解によって仲間が一人減ってしまう。

 なぜだ。なぜ、夕立は暴走している? 死にたがり真似をする?

 必死に考えても、何が原因なのか分からない。

 姫は関係ない。あの時、姫はなにもしていない。

 この時点で致命的な勘違いをしている長門には、夕立の心情を察することは出来ない。

 死にたがってる? 違う。夕立は、死にたいのだ。

 もう、生きる事が嫌になって、わざと解体されるように仕向けていた。

 罪悪感に堪えきれない。自責に殺されるくらいなら、死を持って償いとする。

 自分勝手な考えと自分自身に嫌気がした。何もかもどうでもいい。

 兎に角、死にたかった。死んで楽になりたかった。

 その安易な逃げを選んだ自分に更に愛想をつかして、より死を望んだ。

 執務室で二人が打ちのめされる頃。肝心の夕立は、鎮守府を抜け出していた。

 最期に沸き上がる小さな欲望。

 星空を見上げたくて。この世界に、お別れをするように。

 幽霊のように、彼女は町の方に歩き出す。人混みに紛れれば時間稼ぎも出来るだろう。

 そんな浅はかな考えで、彼女は――選択を誤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと買い物行ってくるわ」

「はいはーい!」

 明日の仕込みに忙しい神通達に断りを入れて、姫は夜食を買いに近くの年中無休のスーパーに向かった。

 元気よく雷の返事を聞き、二階ではヴェールヌイの部屋でじゃれているイロハ、寝ているレキをおいて。

 裏口から出た姫は、また寝間着の半袖とハーフパンツ姿でふらりと出る。

 我、夜の戦に全てを賭ける! と書かれた意味不明な半袖だった。姫の趣味は迷子になりつつある。

 例の演習の子とは聞いた。聞き取りもされたが、姫には最早関係ない。

 何もしないで勝手に発狂したのだから、もう姫の関与するところではない。

 延期とされていた演習も中止になるだろうし、別の手段を講じれば済む。

 あのストーカーが最近、暴走してとうとう本部から解体命令が出たことも知ってる。

 自業自得だ。どうなろうが、姫はなにも感じない。嬉しくもなければ悲しくもない。

 元々通り名しか思い出せず、禁忌改修前後の僅かな記憶しかないなら、思い入れもへったくれもない。

 生前負けていた、程度の認識。死ぬなら死ねばいい。今はこの繋がりを無くせば無関係の存在。

 夕立の事は、姫は全く気にしていない。それより残された長門の方を優先する。

 居なくなるなら知ったことじゃない。姫にとっては所詮、他人事。

 相手の思いを知らなければ、こうもなる。

 ならば、知ってしまえば? 姫はどうなる? 

 運命のイタズラは嫌味なものだ。出会いたくない相手と、引き合わせるのだから。

 

 

 

 

 

 買い物を終えた姫が、楽園に帰る途中。小さな、寂れた公園の前を通りかかった。

 あるのは一本の街頭とブランコ、滑り台ぐらいの小さな公園。

 姫はそこで、ブランコに座って夜空を見上げる人影を発見した。

(あの子は……)

 知っている顔だ。いたのは、夕立。明日、解体されるはずの艦娘だった。

 なぜ鎮守府にいるはずの彼女がこんなところにいる? 

 真っ先に思い付くのが、死にたくないがゆえの逃亡。逃げ出したのだ。

 ならば、何故にこんなところに留まっている? 見つかるのは時間の問題。

 だったら、またストーカーか? だが先回りした様子はない。

 魂が抜けたみたいにボーッとしているし。

 違和感しかない姫は、どうするか考える。鎮守府に連絡……は無理だ。

 お財布以外に持ってきていない。ここで見張るのも得策じゃない。

 ……仕方ない。方法は無さそうだった。後で面倒になるのは嫌だ。

 ここでぶん殴ってでも連れていく。それでいい。

 姫はため息をついて、そっちに近づいていく。

 足音に気がついて、夕立はこっちを見て目を見開いた。

「あっ……!」

 顔に浮かぶ、失態の表情。逃走の気配に先んじて姫は潰す。

「騒がないで。逃げたら、骨をへし折ってでも捕まえて鎮守府に連れていくわよ」

 強い脅しに面白いように竦み上がって硬直する夕立。

「勘違いしないことね。明日、解体されるはずの艦娘が逃げたってなれば大騒ぎになる。巻き込まれるのは嫌だから話しかけただけよ。大人しくしなさい。さもなくば、本当に半殺しにするから」

 本気だった。関係のない相手だから、遠慮なく一発蹴り飛ばして鎮守府に戻す。

 姫には関係ない。こいつが死のうが殺されようが、もう知ったことじゃない。

 艤装のない陸上なら姫の方が強い。夕立は、すると。

「……殺してくれるの?」

 地面んを見て、言った。表情は髪の毛で見えないが、暗かった。

「あなた、……春雨ちゃんじゃなくて、誰でいいんだっけ?」

「姫。今のあたしは、姫と呼ばれてるわ。尤も、思い出せない本名は、その麻婆だかスープだかのお供みたいな名前かも知れないけど、今のあたしは別人よ」

 ……本名は春雨かもしれない。だが、所詮は禁忌改修の受けたときに失った名前だ。

 今は、イロハから貰ったこの名前が、彼女の名。

「そっか……。やっぱり、別の人なんだね……。漸く、あたしにも理解できたっぽい」

 俯いたまま、夕立は溢す。悲しい声色で。

 今夜はやけに大人しい。何時もみたいに騒がない。明日、死ぬのだから当然か。

 姫は冷たく見つめている。油断せずに、見張る。

「死にたくないから逃げたの?」

 解体される話は知っていると脅す。

 すると夕立は素直に吐露した。恐らくは、本心を。

 

「…………ううん。あたし、死にたいの」

 

 予想外の返答に面食らう姫。死にたいのに、こんなところにいた。

 最期に、一人で星が見たくて逃げただけ、と白状する夕立。

 明日死ぬから、違反だって怖くない。死ねば同じだ。

「死にたいから、仕向けたってこと?」

「うん。もう、生きてるのに疲れたから。色々、嫌になっちゃった。だから、死のうかなって」

 肯定される。姫は変貌ぶりに唖然としていた。

 あのあと、一体何があったんだろうか? 別人になっている夕立。

 俯いたまま、姫に言う。

「もし、あたしに恨みがあるなら……殺してもいいよ。殺さなくても、殴っても蹴っても踏んでも、好きにして。……あなたには、その権利があるから」

「そんなもん、ないけど?」

 何か罰を与えてくれと言われている気がして、直ぐ様反論。

 顔をあげた夕立は姫を見上げる。驚いていた。

「だから、何度も言わせないで。覚えてないって言ってるでしょう。昔何があっても、あたしは思い出せないの。そんなことで、あたしを一々巻き込まないでよ。あたしのことでもし、何か引きずっていたり苦しいと思ってるならこの際だし、言っておくわ。あたしは許すから。あたしがあの時、禁忌改修を選んだ理由は、ただ結果が欲しかっただけ。結果を出したかっただけなの。禁忌改修前後の僅かな記憶なら、ギリギリ覚えているから言える。そっちは何も悪くないでしょ。……死なれる前に、伝えておくよ。あたしの方が迷惑かけたと思うわ。忘れてて、ごめんなさい。何て言うか、言えることこれぐらいしかないけれど」

 明日には彼女は死ぬのだ。

 言えることを言っておかないと後悔すると思って、姫はありったけ言いたいことをぶちまけた。

 矢継ぎ早に、謝って、許して、そして気にしないでと慰めて。

 結局、何しに来たのか忘れてしまう。聞いてるうちに、夕立は涙目になってくるし。

 泣かせたんだろうか。死にたいと言う子に、酷いことを言ったのか。

 焦る姫。何分経験のないシチュエーションに、右往左往している。

 その内に、夕立は声をあげ大声で泣き出した。溢れる涙をぬぐおうともしない。

「な、何で泣き出すの!? あたしにどうしろって言うのよ!?」

 訳のわからない姫が仕方なく、抱き締めて宥める。寝間着が涙で濡れていく。

 困惑する姫には分からない。夕立は……少しだけ、救われていた。

 本当は夕立は姫に許してほしかった。見殺しにしたこと。助けられなかったこと。

 彼女を追い詰めていたこと。気持ちを分かれなかったこと。たくさんのことを。

 ただ、謝りたかっただけだった。涙声で、ごめんなさい夕立は姫に言った。

 ごめんなさい。一言を言えずに遠回りして、姫に嫌われて、散々後悔して。

 崖っぷちで、漸く夕立は救われた。

「……ええと。昔のことは、その。当事者なんだけど、ホント分からないから。兎に角……気にしないで? ほら、あたしが沈んだもの自分のせいだし……」

 しどろもどろで説得して、夕立が泣き止むまで背中を撫でていく。

(何しにこに来たのかしら、あたしは……)

 嫌っていたはずの相手に、言いたいことをぶちまけたら全力で泣かれた。

 そしてそれらしい理由も、夕立は説明した。昔のことを後悔して、謝りたかったと。

 それなのに、うまくできずにすれ違って迷惑かけた。それも、ごめんなさい。

「……そう。あたしも、ごめんなさい。話、聞こうとしないで突っぱねて。苦しかったのね、夕立。それに、皆を苦しめているのは、あたしなのね。分かったわ、ちゃんと話しましょう」

 姫にも一因がある。拒否を続けたせいで夕立はこんなことになった。

 天龍の言うとおりだった。話してみれば、知ってみれば意外とどうとでもなる。

 知っていれば嫌うこともなかった。ただ、すれ違って互いを傷つけていただけ。

 こんな簡単な問題だったのに、姫も夕立たちも、やり方を間違えていた。

 でも、もう大丈夫。互いに思いは通じた。理解しあった。だから、先ずは。

「夕立……。本部の連中は、明日の何時に来るのかしら?」

「……?」

 顔をあげた夕立が見たのは、青白い焔を右目に宿した、深海棲艦の姿。

 でも、不思議と……今は怖くない。むしろ、優しい光に見える。

「仲直り、というか何なのか分かんないわ。でも、死なれたらあたしは大変、困るのよね。折角理解しあったってのに、すごーく困るのよ。……死にたい?」

 夕立は首を振る違う。今は、姫と仲直りした今は、死にたくない!

 自分勝手だと思うけど、それでも。

「分かったわ。先ずは、楽園に来て。……撤回させるから。物理的に。あたしに任せて。今までのお詫びって訳じゃない。あたしを沈めたことを後悔してるなら、あたしにも悪いところは少なからずある。償いをするなら、あたしだってしなくっちゃね」

 姫は夕立の涙をぬぐい、そのまま手を引いて歩き出した。

「えっ……ひ、姫ちゃん?」

「その呼び方でいいわ。別人だけど、前のあたしの責任は取る」

 冷たい言い方。でも以前と違って……どこか親しみがある。

 最初からやり直すなら、姫も受け入れようと考えた。

 過去も今も、自分であるなら覚えなくても自分なのかもしれない。

 もう、細かいことはどうでもいい。取り敢えず、夕立の解体される話は取り止めにさせる。

 物理的に、やるしかなさそうだ。

 楽園に連れて帰った夕立に、皆は目を丸くした。

 あの姫が、嫌っていたはずの夕立を連れてきたのだ。

 丁度、鎮守府で夕立が逃げたと気付いていた頃。

 姫は提督に恐ろしい一報を入れた。初めての、自発的反逆行為。

「提督。ちょっと今からレキ連れて、本部行ってくるわ。根回しした連中、痛い目みせてくる」

 それは、本部が何よりも恐れていた事態だった。姫とレキが、本部にカチコミしに出掛けていった。

 条件は夕立の解体の撤回。数時間のうち、朝方になりかけた頃。

 鎮守府に夕立の解体が撤回される連絡と、レキと姫の手綱をしっかりと握れと言う苦情が来た。

 カウンターとして用意した筈のカウンターのために姫が動くと言う本末転倒なことに、本部はまた被害が出た。

 彼女たちに逆らうと、命はない。一部のお偉いさんは、完全に姫たちに逆らえなくなった。

 都合の悪い部分から生まれた、人工深海棲艦に事実上、一部が白旗をあげ、夕立の命は守られた。

 レキも不満はない。敵じゃないと姉が判断したのなら、そうするまで。

「…………胃痛が酷い」

 提督の胃痛が増すばかりだが、その辺は彼の頑張りに期待しよう。

 かくして、姫と夕立の仲直りは紆余曲折を経て、丸く収まるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二章 オタマジャクシは進化する
崩壊するパワーバランス


 ――最近、この鎮守府のパワーバランスが崩壊し始めている。

 そもそもは長閑な田舎の海域。比較的安定した海域で、激戦は殆どない。

 然し、彼の登場によって状況は一変した。

 駆逐イロハ級。進化なのか突然変異なのか知れない、喋るイ級が波打ち際にうち上がっていた。

 第一発見者は海軍退役の元艦娘。保護し、検査を受けたのち、地元の鎮守府に使役された。

 それからだ。駆逐棲姫という海軍の闇を知る少女が現れ、次世代兵器のレ級が現れ、駆逐棲姫を抑えるために主力艦隊を異動して、着任させた。

 現在、鎮守府には大型戦艦が四人いる。

 大和、比叡、霧島、そして長門。

 特に提督の嫁とカウンターとして用意した長門は規格外のスペックを持っている。

 加えて、独立部隊の存在もある。駆逐二隻と、次世代兵器が一つ。

 正直言えば、激戦区の艦隊を鼻で笑うぐらい、馬鹿げた戦力が集まっている。

 本来、ここにあるべき戦力ではない。戦艦は兎も角、駆逐艦と言い張っている某二人は、特に。

 ……姫は、漸く過去と決別した。記憶のない自分を受け入れ、歩き出した。

 もう、彼女には自らを縛る鎖はない。長門と和解し、過去の戦友とやり直したい彼女の物語は終わらせよう。

 ……お気づきになっている方も、そろそろ居るのではないだろうか?

 主人公、イロハの存在である。は、楽園の住人たちを恩人と言っている。

 だが、……それ以前の事は、何も語っていないのだ。

 思い出してほしい。駆逐棲姫、レ級。この二人は人間が関与して生まれた存在。

 然し、イロハは。本当の意味で、単なる深海棲艦なのだ。

 なぜ、そんな姿に変化したのか。彼は誰にも語らない。

 海軍の情報に詳しいレキですら、海にいた頃の兄を知らない。

 説明もへったくれもない。単なるイ級だった。

 体験したことを説明するだけなら、彼だってしている。

 進化をしただけであって、中身が変わったわけではない。記憶は引き継いでいる。

 だけれども、それだけで自我が覚醒するのかと言われたら……黙るしかない。

 進化の秘密。彼はまだ、自覚していない。自らの可能性、陸上進化の真骨頂は、これからだと言うことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、イ級について分かっている事を整理しよう。

 深海棲艦のなかで最も生息数、活動地域の広い、分類駆逐艦。

 ロ、ハ、ニ、と数種類確認されており、後に連れるだけ強い個体になる。

 基本、雑食。海にいる魚などを主食とする。下手をすると共食いなどもするらしい。

 体内に駆逐艦の主砲を内包し、戦闘になると口腔内に砲身を展開、口を開いて撃つ。

 更に自前で魚雷精製能力も保持し、一定期間で酸素魚雷に匹敵する魚雷を体内で精製する。

 その他、自我を持つ例は極めて少なく、艦娘にとってはただの雑魚。

 そういう認識が多い。だが、イ級には厄介な傾向がある。

 艦娘を好んで偏食するのだ。何処からか戦場に現れ、倒された艦娘に集団で襲いかかり捕食する。

 大きくても精々自転車サイズ。然し数の暴力で一人に襲い掛かるので、大抵狙われたら最後だ。

 轟沈した艦娘は、殆ど生きて戻れない。何故なら、イ級達が残らず平らげてしまうから。

 そして、時々妙に賢いイ級が現れる。目が赤かったり、黄色かったりする個体だ。

 そいつらは効率のよい狩りの仕方を知っている。ゆえに手強い。

 海軍では特殊個体を、赤をエリート、黄色をフラグシップと名付けた。

 取り分け、某鎮守府にいる特殊個体は非常に珍しい。

 自我を持つ、対話できる進化個体なのだ。彼は前提として進化している。

 それを踏まえて、海軍はフラグシップ改と階級付けた。

 一番強い個体になる。尚、駆逐棲姫も同レベルに向上が見られるため、彼女も同義とされた。

 レ級に関しては最初から研究結果であるフラグシップの機能を搭載している。

 それ以前にそこまで追い詰める相手がいればの話だが。

 イロハ級に関しては、イ級の頃の事はただのイ級だったらしい。

 体内を何度か調べてみたが、進化の名残なのか他の深海棲艦の特徴を残している。

 下手をすると、まだ進化をすると実際目にした明石は思う。進化途中なのかもしれない。

 オタマジャクシとカエルの、半端な姿。いつか、完全なカエルになったとき、彼は陸上に適応する。

 体内を鎮守府の現場にて対応した改造を施している為に、駆逐艦の枠は越えている。

 砲撃、雷撃、潜水、速力、判断能力。レ級のもとになっただけあり非常に高水準で纏まっている。

 恐らくは現存する駆逐艦のなかでは最強の一角と言える。主に、改造のお陰で。

 更に大胆な改造、あるいは改修、もっと言うと新兵器の搭載を検討されているなんて、イロハは当然知らない。

 独特の生態をもち、研究者たちの興味を引き続けている黒いオタマジャクシ。

 とうとう、面白半分に彼の可能性を見たい研究者達の、暴走が始まろうとしていた……。

 

 

 

 

 

 

 

「見てみて、イロハ。これ、あたしの新装備。似合うかしら?」

「おぉー……カッコいい!」

「ふふ、ありがと。新型っていいものね。凄く使いやすいわ」

 とある日。鎮守府に呼び出された三人は、工場に通された。

 聞けば、試験的に二人のために新型の艤装を開発したいので、協力してほしいと言われたのだ。

 明石がメインとして、他の鎮守府の艦娘、通称メロンさんという謎の存在の助力を得て、試作品が完成した。

 レキは尾っぽと一体化しているので追加武装で収まっている。

 姫とイロハの戦力増加は、鎮守府に大きく貢献する。

 既に駆逐艦の規格を通り越している二人には、通常の艤装では役不足。

 専用装備の方がメンテが楽なのだ。正規品を与えると無茶な負荷で大抵壊しやがるので。

 基礎的な身体能力は姫とイロハは駆逐艦としてよりは足の早い重巡という感じである。

 姫に至っては戦艦の艤装にも慣れて、頑張れば使いこなせる。

 但し、本来の艦娘の戦術を完全に無視した破天荒な戦い方がメインのため艤装は壊れる。

 そのため、明石泣かせだった二人にこの度、提督から資源の無駄遣い防止を名目とした新型配備が決定した。

 姫は背負い込んだり、持ったりするよりは義足として装備した脚部に全てを集約した方が効率がいい。

 そもそも、他の艦娘が水上を『滑る』に対して、姫は飛んだり跳ねたり潜ったりで兎に角乱暴に使う。

 しかも攻撃は蹴りが主体で、砲雷撃戦を先ずしない。

 至近距離で自爆まがいの魚雷爆裂や、主砲を押し付けて暴発させるなどの天龍の荒っぽさが際立っている。

 必然的に接近しての戦いが主体。主砲が役目を果たしていない。殴りあいは本当に殴りあいになる。

 尚、艦娘による白兵戦だが、好んでやるのは姫や天龍、木曽などだけで大半はそんなアウトローな戦法はまずチョイスしない。

 天龍はカッコいいからという理由で刀を持ち歩くが、実際剣術の手解きを受けて実戦で使用している。

 姫は単なる我流。どうやら沈んだときに艦娘の戦術を忘れたらしい。本能的に楽な格闘を好む。

 明石に貰った試験艤装。軽量で頑丈、整備が楽なように姫の意見を取り入れて作り上げた。

 基本は義足と同じ、武骨な見た目。然し足の底に小さな収納式ナイフを装備。

 蹴りに切断を付与する隠し武器だ。更にパーツ交換で脇に魚雷や機銃、各種主砲を取り付け可能。

 手持ち武器として、対艦ブレードもマウントしてある。内蔵式で膝を曲げて取り出すので、場所を取らない。

 深海棲艦の艤装もバターのように切断できるし、実は天龍の刀と材質が同じなので纏めて発注できる。

 兎に角互換性があったほうが経済的。新型と言えど、資材は既存のものを使用している。

 手持ち無沙汰の両手は基本的に使わない。

 軽いほうが素早く接近できるし、最悪相手の艤装をぶち壊して投げ付ける。

 戦い方が非常に野蛮なのは今に始まったことじゃない。天龍顔負けである。

 イロハに見せるように、上機嫌でくるくる回る姫。それを見て羨ましそうなイロハ。

 足癖の悪いお姫様だが、イロハ艤装は最早人と違う設計をしていた。

 曰く、イロハは主砲のような大火力を好まない。自衛さえできればいい。

 彼の得意分野は対空砲火。機銃による掃射、乱射。実際、データでは機銃のほうがよい成績になっている。

 魚雷などは演習でも嫌がるし、手数で身を守りつつ、撤退する時間稼ぎや後方支援。

 姫の背中を守るようなスタイルが彼の得意な戦術。だが、それでは火力が足りない。

 戦艦クラスの深海棲艦と戦闘した場合、火力負けする。ならば、対空ロケットランチャーでも使えばいい。

 丁度、大和に使ってもらおうと思って作ったはいいが、大和の艤装の規格に合わずに放置されていた30連装のロケットランチャーが倉庫で眠っていた。弾薬も主砲連射に比べたら安いので、こっちをイロハ用に改造。

 ついでに、巨大なイロハは背中に背負えばかなり広い面積を確保できる。

 潜水していても使えるように、弾丸を小型魚雷に交換しておけば、水中でも発射できる。

 連装の機銃を試しに載っけてみた。イロハは戸惑った。なんじゃこれは。

「……オタマジャクシが、多重砲身の針ネズミに……」

「これはひどい……」

 天に向かってそびえ立つ多重の機銃。それは針ネズミを彷彿とさせる。

 鏡を見てイロハは思う。見た目超怖い。何この怪獣。

 主砲を取っ払って対空装備にしたら針ネズミになったでござる。

 全方位無差別射撃も出来そうな程に大量の機銃と対空ロケットランチャー。

 上手く死角をカバーする明石の腕前もある。しかも、見た目ほど重くはない。

「お兄ちゃん、フルバーストとか出来そうだね」

 レキが出来上がった兄の姿に笑う。純粋に褒めているが、イロハは褒められた気がしない。

 防水ボックスに予備マガジンを入れてあるため、撃ちすぎても大丈夫。

 まあ、加熱した銃身を冷まさないといけないのである程度は慣れ。

 因みに艤装扱いなので、ちょっと工夫してオタマジャクシのイロハでも自在に使いこなせる。

 ……システムが違いすぎて、某メロンさんも手を焼いていたのは秘密だ。

 唯一の艦娘以外の艤装使用者。好き放題改造できてメロンさんは大喜びだったが。

「試し撃ちしてみますか? 提督に許可は貰っていますので」

 装備した二人に、明石は提案する。試運転を兼ねて、湾内でちょっと試し撃ち。

 二人は笑顔で頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 梅雨とは、じめじめした暑さに項垂れる時期である。

 天龍、電は非番だったので自販機のある艦娘休憩室でだれていた。

 扇風機は全開、エアコンは節電のため使えず、窓も開けっぱ。

 ソファーに座り込んで、冷えたジュースを飲んでいた。

「然し、あっついな今日も……」

「なのです……」

 他にも氷を頭に乗せているもの、自前の扇風機を持ち込んで独占するもの、最早死にかけているものと室内は死屍累々。

 そんな中、ぐったりしていた飛鷹があるものを発見。

 外を闊歩する、銃身の塊を見たと騒ぎ出した。

「は? ガトリング背負ってる怪獣?」

「何なのです?」

 何事かと天龍と電が窓の外を見る。ジュースを吹き出した。

 ……確かにのっしのっしと四つ足の何かが歩いている。なんだあの歩く針千本。

 後ろ姿でもうすごい。

 すごい数のガトリング背負って、何かロケットランチャーまで装備してる。

「ああ、イロハかあれ」

 よく見ると見覚えのある尾びれだった。

 そのまま海に飛び込んでいく。近くには明石にレキの姿もある。

 姫も既に海の上にたっていて、暑苦しい中一人でシャドーボクシングよろしく激しく動いている。

 訓練か何かだろうか? 

 そんなことを考えていると、イロハが空に向かってロケットランチャーを発射。

 次々飛び出すミサイル。綺麗に飛んでいくのを自分で機銃を一斉掃射して叩き落とした。

 凄まじい爆発と煙。そして焦げ臭いのが風に乗って流れてきた。

 煙のせいで、むせる休憩室にいた艦娘。

「すげえ装備だなありゃ……手合わせしてもらおうかな」

 煙が晴れると、恐らく爆音で驚いて気絶したイロハを持ち上げるレキを見ながら、天龍は呟く。

 面白そうな装備だ。興味がある。天龍は直ぐ様部屋を飛び出した。当然、挑みにいくのだ。

 電は換気をしながら、取り敢えずブーイングをする室内をどうにかしてほしかったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鎮守府同士の僻み

 荒れている。外は曇天の空で、土砂降りが続く。

 梅雨だから当たり前。然し、なぜ室内でもこれほどまで荒れているのだろうか?

 鎮守府の艦娘用の談話室。シンプルな洋室で、ソファーやテーブルなど必要最低限がおいてある。

 他にも共有で暇潰しなどが出来るように娯楽関係も多い。そんな中、イロハ達は口論を傍観している。

 レキは光景をただ眺めて、姫はため息をついて、イロハは無関心でそれぞれやりたいようにしていた。

 見つめる先では、見学に来ていた他の鎮守府の艦娘と電たちの言い争いが続いている。

 イロハは姫の頭に乗っかって、姫は窓から見える土砂降りの雨に視線をうつし、レキは置いてあったダーツであそびはじめた。

 最初、見学者がこの鎮守府には過剰な戦力があるから、一部くらい異動させろと提督共々噛みついてきた。

 まあ、田舎には勿体ない過剰な戦力であることは事実だし、妬みもあるのだろうが。

 当然、反発する艦娘たちと喧嘩をはじめて、仲裁した大和も巻き込み収集がつかない。

 軈て話題は変わって、甘いだの恥さらしだのと相手も興奮して吐き出すから余計に拗れる。

 ギャーギャー騒がしい談話室の中で、参加せずに傍観している姫や一部は呆れたり冷たい目で見ている。

 下らない口喧嘩。罵り合っているだけのばか騒ぎに関わりたくない。

 だが入り口付近でやっているから出られない。仕方なく終わるまで黙っているのだ。

 正直、鬱陶しい。駆逐艦同士、軽巡、重巡同士でしょうもないことでよくやる。

 大和は途方に暮れている。執務室では提督同士でもあげ足取りをしているようだし。

 蒸し暑さで苛立っているのだと姫は決めつけて、雨を眺めている。

 戦艦たちや空母たちはある程度落ち着いているが、宥めても落ち着かない彼女たちに頭を抱えている。

「くだんないわねえ……」

「早くやめてくんないかなぁ」

 雨の音と喧騒を聞きながら、二人は荒れる海を眺める。梅雨になると海も荒れる日が多い。

 漁業に出られないので、最近では山の方で地元の猟師さんに手伝っている。

 艦娘とて、海以外でも活躍はできる。山で山菜、キノコを採取したり、害虫や害獣の駆除をしていたり。

 無論、一種のバイトなので少しばかりお礼の品は貰っている。

 現物支給で1日働いてくれるなら安いものだと好評であった。

 今日は休みでみんな出掛けているので、雨が降る前に鎮守府に顔を出したらこの様だ。

 喧しいこの上ない。相手方は、戦争をしている自覚が足りないと言っている。

 だから甘いだのと言うのだ。宝の持ち腐れ、指摘は間違いでもない。

 個人がどういう姿勢で挑もうが勝手だし、艦隊行動に支障を出さなければ問題はない。

 本質は深海棲艦の駆除。それには変わらないし、方針を決めるのは本部だ。

 鎮守府に決定権はないのだから。それでも気にくわないので噛みついている。

 特に電は考えが甘い。和解や穏健とも取れる拒否の言動が顰蹙を買っている。

「電に加勢しなくていいの?」

「俺がでしゃばったら余計に加熱するよ。ほら、俺たち深海棲艦だし」

「そうよね……」

 頭の上にいる、イロハに小声で問うと、当然の返答。

 姫達の立場は微妙であり、加勢したいがややこしくするだけ。

 袋叩きにされている訳じゃない。同じ艦隊の子達が味方している。

 それだけで安心だし、我関せずを貫けばやがては過ぎていくだろう。

「煩いなぁ……」

 ダーツに飽きたレキも加わって、彼らは外の雨を詰まらなそうに見ている。

 早く終わらないかと、黙っているときだった。

 一人が、不意にこっちを見て叫んだのだ。

 

 ――なぜここに、深海棲艦がいるのだ、と。

 

 それはヒートアップしていた彼女たちにとって、都合のよい共通の敵を発見した瞬間。

 元々、ここには捕まっている深海棲艦がいるという情報は広まっていた。

 運悪く、彼はここにいた。だから、ターゲットにされた。

 そして、二人の厄介な仲間を刺激するはめになった。

「上の連中が決めたことに反発するなんて、艦娘の分際で随分と大口叩くわね」

「文句があるなら、かかってくれば? 次は血祭りにしてあげても、別にいいんだよ?」

 ギロリと、その深海棲艦を頭にのせた艦娘とそばにいた艦娘が振り返り、紫眼で睨み付けてくる。

 サイドテールの艦娘が吹っ掛けてきた一人に言い返す。

「彼がここにいるのは正式な決定の元よ。文句があるなら提督を通して本部に言えば? 尤も、艦娘の扱いがアレな連中に進言しても、握り潰されて意味なんてないけどね。目的も理解できないバカは、戦ってさえいればいいのよ」

 隣にいるショートカットの艦娘も嘲笑う。

「短絡的だね。深海棲艦殺すだけが仕事だと思ってる、浅はかさが滲み出てるよ可愛そうに」

 思いっきり見下した態度に怒り、こっちで口喧嘩が始まった。

 イロハに黙れとレキが目線で言う。艦娘だと思われている、二人の方が言い合いには有利だった。

「いいよねー、戦うだけの艦娘ってさー。目の前の深海棲艦を殺していれば、それでいいんだもん。気が楽で」

「同感。考えることも放棄できる立場が羨ましいわ」

 先程から揉めている相手の主張は、深海棲艦を全滅させて戦争終結を図るというもの。

 確かに一見すれば、正しい意見かもしれない。煽って挑発する。

 傍観していたが聞こえた範囲で笑うと、当然怒る。慌てて他の面子が仲裁にはいる、が。

「……彼がここにいる理由も理解できないアホじゃ、そのうち餌になるのは関の山ね」

「想像力が足りないよ。建造されたときに忘れたんじゃないの?」

 二人は憐れむように笑った。可愛そうに、という表情に更に火に油を注ぐ。

 完全にわかった上で、相手を誘っている。

「いい加減にしろ。お前ら、何が言いたいんだ」

 姫にも怒る天龍の問いを、待ってましたと姫は反論を開始する。

「決まってるでしょ。ただ闇雲に殺すと言っているだけの単細胞に、教えてるだけよ。戦争のやり方ってものをね」

「そうそう。殺せばいいってだけなら、艦娘だけじゃその内負けだして、人間も艦娘も全滅しておしまい。人類終了のお知らせ待ったなしだよ」

 殺せばいい。殺すことが戦争の勝敗。常識だ。

 だが、こうも言える。深海棲艦に前提が常識など通用しない。

「日々戦って自覚しないの? 殺しても殺しても、連中にはキリがない。相手は海の底からやって来る、無尽蔵に等しい戦力があるってこと」

 姫の言葉に、眉をひそめる。何が言いたいのか、本当に理解できていない。

 殺していればいい。それしか考えてないからその先を想像できない。

「まさか、平和ボケして和解するためにここにいるとでも思った? ホントに勘弁してよ、バカじゃないの。それでも艦娘?」

 レキが肩を竦めて、心底呆れた。どうしてこう、単純にしか物事を見れないのか。

 彼女等を見てると艦娘の将来性が心配になる。レキは次世代兵器なのだが。

「研究するために、捕獲したに決まってんじゃん。あのさぁ、深海棲艦だって日々進化してんだよ? それに対応できなくて勝ち目あると思ってんの?」

 そう。イロハのいる理由は、モルモット。姫もレキも、それには変わらない。

 自分のことも含めて、よくわかる。自分達は、都合のいい実験動物でしかない。

 意味を知る仲間達は、自虐や自嘲を込めた意味合いだとすぐに分かった。

「もしもよ。もしも、深海棲艦が陸に対応できる進化をして、沿岸部から内陸部に侵略してきたらどうするの? 見たことある? 連中には既に、足もあるし武器もある。その気になれば、陸上の制圧だって出来るだけの戦力もあるのよ。それを、あたしたちが沿岸で抑えているだけ。現在は、均衡を辛うじて保っているだけ。敗戦になったら、あいつらは遠慮なく、攻めてくるわ。そこからさきは、虐殺でしょう。沿岸部の悲劇が、戦火として広がるのは分かる? それを阻止するために、本部は出来ることをしているのよ。そんなことも理解できずに、よくもまあ偉そうに言えるわね。考えていることを放棄したから、鎮守府の言うことだけ聞いてるから、価値観が都合のいいようになるんでしょうが。他人を避難する前に、凝り固まった偏見をどうにかしなさいな。深海棲艦がいるだけで、一々うっさいのよ」

 特大のブーメラン。嘗ての姫その物見てる気分だった。

 なにも聞かず、なにも考えずに自分だけが正しいと思っていたあの頃を思い出した。

 視野の狭いことを言っているのを認めずに意固地になっていた、あの時の姫。

 他人から見れば、こんな風に白けた目で見られていたのだ。流石に恥ずかしい。

「それに、戦争のやり方を考えて判断するのは提督と本部よ。艦娘同士で言い合ったって、所詮意気込みは変えられても根本は変わらない。我を通せば、規律違反で解体される。……分かる?」

 解体、という言葉を聞いた途端、皆冷静になった。

 本部の意向に逆らえば、艦娘は簡単に殺される。集団行動を優先する軍隊に、勝手は許されない。

 許されるのは、本部にも負けないカードを持っている一部。姫たちがそれにあたる。

 だから、姫たちは我を通せるし、反抗するときは遠慮なく反撃する。

「……いつ終わるか、分からないのは認めるし、電のようなあまっちょろい子もいるわ。だけど、それはあなたたちには無関係でしょ? 同じ鎮守府でもない、況してや艦隊も違う。文句を言う理由はない。違う?」

「そうそう。関係あるなら幾らでも喧嘩すればいいよ? でもさ、何で関係ないほかの鎮守府に口出しするの? それ、単なる僻みとかやっかみじゃん」

 ぐうの音が出ない正論だった。黙り出す、彼女たち。

 元々、無関係の関係者がやり方が気に入らない、戦力差が納得できないと言う理由から始まったもの。

 姫は不毛な口喧嘩に、確実に止めをさした。

「あんまり、うちの鎮守府に喧嘩を売ってくるなら、本部に掛け合うわよ。そっちの艦隊、全員痛い思いしたい? ここの提督を甘く見ないことね。何でこれだけ戦力ある理由はね、ここには化け物が潜んでいて、その化け物を抑えるために嫌々召集された艦娘を率いているのよ。過去には殺されそうになったわ。あなたたちの提督に、艦娘すら敵わない相手を抑えることが出来るの?」

 嘘はいっていない。その化け物がレキであり、以前起きた鎮守府襲撃のことを思い出して、渋々納得した。

 本物の敵は、海ではなくここにいるから、過剰な艦娘たちが存在する。言わば保険。

「発言力も当然、強いわよ。あなたたちの大切な提督、左遷されられるかもよ?」

 これが止めだった。口論を吹っ掛けてきた相手方は完全に黙る。

 不自然な事を説明され、勘弁願いたいので沈黙しか選べない。

「……あまり、べらべらと喋られても困ります。慎んでください」

 沈静化させるための多少の嘘とハッタリだと分かった大和が助け船を出す。

 低い声で警告する。姫は僅かに顎を引く。お礼を言うと、同じく大和も。

「あら、怖い。化け物をぶち殺す怪物がそういえば、目の前にいたわね?」

 この際、抵抗する気力も奪ってしまおうと姫は更に話を盛る。

 大和も意図を理解し、仕方なく乗った。

 真実を知る艦娘は、大和だけ。天竜たちも、喋れないためこの二人に成り行きを任せるしかない。

「……おちょくっているんですか?」

「事実でしょ、最強の艦娘さん。ここにはビッグセブンやら、あなたやらが必要なのが納得できないってまだいうなら、いっそ試しに異動してみたら?」

「冗談でもやめてください。私達以外の誰が、アレを抑えると言うんですか?」

 大和のネームバリューは伊達じゃない。

 嫌悪感丸出しであの大和が言うと言うことは、相手は大和たちが束になってかかっている相手だと印象づける。

 次第に、相手方の顔色は悪くなっていく。血の気が引いていくと言うか。

「ま、そうよね。並みの鎮守府が瓦礫に変わる怪物だもの。……大和たちがいる理由、分かってくれた?」

 正体は言えないけどね、と締めくくったそれで聞くと、全員首を横に振った。

 イメージとしてとんでもない怪物が潜んでいると印象づけた。

(わたしの扱い、意外と酷くない……?)

 レキは内心、ちょっと傷ついた。誇張あっても大して間違ってないが。

「確かに一見すると不自然だと思います。ですが、ここには事情があるんです。ですから、どうか分かってください」

 最後に大和が頭を下げて、口論は収まった。大和が終わらせれば、相手も強く出られない。

 結局、相手の提督にとうとう本部から来た憲兵が介入、揉めていたのを回収していったらしい。

 どこから聞き付けてきたのか知らないが一先ず解決した。

 提督の胃痛が更に加速するなか、雨の降る季節は夏に近づいていく……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏の始まり

 

 七月にはいると、暑さも本格化してくる。

 真夏日も増えて、下手をすると猛暑日になってくる。

 幸い、楽園は冷房が効いているので暑くはない。

 大体、天気もよい日には基本的に姫たちは漁業である。

 海に潜っていれば暑さも多少は和らぐ。

 そんな頃、楽園に笹が持ち込まれた。

「棚バター?」

「違う、七夕」

 風物詩である七夕の季節がやって来た。

 姫たちに蘊蓄を語る雷たち。要するに、願掛け。

 笹に願いを書いた短冊を飾る。以上。

「ふぅん……」

 姫は早速レジうちの合間を見て願い事を書いて吊るした。

 イロハが見ようとすると、

「イロハは見ちゃダメっ」

「えぇ……」

 見せてくれなかった。照れているのか、頬が赤い。

 念入りに一番高い所にくくりつけた。

「ひでえ、見たっていいじゃん……」

 ちょっと落ち込むイロハ。女心が分かってないとレキが肩をすくめた。

 因みに中身は、イロハとレキともっと仲良く出来るように、という姫らしい願い事だった。

 イロハも不器用に短い手で書いてみた。

 ミミズがのたくったような雑な字で、楽園の平和を。レキは家族円満を書いて吊るした。

 楽園の皆も、それぞれ書いて吊るした。願い事はみんな秘密で。

 そんな夏の始まり。今年の夏は、少し騒がしい予感がした。

 

 

 

 

 

 七月の半ばには町で夏祭りがある。無論、喫茶店楽園も参加していく。

 商店街が主催するのだ、当然である。鎮守府も全面協力で、開催の手伝いもしている。

 地域密着型の方針だから、この町は平和そのものなのである。

「おーっす、こんちわー!」

「なのです!」

「ぽいぽい!」

「失礼する」

 営業中の楽園に、数名の女の子が訊ねてきた。

「いらっしゃいませー……って、長門じゃない。どうしたの?」

 姿を見せたのは私服の天龍、電、夕立、長門の四人だった。

 雷が対応して、ヴェールヌイが気をきかせて二階で寝ていた姫を起こしに行った。

 きっと彼女に用事があるんだろう。姫は寝ぼけた顔で、目を擦りながら降りてくる。

「コーヒーくらい飲んでいけば?」

「そうだな。少し時間はある。ゆっくりしていこう」

 カウンターに座る長門は、四人ぶんのコーヒーを注文した。

 夕立と電はパフェも頼んで、既に幸せそうな顔で食べていた。

「あら、長門……。なぁに、こんな時間に……? 何かあった?」

「ん、姫。丁度お前たちに用があったんだが……寝ていたか?」

 目を擦る姫は眠たげにアクビをして、寝間着のまま店内に入る。

 今まで深夜アニメのごちです、ご馳走はウサギですよね? をリアルタイムで見ていたせいで寝坊している姫。

 昼前から仕事にイロハ達と海に出る予定だったが、長門が説明する。

 どうやら、今日は鎮守府の敷地内でバーベキューをするのだそうで。

 非番の艦娘を誘って楽しもうと言う企画らしい。姫たちにもお誘いが来た。

 一応、独立部隊とはいえ同じ鎮守府に所属する。

参加してほしいとのこと。呼びにきたと長門は言う。

「バーベキュー……ねえ。あたし、そう言うの参加したことないわよ。イロハも、レキも」

「安心してくれ。ある程度、小分けした組み合わせを予定している。そう気まずい空気にはならないハズだ」

 和解してからは普通に話す二人。あの頃の刺々しさはないが、少しばかりまだ壁はあった。

 夕立とも一緒に話すことはあっても、食事を共にしたことはない。

「姫ちゃんも楽しもうよ! 折角の素敵なパーティーなんだし!」

「パーティー……? でも、仕事もあるし」

 無邪気に誘う夕立。口の回りにチョコをくっつけている。

 渋る姫は、一度厨房に行き、榛名と神通に相談。今日はどうするべきか聞く。

 今日のメニューには魚介類は海に行かなくても、冷凍保存しているので間に合うとのこと。

 なので楽しんできていいと許可をもらった。

「お姉ちゃん、お兄ちゃんがお姉ちゃんのかりん糖勝手に食べてるけど……って、何かあった?」

 丁度、寝間着のレキも降りてきた。用件を伝えると姫が行くなら一緒にいく。

 おやつを奪われた姫が怒って二階に戻り、

「ヴェアアアアアアアアアーーーーッ!?」

 と言うカエルの悲鳴をあげさせて、戻ってくる。

 その手には、痙攣して泡をふくイロハが掴まれていた。

「お姉ちゃん……何したの?」

「ちょっと、唐辛子のお菓子を食べさせたの。イロハ、もうやめてね?」

「ふぁい……すんませんでした……」

 怖い笑顔でイロハを連れてきた姫は既に着替えていた。

 同色の青い半袖とミニスカート。かばんも持って、頭にイロハを乗っけた。

 最近のお気に入りで頭に彼を乗っけているのがスタンス。

「レキも着替えてきて。あたしは、行けるよ」

 いく気になった姫に、長門と夕立は笑顔になった。

 一人黙々と天龍はカッコつけてコーヒーを飲んでいる。

 ……慣れてないブラックを飲んで苦しんでいるのは秘密だ。

 電も小さいパフェを食べ終えた。

 レキも戻って着替えて、荷物も持った。

「店の事は気にしないで、楽しんでくるといい。私達にこっちは任せてくれ」

「お願いしますわ、ヴェルさん」

 ヴェールヌイにイロハが頼み、食べ終えた四人はお会計に。

 姫が慣れた手付きで領収書を渡す。経費で落とすらしい。

「それじゃ、行ってきまーす」

「いってらっしゃーい」

 手をふる二人に見送られて、彼女たちは店をあとにした。

 

 

 

 

 

 行く前に食うものを買っていけと連絡を受けていた。

 姫達と同じなのはまさかのこの面子だったらしい。

 長門率いるバーベキュー艦隊はスーパー海域に突入。

 それぞれ、購入するものを分担して探してくるよう指示。

 流石はビッグセブン。艦隊指揮は完璧だ。

 尚、店の前でイロハは待機。ペット扱いで入店は出来ない。

 なので、荷物持ち。近くにある用水路で水浴びして巨大化。

 駐輪場で座って帰りを待っている。楽園の常連さんのお子さんと出会って遊ばれていた。

「焼き肉の肉でいい?」

「ん、そうだな。やっぱ肉は主役だし、多い方がいいよな!」

「はいはい。野菜も食べてね、天龍。……レキ、キャベツと焼きそば見てきて」

「オッケー」

 三人は、メインの肉を予算内で探している。

 メインは肉がいいと言う天龍と、焼きそば食べたいレキ。

 野菜も食べたい夕立と電。長門は任せる、イロハは魚。

 見事にバラバラだった。姫は特にないので、イロハ用の魚を探すがやっぱり高い。

 深海棲艦のせいで海の魚はあまり出回らないので価格の高騰は避けられない。

「川魚にしてもらおうかな……」

「イロハってそのまま魚食うんだろ?」

「調理してあれば、それも食べるわよ」

 パックに入った魚をかごに入れる。

 そのしたには焼き肉の徳用大盛りの肉がいくつも。

 全部天龍のワガママである。生でも食べるイロハだが、本人は調理済みが好み。

 その辺も恋人だけあり、姫はよく知っている。

 彼の好き嫌いはかなり精通している自信がある。

「お姉ちゃん、見っけてきた」

 一キロもあるでっかい焼きそばのパックをかごに入れるレキ。

 食べきれるんだろうか。焼きそば用の野菜も見繕って放り込む。

「あとはお酒よね」

「……は?」

 姫はそそくさと酒をかごに入れていく。

 どうも彼女は何かしらあると酒を飲むという思い込みか何かしている。

 なんの疑いもなく、騒ぐからお酒ありきで、と人数分入れた。

 天龍も嫌いじゃないが、まあ気にしないことにした。

 合流した艦隊が確認しあって、長門も節度を守れば飲酒を許可するからもう止まらない。

 会計して、外で待っていたイロハに、熱中症防止の飲料水をあげた。

 ……常連さんのお子さんが涼しそうに背中に寝そべっても怒らず彼は待っていた。

 そこで別れて、鎮守府に向かう。その頃、既に鎮守府ではカオスが起きていたのをまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府に到着。

 背中に荷物と夕立と電と姫を乗っけた巨大カエルがのっしのっしと正門を通り抜ける。

 一度、水道で水浴びして再び出発。イロハの背中は夏の日々には有難い特有の冷たさがあった。

 広場の方に向かうと、既にそこかしこで始めており、しかも一部何だか酒臭い。

 よく見ると、近くのグループで慌てる飛鷹の近くで酒瓶持っている飲んべえがぶっ倒れていた。

 酔い潰れたらしい。羽目を外しすぎている。しかもちらほら、何人か出ている様子。

 空いている隅っこに、使われていない道具一式を発見。これが長門達の場所だと言われる。

「じゃあ、早速始めようか」

 長門の号令でテキパキと準備を始める各自。

 レキは火を起こして、必要な使い捨ての道具を姫とイロハは取りに行く。

 準備が整うと、後は好き勝手に食べ始める。

「いただきまーす」

 レキは早速、焼きそばを炒めて仕上げた。

 食べに来た夕立と電にもお裾分けして、食べる。

「……なあ、イロハ。お前、前にヴェールヌイと飲み比べしたってな。俺とも勝負しないか?」

「天龍さん、それ潰れるフラグっすよ……」

 真っ先に酒を開けて、隅っこで飲み出す天龍。お供に魚を貪るイロハを巻き込んだ。

 肉も適当に焼きながら、二人に焼き魚と焼き肉を楽しみつつ、飲み比べを開始する。

「お前はいいのか、姫」

「あの子達が楽しんでくれれば、あたしはいいわ。見ての通り、お酒も飲んでるし」

 トングを持って、率先して肉を焼く姫と長門。

 姫も酒片手に初っぱなから飛ばす。時々焼いた野菜をつつきつつ、みんなに配る。

「……まさか、一緒に食事の席を共にできるとは思わなかったよ、私は」

「最初が最初だしね。今はもう気にしないけど。あたしも、前に進めたと思うわ」

 しみじみ漏らす長門に、傍に立つ姫も言う。

 すれ違っていたあの頃が遠い過去に感じる。

 今は、互いに寄り合っても苦しくないし、怖くもない。

 罪の意識はまだ長門の中にあるし、あの頃の彼女のことも忘れられない。

 でも、良かったと確かに思う長門。普通では叶わない幸運を長門は手にしたのだ。

 忘れてしまったとしても、償えるチャンスを。もう一度、護れるチャンスを得ることができた。

 それは正に奇跡なのだろう。長門は謝ることも出来た。救われたし、再び誇らしくありたいと思えるようになった。

 間違いなく、姫によって長門は歩み出せたのだ。夕立も、仲間達も。

 だから、姫に長門は感謝している。言葉で表せないほど、強く。

「姫……ありがとう」

「?」

 思わず呟いた感謝の言葉に、姫は首を傾げただけだった。

 今はただ、この時間を楽しもう。平和で優しい、この時間を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後。

「……姫、そんなに酒が強かったのか?」

「うん? あたしよりもヴェールヌイの方が強いわよ。それに天龍と一回飲んだけど、共倒れしたし。強くはないんじゃない」

「そ、そのわりにはハイペースで消えているんだが……」

 夕方になった鎮守府に飲兵衛が沢山現れた。

 困惑する長門の隣で、顔を真っ赤にした姫はふらふらになっていた。

 一人で大半の酒を独り占めして、足りなくなったら他の場所から貰ってきて飲んでいた。

 長門は素面だが、ここまで姫が酒好きだとは知らなかった。

 向こうでは、天龍を乗っけたイロハが一緒になって寝落ちしているし、デザートを堪能している夕立と電はいいとして、レキが他の艦娘から食べきれなかったあまりものを頂いてひたすら食べ続けているのだが。

 要するに、グダグダだった。片付けをする面子が減っている。

 ぼちぼち撤収する周囲を、姫は泥酔しながら眺めている。自覚なしに、彼女も相当酔っぱらっている。

「ふっ……まあ、いいか。こういうのも、たまには悪くない」

 つい、腕を組んで苦笑する長門。たまの宴会だ、こういうのも平和の象徴と言う事にした。

 世話のかかる艦隊の子らだ。旗艦として、率先して後片付けを始めた。

「いたっ」

 姫も手伝おうとして、千鳥足のせいで転んだ。

 ちょうど、寝落ちする天龍に被さるように。

 そのまま、数秒後には寝息が聞こえる。姫まで寝てしまった。

「やれやれ……」

 珍獣に乗っかる艦娘と、海に沈む夕日のコラボ。

 中々見られるものじゃない。つい、笑って長門は無事な三人を集めてやることを開始する。

 今日も一日、平和であった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

瑞雲の呪い

 

 ――その日、姫は発狂した。

 繰り返す、姫は発狂した。

 

 

 

「い、イロハがおかしくなったーーーーーー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 元は、鎮守府でちょっとした艤装テストを行った快晴の日の事。

 湾内で試験を行う艦娘達に立ち会ったイロハが、空母たちや重巡たちを見つけて溢した一言。

 

「艦載機……いいなー」

 

 それは要するに、駆逐艦でありながら艦載機を搭載したいと言う兄の欲望。

 傍で聞いていたレキが、工厰に入り明石に相談した。

「明石さん、お兄ちゃんに艦載機って搭載できないかな? わたしのデータ流用していいから」

 レキの純粋な兄の願いを叶えたいと言う思いが、妙な方向に火をつける。

 夏バテを起こしてやる気の入らない明石に、その話題は禁句だった。

 面白い夏休みの自由研究を発見した小学生の如く。活性化した明石が暴走。

 数日後。見事にイロハの飛行甲板が出来上がって乗っけたイロハがおおはしゃぎ。

「……レキ、正直に答えて。何をしたの?」

「お兄ちゃんに飛行甲板つけられないか、明石さんに相談したの」

 何も知らない姫が、ラジコンを飛ばして喜ぶ彼氏に絶句する。

 妹に聞けば、明石の暴走であると目に見えていた。

 確かにイロハの背中は大きいし、人も余裕で乗れる。

 今、そのスペースは平べったい甲板になっていて、のったのったと走り回る黒いオタマジャクシの上でラジコン飛行機が飛んでいる。

 ……駆逐艦だよね?

「提督さんがね、お兄ちゃんは『航空潜水駆逐艦カッコカリ』っていう機種にするって」

 レキ並みに正式名称が長かった。駆逐イロハ級の頃が懐かしい。

 提督もイロハの魔改造っぷりに胃痛を覚え始めた。最早イ級の名残すらない。

 潜水艦よりも硬く、速く、強く。艦載機を飛ばせて主砲も魚雷も対空も出来る駆逐艦。

「イロハみたいな駆逐艦がいるかーっ!!」

「て、提督! 落ち着いてください!!」

 執務室で書類見て叫ぶ提督。大和が何とか落ち着かせる。

 夏の暑さも本格化してきた七月の中旬。皆さん暑さで頭がアッパッパーになっていた。

「姫さん、姫さん! 見て、艦載機飛ばせたよ俺! カッコいいでしょ!」

 無邪気に見せてくるイロハ。言葉を失い、頭を抱える姫。

 駆逐艦って何だっけ……? 

 此のときはまだ、イロハは喜ぶだけだった。交換式飛行甲板が正式装備になって、然し飛ばせる艦載機の予定はない。

 そんなとき、鎮守府に一人の艦娘が現れた。艦載機の伝道師、通称――師匠と呼ばれる女が。

 

 

 

 

 

 

「君か。最近、艦載機を飛ばせている駆逐艦とは?」

「……?」

 彼女は夕立の中、傘をさして歩いていた。

 イロハは涼むために雨の中を濡れて鎮守府に向かっていた違う日の夕方。

「話は明石から聞いたよ。成る程、史上初の航空駆逐艦か。夢があるな」

 膝をおって、歩道の真ん中でイロハを見下ろす女性。

 土砂降りの中を法被をきて歩く彼女は何者?

 名を尋ねると、

「私か。私は……そうだな、師匠とでも呼んでくれ。君に艦載機を紹介してくれと明石に頼まれた」

 師匠と名乗る女性は、イロハにそういって懐から飛行機の模型を取り出した。

 あれは……水上偵察機の模型だ。

「率直に聞こう、イロハ君。君、これ飛ばしたいと思わないか。カッコいいだろう?」

「おぉー……!!」

 鎮守府まで案内すると師匠はイロハを先導する。

 隣をイロハは歩く。何か凄いカッコいい偵察機だった。

「偵察だけじゃない。こいつは、実際航空戦にも使える傑作品だ。素晴らしいと思わないか、このデザイン」

「かっちょええ!」

「フッ……。イロハ君、君はロマンの分かる奴だな。そうだ、こいつはカッコいい」

 不敵に笑う師匠。そのまま、鎮守府につくまでの道中、もう洗脳レベルでこの飛行機の魅力を刷り込まれたイロハ。

 最後に、この艦載機の名を聞いた。師匠は腕を組んで、どや顔で告げたのだ。

 

「イロハ君、しっかりと脳裏に刻もう。こいつの名は――」

 

 

 

 

 

 ――瑞雲。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 イロハは、壊れた。

「瑞雲瑞雲瑞雲瑞雲瑞雲瑞雲瑞雲瑞雲瑞雲瑞雲瑞雲瑞雲瑞雲瑞雲瑞雲瑞雲」

 何がどうしたのか、姫の部屋に小さな瑞雲の模型を置いて、それを崇拝するようになってしまった。

 段ボールの中で、ひたすらに瑞雲と繰り返す光景は夏の暑さも忘れるほどにホラーだった。

「お兄ちゃん、ご飯だって」

「瑞雲」

 っていうか、日常会話が全て瑞雲の一言で集約されて会話不能になった。

 現在、イロハとコミュニケーションが可能なのはレキだけだった。

「瑞雲瑞雲瑞雲瑞雲瑞雲瑞雲瑞雲瑞雲瑞雲瑞雲」

「お願いイロハ、我に帰って!!」

 模型を崇拝するイロハから、模型を取り上げると必死になって抵抗するので姫も強引にできない。

 鎮守府で何があったのか明石に問いただすと、

「……師匠が洗脳していったんです。恐ろしい、瑞雲教へと」

 死んだ目でそう説明された。明石にも理由はわからない。

 確かにイロハがおおはしゃぎしていたのは知ってる。が、これは酷すぎる。

 提が、督鎮守府にきてまで崇拝するイロハを捕まえて瑞雲を引ったくる。

 すると、今度は違う艦載機のラジコンを装備、そのまま提督に突撃させた。

「ぐあああー!!」

 そしてイロハ本体も突撃し、提督を薙ぎ倒す。

 工厰内で倒れる提督に凄むイロハ。

「瑞雲……その基本はぁ、発艦して俺も突撃、超完璧……」

 血走った目で、のっしのっしと近づいてくる。

 その背中には、マジものの瑞雲が既に発艦しようとしていた。

「お兄ちゃん、瑞雲以外にも水上偵察機あるよ?」

 艦娘が割って入って、提督が持っていた模型をイロハに慌てて返す。

 レキが能天気に頭の後ろで手を組み、言うとギョロっと振り返るイロハ。

「瑞雲がオンリーわん、ナンバーわん!」

「さいですか。まあ、わたしも瑞雲飛ばそうかなって思ってたしちょうどいいか。ただ、お姉ちゃんの言うことは聞いてね。瑞雲ばっかりじゃ会話できないよ」

「分かった瑞雲」

 語尾に瑞雲とついたが、何とかイロハとの意志疎通はレキのおかげで取れるようになった。

 しかし、依然イロハは瑞雲を信仰する新手の宗教にハマって、出てこれない。

「イロハがああなったら、あたしもああなるしかないわ!! 明石、あたしにも飛行甲板をつけて!! そしてあたしも瑞雲を乗っけて頂戴!!」

「落ち着いて姫ちゃん!! 無理、姫ちゃんには無理だってば!!」

 イロハが狂っても見捨てない姫は、自分だけ瑞雲が使えないと気付く。

 レキは尾っぽがカタパルトになっていて瑞雲を使える。イロハもいけるなら姫も同じになりたい。

 理解したいがために姫も暴走。夕立と長門、天龍が制止する。

「お前まで瑞雲がどうとか言われたら困るわ! 何を信じようと姫の勝手だけど、あのレベルはヤバイから!」

「そうだぞ、姫。お前はそもそも、甲板をつける余裕はないだろう?」

 姫の艤装である義足にはそんなスペースはない。

 すると、

「だったら胸でも何でも使うわ! 平たいならいけるでしょ明石!?」

「無理ですから!! 半泣きになって怒らないで下さいよ!」

 胸囲を使うとまで言い出した。微妙に泣いていた。

 ……此処だけの話、姫の胸囲の発育は……お察しください。

 レキ、夕立、天龍、長門。割とある前者二名、豊満な後者二名。

 では、姫は? 悲しいかな、フラットトップでした。 

「平たいのなんて、こう言うとき以外にしか出番なんてないのに……」

「お姉ちゃん、ドンマイ」

 暴走した挙げ句に自爆。現実に惨敗し大敗。

 工厰の隅っこで膝を抱えてしくしく泣き出す姫をなんとも言えない顔で慰める妹。

 意外と、気にしていたらしい。変なところで発露した。

「なんか……すまん、姫」

「うむ……申し訳ない、でいいのか? この場合は」

 天龍と長門にも謝罪されて、最後には姫は拗ねてしまった。

 夏、薄着で過ごすことが多い季節。体型がバレやすい季節でもある。

 ……話がずれてきたが、今はイロハの瑞雲教の方を何とかしないといけないのを思い出す。

「レッツズーイウウウウウウン!! イヤッハーーーーーーーー!!」

 何か悪化していた。瑞雲使って飛行機ごっこまで始めている始末。

 このままで愛しの彼氏が、兄が、瑞雲バカになってしまう!!

 アッパッパーになってしまったイロハをどうするか、皆で考える。

 無理に引き剥がすと暴れだす。違う艦載機も興味なし。

 瑞雲一筋。一発殴って元通りにならないだろうか?

「おっし、殴ってみるか」

 気絶させてみることにした。天龍が意気揚々と腕を捲ってイロハに近づく。

「ああっとイロハ、あっちにデカイ瑞雲が飛んでるぞ!!」

 わざとらしい陽動で指を指す天龍に釣られて、

「瑞雲!?」

 イロハは見事に反応。隙を見せた。無防備な尾びれ。

(今だ!)

 飛びかかって自慢の刀で峰打ち、と思ったら。

 なんとイロハ、素早く瑞雲を発艦させて察知、その行動を先読みし、華麗に回避。

 スッこける天龍に、尾びれで凪ぎ払って吹っ飛ばす。

「うぉ!?」

 慌てて防御して体勢を立て直す。距離を離す二人。

「瑞雲、なめるなし。偵察機は伊達じゃない!」

 堂々と宣うイロハはまるで某悪魔のように強そうだった。

「いいぜぇ、やる気かイロハ! 久々に燃えてきたぜ!」

 不意打ちが通用しないと分かったら、天龍も正面突破する。

 面白くなってきた。強くなったなら相手してほしかった所だ。

 夏バテ防止に、ちょいと暴れてやろう。

「外でやれよ、頼むから!」

 提督に言われて、イロハを陽動する一同。

 こうなれば、みんなで殴って気絶させる。

 隙を見て、レキが模型を奪取。そのまま逃げる。

「瑞雲が!!」

 直ぐに追いかけるイロハが外に出た。

 艦載機の瑞雲はまだ装備している。

「いい加減、目をさましてイロハ!!」

 姫が先陣を切って突撃。

「あたしも続くっぽい!」

「私も出るぞ!!」

 夕立、長門も飛びかかる。

 姫がカタパルトに飛び乗り、夕立が顔にしがみつき、長門が尻尾を押さえる。

 発艦する前に瑞雲を回収、投げ渡された瑞雲を明石が工厰にキャッチして持ち帰った。

「お、俺の瑞雲が!! やめて、俺の瑞雲様を返して!!」

 暴れるイロハに追撃の天龍とレキも加わる。

 そのまま、一匹の怪獣を女の子数名で取り押さえるシュールな光景は続く。

「でも、お兄ちゃんがここまで執着するの、初めてじゃないお姉ちゃん」

 ひっくり返され抵抗するイロハのお腹にのって、座り込むレキが姉に問う。

 確かに今まで無趣味だったイロハがここまで洗脳されたとはいえ、欲しがるのは初めてだった。

 ……洗脳されているからかもしれないが。

「ず、瑞雲……あのパーフェクトぼでーが、俺を呼んでいる……!」

 いかん、取り押さえたのはいいが、禁断症状らしいのが出ている。

 痙攣して瑞雲と繰り返し始めた。

「真面目に不味いな、これは……医者に見せるか?」

「深海棲艦の医者っているっぽい?」

 医者なんかいる分けない。長門のずれた発言に気が抜ける姫。

 夕立のツッコミ通りだ。

「イロハ、さっきの動きは最高に良かった。今度また手合わせしようぜ」

「瑞雲ありでいい?」

「勿論だ。いや、瑞雲ありじゃないとな」

 こっちじゃこっちで、試合の約束してるし。

 天龍が宥めたおかげでイロハが若干、大人しくなった。今だ。

「目を、覚ましなさい瑞雲バカッ!!」

 止めに、何とか起き上がったイロハの脳天に、姫必殺の踵落としが炸裂。

「ずいうん!?」

 変な悲鳴をあげて、イロハは失神した。

 ぐったりするイロハ。姫は荒い呼吸で、目をバッテンにしたイロハを見下ろす。

 漸く静かになった。数時間経過した頃、目覚めたイロハ。

「うーん、何か変な夢を見ていた気がする」

「夢よイロハ。瑞雲なんてダメだからね」

 首をかしげるイロハに教える姫。彼はよく覚えていなかった。

 結局、正式採用されていた瑞雲はイロハ装備になり、だが彼は過剰に反応する事もなくなった。

 ただ、今でも姫の部屋には日当たりのよい場所に瑞雲の模型と、ボトルシップの瑞雲が置いてあったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

コラボ回 もう一人のレ級 前編

今回はストスト様とのコラボのお話になります。
長くなりそうなので、前編と後編に分けました。
コラボは本編とは設定が異なります。
キャラ崩壊があります。ご注意ください。
このお話をご覧になる前に、ストスト様の作品『転生レ級の鎮守府生活』をご覧になっているとよりお楽しみ頂けると思います。
最後になりますが、この度はお忙しい中コラボをして頂けたストスト様、本当に有り難うございました。
それでは、どうぞ。


 

 このお話は、もうひとつの物語。

 楽園に住む彼女たちと、遠方に暮らす深海棲艦。

 その二つが重なり生まれた物語。

 謎の深海棲艦と、闇から生まれた深海棲艦。

 運命が優しく残酷に、その刹那に交差した……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある鎮守府には、深海棲艦が住んでいる。

 極めて知性的、穏健な稀に見る例外として。

 その存在が、ふとした理由でこの町に訪れる。

 他の鎮守府の見学。そこで、この田舎の鎮守府が選ばれたのだ。

 その裏には、提督同士の話し合いが何度も行われた。

 どうやら、彼女の存在は他の鎮守府にとっては畏怖の対象であるらしく、断りの連絡が続いていた。

 だがこの鎮守府ほか、いくつか見学を受け入れてくれた場所があった。

 然し、受け入れても条件付きなどで柵も多く、優先的にこの鎮守府が最初になった。

 ワケはシンプルだった。条件がない。この鎮守府だけは、唯一何も条件を出さなかったのだ。

 裏があると思った、彼女を受け入れた鎮守府の提督が理由を問うと、機密上詳しくは言えないがここにも深海棲艦がいると言う話だったのだ。

 しかも、三体。独立部隊として普段は民間として暮らしていると言われて度肝を抜かれた。

 一人で三体もの深海棲艦を管理する提督。

 どんなエリートかと思いきや、胃薬片手に粗相をしないか心配していた。

 要するに、苦労人ポジだった。苦笑する相手の提督は、挨拶をして一度別れた。

 一人で訪れていた見学先の執務室を出て、やはりと感じる。

 相手の深海棲艦の噂は耳にしたことがあった。

 一度、『奴』の脱走のあとに本部は襲撃されている。

 内密に処理され詳細は不明だが、聞くに深海棲艦の襲撃と言われている。

 恐らくは、それを行ったのはここの深海棲艦。完全に管理できている訳では無さそう。

 少なくても、場合によっては人間を襲うことを躊躇わない。

 危険な存在かもしれない。彼女に、よく言い聞かせておこう。

 そう、判断する提督だった。運命の日まで、あと数日。

 時計は、淡々と時を進めていく……。

 

 

 

 

 

 

 

 運命の時はやって来た。お供を連れて、提督は再びこの地に現れた。

 緊張でガチガチになる件の少女。自分以外の、しかも警告された相手なら当然だ。

 みな、彼女以外の深海棲艦を見るのは初めて。敵ではなく、鎮守府所属なのだから。

 駅で待っていた、出迎えにきていた提督と、秘書艦にまず絶句する。

 戦艦大和。最強の艦娘と言われる、超弩級艦娘が、シンプルなシルバーリングを見せて微笑んでいた。

 しかも、ケッコンカッコカリまでしている。つまり、経験値も桁違い。正真正銘、最強の艦娘。

 案内する二人に続き、少女は竦み上がった。あんなのが秘書艦とは。実力の違いを知ったような気がした。

 例の部隊がいるという場所は、鎮守府ではなく何故か町にあった一軒の喫茶店。

 首をかしげる一行に、提督は迷わずそのドアを開けた。すると。

 

「いらっしゃいませ」

 

 淡々とした、女の子が言った。レジに座ってる、病的に肌の白い女の子。

 白銀に煌めく髪の毛をサイドテールでおろし、半袖にエプロン姿で無表情に座っていた。

 その頭には奇妙な生き物も乗っかっている。

 大きさは大きい猫程度。しかし黒っぽく、金属光沢を放つ外皮。

 カエルとオタマジャクシのなり損ないのような姿に、カエルよろしくの顔。

「いらっしゃいませー」

 しかも喋った。謎生物がレジにいる。

「姫、例の子を連れてきたぞ」

 提督に姫、と呼ばれたその少女は、途端に紫眼を細める。

 値踏みするように、一発で彼女を見抜いた。

「ふぅん。あの子以外のレ級って、あなた?」

 真っ直ぐ見られて少女――レ級こと、レンゲは姿勢を正して返事をした。

「は、はいっ! はじめまして、俺はレンゲと言います!」

 レンゲは、レ級の姿をしている。

 短めの髪型、長い艤装の尾っぽを隠して、前開きのフードつきコートを着ていた。

「そう、レンゲと言うのね。はじめまして。あたしは深海棲艦、駆逐棲姫。姫でいいわ。で、こっちは」

「同じく、深海棲艦駆逐イロハ級です。俺はイロハでいいよ」

 女の子は姫、オタマジャクシはイロハと名乗った。

 レンゲは混乱する。実は人には言えない秘密を抱えているが、その事で驚きと困惑が混じっていた。

 自分の知る深海棲艦ではない。姫と名乗る少女は、義足をしてレジから立ち上がりレンゲに握手を求めてきていたし、頭に乗るイロハなる生命体はそもそも知らない。

 彼女の混乱を、姫とイロハは感じ取っていた。微妙な違和感として。

 そして同時に、直ぐに悟る。この違和感は、そういうことだと。

「……そう。良かったわ、あたしの同類じゃなくって」

 それは安堵する言葉だった。握手をしているレンゲは、姫が安心したように胸を撫で下ろすのを見た。

 悲しそうな雰囲気で。だが、字面通りに受け取った相手の提督は酷く動揺した。

 連れの艦娘もだ。同類ではない、とはどういう意味か。深海棲艦ではないのか、とレンゲを見る。

「色々あって、俺達普通じゃないんですよ。多分、レンゲさんは俺に近いかもしれないけど、姫さんとレキとは間違いなく別物だと思います」

 頭のイロハはそういって、軽く説明した。余計に理解できなくなる。

 姫が、説明してもいいかと目線で大和と提督に問う。

 二人は仕方なく、頷いた。簡単になら、言ってもいいだろう。

 今は貸しきり。店の店主も、店員も気を使って席をはずしている。

 遠慮なく、言い出せる。

「あの、それってどういう?」

「簡単に言えば、あたしと妹は純粋な深海棲艦ではない、という意味よ。イロハ深海棲艦の進化個体。でもあたしたちは、別の事情があるの。聞いてもいいけれど、気分は悪くなるし、人間に……海軍に絶対に失望するわ。人類に見切りをつける可能性が高いし、戦う理由を疑うことになりかねない。レンゲ、あなたは……開けなくてもいい真実に迫る?」

 理由を聞いたレンゲに、冷たく姫は警告する。

 カウンターに案内し、着席させたのち、レジに戻ってもう一度問う。

「あたしには、妹がいる。それは同じ系列の艦だからじゃないわ。この時代に産み出された、イビツな関係。見る人にもよるけど、悪意が根本にあると感じるでしょう。そちらの提督にも言うわ。……知らなくて良いこともあるわ。うちの提督が敢えて黙っていた、機密の内容よ。あたしたちは、いざとなったらどうとでもなる。けど、従うだけの軍人には、聞くだけでリスクになりかねない。そっちの艦娘たちも、鎮守府の闇に触れたいと思う? ……オススメはしないわ。第二のあたしになるかもしれない。序でに、こっちにもリスクがあるから、口外しないと絶対の約束をしないと、説明は出来ないわね。……最悪、あたしたちは、そこの鎮守府を陸から襲撃して機能不全にするかも。それぐらいの覚悟、ある?」

 言外に、聞くのは自己責任。しかも言ったら潰すという脅し。

 暗部に触れる。当然のデメリットも承知のうえ。然し、攻撃すると公言するほどか。

 聞きたいのが本音。しかし、所属鎮守府を攻撃されるとまで言われるとレンゲも黙る。

 言いたいことは、なんとなく分かった。互いに、失いたくないのだ。

 今、生きているこの場所を。壊れるかもしれないから、口封じをするという。

 憤る連れの艦娘を、レンゲが宥めた。

「いいんです。そのぐらい、きっと姫さんには大切な場所だと思います。俺たちは互いに、自分の命も、居場所も、他人に握られているから、警戒しないと直ぐに失う。……当然の言い分だと俺は思います」

「察しが良くて、有り難いわ。艦娘とあたしたちは事情が違う。言い方は悪いけど、要するにモルモットだからね。海軍の実験台にされたくないから」

 肩を竦める姫。レンゲにも見に覚えがあるし、ひどい扱いをする人もいることを知っている。

 本来はレンゲは深海棲艦。敵なのだ。今の環境が特殊であり、普通ならすぐ殺されていてもおかしくない。

 それを、互いに知ってる故に、ここまで保守的になる。十分、理解できる。

 レンゲも同じ立場なら、手段こそ違うが、守るために行動する。

 この人たちの場は、手段が過激なだけかもしれない。

 姫所属の鎮守府提督も言う。知らなくていい事もあるし、後戻り出来ない。

 間違いなく人に絶望すると。それでも……真実を知りたいか?

 最後の問いに、レンゲたちは思案する。知りたい気持ちと、踏みとどまる勇気。

 その二つを、天秤にかける。大和と提督は黙って見守る。

 考えていると、不意に。店の奥から、レンゲの声がした。

 

「お姉ちゃんさ、そこまで言わなくてもいいじゃん。言ったらわたしがそっちの鎮守府、やっつけにいくだけだもん」

 

 店の奥から、お盆をもってこっちに来る女の子。

 それは、服装が違うだけのもう一人のレンゲだった。

 同じくエプロンに半袖、下はジャージの姿で現れた女の子は無邪気に笑う。

「!?」

「こんにちわ、もう一人のわたし」

 レンゲサイドの全てが絶句する。現れた、生き写しにすら見えた彼女。

 アイスコーヒーを配る彼女は、姫のことを姉と呼び、イロハを兄と呼ぶ。

「驚くよね。同じ顔がもう一人いればさ。わたし、レキ。ここの喫茶店で、裏方やってます。後は独立部隊の一人で、そっちのレ級と似て非なるモノ」

 レキと名乗るレ級は、レンゲの顔を見てはっきりいった。

「あー……もしかして、わたしが生まれるよりも早く海軍に接触してた? 少なくても、此方とは違う。本物の深海棲艦みたい。……中身はどうか、知らないけど」

 意味深なことをいって、場を混乱させる。

 レンゲも、自分を見る目が異常だとすぐ理解した。

 完全に、異種として見ている。いつぞや敵対したあの男に似た、おぞましい目。

 人を殺す事をなんとも思わない、怪物の目だった。

「レンゲさん、だっけ? ねぇ、どこで生まれたの? 何で意思があるの? なぜ人間に屈するの? なぜ共存を選んだの? この人たちの前で、説明できる?」

 レンゲに怒濤の質問を投げて、何かに気づいているとレンゲも解し、口を閉ざす。

 レキと言ったレ級は、笑う。無邪気に笑う。

「こんな風に、言いたくないこともあるでしょ? 人の秘密を知りたいなら、それぐらい腹をくくって欲しいな。お互い様。言えない事を訊ねるなら、自分も白状するかせめて誓わないと。……ねえ、レンゲさん?」

「…………」

 いけない。レンゲは思う。この人はあいつと同類だ。

 対処を違えると、本気で此方の鎮守府を潰す気だ。きっと笑いながら。

 本物のレ級、と不意に思う。悪魔だ。鎮守府を壊す、小さな悪魔。

 姫がたしなめ、イロハが怒る。すると、舌を出して謝る。

「ゴメンね、初めてお兄ちゃん以外に喋る深海棲艦見たから、警戒しちゃった。敵意無いのは分かったよ。此方も戦うことはないと思うから、安心して。今は」

 暗に必要になれば遠慮はしないと言っている。

 その証拠にレキは目が笑っていない。レンゲを殺すと決めたら、誰を巻き込んでも仕留める気だ。

 ゾッとするレンゲたち一行。これが、事前通告されていた、深海棲艦。とても危険なニオイがした。

「……とまあ、レキが言っているけど本当に誇張なしよ。安易に人の秘め事を喋ったら、あたしたちは、本気で潰す。レンゲ、それでも知りたい? あたしたちの正体って奴を」

 選択権はレンゲにしかないと姫は言い切った。

 人間や艦娘は立場が違う。故に口出しは無用と切り捨て、レンゲに問う。

 暫し、レンゲは思案する。リスク、この世界の事情、この場所の現状、海軍の闇。

 様々な事を考えて、答えた。

 

「俺は……知りたい。俺以外の深海棲艦の理由を。どういう意味なのか、他の人が何を俺に隠しているのか……俺は、これからの為に知らないといけないと思う。そして、知ったそのあとで、どうするか考えたい」

 

 彼は求めた。自分以外の違う深海棲艦。なぜ、鎮守府にいるのか。

 なぜ、彼女たちは人のために戦うのか。その全てを、知りたかった。

 覚悟はある。レンゲは、闇を抱えてその先に進む。

「そう。なら、覚悟して聞くことね。後悔しても、知らないわよ。警告は確かにしたからね」

「自分のアイデンティティーを失わないことを祈るよ。海に帰りたくても、人間は追ってくるから、諦めてね。破滅するか、自滅するか。あるいは、それでも足掻いて戦う強さと出来るのかは、レンゲさん次第」

 二人は、レンゲの決断を受け入れ、口外しないとこの場の全員に誓わせた。

 大和と提督も、言えば鎮守府に圧力がかかるので、内密にと念を押した。

 そして、語り出す二人の正体。イロハは純粋な深海棲艦の進化個体。

 対して、二人は。

「あたしこと、駆逐棲姫は生前では艦娘でね。駆逐艦春雨、と言うのが名前らしいわ。つまり、あたしは作られた深海棲艦ってこと」

 姫は自分が海軍によって偶発的に生まれた深海棲艦と語り、

「わたしは艦娘の建造技術で作られた、深海棲艦の死骸で出来てる次世代海洋兵器。サルベージされた死骸のリサイクルされたモノかな。お姉ちゃんとお兄ちゃんのデータを基盤の一部に使われているから、家族なの。名称もそっちのレ級とは多分違うよ。何せ、海軍生まれの深海棲艦だからね」

 つまり。二人は、二人の大本には……人間が、関わっている。

「禁忌改修という方法で偶然生まれたあたしと」

「その偶然すら悪意で食い漁った結果、生まれたのがわたし」

 二人の正体。

 それは……人類が天敵として憎んでいるはずの、海の化け物を自ら産み出した人の業。

 人工深海棲艦という、呪われた存在だったのだから……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。