とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 (スズメバチ(2代目))
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導入

 

 

 

東京の西部を開拓して作られた学園都市、総人口は230万人にも上るがその8割は学生が占めている。

 

学生とは、幼稚園や小学校はもちろん、中学校に高等学校、そして大半の人の最終学歴となる大学校で学ぶ人間のことだ。

 

つまり、この学園都市は学生の街。

 

その学園都市の時間帯も今は夜、昼間はあれだけ学生達でにぎわう街も今は静まり返っている。

 

そんな静まり返った闇に溶け込む街の中から一人の人間がバイクに乗ってとある場所にやってきた。

 

 

 

 

「時間通り、か」

 

 

 

 

フルフェイスのヘルメットに上から下まで真っ黒な衣服に身を包んだ男の名前は七惟理無(なないりむ)、学園都市に住む学生の一人である。

 

彼本来の容姿は身長は170cm程度で、黒髪黒目のよくそこらへんに居そうな日本人の顔立ちだ、今は仕事中のためこのような服装に身を包んでいる。

 

彼は最近こうやって特定の時間帯に仕事のためここら辺に現れる。

 

指定された場所に辿りつくと、やはりいつもと同じように近場の電柱の裏側にメモリースティックが入った袋が置いてあった。

 

こうも不用心に置かれているあたり、このスティックは間違いなく誰かの手に渡っても構わないものだ。

 

当然これが意味するのは入っているものはウィルスか何かであって、取られることには何ら問題がない、むしろ勝手に取っていってくれて感染してくれれば大歓迎といったところなのだろう。

 

まあ、毎回このように置かれている用途不明のメモリーを七惟は持ち出し、それを闇の市場で売りさばいているというわけだ。

 

依頼主からのメッセージは、売ることによって得られる金銭は全てこちらが報酬として受け取っていいということだった。

 

最初はこんなモノなどせいぜい売れて500円程度だと考えていたのだが、実際市場のオークションにかけてみるとこれがその10倍以上の値段で売られていく。

 

中身が何かは知らないが、ウィルスの類なのは間違いない。

 

しかもそれに麻薬のような中毒性を含めた性質の悪いものだ、しかし七惟としてはこれの中身何だろうと関係なかった。

 

ただ淡々とやるべきことはやるだけだ。

 

スティックをタンクバックに詰め込み闇オークションが行われる会場へいよいよ向かおうとしたその時。

 

 

 

「ン……てめェ、どうしてこんなとこにいやがンだァ?」

 

「は……ベクトル野郎かよ」

 

 

 

路地裏の闇から現れたのは白と黒のTシャツを纏い、片手に真っ赤に染まりあがった棒を握りしめていた一方通行。

 

 

 

「ケッ……会ってそうそうてめェはムカつく野郎だ」

 

「うるせえな、長点のエリートは見んだけでむしゃくしゃすんだ、失せろ。それにお前の近くに居ると殺人罪に問われるだろが」

 

 

 

アクセラレータは見るからに今誰かを殺してきました、と言わんばかりに返り血を浴びまくったであろう棒をぐるぐると振り回す。

 

自身の能力の御蔭で自分自身は全く汚れてはいないのがまた不気味だ。

 

それにこの血なまぐさい臭い、殺したのはついさっきであって、まだ近場に死体があるはずだ。

 

こんなところでアンチスキルやらジャッジメントとかいう自己満足組織に捕まってられるか。

 

さっさとこんな疫病神は追い払ってあの場所に行かなければならない。

 

 

 

「ンだとォ?」

 

 

 

面倒くさい、今日はやけにつっかかってくる。

 

実験の最中に胸糞悪いことでもあったか。

 

 

 

「俺は今から野暮用が入ってんだよ、付き合ってる暇はねえんだ」

 

「ケッ……ンじゃあ、てめェの」

 

 

 

アクセラレータの言葉など聞く耳持たない、という心境の七惟は愛車のバイクにまたがりアクセルを回す。

 

 

 

「逃げンのかよォ!?」

 

「るさい!」

 

 

 

バイクが瞬時に加速し始め数秒で100km近いスピードに達するも、アクセラレータはお得意のベクトル操作で自身の脚力で100km超のスピードで走りだす。

 

相変わらずコイツの能力はわけがわからない、傍から見れば自分も同じなのだろうが。

 

 

 

「俺から逃げられると思ってンのかァ!」

 

 

 

本当にしつこい、いったい実験でどれだけ嫌なことがあればこんな不機嫌になるのやら。

 

七惟は食い下がるアクセラレータに業を煮やし、傍から見れば得体の知れない自身の能力を発動させる。

 

 

 

「ッチ……!」

 

 

 

すると一方通行の移動スピードが急激に落ち、みるみる内に七惟のバイクとの距離は離されついには目視出来なくなってしまった。

 

 

 

「逃げやがったかあのやろォ」

 

 

 

一人幹線道路に取り残されたアクセラレータは、気だるそうに歩きながら今来た道を引き返して行った。

 

幹線道路を渡り切る前に何度も轢き殺されそうになったのだが、それは彼の能力故に全て相手を病院送りにしてしまったのだった。

 

 

 

 

 



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Ⅰ章 少年の小さな世界
学生の街-1


 

 

 

 

闇オークション会場に着いた七惟を待っていたのは、いつも通り柄の悪い連中から普通の学生、さらには小さな女の子までと様々であった。

 

下品な笑みを浮かべてメモリースティックを見つめるモノも居れば、身体を震わせながら何とかこの場に踏みとどまっているモノも居る。

 

それぞれ色々な思惑があり此処にいるのだろう、だが自分には関係ないか。

 

七惟はメモリースティックをオークションにかけると、早速一人目が『5千!』と手を上げる。

 

それに負けんとばかりに他のモノが今度は『六千!』と声を張り上げる。

 

こうやってメモリースティックの値段は自動的に上がっていき、七惟はそれを何も考えずに傍観しているだけで巨額の金が手に入るのだ。

 

普段のようにぼーっとこの風景を見つめていた七惟だが、今日は先ほど会ったアクセラレータのことを考えていた。

 

……アイツと会ってから、もう1年も経つのか。

 

七惟がアクセラレータと出会ったのは、とある実験がきっかけだった。

 

 

『レベル6計画』

 

 

学園都市最強のレベル5、アクセラレータを最強の存在から絶対の存在にするために行われた最初の実験だった。

 

当初レベル5の第7位―――――現在は第8位だが―――――七惟は最初のシミュレーションに実戦投入されたのだ。

 

ツリーダイアグラムは学園都市第3位のレールガンを128回殺すことでアクセラレータのレベル6へのシフトは完了すると計算した。

 

しかし実際問題それは無理なため、レールガンのクローンであるレディオノイズを2万人殺すことでレベル6へのシフトが完了する計画が取られようとしてる直前。

 

レディオノイズを2万体も作るには、莫大な予算が必要でこれもかなり現実味を帯びていない―――――なら、他のレベル5は?

 

こういう流れでその最初の被検体となったのがレベル5の最下位、七惟理無であった。

 

七惟を担当していた科学者が、第7位のクローンならばもっと効率よく一方通行をレベル6にシフトすることが出来ると言い放ったことがきっかけである。

 

そういうのならば当然まずはその実力を示せ、という展開になる訳だ。

 

そこで七惟とアクセラレータは死闘を繰り広げる、当然七惟は生きるために、アクセラレータはその胸に秘めた思いを成就させるために。

 

結果研究所周辺の施設は吹き飛び、七惟がアクセラレータに半殺しにされるもこれ以上の戦闘は学園都市そのものに影響を与えかねないということで中断された。

 

この生死をかけた闘いから二人の奇妙な関係が始まる。

 

互いに本気でぶつかればこの学園都市がどうなってしまうのか把握しているだけに、それ以降二人が拳を交えることは決してなかった。

 

しかし…………

 

「1万人も殺すと気が狂うか」

 

アクセラレータは結局ツリーダイアグラムがはじき出した計算結果の下、欠陥クローンを殺し続けている。

 

確かその数はもう1万は超えている、1日に10人以上纏めて殺すことなどザラだったためこの1年かなりのハイペースで死体を積み上げてきた。

 

アイツがレベル6になったら―――――真っ先に殺されるのは自分かも、な。

 

七惟はまるで他人事のように、自分の命の危機など何処吹く風と言ったところだ。

 

そうれもそうだ、七惟はツリーダイアグラムの計算結果を信じていない。

 

人類の英知が詰まっているのか知らないが、レベル6と言うのは『神の領域』なのだ。

 

クローンを2万人殺すくらいで神になれるのなら、戦前の独裁者や某国の指導者はとっくに神になっているだろうに。

 

「3万!」

 

最後のメモリースティックが3万円で売れた。

 

1本1千円程度のモノがその30倍で売れるとは、やはり麻薬中毒者たちの気持ちは分からなかった。

 

闇オークションに詰めかけた者たちはそれぞれの表情を浮かべ闇へと消え去る。

 

近くに居た小さな子供は顔を顰めながら去っていく…………おそらく来週も来るのだろう、この中身欲しさに。

 

七惟も身支度を済ませてバイクにまたがり、エンジンをかけると不意に後ろから呼びとめる声がした。

 

 

 

「ちょっとお待ちなさいな、そこの黒スケ」

 

 

 

七惟は最初はメモリースティックを買えなかった客の一部が強奪しに来たのかと思ったが、すぐさまその考えを改める。

 

「貴方にはお聴きしたいことが山ほどありますの。ジャッジメント支部までエスコートいたしますわ?」

 

振り返るとそこには左腕に緑と白の腕章をつけたピンク色の髪の子に、そしてちょっと離れた所には茶髪の女の子が立っていた。

 

二人は長点上機と良い勝負であるエリートお嬢様学校、常盤台の制服に身を包んでいた。

 

しかし、黒スケか……・実に的を射ている。

 

「だんまりですの?」

 

こちらは全身真っ黒のジャージに銀色ヘルメットだ、まだ顔を見られていない。

 

となるとやはりこの場合このまま逃走して逃げ切るのが吉だろう、何処のジャッジメントかは知らないが軽くあしらってやるか……。

 

七惟は二人の言葉を無視し、バイクのアクセルを握るが―――――。

 

目の前に突然ピンク色の髪の子が現れた。

 

「なっ!?」

 

七惟は身の危険を感じ咄嗟にしゃがむ、すると先ほどまで彼の頭があった場所に風を裂くような蹴りが。

 

一瞬で移動した?となるとこの女の能力テレポートの類か。

 

「余所見はいけませんわねえ、首が飛びますわよ?」

 

なるほど、流石にこの時間帯にこんな場所をうろついているからにはそれなりの実力を伴ったジャッジメントというわけか。

 

七惟とてここで捕まるつもりは毛頭なく、茶髪がどんな力を持っているのか分からないがこのテレポーター、まさか対峙している黒スケが自身の天敵だとは思うまい。

 

七惟は構わず再びアクセルを握り、今度は躊躇なくそれをフルスロットルまで入れる。

 

バイクは猛然と加速し、幹線道路に飛び出すと我が物顔で走り回る。

すると七惟の予想通り、テレポーターはこちらの先に移動して待ち構えておりにやりとした表情だ。

 

まあ、直線的な動きしか出来ないバイクなどあの女からすれば仕留めるなど簡単な作業なのだろう。

 

彼女が手に何かをにぎっている、おそらくそれをバイクのタイヤに仕込みパンクさせるといったところか。

 

「大けがしても私は責任は取りませんわ?」

 

七惟は彼女が鉄の棒を転移させる直前に能力を発動させる。

 

するとどうしたことか、彼女がバイクのタイヤに転移させるつもりであった鉄の棒はバイクのタイヤを避けるかのように左右に転移したのだ。

 

「そ、そんな!?」

 

上手くいった、ジャッジメントの女は自分の能力が通用しなかったことに戸惑っている。

 

テレポートは高度な演算が必要なためあの動揺した精神状態では自分を追うために連続したテレポートは不可能だ。

 

七惟はそのままバイクを時速100kmまで上げると、闇の彼方へと消えて行った。

 

 

 

 

 



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学生の街-2

 

 

 

 

夏休みも中盤にさしかかかり、そろそろ学校から出された夏休みの宿題なるものに悪戦苦闘が始まる頃である。

 

七惟も当然それに当てはまるのだが、彼の場合宿題など最初から手を出すつもりもない。

 

どうせあんなモノ、自発的にやらなければ自身を磨くアイテムにすらなりはしない。

 

努力は大事だと思う、しかり努力を無理強いされて実行するのは結局本人にとって何らプラスにはならない。

 

教師から見ればこんなはた迷惑な持論はないのだが彼は毎年この持論を続けており、担当である教師を泣かせて来たのは言うまでも無いだろう。

 

この日七惟は夜に行われる闇オークションまで暇であったため、やることもなくバイクに跨り公道を我が物顔で暴走運転していた。

 

七惟は夏場は家でじっとしていることが大嫌いである、理由は当然暑いからだ。

 

何故エアコンを入れないのか?と言われればそれにもちゃんとした理由がある、彼はエアコンが大嫌いなのである。

 

入れている間はいいのだがそれが切れると何とも言いきれない気だるさに襲われ、それと同時に身体も一気に重くなる。

 

あんな感覚、ごめんなのだ。

 

それとは対照的に冬は家に閉じこもる、外は寒いしエアコンと違い暖房は彼の身体を蝕まない。

 

今は夏だ、家でじっとしていて蒸し焼きになるくらいならばバイクでもかっ飛ばして涼しい場所に行こうということだ。

 

七惟は丘の上にある公園にバイクを止めて、無表情のまま木陰へ赴く。

 

彼の身体分すっぽり入るだけの大きさで、調度良いその木陰に七惟は静かに腰をおろした。

 

七惟は人ゴミが嫌いである、煩わしい、うるさい、空気が悪い、といったのも彼が遠ざける原因だが他もにある。

 

それはあれだけの人ゴミの中ではあまりに自分の存在が希薄になってしまう―――――。

 

 

 

 

 

天涯孤独、彼の16年間の人生を振り返ってみるとこれが一番しっくりくる……と言えばかっこよく聞こえたりするのだろうか。

 

物心ついた時には彼は学園都市の研究所に居た。

 

いったい誰が、何のために自分を生み、そして研究所に放り込んだのかは知らないが、彼が生きて行くためにはその環境はあまりに酷過ぎた。

 

おそらく彼の両親は、こんな化け物みたいな子供が恐ろしくなり学園都市に置き去りにしたのだろう、それを研究熱心な何処かの誰かが連れ去った。

 

周りには自分と同じような年頃の子どもはおらず、居るのはわけのわからない専門用語ばかり話す研究者達。

 

当然子供の相手など彼らがするわけがない、次第に少年時代の七惟は人と接することを酷く嫌うようになっていた。

 

どうせ彼らは自分を利用することしか考えていない、ならばいっそのことこちらからそのコミュニケーションという繋がりのパイプを立ち斬ってしまおうとしたのだ。

 

結果今のように親族0、友人0、といった状況になってしまった。

でも、親族が0というのは彼のせいではない。

 

友人0というのは自分のせいだということくらい分かっている、あそこで諦めずに希望の光を追い求める者だけがその先にあるものを得られるのだから。

 

リタイアしてしまった自分は弱かった、力が強い弱いというわけではなく心が弱かったのだ。

 

そんな負け組の自分には、友人0がお誂えだろう。

 

しかし、親族0なのは心の弱さなんて関係ない。

 

だから彼は知りたかった、いったいどうして両親は自分を捨てこんな都市に置き去りにしていったのだろうと。

 

知りたい、自分を生んだ理由を。

 

もし自分がこんな能力を持って居なかったら、一緒に居させてくれたのだろうか――――それとも―――――。

 

捨てられた自分には存在する価値なんて無いんじゃないのか?そもそも、生まれたこと自体が間違って…………

 

 

 

 

 

などと如何にも悲劇のヒーローやヒロインのような考えは残念ながら七惟は持ち合わせてはいなかった、ちなみにどこら辺から捏造かと言うと『友人0は自分のせい』からである。

 

自分を何故生んだのかなんて知ったことじゃない、それに生まれてしまったものは仕方がないし、今更「死んでください」と言われてはいそうですかと自決するような綺麗な人間ではない。

 

それに生きている価値なんてモンはあるのかどうか、そんなことを考えることすら馬鹿らしい、そんな水掛け論に時間を費やすのは浪費というものだろう。

 

コミュニケーション能力が皆無で友人0というのは事実だが、それをそこまで重くは考えていなかったし研究所生活が長かったせいもある。

 

自分は元からそういう性格なのだ、結局人間は皆自分のためだけに生きているのだから、友人など作ってもどうせ足枷になるうえ、厄介事や面倒ごとに巻き込まれるだけだ。

 

親も同じだ、息子を捨てるような奴なんざ碌でもないのに決まっている、そんな奴と一緒に生活なんてこっちから願い下げだ。

 

まあ……顔くらいは、死ぬまでに絶対拝んでやるつもりだが。

 

七惟はため息をつき、タンクバックの中身を漁り飲み物を取り出す。

 

「…………からっぽか。しゃーない」

 

暑さゆえに普段よりも消費するスピードが段違いだ、財布事情が苦しいということはないのだが移動するのが面倒くさい。

 

自動販売機まで行き品を見てみると、彼の好きなスポーツドリンクは全て売れ切れだった。

 

まあこの炎天下を考えると仕方がない……結局七惟は何も買わずに先ほどまで居た木陰に戻ろうと背を向ける。

 

すると、背後から女の子の声が聞こえてきた。

 

「あれ、またコイツ吸っちゃった!?」

 

振り返ると常盤台の制服を纏った少女が自販機を渋い顔で睨みつけている。

 

女の子は自販機を叩いたり、返金のつまみを何度も回したりと悪戦苦闘しているが……次第にその態度が変わっていき、そして。

 

「……いい加減にしろやごるあああああ!」

 

少女の凄まじい右足の蹴りが、自動販売機に叩きこまれたかと思うと、ガラガラっと何かが崩れ落ちるような音がして缶ジュースが出てきた。

 

七惟は唖然とした表情でその様を見つめる。

 

「……ったく、コイツはもう撤去したほうがいいわよ」

 

少女はその中から一本取り出すと、満足そうな笑みを浮かべて口に運ぶ。

 

そして彼女がジュースを呑み始める様子を無表情のまま見つめ続けていた七惟と、目があった。

 

「ッぶ――――!?」

 

少女は口に含んでいた飲み物を思い切り吹きだし、慌てふためる。

 

「あ、あんた……もしかして今の見てた!?」

 

「目の前でやられたんだから、当たり前だろが」

 

というよりもすぐ近くに誰かが居ることくらいわかっただろう……怒りで周りが見えなくなっていたのならば話は別だが。

 

「ど、何処から何処まで……?」

 

「自販機殴るところから蹴りをぶつるとこまでだ」

 

「ぜ、全部じゃん……」

 

「常盤台のお嬢様が自販機に蹴りをお見舞いするなんて世も末だ」

 

「う、うるさいわね!吸われた気持ちがアンタにわかんの!?」

 

吸われた、というのはおそらくお金を入れても商品が出てこなかったということだろう。

 

七惟はため息をつき自動販売機の前に立つ。

 

「ちょ、ちょっとアンタ」

 

七惟が自販機の前に立つこと数秒、まるで流れる水のように2本のジュースが出てきた。

 

「ほらよ」

 

出てきたのは缶コーヒーだった、七惟は何事も無かったかのようにそれを飲み、もう一本を少女に渡した。

 

「な、何をしたの……?」

 

「……別に何も」

 

どれだけ金を吸われたのかは知らないが、慰謝料請求もかねて2本くらい飲んでも問題ないだろう。

 

七惟はもう用は済んだ、とばかりに少女に背を向けるも相手がそれをよしとしなかった。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「何だよ?」

 

コミュニケーションを取るのが苦手である七惟は人と接するのが好きではない。

 

今回はちょっとした出来心で関わってみたのだが、これ以上厄介事に巻き込まれるのはごめんだ。

 

「こ、このことは……出来れば誰にも、特に学校のほうには」

 

「はん、誰が好き好んで常盤台とかいう地雷踏みに行くか。そんな心配より腹が立ったらすぐ手を出すそのガキみたいな精神状態を心配するんだな」

 

元々口が悪く、コミュニケーション能力に疎い七惟はいったい何処まで言ったら相手が怒りだすのかなど意識していない。

 

それ故に思いついたことをストレートに口に出してしまうのだが……

 

「ガキ……ですってえ!?」

 

完全に地雷を踏んでしまったようだった。

 

少女はその言葉に過剰に反応すると、七惟に詰め寄る。

 

「私の何処がガキだって言うのよ!アンタに何かわかんの!?」

 

「ッ!?」

 

少女の豹変した態度に狼狽を隠しきれない七惟。

 

彼は知らないだろうが、先日某フラグメーカー氏によって彼女は散々ガキ扱いされており、その言葉を聞くと彼女は問答無用で発火してしまうのだ。

 

そんな理由など知らない七惟はあまりの剣幕にどうすればいいのやらと言った表情に。

 

「短パン穿いてるところとか……か?」

 

「関係ないでしょそんなの!スポーツ選手なんて皆短パンじゃないの!」

 

「そうか?でもアイツラは出るとこ出てるが、お前は……」

 

七惟は少女の頭のてっぺんからつま先の下まで見下ろすと。

 

「水平線だな……見事に」

 

「はぁ!?わ、私だってこれからまだ!」

 

ッ……しつけえ。

 

先日のベクトルもやし野郎程とは言わないが、少なくとも今この状態は七惟を不快にさせる。

 

七惟は目を細めて少女の位置を確認し……『位置』を弄った。

 

「あ、あれ!?ちょっと待ちなさいよ!」

 

次の瞬間、七惟と少女の距離は100M近く離れていた。

 

「じゃあな、短パン娘」

 

「誰が短パン娘よ誰が!」

 

七惟は右手をひらひらと翳して別れを告げた……つもりだったが、相手が悪かった。

 

「待てって……言ってんでしょ!」

 

少女は般若のような形相で猛然と七惟を追いかけてくる。

 

「はあッ!?」

 

そのあまりの怒りっぷりに流石の七惟も腰が引け、自然と足の回転が速くなりいずれ全力疾走となって少女から離れる。

 

しかしどうしたことか、少女は一向に諦める気配もないし距離が自然と縮まっていく。

 

七惟は平均的な運動神経の持ち主だ、だいたい50M走ならば6.5秒前後。

 

彼女の年から考えたらどう頑張っても自分に追いつくことなど不可能はなずだが……。

 

「お前ッ、しつけえぞ!」

 

「うるさい、訂正しろ!」

 

「だいたいそんな早く走れるんだったらスポーツ選手になりゃいいだろうが!」

 

「能力使えばアンタみたいな一般人に負ける脚力じゃないのよ私は!」

 

少女の能力が身体強化系なのかは分からないがとにかくこのままでは追いつかれてしまう、やはりここはまた能力を使って……!

 

七惟が演算を開始し、完了するまでに今度は少女と七惟の距離は100Mと言わずまるで少女の姿が点でしか確認できないくらいまでに離れる。

 

まだ互いの公園内にいるのだが、これだけ離れれば追ってくることはないだろう……。

 

七惟は重い足を引きずりながら、ようやく駐輪場まで辿りつく。

 

「何だってんだ……アイツは」

 

盛大なため息と共に、バイクを走らせるのだった。

 

 

 

 

 



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学生の街-3

夕暮れ時、七惟が昼間出会った少女のことに思考を裂きながら帰宅するとパソコンに一通のメールが届いていた。

 

チェックしてみると、どうやら今日でメモリースティックを売る仕事は最後だとの通知だった。

 

まあ七惟自身も仕事内容の割に相当稼がせてもらったので文句はない、後は最後までミスのないよう遂行するだけだ。

 

彼は仕事の時間になるまで暇を持て余す、よって寝ることにしたのだが……。

 

「おーい!七惟!」

 

七惟の睡眠を妨げに、とあるクラスメートがやってきた。

 

「……だりぃ」

 

七惟は居留守を決め込み、クラスメートの呼びかけを再三無視するのだが。

 

今度はチャイムが凄まじいいペースで鳴り響き始めた、しかもこれは1秒間に2回くらい押している。

 

「ッあーもう!わあーったからチャイム連打すんじゃねえこのサボテンが!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前何でこれ分かるんだ?すげえな」

 

「……俺からすりゃあ、この年齢になって理解してないお前がすげえよ」

 

部屋に入ってきたのは、クラスメートの上条当麻だった。

 

上条当麻はレベル0の無能力者であり、七惟が入学当初から一応監視を続けている人物だ。

 

どうして無能力者を監視しているのか?と問われればそれに対応する答を彼は持っていない。

 

強いていうのならば、組織がそうしろと言うからである。

 

おそらく組織の連中は上条当麻その右手に宿す『幻想殺し』の力に興味をひかれているのだろう。

 

この幻想殺しの力とは、触れた物の異能の力を問答無用で打ち消すという不思議なものだ。

 

しかし異能の力を打ち消す以外には特に何も出来ない、要するに幻想殺し単体で何か摩訶不思議な現象を起こすことは出来ず、測定結果は常にレベル0。

 

そして頭脳はレベル0相応の力なので、このように度々クラスメートであり同じ学生寮に住む七惟の元にやってくる。

 

「アホ、そこちげえよ。ゲーム理論の基礎だろうがこれ」

 

「……わかんねえよ!これ外の世界じゃ大学でやってんだろ?!」

 

「知るか」

 

上条が通う学校は、当然レベル0〜2が通う学園都市底辺の学校である。

 

そんな学校に、何故レベル5である七惟が通っているかというと当然理由があった。

 

先ほども述べた通り、とある人物から誰も持ちえない異能な力を持ちながらレベル0という位置に属している少年の監視を命令されたからである。

 

だが七惟は少なからずとも長点上機に入りたかったと言う気持ちがあり、故に当初は不満を漏らし長点上機に配属されていたアクセラレータを恨めしく思っていた時期もあった。

 

しかしそれも半年以上の前ことである、もうその気持ちも薄れ……今ではこうやって上条当麻の監視役を全うしている。

 

少なくとも、コイツは自分のことを毛嫌いなどしていないし、嫌みも言ってこないあたり……『良い知人』だと思っている。

 

「また間違えてんぞ。そこはバックワードインダクション使えば一発だろ、なんで引っかけのほうに騙されんだよ」

 

「ええ!?こっち引っかけなのかよ!」

 

「ったく……その力で脳みそまで無効化してんじゃねえか」

 

「そんなわけあるか!」

 

同じような会話がこれ以降何度も繰り返され、結局12時を回ってようやく全ての問題が解き終わったのだった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

上条の家庭教師を終えた七惟は彼から食料による報酬を受けた後に仕事へと出かけた。

 

いつものように、指定された場所に赴きブツが置かれているであろう電柱に近寄るが……。

 

「ない……」

 

いつも置かれているはずのメモリースティックが入っていた安っぽいバックは無かった。

 

おかしい、今日までは普通に仕事をこなすとメールでやり取りがあったはずだ、それが無いということは……。

 

「アンタが欲しいのはこれ?」

 

例によって背後から声が聞こえた。

 

「……昨日はベクトルもやし野郎で今日は癇癪玉かよ」

 

手提げバックを持ってこちらを冷ややかな目で見ているのは学園都市の第4位、麦野であった。

 

そしてその後ろからぞろぞろと現れてきたのはその取り巻きであるアイテムのメンバー。

 

「麦野、超珍しいですねオールレンジと会話するなんて」

 

「明日は槍でも振るって訳よ?」

 

「……北北西、正面のなないから信号が来てる」

 

絹旗最愛にフレンダ、滝壺理后。

 

しかしまあ、たった二日でレベル5の知り合い二人に会うことになるとは、学園都市も案外狭いものだ。

 

「んで?お前は何でソレを持ってんだよ」

 

「私は別にこんなものどうでもいいんだけど。上からのご命令よ、これ以上増長してもらっちゃ困るってね」

 

「はん……俺の知ったこっちゃねえ、さっさとソイツを返しやがれ」

 

「私がそう言われて『はいそうですか』って差し出すと思う?」

 

「ッチ……」

 

つまり麦野は取り返したいのならば力づくで奪い取れ、ということだ。

 

しかし相手は学園都市レベル5第4位の麦野、真正面から衝突すればどうなることか分かったものじゃない。

 

あのビームは七惟の能力を使っても一瞬で到達・さらに広範囲となっているために防ぐのもしんどいときた。

 

「こんなところでドンパチやったら後がやべえってくらいわかんだろ?」

 

「そうね、でも私は全然構いやしないわ。アンタだってそうでしょ?」

 

「少なくとも俺はまだのたれ死ぬつもりはねえよ」

 

「へえ、惰性で生き続けてるアンタが?」

 

「……はン」

 

惰性で生き続けてるのは確かだ、死ぬのが嫌だからこうやってしょうがなく毎日生きている。

 

「何の目的も無しに生きてるアンタに、生きる気力があるとは思えないんだけどね」

 

「言ってろ」

 

「まあ『生ける屍』ってとこね。それとも『生きた死体』?どちらがお好み?」

 

「ふざけんのも大概にしやがれこのヒステリックが」

 

七惟は足元に落ちていた石ころを拾い上げそれを麦野に投げつけると、石ころは七惟の手を離れた瞬間に時速120kmのスピードで標的に向かって飛んでいく。

 

麦野はそれを読んでいたのか、自身の右腕に当たる寸前にその石ころのみを見事に破壊してみせた。

 

「これくらいじゃ、私は死なないけどね?」

 

「チッ……」

 

あのメモリースティックさえなければ、もう少しマシな立ち会いになっていたのだろうが……。

 

こうなったら……

 

「あッ!?」

 

「悪いな、もうこれ以上お前と戯れるくらいだったら死んだほうがマシだ」

 

七惟は能力を使い一瞬で麦野からバックを奪い取った、ちなみに両者一歩も動いてはいない。

 

「何時の間に!?」

 

「じゃあな、癇癪玉」

 

「……んだとお!?」

 

七惟の言葉を合図に切れて本性を見せる麦野だったが、七惟は彼女が攻撃態勢に入る前に一目散にバイクでその場から去っていった。

 

 

 

 

 



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学生の街-4






もはや投稿してから何年も経ちますが一部変更しました。



 


 

 

 

 

麦野達と出会ってから三日、仕事が無くなった七惟は当然ながら暇人と化し時間を持て余す。

 

 

夏休みはまだまだ折り返し地点に差し掛かったばかりと言ったところか、これからはさてどうやって過ごしていくか……。

 

 

七惟は先日出会った麦野のように暗部にどっぷり浸かっているわけではないが、多少なりとも踏みこんでいるのは確かだ。

 

上条当麻を監視せよ、との命令も当然彼が所属している組織からの命令ではある。

 

七惟も始めの一カ月は大人しく上条の動向を探り、それを報告書に纏めて組織のほうに送っていたが、それで何かが変わったのかと聞かれれば答えはノーだ。

 

翌月は面倒になってきて適当に報告書を纏めて送ったのだが、それでも何ら組織のほうから応答はない。

 

それからと言うもの、彼は報告書を90%捏造して毎回送っていたが、それくらい適当なのだ。

 

七惟の所属する下位の暗部組織など。

 

彼は監視命令以外の命令は特には受けていない、よってやる仕事と言えばネットで『便利屋』のように一歩間違えれば犯罪に染まるような仕事を引き受けている。

 

別に金に困っているわけではないが、そうしなければこのような夏休みは時間が余って余って仕方がないのだ。

 

そしてその余った時間は七惟に余計な考える時間を与え、精神衛生上よろしくない。

 

七惟はパソコンに向かって掲示板を周り、前回引き受けた仕事のように何かすることはないかと探してはいたのだが見つからなかった。

 

 

 

「……ダメだ、外出るか」

 

 

 

結局何も情報は得られなかった、仕方なくいつものようにバイクに跨りツーリングに出かける。

 

と言っても、学園都市の外に出るためにはかなりの規制を通過しなければならず手続きも面倒だ。

 

こうなると行くところは必然的に定まってくる、つまり……。

 

 

 

「……金、ホントに吸っちまうんだなコイツ」

 

 

 

あの公園だった。

 

 

 

「まあ、おあいこだろこれで」

 

 

 

七惟は先日同様に、能力を発動して缶ジュースを一本取り出すが……。

 

 

 

「あッ!アンタ!」

 

「……あ?」

 

 

 

声のしたほうを振りかえると、常盤台の制服を纏った少女がそこに突っ立っていた。

 

何処かで見たことがあるような、はて……。

 

 

 

「よくもまあ、また常盤台の通学路になんて来たものねえ……!」

 

「……誰だお前?」

 

「はあ!?こないだ会ったばっかなのにもう忘れたの!?」

 

 

 

初対面の相手にこんなにも怒鳴られるとは……いや、どうやら初対面ではないらしいのだが。

 

少女のつむじからつま先までを万遍なく見渡すと、スカートで視線が止まる。

 

 

 

「ッ!あの時の短パン娘か!?」

 

「そこで思い出すな!」

 

 

 

少女は七惟の言動に憤慨してあからさまに怒りだす。

 

七惟の記憶では彼女は面倒な相手だという認識しかないので、当然彼女を避ける。

 

 

 

「俺は忙しいんだよ、じゃあな」

 

「アンタ、ちょっと失礼過ぎるんじゃない?人をあんだけコケにしておいて、ただで済むと思ってんの?」

 

「るさい、俺はこういう性格なんだ。心底嫌になっただろ?もう関わってくんじゃねえよ」

 

 

 

七惟は自分の性格の悪さを自覚している。

 

たぶん一方通行や麦野と良い勝負だろう、全く学園都市の最高戦力と謳われるレベル5には自分を含めて碌な奴が居ない。

 

少女に背を向けてその場から去っていく七惟だったが……こないだと同様、やはり彼女はただでは逃がしてくれなかった。

 

 

 

「そうね、私はアンタが大嫌いよ……だから、今生の別れを告げて消し炭になれ!」

 

 

 

背後から只ならぬ威圧感と殺気を感じた七惟が振り返ると、そこには全身に電気を帯びて光っている物体が。

 

 

 

「んな!?」

 

「もう二度と私の前に出てくんな!」

 

 

 

光っているのは、あの少女であった。

 

発光した少女は全身のバネをフル稼働させて、光の槍を七惟目掛けて全力で投げつける。

 

 

 

「ッ!」

 

 

 

七惟は演算を行い能力を発動させ、光の槍の位置をずらした。

 

すると槍は何も無い空間を薙いで行き、大木に突き刺さるとその大木を燃やすどころか文字通り一瞬で灰にしてしまった。

 

おいおい、……これは洒落になんねえぞ。

 

 

 

「何しやがる!」

 

「アンタこそ何したのよ!当てるつもりだったのに!」

 

「ふざけんな!死んでたぞアレ当たったら!」

 

「わけわかんない能力持ってるならそう簡単には死なないでしょ!」

 

「そういう問題じゃねえ!とにかくもうこれで気が済んだだろ!?じゃあな!」

 

 

 

七惟はなるべく少女と距離を取ろうとダッシュでその場から離れるも、やはり彼女は七惟よりも速いスピードで追いかけてくる。

 

 

 

「しつけえぞ!大概にしろ!」

 

「ふん!電気加速すればアンタみたいな優男には負けないんだから!」

 

 

 

電気加速……?

 

さっきの光の槍や、全身の発光などかなり高レベルな技術を使いこなしている。

 

あの短パン娘はおそらくレベル4の電気使いだ、しかし大木を焼き尽くすことが可能な電気を吐きだすことが出来るレベル4が居たとは。

 

 

 

「ちぃッ……高速で動く物体は……!」

 

 

 

互いにかなりの速さで動いている、当然ながらターゲットのロックオンは必然的に難しくなる。

 

 

 

「大人しく消し炭になれ!」

 

 

 

少女は尚も執拗に追いかけてくる、このままでは追いつかれるのも時間の問題だ。

 

こんなことになるのならこの公園に来るんじゃなかったと激しい後悔をするももう遅い、少女はついに七惟を追い越し目の前に立ちはだかった。

 

 

 

「ふん……もう逃げられないわよ!」

 

「……!」

 

 

 

次の瞬間七惟は相手と自分両者が立ち止まったことを確認すると、瞬時に能力を発動させ少女と自分の距離を1kmになるよう操作した。

 

少女はその直後七惟の目の前から消え去り、その容姿も、どなり声も全く聞こえなくなった。

 

 

 

「ようやくか」

 

 

七惟は全身の力を抜きリラックスする。

 

こういうのを肩の荷が下りるというのだろう、つっかえていたものが抜けおちるのは何とも気持ちがいい。

 

 

 

「ただ……」

 

 

 

ただ、少女がおそらく今後自分の目の前に現れないだろうということは何故か『物足りない』と思ってしまった。

 

 

 

「んな訳あるかっての……」

 

 

 

まさか、そんなわけがあるか。

 

湧きあがってきた感情を否定し、七惟は気だる気に駐輪場へと歩き出す。

 

そう言えば、あれだけのやり取りをしたのに名前も全く聞いていなかったなあと思っていた矢先だった。

 

何かが凄まじい速度で自分の横を通り過ぎる、そして外れたその物体は地面と衝突すると爆発した。

 

 

 

「……まさか!?」

 

 

 

反射的に首を回す、やはりというか予想通りというか名前も知らない電撃少女がそこには居た。

 

般若の形相よろしく、その年でそんなに皺を寄せたら将来が大変だろうに……。

 

 

 

「こないだは突然だったから全然分かんなかったけど、同じ手が2度も通用すると思ってんの!?」

 

「どうして俺の位置が……」

 

「私のレーダー、舐めて貰っちゃ困るわね!」

 

 

 

レーダー……?電磁レーダーか!?

 

つまり、どれだけ離れていようと彼女からは逃げられないということか。

 

だがしかし、七惟とてそれで諦めて大人しく電撃を食らうくらいならば死ぬまで逃げたほうがマシだ。

 

 

 

「〜ッ!諦めろ!マジで!」

 

「あ!待てって言ってんでしょー!」

 

 

 

こうした二人の鬼ごっこが、それから数日幾度も学園都市では見られたらしい。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

「いてえ……身体のふしぶしが」

 

 

 

七惟は目覚めると猛烈な筋肉痛に襲われていた。

 

あの短パン娘と鬼ごっこを初めて早2日、身体中が七惟の代わりに悲鳴を上げていた。

 

 

 

「ッ痛!」

 

 

 

今日のところ出かけるのはよしたほうがいい、家で本でも読みながら休まなければ布団から起き上がることもままならない。

 

あの少女はいったい何が楽しくて自分を追いかけているんだろうか、こんな気味の悪い能力の持ち主というのに。

 

 

 

「……仕方ねえ、窓全開にしてと」

 

 

 

家にとどまることを決めた七惟だったが、それでもクーラーは付けない。

 

付けるくらいならばそれこそ全身筋肉痛の身体に鞭を打って少女と鬼ごっこしたほうがいい。

 

 

 

「課題でもやるか」

 

 

 

七惟はやることも無く、家に閉じこもらなければならないということで気を紛らわすため上条と同じく課題に着手する。

 

見ると中学時代に教わったものばかりでまるで3年前に戻った気分だ。

 

まあ……底辺学校のカリキュラムなんて、こんなものなのだろう。

 

 

 

「やっちまうか」

 

 

 

埃を被った参考書を取りだし、課題に着手する七惟。

 

七惟も何だかんだでレベル5のはしくれである、一度やり始めたらその集中力は並み以上だ。

 

昼から初めて夕方、時間帯は5時になっておりこれで三分の一が終わったくらいか。

 

 

 

「えらく簡単だな、中学のほうがまだ難しかったぞ」

 

 

 

七惟は中学は一応長点上機の下位組織である学校に通っていたため、頭の良さは間違いない。

 

そのせいで中途半端なプライドが当初はあったのは言うまでもない、今となってはそんな陳腐なものはかけらも無いが。

 

ただ、長点上機に入れなかった当時は生きていることを否定されているかのような気分だった。

 

元々生きているのか死んでいるのかもわからないような奴が何を言っているのかと言った感じなのだが。

 

小腹もすき、シップのおかげでだいぶ筋肉痛もマシになってきたので買い物に出かけるか。

 

 

 

「ったく……あの短パン、どうしてくれんだか。さて……」

 

 

 

マシにはなったがやはり歩き始めはしんどいもの、キーケースまで歩くことすら億劫だ。

 

しかし食べなければこの空腹は収まらない、七惟は机に腰掛けたまま玄関付近のキーケースから鍵を可視距離移動させようとするが……。

 

 

 

「あ……?」

 

 

 

ぼとり、と鍵は七惟の手元まで飛んでくることなくその場に零れ落ちた。

 

演算ミスか……?もしくは地震でも起きて物体が定位置から移動したか?

 

まあ取るに足らないことだ、と仕方なく立ち上がり落とした鍵を取りに行くが……。

 

 

 

「……まぁ別に今すぐ買い物行かなくてもいいか」

 

 

 

何故か買い出しに行く気力を失ってしまった。

 

先ほどまではこの自己主張してくる小腹を治めるためにと動いたのに、今はもうスーパーのタイムセールまで我慢すればいいかという気分だ。

 

……調子が狂う。

 

 

 

「なんなんだよ………………あぁ?」

 

 

 

踵を返そうとしたその瞬間、視界の隅に先ほど落下したバイクのキーが入る。

 

不発に終わった能力、突然の空腹のおさまり、気分の転換。

 

何かが、おかしい。

 

不自然だ。

 

 

 

「……取り敢えず拾うか」

 

 

鍵を拾い、注視するも全く鍵に異変はない。

 

そりゃあそうかと納得しようとしたが、何時もの自分なら間違いなく納得しないことに気付く。

 

あからさまに可笑しい。

 

何かの力が働いているとしか思えない。

 

そもそも能力の不発は何かしらの妨害が入ったからではないか……?

 

気になって周囲を見渡しても此処は自室、先ほどから何も変わったモノはない。

 

じゃあ外は?……何かの事象がAIM拡散力場に何らかの影響を与えているのか?

 

探ってみると、明らかに通常では有りえない力場になっている、そしてその源は外からだ。

 

らしくない自身の思考に戸惑いながらも全てを気のせいか、とは流せず外の様子を探ろうとドアノブに手をかけた。

 

 

 

「熱い……?」

 

 

 

ドアから異常と感じる程の熱波が押し寄せてくる、これだけ暑ければ部屋内部にその熱が届いてきてもおかしくはないのだがドアから半歩下がったところではその熱を感じない。

 

いったいどんな原理が働いているのかはわからないが、外の様子を見たほうがいいのは確かだ。

 

意を決して七惟が勢いよくドアをぶちあけると、そこにはこの世のものとは思えない、炎を纏った巨人が聳え立っていた。

 

 

 

「七惟!?何やってんだ早く逃げろ、死ぬぞ!」

 

 

 

声を掛けられてはっとする。

 

声の主はクラスメートの上条で、対峙しているのは炎を纏った巨人だった。

 

 

 

「なんだコイツは!?」

 

 

 

七惟が後ずさると何かにぶつかり反射的にそれを見やると、白い修道服を纏った少女が背中から大量の血を流して倒れていた。

 

隣には赤髪にピアスをして、眼の下にバーコードのような痣がある男がこちらを見下ろしている。

 

この巨人、最初は発火能力者が生みだした人形かと思ったが、ソイツはまるで自らの意思で動くかのように上条を狙い攻撃している。

 

確かレベル5に発火能力者の者はいない、可能性があるのならばナンバーセブンの削板とかいう頭のネジが数本緩んでいるのではと思わせる男だけだが、彼が一般人を攻撃してくるとは思えない。

 

 

 

「おや、人払いをしたというのに……どういった手違いが」

 

 

 

七惟でも、上条でも、巨人のものでもない声が背後から聞こえてくる。

 

 

 

「悪いがキミにも消えてもらわなければならないようだ」

 

 

 

巨人が上条への攻撃を一旦止め、七惟へ右の拳を繰り出す。

 

 

 

「……ッ!」

 

 

 

七惟はその場から動かない、容赦なく襲いかかる炎の拳だったが軌道が途中で不自然に逸れて拳はコンクリートの廊下を抉る。

 

 

 

「クソッ……熱は防げねえぞやっぱ」

 

 

 

七惟は顔を顰めて焼き切れたズボンのベルトを見やる。

 

彼の能力は直接的な攻撃は当然防げるのだが、熱エネルギーは防ぐことが出来ない。

 

状況が全く把握出来なかった七惟だが、一つだけわかったことがあった。

 

それは自分の命も危険にさらされているということだった。

 

 

 

「七惟!大丈夫か!?」

 

「ッ……てめえに心配されるほど俺は弱かねえんだよ」

 

 

 

無能力者に気を使われたことにいら立つが今はそれどころではない、この得体の知れない化け物を片付けなければ命に関わる。

 

しかし自分も含めて、これだけの轟音を立て熱を生み出せば誰かが気付くだろうに何故誰も気づかなかった?

 

 

 

「さあて、消えてもらおうか!」

 

 

 

巨人が七惟と上条に向かって飛びかかる、上条は右手を翳してその炎を無効化するもまるで炎が衰える様子はない。

 

異能な力全てを無効化する『幻想殺し』が効かない……?

 

 

 

「コイツの炎、消える手前で復活してんだ!」

 

「んなこと見ればわかるっての」

 

 

 

目の前には炎を纏った巨人。

 

 

 

「ふう、もうこれ以上は時間の無駄だね。お遊びはお終いだ」

 

 

 

背後には手から炎を生み出す赤髪の男。

 

 

 

「くそっ!」

 

 

 

上条が苦虫を噛み殺したかのような表情を浮かべる。

 

確かにこのままでは二人共々あの焔で消し炭に……そこで七惟ははっとした。

 

この炎の巨人がどういった原理で動いているのかは理解出来そうにもないが、奴の力を無効化することならば出来る。

 

そう……あくまで『幾何学的な』事象では、あるが――――――。

 

 

 

「おい、上条」

 

「なんだ!?」

 

「あの巨人と酸素の関係を希薄にすんぞ……あとは分かるな!どけ!」

 

「お、おい!七惟!」

 

 

 

七惟は上条を押しのけて炎の巨人と対峙する、やはりと言ったところか凄まじい熱だ。

 

上条の幻想殺しがなければ直接的には防ぎようがないだろう、しかし何も無理をして自分から手を出すことはない。

 

炎が燃えるには当然酸素が必要だ、酸素がなければ炎は燃えることなく鎮火する。

それがどれだけ高熱を帯びていようが関係ない、マグマなどの類ではなく炎である限り……な!

 

七惟は演算を開始し、巨人と周囲を取り巻く大気の関係を弄りまくる。

 

すると…………。

 

 

 

「イノケンティウス!?」

 

 

 

先ほどまで澄まし顔だった赤髪の男の表情が豹変する。

 

イノケンティウスと呼ばれた巨人はみるみるその形状を保てなくなり、小さくなっていく。

 

最後には耳を劈くような雄たけびと共に、消えて行った。

その直後に七惟の背後で鈍い音がしたかと思うと、目の前が一瞬ホワイトアウトする。

 

 

 

「……上条?」

 

 

 

彼の視力が戻ってきた時には、上条も血まみれの少女も、赤髪の男も、そしてあの焔の巨人も居なくなっていた……。

 

 

 

 

 



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常盤台の『超電磁砲』-1

学園都市有数のお嬢様学校として名高い常盤台中学の寮の一室。

そこで一人の少女がパソコンと睨めっこをしていた。

 

「あー、もう!アイツらの能力のこと全然載ってないわ!」

 

とうとう根を上げてしまったのは短パン娘、もとい学園都市第3位の御坂美琴であった。

 

彼女は今、自分をガキ扱いした二人の少年の能力をネットで検索していた。

 

しかし、どの情報にも彼ら二人の能力は載ってもいない。

特に髪がツンツンのウニ頭のほうは万事休すだ、かすりもしない。

 

「あっちは……」

 

あっち、とはあの自動販売機で出会った黒髪で黒の瞳を宿した不良少年のことだ。

 

あの少年のほうは逆に情報がたくさんあった。

 

というのも、美琴自身が遭遇した事象があまりに多すぎたためそれを片っ端から検索サイトで調べ上げて行くと処理しきれない量の情報となった。

 

美琴が経験したのはテレポートのような『空間移動』そして不自然に電流の軌道が逸れる『屈折現象』さらには美琴の電磁加速同様に足が早くなる『身体強化』。

 

これら全てが出来るのならば、相手は当然多重能力者となってくるのだがそれはまずあり得ない。

 

しかし現実問題であの少年は目の前でこれらをやってのけたのだ、となれば能力は一つと決まっているはず……。

 

「お姉さま?どうしたんですの?」

 

テレポートで現れた黒子が美琴に声をかけた。

 

「黒子?火事の件は?」

 

「現場に何の証拠も残ってはいませんでしたわ……あったのは紙きれだけですの。それよりも何か考え事をなさっていたのでは?」

 

「ええ……ちょっとね。黒子コレ見て」

 

美琴はそう言って自分を短パン娘呼ばわりする少年に関する能力データを黒子に見せる。

 

「これを一人の殿方が?」

 

「そ、コレってどう想う?」

 

「……空間移動と身体強化は完全に別物ですのよ?」

 

「万事休すか……」

 

美琴ががっくりと肩を落とす、結局二人とも有力情報無しと。

 

此処数日バイク男のほうは毎日追いかけていただけに、徒労感も一際大きかった。

 

「……もしかすると、距離操作系の能力かもしれませんわ」

 

静まり返った部屋で黒子がポツリとこぼした。

 

「お姉さま、レベルアッパーを売りさばいていたあの黒スケのことは覚えで?」

 

「ああ、アイツね。覚えてるわよ、黒子の鉄の棒が不自然に逸れたって……」

 

「そうですの、あれはおそらく距離を操作する能力者ですわ。この能力はお姉さまが感じた『屈折』の現象とよく似ていると言われていますの」

 

「そういうもんなの?」

 

「ええ、本来ならあり得ない場所からモノが飛んできたり現れたりするのは同じですわ。あと距離を操るのですから当然テレポーターのような空間移動現象も起きますわ」

 

つまり黒子のテレポートに+αを加えたような能力者か、そこまでは理解出来たが……。

 

「じゃあさ、最後の身体強化は?」

 

「それなんですの……そこだけは、私も」

 

「そっか」

 

「でも、もしかしたら……」

 

「もしかしたら?」

 

含みのある言い方に美琴を若干声を上ずらせる。

 

もしかしたら、この後輩は知っているのかもしれない。

 

「距離操作系統の頂点に立つレベル5……『オールレンジ』ならば、それも可能かもしれませんわ」

 

「オールレンジ……?」

 

「距離は『二点間の距離』だけを言うのではありませんわ、『時間距離』と『幾何学的距離』が存在しますの」

 

黒子はパソコンに向かい、コンピュータを立ち上げると手際よくキーボードを打ちこんでいく。

 

バンクの情報にアクセスした黒子は、表示された画面の一部を指さす。

 

「この方ですわ、残念ながら『NO IMAGE』となってますの……」

 

「レベル5……学園都市の第8位!?」

 

「時間距離と幾何学的距離、この二つの距離のうちどちらかを操ることが出来るのはレベル4以上の僅か数名の『距離操作能力者』(ディスタンス)……そして、両方操ることが出来るのがその頂点に立つレベル5、『七惟理無』ですわ」

 

七惟理無、全く聞いたことのない名前だ。

 

「その方でしたら本来距離操作では出来ないようなこともやってしまうかもしれませんの、それこそ身体強化のような……」

 

美琴に熱心に話しかける黒子だったが、本人にもう彼女の声が届いていなかった。

 

学園都市第8位、8人しかいないレベル5の末端に属している男。

 

それ以外のことは能力や名前も全く知らないが、此処までくるとその線のことしか考えられない。

 

あのバイク男は、七惟理無……。

 

しかしこのパソコンの画面を見る限りの情報では彼が一体どれだけの力を秘めているのか分からない。

 

また写真がないため美琴が会った『ディスタンス』が七惟理無なのかも定かではない。

 

ただ、同じレベル5の直感だというのだろうか、美琴には確信があった。

 

あのバイク男は間違いなくレベル5のオールレンジ『七惟理無』だ……!

 

 

 

 

 

 



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常盤台の『超電磁砲』-2

 

 

 

 

炎の巨人が七惟と上条を襲った事件の翌日、七惟は同じように襲われたクラスメートのことが気になり彼の部屋を訪ねるも一向に出てくる気配がない。

 

携帯に電話してみても、留守番サービスにすぐさま接続されてしまい連絡の取りようも無く、あのシスターと上条の安否すら分からなかった。

 

結局奴らはなんだったんだ?

 

七惟の中に残ったのは処理しきれないもやもやとした疑問ばかりであった。

 

炎を扱う発火能力者のような男と巨人、血まみれのシスター、そして上条……全く関連性がなく、裏の組織からも何ら情報は伝わってこない。

 

相変わらず監視を続けよ、とのことだったが監視する対象が行方不明だというのに。

 

おそらく暗に探せ、と言っているのだろうがこの高層ビルが立ち並ぶ学園都市で無名の一般人を探すなど馬鹿げている。

 

しかし七惟は上条の監視以外特にすることもないため、不満をもらしながらも結局は与えられた任務を遂行していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七惟が上条を探し始めて1時間、一向に彼の情報は入ってこないし見つかる気配もない。

 

だいたい、土台無理な話のだ。

 

たった一人で広大な学園都市を、しかも230万人も居るというのに。

 

もし七惟がジャッジメントや自治組織の類に入っていればその権限で都市の監視カメラの映像を見ることも出来るが、当然彼はそんな自己満足組織にも組織のコンピュータに新入する程の技能も持ち合わせてはいなかった。

 

「くそったれが……」

 

やっても意味のない無駄なことに時間を費やすくらいならばツーリングに出かけて暇潰しを行ったほうがまだよかった。

 

七惟は休憩を取るために、いつもの公園へと赴き木陰に腰を下ろす。

 

今日はバイクも持ってきていないため、あの短パン娘から追われたら厄介だが、こないだ相当な目にあわせてやったので当分は追ってこないだろう。

 

もしかしたら二度と追ってこないかもしれない。

 

それはそれで何だか気抜けしてしまうのだが……。

 

「……まぁ、追ってこられねぇに超したことはねぇな」

 

あんな奴と追いかけっこをするのは人生に数度でいい、こうも連日続くとなると流石に疲れる。

 

暗部でしか味わえないような非日常を、日常で感じることが出来るというのは七惟にとってよろしくないイベントである。

 

「んなことより上条だ。さっさと見つけねぇと上がうるさい……」

 

 

七惟は気を取り直して携帯端末を弄り、組織のほうへ上条の目撃情報を探るがやはり良い答えは返ってこない。

 

全く、あの組織は最初こそ口うるさく監視監視と言っていた癖に今ではこの有様だ。

 

もしやもう監視する意味もないが、七惟に充てる仕事がないため無意味な監視を継続させているのではあるまいな。

 

その割には居なくなったら居なくなったでぎゃーぎゃーと騒ぎだす、とても厄介な連中だ。

 

実際七惟の組織にとって上条を監視するという任務がどれほどの利益を生み出しているのか気になった七惟は電話で上層部に掛け合おうとする。

 

しかし、そこで目の前を煌めく光の物体が通り過ぎ地面に深々と食い込む光景を見て携帯を静かに畳んだ。

 

まさか……。

 

「見つけたわよ!」

 

「またお前かよ」

 

ピントが合ってなかったため遠目では分からなかったが、やってきたのはあの短パン娘であった。

 

しかしまぁ、もう挨拶することもなくいきなり攻撃とは恐れ入る。

 

「今日と言う今日は逃げられないわよ!」

 

「なあ、一つ訊いていいか?」

 

「何よ?」

 

あからさまに嫌そうな顔をする少女。

 

「お前は何が楽しくて俺にそんなちょっかいを出してくんだよ」

 

「そりゃあ、あれだけ人を馬鹿にした奴の哀れな末路を見届けて、アンタの言葉を訂正させないと気が済まないのよ!」

 

制裁するのは私だけどね!と語尾を荒らげる。

 

「湖に落とされて溺れ死にそうになった奴がよく言うな」

 

先日、七惟はあまりにしつこいのでこの少女を能力を使って湖へと落下させ、下手をしたら溺死に発展してしまうようなことをしたのだ。

 

制裁を与えるどころか自分が死にそうなっているというのに、この少女は恐れることを知らないらしい。

 

「ふん!私は泳ぎが得意だしあんなのどうってことなかったわよ!」

 

ビリビリし始める少女はまるで七惟のことなど恐れていない、むしろ挑戦的である。

 

「それにそう言うならアンタは消し炭になりそうなことだって何度もあったじゃない」

 

……言われてみれば、今考えれば自分も相当な目に合っているのは間違いない。

 

最近この少女と追いかけっこをして慣れてしまったせいなのか、そういった危機を感じ取る部分が麻痺しているのかもしれない。

 

「だから私はアンタが悔い改めるまで逃がしゃしないわ!」

 

七惟を恐れず、何処までも挑戦的で好戦的、でも何処ぞのヒステリックやもやし野郎とは違って嫌悪感は覚えない。

 

……こんなタイプの人間は初めてだ。

 

初めて出会うタイプの人間―――――最初は不快だったこのコミュニケーションも、彼女とならば不快ではない。

 

むしろ、面白いと言ってもいい。

 

わけのわからない少女の動向や発現に七惟も非常に興味を持ち始める。

 

この少女はどうやら自分を灰にしたくて仕方がないらしい、ならば……。

 

今にも電撃を飛ばしてきそうな剣幕の少女を前に、こういう輩とは一度ぶつかるしかないとの結論を下した七惟は立ちあがる。

 

「……うるせえし電撃飛ばしてくるし餓鬼くせえし水平線、それに加えて一種の戦闘狂だなお前」

 

「アンタ……ホントに死にたいようねえ……!」

 

「……やるか」

 

「へ……?」

 

「互いに一発喰らわせないと気が済まないみたいだしな。こっちだってあんだけ追いかけまわされちゃ堪んねえんだよ」

 

七惟の言いたい事を感じ取ったのか、少女は口端を釣りあげて挑戦的な笑みを浮かべる。

 

「へえ……勝負ってことね?」

 

「ああ、一発入れたほうが勝ちってことだ」

 

「いつやる?私のほうは何時でも構わないわよ」

 

「今日の夕刻、18時だ。場所は19学区の防災センター跡地。此処ならどれだけドンパチやろうが構やしねえ」

 

「面白いわね、乗ったわ!」

 

こうして二人は遂に正面から激突することとなった。

 

 

 

 

 



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常盤台の『超電磁砲』-3

 

 

 

七惟は一足先に勝負の場所となった第19学区の防災センター跡地へと赴いていた。

 

ここは使われなくなってからもう1年以上経っているため誰も出入りしている様子はないものの、スキルアウトの類が偶にここを塒としているようだ。

 

まあ、此処は正面の門以外は全て鉄筋コンクリートの壁で覆われているため隠れるにはうってつけというわけなのだろう。

 

ただの防災センターだというのに、何故?という疑問が出てくるのは当然だがそれにはちゃんとした理由があった。

 

「しっかし……相変わらずなんもねえな此処は」

 

七惟はこの場所とは無関係ではない、此処が使われなくなった理由は七惟と学園都市第1位の一方通行のせいなのだ。

 

1年前この場所で二人は命をかけた死闘を繰り広げ、防災センターとは名ばかりの『屋外実践研究所』で実験を行っていた。

 

此処は学園都市の頂点に立つ長点上機学園がある学区の隣に位置する学区で、能力開発施設が他の学区に比べて多い。

 

その中の一つだったというわけだ、この『防災センター』は。

 

七惟と一方通行が対戦したことにより、建物は半壊し機械は全損、復旧にもメドが立たずに結局放棄された不毛の土地。

 

それが、この『屋外実践研究所』だ。

 

門をくぐり抜け、中を見ると見事に一面荒れ果てた大地が広がっていた。

 

鉄筋コンクリートの壁には、今でも七惟と一方通行がやりあった時の傷が深々と刻まれている。

 

しかし今の一方通行を見ると、よくもまあ1年前は半殺しで済んだものだと七惟は自分の悪運の強さに関心する。

 

「へえー、確かに何にもないわね……周りは壁で覆われてるし、どれだけ暴れても問題なさそう」

 

七位が感慨にふけっていると、対戦相手がやってきた。

 

「……早かったな」

 

「ふん、アンタをぎったんぎったんに出来ると思ったら身体か疼いて仕方なかったからね!」

 

「そうかい」

 

短パン娘は顔をにやつかせながら近づいてくる、七惟もそれに応えるように鼻で笑って見せる。

 

「アンタのこと、調べさせてもらったわ」

 

「へえ……」

 

「学園都市第8位、距離操作系の頂点に立つオールレンジ、七惟理無なんでしょ?」

 

七惟としては能力の片鱗しか見せていないつもりだったが、少ない情報で個人特定までしてしまうとは……。

 

対して七惟は全く少女のことは分からない、手元にある情報はせいぜいレベル4のエレクトロマスターくらいだ。

 

「よく分かったな、バンクには写真は載ってなかったてのに」

 

「私はね、与えられたハードルは必ず乗り越える性格なのよ。だから分かんないことがあったら死ぬまで追求し続ける」

 

「いい性格してんな」

 

「それはどうも」

 

対峙し合う二人の間に緊張が走る、いよいよ始まる。

 

「今更泣いて謝っても、遅いわよ」

 

「はん、その台詞そっくりそのまま返してやるよ。どっからでもきやがれ」

 

「…………そういうこっちを小馬鹿にしたようなでかい態度がむかつくのよ!」

 

少女は七惟をきっと一睨みすると、早速電撃を放ってきた。

 

七惟は今まで同様走って逃げ回ることはせずに、その場から一歩も動かない。

 

直撃するかと思われた電撃だったが、七惟の手前で不自然に逸れ、電撃は地面に激突し爆発した。

 

「やっぱ単発は効かないか……!」

 

 

七惟の能力はバンクに載っている通り『距離操作』能力であり、その頂点に立つ七惟は『オールレンジ』、つまり『二点間距離』『時間距離』『幾何学的距離』全てを扱うことが可能なのだ。

 

少女が放った電撃の『位置』と、七惟自身の『立ち位置』を確認し対象の『位置』をずらすことで距離を弄くることが出来る。

 

この能力は自分の『位置』を移動させることは出来ないが、防御面においては一方通行には流石に負けるが学園都市でトップレベルだ。

 

「じゃあどうやって攻撃すんだ?」

 

「こうやって攻撃すんのよ!」

 

少女は右手を地面に翳して、何やら黒い物体を吸い上げる。

 

そしてその黒い物体はやがて剣のような形を成し、あっという間に黒い黒刀が出来あがった。

 

「剣……?」

 

「剣かどうかは、体験してみることね!」

 

少女が剣を振り上げると、剣の状態だったその獲物は瞬く間に細長い鞭のような形状に変化した。

 

そして少女は勢いよく、左右にフットワークを刻みながら七惟に近づいてくる。

 

コイツ……弱点に気付いてやがる!?

 

七惟は予想だにしなかった展開に狼狽しながらも、迫りくる電撃少女の一撃に身を備えた。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

こちらの動きに一瞬眉を顰めた七惟を見て美琴は確信する、やはり自分の推測は間違っていなかったと。

 

勝負が決まってすぐに少女、御坂美琴は寮に戻り最後の準備に取り掛かった。

 

相手の能力の情報収集、及びその長所と短所、弱点について今まで纏めてきたことを頭に叩き込んだ。

 

『距離操作』能力、それは自分の位置を原点として相手の位置・距離を弄くり回す能力。

 

距離操作系事態の能力は珍しくはなく学園都市でも比較的多い分類になる。

 

距離操作において発現するパターンは2パターンだ。

 

一つは目に見える形で対象を移動させ距離を弄る『可視移動』。

 

そしてもう一つは、美琴が体験した目に見えない形での『転移』だ。

 

可視移動は時速120kmで対象を能力者の定めた距離まで移動させる。

 

転移の能力はテレポートと同じで、そこに存在する物体を押しのけて転移した物体が現れる仕組みだ。

 

よってどうあがいても能力者には近づけないため遠距離から攻撃するしかないのだが、飛び道具の発射位置さえも弄り回すため当たることがない。

 

一件このように防御面においては完全無欠に見える能力だが、美琴は光明を見つけることが出来た。

 

距離を操作するためには非常に高度な演算が必要であり、物体の動きが早ければ早いほどそれは困難となる。

 

そして、弾丸や電撃など直線的で距離を把握しやすいモノに対しては穴はないが、鞭のように左右に大きくぶれる物体には弱い。

 

つまり、距離感を掴みにくい物体の距離を操作することが出来ないのだ、それは左右にフットワークを刻んで人間が行うフェイントも同じ。

 

直線的な動きには強いが、予想出来ない不規則な動きには弱い。

それは『オールレンジ』と呼ばれる少年でも同じはずだ。

 

美琴の予想は見事に当たり、七惟は今までのように自分の距離を操作することが出来ない。

 

「案外あっけなく勝負がつきそうね!」

 

攻撃の射程圏内に入り、美琴は鞭状になった砂鉄剣を振るう。

 

―――が、次の瞬間鞭の動きが目に見えて遅くなる。

 

これはいったい……!?

 

「そうやって『弱点』を『弱点』にしねえから『オールレンジ』って言われてんだよ?」

 

「……アンタ一体何を!」

 

七惟はすました顔で美琴を見やる、その事実がさらに美琴をヒートアップさせる。

 

毎回毎回、こいつのやることは癪に障ってムカつく!

 

「距離ってのはなあ、二点間の距離だけを言うんじゃねえってぇことだ!」

 

七惟は動きの止まった御坂の距離を弄り、二人の間に10M程の距離が生まれる。

 

美琴とは離されまいと追いすがるが、七惟は背後の鉄筋コンクリートを一瞥する。

 

「距離操作能力は『攻撃が出来ない』って思われがちだがな、レベル4以上になるとそんなこたねぇんだよ」

 

七惟の背後には老朽化してぼろぼろになった鉄筋コンクリート、その一部が剥がれ落ちたかと思うとそれは想像を絶するスピードで美琴に飛んできた。

 

美琴は砂鉄の鞭で叩き落とすも、100kgは超すであろう鉄筋コンクリートを高速で飛ばす能力に驚きたじろく。

 

これが距離操作系の『可視距離移動砲』……威力は確かに凄まじい。

 

「これくらいのスピードでモノをぶっ飛ばすなんざ、俺にとっちゃ容易いんだよ」

 

「……へえ、距離の操作は2パターンあって、どちらか片方しか使えないってバンクには載ってたけど」

 

「レベル4まではな。俺は例外だ」

 

やはり腐ってもレベル5というわけか。

 

レベル5最下位で自分との序列は5位も離れているというのに、その力はまるで自分と引けを取らない。

 

レベル5と対戦するのは初めてだが―――――今までにない興奮を、この闘いは美琴に与えていた。

 

「それじゃあ、こんなのはどうかしら!」

 

美琴は砂鉄の鞭の形状を解除し、それを上空へと舞い上がらせる。

 

「チッ―――!」

 

こちらの攻撃の意図を感じ取ったのか、七惟はすぐさま背後にある鉄筋を剥ぎ取り美琴目掛けて連射する。

 

それら全てをいなしながらも美琴は冷静に先ほどの事象のことを分析していた。

 

鞭のスピードが目に見えて遅くなった現象、あれは十中八九『時間距離』の操作に違いない。

 

到達する『時間距離』を遅らせることで、対象の動きを鈍化させることが出来る―――――。

 

数ある距離操作の中でもトップレベルの技術で、扱えるものは10人いるかいないか。

 

しかし、それも対象が鞭のように一つと決まっているからだ、この舞い上がった砂鉄の粉塵にその技は通用しない――――!

 

美琴は磁場を操作し、舞い上がった砂鉄達を七惟に向かって放射する。

 

距離操作能力はテレポートと違い自分を移動させることは出来ないし、二点間の距離を操作出来るがあのような大量の粉塵は操作出来ない!

 

「くそったれ!」

 

悪態をつきながら七惟は回避行動に移るが遅い。

 

「そこ!」

 

一斉に放射された砂鉄達は、粒となって一つ一つは小さいものの振動しているため当たればかなりのダメージを受けるはず。

 

追い詰められたように見えた七惟であったが、鉄筋コンクリートを自分の上に転移させて砂鉄の雨をやり過ごし、そのまま落下してくる鉄筋の壁を美琴に向かって発射した。

 

「……ッやるわね!」

 

「今のはかなりやばかったぞ……」

 

その後、互いに一進一退の攻防を見せるもまるで進展する気配はなく、無駄に時間と体力だけが浪費されていく。

 

戦闘を開始して5分、両者息が上がり始める。

 

今のところ美琴は七惟の防御を貫ける武器はない。

 

超電磁砲をまだ奥の手として取っているが、あれは射出する時に必ず美琴が止まっているため、打ちだされたコインを弄らなくても投擲者である美琴の位置を弄れば何の脅威にもならないことは明白だった。

 

それは七惟も同じで、元々距離操作能力は攻撃力に欠けており、それはレベル5の七惟でも逃れられない宿命のようだ。

 

確かに他のディスタンスと比べればあの可視距離移動砲は恐ろしいの一言だが、それも美琴の電撃の壁の前では脅威にはならない。

 

 

 

 

 

互いに相手を倒す一本はない……いや、ある。

 

あの男がどれだけ優れていようが、オールレンジと呼ばれようが距離操作能力者である限り絶対に克服出来ない弱点が。

 

そこを突けば、必ず勝てる……!

 

美琴は気を改め再び七惟と対峙する、その胸に必勝の思いを掲げて。

 

 

 

 

 



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常盤台の『超電磁砲』-4

対峙する美琴と七惟、可視距離移動砲が今のところ最大で時速何km出るか分からないが知覚出来る範囲内であることは間違いないと美琴は考える。

 

今のところ七惟は種類の異なる距離操作を同時にはやってこない、『二点間距離』『時間距離』を同時に操れば自分を倒すことなど簡単なのだ。

 

おそらく唯でさえ難しい演算を別枠でもう一つ組上げなければならないのだろう、距離操作の頂点に立つ男でも難しいのか。

 

となると、まだ七惟を撃ち倒す策は自分の中にある。

 

七惟の攻撃が止み、超電磁砲を撃つ余裕が生まれた。

 

立ち止まりコインをポケットから取り出し、指先を七惟に向ける。

 

七惟は自分の攻撃の正体を見破ったわけではないが、電気使いがこのような動作に入った場合『電磁砲』だということくらい分かるはずだ。

 

「電磁砲……?やるだけ無駄だな」

 

その慢心が、アンタの敗北の原因!

 

「それは見てから……判断することね!」

 

美琴の全身から電気が迸り、指先に意識と力を集約し、次の瞬間それらを全て一気に放出する。

 

放たれたコインは空気を振動させ熱を撒き散らし、可視距離移動砲などとは比較にならないほどのスピードと威力で七惟に向かっていく。

 

やはりコインは七惟に当たること無く、彼の左の足元の地面に着弾する。

 

しかしこれは美琴の狙い通り。

 

超電磁砲はあくまで囮、本命はこれから――――!

 

着弾したコインは爆発しコンクリートの地面を破壊する、その際に舞い上がった粉塵が二人の視界を奪う。

 

白い煙の中で美琴は広範囲に及ぶ放電攻撃を七惟に向かって行う、この瞬間ならば七惟はまだこちらの位置を的確に掴んでいるかもしれないし、対処する方法を思い浮かべるだろう。

 

美琴は放電した後電磁加速した身体をフル回転させ一気に七惟の居る場所へと走る、頭の中が電磁レーダーとなっている彼女は視界を奪われても敵の位置を何となくだが把握することは出来るが、七惟はそうもいかない。

 

そしてこの『視界』というのが距離操作能力者の絶対的な弱点。

 

黒子のような空間転移能力者は見えなくても、触れるだけで対象を転移させることが出来るが、距離操作能力者はモノの位置、つまり座標を汲み取り頭で演算を開始するため視力が奪われると、それ即ち能力の無力化を意味するのだ。

 

また人は相手の策を見破った後ほど油断するものである、足元に着弾した時点でおそらく七惟は超電磁砲が囮であるということに気付いているだろう、その後の高出力の放電が視界を奪った後の奇襲であるということも。

 

実際はそれすらも囮で、七惟の身体に直接電流を流しこむというのが美琴の作戦なのだがまさか電気使いが単身で煙の中に乗りこんでくるとは思うまい。

 

「……貰った!」

 

案の定七惟は警戒心こそは張って身構えてはいるものの、こちらに気付いていない。

 

美琴は右手を思い切り突き出し、七位の二の腕を握ろうとする。

 

しかし美琴の接近に気付いた七惟が間一髪で身体を後ろに逸らして美琴の突進を避ける。

 

負けるものかと美琴も右足で地面を思い切り踏みつけ踏ん張り、切り返し再び七惟を狙う。

 

態勢を崩した七惟は今度はもう避けられまい。

 

この勝負、私の勝ちだ!

 

今度は左手をがっしりと掴んだ、七惟は目を丸くしているが何かを言う前に美琴は決着をつける。

 

「油断したわね、私の勝ちよ!」

 

身体を流れている電気をそのまま七惟に直接流しこむ。

 

「ッ!?」

 

「……あ、あれ?」

 

しかし、流れ込んだのはほんの少し、しかも1秒足らずで放電は収まってしまった。

 

そして身体を襲う脱力感、膝に力が入らなくなりそのまま美琴は崩れ落ちる。

 

これって、これって―――――。

 

勝利を目前にして、電池切れを起こしてしまった。

 

「……電池切れかてめぇ」

 

美琴の異変に気付いた七惟が呆れたように問う。

 

「……うるさいわね、さっさと止め刺しちゃいなさいよ!」

 

「はン……」

 

七惟は美琴の手を振りほどく。

 

「ったく、自分のエネルギーの残量くらい自分で管理しやがれ」

 

「し、仕方がないでしょ!アンタに勝つのに必死だったんだから」

 

「そうかぃ」

 

普通ならば電池切れのこともちゃんと頭に入れてそれまでに勝負をつける、今まではそうだったのだ。

 

だから今回もそのことを念頭に入れて動いているつもりだった、そして勝てる筈だったのに……。

 

負けた―――――ぎりぎりのところで、しかも絶対に勝てたのに。

 

美琴は目に見えて落ち込むが、そんな彼女の心境など露知らず七惟は言葉を漏らした。

 

「俺の負けだな、ったくあんな電磁砲撃つ奴が居たとは驚きだ」

 

「え……?」

 

「最後の最後でお前はバッテリー切れ起こしたがあのままいけば俺は負けてたぞ」

 

「じゃあ……私の勝ち?」

 

「納得いかねぇのかお前は」

 

「……やっぱり、ちゃんとした形で勝ってないし」

 

「そうかよ、まぁ俺としてはお前の勝ちでいい。じゃあな」

 

七惟は用事は済んだ、とばかりに踵を返して入口のほうに美琴を置いてとっとと歩いて出て行ってしまう。

 

こ、こいつは……こんな簡単に自分の負けを認めてしまっていいのか?仮にもレベル5で第8位、距離操作能力系統の頂点に立つ男だというのに。

 

置いてけぼりを食らい頭の中が混乱している美琴は声を大にして叫ぶ。

 

「ちょ、ちょっと!アンタ負けたのにそんなんでいいの!?」

 

「るせぇな、俺はこれで満足してんだ」

 

美琴の主観的な判断ではあるが、七惟は間違いなく全力だったし美琴も全力だった。

 

ならば負けたら悔しくて、次の再戦を望んだりするというのが普通だと思っていた。

 

しかし七惟はそんなことはどうでもいいと言わんばかりに足早に去って行ってしまう。

 

「アンタそれでいいの!?次は勝つとか思わないの!?」

 

「思わねぇよ、一発勝負だから互いの実力が出るんだろ。対策をしちまったら意味がねぇ、実力を測れねぇしな」

 

「それは……そうだけど!私はもう1回くらいやりたい!」

 

それでも美琴は食い下がる、お前の勝ちだとは言われたがそれでも彼女の中では消化しきれないものが山ほどあるのだ。

 

次はもう少し、ちゃんとした形ですっきりしたい。

 

「そうかよ、俺はもう気が済んだし遠慮しとく」

 

七惟に戦う意思はない、レベル5なんて自分みたいに絶対に負けず嫌いだと思っていたのに、この男は……。

 

「御坂美琴!」

 

気がつけば美琴は叫んでいた。

 

「あン?」

 

「私の名前よ!アンタに勝った私の名前!覚えときなさい!」

 

大声で叫ぶ美琴だったが、その言葉は七惟の耳にちゃんと届いていたようで。

 

「そうかい、じゃあな御坂美琴」

 

振り返らずに、しかし手だけはふらふらと振りながら防災センターから出て行った。

 

出会った時から闘いが終わるまで美琴を適当にしかあしらっていなかった七惟。

 

美琴もそれ相応の男だと思っていたし、強い奴ではあるけども人間として七惟を認めたことは無かった。

 

しかしこの瞬間、二人は互いを認め合っていたのかもしれない。

 

 

 

「やばッ。た、立てない!帰れないじゃないのよー!」

 

 

 

 

防災センターには一人残された美琴の悲しい絶叫が響いていた。

 

 

 

 

 




更新が遅くなってしまいすみません。


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Ⅱ章 2万体の人柱
目に見えた死-1


 

 

 

 

あの火事騒動から何日が過ぎただろうか。

 

事件現場となった寮では、何事も無かったかのように元の日常が戻ってきた。

 

しかし七惟だけは例外だった、相変わらず彼の中のもやもやは消え去らない。

 

「アイツ……マジで何処に行きやがった」

 

隣人で監視対象にある上条当麻が未だに家に戻ってこないのだ。

 

学園都市中を探し続けているというのに、情報らしい情報も入って

こなかった。

 

いくらなんでもこれだけ戻ってこないとなると、やはり何か事件に巻き込まれたと考えるのが妥当だ。

 

上条が消えたあの日、七惟が見たのは血まみれのシスターに背丈の高い炎を操る男、そして焔の巨人。

 

これら3つに何かの関連性を見いだせと言われても、七惟は全く分からなかった。

 

だからと言って何もしないわけにはいかない、望み薄にパソコンを立ち上げてネットを徘徊していると。

 

ガタッという音が隣から聞こえてきた。

 

まさか……!?

 

七惟は瞬間的に家から飛び出し、すぐさま隣室の部屋のチャイムを鳴らす。

 

「はいはーい、今出ますよっと」

 

ドア超しに声が聞こえる、これは間違いなく上条の声だ。

 

あれだけのことがあったというのに、上条は自分に何の一言もなくぬけぬけと帰宅しやがったわけか。

 

次第に七惟の怒りのボルテージは上がっていった。

 

「はい、上条です」

 

「おい上条てめえ!何処に行ってやがったんだ!」

 

「……」

 

七惟は自分でも驚くような剣幕でどなり散らした。

 

「ええっと……」

 

上条は驚いたように目を丸くする。

 

「そ、そのスマン!色々あってだな」

 

「何が色々だ!携帯に何回電話したと思ってやがる!俺がてめえをどれだけ探し回ったのか知ってんのか!」

 

「わ、悪かったって!」

 

「おい、あの血まみれのシスターと赤髪の男はどうなったんだ」

 

「赤髪の……男?」

 

「奴はいったい何者なんだ?炎を纏った巨人を操る奴なんざ学園都市にはいねえんだよ」

 

「炎の巨人……」

 

「……上条?」

 

さっきから上条の様子がおかしい、まるでそんなことは全く知りませんといった感じだ。

 

はぐらかしているのかと思ったが、これを意識的にやっているのならば学園都市を退学して今すぐ劇団に入ったほうが彼の才能のためになる。

 

「えっとだな、とりあえずシスターは無事だ。そして、あの男はどうなったか俺にもわかんねえんだ」

 

目を泳がせている上条からして、何かがおかしい。

 

コイツは嘘をつくのが超がつく程下手なのは承知している、半年近く監視しているのだからそれくらいは分かる。

 

「あのシスターは何処に行った?」

 

「ああ、シスターなら……」

 

「此処にいるんだよ!」

 

突如として会話に入ってきたのは、あの時見た血まみれのシスターであった。

 

「当麻から聞いてるんだよ、貴方が当麻と一緒に私を助けてくれたんだね?」

 

「……さあな。俺は我が身かわいさにやっただけだ」

 

「それでもありがとうっ!」

 

シスターは子供のように無邪気な笑みをこちらに向けてくる。

 

それを見た七惟はふとこの言葉を口にする。

 

 

 

「上条……お前ぺド野郎だったんだな」

 

「な、何のことですか!?」

 

「とにかくだ、お前……あれから何があったんだよ」

 

「それはだね、当麻は――――」

 

「止めろインデックス!」

 

シスターが口を開いた瞬間、上条がその口を手で押さえる。

 

インデックス、それがこの女の名前か?思い切り偽名だが、まあいいだろう。

 

「当麻?」

 

「ま、まあ大変だったんだ。でも何とかなったし、もう大丈夫さ」

 

「……」

 

「……ええっと」

 

沈黙がその場を支配する、要するにコイツは何も言いたくないというわけか。

 

七惟は上条当麻とインデックスと呼ばれる少女を交互に見やる。

 

特別二人があの事件後変わったというところはない、少女が元気になったというのを除けば。

 

しかし上条の様子が変だというのは容易に分かる、何だか自信なさそうに話す上条は怪しいの一言に尽きる。

 

「話したくねえのか」

 

「……悪い」

 

「……はン。お前が戻って来たなら今はとりあえずそれでいい。じゃあな」

 

これ以上の詮索は無意味だと悟った七惟は身体を翻し、自室へと戻っていった。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

七惟は上条と別れた後、例の公園までバイクを走らせていた。

 

何かがおかしい、はっきりとは分からないが上条は絶対に何かを隠している。

 

それのあのインデックスという少女、見るからに外部のモノだがどうやって学園都市に侵入した?

 

赤髪も、巨人も同じだ。

 

どう考えてもあれ程の男が死んだとは思えない、まだ学園都市内に居るはずだ。

 

「チッ……胸糞わりい」

 

公園に着くといつも通り自動販売機に寄りジュースを『お金を使わずに』購入する。

 

そして毎度のことながら木陰に座り込んだ。

 

この公園に来るのも久しぶりである、少なくとも御坂と勝負をしてからは一度も来ていない。

 

此処にくるとアイツと出会ってしまう可能性も高くなるし、七惟自身こんなところによる暇がなかったのも確かだ。

 

勝負の後、裏組織のほうから血眼になってでも上条を探して来いとの伝達を受けて、寝る暇も無く学園都市中を探し回ったのだ。

 

それだけに今日あんな形で上条が帰ってきたのは呆気なかったし、納得がいかなかった。

 

「ったく……あのサボテンが」

 

七惟はため息をつきコーヒーの口を開けて飲み干し、むしゃくしゃしながら空き缶を放り投げた。

 

「こんな所でポイ捨てをするのはマナー違反になるのではないか、とミサカは忠告します」

 

聞きなれた声が横から入ってきた、反射的に振り返ってみるとそこには。

 

「……御坂?」

 

そこに立っていたのは先日七惟を打ち負かした御坂美琴という少女だったが……。

 

「何故貴方はミサカのことを知っているのですか、とミサカは疑問を呈します」

 

「お前頭打ったのか?」

 

「ミサカは至って健康的な状態ですとミサカは自信ありげに答えてみせます」

 

「……」

 

何だか会話がかみ合っていない。

 

七惟の目の前に立っているのは間違いなくあの御坂美琴のはずだが、纏う空気も言葉使いも彼女とはかけ離れている。

 

それにその大きなゴーグルはこの間勝負した時にはつけていなかったし、目の焦点も会っていないような感じだ。

 

「お前、何で今日はゴーグルなんざつけてんだ」

 

「ミサカは常日頃からゴーグルを装着していますが」

 

「はあ?今まで付けてなかっただろが」

 

少なくとも自分が見てきた彼女はそんな奇抜なファッションセンスの持ち主ではなかったはずだ。

 

「もしかして、美琴お姉様のことを言っているのではないかとミサカは機転を利かせてみます」

 

「お姉さま?」

 

「はい、美琴お姉さまのことです。ミサカは美琴お姉さまの妹なのですとミサカは自己紹介をします」

 

アイツに、姉妹なんざいたのか。

 

しかし見た目がそっくりなところを見る限り、一卵性双生児か?

 

「待てよ……お前名前は?」

 

「ミサカはミサカです」

 

「は……?」

 

「ミサカはミサカなのです、とミサカは再度応えます」

 

要するに……御坂ミサカ?

 

なんだそりゃ……意味がわからん。

 

「貴方はお姉さまの友人ですか?とミサカは質問を投げかけてみます」

 

「友人……ねえ。腐れ縁みたいなもんだアイツとはな」

 

「そうなのですか?」

 

「まあ、お前が好きに考えろ」

 

美琴と自分の関係、それは七惟自身よくわからないものなのだから伝えようがない。

 

今後アイツと会うことがあるのかないのか、それすらも七惟には分からない。

 

勝負して負けたのである程度は悔しいといった感情もあるが再戦しようとも思わないのだ。

 

所詮『表』の世界での勝負など七惟にとってその程度の価値しかないのである。

 

「お姉さまの友人にお願いがあります、とミサカは礼儀正しく言葉を述べます」

 

「お願いだあ?」

 

「公園の駐輪場に停めてあるバイク、貴方の物だと御坂は仮定を立ててみます」

 

「ああ……そうだったらなんだ?」

 

幾らで買ったかは忘れたが、あのバイクは七惟にとっては自身の命の次に大事なものだ、一カ月に一回は必ず洗車しておりかなりの溺愛っぷりである。

 

「アレに乗ってみたい、とミサカは好奇心旺盛な自分自身に驚きます」

 

バイクに……?

 

七惟の印象からすれば、女子生徒は2輪車は怖くて乗りたがらないといった印象が強い。

 

ハーレーやアメリカン、ビックスクーターならばシートも車体も安定しており、乗りたいと言う子もいるかもしれない。

 

しかし七惟のバイクは250CCのネイキッド、当然シートは狭いしホイールも細いうえに、マフラーをかちあげているため後部座席に乗る人間はかなり不安定だ。

 

「お前、アレは結構揺れるし危ねえぞ」

 

「問題ありません、とミサカは応えます」

 

「そんなに乗りたいのか?」

 

「乗ったことがないモノに興味を引かれるのは、そこまでおかしなことでしょうか?」

 

「……わあったよ」

 

これが見も知らぬ奴ならば当然七惟は突っぱねていたが、この少女は少なくとも七惟に関係はしている。

 

アイツの妹か――――まるで違うな。

 

「お前ヘルメットあんのか?」

 

「ありません、とミサカはしまったという表情と共にはっとします」

 

 

 

しまった、と言った表情……か。まるで変化がないがな。

 

 

 

七惟は心の声を押し殺して立ち上がった。

 

「行くぞ。ヘルメットなんざ無くても落ちねえから問題ねえさ」

 

「そういうものなのですか?とミサカは首を捻ってみせます」

 

だから捻ってねえって……。

 

どうもコイツといると調子が狂う、全く姉といい妹といい厄介な奴らだ。

 

 

 

まあ……嫌な感じはしない……か。

 

 

 

 

 



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目に見えた死-2

 

 

 

 

駐輪場にやってきた二人は、早速バイクに跨る。

 

「おいミサカ。後ろのグリップ離すんじゃねえぞ」

 

「わかりました、とミサカは勢いよく頷きます」

 

頷いてねぇ。

 

七惟は突っ込むことを諦めてため息をつくと、エンジンをかけて早速バイクを公道へと走らせた。

二人が乗るバイクは250ccながらもエンジンは1万8千回転するというスポーツタイプのバイクで、加速力は非常に高い。

 

最高速は190kmあたりだが、リミッターを切れば230前後出るので七惟は安価な割に高性能なこのバイクを気に入っていた。

 

幹線道路を我が物顔でぶっ飛ばす七惟のバイクは他の者からすれば迷惑千番。

 

車はクラクションを鳴らし、原付は恐れを成して横に逸れ、バスの運転手は下手をすれば轢き殺してしまいそうなこの荒い運転を青ざめた表情で見つめる。

 

さらに一般歩行者からは、ミサカがヘルメットをしていないため嫌がおうにも彼らの視線は止まる。

 

とても悪い意味で二人はかなり目立っており、いつジャッジメントやアンチスキルに通報されてもおかしくはない状態だったが。

 

「おい!どうだよ!?」

 

「これは良いモノですね、とミサカは胸を躍らせながら応えます」

 

当の二人はそんなことは全く気にしていなかった。

 

「はッそうかい!」

 

「まるで風のようです、こんな乗り物があったなんて……、とミサカは驚いてみせます」

 

七惟からミサカの表情は覗えないが、少しばかり声の抑揚を感じることが出来たので、それなりに喜んでいるのであろうと勝手に解釈した。

 

まあ、七惟もミサカと同じようにこの風のように突っ走る感覚が好きなのだ。

 

「もっと吹っ飛ばしてみるか!?」

 

「はい、とミサカは意気揚々と応えます」

 

「へえ、お前とは気があいそうだな!」

 

七惟は心の底からバイクが好きだ、もう自分の半身になっていると言っても過言ではない。

 

そのバイクを一緒に好きになってくれるのは、悪い気がしなかった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

二人を乗せたバイクはその後第7学区を一周し、公園へと戻ってきたがその頃にはもう日が暮れてしまっていた。

 

「今日はありがとうございました、とミサカは懇切丁寧に礼儀正しくお辞儀をします」

 

お辞儀してねえって……。

 

「まあ……気が向いたらまた載せてやるよ」

 

「それは残念ながら無理でしょうとミサカは考えます」

 

「……怖かったのか?」

 

「そういうわけではありません、言えない事情があるのですとミサカは残念そうな顔をしてみます」

 

「……お前ら姉妹はホント勝手だな」

 

言えない事情。

 

ミサカの言い方に引っ掛かりを感じた七惟だったが、それ以上は何も言わなかった。

 

「そうですか、それはそれでお姉さまに似ているので嬉しいことでもありますとミサカは内心を打ち明けます。それではミサカは大事な用事があるのでここで失礼します」

 

「ああ、姉にはバイクに乗せて貰ったとか言うなよ。10億Vの電撃が飛んでくるのが目に見えるからな」

 

ミサカはこくりと頷くと、そのまま夕日の滲む街中へと消えて行った。

 

その後ろ姿を、七惟は怪訝そうな表情でいつまでも見つめていた。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

ミサカと別れた後、七惟は暗部からの情報を頼りに上条のここ数日の足取りを探っていた。

 

七惟の気を紛らわせるには十分だったあのツーリングも、時間が経てばやはり効果は薄れて行き結局は午前中と同じ思考に陥っていた。

 

「光の、柱……か」

 

彼の手に握られているメモは、数日前高エネルギー反応を示した場所が書かれている。

 

しかしそのメモの場所は彼の担任教師である『小萌』という女性の部屋のものだ。

 

彼女は無能力者で、特別これといった力は持っていない。

 

上条が此処を出入りしていたという情報はあるものの、こんな都会のど真ん中で高エネルギー反応など眉唾モノだ。

 

そもそも本当に観測されただけのエネルギーが発生したというのならば、ここら一体が吹き飛んでしまっているはず。

 

「……まあ、外れだろうな」

 

七惟はふんと鼻を鳴らし去っていく。

 

彼が此処まで上条のコトを探っているのには理由が二つあった。

 

一つは当然彼を雇っている暗部組織からの命令だ、監視対象である上条の動向を把握しておくというのは当然だろう。

 

そしてもう一つは、彼の第六感……つまり勘がそうしろと告げていた。

 

上条が消えたあの日から、嫌な予感がしてならなかったが奴が戻って来てからもその気配は消えることがない。

 

放っておけば命にかかわるような出来事かもしれない……そのためにも、あの赤髪の男に関する情報と上条達の情報が欲しい。

 

だがそうは言っても手掛かりと言えば暗部から寄せられる根拠の無い情報ばかりで、どれだけ探ってみても全く当たりがない。

 

しかし七惟とてこのまどろっこしいもやもやを放っておくのは気持ちが悪い、正直苛々する。

 

結局それから数時間探索してみたものの、何も手がかかりは得られずに帰路につく。

 

「ちッ……終電行っちまったのかよ」

 

バイクを止めた場所まで戻ろうと思ったのだがもうすでに最終便は出てしまったらしい、歩いて帰るしかなさそうだ。

 

七惟は暗闇に溶けた街を一人歩く。

 

線路の走る腋道、周囲には大量のコンテナが積まれており外部から此処の中を見ることは不可能だろう。

 

治安の良さが自慢の学園都市だが、こうもいろんな場所に死角があるあたり安全だとは思えない。

 

自分のような無法者が居る時点で安全も何もない気がするが。

 

七惟は自嘲気味に笑みを浮かべひたすら次の駅まで歩き続けていると、積み上げられたコンテナ群の奥のほうから何かが倒れるような音が聞こえてきた。

 

その音は七惟が歩くに連れてドンドン音が大きくなり……近づいてい来る。

 

「なんだ?」

 

スキルアウトの類が暴れているのか?それとも不法侵入者か?

 

どちらにしよ自分には関係ない、自動販売機の時と同じように藪蛇に噛まれてはつまらないだろう。

 

七惟は音をしたほうを一瞥すると、何事も無かったかのように歩き出すが前方の十字路の右側から人が吹き飛んできて動きを止める。

 

えらく派手にやってるもんだ、と七惟は他人事だと決め気に止めるつもりも無かったのだが……

 

飛んできた人物は七惟のそんな態度を豹変させるには十分だった。

 

「……ミサカ!?」

 

「…………」

 

飛んできたのは血まみれになり体中に傷を負ったミサカだった。

 

「どうして、貴方が此処にいるのです、かとミサカは……」

 

「俺が訊きてえよんなことは……!」

 

七惟はミサカに駆け寄り、倒れた彼女の容体を確かめる。

 

全身には弾痕や火傷の後、さらには右手が変な方向に曲がっており骨折しているのが分かる。

 

数時間前までバイクに乗っていた少女がこんな血だるまになって自分の目の前に現れる現実に七惟は愕然とする。

 

「喋んな、これ以上は出血多量でやべえぞ」

 

状況を理解出来ない七惟だが、まずは彼女の身を守るべく携帯を取り出す。

 

「大丈夫です、とミサカは貴方の提案を拒否します」

 

「死にてえのかこの糞餓鬼!」

 

七惟は、あの一方通行との実験以来異常に『死』というものを嫌っていたし、必要以上に恐れていた。

 

それは他人にも当てはまる、当然自分が死ぬのなんてまっぴらごめんだし、赤の他人が死ぬのだって七惟は大嫌いだ。

 

よって彼は仕事柄犯罪に手を出してはいるものの、人を直接殺めたことはあの一件以来一度も無かった。

 

「ミサカは行かなければなりません」

 

「何処に行くつもりだそんな身体で!」

 

七惟はミサカの行動が理解出来無い、今すぐにでも病院に運ばなければ危険な状態だ。

 

「おィおィ、なンで此処にイレギュラーがいるンですかァ?」

 

背後から聞こえてきた声にこめかみがぴくりと動く。

 

「って、てめェオールレンジじゃねェか。実験の見物にでも来たのかァ?」

 

「お前がやったのかベクトル野郎」

 

切れそうな目で見つめた先に居たのは学園都市最強のレベル5、序列1位の一方通行が気味の悪い笑みを浮かべていた。

 

相変わらず白と黒を貴重としたTシャツ、色素の抜けた白髪に真っ赤な瞳。

 

見るだけで反吐が出る。

 

「やっただァ?お前には関係ねェことだろうが」

 

「んだと」

 

「コレは実験なンだよ。てめェも知ってンだろ、あの計画をよ」

 

「……レベル6計画?」

 

「まァ、似たようなもンだ。ソレはこの実験におけるターゲットなンだよ、要するにモルモットってわけだ」

 

モルモット……?

 

その言葉に七惟は言葉にならない怒りと同時に、急速に脳が回転し情報の処理を始める。

 

確か今コイツは絶対能力者になるために実験を受けている、それは様々な戦闘パターンで学園都市第3位のクローンを2万回殺すことで成就されるとされている。

 

そしてコイツは今ミサカのことをモルモットだと言った、つまりこの言葉が意味することは……。

 

「ミサカ……お前、クローンなのか!?」

 

七惟はゆっくりと振り返り、ミサカの淀んだ黒い瞳を見つめる。

 

「はい、ミサカは学園都市第3位御坂美琴お姉様のクローンでミサカは被検体1万10号にあたります。この『絶対能力進化計画』のために生産された個体は2万体。一人当たりの単価は18万円、その能力はオリジナルの1%にも満たない欠陥電機ですとミサカは」

 

「……ッ!それ以上説明すんじゃねえ!虫唾が走んだよ!」

 

つまりこの糞野郎が言ったことは全部本当で、自分が勝負したあの短パンは学園都市のレベル5『超電磁砲』御坂美琴。

 

道理であの短パンも『ただの』電撃使いにしては強すぎた訳だ、序列8位の自分が3位の彼女に勝てる訳がない。

 

そしてこのゴーグルをつけたミサカは奴のクローン、一方通行がレベル6になるための餌。

 

確かに『妹』ではあるが、それはちゃんとした過程を経たというわけではなかった。

 

胸糞悪い……

 

「わかったか?てめェには関係ねェことなンだよ。死にたくなかったらさっさと退くンだな」

 

「……ふざけんじゃねえぞベクトル野郎」

 

「あァン?」

 

「てめえ、人の命を何だと思ってやがる」

 

「だから言ってンだろうが、コイツらは人じゃねェンだよ」

 

一方通行はさも殺すのが当然だ、とばかりの論調だ。

 

確かミサカの型番号は1万10号、既にコイツは1万以上の欠陥電機を殺害している。

 

「てめェだって最初は何も突っかかってこなかったじゃねェか。結局コイツらは人の形をした紛いもンだ」

 

一方通行の実験を知った時、七惟はこの計画に嫌悪を示しはしたが止めはしなかったし止めろとも言わなかった。

 

それは、クローンと呼ばれるものがもっと無機質で、たんぱく質の塊の人形だと思っていたからだ。

 

しかし今日、自分と一緒にバイクに乗り、僅かな時間ではあるが同じ感覚を共有し、何よりもあのバイクを好きだと言ってくれたミサカが。

 

「紛い物だなんて……信じられるかこの糞野郎が!」

 

七惟は相手が学園都市最強で、嘗て殺されかけたことのある相手だとも忘れて可視距離移動砲を発射する。

 

「へェ……てめェ、俺に攻撃したらどうなンのかわかってンだろうなァ?」

 

高速で飛ばされたコンテナは、当然一方通行の反射に遮られて四方八方にバラバラになって飛び散る。

 

「やめてくださいとミサカは貴方に警告します。貴方が何の能力者か知りませんが絶対に彼に、勝てるわけがありませんと」

 

言いかけた途中でミサカは吐血する、彼女の体はもう限界が迫っているようだ。

 

早く彼女をコイツから遠ざけなければ、殺されてしまう。

 

つい最近血まみれで路地裏に現れた一方通行を思い出せば、容赦などしないのは明らかだ。

 

「カカカ、てめェがそのモルモットの代わりに実験台になってくれンのかァ?いいねェ、いいねェ……1年前殺し損ねたしなァ!?」

 

「はン、そのベクトル能力はもうネタは上がってんだよ……!」

 

学園都市私立長点上機学園在学一方通行、レベルは5で学内における序列は1位、つまり学園都市の頂点に立つ男。

 

その能力は『ベクトル操作』であらゆるモノの向きを操る。

 

無意識下でもその能力は常に発動しており、彼に対する全ての攻撃は『反射』により効果がない。

 

それは例外なく当てはまり七惟の可視距離移動砲や、転移攻撃は彼のベクトル操作の前では無力だ。

 

「死ねェレンジやろォ!」

 

「ケッ、後で吠え面かくんじゃねぇぞ!」

 

七惟が張っているのは当然虚勢である、いくら彼が学園都市第8位のレベル5だとしても相手が悪すぎるし、1年前半殺しにされた経験からして適わないことは百も承知だ。

 

幸い彼の能力ならいくら一方通行と言えど瞬殺は出来ないので、その間に逃走経路を企てる。

 

一方通行の攻撃をいなしがら七惟は人通りへの脱出経路を探るが、コンテナ群が邪魔をして上手く周りが見えてこない。

 

「ックソ!ミサカ!」

 

自分がアイツの相手をしながらミサカに逃げ道を確保してもうらべきだ。

 

「俺がアレの相手してる間に逃げろ!」

 

「……」

 

「ミサカ?」

 

ミサカは七惟の呼びかけに答えない。

 

もしや―――――!?

 

七惟の額に冷たい嫌な汗がつっと落ちて行くのを感じると同時に。

 

「ミサカは退くことは出来ませんと静かに答えます」

 

気がつくとミサカは七惟のすぐ後ろに居た。

 

「……ッ!?」

 

「ですので、ミサカは今この時点における最良の選択を―――――」

 

ミサカが言葉を紡ぎ終える前に七惟は全身に痛みが走ったかと思うと、そのまま意識が遠くなり気を失ってしまった。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「おィ?ソイツはどうすんだァ?」

 

「イレギュラーなので関係ありません、とミサカは説明します」

 

「はン……そうかよォ。興が覚めちまった。ちっとばかり寿命が延びちまったよォだが再開すンぜ?」

 

「問題ありません、これより第10010次実験を開始します―――」



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目に見えた死-3




とある病院、そこには『冥土返し』と呼ばれる世界最高峰の医者がいる。

そこに先日一人の少年が搬送されてきた、しかし運んできたのは救急車ではなくゴーグルをした常盤台中学の少女。

病院関係者がどういうことか、と訳を聞いてみるも口は開かずそのまま無言で立ち去って行ったという。

そしてその少年、七惟理無は背中あたりから焼けるような痛みに目を覚ました。

はっとして身体を起こすと、七惟は見知らぬ病室で寝かされていた。

様々な情報が脳を駆け巡り、処理をするのに数分かかった。

「……ミサカの奴」

今自分が此処にいるということは、おそらくミサカが実験の続行を一方通行に訴えて自分を逃がしてくれたはずだ。

つまりこの答えが示すものとは。

「…………」

言葉には出せなかったが、『死』であった。

「おや?気がついたようだね?」

「……誰だおっさん」

「何だか酷い言われようだけど、一応僕は此処の医者でね?搬送されたキミを治療に当たっていたんだ」

「搬送……俺を運んでくれた奴は?」

「名前は言わなかったが、常盤台の制服を着て大きなゴーグルを着けていたみたいだね?キミの知り合いかい?」

わからなかった。

それが自分と一緒にバイクに乗ったミサカならば知り合いと言えるが、残りの1万近いクローン達ならば七惟の知り合いでも何でもなかった。

確率的には知らないと言ったほうが明らかに良いのだろう。

「知らねえよ……」

「そうかい?キミの容体なんだが、特に目立った外傷もなくてね、電機ショックによる一時的な失神みたいだ。もう身体に異変を感じないなら退院してくれて問題ないよ?」

此処に居ても何もやることがない、それに監視対象であった上条が消えただけで七惟の組織は蜂の巣をつついたような騒ぎになったのだ。

自分まで姿を暗ましては余計な混乱を招いてしまう。

「ああ、長居する意味もねえしな。ありがとなおっさん」



七惟はミサカの事を整理出来ぬまま、処理しきれない気持ちを残し病院を去っていった。





 

 

 

 

 

太陽がまだ登り切る前だというのにこの暑さ、東京の夏も中々凄まじい。

 

やはりヒートアイランドが進んでいるせいか、日中の最高気温は九州圏と同じような温度だ。

 

こんな日はさっさと外出して気を紛らせるしかないと思い、七惟は家を出ようとするとチャイムが鳴った。

 

七惟の家を訪ねてくる人間は限られている、一人はクラスメートの上条当麻、新聞・勧誘で心が折れているであろうセールスマン、あとはまあ……組織の人間くらいか。

 

おそらくまた上条が課題を手伝ってくれと喚きにきたのだろうとため息ばかりに肩を落としドアを開ける。

 

「おい上条、てめえは少しは考えねえと……」

 

そこまで言って、これ以上言葉が出なかった。

 

「ミサカは上条ではありません、と今の言葉の訂正を求めます」

 

訪ね人は七惟の予想の遥か上を行く人物だった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「俺が首を縦に振るとでも思ってんのか?」

 

「それは私が決めることではありません、貴方がどうなのですか?とミサカは質問を質問で返します」

 

「……」

 

七惟とミサカは、この蒸し暑い七惟の部屋で話をしていた。

 

話の内容は絶対能力進化計画の2万通りの計画のうち、現在1万と少しが既に進んでいるという。

 

しかし今回とある研究員が全距離操作を実験に組み込み、『時間距離操作』などで妹達のブースト的な役割……サポートを行えば、2万通りの実験をこなすよりも早く、一方通行のレベル6へのシフトが完了すると発表したらしい。

 

早いところが実験の手伝いをしてくれというわけだ。

 

「お前、俺のコトどれくらい知ってんだよ?」

 

「ミサカが貴方の事を知ったのは二日目です」

 

二日前……?このミサカの番号は『10031』、確か違う別のミサカと一緒に行動していたはずだ。

 

「あの日ミサカ達のネットワークに貴方の情報が提供されました、提供者は10010号です」

 

「提供……どういうことだ?」

 

「ミサカ達の脳はネットワークで繋がれており、それぞれの情報をミサカネットワ―クに提供することで情報を共有することが出来ます」

 

「それで俺を知ってたわけか」

 

「はい、そして書類上で貴方を知ったのが前日ですとミサカは事細かに此処までの経緯を説明します」

 

「……」

 

「貴方は学園都市第8位のレベル5、『オールレンジ』七惟理無。能力は『距離操作』。同能力の頂点に立つ者で全ての『距離』を操ることが出来る、とミサカは自分の知識を惜しめなく披露します」

 

「そんな情報誰から教えてもらったんだよ」

 

「この実験の計画者からです」

 

「チッ……」

 

一昨日一方通行とあわや学園都市の一大事となる戦闘を引き起こそうとした奴に実験の協力を仰ぐとは。

 

奴らが何を考えているのか想像もつかない。

 

「それで貴方は実験に協力してくれますか?とミサカは期待を込めて尋ねます」

 

「んなの決まってんだろ、答えは『ノ―』だ」

 

「何故ですか?これだけの報酬が用意されているというのに」

 

報酬というのは、この実験に協力することで得られる金や、学園都市で特別な情報を得られることの出来るカードなど、七惟がこれまでこなしてきた仕事の報酬を遥かに上回るものだった。

 

しかしこれに協力して何のメリットがある?

 

七惟は一昨日のミサカと一方通行のやり取りで分かったことがある、それは殺す側の一方通行だけでなく殺される側のミサカ自体も殺されて当然だと感じていることだ。

 

自らを実験動物であるモルモットだと言ったミサカの瞳には、何ら疑いも無かった。

 

もし疑いがあり、少しでも生きたいと思うのならばあの時自分と一緒に逃げていたはずなのだ。

 

つまり七惟が全力でミサカを守るために能力を使ったとしても、ミサカは決められた戦闘パターンをこなすため捨て身覚悟で攻撃に出る。

 

どれだけ七惟の能力が防御面に優れていようと、自ら死にに行く者まで助けられるわけがない、努力は水泡へ帰す。

 

人が死ぬところを見るのが大嫌いな七惟は、わざわざ近場でミサカの死を見に行く必要性などないのだ。

 

「報酬とか関係ねえんだよ。俺はな、人が死ぬのが世界で2番目に嫌いなんだ」

 

「そうなのですか?とレベル5らしからぬ発言にミサカは疑問を抱きます」

 

「はン……どんだけでも疑え。とにかく俺はてめえと一緒にあの糞野郎と戦うつもりはねえ」

 

「なら次回期を改めてお邪魔すればよろしいですかとミサカは覗います」

 

「お前が何百回来ても俺は協力するつもりはない」

 

「ではこれよりも大きい報酬を用意する必要があるということですか?」

 

「だから関係ねえんだよそんなのはなぁ!」

 

何処までも平行線を辿る会話に痺れを切らした七惟は声を荒らげる。

 

「お前、自分の命とその報酬とやらを交換出来んのか?出来ねえだろ!」

 

「それが実験に必要なことならば、ミサカは躊躇なく首を縦に振りますと貴方に反論します」

 

「……!」

 

ミサカの言葉に七惟は絶句する、コイツらは実験のためならばやはり死んで上等と考えているのか。

 

「お前……死ぬのが怖くねえのか?」

 

「怖い?ミサカはテスタメントをインストールしたことにより生みだされたのでそう言った余分な感情は持ち合わせていません」

 

身体だけではなく、脳みそまで完全に人工製というわけか。

 

「貴方がこれ以上拒むというのならば、こちらにも考えがありますとミサカは切り返します」

 

「んだと」

 

「絶対能力進化計画に必要な欠陥電機は『2万』体ですが、これは貴方の協力があった場合には約数千体の欠陥電気が不要となり、貴方が恐れる『死』を免れることが出来ます。しかし貴方の協力が無くなれば予定通り2万体の欠陥電気が実験に投入されることになるでしょう。この言葉が意味することがわかりますかとミサカは尋ねます」

 

要するに七惟が協力しなければもっとたくさんのミサカ達が犠牲になるというわけか、極端な話をすれば七惟が間接的に数千人殺すということだ。

 

死を嫌う七惟にとって、これほど効果的な提案はない。

 

「それでもだ……!」

 

七惟は吹っ切れる、コイツらにもうこれ以上何を言っても無駄である。

 

一方通行が言ったように自分で思考することを忘れてしまった操り人形、それが御坂美琴のクローンである欠陥電機。

 

そんな人形のために……どうして自分がこんなことをしなければならない。

 

七惟のバイクを好きだと言ってくれたあのミサカは、もうこの世界には居ないのだ。

 

ならば、もうこのミサカは自分と何ら接点もない赤の他人だし、感情がないならば人間であることすら疑わしい。

 

そんな奴のために自分の精神と、命を危険に晒してまでやる必要なんざない。

 

「そうですか……とミサカは残念そうにつぶやきます」

 

「勝手にしろ……」

 

「では、お願いを訊いてくれますか?」

 

 

 

『願い』

 

 

 

その言葉に七惟は身体をピクリと震わせる。

 

「ミサカネットワークに提供されたバイクの情報、アレが本当かどうか知りたいのですとミサカは自らの探究心に驚きます」

 

ミサカの瞳が、口が、表情が僅かばかりだが先ほどまでの無表情な顔を作っていたものから変わっていく。

 

「……ッ!ダメだ……!じゃあな!」

 

七惟は咄嗟に能力を使いミサカを寮の外へと転移させた。

 

不覚にも、ミサカが表情を変えたあの瞬間七惟は彼女のことをバイクに一緒に乗った『ミサカ』と照らし合わせていた。

 

やっぱり、人間じゃないか――――この思考に辿りつく前にミサカを追いだしたかったのだが、遅かった。

 

「……どうすりゃ、いいんだよ」

 

七惟はぽつりと一人になった部屋で零した。

 

夏の日差しを遮る窓のカーテンが風で靡く。

 

そのざあっとした音だけが七惟の脳に響く、それ以外の音も思考も今の彼には知覚することは出来なかった。

 

 

 

 

 



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それでも、私は生きたい-1

 

 

 

 

 

ミサカ10031号を追い払った翌日、またミサカはやってきた。

 

「今度は、第何番だよ……」

 

「ミサカのシリアルナンバーは19090です、とミサカは自己紹介をします」

 

「えらく飛んだな」

 

「他のミサカは研修が追い込みに入ってきているのです、とミサカは補足説明をします」

 

研修。

 

つまりツリーダイアグラムが示したパターン通りの実験を行うための予行演習のようなものだろう。

 

それだけでむしゃくしゃしてくる。

 

「実験には参加してくれますか?今回の報酬はこちらとなっています、とミサカは書類を提示します」

 

「……」

 

今度は昨日の報酬にさらに無条件で学園都市と外部を出入り出来るパスまで着いていた。

 

「……お前はさ、死ぬのが怖くねえのか?」

 

「いきなり関連性のない話をする意味がわかりません、とミサカは話題の修正を」

 

「いいから聞けクソ餓鬼。どうなんだ?」

 

「……ミサカはこの実験のために作られた実験動物です、ボタン一つで量産が可能でその単価は18万円。テスタメントをインストールされているためそのような余分な感情は持ち得ていませんとミサカは不満をもらしながらも応えます」

 

嘘、だな。

 

七惟は昨日ミサカが帰ったあと、死ぬほど色々と考えた。

 

今まで七惟は誰かのために何かしたことなどないし、生きることさえもただ漫然と時間を浪費しているだけだった。

 

一つの分からない答えを知るためにただ生きていた七惟が、自分以外の他者のために何かをするなんて考えたこともない。

 

10010号の時だってそうだろう、自分が彼女の死ぬところを見たくなかったから助けようとしたのかもしれない。

 

しかし……それで、いいのではないか?

 

誰だって、誰かが死ぬところなんて見たくない……それが例え自分を実験動物だと言い張る奴でも。

 

死んだら全てが終わってしまう……此奴らが死んで喜ぶ奴らなんて、頭の狂った研究者くらいだ。

 

誰だって死が怖い、怖くて怖くて堪らない。

 

コイツらが本当にモルモットだというのならば、10010号や昨日の10031号が見せたあの表情が出来るはずがない。

 

「こっちから条件を出すぞ……そうだな、お前が俺を倒せたら俺はその実験に協力してやるよ」

 

だから七惟は彼女達の本心を引きずりだす。

 

「それはどういう意味ですか?とミサカは確認を取ります」

 

「お前が御坂美琴のように俺に一発でも電撃を浴びせたら協力してやるが」

 

「他にも何かあるのですか?」

 

一呼吸置いて、七惟は威圧の籠った低い声で語りかける。

 

「俺はお前を『殺す』つもりで攻撃すんぞ」

 

「……!」

 

ミサカたちはおそらく一方通行に殺されることには何ら恐怖はないはずだ、それが自分の使命だしおそらく逆らえない命令でもあるのだろう。

 

しかし自分を殺す対象が『テスタメント』に入っていない相手だったらどうだ?

 

「……そんな提案をする意図が分かりません、とミサカはこの案を撤回するように求めます」

 

「どうしてだ、お前らは死んでも全然構わねえんだろう?なら捨て身で行けばいいじゃねえか、お前が1万回捨て身で攻撃すれば俺に一撃くらい当てられるかもな」

 

「それは……」

 

先ほどからミサカの様子が少しおかしい、いくらなんでも此処までミサカが動揺するとは七惟は考えていなかった。

 

つけ込むならば今がチャンス、一気にたたみかけることにした。

 

「お前が死んだってな、代わりはいくらでもいるんだろう?お前が死んだあとそいつらと実験はやればいいしな」

 

カマをかけているのだが、七惟の普段の不躾な態度も伴って凄味は増すばかり。

 

ミサカの表情は目に見えて変わるということはないのだが、返答が遅くなっているあたり予想外の事態に戸惑っているはずだ。

 

「イレギュラーな事態に対応するためのコードを出力します……『実験成功のために最善を尽くせ』との命令が発信されています」

 

なるほど、マニュアルに載っていないような状況でも『実験』のために全力を尽くせとのコトか。

 

まあそちらのほうがこっちにとって都合が良い。

 

「そうかい、それじゃあ早速やりに行くか?」

 

ミサカはゆっくりと頷いた。

 

「いいでしょう、とミサカは貴方の提案に賛同します」

 

「決まりだな……行くぞミサカ」

 

七惟は部屋からフルフェイスのヘルメットを取りだし、ミサカに渡す。

 

「これは……?」

 

「ああ、場所までバイクで行くんだよ。お前ら好きだろ、バイク」

 

「乗ってみたいとは思いますが好きかどうかはわかりかねますとミサカは」

 

「はン……そういうことにしといてやる」

 

七惟とミサカは階段を下り駐車場まで歩く。

 

もうこの時点で七惟は確信があった、もしミサカが完全なるモルモットで自律思考する力がないのならばイレギュラーな事態に対応出来るわけがない。

 

自分の意思でミサカは決めたのだ、実験のためには闘うしかないと。

 

……やっぱり、分かってるじゃねえか。

 

二人は七惟が嘗て御坂美琴と対戦したあの19学区へとバイクを走らせた。

 

 

 

 

 



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それでも、私は生きたい-2

 

 

 

 

 

第19学区防災センター。

 

防災センターとは名ばかりで、本当は1年前一方通行をレベル6にシフトさせる『レベル6計画』に使われていた実験施設だ。

 

七惟と美琴が勝負してからある程度の時間が経過したが、あの時陥没・隆起した地面はそのままの状態を保っている。

 

如何に二人の戦闘が激しかったかを物語っており、ミサカは荒れ果てた荒野を見て少しばかり固まっていた。

 

「これは貴方がやったのですか?とミサカは確認を取ります」

 

「あぁ?まあな。レベル5同士だとこれくらい普通だろ」

 

そもそもレベル5同士が戦うこと自体普通ではないのだが、七惟と美琴がやったのは事実のため幾分か誇張した表現を取る。

 

「さあて、やるか?」

 

「……」

 

「おいおい、此処に来てだんまりかよ」

 

ミサカは七惟と対峙したまま動かない、気のせいかもしれないが焦点の合わない大きな黒い瞳が不安に揺れているように見えた。

 

「ミサカは研修中ですので、他のミサカのように重火器を持っていません」

 

「そうかよ」

 

七惟がミサカを一旦返さずに、二人一緒にこの施設まで来たのには理由がある。

 

一つは10010号が持っていたような武器を手に入れさせないこと、そしてもう一つは研究者達からの余計な入れ知恵を防ぐためだ。

 

「でもお前の姉は何も持ってなかったな、お前もアイツの妹なら出来んだろ?」

 

「ミサカはオリジナルであるお姉様の1%も満たない電気しか生みだすことは出来ません」

 

「へえ……でも俺にはそんなことは関係ねえな。簡単に殺せるならそっちのほうがいい。始めるぞ、まあ死んだらお前の死体くらい埋めておいてやるさ」

 

「いいでしょう、とミサカは合意します」

 

ミサカは腰につけていたポーチから銃を取りだした。

 

なるほど、いくら研修中だとしても護身用に銃の一丁や二丁は持っているわけだ。

 

ミサカは七惟に狙いを定めて銃を撃つ、当たれば七惟も重傷を負うがまず彼にこんな銃弾が当たるわけがない。

 

銃弾は不規則に七惟から逸れて、地面を抉った。

 

「……!」

 

「どうした?そんなおもちゃじゃ当たらねぇぞ」

 

「そのようです、とミサカは貴方の能力を再度確認します」

 

七惟はぼろぼろになった鉄筋コンクリートの壁の一部を剥がし、可視距離移動砲を放った。

当然出力は美琴の時よりも遥かに下だ。

 

さてどうやって処理してみせるか……。

 

これを防げないようならば、かなり対処は楽になる。

 

「ミサカは電撃使いです、これくらいの鉄の塊ならば破壊することが出来ますとミサカは反撃に出ます」

 

ミサカは美琴と同じように電撃で鉄筋コンクリートを破壊してみせたが、美琴のように完全に粉砕することは出来ず、大きな破片が身体中に打ちつけられる。

 

「はン……そんくらいも防げないのか?」

 

ミサカは応えずに血が出始めた部分にハンカチを撒きつける。

 

「問題ありません、ミサカは貴方が実験に参加してくれるように全力を尽くします」

 

「それはお前の本心か?」

 

「何を……」

 

「足が震えてんぞ?」

 

「……これは負傷による痛みから足が震えているだけですとミサカは自分の状態を解析します」

 

まだ強がるか……ならもうちょっと揺さぶってやるか。

 

「……ん?」

 

七惟が攻撃に移ろうとした時に感じた違和感、それは妙に息苦しいことだ。

 

いくら此処が実験施設だとは言え毒ガスの類は配置されていなかったはずだ、となると……。

 

「ミサカネットワークにはこれまでの実験データが蓄積されていますので、そこから戦闘パターンを応用することが可能です」

「へぇ……」

 

この息苦しさ、酸素が失われていく時と同じだ。

 

「酸素を電気分解してオゾンをねえ……これまたよく訓練されたもんだ、美琴とはえらく違う戦法だ」

 

「これで完全に酸素分解を終えればミサカの勝ちです、とミサカは状況を説明します」

 

ミサカは七惟に背を向けて全力疾走で荒れ果てた大地を駆けて行く。

 

確かにこの防災センターは一方通行と七惟がどれだけ暴れても外に害が及ばないよう無駄な敷地面積である。

 

こちらが窒息して気を失うまで逃げ続けるというわけか……。

 

「はン、じゃあ目いっぱい逃げてやがれ!」

 

七惟は獲物に狙いを定めたライオンのように目をぎらつかせてミサカを追った。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

ミサカは懸命に七惟理無から逃げていた。

 

この防災センター敷地面積はかなりのものだ、逃げ切れるだけの広さはある。

 

当初の予定ではこんなことになるはずは無かったのだが、もう起きてしまったことはどうしようもないだろう。

 

電気分解を終えるまで逃げるしかない。

 

「ハアッハアッ」

 

自然と息も上がり始める、ミサカはまだ研修中だったため他のミサカに比べて身体能力も完成されておらず、碌に運動もしていない。

 

だいたい培養気から出たのもつい最近のことなのだ、それでいきなりこれだけの戦闘をこなすなど不可能だ。

 

当の本人は『実験』のために全力を尽くし、それが当然だと考えているため何が何でも七惟に勝たなければならない。

 

しかしミサカはこの戦法が決定的な欠点を持っているということに気付いていなかった。

 

ミサカは七惟の能力を『時間距離』操作が可能であるということ以外は書類の上でしか知らない。

 

テスタメントは必要最低限のことしかインストールしてくれないため、七惟の持つ能力は昨日見た書類でしか分からず実態も把握していない。

 

そう、七惟が『距離操作・時間距離操作』を行ってしまえばこんな作戦はたちまち水泡に帰すということを彼女は理解していなかった。

 

「まだ……?」

 

分解を始めてからまだ1分しか経過していないのに、もう10分は走った気がする。

 

まだ全体の数分の一も分解は終わっていない、まだまだ彼の意識を失わせるには十分に酸素が満たされている。

 

「はン、逃げる割にはえらく足がおせえなあ?」

 

「ッ!」

 

いつの間にか七惟はミサカのすぐ後ろにつけて走っていた。

 

その表情は至って冷静で、冷酷だった。

 

汗の一滴も垂らしていない、ミサカはこれだけ全力疾走しているというのに彼は表情の変化すら見受けられない。

 

「テスタメントには俺との対戦なんざ想定されてなかったよな?」

 

七惟は腹が冷えるような声で話しかける。

 

「どうだよ、一方通行以外の人間に殺されかける気分は」

 

「そ、そんな余分な感情はミサカは持ち合わせていませんとミサカは説明します」

 

「怯えた表情しやがってる奴が言うセリフじゃないな」

 

「こ、これ……は、足に蓄積された乳酸菌による疲労からのものです」

 

「そうかい、んなことは俺はどうだっていいんだがな。おら、もっと速く走らねえと追いつかれんぞ?」

 

もっと速く走れと言われてもこちらは既に全力なのだ、美琴のように電磁加速など出来るわけがない。

 

七惟はそれを分かっているのか、気味の悪い笑みを浮かべたまま背後から迫ってくる。

 

その殺人鬼のような表情を見続けているうちに、ふとミサカの思考にあるものが過った。

 

アレに捕まったら――――どうなってしまうのだろう?

 

わからない、一方通行と対戦したミサカたちは一瞬にして肉塊となるため痛みも恐怖もさして感じていなかったのかもしれない。

 

しかし自分が今向き合っているのは情報に無い未知の男、何をされるのか分かったものではない。

 

脳裏を過る一つの感情――――アレには捕まってはいけない、アレは――――アレは――――

 

「クク、どれだけ逃げても俺との距離は広がらねえなあ?」

 

七惟は表情一つ変えず淡々とミサカを追ってくる、いったいどんな能力を使っているのかは分からないが、この感覚はまるでアリ地獄にはまったかのようだ。

 

逃げても逃げても、絶対に逃げることは出来ないあの感覚。

 

無意識下でやっていた酸素の分解も、いつの間にか出来なくなっていた。

 

ミサカを支配する一つの感情が、演算を不能にするまで大きくなってしまっている。

 

それがミサカは分からない、この感覚はいったい何なのだろう……。

 

「あッ!」

 

とうとうミサカは石に躓いてこけてしまった。

 

全力疾走していたためその勢いを殺すことは出来ず、思い切り地面に身体を叩きつけてしまう。

 

背後から七惟が迫ってきているのが分かる、このままでは実験の協力を仰ぐどころか―――――

 

「鬼ごっこは楽しかったか?」

 

殺されてしまう―――――。

 

振り向くと七惟が相変わらずこちらの身体が底冷えするような笑みを顔に張り付けている。

立ち上がることの出来ないミサカは手を使って無意識のうちに七惟から遠ざかる。

 

いったい自分はどうなってしまうのか、テンプレートにないこの展開にミサカの頭は混乱を極めた。

 

「……足がすくむどころか立てないか?」

 

「違います、これは足を捻ったからだとミサカは」

 

「いい加減自分の感情に素直になりやがれ!」

 

「ッ!?」

 

ミサカの言葉を七惟が遮った。

 

「怖いんだろ?俺が」

 

「……」

 

「怖いんだろうが、死ぬのがな」

 

「そんな『恐怖』という感情はミサカの中には――――」

 

「じゃあ何でそんなに震えてんだよ?」

 

「それは、」

 

「怪我のせいか?10010号は痛みで顔を顰めることはあったが、行動に支障をきたしてはなかった」

 

「ッ10010号と私とでは研修を受けた・受けていないの違いがあるとミサカは訴えます」

 

「……はン。じゃあ、死んでもらうか」

 

七惟が右腕を振り上げた、このままでは自分は――――自分は――――――。

 

その先の思考に至る前に、ミサカは身体が動いていた。

 

ミサカは一瞬で起き上がると、勢いのまま七惟に向かって体当たりをしたのだ。

 

インストールされたテスタメントに、そんな項目は何処を調べてみても記載されていないというのに。

 

七惟はその体当たりを直に食らい、ミサカと一緒に地面に倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「何だ、あんじゃねえかよ……生きたいって衝動が」

 

「ミサカは」

 

「教えやがれ、あの糞野郎との実験は何処でやんだよ?」

 

「それを教えてどうするんですか、ミサカは質問の意図がわかりかねます」

 

「知るか。だけどな、俺はこれ以上陰で妹達が2万も死んだのは全距離操作のせいだとか言われるのがたくさんなだけだ」

 

「貴方は、実験を止めに行くつもりですかとミサカは貴方の無謀な考えに警鐘を鳴らします」

 

「ああ、そうだな。でも止めねえとお前ら死ぬし、俺が間接的にてめぇら殺したことになるんだろ?」

 

「ミサカは実験のために生まれてきたモルモットなのです。だから死んだとしても、貴方から間接的に殺されても問題は……」

 

「じゃあさっきの行動はどう説明すんだ?」

 

「それは……とにかく、貴方が仮にこの実験を中止させようと動いても一方通行に勝てることはありません。それに」

 

「それに?」

 

「ミサカは実験のためだけに生きているのです、もし実験が中止になれば存在する意味がなくなりますとミサカは説明します」

 

「はン……そんなことかよ」

 

七惟はミサカをどけて立ち上がり、彼女に答えた。

 

「俺はお前に死んで欲しくねぇ。コイツはてめぇが存在する意味に足りねぇかよ」

 

その言葉にミサカは何も言うことが出来なかった。

 

培養気から出てきて、今日この日までこんなことになるなんて考えたこともなかった。

 

自分は『絶対能力進化計画』のためだけに生きているのだと刷り込まれてきたのに、そしてそれは自分でも分かっていたのに。

 

 

なのに……どうして。

 

「教えてくれねえなら……自分で探すか」

 

「待ってください」

 

 

 

生きたいと思ってしまうのだろう――――――。

 

 

 

 

 



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学園都市最強の男-1





七惟がミサカに教えて貰った場所に着くと、既に実験は開始されていたようで至るところで硝煙が上がっている。

煙の上がっている場所を当たっていくと、3個目の煙でミサカと奴を発見した。

「おィどうしたァ?一万回も殺されてンのに相変わらず学習しねェんだなァ!」

「……!」

ミサカは一方通行に追い込まれていた。

いったいどんなパターンで戦闘をこなしていたか分からないが万事休すの状態に見える、さてどうするか……。

七惟の力では一方通行に勝つことはまず不可能である、それは1年前の経験から考えても間違いない。

だからと言ってここで尻尾を撒いて逃げるくらいならば、あれだけの啖呵を切っておいた癖にというわけだ。

「奴には『距離操作』も『時間距離』も通用しねえしなぁ……」

対象を可視移動させる方法も、転移させる方法も通用しない、時間距離を操ってアイツの動きを制限しようがこちらの操作を上回る力のベクトルを生み出す奴には意味を成さない。

最後に残されているのは最も扱いが難しいとされる『幾何学的距離操作』であるがこれはまだ七惟も完全に扱えるというわけではない。

しかしアレを倒すためには奴の反射装甲を貫くであろうこの幾何学距離操作がヒントとなるはずだ。

待てよ……確か幾何学的距離操作の基本にAIM拡散力場への干渉が……。

「……考えてる暇ねえな。このまま傍観する訳にもいかねぇ」

七惟は大きく深呼吸をし、意を決して一方通行に向かってコンテナを射出した。

一方通行はミサカを見たままにやついており、コンテナには気付いていない。

「あァン?」

コンテナがぶつかった瞬間、コンテナだったそれは木っ端みじんに豪快に弾け飛んだ。

「こンな時間にコンテナの投擲大会なんざ始める奴ァ何処のドイツですかァ?」

「はン、相変わらず実験なんざに汗水垂らして御苦労さんだな糞野郎」

「てめェ……こないだ逃がしてやったってンのに」

「ケッ、勝負はまだついてねえだろ?そんなモルモット相手にするよか俺とドンパチやったほうが楽しいぞ?」

七惟は挑発的な姿勢を崩さないが、内心は焦りがあった。

奴の反射装甲をぶち破る方法を七惟はまだ完全には見出していない、はっきりいって賭けなのだ。

失敗すれば間違いなく自分は殺される。

「なンなのかと思いきやァ、自殺希望か?コイツらの代わりにてめェが死ンでくれるみたいだなァ!」

「お前だろそいつぁ」

「減らず口は相変わらずだなァレンジ野郎が。てめェじゃ絶対俺には勝てねェってコトがまだわかンねェみたいだなァ!」

分かっている、そんなことは。

そもそも人との関係を避けていた自分が誰かのために命を張ってでも動こうとしていること自体が自分にもまだ分からない。

それでもと七惟は思う。

アイツ等に死んでほしくはない、そしてまたバイクに一緒に乗りたいと。



それだけで理由なんて足りるんじゃないか?それ以外に理由なんざ考える意味はない!



「知るか!後で吠え面掻くんじゃねぇぞ!」

「カカカ!今日がてめェの命日だァ!」




 


 

 

 

 

 

「ガッ!?」

 

 

 

操車場にて一方通行と闘いを繰り広げていた七惟だったがやはり状況は劣勢を否めず、遂に七惟は一方通行の蹴りを直に受けて吹き飛びコンテナに叩きつけられる。

 

ただの蹴りと言うわけではない、ベクトル操作を行ってその破壊力を通常の何倍にまで高めたソレは七惟の下腹部を躊躇なく破壊した。

 

「おィどうしたァ!まだまだこっちは遊びたンねェなァ!」

 

「はン……相変わらずお前は無茶苦茶にしやがる」

 

やはり奴の能力は完全無欠だ、弱点らしい弱点がまるで見えてこない。

 

「口だけってンのはてめェみたいな奴のコトを言うンだろうなァ……雑魚が」

 

 

『雑魚』

 

 

その言葉が頭に響き渡る。

 

そう、七惟が学園都市の誇るレベル5で序列8位の超能力者だとしても奴の前では『雑魚』に過ぎない。

 

と言うよりも、第2位の未元物質以外は奴にとってはそこらへんに居る蟻を踏み殺すかのように容易いことなのだ。

 

人を殺すのは。

 

「言っておくがなァ、今日は逃がすつもりはねェ。大人しく引きこもってたほうが良かったンじゃないですかァ?」

 

余裕の表情を見せる一方通行に七惟の怒りも増していくが、その怒りに対して身体のほうはついていかない。

 

このままでは本当に殺されてしまう。

 

「知るか糞野郎が。そうやって足元みてねえと掬われんぞ!」

 

七惟は一方通行に向かって転がっていた石を転移させるが、やはりそれも反射の前に弾かれる。

 

「そればっかりだなてめェは。まだモルモットのほうが楽しめンぜェ?」

 

「何とでもいいやがれ……」

 

七惟は激痛を抑えながら立ち上がる、もう残された手段は一つしかない。

 

「無駄な抵抗ってンのは俺には理解出来ねェなァ!」

 

当初の予定通り距離操作を二つ同時にこなし攻撃を仕掛ける。

 

賭けだが……奴のAIM拡散力場に直に干渉して、奴とAIM拡散力場の関係を希薄にし反射装甲をぶち破る。

 

貫けるかどうかの保証はないが……これをやらなければそれこそ一方的に殺されるのは必至だ。

 

七惟は鉄の棒を拾い上げて構える。

 

「おィおィ……今更そンなンで何するつもりだァ」

 

「ッ!」

 

七惟は同時に距離操作を行う。

 

一つは当然鉄の棒を転移させる演算。

 

そしてもう一つは、幾何学的距離を操作するための演算。

 

次の瞬間七惟の手から鉄の棒が発射される。

 

それはスピードを殺さず猛然と一方通行が立っていた場所へと向かう。

 

本来なら木っ端みじんなるはずの鉄の棒に一方通行は下らなそうに顔を歪めたが……。

 

どうしたことか、その木端微塵になるはずの鉄の棒が一方通行に衝突すると衝撃で爆ぜるだけでなく、同時に一方通行を弾き飛ばしたのである。

 

「ガ……!?……ンだとォ!?」

 

今度は一方通行がコンテナまで吹き飛ばされ、容赦なくその体が叩きつけられる。

 

「上手くいきやがった……か」

 

AIM拡散力場と一方通行の関係を希薄にしたのはほんの一瞬だ。

 

奴は第1位とだけあってAIM拡散力場との関係が非常に濃く干渉するのが難しかったが不可能ではないようである。

 

今まで何物にも触れられたことのない一方通行は、当然吹き飛ばされたりされたことなどあるわけがない。

 

一方通行が粉塵の舞い上がる空間から立ち上がる。

 

経験したことのない現象と痛みに、その男は戸惑うばかりか笑みを浮かべていた。

 

「カカカ……なンなンだてめェ!何しやがったンですかァ!」

 

「はン、言ったろ。足元掬われるってなあ!」

 

七惟は次の攻撃へと移ろうと演算を開始するが、開始してすぐに激痛が走り処理が中断されてしまった。

 

やはり……。

 

「そンな隠し技があったなンてなァ!もう容赦しねェ!」

 

「チッ!」

 

七惟はその場を飛びのき、ロケットミサイルと化した一方通行の突進を回避する。

 

やはり、この演算は処理が複雑すぎてまだ自分には扱いきれない。

 

二つ同時の距離操作は予想以上に脳に負荷がかかる、無理をしてやっていけば意識が飛んでしまいそうだ。

 

それに最強クラスの強度を誇るAIM拡散力場を持つ一方通行のソレに干渉するなど第8位にとっては一度やるだけで大仕事、絶えず行うなど無謀過ぎる。

 

その後も攻撃の手を緩めない一方通行に対し極端に動きの鈍る七惟、戦闘はまた一方的になり始めた。

 

当初は七惟の動きを警戒していた一方通行だが動きの鈍った七惟を見て悟ったのかもしれない。

 

一方通行の吹き飛ばした鉄筋が七惟に向かって飛んでくる、それを回避した先にはまた別の鉄筋、やっとの思いで回避した先には一方通行のベクトル操作の蹴りが。

 

何とか急所を避けたものの本日二回目のコンテナ直撃。

 

背骨がやられたんじゃないかと思う程の激痛、どうやら立てそうにも無かった。

 

「カカカ……どうやらもうあの攻撃は出来ないみてェだなァ」

 

「どうだが……」

 

「してこないってェのはてめェが素直に答えるより立派な解答になンだぜェ」

 

やはり気付いていたか、こうなるとまた一方通行のワンサイドゲームだ。

 

七惟は距離操作を行いながら逃げるしかないが、あまりの全身の痛みに回避行動すら取れそうにない。

 

「さァて、綺麗に一瞬で終わらせてやンよォ」

 

一方通行に殺されかけた一年前の記憶が恐怖となって甦る。

 

あの時は喚き叫び破壊の限りを尽くしたが、今度はそれを止めにかかる研究員も居ない。

 

此処までか――――――!?

 

『死』が迫るのを感じる、身を埋め尽くす程の膨大な恐怖が身体の中から溢れだし表層を食い破って身を襲う。

 

頭の中がぐちゃぐちゃになり、何も考えられない……どうすればいいのかすら分からない、自分を押さえつけられない。

 

腹の底から湧きあがってくる理解出来ない衝動が全身を動かそうとする、一体何をしようとしているのだ自分は―――――。

 

無意識の内に七惟は地面に手を置いた、そして開始し始めたのは去年と同じ演算だった。

 

それは―――自分もろともこの区一体を人工的な地割れで奈落の底へと突き落とす演算。

 

「……!てめェ!」

 

一方通行が七惟の異変に気付きすぐに止めを刺そうと飛びかかるが。

 

 

 

 

 

「七惟!」

 

 

 

 

 

「あン?誰だァてめェは」

 

自分を呼ぶ声がした、混乱を極めていた頭が正常な回路に戻り始める。

 

しかしこんなところに自分の知り合いなんざ来るわけがない、ミサカが呼んだと思ったが彼女は自分のコトをこんなに野太い声では呼ばない。

 

「大丈夫か!?」

 

声の主はまさかの上条だった。

 

「ケッ……なんでお前がいんだよ上条」

 

訳が分からない、どうしてあの男がこんな所に居るのか。

 

まさか……止めに入ろうとしている?

 

「そんなのは後だ!コイツは俺に任せろ!」

 

やはりこの男は一方通行を止めに来たようだ、しかし相手が悪すぎる。

 

少なくとも同じレベル5ですら虫けらのように嬲り殺す相手なのだ、そんなのを相手に無能力者が勝負を挑むなどと……。

 

「ざけんな、俺が触れられないような相手なんだぞ!お前なんかが……」

 

七惟の忠告を無視して上条は一方通行に襲いかかる。

 

「おィおィ、いきなり現れて殴りにかかるとァなンなンですかァ!」

 

一方通行は相変わらず余裕の笑みを浮かべている。

 

それはそうだ、奴の反射装甲は完全無欠で七惟のようなイレギュラーな事態を除けば全てを無効化してしまう。

 

「俺の拳はちっとばっかし響くぞ!」

 

上条が突き出したその右拳、七惟はベクトル反射でへし折られるだろうと思っていたが。

 

「がァ!?」

 

「まだまだこんなもんじゃ終わんねえ!」

 

その拳は反射装甲をモノともせず一方通行の左頬を的確にとらえていた。

 

何故―――?自分ですらあの装甲を貫くのに1年以上かかったというのに。

 

まさか……

 

「幻想殺しが……?」

 

序列1位の一方通行の反射すら貫いてしまう、奴の絶対的な武器である右手。

 

七惟と上条が勝負する上では、七惟にとって何の脅威でもないのだが……。

 

「素手戦に慣れてない奴に対してならもしや……ってとこか」

 

一方通行はその絶対無敵の能力のおかげで殴られたことなど今まで一度も無い。

 

二人の戦闘の様子を見てみると七惟の時と違いわけのわからないコトが起こり、それが上手いこと働いて一方通行から冷静な判断を奪っているようだ。

 

もしかしたら、本当に奴を倒せるのかもしれない……。

 

「アンタ、もしかして……七惟理無?」

 

「はン……。オリジナルか」

 

七惟の背後から傷ついたミサカと共に現れたのはミサカのオリジナルである御坂美琴だった。

 

彼女は七惟が此処にいるのが心底意外だと言わんばかりに目を丸くする。

 

「オリジナル……アンタ、事情を知ってんの?それにその傷……」

 

「さァな。こんくれえ傷になんねえよ短パン」

 

「そぅ……でもどうして」

 

「考えたくもねぇ」

 

自分だって、分からないのに教えられるわけがねえ。

 

「ありがとう、って言えばいいのかしら」

 

「言わなくて結構。俺は俺のタメに動いてただけだ」

 

「アンタらしいわね」

 

「むしろ俺らしいって何だよ」

 

「そういう強気な態度がよ」

 

「そうかい」

 

七惟と美琴が合うのは勝負以来だが、あの時から比べると若干やつれており顔にも疲れの色が見えた。

 

コイツも自分なりにこの実験を止めようと奔走していたのだろう。

 

七惟からすれば美琴に訊きたいことは山ほどあるのだが、今はそう言った場合ではない。

 

理由やその過程はともかく、今は互いに利害が一致しているのだ、標的を倒すことに全力を尽くすのがベストだろう。

 

「んで?あのサボテン、右手が効いてる内はいいが糞野郎が冷静さを取り戻したら瞬殺されんぞ。お前は手をかさねえのか?」

 

「私は手出し出来ないわ、この実験が中止されるにはアイツだけの力で倒さないといけない」

 

アイツ……か、コイツと上条が知り合いだってのにも驚いたがまあ問題はそれではない。

上条一人だけの力か……しかし、ばれなければいいのだろう?

 

「はン……ばれなきゃいいんだろ?」

 

「え、ちょっとアンタ何すんの!?」

 

「さあな。ちっとばっかり弄くらせてもらうだけだ」

 

上条も今は奮戦しているが、旗色が悪いのは明らかだ。

 

手遅れになってしまう前にコトを終わらせるのが最善の策。

 

七惟は上条と一方通行の位置を確認し、そして――――。

 

「距離が―――!」

 

美琴がそう叫んでいた時には、上条の鉄拳が一方通行の顔面を的確に捉えていた。

 

「アンタ、もしかして距離を!?」

 

「どうだか、な」

 

「でもこれで……」

 

不味い、美琴の声がえらく遠くで聞こえる。

 

「……そうか」

 

「アンタにも、アイツにも迷惑……かけちゃったわ」

 

「……」

 

どうやら一件落着らしい、そう思った瞬間緊張の糸が切れて急速に意識が遠のき始める。

 

「ちょっと、聴いてる?」

 

応える余裕がない七惟はぐったりとしたまま頭を垂れる。

 

「あ、アンタ!?ちょっと大丈夫!?」

 

「殴られ……過ぎた」

 

意識が、完全に飛んで行った。

 

 

 

 

 



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学園都市最強の男-2

 

 

 

 

 

一方通行の絶対能力進化計画を阻止してから2日、七惟は搬送先の病院のベットの上にいた。

 

身体の節々が痛むこの感覚、骨が何本か逝ってしまったのは間違いないが、よくもまあアレと戦ってこの程度で済んだモノだと七惟は呆れるような溜息を吐いた。

 

幸運なのか悪運なのか分からないが、今回も死ぬことは免れたらしい。

 

「七惟?入るぞ」

 

「ケッ、上条か」

 

ノックして病室に入ってきたのは上条当麻とこの事件と深く関わっているであろう御坂美琴だった。

 

「大丈夫か七惟?えらく派手にやられてたみたいだったから心配してたんだ」

 

「俺からすりゃあ、てめぇの傷の浅さのほうが心配だよ。ホントに人間かてめぇは」

 

見た感じ上条の傷は七惟の負ったものとは傷の程度が全然軽く、もう歩いている。

 

此処の医者がどれ程の名医なのかそれとも上条の身体が鋼鉄のように頑丈なのか、どちらにせよ一方通行に打ち勝つことが出来たこの男はもはや人外だ。

 

「それだけ強気な言葉が出せれば、もう大丈夫みたいね」

 

「お前に心配されたくはねえなオリジナル」

 

御坂はミサカ達―――シスターズ―――と七惟と上条を病院に運んでくれた。

 

七惟は上条を飛ばしたあたりからもう意識が飛びかけていたためよく覚えていないが、あのミサカも死ななかったようで胸をなでおろす。

 

「まさか、アンタまでこの実験を止めようとするなんて思ってもなかったわ」

 

「別に俺はサボテンと違ってお前のために止めようとしたわけじゃねえよ」

 

「でも、19090号を動かしたのはアンタでしょう?私じゃあの子たちを止めることは出来なかったから……」

 

そう言えばミサカ達はネットワークでつながっており、すぐさま情報は共有されていると聞く。

 

つまりあの時ミサカ19090号が感じた『感覚』はネットワークを通じて他のミサカにも伝わり、そしてその感情がミサカ達の生きようとする意思を呼び起こしたわけか。

 

でなければ一方通行と実験を行っていたミサカは自分が辿りつく前にとっくに殺されていたかもしれない。

 

しかし七惟はそんなことを考えていても口には出さない、今まで自分のタメだけに動いて来た自分が突如誰かのために命を削ってでも助けようとしたのはまだ分からない。

 

でも分からないままで良いと思っているのは確かだ、自分のために動いた……動機や内容、結果はどうあれ今はそれでいいんだ。

 

「知るか、俺は俺で勝手にやったまでだ。それにどういう背景があってあのミサカ達が生みだされたのかは知らねえんだよ俺は」

 

「だったら……」

 

「お前に責任があるとか知ったこっちゃねぇけどな、お前は何か出来ないかって走り回ったんだろ」

 

美琴の意思でミサカ達が生まれたわけではないのだろう、しかし彼女はそれから目を逸らさなかった。

 

「ならそれで十分だろが、そんな暗い顔すんじゃねえ辛気くせえ」

 

美琴は少なくとも実験をとめるために何かをしていたはずだ、だから七惟はもうこれ以上は何も言わない。

 

「……アンタ、ただ口が悪くて横暴なだけじゃないのね。意外だったわ」

 

これが自分の自然体だ、と七惟は鼻を鳴らす。

 

視線を外そうと寝がえりを打とうとするとその衝撃で身体の至る所が悲鳴を上げ断念、七惟は顔をひきつらせる。

 

「お前のそういう所が俺はいいと思うぜ?」

 

「人格者のお前に何言われようが嫌みにしか聞こえねえがな」

 

「はは、そうか?」

 

上条は美琴を見やると彼女も「そうね」と細く笑んでいた。

 

彼らが生みだすその柔らかな空気がどうも気に食わない七惟はさっさとこの害悪共を追いだすことにした。

 

「お前らそういう甘ったるいシチュエーションは病室ですんじゃねえ。何処の馬鹿ップルだコラ」

 

その言葉を軽く笑って上条は往なしていたが、中学2年生で思春期真っただ中の美琴はそうもいかなかった。

 

耳まで真っ赤にした彼女は猛然と突っかかってくる。

 

「な、何言ってんのよ!何で私がこんな奴と夫婦なのよ!」

 

おいおい、何だこの反応・・面白いにも程があんぞ。

 

しかも夫婦って言ってないんだが、カップルって言ったつもりだ。

 

調子に乗った七惟は出来ごころからかもう少し美琴をおちょくってみることにした。

 

「お前のコトだ。顔真っ赤にしやがって、そんなにこのノータリンが好きか」

 

「違うって言ってんでしょ!だいたいコイツとは――――」

 

本気になって反論してくるあたり、どうやら七惟の勘は当たっているようだ。

 

だいたい上条当麻はいったいどれだけの女と関係を持つつもりだ、クラスの女子だけじゃ飽き足らずこんな電気女にも手を出すとは。

 

「お前らさっきから何やってんだ?病院だぞここ」

 

「アンタのせいでしょ!」

 

そして当の本人はそんな美琴の剣幕などどこ吹く風、と言ったところか。

 

本人に自覚が無い場合性質が悪いとはよく言われるものだが、どうやらコイツはコレを素で何回もやってるから余計だ。

 

「わあった、もういいからお前ら帰って上条の補修でもやってろ。俺はてめぇ等と違ってそんなに頑丈じゃねえ」

 

「お前も早く退院してくれよ、宿題が終わらないからな」

 

「まずその他力本願な腐った根性をどうにかしやがれ」

 

「失礼な!上条さんは勉学『以外』は自力で何とか出来ますよ!」

 

「以外を強調すんな以外を!」

 

 

 

なんやかんやで騒がしくなってきたので無理やり彼らを追い出して七惟は一息つくも、再びドアからノックの音が響いた。

 

 

 

「だからさっさと帰って補修でもしやがれって……!」

 

出戻りしたのかと思って七惟は怒鳴るがそこに立っていたのはあの二人ではなかった。

 

 

 

「ミサカに補修はありません、今の言葉の訂正をミサカは求めます」

 

 

 

「……お前か」

 

美琴のクローンであるミサカが病室に入ってくる、腰にポーチをつけているあたり19090号だろうか。

 

正直七惟はミサカ達一体一体を区別することなど不可能……というよりもオリジナルである彼女ですらミサカ一体一体を見分けることは出来ないだろう。

 

「19090号です、とミサカは自身のシリアルナンバーを提示します」

 

19090号ということはあの時の……。

ミサカはポーチから名刺のような紙切れを七惟に手渡した。

 

「んで?何の用だミサカ。もうお前らは晴れて自由なんだろ?」

 

「自由、確かにそうですとミサカは頷きます」

 

ミサカはポーチに手を突っ込むと鍵を取りだす、その鍵は七惟がよく知っているキーホルダーをつけていた。

 

「それ……俺のバイクの鍵か?」

 

「はい」

 

「……届けてくれたのか」

 

「この程度、ミサカが貴方から受け取ったモノと比べれば極小さなものです」

 

七惟はミサカと防災センターで戦った後、すぐに実験場へと向かったためバイクは19学区の駐輪場に放置したままだった。

 

目を覚ました時に自分のポケットに鍵が入っていないことに気付いたため、おそらく一方通行との対戦中に落としたはずだ。

 

「操車場で探したのか?」

 

「ミサカの能力でしたら鍵を見つけるのは簡単でしたとミサカは胸を張ります」

 

「しかしよく俺が鍵無くしたってわかったな」

 

「貴方がバイクを放置しているのには何か理由があるはずだとミサカは考えたのです」

 

バイクを置いてきたのは時間がなかったためだが、自分を殺そうとした奴のためにここまでやる必要などないはずだ。

 

「お前……自分を殺そうとした奴のタメになんでここまですんだ?」

 

極々普通に疑問に思ったことを口にする。

 

「貴方は、あの時ミサカを殺そうとはしていなかったとミサカは確信しています」

 

「確信だと?」

 

「貴方が本気を出せば、ミサカを殺すコトは蟻を踏み殺すかのように容易かったコトだとミサカは後に気付きました。でも殺さなかった、それどころか『生きる』衝動というものをミサカに教えてくれました」

 

生きる衝動。

 

例え生きる理由が無かったとしても、殺される理由だって無いはずだ。

 

殺されるのが当然だと思っていても、知らないこと、分からないこと、やってみたいことが溢れてくる、その溢れる気持ちが生きる衝動なのかもしれない。

 

このミサカに限っては七惟が与え続けた恐怖によりそのことに気付いたようだった。

 

「ミサカは今日、貴方に恩返しにきたのですとミサカは説明します」

 

「恩返し……?」

 

「ミサカ達へ内から湧き起こる生きる衝動を教えてくれた貴方にお礼がしたいとの声が、ネットワークの至るところで上がっていますと補足説明します」

 

「礼なんざいらねえよ」

 

「何故ですか?」

 

「別に礼が欲しくてやったわけじゃねえんだよ」

 

「そうなのですか?」

 

「ただてめぇに死んで欲しくなかった、それだけだ」

 

もしこの場に美琴が居れば間違いなく赤面するであろう台詞をさらっと吐く七惟。

 

彼は元来相手のコトを考えずに思ったコトをそのまま口にするタイプだったため、普段はマイナスにしか働かないこの癖も……

 

「その言葉をミサカは初めて聴きました」

 

このようにたまにはプラスに働くこともあったりする。

 

「お礼は必要ない、とのことでした。そこでミサカのお願いを聴いてくれますかとミサカは提案します」

 

「お願いだぁ?」

 

「はい」

 

「……一つくらいならな」

 

前のミサカのようにバイクに乗りたい、といった類のお願いだろう。

 

まあその程度ならば問題ないと判断した七惟は後に自分の浅はかな考えを後悔することになる。

 

「貴方の家に住まわせて欲しいのです、とミサカは単刀直入に言ってみます」

 

「……んだとお!?」

 

七惟は予想だにしないミサカのお願いに素っ頓狂な声を上げる。

 

「ミサカは住む場所がありません、今回の一連の騒動でミサカの居た研究所はアンチスキルに差し押さえられて立ち入ることが出来ない状態ですとミサカは憂います」

 

「その件なら世界各国の研究所にお前らの住む場所の手配は終わってたんじゃないのかよ?」

 

「はい、ですが私の研究所は受け入れまでまだ時間が必要のようで、その間私は家無し少女なのですとミサカは涙目になって語ります」

 

つまり研究所の準備が整うまでは俺の家に住まわせてくれってコトか……。

 

七惟はまだ入院生活を余儀なくされているため家に帰るのは当分先のことだが、もしミサカの滞在期間が長引けば一緒に生活をすることになる。

 

 

そうなると今まで他者と一つ屋根の下で暮らしたことなどない七惟にとって未知の体験だ、しかし彼女の願いを無碍に出来ないのは何故か頭では分かっていた。

 

「わあったよ。俺ん家でいいなら好きにしろ」

 

躊躇いつつも断りきれない七惟はしぶしぶ了承した。

 

「本当ですか?とミサカは確認を取ります」

 

「ああ、その代わり俺だって男なんだからな。部屋ん中漁ってヘンな本とかあっても文句言うんじゃねえぞ」

 

「ヘンな本……?」

 

「―――――ッ!いいからその机の上にある鍵とって俺ん家で休みやがれ!」

 

自ら墓穴を掘った七惟はたまらず赤面するもミサカは首をかしげたままきょとんとしている。

 

この空気に耐えられない、早く打開しなければ。

 

「俺はまだ入院してなきゃいけねえんだ、出発する時はまたこの病室に来いよ」

 

「わかりました、ありがとうございますとミサカはお礼を述べます。ところでヘンな本とは具体的にどのようなものなのでしょうか、とミサカは好奇心旺盛に訊いてみます」

 

「知るか!そんなに知りたいんだったらお前で探せ!」

 

数分後ようやく『ヘンな本』について諦めたミサカは病室から出て行ったが、七惟は心底疲れ切った表情であおむけになっていた。

 

 

 

 

 



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Friends-1

 

 

 

 

 

七惟が病院に運ばれてから数日後、彼は冥土返しからようやく退院の許可が下りて寮へと向かっている。

 

正直なところもう少し入院しなければ不味いんじゃなかろうかと思うほど重症を負っていたはずだが、不思議と身体の痛みは感じない。

 

「あのおっさん……何しやがった」

 

あれだけの重傷をこうも容易く、しかも数日で直してしまうなんて人間業ではない。

 

彼もまた何かの能力者なのか……?医療技術を持った能力者なんて性質が悪い事この上ない。

 

寮のエレベーターに入り、そう言えば今あの家にはミサカ19090号が居座っているんだなと思いつつ階を示す液晶パネルを見つめる。

 

自室の階に登り切ったエレベーターから降り、歩を進めて行くとそこには見慣れたピンク色の服を身にまとう小さな幼女・・もとい。

 

彼の学校のクラス担任である子萌氏が七惟の部屋のドアの前で待ちぼうけを食らっていた。

 

「なにやってるんすか」

 

「あ、七惟ちゃん!」

 

「あ、七惟ちゃん……じゃないんですけど。人ん家の前で空き巣の作戦でも立ててたんすか」

 

「むッ、失礼な。私は七惟ちゃんのコトが心配で来たんですよ!今日退院するという話を伺って此処でこうして待っていたのです!」

 

それなら直接病院に来たほうが全然建設的だろうが……

 

「そうすか。俺は眠いんで部屋入って寝ます。邪魔しないでください」

 

「ちょ、ちょっと七惟ちゃん。身体のほうは大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫も何も大丈夫だからこうやって出歩いてるんでしょうが。忙しい(喧しい)んでもう帰ってください。そして二度と俺の家に押しかけないで下さい分かったかこの糞餓鬼が」

 

七惟は実を言わなくても教師というものが嫌いである。

 

彼らが七惟や上条のコトに気を使って心配しているのは役職がら当然で仕方なくやっているのであり、本心はそれとは別のところにあるからだ。

 

子萌がそのような教師ではないことは他人から見れば明らかだが、七惟は心の装甲をダイヤモンドのように硬くして彼女の侵入を許そうとしない。

 

仕方なく・否応なくと言った心理での行動は、過去に研究者たちが実験のために仕方なく七惟に構っていた記憶を思い出させ、彼の心理状態を不安定にさせる。

 

ポケットに手を突っ込み、鍵を取りだそうとしてはっとした。

 

今この家の鍵は自分ではなくミサカが持っている、よって彼女がもし留守ならば七惟は子萌と同様に待ちぼうけを喰らわなければならない。

 

しかも美琴やミサカ、上条とのコミュニケーションならともかく望んでいない相手との会話は七惟にとって不快以外の何物でもなかった。

 

頼む……居てくれよミサカ。

 

七惟は意を決してインターホンを鳴らした。

 

自分以外誰も住んでいない寮の部屋のインターホンを鳴らすとはどういうことか、と子萌は首をかしげている。

 

インターホンを鳴らして10秒、ミサカは出てこない……買い物にでも行っていたならば万事休すだ。

 

祈るような思いで七惟はミサカが出てくるのを待ち、そして。

 

「はい、七惟理無に代わりましてミサカ19090号がお受けいたしますとミサカは応えます」

 

「ぶッ……」

 

出てきた。

 

出てきたのはいいのだが、まさかこんな受け答えを今までやっていたのではあるまいな。

 

「ミサカ、七惟理無だ。さっさとこのドア開けやがれ」

 

「本当に七惟理無ですか?とミサカは確認を取ります」

 

「……ッこいつ」

 

ミサカには不用意に玄関のドアを決して開けるなと前もって厳しく注意している、それは当然彼女の身の安全と七惟の家の通帳やら印鑑を重んじてのことだがまさか此処にきて裏目に出るとは・・。

 

「七惟ちゃん?さっきから何をやってるんですー?」

 

早くしないとこの小うるさい幼女モドキが突っかかってくる。

 

「七惟理無本人なのかどうか検証を行います、とミサカはインターホン越しに伝えます」

 

「ああ、何でもいいからさっさとしやがれ」

 

「七惟理無はミサカ19090号を助けた時に何と言いましたか?次の三つから選んでくださいとミサカは謎かけをします」

 

助けた時……?あの防災センターでの出来事でいいのか?

 

七惟が記憶を掘り起こしている最中に聞こえてきた選択肢は七惟の思考をぷっつんと切断してしまった。

 

「一、お前が好きだ。二、愛している。三、付き合ってくれ」

 

「ふざけんじゃねえぞてめぇ!」

 

七惟は間髪入れずに、隣の子萌がびくっと震えあがる程の大声でインターホンにどなり散らした。

 

ご近所さん迷惑も甚だしいが彼の剣幕の前では誰もが怖がってそんなことは言うまい。

 

「正解です、鍵を開けますとミサカは安堵します」

 

数秒後に鍵が開く音がどなり声で静まり返った廊下に響き、中からゴーグル未着用のミサカが出てきた。

 

「おいミサカ。てめぇこんなふざけた謎かけなんざよくも用意してくれたなおい」

 

「パソコンで得た情報によるとこの問いかけは二人の中をより親密なモノにするとのことでした、とミサカは短期間で得た知識を披露します」

 

「アホみたいな知識取り入れてんじゃねえ。ったく……」

 

七惟は呆れと疲れが同時に押し寄せ、よろよろと家に入っていこうとしたが……それを子萌がよしとしてくれなかった。

 

「な、七惟ちゃん!その年で女の子と同棲だなんて……!しかもまだ中学生じゃないですか!」

 

「……はあ」

 

「許されないです!寮の規律に違反しますぅ!」

 

やはりこの年で女子中学生と一緒に居たりするのは世間の風当たりが厳しいのだろう、しかし七惟の隣に居るミサカは肉体的には14歳だが実年齢は0歳という、それはもう一般常識で考えたら意味不明な女の子なのだ。

 

だから七惟はこの結論に達した。

 

「コイツは例外扱いなんで、それじゃ。つうか関係者以外立ち入り禁止を破って入ってきた先生も規律破りですよ」

 

えらく子供っぽい理屈なのだが今は取りあえずこの幼女を追い払えればそれでいい。

 

七惟はそれでもと追いすがる子萌を一方的に無視し、ドアを乱暴に締め切った。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

子萌の追撃をかわして自宅に退避した七惟は此処数日の間に溜まっていた様々な書類や情報、暗部からの伝達を処理すべく動く。

 

幸いミサカはこれらに何ら手をつけていなかったため思っていたよりも早く終わりそうだ。

 

ミサカがテレビにくぎ付けになっている間に七惟は作業を進めて行く。

 

「ん……?学園都市第七学区管轄部門?」

 

七惟が手に取った封筒には仰々しい固有名詞が連ねられていた。

 

初めてこんな部門の名前は聴いたがすぐに架空のモノであるということが気付く。

 

中身は一枚の紙切れだったが素材は上等なモノである。

 

記されている文字を見てみると。

 

『学園都市序列第8位、超能力者七惟理無は学期末に行われた能力検査を今一度吟味した結果大能力者であるとの決定が下され、学校及び区はこれを認証した。故に本日8月21日をもって七惟理無を大能力者とする』

 

「……んだよこりゃあ」

 

降格の知らせだった。

 

学園都市第8位の『オールレンジ』は今現在を持って序列不明のその他大勢になるというわけか。

 

「牽制……かもしれねえな」

 

七惟本人の能力は『幾何学的距離』を操って計測器の正常な計測を妨害してしまうため今まで通り計測不能だったはずだ。

 

それを『今一度吟味した』だと?笑わせやがる。

 

おそらくコレは一方通行の絶対能力進化計画を妨害したことによって、これ以上出過ぎた真似をするなと言った警告なのだろう。

 

発信源は統括理事会か計画を進行させていた連中か、とにかく一方通行に絶対能力者になってもらいたくて仕方がなかった連中だと思われる。

 

まあ七惟とてこれ以上あのベクトル野郎の相手をしようなどは思わない。

 

もしまたミサカ達の命が危険にさらされればその時は分からないが、少なくとも今はまたあの反則的な能力者に闘いを挑もうなどとは考えていなかった。

 

だいたい1週間足らずで退院出来たこと自体が奇跡なのだ、次会ったらどんな手打ちを受けるか分かったものではない。

 

七惟は封筒を横にのけると再び溜まっていた書類を処分し始めた。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

1時間近く経ちようやく半数を消化したところで、先ほどまでテレビにくぎ付けだったミサカの顔が眼前に迫っていた。

 

「なんだ?テレビ飽きたのか」

 

「いえ、先ほどこちらに飛んできた紙にこのようなモノがあったのでとミサカは貴方に見せてみます」

 

ミサカが見せてきたのはさっき投げたあの降格知らせの文だった。

 

「ソイツはもう見たからいらねえ」

 

「そうですか、しかしオールレンジはもう超能力者ではないのですか?」

 

「ああそうだよ、レベル5オールレンジは只今を持ってそこら辺に転がってるレベル4ディスタンスだ」

 

まあレベル4になったからと言って特別何か変わるわけではない、そもそもレベルとは関係のない生活を送り続けていた七惟は自身のレベルが0〜5のどれだろうが構いやしないのだ。

 

流石に0となると奨学金が今と雲泥の差なので困るのは事実だが。

 

「貴方のコトは今までオールレンジと呼んでいたのですが、今後はどう呼べばいいのでしょうかとミサカは疑問に思います」

 

「知るか。お前が好きなように呼びゃあいいだろ」

 

「・・・では『ナナリー』はどうですかとミサカは機転を利かせてみます」

 

「張り倒すぞてめぇ」

 

「お気に召しませんでしたか?」

 

「ソレはどう考えたって女の名前なんだが。つうかどっから持ってきたんだその名前は」

 

「貴方の名前は『七惟理無』そこから『七』と『理』をとってナナリーです、素晴らしいと思いますとミサカは胸を張ります」

 

「張るな、威張れねえから」

 

「それでは織姫と」

 

「……」

 

「七夕とかけて、男なのに織姫・・ふふ」

 

何故彦星の発想が出てこないんだ。

 

「頼むから一般人に呼ばれて恥ずかしくないのにしろ」

 

七惟はミサカを適当にあしらいながら作業を続けて行く。

 

結局ミサカは七惟の隣で永遠と呼び方をぶつぶつ言い続け、最終的には『オールレンジ』となった。

 

とどのつまりが前と後で変わっていないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでヘンな本についてのことですが……あ、あ、あのように女性の……」

 

 

「ぶッ!?見たのかお前!?」

 

 

「あ、はい……。押入れの端のほうに、申し訳程度でおかれていたのを、見つけて……もしかしてオールレンジもそのようなことに」

 

 

「忘れろ!今すぐに!」



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Friends-2

 

 

 

 

 

「ねえ当麻。さっきクールビューティーが理無の家に入ってくの見たんだけど」

 

「クールビューティ……?ああ、ミサカ妹のコトか」

 

場所は変わって此処は七惟理無のお隣さんである上条当麻の家。

 

確か今ミサカ達シスターズはクローニングの影響で身体の至る所で異常が発生しないよう、様々な施設で治療を受けているはずだ。

 

となると治療がひと段落着いたのだろうか。

 

「七惟の奴何時の間に退院したんだ。俺に一言くらいあってもいいだろー」

 

自分はインデックスの騒動の時何も言わずに帰ってきた癖に、と突っ込む人物は此処には居なかった。

 

「どうせ当麻は理無に宿題を押し付けに行くから何も言わなかったんだよ」

 

「うッ……それを言われると何も言えないあたり悲しいぞ」

 

夏休みも終盤に差し掛かっており、2学期開始まであと48時間と数時間。

 

七惟が入院していた間当麻はエンゼルフォールやイギリス清教の魔術師撃退など色々な事件に巻き込まれていたため全くもって夏休みの宿題とやらを終わらせていなかった。

 

記憶を失う前の上条当麻がどういった生活を送っていたのかは知らないが、とにかく厄介なモノを残してくれたものである。

 

「終わらないモンは仕方ないだろ!」

 

「だからと言って理無の力を借りるのとは話が別だよ、理無は退院したばっかりなんでしょ?」

 

「ぐっ……ちくしょう」

 

上条は携帯電話を手に取る。

 

時刻は14時、そして今日は8月29日・・もうあまり時間は残されていない。

 

あと二日どういったイベントが用意されているかは知らないが、今日やるだけのことをやっておかなければ今までの経験上碌なことにならないのは確かだ。

 

とにかく目の前に立ちはだかっている数ⅠAの問題、こやつを処理するためには参考書が必要だ。

 

「インデックス、俺はちょっと出かけるから留守番頼んだぞ?」

 

「当麻、何処行くの?」

 

「参考書買いに行くんだよ参考書。上条さんの頭脳では力不足だから参考書様の力を借りるんです」

 

「ふーん……私も行くよ、此処に一人で居ても暇だもん」

 

「お前は此処に居ろって……付いて来ると財布が悲鳴を上げそうなんだ」

 

「むっ、その言いようはまるで私が買い食いをしょっちゅうしているかのような感じだね」

 

「事実なんだ……理解してくれ」

 

「大丈夫、神に誓って今日は買い食いなんてしないからさ!」

 

「……その神への誓いは何回目なんだインデックス」

 

上条は食い下がらないインデックスの食欲に結局折れてしまい、二人で本屋まで出かけることになった。

 

家を出る際に充電していた携帯のコードに引っかかり、充電器が破壊されてしまったので本のついでに買うことにした。

 

全くもって不幸である。

 

「行くぞインデックス」

 

「当麻、忘れ物はない?」

 

「ない、よし」

 

ドアを開け、さて鍵を閉めようかと思い立つと隣の家のドアが開いた。

 

「ただバイク取りに行くだけだってのに」

 

「ミサカはそれだけでも構いません、せっかくオールレンジが退院出来たのだから外を一緒に出歩きたいのですとミサカは心中を吐露します」

 

「そうかい、んじゃあ好きにしろ」

 

お隣さんから出てきたのは家主の七惟理無とミサカだった。

 

番号個体は分からないが上条が助けたミサカとは違う、腰にポーチをつけている。

 

「上条?何やってんだお前」

 

「それはこっちの台詞だ、退院したなら俺に一言くらいあってもいいんじゃないか?」

 

「その台詞そっくりそのまま失踪して何も言わずに戻ってきたお前に返してやるよ」

 

「う……」

 

「相変わらずその中身は言いたくねえのか」

 

「まあ・・そうなる」

 

七惟はこんな奴だが、ミサカ達を助けるため一方通行に立ち向かったりと根はいい奴なのだ。

 

それに記憶を失う前からおそらく続いているであろう友人、そんな奴を危険なこちら側に引き込むわけにはいかなかった。

 

「ん?当麻、何してるの?」

 

「……シスターも一緒か。デートか?」

 

ドアと玄関の間からインデックスが顔を出す。

 

「参考書買いに行くんだよ。そういう七惟さんはミサカとデートですかぁ?」

 

七惟は確かミサカ達に何かを与えてくれたと美琴が言っていたのを思い出す、コイツもこんな威圧的で態度が悪いのに女子から黄色い声が上がるなんて……不公平である。

 

「アホか。俺はバイク取りに行くんだよ、ベクトル野郎の時から置きっぱなしなんだ」

 

 

 

「そうだね、これからデートだなんて君には似合わないよ」

 

 

上条とインデックスの背後から突如として声が響き渡る。

 

上条は咄嗟に玄関から出てくるインデックスを有無を言わさず押し戻し相手を見やると、そこには腐れ縁であろう魔術師二人の姿があった。

 

「なんだ、お前らか」

 

魔術師二人はステイル・マグヌスと神裂火織。

 

上条にとっては両名共に顔馴染みだが……。

 

「ッ……てめぇ、何しにきやがった」

 

七惟理無にとっては当然ながらステイルは上条と七惟を殺そうとした男で、神裂は完全に初対面である。

 

七惟は神裂の持っている巨大な刀を見やるや否や、ミサカを部屋の中に押し込む。

 

「そう言えばそこのキミとはあの時以来か。相変わらず不躾な奴だ」

 

「はン、負け犬の雑魚が今更どの面下げて俺の前にきやがったかと思えば出てきた言葉はつまんねえもんだなおい」

 

「そこまで言ってくれるといい気はしないな。灰になりたいみだいだな」

 

「またあの焔の巨人でも出すか?まあ出したところであんな人形……ってトコだ」

 

「言ってくれる……」

 

一触即発、もう今すぐにでも七惟の可視距離移動砲やステイルの炎が飛んできても不思議ではない。

 

「お、おい七惟落ち付けって!コイツは基本無害な奴だからさ」

 

「落ち着けだぁ……?ふざけんなよ上条、殺されかけたコト忘れたのかお前は」

 

殺されかけた?いったい……

 

上条はハッとする、記憶を失う前に自分が何をやっていたのかは知らないが確かインデックスを助けるために魔術師と戦っていたということだけは分かっていた。

 

記憶を失ってからの自分が七惟と初めてこのアパートで会った時、インデックスは『貴方が当麻と一緒に助けてくれた』と言っていた。

 

つまり七惟はインデックスを守るため記憶を失う前の自分と共闘していたというわけだ、詳しくは分からないがこの推測は間違っていないだろう。

 

そしてその時の相手がステイルだったということか……?

 

「もう大丈夫だって!あれから和解してさ、今じゃまあ・・腐れ縁ってとこだ」

 

「……信用出来ねえ、あの日からのお前はそうやってはぐらかしやがるしな」

 

「ま、まあとにかく!ステイルも!」

 

どうも七惟は自分の言葉を信じてくれそうにもない、、確かに記憶のコトに関して何も言っていないので信用されないのは当然だろう。

 

ステイルのほうはどうかと言うと、先ほどの七惟の暴言が余程気に食わなかったらしくまだくすぶっている。

 

「ステイル、私達は七惟理無と争いに来たわけではありません。余計なエネルギーの消耗ですよ?」

 

ようやく神裂の助け船が。

 

「それに彼と貴方の能力では相性が悪すぎるということを忘れたのですか」

 

「……仕方ない」

 

神裂の言葉でようやく態勢を崩すステイル、それを見て七惟も身体の力を抜くかと思われたがやはり彼は一筋縄ではいかなかった。

 

「まあ今日はキミに用があるんじゃない、ソコの上条当麻に用があるんだ」

 

「はン、てめぇら何処の人間か知らねえが……雑魚があんまりふざけた真似すんじゃねえぞ」

 

「肝に命じておこうか……!」

 

未だに挑戦的な口調を崩さない七惟に業を煮やし、ステイルの両手から炎が噴き出したかと思うと火炎放射のようにそれは七惟に襲いかかる。

 

炎は上条の前を通り過ぎ端部屋のドア前に居た七惟に真っ直ぐ飛んでいき直撃かと思われたが、七惟に当たる寸前にその炎は上条の幻想殺しに防がれたかのように掻き消されてしまった。

 

「ッは!そうやってすぐ手が出るあたり何処ぞの糞餓鬼だな!」

 

「調子に……!」

 

ステイルが第二派を打とうとしたところで神裂が止めに入った。

 

「ステイル!何をやっているのですか!」

 

「……!」

 

神裂が鋭い視線でステイルを睨みつけ制止させると、七惟にも同様にきつい口調で語りかけた。

 

「貴方も此処で死体の山を積み上げたくはないでしょう。家の中に押し込んだ少女、大切な方なのでは?」

 

「はン……口だけはよく回る連中だ」

 

七惟はもはや神裂の事も完全に敵として見なしており警戒を解きそうにも無い。

 

この場合上条が取るべき選択肢はただ一つ、早く七惟とこの二人を引き離すことだ。

 

「まあまあ!とにかくステイルと神裂は俺の家入れって!インデックスもほら!」

 

「何のつもりだ!僕はまだコイツと何も……!」

 

「いいから入れって!」

 

半ば強引にステイルを押し込むと、神裂が申し訳なさそうな表情で家の中に入っていく。

 

中でステイルが発火しないか心配でならないが神裂にそこは何とかしてもらおう。

 

ようやくこの場が上条と七惟だけになったのを確認し、緊張の糸が切れた上条は幸福が逃げて行きそうな大きなため息をつく。

 

「お前があの連中とどういう関係か知らねえが、今のお前と同じくらい信用出来ねえ奴らなのは確かだな」

 

「……」

 

あの事件以前の七惟理無と上条当麻の関係を今の上条は知らない。

 

しかしこの相手を疑いまくっているような七惟の視線からして、互いの関係がどんどん悪い方向へと向かっているのは明らかだ。

 

「じゃあな上条。ミサカ」

 

「もう終わったのですか?とミサカは安全性の問題からオールレンジと上条当麻に尋ねてみます」

 

「ああ、さっさと行くぞ」

 

「お、おい七惟!」

 

七惟はその後上条と取りあうことは無かった。

 

無言で七惟が横を通り過ぎ、ミサカが上条に一礼してから追いかけて行く。

 

「……それでも、アイツが巻き込まれるよりはまだマシなんだ」

 

一人その場に取り残された上条は顔を歪めて二人がエレベーターに入るのを見送った。

 

何とも言えない喪失感が身に降り注ぐのを感じる、こうやって友情とは失われて疎遠になっていくのだろうか。

 

 

 

 

 



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Friends-3

 

 

 

 

 

駐輪場までやってきた七惟はバイクの状態を確かめながら先ほどの上条とのやり取りを思い返していた。

 

だいたいアイツは隠し事が多すぎる、信用したくても信用出来ない要素のほうが明らかに多くてその気を根こそぎ奪ってしまう。

 

「先ほどから貴方は何処か表情が冴えていません、とミサカは貴方の心情を気に掛けます」

 

「よくねえよ、良くみえるかコレが」

「見えません、とミサカは同意します」

 

少なくとも七惟は上条の事を気のおける知人と思っていたし、数少ないコミュニケーションを取れる人間だった。

 

上条が七惟の事をどう考えているのかは知らないが、課題を訪ねてきたり偶に登下校を共にしたりと悪くはなかったはずだ。

 

しかしあのステイルとかいう男が上条と自分を襲ってから歯車が狂いだした。

 

どうも上条はあの日以来一人で七惟と向き合うとそわそわし始める、特に少し前の事を離すと苦笑するばかりで話してくれない。

 

隠し事をしているのは明らかだ、1年以上監視を続けていたのだから七惟はすぐに異変に気付いたというのに。

 

「上条当麻との関係が良好ではないのですか?」

 

「さあな。あのサボテン本人に訊けよ」

 

七惟はボディやタイヤ、チェーンのチェックを終えるとエンジンをかける。

 

「乗れ、って……お前はコレに乗るのは2度目か?」

 

「はい」

 

ミサカ19090号は防災センターでの対戦の直前に、七惟の家から此処までの移動に一緒に乗った。

 

あの時はミサカは緊張していたのかどうか分からないが無言で、こちらも話し掛ける余裕がなかったため訊きそびれていたことがあった。

 

「お前バイク好きか?」

 

「好きです、とミサカは間髪いれずに答えて見せます」

 

「へえ、そうかい」

 

七惟はうっすらと笑みを浮かべてバイクを走らせた。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

七惟とミサカを乗せたバイクは途中であの公園へと立ち寄った。

 

理由はただ単純に七惟の靴紐が解けたのを直すだけだったが、ミサカは七惟が結び直す間興味津津にバイクを見つめている。

 

そのあまりの目の輝きように七惟はふと声をかけてみる。

 

「運転してえのか?」

 

「……違います、と言えば嘘になるかもしれませんとミサカは答えます」

 

表情の変化に乏しいミサカの顔付きが普段と違っているのは明らかだ。

 

そこまでしてコレに惚れて込んでいるのだろう、七惟としては悪い気はしない。

 

「……やるか?」

 

「何をですか?」

 

「運転」

 

あのような表情でバイクを見つめられていたら七惟としてもその思いを無碍にするのは気持ちが良いことではない。

 

それにコイツらの望みは、今まで虐げられてきた分出来ることならば可能な限り叶えてやりたいという気持ちが少なからずあった。

 

自分のように無駄に生きているような奴でさえ好きなことが出来ているのならば、苦しみながらでも生を勝ち取ったミサカ達が好きなことが出来ないのはおかしいだろう。

 

「いいんですか、とミサカは嬉々とした表情で詰め寄ります」

 

「あ、ああ……別に構いやしねえよ。その代わり駐車場の中だけだぞ」

 

流石に無免許のミサカを公道で走らせるわけにはいかない、ジャッジメントやら何やら色々出てきたら目も当てられない。

 

「ありがとうございます、とミサカはお礼の言葉を述べます」

 

「じゃあまず乗り方だ」

 

七惟はミサカに二輪車の運転をレクチャーし始める。

 

当然ミサカは原付にすら乗ったことがないので教えるのに苦労したが、教え初めて30分少しでミサカは乗れるようになっていた。

 

こういう辺りはオリジナルである御坂美琴と同じで呑みこみが非常に早いのだろう。

 

「これは凄いですねとミサカは驚嘆します」

 

「あぁ、まあ此処だと時速30kmがやっとだが公道だと100kmくらいざらだな」

 

そこは免許取ってから、と七惟は付け足しておいた。

 

ミサカが駐車場内をぐるぐる回っているのを見ながら七惟はモノ思いにふけっていた。

 

昔の自分ならば、自分の半身のような存在であるあのバイクを誰かに運転させるわけがない。

 

しかし今は運転させるどころかこうやってレクチャーまでしてバイクを運転させている。

 

……こういうものが、友人関係というものなのだろうか?

 

「変わったのか?」

 

御坂美琴と出会ってから、自分の中の何かが変わった。

 

面倒だったコミュニケーション、相手のことなど一切考えずに動いていたあの頃が今では遠い昔のように感じる。

 

美琴と面と向かって対戦し、何やらわけのわからない炎の巨人と男に襲われ、ミサカを助けるために自分の命をかけて一方通行に挑んだりと様々なことが七惟の中身に変化をもたらしたのだろう。

 

まだ美琴と出会って数週間しか経っていないというのに、ただ漠然と上条を監視し続けていたあの生活にはもう戻れないような気がした。

 

「あの短パンにもお礼を言わなきゃいけねえのかもな」

 

誰かに聞こえるわけではない独り言、それが自然と口から零れた。

 

美琴、一方通行、そしてミサカと戦ったあの日の出来事を思い出していた七惟はふとあることが脳裏に過った。

 

それは自分の能力のことに関するものだった。

 

二点間距離を操る能力は常に七惟を原点として発動するため当然本人は動くことは出来ないし対象も一つにしか絞れなかった。

 

この致命的な弱点を美琴に見破られ、砂鉄の雨のような攻撃に関しては回避行動しか取ることが出来ない。

 

あの時も砂鉄を点として、点と点同士の移動が可能ならばもっと効率的にあの雨を防げていただろう。

 

しかし現時点の七惟ではそんなことは到底不可能だ。

 

七惟の距離移動能力は原点となるモノが止まっている必要がある。

 

あのように舞い上がった砂鉄が止まっているはずがない、もし止まっているのならば点と点同士の移動も可能かもしれないが……。

 

いや、そもそも何故自分は移動させる対象は一つが限界なのだろう?

 

原点は確かに止まっていなければダメだ、そうしなければこの距離能力の根本が揺らいでしまう。

 

しかし二点間距離は原点と点を結ぶことしか出来ないと誰が定めた?そんな規定はないはずだ、ならば……。

 

一つの結論に思考が行きついた時、ミサカがバイクから降りたのが見えたので七惟は立ち上がるが……。

 

 

 

「ミサカ!?」

 

 

 

バイクから降りたミサカは力なくその場から崩れ落ちた。

 

最初は何かの冗談かいつものようにおふざけなのかと思ったが起き上がる様子がない。

 

幸いフルフェイスのヘルメットで顔は守られているが、明らかに異常な倒れ方だ。

 

少なくとも人間は倒れる時に手やら何かで地面に先に手をつくはずだが、完全に顔面と地面が勢いを殺すこと無くぶつかっていた。

 

七惟はすぐさま駆けよりミサカのヘルメットを取り容体を確かめる。

 

「おい!」

 

「……」

 

ミサカは顔を真っ青にしたまま答えず、口元をぴくぴくと動かすだけだった。

 

見たことの無いミサカの異変に七惟は狼狽を隠せない、それに先ほどまで元気にバイクを運転していたというのにこの変化はなんだ?

 

「ミサカは……クローニングと急激な成長により身体のホルモンバランスが非常に不安定です。よって活動期以外は培養機でメンテナンスを行っていましたとミサカは説明します」

 

ようやく口を開いたミサカだったがその眼はもはや閉じかかっており、口を動かす筋肉ですら満足に動かせていない。

 

「どういうことだ……!?」

 

脈絡もなく話されたのは彼女の身体に関することだ、もしや……。

 

「よって長期間放置していれば自身の身体の調整力が通常の数倍のスピードで劣化し、臓器などへの負担は増加し、最後には死に至ります」

 

「なッ……!?」

 

彼女の口から放たれたのは絶望の言葉だった、瞬間目の前が反転したかのようにぐらっとゆらつく。

 

 

 

待て、長期間……!?なら自分でとっくに限界が近いことくらい……!

 

 

 

「元々培養機から出て数カ月で処理される予定であったミサカ達は……」

 

息も絶え絶え、今にも絶命しそうな程ミサカからは生命力が感じられない。

 

このままでは……いや、もう間近にまで『死』は近づいている。

 

「それ以上喋んじゃねえ!くそったれが!」

 

七惟はヘルメットを放り投げ、バイクの鍵もつけっぱなしでミサカを背負い死に物狂いで走り始める。

 

向かった先はあの脊髄損傷を起こした自分ですら簡単に治療してしまったカエル顔の医者の許。

 

公園を出て、坂を駆け下りて行く間にみるみるミサカの腕の力が弱まっていくのか分かる。

 

もう意識を失ってしまっているのか、それとも命の蝋燭が燃え尽きてしまったのか……

 

「くそ!どうして、てめぇは何も言わねえんだ!」

 

後者のことなど考えたくも無い七惟はとにかく無心であの病院まで走り続ける、人命救助には全くもって役に立たない自身の能力に血管が切れそうだった。

 

あの公園から病院までは走って10分かかるかかからないかだが、背負っている分スピードが落ちもうどれ程走ったかわからない。

 

「この糞餓鬼!なんでさっさと……!」

 

「……」

 

ミサカは何も答えない、動かない。

 

頭の中が真っ白になっていくのが分かる、とにかくミサカが死ぬという恐怖以外の何物でもない感情が脳を支配していく。

 

視界がぼやけ、いよいよ自分が混乱の極みを越え始めているだろうと自覚し始めた時、頭の片隅ではある映像が流れていた。

 

それは、同じような場面に遭遇した過去の自分がやってきた行い。

 

目の前で冷たくなっていく人間を見ることに吐き気を覚える七惟だったが、『助けられるかもしれない』の状態にある人間ですら『目の前でくたばらなかったらどうなろうと関係ない』と切り捨てていた。

 

他人など、自分と全く関係がないのだから見えないところでさっさと死んでしまえばいいと。

 

昔の自分は、絶対にこんな人助けなどしなかったのだ。

 

誰かのためにこうやって汗水たらしながら背負って病院に向かうようなヒーローは不相応だ、それこそ今まで一度もやってきたことはない。

 

確かに人が目の前で死ぬなんて光景は大嫌いだ。

 

しかし目の前でなければそれで良かった、自分の見知らぬところで誰かが死んでいくのならばそれで構いやしない、今までそのスタイルを貫いてきた。

 

今回だって、いくらミサカが七惟の知人だっだとして助けてどうなる?と言ったところだ。

 

放っておけば勝手にくたばっていくだろう、それを見たくないのならば自分は遠く離れたところでコーヒーでも飲んでればいい。

 

直接的に手を下していないのだから、今まで人を見捨てても罪悪感も何も感じたことがない。

 

そんな自分本位で身勝手な人間、それが七惟理無という人間だったはずなのに!

 

「死んで欲しく……ねぇ!」

 

何かが変わった、自分の中ではっきりとそれが自覚出来る。

 

もっとコイツと一緒にいたい、もっと一緒に喋っていたい、もっと一緒に・・笑っていたい!

 

誰かと一緒にいたいだなんて考えたことも無かった、しかし……今はそれを欲している自分が確実に存在している。

 

口の中が乾き始め、酸素を欲して呼吸が上がる。

 

それでも構うものかと、この大切な……大切な……

 

「大切なッ……はァッ……!」

 

一緒に居たいと願うこの少女を、死なせたくないと思う。

 

一方通行に殺されそうになったミサカ10010号を助けようとした時と似ているようで、違う衝動。

 

あの時七惟は彼女を死なせたくは無い、と思ったが、一緒にいたい、などと考えもしなかった。

 

しかし、このミサカは……このミサカ19090号は違う。

 

一緒に居たいと心の底から願い、欲している。

 

彼女は自分にとって……生まれて初めての……。

 

 

「友達・・だからなぁ!」

 

 

 

 

 



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Friends-4

 

 

 

 

 

あれから七惟は死に物狂いで蛙顔の医者がいる病院まで走り続けた。

 

到着した病院に凄まじい形相で突っ込んできた七惟の様子から、周囲の病院スタッフ達は背中の少女の異変にすぐに気付いた。

 

そのままミサカは担架に乗せられて治療室へと運ばれ、七惟は今こうして待合室でその結果を待つばかりである。

 

いくらばかり待っただろうか、1時間近く経過してあの蛙顔の医者が部屋にやってきた。

 

「お前ッ……!ミサカは!」

 

「ふむ、君がまさかあの少女を運んで来るなんて非常に驚きだね」

 

「下らねぇこと言う前に言うことがあるだろ!」

 

「まあまずは落ち着いてくれないかな?でなければ話すことすらままならないね?」

 

「ッチ……!」

 

自分の中で処理しきれない感情が渦巻いている、七惟は地団駄を踏みその暴走を堪えた。

 

「ミサカ19090号さん……かな。結論から言えば彼女は助かったと言っていいだろう」

 

「……!」

 

「ただ身体への負担が半端ではなかったようでね、こちらでも同じような容体の少女を預かっているんだけれど……かなりの長期間は調整のために入院だね」

 

「それで……アイツは助かるのか!?」

 

「大丈夫だ、僕を誰だと思っているんだい?」

 

その信頼出来る小さな笑みと、確固たる信念を感じさせる物腰に七惟は胸を撫で下ろした。

 

助かる……死ななくて、済む。

 

「調整のために入院はしなくちゃいけないけど、面会とかは自由に出来るよ?」

 

これは案に合いに行けと言っているのだが七惟本人がそれに気付くかどうかは分からない。

 

ただ蛙顔の医者は確かに聴いたのだ、あの少女の声を。

 

『彼に……オールレンジに』と。

 

何か伝えたいことが彼女はきっとあるはずだ、そしてそれは少女を此処まで背負って走ってきた少年も同じだろう。

 

いったい何処から走ってきたのか分からないが、救急車を呼ばなかったあたりかなり気が動転していたに違いない。

 

それほどまでに、この少年にとってあの少女は大切な存在なのだと思われる。

 

「何処にいるんだミサカは」

 

「案内しようか」

 

七惟は立ち上がった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

医者の後ろを着いて歩きながら七惟は様々な事が頭の中を巡っていた。

 

アイツに会ったら何て声をかけよう?

 

悲しむのか?怒るのか?喜ぶのか?

 

どうして言わなかった、それとも言いたくなかった?

 

命が危険になるまで自分と一緒に居る理由なんてあったのか?

 

どれも訊きたいことばかりであったが、本人を目の前にして言う自信は無かった。

 

「ここだよ、僕は外で待っているから中に入って」

 

「……あぁ」

 

医者がロックを解除して扉が開く、七惟が入り部屋の扉が再び閉まるとそれを感知したセンサーが明かりを照らす。

 

七惟は急激に明るくなったことで目を細め、数秒してから視力が戻り始める。

 

「ミサカ、いんのか?」

 

「……その声は、オールレンジですかとミサカは確認を取ります」

 

「あぁ……ッ!?」

 

視力が完全に戻り周囲の状況を確認した七惟の目の前にはミサカが居た。

居たのだが、その格好が普通ではない。

 

培養機に身を浸しているミサカは上から下まで何も身につけていない、俗に言う裸の状態であった。

 

身体の各部には電極らしきものが付けられているがそれを確認する前に七惟はミサカに背中を向ける。

 

「どうしたのですか?とミサカは貴方の行動が理解できずに説明を求めます」

 

「……お前今自分がどんな格好なのか分かってんのか?」

 

「格好……?」

 

ミサカが自分の身体を見てみると、何も身につけていないことに気付く。

 

「こ、これは……仕方がないことなのです、とミサカは説明しますッ」

 

若干声が上ずっているあたり気付いていなかったのか……というかコイツらにもちゃんと恥という概念はあるんだな。

 

だいたい医者も分かっていたろうに言わなかったあたり何か恣意的なモノを感じる。

 

「そぉかい」

 

「……」

 

互いに何も言葉が出ずに、時間だけがゆっくりと過ぎて行く。

 

緊張して気まずい、というわけではないがこうやって背中と背中越しに分かる相手の存在が何だか気持ちが良かった。

 

「お前……なんであんな大事なこと俺に言わなかったんだよ」

 

沈黙を先に破ったのは意外にも七惟だった。

 

訊きたいことは確かに山ほどある、その一つが我慢できずにあふれ出てしまった。

 

「理由は……わかりません、とミサカは答えて見せます」

 

「わからない……?」

 

自分の命にすら関わることだというのにか。

 

「強いて言うのならば、貴方がミサカ達を助けた時にミサカに与えてくれたものが原因なのかもしれませんと自身の心境を分析します」

 

自分がミサカ達を助けた時に与えた物……。

 

「あの時、貴方は『生きる衝動』をミサカに与えてくれました、それと同じです」

 

「どういうことだよ」

 

「ほんの少しでも長く貴方と一緒に居たい、と身体の中をこの衝動がずっと支配していたのですとミサカは告白します」

 

一緒に居たい……か。。

 

それは、七惟が彼女の死を目前にして感じたものと同じだった。

 

特にこれといった大事な理由は互いになかった、それこそ一緒にいなければ片方の利益が根こそぎ奪われるとか、どちらかが死んでしまうとか。

 

そんな大層な理由など持ち合わせてはおらずただ答えはシンプルなもの。

 

自分は彼女と一緒に『笑いたい、話したい』と心の底から欲した、その思いは一方的ではなく相手も同じことを思っていた。

 

相互の思いが通じた、これがコミュニケーションというものなのだろうか。

 

何だか……非常に、心地が良い。

 

年齢も、性別も、容姿も、生い立ちも全く違う二人が、全く同じことを考えていただなんて信じられるだろうか?

 

今までならばそんなもの、と鼻で笑い飛ばしていただろうがそんなことはない。

 

誰かのために、その人の言葉に耳を傾けて何を訴えているのか聴きだせばそれはきっと出来ること。

 

「癪だが……俺もお前と同じコト考えてた」

 

「それはどういうことなのですか?とミサカは首を傾げて質問を投げかけます」

 

「お前と一緒に居たいって思った……それだけだ」

 

誰かと一緒に居たいとか、笑っていたいとか、話したいとか、そんなものとはかけ離れた生活を16年間続けてきた七惟理無。

 

そんなモノは余計な考えだ、所詮人間は我が身可愛さに動き平気で他人を利用する、最後はあの糞ったれな研究員達と同じような行動を取るだろうとずっと考えてきたし、それが自身を形成する根幹となっていた。

 

だが此処にきて、この世界はそんな糞ったれな人間ばかりではないかもしれないと僅かに感じ始める。

 

それだけならば、自分がこんなふうに……誰か相手にうっすらと笑みを向けることなんてしないはずだ。

 

「何故ですか?と貴方の表情を理解出来ずにミサカは戸惑いを隠せず尋ねます」

 

「何故か……はッ、そうだな」

 

 

 

これが、きっと……。

 

 

 

自分が今まで一度も思ったことが無かった、自分とは一番遠い存在であると思っていた関係。

 

要らないと切り捨て、自分から心の装甲をダイヤモンドのように硬くし拒絶していたつもりだった、しかし実際手にしてみればそれはこんなにも心休まるものだった。

 

本当は……心の底から、ずっと、ずっと誰かを求めていたのかもしれない。

 

自我が芽生えたその瞬間から孤独だった、それが普通だと思って平静を装いそのスタイルを貫いてきた……だけど本当は、欲しくて堪らなかったんだ。

 

 

 

「友達……だからだろ?」

 

 

 

この言葉を。

 

 

 

いつも何処かで張り詰めていた自分の心が休まるこの場所を。

 

 

 

 

 





これにて『にじふぁん』に投稿していた距離操作シリーズ無印版分は終了です。

次回からは距離操作シリーズ【S】を投稿していきます。

不定期更新で読んで下さる方には非常に迷惑をかけてしまっていますが、

これからもよろしくお願いします。


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Ⅲ章 裏世界
暗部の住人-1


 

 

 

学園都市にはとある一人の少年がいる。

 

その少年は学園都市に8人しか存在しない超能力者の一人であり、距離操作系能力の頂点に君臨するも、暗部組織では下位組織に所属し名もなき捨て駒として扱われている。

 

何故レベル5である彼がそんな位置に甘んじているのか?それは非常に単純なことだ。

 

一方通行の実験に関与した少年は研究員達の望むような結果を生み出すことが出来なかった、それだけだ。

 

その後の降格スピードは凄まじく、学園都市でも上層部の組織にいた彼も今では此処まで落ちぶれてしまったということである。

 

そして落ちぶれてしまった彼は組織からの命令でとある人物の監視を命令されていたが、監視対象を通じてこの夏休み様々な人々と出会った。

 

一年前に命をかけた戦いを繰り広げた一方通行、電気使いの頂点に立つも自分の気持ちに素直になれない中学生、暗部組織で敵対する勢力を殲滅する麦野沈利を始めとしたアイテムの構成員たち、監視対象の家に居候している謎のシスター。

 

 

学園都市第3位の細胞を使ったクローン達、そしてその中の一人が彼を構成する何かを変えた。

 

 

 

そんな激動の一カ月を送った彼の名前は『七惟理無』。

 

 

 

 

 

学園都市の第8位にて距離操作能力の頂点、オールレンジと呼ばれている。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

8月29日、七惟理無にとって初めての友人であるミサカ19090号が倒れた。

 

彼は内から湧き上がる衝動に何の疑問を抱くことも無く彼女を助けるため、駆けまわる。

 

救急車を呼ぶことすら忘れていたのは余程気が動転していたせいか、それとも人助けなどほとんとしたことが無かった彼が思いつかなかっただけなのか……。

 

人を助けることなど考えたことが無かった七惟は友達も出来た試しがなく、生まれて16年間友人0記録の金字塔を打ち立てていた。

 

しかし天涯孤独の彼にも生まれて初めての友人が出来た、要らないと切り捨てていたモノの大切さ……それが少しばかり分かったような気がする。

 

様々な出来事が起こり彼を大きく変えた夏休み、そしてあの事件から既に3日も時間が過ぎミサカが倒れる以前の生活に七惟は戻っていた。

 

生活は同じだが、七惟理無という人間自体が昔に戻ったわけではない。

 

 

 

そして彼が置かれている境遇も。

 

 

 

「……防災センター施設の復旧費用。1億」

 

夏休みも終わり、学校の始業式が始まるその朝に送られてきたのは一方通行、御坂美琴、ミサカ19090号と戦ったあの施設の復旧費用請求書類だった。

 

一方通行との対戦は研究者達がヘマをやらかす筈がないので、残された可能性は後ろ二人。

 

そして御坂美琴に何かがあった場合は隣のサボテン頭が騒ぎ始めるため考えられない、とすると自然と選択肢は一つに絞られる。

 

「ミサカの時の……誰かに見られたか……」

 

そこにはしっかりとコンクリートの鉄壁を可視距離移動砲で破壊する七惟の姿が映し出されていた。

 

しかもご丁寧にムービーで取っているあたり、嫌がらせにも程がある。

 

差出人は第19学区公共施設管理課、これも架空の施設かと思って検索をかけてみたが本当に実在していた。

 

おそらく一年前破壊された公共施設の費用請求が出来ずに、誰かに請求できないモノかと探っていたに違いない。

 

まあ立ち入り禁止区域となっていたのでそこに入ってドンパチやった七惟とミサカに非があるのは確かだが納得がいかなかった。

 

「つか2億ってなんだよくそったれが……」

 

 

1億。

 

 

そのお金はサラリーマンが一生に稼ぐお金の半分。

 

そんな借金をただの学生である七惟が返せるわけがない、いくら暗部の仕事を引き受けているからと言ってもあまりに額が大きすぎる。

 

一回の仕事でだいたい10万前後なのだが、これをあと一体何回続けなければならないのだろうか……。

 

証拠を押さえられているので頼みの綱の裁判所もこれでは負けを押し付けてくる、返済するしかないのだろうか。

 

七惟はひとまずこの管理課に電話をかけてみるが、返ってきた言葉は非常なモノだった。

 

「そちら七惟理無さんでよろしいですか?」

 

「あぁ、そうですが」

 

「今朝書類が届いたと思われるんですが、中身はご確認されましたか?」

 

「1億請求ってやつですか」

 

「そうですねー、見ているのならば話は早いです。こちらも皆さんの血税を使って立てた施設なのでお支払いよろしくお願いします」

 

「馬鹿かアンタは。1億なんざ16歳に支払えるわけないんですけど」

 

「君と同じ年で数億円の借金を背負ってる人なんてザラですよ?」

 

「何処のアホだそいつは……」

 

「まあ、差し押さえとかは返済が滞った場合に行くんでよろしくお願いします。それでは」

 

要するに金を返済するしかないというわけか……。

 

七惟は仕方なしにパソコンを立ち上げる。

 

幸いまだ暗部から仕事の依頼は入ってきていない、それまではせっせと返済金を稼ぐしかない。

 

七惟の今の財産はだいたい1000万円、気がつけばこれほどまでに膨れ上がっていた資産もこの1億の前では霞んで見える。

 

せめて救済措置として半額とかならないものかと思ったが、お堅いお役人にそんな情が通じるわけがない。

 

「ん……運搬の護衛?」

 

 

七惟の目に止まったのは報酬金が100万のアルバイトだった。

 

 

 

 

 



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暗部の住人-2

 

 

始業式当日、自室で目を覚ました上条は早速自分が寝坊したということに気がついた。

 

アラームをセットしたはずなのに寝坊なんて……!と上条は時計に掴みかかるが、その物体は既にエネルギー切れを起こしてうんともすんとも言わない。

 

要するに電池切れだ、こうなるんだったら携帯のほうにもアラームセットをしておくべきだった。

 

「インデックス!家でいい子にしてろよ、今日は午後には戻るからな!」

 

「ちょ、ちょっと当麻!私の朝ごはんはどうなるん―――!」

 

「冷蔵庫の中に入ってるモノ勝手に食べてくれ!」

 

「え、今冷蔵庫には―――」

 

インデックスが最後まで言い切る前に上条は家を飛び出した。

 

彼女が何を言いたかったのかと言うと、今冷蔵庫は彼女のつまみ食いにより何も残っておらず結果あの家には何も食料が残っていないということだった。

 

しかし上条はそんなインデックスのつまみ食いなど計算に入れていないため、そこまで頭を働かせることはなかった。

 

「初日から!遅刻なんてことは……!」

 

階段を駆け下り、道行く道を駆けぬけて行く。

 

そもそもどうしてこうも都合よく電池が切れるのか、マンガン電池の使い回しが間違いだったか。

 

4つ目の信号で引っかかっていると、前方に見知った人影が見えてきた。

 

その男は急いだ様子もなくシャツをだらしなく着こなしバックをぶらぶらと揺らしながらゆったりと歩いている。

 

「七惟ッ!?」

 

「あぁ……?んだ、上条かよ」

 

友人の緩い動きに脱力する上条だが此処で挫けてはいけない、すぐに危機を知らせなければ。

 

「急げ!このままだと遅刻しちまうぞ!」

 

危機迫る表情の上条、対する七惟は。

 

「知るかよんなこと。遅刻しようが何だろうが別に死ぬわけじゃねえだろ」

 

「そうだけどな!遅刻したら罰則とかあるし!」

 

「はァ……。お前忘れたのか?俺は罰則なんざ1回も受けてねえ」

 

「えッ!?そうなのか!?」

 

しまった、と上条は口を瞑る。

 

上条はエピソード記憶を失っており高校1年生1学期の上条当麻が今までどんな生活を送っていたか知らない。

 

「あぁ、つうか罰則受けても俺は無視するからな」

 

七惟はそんな上条の様子を多少気にかけていたが、突っ込むことなく話を続ける。

 

「罰則の無視とか続けたら退学とか停学になりそうなモンだけど」

 

「俺はあの学校にとっちゃありがたいモノらしいからな。俺の意欲が削られるようなコトはしねえんだよ」

 

上条と七惟が通う学校は学園都市でも無能力者や、よくてレベル1〜2程度の学生しか在籍していない。

 

そんな中、レベル5のオールレンジがやってきたのはまたと無い僥倖であり手放したくはないのだ。

 

教師達にとって自身の学校の評価は私生活にそのまま直結する、あまりに成績の悪い学校の教師はばっさりと容赦なく首が切られるとか。

 

「……俺の能力で飛ばしてやろうか」

 

「い、いいのか!?」

 

七惟の能力は距離操作。

 

彼の距離操作能力を使ってしまえば学校までは一っ飛び、今からでも余裕で間に合う。

 

「あぁ、その代わりどこに落とされても文句言うんじゃねえぞ」

 

「頼む!」

 

「……んじゃ、そこに落ちてる石を左手で握れ、だいたい時速は30㎞程度ってとこか、校門前に降ろしてやるからそっからは走りな」

 

上条は七惟がこんな親切な奴だったかと疑問に思いながらもその提案に食いついた。

 

「行くぞ」

 

次の瞬間、石と上条の体は空中に浮かびあがり、校舎まで勢いよく飛んで行った。

 

そして数分後には彼は校門にたどり着き、そこから何とか走って鐘が鳴る前に教室に到着することが出来た。

 

「かみやん、校門まで飛んできたように見えたんだが」

 

「まさかついに能力者になったんかいな?」

 

腐れ縁の二人……もとい、友人の土御門元治と青髪ピアスが話し掛けてきた。

 

「間違いなく遅刻コースのところで運よく七惟と会って飛ばしてもらったんだよ」

 

その言葉に友人二人は固まったと思うと、そんな馬鹿なと言った表情で上条に詰め寄った。

 

「あのななたんが!?今日は槍でも降るか……」

 

「まさかアイツに何か大事なお宝本でも渡したんやないやろうな!」

 

二人の言動は七惟がそんな人助けのようなことをすることは絶対にない、とばかりに語りだす。

 

しかし当の上条は遅刻しそうなところを助けてもらったのだ、そんな言い方は無いだろうと反論する。

 

「アイツだって結構いい奴なんだぞ?」

 

「そんなことないぜよ、アイツは自分の利益にならないコトはまずしない」

 

「せやせや、プール掃除の罰則を受けた時も俺に押し付けて一人で帰ったんやで!」

 

何だか七惟の評価がモノ凄く低い。

 

上条は1学期の記憶がないため七惟がこのクラスで何をしでかしたかは知らないが、この二人はえらく酷い目に会っていたらしい。

 

「ハッ!もしや夏休みイベントでアイツに彼女とか出来て変わったんやないか!」

 

「そんなことは無いと思いたいにゃー!」

 

会話が盛り上がってきたところで担任の子萌先生が入ってきたので中断し、それぞれの席にぞろぞろとついていく。

 

こうして上条は新学期早々遅刻するのを免れ、何とか無事に新たなスタートを切ることが出来たのだった。

 

 

ちなみに七惟は子萌が来てから15分後に登校しトイレ掃除を命じられていたが、彼はそんなコト知るか、と言った表情で堂々と席に着くのだった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

始業式も終わり七惟は独りぶらぶらと歩き下校していた。

 

とりあえずあのアルバイトが始まらないことには借金の返済もままならないし、我慢のときだ。

 

それまではなるべく買い食いなど無駄な浪費は抑えなければならない、真っ直ぐ帰宅しようと思っていたのだが……。

 

「ったく、まどろっこしい視線を感じやがる」

 

此処は大通りのど真ん中、多くの生徒や学生が初日のスケジュールを終え市街地に遊びに繰り出している。

 

しかしそんな中明らかに異質な視線を自分の背中に向けている者がいる。

 

何処の誰かは知らないが恐らくは暗部組織の手先と考えるのが最もだろう。

 

降格の件といい何だか最近自分の周囲の状況がよろしくない。

 

言い忘れていたが七惟は既に超能力者降格の通知を受け取っており、今では学園都市のレベル5ではなくレベル4。

 

その他大勢の大能力者の一人として扱われている。

 

第8位と昔はもてはされていた男が落ちるところまで落ちた者だと感慨深げに溜息をつく。

 

「流石にこんな街中でドンパチやろうってのは……ねぇとは思うが」

 

確信が持てないのは自分を狙っている組織が大きいか小さいか分からないことだ。

 

もし大きい組織であればどんな場所であろうと容赦なく襲ってくる、後片付けは彼らの下っ端組織……つまり七惟のような存在が行うため彼らは遠慮することを一切知らない。

それが街中であろうとオフィス街であろうと校舎内だろうと、だ。

 

七惟は身を強張らせ周囲に気を配り異変を探すが……異変はすぐに七惟の探索網に捕まった。

 

何故ならば。

 

 

 

「よぅ、オールレンジ。いや、今は名も無きレベル4ってとこか?」

 

 

 

「……垣根、帝督」

 

 

異変は、この世に存在しないはずの異物は目の前に迫っていたのだから。

 

「こんな何の変哲もねぇ学区に何のようだ」

 

体に自然と力が入り額には嫌な汗が自然とにじむ。

 

周囲はそんな自分のことなど全くお構いなしに通常通りの歯車が回転しているあたり何だか余計落ち着かない。

 

「用か、そりゃあお前の様子を見に来た以外に何があると思う?」

 

「元第8位程度を見るためにわざわざご苦労なこったな」

 

「それだけの価値がお前にはあるってことだ」

 

久しぶりに目の前に現れたのは、ホストのような服装に身を包んだ茶髪で切れ目の長身の男。

 

名を垣根帝督、学園都市第2位にて未現物質と呼ばれる。

 

垣根の能力は、はっきり言って七惟では歯がたたないというレベルではなく蟻と象が戦うようなものだ。

 

つまり最初から七惟に勝機などなく、一方通行同様にこの男との衝突はそのまま死に直結する。

 

距離操作能力は確かに防御面には優れているが、こいつの常識破りな能力の前でそれが何処まで正常に機能してくれるやら……。

 

「おいおい、そんなに身構えるなって。今日は別にお前を仕留めに来たわけじゃねぇぞ」

 

「ンだと……?そんな言葉信用すると思うかメルヘン野郎」

 

暗部の最深部に位置する『スクール』のリーダーでもある垣根は、アイテムの麦野同様に少しでも気を抜けば命に関わってくる。

 

こいつらの前でスキを見せてはならない、それが七惟が暗部の深い部分で働いて居た時に学んだものであった。

 

「酷い言われようだが自覚してるからな。まぁそんなことはどうでもいい」

 

垣根は両手を広げ大げさなパフォーマンスを取った、いつその肩からあの白い羽が生えてくるか冷や冷やしてくる。

 

「こっちじゃお前が『アイテム』に入るんじゃないかとかいう、よろしくない噂が流れててな。それを確かめに来たってことだ」

 

「俺が……アイテムに?」

 

初耳だ、そんな噂は。

組織のほうにもそんな話は全くしたことがないし、七惟自信微塵もそんなことは考えていなかったため信憑性が皆無だ。

 

「馬鹿言え、俺が麦野と一緒に殺し合いの手伝いする姿を想像出来んのかよてめぇは」

 

「アイテム側は結構その気らしいが?」

 

「はン、知るか。俺はあの女と二度と一緒に働かないって心に決めてる」

 

「……噂は噂でしかないってことにしとく」

 

噂も何も七惟はそんなことを言った覚えはない、あの女が勝手に言いふらしているのか『電話』の相手がそういうことを考えているのか。

 

どちらにしろ自分はアイテムに入るつもりなど毛頭ない。

 

「安心したぜ。流石にレベル5が二人もいる組織なんざ作られたら……放置は出来ないからな」

 

「心理定規がいんだろお前には」

 

「ま、そこらにいるレベル4に比べりゃあの女は大したもんだ」

 

心理定規。

 

七惟はあの女が苦手である、どのくらい苦手なのかと言うと滝壺と絹旗の中間くらいだ。

 

「さぁて、今日はお前の意思確認だけだったし……じゃあな」

 

話は終わりだ、と踵を返す垣根。

 

「はン……おぃ垣根」

 

そんな第2位の背中に声を掛ける。

 

「お前が何考えてんのか知らねぇがな……アイテムといざこざ起こすのはやめとけ」

 

「それは俺の勝手だ、どうして関係ねぇお前があいつらの肩を持つ?」

 

「俺は面倒事に巻き込まれんのはごめんなんだよ、実際その意味不明な噂が流れてるってことは、暗部じゃ俺に白羽の矢が立てられてるってことだろが」

 

「まぁお前の推測も間違っちゃいないな」

 

「そういうことだ、お前らと学園都市でまたカーチェイスなんざごめんなんだよ」

 

「スクールに入ればそういう心配もなくなるぜ?」

 

「どうやったらそんな結論に持ってけんだ、飛躍しすぎだぞ糞馬鹿」

 

スクールに入るなどそれこそごめんである、垣根の組織はアイテム同様に暗部の最深部の組織だ。

 

一度手を突っ込んだからその闇は全身を覆い尽くすだけではなく体の芯まで侵入する、もう二度とこちら側に戻ってくることはないだろう。

 

「冗談だ、あばよ……っと、最後に一つ言うことがある」

 

「……なんだ」

 

口端を釣り上げて黒い笑みを浮かべる垣根に七惟は自分の背筋が勝手に張る、やはり……気を抜いてよい男ではない。

 

「第1位の糞野郎をぶち殺すんだったら」

 

手はポケットに入れたまま、あくまに自然に垣根はその言葉を口にした。

 

 

「……」

 

 

「次は俺も呼びな。跡形もなく消し飛ばす」

 

 

そう言って今度こそ垣根は人ごみの中へと消えていく。

 

最後にこちらを一瞥しながら……その顔には気味の悪い笑みを浮かべていた。

 

「とんでもねぇことさらっと言いやがる……」

 

残された七惟は一人愚痴をこぼす。

 

七惟からすればとんでもないこと、実現不可能なこと。

 

だがあの男は、この世とは異なる異物を操る男には実現可能なこと。

 

やはり学園都市の1位だけでなく2位も、3位以下とは別格だった。

 

 

 

 

 



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暗部の住人-3

 

 

 

 

 

報酬一〇〇〇〇〇〇のアルバイト―――――。

 

 

 

その仕事の依頼人は結標淡希、請負人は七惟理無。

 

七惟が結標淡希とはどういう人種なのか調べてみたところ、あのお嬢様学校として有名な霧ヶ丘の学生だった。

 

そして今日はその結標と打ち合わせのために第七学区にあるとあるファミレスに足を運んでいる。

 

平日の昼間ということもあり学生は少ないが、ちらほらと研究者やら大学生が道端では見て取れた。

 

こんな人目につく場所で『お仕事』の話をするなど、まだ結標という人間は暗部に関して知識が乏しいようにも思える。

 

10分ほど歩いたところでようやく目的地であるファミレスが見えてきた、9月と言えどまだ残暑は厳しく、どうしてこんな汗水垂らさなければならんのだと苛立つ。

 

しかし、そこに七惟の癇に障るような声が聞こえてきた。

 

「この店は役に立たないって訳よ!」

 

「し、失礼な!今時缶詰なんてコンビニに売ってませんよ!」

 

「結局コンビニ全てを廃業にすべきね!」

 

「意味がわからん!?」

 

前方のコンビニから喧しい声と共に飛び出してきたのは、先日垣根との会話で上がったアイテムの構成員。

 

お調子者で、楽天的。

 

その割には冷酷、残忍で支配欲が強く、人を殺すことに何ら躊躇いはないが、自らの命には固執している女。

 

名前はフレンダ・セイヴェルン、アイテムで麦野の片腕を務める少女だ。

 

「あ……もしかして七惟理無!?」

 

こちらに気付いたフレンダが缶詰……ではなく、両手にコンビニのスナック菓子を抱えて走ってくる。

 

おいおい……そいつはちゃんと会計済ませたのか。

 

「調度良かった訳よ!さっさとあの店員に思い知らせてやって!」

 

何を思い知らせるのか知らないが、店員が怒鳴りながら追いかけてくるのを見るとやはり両手に抱えている品物は盗品らしい。

 

全く、その年齢でスナック菓子を万引きするなど、精神年齢はいったい何歳なんだ。

 

だいたい俺とお前はお菓子強盗をするような仲じゃなかったはずだが。

 

「めんどくせぇ……ほらよ」

 

「うひゃぁ!?」

 

七惟は店員ではなく……フレンダを能力を使って手身近な場所に転移させた。

 

当然転移させたのはフレンダと彼女が纏っている衣服及びポケットの中身なので、両手いっぱいに持っていたスナック菓子はその場にどさっと落ちた。

 

「あ、あれ……?テレポーターだったのかアイツ……まぁ、いいか」

 

目の前で超常現象が起きたのだが、コンビニの店員は何も気にすることなくそのままお菓子を拾い上げ去っていく。

 

そして七惟の横に置いてあった廃棄物入れ……つまりゴミ箱だがそこががさがさと揺れ始め、倒れた。

 

「ぷはッ!ちょ、ちょっと七惟!どういう訳!?」

 

ゴミ箱から飛び出したフレンダの姿はそれはもう悲惨の一言。

 

可愛い服装を好むフレンダだったが、先ほどまで可憐な少女を演じていたソレは見る影も無く、チェックのスカートは生ごみの汁で汚れ、ベレー帽には魚の骨が付着し、全身から汚臭を放っている。

 

「あぁ……?逃がしてやったんだよ」

 

「私のお菓子は結局どうなった訳!?あとこの落とし前はどうつけてくれる訳!?」

 

「店員が持ってったぞ、天下のアイテムもスナック菓子万引きするなんてな。あと服は新しいの買え、てめぇら金持ちだろ。じゃあな」

 

「待つ訳よ七惟!」

 

七惟としてはさっさとファミレスへと行って結標と話しをつけたいのだが、それを良しとはしてくれないらしい。

 

まぁ流石にゴミ箱は無かったかと思案する七惟だが、そもそも万引きするフレンダが悪いのだ。

 

「こんなことして唯で済むと思ってる訳!?」

 

「……」

 

「結局七惟はアイテムが大嫌いって訳!?」

 

「大嫌いだが問題あるか」

 

相変わらずうっとおしい奴だ。

 

「ならこっちも――――」

 

「ぶっ飛ばすぞおい」

 

七惟は威圧の籠った低い声を発する。

 

その言葉に一瞬フレンダは怯むがすぐさま得意げに話し始めた。

 

「今の七惟がそんなこと出来ない人間だってくらい私にも分かってる訳よ。結局七惟は昔みたいに残忍非道なことは出来ない」

 

「……そうかぃ」

 

「第3位のクローンだっけ?あんまり此処で騒ぎを起こすと結局アンタ達は離れ離れになっちゃう訳」

 

饒舌に喋るフレンダ、いったい何処からその情報を取り入れたのかは知らないがやはり暗部の連中相手には気が置けない。

 

こんな少女ですら、こちらの芯を揺さぶってくるようなネタを常に仕込んでいるのだから。

 

「こっちとしてはすぐさまあの病院に駆けこんであのクローンをめちゃくちゃにしちゃってもいい訳よ」

 

「……」

 

にへらとした表情でとんでもないことを言ってのけるフレンダ、実際本人はその程度の軽い認識しか持ち合わせていないのだ、『人を殺す』ということに。

 

お気楽でお調子者だということは知っていたが、まさかここまでとは。

 

余計に苛立ちを募らせるが、怒っても事態は何も好転しない。

 

七惟は自身の怒りをため息に全て載せて吐きだし、フレンダに問いかけた。

 

「じゃあてめぇは俺に何をして欲しいんだよ」

 

「結局折れるのね七惟、そんなにあの女がお気に入りな訳?」

 

「……知るか」

 

「じゃあ……」

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「……これ全部買うのか俺が」

 

「当然そうなる訳」

 

 

フレンダが七惟に要求したのは店員に奪い返されたお菓子分と同等の金額分の缶詰をスーパーで購入しろということだった。

 

その程度、と思いスーパーに足を運び籠を持った七惟だったが、フレンダは万引きしたお菓子の10倍以上の缶詰を籠に放り込み、結果金額が半端ではないことになってしまっている。

 

溢れた缶詰の重量もかなりのもので、コレほどまで会計を恐ろしく感じたこともない。

 

レジスタでは店員が苦笑いを浮かべながら缶詰を一つ一つ会計していく、缶詰とは基本安価なモノだと七惟は認識しているが、缶詰マニアであるフレンダがどれだけ高価なモノを此処にぶち込んだか不明なため表示される金額をはらはらしながら見つめるばかり。

 

コイツは俺が借金1億抱えてるってことを知ってこんな嫌がらせやってんのか……?

 

「あ、ありがとうございましたー!」

 

「大量大量っ」

 

ハイテンションで店内から出てくるフレンダを見ながら七惟は財布の中身を確認する。

福沢諭吉という偉い人物が書かれたていた紙切れが2枚程消えているのが分かる、今は借金返済のため少しでもお金が欲しいというのに……。

 

「あの七惟理無をこんなふうに顎で使えるなんて最ッ高って訳よ!」

 

「……不幸だ」

 

フレンダは軽やかな足取りで道を進む、時計を見ると結標との約束の時間まであと10分と迫っていいた。

 

もうこれ以上は付き合うのは無理だ、フレンダはまだ何か言うつもりかもしれないが。

 

「七惟、何してる訳よ?」

 

「こっちはもう仕事の時間なんだよ、流石にお前も満足しただろ」

 

「仕事?殺しな訳?」

 

「ちげぇよ。じゃあな」

 

七惟は踵を返しフレンダに背中を向けて去ろうと歩を進めるが……。

 

「七惟」

 

フレンダが呼び止める。

 

もしかしてまだ足りないとでも言うのか……?

 

「変わった訳ね七惟」

 

「あン……?」

 

首だけそちらに回してみると、フレンダは先ほどまでの年相応の表情ではなく暗部で働く時の無機質なモノへと変わっていた。

 

探っている……垣根と一緒か。

 

はっきり言って逆にそっちに探りを入れたい気分だ、自分がアイテムに加入するという噂話は本当なのか嘘なのか。

 

「第1位に殺されかけたから?第3位のクローンと一緒にいたから?」

 

フレンダの目は真っ直ぐでこちらに向けられており真意を見極めようとしている。

 

「俺は元からこんなもんだ」

 

「そんなことない訳よ。七惟は私と麦野とは殺し合った中、アンタは危害を与えない相手には攻撃しないけど、とことん無関心だった。昔のアンタならまず最初の時点で私をゴミ箱に転移なんてさせなかった訳」

 

「……」

 

「それに買い物に付き合うなんてさ、結局七惟は変わった訳よ」

 

「はッ……そうかい」

 

七惟は目を細め、くだらなそうに答えた。

 

変わった?そんなのは分かっている。

 

だがそれをアイテムに知られたくは無かったし、教えるつもりもない。

 

前を向きそのまま振り返らず去る七惟。

 

「七惟!」

 

そんな七惟を見てフレンダが声を上げる。

 

「結局そんなものは弱点になる……覚えておくといい訳よ?」

 

『弱点』になる。

 

分かっている、だからこそ、こんなことは誰にも言いたくはないのだ。

 

七惟は足を止めることなく、そのまま雑踏の中へと消えて行った。

 

無言の肯定を行った七惟に対し、両手に缶詰の袋を提げていたフレンダは、何か面白いモノを見つけた子供のように笑顔を浮かべていた。

 

 

その笑顔は無邪気だった、見るものが身体が震えるくらいに。

 

 

 

 

 



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避けられぬ戦い-1

 

 

 

 

 

新学期が始まり数日が経った、七惟にとって相変わらずあの学校で学ぶ内容は面白みも無く中学校の復習の範疇を出ない。

 

彼のクラスメイトも前期と同じように七惟に極力関わろうとせず学校で過ごす時間は退屈極まりない。

 

偶に上条、金髪サングラスの土御門とエセ関西弁の青髪ピアスが喋りかけてくるがそれだけでは学校は終わらない。

 

しかし今はそんな退屈な日常を喚いている場合ではない、七惟は今報酬金額100万円のアルバイトの真っ最中だ。

 

彼の仕事は前方でのろのろと進む車の護衛、そのため今はバイクを運転しながらの業務となる。

 

七惟を雇った人間は霧ヶ丘女学院の高校二年生だが、彼女がそんな100万もの報酬を払えるとは思えなかった。

 

おそらくバックアップを務めている暗部か外の組織が支払ってくれるのだろう、七惟からすれば報酬さえ回収出来れば後はどうでもよい。

 

「かったるい仕事だなおい」

 

今回の仕事は運搬だ、しかし七惟自身が運ぶというわけではない。

 

車の護衛をし、目的地まで無事に運搬物を届けろというものだが、こんなとろとろと進む車の護衛というのは退屈極まりない。

 

だいたい今日は何故こうも車が多いのだ、まるでこちらの仕事を妨害しているかのように思えてくる。

 

バイクならば車と車の間を縫うようにすいすいと進んでいくものだが、今回はそうもいかずに普段味わない渋滞の苦痛が余計に七惟のストレスを募らせる。

 

このままでは埒が明かないだろう、と燃料タンクに突っ伏して信号が変わるのを待つ。

 

ふと街に目を向けてみれば、調度ミサカが入院している病院が100M程先に見える。

 

あれから七惟は3回程お見舞いに行ったが、やはり素っ裸のミサカを見るには耐えられず背中を向けての会話となった。

 

いずれちゃんと面と向かって話すことが出来る日が来るのだろうが、それまで自分が見舞いを続けられるかどうか分からなかった。

 

主にメンタル面での負荷的な意味で……

 

 

 

彼が燃料タンクに突っ伏し数分、未だに代わらない信号機に業を煮やして見上げてみると信号が死んでいた。

 

一瞬状況が理解出来なかったが、どうやら原因は分からないが周辺の信号機が全て死んでしまっているようだ。

 

支配者を失った交差点は混乱を極め、今ではどうにもならないほどの渋滞が発生してしまっている。

 

「あー……こんな糞面倒なコトって起こんのか」

 

まあ七惟としてはやることが変わらないのだが、暇過ぎるこの仕事はさっさと終わって欲しいのだ。

 

前方の車から黒服の男が一名出てきた、七惟に近づくと耳元で囁く。

 

「この渋滞はどうやら仕込まれたモノのようだ、車は捨てて地下道を進む」

 

「地下道だぁ?車はどうすんだよお前ら」

 

「破棄だ、そんなものは」

 

「チッ……わあったよ」

 

渋滞が仕込まれた、ということはおそらく信号機の統括情報をハッキングして狂わしたのだろう。

 

白兵戦だけではなく情報戦も展開しているとは、いったいどんなモノを運搬しているのだろうか。

 

七惟はバイクを腋道に止め黒服数名の後を追う。

 

顔を一般人に見られないために当然フルフェイスに黒の革ジャンに黒のズボン、見るからに怪しいが素性がばれるよりは数段マシだ。

 

男達はえらく慌てている様子で、かなりのハイペースで運搬物を抱えて走っている。

 

七惟はそれを追いかけるわけだが、持久走が大嫌いな七惟にとっては軽い拷問だ。

 

細い曲がり角を過ぎ、そろそろ大通りに出るかと思われたその矢先。

 

「なんだ!?」

 

「ごめんあそばせ」

 

先頭を走っていた男の目の前に一人の少女が現れたかと思うと、次の瞬間には七惟の前を走っていた最後尾の男の背後に移動している。

 

少女がキャリーケースに触れると、また目の前の少女は消え再び先頭の正面にキャリーケースを手に持ち悠然と立っていた。

 

その場にいた全員に有無を言わさず運搬物のキャリーケースを奪った少女はツインテールの髪を振りはらい語りかける。

 

「ジャッジメントですの、何故私が此処に来たかの説明をする必要はありませんわよね?」

 

「くッ!」

 

黒服達が一斉に懐から銃を抜き少女に照準を合わせるが、少女の動きのほうが断然早い。

 

少女は固まっていた男達の死角に瞬間移動し、三角飛び蹴りを喰らわせたかと思うとスカートの下に装着していた鉄の棒で倒れた黒服達の動きを止める。

 

一連の動きにまるで無駄がない洗練された戦闘手段に七惟が関心していたがそれどころではない。

 

七惟が彼女の容姿を再び確かめてみると、腕にはジャッジメントの腕章をつけており、そして何処かで会ったような気がする顔立ちだった。

 

少女の力量からして適わないと悟ったのか生き残った男達は来た道を引き返していく。

 

「あら?貴方は逃げませんの?」

 

「……」

 

この場は七惟とジャッジメントの少女だけとなった。

 

先ほどの戦闘を見るからにこの少女はテレポーター、七惟とタイプが非常に似ている能力者だ。

 

「だんまりですのね、痛い目を見てからでは遅いですわよ」

 

だんまりも何も、此処で喋って肉声を聴かれてしまっては犯人逮捕のヒントを与えてしまうばかり、黙るのが当たり前だ。

 

七惟の能力からすれば少女からキャリーケースを奪うのは容易いが、彼女を倒すとなるとかなりの労力を要する。

 

とにかく霧ヶ丘の依頼主から後で難癖付けられるのは堪ったものではないのでキャリーケースを右手に転移させた。

 

急に手元にあったキャリーケースが無くなった違和感に少女は一瞬気を取られる。

 

「……!?貴方、いったい何をしましたの!まさか、テレポーター?」

 

テレポーターではないのだが、いい線をついてくるあたり流石ジャッジメントだ。

 

それに制服からして常盤台のお嬢様だと思われる、推察も考察もかなりのモノ。

 

「いいですわ……それをッ……!?」

 

少女が言葉を発すると、少女の肩にぐさりと何かが刺さったのを七惟は目視し、さらに何者かが自分の背後に立っていることも感知した。

 

「へぇ……流石はレベル5。いえ、今は『元』かしらね?」

 

振り返ってみればそこには依頼主である霧ヶ丘女学院の結標淡希が軍用ライトをふら付かせながら不敵な笑みを浮かべていた。

 

依頼主のようやくのご登場に七惟は軽くため息をつくと、結標に仕事内容の確認を取る。

 

「んで?てめぇが来たからもうこの仕事は終わりでいいんだよな?」

 

「まさか……。貴方にはまだまだこれから大仕事をやってもらわなきゃいけないのにね」

 

「そうかぃ。んじゃあ例のポイントで待ってっから早くきやがれ」

 

「えぇ、軽くあしらってすぐそっちに向かうわ」

 

例のポイントとは、予め結標と取り決めていた合流場所である。

 

そこから更なる仕事を要求するのならば上乗せで10万ということになっているが、これ以上は何も起こりそうにないためそこは期待できない。

 

七惟は結標とジャッジメントのお遊びを横目に、バイクを止めた場所へと歩いて行った。

 

 

 

 



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避けられぬ戦い-2

 

 

 

 

『運搬?』

 

 

『えぇ、第23学区からとても大事なモノを運びだすのよ。貴方はそれの護衛』

 

 

『中身は何だ?生物兵器とかじゃねぇだろうな』

 

 

『まさか。この私がそんな危険なモノを運ぶとでも?』

 

 

『はン、お前なら生物兵器より危険なモノを運んでても不思議じゃねぇけどな』

 

 

『あながち間違っていないかもしれないわね』

 

 

『はッ・・』

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

日も暮れて時刻は21時を過ぎたあたり、とある建設途中のビルに結標をはじめとした七惟の雇い主達が集まっていた。

 

当然本人も此処に集められており、今は外部組織と連絡を取っている結標の言葉を待つばかりだ。

 

七惟が改めて周辺の同僚達を見てみると、外部の組織と思われる黒服の連中に年端もいかない少年少女が多数。

 

いったいどういう過程でこんなわけのわからない組織が出来あがったかは知らないが、見るからに怪しいと言ったところだ。

 

運搬物であるキャリーケースは相変わらず結標が腰掛けており、その中身は知らされていないが余程重要なものだということは結標が肌身離さず持っていることから推測は出来た。

 

七惟は無駄話をする周囲とは少し距離を開けており、彼らの様子を遠巻きに見つめていた。

 

当初は麦野のアイテムや垣根帝督率いるスクールが紛れ込んでいるのではと疑っていたがその心配も杞憂に終わり、彼らは身内で談笑を続けている。

 

しかしその談笑も長い間続くことは無かった。

 

下の階から何やら光が生まれたかと思うと、次の瞬間には轟音を鳴り響かせ一筋の雷光が天に向かって昇って行った。

 

その破壊力は破壊音の数秒後に生まれ、コンクリートの床は粉々に砕けて足場がぐらつき、建設途中の鉄骨は容赦なく折れたり高熱で溶かされたりと言葉では形容しがたい光景があっという間に出来上がる。

 

「敵襲だ!」

 

黒服の号令と共に全員が身構え、結標も携帯の通話を一旦切り七惟を呼びつける。

 

「来たわね。……このために貴方を雇っているってことよ」

 

「このため?」

 

「ほおら、敵さんのお出ましだわ」

 

砕かれた地面が撒きあげた土埃から出てきたのは、肩くらいまでの茶色の髪に白い花の髪飾り、先ほどのジャッジメントの少女と同じ常盤台中学の制服を纏った少女。

 

ミサカのオリジナルとなった人間で、七惟も良く知っている人物、御坂美琴だった。

 

何でアイツが……?

 

七惟の頭に疑問符が浮かび上がる。

 

この運搬業務は明らかに暗部に関係するものだ、ジャッジメントやアンチスキルならともかく一般人で暗部に何の関係も持たない美琴が此処にやってくる理由が分からない。

 

美琴のほうはと言うと当然フルフェイスを被った七惟に気付くわけも無く、淡々と語り始める。

 

「ようやく見つけたわよ」

 

「思ったより早いご登場ね、超電磁砲さん。そんなに顔に皺を寄せると将来大変よ」

 

「口だけはよく回る女……!」

 

美琴が発光するのが合図となり、黒服の男が銃を撃ち少年少女達は己の能力を使って美琴に攻撃するが、それらが全て意味をなさないと七惟は分かっていた。

 

彼女は一歩も動かずに、七惟と勝負したあの日のように全身から電気を漏電させると周囲に向かって放電した。

 

その破壊力は間違いなく七惟が彼女とぶつかった時よりも格段に上がっており、容赦なく黒服を貫き少年少女達を襲う。

 

七惟は結標の隣でその破壊力をまざまざと見せつけられ、困惑していた脳が瞬時に戦闘用へとチェンジされる。

 

結標の仲間たちは吹き飛ばされてもまだ食い下がっており、目の前の少女の力の強大さを分かっていながらも尚立ちあがる。

 

そんな彼らに止めだと言わんばかりに美琴はレールガンを放った。

 

その威力は絶大で、音速の3倍のスピードで放たれた弾丸は周囲のモノを撒き散らしながら標的へと進み仲間達を容赦なく蹴散らしていく。

 

このままでは終われない、とばかりにレールガンから運よく逃れた者達は攻撃を仕掛けようとするも、美琴の電撃の早さに太刀打ち出来ず次々と倒れて行く。

 

一方的な戦闘に、最高レベルとそれ未満のモノたちの圧倒的実力差を目の前で七惟は実感する。

 

この電流だ、結標もただでは済むまいと見てみたが彼女は倒れた仲間達を自分の前へと転移させており何とか首の皮を繋いでいた。

 

「どう?相手にとって不足は?」

 

「……つうよりもお前があんな化け物相手にしてるほうが驚きだ、俺はな」

 

「あら、同じ化け物クラスに分類されていた貴方が何を言っているのかしら」

 

結標は目の前に転移させた者達を余所へと移し、美琴を真っ直ぐと見据える。

 

再度見てみると今日の美琴は七惟と勝負をしたあの日よりも遥かに機嫌が悪いように見える、これは退けるのがしんどそうだ。

 

いくら美琴が七惟にとってミサカや上条のように特別な人間だったとしても仕事とそれは別の話だ、全力を持って結標を逃がさなければ自分が借金に食い殺されてしまう。

 

どういう理由で彼女が結標を追っているか検討もつかないが手を抜くわけにはいかない。

 

「出てきなさい、卑怯者!仲間をクッションに利用するなんて感心しないわね」

 

「仲間の死は無駄にしない。という美談はどうかしら?」

 

「悪党は言うことも小さいわね、まさか40秒逃げ切っただけでこの超電磁砲を攻略出来たと思ってんの?」

 

「いいぇ、貴方が本気を出せばここいら一体吹き飛んでいたでしょう。まあだからと言って何といった感じだけどね」

 

結標の隣にいる自分のコトは総スルーで結標にガンを飛ばし続ける美琴。

 

大して結標のほうも挑発を止めることはない、先ほどから良く分からない単語が飛び交っているが美琴の闘争心を煽っているのは確かだ。

 

七惟は結標が美琴の気を引いている内に逃走ルートを企てる。

 

結標はテレポーターだが実験の後遺症からか自身を転移させることを極端に嫌がる。

 

それは過去の実験でトラウマを植え付けられてしまったからであり、自身を転移させてしまえば猛烈な吐き気とめまいに襲われるのだ。

 

よって彼女のテレポートは良くて1、2回が限度でそれ以上は足での逃走となる。

 

七惟自身が彼女を飛ばすことも考えたが、可視距離移動は出来ても同じ原理で行う座標移動はAIM拡散力場の影響で不可能なのだ。

 

とにかく自分が美琴を引きつけているうちに結標には全力疾走で逃げて貰う他はない、これだけの仕事量をこなすならば上乗せで100万は欲しいものだ。

 

大仕事と結標は言っていたが、まさか1師団並みの兵力を持つ相手を退けろとは……やれやれだ。

 

「アンタのちっぽけな能力で……私の攻撃を退けられると思ってんの?」

 

七惟が逃亡の算段をつけ終わっても未だに会話は続いている、結標の口車に乗せられてしまっては掴めるチャンスを逃してしまうだろうに。

 

いや、むしろそれだけ相手の策にハマっても捕まえられるという自信の裏返しか。

 

しかしまあ、レベル4の結標をちっぽけな能力か……おそらく美琴は結標の欠点に気がついているだろう。

 

「あら、確かに光の速度の雷撃は目で見てから回避は間に合わないでしょうけど、それだけよ。前触れを読み軌道さえ分かれば」

 

「無理よ」

 

「アンタとぶつかるのはこれが初めてじゃない、自分でも気付いているでしょ?アンタの能力には癖がある、何でもかんでも転移させる割には自分の身体はほとんど転移させない。そりゃそうよね、ビルの真ん中や車道の真ん中みたいな危険な場所に間違って自分を転移させてしまえば終わりだもの。他人を犠牲にしてまで救われたいアンタは万に一つでも自分が自滅する可能性を控除したいってところかしら?」

 

「……!」

 

ビンゴ、やはり見抜いている。

 

自分の時もそうだったが、美琴の強さはあの洞察力でもある。

 

瞬時に戦場の状況分析を行い敵の能力の解析、そして弱点を見つけるに至るまでその能力は凄まじいの一言に尽きる。

 

学園都市第3位の頭脳は伊達ではないといったところだ。

 

「何を黙っているの?もしかして私が今まで気付いていないと思ってたわけ?アンタね、仲間やら看板やらを移動させて散々目くらましに使っておきながら自分だけ走って逃げてりゃ違和感ぐらい覚えて当然でしょうが」

 

確かに美琴の言う通りだ、レベル4は自身の弱点を弱点のまま放置しているからレベル4だと七惟は昔研究所で嫌という程聞かされていたから良く分かる。

 

こうも的確に弱点を言われては結標も言い返すことは出来ないか、まあこの程度で終わる女だとは七惟も到底思ってはいないが。

 

「大体、これだけ不利な状況ならすぐにでも逃げに入るでしょ。それともアンタはまだ出し惜しみをしてるとでも?そんな余裕がないことくらい誰にだって分かるわよ」

 

「……そうかしら?最後の最後にジョーカーは仕込んでいるものよ」

 

「まさかアンタの隣にいる黒スケが切り札だって言うの?虚勢も大概にしたらいいわね、何回もアンタとぶつかって分かったことは、アンタ以上の能力者はいないってことよ」

 

「それは貴方の仮説ね、真実は自分の目で確かめてみるといいわ」

 

「ふん、言われなくてもそうするわよ。どれだけ能力者を集めても、今の私をとめることは出来ないから!」

 

美琴が黒スケ……ではなく七惟と結標に向かって高圧電流の槍を放つ、攻撃には一切の手加減など感じられずこの一撃で終わらせようとする気満々だ。

 

七惟はとにかく結標を無事に外の組織と合流させなければならないため、否応にも防御に回らざるを得ない。

 

美琴の放った電撃の槍は不自然に七惟と結標から逸れ、左右の鉄骨に激突に高熱で鉄を溶かしていく。

 

まさか避けられると思っていなかった美琴は目を丸くしこちらをじっと見つめる、予想してなかった事態に流石に戸惑ったか。

 

「言ったでしょう?ジョーカーは最後に取っておくものって。それじゃあ、私は逃げさせて頂くわ!」

 

七惟の力で何とか雷撃を防いだ結標は転移し視界から消える、彼女は自身の転移が苦手なため長距離は移動出来ないからよくて100M離れたくらいか。

 

 

 

残されたのは七惟とこちらを蛇のような眼光で睨みつける美琴だけだ、これは正面衝突を避けられそうにも無い。

 

 

 

 

 

全距離操作と超電磁砲、学園都市が誇る超能力者同士の闘いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 



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避けられぬ戦い-3

 

 

 

 

 

「アンタ……逃げるなら今のうちよ、私の邪魔をしないって言うのなら見逃してあげる」

 

「……」

 

「無言、ってことはそのつもりはないってわけね」

 

見逃してもらわなくて結構だと言いたい。

 

こちらも私生活がかかっているのだ、そう安々と結標に近づけさせるわけにはいかない。

 

美琴がいったい何故そんな血眼になって結標を追いまわすかは理解出来ないが、とにかく此処は報酬金の分だけ足止めしなければ後々面倒なことになる。

 

と言っても美琴とは既に1回対戦済みだ、能力はばれているしを攻撃を行っていけばたちまち自分が『七惟理無』だということば早々にばれる。

 

まあだからなんだ、と言ったところか……此処には少なくとも七惟と美琴しかいない。

 

結標も、美琴の後ろに隠れていたジャッジメントの少女も既に立ち去っている。

 

おそらく結標を追ったのだろうが残念ながらあのジャッジメントの力では結標には及ばない、単純に同能力者同士で上下関係にあるのだ。

 

しかしそれは七惟と美琴にも当てはまる、単純な力関係で七惟では美琴に勝てることなどまずあり得ない。

 

前回のように正面からぶつかっても玉砕するだけだ、此処は勝つことではなく時間をかけ、逃走するのが一番だろう。

 

おおよそ5分強程でいいはずだ、5分経てば結標が2回目の転移を行う余裕が生まれる。

 

まず、七惟は手始めにそこら中に散らばっている鉄骨を美琴目がけて時速300kmで打ちだす。

 

今まで対象を一つしか撃つことが出来なかった七惟だったが、ミサカが昏睡するあの日浮かんだアイディアにより10近くの対象を同時に移動させることが出来るようになった。

 

美琴はそれらを電撃で全て捌き、雷撃を撃ち攻撃に転じるがそれをまた美琴の位置をずらし回避する。

 

やはり、攻防面においては互角……あとは彼女の洞察力が何処まで発揮され、弱点を見抜いてくるかだ。

 

「……ふーん」

 

意味深な表情を見せる美琴だったが、すぐさま頭を切り替えて攻撃に転じた。

 

美琴は工事現場のフィールド特性を生かして大量の砂鉄を集めると、それらをゆうに3Mはある鞭へと変形させフェイントを刻みながら七惟に接近する。

 

遠距離からの攻撃は意味がないと気付いたようだ、接近戦に持ち込んで叩きのめそうと言ったところか。

 

対して七惟はすぐさま美琴の動きに反応し、下の階に陥没していた鉄骨を真上に垂直移動させ美琴の突進するスペースを潰す。

 

眼前に突然現れた鉄骨に驚き、一歩下がるであろうと予想した七惟はその場に向かって別の鉄骨を飛ばした。

 

が、美琴は垂直で持ちあがってきた縦横10Mはあるであろう鉄骨をレールガンで粉々に破壊し、勢いそのまま七惟が別に飛ばした鉄骨も吹き飛ばす。

 

電力消費の激しいレールガンを乱発しているのは美琴らしくない、戦場を冷静に分析出来ない程にまで切羽詰まっているのか?

 

それだけ彼女を追いこむようなモノを結標は運んでいるのだろうか、しかし七惟にはそれが一体何なのか分からない。

 

レールガンと砂鉄剣は同時展開出来ないため、再び美琴は砂鉄を集めて飛びかかってくる。

 

電磁加速した美琴は足場の悪さなど無視して壁に張り付きながら近寄ってくる、こちらがその一部を破壊しようにも全てが後手に回り着実に射程圏内へと迫られる。

 

意地でも接近戦、もしかしたら美琴はもう黒スケ(自分)がディスタンスであることに気が付いているのかもしれない。

 

「私に勝ちたいんだったら第8位くらいの腕になることね!距離操作能力者ディスタンス

!」

 

やはり、気づいていたか。

 

だが今はそんなことに感心している場合ではない、目の前にはこちらをぶちのめす気満々の美琴が迫っている。

 

その鬼のような気迫から今の美琴が只ならぬ何かをやろうとしているのを感じ取る、しかし七惟も大人しくここで叩き潰されるわけにはいかない。

 

フェイントを刻んでいる美琴と、不規則に揺れる砂鉄剣は距離操作出来ない。

 

砂鉄剣自体を幾何学的操作で無効化しようにも、此処には無限に砂鉄が眠いっているためすぐ元の形へと戻るだろう。

 

だが。

 

このフィールドが美琴だけに有利というわけではない。

 

転移させる鉄骨は無限にあるのだから。

 

「ッ!?」

 

再び美琴の眼前に鉄骨が現れる、これで大人しく一旦退いてくれるかと思ったがそれも甘かった。

 

今の彼女は止まることを知らない弾道ミサイルと同じ、鉄骨を電気を帯びた右足で思い切り蹴飛ばした。

 

「んなッ!?」

 

今度は七惟が目の前の光景を疑う、流石にこんなことは想像していなかった。

 

本来ならば人間の脚力で蹴ることなど不可能なはずの重量だが、彼女はただ単に蹴るだけではなく七惟の後ろの鉄骨と磁場を結び、電磁誘導で鉄骨を吹き飛ばしたのだ。

 

七惟は咄嗟の出来ごとに判断が鈍るが、直撃する寸前のところで身体を倒し何とか難を逃れるも、そこで美琴が追撃の手を緩めることはない。

 

「此処まで私に全力を出させた距離操作は七惟理無とアンタくらいね!全力の超電磁砲を肌で感じたことに喜びなさい!」

 

「――――――ッ!?」

 

砂鉄剣がヘルメットに振り落とされる、そして左手は発光。

 

これ以上二点間距離だけで彼女の猛攻を凌ぐのは無理だ、元々実力差があるのに手を抜いてまともに相手が出来る能力者ではない。

 

七惟は当然時間距離を操り美琴の鞭の動きを制限し、スピードを極端に遅くしてその軌道から逃れるだけでなく、間合いを測るために砂鉄剣を幾何学的距離操作で分解する。

 

「……ッ!?」

 

これも防がれた!?といった表情の美琴は堪らず後ろに下がりこちらをマジマジと見つめる。

 

「今の……時間距離操作よね?そして砂鉄剣の分解は……結びつきの長短を操作する幾何学的距離操作」

 

そして意を決したかのように口を開いた。

 

「アンタ……『オールレンジ』七惟理無でしょ」

 

語尾を上げずに、静かに語りかける美琴。

 

もう確信しているようだ。

 

これ以上隠す必要も無いし、美琴とドンパチやるにはこのヘルメットはどちらにしろ邪魔過ぎる。

 

七惟は顎紐を解きヘルメットを床にそっと置くと、口を開いた。

 

「案外気付くのが早かったな短パン」

 

「……何の冗談よこれは!」

 

七惟の顔を確認した途端に美琴は激昂し、七惟に詰め寄る。

 

「アンタ、自分がいったい何をしてんのかわかってんの!?」

 

「お前こそ、なんで此処にいんだよ。こういうのと一番遠い存在がてめぇのはずだろうが」

 

「そういう問題じゃない!アンタあの女が何を運んでんのか知らないの!?アンタだって命懸けであの実験を止めてくれたじゃない!」

 

美琴のあまりの剣幕に七惟は押され、額に嫌な汗が流れる。

 

それに実験……実験を命懸けで止めた?どういうことだ。

 

「中身なんざ関係ねえんだよ、これは俺の仕事だ。依頼人が結標、請負人が七惟。そして敵対する勢力が御坂美琴。あるのはそれだけだろ」

 

「関係無くなんかない!あれの中身は!」

 

中身中身喧しい奴だ、確かにたいそうなモノが入っているのは予想がつくが美琴がぎゃあぎゃあと騒ぐようなモンなのか?

 

戦闘中も何度か感じたが、あの運搬物に対する美琴の執着心は異常だ。

 

家宝が奪われたとか、そういったものか?

 

しかし美琴の次の言葉で七惟のこういったおちゃらけた思考も一転する。

 

 

 

「ツリーダイアグラムの残骸が入ってんのよ!」

 

 

 

「……ざん……がい?」

 

「そうよ!運ばれてるのはツリーダイアグラムのレムナント!そしてその中枢であるシリコランダム!あれが、あれが再度組み立てられたら……!」

 

七惟の背中を冷や汗が伝うのが分かった、まさか……。

 

「あの絶対能力進化計画が繰り返されちゃうかもしれないのに!」

 

美琴の言葉に七惟は声を失い反論することが出来ない。

 

絶対能力進化計画、それは七惟と上条が命をかけて一方通行に勝負を挑み何とか奴に打ち勝つことで中止になった計画。

 

そして、彼が今誰よりも特別に思っているであろうミサカ19090号の命と運命に大きく関わっている実験。

 

「嘘じゃねえだろうな」

 

「嘘なんかついてどうすんのよ!こうしてる間にもあの女が外部組織と掛け合ってるかもしれない!」

 

「それを早く言いやがれこの糞餓鬼!」

 

先ほどまでの依頼主に対する忠誠は何処へいってしまったのか、七惟は憤怒の形相で結標が逃げ伸びそうな場所を探す。

 

借金返済も当然大事だがそれとこれとは別だ、というよりも天秤で測ったら明らかにミサカの比重が100で借金は0だ。

 

そして同時に美琴にこれ以上の詮索を止めさせなければ、といった思考も回り始める。

 

「アイツは近場にしか転移出来ないわ、そこを探せば!」

 

「それは俺が探す、もうお前は家帰って寝てろ」

 

「な、何言ってんのよ!これは私の……!」

 

「これ以上はお前が関わっていいヤマじゃねぇ」

 

美琴はまだ中学二年生だ、少しも学園都市の闇の部分を見ていない純粋な少女。

 

そして七惟にコミュニケーションの面白さを教え、自分に多くの出会いを与えるきっかけとなってくれた。

 

そんな彼女をみすみす危険な戦地へと赴かせるわけにはいかない、今まで戦っておきながら何を言うかといった感じだがそれくらいに七惟は美琴に闇に染まって欲しくない。

 

「ふざけんな!私が止めないと、あの子たちはまたー!」

 

「俺みたいに暗部に足突っ込んで命のやり取りしてぇのかお前は!」

 

「えッ―――!?」

 

一瞬、美琴が怯んだように見えたがすぐさま彼女は反論する。

 

「暗部とか知らないわよ私は!そんなつまんない理由で私の邪魔するっていうならまたぶっ飛ばすからね!」

 

七惟に負けんばかりの剣幕で怒鳴り散らす美琴。

 

つまらない理由――――。

 

七惟の纏う凄味を増した空気に全く怯まない美琴の気迫、こういうところは何処かあの上条当麻を思い出せた。

 

やれやれ、似た物同士お似合いというか……一度首を突っ込んだらやはり引っ込めそうにも無い、亀を少しは見習ったらどうだ。

 

「てめぇは相変わらずだよったく……!行くぞ!」

 

「言われなくても!」

 

つまらない理由、か。

 

確かにそうかもしれない、今までの自分だってつまらない理由を色んな行動に後付けしてきた。

 

だからこそ、そんなつまらないモノに縛れてはいけないのだ。

 

今まで理由なんざ必要ないと散々言ってきたのは何処のどいつだったんだか。

七惟は自嘲気味に笑い、美琴と共に夜の街を駆けぬけて行った。

 

 

 

 

 



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闇を統べる組織

 

 

 

 

 

「前金50万だけか……まあ十分だろ」

 

結局あの後美琴・上条と共に結標を追いかけたが、何故か彼女は既にやられていて大事に抱えていた運搬物も木っ端みじんに弾け飛んでいた。

 

依頼主の悲惨な現状を見て、裏切ったことに罪悪感を覚えるがまぁ直接的に何もやっていないから良いかと結論づける。

 

その後は美琴と上条は相変わらず自覚のないいちゃつきを展開、見ているこっちが恥ずかしい光景を作り出しており、それに耐えきれない七惟は闇に消えたのだ。

 

今は黒に染まった街をただひたすら歩く、とにかくバイクが無ければ帰宅することもままならない。

 

駐輪場へと辿りつき、己のバイクを探すとソイツの所有者ではない人間がソイツの隣に立っていた。

 

「へぇ、私達の代わりに誰が終わらせたのかと思えば」

 

そこで待っていたのは麦野沈利、学園都市レベル5で序列4位の女、そして同時に裏組織アイテムのリーダーを務めるメルトダウナー。

 

「……てめぇはなーんでこんな場所にいんだ」

 

「それは当然、仕事があったからと言いたいところね」

 

バイクの背後から数人の影が飛び出す、七惟も良く知っている連中で間違いない。

 

「超面倒な厄介事押し付けられたと思ったらまさかのオールレンジのご登場でしたからね、超予想外ですよ」

 

「そうね、結局私達は出てこなくて良かった訳よ」

 

「……北北西から信号がきてる」

 

アイテムメンバー勢揃いと言ったところか。

 

相変わらず超超やかましい絹旗、訳訳耳にタコが出来そうなフレンダ、何処からか電波を受信している滝壺。

 

厄介な連中に絡まれたものだと七惟はため息交じりに声を発する。

 

「で?俺に別に用はねえんだろ、だったらさっさとソコ退きやがれ」

 

「せっかく会ったのだから立話でもしようじゃない、一カ月ぶりなのよ」

 

「ケッ、てめぇなんかとは100年会わなくてもお釣がくる」

 

挑発的な姿勢を崩さない七惟を見て、麦野もそれなりの行動に出る。

 

「余程貴方はこのバイクを破壊されたいみたいね」

 

麦野は七惟のバイクに視線を投げる、原子崩しでも使おうというのか。

 

「俺はお前らと遊んでられる程暇じゃねえんだよ、それにもう今日は散々振りまわされて面倒事に巻き込まれるのはご免だしな」

 

七惟は瞬時にバイクを数百メートル先の駐輪場へと移動させた、麦野はそんな七惟の行動を口端を釣り上げながら見つめている。

 

「それにしても七惟理無はあんなにお人よしだったかしら?滝壺」

 

「なーないは自己中心的だと思う」

 

「絹旗は?」

 

「私も超同意ですよ、麦野の言う通り七惟はお人よしとは超かけ離れた人物ですから」

 

「フレンダもそう思う?」

 

「七惟が人助けだなんて明日は槍でも降る?って思われる訳。あ、でもこないだ会った時は結局振らなかったけど」

 

フレンダの奴……何か余計な入れ知恵を麦野したようだ、どうも麦野の態度がいつもと違って大きい。

 

しかしまぁ、散々な言われようだが自分の知ったことではない、自分は自分、それ以上それ以下なんてない。

 

今までやってきたこと全てが今の七惟理無を築き上げているのだ、今日の出来事を否定しようも何もそんなことをしたら自分で自分を否定してしまう。

 

「言ってろ、俺は俺なんだよ。もうてめぇらの相手すんのはかったるいからな。あばよ」

 

七惟が背を向けてバイクを移した場所へと歩き出すが、相手が相手だ。

 

そう簡単にターゲットを好きにさせるわけがない。

 

「……絹旗」

 

「超了解なんですよ」

 

絹旗は窒素装甲を展開し、足元にあった車輪止めのレンガを七惟目掛けて投げつける。

 

しかし、やはり七惟にそのレンガが当たることは無く、彼に当たる前に不自然に逸れるとそのまま重力に引かれて地面に落ちた。

 

「今からドンパチやろうってのかてめぇら」

 

籠った低い声で七惟は威嚇するが、やはり麦野は不敵な笑みをその顔に張り付けたままでその裏にある意図は読めそうにも無い。

 

いつも通りさっさとお得意のヒステリックでも起こせば楽にこの場を切り抜けることが出来るのだが。

 

「別にそういうわけじゃないわ、ただあんまりにもアンタらしくない行動だったから様子を見に来ただけね」

 

たったそれだけのためにこうも喧嘩を売られる身としては腹立たしいことこの上ない。

 

これ以上彼女達と絡む理由も見当たらないし、七惟はそのまま歩きだす。

 

「ねえ、『オールレンジ』」

 

「……なんだ」

 

「アイテムに入らない?」

 

 

―――――――!

 

 

垣根の言葉が脳裏をよぎった。

 

「寝言は寝て言え」

 

七惟は麦野の提案を即却下した。

 

やはり垣根の情報網は馬鹿に出来ない、違ったのはそれが単なる噂ではなくて真実だったということ。

 

七惟本人としてはアイテムに入る気など更々ない、だいたい七惟は既に他の暗部組織の一員なのだ。

 

他の組織に籍を置いておきながらアイテムとのかけ持ちなんて許される訳がないし、黙って活動を続けていればいずれ片方から粛清が行われるのは間違いない。

 

「俺は他の組織に身を置いてんだよ」

 

「そうね、でもアンタの今の組織じゃその借金は返せないんじゃない?」

 

借金――――今七惟は一億円の借金を両肩に背負っている、言い方はかっこいいが情けないことこの上ない。

 

「七惟は借金超あるじゃないですか、その年で一億だなんてお先超真っ暗ですよ」

 

「絹旗、アンタは黙ってなさい」

 

「むぅ」

 

絹旗がむくれるが、そんなことはどうでもよくなってきた。

 

お先が真っ暗というのは外れてはいないが、七惟とてこのまま借金に食いつぶされていくつもりはない。

 

そのために今回結標の用意した報酬100万のアルバイトに参加したのだ、まあ途中でその運搬物が七惟にとって有害極まりないことが分かってしまったので仕事は放棄させて貰ったが。

 

「私達には優先的にリターンの高い仕事が入ってくるわ、当然リスクもアンタが今までこなしてきた仕事と比べると随分と高いけどね。でも元レベル5のアンタからすれば余程のことがない限り死にはしないし、私たちの実力も知ってるでしょう?効率性から考えてこれ以上の提案は無いわ」

 

「……」

 

確かにこれは魅力的な話だ。

 

七惟が所属している組織は基本的に上条の監視以外は何も仕事を与えてこないため、報酬を求める場合は外部から仕事を受注することになる。

 

ネットに流れているお仕事などやはり本格的な暗部の仕事に比べるとかなり報酬金も低く、最高でも50万がやっとである。

 

そこでアイテムに入れば優先的に高額な仕事を受注出来るし、情報網も今までと比べると格段に上がる。

 

アイテムの構成員もレベル5の麦野をはじめとして窒素装甲を操るレベル4の絹旗に、フレンダの道具を使った戦略、滝壺の能力は七惟の知る範囲ではないが、少なくとも垣根のスクールの次点に評価されている組織であることは確かだ。

 

しかし……。

 

「魅力的な話だがな、俺は降りる」

 

それでも七惟が首を縦に振ることはなかった。

 

「超わけわかんないですよ七惟、こんな超美味しい話滅多にないのに」

 

「結局私達とはウマが合わないって訳?」

 

絹旗、フレンダは七惟の行動が理解できないといった表情だ。

 

だが七惟からすれば、七惟理無という人間が麦野沈利という人間の組織に入らない理由は一番彼女達が知っているはずだろう。

 

いやもしかしたら未だに気付いていないのかもしれない、いつも身近にいる存在だからその人間の危険性に気付かない……麦野沈利という人間の危険性に。

 

「俺は麦野と一緒に何かをやるってことは出来ねえな」

 

麦野沈利、絹旗達の前でいったいどんな風に振舞っているかは分からないが奴は自尊心の塊のような奴だ。

 

自身のプライドを守るためならば何だってする、それはおそらく絹旗達が思いもしないようなことだって奴が本気になれば簡単にやってのける。

 

その思いもしないことが起こる時になってはもう遅い、ならばそうなる前に自ら彼女から距離を置くのが一番良い。

 

「そう……なら仕方ないわね、今回は諦めるわ」

 

「……珍しいな、てめぇがそうそうに折れるなんて」

 

「私もアンタにそこまで構っている時間はないからね」

 

「そうかい」

 

麦野がこうも簡単に手を引くわけがない、今回はと言っている辺りおそらく次もまたこのような勧誘紛いのことが行われると予想出来るが、これ以上自分が考えたところで麦野の思考を読みとれるわけでもない。

 

今日は手を引くのであれば七惟がこれ以上この場に長居する必要は無いし、彼は人差し指でキーケースをぐるぐると回しながら夜道に消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「麦野、どうしてそんなに七惟を超欲しがるんですかね?」

 

 

 

「結局私達じゃ頼りないって訳?」

 

 

 

「そうじゃないわよ、ただ……」

 

 

 

「ただ……?」

 

 

 

「アイツとの小競り合いが近い気がするから、戦力の補強が必要に思っただけよ」

 

 

 

 

 



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Ⅳ章 世界の境界線
日常生活-1


 

 

 

 

 

ようやく残暑も弱まってきたかと思われてきた9月の日曜日、七惟はミサカ19090号が外出許可を貰ったと言う話を聴き、二人で外に出かけることにした。

 

彼女はどうやら『ファッション』というものに非常に興味を持ったらしく、今はセブンスミストの中を行ったり来たりしている。

 

「こういうものはどうでしょうか、とミサカは貴方の意見を求めます」

 

「ああいいだろうな、お前がそれを着て公衆の面前に出られるってんなら俺は止めやしねえよ」

 

「ミサカはこれは貴方の前で着ようと思っていたのですが……」

 

「ぶッ!?何考えてんだてめぇ!」

 

このように今日の七惟は完全にミサカに振りまわされっぱなしである、七惟の中では彼女はもうちょっと大人しいイメージがあった気がしたのだが今日はかなり活動的だ。

 

あれはどうでしょう?とミサカは走っていく、七惟はそんなミサカを見ながら軽くため息をついた。

 

ミサカと自分が二人で揃って買い物に出かけるなど、昔の自分からは全く考えられない行動だ。

 

何しろ自分は一人が大好きで俗に言う孤独が大好きという痛い部類の人間だった、それに誰かのためにお見舞いや買い物に付き添うなど……

 

七惟理無という人間の根本は変わってはいない、しかし彼を司る中の何かが変わり始めているのは確かだった。

 

そしてその変化にまんざらでもない自分がいる、初めてできた友達の存在は彼が思っている以上に大きな変化をもたらしたのだった。

 

 

 

「だからどうして貴方はまともに取り合ってくれないのとミサカはミサカは一方通行を糾弾してみる!」

 

「そンくらいで糾弾されるンだったら日本の司法は大忙しだなァ」

 

 

 

となりの売り場から幼女の声と、何処かで聞いたことがある口癖で、耳に入るだけで苛々してくるトーンの声を七惟の聴覚が捉える。

 

「むー!またそうやって軽く馬鹿にしてる辺り許せないかも!」

 

「あァ、分かってるあたり前よりかは頭が良くなったンじゃねェかァ?だいたいスクール水着を着てお前はどうするつもりなンだよ」

 

「え?貴方はこういうモノが好きなんじゃないの?ッてミサカはミサカは貴方の趣味嗜好にあったものを選んでるつもり!」

 

「はァ!?」

 

その声は段々と近くなり、やがて七惟とミサカがいる売り場のすぐ近くで聞こえるようになり……。

 

「……よう糞野郎」

 

「……てめェ、こンなとこで何してやがる」

 

開口一番に飛び出したのは当然相手を罵る言葉以外の何者でない、とうとうご対面してしまった七惟と一方通行だった。

 

一方通行は小さな女の子を連れており、いったい彼がどういう趣向でこんな子供を連れているかは知らないが今はそんなことはどうでもいい。

 

二人の間に目では見えない緊張が走る、この二人が出会ってから何事も無く終わったことなど今まで一度も無いだけに、事情を知っているものが周囲に居たならばすぐさま間に割って入っていただろう。

 

「へぇ……てめぇがそんな糞餓鬼と一緒に買い物に来るなんてな。それにその杖とチョーカーはなんだよ?新しいファッションか?」

 

「……」

 

一方通行は黙ったまま何も答えない、それをいいことに七惟はさらに畳みかける。

 

「杖なんざついてまるで老人だな、さっさと死んじまったほうが世の中のためになるな」

 

「ちょ、ちょっと!そんな言い方ないじゃない!ってミサカはミサカは一方通行のために怒ってみる!」

 

「ミサカ……だぁ?」

 

七惟は凄味を効かせた顔で一方通行の隣に居た幼女を睨みつけるが、その幼女はまるで怯えもせずに必死に一方通行を擁護する。

 

そんな幼女を守るように一方通行は彼女の前に立つと、あの操車場で戦った時よりも鋭く光る眼光で七惟をにらみ返した。

 

「俺が何しようがてめェには関係ねェ。だがなァ、この糞餓鬼に手を出すような真似しやがったら……」

 

七惟としては幼女はどうでもいい、これまで一方通行を見たら罵声を浴びせ続けていただけに彼の口から出るのはいずれも一方通行の神経を逆なでする言葉ばかり。

 

それは一方通行だって同じだが、まるで今日の奴は動物園に閉じ込められた檻の中のトラのように大人しく、張り合いがない。

 

となりにいる幼女がそれ程に大切なのか、彼女の前では残虐な自分を見せたくは無いのか……。

 

 

 

「上位個体、こんなところで何をしているのですか?とミサカの頭では疑問が渦巻きます」

 

 

 

ミサカが異変に気付いたのか、こちらにやってきていた。

 

ミサカの此処にやってきた瞬間、一方通行の表情が一瞬だが苦いものへと変化したのを七惟は見逃さなかった。

 

七惟はミサカを一方通行から守るように背後へと移動させる、何せ一方通行は実験の実行者でミサカ達を殺してきた張本人。

 

またいつ気が狂ってサカを手に掛けるか分かったモノではない。

 

「って貴方こそどうして此処にいるの!ってミサカはミサカは逆に突っ込んでみたり!」

 

上位個体……?それにミサカ……?

 

七惟は再度目の前にいる幼女の顔をよくよく見つめ気付いた、その容姿はミサカと美琴を幾分か若返り……というよりも幼くしたようなモノの気がする。

 

もしかして、この幼女は……。

 

「おィ、オールレンジ。てめェどうしてソイツと一緒にいンだ」

 

「俺がコイツと一緒にいちゃ悪いか?もやし野郎」

 

七惟は何処まで挑戦的な姿勢を崩しやしない、傍から見ればなんてコイツは命知らずな奴なんだろうと思われるだろうが七惟もそんなことは百も承知だ。

 

ただそれでも七惟は一方通行を見るだけでむしゃくしゃしてくるし、許せはしないのだ。

 

「ミサカは今日七惟理無と一緒に買い物に来たのです、と事情を説明します」

 

「私達も同じだよ!ってミサカはミサカは一方通行の腕をぎゅっと握ってみる!」

 

そう言って幼女は躊躇なく一方通行の腕に飛びつこうとする……。

 

「何してんだこの糞馬鹿!」

 

七惟は咄嗟に幼女が伸ばした手を引っ張る。

 

「むー、どうして邪魔をするの!ってミサカはミサカは憤慨してみたり」

 

「憤慨だぁ……!?腕一本粉々にするつもりかてめぇは!」

 

いくら幼女に悪意がなくとも、一方通行の反射装甲はその行為を行った者の意思など関係なく全てを反射してしまう。

 

軽い衝撃だっただろうが、幼女も見た目は10歳無い程の身体だ、跳ね返ってきた衝撃は容赦なくその身体をズタズタにしてしまうだろう。

 

「あー、そういうこと!貴方はミサカの心配をしてくれたんだね、ってミサカはミサカは貴方の優しさに涙ぐんでみる!」

 

そう言って今度はがっちりと、七惟の制止を無視して一方通行の腕を掴んだ。

 

当然無意識化で行われている反射で幼女の身体は吹き飛ばされるものだろうと思ったが……。

 

「……どういうことだこりゃあ」

 

少女は今でもちゃんと一方通行の腕にしがみついている、どうやら杞憂に終わったようだ。

 

「チッ……行くぞ打ち止めァ」

 

「あ、待ってよ!ってミサカはミサカは貴方を呼び止める!」

 

七惟に考える暇を与えずに一方通行と幼女は人ゴミの中へと消えて行った。

 

「大丈夫ですか?ミサカはオールレンジの心境が気になります」

 

「……調子が狂うなったく」

 

七惟は最後に小さくなった二人の背中を一瞥すると、彼らとは反対方向へとスタスタと歩いて行く。

 

一方通行と幼女の組み合わせに、電極が着いたチョーカーと松葉杖、そして行われなかったベクトル変換。

 

それらが何を意味するかはわからなかったが、一つだけ分かることがあった。

 

「あんな子供いるとはな」

 

それはあの幼女が、一方通行にとって何か特別な存在であるということだけだった。

 

結局この後七惟はミサカが欲しがっていた露出度の高い衣服を買ってやり、唯でさえ借金に喘ぐ自身をさらに苦しめるハメとなった。

 

 

 

 

 



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日常生活-2

 

 

 

 

 

ミサカを病院に送り届けた七惟は一人またセブンスミストへとやって来ていた。

 

理由は唯一つ、ミサカに何かアクセサリーを贈るためだ。

 

何故アクセサリー?と言うと、あのままではミサカ19090号を他の個体と見分けることなが出来ないからだ。

 

コミュニケーションを取れば彼女と判断出来るが、遠くて見かけただけでは自分の知っているミサカなのかどうか判断出来ないのは如何ともしがたい。

 

なので出来れば目立つ髪飾りを、というわけでまたこうして足を運んだのだ。

 

更なる出費に財布が悲鳴を上げそうだったが、どうせ元から1億の借金を背負っているのだ。

 

出費が1万2万増えたところで何か変わるものか。

 

日も暮れかかっており、この時間帯になれば先ほどのように自分の知り合いと会うことはあるまい。

 

「あれ、七惟。こんなとこで一人で何やってるんだ?」

 

「理無に会うのは久しぶりかも」

 

しかし早速七惟のそも思惑は脆くも崩れ去った。

 

声をかけてきたのは監視対象の一人であるサボテン頭の上条当麻、そして彼と同居している謎のシスターインデックス。

 

こんな場所で一人で買い物など、普段の七惟ならば絶対にやるはずがない……故に恥ずかしさで死んでしまいそうだ。

 

「……別に。ちょっと野暮用があっただけだ」

 

「へぇ、その割には熱心にアクセサリー見てたよな」

 

「もしかしてクールビューティーにプレゼントでもするの?」

 

おいおい、そこまで的確に当ててしまうのかこの正体不明のシスターは。

 

「まあ、そんなもんだ。あのままじゃ遠くからじゃ見分けがつかねえ」

 

知られても困るようなことではないので七惟はさらっと受け答える。

 

「そういうお前らは?」

 

「あぁ、インデックスの寝巻を買おうと思ってな。流石に着替えがないともう洗濯するのも骨が折れるんだ」

 

「って今までその修道服一着で生活してきたのかコイツは……」

 

「む、何その眼!もしかして私をそこはかとなく馬鹿にしてる!?」

 

「いや、よくそれで今まで生活出来たもんだなと感心してんだよ」

 

「それを馬鹿にしてるって言うんだよ!」

 

ギャーギャー喚くインデックスを余所目に七惟は上条に語りかける。

 

「おい上条、お前のその一級フラグ建築士的な能力からしたらどういうのがミサカが喜ぶか分かるか?」

 

「いや待てなんだその能力」

 

「俺はやっぱり髪飾りにしたいとこなんだが、一発で見分けがつく」

 

「聞いてないっていうのはわざとか!?」

 

七惟と上条は一人でむくれるインデックスを放置し何かミサカに会うモノはないか、と探し始める。

 

しかし七惟はこれまでの生活で女性に何らかのプレゼントを贈ったことはない、当然上条もそのフラグ体質な割にはそういうことと無縁だったので女性が喜ぶものが分からない。

 

「待てよ……ミサカは普通の女子と違えんだ、こうやって悩むのが馬鹿らしくねえか」

 

「確かにそうかもしれないな」

 

ならばもう、いっそのこと七惟の偏見極まりない選別でミサカに会いそうで一発で見分けがつく目立つ目印のような髪飾りを選ぶことにした。

 

そのほうが七惟としても他人の力を借りて渡すよりは贈り甲斐があるような気がした。

 

七惟が店員から大雑把に全部の商品の説明を受けて、いざ選ぼうと腕を伸ばすと。

 

 

 

「あれ……七惟。こんなとこで何やってんの?」

 

「……オリジナルか」

 

 

 

七惟に声をかけたのは御坂美琴だった、今日はえらく知り合いに会う確率が高い、比較的交流がありまだあっていない七惟の知り合いはあとどれ程いたか。

 

「その呼び方どうにかなんないの?私には御坂美琴っていう名前がちゃんとあるのよ」

 

「考えとく」

 

「全く……って、アンタもいたの!?」

 

美琴の声が急に慌てふためいたものへと変貌する。

 

「ん?御坂か、お前もこういうアクセサリーが並ぶ店に来るんだな」

 

目線の先にはむくれていたインデックスを宥めている上条の姿が。

 

「わ、私がいちゃ何か悪いわけ!?」

 

「いや別に悪いってわけじゃ……ただ、お前って何身につけても似合いそうだからこういうの気にしなさそうに思ってたんだが」

 

「……!」

 

美琴は七惟が分かるくらいに顔を真っ赤にして固まり、黙りこんでしまった。

 

褒められて嬉しいのか、そういうのに無頓着で女らしくないと馬鹿にされて怒っているのか、いやそもそも上条に会えて嬉しいのか……。

 

全部だろう、という結論を七惟は下し3人を無視してアクセサリー探しに没頭する。

 

「御坂はどうして此処に来たんだ?」

 

「私は……後輩の友達がジャッジメントに入って半年だから、記念に何か贈り物したいなって!」

 

「へぇ、面倒見がいいんだな御坂は」

 

「い、意外?」

 

「いや、あれだけ後輩に強烈に慕われてたしなんだか分かる気がするよ」

 

「そ、そうかな?やっぱり……そういうほうがいいのかな」

 

「……?おい、さっきから顔真っ赤だけど大丈夫か?」

 

「大丈夫よ!ちょっと残暑にやられただけだし!」

 

御坂と上条の会話が珍しくおかしくない、ちゃんとした方向で弾んでいることに七惟は軽く驚きつつ作業を進める。

 

七惟の頭に会った上条と御坂の会話パターンは誰かの命がかかった真剣な話か、美琴が一方的に因縁つけて怒り始めるか、二人でぎゃあぎゃあと騒ぐかのどれかしかないと思っていたからだ。

 

「むー……!」

 

そして二人の話が盛り上がれば盛り上がる程蚊帳の外になるのはインデックスと七惟な訳であって。

 

七惟は御坂・上条と話せないことはどうということではないのだが、このインデックスという少女は上条当麻が他の女性と仲良くやっているのが気に食わないらしい。

 

まあ俗に言う軽い嫉妬というものである、そしてその対象である上条はそういうものを全く意識していないので余計に性質が悪い。

 

「ねえ当麻!私の服はどうなったの!」

 

「あ、悪いインデックス。でも俺と選ぶよりも七惟と選んだほうがいい、さっきから七惟が手にとってるアクセサリーどれもいいのばっかだし、センスあるぞ」

 

時々こうやって上条当麻は全く空気が読めていないことを簡単にやってのける。

 

しかも俺が選ぶってなんだよ……面倒なこと丸投げしやがって。

 

この展開はおそらく御坂からすれば願ったりかなったりなのだろうが、当の二人はそんな提案願い下げである。

 

「……当麻は私と一緒に服を探すよりも短髪とお喋りしてたほうがいいってわけだね」

 

「い、インデックス?その背後に見える黒いオーラは……?」

 

「私の服を買うよりも、そんなことは理無に押し付けて自分は楽しくお喋りしたいってわけだよね?」

 

何気に一般男性ならば傷つきそうな台詞を容赦なく吐くインデックス、七惟がそういう他人の言動を気にする人間だったらどうするつもりだ。

 

「べ、別に私は……コイツと喋りたいだなんて」

 

美琴が顔を赤くしながらもじもじとか細い声で言葉を漏らす。

 

「そ、そうなのか御坂。だよな、俺が居たらお前の後輩へのプレゼント買いが進まねえもんな。インデックス、待てって!」

 

上条はエスカレーターへとズンズン進んでいくインデックスの背中を追ってアクセサリー売り場から走り去っていった。

 

その場に残されたのは当然七惟と美琴なわけであって。

 

「どうして残ったのがアンタなのよ、みてぇな顔でこっち見るんじゃねえ気色悪い」

 

「な!?別に私はそんなこと―――!」

 

「そうかよ、それで?追わなくていいのか?」

 

「どうして私がアイツを追わないといけないのよ、話をぶった切るような奴との会話なんてこっちから願い下げよ!」

 

口ではそう言っているものの、エスカレーターでインデックスとじゃれ合っている上条の背中を名残惜しそうな目で見ているのだから説得力がない。

 

恋愛にさして興味がない七惟ですら分かる程美琴とインデックスが上条に向ける感情は露骨というか何と言うか……。

 

「もたもたしてるとあのシスターに上条を奪われちまうかもな」

 

七惟はいつも通り、相手のことなど全く考えずに思ったことを口にしただけなのだが……。

 

「……そんなの、私だってわかんないわよ」

 

思いもかけない美琴の重い心の告白に何も言えなくなってしまった。

 

しかし、インデックスも一人でいくあたり上手く上条の心理を突いているなと感心する。

 

彼女は怒って一人で歩いていけば、必ず上条当麻が自分を追い掛けてくれると無意識で理解しているし、今までの経緯を見てその考えは間違っていない。

 

美琴にはそういった強引さというか、ライバルとなった相手のことなどお構いなしに自分だけを見て欲しいというインデックスとは違って少し弱腰だ。

 

そういうところがきっと彼女の弱さでもあり、また良いところでもあるんだろう。

 

上条がクラスの女子の三分の二とインデックスに美琴、あとはミサカ10032号をひっくるめていったい誰を選ぶかは知らないが、誰を選んでも彼に与えられるのは修羅の道だ、それだけは七惟は確信していた。

 

 

 

 

 



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刺客-1

 

 

 

 

 

大覇星祭。

 

 

 

それは学園都市が1年に一度、学園都市を外部に開放して行う一大イベントだ。

 

その内容は各学校の能力者、つまり生徒達が競い合う運動会のようなもので、科学の頂点に立つ学園都市が威信をかけて行うのでその規模も半端ではない。

 

いつもは閉鎖的な空間であるはずの学園都市に部外者が唯一足を踏み入れることを示しており、世界中から観客がやってくる。

 

2週間かけてやるだけに経済効果も凄まじく、これの恩恵を受ける日本政府はさぞにやけが止まらないことだろう。

 

とある昼下がり、七惟理無が通う学校では今日はその学園都市の威信にかけた一大プロジェクトの準備が行われるため、授業が午前中で打ち切られた。

 

「大覇星祭……ねぇ」

 

机の突っ伏して七惟は気だるげに呟いた。

 

当の参加者である七惟理無はあまり乗り気ではない、彼はこういう人が大勢集まるイベントが好きではないのだ。

 

「七惟、帰ろうぜ?」

 

「ななたん、そんな顔してると将来皺がよるぜい」

 

彼に声をかけてきたのはクラスメートである上条当麻に、金髪頭の土御門だ。

 

最近七惟は彼らとよく一緒に行動している、1学期では考えられないほど彼らとの距離は縮まったのではないかと実感していた。

 

これも、あの夏休みに様々なことを経験した賜物かもしれない。

 

「あぁ、わあった」

 

七惟は荷物を纏めて彼らの後に続く。

 

大覇星祭……それは学生の家族も大勢応援にかけつけてくる。

 

そんな中、家族どころか生みの親の顔すらも知らない七惟にとってある意味このイベントは苦行なのだ。

 

浮かれている学生の隣で、無機質な表情のまま淡々と競技を今まではこなしていたが、今年はそれすらヤル気が起きない。

 

上条や土御門も当然両親が来るのだろう、言葉には出せないが……羨ましいという感情を七惟は抱いていた。

 

せめて顔だけでも、死ぬまでには拝んでやる。

 

それが今までは七惟の生きる原動力だった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

七惟の学校ではバイクによる登校が認められていないので、彼は仕方なく毎日徒歩で登校している。

 

しかし彼の性格を考えれば『そんなルール知ったことか』と言わんばかりにバイクで登校しそうなものである、駐輪場さえあれば七惟もその思考に辿りついていたであろう。

 

「おーし、じゃあ今日はお疲れさんだにゃー。そろそろ大覇星祭の時期だし頑張ろうぜい」

 

「はぁ、このイベントに何かとんでもない不幸イベントが待ち構えてそうで上条さんは怖くて仕方がないわけですよ」

 

「てめぇは何もなくても毎日不幸イベントの連続だろうが」

 

「そうでした」

 

寮に辿りつき、エレベーター側から土御門、上条、七惟理無の順番である。

 

エレベーターを降りて土御門が家へ入った後、七惟と上条は一人の少女が七惟の自宅の前で佇んでいるのに気付いた。

 

その人間は上条は全く知らない人物だったが、七惟理無は知っている人物で、なるべく関わりたくない部類に入る人間だった。

 

「あー、もうどうして私がこんな超面倒くさいことしなきゃならないんですか。フレンダの奴ぶっ殺しますよ超本気で」

 

肩まで届かない茶髪のショートヘアーに、そこらへんの女子中学生・高校生が驚くほどのミニスカート。

 

容姿は小学生にしか見えないが実は年齢は中学生、『超〜』を口癖にしており、とてもやかましい。

 

「だいたい七惟理無の監視だなんて超意味無くないですか、麦野は何を考えてるのか超理解出来ないです」

 

暗部組織アイテムの一人、絹旗最愛がそこには居た。

 

「あ……もしかしてもじゃなくて超七惟ですか!?」

 

絹旗がこちらに気付いた、名前を呼ばれた七惟は無表情のまま無視を決め込むことにした。

 

「……お前の知り合いか?」

 

上条が見るからに不審者を見る目で絹旗に視線をやる。

 

あんなのと知り合いと思われたくない七惟は、首を横に振る。

 

「さあな、俺はあんな糞餓鬼知らねえな。つうか中学生から好かれんのはお前の特権じゃねぇ?」

 

「いや何を言ってるのかわからん!」

 

「はン、まあ精々そのフラグ体質で身を滅ぼさねえように気ぃつけんだな」

 

「ちょっと待ってください七惟さん、上条さんは全く何のことかわかりませんのことよ!」

 

絹旗を無視し続ける七惟と上条、そんな光景を彼女が黙っているはずもなく。

 

「何私を超無視してやがんですか!」

 

絹旗の怒声が寮に響き渡る、耳が痛いとばかりに七惟と上条は手を耳に持っていく。

 

「……やっぱお前の知り合い?」

 

「……お前家ん中入ってろ、コイツ黙らせておく」

 

七惟は上条を家に押し込むと、大きなため息と共に目の前にいる少女に話しかけた。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「で?糞餓鬼。お前はいったい何をしに来たんだ」

 

「まずその糞餓鬼を訂正してください、それは私の中じゃ超NGワードなんで」

 

 

絹旗最愛はアイテムの一員で、麦野の右腕のような存在だ。

 

そんな奴がこんな真昼間から七惟の目の前に現れるなんて余程大きな理由があるに違いない、七惟は警戒心を強めながらさらに言葉を重ねる。

 

「知るか、見るからに小学生だろお前。こんな昼からお前みたいな暗部の人間が動くなんざどういうことだ」

 

「しょ、小学生……!?超馬鹿にしてくれますね七惟……!」

 

なんだか煽ったら煽った分だけ怒り始める体質、ドコぞの超電磁砲とそっくりである。

 

しかしそれならばこのままでは会話が進みそうにも無いので七惟は必要以上におちょくることは止めておいた。

 

「はン、じゃあ絹旗最愛。何の用だよ」

 

「……別に理由はこれと言って超無いんですけどね」

 

「さっき言ってたのは俺の監視とかだったな。麦野からのご命令か?」

 

「そんなところですかね、ちなみに数日前から監視は超やってましたよ」

 

「道理で何だかまどろっこしい視線を感じたわけだ。監視してどうすんだ?不意をついて攻撃ってわけでもねぇんだろう?」

 

「だったらこうやって家の前で超ぼけーっとしてないですよ」

 

「……つうか監視なら俺に見られて不味くねえのか」

 

七惟はもっともな意見を述べる。

 

監視というのは対象に監視されている、ということを気づかれては何ら意味がないということだ。

 

七惟は上条を未だに監視し続けているが、相変わらず彼はそんなことには気づいていないし最近七惟自身もそのことを忘れつつある。

 

「別にもう見られちゃっても超構わないんですよ、麦野から言われたのは『七惟理無』の交友関係の捜査。見た感じでは暗部の人間とは何も関わってないみたいですし」

 

「……俺の交友関係なんざ10人いねぇよ。麦野に言っとけ、俺をアイテムに加入させてぇんだったら垣根を倒したほうがまだ効率的だってな」

 

「七惟、超忘れちゃったんですか?私達は暗部の人間ですよ、貴方がこちら側に来るように精神に揺さぶりを掛けてくるくらい超分かってますよね?」

 

要するに力技ではなく、人質か何かをとってそういう心理状況にさせるわけか。

 

やはりこう言ったところはあの麦野らしい、目的を達成するためならば手段を選ばない。

 

「……でも、そういう手段も何だか牙が抜けちゃった七惟を見るとヤル気超出ないんですよね」

 

「んだと?」

 

「前の七惟なら、隣人と一緒に歩いて帰宅するわけがないし、ましてや超電磁砲と喋ったり、そのクローンと一緒に買い物だなんて……超変わりましたね」

 

「さあな、俺は俺のやりてぇことやってるだけだ」

 

「まあそういうことなんですよ。でも監視はまだ続けろって麦野が言ってるんで、もう隠れてやるよりこうやって直にみちゃおうってことです」

 

隙を見て攻撃……ということは考えられない、要するに絹旗と接する機会を増やさせて、彼女との交友関係を利用しようというわけか。

 

絹旗がそれに気付いているのかわからないが、これは裏で間違いなく麦野の意思が働いている。

 

「やってろ」

 

「それじゃあ早速七惟の家に超お邪魔します」

 

「死にてぇのか」

 

「おぉ、超怖いこと言ってくれますね。でも今の七惟に自室で人を黙らせることなんて出来ないって麦野が超言ってましたし、私もそう思うから全然怖くないですけどね」

 

七惟の制止を無視して絹旗はドアノブに手をかける。

 

彼女の能力は窒素装甲、七惟がいくら拒んだところで無理やり家に入ってくるに違いない、今ここで七惟が少しでもこの場を離れる仕草を見せたらおそらく『じゃあ先に家で超待ってますね』とか言いだしてドアをぶち破って入って行くに決まっている。

 

そんな彼女を黙らせる方法は七惟は持っていないし、ここでの必要以上のいざこざは避けたい。

 

「……ったく」

 

一応七惟も上条を監視している身でありこれ以上彼に自身の素性を怪しまれるような展開は好ましくは無い、しぶしぶドアのカギを開けると、ズカズカと絹旗が遠慮なく足を踏み入れる。

 

もう今日何度目になるかわからない大きなため息と共に七惟も自室へと入っていった。

 

「むむ、案外綺麗に片付いているんですね」

 

「最初の感想がそれかよ」

 

絹旗は七惟の部屋を一通り見終わったらしい。

 

どうやら彼女が求めていたような目ぼしいモノのは何もなかったらしく、期待外れと言ったところだろう。

 

「前に仕事で第1位の部屋に行ったことがあるんですが、あそこはもう超汚かったですね」

 

「同じレベル5だからってあんな糞野郎と一緒にすんじゃねぇ」

 

「何を言ってるんですか、七惟はもうレベル5じゃないですよ?」

 

「……」

 

喧嘩を売っているのかこいつは……。

 

「だいたいその年でエロ本が無いなんて超おかしいですよ、七惟はそういうのに超無関心なんですか?」

 

「知るか、てめぇで判断しろ」

 

絹旗が来る前に七惟の家に泊っていたのはミサカ19090号。

 

彼女が押入れで発見したブツはもうとっくに処分していた、ミサカにみられるのも嫌だがコイツに見られるのは数倍苦痛が伴う。

 

主に精神的な面でだが、この口煩い少女が七惟の性癖について知ったならばそれはもうアイテムどころか暗部の連中全員に知られかねない。

 

七惟は立ちあがると冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注ぐ。

 

家に絹旗を客として招いた訳ではないのだが、一応マナーだろうと思い絹旗の分も用意して彼女に渡すと、絹旗は目を丸くして驚いた。

 

「ちょ、超意外です……!七惟が私に麦茶を注いでくれるなんて!?これはもしや裏に何らかの意図が超あったりするんですか!?」

 

「ねぇよ、ねぇから黙ってさっさと飲みやがれ」

 

「やっぱり超納得出来なーい!七惟って超絶対こんなキャラじゃないですよ!?」

 

普段より余計に超超入れているあたり絹旗は驚いているのだが七惟はそんな絹旗に構わずテレビのスイッチをつけた。

 

「んで?てめぇは此処にいて何をするつもりなんだよ。俺と一緒に衣食住でもするつもりか」

 

「あ、よくわかりましたね。流石は超七惟。でもそんなことしたら私が七惟に超襲われるかもしれないんで、却下です」

 

「誰がてめぇみたいな水平女に欲情するんだ、教えろ」

 

「す、水平!?私の何処が超水平って言うんですか!」

 

「知るか、でも尻は出てるな。安産型で良かったじゃねぇか」

 

「な、な、七惟ー!」

 

絹旗は窒素装甲を展開して七惟に飛びかかる。

 

七惟は面倒そうに横目でそれを見やると距離操作を行い飛びかかってきたところで絹旗を玄関まで転移させた。

 

「うげッ!?」

 

年頃の少女らしくない気持ちの悪い声と共に絹旗が廊下にズシン、と落ちて部屋全体が揺れる。

 

「くぅー……超忘れてました、七惟にはこれがあるんでした」

 

とぼとぼと歩いてくる絹旗、ちなみに窒素装甲を展開していたので衝撃はあったが痛みは無い。

 

七惟もそこらへんを考慮して飛ばしたあたり、こんな奴相手に手加減するなどやはり自分は変わったのだと思っていた。

 

「結局どうすんだよ」

 

「まぁ、麦野がどういうつもりか知りませんが基本的に監視を超続けますよ」

 

「ホントに一緒に生活するつもりかお前は」

 

「それこそ超まさかです。近くに私も家を借りてるので夜は基本そこですよ、昼間の時間帯は此処に着ますけど」

 

「……なんつう迷惑な輩だ」

 

「むしろ麦野がこれくらいで済ませてくれたことに超感謝すべきですよ七惟、その気になれば麦野は貴方と一緒にいた隣人を殺処分することくらい超朝飯前ですから」

 

「ッチ……」

 

七惟は視線をテレビ画面に戻し、つまらないトーク番組をぼーっと眺めていた。

 

今までは監視する側だった人間が突如として監視される側の人間になってしまうとは呆れたものだ。

 

そこである疑問が浮かんだ。

 

七惟が今監視している上条当麻と彼は同じ学校に通っており、昼間も問題なく監視出来る。

 

しかし今回七惟を監視するであろう人物の絹旗最愛は学生ではなく、昼間学校に居る七惟を監視出来るとは到底思えないし、この問題をクリアするためには絹旗自身が七惟達の通う学校に入学しなければならないのだが、彼女はどう見ても中学生だ、肉体的に無理がある。

 

まぁ昼間だけ自由を楽しむとするか、と七惟は考えていたわけだがそんな彼の思考を読みとったらしく絹旗が声をかける。

 

「あ、ちなみに学校では他のアイテムメンバーが七惟を超監視してるんで」

 

「ぶッ!?」

 

考えを読みとられた七惟は口に含んでいた麦茶を吹きだしそうになり慌てふためる。

 

「今回のために特別入学させたんですよ」

 

「ホントにお前ら何でもアリだなおぃ」

 

「何を超今更、って感じですけどね。七惟だって1年前までは結構深い場所に居たじゃないですか。高校に入ってからは裏の比較的浅い部分で活動してたみたいですけどね」

 

七惟は1年前、つまり一方通行に敗れる前までは絹旗達と同じようにかなり暗部の深い部分に足を突っ込んでいた。

 

しかし、敗れた後はどういうわけか彼に入ってくる指令は以前に比べて簡単なモノになっていき、やがては下位組織に降格され、最終的には上条の監視以外の命令は無くなった。

理由として考えられるのは、この学園都市にやってきた時から七惟の能力開発に携わっていた男が、一方通行の実験にオールレンジを使おうと提案したこと。

 

提案通り実験は行われたが、その結果男の思い通りの数値を出せなかった七惟は怒りを買い、そして男も周りの研究者達から馬鹿にされ、その腹いせに組織から追放されたのだろう。

 

おかげで高校の1学期は暇を持て余して頭がはげそうだった記憶は今でも鮮明に残っている、今ならば上条や土御門と何かしたり、ミサカをバイクに載せたりとしていたかもしれないが、あの時期の自分は相当に暇人だった。

 

「誰が来んだよ、麦野とかマジで止めろ」

 

「麦野が来るわけないでしょ?まぁ誰かは明日の超お楽しみですよ」

 

そう言って絹旗はウィンクを飛ばしてきた、見た目小学生の子供から誘惑されているようで七惟はぞわぞわと鳥肌が立つ。

 

「気持ち悪いから二度とすんじゃねぇ」

 

「なっ!?超失礼な!」

 

 

 

 

 



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刺客-2

 

 

 

 

大覇星祭まで1週間と迫ったある日、その少女は唐突に七惟達のクラスにやってきた。

 

 

 

 

 

「男子生徒の諸君喜べー!そして女子の皆さんは新しい仲間を優しく迎えてあげてください。転校生の滝壺理后さんですー」

 

夏服のブラウスに黒いスカート、何処からどう見ても七惟の学校の制服を纏った滝壺理后が教壇の上で子萌によって紹介されていた。

 

男達は滝壺を見て野太い声援を上げ、女子からは何やら腹黒い視線も飛ばされているがおそらく気のせいだろう。

 

「あぁ!転校生属性やなんて俺の大好物や!滝壺さんよろしゅう!」

 

エセ関西弁が飛んだと思うと、前の男が「また上条の被害者が!」などと叫んでいる。

滝壺が眠そうなうつろな目でざっと教室全体を見渡すと、自然と一番後ろの席で頬杖をついている七惟で止まった。

 

七惟はその視線を意識しないよう、柄にもなくバックから教科書を取り出して目を通す、もちろん文字は読んでいない。

 

よりにもよってあの滝壺が転入生かよ……。

 

七惟は滝壺理后が苦手である。

 

アイテムのメンバーとは一応全員と面識がある。

 

麦野を始めとした絹旗やフレンダはどちらかというとやかましく活発で、面倒なタイプなので適当にあしらうだけでいい。

 

しかしこの滝壺は適当にあしらっていても、彼女自身が普段からぼけえっとしているため、こちらも考えていることを掴みにくい。

 

彼女のようなタイプは初めてなため、どう接すれば絹旗のように身を引いてくれるかというのが分からないのだ。

 

それに滝壺のことは七惟は全く知らない、能力やレベルも年齢も七惟の頭の引き出しの中には入ってはいない、彼にとっては謎の少女だ。

 

まぁこの様子を見る限り今日は周りの男子生徒が喧しくて自分の監視どころではないだろう、と七惟はたかをくくる。

 

ただ自分の隣の席の土御門が青髪ピアスのようにワーワー叫んでいないことが頭の隅で気になっていた。

 

「では滝壺ちゃんは七惟ちゃんの隣ですね、机を教室の隅に用意しておいたので誰か手伝ってあげてください」

 

……なんてことしやがるあの幼女。

 

我先にと野郎共が滝壺のモノになるであろう机に向かっていく、七惟や上条はそれを冷めた目で見つめ、土御門は何だか険しい表情で滝壺を見つめている。

 

僅か1分も経たないうちに滝壺の机と椅子は七惟の隣に収まり、これで一番後ろの席は右の廊下側から青髪ピアス、土御門元治、七惟理無、滝壺理后、上条当麻と問題児揃いの恐怖の時限爆弾ラインを形成した。

 

ちなみにクラスの三馬鹿であった上条達を纏めてデルタフォースと呼ばれていたが、最近七惟も何気に彼らとつるむようになってきたあたりクラスのバカルテットと呼ばれ始めている、これが5人になったら何になるのやら……。

 

このクラスは学校のアフガニスタンやら無法三角地帯と呼ばれているがこの面子を見る限りそれも仕方がない気がしてきた。

 

滝壺は七惟の隣にゆるりと座ると、こちらをじーっと見つめてくる。

 

おいおい、そこは一級フラグ建築士の上条当麻のほうに「よろしくね上条君!」とか何だか明るい声で挨拶をするのがセオリーなんじゃないか。

 

机に頬杖ついて教師にガン飛ばしている自分を見てどうするんだ。

 

「なーない」

 

「もしかして俺のことかコラ」

 

「そうだよ」

 

「……んだよ」

 

「よろしく」

 

「俺みてぇな奴に言う言葉かそれは……」

 

こうして七惟を監視する新しいクラスメイト、滝壺理后が此処に誕生した。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

今朝は滝壺理后がまさかの転入で腰を抜かしそうになった七惟は、昼休みになると疲れからか机にへばりついた。

 

あの後滝壺がいったいどういう監視方法で来るのか、と身構えていたが彼女はこちらに身体と頭をほんの少しばかり向け、ぼけーっとした表情でずっと一点を見つめ続けているだけだ。

 

その視界の中に自分が入っていることすら怪しいが、監視役として送られてきたのだから油断は出来ない……はずが。

 

休み時間に入ると彼女は周囲を男子・女子生徒達に囲まれて監視どころではなくなっていた。

 

人ゴミの中、滝壺はそれは不快だという表情すら見せず相変わらずの表情で受け答えしていた。

 

このクラスには姫神愛沙という人物もいるが、それを遥かに超える緩さとぼけ・天然キャラっぷりであっという間にクラスに溶け込んでしまった。

 

むしろこれだけ濃い人物が一瞬で溶け込めてしまうクラスのほうに問題があるのではないかと七惟は疑ったほどだ。

 

「ななたん、お前あの転校生と知り合いなのかにゃー?」

 

「あん?」

 

話かけてきたのは土御門だった、彼は今朝滝壺がこのクラスにやってきてから何かと表情が難しい。

 

暗部に未だに片足を突っ込んでいるような人間の七惟はそれが『疑い』の眼差しを向けられているのだということが何となく分かった。

 

それと同時に、この土御門という男も七惟同様……いやもしかしたらそれ以上にどっぷりと闇に染まっている人間かもしれないということが予想出来た。

 

普段はおちゃらけていて、全くもってそんな雰囲気をこれまで感じたことが無かった七惟はそれだけで土御門がプロの人間であるという考えに直結する。

 

「別にな、ちょっとした知り合いだ。それ以上それ以下でもねぇ」

 

「そうかにゃー?滝壺のほうは授業中はずっとななたんのほうを見てたぜい?」

 

「そうかよ、別にアイツとは何もねぇぞ」

 

「なるほど、ななたんも上条属性の人間ってことかにゃー」

 

「あの一級フラグ建築士と一緒にすんじゃねぇ殺すぞ糞馬鹿」

 

上条は今青髪ピアスと共に七惟と土御門を含めた4人の食料を学食まで買い出しに行っている。

 

あの上条のことだからもう既に滝壺と何かしらの接点があったかと思っていたが、彼は未だに滝壺とは一言も喋っていないと言うし、滝壺のほうも上条を見向きもしない。

 

隣に監視対象がいるのだから周囲を気にせず監視し続けるという仕事根性なのか、それとも本当に興味がないだけなのか。

 

どちらにせよ、クラスの女子から囲まれている滝壺に真意を問いただすのは無理そうだ。

 

しかし滝壺もよくやる、と七惟は関心していた。

 

暗部に全身染まっているはずの彼女がこうも周りとコミュニケーションを取れるようになるとは。

 

それに彼女は最低でもレベル3はあるはずだ、生徒の10分の9が無能力者であるこの学校は、能力者に対して強いコンプレックスを抱いている者も少なくなく、それ故に孤立している者もちらほらいる。

 

上条や土御門、青髪ピアスのような特殊な例を除けば七惟だって親しい存在の人間なんざ一人もいない、1学期は完全に孤立していたのだ。

 

能力者であることを隠しているのかもしれないが、一応書類上では『能力者』であるということだけは記されているというのに……。

 

「買ってきたでぇー」

 

「お前ら勝ったからって大量に注文しやがって……」

 

負け組の上条と青髪ピアスが購買から食料を買って帰ってきたので、ひとまず昼食だ。

 

考えるのはそれからでも問題ないだろう、今のところ彼女からそれらしい敵対心や殺意、プレッシャーは感じてこないのだから。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

学校の授業も終わり、今は下校の時間帯。

 

七惟にとってこの一日は朝からとんでもない爆弾を仕掛けられていただけであり普段より数倍疲れが溜まっているのが分かった。

 

昼休み以降は滝壺がクラスの男子女子から囲まれることもなくなり、午後は本格的に監視が始まるのかと思ったが午前中と同じで特に変化は無かった。

 

七惟自身も特別身構えることもなかったが、気は抜けないのでメンタル面での摩耗は隠しきれない。

 

「帰ろうぜ七惟」

 

声をかけた上条の周辺にはいつもの二人、青髪ピアスと土御門はいなかった。

 

「あの馬鹿二人は?」

 

「もう帰っちまったよ、何でもやることがあるんだにゃーとか言って消えちまった」

 

「やること……ねぇ」

 

青髪ピアスのやることが何かは想像出来ないが、おそらく土御門が帰ったのは七惟理無と滝壺理后が何者かということを調べるためであろう。

 

ちらりと隣の滝壺を見ると、道具を片付けて帰宅の準備中であった。

 

七惟のことはどれだけ調べようが所詮と下組織のさらに下っ端である、ということくらいしか出ないがこの滝壺という少女は『アイテム』という重要な役割を担っている組織の少女だ。

 

土御門がどれだけの権限を持っているのかは分からないが、あまりに暗部では有名な組織であるため彼が突きとめるのも時間の問題だろう。

 

七惟が最後に滝壺を一瞥して席を立つ、すると。

 

「なーない」

 

「あン?」

 

滝壺が声をかけてきた。

 

「どうかしたか」

 

「一緒に帰ろう」

 

「はァ!?」

 

盛大に自分でもこけているのが分かった。

 

「一緒に……だぁ?」

 

「それが私の仕事だから」

 

相変わらずぼんやりとした表情でこちらを見つめてくる滝壺に七惟は困り果てる。

 

彼女の場合おそらく『嫌だ』と言ってもだらだらとこちらの了解無しに着いてくるであろうし、ここで『いい』と言ったものならばそれこそ二人の登下校を発見した誰かが土御門にそのことをもらしかねない。

 

最近比較的平和な日常を過ごしていた七惟としては、どちらとも避けたいところ。

 

ここは上条と一緒に帰宅すると言って難を逃れるしかない、が……。

 

「そっか、七惟は滝壺と放課後デートか……ちくしょうめー!俺は一人で帰るから勝手に行きやがれ!」

 

何を勘違いしたのか上条がそんなことを叫びドタバタと教室から出て行く、『他の奴と帰る』という方法を奪われた七惟は途端に窮地に立たされた。

 

如何せん七惟はつい最近になって『友人』と呼べるような関係が築けたばかりで、こう言う時の断る方法に関しては全くの無知だ。

 

「……」

 

「……」

 

三点リーダーが得意技の滝壺は変わらぬ表情でこちらを見つめ続けている。

 

助けを求めようにも此処にはバカルテットの仲間は一人も居ない、追い詰められた七惟はとうとうしびれを切らしてしまい、

 

「わあったよ!一緒に歩きゃあいいんだろうが!」

 

と一人で喚き散らしながらトビラへとずかずかと歩いて行く。

 

「おぃ、滝壺。さっさと帰んぞ!」

 

「なない、こえが大きい」

 

「るさい!」

 

こうして凸凹コンビの二人は否応なしに一緒に下校することとなった、二人は校門を出て下校ルートを無言で歩いて行く。

 

その背後から金髪でサングラスをかけた男がつけているのも知らずに……。

 

 

 

 

 



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刺客-3

 

 

 

 

 

「……」

 

「あ、七惟じゃないですか。超疲れた顔してますが何かあったんですか」

 

家に帰った七惟を待っていたのはリビングでお菓子を頬張りながらテレビを見て、くつろぎまくっている感を周囲に撒き散らしていた絹旗だった。

 

確か鍵をかけたはずだが、と七惟は自身の記憶を辿るがコイツらにそんな常識が通じないことを思い出し、諦めの表情を滲ませる。

 

あの後結局七惟は滝壺と一緒に下校したのだが、特に二人とも喋ることなく各々家へと帰宅したのだ。

 

二人の空間を支配する妙な空気に七惟は疲れ果ててしまった。

 

「転入生が滝壺さんで超驚いたとか?」

 

「お前らの策にハマったようでそれを認めるのは嫌だがな」

 

「その顔だと嬉しくなかったみたいですね、麦野のほうが超良かったですか」

 

「んなことたぁ微塵も思ってねぇから安心しろ」

 

絡んでくる絹旗を押しのけて七惟はデスクへと向かいコンピューターを立ちあげ、今日のメールを全てチェックする。

 

そんな七惟を余所見しながら絹旗の意識はもうテレビへと戻っており、こちらのことなどまるで空気扱い。

 

いったいこの家の所有者は誰なのだと疑いたくなるような風景だ、そもそも違う暗部組織に属している二人がこんなふうに背中を向け合ってそれぞれのやりたいことに集中しているのは異常な状態だ。

 

もしもこれがアイテムとスクールの面子ならば、3分後には死体が出来あがっているだろう。

 

七惟と絹旗でそんなことが起こらないのはちゃんとした理由もある、絹旗がどれだけ窒素装甲を操って七惟を攻撃しようが絶対に彼女の攻撃が届くことは無い、不意を突こうにも常に神経が張っている七惟の前で気付かれずに攻撃など不可能だ。

 

対して七惟は彼女が無駄だと分かっている攻撃などしないくらい頭が良いということを念頭にこのような態度を取っている。

 

さらにこの数日間どれだけ攻撃のチャンスがあったにも関わらず、仕掛けてこなかった彼女にある程度気を許しているというのもあるかもしれない。

 

それはもしもこの相手が麦野だったりしたならば大変な事態を巻き起こすであろうが、絹旗最愛という人間を知っての行動なのだ。

 

彼女は不意打ちをするような人間ではないし、多少なりとも交流のある人間を殺すような程染まってはいないと七惟は考えている。

 

「……掃討作戦、ねぇ」

 

七惟の目に留まったのは比較的報酬が高い暗部の仕事だった。

 

彼はその両肩に一〇〇〇〇〇〇〇〇の借金を背負っている、言い方はかっこいいがやはりみっともないし情けない。

 

「へぇー、仕事探しですか。でもそんなサイトで見ることが出来る報酬なんて私達のに比べれば超低いですよ」

 

「はン、命の危険を晒してまで早急に金が欲しいってわけでもねぇからな」

 

「それ、超やせ我慢に聞こえます。というかこの仕事他のに比べたら幾分か物騒な内容ですけどいいんですか」

 

掃討作戦と名されているこの仕事の内容はこういうものだ。

 

学園都市外部の近郊地帯で所属不明の勢力が数名建物内でうろついており、何やら空き巣まがいのことをやっているらしい。

 

目的は不明だが、学園都市に害を与える者である可能性も否めないためこの勢力の無効化、もしくはその実態を把握せよとのことだ。

 

えらく選択肢が両極端だが、学園都市としてもただの雑魚相手に無駄ないざこざや、外部で後を付けられるような事態の発生を招くためにも後者があるのだろう。

 

報酬は50万、結標の仕事の調度半額分で出来高のような制度もないが、これが一番報酬が高く尚且つ短時間でケリがつけられそうだ。

 

七惟は応募ボタンをクリックし、この仕事の請負人となった。

 

「あ、やっぱりこれにするんですね。背に腹は代えられないってことですか」

 

「どうとでも受け取れ。つうかお前付いてくんだろ?」

 

「そりゃあ超当たり前というか超当然ですね、久しぶりに七惟の暗部での働きを見てみたいですし」

 

「そうかぃ、好きにしやがれ」

 

この仕事が行われるのは三日後、それまでに一度くらい家の生活用品の補充するため買い出しに出かけたほうがいいかもしれない。

 

そう言えば、食料品が切れかかっていたような気がするが……。

 

七惟の食生活の基本はインスタント食品のオンパレードだ、レトルトカレーにレトルトハヤシライス、レンジで温める惣菜からカップ麺カップうどん。

 

一日の食費が1000円を超すコトなどまずない彼は、非常に栄養のバランスが悪い。

 

そのため週に一度は大豆のみで食事を終えるという習慣を無理やり根付かせ、それ以来は幾分かマシになったが、彼の体内にはいったいどれだけの添加物が蓄積されているのだろう。

 

料理が全く出来ないというわけではない、ある程度人並みはこなすことが出来るのだがやはり面倒なものは面倒なのだ。

 

台所の下の引き出しを開け、食材を確かめようとした身を乗り出したところで彼の動きが止まる。

 

「……絹旗」

 

「超なんですかー?」

 

「……お前俺ん家の食料、どうした」

 

「あ、そこにあったカップ麺なら昨日今日で全部頂きました。いやー、まさか七惟が私のために朝ごはん、お昼ごはんを用意してくれているなんて超驚きましたよ」

 

あはは、と邪気の無い笑みを浮かべる絹旗だがその真意はおそらく「そんな目の付くところに置いてる七惟が超まぬけなんですよ」とかだろう。

 

怒鳴り散らかしてもどうせこの少女相手には埒が明かないので、七惟は大きくため息をつくと財布を取り玄関へと向かう。

 

「あれ、何処に行くんですか」

 

「お前が食っちまった分の補充に決まってんだろ」

 

「そうですか、超ご苦労さまです!」

 

「……付いてこねぇのか?」

 

絹旗は身体はこちらに向いているがまだテレビの前から動いていない、七惟の監視を麦野から命じられているのだから此処は当然付いてくるものだと思ったが。

 

「七惟は私に超付いてきて欲しいとか思ってたりするんですかね」

 

「……別に」

 

付いてくるのが当然だと思っていたから、何だか付いてこないとなると調子が狂ってしまう。

 

それに、普段見ないコイツを知る良い機会だと七惟は思っていた。

 

だいたい家にいる間は互いにパソコン、テレビの前から一歩も動かず会話らしい会話もない、絹旗は夜の9時頃になると帰っていくし七惟もそういうものだと思っていた。

 

しかしあれだけ長い時間一つ屋根の下で、理由がどんなものであれ過ごしているのだから、もう少し互いを知っても悪くないのではないか。

 

超超うるさいだけの少女と思ってはいるが、もしかしたら意外な一面があるのかもしれない。

 

信じてはいないが、疑ってみるのは悪くはないだろう。

 

「まぁ、お前と買い物なんざこの期を逃せば無いだろうしな。気分転換には調度いいと思ったんだよ。それにどうせお前も食うんだから、自分が食うモンは自分で選んだほうがいいだろが」

 

「もしかして七惟おごってくれるんですか!流石です七惟、私は超見直しました!伊達に第3位のクローンに入れ込んでないんですね」

 

「入れ込む……ねぇ、まぁそう思いたいんならそう思ってろ」

 

このように絹旗はことあるごとにミサカ19090号のことを引き合いに出しては、やれ気に入っているとか、やれ付き合っているとか喚いてくる。

 

自分とミサカはそんな関係ではないと頭ごなしに言っても通じないだろう、七惟にとって彼女は特別な存在であるのは間違いないが、恋愛感情ではないと思う。

 

きっとこの感情は親族に対して向けるものと同じで、ミサカはまるで妹のような存在なのだ。

 

まぁ身内0人の七惟に親族関係が分かるのか?と突っ込んでしまえば元も子もないのだが。

 

「で?行くのか行かねぇのか」

 

「超行きますよ、フレンダの奴に超自慢してやります」

 

「なんでそこでフレンダが出てくんだか……」

 

絹旗はすぐさま廊下を駆けぬけドアの前で靴をはき始める、七惟もそんな絹旗を見てまんざらでもない表情をしながら出かける準備を始めた。

 

 

 

 

 



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未知との遭遇-1





後書きにちょっとしたお知らせがあるので、お暇な方は目を通してください。



 


 

 

 

 

 

学園都市からバスで15分ほど、だいたい都市のゲートから南に10km程進んだ位置には教会がある。

 

神奈川県方面へと繋がる道にあるこの教会は、周りは住宅地に囲まれており見事に風景に溶け込んでいる。

 

教会とは俗に言う『神様』を拝める場所であり、科学とは最も離れた場所に位置するオカルト関連の建物だが、科学サイドの人間が訪れていた。

 

その人間とは七惟理無+一人、絹旗最愛の二人だ。

 

「……見たところ何の変哲もねぇ教会だがな」

 

彼らは七惟のアルバイトでこの教会にやってきた。

 

仕事内容は『空き巣をやっている連中を捕縛もしくは抹殺』。

 

今日は学園都市では大覇星祭の初日が行われており、たくさんの人間が集まってお祭り騒ぎだった。

 

しかしそんなお祭りのすぐ近くで真っ黒に染まった仕事に手を出す人間がいることを、あの街の中に居る人間のどれだけが知っているのだろうか?

 

ちなみに七惟も午前中は競技に参加したが、午後からはこの仕事のためにボイコットし、幼女教師の怒りを買うのはもう目に見えているだろう。

 

「そういうところに意外に超潜んでたりするかもしれないですよ」

 

「人の気配、らしいモンもないがな」

 

時刻は深夜1時、普通の人間ならば家に帰って夢を見ている時間帯だ。

 

もし学園都市サイドが警戒しているであろう危険人物ならばこんな深夜でも動いていて不思議ではないが、目の前の教会からは人の気配が全く感じられない。

 

「情報によりゃあ数人の外部組織の人間が以前使ったアジトで、置き忘れていた道具やらを回収しているらしい」

 

道具を置き忘れたということは自分達の足跡を辿ってくださいと言っているようなものだ、裏で動く人間にとって遺留品はかなり重要な意味合いを持つ。

 

その道具の使い方から何処の国の出身か、何処の組織に属している者か、年齢、道具の状態から使用者の精神状態や性格まで割り出してしまうのだ。

 

仕事の内容はこの教会に潜んでいる者たちの捕縛、もしくは殺害としており、生け捕りの場合は報酬50万、殺してしまった場合は『殺し』がばれないように隠ぺい工作を行うため報酬は10万とガクンと下がる。

 

殺しが出来ない七惟にとっても捕まえる予定だが、いったいどの程度の武器や数がいるのか把握出来ていない状態では全員を生け捕りというのは難しい。

 

「で?お前入ってくんのか」

 

「私が付いてくるのは此処までですよ」

 

絹旗にこの仕事を手伝ってもらおうとは思ってはいなかったが、面と向かって拒否されると流石に幾分か気落ちする。

 

「私に超付いて着て欲しいんですか」

 

「さあな……。付いて来ねぇんならどっかに隠れてろ」

 

「まさか、私が怪我しないように心配してくれてるんですか七惟」

 

「それこそまさかだろ、お前がそう簡単に死なねぇくらい俺だって分かってんだよ、余計なこと言わせんな」

 

「ふーん……」

 

「……なんだよ」

 

「別に超何でもないです、仕事超頑張ってください」

 

「その言い方だと意味ありげに聞こえちまうがな」

 

実際七惟はコトのついでに絹旗に隠れていろと言ったまでだ、もし敵に見つかって騒ぎになってはこちらも動きにくいし、何より万が一のことも考えられる。

 

絹旗を人質に取られる可能性だって0ではないのだ、そうなった場合1年前や、数ヶ月前の自分ならば絹旗もろとも皆殺しにするか、絹旗を無視し攻撃をしていたに違いない。

 

しかし最近そういった暗部の仕事をそつなくこなすためには余計な感情や知識を身につけ始めた七惟にとって、そんな状況になってしまってはミスが生じる可能性がある。

 

そういうことも含めて絹旗には見つからないように、万が一が起こらないようにと思い隠れろと言ったのだ。

 

それに此処まで付いてきたのは彼女は仕事だから仕方ないとは言っているが、七惟がこんな仕事に応募しなければ彼女が此処まで来ることも無かっただろう。

 

少なくとも間接的に彼女の身に何かが起こる可能性を作り出しているのは自分自身なのだから、後味が悪くなるのは避けたに越したことはない。

 

だから、だと思う。

 

七惟は静まり返った教会に入ると、内部の電気は完全に落ちており窓から差し込む星や月の光だけが頼りになる状態だ。

 

こんな暗闇でライターでも付ければ一瞬で敵に見つかってしまうだろう、まあ敵がいるのかどうかがまず怪しものだが。

 

奥へと進み、礼拝堂ような場所に出たが、そこには大きな十字架が壁に掲げられている意外は特に怪しいモノも何もない。

 

その後も裏方にある倉庫や地下へと続く階段、周辺の施設も30分程粗方探してみたものの一切求めているようなモノはなく、手掛かりになりそうなもの見つからない。

 

それどころか数週間前に此処で戦闘が行われたとは聴いていたが、その名残のようなモノすらかけらも残っていなかった。

 

戦闘の規模がどれ程のモノなのかはわからないが、椅子も机も、窓ガラスも壁にも何一つ傷が入っていないことから眉唾ものかもしれない。

 

そもそもまだ教会としての機能を持っている建物をアジトにするなど、人目につきやすいし自分ならまず選ぶことは無い。

 

「外れ、か」

 

偶にあのサイトでは上層部が寄越した仕事をその下位組織がネットに流して代わりに七惟のような表と裏が曖昧な人間にやらせる場合がある。

 

上層部は下位組織を捨て駒のようにしか思っておらず、入手した情報の信憑性が限りなく0に近くてもやらせる場合がある。

 

確認もないまま作戦の内容が下位組織に伝えられ、それがネットに乗るためその過程において情報のやり取りは無くこのような無駄打ちが後を絶たない。

 

当然こういった収穫が0の場合報酬も0だし、ただの骨折り損となる。

 

「……ま、仕方ない」

 

最後に礼拝堂を回った七惟は、教壇を一瞥すると踵を返して出口へと向かっていく。

 

だが。

 

背後から一瞬何かが動く気配を感じると同時に、その背中目掛けて短剣が投げつけられた。

 

「外れたッ!?」

 

狙いは的確で間違いなく七惟の急所を射止める筈だった、しかしそれは七惟がその攻撃を知覚していなかったらの話だ。

 

僅かな気配を感じ取ったらそこから能力発動まで擁する時間は1秒足らず、放たれた短剣が七惟の背中に突き刺さることはなかった。

 

「ようやくお出ましか!」

 

それまで全く感じられなかった人の気配、いったい今まで何処に潜んでいたのやら分からないが出てきたとなればこっちのものだ。

 

散々無駄足を踏まされた七惟としては此処でそう安々と逃すつもりは毛頭ない、教会に並べられた長椅子を能力で引きちぎり短剣が放たれた方向の暗闇へと発射する。

 

ぐしゃりと潰れるような大きな音と共に教会全体が揺れ煙が舞う、その煙の中から逃げる者が居ないか目を凝らす。

 

煙の中から出てきたのは男二人に女一人、手には斧に短剣、そして長い槍をそれぞれ所持している。

 

学園都市の外を塒にしていることから外部の組織だとは思っていたが、まさかこんな原始的な武器だったとは。

 

「どんな野郎がいるかと思ったらえらくチンケなモンだな。何処の組織だてめぇら」

 

「お前こそ、何処の所属だ。こんな所まで追って来るなんて……ローマ正教か」

 

短剣の男の問いに七惟は眉を顰める。

 

「ローマ正教……?」

 

聞いたことの無い単語だが、敵の言葉だ。

 

耳を貸す必要もあるまい。

 

「いったいどんな術式を使ったか知らないが、次はないぞ。牛深!五和!」

 

七惟と正体不明の組織が正面からぶつかり合う。

 

闘いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 







新年あけましておめでどうとざいます、今年もよろしくお願い申し上げます。

これから更新ペースを上げる……と言っても、お正月の間に更新しまくる予定です。

何故ならばにじふぁんのデータ削除通知が2013/1/22です!

あっちのデータ消されたらもう更新出来ないんですよ!死活問題です!笑

そういう訳で、頑張っていきますのでよろしくお願いします。


 


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未知との遭遇-2

 

 

 

 

 

短剣の男の声と共に一気に斧を持った男が距離を詰めてくる、さらにその横からは短剣の男と槍の女が攻撃を重ねる。

 

流石にまだ不規則に動く物体の複数距離操作は出来ないので、七惟は即座に回避行動へと移ると同時に、先ほど飛ばした長椅子を三人の背後からこちら側へと高速移動させる。

 

「後ろです!」

 

長槍の女が攻撃に気付き声を上げる、三人は咄嗟に分散し数瞬前まで居た場所がぼろぼろの長椅子の直撃によりぐしゃりと潰れる。

 

「へぇ……!」

 

コイツら3人、戦闘慣れしてやがる。

 

分散した三人が三方向から攻撃を行う、振り下ろされた短剣を距離操作でかわし、斧を椅子でやり過ごし、槍の接続部分に金属片を転移させ破壊する。

 

食い下がる短剣の男は懐からガスライターを取りだし、それに『何か』を張りつけると、たちどころにガスライターは数個の炎の塊に変化し、炎は七惟に向かって飛んできた。

 

炎はどうやら追尾機能が付いているようで、いくら距離操作を行ったところでしつこく食らいついてくる。

 

七惟の顰めた顔を見て好機だと思ったのか、斧の男が側面から巨大な斧を振り回す。

 

前方には斧、背後には炎弾、誰がどう見てもチェックメイトだ。

 

「もらった!」

 

短剣の男が確信を持って声を上げるが、次の瞬間に斧の男が七惟と炎弾の間に転移し、そのまま斧と男に数個の炎弾が突き刺さった。

 

「ぐあああぁぁ!」

 

「牛深!?」

 

一瞬短剣の男に動揺が走り、スキが生じる。

 

そこを逃すものかと七惟は炎弾で傷を負った斧男を短剣の頭上に転移させる、斧男は地球の重力に従い短剣目掛けて落下した。

 

「ぐふぅ!?」

 

短剣は斧男の重みで押しつぶされて車に轢き殺された蛙のようになり、身動きが取れていない。

 

止めと言わんばかりに七惟は二人目掛けて折れた木片を可視距離移動砲で撃とうとするが、槍を再接続した女が視界に割り込み後ろへ下がる。

 

「五和!」

 

「早く態勢を!」

 

凛とした声と共に槍を振るうその動きには一切の無駄がない、此処1年ずぶの素人ばかりを相手にしてきた七惟は目を見張る。

 

リーチの長い2次元的な動きをする槍は、3次元の動きをする鞭よりは対処がしやすいがそれでも相手としては十分過ぎる。

 

七惟は教会の巨大な窓ガラスに目をつけ、頭上にある天井のガラス目掛けて椅子を発射し、砕けたガラスが雨のように二人に降り注ぐ。

 

堪らず女はその場から下がり、七惟はガラスを砕いた椅子を頭上に転移させ凶刃の雨をやり過ごす。

 

「どんな術なのか検討もつきませんが、これ以上好きにはさせません」

 

「んだと……?」

 

五和と呼ばれた女は槍を構えたまま床にタオルを置くと、置いた部分のみが淡く光り始める。

 

何か嫌な予感がした七惟はすぐさまその場目掛けてガラス片を幾つか吹き飛ばすが、起き上がった短剣男が女を庇うように前に出ると今度はガスライターで高熱の火炎放射を行う。

 

窓ガラスは熱で跡形もなく溶けてしまいその灼熱の炎は七惟目掛けて飛んでくる、七惟は距離操作を行おうと演算を開始するがそれよりも先に短剣の声が響いた。

 

「地脈の流れを変えろ五和!」

 

「はい!」

 

女がタオルで光っていた部分の地面を槍で思い切り刺すと、耳を劈くような高周波が辺りに響き渡る。

 

その直後七惟目掛けて放たれた火炎放射は炎の渦のように一気に天井まで昇ると、津波のように流れてきた。

 

「ッ!?」

 

その変化に思わず七惟は嫌な汗が流れるのを感じる、死に物狂いで今度は幾何学的距離操作を行い炎と酸素の関係を希薄にしていく。

 

炎の渦は七惟に襲いかかる前のぎりぎりで鎮火し、赤一色で覆われていた視界が一気に晴れて短剣の無防備な姿が露わになる。

 

そこを即座に狙い動きを封じるべく、今度は四方から長椅子を引きちぎり可視距離移動砲を発射する。

 

短剣は回避を考える暇すら無かったはずだが、

 

「泣いて謝ってももう遅いぞ!」

 

消えたはずの炎が今度は短剣と槍女を守るように地面から吹きだし、飛ばされてきた長椅子を瞬時に焼き尽くす。

 

その炎は持続的に燃え続けており炎の壁となって二人を守る、壁の内側で男はさらにガスライターを取りだしたようで、上空へと放り投げた。

 

「炎よ、我が敵を撃て!」

 

三本の直線的な炎の線が七惟目掛けて凄まじいスピードで放たれる、互いの距離は5M程で今から演算をしても絶対に間に合わない。

 

「ッ!?」

 

距離操作を行う余裕も無くなり、ぎりぎりのところで横っ跳びをして炎を避けるも、休む暇を与えるものかと第二派、第三派が放たれていきこちらに考える時間を与えさせない。

 

これ以上攻撃を続けられれば本当に不味い、何とかこの状況を打破しなければ負けてしまう。

 

しかし可視距離移動砲は灼熱の炎で守られているあの二人にはここら辺にあるモノでは焼き尽くされる。

 

此処は相手を殺傷してしまう可能性がある転移攻撃を行わなければ状況は好転しない、しかし『相手を殺してしまう』という恐怖が七惟の心を束縛しブレーキをかける。

 

他の手段であの炎壁を攻略しなければ、後味がよろしくない。

 

状況を整理してみると、今分かっているのはあの槍女がタオルが置かれた地面を突き刺したことにより、あの男の扱う炎が比較にならない程強大になったということだ。

 

発火能力者と戦ったことはあるが、こうも一瞬でこのように次から次へと大業を掛けられたことのない七惟にとって、あまりにこの攻撃は辛すぎる。

 

「待てよ……地脈ッ」

 

確かあの男は『地脈』がどうたらこうたらとか言っていた、

 

あの短剣と槍が能力者なのかどうか七惟は知らないが、とりあえず地面が関係している能力ということは間違いない。

 

ならば答えは決まっている、この地面を砕けばその脈とやらも一緒に途絶えてしまうはずだ。

 

「炎よ、その者の罪を業火で焼き尽くし救済せよ!」

 

今度は三個のガスライターを上空へ放り投げたらしく、その三つは爆発し槍のような形の炎になるとこちら目掛けて猛スピードで突っ込んでくる。

 

座標を捉えきれない七惟は距離操作を諦め幾何学的距離を操作するが、あまりの早さに狙いを定めきれない。

 

一発目が外れ槍が地面に突き刺さり爆発する、風圧で七惟は壁まで吹き飛ばされ、動きの止まったところに容赦なく2発目と3発目が飛んでくる。

 

「どんだけガスライター持ってんだよあの野郎は!」

 

七惟はホーミングする槍の軌道が直線的になったのを確認し、立ち上がり今度こそ幾何学的操作を行い槍を消し去る。

 

一発目の槍が突き刺さった部分は深々と抉れ、原型が全く分からない。

 

もし地面が関係しているのならば、このように自分達が進んで地面を破壊してしまうわけがない、きっと他に何かがあるのだ。

 

あの炎の壁に向かって幾何学的操作を行って鎮火しようとも後から後から炎は噴き出してくるため、やはり地面に何らかの小細工があるとは考えずらい。

 

もっと根本的なモノなのだ、脈……脈を変えた、繋げた……別つ者を絶つ……。

 

せめてその脈と言うモノがどんなものなのか分かればどうとでもなるのだが、それらしい何かは全く思いつかないし、今までの経験で脈がどうたらと言っていた発火能力者にそもそも会ったことがない。

 

「……まさか」

 

槍で地面を突き刺した、おそらくこれで脈とかいう得体のしれないモノを弄ってしまったはずだ。

 

その槍を中心に楕円形で炎の壁が築かれている、温度はおそらく数百度に達している筈だが中に居る二人は苦痛の声すら上げる気配がない。

 

おそらく、あの槍がこの異常現象の原因となっているはずだ、槍を抜くか破壊すればこの炎壁は消え去るだろう。

 

しかし今の自分には引き抜くことも、それを破壊することも出来ない。

 

やれることと言えば……先ほどと逆のことだろう。

 

今あの槍は訳のわからない原理で使える分だけの炎を生み出していると考えられる。

 

永続的に炎は発生し続けており、幾何学的操作で酸素を減らしても一向に鎮火する気配は無いが、永続的に燃えるということは弱まることは無いと言うわけだ。

 

逆に炎の威力を強めて、使える分以上の……能力を超えた炎が生み出されれば。

 

七惟はにやりと口端を吊りあげ、早速演算に取り掛かる、その間もあの二人からの攻撃は絶えることなく七惟を苦しめたが。

 

「な、なんだ!?」

 

「香焼さん、炎の様子が……!」

 

七惟が幾何学的距離をいじくり回したことにより、炎の勢いは先ほどとは比べ物にならない程強くなり、その勢いは教会の天井まで届くばかりが屋根を焼き始める。

 

異常な事態を感じ取ったのか、中から慌てふためく声が聞こえる。

 

「五和、槍を!」

 

「だ、ダメです!地脈から得られるエネルギーの大小を操作するには一度槍を抜かないと……!」

 

「抜くと炎の壁が失われるのか!?」

 

「で、でも抜かないと私達が焼かれてしまいます!」

 

「く……!抜いてくれ!」

 

苦渋の決断と言ったところか、地面から吹きだしていた炎が七惟の距離操作の時よりも早く、というよりも一瞬で消えさった。

 

無防備な姿が露わになったところで、七惟は集中力を限界まで引き出し手元にあった瓦礫の岩を可視距離移動砲で飛ばす。

 

短剣は一直線に飛んでくる瓦礫を避けようと射線上から逃れるが、七惟は読んでいたとばかりに再度距離操作を行い、その勢いを殺さず避けた方向へ今度は転移させる。

 

 

「な……そんッ!?」

 

短剣が言い終わる前に瓦礫の塊は直撃し、斧の男の遥か後方まで吹き飛ばされ壁に叩きつけられ、完全に気を失った。

 

残されたのは槍をもった女だ、女は再び光っている地面に向けてその槍を突き刺そうとするが。

 

「ッおせえよ!」

 

「はぅッ!?」

 

七惟の可視距離移動砲が女の槍に当たり、今度は接続部分諸共跡形もなく吹き飛ばした。

 

脈を弄る道具と攻撃手段を同時に奪われた女の顔が一気に強張り、じりじりと後退するが、そんな行為の内に七惟は時間距離を操り女の動きを鈍化させる。

 

「こ、これは!?」

 

「……ふぅ、ようやくかよ」

 

時計を見ると、戦闘開始から10分程が経過していたがようやく終止符がうたれた。

 

七惟は頭をぼりぼりと掻くと、動きが遅くなった女を無視して短剣と斧男をホームセンターで買ってきたロープでぐるぐると柱に縛りつける。

 

気絶していた男二人は近寄って顔を見てみれば意外に若く、自分とあまり変わらない年齢だ。

 

「わ、私達をどうするつもりですか!」

 

相変わらず走る動作が終わっていない女はまだ抵抗の意思を見せる、その諦めの悪さに呆れ、七惟は女の隣に立つと深いため息をついた。

 

この女も、まだ少女と言った感じだ。

 

えらく若い組織のようだが、学園都市にもアイテムという女子高生+女子中学生で出来た暗部組織があるため何ら不思議ではない。

 

「どうする、か。少なくとも骨すら残らねぇんだろうな」

 

「……!」

 

七惟の言葉に少女の顔が恐怖で歪む、それを見ても七惟の表情は悪役らしく喜ぶことはなく疲労の色が深く刻まれるばかり。

 

「つうか、お前ら学園都市の近くで何してやがった。それにお前らは能力者か?ガスライター使って火炎放射する奴は今まで何度も見たことがあんが『地脈』とやらを扱ってどうたらこうたらってのは初めてだぞ」

 

「学園都市……?」

 

「とぼけんじゃねぇよ、お前ら学園都市を潰そうとしてる外国から雇われた組織なんだろ」

 

「あ、貴方はローマ正教の人間じゃ……」

 

「ローマ正教?……んだそりゃ」

 

「法の書の後始末をするために寄越された刺客じゃない……?で、でも十字教における地脈の攻略は……」

 

法の書?十字教?何のことだか七惟はさっぱりわからない。

 

「……さっきから何言ってんだよお前は」

 

少女の話す固有名詞は今まで聞いたことのないものばかり、何だか宗教絡みのようなモノも感じるがそれとは最も遠い位置に存在している科学の人間にとっては理解したくても理解しようがない。

 

「貴方は学園都市の人間なんですか?」

 

「まあ、そうだが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か、上条当麻っていう方を知っていますか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女が口にした名前は、七惟にとっては非常に重要な意味合いを持つ人物であり、どうしてこのような得体の知れない奴らから彼の名前が出てくるんだと思うと同時に、このような得体のしれない連中にまでフラグを立てているかもしれないクラスメイトに関心した。

 

 

 

 

 



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天草式十字凄教

 

 

 

 

 

「上条当麻……ねぇ、アレがどうかしたのか」

 

「か、彼に連絡を取ってください!天草式十字凄教の五和と言ってくれれば分かるはずです!」

 

五和は追い詰められたこの状況で、もしやと思い機転を利かせてみたのだがそれが見事に上手くいきそうだ。

 

正体不明・術式不明の襲撃者がやってきて、切り札である地脈を使った攻撃すら破られた時はどうなることかと思ったが、もしかしたら助かるかもしれない。

 

それに彼がローマ正教の人間でなく科学サイドの人間だと言うのならば、魔術と科学の均衡を保つためにも此処で自分達を殺害したりすることはないはずだ。

 

少なくとも自分や仲間達を拘束しているこのロープは解いてくれるだろう。

 

「……お前、アイツといったいどんな繋がりなんだよ」

 

「そ、それは……以前共闘した同志なんです」

 

「そもそも天草式十字なんたらってなんだ、えらくオカルト臭いがお前らいったい何者だ」

 

「十字教の教えの一派なんです、日本に根付いた宗教です」

 

「宗教……?」

 

先ほどから彼は魔術関連のワードに対して疑問符を浮かべるばかりだ、おそらく魔術サイドに関して全く知識がないのだろう。

 

これは根本から説明していく必要があるが、とにかく彼の疑問の雲を振りはらわなければいつ殺されるか分かったものではないし、上条当麻に連絡を取ってもらうのが最優先だ。

 

「上条当麻さんなら、分かっていると思います!だから!」

 

「……はッ、そこまで言って奴が『天草式の五和など知らない』って言ったらどうなるかわかってんだろうな」

 

そう愚痴りながら少年は携帯電話を取り出した、五和は祈るような気持ちであの少年が電話に出てくるのを待つ。

 

『はい、上条です』

 

スピーカーから彼の声が聞こえたのを五和の耳が感じ取った、それと同時に全身に走っていた緊張が一気にほぐれて行き力が抜ける。

 

「おぃサボテン」

 

『七惟か?お前どうしたんだよこんな時間に、競技も途中から出てなかったみたいだし』

 

「今野暮用で学園都市の外にいるんだが、そこで妙な連中に会った。ソイツはお前の知り合いとか言ってな、『天草式の五和』とか言ってんだが……知り合いか?」

 

『あ、天草式!?お前アイツらと今一緒にいるのか!?』

 

「まぁな、武器を持って俺を攻撃してきやがった。挙句ガスライター使って発火能力者まがいなこともやってのける、コイツら何者なんだ」

 

『それは……その』

 

「……はッ、そういうことかよ」

 

『お、おい七惟』

 

「言いたくねぇんだろ、別に無理強いするつもりじゃねぇしな」

 

『悪い……』

 

「とにかく知り合いなんだな、コイツらは。じゃあな」

 

上条から七惟と呼ばれた男は通話を切り、こちらに視線を戻す。

 

「どうやらホントに知り合いみたいだな……いったいどんだけアイツは女に手を出せば気が済むんだ?」

 

少年はため息をつき更に呆れたまなざしで五和を見つめると、ロープで縛った3人を見やる。

 

「良かった……」

 

「何を安心してるんだか、俺はまだお前らを逃がすとは言ってねぇ」

 

「……!」

 

再び五和の身体に緊張が走る。

 

確かにそうだ、いくら彼と交友関係のあった上条当麻の知り合いだからと言って、それが此処で五和達を逃がす口実にはならない。

 

こんなところまでやってくるなんておそらくこの少年はプロの人間だ、もし自分達にとって有害だと分かれば即処分してしまうに違いない。

 

「私達は学園都市を攻撃するつもりなんて、ありません!別の組織が学園都市を含む世界を危機に陥れようとして、それを防いだ際に使ったこの場所の後処理に来ただけなんです!」

 

幾分か誇張された言いようだが、少なくとも言っていること全てが間違いではないので気にしない。

 

とにかく今は彼を納得させるように喋らなければ……。

 

「別の組織……か。まさかな、お前ら『魔術』と呼ばれる側の人間なのか」

 

「……!」

 

魔術に関して全く知らないと思っていたが、まさかこちら側の情報を少しは持っているのか。

 

「こういうことやってるとそういう情報だって流れてくるモンなんだよ。魔術というのは科学と敵対する勢力だと聞いててなぁ、益々お前らを此処で野放しにするこたぁ無理になってきたな?」

 

確かに魔術と科学は敵対する勢力同士だが、今はその二つの勢力が微妙なバランスを保っているので世界は比較的平和な状態と言われている。

 

もしここで小さないざこざが起きたとして、その小さなわだかまりはまるで雪だるまが坂を転がるようにドンドン騒ぎは大きくなっていく。

 

少年が五和に近づいてくる、彼女も今はロープで縛られている身だ、もしここでこの少年が攻撃してくればそれを防ぐ手段はない。

 

「お前らが魔術と呼ばれる側の人間だとして……本当に学園都市に対して攻撃を行うつもりが無かったか、吐いてもらおうか」

 

少年がぬっとその右手を伸ばす、身体が恐怖でひきつり、目をぎゅっと閉じる。

 

「や、やめろ!」

 

遠くから目を覚ました香焼が叫ぶと、少年は近くにあった木片を香焼の土手っぱらに飛ばし、それがめり込むと同時に彼は再び意識を手放す。

 

今から行われるであろう拷問を考えれば考える程嫌な汗がだらだらと流れる。

 

「お前、心の距離って知ってるか」

 

「心の……距離?」

 

その意味が分からず、どういうことだと考えてみるが……。

 

辿りついた答えに鳥肌が立った。

 

肉体的な拷問ではなく、精神系の拷問を行おうと言うのか。

 

「俺が操るのは『距離』だ、その距離は二点間距離・時間距離じゃなくて幾何学的なモノも操ることが出来る。例えばお前と上条当麻の心の距離を、お前と俺で再現したりとな」

 

「ま、まさか……!?」

 

「お前はだいぶあの馬鹿を慕ってたようだが、そいつと同じくらいの距離に位置する人間に、嘘がつけるか?」

 

少年の右手が五和の頭の上に置かれると同時に、目の前の少年が一気に自分の心を表層を食い破って深層まで入ってくるのが分かった。

 

相手の目を見ると、もう何もかも彼に話してしまおう、きっと彼なら分かってくれる、などという甘い考えが脳を支配させる。

 

目の前にいる男が、あのツンツン頭の少年のように優しく語りかけ、自分の頭をゆっくりと撫でているような錯覚に陥った。

 

自分がふぬけた顔になっていくのが理解出来る、本能を必死に理性が押さえつけようとしているがその力も時間が経つに連れてドンドン薄れて行く。

 

これ以上のことがあればもう我慢し続けるのが無理なことがはっきりと分かる程、五和は少年に気を許してしまっていた。

 

「五和。学園都市を攻撃しようと思っていたか?」

 

「そんな……わけはない……です」

 

自分達を襲撃して、香焼を壁まで吹き飛ばし牛深を5M程の高さから落下させ、3人をロープできつく縛りあげている男に心を開こうとしている自分。

 

そんな自分にいら立つどころか、もっと心を開いて良いと、開きたいと脳が告げている。

コレほどまで効果的な拷問を、未だかつて五和は聞いたことがなかった。

 

意識が朦朧とし目の焦点がずれ、今自分を拷問にかけている少年の輪郭すらその眼で捉えることが出来なくなってきた。

 

「それは天草式全体の意思か?」

 

「……教皇代理も、学園都市を……攻撃しようだなんて、思っていません」

 

「…………」

 

次の瞬間、すっと七惟の右手が五和の頭から離れたと思うと、目の前の男がしっかりと確認出来、一気に心の装甲を閉じる。

 

「な、何をやったんですか!?」

 

「さあて、な……」

 

数瞬の間をおいて、少年は五和を縛っていたロープを解いた。

 

「これは、どういうつもりなんですか」

 

「そのまんまの意味だろ、もう俺の用は済んだ。好きなようにすりゃあいい」

 

少年は右手をひらひらと振りながら背を向けて外へと出て行く、状況を理解出来ない五和はただそこに佇むだけだったが、ようやく自分達が助かったのだということは理解することが出来た。

 

「距離を、操る……心の距離を」

 

距離を操る能力者。

 

もし彼が本気になれば、自分が上条当麻に抱く感情以上に距離を縮めることが出来たに違いない。

 

そうすればもっと根本的なことを色々聞き出せたはずだ、天草式の目的から十字教の存在意義、そして天草式のアジトのことなど。

 

しかしそれをしなかった、プロであるはずのあの少年がそこまでしなかったのは、何故なのだろうか。

 

「七惟……」

 

五和は最後に襲撃した少年の名をふっと零した。

 

そして数分、彼が歩いて行った方向を見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、七惟じゃないですか。超遅かったですね、そんなに手ごわい相手だったんですか」

 

 

「知るか、散々相手してやった挙句唯の骨折り損だったんだ、気分が悪いからひっついてくんじゃねぇよ」

 

 

「まさか超皆殺しですかッ」

 

 

「んなわけあるか、胸糞わりぃ。帰んぞ絹旗」

 

 

 

 

 



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Ⅴ章 二人の距離
大覇星祭-1


 

 

 

 

 

大覇星祭も最終日を迎え、いよいよクライマックスが近づいていた昼下がり、どういうわけか七惟と滝壺は二人して競技場に向かっている。

 

流石に競技中は学生である自分が姿をくらませては不味いと思い、初日のあの天草式との一件以来大人しく競技に参加していた七惟だった。

 

七惟の学校の順位は例年通り下の中くらいで、目を引けるような活躍も無く終わっていくはずだったが……。

 

今年は例年とは少し違う、思いも寄らない事態が起こっているのだ。

 

それはプログラムの中にあった『陣取り』という競技が原因である。

 

この陣取り、普通の遊びでやるものとは違い両チームとも3つの楕円形の円、合計6戸の円が準備されており、それぞれが円の中心地点に自分達の学校の旗を立ててそれを制限時間内守り切るというものだ。

 

陣取りなので当然相手チームの旗を倒すことも可能だが、相手チームの旗を倒すには能力を使った攻撃手段のみと限定されている。

 

3つの円の陣に相手よりも早く3本の旗を突き刺すか、制限時間内に相手よりも多くの旗を突き刺せば勝利となる。

 

だいたいの学校は『旗立て』『護衛』『妨害』の三つに戦力を分けており、旗立ては当然旗を立て、護衛はその旗を守り、妨害は相手が立てた旗を倒したり立てるのを妨害したりする。

 

ちなみに妨害は直接的なぶつかり合いが禁止されており、半分に分けられたグラウンドで自分達の領域を出ることは許されておらず、殴る蹴るが主戦法の低レベル学校には非常に不利で、能力を使った妨害攻撃しか行えない。

 

ちなみにどういった妨害が行われてきたのかと言うと、能力を使って旗そのものを消失させたり、何処かの電撃姫が旗を超電磁砲でへし折るなど様々。

 

また中学・高校・大学問わず入り乱れの競技で、各学校の選抜20名でやる競技であり、毎年0〜2レベルの能力者しか揃えられない七惟の学校はよくて3回戦止まりとなっていたはずだが……。

 

「ったく、今日でこのかったるいお祭りも終わりか」

 

「そういうわりにはなーないは楽しんでたと思う」

 

「はン……そういうお前はどうなんだよ」

 

「わたしは思ってたよりも楽しかった」

 

今回万年最下位クラスの学校にはイレギュラーとなる人物が二人いた。

 

その二人がこの『七惟理無』『滝壺理后』である。

 

「決勝の相手は……常盤台中等部、か」

 

実は彼らはこの競技で区立高校としては異例の決勝進出を果たしていた、ちなみに準決勝では某エリート高校を倒しての決勝進出だ。

 

「優勝出来たら嬉しい?」

 

「……まんざらでもねぇだろ、たぶん」

 

脱力系少女の問いに珍しく答え、二人は『一緒に』競技場へと向かった。

 

「んな!?滝壺ちゃんとななやんが一緒に歩いとる!?いったいどういうわけやこれはー!」

 

その二人を目撃した青髪ピアスらしき人物は目を丸くした。

 

大覇星祭が始まる前ならばこんなことは考えられなかった光景を目の当たりにした彼は絶叫し、「うそやー!」などと言っている。

 

 

いったい、大覇星祭の期間中に何が二人の身に起こったのだろうか?

 

 

 

 

 



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大覇星祭-2

 

 

 

 

 

大覇星祭初日、七惟は仕事の日と大覇星祭が被ったことを前日に知り、面倒なことになったとモチベーションは最悪だった。

 

今は上条当麻と共に開会式が行われる競技場へと足を運んでいたのだが、その途中で何故かビリビリ中学生と出会ってしまい二人は今お喋りの真っ最中。

 

蚊帳の外のような空気に七惟は慣れたたもんだとため息をつきながら歩を早める。

 

「ねぇねぇ、結局アンタは赤組なわけ?」

 

「ああん?赤だけど?御坂も赤組なわけか」

 

「そ、そうよ」

 

「おおー、そっかー。なら互いに頑張らないとな」

 

「じゃあ、あ、赤組のメンバーで合同の競技とかあったら……」

 

「なんつってな!実は白組でしたー!」

 

「ッ!?」

「見よこの純白のハチマキを!貴様ら怨敵を一人残らず葬ってやるとの覚悟の現れですよ!だいたい中学生だろうが高校生だろうが―――――」

 

……何やってんだかこのアホ二人は。

 

自分の前で夫婦喧嘩をやるのは日課なのか、それともこんな可愛い女と仲良く出来るんだぞと見せつけて日頃のうっぷんを自分に晴らそうというハラか?

 

どちらにせよ迷惑千万な話だ、あの絶対能力移行計画以来至る所で繰り広げられているため慣れてしまったが。

 

「こ、この野郎!ふん、人を年下だと思って軽く見やがって!白組の雑魚共なんて軽く吹っ飛ばしてやるんだから!」

 

「吹っ飛びませ〜ん!つか、もしお前に負けるようなことがあったら罰ゲームくらってやってもいいし!何でも言うこと聞いてやるよ!」

「言ったわね、ようし乗ったわ。何でも、……ね。ようし」

 

「常盤台のお嬢様ったら、勝てない癖に希望ばかりは大きいこと!その代わりお前も負けたらちゃんと罰ゲームだからな!」

 

「なッ!?そ、それってつまり……何でも言うことを」

 

……アホか上条、俺達の学校が常盤台中学に勝てるわけがないだろ。

 

常盤台中学は能力開発では名門中の名門、あの霧ヶ丘女学院を肩を並べる開発機関なのだ、そこらの一般学校が勝てる程世の中甘くは無い。

 

というか前年度の順位がずらっとプログラムに乗っていただろう、優勝が長点上機学園で準優勝が『常盤台中学』としっかり明記されていたはずだ。

 

対して自分達の学校は下から数えたほうが明らかに早い、一番後ろのページに学校名があったのをあの小さな幼女教師がでかでかと赤ペンでマークしていたではないか。

 

「あらー?揺れ動いちゃったかな御坂さーん?おねーさまが放った大口はその程度の自信しかなかったのかなーん?」

 

いや待て。まずお前のその意味不明な自信が何処から来ているのか俺は知りたい。

 

「……いいわよ、やってやろうじゃない。後で泣き見るハメになっても知らないわよ!」

 

「そっかそっか、既にその台詞が出る時点で負け犬祭が始まってますがなー!」

 

美琴の言う通り後で泣きを見るのは明らかなのだが、当の上条はそんなことなどどこ吹く風と言ったところだ。

 

今後彼に降りかかるであろう悲劇を想像し、泣きついてくる上条が目を閉じても瞼に浮かんできた。

 

「おいアホ二人、さっさと行くぞ」

 

話がひと段落ついたのを見計らって二人を引き離し、会場へと向かう七惟だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大覇星祭三日目、仕事も終わりだらだらと競技をこなしてきた七惟は徒競走を終えて休憩していた。

 

昼の時間となったこともあり、クラスメート達は弁当を広げたり購買部や街へ買い出しに行っている。

 

競技場からは休憩時間は完全に締め出されてしまうため、七惟は自分の学校の集合所となっている公園で一人パンを頬張っていた。

 

すると、前方から顔をぐしゃぐしゃにした少年が現れた。

 

「な、七惟ー!」

 

「……あン?」

 

やってきたのはサボテンこと上条当麻、監視対象であるのだが最近はもう完璧にほったらかしにしている。

 

「やばいって七惟!俺達の学校の順位見たか!?」

 

「あぁ、下から数えて何番目だった?」

 

「高等部部門だと下から数えて10番目!……って何答えさせてんだ!」

 

上条は頭をばさばさと掻きまわしながら凄味を増して言いよる。

 

「常盤台中学とえらく離れてやがる!このままだと負けちまう!」

 

「……何焦ってんだか、始める前から分かってただろ?大人しくあの短パン娘から10億ボルトの電撃制裁を受けんだな」

 

「いーやーだー!そんな不幸な展開は!お前の力で何とかならないのか七惟!お前レベル5なんだろ!」

 

「そのレベル5を常盤台中学は二人揃えてんだぞ?それに俺一人の力でどうとかなる問題じゃないしな」

 

「ぐ……!じゃあもしかしてこれは……」

 

「天地がひっくりかえらないと常盤台に勝つのは無理だな、諦めろ」

 

「不幸だー!」

 

ぎゃーぎゃー喚き散らかす上条を見て七惟はそれ見たことか、と言わんばかりの表情でパンを口元へ運ぶ。

 

上条はこんな展開など考えていなかったらしく、その焦燥っぷりが目に見えて笑える。

 

まあ、あんな約束を適わない相手と交わしたのが運の尽きというものだろう。

 

「あれ?アンタ達どうして此処にいんのよ」

 

騒がしい二人に不審者を見るような視線を向けているのは渦中の人御坂美琴おねーさまだった。

 

「ゲゲッ!?御坂!?」

 

「な、なによ。私が此処にいちゃ何か不味いってわけ?それよりも中間発表見た?アンタあんな大口叩いておいてこれはどういうことなのかしらねー?」

 

「ぐぐ……!」

 

押し黙る上条の代わりに七惟が美琴の疑問に答えてやった。

 

「俺達は次の競技『陣取り』の待機場所に来てんだよ、そういうオリジナルはまさか上条見たさに此処まで来たのか」

 

「ば、馬鹿じゃないの!?そ、それにそのオリジナルっていうのいい加減止めてよね、私には御坂美琴って名前が!」

 

「わあったから放電すんな、うっとおしい」

 

「ふ、ふん!……ていうか、陣取りってことは私達と同じ競技なわけ?」

 

七惟はバックに詰めてあったプログラムを取り出し確認すると、確かに同じ競技場のBコートで常盤台中学vs風靡高校の試合が行われるようだ、ちなみに七惟達の学校はAコートで試合が行われる。

 

「私達はBブロックだから、Aブロックのアンタ達と当たるには決勝まで行かないと無理ね。まあ、私達は当然決勝まで行くつもりだけどアンタらはどうかしら?」

 

「ぐッ……言わせておけば!」

 

好き放題言われていることが頭に来たのか上条は青筋を立てるも、口からそれ以上先の言葉が出てこない。

 

「罰ゲームの件はもう私の勝ちが決まっちゃったみたいだし、どうでもいっか」

 

勝ち誇ったような笑みを上条に向ける美琴、そこまで言われて置いて素直に黙っておくほど上条は負け犬精神が身に付いているわけではなかった。

 

「ま、待て御坂」

 

「何よ?まさか今更罰ゲームの件は無しです!なんて言わないわよね」

 

「……そ、そのだな。俺と七惟は実は初日野暮用があって競技に出れなかったんだよ」

 

おい待て上条、何故そこで俺を引き合いに出すんだ、そしてお前初日何してた。

 

「それがどうかした?」

 

「俺が出てないってことは、やっぱりお前の不戦勝になっちまうよな。お前はそれで満足なのか?」

 

要するに俺が出てないからこの約束は無効だと言いたいのだろう、まるで子供の理論だがそんな情けないことなど、どうでもいい程上条は追い詰められている。

 

「結局何が言いたいのよ?」

 

冷めた目で上条を見つめる美琴、流石の彼女もこれは呆れてしまったか。

 

上条が何を言っても無駄だろうと七惟は踏んでいたが、彼は上手い具合に今現在の状況を利用した。

 

「今から行われる『陣取り』……確か中学高校大学関係なく入り乱れる総力戦なんだよな?」

 

「そうだけど」

 

「勝ち上がっていけば、お前らと直接対決出来るんだよな」

 

「決勝まで行ければの話ね」

 

「ならもう話は決まった!この決勝戦で、罰ゲームをかけた勝負だ!」

 

「……」

 

「……」

 

「……何言ってんのよアンタ。男に二言はないんじゃないの?」

 

「だー!せっかく上手く決まったと思ったのに!そうだよ!もうこのままじゃどう転んだって勝てるわけねぇんだ!」

 

上条は終いには開き直ってしまった、まあ確かに彼の言う通り今から常盤台中学の生徒が全員インフルエンザにかかって病院に運ばれたりしなければ勝つのは不可能だ。

 

「お前だって勝つって分かってて勝負すんのは楽しくないだろ!?負けると分かって勝負すんのはもっとつまんないんだよ!」

 

「そりゃあ……そうだけど」

 

「だったらこれで今から勝負だ!もうこれで負けたら何でも言うこと聞いてやるし、一日お前の奴隷にでも何でもなってやる!」

 

「ど、奴隷!?奴隷って……」

 

「お前の部屋の掃除から飯の準備まで何でもしてやる!だから頼む!」

 

「奴隷……奴隷……」

 

美琴は上条の『奴隷になる』というワードに異常に反応しており、顔を真っ赤にしてあれやこれやと想像を膨らませている。

 

対する上条はこれで何とかしなければ罰ゲーム確定というわけで、土下座しながら頼みこんでいた。

 

開き直った後は自暴自棄、そして美琴は顔が真っ赤であたふたと……忙しい奴らだ。

 

「し、仕方ないわね……そ、そこまで言うんだったら。でも、次はないわよ!負けたらアンタは一日私の奴隷だからね!」

 

「さ、サンキュー御坂!」

 

上条は美琴の手を握りぶんぶんと上下に振る、その行為でさらに顔が真っ赤になっていった美琴はふらふらしながら「奴隷……私の、私だけの奴隷」などと呟き、常盤台中学の集合場所へと向かっていった。

 

一部始終を冷めた目で見ていた七惟が上条を現実に戻すべく一言。

 

「それで?命日がほんの少し伸びただけじゃねえか」

 

「んなッ!?」

 

上条が固まり、ぎくしゃくとした挙動で七惟の座っているベンチへと振り返る。

 

「……そうとも、言う」

 

「ったく、俺まで巻き込むんじゃねーよ。それにお前俺達の相手見たのか?鉄輪高校……レベル3をずらりと揃えたエリート達だぞ」

 

「げェ!?」

 

「それに比べて俺達はレベル3以上の能力者なんざ俺だけだ」

 

「お、お前がその気になればレベル3なんて楽勝だろ!?」

 

「何で俺が本気でこんなお遊びしなきゃなんないんだよ。それにどうせ此処で勝ってもその次は桜花中学、黒邦学園……レベル4も居るしな、無差別に攻撃していいんだってんならどうにでもなるが、縛られた環境じゃコイツらに勝つのは俺が本気出したって無理だな」

 

「ま、マジか……」

 

「マジだ」

 

「……万事休す……とはこのこと?」

 

「はン、まぁどちらにせよ結末は一緒ってこった」

 

「ぐああああ!」

 

上条は頭を抱えてのたうちまわる、まあこうなることは何となく分かっていたのだが敢えて言わなかった。

 

くそー、とか、何故だー、とか呻いている上条を横に食事を終えた七惟はお茶を呑みふぅーと息を吐く。

 

あとこんな競技尽くしの日が10日も続くとなると、体力の問題ではなく精神的に参ってしまう。

 

周辺には両親と一緒に美味しそうに昼ごはんを食べる学生達が溢れかえっており、それを無機質な表情で見つめる。

 

七惟は自我を持った瞬間から親がいない、うっすらと記憶に残っているので育てられた期間が0というわけではないのだが、それはいないと対して変わらない。

 

まぁ自分の子を捨てる奴なんて碌な奴ではないため、そんな奴らなどどうでもいいがやはりこういう場に来てみると、如何に七惟と言えど家族が欲しい気持ちになるのかもしれない。

 

「なーない」

 

「……滝壺?」

 

ぼーっと風景を見つめていた七惟に声をかけたのは脱力系天然少女でクラスメートの滝壺理后だった。

 

滝壺は大覇星祭が始まる一週間前にやってきた転入生で、その素性は暗部組織アイテムの構成員だ。

 

そして七惟は滝壺が苦手である、どうにも考えていることが分からないし、あしらっても怒ることなく見つめてくるばかりなので、絹旗やフレンダを相手にするような態度を取ることが出来ない。

 

「どうかした?」

 

「……さあ、な。そういやお前も学校の選抜メンバーだったか」

 

「そうだよ」

 

「ったく……こんな面子で鉄輪に勝てんのか」

 

「大丈夫、そんななーないを私は応援してる」

 

「……お前も出んだぞ同じ競技に」

 

昼休みも終わりに近づいてきたのか、続々と我が高校の頼りにならないメンバーが集まってくる。

 

合同練習でコイツらと一緒に陣取りの練習は数回やったのだが、如何せん頼りなく2年3年の上級生も1年と大して変わらない、要するに戦力にならないというわけだ。

 

上条には悪いが、こんな負け戦適当にやってさっさと終わらせるに限る。

 

重い腰を上げて七惟は皆が集まっている場所へと気だるそうに歩いていった。

 

 

 

 

 



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大覇星祭-3

 

 

 

 

 

 

陣取りの試合開始時刻となり、七惟達の学校の選抜メンバーは競技場のAコートへと入る。

 

正面には対戦相手の鉄輪高校が既に待ち構えており、その表情は余裕の一言に尽きるものであった。

 

「と、とにかく初戦くらいは勝たないと御坂に見せる顔がないんだ。マジで頼むぞ七惟」

 

「……わかったらそんな顔で寄ってくんな」

 

「お前はあの10億ボルトの恐ろしさがわかんねえのかよ!?」

 

「そんな奴と勝負したお前が悪い」

 

上条のお願いをばっさりと断り、七惟は敵を見つめた。

 

対戦相手は誰もが自分達の勝利を確信しており、勝利の二文字を信じて疑わない様子だ。

 

まあ20人のうち15人もレベル3を揃えられれば大抵の学校には圧倒的勝利に終わるだろう、七惟達の学校もその例外ではない。

 

間違いなく相手の高校にはこの学校に『オールレンジと呼ばれる序列8位のレベル5がいる』という情報も伝わっているはずであり、それも含めてもこの表情。

 

この競技のルールは七惟にとって非常に分が悪い。

 

何故ならば能力を使っての攻撃が許されてはいるのだが、七惟の可視距離移動砲は『物体を飛ばす』ことしか出来ない。

 

旗自体を一時的に空間から消失させることは許されていても、旗をフィールド外に物理的に飛ばすことは禁則事項だ、また飛ばす物体がこのフィールド内に限られてしまっていて飛ばすモノは人間しかない。

 

その人間も、目に見えるのならば問題ないが能力が飛び交うこのフィールドでは砂埃や爆発などで視界が非常に悪く相手の位置を目視しにくいうえ、、下手をすれば飛ばしている最中に大惨事を起こしかねないのだ。

 

仕事ならば相手の座標が的確に掴めなくても能力を発動しても問題ないが、死傷者を出してはならないこの大覇星祭ではそれがかなりのネックとなる。

 

さらに相手の能力者の中に偏光能力者などが居れば、七惟にとって相性は最悪であり、この競技のルールを守っていれば何も出来ずに敗北する可能性が大である。

 

これらのことを踏まえていけば、如何に距離操作能力系統の頂点に立つ元レベル5であっても攻略する手はいくらでもあるのだ。

 

彼らはそれを既に知っており、何らかの策を持っているに違いない。

 

そんな準備万端の対戦相手と比べてこちらの面子ときたら、相手の対策など全くしていないし、そもそもどんな相手なのかという情報すら入手していない。

 

また戦力は無能力者10人(内上条一人)、低能力者5人、異能力者3人、レベル不明の滝壺と、とても頼りない。

 

どう転んでも勝てることはなさそうだし、上条には悪いが彼には大人しく美琴の奴隷となってもらおう。

 

その常盤台中学は隣のBコートで容赦なく対戦校をボコボコにしており、誰かのエアロハンドが炸裂し数十人が宙を舞っていたところだった。

 

名前の通り無残にも散っていく風靡高校だったが、数分後には自分達も同じような末路を辿るだけに笑えない。

 

「用意はいいですか?」

 

審判を務めていたクラスメイトの吹寄が声を張り上げる。

 

用意は全く出来ていないが、ボコボコにされるであろう心の準備は万端だぞ。

 

「では、スタート!」

 

七惟を含めた妨害係の5人は早速領域ぎりぎりのところまで進み、相手が旗を立てようとするのを妨害しようと能力を発動する。

 

レベル2もいるこの妨害係は、言ってみれば七惟の学校の最高戦力であり、これで手も足も出ないようではお話にならない。

 

旗を立てる円は対戦相手と向かい合うように設置されており、妨害班同士の小競り合いが起こる真っただ中で立てなければならないので大変だ。

 

七惟は旗を円の中で立てようとしている数人に向けて距離操作を行おうと演算を開始する、当然面倒事が起こらないように慎重に能力を発動したが……。

 

「……ッ、やっぱり偏光能力者がいやがる」

 

自分の計算式は完璧のはずだが、対象に何も変化は無かった。

 

やはり、目には見えているが……実際の位置は違うのだ。

 

こうなってしまえば後は同じ妨害班の異能力者達に頼るしかないのだが……。

 

「うわッ!?」

 

「ぎゃああああああ……」

 

次々と相手の攻撃にやられて吹き飛んでいく味方達、これは実力差がはっきりと出てしまっている。

 

まず狙われたのは七惟以外の妨害班だった、一人残らず相手の電撃使いの電流を浴び一瞬で失神した。

 

そして次は護衛班だ、止めと言わんばかりに発火能力者や水流使いが攻撃を続け次々と味方は倒れて行く。

 

これはもう目も当てられない程の大敗北だな……と七惟がため息をつき、戦意を喪失しかけていた矢先だった。

 

「なーない」

 

「んだよ、お前妨害班だったか?」

 

滝壺が声をかけてきた。

 

そう言えばコイツは一週間前に転入したばかりで、選抜メンバーに選ばれたが合同練習は1回もしたことがなかったか……。

 

「どうして距離操作をしないの?」

 

滝壺の表情はいつも通りで、その考えは全く読めそうに無い。

 

「相手の中に俺の天敵がいんだよ。偏光能力者がいるとこのルールじゃ俺の能力は木偶の坊になっちまう」

 

「あいての位置がわからないから?」

 

「そうにきまってんだろ、俺の能力は知ってるだろうが」

 

「……なーないが見ている位置から距離にして正面10M、その対象位置から右に2M」

 

「何言ってんだ……?」

 

「そこになーないが苦手な能力者がいるから。やってみて」

 

滝壺がいったその位置には誰も居ない、旗も人間もない空間が広がっているだけだが……まさか。

 

「お前、トリックアートを見破れるのか……?」

 

「わたしは、大能力者だから。このくらいの距離ならAIM拡散力場に干渉する力を特定して、相手の位置を正確に把握することが出来るよ」

 

「大能力者……」

 

こんなところで彼女のレベルを知ることになるとは思わなかった、いったいどんな能力かは分からないが相手の位置を的確に把握することが出来るらしい。

 

「本当にそこで間違いねえんだな」

 

「うん、わたしは目に見えなくても位置はちゃんと分かる」

 

「……モノは試しか」

 

七惟は何もない空間に向かって能力を発動する、対象を競技場の壁に気を失う程度の速度で吹き飛ばすように計算式を組み立て、そして……。

 

「どああああ!?」

 

何もない空間ではなく、そこから半径にして2M程の位置に居た男が吹き飛ばされ、競技場の壁にぶつかり完全に意識を手放した。

 

そこから七惟に掛けられていた能力が消え去り、先ほどまで自分の目に映っていた人間達の位置が数字にすると1M強程ずれたのが分かった。

 

「マジかよ……」

 

「わたしの言ったとおりになったね」

 

「いったいどんな能力使ったんだか」

 

「それはなーないがアイテムに入ってくれたら教えていいって」

 

「はン……そうかい」

 

どういう能力かは分からないが、この滝壺の能力は相当七惟と相性が良いのは確かだ。

 

七惟は目視出来ないモノは移動させたり転移することが出来ないため、今までこのような事態に陥った場合は目で確認出来るモノを使い何とかその場を凌いできた。

 

しかし、もし滝壺が傍に居れば正確な位置を七惟に教えてくれるため、そのようなリスキーな行動を取る必要もなくなる。

 

もしかすると…………

 

「おい滝壺」

 

「どうしたの?」

 

「お前のその能力、複数の人間の位置も把握出来るのか」

 

「この競技場にいる人達なら一度に10人くらいまで」

 

「へぇ、もしかすると俺とお前」

 

「なーない?」

 

「この競技なら、敵無しかもな」

 

「そう?」

 

自分と滝壺が組めば、自分の演算は今までと比べものにならない程簡単になる。

 

目視して位置を掴むしか今まで方法がなかったのだが、滝壺が教えてくれるなら耳を傾けるだけで一度に複数の対象をロックオンすることが出来、今までとは比較にならないほど高速で能力を発動することが出来る。

 

この方法では、七惟が吹き飛ばす対象を選ぶことは出来ないが暗部に身を潜める滝壺ならば何処を崩せば効果的なのかくらい間違いなく分かるはずだ。

 

要するに自分は滝壺の手となり足となり、脳である彼女の指令を的確にこなす。

 

そうすれば、もしかすると……本当にこの競技で優勝することが出来るかもしれない。

 

分かった瞬間、『優勝』という二文字よりも七惟は『自分と滝壺の能力が他の能力者に何処まで通用するか』というほうに興味を引かれた。

 

勝ち負けにはあまり興味はないが、誰かと一緒に共闘したことなど今まで一度も無かった七惟にとってそれはとても魅力的で、好奇心を引きたてられた。

 

そうなればすぐさま行動開始だ。

 

「滝壺、俺はお前が選んだ対象をお前の指示した場所まで吹っ飛ばす。お前は俺の司令塔になって指示を出してくれ」

 

「わたしがなーないを?」

 

「そうだ、どうせ俺の監視ばっかで暇してんだろ?なら偶にはその監視対象と一緒に戯れんのも悪くねえよ、俺だってそうだしな」

 

「……わかった」

 

滝壺は脱力系の無表情に、うっすらとほんの少しの微笑みを加えた。

 

その表情変化に、七惟は少々戸惑ったが、この戸惑いはミサカ10010号をバイクに載せた時と一緒で嫌いではない感覚だった。

 

「狙うのは護衛班を攻撃している鉄輪妨害班の電撃使い・水流使い・発火能力者。三人を一本目の旗に当てる、なーないの正面から5M、そこから左に2Mとさらに4M。直線に並ぶ瞬間」

 

「ここだな!」

 

発火能力者が生み出した煙で視界は最悪だ、今までの七惟ならば間違いなくミスをしていたであろうこの状況でも滝壺の能力を使えば……。

 

「うッ!?」

 

「まさかオールレンジッ!?」

 

「トリックアートが破られたのか!」

 

三人は時速20km程で吹き飛び、鉄輪高校一本目の旗に一直線に飛んでいく。

 

そのまま纏めてぶち当たり、衝撃で旗は変な方向へとぐしゃりと押し曲がり、轟音を立てながら三人と一緒に崩れ落ちた。

 

いけるかもしれない、ではなく……いける。

 

七惟の考えは可能性から確実へと変化した、これなら間違いなく大覇星祭トップ10と当たるまで、まず負けることはない。

 

「なーない?」

 

「あン?」

 

「楽しいかもしれない」

 

「……は、そうだろ?」

 

結局この試合は七惟と滝壺の目を見張る活躍により、終盤から一気に鉄輪高校を圧倒し終わってみれば余裕の勝利だった。

 

まさか自分達が勝つと思っていなかった上条達は呆然としていたが、審判の吹寄から勝利を告げられて喜びを爆発させる。

 

その横でまんざらでもない表情を浮かべていた七惟に向かって滝壺がふっと言葉を零した。

 

 

 

 

 

 

「なーない、結構嬉しそうな顔してるよ?」

 

 

 

 

 



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縮まる『距離』-1

 

 

 

 

 

結局七惟達の学校は、陣取り以外はさっぱりな成績しか残せなかったが、この陣取り競技だけは異例の躍進ぶりを見せて、とうとう終いには決勝戦までのし上がってきたのだ。

 

決勝まで辿りつく過程において、七惟と滝壺のチームプレーはより磨きがかかっていき、今では滝壺が位置を言ってくれるだけで何処に飛ばすのかが把握出来るまでになっていた。

 

急成長したこの二人の力に、上条だけではなく美琴も目を丸くしていたのをよく覚えている。

 

そして成長したのは競技におけるチームプレーだけではなかった。

 

「おぃ滝壺」

 

「あ、飲み物ありがとう」

 

「ほらよ」

 

七惟は自動販売機で買ったジュースを滝壺に投げ渡した。

 

「なーない、でもどうしてアイスティー?」

 

「お前好きだろ、ソレ」

 

「……うん」

 

二人の関係も、あれから当然成長していたのだ。

 

七惟は初対面の時から何を考えているかわからないこの脱力系天然少女のことが苦手だったが、今では彼女を知ることによって何となくその苦手意識が薄れていたように思っていた。

 

対する滝壺に何か変化があったのかは分からないが、以前のように一方的な会話ではなく時たま会話を噛み合わせてくれるようになった。

 

絹旗や美琴のようにぎゃーぎゃーと騒いだりしない、どちらかと言うとミサカ19090号のように物静かな少女の滝壺。

 

明確な意思表示などはまだ見たことはないため、彼女がどう思っているのかは分からないが少なくとももう少しこの少女のことを知って見たいと思う自分がいるのは間違いなかった。

 

「七惟!」

 

上条が競技場の前で声を張り上げる。

二人は選手入場のゲートまで行き、クラスメート達と合流した。

 

「まさかホントに決勝まで行くだなんて……すげぇなお前と滝壺は!」

 

「礼なら滝壺に言っとけ。俺はコイツがいねぇと木偶の坊だからな」

 

「遠慮すんなって!これで御坂と直接勝負出来て、俺が勝てば地獄の奴隷+罰ゲームも無しだ!」

 

上条は大覇星祭三日目の日とは打って変わって表情がこの場の誰よりも生き生きとしており、こんなに元気なのはコイツだけだろうと思って周りを見渡してみたが、他の学校の奴らも同じように今まで見たことがないくらいヤル気に満ちている。

 

此処までこれたのが奇跡のようなモノだけに、このチャンスを絶対にモノにしてやろうと言う意気込みが感じられた。

 

中にはこんな底辺学校が決勝まで来れるわけがない、と夢見心地のメンバーも居たが、七惟も決勝まで進めたという自覚が薄いため他人のことはとやかく言える立場ではなかった。

 

「あらあら、どんな学校が私達の相手かと思いましたらそこらへんに散らばっている山のような学校の一つの方々?」

 

テンションが上がりっぱなしの七惟達の学校の隣に、対戦相手の常盤台のメンバーが整列し始めた。

 

彼女達は準決勝で宿敵霧ヶ丘女学院を倒しての決勝進出だ、また総合成績のほうでも長点上機とのデッドヒートを繰り広げており、この1戦は絶対に負けられない。

 

「そこらへんに散らばっているような学校に食い殺されるお嬢様ってのもいいわよねぇ!」

 

「ふん、言ってくださいますわね。私達は貴方達が今まで相手にしてきたような学校とは格が違いますのよ格が!」

 

競技が始まる前から既に至る所で小競り合いが起き始めている、主にうちの学校の女子生徒と常盤台中学の連中だが。

 

「まさかホントにアンタらが決勝まで来るなんて思いもしなかったわよ、腐ってもレベル5ってわけ?」

 

テンションが上がりっぱなしでハイになっている上条と、それを呆れた目で見ている七惟、そして何処からか信号を受信している滝壺に声をかけたのは御坂美琴。

 

「ほほぅ、これはこれは美琴おねーさま!今からでも遅くは無いぞ、負け戦なんてせずに早いとこ負けを認めちゃったほうがいいんじゃないのー?」

 

「なッ、言わせておけば……。ふん、どうせアンタ達の中で凄いのは七惟だけなんでしょ?アンタはおまけじゃない!」

 

「おまけとはまぁ!そのおまけに返り討ちにあって吠え面かくんじゃねーぞ!」

 

「泣きをみるのはアンタよ!そしてど、奴隷になって……あんなことやこ、こんなことをして貰うんだから!」

 

「ふふん、俺だって罰ゲームで何してもらうか考えてたら夜が明けたくらいだ!」

 

意味不明に盛り上がる上条と美琴、七惟はいつも通りだ、と言わんばかりに澄ました顔で無視を決め込んでいたが……。

 

「ま、七惟が8人しかいないレベル5の一人だとしても……常盤台中学には同じレベル5がいるんだから、今までのようにはいかないわね」

 

美琴が軽く笑い七惟に視線を投げる、当の本人はそんな挑発など全く気にしておらず滝壺の頭に付いていた埃を取っていた。

 

「序列が下なんだから言い訳になるしな」

 

「……言っておくけど、アンタの弱点は既に掴んでんのよ。その子、アンタのキーマンなんでしょ?いっつも隣にひっついてるもんね」

 

そう言って美琴が滝壺に視線を移す、当の本人は脱力したままであり、話を聴いてなかったのか頭に『?』マークを浮かべているようにも見えた。

 

そのボケっぷりに腰が折れたのか美琴はコホン、と咳払いをして仕切り直す。

 

「と、とにかく!首を洗って待ってるがいいわ!」

 

美琴はずかずかと歩いて行き、同時に常盤台中学の生徒が超満員の競技場へと入っていく。

 

この競技場は最終日というのもあって目玉競技の決勝戦が朝から午後にかけて永遠と行われ、観客に暇を与える時間はない。

 

七惟達の競技陣取りは3競技目、競技場の熱気も徐々に高まり最高潮へと昇っていく真っ最中だ。

 

『えー、それでは只今から【陣取り】の決勝戦を始めたいとおもいます!まずは選手入場、常盤台中学!』

 

一際大きな喝さいが聞こえ、常盤台中学の選手が入場していく。

 

『常盤台中学は言わずと知れた世界有数のエリート学校!今回の選抜メンバーには、何とあの学園都市が誇る能力者の中で序列3位とされている少女がいます!そして残りの19人は全員大能力者という、非常に優れたお嬢様達!その華麗なる舞をご覧ください!』

 

割れんばかりの大歓声、競技がいよいよ始まるとなって同じ学校の連中は緊張しているのか先ほどのような元気がない。

 

『では続いて!まさかの無名校が決勝進出となりました!選手入場です!』

 

アナウンスの声が響き渡り、入場する。

 

流石の上条も今は緊張しているようで、口数は少なかった。

 

対して滝壺はやはり変わらない、此処まで自分のペースが貫ける人間はある意味尊敬に値するかもしれない。

 

『この高校は誰もが目をつけていなかったダークホース!そして、当然ながらその戦力も大能力者が二人!強能力者は0人!異能力者が3人、低能力が5人、あとは無能力者ときたものです!』

 

「ん?お前レベル5だろ七惟」

 

「……さあな、アナウンスの見間違えなんだろ」

 

上条の疑問の眼差しを適当にやり過ごす七惟、そう言えばまだシステムスキャンが行われていないため七惟がレベル4に降格されたというのはごく一部の人間しか知らないのか。

 

『いったいどんな戦略で此処まで来たのか分からない謎の軍団!今そのベールが脱がされます、皆さんこうご期待ください!それでは選手達は位置についてください!』

 

両学校が持ち場に付き、それと共に会場も静まり返る。

 

荒らしの前の静けさと言ったところか、これはこれで集中出来るからしめたものだ。

相手はあの超電磁砲率いる大能力者軍団、まともにぶつかっては像とアリが闘うようなモノだろう。

 

『準備はいいですか!?それでは陣取り決勝……スタート!』

 

空砲が響き、選手達が一斉に走り出した。

 

 

 

 

 



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縮まる『距離』-2

 

 

 

 

 

大覇星祭最終日、午前のプログラム最後の競技。

 

それが『陣取り』決勝だ、今その闘いの火蓋が切って落とされた。

 

審判の空砲が鳴り響き、陣取りに参加している七惟達の学校の生徒と常盤台の生徒が走り出す。

 

だが選手達がスタートしたその瞬間、七惟のすぐ近くにて好機を狙っていた美琴がこちらを見てにやりと口端を吊りあげた。

 

「アンタの能力の補助演算してんのはその子よね!」

 

美琴が得意の電撃能力を使い滝壺を攻撃する、当然気絶するような程度の威力に抑えているだろうが食らえばひとたまりも無い、しかし。

 

「ッやっぱな、そうくるかよ」

 

七惟は読んでいた、この攻撃を。

美琴が電撃を発する前に距離操作を行い発射地点を意図的にずらしたのだ、電撃は滝壺を不自然にそれて後方にいた妨害メンバーに直撃した。

 

「へぇ、やっぱりその子がいなくなっちゃうと相当不味いみたいね?」

 

「さぁな、気まぐれかもしれないだろ?」

 

「ふん、私の思った通りこれは第3位vs第8位の試合に……!」

 

美琴が最後まで言い終わる前に七惟は美琴以外の電撃使いに狙いを定めて攻撃する。

 

「同系統の能力者をサーチするのは結構簡単だから」

 

「って私を無視すんなそこの脱力女!」

 

「はン、悪いが俺はお前とドンパチやるつもりはねぇんだよ。じゃあな!」

 

七惟は美琴の言葉を無視してターゲットを他の選手に移そうとするが。

 

「無視すんなって言ってんでしょこらぁ!」

 

今度は手加減など一切されていない本気の電撃が七惟に向かって放たれる、それをぎりぎりの所でやり過ごすも額には嫌な汗が流れた。

 

「私を無視することが出来るなんて思ってんの?考えが甘いわね」

 

やはり美琴を無視して他の選手を妨害するなど不可能だ、彼女の電撃は一瞬で滝壺を再起不能にしてしまう。

 

しかし何も相手の弱点を見抜いているのが美琴だけということはない。

 

七惟も常盤台で自分と対等に戦える能力者は、超電磁砲の美琴だけだということは事前に調べて分かっていたことなのだ。

 

向こうが滝壺を狙ったように、こちらも対美琴用の最終兵器を使わせてもらう。

 

「そうだな……流石は上条がぎゃーぎゃー喚くだけある」

 

『上条』

 

その言葉に美琴の表情が僅かだが反応した。

 

「アイツがどうかしたの?」

 

「どうかした……?気になるなら本人に聞きやがれ。上条!」

 

七惟の呼びかけに、本来ならば護衛班で味方を能力者の攻撃から守っていたはずの男が妨害班の横から現れた。

 

「えッ……アンタ、護衛班なんじゃ」

 

「七惟の奴が常盤台に勝つにはオリジナルにお前をぶつけるのが一番手っ取り早いとか言ったからな、全員異論無しで俺は妨害班に回ったわけだ」

 

そう、対美琴に最大級の効果を発揮する男上条当麻を使うのだ。

 

上条当麻が出てきたならば、美琴に正常な判断をする能力は9割方奪われていると言っても過言ではない、現に視界にはあの男しかもう入っていないようだ。

 

「ふ、ふん!そうまでして私に罰ゲームさせたいってわけね……!いいわ、正面からその挑戦受けてあげる!」

 

そう言って雷撃の槍を構えた美琴を見て、七惟は滝壺に目配りで合図を送る、そして―――――。

 

「え、え、えッ!?な、なんなのよこれはー!?」

「な、なんだこりゃああ!七惟ー!?」

 

次の瞬間、七惟の距離操作により動きの止まった美琴は上条の頭上に移動した。

 

「わりぃがそいつと一緒におねんねしてな!」

 

「きゃああああ!?」

 

突然の出来事に動けなくなった上条の頭上から容赦なく美琴が落下、激突し二人共々気を失ってしまった。

 

『おぉっと!ダークホース高校のフィールドに対戦校の選手が!これは御坂選手失格です!』

 

「いいの?」

 

「構いやしねぇよ、どうせこの競技じゃ上条も俺と同じで一人じゃ役に立たないからな」

 

気を失った美琴と上条を余所に早速七惟と滝壺は攻撃を開始した。

 

二人の息はやはりぴったりと言ったところか、次々と常盤台中学の生徒達を戦闘不能にしたり、転移させて失格にさせるなど次々と戦力が削られていく。

 

対して常盤台中学も黙ってはおらず、自慢の能力で七惟達の学校の生徒を再起不能に陥れやがて……。

 

『おぉっと、これは!?ダークホースの無名校で立っている選手は5人しかいません!対する常盤台は7人!』

 

いつの間にかどちらが先に全滅するかを競い合う競技になっていた。

 

『立っている旗は互いに0本!残り時間は1分です!こ、これはどうなってしまうのかー!?』

 

確かこの競技で勝つためには最優先事項は旗の数、そして次の評価は残った選手の数だ。

こうなってしまえば流石に分が悪い、すぐさま旗を立てるべく動かなければ負けてしまう。

 

「お、おい七惟!旗立てるから手伝ってくれ!」

 

上級生らしき生徒が七惟に声をかける、しかし七惟まで旗立てに回っては攻撃から守る選手がいなくなる。

 

おそらく滝壺に直接的な攻撃手段はないし、滝壺を回したほうが良い。

 

しかし発火能力者によって張られた煙幕により視界は最悪で、滝壺無しでは七惟は能力の発動すらままならないのだ。

 

「大丈夫。なーないは行って」

 

「何言ってんだ滝壺。お前は……」

 

「いいから」

 

「……はン、後でぶっ倒れても知らねえからな俺は」

 

そうして上級生のいる場所へと駆けだそうとした七惟だったが……。

 

 

 

 

 

最後に、ほんの出来心で振りかえって滝壺を一瞥した。

 

 

 

 

 

そのたった数瞬で七惟には分かってしまった、滝壺に向かって放たれた電流が今まさに彼女を仕留めようとしているところを。

 

 

 

それを見て彼は条件反射のように、能力を発動した。

 

 

 

相手の攻撃座標が掴めていないこの場合、彼が滝壺を守るためには彼女の座標をずらすしかない、しかし直線状で七惟と滝壺は結ばれているためこれを避けてしまってはこの電流は自分に直撃するだろう。

 

一瞬の出来事で電流がどれほどの威力かは分からないが、当たったら唯では済むまい。

 

しかし電流攻撃を見て、それが滝壺に向けられたモノだと判断した瞬間には無意識に能力を発動した、滝壺の位置をずらしたらそれが自分に当たることなど考えもせずに。

 

 

 

 

 

そして唸りを上げた電流が自分の体を貫くのを感じたと同時に、彼は意識を手放したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脇腹あたりの痛みが脳にじりじりと伝わってくる、七惟は神経が訴える悲鳴から目を覚ました。

 

彼が最初に目にしたのは保健室らしき天井だった、見知らぬ天井ではないだけまだマシかもしれない。

 

「ッ……」

 

「七惟、大丈夫か!?」

 

「上条か」

 

七惟が気を取りもどしたことに気付いた上条が、声をかける。

 

身を起こし辺りを見渡してみるとやはり保健室のようで、上条は七惟に付き添ってくれたようだ。

 

「……どんくらい気絶してたんだ俺は」

 

覚醒しない脳では様々な情報がごっちゃになっており、状況を判断出来ない。

 

「30分くらいだな、お前競技中に電流使いの攻撃で気を失ったんだよ」

 

「電流……、ああ。そういや陣取りの決勝だったか」

 

「結果は、まあ……お前を欠いた俺達が勝てるわけも無く、1−0の負けだ」

 

「だろうな……。糞ったれ、あんな加減された電流にやられちまうなんて屈辱だ……」

 

「滝壺を庇ったんだろ?アイツも心配してたしな」

 

「アイツが?俺が倒れようが死のうがぼけぇってしてそうだがな」

 

「外で友人と一緒に待ってるらしいから、呼んで来るよ」

 

「友人……?」

 

滝壺の『友人』というワードに引っかかった七惟だが、上条を止めることはなくそのまま出て行くのを見送った。

 

少ししてから、アイテムでいつも着用しているジャージ姿の滝壺と、そして……。

 

「あ、超元気そうじゃないですか七惟。せっかく財布から色々ぼったくろうと思ってたのに超残念です」

 

「……帰れ、光速よりも早く」

 

「なッ!?せっかくお見舞いに来てあげたというのに!超失礼な奴です!」

 

まさかとは思っていたが、その友人はあの絹旗最愛だった。

 

まあここで麦野やらフレンダが出てくる方が驚きだっため、ある程度予測は出来ていた。

 

「ごめん、なーない」

 

「……んでお前が謝るんだよ」

 

「だって」

 

「俺が勝手にやったことだろ、別に謝られる必要もねぇしな」

 

幾分か、普段よりも元気のないように思える滝壺。

 

いくら彼女が天然系だと言ってもやはり色々と感じるのは普通の人間と一緒なのか。

 

「そうですよ滝壺さん。こんな性悪の七惟に謝るなんて、『謝る』行為に対する冒涜です」

 

「お前は黙ってろ小学生」

 

「怪我しても口の超悪い奴ですね……」

 

絹旗も口ではこんなことを言ってはいるが、どうしてお見舞いなんてモノに来てくれたのだろうか。

 

彼女が七惟の傍にいなければならないのは監視をするためだが、午前〜午後にかけてはその任務は滝壺が負っているため七惟の傍にいる必要などない。

 

「つうか……どうしてお前はお見舞いなんかしてんだ?」

 

「……え?」

 

「お前が俺を見とかないといけないのは監視のためだろーが。でも今は滝壺が俺を見てるから別にいいんじゃねぇのか?まさか柄にもなく俺のことが本当に心配だったとか言うんじゃねぇだろうな、気色悪い」

 

「な、何を言っているんですか、超気持ちが悪い。私が此処に来たのは、家にエロ本の1冊や2冊もなく性欲を持て余している七惟が弱っているのを口実に、滝壺さんに変なことをしないかどうか超見張るためです」

 

絹旗はツンとした態度でその答えを返す、それを見て七惟はやはりコイツはそんな奴なんだろうと思った。

 

このお見舞いも、どうせ時間を持て余して暇だったから仕方なく時間を潰すためにやってきたのであって、こちらのことなどどうでもいいのだ。

 

「なーない」

 

「あン?」

 

「ありがとう」

 

「……何がありがとうなんだか」

 

七惟の問いに滝壺が答えることはなかったが、その顔は笑っているようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな二人のやり取りを、隣で絹旗が無表情で見つめていた。

 

 

 

 

 

 



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Ⅵ章 新たな出会いへ
新たなる旅路-1


 

 

 

 

 

大覇星祭が終わり、学園都市は一週間の代休がスタートしたばかりである。

 

お祭り一色に染まっていた街では未だに大覇星祭の名残が各地で残っており、街が平常運転に戻るのにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 

各地では大覇星祭の後片付けを教職員やアンチスキル、ジャッジメントが精力的に行っているが、ただの学生はその片付けに参加することなくこの休暇を十分満喫出来るはずだ。

 

『陣取り』の決勝で負傷した七惟もその例外ではない、午前中は例によってミサカ19090号のお見舞いに行き大覇星祭の報告を行った。

 

そして今は家に戻ってきて大覇星祭中全く弄っていなかったバイクをメンテナンスしていたのだが……。

 

「七惟、ちょっとお話があります」

 

「あぁ?……小学生はさっさと家帰ってTVでも見てろ」

 

「ま、また減らず口を叩きやがりますねこの……!」

 

絹旗が駐輪場までやってきた、大覇星祭の期間中は七惟の監視は昼間滝壺、夜は絹旗の2交代制で行われていた。

 

先日から休暇が始まり、家に居ることの多い七惟はまた絹旗と何十時間も一緒に居るわけだが……長時間一緒に居ると、やはりこの少女の煩さは応えるものだった。

 

「まあ私もそこまで超子供じゃないんでこんなことは水に流しましょう。本題に入ります」

 

「……」

 

七惟はバイクのタイヤをぐるぐると回しながら、身体はそのままで視線だけを絹旗に向ける。

 

「只今を持って、七惟の監視を終えることとなりました」

 

「……」

 

「なので、今日で私がこうやって七惟の前に現れるのも終わりなわけです」

 

「……ちょっと待て、命令が解かれたってことか」

 

「まあそんなとこですね。これでようやく私も晴れて自由の身ですよ、あー超しんどかったですマジでフレンダの野郎はぶっ殺します」

 

監視の終わり……要するに七惟理無という人間を知るためのデータは既に揃ったということなのか、もしくは何も得られそうにないから切り上げるのか。

 

どちらかは分からないが、今後アイテム側から何らかのアクションがあるのは間違いないだろう。

 

「それじゃあ七惟。私はアジトに帰るのでさようならですね」

 

「じゃあな、気をつけて帰れよ」

 

「む、ここに来てらしくない心配でもしてるんですか」

 

「あぁ、今のは社交辞令みたいなもんだから安心しろ」

 

「一言余計なところがなければ超いい奴に見えたんですが私の超勘違いでした」

 

絹旗はそう言うと窒素装甲を展開し、駐輪場があった2Fから1Fへとダイブした。

 

その衝撃で辺りが一瞬揺れたが、七惟は気にすることなくバイクをいじり続けた。

 

少し騒がしい娘で居ればいるで煩かったが、いなければ居ないで少しばかり寂しいとこれから感じてくるのかもしれない。

 

絹旗は根が麦野のように腐っているわけではないので、七惟としてもそこまで嫌いではなかった分、余計な感情に浸ってしまう。

 

まぁ次もし街中であったりしたら、監視の時はご苦労さんだったなと労わりの声をかけてやろう。

 

たった1度だけだが、あれでも絹旗は七惟のために料理を作ろうとか言いだしたこともあったのだから。

 

 

 

その後バイクのメンテナンスを続け、タイヤの空気圧やチェーンの状態を確かめていた七惟だったが。

 

 

 

「あ、とうまー!理無が駐輪場にいたよ!」

 

「本当か!」

 

遠くから自分の名前を口にした少女の声が聞こえてきた、七惟はそちらに顔を上げてみると……。

 

「ゲッ……お前ら二人かよ」

 

「ゲッとはなんだゲッとは、失礼な奴め」

 

「そうだよ、私達は理無素敵なプレゼントを持ってきたの!」

 

隣人で監視対象の上条当麻、そしてそこに居候している謎のシスターインデックスのご登場だ。

 

「お前ら二人が俺に幸福を運んできたことがあったか今まで」

 

「ふ……確かに今まではそうだったかもしれない!だがな!インデックス!」

 

「そうだよ、今回はわけがちがうんだもん!」

 

二人は目を輝かせながらはしゃいでいる、ここまで元気だった上条を今まで七惟は見たことがない。

 

不幸少年上条をこうまで喜ばせる何かがあったのか。

 

「これを見よ!」

 

「おぉ、神々しい光!」

 

「……北イタリアの五泊七日ペア旅行券?」

 

上条が懐から取り出したのは先日行われたナンバーズの抽選会で目玉商品となっていた旅行券だった。

それを手にしているということは……。

 

「は?まさかお前がソレ当てたってのか!?」

 

「どうだ七惟!もう俺は今まで通り唯の不幸少年じゃないんだぞ!」

 

「とうまみたいな不幸な人間だって幸福が訪れることがあるんだよ!」

 

「馬鹿な……こんなことが、現実に起こり得るのか。明日は雨の代わりに隕石が降ってくんじゃ……」

 

「どういうことだそれは!」

 

上条当麻は不幸な少年だ、それこそ路地裏を歩いていれば上空から生活排水が運悪くかかるなんて日常茶飯事、そしてそれに慌てて狂犬の尻尾を踏み、逃げ惑う内に携帯とお財布を落として、アンチスキルの詰め所に駆け込んだら、運悪く襲撃者と勘違いされゴム弾を撃ち込まれる、というような漫画のような展開を簡単にやってのける。

 

そんな生まれつきの不幸体質で、7か月近く監視した七惟も感心するほどの不幸少年が抽選会で一等を引き当てるなど、それはもうにわかには現実と思えない。

 

「で?それはペア旅行券なんだろ?そんなモンを持って此処に来たってことは俺に見せびらかせにきたのか?」

 

普段あまりに不幸なことばかりで幸福体験が0の彼にとって、こんな体験など人生に一度や二度しかないだろう、見せびらかしたくなる気持ちも分からないでもない。

 

「ふっふーん、実はこのペア旅行券、今旅行会社さんがキャンペーン中なんだよ。それで後一人一緒に北イタリアまで行けるんだ!」

 

「偉いぞインデックス!ちゃんと覚えてたんだな!そこでお前を誘おうと思ってこうやって来たわけだ」

 

なるほど、あと一人北イタリアまで行けるのだから自分を誘いに来てくれたのか。

 

まぁ七惟とて上条当麻を監視している人間である、最近は任務をほったらかしにしているがそれでも上条が消えた時のようなイレギュラーな事態が起これば、組織のほうが煩くなるのは間違いないので、一緒に行くに越したことは無いだろう。

 

それに七惟も北イタリアという地には興味があったし、生まれてこの方日本から外に出たことのない七惟にとって非常に興味をそそられるものであった。

 

「俺も連れて行ってくれるってんなら……そりゃあ、行く」

 

「お、来てくれるか七惟!ありがとうな!」

 

「何言ってんだ、俺なんざを誘ってくれるお前に俺は感謝してんだぞ」

 

こんな自己中心的で、つい最近までは友人0記録を打ち立てていた自分を、こんな大層な旅行に連れて行こうと思ってくれるだなんて何処まで上条は良い奴なんだか。

 

七惟も自分は良い『知人』……ではなく、『友人』を持ったものだと思い始めていた。

 

当初は七惟は何か自分に隠し事をしている上条が気に食わなかったし、それ故にある一定の距離を持っていたのだが、ミサカ19090号と出会うことで相手を思いやると言う行動を学んだ。

 

そこで、上条が自分に隠し事をしている理由……人格者であるコイツがそこまでして隠し事をするのならば、それはおそらく相当に危険なことなのだろう。

 

もしそのことを自分が知れば、関わったとして狙われるかもしれない、ということまで計算して上条は口を閉ざしていることだって考えられる。

 

もしかしたら、こんな大げさなことではなく単に言いたくないだけなのかもしれない。

 

しかし、そんなことを無理してまで知ろうとする必要は無い。

 

相手を知るために疑うことは大事だとは思う、だが一定期間疑い続けて七惟は上条という人間がどういう人間か分かったのだから、これ以上執拗に疑う必要はないのだ。

 

「じゃあ私ととうま、理無の3人で北イタリアを満喫しちゃおう!」

 

「当然だー!」

 

「……悪くねぇな」

 

 

 

 

 



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新たなる旅路-2

 

 

 

 

イタリアにやってきた上条とインデックス、そして+αの七惟理無。

 

道中様々なことがあったのだが、それを語ると日が暮れてしまいそうなので割愛させて頂こう、現在上条と七惟は迷子になったインデックスを目下捜索中である。

 

彼女が迷子になった理由、当然それは何処からか美味しい臭いがするのでそっちのほうに歩いて行ってしまったからだ。

 

七惟はインデックスのことはよく知らない、まあ大食いであるということは知っていたのだがまさかコレほどとは。

 

七惟と上条の二人は当然イタリア語など喋れるはずもない、英語ならば中学でそれなりに学んだ七惟が出来るのだが、先ほどから彼らの視界に入ってくる標識はどれも解読不能なモノばかり。

 

英語が出来れば海外旅行など楽勝だろう、と浅はかな考えを持っていた自分に七惟は苛立ち舌打ちをする。

 

対する上条は英語すらままならないので、今ではすっかり混乱しげっそりとしてしまっている。

 

唯一イタリア語を扱えるインデックスが迷子になってしまっては、二人はどうすることも出来ない。

 

 

 

「……あのシスター何処行きやがった」

 

「七惟、お前の能力でインデックスの位置掴めないのか?」

 

「俺の能力はレーダーじゃねぇんだよ、諦めろ」

 

「うぅ……旅行先で迷子を捜しているうちに自分達が迷子になるなんて、不幸だ」

 

「同感だよったく」

 

 

 

彼らの顔色が絶望に染まり、いよいよどうしようもなくなった時に奇跡は起きた。

 

 

 

 

「あら?もしかして、貴方は」

 

 

 

 

上条ではない女性の声が聞こえた、そしてその声はイタリア語ではなく日本語を喋っていた。

 

最初は自分を呼びとめたと思って振り返ってみたのだが、そこに居たのは黒い修道服に身を包んだシスターだった。

 

 

 

 

 

自分にはシスターの知り合いなどインデックス以外はいない、となるともしや…………この隣にいる男の…………

 

 

 

 

 

「オルソラ!?どうしてこんなところに!?」

 

 

 

 

 

やはり、と言ったところか。

 

凄いというか流石というか……こんな異国の地、しかも日本と数万キロ離れているこんな場所でもフラグを立てていた上条当麻。

 

お前は出張先で女を作りまくるサラリーマンか。

 

そしてその一級フラグ建築士のスキルは何処の学校に行けば学ぶことが出来るんだ?

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

アイテムのアジトに戻ってきた絹旗はひとまずこの1カ月止まっていたアパートを引き払うための書類を纏めていた。

 

足跡が他の組織に悟られないように色々と隠ぺい工作をしなければならないのだが、それは下の組織の仕事だ。

 

自分はそれを指示するための書類さえ纏めればよい。

 

机に向かって後処理を始めた絹旗。

 

その数分後他の構成員が大きな袋を持ってアジトにやってきた。

 

 

 

「まったく、フレンダ!ちょっとアンタ缶詰ばっか買いすぎよ、邪魔になんの」

 

 

「結局麦野には缶詰の素晴らしさが分からない訳よ」

 

 

「分かりたくもないわねー、そんなちんけな素晴らしさ」

 

 

 

アジトに戻ってきた麦野とフレンダは高級そうなソファーにどっかと座ると、麦野はテレビを、フレンダは缶詰をそれぞれ弄り始める。

 

 

 

「あれ?絹旗戻ってきたの、お疲れさま」

 

「どうだった訳?七惟は」

 

 

 

視線はテレビと缶づめに向けられたままだが、まだ労わりの言葉がある分他の組織よりかはマシなのかもしれない。

 

とりあえず上に報告を行わなければならないため、上とやり取りをしているリーダーの麦野に報告を行う。

 

 

 

「まあ、超面倒だったけどこちら側に引き込めそうな余地はありましたね」

 

「ふぅん?それでアイツがどの組織の構成員かはわかったの?」

 

「パソコンも弄ってみたんですが、それらしいものは何も。あれはたぶん私達と同じで携帯で全てやり取りしているパターンでした」

 

「へぇー……じゃあ、こちら側に引き込めそうな余地って何よ」

 

「……それは」

 

 

 

此処で絹旗は言葉に詰まる。

 

彼女が七惟をアイテムに引き入れるために掴んだ情報、それはある意味仲間を売るようなことをすることになるからだ。

 

 

 

「どうした訳?」

 

 

 

フレンダが缶詰から視線を逸らし、こちらを見る。

 

麦野はまだテレビを見たままだが、機嫌を損ねるようなことがあればどうなるか分かったものではない。

 

闇を生きて行くためには仲間を売ることだって当然必要なのだ、そうしなければ自分の命が危ないのだから。

 

絹旗は自分の良心を押し殺してその情報を舌にのせた。

 

 

 

「七惟は滝壺さんとこの数週間で超接近しました、滝壺さんを使えば……もしかすれば、七惟をこちら側に引き込めるかもしれないですね」

 

「へぇ、あの子がねぇ……」

 

「凄く意外な訳よ」

 

 

 

滝壺と言えば、アイテムの中ですら考えていることが良く分からないような少女なのだ。

 

そんな少女と意思疎通出来たという七惟に驚くと同時に、七惟が滝壺を気に入っているかもしれない、という事実に麦野は黒い笑みを浮かべ策略を巡らす。

 

 

 

「第3位のクローンはあの病院にいるから利用するのは難しいかもしれませんが、滝壺さんは私達の仲間ですし可能性は低くないはずです」

 

「つまり滝壺を利用すればいいって訳ね」

 

「面白いわね、ソレ」

 

 

 

七惟と滝壺が接近した、それは七惟は当然のことだが滝壺も七惟のことを悪くは思ってはいないはずだ。

 

少なくとも、自分達と同じくらいの距離に七惟は位置しているはず。

 

もし強引な策で七惟を精神的に追い込み、無理やりこちら側に引き込めば滝壺は悲しむだろう。

 

まだこの中で一番の良心を持っているあの女の子に、そんな作戦を取らせるのは酷過ぎる。

 

麦野のことだから、そんな絹旗や滝壺の心の葛藤などお構い無しに作戦を遂行するにきまっているが。

 

麦野沈利という人物は、プライドの塊のような人間だ。

 

そして自分の気に食わない奴は容赦なく殺処分する、それがいくら身内だろうが仲間だろうが、上の人間だろうが関係ない。

 

だから絹旗の話を聴いても、『面白い』としか言わなかった。

 

『犠牲は駄目』などという思考回路は元から彼女にはないのだろう、目的を果たすためならば仲間すら利用し出し抜く……それが彼女のやり方だ。

 

 

 

「フレンダ、早速滝壺と連絡を取って頂戴」

 

「了解な訳よ」

 

 

 

絹旗の心中など露知らずといったところか、早速二人は工作の準備に入った。

 

 

 

「絹旗、アンタにも手伝ってもらうからね?」

 

「……そんなこと超分かってますよ」

 

 

 

念を押すような麦野の言葉、反逆は許されなかった。

 

 

 

 

 



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犬猿の仲-1

 

 

 

 

 

七惟と上条の二人が路頭で迷っていた最中、天使のように現れて救ってくれた女性の名前はオルソラ・アクィナス。

 

聞けば元はイタリアの教会のシスターだったが、今は改宗してイギリスの教会のシスターをやっているらしい。

 

改宗に合わせて住居もイタリアからイギリスに移すため、今はその引っ越しの準備のため偶々イタリアに戻ってきたとのことだ。

 

もし彼女が引っ越しをしていなければ、自分達は下手をすればあのまま旅行期間が終わるまで迷子をしていたかもしれない……全く、海外とは恐ろしいところだ。

 

さて、そこで当然浮かんでくる疑問がどうして上条がそんなシスターと知り合いなのか?ということだが、彼は『日本に布教活動に来た際仲良くなった』とのことだった。

 

そう言えば上条の家にはあの焔の巨人を操る神父や、身の丈ほどありそうな刀を持っていた女性も出入りしていたし、何しろシスターと数カ月同居していた程の人物なのだ。

 

そういった宗教関連と何かしらの親交があっても不思議ではない、大覇星祭初日に会ったあの五和という天草式十字凄教の少女ともつながりがあったのだから。

 

まぁ七惟とて馬鹿ではない、必ず何か『裏』があると感じていたがそれ以上は突っ込まなかった。

 

これは触れてはいけない上条の秘密なのだろう。

 

彼女の情報に寄れば既に仲間達が荷物を纏めており、その途中でインデックスを発見し拾っておいてくれたらしい。

 

全く、迷子になったと思ったらちゃっかり美味しいポジションにいるあのシスターには呆れるばかりだ。

 

「そちらの方は、貴方様のご友人でよろしかったのですよね?」

 

「あぁ、七惟理無て言ってな。ある意味俺の命の恩人だ」

 

今まで全く話を振られてこなかっただけに、七惟はその受け答えに少々戸惑ったが

 

「七惟理無、よろしく頼む」

 

なんとか自然に言葉を発することが出来た。

 

と言うよりも、上条が女性と喋っている時は七惟は黙っておくという鉄の掟がすでに出来上がっているあたり、七惟自身が上条のフラグ乱立を助けているというのに本人は気付いていない。

 

「今は何処に向かってんだ?」

 

「えぇ、私の家でございますよ。そこでイタリアの料理でも振舞いましょう」

 

「マジか!?ありがとうオルソラ!」

 

はしゃぐ上条とは対照的に、沈黙を守る七惟。

 

友人0から卒業した今でも七惟はまだ対人コミュニケーションが苦手なのだ。

 

女性で外国人ともなればその苦手っぷりは本領発揮どころか限界突破をしており、あり得ない程の無口になってしまう。

 

無口で無愛想な七惟を見て、初対面の相手は不躾で愛想がない輩だ、と思うだろう。

 

当然彼女もそう思うはずだが、今回は上条がフォローしてくれてその最悪な第一印象だけは避けることが出来た。

 

上条とオルソラの会話が弾む傍らで、景色に目を向けながら七惟はひたすら無言で歩いた。

 

上条もはじめの内は偶に話を振ってきたが、七惟がコミュ力不足というの知っているため、顔を顰めているのを見てからは振らなくなった。

 

七惟としてはその気遣いが嬉しいが、相変わらずまだコミュニケーション力の乏しい自分に苛々していた。

 

喧嘩腰に怒鳴ったり、一方的にあしらうのは初対面の相手でも得意なのだが、こうも友好的に手を差し伸べてくる相手はその手をどうやって取ればいいのか分からないのだ。

 

こればっかりは、時間をかけて解消していくしかない。

 

 

 

 

どれくらい歩いただろうか、オルソラの足が止まった。

 

 

 

「こちらでございます」

 

オルソラが刺した方向にあったのは、日本人が思い描く如何にもなイタリア風のアパートメントだった。

 

こうも自分の想像とばっちり噛み合うとは、メディアの作るイメージもまんざらではないのかもしれないと感心する。

 

此処は港街のようで、此処からは地中海も拝むことが出来観光客が来たら泣いて喜ぶ間違い無しのスポットだ。

 

階段を上がり、オルソラの番号を教えて貰い家の中に入る、すると……。

 

「あ!とうまだとうまとうまー!」

 

勢いよく迷子になっていたはずのシスターが飛び出してきた。

 

玄関先まで手にお菓子を持ってやってくるあたり、自分達とそのお菓子はどちらが大事なのか。

 

そして上条に気付いてはいるが七惟に気付いているのか、と突っ込むところ満載なのだが七惟は断念する。

 

「あ、りむも聞いてよ!このジェラード、こんなに美味しいのに安売りのお徳用なんだって!んまー!」

 

自分の存在はジェラード報告のオマケ程度しかないのかい。

 

「あのなインデックス!こっちはお前のこと心配して探し回ってたのに、お前ときたらこんな場所でスイーツ食ってんじゃねえよ!」

 

上条の剣幕もどこ吹く風である、インデックスは無心でジェラードにがっついていて話を聞いていない。

 

そんな彼女を相手に上条も性懲りもなくお説教を続けているあたり、まだこれが数分続くであろうと判断した七惟は、横で淑やかな笑みを浮かべていたオルソラに声をかける。

 

「……えぇと、オルソラ、さん。俺はちょっと周囲を観光してくる、何かあったら上条に携帯に電話しろって言っといてくれ」

えぇ、お伝えしておきます」

 

こんな頼み方でも笑顔で受け答えをしてくれるシスターに少しばかり感動を覚えながら、七惟はその場を後にした。

 

何せ初めて来たイタリアなのだ、あのまま上条とインデックスに絡んでいては少しもこの旅行を満喫できそうにも無い。

 

拠点となるオルソラの家の位置もしっかりと頭に叩き込んで置いたし、今から自由にこの街を探索してみようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

階段を降り、大覇星祭で疲れた羽を癒そうと気を緩めたその矢先だった。

 

自分に向けられた強烈な視線、そしてその中に込められていた殺気を感じ取った。

 

「はッ……一人になるのを待ってたのか?御苦労なこった」

 

「…………」

 

静かな住宅街に、七惟の低い声が響き渡る。

 

いったい相手が何処からこちらを見ているのかは分からないが、近くにいるのは間違いないだろう。

 

七惟の能力は美琴のようにレーダー機能はなく、こちらが目視しなければ対象を攻撃することなど出来ないし、奇襲に非常に弱い一面を持つ。

 

ごくり、と唾を飲み込み額には汗が滲む。

 

上条達がこちらの異変に気付いて戻ってきてくれる可能性は皆無だ、一人で切り抜けるしかないが……。

 

キン、と何かが鉄にぶつかるような音がした。

 

七惟は反射的にそちらのほうに振り返るが、それは単純に考えて罠だった。

 

一瞬音のほうに気を奪われた七惟の死角から、何者かが蹴りを叩きこんだ。

 

「がふッ」

 

思わず蹴られた脇腹を押さえ、倒れそうになる身体を踏ん張って何とか立たせるも、次の瞬間には槍を頭に向けられていた。

 

正面に立って槍を構えていたのは少女で、その顔には見覚えがある。

 

「まさかこんなところまで貴方が追ってくるとは驚きです」

 

「……てめぇ、確かあの時の」

 

大覇星祭初日、学園都市近郊の神奈川県方面の住宅地の教会で、不穏分子として仕事のターゲットとなっていた少女だった。

 

今はピンクのキャミソールに動きやすそうなデニムのパンツだ、おそらく七惟と同じで休暇中だったのだろう。

 

「私としても、こんなのどかな風景が広がるアパートメント地帯で騒ぎを起こすつもりはありません」

 

「はン、ソイツは魅力的なお話だな」

 

「学園都市の刺客がイタリアに何の用ですか」

 

「あぁ?それはてめぇと同じだよ、バカンスってところか?」

 

「バカンス?そんな嘘には騙されません」

 

「ならそのアパートの310号室に行ってみやがれ、お前が悶え過ぎそうなくらい大好きな上条当麻もいるかもしれねぇぞ……?」

 

「……ッ!?」

 

『上条当麻』というワードに彼女が一瞬反応したが、暗部に片足突っ込んでいるような七惟がそれを見逃すわけがない。

 

少女の腹に握っていた拳をねじ込ませて、怯んだところで持っている槍を蹴りで叩き落とし奪い取ると、態勢を崩した少女に逆にその槍を突きつけた。

 

「そんなにあのサボテンが好きか」

 

「……!」

 

少女はほんのりの頬を赤くした、七惟とて思春期の人間だ、女性からこうも好感をもたれる上条が羨ましくないわけがなく、ストレスを全て込めて盛大なため息をついた。

 

それと同時に張り詰めていた場の空気が一気に緩和されていく、しかし少女の表情は硬いままだ、追い詰められた状態で気を許す人間なんていないだろう。

 

しかしまぁ、どこぞの雷娘といい上条のことが出た瞬間スキだらけになるのは上条フラグ軍団の習性か何かか?

 

「俺はお前を攻撃する理由なんざねぇよ、だが一応身の安全のためにこの槍は……」

 

「そ、そんな言葉を信用するとでも思っているんですか」

 

「はッ……何百回でも疑ってろ」

 

七惟は海軍用の長い槍を海の中へと転移させ、少女の攻撃手段を奪う。

 

「俺はさっき言った通りイタリアの観光に来た、上条当麻と一緒にな」

 

「その証拠はあるんですか」

 

「武器も何も持ってねぇ男が、暗部組織の仕事をやってるように見えるか?」

 

「日本の時は、貴方は丸腰でした!そんな話には……」

 

「そうかい、なら好きなように俺に攻撃しろ。ぶちのめされてズタズタにされても文句言うんじゃねぇぞ」

 

七惟の言葉に押し黙る五和、日本であれだけの実力差を見せつけられ、奇襲も失敗した今では流石に抵抗はしないようだ。

 

自分が七惟を倒すには不意打ちしかないと分かっているはず、それが防がれたのだからもしまた襲われるとしたら、次のご対面の時くらいか。

 

「んじゃあな……五和、だったっけか」

 

五和から攻撃の意思が無くなったのを確認して七惟は背を向けるが。

 

「ま、待ってください!」

 

「……んだよ?」

 

五和が呼び止める、まだ文句があるのか。

 

「本当にあの人がそこにいるんですか?」

 

「あぁ……?まぁな、シスターと一緒にいんぞ。早く会いに行きゃいいだろ」

 

七惟がそう言って振り返った時には、もう五和はアパートの階段を駆け上がっていた。

 

恋する乙女とは彼女ような人のことを言うのだろう、そういう恋焦がれるとは無縁な生活を送ってきた七惟には上条が羨ましい限りだ。

 

やっぱ男は正義のヒーローがいいのか……俺には絶対無理だぞソレ……。

 

 

 

 

 



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犬猿の仲-2

 

 

 

 

 

「……」

 

「いやぁ、料理上手いなオルソラ!」

 

「これだったらレストランに入らなくて済むんだよ!」

 

「いえいえ、もっとちゃんとしたモノを本当は作れるのですが……これはこれで喜んで頂けたなら嬉しい限りでございますよ」

 

 

 

 

 

今七惟と上条、インデックスとオルソラはちゃぶ台を4人で囲んで昼食を取っていた。

上条とインデックスはオルソラの料理を大絶賛しており、確かにこれは美味しいと七惟も思う。

 

しかし、背後から突き刺さるような天草式の連中の視線があるせいで落ち着かない。

 

 

 

「あの七惟という男、先日牛深さんと香焼さんを殺そうとしたらしい……!」

 

「まさかッ!?そんな奴とあのお方がご友人だとでも!?」

 

「嘘と思うなら五和に聴いてみるんだ、彼女のその現場に居合わせたと聞いているッ」

 

 

 

天草式の少年少女達は七惟に向かって敵意以外の何物でもないモノを向けており、それを背中一つで受け止めなければならないこの状況はかなり辛い。

 

上条にも天草式と七惟が敵対するような事態が起こったとは伝えておらず、それにこんな和んでいる上条相手に横から茶々を入れるのは悪い。

 

「あ、あの。これおしぼりです、どうぞ」

 

「あ、あぁ。ありがとう」

 

五和が上条の横からおしぼりを差し出す、オルソラにインデックスと続き・・そして。

 

「……」

 

「……」

 

七惟は最後のおしぼりを握りしめている五和を無表情で見つめた。

 

自分の分まで用意してくれているあたり、まだマシなのだろうが彼女がそれをこちらに持ってきてくれる気配はない。

 

それもそうだろう、もう既に七惟と五和は命のやり取りを2回もやっているのだ、しかもついさっき。

 

そんなことをした人物と今更ちゃぶ台囲んで仲良く食事などおふざけにも程がある。

 

だがこのまま七惟だけに渡さなかったら上条に七惟と五和は何かあったのではないか?と疑われるに違いない。

 

先ほど天草式と上条がいる前で七惟は『攻撃はされたが、それは威嚇のようなものでもう誤解は解けている』と両方に伝えたが、天草式は明らかに疑いの眼差しを向けていたため全くこちらを信用していない。

 

「……どうぞ」

 

「……どうも」

 

仕方なしに五和がおしぼりを七惟に差し出し、七惟も一応の礼を述べそのおしぼりを受け取った。

 

おしぼり一つ受け取るだけでこうも色々と考えなければならない世界がこの世にあるなんて、なんて窮屈なものだろうか……。

 

「七惟さんは、お味のほうはいかがでございますか?」

 

「あ、あぁ……凄く、美味しいと思う」

 

「そうでございますか、それは良かったでございます」

 

満面の笑みをこちらに向けるオルソラに、七惟は身体が硬くなる。

 

相手の好意は嬉しいのだが、それにどう答えればいいのか分からない。

 

前にはオルソラ、後ろには殺意の波動を感じさせる天草式、横にはジト目でこちらを見つめている五和と七惟は完全に四面楚歌の状態だった。

 

「うめぇー!」

 

「おかわり!」

 

七惟のそんな心の悲鳴など考えもせずに食事にがっつく二人が、この時ばかりは本当にぶっ飛ばしたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仲良くちゃぶ台を囲んでいた七惟達は、食事後再びオルソラの引っ越しに取りかかっていた。

 

七惟も当然手伝いを行っている、数カ月前の彼ならば『誰がするか』などと啖呵を切って飛び出していただろうに、我ながら恐ろしい程の変わりっぷりである。

 

今の彼は常人並みの思考回路をちゃんと回せるようにはなってきているので、昼食を御馳走してくれたならば、この場合ギブアンドテイクで手伝わなければならないと把握していた。

 

しかし此処で一つの問題があった、それはオルソラ家の面積だ。

 

オルソラの家は日本のアパートメントの一室と大差ない程の大きさだ、つまり小さな面積に天草式+上条御一行が居るということは人口密度もかなり高い。

 

何処に行っても天草式の人間と面を合わせるのは容易に考えられることで、眼と眼が合う度に凄まじい殺気を彼らは飛ばしてくるのだから、とてもじゃないが落ち着かない。

 

五和は殺意だけではなく『何で貴方が此処に居るんですか』『邪魔です』と言った副音声を一言一言に混ぜてくるのだから余計に性質が悪く、最悪だ。

 

上条やインデックスと一緒に居れば幾分かそれらは弱まるのだが、相変わらず上条は一級フラグ建築士のスキルを思う存分発揮しており、早速天草式の少女にフラグを立てようとしていた所を、インデックスに噛みつかれるなど、一緒に居ることが困難な状況だ。

 

否応なしに七惟は誰も居ない場所へと追いやられる、オルソラにベランダの掃除をしようかと尋ねたところ承諾され、今はデッキブラシでコンクリートを磨いている。

 

オルソラにベランダの掃除を提案した時も大変だった、とにかく彼女の微笑みが苦手なので極力目を合わせないように、顔を見ないようにとしているが、それが失礼に値することすら頭がごちゃごちゃして分からなくなる始末。

 

どもりまくって気まずい沈黙すら作ってしまったが、彼女は快く頷いてくれた、オルソラのような人をシスターと言うのだろう。

 

隣に居候している暴飲暴食シスターとは大違いだ。

 

アパートメントのベランダから見渡せる風景は、それこそメディアが提供していた映像そっくりで、綺麗な海と洋風の建物の間をたくさんの水路が走っている。

 

学園都市は水路など目には見えない場所にあるか、原子力機関が乱立している第10学区に行かない限り見ることは出来ない。

 

科学の街も素晴らしいが、自然と一体化している街も悪くはないのかもしれない。

便利さは断然学園都市だが、心が癒されるのは後者だ。

 

こういう場所に世界各地の金持ちはリゾートや別荘を購入するのだろうか、自分とは無縁なだけに何だか自然とため息が出る。

 

 

 

「七惟さん?どうなさいましたか、ため息などつかれて」

 

 

 

ため息で召喚されたのは、人の不幸が許せない少女オルソラ・アクィナスだった。

 

思わず顔が引きつる七惟、そんな彼を余所に彼女は相変わらずの微笑みを顔に浮かべ、ベランダ用のスリッパを履き、柵に寄りかかっている七惟の隣へとやってくる。

 

身体が硬直するのが分かる、今七惟は人生最大のピンチを迎えていた。

 

思い返してみても、今のように相手を倒すことも逃げることも適わない状況に陥ったことはない。

 

魔術師と戦った時も、超電磁砲と私闘をした時も、一方通行と殺し合いをした時も、天草式と対峙した時も、何時だって必ず『逃げる』という選択肢は存在していた。

 

だが今回は違う、相手は戦う意思など更々ないし、相手の善意を無碍にして、無視して逃げだすなどもっての外のはず。

 

七惟は相手の気持ちをくみ取るなど高等なコミュニケーション能力は出来ないが、相手の気持ちを踏みにじるような行為はなるべく避けるようにはしているのだ。

 

ミサカに髪飾りのプレゼントを渡した時に、彼女は無表情ながらも、思案することなく一瞬で髪飾りを付けてくれ、それが何とも言えない満足感を自分に与えてくれたことを鮮明に覚えている。

 

あれをもし断られたならばきっと満足感とは反対の何かが自分を蝕んでいたのだろう、だからそれは避けたい。

 

「貴方様とはゆっくりとお話する機会もございませんでしたので、場所も良いですし此処でお話を致しませんか?」

 

「……」

 

避けたい……のだが、此処に留まっても彼女の善意に応えられるかどうかは定かではない気がしてきた。

 

「ベネチアは良い所でございましょう?日本の巡りまわる四季も素晴らしいのですが、地中海から吹きわたる風はベネチアが世界随一と行っても過言ではございません」

 

「……」

 

……。

 

留まった所でコミュニケーション能力が欠如してしまっている自分は会話すらままならない、彼女のような善人とは会話すらまともにしたことが無かった七惟にとって、どう接すればいいのか分からない。

 

16年間暗部組織で狂った人間達と関わり、此処数カ月は表の世界の変人と関わってきたのだがオルソラはどちらにも所属していない、頭の引き出しを開けても対処法は見つかりそうにも無かった。

 

自分は何時から距離操作能力者から無口能力者になってしまったのか、と思うほど黙りこんでしまう七惟の様子をオルソラは不思議そうな瞳で見つめていたが、やがて何かを思いついたかのように表情を変え、七惟の隣から正面へと移動した。

 

オルソラが正面に来たということは、今七惟の視界にはオルソラが否応にも入ってくるということで、それを避けるためには顔を逸らさなければならないのだが、そんな失礼なことは二度もやりたくはない。

 

いったいどうすればいいのか見当もつかない、笑顔を作ろうにも笑った経験が此処数十年皆無な自分にはそんな芸当は出来ない。

 

もう距離操作でオルソラを屋内へと転移させてしまおうかと考え始めた時、彼女が口を開いた。

 

「無理に私に合わせようとする必要はございません、貴方様のペースで」

 

「……、と、初対面の、ひ、人と話したり……コミュにけーション取る、の苦手なんで」

 

何とか絞り出せた第一声、相変わらずどもりまくり噛みまくりで恥ずかしい限りだが、これでもかなり進歩したのではないだろうか。

 

そんな七惟の失態を笑うことも、馬鹿にすることもなくオルソラはゆっくりと話し掛ける。

 

「お話は苦手……ということでしたら、目と目を合わせてみませんか?」

 

「目と……目?」

 

「はい、日本語の諺にもございます通り、目は口ほどにモノを言うとよくこちらでも言われるのでございますよ。お話が苦手でしたら、目と目でお話を致しませんか?」

 

会話をするときは気まずくて相手の目を見ることは出来なかったが、ただ相手の目を見るだけならばどうということはない。

 

「それ……なら、何とか」

 

「はい、それでは」

 

七惟は視線を上げてオルソラの瞳を見る。

 

彼女の瞳は吸い込まれそうな程に澄んでいて、暗部に足を突っ込んでいたり、コミュニケーション能力が足りていない自分と違っていて、綺麗なモノだった。

 

対するオルソラも柔和な笑みを浮かべてこちらを見つめている、どうして自分のような人間にそんな笑みを向けてくれるのか、知りたいぐらいな笑みを。

 

「七惟さん」

 

「……?」

 

「貴方様が今まで何をしてきたのか、私は知りません」

 

これは暗に天草式が七惟に向ける視線のことを言っているのだろうか。

 

確かにあれだけ露骨な態度を取られれば、本人はもちろんオルソラだってそれに気付く。

 

「ですが、貴方様は今綺麗な瞳をしていらっしゃいます。自分に自信を持ってあげてください。もしその瞳に澱みが出るような事がありましたら、また私と目と目でお話を致しましょう」

 

七惟はその言葉を黙って聞いていた。

 

此処まで言ってくれる彼女を突き動かすものとはいったい何なのだろう?

 

もし自分が、彼女の善意を全て蹴るような人間だったならば、彼女は空しくなるだけだろうに。

 

オルソラは上条と似ている気がした、上条も相手の理由や感情などお構いなしにとにかく首を突っ込んできて、その人をいつの間にか助けて行く。

 

無償の、無心の精神で誰かを助けると言った感情を持つ者だけが、『ヒーロー』になれるのかもしれない。

 

自分には到底無理だろうと思いながら、オルソラの言葉に静かに頷いた。

 

 

 

 

 



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強襲-1

 

 

 

 

 

辺りの日も暮れて、うっすらと夜空が顔を出し始めた頃にはオルソラの引っ越しの準備も終わっていた。

 

食事の後、上条はインデックスとオルソラの裸体を見ると言うハニートラップに引っかかり、その間七惟は天草式の子供達から永遠睨まれ続けるなど学園都市の男二人は踏んだり蹴ったりだったが、なんとか凌ぎ切ることが出来た。

 

「それでは、よろしくお願いいたしますね」

 

オルソラの荷物を積んだトラックが発進した、あの中には五和達天草式のメンバーも一緒に乗っており、七惟はようやく彼らの視線から解放された。

 

「皆さんお疲れ様でした、長い間引きとめてしまって申し訳ございません」

 

「あ、いや。そんなことはどうでもいいんだけど。オルソラはこれからどうするんだ?俺達はホテルに行って観光に戻るんだけど、一緒に行くか?」

 

「あらあら。これからホテルへ向かうお三方についていけと仰るのでしょうか?それはまた、大人数な……」

 

「ぶッ!?」

 

「おいおい。なんて破廉恥なシスターだよ」

 

「ねーねー、とうま。大人数って何?」

 

「聞かなくていい!そして知らなくてもいいんだインデックス!」

 

ぎゃーぎゃー喚く上条とインデックスを微笑ましいように見つめるオルソラ、対して七惟は呆れ顔だ。

 

「こちらもロンドンでのお仕事を休ませてもらっている身ですし……それに」

 

「それに?」

 

「これから、キオッジアにお別れをしなければなりませんので」

 

「あ……」

 

彼女はロンドンへ引っ越すと聞いている、直線距離にしてどれ程あるのかわからないが、この故郷にまた帰ってくるのはいつになるかわからないのだろう。

 

いや……そんなことではない、か。

 

何時戻れるか分かるにしろ分からないにしろ……故郷から離れるというのは、感慨深くなってしまうのは当然だ。

 

「あ、ああ。悪いなオルソラ、気が効かなくて」

 

「いえいえ。別に金輪際キオッジアにやってこれなくなるという訳ではございませんから。ほらほら、そんな顔はしないでください。私はキオッジアと同じくらいロンドンという街も気に入っているのでございますよ」

 

逆にオルソラに気を使わせているあたり、へたれな上条だがおそらくこのオルソラという女性も上条によって陥落させられているのだろう。

 

五和にオルソラ、学園都市の外でもフラグを立てていると分かったのは、まだたったの二人。

 

あとどれだけいるのやら……両手で足りるんだろうな……。

 

「では、私はこれで。機会がありましたら、ロンドンのお部屋にも招待するのでございますよ」

 

「ああ。お前も、また日本に来ることがあったら」

 

「その前にとうまはお部屋を掃除しないといけないかも」

 

「……お、お元気で」

 

三人と一人、七惟達とは正反対の方向へ歩き出すオルソラ。

 

が、突如インデックスが顔を上げる。

 

「まさか……これって」

 

彼女は声を張り上げた。

 

「皆伏せて!」

 

その言葉で七惟は瞬時に状況を判断し、こちらに向けられている殺意を感じ取った。

 

何かの金属が噛み合うような音が聞こえたかと思うと、インデックスの口から呪文のような謎の言葉が放たれる。

 

「狙いを右へ!」

 

すると布団を棒で叩いたかのような籠った音が聞こえたと同時に、オルソラの持っていたカバンのとってがもぎ取られ宙に舞う。

 

「あら……?」

 

「とうまとりむはそこから離れて!」

 

オルソラのカバンを破壊したのは弾丸のようだ、地面が不自然に丸く抉られている。

 

こんな場所で、どうして自分達の命が狙われるのか理解出来ないがとにかく今はそんなことより襲撃者を見つけるのが先だ。

 

レーザーポインタのような照準がオルソラに向けられていることに気付いた上条が叫び、オルソラを突き飛ばすも放たれた弾丸は上条の肩をかすめた。

 

「ッ糞ったれ!何処から!」

 

奇襲に弱い七惟の能力では居場所を突き止めることは出来ない、周辺は4、5F建てのアパートメントや家が立ち並んでいるため、こちらを狙うポイントなどいくらでもあるのだ。

 

「とうま!」

 

「ッ!?」

 

インデックスが叫んだかと思うと、上条が今度は海へと引きずりこまれる。

 

海にもどうやら敵が潜んでいたようだ、手には五和と同じような槍を握りしめておりこちらを殺処分する気満々のようである。

 

槍はこんな時間帯だと言うのに不自然に夕日のかかったオレンジ色に輝いている、普通ではないその様子に七惟も若干戸惑うがそれどころではない。

 

その凶刃がオルソラを一刺しにしてしまおうという瞬間、七惟は能力を発動し槍を持った男を外壁まで吹っ飛ばした。

 

「ぐふぅ……」

 

男はうめき声を上げたかと思うと、そのまま動かなくなった。

流石に持続60kmでコンクリートの壁に激突したら唯では済むまい、まぁ全身運が良くて複雑骨折くらいにはなっているだろう。

 

「狙撃のほうは!?」

 

海面から這い上がってきた上条が声を荒らげる、どうやら無事だったようだ。

 

「大丈夫、こっちはもう済ませたよ」

 

「済ませたって……何を?」

 

七惟と上条は理解出来ないが、遠くから悲鳴のようなものが聞こえるとやがてそれは苦痛にもがき苦しむ声だと分かった。

 

どうやったのか分からないが、身の安全は保障されたようだ。

 

「……!逃がすか!」

 

遠くで何者かが海へ飛び込もうとしたのが七惟の視界に入った、おそらく先ほどこちらを狙っていた狙撃主だろう。

 

彼は演算を行いすぐさまこちらまで転移させようとしたのだが、それよりも早く一人の人間が海に飛び込む時に生じる音より遥かに大きな轟音が周囲に響きわたった。

 

海が真っ二つに裂けたかと思うと、一気に海面が膨れ上がりそこから飛び出したのは一隻の帆船だった。

 

何処ぞのアニメよろしくな大航海時代のモノを想わせるその帆船は、見てくれこそ古めかしく帆船に見えるが色は半透明で青空で川を照らしたかのような色で作られている。

 

木材でもコンクリートでも鉄でもない不思議な物体……こんな巨大なモノ、いったい何処に隠れていたのか。

 

「おわッ!?」

 

巨大な帆船はまだこれが全体では無かったようで、海へと注ぐ運河にもその全長は及び、運河を形作るレンガを破壊しながらさらに浮上を続ける。

 

海面近くにいた上条とオルソラはそのまま帆船へと乗りあげられ、みるみる内に飛び降りられない程の高さへと持っていかれる。

 

「とうまー!」

 

「オルソラ!」

 

七惟は能力を発動し、連れ去られようとしている二人をこちら側へと転移させようとするが、彼らにいくら照準を合わせても転移させる物体は海水ばかり。

 

この船には偏光能力のような仕組みがあるのか……こんな時に滝壺が居ればと歯がみするが今更遅い、帆船は浮上し終えると運河を破壊しながら凄まじいスピードで去っていく。

 

時間距離も幾何学的距離もあの帆船をロックオンすることが出来ず、取り残されたインデックスと七惟はその場で立ちすくむしかなかった。

 

 

 

 

 



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強襲-2

 

 

 

 

 

「……どういうことだよ、コイツは」

 

「私にも、分からないけど……」

 

「けど?」

 

「たぶん、オルソラが狙われたんだと思う」

 

「あのシスターが?」

 

上条とオルソラが連れ去られた後、その場に残された七惟とインデックスは、謎の帆船を追う手段も無く立ちすくんでいた。

 

七惟にとっては分からないことばかりだ、まずあの槍がオレンジ色に部分的に輝く時点で『ここから先は自分の知らない世界』だと言われていたような気がしていたが、まさに予想通りの展開になってしまうとは。

 

あの巨大な帆船だってそうだ、本来の材料とは全く違ったモノで作られ、なお且つそれがちゃんと航行しているのだから恐れ入る。

 

オルソラが狙われた理由も分からないし、いったい今自分の周りで何が起こっている……?

 

「どういうことか説明しろ」

 

「……それは」

 

「上条から口止めされてんのか」

 

「うん……」

 

七惟は今まで上条が何を隠していたのか分からなかったが、今回のことである程度は掴めた気がした。

 

上条の隠し事……それは、今回のようなことを言うのだろう。

 

七惟が上条を真面目に監視していた時はこのようなことは起こらなかった、起こったのはおそらくあの時からだ。

 

焔の巨人を操る男が七惟と上条の前に現れた時。

あの男と言い今回の事と言い摩訶不思議な、科学的には色々とおかしい事象が起こり過ぎている。

 

そして七惟が『魔術側』だと疑った天草式と一緒に居たオルソラ、それと普通に交流している上条……これだけヒントがあれば、パズルをくみ上げるのは簡単だ。

 

「魔術と関係してんのか上条は」

 

「……え」

 

「はン、あれだけ色々起こればどんだけ鈍い奴だって気づく」

 

「……そうだったんだね、じゃあもう隠しても」

 

「そういうことだ、それに今アイツとの口約束守るより現状なんとかすることが先だろ」

 

「そうだね、実は……」

 

それからインデックスは様々なことを話した。

 

あの焔の巨人を操る男の事、自分にかかっていた呪いを上条が解いてくれたということ、魔術に関わった科学側の人間として何度も闘いに身を投じたということ、そしてオルソラもその一件で関わり、殺されそうになった所を上条が救いだし、天草式が協力してくれたということ……つい最近の出来事では魔術側の巨大勢力、ローマ正教の策略を未然に防いだということまであった。

 

上条が何故そんな危険な場所に赴いているのか、七惟は何となく分かったがそれでも今回はイレギュラーだ。

 

上条が戦地に赴くのではなく、向こう側から攻撃を仕掛けてきたのだから。

 

どうやら上条はもう既にそのローマ正教とやらに敵として認識され始めているのではないだろうか。

 

「そういうことか……アイツも忙しい奴だな」

 

「とうまはいつも自分一人で色々解決しちゃうんだもん、少しは私を頼ってくれればいいのに」

 

「その台詞を今まで俺に全部隠してきたお前が言うか」

 

「う……そう言われると、困っちゃうかも」

 

「んなことより、どうするかだな」

 

「うん、でもアレはもう海中に潜っちゃったし」

 

「確かに……俺の能力も、良く分からない力で阻まれるみたいだしな」

 

七惟の組み立てた演算式にミスは無かった、しかしそれが理論上正しく発現しなかったとなると、やはり魔術による何らかの妨害があったと判断するのが妥当だろう。

 

追いかけるにも相手は海の中、そして手掛かりも無い、二人の安否は分からないとなると万事休すだ。

 

 

 

 

 

そんな険しい表情を浮かべる二人に、遠くから凄まじいスピードで路上を走るトラックが接近してきた。

 

トラックは天草式がオルソラの引っ越しのために準備していたものであり、それは七惟達の前で急停車すると慌てた様子で中の人間達が流れ出てくる。

 

「あ、あのお方が連れ去られてしまったとの情報が先ほどこちらに入りまして!」

 

「ま、まさか貴様!実は裏でローマ正教と釣るんでオルソラ嬢を……!」

 

「おのれぇ!」

 

トラックから出てきたのは天草式の少年少女、ひきつった形相で言い寄ってきた。

 

「違うんだよ!りむはむしろ私たちをー!」

 

何を勘違いしているのか、天草式の少年達は七惟が今回の主犯だと思っているらしく血相を変えて飛びかかる。

 

七惟はそんな彼らを見てため息をつくと、それぞれを地上から約3Mの位置まで転移させ、そこから垂直落下させることで黙らせた。

 

「はン……さっきまではオルソラと上条が居たから遠慮してたがな、あんま調子に乗ると地中海に沈めるぞ糞野郎ども」

 

「何をぉ……」

 

「大人しく蹲ってろ、それよりてめぇらのボスは何処だ。まさか五和がリーダーとか言うんじゃねぇだろうな」

 

今回彼らの中で一番の最年長は五和だった、しかし彼女は七惟と仲が悪いのでまともな話が出来るとは思えない。

 

五和を見やると、慌てて首を横に振り口を開いた。

 

「教皇代理!」

 

トラックの運転席から一人の男が出てきた。

 

そいつの頭はクワガタの刃のようにぎざぎざで黒く光っており、如何に東洋人らしい顔立ちだった。

 

天草式のボス、つまり魔術側のボスと言うとゲームで出てくる長老のような人間をイメージしていたのだが、予想に反してこの男はかなり若かった。

 

それでもまとう空気から分かるのは、五和や少年達とは違い一筋縄ではいかないということだけはすぐに理解出来た。

 

「日本の天草式部隊が世話になったのはお前さんで間違いないのよな?」

 

「それが?」

 

「いや……予想よりも普通の青年で驚いただけだ、もっと凶悪犯罪者のようなのを予想してたんだが」

 

「はン、ご期待に添えなくて悪かったな」

 

「報告によればお前さんは学園都市の暗部にそこまで深く関わってない人間と聞いている」

 

「そいつどうも。遠まわしなのは嫌いなんでな、さっさと言いたいこと言いやがれ」

 

「ほぅ」

 

教皇代理と呼ばれた男は目を細めると、その視線を禁書目録へと移す。

 

「まぁ禁書目録も一緒にいるようだし、そこまで敵性はなさそうだが……。あの少年とオルソラ嬢を助けようと思っているのよな?」

 

「んなこと聞いてどうするってんだ」

 

「何処までも挑発的な姿勢、か」

 

「これが俺の素なんだよ」

 

「そうかい……まぁ、俺達もあの二人は助けなければならない立場にあるのよな。お前さんのレベル5の力はこちらにとっても非常に好都合、協力するという選択肢は?」

 

協力……ね。

 

あくまで一緒に戦うのではなく、目的を達成するために協力。

 

先ほどの言動を見るからに、この男は七惟が学園都市暗部の人間で、魔術側の情報を科学側に流すことを警戒している。

 

そこで必要最低限の協力を行い、自分達への損害を最小にするためにも学園都市の超能力者の力を貸してもらいたいというわけか。

 

七惟にとっては魔術側と科学側がいがみ合おうが何だろうが知ったことではないが、あの二人を助けるのに協力すると言う提案を蹴るわけにはいかない。

 

今回の事態は七惟の能力では手に余ることなのだ、おそらくその現状を天草式は打破する術を持っている。

 

それにコイツらはインデックスの話では上条に大きな借りがあるはずだ、上条と親しい関係にある自分に何か害をもたらすこともないだろう。

 

これらのこと全てを踏まえて、七惟は男の提案に乗る。

 

「蹴るわけないだろ、こちらとしても手詰まりなんでな」

 

「それはありがたい、決定なのよな。俺の名前は建宮斎字、天草式十字凄教の教皇代理をやっている」

 

そういって建宮は右手を差し出した、七惟はその意図をくみ取り進み出る。

 

「こういう場合は俺も所属の組織名を言う方がいいのか?」

 

「それはどちらでも構わんのよな」

 

「……学園都市暗部組織『カリーグ』所属の七惟理無だ。あと言っておくが俺のレベルは4だ」

 

七惟は此処に来て数カ月ぶりに自分の所属している暗部組織の名前を言葉にした。

 

「降格でもしたのよな?」

 

「知るかよ、それより上条達の行方を探る方法はあんのか?」

 

「そこらへんは魔術的な事柄だからお前さんは分からんだろう、此処は我ら天草式に任せろ」

 

「へぇ、頼もしいな」

 

「戦闘になった場合当然お前さんにも出て貰うのよな」

 

「わかってる」

 

こうして突発的に七惟と天草式において同盟が結ばれることとなった、だが目的達成に至るまでの過程でぶつかり合うこともあるかもしれない。

 

それに一言で言えばこれは敵同士が一時的に手を組んでいるに過ぎず、常識で見たら非常に脆いものであるが……。

 

「私もいることを忘れないで欲しいんだけど!」

 

そう言って声を荒らげたのはインデックスだ。

 

彼女が居る限り建宮達天草式は自分を攻撃出来ないと七惟は踏んでいる、そしてそれは七惟とて同じだ。

 

彼らにとって上条当麻は非常に重要な人物だ、そして七惟にとっても上条は大事な友人、互いに彼の知人である双方に手を出し関係をこじらせるのは得策ではない。

 

どちらかが手を出せば、それを見たインデックスが上条に報告するのは火を見るよりも明らかだ。

 

「あぁ、忘れてたのよな。魔術戦に関してお前さんの知識はとても重宝する、期待しているのよな」

 

「任せなさい!あとりむもとうまみたいに無理して一人で突っ走っちゃ駄目だからね!」

 

「俺はお前が作戦の途中で空腹故に暴れ出さないかのほうが心配だがな」

 

「な、何を言っているんだか分からないんだよ!」

 

インデックスは顔を真っ赤にして反論する、このような大勢の前で自分の恥ずかしい大食いの癖を知られるのは流石に女性としてどうかと思ったのだろう。

 

まあ、今更誤魔化そうとしても先ほど一緒にいた天草式の子供達はこのシスターさんがオルソラの用意した昼食に一番がっついていたのを脳裏に焼けつけているだろうが。

 

 

 

 

 



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舞台の裏表-1

 

 

 

 

 

建宮の生み出した上下艦に乗り込んだ五和達天草式と七惟だったが、五和は何故か教皇代理から七惟の世話役(監視役)として派遣されて今は彼と同じ部屋にいる。

 

建宮は共闘するとは言ったもののまだ七惟に気を許しているわけも無く、少しでもスキを見せればこちらの情報を引き抜かれ兼ねないと警戒して五和を派遣した。

 

一緒に居たインデックスはお腹が減ったので何処かへ食料を漁りに行き、今は五和と七惟二人きりだ。

 

どうして自分が彼の世話役……もとい、監視役なんてしなければならないのだろう。

こういうことはもっと年上で経験のある人に任せたほうがヘマがないと思う、もしものことがあってからでは遅いのだから。

 

それに自分と七惟の仲がそこまでよろしくないのは建宮だって知っているはずだ、それを知って敢えてのことなのだから何か理由があるのだろうが、にしてもこれはあんまりではないのか。

 

もう自分と七惟という男の関係は修復不可能なところまで来ていると五和は自覚している。

 

「おぃ」

 

「な、なんでしょうか」

 

「……なんでそんなに硬くなってんだか」

 

「キオッジアであんなことがあればこうなるのは当然だと思います」

 

馬鹿にしたような言葉にむっとして反論する。

 

二人は命のやり取りを神奈川とキオッジアでやっている。

 

最初の1回は妙な能力を使われて拷問を受け、二回目は今日の昼に奇襲をかけたが逆に殺されかけるという屈辱。

 

その事実だけでも五和は身体の中に今まで感じたことがない程のもやもや……つまりストレスなのだが、それが異常に蓄積されていき不機嫌面が満開になってしまう。

 

「上条の前だと借りてきた猫みてぇに大人しいのにな、刺々しいぞ」

 

「私は教皇代理のように貴方と共闘するつもりなんてありません」

 

そもそも五和はこんな男に力を借りることがまず反対だった、自ら学園都市暗部に所属していると名乗った七惟と一緒に共同戦線を張るなど……。

 

五和は建宮と七惟の話が終わった後、すぐさま建宮に抗議したのだが建宮は『あの力は戦力になる』の一点張りで取り合ってくれなかった。

 

この男の能力のおそろしさは天草式の中で一番自分が良く知っているだけに当然一理あるはずなのだが、もし内部で反乱でも起こされたら堪ったものではない。

 

今のところそんな様子はないし、相手もインデックスが居る前では迂闊に行動出来ないだろうとのことだったがそれでも五和は心配なのだ。

 

日本で拷問に掛けられた時の迫りくる右手、あの恐怖がまだ忘れらない。

 

「まだ神奈川の時のこと根に持ってんのか?」

 

身体を強張らせている自分を見て、七惟は笑っていないのだが、五和にはそんな彼の表情が緊張している自分を嘲笑っているようにしか見えない。

 

「自分の胸に手を置いて考えてみてください」

 

口をとがらせて五和は七惟を睨みつける、だがそんな彼女の表情も七惟からしてみれば何処吹く風と言ったところか、視線すら合わせずに目は明後日の方向へと向いている。

 

「そりゃあ悪かったな、奇襲したのに殺されかけて不機嫌になってんのかよ」

 

「ッ……」

 

此処にきて七惟のコミュニケーション能力の無さが如何なく発揮される、二人きりの空間で気まずい空気を生み出そうがどうなろうが知ったことではない、と言った表情で七惟は悪態を突き続ける。

 

彼は思ったことを直接口にしてしまう性格なので、オブラートに包まれていない言葉は、五和を馬鹿にしていると思わせるには十分だった。

 

「挙句あのサボテンのこと言われて頭にでもきたか?」

 

七惟自身は五和のことを馬鹿にするつもりはなく呆れているだけなのだが、そもそも似たようなものなので、どちらでも別段に問題はなかった。

 

「いい加減にしてください!」

 

五和の導火線に火がつくのには。

 

五和は槍を手に持ち七惟に飛びかかる、この場で騒ぎを起こしたらどうなるのか、後で建宮からどのようなお叱りが行われるかなど頭から消し飛んでしまった。

 

普段は平静を保ち、滅多なことがなければ怒ることなどない五和がこんな状態になってしまうのは非常に珍しい。

 

それくらいに七惟の言動は許されがたいものであった。

 

「何だってんだ」

 

突き出された槍の切っ先を交わして、七惟は面倒そうにため息をつく。

 

二人が居る部屋は狭くはない、逃げ回ればあっという間に追い込まれる。

 

七惟は最初は五和の怒りが一時的なものだろうと考えていたようで、七惟はいなしていたが……。

 

「しつけぇな」

 

しかし五和が執拗に攻撃してくることに痺れを切らし、五和の追撃を、文字通り武装解除させることによって止めた。

 

やはり七惟の前では彼女の怒りに実力が追いついていかなかった。

 

「あッ」

 

気付いた瞬間には、彼女の武器は手元から消えてしまった。

 

顔を真っ赤にして、冷静さを失ってしまったので七惟の能力が五和から消し飛んでしまっていたが、手元の感触が無くなったことによりそれに気付く。

 

同時に冷静さも戻り、何てことをしてしまったのだと呻くが今更遅い、あの教皇代理のことだろうから今の騒ぎのこともきっと感づいているに違いない。

 

後で何と言われるか分かったものではない、と後悔するが眼前ではそれ以上に不味い事態が起ころうとしていた。

 

槍事態は何処かへ飛ばされてしまったが、槍を突きだそうとしていた五和の運動エネルギーは死んではおらず、本来槍に載せられる筈だった力が向かうべき場所を失い、身体のバランスが保てなくなる。

 

「え、あッ!」

 

次の瞬間、五和は七惟の胸元へと勢いよく飛び込んだ。

 

「おいッ」

 

「ひゃあ!?」

 

如何にも間抜けな声を上げて二人はそのまま壁へと突っ込む、ズシンと部屋が揺らぐような衝撃と共に動きは止まる。

 

状況が掴めない五和の頭は混乱を極め、自分の肩に置かれている手に気付くのに数秒かかった。

 

 

 

 

 

「……おいコラ。体重預けるのやめろ」

 

「はッ……え?わわわわ!?」

 

 

 

 

 

五和が槍を突きだすために生み出した運動エネルギーは当然殺されずに、七惟に突進。

 

七惟はそんな彼女の行動を全く予想していなかったようで、突進を真正面から受け壁に突き飛ばされるが、五和も勢いそのまま突っ込んだ弊害か途中でこけてしまったのだ。

 

そしてどうしてかは分からないが、五和の身体が全身の余すところ無く七惟に密着しており、思い切り抱きついているような形になっていた。

 

五和の身体をおしのけようと、七惟は申し訳程度の力で五和の肩を離そうと押しているわけだが。

 

「わわわわわあああ!?」

 

七惟に抱きついてしまっているのを自覚した五和は、まるで危険物を察知した動物のように飛びずさる。

 

当の抱きつかれた本人は頭の後ろを摩りながら立ち上がった、疲れたように息を吐き、身体に着いた埃や汚れを落とす。

 

「ったく、抱きついてくんなうっとおしい」

 

「す、す、好きでこうなったわけじゃありません!」

 

「そうかよ」

 

こんなことがあったというのに、七惟は何処までも不躾な態度で五和に接してくる。

 

こっちは心拍数が信じられない程上がり、顔も火照ってしまっているというのに。

 

まぁ……これがあの少年だったならば、もっと良かったのだが。

 

どうして暗部という非道の道を突き進む男とあの少年が仲が良いのか疑問だ。

 

謝る言葉はないのか、と五和は火照った顔で七惟を睨んでいたが、それに気付いた七惟は五和の顔をマジマジと見つめた後、こう言った。

 

「んな真っ赤な顔でむくんでても可愛いだけだぞ」

 

それは普段から思ったことをストレートに、変化球を織り交ぜて言わない七惟故の言動だった。

 

しかしそんなことを知らない五和は七惟の言葉に一瞬びくっと肩を震わせると、頭の中がグルグルと回り出す、先ほど変なことがあったばかりでそれは余計に彼女の頭を蝕んでいく。

 

「よ、余計なお世話です!」

 

「……あぁ?」

 

五和は握っていた拳をぷるぷると震わせながら様々な憶測が脳裏をよぎる。

 

彼が言ったように自分はそんなに今酷い顔をしているのか、しかしその後に『可愛い』とも言っている。

 

こんな不躾な奴から言われても、やはり良いと言ってくれるのならばそれは女の子である五和にとって悪い気分ではない。

 

いや待て、もしや此方をもてはやして何らかの策を既に巡らせているのかもしれない!

 

ぶんぶんと頭を振り五和は気を取り直した、此処で油断してしまったら七惟の思う壺だ。

 

先ほどの抱きついてしまったことといい、今の七惟の言動と言い、どうも七惟と一緒にいると自分のリズムを崩して調子が悪くなってしまう。

 

人間、不思議と悪いことの後に良いことを言われるとそちらばかりに気を取られて直前のことなど、どうでもよくなるものである。

 

七惟は別に五和を褒めようとか、取り繕うとか思ったわけではなく、いつも通りのコミュニケーションを行ったつもりだったがそれが幸か不幸か、二人の間にある蟠りを少々解消したかのようにも思えた。

 

「おぃ五和」

 

「何でしょうか」

 

「お前が持ってた槍、スペアとかねぇのか?」

 

「私の槍……ですか」

 

「俺は残念ながら非武装なんでな、それで敵地のど真ん中に赴くなんざ殺してくださいって言ってるようなもんだろ。お前の槍はアタッチメント方式で携帯にも便利だし扱いやすそうだからな」

 

「私の槍じゃなくても。香焼さんの短剣を貰えばいいと思います」

 

「お前が此処から俺を出してソイツの所まで連れてってくれんならとっくにそうしてるがな」

 

「う……」

 

五和は建宮から作戦開始まではこの男を此処から出すなと言う命令を受けている、五和もそれには賛成だしこの男を此処から出すつもりはない。

 

となると七惟の言ったことは理にかなっているものになってくるわけで。

 

「私の大事な武器を、貴方のような人に扱われるのは心外です」

 

「お前が俺の事どう思ってるか知らねぇがな、今はそんなつまんねぇことをどうこう言ってる場合かよ」

 

「そ、それは……そうですけど」

 

「なら決定だな」

 

「むぅ……仕方がありません」

 

五和はしぶしぶバックからスペアとなる槍を七惟に私、その作りを丁寧に説明した。

ついでに応急処置的なスペアの作り方から接続方法まで教えておいた、まぁ戦場で武器を持たずに居られるのはこちらとしても迷惑なのだ。

 

「海軍用槍か……やっぱこのリーチは俺の能力と相性がいい」

 

七惟はふっと槍を構えて突き出す、初めて取り扱うにしてはその動きには無駄は無く、洗練された動きから繰り出された突きは空気を振動させた。

 

それを見て五和は多少驚くと同時に、暗部組織の人間なのだからこれくらいは出来て当たり前の世界なのだろうと納得する。

 

「魔術的な細工は施されていませんが……万が一能力を発動する際違和感を感じたら私に言ってください、貴方用に再調整しますから」

 

「へぇ、えらく協力的だな?」

 

「私だって、そこまで過去に拘り続けるようなのは好みませんし貴方の言うことも一理あります……それに今は一応背中を預け合う仲間ですから」

 

言葉の後に沈黙が続く、珍しく会話が弾んでいたため(友人がするようなものではないが)、五和が首をかしげて槍から視線を七惟に移す。

 

すると彼は一拍置いてからこう答えた。

 

「仲間、ねぇ」

 

「どうしたんですか?」

 

感慨深げにその言葉をつぶやいた七惟に違和感を感じた五和は尋ねる。

 

すると彼は今まで見たことがないような、ふっと表情を和らげてこう言った。

 

「いや……今まで『仲間』なんて言われたことなかったからな、少しヘンな気持ちになっただけだ」

 

「……そうなんですか」

 

槍の切っ先をジッと見つめる七惟の目は、キオッジアで自分と殺し合いをした彼の目とは大きくかけ離れていた。

 

そう言えば彼は学園都市の暗部で活動していると聞いた、学園都市の暗部と言えば単独で行動することが多く、もし味方と一緒に行動することがあったとしてもそれは仲間と呼ぶには相応しくない関係だったのだろう、彼はもしかすると今までずっと一人で戦ってきたのかもしれない。

 

どんな危険にも、どんな敵にも、どんな時でも一人でそれらを乗り越えた彼、自分達を奇襲した時の敵地のど真ん中に攻め込むというのに一人だった。

 

そう考えると途端に五和は七惟のことが哀れな存在に思えた、友人に上条がいるとしても彼は表の人間、決して一緒に戦うことは許されてはいない。

 

自分はこの七惟という青年を不躾で暴力的で協調性がなく、使命のためならば容赦なく拷問にもかけ、例え同盟を組んだとしても油断は出来ない人物だと決め込んでいた。

 

そう信じていた。

 

しかし、そんなふうに信じ込むのはまだ早計なのかもしれない……少しは、彼を知るために『疑う』こともしないといけないのだ。

 

七惟は既に槍を折りたたんでおり、壁にもたれかかり目を瞑って眠っていた。

 

同盟を組んでいるとは言え、敵対する勢力の目の前で眠るとは恐れ入る。

 

五和は七惟の寝顔を複雑な心境で見つめていた。

 

 

 

 

 



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舞台の裏表-2

 

 

 

 

七惟達がいるイタリアから数万キロ離れたこの場所は、学園都市。

 

都市では相変わらず大覇星祭からの復旧は続いており、未だに終わりそうもない。

 

そんな中、土御門元春はとある一人の人間を尾行し在は立ち入り禁止になっている学校に侵入、自分のクラスに足を運んでいた。

 

廊下で身を隠していた彼の視線はクラスの中へと向いており、その先にはある一人の少女が机をがさごそと漁っている。

 

「滝壺理后……アイテムの最重要人物と位置付けられている」

 

彼は手帳を取り出し、少女の情報を再度確認した。

 

滝壺理后。

 

彼女は暗部組織アイテムの構成員で、その組織の核を成す人物だと聞いている。

 

彼が掴んだ有力な暗部組織はまだスクールとアイテムの二つだけで、そのうちスクールについては未だに不明な点が多いがアイテムに関しはそれなりの知識を保有していた。

 

そこで大覇星祭一週間前にやってきた謎の転入生の名前にピンと来て、調べてみたらこんな落ちがまっていたというわけだ。

 

だいたい彼女はおかしなことだらけだ、何故転入時期があの微妙な時期なのか、そして何故もあんなコミュ力不足の七惟に自分から話しかけたのか。

 

そして極めつけは大覇星祭において異常な程七惟と接近したことだ、彼女の目的は土御門でもすぐに分かった。

 

それは暗部組織における抗争、レベル5のオールレンジを味方につけることでそれを有利にしようというわけだ。

 

滝壺は今は高校が指定した制服ではなく、ピンク色の地味なジャージに身を包めて机の中にある自分の教材をバックに取り込んでいる。

 

わざわざ「keep out」の張り紙が貼られている日にやってくるとは、おそらく代休明けには綺麗さっぱり姿をくらますつもりだろう。

 

多角スパイをこないしている土御門としては、学園都市暗部の情報を掴むにはまたとないチャンスなのだ、此処で逃がすわけにはいかない。

 

彼は意を決して、クラスのドアを開けた。

 

ドアと地面が摩擦する特有の音が響くと同時に、脱力系少女滝壺の視線がゆっくりと土御門へと向けられた。

 

「つちみかど?」

 

「これはこれは滝壺ちゃん、どうしてこんな時間にこんな場所にいるのかにゃー?」

 

土御門は普段のおちゃらけた口調のままではあるが顔は笑っていない。

 

ゆっくりと滝壺との距離を縮めるが、土御門が一歩進むごとに滝壺は二歩下がる。

 

「それは」

 

「ふッ……みなまで言わなくても構わんぜよ。そちらの目論見はお見通しだぜい」

 

「わたしはなにも」

 

「おっと、此処に来て言い訳とはそんなつまらんことはしないで欲しいにゃー。まだ俺の物腰が柔らかいうちに喋っておくほうが身のためですたい。お前が大覇星祭が始まる一週間前から、大覇星祭が終わるまでの期間の行動を俺なりに監視させてもらったんだぜい」

 

「……」

 

じりじりと互いの距離が狭まるが、ついに滝壺は後ろへと下がることが出来なくなった。

 

壁に背中が当たったのを感じたのか、滝壺は背後を見やる。

 

「お前はあの期間、俺やかみやんしか関わらないあの『オールレンジ』と積極的に関係を持とうとした。それは傍から見ればおかしすぎる行動だぜい。あの男は少なくともコミュニケーション能力が一般人に比べて遥かに欠如している、俺達みたいな風変わりな連中じゃないとつるむのは不可能だにゃー。友人もつい最近までは0記録を爆進してたんですたい」

 

「………」

 

滝壺は黙ったままで答えないが、視線をこちらから逸らすようなこともしない。

 

「そんな奴と転入してきた奴がしょっちゅう一緒に居れば、嫌でも目につく。それがレベル5で一軍隊を相手に出来るような奴なら尚更だ。そんなのと大覇星祭中常に一緒に居て、あまつさえ能力同士で補助を行うってーのは、何か裏があるんじゃないかってくらい誰でも思うわけだぜい」

 

「……ちがう」

 

沈黙を守っていた滝壺が突如として口を開く。

 

「なにがだにゃー?」

 

「なーないは、コミュニケーション能力が欠如なんかしてない」

 

これは…………七惟を庇っている?

 

「わたしには、ちゃんとなーないの気持ちがわかったから」

 

「ほう、そいつは俺の情報には無かったもんだにゃー。ま、ななたんの情報なんか今はどうでもいい」

 

彼女が七惟のことをどう思っているかは知らないが、少なくとも彼女達が潜む程の深い闇に友人が連れ去られていくのを、黙って見ている程土御門は非道な人間ではない。

 

それにもしこれで七惟がアイテムに組せば、勢力図が豹変し最悪の事態になりかねないのだ、それだけは阻止しなければならない。

 

「単刀直入に聞こう、アイテムの構成員滝壺理后」

 

自分の素性を洗いざらい述べられた滝壺は目を丸くした。

 

「お前達は、『オールレンジ』をアイテムに引き入れようとしているのか?」

 

数瞬の空白、土御門とて彼女が素直にこんなことに答えてくれるとは思ってはいない。

 

が、それに反して彼女は視線を逸らさす真っ直ぐ土御門を見て口を開いた。

 

「それは……」

 

しかし、別の声によりそれは遮られる。

 

「それを聞くのは超野暮ってわけですよ、土御門元春」

 

「……誰だ!」

 

声の主は何の遠慮も無くドアを乱暴に開けると、その姿を現した。

 

白いふわふわとしたニットの服を着た少女は、その華奢な身体からは想像も出来ないような力でドアを開けたようで、ドアが開けられたその勢いは殺されず止めの部分に激突し、教室全体が多少揺れた。

 

「全く、滝壺さんも少しは自分が付けられているとかいう危機感を持ったらどうですか?」

 

「ごめん、きぬはた」

 

予期せぬ介入が起きるが、それもまた何処かで見たことがある少女。

 

「こんなグラサンつけて金髪の高校生なんて、何処からどう見ても超怪しいじゃないですか。警戒心を微塵も持たないというのは超問題アリですよ」

 

「……絹旗最愛か」

 

「む、私の名前を知っているなんて結構こちら側に詳しいみたいですね」

 

「こちとらそれが生業なんでな」

 

「そうですか、でも怪我をしないうちにここらで引いたほうが身のためですよ?言っておきますが私の能力は貴方の身体なんて超軽々と粉砕します」

 

そんなものは無残にも壁に叩きつけられたドアを見れば明らかだ。

 

身体強化系なのかはわからないが、彼女に首根っこでも掴まれれば首から上と下が綺麗に真っ二つになるかもしれないということなど一目瞭然。

 

だが此処でそう簡単に食い下がっては滝壺を尾行した意味がない、もう少し土御門としては情報を引きだしておきたいのだ。

 

「だろうな、でも俺はそう簡単には引き下がらないぜ。少なくとも確証が得られるまではな」

 

「この状況でまだそんな減らず口が……まぁ今貴方がつかんでいるその程度の安い情報ならいくらでも超くれてやりますよ」

 

「いいの?きぬはた」

 

「超構いませんよ、知られたところで私達が困るようなことはないですしね」

 

七惟理無を裏側に引き込む、やはり自分の建てた仮説は間違ってはいなかった。

 

となると、土御門の思考は次の段階へとシフトする。

 

「七惟理無を引きこんでどうするつもりだ?」

 

「さぁ、それは私も超知らないですね。知りたければうちのリーダーに会ってみたらいいですよ、ミンチになってもいいならですけど」

 

「リーダーか。それは誰なんだ」

 

「そうですね、学園都市で敵に回してはいけない8人のうちの一人だと言っておきましょうか?」

 

「垣根帝督か、それとも麦野沈利か?」

 

「そこまで応えてあげる義理は超ありませんからね、勝手に自分で探ってください」

 

「超電磁砲のクローンの時と言い、今回のことと言い……お前たちはいったい何処まで絡んでいるんだ?」

 

「私の知る範囲じゃありません、私達はただ生きるために超必要なことをやっているだけなんですから」

 

思ったよりも絹旗という少女の食いつきは悪くはない、暗部の奴らは大半が問答無用で殺しにかかってくるだけにこの少女の行動は意外だ。

 

さてならば、もっと確信に触れるような場所まで訊いてみても損はない。

 

応えないかもしれないが、その表情と行動から情報を得ることは容易なのだから。

 

「お前たちアイテムは……オールレンジを引き込んで、暗部に粛清をかけるつもりなのか?」

 

「……ちょっとどころか超お喋りが過ぎますね土御門元春。そんなこと私達が教えるわけがないです、質問タイムは終わりですね」

 

絹旗は少女とは思えない程の跳躍を見せると、一直線に突っ立っていた滝壺の傍らに着地しその首ねっこを掴み、窓を開けることなく突き破るとそのまま外へ飛び出した。

 

その一瞬の動きに暗部としてのプロの動きも垣間見れ、絹旗最愛が滝壺と違い相当なてだれだと土御門も悟る。

 

「それでは次お会いするときまで。まぁその時は超殺し合ってる可能性もありますけどね!」

 

3Fから笑顔で空中ダイブを決めた絹旗は無傷で学校のグラウンドに着地すると、そのまま滝壺と共に昼下がりの街へ消えて行った。

 

「滝壺理后と絹旗最愛……そして七惟理無。裏にどんな繋がりがあるか分かったもんじゃないな」

 

その場に残された土御門は絹旗が残した言葉を吟味しながら次への行動へと移る。

 

最期の絹旗の行動、やはりあれは人体実験が行われているだけではなく、その実験が既に実用可能なレベルにまで及んでいるということだ。

 

下手をすれば第1位の演算パターンを持つ人間を大量生産し、兵器として敵対する魔術側に送り込むことも出来るということか。

 

「全く、あの男はいったい何を考えているんだ……」

 

滝壺と絹旗から得られた情報は少なかったが、それでも無益ではなかった。

 

彼は彼の思想と信念を元に、淡々と行動していくだけ。

 

 

 

 

 



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背中合わせの二人-1

 

 

 

 

 

上下艦で上条達の行方を追っていた七惟と天草式は、海に投げ出された上条達を拾い上げ今は陸地に戻ってきている。

 

海から救出されたすぐ後はドタバタしていて、七惟も部屋から出ることが許されなかったため上条と話すことは出来なかった。

 

こちらとしては言いたいことは山ほどあるだけに、陸地に上がり食事をした後ようやく女達からフリ―になった上条を半ば強引に呼びとめた。

 

「上条」

 

「あ、……七惟」

 

上条の表情は冴えない、彼もおそらく気づいているのだろう。

 

七惟がこの騒動に巻き込まれたことにより、今まで自分が何を隠していたのか知られてしまっているということを。

 

「すまねえ、せっかくイタリアまで一緒に来てくれたっていうのに……こんな騒動に巻き込んじまうなんて」

 

「そのことを掘り返しても仕方ねぇ、今はお前が無事で何よりってとこだろ」

 

「……なぁ」

 

「あン?」

 

「天草式の奴らやインデックスから……聞いたのか?」

 

「まぁな。こんだけの騒動がありゃあ嫌でも情報は入ってくる」

 

「……お前を巻き込むつもりは無かったんだ、それに巻き込みたくなかった」

 

傷を痛がるように、上条の表情が苦痛の色へと変わる。

 

「でも結果は同じだな……隠し通せると思ってたけど結局はお前に知られちまった。魔術師のことも、魔術の世界のことも」

 

「巻き込みたくなかったから隠してた、か」

 

「やっぱ……怒ってるか?」

 

「そりゃあ……けどな」

 

七惟は上条のような善人ではない、どんなことがあれ、あれだけのことがあったのに隠し事をしていたのは許せないし、自分自身が話されるに足る存在でなかったことにも。

 

しかし、全く上条の事情を考えないと言うわけではない。

 

上条当麻という人間は誰かが困っているとそれに首を突っ込み、そして何とか助けてあげようというそれは素晴らしい性格の持ち主だ。

 

おせっかいとも取れるが、おそらくインデックスもオルソラもそうやって上条に助けられて今に至るのであろう。

 

そして誰かが傷つくのならせめて自分だけが傷つけば良いと思い、自分は首を突っ込む癖に他の人は事件から遠ざけ傷つけまいとする。

 

今回もそのような上条特有の心の葛藤があったのだろう、七惟を巻き込んでしまうくらいならば自分一人で……と言ったところか。

 

自分には決して真似出来ないような思考回路だ。

 

考えられないくらい聖人君子の頭脳を持っている上条の腹の中など自分には読めない、だが何かを考えているくらいは最低限分かる……だから。

 

「お前の気持ちが汲めないような馬鹿じゃねぇんだ俺は。今回だけだからな、次はねぇぞ?」

 

「七惟……!」

 

「おぃ」

 

七惟は左手を差し出した、その行動にクエスションマークを浮かべる上条。

 

「なんだ……?」

 

「こう言う時は、握手するもんなんじゃないのか」

 

「あ……?はは、そうだな。これからもよろしく頼む七惟」

 

「あぁ」

 

上条はその手をぎゅっと握る、七惟は上条と言う人間をこれまでよりも知り、そして上条は七惟の意外な一面を目の当たりにした。

 

一時は疎遠になりかけた二人の関係だったが、ミサカ19090号の件で相手のことを考えるようになった七惟が歩み寄ることにより、二人は以前よりも親しくなっていったのだ。

 

何より、あんな態度を取っていた自分を旅行に誘ってくれたのだから。

 

自分にとって、これほどのプレゼントはない。

 

「そんなお涙頂戴の日曜洋画劇場のような友情劇はもういい加減終わらせてくれなのよな」

 

「んなッ!?」

 

上条がジト目で建宮を見る。

 

「さっき飯食ってる時に言った通り現状はお前さんたち二人が友情にかまけている程甘くないのよな」

 

「はン、それを何とかするのがお前らなんだろう天草式」

 

「そうは行っても俺達だけじゃあ限界もある。そこで学園都市が誇る元レベル5の力をってわけよ」

 

「女王艦隊に突っ込む作戦ってのはさっきのでいいんじゃねぇのか?」

 

天草式と七惟達は女王艦隊に閉じ込められているシスター・アニェーゼを助けるためこれから敵に総攻撃をしかける。

 

七惟としてはそのシスター・アニェーゼがどういった人物かも分からないし、助ける義理もないのだが、上条が一度助け出すと言ったからには雷が鳴ろうが地割れが起きようが止まることは無いので、仕方なしと言ったところだ。

 

「こっちは天草式+オルソラ嬢、そしてお前さん達だ。内部に潜り込むのはさっき言った通り三人だが、お前さんには甲板で俺達と共に闘ってもらう」

 

「まあそうだろ」

 

「内部の仕掛けは大概が幻想殺しで何とかなる、むしろ全てが魔術みたいなもんだから一種の無双みたいなものなのよな。しかし甲板にいるシスター達は違う、それぞれが高い戦闘力を持っているし前回のような教皇クラスの召喚もない」

 

「それで俺の能力……か」

 

「そうなのよな。お前さんの力は白兵戦では最強クラスの能力よ、そうすりゃこちらにだって勝機がある。甲板におびき寄せたシスター達が我らを倒して内部に入っちゃ、いくら幻想殺しがあっても意味がないってわけなのよ」

 

「そうは言ってもな、俺の能力があの帆船上じゃ正常に起動するかどうかなんざわかりゃしねぇぞ?上条達が連れされる際、俺の演算式に狂いは無かったが能力が誤作動してんだ」

 

もしあの時七惟の力が正しく発動していれば、二人を連れ去られることは無かっただろう。

 

今回天草式が七惟の能力をアテにしているというのならばそれは負けを意味する。

 

「そいつは問題ないのよな。お前さん達が見た船は乗り込まれないよう周囲の人間の五感を弄る魔術が施されていたようだが、今回はそんな魔術をかけあってちゃ、何重にも施されたその妨害魔術が互いに影響しあって暴走しちまう、ってわけでオフになってるわけよ」

 

なるほど……それで七惟の能力というわけか。

 

「お前さんが実戦でどれだけ動けるかはわからないから、こちらも頼りにはしていない」

 

「……へぇ」

 

「だが期待はしてるってわけなのよな。よろしく頼む、オールレンジ」

 

要するに丸投げか、とかげの尻尾と一緒で失敗したら斬ればいい。

 

都合のいいことで。

 

「そっちこそ、な」

 

建宮の含みのある言葉を軽く鼻で笑い、七惟もその案に賛成した。

 

 

 

 

 



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背中合わせの二人-2

 

 

 

 

 

土御門の追跡を何とか振り切った絹旗と滝壺の二人は、アイテムのアジトへ戻ってきていた。

 

滝壺は自身に関係のあるモノは全て学校から回収し、来週の頭にはもうあのクラスに滝壺理后という人間は存在しなくなっている。

 

「二人ともお帰り」

 

「結構早かった訳よ」

 

麦野は携帯電話で上層部と話し合っており、フレンダは小型爆弾の手入れをしていた。

 

「だから、今アイツの引き入れのために私は色々やってるって言ってんでしょ!……はぁ?スクールに取られてからでは遅い?んなことアンタに言われなくても分かってるわよこっちは!」

 

麦野は半ば強引に電話を切ると、「もう……」とため息をつきこちらに視線を移した。

 

「絹旗、首尾は?」

 

「超バッチリですよ、これで後を付けられることもありません」

 

「そっちは当然だとして……あっちよ」

 

「……あっちとは」

 

「しらばっくれてんじゃないわよー?」

 

『あっち』

 

それは滝壺を利用し七惟をアイテムに引き入れる工作のことを暗に言っているのだろう。

当人の滝壺にはそのことを全く話していないため、四人のうち滝壺だけが話についていけないようである。

 

まぁ普段からぼけーっとしてドコぞの信号を受信しているあたり会話に参加しようという意思があるかどうか不明だが。

 

「今七惟は隣人と一緒に海外旅行中です、準備しようにもターゲットがいなかったらどうしようもないですよ」

 

「何時頃帰ってくるかわかる?」

 

「ナンバーズの抽選で当たった旅行プランですから、最低でも一週間は帰ってこないですね」

 

「その間にハニートラップでもしかけておこうかしら。ね?滝壺」

 

「なーないが旅行中ならお土産を頼んでおけば良かった」

 

「……何時も何処かずれてるわねこの子は」

 

話の内容を理解していない滝壺に呆れながらも、その蛇のような眼光を絹旗は見逃さなかった。

 

滝壺がいったいどんなことをさせられるのか分からないが……おそらくこれで十中八九七惟理無はアイテムに入らざるを得ない状況になるはずだ。

 

七惟理無が加わったアイテムは確かに強いだろう、学園都市のレベル5を複数揃えているのはかの『スクール』ですら成し遂げていないのだ。

 

しかし、いくら『普通』のレベル5が二人三人揃ったところで『普通』ではないあの男にそれが通用するのだろうか?

 

麦野と七惟の実力は絹旗だってよく知っている、自分がどれだけあがこうと彼らには勝てないということも。

 

それでも――――常識の通用しないあの第二位に勝てるとは到底思えなかった。

 

麦野と上は七惟がそろい次第不穏な動きを見せるスクールを潰しに動こうとするはずだ。

 

返り討ちになるということは考えていないのだろうか、元から第二位と麦野は中が悪いため手を取り合えとは言わないが、妥協はして欲しい。

 

それによって身を危険に晒すのは絹旗を始めとしたアイテムの他のメンバーなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上条、インデックス、オルソラの三人が機能の中枢を担っている帆船に潜り込み、残された七惟と天草式メンバーは甲板にてアニェーゼ部隊と戦闘を繰り広げていた。

 

七惟は見た目普通の女の子であるシスター達相手に刃を向けるのを若干抵抗があり、それを見破った相手は率先して攻撃をしかけてくる。

 

弱い奴から潰す……もっともな戦法だ。

 

「貴方は私達と戦う意思はなさそうですが、私達には戦う理由があるのです」

 

「……それはそれはごたいそうな理由なんだろうな」

 

「悪いとは思いますが、此処で死んでもらいます」

 

「ッ!」

 

数名のシスター達が武器を手に持ち容赦なく七惟をおそう。

 

その敵意丸出しの刃を交わしながら七惟は自分の中でのためらいを殺し気を取り直す。

 

七惟は人間を殺すことは出来ない、しかし――――相手を傷つけることには躊躇しない。

それが自分の命を狙い、自分の道を阻むのならばなおさらだ。

 

五和の槍を振るい、襲いかかるシスターを能力を使い往なし、中距離からの攻撃をしかける。

 

シスターの柔らかい腕の肉を七惟の放った槍が容赦なく貫き、動きが止まったところで可視距離移動砲の弾丸として放ち、吹き飛ばす。

 

「いったいどんな魔術を!?」

 

シスター達の間に動揺が走る、しめたとばかりに動きがにぶったところでさらに複数のシスターを海へと突き落とした。

 

「流石に容赦ないのよな!第8位!」

 

建宮が感心の声を上げる。

 

「はン、余所見してる暇あんのか」

 

「それはそうなのよな!」

 

 

 

 

 

魔術、それは今まで七惟が生活していた生活の正反対に位置するもの。

 

初めて見る多彩な攻撃に戸惑いつつもそれに適応していく七惟の姿を見て五和は思う。

 

この人は、戦闘のプロであると。

 

自分が初めて七惟とぶつかった時、彼はごく一部しか知らない天草式の、さらにその限られた者しか分からない脈の攻略法を編み出した。

 

どれだけ驚いたか、能力もさながら『脈』というものが分からないはずなのにそれを見切り、こちらを圧倒した彼の戦闘センス。

 

どれをとっても申し分ない、今も先ほど渡したばかりの槍を簡単に使いこなしアニェーゼ部隊を切り崩す。

 

魔術戦ではど素人のはずなのに、彼はもう教皇代理程の戦闘力を手にしている。

 

いや、能力を加算してしまえばもうとっくに超えているのかもしれない。

 

「おぃ!」

 

「えっ!?」

 

その彼がこちらを見て叫ぶ。

 

何故こちらを見て叫んだのか一瞬理解出来なかったが、すぐさま判断出来た。

 

敵の一人がこちらに西洋特有のサーベルを振りかざし切りつけようとしている。

 

「うッ」

 

五和はぎりぎりのところでその切っ先を交わし逃げるが、下がった方向にもさらなる敵が現れる。

 

いくらアニェーゼ部隊がこのような戦場での戦闘に慣れていないとはいえ、その数はこちらの10倍近い250名なのだ。

 

狭い戦場では何処へ逃げても、彼女達がいるに違いない――――。

 

「五和!」

 

「五和さん!」

 

仲間達も彼女の危機を知り駆けつけようとするが、行かせるものかと他のシスター達が彼らの前に立ちふさがる。

 

一瞬だか仲間の助けを期待した彼女の精神は微妙に崩れ、僅かなスキが生まれる。

 

そこへ風の魔術を使ったカマイタチのようなカッタ―が、避けられようの無いタイミングで放たれた。

 

狙いは的確、このまま行けば自分の腕を綺麗さっぱり持って行ってしまうだろう。

 

刃が襲いかかるまでには1秒もかからないのに、自分にあたると自覚してから実際あたるまでが数十秒に感じられた。

 

「この糞馬鹿!」

 

聞きなれていない誰かの声がした、するとどうしたことか目を瞑り激痛に備えたと言うのにいつまで経っても痛みは襲ってこない。

 

いったい何が・・?

 

 

「おぃ」

 

「……え?」

 

「いつまでひきつった顔してんだ、みっともねぇな」

 

「……あ、貴方がどうして」

 

「お前を転移させたんだよ。次はこうも上手くはいかねぇ、気をつけろよ」

 

どうやら彼が刃の当たる直前で五和を転移させたらしい、あのタイミングで助けられるとは思っていなかっただけに頭の中が混乱する。

 

「え、えと……その。ありがとうざいます」

 

「……は、『仲間』なんだろ?そう簡単に死なれちゃ困んだよ」

 

「七惟さん……?」

 

五和の呼びかけに七惟は振り返らず再びシスター達相手に鬼神のような戦いっぷりを見せつけていた。

 

 

彼とは命のやり取りを2回した。

 

 

だからかもしれない、相手の実力が分かっているから、ぎりぎりまで戦って相手のことを知り弱点を見いだそうとしたから。

 

 

味方になると、こんなにも頼もしい。

 

 

 

 

 



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向き合った二人

 

 

 

 

 

意味がわからない。

 

今自分の心理状態を表すとすれば、コレほどしっくりとくる言葉はないだろう。

 

少女の名前は天草式十字凄教の一員である五和、現在憧れを抱く少年にお見舞いの品を渡すためイタリアの商店街にて買い物中。

 

そしてその隣には、学園都市最強の距離操作能力者にてレベル5、暗部組織に所属している七惟理無がふてぶてしい態度で歩いている。

 

いったい何故こんなことになってしまったのかと言うと、それには深いようで非常に単純明快な答えがあった。

 

時間は数時間前へと遡る、天草式と彼女が憧れを抱くご一行の活躍によりアドリア海の女王によるローマ正教の謀略は未然に防がれた。

 

闘いの最中その少年が怪我を負ってしまい、入院生活を余儀なくされ病室に押し込まれている状態だ。

 

せっかくイタリアにバカンスに来たと言うのに、初日にイタリア料理を食べただけで残りの日程を全てダメにしてしまうのはもったいない。

 

何か彼の思い出になるものはないか、お見舞いも兼ねて元気が出るイタリアの特産品を。と五和が出かけようとしたその時に事件は起きた。

 

 

 

 

 

『五和、あの少年の好きなモノは分かるのよな?』

 

『い、いえ……それは、その。そ、そもそもあの人のために外出するなんて言ってないじゃないですか!』

 

『あの人?俺は「あの少年」としか言ってないのよな〜、墓穴を掘ったな五和よ!』

 

『う、うぅ……まぁそうなんですけど』

 

『あの少年のために何かを買うというのならば、彼の趣味嗜好に合わせたものが一番いいはずだ』

 

『はぁ』

 

『そこで俺にとっておきの秘策があるのよな、これを使えばあの少年の趣味嗜好もばっちり分かるし、五和の株も大幅アップ間違い無し!』

 

『ほ、ほんとですか!?そんな都合のいいものがあるんですか!?』

 

『ふふ……それは』

 

 

 

 

 

「んで?あのサボテンに送るプレゼントやらの目星は付いてんのかよ」

 

「……いえ」

 

結局『それ』は、今自分の隣を歩いているこの七惟理無だったというわけだ。

 

意気揚々と待ち合わせ場所に行くと、そこには彼がいた。

 

教皇代理からは『強力な助っ人』と聴いていただけに、もしやインデックスという可能性も少しは考えたが、教皇代理は自分の予想の斜め上を行っていた。

 

七惟も七惟だ、どうしてこんな面倒くさくて楽しい成分が皆無なイベントにわざわざ足を運んできたのか。

 

五和は知る由もないのだが、七惟も当初は上条の病室にインデックスと共にいたのだ。

 

だがしかし、当然彼らが発する甘い空気に耐えられるわけもなくいつも通り退出、だが退出した先に待っていたのは殺気をビンビンと放つ天草式の面々。

 

挙句襲われ数人を実力行使で黙らせたが、それでも暇を持て余していたためベンチにこしかけていたところを建宮に発見され、この話を持ちだされた。

 

暇つぶしには調度良い、という判断を下した七惟はその提案に乗ったわけだ。

 

そんなことを知らない五和は、既に命のやり取りを2回やっていて上下艦ではあれ程の……まぁ、トラブルが起きたのだがよくもそんなことが起こった相手と一緒に買い物に行く気になったものだと五和は感心する。

 

あの時のことを思い出せば五和は何だか苛々するような、もやもやするような感情が頭を支配して居ても経ってもいられなくなるため、なるべく考えないことにしているのだが。

 

実はこの提案に乗った七惟には、当然暇つぶしという名目が第一にあったのだが、オルソラとの対話で有り得ない程の無口を経験し、少しでも対人コミュニケーションをとっておきたいという思惑も隠れていた。

 

五和ならば、ど突き合いも殺し合いもしたし遠慮はいらないだろう、という彼特有のコミュ力不足思考のせいもあるし、大きな理由はもう一つあるのだが。

 

今二人はキオッジアの商店街に来ている、オルソラの紹介もあって此処ならば日本人の観光客受けする品が置いてあるとの情報も得ていた。

 

だが五和が知りたいのは日本人受けするモノではなくて、あの少年が喜ぶものなのだ。

そこで頼りになるのが、まぁ……頼りになるというかこの場合仕方ないというか、七惟の出番というわけだ。

 

問題は七惟と五和の間で先ほどから会話が皆無な点である、待ち合わせ場所で合流してから二人の会話は30秒続かない、そもそも相手に続ける意思はあるのかすら危うい。

 

五和としても、此処二日で様々なことがありどう七惟に接すればいいのか分からないということもある。

 

一日目は七惟のことが嫌いで嫌いでどうしようもなく、二人の関係は修復不可能なところまで来ていると思っていた。

 

だが上下艦で変なトラブルが起こってしまい、その後の戦闘においては仲間である七惟から五和は命を助けて貰っている。

 

そこらへんの複雑な事情故に、五和は先ほどからまともに七惟の顔も見ることは出来ないし、気まずいことこの上ない。

 

一方の七惟と言えばいつもと変わらない不躾な態度で堂々としている、何を考えているのか全く分からない状況だ。

 

「オルソラや暴飲暴食シスターと言い……お前らサボテンの熱血漢に惹かれんのか?」

 

「……い、い、いきなり何を言い出すんですか!」

 

分からないし、出てくる言葉に関してもどうしてこのタイミングでそんなことを言うのだと問い詰めたくなる。

 

七惟はもしや自分に嫌われて欲しいのか?そう取られても仕方がないような感じだ。

 

だがオルソラはそんな七惟を『しっかりとしている、良い人』という評価を下している、自分を助けてくれた時は確かにそうも思った。

 

もしや七惟は自分が考えているよりも、ずっと良い人であり、仲間という言葉が好きな普通の少年……と一瞬考えた自分が馬鹿だと今なら思う。

 

最初程の嫌悪感はもうなくなってはいるが、それでも苦手なものは苦手であり、七惟と一緒にいるのは精神的にも肉体的に疲れてくる。

 

だがこれも全てあの少年のため、あの少年に少しでも自分を見て貰うためにはこれくらいの労力など……!

 

「気に済んな、ただ言っただけだ」

 

「……」

 

そんな五和の意気込みも、七惟の無神経な言葉で台無しになってしまう。

 

何だか一人で買い物をしたほうが良いモノを買える気がする、少なくとも此処までストレスを感じることもないだろうし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……七惟さんは私に喧嘩を売っているんですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思わず、本音が。

 

今まで耐えてきた分に、それが全て流れ出てしまい明瞭な声となってその場に響く。

 

しまった、と口を手で覆うがそんな五和を見て七惟は驚いた様子もなく素っ気なく答えた。

 

「別にそんなつもりはねぇけどな。思ったこと口にしてるだけだ」

 

思ったことを口に……って。

 

それはいったいどういう意味だ、と七惟に尋ねる前に答えは返ってきた。

 

「俺は人の気持ちをくみ取るなんて高等なコミュニケーション能力は生憎持ち合わせてねぇよ。これが俺の素だ」

 

つまりこういうことか。

 

この人は横浜で出会った時から、今に至るまで全て自身の言葉をありのままの直球でこちらに投げつけているわけか。

 

オブラートに全く包まれていない言葉は腹の底で考えていることそのままであり、こちらを怒らせるつもりなど最初からないと。

 

言われてみれば確かにそうかもしれない、彼はあの少年に対しても容赦のない言葉をぶつけており、とても遠慮や優しさなどの要素を持ち合わせていなかった。

 

……なんだか、そんな人相手にこちらが気を使って遠慮して、言いたい事を言わないのは馬鹿らしい気がする。

 

そう思ってしまえば気持ちがとても楽になった、相手が全くこちらを思いやっていないというのならば、もうこちらも相手が『命の恩人である』という設定を全て脳から追い出して喋ってしまえばいい。

 

「……はぁ、そうなんですか、ホントに貴方は失礼な人ですね」

 

「はン、失礼な人間じゃなけりゃ16年間友人0なんざ有り得ねぇだろ」

 

「16年間友人0って……それはそれで凄い気がしますよ、悪い意味でですけど」

 

「だろうな。まぁこんな奴と『友達』とか言ったあのサボテンには恐れ入るなホント」

 

「それはあの方ですから、七惟さんとは違いますもん」

 

「あぁいう馬鹿がいるから、コミュニケーションが面白いとも感じるようにはなったってのはある」

 

自分でも驚くほどの毒舌っぷりを発揮しながら五和は七惟の発したワードに反応した。

 

面白い?

 

今彼は自分とのコミュニケーションも、あの少年の時同様に楽しんでいるのだろうか。

 

気になった五和はこれまた何の遠慮も無しにストレートの言葉で相手に伝える。

 

「七惟さんは……今、私とのコミュニケーションも楽しんでいるんですか?」

 

すると、七惟はこちらに視線を向けて首を縦に振りながら答える。

 

「まぁな、それに『仲間』とこんなふうに会話すること自体まず無かったことだ、初めては何でも楽しいもんだろ?」

 

七惟の心の言葉を聴いて五和は思わず押し黙る。

 

彼は非常に『仲間』というワードを自分の前ではよく使う、それは彼にとって仲間が自分しかいないということもあるし、初めて得たものだから新鮮なのだろう。

 

『仲間』に対して彼は非常に綺麗なイメージを持っていて、そのイメージを作り上げたのは間違いなく自分だ。

 

「仲間ってのは遠慮も無しに会話をするもんなんだろ、オルソラや上条の前じゃ言えないこともお前には言えるし、お前の反応も一々おもしれぇしな」

 

「……一言余計なんですよ、もう」

 

というかオルソラの前では確かに彼は縮こまっていたが、あの少年に対してはあれで遠慮していたというのか、確かに七惟はあの少年と喋っている時よりかは今のほうが表情は生き生きしていると言えなくもない。

 

それに先ほどから彼はかなり饒舌になっているし、彼は本当に先ほどからこの言葉のドッチボールを楽しんでいるのか。

 

「天草式の仲間とはいつもこんな感じで喋ってねぇのか?」

 

「まさか。七惟さんと同じような態度を取っていたら、誰からも相手にされなくなっちゃいますよ」

 

「へぇ、じゃあお前は特別ってわけか」

 

「……もう何とでも言ってください。ただし、何とでも言っていいのは私に対してだけですからね、天草式の皆や上条さん達には絶対こんなこと言わないで下さいよ」

 

もうこうなってしまっては自分が面倒を見てやるしかない。

 

『仲間』という言葉の意味を間違った内容で体現してしまった自分にこれは責任がある。

 

彼が仲間に対して間違ったイメージ……いや、まぁ間違っていないのだが、そこにはちゃんと『遠慮』や『同情』もあるということを伝えなくては。

 

「七惟さんはちょっと仲間に関して勘違いをしていますよ」

 

「そうか?」

 

「はい、確かに仲間は自分の本音をぶつけ合える数少ない方々です。友達も大事ですが、命を共にする『仲間』とは異質なものですし」

 

「だろうな」

 

「ですけど、そこにもちゃんと相手に遠慮したり、同情したりするのは重要なことなんですよ」

 

「……」

 

「一方的に言葉を投げかけるだけじゃダメです。相手のことを考えて、偶には相手が傷つかないよう言葉を選んで……」

 

「五和」

 

「え、はい。なんでしょう」

 

話の途中だと言うのに七惟が割って入る、まぁ彼はこういう人種なのだと諦めながら五和は話を中断しそちらの耳を傾けた。

 

「慰めってのはそれで効果があんのか?」

 

「それは……」

 

「同情が役に立つとは思えねぇな、俺が生きてきた世界じゃそうだった」

 

「……」

 

「だから俺は自分の言葉には全部俺の言葉を乗せる、あとは全部行動で示す」

 

確かに同情の言葉が役に立つとは思えない、それは一時的な癒しの効果はあったとしてもいずれは失われるし、本人のためになるとは五和自身も思っていない。

 

もしかしたら、七惟のように本音の言葉を何のオブラートも包まずに喋れる人が、最高の仲間と呼べる存在なのか…………?

 

何に対しても本音で、間違っていることは間違っていると言い、良いことは良いと言う。

彼の今までの行動を見てきてそれは随所に現れていた、実力行使の時もそうだったし……か、可愛いと言ってくれた時もドストレートな言葉だった。

 

自分の危機を救ってくれた時も彼は行動で示した、自分に死んでほしくない、という思いを。

 

それら全てをひっくるめて彼女はこう決断を下した、これもまた仲間としての一つの形なのだと。

 

七惟の言うことはもっともだが、それで組織の統率がとれるわけはないし、いずれそんな無遠慮な組織は自壊してしまうのは目に見えている。

 

そういう組織は本当に親しい人達が作るものだ、それこそ背中を任せられる、命を任せられる存在。

 

今の自分と七惟がやっているコミュニケーションはそちらに近いが、ただの喧嘩腰とも捉えられるし、とても二人の関係がそんな親密なものだとも思えない。

 

だから。

 

「そうですね……七惟さんの言うことも最もです」

 

「……」

 

「でも、やっぱり大勢集まる組織ではそんなものは理想でしかないと思います。やっぱり組織を束ねるためには最低限の同情は必要なんです」

 

「へぇ」

 

「でも、今本音で言葉のドッチボールをやっている私達はそういう関係になれるかもしれません」

 

彼が仲間に対して持っているイメージはもう壊せそうにも無いし、そんなふうにイメージを持たせてしまった自分には責任もある。

 

七惟自身は非常に純粋だと言える、もしかしたら嘘を言わない、本音の言葉をぶつけてくるという点では自分よりも。

 

だからその光り輝くようなイメージを破壊したくはない、ならば自分がそのイメージした仲間になってやるくらいしか、彼のイメージの暴走を防ぐには方法が思いつかない。

 

仲間のイメージが崩壊してしまった時のことも考えたくはない。

 

「仲間には二つの種類があります。命を預ける仲間と、利害関係が一致する仲間。前者の中でも、やっぱり建前があって言いたいことが言えなかったりする組織はあります、というかそっちが大半です。七惟さんの言う通り、本音がズカズカと言えるのは一握りです。でもそんな組織が、本当の『仲間』と言えるかもしれません」

 

今日も会話を始めた最初はやはり不躾でふてぶてしくて、嫌みしか言ってこない奴だと思っていた。

 

でもそれはある意味信頼の裏返しだったというわけだ、コイツにならば何を喋っても大丈夫だという。

 

全く、そんな都合の良い風に解釈されても困るのだが、彼がコミュニケーションを積み上げていくに連れてきっと何処かで気づくだろう。

 

ならば今はそれを信じて、『仲間』になる。

 

「私たちみたいに殺し合って、失礼な言葉ばっかり重ねて、本当の気持ちでぶつかってる人達がその本当の仲間になるんだと思います」

 

だからそんな自分達はなれるかもしれないのだ。

 

神奈川で初めて会ってから、こんな関係になれるとは考えても居なかったが、彼は自分が思っていたよりも良い人で、純粋で、やはりあの少年の友人だ。

 

「これからもよろしくお願いします、七惟さん。でもあんまり都合よく解釈されている部分は今みたいに遠慮無しに指摘しますからね」

 

そう言って五和は右手をすっと差し出した。

 

その手をマジマジと見つめていた七惟は、その意味を理解して同じように右手を出し、そして。

 

「上条の時と同じだな」

 

「そうなんですか?」

 

「あぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、こんなのはどうでしょう?」

 

「お前メルヘンなのか?それはねぇよ」

 

「し、失礼なこと言わないでください!だいたい七惟さんの選んでいるモノだってセンス皆無じゃないですか!それじゃすぐにゴミ箱行きですよ!」

 

その後二人は商店街の店に入り、あの少年が喜びそうなアクセサリーや食べ物、本、実用性を重視した陶器なども考えたが。

 

二人の思考回路がある程度常識からかけ離れているということもあって、とても上条が喜ぶようなものは選べそうにも無い。

 

「いや、これは食い物だからゴミ箱にはいかねぇよ」

 

「だから味の問題です!そんなアルコール臭いパスタなんて、口に入れる前に見切られます!」

 

「……お前自分自身は美味そうに試食してただろ」

 

「そ、それは……!と、ともかくこのアクセサリーがいいと思います!もしくはこっちです!」

 

「あのな、月の形をしたピアスがあのサボテンに似合うと思うか?」

 

「絶対似合うに決まってます!」

 

二人はぎゃーぎゃーと騒ぎながら(主に五和だが)店をがさごそと漁っていた、その様子を周りの客は言わずもがな店主ですら迷惑そうな視線で見つめていたが、夢中になっていた二人は気にも留めなかった。

 

そして、その最中で五和はこう思っていた。

 

遠慮もなしに、自分を着飾らずに本音で色々言えるのはこんなにも楽しいことなんだと。

 

そしてもう少し七惟と会話を続けたい、喋りたい、という気持ちを心の片隅でひっそりと、相手にはばれないように隠していた。

 

表情が誰が見ても笑顔だったために、ばればれだったかもしれないが。

 

 

 

 

 

 



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Ⅶ章 悪夢の迷宮
Unfair-1




※この章ではオリジナルキャラクターが登場します※
苦手な方は、注意して下さい。


 


 

 

 

イタリアから帰ってきた七惟と上条とインデックスは、普段通りの生活に戻りそれぞれの学生ライフを満喫していた。

 

あれだけの大騒ぎがあったというのに、隣に住んでいる二人はもう何の違和感もなく過ごしている。

 

暗部に関係している七惟が大概のことでは驚かないのは当然だが、一般人に限りなく近い上条がこうもイレギュラーな事態に耐性がついていたとは思わなかった。

 

まぁ、一方通行のゴミクズ野郎に打ち勝った時点でまともな一般人ではないと思っていたが、魔術とやらと関わってさらにそれに磨きがかかった気がする。

 

今日は9月30日、上条が『出会いが欲しい』とかいう戯言を目の前で言ってくれたために残りのバカルテットメンバーで制裁を行ってやった。

 

七惟はもちろん今までそういう色恋沙汰と無関係な生活を16年間送ってきたが、羨ましいことに違いは無い。

 

というか土御門だって義理の妹がいるではないか、と青髪が突っ込むのに同調してしまったあたり、そろそろ本格的に馬鹿に汚染され始めているかもしれない。

 

だいたい上条は行く先行く先でどれだけ旗を立ててくれば気が済むのか、先日仲間になった五和も完全に虜にされていたし、新たに『アニェーゼ』とかいうシスターも陥落されてしまっていた。

 

奴の携帯電話にどれだけ女子のメールアドレスが入っているんだろうか、と柄にもなくそういうことを考え始めた七惟は自身の携帯を取る。

 

画面をアドレス帳へと移し見てみると、そこには『五和』という文字が液晶に映し出された。

 

初めて自分を仲間と呼んでくれた少女の名前だ、初めて自分を『友達』と呼んでくれた上条の名前も同じページにある。

 

変わった、夏休みが終わってから自分は変わったとは思っていたが、大覇星祭や今回のイタリア騒動を通してまた自分を形成する骨組みが入れ換わった気がした。

 

今は学校も終わり帰宅するその途中で、七惟は食料品がすっからかんだったことを思い出し、土御門と上条とは別れて単独で買い物に行き今はその帰りである。

 

両手はスーパーの袋で塞がれ、こういう時似たような能力者のテレポーターが非常に羨ましい、路地裏を歩きながら近道をしていると背後から忍び寄る声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「こんなところに居たのね、七惟理無」

 

「……結標?」

 

 

 

 

 

彼に闇から声をかけたのはかつての依頼人、結標淡期であった。

 

思わぬ出会いに七惟は体を止める。

 

彼女が運んでいたモノが七惟とミサカ19090号にとって有害極まりないモノであったため、仕事は途中で破棄したのだが本人はそのことに気付いていたのだろうか?

 

確か結標は何処かの誰かに一方的にボコボコにされ、手持ちの残骸も女性の大切な顔もめちゃくちゃにされてしまったはずだ。

 

「仕事の依頼か?」

 

七惟は探りを入れる。

 

「まさか。それだったらこんな回りくどいやり方せずに、直接携帯に電話を入れるわよ。もしくは貴方を私のいる場所まで飛ばすとかね」

 

「だろうな、お前は人をぶっ飛ばすことに躊躇がねぇ奴だった。で、本題はなんだよ」

 

「単刀直入に言うとね」

 

「あン?」

 

「組織を抜け出すな、と釘をさしに来たのよ」

 

組織……つまり暗部組織のことか。

 

いや待て、七惟は確かに暗部組織に配属されているがそのことを結標に話した覚えはないし、その情報を知っているのは暗部組織に属している奴らだけだ。

 

となると導き出される答は唯一つ、結標も何かの組織に入ったということだ。

 

「別に抜け出すつもりはねぇよ。組織を裏切ると必ず制裁ってモンがあんだよ。それを考えりゃんなリスクの高いことはしねぇ」

 

「そうかしらね、上のほうは貴方が『アイテム』に靡いてるって話でもちきりよ?」

 

「アイテム……か、俺はアイツらを特別どうこうとは思ってねぇよ」

 

「まぁ、私は警告しにきただけだから。アンタが何処の組織の人間かは知らないけど、周りには気をつけておいたほうがいいわ。元クライアントとしてのよしみだしね」

 

「……そいつはどうも」

 

結標は話は済んだ、とばかりに踵を返して路地裏の闇へと消えて行った。

 

彼女が刻む軍用ライトの光のリズムが脳内にちらりと蘇る、彼女がどういった経緯で暗部に身を落としたのかは分からないが、この道に身を落としたのならばただでは済まないだろう。

 

それは七惟とて同じだった。

 

例え今は浅い部分にいたとしても、一度だけでも深みへ片足突っ込んだことがあるのならば、その呪縛から解き放たれることはない。

 

そのことは七惟が誰よりも実感していたし、理解していた。

 

人を傷つけることに戸惑いを感じない人間が、そう簡単に闇から逃れられるわけがないのだから。

 

 

 

 

 



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Unfair-2

 

 

 

 

結標と別れた七惟はその後何事も無くいつも通り自宅へと向かっていた。

 

数分歩いたところでようやく遠目から自宅が確認した時に、異変は起きる。

 

七惟が自宅を遠くから見た時、何故か自宅の電気がついていたのだ。

 

家を出たのは朝で、消灯した覚えはある。、

 

電気をつけて空き巣稼業にいそしむ馬鹿はいないはずだ、となると空き巣以外の誰かが今自宅には居て、リラックスしてテレビでも見ているのか。

 

となれば考えられる人物は数人しか当てはまらない、隣に住んでいる上条はこんな常識外れなことはするはずもないし、家の鍵も開けられないだろう。

 

そうすると自然に該当する人物は絞られていくわけで。

 

 

 

 

 

「あー、超だるいです待ってるだけなんて……早く家主は帰ってこないですかね」

 

「……」

 

 

 

 

 

七惟宅に我が物顔で居座る世間知らずな奴は絹旗最愛だった。

 

予想出来なかったわけではない、予想通り過ぎて全身の力が抜けるのを感じる、どうして自分の周りに居る奴らはこうもわけのわからん奴らばかりなのか……。

 

帰宅した七惟に絹旗が気付き声をかける。

 

「超七惟じゃないですか、イタリアから帰ってきたなら連絡の一つくらい超入れて欲しいです」

 

「おいコラ。もう監視終わったんじゃねぇのかよ」

 

「まぁまぁそんな超細かいことを気にしないでください。今日は七惟にとっておきの情報を持ってきてあげましたから」

 

「お前のとっておきなんざ俺に百害あって一利なしもいいとこだろ。さっさと荷物まとめて俺の部屋から出て行け、光速よりも早く」

 

絹旗は七惟の言葉を右から左に受け流し、ポーチの中身をがさごそと漁る。

 

取りだしたのは一枚の折りたたんであった紙切れであった、七惟は訝しげにそれを見つめる。

 

「……見るからに、まともなモノじゃないな」

 

「まさか、私がそんな超危険な物運んでくるわけないじゃないですか」

 

「その口が言うかその口が……」

 

「はい、どうぞ。予想はついてるかもしれませんけどね」

 

「……」

 

絹旗の表情は変わらないが、声色は先ほどのおちゃらけたものから変わり硬く重いものへと変化した。

 

すなわちこの紙を開き内容を確認した瞬間から何かが始まるのだろう。

 

絹旗は七惟の予想が間違っていないと言っている、そして先ほど結標から受けた忠告……これらが意味することはたった一つしかない。

 

 

 

『アンタにちょっと見せたいモノがあるんだけど、第19学区防災センターに来てくれない?私は準備で忙しいから、伝令は絹旗に任せてる。このご時世に手紙なんてモノ出される時点でちょっとは察しがつくかしら?それじゃあ待ってるわ』

 

 

予想通り差出人は麦野であった。

 

書かれている内容は少し意味不明だが、『このご時世に手紙』で察しがつかないほど七惟は平和ボケはしていないつもりだ。

 

つまり今から七惟の借金の元凶である19学区の防災センターとは名ばかりの研究施設に赴き、そこで麦野と会って七惟にとってアンフェアな何かをする……。

 

『何か』

 

それが何なのかは分からないがおそらく唯では済まないだろう、少なくとも麦野と一戦交える程度の覚悟は必要かもしれない。

 

わざわざ指定しているのがあの馬鹿広い場所なのだ、あそこならば麦野の能力も思う存分発揮出来る分性質が悪い。

 

しかし断ることが出来ないのは七惟には分かっていた。

 

七惟がイタリアで休暇を過ごしている間、アイテムはおそらく七惟を引きこむためにあれやこれやの策を巡らしていのだろう。

 

そして万全の準備を持って今日この日を迎えた、もし此処で拒んでも絹旗がこのまま大人しく帰ってくれるとは思えないし、彼女を気絶させて送り返したとしてもアイテムの下位組織の人間達が七惟の家に大挙して押し寄せるかもしれない。

 

もしかしたら隣人の上条を人質にとったり、インデックスを兵糧攻めにしたり、ミサカを人質に取るなどの強硬手段に出ることも考えられる。

 

いずれにせよこちらの精神に多大なダメージを与えて揺さぶってくるのは間違いないだろう。

 

諦めて、麦野の呼びかけに応じるしかない。

 

…………アイテムに入るかどうかは別問題だが。

 

「すぐに行けってのか?」

 

「む、流石七惟です。超察しがいいですね」

 

「そこまでボケてねぇんだ残念ながら」

 

「バイクに乗っていくんですよね、私も後ろに超乗らせて貰いますよ」

 

「……」

 

七惟は半ヘルを絹旗に押し付け、自分はフルフェイスを被る。

 

そう言えば半ヘルを貸したことがあるのはミサカ以来だ、そしてあのバイクに自分以外の誰かが乗るのも……

 

だが今はそんな思い出に浸っている場合ではない、思い出に浸る時間があるならば自身の身の安全を考えたほうがいい。

 

「お前は何も聞いてねぇのか絹旗、流石に向こう行っていきなり麦野のメルトビームくらっちゃ話すのも話せねぇぞ」

 

「超残念ながら私は何も。これは麦野と上の判断のようですからね」

 

「お前は何も知らないとでも?」

 

「全く、とは言いませんがあまり。それに口止めもされていますし」

 

麦野とアイテムに伝令を送る上層部の人間が今回の黒幕。

 

となると自分が所属しているカリーグは既に全滅させられたか、もしくは圧力で黙らされているのか……。

 

どちらにせよ今回の件がばれればカリーグの上位組織が黙っていないだろうし、その粛清は七惟に向けられるかアイテムに向けられるか分かったものではない。

 

何をするにも命懸け、か……。

 

「行きますよ超七惟。さっさと終わらせて私は七惟の家でテレビが見たいんですから」

 

「今から予測不能な事態が起こるかもしれねぇってのにお前は……」

 

「超大丈夫ですよ、七惟が思っているような事態にはきっとならないと思います」

 

「……だといいがな」

 

自分の心の中にあるもやもやを感じながらも、七惟は身体を奮い立たせた。

 

二人は家を飛び出し、夜の闇へとバイクを走らせて消えていく。

 

心なしか七惟のスロットルを回す力が弱かった。

 

 

 

 

 



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Unfair-3

 

 

 

 

 

第19学区防災センター。

 

一方通行、御坂美琴、御坂19090号と戦った場所であり七惟にとっては借金の元凶ともなった場所だ。

 

再びこの場所に足を踏み入れるとは考えたこともなかっただけに、何だか感慨深いものがある。

 

「中で麦野が超待ってます」

 

「催促すんじゃねぇ」

 

「これが私の仕事なんで」

 

絹旗が七惟の背を押し無理やり防災センターの門をくぐり抜けさせる。

 

「おい……こちらも心の準備ってもんがな」

 

「何を言っているんですか、らしくないですね七惟」

 

らしくないも何も今から第4位とドンパチやるかもしれないと考えて、心の準備なんざ要らんという奴は一方通行と垣根くらいだろう。

 

少なくとも自分は第7位の原石、第5位の心理掌握に勝てそうにもないし第3位の超電磁砲には実際負けているのだ。

 

意識していなくても身体が硬くなってしまうのは当然だと思うのだが。

 

「ほら!超早くしてください!」

 

「ッ」

 

結局絹旗の押しに負けていやいや門をくぐるはめとなった。

 

中はやはり荒れ果てた地面が広がるばかりで、廃墟となかった研究所や七惟の能力によって破壊されたコンクリートの壁の残骸が目に付く。

 

そんな殺伐とした大地でこちらに手を振りながら見つめているのは麦野沈利、崩れた瓦礫の一角に腰を掛け、こちらが気付いたことを確認すると立ち上がった。

 

麦野がゆっくりと近づいてくる、自然と身体に力も入る。

 

「ようこそ七惟。待ってたわよ?」

 

まず声をかけたのは麦野だった。

 

明らかに歓迎されている雰囲気ではないというのに、ようこそとは恐れ入る。

 

「俺はお前に待っててもらう筋合いはねぇよ。つうかお前一人か」

 

「まぁね、今のところは。それよりもイタリアでバカンスを満喫したなら、気分も一新したでしょ?」

 

「おかげさまでな」

 

「ならアイテムに入るっていうのも考え直してくれたかしら」

 

やはりか。

 

予め予想出来ただけに驚きもしないが、対策も何も出来ていない。

 

ここは自分の考えを貫き通すのがいいはずだ、少なくとも今の自分は麦野と共に仕事をやるなどといった馬鹿みたいな未来はイメージ出来そうにもない。

 

「まさか。俺はアイテムに入るつもりはねぇよ、元よりお前と一緒に働く自分をイメージ出来ねぇからな」

 

「そぅ、でも私はアンタをアイテムに入れたいの。カリーグ?だったかしら、アンタが今所属してるの」

 

「まぁな」

 

「あんなちっぽけな下位組織、使い捨てにされるだけよ?余程私と一緒にアイテムで頑張ったほうがいいと思うけど」

 

「あんなちっぽけだからいいんだよ、これ以上でかくなるとそれこそ『殺し』が絡んでくるからな」

 

殺しが出来ない七惟はこれ以上組織のランクが上がったりすればいずれ何処かで支障が出る。

 

殺しが出来ない奴は使えない、それが暗部のルールだったはずだ。

 

麦野だってそれを知っているはず、それなのに何故自分をこうも味方にしようと突っかかってくるのか……。

 

残骸を運んできた時からずっと疑問に思っていたことだったが、やはり答えは見えてこない。

 

それに麦野は自分がアイテムに入ったらどうするつもりだ?

 

フレンダはともかく、麦野とはかなり凄惨な殺し合いをした記憶がある、あれだけのことを互いにやっておいて全てを水に流そうというのか?

 

そんなことは一方通行と仲良しになることと同じくらい不可能なことだ。

 

「どうしても入りたくは無いってわけか……」

 

これだけ拒否の意思を見せても麦野の顔に落胆の色は滲まない、あの黒い笑みを顔に貼り付かせたままだ。

 

何かよからぬことを企んでいるはずだ、さてどういった外道なやり方でこちらを攻めてくるか。

 

「絹旗から話は聞いてると思うけど?」

 

「話……?」

 

麦野の言葉に目を細めて答える。

 

 

 

 

 

「滝壺のことよーん」

 

 

 

 

 

「…………あの天然脱力系がどうかしたのか」

 

「とぼけちゃってどうしちゃったのかしら?もしもアンタが『No』と言ったならばアンタのお気に入りの滝壺ちゃんはドカーン!っといっちゃうんだけどねー。はずみで腕の1本や2本がもげちゃうかも」

 

滝壺が……ドカン……!?

 

その言葉に七惟は目を見開くも、状況を整理しようと何とか平静を装う。

 

「滝壺が……ドカン、ねぇ。初めて聞いたぞんなこと。なぁ、絹旗?」

 

七惟は後ろで待機していた絹旗を見やると、彼女は七惟と視線を合わすことなく俯き沈黙を守る。

 

「もしかして絹旗言ってなかったのかしら?まぁいいわ、どの道知られるタイミングが遅くなるか早くなるか変わるだけだものね」

 

「は……えげつない条件だなおい」

 

「さてどうするのかしら?まぁ私も大事な仲間の滝壺をドカーンなんてしたくないのよねー。でもアンタが拒否しちゃうんじゃ、しょうがないかな?」

 

「……」

 

滝壺を人質か。

 

今までの麦野沈利という人間性から分析するに、これは脅しなどではなく本気だ、自分が首を横に振ったら本当に滝壺はドカーン、といってしまうのだろう。

 

この場に居るのは麦野と絹旗、おそらくフレンダと滝壺は隠れてタイミングを見計らっているはずだ。

 

七惟は自分に与えられた選択肢と状況を再度整理してみる。

 

麦野は七惟にアイテムに入れと言っている、入らなければ滝壺の腕を能力で破壊すると脅迫してきた、これは冗談ではなく本気だ。

 

滝壺の能力は両腕が無くても別に発動出来るし、無くなったところで精度が落ちるわけでもない。

 

そして自分と滝壺が大覇星祭で共闘してある程度の仲になっているのも考慮してこのような作戦に出たのだろう。

 

自分以外を傷つけるのは全く厭わない、相手が嫌がることを全力を持って躊躇なく実行する女、それが麦野沈利だ。

 

後方に居る絹旗は未だに俯いたまま沈黙を守っている。

 

何を考えているのか知らないが、自分に滝壺のことを言わなかったのはそのことを知られたくなかったからだろう、何故そんなことをしたのかは考えたくも無い。

 

姿の見えないフレンダは滝壺を拘束しているはずだ、そして自分が断れば麦野の能力でまずは腕の1本……そして2本と。

 

「答えは?私もそこまで気が長いほうじゃないから気を付けたほうがいいわね」

 

与えられた選択肢は……。

 

まず絹旗と麦野の両方をぶっ飛ばし、隠れているフレンダから滝壺を奪い取る。

 

しかしこれは現実的ではない、第一麦野に勝てると自信がないし、それに絹旗というレベル4も加われば勝てる可能性はぐっと落ちてしまう。

 

もう一つはアイテムに入る、つまり麦野の軍門に下る。

 

そうなればカリーグからの報復攻撃は間違いなく来るだろう、そしてアイテムに入った自分は『殺し』をしなければならない仕事にいずれ巡り合ってしまう。

 

最後は滝壺を見捨てて自分だけのうのうと暮らすというモノだが、こんなものは始めから却下だ。

 

二つに一つ……自分自身の安全を取るか、それとも滝壺の安全を取るか。

 

不穏な動きを見せれば唯では済むまい、この場はなるべく麦野の機嫌をとっておいたほうがいい。

 

「まだかしら?そろそろ滝壺が五体満足じゃ居られないかもね」

 

与えられた時間は、もう30秒もない。

 

「あと10秒上げるわ、9……8……7……」

 

滝壺は……滝壺理后は、七惟理無にとってどんな人間だ?

 

「6……5……」

 

今まで自分が相手をしてきた人間とは違う、特別な人間のはずだ、大覇星祭を楽しめたのは彼女と一緒に『陣取り』を全力で取り組んだからだ。

 

「4……3……」

 

そんな彼女が腕を無くして苦しんでいる姿を見たいのか?此処で麦野達と戦って彼女が無事で居られるという保証があるのか?

 

「2……1……」

 

自分はまだ身を守る術を持っているが彼女はどうだ?持っていないだろう。

 

いや、そもそも滝壺を危険に晒すという選択肢事態がどうなんだ……?

 

「……0。返事は?」

 

決まっている。

 

最優先は滝壺理后、そこから生まれる苦しみは七惟理無が背負うべきだ。

 

 

 

 

 

「…………わかった」

 

 

 

 

 

「何が分かったのかしら?」

 

 

 

 

 

「そっち側に入ってやるよ」

 

 

 

 

 

滝壺の腕が無くなり苦しむ姿を見るくらいならば、自分が苦しんだほうがまだマシだ。

 

 

 

 

 

 

 



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Labyrinth of Nightmare-1

 

 

 

 

アイテムとの一方的な話し合いが終わった七惟は帰路についていた。

 

結局七惟は麦野の思惑通りアイテムに入ることになったわけだが、その際に彼女が提示した条件がいくつかった。

 

 

『アンタにはアイテムに入ってもらったけど……まあ、非常勤だと思っていいわ。こっちもアンタが元いた組織とのいざこざなんてご免だしね、水面下ではアイテムに入ったことは隠しておいて欲しい。でもまぁ、必要な時になったら呼ぶから』

 

 

要するに居る時だけ呼ぶから後は適当にやっておけとのことだろう……使いがってのいい奴だと思われているに違いない。

 

そしておそらくだがその『必要な時』というのは遠からずやってくるだろう、スクールとのいざこざが最近アイテムでは絶えないと聞いている。

 

アイテムとスクールが直接戦うことはないのだがその下位組織同士が小競り合いを頻繁に起こしているからだ。

 

いずれは頂上決戦として七惟も打倒垣根のために駆り出されるのだろう……とてもじゃないが遠慮したいところだ。

 

バイクは寮の近くの駅に止めているため、防災センターの近くにあった駅で第七学区行きの列車を七惟は待っていたのだが……。

 

「……3分以上遅れるってのはどういうことだ」

 

いつまで経っても列車はやってこない。

 

学園都市の地下鉄が遅れることは今まで無かったことだ、それに自分以外の客も全く見当たらない。

 

響く音は自分のブーツが生み出すカツ、カツ、といった音だけだ。

 

何か悪い予感がした七惟は駅員の詰め所にかけよってみるが……。

 

「……おい!」

 

駅員は何かを握りしめたままピクリとも動かない、いくら揺さぶっても微動だにしなかった。

 

何処かに殴られた後などは全くなく、外傷は何処にも見当たらないと言うのにこの昏睡っぷりは不自然だ。

 

七惟は駅の外に出て周囲を見渡す、終電の時間だが路線バスも一台も走っていなし、人っ子一人見当たらない。

 

まだ帰宅してぐーすか惰眠を貪る時間としては早すぎる……。

 

何かが、何かがこの街で起こっている……?

 

科学の街で、科学の事象とは相反する何かが……。

 

「魔術……?」

 

ピン、と来て七惟は思わず呟いた

自分の記憶を探ってみるとこの不可思議な現象は、自身と上条を襲ったあの炎の魔術師のパターンと似ているが、違うのは七惟の周囲にまだ駅員が居たということ。

 

となれば魔術師絡みの現象だと考えていいかもしれない、七惟が今まで経験してきた魔術の現象はこの程度の摩訶不思議な世界を作り出すに足る力を持っている。

 

そして今回その影響力は七惟の周辺だけではなく、もっと広範囲に……下手をすれば、この学区丸ごと、いや都市全体を掌握してしまっているのか。

 

七惟が何処かに人はいないか、と周囲を見渡すと一人の子供が身を布で隠して歩いているのが視界に入った。

 

見た目10歳程度の子供がこんな時間帯にうろついているのは、誰も居なくなったことを吟味したとしてもおかしい。

 

「おい!そこのお前!」

 

「……ッ」

 

「何してやがる!」

 

子供はこちらに顔を向ける、するとその子供は少女で見覚えがある顔立ちをしていた。

 

 

 

「あ、貴方は……」

 

「あン……?お前、もしかして」

 

この少女、もしや一方通行と一緒に居たミサカの小さなクローン?

 

「よ、良かったって!ミサカはミサカは貴方に駆け寄ってみる!」

 

少女は纏っていた布をがばっと脱ぎ捨てると、一目散に七惟の足に抱きついてきた。

その肩は小刻みに震えており目じりには涙を浮かべていた。

 

一目で普通ではないと分かる状態だ、自分がアイテムと会っている間に何が起きている……?

 

「ミサカはミサカは追われてて……!ミサカの力じゃどうにもならないって!」

 

「追われて……誰にだ?それよりも一緒に居た一方通行の糞野郎はどうしたんだよ」

 

「あ、あの人は私を守るために敵と戦ってるけど、あのままじゃ殺されちゃうかもしれないってミサカはミサカは必死に助けを訴えてみる!」

 

あのゴミクズが……殺される?

 

あれ程の絶対的な力を誇った一方通行が殺されるかもしれないというこの少女の言葉は七惟の脳内に衝撃をもたらす。

 

一方通行は垣根提督と並ぶこの学園都市においては最強の存在だ、垣根も大概だが一方通行はおそらくその上を行くはず。

 

残りのレベル5が束になっても勝てないよなこの二人のうちの一人が命の危機……学園都市が総力を挙げてもこの二人を始末することは困難を極めるし、学園都市の表と裏に多大なる利益を与え続けている二人が、都市側から狙われる理由も思い浮かばない。

 

それならば外部、この街と敵対している勢力である魔術サイドが怪しくなってくる。

 

つい先日自分と上条は科学側の人間なのに魔術側に喧嘩を売り、その結果一つの艦隊を壊滅させてしまったことがある。

 

話によれば国一つ消滅させるに足る力を持つ艦隊だったようで、そんなものを滅ぼしてしまった人間が居るだけでこの都市が狙われる理由は十分だ。

 

「だ、だからあの人を助けてあげて!って!」

 

少女は酷く混乱しておりまともに会話が成り立ちそうにも無い、とにかくあの糞野郎を助けて欲しくて仕方がないらしい。

 

だが七惟からすれば一方通行を助ける気などさらさらない、何処で誰に殺されようが知ったことではないし、死んだ方が世のため人のためになり、自分も気分爽快するとまで思っているのだ。

 

少女も一方通行と自分の仲の悪さは夏休み明けにセブンスミストで知っているだけに、寄りにも寄ってなぜ自分に助けを求めたか理解に苦しむ。

 

それにもし魔術師が学園都市に攻めてきているというのならば七惟もただでは済むまい。

 

七惟は既にローマ正教という巨大な魔術組織に喧嘩を売ってしまった経緯があるため、上条程ではないが狙われる理由は十分にあるのだ。

 

この少女は助けを求める相手を間違えすぎている。

 

今回の件、今までの上条の一連の所業によって魔術サイドと科学サイドの均衡が破れたと考えるのが妥当だろう。

 

報復のために魔術師が科学サイドの頂点に立つ学園都市に攻撃をしてきたと。

 

この現象はどうやって起こしたのか分からないが、上条やインデックスと合流し、身を守るための策を練るべきだ。

 

とにかく少女を落ち着かせなければ行動もままならない、宥めようと普段ならば絶対に発しないような柔らかい声音で話し掛ける。

 

「わりぃがあの糞野郎が歯が立たないレベルの奴が来てんならそれこそ俺が出向いても無意味だ。それよりもお前を安全な場所に連れてったほうがあのゴミクズは喜ぶだろうよ」

 

この少女は一方通行にとって特別な少女のはず、おそらく自分とミサカ19090号のような関係だ。

 

ならば彼女を安全な場所へと導き敵に見つからないように何処かへ隠れさせるのが最善の策だ。

 

忌み嫌う相手のために行動しなければならないというのは、七惟の本心には添いかねるが仕方が無い。

 

少なくとも美琴のクローンと思われる少女に何ら罪はないはずだ、まぁミサカと深く関わっていると思われるため助けようという思いが大部分を占めているが。

 

「一方通行が殺されるかもしれないのに!ミサカはミサカの安全なんてどうでもいいと言ってみる!」

 

「お前はどうでもいいかもしれねぇがな、アイツにとっちゃお前が危険に晒されるほうが頭にくんだろう」

 

「それでもミサカはミサカは引き下がらない!貴方と一方通行が力を合わせれば必ずあの人に勝てると思う!」

 

「どうして俺があんな糞ったれのために戦わなきゃいけねぇんだか、あのゴミクズ野郎が何処でぶっ殺されようが知ったことじゃねぇよ」

 

「そんなことない!ってミサカはミサカは抗議してみる!貴方は19090号を助けた優しい人、だから貴方は嘘をついているとミサカはミサカは言い詰める!」

 

「いい加減にしろ糞餓鬼。俺とアイツは二度も殺し合いをしたんだぞ、んな奴と今更仲良くなんざ出来るわけねぇだろがッ……」

 

七惟が中々納得しない少女に声を荒らげたその時、身体全体に違和感を覚え、身体を強張らせた。

 

「……どうしたのってミサカはミサカは尋ねてみる」

 

「いや……」

 

態度が急変したことに、美琴のクローンが首を傾げる。

 

七惟はその間に、猛烈な吐き気と共に刺すような視線が自分に向けられているのを感じた。

 

周囲を見渡すも誰もいない、しかしこの感覚が嘘ではないのは頭のてっぺんから足の指先までざらつきまとわりつくような感触があるので確かだ。

 

 

 

 

 

「……もっと俺にひっ付け」

 

「えッ……」

 

 

 

 

 

七惟が少女を引きよせたその瞬間だった、何もないところから突然人間の手が飛び出し七惟の手を掴もうとする。

 

 

「ッ!?」

 

 

七惟は咄嗟に身体を後ろに逸らすがそれも遅い、握られたその場所から焼けるような痛みがしたかと思うとまるで自分の身体ではないと思う程身体全体が重くなる。

 

突きだされた手の発生源を見ると、不自然に空間が歪み黒くなっており、そこから人間の手だけが伸びていた。

 

始めから終わりまで全て普通ではない、今起こっていることは明らかに科学の理に反している……!

 

「だ、大丈夫!?ってミサカはミサカは」

 

「逃げろ!コイツらの狙いは一方通行だけじゃねぇ、俺も含まれてんだよ!さっさとどっかに行きやがれ!」

 

「で、でも!」

 

尚も引き下がらない少女に業を煮やした七惟は能力を使い少女を無理やり転移させようとする。

 

「お前に何かあったら俺がどうなるか分かったもんじゃねぇ!生きてたらまた何処かでな!」

 

「ま、待って―――!」

 

「この糞餓鬼が!大概にしろ!」

 

うろたえる少女を七惟の能力の影響範囲の一番遠いところまで転移させる。

 

此処からでは見えないが少なくとも1、2kmは離れているはずだ。

 

これで少なくとも命の危険には晒されないだろうと安堵するのもつかの間、手の発生源である黒い渦が更に肥大化し、やがてそこからは一人の人間のシルエットが浮かびあがった。

 

 

 

 

 

 

「あ、れ、れー?そーんなにあの小さい女の子が大事?小さい少女と禁断の愛!泣けちゃうわぁ!」

 

 

 

 

 

黒い渦から声が聞こえたかと思うと、一人の女がぬっとそこから飛び出してきた。

 

全身の身の毛がよだつ、いったいコイツは…………。

 

 

 

 

 





今後の方針に関してご報告です。

2013/1/22に「にじふぁん」完全閉鎖、データ完全消却ということで今月はかなりのハイペースで更新しました。
しかしにじふぁん時代にも目を通してくださった人は気付いていると思います、まだまだ何十話も残っているということに……。

そのまま改訂を入れず転載、というのも考えたんですが余りに誤字脱字が多いのでやめました、データは私のPCに移管させそれを順次こちらに掲載していきます。

今後の更新ペースは以前に比べ落ちます、おそらく12月くらいの更新速度になると思います。

此処まで距離操作シリーズを読んでくださってありがとうございます、これからもよろしくお願いします。


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Labyrinth of Nightmare-2

※この節からオリジナルキャラクターが登場します


 

 

 

 

 

「あ、れ、れー?そーんなにあの小さい女の子が大事?小さい少女と禁断の愛!泣けちゃうわぁ!」

 

 

 

 

 

手が伸びてきている黒い渦から声が聞こえたかと思うと、一人の女がぬっとそこから飛び出してきた。

 

イタリアで見たシスター達が纏っていたような生地の服を着ているがそのデザインは全く違う。

 

黒で統一された衣装は全体的に移動しやすいよう仕上げられており、あのアニェーゼという少女が身に着けていたモノのように穴だらけではないが、そちらに近い。

 

スカードは膝よりかなり上の部分までしか丈がなく、中からは真っ黒のレギンスに包まれ、不自然な程細い足が見える。

 

きっとスカードなど単なるおまけで、肌が露出しないための服がこの女のコンセプトだろう。

 

見た目は七惟より少し年上と言ったところか、肩辺りで切りそろえられている黒髪や顔つきからして東洋出身で、日本人の血を引いているように見える。

 

その眼はあの一方通行が『殺す』と決めた時のような残虐性を秘められており、ギラギラと光っている。

 

耳には何重ものピアスをつけ、手に握られている剣はまるで水面のように刃が揺れており見るだけで気味が悪い。

 

コイツは間違いなく魔術師だ、そして今まで見たことがある炎の魔術師、刀を持った魔術師、天草式の連中とは格が違いすぎるということを七惟の直感が告げていた。

 

「ねぇ!?どうなの!?学園都市第八位全距離操作能力者七惟理無!」

 

「糞みてぇな肩書き全部言ってくれて御苦労さん、残念ながらてめぇが思い描いてるような関係じゃねぇから安心しやがれ!」

 

七惟は間髪いれずにポケットから護身用の五和の槍を取りだして無駄の無い動きで女の腹に突きさす。

 

しかし突き刺さった感覚はなく、その切っ先を見てみると槍は女の腹部辺りに現れた黒い渦の中に突き刺さっているだけでであった。

 

本人はケタケタと笑いながら言葉を発する。

 

「ごめんねー!アタシにはそんなおもちゃ通じないんだぁ!」

 

女は槍をむんずと掴むと、女の力とは思えない握力と筋力で槍を引っ張り七惟を引き寄せた、態勢を崩した七惟はすぐさま槍から手を離すがそこに女の剣が薙ぎ払われる。

 

髪の毛が数本綺麗に切り落とされる、まるでウォーターカッタ―のような抜群のキレ味に嫌な汗が滲んだ。

 

「ねーねー!最初の一太刀ですっごく君弱く思っちゃった訳だけど……ヴェントが相手してる上条当麻のほうが余程強いと思うんだけどなー!」

 

七惟は耳を傾けずに女に握られた槍を手の内に転移させ再び構える、持っていたモノが急に消える体験は初めてなのか女は不思議そうに右手を見つめた。

 

「面白いねー、キミの力!その力で女王艦隊のシスター達もボコボコにしちゃったんだって!?もっと見せてよ、科学の力の結晶をさ!」

 

「はン、てめぇの無駄口に付き合うつもりはねぇよ。このわけわかんねぇ状況もてめぇらが生み出したんだろが」

 

「さーすが学園都市の天才君!私達『神の右席』は学園都市に侵攻しちゃいましたー!ちなみに私は『台座』、マメ知識でーす!そうそう、警備組織の人間は大半が仲間の『天罰術式』によって昏睡状態だね!一般人だって今じゃ例外じゃないのよーん!」

 

神の右席……?天罰術式……?

 

「お前らローマ正教の人間か……」

 

此処まで学園都市に恨みがある連中なんて此奴らしかいない、か。

 

「だったらどうするのかなー?」

 

「何のためにこんな馬鹿みてぇなことやってんだ?イタリアの艦隊潰したことで頭に来てんだったら、俺と上条だけを始末すりゃ話は済むだろ」

 

「えぇー?女王艦隊?」

 

「違うのか?」

 

「だってさー、女王艦隊ってとてーつもなく効率悪いじゃん?君、知らないだろうけど、アレ、ものすごーく儀式やら準備やら大変なわけさぁ。そんなモンに頼るような馬鹿は居ないでしょー」

 

「どういうことだ」

 

「そんな粗大ゴミの報復のためにわざわざ汗かいてこんなところまで来ると思う?」

 

「じゃあ……」

 

「論理的な思考の弊害ですかー!?もっと単純でシンプルな理由があるんだぞぉー!?」

 

単純で……シンプル?

 

そんな簡単な話で済む筈がないだろう、科学と魔術の関係をそこまで単純化など出来るものか。

 

最近魔術に関して認知し始めた七惟にだってそんなことは分かるが、相手は先ほど言った通り単純明快な言葉をこちらに教えてくれた。

 

「科学が気に食わないんですぅー、とてつもなーく嫌いなんですぅー、存在してるだけで許されないんですぅー。もっと言って欲しい?」

 

要するに、そういうことか。

 

科学が嫌い。

 

理由なんざ、それだけで十分だと言いたげだ。

 

 

「だからこうやって侵攻しちゃいましたー!今から世界のゴミを掃除出来ると思うと、アタシ、わくわくすっぞぉ!?」

 

ガチャリ、と女が剣を持ち直す。

 

こいつらはもう上条と七惟がターゲットとか、そんなことどうでも良いと言うわけだ。

 

敵対する勢力である科学の頂点、学園都市を地図上から抹消してしまえばあっという間に科学は衰退する、本当に簡単だ。

 

その過程でまずは色々と因縁のある自分と上条を潰しに来た、一方通行に関しては第1位だから真っ先に狙われたと。

 

……一方通行を破ったかもしれない敵が、今目の前に居るのか。

 

「さぁて、それじゃあ、一、二の、三、で君を攻撃しまーす!正々堂々、正面からぐっちゃぐちゃのミートソースにしてあげるよぉ」

 

「わりぃが変死体になるつもりはねぇよ。てめぇこそ、こんな馬鹿みてぇなことしたのを、死ぬ方が楽だと思うくらいに後悔させてやろうか」

 

「え、なにそれ!?もしかして勝利宣言!??凄い、何この超展開!?そんな勇者七惟理無君にはご褒美を上げましょう!」

 

ぐっと、身体全体に力が入る。

 

こんな大口を叩いてはいるものの、七惟の全身の筋肉は緊張し肩は自然と上がっていく。

 

目の前の敵は学園都市最強の男を潰したかもしれない魔術師で、吐き出される様々な感情やエネルギー、威圧感はどれも今までの魔術師とは比べものにならない。

そんな奴と、戦わなければならないのか。

 

先ほど対峙した麦野が虫けらのように思えるような相手と、命の削り合いをやるのか。

 

考えるだけで、吐き気がした。

 

 

 

 

 

「不意打ちという、素晴らしいご褒美を誕生日プレゼントー!」

 

 

 

 

 

誕生日プレゼント?

 

 

と問い返す暇もなく、二人の戦闘は開始された。

 

 

 

 

 



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Labyrinth of Nightmare-3

 

 

 

 

 

七惟理無の目の前には、一人の東洋出身の女がいる。

 

そいつは神の右席と名乗り、奇声を上げながら剣を振り上げ、七惟に容赦なく叩きつけてきた。

 

剣は両刃で不気味に揺れている、違和感を覚えた七惟は自分と剣の間にそこらへんに転がっていた鉄柵を転移させる。

 

本来ならば鉄柵相手に振り下ろせば、剣は刃毀れしてしまうため、使用者はその軌道を逸らす。

 

七惟も同様にそれを狙ってやったのが、女は構うことなく勢いよくそのまま剣を振り下ろした。

 

すると鉄柵は剣に触れた瞬間まるでトマトのようにさくっと綺麗に分断されてしまい、凶刃は何の迷いも無く自分に向かってきたのだ。

 

揺れる刃は始めからおかしいとは思っていたが、いったいどんな力でその形状を維持、理解不能なキレ味を再現しているのか見当もつかない。

 

七惟は身体を逸らして剣の軌道を避ける。

 

「えー!?誕生日プレゼントは要らないの!?女の子からのプレゼントは受け取るモノなんだぞー!」

 

「馬鹿みてぇなこと言ってんじゃねぇ」

 

距離操作で女を引きよせて槍をその土手っぱらに突き刺すが、切っ先は黒い渦に飲み込まれる。

 

「くッ…………」

 

「だーかーらー!む、だ、な、の!」

 

黒い渦に飲み込まれた槍はいくら引いても取れそうにも無い、女の第二波が飛んで来る前に七惟は手を離し再び距離を取る。

 

直接攻撃はあの渦に飲み込まれて効かないらしい、ならば……!

 

周囲にあった電灯を根元から能力でへし折り最高速度で七惟はそれを女に向かって投げつける。

 

「へー!すっごーい!でーもー!」

 

女の目の前に再び電灯と同じ大きさの黒い渦が現れ、有無を言わさず電灯は呑みこまれる、そして――――。

 

「後方ちゅーい!電灯が通りまーす!」

 

「なにッ!?」

 

振り向けば先ほど飛ばした電柱が背後から凄まじいスピードで飛んで来る、絶対等速の電柱の破壊力は凄まじく七惟の骨など簡単に粉々にしてしまう。

 

間一髪で電柱を避けると、揺れる刃が七惟に迫る。

 

それも何とか時間距離操作で交わすが。

 

「……ッ!?」

 

何故か数瞬後には能力が効かなくなったようにスピードが戻る。

 

がむしゃらに動き刃は避けたが、振り下ろした腕を横に振り柄の部分で七惟の肩を思い切りたたきつけた、避ける術がなかった七惟はもろにその衝撃を受けてしまう。

 

「がぁ!?」

 

数メートル地面を転がり、ホームの柵で何とか止まる。

 

時間距離操作が……効かない、のか。

 

「へぇー!キミも時間操作関係のスキルを持ってるんだねー、でもアタシの力はそんなちんけなもんじゃないんだよぉー!」

 

口に鉄の味が滲む、溜まったものを吐き出し、悪態をつきながら立ち上がった。

 

「はッ……さも自分は特別だと言いたげだな、てめぇ」

 

まだ身体の何処かに異常が出たわけではない、戦える。

 

この女の力が全く分からない、あの黒い渦もそうだが一瞬時間距離操作が効いたようですぐに解除されたというのはどういうことだ。

 

距離操作が全く効かないというわけではないのでベクトルを操る術ではない、いったいこの女の術式は……。

 

とにかく上条と合流したほうがいい、魔術戦に関して七惟はド素人過ぎる。

 

「あーあ!もっと面白いことはしてく、れ、な、い、のー!?なら大人しくこの剣の錆になってくれない!?なんちゃってー!」

 

女は再び剣を振るう、大ぶりだが第二波第三波を考えて振っていることを頭に入れておかなければ致命傷になりかねない。

 

七惟は女の背後に落ちていた槍を可視距離移動でこちらに引き寄せる、二人は直線状に立っているため槍は女の急所、背面に突き刺さる筈だが……。

 

やはりこれもダメだ、槍は女の身体を絶対等速状態で突き抜けてはこない。

 

「同じことばっかだなぁ!つまんないわぁ!」

 

刃を交わしたその先に、今度は横から自分の槍が飛来する。

 

絶対等速状態の槍が七惟の頭目掛けて飛んで来る、七惟は槍を頭上に転移させ、逆計算で絶対等速を殺すと、槍を握りしめ女の突き出された切っ先を防ぐ。

 

結標や七惟と能力が似ている、しかしあの黒い渦はなんだ……?奴の身体周辺に生まれるようだが。

 

「対して私はこんなこともできちゃったりー!」

 

女は剣を握っているのとは別の手を目の前に発生させた黒い渦に突っ込む、すると七惟の目と鼻の先から突如女の手が現れ思い切り顔面を殴りつけられる。

 

「ンだとッ……!?」

 

「あっはっはー!さー、らー、にー、ねぇー!」

 

今度は足の周辺に渦を発生させそこに右足を突っ込むと、態勢を崩した七惟の脇腹付近に突如として現れ、蹴りが叩きこまれた。

 

「ぐ……うッ」

 

まだ女の攻撃は止みそうにも無い、これ以上続けられては……!

 

七惟は女を自分の周囲から最大限離す演算式を組み立て、何とか次の攻撃に移る前に視界から消し去ろうとする。

 

実際その演算式は完璧で、七惟の目の前から数秒の間女は消えた。

しかし――――。

 

「わったっしっの渦はそんなんじゃ止められないわぁ!」

 

女は再び七惟の前に黒い渦を出現させてそこから現れる、これもダメか……!

 

となるとこの女から七惟が逃げ切る術はない、実力で退けない限り地の果てまでも追ってくるだろう。

 

コイツの能力の正体……空間移動系なのは間違いないが、あの黒い渦は原理が不明過ぎる。

 

何処でも出現するあの黒い渦は演算も必要ないようだし、突っ込んだモノを任意の場所に転移させるというのは触れる必要も座標をくみ取ることもない。

 

「ッ!」

 

七惟は今度は周囲にある複数のベンチを四方八方から女目掛けて投げつけるが、それらは今度は目に見えて遅くなったかと思うと、ベンチだけではなく七惟自身のスピードも間違いなく落ちている。

 

そしてその影響は七惟だけではなく女にも及んでいるようで、彼女が釣りあげる口端が目に刻まれるようだ。

 

この女の時間操作……七惟のように対象一つではなく、もしや空間全体に影響している!?

 

再び時間の流れるスピードが元に戻ったかと思うと、やはり黒い渦にベンチ達は吸い込まれて逆に四方から七惟を容赦なく襲う。

 

死角からも繰り出されるベンチ、目の前には剣を構えて迫りくる女。

 

必死の思いでベンチを避けて剣を槍で受け止めるも、黒い渦に女が右足を突っ込む。

 

すると今度は七惟の頭上からその足が落ちてきた、脳天を思い切り踏みつけられた七惟は舌は噛み千切らなかったが、脳がシェイクされ視界が霞む。

 

その隙をついて女は渦に剣を握っている右手を入れ、気付いた七惟がぎりぎりで回避行動を取るも、肩辺りに現れたその剣は七惟の肩の表層を抉りとり出血した。

 

「へぇー!今のを避けられるなんて思わなかったぁ!この『台座のルム』と此処までやりあえる人と会うのはひーさーびーさーだぁー!」

 

「『台座のルム』……」

 

息も絶え絶え、このままではやられるのも時間の問題となってきた。

 

そもそも一方通行ですら歯が立たなかった相手かもしれないのだ、そんな化物相手に第八位如きが勝てるのか……。

 

「ここで自己しょうかーい!アタシは神の右席、『台座のルム』!カマエルの性質をもっちゃったりしっちゃってるえらーい少女なんだぞー!」

 

その年齢で少女はないだろうと思う余裕さえ七惟は失いつつある。

 

カマエル……分からない、十字教の重要な人物なのだろうが魔術や宗教に疎い七惟がそんなことを知っている訳がなかった。

 

確か『エル』はヘブライ語で『神』という意味だ、『カマ』が何を意味するか分からないが『神』同等の何かをコイツらは持っている。

 

「そうかぃ、敵にそんな情報与えちまっていいのかよ」

 

「これは此処まで頑張って辿りついたキミへのクリスマスプレゼーンツ!でも残念ながらお正月のお年玉はないぜぇー!」

 

この時期にクリスマスとお正月とはどういうことだと突っ込む暇もなくルムは攻撃を仕掛ける。

 

刃が揺れる剣が深々と地面に食い込む、美琴の砂鉄剣のような恐怖のキレ味を誇る凶器を思う存分振り回し、七惟に反撃の余地を与えさせない。

 

そもそも反撃も何も、七惟の攻撃は全てルムの黒い渦に飲み込まれてしまうためこのままではルムにかすり傷一つ付けられないだろう。

 

時間距離操作も空間の時間を掌握しているルムには効果がない、同じ能力者として考えてみても七惟の能力の完全に上を行っている。

 

やはり此処は殺す覚悟で転移攻撃を行わなければ……自分がやられる。

 

その考え方に、今まで『死』に対して異常な程恐怖を抱いていた脳がブレーキをかける、それでいいのかと。

 

自分は『死』が大嫌いだ、自分が死ぬのは当然だが、誰かが目の前で死ぬのだって嫌いだ、自分が直接手を下して殺してしまうのはもっと嫌いだ。

 

ミサカ10010号が死んだ時だって、直接見はしなかったがその後まるで鬱のようになってしまったのはまだつい最近のこと。

 

だがやらなければ、自分がやられる。

 

もし自分が死ぬことと、目の前の女が死ぬこと。

 

最悪のシナリオはどちらだ?

 

そんなのは決まっている、少なくとも他国に侵略してドンパチやっているような女と比べて、まだ自分のほうがまともだ。

 

まともなほうが、生き残っていいに決まっている。

 

相手が『死』の恐怖を振りかざすならば、それに対抗すべくこちらも『死』という最大の暴力を持って、相手と対峙するしかない。

 

そうする以外に、道は無い。

 

遂に七惟は女の腸目掛けて転がっていた金属片を転移させることを決心した。

 

自分が生き残るためにはこの女を殺すしかない。

 

そうしなければ女は止まらない、自分が死ぬまで追いかけて来るに決まっている。

 

丸1年ぶりに七惟は対人体用の転移演算を行った。

 

手が一瞬震えた、本当に殺して良いのかと理性が最後の警告を発していた。

 

しかしそれでも彼の本能は止まらない、生きる本能が理性を完全に凌駕し女の心臓目掛けて金属片を転移させた。

 

完璧だった、間違いなく女の左心房あたりに金属片は転移し、胸部から身体は破裂し真っ赤な風船の残骸が周囲に飛び散る光景が目に浮かぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目に浮かんだだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

転移させたはずの場所に黒い渦が発生し金属片は女の身体で発現することなく地面に落ちた。

 

空いた口が塞がらない、というレベルではない。

 

堪らず七惟は数歩下がる、これも……効かない。

 

自身のトラウマを克服し、殺しを出来ないレベル5として生きてきたここ1年のジンクスを打ち破っての攻撃、一方通行の時と同様に手加減など一切していない、出来る筈も無い。

 

なのに、効かない、効果が無い。

 

女は目の前でケタケタと笑っている、対して今自分はいったいどんな表情でこの女を見ているのだろうか……。

 

もしかしたら、心の底では分かっていたのかもしれない。

 

この女には、転移攻撃は効かないと。

 

だから、転移攻撃を出来たのではないか……?

 

「ふふーん!ざ、ん、ね、ん、で、し、た!」

 

女は左手を渦に突っ込んで、今度はその手で七惟の右手を掴むと凄まじい筋力で七惟を線路に放り投げる。

 

鉄のレールが七惟の背中を強打し溜めこんでいた空気全てが押し出される、圧迫された肺が悲鳴を上げた。

 

このままでは……。

 

「終わりー!キューピー三分クッキングならぬ三分殺でしたー!」

 

ルムがホームから七惟が倒れているレール目掛けて剣を突き出しダイブしてくる。

 

とにかく今はそんな馬鹿みたいなことに思いふけっている場合ではない、死ぬ思いで身体を動かしルムの着地点を転移でずらすが、着地した反動を想わせぬ動きでルムは追撃の手を休めることはない。

 

闘いにおける全ての要素でこのルムという女は七惟の遥か上を行っている、とてもじゃないが勝てそうにも無い。

 

せめて……せめてあの黒い渦さえどうにかなれば……!

 

それさえどうにかなれば……!

 

「じゃあーねーん!アデュー!」

 

「ぐッ!」

 

諦めて堪るものかと言わんばかりの形相で、七惟はルムを鉄筋コンクリートの中に転移させる。

 

一般人ならば当然死あるのみだがやはりこの女は普通ではなかった、転移させて3秒後には再び黒い渦と共に現れて綺麗で残酷な笑みを浮かべるばかり。

 

「い、い、か、げ、ん、死んじゃって楽になっちゃえーい!」

 

ずしりと身体に重りをつけられたように全身が重くなる、空間を掌握した時間操作だ。

 

おそらく女は何処に黒い渦を発生させれば最も効率よく七惟を殺せるか探っているはずだ、思考だけは通常のスピードで行われるためこの時間は互いにとって戦略を巡らす時間となる。

 

七惟も今度は可視距離移動の演算式を組み立てる、弾丸は当然ルム本人。

 

もうこれが最後の手段だ、これが効かなければ……。

 

「そぉれ!」

 

ルムの掛け声と共に七惟の周辺360度全てに渦が発生する、これでは何処からルムの剣が飛び出してくるか分かったものではないがそれよりも先に七惟が攻撃する。

 

可視距離移動砲の弾丸となったルムは時速300kmでホームの壁を突き抜け、高層ビルの窓ガラスを突き破り鉄筋コンクリートに埋め込まれるのが目視出来た。

 

しかし、その度に黒い渦が発生し彼女の体は無傷だった、そして七惟が休む間もなく再び目の前に現れる。

 

美琴のようにフェイントや緩急をつけて七惟の能力から逃れることすらしていない、真正面からこちらの攻撃を受けて未だにピンピンしているルムに絶望の色を隠しえない。

 

「あっははは―!戦えない能力者は必要ない!とか叫んじゃったりしっちゃってさぁー!」

 

万策尽きた、もはや七惟がルムを倒す方法はない。

 

最後の残されたのは幾何学的距離操作だがこの状況では何の役にも立たない、そもそも能力や術式が不明過ぎて干渉しようにも何に干渉すれば妨害出来るのかすら分からないのだから。

 

「ッ……ハハ……ハ」

 

最後に残す言葉はどうしようもない嘆きの言葉。

 

自分の無力さを噛みしめながら振り下ろされる刃を見つめる。

 

脳裏に流れる過去の記憶は此処数カ月の綺麗なモノばかりだった、上条と宿題をやった記憶からミサカ19090号をバイクに乗せた記憶など様々な映像が浮かんでは消えていき……。

 

 

 

『死』が近づいてくる。

 

 

 

人間にとって一番の恐怖が、すぐ隣まで、目の前まで、2メートル先にソイツはいる。

 

 

 

吐き気がした、だがその吐き気すら愛おしくなってきた。

 

 

 

生きていると実感する五感の痛みが、気持ち良くなってきた。

 

 

 

だが。

 

 

 

「いつ……わ?」

 

 

 

その時だった、何かを握っている感覚が、自分に安らぎを与えていると実感したところで、脳の何処かで燻っていた感情の暴走が和らいだのは。

 

 

 

視線を目の前の『死』から手に移すと、そこには今も眩しい程輝いている切っ先を持った槍が握られている。

 

 

 

五和の槍。

 

五和は仲間。

 

苦しい時も、悲しい時も、一緒に居るのが仲間。

 

今も彼女はこうやって、『武器』となって自分と一緒に居てくれている。

 

絶命する瞬間も、一緒に居てくれている。

 

そのことを自覚し、ふと思う。

 

……悪くは、ないのかもしれない。

 

心臓の鼓動は驚くほど静かで、頭の中は先ほどと違ってクリアに晴れて、身体全体の力が抜けて行く。

 

「それじゃあ月に代わってお仕置きよー!似てるかしらー!?」

 

ルムの声が頭に響く、後自分の命は何秒か……。

 

五和の顔が脳裏の浮かんだ、あれだけイタリアで馬鹿騒ぎしたのに、まだもっと彼女と騒ぎたいと思っている自分がいる。

 

 

 

 

 

今思えば、精神拷問を行った相手とあそこまで打ち解け会話をし、仲間だなんて……おかしすぎる。

 

上条も良い奴だが、五和は良い奴じゃなくて馬鹿だな。

 

月のマークのピアスとか……美味そうに酒造パスタ食べるとか……どういうことだ。

 

結局月のピアスを買ったが、それは三毛猫の耳につけられてるんだぞ。

 

『絶対に似合います!』って、胸張って言ってたくせに……ざまぁねぇな。

 

俺が勧めた酒造パスタのほうが絶対受けは良かった……だろ。

 

 

 

 

……。

 

 

 

 

 

『死』

 

 

 

 

 

か。

 

 

 

 

 

 

「『界』に干渉、ね。……ッ圧迫されてる」

 

しかし七惟が覚悟を決めて目を瞑ったものの何時まで経ってもルムの剣は振り下ろされない。

 

目を開けて見やると、ルムはぎらついていた目を今度は血走ったモノへと変えて遠くの空を見つめている。

 

やがてその目は学園都市の理事長が居ると噂される窓の無いビルのほうへと視線を移された。

 

するとルムは突然吐血した、それで倒れることはなく逆に強く目を見開き、そのねっとりとざわついた視線を七惟へと向けた。

 

「残念ながら貴方は延命しちゃう、み、た、いー!優先順位がアタシらにもあるからねー!再会!」

 

そう言ってルムは黒い渦の中に身を投げいれこの場から消え去った、取り残された七惟は状況を判断出来ずにその場に立ち尽くす。

 

何の脈絡も無いルムの行動に、七惟は暫し呆然としていた。

 

ゆっくりと頭を整理すると、自分が助かったというのは間違いない、しかし殺す絶対的なチャンスだったはずだ、後数秒もあればこちらを殺せたはず……なのにそのチャンスを棒に振ってまで急ぐ必要があるのか、それとも自分なんざ簡単に殺せるという余裕の表れなのか、殺すのは実はついでだったとでも言うのか。

 

分からないことだらけだが、ルムが見た方向の空はこの世のものとは思えない程巨大な雷光のような羽がゆらゆらと揺れている。

 

……あそこに、あそこに上条も居る筈だ。

 

あの男はどんな時でも必ず事件の中心に居る男だ、自分から安全地帯へと逃げ込むような下手れではない。

 

そして自分もそうだ、このまま引き下がってなるものか・・!

 

ルムを倒す手段なんざ見つかりそうもない、だがそこで上条が、あの馬鹿タレが更なる危険に晒されているというのならば。

 

目の前で死ぬ姿を見るとか、後で死体を見てしまうくらいならば、自分が突っ込んで足掻いてやる。

 

めちゃくちゃに突っ込んで、最後まで暴れてやる。

 

七惟は意を決して光の方向へと走り始めた。

 

 

 

 

 



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Story of dystopia






※一部に過激な描写が含まれています。
 
 苦手な方は注意して下さい。




 


 

 

 

 

 

少女の最も古い記憶は6歳のものだ。

 

目の前の女性から、『お前はジャピーノだ』と言われた記憶が、最古の記憶である。

 

その時から知りたかった、『ジャピーノ』とはいったい何なのかを。

 

母親に聴いても、そんなことはどうでも良いことだとやんわりと断られ、何時までも経っても知ることは出来なかった。

 

少女は12歳になった、6年の歳月の間に『ジャピーノ』という言葉の意味も知った。

 

『ジャピーノ』の意味は【日本人男性とフィリピン人女性の間に生まれた子供】だそうだ。

 

そのことを知った時に、何故自分は父親が居ないのかも分かった。

 

此処はフィリピンだ、自分の父親や日本にいるから、自分には今父親がいない。

 

日本まで行けば、きっと父親に会える。

 

だから、母親が日本に行くと行った時には大喜びした。

 

汚い船で、何十時間、何百時間と船旅を重ねた。

 

船の中は決して衛生的とは言えず、フィリピンで暮らしていたスラム街よりも酷い物だった。

 

過度のストレスで一緒に乗っていた人が一人死んだ。

 

悪臭を放つために船から死体を放り投げた。

 

空腹に耐えきれず小さな男女が餓死した。

 

身ぐるみを剥がされて、海に投げ込まれた。

 

凄かった。

 

次の日には自分が海に投げ捨てられるんじゃないかと思った。

 

母親はただひたすら『大丈夫だよ』と言っていた。

 

とても大丈夫とは思えなかった。

 

来る日も来る日も、目に見える恐怖と目に見えない恐怖に晒されて明日のことが考えられなくなる。

 

真っ黒な海が、次は自分を飲み込むんじゃないかと、舟を飲み込むんじゃないかと思うと怖い夢しか見なかった。

 

数日後、親子揃って無事に日本の地に足を踏み入れた。

 

一緒に乗っていた人は、半分近くが海に放り投げられた。

 

奇跡だと思う。

 

こんな小さな少女と、やせ細った母親が生き延びられたのは。

 

母親は言う、『今からお父さんを探しましょう』と。

 

『お父さんはトウキョウから北に向かったグンマという場所で働いている』と母親は言った。

 

グンマがどんな場所なのか知らないが、そのグンマと呼ばれる土地まで親子二人は歩く。

 

持っていたお金は日本円に換算して僅か数千円。

 

歩いて、歩いて、歩き続けた。

 

喉が枯れる、足がもつれる、身体が重たい、頭が上がらない。

 

五感が麻痺した、食欲がない、吐き気がした、腕がちぎれそうだ、悪夢ばかり見た。

 

どれだけ歩いたか、どれだけ日が経ったか分からない程時間が経過したその日に、自分達はグンマについた。

 

『グンマ』は『群馬』と書くらしい、父親に一歩近づけた気がした。

 

此処に、父親が居る。お父さんがいる。

 

工場で働いているらしい。

 

日本の工場について少女は詳しかった。

 

何故ならば、少女は若年労働者として、フィリピンに建てられた日系企業の工場で働いていたからだ。

 

少女は母親と共に、多くの工場を尋ねる。

 

慣れない日本語でたくさんの人々と話した。

 

皆良い人たちばかりだった、笑顔でこちらの拙い日本語に付き合ってくれて、親身になって話してくれた。

 

ただ、それでも父親は見つからない。

 

とある人から聞いた、その人はこう言った。

 

『ジャピーノ問題はもう【日本】を離れて、【学園都市】固有の問題なんだ』と。

 

学園都市。

 

そう言えば、少女が働いていた工場も学園都市という文字が至る所に見られた。

 

その話を聴き、二人はトウキョウと学園都市を目指す。

 

二人の精神力は限界にも近かったが、親切な日本の人々が食糧や水を与えてくれ、車にも乗せてくれたため、何とか学園都市に辿りつきそうだった。

 

ただ、辿りついたのは少女一人だった。

 

母親が、消えた。

 

学園都市にあと数キロと迫ったその時、少女達の目の前に中国語を話す男が立ちはだかった。

 

その男は有無を言わずに母親を捉えると、少女を蹴り飛ばし、母親をワンボックスカーに放り投げてその場から去って行った。

 

太陽が暮れ、周りが真っ暗になるまで少女は立ちすくみ動けない。

 

そして自分の現状を理解したその時。

 

少女の精神が崩壊した。

 

少女は死んだ目で学園都市に入りこむ。

 

もう自分には母親はいない、おそらく中国語の男達に殺されてしまった。

 

後に訊けば、その中国人達は学園都市と敵対する勢力の人々だったらしい。

 

元々東アジアでは日本に対する嫌悪感があったらしく、中国、朝鮮半島はこの頃は学園都市を敵対視していた。

 

父親を探し、学園都市に入りこみ、多くの人々に話を聴く。

 

それでも父親は見つからない。

 

それにこの学園都市は、日本であるというのに群馬の人達と気質が大きく違う。

 

特に大人の男女が非常に冷たい。

 

少女は情報を持っているのは大人だと思い、大人の男女を重点的に尋ねてみたがほとんど一蹴されてしまった。

 

フィリピンを出発して1年以上が経過した、気がついた時には少女は学園都市の工場で働いていた。

 

生きるために、仕方のない選択だった。

 

もう父親を探すのは諦めていた。

 

無理だと悟った。

 

毎日が過酷な労働、今日は何十時間働いたのか、明日は何十時間働くのか、来週は、来月は、来年は……。

 

無限に繰り返される労働の日々、働き、食べて、寝るの繰り返し。

 

テレビで流れているのは大昔の日本のアニメ、金髪の男の人が手から青い光線を放ったり、惑星の名前を持つ金髪少女が戦っている。

 

自分は……何と戦っているのだろう?そもそも、何をやっているのだろう?

 

こんなことをやりにきたんだろうか……?わざわざ日本に来てまで?

 

やがて少女は14歳になった。

 

周りで働いているのは相変わらず自分と同じで異国の人間、東南アジアの人間が大半だった。

 

今日は誰誰が密入国で捕まったらしいという話を聴いた。

 

誰誰というのは、すぐに分かる。

 

工場の新入りが、自分と同じように密入国をして捕まった奴だから。

 

その日の夜、少女は工場長に呼ばれた。

 

少女がこの工場で働き出して1年。

 

昇給の話か?と少女は工場長の部屋へと赴いた。

 

工場長はこう言った。

 

『俺が昇格するために、上司に性接待を行ってくれないか』と。

 

少女は意味が分からずに、とにかく昇給して今の状況が少しでも変わるのならばと頷く。

 

すると数十分後、少女は豪奢な部屋へと連れて行かれた。

 

そこに居たのは工場長より20は年上と思われる男が二人。

 

片言で日本語を話す男、おそらく東アジア人。

 

もう一人は、見た目普通の日本人。

 

有無を言わせず、襲われた。

 

少女の服を男達は強引に脱がし、欲望の限りを尽くそうとした。

 

少女は訳が分からず抵抗するが、所詮14歳の少女。

 

大の大人の男に勝てるわけがなく、成すがままに犯されていく。

 

だが。

 

必死に暴れていた少女の手が、何かを掴みそれを思い切り東アジア人の頭に叩きつけられる。

 

即死だった。

 

打ちどころのせいもあったのか、男はうんともすんとも言わずに息絶えた。

 

日本人の男が、顔を青くする。

 

動かなくなったのをいいことに、少女は工場で使っていたペンチを懐から取り出し、思い切りそれで男の腹を突いた。

 

血が飛び散り、生臭く温かいモノがたくさんついた。

 

腹が抉れて、腸がはみ出た。

 

男の口から血が飛んだ、転がっていた東アジア人の男にそれがかかる。

 

蹲った男の顔を踏みつけて、耳の穴に思い切りペンチを差し込んだ。

 

終わった。

 

数分後、静かになった部屋から少女が一人出てきた。

 

いつも通り風呂に入り、窒素な夕食を済ませて寝床へと向かう。

 

大広間で流れているテレビでは、金髪の男の人がピンク色の化物を青い球でやっつけるところだった。

 

その瞬間、全てが茶番に見えた。

 

全てが憎たらしくなった。

 

学園都市が、日本が、日本人の父親までも、めちゃくちゃにぶち壊したくなった。

 

この目の前に広がる空間全てが、無くなってしまって皆惨たらしく死ねばいいと思った。

 

調理室を漁り、火元を調べ、灯油を持ち出し、ばら撒き、ライターを投げ、火傷をし皮膚が爛れのた打ち回っている外国人の男共を一人一人ナイフで突き刺してやった。

 

『ジャピーノ』とは。

 

父親に捨てられた、日比混血の子供。

 

自分の運命を呪った。

 

耳を劈くばかりの怨嗟で喉が潰れた。

 

群馬の人は、ジャピーノは学園都市の問題だと言っていた。

 

学園都市は科学の長だということに、少女が気づくのはすぐだった。

 

それから5年後。

 

少女は女になり、科学の長である学園都市の街を徘徊している。

 

 

 

 

 



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Draw in another world ! -1

 

 

 

台座のルムが去ったのち、七惟は彼女が向かった方向へと走る。

 

視線の先には白く煌めく雷光が数十本束ねたモジュールが浮かび上がっており、それは幻想的な光を発していた。

 

羽が大きく揺らげば、プラズマが発生しオレンジ色の光を周囲に撒き散らす。

 

近づく者全てに『死』をもたらす印象ばかり与えてくる存在はまるで……。

 

「天使の羽…………みてぇだな」

 

天へと向かって伸びるその光は、ゲームに出てくる天使のようにも思えた。

 

だがそれは、ゲームやアニメに出てくるように神聖で人々に光を与えるモノではなく、天に向かって反逆を企て堕ちた堕天使にも見える。

 

脳裏に過るのは先ほど戦ったルムのこと、七惟単体ではどう転んでもアレに勝てそうにもないが上条が加われば勝つ可能性はぐんと上がる。

 

大半の機能が麻痺してしまった現状も、現れた天使らしい物体のことも魔術に詳しい上条ならば何か知っているはずだ。

 

道中で大勢のアンチスキルや一般人が倒れているのが分かる、外傷は何処にも見当たらず駅員と同じように有無を言わさず昏睡させられている。

 

ルムは『仲間の天罰術式』と言っていたが、自分がそれの影響下に居ないのは不幸中の幸いというところ。

 

石造りの歩道を痛む足で踏みつけ、血が止めなく流れる右肩を抑えながら七惟は夜の街を駆けぬけて行く。

 

このままだと辿りつくよりも先に出血多量で意識が飛んでしまう可能性が出てきた、それだけは避けなければならないが……。

 

 

 

 

 

「七惟!?」

 

 

 

 

 

足がもたつきふらつき始めたところで自分を呼ぶ声がした、そしてその声の主は予想通り上条当麻。

 

やはりコイツは事件の中心に居た、逃げてこそこそやるなんて性に合わないしそんな上条など七惟も見たくは無い。

 

事件が発生して数時間が経ったが、ようやく二人は橋の上で合流することが出来た。

 

携帯も死んでしまったこの状況で二人が出会えたのは奇跡に近い。

 

「お前大丈夫か!?魔術師の奴にやられたのか!?」

 

上条は七惟に駆け寄り労わるも、その気遣いなど今は不要だ。

 

それよりもやらなければならないことが山積みなのだ。

 

「さぁな……でもお前が相手してたのとは違う奴だ。『神の右席』とか言ってたな」

 

「神の右席……!」

 

「台座のルム……とにかくわけのわかんねぇ野郎だ、俺の力じゃどうにもならねぇ。お前も神の右席の一員に襲われてたらしいが」

 

「あ、ああ。でも現れたあの天使……いや、俺の大事な友達を先に始末するって橋の奥のほうに行っちまった!」

 

友達……ねぇ。

 

橋を渡り切った先のほうに誰かが居るのは何とか肉眼で確認出来た、ソイツは自分の背中から背丈の何十倍もありそうな何重もの雷光の羽を天に向かって伸ばし、頭には天使の輪のようなものを浮かべている。

 

全く……魔術師だけではなく、あんなのとも交流があるコイツは一体何者だよ。

 

まぁそんな化物にすら分け隔てなく付き合える上条だからこそ、七惟も一緒にいれるのかもしれない。

 

「俺はアイツを助けないといけないんだ!」

 

必死の形相を浮かべる上条からして、言っていることは本当だろう。

 

あの天使紛いの存在は上条の知り合いで、友達、おそらく今回の事件の鍵を握ると七惟は考える。

 

「お前も手を貸してくれ、風斬を元に戻す手段があるはずだ!」

 

「……元に戻す、か」

 

どうやってアレを上条の友人だった頃の姿に戻すかなんて、七惟には検討もつかないし不可能にも思える。

 

何より、この切羽詰まった状況で……自分の命が狙われている状況で友人の安否を気遣うとは、何処までおせっかいなんだか。

 

七惟は上条のような綺麗で純粋な真っ直ぐな人間にはなれない、そのことは自分が良く分かっている。

 

今この惨劇の中でも、如何にして自分、上条が生き残るのかの計算しか行っていない、第三者である風斬という少女のことは考えていない。

 

しかし七惟とて、もうこれだけたくさんのコミュニケーションを積んできたのだ。

心の何処か奥底で、出来ればその『友達』とやらもどうにかしなければならないのは分かっている。

 

具体的にはどうするのか何て、助けるのか利用するのかすら分からないが、現状を放っておくことが出来ないことくらいは分かる。

 

だからこそ七惟は上条に確認を取る、あれは本当にお前の友達なのか、そしてアレはお前のことを友達と思っているのかと。

 

「お前はそうだとして……アレはお前のことを友達だと思ってんのか?人間の思考が出来る存在だとはとてもじゃねぇが思えねぇぞ」

 

「風斬はインデックスの最初の友達なんだ!」

 

すると上条は疑いの言葉を口にした七惟の鼻っ面にむんずと割り込む。

 

「夏休みには俺のことを命懸けで魔術師の攻撃から守ってくれたんだぞ!お前まで風斬を否定すんのか!?」

 

理由が分からない魔術師達の攻撃で無差別に人々を傷つけられたことが相当頭に来ていたのか、普段怒りを撒き散らさない上条が感情を露わにしている。

 

上条は七惟の襟元を掴むとぐっと引きよせ怯むような目力でこちらを睨む。

 

「……馬鹿言え、俺が知りたいのはあの堕天使がてめぇを攻撃対象にしねぇのかってことだよ。お前がいくら友達だ友達だと叫んだところでその声は届くのか?冷静になって考えてみろ、元はお前の友達だったかもしれないがな、今の状態は少なくともお前が知っている友達じゃねぇはずだ」

 

「それでも俺は守るんだ!俺が攻撃されようが構わねぇんだ!アイツが傷つくくらいなら俺が傷ついたほうがマシだ!」

 

「…………へぇ」

 

七惟が滝壺を人質に取られた時と同じようなことを考えている上条に、自分自身此奴にかなり感化されてしまっていると感じる。

 

こうなったらもう止められない、それに上条と同じような選択肢を取った自分にそれを止める権利もない。

 

全く……どこぞのオリジナル同様、カメを見習ったらどうだ。

ため息をつき上条の手を乱暴に振りほどく、どの道最初から取る行動は決まっていたのだろう。

 

二人が合流したその瞬間から。

 

「ったく……あのやべぇのが収まったらその友達とやらの面しっかり拝んでやるからな」

 

「……七惟」

 

「二人で考えりゃ少しはマシだろ、お前がアレのことを知ってるってんなら光明が見えて……」

 

七惟が最後まで言い終わる前に、身体がずしりと重くなったかのような、空間全体が重力で押しつぶされているような感覚に襲われる。

 

 

 

 

 

コイツは……自分が美琴の小さなクローンといた時と同じ現象だ!

 

 

 

 

 

「とーもーだーちぃー?あ、れ、が、ねぇ!?あーんなこの世の醜いモノ全てを束ねても適いそうにない穢れた存在が友人だなんて上条君は聖人君子ですかぁ!?それとも聖徳太子ですかねぇ!?」

 

 

 

 

 

「……てめぇ!神の右席か!?」

 

上条が怒りの声を上げる、七惟と上条の前に黒い渦が現れその中から出てきたのはやはり台座のルムだ。

 

「だいせいかーい!クイズ番組はお好きですかぁ!?正解者へのプレゼントはお月見用の人肉団子がいいよねぇ!?」

 

手には刃が揺れる剣、ぎょろついた目は上条達を見つめずにあの天使に向けられている。

 

「ヴェントの本命はアレには効かないかー。ま、あ、……あんな妖怪崩れに効くわけないかー!」

 

「修正しやがれこの野郎!」

 

上条は我を忘れて怒りに身を任す、幻想殺しの力のおかげなのか空間を掌握した時間操作の中でも上条は自在に動くことが出来た。

 

それを見たルムは一瞬不審な目を向けるが、すぐさまニタリとした笑みを張りつけ上条の拳を剣で受け止めた。

 

これではダメだ、上条はあの堕天使が気になってまるで戦闘に集中していない。

 

いつも以上に動きはがさつだし、相手の能力を見もせずに突っ込むタブーを犯してしまっている。

 

このままでは無駄死にも有り得る、さっさと堕天使の元へ行ってインデックスか誰かと打開策を練った方がまだマシだ。

 

案の定上条は突き出されたルムの剣の柄で鳩尾をくらい、右足で蹴り飛ばされ七惟のところまで転がってくる。

 

「上条……」

 

「ぐ……な、なんだよ」

 

「お前、友達が待ってんだろ?さっさと行ってやれ」

 

「え……七惟?」

 

「あの風斬とかいう奴が待ってんのはお前だ、そしてアイツを助けられるのもお前なんだろ結局、違うか?」

 

「お前……」

 

上条は七惟の意図が理解出来ないのかすぐには動かなかった、しかし数秒後には意を決して立ち上がる。

 

「大丈夫なのか、お前さっき自分じゃアイツには勝てないって」

 

「はン……そうだな、5分くらいは足止めしといてやるよ。それ以上は俺の命もお前の友達の命も補償しかねるがな」

 

「七惟!」

 

玉砕覚悟で戦おうとしているのかと勘違いした上条が肩を掴む。

 

「お前そんなやり方!」

 

「俺を誰だと思ってやがる?学園都市が誇るオールレンジだ。そう簡単にはくたばらねぇから……さっさと行きやがれ!」

 

「お、おい!」

 

「さっきの約束忘れんじゃねぇぞ」

 

これ以上この場に上条が居ても事態は好転しない、二人で戦えばルムに勝てるかもしれないが戦闘に集中出来ない上条ではむしろ足手まといになってしまう。

 

それに友人の安全を第一に考える彼の性格を考慮したならば此処で七惟と一緒に居るのは得策ではないのだ。

 

七惟も、天使のことも気にしていては自身の身の安全が疎かになるに決まっている。

 

それで上条が死んでしまったら、元も子もないのだから。

 

「わかった……お前、死ぬんじゃねぇぞ」

 

「……じゃあな」

 

上条は七惟に背を向けて橋の奥へと走って行く、あの先にはおそらく上条を待っている少女と、インデックス……そして神の右席がいあるはずだ。

 

そして自分はこの場所を守らなければならない、この目の前にいる強大な敵から……。

 

「お涙ちょーだい!なドラマ展開は終わりかしらーん!?さっさとキミをミンチにしちゃってあの醜い子をこの世界から消し去ってあげないとねー!」

 

「……わざわざ待っててくれて御苦労さん。好きなだけほざいてろ」

 

「せっかく延命させてあげたのにキミもおバカだなぁ!そんなボロボロな状態で張る虚勢は見ていて惨めなのー!」

 

学園都市最強の距離操作能力者にて序列は8位の『全距離操作』七惟理無と、ローマ正教の秘密組織にその身を置き、闇の闇の、そのまた先の最果てを見てきた『神の右席台座』ルム、相容れない力を持つ者同士が再び刃を交えることとなった。

 

科学と魔術、二つの世界が回り回り、最後には何が生まれるのだろう?

 

 

 

 

 



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Draw in another world ! -2

 

 

 

 

「がぁぁあぁあぁ!?」

 

「てってってー、てってっててー、どうしちゃったのかしらぁ!?」

 

七惟とルムの戦闘が始まってどれくらい経過しただろうか。

 

ついにルムの持っていた剣の切っ先が七惟の右腕を捉え、柔らかい肉を貫通しその刃は容赦なく二の腕あたりを深く傷つける。

 

あまりの痛みに脳の回路が焼き切れたかもしれない、七惟はひたすら蛇のようにのたうちまわる。

 

「イーイこと、教えてあげる!君が今対峙しているこの剣はねー、エッケザックスって言うんだよぉ。より正確に言えばエッケザックスから『魔術的な要素』を抽出したモノだと思っていいねー」

 

ルムはエッケザックスと呼ばれた剣をぐるぐると回しながら饒舌に語りだす。

 

「エッケザックスは『どんな強靭な盾をも貫通する力』を持つんだよねー。本来のエッケザックスは巨人が持ってる剣で、とても私みたいな可愛い女の子には扱えないんだけど……私と神の右席の力である『地』属性を使えば、あらゆる鉄鉱石に魔術的な要素を注入出来ちゃう!どう!?すーばらしいでしょ!?」

 

刃が波打つ剣は、触れたモノを一瞬で切断するウォーターカッタ―。

 

美琴の砂鉄剣とほぼ同じ破壊力を持つと思って間違いない、違うのは幾何学的距離操作で分解することが出来ない点。

 

その唯一の点が、七惟にとって最大の壁となり目の前に立ちはだかる。

 

「まぁ、既に使われている魔術的要素は詰め込めないんだけど……それが弱点だね!参考になったかな?で、も、そんな状態じゃ碌に頭も回らないよねー!?」

 

正体不明の渦に、最強クラスの破壊力を持つ武具。

 

どこをどう見ても、奴にスキなんて見当たらない。

 

「ふっふーん、このままだとヴェントより早くお仕事を終わらせそうだわん!」

 

やはり七惟とルムの戦闘は、一向にルム有利は変わりはなかった。

 

先ほどからルムは七惟の攻撃ではなく目に見えない何かによりダメージを受けているようで、時々吐血する。

 

しかしそれでも彼女の動きが鈍ることはない、こちらを殺そうと全力で襲いかかってくるのだ。

 

対して七惟は先ほどの戦闘のダメージを回復出来ておらず最初から防戦一方だったが此処にきてついに防ぎ切れなくなってしまった。

 

鮮血が道路を真っ赤に染め上げ七惟の思考力を奪う、上条には5分持つと言ったがこのままでは3分すら持ちそうにない。

 

「もう諦めてお陀仏しちゃおうかー、そろそろお姉さんは飽きてきちゃったもんねー!」

 

「る……さい!」

 

悪あがきで橋の鉄柵をルムに飛ばすがやはり彼女の目の前に渦が発生、鉄柵は虚空の彼方へと消えて行った。

 

元から分かってはいたのだがやはりコイツの能力は反則過ぎる、学園都市の能力者でこんなむちゃくちゃな奴に勝てるのがいるとは思えない。

 

「キミを捕虜にするとかいう選択肢はフィアンマから与えられてないんだー、まぁアレの意見を聞くのも癪だけど私も生かすつもりはないのであしからずー」

 

「俺もこのままてめぇを生かしておくつもりはねぇ……」

 

「強がっちゃってー!そういうのは何て言うのか知ってる!?惨めって言うんだよぉ!」

 

「東南アジアの人間に日本語の指導受けるなんざ思ってなかったがな」

 

「おバカな日本人のお子様はまず母国語から学びましょうね!まぁもう死んじゃうけどー!?」

 

ルムの言っていることは正しい、今の七惟は右腕の激痛からまともに物事を考えることすら難しい。

 

この状態では高度な演算は行えないし、下手をすれば意識を手放してしまう程だ。

 

何か、何か手はないのか。

 

パンク寸前の脳みそで七惟は必死に考える、ルムの渦を貫く方法は何かないのか。

 

レベル6計画を中止に追い込んだ地割れ攻撃は?

 

やったところで渦を使い自由に行き来が出来るルムにとって何の脅威にもならない。

 

地割れなど起こしたところで安全な位置から攻撃されるのがオチだ。

 

一方通行の反射装甲をぶち破った方法は?

 

使えない、アレはベクトル操作という現象を七惟自身が詳しく理解していたからつけ込む隙があったが、今回の相手は全てが謎のベールで包まれているようなものだ。

 

渦の理論が解明出来ない限り幾何学的距離操作による妨害行為は行えない。

 

上条当麻を呼ぶことは?

 

声は届かない、おそらくアイツも今はヴェントという魔術師相手に死に物狂いで戦っているはずだ。

 

全ての手段が、敗北という終点へと一直線に向かっていくのが分かる。

 

結局のところ自分にあの女を倒せる手段は一つもないのだ。

 

「それでも……!」

 

それでも、此処でこのまま無様に死ぬわけにはいかない。

 

自分の後ろには上条がいる、上条の後ろには彼の友人がいるはずだ。

 

それが今どれだけ化物のような形状を保っていようが奴にとっては友達。

 

七惟だって分かっているのだ、自分がこのまま何もせずにルムに上条へと続く道を開けてはいけないことくらい。

 

上条の友人をこの女に始末させる訳にはいかないのだ。

 

例えあの堕天使と化した上条の友人がこの世に害しか与えないということが分かったとしても、堕天使を消すのはこの女や神の右席ではない。

 

それは友人である上条自身が、ケリをつけなければならないのだ。

 

友情とか、愛情とか、絆とか……そういったものを理解出来ない七惟にだって、それくらいは分かっている。

 

「どっしてそこまで必死に立ち向かうかなー?私にはキミがそこまでする理由が全く理解出来ないぜぇ!」

 

ルムが走り出し一気に七惟との間合いを詰める、七惟は起き上がり必死に振るわれた剣の軌道上から逃れるも、ルムは追撃の手を緩めない。

 

七惟は手当たり次第にそこらへんにある飛ばせそうなモノをルム目掛けて放つが、一つ残らず渦に飲み込まれ逆に四方八方から七惟を襲う牙となる。

 

汗が滲み、足はもつれ出血で意識が朦朧とし始めた七惟相手に容赦のないルムの攻撃が襲いかかった。

 

ルムが足を渦に突っ込んだ、足は七惟の右肩の上あたりから現れて容赦なく肩を踏みつける。

 

骨が砕けそうな勢いで踏みつけられた七惟はうめき声すら上げることが困難になってきた、息が詰まったように苦しくなり視界が霞む。

 

ルムはさらに左手を渦に入れその手は鳩尾を容赦なく殴り飛ばす、今度こそ呼吸が出来なくなった七惟は声もなくコンクリートへと叩きつけられ倒れ込んだ。

 

 

 

勝てない……全ての点でルムが自分を上回っている……。

 

 

 

五和から貰った槍が手から零れ落ちカラカラと転がる、もうモノを握る感覚すら無くなってきた。

 

「キミみたいな人間が居るんだったら日本も捨てたもんじゃないかもねー……まぁ、キミ一人だけかもしれないけどさぁ」

 

急にルムの口調が変わる、今までの挑発的なものではなくまるで哀愁漂う声だ。

 

「私さー、日本が大嫌いなんだよねー。此処の人達って私達東南アジアから来た出稼ぎの人達を奴隷のように扱うじゃーん?私も最初はお金のためだと思って我慢してたんだよねー、背に腹は代えられないっていうのかなー?でも彼らの横暴に最終的には付いていけなくなっちゃった。キミさー、性接待って知ってるー?私それ強要されたんだー、まぁそんなのヤレルわけなくて代わりにソイツらを殺っちゃったんだけどぉ」

 

七惟に向かって負のオーラを吐きだし続けるルム、その顔は何処となく嘲笑的に見えるが七惟はそんなことに気付くわけがない。

 

「それでこんなことする日本人はコイツらだけだと思って他のトコで働いてたんだけど、全く変わらなかったんだー。一つ二つだけじゃなくて10、20もそんなのが続くといくら我慢強い私でも見限っちゃった。そして思ったんだよー、コイツらは、日本人のお金持ちさんは……いんやー、世界の金持ち全員全ては生きている価値がないゴミ虫でクズ野郎だってこと」

 

「ッケ……そんなのが学園都市とどう関係してんだ」

 

「してるよー、キミら学生はド貧乏さんかもしれないけどこの糞みたいな都市を操っている奴らはみーんな金持ちのゴミ虫野郎さんなんですー」

 

「……統括理事会か」

 

「統括理事会は皆そうだねー。今回のこの『界』を圧迫する術式も金にモノ言わせて作った機械、じゃなくて堕落した天使がやってんでしょー?」

 

 

『界』を……圧迫。

 

 

その言葉に七惟は僅かながら反応した。

 

「それにねー、世界各地で私達みたいな弱い立場の人間を奴隷みたいに工場や現場で働かせてるのも科学側なんだよぉ。せっかく第二次世界大戦で植民地から解放されてってんのに今度は資本主義の元、結局名目が変わっただけでまーた同じようになっちゃってるっ」

 

思い出を語るように話すルムだが、その表情から読みとれるのは決して良い思い出はないということくらいだ。

 

「私は思ったわけだ、この世に金持ちが居ると碌なことが起こらなーい。そして金持ちを生み出すのはかーがーくー。だ、か、ら、こうやって侵攻しちゃってるのさー」

 

「飛躍しまくりだな……その論理は」

 

「飛躍してないねぇー、だって私達の国に工場を立てて搾取してる金持ちは全員科学サイドの屑野郎ばっかりだもーん」

 

「そんで?結局お前はそんなつまんねぇ批評を俺に言って何がしてぇんだよ」

 

「別にー。ただ、今から死ぬキミへの些細なプレゼントだと思って貰って構わないなー。まぁ……惜しい人を亡くしたって皆泣いてくれると思うよーん」

 

「はン……生憎俺はそんな善人じゃねぇ」

 

「そーう?ま、キミは私が見てきた日本人の中じゃかなーりマシな部類に入るよー。それじゃあ無駄話もこれ以上しても何だし、そろそろ神様を拝ませてあげるぅ。あれ?日本だと仏様だっけぇ……どうだったかなぁ!?」

 

語尾を荒らげたルムは、先ほどまでの枯れた葉のような表情は何処へ行ったのか、再びギラギラとした目を真っ赤に血走らせてこちらを睨む。

 

本気だ、次に繰り出される攻撃は間違いなく七惟を仕留める威力がある。

 

「ばいばーい!跡形もなくめちゃくちゃにしてやんよぉ!?」

 

空間を掌握した時間操作が行われ、その間に七惟の周辺360度に黒い小型の渦が発生する。

 

これは駅のホームで見た時と同じ業だ、あの時は七惟がルムを可視距離移動砲の弾丸として吹き飛ばしたため何とか防げたが、ルムはその反撃を間違いなく予測しているだろう。

 

じゃあ、今の自分が取るべき行動は?

 

それは先ほどのルムの言葉に隠されているはずだ、魔術師であるルムを時々吐血させている正体不明の力に繋がるあの力が。

 

 

 

考えろ――――『界』を圧迫する力とはいったい何なんだ!?

 

 

 

 

 



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Draw in another world ! -3

 

 

 

 

エッケザックスを持ったルムが迫る、二人の周辺には黒い渦が無数に設置しており、まるで何者かによって見つめられているようで気味が悪い、悪すぎる。

 

ルムは橋を渡った先に居るあの奇妙な天使が『界』を圧迫していると言っている、どういう原理でアレが出現したのかは分からない。

 

しかし、少なくとも学園都市が出現させたものだと言うのならばあの力は間違いなく科学サイドの力によって生み出されたものだ、そこにオカルトや魔術関連の技術やスキルは必要ない。

 

 

 

まさか――――AIM拡散力場か。

 

 

 

七惟がカリーグの資料を目で追っていた時、AIM拡散力場の暴走により巨大な化物が生み出されたという記述を何処かで見たことがある。

 

それは確か御坂美琴の超電磁砲によって消滅したはずだが、もしかしたらあの天使はそれを応用した技術なのかもしれない。

 

つまりAIM拡散力場が干渉しあってあれ程の現象を起こすことが出来たということだ、AIM拡散力場への干渉は能力者であり距離操作能力者である七惟ならば簡単だ。

 

AIM拡散力場への干渉、それは七惟にAIM拡散力場を幾何学的距離操作で引き寄せて関係を濃くしたり、離して関係を薄くすることだ。

 

しかしこのスキルは今まで役に立ったことは少ない、強いて言えば頭の回転が少し早くなるくらいだが同時に別種の距離操作を行うには、この程度の増強では補えないため使ったことは数回しかない。

 

そんなスキルが役に立つとは七惟には到底思えなかった。

 

だが、今はそんなことを言っている場合ではないのは確かだ。

 

数秒もすれば時間操作が解かれ七惟の死角からあの揺れる剣の切っ先が心臓を一突きにするだろう。

あの天使が発するAIM拡散力場の力を七惟が使えるようになれば、ルムの渦を可視距離移動で貫けるかもしれない。

 

推測の域を出ない考えだが、それでも何もしないまま死んでいくよりはマシだ。

 

どうせあと数秒の命というのならば、最後の最後まで―――――。

 

「足掻いてやる!」

 

意を決した七惟はすぐさま距離計算のため演算を始める。

 

幾何学的距離操作は距離操作の中で最も難しいとされる演算だが、七惟はレベル5になってから一度もミスを犯したことなどない。

 

だから失敗するなんて考えてもいなかった、最強の距離操作が計算ミスなど有り得ないと。

 

 

しかしその結果は――――――。

 

 

「ッ!?」

 

AIM拡散力場を引き寄せられない、簡単に言えばアクセスを拒否されたような感じだ。

 

今までこんなことは一度も無かった、可視距離移動でも時間距離操作でも相手から弾かれるようなことは。

 

一方通行を相手にした時ですら計算式そのものは正常に作動したのだ。

 

「ふっふーん!」

 

ルムの声が響き七惟は意識を周囲に向ける。

 

360度全方向に設置された小型の渦、もうルムは準備を終えて今にも時間操作を解きそうだ。

 

このままでは――――。

 

苦虫を噛み殺したかのような表情を浮かべ再度AIM拡散力場へ干渉するも、またしても弾かれる。

 

今まで起こらなかったこのイレギュラーな事態、原因は間違いなくあの天使だろう。

 

「そぉれじゃあ!さようならー!」

 

瞬間空間を掌握した時間操作が解かれ時間が通常のスピードで流れ始める。

 

AIM拡散力場を引き寄せられない以上防御に回るしかないが、この状況でルムの攻撃を防ぐのは不可能に近い。

 

「ッ……くそったれ!」

 

七惟は一か八か、ルム本人を遥か彼方へと転移させた。

 

しかしルムは七惟の行動を予測していたようで、渦に両腕を突っ込む、すると両腕が片方は七惟の前方から、もう片方は死角から襲いかかる。

 

前方の拳は七惟の鳩尾を的確に殴り飛ばし、後方の拳は後頭部を容赦なく殴りつける。

 

前と後ろの急所を的確にとらえられた七惟は一秒踏ん張り切れずに再び崩れ落ちた。

 

例え世界中の何処かにこの女を転移させようと、この渦を使ってどんな距離からでも攻撃が行えるのか……敵の居場所さえ把握してしまえば。

 

途切れ行く思考の中で七惟は思った。

 

この女の戦闘力は、人間を超越してしまっている。

 

七惟の時間距離操作は決して時間そのものを操っているわけではない、対象がある一定の場所に辿りつくまでの動きを早くするか遅くするかしか出来ない。

 

列車で例えれば始発点から到着点までの動作を操る、所謂限定的な操作なのだ。

つまり対象は一つにしか絞れないし、長いスパンの時間は操れない。

 

それに対してこの女は空間を掌握した時間操作、つまり場全体の時間の流れを操る。

 

一人の時間の流れの早い遅いしか操れない七惟とは訳が違う、まるきり別の能力。

 

だいたい時間を操るなんて人間とどう戦えばいいのだ、時間を掌握出来たらそれこそ一方通行や未元物質すら歯が立たない。

 

ルムを倒す術は、ない。

 

「今のは予想の範囲を出なかったねー!ざーんねんでしたぁ!」

 

渦の中から再びルムが現れた、もうその声を聴いて怒ったり悲しんだり、恐怖したり憎む感情も薄れてきた。

 

額から流れ出た真っ赤な血で視界が霞む、視覚以外の感覚が敵の接近を知らせ警鐘を鳴らしてくる。

 

だが視界を奪われてしまっては距離操作能力者はただの木偶の棒だ、滝壺がいない限りそれは七惟とて例外ではない。

 

 

 

 

 

……滝壺。

 

 

 

 

 

七惟の脳裏に、とある日の彼女との会話が過った。

 

 

『なーないは目で見えないと能力が使えないの?』

 

『あぁ、そうだよ。距離操作能力者は視力が奪われるとどうしようもねぇ』

 

『でもなーないは幾何学的距離操作が出来るよ?』

 

『あれはまぁ……でもあれだって大半が目に見える事象だからな、それに幾何学的距離操作なんざほとんど使う機会はねぇよ。お前は全部感覚みたいなもんなのか』

 

『うん、見えなくても私にはある程度分かるから』

 

『感覚……ねぇ』

 

『なーないもやってみて』

 

『気が向いたらな』

 

 

感覚…………。

 

先ほどのAIM拡散力場に対する干渉は目視して行った、結果七惟の能力は弾かれた。

 

「あれれー?もう戦えないのー!?それとももう死んじゃったのかしらー!」

 

真っ赤に染め上げられた視界ではルムが何処にいるのかすら分からない。

 

足音が近づいてくるのだけは耳が捉えた、残された手段は……。

 

 

滝壺の言葉を信用する以外はない。

 

 

賭けに出る。

 

こうなった以上、もう自分が殺されるのは時間の問題だ。

 

ならば、『感覚』でやってみるしかない。

 

目で見える具体的なものではなく……見えない抽象的な事象を、引き寄せる。

 

それに……七惟の能力を理解し、大覇星祭で自分のパートナーを務めた滝壺の言葉ならば、信じてみようと思った。

 

彼女ために、自分の危険すら省みずアイテムに入ったのだ。

 

人生の最後の瞬間くらい自分のちっぽけな考えを捨て、誰かの言葉を信じそれを貫いていいのかもしれない。

 

此処での死を悟った七惟だからこそ、出来る決断だった。

 

ダメもとで幾何学的距離操作を再度行う、今度は目ではなく感覚で……天使の居る世界をこちらに近づけてみせる。

 

座標は捉えない、酸素と火の関係を操作するとも違う……人間の『心の距離』を操る時と同じだ。

 

この世に物質として存在しないモノであるとAIM拡散力場を定義し、自分とAIM拡散力場の距離を『0』にすれば――――!

 

「――――ッ!!??」

 

瞬間、身体を真っ二つに引き裂かれるような痛みに襲われたかと思うと、赤に染められていた視界が信じられない程クリアになり、やがて真っ白に潰されていく。

 

身体の自由が負傷した時以上に効かなくなる、やがて聴覚を始めとした全ての五感の機能が失われ、触覚も、嗅覚も完全に麻痺した。

 

そして、全てが白の世界に埋め尽くされたその時に、七惟の身体に科学では有り得ない現象が起こる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がぁぁあぁぁあぁ!?」

 

七惟理無の様子がおかしい。

 

ルムは七惟の変化を注視していたが、いったいどのような原理でこんなことが起こっているのか見当もつかなかった。

 

先ほどまでルムが痛めつけていた右腕からは血が止めなく流れ続けていたはずだった。

 

だがその右腕の傷は目を疑うかのように塞がれていき、やがて右肩からオレンジ色の火花が舞い上がったかと思うと、背面から橋の先に居る天使と同じような一翼の翼が発現した。

 

その翼は天に向かって伸び、七惟の身長と同じ程度の大きさとなり、風に揺られてさらに光を増す。

 

さらに右腕の手首から下が白く光り始め、この世のものとは思えない幻想的な光を発している。

 

翼は橋の先にいる天使のように一対ではなく、右肩の片方だけだがそれだけでも異常な事態だ。

 

「な……、こ、こ、これはどうしっちゃったわけか……」

 

ルムが驚愕の言葉を言い終わる時間すら、与えられなかった。

 

立ちあがった七惟は、右肩に生えた翼からオレンジ色の光を撒き散らし、人間の脚力とは思えないスピードで一気にルムに接近する。

 

七惟は白く光る右手の拳を突き出した、防御を取ろうとルムは渦を発生させるが七惟の右手はその渦をいとも容易く食い破りルムは驚きの表情を浮かべたが、どうしようもない。

 

「んなぁ!?ど、う、な、ってん―――!?」

 

そこからは一瞬だった。

 

ルムは突進してくる七惟相手にエッケザックスを突きだすが、七惟の顔面に突き刺さる筈の切っ先は目に見えない何かの『壁』のようなモノに弾かれ、金属同士がぶつかる高音が撒き散らされる。

 

七惟はよろめいたルムの手に握られていたエッケザックスの刀身を光る右手でむんずと掴むと、まるでプラスチックで出来たおもちゃの剣のように軽々と半ばからへし折る。

 

懐を守るモノを完全に失ったルムは、目の前に迫った天使が、いや悪夢がその瞼に焼き付けられた。

 

直後七惟の光った右の掌がルムの腹に食い込んだかと思うと、数瞬後には手から衝撃派のようなものが発せられて可視距離移動砲のスピードとは比にならない速度でルムが吹き飛んだ。

 

建物と激突する最中、渦が発生し衝突のダメージは防げていたようだが最初に与えられた衝撃で内臓を破壊してしまったようで、高層ビルの壁にめり込んだルムはぴくりとも動かなかった。

 

何が起こったか分からない、一瞬の出来事。

 

七惟理無本人ですら分からない、非科学の出来事。

 

科学と魔術、二つの世界が回り回って生み出されたのは、この世に存在しない『力』だった。

 

 

 

 

 

 



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Ⅷ章 激突する感情
暗躍の陰-1


 

 

 

 

 

0930事件から数日が経った。

 

未だに事件の爪跡は学園都市に深く刻み込まれている、壊滅状態に陥ったアンチスキルやジャッジメントは部隊の再編が成され敵対する勢力に対しての対策も練り始めた。

 

敵対する勢力とはもちろん『魔術サイド』、そしてローマ正教の『神の右席』だが科学サイドはオカルトの存在を認めていないためこのような抽象的な表現を取っている。

 

学園都市の機能ほぼ全てを麻痺させたあの悪夢のような事件に直接関わっていた七惟理無は今は病院生活を余儀なくされていたが……。

 

「おいコラ。てめぇ俺の身体に何しやがった」

 

「そんな言い方は心外だね?これでも僕は医者なんだよ」

 

「右肩の骨は砕かれてた筈なんだぞ、それが一週間も経たねぇうちに治るなんざどういうことだ」

 

彼はもう既に全快していた。

 

台座のルムとの死闘の末、何とかルムを撃破した七惟だったが彼の右肩は完全に破壊されていたはずだ。

 

七惟自身どうやって自分がルムに勝ったかはよく覚えていないが、少なくともこんな数日で全治するような闘いではなかったはずだ。

 

「まぁキミの友人、上条君なん右肩から下が切断したのに僅か一週間で退院していったよ?」

 

「……アイツは人間かホントに」

 

恐ろしや上条当麻、おそらく今回も自分より軽傷か、遥かに重傷を負っていたとしても先に退院したに違いない。

 

「とにかく、キミはもう完治したんだから安心しいい。流石にまだ激しい運動はお勧めしないけどね?」

 

「言われなくても数日は家に閉じこもっておくぞ」

 

「その前に、せっかくこの病院に来たんだから彼女に会っていくといいよ?最近お見舞いに来ていなかったと思うけどね?」

 

 

 

『彼女』

 

 

 

ミサカ19090号のことだろう、此処最近は忙しくてそれどころではなかったため会えなかった。

 

彼女は七惟にとって最初の友人だが、今となっては何だか友人と言うよりも『妹』と言ったような関係だと思う。

 

家族が居ない七惟にとってミサカ19090号を妹として接するのは家族を欲する彼の欲求の表れかもしれない。

 

「……確かに、な。ありがとよおっさん」

 

「礼を言われるようなことはやってないよ?」

 

七惟はベッドから起き上がると身支度を整えて病室から飛び出した。

 

向かう先は当然、ミサカ19090号が治療を受けている病室だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その怪我、いったいどうしたのですかとミサカは全距離操作の容態が気になり優しげな瞳で問いかけます」

 

「大したことねぇよ。此処の医者のおかげで治った」

 

「明らかに右腕に巻かれた包帯が怪しいのですが、とミサカは問いただします」

 

七惟はミサカ19090号が居る病室へとやってきた。

 

以前のように彼女は全裸で液体の中には浸かっていない、患者に用意された服を身に纏い、ベットに腰かけている。

 

積もる話もあるのだが、生憎ミサカはこれから『検査』があるため時間は10分程度しかなかった。

 

とりあえずは大覇星祭の話を一通り話す。

 

まるで妹に話すような感覚に自然と表情が緩んだ気がした。

 

最初はミサカのことは『友達』だと思っていた。

 

16年間親族0友人0記録の金字塔を打ち立てた七惟だったが、夏にミサカと友達になってからはその記録も遂に終わりを告げた。

 

そして、友達だと思っていたミサカに対する感情も徐々に変化していくのを感じた。

 

入院しているミサカを何度も見舞う内に、友人ではなく……世話のかかる小さな子供を見ているような。

 

要するに世間一般で言われている『妹』として見ているような気がした。

 

生まれた時から身内が存在しない七惟にとって、家族というのは未体験だったし、欲しいとも思ったことはない。

 

だが心の奥底で、やはり求めていたのだろう。

 

家族が欲しい、と思う願望がミサカに接する態度を変えて行った。

 

それはきっと人間に元から備わっている本能が、そうさせたのだろう。

 

「もう時間か」

 

時計を見ればいつの間にか面会の時間は終わっていた。

 

話の最中は終始聞き手に徹するのがミサカだ、彼女は大きな瞳をこちらに向けて頷くのだ。

 

「そうですか、とミサカは残念に思いため息をつきながら答えます」

 

声のトーンを少し下げるミサカ。

 

「また時間が出来たら来るから安心しろ」

 

「はい、その時を心待ちにしていますとミサカは悲しみながら頷きます」

 

ミサカ19090号は他の個体に比べてやはり感情の変化が顕著に現れる。

 

他の妹達ならばこんなにも喜怒哀楽を見せることはあるまい。

 

七惟が病室に入ってきたとは、それは目を大きく開き輝くような笑顔で出迎えた。

 

それが出て行く時はこのように、いつも寂しそうに俯き元気が無くなる。

 

「じゃあな」

 

ミサカが退院出来れば、前のようにあの寮に二人で住むのも悪くないのかもしれない。

 

ミサカが専用の施設へと送られなければの話だが……。

 

病室を出た七惟は荷物を取り纏めようと自分の居た病室へと向かう。

 

とにかく今回の0930事件のせいで疲労困憊だ。

 

入院して幾分か疲れも取れたが、やはり自室で休まなければ気が落ち着かない。

 

それにアイテムへと入った今、何時仕事の電話が入ってくるかも分からないのだ。

 

暗部の仕事は本人の容態や都合などお構いなしに指令される、そこでNoと言えば当然それ相応の制裁が先に待っているので、下手をして自身の身が危険に陥ること程間抜けな事も無い。

 

幸い入院している最中に暗部からの電話はなかったため、一安心といったところ。

 

隣の塔に移動し、さて昼食を取ってから行動するかと思ったその矢先に携帯が鳴った。

 

「あ、七惟さん。こんにちは、五和です」

 

「五和……?」

 

暗部の電話かもしれないと身構えて通話ボタンを押した七惟を待っていたのは、仲間である五和からのまさかの電話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五和からかかってきた電話の内容を纏めるとこうだ。

 

自分達天草式は今日本に来ている。

 

普段天草式は日本と時差が何十時間もある遠く離れたイギリスで活動しているため、こんな極東の地にまで来られることは稀だそうだ。

 

学園都市には来れないものの、『あの人』の近くにこれたということで、せっかくだからプレゼントの一つでも買って贈りたいとのこと。

 

あの人とは言うまでも無く上条当麻である。

 

クラスの女子だけでは飽き足らず女子中学生に手を出し、異国の地のシスターにもフラグを立て、それだけに留まらず日本から万キロと離れたイタリアのシスターにも、そして科学と敵対する勢力の天草式にまでその触手を伸ばした男。

 

まぁ、そんな男の敵である上条当麻は女からは大人気である、見た通り。

 

そんな熾烈な恋人争いに、名乗りを上げた五和は上条の気を引くため日夜頑張っているようだ。

 

インデックスやオリジナルと違って常に近くに居ることが出来ないのでかなり分が悪い、そのため『贈り物』作戦で最近はアピールしている。

 

だが、イタリアで彼女が上条に贈ったプレゼントの結末を一字一句違えずに伝えると……。

 

「そ、そう、なんですか」

 

「だから酒造パスタがいいって言っただろ、お前も美味い美味いって食ってたじゃねぇか」

 

「そ、そんなことはありませんよ!」

 

「そういうことにしといてやる」

 

このように電話越しでも分かる程メンタルダメージを受けている様子。

 

これは話が長くなりそうだと思い、七惟は病院の通路から外に出られる窓辺の扉を開く。

 

外は見事なまでの晴天で、空が誰かの代わりに退院お祝いをしているようだった。

 

「で、でも猫に付けてくれるんだったら気に入ってくれたってことですよね」

 

「どんだけポジティブ思考なんだお前は。むしろ付けたくないから猫に付けたんじゃねぇのか」

 

「うッ……あ、相変わらずオブラートに包まない人ですね七惟さんは」

 

「お前だって俺に毒吐いてるだろ」

 

「そ、それは……。そ、そんなことより!前回失敗したとなれば、今回は絶対に失敗出来ません!ご当地グッズもいいかもしれないですけど、もっと良いモノもあると思うんです」

 

「良いモノ、ねぇ」

 

それを俺に聞いてどうするんだか。

 

七惟はこの16年間恋愛沙汰とは完璧に無縁な生活を送っていた、それはもう喋った女性は両手で足りる程の人数だ。

 

なのでそういった恋する乙女の気持ちなんて到底理解出来ないし、プレゼントも何もどんなモノで男が喜ぶなんて考えたことも無い。

 

ミサカに髪飾りを贈った時は死ぬほど考えた結果、自分が選んだら何でもいいだろうという結論に至り、結局はうやむやになってしまった。

 

「上条に直接聞けばいいだろ、どんなモノがいいですかって」

 

「だ、駄目に決まってるじゃないですか!は、ははは、恥ずかしくてそんなこと出来る訳ありません!だから七惟さんはコミュ障とか友達0人とか……」

 

「うっさい」

 

「そもそも七惟さんはあの人の隣に住んでいるんですから、好きなモノとか……そ、その。好きなタイプの人とか知らないんですか?」

 

どうも五和は上条のこととなると、いつも以上に本性というか、素が出てしまう気がする。

 

イタリアの店で買い物をした時も、彼女のせいで店を何件も梯子してしまうハメになってしまった。

 

俗に言うウィンドウズショッピングである、店員達の視線が突き刺さるように背中に向けられていたのはきっと気のせいではあるまい。

 

「俺がそんな恋愛話をあのサボテンとするように見えるか?」

 

「言われてみれば……そうですけど」

 

「ったく……まぁ、年上がいいとか何とかは言ってた気はする」

 

「と、年上ですか」

 

「あぁ、寮監とかな」

 

「流石に年齢は……どうしようも」

 

「……大人しく諦めろ」

 

 

 

あ。

 

 

 

しまった、つい本音が。

 

 

 

言ってはいけない言葉に激怒したのか、五和はその後更に声を張り上げあーだこーだと七惟に悪態をつき続ける。

 

とてもじゃないが終わりそうにない電話に、七惟は受話器を耳から離して半目になりながら応対をしていた。

 

 

 

 

 



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暗躍の陰-2

 

 

 

 

学園都市南ゲートから数キロメートル南下した住宅地にある小さな教会。

 

そこはかつて法の書を巡って上条当麻・天草式・アニェーゼ部隊が闘いを広げた場所でもあったし、七惟理無が天草式の三人と戦った場所でもある。

 

今ではその時の爪跡もすっかりと消えさり普段通りの小さな町の教会として淡々と時を過ごしていたはずだった。

 

「それで?あの女は今回は学園都市レベル5の七惟理無と聖人の神裂を戦わせてどうするつもりなんだ?」

 

「さぁ、俺は知らないぜ。ただ学園都市のお偉いさんとローラが裏で何か企んでやがるってことくらいか」

 

今その場所にはアロハシャツを着こみ、金髪にサングラスと完全に場違いである男と、とても14歳には見えない神父、いや神父にすら見えない男の二人が佇んでいる。

 

名前はそれぞれグラサンが土御門元春、14歳のヘビースモーカーがステイル・マグヌス。

 

今回ステイルはイギリス正教側から派遣され、対する土御門は学園都市から派遣された。

 

二人がそれぞれの雇い主から言われた言葉は同じ、『超能力者と聖人を戦わせろ』というものだった。

 

比較的に友好関係にある両者がこの時期に、このタイミングでこんなわけのわからない指令を出す理由がステイルは思いつかない。

 

「学園都市側が超能力者がどれ程聖人に通じるのか知りたい、っていうわけじゃないだろうぜ」

 

土御門は今回の件、何か裏があると睨んでいる。

 

0930事件のあの日、天使化したのは一方通行だけではなかった。

 

七惟理無は身体の一部のみだが自身の意思を持ってあの力を引きよせ、台座のルムを見事撃破してみせたのだ。

 

おそらくはアレイスターがローラに『そちら側の専門性が高い戦士がいる、力を測って欲しい』などと抜かしたのだろう。

 

学園都市だけでなくイギリス正教側としても科学の力を用いて生み出された天使の実力がどれ程の物なのか知りたいはずだ、結果ローラはその案に乗ったと。

 

案の定二人には『片方でも命を絶つ危険性があるのならば止めろ』とも言われている。

 

「キミはあの二人を戦わせるのには賛成なのか?僕は悪いが乗り気じゃない」

 

「……そりゃあ俺だって同じですたい。ただにゃー」

 

「ただ……?」

 

「ななたんの能力には理事会の計画を突き止める何かがあるはずだ、ヒント……それどころじゃ収まらない程の代物がな」

 

土御門元治個人としてはやはり同じクラスメイトである七惟理無と、同業者で何度も一緒に戦ってきた仲間である神裂を戦わせるなんて気が進まない。

 

しかし、多角スパイ……そしてグループの一員の『土御門元春』ならばそんな甘い考えは即座に捨てた、何が何でも二人を限界まで戦わせてみるべきだ。

 

「しかし神裂と七惟……勝負になるのか?神裂はただの魔術師じゃない、『聖人』なんだぞ」

 

そう、神裂香織は世界に20人といない聖人で、その一人あたりの戦闘能力は科学サイドの核兵器に値する。

 

対して七惟理無はこちらも学園都市が誇るレベル5、たった八人しかいない超能力者の一人だがその戦闘力は科学サイドの一個師団にしか相当しない。

 

二人の闘いの結末は誰でも分かる、おそらく神裂の圧勝に終わるだろう。

 

元々聖人とまともに戦えるレベル5は学園都市に二人……一方通行と未元物質の二人だ。

 

まぁこの二人ならば聖人すら凌駕するかもしれない力を秘めているかもしれないが。

 

「それを分かって尚戦わせるんだろうぜい?あの男はそれだけの力を秘めているはずだ」

 

「……まぁ仕方ない、キミの言葉を信じてそういうことにしておこう。しかしどうやって七惟理無を誘き出すんだ」

 

「奴が所属する暗部組織に命令を送ってもらう」

 

「それだけじゃ弱いな。奴はそうほいほいと罠に乗ってくるような馬鹿じゃない、何処かのツンツン頭と違ってね」

 

「分かってるぜい、そんなことは。そこで……コイツらを使う」

 

「コイツら……?」

 

土御門は懐から写真を取りだした。

 

「……天草式か」

 

その写真に乗っていたのは立宮を始めとする天草式のメンバーだった。

 

「なるほど、七惟は天草式とこの場所で一度戦っている……誘き出すには十分すぎる条件が揃っているわけか」

 

「そういうことだ。ななたんや天草式、ねーちんには悪いが此処は俺達の手の上で踊って貰う」

 

「あくどい奴だ、流石にそんなことは出来ないね」

 

「手段を選んでいる場合じゃないってのもある。いつイギリス正教と学園都市がローマ正教に戦争を吹っかけられるか分かったもんじゃないんでな」

 

「確かに……此処で七惟の力がどれ程のモノか分かれば、こちらが取る戦略も変わってくる」

 

「だが問題もある」

 

「問題……?」

 

怪訝そうな表情でステイルが返す。

 

「問題……それはねーちんと台座のルムの実力の強弱が分からないことだ」

 

 

 

 

 

『台座のルム』

 

 

 

 

 

神の右席の『台座』を務めていた女で、0930事件以後は行方を暗ましているが噂によるとアックアに回収されたとのことだった。

 

その実力は人間離れしていたの一言に尽きるが、神裂も同じく人間離れした聖人なのだ。

 

二人は直接戦ったこともないし、どちらが強いのかよく把握できていない。

 

操る術式を考えてみれば圧倒的にルムのほうが強いが身体能力の面で考えると断然神裂に分がある。

 

測る指針となる聖人の強さが、『神の右席』の強さと比べてどれ程の位置にいるのかが大きな問題なのだ。

 

「確かに……もし台座のルムより神裂のほうが劣っているとなると、奴がルムを倒した時と同じ状態になれば瞬殺されてしまうというわけか」

 

「そうだにゃー。そうなっちまえばもう測るも何もあったもんじゃない」

 

「しかしこればかりは直接二人をぶつかり合わせる以外は確認の方法がないな」

 

「強いことを祈るばかりだがな」

 

「そう言えば神裂にはどう説明するつもりだ?仮にもあの男はアドリア海で天草式と共闘しているんだぞ」

 

「そっちのほうは既に解決してる」

 

「どういうことだ……?」

 

「五和を使う」

 

「五和……?」

 

呑みこめないステイルに対して土御門はふっと口端を釣りあげた。

 

聖人と半天使化した能力者の闘い、これを逃せばこんな情報は二度と入ってこないだろう。

 

ならば徹底的に二人を戦わせ、アレイスターのプランを暴く足場にしなければならない。

 

例え七惟と神裂がどれ程互いを傷つけ合おうと、この方法を捨てるわけにはいかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

0930事件。

 

 

 

 

 

それは学園都市にとっても、七惟にとっても大きな転換期だったと言える。

 

今までもこれからも、きっとその事実は七惟を大きく変えて行くだろう。

 

彼を取り巻く環境でまず変わったことが一つあった、それは。

 

『統括理事会の判断により七惟理無が大能力者降格を無効とし、再び超能力者第8位とする』

 

という通達が彼に届いた。

 

家で封筒を開けた彼は興味なさそうにそれをぽいっとゴミ箱に捨て、不貞寝する。

 

どうせ奴らは研究時に発生する利益・学園都市にもたらす利益を考えてこの順位を設定するのだ。

 

おそらくは0930事件で台座のルムを撃退した七惟を称賛し、再び超能力者レベル5として扱おうという声がお偉いさんから上がったのだろう。

 

まぁだからと言ってなんだ、という感じだ。

 

今までもこれからも七惟理無本人が学園都市の設定するレベルというものに左右されていくことはない。

 

七惟が溜まっていたパソコンメールを整理していると、携帯電話が鳴った。

 

開いてみるとそこに表示されていた名前は『絹旗最愛』、彼は一息ふぅとため息をつき冷静にそのディスプレイを指でなぞり、電源ボタンを静かに押した。

 

が、数秒後にはまた再び煩くなり始める携帯についに折れ、結局通話ボタンを押してしまう。

 

「なんだ糞餓鬼」

 

「開口一番にそれとは相変わらず超ムカつく奴ですね……」

 

「じゃあ水平線でいいか」

 

「超殺しますよ七惟」

 

相手からは怒り以外の何者でもないモノが発散されているのが電話越しでも分かる、相当怒っているようだが七惟とて彼女に対して今ではもう好意的ではない。

 

絹旗は七惟を出しぬき、アイテムに強制加入させるために麦野と共に滝壺を人質にしたのだ。

 

それがいくら何十時間も一緒にこの家で過ごしてきた少女だろうと怒りが治まるわけがない、七惟は未だに絹旗に対して疑念と怒りを抱いている。

 

またコイツは何かがあったときに麦野と同じようなことをしでかすんじゃないかと。

 

「とにかく、上のほうから命令が来ました。南部ゲートポイントD?28に来いとのことです」

 

早速、か。

 

アイテムの仕事は七惟が所属している下位組織とは違い、扱う仕事はかなりのリスクを伴うものだ。

 

『殺す』ことが必須となってくる仕事なんて山ほどある、今から覚悟しておかなければ精神的に参ってしまうだろう。

 

「南部ゲートってことは外で仕事すんのか?」

 

「さぁ、私は詳しいことは超知りませんから。そのポイントには案内人がいるらしくそこから先は任せてあるだそうです」

 

「お前もひっついてくんのかよ」

 

「仕方がないでしょう、私だって七惟と何か超一緒にいたくないですけどね」

 

「そうかい、なら別に無理して出てくんじゃねぇ」

 

「そうしたいのは超山々なんですけど麦野が黙ってないですから」

 

「ハッ……また自分の命惜しさに行動かよ」

 

「……とにかく、そのポイントで私も超待ってるんで」

 

そう言って絹旗は通話を切った。

 

麦野……ね。

 

どうせあの女から今回も命令されているのだろう、そして反逆したらどうなるか分かっているかと釘を刺されているはずだ。

 

そして絹旗は逆らわずにその命令に素直に首を縦に振ったと……。

 

「……何を苛々してんだか」

 

こんなこと暗部では日常茶飯事のことだ、役に立たない駒は上が消す。

 

麦野はよく郊外にあるゴミ処理場の分解機で逆らったり寝返った仲間たちを処分している。

 

七惟はそれを知っているし絹旗だってそうだろう、だからそれが怖くて麦野に従っている。

 

何処の組織でも行われているような日常に何故自分は苛立っている?

 

前居たカリーグの上位組織でも同じようなことが何度もあったではないか、その度に腹を立てることなど一度も無かったのに……。

 

「はン……まぁいい」

 

何時まで考えてもこのもやもやは晴れそうにないと判断した七惟は着替えを済ませ外へと飛び出す。

 

向かう先は南部ゲート、学園都市と外の世界との出入り口だ。

 

 

 

 

 

 



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一騎当千-1






南部ゲートにやってきた七惟は周囲を見渡すも、そこに案内人らしい人物など誰もいなかった。

バイクを駐輪場に止めて、関所のような役割を果たしている南部ゲートを見つめる。

此処から先は日本という世界が広がっている、それは完全に学園都市の世界とは別物の世界。

扱う言語、標識、変わらないものも多いが全く別物となっているものがある……それは『常識』だ。

こちらの常識とあちらの常識、それはもう20年程違う。

今思えば自分を取り巻く環境なんてえらく小さなものだと思う、学園都市……いくら科学の頂点に立つ都市だと言っても所詮人口は250万。

世界の総人口の何千分の1だろうか。

そんな小さな世界が魔術サイドという大きな世界と喧嘩をして勝てるわけがない。



「あ、居ましたね超七惟」

「糞餓鬼、遅かったじゃねぇか」

「もう糞餓鬼を訂正しろとは言いませんがいずれ目にモノ見せてやりますよ」



絹旗はいつも通りの服装に、すれすれで見えそうで見えない超ミニスカートを穿いている。

しかしこれはどう見ても戦闘用の服装ではない……今回はそういった類ではないのか。



「それより案内人は居ましたか?」

「あぁ?いねぇよ。お前が連れて来るんじゃねぇのか」

「おかしいですね、南部ゲートで待ち合わせていると上が言っていたのですが」



しかし辺りを見渡しても誰も居ない……夕暮れ時というのも相まって、今この場にいるのは七惟と絹旗、そして南部ゲートを管理しているアンチスキルだけだ。

まさか『外れ』なのか?

アイテムもそんな情報に騙されるなんて地に落ちたもんだ……とため息をつく七惟の肩を誰かが突いた。



「案内人……それは私のことだけど?」

「……超何処から出てきたんですか」



絹旗が警戒心を強めた声を上げる、七惟も緊張した面持ちでそちらに振り返ってみると。

そこにはついこないだ出会った一人の少女が立っていた。



「結標……お前が案内人か」

「えぇ。それよりも結局貴方、アイテムに入ったのね。上はそのことでもちきりよ」

「好きで入ったんじゃねぇよ、仕方なしだ」

「そぅ、カリーグだったかしら貴方の組織。もうとっくにばれてるのに何もお咎めは無し?」

「まぁな。あちらにもそれなりの事情があんじゃねぇのか、連中保身に走ることにかけたら右に出る奴はいねぇくらい腰抜けだ」



七惟が組織しているカリーグに間違いなく情報は流れているはずだが、それでも向こうは相変わらず何も言ってこない。

届いてくるメールには『上条当麻の監視』以外何も記載されてはいなかった。



「それより貴方の隣に居る子供は?貴方妹がいたの?」

「だ、誰が妹ですか!?超失礼な奴ですね!」

「ふぅん……じゃあ貴方の彼女だったりするのかしら?」

「なんでこんな人類史上超最悪な奴とそんな関係にならなきゃいけないんですか!」



含み笑いをもらしながら結標は絹旗を見つめ、おちょくっている。

完全に子供扱いされている絹旗は眉間に青筋をぴきぴきと立てているが、結標は構うこと無く話を続けた。



「本題だけど、今回私が案内させて貰うのは神奈川県の北部にある教会……そのポイント以外は何も言われていない」

「教会……か」

「心当たりは?」

「ありすぎて困んだよ、特に今回はアイテムが命令主だからな。間違いなく理事会の思惑が隠れてる」

「そうね、おそらく命の保証は出来ないわ」



神奈川県の北部にある教会……あそこだろう。

七惟と縁のある教会など天草式と戦ったあの場所以外は考えられない。



「準備は良い?私としてもこの仕事はさっさと終わらせたいし」

「次の仕事が控えてんのか?」

「そうなるわね、私も暇じゃないのよ」

「気をつけろよ。お前がレムナント運んでた時と今じゃ全てが違う……何処で殺されるかわかったもんじゃねぇ」

「あら?心配してくれるなんて思っても無かったわ。悪いモノでも食べたの?」

「はン、お前が前注意してくれた時と理由は同じだ馬鹿。目覚めがわりぃことは勘弁なんだよ」

「そう……」



ふっと笑う結標、無理に笑顔を作っているようで、その笑みには幾分か疲れが見える。

この女が現在、いったいどんなことをして何を理由に暗部に身を置き行動しているのか一切七惟は知らない。

だが、その表情からは何か追い詰められたような、切羽詰まった状況に今結標は遭遇しているのだということだけは分かった。



「じゃあ頼む」

「ちょ、ちょっと超待ってくださいよ!私も行きますから!」



突っ込む機会を覗っていたのか絹旗が口をはさむ。

確かコイツは麦野から七惟の監視を命令されているはずだ、まぁついてくるのは当然だろう。

しかし……。



「ダメよ。案内するのは七惟理無一人としか言われていない。貴方は含まれていないの、わかった?」

「で、でもですね!私は七惟を超監視しろという命令を上から受けているのであって!」

「その意向は私は受け取っていない。残念ながら諦めなさい」



尚も食い下がるような素振りを見せる絹旗に対し、結標は懐から軍用ライトを取り出し手で弄び始める。

絹旗は七惟が一目置く相手と自分との間に決定的な戦力差を感じたのか、追及の手を止めた。



「……ッ、仕方がないですね」

「うん、賢い判断ね。子供にしては頭が回るじゃない」



結標は絹旗の相手を終えこちらに向き直る。

まぁもし絹旗が何が何でもついて行くと言えばおそらく実力行使で結標は黙らせていだろう。

少なくとも絹旗が頑張ってどうにかなるような相手ではない、この結標淡希は。



「それじゃ、また何処かで。縁があったらね」

「……あぁ」



行きはよいよい、帰りは地獄。

まぁ帰りがあるのかどうかすら……定かではない、か。

七惟は結標の能力によって学園都市の外へと飛ばされる……向かった先は五和と初めて出会ったあの教会。

いったい何が自分を待ち構えているのか……想像も出来なかった。








 

 

 

七惟が結標によって飛ばされた先は天草式と戦ったあの教会へと通じる公道だった。

 

流石に結標と言えど、学園都市の南部ゲートから教会へと直接七惟を転移させることは出来ないので、転移後に送られてきたメールで仕事の内容と教会の位置を確認する。

 

場所はやはりあの教会であり、今回依頼主が既に現場に来ており、詳しくは本人に尋ねてくれとのこと。

 

既にこの時点で怪しい感じがするが、つべこべ言っていられない。

 

地図に示された場所へと向かい、教会へと足を踏み入れる。

 

今考えればまだ1カ月前の出来ごとだというのに、もう随分昔に感じる。

 

此処で命の削り合いをしたかと思えば、上条オルソラを救出するため彼らと共闘してローマ正教を倒したりと、短い期間で色んなことがあり過ぎだ。

 

そして天草式の一人である五和とは二度も命のやり取りをしたというのに、今では彼女の槍を手にとって闘っている。

 

台座のルムと戦った時もそうだったし、もう七惟にとってこの槍は必需品となってしまっていた。

 

「誰も……いない、か」

 

周囲を見渡しても人がいるような気配は一切感じられない。

 

天草式との戦闘の時と同じように何処かに隠れている可能性も否めない、警戒心を高める。

 

そもそも今回のターゲットはいったいどんな組織なんだ?ローマ正教か?それとも別の組織か?見当もつかなかった。

 

七惟が一通り屋内を見渡し、外を探そうと扉を開けると、真後ろで何やら金属と金属がぶつかり合うような高い音が響いた。

 

屋内からではないと判断した七惟はさらに歩を進めて教会の一番高い位置にある十字架へと目を向けると……。

 

 

 

 

 

「……出来れば、貴方とはこんなことはしたくはなかったのですが」

 

 

 

 

 

そこに居たのはあの巨人を操る魔術師と行動を共にしていた刀を持った女……。

 

見るのは二回目で名前も知らないが、少なくとも上条とは何かしらの交流を持っているはずだ。

 

となれば此処から先はこの女と一緒に行動するというわけか?

 

 

 

しかし……。

 

 

 

 

「仲間を傷つけられて黙っている程私も寛大ではありません」

 

「……あン?」

 

その只ならぬ言い方に七惟は身を構えた。

 

どうやらアイテムから事前に貰っていた情報や、今まで自分が考えていたことはどうやら間違いであるらしい。

 

暗部から1年抜けていた七惟と言えど、これだけ敵意を向けられれば気付かずにはいられない。

 

「大人しく処刑塔へと一緒に来るか……もしくは、此処で私に昏睡させられてから来るか。どちらか好きな方を選んでください」

 

「……さっきから何言ってやがるてめぇ」

 

「貴方こそ、よくもまぁ私の前に堂々と現れたものです。罠だとは思わなかったのですか?」

 

「罠……?」

 

「今回、貴方の友人でもある『土御門元春』を騙し偽の情報をこちらで流させてもらったんですよ」

 

「……へぇ」

 

アイツを騙した、ねぇ。

 

やはりあの男、暗部の人間だったか。

 

「貴方が天草式とキオッジアで共闘したというのは私も知っています。だからこそ、私は最初は信じたくなかったんです」

 

「何をだよ」

 

「貴方が五和を拷問にかけ、精神を崩壊させるような廃人へと追いやったという事実を」

 

「……んだと?」

 

 

 

五和が……廃人?

 

 

 

そしてこの女の言い分だとそれは七惟が行ったと言うことだ。

 

だがそんなことをはいそうですか、と七惟が頷く訳が無い。

 

彼は今朝退院する時に五和と電話で会話したばかりだし、その時だって彼女は上条のことを馬鹿みたいに熱く語っていたのだ。

 

それを知っている当人からすれば、僅かこの数時間で、しかも一カ月以上前の能力の後遺症など馬鹿らしくて信じられない。

 

七惟自身はキオッジアで別れてから五和と直接は会っていなし、そもそもあの時から彼女は元気で七惟が行った『拷問』の後遺症など全く残っていなかった。

 

あれから五和に再び精神拷問をかける機会など、七惟にあったわけもなし。

 

「彼女に変化が出たのは一週間前、貴方と五和が上条当麻を二人きりで待っていたという情報も入っています。その時に何か……科学側の力でやったのでしょう?貴方はこの教会でも面妖な力で五和を拷問にかけていたみたいですね。今では面会すら出来ないような状態なんです」

 

「…………ソイツは大変だな」

 

「しかし科学的な事象故に私達では彼女を助けることが出来ない、よって当事者である貴方をロンドンまで連行することになったのです」

 

「はン……そういうことかよ」

 

結局この女の話を纏めるとこういうことか。

 

五和が倒れた、それは七惟と二人きりの時に七惟が手をかけたと。

 

そしてコイツはその五和が所属する天草式の上司か何かだ、五和の治療・並びに容疑者としてロンドンまで連れて行く。

 

如何なる手段をもってしても……こんなところか。

 

だが七惟には何も身に覚えがないことだ、確かにキオッジアで五和と二人きりで上条へプレゼントを贈るため買い物に出ていたのは事実だが、その時に『幾何学的距離操作』で『精神距離』を弄くった記憶など一切ない。

 

それを言葉にしてこの女に伝えようとしても無理だろう、そんなことが分からないくらい間抜けではないつもりだ。

 

どうせハナからこちらのことを犯人として決めつけている、聞く耳などもたないだろう。

 

そもそもこちら側とあちら側は元々は敵同士なのだ、敵の話など右から左か。

 

七惟も学生寮で会った時からこの女のことは胡散臭いと感じていただけに、奴の言うことを信じるつもりはない。

 

「んなの決まってんな……答えは『両方断る』」

 

「……言っておきますが私は『聖人』です。貴方がいくら学園都市の誇るレベル5だとしても、私には絶対に勝てません」

 

「へぇ、その根拠は」

 

「私はそちらの世界では核弾頭に匹敵しますが、貴方は高々一個師団に相当する程度です」

 

「…………!」

 

『聖人』

 

初めて聞く単語だがおそらくこの女の力は並みではない。

 

それは最初対峙した時からある程度把握はしていたが、実際その喩えを核弾頭にされると流石に七惟とて動揺は隠せなかった。

 

少なくとも七惟は同じレベル5の中でも最弱だ、一方通行にはもちろん未元物質、超電磁砲、原子崩し誰ひとりとして勝てる要素はない。

 

そんな奴が核弾頭に匹敵する敵、要するに学園都市で例えるならば第二位の未元物質に喧嘩を売ったところで勝てる要素はないだろう。

 

要するに戦う前から結果は見えている……が、此処で大人しくこの女にロンドンに連れられても無事に帰還出来るという補償もないし、疑いが晴れる可能性も低い。

 

挙句科学側の貴重なサンプルとして解剖や拷問だってそれこそ有り得るのだ。

 

「それでも、戦いますか?」

 

「…………」

 

確かに、今までの七惟ならばこの女に勝てる要素はないとすぐさま計算し、別の方法で解決の道を探すだろう。

 

例えば天草式と繋がっている上条当麻に連絡を取り疑いを晴らしてもらう……などと言った感じだ。

 

しかし今の条件ではこの女はそんなことを待っていてくれるとも思えない、つまり戦うしかないということだ。

 

戦う……元より勝機のない戦闘には全く手を出さない七惟だが今回は若干いつもと違った。

 

それは『台座のルム』と戦闘を経てから変わったものだ。

 

『台座のルム』

 

おそらく奴は魔術師の中でも最上級クラスの実力の持ち主だ、今まで様々な魔術師を見てきたがそれだけは間違いない。

 

そしてこの女は『核弾頭』レベル……どちらが上かは分からないが、少なくともこの対峙した瞬間の威圧感・殺気・内に秘める爆発力は『台座のルム』のほうが上だ。

 

だが上程度ということは七惟がどれだけ頑張ってもこの女に勝てることはない、七惟と『台座のルム』の実力差はそれこそ天と地ほどあったのだ。

 

だからと言って戦うのを諦めたつもりはない、少なくともあのような意味不明な『渦』の術式や一方通行の反射、未元物質の質量変換のような反則的要素さえなければ……勝機はある。

 

それこそ『殺す』つもりでいったならばの話だが。

 

実は七惟、どうやってルムを倒したのか覚えておらずAIM拡散力場を引きよせてから以降の記憶が飛んでいる。

 

まぁどちらにせよAIM拡散力場が薄いこの場ではあの方法は使えない、自力で何とかするしかないだろう。

 

「そうだな……てめぇが諦めてくれんなら戦わずに済むな」

 

「……交渉は決裂ですね。私としてもあの少年の友人である貴方とこんなことはしたくなかったのですが、仕方がありません……参ります!」

 

その瞬間、女が地上8Mはあるであろう教会のてっぺんから飛び降りた。

 

 

 

 



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一騎当千-2

 

 

 

 

 

満月を背景に、まるで時代劇の演出を思わせる一コマ。

 

女は高さがゆうに8Mあると思われる教会の屋根から飛び上がり、闇夜に光る満月を背中にしてこちらに向かって飛びかかってきた。

 

それと同時に、人間が軸足で地面を蹴ったとは思えないような音が鳴り響く。

 

普通なら自殺行為と判断するのが妥当だ。

 

しかしルムを見て魔術関連の連中がどんな不思議現象でも巻き起こすと理解した七惟からすればどうということはない、女目掛けてすぐさま可視距離移動砲を発射する。

 

「甘い!」

 

「ッ!?」

 

弾丸となった大木が女を襲うが、手から伸びたワイヤーのような物体で大木は真っ二つになる。

 

その割れたスキマから女が飛び出し、異様に長い剣をこちらに向けて振るう。

 

「…………ッ!わりぃがそんな手加減された切っ先で俺は倒せねぇなぁ!」

 

七惟は身体を捻りその切っ先を交わし、追撃の蹴りを先ほど真っ二つになった大木を転移させやり過ごす。

 

今のは間違いなく剣ではなく蹴りでこちらを仕留めようとしていた、要するにこの女は元からこちらを殺すつもりなく昏倒させてしまおうというハラか。

 

ルムと殺し合いをした身からすれば生ぬるいものだ。

 

「こっちはてめぇを殺すつもりでやんぞ!」

 

『殺す』

 

確かに恐れた、必要以上に。

 

そして誰ももう殺したくは無いと思った。

 

あんな恐ろしい思いを、今まで自分は振りまいていたのだと自覚した時は手が震えた。

 

しかし、今回は相手がその『死』をこちらに与えてきている。

 

ならば、遠慮する必要など、ない。

 

死をこちらに与えるというのならば、こちらも死を持って徹底的に殲滅するまで。

 

七惟は転移攻撃を行い女の土手っぱらあたりに瓦礫を発現させる。

 

「私のスピードの前では貴方の能力は意味がありませんッ」

 

女は人間とは思えない脚力で一気に加速し七惟の視界から消える。

 

なるほど、核弾頭と言うだけあって確かに人間レベルではない。

 

その一つ一つの動きが、人間の身体では負荷がかかりすぎて実現不可能なことばかりだ。

 

七惟は女が死角に回りこんだのを察知し、先ほどと同様に大木を背後に転移させ攻撃をやり過ごそうとするが……。

 

「七閃!」

 

凄まじいスピードでワイヤーが放たれる、それらは七惟が知覚出来るものではなく常人ならば問答無用で身体を貫かれるだろう。

 

が、七惟は常人ではない。

 

ルムとの闘いの末、七惟はある一つの防御手段を思いついた。

 

それは自身をグラフの原点と考えて能力を行使する距離操作能力者特有の防御手段。

 

点と点を結び、壁を作る――――それが二次元から三次元になっても同じこと。

X、Y、Z軸をそれぞれ定め空間を把握し、線を作って壁を作る。

 

自身の等身大の大きさ、そして多面的に壁を作り出せないことが弱点であるが、それを余りある防御を可能とする。

 

目には見えない防御の壁、それとワイヤーが激突し耳を劈くような高周波が周りに撒き散らされるも、二人は動くことを止めない。

 

今度は容赦なく振るわれた刀を、七惟は五和から受け取った槍で交わし、逆に攻撃に出る。

 

女はそれをまるで始めから分かっていたかのように見切り、今度は至近距離から七閃と呼ばれるワイヤーを打ち出す。

 

これも壁に阻まれる、七惟は複数のターゲットをロックオンしそれらを可視距離移動で女の行く手を阻むように打ち出した。

 

だがそれでも女はこちらの想像を上回るスピードで移動し、女の思考を先読みして放った一撃も剣で解体されてしまう。

 

粉塵が舞い上がり、粉々になった木々の残骸が視界を覆い尽くす。

 

七惟からすれば、全く自分の攻撃が通じずに焦っている……というこもなかった。

 

やはりこの女、ルムのような摩訶不思議現象を起こすことはない。

 

確かにその力とスピードは人間の常識とは遥かにかけ離れており、ルムと戦う前の七惟ならば瞬殺されていただろう。

 

しかし『壁』を作ることが出来るようになった七惟は死角からの攻撃や人間の身体能力で対応出来ない攻撃は処理出来るし、知覚出来ないスピードだろうが行く手を阻めば近寄れない、

 

どれだけ力があろうが目に見えない壁を物理的に切断することも不可能だ。

 

勝てる……かもしれない。

 

「戦っている最中に考え事ですか!」

 

「ッ!」

 

女がフェイントを刻みこちらに近づく、設定した壁の横をすり抜けてきたため一瞬反応が遅れるも何とか槍でその一撃を押さえつける。

 

「言っておきますが私の腕力は人間のそれとはかけ離れていますよ」

 

女がぐっと力を込めて思い切り七惟を押し出す、まるで一方通行のベクトル変換のように生み出された膨大な力に七惟は槍ごと吹き飛ばされる。

 

「いったいどんな肉体構造してやがんだよ……!」

 

すぐに態勢を立て直そうと動くも既に女はこちらに向かって飛び出している、七惟は行く手を阻むように壁を生み出すも女は既にこちらの壁の性質を見切ったのか的確に壁を交わす、七惟もやられるものかとその避ける先を計算しガラス片を転移させるが、女はそれも予想していたようで上に跳躍し交わす。

 

が、七惟はそこで終わらずに今度は跳躍した女の死角に大木を可視距離移動で打ちだした。

 

女はそれすら見切っていたようだが、刀で真っ二つにされる瞬間に大木の絶対等速を殺さずに反対側に出現させる。

 

反応が遅れた女は時速300kmの絶対等速状態の大木を正面からくらい教会の壁へとめり込んだ。

 

「はッ……魔術師っつってもえらく肉弾戦だなてめぇ」

 

コンクリートを砕く音がし、女が教会の壁を破壊して煙の中から現れる。

 

やはり何処にも外傷は見当たらない、普通の人間ならば即死モノだがどうやらもとより身体の頑丈さが違うらしい。

 

一太刀目から感じていたが、此奴には人間の身体能力の常識が通用しない。

 

要するに人間の外見をした別物の生物だ、まぁそれは学園都市の能力者である七惟も似たようなものなのかもしれないが。

 

「予想以上にやりますね、情報では此処までの力は無かったとのことですが」

 

「はン、大方てめぇも土御門の野郎に騙されてんじゃねぇのか」

 

「まぁ彼も一筋縄では行きませんからね」

 

「もしかしたらどっかで俺らが対戦してんのを監視してるかもな」

 

女が再び剣を構え直す、さてどう出てくるか。

 

「……何やら余裕のようですが、まだ私はまだ本気ではありませんよ?」

 

そう言って女は左手から燃え盛る炎を生み出す。

 

さらに右手からワイヤーを放ち、そのワイヤーの軌道上に炎を上乗せし、拡散させる。

 

どれ程の威力は分からないが、飛び散った火の粉で大木が焼けただれるのを見るに触れたら火傷では済みそうにも無い。

 

七惟は飛んで来る火の粉を生みだした壁で防ぎ、五和の槍を女に向かって投げつける。

 

「此処からは人が立つステージの一つ先の舞台。ついて来れますか?」

 

「……口だけは良くまわりやがる!」

 

七惟は女が槍を弾こうとしたその瞬間、先ほどの大木と同様に運動の力を殺さず女の死角へと転移させる。

 

しかしさらに移動速度を上げた女はその追撃を易々と避けた。

 

「七閃!」

 

高速で繰り出されたワイヤーを壁で凌ぐ、が間髪いれずに女は多方面から追撃のワイヤーを放ち、さらに炎を拡散させて周辺に撒き散らし七惟に休む暇を与えさせない。

 

一度に作り出せる壁は限られているためこれ以上スピードを上げられては防ぐのが厳しくなってくる。

 

「ちょこまか動きやがって!」

 

七惟の鼻先に割り込もうとする女に広場にあったベンチを投げつける、これも刀で綺麗に切り崩され、周辺に無数の木片が飛び散った。

 

眼前まで迫った女はそのままワイヤーをこちらに目掛けて放つが遅い、七惟の目的はベンチを女に破壊させることだ。

 

七惟の能力は物理的に対象を直接破壊する力はない、言ってみればこのように瞬間的にベンチを砕くことは出来ない。

 

しかしこうやって女に破壊させることにより、普段なら何でもない壊れたベンチの残骸も七惟の手に掛ければ一瞬で人体を破壊する凶器となる。

 

「散布図……って知ってるかぁ!?」

 

七惟は散り散りばらばらになったベンチの木片を女が移動するであろう場所に手当たり次第転移させた。

 

女の今までの行動から分散値を測り、どれ程まで移動が可能か正確に計算したので間違いなく木片の数枚は女の身体を破壊する。

 

「がッ!?」

 

予想通り女は七惟に剣を振るう直前で飛び散った木片が体内に転移し発現したらしく、異物の発現で異常をきたした身体が悲鳴を上げたようだ。

 

態勢を崩した女は倒れ込むものの、受け身を取りすぐさま立ち上がる。

 

女は口から血を吐き、右腕に手のひらサイズの木片が突き刺さっている様相からそれなりのダメージを受けているように七惟には見えた。

 

……やはり、この女は台座のルムには若干だが、劣る。

 

まだ本気ではないかもしれないが、台座のルムは終始本気を出していなかったし何より七惟によって直接的に一度も傷は付けられなかったのだから。

 

 

 

 

 



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一騎当千-3




今回は早めに更新出来ました、たくさんの感想ありがとうございました!



 


 

 

 

 

 

「コイツは驚いた…………あの神裂と互角以上か」

 

遠くで二人の戦闘を監視していた土御門とステイル。

 

七惟と神裂の戦闘は二人が全く予想していなかった方向へと向かっていた。

 

「しかもまだ半天使化すらしていない……。間違いなく『神の右席』との闘いで一皮剥けたな、ななたん」

 

「身体能力面では明らかに神裂だが、それを完全にカバーしている」

 

「あの三次元の『壁』は凄まじい効果だぜい、まず物理的な攻撃じゃ砕けない。……となるともうねーちんは『唯閃』を使わないと負けちまう」

 

七惟が生み出す『壁』はどういう原理か分からないが、見えない不可視の盾を生み出し侵入者を拒む、まさに絶対領域を作り出すようなものだ。

 

いかに神裂が聖人としてその力をフルに活用しようとも物理的な方法ではあの壁は破れない、もう『唯閃』を使うしかないはずだ。

 

しかし……あの壁もそうだが、此処数週間で七惟の戦闘スキルは明らかにアップしている。

 

神裂の回避行動を頭に入れ、知覚できないスピードを先読みして攻撃を行う。

さらに自身を原点として行う様々な距離操作の攻撃、複数のターゲットをロックオン出来るようになった時から感じていたが、間違いなくこの男は強くなっている。

 

……下手をすれば、唯閃を使っても負けるかもしれない。

科学側の事象には、魔術的要素がほとんど入っていないためいくら神裂の唯閃でも一方通行の反射装甲は破れないし未元物質の生み出す『最大質量』を切り崩すことは出来ない。

 

もし七惟の壁もその中に入っているのならば、このままじりじりと体力を二人は消耗していき……と言ったところだ。

 

まぁ、半天使化してから生みだすことが出来たようだから少なくとも魔術的な要素が入っているであろうことに想像がつく。

 

魔術的な要素を含むならば壁を貫くことは出来るだろうと土御門は考えているし、間違いはないだろう。

 

それに少なくとも現状では神裂が負けるビジョンは浮かび上がってこない、如何に七惟が第4位に匹敵する程の戦闘力を手に入れたとしても。

 

絶対的な人間の自力の差……人間としてのスペックに絶望的な程二人には開きがあるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このまま引き下がるか?天草式の上司」

 

「……何を言っているんですか?私はまだ負けたなどと一言も言っていませんが」

 

「今お前の腹の中じゃ木片がめちゃくちゃ動きまわってに傷つけてんだろ?あと右肩に刺さってる奴抜いとけよ」

 

「これはどうも」

 

「はン、強がりやがって」

 

「強がりかどうかは、この技を受けてからにして欲しいですね」

 

そう言って女は刀を鞘にしまう。

 

戦闘中だというのに獲物を自ら片付けるとはどういうことつもりだ?

 

「言っておきますが、次の一撃は……確実に貴方の肢体の一部を切断する威力のある一撃です。白旗を上げるならば今の内だと先に言っておきます」

 

「そいつは警告か?それとも唯の脅しか?」

 

「どう受け取って貰っても構いません、ただ……事が起きてからでは遅いと言っておきましょう」

 

「…………」

 

女は鞘から出ている柄に手をやり姿勢を低く保つ。

 

居合い切りか?それとも抜刀術の一種か……剣技に疎い七惟にとっては皆目見当もつかない。

 

しかし女から感じられる力の波長のようなものが先ほどより数段大きくなっているのが分かる、七閃と呼ばれる術式を使っていた時よりも明らかに大きい。

 

威力がどれ程の物かは分からないが、あの攻撃を受けるのは危険過ぎると本能が告げている。

 

「前方のヴェントが如何ほどの実力を持っていたかは知りませんが……この力は、彼女を斬り伏せることが出来る代物です」

 

ヴェント……確か上条と戦った『神の右席』の奴か?

 

もしや、勘違いしているのか。

 

それとも知らない?もう一人の右席が七惟を襲ったということを。

 

「どうっでもいいな、んなことは。あと俺はそのヴェントって奴は知らねぇよ、誰だそいつは?」

 

「シラを切りますか、それもいいでしょう。…………参ります」

 

「…………ッ」

 

言い終えた女がぐっと足元に力を込めたのを七惟が目視したその瞬間だった。

 

まさに一瞬と言う言葉がコレほど合う動作も無いだろう、女がもはや人間の骨格を無視した脚力で爆発的に加速した。

 

七惟は目で追うのを諦め、このスピードならば身体を左右に振るのは無理だと判断し壁を生み出す。

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

1秒、七惟が異常に気付くまでにかかった秒数だった。

 

 

 

しかしそのたった1秒が明暗を分けることになる。

 

 

 

七惟は女が壁を突き破るのを間違いなく感知していた、そしてすぐさま同様の壁を破られるごとに張ったがそれら全てを女は悉く貫き食い破った。

 

今までとは明らかに違いすぎるその力、対策を練ろうにもあまりに早すぎるため頭を切り替える前にもう全てが終わっていた。

 

「これが最後通告です、次は……両足を切らせてもらいます」

 

女の声が背後から響いたところでようやく七惟は自らが切られたことを自覚した、右肩あたりの肉が深く抉られており大量に出血している。

 

「……ガッ!?」

 

手加減…………された?

 

痛み以外の何も考えられない頭を何とか動かし状況を整理する。

 

今の女の力ならば七惟の両足両手を切断するなど容易かった筈だ、それなのにやらなかったと。

 

急展開に七惟の頭は必死についていこうとするが、痛みがそれを阻害する。

 

こちらは出し惜しみなどしていなかったのにまだ奴にはカードがあったのか。

 

……秘めていた奥の手が、実力があまりにもこちらと違い過ぎる……このままではどうやっても事態は好転しない。

 

「どうしますか?大人しく処刑塔へ行くのが賢明な判断だと思いますよ」

 

どうするも何も、元より七惟の中にはこの女に屈してロンドンまで行くという選択肢は最初から存在していないのだ。

 

そして戦わずにロンドンに行く選択肢はもっとあり得ない。

 

ならば…………当初諦めていた他の選択肢か?いや、最初に諦めたものに今更すがるなど、それこそもう自分の未来は決定されてしまったようなもの。

 

「どうする…………だとぉ?、俺は、元よりそんな身に覚えがねぇような冤罪を、被るつもりは、ねぇんだよ」

 

「…………」

 

「そもそ、も俺が五和にそんなコトやって……何の得があんだよ。アイツは、俺のコトを、『仲間』って言ってくれた奴なんだぞ?」

 

息をすることさえ痛みで億劫になってきている、やはり戦ってどうにかするという選択肢を取るのはよろしくない。

 

だがそれ以外の選択肢が何処にある?最初から交渉などするつもりはない、コミュニケーション能力が薄い自分にそんな真似ごとなど笑われるだけだ。

 

「んな奴を……、自分の手で廃人にする、なんざキチガイ、がすることだろが。少なくとも俺だってな、五和のコトを仲間だって思ってんだ、分かったか糞馬鹿が!」

 

「……他に言葉は無いようですね」

 

「言葉なんざどれだけ並べたって空虚なもんだろ、だらだら理屈屁理屈並べんのは嫌いなんでなぁ……!」

 

「仕方がありません……それではやはり『死んだ方がマシ』と思える程の拷問にかけて吐いてもらいましょう」

 

「はッ……」

 

勝てる要素はないが、此処で『ロンドンに行く』などと言ったらそれこそ仲間である五和への冒涜だろう。

 

彼女はこんな暗部に染まり切った自分を知っていて、それでも尚仲間だと言ってくれたのだ。

 

ならばそのお思いに答えるのが筋というもの、最後の最後まで諦めずに自分の潔白を示すべく闘い続けるのみ。

 

再び女が柄に手をやり抜刀の構えを見せる、互いの距離は大方10M前後……先ほどと変わらない。

 

変わらないだけに、何が起こっても七惟は知覚出来ないし気付いた時にはおそらく勝負はついている。

 

どうする……!?

 

あの爆発的な加速力は七惟の動体視力では到底捉えきれないし、設置した壁もいとも容易く破壊される。

 

奴の刀に込められた力は物理的な現象だけではないはずだ、物理現象だけならば絶対に3次元の壁で防げる自負がある。

 

その考えから導かれる答えは、魔術的な類や要素。

 

魔術的な要素……『界』を圧迫する力……?

 

そこに七惟の思考が辿りついた時、女が声を上げた。

 

「……最後通告はしました、それでは実力行使に出させて頂きます」

 

「…………!」

 

界を圧迫する力、それは0930事件でヴェント及びルムに正体不明のダメージを与えていた力。

 

発生源は科学側の力で生み出した堕天使だ、あの時は確かAIM拡散力場と七惟本人の関係を濃くすることで何かが起こりルムを撃破したはず。

 

今のあの女からは先ほどまでは一切感じられなかったあの時と似たような『普通の現象では有り得ない力』が充満している、それはあの時のAIM拡散力場の状態と非常に似ているものだ。

 

もしかしたら…………。

 

「こっちも、最後通告させて貰おうか」

 

「……何を?」

 

「お前が今の業を使ったら……どうなるかわからねぇってことだ」

 

「強がりですね、貴方では私の『唯閃』は防げません。先ほど証明したはずですが」

 

「さぁな。なら試してみやがれ……!」

 

「虚勢を……覚悟は決まったようですね」

 

女は再び両足に力を込め、次の瞬間足元の大地が軽く凹む程の力で身体を跳ねあげ超加速する。

 

界の圧迫……!奴から出ている力とあの時のAIM拡散力場をイメージして、それらを自分に引き寄せる!

 

それはもう目が見えようが見えまいが全く関係のない『感覚』、当然一種の賭け。

 

七惟は女がこちらに向かってきたのを察知すると同時に、生み出されている疑似AIM拡散力場の力をあの時と同じに用に引き寄せた。

 

そして、二人の影が交錯する。

 

 

 

 

 



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その力は、世界を超える-ⅰ

 

 

 

 

七惟の右手が、聖人の結晶とも言える女の必殺の一撃を止めていた。

 

「な……に……!?」

 

女が驚愕で目を丸くしているのが分かる。

 

絶対に破られることがない筈の業を防がれたのだから当然だろう。

 

「はッ……から、ったろ」

 

「……クッ!」

 

眩む視界、歪む感覚の中で自分の意識が飛びかけているのが分かる。

 

女が一旦距離を取ろうと七惟の傍から離れ、間合いを取った。

 

その間に七惟は自分自身の身体に何が起こったのかを確かめると、それはもう今までの科学の常識とはかけ離れている姿形だった。

 

右肩からは白く光る鳥の羽のようなモノが飛び出し、その大きさはおそらく自分の身長程だろうか。

 

絶えず光を生み出しているその翼は、時々電気がショートするような音と共に粒子のような、火花のようなものを撒き散らしている。

 

右肩から右手首まではいつもの人間のそれと変わらない、しかし手首から下は羽と同様に全くの別物だ。

 

淡く白い光をまとった右手はどのような力を持っているのか分からないが、間違いなく触れたら怪我程度では済みそうにはない。

 

何故このような状態になってしまっているのか分からないが、自身の精神状態が不安定なのは間違いない、すぐさま決着をつけなければ……。

 

決着をつけるためにはこの右手だ、右手で女を殴り飛ばせば、勝負は決まる。

 

それは直感で分かった。

 

それと同時にこの力は……常識を超えた力だということも、分かる。

 

「…………行……くぞ、ッ!」

 

「この……!」

 

言った傍から七惟の羽が垂直に跳ねあがり、飛行機の翼で例えるならばエルロンの部位からオレンジ色の光が噴射した。

 

勢いのまま一気に身体を全面へと押し出す。

 

そのスピードは骨格を無視した女の爆発的な加速力のさらに上を行くもので、七惟が走り去った後からは粉塵が舞い上がった。

 

本能の赴くまま、七惟は右手で拳を作るのではなくめいっぱい広げ、女の懐へと潜り込もうとする。

 

しかしそれを察知した女がさらに移動速度を上げて距離を取り、ワイヤーを放つがもうその程度ではどうしようもない程に七惟の身体能力は向上していた。

 

全てのワイヤーを掴み取り引きちぎり、追撃の七閃までも直角の動きで交わし一気に眼前へと迫る。

 

「なめてんじゃ……ねぇよ!」

 

引き腰だった女が声を荒らげ、逆に抜刀術を行おうとこちらに向かって飛んで来た。

 

構うものかと七惟も歩みを止めない、光る粒子を撒き散らしながら一気に間合いを詰め抜刀させる時間を与えさせまいとする。

 

が、目の前の女から感じる内の力が向上したかと思うと、まるでその瞬間だけ切り取られたような感覚に襲われる程のスピードでで抜刀を行う。

 

反射的に七惟はその切っ先を身体を捻って避ける、刹那女が驚愕した表情が視界に入るが、七惟は間髪いれずに右手を女の土手っぱらにめり込ませると、目いっぱい力を込めて溜めていたモノを放出した。

 

「ぶッ!?」

 

女が身体に溜まっていた空気全てを吐きだすと共に、凄まじいスピードで教会へと女の身体が突き刺さる。

 

人間が激突した程度では絶対に生み出されないような轟音と地響きが辺り一帯に響き渡ると同時に、教会の一部が無残にも崩壊した。

 

しかしまだ女は息があるようでもぞもぞと瓦礫の中で動いている、こちらの気力も限界だ、これ以上この状態は長くはもつまい。

 

此処で終わらせてしまおうと決心した七惟は女を殺すべく右手を握り近づくが、その前に立ちはだかった人物が居た。

 

「……ち、ド?」

 

「ななたん、もう終わりだ」

 

「な……にィ?」

 

終わり……?どういう……ことだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは学園都市側と魔術側が仕組んだ一種のお遊びだぜい、お前とあの聖人を競わせ……どちらが強いか知るための、な」

 

土御門の正面には、右方から一枚の翼を生やしオレンジ色の光を撒きちらす異常な天使がいた。

 

対峙する男からは、並々ならぬ殺気が溢れだしている、正直いつ自分に攻撃してくるか分かったものではないがまだ自我を保っているあたり猶予はあるか……。

 

「……だ、、ッ」

 

「あとは俺に任せてくれないか」

 

此処ではいそうですかと言ってくれれば事態の収拾は容易いのだが……そうもいかないようだ。

 

「どけステイル!あの野郎は私が!」

 

「神裂!落ち着け!」

 

興奮状態に陥っている神裂が攻撃を止めそうにない、今の七惟の神経を逆なでするような事態を招いては不味い。

 

ステイルも必死で彼女を押さえつけようとしているが、立った一人の魔術師が押さえつけられる程聖人とはやわではない。

 

「うおッ」

 

「ソイツは……放っておくわけにはいかないんだよ!まだソイツは何も悔い改めてない!」

 

ステイルを押しのけて神裂が再び刀を構える、これでは自我をいくら保っていたとしても七惟が戦闘を終わらせる理由にはならない。

 

「……ド、……てめエ、が……」

 

「ななたん、やめろ!」

 

七惟は正面にいた土御門の服をむんずと掴むと、凄まじい腕力で横に投げ飛ばした。

 

思い切り飛ばされた土御門だがまだ七惟が自分を敵と認識していないあたり救いようがある、日頃彼と仲良くしていて良かったと言ったところか。

 

しかしこのままでは本当にどちらかが死ぬまで闘いが終わりそうにない。

 

「土御門!どうするつもりだ!」

 

「はッ、こう言う時のために連れてきて良かったってことですたい!天草式に連絡をとれステイル!」

 

「それでどうするんだ!?」

 

「五和だ、アイツを見せればあの馬鹿共も目を覚ます!」

 

「よくそこまで用意周到に準備したもんだ!」

 

時刻は夜、そして今この瞬間日本にいる天草式が移動術式を使う時間帯に最適だ。

 

0930事件以降、ローマ正教は本格的に上条当麻を敵と見なし始めており、その身には危険が迫っている。

 

彼を保護するため、イギリス清教は学園都市の下調べを行うとして日本に天草式を派遣しており、五和達天草式は間違いなく日本での移動術式を使える場所にいる。

そしてこの教会もその場所なのだ。

 

「このッ……!天使崩れが!」

 

「ハッ…………ihbf!」

 

右手を白く発光させながら七惟の拳が七天七刀を素手でつかみ取る、それを読んでいた神裂が、聖人の反則的な脚力を思い切り込めたひざ蹴りを放つ。

 

それは七惟の顔面に叩きつけるが異常化したその身体はびくともしない、もはや並みの聖人以上の肉体的な強さを誇る七惟にそんなものは今更効果がないのだ。

 

この調子では何発互いに攻撃を放ったところで無意味に終わる、もうそれほどまでに二人の実力は拮抗していた。

 

「まだかステイル!?」

 

早くしなければ、始末書どころの騒ぎではない!

 

「今五和と建宮が向かっている!1分くらい待てないのか!」

 

「あの野郎達が1分も大人しくしてるとは考えられねぇ!」

 

七惟が転がっていた槍を左手で拾い上げ、神裂に向かって飛びかかる。

 

対して神裂も炎の魔術で応戦、七閃のワイヤーに煉獄を纏わせて放つ。

 

全てを無に帰す灼熱の炎を纏ったワイヤーだったが当たらなければ意味がない、七惟は人間では絶対に知覚出来ないソレの軌道を完璧に読み、さらにその後回避行動に映る神裂の移動先まで先読みする。

 

それでも避けきれないワイヤーから離れた煉獄弾は七惟の身体を容赦なく燃やそうとするが、どうしたことか七惟の身体に激突した煉獄弾は弾かれ重力に従って落下していく。

 

だが神裂とてそこでそう簡単にくたばるような女ではない、思い切り地面を踏みつけ跳躍し教会の屋根まで一気に登る。

 

七惟もそれを追いかけて跳躍するが、それを見て神裂は容赦なく七惟の身体目掛けてワイヤーを放った。

 

空中では回避行動が取れない、それを見越しての攻撃手段だったが、七惟が背中からまたもやオレンジ色の光を噴射し、回避行動をとると身体が教会の屋内へと突っ込んだ。

 

移動先には教会の壁があったがそれを躊躇なく粉砕し、今度は屋根にいた神裂の足元から翼が教会の内装・外装を破壊し天に向かって伸びた。

 

いとも簡単に教会の屋根を破壊したそれを纏わせて七惟が再び神裂の前に現れ、もはや人外と化したスピードで槍を振るう。

 

アノ状態になってからは距離操作能力は全く使っていないようだが、それでも七惟も神裂ももはや普通の人間が止められる闘いの次元を越えてしまっていた。

 

「来たぞ!」

 

ステイルが叫ぶ、ようやくか!

 

「す、すみません!緊急の事態だったらしいんですが遅くなりました!」

 

「おいおい……これはいったいどういうことなのよな……!?」

 

二人の眼前には破壊の限りを尽くされた光景が広がっている。

 

大木は七惟の距離操作によって一本残らず根こそぎもぎ取られ、広間は二人の爆発的な脚力に寄りクレーターのようなモノが出来あがり、そして十字教の象徴でもある十字架と教会にもその行為は及んでしまっている。

 

教会の一番高い位置に掲げられていた十字架はもはや十字架と呼ばれるような形はしておらず、形としてはカタカナの『ト』のようなモノになっている。

 

教会の屋根はぶち抜かれ、ガラスの窓は衝撃で一枚残らず砕け散り、壁は粉砕され容赦なく大きな穴があけられている、もはや人間の所業とは思えぬ数々に二人の表情は凍りついた。

 

「ねーちんと学園都市のレベル5七惟理無が戦っている、このままだとどちらかが死ぬまで終わりそうにないぞ!」

 

「そ、そんな……!?プリエステス様と七惟さんが……!?」

 

五和は信じられない、と驚愕の表情を浮かべるがそんなことに構っていられる程時間は残されていない。

 

そんな中4人の目の前に再び七惟と神裂が現れる、両者ともに目の前の敵を殲滅することしか考えていないようで全くこちらに目を配る様子もなかった。

 

「ケタケタ気味の悪い笑い声あげやがって!うるっせぇんだよ!」

 

「ハッ!死ン、でミルか!……ihbf殺qw!?」

 

下手をしたら戦闘機よりも早く移動しているかもしれないと思わせる二人は、煙を撒き散らしながらあっという間に目の前から消える。

 

「こんな場所に俺と五和を呼んで……どうするつもりなのよ?言っておくがあんな状態のプリエステスとレベル5を止めるなんて不可能なのよな。どうこう出来るレベルじゃないってことは分かるのよな?」

 

「そんなことは分かっている、土御門」

 

「あぁ……詳しい話は後に回すが、とりあえず今のねーちんは五和、お前が七惟理無によって精神拷問を受け廃人にされたと思い込んでいる」

 

あのアークビショップも色々考えたようだが、東洋魔術における『屍人形』まで用意し神裂の目を誤魔化すとは恐れ入る。

 

「そして七惟理無も同様にお前が廃人になったと思いこんでいる、誤解が解ければ……と言ったところだ」

 

「わ、私が……廃人?」

 

状況が全く把握出来ていないようだが彼女が理解しようがしまいが話は進んでいる、もっと悪い方向に事態が向かわないうちに対処しなければならない。

 

「経緯は聞くなよ、今はそんなことを話してる場合じゃないんだ」

 

「となると二人の意識をどうやって引くかが問題になってくるのか」

 

ステイルの言った通り今の七惟と神裂は天草式の二人に全く気付いていない、極端に視野が狭まっているのが原因だろうか。

 

「そんなのは簡単なのよな?」

 

「……建宮さん?」

 

「どういうことだ?」

 

この状況で二人の注意を引くのが簡単……?

 

建宮はゆっくりと五和の肩に手を置き、尚も激戦を繰り広げている二人のほうを顎でさした。

 

「あのど真ん中にうちの五和を放り込めばいいのよな、プリエステスは即座に五和を回収するだろう」

 

「確かにそうだが……あのレベル5はどうする、五和もろともあの右手で吹き飛ばしそうな勢いなんだぞ」

 

「そこにも問題はない……のよな?五和」

 

「え……そ、そんなこと!わかりません!」

 

「ステイルの言う通りだが……それ以外に方法がないのも確かだ」

 

土御門は七惟と五和の関係を知らない、しかしあのアークビショップが彼女を『鍵』としたからには何らかの理由があるはずだ。

 

それこそ一方通行と打ち止めのような……何か、七惟の心のピースの一つを担う少女なのだろう。

 

以前この教会では互いに殺し合い、次会った時は仲間として背中を預けて戦ったと聞いている、その間に何かが二人の中であったと考えるべきだ。

 

「出来るか……五和?」

 

「…………」

 

こんな立った一人の少女のこの場を預けるのは心もとないと誰もが言うだろう、しかし逆を言えばこんな少女にすがらなければならない時点で残された者の力などお察しものなのだ。

 

「今頼れるのはお前だけなのよ。引き受けてくれるのよな?」

 

「…………」

 

五和は俯き、答えない。

 

それもそうだ、人を越えた闘いのど真ん中に唯の魔術師が止めに入るなど自殺行為にも等しい、誰もが首を横に振るに決まっているが。

 

 

 

 

 

「……わかりました、やります」

 

 

 

 

 

「やります…………か、良い返事なのよな」

 

出来るかどうかわからないがやる、ではなく、やる、と彼女は自ら言い放った。

 

出会った頃から芯は強いと思っていたのだがまさかここまでとは……当初は自分の気持ちを前に出すのが苦手な奥手な少女だと思っていたがそうでもないらしい。

 

少なくともこんな局面で前に出ることが出来るのであれば、今までの土御門の考えは全く間違っていたと認めざるを得ない。

 

天草式を使えばどうにかなる、とあの胡散臭い女から言われた時は眉唾ものだと思っていたが……。

 

「すまないな……」

 

「大丈夫です、ステイルさん」

 

「頼んだぞ」

 

「はい、土御門さん」

 

そう言って五和は人外が繰り広げる闘いのまっただ中へと駆けて行った。

 

今まで頼りなく見えていたその背中が、幾分か大きく見えたのは気のせいではないだろう。

 

あとは……彼女の成功を祈るのみ、失敗したら……。

 

 

 

 

 





※屍人形は某漫画に出てくるものです。
 ネタが分からない人ごめんなさいー。


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その力は、世界を超える-ⅱ

 

 

 

 

 

その力は、もはや自分たちの住む世界のモノを超えてしまっていると五和は思っていた。

 

しかし眼前で繰り広げられる戦いは間違いなく現実で、今この世界で行われていることだ。

 

目の前に広がるのは地獄、しかし恐れて振り返ってはならないと五和は分かっている。

 

今此処で自分が不安そうな素振りを見せれば、それこそ残されたもの達を不安に駆らせ意味のない戦いが生まれてしまうかもしれない。

 

「プリエステス様……」

 

天草式の元主である彼女は七天七刀を抜き放ち、刀身に煉獄を纏わせ炎を撒き散らしながら戦っている。

 

その表情からは一切の容赦など感じられない、間違いなく全力を出して敵を滅さんとしていた。

 

唯閃を放ちワイヤーを使いながら舞い踊るように戦うその姿は、戦場を見る者を魅了するように駆け誰もが聖人としての彼女の強さを認めるだろう。

 

「七惟さん……」

 

そして彼女の元主の敵は、右肩から羽を生やしオレンジ色の火花を撒き散らしながら目にもとまらぬスピードで動きまわり、右手首から下は淡白い光を放っている。

 

表情はよく見て取れないが、相手を粉砕することしか考えていないということくらい自分にも分かった。

 

神裂は天草式にとって大切な人…………いやもうそんな安い言葉では表現出来ない、自分達が弱すぎるがために彼女を精神的に追い込みその居場所を奪ってしまった。

 

五和自身もそのことに罪悪感を感じてはいた。

 

だがそんな罪の意識とは段違いに彼女のことは人間として、一人の十字教の信者として尊敬出来る

 

対して七惟は天草式にとっては何の価値もない人間、一度共闘したことはあるものの全員が彼に対して心を閉ざしており信用など全くしていない。

 

もしどちらかを助けるのなら天草式の人間として取るべき選択肢など最初から決まっている。

 

最優先事項は神裂を止める、七惟理無はついでで良い。

 

しかし、五和はその『ついで』が出来ない。

 

確かに天草式にとっては七惟はどうでもよい人間だろう、死のうが生きようが天草式が損をすることなどないのだから。

 

五和も最初はそうだった、この教会で闘い追い詰められ、挙句の果てには拷問まで掛けられてしまったのだから。

 

キオッジアで再び合った時も、また殺し合いだった。

 

この人とは一生仲良くすることなど出来ないと思っていたのに、一生憎んで腹が立つ奴だと思っていれば良かったのに。

 

あの時、『仲間』といった彼の表情を見てしまった自分にはどうしてもそれが出来なかった。

 

あの時、自分を助けてくれた彼の姿を見てからはそんなことは思えなくなった。

 

彼を形成する全てが悪いわけではない、今日の朝だって彼とは他愛のないことを電話で話したではないか。

 

「だから私は……二人とも、止めてみせます」

 

それにこの戦闘は神裂を止めるだけではとても終わりそうにも見えない、神裂が戦闘を止めたところで七惟は彼女を殺しにかかるのは目に見えている。

 

そんなことにするつもりはないし、七惟にもそんなことはして欲しくは無い。

 

彼はそんなことを望んでいる人間ではないはずだ、でなければ自分と初めて此処で出会い戦った時に、自分を含め3人を惨殺していたはずだ。

 

キオッジアでも抵抗するシスターたちを海に落とすなど生ぬるいことはせず、船の機関部に転移させひき肉にしていただろう。

 

「プリエステス様!」

 

遠くから声を大にして叫ぶ、ともかくまずは先に戦闘を止める可能性が高い元主に気付いてもらわなければ話は進まない。

 

だが神裂は五和の言葉になど耳も傾けずに、全神経を集中させ七惟理無を殲滅しようとしている。

 

七惟も同様でもし少しでも気を抜いたり余所見をすればスキをついてくるに違いない、だから二人とも周囲に気を配る余裕が全くないのだ。

 

やはり……二人の目の前に、飛び込むしかない。

 

しかし飛び込んだところで神裂はともかく七惟が止まるという保障がない、そのままあの右腕を振りかざしてくることだってあり得る。

 

そう思えば思うほどそうなるような気がしてきて、足が竦み全身が震えあがる。

 

だがこんな恐怖など神裂が背負いこんできた傷に比べれば可愛いものだと決めつけ、足を踏み出し、遂には駆けだした。

 

タイミングは二人が対峙した瞬間、一瞬でもそのタイミングを逃せば二人の激突の餌食となり五体満足でいられないどころか命すらないかもしれない。

 

しかし与えられた役目は果たす、果たすだけではなく…………プリエステスも、七惟もこの闘いから救って見せる。

 

「……ンなァ!シん、でミ、るかァ!?」

 

「うるっせぇんだよこの糞野郎が!」

 

二人の動きがやり取りで止まる、ここを突く!

 

五和は全身のバネをフル活用し二人が次の動きのモーションに入る前に間に割り込んだ。

 

「プリエステス様!七惟さん!」

 

 

 

「……い、五和!?何故……!?」

 

 

 

その表情が驚愕の色に染まり、神崎は目を丸くする。

 

 

 

「…………ッ!?」

 

 

 

同様にして七惟の動きも一瞬鈍るが……。

 

「ihbf!死、……ね!」

 

止まったのは一瞬だった、そのまま目にもとまらぬスピードでこちらに近づき…………。

 

「チッ!この天使崩れ!」

 

神裂が五和の前に出て盾となる、抜刀する構えからして唯閃を放つつもりだろう。

 

この距離でならば流石にあの状態の彼と言えど止められまい、殺されてしまう。

 

「やめーッ!」

 

声がそれ以上出なかった、今から目の前で起こる出来事が恐ろしく想像出来ないし見たくも無い、身体の全ての感覚を閉じてしまいたかった。

 

今から起こる現実が現実でないように、思い切り目を瞑り否定する。

 

「止めろねーちん!ソイツはきかねぇ!」

 

遠くで誰かが叫ぶ声がしたのと同時に、凄まじい轟音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

数秒してから何かが零れ落ちるようなカラン、という音がしどさっと誰かが倒れ込む音を聴覚が捉える。

 

「ぷ、プリエステス……様!?」

 

恐る恐る目を開けてみれば自分が予想した惨劇は広がっておらず、目の前には羽を生やし無機質な表情を浮かべる七惟理無が立っていた。

 

神裂はそこから少し先の所で下腹部を抑えて蹲っている、何が起こったのかわからないが七惟の持っている自分が渡した槍が鮮血に染まっていることから、神裂の腹を容赦なくこの槍が破壊したのだろう。

 

「五和……逃げろ……」

 

「だから言っただろうが!途中から唯閃を狙われてたことに何故気付かなかったんだ!?」

 

神裂が弱弱しく声を上げ、遠くから土御門が慌ただしく叫ぶ。

 

「七惟…………さん?」

 

目の前に居るのは、まるで機械のように表情を失ってしまった男。

 

しかし表情は死んでいるものの、その眼はまだ光を失っておらず自分を殺処分する気満々だと伺える。

 

七惟が一歩踏み出した、あまりの恐怖に五和は腰が引け思わず後ずさりしそうになるが……。

 

「逃げろ五和!今のソイツは普通じゃない!」

 

ステイルも大声で叫びルーンをそこら中にばら撒く、しかしこんな強大な力を目の前にして今更『イノケンティウス』など何の役に立つというのか。

 

半天使化する前の七惟にすらあしらわれたそんな力は意味がない。

 

そもそも今この場で七惟をどうにか出来る力を持ってる人間などいないのだ。

 

此処にいる誰もが七惟から離れろ、後退しろと言うだろう…………だが。

 

 

 

引き……下がらない!

 

 

 

そう、此処で引き下がってはならない。

 

何故なら彼女は。

 

 

 

私は七惟さんのことを仲間だと言いました、なら……絶対に仲間として彼を裏切るわけにはいきません……!

 

 

こんなにも、真っ直ぐなのだから。

 

「七惟さん……!」

 

今度は、彼の名前を強く呼ぶ。

 

すると再び七惟が一歩踏み出した、その一歩は先ほどと同じようで……少し違った。

 

大地を踏みつける力が、幾分か和らいでいたのだ。

 

「……いツワ?」

 

彼が名前を呼んだ、他の誰でもない自分の名前を。

 

「七惟さん!」

 

「……イ、ツワ……ドウ……シ」

 

七惟が左手を伸ばして自分の肩を掴む。

 

凄まじい握力で骨を粉々にされてしまうだろうと思い、五和は迫りくる痛みに備えて身体を強張らせるが、いつまで経ってもその痛みは襲ってこなかった。

 

ふわりと置かれたその手はゆっくりと五和の右肩を掴むと、徐々に力が失われていく。

 

「……ッ……」

 

肩を掴んでいた全ての力が失われた、それと同時に七惟の膝から急激に力が抜けて行き、目の前で光り輝く翼も、舞い上がる火花も、白く光る右腕の発光も失われていく。

 

最後にはぷっつりと燃料が切れたかのように止まり、そのまま七惟は五和に身体を預ける形で倒れ込んだ。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「……」

 

沈黙が続くばかりで七惟からの返答はない。

 

どうやら気を失ってしまったようで全くこちらの問いかけに答える気配はなかった。

 

「どうやら……何とかなったみたいだな」

 

「全く……どうしてコイツはこんなに厄介な奴なんだ」

 

疲労困憊の表情と声色で土御門とステイルが近づいてくる、その後ろから建宮も歩いてきたが……。

 

「ステイル、これはどういうことか説明してください」

 

立ち上がった神裂がステイルに厳しい目を向ける、腹から血を流しているがそんなことなど構っていられないような表情だ。

 

「……まぁ、そうくるだろうとは思っていたさ」

 

ステイルは土御門が事前に持ち込んでいた治癒の札を神崎の腹に押し当てると、みるみる内にその傷は癒え、彼女はゆっくりと立ち上がった。

 

プリエステス……神裂はこちらに一瞬にその視線を向けるが、すぐさま逸らしステイルと共に闇夜へと消えて行く。

 

やはり彼女は自分達と一緒に居ようとは思っていないのか……今回のことで少しは役に立てた、と思ったのだがそれでも力不足だったようだ。

 

「それで?俺達への説明も当然して欲しいわけなのよな」

 

「あぁ……とりあえず全部片付けてから話しちまおう、まずはここから撤退するのが第一だにゃー?」

 

土御門が普段のおちゃらけた口調を取り戻した、ようやく問題全てが解決したようだ。

 

自分の肩に身を預けている彼のことも、プリエステスのことも、そしてどうして自分が廃人などと言われていたのかも気になることばかりだ。

 

喉から出てきそうになった多くの言葉を呑みこみ、五和は土御門と建宮に続き破壊の限りを尽くされた教会を後にした。

 

 

 

 

 



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その思いは、境界を超える

 

 

 

「つまりはあのアークビショップに一泡吹かせられたってことなのよな?」

 

「まぁそうなる。ねーちんには悪いことをしたがこれも科学魔術のバランスを保つには必要なことなんだ」

 

「バランスっていうのはもちろん建前なのよな?まぁ一聖人を倒しちまうような兵器を隠されてたら堪ったもんじゃない、か」

 

学園都市の第七学区にある病院にやってきた五和達は、七惟の病室で今回の件の元凶を土御門から聞いていた。

 

彼の話を要約すると、神の右席である『前方のヴェント』『台座のルム』を退けた七惟理無と聖人の神裂、どちらが強いのか知るために学園都市とアークビショップの二人が裏で工作を行っていたらしい。

 

そして七惟と神裂を誘き出すために使われた餌が五和、つまり自分だ。

 

東洋の魔術における屍人形で神裂の目を誤魔化し、自分を廃人状態だと勘違いした彼女は五和を助けるために七惟に闘いを挑んだ。

 

当の七惟はそんな身に覚えも無い罪を吹っかけられ、否応なしに戦うことを強いられたというわけだ。

 

二人とも被害者ではあるが、七惟には特に酷いことをしてしまったようにも思える。

 

まぁ…………自分が知らぬところで廃人扱いされていたというのにも非常に驚いたが。

 

「しかし驚いたのよな、七惟がまさかプリエステスすら超える程の男だったとは」

 

「ヴェントとルムを退けた力は本物ってわけだ。聖人並みの戦闘能力……コイツはまたとんでもない能力者を生み出しやがったなあの男は」

 

「あの男……?」

 

「こっちの話だ、気にするな」

 

プリエステスを凌駕するほどの実力者……それが今もベッドの上で眠っている七惟理無。

 

初めて会った時から只者ではないと感じてはいたが、まさかそこまでの逸材だったとは。

 

「はン……てめぇらの掌の上で俺はまんまと踊らされたってわけか。胸糞わりぃ」

 

「な、七惟さん!?」

 

「くそったれが……頭がガンガンしやがる」

 

「気がついたか」

 

七惟が起き上がるもまだ頭が完全に覚醒しているわけではないようで、額に手を当て「あー…………」と声を漏らしている。

 

肩から生えていたあの翼も、白く発光していたあの右手も今では完全に消え去っており何、だかあんな姿をしていたのが本当は全部夢だったんじゃないかと思えるくらいだ。

 

「これが冤罪って奴なんだろうな……。ったく、最悪な気分だ」

 

「おいおい、実際五和に精神的な拷問をかけたのは事実なんだろうななたん」

 

「まぁな」

 

「そこは認めるのよな」

 

「むしろ誤魔化してどうすんだか。んで?土御門、そろそろお前とは腹の中を互いに語る必要があんじゃねぇかと思ってんだが」

 

七惟の鋭い目つきが土御門を捉える、強面の彼の表情を見ても土御門は相変わらず余裕の表情を崩さない。

 

「そうだにゃー?そっちが全部吐いてくれるんだったら俺も包み隠さず話してやってもいいんだぜい?」

 

「ケッ……てめぇの包み隠さずなんざ信用出来る価値があるのかすら危ういな」

 

「酷い言われようだぜい、まぁクラスメイトのよしみで100は話してやるよ」

 

「てめぇの100は1を100にした糞話だろうが……。おぃ」

 

七惟は一変して建宮と土御門に目を配る。

 

「ちょっと席退けろお前ら」

 

「……どういうことなのよな?」

 

これは、暗に自分と五和を二人きりにさせろということだろうか。

 

「さあな」

 

「言っておくが身内を置き去りにするほど馬鹿ではないのよな?」

 

「チッ……」

 

「七惟さん……?」

 

あからさまな舌打ちをするもその程度では建宮は態度を崩さない。

 

しかしその横では土御門が七惟の意見を聞き入れた。

 

「どうやら滝壺理后が言っていたコトは本当みたいだにゃー?此処に俺が居るのは野暮ってもんだ、また明日ってことにしておくぜい」

 

「……何処まで知ってんだお前は」

 

「それを言っちゃあこっちも廃業しないといけないからな」

 

「はン……」

 

そう言って土御門は病室から出て行く、最後に自分に視線を合わせて笑みを浮かべていた。

 

いったいどういう意味だろうか、自分と七惟が二人きりになってもあまり良いことは起きないと思うが。

 

そして。

 

「……このまま此処に俺がいちゃあ、それこそ俺が悪者みたいになっちまうのよな」

 

建宮も壁に立てかけ、布を纏って隠しているフランベルジェを担ぎあげる。

 

「お大事にな第8位」

 

「てめぇら天草式ってのは口だけは減らねぇ奴らの集まりかよ」

 

「どうとでも取るがいいのよな。五和、学園都市第23学区の国際飛行場だ。目指すはフランス、用がすんだらすぐ来るのよな」

 

「は、はい!」

 

フランス……ということはいよいよあの文書をローマ正教が本格的に使おうと乗り出してきたわけか。

 

あの男が絡んでいると見て間違いないが、今回はキオッジアのように皆無事で良かったのようなことにはならないだろう。

 

増援としてツンツン頭の男の子や土御門も呼ばれるようだが、今はそれよりも眼前に置かれた状況のほうが気になった。

 

建宮も病室から去り、残されたのは自分と七惟だけ。

 

話の流れからして彼が自分に何か話すことがあるのだろうとは思っていたがまさか二人きりで会話をすることになるとは。

 

七惟と最後に喋ったのは……と言っても最後と言える程時間が経過していない、今日の朝に携帯電話越しに喋っている。

 

確か電話越しにツンツン少年への気持ちを諦めろと言われて怒鳴り散らかしたはず、忘れたいと思っていた記憶を鮮明に思い出してしまい、彼女は頭を抱える。

 

幾分か時間が経過した、互いにあれだけのことがあっただけに話を切り出すタイミングが掴めない所を、七惟が半ば無理やり話題を作り口を開いた。

 

「身体は大丈夫なのか」

 

「へ……?わ、私ですか」

 

「この状況でお前意外の誰がいんだよ」

 

貴方自身ですとは流石に言えなかったので言葉を呑みこむ。

 

「だ、大丈夫ですよ。そもそも全てはこちらが仕組んだことだったみたいですし。私はちっとも知りませんでしたけど……」

 

「そうか……」

 

「そ、その!七惟さんは大丈夫なんですか」

 

「そんなにやばく見えるのか今の俺は」

 

「だってプリエステス様……じゃなかった、聖人と刃を交わしたんですよ!核弾頭と戦ったみたいなものです」

 

聖人は科学の世界で言う核弾頭に匹敵する、そんなものと真正面からぶつかってまず勝てるわけがないのだが七惟は勝つだけではなく傷もほとんど負っていない。

 

はっきり言って信じられない程の戦果である。

 

「見ての通りその核弾頭と戦っても大して傷は負ってないみたいだな」

 

「大したって……肩に風穴開けられた人が言うセリフじゃないと思います」

 

「……心配してくれてんのか?」

 

「当然です、元はと言えばこちらに落ち度があります。それに……七惟さんは私の仲間なんですから、気に掛けないほうがおかしいですよ」

 

「はぁン……」

 

意味ありげな言葉を漏らす七惟に何だかこちらまで余計なことを考えてしまう。

 

「実際問題どうなんだ?後遺症はやっぱりあんのか」

 

七惟が先ほどまでの冗談混じりな口調ではなく重く硬いものへと変える。

 

後遺症……彼が教会でやった精神的な拷問の後遺症のことを言っているのだろう。

 

あの時のことを思い出してみれば今でも怖いとは思うし、あんなことをされたのだから絶対に許せないと思うのも確かだ。

 

だが許せないばかりでは前に進めない、決めつけてしまっては何も事態は好転しない。

 

前進したからこそ、今の自分と七惟の関係がある。

 

当初の二人では考えられないような関係だが、イタリアで想いを寄せる人への贈り物を一緒に買って、その結末を電話越しまるで日常の会話のように話す。

 

「いえ……特に身体に異常はありません」

 

様々な苦難を乗り越えて、二人は仲間となったのだ。

 

修復不可能と思われた二人の仲は、こんなにまでも縮まった。

 

「遠慮してんじゃねぇのか」

 

「そんなことはありません」

 

「……仲間ってんのは遠慮する必要がねぇんじゃねぇのか?」

 

「だ、だから本当に大丈夫なんですってば!そもそも精神系に関する拷問で後遺症があるんだったら私はこうやって外を出歩けるとは思えません」

 

「確かにな」

 

「あ、朝にあれだけ電話越しに元気な姿を見せたじゃないですか。なのに私が廃人だなんて話、少しは疑ったんですか?」

 

ちょっと元気が良すぎて散々七惟を罵ったという事実はこの際置いておくとして、どうしてこの事実を七惟が神裂に話し交渉に持ち込まなかったのか。

 

交渉に持ち込まなかったことを責めていることに感づいたのか、七惟がぶっきらぼうに答える。

 

「俺にそんなこと出来ると思うか?」

 

「……言われてみれば、無礼という言葉を体現したかのような人ですしね」

 

だが少し考えてみれば分かることだ、元々コミュ障の彼にとって交渉などという高等テクニックが使える訳がないし、あの横暴で不躾な態度を見て神裂が言うことを信じないのは当たり前だ。

 

五和だってもし七惟とこんな関係でなければ、最初のように七惟の言うことなどに聞く耳は持たなかっただろう。

 

七惟はベッドから立ち上がり身体を軽くならすように飛び跳ねた、あれだけの戦闘をして負傷したというのにもう動けるとは。

 

この身体のタフさ、何が何でも突き進む継続力、それを支える精神力……何処かあのツンツン頭の少年を連想させるものを彼は持っている。

 

でも彼と違うのは『仲間』、背中を預けられる存在の数だろう。

 

上条当麻はその性格からか『上条勢力』なるものが存在するほど仲間を持っており、五和も七惟も既にその一部となっている。

 

しかし七惟はその一部でありながらも、同じ勢力に居るはずの神裂とは殺し合い、天草式からは煙たがられ、土御門からは実験台にされるなど、とてもじゃないが仲間が多いとは発言しがたい立場に立たされている。

 

言ってみれば自分が唯一の仲間なのかもしれない、それほどまでに彼の交友関係は狭い。

 

「迷惑かけて悪いな」

 

急に七惟の声が低く、抑揚の無い声となった。

 

その顔は暗く俯いているようにも見えて、今までの姿は嘘のように成りを顰める。

 

「七惟さん?」

 

「危うくお前を……、今度は拷問なんざより取り返しのつかないことをするとこだった」

 

言葉を濁した七惟、その空白の間に彼が言おうとした言葉が何だったのか何となく五和は把握出来た。

 

そしてその言葉を言おうとした自分に嫌悪感を覚えたのか、七惟の表情が苦いモノへと変わる。

 

仲間である五和を殺しかけた、どんな時も本音をぶつけ合う仲間と自ら言った相手を、自らの手で葬ることに七惟と言えど負い目を感じているのか、罪悪感を感じているのかは分からない。

 

七惟の顔色が、戦闘で傷を負った際に見せる痛みと同じ、彼が右肩に巻きつけている包帯が真っ赤に染め上げるような痛みとなる。

 

……そんな顔は、しないで欲しい。

 

「七惟さん……」

 

彼は仲間がいないと言った、そして自分は仲間だと言った。

 

七惟理無のたった一人の仲間が五和と言っても過言ではない。

 

こんな時に、仲間がすることは……仲間の心と体の傷を癒すことも当然だと思う。

 

仲間でなくても、自分の周りにこのように心傷を負ってしまった人が居ればきっと労わりの言葉をかけるだろう。

 

『元気を出してください』『そんなはことありません』『七惟さんは優しいんですね』

 

様々な言葉が頭に浮かび、消えて行った。

 

こんな陳腐な言葉を掛けたところで、きっとこの少年は何も思わない。

 

彼が望むのは、お金で買うことが出来るようなこんな安いモノではないはずだ。

 

七惟理無が望むのは、背中を預けられる関係。

 

どんなことも、どんな言葉も包み隠すことなく伝えあい、腹の底からの気持ちをぶつけあう関係なのだ。

 

安易な『優しさ』なんてものは確かに便利かもしれないし、その場凌ぎにはなるだろう。

 

もちろん少しは傷ついた者の心を癒してくれる。

 

しかし。

 

そんな姑息な手を使ったところで、彼はきっと喜ばないし、自分だってそんなことはするつもりはない。

 

ならばどうするか?

 

答えは簡単だ、奮い立たせることも、必要なことだ。

 

このまま過去の自分への行いを懺悔し後悔し続ける七惟など見たくも無い、そんなものは七惟ではないし、そこから進むことが出来ないというのはもっと問題だ。

 

もしやあんなことを無かったことにしたいなどと、七惟は考えているのだろうか?

 

その考え自体が自分と七惟理無の『仲間』という関係に対する冒涜だ。

 

確かにあの行為は誰が見ても許される行為ではなかったかもしれないが、それを上回る程のよい記憶を今の二人は刻んでいるはずだ。

 

だから前に進んで貰うために、敢えて五和はこの言葉を選ぶ。

 

「そんな顔は、七惟さんには似合いません」

 

五和はわざと肩をすくめてくだらなそうな仕草を取る、当然七惟は訝しげな眼を向けてくる。

 

「もしかして自分が拷問にかけていなければ……とか、そんな馬鹿みたいなことを考えているんですか?七惟さんらしくないですよ」

 

「……んだと?」

 

額に青筋を立てて、七惟は鋭い目で五和を見る。

 

だが五和は揺らがない、此処で怒るということは図星を突かれたという証拠だ。

 

「貴方は初めて会った時から強気で、ふてぶてしくて、威圧的で……そんな傷心している姿は似合わないです」

 

「…………」

 

「だから私のコトは気に掛けないでください、そんな七惟さんを見ているとこっちが調子を崩しておかしくなってしまいそうです」

 

「お前」

 

「あの時のことだって、キオッジアのことだって、今回のことだって……全部を乗り越えられた、だから私達は仲間なんですよ」

 

七惟は黙ってこちらの目を見つめてくる、突き刺さるような視線がこちらの芯まで伸びてくるのが分かった。

 

今までの経緯からして罵倒や皮肉の言葉が飛んで来るかと思ったが……。

 

「はン……そうだな、あのサボテンに熱上げて周りが見えなくなってん奴に言われちゃお終いだ」

 

予想していたものを逆の意味で裏切ってくれた七惟だったが、今ここでツンツン頭の少年ことを言うのは……。

 

こんなシリアスなシーンでもお構いなしにこのように切りだしてくるのは流石と言うべきか、コミュ障による弊害と言うべきか。

 

顔に自然と熱が上がっていくのが分かりつつも、耳が熱くなってきて恥ずかしさで七惟と視線を合わせることが出来ず俯きながらも反論する。

 

「そ、そんなことは今は関係ないことじゃないですか!と、とりあえず・・元気になってくれたようで何よりです」

 

「そいつはどうも」

 

「あと出来れば事あるごとにあの人のことを言うのは止めてください……心臓に、悪いんですから」

 

「そうしておいてやるよ」

 

分かっているのか分かっていないのか、こちらの気持ちを知ってて弄んでいるとなると余計に性質が悪い。

 

むすっとした表情の自分と違い、先ほどまでの傷心した表情は何処へ行ったのか今では意地の悪い表情を浮かべている。

 

その姿は先ほどまでの傷心した姿を微塵も感じさせない、いつもの七惟理無が戻っていた。

 

 

 

「なぁ……五和」

 

 

 

「な、なんですか!?あの人のことならもう何も言いません!」

 

 

 

「いや……ただ」

 

 

 

「ただ……?」

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

その一言が、五和の心の何かを動かした。

 

そして頭に過った思いが一つ。

 

私が、この人の最初の仲間。

 

だから……最後まで、仲間でいよう。

 

殺し合い、蔑みあった、だけど自分が言った、たった一言で彼は何かが変わり、敵対した自分の命を救い、こうやって談笑出来る。

 

コミュニケーションを取らず、人との関わりをあまり取っていなかった彼はもしかしたら、今非常に人からの影響を受けやすい状況にあるのかもしれない。

 

ならば自分がこの人の隣に『いるべき』だ、この人を理解出来るのは私なのだから。

 

…………あれ?

 

その時、七惟理無の傍に『いたい』という自分の思いが一瞬でもあったのを彼女は自覚したのだった。

 

 

 

 

 






スズメバチです、6月は更新話数がまさかの1話……なんとか7月で挽回しなくては!

そしてついにここまできました、にじふぁん時代の距離操作【S】最終話までが更新終了です。

今後は【F】に入っていきますが、データが一部消えてしまっているので更新は更に亀になるかもしれません。

ですが月1回は必ず更新しますよ!

これからもスズメバチの作品をどうぞよろしくお願いします。


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Ⅸ章 全距離操作と窒素装甲
学園都市の無法地帯-ⅰ


 

 

 

 

 

七惟理無は日本国の西東京に創設された学園都市の学生であり、都市から学生に贈られる称号として最高ランクの栄誉を与えられている。

 

それはレベル5、超能力者という肩書。

 

彼の序列は第8位、要するに学園都市と呼ばれる都市で8番目に頭の良い学生ということだ。

 

これが表向きの彼の称号であるが、当然表があるのならば裏もある。

 

この見た目短髪で黒髪黒目、何処にでもいそうな容姿の学生には通常ならば考えられないような顔があるのだ。

 

裏の顔は、学園都市暗部組織の構成員の顔。

 

必要ならば殺しもするし、能力を使って人間を攻撃するなんて朝飯前。

 

レベル5の彼は、優秀な学生であると同時に、優秀な工作員でもあるのだ。

 

此処までが表と裏の顔である。

 

だが、そんな彼のプライベートはどうだろう。

 

プライベートでは、世界を二分する勢力のどちらにも加担している、変わった人物。

 

イタリアで魔術師と闘い、学園都市で神の右席と死闘を繰り広げ、神奈川で科学と魔術の実験台にされるなど、プライベートは一般人からすれば表裏の顔よりも信用されないものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇー、もう二度とこちらの世界の舞台には上がってこないと思っていたアンタが此処に来るとはね。戻ってくるつもりかい?」

 

「……るせぇ、さっさと話を進めろ」

 

「こりゃ近いうちにひと悶着あるかな?ところでアンタは結局カリーグ所属なのか?それともアイテム所属なのか?」

 

「聞こえてねぇのか?」

 

「あぁ、悪いなオールレンジ。職業柄こういう性質なんだ」

 

「…………」

 

そんな七惟は学園都市の第15学区、学園都市の中でも最も地価が高く、巨大繁華街として栄えている場所へと足を運んでいた。

 

その中の一つにオフィスとマンションを合体させたような、それは見るからに豪奢な建築物の一室の中にいる。

 

部屋はマンションの最上階に位置しており、こんなところを『仕事場』にしている目の前の男……『雑貨屋』の気が知れない。

 

「それで必要なモノは何なんだい?可能な限り用意するよ、逃走用の車からヘリ、ジャミング電波を発する携帯電話……あ、もしや手配書用の整形手術?」

 

「何でも屋みたいなもんだなお前は」

 

「あぁ、そりゃあもちろん。隠れ家から始まったけど今じゃこれだけの商品を取り扱えるようになったんだ、それなりに拘りもある。あ、でも臓器は扱ってないからな」

 

20代そこらと思われる男の口から飛んで来る単語はどれも非現実的なものばかり。

 

いや……今まで、この1年の生活からすれば非現実と言えるだろうが、もともとこちらの住民であった七惟からすればこっちが日常なのだ。

 

「はン……おい、アレも商品なのか?」

 

七惟が顎で刺したのは壁の端っこのほうで、裸で蹲っている年齢15歳程の少女だった。

 

目からは光の色が消えており頬は腫れて膨れ上がり年相応の表情とはかけ離れ、全身には多数の痣が残っている。

 

「あぁー。オールレンジともあろう人があんなモノに興味があるとはね。でもアレは商品じゃない、俺の趣味みたいなもんだな」

 

「趣味……ねぇ」

 

「言っておくがアレに俺は欲情なんかしてないよ?まぁ言ってれば人体サンドバック、観賞用も兼ねて中々いい」

 

「へぇ……おぃ」

 

「ん?まさかアレが欲しいのかい?」

 

「……これでいいだろ」

 

そう言って七惟は懐から札束を放り投げた。

 

机に乗った札束は多少バウンドしてその場に収まる、重量からして単位は百万円、そしてその塊が7、8個と言ったところか。

 

「おいおい……まさかオールレンジはロリ好きなのか?アンタ確か年は16、17だよね?」

 

「はッ……知るか、これにてめぇの名前を書きやがれ」

 

七惟はポケットから紙きれを取り出しサインを促す。

 

「ったく……高かったがそれだけ出されちゃ文句は言わない」

 

そう言って雑貨屋の男はペンを握り書類をざっと見てから何か違和感を覚えた。

 

今まで彼の元に尋ねてきたカリーグの下っ端連中の書類は、少なくとも自分の名前を用紙の端っこのほうに書くだけで良かったはずだ。

 

それに底辺組織の連中が扱う書類として特徴的な、用紙のヘッダ部分にでかでかと組織名が書かれている。

 

しかし今七惟が出した書類にはヘッダの部分にそんなでかい英字も無いし、名前を書く場所も端ではなく上のほうに記載せよと注釈のようなものがある。

 

そしてカリーグの書類で名前を書く場所には、別の組織名が書かれていた。

 

そこには……。

 

「がふッ!?」

 

その文字を確認した時には、自分の身体が元居た場所から数メートル飛ばされているのが分かった。

 

遅れて痛みもやってくる、状況が整理出来ない雑貨屋はただ目の前に静かに佇む七惟を唖然と見るばかり。

 

「め、……『メンバー』!?まさかアンタは!?」

 

「良かったじゃねぇかゴミクズ、てめぇの命はどうやら時価に換算したら700万円だとさ」

 

雑貨屋の身体は七惟の可視距離移動法の力によって壁にめり込み、その衝撃で身体の至るところの骨が折れてしまっているようだった。

 

「は、ハメやがったなてめぇ!」

 

「何言ってんだ、こっちの世界じゃこれが常識だろが。それとも俺がいねぇ1年の間にこっちの世界はこんなにもぬるま湯みたいな世界になっちまった……とでも?」

 

「ぐッ……このぉッ」

 

抵抗しようと男が拳銃を取り出すが、そんなものは第8位からすれば何の役にも立たない。

 

放たれた弾丸は七惟に向かう前に不自然に逸れ、そのまま豪華な絨毯を抉っただけだった。

 

「こんの……化け物が!」

 

「あと言い忘れてたがな……俺はカリーグでも、アイテムでもない。『メンバー』だ」

 

そう言って七惟は男の死刑を執行した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後部屋の一部は真っ赤な鮮血で染め上げられ、家主である雑貨屋の男は虫の域、生きているのが不思議なくらい痛めつけられていた。

 

七惟は無造作に携帯を取り出し、メンバーの頭である『博士』に連絡を取った。

 

 

「終わったぞ、回収班を寄越せ。今すぐにだ糞野郎。…………あぁ?息をするだけのタンパク質の塊運ぶだけでいいんだよ、分かったか?早くしろ。ミンチにされたくなかったらな」

 

 

七惟はこんな仕事を当てられた苛立ちを電話先の相手にぶつけて乱暴に通話を切ろうとするが。

 

部屋の端っこのようで、蹲りながらも震える瞳でこちらを見つめている少女が視界に入り一言付け加えた。

 

「ついでに女用の服持ってこい。……理由だぁ?知るか。あと回収班は女だけだ、男が混ざってたらてめぇら一人残らず俺が弾道ミサイルみたいにぶっ飛ばすぞ」

 

今度こそ通話を切り、少女には目もくれずに七惟は窓から外へと出て行こうとする。

 

「後は勝手にしろ、生きようが死のうが俺は感知しねぇ」

 

素っ気ない調子で吐き捨てながら七惟は窓を開ける。

 

すると後方からもぞもぞと何かが動く音がした、振り返ってみると少女が僅かに身体を動かしている。

 

 

 

「あなた…………は」

 

 

 

一瞬思案した七惟だったが、彼が持ち合わせている言葉は非常にシンプルなものだった。

 

 

 

「……最低の人間とでも覚えとけ」

 

 

 

この少女は半端な気持ちで暗部に足を突っ込んで戻れなくなってしまったか、元々暗部に属していたが闘いの最中敗れこのように奴隷のようになってしまったのか。

 

それは分からない、分からないが彼女のような存在を作り出しているのは間違いなく自分のような力を持つ側の人間である。

 

まぁ、そもそも暗部に少しでも触れようとする人間は表の世界ではまともに生きていけないような連中ばかりなので、この少女もそうなのかもしれない。

 

それでも、間接的にだが奴隷が容認される世界を生きて、その世界を支えるような仕事をしている自分は最低の人間なのだろう。

 

最低の人間、それが七惟理無なのかもしれない。

 

 

 

 

 






改訂版距離操作シリーズもようやくココまできました、何とか1周年経つ前に

にじファン時代のところまで更新出来そうです。


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学園都市の無法地帯-ⅱ




※冒頭部が抜け落ちていた、また一部内容を修正致しました。




 


 

 

七惟が天草式の神裂と死闘を演じ、五和と別れた後家に戻ってパソコンのメールをチェックしてみると、組織のほうから下記の番号に電話せよとの通知メールが届いていた。

 

珍しく組織からまともなメールが届いたため、七惟は何事かと思いその番号を迷わずプッシュしたが、終わった後その画面に表示されたのは、前自分が所属していた組織の長の名前だった。

 

 

「……博士?どういうつもりだ」

 

 

七惟は疑問を抱きながら携帯を耳に押し付ける、ポケットの中で暖まった携帯が何だか不快に感じる。

 

その温かさがまるで……自分の身体に絡みついてくるような、悪いことが起こる前兆のような気がした。

 

 

「オールレンジか」

 

 

受話器の先から聞こえてきたのはよく知っている人物、というよりも……。

 

 

「……てめぇに直々に電話せよってのはどういうことだ」

 

「おいおい、君の能力を開発してやったのは私なのだよ?そんな口の聞き方はないだろう」

 

 

そう、このメンバーの長である博士という人物は七惟の能力開発に携わってきた人物なのだ。

 

付き合いは非常に長く、おそらく学園都市に放り投げられた時からだ。

 

しかし七惟は博士に対して全くと言っていい程心を許していないし、親しみもかけらほど感じていなかった。

 

博士は今まで七惟が相対してきた糞みたいな研究者の結晶体のような人間だ、コミュニケーション能力の欠如も友人0も少なくともコイツの影響のせいである。

 

そんな人間に対して心を開く奴など居るわけが無い、七惟とて例外ではないのだ。

 

 

「んで?要件を簡潔に言いやがれ。俺は今めちゃくちゃ疲れてんだよゴミ虫」

 

「ふむ、まあこの際その口調には目を瞑ってやろうか。そうだな、簡潔に言えば『君』の力が必要になった」

 

「んだと……?」

 

「電話で話して奴らに盗聴されたら適わんからな。続きはメンバーのアジトで行う。明日の0.00だ、分かったかね」

 

 

0.00。

 

それはメンバーの構成員だけが使う隠語。

 

左側の0は時刻、今回は0時ちょうどという意味だ。

 

ドットはそれを繋ぐ場所、メンバーの構成員を繋ぐ……要するにアジトに集合せよとのことだ。

 

そしてドットの右側の00は集合するアジトの場所、この場合はナンバー00のアジトだ。

 

 

「はン……分かんねぇとか言ってもどうせ地の果てまで追ってくんだろ」

 

「まぁそうなるな」

 

「チッ……切るぞ」

 

 

通話ボタンを切り、再び静寂が部屋に戻る。

 

彼が現在所属する組織は、『カリーグ』。

 

今電話をかけてきた博士の持つ組織、『メンバー』直属の下位組織にあたる。

 

七惟は1年前にとある実験にて、博士の望む数値を出すことが出来なかった。

 

博士は自分が能力開発の分野にて天塩に育てたオールレンジに過大な期待を寄せていたため、実験は必ず成功すると思っており、他人に豪語していたらしい。

 

その結果が失敗という惨めなものでは、皆良い話のネタとして毎回あの男を馬鹿にしていたのだろう。

 

我慢が出来なかった博士は、不完全なレベル5など近場には置いておく訳もなく、更に性質の悪い噂が出る前にオールレンジを左遷した。

 

そして、その左遷先が七惟が今所属する『カリーグ』という訳である。

 

七惟は携帯を握りしめた手をじっと見つめながらメンバーで活動していた日々を思い出していた。

 

褒められたものではないが、やはりかなりの数の危険をかいくぐってきている、そして今回もおそらく同じように命の危険がある仕事なのだろう。

 

そして今居るメンバーの力だけでは状況は打破出来ない状態にあり、かなり危険な状態と予想される。

 

暗部の情報に疎くなっていた七惟からすれば何が起こっているのか見当もつかない、とにかく仕事だと言うのならばやるしかないだろう。

 

拒否をしたらミサカを狙われる可能性もあるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待っていた、時間通りとは流石だ」

 

「相変わらず短髪ですね、くせ毛持ちは大変なんですか」

 

「カリーグで野たれ死ぬかと思ってんだが生きてたのか、しぶとい奴だ」

 

「まだモグラみてぇに光の当たらねぇ場所でちまちまやってんのか馬場」

 

 

七惟がやってきたのは第22学区の地下街に設置してあるvip用の核シェルターだ。

 

本来ならばこの場所は統括理事会の一人の避暑地として使われるはずだったが、統括理事超直属の部隊であるメンバーの権限により勝手に使わせてもらっている。

 

それは七惟がメンバーの一員になる時からそうだったし、左遷されカリーグの一員になる時もそうだった、そして今も変わりは無い。

 

ただ変わったことが一つだけあった、それは博士の隣にいる一人の少女だ。

 

今までこのメンバーには七惟を含めて4人しかいなかったし、女性の構成員が加わったことも一度も無かった。

 

それだけその女子高生のような少女がこの場にいるのは違和感があったし、それ以上にひっかかるものがあった。

 

あの少女が纏う雰囲気は、天草式十字凄教やローマ正教のシスター達と同じ……科学として見るには余りに異質なモノだったからだ。

 

それが一体何なのか分からないが、もしかしたら魔術サイドの人間なのかもしれない。

 

 

「その女は?1年前は居なかった」

 

「あぁ、彼女は魔術師。私の右腕として働いてもらっているよ」

 

 

やはりか。

 

しかし学園都市というのは魔術のようなオカルトを嫌い、認めていなかったはずだ。

 

科学で埋め尽くされたこの部屋で、非常に浮いている存在に見える。

 

それに科学の権化のような存在の博士が『魔術師』という単語を軽々しく口にするのはおかしい、まぁ協力関係にあるからそれ以上は詮索はしないが。

 

査楽や馬場も突っ込みを入れないところを見ると、おそらくメンバーに加入してからある程度の時間は経過しているのだろう。

 

 

「それで?話は何だ、早く終わらせろ、此処は息苦しくて気持ちがわりぃんだよ」

 

 

とにかくこの息苦しい空間は昔も今も好きではない、太陽の光を浴びれない空間などまっぴらごめんだ。

 

さっさと話を追わせてこんな穴倉など出てしまいたいなど、自分勝手に早くも成り始めている七惟の思考を感じ取ったのか馬場が舌打ちをする。

 

博士はそれを気に留めることもなく唯淡々と話を続けた。

 

 

 

「あぁ、キミを再びメンバーの一員とすることにした」

 

 

 

その言葉に七惟の表情が僅かに変化する。

 

「どういうことだ?てめぇの期待した数値が出せないゴミは要らねぇんじゃねぇのか」

 

「まぁそうだが、今はそう悠長なことを言っている場合でもないのだよ。何せ学園都市第2位のスクールだけではなく第1位が居るグループですら不穏な動きを見せている」

 

「グループ……?」

 

 

スクールは分かるのだが、グループとは一体何だ?話からして一方通行が在籍しているのは間違いないが。

 

「グループとは0930事件以後に発足された組織ですよ。構成員は『一方通行、土御門元春、結標淡希、エツァリ』ですね」

 

査楽が説明したその人員の4人中3人は七惟にとって非常に身近な人物だった。

 

しかしまぁ……グループという組織が暴走したら誰が止めるつもりだ?土御門はともかく、一方通行や結標が手を組んだら止められるとは思えないのだが。

 

「まぁ今はグループは問題じゃねぇ、スクールだ」

 

「うむ、第2位の動きがどうも統括理事会の意向を無視したものになっているのだよ。そして下手をすれば理事会に害を及ぼす恐れすらある」

 

「つまりスクール及び垣根をぶっ殺して来いってことか?残念だが第8位程度じゃあの未現物質に勝てる可能性は0だぞ」

 

七惟は垣根の能力を知っているし、その実力も半端ではないということは実感している。

 

あれを止められるのはおそらく一方通行だけだ、少なくともそれ以下のレベル5が束になっても適わないような敵を相手にしろなど論外だ。

 

 

「まぁまだそうは言っていない。確証もないのだ。ただ、攻めるにはまず外堀から……この意味が分かるかね?」

 

「心理定規やらの掃討作戦ってわけか」

 

「ふむ、とにかくまずはスクール及び垣根の周りから潰していこうと思っているのだよ。そこで君の戦闘能力が必要となったわけだ」

 

「はン」

 

 

くだらなそうに応答するも、いつかは呼び戻されるだろうと思っていた分にそこまで動揺などはしなかった。

 

いくら自分がコケにされるきっかけを作ったレベル5だとしても、その力をあっさり捨てるには余りにも惜しいのだろう。

 

ただ、垣根を始めあの化物達を相手にするのは当然首を縦に振ろうとは思わない……それに心理定規に手を出すのも乗り気ではない。

 

「既にアイテムの電話相手とは話をつけている、メンバーとアイテムの情報網を使いながら奴らを潰すのだ」

 

「……あの勧誘作戦はてめぇの入れ知恵か?」

 

「そうなるな。スクールはまだメンバーの存在を認識していないのに、わざわざ此処で組織に呼び戻して、メンバーが明るみに出るのは不味いと思ったのだよ。だがアイテムならばスクールとは犬猿の仲であるというのは周知の事実、敵対する勢力に加えることでスクールのプランを一つへし折った」

 

「スクールのプラン……?」

 

 

目を細める七惟に馬場が横やりを入れる。

 

 

「知らなかったのかお前。スクールはお前を組織に向かい入れる準備を進めてたんだぞ」

 

「…………」

 

まさか、夏休みが明けてすぐ街で会った垣根は自分の様子を見に来たのではなくて、オールレンジを味方に引き入れるために第七学区にいたのか。

 

そんなことなど当時は全く考えていなかった。

 

「ったく1年、生ぬるい場所に居たからぼけちまったんじゃねぇのか?」

 

「言ってろ、核シェルターの中でしか眠れないノミの心臓が」

 

「なんだと!」

 

挑発する馬場の言葉に皮肉を重ねる。

 

はっきり言って七惟はこのメンバーのことを五和のように『仲間』だとは微塵も思っていは無い、必要があるのならば即座に裏切ってやるし、もし七惟の友人や仲間に危害を与えるというのならば叩き潰すことすら厭わない。

 

だからこの場でこの男を息をするだけの肉塊に変えることなど何ら抵抗はないのだ、壁に埋め込んでオブジェにすることも全く心が痛むことはない。

 

「やめないか。そんなつまらない挑発に乗るはみっともないものだよ」

 

「はン……」

 

博士が馬場を鎮め、再びこちらに視線を向ける。

 

一呼吸置いてから博士はまた喋り出した。

 

「分かっているとは思うがね。オールレンジ、キミはメンバーの下位組織カリーグで働いていたのだ。未だに我々の管理下にあるし、君の情報など容易く手に入る。例えば……第3位のクローンのことなど」

 

七惟の身体が反応し、ぴくりと眉毛が動いた。

 

やはり出してきたか、ミサカのことを。

 

「断るなどおろかな選択はしないことだ、分かったかね」

 

「はン、そうしといてやるよ」

 

「ああ、それと……君にコレを渡そう」

 

「あぁ……?」

 

博士はポケットからメモリースティックを取りだした、それにはラベルが貼っており、氏名欄に『ハウンドドッグ・木原数多』と記載されている。

 

確かこの猟犬部隊は殺しのエキスパートだ、そしてそれを取りまとめるのは木原という研究者。

 

しかし情報に寄ればこの男は0930事件の騒乱の中で誰かに殺害されたはずだが…………。

 

「先ほど言った通り、グループも静観出来る立場ではないのでね。万が一の時のために一方通行の能力開発に関するデータをそこに納めておいた」

 

「要するにあの糞野郎とドンパチやれってことか」

 

「ふむ、そうなることもあるかもしれない。ただそのデータの中身を利用すれば、AIM拡散力場に干渉する力を持つ君ならば面白い結果に繋がるだろう」

 

「どういうことだ」

 

「それは見てからのお楽しみというものだよ、大事なモノだから紛失したりするな、これは命令だ」

 

七惟は博士からメモリースティックを受け取った。

 

中にいったいどんな情報が入っているのかは分からないが、自分のプラスに働くことはないだろうと直感が告げていた。

 

「それでは行動に入る。査楽とショチトルはグループの監視、馬場は普段通り私のサポート。オールレンジはアイテムと行動を共にしろ、電話の相手に内容は伝えてある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雑貨屋を始末する仕事を終えた七惟は、数時間後に核シェルターで守られているアジト00で使っているロッカー前に居た。

 

数日前此処に戻ってきた時のことが脳裏を過ったが、あの時博士から渡されたメモリースティックには一方通行に関する何のデータが入っているのだろうか。

 

結局興味も湧かなかったため、開封すらしていない……やはりざっとでも中身を確認しておくべきか。

 

考えても無駄なことだ、と気を取り直し私物及び今後必要になってくるであろう書類の山をロッカーに押し込むべく七惟は体と視線を動かす。

 

視線の先には昔と変わらず、博士・馬場・査楽の表札。

 

加えてショチトルという魔術側の少女のものが一つ。

 

戻ってきた、という感慨深い感情などは一切湧いて来ず、今後始まるであろう暗部の生活に思いをはせていた。

 

一年前、一方通行との実験にて博士の期待値を上回れなかった自分は下位組織に左遷され、表の世界で様々な経験をした。

 

今からは表の世界の常識が全く通じない裏の世界の住人だ。

 

元から裏側の世界の住人ではあったが、懐かしい等の良い感情は湧く訳も無かった。

 

表の世界のほうが良いに決まっているのだから。

 

重たい足を動かしてロッカールームから先ほどの会議室に戻ると、既に博士や査楽、ショチトルの姿はない。

 

その代わりに居たのは、七惟が生理的嫌悪感で受け付けない馬場と、先ほどまではおらずこの空間には決して馴染むことが出来ないような人間が一人。

 

「……おぃ、その女どうして此処にいやがんだ」

 

「あぁ?お前が雑貨屋からかっぱらってきたんだろ?博士がその幸薄な顔が気に入ったらしくてな、飽きるまでは此処に置いとくらしい」

 

「……」

 

 

馬場一人しか居ないスペースに、七惟が雑貨屋で出会った少女が居た。

 

服装は上から下まで真っ黒なジャージで、しかもぶかぶか。

 

おそらく馬場が寝巻として仕様しているモノを着ているのだろう、明らかにサイズが合っていない。

 

 

「あなたは……ありがとう」

 

「……はン」

 

 

初めて第15学区で会った時もそうだったが、この少女は非常に表情の変化が乏しく何を感がているのか読みとれない。

 

滝壺と似ているとも取れるが、あちらと違うのはその纏う空気だ。

 

滝壺は一緒に居て心が安らぐような、こちらをリラックスさせてくれる沈黙を作ってくれる。

 

しかしこの少女は見ていてこちらの身体の隅っこが痛くなってくるような空気だ。

 

それはまるで『お前がやっていることはこういう人間を生み出しているんだ』と暗にこちらを侮蔑しているようで、何だか落ち着かない。

 

 

「私は……他に行くあてがないから」

 

「此処に居るってことは、それなりの仕事を任せられんだぞ?おぃ馬場、コイツの能力は何だ」

 

博士が何時までこの女のことを気に入っているかは分からないが、いずれは戦場に駆り出されるのは間違いない。

 

そうなった場合、力が無ければ生きて行くことは出来ないので今のうちに確認する。

 

「あぁ、コイツは距離操作能力者だ。レベルは良くて3、まぁ…2.5くらいか?要するにお前の超劣化版だ」

 

馬場がパソコンに目を通しながら事務的な声で応える。

 

「俺の劣化版ねぇ」

 

レベル3ともなれば、軍事登用も可能なレベルではあるが、やはり七惟の力とは雲泥の差だ。

 

距離操作のレベル3というのは、主な攻撃手段は可視距離移動砲しかない。

 

しかもその弾速もよくて120km、平均で100km前後と非常に遅く、美琴のクローンであった妹達も同じレベル3ではあったが、おそらく戦わせれば1分も持たずにこの女は感電死してしまうだろう。

 

 

「あなたは……オールレンジなんでしょう?」

 

弱弱しい声で少女が尋ねる。

 

「だったら何だ?」

 

「……あなたの、役に立ちたいんです」

 

「ならまずは自分が死なねぇように立ちまわれ、せっかく拾ってやったのに死なれちゃこっちも目覚めがわりぃぞ」

 

「わかりました」

 

本音を言うのならば、お前なんぞ少しも役に立たないからすぐさま陽の当たる場所へ帰れと突っぱねるつもりだった。

 

しかし今この少女をこの場から放り出しても彼女は生きて行く術が無いし、何よりも居場所がないのだ。

 

そうなるとまた雑貨屋のような奴に捕まるか、猟犬部隊のようにもう二度とまともな生活へとは戻れないような場所へと引きずり込まれるかもしれない。

 

それだけは、避けた方がいいだろう。

 

「おぃ馬場、雑貨屋の始末書置いとくぞ。あとはてめぇが勝手に処分しとけ」

 

「お願いしますの一言も言えないのかこの糞餓鬼」

 

「あぁ?お願いしますと言えばてめぇは喜ぶのか?」

 

「少なくともてめぇの敬語は朝飯よりはウマい」

 

「つまんねぇ野郎だ、じゃあな」

 

七惟はタンクバックから荷物を引きずりだし、乱暴に机へと放り投げる。

 

「おい、女。あの糞餓鬼が撒き散らかした書類こっちに持ってこい」

 

「……わかりました」

 

馬場は少女を顎で使いながら雑務を行っているらしい。

 

まぁ、戦場に出てドンパチやるよりかはこうやって事務仕事をこなしているほうがあの少女にとっても幸せなことなのかもしれない。

 

少なくとも馬場は少女に手を出すような肝っ玉の据わった男ではない、無理やり犯されるなんてこともないだろう。

 

要件を済ませた七惟は踵を返し、核シェルターを後にした。

 

向かうはアイテムのリーダー、麦野が待つカフェ。

 

さてどんな無理難題をふっかけられるのか……考えるのも億劫だった。

 

 

 

 

 

 



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掃討作戦-ⅰ

 

 

 

 

 

「此処にスナイパーが…ねぇ」

 

「うん、むぎのの話だと此処を中心にスナイパーが活動してるみたい」

 

 

 

今七惟の目の前に広がっているのは、何処にでもありそうな打ち捨てられた廃墟だ。

七惟は博士にアイテムと合流せよとの命令に仕方なく従い、麦野からのメールで場所を指定されそこに向かった。

待っていたのは七惟と一緒に大覇星祭を闘った滝壺と……。

 

 

 

「言っておきますけど、一応此処にいるのは七惟と違ってずっと暗部で超活動を続けていたプロです。油断しないでくださいよ」

 

「はッ…能力の相性考えりゃ俺と滝壺だけで十分なのに、どうしてあのヒステリックはお前なんざを寄越したんだか」

 

 

 

相変わらず七惟と仲が悪い絹旗最愛である。

 

 

 

「だいたい、そこらへんに転がってるようなスナイパー一人始末出来ねぇ程戦力不足なのかアイテムは?」

 

「さぁ?私は自分と滝壺さんだけで超十分って言ったんですけど、滝壺さんを連れて行くとなると何処かの誰かがぎゃーぎゃー騒いで煩いんですよね。だから、黙らせるために何処かの誰かが追加招集されたんじゃないですか?名指しは超しませんけど」

 

「なるほどな、その何処かの誰かさんが居ることに気に食わない餓鬼が麦野に呼ぶ必要はないと提言したと。そして首を縦に振らせることが出来なかったから尻尾巻いて逃げかえって、

 

此処で負け犬の遠吠えをしてる訳か」

 

「…なんですか?」

 

「…あぁ?」

 

 

 

この二人の会話から分かる通り、今七惟理無と絹旗最愛は犬猿の仲と言っても過言ではない。

 

二人がこんな関係になってしまった原因ははっきりしている。

 

それは絹旗達アイテムが七惟のパートナーである滝壺理后を利用して、彼をアイテムに引き入れたことだ。

 

今はもう所属する組織から七惟はアイテムと協力せよ、との命令を受けているためその駆け引きは無意味のようにも感じるが、当時は別である。

 

七惟は外道なやり方で自分を引き入れたアイテムの構成員…麦野、フレンダ、そして絹旗に対して快く思うはずがない。

 

特にリーダーの麦野と、あの取引を知っていながら知らない振りをして自分を騙した絹旗に対しては負の感情を捨て切れていないのだ。

 

 

 

「なーない、きぬはたも…」

 

「…はン」

 

「…滝壺さんに心配されるようじゃ、やっていけませんね。気を取り直して超行きましょう」

 

 

 

間に滝壺が入ってようやく二人の口論は止まる。

 

当然仲直りなんてするわけも無いし、目も合わせない。

 

七惟としては、絹旗が本当のことを言わずに自分を騙したことが気に食わないし、あれから謝罪の言葉すら受け取っていない。

 

仮に今から絹旗が真実を話して自分に謝ってくれるのなら関係の修復を考えなくもないが、絹旗は全くそのようなそぶりを見せない。

 

 

 

「…はッ」

 

 

 

絹旗は、麦野のような外道とは違うと少しでも信じていた自分が馬鹿だったようだ。

 

所詮コイツも暗部で溢れ返る奴らと同じで、力を持つ者に対して怯え胡麻をすり、取りいって貰いながら生きて行くような奴なのか。

 

 

 

「なーない、しかめっ面してる」

 

「…行くぞ滝壺。さっさと終わらせて帰る」

 

「そうですよ滝壺さん。こんな礼儀の『れ』の字も知らないような男と一緒に居ると超不快ですから」

 

 

 

一言多い絹旗が早速揚げ足を取って七惟に攻撃する。

 

 

 

「きぬはた」

 

 

 

が、再度口論に突入しそうだと感じ取った滝壺がすかさず割って入り会話を止める。

 

 

 

「…行きましょう」

 

「忘れ物は無いか小学生」

 

「誰が小学生ですか、誰が」

 

 

 

今度はお返しとばかりに七惟が憎まれ口を叩く。

 

普段からこのような言葉のドッチボールが多かった二人だったが、以前までのそれとはまるで違う。

 

ドッチボールではなく、投げっぱなしで二人ともボールを取りにいかない……会話がぶつ切り、そんな感じだ。

 

 

 

「我が身可愛さに身内を売る奴のことだけどな?」

 

「…七惟、いい加減にしてくれません?穏やかな私でも流石に超怒りますよ」

 

 

 

七惟の言葉に眼光を鋭くして絹旗が返した。

 

まるで敵対する者同士の会話のようで、作戦を始める前から三人の空気は戦闘時のようにぴりぴりしている。

 

 

 

「二人とも、かっかしないで。味方同士だから」

 

 

 

またもや滝壺から釘を刺され二人のいがみ合いは今度こそ終わった。

 

流石に敵地を目の前にして長々と喧嘩をしていられる程彼らも馬鹿ではない、この距離なら既にスナイパーの射程にも入っているだろうし気を引き締めたほうがいいだろう。

 

七惟も絹旗も、互いの心に大きなもやもやを残したまま目の前に聳え立つ廃墟ビルを見つめた。

 

嘗ては研究所として使用されていったらしいが、この地区は立地条件も悪かったため寂れて行き、最後には捨てられてしまったそうだ。

 

まぁそのように荒廃した土地はスキルアウトや暗部の絶好の隠れ家となる、人の目につかない場所は彼らにとって都合が良いのだ。

 

 

 

「いくぞ」

 

「うん」

 

「言われなくも超そうします」

 

 

 

敵は最近不穏な行動を見せているスクールのスナイパー。

 

殺すか、痛めつけるか、捕縛することによりスクールにけん制をかけ、馬鹿なことはしないように頭を冷やして貰うらしいが…。

 

こんなばらばらな状態で大丈夫だろうか、と滝壺は思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廃ビルと化した研究所の中に三人は入り、周囲を散策していった。

 

今回のターゲットはスクール所属のスナイパー、七惟としては頭が重くなる案件である。

 

約1カ月前に未元物質に言われた言葉を七惟はまだはっきりと覚えている、あまり下手を打ちたくない。

 

だが七惟の所属するメンバーと、滝壺達アイテムは既にスクールを敵対勢力と認識しているためこの任務を投げる訳にもいかなかった。

 

 

 

「…やっぱりそう簡単に尻尾は掴ませてくれませんね」

 

「うん、でも下部組織の人が尾行して突き止めた所だから間違いないと思う」

 

 

 

滝壺と絹旗は既に臨戦態勢だ、絹旗は窒素装甲を展開しており滝壺は普段通り周囲に気を張って獲物の気配を探っている。

 

七惟自身は何もしない、というよりもやることは無い。

 

実際絹旗の言った通り、スクールのスナイパーを仕留めるならば滝壺と絹旗二人だけで十分だし、むしろ絹旗一人でなんとか出来る案件だろう。

 

そこに敢えて七惟を送り込んだのは理由がある、麦野とカフェで交わした言葉を思い出すのだった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廃墟ビルに潜んでいるスクールの構成員を一人始末する、そのために滝壺と絹旗が向かうから七惟も協力して欲しい。

 

学園都市第四位に呼び出された七惟が彼女から聞いた話を大雑把に纏めてしまえばこういうことだったが、これだけの簡単な内容だったならばメールで作戦内容及び作戦開始の時刻と集合場所を通知してくれるだけで済む。

 

こうやって面と向かって一対一でカフェでのんびりと話す内容ではないはずだ、そもそもこんなつまらないことを言うためだけに麦野が自分を呼び出すとは思えない。

 

おそらく麦野は自分を此処に呼び出した本当の理由……話をしていないし七惟だってまだ肝心な部分を聞けずにいる、これを聞かないことには今この場で納得し帰ることなど出来ない。

 

 

 

「これだけの話なら電話やメールで済む要件だろが。どうして此処に俺を呼んだ?てめぇは俺の面見ると血管がブチ切れるくらいだろ」

 

「……」

 

「前々から気になってんだ、会ったらすぐさま殺し合いの関係なのに何度も俺の前に現れた。……てめぇ、腹の底で何企んでやがる」

 

 

 

夏休み明けからその傾向は顕著だった。

 

まだメモリースティックの売買をしていた頃は当然有無を言わさず殺しにきていた麦野だったが、その次会った時はファーストインプレッションも、対応も大きく変わっていた。

 

最終的には滝壺を人質に取るという強硬姿勢に出たものの、始めからその手を使わなかったあたり若干丸くなったというのか?

 

 

 

「凄い小さいこと気にするのね、アンタ」

 

「小さい訳ねぇだろが、今のうちにてめぇの腹の中確認してねぇと後ろから…なんてことされたら堪らねぇぞ」

 

「ふぅん…私も信頼されないもんね」

 

「信頼だぁ…?俺とてめぇらを結んでんのは、んな綺麗なもんじゃねぇ。仕事上仕方なくだ」

 

「ま、そうね。じゃあ納得するように言ってやるからよく聞きなさい」

 

 

 

さていったいどんな理由が飛んでくるのやら。

 

いや、この場合理由ではなく唯のいい訳だろう。

 

どうせコイツの場合『暇だったから呼んだ』の一言で片づけてしまうだろう、核心の部分は隠して。

 

だが、麦野の口から出てきたのは七惟が予想だにしなかった言葉だった。

 

 

 

「私と対等の立場で喋れる奴が、どんな感じなのか知りたかっただけ」

 

「…は?」

 

「それだけだけど、何か質問ある?」

 

「…ふざけてんのかお前」

 

「私の言葉が信じられない訳ぇ?」

 

「フレンダの真似すんじゃねぇ」

 

 

 

茶化しているのか、いないのか…全く見当もつかない。

 

麦野にしては珍しく、というか七惟は初めて彼女が自虐的な笑みを浮かべているのを見た。

 

ゴミとなったシロップと砂糖の入れモノをカップに放り込み、つまらなさそうに彼女は言う。

 

 

 

「今まで、私と対等の立場でこうやって話せる奴は居なかったから。絹旗や滝壺、フレンダは私の部下みたいなもんだし、三人が私のことどう思ってるのか知らないけど…私はあの三人のことを『下』に見てる」

 

 

 

淡々と語る麦野だが、その言葉は麦野らしいものであった。

 

むしろ『あの三人は私の仲間』などと抜かしたら、逆に七惟は麦野の言葉を信じなかっただろう。

 

 

 

「敵対する奴らは、まぁ私と対等だったけど全員ぶち殺すしね。その点、アンタは絹旗達や敵対する奴らともちょっと違うでしょ?」

 

「まぁ、同じ組織じゃねぇし敵対もしてねぇからな」

 

「そして実力も他の連中に比べたら近い、ときた。アンタなら私に対して臆することも無いし、私が下に見ることも無い、どう?」

 

「……」

 

「そういう対等の立場に居る奴と、ちょっと話してみたかっただけ。満足した?」

 

「……そういうことにしといてやる」

 

対等……ね。

 

自分以外の全人類を見下していそうな女が、自分より序列の劣る第8位を対等に見て話がしたいなんて信じられる訳がないが、もうこれ以上踏み込んでみても無駄だと判断した七惟もウーロン茶を飲みほし、席を立つ。

 

麦野はもう何も言わずに、頬杖を付きながら満足したような表情でこちらを見つめている。

 

 

 

「何かまだ用があんのかよ」

 

「別にないわよ?さあ、さっさとあの糞共を始末してきてちょーだい」

 

「…はッ」

 

 

 

何だか何時もと違って調子が狂う。

 

麦野から発せられるオーラというか、気というか…そういうものが今の会話の中では完全に異質なモノとなっていた。

 

あの言葉は本当なのだろうか?本当に彼女は対等な立場である七惟と喋りたかっただけなのだろうか?

 

ならば何故、喋りたいと思ったのだろうか?

 

全ては学園都市暗部の闇の中であり七惟には検討も付かず、そのまま絹旗と滝壺が待つポイントへと気だる気に向かうのだった。

 

 

 

 

 



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掃討作戦-ⅱ

 

 

 

場面は戻り、七惟の意識は再びスクールのスナイパーが根城としている廃墟へと意識が移る。

 

カフェで麦野が何を考えていたかは分からない、何時ものような外道なことではないということだけは確かだが……。

 

対等に話せる関係、そんな関係を持ってあの女はどうするつもりなのかは結局分からないままだ。

 

 

 

「どうしたの、なーない」

 

「…何でもねぇ」

 

「敵の本拠地だというのに、何ぼさっとしてるんですか」

 

「黙れ糞餓鬼が」

 

「このッ…!」

 

「二人とも、押さえて」

 

 

 

滝壺と絹旗の後ろを黙々と付いて行く。

 

麦野単体が何を考えていようがこの際どうでもいい、大事なのは今後全体を含んだこの命令の意味だ。

 

気を取り直して前を見据える、相変わらず絹旗はワナワナしているが、そんなことよりも気になっているのはこの建物に入ってから現在進行形で続いている異様な静けさ。

 

この建物が本当にスクールのスナイパーの活動拠点であるならば、スナイパー一人だけではなくスクールの下位組織の連中が張りこんでいてもおかしくない。

 

外敵の侵入に気付いたその時点で攻撃を仕掛け、不穏分子を潰しにくる…てっきり七惟はこうくると踏んでいた。

 

だが敵側は今の今まで全くのモーション無し、人っ子一人居ないような静けさときた。

 

 

 

「超不自然ですね…まるで廃ビルですよ、そのまんまの意味で」

 

「確かにな。アイテムの情報網は本当に信用できんのか」

 

「尾行して確かめた場所だから、間違いはないはずだよ」

 

「尾行、か」

 

 

 

尾行して確かめた場所となれば、まぁ此処に居たということは間違いないだろう。

 

だが暗部で過ごしてきた七惟の勘は別の可能性を試算する。

 

 

 

「もぬけの殻か、嵌められてるかのどっちかだな」

 

「え…?」

 

 

 

滝壺が気の抜けた返事をするのと対照的に、絹旗は静かに頷く。

 

 

 

「超腹が立ちますが七惟の言う通りかもしれませんね、尾行がばれていたと考えるのが妥当でしょう」

 

「そうなの?」

 

「はい、全く…滝壺さんも少しは身の危険を超考えてください。いくらレベル4とレベル5に挟まれているとは言え、絶対の安全なんてないんですからね」

 

 

 

そう言って絹旗は懐から拳銃を取り出した。

 

非力な女性でも扱える簡易タイプのものだが、当然殺傷能力は備わっている代物である。

 

滝壺は興味深そうに黒光りするその物体を手に取り眺め、ポケットの中にしまった。

 

七惟はそのやり取りを見ながら、一つの核心を得ていた。

 

アイテムの核となる人物はレベル4の絹旗やフレンダではないことは前々から分かっていたが、レベル5の麦野でもない。

 

このレベル4の滝壺だ。

 

戦力的にはまるで役に立たない滝壺であるが、彼女の能力は戦闘以外の面では他のメンバーの力を遥かに凌駕する。

 

今回の戦闘で、七惟を寄越した理由を麦野は『連携の確認が目的』だと言っていた。

 

奇襲であるならば人数は少ない方が良いに決まっているのに、敢えてそのリスクを犯してまで臨時メンバーである七惟を奇襲のメンバーに加えた。

 

連携の確認というならば、重要な面子と同行させその特性を掴み、今後に役立てようとするだろう。

 

七惟も当然この作戦には絹旗とフレンダが同行すると思っていたが、来てみればそこにフレンダは居らず代わりに居たのが戦闘能力皆無の滝壺。

 

リーダーの仕事をしているのはレベル5である麦野だが、その裏でコアは滝壺という訳で、フレンダは一番どうでもいい存在…要するに麦野にとっては捨て駒だ。

 

絹旗が滝壺に渡した拳銃も、おそらく麦野が用意したものなのだろう。

 

そう考えなければ不自然な点が多すぎる、どうでもよい存在を大事な戦力と一緒に戦場に向かわせる馬鹿などいないのだから。

 

 

 

「七惟、滝壺さんに熱上げて周囲への警戒が疎かになったりしないで欲しいんですけどね」

 

「はッ…お前のほうこそ、レベル5の力が怖くて喚いてる臆病者だろ。怖がっても誰も助けてやらねぇぞ」

 

「ふん、好きなように言っとけばいいんですよ。今回は仕方なく上からの命令で、同盟関係である貴方と一緒に居る訳なんですから、それを超忘れんな」

 

「その条件がなかったらお前はどうするつもりなんだか」

 

「そんなのは答えるまでもないでしょう、私は今からでも七惟が超苦しむためにあの手この手を使ってやりますから」

 

 

 

絹旗の鼻に付きまくる態度に構っているつもりなどないが、どちらが言葉を発しても最後は罵りあいになってしまう。

 

自分を騙したあの日以来、自分とコイツの関係はもはや修復不可能なレベルまで悪化してしまっている。

 

暗部では当たり前の騙し合い、殺し合い。

 

絹旗はその当たり前をやったまでだ、この世界でそのやり取りを糾弾すること自体が大きな間違いであるし、周りから馬鹿にされるだろう。

 

『お前はこの世界に向いていない』『そんなこと言ってたら次に死ぬのはお前だな』

 

などと言われるに決まっている。

 

七惟だってそれが当然だと思っていたし、過去も未来もこの考え方は暗部に限って言えば変わりはない。

 

だが、何故か絹旗だけは。

 

絹旗がそうするのは、気に食わなかった。

 

二人の険悪なムードが静かな廃ビルに充満する、本来は敵対勢力の殲滅が目的だというのに、この二人はそんなことなど何処吹く風かと言ったところだ。

 

二人の態度にあたふたする滝壺など相手にせず、絹旗はずんずん進んで行くし、七惟の頭は今後のスクールとのことや、どうして此処まで絹旗に苛立つのかで頭がいっぱいである。

 

この作戦でスクールのスナイパーを文字通り始末してしまったら、垣根はどう動くのか?本当に麦野の言う通り制裁を与えてよいのか?それにより取り返しのつかない事態になるのではないか?隣の小学生のせいでまともに思考回路が動きやしない。

 

そもそも自分は何故ここまで絹旗に苛々しているんだ?当たり前のことをやった彼女に対して苛立つ必要性もないだろう。しかし自分はそんな当たり前を絹旗に求めていないと感情が訴えてくるのだが、頭の中ではそんな異常な思考は馬鹿らしいと一蹴するもう一人の自分も居て、単純に納得が出来ず心の天気は曇天100%だ。

 

無言のままどれ程進んだだろうか、決して高層ビルとは言えない高さであったためもう最上階も近い気がする。

 

各フロアごとくまなく虱潰しに探って行ったが、それでもスクールのスナイパーはいないし、活動していた痕跡すら残ってはいない。

 

これはもう、完全に撒かれたかと七惟が考えたその瞬間だった。

 

次のフロアに移動しようと階段に向かっていた三人に、不意に金属音のような甲高い音が耳に響いた。

 

あれだけ頭の中がぐちゃぐちゃになっていた七惟だったが、瞬時に戦闘スイッチのオン・オフが切り替わる。

 

 

 

「……!」

 

「きぬはた」

 

「超分かってます、今のは私達三人が出した音じゃありません」

 

「準備万端で待ち構えてたって訳か」

 

「そうなりますね、認めるのは超癪ですけど」

 

 

 

三人が戦闘の意思を互いに確認すると、柱の陰から何かが飛び出した。

 

 

 

「小賢しい真似しやがって!」

 

 

 

物陰から転がり出たのは手りゅう弾のようなモノ、暗部の連中が使うから中身がどうなっているか分からないが危険であることに違いない。

 

七惟はすぐさま外部へ転移させようとするが間に合わない、目の前いっぱいに眩い光が広がった。

 

 

 

「閃光弾です!」

 

「言わなくても分かる!」

 

「め、が」

 

 

 

視力は距離操作能力者の生命線、七惟は咄嗟に目を瞑り片腕で顔を覆いながら滝壺を地面に伏せさせる。

 

数秒後視力が回復した七惟は立ち上がり構えるが、それよりも先にもう一つの手りゅう弾が投げ込まれた。

 

 

 

「次から次へと…姿を見せないなんて超臆病者ですね!」

 

 

 

絹旗が窒素装甲を展開しながら投げ込まれた手りゅう弾を外へ放り出そうと掴み取るも、その瞬間爆発した。

 

窒素装甲を展開した彼女の防御力はかなりのもので、手りゅう弾の一つや二つじゃ怪我なんてするはずもない。

 

そう七惟は思っていたが、爆発の煙が晴れると肩から大量に出血している絹旗が膝を付いていた。

 

 

 

「絹旗…!?」

 

「きぬはた!」

 

「しゃ、喋らないで欲しいですね…超響きますから」

 

「お前、窒素装甲展開してただろ」

 

 

 

窒素装甲はその名の通り身体の周りに窒素を展開し、能力者の防護服のような機能を有する能力だ。

 

普通に闘ったらまず傷一つつかないだろう、それこそレベル5級の人外な破壊力を有する攻撃でなければ此処まで絹旗を痛めつけるのは不可能である。

 

その時、絹旗に向けていた意識が煙が晴れた爆心地へと向かった。

 

音が聞こえる、三人のモノではない、敵の足音。

 

一人や二人ではない、どうやら敵さんは完全に準備してこちらを待っていてくれたらしい。

 

 

 

「絹旗最愛…アイテム所属のレベル4。能力は窒素装甲(オフェンスアーマー)……間違いはあるか?」

 

「能力さえ分かっちまえばレベル4なんざ怖くねぇんだよ。後ろの二人と一緒におねんねしとけ?」

 

 

 

声も一緒に聞こえてきた、ざっと確認するだけで人数は10人ほど……こちらの三倍だ。

 

その中には麦野に見せて貰ったターゲットとなるスナイパーの男も居る、その他の奴らは全員スクールの下っ端組織の連中と考えていいだろう、どいつもこいつも若い。

 

自信満々の笑みを浮かべるスクールの連中であるが、奴らは大事なことに気付いていない。

 

それは、絹旗を超える能力者がこの場に居るということである。

 

この際垣根の考え云々は無しだ、いずれ衝突するならば先に先制攻撃を仕掛け敵の数を減らした方がまだ自分の身体が五体満足でいられる可能性は高い。

 

自分達から出てくるとは探す手間も省けたと、七惟が攻撃を仕掛けようと腕を伸ばす、だが。

 

 

 

「超待ってください…七惟」

 

「あぁ……!?」

 

 

 

傷を負った絹旗が、それを止めたのだった。

 

 

 

 

 



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とある少年と出会った一人の少女のお話-ⅰ



距離操作シリーズも1周年!

ハーメルン様、御清覧して頂いている方、ありがとうございます!


 


 

 

 

 

不味い状態だ、と肩を撃ち抜かれた絹旗最愛は唇を噛んだ。

 

 

 

「何だ?くたばる前に遺言でも残すのか」

 

「馬鹿言わないで下さい、前ですよ、前」

 

「…滝壺」

 

 

 

絹旗が顎で前を指し、七惟も視線が移る。

 

そこには頭に銃を突きつけられている滝壺の姿があった。

 

 

 

「あいつら…」

 

「超間抜けな七惟が私に気を取られている内に、向こうの距離操作能力者に持って行かれたみたいですね」

 

「はッ…」

 

 

 

実際は頭に血が上っていて相手の手の内を調べようともせず、闇雲に手りゅう弾に突撃した自分が悪いのだが。

 

此処まで完全に張っていて、見計らったように攻撃を仕掛けてきた連中が自分達について情報を持ち合わせていない筈がない。

 

そして七惟との会話で苛立っていた自分はそこまで頭が回らずまんまと罠にハマったと、この役立たずのせいで負った傷だと思うと余計腹立たしい。

 

 

 

「原子崩しはいないみたいだし、お前らの戦力はそこに転がってるオフェンスアーマーだけだろ?じっくり甚振ってやる」

 

 

 

流石に滝壺を人質に取られては七惟も身動きが取れないか、距離操作能力者の頂点に立つ男が聴いて呆れる。

 

間違いなく表の世界で培ってきたものが原因だ、1年前の七惟だったら滝壺なんて関係無しに攻撃を仕掛けていただろう。

 

 

 

「あんまり舐めた真似すんじゃねぇ」

 

「はあぁ……この状態でそんな大口叩きますか?普通…」

 

 

 

敵の数は全部で10、ターゲットも居る。

 

奴らが握っている手りゅう弾は自分の窒素装甲を貫いた先ほどの者と同タイプか。

 

おそらくあの爆弾は大気の酸素、窒素、二酸化炭素等のバランスを一時的に崩すものなのだろう、火薬類は一切なかったし最初の閃光のような光もなかった。

 

敵は自分に関しては完全に調べつくしているようだが、どうやら七惟に関しては無知らしい。

 

そこをつけ込んで攻撃すればまだひっくり返すことが出来るだろうが、問題となるのはやはり人質となった滝壺だ。

 

滝壺を此処で失うことなど当然出来ない、此処で滝壺を失って麦野の元に帰ったら今度は自分が命を失う事態になり兼ねないからだ。

 

むしろ、今横にいる学園都市第8位の男に嬲り殺される可能性も否定できないが。

 

攻撃出来ない様を見ると、どうあってもこの男は滝壺のことが大切らしい…何だか、気に食わない。

 

昔の七惟だったらこんな馬鹿な連中一人残らずコンクリの中に転移させて暴虐の限りを尽くすだろうに……。

 

滝壺がいるせいでそれが出来ないというのなら、彼女を戦闘の矢面に立たせることは今後避けたほうがいい。

 

もしかしたら、相手も距離操作能力者のため力場に干渉出来ないから攻撃をしないだけもしれないが。

 

 

 

「下手に動くんじゃねぇ、動いたらこの女の頭吹っ飛ばす…くらい分かるよな?」

 

「…やれやれ、下っ端さんにはそういう小悪党な役は超適役です」

 

「てめぇ!口の効き方に気を付けな、また腕ぶち抜かれたいのか」

 

 

 

ついさっき七惟にデカい口を叩くなと言ったのに、今度は自分が悪態をついてしまった。

 

……内心のもやもや・苛立ちをがつい口に出してしまう、それもこれも全部隣で突っ立っているこの男が悪いのだ。

 

今回のこの襲撃だって、七惟がいなければこんなことには絶対にならなかった、こんなに苛立つことは無かった。

 

一人きりでこの任務を遂行出来る自信があると麦野に伝えたと言うのに、麦野はあろうことか七惟だけではなく滝壺までオマケとしてつけてきた。

 

一種のいやがらせか?と勘潜った絹旗だったが、自分の気持ちなど考える筈も無い彼女にそれを追求するのは野暮なことだと判断し、何も言わなかった。

 

その結果がこれだ、やりきれないのも当然だろう。

 

そのやり切れない気持ちが、どんどん増幅して目の前で醜悪な笑みを浮かべている男をズタズタに引き裂きたくなる。

 

どうして自分だけがこんな惨めな気持ちを味わなければならないのか。

 

仲間を人質に取られ、自分の苛立ちから自滅して、地面に這いつくばって、片腕を拳銃で撃ち抜かれて……。

 

 

 

「さあて…まずは用なしの男がぶち殺すか。その後はまぁ、女共でお楽しみといくかぁ?」

 

 

 

挙句こんな腐ったセリフまで聞かなければならないのか。

 

全ての元凶は七惟だ、全部七惟が悪いに決まっている!

 

七惟さえいなければ、七惟さえアイテムに入らなかったらこんなことにはならなかったのに!

 

この苛立ちも全部七惟が原因だ、心が錆びついた金属みたいに軋んで痛むのも……全てはあれから始まったんだ――――――――。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「あーあ、これはまた超酷くぶっ壊したモンですねぇ」

 

「あぁ…!?てめぇ、何処から湧いてきやがった?」

 

 

 

破壊し尽くされた空間、大地は捲れあがり建物は崩壊、夥しい数の戦闘の痕跡が戦場の激しさを物語っている。

 

周囲に撒き散らされた血は未だに生臭く、その中心に一人立つ男の存在が際立つ。

 

そこが、少女と少年が初めて出会った場所であった。

 

 

 

「別に、何処からでもいいじゃないですか」

 

「…おい餓鬼、てめぇもコイツらの仲間か」

 

「まさか、と答える前にまずはその『餓鬼』という呼び方を超訂正して貰いたいところですね」

 

「……」

 

 

 

少女と少年が向かい合う。

 

年端もいかない小さな少女、見た目小学生であるが、事実彼女は年齢区分では小学生に位置する。

 

名前は絹旗最愛、暗部組織アイテムに所属しレベル5の右腕として活動していた。

 

対して少女と向き合う少年、見た目は返り血を浴び血の化粧を施しているため若干やつれて見えるものの、その未完成な身体から未だに発展途上であることを物語っている。

 

少女が受け取った情報によればこの男の通り名は全距離操作、学園都市最強の距離操作能力者であるレベル5で序列は第7位。

 

今回学園都市に刃向う勢力の殲滅を命じられた少女は、アイテムとは別の組織から送られてきた兵隊と協力して敵を倒す予定であった。

 

だが結果は見ての通り、少女が辿りつく前に少年はあらん限りの殺戮を尽くし、任務を全うした。

 

 

 

「貴方一人で全員を?」

 

 

 

少女が確認を取ると、二つ返事で帰ってきた。

 

 

 

「ああ、そうだ」

 

「私は貴方の組織と今回協力関係にあった組織の一員です。事前に連絡が超入ってるはずですけど?」

 

「はン、そう言えばそうだな」

 

「その連絡に私と協力せよ、との条文も超含まれてましたよね?」

 

「はッ…」

 

「なんですか?」

 

 

 

少年の不躾な態度に目つきが険しくなる少女、だが彼はそんなことなどお構いなしに続ける。

 

 

 

「小学生と協力するよりも、一人で片付けたほうが手っ取り早く済むからな。俺は雑魚とは手を組まねぇ主義だ」

 

「…言ってくれますね全距離操作」

 

「言うも何も、それが結果だろが。見ての通りてめぇが居なくても任務は完了だ、じゃあな」

 

 

 

少年はそこらへんに転がっている死体に目もくれずに踵を返し、少女から遠ざかって行く。

 

その澄ました態度が気に食わず、腹の中に堪ったむかむかを少女は噛み殺しきれないまま口を開いた。

 

 

 

「その態度が超カッコイイとか思ってんですか?この重度の中二病」

 

「…馬鹿かお前、これが俺の素なんだよ。もう二度と話しかけんな小学生、餓鬼のお守するほど俺も暇じゃねぇからな」

 

「それが中二病って言ってるんですよ」

 

「うるせぇぞクソ餓鬼。その病気がどうだか知らねぇが、あんまりうるせぇとその首刎ねるぞ…」

 

「刎ねれるモンなら刎ねてみればいいじゃないですか?」

 

「口が減らねぇクソ餓鬼が」

 

 

 

次の瞬間、少女の身体に謎の力が加わり身体が水平に真横に超高速で移動した。

 

まるで空を飛んでいるかのような感覚に襲われた少女だったが、自分に何が起こったのかを確認する前にその小さな身体はコンクリートの壁に激突し、轟音が響く。

 

少年は少女の生死を確認することなくそのまま気だる気に歩を進めようとするが、背後から響いた音を不信に思い振り返った。

 

すると、そこには。

 

 

 

「てめぇ、死んでない?」

 

「ふふん、私をそこらへんにいる小学生と一緒にしてもらっちゃ超困ります、中二病患者さん?」

 

「何の能力者か知らねぇが、これ以上纏わりつくなら次は本気で殺すぞ?」

 

「おお、超怖い超怖い。残念ですけど今ので私も貴方が本当にレベル5のオールレンジということが確認出来ましたし、これ以上の深追いは超しませんよ」

 

「……」

 

「ただ、書類を提出する上で相手の素性の確認くらいはしていないと何かと不都合ですからね。それじゃあ超お疲れ様でした」

 

 

 

少女とて自分の命を投げ捨てる程馬鹿ではない、相手が本物のレベル5である以上何をしても叶わないのは彼女の仲間を見れば分かる。

 

今まで少女は自分の気に食わない相手には実力行使してきたが、今回は流石に分が悪い。

 

まだ口の中には悪口雑言の限りの言葉が煮えくりかえっているものの、腹の虫と一緒に収えていたほうが得策だろう。

 

それにもう、二度と会うこともないのだから。

 

最後に一泡吹かせてやっただけでも儲けものと言う感じだ。

 

絹旗はそれ以上の追及はせず、現場の死体数を数え上げ映像に記録しさっさと退散した。

 

 

 

これが、窒素装甲絹旗最愛と全距離操作七惟理無の出会いである。

 

出会いとしても第一印象としても最悪なため、絹旗だけでなく七惟も二度と会うことはないだろうと考えた筈だ。

 

しかしその考えとは裏腹に、此処から二人の奇妙な関係が始まって行くのだった。

 

そう、これは抜け出したくても抜け出せない、まるで渦のように引き込まれていった少女と少年のお話である。

 

 

 

 

 

 



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とある少年と出会った一人の少女のお話-ⅱ

 

 

 

 

 

「……」

 

「またてめぇか」

 

「こっちこそ、超うんざりなんですけど」

 

 

 

あの事件解決移行、絹旗と少年が顔を合わせる機会が増えた。

 

彼女の所属する組織アイテムと、少年が所属する組織の『メンバー』が一時的に共闘関係を結んだからである。

 

これは当人達の意思によるものではなく、彼女達の暗部組織を直接指揮する『電話の相手』達の意思決定によるものだ。

 

それによれば当分は利害関係が一致しているためやむを得ず手を組もう、とのことであるがその度に先兵として自分が手配されるのは勘弁願いたい。

 

何故ならば答えは簡単、今自分の目の前に居る男とその度に顔を合わせるハメになるのだから。

 

 

 

「アイテムはてめぇ以外に戦闘要員はいねぇのかよ、それほどまでに衰弱して切ってる終末組織か?」

 

「一々超煩い奴ですね、私だって好きで貴方と組んでる訳じゃありません」

 

「だったら他の奴に仕事押しつけろ」

 

「貴方だって超そうすればいいでしょう?私はしたくたって出来ないんですからね」

 

 

 

残念だがオールレンジの言う通りアイテムには人数における余裕はない。

 

何故ならば彼女が所属するアイテムは構成員たったの4人、内一人はついこないだ入ったばかりの新米ときた。

 

リーダー格のレベル5を除けば残されたのは二人、だが絹旗ではないほうの構成員は無能力者であり、能力者を基本嫌う傾向にある。

 

それ故に能力者、しかもレベル5との共闘など『嫌だ・苦手・無理』以外の何物でもない、他の組織の能力者と連携して敵対勢力を殲滅せよという命令にはかなり不向きなのだ。

 

そう考えると残されるのはレベル5と絹旗だけだが、当然リーダー格は詰まらない仕事は下っ端に押し付ける、結果絹旗がその仕事を引きうけるということになる。

 

彼女の能力はレベル4の窒素装甲であり、生身の人間と比べれば絶大な戦闘能力を誇る代物だ。

 

窒素を扱い自身の体重の何十倍もの重さがある自動車や岩石を投げつけ、銃弾をも受け付けないシールドは想像を絶する防御力を生み出す。

 

故に彼女は戦闘要員として重宝される訳だが…。

 

 

 

「全く…どうして私がこんな奴と一緒に仕事しないといけないのか、超理解に苦しみます」

 

 

 

こういう厄介事の要員としても重宝されてしまう、困ったものである。

 

この男の態度ははっきり言って最悪だ、今まで見た中でも群を抜いて悪い、悪すぎる。

 

不躾な態度に加えて命令口調、おまけに見下したかのような言葉にこちらの苛立ちは爆発寸前。

 

 

 

「はッ…無駄口叩くんじゃねぇ、さっさと終わらせんぞ」

 

「そっちから話しかけてきたんじゃないですか……もう超いい加減にしてくれません?」

 

 

 

今回の任務は外部から不法侵入してきた他国スパイの排除、まぁ簡単に言えばそいつらを見つけ次第全員殺せという訳だ。

 

今まで全距離操作と何度か仕事を一緒にこなしてきた絹旗も認めるものはある、それはこのオールレンジと呼ばれる男の戦闘能力だ。

 

一個師団を丸ごと一人で相手に出来るとされるのがレベル5の定義だが、その名に恥じぬような戦闘能力をこの男は持っている。

 

アイテムのレベル5とどちらが強いか?と聞かれれば即答出来ない程の強さなのだ。

 

更に自分も学園都市では強者として位置付けられているレベル4、自分達が本気を出してしまえばスパイの始末など朝飯前。

 

ならば早く事を終わらせるに限る、スパイを見つけて抹殺する前にこちらの精神が先に参ってしまいそうだ。

 

この男と一緒にいるのは、絹旗にとってそれ程のストレスとなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仕事を終え、スパイを一人残らず一網打尽にした二人は何故か一緒の車に乗っている。

 

それは今回のお仕事がお役所仕事であるためだ、普通ならばその場で殺してハイ解散、となるのだがそうはいかないらしい。

 

戦闘を始める前に二人の携帯に指令の変更が届き、不法入国者故に一度中央管理の役所に届けなければならないとのことだった。

 

外国人であるため不用心に殺してしまっては国際問題に発展しかねないということであり、今二人はトラクターの後部に捉えたスパイ全員を押し込み、路地裏を黙々と進んでいる。

 

お役所まではあと車で30分と言ったところか、この30分が絹旗にとってはとんでもない苦痛であり地獄だった。

 

この車内という窮屈で息苦しい空間で隣の史上最悪レベルで自己中な男と過ごさなければならないのだから。

 

 

 

「……あとどれくらいで着くんですか?」

 

「煩い黙れ糞餓鬼、放り出すぞ」

 

「それが出来るならして貰いたいところですけどね」

 

 

 

市役所では既に取引相手も待っている、彼女達が役所に直接スパイを届けるのではなく、別に手配された組織……つまり、公に出てもなんら不自然がない組織がそこで待っており、彼らに引き渡しスパイを役所に放り込むという寸法だ。

 

当然取引する組織には絹旗と少年二人が行かなければ、おかしいと感づかれてしまう。

 

よって嫌でもこの少年と一緒に行かざるを得ない、という訳だが…。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 

こんな状態に陥ってしまっている。

 

絹旗は第一印象からこの男が最悪だったし嫌いだった。

 

いけすかない奴だとは思っていたが、まさかここまで酷い男だったとは……まぁ、アイテムのリーダーもとんでもない輩であるためあまり人のコトは言えない。

 

コイツが組織する『メンバー』とやらのリーダーはもっと癖が強いのだろう。

 

レベル5を先兵として使いっぱしりにするような組織だ、リーダーは同じレベル5かそれとも頭が狂ったマッドあたりか。

 

信号が赤になり交差点で車が止まる、この信号の次の交差点でようやく大きな幹線道路に出られるはずだ。

 

一分一秒が苦痛である絹旗が、苛々しながら信号に早く変われ、早く変われと念じていると。

 

 

 

「おい」

 

 

 

運転席のふてぶてしい男が語りかけてきた。

 

 

 

「なんですか?私は今超機嫌が悪いので話しかけないでください」

 

「あぁ……?さっきはてめぇから口を開いただろ」

 

「一々つっかからないでください、超うっとおしい」

 

「その首飛ばすぞ」

 

「はいはい、出来もしないことを言うと惨めですよ」

 

「…一片痛い目見ないと自分の立場がわかんねぇみたいだな」

 

 

 

何を、とオウム返しに言葉を口から出すことは叶わなかった。

 

絹旗の頬に、正体不明の横殴りの衝撃がメキりと音を立てながら突き刺さった。

 

その衝撃で身体がよろけ、ドアに押し付けられる。

 

それは一瞬の出来事で、絹旗が危険を察知することも、オールレンジが何時能力を発動したかもわからなかった。

 

 

 

「…何をするンですかねェ」

 

 

 

痛みは窒素装甲のおかげでないものの、一応仕事上では協力関係にあるのにこの仕打ち。

 

その理不尽な立ち振る舞いに彼女の腸は煮えくり返り、我慢するのも限界だと感じ始める。

 

 

 

「…前見ろ」

 

「話を…」

 

「前を見ろクソ餓鬼」

 

「……」

 

 

 

オールレンジを睨みつけながら絹旗は視線をフロントガラスへと向け、彼女は目を丸くする。

 

そこにはいつの間にか弾痕があり、先ほどまで自分が座っていたクッションの場所を弾丸が深々と抉っていた。

 

 

 

「これは……」

 

「そういやてめぇは窒素装甲があるんだったな…ちょっと身体借りるぞ」

 

「な、何をすッ」

 

 

 

絹旗が言葉を発するよりも早くに七惟が彼女の小さな身体を引っ張り、フロントガラス全面に彼女を押し付けた。

 

絹旗が前を確認すると、路地裏からサブマンシンガンを手にした黒服が大量にわき出てくるのが分かる。

 

そして彼女は理解した、何故オールレンジが視界を潰してまで自分をフロントガラスに押し付けたのかを。

 

 

 

「お、オールレンッ!?」

 

「そのままちょっと盾になってろ」

 

 

 

黒服達のサブマシンガンが火を噴いた。

 

 

 

「あうううぅぅぅ!?」

 

 

 

全ての弾丸が二人の居る車に降り注ぐ。

 

フロントガラスが粉々に砕き割れ弾丸を正面からもろに受ける絹旗、一般人なら当然ハチの巣にされて死あるのみだが彼女は一般人ではない。

 

その能力のおかげでサブマシンガン程度の威力ならば無いも同然、痛みはない。

 

だが、衝撃があるためその身体は車の後部へと反動で吹っ飛ばされて行く。

 

二人の車はそれでも尚直進を続け、黒服達を轢き殺すぎりぎりの距離まで来たところでオールレンジが声を上げた。

 

 

 

「あばよ、ゴミども」

 

 

 

オールレンジが言い終わると同時に、凄まじい轟音が周囲一帯に響くと、車が壁にぶつかり停止した。

 

後ろに吹っ飛ばされてしまった絹旗は当然何が起こったのか確認する術はないが、そんなことはもうどうでもいい。

 

身体に着いた埃を叩きながら、レディを盾にした男の風上にもおけないような男に満面のドス黒い笑みを浮かべる。

 

 

 

「…オールレンジ?」

 

「あぁ?なんだ、ゴミ共なら片付けた。車が大破しちまったから役所で待ってる連中に電話しろ」

 

「…言いたいことはそれだけですか?」

 

「煩いぞクソ餓鬼、さっさとやれ」

 

「もう、私もそろそろ限界なんですけどねェ……!」

 

「んだ?そんなに最初壁に叩きつけられたのが痛かったのか?」

 

「痛くないですよ!痛い訳ないじゃないですか!私はそんなことよりオールレンジが私を超盾にしたことを超問い詰めてるんです!」

 

「…痛くなかったのか?」

 

「超当たり前です!私の窒素装甲はオフにしようと思わない限り常時展開してるんです!オールレンジみたいな超訳わかんない人と一緒に行動する時に、自分の防御をオフにする超馬鹿が居ると思いますか!?」

 

「…はン、そうかよ」

 

 

 

先ほどのマシンガンよろしくな絹旗の口撃だが、オールレンジはそれきり何も返してこない。

 

彼女からすれば『クソ餓鬼黙れ』くらいは返ってくるかと思っていたのだが、思いのほか反撃が小さいため不信に思ってしまう。

 

 

 

「…って、まさか」

 

 

 

はっとした。

 

自分もオールレンジもコンビを組む相手の能力の名称くらいは知っている。

 

だが絹旗はオールレンジが距離操作能力者であることは当然知っているものの、射程がどれ程なのか、持続時間はどれ程なのかは全く知らない。

 

要するに詳細については無知である、それは自分だけではなく相手も同じ。

 

もしかしたら、万が一、有り得ないことだけれども…最初距離操作で自分を吹っ飛ばしたのは、黒服達の弾丸から自分を助けるため?

 

オールレンジは絹旗の能力の詳細を知らない、窒素装甲ということだけは知っているようだが、持続時間、発生、窒素操作の射程までは知らないはず。

 

そして先ほどの無気力な返事……。

 

もしかして、本当に……?

 

 

 

「へぇー、ふぅーん、超そういうことだったんですか」

 

「あぁ?」

 

「いえ、何でもないです」

 

「だったら…」

 

「ただ」

 

「…んだよ?」

 

「オールレンジって、思ったよりも超面白い人だなぁと思っただけです」

 

「…はン」

 

 

 

オールレンジはそれ以上絹旗に絡んでくることはなく、携帯を取り出し自分から取引相手に電話を始めた。

 

なるほど、これ以上突っ込まれると自爆しちゃいそうだから話題を逸らすために電話をしようという訳か。

 

厨二病真っ盛りのクソ野郎かと思っていたが、案外そうでもないらしい。

 

むしろ厨二病ではなく、ツンデレという奴なのだろうか。

 

敵は容赦なくその能力で潰していく癖に、一応身内に対してはそれなりの仲間意識でも持っているのかもしれない。

 

どちらにしろ、今後この男と組む時に弄るネタが出来て嬉しいものだ。

 

一緒に居て何ら話題もない地獄の時間も、ひょっとしたら自分の悪戯心を満たす時間になってくれるかも…。

 

 

 

「あと15分でこっちに着くらしい。もう少し待ってろ」

 

 

 

前面が完全に潰れてしまった車から絹旗が飛び降りると、反対側から時を同じくしてオールレンジが出てきた。

 

その顔は先ほどと同じく無表情だが……。

 

 

 

「オールレンジ」

 

「あぁ?」

 

「超暇ですし、何か話しませんか?」

 

 

 

先程とは、違って見えるのだった。

 

 

 

 

 



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とある少年と出会った一人の少女のお話-ⅲ

 

 

 

 

 

絹旗最愛がオールレンジと共に戦場を駆け抜けるようになって数カ月が経過した。

 

季節は流れ、出会った頃はまだ寒さの残る春であったが今では梅雨入り間近、社会ではゴールデンウィークなるもので休暇シーズンに入っている。

 

絹旗とオールレンジはそんな世間が現をぬかしている時期も、学園都市を支える暗部組織の人間として仕事を淡々とこなしていた。

 

 

 

「あー、世間では大型連休でめちゃくちゃ浮かれてるってのに、何が悲しくて私達はこんな超血なまぐさい吐き溜りにいなきゃいけないんでしょうかね」

 

「知るか、さっさと報告書書きやがれ」

 

 

絹旗とオールレンジは路地裏で何時も通り仕事を片付けた後、木箱に腰掛け報告書類を仕上げている。

 

オールレンジが絹旗を助けたようとしたあの日から、二人の関係は徐々にだが変わって行った。

 

相変わらずの口の悪さは直っていないが、以前のように本気で口論することも、相手を睨みつけて悪口雑言の限りを尽くすこともなくなった。

 

 

 

「全く、オールレンジは何も思わないんですか?私もこういう連休の時くらい自分の趣味に超没頭したいんですけど」

 

「そうかよ、なら趣味に没頭出来る時間を作るために早く書け」

 

「はぁー、オールレンジは超いいですよね。バイクが趣味だから移動が趣味の時間になるんですから。超不公平です」

 

「……ならお前も交通手段を趣味にすりゃいいだろが」

 

 

 

あれから徐々に変わったのは、二人を取り巻く雰囲気だけではなかった。

 

その一つにオールレンジが、絹旗のことを『てめぇ』から『お前』と呼ぶようになったのだ。

 

そして絹旗は態度が明らかに変化していた、最初は無意識のうちだったが自然と自分でも気付いた。

 

 

 

「これが終わればこの後何も予定は入ってねぇだろ」

 

「まぁ、オールレンジとの仕事は何も入ってないですけど」

 

 

 

二人の会話は嫌いじゃないけど好きでも無い、まるで悪友同士が話す雰囲気を醸し出している。

 

冗談が通じる相手になった、とでも言えばいいのだろうか。

 

それなりに二人とも相手に対しては丸くなっていた、以前に比べれば格段に。

 

それはやはり、あの日のきっかけがあったからだ。

 

あれから絹旗は仕事中に暇があればオールレンジに話しかけ、冗談か本気か分からないようなブラックトークをし続けていた。

 

対するオールレンジはそれにまともに取り合うことは無かったものの、耳だけは傾けている。

 

 

 

「次に顔を合わせる時はもう少しマシな仕事であってほしいですね」

 

「選べるならな」

 

 

 

そして今も同じだ。

 

この時間、オールレンジと一緒に仕事をするのは楽しいとかはちっとも思わない。

 

でもオールレンジとこうやって馬鹿みたいな話をするのは、仕事の合間のつかの間の休息であり、自分の愚痴に付き合ってくれるため悪い気はしない。

 

むしろ、楽しいとも思える。

 

オールレンジは何も考えていないかもしれないが、女の子という生き物はだいたい自分の話を聞いたふりをしてくれるだけでも満足出来るものだ。

 

 

 

「そう言えば超聞いてくださいよオールレンジ」

 

「断る」

 

「先日フレンダのクソビッチが、私が買ったB級映画のチケットに鯖缶の汁超零しやがったんですよ」

 

「無視すんなコラ」

 

「有り得無くないですか!?その上、ごめんなさいの一言も無いんです!こないだも―――――」

 

 

 

それにこうやって普段吐けない愚痴だって吐ける。

 

オールレンジの愚痴はアイテムのメンバー相手にだったら誰にだって言えるが、アイテムの構成員の愚痴だけは、オールレンジに会わなければ言うことが出来ない。

 

彼は今のように真面目に聞くことはないが、大抵のことは受け答えをしてくれる。

 

それだけで、十分だった。

 

 

 

「だいたいあのビッチは自分のほうが年上だから超調子に乗ってんです、それが超気に食わなくて……あーもう!はい、書類書きあげました」

 

「愚痴りながら書類書くなんて器用な真似すんな」

 

「まぁ私は超天才ですからね、これくらい朝飯前ですよ」

 

「褒めてねぇぞクソ馬鹿」

 

 

 

絹旗は埃を払いながら、暗い路地裏で空を見上げる。

 

今日はよく月が見える、綺麗な三日月……初めて出会った日もこんな日だったかもしれない。

 

 

 

「今日で最後ですかね、私達がこうやって一緒に仕事をするのは」

 

「みたいだがな」

 

「思えばあっという間でしたね」

 

「さぁな」

 

 

 

否定はしないあたり、早く感じていたのだろう。

 

二人でこうやって仕事をして、その後馬鹿みたいな話をして、ぎゃーぎゃー騒ぐ(絹旗が一方的に)のもこれで一旦終わり……。

 

いや、一旦じゃない、これが最後。

 

自分達は暗い、暗い世界の闇の中で生きている。

 

殺し合いは日常茶飯事、裏切りなんてお茶の子さいさい、誰かが生きて誰かが死に、誰かの幸せのために誰かを不幸にする。

 

そして自分達が住んでいる場所は誰もその地に住みつかない荒れ果てた荒野と一緒、誰もその場に留まることはない、止まることはない、変わり続けるのだ。

 

この汚れきった暗闇の果ての世界で、辿る道は誰しもが分かっている、理解したくなくても嫌でも分かってしまう。

 

だから二人の関係はこれで終わり。

 

もう、二度と自分とオールレンジがこうやって話すことはない、そういうことだ。

 

 

 

「私は若干楽しかったですけど?そちらは?」

 

「……はン、答える必要があんのか」

 

「いいえ、ありません。オールレンジは厨二病な上に超ツンデレですし、どうせ後で超デレな展開がきますからね」

 

「何言ってんだクソ餓鬼、その首刎ねるぞ」

 

「初めて私とオールレンジが出会った時もそのセリフ言いませんでしたっけ?」

 

「……」

 

 

 

言い返せないあたり、図星のようだ。

 

 

 

「オールレンジらしいですけどね、その態度」

 

 

 

らしい、か。

 

そう言えば、オールレンジらしいも何も自分は彼について全く知らない。

 

というか、名前も互いに知らない。

 

今までは名前を教える必要性も無かったし、考えたことも無かった。

 

 

 

「そう言えば、オールレンジ」

 

 

 

必要性は感じない…今までがそうだったから。

 

これまでだってオールレンジのように彼女は他組織の人間と一緒に仕事をしたことはあった。

 

だが、それはオールレンジのように数カ月続くようなものではなく、たったの一度や二度のこと。

 

次の戦場でこの間一緒に仕事をした人間と出会い殺し合いをすることなんてザラだったため、特別な情だってわかないし、それが普通だと思っていた。

 

 

 

「せっかくなんで、名前を超教えて貰ってもいいですか?」

 

 

 

だから必要以上に親しくはなりたくなかったが、今回ばかりは例外のようだ。

 

流石に50日近く一緒に何かをしていたら、嫌でも頭に深くそのことは刻みこまれる。

 

 

 

「名前……?」

 

「はい、せっかく数カ月も一緒に居たんですから。死ぬ時に『ああ、あんな奴が超居ました』って走馬灯に出る権利くらい超与えてあげますよ」

 

「それは嬉しくねぇことだな」

 

「まぁ、これは私の超我儘なので付き合わなくてもいいですけど」

 

「……」

 

「……」

 

 

 

答えるに決まっている、と自然と絹旗は顔がにやけた。

 

嫌ならばこんな話にまともに付き合うわけがない、書類も受け取ったのだしすぐに返って上に仕事の結果を報告し、自分との関係をすぐさま解消してしまえばいいのだから。

 

それをしない、ということは少なくともこの男も自分のことをある程度は今までの奴と違う認識で捉えているはずだ。

 

 

 

「七惟だ」

 

 

 

ほら、やっぱり。

 

 

 

「七惟、理無」

 

「へぇー……七惟、理無。超変な名前です。超変人なオールレンジにはお似合いですけど」

 

「煩い黙れ轢き殺すぞ」

 

 

 

無表情で言う当たり平常運転のようだ、まぁこういうやり取りに慣れているからこそ、自分も色々言えるのだ。

 

 

 

「絹旗最愛です」

 

「……」

 

「最も愛する、と書いて最愛。最も愛される超可愛い私の名前を知れるなんて超ラッキーですね」

 

「アホらし、じゃあな」

 

 

 

話は終わりだ、と言わんばかりにオールレンジが立ち上がり背を向ける。

 

自分の名前をちゃんと聞いてから帰るあたり、やっぱりオールレンジらしい。

 

再び空を見上げる。

 

空は漆黒の闇、そして自分の帰り道も、オールレンジの帰り道も漆黒の闇。

 

もしかしたら、これはこんな真っ暗な道を突き進む自分に与えられた休息の時間だったのかもしれない。

 

思えば此処数カ月で色んなことを体験した、他組織と一緒に仕事をすることはもちろんのこと、男の子と一緒に話したりすることだって、久しぶりだった。

 

でも、そんな時間はもう終わりだ。

 

また、オールレンジと出会う前の日と同じ日常が始まる。

 

いや、オールレンジと一緒に居る時も同じだった、違うのはオールレンジ居るか居ないかだけだ。

 

きっとこの日々の記憶も、何れは荒れ果てた荒野のように風化して、消えて行くのだろう。

 

 

 

「七惟!」

 

 

 

だから、消えないように、声に出して名前を呼ぼう。

 

血まみれのヘドロのような仕事の記憶に、ちょっとくらい楽しい記憶があったっていいかもしれない。

 

 

 

「七惟理無、また何処かで!」

 

 

 

彼女の言葉に七惟は何も答えない。

 

だが、答えなくたっていい。

 

ただ変わらずに、自分の中で今の記憶が生き続けていれば、楽しい思い出になるのだから。

 

七惟が振り返る、だがもうそこには自分を最も愛される女の子と言っていた少女はいない。

 

残っているのは、彼女が最後に言った言葉の残響だけ。

 

 

 

「絹旗、最愛か」

 

 

 

彼も同じようにまた口にした。

 

その言葉は、やっぱり気だる気で軽くて誠意の欠片も何も感じられない程のものだが。

 

ほんのちょっとの親しみは、こめられていたのかもしれない。

 

 

 

 

 



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少年と戦った少女のお話-ⅰ

 

 

 

 

 

「アイテム総出で、ですか?」

 

「それってどういう訳?」

 

「さぁ、それは詳しくは教えられてないけど」

 

 

 

此処は絹旗最愛が所属する暗部組織、アイテムのアジトの一つ。

 

一般人では決して入ることが出来ないような高級サロンの一室に彼女達は部屋を取り、仕事の打ち合わせをしていた。

 

 

 

「総出って言っても滝壺はお留守番」

 

「どうしてですか?」

 

「知らないわよ、ただ今回は危険極まりないから戦闘能力の無い滝壺は連れて行けないってこと」

 

 

 

三人が話しているのは、明朝に迫った仕事についてだ。

 

今回の仕事は麦野の言った通りかなりの危険を伴うらしく、普段単独で行動することの多いアイテムが総出で当たることとなっている。

 

 

 

「危険、極まりないって……何か麦野は聞いた訳?」

 

「んーん、ただ何時でも死ねるような準備はしてこいってだけ。私達舐めてるよねあの女」

 

 

 

リーダー格の女、麦野は高級ソファに座ったまま足を組み鼻を鳴らした。

 

その態度からは絶対の力を誇る強者のオーラが滲みでている。

 

実際その態度に相応しい能力を彼女は備えているのだから、当然か。

 

学園都市でたった7人しかいないレベル5の一角……第3位原子崩しの麦野沈利とはこの女のことである。

 

 

 

「結局いつも通りの仕事って訳でしょ?」

 

 

 

語尾にやたらと『訳』や、『結局』をつけるコイツはフレンダ・セイヴェルン。

 

絹旗や麦野と違い能力者ではないが、武器を扱うことに長けておりお手製の爆弾だって持っている。

 

そして此処にはいないが、レベル4であり敵の追跡能力に長けている滝壺理后も構成員の一人で、以上の四人でアイテムは活動している。

 

 

 

「まあね、念を入られてるってことは一応それなりの餌が用意されてんじゃない?そっちのほうがこちらとしても面白いから大歓迎だけどさ」

 

「退屈な仕事よりは超マシですけどね」

 

「そういう訳」

 

「さーて、確認するよ。決行時間は明日の明朝5時、ポイントは第23学区の航空基地の国外線物流倉庫A-R。そこに外から私達にとって有りがたい物が運び込まれるらしいから、ソイツの確保。邪魔しにくる敵対勢力を殲滅せよ、ってとこね」

 

「じゃあその敵対戦力の中に今まで違うレベルの敵がいるって訳?」

 

「まぁそんなとこでしょ。どれ程のレベルなのかは会ってからのお楽しみ」

 

「麦野一人でもそれなら超十分な気もしますけどね」

 

「念には念を…じゃない?それじゃあ、明日は4時30分に国外線倉庫ゲート前に集合ね。それまであと……6時間くらい自由行動!」

 

 

 

麦野は立ち上がりタオルを持ってシャワーを浴びに行った。

 

フレンダは鯖缶をその場で広げて食べ始める、絹旗は二人の行動を何となく見つめた後、サロンから出て行った。

 

あの二人はおそらくぶっつけ本番で戦場へ赴くのだろう、偵察も何もなしで一体どうやって戦闘を進めて行くんだろうか。

 

まぁ、こうやって現地の下見をするのはいつの間にか一番年が下の絹旗の役目となっている。

 

彼女はまだ動いている地下鉄の最終便に乗り、第23学区へと向かう。

 

さて明日のお仕事はいったいどんな能力者が出てくるのか……はたまた国外というワードを絡めて考えると、重火器を持った黒服か。

 

もしかしたら何も知らないずぶの素人が出てくるかもしれない。

 

いやそれは電話の相手があれだけ言ったことを考えるとその可能性は低いか。

 

とにかく、いつも通りに仕事を終わらせて、いつも通りに後片付けをして、さっさと帰ってB級映画を見たい。

 

彼女の頭の中には、明日の仕事も今まで通り何事も無く終わるものだと思っていた、そう信じて疑う余地すらなかった。

 

何故なら彼女達のアイテムは学園都市でも最強クラスの力を持つ暗部組織だから。

 

第3位のレベル5に加えて、レベル4の自分や能力者を何人も仕留めてきたフレンダがいるのだから、負けることなどまずあり得ない。

 

そもそもレベル5を暗部組織に組みこんでいる組織なんてほとんど知らないし、その力があれば大抵の脅威は0にすることが出来る。

 

もし本当に自分達の命の心配をしなければならないという日が来るのなら、それは敵に同じレベル5が居る時だろう。

 

だが彼女が活動してきた此処数年はそんなことはほとんど無かった、ただ最近……味方として戦った男はいるものの、敵として出てくるはずもない。

 

そうこう考えている内に第23学区に地下鉄が到着し、絹旗以外は誰も降車せずに列車は走り去って行った。

 

帰りの列車はないため、今日の夜は23学区のホテルで時間を潰すしかないだろう。

 

彼女は決戦場となる国外線ターミナルを一瞥すると、真っ暗闇の街へと消えて行った。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

作戦決行30分前。

 

国外線倉庫ゲート前に、彼女達3人は集まった。

 

何時も通りだ、と絹旗は思う。

 

特に変わった点もない、フレンダは持ち込んだ武器の確認をし、麦野は朝が弱いのか気だるそうに髪を払っていた。

 

それなのに、昨日と違って彼女は何処かで違和感を感じてしまう。

 

 

 

「さぁて。私達の貴重な朝の時間を邪魔するボケ共をぶち殺しに行きますかぁ?」

 

「映画上映時間までに間に合って貰わないと超困るので、さっさと終わらせるに限ります」

 

「今日はどんな能力者をいたぶれる訳?」

 

 

 

絹旗が前日の内に視察した情報をチームに共有させる。

 

物流倉庫A-RはA列の一番後方に配置されており、外部から侵入するためには鋼鉄の策を破壊する、もしくはよじ登らなければならない。

 

となれば倉庫に攻めてくる敵は間違いなく倉庫内の何処かに隠れているはず、A-R倉庫を背後にして闘えば後ろから攻撃されることはまずないだろう。

 

倉庫には既に重要なブツは運びこまれてくる、それを破壊しに来る敵を迎撃……まぁ、アイテムに取って見れば飛んで火に入る夏の虫と言ったとろか。

 

これだけ自分達に万全に構えられて、敵がまともに生きて居られるとは思えない。

 

 

 

「これがA-R倉庫って訳?野外に置かれてる普通の倉庫と何ら変わりはない訳ね」

 

 

 

倉庫前まで来たフレンダが、巨大な建物を見上げる。

 

 

 

「そうみたいですね。これだけあれば見分けがつかないと思います」

 

「ふーん……さて、あと5分程度ってとこかしら」

 

 

 

時刻は4時55分……電話の相手の時刻まで、あと5分。

 

ここで再び絹旗は敵がいったいどんなものなのかを再考する。

 

昨日は軽く程度にしか考えなかったが、今再度深く考えてみればおかしな点がいくつかあった。

 

 

 

「あと三分って訳よ」

 

 

 

まず一つ目、それはこの第23学区で騒ぎを起こすことを厭わないということ。

 

第23学区は学園都市でも最重要学区の一つとして位置付けられているため、それ相応の厳しい警備がひかれている。

 

今はまだ空港が活動を始める時間前のためひっそりとしているが、それもあと少しすれば人で溢れ返る。

 

それに無人とは言えこの倉庫街だってかなり厳重な警備がひかれているのだ、至る所に監視カメラが設置されているし、警備ロボットだっている。

 

団体で攻めてはこないだろう、騒ぎが起きた時に逃げにくく、捕まった仲間から身元がばれるのを考慮してもやはり敵は少数。

 

 

 

「あと一分」

 

 

 

そして二点目、これだけの警備の中を突っ込んでくる力を十分に持っている。

 

学園都市のハイレベルな警備網に攻撃をすることすら厭わないのは、同じ学園都市に住んでいて、それだけハイレベルな力を持っている者に限られるはずだ。

 

学園都市の中の人物、少人数、実力の持ち主、暗部……となれば、あとはもう簡単だった。

 

 

 

「麦野!フレンダ!超気をつけてください!」

 

「何?」

 

「結局どうした訳?」

 

「敵は今までと違います、きっと今回の敵は!」

 

 

 

時計の針が、動いた。

 

5時00分、それが始まりの合図だった。

 

 

 

「レベル5の可能性が高いです!」

 

 

 

直後に、攻撃なんてされる訳がないと思っていた背後から凄まじい爆音が鳴り響き、外界と物流センターを遮っていた鋼鉄の壁がぐしゃりに潰された。

 

 

 

「な!?」

 

 

 

フレンダが事態を呑みこめず目を丸くするも、レベル5である麦野は咄嗟に身体を動かす。

 

壁が潰された理由は簡単だった、壁の重量を遥かに超える重さの鋼鉄が、凄まじいスピードで上空から真っ逆さまに落下してきたからだ。

 

轟音が鳴り響きひしゃげた鋼鉄から大量の粉塵が舞い上がると、耳を劈くような警報が鳴り響く。

 

 

 

「へぇー……今回の奴は、確かに今までのとは違うようねぇ……!」

 

「い、いったいどういう訳……!?」

 

「超来ます!」

 

 

 

瞬きをするよりも早くに、彼女達の目の前に先ほど潰れた鋼鉄が目にもとまらぬ速さで飛んできた。

 

重量、大きさなんて関係ない、ぶつかれば当然生身のフレンダは死あるのみである。

 

 

 

「舐めてんじゃねぇよ……この原子崩しをよぉ!」

 

 

 

麦野の右目が発光し能力が発動する。

 

彼女の力は原子崩し、電子を停滞させ波を作ることで全ての物を吹き飛ばす強大な破壊力を持つ。

 

原子崩しが直撃した鋼鉄は木っ端微塵に砕け散るか、溶け落ちるかのいずれかだったがそれだけで終わらない。

 

すぐに追撃の鋼鉄が飛んできた、流石の麦野もこれでは繰り返しだと気付いたのか戦闘スタイルを変える。

 

 

 

「私が敵の攻撃を止めてる間にアンタら二人は横から周りこんで!」

 

「分かった訳!」

 

「超了解です」

 

 

 

麦野が原子崩しを発動する合図と共に、二人は左右に散開し煙の中から攻撃する敵へと突っ込む。

 

まだ敵の正体も能力も分からない今、とにかく情報が欲しい。

 

絹旗は窒素装甲の展開を確認し、その自前の防御力を持ってして特攻する。

 

フレンダが何かを使ったのか、爆発音が聞こえると同時に煙が晴れて行く。

 

煙に隠れて移動する人影が見えた、どうやら敵は一人、此処で逃がす訳にはいかない。

 

 

 

「超好き放題やってくれたツケを払わしてやります!」

 

 

 

不安定になった足場を踏みつけ、一気に加速。

 

 

 

「私達からは逃げられない訳よ!」

 

 

 

フレンダがお手製の飛び道具、先端に毒を塗っているナイフを取り出し、人影目掛けて投げる。

 

だが、そのナイフは人影に当たる直前で不自然に起動が逸れてしまう。

 

 

 

「!?」

 

「いったい何が……!?」

 

 

 

それでも二人は逃げる人影を追いかける、麦野の原子崩しは範囲にランダム性が高いため、この視界不良の中おかしな行動をすれば間違って被弾してしまう可能性もある。

 

やがて完全に煙が晴れ、自身の目でその影の姿を確認することが出来るようになって絹旗は目を丸くした。

 

まさか、いやまさかと何度も目をこすり確認したが間違いない。

 

倉庫の1階の屋根の上からこちらを見下ろしている姿を、見間違える訳がなかった。

 

思えばレベル5で鉄砲玉をやっている奴なんて、アイツくらいしか聞いたことがない。

 

それに先ほどの不自然にそれていったナイフにも説明がつく。

 

有り得ないと思った選択肢が現実を帯び、彼女の思考は着実に答へとたどり着いていく。

 

「まさか……でも、そんな」

 

無意識のうちにその可能性を排除していた、そうであって欲しくないと間違いなく心の何処かで思っていた。

 

しかし彼女の疑問の声など当の本人からしたら露知らずといったところなのか、奴は躊躇なく言葉を発し絹旗に望まない現実を目の当たりにさせる。

 

 

「はン、まさかこんな所でお前らみたいな屑をお目にかかれるなんてな」

 

 

 

その声、容姿、そしてその口の悪さ……間違いない。

 

あの男がそこにいる。

 

 

 

「なぁ、アイテムのゴミクズ共」

 

 

 

学園都市のナンバーセブン、距離操作能力者の頂点に立つ全距離操作が―――――七惟理無がそこにいた。

 

 

 

 

 

 



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少年と戦った少女のお話-ⅱ





学園都市には超能力者の能力を纏めている『裏』の図書館がある。

もちろん公開できる範囲、私利私欲が渦巻く学園都市では全ての情報を見ることが出来ないのは当然だが絹旗最愛はそこでとある男のことを調べていた。

彼女が目を通しているのは、学園都市第7位オールレンジのこと。

もちろん名前は伏せられているし、大半の能力のことは此処に記されてはいないが、その記されていることだけであの男がどれだけ規格外なのかは分かった。

【学園都市第7位『全距離操作能力者』の出力に関して】
①絶対等速状態で物体を移動させることが出来る。
移動させる物体の全長に関してはほとんど制限がない、重量に関しては上限がある模様。
②空間転移能力者同様、物体を転移させることが出来る。
転移させる物体の全長に関してはほとんど制限がない、重量に関しては上限がある模様。

③演算式の複雑さは、転移能力>可視移動となる。
物体の全長が大きければ大きいほど、重ければ重い程演算式は複雑になり能力発動までの時間は長くなる。

※その他の距離操作に関しては……



「絹旗、帰るわよー」

「あ、はい。分かりました」

絹旗は手に取っていた報告書を棚に戻し、その場を後にした。

彼女が『その他の距離操作』に関しての項目を読んでいれば、きっと未来は変わっていただろう。

良いほうなのか、悪いほうなのかは分からないが。







 

 

 

 

最後に会ったのは何時だっただろう?

 

もう遠い昔のようにも感じられるのに、つい昨日まで彼と一緒に下らない馬鹿話をしていたような気もする。

 

まるで走馬灯のように七惟と一緒に居た時間の記憶が浮かんでは消えて行く。

 

全距離操作と、七惟理無とこんなことになるなんて望んでなかったの―――――。

 

 

 

「第3位……原子崩しか」

 

 

 

七惟はまず絹旗ではなく、自分の攻撃を防いだ麦野に視線を向けた。

 

 

 

「あら、私のことを知ってるならそれなりの覚悟は出来てんでしょうね?」

 

「そしてそこに居るのは無能力者」

 

 

 

みしり、と自分が無視されたことに苛立った麦野が拳を握りしめるような音が響いた。

 

だが七惟はそんなことにはお構い無しと言った表情で周辺を見渡し、自分を見つける。

 

 

 

「へぇ……そういやそうか」

 

「……何ですか?」

 

 

 

無意識に言葉が漏れた。

 

今の彼の言葉にどれだけの意味が込められているのかは分からないが、その眼は間違いなくこちらを殺処分する気が満々だと伺える。

 

絹旗だって当然見知った顔だ、しかしあれだけ長い時間を一緒に過ごしてきた男を殺すなんて気が進まない。

 

まぁ七惟はそんな絹旗の葛藤にはお構いなしにこちらを攻撃してくるだろう。

 

そういう男だ、七惟理無という男は。

 

 

 

「ねぇ、アンタ。私を無視して生きて帰れると思ってんのかしらねぇ……?」

 

「はッ、噂通りヒステリックだな原子崩し。俺の仕事の内容は言うまでもねぇだろ」

 

「へー、そう、アンタそういう態度取るんだ……。ぶち殺し確定ね」

 

「わりぃが癇癪玉にぶち殺される程弱くねぇ」

 

「後で吠え面かくんじゃねぇぞおおおぉぉぉ!」

 

 

 

麦野の声が響き渡り、それが戦闘開始の烽火となる。

 

麦野の右目が光り、容赦ない原子崩しが七惟に向かって放たれるも、その光はやはり不自然にそれて七惟に当たることはない。

 

だがその行程は先ほど投げたフレンダの毒ナイフで分かっている、だから絹旗とフレンダはすぐさま行動に出る。

 

移動しながらも絹旗は奥歯を噛みしめ、彼女の頭に色んなモノが流れ込みは消えて、徐々に蝕んでいく。

 

 

 

「どうしてッ」

 

 

 

考えなかったと言えば嘘になる。

 

七惟だって暗部組織に属する人間だ、そしてレベル5ともなれば戦場の切り札として立つことなんて容易に考えられる。

 

自分と初めて出会った時だってそうだったし、その後も彼は組織の一番槍として何時も戦場に立ってきた。

 

そんな男と、戦場で再び出会わない訳があるだろうか。

 

 

 

「絹旗、左右から仕掛ける訳!」

 

「超分かってます!」

 

 

 

左右から仕掛ける。

 

相手の死角から攻めるのは常套手段、今までは通用してきた方法。

 

しかし……。

 

 

 

「また!?」

 

「フレンダ!」

 

 

 

フレンダが小規模の電動ミサイルを七惟に向けて発射しても、弾道が不自然に逸れて七惟に当たることはない。

 

その現象も、原理も、七惟の能力を知っている絹旗ならば理解出来る。

 

 

 

「フレンダ、麦野!コイツは距離操作の頂点に居るレベル5です!飛び道具はまず当たりません!」

 

「れ、レベル5!?」

 

 

 

フレンダが驚愕し、麦野はやはり、とまるで餌を見つけた獰猛な肉食獣のような笑みを浮かべる。

 

自分だって闘いたくはない、だが相手はあのレベル5、近場で彼の実力を見てきた絹旗は嫌と言うほどわかる。

 

ほんの少しでも戦闘から意識が逸れた状態でコイツの目の前に立てば、あっという間に四肢を引き裂かれ八つ裂きにされてしまうということくらい。

 

 

 

「チッ……絹旗の野郎」

 

 

 

小声で七惟が自分の名前を呼んだ。

 

名前で呼ばれて七惟に向かって怒鳴り散らかしたい気持ちが湧きあがる、どうして闘わなければならないのかといったもやもやで頭がくらくらしてくる。

 

 

 

「フレンダ、三連式の電動ミサイルです!コイツは距離操作で操るターゲットは一つのみ、その点は普通の距離操作能力者と変わりありません!」

 

 

 

此処は戦場だ、どうせ何時かこうやって殺し合いをすることになっていた、それが今か後か、たったそれだけの話。

 

手を抜いて勝てる相手だとは思えない、殺すつもりでいかなければ、こちらがやられる。

 

 

 

「分かった訳!」

 

「はッ……小細工に頼ってんな金髪」

 

「小細工じゃない訳、これが人類の英知な訳よ!」

 

 

 

三連式の小型電動ミサイルが発射される、当たれば人体を吹き飛ばす程度の威力は持っている代物だ。

 

七惟はフレンダのミサイルが発射されるや否や、屋根裏から飛び降り倉庫に身体を隠す。

 

 

 

「馬鹿かてめぇは!逃がす訳ねぇだろオールレンジィ!」

 

 

 

ミサイルが倉庫の壁に直撃すると同時に、その奥に潜むオールレンジを溶解させようと麦野が躊躇なく原子崩しを発動する。

 

大きな爆音と共に、A-K倉庫が跡形も無く吹き飛び、火の子が舞い上がった。

 

 

 

「やった訳?」

 

「まさか…アイツがあんな超簡単にくたばるとは思えないです」

 

 

 

気を張り詰め、周囲を散策する。

 

あの男の能力は全距離操作……距離操作能力者の頂点に立つ。

 

分かっているのは二点間距離操作が扱えるくらいで、それ以外は絹旗は全く知らない。

 

何せ一緒に仕事をしている間ですら、互いの名前を別れる前に名乗るような関係だったのだ。

 

全くの信頼関係を築いていないため、能力の詳細なんて教える訳がない。

 

 

 

「……あの男、逃げた?」

 

「結局、腰抜けだった訳……?」

 

 

 

そんな訳があるか。

 

自分の知っている七惟はそんな奴じゃない、何がなんでも仕事を成功させるような男で、その一連の流れには一切の躊躇いだって感じさせない。

 

冷徹さでは、麦野と肩を並べるような男なのだ。

 

黒煙を吹き続ける倉庫ステーション、不意に何かと何かがぶつかるような甲高い金属音が鳴り響く。

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

次の瞬間、フレンダの身体が凄まじい勢いで何処へと吹き飛ばされて行く。

 

 

 

「なッ!?」

 

「これはどういう訳えええぇぇぇ!?」

 

 

 

数秒もしない内にフレンダは別の倉庫へと身体ごと突っ込み、地響きと共に上から落ちてきた看板の下敷きとなる。

 

 

 

「フレンダ!?」

 

「取り乱すな絹旗!あれくらいじゃあの馬鹿は死なないよ!」

 

 

 

取り乱すも何も、この状況で落ち着いて居られる訳がない。

 

今のは間違いなく七惟はフレンダを殺しに来ていた、もしフレンダが七惟の能力に対して何らかの防備を張っていなければ、100%彼女はひしゃげたミンチのようになって死んでいる。

 

フレンダの生死の確認に意識が移る前に、絹旗はあの男の力を再度熟考する。

 

全距離操作、それは巷でよく見るレベル3やレベル4の距離操作能力者とはまるで違う力を誇る。

 

下手をすれば、自分もフレンダのように超高速で飛ばされて……窒素装甲で守れる範疇を超えたスピードで飛ばされて。

 

本当に、本当に七惟に殺されてしまう……。

 

 

 

「外人で能力開発を受けたんなら、その死体は高く売れるだろうなぁ……?」

 

 

 

威圧のこもった低い声。

 

 

 

「次は、分かってるな?」

 

 

 

物陰から現れた七惟に絹旗は身体が震えた。

 

やはり、この男の力はレベル4なんかが考えられる力の範囲を遥かに凌駕してしまっている。

 

住む場所が、違う。

 

 

 

「分かってる?次はアンタがそうなんの?」

 

「口が減らねぇクソ女だなてめぇは」

 

「ふん、学園都市の第7位ねぇ……悪いけど、第3位に勝てると思ってんの?」

 

「さぁな、俺が言われてんのはてめぇらを再起不能に叩きのめした後、ブツを破壊するだけだ。勝てるとかどうこうは関係ねぇよ、ただ、やるだけだからな」

 

「澄ました顔で言ってんじゃねぇぞこの小物が!」

 

 

 

麦野は背面から原子崩しをロケット噴射のように使い、身体を高速で移動させる。

 

その動きを見て先ほどまで余裕の表情だった七惟の顔が若干曇った。

 

 

 

「はッ、すぐさまそう出るか」

 

「ったり前だこのボケが!私にてめぇのチンケな能力が効くと思ってんのか!てめぇの能力は裏のバンクじゃ全部割れてんだよ!」

 

 

 

麦野は距離操作能力者の弱点を完全に突いた。

 

距離操作能力者は不規則に動く物体や、高速で移動する物体の座標を捉えることが苦手であり、麦野のような動きをしてくる敵に対して非常に弱い。

 

 

 

「あはははは!潰して逆にてめぇをミンチにしてやるよ!」

 

 

 

それはレベル5の全距離操作でも同じことだ。

 

 

 

「ッ、悪いが、んな死体になる趣味はねぇ!」

 

 

 

七惟が距離操作で麦野との間に障壁を移動させる。

 

暑さ何十ミリもある鋼鉄の壁だが、原子崩しを持つ麦野の前でそんな壁は薄っぺらい紙切れと同じだ、あっという間にその壁は粉砕され、その衝撃で七惟の身体は投げ出される。

 

流石七惟よりも上位に位置するレベル5の麦野だ、同じレベル5が相手でも全く引けを取らず、戦局を有利に進めている……が。

 

 

 

「このッ……」

 

「ほーらほらほら!口先だけの小物かてめぇは!」

 

「口先だけの小物はてめぇだ、第3位」

 

 

 

麦野が七惟の目の前に降り立つ直前、麦野の足元のアスファルトが一気にめくれあがり上空へと舞い上がる。

 

 

 

「小細工だねぇ、オールレンジ!」

 

「言っとけ、てめぇみたいな火力馬鹿と一緒にすんなよ!」

 

 

 

原子崩しの背面噴射で全身を前に押し出し、アスファルトの一撃を回避する麦野。

 

七惟はまだ攻撃の手を休めない、今度は物流ステーションの倉庫を丸ごと剥ぎ取り、舞い上がったアスファルトに躊躇なく激突させる。

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

絹旗が思わず耳を塞ぐ程の膨大な爆発音が周囲に響き渡り、砕かれたアスファルトとバラバラに粉砕された倉庫の残骸が周囲に飛び散り、まだ空中で身体の制御が取りづらい麦野を容赦なく攻撃する。

 

距離操作能力者の弱点である『単体のみのロックオン』、これを余りある出力で完全にあの男はカバーしていた。

 

麦野は懐から原子崩しを乱反射させるパネルを取り出し、アスファルトの礫に対応する。

 

雨のように降り注ぐ原子崩し、もちろん射程圏内に七惟も入っているがあの男は先ほどの原子崩しの威力から貫かれない鋼鉄の強度を理解したようで、倉庫ステーションを囲む鉄の壁を何重も目の前に転移させ防戦する。

 

麦野は大半の礫を破壊したが、地面に着地する際自分に向かってくるアスファルトの破片に気付かず、その一つが腹部に直撃した。

 

地面に無防備に放り出される麦野、しかしうずくまることはなくすぐに立ち上がり駆け回る。

 

そう……この男の恐ろしさはもちろん重量も全長も関係なくなんでも吹き飛ばしていくその天井知らずな可視距離移動砲の出力だが、もう一つは重量も全長も関係なく何でも手当り次第に『転移』させてしまうことである。

 

転移能力者と違うのは連射出来ないということだが、それでも体内に異物を放り込むのは奴の十八番。

 

少しでも立ち止まりスキを与えれば、座標をくみ取られきっと麦野の身体は風船爆弾のようにはじけ飛んでしまうだろう。

 

 

 

「距離操作能力者は防御が得意……ねぇ、私の前でどこまで通用すんのか見せてみろ!」

 

 

 

走りながら一切息を切らさず、原子崩しを発動させる。

 

周囲に原子崩しの光の球を浮遊させる麦野、七惟はまだ鋼鉄の壁の背後。

 

先ほどの壁の厚さから、今度は麦野が逆にどれだけの出力があれば自分が原子崩しを発動させる間に七惟が転移させてくる数枚の鋼鉄の壁を貫くか逆算している。

 

これが学園都市レベル5の戦い、相手の策を次から次へと見抜き、破壊し、徹底的に潰しにかかる。

 

絹旗のような大能力者が割り込む余地など一切ない、学園最高レベルの破壊活動。

 

これがレベル5の強さ、恐ろしさだと言わんばかりの光景だった。

 

麦野は浮遊していた原子崩しを七惟に向けてレーザー上に発射し、更に光った右目からも原子崩しを撃ち幾重もの光を集束させる。

 

その光は七惟が用意した分厚い鉄の壁を貫通し大穴を開ける、だが七惟も唯ぼーっと突っ立ていた訳ではないようで壁から飛び出すと、今度は麦野の背後から目に止まらぬ速さで鋼鉄の壁を移動させる。

 

意識が前にいって背後がお留守になっている麦野を文字通り前と後ろの壁でサンドしてやろうということか。

 

 

 

「馬鹿が!私が賭けたのは……此処!」

 

 

 

麦野は鋼鉄の壁に挟まれる直前、自身の真下に原子崩しを撃ちこみ、地面を崩壊させた。

 

七惟もそのことは予想していなかったのか、対応が取れず慌ててその場から離れようとするも追撃の一撃が彼の足元に直撃した。

 

どうやら直前で麦野との距離を弄り着弾点をずらしたようだが、それでもその爆風の煽りを受けて七惟の身体は絹旗の前まで転がってきた。

 

 

 

「絹旗ぁ!やれ!」

 

 

 

麦野の容赦ない言葉が耳に刺さる。

 

全身を強打した七惟は意識を失ってはいないものの、すぐには動ける様子ではない。

 

……どうする?どうすればいい?

 

これまで予想しない事態が起き続け疲弊していた彼女は突如として迫った二択を選ぶことが出来なかった。

 

此処で、この男を自分に殺すことは出来ない―――――。

 

そんなことを考えた絹旗は、当然スキだらけだった。

 

 

 

「使わせて貰うぞ絹旗!」

 

 

 

そこにつけ込まれた。

 

七惟は倒れたまま右手をぬっと伸ばし、絹旗の足首を握る。

 

 

 

「な、何をするんですか超七―――」

 

 

 

そこで、彼女の言葉は途切れる。

 

七惟が触れた左足の足首から、形容し難い感覚が体中に広がって行き、自分の外側の壁ではなく内側の壁が崩れて行くような寒気が身体を支配する。

 

立ち上がった七惟と目が合う、その目がまるでフレンダの目にも見え、七惟の輪郭がぼやけ有り得ない人物の顔と重なる。

 

 

 

「絹旗!あの馬鹿、精神操作の網にかかったか!」

 

 

 

遠くで叫ぶ麦野の声もほとんど聞こえない、ただただ絹旗は自分の前に居る男に対して今まで以上に親しみを感じてしまうばかりであった。

 

絹旗は知る由もないが、これは七惟の距離操作の内の一つ、精神距離操作である。

 

心理定規とほぼ同じように、相手と自分の心の距離を調節し、相対する人物の認識を塗り替える。

 

それがつい先ほどまで命のやり取りをしていた相手だろうと、まるでずっと一緒にいた仲間のように思えてしまうような心の距離を再現するのだ。

 

 

 

「絹旗、攻撃する相手は俺じゃねぇ、分かってるな?」

 

 

 

意味もなく頭に響く男の声。

 

身体の髄にまで浸透していくようだ。

 

 

 

「な、何を……言うん、です……?」

 

「仲間に攻撃を仕掛けてくる、あのレベル5は敵だ……攻撃を防げ」

 

「う、うぅ……麦野が?」

 

 

 

朦朧とする頭の中で彼女は混乱するばかりだが、七惟の声だけははっきりと聞こえ、何をするべきかは分かった。

 

それは、こちらせに向かって原子崩しを放とうとしている女から、七惟を守らなければならないということだ。

 

距離操作に操られた彼女の脳は、なんの躊躇いもなくその答えを弾き出したのである。

 

 

 

「む、麦野!超止めてください!」

 

「ッ……絹旗ァ!いくら操られていようが私の邪魔するんだったら電子炉にぶち込むぞ!」

 

「はッ……戯れてな!」

 

 

 

七惟を守るように麦野に立ちはだかる絹旗。

 

七惟は、フレンダと同じ仲間――――仲間なのに、どうして麦野は攻撃するんだ!

 

 

 

「どうしちゃったんですか麦野!彼は私の超仲間なんですよ!」

 

「あぁ!?おふざけも大概にしな絹旗!」

 

 

 

二人のやり取りをしている間に、七惟がA-R倉庫へと入って行くのを麦野は確認する。

 

おそらく自分の撃破は難しいと考えた七惟は、ブツの破壊を最優先にと考えたのだろう。

 

 

 

「麦野、やめてください!」

 

 

 

麦野の前には、相変わらず距離操作で心の距離を操られてしまった女が必死に敵をかばっている。

 

三人で挑んだことが仇となったか、と舌打ちをするもそこで諦めるような麦野ではない。

 

邪魔をするならば、どんな奴だろうと今まで通り敵は排除するのみだ。

 

 

 

「絹旗、あと5秒でそこからどかなかった……後は分かるね?」

 

「む、麦野!」

 

「5…4…3…」

 

「今日の麦野は超おかしいです!どうしちゃったんですか!」

 

 

 

おかしいのはお前のほうだ、と言わんばかりに麦野目力が強くなるが、その理由を操られてしまった彼女は考えることすら出来ない。

 

 

 

「2……1……」

 

「麦野!」

 

「この馬鹿!」

 

 

 

麦野の右目が光り始め、電子の波を打ち出す必殺の一撃が放たれた。

 

当然威力は抑えている、窒素装甲を持つ絹旗が意識を手放すか手放さないか程度の威力。

 

此処でレベル4の彼女を失ってしまうのは大きい、それだけは避けなければならないと麦野は判断したのだ。

 

 

 

「あぅ!?」

 

 

 

衝撃で吹き飛ばされて行く絹旗、その身体がA-R倉庫に直撃し動かなくなったのを確認してから麦野は七惟を追う。

 

身体全体に電撃のような痛みが走った絹旗は、倉庫の残骸に押しつぶされたまま意識を失ってしまうのだった。

 

 

 

 

 



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少年と戦った少女のお話-ⅲ

 

 

 

 

 

体中の細胞が痛みを訴えている。

 

その激痛から絹旗が目を覚ますと、彼女の視界に飛び込んできた風景は、連続した意識の中で予想されたものとは大きく変わっていた。

 

 

 

「あぁ、絹旗。気がついた?」

 

「麦野……?ここは」

 

「病院、見ての通りね」

 

 

 

起き上がって事態を確認しようとするも、やはり身体の痛みからそれは叶わず断念、どうして自分はこんな重傷を負っているのか、どうして病院なんかに運びこまれているのかそれら全てが分からなかった。

 

呆れたようにため息をつく麦野、疑問符しか浮かんでこない絹旗は堪らず尋ねた。

 

 

 

「麦野、どうして私は病院なんかに超居るんです?」

 

「あのねぇ……アンタ、覚えてないの?」

 

「何をですか?」

 

「オールレンジ、よ」

 

「あ……」

 

「思い出した?」

 

 

 

麦野の言葉で、物流センターでの闘いがフラッシュバックする。

 

そう、自分達アイテムは第23学区の国外線のA-R倉庫で強襲する敵を相手に闘っていて……。

 

その相手が、オールレンジ……七惟理無だった。

 

 

 

「ふ、フレンダは!?七惟も!どうなったんですか!?」

 

 

 

大量に流れてきた情報を処理しきれず絹旗は慌ただしく麦野に詰め寄る。

 

 

 

「落ち着きな絹旗。それらも含めて全部話すから」

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「そうだったんですか……」

 

「まぁね。私らアイテムは上手く使われてただけってこと」

 

 

 

麦野の話はこういうことだった。

 

自分達の電話相手をしていたあの『女』が黒幕であったということ。

 

電話相手が実は外部からやってきたスパイであり、毒ガス装置を学園都市内に持ち込んだ。

 

それを稼働させるまでの時間稼ぎとしてアイテムを使い、学園都市の刺客から装置を守らせるのが目的であった。

 

その刺客として送り込まれたのがレベル5の全距離操作……つまり七惟理無ということである。

 

そして麦野はもちろんフレンダの生存情報も教えてくれた。

 

 

「私達が知らないところで超騙されてたなんて……釈然としてませんね」

 

「まぁね」

 

「じゃあ結局オールレンジは毒ガス装置を破壊したんですか?」

 

「……認めるのは癪だけど、まぁ上手く私をまいて東京湾に沈めたみたいね」

 

 

 

麦野を倒すことは出来ずとも、麦野を錯乱させ上手く逃げ切るとは流石同じレベル5と言ったところか。

 

やはり自分何かではどう足掻いても勝てる相手ではないらしい、あの男は。

 

 

 

「ねぇ絹旗」

 

「何ですか?」

 

「あの男とは、知り合い?」

 

 

 

麦野の核心に迫るような問いかけに、一瞬心臓が止まるような感覚に襲われた。

 

探るような麦野の目、だが自分としては別段何らやましいことはないはずだ、動揺せずに淡々と答える。

 

 

 

「数カ月一緒に仕事をこなした相手。それくらいです」

 

「数カ月?」

 

「はい、この間統括理事会の主要メンバーの直近とされる組織との協力関係申し入れがあったと思います。その時アイテムから私が行きましたが、相手側がオールレンジでした」

 

「へぇー……」

 

「どうしてそんなことを聴くんです?」

 

「アンタの動きが悪かったこともあるし」

 

「うっ……」

 

「何よりアンタが親しげにあの糞野郎のことを『彼』とか言うもんだから、そりゃ何かあるんじゃないかと疑うでしょ。いくら精神操作にかかっていても、呼び方までは操れないしね」

 

「それは……超当然ですね」

 

 

 

七惟の精神操作を自分が受けた時のことらしいが、彼女自身は意識が混濁していたためほとんど覚えていない。

 

精神操作関係の話も麦野から聴いたのだが、七惟の使う精神操作は『精神距離操作』というものらしい。

 

心理定規と呼ばれる能力とほぼ一緒で、相手と自分の心の距離を操作する能力の一つ。

 

それで自分はおそらく七惟との心の距離を、フレンダと同じ程度に設定されたらしい。

 

心の距離の長短は、その人物への恋愛感情や親しみ、憎しみや怒りなどに直接影響される。

 

フレンダと同じ程度の親しみを感じた七惟に当然自分は攻撃出来ず、また麦野から守ろうとする行動に出たと……。

 

 

 

「麦野程手慣れた人なら超気づきますよね」

 

「それにアンタだけじゃなくて、オールレンジの野郎もおかしかった」

 

「七惟も……?」

 

 

 

確かに自分がいつも通りに動けていたとは思えないが、それは自分だけであって七惟がそんな見え透いた行動に出るとは。

 

あの男はどんなことがあっても自分の任務を完遂するため、あらゆる手段を講じてくる麦野のような人間だと思っていたが。

 

 

 

「そっ。フレンダや私には容赦ない攻撃でぶっ殺しに来てたのに、アンタに関しては直接的な攻撃は一切してないでしょ」

 

「え、でも精神距離操作を」

 

「あれはあれよ。実際アンタの身体にアイツは直接傷一つつけてない、その傷は邪魔するアンタを私がぶっ飛ばして出来たものだからね」

 

「そう言えば……」

 

「あの男もアンタに思う所があったんじゃない?まぁ精神距離操作を容赦なくかけてくるから素晴らしい関係とは思えないけどね」

 

「……良い関係じゃないですね。超腐れ縁とでも言えるんじゃないでしょうか」

 

「ふぅん。んじゃ私はフレンダの容態確認して、次の仕事何時受注出来るか判断してくるから」

 

「はい、超分かりました」

 

 

 

麦野は立ち上がり病室を出て行く。

 

病室に一人残った絹旗は、誰か分からない人物がお見舞いの品として置いていってくれたであろうミカンを手に取り、ほうばる。

 

こんな真っ暗闇の世界で仕事をしていても、こんなことをしてくれる人物がいるというのは意外だ。

 

まぁそれも、置いて行ったのは麦野のような仕事仲間でもなく、病院の看護師なのだろう。

 

 

 

「七惟の奴……どういうつもりなんでしょうか」

 

 

 

考えるのは当然七惟のことである。

 

あの男の取った行動は不可解だ、どんなことがあっても目的を達成するために行動すると思っていたのに。

 

それが数カ月一緒に行動して、下らない話をした仲でも。

 

暗部であれば、そんなことは無かったことにして仕事をするはずだ。

 

今まで彼女が共に行動してきた他組織の人はそうであったし、彼女自身もそうだった。

 

流石に数カ月も一緒に行動したら、情か何か湧くのだろうか……?

 

 

 

「きぬはた」

 

「……滝壺さん?」

 

「身体は大丈夫?」

 

 

 

麦野と入れ換わりになる形で病室にやってきたのは、つい最近アイテムに加入した大能力者の滝壺理后。

 

その手には病室のデスクに置いてあるものと同じのミカンの袋を握っている。

 

 

 

「えぇ、まぁ。癪ですがオールレンジに手加減されたみたいですしね」

 

「良かった、きぬはたが無事なら癪でも何でも全然構わないよ」

 

「……それは?」

 

「ミカン。そっちに置いてあるのと、同じのを買ってきた。こっちはふれんだ用」

 

 

 

その言葉に絹旗は目を丸くする。

 

驚いた、まさかこのミカンは仲間である彼女が持ってきてくれていたとは。

 

 

 

「二人が何が好きなのか分からなかったから、無難なものを選んだつもり」

 

「……そうですね、ミカンとは超無難です」

 

「嫌い?」

 

「まさか。滝壺さんが持ってきてくれるものならば、超嬉しいですよ」

 

「ほんと?」

 

「ただ」

 

「ただ……?」

 

「暗部もそうそう詰まらないことばかりじゃない、と思いました」

 

 

 

滝壺は意味が分からないと首を傾げているが、絹旗からすれば彼女の行動のほうが意味が分からなかった。

 

フレンダや麦野は仲間同士とは言え、基本は仕事のみの繋がりだ。

 

このようにお見舞いのようなプライベートまで首を突っ込んで来てくれる程深い仲ではない。

 

それだけに、まだ入って僅かな期間しか経っていない滝壺理后がこうやってお見舞いの品を持ってきてくれることは驚きであるし、暗部の思考回路に染まりきってしまった彼女にとっては理解し難いものだった。

 

だがそれと同時に、嬉しいとも当然思う。

 

そして。

 

 

 

「こんな変わった人がいるのだから、七惟みたいな超変な奴だっているのかもしれませんね」

 

 

 

滝壺のような人物がいるのだから、七惟だって案外本当に情が湧いて攻撃は出来なかったのかもしれない。

 

まぁ、精神距離操作をかけたことに関しては今度会った時に問い詰めてやればいい。

 

 

 

「滝壺さん、こっちで一緒にミカン食べましょう」

 

「うん、早くきぬはた元気になってね」

 

「超任せてください」

 

 

 

痛む身体を我慢、手招きしミカンを持ってきてくれた不思議天然系の少女と一緒にほうばる。

 

暗部だって、捨てたモノじゃないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後。

 

絹旗最愛は病院を退院し、彼女は暗部の仕事に戻る。

 

そして彼女はまたあの男に出会った。

 

なんてことはない、ありふれた日常で。

 

 

 

「七惟!」

 

「あぁ?」

 

「また話でもしませんか?」

 

「……うっせぇ餓鬼だな」

 

 

 

まるでこないだのことなど気にも解さない調子で二人は向き合う。

 

こうして二人の奇妙奇天烈で、でもちょっぴり面白い不思議な関係が始まるのだった。

 

 

 

 

 



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全然掴めない、君のコト

 

 

 

 

 

「(思えばこんな超下らないことを回想してどうなるってんでしょうね)」

 

 

 

過去の思い出と現在の状態を比べると、なんと思い出の優しいことだろうか。

 

きついこと、嫌なこと、辛いこと、それら全部をひっくるめてもいいことの思い出のほうが遥かに強いのだから。

 

そして思い返してみても隣の奴とまともな交友があったかなんてよくわからない、友人だったのか敵だったのか、友人未満敵以上なのかそれすらも今の自分の頭じゃ整理がつかない。

 

しかしそれでも、どんな見方をしても今の自分と七惟の関係があの時よりも悪化していると言えるのも確かだった。

 

思い出の七惟のほうが、全然優しく見えるなんて今の自分はどうかしている……。

 

……だが今はそんなことは、どうでもいいはずだ。

 

そんな自分の気持ちよりも、差し迫ったこの状況に対応すべき。

 

絹旗はもやもやする自分の心の中にある程度のふんぎりをつけて、再度状況を確認する。

 

 

 

「で、どうするんですか超七惟?同じ距離操作能力者として」

 

「……アイツが距離操作能力者なら、俺はアイツの力場には干渉出来ねぇ。テレポーターと同じだ」

 

「はあぁ。レベル5が聞いて超呆れます」

 

 

 

やはり七惟はこの場に限っては全くの使い物にならないらしい、置物のほうがマシだ。

 

絹旗は頭をもたげるも正面には銃を構えた距離操作能力者、だいたいレベルは3程との情報を得る。

 

そして距離能力者の右腕ではこんな状況になってもボーっとしている滝壺、こういう時のために拳銃を渡したというのに……。

 

周りにはターゲットのスナイパーを始めとしたスクール側の人間が10人程度。

 

そして敵は自分の窒素装甲を破壊する何かしらの攻撃手段を持っているが、滝壺や七惟の能力に関してはまるで無知。

 

自分の隣に立っている木偶の棒は学園都市が誇るレベル5……。

 

この男を利用すれば、絶対に状況は打破出来る。

 

 

 

「んじゃまぁ、まずは窒素装甲。横に突っ立ってる男をボコボコニしてやれ」

 

「ッ……」

 

 

 

満足そうな笑みを浮かべながらスナイパーの男が絹旗に命令する。

 

七惟をボコボコにしろ、か。

 

今の七惟ならば自分が襲いかかった瞬間、逆に七惟の力で自分が粉微塵にされてしまいそうだ。

 

 

 

「この女を殺されたくなかったさっさとしろ!」

 

「……きぬはた」

 

 

 

若干状況のまずさを理解出来たのか、珍しく滝壺が上ずった声で彼女を呼ぶ。

 

人質。

 

七惟の能力では、滝壺を抑えている男に対して距離操作も転移も何も出来ないときた。

 

となれば、人質を利用して自分が行動するしかない。

 

人質を取っている人間は、基本的に奇襲やらの意表を突く攻撃に弱いためそこを狙う。

 

 

 

「早くしろ!」

 

 

 

蹲ったまま絹旗は七惟を一瞥し、表情を確かめる。

 

その顔面は鉄面皮であるが、良い表情はしていない。

 

愛しの滝壺ちゃんがそんなに恋しいのか―――――。

 

そんなことを考えた自分に、苛立ちと、怒りと、何とも言えない寂しさが込み上がってきた。

 

 

 

「超七惟」

 

「……んだ?」

 

 

 

絹旗は立ち上がり、前を見据える。

 

相変わらず敵は気持ちの悪い笑みを浮かべたままにやにやしている、それがとても腹立たしい。

 

今自分がどんな気持ちでいるのか、とても笑えるような気持じゃないのに、そんな人間を目の前にして笑っているこいつらが。

 

こんなことになるはずなんて無かった、思い返す度に隣のレベル5に苛立ってくる。

 

この男さえいなければ、こんな屑共に下品な笑みを浮かべられるはずもなかったし、滝壺を人質に取られるなんて間抜けな展開にもならなかった、三人でスクールの拠点を攻撃すること

 

にもならなかった――――。

 

七惟がアイテムにさえ入らなければこんな面倒なことにだってならなかった。

 

……おかしなことを言う、全距離操作の七惟理無をアイテムに引き入れる計画を立案したのは自分だというのに。

 

たら、れば、の話が浮かんでは消えて行く。

 

 

 

「今から攻撃に出ます」

 

 

 

そもそも、七惟をアイテムに加入させる作戦を立案した時だってこんなことになるつもりはなかった。

 

全てが上手くいくと思っていた、七惟とこんな険悪な関係になるつもりなんて全くなかったのだ。

 

こんな仲にならなければ、この仕事だって一人でやるより早く簡単に終わっていたはずなのに。

 

 

 

「……絹旗」

 

 

 

じゃあ、自分はいったいどんな関係になるつもりだった?

 

アイテムに七惟が入ってくれれば、七惟ともっと喋れると思っていた。

 

スクールに攻撃を仕掛けると麦野が言っていた、そのためのオールレンジだと彼女も言っていた。

 

だが自分にとってそんなことは関係なかった、七惟がアイテムに入ってくれるのならば、喋れる時間が増えるくらいにしか。

 

麦野からの命令とはいえそういう個人的な打算もあって、滝壺を使い七惟をアイテムに入れたというのに……。

 

 

 

「後は超分かりますよね?」

 

「……」

 

 

 

結果はこれだ、七惟と犬猿の仲になるどころか、まともに喋ることすら出来ない。

 

自分が七惟に精神操作を掛けられた時は、次会った時何食わぬ顔で喋ったというのに、この男はそれがわが身に降りかかった時の対応は全く違った。

 

自分はただ、七惟と一緒に喋って――――楽しくやりたかっただけなのに。

 

七惟と仲良くしたかった、たったそれだけだったのに。

 

結末はこんなにも惨めで、悲惨で、もう七惟とは二度と前のように下らない話をしたり、馬鹿をしたり、食事を一緒に取ることすらないかもしれない。

 

そして、その隣に立つことも―――――――。

 

 

 

「……行き、ます!」

 

 

 

そのことを自覚した時、身体にはちきれんばかりの力が溢れて爆発した。

 

絹旗はスナイパーの言葉とは反して七惟のほうには向かわずに、正面に居る距離操作能力者目掛けて突進した。

 

 

 

「……このクソ餓鬼!」

 

 

 

スナイパーの男が声を上げて何かを投げる、おそらく大気のバランスを崩して窒素を少なくするための爆弾だろう。

 

だがそんなものは関係ない、自分の目的は少しでも滝壺と距離操作能力者を引き離すことだ。

 

 

 

「馬鹿野郎が!」

 

 

 

手りゅう弾の爆発と同時に七惟が何かを叫んだ。

 

爆発の反響で上手く聞きとることは出来ないがどうせ自分の悪態でもついているのだろう。

 

身体を纏う窒素が失われて行くのを理解しながら、絹旗は年相応のひ弱な身体となったそれで滝壺を拘束する男に体当たりする。

 

 

 

「あぅ!」

 

 

 

久々で生身でぶつかった身体は、思いのほか頑丈だった。

 

 

 

「七惟!」

 

 

 

大の大人の男がそう簡単に倒れるはずもないが、一瞬よろけるには十分な威力。

 

その瞬間を、レベル5の七惟が見逃すはずもなかった。

 

絹旗が態勢を整える頃には、滝壺の身体は見事に男から解放され、七惟の背後へと転移されている。

 

 

 

「てめぇら……つけ上がり過ぎたな」

 

 

 

眉間をぴくぴくさせながら七惟が威圧のこもった低い声で言う。

 

スクールの下っ端達は、何が起こったのかすら分からないようである。

 

 

 

「な、何が起こったんだ!?」

 

「まさかコイツも能力者なのか!」

 

 

 

烏合の衆が構えるが今更遅い、能力を全開にした七惟の力の前では、レベル1~4の戦力など意味を成さない。

 

成す術なく七惟の可視距離移動砲で吹き飛ばされ、転移で屋外にこの高さで放り出されるなどしてあっという間に敵を一掃していく。

 

絹旗は身体についた埃を払いながらその様をまざまざと見せつけられ、レベル5の力を直で感じる。

 

やはり去年から七惟の戦闘能力の恐ろしさは何ら変わっていない、むしろ強くなったかもしれない。

 

1分もかからない内に、残っているのは七惟の力で干渉が出来ない距離操作能力者のみとなった。

 

 

 

「……う、うう!」

 

 

 

再起不能にされた仲間達を見て、流石に力の差を感じとってしまい絶望したようだ。

 

びびりまくっている男は、腰が抜け、目の前に迫った恐怖に震えあがっている。

 

 

 

「絹旗、ソイツはお前がやれ」

 

「……最後まで七惟が超やればいいじゃないですか」

 

「ソイツは俺の能力じゃ飛ばせねぇんだよ。それに、てめぇも一人くらいぶっ飛ばさねぇ気分が晴れねぇだろ」

 

「……確かに、超そうですね」

 

 

 

大気のバランスが元に戻ったのを確認し、再び彼女は窒素装甲を纏う。

 

七惟の言う通りにするというのは癪だが、確かにこの自分の中の感情は、誰かにぶつけなければ晴れそうにもない。

 

 

 

「それじゃ、私のサンドバックになってくださいよこの超クソ野郎がァ!」

 

「ぎゃああああ」

 

 

 

絹旗の全ての鬱憤が込められた一撃が、距離操作能力者の腹に食い込む。

 

男はそのまま吹き飛び廃墟に残された家具に体をぶつけながら壁に激突し、数秒後その叫び声も聞こえなくなった。

 

敵がいなくなり静寂だけが残った廃墟、絹旗の心もまるで廃墟のように空虚で、音がなく何もない。

 

彼女は唯、七惟に駆け寄る滝壺の姿を色の無い目で見つめていた。

 

 

 

 

 

 



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全然知らないうちに、君のコト

 

 

 

 

「痛ッ……」

 

「大丈夫?きぬはた」

 

「思ったより傷は深いですけど、超大丈夫です。あの病院にかかればあっという間に超治ります」

 

 

 

スナイパーを始末する仕事をやり終えた絹旗、七惟、滝壺の三人は帰路についていた。

 

既に辺りは暗闇に包まれており、廃墟となったビルから出る頃には秋口ということもあって肌寒かった。

 

 

 

「とりあえず応急処置はしてますから問題はありません、さっさと帰りましょう」

 

 

 

痛む傷口を抑えながら、彼女は黙々と歩く。

 

仕事はやり終えた、しかしまるで終わったようなすっきりとした感覚はない。

 

むしろ仕事を始める前よりも、自分の中に溜まっているストレスは増えたような気がする。

 

身体の中をストレスが渦を巻いて覆い尽くして、おかしくなりそうだ。

 

 

 

「なーない」

 

「……組織の連中に電話して車を寄越して貰うか」

 

「そんなことは超不要です、下の人達に軟弱だとは思われたくないですしね」

 

「強がってる余裕はあんのかよ」

 

「はい、それは超あります。少なくとも七惟に心配されなくても超大丈夫ですよ」

 

「……」

 

やはり苛立ちの原因はこの男、というかこの男以外有り得ない。

 

今も一緒に居るだけで苛々してくる、いや一緒に居るのはいいのだが七惟の刺々しい口調に過剰に反応してしまうのだ。

 

七惟と喋りたかった、仲良くしたかった、それなのにどうしてもそれが出来ない。

 

アイテムで唯一七惟と交友があると思っていたのに、その立場も今では既に滝壺理后という少女に奪われてしまっている。

 

昔のように七惟の隣で話しているのは自分ではない、喋っているのは不思議天然系の純粋な少女滝壺理后。

 

その事実に今度は苛立たしさではなく寂しさがこみ上げてくる。

 

 

 

「滝壺、お前のほうは怪我ねぇのか」

 

「うん、なーない達が頑張ってくれたから」

 

「ならいい」

 

 

 

ルービックキューブのようにごちゃごちゃで、バラバラになってしまった気持ちの整理が出来ない自分。

 

一つ一つのパーツを構成するのは当然七惟や滝壺のことが大半で、後のことは一握りも無いと言うのに……。

 

その七惟と滝壺は親しげに会話を重ねるばかりで、余計ごちゃごちゃになってしまった。

 

何処からおかしくなってしまったのだろう?何時から自分と七惟の関係は変わってしまったのだろう?

 

自分が変わった?七惟が変わった?

 

いや、自分は変わってないはずだ、絶対に。

 

ならばやはり表の世界での一年で七惟が変わってしまったのか。

 

七惟が表の世界で生活している時はあまり会う機会はなかったが、それでも月1回くらいは会っていた。

 

会った時は全然変わっていなかったし、きっと同じ方向を向いて進んでいるのだと思った、だから会話のキャッチボール…いやドッチボールだって成り立っていた。

 

だが、本当は違った。

 

七惟は成長はしていたが、自分と同じ方向を向いていなかった。

 

七惟の心と体は、暗部のやり方を耐えられない構造になってしまった。

 

昔の彼ならば無表情でやり過ごせたであろう所業も、目を血走らせて怒り散らすものとなる。

 

二人の距離は、自分が進むにつれて……二人が成長するにつれて、どんどん離れてしまったのだ。

 

決定的になってしまったのは大覇星祭直後だ、あの時に自分が間違いを犯さなければ……七惟をお見舞いに行った時にあんなことを考えなければ、今とは違った未来があったのかもしれ

 

ない。

 

 

 

「あ、むぎのから電話」

 

「あぁ」

 

「……」

 

 

 

街並木を抜け、地下鉄を目指す。

 

過ぎ去る景色もよく彼女の頭の中には入ってこなかった。

 

 

 

「うん、仕事は終わった……きぬはたが怪我してる。それで―――」

 

 

 

帰宅ラッシュの時間帯は過ぎ去っているのか、思いのほか駅周辺に人通りは少なかった。

 

しかし視界が狭くなってしまった絹旗は、人通りを避けきれず数人に体を当ててしまう。

 

 

 

「え……私だけ?二人はいいの?」

 

 

 

ぶつかって平謝りをする絹旗、その声にも力はない。

 

 

 

「分かった、それじゃまたあとで」

 

 

 

絹旗と七惟が電子カードに現金をチャージし終える頃には、滝壺と麦野の電話も終わっていた。

 

とてとてと駆けてくる滝壺が口を開く。

 

 

 

「今回のお仕事は私の口座に振り込まれるから、印鑑持ってこいだって。私はむぎのの居る学区に行くから、きぬはたとなーないは先に帰ってて」

 

「あぁ…分かった」

 

「超了解です」

 

 

 

そう言って滝壺は自分達とは真逆方向の改札口に向かって走って行く。

 

彼女は最後に振り返って七惟を一瞥すると、そのまま人ゴミの中へと消えて行き見えなくなった。

 

 

 

「帰んぞ絹旗」

 

「……言われるまでもないです」

 

 

 

しかめっ面をした絹旗と、口を真一文字に結んだ七惟は改札を通り、第七学区行きの電車に乗り込む。

 

揺れる電車の中で二人の会話は皆無、時間が時間だけにあって車両内は静まり返っており二人以外の人間は片手で数えられる程度の人数しか居なかった。

 

 

 

「超七惟」

 

「……何だ」

 

「……」

 

「……」

 

 

 

喋り始めても、これ以上の会話は続かない。

 

聞こえてくるのは軋むレールの音と、車両内放送だけ。

 

そんな沈黙の空間が15分程続いただろうか、電車は第7学区の駅に止まり、二人は無言で降りる。

 

電子カードを通して改札を抜け、完全に日が沈んでしまった屋外へと出ると辺り一体は静まり帰っていた。

 

そこから見える音のない風景は一人落ち込んでいる自分の心のように静寂を保っている。

 

駐輪場からバイクを出そうとしている七惟をぼーっと見つめながら、自分の意識や、力、何もかもが小さくなっていくのを感じる。

 

 

 

「おい、絹旗」

 

 

 

バイクを路上まで運んできた七惟が口を開いた。

 

 

 

「……なんですか?」

 

「お前、どうして滝壺を人質に取った」

 

 

 

このタイミングで、それか……。

 

 

 

「……何時のことですか?」

 

 

 

しらばっくれてみる。

 

 

 

「あの時しかねぇだろ。廃墟になった研究所だ」

 

「あぁ……七惟に麦野がアイテムに入らないと滝壺さんの肢体をぶっ飛ばすって言った時ですか」

 

 

 

七惟が言っているのは第19学区防災センターでの出来事。

 

あの時絹旗達アイテムは、味方であるはずの滝壺理后を餌にし、七惟理無を引き入れようとしていた。

 

当時の絹旗自身は知る由もないが、あの時の七惟はフレンダが何処かで滝壺を捉えており、七惟が首を横に振ればすぐさま原子崩しで滝壺の手足を吹き飛ばすと思っていた。

 

その考え方はあながち間違っておらず、七惟の前に麦野、後ろに絹旗で逃げ道をふさぎ込み、崩れたコンクリート壁の影にフレンダと滝壺は居た。

 

そこであのカウントダウン、0になった瞬間フレンダが出てきて滝壺の手足に銃口を向ける。

 

しかし七惟の考えと違うのは、実際そこまで芝居であり、アイテムは滝壺理后の肢体を潰すつもりなどなかった。

 

滝壺の身体を利用するのではなく、二人の関係を利用したのだ。

 

しかし表の世界で1年間近く生活してきた七惟はそれを本気だと捉えてしまい、絹旗に対して憎悪の感情を向けてしまう。

 

結果出来あがったの今の自分と七惟の窮屈な関係という訳だ。

 

 

 

「別に大した意味はありません、七惟が考えてた通りだと思います」

 

「本当にそうなのかよ?」

 

「……七惟の考えと超違うのは、私と麦野とフレンダは本気で滝壺さんの手や足を切り落とそうとしていなかった、という点くらいですかね」

 

「……」

 

「あの時の七惟は超本気で私達がそんなことをすると思ってたみたいですけど、私達はそういう態度を取れば七惟がこちら側に入ってくれると分かっていたから、ああいう大げさな仕掛

 

けをしたんです」

 

 

 

まぁあそこまで激昂するのは超予想外でしたけどね、と言いそうになり口を瞑った。

 

それは予想外な出来ごとではなく、表の世界では当たり前のことなのだから言うのは野暮だろう。

 

 

 

「お前自身はあの作戦に賛同だったのかよ?腹の底から俺をアイテムに入れてスクールとドンパチやりてぇのか?」

 

「……何を馬鹿なことを。何処ぞの第3位と違って私はそんな超戦闘狂じゃありません」

 

「麦野の命令、か」

 

「それももちろんあります、でも本当は……」

 

「本当は……?」

 

 

 

息が、詰まった。

 

もう、言ってしまってもいいのかもしれない。

 

吐きださなければこの感情は、何時か爆発してしまう……。

 

 

 

「仲良くしたかっただけだったんです、七惟と」

 

「……は?」

 

「私だって好き好んであんな超馬鹿なことしませんよ。でもああする以上無かったんです、七惟をこっちに引き入れるにはそれが最善の策と麦野に提言したのは私なんですから」

 

「お前は俺の監視を命じられてんだから、弱点見抜いてこいくらい当たり前だしな」

 

「そうですけど、私にとって七惟がアイテムに入ってスクールとドンパチすることなんて全然興味がないんですよ」

 

「……」

 

「私はただ単に、七惟がアイテムに入るんだったら今まで以上に馬鹿話をしたり、一緒にご飯を食べたりして、滝壺さんやフレンダみたいな関係になりたかった」

 

「お前」

 

「私だって人間なんです。こんな掃き溜めみたいな暗部の生活にも、それなりの楽しみがないとやっていけません。その楽しみが七惟だった、七惟と仲良くしたかった、それだけです」

 

「……」

 

 

 

言ってしまった。

 

しかし彼女は後悔よりも、何かを吐きだしたかのような爽快感のほうが大きかった。

 

本当は真正面から七惟に向かって、ずっとこう言いたかったのかもしれない。

 

『仲良くしたい、楽しくやりたい』と。

 

本当ならばその中心に居るはずの七惟が、それと全く反する方向へと向かっていては、楽しくないし苛立ちを募らせるのも当たり前だろう。

 

でも、今までも自分はその感情すらよく分からなかったし、そもそも自分の中身を整理することすら出来ていなかったのだ。

 

今自分の全てをさらけ出し、こうもすっきりとするのならば……もう少し早く言うべきだったのかもしれない。

 

きっと自分はきっかけが欲しかったのだろう。

 

自分の中にその感情があるのは分かっていても、険悪な七惟に自分からその言葉を言うなんて変なプライドが許さず、無意識のうちに気付くことを忘れていた。

 

だから分からない振りをして、押しこめて、一人相撲で腹を立てて……馬鹿みたいだ。

 

 

 

「ごめんなさい……、七惟」

 

 

 

でも今、こうやって自分に素直になれたから。

 

 

 

「ったく……おい、こっちこい絹旗」

 

「何ですか?」

 

「お前歩きだろ、病院まで送ってやるから後ろに乗れ」

 

 

 

こんな素敵なことも、起きるのかもしれない。

 

 

全然掴めない、七惟のこと。

 

 

全然知らない、七惟のこと。

 

 

 

「……レディの扱い方を心得たんですか?」

 

「お前の何処がレディだ」

 

「む、何を言いますかこの超スタイルを見てください」

 

 

 

それでも、一緒に居て楽しいのだ。

 

 

しかめっ面をした七惟、仏頂面をした七惟、無愛想な七惟、ふてぶてしい七惟、口が悪い七惟、怒ってる七惟、闘ってる七惟、全部が全部褒められることじゃない。

 

 

でも、それでも全然気づかない内に楽しいと思ってしまっている自分がいる、全然知らない内にドンドン七惟理無という存在が自分の中で大きくなる。

 

 

こんな七惟だからこそ、暗部の中で自分は七惟の居る生活を求めてしまうのかもしれない。

 

 

シリアスなシチュエーションなんて、自分達には似合わない。

 

 

ヘルメットを七惟から受け取り、バイクに跨る。

 

 

 

「乗ったか?」

 

「超大丈夫ですよ。七惟、七惟。女の子とこんなに超密着してますよ?何か超湧きおこってきません?」

 

「……すぐ調子に乗りやがる」

 

 

 

ほら、さっきまであんなに遠くに感じていた七惟との距離が、こんなにも近くなった。

 

 

 

「さぁ、超行きましょう!」

 

 

 

それだけで、ドキドキな、ワクワクな気持ちになれる!

 

さっきまであんなにも狭くて窮屈だった私の世界が、こんなにもキラキラになって輝いてるから!

 

 

 

 

 






全距離操作と窒素装甲、これにて閉幕です。

この章は絹旗を主人公に据えて書き続けましたが、

ぶっちゃげ如何にして絹旗を可愛く書くかしか考えていませんでした(笑)

距離操作シリーズの女性人は、

妹達→滝壺→五和ときまして、最後に絹旗さんな訳です。

次の章の暗部編は途中までにじふぁん時代に投稿していましたが、

今回は全部投稿できるよう頑張っていきます。

今後ともスズメバチの作品をよろしくお願いします。


 


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Ⅹ章 乾いた心に、形のない命を
盤上の駒達-ⅰ


※この章では一部のキャラクターに対して過激な描写が含まれます。
苦手な方は注意して下さい。



 


 

 

学園都市には全距離操作と呼ばれる男がいる。

 

その男は、つい最近まではごく普通の平和な生活……とまでは言えないが、俗に言う表の世界で主に生活を送っていた。

 

今現在は学園都市の危険な場所……表に反してこちらは裏、暗部と呼ばれるそこにフィールドを移し工作員として日常を送っている。

 

此処はそんな男、七惟理無が表裏の高校生活を送るにあたって拠点となる場所第七学区だ。

 

彼が住んでいる寮もあり、今まで此処には上条当麻を始めインデックス、ミサカ19090号、絹旗最愛など様々な人物が尋ねてきた。

 

しかし今回ばかりは彼らを家に入れることすらままならない、それほどまで今の七惟の身の周りには闇が渦巻いている。

 

先日処理した雑貨屋に続き、今日は『医者』を潰してきた。

 

こちらの世界の『医者』というのはカエル顔の医者のようにまっとうな仕事を行うものではなく、臓器売買、整形手術など本来ならばやってはいけない分野に手を出している者たちだ。

 

彼ら自体は戦闘力が皆無なため制圧するのにそう時間はかからなかったが、後始末である書類の片付けが非常に面倒だ。

 

自宅で全てを終わらせるには限界があるため、今から七惟はメンバーのアジトであるあのシェルターへと出かけることとなる。

 

必要なモノをタンクバックに押し込み、冴えない表情でヘルメットを被りグローブを装着した。

 

家を出て駐輪場で愛車のバイクにまたがる、普段の七惟ならば此処で幾分か気分が高揚したりするのだがそれらも全く湧きあがってこない。

 

あれほどまで溺愛したバイクに乗っても、今のもやもやは晴れることがないのだ。

 

 

 

「……よくねぇことが近いうちに起こりそうだ」

 

 

 

沈んだ気持ちを無理やり振り払おうと、七惟はアクセルを全開にし公道を猛スピードで突っ走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前中に仕事の処理を済ませた七惟は、今度はアイテムの面々と会うために第七学区へとやってきていた。

 

待ち合わせ場所はアイテムの根城の一つである個室サロン、七惟のような借金を背負った貧乏とは全く縁が無いような豪華な施設だ。

 

カウンターで話を済ませ、七惟はエレベーターに乗りアイテムが居る個室の前までやってきた。

 

今日は確か新入りの歓迎会……ではなく、先日何処かの暗部組織により粛清されたスキルアウトの一人が雑用としてアイテムに入れられた。

 

要するにあの女共の奴隷になれということである、正式な構成員ではない七惟としてあまり関係のないことだが。

 

手をインターフォンに伸ばしボタンを押すと、七惟の寮のインターフォンと同じ音の後聞きなれた女性の声が聞こえた。

 

「はい」

 

「おい、滝壺」

 

「なーない?入っていいよ」

 

「あぁ」

 

 

 

中から滝壺の声が聞こえ、七惟はドアノブを回し部屋の中に入る。

 

完全な個室となっており、性犯罪の温床とも言われている部屋だけあってそれはもう未成年を誘惑するモノがいっぱいなわけだが。

 

彼女達はそんな道具にかまけているような人間ではなかったらしい。

 

 

 

「浜面、ドリンク遅い。焼き殺すぞ」

 

「超浜面、その視線超気持ち悪いんで止めてください超不快です」

 

「結局浜面は木偶の棒な訳よ」

 

「大丈夫、そんな浜面を私は応援してる」

 

「……」

 

 

 

部屋の中では少女たち4人がソファーで寛ぎ各々やりたいことをやっている。

 

麦野はファッション雑誌を、絹旗はB級映画雑誌を、フレンダは缶詰を漁り、滝壺は相変わらずぼけーっとした表情で一点を見つめている。

 

その視線がこちらに向けられる、あまりにもこちらを直視してくるので七惟は気まずくなり視線を逸らした。

 

それに、今は彼女と視線を合わせるよりも、先ほどから雑用としてせっせと働いている男のほうが気になる。

 

スキルアウトからやってきたらしいこの男、名前は確か浜面仕上と言う。

 

見た目不良少年のソレは、暴れ回っていた頃の面影など全く感じられず今はパシリも従事しており、何だか非常に違和感を感じる。

 

 

 

「あ、超七惟。今日はソコで働いている悪い男の紹介でしたっけ」

 

 

 

見た感じ絹旗は先日の一件で負傷した傷は塞がっているようだ、動作に不自然さは見当たらないし我慢している様子もない。

 

やはりあの医者は何かよからぬことをしでかした経験があるのではないだろうか?

 

外法に頼ならければ、、通常の医療技術では此処までの速度で治療を行うこと不可能だろう。

 

しかしかまぁ、そのおかげで絹旗があれだけ良い表情になっているのだから悪いことじゃない……のか?

 

 

 

「結局この男役に立たない訳よ、下っ端組織に左遷したほうがいい訳?」

 

「フレンダの超言う通りです。これなら置物のほうがまだ超マシかもしれません」

 

 

 

絹旗とフレンダは酷い言いようだが、浜面は気にすることなく動きまわっている。

 

 

 

「オールレンジ、アンタも何か飲む?浜面が運ぶし」

 

「……」

 

「アンタ確かウーロン茶よね?浜面、ウーロン茶。15秒以内」

 

「分かってるからバチバチ言わせんな!」

 

 

 

浜面は一応抗議の声を上げるが、これはもはや顎で使われるどころか人権すら与えられていないような感じだ。

 

しかしスキルアウトならばこんな麦野のでかい態度に業を煮やして襲いかかりそうなものだが……まぁ麦野のことだ、メルトビームの1発や2発くらいは見せてやったんだろう。

 

30秒後浜面は七惟の座っているソファーにウーロン茶を持ってきた、そしてようやく彼も雑務から解放されたらしく七惟の横に収まった。

 

15秒遅れたことに麦野が多少バチバチ言っているが、浜面は怯えることはなくただただその顔に疲労の色を濃く刻むばかりである。

 

 

 

「これで一応全員揃ったことだし、新人紹介でもやりましょうか」

 

「……俺は臨時だぞ?」

 

「分かってるわよそんなこと。アンタじゃなくてそこに居る木偶の棒。ほら浜面、オールレンジと私らに立って自己紹介しなさい」

 

「……わかってる」

 

 

 

浜面は短い返事を返し、こちらに向けて自己紹介を始める。

 

 

 

「浜面仕上だ、年齢は―――」

 

「うんわかった、それだけで十分よアンタは。ルームサービスでミックスピザとポテトさっさと頼んで」

 

 

 

しかし3秒も経たないうちに彼の自己紹介は終了してしまった。

 

しかも絹旗もフレンダも肘をついて全く聞いている様子は無かったし、滝壺に関しては先ほどから微動だにしていない。

 

これはおそらく寝ている、もはや浜面など視界に入っていないと言うわけか……。

 

というかこれなら何故麦野は浜面に自己紹介などさせたのだろうか?面白いことでも期待したのか?それをする時間すら与えられなかったように見える。

 

 

 

「おい!?」

 

 

 

堪らず浜面は声を荒らげるが、それをうっとおしそうに麦野が返す。

 

 

 

「何よ?どうかした?」

 

「……ッ、何でもねぇよ」

 

「そう、さっさとして」

 

「……」

 

 

 

麦野はそれ以降浜面に視線を向けること無く、再び雑誌に目を通し始める。

 

各々が趣味に走り始めたため、再び浜面は雑用として駆けまわることとなった。

 

アイテムの中でこの浜面という男は酷い立ち位置に居るようだが、他の暗部組織でも同じものだろう。

 

それほどにまで軽く見られている、というか『ただ雑用をするしか能のない無能な人間』が浜面仕上だと彼女達は思っているのだ。

 

能力のない浜面など、死んでしまえば新たにまた補充すればいいし、特別な個性は求められていない。

 

つまり使い捨ての紙コップ、使い終わったらさっさとあの電子炉にぶち込んで骨まで溶かしてしまえばいい。

 

変わりなんていくらでもいるのだ、それ程腐るほどに。

 

七惟はこの一連のやり取りを見て思う。

 

やはり、この裏の世界は腐りきっているなと。

 

別に滝壺達が腐っているというわけではない、こういう日常が当たり前になってしまっているこの裏社会がおかしいのだ。

 

深い深い闇の底の世界、誰もそこに光など持って来る訳も無い。

 

あるのは裏切り殺し謀略の数々。

 

故に滝壺達アイテムのメンバーも理解している、これが普通であり、今までもこれからもずっとこうしていくということを。

 

だから浜面のような人間のことなど別段気にかけようとも思っていないのかもしれない……特に麦野やフレンダは。

 

その後は特に仕事の電話などかかってくることもなく、七惟はソファーの上で惰眠を貪りアイテムがそれぞれの家に帰宅するまで待った。

 

サロンにやってきて3時間、サロンの会計を済ませて七惟達アイテムは建物を後にすることとなる。

 

会計を済ませ、豪奢な施設を出ようとするその際、七惟は再度施設を見渡す。

 

汚れ役の暗部がよくもこんな綺麗な施設に足を運び寛ぐことが出来るものだ。

 

自分からしてみれば、暗部というのはメンバーのシェルターのように暗い穴倉の底のほうがお似合いだと思う。

 

メンバーは男メインで組織が構成されているから、女メインのアイテムではそういう訳にもいかないのだろう。

 

まぁ、何処ぞの女が見てくれだけでもよく見せたいという虚栄心の結果がこんなチンケなものなのかもしれないが。

 

 

 

 

 

 



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盤上の駒達-ⅱ

 

 

 

 

 

スクールとは。

 

垣根提督を中心とした学園都市の最も深い暗闇で働く組織のことである。

 

元はと言えば彼らは学園都市のためにその身を捧げる者たちだった。

 

しかしその心の底の何処かで、何時かはこの学園都市を掌握してみせると思っていた。

 

学園都市のために身を捧げるのは別に悪いこととは思ってはいない、だがあの男のために身を捧げ良いように利用されるのだけはまっぴらごめんだ。

 

心の片隅でもいい、『何時かは』、これさえ思っていれば、チャンスはやってくる。

 

そう、必ず―――――。

 

 

 

「オールレンジが『アイテム』に入ったみたいね」

 

「みたいだな、これでいよいよあの女の組織も見逃せなくなった」

 

 

 

彼らの塒となっているビルの一角で、構成員である垣根提督と心理定規は高級ソファーに腰をかけ、ゆったりと寛いでいた。

 

まるでvipのような扱いだが、彼らはある意味でvipなのだ、こんな部屋を使用することなど容易い。

 

しかしその使用目的はvip待遇を満喫するのではなく、この部屋ならばそう簡単に敵が襲ってくることもない、という理由からだ。

 

 

 

「やっぱり彼が必要だったの?」

 

 

 

心理定規は髪を弄りながらさぞ関心がなさそうに問いかける。

 

そんな彼女の態度を見て垣根は腹を立てることもない、これが二人の日常なのだ。

 

 

 

「まぁな、第1位の糞野郎をぶち殺すにはアイツの力が重宝した。まぁ絶対必要ってわけじゃねぇし……こっちの邪魔をするんだったら容赦はしねぇ」

 

「ふぅん……アイテムに入ったのは何故だと思う?」

 

「俺の知る範囲じゃないが、噂じゃアイテムの一人にお気に入りがいるらしいぜ?」

 

「あのオールレンジが?眉唾ものね」

 

「そうでもない、第3位のクローンに入れ込んでるってのは結構前から聞いていた」

 

 

 

9月の頭、もうだいぶ前になるが垣根が七惟と会った時に、あの男の気配は1年前と明らかに変わっていた。

 

牙の抜けおちた狼、それくらいまでに七惟から感じる威圧・狡猾さは感じなくなっていた。

 

それが弱さだと考える程垣根も馬鹿ではない、自分たちとは違う世界で、七惟はその世界の強さを手に入れたのだ。

 

どちらが強いかは分からないが、少なくとも純粋な能力関係では未元物質が上である。

 

 

 

「でもそれだけで入るとは思えないわ、彼の後ろに居る組織が関係しているんじゃない?」

 

「『カリーグ』はこんなでかい案件の中心に居られる程上位組織じゃねぇよ、となると……1年前掴み損ねたアイツの本当のバックが絡んやがるってのが普通の考えだ」

 

「予想は?」

 

「まぁ、アイテムに入る程学園都市に協力的な組織って言ったらだいぶ限られてくるしな、目星は付いてるぜ」

 

「相変わらずそういうところでは頭の回転が早いのね」

 

「仕事柄自分の敵はすぐに察知するようになってるからな」

 

 

 

あとはその組織にオールレンジの在籍を裏付けるためのピースが必要だ、むやみやたらに暗部組織を潰しては余計な敵を増やすだけ。

 

それに……この事柄は出来れば自分の思い通りにコトを勧めたい、何故ならば。

 

 

 

「その表情、貴方のことだからまたよからぬことを考えているんでしょ?」

 

「は……まぁな。オールレンジ……敵に回っちまったんなら、死ぬまで利用させてもらう」

 

 

 

あの男の力は、一方通行への勝利を確実にする。

 

標的を見定めた獣のように目をぎらつかせるも、その表情から笑みは絶えない。

 

七惟理無、この男は自身の計画を成功させるためには必要なピースだ。

 

そして彼の思惑通りに動いてくれる『駒』でなければならないが……その下準備も既に終えている。

 

あとは七惟がどのように手を打ってくるかだが、きっと表の世界で生きてきたあの男は自分の思い通りに動くだろう。

 

 

 

「表の世界で力が錆びれちまってナマクラのポンコツ……そんな展開は勘弁だぜ、オールレンジ」

 

 

 

足を組み、ソファに深く座る垣根帝督

 

彼からは絶対的な強者の風格が溢れ出ていた。

 

心理定規はそんな垣根を興味なさそうに一瞥し、彼が握る全距離操作七惟理無のモノクロ写真を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ浜面、最後にオールレンジを第7学区にまで送って。それで今日のアンタの仕事は終了、明日からは携帯に連絡入れるから24時間いつでも出られるようにしとくこと。わかった?」

 

「……わかってるよ」

 

「そう、それじゃ。オールレンジ、近いうちにスクールが仕掛けそうだから準備を怠らないように」

 

「わかってる、うっせぇな」

 

「それじゃあ超お疲れ様でした」

 

 

 

サロンで時間を潰したアイテム+雑用の浜面と臨時メンバーの七惟は会計を済ませ建物から出た。

 

麦野を始めとした各々はそれぞれの家へと帰っていく。

 

明確には『家』ではなく、各々が寝ることが可能な場所な所へ行くだけだ。

 

それが何処かは分からないし、アイテム間でも他の仲間達が何処で眠っているのかなど知る由も無い。

 

非常に不安定な存在、少しでも綻びが出てしまえば地割れのように一気に身内を切り裂く危険性を孕んでいる組織、それがアイテムだった。

 

そんな場所に何の前触れもなく放り込まれた浜面としては、はっきり言って堪ったものではなかった。

 

今日の朝初めてアイテムに出会った時は、考えていたモノよりだいぶマシではあったが、それは外見だけで中身は想像のソレと同じ。

 

無能力者に人権など存在せず、ただただ死ぬまで良いように使い回される。

 

スキルアウトに居た頃は、大きな組織を束ねるリーダーとして君臨していた浜面だったが、この生活は今までとは全く逆だった。

 

今後この生活がいつまで続くか分からないが、はっきり言ってこのままでは1年持たず自分の精神が破壊されてしまうだろう。

 

しかし今はそうしていく以外は浜面は生きて行く術を知らない、暗部に染まってしまった自分が再びスキルアウトに戻ったとしても、すぐさまその居場所は無くなるだろう。

 

それほどまでに巨大な暗闇がこの学園都市には存在する、浜面もスキルアウトの集団を潰された時にそのことは重々に承知していた。

 

 

 

「おぃ下っ端。第七学区の駅までだ」

 

 

 

そして助手席で足を組んでいるこの男も、素性は分からないがおそらく最暗部で活動しているだろう。

 

何より麦野の態度が他のアイテムの構成員達とは全く違った、一目置いているという感じだ。

 

麦野は確かレベル5で第4位、その麦野が認める相手となれば当然同じレベル5と考えられる。

 

序列は分からないが、浜面では考えられないような能力を使い、その価値も自分とはまるで月とすっぽんのように違うのだろう。

 

その辺りに散らばっている石ころ同然の扱いを受け続けている浜面にとって、ダイヤモンドであるレベル5と一緒に居るというのは苦痛以外の何物でもなかった。

 

 

 

「おいお前」

 

 

 

一々癇に障る呼び方をしてくる男だ、自分は『下っ端』でも『おい』でも『お前』でもない。

 

 

 

「なんだよ」

 

「はッ……不機嫌だな?」

 

「そんな呼び方されたら誰だって良い気はしない」

 

 

 

浜面は車を発進させ、闇に染まった街を走り抜ける。

 

運転が荒くなっているのは彼の心理状態を表していると受け止めて間違いない、今の彼はストレスの塊のようなものだ。

 

 

 

「どうして、てめぇはアイテムに入った?」

 

 

 

投げかけられた問いはシンプルなもの、浜面は包み隠さず事実のみを告げる。

 

 

 

「俺のスキルアウトのチームが壊滅して、裏側の刑務所にぶち込まれるかこっちで働くか選べって言われたんだ。それで今は此処で働いているんだよ」

 

「へぇ……」

 

「そういうアンタはまず誰なんだ?アイテムの構成員じゃないんだろ?」

 

 

 

この男は自分のことを『臨時』だと言っていた。

 

要するに戦力補強のためアイテムが外部から雇った人員ということになる、元は違う組織に所属していたのだろうか。

 

 

 

「俺はお前みたいに中途半端な奴だ、表にも裏にも属してる……どっち付かずな野郎だ」

 

「その割にはあの麦野から評判が高いじゃないかアンタは」

 

「はン、そりゃあ共闘関係にある他組織の人間だからな。無碍には扱えねぇんだろ」

 

「そういうもんなんだな、こっちは」

 

「……羨ましいのか?」

 

 

 

その言葉に浜面の心が一瞬揺れる。

 

此処は素直に答えるべきなのか、それとも無視を決め込むべきなのか。

 

数瞬車内を沈黙が包み込むが、先に声を発したのは七惟だった。

 

 

 

「沈黙の肯定……ってことで処理して問題ねぇか」

 

「う、うるさい!俺だって石ころみたいな扱い方されんのは嫌なんだよ!お前みたいなレベル5には分かんねぇだろうけど!」

 

 

 

レベル5の居る世界は、自分が見ている世界とはまるで違う。

 

麦野のみたいに自分のような無能力者を顎で使って、思うがままに生活を送る女。

 

スキルアウトのリーダーをゴミのように蹴散らしていった第1位。

 

何もかもが違う、その価値も、その力も。

 

だから浜面は無力な自分に腹が立つが、今更どう足掻いても自分が能力を手にすることは出来ない。

 

それにレベル5というのは元から何かしらの素養があった者しかなれないに決まっている、どれだけ努力しようが今更自分には……。

 

 

 

「わかんねぇけどな、つうかお前は分かって貰いたいのか?お前が大嫌いな能力者に」

 

「……別に能力者全員が悪いってわけじゃない」

 

 

 

少なくとも、アイテムの中では滝壺という少女はこちらに気を配っていてくれたし、絹旗だって嫌みなどは当然言うが、自分を邪険に扱った訳でもない。

 

フレンダと麦野は違うが……まさに能力者が無能力者に対して行うソレと同じ、いやもしかしたらもっと酷いかもしれない。

 

 

 

「へぇ……」

 

 

 

意味ありげに呟く七惟、まさかこちらの考えに気付いたのか。

 

 

 

「なんだよ、何か言いたいんだったら言えよ」

 

「何でもねェよ。まぁ精々生き残るために足掻くんだな、踏み外したレールは余程のことがねぇ限り元には戻らねぇ」

 

「……」

 

 

 

その後二人に会話は無く、数分後車は第七学区の駅に付き、浜面は七惟を下ろして自分がスキルアウトの頃使ってい場所へと車を走らせた。

 

初日でこれだ、明日から扱いがドンドン酷くなっていくだろう。

 

明日自分が麦野の元で働く姿をイメージする、何だかそれだけで鬱になってしまいそうだった。

 

 

 

 

 



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盤上の駒達-ⅲ

 

 

 

 

 

未元物質と全距離操作の出会いは至ってシンプルだった。

 

そこに二人の様々な思惑や怒り、悲しみなど何もない。

 

戦場で二人は出会った、それだけのことだ。

 

数年前に、外部から侵入した外の組織とスクールは戦闘になったが、垣根は手こずっていた。

 

理由は簡単、スクールの一人である心理定規が盾に取られていたからだ。

 

昏睡状態にあった彼女は能力も使うことは出来ず、垣根としてもこんなところで心理定規を失うわけにはいかなかった。

 

それは彼女と交友関係があったとか、恋愛関係があったとか、そういう理由ではなく、ただ単純にこの場で死なれるには惜しい『利用価値』があったからだ。

 

廃墟ビルの一室で外の組織の連中は垣根に向かってハンドガンを向けたまま硬直している。

 

対する垣根も身を守るためその背中から白い翼を生やしているものの、一歩を踏み出すことが出来ない。

 

普段の彼ならばこんな舐めた真似をする奴らは痛みを感じる暇も与えない程に一瞬で始末してしまうのに、この状況は彼の判断能力を奪ってしまう。

 

 

 

「どうした未元物質!俺たちの要求通り脱出用のヘリを寄越せ!」

 

「ソイツは出来ねぇって言っただろ」

 

「強気だな、女一人取られただけで動けない小僧が」

 

「……余程愉快な死体になりてぇようだなてめぇら」

 

 

 

外部組織の人間は4人、一人が心理定規を盾にして、二人はこちらに向かって拳銃を構え、残りの一人はビルの屋上でヘリを待っている。

 

この男の言う通りヘリなど用意するわけがないが、いずれはソレに痺れを切らした男が彼女に手を出すとも考えられない。

 

彼の未元物質は圧倒的な破壊力を誇る、それは太陽光線を殺人光線に変えたり、ただの風を身を切り裂く烈風へと変えることも出来る。

 

しかし、誰かを助けるとなるとその破壊力が仇となり、味方も巻き込んでしまう可能性が非常に高いのだ。

 

先ほど携帯に入った話では他の組織から一人派遣されたらしい、早いところソイツと協力してこんなストレスが堪る仕事はさっさと片付けてしまいたい。

 

が、此処でとうとう男たちも苛立ちが限界にまで達したらしい、痺れを切らした男は銃口を心理定規の頭ではなくその腕へと移した。

 

 

 

「どういうつもりだてめぇら」

 

「こちらとしても早いところ脱出したいんだよ、要求に応じないんだったら……まずは右腕から吹き飛ばしてやろうか」

 

「……」

 

 

 

別にあの女の腕が吹き飛ばされようが知ったことではないが、能力の使用に後遺症が残るような傷を残すのは得策ではない。

 

 

 

「あと10秒くれてやる、さぁ携帯を出せ」

 

 

 

10秒。

 

外からの援護は来そうにも無い。

 

このままでは心理定規の右腕は吹き飛ばされる。

 

彼女を助けるためには未元物質の力を使えばいい、だがこの力では敵諸共彼女も殺してしまうかもしれない。

 

それだけは絶対に避けたい。

 

 

 

「8……7……6……」

 

 

 

こうなったら『質量』をぶつけるしかないが、男の何処の部分に当てても、奴は心理定規と密着しているためその衝撃が彼女へも伝わってしまう。

 

だが腕が無くなるよりかはマシなはずだ、激痛程度ならば今後の行動に支障も出まい。

 

 

 

「3……2……1」

 

 

 

タイムリミットだ、垣根はその翼を広げてこの部屋にある質量を男3人にぶつけようとするが……。

 

次の瞬間、心理定規の姿が消えた。

 

手品でも何でもない、完全に目の前から消え去った。

 

その事態に男だけではなく垣根も一瞬思考回路が鈍るが、これは援軍が転移関係の能力者だったと考えるのが妥当だ。

 

瞬時に脳の戦闘回路をくみ上げた垣根は容赦なく男達に攻撃を加える。

 

月明かりの柔らかな光を、その白い翼を通すことで『熱線』へと変化させた。

 

摂氏数百度にもなった月の光はあっという間に男たちの肌を焼き尽くし、骨まで完全に溶かした。

 

肉を焼いた臭いすら残さない、それはもう完全な消滅を意味した。

 

それと同時屋上から何者かの絶叫が聞こえ、どうやらこれで仕事は終わったようだ。

 

誰かの靴音が階段から聞こえてくる、さてどんな面をした援軍だったのか。

 

 

 

「未元物質、女は下の階に移動させておいた。後始末は他の奴らがやる、じゃあな」

 

 

 

出てきたのは短髪で平均的な日本人男性の身長に体格、容姿をした男だった。

 

自身と年齢は近いが多少下にも見えるかもしれない。

 

 

 

「あぁ、分かった」

 

「はッ……こんなヘマ二度とすんじゃねぇぞ。俺の仕事を増やすんじゃねぇよ」

 

「それは悪かったな」

 

 

 

そう言って男は背を向けて去っていく。

 

普通ならば此処で二人は別れ、垣根は心理定規の元へと赴きその安否を確認、援軍は組織へ作戦成功の旨を伝える。

 

だが。

 

未元物質に『常識』は通用しない、つまり『普通』などない。

 

この男がどれ程の使い手なのか知りたい、今後のためにも。

 

任務を終えた達成感や心理定規の安否よりも先に確認しておきたいものが目の前にある。

 

垣根は男たちにぶつけるつもりだった質量を援軍の男に定めて、それを投げつけた。

 

が、その質量は援軍の男に直撃することはなく、鉄筋コンクリートの床とぶつかり鈍い音を生み出す。

 

おかしい、自分は確実にあの男に狙いを定めたはずだ、狙いは正確だったし、組あげた演算式にも不備はない。

 

となると考えられる原因は唯一つ、あの男の能力だ。

 

 

 

「喧嘩がやりたりねぇんだったら他の仕事をさっさと受注しろ馬鹿野郎」

 

「俺はお前と喧嘩がやりたい……って言ったらどうする?」

 

 

 

もしかしたらこの男、自分と同じレベル5かもしれない。

 

見た感じではプライドもそこそこ高そうだし、能力に絶対の信頼を置いている。

 

だが、未元物質に常識が通用しないのと同じで、レベル5にもある程度の一般常識は通用しなかった。

 

 

 

「生憎俺は勝ち目のねぇ奴とドンパチやる趣味はねぇんだよ」

 

「んだと……?」

 

「そのまんまの意味だ」

 

 

 

意外にも、自分の力を過信していない男である。

 

第1位と言い自分と言い、能力に絶対の信頼を置いているのがレベル5だと思っていたのだが、そういうわけではなかったらしい。

 

 

 

「お前……名前は?」

 

 

 

すると男はそのまま振り返ることなく、手をふらふらと揺らしながら答えた。

 

 

 

「全距離操作。あばよ」

 

 

 

これが垣根と七惟の出会いであった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「査楽、お前がこの女に仕事教えろ」

 

「はぁ?何故僕がそんな面倒なことをしなければならないんですかね、そもそもこんな中古の女なんて僕の嗜好の範疇じゃないんですけど」

 

 

 

此処は、メンバーの本拠地である馬場の核シェルターだ。

 

七惟はアイテムの情報をメンバー全体に伝えるため再びこの場所にやってきたのだが、またリーダーである博士が集合していない。

 

時間つぶしに何かないか、と思案したが妙案は思いつかない。

 

そこで七惟は馬場の秘書のような仕事をしていたあの少女を捕まえて、査楽に殺人方法を教えさせようとしていた。

 

偶々の偶然と言えども自分が助けた命であるには違いない、そう簡単に消えて貰っては何だか後味が悪い。

 

毎日殺し合いの暗部で何を甘えたことを、という意見ももっともだが。

 

 

 

「だいたい貴方が助けたならば、貴方が教えればいいじゃないですか?同じ同系統の能力なんでしょう」

 

「こういうのは下っ端の仕事だろ、何で俺がやらなきゃいけねぇんだ」

 

「ぐ……言ってくれますね、確かに僕じゃ貴方に勝てませんけど、キャリアでは僕のほうが上なんですよ」

 

「はン、負け惜しみはいいからさっさと銃の使い方でも教えてやれ」

 

「……」

 

 

 

無言でため息をつく査楽、どうやら折れたようだ。

 

査楽は銃を取って少女のほうへ歩み寄るが……。

 

 

 

「私は……オールレンジから、教わりたいです」

 

 

 

少女が声を上げる。

 

 

 

「僕じゃ不満だって言うんですか?生憎彼は貴方に興味がないようなので僕が教えるんですよ。勘違いしないで欲しいのは僕も貴方になんか興味はなくて、仕方な――」

 

「オールレンジ」

 

 

 

査楽の言葉を少女が遮る。

 

査楽のこめかみがぴくぴくと動き、こんな奴隷少女からも軽くあしらわれる自分に腹を立てているのだろうか。

 

 

 

「私は貴方が、いいんです」

 

 

 

小さく弱弱しい声、更に七惟にそっと寄り添うように身体を持ってくる少女。

 

今まで自身の存在を存外にアピールしてくる連中は嫌という程見てきたが、この少女のように希薄で今にも消えてしまいそうな感覚を持たせる人間は初めてだ。

 

この彼女の行動は七惟の心の中の何かを動かすには十分だった。

 

人から求められる、そんな初めての感覚を七惟に覚えさせてしまったのだから。

 

 

 

「こっち来い」

 

「……ありがとう」

 

 

 

そう言って七惟と少女は核シェルターの奥の部屋へと歩いて行った。

 

一人残された査楽はつまらなそうに、馬場に尋ねた。

 

 

 

「僕は奴隷少女から見てもつまんない人間なんですかね」

 

 

 

すると馬場はパソコンから視線を逸らすこと無く、一言。

 

 

 

「つまんねぇ人間の集まりが『メンバー』じゃないのか」

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

七惟は一先ず少女の出力の確認を取るために、地下シェルターのカモフラージュとなっている高級ホテルのロビーまでやってきた。

 

だいたいレベルは3程度だと馬場から聞いてはいるものの、どれくらいの重量物を動かせるか確かめ、今後の指南方法を考えたほうが良いとの判断である。

 

そしてこのロビーにはレベル3の距離操作能力者が動かせるに限界であろう大型のソファーや装飾品がおいてるため、出力確認にはもってこいだ。

 

受付の女性には『地下の者』と伝えるだけで、実損が出ないある程度のことまでは黙認して貰えるため七惟自身昔はシェルターに行くのが嫌でこのロビーで時間を潰していたものである。

 

 

 

「さて……あの壁際のソファーを俺の目の前まで移動させることは出来るか?」

 

「やってみます……!」

 

 

 

語尾を強め力を入れる少女、だが悲しいことに彼女の力ではまだ大型のソファーは動かせなかったようだ。

 

彼女の能力が発動したことによってソファー本体ではなく、ソファーの装飾品が七惟の目の前まで移動してくるものの、その速度もお世辞にも早いとは言えない速度だった。

 

 

 

「目に見えて役立つものの、まだまだってところか」

 

「はい……」

 

 

 

おそらくこれは能力を鍛え上げるよりも重火器の扱いを磨き上げたほうが近道かもしれない。

 

おそらくそちらのほうが生存率上昇の手助けになる。

 

フレンダのように道具を使った戦闘のスペシャリストになるのは無理だろうが、拳銃等から始めていけばいいだろう。

 

 

 

「距離操作での出力より暗部で当たり前の『銃』の腕を磨け、まずはそこからだな」

 

「わかりました」

 

「それと並行して割合は少なくていいが出力の訓練もやっていけばいい、そうすりゃ少しはマシだろ」

 

 

 

銃の扱いは査楽の奴に指導して貰えばいいだろう。

 

あのプライドの塊のような奴がはいそうですかとこちらの言葉に従ってくれるとも思えないが。

 

 

 



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少女が描く嘘のキャンパス-ⅰ





この季節にしては珍しい残暑特有のべたつきを感じる。

今朝は思いのほか肌寒かったため少し厚着をしてきたというのに、昼近くになるとこれだ。

絹旗最愛はまとわりつくうっとおしい熱風に苛立ちながら眉を顰め、目的地へと歩を進める。

今彼女は第22学区に来ている、暗部組織に所属する絹旗が態々こんな学区まで来ることには理由があった。



「あ、きぬはた」

「……滝壺さん。早かったんですね」

「うん、ちょっとでも遅れるとむぎのが煩いもん」

「まぁ、それもそうです」



彼女に声をかけてきたのは同じ暗部組織に所属する滝壺理后、彼女はレベル4の大能力者であり、アイテムの中核を担う重要なメンバーである。

滝壺は普段通りの長袖のジャージ姿であるが、絹旗と違って全く暑さに負けている表情はしていない。
いつもの無表情天然系少女を貫いている。



「でもまだそのむぎのが来てない」

「まぁ、フレンダも超来てないですけど」



今日は彼女達が所属する暗部組織アイテムが一同集まり、とある場所へと大事なお話をしに行く予定である。

全員が集まる、というのはそれなりに大仕事か大事な要件の聴取だと考えられ、今回は後者だ。

絹旗と滝壺が集合場所に到着してから10分程経過し、さてそろそろリーダーさんのお出ましだと考えていた矢先に携帯が鳴った。



「あ、麦野から電話です」

「うん」



このタイミングで電話、ということは十中八九仕事に関することで、さらに今回自分は来れなくなったから仕事を丸投げするお願いの可能性が高い。



「もしもし」

「あ、絹旗?悪いけど今回の訪問、アンタと滝壺で行ってくれない?」

「やっぱりそういう感じですか」

「私とフレンダはちょっと仕事入ってね、さっくりとスクールのおバカを一人処分してくるわ」

「またスクール関連ですか」

「まぁね。そろそろあの馬鹿に私たちに歯向かったらどうなるか教えてやらないといけないし。んじゃ」

「は、超了解です」



そういって絹旗は電源ボタンを押し通話を切った。

また、スクール。

ここ最近麦野の口からは当然だが、仕事にもスクール絡みのことが本当に多くなってきた。

先日七惟と滝壺の三人でスナイパーと戦闘を行った件はもちろん、他にも小さないざこざを数え始めたらゆうに10は超えている。

この件で自分のように難しいことを考えているのはもちろん誰もいない、麦野はスクールの頭を潰したくてしょうがないみたいだし、フレンダはいつものように能力者を甚振ることが楽しくて仕方がない。

滝壺なんて何にも考えていないんじゃないか?と思える程だ。

このままいけば、雪だるま方式で事は大きくなっていって何時かはスクールの頭……あの男と正面から激突することになるだろう。

そうなれば、きっとアイテムは……。



「きぬはた」

「あ、はい。電話の要件ですよね」

「うん」



そんな絹旗の心配など全く知らない滝壺は普段通りの表情で尋ねる。



「どうやら麦野たちは来ないみたいなんで、私たちだけで話をしてこいだそうです。相変わらず超適当ですよ麦野のやることは」

「でもそれにもう慣れちゃったし」

「まぁ、仕方がないからやるしかないんですけどね」

「うん、早く中に入ろうよ。なーないが待ってる」



そう、七惟が待っている。

今回彼女達アイテムが第22学区にやってきたのは、現在協力関係にあたる『メンバー』との今後の方針確認やブツの受け渡しをするためだ。

わざわざ彼らのアジトがある第22学区までやってきたのは、彼らが生活している居住区が携帯の電波すら通さない空間にあるからだ。

でなければ、こんなところにわざわざ来るわけがない。



「じゃあ、超行きましょう」



二人は目の前に聳えたつ高層ビルの入口へと向かう。

目的地はこの高層ビルの頂上ではなくその反対、一番下の奥深くの場所。

核ミサイルの攻撃にだって耐えられるシェルターだ。








 

 

 

 

 

絹旗と滝壺はメンバーの地下シェルターまでやってきた。

 

そこで出迎えたのは、メンバーの古株であり情報戦略の要でもある男なのだが……。

 

 

 

「……おい、レベル5の奴はどうした?」

 

「さぁ?何も聞いてませんよ、とりあえず私と滝壺さんでこの仕事に当たれって電話があったくらいです」

 

「バカ言うんじゃねぇよ絹旗最愛。お前らの情報は同盟組んでる俺らには筒抜けなんだ、スクールの連中と何かしてるってのはわかってんだよ」

 

「あ、そうなんですか」

 

「そういうスクールの連中とのゴタゴタはてめぇら下っ端が対処して、ここは頭の原子崩しが来るべきだろーが!」

 

「そんなことで私に怒鳴られても困りますよ。ていうか貴方誰ですか?七惟、この人雑用の人なのになんで超出張ってるんですかね?」

 

「この糞ガキが!」

 

 

 

 

 

 

今絹旗と言い争いをしているのは馬場という男である。

 

絹旗は当然馬場という男が『メンバー』の情報収集係であり、中核をなす人員だということは理解している。

 

だが、こんな地下深くの穴倉のようなシェルターにまで態々来たというのに彼女が気に食わないことが立て続けに起こってしまい、非常にご立腹なのだ。

 

 

 

「絹旗、馬場も大概にしろこのアホンダラ。それに馬場、ここに来る途中で俺がほとんど喋ったからもうお前が喋ることは何もねぇから黙っとけ。てめぇが口を開くと事態が余計ややこしくなるだろが」

 

 

 

 

絹旗の振りに答えた少年の名前は七惟理無、メンバーの構成員でありこの組織の最高戦力、そして現在アイテムにも臨時構成員として在籍している。

 

 

 

「お前喧嘩売ってんのかオールレンジ!」

 

「知るか。お前もだ絹旗、これ以上あんまり面倒事起こすな」

 

「別に私はそんなつもりは超ありません、あっちが喧嘩を吹っかけてきてるだけです。滝壺さんも何か言ってください」

 

 

 

このメンバーのアジトにやってきたのはアイテムからは絹旗ともう一人滝壺理后という名の少女である。

 

普段は無口で天然オーラを周囲にまき散らしている彼女だが、当然今回も平常運転中だ。

 

 

 

「別に私はなーないの話しか聞いてないから、あの人の声はぜんぜん聞いてない」

 

「なんだと!」

 

 

 

彼女の天然の力が成せる業なのか、滝壺は絹旗以上に酷い一言を平然と言ってのけると、それを聞いた七惟が頭が痛いとばかりに眉間に皺を寄せた。

 

 

 

「とりあえず、だ。博士の奴が来るまで滝壺と絹旗はソファーに座ってろ」

 

「おいオールレンジ!俺の話はまだ終わってねぇ!」

 

 

 

馬場が一回り近い少女にコケにされたことが相当頭に来たらしく、その怒りは一向に収まることがない。

 

その血走った眼は絶えず絹旗をにらみつけているが、見た目メタボの無能力者から怒鳴り散らかされたところで全く怖くない。

 

眼をぎらつかせて凄みを増す馬場を見て下らなそうにため息をついた絹旗に、遂に馬場の口からあの言葉が。

 

 

 

「この小学生に少しは世の中って奴をだな!」

 

 

 

『小学生』。

 

そのワードは、当然彼女にとってはNGワードであり導火線に火をつけるには十分過ぎるものだった。

 

 

 

「超わかりました、そんなに貴方がぼこぼこにされたいと言うのなら超仕方ありません。私が望み通り貴方を超ぎったんぎったんのボコに超してあげましょう」

 

 

 

超のつけ方が通常の3倍くらいになった。

 

絹旗は立ち上がり窒素装甲を展開する、それを見た七惟はもはや止めることを諦めたのか、それとも面倒なので無視を決め込んだのか分からないが頭が垂れる。

 

さて七惟も邪魔をしないなら拳の一発でも叩き込んでやろうかと絹旗が意気込んだその瞬間、思わぬ邪魔が入った。

 

 

 

「博士が来ます、皆さん席についてください」

 

「博士が?……ち、しょうがねぇ」

 

「…………わかりました」

 

 

 

二人の間に割って入ってきたのは、絹旗最愛のイライラの原因となった少女。

 

今日このアジトの地上入口で七惟とあったその瞬間から七惟の隣に居て、ずっと引っ付いて離れない奴。

 

話しかけようとしたら何か言い出す、話していたら間に割って会話をぶった切る、近くに立とうとしたらそれを阻むように立ち位置を変える。

 

こっちとしては仲直りをしてから久しぶりに七惟と会えたのだ、もっといっぱい喋りたいことだってあったというのに…………!

 

まるでお邪魔のプロだ、絹旗が沸点が低い人間だったらとっくに殴り倒していてもおかしくない。

 

だいだいなんなんだこの女は、元からメンバーに居たのか?

 

いや、メンバーと同盟を結んだ時にはメンバーの構成員のリストをもらったが、この女の姿形なんて何処にもなかったし、名前だって載っていなかった。

 

おそらくメンバーに加わったのはつい最近で当然七惟との付き合いだって自分のほうが遥かに長いはず。

 

それなのにこの女はずっと七惟に引っ付いて、こっちに話す機会を与えようとしない。

 

それどころか七惟に必要以上に体を寄せたり、媚を売るようにすがったりするその姿が余計に絹旗の神経を刺激した。

 

以前は女子と喋っている七惟を見ても何も感じることはなかったのが、どうしたことか今日は今までに感じたことがない感覚に襲われている。

 

 

 

「オールレンジ、席についてください」

 

「…………あぁ」

 

 

そういって間髪入れずに七惟の横に女は座る。

 

自分の額に血管が浮かび上がるのを感じながら、絹旗は必死に作り笑いを浮かべてこういった。

 

 

 

「七惟、その女は誰ですか?こないだ貰ったリストにはそんな奴は超居ませんでしたけど。作戦の邪魔になったり、戦力外になるようだったら省いてくれると助かるんですが」

 

 

 

ふふ、と眼が笑っていない表情を浮かべて、副音声で『お前は邪魔だから消えろ』としっかり伝える。

 

 

 

「私が矢面に立つことはないです、基本的にメンバーのサポートをするのが私の仕事ですから」

 

「そうですか、私は貴方にじゃなくて、七惟に超聞いてるんです」

 

 

 

いいから早くどこかに行け、と今度こそ口に出してやろうか。

 

 

 

「それはすみません」

 

「…………」

 

 

 

絹旗が睨み付けるとふいっと少女は視線を逸らし、体と眼はすぐさま七惟のほうへと向かう。

 

その動き一つ一つに自分のフラストレーションが溜まっていくのを自覚し、一発くらい殴ってやろうかと思った矢先だった。

 

 

 

「これは待たせたね、オールレンジに馬場……あぁ、君も居たのか。そしてアイテムの諸君、集まってくれて礼を言おう」

 

 

 

今回の主賓ともいえる男が姿を現した。

 

 

 

「博士、遅いですよ」

 

「あぁ、すまない。ちょっと分析が上手くいかなくて手詰まりだったのだ」

 

 

 

見た目は老人だが、その風貌からは如何にも研究者である、というオーラが体中から感じられた。

 

昔自分を実験台に使っていた人間とその老人が重なって見えて絹旗は無意識の内に体が硬くなる。

 

 

 

「ふむ、やはり原子崩しは来ないか。それに比べてうちのレベル5は優秀だな、こんな無意味な会議にも顔を出してくれるのだから」

 

「無意味だったら俺は帰るぞゴミ野郎。こんなアリの巣みてぇな所に長くいられるか」

 

「ふ、まあそんなに邪見に扱うことはない。ひとまずこれで私たちが同盟関係であるという証拠は作れたしな、あと原子崩しへこれを渡してくれ」

 

 

 

そういって博士は懐からメモリースティックを取り出すと、絹旗の目の前で差し出す。

 

訝しげな視線を向けるも相手はポーカーフェイスだ、どうやら決定権はこちらにないらしく黙って絹旗はそれを受け取った。

 

「おそらく彼女が望む情報がこれに入っているだろう、有効に使ってくれ。もちろんオールレンジも利用してくれて構わない」

 

「俺の決定権はてめぇに委譲した覚えはねぇぞコラ」

 

「そうか、それは失礼した。それでは私は分析を続ける、後は適当に解散してくれ」

 

「…………」

 

 

 

用は済んだ、と博士は踵を返して元来た暗がりの道へと歩を進めていく。

 

メンバーの頭、博士から貰ったメモリースティック。

 

いったいこのスティックの中にどんな情報が入っているのだろうか。

 

 

 

「きぬはた、それをむぎのに渡すの?」

 

 

 

自分の考えに気付いたのか、今までずっと黙り込んでいた滝壺が問いかけてくる。

 

滝壺がどう考えているかは分からないが、少なくともこのスティックに関してはスクールの情報が入っていると考えていいだろう。

 

 

 

「いい気分はしませんけど、そうするしかないでしょう?」

 

 

 

初めてメンバーの頭とコンタクトを取った時から、絹旗はどうもアイテムの舵取りをあの男に操られているような気がしてならない。

 

メンバーからは有益な情報をもらっているのは確かだ、そして麦野自身がそれを喜んでいるし、その情報のおかげで先手先手を取って目的を潰しているのも間違いない。

 

だが、ここまでこのスティックのおかげでトントン拍子に物事が進んでいってしまって、違和感を感じてしまう。

 

そう、まるでアイテムがメンバーのマリオネットのようになってしまったのような…………。

 

 

 

「おい、アイテムのガキ。用事が終わったんならさっさと帰れ」

 

「貴方は余程私に殴られたいみたいですね、覚悟は超いいですか?」

 

「絹旗、馬場も大概にしろ」

 

 

 

まだ絹旗からコケにされたことを根に持っているのか相変わらず馬場はアイテムの二人に挑発を続けるも、それに反応した絹旗を七惟が止める。

 

 

 

「七惟、大人の私にだって我慢の限界ってやつがあるんですよ、このメタボにはそれを超思い知らせてやる必要があると思います、そうでしょう滝壺さん」

 

「私はすぐに此処を出たいから、きぬはた帰ろうよ」

 

「…………わかりました」

 

 

 

何処までもマイペースな滝壺は馬場からあんなことを言われてもどこ吹く風、と言ったところか。

 

相変わらずの無表情天然系の少女は視線を七惟に向けたまま続ける。

 

振り上げた拳の降ろし先が無くなってしまった絹旗はただ力なく、はいと言うしかない。

 

 

 

「なーない、地上まで一緒に行こう。私たちだけだと途中で迷っちゃうから」

 

「あぁ、最初からそのつもりだ」

 

「ありがとうなーない…………」

 

「それならば私が行きます、雑務は私の仕事です」

 

 

 

滝壺と七惟との間で上手く話が纏まりかけたところで割って入ってきた奴はやはりあの女である。

 

また邪魔するか、とばかりに先ほど降ろした拳を再度握り直そうとしていたところで七惟が先に答えた。

 

 

 

「別に問題ねぇよ、俺もすぐに出る予定だったからな、お前は大人しく此処で雑用やってろ」

 

「いぇ、それならばせめて私もご一緒します。オールレンジにそんなことをさせる訳にはいきませんから」

 

 

 

お前なんて超要らない、と言いそうになった言葉を何とか飲み込む。

 

この女どうやら意地でも自分たちを七惟と一緒に行動させたくないようだ、幾ら自分が異論を唱ええようと無駄である。

 

どうして此奴がこんなに七惟と行動したいのかその理由はわかりたくもないし知りたくもないが、どうせ下らないことだろう。

 

ムカムカする衝動を抑えつけながら、それでも体は全体を苛立ちで震わせながら絹旗は静かに頷いた。

 

 

 

 

 



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少女が描く嘘のキャンパス-ⅱ



更新が2か月以上ストップしてしまいました、ごめんなさい!

最低月1での更新目標んがががが。






 

 

 

 

 

地上まで七惟と付添の金魚のフンがお見送りをしてくれた絹旗と滝壺は、出口で七惟と別れの挨拶…………ではなく、会話のドッチボールをしていた。

 

 

 

「お疲れ様でした、それじゃあ私たちは超帰ります」

 

「あぁ、帰れ帰れ。光速よりも早くな」

 

「む、その言い方はなんですか超七惟」

 

「お前らがいると普段の三倍面倒事が起こるから帰ってほしいに決まってんだろ」

 

「超失礼です、私がいると普段の三倍いいことが超起こると思いますけど」

 

「保存食が全部無くなる事とかな」

 

「あの時は超助かりました、七惟の家の過剰在庫も超処理出来ましたし、互いにいいことしかなかったですね」

 

「…………俺は反省しない小学生にはお仕置きが必要だと思うぞ」

 

「誰が小学生ですか!」

 

 

 

当人たちはそのドッチボールを何時も通り楽しんでいる、がしかし。

 

今日は何時ものようにはいかないのである、何故なら絹旗の隣には金魚のフンがいるのだから。

 

「オールレンジ、最近貴方の訓練を受けていません。もしこの後時間があるのなら、教えてください」

 

 

 

…………。

 

また湧いてきたか。

 

 

 

「なーない、せっかくだし途中まで一緒に行こう。私たち第7学区と同じ方向だから」

 

「私は貴方には聞いていません、オールレンジに聞いているんです」

 

「それはさっきの私のマネですか、ちょっと貴方調子に超乗りすぎじゃありません?」

 

 

 

売り言葉に買い言葉、絹旗とメンバーの女の関係はいつの間にか犬猿の仲よろしく、修復不可能なレベルにまで達していた。

 

表情を一切変えずにこちらが腹が立つことを言っているのはアレか?七惟のマネか?それが余計に絹旗の琴線を刺激するのだ。

 

自分は最初会った時から此奴のことは気に入らなかったが、それを考慮してもあまりにも此奴の態度は鼻につく。

 

 

 

「俺はまたあの穴倉に戻るつもりはねぇぞ。それにお前を此処から出すなってあの糞野郎に言われてんだよ、何処で訓練するつもりだ?」

 

「地上ロビーで問題ありません、十分なスペースがありますし、距離操作の出力訓練なら出来ます」

 

「そりゃあそうだが」

 

「それならお願いします」

 

 

 

いつの間にかアイテム二人を置いて話がトントン拍子で進んでしまっている、慌てて絹旗は間に割って入った。

 

 

 

「七惟、そんな奴に放っておいていきましょう。今からアイテムのほうで七惟にやってもらいたい仕事があるんです」

 

 

 

とにかく絹旗は七惟をこの女から離したい一心である。

 

何故だかわからないが、此奴と七惟が一緒にいると本当に精神衛生上よろしくない。

 

どれくらいよろしくないのかと言われれば、スーパーから帰ってきて袋を開けてみると入れていた卵1パックが全て割れてしまったというくらいである。

 

しかし絹旗がもっと気分が優れないこと、見ていて心に注射針を刺されたようなチクチクとした痛みを与えてくる人はすぐ隣に居た。

 

 

 

「なーない、どうするの?」

 

「お前も何かあんのか滝壺」

 

「ううん、ただなーないが一緒に来てくれるなら嬉しいだけだから」

 

「…………そうかよ」

 

 

 

この滝壺理后の存在である。

 

滝壺と七惟の関係は、もうだいぶ前からわかっていた。

 

昔の自分のポジションに居るのは滝壺で、七惟と一番喋れて楽しい事が出来るのは彼女なのだ。

 

スクールのスナイパーを襲撃したときにそれを痛烈に感じたのを今でも昨日のことのようによく覚えている。

 

大覇星祭では七惟と滝壺はコンビを組みんでからというもの、二人の距離は急速に縮まっていった。

 

今だってそうだ、時折七惟は自分やこの女には決して見せないであろう表情を滝壺に向けることがある。

 

それは仕方がないことで、七惟と滝壺が仲良くしているのはアイテムの方針としては悪いことではない。

 

だけど絹旗個人としては気分がいいものでは決してない、何だか心にチクリとした痛みを時折自分に与えてくる。

 

 

 

「オールレンジ」

 

 

 

滝壺の言葉に流れようとした七惟に感づいたのか、女はすっと無表情で七惟の横に寄り添う。

 

それを見た自分の顔に自然と皺が寄るのを絹旗は自覚した。

 

 

 

「…………わぁったよ、うっとおしぃ。おい滝壺に絹旗、俺はこの馬鹿の面倒見るから先帰ってろ」

 

「そっか、わかった」

 

 

 

…………面白くない。

 

ちょっと、いじってやる。

 

「七惟はそんなにその豊満な女のことが気になるんですか……全く、此処は大人の私たちが超我慢してあげましょう」

 

「何を我慢すんだよ、んでお前を何処からどう見たら大人だ」

 

「この将来有望な体のラインが超見えないんですか?まぁ七惟はスケベですから見た目で判断してこの美しいラインが見えないのは超仕方がないですけど」

 

「おい滝壺、さっさとこの小学生を連れて帰れ」

 

「中学生です!」

 

 

 

逆に七惟にあしらわれてしまった、世の中上手くいかないものである。

 

七惟の捻くれた捨て台詞も聞いたところだし、自分の精神状況も考えてここいらでお暇しようと考えた矢先だった。

 

 

 

「なーない、じゃあ今度一緒にお出かけしよう」

 

 

 

滝壺が何の脈絡もなく唐突にこんなことを言い出したのは。

 

 

 

「お出かけ……?」

 

「そう、お出かけ。アイテムに新しくはまづらも来たから、親睦を深めるためにも皆でB級映画を見に行こうって絹旗が」

 

「滝壺さんアレ超本気にしてたんですか……はぁ」

 

 

 

そう、アイテムには現在新入りの浜面と臨時構成員である七惟が来て組織としては新しくなっている。

 

また初めての男性メンバーということもあって滝壺はどうやらもっと彼らに自分たちとの交流を深めて欲しいと考えているとのことだった。

 

サロンで滝壺からそんな話を聞いた絹旗は真面目に考えずに適当に相槌をうって話を合わせただけだったのだが、その時自分が提案した案が彼女に採用されるとは思いもしなかった。

 

まぁ絹旗としては仲直りしてから七惟に対して募る話もあるところだし、、そういったことで時間が確保出来るというのであればそこは正直言って嬉しい。

 

結局は七惟が首を縦に振ってくれるのかどうかは分からないが。

 

 

 

「……それでもお前やあの下っ端のストレス解消につながるならいいんじゃねぇのか。そんな時間があるとしたら」

 

 

 

意外にも彼からはやれ「面倒」だのやれ「意味がない」だのとの言った文句は聞こえてこず、反論もないまま同意したのだった。

 

 

 

「ちょ、超意外です……!コミュ障の七惟がその場の空気を読んで発言するだなんて!」

 

「おい絹旗、てめぇ俺をどんな風に見てやがんだ」

 

「友達0人の引きこもりですが」

 

「前半は否定しねぇが後半はちげぇ」

 

「あ、半分当たってましたか。流石私ですね、七惟みたいなぼっちのことなんて超お見通しです」

 

 

そう、この感じ。

 

さっきも今もそうだったけれど、七惟との関係が進展してからは昔みたいに楽しく会話が出来ている。

 

周囲からしてみればあまり二人が良い間柄には見えないかもしれない、だが当の本人達からすればこれが普通であり、そして何よりも楽しい。

 

あの時からずっと、ずっとそうだ。

 

七惟と仲直りしてから、彼のバイクの後ろに乗って病院まで行ったあの日から絹旗は何故か自然と眼で七惟を追ってしまっている。

 

ちょっと会話をするだけで楽しい、心が躍る。

 

今迄七惟と喋っていた時も楽しいという感覚はもちろんあったのだが、それとはちょっと違う。

 

 

 

「それじゃあなーない、日時はまた連絡するから」

 

「あぁ。つうかお前もついてくんのか絹旗」

 

「超当然です、七惟がお出かけと目して滝壺さんに変なことしないか見張っていないといけませんからね」

 

「俺は子供のお守りは得意じゃねぇ、家で大人しくしとけ」

 

「超七惟、貴方は私のことを何歳だと思ってるんですかね」

 

「……見た目は6歳、中身も6歳か?」

 

「よし超わかりました、歯を食いしばって下さい」

 

「ひっついてくんな、うっとおしい」

 

 

 

こうやって偶に自分を『子供だ』とあしらってくるのにも腹が立つが、このやり取りも絹旗からしたら懐かしい。

 

あの時素直になれて本当に良かった、そう絹旗は感じるのだった。

 

 

 

「オールレンジ、時間が惜しいです。早く行きましょう」

 

 

 

絹旗や七惟、滝壺が会話を楽しんでいるのに横槍を入れて再度出てきたのはあの女、七惟の手を握りこの場から離れようとする。

 

余程七惟の気を惹きたいのか、それともこちらのことが気に食わないのかのどちらかは知らないが、余りにも態度が目についてしょうがない。

 

いい加減制裁してやろうかと思い拳を握りしめたその時、偶然にも絹旗とその少女の視線が重なった。

 

 

 

「……」

 

「…………」

 

 

 

視線が重なったのは僅かたった数秒、すぐにも少女の視線は七惟に戻る。

 

だがその数秒があれば暗部で経験を積んできた絹旗にとっては何かを感じるには十分だった。

 

絹旗が感じた『何か』、七惟や滝壺が気付いているかは分からないその『何か』。

 

 

 

「またね、なーない。帰ろうきぬはた」

 

「あ、はい。超了解です。それじゃ七惟」

 

「スクールには気を付けろよ」

 

「わかってるよなーない」

 

 

 

絹旗が少女を見つめているうちに話は終わったらしく、七惟と少女はアジトに戻り滝壺が電車の時間を調べ帰る段取りをしている。

 

 

 

「……顔に、色がない」

 

 

「何か言ったきぬはた?」

 

「いえ、超何でもありません。それじゃあ滝壺さん、行きましょう」

 

 

 

気のせいか……?

 

それともさっきのあの表情はあまりにも彼女に腹が立った自分が勝手に作り上げた幻想だったのだろうか?

 

既に七惟と少女はアジトの中に入ってしまってその姿は確認出来ない、もう一度あの少女の顔を見ることも適いそうになかった。

 

腑に落ちないが、このままこのアジトの前でぼーっと突っ立っているのもよくないだろう、絹旗は後ろ髪をひかれる思いでその場を去ったのだった。

 

 

 

 

 



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少女が描く嘘のキャンパス-ⅲ

 

 

 

 

 

絹旗と滝壺ははあれからメンバーと別れて第七学区に帰るため地下鉄に乗車した。

 

帰りの電車は休日ということもあり、都心とは逆方向へと向かう電車の車内は人が少なく快適だったが、七惟と別れる前と変わって絹旗はむすっとした表情だ。

 

理由は単純明快、七惟の後ろに引っ付いていた少女のことを思い出していたのだから。

 

 

 

 

 

「だいたいなんなんですかあの女は、ぱっと湧いて出たような奴が偉そうな顔をしてるのが超気に食わないんですけど」

 

「仕方がないよ、なーないはメンバーじゃ実質ナンバー2だから。私たちと同じで下の面倒は見るのは上の仕事」

 

「そんなのは超わかってますよ、私はあの女の態度が超腹が立つんです。最後に一発くらい入れておけば…………」

 

「なーないが怒るよ」

 

「むぅ」

 

 

 

 

 

確かに滝壺の言うとおり、アイテムにはアイテムの事情があるようにメンバーにはメンバーの事情がある。

 

実際メンバーは暗部の戦闘で戦力になる人材はレベル5の七惟しかいない、その後ろに一応レベル3の転移能力者が控えているようだが、レベル3程度では戦闘能力のインフレ化が進む暗部では使い物にならないのだ。

 

おそらくメンバーとしてはオールレンジの仕上がりや彼のメンタルに大きく左右される他の暗部組織との戦闘状況を改善したいのだろう、そこで七惟同じ距離操作能力者であるあの女をメンバーに迎い入れ、戦闘要員として育て上げるといったところか。

 

絹旗から言わせれば、そう簡単にレベル3がまともに戦えるような戦場など今の暗部には存在しないので無駄な努力、と切り捨ててしまうのだが。

 

 

 

 

 

「そういえば」

 

「なんですか?」

 

「あの人、名前は何て言うんだろう?」

 

 

 

 

 

 

アイテムの不思議天然系少女が何の脈絡も無しに口にしたのは、話題の女の名前だった。

 

言われてみれば。

 

絹旗もそこで初めて気づいた、思い返してみればメンバーの誰一人あの女の名前を口にしていなかったし、送られてきた書類にも記載されていなかった。

 

だが、自分が腹を立てている相手の名前なんてどうだっていいというのが本音だ。

 

 

 

 

 

 

「さぁ?私は超知らないですよ、たぶん名前を知る価値もないくらいの奴なんです」

 

「きぬはた、もしかしてご立腹?」

 

「そういう訳じゃありません、あんな奴に腹を立てるなんて私のお腹が超無駄使いですから!」

 

 

 

 

 

 

名前を知らない奴に腹を立てる、か。

 

でも本当に、アイツの名前は何ていうのだろう?

 

馬場も博士も、そしてあの七惟ですからアイツの固有名詞を呼ばなかった。

 

もしかして、名前がない…………とか?

 

 

 

 

 

 

「とにかく、あの女の名前なんて知ったところで意味なんて超ないんですから、帰りましょう滝壺さん」

 

「そうだね、早く帰って皆で見に行く映画を選ぼう」

 

「最近私が超気になってる作品が何本かあるんですよ、是非それにしましょう」

 

「ごめんきぬはた、きっとたぶんそれは皆首を縦に振ってくれないと思う」

 

「む……滝壺さんもあの素晴らしさが超分からないんですか?こちらをあれだけ期待させといて最後突き落とし、頭の中が納得いかないもやもやで埋め尽くされる感じで終わるあの感覚ですよ」

 

「ごめん、わからない」

 

「むぅ……超残念です」

 

 

 

 

 

そうだ、気にしたところで自分に何か得があるわけでもないし、知らないことでマイナスになることなんてもっとない。

 

ならば知らないなら知らないままで、七惟にくっつく腹が立つ金魚のフンみたいな奴だと思っていればいい。

 

行動に伴うおかしな点があったことなんかも、気にする必要もないのだ。

 

接している間ずっと、まるで頭で考えていることと身体のアクションが上手く制御出来ていないように感じたことなんて、どうでもいいことだ。

 

足らないこと、気にするだけ損。

 

自分をそう納得させているうちに、地下鉄は第七学区へと到着したのだった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「まずは照準をしっかり合わせろ、それ以外に気を使うなって言ってんだろが」

 

「はい、すみません」

 

「言った傍からスカって何がしたいんだお前は……」

 

 

 

 

 

七惟はメンバーのアジト…………ではなく、地下シェルターをカモフラージュしてくれている高級ホテルのロビーで距離操作の訓練をしていた。

 

訓練と言っても、ソファーを吹き飛ばしたりシャンデリアを粉々に砕く訳でもない、ロビーの待合室にある椅子を、七惟が指示した場所へ彼女が移動させるだけだ。

 

右に何メートル、左に何メートル。

 

こういった地道な作業の繰り返しが距離操作における可視距離操作の制度を徐々に上げていくのだ。

 

 

 

 

 

「お前はまだレベル3だ、焦って他の距離操作のこと考えるんじゃねぇぞ」

 

「わかりました」

 

 

 

 

 

偶々拾ってやった命、ただの偶然でその場に自分が居合わせたから救ったであろう命、別に身を粉にして助けたかったわけじゃない。

 

どうでもよかったはずなのに、今となってはこうやって手取り足取り指導してしまっている。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

しかしこうやって手取り足取り指導しているうちに気付いてしまった。

 

何かが、此奴はおかしい、と。

 

目の前で必死になって距離操作の訓練をしている…………一見そのように思えるのだが、どうもしっくりこない。

 

 

 

 

 

「あ、出来ました!上手くいきましたオールレンジ」

 

「あぁ…………」

 

 

 

 

 

そう言って少女は表情を一切変えずに喜びの声を上げた。

 

あまり感情を表情に出さない、というか一年中無表情にも近い自分がこう言うのも何だが、今のシーンでは表情を変えるべきではないのだろうか。

 

これが、七惟がメンバーのアジトにこの少女がやってきてから感じている違和感。

 

 

 

まるで…………まるで『からっぽ』なのだ、行動から言動、何もかもが。

 

 

 

そして気付いた、此奴の名前すら自分が知らないということに。

 

どうして今まで気にしなかったのか不思議なくらいだ、馬場や査楽、もちろん博士も此奴の名前を呼んでいるところを見たことがない。

 

そう言えば、ついこないだロッカーを見たときにショチトルという少女の横に、この少女の名前の表札が入ったロッカーがあった気がする。

 

 

 

 

 

「どうしましたか、オールレンジ」

 

「なんでもねぇよ、次いくぞ」

 

 

 

 

 

…………思い出せないが、今更直接本人からは聞きづらい。

 

まぁ、次にメンバーのアジトに帰った時に聞き出せばいいだろう。

 

七惟は頭の中から少女に対する疑問や名前のことを一旦弾き出して、再度名前も知らない少女への指導を始めたのだった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

七惟はロッカーの名前に気付かなかった?いや、七惟が気付かないのも当たり前だった。

 

馬場も、査楽も、ショチトルも、あの博士ですら気づかなかった。

 

それは何故だろう?

 

 

 

 

 

理由は単純明快、その表札には名前は書きこまれていなかったのだ。

 

 

 

 

メンバーの構成員は基本的に必要がなければ下っ端の名前なんて記憶することなどなかった。

 

 

 

特に今回この幸薄い少女など、死んだからすぐに入れ替えるための雑用要因としか考えていない。

 

 

 

オールレンジに訓練させて多少の戦力になれば御の字と言ったところだ、初めから期待などしていない、それ故にすぐに死ぬだろうと思われ、誰も少女に注目しない、それはきっと考え方は違えど七惟も同じであろう。

 

 

 

一部、例外はあるかもしれないが。

 

 

 

それ故に、名前なんて誰も聞こうとしない。

 

 

 

だから誰もロッカールームの表札なんて見ようとしない、もしかしたらそこには嘗て何かが書いてあったのかもしれないのに。

 

 

 

そう、表札には七惟がロッカーを確認したその日に、名前はまだ書かれていた。

 

 

 

 

 

『レイア』と。

 

 

 

 

 

消しゴムによって乱雑に擦られたであろうそのボロボロの表札には、そう書いてあった。

 

 

 

 

 

少女の名前は、今となっては誰も知らない。

 

 

 

 

 

だが、名前は確かにある。

 

 

 

 

 

『レイア』、これが少女の名前であった。

 

 

 

 

 

誰も知らない、名前である。

 

 

 

 

 



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少女が描く嘘のキャンパス-ⅳ

 

 

 

 

 

七惟達メンバー側と、絹旗達アイテムとの会談が終わってから数日が経っていた。

 

相変わらず七惟は頻発するスクールとのいざこざに駆りだされ、その度に麦野に滝壺との連携を確認するよう耳にタコが出来る程言われ続けている。

 

そして今日もまた一仕事を終えてメンバーのアジトに帰ってきた。

 

今日のアジトも前と同じ0.00のアジト。

 

要するに核シェルターで厳重に守られているアジトである。

 

最近はこのアジト以外には集合しなくなった、此処にしか集まらない理由は単純明快で、馬場がこのシェルターから移動したくないと喚いているからだ。

 

スクールとの戦闘がいよいよ本格的に始まりそうな今、戦闘能力が皆無である馬場が外に出るのは余りにリスクが大きい。

 

まぁ七惟からすればそんな蚤の心臓しか持たない男など、さっさと始末したほうが組織のフットワークが軽くなるため死んで貰ったほうがマシ、と考える辺り自分も相当な屑だとの自覚がある。

 

そんな七惟は今日も名も無き少女の訓練を見つめていた。

 

七惟はまだ少女の名前を知らない、先日訓練を終えた後にロッカールームを確認したが、少女のネームプレートには何も記入されていなかった。

 

今更聞ける訳もないし、データベースにも何処にも名前らしきものはない、ロッカーに名前を書けといったら必要性がありませんと一蹴された。

 

「そうです、良い感じになってきました」

 

「はい、ありがとうございます」

 

今七惟の目の前では査楽が少女に銃の打ち方を仕込んでいた。

 

元から銃器の取り扱いは得意だったのか、既に拳銃の腕は七惟の上であり、査楽にも近づきつつある。

 

査楽の惜しみない讃辞に喜びの声を上げる少女。

 

メンバーにしてはらしくない日常、言ってみれば非日常の光景を見ながら七惟は思う。

 

 

 

 

 

やはり、変だ。

 

 

 

 

 

今回は少女だけではなく、あの査楽すら何処かがおかしく感じる。

 

確か査楽はあの女のことだ大嫌いだったはずだ、中古品だとか不良品だとか色々言っていたし、自分を度々無視していたあの女に対する感情は絶対によくなかった。

 

それなのに、ここ最近はむしろ査楽のほうからあの少女に近づいていっているし、最初はあれだけ嫌がっていた少女への訓練も積極的にこなしている。

 

あのプライドが高くて、自尊心の塊のような男がそう簡単に幸薄い少女のことを認めるなんて考えられない。

 

それに輪をかけておかしいのが、もちろんあの少女。

 

今も自分を褒めてくれた査楽に対して喜びの声を上げて、査楽の手を握ってお礼を述べている。

 

だが表情は自分の時と同じでやはり無表情だ、その顔からは一切の喜びも、悲しみも、何も感じることが出来なかった。

 

そんな少女に対して査楽はだらしなく頬を緩ませ、にへらと笑っている。

 

 

 

「…………」

 

 

 

あまりにも、非日常過ぎる。

 

査楽が少女と一緒にいること自体が異常すぎるというのに、それに加えてあの笑顔と無表情だ。

 

アンバランス極まりないその光景は余計に七惟のネガティブ思考に拍車をかける。

 

 

 

「次はこっちの銃を使いましょう、これは先ほどより重くて威力が高めですが扱えますかね?」

 

「はい、やってみます」

 

「…………」

 

 

 

『やってみます』ではなく『やったことがある』、なのではないか?

 

先ほどから見ていたがこの少女の銃の腕は普通ではない、明らかに熟練の兵クラスのものである。

 

一日や二日練習した程度で、あれだけの技術を身に着けることなど不可能だし、実質既に七惟よりも上手いのだ。

 

七惟だって幼少期から拳銃の類は扱ったことはあるが、それでもこれだけの腕前になるために10数年かかった。

 

それなのにあの少女はたったの1日2日でそれをこなすなんて、おかし過ぎる。

 

 

 

「ではいきます」

 

 

 

少女が構えた。

 

その構えには何処にもスキはなく、拳銃が余り得意ではない七惟ですら分かる程完璧な構え。

 

そしてやはり少女が放った弾丸は的の中心を射抜き、的を震えさせると同時に七惟の体も一緒に震えさせた。

 

何か、あるのではないか。

 

此奴はあのデパートなる男から売られていたことから、捕まる前まで暗部側の人間であったということは容易に想像出来る。

 

だがいくらなんでも学園都市暗部の中でトップクラスの実力を誇る暗部組織の構成員と同じ程の銃の腕前など、並みの暗部人員では考えられない。

 

 

 

「流石ですね。これは僕もウカウカしていられない」

 

「そんなことありません、まだまだです」

 

 

 

自然に会話を続ける二人を見ると、こうも色々と考えている自分のほうがおかしくなってしまったのかと考えてしまう。

 

訓練場の隣では平然と馬場が事務処理をこなして、ショチトルと博士は居なくて、いつも通り自分が始末書を提出しに来たら査楽と少女が一生懸命訓練している。

 

これが日常に思えてしまう程二人の動作、言動、表情は普通そのものだった。

 

 

 

「おぃオールレンジ!お前此処印鑑押し忘れてるぞこの間抜けが!」

 

「うっせぇ黙れ」

 

「なんだと!」

 

 

 

このやり取りだって普通なのに、その一つ一つがざわつくような、自分の体を何かが這いずり回るような気味の悪さを感じさせる。

 

…………このままでは、埒があかない。

 

 

 

「おぃ、てめぇ何処行くんだ!」

 

「ちょっと野暮用だ。あとてめぇの眼は節穴かよ蚤、印鑑押す場所は何時もの書類と違って右下だ」

 

「そんなバカなことがある…………あ」

 

「…………あんまり適当なこと抜かすんじゃねぇよ」

 

 

 

七惟は携帯を持ち立ち上がる。

 

此処は、何かがおかしい。

 

彼の背後では相変わらず査楽と少女が訓練に勤しんでいて、馬場はストレスが爆発したのか頭を掻き毟り物に当たっている。

 

それら全てが、七惟からすれば曲がって見えた。

 

 

 

「アイツに、聞いてみるか」

 

 

 

七惟はエレベーターホールへと向かう。

 

目指すは地上、一度この空間から抜け出して考え直さなければ、自分も此処で今行われていることに違和感を感じなくなってしまうだろう。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「絹旗か?」

 

「あ、七惟ですか。どうしたんです?」

 

 

 

シェルターをカモフラージュしてくれているホテルロビーで七惟が電話をかけた相手は絹旗最愛。

 

スクールとのスナイパーとの一件以来、コイツとはまた昔のように何気なく気をかけず喋れる仲になれた気がする。

 

それはやはり悪いことではないし、七惟自身今まで絹旗に対して持っていた蟠りを解消することが出来たので、気持ちが良い方向に向かっているのは確かだ。

 

滝壺に電話をしてもよかったのだが、あの不思議天然系よりも暗部のことに精通しており、常に周囲に注意を払って警戒している絹旗のほうが何かに気付いているかもしれない。

 

 

 

「まさかまた保存食が切れたとか言って私を疑いに来たんじゃないでしょうね?」

 

「誰がんなこと聞いたんだよ。勝手に話を進めんな」

 

「超残念ですが私は七惟が気付くような失態はしませんよ、以前やったのはだいたい1週間前ですが七惟は何も言ってこなかったんです」

 

「…………お前、俺の家の合鍵まだ持ってのたかよ」

 

 

 

何故絹旗が七惟の家の合鍵を持っているのか?

 

 

 

答えは簡単。

 

絹旗が七惟を監視していた大覇星祭の前後、家に鍵をかけていてもどうせドアを蹴破って中に入ってくるだろうと考えた七惟がスペアを渡したのだ。

 

任務が終わったと同時にそんなものは捨ててしまっただろうと考えていたが、どうやら彼女は七惟家で寛ぐのが大好きなようである。

 

 

 

「今日はそんな下らない話をするつもりはねぇ、まずは俺の話を聞け」

 

「そうなんですか、てっきり保存食を奪われた超敗北宣言かと思いましたが…………」

 

「1週間前のことなんざこの糞忙しい時に覚えてる訳ねぇだろ」

 

「相変わらずエロ本がなくてびっくりでした、七惟本当に男の子ですか?」

 

「俺はお前みたいに出るとこ出てない女に対して欲情しねぇから安心しろ」

 

「なん……っ!」

 

 

 

このままでは会話が無限ループしてしまうと判断した七惟は絹旗が口を開く前に言葉を切り出す。

 

 

 

「ところで絹旗」

 

「…………言いたいことが山ほどありますが、なんですか?」

 

「お前、こないだメンバーのアジトに来ただろ」

 

「まぁ行きましたね、超腹が立つ女が居たのをよく覚えてますよ」

 

「なら話が早い、お前その女に対して何か違和感覚えたか?」

 

「違和感ですか?」

 

「あぁ」

 

「んー…………七惟にめちゃくちゃ超引っ付く女ってくらいですかね、それ以外は特に」

 

「引っ付くのは別に俺だけじゃねぇよ、基本的にメンバーの構成員全員にアイツはあんな感じだ。偶々あの日は俺に引っ付いてただけだぞ」

 

「そうなんですか?…………じゃあ益々分からないですね」

 

 

 

分からない?

 

その単語に七惟は反応する。

 

 

 

「それはどういうことだ?」

 

「あの女、七惟にべったりしていた時全く表情の変化がなかったんですよ。それって超おかしくないですか?」

 

「何がだ?」

 

「少なくともあれだけ七惟にべったりということは七惟に気に入られたいと思っているはずですよ。あれは間違いなく人に媚びる時に使う手段です、私たちもああいうのは叩き込まれましたし。ですけどそれにはちゃんと表情も作る必要があるんです、じゃないと相手を本気にさせられないですから」

 

「まぁそうかもな」

 

「私はてっきり七惟が無愛想で鉄面皮で厚顔野郎だからそれに合わせてるのかと思ってましたけど、全員に対してそれってことは流石に超違和感があります」

 

「おい絹旗、てめぇどさくさに紛れて何言いやがった」

 

「行動に体が付いていっていないと超感じましたけど、いったい何なんでしょうねアイツは、ただの超男たらし?」

 

「無視かよ」

 

「いずれにしても、私はちょっと変な感じがしましたね。地に足が超ついていないというか」

 

「…………」

 

 

 

行動に、体が付いて行っていない。

 

それは、七惟がここ最近あの少女に対して抱いている疑問と似通っているものだ。

 

これで七惟の考えは客観的に見てもある程度間違いではないことになる。

 

何かがおかしい、あの女には何かがあるはずだ。

 

 

 

「わかった、それだけ聞けりゃ十分だ。じゃあな」

 

「あ、ちょっと待ってください七惟!次は何時アイテムに――――!」

 

 

 

何の脈絡も無しに通話を切ろうとした七惟にストップをかけた絹旗だったが、時既に遅し。

 

七惟は躊躇いもなく電源ボタンで通話を切ると、再度自分の思考の海に沈むのだった。

 

 

 

 

 



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少女が描く嘘のキャンパス-ⅴ

 

 

 

 

メンバーの現在主要構成員は以下の通りだ。

 

リーダー格として組織を纏めているのが博士、その補佐をこなしているのがショチトル。

 

総合的に事務処理をこなしているのが馬場、戦闘で矢面に立つことはまずない。

 

その戦闘面を担当しているのが七惟と査楽、一応キャリアでは査楽が上だが実際の最高戦力は七惟で間違いない。

 

七惟が下部組織からメンバーに戻ってきた際既に加わっていたのはショチトルという少女。

 

そして彼が再加入してからまた一人、構成員が増えた。

 

 

 

「オールレンジ、上手くいきました」

 

「…………あぁ」

 

 

 

目の前で殺人訓練をしている少女、名前はまだ分からない名無しの少女。

 

今二人はメンバーの核シェルターアジトで、少女の能力を使った訓練を行っている。

 

他のメンバーは基本的に出払っており、また今回は馬場も外に食糧の買い出しに行っているため二人きりだ。

 

目の前で訓練に励んでいる少女を見つめながら、七惟は訓練面の視点だけでなく、探りの視点でも彼女を見ている。

 

先日の絹旗の言葉から少女の疑いが確信に近いものへと変わり、監視をして何かおかしな点が少しでも見つかったらすぐに問いただすつもりでいた。

 

だがやはり少女は相変わらず無表情で、言と動が一致しない不安定な感じのまま淡々と毎日を過ごし、特に何か怪しいことは見受けられなかった。

 

 

 

「次、これやってみろ」

 

「はい、わかりました」

 

 

 

少女は銃器の取り扱いは上手いが能力を使うことは苦手なようである。

 

まぁそう簡単に能力を開花させられるのなら開発機関や学校など不要だが。

 

距離操作能力を使って椅子や机を七惟が指定した場所に移動させる単調な作業だが、レベルが低い距離操作能力者はこの訓練ですら一苦労なようだ。

 

少女は一心不乱に訓練をこなしており額からは若干だが汗をかいている。

 

しかし……その姿がやはり納得いかない、確かに必死に訓練をこなしているようにも見えるが表情が余りになさすぎる、それに違和感を感じてしょうがない七惟は少女の小さな背中に声をかけた。

 

 

 

「おい」

 

「なんでしょうか?」

 

「…………お前、デパートに捕まるまでは何をしていた?」

 

 

 

デパートに使った時、この少女は憔悴しきっていたと覚えている。

 

七惟の悪い予感など考えられないくらいの状態だった。

 

今はその姿を想像できない程至って健康に見えるものの、服の下はあの男から虐待を受けた傷がまだ残っているだろう。

 

 

 

「仕事をしていました」

 

「本当か?」

 

「はい、では訓練を続けます」

 

 

 

彼女は変わらぬ表情、トーンでその言葉を綴る。

 

だが『はいそうですか』と此処で引き下がる程七惟だってバカではない。

 

もしかしたら本当に彼女はこれが素であり、七惟同様無愛想であったり、また自分の感情を外に出さない性格なのかもしれない。

 

だが、暗部で十数年生きてきた七惟の直感がそこで考えを止めてはいけないと警鐘を鳴らしている。

 

 

 

「嘘じゃねぇな?」

 

「嘘をつく必要が考えられません」

 

 

 

頑なに姿勢を変えない少女。

 

…………少し、カマをかけてみるか。

 

 

 

「お前、銃の扱い上手いよな」

 

「いえ、そんなことは」

 

「今まで触ったことあるか?」

 

「…………はい、あります」

 

「…………」

 

少女はここで初めて訓練を止めて振り返り、答えた。

 

応えるまで若干の空白があったものの、予想外の言葉が返ってきて七惟は眼を細める。

 

これまでの傾向ならばもっとぼかす答え方をすると思っていたが、そうはいかないらしい。

 

こちらを攪乱するような言動ばかり取る少女に、七惟は益々不信感を覚える。

 

少女の発言や行動が、姿形や言動は全く似ていないもののこちらを誑かしてくるあの定規女を思い出して仕方がない。

 

それとも唯単に査楽も馬場も篭絡してしまった今の段階では、ある程度のことなど喋ってしまっても大丈夫だと踏んでいるのか。

 

 

 

「それじゃあ、何処で触ったんだ?」

 

「前に居た組織でそういうことを…………」

 

 

 

そこで、初めて彼女が口を噤んだ。

 

おそらく少女は七惟の意図に気付いたのだろう、こちらに向ける視線も先ほどとは違い何らかの戸惑いの色が混ざっているように感じた。

 

これ以上喋ったら危険だ、これ以上喋ったら秘密がばれる、といったような口の閉じ方を七惟が逃すわけがない。

 

前の仕事は暗部組織、これで話が繋がった。

 

 

 

「前居た組織…………?」

 

「はい、そうです」

 

 

 

先ほど一瞬震えた口元はもう元通り、いつも通り無表情無感情に見えるその姿勢へと戻る。

 

 

 

「前居たところじゃ、何だ?」

 

「基本的に」

 

「あぁ」

 

「…………基本的には、銃器で攻撃を行っていましたから」

 

「へぇ、それで銃の取り扱いが上手い訳か」

 

「そうなります」

 

 

 

やはり一度エラーが出てしまえばそれの修正はそう簡単にはいかないらしい。

 

事務的な声を出す少女の声に若干の抑揚を感じられた七惟は、更に畳み掛けていく。

 

 

 

「本気を出せば、査楽より上手いだろお前」

 

「そんなことは」

 

「嘘付け。俺だって銃はそこそこ扱えんだよ、そうすりゃ銃の取り扱いの上手い下手はある程度分かる。お前は明らかに査楽の前じゃ手を抜いてる」

 

「オールレンジの勘違いです、私はそんな卓越した力は持っていません」

 

 

 

白を切るつもりなのか、本当のことなのか…………。

 

視線を一切逸らさずこちらを見つめてくる少女に七惟も自信を失いかける。

 

嘘をついている人間がこうも真っ直ぐに人の目を見ることが出来るのか、そもそもコミュニケーションが苦手な七惟はそこから始まってしまうため、こうやって会話から人の嘘を見抜くことは極端に下手だ。

 

だが下手ならば、それをカバーする力がを持っているのがレベル5である。

 

 

 

「そこまでして査楽に媚売んのが楽しいのか?煽てて気分を良くさせて、何か企んでんのか」

 

「ありえません、オールレンジは深く考え過ぎです」

 

 

 

これだけ言っても語気を荒らげることもなく、いつも通りの姿勢を全く崩さない。

 

少女がそこまで頑固なのか、それとも七惟の勘違いか。

 

確かめるにはやはり口だけでは上手くいかない、自分の欠点をカバーするモノで試してやろう。

 

 

 

「俺の考え過ぎ、か」

 

「はい、それよりも訓練を続けましょう。そろそろ査楽さんが戻ってこられます」

 

 

 

査楽。

 

はっきり言って既に査楽はこの少女の手中に落ちてしまった、性別は異なるものの査楽は上条に熱を上げる五和とかなり似通っている。

 

だから助けを求める訳か?査楽が来ると分かればこんな尋問のようなことも止めると思っているのか、査楽が来てくれればこんなことを止めてくれると考えているのか……どっちだ。

 

いやどっちも有り得る、此処で手を引いてしまったら恐らく取り返しのつかないことになるはず。

 

 

 

「お前、『心の距離』って知ってるか?」

 

 

 

その言葉に、少女の表情が一瞬歪んだのを七惟は見逃さない。

 

 

 

「距離操作能力者ならまぁ知ってて当然だな?俺はこんな屑でも一応距離操作の頂点に居るからな、そいつも扱えるんだよ」

 

「心の距離を操作して、どうするつもりですか?」

 

「決まってんだろ。お前がの言ってることが嘘かどうか見抜く」

 

「…………!」

 

「逃げんな。距離操作能力者同士は『転移』や『距離操作』じゃ干渉出来ねぇがな、精神距離は別なんだよ。触れちまえばな」

 

 

 

此処でもうはっきりとさせてしまったほうがいい、手遅れになってしまう前に。

 

此奴がどういう奴なのか、精神操作をかけてゲロさせてしまったと言えば博士はもちろん、馬場や女に熱を上げている査楽だって納得するはずだ。

 

七惟が一歩前に出ると、少女は二歩下がる。

 

 

 

「どうした?俺の考え過ぎなんだろ、なら大丈夫なはずだろが」

 

「それは…………!」

 

 

 

面持は無表情にも、怯えているようにも見える。

 

一瞬、その自分に恐怖を抱いている少女の顔が、あの五和と重なって見えた。

 

そういえば神奈川の教会で五和と出会った時、精神距離操作をかけたような気がした。

 

そしてその後、自分たちの関係はどうなっただろう?

 

彼女は自分を親の仇のように見て、奇襲をかけて殺しに来た。

 

その眼には、怒り以外の何物も感じられなかったのは七惟にだってよく分かった。

 

奇跡的に今では良好な関係を築けているものの、下手をしたらあのまま奇襲され続けて、何時かどちらかが死んでしまったかもしれない。

 

…………これは、使わないほうがいい。

 

人の心を弄繰り回すのは、いい気がしない。

 

逃げ場をなくした少女の肩まで手を伸ばせば届く、そこまで追い詰めて七惟はこの答えにたどり着いてしまった。

 

 

 

「…………止めだ」

 

「え…………?」

 

「助けた奴に、こんな拷問紛いのことするのは気が引けるしな」

 

 

 

七惟は少女に背中を向けて、足早にその場を去る。

 

問題の先送りかもしれないが、今は仕方ない。

 

もし彼女が何かしらの爆弾を抱えているというのならば、すぐに尻尾を出すはずだ。

 

それが遅いか早いか、それだけの違い、大きな問題にはならない。

 

 

 

「もし俺に言うことがあったら、早く言え。どんなことだっていい、何かあったら言え」

 

「オールレンジ」

 

「お前がこんなことしてんのには何か理由があんだろ?だから言いたくなったら言え……手遅れになる前にな」

 

 

 

それだけ言い残すと、七惟は訓練場のドアを開け隣の部屋へと去って行った。

 

もうこれ以上あの場に居ても有益な情報は得られないだろう。

 

途中通路で査楽とすれ違ったような気がする、彼は何かを言ったかもしれないが全く耳には入ってこなかった。

 

唯々、今の自分の判断が正しかったのか自問自答する七惟。

 

「あ、此処にいたんですね。今日はあの男と一緒に訓練だったんですか?」

 

「はい、オールレンジから能力訓練の指導を受けていました、結果は上々です」

 

「そ、そーなんですか。でもオールレンジは無愛想ですからね、僕の方が余程上手く教えられるのに博士も分かってない。現に銃の扱いは此処までに上達していますからね」

 

去り際に訓練場から二人の声が聞こえてきた、既に少女は何時も通りに戻ってしまったようで会話をしている。

 

脳裏に過るのは最後の言葉を発した時の少女の顔、まるでこちらに助けを求めるような……縋るような表情と、こちらを騙す演者のように感じた表情が混ざってごちゃごちゃになった。

 

 

 

 

 

 



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少女が描く嘘のキャンパス-ⅵ

 

 

 

 

七惟理無が助けた少女、名前は※※※。

 

※※※…………自分の名前すら、思い出せない名無しの少女。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

どうしてこうなってしまったのか、彼女本人にも分からなかった。

 

気が付いたら、自分はデパートと名乗る男に捉えられていて、服を着ていなくて、手足を縛られ、殴られて、蹴られて、毎日を呆然と過ごしていた。

 

いったいどれだけの時間デパートに暴行されたか分からない、一日だったか、或いは1週間、いや1か月…………もしかしたら1年経っているのかもしれない。

 

ただ殴られ蹴られの単調な日々が続いていく内に今さっき起きた出来事が、今日にも、昨日にも、一昨日にも、そのまた前の日にも、先週にも、先月にも感じられる。

 

ふと窓の外を見つめれば太陽が昇っていて、いつの間にか沈んでいる日々。

 

食事は水だけ、偶にデパートが捨てた残飯を拾って食べる。

 

部屋が汚れるのが嫌なのか、デパートは排泄の時だけロープを解く。

 

その時以外は寝る時も、食べる時も、一日中ロープでがんじがらめ。

 

もう時間の感覚だけではなく、人間としての意識すらも薄れ始めた時少女の前にその男はやってきた。

 

まるで彗星のように突如として現れ、去って行った少年。

 

その少年は、自分をオールレンジと名乗った。

 

そして、自身を最低の人間と言っていた。

 

最低の人間と彼が言ったその時、自分が此処に来る前に人殺しをやっていたことを思い出した。

 

あぁ、自分は最低の人間だから…………最低の人間であるデパートに、甚振られたのか。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

オールレンジと呼ばれた少年が自分を助けてくれた後、彼女は車の中に放り込まれた。

 

二人の男が運転する車が動き出す、車種はバンと呼ばれているものだろうか?この車が何処に向かっているのか、今何処に自分がいるのかはもちろん分からない。

 

2、30分程車に乗って移動していたところで突如彼女を乗せた車は止まり前の座席から男が二人ぬっと顔を出す。

 

目の焦点が曖昧になっている彼女はなされるがまま、何をされているのかすら分からない。

 

眼前から男の手が伸びる、それが何をしようとしているのかすらよく分からない。

 

キャンピングカーのように広い車内だが、男の手から逃れることは出来ないだろう。

 

あぁ、もしかして自分は犯されるのか今から。

 

ようやくそのことを認識した時、既に車は廃屋へと走り人気も毛ほども感じられない程深く暗い場所へとやってきていたのも理解した。

 

やはり、この世界に救いなど…………いや、この世界に足を踏み入れた時点で救いなど求めてはいけなかったのか。

 

既に何十人と殺してきた自分だ、こんなことをされるのだって罰だと考えれば当たり前だろう。

 

迫りくるその手を、ただ無機質な表情で見つめる名無しの少女。

 

さてその手がいよいよ少女の服に手をかけようとしたその時だった。

 

横からキャンピングカー全体に強い力が加わったかと思うと、それは勘違いではなく正真正銘の衝撃波。

 

操縦していた人も、手をかけようとした男も、そして名無しの少女も車内をまるでピンボールのように跳ねまわる。

 

手をかけようとしていた男がドアから外へと放り出され、ひぃと恐怖に染まった声を上げた。

 

体中を強打して感覚がマヒしてる最中、外から誰かの声がしたのを少女の聴覚が捉える。

 

 

 

「メンバーの下っ端さンよォ…………こっちに来るお話はなかったよなァ…………?」

 

 

 

窓越しに声の主を確認すると、その人間は白と灰色を貴重としたTシャツに身を包み、現代的なデザインの杖をついている。

 

深紅のように燃える真っ赤な瞳と、雪のように白い髪が印象的だった。

 

しかし、その美しい目と髪とは対照的に、表情は歪んでいる。

 

目の前にいるのは恐怖の対象、動物的な本能が危険であると警鐘を鳴らしていた。

 

自分を虐待していたあの雑貨屋の男とは比べ物にならないくらい、恐ろしい何かを感じた。

 

 

 

「あ、一方通行!?」

 

「離反行為を行ったゴミ虫を早急に片付けろ…………それが今回の任務なンだが」

 

「うッ…………!?」

 

 

 

一方通行と呼ばれた少年を見て益々震えあがる男、どうやらこの美しい容姿をした少年は余程恐ろしいらしい。

 

彼女の世界では、男のような大人よりも少年のような子供が大きな力と危険を持っていることは当たり前だった。

 

そして一方通行という名前には覚えがある、確か彼は…………。

 

 

 

「ちょ、ちょっと楽しもうと思っただけじゃないか!これくらいで離反行為になるのか!?」

 

「知るかよ、メンバーの掟なンだろォが。後始末をさせられる俺の身にもなってみろ、イらイらさせやがる」

 

「ぐ……」

 

「大人しく此処でたんぱく質の塊になるか、帰ってメンバーの犬に戻るか、好きな方を選べ」

 

「うあああああ」

 

 

 

男は遂に一方通行の威圧感に怖気づき、キャンピングカーの運転手諸共逃げ出す。

 

何が起こったか未だに頭がついていかない名無しの少女は一人車の中に取り残される。

 

一方通行と呼ばれた少年、学園都市第1位の男がやってきた。

 

彼もまた、自分に手をかけようとしているのだろうか?

 

全てに対して諦めの気持ちを抱いている彼女にとって、今更学園都市最強の怪物の恐怖ですら心には届かなくなりつつあった。

 

そう思った矢先、今度は彼とは別の声が聞こえてきた。

 

 

 

「へー、貴方が人助けとはね。その車の中に居る子は小さな子かしら?」

 

「まぁまぁ結標さん、彼が少女趣味というのは突っ込むところではないでしょう」

 

「何はともかく、調度今まで使ってたキャンピングカーを廃車にされちまったところだったし、グッドタイミングだ」

 

 

 

三種三様の声、一人女性が居ただろうか…………。

 

キャンピングイカ―の中から少女は出され、それぞれの顔を見つめる。

 

一方通行以外は知らない顔だ、暗部で働いていた自分だったが彼らを見るのは初めてかもしれない。

 

 

 

「へぇ……※※※か。一カ月前に数十人殺した部隊の生き残りで、その後雑貨屋に捕まった後行方不明だったが生きてたのか」

 

 

 

※※※……上手く聞きとれなかった、しかも一カ月前……?

 

誰かを殺した記憶はあるが、それはもう1年近く前のように感じた。

 

 

 

「ふーん、書類で見たイメージとはかけ離れているわね」

 

「確かになァ」

 

「焦点が合わないような目をしていますしね」

 

「一カ月も虐待を受け続けていれば、精神もイカレちまうさ。さてどうしようか」

 

「…………」

 

 

 

彼らは、何を言っているのだろう。

 

1カ月前……確か1カ月前も、10か月前も男に殴られ、蹴られ、髪をむしり取られていたような気がした。

 

自分を無視して進んでいく展開にすら関心を抱けない彼女は、一方通行の会話に入りこまない。

 

 

 

「……メンバーねェ。確かアレイスターの糞野郎に最も近い組織の一つじゃねェのか」

 

「そうね、あそこの要人である博士を前アレイスターの場所に送ったこともあるわ」

 

「一方通行、もしかして俺と同じことを考えてるな?」

 

「へェ、てめェも中々の悪党だなァ?」

 

「俺は博愛主義者じゃないんでね、コイツが居た組織には何人か仲間がお世話になっちまったから、利用するには十分過ぎる理由がある」

 

 

 

不敵な笑みを張りつける一方通行と、こちらに思わせぶりな目を投げかけてくる金髪サングラスの少年。

 

何かよからぬことを考えているようだが、それは自分に関係のあることなのだろうか。

 

 

 

「僕は気が進みませんが、必要とあれば仕方ありませんね」

 

「私はどちらでも構わないわ、でも面倒だから貴方達でやっておいて」

 

「言われなくてもそうするさ。まぁ流石に俺も少しは抵抗はあるが、今まで見てきたコイツはそういう情けをかけられるような人間じゃない。それに海原、コイツは元々『猟犬部隊』でゴミの掃き溜めにいた人間だ。遠慮はいらない」

 

「猟犬部隊……ねェ、確かになァ」

 

 

 

猟犬部隊、何処かで聞いたことがあるような名前だ。

 

でも、自分の名前と自分が前居た組織は思い出せない、むしろ自分が何らかの組織に属していたのが何だか驚きだ。

 

言われてみればそんな気もしなくもないが、言われるまで全く思い出せなかった。

 

 

 

「決まりだなァ、おい」

 

 

 

そう言って白髪の少年が声をかけた。

 

 

 

「わたし…………?」

 

「そうだ、お前は自由になりてェか?」

 

 

 

自由…………。

 

どうしてそんなことを聴くのか意図が掴めないが、『自由』という言葉に憧れているのは確かだ。

 

少し戸惑ったが、首を縦に振る。

 

 

 

「そうだろうなァ、1カ月も監禁されていたんだからな。だが俺たちもお前をそう安々と手放すつもりはないンだ、お前には利用価値がある」

 

「私に……価値?」

 

「あァ、書類上じゃお前はメンバーに引き取られることになってるが、俺達の権限で自由にしてやることも可能だ。色々理由はあるンだが、俺達はそのメンバーの情報を知りたいってわけだ。後は分かるなァ?」

 

「…………」

 

 

 

つまり、まずはメンバーに引き取られてその素性を探り、情報を一方通行に送れば良いということか。

 

これはかなりのリスクを伴う。

 

何せ自分は一度その『メンバー』という組織の少年に助けられているのだ、もし裏切りのような行為を行えば殺されるなど容易に考えられる。

 

しかし、自分を助けた少年を『裏切る』行為自体に何の抵抗も名無しの少女は覚えなかった。

 

人間としてのモラルの問題とか、常識の問題とか、彼女にとってはどうでもいい。

 

その『自由』が手に入るのならば、どんなことだってやってみせる。

 

あの暗がりの世界から、同じことの繰り返しの日々から抜け出せるというのならば、何事も厭わない。

 

 

 

「こっちが求める情報を俺たちに見せてくれたらてめェは解放してやるよ。引っこ抜くって形を取ればてめェを俺達の組織に入れるのは簡単だからなァ」

 

「……首を横に振ったらどうするの」

 

「あァ?拒否権なんざねェのは分かってるだろ?もし首を横に振るんだったら、また猟犬部隊みてェな糞溜めにぶち込むに決まってンだろォが」

 

「……そう」

 

 

 

やはり、自由になるためには『イエス』と言う他ない。

 

リスクは伴うが、慎重に行えば大丈夫だ。

 

それにもし裏切り行為がばれたとしても、元々自分は死んだも同然。

 

生きる時間がちょっと長くなっただけだと考えればいい。

 

全てを捨てて死ぬか、またあの拷問の日々に戻るか、自由な世界を見てみるのか、どれを選ぶのかと問われれば…………名無しの少女の決意は固まった。

 

 

 

「分かった。それで自由になれるのなら、断る理由はないもの」

 

「交渉成立だなァ……」

 

 

 

意味ありげに口端を吊りあげる少年に対して、今度は少女も明確な恐怖を覚えた。

 

情けというものを全く知らないような悪党そのものの笑みに、感情の抑揚を無くしかけていた自分の心がうすら寒いモノを感じたのだ。

 

しかし一度闇に引きずりこまれたのならば、その闇すら利用しなければ光のあたる世界には帰ることは出来ない。

 

この笑みすら、学園都市第1位の闇の力すら利用してみせる。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

名無しの少女がやってきたのは、地下深くで核弾頭にも耐えらる構造を持つシェルター。

 

一方通行達の話では、此処にメンバーの主要構成員がいるらしい。

 

今から、自分はグループのスパイとなって嘘と偽りだけで生きていく。

 

今までの自分とは決別し、グループが求める人物像になり、グループが求める情報を提供する人形にならなければならない。

 

もう、いっそのことこのきっかけで自分の名前も付けてしまおうか。

 

前の名前はどうしても思い出せない、でも思い出す必要もないのだ、ここでは自分そのものに価値はないのだから。

 

偽物の自分に、嘘偽りで固めた自分だけに価値がある。

 

 

 

「…………レイア」

 

 

 

この名前にしよう。

 

昔何処かの絵本だったか、歌だったか、何かは思い出せないが、この『レイア』という名前を見た気がする。

 

今の自分にぴったりな名前だ。

 

どうしてぴったりなのかはもちろん分からない、だけどこの名前を思い浮かべた時に、心が揺れ動いて、惹かれた。

 

だから、私はこれで生きていく。

 

名前なんて、誰かと誰かを見分けるためだけにあるようなものなのだ。

 

そんなに深く考える必要なんてないだろう、深く考えたら、どうして惹かれたのかを考えたら何かを思い出しそうで怖かった。

 

それにどうせ、この名前を知るであろうメンバーの構成員達は全員一方通行に殺されてしまうのだからそこまで大事なものではない。

 

そのはずだ。

 

 

 

 

 



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少女が見た幻想-ⅰ

 

 

 

 

残暑厳しい先日とは一転、若干の肌寒さを感じるようなとある日。

 

七惟は曇り空から望む太陽をぼーっと見つめ、ぽつりとつぶやく。

 

 

 

「……まさか本当に行くハメになるとは」

 

「なーない、どうかした?」

 

 

 

彼の隣には私服姿の滝壺、そしてその横に浜面、フレンダ、そして……メンバーの構成員である名無しの少女。

 

そう、今日は以前滝壺が七惟に提案した交流会の日。

 

アイテムに新しく加入した男子二人と既存構成員の女子3名による親睦会が行われ、今此処にいるメンツで絹旗お勧めのB級映画を見に行くイベントの日なのであった。

 

予定外なのはメンバー側から名無しの少女が参加しているということ。

 

このことに関してどうやら納得がいっていない人物が居るらしい、そいつは明らかに不貞腐れており態度の変化は一目瞭然である。

 

 

 

「……何でもねぇ、それよりあのむくれた奴はどうすんだ?」

 

 

 

七惟の視線の先には一人むすっとした表情で佇んでいる少女が居る。

 

 

 

「何ですか?私の顔に何か超ついてます?」

 

「不味いもんでも食ったくらいのしかめっ面だからな」

 

「超失礼な、絶世の美女と言われる私に」

 

「誰が言ったか是非教えてくれ」

 

 

 

その不貞腐れており、おそらく人生で最大のぷんむくれ顔を炸裂させているのは絹旗最愛。

 

今回全員で視聴予定のB級映画を設定した人物である。

 

 

 

「だいたい私はそこの金魚のフンが来るなんて超聞いてないんですよ、チケットも人数分しか購入してませんし。来るなら来るともうちょっと早く連絡をしてもらっても超良かったと思います」

 

「俺は別に見なくていいから、お前らだけで見てくりゃいいだろ」

 

「超七惟、貴方はもしかして今世紀最大の超おバカさんですか?今回何のために滝壺さんがこの場を超セッティングしたと思ってるんです?」

 

「うるせぇ」

 

「はぁ……フレンダ、ちょっとこの超馬鹿にミサイル打ち込んじゃってください」

 

 

 

ふわりとしたニット帽が特徴的な金髪碧眼の少女、フレンダ・セイヴェルンはジト目でこちらを見つめながら首を横に振る。

 

 

 

「そんなのお断りな訳よ、私はあのアホ浜面を持てなすことに意味を見いだせないから一秒でも早く帰りたい訳」

 

「そもそも何で来たんだお前」

 

 

 

七惟がフレンダに疑問を投げかける。

 

今回は滝壺が暗部組織とは関係ない立ち位置でセッティングした交流会、もちろん強制的な参加は義務付けられていない。

 

現に麦野は不参加なのだ、フレンダにも無理やり来いとは誰も言っていない。

 

ちなみに名無しの少女の参加が決定したのは今朝である、七惟がアジトから集合場所に向かおうとしたその時に声を掛けられ、何故か強引に着いてきた。

 

まだ七惟は彼女に対して疑問の念を捨て切れていない、今回自分についてきたのは彼女がメンバーでまだ少女に靡いていない自分を何とかしようと着いてきているのではないかとも考えている。

 

もう既に査楽はもちろん、馬場もかなり少女に対して心を許してしまっている、付け入るスキはありすぎて困るくらいだ。

 

もし彼女が何かを考えているのであれば……そう、内部から破壊する工作員だったりスパイだったりするのであれば、博士までの道のりで障害となるのは自分だけとなる。

 

あのマッドな男に忠誠を尽くすつもりは毛頭ないが、自身に危険が迫る可能性も秘めているため気を許すわけにはいかない。

 

 

 

「私が来たのは気まぐれって訳よ、何か普段と違うことをしようとしていたから気になった訳。つまらなかった帰るわよ」

 

「そこは滝壺のメンツを立てるために踏ん張れよ、お前は我慢がきかねぇ小学生か」

 

「……私はこうやって自分をガキ扱いするアンタも大嫌いな訳よ……!」

 

 

 

先ほどから全方位に向けて無意識で喧嘩を吹っかけている七惟に気付いたのか、浜面が慌てて割って入る。

 

 

 

「ま、まぁとにかくまずは映画会場に向かおうぜ、せっかく絹旗がチケットを取ってくれたんだし」

 

「浜面のいう事に賛同するのは超悔しいですが、そうしますか」

 

「お、おう。それにチケットは当日分もあるだろうしさ」

 

「はまづらの言う通り、あんまりここで時間を使っちゃうと映画も始まっちゃう」

 

 

 

珍しく、というか恐らく初めてアイテムの女性陣が浜面の意見に首を縦に振り、4人は映画館に向けて歩き出す。

 

明日は隕石でも降り注ぐでのはないかという幻覚が一瞬脳裏に過ると同時に、仕事で生まれる苛々が無ければ此奴ら(主にフレンダ・絹旗と浜面)は仲良く出来るのかもしれないと思う七惟であった。

 

七惟が歩を進めると今迄一言も発していない名無しの少女も無言でついてきた。

 

 

 

「お前、退屈じゃねぇのか」

 

「そんなことはありません、オールレンジの考え過ぎです」

 

「……」

 

 

 

話しかけても何時ぞやのセリフをまるで機械のように繰り返す少女、あの時よりも声の抑揚が無くなっているような気がした。

 

この数日間、彼女の存在は不気味さを増すばかりであるのに査楽や馬場との仲もその気持悪さに比例して良くなっていく。

 

自分だけがおかしいのだろうか、それとも少女や査楽、馬場のほうがおかしいのだろうか?

 

あれ以来ずっと考えているこの難問にはまだまだ答えが出そうになかった。

 

 

 

「そうかよ。……ま、何時もあの穴倉じゃつまんねぇだろうし今日はしっかりと楽しめ」

 

「はい、わかりました」

 

 

 

一応名目上は上司である七惟の雑用をこなすということで来ているので、こういった受け答えはしっかりしてくれるらしい。

 

今回外に出るあたって、せっかくだからアジトでは見られないこの名無しの少女の新しい一面を発見するのも悪くない暇つぶしだ。

 

……もちろん、彼女の本心を探ることも忘れずに。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

七惟たち一向はあれから無事目的地である映画館に到着した。

 

道中浜面をおもちゃにしていたことで絹旗達は退屈しなかったようだ、まぁ見た感じ浜面も何時ものやつれた感じが見えないため少しは楽しんでいるのかもしれない。

 

おそらく何時もプレッシャーを発している麦野が居ないことが良いリフレッシュになっているのだろう、此処に奴が居ればおそらく浜面も最初の絹旗と同じくらいに不機嫌な顔をしていたに違いない。

 

 

 

「きぬはた、此処だよね?」

 

「超そうです。えっと上映開始が11時なので……あと20分ないくらいですかね。それじゃあ席を取りに行きますか」

 

「それじゃ私と絹旗と滝壺が先に行ってるから。七惟、アンタはその女のチケット

とポップコーン買っといて。浜面は私達のドリンク、種類はお任せするから不味いの買って来たらお仕置きね」

 

「わぁったようっとおしい」

 

 

 

絹旗、滝壺、フレンダの3名は先に入場していく。

 

今回主賓であるはずの浜面をパシリに使うとは流石フレンダである、まぁそんな細かいことを気にしていてはアイテムの女性陣の相手など到底不可能なので何時ものことだと受け流すのが最良の選択だ。

 

 

 

「オールレンジ、そんなことをする必要はありません。私が代わりに買ってきます」

 

「馬鹿、お前はチケットがねぇから入場出来ねーんだよ、俺と浜面で買うからちょっと待ってろ。行くぞ浜面」

 

「ホントここの女子は人使いが……つか男使いが荒いな」

 

 

 

男二人はぶーぶー文句も垂れずに言われたことを淡々と遂行するのみ、こういう時に少しでも文句を垂れようものならばその100倍面倒くさいことになるのを彼らは既に知っているのである。

 

 

 

「しかしこの映画館えらく人少ないな、客もそうだが従業員も……」

 

 

 

ジュースを購入しながら周りを見渡す浜面が言葉を漏らす。

 

 

 

「あぁ……そうか。浜面、お前は知らねぇのか」

 

「な、何をだよ」

 

「何でもねぇよ。唯あんまり映画の内容には期待すんなよ」

 

「あ、あぁ」

 

 

 

しかし浜面はまだ自分に対してはかなり固くなっている気がする、やはりレベル5ということで麦野と同じくくりで見られているのか。

 

まぁそれも致し方ないのかもしれない、スキルアウトに対して自分が過去やってきたことを思い返すと過去何処かで浜面に会っていたこともあるだろうし、その時恐ろしい奴だと思われていたとしても不思議じゃない。

 

こういうときの壁というのだろうか、コミュニケーションを取るに当たって弊害となるモノの除去の仕方などコミュ障の七惟が知る訳がない、人を怒らせるのは得意なのだが。

 

 

 

「ポップコーンは……5人分でいいか」

 

「お前の分はいいのか?」

 

「要らねえ、どうせ俺の分買ってもフレンダが食い散らかす」

 

「……何かお前も大変なんだな」

 

「俺からすりゃ四六時中携帯電話によって麦野に縛られてるお前のほうが不幸に見える」

 

「…………」

 

「相変わらず無言で肯定すんだな」

 

 

 

二人はポップコーンとジュースを購入し、シアターへと向かう。

 

 

 

「お前の分のチケットだ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

もちろん名無しの少女にチケットを渡すのは忘れない、七惟からすればこの少女は色々な意味で厄介者に違いはないのだが、それでも無碍には出来ない。

 

しかしまぁ、この二人のやり取りはどうもあの事件があってからぎくしゃくしておりどうもスムーズに進まない。

 

 

 

「なぁ、七惟……お前ら仲悪いのか?」

 

 

 

どちらかと言えばそういったのに敏感な浜面がそんな七惟と少女を交互に見やる。

仲が悪い、か。

 

もしかするとそう見えるのかもしれない、まぁ七惟自身が気を許しておらず常に相手のことを分析するような視線を向けているのだから周りからすれば不自然か。

 

 

 

「別にそんなんじゃねぇよ。コイツは俺の部下みてぇなもんだ、だからコイツが固くなってんだろ」

 

「そ、そうか?」

 

「あぁ。気にすんじゃねぇよ、それに早く行かねぇとまーたアイツらがごたごた言うからさっさと行くぞ」

 

 

 

七惟がそう言って歩を進めると、何時も通り少女が七惟の横に付き従う従者のようにすっと隣を歩く。

 

そんな二人のやり取りに益々頭の上にクエスチョンマークを浮かべる浜面。

 

しかしそんな彼の疑問も数分後に見る映画のインパクトの前では霞んでしまうのであった。

 

 

 

 

 

 







何時も御清覧頂きありがとうございます!


ようやくここまできました、此処から先は話からはにじふぁん時代に投稿していなかった話になります。


ココまでおそらく1年9か月くらいかかってるんですが、距離操作シリーズもにじふぁん時代から数えるとだいたい4年くらい連載していることになります。


4年経っても完結していないとは、自分の更新の亀さに情けない限りです。


何とか失踪せず最後まで頑張っていきたいと思いますので、これからもスズメバチの作品をよろしくお願いします。




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少女が見た幻想-ⅱ

 

 

 

 

「おい絹旗、メリーを撃ち殺そうとした男が実は血の繋がった兄ということまでは分かった。だけどなんで未成年のメリーにめちゃくちゃ高額な生命保険がかかってて、それで借金を返す発想になったんだ」

 

「七惟、それだけじゃありませんよ。気が付いたら何の前振りもなくメリーが突如現れた兄に対してブラコンを超全開です。殺されそうなのに」

 

「何処から突っ込んでいいんだ?」

 

「きっと製作監督が自分の妹がブラコンだったら超よかったっていう願望ですねこれは。映画の中にリアルの妄想を持ち込んじゃって……全く持って超残念作品でした」

 

 

 

浜面は全身の力が抜けるような脱力感に襲われながらも会話をする二人に耳を傾ける。

 

七惟と絹旗は今回見た映画について自分たちの論評を述べているが、彼ら以外の3人はあまりのインパクトに感想が出てこない。

 

インパクトというのは勿論良い方向のものではなく、今まで見てきたどのつまらない映画に比べてもこの映画の『超』微妙なインパクトのことである。

 

七惟が言っていた映画の内容に期待はするな、とはこういうことかと理解すると同時に七惟本人が思いのほか……というか予想外に終始映画を楽しんでいたのが驚きだった。

 

浜面の常識では映画を観終わった後は皆でワイワイガヤガヤとそれぞれの感想を述べるものだと思っていたのだが、アイテムではそうやらその常識は通用しないらしい。

 

きっと滝壺だって映画を観終わった後はそれぞれ感想を言い合って親睦を深める未来を想像していたはずであろうに、その計画は完全に破綻してしまったと思われる。

 

しかし……。

 

 

 

「きぬはた、逆に考えてみて。結局お兄さんはメリーを殺さなかった、元々お兄さんがメリーを好きできっと一線を越えない前に手を打ったと」

 

「な、なるほど!」

 

 

 

どうやら彼女は浜面のこの感情を共有してくれそうにはない、あっち側の人間らしい。

 

七惟が言っていた『映画の内容に期待するな』ということはこういうことだったのかと痛感させられる。

 

 

 

「結局絹旗が観る映画の内容は変わってない訳よ、相変わらずこの地球上に存在していいのか分からないくらいシナリオ構成がぶっとんでて理解出来ない訳……。期待して損したわよ……」

 

 

 

一人ぼっちだと思っていた浜面に救いの手が此処で現れる。

 

フレンダ・セイヴェルンは滝壺たちのようにずれた感覚の持ち主ではなく、このメンバーの中では唯一自分と理解しあえるようだ。

 

 

 

「ふ、フレンダ。お前もそう思うよな!?」

 

「腹が立つけど今回ばかりはアンタに同意せざるを得ない訳……」

 

 

 

肩を落とす二人を余所に、絹旗達はワイワイ喋りながら映画館を出ていく、映画が二連続でなくて本当に良かったとほっと溜息をつく浜面の目に駆けていくメンバーの少女の姿が映った。

 

そういえば彼女は映画の内容をどう思ったのだろう?終始無言であったが……。

 

 

 

「浜面」

 

「あ、なんだよ?」

 

 

 

そんな疑問符を浮かべる浜面の考えを遮るようにフレンダが声をかける。

 

 

 

「アイツ、どう思う?」

 

 

 

先ほどまでとは違う、声を冷たくし目を細めたフレンダが耳打ちする。

 

その変わりっぷりに驚きつつ何故そんなことを聞くのかと疑問に思いながらも浜面は自分が抱いた素直な感想を述べた。

 

 

 

「無言で愛想がないなーって感じはしたけど……そんくらいか?」

 

「はあぁ、結局アンタは鈍感な訳」

 

「な、なんだよ。あの子がどうかしたのか?」

 

「……たぶんアイテムを探ってる。七惟は激甘だから気付いてないけどね」

 

「そ、それってどういう……」

 

「気を抜くと丸裸にされる訳よ」

 

 

 

それだけ言い残してフレンダを踵を返して七惟達の後を追いかけていった。

 

アイテムを探っている……?

 

浜面からすればとてもじゃないがそんな風には見えないし、そんなことをする必要があるかも分からなかった。

 

逆にむしろ……。

 

 

 

「……七惟の気を引きたそうにしてたように見えたんだがなぁ」

 

 

 

浜面は自分が暗部に関しては素人だということは自覚しているから、きっとこの場合熟練のフレンダが言ったことが正しいのだろうと思うが、どうしても彼女が自分たちにそんな敵意を向けているとは思えなかった。

 

そんな思いを胸に彼は七惟達の後を追いかける、そういえばこの後は何処かのショッピングセンターで昼食をとることになっていたっけ……。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

映画を観終わった滝壺達一向はセブンスミストにやってきた。

 

本来このセブンスミストはファッションのショップであり、そんなことに無頓着であろう滝壺がそれ目的で此処にやってくることは有りえない。

 

何時もジャージが標準装備の彼女にとって、こういうお店は最も縁がないと言ってもいいだろう、フレンダや麦野は此処にはよく来ていると聞いているが……。

 

まぁぶっちゃげてみれば、彼女がこのセブンスミストに行くプランを立てたのは映画館から最も近い『飲食店』だったからである。

 

こういった商業施設はフードコートだけでなく、最上階にはレストラン等もしっかり完備しているものだ。

 

昼時ということもあり込みあってはいるものの、問題なく最上階のファミリーレストランで席を取ることが出来た。

 

 

 

「えー……っと、なーないはこっちに座って。はまづらはこっち」

 

 

 

六人掛けのテーブルに着き、席順は窓側からフレンダ、七惟、七惟の部下の女の子、反対側の席は同じく窓側から絹旗、浜面、滝壺の順番。

 

滝壺としては練りに練った座席のつもりだったが、どう頑張っても万人が納得する結果を獲るのは難しいものである。

 

 

 

「……どうして私が浜面の隣なんですかね……浜面菌が超移るんですけれど。しかも壁際、逃げ場がないです」

 

「ごめんきぬはた、でも、ふれんだがはまづらの隣だとはまづらが酷使されそうで」

 

「おい、浜面菌ってなんだよ!」

 

 

 

正直なところ最初は七惟の隣に絹旗に座って貰うことも考えたが、メンバーの女の子は七惟とセットだし、フレンダは絹旗以上に浜面の隣を嫌がるだろうということは容易に想像出来たため、最終的にはこういう座席になったのだ。

 

……ほんの少し、絹旗を七惟の隣に座らせたくない気持ちもある。

 

ほんの、ちょっとだけだけど。

 

 

 

「結局浜面はウィルスみたいに気持ち悪い訳」

 

 

 

このようにフレンダや絹旗は相変わらず浜面に対して辛辣に当たっている、まぁ絹旗はともかくフレンダは若干度が過ぎているのでこれを機会に何とか仲良くなって貰いたいものだが……。

 

 

 

「とにかく、お昼を取ろ?はまづら、何食べる?」

 

「え、えっと……そうだな、俺はこれで」

 

「とんかつ定食とは超無難です、此処は七惟のおごりなんですから私は米沢牛のすきやき定食を超注文します」

 

「お前俺が借金あるって知ってて振ってんだろ。おい、お前は?」

 

「オールレンジ、私はカルボナーラでお願いします」

 

「浜面以上に無難な奴がいるんだけど……。私は鯖の味噌煮定食。結局鯖を食べないアンタ達は人生の半分を損している訳よ」

 

「じゃあ私は海鮮定食にするね、なーないも決まった?」

 

「あぁ、店員呼ぶぞ」

 

 

 

全員の注文が決まり店員を呼ぶベルを押す。

 

皆それぞれ個性的な注文からノーマルな注文まで様々な形となった。

 

 

 

「滝壺さんって魚介類が好きなんですか?今まで一緒に居てそんなこと感じたことはなかったんですが」

 

「確かにね、でも鯖の缶詰は結局渡さない訳よ」

 

「違うよ、せっかくこういうところに来たんだから普段と違うものがいいかなって。絹旗は何で米沢牛?」

 

「私は食べたいものを食べたい時に食べる主義なんですよ、今回はこの米沢牛が私の琴線に超触れてきたんで迷わずです。それに比べて浜面は何もこう個性が感じられない安価一直線なとんかつ……浜面が超浜面たる所以を感じます」

 

「お前ら俺の報酬じゃ仕方ねぇだろ!」」

 

「気にすんじゃねぇ浜面、俺もお前と対して変わらないからな」

 

「うっそ!?」

 

「大丈夫浜面、私はそんな金欠な浜面を応援してる」

 

 

 

今回は浜面と七惟の歓迎会であり二人の食費は滝壺が負担しようと思っていたのでお金のことは気にして欲しくなかったのだが、まぁ今のままのほうが皆馴染みやすそうなので何も言わずこのまま注文してしまおう。

 

 

 

「お客様大変お待たせいたしました、ご注文は如何致しましょうか」

 

「それじゃあ……海鮮定食にとんかつ定食、サバの味噌煮定食にカルボナーラ、米沢牛のすきやき定食に……なーないは?」

 

「俺はハンバーグプレー……」

 

「米沢牛のすきやき定食をもう一つで超お願いします!」

 

「かしこまりました、ご注文は以上でよろしいですか?」

 

「おいまてコラ」

 

「はい、超大丈夫です!」

 

「あ、ドリンクバー人数分も」

 

 

 

半ばごり押しのような形で七惟の注文も決定し、無事全員分を注文することが出来た。

 

因みに七惟が注文しようとしていたハンバーグプレートは浜面のとんかつ定食と同じ金額であったが、当初の予定より彼は金額が4倍以上膨れ上がり、その金額を確かめた七惟の目が一瞬点になっていたのを滝壺は見逃さなかった。

 

 

「はぁ……絹旗」

 

 

流石に絹旗の度が過ぎたのか、七惟も頭に来て……?

 

疲れを思い切り吐き出すような溜息をついて七惟が口を開こうとするも、先に話し始めたのは絹旗だった。

 

 

 

「七惟、七惟の分は私がちゃんと払いますよ?」

 

「は……?」

 

「一応今回は七惟と浜面の歓迎会です、きっと滝壺さんも初めから二人の分持つつもりだったんじゃないですか?」

 

「そうだけど」

 

「なら何時も押しかけた時にご飯を作ってくれるお礼もかねて、今日は気にせず超食べちゃってください」

 

「明日を待たず今日の夜から空から槍が降ってきそうだな」

 

「まぁまぁ超七惟、今日は私の超おごりですから」

 

 

 

ふふふ、と満足そうな笑みを浮かべて頬杖をつき彼女らしくなく笑う絹旗。

 

それを見て呆れながらもまんざらではない表情の七惟。

 

……何だか面白くない、それに七惟が絹旗にご飯を作ってあげているっていうことも初耳ですっきり自分の中で消化しきれない。

 

滝壺は何処ぞの超電磁砲がツンツン頭のサボテン少年に向ける気持ちに気付いていないのとは違い、明確に自身の気持ちが七惟に対してどのように向いているのか理解している。

 

だけれども此処で出してしまったら今日の歓迎会が台無しである、とにかく今は七惟と浜面がアイテムの皆と仲良くなって貰うのが最優先。

 

七惟はフレンダと、浜面は絹旗と仲良くなって貰いたい、滝壺はその心を忘れぬよう気持を落ち着かせるため水を一杯飲み、皆のドリンクバーを取りに向かった。

 

 

 

 

 



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少女が見た幻想-ⅲ

 

 

 

 

 

「こ、この牛肉……!まるで溶けるような触感!」

 

「絹旗がおごるんだったら俺も米沢牛にしときゃ良かった」

 

「何か言いましたか浜面、私は今超ご機嫌なので見逃してあげますけど」

 

「はいはい……」

 

 

 

それぞれ全員分の注文が揃い、滝壺達は昼食を取っている。

 

 

 

「絹旗が見る映画ってのは全部あんな感じなのかよ?」

 

「あんな感じとは何ですか、超失礼な奴です。浜面のくせに」

 

「私も悪いけど今回ばかりは浜面に同意する訳。結局アンタの映画センスはとてもじゃないけれど理解出来ないわよ、もー次回以降は勘弁して」

 

「フレンダも分かってないですね、そんな感想しか持てないから何時まで経ってもフレンダは超浜面と同じレベルなんです。あの超展開、意味不明な挙動、謎の言動全てを解き明かして理解していく過程がどうして楽しめないんですかね」

 

「そんな楽しみ理解するくらいなら浜面と同じで言い訳よ……。あ、浜面その醤油」

 

「おぅ」

 

「でも絹旗が見るテレビってあんな急展開なものばっかりじゃない訳よ、ドラマとかも。結局なんで映画だけあんなビミョーな内容のものを好きになっちゃったのかが理解出来ない訳」

 

「ドラマってほとんどが連載ものじゃないですか、今週みたら翌週があってまた次の週も……って感じですよね。もし今週そんな意味不明な内容で急転直下な展開が発生したら翌週の内容が超気になってしまうじゃないですか」

 

「まぁそうなる訳」

 

「それに対して映画だったらどんな展開になっても1、2時間後には結果が分かるじゃないですか」

 

「確かに……」

 

「超気になることもなく、どうしてそんなことになってしまったのかの謎を解く。超最高に面白いと思います」

 

「どうしてそこに着地するのか俺には分からん」

 

「私も同意する訳」

 

「七惟や滝壺さんはそこらへんは超理解してると思いますけど」

 

「私は唯単にその楽しみ方しか分からないから、そう思って見てるだけだけど」

 

「お前らは期待値がデカすぎるんだよ、絹旗と一緒に映画を見に行く姿勢が間違ってんだろ。それ相応の覚悟がねぇとな」

 

「そこはかとなくかなり馬鹿にしてる感じがする訳」

 

 

 

今は先ほど見た映画の感想を皆で言い合ったり、私生活のことを和気あいあいと話している。

 

普段の暗部での生活では絶対にこの6人がこのようなレストランで食事を取り、雑談をするなど考えられないがそれを実現させ皆が楽しんでいる様子を見て滝壺は嬉しい気持ちと共に成功してほっとする気持ちの両方だ。

 

当初はどんなことになるのか想像もつかなかったが、仲良くなってコミュニケーションがスムーズに取れているようにも思える。

 

唯、相変わらずフレンダは浜面にはきつくまた七惟に対しても若干固いような……目を光らせているような態度のようにも見えるが。

 

 

 

「超失礼な!フレンダは所詮浜面と超同じです、浜面菌に毒されてしまえばいいんですよ!名誉棄損で訴えたいところですがその鯖で手を打ってあげます」

 

「あ、絹旗!……結局アンタはそういう言いがかりを付けて鯖を食べたかっただけな訳、それが見え透いている訳よ……!」

 

「鯖の一切れくらいで落ち着けって」

 

「うるさい訳!浜面の癖に!」

 

「ムカムカしますが浜面の言う通りですね、逆に自分のせいで超不快な思いにさせてしまった私に対して分け与えるくらいの器量の広さが超欲しいです」

 

 

 

まぁそれでも最初の時よりだいぶ皆仲良くなったのは間違いないので、今回のイベントは大成功と判断していいだろう。

 

 

 

「……肉ばっかり見て、食いたいのか?」

 

「そんなことはありません、オールレンジの考え過ぎです」

 

「お前それ口癖になってねぇか、ったく……」

 

「いえ」

 

「何時も馬場の残飯ばっかでまともなもん食べてねぇだろ、ほらよ」

 

「ありがとうございます、オールレンジ」

 

「無表情でありがとうございますって言われてもどう反応すりゃいいかわかんねーぞ」

 

 

 

鯖の一切れで一色触発のような雰囲気を醸し出す三人とは対照的に、七惟とメンバーの寡黙な少女は黙々と食事を取っている。

 

 

 

「なーない、普段の食事はどうしてるの?」

 

「普段は自炊で、偶にカップラーメンやら缶詰だ。お前らと違って借金付けだから豪華な食事はとれねぇよ」

 

「借金付けって?」

 

「夏くらいに言っただろ、1億の借金があるってな」

 

「あれ本当なの?」

 

「だいぶ無茶やったからな、まぁ今はメンバーが肩代わりしてくれるから給与天引き状態だ」

 

「そうなんだ……でもなーないが自炊するのは意外だった」

 

「偶には生ものに触れて捌いておかねぇと気が狂いそうになるだろ、この世界はな」

 

 

 

気が、狂いそうになる……?

 

 

 

「……どうだろう、私は人を死なせちゃったことがないから分からない」

 

「人間にしろ動物にしろ、どうもこの学園都市暗部ってのは生物が死んで当たり前に成りすぎちまってる。一般の学生から見たら異常だぞ、まぁ奴らはそんなこと知らないで生活してるからいいんだろうけどな」

 

「うん……」

 

「最初はそういう考えで自炊始めた訳じゃない」

 

 

 

七惟はきっと、豚や鶏の肉に触れて命の重みを普段から感じているのだろう。

 

それは暗部の中においては異質な考えを持っている……つまり、人を殺すことを極端に嫌悪する七惟だからこその営みなのだろう。

 

生物を殺すこと。

 

それは豚や鶏、魚を調理して食し血肉にすることと、誰かを殺してその分の自身の生命の危機を排除し生きながらえることと同義なのかもしれない。

 

深く考えれば考える程、この暗部という世界は残酷であり煌びやかな学生生活とはあまりにも相反する存在過ぎる。

 

 

 

「馬鹿みてぇなコト言っててもしょうがねぇ。滝壺も食べるか?かなり旨いな」

 

「ありがとうなーない、貰っちゃうね」

 

 

 

米沢牛を一切れ七惟の皿から取り、それを見つめる。

 

今自分たちは普段の暗部の生活を忘れて、表の生活……つまり、世間一般から見て『普通』の会話・食事・買い物・娯楽を楽しんでいる。

 

でも一歩踏み出せば、そこにはこの米沢牛のようにわが身はミンチになったり面白オブジェになったり……五体不満足な世界が待っているのだ。

 

七惟の先ほどの言葉は、滝壺に取ってこの暗部という世界がどれだけ狂っているのかを理解するには十分過ぎるものであった。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

食事を終えた滝壺達一向はセブンスミストの衣服販売フロアに来ていた。

 

今日は此処で一通り買い物をして終了、ということになっている。

 

ぶっちゃげ滝壺はファッションなんでほとんど興味がないしこんなところに来る意味なんてないようなものなのだが、今回一緒に遊びにきた絹旗やフレンダのことを考えての選択であった。

 

フレンダはよくセブンスミストのようなショッピングモールで買い物をすると言っていたし、絹旗もそれなりに衣服には気を使っているので彼女達二人にとって滝壺の選択は悪くはないようだ。

 

しかし悲しいかな、逆にこの選択は男性二人にとっては全くもってありがたくないものである。

 

女性の買い物に付き合うというのは、はっきり言って男性にとっては苦行だ。

 

何を買う訳でもなくあてもなくフラフラと歩きまわりウィンドウズショッピングなんてよくある話で、買ったら買ったでお金は男性もち、更に荷物持ちにもなり兼ねないという有難味がほとんどないのだ。

 

正直なところ意中の女性でもない女の子がどんな服を着ようが男の子にとってはどうでもいいのである。

 

そして滝壺は知る由もないが、特に七惟はこの間フレンダにスーパーの付き添いを頼まれ缶詰を死ぬほど購入させられ、尚且つ膨大な時間も無駄にしたばかり。

 

しかし条件反射で顔のしわが増える七惟のことなどフレンダは気付くことなく、展示エリアに進んでいく。

 

 

 

「へぇー、今年の冬ものはこういうのが流行るって訳ねぇ……でも人と同じだと私の良さが際立たないし」

 

「何を言っているんですがフレンダ、フレンダの軽薄そうな人柄を表すにはこの服がぴったりだと思います。色々超緩そうな感じですし」

 

「結局絹旗は私を馬鹿にしている訳?」

 

「そんな訳超ありますけど」

 

 

 

相変わらず先ほどの鯖の一件を引きずっている二人だが、その手には彼女たちが気に入った服がしっかりと握られている。

 

浜面は今から始まるであろう下っ端としての雑用業務が脳裏を嫌でも過り、顔が引きつっていくものの現実は非常であり彼女たちは次々と冬物の服をチェックしていく。

 

それに対してメンバーの女の子はさして興味がないのか、七惟の横に通常通り待機している。

 

そう言えば彼女とは今回ほとんど喋っていない、当初の予定では一緒に来ることは考えてもいなかったがせっかく来てもらったのだ、少しはコミュニケーションを取って楽しんでいってほしい。

 

メンバーの地下シェルターではかなり七惟にべったりで絹旗は彼女に対して苛々していたが、滝壺はあまり気にもならなかった。

 

何故ならばあの時の彼女は今と同様、ちっとも楽しそうな顔をしていないのである。

 

 

 

「ねぇ、一緒に見て回らない?」

 

「いえ、気持ちは嬉しいのですが仕事中です」

 

 

 

まるで機械のように淡々と話す彼女、その言葉には抑揚がなく彼女の意思のようなものはあまり感じられない。

 

 

 

「お仕事中?」

 

「はい、ですのでまたの機会に」

 

「でも非番だからこうやって外に出てるんじゃないの?」

 

「そんなことはありません」

 

「何の仕事なの?」

 

「オールレンジの護衛です」

 

 

 

なるほど、頑なに七惟の側を離れることを嫌がるのは確かなようだ。

 

しかし何故そこまで七惟にくっつくのだろう、博士からの業務命令か何かだろうか。

 

 

 

「お前な、俺が適わないような相手が出てきたときお前一人でそいつに勝てる訳ないだろが。滝壺と一緒に買い物してこい」

 

「ですがそれは」

 

「業務命令だ」

 

「……わかりました」

 

 

 

どうやら上司である七惟のことは素直に聞き入れるようだ。

 

七惟も先ほどからこの少女とのやり取りを見るに、それなりに気にかけており嫌悪してはいないようである。

 

部下思い……という訳ではないだろうが、自分にとってどちらかと言えば足手まといになるような存在……要するにいざと言うとき邪魔な存在に対して此処まで気配りをする男性は、暗部の中では七惟くらいではないだろうか。

 

自分にとって利害関係で言えばマイナス、そういった人材をすぐ横に置いて尚且つ気にかける。

 

滝壺にとってそんな小さな優しさを持つ七惟は彼女の中で大きな存在。

 

大覇聖祭の時から変わっていない、七惟の人柄に彼女はまた心を擽られるのだ。

 

 

 

「浜面!早く来る訳!荷物持ち!」

 

「やっぱりこうなるのかよ!」

 

 

 

しかしその一方で浜面は大変なことになっていたのである。

 

 

 

 

 



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少女が見た幻想-ⅳ

 

 

 

 

 

「これは……どう?貴女によくあってると思う」

 

「分かりませんが、どちらにしろ今の私は金銭を所持していないので購入することは出来ません」

 

「大丈夫、私が支払うから。じゃあこっちは?貴方の身長だとこういうのもよく似合うはず」

 

「その服の適齢を考えるに、私の実年齢と大きく乖離しています」

 

「大丈夫、童顔だから問題ないよ。ゴスロリ……?っていうのかな、ほら此処に書いてる。よく似合ってる、なーないに見てもらう?」

 

「先ほどから何が大丈夫なのか全く理解出来ません」

 

 

 

滝壺はメンバーの女の子と一緒に、半ば強引に連れまわして服を見て回っている。

 

傍から見れば一方的に滝壺が連れまわしているかのように思えるのだが、連れられているほうの少女がさして不快な表情も態度も示していないようなのでいいだろう。

 

滝壺は自分のファッションにはほとんどと言っていいほど関心がないのだが、どうやら他人のファッションとなると別のようである。

 

次から次へと少女を着せ替え人形の如く更衣室に連れていっては楽しんでいる、着せる服のジャンルも様々でカジュアルなものからゴスロリ風味なものなど様々だ。

 

滝壺自身、こうやっているうちに何か新しい自分の新境地にたどり着けそうで気付かない内に夢中になっていた、少女としてはおそらくいい迷惑であろう。

 

滝壺が少女を連れまわして30分くらい経っただろうか、彼女の琴線に触れる……これだ!というものが見つかった。

 

おそらくこれならばド派手すぎない、違和感もなく少女の容姿にぴったり。

 

最終的に滝壺が選んだのは当たり障りのない、しかし少女が着ている軍服のような緑の作業着よりかは少女らしさを際立たせる上下セットとなっているスカートにシャツ、上着の組み合わせだった。

 

 

 

「なーないやはまづらに見て貰おう、きっと似合ってるって言うよ」

 

「似合っていようがなかろうが私はどうでもいいのですが」

 

「そう?結構楽しんでいたように見えたけど」

 

「それは貴方ではないでしょうか」

 

 

 

自分が楽しんでいたのはまぁ間違いないとして、途中で嫌がったり不機嫌な面持ちもしなかったのでそれなりに少女も楽しんでいたかのように思えたのだが……。

 

まぁ、一緒に居て険悪なムードにはならなかったのでよしとしようか、表情も相変わらずの無味無臭状態ではあるが幾分か口角が会話するときに上がっているようにも思える。

 

もちろんそんなものは滝壺の勘だが。

 

二人は荷物持ち兼雑用兼フレンダ&絹旗のご機嫌取り役に成り下がっている七惟と浜面をエレベーターホールの横にある休憩スペースで発見する。

 

調度二人の買い物に目途が付き落ち着いたのか、七惟は自動販売機で缶コーヒーを、浜面は炭酸飲料を購入して一息ついていた。

 

 

 

「フレンダの奴……缶詰の次は服かよ、俺に荷物をどんだけ大量に持たせたらあのバカは気が済むんだ」

 

「俺は量が少ない絹旗のほうだから助かったぜ」

 

「あの馬鹿は俺に荷物持ちをさせたくてしょうがないみたいだからな、能力者を甚振る性格を買い物にまで持ち込むなんていい性格してやがる」

 

「お前なんで拒否しなかったんだ?」

 

「拒否してうだうだ言い出したらもっと面倒だろ」

 

「た、確かに……」

 

 

 

完全にお疲れモードの二人、その表情からは如何にこの1時間弱の時間が苦痛であったか物語っている。

 

そんな二人を横目にして楽しんでいたのは何だか心情的によろしくないが、どれだけ大変だったか聴くのは野暮であろう。

 

 

 

「なーない、浜面もお疲れ様」

 

「んあ、滝壺。ありがとうな、お茶でも飲む?」

 

「ありがとうはまづら。この子の分もお願いしていい?」

 

「ああ、ほらよ。ってその子が持ってる服、買うのか?」

 

「うん、着あわせてみて二人に見て貰ってよければこの子も買う気になるかなーって」

 

「へー、いいんじゃねぇのそれ。早く見せてくれよ」

 

 

 

滝壺は少女に促し、服を着衣の上から合せてみる。

 

 

 

「お、いいじゃん!その作業着よりかはこっちのほうが断然似合ってるって!」

 

「なーないは?」

 

 

 

腕と足を組んで如何にも疲れた、との心情を体現している七惟であったが体を起こし少女の頭のてっぺんからつま先の先まで無表情で見つめ終わると……。

 

 

 

「どう、なーない?」

 

「いいんじゃねーのか、軍服っぽい作業着より断然」

 

 

 

その言葉に少女は目を丸くし、滝壺も驚きの表情となる。

 

あのどちらかというと無口で無愛想で人を褒めることなんて生まれてこの方ほとんどしてこなかったであろう七惟が、まさかこんなストレートな言葉を投げかけてくるとは予想していなかった。

 

フレンダ達の買い物に付き合わされて自棄になって早くこの買い物を終わらせたい一心で出てきた言葉かと思ったが、こういうとき本当にそう思っていたなら馬鹿正直な七惟は『何でもいいから似合ってる』くらい言いそうなものである。

 

それらしき言動が出てこなかったと言うのはこれは本心だろう、自分のことが褒められた訳ではないのだがこれはこれで率直に言って嬉しい。

 

 

 

「……ありがとうございます、オールレンジ」

 

「だから無表情でありがとうございますって言われても困るって言ってんだろーが」

 

 

 

無表情でお礼を言うのは七惟もよくあることだが、彼女の『ありがとうございます』はレストランで言った時と若干違った感じがした。

 

言葉に抑揚が、少女の感情が言葉に載って発せられているような、そんな感じだ。

 

少なくとも先ほどまでの無機質なロボットのような表情も、言葉からも大きく変わった。

 

その変化と二人のコミュニケーション、場に流れる暖かそうな空気が滝壺に今回の計画の成功を再度認識すると共に、滝壺自身も知らずの内に笑みがこぼれる。

 

 

 

「じゃあ、これは買っちゃうよ?」

 

「分かりました」

 

「滝壺、支払いはコレでやっといてくれ」

 

 

 

そう言って七惟は滝壺にクレジットカードを投げて渡す。

 

 

 

「いいの?なーないは確かお金が……」

 

「コイツより流石に俺のほうがまだ金は持ってるからな」

 

「うん、わかった」

 

 

 

そう言って滝壺が衣類を手に取りレジへ向かおうとすると、少女の視線が投げかけられていることに気が付く。

 

 

 

「ありがとうございます、滝壺理后さん」

 

「大丈夫。なーないも喜んでくれてよかったね」

 

「……はい」

 

 

 

七惟だけじゃない、少女とも互いの距離が縮まったような気がした滝壺の足取りは自然と軽くなるのだった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「フレンダ、そんなにたくさん買って家に収納するスペースはあるんですか?」

 

「結局私は絹旗と違って家がリッチな訳よ、その分広いから大丈夫な訳」

 

「はぁ、そんなことは超どうでもいいですが……私はもうないので会計行ってきますよ?」

 

 

 

当初は興味本位でこの滝壺発案イベントに参加したフレンダであったが、買い物は満喫しその表情はほくほく顔である。

 

しかもまたもや麦野と並ぶ学園都市最高レベルの能力者をアゴで使うことが出来るのであるから、物欲だけではなく彼女の傍から見ればちっぽけなプライドも十二分に満たされていた。

 

そんな自己満足に陥っているフレンダを見て絹旗は『はぁ……』と短くため息をつきレジへと向かっていく。

 

今回七惟が大人しくフレンダの雑用に付き従ったのは滝壺の顔を気にしてのことだろう、此処で自分が原因でフレンダが険悪なムードになればせっかくの仲良こよしイベントも台無しになるのは間違いなく、故にあの男はフレンダの下僕になったのである。

 

しかしこの間の缶詰の件といい、昔殺されかけたその仕返しを出来てざまぁみろと思う反面、全距離操作と呼ばれる男がこうも大人しいというのにも違和感を感じずにはいられない。

 

フレンダは自分がある程度楽観的であり希望的観測をよくする、というのは自分自身理解しておりそれ故にリスクヘッジが疎かになっているということも分かっている。

 

しかしそんな彼女が今の七惟を『危険である』と感じ取っていた。

 

七惟という男がどれだけ残虐だったのか、どれだけ浜面のようなスキルアウトを葬ってきたのか、どれだけ暗部の人間を闇に落としてきたのかなんて嫌と言う程知っているのだ。

 

昔は精神距離操作を使っての拷問なんて朝飯前、転移攻撃で体内に青酸カリをぶちまけ暗殺、、コンクリート壁の中に転移させるとか……可視距離移動で戦闘機と人間を正面衝突させようとしたりと……任務遂行のためならば麦野よりも冷酷に成れる男、それが七惟だ。

 

そんな男が日曜日のお昼に女の子たちと一緒にショッピング、挙句の果てに荷物持ちをされ女の子に『服が似合っている』とか言っている始末。

 

ギャップが激し過ぎて違和感を覚えるどころか悪寒を覚える、滝壺はおそらく牙が引っこ抜かれた七惟しか見ていないからあんな風に接することが出来るのだろうが、絹旗と七惟は昔からの付き合いがって、彼女は七惟がどれだけ闇に染まっていた男か知っているはずなのに今では背中を預けるような形になっている。

 

 

 

「違和感しか感じない訳……まぁ第一位に殺されかけた頃から不気味だったけど」

 

 

 

そんな暗部の闇を体現したかのような七惟に変化があったのは、あの一方通行との実験の日。

 

七惟は学園都市最強と研究という名目での殺し合いをした、もちろんそれは彼ら二人が望んだことではなく学園都市暗部の思惑が働いてのこと。

 

結局七惟は一方通行には全くと言って言いほど歯が立たず、何もできずに痛めつけられ研究者たちのストップの声が掛かるまで半殺しにされ続けた。

 

その直後の七惟は目が死んでいると言って言いほど生気がなく、時間が経過するにつれてあの冷酷性はどんどん鳴りを潜めていく。

 

そして今、出来上がった全距離操作七惟理無はこんなにも大人しく、フレンダから言わせれば張り合いがない。

 

言葉使いや表情等は昔と対して変わっていないが、対人攻撃を行う際のアクセルの踏み込みが完全に変わったのは間違いない。

 

 

 

「でも結局怪しい訳よ……」

 

 

 

だがどれだけ腐っても七惟は学園都市の№8、一時期降格したが僅か1、2か月で8位に復帰した男だ。

 

裏でどんなことを考えているかは分からない、前会った時は長く一緒に居ることによって生まれた同情からあんな体裁になっていたのかと思って忠告もしておいたが、逆にその態度が今では不気味だ。

 

フレンダは七惟の今現状が理解し難く探りを入れるべく自動販売機前の椅子に座っている牙の抜けた男に話しかけた。

 

浜面や滝壺、他のメンツは会計に向かっており最後まで買い物をしていたフレンダの荷物持ちの七惟は一人取り残されていたようで好都合だ。

 

 

 

「おせぇぞフレンダ」

 

「私みたいな美少女の荷物持ちが出来るなんて幸せなことなのに、結局七惟は女の子の扱い方が下手な訳よ」

 

「お前の何処が美少女だ、ふざけてねぇでいくぞ」

 

 

 

なるほど、やはりこういったやり取りが出来る程、今の七惟には攻撃性が無い。

 

昔のコイツなら気安く喋りかけたならば苛立ちで口調がささくれ立っているようなものだが……。

 

 

 

「七惟、やっぱりアンタは変わった訳ね」

 

 

 

カマをかけてその本心を聞き出す。

 

一応七惟という男は今も昔も変わらずメンバーに所属しており、今アイテムとメンバーは同盟関係だ。

 

背中を預けている間に下手を撃てば後ろから……ということも考えられない訳ではない。

 

 

 

「あぁ?」

 

「こないだも言ったけど……昔のアンタはこんなんじゃなかった、もっと攻撃的で滝壺や絹旗と仲良こよしのお話なんて出来る訳がない」

 

「…………」

 

「私が知っている七惟理無は、戦闘機に人間を体当たりさせたり、同年代の子供を自分の為に精神距離操作の実験台に厭わず使って……私みたいな幼気な女の子を殺しに掛かったり」

 

「んな昔な話掘り出して何がしてぇんだ?」

 

「逆に私が聴きたい。結局七惟理無、アンタはいったい何がしたい訳?」

 

「どういう意味だ」

 

「アンタははっきり言ってこんな人間じゃない訳よ、それこそ皆で仲良くお昼に商業施設のレストランでお食事とか悪ふざけも大概にして欲しい訳。アンタには精々日が当たるところでの食事なんて、路地裏カップ面が精いっぱいな訳よ」

 

「…………」

 

「全部おかしい訳、前も言ったけど本心でそれをやっているならそれは弱点になる。でも今のアンタを見てると何が本当で何が嘘なのか結局分からない訳よ」

 

「うるせぇ奴だな」

 

「結局……七惟理無、アンタは何を企んでるの?滝壺といちゃついて絹旗を食べ物で丸め込んで」

 

 

 

滝壺が七惟に若干ホの字なのは彼女を見ていれば嫌でも分かる、あの暗部での経験が長い絹旗ですら最近は怪しくなってきている。

 

麦野は馬鹿らしい、の一言でフレンダの報告に対して聞く耳を持たなかったが、このままこの男を放置しておくととんでもないことになり兼ねないと彼女の経験が警鐘を鳴らす。

 

下手をすればアイテムが分断されるのではないかという危惧すら自分にはある、普段楽天的ポジティブとの名札をぶら下げているような奴と麦野に言われているのに、その自分以外が誰も気づいていない。

 

はっきり言って恐ろしくてたまらない、この男が及ぼす影響が。

 

 

 

「俺は俺だろ、お前が変わったと思っても俺は七惟理無だ。それに何も企んでねぇよ、俺が企むとすりゃ如何に穏便にスクールとのいざこざを片付けるかくらいか」

 

「私はアンタが裏でスクールと繋がってるとも考える訳よ、あんなにスムーズにアイテムに入ったのも結局そういった思惑があったと考えちゃう訳」

 

「馬鹿言え、お前と麦野が滝壺の身体吹っ飛ばすとか戯言を言うから仕方なしに入ったんだろーが。誰が好き好んで麦野と一緒に仕事をするかよ」

 

「……」

 

「お前こそ俺を怪しむ前に麦野を怪しむことだな、アイツは全てにおいて自分優先だぞ。お前以上に、そしてお前が考えている以上にな」

 

 

 

そういうと七惟は椅子から立ち上がり、フレンダの荷物を持って会計所へと向かう。

 

 

 

「んな馬鹿なこと考えるんだったら如何に垣根から身を守るか真剣に考えとけ……あの男に目を付けられたら瞬間から自分の常識が通用すると思ったら大間違いだぞ」

 

「どういう意味な訳」

 

「お前も麦野も、垣根帝督を舐めきってるだろ。アイツは正面から普通に戦ったら垣根以下のレベル5が束になってかかっても絶対に勝てねぇような奴だ」

 

「……」

 

「アホらしいこと言ってないで行くか……。流石に金はお前が払えよ、俺はただの布にそんな大金掛けられねぇからな」

 

 

 

言いたいことは言い切った、と七惟は踵を返し会計所へと歩を進める。

 

その場から七惟の背中を見つめるフレンダの目には、もやもやと解消しきれない不安の色が濃く滲んでいる。

 

結局あの男が今何を考えて行動しているのか全く分からなかった。

 

本当に七惟は何の策略や謀略も無く、今日一緒に滝壺達の買い物に付き合ったのだろうか?

 

同伴していたあの女はこちらのメンツを探るような顔で見ていたのは間違いない、だから七惟もきっとそういったことを目的に来ていて、いずれはアイテムを破壊することを企んでいるのではないかと考えていたのに。

 

まぁ考えたところで意味はない、七惟はともかく一緒にいたあの女に関しては間違いなく黒だ、防備を整えておいて損はない。

 

 

 

 

 

……目を瞑ると浮かんでくる、倉庫ステーションで七惟理無に殺されかけた記憶。

 

 

その記憶の警鐘からの行動だったが……結局不安は解消されず、フレンダは後ろ髪にひかれる思いで会計所へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 



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少女が見た幻想-ⅴ



※オリジナルキャラクターが登場します。


 
 


 

 

 

 

セブンスミストでの買い物終了後、今回の滝壺考案のイベントは全日程を終えそれぞれが帰宅の途に着いた。

 

浜面は車で七惟とメンバーの女の子を自宅まで送るよう滝壺にお願いされたため、三人で浜面のボロ車で移動。

 

しかし七惟が浜面に言った送り先は彼の自宅ではなく、あのカエルに似た医者が居る病院であった。

 

理由はもちろん、ミサカ19090号に会うためである。

 

浜面とは病院の前で別れたが、名無しの少女は相変わらず引っ付いてきており結局ミサカのいる病室まで一緒に来てしまった。

 

 

 

「ったく……口挟んだりすんじゃねぇぞ」

 

「はい」

 

 

 

名目上は七惟の雑用を引き受けるため……ということで今回も来ているらしいが、どうせ博士から何かしら命令され来ているのだろう。

 

それこそ途中でメンバーを裏切らないよう見張っておけだとか、七惟が不審な行動を取ったら即連絡を寄越すようにするだとか……。

 

あの男の考えることなど大概分かるものである、まぁもし彼女が博士の命令の有無関係なしに来ていたのだとしたら、それこそ七惟にとっては理解不能であり更に怪しむ理由の種となってしまうのだが。

 

ミサカに会うのは久しぶりだ、この間は確か天草式のお偉いさんに殺されそうになる前に会話をさくっとしたぐらいか。

 

確かあの時は次回来た時には良い話が出来ると思う、とか彼女は言っていたような……。

 

病室の前に立ち、名前の書いてあるプレートを見つめると彼女の名前とは別にもう一人別の名前がプレートに入っていた。

 

そういえば病状が改善したからそろそろ個室から共同部屋に移動することになるとか……そろそろ退院できるのかもしれない。

 

 

 

「……失礼します」

 

「失礼します」

 

「オールレンジ、お久しぶりですとミサカは早速の挨拶を交わします」

 

 

 

中に入るとミサカはすぐにこちらに気付いたのか、ベッドから立ち上がりこちらに駆け寄ってくる。

その姿を見てまるで家族にすり寄る可愛い妹のようだ、と七惟は思う反面、最近本当に妹が居たらこんな感じなのではないかと思い始めてしまっている。

 

 

 

「あぁ……体調はどうだ?」

 

「だいぶよくなり、個室部屋からも移動しました。退院の目途もついたので心が弾む思いですとミサカは心中を吐露します」

 

「そいつは良かったな」

 

 

 

見た感じではあるがミサカの表情は以前に増して明るく、身体的にも健康的のように思える。

 

何より以前はよくわからない大型カプセルのような容器に入っており、体の各部は電極に繋がれまともに相対して会話することなど不可能だったのだ。

 

その状態から比べてみれば、驚くべき回復力である。

 

 

 

「最近はオールレンジは学校のほうはどうですか?あのサボテン頭の少年や、お姉様は元気にしているのでしょうか」

 

「あぁ……学校は前と一緒で俺からすりゃつまんねぇ内容のもんばっかだ。あの馬鹿やオリジナルは相変わらず所構わずいちゃついてんぞ」

 

「なるほど、お姉様はあの少年に夢中なのですねとミサカは自分の想像通りのお二人の姿に安心しました」

 

「サボテンがミサカを恋愛対象として見てるとはとても思えねーがなぁ」

 

 

 

上条と御坂は大覇星祭後も引き続き色々な所で仲良くやっているのを見かけている、まぁ前に比べて勝負だの何だのはだいぶ無くなってきており丸くはなった。

 

丸くなった変わりに御坂の恋愛感情にはアクセルがフルで踏み込まれているような気もするのだが……。

 

 

 

「そうなのですか?恋愛というものが知識にあるのですが、あの二人の関係はミサカネットワークを通じて見ていて、知識の中にある恋愛と同じものをしていると思えますとシスターズの意見を代表してミサカは胸を張り強く言い張ってみます」

 

「悪いがあれは完全にオリジナルの一方通行だろ……たぶん上条は面倒だ、くらい思ってんじゃねぇのか」

 

「そ、そうなのですか……学園ドラマのラブシーンを体現したかのような二人だと思っていたのですが……」

 

「夢をぶっ壊してわりぃが事実だ」

 

「しょんぼり、とミサカは両肩を力なく落としあからさまに残念がってみせます」

 

「わぁったからそんな負のオーラまき散らすな。つぅかお前は学生の恋愛にどんなイメージを思い描いてんだよ……知識と現実は結構違う」

 

「はぁ……」

 

 

 

ミサカを始めとしたシスターズは自分たちの脳をミサカネットワークというトンデモなネットワークでリンクしており、その知識や記憶、経験を共有している。

 

最近ミサカからその統括を行っているのが何時ぞやの小さなミサカだったと聞いて驚いたものだが、意味不明なネットワークで繋がっている時点で既に自分の常識の範囲外であった。

 

七惟の現実味のある、というか夢を打ち砕く話のダメージから復帰したのかミサカはもぞもぞと動きだし、自分のベッドとは別のベッドのほうへ歩み寄る。

 

がさごそとベッドの横にあった棚を漁ると、その両手にはみかんが握られていた。

 

 

 

「とりあえず、オールレンジと連れ添いの女性にこれを。お見舞いに来て貰ったお礼ですとミサカは丁寧に自分の気持ちをお礼といった形であらわしてみます」

 

 

 

そういえばこの部屋にはミサカ以外の名前が書かれたプレートがあったっけか。

ということはこれはミサカのものではなく、他人のものでありそれで自分達に謝意を表すとは……。

 

七惟は、はぁ、と短くため息をつき相変わらずミサカの知識と現実の乖離が大きいのだと再度理解する。

 

 

 

「あのな、ミサカ。他人のモンじゃ礼にならねぇだろ。人に礼なんかしたことぁねぇ俺でもそこらへんは常識として分かるぞ」

 

「……お礼をしたことがないような人に威張られるのは心外です、とオールレンジに対してミサカはジト目で見つめ返します」

 

「…………」

 

 

 

何も言い返せねぇ…………。

というよりもこの数か月でミサカはオールレンジのことを本当によく理解してしまっている……。

 

 

 

「つうか、一緒に居る奴とは仲がいいのか?勝手に漁くって」

 

「おそらく大丈夫だと思います、彼はかなり寛容な人間ですから、とミサカは自分の所感を述べてみせます」

 

「彼……?」

 

 

 

ミサカの言葉を怪訝に思い、寝床主のいないベッドに目を細める。

 

確かに言われてみれば、置いてあるものはどちらかと言うと男物が多いし少年誌の雑誌が戸棚には乱雑に重なっていた。

 

だがしかし、だいたい病院というものは集団病室の場合同性と同じ部屋に移動するものではないだろうか?

 

 

 

「此処で一緒に寝泊まりしてんのは男なのか?」

 

「はい、そうですが」

 

「……あのおっさん、何考えてんだ」

 

 

 

七惟も最近はよくこの病院に来ていたし、昔から仕事上病院のお世話になることは多かった。

 

そんな七惟でさえ一度でも異性と同部屋になったことなどないというのに。

 

これは蛙の顔をしたあの医者を尋問するしかない、確かに病院というのはベッドの数も限られているのでやむを得ない事情があるのは理解出来るが、移動する前によく見舞いに来ていた自分に対して一言あってもいいだろうに。

 

ミサカは何処かの馬鹿が作ったテスタメントと呼ばれる特殊な装置・ソフトで常識・知識が形成されており感情というものを当初は理解していなかったが、今は様々な経験を重ねしっかりとした自分の『意思』を持っているし、仮にも年頃の女の子なのである。

 

赤の他人である男とおなじ部屋など……と思っていたところに、まさかの横槍が入った。

 

病室のドアががらっと開き、そこから現れたのは……。

 

 

 

「あ、ミサカさん!起きたんだ!ってそっちの方は……」

 

「おはようございます喜伊さん、とミサカは爽やかな朝の挨拶をします」

 

「いや、今は夕方なんだけど……って、そちらの方はお見舞い?」

 

 

 

同部屋の男が現れたのである。

 

黒髪黒目、ごく一般的な顔立ちだが顔のホリが深く肌の色も七惟より黒い、何処となくアジアと日本人の血が混ざったハーフのような少年だった。

 

見た感じ年齢はミサカよりは上、自分と同じくらいか年下のような幼さも残っているものの目つきはしっかりとしておりその瞳からは何処となく力を感じる。

 

 

 

「はい、私の保護者であるオールレンジです」

 

「お、オールレンジ?」

 

 

 

保護者?保護者ってなんだよ、と言うかその前にこの男何者だ、何処の馬の骨だ。

 

 

 

「オールレンジって通り名だ、気にすんじゃねぇ。ミサカと同部屋の人間か?」

 

「あ、はいそうです。喜伊源太です、よろしくお願いします。ミサカさんの……お兄さんです?」

 

「……まぁな」

 

「そうなんですか!何時もミサカさんには仲良くさせて貰ってます、ミサカさんの御蔭で平凡な入院生活も楽しいです」

 

「ありがとうございます喜伊さん、とミサカは感謝の言葉を述べお礼のみかんを差し出します」

 

「あ、ミサカさんそれ僕のだから!」

 

 

 

何なんだコイツは……どうしてこうもフレンドリーなんだ、何処となく上条のような人当りの良さとオルソラのような善良さが感じられて対応に困る。

 

七惟としては男と同室なんてミサカの負担になるから即刻辞めさせるべきだと思っていたのだが二人の会話や態度を見るとそんな感じは微塵も感じられない。

 

むしろ逆に仲が良い、と言って過言ではないのではないか。

 

 

 

「喜伊君……全く、診断結果が良好だったとしてもすぐに急変することだってあるのだから気を付けないといけないよ?そんなにはしゃいだら……」

 

 

 

そしてさらに此処で七惟を混沌に陥れた張本人の蛙顔の医者の登場である。

 

 

 

「オールレンジ、君も来ていたのかい?丁度話したいこともあったしいいタイミングだね?……なるほど、目付け役も一緒か。少し外して貰っていいかな?」

 

 

 

取り敢えず七惟は完全に空気化していた名無しの少女を待合室に待機させ、蛙顔の医者と個室へ向かうこととなった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「ミサカ君の容態はだいぶ良くなってね?そろそろ退院させてもいいかなと思っている」

 

「はい、ミサカは元気ですと身体を使って全力でその健康ぶりをアピールします」

 

 

 

七惟とミサカが案内されたのは病院関係者専用の休憩室だ、今は貸切状態だが目の前の廊下では看護師たちがひっきりなしに行ったり来たりと忙しそうに日々の業務をこなしている。

 

 

 

「へぇ、それはいいことじゃねぇか」

 

 

 

七惟は休憩室に設置されている自動販売機で缶コーヒーとオレンジジュースを購入し、甘い方をミサカに手渡す。

 

 

 

「それで、退院したらどうすんだよ?また俺の家に来んのか?」

 

 

 

そう、もう3か月近く前になるがミサカは一時期七惟と一緒に生活を共にしていた時期がある、僅かな日数ではあるが。

 

あの時はミサカ達シスターズの抱える特殊な身体構造の影響ですぐにこの病院に入院してしまったが、この医者が言う限り今回は定期的に通院して貰えば今のところ問題はないとのことだった。

 

定期的、とは言うがほぼ毎週通わなければならないとのことだったが。

 

 

 

「それがね、今回話したいことというのは今後のことなんだね」

 

「あぁ」

 

 

 

「ミサカさんの要望で中学校に生徒として入学して貰おうと思っているんだ」

 

「……学校だと?」

 

「はい、学校です」

 

 

 

確かにミサカの年齢なら……いやしかしミサカの実年齢は0歳数か月な訳だからまだ保育園すら無理、身体的な年齢で考えるならばオリジナルの御坂命琴と同じなので14歳、つまり中学2年生ということになる。

 

表の世界の常識で考えるならば普通は学校に通って勉学に励んでいる年齢だ。

 

 

 

「ミサカネットワークを介して学校の知識は取得しましたが、シスターズは誰も学校に通っていないためその実体験が抜けているのです、とミサカは事細かに状況を説明します」

 

 

 

なるほど、要するに知らないものを知りたい、という人間なら誰でも持っている欲求らしい。

 

 

 

「ミサカはオールレンジのような『家族』はいるのですが、『友達』がいません。学校というものを体験し、友達を作り、勉学をしてみたいのです」

 

 

 

この間病院では『友達だ』と言ったような気がしていたが、いつの間にか家族に昇格していたらしい。

 

……まぁ、言われてみて嫌な感じはしない、呼ばれなれていない分抵抗があるが。

 

 

 

「別に俺はどうこう言う立場じゃねぇよ。ミサカが好きにやりゃあいい、俺に此奴を縛る権限なんざねぇしな」

 

「なるほどね、以前の君に比べたら確かにだいぶ丸くなったようだ」

 

「コイツの特殊な性格で友達が出来たりスムーズな学校生活がそのまま送れるかは知らねぇけどな」

 

「なるほどね、一言余計なのは相変わらずのようだね?」

 

「うっせぇ」

 

 

 

確かにこのままずっと病院生活というのもつまらないだろうし、他のシスターズは占い屋をやったり戦地に赴いたり海外に飛んで行ったりと割かし自由に各々やりたいことをやっている。

 

それをミサカ一人だけ此処に縛り付けるというのは野暮だろう。

 

道理でさっき学校のことをしつこく聞いてきたわけだ。

 

 

 

「それで、もうアンタのことだから手配とかは諸々済ませてんだろ」

 

「あぁ、区立の学校に入学する予定にしているよ?学年は中学1年からにする予定だ、その方が彼女もなじみ易いだろう」

 

「名前はどうするんだ?まさかミサカ19090号をそのまま引っさげる訳ねぇよな、それに容姿が思いっきり御坂命琴と同じだが致命傷だろ?」

 

「その点は特に問題ない、超電磁砲のそっくりさんということで逆に人気を博すだろう。そういう意味もあって超電磁砲とはほとんど交友関係のないであろう普通の公立中学校にお願いしている」

 

「学校の認可は?」

 

「戸籍等は公立の中学校の場合同学区に住んでいるのが条件で、両親、居ない場合は保護者に当たる人間の許可が必要なだけでね」

 

「その両親や保護者はどうすんだよ……ミサカはさっき俺のことを保護者だとか言ってたがな、俺は未成年だぞ」

 

「大丈夫だ、保護者は僕ということになって彼女は遠い親戚ということにしている」

 

「へぇ……そこらへんの手の回し方は流石だな、伊達に暗部の患者を引き受けてねぇ」

 

「こう見えても君以上に修羅場を経験しきているからね?」

 

 

 

はは、とその言葉の真意を隠すかのように笑う蛙顔の医者……もとい、冥土返し。

 

その笑みから暗部の人間である七惟は彼が今までどのような現場で医者として働いてきたのかイメージ出来る、もちろん全てではないが。

 

 

 

「以上のようにミサカは全ての問題をクリアしていますので、後は姓名です」

 

「姓名……か、おっさんの苗字を?」

 

「いや、それは逆に遠い親戚という名目がおかしくなってしまうからね?此処は君の苗字を使いたいと彼女からの提案があった。『ナナミ』でよかったかな?」

 

 

 

そう言って冥土返しは手帳を取り出し、ページの隅に『七見』と記した筆跡を七惟に見せる。

 

 

 

「俺は七見じゃなくて『七惟』だぞ」

 

「……あぁ、これは悪かったね?じゃあこっちか」

 

「ありがとうございます、オールレンジ。これで名実共に私とオールレンジは家族ですとミサカは嬉しさの余り手を握ってしまいます」

 

 

 

いや、苗字が同じ奴なんてそこらへんに居るし苗字が同じなだけで家族とは言い難いのだが……まぁ、ミサカに両手を握られぶんぶんされている内にそういうことはどうでもよくなっていった。

 

その間に冥土返しは七見と書かれた隣に『七惟』と書き込み、マル印を付ける。

 

 

 

「名前はどうすんだよ、七惟ミサカってか?」

 

「七惟美咲香です、とミサカは自身の姓名を堂堂と発表してみせます」

 

「いや俺が言ったまんまじゃねぇかよ」

 

「はは……彼女が言っているのは漢字だよ、ほらこれだね?」

 

「あぁ、七惟美咲香」

 

 

 

そう言って別のページにミサカの……いや、美咲香の名前が記された箇所を指さす冥土返し。

 

 

 

「これからは七惟美咲香君だ。学校は既にこの名前で申請している」

 

「俺が『七惟』を使うことを断ったらどうするつもりだったんだ」

 

「それだけはありません、と美咲香君から言われていたからね?」

 

「…………」

 

「入学する中学校は柵川中学校という、だいたい無能力者から強能力者……美咲香君と同じレベル3くらいまでの子供たちが通う学校だ。丁度彼女と同部屋だった男の子も来週からこの学校に通う予定でね」

 

 

 

同部屋だった男の子……ようするにさっき美咲香と自分に挨拶を交わしていたあの喜伊源太って奴か。

 

七惟はいいタイミングだ、とばかりに先ほどから気になっていたあの少年のことを問いただす。

 

 

 

「そういやさっきから気になってたんだが、どうして男女が病室で同じ部屋なんだ?普通別々だろ」

 

「……あぁ、それは彼が特殊な患者であるということが一つと、同じ中学校に通うのだから少しは同じ時間を共有したほうがスムーズな学校生活に繋がるだろうと思ってね。期間にしてだいたい3、4日くらいかな?」

 

「特殊な患者……?」

 

「……そうだね、君は美咲香君の関係者だし話しておこう。彼は見ての通り東南アジアと日本人のハーフでね、原石の素質がある少年なんだ。唯東南アジアの紛争地帯でたった一人生きる為に戦っていてね。原石を探し回っていた学園都市の調査団が現場で彼を保護し日本へ連れ帰って、この病院で治療し経過観察のため区立の中学校に入学させることになっているんだ」

 

「学園都市の調査団……学校は中学1年からか?」

 

「そうなるね、彼の実年齢は15歳な訳だけれど教養の具合は良く見積もって小学校高学年レベルがあるかないか。でもあの見た目で小学校に入学させる訳にはいかないから、中学校1年生と言う訳だね」

 

「確かに紛争地帯で生活してりゃ勉強なんざしてる訳ねぇか」

 

 

 

東南アジアの紛争地帯……か。

 

そう聞くだけでこの間学園都市で戦った神の右席の女の顔が嫌でも脳裏を過るものである。

 

 

 

「二人で一緒にこれからの学校生活を頑張って貰えればと僕も思っていてね?オールレンジ、君には悪いが蔭ながら彼女を支えてあげてくれないかな?」

 

「……言われなくてもやるから安心しろ」

 

 

 

あのミサカが学校、か……。

 

今自分の置かれている立場から考えてつきっきりで対応してやるのは無理がある、何時学園都市第2位とドンパチが始まってもおかしくない状況なのだから。

 

だが、今の自分が居るのは他でもないミサカ……美咲香の御蔭だし、此処は踏ん張り所か。

 

取り敢えず病院から学校のある区に引っ越す訳だからその手伝いもしなければ……。

 

暗部の仕事をやっているとは思えない自分の表の世界的な考えに可笑しくなりながらも美咲香の笑顔を見つめる反面、自分は学園都市の汚れ仕事をやっており学校など最近はまともに顔を出していない自身の滑稽さに自嘲の笑みを浮かべる七惟だった。

 

 

 

 

 



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少女が見た幻想-ⅵ

 

 

美咲香のお見舞いを終えた七惟とメンバーの少女は、帰路に着いた。

 

七惟はこの後もちろん自宅に帰るのだが、少女に自宅なんてものはなくこのままメンバーのアジトとなっているシェルターに向かうこととなる。

 

彼女は帰る自宅など持っておらず、基本的には毎日あのシェルターで寝泊だ。

 

そして今回のような余程の例外が無ければ、一日シェルターの中で過ごし外に出ると言ってもあくまで半径一キロ圏内。

 

彼女にとっては久々の屋外の空気だった訳だが、どのように感じたのだろうか。

 

見た感じ滝壺との買い物はそれなりに楽しんでいたようだが、どうも絹旗やフレンダに対して探るような視線を向けていたのが気になった。

 

七惟の少女に対する疑念はもちろん晴れていない、フレンダや浜面に向けていたあの目は間違いなく相手の粗を探していた、要するに探りを入れていたのである。

 

今回の一件で少女が白か黒か、怪しい所があればすぐにでも見極めるつもりであったが結局は分からないまま。

 

どちらにしろ少女と滝壺達が再会する日はおそらくないだろう、こんなふうに暗部の生活とは正反対の日を過ごすこと自体が奇跡的な確率な訳であって、そもそも今日のようにこんな何もない日がまた来るなんて保証はどこにもない。

 

スクールとのいざこざが収まればそういった日もくるかもしれないが、七惟の直感が今日のメンツで再び集まることはないと告げていた。

 

その直感に根拠なんてないし、その通りになる未来なんて来るかどうかもわからないというのに七惟はその直感が絶対に間違っていないことを妙に納得していた。

 

 

 

「オールレンジ、先ほどお見舞いに行った女の子は貴方の妹なのですか?」

 

「妹みたいな奴、だ。保護者がいねぇから俺が代わりに面倒見てやってんだよ、血は繋がってねぇ」

 

「そうなんですか、仲が良いのですね」

 

「お前から見てそう思えたんならそうなんだろ」

 

 

 

相変わらず受け答えの声に抑揚がない少女ではあるものの、今日の買い物中だけ何処となくその表情や声、仕草に変化があったような気がする。

 

滝壺のように不思議天然系もリアクションは薄くこの少女の反応の無さはその滝壺をさらに遥かに上回っていたが、当初色々と世話をやいていた時よりもマシになったかもしれない。

 

それこそ、精神距離操作で拷問にかけた時が一番のリアクションであったのは間違いないが、あの時を除いてしまえば徐々に反応も大きくなっているように思えた。

 

 

 

「んで、お前は一人で帰れるんだよな?あのシェルターの位置は分かってんのか?」

 

「はい、最悪携帯電話のナビゲーションを使えば大丈夫です」

 

「取り敢えず駅までは俺と同じ道だ」

 

「分かりました」

 

 

 

既にすっかり日は暮れており、夜道を二人して黙々と歩く。

 

元々七惟とてお喋りなほうではない、絹旗や五和が居ると彼女たちからこれでもかと言うくらい話しかけられるので普段は会話に困らないのであるが、このようにコミュニケーション能力が皆無に等しい七惟にとって、この名無しの少女のように全く話しかけてこない場合、七惟も当然の如く口にガムテープを貼られたかのように押し黙るのである。

 

もちろんそれを苦痛に思う七惟ではないので、淡々と駅に向かって歩を進めていった。

 

漆黒の闇染まった空を見上げながら歩き、七惟は先ほどの美咲香のことを回想する。

 

えらくはしゃいでいたり、喜んでいたように感じたのは学校のことがあったからか……それで良い報告が出来ると言っていたのにも納得がいく。

 

しかし滝壺のように不思議天然系の彼女が周りと上手くコミュニケーションを取れるのかどうか心配が残る、まぁ他人のコミュ力を心配する前に自分のコミュ障を心配してください、と五和や絹旗なら言うであろうがもちろんそんなことは本人は気にしていない。

 

……連休明けから通学が始まる、か。

 

そういえば自分の学校は大覇星祭明けに突如として滝壺がクラスから消えたことに、そしてクラスのドアが無残にも破壊され教室内が荒れ放題となっていたことに阿鼻叫喚の騒ぎだったか。

 

あの小さな教師は『捜索願いです!早く滝壺ちゃんを探し出して下さいー!』とか絶叫していたような気もしたが、ジャージの教師から何か言われていて大人しくなっていたっけか。

 

最近はそんな出来事など無かったかのようにあのクラスは平穏だ、いつの間にか滝壺が座っていた机も撤去されてしまい、やれ学校の無法三角地帯だ、時限爆弾ラインだなど言われていた一番後ろの席のラインは席替えですっかり変わっていた。

 

あの暗部の関わりがほとんどなかった日々が懐かしいと同時に、あの日々に戻ることが出来るのだろうかと言う思いが七惟の心を揺れ動かすのであった。

 

 

 

「オールレンジ、貴方はアイテムの方々とよく出かけるのですか」

 

 

 

七惟がもやもやしていた気持ちを持て余していると、ふと少女が話しかけてきた。

 

 

 

「馬鹿言え……。今回は偶々だろ、アイツらと会ってからもう数年経つがこんなことしたのは初めてだぞ」

 

「そうなんですか。その割に非常にコミュニケーションが円滑に進んでいたような気がします」

 

「そうかよ」

 

「はい、私も短い期間ですがオールレンジと一緒に居てあのような会話をするような方とは思えませんでした。シェルター内では常に喧嘩を売っていたので」

 

「…………」

 

「特に絹旗?とかいう少女とは」

 

「……おい」

 

「はい」

 

「……まだ俺に喋ってないことがあったら、早めに言えよ」

 

「はい」

 

 

 

少女のまるで探りを入れるかのような言葉に七惟は釘をさし、遮る。

 

やはり少女に対する疑念は晴れそうにもない、普段は何とも思わないのだがこうやって会話をしている最中や馬場達とシェルター内でのやり取りをみているとふとした瞬間に疑わずにはいられない。

 

機械のように抑揚がなく淡々と聞き出してくるからこそ、七惟も余計に不安になるのである。

 

その後は二人とも口を開かずに、黙って夜道をただひたすら歩いていた。

 

秋も深まりそろそろ冬が顔を出しそうなこの季節、もちろん人通りも少なく静寂な空間の中で響くのは二人の足音のみである。

 

その静けさは先ほどまで乱れていた七惟の心をある程度落ち着かせたものの、普段一人でいる時よりも居心地が悪かった……何だか胸騒ぎが収まらない。

 

数十分歩いた後、二人は駅前までやってきた。

 

七惟は此処にバイクを止めているため駐輪場へ、名無しの少女はこのまま地下鉄に乗ってシェルターのある学区まで移動することになる。

 

別れる際に特に別段何かを言ったかの記憶はない、唯、七惟の耳にははっきりと残っていた名無しの少女の別れ際の言葉。

 

 

 

 

 

「……また喋っていないこと、ですか」

 

「……あぁ?」

 

「今日は楽しかったです」

 

 

 

 

 

これだけは、何故かはっきりと覚えていた、その時の彼女の表情も。

 

これ以外は何も覚えていない、きっとそれ以外は大事なことではないのだろう。

 

だがこの一言が、七惟の胸騒ぎを一段と激しく引き起こした。

 

何かよくないことが起きる、と。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

駐輪場にやってきた七惟は自分のバイクを引っ張り出し、エンジンをかける。

 

何時も通りそこからヘルメットをか被ろうとしたその時に聞きなれた挑発的な声が彼に向かって放たれた。

 

 

 

「結局アンタを付けても何も分からなかった訳……アンタ、一体何がしたい訳?」

 

「途中からまどろっこしい視線を感じると思ったらやっぱりお前かよ……」

 

 

 

苛立ち半分、呆れ半分でその声のしたほうに七惟は振り返ると、予想通り振り返った視線の先にはベンチに座って足をブラブラさせるフレンダの姿。

 

いったい何処から着いてきていたのやら、正直言って七惟程高レベルの距離操作能力者によると五感の敏感さは常人とは桁が違うため、まず尾行などされても気付くのだがそれを知らないフレンダではないだろう。

 

故に尾行しても無駄だ、とは彼女は考えなかったらしいが。

 

 

 

「無駄な労力使ってご苦労さん。さっさといなくなれ、一秒でも早くな……いい加減ぶっ飛ばすぞ」

 

「へぇー……誰もいなくなると素がでるって訳ぇ?」

 

「挑発しても無駄だぞ」

 

「そ、つまんない」

 

「つまるもつまらないもどうでもいいがな、いい加減俺に引っ付いてくんなじゃねぇよ、ストーカーか?」

 

「はぁ?誰が好き好んでアンタみたいな不細工で性格破綻なコミュ障にストーカーする訳よ。これは自衛のための尾行な訳」

 

「んで?その不細工で性格破綻なコミュ障について回って何か得られたか?」

 

「結局わかんない訳、ホントにアンタって昔と変わりすぎてオールレンジに見えない訳。でもさ……それが、惹かれちゃった訳よ」

 

 

 

フレンダはベンチから離れこちらに近づいてくる、近づいてくるのだが……その仕草が、普段とは違う。

 

そもそもフレンダのほうから七惟に接近してくることなんてまずない、買い物中雑用をさせられているときは別だが常に自分の身を守ることが第一な彼女にとって、一応同盟は組んでいるものの以前自分を殺そうとしてきた奴に対して自ら近づいてくるとは。

 

 

 

「ねぇ……七惟。アンタが本当に変わって、今のアンタが本心だとするなら……私もちょっとはいいかな、って思う訳よ」

 

「…………」

 

 

 

身体を、腰をくねらせながら、態勢を低くし、上目づかいでこちらを見つめてくるフレンダ。

 

 

 

「だから、さ……。アンタがこの後……良かったら、二人でちょっと……」

 

 

 

まるで小動物を連想させるかのようなその動きの中の一連に、七惟は彼女の手がすっとポケットに入ったのを見逃さなかった。

 

 

 

「一緒に……」

 

「…………」

 

「私と……」

 

「おい、スタンガンポケットからはみ出てんぞ」

 

「は!?そんなことない訳……ぇ?」

 

「またゴミ箱に転移したいならそのままやりたいことやれ」

 

「……はぁ~……降参な訳、はい」

 

 

 

そういうとフレンダはぽいっとポケットからスタンガンを放り投げ、七惟からさっと身を引く。

 

いったい何をしてくるのかと思えば、色仕掛けか。

 

まぁフレンダは同い年ではあるし、絹旗よりも多少マシな色仕掛けではあったが正直普段のどうしもようもない彼女を知っていれば全く持って意味のない作戦だ。

 

 

 

「お前色仕掛けする相手間違ってんだろ、浜面にでもしてろ」

 

「私は自分より強い男に色仕掛けはするけど、弱い奴にはしない訳。そもそもアイツにやって私に何のメリットがある訳?」

 

「俺に仕掛けるより真に受けてくれると思うぞ」

 

「……それって結局私のこと馬鹿にしてる訳よ」

 

「それで、お前は色仕掛けしてどうするつもりだったんだか」

 

「簡単に言っちゃえばアンタを連れて帰って拷問するつもりだった訳よ、拷問だったら怪しい素振りを見せたからーって上手く言えば大丈夫な訳だし。逆に殺しちゃったら貴重な戦力がーって麦野が激昂するからね」

 

「へぇ……それで、何を聞くつもりだったんだよ」

 

「別に。さっきと一緒な訳、アンタは本当はいったい何がしたいのか。先に言っておくけど、私はアンタを微塵も信用していない訳」

 

 

 

先ほどの小動物のような可愛らしい目つきとは違い、冷たい色をした青い瞳でこちらを見るフレンダ。

 

なるほど、確かに此奴は一切自分のことを味方だとは考えていないのだと納得がいく。

 

 

 

「まぁ結局アンタからすれば私が信用してもしなくても関係ないだろうけどね。私としては死ぬのは真っ平ごめんだからこういうことをした訳」

 

「はン」

 

「……此処で私のことを殺しにかからない七惟が既に違和感を感じまくりな訳よ……はぁ、ホントわかんない訳」

 

「そんなに短気じゃねぇ」

 

「人間と戦闘機を正面衝突させてゲラゲラ笑ってた科学者を気に食わないからコンクリート内に転移させた人間が言えるセリフとは思えない訳」

 

「…………」

 

「それじゃ、私はもうアンタに用はないから帰る訳……アンタも夜道には気を付けたほうが言い訳よ、何時私みたいな奴から攻撃されるか分からない訳」

 

「お前もな……セブンスミストでも言ったがな、事態を甘く見ていいことはねぇぞ。特にスクールのことはな」

 

「……学園都市で最強の距離操作能力者がそんな怯えた発言をするなんてらしくない訳よ、麦野みたいにどっしり構えてれば?」

 

「少しでもてめぇらの不安を駆りたてないと、余計なことしそうだからな」

 

「そ、まぁアンタの心配なんてどうでもいい訳。たぶんどっちにしたって、結局スクールとは戦わないといけないことになる訳よ」

 

「……勝ち目はねぇぞ?」

 

「勝ち目がないから、麦野はアンタをアイテムに迎え入れた訳。そんなこといくら楽天的な私だって分かってるけど」

 

「…………」

 

「それじゃ、七惟。あ、今日色仕掛けしたことは絹旗や滝壺には内緒にして欲しい訳!また笑われる訳よ!」

 

 

 

七惟にとって非常にどうでもいいセリフを最後に残し、フレンダは闇夜の中を駆けていった。

 

結局フレンダが向ける自分への疑念の眼差しは解消されそうにもなかった、まぁそれは自分が名無しの少女に対して解消されないことと同じなのだろう。

 

自分が少女に向ける感情が、フレンダが自分に向ける感情と同じというのは何とも皮肉なことである。

 

七惟はヘルメットを被り、バイクにまたがると最後にその場を一瞥し去っていた。

 

 

 

 

 

 



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開宴

 

 

 

 

スクールのリーダー、垣根提督はとある雑居ビルの一室で手に持っていた拳銃をこねくり回していた。

 

暇だ、やることがない。

 

今からは彼は、学園都市の暗部から一気にその中枢に手をかける謀略を行おうとしている。

 

こちらの作戦が始まるまであと数時間あるのだが、その間やることながくこうやって時間をもてあまし、意味も無く拳銃を触っている。

 

心理定規には能力のメンテナンスをやっておけと口酸っぱく言われたが、十数年間使ってきた能力だ、言われなくも状態は把握出来る。

 

その心理定規は作戦に向けて外部から雇ったスナイパー、砂皿血密と今後の計画の確認をしていた。

 

この作戦が成功すれば、例のブツを利用してアレイスターの握る情報を引き出すことが出来る。

 

そして、それをもとにアレイスターと交渉を行い、向こうの出方によっては粉々に粉砕することにしていた。

 

空中を停滞する粒子からいったいどれだけの情報を引き出せるかは分からないが、確信を得ることは出来る筈だ。

 

ただ……万が一、期待したものを得られなかったのならば。

 

学園都市第1位をぶち殺し、直接交渉権を得る。

 

その行いに、何のためらいもなかった。

 

確か奴は第3位超電磁砲のクローンを一万体殺してきた悪党だ、今更そんな奴に対して情けや遠慮など必要ない。

 

しかし戦闘力自体は中々高い、頭脳も能力に比例してかなりのものだ、正面から激突すればいくら自分でも勝率は5:5というわけだが。

 

 

 

「オールレンジ……。メンバーがグループを見逃すなんて間抜けな真似は無しだぜ?」

 

 

 

鍵を握るのは、オールレンジ。

 

あの男の力は未元物質に対してはまるで無力だが、第1位に関してはかなりの力を発揮する。

 

そう、垣根帝督はまだ夏真っ盛りの暑い、それこそ焼けつくように暑いあの夏の日の夜に全距離操作と一方通行が戦闘を行っていたのを知っていた。

 

もちろん、七惟が幾何学的距離操作を行い一方通行の装甲を独自の方法で貫いて攻撃していたこともしっかりとその眼で確認している。

 

だからこそ垣根は七惟を彼の計画に組み込んだ、対一方通行に対して有効な手立てとして。

 

下手をすれば、それこそ打ち取ってしまうのではないかとの期待も寄せてはいる。

 

 

 

「せいぜいこちらの期待通り踊ってくれよ?」

 

 

 

闇の宴を始める準備は全て整った、そして自分が最高の勝利を手にするための段取りも。

 

数時間後、この学園都市の中枢に自分は手をかける。

 

それが破壊を生み出すのか、完全を生み出すのか、不完全を生み出すのかは分からない。

 

ただ、あの糞野郎から死ぬまで監視され続けるこの現状に比べれば数千倍マシだ。

 

奴の監視の目を全て破壊し、上から全てを見下すようなあの男を木っ端微塵にしてやろう、この手で……。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

グループ一向が拠点としているキャンピングカーでは、一方通行が『メンバー』にスパイとして送り込んだ女からの情報を目に通していた。

 

この女は暗部で働いていたからか思ったよりも優秀だ、情報を次から次へと運んでくれる。

 

一方通行とて提示された情報全てを信じているわけではないが、少なくとも100あるうちの10は本物の情報であれば十分だ。

 

『メンバー』とはアレイスターが直轄する少数精鋭の部隊であり、その人数は5人。

博士と呼ばれる男を中心に、情報管理の男、戦闘要員の男が二人、女が一人。

 

学園都市に何か不利な事態が発生しようとしたり、不穏分子がうろついている場合瞬時に駆けつけソイツらを駆逐する組織だ。

 

グループと構成が似ているが、人数と組織の立ち位置さえ把握出来れば十分だろう。

情報に寄れば『能力者は一人』らしいが、何処まで信用できるかは分からないため、この話を信じるには多少危険がある。

 

ただ自分を倒すことが出来る能力者など、あの右手を持った男くらいしか思いつかないため、此処はさしたる問題ではないだろう、問題があるのは対能力者との戦闘に慣れていない海原くらいか。

 

電話の男によれば何処かの組織が不穏な動きをしているらしい、組織名までは掴むことは出来なかったがかなりの使い手がクーデターらしきものを企てているとの話だ。

 

そこでメンバーとも鉢合わせになるかもしれない、何せ奴らはアレイスター直属の犬。

自分達に刃向う不穏分子が現れれば問答無用で抹殺しにやってくる。

 

その時女も回収すればいい、またコトのついでではあるが一応口約束もしたので必要な情報を集めた女にはそれなりの報酬を容易してやろう。

 

まぁ、もし今後あちら側に肩入れしていたことが分かったり、これらの情報が全て偽りだったとするのならば……もちろん女の運命は決まっている。

 

 

 

「おい、一方通行。仕事だ」

 

 

 

パソコンを見つめていた一方通行に土御門が話し掛ける。

 

 

 

「あァ?今度はどんな仕事だ、こないだみてェなのじゃねェだろうなァ」

 

「ま、大して変わらないな……vipの護衛だ」

 

「護衛?」

 

「あぁ、何処かの馬鹿が統括理事会の一人を狙っているらしい」

 

「へェ・・」

 

 

 

動きだしたか、まずは統括理事会。

 

なら話は早い、今から一気に学園都市の中心にまでその手を伸ばしてやろう。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

馬場の使っている核シェルター、そこで今日は七惟と少女は能力の使い方の訓練をしていた。

 

と言っても七惟は何もせず、少女に対して指示を出しているだけなのだが。

 

 

 

「ちげぇよ、お前は出力を意識しすぎて座標をくみ取る作業を怠ってんだ。だから大きなモノを動かせないし飛ばせない、基礎をないがしろにすんじゃねぇ」

 

「はい、オールレンジ」

 

 

 

椅子に座って指示を飛ばす七惟は、膝に手を置き頬杖をついて如何にも気だるそうにしている。

 

対する少女の表情は、此処に来てすぐの頃に比べれば幾分かマシになったようで、今は熱心に七惟の指示に従っていた。

 

思っていたよりも飲み込みは早い、もうレベル3になっているんじゃないだろうか。

 

 

 

「おい七惟」

 

「あぁ?」

 

 

 

パソコンに顔を向けたまま馬場が紙切れをこちらに出す。

 

それをひったくるような手つきで乱暴に受け取り目を通すと、文面にはこれからの『お仕事』について記載されていた。

 

 

 

「まずはアイテムと合流せ……ねぇ、また例の通り向こう側に話してあるってパターンか」

 

「だろうな、さっさと行け。お前が此処にいるとむしゃくしゃしてきやがる」

 

「はッ、俺もこんな穴倉用がねぇと来ないから安心しろ。……おい」

 

 

 

アイテムと共に……これ関係の仕事で必ず関わってくる奴らがいる、それはあの垣根が率いる暗部組織のスクールだ。

 

今回も間違いなく奴らが一枚噛んできていることは間違いない、この間フレンダには一応警告はしておいたが、意味はなかったようだ。

 

……以前から感じていた胸騒ぎが、スクールと相対するということが分かり一段と強くなって七惟の身体を何かの力で圧迫する。

 

七惟は少女を見やった。

 

短い期間だったがこの少女とは幾分か話もしたし訓練も行い、アイテムの奴らと一緒に買い物までして……分かったことは根っからの悪というわけでないということだ。

 

しかしまだ七惟は気を許したわけではない、幾らでも彼女に疑念を抱く点はあるしついこないだだってアイテムのメンツに対し探るような目線を投げていたのも忘れることはない。

 

だから七惟はこう声をかけた。

 

 

 

「ある程度能力は使えるようになっただろ?……それで何をやってもいいが、何が起こっても自己責任だ」

 

「……はい」

 

 

 

この言葉を言い残して七惟はシェルターの外へと飛び出す。

 

目指すはアイテムとの合流ポイント、いつも通りあの無能力者が車で待機しているはずだ。

 

しかし最近馬場のシェルターに来る度、何だかとてつもない違和感を感じる。

 

まるで、そこに居てはならぬモノが居ることで異物が混ざり込んだような……しっくりと来ない、型に当てはまらない感覚を覚えるのだ。

 

今この暗部には、スクールを始め一方通行が在籍しているグループも不穏な動きをしているということもあって、あのシェルターに何か仕掛けられていてもおかしくはないのだが……それ故なのか、あの少女が居るからなのか。

 

七惟は博士から受け取った『対一方通行』用のデータが入っているメモリースティックをポケットから取り出し、ぎゅっと握るとまたポケットの奥深くへと終う。

 

一応奴と殺し合いをすることも想定してこのデータには一通り目を通したが……まぁ、リスク管理を考えると何かしら手を打っておいて損はないか。

 

この厳戒態勢の中、一体何が起こるのかなんて誰にも分からないのだから。

 

 

 

「……くせぇ臭いが充満してやがる」

 

 

 

彼の直感は、果たして間違っているのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

アイテムのリーダー、麦野沈利はいつものファミレスの一角を陣取り、そこで飲食店ではやってはならぬようなことの限りを尽くしていた。

 

具体的にはコンビニで買った鮭弁当を自身は食べ、隣に座っているフレンダは缶詰を熱心に漁っているなど。

 

挙げ出したら切りが無い程彼女達はこのファミレスの問題児だった。

 

まぁ、アイテムのリーダーである彼女がそんなちんけなファミレスの気持ちなど考えるわけがないのだが。

 

 

 

「へぇ……こないだぶっ殺してやったのに、また性懲りもなくつまんないことやってるのねスクールは」

 

 

 

情報によればスクールが外部から狙撃主を雇い、統括理事会の一人を暗殺しようと企んでいるらしい。

 

まぁそんなことよりも気になることがこちらにはある、そちらの案件をすっきりさせなければ麦野は動くつもりはない。

 

 

 

「麦野、仕事の連絡はこないんですか?」

 

「まぁね。別に今回電話越しにやれって言われてるわけじゃないし。あんなのは他の組織がやるでしょ、私達がしなくても」

 

 

 

vipが暗殺されようがされまいが興味は無いが、それにより生まれる学園都市のスキが麦野は気になっている。

 

スクールが暗殺のターゲットとしているのは穏健派として知られる老婆だ。

 

嘗ては大きな力を持っていたらしいが、今ではその頃の権力も失い、最も影響力の無いvipだとして認識されている。

 

そんな用なしの人間を暗殺したところで、学園都市が大きな混乱に陥ったり機能低下に繋がるとはとてもじゃないが考えられない。

 

スクールの第2位だってそれはちゃんと理解しているはず、国家転覆を考えているような奴らがそこまで馬鹿だとは思えない。

 

ならば、暗殺の本来の目的はその『アクション』だけであって、狙いは別にあると麦野は考える。

 

例えば、厳重な警備をしている学区に、その混乱に乗じて攻撃を行う……

 

もしくは、その学区から何かを奪う……。

 

分からないが、こちらの線のほうが高い。

 

自分達の考えがあっているのならば、次に自分達が足を踏み入れた学区にあの男は必ずいる。

 

スクールのリーダーであり、学園都市が誇る超能力者の一人にて序列は第2位。

垣根帝督、未元物質を操るあの男が。

 

 

 

「面白くなってきたわね……」

 

「何が面白い訳麦野?」

 

「むぎの、何か考えてる?」

 

 

 

仲間たちが口にするソレは間違ってはいない、全て。

 

麦野は垣根が嫌いである。

 

それこそ、街中で出会ったらその首を絞めてミンチにしてやりたいくらいに。

 

しかし正面からぶつかっては流石に分が悪いかもしれない、序列でも負けているのは確かだ。

 

ならば反則技として外部から強力な仲間を引き入れようと考えた、そして得たモノは学園都市第8位のオールレンジ。

 

今ならあの男とぶつかっても負ける気は全くしない、オールレンジと自分の二人がかりで掛かれば絶対にあの男を殺せるはず。

 

あの男の悲鳴を聞きながら、自分の能力で焼き殺していく絵を想像するだけでぞくぞくしてくる。

 

あぁ、楽しく、なりそうだ。

 

麦野は裂けるような笑みを浮かべると、持っていた箸で弁当の鮭をぐちゃぐちゃに押しつぶした。

 

こんなふうにしてやろう。

 

あの男は。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

※※※は、馬場の秘書の仕事をしながら七惟と戦闘訓練を行っている少女である。

 

しかしそれは表向きの姿、彼女の本当の姿は『馬場の秘書をしながらメンバーの情報を探り、それをグループに引き渡す』というものだ。

 

そして彼女が一方通行から言われた言葉は、強い能力者が居たら色香を使ってソイツを骨抜きにしろとのことだった。

 

彼女はその旨を良く理解し、実行に移した。

 

メンバーの核弾頭、オールレンジとは訓練を積むことで距離を縮めたし、まだ警戒はされているもののだいぶその壁は薄くなったように感じる。

 

馬場や査楽はもっと簡単だった、ちょっとしおらしい態度で接して、身体を密着させればあっという間に落ちた。

 

表面では否定しているが、男の考えることは単純だ。

 

博士は流石にガードが固く、隣にいるショチトルという少女が邪魔をするためほとんと接する機会がなかったが、それも時間の問題だ。

 

いずれ博士もその手中に収め、最後には裏切り自分は自由を手に入れる。

 

ただ、まだ自分は一番大事な情報をグループには渡していない。

 

メンバーには『オールレンジがいる』という、トップレベルの重要度を持つ情報を。

 

何故か分からないが、この情報だけは渡したくなかった。

 

命を助けられたから?一緒に訓練をしてくれるから?会話をするから?

 

理由は分からなかったが、他のメンバーの構成員に何を言われようにも彼からだけは否定的な言葉を貰いたくは無い。

 

でも、そうしなければ自分は自由になれない。

 

躊躇いと欲望の中で彼女は何度も板挟みされてきた、いったい自分は何がしたいのだと何度も問い詰めた。

 

しかし結局答えは出なかった、いや出したくなかったのかもしれない。

 

やるべきことは決まっている、そうしなければ自分が殺されるかもしれないし、また雑貨屋のような男に捕まるかもしれない。

 

 

 

「なのに・・・どうして」

 

 

 

馬場が席を外しているため、今このシェルターの中は彼女一人だけだ。

 

声が響き渡る、反響した音が自分にさらに問いかける。

 

何がしたいのだ、お前はと。

 

自由になりたい、そのためには学園都市第1位いの闇すら利用してやろうと思ったし、実際利用している。

 

この核シェルターにやってきた時もその思いは色あせなかった、馬場や査楽と居る時だって変わったことは無い。

 

ただ、あの男……オールレンジと喋っている時だけは、自分の行っている行為に何か後ろめたさを感じてしまった。

 

今まで何人もの人間を殺して、裏切り、謀略の限りを尽くしてきた自分。

 

そんな自分が今更後ろめたさなど、と最初は笑い飛ばしていたが、オールレンジとコミュニケーションを取る度にその思いは強くなっていった。

 

 

 

「……躊躇っちゃダメ」

 

 

 

そう、躊躇っては自由になれない。

 

自分の中の欲望が、躊躇いを凌駕したのを感じ取った。

 

生きる願望、生への執着、自由への未練が彼女をひたすら突き動かす。

 

この世界は自分以外は全て敵だ、あのオールレンジだって気まぐれで自分を雑貨屋から救ってくれたのだろう。

 

そこに特別な感情は存在しないし、期待するのだって無意味だ。

 

あの男だって、自分のことをどうこう思っているわけがない。

 

自分だけあの男に対して、躊躇いや後ろめたさを感じてどうする?

 

そんなものは不要だ、最後は裏切られて死んでいくのがこの世界の掟。

 

ならば解答は決まっている……はずだ。

 

なのに、その解答を望んでいない自分が心の奥で声を上げている。

 

欲望でそれを押さえつけたというのに、まだ燻っているのは何故だろう。

 

オールレンジと……一緒に遊んだ記憶が、何かを叫んでいるような気がした。

 

 

 

「ふぃー……」

 

 

 

シェルターに戻ってきた馬場の声が聞こえ、思わず身体が強張った。

 

 

 

「んん?……なんだお前、早くこれ処理しとけ」

 

「はい」

 

 

 

馬場が渡した書類を受け取り目を通す。

 

今はまだ、こんなことを考えなくてもいい。

 

まだ……そんなことを考えるのは早すぎる。

 

そう思い込み自分を納得させた少女は、馬場から渡された紙をいつも通り秘書として整理し始めたのだった。

 

回答期限は目の前に迫っているというのに。

 

 

 

 

 



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War Game ! -ⅰ



新年明けましておめでとうございます!もう2月ですけど!

距離操作シリーズもかなり長く続いていますが、この亀更新ではとても今年中に終わりそうにありませんね!(涙)

今年もどうぞよろしくお願いします。


 

 

 

 

季節はもう秋真っ只中、あの夏のうっとおしい熱風もどこ吹く風といったところか。

七惟は今からアイテムの面々が待つファミレスへと向かうため、足となるバイクにキーを差しエンジンをかける。

 

自分の心境とは正反対の涼しげな心地よい風が吹いて嫌になる、過ごしやすい季節と言われる秋だがその分不穏分子の動きも夏程ではないが活発だ。

 

さて今から現地へ向かおうか、とバイクに跨ったところ後方から彼に声を掛ける男が現れる。

 

 

 

「貴方はあの女と仲がいいようですけど、そういう関係なんですか」

 

「…………」

 

「気になるんですよ、あのシェルターで毎回あんな砂糖成分の高い会話をされると当てられてしまいそうで」

 

 

 

声の主は査楽、メンバーで戦闘の中核を担う男だ。

 

ついさっき自分が外に出るまで仲良さそうに会話をしていたのは誰なのやらと突っ込む言葉が喉まで出てその後、面倒事に巻き込まれそうな未来図を予想し飲み干した。

 

彼はさっさとアイテムの所へ向かいたいと思い最初声をかけられた時は無視をしたのだが、食い下がってくるため仕方なくその言葉に耳を傾ける。

 

あの女とは、自分が助けた少女のことを言っているのだろう。

 

 

 

「あぁ?てめぇのほうがよっぽど仲が良いだろ、手取り足取り殺傷術を教えてやってるお前と俺を比べたら月とすっぽんだから安心しろ」

 

 

 

……馬鹿馬鹿しい。

 

そもそも暗部の人間と深い関わり合いになることを七惟は望んでは無い。

 

 

 

「それにな、俺は暇つぶしに相手してやってるだけだ、そんなにアイツと話したいんだったら勝手に話せばいいだろが」

 

「な、何を!別に僕は話したいだなんて言ってないですけど、だいたい……」

 

「だいたい、何だ?めんどくせぇから俺はもう行くぞ」

 

 

 

七惟は引き留める査楽の声を無視して浜面と待ち合わせをしている場所へと足を運ぶ。

まだぎゃーぎゃと査楽は言っていたが、あの名無しの少女が気になって仕方がないのか?

 

自分だって気になっているのは確かだ、だがそれは査楽のようにプラスの感情ではなくマイナスの感情のほうが大きい。

 

その、はずだ。

 

もしかしたらあの女はメンバーを壊滅させるために送り込まれたスパイなのかもしれない、もしかしたらあの女は本当に唯の暗部の波に呑まれた不幸な少女なのかもしれない。

 

どっちだ、いやどっちでもいい。

 

自分とあの女の関係など、所詮は暗部のみの繋がりだ。

 

命を助けてやったのも、偶々あの任務を請け負ったのが七惟なだけであって、そこに特別な理由は存在しない。

 

訓練したこともせっかく助けた命が失われたら気が悪いし、一緒にアイテムのメンバーと御ふざけしたことだって偶然だ、もう二度とあんなことはないだろう。

 

ただ……時折見せる、あの無表情な顔がミサカに似ていた。

 

だからかもしれない、どっぷり暗部に漬かりきったあの名無しの少女に対して死んで良い気分はしない……とすら思ってしまっているのは。

 

しかしそれ以上それ未満なんて有りえない、自分が彼女に向ける感情など。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

アイテムの浜面と合流した七惟は、麦野達が待つファミレスへとやってきた。

 

合流して早々に思ったが、コイツらのお客様思考は半端ではないと思う。

 

 

 

「オールレンジ、遅かったわね」

 

「超七惟、相変わらず時間に超ルーズです」

 

「結局七惟は女を待たせる男な訳?」

 

「なーない、久しぶり」

 

 

 

麦野は外から持ち込んだ鮭弁当を食い散らかし、フレンダは缶詰を弄り回す、絹旗は映画雑誌を漁り、滝壺は注文など何もせずにただ一点を見つめている。

浜面は大きなため息をつくと同時に、七惟に声を投げかけた。

 

 

 

「コイツらずっとこんな感じなんだよ」

 

「……今に始まったことじゃねぇから安心しろ」

 

 

 

浜面のやつれ具合も、コイツらが少し大人しくなれば幾分かマシになるだろう。

 

ただ世界の中心が自分だ、と考えている女が少なくとも二人いるこのアイテムではそんなコトは決して起こらない。

 

 

 

「浜面、さっさとドリンクバー持ってきて頂戴。いつものね」

 

「超浜面、私も」

 

「私も同じので頼む訳よ」

 

「……わかった」

 

 

 

顎で使われる浜面を見て、まぁ暗部などこういう糞ったれな世界の塊なのだと思いつつ滝壺の隣に座る。

 

6人掛けの席のようだが、浜面を座らせることを考えて麦野がチョイスしたとは思えない。

 

間違いなく、自分を座らせるために6人掛けの席にしたのだろう。

 

もし自分がいなければ、4人掛けの席にしていたに違いない。

 

 

 

「それで?俺に用ってことは仕事か?それも血みどろの臭いがしやがる」

 

「大方当たりね、まぁ今からそれは話すからアンタも何か頼めば?あの木偶の棒が運んで来るわよ」

 

「……あの様子じゃ自分で取りに行ったほうが早いだろどう見ても」

 

 

 

そう言って七惟は席を立つ。

 

こないだ浜面と話した時に思ったことは、彼は心身ともに限界に近付いているかもしれないということだった。

 

元々スキルアウトで自由にやってきた彼は、リーダーであったことも相まって人に顎で使われるようなことには慣れていない。

 

そんな奴が少女達にこき使われるというのは精神的にもかなり応えるはずだ、力で屈服しようにも麦野や絹旗にそんなことが出来るはずがないだろう。

 

フラストレーションがたまっていき、十分な休息もストレス発散も出来ない。

 

いずれは自爆と分かっていても反旗を翻し、最後には電子炉に放り込まれるのは目に見えている。

 

メンバーのように屑共の集まりならばどうなろうと知ったことではないが、この男はまだまともだ。

 

そんな人間が自爆するのに加担するようなことはあまり乗り気ではない、七惟はウーロン茶を取りに行こうと足を一歩踏み出すのだが。

 

 

 

「なーない、私も」

 

「あン?……そうか」

 

 

 

そう言えば滝壺は浜面にドリンクを頼んでいなかったか、まぁ彼女が人を顎で使うことに快感を覚えたり満足する人種とは思えないだけに納得する。

 

 

 

「俺がついでに持ってきてやろうか」

 

「ううん、それじゃあなーないに悪いよ」

 

「そうかぃ」

 

 

 

本当、いったいぜんたいどうして滝壺が暗部組織に身を潜めているのやら理解出来ない。

 

七惟と滝壺は二人一緒にドリンクバーへと向かっていく。

 

 

 

「あ、お前らは何がいいんだよ?」

 

 

 

ドリンクバーで麦野、絹旗、フレンダの3人分を用意していた浜面が呆れたような表情を見せる。

 

また命令か、とうんざりしているのだろう。

 

 

 

「ちげぇよ、てめぇに頼むよか自分でやったほうが早いから来たっての」

 

「……そうかよ」

 

 

 

半信半疑だった浜面だったが、滝壺がグラスを二つ取ったのを見て表情を変えた。

 

そんな浜面に、滝壺が声をかける。

 

 

 

「はまづら、はまづらは何を飲むの?」

 

 

 

……へぇ。

 

 

 

「は?」

 

 

 

滝壺の言葉に目を点にして、浜面は応えた。

 

状況と言葉の意味を理解出来なかった浜面の態度を見て、上手く伝わらなかったのかと滝壺は再度言葉をかける。

 

 

 

「はまづらは飲み物は何が好き?」

 

「……コーラ」

 

「わかった」

 

「お、おい」

 

 

 

コーラと聞いて、迷わずコーラサーバへと向かう滝壺に浜面が声をあげた。

 

 

 

「お前、もしかして俺の分を……?」

 

「うん。はまづら、4つも持てないから」

 

「……そう、か……その、ありがとな」

 

「ううん、いつも持ってきてくれるもんねはまづら」

 

 

 

滝壺は表情を変えなかったが、浜面は照れ臭そうに頬を書きながら笑っていた。

 

アイテム唯一の良心とも言える滝壺がいるのだから、そう簡単に自暴自棄になったりはしないか……。

 

七惟はウーロン茶を注ぎなら、横目で二人のやりとりを見つめていた。

 

そんなこんなで七惟滝壺浜面の3人はそれぞれのジュースを手に持ち麦野達の待つテーブルへと戻る。

 

浜面が視界に入った瞬間、麦野はやれ遅いだのとろいだの、絹旗はぬるくなってるから注ぎ直してこいだの、フレンダは木偶の棒って訳よなど悪口雑言の限りを尽くす。

 

そんな彼女達の態度を見ても浜面は苛立ちを表に出すことなく、無言で彼女達にジュースを配っていく。

 

もしこれがメンバーだったなら、馬場あたりがドリンクを浜面にかけていただろう。

 

そういうのがいるというのを考慮すれば、まだまだアイテムもマシな部類に入るのかもしれない、それでも十分に糞ったれな組織であることに変わりは無いが。

 

七惟達が席につくと、早速麦野が口を開いた。

 

 

 

「まぁアイテムの皆にはさっき言ったんだけどね。オールレンジ、親船が暗殺されそうになってたってのは知ってる?」

 

 

 

親船。

 

統括理事会の中で一番の穏健派として知られているが、穏健派故にその権力や力は統括理事会の中で最弱とされている。

 

そんな老婆を狙う輩がいるという情報は、馬場のシェルターに居た時にあの少女から入手していたが、具体的にそれが何の目的のために行われたのかは知らない。

 

狙う価値すらないのが親船だと七惟は認識しているのに、それをわざわざ狙って混乱を引き起こす必要などあるのだろうか。

 

もしかすれば、その暗殺を行おうとした面々は親船の暗殺すらデコイで、目的は別にあるのかもしれない。

 

 

 

「あぁ、さっきメンバーのアジトで聞いた」

 

「なら話は早いわね。親船の暗殺はまぁ失敗に終わったんだけど」

 

「へぇ……それで?お前らは何処まで掴んでるんだ」

 

「そうね、親船暗殺未遂の混乱に乗じて警備が手薄になった学区があるわ。私はそこが臭いと睨んでる、浜面」

 

 

 

麦野は浜面に目を配り合図を送る、浜面は慣れた手つきで携帯を操作し、数秒後には七惟の携帯に添付ファイルメールが送られてきた。

 

送られてきた七惟は早速その内容をチェックしようと、画面も見ずにエンターボタンを押すが……。

 

 

 

「……おぃコラ、アイテムじゃエロ画像を送るのが流行ってんのか」

 

 

 

浜面は何の間違いか分からないが、ネットで落としたエロ画像を七惟の携帯電話に送信したのだ。

 

七惟はそんなのも知らずエンターボタンを連打していたため、七惟の携帯には大画面で男女のあられもない姿が映し出されてしまった。

 

 

 

「浜面……アンタって奴は」

 

「そんなことすると七惟からアイテムが超勘違いされるから超やめてくれません?」

 

「結局浜面がキモ過ぎる訳なんだけど、同じ空気を吸いたくない」

 

「大丈夫だよはまづら、私はそんな気持ち悪いはまづらを応援してる」

 

 

 

少女達からは侮蔑の視線、そしてメールを送られた七惟は青筋を立てて明らかに怒りの視線を浜面に向ける。

 

 

 

「こ、これは何かの間違いだ!こっち!」

 

 

 

慌てて浜面が七惟に再度メールを送る、今度は七惟もちゃんと中身を確認してファイルを開いた。

 

そこには今回行われた親船暗殺未遂に関するデータと、それを防いだ暗部組織、そして暗殺未遂をしでかした組織名……。

 

 

 

「スクール……!」

 

 

 

思わずその名前が口に出た、麦野はにやりと口端を吊りあげる。

 

 

 

「えぇ、あの馬鹿共が動きだしたってわけ。前にこっちがスクールのスナイパーを始末して警告したつもりだったんだけど、そんなのお構い無しみたいよ」

 

「向かった先は第18学区、霧ヶ丘女学院か」

 

 

 

驚いた、まさか行き先まで掴んでいたとは。

 

 

 

「親船暗殺の件で警備が手薄になりそうなところ、尚且つあの糞野郎が欲しそうなモノがある場所と言ったらここくらいね」

 

「結局スクールの連中のやってることは筒抜けって訳」

 

 

 

麦野やフレンダはしてやったり、これから奴らをぶちのめすのが楽しみで楽しみで仕方がないと言った表情だ。

 

元々麦野はスクールのリーダーである垣根が嫌いだし、フレンダは高レベルの能力者を叩きのめすのが缶詰の次に好きらしい。

 

それに対して表情が優れないのは、意外にも滝壺ではなくて絹旗だった。

 

 

 

「お前は乗り気じゃねぇのか」

 

 

 

七惟は麦野に聞こえないよう対面の絹旗に小声で尋ねた。

 

 

 

「…………別にそう言うわけじゃありません」

 

 

 

少し言うのを憚ったかような含みのある言い方に、七惟は確信を得る。

 

絹旗は、アイテムとスクールが正面からぶつかるのを望んでいない。

 

そして全面戦争になった場合、負けるのは間違いなくアイテムであるというところまで的確に分析している。

 

七惟も絹旗同様にこの喧嘩は乗り気ではない、麦野が垣根の戦闘能力をどの程度だと解析しているのかは分からないが、少なくとも『普通のレベル5』では勝てない場所にあの男はいるのだ。

 

それは普通のレベル5が二人集まっても同じこと、あの男の前では七惟の全距離操作も麦野の原子崩しも全く意味をなさないだろう。

 

それほどまでにあの男の力は常識をかけ離れてしまっている。

 

アイテムでそれに気付いているのはおそらく絹旗だけで、後の麦野やフレンダ、滝壺……新入りの浜面だって、こんな化け物達が負けるわけがないと思いこんでいる。

 

危険だ、あの男と正面からやりあってはアイテム側が全滅も有り得る。

 

以前から感じていた七惟の胸騒ぎが一気に確信へと駆けあがっていく。

 

だが……。

 

 

 

「もうこっちもいい加減痺れを切らし掛けてきたところだし、良い頃合いよ。あの男は徹底的にぶちのめして、生きてることを後悔するまでぐちゃぐちゃにしてあげる」

 

 

 

麦野の気持ちは既にスクールとの対戦に向いている、この様子だと止めるのは不可能だ。

 

もし七惟が無理に止めようとすれば麦野はこちらを無視するか、力で押し通そうに決まっている。

 

 

 

『流石にレベル5が二人もいる組織なんざ作られたら……放置は出来ないからな』

 

 

 

数ヶ月前に聞いた垣根の言葉が脳裏を過る。

 

もし前面衝突となればあちらも全力で潰しに来るはずだ、一度警告は貰っているだけに遠慮など全くしないだろう。

 

留まっても、進んでも……事態は好転しそうにない。

 

戦わずしてあの男が目的としているモノを奪うなり破壊する、そのどちらかが最善の策か。

 

 

 

「そういうわけで浜面、足の用意。早速18学区に行ってあいつらを始末するの。オールレンジは自前のバイクね」

 

「ああ、分かった」

 

 

 

物語りは走り始める、それは七惟の意思ではない。

 

七惟の所属するアイテムの意思だった。

 

 

 

 

 



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War Game ! -ⅱ

 

 

 

 

 

第18学区は学園都市の数ある学区の中でも有数の能力開発機関だ。

 

それは常盤台と肩を並べる霧ヶ丘女学院が存在することからも明らかだろう。

 

霧ヶ丘と常盤台、何故優秀な能力者が片方に偏らず両校に満遍なく入学するのか。

 

原因は校風だ、霧ヶ丘女学院は学園都市最高峰の開発機関である長点上機学園と同じで、一芸に秀でた者ならば誰でも入学出来る。

 

それは別に能力に限らず、芸術、音楽、研究など様々な分野にわたり、一つでも尖っているもの(明らかに他者と違う)を持っていれば、誰にでもその門戸は開かれている。

 

対して常盤台はどれだけ一芸に秀でていても、レベル3以上の能力者でなければ、入学希望の者が世界有数のお嬢様であっても入学は許可されない。

 

絶対的な実力主義、それが常盤台であり、入学を果たし、卒業していく者には栄光の未来が約束されていると言っても過言ではない。

 

そのためには厳しいカリキュラムをこなす必要もあり、途中で挫折して中退してしまう者も多いと言う。

 

自由奔放で自己責任の霧ヶ丘、厳しい規律で欲を律し最後まで面倒を見てくれる常盤台。

 

どちらがいいだろうか、とこの男に聞けばなんと応えるだろう。

 

 

 

「馬鹿言え、学校なんざ俺らと最も遠い位置にあるモンだろうが。もうすぐ目的の場所に着くぞ」

 

 

 

如何にもくだらなそうに、しかし興味はあるかもしれない素振りを見せながら垣根はそう応えた。

 

 

 

「偶にはこういう幻想にふけってみるのもいいことだと思わない?」

 

「少なくともアレイスターの臭いが隅から隅まで渡り切ってる学校なんざ通いたいとは思わねぇ。それよりも今後の動向のチェックでもしとけ」

 

 

 

スクールは親船の暗殺計画の立案者であり、実行者だ。

 

そんな彼らはこの混乱に乗じて警備が手薄になった第18学区の研究所に向かっている。

 

乗用車に乗っている彼らは後部座席に垣根と心理定規、運転手は頭に輪のような装飾品をつけている少年だ。

 

彼らは既に目標であるピンセットを入手する手順を頭に入れており、余程のトラブルが起こらない限りこの作戦の成功確率は100%だと言える。

 

 

 

「心配性ね、アイテムが来ても私達の作戦に成功は揺るがないわよ?」

 

 

 

例えアイテムが垣根達の動向を読んでいて、第18学区に現れたとしても彼らの作戦の成功は揺るがないのだ。

 

それはアイテムにオールレンジが加わっていても同じこと、普通のレベル5がどれだけ束になって垣根に挑んでも木っ端微塵に粉砕されるだけである。

 

 

 

「まぁな。ただオールレンジの野郎がピンセットを本気で奪おうと思えば、厄介なのは確かだ、用心に越したことはねぇよ」

 

 

 

オールレンジはムーヴポイントと同じで物体にふれなくても、その座標をくみ取ることさえ出来れば簡単に対象を移動・転移させることが出来る。

 

この能力は今回の作戦におては非常に厄介だ、まぁピンセットだと気づかれないようにダミーを準備するか、早々に自身が装着してしまえば問題はない。

 

 

 

「ねぇ」

 

「あぁ?」

 

 

 

そろそろ目的地が近付いて来たかと思ったところで、心理定規が声をあげる。

 

 

 

「貴方はピンセットで有益な情報が得られない場合……第1位を潰すって言ってたけど」

 

「そうだ」

 

「その前にオールレンジと第1位をぶつけるのよね?」

 

「そうなると踏んでるぜ」

 

「いったいどうやって?」

 

 

 

確かにオールレンジと一方通行が犬猿の仲であることは周知の事実だ。

 

両者が命をかけて本気でぶつかったのは2回だが、いずれもそれはちゃんとした理由があった。

 

1回目はオールレンジの命が、2回目は『絶対』になるための犠牲となる命が。

 

しかし今回はオールレンジにとっても、一方通行にとっても何物にも代えがたい命があるとは思えない。

 

彼らが正面からぶつかりあうという動機がなくては、いくらこちらがふっかけてもそれは不発に終わるだろう。

 

 

 

「引き金があるのさ」

 

「引き金……?」

 

 

 

意味深な言葉を呟く垣根。

 

引き金……何か既にこの男は仕込んでいるのか。

 

 

 

「裏切りのな」

 

 

 

裏切り。

 

その言葉に心理定規は瞬き一つで返答する。

 

 

 

「……貴方が考えそうなことね」

 

「汚れまくった俺達にはもってこいのやり方だろ、まぁ俺が裏切らせるんじゃなくてあの二人が勝手にやり合うわけなんだがな」

 

「裏切らせるのはメンバー?それともグループ?」

 

「メンバー側だ。そもそもこの計画にはオールレンジは元々入っていなかったが……思いもよらない事態が起こったんだよ、こちらにとっちゃ美味しいことだ」

 

「ふぅん。その情報は何処から?」

 

「グループの下部組織に送り込んだ奴からだな」

 

 

 

また自分の知らない所で根を回していたの、と感心するような、呆れるような表情を心理定規は浮かべる。

 

 

 

「こんなことが起こらなかったら俺一人の力で第1位をぶち殺すつもりだったが……まぁ、利用出来るモンは根こそぎ利用するのが俺のやり方だ」

 

「利用して、自分の勝利を絶対的にするってことね」

 

「まぁな……オールレンジの野郎がどんな顔するか楽しみでならねぇよ」

 

「貴方が思い描いているシナリオは?」

 

 

 

垣根は自分の目的達成のためならば何でもする男だ、殺しなんて朝飯前だし誰かを裏切り仲間を殺すことだって厭わないかもしれない。

 

垣根の話によればグループ側のスパイがメンバー側に忍び込んでいてとのことだが、さてここからどうやって最高のシナリオに持っていくつもりなのか。

 

「俺がメンバーのアジトに仕込んだ盗聴器によりゃあ、スパイの女はグループ側にかなりの情報を送っている。だが『オールレンジ』に関するデータだけは送っていない」

 

「それはまた一番大事なモノを隠しちゃったものね」

 

「あの女はオールレンジに一度命を助けられたらしいからな、気持ちも分からないでもない。ただ……そんな奴の気持ちを一方通行の野郎が汲んでくれるとはとてもじゃねぇが思えねぇよなぁ。しかも女は木原の居た猟犬部隊の生き残り……一方通行は本当は喉から手が出るくらい殺してぇんだよ」

 

「それを有益な情報を引き出す媒体だから、我慢してるのね」

 

「まぁな。唯……戦略面において一番大事な情報を隠してるって知ったら?肉塊になるまで10秒もねぇだろう」

 

「でもそれだけじゃオールレンジが一方通行とぶつかる理由にはならないわよ、スパイを殺したんだったらオールレンジとしても有益だし」

 

「いいや……オールレンジは必ずスパイを殺した一方通行を殺しにかかる」

 

「確証はあるのかしら」

 

「あぁ、それこそオールレンジが表の世界で手に入れたモンを利用すんだよ」

 

 

 

オールレンジが表の世界で手に入れたモノ……か

それは暗部においては不要なモノだが、表の世界では絶対に必要なモノである『優しさ』だ。

 

人間は感情で動く生き物だ、理論で理詰めにして無駄を省きながら最適な選択を取り、生きて行くことが最も賢い人間だろう。

 

ただそんなことを死ぬまで一生全う出来る人間がいるとはとてもじゃないが思えない、窮地に立たされた際は必ずと言っていい程人間は自らの感情に従って動く。

 

暴走した感情の前では、己を止める理論など全くの無意味なのだ。

 

それをこの男は利用して、オールレンジを一方通行にぶつけるつもりなのだろう。

 

 

 

「衛星を使ってウィルスを散布するブロックの『おとりの作戦』はメンバーの下位組織に流しておいた。もちろんその情報はグループだって知っている、メンバー側はその裏にある意図に気付いていたようだが……グループはどうだろうな?アンテナを破壊するために第1位を送り込むだろうよ、破壊を止めるために送られるのが……」

 

「スパイの女、か……」

 

「あぁ、あの女がメンバーから抜け出すタイミングはそこしかないからな。唯……メンバー側も新入りの女を一人で活かすとは思えねぇ、オールレンジを必ず送りこむ」

 

「そこで私達が涙を流す展開が繰り広げられるのね」

 

「お涙頂戴の素晴らしい舞台になると思うぜぇ?」

 

 

 

オールレンジと一方通行が血みどろの戦いを繰り広げるための舞台と役者は揃った。

 

後はイレギュラーが起きない限り、ピンセットから有益な情報が出ようが出まいがあ二人は死ぬまで闘い続けるだろう。

 

何もかも思惑通りに今のところ進んでいる、あともう少しでこの学園都市は自分の手の中だ。

 

計画通りにコトが進む、まるで登場人物が自分の掌の上で踊っているようなその感覚に満足げな表情を浮かべる垣根。

 

その隣で窓の外から覗いてくる乱立した研究機関の無機質な風景を眺めながら、心理定規は今から相対するオールレンジ一行のことを思い浮かべる。

 

 

 

「オールレンジ……七惟理無、ね。そういえばそう名乗ってたかしら」

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

七惟とアイテムは第18学区の素粒子工学研究所に向かっていた。

 

七惟は途中で寮に置いていたバイクを回収し、アイテムは浜面の運転する乗用車で移動している。

 

この先に居るのは間違いなく垣根帝督率いるスクール、そして当然こちらの動きを読んで万全の準備で待ち構えているはずだ。

 

もし垣根帝督とぶつかることになったら、どうするのか?

 

フレンダ同様、七惟とて自分の命に対して執着はある、生きる者として当然だろう。

 

始めからこんな弱気でいては闘う前から勝負はついているのかもしれない、いや感情など関係無しに理論的に考えてアイテム側がスクールに勝つことなど不可能だ。

 

麦野はまだ垣根と正面からドンパチやったことがないため気づいていないかもしれないが、あの男の実力は一方通行のソレと変わりない。

 

そんな化物相手にそこらへんのレベル5が一人二人群がったところで意味はない、蟻のように蹴散らされるのが落ちだろう。

 

その結末を予想しているのは七惟だけなのか……絹旗の表情が優れなかったことから少しは察しているとは思うのだが。

 

ただ、核となる人物である麦野は絶対に自分達が負けるとは思っていないし、滝壺もいつも通りに仕事が終わると思っているに違いない。

 

フレンダに関しては言うまでも無い、早くレベル5を傷めつけたくて仕方がないと思われる。

 

 

 

「ったく……アイツらの頭の中が羨ましいぞくそったれが」

 

 

 

七惟は垣根の実力をよく知っている。

 

知っていると言ってもそれは氷山の一角かもしれないが、それだけでもあの男の力量を測るには十分過ぎる代物だった。

 

奴の力は『質量』を操る力、そして……この世界には存在しない『質量・物体』を操る。

 

この世に存在しない物体を生み出す男に、この世のモノしか扱うことの出来ない者達がどう足掻けば勝てるというのだろう。

 

垣根との戦闘を考えるとやはりネガティブな思考ばかりが浮かんで来る、これでは何もできずにぼろ雑巾のようにされてしまう、気を引き締めなければ。

 

少なくとも、今回は『ピンセット』を奪うのが本来の目的だ。

 

垣根本人と闘う理由はこちら側としてはないし、自分の能力を持ってすれば少なくとも奪い取る可能性も皆無ではない。

 

その後逃げ切れるかどうかは分からないが……。

 

まぁ、これから起こることをあれやこれやと考えても仕方がない。

 

七惟は首を回し、気持ちを入れ替えてバイクのスロットルを開く。

 

ただ、そのスロットルを開く勢いも力も普段の彼とは全く違った、不安や恐怖が七惟の身体を束縛していたからだ。

 

 

 

 

 



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War Game ! -ⅲ

 

 

 

「よー、待ってたぜぇ?オールレンジ……あとそっちのは原子崩しか?」

 

「へぇー……私はオマケ扱いって訳か。いいねぇアンタ、溶けたバターのようにどろっどろの死体になりたいのね」

 

 

 

素粒子工学研究所に侵入した七惟達をエントランスホールで待っていたのはやはりスクールのメンツだった。

 

人数は3人、当然リーダーの垣根帝督に彼の腹心のような存在である心理定規、さらにヘッドギアを装着している男だ。

 

その中でも特に見知った顔である心理定規と視線が合う、こちらを見ると口元に指を当てくすっと笑うその仕草に身体が条件反射して眉間に皺が寄る。

 

この人数で研究所一つをこうも簡単に制圧してしまうのだから恐れ入る、アンチスキルや警備員は何をやっているのやら……。

 

まぁ、キャパシティダウンや火器を持ちだした所でスクールを無力化出来るとはとても思えないが。

 

 

 

「俺はてめぇと待ち合わせした覚えはねぇな」

 

「そうか、俺はお前と待ち合わせした覚えはあるが第4位はお呼びじゃねぇんだよなぁ」

 

 

 

……一々麦野の神経を逆なでする言葉を吐きやがる。

 

短気な麦野を挑発させて自分のペースに巻き込むつもりだろう、唯でさえ麦野は垣根の顔を見ただけでむしゃくしゃするのだ、それに言葉が上乗せされたら効果は抜群。

 

怒りに身を任せて隙だらけのところを一撃……ってところか。

 

やはりこちらの情報は完全に知れ渡っているらしい、おそらく麦野だけではなく絹旗や滝壺の能力、そしてフレンダの技量も。

 

 

 

「私は出来れば貴方とは闘いたくないのに、全く貴方ときたら私の気持ちなんて考えもしないんだから」

 

「そうかぃ、その割には手に拳銃(おもちゃ)持って臨戦態勢だな心理定規」

 

 

 

七惟と心理定規は、比較的暗部の中では交流があるほうだった。

 

何故ならば能力開発において、七惟の精神距離操作能力は心理定規から教わったものだからだ。

 

度々研究や実験で七惟と心理定規は顔を合わせていることもあるし、七惟からすればこの少女とは対戦し辛いことこの上ない。

 

要するに手の内が全部バレているのである、どうせそのことを垣根に告げ口しているのは目に見えて分かることなのだから今更うだうだ言っても意味がない。

 

 

 

「ねぇねぇ……さっきからオールレンジとばっかり喋ってるけど、何私達シカトしてくれてんだ?それとも私達のコト忘れちゃったわけかなぁ!?」

 

「あぁ?おぃおぃ、お前みたいな小物が俺とやり合おうってのか第4位。わりぃが後にしてくれ」

 

「このスカシ野郎があああぁぁぁ!」

 

 

 

何処までも見下した垣根の態度にとうとう麦野が痺れを切らしてしまい、怒りの感情が渦を巻いて噴火した。

 

麦野の絶叫を合図にしてアイテム+七惟とスクールの戦闘が始まった。

 

まずは小手調べに、といった手順すら踏まずに早速麦野はお得意の原子崩しを使って四方八方に白い光線を発射する。

 

その光は容赦なくエントランスホールを破壊し、壁を切り裂き地面を粉々に砕く、それと共に絹旗とフレンダが散開し、スクールを取り囲んだ。

 

滝壺はやはり戦闘は出来ないのか、戦場から一番離れた場所へと小走りで向かっていく。

 

 

 

「おいおい、あんまり派手に暴れてくれるなよ第4位。俺はお前らとドンパチやるために此処に来たんじゃねぇんだからよぉ!」

 

 

 

垣根が人睨みすると、目に見えない質量がその場に現れ、その巨大な質量が地面に落ちることで強烈な揺れと衝撃を周辺に撒き散らす。

 

麦野は垣根が操る不可視の質量を破壊しようと離れたところから白い光線を放つが、直撃しても破壊出来たのか出来なかったのか分からない変な感触と爆薬が弾けるような炸裂音しか聞こえてこない。

 

やはり垣根に麦野の原子崩しは通用しない、当初想像していた通りなのだがそれでもこうやって実際目にするとかなりきついものがある。

あれだけ自分を痛めつけ死の直前まで追い詰めたあの破壊の権化のような能力が全く役に立たないとは……垣根との格の違いを思い知らされるばかりだ。

 

だがアイテムは麦野のワンマンチームではない、その点を考えればスクールよりか上である。

 

絹旗がオフェンスアーマーを展開し、フレンダは特性の爆薬をスカートから取り出しスクール側に投げつける。

 

対してスクールの心理定規とヘッドギアの男は拳銃しか持っていない、やはりこの入り乱れる乱打戦では流石の心理定規でもターゲットをロックオン出来ないのか。

 

それに心理定規の能力は既に乱戦と化したこの戦場では効果を発揮し辛い、逆に敵から狙われやすくなるため連れてきたのは垣根にしてはえらく単純なミスだ。

 

あの二人は放置していても問題は無いと判断した七惟はピンセットを装着した垣根に飛びかかる。

 

 

 

「そう簡単にピンセットは渡せねぇよ」

 

 

 

垣根を中心とした正体不明の爆発が波のようにエントランス全体に広がり、麦野の能力で半壊していたエントランスは完全に崩壊、そして建物自体に大きなダメージを与えて震えさせる。

 

爆発の中心地点近くに居た七惟だったが、『壁』を作ることにより爆発によるダメージを完全に無力化し、勢いそのまま垣根の右手へと迫る。

 

目標は垣根のピンセットだ、人間とワンセットになっている状態のあのピンセットを転移させようとすれば垣根まるごと転移させてしまうので、触れることによって座標を正確に読み取りピンセットのみを転移させなければならない。

 

一度でも触れてしまえば七惟達の勝ちだが、それは当然垣根も理解している。

 

 

 

「心理定規!」

 

 

 

名前を呼ばれた心理定規が、組み合っていたフレンダを蹴り飛ばしてこちらに拳銃を向ける。

 

 

 

「ッ!あの糞女!」

 

 

 

七惟はすぐさま心理定規の位置をずらして、拳銃の弾道を逸らすがその一瞬の動作の間に垣根は次の行動に入っている。

 

垣根の右手には何やら鳥の羽毛のようなモノが握られており、それを見た七惟は寒気が走った。

 

アレはただの羽毛ではない、垣根の能力によって何らかの異物が混ざり込み、殺傷能力を高めた殺戮兵器だ。

 

身体の全身が『壁』で防ぐのは危険だと叫んでいる、七惟はすぐさま垣根の座標をずらそうと演算を始めるが、それよりも早くに麦野からまばゆい光が放たれる。

 

その無作為な攻撃には一切の容赦など感じられず、下手をすれば仲間もろとも蒸発させてしまいそうな勢いだ。

 

 

 

「ッ、たかが第4位の癖に俺とオールレンジの邪魔すんじゃねぇ」

 

「たかが?そんな言葉吐ける余裕があんのかしらねぇ!」

 

 

 

爆風に吹き飛ばされた七惟が態勢を整え周りを見渡すと、今の余波でどうやらフレンダが負傷したらしく、コンクリートの壁にぐったりと寄りかかっている。

腹部から血が流れているところを見ると、もう闘うのは無理だろう。

 

やはり麦野、味方であるフレンダすらこうも簡単に傷つけてしまうか。

 

麦野の能力の乱用で味方が負傷し戦闘不能、七惟が不安視していた要素の一つが早速現実となってしまった。

 

対してスクールの垣根は仲間と上手く連携を取り、守るように動いている。

 

それは七惟と麦野という二人のレベル5も一挙に引き受けて、残りの二人にはなるべく脅威ではない絹旗とフレンダを当てていることからも明らかだ。

 

チームプレーの時点でもアイテムは負けている、最初から勝つのは無理だとは思っていたがこれではピンセットを奪うことすら困難になってきた。

 

個々のレベルで歯が立たないから本来ならばこちらがチームプレーをすべきだというのにそのお手本を相手に見せられるとは……。

 

 

 

「あら、そんなにあの娘が心配?らしくないわねオールレンジ」

 

 

 

フレンダに視線を向けていたことに気付いた心理定規がくすくすと笑いながら言う。

 

そして心理定規は垣根の前に立ちはだかるように歩み出る、これは……。

 

 

 

「貴方の心の距離は私には操れないけれど、能力を使わなくても貴方を無力化することは出来るからね」

 

「はッ……俺はいいとして麦野はどうすんだか」

 

「貴方だって分かってるでしょ?第4位じゃ彼は倒せないわ」

 

「ッ……」

 

 

 

敵に狙われやすくなったとしても多少の戦力にはカウント出来ると垣根が踏んだ理由がこれか。

 

七惟の前に立ちはだかった心理定規は、七惟からすれば難攻不落の城と同じだ。

 

前の自分ならば、『こんな奴』と可視距離移動砲の弾丸として垣根に向かって吹き飛ばしていただろうが、此処数カ月身に付けた表の世界の意識が行為を踏み留める。

 

心理定規を攻撃することは出来ない、スクール側の策に見事やられてしまったわけだ。

 

 

 

「そこのドレス!私を超忘れてます!」

 

「ッオフェンスアーマー!」

 

 

 

絹旗は再起不能になったヘッドギアの男を持ちあげて思い切り心理定規に向かって投げつける。

 

思わず心理定規はその軌道から避けるように身体を動かす、その瞬間垣根と麦野がドンパチやっている空間への道が開けた。

 

七惟は迷うことなくその場を駆けぬけ、今度は垣根達に破壊された鉄筋コンクリートの残骸を垣根に向かって投げつける。

 

 

 

「そんなちまちましたモンじゃ俺の未元物質は貫けねぇ」

 

 

 

垣根はこの場の質量全てを掌握し、鉄筋コンクリートでは絶対に貫けない防御の壁を生み出す。

 

金属同士がぶつかり合う甲高い音と共に、壁の向こうでは麦野の原子崩しが炸裂し、防御の壁ごと今度は丸ごと破壊する。

 

 

 

「ッ」

 

 

 

一瞬垣根が怯んだ、それを見逃すものかと麦野は垣根の鼻っ先に割り込みお得意の右足ハイキックを垣根の顔面へとぶち込む。

 

だがそこは学園都市第2位の男だ、格闘戦に不慣れな訳は無く、浜面さえ簡単にあしらう麦野の体術の更に上をいき、あっさりと左手でその蹴りを防ぎ、右拳を麦野の顔面に叩き込む。

 

 

 

「あぅ!」

 

 

 

麦野が殴り飛ばされ、顔に苦痛の色を滲ませる。

 

勢いそのまま壁に叩きつけれら、麦野は後頭部を強打したらしく気を失うがそんなことに構っている場合ではない。

 

やはり垣根に対しては殺傷するつもりで攻撃をしなければ何もできない、やはり奴の右腕に物体を転移させ切断させるのが一番現実的だ。

 

七惟は鋭利に尖ったガラス片を複数ロックオンし、一気にそれを垣根の周辺へと転移させ、垣根の身体の中から破壊を行おうと試みる。

 

だがどうしたことか、垣根の身体に発現するはずだったガラス片達は転移する前に、何故か七惟の目の前でぼとりと溶け落ちた。

 

 

 

「悪いが俺に転移攻撃は通用しねぇ。11次元で空間を捉えて移動させるのがお前らのやり方だが、俺はその11次元に異物を送り込むことだって可能なんだよ」

 

「……何でもアリだなてめぇは」

 

「何でもありどころか、お前らが考えてることで出来ねぇことのほうが少ねぇだろうぜぇ」

 

 

 

やはりこの男にこちらの世界の常識は一切通用しない。

 

そもそも11次元の世界に介入するなどどういうことだ、実態のない世界に異物を送り込むなど……いや、この男の操る物質そのものが、この世界とは別の実態のない世界から運んできているのだから、そんなことは出来て当然か。

 

一方通行同様他の能力者による干渉を全く受けないこの防御能力に加えて、何でもかんでも殲滅兵器へと変えてしまう攻撃力。

 

何故この男が第2位に甘んじているのか不思議なくらいな能力だ。

 

自分達3位以下の人間の絶対的な壁として君臨する男だと七惟は再認識する。

 

フレンダは負傷、麦野は気絶……対して垣根と心理定規は無傷。

 

圧倒的に不利なこの状況をどうやって打開するのか、そもそも生きて無事帰ることが出来るかどうかさえ分からない、先の見えない真っ暗な現実。

 

こうなることは分かっていたが、それでも何とかしなければ殺されるのは自分達だ。

 

 

 

 

 








何時も御清覧ありがとうございます、スズメバチです。

遂にと言いますか、距離操作シリーズ合計100話達成です!

一話あたりの文字数が4000字くらいなんで、これで合計40万字ですね。

随分と長く続いており、不定期更新でご迷惑をかけてしまってはいますが

どうぞこれからも距離操作シリーズをよろしくお願いします!


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War Game ! -ⅳ

 

 

 

 

 

今七惟の目の前に仁王立ちしている男は、最高の頭脳を持つ人間が集結している学園都市で上から二番目の実力を持つ。

 

対して七惟も負けてはいない、上から数えて一応八番目。

 

しかし現実を見ると数字の差以上に実力差が大きすぎる。

 

麦野は気絶、フレンダは負傷、こちらで残っている戦力は自分と絹旗。

 

対して垣根擁するスクールは第2位である奴とその腹心であるような女、心理定規。

 

数では同じだが一人が余りに飛びぬけてしまっているため残りの戦力など数えても意味がないような気がするのは気のせいではない。

 

欲しいのは倒すのではなくピンセットを奪えたという結果だ、しかし倒すより遥かにハードルの低いこの目標ですら垣根の前では絶対的な壁と感じてしまう。

 

問題は転移攻撃が一切この男に通用しないということだ、要するに可視距離移動砲のみで直接攻撃を行わなければならないのだが、とてもじゃないが垣根の防御を貫けるとは思えなかった。

 

やはりここは絹旗に前面に出て貰い、垣根の意識を11次元からずらしたところで腕を切り落とすしかない。

 

 

 

「絹旗」

 

「なんですか?逃げる算段ですか?」

 

「馬鹿言え、逃げたところで麦野にぶっ殺されるだろーが」

 

「麦野のことよく知ってますね七惟。私も超同意します」

 

「あの野郎の腕を切り落とすには転移攻撃しかねぇ、だが11次元に常時干渉してるあのイカレた能力がある限り無理だ」

 

「でしょうね、はっきり言ってそんなことが出来るなんて全ての転移能力者を無能化してしまうようなものです」

 

「だから意識をそらす、お前も知ってるだろーが案外距離操作能力者ってのは戦闘にアクセントを入れたりトリッキーな攻撃することが得意だ、お前も畳み掛けてスキ作れ」

 

「まぁ一度殺されかけてますからね」

 

「無駄口叩くんじゃねぇ、行くぞ」

 

「超了解です、散開しましょう!」

 

 

 

心理定規の発砲と共に第2ラウンド開始だ、この戦闘において心理定規の役割はおそらく七惟理無の無力化。

 

たったそれだけの為に連れてくるのか?と思えば疑問ではあるものの、自身の勝利を絶対にするためにはあの垣根は妥協しないはずだ。

 

故に昔からの知り合いで馴染みのある心理定規を自分にぶつけてきた、だがそれは七惟に対しては有効ではあるものの絹旗には通用しない。

 

 

 

「へぇー、女同士の殴り合いっていうのは華があると思わねぇかオールレンジィ?」

 

「撲殺されても文句言うんじゃねーぞ」

 

「はッ、冷てぇなお前も。昔は能力教えて貰った奴なんだろ?」

 

「昔は、な。今のアイツは俺を始末しようとしている男の腹心だろーが!」

 

「まぁな、あとアイツの弾丸窒素装甲なんて簡単にぶち抜くよう未現物質でコーティングしてあるから気をつけろよ」

 

 

 

七惟の放った無数の瓦礫がいっせいに垣根へ襲いかかる、だが垣根の目の前に現れた無限の質量の前には無駄だ、奴には届かない。

 

礫を凌いだ垣根が今度はその背中から生やした純白の翼で空間を払う、それと同時に凄まじい衝撃波が生み出されると同時に空中の水分が固まり鋭利な氷の刃となって七惟へと襲い掛かる。

 

 

 

「!?ホントに何でもありだなてめぇは……!」

 

 

 

衝撃波を凌ぎ、氷の刃を物体転移で防ぐもすぐにその場から離れる。

 

直後、転移してきた鋼鉄の壁をいとも容易く貫く貫通弾が羽から発せられ、壁がハチの巣にされてしまう。

 

その凄惨な光景を見て息を呑む、これでも手加減されているのではないかと思うと同時に一瞬でも気を抜いてしまえば数秒後には自分がああなってしまっていたであろうという恐怖。

 

力だけではない、人間の心を恐怖と言う感情によって縛り付けるこの男はやはり規格外だ。

 

だが一応自分も学園都市のレベル5の端くれ、ある程度の規格外なのは自分だって同じ。

 

七惟は崩壊した建物の鉄骨数本を可視距離移動砲で発射する、垣根はうるさい虫を払うかのように翼で一掃しようとするがそれはダミー、数本の鉄骨は垣根の反対側へその慣性の動きを殺さず転移し両側から文字通り挟みミンチにしようと迫る。

 

が、これもダメ。

 

垣根と鉄骨の間にまたもや未現物質で作られた巨大な壁が現れる。

 

絶対等速状態で動き続ける可視距離移動砲の弾丸は、どんな鋼鉄やダイヤモンドだって防ぐことは出来ないはずなのに、この男の壁はそれを可能にしてしまう。

 

はっきり言ってどういう原理でその質量の壁が作られているのか分からないが、おそらく自身の『不可視の壁』同様この世の理から外れている物質で構成されているのだろう。

 

故に遮ってしまう、この世の理では絶対に遮られない攻撃が。

 

垣根は再び翼を広げ攻撃を行おうとするがそれよりも早く七惟の次の一手が迫る。

 

垣根の足元がぐらつき、次の瞬間地面のアスファルトがごっそり抜けおちる。

 

 

 

「へぇ!おもしれぇ、おもしれぇよお前!」

 

「飛んでやがる……!?」

 

 

 

垣根はその白い翼を無造作に動かし、大地から離れ空へと羽ばたいている。

 

どういうことだ、重力から逃げる方法がこんな簡単にあっていいのか?あって堪るか、何処までこの男は自分達の常識を馬鹿にすれば気が済むのか。

 

神裂という聖人と相対したことによってだいぶ自分の常識がぶっ飛んでいると考えてはいたが、この男が生み出す現状はそれを超えていく。

 

自分一人で垣根の意識を逸らしたり集中力を切らせるのは無理だ、こうなってくると頼みの綱は絹旗だが……。

 

 

 

「こんの……重火器なんかに超手こずるなんてッ」

 

「あら、こう見えても私火器の扱いは得意なのよ?」

 

 

 

従来の武器に垣根の能力をミックスすると此処まで厄介な代物になるのか、あの絹旗が戦闘力はゼロに近い心理定規に手を焼いている。

 

まぁ一発でも触れれば即死の破壊力を持つのだ、絹旗が慎重にならざるを得ないのもよく分かるが……これではかなり厳しい。

 

 

 

「しかしオールレンジ、俺の誘いに馬鹿面ゆらゆら下げてやってきて、油を売ってる暇はあるのかよ」

 

「……どういう意味だ」

 

 

 

急に話題を変えた垣根に訝しげな視線を送る。

 

 

 

「お前が所属している『メンバー』は、今結成以来最大の壁にぶち当たってるはずだぜ」

 

 

 

壁……。

 

さては垣根の奴、下位組織か何かを馬場のシェルターに派遣したのか。

 

 

 

「あんな糞組織、立ち上げ当初からよく潰れなかったと思うくらい頑丈だから安心しろ」

 

 

 

七惟の言う通りあの組織は構成員の質から考えてみれば、見た目もよりも遥かに基盤がしっかりしている。

 

攻撃を行う自分と査楽、情報を操作する馬場、全体を統括する博士とはっきり言って余程のヘマをしない限りあの組織が潰れることはない。

 

それに博士自身もかなりの戦闘能力を持っているのだ、下位組織ごときあの男の『オジギソウ』で殲滅出来る。

 

七惟は聞くだけ無駄だと思い、手を振り上げるが……。

 

 

 

「はッ、今回はちげぇんだよなぁ……何せ、敵は内部に居るんだからな」

 

「……!」

 

 

 

その言葉に、可視距離移動砲を放とうとした右腕が止まった。

 

自身の表情が変わったことを読み取ったのか、垣根がニヤニヤしながら言葉を続ける。

 

 

 

「おっと、心あたりでもあるのかオールレンジ」

 

「内部……?馬鹿も休み休みに言え、あの閉鎖空間に入りこめる奴なんざいねぇよ、そもそも進入だってパスワード一回でも間違えれば四肢切断レーザー飛んでくるような場所だぞ」

 

「確かにあのシェルターは難攻不落かもなぁ、普通に考えれば。だがな、別にシェルターに入らなくてもよ……人間の心に入りこむってのはどんだけでも方法があるんだぜ」

 

 

 

嫌な汗が伝ったのが分かった、まさかあの博士の隣にいたショチトルという女か……?

 

いや、博士がそんな初歩的なミスを犯すとは思えない、色香で惑わそうともあの男はそういう年齢を当の昔に終えてしまっているはずだ。

 

そこで七惟の脳裏に浮かび上がってきたのは別の人物だったが、即座にその考えを否定したい衝動に駆られる。

 

そんな、まさか。

 

ココまでの垣根の思わせぶりな態度だけではない、此処に至るまでの経緯と結果全てを鑑みて七惟はある一つの答えとたどり着いた。

 

七惟が今まで感じていた胸騒ぎが一気に確信へと駆け抜けようとする。

 

 

 

「裏切り者ってのは、感情を揺さぶってくるもんだ」

 

 

 

残された古株でない人間は唯一人、自分が雑貨屋から助け出したあの幸薄そうな女……七惟と一緒に訓練やアイテムのメンツと買い物にいったあの少女しかいない。

 

前々から疑っていたことが当たっていたというのに、七惟は何故か自分の頭脳が弾き出したその解を否定しようとする。

 

だがどういうことだ、冷静に考えてあの女とスクールが繋がっていると言うのなら虐待を受けていた時から既にあの少女はスクールの一員だったというのか?

 

そんな馬鹿なことがあるか、あの時女は間違いなく虫の息で、死んでいた表情と目は本物だった。

 

打ち合わせや演技でとてもじゃないが出来るような代物ではない、現に助け出してすぐの時もこちらに対して何も言ってこなかったし、一緒に連れて行けなどの素振りさえ見せなかったではないか。

 

あの女の能力を上げるために七惟は訓練なども一緒に行ったが、こちらを色香で惑わすようなことは一切してこなかった。

 

いや待て、確かに自分はあの女から何も言われていないし、直接的に何かされたわけでもない。

 

だが、馬場や査楽はどうだ?

 

馬場は24時間あの女と一緒に居た、鑿の心臓の馬場が女に手を出すとはとても考えられないが、可能性が0というわけではない。

 

査楽に関してはもっと顕著にその変化が出ていたし少女に熱を上げていたのは今朝の出来事。

 

最初はあんな女、と切り捨てていたのだが此処最近七惟がシェルターに訪れる際には二人でよく話しているのも見かけたし、今日も外に出る時には『二人はどういう関係だ』と言い寄ってきたのをよく覚えている。

 

博士が居る時は至って普通の女で、秘書の仕事を漠然とこなしていたが……逆に何も起こらないのが、おかしかったのかもしれない。

 

振り返ってみればアイテムとの買い物に同行してきたことだって……絹旗達アイテムの情報を探るためだったと考えれば合点がいく。

 

 

 

「はン、お前の言ってることは根拠に欠ける。見て確かめねぇと納得出来るか」

 

 

 

此処まで考えて七惟は自分の考えを否定する。

 

これは仮説だ、それも垣根から聞きだした信憑性のない話によって作り出された妄想の産物に自分の考えを上乗せしただけだ。

 

まだ確信するには早いはずだ、どれだけこれまでに不審な行動があろうがなかろうがこの目で見るまで納得出来る訳がない。

 

そんなもの、信頼するに足らないのは明らかだ。

 

 

 

「まぁそれは言えるな……じゃあ確かめる必要があるだろ」

 

「お前からピンセットを奪い返したらすぐに確かめに戻ってやる、安心しろメルヘン野郎」

 

「おいおい、それは出来ないって言っただろ。だから親切にも俺はお前がすぐあっちに戻れるように仕向けてやるよ!心理定規!」

 

 

 

垣根の合図と共に絹旗の相手をしていた心理定規が唐突にこちらに走ってくる。

 

手には拳銃を握っているが、その狙いは七惟や麦野ではなく……。

 

 

 

「超待ちやがれってんです!」

 

 

 

絹旗も追いすがっているが遅い、心理定規が放った弾丸は火災警報器に見事に着弾し、残っていた防災スプリンクラーから大量の水が放出される。

 

不味い、垣根帝督にとってはこの世の万物全てが『殺人兵器』になり得る存在だ。

 

ありふれた森羅万象が、非日常な存在となってこちら側に牙をむいてくることなど容易に考えられる。

 

 

 

「……こんの糞野郎がぁ!調子に乗ってんじゃねぇぞおおぉぉ!」

 

 

 

脳震盪を起こして気絶していた麦野がスプリンクラーの水によって目覚めるも、吠えたところでもう垣根達は次の行動に映っている。

 

 

 

「じゃあなオールレンジ!せいぜい踊りやがれ!」

 

 

 

そう言って垣根が能力を発動し、次の瞬間見る者が唖然とする光景を作り出した。

 

 

 

「なッ!?」

 

「ちょ、超どうなってんですかこれは……!?目の前が!」

 

 

 

垣根はスプリンクラーから放出された水の一部を手ですくい上げ、それを再び地面に撒き散らすと、あっという間にエントランスを満たしていた水は干上がり、大量の水蒸気が舞い上がった。

 

 

 

「殺すより先に欲しい情報がこっちにもあるんだ、悪く思うなよ第4位!」

 

「糞が……逃がさねぇよぉお前は!」

 

 

 

遠のいていく垣根の声に麦野が絶叫で返す、この水蒸気の煙の中では右も左も分からないがスクールの垣根と心理定規は予めそれの対策をしていたのだろう。

 

数秒後には二人の足音は聞こえなくなり、残っているのは七惟達アイテムだけだった。

 

 

 

「ちぃ!滝壺!」

 

 

 

まだ煙が残っている中で麦野は能力を使い周りを照らすがそれも十分ではない。

 

 

 

「むぎの、なーない達と一緒じゃないの?」

 

「あいつらはあいつらで勝手に生きるわよ、さっさとあのメルヘン糞野郎をぶち殺すわよ!」

 

 

 

このやり取りを最後に二人の声は聞こえなくなり、やがて煙が晴れて行くとそこに残っていたのは七惟と絹旗の二人だけだった。

 

 

 

「さて……残ったのは俺とお前だけか」

 

「フレンダも居ませんね、まさかスクールに……」

 

「考えたところでどうにもならねぇよ、それよりまずやることがあるだろ」

 

「やること?」

 

 

 

完全に破壊され尽くした研究所に残された二人の耳に入ってきたのはアンチスキルが乗る車のサイレン音だった。

 

この騒ぎを聞きつけて大急ぎで派出所から出てきたのだろう、もうピンセットは奪われ戦闘も終結してしまったというのに、初動が遅すぎるにも程がある。

 

 

 

「これは超面倒ですね……私はさっさとこんなところから離れて麦野達と合流しますが、七惟は?」

 

「確かめることがあるからな」

 

 

 

七惟は自身の携帯電話を取り出し、メールボックスをチェックした。

 

『23学区の衛星アンテナを破壊するグループを止めるため査楽と女を現地に派遣した』

 

これが博士から送られてきたメールの概要だった。

 

もしあの女が裏切りを起こすタイミングとすれば絶好の機会だ、これを逃せば地上に出てくることもないだろうし、メンバー以外の人間と接する機会もない。

 

 

 

「俺はメンバーの仕事が入ってんだ、23学区に行く」

 

 

 

助けた女の真意を引き出すために。

 

裏切り行為が垣根の妄想であったならばそれはそれで良いだろう、だがもしあの男の言うように……七惟自身がずっと感じていた違和感や予想した通りに裏ではメンバーの情報を他の組織へと流し、馬場や査楽を骨抜きにして……自分達の命を狙っていたとするのならば。

 

裏切りを行った経緯と理由を聞きだす。

 

あの時、精神距離操作で吐き出させなかった答えを必ず。

 

例え女が断っても嫌がっても死ぬまで吐かせ続けてやる。

 

それがこの裏の世界で生きる『自己責任』なのだから。

 

 

 

 

 



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War Game ! -ⅴ

 

 

 

 

 

一方通行は第23学区唯一の駅で佇んでいた。

 

23学区は数ある学園都市の中でも異色の区だ、宇宙開発から飛行場等通常の学生からすればほとんど利用することのない区だが、そんな区に彼が赴いたのはもちろん暗部の仕事のため。

 

彼が目指すのは『地上アンテナ』、現在とある暗部組織からクラックを受けている衛星『ひこぼしⅡ号』に電波を送っているアンテナだ。

 

このままでは学園都市に向かってレーザー照射が行われるかもしれない、その最悪の事態を防ぐために彼は柄にもなく駆けまわっている。

 

電話の男から提示された情報やここまでのやり取り、第23学区の特徴から考えてみて車でアンテナの近場まで行くのは不可能だ、能力を使って走ったほうが断然早いだろう。

 

幸い人はまばらだ、まぁこんな区に来る人間はかなり限られているのだが一方通行にとっては好都合である。

 

駅のホームから地上に出ると、そこに広がるのは巨大な空港や軍用基地を思わせる施設ばかり。

 

とっとと片づけてしまおう、と彼は首元にある電極のスイッチに手を伸ばしアンテナの破壊へと向かおうとするも無防備な背後から声がかかる。

 

 

 

「おやおや、これはいけませんねぇ」

 

「ッ!?」

 

 

 

今まで全く感じなかった気配、死角から聞こえた男の声に咄嗟に反応する。

 

拳銃を抜きつつ振り返ったがそこには見覚えのある『スパイ少女』の顔があるだけだった。

 

その瞬間一方通行の脳がフル回転する、この女がいるということは、コイツらはおそらくメンバー……そして自分を襲おうとしている男は、女から送られてきたメンバーの内の一人だ。

 

一方通行は流れるような動作で首元の電極に再び手を伸ばす。

 

 

 

「それが貴方の弱点ですね」

 

 

 

その腕を掴まれる。

 

 

 

「ッ!?」

 

「どんな強い能力も、ソレを押さなければ発動出来ない……不憫ですねぇ」

 

 

 

力技で手を振りほどこうともがく前に、鉄パイプか何かで殴られた鈍い痛みが頭から伝わってくる。

 

だが、この瞬間一方通行は勝利への方程式をくみ上げ始める。

 

 

 

「はン……空間移動能力者か」

 

「僕のことを知っているんですか?」

 

「知るも何も、てめェらは『メンバー』なンだろ」

 

「……これは驚きました、貴方の組織に私達の組織の名前は知られても、構成員まで知らせているつもりは無かったのですが」

 

「じゃァこう考えるンだな、どォして俺がてめェの能力を知っていたのか」

 

「それは貴方を始末してから考えましょう、とりあえずアンテナの破壊を止めさせてもらいます」

 

 

 

一方通行は三度目の正直で首元に手を添えるがそれはフェイク、敵の意識が一瞬逸れる。

 

それだけではなく思い切り背後で自分の腕を絞め上げていた男の足を思い切り踏みつぶした。

 

勢いそのままで一方通行は男の腕を振りほどき、振り返ると銃弾を数発打ち込んだ。

 

ヒットした感触はあったが、やはりそこには誰も居ない……が、女のほうへ視線を投げると、足から血を流した男が女の脇に立っていた。

 

 

 

「不憫なのはお前のほォみてェだなァ、他人の背後にしか移動できねェ残念極まりない空間移動能力者さンよォ?」

 

「ッ……言ってくれますね、ですが貴方を仕留める算段はもうついているんです、諦めることですね」

 

「へェ……まさか、その隣の女が切り札かァ?」

 

「よく分かりましたね……。そうです、彼女が握っているスイッチ……何のスイッチだと思います?」

 

「さァな」

 

 

 

すると勝ち誇ったような表情を男は浮かべ、自慢げに語り始めた。

 

その女が、内通者であるということも知らずに。

 

 

 

「彼女が握っているのは私達メンバーの博士が作りだした貴方専用の兵器……一種のジャミング波を生み出す装置。落ちこぼれのクローン達の協力が無ければ貴方は立つこともままならない、それくらい知っているんですよ?」

 

「へェ……じゃあ何故てめェはそンな便利なもンを最初から使わなかったンだ」

 

「使うまでも無いと思ったからです、僕の能力を持ってすれば貴方など一瞬で粉砕出来ますからね」

 

「たかがレベル3程度が吠えてくれるじゃねェか」

 

「そのレベル3に殺される学園都市最強も滑稽ですね、覚悟はいいですか?」

 

 

 

男が拳銃を構えた、次の一手で必ず仕留められる自信があるのだろう、背後に回る能力も発動しない。

 

対して一方通行は余裕の笑みすら浮かべ始めている、それが気に食わなかったのか、或いはコンプレックスであるレベルについて言及されたのが癪に障ったのか、男は語気を荒らげて言い放つ。

 

その隣では無表情に少女が佇んでおり全てを理解した一方通行は男を挑発するような笑みを浮かべた。

 

「……押せ!」

 

カチッという音がその場に響き、銃声が轟き弾丸が放たれた。

 

だが、その弾丸は発射主の意思には沿わず、敵を殺す必殺の一撃には成りえなかった。

 

変わりに自らの腹部を撃ち抜く凶器となって襲いかかったのだ。

 

 

 

「がああああ!?」

 

 

 

何が起こったのか分からない、信じられないと言った表情で男が血を流してその場に倒れ込む。

 

一方通行は嘲りの目を向けながら、一歩ずつ男へと近づく。

 

 

 

「お前……そこの女に頼ったよォだが、それがそもそも間違いなンだよなァ?」

 

「……何を」

 

「その女は、俺達グループがメンバーに送り込ンだスパイなンだよ」

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「そ、そんな馬鹿なことが……!?彼女は!」

 

 

 

自分の放った必殺の弾丸に逆に撃ち抜かれてしまった査楽は痛みを堪えきれず地面に倒れ込み必死に本能で体を守ろうと貫通箇所を抑えつける。

 

 

 

「てめェが信頼し切ってた女はお前が信頼している間に俺達に情報を送り続けた、要するにお前らは丸裸ってことだなァ」

 

 

 

周りは人の往来がない23学区ということもあり電車のホームから聞こえてくる音以外何も聞こえない程静まり返っている、そのせいで自分の呻き声と一方通行の氷のような言葉がその場に気持ち悪いくらい響き渡る。

 

 

 

「う、嘘だ……」

 

「だからてめェが空間移動能力者だということも分かったし、何故女が俺に何も言わなかったのかも理解出来た」

 

「ッ!?」

 

「てめェみてェなゴミクズに、俺が殺されることなンざあるわけねェと思っていたからさ」

 

 

 

彼女が、内通者。

 

信じられなかった。

 

一緒に訓練した彼女が、一緒に笑い合った彼女が、一緒に会話をして時間を共有してきた彼女が……スパイで、内通者で、メンバーを敵に売った……?

 

そんな荒唐無稽なことが信じられる訳がない、というよりもこの土壇場な状況においてそんなことを言われても理解が追いつかない。

 

 

 

「ど、どういうことなんだ!?本当なんですかそれは!?」

 

 

 

打ち抜かれた腹に思い切り力を入れて彼女に叫ぶも、少女はやはりいつも通り表情を変えなかった。

 

それどころか、その小さな可愛げのある口から聞きたくも無い言葉を吐き始める。

 

 

 

「本当です。私はグループのスパイ。貴方達の内部情報を定期的に一方通行へと送っていた、そして今回のこの博士から貰ったジャミング装置も、当然私が中身は破壊しました」

 

「そんな……ことが!?」

 

「私は一方通行と取引を行いました。貴方達の情報をグループに提供し、ある一定の量をこなせば自由にしてやると。私はその取引に乗ったんです」

 

 

 

二人のやり取りを見世物小屋を見るような目で見る一方通行、その顔を醜く歪め笑い続ける。

 

 

 

「はン……豚野郎、要するにてめェは女が自由を手にするための踏み台にしか過ぎなかったンだ。俺だってもし取引がなければこの女をぶち殺す理由は腐るほどあンだよ。そンな糞みたいな女に騙された挙句、利用されて今どンな気持ちだァ?」

 

 

 

信じたくない現実が査楽の目の前に迫り混乱を極める。

 

自分と一緒にシェルターで過ごしていた少女が、馬場の秘書をしていた少女が、オールレンジと一緒に訓練していた少女が、自分が淡い思いを寄せていた少女が……少女と過ごした時間は全て作りモノの偽りで、鶴の一声で簡単に崩壊していくものだったなんて。

 

……スパイであり、敵だったなんて。

 

 

 

「貴方には悪いことをしたと思っています、でもこの世界は利害関係のみで動く世界。私は私の利益を優先します」

 

 

 

そんな査楽の思いを裏腹に、彼女の愛おしかったその小さな口は何処までも淡々と無表情で、まるで業務連絡のスピーカーの如く現実を吐き出し続ける。

 

 

 

「……く」

 

 

 

言葉に出ない怒りや憎しみ、悲しみが渦巻くはずなのにそんなものは一切湧いてこない。

 

唯々自分に降り注いできた恐ろしい現実に絶望するのみ、光が闇へと変わる瞬間とはこういうものなのかと、何も見えないただ真っ暗な絶望の世界とはこういうものだったのかと思い知らされる。

 

自分の感情すら利用される世界、それが学園都市暗部。

 

そのことを理解していたつもりだったのに、いつから自分はこんなにまで少女に惚れこんで、骨抜きにされてしまったのだろう……?

 

偽りの役を演じていた彼女に騙されていたのだろう……?

 

 

 

「その顔だ。自分がどうしてこんなふうになっちまったのか全くわからねェって顔。暗部の糞野郎共は死ぬ時全員同じ顔をしやがる、てめェも同じだなァ」

 

 

 

一方通行の言う通りだった、どうして自分がこんなことになってしまったのか分からない、そして原因となる彼女がどうして裏切ったかなんてこの期に及んで考えられる訳もないし分かる訳もなかった。

 

自分はただメンバーの一人として、学園都市を影で支えている仕事をしているだけだったはずだ、この学園都市に貢献していたはずだ、だからこそオールレンジよりもメンバー内での立ち位置は上であって……彼女に訓練だって施していた。

 

それなのに何故今殺されようとしている?何故施しを与えて彼女に、惚れた女に裏切られてあんなにも冷たい目で見られなければならない?

 

まるで自分なんてそこらへんに無数に居る虫のように思われているようではないか……。

 

 

 

「じゃァな、糞野郎」

 

 

 

あぁ、自分の終着点はどうやら此処だ。

 

自分に向けられた無慈悲な鋼鉄の銃口を色の無い目で見つめる、怒りや悲しみ生まれず唯ひたすら失望、絶望するのみ。

 

最後に思い返すのはやはりメンバーの連中のことばかりだ、おそらくこのままではオールレンジや馬場もきっと自分と同じ末路を辿ることだろう。

 

だがそんなことなどもはや彼にとってはどうでもいいことだ、そのことに対して全く何の感情も湧いてこない。

 

冷たいコンクリートが自分の棺桶、周りには野次馬も誰も折らずあるのは無機質な鉄柵ばかり。

 

学園都市の為にと殺してきた人間達の最後に今の自分が重なる、笑えるくらい同じで滑稽だ。

 

様々な思いが頭を駆けぬけて、その思いや記憶、少女に向けていた感情も、数秒後痛みと意識と共に消え去っていき、査楽という名の少年の世界が終わりを告げた。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

終わった、少女はこう思った。

 

自分はこれでグループに情報を送る仕事を終えて、取引も完了し晴れて自由の身になれる。

 

目の前には先ほどまで一緒に行動していた男が目を開けたまま悲壮な顔つきで絶命しているが、彼女が思うことなど『彼には悪いことをしたな』、それくらいだ。

 

彼女からすれば査楽の死は『友達に嘘をついた』程度の罪悪感しか感じてない。

 

そもそも普通の罪悪感を覚えることが出来る人間が此処まで堕ちるとも考えられない。

 

普通以下の思考しか出来ない屑だから彼女は査楽を騙しメンバーを売り、代わりに自由を手にするという自己中心的なことしか出来なかった。

 

 

 

「御苦労だったなァ、糞野郎」

 

 

 

気味の悪い笑みを浮かべながら一方通行が近づいてくる、彼の靴は査楽の返り血を浴びて赤黒く染め上がっているのに能力のおかげで衣服に一切の汚れはない。

 

首元のスイッチを使わなければ確かにこの男は能力を使えないが、それだけのハンデがあったとしても、元々の生物としてのレベルがそこらへんに転がっている能力者達とは違うのかもしれない。

 

 

 

「契約は果たしました、約束通り私がグループに転属する証明書類をメンバーに送ってください」

 

「はン、そう焦るんじゃねェよ……ほォら、まずそこにてめェの名前を書きやがれ」

 

 

 

一方通行が用紙を少女に投げ渡した。

 

この書類の必要項目を少女が記入し、再び一方通行に渡す。

 

一方通行は死んだ査楽の親指を拇印として証明書のメンバー側責任者代行欄に押印、数か所記入し書類を作り上げ残すは自分の拇印を押すのみ。

 

そしてその完成した書類を一方通行がメンバーの長である博士へ渡して契約という名の実質的な『引き抜き』は成立、自分はグループの一員となりこの腐りきった闇の世界から遂に脱出して、光の世界で自由になれるはず。

 

死んだ査楽が何故最後にこのような証明書を作る行動を取ったかなんてメンバー側に分かる訳がないだろうし、例えメンバー側から詮索が入ろうと彼の好意を知っている自分からすれば幾らでも理由付けなど出来る。

 

長かった……オールレンジに助け出されてからもう数週間が経っている。

 

此処までの道のりは決して平たんなモノではなかった。

 

猟犬部隊として一方通行を始末し損ねた自分は雑貨屋に売り渡され、そこで殴る蹴るの暴行を受け人間サンドバックを数週間続けた。

 

その後オールレンジに助け出されたものの、数十分後には移送車を運転する男達に襲われそうになった。

 

そこで現れたグループ、一方通行と下手をすれば命を失う危険性のある契約を交わした。

 

オールレンジに『訓練』と偽って接近し、馬場には秘書として信頼させる位置へと自身を昇格させ、査楽にはあたかもその気があるような態度で接し骨抜きにした。

 

情報を次から次へと一方通行へと送り、常に死と隣り合わせのプレッシャーの中で仕事を完遂してきた。

 

全ては『自由』のために行ったことだ、これら全ての苦労が今報われて……。

 

報われて……。

 

そこで、書類を書く彼女の手が止まった。

 

 

 

「どォした?」

 

「……いえ」

 

 

 

最後の最後に彼女の瞼に浮かび上がってきたのはオールレンジの姿だった。

 

此処に押印すれば、報われて自由になるがオールレンジを裏切ると言うことだ。

 

彼は、査楽とは違って最初から自分と平等に接してくれた命の恩人。

 

彼がいなければおそらく自分は死ぬまで雑貨屋の人間サンドバックを続けていただろうし、数週間もすれば精神が崩壊して廃人になっていただろう。

 

そんな地獄から彼は救ってくれて、暗部で生きて行くための術を教えて、同じ距離操作能力者としてその力の使い方や制御法まで教えてくれた。

 

そして……アイテムの面子と一緒に、まるで年相応のような遊びにも出かけた。

彼は下心なんか無しに、最初から査楽や馬場達とは違い分け隔てなく接してくれたのに。

 

今までこの世界の中で、分け隔てなく接してくれた人なんて彼くらいだったのに。

そんな人を……自分は裏切って、情報を売って、彼の命と引き換えにして自由を手にする。

 

もしも、彼女が猟犬部隊の時と同じような精神状態や思考ならばこんなことは決して考えなかった。

 

だが、常に奪う側であった彼女は突如として奪われる側になり、そんな錯乱してもおかしくはない状況にあった。

 

そんな中で、オールレンジに出会い与えられる側となった彼女にとって、彼は『友達に嘘をついた』程度で裏切れる程の存在ではなくなっていた。

 

此処で押印すれば自由を得られるのは間違いない、ずっと今まで自分が恋い焦がれてきたものが、何物にも勝るであろう自由を掴むことが出来る。

 

だがそれと同時に心の中に蠢く『何か』が、すっぽりと抜け落ちる、形の無い理解出来ない何かが失われてしまう。

 

きっとその蠢く何かは大事なものだ、だがそれを捨て去らなければ自分は一生地獄の渦の中。

 

自分の中にある何かを失うことで、得られるモノ。

 

それは価値があるはずだ、これまで自分が耐え忍び血反吐を吐くような思いをしてきただけの価値が……あるはずなのに。

 

淀みの無かった決意が揺らぐ、その両手で掴みたかった自由をみすみす捨ててまでその『何か』を優先するほうがいいのだろうか。

 

分からない、両方とも実体がなく触ることが出来ない、どうやって判断すればいい?

 

 

 

「早く書きやがれ、こっちも詰まってンだ」

 

 

 

一方通行が苛立たしげに声を上げる。

 

迷っている暇はない、確かにオールレンジを裏切るという事実に対して自分が査楽の死のように何も覚えずに済むとは思えない。

 

しかし、一瞬の気の迷いで今後の人生全てをこの闇の中で生きて行くことなど出来るのか?

 

後でその選択を、死ぬ時にその選択を後悔しないか?

 

今間違ったら、もう二度とやり直せないかもしれない。

 

もう二度と光の世界で自由を手にすることは出来ないかもしれない、ならば選ぶのはどちらか?

 

そんなのは決まっている、この心の中に溜まっているもやもやは一時の気の迷いで感傷的なモノだ、人間は感情で動く生物だが感情で物事を判断したら後で絶対に後悔する。

ならば論理的に考え、最も自分にとってプラスになるであろう選択肢を取るのが賢い判断だ。

 

 

 

「分かりました、あとは私の拇印を押すだけですね」

 

 

 

身体の中から湧き上がってくる感情を彼女は押しつけるように思い切りポケットに手を突っ込み、朱肉を取り出す。

 

 

 

「あァ、そこに押せば終わりだ」

 

 

 

親指に朱肉を付け、用紙を駅の壁に押さえつけた。

 

震える左手で用紙を抑えまるで自分の意思じゃ動かない別物のような右手の親指を動かす。

 

これを押せば……これさえ押してしまえば、楽になれる、自由になれる、自分を守れる、すべての逡巡と決別出来る。

 

オールレンジとの関係なんて自分が生きてきた中で僅かな期間でしかない、それにオールレンジは自分の名前だって知らない、オールレンジだけじゃなくて誰も知らない、私の存在だって誰にも覚えられないくらい大したことはない。

 

そんな奴が裏切ったところでオールレンジは何も思わないはずだ、そんな奴がオールレンジにどう思われようが構わないはずだ、そんな奴がオールレンジに対して考えることなんて……意味のないはず、だ。

 

なのに……どうして。

 

 

 

『いいんじゃねーのか、軍服っぽい作業着より断然』

 

 

 

どうしてあの時、彼はあんなことを言ったのだろう……?

 

 

 

「てめェ、さっきから何してンだ。いい加減にしろってンだ……」

 

「……ッ!」

 

 

 

頭が心を制御した瞬間だった、彼女の身体は論理的な思考を身体へと伝えて、最も自身にとって有益であろうはずの行動を取った。

 

右手が勢いよく用紙に向かい、親指が触れる。

 

触れるはずだったのだが……。

 

次の瞬間押印した感覚も、用紙を握っていた手の感触も失ってしまった。

 

 

 

「おぃゴミクズ野郎、そして……てめぇもか。どういうことか最初から説明してもらおうじゃねぇか?あぁ……!?」

 

 

 

一番聞きたかった声が、そして『今』一番聴きたくなかった声が彼女の耳に届いてしまったのである。

 

雑音が一切ない静寂の空間で一際響いたその声の主の足音が次第に大きくなる。

 

 

 

「あァ?……てめェか、レンジ野郎。なンのよォだ?わりィが俺は今取り込み中なンだ、後にしやがれ」

 

「何の用……だ?おふざけも大概にしろモヤシ野郎」

 

 

 

少女は用紙を手で押さえていたことも、これが自分を光の世界へと飛び立たせる最後のチャンスだということも忘れて振り返った。

 

 

 

「お、オールレンジ……」

 

 

 

そこには、たった今捨てようとしていた自分の中にある大切な思いを具現化させた人が立っていた。

 

しかしその顔は、逡巡していた彼女がイメージした表情とは全くの別物。

 

 

 

「はッ……言っておくが、いくらゴミだろうが死なれちゃ良い気はしねぇ」

 

 

 

明確な怒りをその顔に刻んでいたのである。

 

そう、目の奥に焼付きそうな程の怒りの表情を、向けていた。

 

 

 

 

 

 



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Live a lie






「対一方通行用に『木原』の文字……ねぇ」

「そうだ、暗部に居た君ならある程度のことは分かっているな?」

「はッ……。で?博士、中身は何なんだよ」

「一方通行の『癖』のデータだ。君も木原数多は知っているだろう?」

「猟犬部隊の頭か?」

「そして一方通行の能力開発を1から10まで携わった人間だ、実際彼ほど一方通行を知っている人間は居ない」

「それで?世界でおそらく一番一方通行のことを知っている男の大層な研究成果でも入ってんのか」

「その中身は一方通行とAIM拡散力場の関係性の強弱を鮮明にした『癖』データだ。此処まで言えば君ならば分かるだろう?」

「……操車場での戦闘」

「あぁ、その通りだ。あの時、君が私に見せてくれたあのやり方はかなり有効だと思ったのだよ。流石の一方通行と言えど能力者である限りAIM拡散力場との関係性は逃れられん。その『繋がり』はベクトル変換出来ない。変換しようとすれば能力が暴発してしまうだろう」

「普通は、な」

「その関係性の強弱、能力を発動する際に生まれるAIM拡散力場との『癖』が入っている。君の幾何学的距離操作ならば、その操作は容易いはずだ」

「知るかよ、どっちにしろ戦う時なんざこねぇから安心しろ」

「持っておいて損はないな。……オールレンジ、君も忘れていないだろうが私達が地べたに這い蹲って辛酸を舐めさせられたあの日から一年経った」

「……」

「そろそろ君と私をコケにしてくれた連中に一泡吹かせてもいい頃ではないかね?」




 


 

 

 

 

目の前にあるのは査楽の死体。

 

そしてそれを横目にして書類に印鑑を押そうとしている女と、杖をついて佇んでいる一方通行。

 

いったい何が原因でこんな理解し難い状況を作り出すことが出来るのか、七惟の無駄に冴えわたる頭脳は最悪の答えを導き出すのみ。

 

目の前に転がっている冷たくなっている男は、つい数時間前まで少女のことを熱っぽく喋っていた男だ。

 

そんな男が死んでいるというのに、あの少女は平然とした表情で一方通行と一緒に居る。

 

博士のメールでは仕事内容は脅威となっている一方通行の排除。

 

仕事内容云々に関わらず二人に対して敵意が湧き上がってくるのは何故だろうか。

 

査楽を殺したから?それも、もちろんあるに決まっているが……それ以上に。

 

 

 

「オールレンジ……!」

 

 

 

今迄見せたことがないような怯えた顔でこちらを見る少女に理由があるような気がした。

 

この女を誑かしたのは一方通行だろう、やはりコイツは救いようがないゴミ屑だ。

 

 

 

「はッ……垣根の野郎が言ってたことは本当だったわけか。内から崩す……それを全く関係ない女を使ってやるから大したもんだな、ゴミクズ」

 

「……てめェ、もしかして『メンバー』の構成員か」

 

「ここまで来てそんな下らねぇコト聞くんじゃねぇ。全部分かっててやってんだろうが、てめぇもソイツも」

 

「へェ……俺は初耳だぜ?てめェがメンバーの一人だったてンのはな」

 

 

 

そうかそうか、と一人で納得している一方通行を見て苛立ちが増す。

 

垣根の言った通り少女はグループ側がメンバーに送り込んだスパイと考えて間違いないだろう、あの書類が何を意味するかは分からないがこちらを出しぬくさらなる策でも練っていたのか。

 

少なくとも七惟は少女をこのまま逃がすつもりはない、自分達を裏切って情報を流し、命を危険に晒させるどころか、あまつさえ査楽を殺した一方通行と共闘している。

 

ならば死ぬまでその裏切りの経緯と理由を聞きだしてやろう、それでこちらが納得出来ても納得出来なくても辿りつく結論は同じのように思えた。

 

 

 

「おィ、てめェ……能力者は自分を含めて二人って言わなかったかァ?」

 

「……」

 

 

 

口が裂けるような笑みを浮かべている一方通行、少女は黙って用紙を握りしめたままだ。

 

どうやら少女がグループ側に送った情報に何か間違いがあったようだが、そんなものは今更関係ない。

 

『裏切った』という絶対の現実と真実の目の前では、些細なミスや間違いなど何の意味も成さないのだ。

 

 

 

「カカカ……まァいい。おィレンジ野郎、俺がメンバーで用があるのは『博士』だけだ、てめェには何の興味もねェよ。負け犬根性で逃げ帰るンだったら見逃してやる」

 

「逃げ帰る……?はッ、あんまり調子乗るんじゃねぇぞモヤシが。俺の仕事はてめぇの抹殺。それに仕事云々の前に下衆は殺処分しておくのが世のため人のためって言うだろ」

 

「あァ?自殺希望かてめェ。聞き間違いって思っていいンですかねェ?」

 

 

 

少女は当然だが、査楽を殺した一方通行もこのまま自由にしてやるつもりなど毛頭ない。

 

今七惟の頭の中は怒りが9割を占めている、それは査楽が殺されたことも少しはあるが、隣に居る少女が原因である。

 

こちらを怯えた表情で見つめる少女、そんな顔が出来たのかと思う程その顔は歪んでいる。

 

最初に雑貨屋で出会って助けてからこの少女とは唯の『メンバー』だけの仲、とは正直思えないくらい接点が多かった。

 

能力の訓練だってそうだし、美咲香のお見舞いだって一緒に行った、そしてアイテムの面子と一緒に柄にもなく遊んだりしたのだ。

 

何度も怪しいと疑い、何度も何かあれば話せと忠告していたというのにその結果はこの悲惨な有様だ。

 

自分が甘い、というのは理解している。

 

もし普通ならば最初の怪しいと思った時点で……そもそも尻尾を出したと判断出来たあの時点で何らかの手を打たなければならなかったのだが、七惟はそれが出来なかった。

 

暗部の中では、はっきり言ってこういった情とか情けとか絶対に不要であるし、それが弱点になるともフレンダに言われていた。

 

言われた通りそれが弱点となって少女に裏切られメンバーは空中分解しようとしている。

 

しかし……その弱点を七惟は克服出来なかった、しようとも思わなかった。

 

きっとどこかでのこの少女は自分に対して何か言ってくれる……そう思っていたから。

 

こんな惨劇予想出来ていたのに。

 

一緒に訓練した、一緒に帰った、一緒に遊んだ……走馬灯のようにそのシーンが思い出されては、自分の顔が少女と同じように自然と歪んでいく。

 

まさか自分は……信じていたのだろうか?この少女を。

 

だからこんなにも、裏切られたことに対して怒りを抱いているのだろうか?

 

だからこんなにも、少女と共謀した一方通行に対して強い怒りが湧き上がってくるのだろうか。

 

元から一方通行は嫌いだった、自分を殺そうとしただけではなく妹達を1万人殺したのもこの男だ。

 

9月の頭に小さな美琴のクローンと一緒に歩いている時は何か変わったのかと思ったが、こうやって再び暗部組織に身を浸して人殺しを行っているのなら、やはりコイツに更生を望むなど馬鹿げている。

 

此処で始末しておくのが、美咲香を始めとした妹達のためでもあるし、同じような被害者を生み出さないためにも最善の策だ。

 

またいつ暗部組織で絶対能力者進化計画のような狂った計画が立ちあげられてもおかしくはない。

 

そして少女とのスパイ活動、もう再起不能になるまで叩きのめすのみだ。

 

 

 

「10秒待ってやる、てめェがその場から動かなかったら俺はアンテナの破壊に向かって、見逃してやる。それ以内に一歩でも動いたら俺は容赦なくてめェを叩き潰して肉塊にする」

 

「10秒……?そりゃてめぇの辞世の句を考える時間か?」

 

「あァ……?」

 

「くたばる覚悟は出来てんだろうな、ゴミ屑野郎が!」

 

「……てめェ、自分が『雑魚』だってコト忘れてンじゃねェかァ!」

 

 

 

一方通行が首元のスイッチらしきものを弄ったのを確認したその瞬間、ベクトル操作によって一方通行の身体がまるで砲弾のようなスピードで七惟の方へ飛び出してくる。

 

その瞬間、視線が自然と裏切りを働いたあの少女と重なった。

 

少女の表情の意味を七惟は理解出来なかった、早く七惟に死んでほしいと思っているのかそれとも裏切りがばれたことに対しての断罪が恐くて怯えているのか。

 

分からない、それくらい彼女の表情は真っ白になってしまっている。

 

……一方通行と正面衝突したら正直なところ奴はもちろん、七惟自身が五体満足でいるとはとても思えないが、どれだけ負傷したところで地べたを這いつくばってでも裏切りの理由を聞き出すという気持ちは変わらない、殺すとかそういうのではなく、理由を唯知りたい。

 

裏切りの経緯を、理由を……そしてこんなにも怒りの感情が渦巻く原因を。

 

一方通行と殺し合いをするのは数カ月ぶりだが、やはりこの男も垣根帝督同様に普通ではない。

 

 

 

「相変わらずむちゃくちゃにしやがる!」

 

 

 

砲弾タックルを回避し、標的に当たることなく一方通行は駅のホームの壁に激突、凄まじい振動が周囲に巻きちらされ煙が舞い上がる。

 

が、蹲ることなく一方通行は身体を切り替えすと、瓦礫の中から立ち上がると更にスピードを上げこの世の物理法則をまるきり無視した速度で突っ込んでくる。

 

だが七惟とて視覚出来ない程素早い超人との戦闘は数週間前に嫌と言うほどこなしたのだ、それに対する対応策は万全だ。

 

七惟が戦った二人の魔術師と、学園都市が誇れる第1位と第2位には似通った点があった。

 

それはどちらか片方が、この世の原理とはかけ離れた攻撃を行い、摩訶不思議現象を引き起こす。

 

もう片方は現存する物体をフルに活用して、人間レベルでは考えられない身体能力、爆発力を持ち、敵を圧倒する。

 

前者が台座のルムと垣根帝督、後者が神裂火織と一方通行。

 

そして七惟が得意とするのは後者の方だ、前者は対策のしようがなくどうしようもないが、後者ならばまず攻撃を受け付けることはない。

 

それでも神裂には追い詰められたが、今回七惟は博士から渡された対一方通行用のメモリースティックがある。

 

あんなものを使いたくはなかったが、いざこんなことになってしまうとそれが何よりもの頼りになる。

 

 

 

 

 

一方通行が右腕を突き出した。

 

触れれば対象の血流を逆流させ、人間を風船のように破裂させる死の右腕。

 

時間が惜しいのか一方通行は操車場の時のように甚振ることはしてこない、即座に決着をつけるべくこちらの出方など関係なしに全力、圧倒的な力を振ってくる。

 

だが七惟とてあの数か月前の出来事からだいぶ成長している、それを知らない奴を弾き飛ばすのにこの世の物理原則を弾き返す『不可視の壁』は一方通行にとって天敵だ。

 

七惟は対抗すべく壁を作り一方通行を迎え撃とうとする、此処までは計算通りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ただ、その後目の前を通り過ぎる少女らしき影が現れるというのは全くもって予想出来なかった。

 

七惟と一方通行の間に割り込んできたのは、メンバーを裏切りスパイ行為を行っていた少女だった。

 

当然人のスピードを超えた一方通行がその莫大な力を数瞬で抑えきれるわけが無かった、いや……抑える気すら無かったのかもしれない。

 

 

 

「あああああぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

少女の劈くような悲鳴が七惟の頭に突き刺さったその瞬間が、網膜に焼きついた。

 

世界の時間が止まったような気がした、まるでその時間だけがカメラによって切り取られた写真のように。

 

 

「なッ……お前……!?」

 

「あァ……!?」

 

 

 

一方通行の殺戮の右腕は少女の腹を食い破り、七惟の不可視の壁に触れるところでようやく停止する。

 

一方通行の手が壁に触れることで、防御の壁はその役割を終えて消失した、それと同時に少女の腹から血が溢れだし、少女の真後ろに居た七惟は飛び散った血を真正面から浴びた。

 

 

 

「おいッ……!?」

 

「……う」

 

 

 

一方通行が右腕を引きぬいた、すると血を止める役割を果たしていたものが何もなくなり、先ほどとは比べ物にならない程の大量の血が少女の腹から流れ出し、駅のタールを真っ赤に染め上げ、タール同士のスキマすら分からない程に赤の世界へと変えて行く。

 

少女の体がふらつきながら後ろへと倒れる、腹部から溢れる血は少女の服を、夕日よりも赤い赤い血の色へと変える。

 

七惟は無意識で倒れ込む少女の体を支えようとするが、何故か身体に全く力が入らず、少女を支え切ることなく膝をついた。

 

 

 

「……はン、なンだなンだよなンなンですかぁこの女は。何もしなけりゃ望んだ通りになったってンのによォ」

 

 

 

視界に一方通行が入る、返り血を浴びるどころかその白い肌は少女の腹を食い破る時と同じ色。

こんなことをしたというのに全く汚れていない奴の服、その非現実的な目の前の光景、少女の腹部から留めなく溢れる流血に頭の処理がおいつかず声が出ないし、もやがかかったかのように思考の動きが止まる。

 

完全に思考が停止した中で一つだけ、うっすらとだが浮かんできたものがあった。

 

それは、七惟が大覇星祭で滝壺に対して行った行為とよく似ている。

 

裏切った、先ほどまでこちらを抹殺しようと企んでいた少女が七惟に対して行ったのは『助ける』という行為だった。

 

 

 

「まァ……猟犬部隊で何十人殺してきた奴が今更表の世界を望むってンのがそもそも間違いだったのかもなァ?殺すつもりはなかったンだぜェ」

 

 

 

一方通行がこちらを見る、焦点が合わない七惟はぼんやりと輪郭を捉えることすら出来ない。

 

震える身体にみるみる真っ赤になっていく視界、力なく横たわってくる少女の身体。

 

先ほどまでの身を焦がすような怒りも、殺意も全てが消えうせてしまって、自分の中にあった何かが無くなってしまったような、虚脱感に襲われるばかりだった。

 

 

 

「赤信号で飛び出した餓鬼を引き殺したトラックの運転手もこンな感じなのかもなァ。おィレンジ野郎……はン、コイツ目が死んでやがる」

 

 

 

自分に対して興味が失せたのか、一方通行は踵を返して再び首元の電極へと手を伸ばした。

 

目の前で起こることをただ眺めることしか七惟には出来なかった、小指さえ動かすことすら出来ない、まるで金縛りにあったかのように全身の感覚が麻痺して死んでしまっているようだ。

 

 

 

「命拾いしたな糞野郎、興が冷めた。じゃァな」

 

 

 

一方通行は再びベクトルを操作して、弾丸のように第23学区の衛星管理センターへと向かっていった。

 

 

 

 

 



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Live a lie - ⅱ






あぁ……嫌だな。

絵本で見た少女も最後は……死んじゃったんだ。

そういえば……絵本の少女の名前はレイアだったな……。

どうして死んじゃったんだっけ……?

あぁ、そうか……『leia』

嘘やはったりで生きていた少女だったけど、最後は死んじゃって。

最後まで嘘をついてた。

私と、一緒だ。

だからきっと……レイアって名乗ったんだ。






でも……でも私は。






最後くらいは……本当の自分を伝えたい。





 


 

 

 

 

一方通行が目の前から去っていく。

 

排除しなければならない的が逃げようとしているのに、自分の膝はまるでいう事を効かなくなってしまったかのように力が入らない。

 

その場に取り残されたのはまるで抜け殻のようになってしまった七惟と、一方通行の右手によって腹を食い破られ虫の息の少女。

 

あれだけの轟音を巻き散らかした七惟と一方通行の戦い、自然と騒ぎに集まってきた野次馬の一部が悲鳴を上げ、二人を取り囲むようにして見つめていた。

 

 

 

「オール、レンジ……」

 

 

 

少女が今にも消えそうな蝋燭の火のような声を上げる、対して七惟は視線を少女に向けるだけだ。

 

視線を向けることが精いっぱいだった。

 

 

 

「大丈夫……、ですか。傷は」

 

「……」

 

 

 

この少女は、何を言っているのだ?

 

死にそうなのは、もう絶対に助からないような傷をその身に宿しているのは、自分のほうだというのに。

 

大丈夫ではないのは自分自身だというのに、何故七惟を心配しているのだろう。

 

 

 

「顔に……、傷?血が……、ついて」

 

 

 

そう言って彼女は震える右手を、七惟の頬にそっと、添えた。

 

頬に着いた、赤黒いモノを拭うように。

 

しかし、拭ってもその赤が消えることはない。

 

少女の手の方が、赤く、紅く染まっているから。

 

 

 

「アレ……おかしい、ですね。そ、……か……。私の手のほうが……真っ赤、でしたね」

 

 

 

どうして、どうして彼女はこんなことをしているんだろう……?

 

 

 

「なんでだ……!」

 

 

 

時が止まったように動かなかった七惟の口から吐き出された言葉は、こんなものでしかなかった。

 

色んな所から、自分の頭だけじゃなくて、17年間生きてきた記憶を辿って拾い集めてきた言葉とか、そんな大層なモノじゃない。

 

今ここで起きたこと、見たことが分からなくて、感情の針が振り切れたようにただ叫ぶことしか出来なかった。

 

 

 

「てめェは、メンバーを裏切って……好き放題やってたじゃねぇか!あと一歩だったんだろ、あの書類にサインか何かすりゃお前の願いは成就されてたんじゃねぇのか!?俺とあのゴミクズの間に入らなかったら全部上手くいってたんだろ!?」

 

「それは……」

 

「何で裏切った奴を助けようとしたんだ!?意味がわからねぇだろ!俺はてめぇを許すつもりなんざ毛頭なかった……。むしろ、殺してでもお前が裏切った経緯を聞き出すために拷問だってかけようと考えてた……なのに何で殺そうと思われてる奴が助けようとすんだよ!?意味がわからねぇに決まってんだろ!分かりたくても分からねぇに決まってんだろが!」

 

 

 

止まっていた時間が動きだし、溜めこんでいたモノが爆発してありったけの感情を口から吐き出す。

 

もうどうしてこの少女が裏切ったとか、経緯とか、理由とかそんなことはどうでもいい。

 

たった今起こったこの訳の分からない、自分の頭では決して理解出来そうにも無い摩訶不思議なコトについて教えて欲しい、その気持ちしかなかった。

 

 

 

「私にも、分かりませんが……貴方だけは、裏切れないと心が、訴えていたんです」

 

「んだと……!?」

 

「貴方のことを、傷つけないように、でも私も傷つきたくない、とか、色々思って……で、も、貴方じゃ一方通行には絶対に、勝てないと分かって、いました」

 

 

 

やはり彼女は自分を助けようとして、間に割って入ってきたのか。

 

裏切った癖に、査楽を殺した癖に、一方通行と裏で絡んでいた癖に、仲間を売った癖に……!

 

どうして、どうして助けるんだ。

 

そこで助けたら、今までお前がやってきたことの意味はどうなるんだ、価値なんてほとんどなくなって、生きている意味すら、自ら否定しているようなものじゃないか。

 

それこそ命をかけてやってきたことだというのに、最後の最後でどうして自らそれを破壊してしまったんだ。

 

 

 

「私は、貴方に命を救わ、れて……平等に、接してくれて、暗部で中身のない、からっぽの私、に、たくさんのモノを与えてくれて……」

 

「んなことは全部俺の気まぐれだろ、此処はそういう世界だろうがッ」

 

「それでも、良かった、ついででも……気まぐれでも。心の空洞が、からっぽが満たされて……貴方と接している時だけ、私は、嬉しかった」

 

「……じゃあ……なんで、裏切って……こんなことをしたのか教えてくれよ……!」

 

 

 

接しているだけで、嬉しいとか。

 

そんな訳の分からないことを言っても自分にはその言葉に込められている意味も、思いも分からない。

 

接しているだけで嬉しいと言いながら、もう自分は死のうとしているじゃないか。

 

去っていく人間が、残されてる人間にこんなことを言って……ずるい、卑怯だ。

 

そんなことを言われたって……もう接することなんか、出来ないじゃないか。

 

死んだら……全て終わりなんだ。

 

 

 

「アイテムの皆さんと出かけた時……こんな、楽しい、ことが……あるんだって。心が……。寝ている時よりもッ、食べている時よりもッ、訓練……している時よりも。心が、満たされて」

 

 

 

だから、少女が笑う理由も分からなかった。

 

裏切りを行って、目標の目の前で死に絶えるのに、死ぬ直前だというのに、何故笑っていられるのだろう?

 

 

 

「そんな貴方を、裏切ったら……何かを、失ってしまうと思ったんです。きっと、きっと……きっとそれは!ッハァ、私の心で、一番、一番大切なんです」

 

 

 

少女の呼吸が荒く、一呼吸一呼吸が大きくなる。

 

まだ少女の腹からは止めなく血が流れている、一方通行に腸を貫かれたあの時からずっとこの状態だ。

 

いや……もしあの瞬間、七惟が助けを叫んでもこの少女は助からなかっただろう、それほどまでに一方通行の右腕は少女の体を破壊してしまったのだ。

 

 

 

「気付いた、のは、貴方が殺されそうにぃ、ッ、ッ、ハァッ、なった時、で、す。最後、になって気付けて……よかった」

 

 

 

少女を支える七惟の服も、赤く紅く染まっている。

頬には血の跡が、青色のズボンには黒い大きな丸い点が、黒のジャケットは、赤と黒が交わっていく。

 

 

 

「私はずっと……貴方に助けられてから、私の乾いた心に、からっぽの心に、形の無い何かが出来あがってて、私は、それを知りたかった」

 

 

 

感情を吐きだす少女、それに呼応するように喉から、口から真っ赤な感情を吐きだす。

消え入りそうな声に、心の芯から頭の隅の細胞一つのこらず意識が傾く。

 

もう、目の焦点も合っていないのかもしれない、ぼやけた表情は、それでも笑顔を保っており、裏切りを行い、偽りを続けてきた少女の顔とはとても思えない程綺麗に思える顔だった。

 

七惟はぎゅっと少女の左肩を抱き寄せて、少女の声を聴く。

 

 

 

「最後に、、分に、ッ感情に、ハァ、、す、なおにッなれて、ハァ、、かったッ」

 

「……何……言ってんだよ……!」

 

 

 

密着した身体から少女の鼓動の音が聞こえる。

 

弱弱しい鼓動、今にも止まり失われてしまうであろう鼓動。

少女の口調がどんどん弱弱しくなる、もう言葉を発せられるのは最後なのかもしれない。

 

嫌だ、そんなのは……そんな現実は見たくない。

 

でも、そんな現実が目の前に迫ってきてしまって……だからもう絶対に、この少女の言葉の鼓動を逃がしてはならないと思った。

 

 

 

「……好き、です」

 

 

 

そう言って、少女は今まで一番綺麗な、子供のような無邪気な微笑みを浮かべた。

その微笑みが、自分の中の何かを食い潰したような気がした。

 

少女の体全体から力が抜ける、それと同時に七惟の身体の力も抜けていく。

そして頬に伝う何かを感じた。

 

それが何だったのか分からない、ただそれが何なのかも考えたくもない。

もう少女の口も、動かない。

 

身体の鼓動も、言葉の鼓動も、感情の鼓動も聞こえてこない。

 

どうして、どうしてこんなことになってしまったのだろう?

 

この場に来た時、この少女のことを憎いと、裏切ったならば唯では済まさないと思ったのに。

 

それなのにどうして自分はこんなにも、こんなにも……この少女の死に悲しんでいるのだろう。

 

どうして……知ろうとしなかったのだろう、彼女のことを……もっと……。

 

美咲香や、美琴、上条と関わって人の気持ちを考えることを学んだのではなかったのか?

 

どうして裏で働く人間達にも同じようなことが出来なかった?

 

どうして……どうして後一歩が踏み出せなかった?あの時、あの場所で少女を問い詰めていた時に何か出来たことがあったのに。

 

少女が抱え込んでいるモノを、少しでも理解していたならばこの結末は回避できたかもしれない、また少女の物語は続いていったかもしれない、七惟もこんな思いをせず、少女も死なず、もっと幸せな結末があったかもしれないのに……。

 

終わりの、続きがあったかもしれない……のに。

 

走馬灯のように少女との日々が脳裏を過る。

 

初めて出会ったのは雑貨屋のオフィスだった、まるで人間サンドバックのような扱いを受けている少女を、仕事の延長線上で助けただけ。

 

それから不思議なことが起こって……助けた少女が何故か自分のアジトにいた、名前も分からない名無しの少女との関係がココから一気に深まっていった。

 

一緒に食事をした、喋った、訓練した、遊んだ……お見舞いにだって行った。

そんな、そんなまるで友人のような日々を過ごしていたと言うのに、ひとたび現実に戻れば目の前に広がっているのは血なまぐさい姿で。

 

この場に来たとき、少女が七惟に向けたのは初めて見せるような怯えた顔だった。

 

どうして自分に怯えているのか、それに対して何故自分は怒っていたのか。

 

少女は自分に殺されるとでも思ったのだろうか?

 

知られたくなかった秘密を、悪いことを知られてしまった小さな子供のように怯えていたのだろうか?

 

……それとも、さっき言っていた自分の『心』に嘘をついていた罪悪感から、あんなにも泣きそうな顔をしていたのだろうか……?

 

その答えも今となってはもう分かる術はない。

 

最後に残した言葉の意味すら七惟には理解が追いつかない、いやそれ以前に少女が死んだという現実を呑み込めなかった。

 

初めて出会ってからまだ数か月も経っていないというのに、少女の存在は七惟にとってあまりに大きく成りすぎていた。

 

もう少女の時は止まってしまった、物語りは終わってしまった、そして七惟の時もまるで止まったかのように動かない。

 

 

 

 

 










何時も御清覧頂きありがとうございます、スズメバチです!

後書きを久々に書きますが、にじふぁん時代にも登場した名無しの少女の最後を描いた話になりました。

冒頭でも語られている通り、彼女の誰も知らない仮の名前は『レイア』です。

そして英語で書くと『leia』なんですが……。

嘘は『lie』ですが……題名の『live a lie』の『a lie』を捩った造語が『leia』なんですよね。

嘘やはったりで生きた少女、それが『leia』でした。

途中で気付いていた方もいるかもしれませんが、この『leia』という名前は数年前のとある曲から引っ張ってきています。

まだまだこの章は長々と続きますので、どうぞ今後とも距離操作シリーズをよろしくお願いします!


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Live a lie - ⅲ

 

 

 

 

「ねぇ、ちょっと君」

 

 

 

動かなくなった少女と七惟に、騒ぎを嗅ぎつけたアンチスキルの女性が近寄ってきた。

 

「いったい何が起こったのかは、今はどうでもいいじゃんよ。だけどこのまま此処に居るのはよくないじゃん、それに……その子もそのままだと、ね」

 

 

 

そう言ってジャージのアンチスキルは七惟が抱きよせていた少女を見やった。

 

 

 

「すぐに離せ、とは言わないじゃん。だから、一緒に来て欲しいんだ」

 

 

 

他のアンチスキルの隊員達も様子を伺いつつ集まってきた。

 

野次馬をかき分けてアンチスキルの車両や、武器を装備した隊員達が七惟と少女の周辺に忽ち配備され、厳戒態勢が敷かれる。

 

まるで犯罪者を逮捕するような姿勢である同僚達をジャージを着こなすアンチスキルは良い顔をして見ていない、子供達のデリケートな心をまるで分かっていないとでも言いたげだ。

 

しかしこれだけの包囲網が出来ても七惟は微動だにしなかった、少女を抱きかかえたまま俯いて周囲を見ようともしない。

 

これは非常に危険な状態だとアンチスキルの女性は判断する。

 

彼女はとあるレベル5と一緒に居候しているのだが、このような状態になった彼を見た時、それを宥めることが出来るのは極々限られた一部の人間だけだろうと推測している。

 

このように今にも何かが崩壊しようとしている者を無理して他の者が触れようとすれば、彼はたちまち爆発して、周囲の犯罪者達を皆殺しにしそうになった経験がある。

 

そしてこの女性は、少女を抱きかかえる少年の顔を書類で見たことがあった。

 

彼女が自分の家で居候している子と同じレベル5であり、学園都市で距離操作能力者の頂点に立つと言われている学生であるということに気付く。

 

 

 

「大丈夫です、安心してください。私達が後は……」

 

 

 

ジャージを着たアンチスキルの心配を余所に同僚の一人が七惟に手を出した。

 

いけない……!あの状態の能力者を刺激したら……!

 

 

 

「鉄装!触るな!」

 

 

 

何が起こるか分からない……!

 

 

 

「え?」

 

 

 

しかし彼女の制止の声もむなしく、鉄装と呼ばれた女性の手が少年の方に触れた。

 

鉄装の指先が、ガタガタと震えだすのが分かる。

 

 

 

「え……あれ?」

 

 

 

しかしそれは鉄装が震えているわけではない、彼女の表情を見る限り彼女自身の体に何らかの異変が起きたと言うわけではなさそうだし、実害も出ていないと思われる。

 

じゃあ、あの震えは何だというのだ、鉄装自身が疑問符を浮かべたような表情をしているというのは……。

 

数秒後に分かったことだが、鉄装は震えていなかったし、本人の体に異常は何も無かった。

 

異常があるのは、彼の周辺そのものだった。

 

 

 

「一方通行あああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

もはや絶叫にも近い少年の声が、怒りが、後悔が……そして抑圧されてきた全ての感情が、木霊して反響した。

 

 

 

「ひゃえええええ!?」

 

「鉄装!離れるじゃんよ!」

 

 

 

実際に震えていたのは鉄装の指先では無かったのだ、震えていたのは……揺れていたのは自分達の足場そのもの、この学園都市の足場を覆うコンクリート、地盤基礎そのものが彼の激情に呼応するが如く激しく震えていたのである。

 

 

 

「てめぇは……俺が!!!」

 

 

 

少年の能力が暴走する、彼はかつて1回命の危険に晒された際に能力を制御できなくなり、人工的に巨大地震『モドキ』を引き起こすことによって、実験を中止に追い込んだことがあるが、その時に今の現状は酷似していた。

 

本来広大な土地の地盤そのものをずらすことなど、地球の自転エネルギーを利用して攻撃する並みに不可能なことであるが、今の七惟はそんな人外の芸当をやってのけてしまっている。

 

前代未聞の人工地震、そしてその巨大な規模に集まってきた野次馬達だけではなく、アンチスキル達をも震えあがらせた。

 

 

 

「不味いぞ!打ち方用意!キャパシティダウン!」

 

「何してるじゃん!そんなことしたって!」

 

 

 

キャパシティダウンが発動し、能力者の演算能力を奪う超音波が撒き散らされる。

 

一般的にキャパシティダウンは能力が演算を行う際に妨害する音波を出すだけで、健常者には何の悪影響も無いため対能力者に対しては絶大な効果を発揮する。

 

それがレベル1だろうがレベル5だろうが関係ない、しかしそれは普通の『能力者』に対してだ。

 

既に暴走した能力者に対してキャパシティダウンなど何の意味も無い、攻撃的な音波は却って怒りの感情の波を大きく揺さぶってしまい現状を余計に酷くしてしまう。

 

少年は少女を抱きかかえたまま立ちあがると、真っ赤に染め上げた血みどろの顔に、血走った目をぎょろつかせながら周囲を見やる。

 

顔はもはや既に誰なのか分からなくなっている程染め上げられ、着こんでいたジャケットは赤と黒のコンストラストで禍々しい雰囲気を撒き散らし、黒い大きな点が飛び散ったようなズボンは少年の涙なのか、少女の血なのかもうわからなくなってしまっている。

 

 

 

 

「邪魔すんじゃねえええぇぇぇ!」

 

 

 

感情も能力も暴走した少年は、内に溜めこんでいた全てを吐きだすべく行動を開始した。

 

 

 

「がッ!?」

 

「ぐあッ」

 

 

 

少年の能力で無差別に対象が転移したり、移動したり、幾何学的距離操作で『心の距離』を操作されたアンチスキルや野次馬共が暴動を起こし始める。

 

 

 

「必ず……!!」

 

 

 

少年の心の状態を表すかのように第23学区の駅ホームは破壊され尽くし、野次馬とアンチスキルが銃と武器を向けて争い始め、見るも無残な光景へと変わっていく。

 

 

 

「だから言ったじゃんよ!」

 

「ど、どうしましょう……!?」

 

「どうするも何も、とりあえずあの子を……!」

 

「も、もう居ません!」

 

「な、なんだって!?」

 

 

 

暴動が起きた、前代未聞の大地震に加えて混乱している間に少年も、抱きかかえていた少女も綺麗さっぱり消えてなくなっている。

 

残っているのはダウンを着て死んでいる少年だけだった。

 

 

 

「あの子……何処に行ったじゃんよ!?」

 

 

 

あの子はさっきこう叫んだのだ、『一方通行』と。

 

一方通行……彼はおそらく学園都市最強の距離操作能力者を精神的に此処まで追い込み、破壊活動を行わせる程の業を犯してしまった。

 

少年の先ほどの言動から今後取る行動なんて目に見えている、間違いなく一方通行に対して報復する……いや、そんな生ぬるい表現で許されるものではない。

 

復讐だ、殺しに行くに違いない。

 

嫌な予感がする、もう二度とあの子と一緒に食卓を囲むことが出来ないほど嫌なことが起こる予感が……。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

麦野が集合場所に指定した第三学区の高級サロンに到着した絹旗は彼女らが居る個室に入ると、そこには麦野と滝壺の二人しかいなかった。

 

二人の様子を伺うと特に変わったところはない、ダメージを受けているようにも戦果を挙げているようにも見えない。

 

あの後二人でスクールを追いかけはしたが結局捕まえられず……と言ったところか、残りの面子である七惟、フレンダ、浜面の姿は見当たらず若干の不安が彼女のを襲う。

 

確かフレンダは麦野の原子崩しの余波をもろに受けてしまい、負傷していたはずだ。

しかし携帯は繋がっているため、もしかすると……もう既に電源だけ生きていて本人は死んでしまっているのかもしれない。

 

また浜面もそうだ、確か麦野達がスクールを追いかける為に足として彼は利用されたはずだが、運転手がおらず麦野達二人だけということは、まさか……。

 

 

 

「フレンダと浜面は?」

 

「知らない、全く音沙汰なし。浜面はスカートの女に狙われてたし、フレンダは結構でかい傷貰ってたしね。死んだんじゃない?」

 

「きっと大丈夫だよきぬはた」

 

 

 

雑誌を見ながらさらっと言う麦野、何時もと大して変わらないような表情をしているものの俯いて話す滝壺。

 

明らかに良くないことが起きている、おそらく麦野はそれを掴んでいて滝壺には黙っているに違いない。

 

それは二人の様子を見れば明白だ、口では軽いことを言っているものの苛立っているのか先ほどから落ち着きがなく視線が泳いでいるし雑誌は1ページも進んでいない。

 

滝壺も無表情なのは何時も通りだが、顔色がよくないし何時もぼーっとしている印象が強いが今は思案しているのか眉間に皺がよっている。

 

嫌な空気に包まれた高級サロン、張りつめた空間の中で口を開いたのは滝壺だった。

 

 

 

「ねぇ、きぬはた」

 

「何ですか?」

 

「なーないは?」

 

 

 

七惟、か。

 

そういえばあれから結構時間も経過しているというのに全く七惟からの連絡はなく、音沙汰なし。

 

 

 

「いえ……霧が丘を離れてから会っていません。お二人は?」

 

「私も会えてないし、連絡もついてないよ」

 

 

 

二人とも連絡はついていないように見えるし……いよいよ浜面、フレンダだけでなく七惟も怪しくなってきている。

 

いやしかし腐っても七惟は学園都市のレベル5だ、そう簡単に情けなく死んでしまうとは思えない。

 

少なくともフレンダと浜面よりも生存確率は高いはずだが。

 

下手をすれば一気に戦力大幅ダウンも有りえる、今この状況でスクールに攻め込まれでもしたら非常に危険だ。

 

 

 

「確か第23学区に行っているはずです、そこでメンバーの仕事が超入ったって。唯携帯は持っているはずなので、麦野の招集メールは見ているはずですが」

 

「そう……」

 

 

 

滝壺がため息にも近い言葉を漏らし、麦野を一瞥する。

 

 

 

自分たちの会話に全く入ってこない麦野だが……こういうときの麦野はおそらく何か掴んでいる。

 

 

 

「むぎのは何か知ってる?メンバーのお仕事について」

 

 

 

滝壺の問いかけ、それに対して彼女が発した言葉は単純明快だった。

 

 

 

「一方通行に一人で喧嘩売ってるね、あの超弩級馬鹿は」

 

「え……?」

 

「さっき何時もの女から電話があって、オールレンジからグループがいる場所を聴かれたって言ってたのよね」

 

「電話先の女の番号を七惟が何で知ってるんですか……?」

 

「そりゃ私達とメンバーは同盟関係にある訳だから、それくらい知ってて当然よ。あ、同盟関係にあった、もう過去形よ、過去形」

 

「それってどういう……」

 

「全員死んだってさ、オールレンジ除いて」

 

 

 

メンバーが七惟一人を除いて全滅。

 

 

 

「やったのはどこの組織なんですか?」

 

「スクールってさ。私らを撒いた後どーやらそういう輩を始末してたみたい」

 

 

 

言い終えて手元にあった雑誌を乱雑に放り投げる。

 

足を組みどかっと座った高級ソファーに対しても気に食わないのか、ひじ掛けに思い切り肘をつく。

 

相当苛々しているらしい。

 

 

 

「……なーない、大丈夫なのかな」

 

 

 

大丈夫な訳があるか。

 

相手はあの一方通行だ、学園都市最強の名を欲しいままにし、学園都市最高の頭脳を持ち、暗部にまで堕ちてきた男だ。

 

そんな奴にこの荒れた状況で喧嘩を売りに行くなんてどういうことだ?

 

正面からぶつかったら垣根以上に勝ち目がないのは七惟だってわかっているはずなのに。

 

いったい彼の身に何が起きたのだろうか……?

 

何時も冷静に状況を判断して自身の身を守ることが出来る七惟らしからぬ行動だ、何としてでもそんなバカげたことは止めたい。

 

止めなければ七惟の命が危ない。

 

 

 

「今頃原発周辺でもうろついて……ッ」

 

 

 

『原発』

 

麦野がぽろっと零した言葉、その言葉を聞き逃さったのは自分だけではなかった。

 

 

 

「むぎの、原発って何?なーない、原発の近くにいるの?」

 

 

 

しまった、と顔を顰めるも遅い。

 

滝壺は七惟がいる学区を突き止めてしまっている、その後の行動は早かった。

 

 

 

「わたし、行ってくる!」

 

「待ちな滝壺!勝手な行動は……!」

 

 

 

麦野の制止の言葉を聞く前に滝壺は部屋から飛び出していってしまったのである。

 

迂闊だったと額に手を当て、天を仰ぐ麦野だが一呼吸於いてから顔を再び引き締めた。

 

 

 

「あの二人の関係を利用したけど、こういう弊害もそりゃー……あるわね」

 

「…………麦野、私も」

 

「絹旗、アンタは此処で待機。今の状態で滝壺を失う訳にはいかないから、電話の女に滝壺回収出来るように話しておく」

 

 

 

釘を刺すような麦野の言葉、まるで自分の心情など全てお見通しのようだ。

 

 

 

「……七惟は?」

 

「生きてれば、一緒に回収はするわよ?生きてれば、ね」

 

 

 

自分だって此処を飛び出して七惟を探しに行きたいが、それはとても麦野が許してくれそうにもなかった。

 

会えない、話せない、電話も通じない。

 

どうにかして彼を止めなければ……そうしなければ、取り返しのつかないことが起こる。

 

七惟だけではない、早くこの状況を何とかしなければ七惟も、フレンダも、浜面も全部失ってアイテムという組織が空中分解してしまいそうだ。

 

ついこないだまで一緒に話して、買い物をして、遊んでいたというのに、そんな幻のような日々は非常な現実の前に溶け落ちてしまった。

 

 

 

 

 

 



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Live a lie - ⅳ

 

 

 

 

冷たくなった名無しの少女を抱えた七惟は第10学区へとやってきていた。

 

第10学区は、学園都市全体の発電を賄う大規模な原発や火力発電所だけでなく、学園都市唯一の墓地がありそのためか少年院や実験動物の殺処分場も点在している物騒な土地だ。

 

墓地と言っても、第10学区にある墓地は日本人が連想するようなお墓ではない。

 

エレベーターを使った立体駐車場のような仕組みで、射撃演習上のパーティションで区切られたブースに、それぞれ死んだ人間の骨が納められているのだ。

 

だが、七惟はそんな形だけの墓には一目もくれずに、墓地施設の横に流れている川に視線を集中させる。

 

本当なら此処で土葬や火葬をしてあげるのが一番いいのだろうが、今はそうもいかない。

 

この学区は原子力開発機関も乱立している、ということは当然立地条件も海に近く、この川はそのまま海へと流れ出るはずだ。

 

……ここで、いいか。

 

七惟は土手を駆け下りて川沿いへと近寄る。

 

よくよく見てみれば川底は意外に深く、小さな子供では溺れ死んでしまうかもしれない深さだ。

 

流れも早くて、此処ならば数分もすれば河口に辿りつき海へと少女の体を大海へと誘ってくれるだろう。

 

こんな都市のど真ん中を流れる川だというのに、その水は都会の川とは思えない程澄んでいて、そのギャップがまるで仲間を裏切り死んでいった少女が最後に見せた表情と血の化粧をしている今の顔と重なり、視界が自然と霞んだ。

 

 

 

「……俺は、人の気持ちとか、くみ取るのが苦手なんだ」

 

 

 

七惟は膝に水が浸かるまでの深さまで足を進める、少女は両腕で抱えたままだ。

 

 

 

「だから、どうしてお前が裏切ったとか……俺を助けようとしたとか、そういうことの理由はわからねぇし、考えたところで解答なんざ見つけられねぇ」

 

 

 

少女の体を下ろし髪が水面に揺れる、水面に揺れる少女の髪が、まるで生き物のように動き、聞こえてこない鼓動が再び動きだすのではと疑うくらいだ。

 

こうして身体全体を見てみると、一方通行に食い破られた腹以外は本当に綺麗で、とても死んでいるようには思えない。

 

空洞になっている腹からはもはや出血はしておらず、血まみれになった服にだけ彼女の生きた赤い紅い血が付着している。

 

顔に、赤黒い痣のようなモノがついていることに七惟は気づき、それを水で洗い流した。

 

自分の頬に着いた少女の血は、洗い落とさなかった。

 

 

 

「俺は上条みてぇな善人でもねぇし、今まで人殺しをしたことがないような奴じゃない。てめぇのことも、滝壺や五和みてぇに特別に考えてたコトは無かった」

 

 

 

真実だ。

 

一方通行に少女を殺された時、初めて気づいた、気付くのが遅すぎた。

 

自分がこんなにもこの少女に対して気持ちを向けていたということに。

 

自分はこの少女も他の暗部の人間のように唯の『人数合わせ』とか、『駒』だとしか見ていないと思っていたのに。

 

自身の気持ちを理解していなかった、その代償がこういう残酷な結果を招いてしまったのかもしれない。

 

最初からこの少女をどうにかしたい、という自分の奥底の気持ちと正面から向き合っていたのならきっと今とは違った結果が自分を待っていただろう。

 

でも、彼女の心の告白があったから……彼女を唯の駒だとは思えてなかった自分の気持ちをより一層意識してしまって、悲しいという感情や、自分の行動の自責の念とか、後悔とか……色んなものが湧き上がってくる。

 

名無しの少女は、七惟理無のことを『好きだ』と言ってくれた。

 

自分を大切だと言ってくれた人間なんて……自分に特別な感情を向けてくれる人間なんて、生まれて初めて見た。

 

こんな屑みたいな人間を、コミュニケーション能力が皆無な人間を、人の気持ちを考えることすら出来ない人間を、『好き』だなんて言ってくれる大馬鹿野郎に会うなんて思っても居なかった。

 

 

 

「だけどな、あんな意味がわかんねぇことばっかやりやがったお前でも死んだらそれで終わりだとか思えるわけねぇだろッ……」

 

 

 

彼女と過ごした数週間の記憶がよみがえる。

 

最初に出会ったのは雑貨屋で人間サンドバックをやっていた時だったか、そこから彼女をきまぐれで助け出して、気がついたら何故かメンバーのシェルターに居た。

 

そこから奇妙な関係が始まって、距離操作能力のアドバイスを行ったり、生きて行くための術を教え込んだり。

 

馬場の秘書の仕事に汗水たらしている少女を見ながら、下らなそうにそれを見たり。

熱を上げている査楽と楽しげに喋っているように見えた少女を見たり。

 

あの時過ごしていた時間は、彼女がグループのスパイとして作りだした全て偽物の記憶で、一声あればそれは脆くも崩れ去るモノだった。

 

でも、作られた偽物の思い出だとしても……その時生まれた感情は本物だったと少女は訴えたのだ。

 

あの時、あの場所で、少しでも自分が彼女のことについて尋ねていたらこんな結末は回避できたかもしれない、少女は死なずに終わりは無かったのかもしれない。

 

少女はきっとあの時助けを求めていたのではないか?

 

あと一歩を踏み出していればその手で彼女の命を繋ぎとめられていたかもしれないのに。

 

どうしてそんな結末しか与えることが出来なかったのだろう?

 

どうしてもっとちゃんと少女に対して向き合うことが出来なかったのだろう?

 

彼女はオールレンジがからっぽの自分にたくさんのモノを与えたと言って微笑んでいたが、最後に与えたモノがこんなものでは、とてもじゃないがその微笑みを見つめることも出来そうにない。

 

ステレオタイプを持ちだして暗部の人間は皆一方通行のように救いようがない奴だと決めつけていた自分、そこから一歩を踏み出さず唯少女の行動を待っていた自分。

 

そして少女が死んでから気付いた心の空洞。

 

きっと自分は、少女のことを五和達のように無意識レベルで仲間だと思っていたのだ。

だからこそ、あれ程の激情が体を駆け巡った。

 

何も出来なかった、少女の儚い薄幸の笑顔と腹を食い破られた瞬間が何回もフラッシュバックして赤い何かが頬から零れ落ちる。

 

七惟理無は償いをしなければならない、自分のミスに対してではなく、少女の死と心の告白に。

 

彼女の気持ちを考えることが出来ず、また気持ちをくみ取ることも出来ず暗部組織の人間としての思考を行いその結果一人の生を奪ったという罪、この罪を償わなければならない。

 

ではどうやって償えばいいのか?

 

謝ろうにも、もう少女はこの世にはいないし、査楽も死んでしまった。

 

それどころか既にメンバーである博士や馬場にも連絡は通じない、彼女の流した情報によってグループに始末されてしまったと考えるのが妥当だ。

 

誰かに償うにはもう遅すぎる程事態は急速に進んでしまっている。

 

ならば……七惟の気持ちは、怒りは、悲しみは、罪は、何処へ向かっていくのだろう。

 

これが罪の味なのか……?身を焼き尽くすような痛みだ。

 

 

 

「……ごめん」

 

 

 

もうそれ以上七惟は何も言えなかった。

 

氷のように冷たくなった少女の体を離し、川の流れにそっとのせる。

 

すると少女の体はまるで落ち葉のように、静かに川を下っていく。

 

流れゆく少女の姿を見えなくなるまで七惟は見つめた、いつものような無表情ではなく奥歯を噛みしめるような、涙を堪えるような苦しみの表情を浮かべて。

 

もう、七惟が償うべき少女の命も、身体もこれで名実ともに消え去った。

 

メンバーは垣根の言う通り、グループにしてやられて壊滅、博士にも馬場にも連絡は付かない。

 

下位組織であるカリーグに電話しても、全く音沙汰無しときた。

 

完全に七惟は孤立した、アイテムとの繋がりも、カリーグもメンバーも無くなってしまった今では、自分と彼女達を繋ぐパイプも無い。

 

それでも、一人取り残された状態でも、七惟は目的を見失うことは無かった。

 

 

 

「一方通行ァ……」

 

 

 

敵を見定めていた。

 

 

 

「てめぇだけは……俺が」

 

 

 

あの男を生かしておいてはならない。

 

暗部の世界で誰かが殺されたから、殺した奴を憎むなど、周りに居る連中に笑われるのがオチである。

 

毎日が殺し合いの彼らにとってそんな悠長なことを言っていては、次に殺されるのは自分だと言われるのだ。

 

だが、七惟にとってそんな暗部の慣習など今となってはどうでもいい。

少女の気持ちをくまずに、向き合わず、追い詰めてしまった自分にも当然非があるのは分かっている。

 

だがそれ以上に、最後の最後まで少女をコケにした態度を取ったあの男だけは。

 

自分を好きだと言ってくれた少女の気持ちを踏みにじるような行動を取ったあの男だけは……!

 

 

 

「始末してやるしかねぇよなぁ……!」

 

 

 

憎悪に染まった顔に、赤く染め上がられた血の化粧が深く刻まれる。

 

その血が求めるのは、誰の血か。

 

赤と黒の禍々しいジャケットを羽織り、殺戮の限りを尽くすために動きだす。

 

ズボンに染みる赤と黒の点は、彼の怒りと絶望の表れだ。

 

先ほどまで身体中に渦巻いていた悲しみも、後悔も、怒りという絶対的な感情の前では無いも同然。

 

もう、七惟を止める者は誰も居ない。

 

彼は携帯を取り出し、暗部の最後の繋がりであるであろうアイテムの司令塔となっている女への番号をプッシュした。

 

手段は選ばない、唯今はこの手であの男の首を取る。

 

復讐に駆られ、誰からも救いの手を差し伸べられない哀れな少年の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、アンタから電話だなんて初めてね。オールレンジ、どうしたのかしらん?」

 

「どうしたもこうしたもじゃねぇ……一方通行の居場所を教えろ」

 

「一方通行の居場所……?変なこと聞くのね、アンタたちの今の目標はスクールでしょ?」

 

「メンバーは一方通行を追ってんだ」

 

「へぇー、アンタ以外全員死んだのに?麦野にそのことはちゃんと伝えてるわよ、だから勝手な行動は慎んだほうがいいんじゃないかしら?」

 

「……別に一方通行じゃなくてもいい、アイツが連れてる超電磁砲の小さいクローンの居場所、どっちかを教えろ、今すぐにだ!」

 

「すごい感情的ね、第8位?」

 

「お前に事情を話す必要性はないだろ、今メンバーが俺以外全員死んでんなら俺がメンバーのトップだ」

 

「そ……。そうね、ならとっておきの情報」

 

「あぁ……!?」

 

「一方通行は調度今貴方が居る学区……第10学区の少年院に向かってるわね、理由はグループの一員であるムーヴポイントが関係してる」

 

「移動手段は?」

 

「さぁ?映像で見たところ何時ものボロ車よ……って、勝手に切ってコイツときたら!アンタから聞いてきた癖に……。ま、博士の遺産がこの一年でどれだけ強くなったかは……興味があるけどね」

 

 

 

 

 



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Live a lie - ⅴ



 


 

 

 

 

 

暗部組織グループの構成員である一方通行、土御門、海原、結標は第10学区の少年院へと向かっていた。

 

彼らの目的は暗部組織ブロックの少年院襲撃を防ぐことだ。

 

メンバーはこの抗争が始まってから追っている組織がブロック、彼らは当初学園都市への攻撃を企て第23学区の衛星アンテナを操作し衛生による地上攻撃を目論んでいるのかと考えられていた。

 

ブロックの謀略を防ぐべく衛星用のアンテナを破壊した一方通行だったが、実はその監視衛星のクラックはデコイ、本命は警備が手薄になった少年院を攻撃することだ。

 

少年院には数ヶ月前結標が残骸を運ぶ際に協力した少年少女達が収監されており、ブロックは彼らを使って結標との交渉テーブルにつこうと思っている。

 

そんな外道な真似を結標が許すわけも無く、第11学区から第10学区まで何時も通りキャンピングカーで移動していた。

 

少年院の構造は外部に公開している情報だけでは理解しがたい作りになっており、その詳細は関係者のみに明かされている。

 

土御門は端末を使って少年院の情報を調べているようだが、メンバーが一番気になっているのは少年院の『対能力者用防御装置』の全容だ。

 

 

 

「対能力者用の設備はどうなってンだ?」

 

「AIMジャマー……まぁ、有名所で距離操作能力者や転移能力者を攪乱するハイパージャマーなんかも含めてざっと25前後の対能力者トラップか」

 

 

 

一方通行の問いに、見取り図を見ながら土御門が応える。

 

やはり凶悪犯罪を起こした能力者を収監するためだけあって警備システムは厳重だ、AIMジャマーはもちろん、収監する能力者に合わせての対能力者トラップもあるとなれば外から内部構造を探ることも難しい。

 

 

 

「能力は建物内では使えねェのか」

 

「まぁ、あそこに収監されるレベルの能力者となればそれを無視して無理やり能力を使うことは出来るな。おかげさまであそこの少年院は保険会社泣かせワースト3に入るらしい。どれだけ厳重な警備網を敷いても、無効化は無理だ。だが……」

 

「……含みのあるいい方ね」

 

 

 

結標が、腕を組みながら左手の小指をひっきりなしに動かしている、これは彼女が苛立っている時の癖で今も相当ご立腹のように見える。

 

何に変えてでも守ると決めた者が誰かの手に落ちようとしているのだ、そんなことを許せるわけがないだろう。

 

 

 

「お前や一方通行みたいな能力者が無理に能力を行使すれば、どうなるか分かったもんじゃない。最悪能力が暴走して自爆も有り得るな。下手な自殺をしたくなければ気を付けるこった」

 

そう言って土御門が見取り図を畳もうと図の右端に手を持っていこうとした。

 

しかし、右端を掴もうとした右腕は空を切り何も掴まない。

 

何かがおかしい、と思い身体を緊張させた土御門だったが、その異変に気付いた時にはもう既に事態は急変していた。

 

グループを運んでいたキャンピングカーが、彼らが言葉を発する前に横殴りの衝撃で、凄まじい速度で吹き飛んだ。

 

 

 

「ッ!?」

 

「ンだァ!?」

 

「ブロック!?」

 

「スクールかもしれない、気を緩めないでください!」

 

 

 

吹き飛ばされたキャンピングカーは幹線道路からはじき出され、脇にあった生い茂る森の中へと突っ込んだ。

 

ほとんどの者が経験したことが無いような真横への垂直移動からの大きな衝撃、こんな攻撃を仕掛けてくるとは。

 

新手かもしれない、すぐに敵を見つけなければ。

 

グループ全員はキャンピングカーが止まると一斉に車から飛び出し、襲撃者を探す。

 

日も暮れ始めており、奇襲にはもってこいの時間帯で探すのにも一苦労かと思われたその時だった。

 

 

 

「ハッ……」

 

 

 

幹線道路のど真ん中からこちらを見ているのは、学園都市第8位にて距離操作能力の頂点に立つ男。

 

全身真っ黒に染め上げた衣装でこちらをまるで射抜くような視線で睨み付けてくるその男の正体は。

 

 

 

「よぉ……ゴミクズ野郎」

 

 

 

学園都市最高位の距離操作能力者である全距離操作。

 

姿を確認し、グループは間髪入れずに茂みから幹線道路へと飛び出し敵の真正面へと立つ。

 

この道路は少年院、原子力開発機関など大型車が通るため非常に広くその道幅は40Mにもなるがそのど真ん中で佇む男は不気味な笑みを浮かべてこちらを憎々しげに見つめていた。

 

それはもう暗部社会を経験していない者が直視したら震え上がる程の憎悪の瞳だ。

 

 

 

「オールレンジ、これはいったいどういうことかしら?貴方も『ブロック』の仲間?」

 

 

結標が冷ややかな声で七惟を糾弾するが、七惟はそんな結標に視線を向けることすらしない。

 

 

「待て結標」

 

 

 

食ってかかろうとした結標を土御門が制止する、何だか様子がおかしい。

 

彼は全距離操作のクラスメートだから良く分かる、あそこまではっきりとした怒気を表している全距離操作はこの半年一度も見たことが無かった。

 

神裂を使って能力者実験紛いのことをした時でさえ此処まで明確な怒りを感じたことはない、元来七惟はどちらかと言えば冷静で自身が不利益を被ることとなれば必ず手を引く。

 

そういう用心深さの塊のような男が自分はともかく結標と一方通行を同時に相手にしようだなんて考える訳がない、何かあるはずだ。

 

 

 

「あぁ、土御門の言う通りにしとけ。俺はてめぇや土御門に興味はねぇ、さっさと少年院へ行きやがれ」

 

「……どういうこと?」

 

「それは」

 

 

 

七惟の言葉を合図にして、彼の周辺で異変が起こる。

 

幹線道路のコンクリートが剥がれ持ちあがる。

 

それと同時に土御門の隣で一方通行が首元の電極に手を伸ばしたのを見た、そしてそのコンクリートは何のためらいもなくまるで弾丸のように一方通行へと放たれた。

 

 

 

「俺に用があるってことだよなァ……?」

 

 

 

激突したコンクリートは一方通行を潰すことはなく、逆にばらばらに粉砕されて石のつぶてとなって周辺へと降り注いだ。

 

 

 

「一方通行、お前全距離操作に何をしたんだ」

 

 

 

二人の間にいざこざがあったと感じた土御門はすぐに言い寄るが、第1位はくだらなそうに笑い飛ばす。

 

 

 

「はン、契約を交わした女をぶち殺しただけだ。それであの糞野郎が切れてンじゃねェのか」

 

 

 

なるほど、原因はそれか。

 

スパイの女を殺したことの報告なんて聞いていなかったが、おそらく何かのはずみであの女は死んだのだろう。

 

唯の無意味な殺しをするような奴じゃないが、そんなことは全距離操作からすれば関係ない、復讐しにきた……というところか。

 

 

 

「ようするにお前が自分でまいた種ってことでいいんだな」

 

「あァ、そうだ」

 

「何満足げに笑ってるのよ貴方」

 

 

 

ここ最近の七惟の変化は滝壺の話や天草式との行動を見ていれば粗方検討はつく。

 

普通の人間として生きていくには必要な術を全距離操作は少しずつ取得していったと考えられるが、今回のケースではそれが仇となってしまったようだ。

 

昔の全距離操作ならば無視して流せる事も……唯の高校生七惟理無からすれば、怒りと憎しみの対象となる訳だ。

 

一方通行は現代的なデザインの杖を投げ捨て、戦闘態勢に入る。

 

彼ならば全距離操作を殺すことなく痛めつけ戦意を失わせることが出来る、此処はいったん任せようか。

 

 

 

「せっかく見逃してやったってンのに……ノコノコと殺されに来るとは、とんだ自殺願望者だ」

 

「一方通行、遊んでいる暇はありませんよ。程程にしてすぐに少年院に来てください」

 

「はン、1分もありゃァ十分だ」

 

 

 

その言葉を聞いて土御門達残りの3人は、少年院へと向けて走り出した。

 

キャンピングカーが破壊されているため少し時間はかかるだろうが、もう目的地は目と鼻の先なのだ。

 

こんなところまで来て邪魔されるとなると、苛立ちが募るは自然なことで、それは当然一方通行も同じ。

 

 

 

「はン……ったァく、てめェは余程俺に殺されてェみてェだな」

 

 

 

一方通行は何故七惟がスパイの女を殺されて激怒しているのか理解し難い。

 

メンバーからすればあの女は仲間を敵に売った害虫のような存在、そんな女の死にこれ程まで執着するとは。

 

まぁどんな理由があろうとも一方通行のやることは決まっている。

 

全距離操作が抱く感情など一方通行からすればその辺りに転がっている石ころくらいどうでもいいことだ。

 

彼が目指すのは自分が守るモノをどんな手を使ってでも守りきること、唯それだけだ。

その他のことなどどうでもいい、そう……例え目の前に佇む男が最強の距離操作能力者であろうとも、邪魔をするならば排除の道以外なし。

 

幹線道路に佇む二人、片や学園都市最強のレベル5で序列1位、片や学園都市最強の距離操作能力者で序列は8位。

 

二人が激突するのはこれで四度目、一度目は昨年の夏に第19学区の研究所で、二度目は第七学区の操車場で、そして三度目はつい先ほど第23学区の駅、そして四度目は……今から第10学区の幹線道路で行われる。

 

四度目の正直とは言わないが、此処で二人の関係が大きく変わるかもしれない。

それこそ、もう二度と二人が肩を並べて対峙することがなくなるほどの、大きな変化が。

 

 

 

「ハッ……聞けゴミクズ野郎。俺はな、どっかの誰かさんみてぇに善人じゃねぇし殺しもする、そのうえ人の気持ちも汲まない屑野郎だ」

 

 

 

七惟理無は一方通行のことを『ゴミクズ』という。

 

対する一方通行は、七惟理無のことを『糞野郎』と言い放つ。

 

 

 

「あァ……?懺悔でも始めるつもりか?」

 

「でもな、人の気持ちを踏みにじるような下衆は」

 

「……」

 

「人の気持ちも汲めない屑より価値がねぇ」

 

 

 

自らを卑下し、最低の人間だと言う七惟であったが、それよりも許せない、最低の人間が居るのだという。

 

そしてそれは、おそらく七惟と対峙している一方通行自分自身のことだ。

 

 

 

「てめェ、何が言いてェんだ」

 

 

 

そこまで分かっていて、敢えて一方通行は七惟の本心を問うた。

 

奴の気持ちは分かった、だが此処でこの男をぶち殺したならば第3位のクローンの一人が悲しむ。

 

だからと言って此処でやることには変わりない、しかし生かしておけるのならばなるだけ戦いは避けたほうがいい、彼女らのことを考えればそちらのほうがいいだろう。

 

しかしこの男の風貌、親の仇を見るかのような怒りの瞳、身体全体から発せられる問答無用の殺気を見ればそれは不可能のようにも思えた。

 

そこまで覚悟しているというのならば、もうそれ以上は何も言う必要もないし、無駄な言葉を重ねるだけだ。

 

第3位のクローンが涙してでも、自分を殺したいという気持ちのほうが強いのならば、遠慮など要らない。

 

 

 

「説明が必要か?」

 

 

 

七惟の言葉に、一方通行は全ての逡巡と決別し一人の悪党として、自身の目的を完璧に遂行するべく頭を切り替えた。

 

 

 

「笑わせやがる、てめェのあせェ思考なんざ筒抜けだぜェ!」

 

「話しが早くていいもんだ、ゴミクズがあああぁぁぁぁ!!」

 

 

 

自身の犯した罪を償うため一人の少女を守り、もう新たな犠牲を生み出さないと決めた男と、人の気持ちを理解出来なかった、しかしこれ以上死んだ者の気持ちの冒涜を許せない男。

 

目的は二人とも同じ、自分の決めたことを完遂すること。

 

 

 

失うくらいならば、他の全てを犠牲にしてでも守りきる。

 

 

 

失ってしまったから、その罪を自分だけではなく全てに償わせる。

 

 

 

そのために、二人は血で血を洗う争いへと身を投じた。

 

一方通行と全距離操作が再び、学園都市を舞台として死闘を始める。

 

限りなく溢れ出す七惟の激情と、一方通行の何物にも変えられない鋼の意思。

 

その二つが激突した。

 

 

 



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復讐鬼-ⅰ

 

 

 

 

一方通行の能力は、ベクトル変換能力。

 

あらゆる現象の『向き』を自在に操る能力は、反射装甲を成しプラズマまでも作り上げ、それだけに留まらず地球の自転エネルギーすら利用してしまう反則的な力だ。

 

嘗て学園都市の第1位と第3位が殺し合いをした事件があった。

 

第3位は死に物狂いで第一位を殺すべく攻撃を行ったが、彼女の数百手の全身全霊の攻撃は全てことごとく防がれ、彼女の前に絶対に倒すことの出来ない壁として君臨した。

 

そんな誰も倒すことが出来ないような化物相手に挑むのは学園都市第8位にてレベル5のオールレンジ。

 

出力においては勿論第三位に負けるし、精神系統の技術も勿論第5位より拙いもの。

 

但し、レベル5の中で唯一空間認識・操作能力を持つ能力者だ。

 

嘗ては暗部の世界を跋扈していた多くの不届き者を始末し、そのブレーキを一切知らない冷酷さにスキルアウトや暗部組織からは常に恐怖の対象として見られていた男。

 

だがそんな恐ろしい男も第一位の前では第3位同様唯のむしけらでしかない、こちらが本気を出すことなく、数秒でケリがつけられるはず。

 

敵の覚悟と勇気は認めるが、それに実力が伴っていないと一方通行は嘲笑し、下らないその思考を愚弄するかのように唾を吐く。

 

そんな一方通行を淀んだ怒りと憎しみの瞳で睨む七惟が攻撃を開始する。

 

七惟が道端のガードレールを能力によって引き剥がし、弾道ミサイルのようなスピードで一方通行に向かって打ち出した。

 

ガードレールは一方通行に激突すると、まるで真ん中から何か強い衝撃でも受けたように、『く』の字に折れ曲がる。

 

折れまがったそのガードレールは一方通行の演算によって逆に打ち出した本人の方へと、スピードを殺さず向かっていく。

 

これが反射装甲、彼に害を成す全ての物体・物質は攻撃を加えた者に復讐すべく牙をむける。

 

一方通行がレベル5の中でも絶対的な防御力を誇るとされるのはこの反射装甲の影響が大きいが、その評価は過大でもなんでもなく彼に仇を成す者全てを震え上がらせる。

 

七惟に向かって放たれたガードレールは七惟に衝突する前に、何かに当たったかのようにキンと高い音を立て、周りに衝撃を撒き散らかすとその場にズシンと重力に従って落下した。

 

この現象に一方通行は眉を顰める、確か今までの七惟ならばあの鉄骨は可視距離移動か転移させるか、回避行動を取っていたはずだが、今回はそのどれにも当てはまらない。

 

距離操作能力者が移動させる物体は全て絶対等速、能力者が決めた速度で決められた場所に到達するまであらゆる物体を貫通する。

 

それを能力を使った訳でもなく無効化した、距離操作能力者にそんな力があったなど聞いたことがないが……。

 

 

 

「はッ……相変わらず自分を守るためには特化した能力だな、あぁ!?」

 

「はン、相変わらずてめェは同じことの繰り返しだなァ、面白みが全然なィぜェ!」

 

 

 

先ほどの現象は不可解だが、あれだけ痛めつけられて再度挑戦してくるのならば能力を進化させたと考えるのが妥当だ。

 

だが、その程度の進化は一方通行の障害には成りえない。

 

自分の反射装甲を貫き、倒すことが出来るのはあのヒーローくらいだ。

 

一方通行が暗部組織に身を置くようになってから暗部組織の間では一方通行を無効化すべく様々な手段が今まで取られてきたが、どれも彼の脅威には成らなかった。

 

今迄追い詰められたことがあるとすれば、それは暗部世界に身を置く前にたったの二回だ。

 

その二回共に相手が学園都市の中でもイレギュラー中のイレギュラーだった、唯のレベル5なんぞが自分に攻撃を当てることなど出来るはずがないのだ。

 

一方通行は思い切り地面をけり上げ、同時に足のベクトルを操り、地を這う超電磁砲の如く七惟へと接近する。

 

踏みつけた振動であたり一体が揺れて粉塵が舞い上がる頃には、一方通行は既に七惟の鼻っ面に割り込んでいた。

 

知覚出来ない程のスピードで、気付いた瞬間にはもう遅い……だが、そんな一方通行の行動を七惟は表情を変えず、怒りを刻んだまま睨みつけていた。

 

 

 

「てめぇにも言っといてやる。同じことの繰り返しじゃ俺は倒せねぇぞ……!」

 

「ッ!」

 

 

七惟の身体まで数十センチ、触れれば血液が逆流し、肉体が木っ端微塵になる死の右手があと数瞬で触れる時に異常は起きた。

 

一方通行の身体が何かに『衝突』し、その反動で彼は吹き飛ばされた。

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

外部からの干渉をほぼ全て無効化する一方通行が、吹き飛ばされるなどと言った芸当は人生の内にまだ2回しか経験したことはない。

 

彼の頭は一瞬固まるが、すぐさま経験法則から彼に干渉する攻撃を探る。

地面を数十メートル転げ落ちたにも関わらず、傷痕は最初の衝突時に生まれたモノしかない。

 

埃やアスファルトによって削られた後は見受けられないのを確認し、ゆっくりと立ち上がる。

 

 

 

「はッ……お似合いだよ、地面を無様に這い蹲ってこっちを睨む負け犬みたいなその面がなぁ!」

 

「雑魚が。口だけはよく回りやがる」

 

 

 

いったいどのような原理で自分を吹き飛ばしたのか。

 

真っ先に思い浮かぶのは自分が今までの人生で二回死にかけた時のこと。

 

まず考えられるのがあのヒーローのように触れたら異能の力を撃ち消す効果だ。

 

だがこの線は薄いと言っていい、七惟は触れてもいなし、そもそも七惟は距離操作能力者、異能の力を消す力など全く方向性が違う能力のはず。

 

第2に木原と同じで、こちらのAIM拡散力場に干渉し、自分だけの現実を歪められている線。

 

しかし能力の行使において何ら違和感も感じなかったし、あの壁に衝突した以外の傷は一切おっていないのを考えると、その線も可能性は低い。

 

もしや、全く新しい法則で一方通行に有効な攻撃法則を編み出したというのだろうか。

 

 

 

「どんな能力使ったかは知らねェが、二度目はねェと思え」

 

 

 

一方通行は探りを入れるべく、まずは周囲の風を操り、烈風を生み出す。

 

烈風は触れればアスファルトを切り刻む程の威力、人体が触れれば忽ち分解されてしまうはずだ。

 

地面を思い切り手で殴り潰したのを合図に、烈風が七惟の身体へと襲いかかる。

 

一方通行は今から起こるであろう不可解現象を注意深げに見つめる、必ず何かトリックがあるはずだ、ただの能力者にこの一方通行のベクトル変換能力を打ち破れるとは到底思えない。

 

烈風は幹線道路のアスファルトをめくりあげ、切り刻みながら前進し七惟の身体へと直撃した。

 

かと思われたが、直撃する寸前で烈風はまたもや謎の『壁』のようなモノにぶつかり、その場で四散する。

 

その後第一波に続き第二、第三と続いたがその『壁』を貫くことは出来ず、全て防がれて結果的には霧散してしまった。

 

 

 

「どォいうことだ」

 

 

 

烈風を防ぐ間にも七惟の行動にも表情にも変化はない、もしや何もしていないのか、となると怪しいのはこちらの演算ミスだがそんな軽率なミスは、学園都市最高の頭脳が犯すわけが無い。

 

やはりあの男が何らかの力を使ってこちらの物理現象を防いでいると考えるのが妥当だ、だがそれはいったい何だと言うのだ。

 

となれば再度攻撃を行いその壁の性質を逆算し正体を暴く。

こちらの攻撃を全て防ぐということは、この世の物理法則に何らかの防備を張っていると考えられる。

 

だがどんな防御の壁も必ずその生み出される過程上『穴』がある。

 

しかし一方通行の思考を邪魔するかの如く憎々しげに七惟が言葉を発した。

 

その顔にまるで人間の喜怒哀楽の感情全てを凝縮して怒りに変えたかのような般若の形相で。

 

 

 

「一つ教えといてやる、ゴミクズ」

 

「あァ?」

 

「てめぇじゃ絶対この『壁』をぶち破ることは出来ねぇ」

 

「随分自信ありげじゃねェか。その鼻っ柱すぐへし折ってやるから安心しろ」

 

「そうかよ……そいつは良かった、折れるのはてめぇの首だがなぁ!

 

 

「ッ!?」

 

 

 

七惟が語尾を荒らげた瞬間、今までとは全く違う異常現象が一方通行を襲った。

 

それは『反射』を組上げていた方程式に、軋みが発生したのだ。

 

この十数年間、あのヒーローにも木原にも反射の方程式に干渉されたことが無く、初めての体験だっただけに一方通行は目を丸くする。

 

まるで足元が瓦解していくかのような感覚、何度反射装甲の演算を正そうにも土台の部分が安定せず崩れ落ちる。

 

今の自分は完全に無防備だ、今までの人生で戦闘に於いて丸裸にされたことなどない。

 

キャパシティダウンのような妨害ではない経験したことのない異変。

 

一方通行は初めて自分が今相対している敵は自身を何のためらいもなく『殺す』ことが出来る敵だと認識しだ。

 

 

 

「俺を今までてめぇが踏みにじってきた奴らとはちげぇぞ!」

 

 

 

七惟が右手首をくいっと引くような動作を取った。

 

すると、どうしたことか今まで一度もテレポーターにも距離操作能力者にも飛ばされたことの無かった彼の身体が、七惟に向かって一直線に飛んでいく。

 

 

 

「ンだとォ!?」

 

 

 

思考回路が完全に停止する、先ほどから起こる現象は全てがイレギュラーだ。

 

目にもとまらぬ速さで飛んでいく一方通行、そして七惟が待ち構えていた場所まであっという間に辿りつくと、彼の目の前に大木が出現し、激突した。

 

だが激突の衝撃全ては一方通行には届かない、今度は全ての衝撃が彼に届く前に一部の反射方程式が的確に処理したためだ。

 

反射装甲で弾き損ねた衝撃はそのまま肉体へとダメージを与える、脳が揺れるような振動に猛烈な痛みと、目まい。

 

身体が無事なところを見てみれば衝撃の十分の一は反射出来たようだ、もし反射で負荷を低減出来て居なかったら今頃自分はミンチになってひしゃげていただろう。

 

その証拠に激突した大木は目も当てられない程無残な姿に成り果ててしまっている。

 

 

 

「はッ……俺はてめぇには容赦しねぇし躊躇いもねぇ。てめぇに足蹴にされ馬鹿にされてきた奴らの気持ちが少しでも分かったか……あぁ!?」

 

 

 

七惟は蹲っている一方通行を、今度は文字通り右足で蹴り飛ばした。

 

今度こそ一方通行は理解した、この男の能力の全てを。

 

 

 

「ガァッ」

 

 

 

2メートル程蹴り転がされ、一方通行は力強く足を踏み込み、立ち上がる。

 

頭からは血が流れ、腹は蹴られた衝撃でひくひく言っている、痛みは木原に殴られた時と同じ程の激痛。

 

ヒーローや木原の時と同様で、学園都市最強の怪物の姿には見えない。

 

つい先ほどまでこの男がどれだけの覚悟を持っていたとしてもそんなものは下らないと、自分の障害になんて成り得ないと鼻で笑って奴の覚悟をコケにしていたというのになんと滑稽な姿か。

 

それはまるで自分の強さに奢りを覚えた愚か者のなれの果てみたいだ、と一方通行は自虐の笑みを浮かべた。

 

 

 

「てめェ……どういう経緯かは知らねェが、木原クンと同じことしてンだなァ……!?」

 

 

 

確信を持って、毒を吐くように言い放つ。

 

あの名前を口にするだけで彼の苛立ちは急速に膨らむ、その白い額に欠陥が浮き出る程に。

 

 

 

「それをてめぇに応える義理はねぇ。そのままくたばりやがれ、自分がどんだけゴミで屑で下衆な人間か悔やんでなぁ!」

 

 

 

復讐鬼と化した七惟が叫ぶ、耳を劈くようなその雄たけびは身体の芯まで響いてくるも、一方通行は現状を冷静に整理していた。

 

七惟理無は完全とまではいかないが、こちらのAIM拡散力場と自分だけの現実の相互関係、演算方程式の構成を知っている。

 

どういう経緯でそのデータを得たのかは不明だが、今の七惟は木原と同じように自身に干渉しているに違いない。

 

木原と違うのは、距離操作能力者として『幾何学的距離操作』でAIM拡散力場に干渉し、こちらの能力発動に高頻度でジャマーを入れる点。

 

これは木原の反射の癖や性質を見抜き穴をついてくる攻撃とは違い、こちらの能力を『無効化』してくる。

 

逆算でそれを防ごうとも考えたが、此処で大きな問題となるのが奴は一方通行の演算にジャマーを入れてくるのではなくAIM拡散力場という『空間』に影響を与える攻撃を行う点だ。

 

AIM拡散力場との関係性は能力者である以上その影響からは逃れられることは出来ない、それは学園都市で最強とされる一方通行でさえ例外なく当てはまる絶対の法則だ。

 

どれだけ一方通行が正しい演算を行ったとしてもそれに対してAIM拡散力場が正しく反応してくれなければ能力は正常に発動しない。

 

奴は一方通行とAIM拡散力場の関係を数値化し妨害を行う。

 

自分と力場の接点、そこにジャマーを力場側に入れベクトル操作が上手く処理出来ずあらぬ結果を招く。

 

力場側に影響を与えるなんてこと自身のベクトル操作では不可能だが……奴の戦法にも弱点はある。

 

ジャマーは完璧ではないのだ、先ほどの大木に激突した時のように時々ミスが生じ正常に能力が発動する。

 

流石に第1位の能全てを第8位が把握しきれる訳が無いと言ったところか、此処に勝機があるのは間違いない。

 

まだあの時のように完璧に追い詰められた訳ではないし、あの時のように自身の感情が制御不可にもなっていない、冷静に判断出来る。

 

旗色は悪そうだが、それでも自分が七惟に負けるビジョンなんて思い浮かべられない。

 

きっとそれが思い浮かんだ時は……コイツが自分を『殺す』時だ。

 

自分がコイツを殺すのが先なのか、それとも殺されるのが先か。

 

今迄生きてきた中で死にかけたことは1回、たったの1回だったが……2回目がすぐそこまで迫ってきているのかもしれない。

 

この時一方通行目の前で復讐の権化のように怒りに染まった目の前の男に対して、自身の『命』が失われるという生物としては絶対的な恐怖の感覚に襲われた。

 

だが彼はもちろんそんなことを自覚していない、認めない。

 

ただ激しく燃え上がる七惟の怒れる瞳を前にして、乾いた笑みでこう吐き捨てるのだった。

 

  

 

 

 

「はン……偽善者が」

 

 

 

 

 

 



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復讐鬼-ⅱ

 

 

 

 

 

 

「あンまり調子に乗ってンじゃねェぞ、雑魚が!」

 

 

 

あの目に見えない『壁』の正体は未だに分からないが、あれはあらゆる物質を通さない、まるで自分の反射装甲と同じだ。

 

逆算によって解析を行ったが、目に見えないその『壁』のようなものは何時何処に現れるのかのタイミングが分からない上、攻撃を弾かれた瞬間解析を行おうにも痕跡が瞬く間に消え去ってしまうためこの方法は無駄だった。

 

それならば戦闘の中であの防御法を看破する必要がある。

 

この世の物理法則全てを遮断するという性質までは分かった、後はその壁がどのように作られたり消えたりしているかの法則が分かれば糸口が見えてくるはずだ。

 

まずはあれが多面的に展開されているのかしていないのか、確かめる。

 

七惟の行動を見るに正面にはまず壁が展開されていると考えて間違いないが、全方位にそれが張り巡らされているのかというとそうでもなさそうなのだ。

 

奴が物体を可視距離移動で射出する際、物体が七惟の真横や後ろから飛んできている。

 

一方通行は足のベクトルを操り、先ほど自身に飛んできたガードレールを思い切り七惟に向かって蹴りあげる。

 

間髪いれずに七惟の後方へと高速で移動し、別のガードレールを、そして次は七惟の横に移動し、また別のガードレールを次々と飛ばしていく。

 

3手目で七惟が初めてその場から身体を動かし回避行動を取った、だが同時にこちらの意図を読まれたようで、七惟は足のベクトル変換にまで干渉を及ぼしてきた。

 

 

 

「ガグッ……生意気な真似しやがるッ!」

 

 

 

制御を失った足のベクトルが暴走して、彼の意図しない方向へと身体を運び、ガードレールへと身体が突っ込む。

 

自然界では決して生み出すことが出来ないような不協和音を生み出しながら、ガードレールがまるで粘土のように曲がっていく。

 

反射装甲を展開していたおかげで一方通行は無傷だったが、はぎ取られたガードレールは蛇のように練り曲がっている。

 

一方通行はそれを素手でつかみ取り先ほどの七惟の行動の解析を始めた。

 

やはり彼の読み通り謎の『壁』で全ての攻撃を防ぎ切るのは無理のようだ、それに質量の違いや全長は関係なさそうだが……連続した攻撃、そしてそれは多面的な攻撃に弱い。

 

烈風の連続した攻撃では一歩も動かなかったあの男が回避行動を取ったのを見れば、別の角度からの連続した攻撃、死角からには弱いと思われる。

 

ならは話は簡単だ、電池のバッテリーも気になってくるし早急にあの男を始末しなければ……。

 

一方通行が首元の電極に手をやる。

 

もうだいぶ電力を消費してしまったはずだ、この後どんなことが起こるか分からないだけに無駄な消費はなるべく抑えたいところだが。

 

そんな彼の心理を見抜いたのか、七惟が下らなそうに言う。

 

 

 

「何を気にしてんのか知らねぇがな、てめぇは此処で死ぬんだから何考えても同じだろ」

 

 

 

何処までも挑発的な七惟の姿勢だが、今回はただ相手を挑発するのではなくその中には明確な怒りが含まれている。

 

そう、あの少女を殺した一方通行への強い怒りが。

 

 

 

「その言葉、てめェに返してやる。今のが遺言で問題ねェか」

 

「はッ……雑魚が、言ってろ」

 

 

 

『雑魚』

 

七惟が一方通行に言い放った言葉、その意味を噛みしめて一方通行は毒を吐いた。

 

 

 

「雑魚に雑魚って言われる日が来るとはなァ?思ってもみなかったぜェ」

 

 

 

今目の前で炎のような怒れる瞳を持つ男は、間違いなく自分を殺すことが出来る。

 

その事実を持って奴は一方通行のことを『雑魚』と言ったのだろうが……殺すことが出来るのはこちらも同じだ。

 

一方通行は再度足のベクトル変換を行い、七惟に飛びかかろうとする。

 

その両手には小さな旋風のようなものが発現させ、動き回りながら先ほど繰り出した烈風の攻撃を再度行う。

 

だが此処でまたもや七惟は一方通行の予想の上を行った。

 

今度は一方通行が操る『風』にまで干渉攻撃をし始める。

 

AIM拡散力場はその『場』を支配する属性のようなもので、一方通行がどれだけ早く移動しようとも、その場全体に広がっているのだから距離操作能力者である七惟が弄くり回すのは容易に行われる。

 

これでは距離操作能力者の弱点である『高速で動く物体をロックオンしずらい』と言った特性を突けない、先ほど足のベクトルを弄くり回されたところで分かっていたが、やはり七惟にこの正攻法は通用しない。

 

烈風による多面的な攻撃は数発がかき消され、七惟までは届かない……。

 

しかし七惟とて干渉攻撃は完璧ではないようで、こちらのAIM拡散力場に干渉する演算を行ったそれプラスで可視距離移動や転移の演算を行うのはかなりの負担を伴うようだ。

徐々に顔色は悪くなっているし、持久戦に持ち込めたらこちらの勝ちだが、持久戦を良しとしないのは一方通行も同じであり、それは禁じ手だ。

 

 

 

「持久戦に持ち込む前に、てめェなんざ木っ端微塵にしてやんぜェ!」

 

「チッ!」

 

 

 

多角的な攻撃を行い一方通行が七惟の壁をすり抜けて、七惟本体へと迫る。

 

烈風等の遠距離攻撃は正直なところノーリスクだがリターンもほとんどない、奴にそれだけ演算をさせる時間を与えてしまうのだから。

 

それならばとる行動は決まっている、直接手を下しその体を吹き飛ばすのみ。

 

一方通行は当然死の右手を突きだして、七惟の身体に触れようと手を伸ばすが、それに気付いた七惟が今度は左足を踏みだし、思い切り右足を一方通行の顔面へと叩きむ。

 

反射装甲はまたもやぶち抜かれ、つま先部分が思い切り頬に入り、口内が深く傷つけられるが、それでも一方通行はその場に踏みとどまった。

 

鉄の味が滲み、その臭いが鼻を突き、口に溜めこんでいた液体を吐き出す衝動に駆られながら、目の前の障害を排除するため彼は再度砲弾のようなスピードで七惟の身体に突っ込む。

 

この距離ならば、壁を作り出す時間も、回避行動に移る時間もない!

 

そう踏んだ一方通行だったが、やはり何か得体の知れない物体に衝突し、弾かれる。

 

 

 

「ハァーッ……そうやって隙を晒す暇はあんのかぁ!?」

 

 

 

七惟のほうも息も絶え絶えと言ったところだ、こちらも肉体の疲労・ダメージはかなり蓄積されてきているが、七惟も同様に脳内にかなりの負担をかけている。

 

汗をだらだら流し、焦点が合ってないような目をしている七惟だったが、それでもその黒い瞳から発せられる怒りと殺意は自分に正確に向かっている。

 

七惟は可視距離移動で折れまがったガードレールを一方通行に向けて発射する。

 

反射では防ぐには心もとない、そう判断して足のベクトルを操作しその場から離れるとガードレールは地響きを上げてコンクリートに突き刺さり、七惟は衝撃によって粉砕されたコンクリートの断片を一方通行へと能力を使って発射する。

 

反射が適用されている彼ならばこんな攻撃は何ともないが、どのタイミングで反射装甲が失われるか分からないこの状態では、礫の一つ一つが必殺の一撃になり得るのだ。

 

最後のつぶてを身体を捻って避けるも、まだ安堵は出来なかった。

 

七惟が眼前へと迫り、破壊された標識の一部を手に持ち思い切りこちらに振りおろそうとしている。

 

反射は危険だ、だがこのタイミングでは逃げきれない、ポールのベクトルを操っても干渉されている今では反射同様に操れる自信もない。

 

一方通行は賭けに出る、このタイミングでは逃げることも防ぐことも出来ないのならな……攻撃は最大の防御と考え、奴の懐に突っ込む。

 

一方通行の脳は彼の決意に忠実に答え、身体を七惟の腹へと打ち出し直撃させる。

 

 

 

「がぁッ!?」

 

「ガハッ!?」

 

 

 

だがその演算式も衝突する直前で干渉され軋みが生じ、正確な処理は出来なかった。

 

ぶつかった衝撃は相当なもので、それは七惟だけではなく一方通行の身体にもダメージを与えて意識を奪っていく。

 

七惟を数メートルほど突進で突き飛ばした一方通行だったが、自身もダメージからかその場に蹲った。

 

そして此処で一方通行は再度自覚した。

 

この男は、学園都市第1位の自分と、学園都市最強の怪物と渡り合えるだけの力と、能力と、覚悟と、そして『思い』があるのだと。

 

その思いの強さを表すように、七惟は一方通行よりも早く立ち上がる。

 

顔面蒼白、肉体のダメージは差ほどないようだが意識を保っているのもやっとの状態だろう。

 

だがこの男が、そう簡単に倒れるような気は全くしない、むしろ電極のバッテリーをフルに使ってもこの男の信念を捻り潰すのは不可能のように思えた。

 

 

 

「学園都市最強の公害野郎が体当たりとはなぁ……、笑わせやがる」

 

「はン、此処に来て強がりかァ……レンチン野郎がァ」

 

 

 

その言葉に呼応するかのように一方通行もゆらりと立ち上がる、肉体のダメージは深刻だがまだ倒れるようなダメージは負っていない。

 

少なくとも、木原の時のように死ぬほどのピンチではない。

 

バッテリーの残量も心配だが、こうなっては奴を倒すために死力を尽くして拳を交えなければならないと彼の本能が告げていた。

 

こちらもそれ程の覚悟がなければあの男は倒せないだろう。

 

一方通行は背中に竜巻を連結させると、目にもとまらぬスピードで七惟へと襲いかかった。

 

メンタルが削り取られている七惟も応戦するかのように、分断されたポールの切れ端を拾い上げる。

 

 

 

「てめェ、そんなに俺があの女をぶち殺したことが気に食わねェのか!」

 

 

 

七惟を突き動かす覚悟と『思い』、一方通行にはその『思い』の正体が分からない。

 

いったい何か彼をそこまで突き動かすのか、学園都市最強に立ち向かう覚悟を生み出しているのか、源はいったい何だというのだ。

 

ガードレールによって粉砕されたコンクリートの礫を、連続で蹴りつける。

 

蹴る精度事態は皆無に等しいが、それすらも彼のベクトル制御能力は『向き』を正確に読みとりどうすれば七惟に直撃するかを的確に弾きだす。

 

第一波の礫を七惟は見えない壁で防ぐ、第二派目は七惟の持っていたポールを可視距離移動で発射し一蹴した。

 

 

 

「ゴミクズに何も言うつもりはねぇ!てめぇは人の気持ちを踏みにじった下種だ、そんだけ業が深ぇんだよ!」

 

 

 

『人の気持ちを踏みにじる下種』、七惟は一方通行のことをこう言った。

 

あの女の気持ちを踏みにじった……?

 

踏みにじるも何も、あの女は七惟を裏切り、そしてこちらにメンバーの情報を流していた裏切り者だろう。

 

そんな奴の気持ちなど、七惟にとってはどうでもいいはずであり、むしろ憎む対象でしかないはずだ。

 

 

 

「裏切り者の気持ちを考えるたァ、大した善人だよてめェは!いやただの馬鹿かァ!?」

 

 

 

三発目の礫、七惟は目が慣れたのか、はたまたAIM拡散力場からパターンを読みとったのか、距離操作でそれらの礫を全てロックオンし、逆に一方通行へと散弾のように打ち出す。

 

反射は干渉攻撃を考慮すると危険だ、だが一方通行がそれらを回避することはない。

一方通行のベクトル操作により通常ではありえない程の握力怪力が生み出されコンクリートの道路に手が侵入した。

 

力むこと無くそれをいとも容易く、その場の道路、面積にしたら10㎡はあるであろう大きさを持ちあげ、コンクリに反射の方程式を組み込み反射鏡のように使い礫を防ぐ。

 

 

 

「何とでも言いやがれクズが!好意のかけらもわからねぇ野郎にとやかく言われるつもりはねぇってんだよ!」

 

 

 

好意。

 

黄泉川に言われた言葉が一方通行の脳内で再生される。

 

『打ち止めの好意を受け取っていても、自分から彼女に好意を向けることはない』

 

それは跳ねのけられるのが怖いから?それとも自分にはそんな資格はないと思っているから?それともそんなものはすぐに失われてしまうものだと思っているから?

 

浮かんでは消えの繰り返しだ、学園都市最高の頭脳でもそれの答えは出せそうもない。

 

 

 

「わかりたくもねェなァ!俺は一流の悪党だ、ンなモン考えるだけ無意味だ!」

 

 

 

自分に溜まっていた鬱憤を晴らすべく吠え、右腕に突き刺さっていたコンクリートの壁を文字通り七惟に投げつけた。

 

七惟の目の前でそのコンクリートは行く手を遮られ粉々に四散するが、それはダミー。

 

一方通行は七惟の死角に回り込み、一気に超加速する。

 

だが直前で七惟は一方通行の気配に気付く、距離操作能力者は自身の周囲に対して常に警戒を張っているが、それはレベル5の七惟ともなれば常識では考えられない程冴えわたっており、まず背後でも感知する。

 

すかさず場のAIM拡散力場から一方通行のベクトル変換に干渉し、方程式を根っこから破壊していく。

 

バランスを崩した一方通行はまたもやあらぬ方向へと身体が吹き飛び、暴走した足のベクトルの勢いそのまま道路からはじき出されて大木へと激突した。

 

その衝撃で大木は薙ぎ倒される、一方通行は間髪いれずにその場から起き上がり、ダン、とその場を思い切り強く踏みつけた。

 

 

 

「好意なンざ、甘えだ!俺達は忌み嫌われる存在だろォが!好かれようとしてどうするってンだ!あァ!?」

 

 

 

大地に亀裂が四方八方へと走る、砕かれたアスファルト全てを味方に一方通行は再び七惟に突撃する。

 

彼はアスファルトの礫を身にまとう、竜巻を背中に接続する方法と同じやり方だが、これは何か障害物があった場合すぐに礫が弾かれるため、見えない七惟の『壁』を感じ取ることが出来るのだ。

 

 

 

「てめぇの懺悔はそれで終わりか!?それならてめぇが犯した罪の味を死ぬほど味わわせてやる!暗部から抜け出したくて抜け出せなかった奴の無念の……気持、絶望って奴をてめぇの身体になぁ!」

 

 

 

礫の先端が吹き飛ばされる、その瞬間一方通行は自身の弾道する軌道を変えた、やはりそこには遮るものなど何も無く、七惟まで一直線に飛んでいく。

 

一方通行は七惟が干渉するベクトル変換をある程度理解していた。

 

まず一つ、反射装甲。

 

これに関しては研究所に大量のデータも残されており、木原が法則の穴をついて破ったのを見て分かる通り、反射装甲の方程式はまず七惟にばれていると言っても過言ではない。

 

そして自身の身体に関するベクトル変換。

 

何度も足のベクトル変換を暴発させられたことが物語っているし、右腕を突きだすスピード、威力も弱まってしまっている。

 

だが逆に七惟がほとんど干渉してこないのは、今回の礫や烈風、一方通行が吹き飛ばしたアスファルトなど、一方通行自身から離れて行われるベクトル変換。

 

これらに関しては七惟はまず干渉してこない、初手の連発した烈風攻撃ならともかく他の攻撃においては守りや回避行動に出る。

 

自分の推察は間違っていないはずだ、現にこのアスファルトの礫を纏って突っ込んできた一方通行を苦虫を噛み殺したかのような表情を浮かべている。

 

 

 

「ンな甘い考えだと、何もかも無くなっちまゥぞオールレンジィ!」

 

 

 

彼は一度、打ち止めを無傷で助け出そうと考えたため、逆に彼女を追いこみ自らも窮地に立たされてしまった。

 

その時あの蛙顔の医者が言ったのは、『彼女に嫌われてでも、半殺しにしてでも彼女を生きて助け出せ』との言葉。

 

この時から一方通行の頭は完全な悪党に染まっている、一つを守るためならば、その一つに嫌われても、殺されそうになってでも守り切る。

 

だから自分から好意を向けることなど必要ない、そしてその好意を受け取るにしても、その裏に込められている気持ちを考えては悪党の道の障害になるだけだ、そう自分に言い聞かせる。

 

一方通行が七惟に激突するまであと数瞬、いくら一方通行自身を制御しているベクトルを操ってもこのコンクリートの礫は消せまい。

 

風速100Mで動き続けるこの礫を食らったならば、身体は蜂の巣のようになる。

 

勝負アリだと確信を持って、相手の覚悟と『思い』を潰したことに至高の喜びを感じながら一方通行は引き裂ける笑みを浮かべた。

 

全てを終わらせるには十分過ぎる一撃が、今七惟理無の身体を貫かんとするその時にまたもや一方通行の予想と反する現象が起きる。

 

距離操作能力者は高速で動く物体、不規則に乱れる動きをする物体を転移・可視移動させられないという法則がある。

 

だが同時に、『高速で動く物体・不規則に乱れる動きをする物体』以外ならば、数百トン、数千トン単位で物体を瞬時に動かすことが出来るのだ。

 

 

 

「この……ゴミクズがぁ!」

 

 

 

七惟は能力をフル稼働させ、地面一体を覆っていたアスファルトの道路を捲りあげ、一方通行と自身の間に転移させたのだ。

 

アスファルトの壁は一方通行が纏っていた礫全てを払いのける、そして一方通行の身体はアスファルトの壁に勢いよく衝突し、そのまま突き抜ける。

 

だがその先に七惟はいない、立ち止まり周囲を見渡すと、数メートル離れた位置でこちらに槍を構えているのが分かった。

 

分かったと同時に、今度は一方通行の意思とは反して凄まじいスピードで彼の身体が七惟の元へと飛んでいく。

 

 

 

「て……ンめェ!」

 

 

 

可視距離移動だ、今この状態の一方通行に反射は適用されていない、下手をすればこのまま槍で身体を貫かれてチェックメイトだ。

 

嫌でも自分が先ほど殺した少女の最後が脳裏に浮かんくる。

 

自身の右腕が少女の腸を抉り、内臓を潰して突き抜け止めなく溢れる大量の血液。

 

見るも無残な姿だったが、その姿と同じようにしようというのか七惟は。

 

これは報いだと言いたいのか、今まで殺してきた人間共と同じ最期を送らせ、後悔しながら、自身の行為を悔やみながら死んでいけと?

 

そんな後悔はもう既に死ぬほどやった、過去に一万人の人間を殺した時にも、打ち止めが木原に攫われ悲劇が起こってしまった時にも。

 

だから後悔はしないし、悔やみもしない、さらなる悲劇の終末を作り上げないように彼は進むだけだ。

 

今この瞬間はただ七惟理無を殲滅することだけを考えるだけでいい、それだけのことに頭を回せば絶対に勝機はあるし、この危機も乗り越えられる!

 

そして可視距離移動で弾道ミサイルのように引き寄せられた一方通行の身体が、槍に貫かれようとした時に全てが変わった。

 

今まで一方通行のAIM拡散力場に干渉してきていた七惟理無の脳が遂に悲鳴を上げたのだ、それは一方通行にとってはまさに僥倖、奇跡の出来ごとだった。

 

自身を槍へと引き寄せる力が一気になくなる、反射にはまだ若干違和感が残っていたようで、引き寄せる力が無くなり思い切り地面に叩きつけられた時肋骨の数本が嫌な音を立てて内臓を圧迫するのが分かった。

 

だがそれでも一方通行は止まらない、ふらつきながら槍で身体を支えている七惟に彼は突進する。

 

七惟との距離はもう5メートルもない、彼は思い切り拳を握りしめた。

 

 

 

「ガアアアァァァ!」

 

「ン……の野郎があああぁぁぁ!」

 

 

 

直前で七惟が一方通行の拳に気付き迎撃態勢を取るが今更遅い、一方通行のベクトル変換によって生み出された恐るべき力の一撃は、七惟が身を守るために構えた槍を半ばからへし折り、勢いが衰えることなく七惟の右肩に直撃した。

 

若干干渉により威力は落とされてしまっていたが、それでも人間のソレが生み出す力とは比べられない程のエネルギーが爆発し、七惟の身体は道幅40メートルはあるであろう幹線道路から弾きだされる。

 

ブロックのキャンピングカーが吹き飛ばされた方向とは逆に七惟の身体は吹き飛ぶ、その方向には原発が浄化した水が流れ出ている川がある。

 

奇しくもその川は、七惟が川下であの少女を流したモノと同じだった。

 

坂道まで飛ばされたところでようやく七惟の身体は地面についたが、コンクリートの堤防を転がっていくのが見える。

 

七惟はそのまま川の浅瀬の部分まで転がり落ちる、少しの抵抗も足掻きも見せずにやがて完全に動きが止まった。

 

ぴくりとも動かない七惟の身体から、死んでいるのか生きているのかも分からない。

 

終わった、勝った、という現実を理解するだけで、一方通行は動かない七惟を見ながら肩で息をするのが精いっぱいだった。

 

一つだけ言えるのは、学園都市最強の距離操作能力者である第8位が、死に物狂いで想像も出来ないような覚悟、意思を持ってしても学園都市の怪物には勝てないことだ。

 

しかし、一方通行はそれ以外は何も分からなかった。

 

勝ったというのに、頭は妙に冴えないしすっきりしない、心の空洞は広がるばかりで何も考えられない。

 

転がっていた杖を広い、首元の電極スイッチを通常モードに切り替える。

 

バッテリーの残量を見ると、七惟との戦闘で15分のバッテリー、要するに半分程使ってしまった。

 

だがそんなことすら今の一方通行にとってはどうでもよかった、彼の身体を襲う虚脱感があまりにも大きすぎて、すぐに少年院に行って結標達の加勢に行く気も起きない。

 

勝ったことによって得られたものは何も無かった、むしろ失ったもののほうが大きいかもしれない。

 

自分を形成するものに七惟はダイレクトに攻撃してきただけではない、精神的主柱となっている一方通行の悪党の美学にすら奴は致命傷を与えたのかもしれなかった。

 

相手の『好意』。

 

それを受け止めたのは自分も七惟も一緒だったが、七惟はその先にあるモノを手にしていた。

 

好意を受け止め、その気持ちを汲み好意を相手にも与えていた。

 

そんなものは甘えだと思っていたし決めつけていた、絶対にそれは最後には自分を不利にさせると思って。

 

なのに、あの男はその甘えを力に変えて、今までに無かった程に激昂し、一方通行を此処まで追い込んだ。

 

いったい、どうすればいいのだ?

 

好意なんて、悪の道を進む自分にとっては阻害する要因でしかないというのに。

 

しかし心の何処かでそれを望んでいる自分がいると自覚した時、一方通行はやり場の無い憤りを地面に思い切りぶつけるしかなかった。

 

異常なまでの善への渇望……あのヒーローのようになりたいと思っていることに、光の照らす世界を手に入れたいと思っていることに、彼は気付いていない。

 

ただ七惟理無が、オールレンジが自分が理想とするあのヒーローと同じような感情で立ち回り、闘いを挑んできたという事実が気に食わないということだけは分かっていた。

まるで抜け殻になったかのような無気力感を漂わせながら、彼は結標達が待つ少年院へと足を向ける。

 

七惟が生きているのか死んでいるのかなんてどうでもよい、一刻も早くこのナーバスになっている自分と決別したい気持ちが、彼を動かすのだった。

 

 

 

 

 

 



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復讐鬼-ⅲ







 


 

 

 

 

体中の感覚が失われている、意識を保つ力が徐々に弱まっていく。

 

七惟理無は、自身の力の全てを使い果たすつもりで、相打ち覚悟で学園都市最強の男に、自身を好きだと言ってくれた少女の気持ちを踏みにじった男に闘いを挑んだ。

 

だが結果は見ての通りだった、生きているのが不思議なくらいで、今自分が何処にいるのか、あれからどれくらいの時間が経ったのかも自分では認識出来ない。

 

完全なる敗北だ、あの憎たらしい男によって受けた右肩の傷がどれ程のものか詳細は分からないが、自分の命を奪うには十分な威力があるということだけはぼんやりとした頭でも明確に理解していた。

 

 

 

「糞……が」

 

 

 

口も碌に回らなくなってしまった、今の状態では一方通行に再度挑むのは不可能だろう。

 

結局自分は少女を助けることも、謝ることも、償いをすることも出来なかったというわけだ。

 

それなのに、そんな何も出来なかった奴が今こうやってのうのうと生きている。

 

その事に腹が立つ、だが立ったところでいったいどうすればいいのかもう七惟には分からない。

 

体中の感覚が失われているせいで立つこともままならないしこのままだと自分の身体が川に流されてしまうというのに、這い上がることも出来ない。

 

だがもし感覚が生きているのならば、右肩の激痛によってまともな精神状態を保っていられなかった可能性を考えてみれば、不幸中の幸い。

 

動かない身体を七惟は投げ出して、考える。

 

いったい、今から自分はどうすればいいのかを。

 

欲しかったのはいったい何だったのかも思いだせない、ただ今でもあの男が、一方通行が憎くて憎くて、殺したくて殺したくて仕方が無い感情は残っていた。

 

しかし、その闘いの果てにいったい自分は何を求めていたのか、闘いが終わり冷静になった今考えてみると、浮かんでこなかった。

 

殺したい衝動だけが自分を動かしていたのだ、そして何らかの形で少女に償いをしたかった、結果七惟の脳は一方通行を殺すことに辿りつき、終着点はこんなにも悲惨で、無残で、惨めで、何も残っていない。

 

殺し合いをして一方通行の死が欲しかったわけではないのに、いつの間にか目的と手段が入れ換わってしまっていたような気がする。

 

復讐鬼と化した自分は、結局勝っても負けてもこのような空虚な感情に支配されてしまっていただろう。

 

思考の迷宮に迷い込んでいた七惟だったが、やがて右腕の痛みがジワリと体中に広がっているのを感じた。

 

あぁ、そろそろ本当に不味いのかもしれないと自覚する。

 

服を着ているから目で確認は取れないが、おそらく右肩からは有り得ない程の出血と、めちゃくちゃに潰された皮膚や肉の惨状が広がっているのだろう、むしろあれだけの攻撃を受けて腕が千切れていないことに奇跡を感じる。

 

そちらに視線を向けてみると、着込んでいた衣服は自分の血で赤黒く変色しており着たままでも自分の酷い有様が確認できたのだが。

 

七惟はそこから先を見ていたのだ。

 

骨を粉砕されめちゃくちゃに潰された今でも、空虚感に襲われ立ち上がれない今でも、何もかも失ってしまったと思う今でも、生きる希望が見いだせない今でも、離していなかった大事な、大事なモノを。

 

それは、自分を初めて『仲間』と呼んでくれた少女が自分に与えてくれた、一本の槍。

その槍は、一般人から見れば何の変哲もない武器で、血しぶきを浴びるただの槍、人を殺すためにある殺戮の道具。

 

七惟にとっては、何よりも大切で、片手間も離すことはなくて、どんな時も一緒に居た。

 

イタリアでシスター達と戦った時も、台座のルムと殺し合って死の一歩手前まで行った時も、神裂という聖人と人間を超えた死闘を繰り広げた時も。

 

バイクに乗っている時も、学校に行く時も、上条や土御門と馬鹿をやる時も、絶対に離さなかった。

 

今思えばこの槍とは何よりも一緒に居たと思う、何時もは布で覆ったり折り畳んだり……自分の持ち物のどれよりも、一緒に居た。

 

現に今も一方通行の攻撃でバラバラになってしまっているが、右腕から握っているより上の部分は綺麗に残っている。

 

全く手に力なんて入らないのに、無意識の内に自分がしっかりと握っているように見えた。

 

槍を見ている内に、五和との思い出が脳裏を過る。

 

初めて出会ったのは神奈川にある教会だったが、そこでは殺し合い拷問にかけ、再び出会った時も殺し合って、次に会った時は何故か一緒に『友達』を助けるために戦っていたか。

 

そしてイタリアで一緒に買い物をして、訳の分からない恋の悩みのような話も聴いて、聴きたくも無かったのに上条の素晴らしさについてうんちくのように語られて。

 

でも、彼女は『仲間』として、自分を助けてくれた。

 

暴走した自身の前に立ちはだかり、身を犠牲にしてでも彼女は自分のために走り続けてくれていた。

 

慰めの言葉なんてかけなかった、自分を奮い立たせるための言葉を彼女は自分に送ってくれた。

 

彼女のような『仲間』や、上条や土御門のような『友達』、ミサカや滝壺のような『特別な存在』が居てくれて、自分は此処まで生きてこれたような気がする。

 

夏休みの時点では自分は空っぽの人間で、ただ何も見出せないつまらない人間だった。

 

ただ親の顔を死ぬまでに絶対に拝んでやる、という半ば無理やりな目的意識を作りだし行動していて、それ以外のことなんてほとんど考えず、社会や人間との関係を気付けばどんどん断っていって……やがてそれは自分にとって大事なモノを忘れさせていった。

 

それを取り戻してくれたのが御坂美琴で、コミュニケーションを取ることの楽しさを覚えた。

 

どっぷりと無気力の闇に浸かっていた自分を這いあがらせてくれた、たくさんの人々との記憶。

 

美咲香のように特別だと思えるような人間が自分にも出来て、上条のような友達と大覇星祭では戯れて、滝壺のように『パートナー』であると思える人間にも出会えた。

 

全ての記憶が、何よりも、バイクよりも、一方通行を殺すことよりも……。

 

 

 

「……大切、だな」

 

 

 

もしかして、自分は少女が死を迎えたあの瞬間、美琴や上条、ミサカに滝壺、そして五和達のように一緒に居たいと思っていたのかもしれない。

 

一緒に居たいという願望が、死という形で潰されてしまった自分には、もはや殺したあの男に『死』を与えることしか考えられなかった。

 

少女を何故助けられなかったのかと、あの川下で死ぬほど考えて苦悩して、でも結局その答えは出なかった。

 

少女が自分と一緒に居た時間はあの一方通行が作りだした偽りの時間、記憶。

 

でも生み出された感情は本物だと少女は訴えていた、からっぽの自分にたくさんのモノを与えてくれた、最後に微笑んだ。

 

最期の微笑みが自分の中にある何かを食い潰したと感じたが、あの時潰されてしまったのは一緒に居たいという『願望』だ。

 

大きなモノを確かに失ってしまったと思う、自身がもう少しコミュニケーション能力があれば、裏の人間に偏見を持ちださなければ変わっていたであろう未来。

 

だが、もうそんな『たら』『れば』なんて話をすることよりも、大事なモノがあると分かる。

 

全てを失ってしまった?生きる目的が見いだせない?そんなことはないではないか。

 

失うものが無い人間は底なしの強さを手に入れることが出来ると皆は言う。

 

それは言う通りだ、何も失うものがない人間は、ただ生きるために進むことしか出来ないのだ、だから何も恐れないのだろう。

 

ただ、そんな生き方では結局は何か大切なモノを忘れて行き、何か大切なモノを失う代わりにその力を手に入れる。

 

最後には自分のような無気力な人間が、生きる目的が見いだせず惰性で生きていたあの夏の自分が、生み出されてしまう。

 

逆に失うモノがある人間は、その手から大事なモノが零れ落ちて虚脱感・空虚感に襲われる時、今の自分のように立ち上がることが出来なくなってしまう。

 

しかし、それだけではないのだ。

 

全てを失ってしまったわけがあるはずがない、生きる目的が、希望が見いだせないなんて馬鹿なことは有り得ないじゃないか。

 

こんなにも、こんなにも、『皆』と一緒に居たいと望んでいる自分がいるのだから。

 

七惟理無には、その両手にまだ溢れる程の素晴らしい人間が一緒に居てくれるのだから。

 

例え死の直前まで追い込まれ大切なものを失ってしまったとしても、まだ七惟にはもったいない程の仲間たち、友達がたくさんいてくれる。

 

それさえ失くさなければ……まだ、立ち上がれるだろう?

 

今ならばあの少女が最期に見せてくれた、泡沫のような笑みの意味も理解出来るような気がする。

 

少女が裏切る行為を、仲間を売る行為をしたとしても手に入れたかったモノ、最後には手に入れたモノ。

 

それは七惟が今その手に握っているものだ、届かなかったモノもある、手を伸ばして必死に掴み取ろうとした少女の命はその手から零れ落ちた。

 

それでも、先の見えない自分に、からっぽの自分に形のある命を吹き込んだ、乾いた心に形のない感情を注ぎこんだ、少女が手に入れたものであり、また今も尚自分が手にしているもの。

 

そしてその全てがこう叫んでいるのだ、まだ絶望するには、死ぬには、早すぎる、死にたくはないと。

 

だから、その自分を形造っている全てが叫ぶのを止めないまで、自分も叫ぶのを止めない、進むことを止めない。

 

何時だって、こうやって心の底から叫んでやる。

 

『あいつらと一緒に居たい』と、枯れるまで叫んでやろう、自分勝手だとしても、それこそが自分が『今』を生きる理由なのだ。

 

自分を形作っているモノの声は誰にも聞こえない、それは自分にしか聞こえない。

 

それならば、心の声は誰にも聞こえないというのならば、その声を音にするために自分が言葉を発すればいい。

 

この声が、誰かに聞こえるのならば、聴いてくれる人が一人でも居るのならば、一緒に居たいと願う皆の誰か一人でもいるのならば、届くまで伝え続けたいのだ。

 

誰が何と言おうと、叫んでやると、今そう決めた。

 

絶望によって食い潰された願望は、七惟に大きなモノを与えてくれた。

 

『生きる衝動』を、与えてくれたのだった。

 

 

 

 

 

 






何時も御清覧ありがとうございます!

今回は七惟君の独白パートということでした。

気が付けばこの暗部抗争の章を書き始めて今月でまるっと二年です。

に、二年……二年です!長すぎます!

距離操作シリーズ自体をめちゃくちゃ長く書き続けてるのもあるんですが、

この章も残すところ半分はありません。

そして距離操作シリーズ自体半分を過ぎて折り返しなのです。

これだけ長く続けられているのは、不定期更新にも関わらず感想をたくさんつけてくださる読者の皆様のおかげです。

これからもどうぞ距離操作シリーズをよろしくお願いします。


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復讐鬼-ⅳ

 

 

 

 

 

『七惟が危ないかもしれない』

 

 

 

その言葉を滝壺が聴いた後、彼女の行動は至ってシンプルだった。

 

アジトで絹旗、麦野と合流した滝壺だったが単身で学園都市最強の一方通行に七惟が挑むと聴いてオチオチ高級ソファーに腰を掛けていられるような余裕は彼女には無かった。

 

アジトで麦野から聞いた内容は正直なところほとんど覚えていないが、必要な情報はしっかりと彼女の頭に記憶されていた。

 

『七惟の所属するメンバーが壊滅状態になったが、その元凶である一方通行と七惟が原発周辺で戦闘を行っている』

 

内容はざっくりとこういうものだ。

 

第1位は滝壺は直接会ったことはないものの、噂くらいは聞いたことはある。

 

能力はベクトル変換能力で、この世の物理法則全ての事象の向きと操るという、反則的な能力。

 

第1位は先ほどアイテムが辛酸を舐めさせられた第2位の上を行く男だ。

 

ついさっき直接第2位と戦ったから滝壺は分かる、あれよりも上に行く人間なんて正直なところ自分たちが考えられる常識を超えておりとても普通の超能力者が勝てる人間ではない。

 

そんな敵に単身で突っ込むなど、安心して高級ソファに座って休息なんて取っていられる訳がない。

 

彼女は今後の戦闘の事を考えて体昌は使わずに七惟を探さなければならない。

 

今彼女が持っている情報は麦野から教えられた『原発』というキーワードのみだが、彼女は何と言っても学園都市が誇る大能力者だ。

 

滝壺の優秀な頭脳は七惟が居るであろう場所を導き出しにかかる。

 

原発がある学区と言えば学園都市にはたった一つしかない、それは学園都市の中でも政府系施設が多い特色を持つ第10学区だ。

 

第10学区と言えばセキュリティが何重にも敷かれておりもはやメンバーという暗部組織の後ろ盾を全て無くしてしまった七惟が厳重なセキュリティを突破して戦闘行為に及ぶとは考えられない。

 

第10学区は刑務所や少年院、墓地や発電施設を除けばもうあとは施設の面積のほとんどは道、つまり道路だ。

 

彼女が弾き出した答えは、第10学区の原子力機関と少年院施設が立ち並ぶ道幅40メートルはあるであろう巨大な道路。

 

そこで七惟は、グループの最高戦力である学園都市の怪物、一方通行と戦闘になっているはずだ。

 

居ても立っても居られなくなった滝壺は麦野や絹旗の制止を無視し、部屋を飛び出した。

 

まだ浜面やフレンダもあのホテルで合流していないし、彼らがやってくるそれまでに七惟を連れてアジトに戻ればあの麦野だって文句は言わないだろう。

 

先ほど携帯に掛かってきた麦野の言葉は生きていたら連れてこい……ただしその後に続いた言葉は『死体だったら持ち帰ってくるな』という冷酷なものであった。

 

それは今後の作戦の支障にもなると考えてのことだろうし、七惟と一方通行が激突した際に七惟の勝率を考えて言われたものだったのだ。

 

学園都市第8位である全距離操作が、学園都市第1位である一方通行と戦闘になった場合の勝算は……おそらく0。

 

要するに、どう転んだとしても七惟は一方通行に勝てないのだ。

 

限りなく0に近い0いうわけではなく、絶対の……0。

 

それでも滝壺は七惟の生存を信じてやまなかった。

 

そこまでする必要があるのかとも電話で麦野には言われた、あるに決まっている。

 

自分のせいで、七惟はこんな闘いに巻き込まれてしまったのだから。

 

滝壺もつい最近までは知らなかったが、あのメンバーのアジトに行ったその帰りに絹旗から聞いてしまった。

 

麦野や絹旗、フレンダが知らぬところで自分を交渉材料に使い、無理やりに七惟をアイテムに引き入れたということを。

 

その際に、滝壺を殺されるのが嫌ならばアイテムに入れとの条件を麦野が突き出したことも彼女は聞いた。

 

絹旗はもちろんそのことについて謝ってきた、どういう経緯でそうなってしまったのか滝壺は聞こうとしたが彼女はそれは言い訳になる、と言って唯々頭を下げてきた。

 

絹旗はおそらくこのことを麦野から自分に伝えるなという命令があったはずだろうに、それでも何故あそこで謝罪したのだろう?

 

もちろん滝壺自身は仲間だと思っている彼女たちから七惟を釣る餌に勝手にされていたというのは正直なところ複雑な気分だけれど、今はそんな小さなことを気にする余裕なんてない。

 

自分が引き金となってアイテムに半ば無理やり加入させられた当の七惟が命の危機ならば駆けつけないほうがおかしいに決まっている。

 

地下鉄を使って、タクシーを使い、立ち入り禁止区域の手前で降り、必死に息を切らしながら道路を走った。

 

祝日ということもありやはり施設外に警備の人間はほとんどいない、もし暗部の人間が標的に攻撃を仕掛けるのならばこのあたりだろう。

 

そして道路を駆け抜け全距離操作と一方通行の死闘の舞台に辿りついた滝壺だったが、待ち受けていたのは悲惨な現実だった。

 

綺麗に整備されていた巨大な道路は至るところのアスファルトが剥げ落ち、一部は丸ごと消え去ってしまったかのように大地が露わになっている。

 

至る所に粉々になったアスファルトの礫が散らばっており、道路の横に並列するようにあった雑木林は、何か凄まじい衝撃にあったのだろうか、木が数本と言わず数十本なぎ倒されてしまっている。

 

その横にキャンピングカーらしきモノも確認出来たが、中には誰も居ないようでもぬけの殻だ、人の居る気配すら感じられない。

 

その場をざっと見ただけで此処で起こった惨劇の凄まじさを感じ取れてしまい最悪の展開が嫌でも頭を過り、唇を噛む。

 

 

 

「なーない」

 

 

 

掠れた声で、すがるようなか細い声で探し人の声を呼ぶ。

 

静まり返った真空のような場所に、彼女の声だけが響いては空しく唯消えていく。

 

返事はない、何処を見ても七惟の姿は見当たらないし、勝者と予想される一方通行の痕跡も、それどころかグループがこの場に居たのかどうかさえも分からない。

 

だが此処に七惟が居たのは間違いないのだ、これだけの破壊行為を行える人間なんてそうそういないし麦野が苛立ちから口走った情報は何時も正しいと滝壺は知っているのだから。

 

まだ、まだ何処かに彼はいるはずだ。

 

大覇星祭で、一緒に学生として競技に励んだあの人が、自分の身を犠牲にしてでも守ってくれたあの人が。今一番会いたい人が、此処にいるはずだ。

 

体昌が入ったカプセルは今日の使用頻度、疲労度、今後の展開から無事に帰らなければならないことを考えると絶対に使えない、此処で使ってしまったら逆に自分が七惟におんぶにだっこされることになってしまう。

 

なのでこうなったらAIM拡散力場浴でよく浸っていた七惟の力場を感じ取って、感で進むしかない。

 

まずは周囲の探索、クレーターのように大穴の空いたアスファルトを覗いてキャンピングカーの中と下を探索……いない、雑木林をぐるりと見渡して奥まで進む、捲れ上がったガードレールの土手部分を探す……見つからない。

 

時間にして10分、だが彼女からすると気が遠くなるような時間が経過したその時に滝壺は微弱ながらも能力者のAIM拡散力場を捉えた。

 

 

 

「北北東から信号が来てる……」

 

 

 

感じると同時に、彼女は駆けだす。

 

 

 

「なーない……!」

 

 

 

何も考えずに彼女は七惟の名を呼ぶ、こんな場所で感じるのは間違いなくこの場で戦ったモノのAIM拡散力場のはずだ。

 

それは七惟の発する力場に酷似していた、彼と一緒に居る時はいつも必ず彼のAIM拡散力場に身体を委ねていたのだから間違いない。

 

その信号は道路からではなく、雑木林とは逆方向の方角に位置し、道路の横を流れる小さな川だ。

 

コンクリートの堤防を駆け下り、前後左右四方八方へと視線を投げ、七惟を探す。

 

そして遂に彼女は見つけた、浅瀬で倒れてぴくりとも動かない、一番会いたかった人を。

 

 

 

「なーない!」

 

 

 

普段大人しく声を大にすることのない滝壺が叫ぶ。

 

必死の思いで駆けより、膝を突き話し掛けその手を握る。

 

 

 

「なーない……!」

 

 

 

呼びかけには、答えなかった。

 

七惟は微動だにせず、川の流れに任せて浅瀬に浸かっている足だけが靡いている。

 

右肩からは想像出来なかった程の量の血が大量に流れてしまったようで、今はだいぶ治まっているようだがそれでも彼の服は血糊でガチガチになっていた。

 

右手に握られている槍はよく七惟が携帯していたものだが、握っている部分から下ははじけ飛んだかのように抉れて消失しており、握っているその力も薄れてしまっているようで今にも川の流れに攫われていきそうだ。

 

滝壺はすぐさま下部組織の連絡を取り、救護班を呼ぶ。

 

まだAIM拡散力場が感じられるということは七惟は生きている、右肩から下は完全に潰されてしまっているが、それでも臓器などには損傷はないように見て取れた。

 

ならば助かる可能性のほうが、死ぬ可能性よりも高いはずだ。

 

祈る思いで救護班の到着を待つが、その間にもドンドン七惟の身体は冷たくなっていく。

 

出血多量で死ぬ恐れが出てきた、このままでは本当に危ないかもしれない、最悪の事態になってしまうのかもしれない。

 

体温を確かめようと頬と喉に手を置く、やはり冷たい。

 

早く、早く、早く来て……。

 

表情変化に乏しい彼女の顔が、焦燥に駆られる。

 

今にも涙が出てしまいそうなその時だった、七惟の目がうっすらとだが開いたのは。

 

 

 

「たき……つ、ぼ?」

 

 

 

七位は言葉を発した瞬間吐血するも、その瞳だけはしっかりと滝壺に向けられており、輪郭を取られていた。

 

 

 

「なーない……!」

 

「はッ……なんて顔してんだか」

 

「喋らないで」

 

「……そうか」

 

 

 

滝壺の表情を見た七惟は、すぐさま安堵したかのような、柔らかい表情を浮かべた。

 

見たことのないような、すっきりとした、死の淵を彷徨っているような人間が浮かべるはずがないような、すがすがしい表情。

 

そして一瞬だが、まるで彼が笑ったかのように見えた。

 

こんなにもボロボロに、ズタズタに痛めつけられて、死ぬほどの出血をして、骨は粉砕されて、大事にしていた槍も折れ曲がり、めちゃくちゃにされているのに。

 

今まで一度も、くすりとも笑った表情を見せたことが無かった彼が、こんなところで笑うなんて信じられなかった。

 

七惟の表情で今までの緊張が薄れ、感情の波が体中を支配していく。

 

笑うならば、もっと明るい場所で、もっと元気な姿で笑って欲しかった、大覇星祭で準優勝した時に、今はまだ叶わないが二人でバイクに乗った時とかに。

 

何もかも失ったかのような今の状態で、見ているこっちが一緒に笑ってあげられないような状態で、そっちだけ笑うなんて卑怯だ。

 

七惟の笑顔を見るだけで、真っ黒な恐怖しかなかった身体に、新しいモノが入りこんでくるのだから。

 

やがて和らいだ七惟の表情が、彼女の感情の糸を完全に断ち切り、胸に溜めこんでいた感情が溢れだす。

 

 

 

「お願いだから……一緒に居て」

 

 

 

たった今まで白黒に感じていた暗闇の世界、そこにストロボの光が差し込んだかのように目の前の光景に色が灯るのを感じた。

 

 

 

 

 

 



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復讐鬼-ⅴ

 

 

 

 

 

 

アイテムが待機している高級サロンに運び込まれたのは朦朧とした意識の中、何とか自分の足で立って歩くのがやっとの状態の七惟だった。

 

その隣には寄り添うように献身的な動きをする滝壺の姿。

 

彼女は七惟をソファーに座らせるとすぐさま濡れタオルや飲み物を準備する、対して絹旗は二人のやり取りを突っ立って見ることしか出来ない。

 

第一位と戦った七惟だったが結果は今の状態から鑑みれば火を見るより明らか、惨敗というよりよく生きて帰ってこれたというところだろう。

 

満身創痍の七惟を見れば今すぐにでも医療機関で治療が必要だが、それをよしとしないのは麦野だ。

 

麦野は生きていれば連れて帰ってこい、死んでいれば捨ててこいと滝壺に伝えている。

 

もちろん滝壺はこの生死の境を彷徨っているような七惟を戦闘になんて参加させたくないのだろうが、彼女の意思はアイテムという組織の中では無意味だ。

 

全ての決定権は麦野にあるのだから。

 

七惟の容態は全身打撲に出血多量、骨折と挙げたらきりが無いが特段目立つのは右肩に装着されている何やら薄気味の悪いゴツゴツとした機械だ。

 

話によれば右肩の骨が粉砕されて放っておくと出血は勿論止まらないし傷から細菌が入って腕が怪死してしまう可能性もあり、かと言って切り落として身体のバランスが取れなくなってしまっては彼の能力は大幅に下落し著しい戦力ダウンに見舞われてしまう。

 

それを防ぐために苦肉の策で暗部から取り寄せた一時的な、あくまで繋ぎのためだけの医療装置が支給されてきたという訳だ。

 

容態は良くなく顔は青白い、生気も感じられず死んだような目を半開きにしている七惟をまじまじと麦野は見つめる。

 

 

 

「へぇー……ふーん……アンタ、本当に一方通行に喧嘩売ったのね?」

 

「…………」

 

 

 

七惟は喋ることもままならないのか、それとも何もしゃべりたくないのか分からないが沈黙したまま。

 

 

 

「……そういえば最初アンタに会った時もそんな死んだ目をしてた気がするわね。ま、今は本当に死にそうなんだけどさ」

 

「むぎの」

 

「滝壺、取り敢えず生きた状態で連れて帰ってきたのは礼を言うわ。こんな死にぞこないだけどもちろん戦力にはなるからね」

 

「……」

 

 

 

雰囲気から感じ取れる麦野のピリピリとした不機嫌なオーラに滝壺も押し黙って何も言わない。

 

きっと七惟のことを心から心配している滝壺からすれば今すぐにでも安全な場所へ移したいだろうに。

 

 

 

「フレンダと浜面はまだ、ね……。それにしてもフレンダの奴、携帯も音沙汰無しってことは消されたかな……?」

 

「はまづら、大丈夫かな」

 

「あんな奴死んだっていくらでも代わりはいるから気にする必要なんてないわよ、それよりアンタも休めるうちに休んどきなさい。もう少ししたらあのバカ共に仕掛ける」

 

「……うん」

 

 

 

滝壺にしては珍しい、というかおそらくアイテムに加入してから初めて不服そうな返事を返したというのに麦野は気にも留めない。

 

今麦野の頭は仲間を労わるよりも、自分に辛酸を舐めさせた敵のことで一杯なのだろう。

 

 

 

「絹旗、アンタも同じよ。一人は仕留めたけどこっちもオールレンジとフレンダを消されてだいぶ戦力は削られた。でもまだ人数的には有利、次で決める」

 

「超わかりました」

 

 

 

ボロボロになった七惟、未だに姿を現さない浜面、音信不通となってしまったフレンダ。

 

今日の昼までは全員でファミレスの席を囲って談笑しながら浜面のエロファイルのことを弄ったり、皆でお昼を取ったり……今この状況からはとても想像出来ないような時間を過ごしていた。

 

それから時間にしてみれば僅かたったの6時間、12時から18時になるまでのたったの6時間であっという間に目を疑いたくなるような現実が目の前に振ってきた。

 

昼過ぎにはスクールの親玉である垣根、その腹心の心理定規と戦闘を行い、その後は迫りくるアンチスキルの追手から逃げてやっと辿りついたアジト。

 

その間にフレンダや浜面とは離ればなれ、七惟は一人でグループに戦いを挑んで再起不能。

 

人数的には確かにまだアイテムの方がスクールより有利だが、相手はあの垣根提督。

 

底が知れない、こちらの常識は一切通用しない、何処までその力及ぶのか、その未元の物質が迫ってくるかは皆目見当もつかない。

 

アイテムの戦力の双璧を成す七惟がこのような状態ではとても正面から戦って勝てるとは思えなかった。

 

あの時、霧が丘女学院を出る時……、七惟はメンバーの任務に向かった。

 

彼は『野暮用だ』と言っていて、その言葉を聞いた時はきっと七惟なら片手間で片づけられる簡単な仕事なのだろうと考えた。

 

だけれども、別れ際に一瞥した際彼の表情は全く冴えておらず、懸念していた案件が膨れ上がってしまっていたかのような、アキレスの踵を刺されたかのような苦い表情だった。

 

それでも大丈夫だろうと鷹をくくっていたものの……この有様である。

 

七惟が走り去っていくその背中をどうして呼び止められなかったのだろう?

 

どうして言えなかったのだろう、自分も一緒に行くと。

 

そうすればきっとこんな最悪な事態を回避する手立てはいくらでもあっただろうに。

 

 

 

「超七惟、意識はありますか?」

 

「……あぁ」

 

 

 

ソファーに横たわっている七惟は反応は鈍いもののこちらの問いかけにはある程度反応してくれる。

 

 

 

「きぬはた、なーないも休まないと」

 

「……そうですね」

 

 

 

声を掛けたもののその次の言葉を発しようとしたら滝壺が会話を遮ってきた。

 

今後起こりえる戦闘に向けて少しでも体力を回復して欲しいという思いからの行動だろう。

 

だが、だがしかし……そんな滝壺の行動を見て自分の中で消化しきれないもやもやとした感情がぐるぐると駆け回っている。

 

何故、この少女はこんなにも七惟と近い場所に居るのだろう?

 

何故、この少女はこんなにも七惟のために動けるのだろう?

 

何故、そこに自分は居ないのだろう?

 

こんな非常事態で、何時スクールとの戦闘が勃発するかも分からない切羽詰まった状況でそんな下らないことを考えてしまう自分に腹が立つもののその思いは考えれば考える程自分の中でドンドン大きく成ってしまう。

 

 

 

「何だか、超納得出来ませんね」

 

「なにが?」

 

「……分かりません」

 

 

 

あどけない表情でこちらを見つめる滝壺理后、自分より年齢は上だというのに穢れを知らないその瞳。

 

だからこそ、汚れていない彼女だからこそ表の世界で生きてきた七惟のことを一番よく理解して、彼のことを第一に考えて動き助けられるのだろう。

 

麦野から七惟の居場所を聞いた時だって全く迷う素振りすら見せず飛び出していった、自分の保身とか、今後のこととか、暗部組織としての動き方とかそういうのを一切合財無視して誰よりも早く滝壺は動いた。

 

対して自分はどうだっただろうか。

 

七惟が原発で死に物狂いで戦っているというのに、滝壺が必死の思いで彼を助けようとしているのに、自分は……唯この何もない場所で待つことしか出来なかった。

 

何故滝壺はそこまで出来るのだろう?

 

七惟が仲間だから?

 

いや違うだろう、唯それだけならばきっと彼女は今頃浜面やフレンダのことだって血相を変えて探しにいっている。

 

七惟が自分のせいでアイテムという組織に放り込まれたから?

 

あの時、滝壺の肢体を吹き飛ばされたくなければアイテムに加入しろと七惟に迫ったアイテム。

 

それに負い目を感じているのか?本来ならば利用された滝壺自身だって被害者だ。

 

でも心優しい少女にとっては自分のせいだと、自分が居なければそんなことにはならなかったのにと悔いていて自分のせいで七惟が死ぬなんて耐えられないのだろうか?

だから助けに行ったのだろうか?

 

……それも違う気がする、たったそれだけのことで幾ら滝壺が聖人君子だったとしても自分の命を顧みずあんなことをするだろうか?

 

じゃあ、いったい何が彼女を突き動かすのだろう?

 

目が眩むようなこの現実から逃げずに、耳を防ぎたくなるような轟音を物ともせず戦地に赴く心。

 

その感情の源って……いったい……。

 

さっきから分からないこの感情は……。

 

ソファーに横たわる七惟を見る。

 

もちろん生きて帰って来てくれて嬉しい、素直に嬉しい。

 

これだけの重傷を負ってはいるものの腐っても学園都市が誇るレベル5、最強の距離操作能力者であることに違いはない。

 

今後の展開のことを考えれば七惟は必ず戦力になる、だからこそ麦野だって滝壺の暴走に近い行為を咎めずにいるはず。

 

彼が居れば居るだけアイテムの生存確率が高まるのだから生きている人間としては当然の感情のはずだ。

 

……だけど、だけど本当にそれだけか?

 

いや違う、七惟は臨時ではあるもののアイテムの構成員であることに間違いはないがそれ以上にちょっと昔から付き合いがある悪友で……友人だ。

 

アイテムの戦力、全距離操作として何者にも変えられない力を持っていることは事実だが、自分にとっての七惟理無は誰にも変えられない、一緒に馬鹿なことをしたりB級映画を共有してくれる友達。

 

それに自分の愚痴だって聴いてくれる、全然掴み所がなくて分からないところばっかりな七惟だけど、彼と一緒に過ごす日々は自分の中ではやはり特別だ。

 

最初は汚れ仕事を一緒にしていた唯の同僚だったのに、気が付けば一緒に居て遊んだり喋ったりご飯を食べたり……でもその間に大ゲンカだってした。

 

暗部の中のどうしようもない裏切りや謀略の数々の中では絶対に経験出来ないようなことを彼とはやった、滝壺よりも自分のほうが七惟と過ごしてきた時間は、記憶はたくさんある。

 

彼の代わりは誰も務まらない。

 

他の人間達とは過ごしてきた期間も、内容も、共有してきた時間も全てが違う特別な人。

 

きっと、きっと滝壺にとってもその七惟は特別な人なんだ。

 

何者にも変えられない特別な人だからこそ、彼女は何としてでも彼を助け出そうと自分のことよりも七惟を優先した。

 

きっと彼女は……滝壺は七惟のことを『好き』なんだ、だから他の人は絶対にしないようなことだって出来る。

 

これがきっと、人を『好きになる』っていうことなんだ。

 

滝壺のやっていることは、好きな人に対しての気持ちを、感情を体現しているんだ。

 

七惟理無は、滝壺にとって特別な人、異性として好きな男の人。

 

滝壺と七惟のやり取りを見てもやもやしていた自分、分からない感情に戸惑っていた自分……馬鹿をやって、下らないことを言い合って、会話のドッチボールをやって……でもそれだけで心が満たされていた、胸が弾んでいた自分がいる。

 

自分にワクワクを届けてくれるその七惟は、自分とは正反対な滝壺が好きな人。

 

そう考えると物事が手につかなくなる、どうしようもなく胸が苦しくなってしまう……。

 

 

 

「……私は」

 

 

 

もしかして、もしかして自分は滝壺と同じで七惟のことを『好き』なんだろうか。

 

この胸が苦しくて軋むような感覚は、好きな人を滝壺に取られてしまうからなんだろうか。

 

ずっと隣にいたのは自分なのに、最近知り合ったばかりの滝壺にその居場所を取られてしまって……嫉妬、している……?

 

分からない、気付かない内にドンドン大きく成ってしまったのこの感情。

 

いったいこの感情は何処へ向ければいいんだろう、どうやって伝えればいいのだろう?

 

誰か教えて……何もわからない馬鹿な私に。

 

 

 

 



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復活の言葉-ⅰ

 

 

 

 

 

「遅いよー、浜面」

 

アジトに帰ってきた浜面を待っていたのは、麦野の素っ気ない一言だった。

 

此処は第3学区にある高級サロン。

 

学園都市でも上流階級しか入ることが出来ないサロンで、上流階級未満の人間は此処に入れるようになることで上の仲間入りを果たしたと見なすらしい。

 

それ程までに一般人とはかけ離れている場所だったが、そんなサロンの一室にどっかと陣取っている麦野達アイテムもまたある意味では上の人間なのかもしれない。

 

もちろん経済的な意味ではなく、その他諸々な意味を含めてだが。

 

 

 

「……七惟!?」

 

 

浜面の視線に先ず入ってきたのは、今にも息絶えてしまいそうな状態の全距離操作能力者、七惟理無だった。

 

視線は虚ろで意識を保っているのか失っているのか分からない、傍らに置いてある何時も携帯していた槍は半分から下が無くなり、右肩には何やら得体の知れない機械が付いていてかなりごつくなっている。

 

服もボロボロで、着こんでいる皮ジャンは赤黒く変色しており、もはや元の色が何色だったか分からない、ズボンに関しては、昼見た時には青だったのに今では紺色になってしまっている。

 

滝壺が腕に包帯を巻いているが、そんな一時的な応急処置ではなくちゃんとした医療機関に入れなければダメだろうということはすぐに分かった。

 

表情はかなり疲れきっていて、顔に刻まれた血の化粧からして、今まで彼がどんな場所に居て、どんなことをしたかを察するには十分過ぎた。

 

学園都市で8番目に強い能力者で、あの麦野ですら一目置く男がこんなことになってしまうなんて、今日は全てが異常事態過ぎる。

 

スクールとの戦闘後浜面は心理定規に追われて命辛々此処まで走ってきたと言うのに、助かった気がしなかった。

 

 

 

「あんまり騒がないでくれる浜面?」

 

「い、いいのかよ。七惟がこんなんになっちまったんだぞ」

 

「仕方がないでしょ、ソイツ単騎で一方通行の馬鹿野郎に突っ込んだんだ。あの馬鹿に一人で喧嘩売ったらどうなるかくらい分かってるだろうにね」

 

「おいおい……」

 

「まぁ、死に損ないの状態でもレベル4くらいだったら一蹴出来る力はあるしね、オールレンジは戦力になるの」

 

 

 

七惟はそんな麦野の言葉を聞いているのかどうかは分からないが反応は示さない。

 

おそらくこれが麦野だ、ということを理解しているのだろう、もしくは麦野に言われたことが図星で何にも言えないのか。

 

どちらにせよあの状態からアイテムの面子が全員揃うとは奇跡に近いと思った、クレーン女に追われていた自分もよく生還出来たものだ。

 

が、此処で浜面は違和感に気付いた。

 

 

 

「……フレンダは?」

 

 

 

一人足りないのだ、アイテムが。

 

 

 

「消えた」

 

「は?」

 

「死んだのか捕まったのかは分からない。補充してる時間はなさそうだし4人で頑張るしかないね」

 

 

 

麦野はフレンダのことなどどうでもいい、と言わんばかりの仕草で応える。

 

 

 

「ま、こっちには滝壺と七惟がいる。スクールも一人欠けたし、まだこっちが有利。巻き返すのは不可能じゃないよ」

 

 

 

自分は頭数に入っていないのか、と不満そうな表情をする浜面に包帯を持った滝壺が近寄る。

 

 

「はまづら、怪我してる」

 

 

 

確か滝壺は、浜面が麦野から渡された黒い袋を電子炉で処理するすぐ近くを走っていた。

 

浜面は此処にやってくる前に麦野に依頼されて黒い袋を電子炉で処理していた。

 

その黒い袋の中身は何なのか麦野に問いただそうとしたが、浜面の言いたいことを悟ったのか麦野は『好奇心で身を滅ぼしたくなければいう事をきけ』とだけ言い残して彼にこの袋を押し付けたのだ。

 

おそらくあの黒い袋の中身は……仲間たちの死骸、もしくは裏切った者達に麦野が行った制裁の結果が入っていた。

 

浜面はまだ麦野という人間を深く理解していなかった、アイテムとメンバーの面子で遊んだあの日からは想像も出来ないこの現実。

 

今日の闘争で次から次へと明らかになっていく問題と麦野の本質に浜面は戸惑うばかりだ。

 

下手をすれば次は自分があの黒い袋の中の物言わぬ肉塊になっていたかもしれない……。

 

そんなことをしていた浜面の横を駆け抜けていった滝壺が向かったのは第10学区の立ち入り禁止区域だったのだが、今なら何故あの時この少女が走っていたのか分かる気がする。

 

彼女は七惟を助けようとしていたのだ、学園都市最強の一方通行との闘いに破れた瀕死の七惟を。

 

何でもねぇ、と答えて浜面は麦野に問う。

 

 

 

「これからどうすんだ?ピンセットは奴らに奪われちまったんだろう?」

 

「そだね、だから今度はこっちから反撃する番よ。滝壺の能力を使ってあの糞の居場所を突き止める。もうアイツのAIM拡散力場は滝壺は記憶してるから、何時でもこっちから追えるのさ。アイテムの存在意義は上層部に反乱する因子を抹殺すること、ソイツを全うしてやろうじゃない」

 

 

 

七惟の看病をしていた滝壺は麦野に視線を向けると、懐から小さなケースを取りだした。

 

 

 

「検索対象は未元物質でいい?」

 

「誰だそりゃ」

 

「第2位のレベル5。スクールを指揮してる糞野郎だよ」

 

 

 

麦野が答えている間に滝壺はケースに入っている粉末を取りだした。

 

 

 

「滝壺さんも超難儀していますよね。体昌がないと能力を使えないなんて」

 

「別に。わたしにとっては、こっちが普通だったから」

 

 

 

粉末を少量舐めると、少女の目に光が戻る。

 

普段のぼーっとした天然脱力系少女とは思えない表情に代わり、背筋はピンと伸びている。

 

 

 

「AIM拡散力場による検索を開始。近似・類似するAIM拡散力場のピックアップを停止。該当する単一の力場のみを結果報告するものとする。検索終了まであと5秒」

 

 

 

機械のような正確で、無機質な声。

 

そして答えはやってきた、同じ声色で。

 

 

 

「結論。検索対象はこの建物内にいる」

 

 

 

その場全体が凍りついたかのようになったその瞬間、サロンの扉が反対側から思い切りけり破られる。

 

 

 

一人の男が姿を現す、姿を確認した麦野が忌々しげに名前を言った。

 

 

 

「未元物質……!」

 

「名前で呼んで欲しいモンだな、俺には垣根帝督っていうちゃんとした名前があんだからな」

 

 

 

男の手についているのは機械のように細長い二本の爪。

 

 

 

「ピンセットか」

 

「かっこいーだろ?勝利宣言しに来たぜ」

 

「はッ……。アレイスターに選ばれなかったスペアプランに吠えられても。散々逃げ回ってくれたのに急に態度がでかくなったのはどういうつもり?」

 

「そりゃあな、あれだけド派手に暴れてくれちゃあ、こっちも下の奴らに示しがつかねぇ。おかげで4人しかいない人員を一人ミンチにされちまったしよ」

 

「忘れてない?数日前にはスナイパーも愉快な死体にしてあげたつもりだったけど?交換したんだ」

 

 

 

下らなそうに会話の応酬を続けていた垣根の視線がふとある一点に向けれる、そこには瀕死状態の七惟理無が居た。

 

 

 

「へぇ、生きてたのかオールレンジ。話によりゃあ、あの糞野郎だいぶ痛めつけてくれたみたいだな。ったく、本当お前は対一方通行なら俺と同じくらいの実力だよ」

 

 

 

そう言って垣根は右手を七惟に向ける。

 

 

「つっても、もう用無しだしな。そろそろ舞台からは退場してもいいんだぜ」

 

 

 

だが、そこから先の言葉は無かった。

 

七惟に敵意が向けられたその瞬間に、絹旗が数十キロはありそうな豪奢なソファーを片手で持ちあげるとそれを容赦なく垣根へと投げつける。

 

ソファーは猛然と垣根へと向かいぶつかるが、粉々になったのは垣根ではなくソファーのほうだった。

 

バラバラに粉砕されたソファーが撒きあげる粉末の中から現れた垣根はかなり苛立った表情だ、もう殺す準備は万全か。

 

 

 

「そんなにオールレンジが大事なのかよ……ムカついた、まずてめぇの目から潰してやろうか、もう二度とその大事な大事なオールレンジを見れねぇくらいになぁ」

 

 

 

絹旗は垣根の言葉には応じず、素早く壁際まで走りサロンの壁を破壊して通路を開く、すかさず七惟を背負う。

 

麦野に目配せをして互いが頷くと、ぼーっと突っ立っていた浜面達に叫ぶ。

 

 

 

「浜面!滝壺さん!こっちです!」

 

 

 

無理やりこじあけた通路を4人は突っ走る、奥の部屋に居た客たちやスクールの下位組織の連中は絹旗の窒素装甲の蹴りとタックルで有無を言わさずになぎ倒していく。

 

もし窒素装甲が無ければ男子高校生である七惟を、中学生である絹旗が持ちあげるなんて芸当は出来なかっただろう。

 

 

 

「浜面、超急いで車の準備をしてください。スクールが私達のアジトを突き止めたのを見るに、こちらの情報が漏れていて、他のアジトも洗いざらい手が回っていると考えるのが超打倒です。おそらくスクールは滝壺さんの厄介な能力も知っているはずで、纏めて潰しに来たんです」

 

「こいつのサーチ能力か?」

 

 

 

破壊力だけならば、ド派手な麦野や絹旗のほうが余程おっかなく見えるのだが。

 

素人目では分からない何かがあるのだろうか。

 

 

 

「アイテムを抹殺しなくても、滝壺さんさえ消えてしまえば私達の行動は超制限されてしまいます。滝壺さんが居ることで、追われる側と追う側が入れ換わってしまうと言っても過言ではありませんからね。背中を追われる恐怖を考えれば、滝壺さんは一番狙われやすい存在なんです」

 

「……なるほどな」

 

「逆に言えば、滝壺さんはそれほどにまで大きな存在。滝壺さんさえ居れば、まだ逆転出来ます。とにかく此処から超離れてください、アイテムのアジトは使わずに、スキルアウト時代に使っていた潜伏先か何かを超回っていてください、多少は時間は稼げるはずですから。そこのエレベーターを使ってください、私は麦野の援護に向かいます」

 

 

 

4人の後方から爆音が響く、麦野と垣根の戦闘が始まったのだ。

 

浜面は絹旗が背負っている、もはや息をするだけの存在になったかのような七惟に目を向けて尋ねる。

 

 

 

「ソイツはどうすんだ?」

 

 

 

それを問われた絹旗は走るのを止めると、表情が固まった。

 

彼女も考えて居なかったのだろう、あの場から連れだして、そこからどうするかなんて。

 

 

 

 

「……それは、浜面に超任せます」

 

「お、おい?」

 

 

 

絹旗は七惟をその場に下ろす、どうやら七惟は気を失ってはいないようで自力で立つことは出来るようだが、それでも支えになるようなモノがなければおぼつかず、壁に寄りかかって浜面達三人を見やる。

 

相変わらず目は虚ろで、今どういった状態なのか、どれだけ危険なのかすら認識出来ていないようにも見えた。

 

あれだけの重傷を背負っているのだから当然かもしれないが、今この緊急事態に七惟の容体を気に掛けるなんてそんな悠長なことを言っていられるはずがない、焦りからか浜面は徐々に苛立ちも募る。

 

「はまづら、なーないも」

 

「だけどな、俺はコイツ背負って逃げ切る自信なんてないぞ!」

 

 

 

当たり前だ、浜面は絹旗のような窒素装甲も持っていないし、怪力でもないただの不甲斐ないスキルアウトの一人だ。

 

七惟は見た目かなり細身で体重も60kgは無いだろう、ただそれでも先ほどの絹旗と同じようなスピードで走れるとは思えないし、コイツを助けるために全滅する可能性が非常に高い。

 

いくらなんでも無茶難題過ぎる……!

 

浜面の知るアイテムの絹旗ならば、麦野がフレンダが消えたことをあっさりと切り捨てるように絹旗も同じように七惟を見捨てると思ったのだが。

 

俯いて言葉を発さない絹旗、すぐそこには迫りくる垣根提督、あのクレーン女だって何処に潜んでいるか分かりはしない、何処から襲ってくるか、下位組織の連中が何時牙を向けてくるか考えただけで体が震える。

 

 

 

どうする、どうすれば……この状況を切り抜けられる!?

 

 

 

 

 

 



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復活の言葉-ⅱ

 

 

 

 

眼下には衝撃で揺れる足場、背後から迫りくる垣根提督、好機を狙い、身を潜めているかもしれないクレーン女、何処から襲ってくるか分からないスクールの下位組織の連中。

 

時間にはほんの少しの猶予すらなさそうに思えるそんな切羽詰まった状況で、滝壺と絹旗は重傷の七惟を連れていって欲しいと訴えており断われるような雰囲気ではない。

 

現実的には有り得ないその選択肢が、更なる重荷になって浜面の身体にのしかかる。

 

いったいどうしてこの男が此処まで好かれているのか浜面には理解出来ない。

 

滝壺はまぁ、先ほど自分を気遣ってくれたのを見るにまだ何とか理解出来るかもしれないが、絹旗に関しては余程のことが無い限り相手を思いやることなんてないはずだ、それを実行させるどころかこんな緊急事態の時にすら情を持たせるとは。

 

 

 

「……絹旗」

 

 

 

此処に来てついに七惟が声を上げた、蝋燭のように今にも消え入りそうな声だったが、それでもその場の三人の耳に届くには十分過ぎる程、全員の感覚は研ぎ澄まされていたのだ。

 

 

 

「まだ死んだわけじゃねぇからな、俺も此処で残ってあのメルヘン野郎と戦う」

 

 

 

七惟の言葉に絹旗は呆れたように、リアルな一言を突きつける。

 

 

 

「何を言っているんですか七惟。今の貴方の状態じゃ、私にすら勝つことは出来ませんよ。はっきり言って此処に居られると超迷惑なんです、気を取られて隙を作ってしまうかもしれませんしね。なのでさっさと逃げる算段のことを考えてください」

 

 

 

それでも、と七惟は食い下がった。

 

 

 

「はッ……んなこと言われなくても分かってる。囮にでも盾にでも使いやがれ、そうすりゃ時間は稼げるだろが」

 

 

 

分からない。

 

滝壺や絹旗が七惟を助けたい、と思う理由なんて珍紛漢紛だが、それ以上に意味不明なのはこの男がどうしてそこまでするかだ。

 

確か七惟理無は他の組織から送られてきた『臨時』の構成員だったはずだ、それは自分でも言っていたし、例えアイテム側が全滅したとしても何ら困らないはずだ。

 

特別アイテムと仲が良かった訳でもないだろう、まだアイテムに七惟と浜面が加わって一カ月も経っていない。

 

もしかして滝壺を助けたいと思っているからか?自分を助けてくれた女を、殺されたくないからか?

 

それならばまだ分かるが、自分が囮や盾になったら意味がないだろう。

 

それは自分から死に行くようなものだ、せっかく滝壺に助けて貰った命だというのに此処で捨てるような奴なのか。

 

自分には到底真似出来ないような行為だが、それでも七惟の決断が良いのか悪いのかで言ったら、浜面にだって判断は出来る。

 

 

 

「はぁ……全く、超呆れますね貴方には。厨二病かと思ってましたが超が付く程の頑固者です」

 

「そうだろ、会った時から互いに呆れてばっかだったからなお前とは」

 

 

 

意外だった、あの七惟と絹旗がこんな表情で語り合うなんて。

 

二人の口数は少なかったが、この会話から二人が浜面が思っていたよりも長い付き合いであり、それなりの友情関係らしきものを構築していたのが分かった。

 

それはアイテムのような裏社会の『仲間』と呼ばれる関係ではなくて、表の社会……まぁ、スキルアウトの集団でも同じだったのだが、『友情』と呼ばれるものに表現すれば近いものだと思った。

 

 

 

「なーない、でも」

 

「悪いな」

 

 

 

滝壺の声に一言で応える七惟。

 

たった一言だったが、その言葉で七惟の伝えたいこと全てが分かったのか滝壺はもうそれ以上口を開くことは無かった。

 

七惟もそんな滝壺の頭にポンと手をやり、彼女の頭を撫でるだけで言葉はない。

 

この違和感は何だろう、彼は七惟理無で間違いないのだがまるで昨日の七惟とは別人だし、スキルアウトのリーダーを半殺しにしたあのレベル5や麦野とは全く違う。

 

こんなにも彼は、レベル5は……人を思う人間だったのだろうか?

 

こんなにも人間らしくて泥臭いレベル5なんて見たことがない。

 

そんな二人のやり取りをマジマジと見て、隣で無言で佇む絹旗がぽろりと言葉を漏らした。

 

 

 

「そんなに滝壺さんを守りたいんですか?」

 

 

 

このタイミングでそんなことを言うか……!?

 

それは絹旗らしからぬ言動だった、いや七惟に関しては先ほどから絹旗は的外れな言動ばかりなのだが。

 

今この切羽詰まった状態で、誰かを守りたいとかそんなことはどうでもいいはずだ。

 

如何にして逃げて、重要人物である滝壺を逃がすかが大事である。

 

戦略面で見ても滝壺を逃がす、守ることは一番重要な事項であると絹旗自身が言っていたというのに、何故この場でそれを再度問うのだろうか、時間の無駄では。

 

 

 

「……ちょっと、羨ましいですね」

 

 

 

今度こそ普段では絶対に言わないような言葉が絹旗のその小さな口から零れた。

 

年相応の少女のような、誰かを想うような声で言われた言葉。

 

何も言い返せないだろう、と思っていたが……。

 

やはり七惟は違った、自分が今まで見てきた能力者たちとは。

 

 

 

「何言ってんだこの馬鹿」

 

「え?」

 

「お前とも、一緒に居たいからに決まってんだろ」

 

 

 

「七惟……?」

 

 

 

七惟の声は、爆音が響くサロン内でも三人の頭の中にしっかりと認識され、それが意味を成す言葉として浸透していく。

 

 

 

「……嬉しいこと、言ってくれますね七惟」

 

 

 

絹旗は七惟を見つめて、少し頬を赤らめながらほっぺたをぽりぽりと掻いた。

 

表情はとても嬉しそうで、幸せそうで。

 

今まで見たことが無いような、可愛らしい子供の笑みを無邪気に浮かべた少女がそこには居た。

 

 

 

「……その言葉が聴ければ超十分ですよ」

 

 

 

絹旗はそれ以上七惟には何も言わずに、平静を取り戻して浜面に言う。

 

 

 

「浜面、七惟を連れてエレベーターへ。入口に七惟を置いて、そこからは滝壺さんと二人で逃走してください。こんな状態ですが七惟が本気を出せば、1、2分程は未元物質を止めることが出来るでしょう」

 

「お、おい……!」

 

 

 

浜面が抗議の声を上げる、それだったら此処で一緒に絹旗と七惟が未元物質に立ち向かったほうがまだ勝ち目があるのではないかと言いたいのだ。

 

だがそれは決定事項のようで、七惟も絹旗の思いを受け取ったのか、無言で頷いた。

 

浜面は気付かなかったが、これは絹旗が七惟に向けたメッセージだった。

 

本当は、戦わずして逃げて欲しいと彼女は思っていた。

 

あんな重傷で垣根と戦ったらどうなるかなんてわかりきっていることだ、下手をこけば命を落としてしまうことだって。

 

彼女は彼女なりの考えがもちろんある。

 

浜面が考えるように共闘すれば少しは勝率が上がるということくらい分かっているのだが、それは限りなく0%に近い勝率が1%あるかないかに変わるくらいかの違いしかない。

 

ならば個別に戦線を引いて戦ったほうがまだ時間稼ぎが出来る、正直戦う時間は変わらないかもしれないが口先で足止めする時間は間違いなく増える。

 

どちらにせよアイテムが消滅すれば絹旗自身の身も運命を共にする未来が見えている、必要なくなった暗部組織の構成員の将来なんて闇に食いつぶされる未来しか待っていないのだ。

 

ならば此処で滝壺を逃がすために最善の策を。

 

……死にたくなくても、アイテムが消滅したらそれこそ待っているのは『死んだ未来』だけなのだから。

 

七惟をこの戦いに巻き込んでしまったのはアイテムなのだ、アイテムが垣根に啖呵を切って此処までの事態を招いてしまった。

 

あの時自分が麦野にあんな馬鹿らしい提案をしなければこんなことにはならなかったし、七惟だって今頃第七学区の寮でバイクを洗車するくらい平凡だけれども幸せな日常を過ごせていたかもしれない。

 

彼女も滝壺同様、七惟にこんな重傷を負わせたことの責任を痛感していたのだった。

 

だが、それでも七惟は一緒に戦うと、こんなどうしようもない人間の自分と一緒に居てくれると言ってくれた。

 

ならば、七惟のその強い気持ちも尊重しなければならない。

 

その二つを両天秤にかけたら、やはり彼を助けたいと言う気持ちのほうが大きかったのだ、だからわざわざサロンの入り口で二人に別れろと言ったのだ。

 

あそこまで行けば七惟の能力を使って滝壺と浜面を何処かへ逃がすことが出来るし、本人も逃げる選択肢を選べるはずだ。

 

最後に戦うか、逃げるのかどちらを選ぶかは本人次第と言ったところだが……絹旗は、七惟が前者を選ぶということ分かっていた。

 

彼女自身は、後者を選んで欲しかった。

 

 

 

「それじゃあ浜面、二人を超頼みました」

 

「きぬはた、大丈夫?」

 

「超大丈夫です」

 

 

 

そう言って浜面が七惟を背負う、力の入っていない人間は思いのほか重く、傷ついた体細胞が悲鳴を上げる。

 

しかし浜面はもう何も言わない、この男がここまで言ったのならば、それに何か言うのは野暮というものだろうし、自分のようなクズにそんなことを言う資格も無い。

 

 

 

「超七惟」

 

「んだよ?」

 

 

 

最後に絹旗が七惟に声をかける。

 

まるで今生の別れのような雰囲気だけに、滝壺も浜面も声が出ない。

 

二人の間には自分や滝壺にはとても割り込めない、何かがある。

 

 

 

「また、バイクに乗せて貰ってもいいですか?」

 

「何度でも乗りゃあいい、お前軽いからな」

 

「……その時を、超楽しみにしてますよ」

 

 

 

その言葉を最後に、絹旗は浜面達に背を向けて反対方向へと走り出した。

 

浜面は無言で七惟を背負って走り出す。

 

この男が、どうして滝壺や絹旗に好かれているのかよくわかる気がする。

 

コイツは、この裏の世界では絶対に手に入れられないモノを持っていて、それをもって他者に接していた。

 

裏切りや殺しが当たり前のこの世界では、表の世界やスキルアウトの掟のようなモノは存在しないと思っていたし、それはあるだけ無駄なもので自身の寿命を縮めるモノだと浜面も認識していた。

 

生きるために、何だってするのがこの暗闇の果ての世界だと信じていた。

 

だが、七惟だけは違った。

 

七惟は表の世界の人間にではなく、裏の世界の人間に『絆』を持って接していた。

 

どんな奴でも、絶対に利益関係でしか結ばれないこの世界で、彼だけはそんなことはお構いなしに滝壺や絹旗と接していたのだ。

 

凄い奴だ、と思うと同時に、当初会った七惟から大きく変わったとも実感した。

 

 

 

「おい浜面」

 

「なんだよッ」

 

 

 

走る浜面に七惟が声をかける。

 

 

 

「お前にまだ直接雑用頼んだことねぇからな、全部終わったら覚悟しとけ」

 

「……そうだな!」

 

 

 

やはり、変わっていた。

 

自分も、彼女達と同じように思われていただなんて。

 

自分のような無能力者で地に落ちたゴミ人間は、まるでコンビニのビニール傘のように使い捨てで扱われると思っていた。

 

だが、学園都市で8番目に強い人間が、レベル5の人間が、自分とは月とすっぽん程に価値の違う人間が一緒に居たいと言ってくれるのならば。

 

まだ終わるわけにはいかない。

 

まだ終わってはいないのだ、自分の人生は。

 

 

 

 

 

 

 






何時も御清覧頂きありがとうございます。

スズメバチです。

おそらく2015年最後の更新です、今年もご愛読頂きましてありがとうございました!

今年の目標は暗部編を終わらせることだったんですが全然でした……悔しい。

今度は3月末までに暗部編を終わらせるよう頑張ります。

凄いターボかけないと厳しいのでお正月休みを活用したいと思います!

それでは皆様、良いお年を。




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復活の言葉-ⅲ

 

 

 

 

絹旗はスクール側が補充したスナイパーを始末し、更なる敵襲へと備え身体をほぐす。

 

先ほど消し飛ばした磁力砲の持ち主はどう考えても下っ端だ、スクールの中核を成す人物は殺したケーブルの男とスナイパーではない、ドレスの女と……言わずもがな、未元物質の二人だ。

 

ミサイルを撃ち込んだことにより一時的に曇っていた視界が晴れる、それと同時に長身のシルエットが浮かび上がり陽気な声が聞こえてきた。

 

 

 

「おーおー、すげぇなこりゃ。砂皿の野郎、ご自慢の狙撃砲と一緒に花火になっちまったか?」

 

 

 

声の主は、垣根帝督。

 

ズボンに両手を突っ込み、はは、と軽く笑いながら近づいてくる。

 

嫌でも体中に力が入った。

 

 

 

「へぇー、暗闇の5月計画の残骸がしぶてぇもんだな。自分で哀れだと思わねぇのか?第1位の糞野郎のレプリカみてぇな能力しか使えない自分によ」

 

「……別に。脳みそをクリスマスケーキのように切り分けられるような人に同情される筋合いは超ありませんけど。余程まだ人道的だと思います」

 

「はん、言うねぇ絹旗最愛……アイテムのトカゲの尻尾さん、のほうが正しいか?」

 

 

 

相変わらずこちらを馬鹿にしたかのような笑みを浮かべ続ける垣根帝督、付き合うつもりはないが聞いておかねばならないことがある。

 

 

 

「麦野はどうしたんですか?」

 

「あぁ?大したことなかったな」

 

 

 

その言葉で絹旗は理解する、やはり麦野と七惟が協力してもこの男には絶対に勝てない、最初から勝ち目などなかったのだこの闘いに。

 

戦う前から予想していたが、素粒子研究所で感じたあの違和感を今確信した。

 

 

 

「まだオールレンジのほうがやりがいがある、降格モンだ」

 

 

 

七惟のほうがやりがいがある、か。

自分の後に控えていることも、もう既に計算済みか。

 

 

 

「それで?あの子はどこにいる?それさえ教えてくれればお前を消し飛ばす必要性もないからな、見逃してやるよ」

 

「……そんな見え見えの誘いに乗る超馬鹿が居るとは思えませんけどね」

 

「そうでもねぇな。例えば……フレンダとか?どうだお前も」

 

 

 

『フレンダ』

 

消えたと思っていた仲間の名前が思いもよらぬ相手から聞くことになった。

 

どうして垣根がフレンダの名前を知っている、そしてこのタイミング、アイテムの招集にも来なかったフレンダ……。

 

唐突に突き止められたアジトの場所、情報漏洩……考えられることは一つしかない。

あぁ、と彼女は納得した。

 

連れ去られた訳ではなく、自分から接近したというわけか。

 

要するに、アイテムはフレンダに裏切られたと言うことだ。

 

なるほど、確かにこれは良い気持ちはしない。

 

きっと七惟も、自分が滝壺を人質にとってアイテムに彼を引き入れようとした時に、今の自分と同じでどうしようもない憤りに駆られたのだろう。

 

『裏切り』なんてやるもんじゃないしするもんじゃない。

 

こんなに息が詰まるような胸の苦しみは二度と経験したくない。

 

絹旗は自分の任務を遂行すべく近場に転がっていたソファーへと手を伸ばすが、それを見た垣根が警告を発する。

 

 

 

「やめときな。言っておくがレベル4のオフェンスアーマーじゃ天地がひっくり返ったって未元物質には敵わねぇ。工夫次第でどうこうなるレベルを超えちまってる」

 

「そうかもしれませんね」

 

「おいおい、せっかく警告してやってんのにやる気満々か?」

 

「…………」

 

「お前が熱上げてるオールレンジにも、もう会えないぜ?」

 

 

 

その言葉を聞いた途端ぐっとソファーを掴む手に力が入り、そのまま有無を言わさずに投げつける。

 

だがソファーは垣根にぶつかる前に何か大きな物体にぶつかったかのような、ぐしゃりという音を立ててバラバラに砕け散った。

 

 

 

「はッ、カマかけたつもりだったんだが……こりゃあホントに惚れてんのか?」

 

「そんなことは今は超どうでもいいことです」

 

「まあな、だがお前も惨めなもんだ。オールレンジはAIMストーカーがお気に入りなんだろ?お前がいくらあの男のために身体張っても奴が振り向くことはねぇよ。さっきもそうだ、オールレンジ背負って逃げ回って、全くお前らは何処まで俺を笑わせりゃあ気が済むんだ?大概にしろやコラ」

 

 

 

そんなことは、分かっている。

 

確かに七惟はさっき、一緒に居たいといってくれた。

 

だが彼はこうも言ったのだ、お前と『も』一緒にいたいと。

 

スクールの正規スナイパーを倒した時、ずっと自分の心に突っかかっていたものに気付いた。

 

それは一方的にこちらを嫌う七惟に対して憤慨していたのだと思った、理不尽な態度に対して怒っていたのだと思った。

 

だけどそれはあっているようで違っていて、本当は七惟から避けられているのが嫌で不機嫌になっていたのだ。

 

アイテムに七惟が入ったなら、監視をしていた頃のように二人でぎゃーぎゃー騒ぎながらも、あの家でテレビを見たり、ご飯を食べたり、下らないことで喧嘩したり……仲良くしたかったのだ。

 

でもそれは適わなくて、一方的にこちらを突っぱねる七惟の態度に頭が来て、やがてそれはただ単純に『構って欲しい』という子供のような考え方になっていった。

 

七惟と一緒にいるのは楽しい、アイテムのメンバーと一緒にいるのも楽しいが、その楽しいとはちょっと違う。

 

心の底から何かが湧きあがってくるような、接しているだけで、一つ一つの会話だけで何かが自分の中を満たしていく、楽しさと共に大きな満足感が自分を包んでいた。

 

自分を包む満足感の正体にもやがて気付いて、当初は否定していたのに七惟を見るたびにその感情は制御不可能になってしまった。

 

自分を突き動かす気持ち、七惟と一緒にいたい、喋りたい、構って欲しい、こっちを見て欲しいと思う気持ち。

 

それに気付いたのはスナイパーを撃破した時だった、でも気付いた時にはもう彼の隣には『滝壺』が居て、自分が入りこめる余地はなかった。

 

一緒に居たい、でも滝壺がいる限り彼の気持ちがこちらに向くことは無くて、手遅れだった。

 

滝壺を利用して七惟をアイテムに引き入れたと言うのに、実は自分が滝壺と七惟が急接近するきっかけを与えてしまっていた。

 

本当に惨めだ、垣根の言う通り利用したつもりだったが利用されていたのは自分だった。

 

ハッピーな気持ちから、一気にアンハッピーな気持ちへと揺れ動く自分のネガティブ思考には歯止めが効かなくて、やり場の無いもやもやに押しつぶされそうにもなった。

 

でも、それでも。

 

 

 

一緒にいたいと言ってくれたなら、それは超幸せってことです。

 

 

 

「そうかもしれませんね、でもそれでいいんです」

 

「それでいい、ねぇ……そうやって何時まで我慢してんだか、暗部で今までめちゃくちゃやってきたお前が此処に来て我慢か」

 

「それが私の気持ちです、変わりません」

 

 

 

七惟と一緒に居たい、でも自分が一番になることは有り得無くて、それでも自分が彼に向ける気持ちは一番の中の一番で。

 

この気持ちが何処に行きつくかなんて自分にも分からない、ただ振り返ってみて後悔するようなことはしたくない。

 

なら今はこのままで、いい。

 

壊してしまうくらいならば、今のままがいい。

 

彼が居るだけでいい、それ以外の条件は何にもいらない。

 

 

 

「おめでだい思考回路だな、俺からすりゃ馬鹿やってるようにしか見えねぇ。お前らアイテムはオールレンジに感化され過ぎて頭おかしくなったか」

 

「どうとでも言ってください、どっちにしろ此処を通すつもりはありません」

 

「後ろには大好きなオールレンジでもいんのか?」

 

「さぁ、そんなこと私は知りません。ただそう思っているだけです」

 

 

 

七惟は滝壺や浜面と一緒に逃げているはず。

 

しかし最後はあの滝壺と浜面を逃がすべく立ち上がるに違いない、それは絶対に間違いない。

 

でも、もしかしたら……自分と一緒に残って戦うとまで言った七惟ならば、自分が吹き飛ばされると同時に何処からともなく現れてくれそうな気がする。

 

有り得ない話だが。

 

 

 

「願望だなソイツは」

 

 

 

下らなそうに吐き捨てる垣根は、眼光を鋭くし再び問う。

 

 

 

「AIMストーカーは何処にいる?」

 

 

 

最終警告だろう、此処で応えなければ自分は麦野すら簡単に殺してしまう力で吹き飛ばされる。

 

 

 

「拒否権はなさそうですね」

 

 

 

絹旗だって命は惜しい、ただ此処でフレンダのように裏切って仲間の情報を売ったならば、せっかく距離が縮まった七惟とまた疎遠になってしまう。

 

遠く遠く離れてしまうくらいならば、裏切るくらいならば。

 

 

 

「口と行動が合致してねぇぞ。てめぇ死んだほうがマシな口かよ」

 

 

 

そうみたいだ、自分は思っていたよりも純粋で、ちょっとこの世界にうんざりしていたのかもしれない。

 

だから表の世界に半年居て、表の世界の強さを、優しさを持った七惟に……惹かれてしまったのか。

 

あんな不躾な態度で、こちらを水平女とか馬鹿にしてたのに、何故か一緒に居ると楽しいと思ってしまう、心が満たされてしまう。

 

あぁ、やっぱりそうなんだ。

 

これがきっと、人を好きになるってことなんだ。

 

自分の気持ちに確信を得た絹旗は、辛うじて釣り下がっている豪奢なシャンデリアを窒素装甲で無理やり引きちぎると、全身のエネルギーを絞り出し垣根に投げつけた。

 

だが、そんなものは垣根に届くわけも無く、質量の爆発によってシャンデリアは爆砕すると、爆風はそのまま絹旗の身体もノーバウンドで10メートル程吹き飛ばし、何重もの壁を貫き見えなくなっていった。

 

 

 

「恋する乙女って感じね?」

 

「あぁ……?心理定規、お前こんなところで油売ってんならアイツら追いかけろ」

 

 

 

何処から湧いてきたのか、先ほどまで絹旗が立っていたところには心理定規がドレスの袖をなびかせながら立佇んでいる。

 

方や死に物狂いで特攻をした女と、優雅に現状を楽しむかのように佇む女。

 

どれだけ絹旗最愛やメルトダウナーのような弱者が足掻いても、心理定規を始めとした垣根提督率いるスクールの掌の上で彼女たちは終始踊っているだけだった。

 

それは学園都市の縮図を表しているかのようで、アレイスターの気まぐれ一つで運命を左右される自分たちが重なって苛々する。

 

 

 

「冗談が下手ね、私一人でオールレンジに戦えってこと?」

 

「逆にお前だからオールレンジは足踏みするんだろう?」

 

「……そうね、でも今の彼は私が知っている『七惟理無』じゃないから。どうかしら」

 

 

 

謎の掛け合いのような会話に要領を掴めない垣根は鼻で笑い彼女のを一瞥する。

 

 

 

「それは俺の知るところじゃない。フレンダの野郎が外で待ってる、アイツに連絡して奴らを足止めさせろ」

 

 

 

 

 

 



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復活の言葉-ⅳ

 

 

 

 

 

上階から轟音が響く。

 

足元が揺れ豪奢なシャンデリアが頼りなく左右へ大きく揺れ今にも落ちてきて潰されてしまいそうな錯覚に陥り、それがリアルなイメージとして浜面の精神を削り取っていく。

 

絹旗と別れてから5分くらいか、あれからエレベーターホールを目指して走っているのだが、どの階も階段からホール内に入るにはパスが必要で、そんなものは当然持っていないし、解錠ツールでこじ開けようとしたが電子制御されているせいか、無駄足だった。

 

よって受付のエントランスとなっている25階を目指して浜面は七惟を背負い、滝壺と一緒に走っているが、乳酸菌が堪った両足が悲鳴を上げ、息もまるで42kmのフルマラソンを走り切った選手のように上がり切っている。

 

そんなぎりぎりの状態の浜面は、更に自身を追いこむ事態に直面する。

 

先ほどとは比べ物にならないほど建物全体が揺れると同時に、上方向から凄まじい爆音と衝撃が撒き散らされて、浜面達が走っていた廊下のLED灯が全てダウンした。

 

何事だ、と見渡すと次の瞬間には浜面達が走っていた周辺にある部屋が恐ろしい程の圧力で潰され、部屋と廊下を区切っていた壁がまるで砂で出来た城のように崩れ落ちていく。

 

次に起こったのは最初の衝撃から若干威力が弱められた揺れ、しかしその威力に耐えきれなかったのか浜面達の上方にあった壁の底が抜ける。

 

 

 

「垣根だ!」

 

「く、くそ!こっちだ滝壺!」

 

 

 

浜面は必至の形相で走るが、未元物質にとってこんな距離なぞ射程距離内も同然だ。

それに気付いたのは七惟だけだったが、彼がそれを伝える前に、浜面にとって恐怖の対象でしかないあの男が目の前に舞い降りた。

 

 

 

「よぉーよぉー、えらく逃げ回ってくれんなぁ。その子もオールレンジも」

 

 

 

上階とこの階を別つ壁をまるで泥船のように軽々と吹き飛ばし、硝煙の中から現れたのは垣根帝督。

 

部屋の明かりが照らす僅かな光でもしっかりとその存在を確認できる。

麦野は、絹旗はどうなったのかという疑問が浮かび上がるが、そんなことは聞く必要すらないように思えた。

 

 

 

「く……!」

 

 

 

追い込まれた、浜面は苦い表情どころでは済まず絶望に近い顔となる。

 

いや、最初から希望などなかったのだからその落胆はあまりなかったのだが、やはり死が目前にまで迫っているのを感じれば、もはや人は彼と同じ表情をするのだろう。

 

蛇に睨まれた蛙の気持ちが初めて分かった。

 

 

 

「しぶといぜオールレンジ、もうそろそろ死んじまったほうが格好がつくもんだ」

 

「……はッ、わりぃが俺は自分が思っていたよりも未練たらたらな奴だったんだよ」

 

「そうか、納豆みてぇな人間だなお前は」

 

「そいつはどうも」

 

「ま、無能力者に背負われてる時点でお前はお荷物野郎なんだよ。そしてそれくらいの力しかお前にはないってことだ」

 

「だろうな、自覚してる」

 

「おいおい……さっきから喋ってて違和感しか感じねぇんだが、てめぇ本当にオールレンジか?」

 

「ソイツは……これで分かんだろ!」

 

 

 

七惟は服の内部に仕込んでいた槍を目にもとまらぬ速さで取り出したかと思うと、可視距離移動でその槍をぶっ放した。

 

金属同士がぶつかり合う嫌な音が響くと同時に垣根が大きく仰け反り隙が出来た、すぐに七惟が口を開く。

 

 

 

「下ろせ浜面、もうこうなっちまったら俺がコイツを止めるしかねぇ。今の俺でも死ぬ気でやりゃあ3分くらいは止められるはずだ」

 

「お、お前……!でも俺は絹旗から」

 

「あのな、後輩は先輩の好意を快く受け取るもんだろ?」

 

「なーない、でもその身体じゃ」

 

 

 

浜面だけではなく滝壺も反論する。

 

自分が助けた男がこうも簡単に絶命するのが嫌なのは分かる、それは浜面だって同じだ。

 

だが、彼女よりも先に今この状態で取るべき行動を見いだした浜面はそれを実行した。

 

七惟理無が此処までの覚悟を決めて、自分と滝壺を守ってくれると言ってくれているのだ、それに疑問を投げかけるのはこの男の気持ちに失礼だろう。

 

 

 

「七惟、お前の転移で下の階まで頼む!」

 

「移動している最中に粗方この建物の地図は頭に入った、25階まで一気に飛ばすぞ」

 

「なーない!」

 

 

 

次の瞬間、七惟の目の前から二人の姿は綺麗さっぱり居なくなり残ったのは滝壺の悲鳴のような残響と垣根提督のみだ。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

「ってぇなぁー。おいコラ、てめぇ覚悟は出来てんだろうな。自分の足で立つのもやっとのような状態の人間が」

 

「自分の足で立てなくてもな、俺の能力使えば問題ねぇだろ」

 

「それはそうだな、だがお前の常識は俺の未元物質に通用するか?」

 

「やってみねぇと分かんねぇよなぁ……!」

 

 

 

白煙に埋め尽くされた空間を一瞬で浄化した垣根が、実際の脅威となって七惟の前に降り立つ。

 

七惟の眼前には今麦野沈利を超える学園都市のレベル5がいる。

 

そして、七惟にとっては一方通行よりも強敵で、彼の中では学園都市最強のレベル5として認識されているのがこの男、垣根帝督だ。

 

 

 

「しっかし、お前ホント昼間会った時とは別人みてぇな反応ばっかりだな。あの糞野郎との闘いで何かに目覚めたとか、そういうメルヘンな展開は勘弁だぜ?」

 

「安心しろ、メルヘンはてめぇの専売特許だって俺も認識してる」

 

「そいつは良かった、学園都市に8人しかいないレベル5に2人もメルヘンが居たら大変だからな」

 

「はッ……それよりも俺とこんなふうに雑談してる余裕はあんのかよ?滝壺が逃げちまうぞ」

 

「あぁ、それに関しては心配すんじゃねぇ。俺が本気を出せばお前頑張って1分持つか持たないかだ」

 

「……はッ、言っておくが火事場の馬鹿力舐めねぇほうがいいぞ垣根!」

 

 

 

垣根の言っていることは間違ってはいない、今の七惟が全力を出したところで高度な演算である転移はもはや数回が限度だろうし、可視距離移動だって通常の何分の一の出力しか出せない。

 

『壁』を作るのにはまだ何とかなるようだが、時間操作や幾何学距離操作はかなり難しい。

 

だが今はそうこう言っている場合ではない、何もかもが暗くなって何も見えなくなってしまった状態で見つけた、光なのだ。

 

それだけは失って堪るか、という七惟の決心は垣根の生み出す未元物質にだって貫けはしない。

 

 

 

「表の世界に行って、ホント変わったなオールレンジ。俺たちが絶対に持ってないようなモンも手に入れて、ソイツは弱さじゃなくて強さだって俺も認識してる。それがまさかこれ程だったとはおもわなかったぜ!」

 

 

 

垣根を中心に正体不明の爆発が起こる、全方向にこの世の物理法則では考えられないほどの質量が生み出されるが、七惟はそれを壁を使って防ぎ、攻撃に転じる。

 

どうせ今の自分では到底垣根を倒すことは出来ないのだ、ならば出来るだけ時間を稼いで、最終的に吹き飛ばされるほうがまだ得策だ。

 

周囲一帯に散らばっている瓦礫やガラスの破片を無作為に垣根に向かって投げつける、だがやはり垣根には届かない、またもや爆発が起きそれらはまるで紙飛行機のように爆風に煽られてあらぬ方向へと消えて行く。

 

垣根から台座のルム、神裂から感じた同じような力の波動を七惟はキャッチした。

 

おそらく壁に気付いて、この世の理から外れた未元物質を使って攻撃しようとしているのだ。

 

霧ヶ丘女学院の素粒子研究所で戦った時と同じだ、あれを壁で防ごうものならば神裂の唯閃の時のように簡単に貫かれてしまうだろう。

 

七惟は身体を無理やり動かし、ごつくなった右肩をそれでも庇いながら立ちまわる。

七惟が元居た場所に煌めく破片のようなモノが無数に突き刺さり、有り得ない熱とエネルギーを撒き散らして壁を、カーペットを無残にも溶かしていく。

 

垣根の能力はこの世の森羅万象全てを殺人兵器へと変化させる未元物質、今もうこの世界は七惟の常識は通用しない、垣根の常識だけが通用する世界だ。

 

 

 

「ちょこまかと逃げ回ってくれるなよオールレンジ、こっちも予定が詰まってんだ!」

 

「ならもう少し俺と戯れる時間をスケジュールに組み込んどけメルヘン野郎!」

 

「わりぃがお前は一方通行の糞野郎にぶち殺される予定だったからな!生憎死人に時間を避ける程俺は善人じゃねぇよ!」

 

「そんなこというてめぇの口は死者への敬意が足りねぇんじゃなねぇのか!?墓前に捧げる祈り方でも教えてやろうか!」

 

「科学の街で死者への敬意とお祈りとはふざけんのも大概にしろオールレンジ!」

 

 

 

口ではこう言っているが、もう七惟の身体は限界だ。

 

はっきり言って垣根相手に最初の1撃、そして2撃目を防げただけでそれはもう奇跡に近い。

 

奴が言った通り本気を出せば、この場全体を未元物質によって摩訶不思議な世界に変えてしまうことも不可能ではないだろうに、それをしないのはもしや心理定規から何か余計な入れ知恵を受けて、手間取っているのか?

 

それはこちらからすれラッキーだ、あの女が自分のことを思って何か垣根に吹きこんでくれたとは到底思えないが、それでも奴が自分を消すことに多少躊躇っているのは間違いないはずだ。

 

それでも、このホテルから吹き飛ばすならば何のためらいも無いだろうが。

 

 

 

「実際戦ってみると、お前のほうが第4位の奴より全然面白いぜ!嬲り甲斐があるってもんだ!」

 

「俺はアイツみてぇに切れたりしねぇぞ、挑発してんだったら諦めろ!」

 

「ばーか、褒めてんだよ、このアマちゃん野郎が!」

 

「アマちゃんか、そのアマちゃん野郎に足元掬われんじゃねーぞ!」

 

「そいつはそうだ!そろそろくたばれ!」

 

 

 

二人の攻撃と、言葉と、意思と、願いが交錯する。

 

七惟は闘いながら、垣根が扱う微弱な『この世とは違う世界の無機』へ辿りつくための、逆算を行っていく。

 

垣根が放つ力の一部は、ルムや神裂が放つ力と同じモノ。

 

そしてそれらは、0930事件で『界を圧迫する力』に直接結びつく。

 

ここで逆算を終えてしまえば、対神裂戦同様の、あの莫大な力が得られると思って間違いない。

 

しかし……。

 

 

 

「力場の力が少なすぎる……!」

 

 

 

そう、垣根は学園都市で生まれた天使のように常時その力を発散させているわけでもないし、ルムのように頻繁に業を使うわけでもない、神裂のように一時の膨大な爆発力を持っているわけでもないため、あまりにも辿るための力が弱すぎて、逆算を終える前に全ての足跡が消え去ってしまう。

 

 

 

「悪党舐めてんじゃねぇぞ!オールレンジ!」

 

「一方通行みてぇなこと言うな、てめぇは!最低のゴミ屑野郎同士仲良くくたばってろ!」

 

「あぁ、俺は最低な人間だ!だがな、同じ糞溜まりにいるてめぇにゴミクズって言われる筋合いはねぇよ!」

 

「ハッ……ずっと糞溜まりで蹲って上を見上げることしか出来ねぇお前に何が分かるってんだ!」

 

「言いたい放題言ってくれるじゃねぇか!ソイツは実力が伴ってる奴だけが言える特権だぜぇ!?」

 

 

 

徐々にだがこの世の理から外れた力の色が濃くなっている。

 

未元物質の爆発的な拡散が起こると同時に、神裂達が放っている謎の力も膨大な量へと上昇していくのが分かる。

 

しかし場のAIM拡散力場が0930事件と同じ条件に満たされるにはまだまだ垣根の力の上昇を待たなければならないが、それを待ってる間に自分が先に死ぬ未来しか見えてこない。

 

 

 

「ッ、んの野郎!」

 

「そろそろゲームオーバーになってろ!」

 

 

 

散々逃げ回った七惟に対して遂に垣根が仕留めに入る。

 

左肩からは正体不明の白い、見た目だけならば神々しい翼が生えていた。

 

 

 

「メルヘン野郎がッ」

 

 

 

翼は、自分が暴走した時のあの翼と同じで『見た目だけ』であり、実際はあの聖人すら易々と粉砕する恐ろしい破壊兵器。

 

恐るべき一撃を誇るであろうその翼が横に薙ぎ払われた。

 

その動きを知覚した七惟は全力で回避行動に出る、この一撃に対しては可視距離移動も不可視の壁も何もかも役に立つとは思えない。

 

しかし実際はその翼はダミーだった、あまりにも強烈過ぎる一発に七惟の注意力全てがそちらに向けられる。

 

七惟は気付いていなかった、何故垣根は右肩からは羽を生やしていないのか、何故片方だけの翼しか具現化させていないのかを。

 

 

 

「あばよ!オールレンジ!」

 

 

 

垣根の声と共に、垣根の左肩から一気にもう一翼の翼が生え七惟の居た空間に叩きつけられる。

 

 

 

「がああぁぁ!」

 

 

 

それはこの高級サロンの壁や床を吹き飛ばしたモノと同等の威力だ、直撃はしなかったもののその余波を受けた七惟は砕けたサロンの壁の上を飛んでゆき、そのまま窓ガラスを割って外の世界へと放り出されていった。

 

 

 

 

 

 









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復活の言葉-ⅴ

 

 

 

 

 

垣根の攻撃により外の世界へと放り出された七惟はホテルの周辺を囲うように茂っていた草木に引っかかったおかげで地面に直接落ちることはなく、何とか一命を取り留めていた。

 

だが右肩に付けていた医療装置は垣根の攻撃によって無残にも破壊されて粉々になり、今では全くその役割を全うしない状態。

 

気を失っていたようだが痛みが全身に広がるのを感じ意識が覚醒する。

 

一命を取り留めたとはいえ一方通行と垣根から受けたダメージは尋常ではなく、よくもまぁまだ意識を保っていられると自分のタフさに感心する。

 

今迄の暗部生活と上条達と繰り広げた魔術者との戦いの賜物かもしれない、今回ばかりはそんな自分の悪運に感謝しつつも激痛でしばらく身動きは取れそうにもないが……。

 

しかしそんな痛みにかまけている時間はないのが現実だ。

 

 

 

「滝壺と浜面は……!」

 

 

 

携帯で時間を確認するともう彼らと別れてざっと15分近く時間が経過している。

 

気を失っていたうえ、体の痛みで呻いていたその間にどんなことがあったか分からないが今すぐにサロンに戻った方がいい。

 

麦野と絹旗があの後どうなったのかも気になる、あの対峙した時の垣根の様子からすれば二人ともまるで子供が蟻を踏みつぶすかのように何の障害にもならず蹴散らされてしまったのが容易に想像できる。

 

自分も彼女たちと同様垣根のお情けで手加減され生き残ったに過ぎない、手加減も何も施されず奴と戦った二人はいったいどうなってしまったのか。

 

物言わぬ屍となってしまったか、はたまた自分と同じように気まぐれで見逃して貰えたのか……。

 

兎にも角にも確認しなければならないことが多すぎる。

 

力量に差がありすぎて障害にならないと判断されるであろう絹旗はもしかしたら生かされているかもしれないし、滝壺と浜面の二人に関してはどうなっているのか見当もつかなかった。

 

七惟は携帯を取り出して、順番に通話をかけていくが繋がったのは浜面だけだった。

 

 

 

「浜面」

 

「七惟!?無事なのか!?」

 

「あぁ、あの野郎手加減しやがった。今は素直に自分の運の良さに感動してるとこだ、それでも五体満足じゃいられねぇが」

 

「怪我のほうは」

 

「右腕が完全に死んだな、あとは出血が酷いが……まだどうにかなる。お前ら今何処だ」

 

「第2位からは何とか逃げ切ったが」

 

 

 

逃げ切った。

 

電話に出られるということはそうなのだろうと予感はしていたが、まさかあの男が二度も慈悲を掛けるものなのか?

 

心理定規のお情けを掛けて貰えた自分や絹旗のようにもう使い物にならないならともかく、あの男の邪魔になるであろう麦野や滝壺は間違いなくあの世送りにされる可能性が高いと考えていたのに。

 

 

 

「そんなことより滝壺の奴が危ないんだ!『タイショウ』っていう薬を使いすぎて、このままだと崩壊が始まっちまう!」

 

「崩壊……?タイショウ……?」

 

 

 

何の事だか分からなかいが、その言葉が意味することが滝壺にとってプラスに働くものではないということくらい七惟にも判断は出来る。

 

 

 

「俺は今、病院に向かうための足を探してる!お前は!?」

 

 

 

浜面の上ずった声からしてかなり切羽詰まった事態のはずだ、それこそ滝壺の命に直接関わってくるものだと思っていいだろう。

 

ただもう少し情報を得なければ七惟は右にも左にも動けない、浜面から更に話を聴きだそうとするが。

 

 

 

「まだサロンの入り口付近だ、もう垣根を始めとしたスクールの連中はいねぇ。これから……」

 

「ッ、誰か来た!切るぞ七惟!」

 

「お、おい!」

 

 

 

浜面は七惟に全容を話す前に電話を切ってしまった。

 

誰か来たと言うことはスクールが心変わりしてやはり仕留めにきたのか?

 

いや、垣根があんな無防備な敵を放置してやっぱり止めを刺しにきました、なんて下手な真似をするとは到底考えられない。

 

滝壺の『崩壊』とやらがおそらくは原因で、滝壺が撃破するに足らない存在だと判断したからだろう。

 

ならばいったい誰なんだ、と七惟は考えるが一向に答えは出てこないし浜面から情報を貰わなければ動くことすら出来ない。

 

とりあえず木から下りて態勢を整えたほうがいいだろうと判断し、猿のようにするりと木から降り立つ。

 

周囲を見渡すと野次馬共で埋め尽くされているかと思ったが、それらしい影は全く見えずむしろ静まり返っている。

 

おそらく学園都市暗部の隠蔽舞台が展開して人を近寄らせていないのか、はたまたそれ以上にデカイ事件が何処かで起こっているのか。

 

両方だろうと結論を下し自分の取るべき行動を考えるが。

 

 

 

「な、七惟!?」

 

 

 

自分の名前を呼ぶ声がした。

 

聞き覚えのあるトーンで、少女らしいその声はすぐさまアイテムの一員である者が発したモノだと分かる。

 

声がしたほうに身体を向けるとサロン建物の入り口付近に、先ほどから一向に姿を現さなかった少女が、目を丸くしてこちらを見つめていた。

 

恐怖に彩られた青白い顔と共に。

 

 

 

「フレンダ?」

 

「い、生きてたわけね。こうして此処で私を待っていたってことは、結局私を粛清にしにきた?」

 

「あぁ……?」

 

 

 

七惟の前にまるで嵐のように突如やってきたのは、アイテムの構成員であるはずのフレンダ・セイヴェルン。

 

しかしどうしたことか、今目の前にいる彼女は七惟が知るあのおちゃらけて『訳訳』言ってこちらを小馬鹿にしたような態度の彼女から有りえないくらいにかけ離れている。

 

こちらを見た瞬間まるでこの世の終わりのような顔をしたかと思ったら、今度は何時もの目とは違い濁った揺れる目でこちらを見つめてくる、気味の悪い笑みを浮かべながら。

 

 

 

「でも残念ながら私はそう簡単にはくたばらない。アンタを消して私は生き残る!」

 

 

 

語尾に口癖を付ける余裕すらないような切羽詰まった表情、そんな自分を隠すかのように薄気味悪く口端を釣り上げるフレンダ。

 

こんな顔の彼女はコンテナで圧死させようとしたあの時くらいしか見たことないが、あの時の敵対心と恐怖心を自分に抱くには環境が大きく変わっており有りえないはずだ。

 

しかしそんな暢気なことを考えている七惟とは対照的にフレンダは顔を強張らせるばかりで、遂には懐から携帯の爆弾を取りだす。

 

その行動と言動が理解出来ない七惟は状況の変化についていけない。

 

アイテム間ではもう死んだことになっていたフレンダが生きていたことは驚くと共に嬉しいとは思うが、何故彼女は爆弾を取り出し今にもそれを自分に投擲しようとしているのだ。

 

 

 

「おい待て、訳が分からねぇぞ。俺は別にてめぇを探してたわけでもねぇし、お前は麦野のメールを見てからこのサロンに来たんじゃないのか?なんでそんなモン手に取ってんだ」

 

 

 

此処にいるということはそういうことだろう、だが集まった時には既にスクールによってめちゃくちゃにされてしまった後だったという点以外では。

 

しかしフレンダの様子を見るにとても仲間の元に合流したような時に浮かべる表情をしていないし、それに先ほど彼女が口走った粛清とはいったいどういうことなんだ。

 

 

 

「な、何今更そんなこと言っちゃってるの。そんな子供騙しに私がはいそうですかって言うと思ってる訳?私を油断させてそのスキにコンクリに転移でもさせる算段なんでしょ!?そんな浅はかな考えはお見通しな訳!甘いわね七惟、やっぱりアンタは甘すぎる!」

 

 

 

フレンダは七惟の問いかけにまともに答えようとはせず攻撃の意思を強めるばかりだ、焦っているのか錯乱しているのかは後者に間違いないが、彼女の額から流れる汗や座っている目から感じられる感情はまともなものではない。

 

 

 

「俺がアマちゃんだろうが、んなことはどうでもいい。今はもうスクールはいねぇからその手に持ってる爆弾仕舞え」

 

「スクールがいない……?もしかして七惟、アンタ根本から勘違いしてる訳?」

 

「んだと?」

 

 

 

根本から勘違いしている?

 

語気を強めるフレンダ、先ほどから感じる並々ならぬ狂気にも近い言動。

 

七惟の額にも嫌な汗が流れるのが分かる、汗と額の傷から溢れていた血が混ざり合い視界を閉ざそうと流れ落ちた。

 

その気後れしている七惟の弱腰を感じ取ったのか、勝ち誇ったかのような、それでも追い詰められたような乾いた笑みを浮かべてフレンダがじわりじわりと近寄ってくる。

 

 

 

「てっきり馬鹿な麦野みたいにキれるだけじゃなくて『頭』が切れるアンタなら早々に気付いてるものだと思ってたけど……結局も七惟も麦野の言動を全部信じちゃう思考回路が停止しちゃった馬鹿だった訳?」

 

気持ち悪い、気持ち悪い、吐きそうだ。

 

フレンダに色仕掛けをされた時も気持ち悪いと思ったが、その時とは違う本能的なところで今自分は彼女の言動を全力で拒否しようとている。

 

何故だろうか?

 

 

 

「私は……別にスクールなんて怖くない訳よ」

 

「……」

 

 

 

それはきっとそこから先放たれるであろう言葉は絶対に良いものではないと直感で分かっているからだ。

 

あの時の自分の手から零れ落ちて消えていった少女が放った言葉のように何かをバラバラに砕くには十分過ぎる一言が今、聞きなれた少女の口から意味を成す音声となって七惟に襲いかかった。

 

 

 

「だって……もう私はスクールの一員になった訳よ!」

 

 

 

その一言は、七惟理無とフレンダ・セイヴェルンの関係を破壊する言葉。

 

そしてこれから先の二人の運命を決定づける一言だった。

 

 

 

「……!」

 

「もうアイテムなんて知らない、結局アンタ達は私がスクールに入るために売られた哀れな敗者って訳!」

 

 

 

 

 

 








大変お待たせしました、更新が滞ってしまい申し訳ありません。

3月中にあと1回更新できるよう頑張ります!


 


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御伽噺のような終末を-ⅰ

 

 

 

 

 

「ハッ……そういうことかよ」

 

「そう言う訳よ。アンタ達は私のために死んでいくって訳!」

 

「……今日はよく裏切りに遭う日だ」

 

 

 

つまり、こういうことなのだろう。

 

フレンダとスクールは、七惟やアイテムが知らない場所で何らかの取引を行っており、自分がスクールに入るために七惟及びアイテムの情報をスクールに売ったと。

 

いや、フレンダの性質を考えると入るためというよりも保身に走って自分が助かるために情報を売ったと考えたほうが妥当か。

 

裏切った詳しい理由や動機をその口から一字一句残さず説明して貰いたいところだが、あの少女と違いフレンダの裏切った理由は深く考えずとも七惟は簡単に導き出すことが出来る。

 

 

 

「てめぇの身可愛さに仲間を売るとは、まぁ暗部じゃしょっちゅう行われる恒例行事だしな」

 

「まぁね。この世界じゃ全ては自分を中心に動いている、全ては自分のためにあるものでしょ?」

 

「てめぇがそう言うんだったらそうなんだろ」

 

「結局七惟も、滝壺も絹旗もそれが分からなかったらこんなことになった訳よ。最初からアイテムがスクールに勝てる要素なんて無かった、アンタが入ったとしても普通じゃない第2位に勝てる訳ないじゃない?」

 

「その点では賛同だな」

 

「なのに皆麦野の言うことに首を縦に振るばかり、自分で考えるのを止めたのか忘れちゃったのか、まぁどっちでもいいけど。結局それが自分の首を絞めてる訳よ、アンタ同様あの二人も甘い訳」

 

 

 

まぁそうだろう。

 

暗部にどっぷりと浸かった人間からしてみれば今の七惟や滝壺、そして絹旗が最後に取った行動は浅はかで愚かである。

 

誰か他人を気遣うくらいならば、自分の身を案じることのほうが先だろうとフレンダは言っているし、彼女の言い分がこのアンダーグラウンドな世界では正しい。

 

 

 

「私は素粒子研究所で戦った時に第2位の実力を知って、アンタと麦野の戦闘能力を足し合わせたモノと天秤にかけた訳よ。結果は見ての通り、麦野じゃどう足掻いたって勝てないし、麦野が勝てない相手に第8位のアンタが勝てる訳ない」

 

「そして俺達の知らないところで垣根に媚売って取り入ったってことか」

 

「媚とか言って欲しくない訳よ。媚じゃなくて、取引よ。賢い選択だと言って欲しい訳、アンタ達が麦野のつまらないプライドの犠牲になってる間に、私はこんな面白いモノもあの男から貰った訳だしね!」

 

 

 

フレンダが懐からスピーカーのような形をしたアンテナらしきモノを取りだす。

 

先端は円状に広がっており、底はお椀のようにくぼみ中心には何らかの音波かレーザーを照射するらしき発射口があった。

 

 

 

「へぇ……それが賢い選択で得たモノかよ」

 

 

 

作りはよく分からないが、無能力者であるフレンダが能力者である七惟に向けているあたり、あれは対能力者用のAIMジャマーを撒き散らす装置か、もしくは対距離操作能力者用に作りだしたハイパージャマーか。

 

対距離操作能力者用のハイパージャマーは五感の一つである視覚を狂わし、視力に頼る能力者を木偶の棒にして捉えるというアンチスキルの特別部隊が使う装置だ。

 

ただそのアンチスキルが使うハイパージャマーと明らかに違うのは高周波及びレーザーを撒き散らすための発射口の大きさだ、もはや大口径と言っても過言ではない。

 

 

 

「コイツは対能力者用のジャマーだけじゃなくて、アンタ達が私を粛清すると思って、それに備えてカスタマイズした特注品!対距離操作能力者用のハイパージャマーはもちろん、絹旗と麦野用の異物質レーザーを装着してる訳よ!」

 

「それはごたいそうな装備だな、垣根の糞ったれから貰ったのか」

 

「麦野のことだから、私が裏切ったと知ったら目を血走らせて粛清しに来るに決まってる訳よ。そこで絹旗の窒素装甲を貫くため、麦野メルトビームですら受け付けないあの男の能力が詰まった未元物質レーザーって訳」

 

「そこまで詳しく麦野のこと知ってるのに、よく簡単に裏切れたな」

 

「よく知ってるから先手が打てると言って欲しい訳。この武装ならアンタだって即死よ」

 

「……おいフレンダ」

 

 

 

こちらに銃口を構えるフレンダの表情は勝ち誇ったような、それでも焦燥に駆られているよう、何かに怯えているような表情だった。

 

勝ち誇った表情は、未元物質の能力を応用したこの武器ならば七惟理無でも撃破出来ると思っているからか。

 

焦燥に駆られているのは、それでも絶対はないため不安に駆られているのか。

 

怯えているのは、アイテムからの復讐・粛清で麦野から狙われるからか、それとも……この武器ですら七惟に勝てず、自分は死ぬのではないかという生物では絶対に逃げ切れない死の恐怖からか。

 

 

 

「てめぇ、欲しかったモノはそんな粗大ゴミみてぇなガラクタでいいのか?」

 

「が、ガラクタって何よ七惟。アンタは今からそのガラクタに殺される訳」

 

「そのガラクタは、てめぇがアイテムで積み上げてきたモノと同じくらい価値があるか?」

 

「今更そんな揺さぶり?この世界じゃ言葉は意味を成さない訳、結局力が全てよ」

 

「まぁ、俺はぶち殺したところで何も思いやしねぇだろ、元はと言えば殺し合った仲だしな。だがその武器で、滝壺や絹旗、麦野を殺してお前はのうのうと生きていけんのかって訊いてんだが?」

 

 

 

自分にはそんなことは出来ない。

 

アイテムに入る時、滝壺を犠牲にして自分だけはのうのうと生きて行くという選択肢を一瞬思い浮かべた自分が居たが、あの頃の自分ですらそんな選択肢は即座に切り捨てたのだ。

 

 

 

「……そ、それとこれとは話が別な訳よ」

 

「別じゃねぇ。俺達を裏切ってその武器を手に入れて、俺達の命を奪ってその代わりに自分の命を守るんだろ?」

 

「結局はそうなる訳だけど……」

 

「ならそういうことだろ?それでいいんだったら好きにしろ」

 

「い、言われなくてもそうする訳よ!」

 

 

 

まぁ彼女の性格を考えればそう言うだろうとは思った、だが七惟はドコぞのサボテンのように善人ではない。

 

言葉を使って説教垂れて相手の目を覚まさせるなんて出来るとは思えない、ならば実力でボコボコにして気づかせてやる。

 

「その代わり俺は本気で、てめぇを殺しに行くぞ?」

 

「うっ……」

 

「そんくらいの覚悟は出来てんだろ?」

 

「あ、当たり前な訳よ!」

 

「なら俺と殺し合えばいいだろ。まぁてめぇが万が一勝ったとして、アイテムを全員殺して、てめぇに何か残るのかって話だがな」

 

 

 

名無しの少女を失い一方通行と戦った自分ならば分かる、何かを失って手にした勝利などおそらく空虚で空しいだけ、その手には何も残らない。

 

だが七惟にはまだあの少女以外にも、自分の声を聴いてくれる人が居た、自分を助けに来てくれる人がいた。

 

フレンダには、もうアイテムを取ったら何も残らない。

 

妹が居る、と言ったが今までの私生活の半分以上を占めていたアイテムが彼女にとっては、妹とも代えがたい存在であるということくらい七惟にも分かる。

 

そもそも仲間を裏切ってどの面を下げて妹に会おうと言うのだ、仲間を売って殺して笑って妹に会える人間がいるとすれば、そいつの精神はもはや神の域だ。

 

 

 

「確かに命も大事だろ、それは当たり前だ」

 

 

 

命は大切なモノだ。

 

あの少女は、命と同じくらい自由というものが大切なモノだった、憧れるものだった。

だがそれと同時に、自分の中で培ってきた感情も同じくらい大切だったのだ。

 

結果少女は大切なモノの二つの内一つを失った、それはもう取り返しがつかないし七惟がどれだけ悔もうが一方通行を怨んでも変わらない。

 

しかし少女は抗ったのだ、その結果で失ってしまっても、全てを出しつくしたからあの微笑みを浮かべられたはずだ。

 

それに比べて今のフレンダは少しでも抗ったか?

 

楽な方楽な方、保身に走って結局少しも抵抗せずに垣根の軍門に下ったのだろう。

 

麦野の誤射でダメージを受けていたがこんな元気な姿を今見せているなんて本当はあの傷だってお得意の工作でケチャップでも塗りたくったんじゃないかと疑ってしまうくらいだ。

 

そんな奴がこれから先アイテムを抹殺した後笑って生きていけるとは思えない、失ったモノに対していつまでも執着しては思いだし、未来を生きる気力なんざ湧く筈がない。

 

結果夏休みまでの自分が、『生ける屍』と呼ばれていた自分のようなからっぽの人間になってしまう。

 

 

 

「命と同じくらい大事なモノもあるぞ。ソレと命、どっちかを選べって言った時……てめぇみたいにすぐ逃げて楽な方に逃げる奴は」

 

「な、何……説教垂れてる訳よ!これは私の生き方で結局アンタにとやかく言われる筋合いはない訳!」

 

コイツはこんなにも性根が腐っていて、すぐ保身に走って自分勝手で最強の自己中で、殺し合って面を合わせればすぐ怒鳴り散らかすような関係だったが。

 

そんな奴とでも、まだ一緒に居たいと願う奴がいる。

 

滝壺や絹旗は、七惟が彼女達と一緒に居たいと願ったのと同じように、フレンダとまだ一緒に居たいと少なからず思っているはずだ。

 

それに自分にとっても此奴はお調子者で『訳訳』うるさい馬鹿な奴だが……。

 

きっと、居なくなったら居なくなったで自分の中にきっとぽっかりと穴が開いてしまう、そしてそれは埋めることが出来ない穴だ、それだけは分かる。

 

だから。

 

 

 

「そのくっだらねぇ考えを修正してやる、お前の思考回路は苦労するっていう抵抗が全く無いみたいだからな!」

 

「こ、この……!煩い煩い!煩い訳!言わせておけば!私は私がやりたいようにするって訳よ!アンタだって今までそうしてきた訳でしょ!?暗部のルールな訳よそれが!死にたくないって思って悪い訳ない!」

 

 

 

七惟が発した攻撃色を感じ取ったフレンダは垣根から貰った武器を構え攻撃を行おうとするが……。

 

瞬間、フレンダには先ほどまでそこに佇んでおり何の変化の兆しも無かった七惟の身体が超加速したかのように見えた。

 

だが実際はその逆で、自分の中を流れる『時間』が遅くなったのだ。

 

 

 

「こ、これは結局いったいどういう訳よッ!?」

 

 

 

フレンダはレーザー砲の照準を七惟に合わせようと身体を動かし、同時にAIMジャマーを周辺に撒き散らそうとするが。

 

時間距離を操られたフレンダの行動は、全てが遅すぎだ。

 

全身を一方通行、垣根に痛めつけられとても俊敏な動きが出来そうにない身体で七惟が接近してくる。

 

重体とは思えないそのスピードは、実際大したことは無かったが時間距離を操られて周囲のスピードが通常の何倍にも感じてしまうフレンダにとっては脅威以外の何者でもなかった。

 

AIMジャマーが起動する前に、七惟は動きが止まったフレンダの持つ武器を虚空の彼方へ転移させ文字通り武装解除させる。

 

呆気に取られた表情のフレンダに対して七惟はそのままスピードを殺すこと無く、真正面から突っ込んでいく。

 

まだ時間距離操作の影響下にあるフレンダは、突進してくる七惟を交わすことも、防御に回ることも出来ない。

 

容赦の無い七惟の鉄拳が、フレンダの腹部へと突き刺さった。

 

 

 

 

 

 





 


たぶん主人公物語上ではじめて拳を使いました。


 


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御伽噺のような終末を-ⅱ

 

 

 

 

 

七惟の容赦ない制裁の拳がフレンダに直撃し、彼女は少女らしくないうめき声を上げながら地面に突っ伏すように倒れ込む。

 

それでもフレンダは立ち上がろうと身体を動かすが、蓄積された身体・精神面へのダメージがかなり大きかったらしく、力なく地面に這いつくばる事しか出来ず、疲れ切った表情で視線のみを七惟へと向けた。

 

 

 

「け、結局……こんなことしてアンタは何がしたいって訳。関係ないアンタに滅茶苦茶にされて、もうアイテムも……私も終わりよ、終わり」

 

 

 

くしゃくしゃになった表情でフレンダは死んだような目で七惟を見つめる、疲労の色も顔に濃く刻まれている。

 

 

 

「アイテムは第2位に抹殺される訳、そして私が生きるためにはそのスクールと組むしかなかった。でもアンタが私を見つけたことで、私が裏切った情報は麦野に流れる。そうなったらもう怒り狂った麦野から粒機波形方レーザー喰らって消し飛ぶのが目に見えてる訳よ」

 

 

 

七惟は苦しみながらも、決してこちらから視線を外さないフレンダの目を見ていた。

 

その眼はこちらを怨んでいたり、憎んでいたりはしていなかった。

 

絶望しか見えなかった、もう全てが終わって、後自分は死ぬまで何分か……と諦めた表情をしている。

 

まだ諦めるには早いだろう、どうしてこうもすぐにネガティブな方向へと思考を持っていくのか……自分が言うのもなんだか、少しはポジティブになったほうがいいのではないだろうか。

 

 

 

「はン、だったら謝ればいいだろ」

 

 

 

素っ気なく、さも当然かのようにこう言った。

 

 

 

「ふ、ふざけないで欲しい訳!謝ったところであの麦野がはいそうですかって言うと思ってる訳!?一気に怒りが噴火して跡形も無く吹き飛ばされるに決まってる!」

 

「だろうな」

 

「だ、だろうなって……!アンタ私をからかってる訳!?」

 

「だから俺も一緒に行ってやるよ」

 

「……は?」

 

 

 

フレンダはすぐ保身に走って自分勝手で最強の自己中で、自分の命に固執しまくっているような奴だ。

 

そんな奴が麦野を始めとしたアイテムの仲間たちに謝りに行ったところで、地雷を踏んで相手の神経を逆なでするに決まっている。

 

それに一人で行く勇気だってないだろう、行ったところでフォローする誰かが居なければ彼女の言った通り麦野のメルトビームで原型も分からない程めちゃくちゃにされるはず。

 

 

 

「お前一人が行ったところでどうにかなるわけねぇだろ、とにかくお前はアイテム全員が『許す』と言うまで、死ぬ思いで謝って頭下げろ。まぁボコボコにされるのは覚悟しとくんだな」

 

「事態はそんな簡単な訳ないじゃない、もう私はアイテムを裏切った。そんな奴を目の前にして麦野達が謝罪程度で納得するなんて到底思えない訳。その程度で済むんだったら今まで助かった命がごまんとある訳よ!」

 

「そうやってすぐ諦めんじゃねぇよ、もう一発殴ってやろうかこの根性無しが」

 

「う……で、でも!どっちにしたってアイテムは第2位に狙われてる、私が寝返ってアイテムに戻ったのを知ったら……!」

 

「そん時はそん時だ、覚悟を決めやがれ」

 

「そんな危ない橋渡りたくない訳!」

 

「じゃあこのまま麦野達に消却処分されるのを待ってるほうがいいか?例えアイツが死んだとしてもアイテムの下部組織の連中から付き纏われるのは目に見えてる」

 

「それは……」

 

 

 

此処まで言ってようやくフレンダは自身の立場を理解したようだ、もし此処で七惟の誘いを断って別れたら、アイテムを裏切り組織崩壊へと加担したとして死ぬまでアイテム側の暗部組織から狙われる。

 

対して垣根率いるスクールは障害にならないものは全て放置するスタンスだ、どっちに組んだ方が生存率が高いかと言われたらそれは前者だ。

 

それに一生アイテムから逃げる覚悟はコイツにはないだろう。

 

今のこの一瞬の場では麦野への恐怖からかアイテムを離れたい一心のようだが全てが終わった後振り返った時に後悔しないのはどっちかくらいわかるはずだ。

 

 

 

「か、考える時間が欲しい訳よ」

 

「考える時間、か」

 

 

 

とか言ってコイツのことだから懐から爆弾を取りだしたりするんじゃないだろうな。

 

 

 

「な訳ないでしょ!考えたくない訳よそんな頭が痛いことは!」

 

 

 

杞憂に過ぎないか、と七惟が警戒を緩めそうになったその時、まさに七惟の思った通りにフレンダがスカートの中から手りゅう弾を取りだし真管を抜いたのが見えた。

 

だがそれはフレンダが投げるモーションに入る前に、七惟の距離操作によって綺麗さっぱり無くなってしまった。

 

 

 

「な、七惟……!」

 

「ったく、面倒くせぇことすんじゃねぇよ糞馬鹿が。こっちだって全身打撲・脱臼で右肩に至っちゃ骨が粉砕してんだぞ」

 

 

 

そう言いながら七惟は蹲った状態のフレンダの前で屈みこみ、そして。

 

 

 

「イタい!」

 

 

 

フレンダのほっぺたをビンタしてやった。

 

 

 

「な、何する訳よ!こんな可愛い女の子に手を挙げるなんて!」

 

「ホントお前はどんだけ面倒かけりゃあ気が済むんだか……」

 

 

 

七惟はフレンダを起き上がらせると、半ば無理やり引っ張りながらフレンダを動かした。

 

 

 

 

「ちょ、何処に行くのよ七惟!」

 

「滝壺がいる病院に決まってんだろ。腹くくれ」

 

「い、嫌な訳よ!絶対許してくれないし滝壺だって事実を知ったら私が憎くて憎くて仕方が無くなるに決まってる!」

 

 

 

七惟はわーわー喚くフレンダを無視し地べたに這い蹲っている彼女の手を無理やり引っ張り上げ……。

 

 

 

「ひゃわ!?何する訳!」

 

「見た通り肩を貸してやってんだが?お前歩く気力ねぇだろ」

 

「誰も頼んでない訳!」

 

「こうでもしねぇとお前石像みてぇに動かねぇだろーが、歩く体力自体なさそうだしな」

 

「アンタがこんな人間らしい行動取るなんて明日には世界が炎に包まれる訳よ」

 

「お前の目に俺はどう映ってんだよ」

 

「そりゃあ有無を言わさない殺人鬼な訳よ」

 

「言いたいこと言ったなら大人しくしてろ」

 

 

 

フレンダの身体を支えながら七惟はゆっくりと歩を進めだす。

 

浜面は病院に行くと言っていた、滝壺のような特別な事情を抱え込んだ患者が向かう病院は唯一つ、ミサカ19090号が世話になっているカエル顔の医者の病院だ。

 

生きているのならば滝壺の病院に絹旗は絶対に来る、アイツはそういう奴だ。

 

麦野は分からないが、アイツのことだから仲間のことなんざ知ったことではないという態度を貫き通し、第2位を潰すために動きまわるだろう。

 

おそらくこのままではその過程でフレンダも粛清されてしまう、だからその前にフレンダを病院に連れて行って一先ず退避させ絹旗や滝壺に許しを請わせる。

 

流石の麦野も右腕である絹旗がフレンダを許したとなれば、納得はしなくとも引き下がるだろう。

 

その後の関係はフレンダと麦野次第というところか。

 

どちらにせよ恐らく今頭に血が完全に登りきっている麦野に会わせるのは危険だ、まだここら辺りを徘徊しているだろうから早く立ち去った方がいい。

 

そんな七惟の心配を余所にまだ収まりがつかないのかフレンダは相変わらず七惟の横でわーわー喚いている。

 

 

 

「だいたいこれは私とアイテムの問題な訳!臨時メンバーのアンタにはこれっぽっちも関係ないじゃない!」

 

「まぁな」

 

 

 

あっさりと認めてしまった七惟にフレンダは肩透かしをくらったのか、それでも言い募るのを止めない。

 

 

 

「結局余計なことしないで欲しい訳よ、出しゃばるなって訳!そもそも他人のことに首突っ込んで此処までやるのはアンタらしくない!」

 

「俺らしくないのは自覚してるから安心しろ」

 

「そ、そういう問題じゃ……!」

 

「ただ今の俺がこうしたいから、やってるだけだ。正直お前がどうなろうが知ったこっちゃねぇよ」

 

 

 

七惟からすればフレンダはそこまで特別な人間ではない、だが七惟はそうだったとしても滝壺や絹旗からすればきっとフレンダは特別で、今まで多くの時間を共有してきた仲間のはずだ。

 

此処でフレンダを麦野や垣根に殺されてしまったら彼女達に合わせる顔もないだろう。

それに。

 

 

 

「だけどな、てめぇが死ぬよりアイテムに戻ってまた馬鹿やってるほうを俺は見てぇだけだ」

 

「……」

 

 

 

結局はそういうことなのだ、他人に無関心だった七惟だったが様々な経験を通して『誰かに生きて欲しい』と思うようになった。

 

だからフレンダにも生きて欲しい、コイツが死ぬ姿なんて感知しなければいいとか言われるかもしれないが、それが出来ないような人間なのだ。

 

七惟理無という男は。

 

もしフレンダを切り捨ててしまえば、きっと七惟だけじゃなくて……アイテムも、フレンダも満たされない、皆が不幸になってしまうだろう。

 

 

 

「……そこまで言われたら、もう私に抵抗する権利はない訳よ」

 

 

 

フレンダは七惟のそんな気持ちをくみ取ったのか、呆れたような、観念した表情でため息をつくと大人しく七惟の歩調に合わせて歩き始める。

 

 

 

「あぁ?もう少しジタバタするかと思ったけどな」

 

「昔は私を手加減無しに殺しにきたアンタに生きて居て欲しいだなんて、この暗黒世界の果てで言われるとか思っても居なかった訳よ」

 

「暗黒世界にしたくないんだったら、自分でどうにかしろ。すぐ諦めんじゃねぇ」

 

 

 

七惟の歩幅に合わせて、フレンダは肩を借りながら歩く。

 

二人が向かう先は滝壺と浜面が居ると思われるあの医者の病院だ、『崩壊』とやらがどういう現象なのか七惟は分からないがおそらく命に関わることなのだろう。

 

瀕死の状態だったら垣根は滝壺を見逃したのだ、ということはあと少しで絶命してしまう可能性が非常に高い。

 

そうなってしまう前に浜面は動いたはずだ、最悪の展開を考えてしまうが此処はあの男を信じて一刻も早くあの病院に向かう。

 

絹旗も生きているのならそこに顔をだすはずだ。

 

 

 

「さて、結局私はどう謝ればいい訳?」

 

 

 

七惟が苦悩していることも知らずにフレンダは呑気にこんなことを言っている、そんなことは実際アイツらに会ってから考えるのが一番いいと思うが。

 

 

 

「んなことは俺に訊くんじゃねぇよ」

 

「なんでそうなる訳。これはアンタが私に提案したことなんだから、アンタが責任もって最後まで面倒を見る必要がある訳よ」

 

「はン、俺に期待しといても土下座くらいしか思いつかねぇぞ。お前の人生経験で最も効果があった謝り方をしとけ」

 

「私は本気で謝ったことなんてない訳よ」

 

 

 

何故か誇らしげに言い張るフレンダに呆れながらも、二人はゆっくりとだが進んでいく。

 

どれくらい歩いただろうか、垣根に襲われたサロンへと繋がる一本の橋の上を二人は歩いて行く。

 

高級サロンだけあって周囲は美しい堀に囲まれており、普段はこの外観の良さでまた通行人達の心を癒してくれるのだろう。

 

今はそんな余興にふけっている場合ではないため目もくれず、ただ前だけを向いていた。

 

それは七惟だけではなく、フレンダもだった。

 

二人は和解した……というわけではないが、この一連の騒動がある程度終着へと向かっているのは間違いない、と幾分かの安堵感もあったはずだ。

 

フレンダの本気か冗談か分からない謝罪方法を語りながら歩き、七惟はそんな彼女の話を聞いているのかわからない適当な受け答えで返していた。

 

緊張状態の緩和からか、二人は間違いなく油断していた。

 

だからだろう、橋の先に立っている人間に気付かなかったのは。

 

 

 

 

 

 



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御伽噺のような終末を-ⅲ

 

 

 

 

 

いくら日も暮れて周りは暗闇に染まっていたとしても、橋を照らす街灯はそこらじゅうにあったはずだ、目を凝らせばそれが誰かだなんてすぐに判別出来ただろうに。

 

その人間との距離が30メートル程になったところで、ようやく七惟の視界に何者かが入っていることが知覚した。

 

相手を視認するタイミング、このタイミングが後もう少しでも早ければきっとこの後二人に起こる未来を変えることが出来ただろう。

 

視覚によって能力の出力が大きく影響される距離操作能力者の七惟が戦闘態勢に入っていれば間違いなく1分前には異変に気づき身を隠すことが出来た。

 

だが彼はそれが出来なかった、命取りとなったその1分が彼らの運命を大きく変える。

 

満身創痍、そして気が抜けてしまった七惟は悠長にもこんな時間に、こんな場所で……と疑問を浮かべた。

 

あれだけの騒ぎがあったというのにサロンの周囲は静まり返っている、原因はアイテムやスクールの下部組織が情報隠蔽班を展開し処理にあたっていたからだ。

 

おそらく周囲には戒厳令が敷かれており、半径1km内には入りこむことすら不可能のはずなのに。

 

意識せずに歩き続けるに連れてその人物の服装がはっきりと確認出来るようになり、やがてその性別も、表情も識別出来るようになっていく。

 

そして七惟は立ち止まる、一つの可能性が頭の中に浮かんだ瞬間だった。

 

目を凝らしてみると遠くからだが輪郭がはっきりと分かってくる、それに連れて七惟の

表情は驚愕の色へと変わる、橋の先でこちらを待ち構えている人間は……。

 

 

 

「それにしても誰かとこうやって二人きりで歩くのなんて久しぶりな訳よ、アイテム結成以来な訳」

 

 

 

目の前に迫った脅威から体全体が緊張し、体中に力が入り切っている七惟に対してフレンダは未だ完全に気が抜いている状態で、リラックスしているのか饒舌に昔話まで語り始める始末。

 

フレンダに目先に迫った危機を知らせようと、七惟は首を回しフレンダに呼びかけようとするが。

 

 

 

「ふーん、へぇー、どぉいうことなのか説明してくれないかなぁ、死ぬまで。オールレンジに……ふ、れ、ん、だぁ!?」

 

 

 

それは叶わなかった、目の前の人物から目が眩むほどの眩い光が生み出されたかと思うと、二人に有無を言わさぬスピードで放たれた光が七惟の横を通り過ぎ、フレンダの右肩へと突き刺さった。

 

何が起こったかも分からない一瞬の出来事で、七惟は空いた口が塞がらないしフレンダに関しては今自身の身がどういう状態に陥っているのかすら分からないようだ。

 

そしてその傷を理解したと同時に、麻痺していた神経から膨大なデータが脳内に送られ、言葉にならない絶叫を上げた。

 

 

 

「ああああぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

声と共にフレンダはその場に崩れ落ちる、右肩を左手で押さえているが、肩の根元から先が完全に消し飛んでおり、止めなく溢れる大量の血がこれは現実だと強烈に訴えてくる。

 

何が起こったかなんてもうそれだけで理解出来る、今目の前に居る人間は女で、アイテムを取り仕切っていたリーダー格のレベル5。

 

 

 

「あれ?首を狙ったつもりだったんだけどずれちゃったみたいね。首から先が無い人体模型を作ってどっかの学校に展示してあげようかと思ったのにさ」

 

 

 

麦野沈利だ。

 

 

 

「む、麦野……!?お前……!」

 

 

 

どうして此処にいる!?

 

七惟の脳は現れた目の前の恐怖に対して処理が追いついていかない。

 

何故麦野が此処にいる、麦野は敵と認めたらそいつの命を刈り取るまで地獄の底まで追いかけていくような恐ろしい奴だ。

 

サロンの中で垣根は麦野、絹旗を倒し七惟の前に現れた。

 

結果から見れば垣根は二人を倒し七惟の目の前に現れたということだ、その後七惟も彼に問答無用に吹っ飛ばされたが。

 

垣根は『敵』として認識した者は余程のことが無い限り排除する、麦野の生存はもちろん七惟も望んでいた。

 

垣根が心変わりして慈悲を与えたとはとても考えられない、抹殺したと思ったが思ったより麦野の生存能力が高く仕留めそこなったということだろう。

 

しかし生きているならば五体満足ではないだろうし、仮に無事だったとしても真っ先に垣根に向かっていくだろうと考えていた。

 

絹旗が無事かもしれない、と七惟が考えたのは垣根からすれば絹旗などそこらへんに転がっている石ころ程度の生涯にしかならならないし絹旗は圧倒的な敵を目の前にして無謀な玉砕行為など絶対にしないと分かっていたから。

 

実際のところフレンダに謝れとは言ったものの麦野が唯謝っただけで彼女のことを許すとは到底思えない、そこはフレンダの言った通りだ。

 

だからこそすぐにでもフレンダを残ったアイテムの面子に対して謝罪をさせて二人が許した、という事実が欲しかった。

 

流石の麦野も滝壺、特に腹心のような存在である絹旗がフレンダの謝罪を受け入れたとなればブレーキが効き抹殺衝動を抑えられると思っていた。

 

それがダメであれば、相対した今目の前にいる麦野と直接話して解決する、フレンダの裏切り行為に対して慈悲を与えてもう一度チャンスを貰うしかない。

 

しかしこんな状況ではとてもじゃないが話し合いなど出来そうにない、武力を持って障害を排除することしか考えていない相手に話し合いなんて出来るのか?

 

だが絹旗を通じてフレンダと麦野の間を取り持って貰う計画が破たんしたならば、此処で麦野を納得させるしかない……。

 

それは七惟が今まで経験してきたどんな困難よりもハードルは高い。

 

 

 

「オールレンジ、何でソイツと一緒にいんの?ソイツは私らをスクールに売った屑なのよん」

 

 

 

一歩一歩、着実に麦野がこちら側に近づいてい来る。

 

その表情は笑ってはいないし、怒ってもいない、表情が死んでしまっていて喜怒哀楽の何も感じられない。

 

だが七惟には分かる、昔から麦野と命のやり取りを行い、そして奴の本性を知る数少ない人間としての本能が今の麦野は危険であると全力で警鐘を鳴らしている。

 

近づくな、殺されると。

 

とてもじゃないが会話で納得させることなんて無理だ、圧倒的な攻撃色の前には一切役に立たないことを痛感する。

 

もうこうなってしまっては残されている手段は唯一つだ。

 

 

 

「……さぁな」

 

「んん?まさかアンタも粛清が必要なの?まぁ待って、話したい事は山ほどあるけど今からさくっとそこに転がってるゴミを処理しないといけないからね」

 

 

 

麦野は再びフレンダに視線を移すと、何のためらいも無く能力の照準を定める。

 

 

 

「む、麦野……結局アンタはこうする訳ね」

 

「五月蠅い。黙れってんだよ裏切り者。アンタの声を聞くだけで耳が腐りそうな気がするから」

 

 

 

焦点の合っていない目で麦野を見つめるフレンダ、今まさに七惟の目の前でフレンダの処刑が麦野の手に寄って執行されようとしている。

 

フレンダは苦しみながらも、何処か諦めたような表情を浮かべて自身に向けられている麦野の手を色の無い死んだ目で見つめている。

 

麦野はフレンダを殺すつもりだ、このままでは、麦野がフレンダを殺してしまう。

 

 

 

「……何処までも世話かけてんじゃねぇぞ馬鹿野郎が!」

 

 

 

七惟の本能が、彼の身体を動かした。

 

粒機波形方レーザーが麦野から放たれるその直前で、七惟は距離操作を行い麦野の座標を僅かばかりずらす。

 

直後にレーザーは発射され、照準がずれたレーザーはフレンダの髪を掠り後方へと飛んでいき、元居たサロンに直撃しエントランスホールに大きなクレーターを作り出した。

 

轟音が響き渡り、麦野は蛇のようなぎょろついた目をゆっくりと七惟に向けた。

 

 

 

「あぁ……?オールレンジィ……あーんた、何やってんの?まさかそこの生ごみを助けようとかふざけたことをしようと思ってんのかな?」

 

 

 

抑揚の無い声だが、先ほどまで押し殺していた怒りが完全にその表層を食い破って周りに撒き散らされているのが分かる。

 

七惟と麦野の距離は10メートル程離れているというのに、彼女の顔に深く刻まれた色は間違いなくこちらを処理する色だと分かった。

 

だがそんな麦野に怯んでいる暇はない、少しでも気を抜けば殺される。

 

フレンダも、自分も。

 

 

 

「おぃ」

 

「結局……こうなる訳よ。アンタが言ったのは全部理想、いや妄想でしかない訳」

 

「逃げろ、さっさと此処から離れろ」

 

 

 

七惟の言葉からその意図を感じ取ったのか、フレンダは馬鹿らしそうに言う。

 

 

 

「まさかアンタ麦野と戦う訳?勝てる訳ない、『全距離操作』と『原子崩し』じゃ勝負なんてする前から結果が見えている訳。唯でさえ怪我して全力を出せないくせに、そんなアンタが麦野を止められるとでも思ってんの?」

 

「だろうな、一方通行と殺し合いした後に麦野の奴もそう言った」

 

 

 

二人が会話をしている間にも麦野は近づいてくる、もうこれ以上距離が縮まったら二人は地面もろとも吹き飛ばされると判断したところで七惟は決断した。

 

裏切りであんな思いをするのは自分だけでいい、滝壺にも絹旗はもちろん、フレンダにはあんな思いをして欲しくない。

 

もちろん裏切りなんて許される行為ではない、裏切られた側の傷はそう簡単に癒えることはないし下手をこけばフレンダのせいでアイテムは死滅していたかもしれない。

 

だが、それでも……一度の過ちで全てを決めつけてしまい行動すれば、きっと七惟のような悲劇が皆を襲う。

 

こうやって今にも殺されそうで諦めているフレンダがあの時自分の腕の中で冷たくなっていった少女と重なる。

 

フレンダと名無しの少女を比べるなんて馬鹿げている、でもどちらが死んだら悲しいのかと問われれば、それは両方だ。

 

生きたいとコイツは思っている、保身に走って裏切りもやって今にも死にそうな奴だが、それでも七惟はフレンダを捨てられない。

 

まだその手に失わずに済む命があるならば、あの時のような間違った行動をしてはならない。

 

心の中に出来た空洞はきっと埋まらない、その形の無い穴はフレンダでしか埋めることが出来ない。

 

 

 

 

 

「フレンダ」

 

「何?」

 

「後悔すんなら、死ぬほどしやがれ」

 

「そりゃあそうさせて貰う訳、アンタの提案のせいで私は」

 

「死なせるつもりはねぇけどな」

 

「……それってどういう――――――」

 

 

 

フレンダがその先を言う前に、七惟は距離操作でフレンダを能力が及ぶ最大範囲の一番遠い場所へと転移させた。

 

 

 

「オールレンジイィ!?」

 

 

 

背後から麦野がゆっくりと近づいてくる、その顔を見て七惟は澄ました顔ではっきりと言葉を口にした。

 

 

 

 

 

「さぁて。行くか」

 

 

 

 

 

 



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御伽噺のような終末を-ⅳ

 

 

 

 

 

「なぁなぁいいいぃぃぃ。アンタどうしたの?まさかフレンダの可愛い顔にやられて惑わされでもした?」

 

「あいつの顔にそんな色気は感じないから安心しろ」

 

「ふぅん、フレンダに続いてアンタも制裁するとなると今夜は大忙しだ。あんまり私に迷惑かけないでくれない?」

 

「俺は迷惑なんざかけてねぇ、てめぇが勝手に突っかかってきてぎゃーぎゃー騒いでるだけだろ。いい加減少しは落ち着きを持ったらどうだか。あとはそのすぐ邪魔した奴を消そうとする導火線の短さを年の分だけしっかり延ばせよ、ガキじゃあるまいし」

 

 

 

フレンダが居なくなったその場には、七惟と自分に向かって殺意以外の何も感じられない視線を向けている麦野の二人だけだ。

 

周囲はアイテムとスクールの下部組織によって隠蔽工作が行われているため、不気味なほど静まり返っており人一人見当たらない。

 

橋を照らす街灯の光が怪しく揺れる、足元の照らされる地面のコンクリートが異様な程硬く感じられた。

 

その硬い地面にカツン、と麦野のヒールが音を鳴らし七惟の背中には嫌な汗が伝い心拍数が徐々に上がり動悸も早くなっていく。

 

もう正面衝突は避けられそうにも無かった。

 

 

 

「何言ってんのアンタ、これが私達の世界。自分の邪魔をする奴はさっさと消す、こんなこと暗部の当たり前。力のある奴が全てを手に入れて、力が無い奴は虐げられていく、この程度の常識忘れちまったんだったら最初から教えてやるよ」

 

「そいつはありがたいことだな」

 

「相変わらず減らず口ばかり叩くの止めた方がいい、私に喧嘩売って唯で済むと思ってんの?」

 

 

 

ジリジリと焼けつくような視線が突き刺さるのを感じる、もう麦野の導火線に火はついていて何時爆発するか分かったものではない。

 

 

 

「全距離操作と原子崩しが対峙した時、全距離操作の勝率は5%。数百手の内に私の原子崩しがアンタを溶解して蒸発させちゃうのよん」

 

 

 

5%か……そのデータはおそらく1年前メンバーにまだ在籍していた頃の能力値で計算しているはずだ、あの時より自分も幾分か強くなったが満身創痍な現状では不利なことに違いはない。

 

 

 

「へぇ、5%もあるんだったら捨てたもんじゃねぇな全距離操作も。むしろ第4位相手に大健闘ってとこか」

 

「アンタ馬鹿?5%って、オマケ程度でついてるもんよ?実際は100%アンタに勝ち目はないの。大人しくフレンダを何処に飛ばしたか教えて、滝壺と浜面の居場所を吐いたら見逃してやる。私だって戦力になるアンタを早々に消したくはないからね」

 

「滝壺と浜面の居場所……?」

 

 

 

滝壺と浜面が何故此処で出てくる。

 

先ほど浜面と電話で話した感じではとても戦線に復帰出来るような状況では無さそうだった、『タイショウ』というものが一体どんな影響を滝壺に与えているのかは分からないがこれ以上彼女を酷使することは命に係わるだろう。

 

麦野は戦線離脱した二人を連れ戻し滝壺のサーチ能力を使って何が何でも垣根を探しだし抹殺するつもりなのだろう、それが分かれば答えは簡単だ。

 

 

 

「生憎てめぇみてぇな粗大ゴミを滝壺達に押し付けるわけにはいかねぇからな、却下だ。分かったかヒステリック」

 

 

 

『ヒステリック』

 

その言葉にみしりと拳を握りしめ地面を踏みつける動作を見せた麦野、それだけの情報があれば十分だった。

 

 

 

「なぁなぁいいいぃぃぃ?」

 

 

 

麦野沈利が爆発することを予測するには。

 

 

 

「いい加減にしやがれってんだてめぇぇぇ!何時でも何処でもてめぇは私を馬鹿にしたような態度取りやがって、舐めてんのかこの第4位であるメルトダウナーをよおぉ!」

 

 

 

耳を劈く程の声でわめき散らかしたかと思うと、間髪入れずに麦野はこちらに向けて原子崩しの照準を合わせる。

 

相手を殲滅することしか考えていないその顔色、もう七惟理無は垣根帝督どうように麦野沈利のフラストレーションを溜める以外の何者でもなくなった。

 

それ即ち、何時でも何処でも狙われて、殺される可能性が生まれてしまったということだ。

 

 

 

「はン、そうやってぎゃーぎゃー喚くからてめぇは第8位程度に馬鹿にされてんだ。見下されんのが嫌だってんなら義務教育やり直せ糞餓鬼が」

 

「へぇー、そぉー、そぉいう態度取るのね。言っておくけど、アンタぶち殺し確定だから。廃棄処理、さらし首ね」

 

 

 

手加減など一切感じられない麦野の恐るべき一撃が七惟に向かって放たれる。

 

麦野の能力はレベル5の原子崩しで、その力は全距離操作とは破壊力も、影響力もまるで違う化物クラスの大技だ。

 

不可視の壁を使って防ごうものならば忽ち地面ごと原子崩しで抉られて絶命するのが落ちだ、麦野の力は七惟もよく知っているだけに戦闘になっては唯では済まないことは分かっていた。

 

挙句にこちらは怪我をしている、右肩から先は使いものにならないし、全身を強く打っているせいで満足に走ることも回避行動も出来ない。

 

高度な演算である転移攻撃は今の状態では満足に使えない、使うくらいなら可視距離移動で足掻くほうがまだ勝機はあるか……。

 

今此処で麦野を止めなければ何をしでかすか分からない、野放しにするには危険すぎる。

 

七惟は必至の形相で原子崩しを避ける、だが動きの鈍った七惟の懐にすぐさま麦野は潜り込み女の力とは思えない拳を腹に打ち込んできた。

 

 

 

「がッぁッ……んの野郎!」

 

 

 

拳の勢いで吹き飛ばされ、七惟は3メートル程転がってようやく起き上がった。

 

今の状態では格闘戦も七惟に勝ち目はない、元からコイツはスキルアウト上がりの浜面さえ圧倒するような格闘スキルの持ち主なのだ、武器の扱いに心得はあるものの素手の喧嘩に関してはずぶの素人である七惟が挑むには無理がある。

 

 

 

「ほらほら!休ませる暇なんざ与えねぇぞおおおぉぉぉ!」

 

 

 

麦野の原子崩しは連射は出来ないが、一発一発の威力は美琴の電撃攻撃の数倍ある。

 

爆風の範囲もかなり大きく、壁で真正面の爆風を防いだとしても左右から壁に引っかからなかった熱風が七惟を容赦なく焼きつくそうと、留まることを知らない。

 

橋はみるみる内に麦野の能力によって破壊され、全く手加減など感じられなかった。

 

間違いない、麦野沈利は七惟理無を殺そうとしている。

 

フレンダのようにためらうことなど一切せずに、自身の障害となるものを全て破壊し、その手に思うがままの現実を手に入れようと暴れまくる。

 

やはりコイツは、他人のことなど一切関係なく自分の欲望を叶えるためだけに殺戮を行うような奴なのか。

 

あの時カフェで感じた違和感は、七惟の完全な勘違いであって、麦野沈利にはもう七惟が望む人間性のかけらすらないと。

 

ならば取る手段は決まっている、こちらもルムや神裂、一方通行の時同様全力を持って殺しにかかるだけだ。

 

 

 

「ハッ!餓鬼みたいに暴れ回りやがって!」

 

 

 

一方通行から受けた傷はやはり大きく深く、転移の演算処理は難しい。

 

ならば取る行動は決まっている、奴の座標をくみ取って時間距離を操るか可視距離移動砲をぶっ放して粉々に吹き飛ばすか。

 

だが。

 

 

 

「ざぁんねぇん、座標をくみ取る暇なんて与えると思ってんの?」

 

「ぐッ……!」

 

 

 

離れた瞬間、麦野の原子崩しが放たれる。

 

固定された電子は巨大な壁となり、それを高速で動かし想像を絶する破壊力を生み出した。

 

七惟は反射的に壁を作り身を守るものの、それによって左右に別れた原子崩しは一瞬で橋にかかっている街灯を一本残らず文字通り消滅させる。

 

おかしい、麦野の能力はその強大さ故に連射や速射は出来ないはずだ、それによって自らの命を危険に晒すリスクがあると本人も言っていた。

 

なのに今の麦野はそんなことはおかまいなしに攻撃をしかけてくる、本来なら座標をくみ取る行為のほうが麦野の照準よりも早く終わるはずなのに、何故だ。

 

 

 

「今何しでかしたか知らないけど、正面から原子崩しを受けて耐えるなんて流石第8位って感じね。ま、それがいつまで続くかってとこだけどさ」

 

 

 

麦野の言う通り、今回は運よく電子の壁を防ぐことは出来たが次は分からない。

 

先ほどのように電子が放射状に広がっていけばよいが、拡散型だった場合電子は上空にも左右にも散らばってしまい壁では防ぐことが出来ないのだ。

 

しかしそれでも七惟は挑発的な姿勢を崩さない。

 

 

 

「ごちゃごちゃ言ってる暇があったら攻撃しとけ、こうやって足元掬われんぞ!」

 

 

 

七惟は動きの止まった麦野をロックオンし、全演算能力を持ってその身体をサロンへと飛ばし、壁へと激突させる。

 

ルムの時と同じで一切手加減はしていないが、あの時と同様七惟の全力の一撃はあっさりと防がれる。

 

麦野はロケット噴射のように背中からも原子崩しを発動させ、本来激突するはずだったサロンの壁を木っ端微塵に吹き飛ばし、勢いそのままこちらへと突っ込んでくる。

 

 

 

「ぶっ飛ばす方法は通用しねぇのか!」

 

 

 

回避行動に移るが、右肩に力が入らないためバランスを崩す、そして垣根に吹き飛ばされた時痛めた足が悲鳴を上げた。

 

上半身と下半身の激痛に気を取られ、僅かばかりの隙が生じる。

 

麦野はそれを見て口が裂けるような笑みを浮かべると、スピードを殺すこと無く、必殺の一撃と化した蹴りを七惟の身体へと叩きつけた。

 

 

 

「ガァッ!?」

 

 

 

右肩へと直撃した上段蹴りは、一方通行によって粉砕された骨をさらに細かく砕き、もう表皮は完全に潰れてしまったと思えるくらいの激痛だ。

 

まだ衣服を着こんでいられるのが不思議なくらい、もう七惟の右肩は本来のソレと比べて異型になってしまっているだろう。

 

右腕の肩から先がまだ繋がっているのは奇跡だ。

 

七惟の身体はそのまま吹き飛び、サロンとは反対側の方向へと飛ばされ、数十メートル飛んだところでようやく身体は止まった。

 

 

 

「なぁなぁいぃー?あれだけ大口叩いてたのにこの様?何なのアンタ、何がしたいのか全然わからない」

 

 

 

麦野のヒールが地面を鳴らす音が僅かに聞こえてくる、それがまるで死へのカウントダウンのように感じられた。

 

これだけ体に問題を抱えている状態では満足に回避行動も演算も出来ない。

 

二点間距離操作による可視距離移動砲はいくら対象を絶対等速で動かしたところで原子崩しで跡形も無く解かされてしまう。

 

本人を吹き飛ばしても、ロケット噴射の用量で全て激突する障害物を破壊する。

 

時間距離操作自体は効果はあるが、麦野の動きを鈍らせたところで原子崩しは止まらないし、時間距離によって演算が狂った場合は周辺一帯を含めた能力の暴発でこちらも消し飛んでしまうリスクもある。

 

やはり麦野に勝つには分散値転移攻撃しかないが、体術に優れる麦野がそう簡単にこちらの網にひっかかるとも思えない。

 

神裂戦のように防御は壁に任せることが出来れば七惟は麦野の行動予測をすることが出来るが、原子崩しによってフィールドの状態が次から次へと変動し防御にも集中しなければならずそれが不可能な今麦野の動きを先読みすることは至難の業だ。

 

 

 

「糞ったれ……が!」

 

 

 

左手で身体を支えて立ち上がり、悪あがきに転がっていた石ころを麦野の顔面に向かって飛ばすがそれも融解させられてしまった。

 

 

 

「天下のオールレンジも落ちたもんだねぇ!こっちの世界から離れてたせいで感が鈍った?もしかして元から弱かったのかてめぇ!私の買い被りか!もっと楽しませろってんだよぉ!」

 

 

 

振り上げられた蹴りが腹部に突き刺さり、口に溜まっていた血も胃液も全てが吐き出され、言葉にならない呻きが口から洩れる。

 

それでも頭だけは勝つための対抗策を得るためにフル回転させる、先ほども考えたが麦野の原子崩しの照準がこちらの座標くみ取りより早いことは絶対に有り得ない。

 

この点に関しては、前博士の施設を使って全距離操作と原子崩しの戦闘をシュミレートした際でも間違いは無かった。

 

今の麦野がそこから大きく進化しているとも思えないし、生存本能がブレーキをかけるはずなのに何故こうもこの女は速射出来るのか。

 

もしや、頭に血が上り過ぎて本来働くはずであるブレーキが利かなくなり、制御不能になっているのか。

 

 

 

「もっと口から色んなものぶちまけてくんねぇかしらぁ!?それこそ内臓の一つや二つくらい出して欲しいもんだ!それとも命乞いの惨めな言葉でも聞かせてくれるもんかねぇ!?」

 

 

 

もはや麦野は能力を使わずに、暴力で七惟を屈服させようとしている。

 

よろりと立ち上がった七惟の胸倉を掴むと、鳩尾に強烈な一撃を加え、投げ飛ばした。

 

 

 

「ほら、何か言ってみれば?さっきみたいに決め台詞言わないの?『死なせるつもりはねぇけどな』って……ぎゃはは!何だよコイツ、気持ち悪いくらい勘違してアニメのヒーローみたいなこと言っちゃってさぁ!カエルみたいに地面に這いつくばって惨めな命乞いする子悪党がお似合いだよてめぇにはさ!」

 

 

 

そこまで言われて七惟もようやく、身体へと再び力を入れるものの……。

 

箍が外れてしまった今の麦野相手に自分が勝つ要素が見当たらない、無傷の状態ならば全力を出せばもっと善戦出来たと思うが、第1位と第2位から受けた傷はあまりに大き過ぎた。

 

フレンダにはあんなことを言ったが、これでは自分が死んでしまいそうだ。

 

防御能力に優れるとされる距離操作能力者だが、テレポーターのように自身を移動させることが出来ないため、回避行動に弱点がある。

 

今の自分もまさにそうだ、麦野のようにあまりに大きな破壊力を持つ相手に対してはいくら防御しようが最後は結局崩されて終わる。

 

テレポーターのように移動出来れば、態勢を立て直してから再戦するという選択肢もあったのだが……。

 

 

 

「あぁ、這いつくばってでも……お前を始末すりゃ全部解決だろ」

 

 

 

此処で終わらせるしかない、七惟理無と麦野沈利の関係を。

 

もうこれ以上は、二人が関わる未来なんてあり得ない。

 

二人の記憶は、此処が終点だ。

 

 

 

 

 

 



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御伽噺のような終末を-ⅴ

 

 

 

 

 

「まだそんなつまんねぇことを言う余裕があるんだ?どうやら骨まで溶かして溶解させなきゃ分かんないみたいね。もしくは舌引っこ抜いて喋れなくなってみるとか?」

 

「言ってろ、てめぇのヒステリーにこれ以上付き合うのはわりぃがお断りだ。俺は一刻も早くてめぇを片付けて行かなきゃならねぇ所があんだよ」

 

「行かなきゃならないところねぇ?愛しのフレンダちゃんの墓前にお祈りでもしにいくつもり?」

 

「何言ってやがんだか、まだフレンダは死んでねぇだろ……そんなシケた場所じゃねぇよ、お前は想像もつかねぇだろうがな」

 

「ふぅん……保身を第一に考えてたアンタが逃げずに行きたい場所ね。人を見殺してナンボの奴が言う台詞?」

 

 

 

麦野の声色と、彼女の身体から発散される並々ならぬ殺意の波動に明らかな変化が生まれた。

 

それはまるで、本心を表しているかのような……心の深層にある言葉を紡ぐような。

 

深く、重い言葉が彼女の口から零れた。

 

 

 

「……結局アンタは、そういう奴か」

 

 

 

意味が分からない麦野の言葉に、七惟は戸惑う。

 

先ほどまでの憎らしげな声と撒き散らしていた怒りはいったい何処へ飛んでしまったのか。

 

今迄見たことがない麦野の表情に意表をつかれたその瞬間だった。

 

 

 

「ま、そんな下んねぇふざけたことは私にはどうでもいいんだけどさぁ!」

 

 

 

再び麦野が息を吹き返したかのように吠え、原子崩しを行うのは。

 

光の波動が周りに巻き散らかされ、無差別で攻撃が行われていく。

 

高熱で溶かされた橋の装飾物は異臭を放ち、アスファルトはめくれ上がり街灯は衝撃でガラスが割れて破片が飛び散る。

 

高熱を帯びた破片が七惟の身体に数本刺さり七惟はもう、もだえ苦しむことしか出来ない。

 

数年前の抗争から始まった二人の因縁の物語りはどうやら此処で終点だ。

 

それは七惟と麦野のどちらかの死というレールを進み続けて、最後はどちらが先に終点にたどり着くのか。

 

もうこれ以上、二人が出会ったり喋ったりする記憶は作られない、そんな未来は有り得ない。

 

思えばここ最近は全てがおかしかった、狂っていた。

 

どうして殺し合いをした麦野と一緒の組織に入り、彼女と仕事をしていたのだろう。

 

あれほど蔑み合った二人が、価値感も行動基準も、性別も歩んできた経歴も全てが違いすぎるのに、互いが互いの闇の部分を知り過ぎているのに、あんなにも近くに居たことが間違っていたのだ。

 

終わらせるしかない、これ以上自分の歩む道が狂ってしまわないように、永久に二人が出会うことなどない未来を此処でつくる。

 

それが自分の死によってなのか麦野の死によるものかは分からないが、此処で自分が死ぬならば麦野も道連れだ、こんな奴を此処で野放しにすることなど出来るか。

 

もう人を疑うことを止めることはない、と心に決めたがそれも限界だ。

 

相手はこちらの声を聞こうともしないし、攻撃も一切やめることはない。

 

初めからコイツはフレンダ達や、垣根とも違う土俵に居たのだ。

 

あの一方通行と同じ土俵、全てを捨ててでも自身が思うがままの結末を手にするため、自身の欲求を満たすためならば躊躇なく破壊の限りを尽くす。

 

どういった過程でこんな化け物になってしまったかは分からないが、もう分かる必要も無い。

 

自分と麦野は永久の別れをこれからするのだから。

 

しかし覚悟は決まったものの七惟にはもうこれ以上は足掻こうにも能力を行使するだけの体力も精神力もほとんど残っていない。

 

既に満身創痍状態なのだ、もう体力もメンタルも限界だ。

 

フレンダには最後まで足掻き続けろなど偉そうなことを言っていた癖に、今の現状を鑑みてみれば自身に呆れるところか怒りさえ感じる。

 

 

 

「さぁて、そろそろメインディッシュといこうかにゃん。ね、なぁーなぁーいぃー」

 

 

 

麦野の声が聞こえる。

 

今から自分はコイツに殺されるのか、アイテムのことを利用出来るだけ利用して、使い捨てた最低の人間に。

 

ウマが合わないのは分かっていたのに、こうなることは最初から分かっていたのに、絶対に自分と麦野が手を取り合う未来なんてないと知っていたのに何故コイツに協力してしまったのだろうか。

 

思い返せば麦野との関係を放棄するチャンスは無かったのかもしれない。

 

滝壺を人質に取られ仕方なくアイテムに臨時の構成員として加入はしたものの、その後七惟のバックにあるメンバーがまさかのアイテムとの共闘路線を取ってしまった。

 

あの時七惟は完全に麦野との関係を断ち切るチャンスを失ってしまった。

 

そこからは徐々にスクールとの小競り合いが増えていき、アイテムだけでなくメンバー自体も垣根達から狙われ、小さな衝突は一気に大きなうねりとなってアイテム・メンバー二つの組織は崩壊へと向かった。

 

スクールと正面衝突するには分が悪すぎるためアイテムとの共闘路線を続けるしかなったのが現実だった。

 

だが共闘はしたものの志までコイツと同じになったつもりはない。

 

こんな屑野郎と同じだなんて、誰にも思われたくない。

 

自分には、此奴と違った想いがある。

 

そこまできて、七惟の心に再び火がともった。

 

麦野沈利にくれてやる程自分の命は安くない、もちろんフレンダや滝壺、浜面だって同じだ。

 

自分たちは、こんなところで終わりやしない。

 

玉砕覚悟だった気持ちにもう一度『生きる力』が宿り彼を振いたたせる。

 

 

 

「はン……食われるのはてめぇのほうだ!」

 

 

 

倒れていた身体を無理やり起こし、ありったけの力を込めて目を見開いた。

 

膝は笑うどころか、もう半ばから折れてしまったような形、右肩から流れる大量の血は手首まで伝い、それは地面に落ちて紅い点を作る。

 

 

 

「そんな満身創痍の状態で何強がり言ってんの?ココ、おかしくなった?」

 

 

 

麦野は下品な笑いを浮かべながら人差し指で自身の頭をツン、と叩く。

 

言っとけ、と七惟は吐き捨て懐を探る。

 

胸の内ポケットには、五和から貰った槍のスペア部分……槍頭を持った接着部分だけが唯一残っている。

 

これを麦野の急所に刺し、決着をつけるしかない。

 

問題はどうやって槍頭を麦野にぶち込むかだが、もうその算段はついていた。

 

この闘いは麦野沈利という人間を終わらせることが至上命題、自分の身体の心配等その後にすればいい、死にさえしなければ何とでもなる。

 

 

 

「さぁな、……くたばれ!」

 

 

 

七惟は先ほどと同様、可視距離移動砲の弾丸として麦野を再びサロンの壁に向かって射出する。

 

速度は時速250km程、風圧で骨がへし曲がってもおかしくないこの状況で、麦野はまたもや原子崩しをロケット噴射の用量で使用し、背後の壁を全て破壊しノ―ダメージでこちらに切り返してくる。

 

 

 

「おいおい、さっきと同じじゃないこれじゃ。もちょっとこっちを楽しませてくれないもんかねぇ!」

 

 

 

ぎゃはは、と笑いながら麦野の両眼が光り始めた。

 

原子崩しだ、七惟の身体では回避行動は取れないし防御に回ることも出来ない。

 

この速度ならば麦野の座標を捉えることも出来ないし、他の何かを麦野に向かって飛ばそうにもそれら全ては原子崩しで跡形も無く消し飛ばされてしまうだろう。

 

勝った、と確信の笑みをその顔に深く刻み、引き避けるような不気味な表情となった麦野が原子崩しを発動させようとしたその瞬間だった。

 

七惟は懐から槍頭を取りだすと、それを麦野に向かって距離操作の用量で打ち出した。

 

 

 

「あぁ!?このペテン野郎、そんなもんで原子崩しを倒せると思ってんの!?」

 

 

 

麦野はそんなモノはお構い無し、という表情で原子崩しを発動させた。

 

直視出来ない程の眩い光が辺りを照らす、それは街灯の柔らかい温かみのある光ではなく全てを無に帰す殺人光線の明かり。

 

それを見た七惟はにやりと口端を上げると、距離操作で射出した槍頭を『慣性の力を殺さず』に麦野の真横へと、最後の気力を振り絞って転移させた。

 

死んでいない運動エネルギーは、そのまま真っ直ぐ麦野の死角となっている脇の下あたりを目掛け、時速250kmで飛んでゆく。

 

目の前が光で埋め尽くされる、だが必ず槍頭が原子崩しの発動よりも先に麦野の身体を貫き射撃の照準がズレて着弾点は七惟から外れる。

 

五体満足ではいられないかもしれないがそれと同時に麦野沈利という人間の命も終わる。

 

下手をすれば相打ち、死ぬ直前だというのに、今までのように能力の暴走はない、ただ頭の中が真っ白になり何も考えられなくなった。

 

ただ、まるで死ぬ間際の走馬灯のように脳裏に浮かんで来るたくさんの顔……絹旗、五和、滝壺、ミサカ、上条と多くの人間の笑った表情が浮かび消えて行くのを感じ、目を閉じたその時だった。

 

 

 

「七惟!?」

 

「あぁ!?浜面!?」

 

 

 

浜面の声と、麦野の声が頭に響いた。

 

七惟は浜面の位置確認など出来るわけもないが、瞬間麦野がそちらに気を取られたため若干原子崩しの照準がずれて発動される。

 

ということは即ち麦野の態勢も変わっているということだ、麦野の心臓を貫く一撃と化した槍頭は外れるということになる。

 

余計なことを、と七惟が毒づく時間も考える時間も与えられなかった。

 

足元に直撃した原子崩しは完全に橋を崩落させ、動けなくなった七惟と一緒に川底へと落ちて行く。

 

視線を上へと上げる七惟、崩壊していく橋の上を麦野がロケット噴射で飛んでいく姿を最後に確認出来た。

 

浜面が現れたのはおそらく橋の先だ、つまり陸地側ということになる。

 

何故あの場に浜面が居たのか分からないが、考えられることは唯一つ。

 

おそらく電話をかけた時から今の今までまだサロン周辺に潜伏しており、誰かの目から逃れていたのだ。

 

そしてその目から逃れ、轟音を聞きつけて近づいてみたらそこに自分達がいたと。

 

なんだ、滝壺をもう病院に届けているころだろうと思っていたのにまだサロン周辺に居たのか……。

 

崩壊が始まった滝壺は無事なのだろうか、絹旗はちゃんと生きているのか?右腕を失ったフレンダはどうなったんだ。

 

もう何もかもが分からない、何も考えられない、言葉通り思考停止に陥った七惟はそのまま落下していく。

 

サロンの周辺は深い堀だ、普段は景観を良く見せているはずのその水がまるですべてを呑み込むような黒い渦のような異様な恐怖を湧き立てる。

 

そして七惟は全く足掻くことも、受け身をとることも出来ず着水の衝撃で彼の意識は深い水底へ沈んでいくのだった。

 

 

 

 

 



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私のヒーロー-ⅰ






『人の気持ちも汲めない屑より価値がねぇ』

『学園都市最強のゴミクズが体当たりとはなぁ……、笑わせやがる』



………………。



「…………うるせェ」



ブロックを壊滅させた一方通行は、第七学区へと戻る帰路で缶コーヒーを飲みながら、体をだらしなく垂らして自販機に寄りかかっていた。

オールレンジと戦ったのち、彼は結標達と合流し、敵対勢力を殲滅した。

無事結標と関わりのある少年少女達を救うことは出来たが、一方通行にとってそんなことはそこらへんに散らばっている空き缶を蹴り飛ばすか、蹴り飛ばさないかくらいの価値しかない。

彼の脳の大部分を今占めているのは、オールレンジと戦ったことにより生まれた苛立ち。

能力使用モードを半分以上使って得た勝利、強敵に打ち勝ったとプラスに考えることなどは全くない。

むしろあんな雑魚にどうして15分も使ってしまったのか、本気を出せば……とつまらないプライドを持ちだす始末。

何故なら。

自身の理論が崩壊する寸前まで追い詰められてしまった彼には、もう力でしか己の優位を示すことが出来なかったからだ。

いや、次対戦する時はその勝利すらどうなるか分からない。

オールレンジが生きているのか死んでいるのかは分からないが、もし生きていて再戦するとなれば、自分が負ける可能性も十分にある。



「あの野郎……」



自分の悪党の美学に大きなダメージを与え、自らが自負する『最強の悪党』の牙城すら切り崩すオールレンジ。

あの声を、あの顔を、思い出すだけでむしゃくしゃしてくる。

身体に負った多くの傷がその危うさ、脆さを物語っているようで、こんなに自分の身体は弱かったのかと思う。

全身打撲、一部脱臼、挙句グループに入る前の自分ならば完全なる敗北を喫していただろう。

これらの認めたくない現実が、一方通行から力を奪っていく。

そんな彼に一本の電話がかかってきた。



「お疲れ様です一方通行。これにてグループが引き起こした事件は全て終結しました、貴方がたのおかげですよ」

「オマエか……」



気だるそうに口をほとんど動かさず彼は短く答える。



「おや?何やら元気がないですね。せっかく貴方にとって有益な情報を持ってきたというのに」

「あァ……?有益な情報だとォ……?」

「えぇ、シリアルナンバー20000体『最終信号』の命の危機に関する情報ですよ」





 


 

 

 

 

 

絹旗最愛は垣根帝督から受けた傷を癒すことなく、今は下部組織の指揮が取り終わり襲撃の現場となったサロンから撤退しているところだった。

 

彼女自身のダメージは相当なもので、つい先ほどまでは誰かの手助けがないとまともに歩けないような状態だったがこんなところでもたついていたら騒ぎを嗅ぎ付けた面倒な輩達がやってこないとも限らない。

 

幾ら暗部組織の隠蔽工作班を総動員したとしても完全な証拠隠滅など不可能なのだから。

 

よろよろと歩きながらサロンから出る、既に工作班は一通りの仕事を片付けたのか撤収し始めているが彼女はそれに同行しない。

 

絹旗が下部組織と一緒に車両で移動しないのには理由がある。

 

それは彼女が現場の情報隠ぺい工作を行っている最中に、外から何度も大きな爆音と破壊音が響き、サロンの内部まで貫いた轟音を聞いたからだ。

 

もしや七惟が生き延びていて、サロンから離れようとする第2位と交戦状態に陥っているのではないかと彼女は考えた。

 

絹旗はまるで赤子の手を捻るかのように垣根に撃破されてしまい、体中に大きなダメージを抱えてしまっていた七惟もすぐに倒されるか、もしくは殺されてしまったのかと思っていた。

 

サロンで最後に浜面と滝壺を見た時、逃げる浜面達に七惟はどうなったのかを尋ねたが、崩壊寸前の滝壺はうんともすんとも言わなかったし、浜面に至ってはまるで苦虫を噛み殺したかのように首を横に振るだけ。

 

彼女の頭では最悪のシチュエーションが思い描かれたが、今回のことで七惟が生存している可能性も出てきた。

 

半分ほどは彼女の願望でしかないのだが。

 

 

 

「それにしても……これは超酷いですね」

 

 

 

彼女が外に飛び出して最初に述べた感想はこれだった。

 

目の前に広がる光景は筆舌し難い程破壊された風景。

 

サロンの正面と向かい側の道路を繋ぐ大きな橋は中央部分が吹き飛んでおり、道路側のほうの街灯は一本残らず根こそぎ破壊されてしまっていた。

 

アスファルトはめくれ上がり、木々は何かの余波でなぎ倒され、サロンの外壁にも巨大な穴が開いてしまっていた。

 

流石の情報隠ぺい部隊もこの巨大な穴は修復不可能だったようで、不自然に広がっている空間は異様な存在感を放っている。

 

誰と誰が戦闘を行ったのか分からないが、コレほどの破壊能力を持つ人間は彼女が思い浮かぶ中では三人しかいない。

 

一人は当然原子崩しの麦野沈利、彼女の原子崩しを持ってすれば橋を破壊するなど朝飯前だし、この巨大な風穴も一連の戦闘の中で開けられたのだと容易に考えられる。

 

二人目は未元物質垣根帝督、この世の質量とこの世の外の質量を操るあの男ならば、彼女が想像も出来ない現象すら起こしてしまう。

 

三人目は全距離操作能力者、七惟理無。

 

街灯を可視距離移動砲で発射すればこんなサロンなどひとたまりもない、橋の半ばから折れた現象もそこに何かを転移させ発現させれば忽ち崩壊だ。

 

この三人のうち誰かが戦って、どちらかは破れどちらかは勝ち残った。

 

……垣根帝督に、七惟か麦野のどちらかが立ち向かったと考えるのが妥当なところだろう。

 

そして結果は見ての通りだ、垣根帝督の一振りの前に無残にも砕け散った。

 

いったいそれはどっちだ?七惟なのか、それとも麦野なのか、或いは両方か。

 

携帯電話を取りだし、両方に電話をかけてみるが音信不通だ、携帯電話そのものが破壊されてしまっているということも考えられる。

 

下部組織に連絡を取って探索してもらうのが現実的だが、今は先ほどの騒動の後始末のため何処の組織も受けないときた。

 

自分一人で生存者を捜すしかない、今日は既にフレンダを失ってしまっているだけにこれ以上アイテムから欠員メンバーが出るのは……。

 

少なくとも絹旗だって、滝壺同様アイテムの皆のことを家族とまでは言わないが、気の合う仲間だとは思っているのだ。

 

そう簡単にはいそうですかと見捨てるわけにはいかない。

 

警戒のため窒素装甲を展開し、辺りの探索を始める。

 

周辺は情報隠蔽工作のおかげか人っ子一人見当たらない、気味が悪い程に静まり返っているだけに何処かで物音が立てばすぐに気付くはず。

 

 

 

「七惟……麦野?」

 

 

 

絹旗の声が響き渡る、震える声は文字通り空気を振動させただけでそれ以外の反応は何もない。

 

不安に駆られながらも橋の辺りまで来てみると、数メートル下には橋の残骸が散らばっていた。

 

そこは堀のようになっており、日も暮れた黒い水が何かを呑みこむかのように流れている。

 

コンクリートや鉄筋、街灯が四散したため堀は元々の綺麗な姿を保てずに、まるで廃墟に流れる川だ。

 

もしかしたら橋の崩落に巻き込まれて二人は下に落ちてしまったのかもしれない、絹旗は足元に注意しながら坂道を下り、水の流れる堀の部分まで降りて行く。

 

幸い川底はそこまで深くないようだ、観賞用だけあって危険性は差ほどない。

 

本来なら瓦礫で怪我をしてしまいそうだが、窒素装甲を展開している絹旗からすればそんなものは関係ない。

 

彼女は大きな瓦礫を掴んでは投げ、掴んでは投げの繰り返しで地道に生存者を捜していく。

 

汗を流しながら作業を続ける。

 

脳裏に過るのは七惟と麦野のことだけではなく、アイテム全員のことだった。

 

つい半日前まで皆でレストランでテーブルを囲んで下らない話にふけっていたというのに、僅か数時間後にはまるで盤面がひっくり返ってしまったかのような想像も出来ない悲劇が待ち受けていた。

 

鯖の缶詰が好きだったフレンダは裏切り、電波を何時も受信してぼーっとしている滝壺は瀕死の重病、バイク好きな七惟とファッション好きな麦野は圧倒的な力の前に消息不明。

 

唯一無事を確認出来たのは浜面くらいだ、まさか彼があそこまで必死に滝壺を守り助けようとしていたことが絹旗にとっては驚きだった。

 

この僅か数時間の間に、アイテムは壊滅寸前のところまで来てしまったが対して浜面の姿勢はそんな重苦しい空気を吹き飛ばしそうな位、何だか輝いて見えた。

 

そんな彼の輝きに比べたら、この場所の何と暗く重く冷たいのだろうか。

 

浜面の腕の中で眠いっていたお姫様のような滝壺に比べたら、さしずめ自分は主人を探す惨めな敗走の兵士だ。

 

 

 

「麦野―!七惟―!」

 

 

 

そんな自分の重力の何倍もの重さになっている形容しがたい感情を言葉にして吐き出す。

 

吐き出しても楽にならない、出した瞬間そいつは体に戻ってくる。

 

瓦礫をどかす地道な作業、どかしてもどかしても全く生存者の痕跡は出てこない、出てくるのは如何に此処で行われた破壊活動が大きなものだったかを証明するばかり。

 

風がざわつく、水の音が嫌に響く、月明かりが雲に隠れて怪しく光る。

 

自分を取り囲む環境全てが悪い方向へと流れていくような、そんな錯覚。

 

誰も居ない、人の気配が感じられない孤独な谷底。

 

そこで作業を続ける、何も考えないようにして……。

 

でもそんなことは無理だった、瓦礫の数が少なくなっていくにつれて、二人の生存の可能性はどんどん低くなってゆく。

 

麦野はいったいどうしてしまったんだろうか。

 

あんなにも強かった麦野、アイテムを結成した当初から彼女はやはり別格でヒステリックな面もあるものの、何時も自分たちを引っ張っていた。

 

それがアイテムのためではない、ということなど暗部で暮らしている内に絹旗だってわかっていたが、リーダーである麦野の判断は何時も良い方向へとアイテムを導き、良い結果を出してきた。

 

今回のスクールとの件も正直なところ麦野のプライドのためにアイテムは戦ったようなものだ、まぁ莫大な報酬もあったためフレンダはこの話に乗ったのだろう。

 

正面から戦うには絶対に分が悪い、という絹旗の反論を予期していたのか麦野は七惟を臨時構成員としてアイテムに迎い入れた。

 

それであれば少しは変わるかもしれない……と特に意見していなかった絹旗だったがはっきり言って七惟が加勢したくらいではどうにも埋まらない差が、生き物として絶対に越えられない壁がそこにはあった。

 

自分が垣根と対峙した時、あの男は麦野はどうしたとの問いに対して『大したことは無かった』とあっさりと吐き捨てた。

 

それはもう、まるでそこらへんにある子供を蹴り飛ばすかのような軽い面持ちであった。

 

確かに自分も元々アイテムとスクールが激突してもこちら側に勝ち目は薄いのではないか、と思っていたがまさかここまで実力差があるとは。

 

麦野の生存確率は、限りなく低い。

 

誰にも見られず、死体すら上がらず、その死を認知されない。

 

ファッションに気を使って人一倍人の目を気にかけていた麦野。

 

己の強欲に従ってアイテムを巻き込んだリーダーの最期、人目を気にしていた彼女には何と皮肉な最期なのだろうか。

 

七惟理無。

 

対して七惟はどうだろうか。

 

麦野に勝るとも劣らない破壊力、攻撃力、防御力。

 

初めて会った時は殺されそうになった、あのささくれ立った心の七惟も今となっては懐かしい。

 

ハリネズミみたいに自分の心に防備を張って他の侵入を許さなかった彼もあの時からだいぶ変わった。

 

そして……彼だけじゃない、私も、変わった。

 

彼に対する気持ち、彼に対する行動、彼に向ける瞳。

 

その全てが昔と同じだなんて有りえない。

 

だから、だからこそ……こんなにも七惟のことを、その声を求めてしまう。

 

距離操作能力者は防御面に優れていると聞いたことがある、そして七惟は独自に垣根との接点があったようで能力を熟知しているだろうし、もしかすれば自分や滝壺、浜面達のように運よく見逃してもらったのかもしれない。

 

だが此処で再び喧嘩を吹っ掛けたならば、容赦なくあの男は殺しにかかるだろうが。

全く、何故じっと大人しくしていられないのか……

 

呆れる気持ちがほんの少し、勝ち目のない闘いはするなと何故言わなかったのかと後悔する気持ちが大部分。

 

『一緒にいたい』とつい先ほど言ってくれたばかりなのに、馬鹿みたいに特攻しないで欲しい。

 

まだまだこちらは言いたいことが、伝えたいことが山ほどあるのだ。

 

探し始めて10分近くが経った、相変わらず事態は進展しないし人の気配も感じられない。

 

こう言う時に滝壺が居れば彼女の能力から七惟の居場所を突き止めることも出来るが、彼女は今居ないし自身の力で見つけるしかない。

 

誰かを助ける任務なんて暗部に入ってからやったことがないだけに用量もよく掴めない。

 

垣根が言った通りだ、破壊することしか今までやってこなかった自分が此処に来て誰かを助けるために行動するなんて、滑稽だ。

 

それでも滑稽でも馬鹿でも惨めでも探し人を探すしかないのだが、時間が経つにつれて非常に不味い事態が待ち構えているだろう。

 

いや、もう本当は七惟も麦野も殺されていて、此処には死体しかないのかもしれない、死体すらないのかもしれない……。

 

 

 

「……そんなことは」

 

 

 

そんなことは、絶対に認めたくない。

 

少なくとも、少なくとも七惟は生きているはずだ。

 

そう信じてる。

 

一方通行に一人で立ち向かい、瀕死の傷を負いはしたがそれでも生きて帰ってきた男なのだ。

 

だから第2位如きに殺されるわけがない、きっと第1位の時と同様に何処かに居る。

それに。

 

七惟が死んだなんて、考えたくも無い。

 

だが絹旗の脳はゆっくりとだが徐々に現実の非常さに浸食され始める、探しても探しても誰も見つからないし、時間は経つばかり。

 

せっかく距離が縮まって、近くに居ることが出来たのに。

 

もう、二度と縮まらない距離になってしまったなんて、嫌だ。

 

橋の残骸を拾っては投げ、拾っては投げの繰り返し。

 

気が遠くなりそうな作業も、焦る気持ちからか自然と身体は早くなり、瓦礫の数もどんどん少なくなっていく。

 

それでも、彼女は止めない。

 

初めてなのだ、こんなにも……こんなにも人を求めてしまう衝動は。

 

自分の中ではもう七惟が半分くらい占めてしまっていて、あとの半分は絹旗最愛自身。

 

だから自分と同じくらい、七惟のことは特別なのだ。

 

そして、遂にあれだけあった無数の瓦礫も絹旗の目の前から消え去った。

 

はぁ、はぁ、と息を荒らげ必死に周囲を見渡すが、周りには何も無く後方に自分が投げ飛ばしたコンクリートの山が出来あがっているだけ。

 

探し人は、居なかった。

 

七惟はもちろん、麦野だって此処にいた形跡の欠片すら。

 

水中にも、瓦礫の中にも、その血の後すら見当たらない。

 

もしや、もしや橋の崩壊から逃げきったのか!?

 

いや、もし逃げ切れたというのならば携帯に電話した時点で繋がるだろうし、何らかの連絡がこちらにも入るはずだ。

 

浜面からは既にその連絡が入っている、無事病院に滝壺を送り届けたとの旨を先ほど聞いた。

 

身体が重たくなり、胸が締め付けられる。

 

静まり返った空間に唯一人、呆然とその場に立ち尽くすことしか出来ない。

 

残された選択肢は、とすがる思いで考える。

 

まず橋の崩落から免れて脱出したこと。

 

ありえない、それだったら連絡が入って無事を知らせてくれるはず。

 

となれば橋の崩落から免れたが、第2位に止めを刺されてしまいもう死んでしまっているということ。

 

もしくは橋の崩落と共に身体を木っ端微塵に吹き飛ばされ、死体すら残らないような状況。

 

どれも自分が望むような結末ではなかった。

 

もう、全ての希望が絶望へと変わり果てた。

 

麦野は死に、フレンダには裏切られ、とうとう七惟も自分の目の前から消え去った。

 

終わりだ、何もかもが。

 

まだ年端もいかない少女にとってこの現実はあまりに残酷だった。

 

今まで暗部で様々な血みどろの展開を見慣れ、裏切りなんて朝飯前、殺し合いが日常茶飯事の世界にいた彼女にだって、耐えきれないものはある。

 

それは、その災厄が自身に降りかかってきた時。

 

これらの不幸は全て彼女にとって外の世界で行われてきた、何時でも彼女は傍観者か第三者で、むしろ奪う側に立っていた。

 

でもそれらが自分の中にある小さな世界で起こった時、想像をし難い絶望で埋め尽くされ、崩れ落ちる。

 

奪う側だった自分、生きるために仕方なしにやってきた自分、だがその絶望を受け止める側になった時、彼女はその凄惨な現実を受け止めきれない。

 

 

 

「どうして……どうして、こうなっちゃうんですか」

 

 

 

自分の中にあった小さな拠り所、それはアイテムであり、心の半分もある七惟への感情。

 

でも、たった数時間の間にそれらは完全に破壊されてしまい、失われてしまった。

 

まだアイテムには浜面も、滝壺だっているというのにそんなことはもうどうでもいい。

 

例え彼らが生き残っていたとしても、彼らと一緒にいると絶対に麦野やフレンダのことを思い出してしまう、あまりに彼女達の臭いが強すぎる。

 

七惟に関しては考えるまでもない、何処に居ても誰と居ても忘れられそうにもなかった。

 

 

 

「こんなの……こんなの、意味がわからないです」

 

 

 

膝をつき、虚ろな目でその場で愕然とする。

 

もうこの川底で探し始めて1時間近く経過している。

 

全てを破壊された少女にとって、1時間なんて時間は特別なものでもない。

 

ただただ、失った虚脱感と絶望、負の感情を噛みしめることしか……

 

 

 

「貴方、こんなところで何をしているのかしら」

 

「…………」

 

 

 

そんな廃人同然の絹旗に、何処かの誰かが声をかけた。

 

振り返ってみると、輪郭はしっかりと捉えることは出来ないがドレスを着こんでいることから、垣根帝督と同じスクールの心理定規であることが分かる。

 

 

 

「……止めもでも刺しにきたんですか?」

 

「まさか。そんな目いっぱいに涙をためて泣いている可愛い女の子に、更なる追い打ちなんてするわけないでしょう。それとも、血の涙でも流すのかしら」

 

「余計なお世話です!」

 

「ふふ、強がるのね。上からずっと見ていたわよ、貴方がオールレンジを探して一人瓦礫を漁っていた姿を。放っておいたらずっとやってそうだから来ちゃったわ」

 

「今の私に近づかないほうがいいですよ、貴方を今にも超ぶっ殺しそうですからねェ……!」

 

「あらあら、本性まで現れちゃって」

 

「煩いって言ってンのが超聞こえないンですか!」

 

 

 

感情が暴走し、彼女の脳が本性を現す。

 

絹旗最愛は暗闇の五月計画の被験者で、一方通行の演算パターンを応用し、一部の処理を最適化させられている。

 

その時の弊害か、感情が爆発すると一方通行同様の口調へと変化する。

 

 

 

「そんなんじゃオールレンジに嫌われちゃうわよ?彼は一方通行を酷く憎んでいるもの。一方通行の演算パターンを埋め込められた人間がいるとして、それに嫌悪感を覚えないとでも?」

 

「ンなことはもォ超どォでもいいンです!七惟は死ンだンですから!」

 

 

 

七惟と一方通行の関係は絹旗もよくは知らないが、共に犬猿の仲であることは暗部でも有名だった。

 

だが、だからどうしたというのだ?

 

もう七惟はいないのだ、気にしてどうする?それで七惟は戻ってくるのか?アイテムにフレンダと麦野が再加入するのか?

 

そんなわけがあるか、もう全部ぶち壊れてしまった。

 

ならば最後の最後までぶち壊してやる、目の前の女も、自分も、めちゃくちゃにしてやる。

 

自分が今まで奪ってきたツケなのだろう、この現実は、

 

だがそんなものはもう関係ない、自分が奪われたならばこの女の全てを破壊してやる。

 

 

 

「そんなに激昂したら皺が寄るわよ?」

 

 

 

…………知ったことか!

 

澄ました表情の心理定規に怒りが心頭し、くすりと彼女が笑った時感情が渦を巻いて全身を呑みこみ火山の如く噴火した。

 

 

 

「殺しますよ心理定規ィ!」

 

 

 

絹旗は窒素装甲を展開し背後にあった残骸をむんずと掴むと、全身のバネを使ってそれを心理定規へと投げつけた。

 

投げつけたつもりだった。

 

 

 

「そんなに怒り狂っても、やっぱり彼が愛おしいのね」

 

「…………ッ!?」

 

 

 

投げられなかった。

直前で、装甲が手を離す瞬間で彼女は踏みとどまったのだ。

 

どうして、と彼女は自身に問いかけもう一度試みるも、やはりその手から残骸が心理定規に向かって投げつけられることはない。

 

 

 

「今貴方と私の心の距離は、絹旗最愛が七惟理無に向ける心の距離5を再現してる」

 

「心の距離……!?」

 

「貴方がそこまで思っているんですもの、そんな人と同じ距離にいる人間に攻撃なんて出来るわけがない」

 

 

 

心は、この女をめちゃくちゃに潰してしまえと叫んでいるのに、身体が動いてくれない。

 

どうしても、心理定規を捻り潰すことは出来ない。

 

 

 

「彼も幸せ者ね、誰かからこんなに好かれることってそんなにないもの。私が精神距離の原理を教えた時はあんなに世話のかかる子だったのに」

 

「こ、この……!」

 

「彼も貴方達のことを特別に思っているみたいよ?私も彼からそんなふうに思われたら、とても素敵な展開だと思ってたんだけど」

 

 

 

心理定規は身体を翻し、こちらに背中を向ける。

 

急所をさらけ出した彼女は隙だらけだというのに、やはり攻撃が出来ない。

 

震える手は、心の叫びと最後まで同調しなかった。

 

 

 

「同期のよしみで、オールレンジはもう病院に運んでいるわ」

 

 

 

去り際に心理定規が振り返ると、こんな言葉を発した。

 

 

 

「私も彼に命を助けられたことがあるもの、恩返しはしたわ。病院は第3位のクローンがいる病院、と言っておけば十分かしら?早く行ってあげなさい。彼が待っているのは、私じゃなくて貴方『達』なんでしょう?」

 

 

 

それだけの言葉を残して心理定規は闇夜に消えて、やがて水面を蹴る音も聞こえなくなり、その場には静寂が戻った。

 

絹旗は彼女の言葉を最後まで聞いていなかった。

 

瓦礫を掴む力を、前へと進む力へと変えて走っていく。

 

絶望が、希望に変わる瞬間へ。

 

 

 

 

 

 









「よぉ、遅かったじゃねぇか」

「そう?」

「オールレンジは?」

「さぁ、でも死んではいないんじゃない?」

「へぇ、流石に情が移ってんのか」

「それは私と彼の秘密、というロマンチックなことにしておかない?」

「はッ……食えない奴だ」



心理定規がスクールのアジトに戻ってくると、そこにはソファーで寛いでいる垣根がつまらなそうにピンセットを弄っていた。



「解析は終わったの?」

「まぁな。だが結果は残念なモンだ、せっかく学園都市のレベル5を二人始末したってのに、得られたモンがこれだけじゃ全然割にあわねぇよ」

「じゃあ」

「あぁ、当初の予定通り一方通行の奴を消すしかねぇな。代えのきかねぇメインプランになる」

「そう……」



垣根からすれば、一方通行はいずれにせよ始末する予定だったから別に問題はない。
奴を殺すのが後になるのか先になるのか、その違いだけだ。



「いいけど、私は一方通行には関わらないから」

「……何故?」

「一方通行の思考が私には読めない、例え彼の一番近しい人……そうね、あの小さな女の子と同じくらいの距離にしたとして、攻撃されないっていう確証がないもの」

「ま、そうだろうな」

「一方通行はどろどろしてて、どんな距離に調節しても攻撃される気がするのよ」

「せっかくオールレンジが嫌う奴を潰せるってのにな」

「別に私は彼がどうなろうと知ったことじゃない。今回彼を助けたのは、恩の売られっぱなしはあんまり好きじゃなかったからよ」

「ま、そういうことにしといてやるよ」

「……それじゃ、結果が出たら教えてね。結果を『教える』ことが出来たらそれ即ち、成功ってことなんだけど」

「何が言いてぇんだ?」

「貴方、一方通行に勝てると思ってる?」



その言葉に垣根は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、ピンセットを揺らしながら立ち上がる。



「『対一方通行用最終兵器』である『全距離操作』が破れたのよ?確かに貴方は強いけど」

「要するに、自身の能力を過信すんなってことだろ。安心しろ、明日の朝には連絡を入れてやる」



垣根と心理定規はそれ以降言葉を交わすことはなく、青年はソファーに腰をおろし、少女は部屋から出て行く。

もしかすれば、これが今生の別れになるかもしれないということは、少女のほうが分かっていただろう。

だからこそ、彼女はこんな言葉を残して言った。



「オールレンジにしてやられたのは……私達かもしれないわね?」

「あぁ?」

「私達も、彼に感化されてる部分が少なからずあるってこと」



その言葉を最後に、少女は振り返ることなくその姿を消す。

やがてハイヒールの音も聞こえなくなり、部屋に居るのは、いやこの建物にいるのは垣根一人となった。



「オールレンジ、か」



彼は自分が仕組んだ罠に見事に引っかかり、一方通行と戦った男の名前を呟いた。

オールレンジの変化は彼自身も気づいていた。

霧ヶ丘女学院の素粒子研究所で対峙した時と、サロンで対峙した時のあの男はまるで別人だった。

絹旗とかいう少女は確かオールレンジに惚れこんでいたか、AIMストーカーの滝壺はどうなんだ。

それだけじゃない、あの浜面とかいう下っ端の人間ですら七惟を好意的に受け止めていた。

そして七惟はその好意を、受け止めて、自分からも発していた。

そこが、一方通行と全距離操作の勝負の分かれ目だったのかもしれない。

非常になれなかった全距離操作は最後の最後で躊躇でもしたのだろう、そこにつけ込んで勝利したのが一方通行。

最低な男だ、と嘲笑する。

まぁ、自分も一方通行と同じそちら側の人間なのだが。

七惟は優しすぎる。

だが、その優しさが様々な力を生み出したのは確かだ。

優しさがなければあそこまで一方通行を追い詰めることは出来なかっただろうし、力を増幅することも出来なかったはずだ。




じゃあ、一方通行と自分は?

勝った方が、優しいのか?

勝った方が、最低な男なのか?



どちらでもいい、か。



「一方通行……ねぇ」



最後にその名を口にした。

彼がオールレンジに感化されたのか?その答えは、この戦いの果ての結末だけが知っている。






 


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私のヒーロー-ⅱ

 

 

 

 

一方通行をおびき寄せるためには、『餌』が必要だ。

 

それは垣根自身よく理解していた、あの男はグループという組織に身を置いており、何が起ころうとひとまずは指令を優先してしまうから。

 

そのために用意する餌は『最終信号』。

 

防犯カメラに写っていた打ち止めと同伴していた風紀委員の少女が彼の視界に入る。

 

ついさっきまで一緒に居たはずだが、打ち止めの姿は何処にも見当たらなかった。

 

さて、どうやってこの少女から打ち止めの居場所を聞き出そうか。

 

大方トイレにでも行ったのだろう、彼はなるべくいざこざが起こらないように少女に接する。

 

ただ。

 

もし少女が障害となるならば、一切の手加減はしない。

 

そう思っていたはずだった。

 

なのに。

 

最後の一歩が踏み出せなかった。

 

垣根は中々口を割らない少女に業を煮やし、蹴り飛ばし肩の骨を粉砕しめちゃくちゃに踏みつける。

 

此処までしても少女は一切こちらに情報を流さないどころか、強がりで舌を出してきた。

 

垣根の度重なる警告を無視してこの少女は風紀委員としての職務を全うしようとしている、見た目からして中学生だが此処まで他人のために体を張る中学生がいるとは彼も思ってはいなかった。

 

……不思議と少女の姿と腹立たしい第8位の姿重なる。

 

……何時の間に、自分は全距離操作のことを腹立たしいと思っていたのかなんてことは忘れて。

 

まぁ、彼からすればこの少女がエリート風紀委員だろうが落ちこぼれ風紀委員だろうが知ったことではない、口を割らないのであれば障害と見なし抹殺する。

 

足を彼女の顔面にまで移動させ、さて思い切り踏み殺してやろうかと身体に力を入れた。

 

入れただけだった。

 

そこから先が、踏み出せない。

 

 

 

『オールレンジにしてやられたのは……私達かもしれないわね?』

 

 

 

心理定規が別れ際に残した言葉が脳裏を過る。

 

あの男の優しさを垣根は強さだと認識していた、それは甘さではないと。

 

まさか自分もあの男のつまらない表の世界の優しさにあてられたというのか?

 

今この状況では、それは強さになんてならないのは明白だ。

 

此処でこの少女を殺しでもすれば、打ち止めを狙った犯行として理事会では情報が流れ、一方通行は飛んで来る。

 

最低限この少女の犠牲だけで済むのだ。

 

だが無関係の一般人を踏み殺すことは、今の彼には出来なかった。

 

踏み殺してしまったならば、オールレンジが忌み嫌っていた一方通行と同じ人種になってしまうかと思ったから。

 

自分は最低の糞野郎だ、敵対する奴は容赦なく潰し殺す、そこに慈悲などは一切存在しない。

 

だが、そんな最低の糞野郎だと分かっていても、一方通行とは違う最低の糞野郎だ。

無関係のクローンを1万人も殺したりはしていない。

 

あんな奴と、一緒にはなりたくはない。

 

少女の頭の真上で足を止め、10秒程経過した時だった。

 

膨大な烈風の如き風が、垣根帝督に正面衝突した。

 

バランスを崩した垣根はその足を少女の顔の真横に付き、衝撃の発生源を見やる。

 

 

 

「ったく、シケた遊びでハシャいでンじゃねェよ。三下」

 

 

 

世界一、いやアレイスターと並ぶ程の糞野郎がそこにはいる。

 

 

 

「もっと面白い事して盛り上がろォぜェ。悪党の立ち振る舞いって奴をおしえてやっからよォ……!」

 

 

 

一方通行だ、間違いない。

 

 

 

「あぁ、ようやくお出ましか。オールレンジにボコボコにされて中途半端な子悪党に成り下がった第1位さん」

 

 

 

そして精いっぱいの皮肉を込めて、その登場を祝福してやるのだった。

 

その皮肉の先に待ち受ける結末は……自分が欲する結末とは遠ざかったものなのかもしれない……。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「あら、こんな時間にどうかされましたか?」

 

「はぁ、はぁ」

 

「当院は既に閉院しましたので、急患の場合は裏口から」

 

「七惟理無」

 

「はい?」

 

「七惟理無は何処に超居るんですか!?」

 

「え、え……?」

 

「七惟理無!距離操作能力者の高校生!此処に来てるはずです!」

 

「な、なない……?」

 

「―――――ッ、もういいです!自分で超探しますから!」

 

「も、もしかして七見理駆さんのことですか?」

 

「七見……?理駆……?」

 

「先ほどその名義で一人の男の子が運ばれてきました、赤いドレスの女の子が……」

 

「何処に居るんですかその七見理駆は!?」

 

「え、えっと。確か第4病棟に。集中治療室から出たばかりなので面会は難しい……」

 

「そこまで私を超案内してください!」

 

「は、はい?」

 

 

 

絹旗は、足がもげるとはまさに今の状態を言うのではないかと思うくらいに走っていた。

 

膝から下の感覚がおかしい、まるで両足に鉛の重りをつけているかのようにだるく、踏み出す一歩は通常の半歩程しか進んでないのではと疑った。

 

白いニットの服は汗でびっしょり濡れてしまっていて、肌に触れる感触が非常に気持ちが悪い。

 

頭の中は何も考えられない、ただ目的地へと向かうことしか彼女の頭にはなく、ただひたすら第七学区の病院へと走った。

 

 

 

「あ、先生。七見さんの容体は……?」

 

「あぁ、彼かい?今日運ばれてきた中では、右肩の損傷は一番だがそこ以外は特に酷い部分も見当たらないし、大丈夫だ。……そちらの子は?」

 

「よ、良く分からないんですけど、とにかく七見さんの所まで連れて行け!って言うもので……」

 

「ふむ……。君はもしかしなくても、アイテムの子みたいだね?」

 

「そうです!……もう、ほとんど残ってないけど……アイテムの生き残りです!此処に七惟が居るって聞いて超飛んできました、居るんですよね!?」

 

「なるほど、彼女が彼を此処に置いていったのはこういう訳ってことだね?」

 

「もったいぶらないで早く教えてください!」

 

「百聞は一見にしかず……とも言うしね?こっちだ、来なさい」

 

 

 

七惟は生きている。

 

そのことを心理定規から聞いて、もう絹旗の気持ちは決まっていた。

 

七惟理無に会いに行く、彼の声を聴く、自分の声を聴いてもらう。

 

それだけでいい、たったそれだけのコミュニケーションで自分は世界一の幸せ者になれると思ったから。

 

 

 

「この部屋だ。入りなさい」

 

「七惟……!」

 

 

 

こんなにも、心の底から誰かを欲したことはない。

 

誰かの温もりを感じたいと思ったこともない。

 

アイテムはめちゃくちゃに破壊され、滝壺は昏睡状態から回復するかも分からない、フレンダは裏切ってしまった、麦野に関しては死体すら上がりそうにも無い。

 

もう自分には、絹旗最愛という少女が生きていくにはアイテムと同じくらい……いや、もしかしたらもうアイテム以上に自分の気持ちを独占してしまっている彼に対する思いしかない。

 

でもきっと、彼さえいればきっと自分はもう一度立ち上がることが出来るから。

 

 

 

「七惟!」

 

 

 

だから、だからあと1回でいいから甘えさせて、欲しい。

 

そして言って欲しい。

 

らしくない、甘えるな、うっとおしいって。

 

 

 

「凄い衝撃を右肩から右手首に関して貰ってしまったみたいでね?唯でさえ粉々になっていた右肩で大きな衝撃を受け止めたせいか、もう肩から先は使い物にならないと判断して義手にした。右上半身の犠牲のおかげか、他は問題なく治療出来るよ?」

 

そして見つけた。

 

息をしているあの人を。

 

今自分の中の半分以上を、占有してしまっている人を。

 

医者の言葉など耳に入らず、ただがむしゃらに駆け寄る。

 

手に触れると、暖かった。

 

生きている、と実感する。

 

 

 

「七惟……」

 

 

 

呼びかけてもその人から声はない。

 

右肩に大きな機械をつけて、体中に包帯を巻いて今も尚眠っている。

 

 

 

「先生……まだ、面会出来るような状態じゃ」

 

「そう言うわけにもいかないようだよ?この場合、邪魔なのはむしろ僕たちのほうだ」

 

「で、ですが患者の身体を考えると」

 

「身体はそうだけど、今彼を必要としている人たちがいるのなら、口出しはしないほうがいいね」

 

 

 

二人はそう言い残し、絹旗が気付かない内に部屋をそっと出る。

 

あれだけ求めていた人に触れているだけで、もう全てが満たされた。

 

また声が聞こえる、またああやってつまらない言い合いが出来る、またバイクに乗れる、また……一緒に進んでいくことが出来るから。

 

もう今すぐに声が聴きたいだなんて、贅沢なことは言わない。

 

ただ、今はその身体に血が通っていることを、生きている証があるだけで十分だ。

生きていてくれて、息をして、この温もりが感じられるだけでいい。

 

自分の世界の中で大切な人達がたったこの十数時間だけで去って行った、さよならも言えずに消えていった。

 

だからどうかお願い、目を開けた時にはこの声を聴いて欲しい。

 

 

 

「……また、私の、声を聴いてください」

 

 

 

この声を。

 

この声が、聞こえますか?

 

こんなにも貴方を求めてしまう私の声が。

 

誰も望んでいなくてもいい。

 

今自分の中の世界には、貴方と私しかない。

 

他の誰かが望んでいなくても、神様が望んでいなくてもいい。

 

この声を聴いて欲しい、一緒に笑って欲しい。

 

だから今はまだ、こんな気持ちを持っていいですか?

 

『好き』という気持ちを。

 

きっと隣に立つのは私じゃない、でもまだこの気持ちは変えられそうにもない。

 

私を救ってくれた、この絶望の中から這いあがらせてくれた。

 

たった一人の、私の『ヒーロー』に。

 

たくさんのさよなら、絶望の海に沈んで消えていった繋がり。

 

消すことが出来ない思い出がなおさら彼女を孤独の海に沈めていった。

 

でもそんな底なしの海溝に沈んだって、貴方が居れば大丈夫。

 

だからどうかお願い、私を見て、聴いて、欲しい。

 

貴方に声を掛けられれば私はもう一度……何度だって進んでいくことが出来るから。

 

もう一度、その口からつまらない悪口で私を奮い立たせて。

 

私のヒーローさん。

 

 

 

 

 









2年半近く続いた暗部編、これにて閉幕!

一方通行と垣根の戦いが消化不足感が若干残りますが、この章は此処までです。

2年半以上続いた暗部の物語も何とか皆様の応援のおかげで完結することが出来ました。

この章は七惟、名無しの少女、そして絹旗を中心に描いてきました。

そして七惟と絹旗の関係が今後大きく変わっていくことにもなる、

一種のターニングポイントだったりします。

まだまだこのお話は続けていくつもりなのですが、まだまだ完結までは時間がかかりそうです。

頑張って更新して参りますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。



 


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ⅩⅠ章 届け、世界の果てまで
天草式の客人-ⅰ







大変長らくお待たせしました、更新が遅くなってしまいごめんなさい。

距離操作シリーズもようやく10章が終わりなんと新章に入るのです!

実に新章に入るのは3年ぶりです!何という長さ!




 


 

 

 

 

清々しい程澄み渡った空、つい最近まで日本列島にしつこいほどに停滞していた秋雨前線は何処へ行ってしまったのだろうか。

 

文句のつけようがない目を見張るような秋晴れは、何だか自分の心境を映し出した鏡のような気がした。

 

この日、七惟理無という高校1年生が入院している病院は彼に外出許可を与えた。

 

彼が重傷を負ったのは10月9日、右肩から右手首にかけて再起不能の重傷を負い、右腕を丸ごと交換するという荒療治を経て今現在に至る。

 

彼の右手以外は今ではもう10月9日前の状態に回復しており、後は義手となった右腕の調整でおおよそ半月といったところだ。

 

右肩から右手首にかけては完全に義手、右手首から指先までは七惟の肉体であり、何だか変な感じだがそれでも日常生活に違和感はなかった。

 

あれだけの重傷だったというのに、一週間と少し経てばこのように元通りとは、あの医者の腕には恐れ入る。

 

彼は病院のベットで目覚めると、ぐっと伸びをする。

 

今日は外出許可を取りつけたため、アイテムの絹旗、雑用の浜面が見舞いに来るプラス一週間でため込んだ入院グッズの入れ替えを手伝ってくれる手筈になっている。

 

今日と明日は外出の許可が出ている、要するにこの二日間だけは自宅療養してもOK……絶対安静は必須だが期間限定で退院したとほぼ同義である。

 

まぁ今となっては病み上がりの七惟を叩き起こすような暗部組織も根こそぎ壊滅したため、重い体に鞭を撃ち働くことなんてことはない、大人しく療養することにしている。

 

そういえば上条に入院したとの一報を入れた時は血相を変え喚めきながらインデックスと共に押し掛けてきたのをよく覚えている。

 

あの男に心配され初めては自分もいよいよ終わりか……。

 

看護師が運んできた朝食を済ませ、さてベットから立ち上がろうと身体を動かした。

 

 

 

「おーす、七惟元気か」

 

「超七惟起きてますかー?」

 

 

 

噂の二人がやってきた。

 

流石に滝壺は一緒にいないらしい、まぁどう考えても自分より彼女のほうが重傷だった。

 

滝壺は体昌という薬物を使って能力を使用していたらしく、その身体は薬物に犯されて精神も肉体も崩壊する直前だったという。

 

身体に蓄積された毒は、七惟のようにすぐに治るものではなくて、あの医者ですら苦戦しているらしい。

 

それはミサカ達が持つホルモンバランスの問題にもよく似ていて、身体の構造そのものに関する病気は流石にそう簡単ではないのだ。

 

七惟としても一日でも早く会いに行って容態を確認したかったのだが……今は昏睡状態でとてもじゃないが彼女の病室に入ることは出来ないのだ。

 

目覚めたらすぐにでも会ったほうがいい、話さなければいけないことが山ほどあるのだから。

 

 

 

「七惟、七惟。今日は超出かけるんですよね?」

 

「その付き添いで俺達は来たんだから、当たり前だぞ絹旗」

 

「む、浜面に超指摘されるとは……さっさと滝壺さんのところに行って鼻の下超伸ばしておいてくださいよ」

 

「うっさい!」

 

 

 

……当の本人そっちのけで会話を進めるなと言いたい。

 

あの事件以来、どうやら浜面は滝壺のことが気になっているらしい。

 

絹旗伝えで聴いたので定かではないが、どうやら垣根に襲われた際に滝壺が身体を張って浜面を助けたそうだ。

 

無能力者である自分なんてゴミ程度の価値しかないと思っていた浜面にとって、大能力者である滝壺が自分を助けるなんて衝撃的な出来ごと。

 

そこかららしい、惚れ始めたのは。

 

まぁ、滝壺と浜面の組み合わせならば結構お似合いではないか?

 

滝壺がボケ役、浜面が突っ込み役で上手い具合にピースの凸凹がはまりそうだ。

 

 

 

「ったく……お前ら喋るだけだったら病院じゃなくて外でしろ。他の患者のことちったぁ考えとけ」

 

 

 

気だる気に七惟は身体をベッドから下ろして、着替え始める。

 

右腕を伸ばす時にやはりまだ違和感がある、接着剤で何かをくっつけて、今にも外れそうなあの感覚だ。

 

はっきり言って、気持ち悪い以外の何者でもない。

 

大げさに包帯を巻いているため、右腕を見た絹旗と浜面の表情も変わる。

 

 

 

「大丈夫なのかそれ……見るからに大けがだぞ」

 

「心配すんな。生きてるんだから問題ねぇよ」

 

 

 

ただ、右肩から手首にかけてまでの包帯が取られることは当分先……かなり長いスパンが必要らしい。

 

義手で神経接合するのはいいものの、皮膚が拒絶反応を起こして炎症してしまうので、見るもグロテスクな素材で義手は覆われている。

 

そこから徐々に皮膚と皮膚を結合し、全てを終えるのには気が遠くなるような時間を医者に言われた。

 

まぁ、包帯を巻いているだけで日常生活に支障はない。

 

むしろプロトタイプの義手でよくここまで出来たものだと感心する。

 

 

 

「七惟、今日の予定はどんな感じですか?」

 

「とりあえず一度家帰って必要なモンを持ってくる。あとはまぁ……お隣さんにご挨拶ってところか?」

 

「何だか七惟が超社交的で七惟じゃないみたいです」

 

「……ほっとけ小学生」

 

「やっぱり超七惟でした」

 

 

 

絹旗が言う通り、あの暗部抗争事件からだいぶ自分は変わった。

 

今こうやって絹旗や浜面と一緒に喋っているだけで、心の何処かが安らぎ癒されている。

 

そんなのは前の自分ならば絶対に有り得ないことだっただろうし、考えもしなかった、最も自分から遠い存在だと思っていたのに。

 

絹旗と浜面、二人に対する考え方が大きく変わった。

 

こないだまでは浜面は仕方なしに組んでいる同盟先の雑用、絹旗は腐れ縁で放っておけない奴、それくらいの考えだった。

 

しかし暗部抗争の日を終えて二人は七惟にとって一緒に闘い背中を預けることが出来る『仲間』……いや、そんな血なまぐさい繋がりではなくて、一般論で言う大切な友人だ。

 

しかも唯の友人ではない、彼にとっては代えの効かない唯一無二の存在になったように思える。

 

 

 

 

「それを言うなら絹旗だってお前らしくないことばっかだったじゃねぇか。あの日も七惟七惟って―――――」

 

「超うるさいです浜面!」

 

「ごふぉ……」

 

 

 

何かを言いかけた浜面に、容赦ない絹旗の右ストレートが入る。

 

 

 

「全く、これだから浜面は超キモいんですよ。近くに寄らないでください。私と七惟が穢れます」

 

「んだとぉ……このクソ餓鬼ビッチめ!そんな短いスカート穿いて少しは節度ってもんを」

 

「ふふん、残念ながら私はビッチじゃありません。そこらへんのビッチとは超違うんですよ、主にこの角度が!」

 

 

 

そう言って絹旗はミニスカートの丈を持ち、すっと持ち上げる。

 

浜面は絹旗の行動に目を見張り、驚きの表情を浮かべるものの数秒後にはしっかりとその場所へと視線が釘付けだ。

 

「どうしたんです浜面?ビッチのスカートを食い入るように見つめて。ビッチになんて興味がなかったんじゃないんですか?所詮浜面は超性欲を持て余す原始人なんですね」

 

「ひ、卑怯だぞ!そのやり方は!」

 

「ふふん、何が卑怯なんですか浜面。所詮浜面は滝壺さんのパンツよりも私のミニスカートの中にある秘宝が超見たいんでしょう?」

 

「馬鹿言え!誰が中学生のお子ちゃまパンツ何かにー!」

 

「ほう、まだ刃向いますか超浜面。よろしい、ならば自分の底なしの性欲に超絶望しておけばいいんです!」

 

 

 

再び絹旗がスカートの丈に手をかける。

 

 

 

「ほら、超ぴろ~ん」

 

「ふんむ!?」

 

 

 

が、やはり浜面は自分に素直な生き物。

 

その視線はスカートへと釘付けだ。

 

まぁ……絹旗も見た目は可愛い女の子なのだから、そういう気分になることも分からないでもない。

 

ただ、中身を知っていれば絶対にそういう気分にはならないはずなのだが。

 

潮時か。

 

 

 

「おいアホ二人。さっさと行くぞ。お前らが痴話喧嘩してる間に着替え終わった」

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

病院を出た三人は七惟のいるアパートへと向かって外へと出たが、浜面は第23学区にある七惟のバイクを取りに別行動を取った。

 

何故バイクが23学区にあるかというと、一方通行との戦場に駆けつけた際彼はバイクで霧が丘から23学区に移動したからだ。

 

故に今は七惟と絹旗の二人だけで歩いている。

 

10月も半ばに差し掛かり、皆衣替えを行いすっかり冬への準備が始まっている。

 

街の中の風景も大きく変わった、僅か数日で別の世界へとその姿を変えたかのように、学園都市の一日一日の時間の流れはとてつもなく速い。

 

数カ月この街から離れていたのならば、適応能力もほとんと失ってしまうのではないだろうか。

 

一緒に歩いている絹旗とも、1カ月前はこんなふうに一緒に歩いているなんて考えもしなかったのだから、今の自分では有り得ないと思っている未来も、この学園都市では創造し得る。

 

ただ自分の予想と同じような結末を迎えたモノもあった。

 

それは……あの女のこと。

 

 

 

「お前、今は何してるんだ?」

 

 

 

あの女のことを思い出すと、やはり連想されるのは地下組織アイテム。

 

アイテムの構成員だった絹旗は、いったいどう思っているのか。

 

 

 

「何を……と言うと?」

 

「臨時の仕事のことだ。もう止めて浜面や滝壺みたいに綺麗に足洗ったのか?」

 

「……まさか。私はあの二人と違って、超どっぷり浸かってた身ですよ?そう簡単にそのしがらみから解放される訳ないじゃないですか」

 

「……そうか」

 

「ただ、勇気がないってだけなのかもしれませんけどね」

 

 

 

絹旗は現在麦野指示を出していた電話の女と直接やりとりを行い、食い扶持に困ったときはそこから仕事を受注し食いつないでいるらしい。

 

それに対して七惟は今や完全に暗部組織から離れてしまった。

 

前所属のカリーグ、親玉であったメンバーは自分以外は壊滅してしまったし、自分は第四位に殺されてしまったと此処数日では考えられていたのだから。

 

気がつけば携帯の暗部リストの連絡先には音信不通だ、そして借金の取り立て役を行っていた連中とも連絡がつかない。

 

七惟が負っていた一人のサラリーマンが一生に稼ぐ程の額の借金はメンバーが肩代わりしていたと聴いていたが、この音沙汰なしの具合を考えるとぐるであった、と考えるのが妥当だろう。

 

暗部と一切合財切り離された生活、何だか新鮮だ。

 

むしろ、夏休みまではこれが普通だったのだ。

 

9月30日にアイテムに入ってからが異常だったのかもしれない。

 

 

 

「今は超腹立ちますが心理定規と一緒に仕事をしています。あの野郎、超時間にルーズなんですよ。昨日も集合時間に間に合わなくて、そのしりぬぐいを私がするとかいう超納得いかない展開になりましたから」

 

「心理定規、か」

 

「まぁフリ―になった者同士、臨時でやってるだけですからね。あんなのとはコンビを組む前に超解散です」

 

 

 

心理定規。

 

七惟を病院まで運んでくれた少女だ。

 

確か所属していたスクールは、垣根の失踪により消滅した。

 

七惟が麦野に破れた後、垣根と一方通行による学園都市最強を決める闘いが行われた。

結果は垣根は善戦したが、最後の最後で一方通行により打ち倒された。

 

最後は一方通行の衝撃波にやられたらしいが、吹き飛んだ垣根の姿を見た者はいないし、死体も上がっていない。

 

学園都市の外でまだあの男は生きている、そう考えるのが妥当だろう。

 

 

 

「一方通行……」

 

「七惟?」

 

「いや」

 

 

 

あの男、やはり死んでいないか。

 

あれだけの抗争があったのだから、最後に垣根に殺されたかもしれないと思ったが…………。

 

とにかく今はアイツのことを考えても意味がない。

 

思い出しても……怒りの衝動が湧きあがってくるだけで、自分には何ももたらしはしない。

 

片手を失った状態になったとしても、自分を好きだと言ってくれた少女の気持ちを踏みにじったあの男の存在は心の奥底で間違いなくひっかかっている。

 

まるで文鎮のようにずどんと重く腹の底に落ちたその鉛の感情の処理の仕方を七惟は知らない。

 

一方通行の名前を口にした七惟を、絹旗は難しそうな表情で見つめている。

 

 

 

「七惟。やっぱり第1位をまだ気にかけてるんですか」

 

「……あんな野郎のことなんざ、考えるだけ無駄だから割り切るけどな」

 

「……じゃあ、麦野のことは?」

 

 

 

麦野。

 

その名前が彼女の口から出たことは、意外だった。

 

この話はおそらく旧アイテム間じゃタブーとなっている話題のはずだ、七惟も浜面から麦野は『俺が倒した』という話を聴いてから、なるべくあの女の話は遠ざけている。

 

いや、もう無意識レベルで考えていない。

 

 

 

「……言っても、意味ねぇだろ」

 

 

 

麦野は浜面によって倒された。

 

倒されたと言えば聞こえはいいかもしれない、ならばこう言いかえればどうか。

 

殺されたと。

 

麦野は滝壺を殺そうとした、殺してでも自分の欲望を叶えようとした。

 

そして、自分の思い通りにならない者も殺そうとした。

 

自分とフレンダ。

 

フレンダはあれから行方不明だ、腕が消し飛んでしまったため、もしかしたら出血多量であの後死んでしまったのかもしれない。

 

そして麦野は自分に忠実に生きた結果、逆に殺されてしまった。

 

ただそれだけのことだ。

 

もうアイツは死んでいる、考えてもどうしようもない。

 

 

「ただ……」

 

 

言えることがあるとすれば、これくらいだろう。

 

 

 

「七惟理無と麦野沈利はもう出会わないほうがいい、それだけだ」

 

 

 

七惟理無と麦野沈利が再び話すことはない、ないほうがいい。

 

そう思った。

 

 

 

「そうですか」

 

 

 

七惟の答に対する絹旗の返答は、至ってシンプルだった。

 

本当はもともと答なんて求めていなかったのかもしれない。

 

ただ、何となく訊いてみただけなのだろう。

 

話すことで、二人の間につっかえていた空気も晴れるような気がした。

 

 

 

「そのほうが、いいのかもしれませんね」

 

 

 

絹旗は空を見上げた。

 

七惟もつられて青い空を見上げる。

 

雲一つない晴天の空だ、そう言えば10月9日も祝日に相応しい青空だった。

 

その青空が、多くの人々の血で赤く染め上げられたことを自分は一生忘れないだろう。

 

失ったモノも、その手から零れ落ちたモノもたくさんあった。

 

だが、得たモノもある、届いた『声』がある。

 

無いモノを後悔するよりも、手にしたそれらを大切にしていくべきだ。

 

後悔も、懺悔も、立ち止まった時だけでいい。

 

今はただ、歩き続けたい。

 

 

 

「絹旗」

 

「なんですか?」

 

「見舞いに来てくれて、ありがとうな」

 

「……やっぱり、超七惟らしくないですよ」

 

 

 

こいつらと一緒に。

 

考えるのは、歩けなくなった時だけだ。

 

 

 

 

 

 



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天草式の客人-ⅱ

 

 

 

 

 

一時帰宅したのは午前10時。

 

室内はこもった空気がムンムンしていた。

 

机の上に乱雑に散らばっている書類はメンバーとカリーグのものだが、もう何の価値もない。

 

それらをくしゃくしゃに纏めて七惟は一人静かになった部屋の片づけを始めた。

 

浜面と絹旗、『滝壺の意識が戻った』との一報で病院へととんぼ返りした。

 

勿論七惟も一緒に向かおうとしたが、滝壺の負担も考えると多人数はよくない、且つ七惟自身も病人ということがあり、蛙顔の医者直々に面会拒否の通達があった。

 

何でも滝壺の性格を考慮すると自分そっちのけで大けがの七惟を心配するに違いない、それは本人の大きな負担になる故受入難いとのことだった。

 

電話中反論の言葉が喉まで上がってきたが彼女のことを考えるとそれが最善と判断し何とか飲み込んだ、もちろん悪態の一つや二つくらいは通常運転である。

 

仕方なしに七惟は自宅にこもることになり、面会には浜面と絹旗が向かうことになったのだが……。

 

すると何故か絹旗も此処に残るなどと言い始めたので、浜面に絹旗を無理やり押し付けた。

 

幾らなんでも浜面一人だけだなんて滝壺が心細くなるに決まっている、それにずっと前からアイテムで一緒に仕事をして、色々な苦難を乗り越えてきた絹旗が一緒のほうが色々都合がいいはずだ。

 

話すことが彼女には山ほどあるのだ、滝壺自身が今置かれている境遇のことはもちろん、消滅したアイテムのこと、失踪したフレンダのこと……そして死んだ麦野のことも浜面一人だけから聴いて納得できるわけがない。

 

 

 

「そういや……インデックスにも連絡入れとくか」

 

 

 

浜面と絹旗が帰ったのだから、隣人にも挨拶しておいたほうがいいだろう。

 

なんだかんだ隣の凸凹コンビは七惟のお見舞いに来てくれたのだから。

 

この時間帯ならば上条は学校で女にフラグを立てている真最中で、インデックスはそれを知りながらも何も出来ずに食欲を家で持て余しているに違いない。

 

携帯をポケットに突っ込み、大雑把惟片づけを終わらせて家を出る。

 

無意識のうちに右手を庇って左手でドアを開けるあたり、まだまだこの義手に慣れるには時間が必要な気がする。

 

そして自分自身が変わっていった様々なことに対して上手く消化するのも、それなりの時間が必要なのかもしれない。

 

ドアノブを回し、外に足を一歩踏み出したその時だった。

 

 

 

「あ、あれ?七惟さん?」

 

「五和……じゃねぇか」

 

 

 

予想外の出会いが待ち構えていたのは。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

五和は、見た目何の変哲もない普通の可愛い少女である。

 

だがその正体は天草式十字凄教の一員で、魔術側の組織に属する人間だ。

 

自分と彼女が出会ったのは2か月近く前、大覇星祭の開会式の日に神奈川県のとある教会で敵同士としてだった。

 

あの日、七惟は五和を含む天草式の三人を完膚なきまでに叩きのめし、彼らの目的を知るために精神拷問にかけた。

 

次に出会ったのはイタリアのキオッジアだった。

 

やはりこの時も二人の出会いは喜ばしいモノではなく、七惟を殺そうとした五和が奇襲をかけるも、逆に七惟に殺されかけることになる。

 

だがひょんなことで二人は協力して上条を助けることになり、結果その際に七惟は五和の命を救った。

 

二人で買い物にも出かけた、何故か二人は楽しげに会話をしていたのも今でも七惟は鮮明に覚えている。

 

三度目は再びあの神奈川県の教会だった。

 

聖人との戦いで追い詰められていた自分を助けてくれた。

 

身を挺して自分と神裂の争いを止めた。

 

特別な何かを、自分にもたらしてくれた。

 

彼女に会ってからきっと自分の人生は大きく変わったと思う。

 

そんな彼女と七惟の関係は、『仲間』

 

絹旗や浜面も『仲間であり友人』なのだが、彼女との関係は『仲間』一言で言い表せると思う。

 

彼女がくれた槍は肌身離さず持っておりお守りのようになっているが、そんな彼女とも僅かこの短期間で四度目の邂逅である。

 

彼女が全国、いや全世界をまたにかける宗教組織の一員と考えるとえらくエンカウント率が高いと思うのだが。

 

 

 

「ど、どうしたんですかその右手!?」

 

「あぁ……?」

 

 

 

五和は七惟を見るや否や、すぐさまその右手に視線を移し声を上げた。

 

七惟の右手は肩から下、指先にかけてまで全て真っ白な包帯で覆われている。

 

今日は10月にしては熱かったため七分袖の服装で外出したこともあり、袖の先から長く巻かれている包帯が違和感丸出しである。

 

浜面や絹旗はそれ以上に違和感があったごつい機械を見ていたために何も言わなかったのだろうが、これはこれでかなり一般人から見たら普通ではない。

 

 

 

「ちょっとな。まぁもう一週間くらい前のことだし、気にすんじゃねぇ」

 

「そんな訳にはいきません!何処か痛むんですか!?」

 

 

 

心配しているのか怒っているのか分からない五和に七惟は気押されてしまう。

 

上条や天草式の前ではかなり五和は猫かぶっているので、七惟の前にくるとその反動か彼女の素がいかんなく発揮されるのだ。

 

 

 

「痛むって言っても……これ、丸ごと義手だからな。痛むも何もねぇんだ」

 

「ぎ、義手?」

 

「あぁ、包帯の下は機械まるごと機械だからな。見ないほうがいいぞ」

 

「う……それを聴くと、何だか凄くイメージし難い映像が。と、とにかく痛まないんですね?」

 

「あぁ」

 

「それなら……いいんです」

 

 

 

五和はそう言って身を引く、改めて彼女を見てみると彼女の服装は神奈川出会ったと時とだいぶ変わっている。

 

秋物になった服装は長袖の白いシャツを着ており、多少大人びたような印象も受けた。

 

 

 

「えっと……その、改めて。お久しぶりですね七惟さん」

 

「そうだな。こうやってまともな場所で話すのは初めてな気がするな」

 

「い、言われてみれば……」

 

 

 

自分と五和の出会いは一に戦場、二に暗殺現場、三に戦場とどれも普通ではない。

だからこそ、こうやって日常会話のように何の変哲もないところで話すのは新鮮だった。

 

 

 

「今日はどうして学園都市に来たんだ?お前らが来るってことは、ろくでもねぇことがありそうだが」

 

「う……痛いところを突いてきますね。でも今回は七惟さんに害はないはずですから、安心してください」

 

「本当か?またあの聖人に命を狙われるとかいうトンデモ展開はごめんだぞ」

 

「大丈夫ですよ。とりあえず、これまでの流れを説明しますね」

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「へぇ、また知らないところで凄いことやってんだなあの男は」

 

 

 

七惟は五和を家へと迎い入れ、今は二人でお茶をすすっていた。

 

学園都市が祝日の前日あたりに、上条はアビニョンへと土御門と共に飛び立ったらしい。

 

何でも『C文書』という戦略兵器を破壊するために学園都市及びイギリス清教が共同戦線を張ったらしく、魔術に関して特異な能力を発揮する上条と、両サイドに詳しい土御門、トカゲの尻尾として利用された天草式の五和3人で、新たな神の右席を撃ち倒したそうだ。

 

こっちはその翌日に右腕丸ごと一本失う紛争に巻き込まれたと言うのに、コイツは上条の隣でうっとりとしていたわけか。

 

何だか命を張って戦って何度も死にかけて挙句身を寄せていた組織が丸ごと消滅したという出来事があったせいか五和から聞いた騒動が大したことがないように思える、申し訳ないが。

 

今はそのC文書を撃破したことにより、上条当麻一人が正式にローマ正教の敵と見なされ、排除される危険性が高まった。

 

実際に高まっただけではなく、更なる刺客として、4人目の神の右席が学園都市に派遣されあのサボテンの命を狙っているとの情報を掴んだとのこと。

 

トカゲの尻尾である天草式一同は、前々から緻密に調べ上げていた学園都市に全員でやってきて、上条当麻が4人目の右席に襲われないよう警備しているそうだ。

 

 

 

「神の右席、か……また凄いのが出てきたな」

 

「はい、七惟さんも知っている通りの魔術師ですよ」

 

 

 

脳内で再生されるのは0930事件で災厄を撒き散らしていたあの女。

 

酷く日本を、学園都市を、科学を憎んでいたあの女。

 

名前は台座のルム、彼女の形相、言葉、強さは一生忘れそうにも無い。

 

 

 

『戦えない能力者は必要ない!って叫んじゃったりしちゃってさぁ!?』

 

 

 

耳から直接脳を振動させるようなあの声を思い出す。

 

またあの核弾頭レベルの敵が来ると考えると、せっかく暗部抗争で生き残ったと言うのに生きた心地がしなかった。

 

確かに暗部抗争で一方通行、垣根、麦野と殺し合った時もかなり危なかったが、台座のルムの危険度はまるでこの三人とは違う。

 

学園都市において七惟の最大の敵は第2位の垣根帝督だが、奴は心理定規の入れ知恵のせいか本気で自分を殺しにはかかってこなかった。

 

一方通行は七惟が今一番この世界から消し去りたい人物だが、真正面からぶつかっても勝機はある。

 

全快の状態ならば麦野とも互角の勝負を出来るとの自負もあった。

 

だが。

 

あの台座のルムだけは。

 

普通に闘って、勝てるとは思えなかった。

 

 

 

「お前ら、あんな奴らから上条を守れんのか?」

 

「む、それはどういう意味ですか?」

 

 

 

五和は七惟の言い分が気に障ったようでむっとする。

 

彼女との関係は『仲間』なので、七惟は何の遠慮もなしに彼女にストレートに疑問をぶつけた。

 

 

 

「俺は直に台座の女と戦ったから分かるがな、奴らの戦闘能力は異次元だぞ。もう生きてる世界が違うってくらいな」

 

「確かに彼らの戦闘能力は半端ではないですけど、上条さんは既に二人の右席を倒しているんです。私達天草式も全力を持って彼をサポートしますから、それにこの都市にいる限り地の利もこちらにあります」

 

 

 

上条が倒した右席は前方のヴェント、コイツは神裂が勘違いしていた右席だ。

 

もう一人は左方のテッラ、アビニョンで五和と上条が協力して倒したらしい。

 

ついさっき死ぬほどその自慢話をされたので、もう絶対に左方の話は出さないと誓った。

 

 

 

「しかし天草式のサポートは頼りになんのか?」

 

「大丈夫です、仲間が交代して数週間この学園都市に住み着いていましたし、からくりも仕組みも地図も常識も機械のことまでばっちり理解しています。絶対に足手まといになることはありません!」

 

 

 

と五和は学園都市ガイドマップをポーチから取り出し自慢げな表情を浮かべる。

 

いや自分が聴きたいのは学園都市について詳しいとかじゃなくて、戦力的なことなのだが。

 

 

 

「学園都市のガイド役でもすんのかお前らは。俺が聴きたいのは、戦力のことだ。学園都市第8位にボコにされる奴らが天草式だろ、んな弱っちい奴らを信用出来るのか」

 

「よ、よわっちいとは失礼です!もう少しオブラートに包んでください!私は七惟さんのそういうところが――――」

 

「わぁったから近寄ってくんな、うっとおしい」

 

「……もう、ホント七惟さんの相手は疲れます。少しはコミュニケーションを取る相手の気持にもなってください」

 

「で、どうなんだ?」

 

「それは……まぁ、確かにプリエステス様も今の天草式には居ませんし……戦力面ではいささか不安な点もあります。でも、そこに異能の力を撃ち消すあの人が居れば、戦局は大きく変化します」

 

 

 

五和が言っているのは上条の持つ『幻想殺し』のことだ。

 

奴の右手は異能の力を完全に打ち消す力を持っており、美琴の高圧電流はもちろん、一方通行のベクトル変換能力もいとも容易く打ち消し、神の奇跡すら破壊する代物。

 

確かにこれだけ建前を並べれば最強に思えるが、七惟はそうは思っていない。

 

あの右手の力が反則的な力を持つことは七惟だって認めてはいるが、万能ではないし弱点は五万とあるのもよく理解している。

 

 

 

「それに護衛を始める前から不安がっていても仕方ありません」

 

「まぁそうだがな」

 

 

 

前々から思っていたのだが、五和に限ったことではないが天草式一同及び上条の仲間達の一部は、あの幻想殺しの力を過信し過ぎている。

 

上条自身はその力を特別視してはいないのだが、本人ではない周りが特別に思い込むのは本人が思い込むより余計に性質が悪い。

 

何だかんだで最終的にその力を持っている人がいるから大丈夫だ、彼ならばきっと何とかしてくれる、と心のどこかで思っているのだろう。

 

何と言っても上条は第3位のレールガンを無効化し、学園都市の危機を一人で救い、イタリアの艦隊を撃破、挙句イタリア正教の秘密組織である神の右席二人を倒すと言う、もはや普通の学生とは思えない所業をこなしてきている。

 

これだけの経歴があれば、誰もが最後はきっと上条に期待するはずだ。

 

だが。

 

その上条を、いとも容易く粉砕した人間を七惟は知っている。

 

それは七惟が戦った唯一の右席、台座のルム。

 

彼女の術式も確かに強力であったが、それ同等に凄まじかったのは彼女の近接戦での圧倒的なセンス。

 

取り乱していたとは言え、路地裏喧嘩をやり慣れている上条を一方的に蹴り飛ばした彼女の格闘能力はプロも顔負けだ。

 

上条を破ったのはルムだが、上条を倒せる可能性があるのは他にもいる。

 

七惟もその部類に当てはまる。

 

距離操作能力では、上条を移動させることは出来ないし、可視距離移動砲の弾丸を放っても無効化される、時間距離操作も効かない。

 

だが、彼の体内に何かを転移させれば忽ち七惟の勝利に終わる。

 

このように弱点はいくらでもあるし、倒せることが出来る人間も間近にいるのに、彼らはそれを忘れてしまっているのではないか。

 

 

 

「あと科学側の大きな介入が右席の攻撃を失敗させているのは事実なんです、弱音を言っていても現状は変わりませんし、やるからには上条さんを守って見せます」

 

「だといいんだがな。張り切り過ぎてあのサボテンの目の前で恥かくなよ?」

 

「ひ、一言余計なんですよ七惟さんは!」

 

「わりぃな、コレが俺の素なんだ」

 

 

 

一際大きなため息をつき、五和はお茶をすする。

 

そんな五和を見ながらも、やはり七惟は彼女の存在の大きさを実感していた。

自分は何度も死にそうになったが、その度にこの少女に直接・間接問わず助けてもらった。

 

譲ってもらった槍はもう完全に破壊されてしまったが、その破片はしっかりと持ち歩いているし、今でも大切なモノだと認識している。

 

そんな色々なものを七惟にもたらしてくれた五和とこんな所で会って会話が出来るとはとても思っていなかったため、それだけで何だか落ち着かなくなる。

 

要するに、楽しいのだ。

 

五和との会話は。

 

 

 

 

 

 



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天草式の客人-ⅲ

 

 

 

 

 

「さて……昼時だしな、何か食ってくか?」

 

 

 

上条との関係の進展も、襲ってくる右席のことも、訊かなければならない。

 

時刻は11時30分、積もる話もあることだし、食事でも二人で取るかと考えた七惟だったが。

 

 

 

「ほえ?」

 

「……ほえ?」

 

 

 

五和の気の抜けた声に肩透かしを食らった。

 

 

 

「え、え、ええっと、な、ななんんでもありません!今のはなかったことにしてください!」

 

「……上条の前でもそんなんなのか?」

 

「こ、この場面であの人の名前を出さないでください!」

 

「ったく。出るぞ」

 

 

 

七惟は立ちあがり財布と携帯をポケットに突っ込むが、一向に五和は動かずこちらをじっと見つめている。

 

何か変なモノでもついているのだろうか。

 

 

 

「どうした?」

 

「い、いえ……。七惟さんが、そうやって食事に誰かを誘う人には見えませんでしたから、その……。お、驚いているんですよ」

 

「そうか?」

 

「は、はい。まぁ、そういう訳の分からない所を含めて七惟さんだなって思ったり……するんですけど、それに……」

 

 

 

そこでボン、と音がするかのように一瞬五和の顔が紅潮し目を大きくした。

 

そして五和は喉まで上がっていた声を抑え込んだように首を振り、立ち上がった。

 

 

 

「い、行きましょう七惟さん。い、いい、い、一緒に食事を取るのも、悪くないです!」

 

「……まぁそうだろ」

 

「は、はい!」

 

 

 

何だか、五和らしいような五和らしくないような。

 

彼女の態度の異変に気付いたのは、この時だった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

七惟の寮から歩いて数分、学生食堂と同じ位置付けのようなファミレスへと二人はやってきた。

 

第七学区は貧乏学生から裕福学生が集まる学校区、そのためファミレスも二極化しており、二人がやってきたのは割かし庶民的なほうだった。

 

理由と言えば特にない、ただ五和が『こっちのほうを食べてみたいです』と言ったからだ。

 

この時も五和は、七惟が彼女にどちらで食べるかと尋ねた時に『七惟さんじゃないみたいです』と驚いていた。

 

それこそ余計なお世話である、もう自分の変化についてあーだこーだ言われるのは絹旗や暗部組織の連中だけで十分だ。

 

七惟は病み上がりも相まって余り食欲はなく、ファミレスの定番であるフライドポテトをかじっている。

 

対する五和はどうやら食品添加物がとてつもなく気になるらしく、至ってノーマルなパスタを食べていた。

 

来る途中に、五和が料理を作りましょうかという提案もしてきたが、そういうのは好きな男にとっておくべきものだろうと七惟は判断しやんわりと断った……訳が無かった。

 

ストレートに、『俺のためじゃなくて上条のために作ってやれ』と言ったら、彼女は当然真っ赤になり黙りこんだ。

 

その後は定番の、『七惟さんは相変わらずです』と言っていたが、『七惟さんにも食べて貰いたかった』との一言を彼の優れた五感は聴きとっていた。

 

自分のために、と言ってくれるのは嬉しいがやはりそれは上条のために作るべきだ。

 

そっちのほうが、準備してきた食材も喜ぶだろう。

 

 

 

「アックアは神の右席の後方です。それ以外の経歴は全て不明で、大英図書館にも何の資料もありませんでした」

 

 

パスタを粗方食べ終わった五和は口周りを拭き、襲ってくる敵について説明する。

 

 

 

「ですが宣戦布告を行った際に、同じ右席である左方のテッラの遺体が送られてきました」

 

「……へぇ」

 

「左方のテッラの実力は直に戦った私も良く分かりますが、あれだけの力を持った人を綺麗に上半身と下半身に切断するとなると……かなりの力を持っています」

 

「仲間割れでもやったのか?」

 

「その可能性は否めませんが……もはや不要、と切り捨てられたのかもしれません」

 

 

 

今回襲ってくる神の右席は後方。

 

前方、台座、左方と来て次は後方か。

 

あといったい神の右席とやらは何人いるのやら。

 

後方の次は天井の右席とかでも出てくるのか?

 

 

 

「戦闘能力自体も一切不明なのか?」

 

「残念ながら……。何処にも彼が戦った経歴が残っていません、言いかえれば」

 

「戦って生き残った奴なんざいねぇってことか」

 

「それと、アックアは『聖人』なんです。それだけでもかなりの戦闘力を保有するのに、それに加えて『神の右席』の力が加わったらどうなるか検討もつきません」

 

「……そりゃあまたとんでもねぇのがおいでなすったな」

 

 

 

後方のアックア。

 

いったいどれ程の実力の持ち主なのか。

 

少なくともあの神裂と呼ばれた女と同等以上の力……いやそれ以上を持っていると思って間違いないだろう。

 

もし自分とアックアが激突するとなれば、との考えに至りはっとする。

 

五和は今回の件、七惟理無は後方のアックアのターゲットになっていないと言っていた。

 

ターゲットは上条当麻、更に詳しく言えばその右腕。

 

七惟が狙われているとの情報は全く得られていないし、果たし状にも自分の名前を連想させるようなものは一切なかったという。

 

だから五和は七惟は今回は安全だと言っている。

 

まぁ捻くれた言い方をすれば今回は無関係だから、無駄に突っ込んで怪我をしないでくださいと遠まわしに言っているのかもしれない。

 

そう思えば思うほど、実際のところはどう考えているのか気になってくるわけで。

 

 

 

「五和」

 

「なんでしょう?」

 

「お前は今回、俺にどうして欲しいんだ?」

 

 

 

訊いてみることにするか。

 

 

 

「え、えっと……それはどういう意味ですか?」

 

「俺を戦力としてカウントしてるのかってことだ」

 

 

 

神の右席と戦うことになれば、当然台座のルムのようなエッケザックスクラスの意味不明な武器を持ちだしてくるだろうし、奇想天外な力を振り回してくるに決まっている。

 

さらにそこに聖人の力が加わるとなると、いったいどうなるのか七惟にだって予想出来ない。

 

そんな化物と戦うというのならば事前に心の準備だって必要なのだ。

 

 

 

「その点に関しては大丈夫ですよ。今回は七惟さんを危険に晒すことはありません。上条さんの護衛は私達天草式が全面的に行いますし……わ、私も、あ、あの人と一緒に行動することになってますから」

 

「そうか」

 

 

 

やはり今回天草式は七惟を戦闘員として数えていないらしい。

 

あれだけのいざこざが天草式とはあったのだから、一緒にまた戦うことをあちら側が提案してくるはずがないだろう。

 

しかしそれを鑑みても七惟は、はいそうですかとは言えなかった。

 

 

 

「はン……お前らだけで満足に戦えんのか?俺もその護衛とやらに付き合うぞ」

 

「え、……えぇ!?」

 

「後方のなんたらがどれだけの力を持ってるか分からないんだろ、戦力は少しでも高いほうがいいんじゃねぇのか」

 

「で、でもそれだと」

 

「それにお前一人を、んな危険な場所に放り込むことなんざ出来るか」

 

「な、七惟……さん?」

 

 

 

何せ上条はもちろん、五和の命にだって関わってくる事柄なのだ。

 

正直なところ天草式の連中が死のうが食われようが八つ裂きにされようが知ったことではないが、五和だけは違う。

 

七惟にとっては誰とも代えがたい仲間であり、こうして彼女とすごす貴重な時間が近隣際無くなってしまうという危険性を放置出来る訳が無い。

 

 

 

「そ、その……つ、つつ、つまりそれは……私のことを心配してくれているってことですか?」

 

「当たり前だろ、それ以外に何かあるのか」

 

「……そ、そうですよね」

 

「……どうかしたのか?」

 

「い、いえ!ただ七惟さんらしくないなって思っただけですから!」

 

「言っとけ」

 

 

 

そんなことはもう聴き飽きたセリフだと吐き捨てようと思ったが、五和の調子が何だか普段と違うのでこちらも違和感を覚えてしまう。

 

普段だったら『何か悪いモノでも食べたんですか?』の一言くらい付け足してくるはずなのに、今日の五和はかなり大人しい。

 

 

 

「でも、もし七惟さんが参戦するとなると……他の天草式との連携が」

 

「知るか。どうせ奴らは俺をカウントしないで戦略を組み立てるだろ?問題ねぇよ」

 

「い、言われてみれば」

 

「俺は俺、単独で……って言っても、上条の近くに居ればいいんだろ、お前と一緒に行動する。あのクワガタ頭が仲間連中の心情を考えたら俺をそっちのユニットに加える訳ねぇからな」

 

 

 

それが一番効率が良いはずだ。

 

天草式の実力は七惟自身もよく把握している。

 

確かにあの聖人と呼ばれた女の戦闘力は脅威に値するが、それでもアックアと同じ台座のルムに匹敵するかと言われたら首を横に振るかもしれない。

 

実際はルムにあと一歩という点だけでもかなり凄いのだ、同じようにルムに敗れた七惟との戦闘力は雲泥の差がある。

 

半天使化しなければ七惟だって到底神裂に打ち勝てるとは思えないのだから。

 

後は教皇代理と呼ばれているフランベルジェを持った男が多少抜き出ているものの、他は小粒だ。

 

これだけの戦力でとてもじゃないが聖人と神の右席の力が合わさった男に太刀打ち出来るとは思えないのだ。

 

更に最悪なのが、今回あの神裂という女は参戦せずに現在の天草式のみの兵力で立ち向かうとこのこと。

 

やはり自分が参戦したほうが上条にも、五和にもプラスのメリットが生まれるはずだ。

 

少なくとも居ないよりはマシだし、学園都市の特性を掴んた戦闘ならば暗部を渡り歩いて地形も熟知している自分が役に立つ時があるだろう。

 

 

 

「分かりました、七惟さんの言う通りにやってみましょう。七惟さんのことだから断っても無理やりやるに決まってますし……」

 

「まぁな」

 

「それじゃあ、私は学校まで行ってあの人の様子を見てきます。七惟さんは?」

 

「俺は今日は自宅療養だからな、家に戻る」

 

「はい、じゃあ……」

 

「あ、ちょっと待ってくれ」

 

「なんでしょう?」

 

 

 

七惟は五和から貰った槍が木っ端微塵に消し飛んでしまったことを思い出す。

 

あの槍はいつも分解して懐に忍ばせていただけに、ないと若干の違和感を感じるのだ。

 

言ってみれば何時もつけている腕時計がない、こんなところか。

 

 

 

「お前に貰った槍、こないだ壊されちまってな。まだスペアがあるんだったら使いてぇんだが」

 

「あ、あの槍ですか?」

 

「あぁ。普段身につけてるから、ないと落ち着かねぇんだ」

 

「そういうことなら……少し待ってて下さい」

 

 

 

五和はバックからバラバラに分解された槍の各部品を取りだすと、慣れた手際で接続部分同士をはめる。

 

前五和から貰った槍は暗部抗争の日によって本体は一方通行に、スペアパーツは垣根に、槍頭は麦野にそれぞれ破壊されてしまった。

 

しかし、それでも自分を絶望の中から奮い立たせてくれたのは五和が与えてくれた一本の槍なのだ。

 

台座のルムと戦った時、死の恐怖から自分を守ってくれたのも彼女の槍。

 

五和の槍は、自分の中では必需品だ。

 

数十秒して、五和は槍を組上げてそれを布に包み、七惟に手渡した。

 

 

 

「どうぞ。前と一緒で魔術的な要素は取り外しています、使い勝手が悪いと思ったらまた言ってください」

 

「分かった、ありがとな」

 

 

 

五和の手から七惟へとその宿主が渡り、身体が槍の重みを感じる。

 

それと同時に、身体の中の不安定な棒がしっかりと真っ直ぐ立った気がした。

 

お守りみたいなものかもしれない、あるとないとでは気持ちの持ちようが大きく違う……。

 

布に包まれた槍を感慨深げに見つめていた七惟が五和に視線を戻す。

 

 

 

「な、七惟さん?」

 

「んだよ」

 

「その……そんなに私の槍が気に入ってるんですか?」

 

「そうだな……お守り見たいなモンだ」

 

 

 

 

 

 



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天草式の客人-ⅳ

 

 

 

 

七惟と別れた五和は、一人上条の通う第七学区の学校へと向かっていた。

 

彼女が学園都市にやってきたのはローマ正教から敵対勢力として見なされた『上条当麻』の護衛をするためだ。

 

少し前から、厳密に言えばアビニョンで左方のテッラを倒した後から天草式は学園都市という街を知るために度々足を運んで来ていた。

 

その際にこの都市の仕組みから立地条件、特徴、人物などを調べ上げ、歩いていても全く周囲から浮き出てしまわない程度に溶け込んでしまっている。

 

本来ならば学園都市に天草式のような魔術団体がいるのはおかしいことなのだが、彼らはあたかも自分達は始めからこの都市の住人でしたと言わんばかりの表情だ。

 

その魔術団体の一員である五和は、教皇代理から上条のすぐそばで護衛するという一番重要な任務を任されている。

 

憧れを抱く少年と一緒に行動出来る、という話に飛びつかない五和ではない、すぐさまその提案に乗った。

 

天草式は普段はロンドンで行動をしているため、このように日本に長期間滞在することは稀で、このチャンスを逃せば次は何時あの人の傍に居られるかわからない。

 

ライバルはたくさんいる、彼女が尊敬している天草式のプリエステス、神裂火織。

 

そして元ローマ正教のシスターであるオルソラ・アクィナス、シスター・アニェーゼ、イギリス清教所属動く(別名暴飲暴食)大図書館インデックス。

 

仲間である七惟から聴きだした情報では学園都市最強の電撃使いである少女に、クラスメートの三分の一の女子などなど……。

 

ライバルは山ほどいるのだ、遠距離片思いとなってしまっている自分としては何としても此処で一つのきっかけを作って、あの人の気持ちをこちらに向けさせたい。

 

だから今日はあの人の家で家事スキルを発揮して、女らしいところを見せて、美味しい料理も食べて貰うことで、少しでも注意を向けさせてみせる。

 

イタリアで七惟ともめにもめたプレゼント大作戦では見事に失敗し、数日後の電話では自分が送ったピアスはアパートの大家さんが買っている猫につけられているとのことだった。

 

どうやらあの人は自分に猫の話をした際に、思いのほか食い付きがよく、猫のために月のピアスを送ってくれたのだと勘違いしたらしい。

 

電話越しで七惟に笑われたのを今でもよく覚えている、このままでは引き下がれないしこれ以上七惟に馬鹿にされるのもすっきりしない。

 

 

 

「七惟さん、かぁ……」

 

 

 

七惟の笑い声を思いだしている内に、ふと彼のことが気になり名前を口にした。

 

今朝寮で出会った時、七惟は五和の知る七惟のようで、少し違った。

 

普段の彼ならば、自分から昼ごはんを一緒に食べようなんて絶対に言わなかったはずだ、そこまで彼の頭が回転するわけがない。

 

だがそれを提案し、自分が準備しようかと思ったら上条のために作ってやれなど言いだす始末。

 

今までほぼ自分本位の考え方と、当事者のみのことしか考えられなかった彼が第三者のことを思いやって発言するなんて。

 

 

 

らしくない、無さすぎます。

 

 

 

この言葉こんなにもしっくりくることがあるなんて考えたことも無かった。

 

七惟とプリエステスが刃を交わした後、彼の看病をしている時にらしくない言葉を聴いたことはあるが、あれは本人の精神が弱り切ってしまっていたためだと思った。

 

でも今は至ってメンタル面は健康に見えた、特に心の障害などないだろう。

 

右腕はとんでもないことになっていて心身共に健康ということではなさそうだったが。

 

あの時自分を気遣うようなことを言った七惟に、弱音を吐くなんて『七惟さんらしくない』と言って彼を奮い立たせていたが、今回はそれと違う。

 

……そう言えばあの右腕の怪我は確か数週間前に負ったと言っていた。

 

七惟の右腕は、言い方は悪いがそこらへんに居る学園都市の学生が持つ右腕とは次元が違う。

 

言ってみれば上条当麻が持つ右腕と同等レベルの魔術的価値を持つ、この世界にまたとない性質を持つ腕なのだ。

 

その力は、『あらゆる盾を貫く』術式が組み込まれているエッケザックスを粉砕し、神の右席で後方のアックアと同じ実力を持つと言われていた『台座のルム』を一撃で吹き飛ばす。

 

聖人神裂火織の唯閃を受け止め、その腸を貫き、爆発的な破壊力を生み出した。

 

右肩からはオレンジ色の光を発し、雷光のような翼を生やし聖人に負けず劣らずの身体能力を生み出す力すら持つ。

 

上条当麻の右腕もあれはあれで意味不明だが、七惟の腕もそれと同等レベルの奇想天外な現象を生み出すのだ。

 

あの右腕は、当たり前を破壊するには十分過ぎる力を持つ。

 

それ程まで強大な力を所有する七惟理無が、力の象徴であった右腕を失う程の強敵とぶつかったのが10日前。

 

確か10日前は学園都市の祝日で、表向きの報道では学園都市統括理事会のやり方に反対する集団がデモを行ったとのことだったが、五和達はそんな報道を信じてはいない。

 

あの日は暗部組織が覇権を握るために抗争を起こしていたと、裏の情報で分かっている。

 

確か七惟の所属する暗部組織もその争いに参加し、鎮圧の側に回っていたのだろう。

 

その際に学園都市が誇る最強クラスの超能力者とぶつかって、右腕を失った。

 

学園都市には異次元の実力を誇るあの七惟ですら倒してしまう怪物がいるのかと身も震えた。

 

七惟は右腕一本丸ごと義手にしてしまう程の重傷を負った、そして次に会った時は別人とまでは言わないが、彼を形成する要素が大きく変わっていたのは分かる。

 

闘いの最中で、彼は何かを見いだしたのだろうか、彼の何かを変える程の出来事が、出会いがあったのだろうか?

 

それこそ、彼の纏う雰囲気や仕草、価値観そのものを変えるような……大きなことが。

 

 

 

「今は、気にしてもしょうがないですよね」

 

 

 

確かに七惟の変化は仲間である自分にとっては重要なことだが、それよりも憧れを抱くあの人の命が危ないのだ。

 

七惟の変化は接している五和からすれば非常に良いものだと感じたのだから、そんな感傷に浸るのは後でいいはずだ。

 

それにこのチャンスを逃すわけにはいかない、マンツーマンで彼と一緒に居られることなんて滅多にないことなのだから。

 

まぁ、完全なマンツーマンではなくいつも一緒に居るインデックスは自然とついて来ることになってしまう。

 

そう言えば……先ほど協力する半ば無理やりに意見を押し付けた七惟とも……。

 

どれくらいかは分からないが、彼らと衣食住を共にする。

 

五和の頭に上条当麻と一緒に生活を共にするビジョンが浮かび上がった。

 

まずは……今から彼の様子を学校に見に行って、放課後は一緒に帰って、きっと疲れてるだろうから夕飯も作ってあげて……。

 

そこで『料理上手だな』、などと言われたら最高だ、一気に彼との距離を縮めることが出来る。

 

確か彼は同居しているインデックスが暴飲暴食だからまともに自分の分の食事は取れていない筈、そこに自分が美味しい料理をふるまえば……。

 

 

 

「あ……でも、一緒に七惟さんもいるんでした」

 

 

 

七惟も一緒に上条を護衛するとなると、4人分の量を用意することになるのか。

 

きっと横でちょっかい出しつつも、七惟のことだから美味しいと言ってくれるのだろう。

 

それにずっとあの人の近くに居て緊張しっぱなしだといいことはない、時々七惟のような人にほぐしてもらわないと……。

 

ほぐしてもらう以前に余計なことを言われたりされたりしたら元も子もないのだが。

 

でも、そうやって七惟と言い合ったりご飯を一緒に取るのは、自分にとってはとても楽しいことなのだ。

 

我慢せずに、気遣わずに喋れる相手というのは貴重だ。

 

人間というものは、どれだけ親しくなってもやはり自分の本音は隠してしまうもの。

 

それは親しい相手と確執が生まれるのを避けるために、本能が自然と働いているためで、親しくなれば親しくなるほどその力は強くなる。

 

だが七惟とは既に腹の内を語りあった中なので、どれだけ悪口雑言の限りを尽くそうが『それが彼(彼女)だ』という結論にもっていけるので、二人の仲が引き裂かれる要因には成りえない。

 

着飾らずに喋れるのは楽しくて、一緒に居て気持ちも楽になる。

 

特に異性でそのような仲になったのは七惟が初めてだったため、その反動なのかもしれない。

 

七惟と一緒に居るのは楽しい、嬉しい、心が弾む。

 

上条と一緒に居るのは憧れの人の傍に居られるということで幸せを感じるが、七惟と一緒に居ること味わえるモノは味わえない。

 

対して七惟と一緒に居ても上条と一緒に居て得られるモノは得られない。

 

今思えばイタリアで初めて上条に料理を振る舞った時も当時は腹立たしいことに七惟も同席していた。

 

あの時はちゃぶ台を皆で囲んでおしぼりを配っていたが、おしぼり一つ渡すだけであれだけ疲弊する経験なんて七惟だけだ。

 

どれだけ当時の自分は彼を嫌っていたのだろう、彼も確か物凄く嫌な顔をしていただろうし、自分もそうだけれどきっと料理の味なんて無味無臭に思えたのじゃないだろうか。

 

今度こそ手作りの料理をちゃんと食べて貰って、彼にもいいところを見せて最近馬鹿にされてばかりだったから少しは見直して貰わないと。

 

こんなことを思い出すと今とのギャップが余りに激し過ぎて、当時と今の七惟の顔を思い浮かべると思わずくすりと笑ってしまう。

 

そこまで考えて、五和は足を止めた。

 

 

 

「……あれ?」

 

 

 

本当のところ、自分はどっちを望んでいるのだろう?

 

あの人は憧れの人だ、かっこいいし強いし、皆を助けてくれる心優しいヒーローで、決して挫けないその心は皆を惹きつける。

 

自分にとっても周りの人達とはもちろん違って見えて、あの人の隣を手を繋いで歩けたらどれだけ幸せなのだろうかといつも思っていた。

 

対して七惟は?

 

七惟と一緒に居るのは楽しい、あれだけ自分を出して喋ることが出来る人は他には両親しかいない。

 

上条と比べると性格は悪いし自分勝手、不躾極まりない態度で接してくる。

 

でも、自分を助けてくれた、自分の気持ちを大事にしてくれた、どんな愚痴だって聞いてくれる。

 

横暴な態度とは裏腹に、誰かを思いやっているその姿勢は、再会してから強く感じるようになった。

 

上条と比べれば絶対に魅力は劣る。

 

上条当麻と七惟理無どちらを好きな人に選びますか?との問いを100人に訊いて99人は上条当麻と応えるだろう。

 

ならば、最後の一人は?

 

もし最後の一人が自分だったなら……。

 

 

 

『七惟さんも、良い人です』と答えるんじゃないか?

 

 

 

自分だけは、上条当麻にすんなりとその票を入れたりはしないんじゃないか?

 

憧れているのに、あれだけ一緒に居ると考えただけでドキドキするのに。

 

七惟と一緒に居たいと、喋りたいと望んでしまう自分が心の何処かにいるのは明らかで。

 

自分で、自分の気持ちが掴めない。

 

秋晴れの空の中、見えない薄雲を掴むかのようにふわふわしたこの気持ちはいったい何なんだろう……?

 

 

 

 

 

 



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天草式の客人-ⅴ

 

 

 

 

 

時刻は夕刻、太陽は沈み始め住居から夕飯の支度を始めたかと思われる良い匂いが漂い始める。

 

こんなご時世でも学生にとって自炊は家計を守るための大切な要素、一度怠れば上条当麻のような貧乏学生は大きな問題へと繋がってしまう。

 

そして隣人上条当麻と同じ要素に当てはまる人間がまた一人、全距離操作七惟理無である。

 

彼はその両肩にサラリーマンが一生に稼ぐ金の半分程の借金を背負っていた、過去形である。

 

しかし借金の取り立てが無くなったとはいえ、家賃や光熱費等を滞納していたこともありまだまだ家計は火の車状態、此処最近は上条と張り合う程の貧民生活を送っている。

 

ちなみに節約生活がどれ程のものかと言うと、部屋の電気はリビングのみで他は夜でも一切付けないと言う徹底ぶり。

 

テレビも当然つけないし、娯楽はパソコンのみという何処か引きこもり的な印象を与えてしまう。

 

彼唯一の趣味であるバイクにかける金もかなり減らした、前はオイル交換なども行きつけの店にお願いしていたが、今では自分でやっている。

 

そんな貧民七惟は現在愛車のメンテしていた。

 

駐車場から上階を見上げれば、上条の家には明かりが灯り排気口から煙が立ち上り始めた。

 

現在上条宅には上条とインデックスの二人ではなく、五和が居る。

 

上条の身辺警備を命じられている五和は衣食住を上条と一緒にすることになり、泊まり込みでその任務に当たる。

 

おそらく今頃五和の料理を待ちに待っている上条とインデックスが胸を躍らせていることだろう、羨ましくないと言えば嘘だ。

 

だが自分がその輪の中に入ることはまずあるまい、五和のことを考えるとやはり邪魔者は少ない方がいいだろう。

 

彼女の恋愛を応援する気は特にないが、邪魔をする気はもっとない。

 

ならばいらぬ横やりは入れずに、放っておくのが一番良い。

 

上条を狙う女はインデックスを始めクラス三分の一の女子、オリジナルこと御坂美琴、そして美琴のクローンである妹達約1万人。

 

更に魔術サイドのオルソラ・アクィナス、ローマ正教のアニェーゼと数えきれない程だ。

 

よくもまぁ此処までたくさんのフラグを立てた、もとい好意を寄せられているなと感心を通り越して呆れるレベルだが、上条争奪戦はいったい誰が優勝するのか想像もつかない。

 

そんな競争率1万倍を超える男に五和も想いを寄せており、日々上条の注意を引こうと努力している。

 

今回は任務の中に上条と一緒にいることが盛り込まれているため、五和にとってもやりやすいはずだ。

 

フランスのアビニョンという場所で上条と共に左方のテッラを倒した時も行動を共にしたらしいが、今回は戦場のような非リアルな時間帯ではなく、私生活にそのまま関わることが出来るまたとないチャンス。

 

此処で何かしらのアクションを起こさないと、きっとあのビリビリ中学生あたりに勝る印象は与えられないだろう。

 

一応上条の護衛という任務を受けているわけだから、あまりそっちに気を取られて欲しくないのだが。

 

 

 

「神の右席の後方か」

 

 

 

七惟はナットを締め、チェーンの緩みを確認する。

 

チェーンの緩みは何時も右手で確認するのだが、右腕が義手となってしまった今では、些細な違いを読みとることにまだ慣れていないため左で行う。

 

義手となった右腕、生身の掌を見つめながら七惟は敵の名前を呟く。

 

どんな力を持っているのか全く分からない、要するにルムや神裂戦と同様だ。

 

これで魔術関連の敵と戦うのは何度目だろう、始まりは神奈川の教会で天草式とやりあった時だと思う。

 

天草式と戦った時は彼らの能力は分からなかったが、それでも明確な実力差があったため特に問題はなかった。

 

だが前者の二人はまるきり違う、特にルムに関しては完全に死の一歩手前までいったことを今でも明確に覚えており、あの声を思い出すだけで手に汗が滲む。

 

そのルムと同じ神の右席が再び攻めてくる、そしておそらくは右席で最強クラスの力を持つはずだ。

 

少なくともルム以上の力はあるだろう、ルムの後から出てくるのだから。

 

だが七惟からすればルム以上の兵などまるで想像出来ない。

 

本気で自分を殺しにかかった垣根帝督と台座のルム、どちらが強いのかと言えばそれは分からないが、学園都市最強すら凌ぐその実力なんて分かる訳も無かった。

 

そんな強大な敵が攻めてくるというのならば、こんな風にチェーンに油を差している暇などないだろう。

 

すぐさま応戦する準備にかかれと、アンチスキルなどでは切羽詰まった声で命令される。

 

だが、それだけの敵相手に準備などしてどうなるというのだ?

 

実力は全くの未知数で、おそらく天草式と上条が全力で掛かっても一蹴されるのは目に見えている。

 

ならば、なるべく奇襲を防ぐために人通りの多い場所を転々としていたほうが余程利口だ。

 

やはり、対抗策よりも防衛策を練っていたほうがいい。

 

必要以上に身構えてもプラスになることなんて全くない、と七惟は結論付けてバイクにシートを被せた。

 

今日に限って七惟は自宅に泊る、今日明日だけ外出の許可を取り付けているからだが、それが幸いした。

 

まぁ、許可が下りなくてもこんなことになってしまえば泊るつもりだったが。

 

五和達も今日のところは外出する予定も無いらしいし、これだけ寮が立ち並ぶ学生の住居に現れる程敵も馬鹿ではないはずだ。

 

まぁ、ルムやヴェントのように学園都市そのものを潰すつもりで来られたらまた話は変わってくる。

 

そうなってしまえば逃げる際は都合が良い、前兆無しでの奇襲がこう言う時は一番怖いのだ。

 

工具を片付けて駐輪場の水道で手を洗い階段を上る、自分もそろそろ自炊して夕飯を食べる時間帯である。

 

とりあえずスーパーで買ってきた豆腐と生姜焼きで事を済ませようと決め、自宅のドアノブを握ろうとした時に異変に気付く。

 

 

 

「電気が……ついてる」

 

 

 

完全消灯した我が屋の電気が点灯している、これはいったいどういうことだ。

 

金銭的に追い詰められている自分が今こんな浅はかなミスを犯すとはとてもじゃないが考えられない、既に家賃及び各光熱費も滞納しているのだから。

 

まぁ、こんなことをしでかす人間は七惟の知っている中ではたった一人しかいないのだが。

 

 

 

「まさか……つうか、アイツしかいねぇよな」

 

 

 

七惟がため息交じりに鍵を開けると。

 

 

 

「あ、超七惟。お疲れ様です」

 

「やっぱお前かコラ」

 

 

 

案の定居たのは絹旗だった。

 

彼女は暖房をつけ、テレビをつけ、明かりを爛々と灯しゆったり寛いでいる。

家主は誰なんだ、家主は。

 

と問いたくなる気持ちを抑えるのに必死だった。

 

 

 

「炊飯の良い匂いに誘われて超来ちゃいました、というのは超冗談です。その……流石に無いとは思いますが、急に病状が超悪化しちゃうかもしれないと考えたら、放っておけなくて」

 

「あのな、病院でも話しただろ……一日外泊出来るくらいには回復してんだよ、それに今日一緒に片づけしてたから俺がどんな状態なのか分かるだろ。少なくとも多少走ったり荷物運んだりくらいは大丈夫だぞ」

 

あ……という表情を浮かべた絹旗に呆れ、七惟は工具を定位置へと戻し手を洗い、料理に取りかかる。

 

早とちりする奴だが、こうやって心配してくれて家にやって来てくれるのは正直悪い気はしない。

 

絹旗は死にかけたあの日、自分を病院まで運んでくれたし色々と気にかけてくれて助かっている。

 

それに調度滝壺の容体も聞きたかったことだし、好都合だ。

 

 

 

「絹旗、お前飯食ったか」

 

「いいえ、超食べてないです」

 

「だろうな、生姜焼きで良かったら食うか?」

 

「え、七惟超御馳走してくれるんですか!?」

 

「やらなかったら備蓄してる食料食い荒らされそうだしな」

 

「そんな超失礼なことしないんで、超安心してください」

 

「てめぇが言うかてめぇが」

 

 

 

一カ月前に全ての食糧を消滅させた奴に言って欲しくない言葉ランキング1位、殿堂入りした言葉を直々に言われるとは。

 

気を取り直し調味料を戸棚から取り出す、とりあえず肉が一人分しかないから一人0.5人分と換算して……。

 

水道の蛇口を回した時に異変に気付いた。

 

そう、水が出ないのである。

 

……水道は最後まで待ってくれると期待していたせいか、支払いが最も遅れていた光熱費である。

 

入院していたことも相まって完全に支払いを済ますタイミングも失ってしまっていたし、水道局員の堪忍袋の緒が切れたらしい……。

 

絹旗に夕飯をおごると言った手前もの凄くこの事実を話にくい、というか水道を止められるなんて今までにない羞恥を感じておりそんなことを絹旗に伝えられる訳がない……。

 

世界がまるで反転したかのように目の前が真っ暗になる、嘘であって欲しい気持ちと幾ら捻ってもうんともすんとも言わない蛇口が彼を理想と現実の狭間で苦しめる。

 

 

 

「七惟さん、いらっしゃいますか?」

 

 

 

いったいどうればいいんだ、と途方に暮れていた七惟を現実に呼び戻したのは絹旗ではなく、上条の護衛をしている少女だった。

 

チャイムを鳴らさずにノックするあたり、流石科学に疎い魔術サイドだなと思いつつ返答する。

 

 

 

「あぁ、どうかしたか?」

 

「え、えっと。私達外出することになったんですけど、七惟さんも一緒に……?」

 

「外出だぁ……?」

 

 

 

外出……。

 

敵から狙われている今、外出というのは出来れば避けて通りたい道だ。

 

外出すれば四方向全てから狙われる、ルムに狙われるとすれば時間も含めた四次元から襲われる訳だから堪ったものではない。

 

だが、自分を呼び出したということは既に決定事項になっているはずだ、他の選択肢は既に切り捨てられた段階。

 

 

 

「七惟、超知り合いですか?」

 

「まぁな。五和、とりあえず俺も外に出る。」

 

 

 

七惟はドアノブを捻り外に出る、中には魔術に関して完全に無知な絹旗が居るため危険だ。

 

五和は数時間前に出会ったばかりだが、少し見ない間に疲れを溜めてしまったようにも見える。

 

憧れている上条と一緒に居るのだから気が張っているのだろう、何だか見ていてかわいそうだ。

 

同じ上条フラグ勢でもインデックスはいつも寛いでいて、しかも今回はおそらく夕食を五和に作らせた挙句このような感じなのだろう。

 

何だろうかこの格差社会は。

 

 

 

「す、すみません」

 

「今ちょっと客人が来てるんでな、わりぃが外だ」

 

「は、はい。その……上条さん達と第22学区に行くことなりました」

 

「22学区……地下市街地か」

 

「上条さんの家のお風呂が壊れてしまったので、銭湯に行くことになりました」

 

「風呂が?壊れた?」

 

 

 

いやいやどうやったら風呂が壊れるんだ?水漏れでもしたのか?

 

 

 

「はい、インデックスさんがその……無茶な使い方をして」

 

「アホだろあのシスター」

 

 

 

それならば俺の家の風呂を使え、と切り出す七惟だったが水が出ない七惟宅では風呂どころか炊事すら出来ないのである。

 

余計な仕事が増えてしまったが仕方がない、地下市街地ともなれば人も多いしそこまで危険度は高くはないはずだ。

 

まぁ流石に天草式の連中も五和と上条が移動を開始すればそれについていくだろうし、五和達が現れた初日にいきなり敵が攻撃を仕掛けてくるとも考えにくい。

 

まぁ危険度はそこまで高くないだろうと判断した七惟は彼女の提案に首を縦に振ることにした。

 

 

 

「んで?22学区まではどうやって行くんだ。この時間は22学区行の地下鉄はねーぞ」

 

「あ、そこは大丈夫です。天草式がこの都市で移動するように借りているレンタルバイクで移動します」

 

 

 

レンタルバイク?

 

いや待て、誰が運転するんだ。

 

確か上条は普通自動二輪免許どころか原付すらもっていないし、外国人であるインデックスが日本の免許を持っているなんて考えられない。

 

となれば残されるのは五和だが、比較的緩い属性に入る彼女がバイクを運転するなど。

 

 

 

「私中型二輪の免許を持っているので」

 

 

 

有り得る話だった。

 

 

 

「一人は私が運転するバイクに、もう一人は七惟さんのバイクに乗せて貰おうかという話になってしまったんですけど……いいですか?」

 

「仕方ないしな。問題ねぇよ、つうかお前バイク運転出来るのか?」

 

「乗り物はある程度こなしてますよ?こう見えても、七惟さんより持ってる免許は多いですからね」

 

「んだと……?」

 

 

 

五和が胸を張って答える。

 

確かに天草式十字正教は色々な場所で活動を行うため運転免許の種類は多岐に渡るだろうが、それをわざわざ自分に言って自慢するのかコイツは。

 

七惟のふてくされた態度で調子付いたのか五和は更にこんなことも言ってのけた。

 

 

 

「ふふ、バイクの免許も中型だけじゃなくて大型も取ってるんです。七惟さんは?」

 

「大型……!?」

 

 

 

五和が……大型バイク!?

 

自分ですらまだ中型の免許しか持っていないというのに、五和はその上のクラスのバイクを……。

 

そもそも日本国の規定では見た目自分と同年齢の五和が大型バイクの免許を取るなんて不可能だと思えるのだが……。

 

 

 

「あれ、上条さんの話では七惟さんは大のバイク好きで、右に出るモノは居ないと聞いたんですが……」

 

 

 

か、からかわれている。

 

何だかさっきから五和がいつもに増して強気だ、あまりに上条の前でしおらしくし過ぎてその発散を今しているのか。

 

此処まで言われておいて七惟も黙って居る訳がない、後方のなんたらなんざよりも今は大事なことがすぐそこにある。

 

 

 

「はン、言っておくがな、免許が全てじゃねぇぞ。操縦スキルならお前には負けねぇな」

 

「む、言ってくれますね。じゃあ競争します?」

 

「あぁ、ダンデムしてる奴の身の安全は保障し兼ねるけどな」

 

「望む所です、私は身の安全を確保して、更に七惟さんに勝ってみせますよ」

 

「この野郎……後悔すんじゃねぇぞ」

 

 

 

まさか五和もバイク好きだったとは意外だが、負ける訳にはいかない。

 

レンタルバイクでは同型を借りさせよう、日頃からメンテナンスしている愛車のほうが断然にコンディションが良く、如何に手入れをしているか思い知らせてやる。

 

 

 

「超七惟?」

 

 

 

完全に二人の世界に入っていた七惟と五和に、絹旗が声をかけた。

 

中々部屋に戻ってこない七惟が気になって様子を見に来たようだ、五和に絹旗を知られる分には問題ないが、絹旗に五和を知られてしまうのは不味い。

 

ひとまずバイクのことは置いといて、この場をやり過ごさなければ。

 

 

 

「絹旗か」

 

「……そちらの方は?」

 

「あぁ……まぁ、アレだ。バイク仲間だ」

 

 

 

五和と絹旗の視線がぶつかる、五和はやんわりとした表情だがそれに対して絹旗は訝しげそうに見つめている。

 

この展開はあまりよろしくない、おそらく絹旗は五和を暗部の人間だと思いこみ、何処の組織の人間か探っている。

 

 

 

「五和、とりあえず10分後に下の駐車場だ」

 

「あ、はい。上条さん達にも伝えておきます」

 

 

 

七惟の意図を感じ取ったのか五和も呼応し、すぐさま準備に取り掛かる。

 

もしかしたら絹旗は既に何か感づいているかもしれないが、全てがばれてしまうよりかはマシだと考えたほうがいい。

 

さて絹旗には今後のことをどう伝えようか、取り敢えず夕飯を奢ると言った手前何もしないのは余りに恥ずかしい、しかしもっと恥ずかしいのは水道が止められているという事実であるということを思い出す。

 

これを上手く隠しつつ絹旗には帰ってもらい……やはりワンコインくらい渡しておくか。

 

ぶっちゃけ夕飯代金に500円渡すというのはかなりアレなのだが、絹旗自身もアイテム時代と比べかなり金欠だし500円でも有り難がる、それに今の七惟はそんなことよりも水道代金未納がばれるほうがもっと恥ずかしかった。

 

あれこれ七惟が考えているうちに何事も無かったように二人は部屋に戻った……ように見えたが、絹旗がドアを閉め切ったところで一言。

 

 

 

「……七惟の彼女?」

 

「アホか」

 

 

 

どうやら何も分かっていなかったようで安心した。

 

 

 

 

 

 



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摂理-ⅰ

 

 

 

「り、りりっりりむ!も、もう私限界かも!?」

 

「インデックス振り落とされねぇようにしろ!」

 

「ひぇ!?」

 

「地面に叩きつけられたくなかったら大人しくしとけ!」

 

 

 

結局あの後七惟は五和の提案に乗り、二人で運転技術を競い合うこととなった。

 

ちなみに絹旗には事情を話して500円、ワンコインを差し出したら恨めしそうな眼をこちらに向けて『超貧乏な七惟から施しは受けません』やら『次回は倍返しで超お願いします』と文句を言われまくり流石の七惟も今回ばかりは反論出来ず『わりぃ……』と絞り出すのが精いっぱい。

 

その後絹旗は怒っているような残念そうな複雑怪奇な表情を浮かべて帰っていった。

 

この時七惟は恐らく今まで最大の謝意を絹旗に対して向けたと思う。

 

そして七惟と五和は運転技術を競い合うことになったのだが、そのやり方は現在進行形で進んでいる通り七惟と五和がバイクレースを繰り広げる、というもので可哀そうなことに巻き込まれた人間が二人。

 

その二人とは言わずもがな上条とインデックスだが、七惟の後部座席には七惟がインデックス、五和はおそらく念願叶ったりの上条を乗せることとなったが今の五和もおそらくそんなことを気にしている余裕はないだろう。

 

二人が乗るバイクの型は250ccだが、このクラスにしては希少と言われる四気筒4サイクル、エンジンの回転数は1万八千回転と同型クラスに比べれば段違いの馬力を生み出す。

 

最高持続はアナログのタコメーターでは180kmだが、リミッターを切れば200kmも突破するが現在は既に市場にほとんど出回ってはいない、廃機種にするには非常に惜しい性能を持つ。

 

そんな高性能バイクを七惟は普段から人一倍可愛がり、毎日バイクには乗り、メンテナンスも怠らない、タイヤの溝、バースト、チェーンの弛み、日頃出来ることは欠かさない。

 

当然操縦スキルも愛車に合わせたモノにしている、だから同じ型のバイクに負けるつもりはなかったのだが……

 

どうしたことか、五和のバイクは七惟の横にぴたりとつけ、互角の勝負を繰り広げている。

 

只今持続は150kmを超えて来ている、要するにフルスロットルである。

 

盲点だったのは五和の操縦スキルだ、はっきり言って彼女は家事などの細かい作業は七惟が全くと言って言いほど敵わないが、戦闘やちょっとどんくさいところを考えれば絶対に勝てると思っていたのに……過少評価だった。

 

そして天草式の所持していたバイクもタイヤの状態から何もかもが七惟の愛車に勝るとも劣らない状態で五和に手渡されていたものだから、こうなってしまってはスキルで勝ちきるしかない。

 

しかし五和は大型を取っているということもあり、既にこのバイクの癖や特徴はばっちりと掴んでいる。

 

圧勝は出来なくても、ある程度の余裕を持って勝つことは出来るだろうと思っていた七惟からすれば開いた口が塞がらない。

 

 

 

「い、五和ああぁぁ!?こ、これアンチスキルに捕まるって!?」

 

「動かないでください!危ないですよ!」

 

「うぐおおあぁ!?」

 

 

 

後部座席に乗っている上条が何かを叫んでいるが、すぐに虫の息となる。

 

まぁこれだけ公道で飛ばせば当然か、今は交通量は少ないがそれでも死ぬんじゃないかと思うことは多々あった。

 

普段ならば能力を使って車を亜空間の彼方に吹き飛ばすのだが、今回は真剣勝負ともあってそんな裏技は自ら禁じている。

 

 

 

「あ、あとどれくらいで着くの!?」

 

 

 

インデックスが一秒でも早くこのバイクから降りたいと言わんばかりの声を張り上げる。

 

ちらりと時計を見て、標識を確認する。

 

どうやら目的地まではあと1km、つまり数十秒で到着だ。

 

地下市街地の駐車場へはもう今から直線しかない、要するにコーナリングの技術などではなく、マシンの馬力に全てが委ねられてることとなる。

 

 

 

「ッ!インデックス、身を屈めろ!」

 

「わ、分かったんだよ!」

 

 

 

少しでも空気抵抗を下げて、速度を上げるために七惟とインデックスは前傾姿勢を取る。

 

それを見た五和と上条も同じ姿勢を取る、こうなったら後は運を天に任せるのみ。

 

 

 

「五和にだけは……!」

 

 

 

五和にだけは負ける訳にはいかなかった。

 

理由は至って単純だった、五和に負ければ口論になった場合必ずバイクのことを引き合いに出してこっちをおちょくってくるに違いない。

 

 

 

『七惟さん、あの時負けたんですから此処は譲ってくれてもいいんじゃないですか』

 

 

 

こういうことを言うだろう、というか言うに決まっている。

 

そう考えただけでも腹が立ちまくる、それだけは回避しなければならない。

 

だから此処でその手を取らせないように潰す、少なくともバイクに関しては自分のほうが優位を保っておきたい。

 

他のことはどうでもいいが、バイクだけは七惟からすれば譲れないのだ。

 

目的地が目前に迫る、七惟と真横に五和が並ぶ。

 

判定は見たモノを一瞬で記憶するインデックスの力で行う、駐車場の『停止線』を先に超えたほうの勝ちだ。

 

あと何秒だ、そう考えた時には視界に映る色は変わっている。

 

過ぎ去る景色が止まったように感じた時、二台のバイクはまるで疾風のように駐車場を駆け抜けて行った。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

頭にタオルを乗せて、七惟は露天風呂に浸かる。

 

4人がやってきたのはお風呂ランキング3位の人気湯で、こんな時間だが大勢の人間がでごった返していた。

 

人ゴミが好きではない彼は顔を顰めながら服を脱ぎ、身体を洗い、今に至る。

 

当然混浴ではなく男女別々に別れているので、七惟は上条と、五和はインデックスと共に湯船に浸かっている。

 

 

 

「七惟……改めて言うが、帰りはあんなことしないでくれよ」

 

 

 

げっそりとした表情で上条が七惟の隣にやってきた。

 

 

 

「あぁ、しねぇから安心しろ」

 

 

 

『あんなこと』というのは、この風呂場に来るまでのレーシングのことを言っているのだろう。

 

上条とインデックスは七惟と五和のとばっちりを受け、望んでいないのに極上の絶叫マシーンを体験してしまったのだ。

 

七惟と五和は運転に関しては互いにアマチュアだが、コーナリングの際に車体を傾ける角度が半端でなく、後部座席に乗っている人間からすれば恐怖以外の何者も感じえなかっただろう。

 

おまけに速度は常に150km近く出ていたため、少しでも気を緩めて車体から転げ落ちてしまえば、それこそヴェント戦で受けた傷以上のダメージを負ってしまっていたに違いない。

 

あんな状況では五和も上条と密着している、などと言った余興に耽る余裕もなかったはずだ、帰りにそれはお預けだ。

 

 

 

「頼むぞマジで……インデックスの不機嫌オーラがあの後大変だったんだぞ、お前らは二人で仲良く喋ってたから知らないだろうけどさ」

 

「あぁ……?そうなのか、でもあのシスターの怒りを鎮めるのがお前の仕事だろ」

 

「いやいや上条さんはいったい今日だけで何回この身体に歯形を付けられれば……」

 

 

 

そう言って上条は腕回りや首のあたりをさすった。

 

インデックスの綺麗な歯型が見事に並べられており、彼の疲労の度合いを物語っている。

 

 

 

「今のうちに療養しとけ」

 

「はぁ……お前はご機嫌みたいだからいいけどなぁ……」

 

 

 

そう言って上条はぶくぶくと沈んでいく、他の客に迷惑になるからやめろと言いたかったが、流石に若干迷惑をかけてしまった感は否めないので、好きなようにさせておくことにした。

 

上条が沈んだのを見届けてから、七惟は時計へと視線を移す。

 

露天風呂だがドアの近くに時刻が分かるようにしっかりと時計が打ちつけられていて、その針はそろそろ上がれと言うには十分な時間を示していた。

 

神の右席のことを考えるとあまり遅くまで出歩いているのは不味い、人が少なくなればそれだけ敵から襲われる可能性も高くなる。

 

先ほどまで心が躍るような時間を過ごしていたが、あくまで今本来の目的を見失ってはいけない。

 

上条当麻は神の右席から狙われていて、自分と五和はその護衛として行動を共にしているのだ。

 

後方のなんたらが襲うと言ったら必ず襲う、神の右席とやらはそういう組織だ。

 

学園都市は科学の街で街灯は常に爛々と灯っているが、それでも人に勝る障壁はない。

 

あの短い針が11時を指すまでには、此処を出た方がいい。

 

七惟は露天風呂の岩へと寄りかかり、息を吐き出す。

 

落ち着かない、こんな状況では碌に今夜眠れないだろう。

 

五和と交代で見張りにたったほうがいい、夜中は一番襲われやすい時間帯だ、気を抜いてはならない。

 

天草式の連中も周囲に居るそうだが全くアテにならないし、備えるに越したことは無いのだ。

 

まぁ、備えることによって後方のなんたらを退けられるとはとても考えられなかったが……。

 

神の右席、残りは二人。

 

内の一人、聖人で右席の特殊能力も兼ね揃える最高クラスの実力を誇るのだろう。

ルムよりも強い人間が同じ組織に居るとは思えないが、今回もやはりあの『力』が必要となってくるのだろう。

 

1回目は記憶がまるごとない、2回目は最初能力を制御出来ていたが途中で自我が崩壊した、3回目は『界』を引き寄せることが出来なかった。

 

『聖人』ならば、神裂戦同様あの力を引き出すのは早々難しいことではない。

 

だが……通じるのだろうか。

 

少なくとも今度襲ってくる後方は聖人神裂火織よりかは実力は上のはずだ。

 

考えても始まらない。

 

戦わないで逃げて、学園都市側が動くのを待った方がいい。

 

ルムやヴェントの時のように、あの堕天使が何とかしてくれるかもしれない。

 

投げやりな考え方だが、他にも問題は山積みだ。

 

明日以降は病院から外泊の許可を取っていないため、まずはあの蛙顔の医者をどうやって丸め込んで外に出るかの問題。

 

神の右席と相対した時、上条を如何にして逃がして自分も助かるか。

 

どうやって時間を稼いで都市側の救援を求めるのか……。

 

まだ少しでも暗部に通じている絹旗に声を掛けてみるか?

 

いや声を掛けたところで暗部の部隊が後方とまともに戦えるのかが疑問だ、スクールが消滅してしまった今暗部組織の勢力図は目まぐるしく変化していっているものの、正直彼らを超える組織は一つしかないというのが現実だろう。

 

その組織は七惟の仇敵となっているグループ……一方通行が組みしている組織だ。

 

正直なところ一方通行に協力を仰ぐというのは七惟の感情が許しはしないが、そうも言っていられない火急の問題が目前にまで迫っている今、七惟の個人的な感情は無視して事に当たったほうが絶対にいい……。

 

 

 

「……それとこれとは話が違うだろ」

 

 

 

いいのだが、やはり感情的な部分で自分で考えた案の癖にどうしても納得することが出来ない。

 

だがそうも言っていられない、この申し出をしないことによって失われるものを考えれば……。

 

時計の針は七惟が切り上げなければならないと考えていた時間を既に示している、風呂場からもだいぶ人が減ってきており、取り敢えずこの問題に解答を得られない七惟は頭を切りかえる。

 

まずは今夜、だ。

 

襲ってくる可能性はおそらく少ないだろうが、用心に越したことはない。

 

 

 

 

 

 



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摂理-ⅱ




おそらく2か月連続で月3回更新するのは2013年以来です!


 


 

 

 

 

女性陣よりも早く上がった男性陣は、七惟は休憩室で扇風機にあたり、上条は自動販売機へとコーヒー牛乳を買いに行った。

 

七惟は扇風機に当たりながら懸案となっている神の右席について考えていたが、やがて女性陣も風呂から上がって合流した。

 

上条を迎えに自動販売機へと赴いた三人だったが、上条は既にそこはおらず遠目で外へとふらついているのが見えた。

 

不用心にも程がある、と呆れながらその背中を呼び止めようとした七惟だったが、五和が『私が行きますよ』と言ってきたので、言う通りにした。

 

そして七惟は温泉の入口の横に屋台のように出店していた『温泉卵』の試食コーナーに釘付けとなっているインデックスの元へと向かったのだが。

 

 

 

「インデックス、試食コーナーはお前の腹を満たすためにあるもんじゃねぇんだぞ、自覚しろ」

 

「だってだってだって!こんなに美味しいゆで卵を無料で食べられるんだよ!?当麻だったら絶対1日1個って言うんだもん!」

 

「てめぇシスターの癖に欲望ありまくりだな、ったく……」

 

「あ!?見てりむ!地続きになってるあの建物、今学園都市食べ物博覧会をやってるんだって!」

 

「……俺の話聞いてねぇな」

 

 

 

そう言って駆けて行くインデックスを引き留める力は七惟には当然無く、だらりと身体を垂らしてその後を追う。

 

まぁ、インデックスが居ないことによって五和が上条にアプローチするには絶好の機会だし、少しの間インデックスに付き合ってやるか。

 

自分がいないほうが、きっと仲も進展することだろう。

 

博覧会会場にやってきた七惟とインデックスだったが、インデックスは早速展示会に参加している料理人達を困らせていた。

 

それはそうだ、数十人用に作っていた試食コーナーがたった一人の人間によって平らげてしまわれては、自分の目を疑いたくなる。

 

 

 

「んまー!ねぇおじさん、もうないの!?」

 

「ご、ごめんねお嬢さん。これは一応キミ以外の人のためにも作ってあるものだから無制限って訳には……」

 

 

 

もう時刻も23時に迫ろうとしているのにこんな遅い時間まで営業しているのはおそらく娯楽施設内でイベントを行っているからだろう。

 

この施設の営業時間は24時、そしてこのイベントは23時までが開催時間だ。

 

苦笑いで対応する料理人を見て、流石に限界だと感じた七惟はインデックスの首根っこをひっつかみ食料から彼女を遠ざける。

 

その際インデックスはこの世の終わりのような表情を七惟に向けて瞳をうるうるさせていたが、そんなものは女性や色恋沙汰から長年遠ざかってしまっている……もとい、一切経験したことがない七惟にはなんら効果はない。

 

しかしそれでもインデックスは抗議の声を上げ続けるので、仕方なしに先ほどとは違う他の店へでまた食って来いと促すと、始めからそう言ってと言わんばかりに駆けて行った。

 

いったいあのシスターの腹はどうなっているんだ、唯でさえ上条は貧乏学生の代表のような奴なのに、あんな大飯ぐらいの奴を一人抱えて家計をやりくりするなんて想像出来ない。

 

あいつもさぞ苦労しているのだろう、これは絹旗以上に手がやける。

 

自分だったら即座に叩きだしているだろうが、それでも我慢出来るあの男はやはり只者ではない。

 

そういうところが女にフラグを立てるスキルへと繋がっているのか?だがそんなスキルのためにこんな暴飲暴食人間を養うなんて御免である。

 

 

 

「お、兄ちゃんもどうだい。見るからに栄養不足の顔してるし、これ食って元気だしな」

 

 

 

インデックスを無気力に追いかける七惟を呼び止めたのは、片手に『学園都市特性スタミナおにぎり』とのシールが貼ってあるモノを持っている男だった。

 

見るからに怪しいネーミングだ、見た目と言えばそこらへんのコンビニで売られている爆弾おにりぎりと大差ないのだが……。

 

 

 

「コイツをそこらへんに売ってある爆弾おにぎりと一緒にしてもらっちゃ困る、中身はなんとウナギの身に精力が付く学園都市ならではの新化学薬品を塗した……」

 

「わりぃが腹減ってねぇよ、他をあたってくれ」

 

馬鹿かコイツは……食い物に学園都市が開発した新化学薬品を塗すっていったいどういうつもりなんだ。

 

見た目は普通のおにぎりだが、中身がそんな薬漬けだと分かってしまえば食欲も何もない、即座にゴミ箱行きだ。

 

それにそんなものを腹の中に入れたら間違いなく食あたりで済まない悲劇が当人を襲うだろう。

 

そう言えば、イタリアで上条の見舞い品として買おうと思った酒造パスタも五和にゴミ箱行きだと言われたなと、おにぎりを持って小さく見える男とあの時の自分の姿がなんとなく重なり、そのイメージを振り払おうと頭を振る。

 

 

 

「インデックス!先に戻ってるからすぐに……」

 

「これ!これ後何個あるの!?」

 

「はああぁぁ……何やってんだ俺は」

 

 

 

試食コーナーを駆け廻るインデックスに七惟なんぞの声が届くわけは無かった。

 

彼女は相変わらず欲望の限りを尽くしており、いったいあとどれだけの店が彼女の暴食の犠牲となるのやら。

 

七惟は踵を返して来た道を戻る、とりあえず此処は人気が多いしそう簡単に上条達も襲われることはないだろう。

 

風呂場を通り過ぎ、五和達が出て行った入口の近くにある自動販売機に寄りかかってコーヒー牛乳を呑む。

 

とにかく23時を過ぎる前に此処を出れば大丈夫だ、24時を回らなければまだ高校生や大学生はそこら辺りで戯れているはずだ。

 

今は22時30分、アナログの腕時計は正常だし携帯電話の電波受信も狂ってはいない。

 

22時と言えばまだまだ夜遊びはにとって序の口、規制の目が緩くなる23時へと向けてエネルギーを蓄えているはずだ。

 

はずなのに……。

 

本来ならば施設の外へと続く勝手口は人通りがそれなりにはずだが、七惟の周辺には誰もいなかった。

 

此処は風呂場から百メートル程しか離れていない、なのに何故この場所はこんなにも静まり返っている?

 

上条や自分のように風呂上りに外へと続くこの道へとやってきて、自動販売機で飲み物を買ってもおかしくないはずだ。

 

風呂場にはまだあれ程人がいたと言うのに、そこから百数メートルしか離れていないこの場所に人っ子一人居ないとはどういうことだ。

 

不自然過ぎる、あまりにも。

 

と、七惟が考え始めたのだが突如として先ほど置いてきたインデックスのことが気になり始める。

 

また試食コーナーを食いつくして料理人に迷惑をかけていないのか?迷子スキルを発揮してコールセンターで『試食コーナーにて迷子のお知らせです』というアナウンスが流れているのでは?

 

などということが気になり始めた、それも突如として。

 

此処から先に一歩踏み出してその異常を確かめることよりも、インデックスの保護者約として立ち振る舞えとの言葉が何処からか、まるで聞こえてくるかのようだ。

 

その促される衝動のままに、外へと続く通路から目を逸らし風呂場へと身体を回そうとする。

 

が、同時に脳も回り始めた。

 

不自然な程静まり返ったこの場所、そして先へと進むことを拒んでしまうかのようなぞわりとした違和感。

 

周囲に人間がいない、人気がない。

 

あの炎の魔術師の時の映像が脳を過り、続いてルムが襲って来た際の光景を思い出した。

 

 

 

「まさか……」

 

 

 

七惟はその場から去ろうとする身体を押さえつけて幾何学的距離操作を行う。

 

するとどうしたことか、周辺のAIM拡散力場と外へと続く道との力場があまりにも不安定に見えて、まるでこちらの干渉を拒むかのように動いている。

 

この感覚、炎術士の時とかなり似ている……!

 

 

 

「あの……馬鹿野郎!」

 

 

 

七惟はすぐさま施設の外へと繋がる階段を一気に駆け抜ける。

 

炎の魔術師の時と同じだ、つまり。

 

後方の男が現れたのだ。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

必死に七惟は駆ける。

 

青一色で埋め尽くされた地下の風景の中には、予想通り人っ子一人いない。

 

隔壁で区切られているこちらの区にはもはや誰もいないのだろう、七惟が幼少時代居た研究所のほうがまた人の気配があった気がする。

 

運動によって生み出される熱エネルギーの汗と同時に、望んでいない汗も滲み背中を濡らした。

 

七惟は幾何学的距離操作を行い場のAIM拡散力場を探る、おそらく力場が不安定な場所にきっと上条達はいる。

 

ただ単にこれは七惟の勘でしかないがそれでも無作為にやるよりかはマシだ。

 

降り注ぐ光は頼りなく、道を満足に照らし出してもくれない。

 

これでは見つける前に二人が後方の男によって虐殺されてしまう。

 

とにかく走り回って探すしかない、これだけモノ音一つしないのならば声は響きそうではあるが、地下都市の癖に建物が多いせいで音らしい音は自分の足音と呼吸以外からは聞こえてこない。

 

まるで迷路のアトラクション内で迷子の子供を探しているかのようだ。

 

おそらくあちらはこちらの存在に気付いていない、ならば助けを求めるために声を上げたりすることもない。

 

 

 

「くそっ……何処にいやがる!」

 

 

 

探し始めてもう十数分が経過している、七惟の苛立ちも限界を迎えるが、苛立ったところでどうしようもない。

 

腕時計から微かに聞こえる進む秒進の針の音が気持ち悪い、まるで自分の背中を煽っているかのように感じる。

 

人が通った足跡も何も無い、音も聞こえない、視界は悪い、おまけに携帯電話は地下市街地ともあって電波が死んでしまった。

 

万事休すだ、と苦渋の色を滲ませるも、七惟は走り続ける。

 

この状況だ、天草式の連中は壊滅してしまったかハナから術にやられてこの異常事態に気付いていないのか。

 

どちらでもいい、元から頼りにしていなかったのだから。

 

だが、もしこの場に居て音も無く後方の男に殺されてしまっているとしたら……?

 

いよいよ持って最悪だ、もう殺されるその瞬間すら声を上げないとなるとこちらが気づく術は一つも残されていない。

 

ぞわりと、嫌な感覚が身体を包み全身に鳥肌が立つ。

 

もう、手遅れなのかと足を止めてしまう――――。

 

 

 

「……音!?」

 

 

 

足を止めるには早すぎるようだった。

 

此処からそう離れていないと思われる場所で、凄まじい轟音が鳴り響いた。

 

それは鉄と鉄がぶつかり合う鈍い音と共に、何かが崩れ落ちる音と、人間の唸り声を含んでいた。

 

間髪入れずに七惟は走り始める。

 

だんだん声は大きくなる、糾弾するかのように叫ぶ声、それに呼応して響く低い籠った声の正体は。

 

過ぎ去っていく鉄の景色に血が飛んだ気がした、光が弱弱しく点滅する大地をまるで獲物を見つけた捕食者のように走り続けた。

 

青の景色を抜けて、モニュメントによって映し出された地下都市の空を駆け抜けたその先に居たのは。

 

 

 

「よぉ……神の右席」

 

「七惟!?」

 

「七惟さん!?」

 

 

 

傷を負って何者かと対峙する上条と五和、そして。

 

 

 

 

 

「貴様を呼んだ覚えはないのである」

 

 

 

 

 

神の右席にして聖人、後方の男。

 

 

 

 

「そうかい」

 

 

 

 

台座のルムと並ぶ、神の右席。

 

 

 

 

 

「大人しくしていれば、見逃してやったのであるが。井の中の蛙よ」

 

 

 

 

 

後方のアックアだった。

 

 

 

 

 

 



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摂理-ⅲ

 

 

 

 

目の前にはおそらく台座のルムと同等、もしくはそれ以上の力を誇る敵。

 

七惟の後ろには傷を負った上条と五和。

 

二人ともかなり酷い傷だ、戦闘を開始してどれだけ経ったかは分からないが、二人の傷ついた状態からまるで幻想殺しが役に立たなかったことが分かる。

 

まぁ、そうだろう。

 

ルムにだって全く通用しなかったのだ、それがルムの後に出てくる敵に通用するとは考えにくい、馬鹿だって対策してくるに決まっている。

 

要するに、これ以上此処に上条が居ても戦力にはならないという計算を終えた七惟は声を上げる。

 

 

 

「おい、五和」

 

「は、はい」

 

 

 

疲れ切った五和が弱弱しい声を上げた、五和も駄目だ。

 

戦意はまだまだあるようだが、それに身体が付いて行っていない。

 

 

 

「上条連れて逃げろ」

 

「えッ!?」

 

「七惟!」

 

 

 

二人は七惟に詰め寄り抗議の声を上げる。

 

当然だろう、敵地に仲間を一人残して自分だけ逃げるなど五和が出来るわけがない。

 

そんなことをする奴だったら、七惟だって五和を仲間だなんて思っていないし、こんなところまで追いかけてこなかっただろう。

 

それは上条も同じだ、友人を残して一人だけ逃げるなど『0930事件』を見て通したコイツの人物像からすれば、そんなこととは一番遠い位置にいる人間が上条当麻だ。

 

 

 

「お前一人で適う訳ないだろ!」

 

「無謀過ぎます!幾らレベル5の七惟さんでも敵は聖人と神の右席の力を併せ持った男なんです!」

 

 

 

実際、そうかもしれない。

 

こうやって対峙してみると分かるが、ルムと同じ域に達している。

 

内に秘めたる爆発力は勘だが神裂の遥か上に思える、とてもじゃないが撃破出来るとは思えない。

 

 

 

「じゃあ言うがな、お前らでコイツを抑えられたか?それだけ痛めつけられて」

 

「うッ……」

 

「そ、それとこれとは話が別です!」

 

「違わねぇだろ、今この一瞬で優先されんのは上条の右腕だ。そうだろ、神の右席」

 

 

 

確かに三人集えば文殊の知恵とは言ったものだが、あまりに敵との戦力差が離れてしまっている場合、少しの数の上乗せなど何の意味も成さない。

 

それの良い例が垣根一人に殲滅されたアイテムだ、同じレベル5が二人掛かりで攻撃してもびくともしなかった。

 

アイテムと同じように全員で攻撃すれば、辿る結末は同じでアイテム壊滅あるのみ。

 

 

 

「そうだ、それ以外には何の価値もない。話し合いは終わったか?」

 

 

 

そう言ったかと思うと、アックアが身にまとっていた聖人のエネルギーが爆発した。

感知した七惟は身体が震える。

 

そのエネルギー量は神裂と見比べても遜色がない、というよりまだ『ならし』の段階でこの威圧感とは恐れ入る、本気を出したらどれだけ出力が上がるのか想像もつかない。

 

人間の骨格などもはや問題とはしないアックアが消えた、そのスピードは常人ならば視界に留めることすら不可能だが七惟も普通ではない。

 

不可視の『壁』を張りアックアの移動ルートを先読みし、先手を打つ。

 

神の右席はこの場では上条の右手が何よりも優先されると言った、ということは上条の右手が無事ならばまだこの場は凌げる、そのためには……。

 

 

 

「離れろ!」

 

 

 

七惟は五和を無理やり転移させる、上条は可視距離移動砲でそこらへんに転がっていた礫を腹にぶち当て後方に吹き飛ばした。

 

 

 

「五和!援軍呼べ!天草式の連中が居んだろ!」

 

「は、はい!」

 

 

 

アックアが壁に衝突した、金属音同士が響き合う音に似た不協和音が戦場に響き渡る。

 

 

 

「ほう、そんな手品染みたことも出来るのであるな」

 

「はン、てめぇら脳筋には調度良いだろ」

 

「だが、そんなおもちゃが何処まで通用するかな?」

 

「てめぇが死ぬまで消費期限は持つから安心してじゃれてろ」

 

 

 

壁で留まっていたアックアが再び動き出す、右手には巨大なメイスが構えられている。

 

あれを一度でも喰らえばそれこそひしゃげたミンチになる、恐るべき一撃を誇る獲物だ。

 

大人しくそんなものを喰らうつもりはないが。

 

 

 

「その獲物投げ捨てた方が賢明だな、邪魔だろ」

 

「私のスピードを甘く見ると痛みだけでは済まないのである」

 

 

 

またもやアックアが加速する、もはやこのスピードには転移も可視距離移動も役に立たない。

 

一方通行のベクトル変換能力で生み出すスピードに勝るとも劣らない速さだ、コイツの身体構造はどうなっている。

 

何処かでこの動きを止めなければ、戦う云々の前に殺されたことすら把握出来ない内に勝負が終わってしまう。

 

七惟は五和から貰った槍を取り出す、やはり槍頭をコイツの心臓に転移させて内から殺すしかない。

 

設置した壁に再びアックアが衝突する、しかし今度は止まることなく別の角度から懐を目指し接近する。

 

5Mモノ巨大な獲物を持っておきながら全くスピードは落ちない、こんな奴相手に上条と五和がよく戦えたモノだと頭の片隅で考える。

 

 

 

「考え事か全距離操作」

 

「ッ!?」

 

 

 

振り返ると死角からアックアが迫る、余りの速さに普段張っている五感の網は全く役に立たない。

 

射程距離に迫ったアックアのメイスが七惟の腹を目掛けて横に薙ぐ。

 

七惟はすぐさま壁を張る、壁にメイスが激突しその反動でアックアが多少仰け反り動きが鈍る。

 

好機、そう判断した七惟はアックアの座標を瞬時に捉え、可視距離移動でこちらに引き寄せた。

 

アックアのスピードには見劣りするがあの聖人神裂の速さも大概なものだった、その神裂を手こずらせ距離操作能力を駆使し、アックアを迎撃する。

 

絶対等速で接近してくるアックア目掛けて槍を突き出し身体を貫かんとするものの、その程度でこの男は倒せない。

 

アックアは恐るべき動体視力で七惟の槍をむんずと掴むと、力技でへし折ろうとし、筋肉が肥大化する。

 

絶対等速状態でそんなのありか、と突っ込む暇もなく七惟は槍を手放して後ずさった。

 

 

 

「逃げ腰か、それも良かろう。『生』の時間が長引くのだからな」

 

「はン、突っ込むだけが戦闘じゃねぇんだ」

 

「そうやって正当化するのは器が小さすぎるのである」

 

「ほざいてな、次行くぞ後方の右席!」

 

 

 

アックアが槍を投げ捨て、再びこちらに向かってくる。

 

メイスを振るうことによって起きうる衝撃と風は、もはや自然界で体感出来る限界地を超えてしまっていたようだ。

 

衝撃波を防ごうと七惟はありとあらゆるモノを弛緩剤として転移させるが、石もアスファルトも、鋼鉄すらアックアの力を遮る衝撃とは成りえない。

 

アックアが身体を仰け反らせる、メイスを持っている右腕を引き突き出した。

 

空気砲のような形で生み出された大気が、空気砲の何十倍、何百倍――――、もう例えるのが馬鹿らしくなるほどの破壊力を持って迫る。

 

連続して展開出来ない『壁』であるが、一点を狙った攻撃に対してはまず無敵。

 

渦巻く空気の塊を壁は粉砕せずに、そのまま『反射』するかのように今度はアックアへと向かう牙となる。

 

壁に衝突した瞬間、七惟が塊の座標を感知し、それを可視距離移動で発射した形だ。

 

自分の業を返されるもアックアは動じない、七惟のあらゆる戦術に対して自分が培ってきた戦法で対処し、全力で潰しにかかる。

 

七惟は更にその上を行こうと、アックアの行動パターンから分散地を図り物体を手当たり次第に転移・移動させ、退けるために全力を尽くす。

 

神裂戦と同様だ、あの時はこの攻撃が彼女を追い詰める必殺の一撃に成り得たが事前情報を持っていない神裂には通用しても、対策万全なアックアにはまるで役に立たない。

 

行動パターンを読みとって計算してもアックアの人間を超えた反射神経はまるでその物体を受け付けないし、そもそもアックアの類稀なる戦闘能力が生み出す動きは同一パターンなど刻まずゲリラ戦の如く予測不能な動きをしてくる。

 

身体を左右に振り、バランスをとり、滑るように消えて行く。

 

更にアックアがスピードを上げた、神裂すら易々と追い越した、一方通行のスピードすら超越したように思える。

 

もうその先の領域にはルムしかない、いったいこの男の爆発力はあとどれだけだ。

 

あとどれだけ戦えば、この男の限界を引き出せるんだ。

 

七惟は槍を手元に引き寄せ、アックアは神裂のように直角な動きを取りこちらと向き合うコースから外れながら近づいてくる。

 

気づかれている、もとい事前情報を得ているのだから当たり前か。

 

 

 

「手品とは必ずネタがあるものである、それは貴様も同じか」

 

「早まんな、タネ明かしなんざしなくても楽しめてんだろ?この害虫野郎が」

 

 

 

連続して多面的に作れない、そして壁の大きさは七惟の等身大が限界。

 

これが不可視の『壁』の弱点である。

 

壁を乗り越えてアックアが再び射程圏内へと迫る、七惟の顔が引きつった。

 

 

 

「終わりだ」

 

 

 

アックアがメイスを振り下ろす、もはや常人の五感では捉えきれないスピードだ。

 

まともに食らったらミンチでは済みそうにも無い、骨も粉々となり何も残らない完全な消滅がそこには待っている。

 

だが七惟は身体に当たる直前に座標を読みとり、ぎりぎりで時間距離操作を行う。

 

右腕の動作だけ極端に遅くなったアックアはもんどり返って平衡感覚を失い身体が揺らぐ。

 

そこに七惟は幾何学的距離操作で壁の性質と槍の性質の距離を0にし、二つを接着する。

 

槍の側面に壁が付着した獲物を七惟はアックアの身体へと叩きつけた。

 

『壁』の計算式は初めて堕天使からAIM拡散力場を引き寄せた計算式と似ている、つまり不可視の壁そのものは『この世に存在しない物体』で出来ているようなものだ。

 

破壊力は垣根の未元物質を見てわかる通り、この世界で生み出す如何なるエネルギーすら叶わない爆発力を誇るのだ。

 

その『異世界の力』の直撃を受けたアックアの身体が吹き飛ぶ、都市の建物を次々と貫通し、青の世界の隔壁に突き刺さった。

 

常人ならばおそらく木っ端微塵がいいところだ、運が悪ければ骨すら……肉片すら残らないかもしれない。

 

今の一撃ならばおそらく神裂だって消し飛ばしていた自信がある、一方通行だって簡単に葬っていただろう。

 

垣根すら『当たれば』倒していたかもしれない、そんな一撃だったのだが……。

 

果たしてこの攻撃が、全てにおいて規格外の怪物であるアックアに通用しているのだろうか?

 

 

 

 

 

 



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摂理-ⅳ




新年あけましておめでとうございます、

今年もどうぞ本作品をよろしくお願いします。


 


 

 

 

 

 

「七惟!」

 

「す、凄いです!」

 

 

 

吹き飛んだアックアを見て離れていた上条と五和が声を上げて近寄ってくる。

 

腹にコンクリの塊が直撃した上条はまだ咳き込んでいたが、それでも表情は笑顔だ。

 

 

 

「お前の戦闘能力には舌を巻くよ」

 

「七惟さん、プリエステス様と戦った時よりも強くなってます!」

 

 

 

歓声を上げはしゃぐ二人を横目に、七惟はアックアが突き刺さった隔壁へと視線を投げる。

 

垣根すら倒せていたかもしれない必殺の一撃。

 

要するに、七惟が『今』の状態で生み出せる最高の攻撃力を誇る攻撃だ。

 

だが、そんな一撃すらも倒したという感触を生み出さなかった。

 

この世界には存在しない力を、自分の出力では最大のエネルギーを持ってして叩きつけたと言うのに、何の感触もない。

 

その証拠に、遠くからでも分かるがアックアが立ちあがった。

 

ごくり、と唾を飲み込む。

 

動きを止めて座標をくみ取り、物体を体内に転移させる方法もアックアには通用しない。

 

可視距離移動なんて木偶の棒。

 

不可視の壁も、ネタが尽きた。

 

挙句に自身最強の一撃はノ―ダメージ。

 

その時、遠くからまるで暴風が吹くかのような轟音が響き渡ったかと思うと、敵を退けたと思い安堵している上条と五和の横に、アックアは降り立った。

 

 

 

「どけ」

 

 

 

その無慈悲な一声で上条と五和はメイスで薙ぎ払われ、飛んでいく。

 

だがこの男にしては手加減していたようで、鉄橋に衝突しうずくまった二人は首をもたげながらも立ち上がろうとしていた。

 

 

 

「今の一撃、中々のモノである。このような都市で育った人間にあのような力が扱えるとはな」

 

「アックア……!」

 

 

 

近場で見ればよく分かるが、やはり今の攻撃では何のダメージも受けていない。

 

血の化粧すら、ついていない。

 

強いて言えば、服が少し痛んで破れたくらいか。

 

それくらいしか、効果が無かったのか。

 

自分の攻撃には。

 

 

 

「流石は『台座のルム』を倒したと言われるだけはある。だが疑問は今の一撃であの女が破れるとは思えないことだ」

 

「ルム……ね、今はアイツ関係ねぇだろ」

 

「それもそうであるが、貴様に言っておく」

 

 

 

アックアがメイスを構える。

 

振れば全てのモノを粉々に粉砕する物体、そこに例外は存在しない。

 

そんな恐るべき破壊兵器が、もはやそこに核弾頭を握っているのではと疑いたくなるような兵器を持った人間が今目の前に居るだなんて。

 

 

 

「私はまだ実力の半分も出し切っていないのである」

 

 

 

考えたくも無い―――――。

 

限界は、何処なんだ。

 

神裂ならば、限界が見えてくるはず。

 

コイツだって同じ聖人だろう、ならば力の供給量はある程度決まっていると五和が言っていたではないか。

 

聖人ならば聖人共通の限界点が存在するはずなのに。

 

 

 

「神の右席では台座のルムが私よりも上の力を持つと位置付けられているが、それは相性の問題なのである。白兵戦では、吾輩の力はあの女を超えるぞ?」

 

 

 

人間一人の摂理を根本から破壊し、土へと返す獲物を持った男。

 

それが後方のアックア、そこに限界などない。

 

限界があったならば、もうとっくに自分は五和達と一緒に帰宅の途に就いているはずだ。

 

対峙していたアックアが視界から消える、七惟は折れそうな心を必死に繋ぎとめて身体を張る。

 

此処で自分が踏ん張らなければならない。

 

絶対にこの男を上条の元へ行かせてはならない。

 

もし自分が倒れれば、この男は容赦なく上条の右腕を切断する。

 

その際に五和が立ち向かえば、そこらへんに転がっている石ころのようにあっけなく消し飛んでしまうだろう。

 

それだけは、それだけは絶対にあってはならない。

 

上条の右腕は、そのまま五和の命に直結する。

 

アックアの移動先を先読みして壁を張る、だがやはりアックアは自分の網を易々と交わして近づいてくる。

 

外れたルートを再度計算し直してみても、美琴の時と同じで小刻みに動きを変える人間の挙動に一々計算なんて出来る訳が無い。

 

眼前に敵が迫る、もう七惟とアックアの距離は5Mを切った。

 

メイスが振るわれる、座標を捉えようと計算をし始める七惟。

 

だがアックアは同じ土を二度踏む男ではない、人間の脚力どころか物理法則を完全に無視した力で天高く飛び上がる。

 

青と黒で埋め尽くされた地下都市の天井に着地すると、その反動のままこちらに飛び、身体を錐揉み飛行のように身体を回転させた。

 

有り得ない、有り得ないがルムの奇想天外な行動を見てきた七惟にとってはそれが幻想ではなくよりリアルに感じられる。

 

座標を捉えようにも早すぎる、時間距離操作はもちろん転移も行えない。

 

可視距離移動なんて奴にとっては紙吹雪のようなものだ。

 

 

 

「クソがあああぁぁぁ!」

 

 

 

七惟は再び壁を出現させ、壁と槍を接着させる、

 

この技ではアックアは倒すことは出来ない、そんなことは言われなくも分かっている。

 

分かっているが、これ以外にいったい何をすればいいというのだ。

 

今のアックアからは堕天使や神裂、垣根のようなAIM拡散力場は感じられない。

 

要するに『あの力』を使って暴れ回ることも出来ないのだ。

 

ならば自分がやれることなど最初から決まっている、今現在誰にも頼らず自分の力のみで敵を退けるのみ。

 

 

 

「逃げろおおおぉぉぉ!」

 

 

 

そして、五和と上条が無事に日常へと帰られるようにすることだ。

 

自分は暗部抗争のあの日、七惟理無を好きだと言ってくれた女によって日常へと帰って行くことが出来た。

 

少女の命と引き換えに、自分は生き残ったのだ。

 

ならば貰ったこの命、使い道は決まっている。

 

一緒に居たいと思う奴らのために、使うに決まっている。

 

最後まで足掻いてやる、この声を聴いてくれる仲間がいる限り死ぬまで足掻いてやるし、戦ってやる。

 

 

 

「聖母の慈悲は厳罰を和らげる」

 

 

 

アックアが宣言したその言葉、七惟に意味は分からない。

 

だが今自分の上方でメイスを構えて向かってくる男の身体から神裂の唯閃のような『この世に存在しない力』が莫大な量を伴って放出されているのを感知した。

 

 

アックアが堕ちてくる、もはやその勢いは隕石のような威圧感を伴い、絶望以外の何者も感じえない。

 

吹き荒れる衝撃が全ての感覚を麻痺させた。

 

全てを無に帰す一撃が、七惟に向かって振り落とされる。

 

瞬間、七惟の槍とアックアのメイスが交わる。

 

壁が破壊された、それはもう何のためらいもなく、スピードも殺すこと無く。

 

防御壁を失った槍は当然巨大なメイスの一撃に耐えられるわけがない、半ばからぱっくりと割れてもはや盾にすら成りえなかった。

 

七惟のちっぽけな命を絶命させるには十分過ぎる衝撃が、地下都市に響き渡った。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

「七惟……さん?」

 

 

 

五和は、今自分の目の前で何が起こったか分からなかった。

 

 

 

「七惟……うそ、だろ」

 

 

 

隣にいたツンツン頭の少年の声が右から左へと突き抜けて行った。

 

目の前の景色同様頭の中が真っ白になった気がした、何も考えられないというのはこういうことなのかと思い知らされるくらいに。

 

ただ視界に広がるのは、自分の目と鼻の先で形容し難い光景。

 

細かく砕かれたコンクリートや鉄が粉塵となって舞い上がっていく。

 

その澱んだ大気の渦から出てきたのは一人の男。

 

 

 

「警告はした」

 

 

 

後方のアックア、神の右席であり、先ほどまで仲間である七惟理無と戦っていた人物。

 

 

 

「これがあの男の選んだ道である。貴様達はどの道を選ぶ」

 

「アックアアアアァァァ!」

 

 

 

 

ツンツン頭の少年が、あらん限りの声を上げて絶叫する。

 

周囲を覆っていた粉塵の嵐が止む、そこに居るのはアックアとツンツン頭の少年と、自分だけ。

 

大きく穴が開き、まるで隕石が衝突して生み出されたクレーターのような空間が広がっている。

 

それだけ大きな何も無い『無』の空間が生み出されたというのに、仲間である七惟理無の姿は何処にも見当たらない。

 

 

 

「激昂するのは勝手だが、あの男の意思を踏みにじるのか」

 

「てめぇ!」

 

 

 

ツンツン頭の少年は、上条当麻。

 

上条当麻は右手の拳を握りしめ、獣のように吠えながらアックアに特攻していく。

 

五和の脳が叫ぶ、『止めなければ』と。

 

だが、頭の声とは対照的に心の声は護衛対象である上条当麻に向かず七惟理無に釘付けだった。

 

 

 

「あ……あぁ……」

 

 

 

心の声が探した人は、何処にも見当たらない。

 

先ほどまで聖人で、神の右席であるアックアと五分の闘いを繰り広げていたかに見えたあの人は何処に行ってしまったのだ。

 

フラッシュバックする記憶はアックアの攻撃が七惟を今貫かんとするその時。

 

自分が再構築して彼に渡したあの槍は、アックアの攻撃を防ぐことなど出来ず、まるでストローのように半ばからぱっくりと半分に折れた。

 

そして巨大なメイスが生み出す衝撃は、七惟理無というちっぽけな人間を消滅させるには十分過ぎた。

 

それが行く着く先の答えは……。

 

 

 

「ガアァ」

 

 

 

呆然自失している五和の横へ、アックアの脅威の一撃を受けた上条の身体が瓦礫の上を転がりながらやってくる。

 

メイスで身体を薙ぎ払われたのか、内臓ごとめちゃくちゃに潰されてしまったのか分からない程のダメージを受けている。

 

またもや彼女の頭が叫ぶ、上条当麻を守れと。

 

今回の天草式の任務は上条当麻の護衛、それが命令でありそのためだけにイギリスからはるばる海を渡り大陸を超えこの日本に、学園都市にやってきた。

 

だが、それらの幾多の束縛も五和の心には届かない。

 

つい数時間前まで自分とバイクでレースをしていた彼が、それは上条のために料理してやれと言った彼が、自分の身を案じて上条の護衛に協力すると言ってくれた七惟が。

 

最後の最後まで自分のことを考えて、逃げろと叫んでくれた七惟理無が。

 

 

 

「こ、んの野郎!」

 

「ふん、もう少しその身体に痛みを刻みつけなければ分からぬのであるか。だが私の一撃は痛みでは済まないがな」

 

「うるさい!」

 

 

 

上条が立ちあがりアックアへと再度向かっていく。

 

 

 

「まだやるか。女は既に戦意を喪失しているぞ」

 

 

 

どうして、どうして自分は彼と一緒に戦わなかったのだろう。

 

五分の闘いをしているように見えて、七惟の顔は戦闘中全く冴えていなかったし、攻撃を重ねる度にその表情が苦しくなっていったのは分かっていたはずだ。

 

なのに、どうして。

 

その答えは簡単だ。

 

七惟も上条同様に、数多の強敵を蹴散らしてきた人物。

 

心の何処かで、こう思っていたはずだ。

 

『彼ならきっと何とかしてくれる』と。

 

七惟はアニェーゼ部隊相手を圧倒し、神の右席である台座のルムを撃破、五和の上司である聖人神裂火織を倒した。

 

そんな彼ならばと、そう思い続けた結果は悲劇だった。

 

 

 

 

 

 



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摂理-ⅴ

 

 

 

 

五和の眼前で繰り広げられる圧倒的な暴力、その暴力に立ち向かった七惟理無は彼女の視界には映らない。

 

自分は七惟理無のたった一人の仲間だった、彼は上条勢力に位置しながらも誰とも背中を任せて戦うことなど出来ずにいた。

 

その仲間である自分ですら、こうやって彼を一人で戦わせているじゃないか。

 

自分の身を案じてくれた彼に対して、これは何だ。

 

 

 

「無駄な足掻きを」

 

「ぐッ……七惟を、なんで!」

 

「あの男はまだ死んではおらぬだろうよ、寸前で攻撃をかわしたからな。しかし衝撃は真正面から受けている、貴様らが無意味な抵抗を続ければ続ける程全距離操作の生存確率も落ちるのである」

 

「…………!」

 

 

 

七惟はまだ死んでない、でまかせなのかは分からないがほんの少しでも希望はある。

 

嘘かもしれない、しかし敵側の言葉を信じる以外に今の五和には道は無かった。

 

再び彼女が顔を上げるも、上条がまたもや蹴散らされた。

 

神の右席である前方のヴェント、同じく右席の左方のテッラを倒した上条当麻すらまるで相手にならない。

 

 

 

「貴様が右腕を渡せば、残った片腕でその瓦礫の中から好きなだけ全距離操作を探すがいい」

 

「ふざ……けんじゃねぇ!」

 

 

 

この人も、上条当麻も身を投げ出して自分と七惟を助けようとしている。

 

二人に対して、余りに自分は小さすぎた。

 

天草式の仲間だって、その身を投げ出してまで上条を守ろうとしたはずだ。

 

ならば自分の取る行動だって同じだ、身を投げ出して上条を……仲間である七惟理無を助け出す意外に選択肢は存在しない。

 

まだ、まだ彼が死んだとは決まっていない、この世界から消えてしまったわけではない。

 

 

 

「私にも……意地があります!」

 

 

 

折れかけていた心を何とか繋ぎとめる、脳からの指令を身体が受け入れた。

 

だが心と脳が動いても、肉体が限界へと近づいてしまっている。

 

構うものかと五和は身を乗り出し槍を握りしめる、標的へとその切っ先を定め走り出す。

 

血を吐きながら、力の入らない身体を無理やり奮い立たせてアックアへと襲いかかり、槍を振りかざした。

 

 

 

「悪あがきを。現実を知ってもらうのである」

 

 

 

己の槍の射程圏内へと入った五和だったが、アックアの獲物であるメイスのリーチは五和のゆうに数倍はある。

 

瞬間的にアックアの筋肉が肥大化し、目に見えぬスピードで放たれた一撃が五和を襲う。

 

 

 

「五和!」

 

 

 

後方から迫っていた上条が身を乗り出し五和を庇おうとするが遅い、五和も上条も纏めてメイスの直撃を横っ腹に食らい、痛みを知覚するより先に地面の上を転がりようやく障害物に引っかかって止まる。

 

数メートル吹き飛ばされた五和の身体からは力だけでなく精神力も揺らぎ始める。

 

横を見れば気を失ったのか上条はぴくりとも動かない。

 

回復……魔術を。

 

いや、彼の右手は全ての魔法を無効化してしまう、やったところで何になる。

 

 

 

「退け」

 

 

 

挫けかけていた心と体に追い打ちをかけるようにメイスが身体に直撃し薙ぎ払われる。

 

今アックアと上条の距離を遮るものは何も無い、このままでは。

 

何かしなければ。

 

だが、いったい何をすればいい。

 

そんなことは簡単だ、やるべきことは決まっている。

 

彼と同じだ、最後まで足掻く。

 

 

 

「うあああぁぁぁ!」

 

 

 

五和は身体を震わせながら全身に残っている全てのエネルギーを推進力へと変換させてアックアへと飛びかかる。

 

このまま目を閉じて現実を受け入れることなど出来るものか、此処に居る自分が成すべきことは最後までやり遂げて見せる。

 

自分の意思が、ある限り。

 

 

 

「くどいのである」

 

 

 

が、そんな五和の決死の特攻もアックアにとっては脅威どころか攻撃にすら成りえなかった。

 

煩い羽虫を払うかのように武器を振りまわして、今度こそ完全に五和の心をへし折りにかかる。

 

彼方へと吹き飛ばされ、アックアによって生み出されたクレーターの上を無様に転がっていくその身体には、もう受け身を取る力すら残されていなかった。

 

それでも、心だけは……気持ちだけはへし折らせない。

 

ズタボロになった身体は全治何週間か、もう体中に傷を負い一生モノの跡だってあるし、骨が原型を保っているのか、内臓はちゃんと定位置にあるのかすら怪しい。

 

だが、心は全治何週間の傷も負っていない、原型だって保ってるし、ちゃんとやるべきことは見定められているはずだ。

 

 

 

「う……あぁ!」

 

 

 

はずなのに……どうして身体は動かないのだろう。

 

自分の身体に呪いのような言葉を吐き、奮い立たせようとするもうんともすんとも言わない。

 

こうしている間にもアックアは上条に手をかけようとしている。

 

いったい自分達は何のためにと怨嗟の思いばかりが渦巻くだけで力は戻らない。

 

そして、自身の無力さを思い知らされ、身体だけでなく心まで砕かれそうな五和の目の前で異変が起こった。

 

 

 

「アックアアアァァァ!」

 

 

 

聴きなれた誰かの声が地下世界に響き渡ったかと思うと、アックアの全てを無に帰す一撃によって生み出されクレーターから天へと向かって白い雷光のような光が伸びた。

 

その光の勢いのまま、瓦礫は周囲に撒き散らされ、消し飛ばされていく。

 

 

 

「まだ立ち上がるか、井の中の蛙よ」

 

 

 

アックアは振り返るが、その表情に驚きの色はない。

 

 

 

「七惟さん!?」

 

 

 

そして、瓦礫を撒き散らしてクレーターの中心部から姿を現したのは七惟理無。

 

右肩から翼を生やし、その羽が揺れる度にオレンジ色の火花を生み出す。

 

右の掌は淡く光り、幻想的な姿をしているが、あれは間違いなく七惟理無だ。

 

あの時と同じだ、神裂火織を圧倒した時と同じ姿と現象。

 

 

 

「七惟……さん?」

 

 

 

が、あの時と決定的に違う点があった。

 

それは、七惟が瀕死の重傷を負っていて、今にも消えてしまいそうな命の火を燃やしているように見えること。

 

翼は弱弱しく、教会で見た時のように持続的な輝きを保っていられない。

 

明滅する雷光の翼と右手は、あまりに頼りなくすぐにでもその力を失いそうだった。

 

 

 

「てめぇ……!そいつらに手を出すなッ」

 

「死にかけの貴様がいくら吠えたところで脅しにもならないのである」

 

「……!」

 

「これ以上貴様と戯れるつもりはない、行くぞ」

 

 

 

アックアは変化した七惟の姿にまるで動じない。

 

そして息をつく暇もなくアックアが超加速し、アックアの動きに応じて七惟も消えた。

 

視界から二人の姿が消えたと同時に轟音が木霊した、地下都市全体を震わせるような衝撃に自分が寄りかかっていた鉄橋は崩れ落ちる。

 

必死の思いでそこから逃れようと動いた五和の元に、目にも止まらぬスピードでコンクリートの破片のようなモノが突き刺さった。

 

 

 

「な、七惟さん!」

 

 

 

その突き刺さった破片はコンクリートではなく、七惟だった。

 

だだっ広い道路のど真ん中に押しつぶされるような形で七惟は蹲っており、数瞬してから立ち上がるも膝がガクリと落ちる。

 

 

 

「大丈夫ですか!?今、回復魔術を……」

 

「五和!?さっさと逃げろってあれだけ言っただろ!?あの上条の馬鹿野郎はどうしたん……」

 

 

 

七惟が全てを言い終わる前に、再びアックアの攻撃が襲いかかった。

 

それは、七惟に放たれたモノではなく五和に放れた一撃。

 

闘いにおいて回復手段を持つモノを先ず狙うのがセオリー、ある意味で一番厄介な能力なのだから。

 

当然闘いのプロであるアックアがそれを知らない訳が無い、今までアックアにとってそのセオリーすら馬鹿らしくなるほどに実力差が開いていたのだ。

 

だが痺れを切らしたアックアが遂にそのターゲットを五和に変えた。

 

当然、アックアの正確無比な一撃は五和を黙らせるには必要以上の威力を誇る一撃。

 

そんな攻撃を、隣に居る仲間が咄嗟に身体を五和の前へと押し出した。

 

アックアの叫び声すら生み出させない攻撃が七惟の身体へと打ち込まれる、その衝撃を七惟は殺しきれずに、後ろにいた五和ごと吹き飛ばされた。

 

二人して纏めて沈められ、五和と七惟は崩れた鉄橋の柱に何とか引っかかり、水路へと放り出されることだけは不幸中の幸いか免れる。

 

だが、そんなことはあまりに大きな不幸の中では何の意味も成さない。

 

 

 

「な、ない……」

 

 

 

朦朧とする意識の中で五和は何とか声を上げる。

 

自分を庇ったが故に、七惟は大きなダメージを受けてしまった。

 

五和に寄りかかる七惟の身体、密着した部分から生温かいモノが肌に触れる。

 

今すぐ、回復魔術を使わなければ……七惟の身体がもたない。

 

 

 

「七惟さん、回復魔術を、これ以上は身体が……」

 

 

 

しかし七惟はそんな五和の身体を押しのけて、立ち上がる。

 

どうして、と言う言葉すら喉から上がって来る前に彼は口を開いた。

 

 

 

「その、回復魔術……。今の俺にはきかねぇ、んだよ」

 

「な、何を……」

 

 

 

喉まで上がっていたことが飲み込まれ、真っ暗闇の底に引きずり込まれていった。

 

 

 

「今の、俺は……おそらく、全ての魔術的要素、を、反射しちまう」

 

 

 

あらゆ……・魔術要素の反射……?

 

その言葉だけを残して、再び彼は背中をこちらに向けアックアと対峙する。

 

最後の力を振り絞り楯となる、七惟自身は語らないが五和は彼の背中からそう受け取った。

 

いけない、既に七惟の身体は限界を通り過ぎて感覚が麻痺してしまっている。

 

 

 

「なら一度3人で撤退を!七惟さんのスピードがあればまだ何とかなります!」

 

「可笑しなことを言うな。今回の一番の目的を忘れるんじゃ、ねぇ……。上条を逃がすこと、取り敢えず、この場では……それが最優先だ」

 

「それは」

 

「上条は知能指数が足りてねぇのか……あの様子だと自分から特攻したんだろ。何の為に俺達が身体を張ってんのか分かってるのか、馬鹿な真似しやがって」

 

「でも、そうしないと七惟さんも危なかったんです!」

 

「んなことはどうでもいい!そんなことは百も承知して此処に来てんだ。アイツのやったことは俺とお前のことを愚弄して……ガフッ」

 

 

 

七惟は足元も覚束ない、ふらついて今にも膝をつきそうだ。

 

明らかに戦えるような状況ではない、いったいどうすればいいんだ、どうした事態が好転するんだ、誰か教えて……!

 

 

 

「とにかく、あそこで蹲ってる上条を連れて早く逃げろ。この場にこれ以上居たら……に取り返しのつかねぇことが……もっと事態が悪くなる」

 

 

 

アックアが近くまで迫ってきたのか轟音が鳴り響き彼の声はよく聞き取れないが、間違いなく自分が決して望まないことをしようとしていることだけは分かった。

 

 

 

「……あと少しだけなら、抑えられる」

 

「で、でも……!」

 

 

 

そんなこと、できっこない。

 

なんて声を掛ければいいんだろう?

 

彼の言葉が響いて頭から離れない、動けない。

 

このまま彼をアックアの元へと行かせてしまったら、取り返しのつかないことになるかもしれない。

 

 

 

「だ、ダメ……!」

 

 

 

反射的に五和は七惟を引きとめようと手を伸ばすが、その手は届かない。

 

 

 

「行け、五和!」

 

「七惟さん!」

 

 

 

それ以上何も言わずに、七惟は最後の力を振り絞りアックアの元へと向かって行く。

 

引きとめようとした五和の手は届かずに空を切り、握りしめたのは自分の声だった。

 

クレーターの中央にアックアと七惟は降り立つ。

 

ほとんど無傷の後方のアックア。それに対して身体から血を流し至る所に致命傷を負っている七惟。

 

勝敗はおそらく自分の想像通りになる、縋る思いで逃げてと叫ぶがこの声は届かない。

 

表情を一切変えないアックアは容赦しないだろう、巨大なメイスを振りまわして七惟に向ける。

 

 

 

「一つ問おう。貴様は何故こうも私に刃を向ける?」

 

「知りてぇのさ」

 

「何を、と返すのは野暮であるか」

 

「…………」

 

 

 

七惟は一瞬目を閉じて、息と同時に言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

「自分を」

 

 

 

 

 

 






上条にイラっと来た七惟君でした。


 


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一人ぼっちの君へ-ⅰ

 

 

 

 

七惟理無が病院に緊急搬送された。

 

いつもの大病院で定期検査を受けていた美咲香に掛かってきた上条当麻の所の居候からの一本の電話、その電話から七惟が倒れた事実を告げられた後の美咲香は携帯から流れる雑音等一切耳に入ってこない。

 

居候している少女の言葉が途切れるとすぐさま彼女は通話を切る。

 

 

 

「どうしたんだ美咲香ちゃん、そんな何時もにも増して無表情で」

 

「浜面さん」

 

「ん?」

 

 

 

彼女の隣に立っているのは浜面仕上、七惟と同じ暗部組織に身を寄せていた人物であり現在は彼の友人であると認識している。

 

美咲香も彼とは何度か会っており、彼と七惟理無が親しげに会話をしているのを目撃している。

 

今回彼は確か滝壺とかいう少女のお見舞いでこの病院にやってきたところ偶然会い、七惟理無について他愛ない雑談をしていたのだが……。

 

この時間は既に地下都市の病院へと向かう電車の終電は過ぎている、目の前の七惟の友人の力を借りるしかない。

 

 

 

「お願いしたいことがあります、と神妙な面持ちでお伝えします」

 

「ごめん、何時もと表情変わってないように見えんだけど……?」

 

「私の兄となる人物、七惟理無が病院に緊急搬送されました。すぐに向かいたいのです」

 

「……!七惟が?」

 

「はい、お見舞いの最中悪いのですが身内の危機です。浜面さんのお持ちの車で……送って頂きたいのです」

 

「遠慮なんてすんなよ美咲香ちゃん、分かった。アイツが緊急搬送なんて只事じゃねぇ……持病か何かで倒れたのか飯を喉に詰まらせて倒れたのか……暗部抗争の時みたいにまた争いに巻き込まれてんのかわかんねぇけど、すぐに向かおう!」

 

「お言葉に甘えますッ」

 

「任せとけ、ダチの危機だからな!」

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

アックアの襲撃から数時間が経った。

 

神の右席、尚且つ聖人である男の力は人知をもはや超えていたのかもしれない。

 

アックアの目的は上条当麻の右腕のみ、それ以外には何の興味もない。

 

上条の右腕さえ差し出せば何もせずに去る、と言った。

 

だが、その犠牲と自身の命を天秤にかけて、イエスと答えられない者しかあの場にはいなかった。

 

戦場となった地下都市第23学区には。

 

そして、今その23学区で戦った戦士達の目の前にもまた一人。

 

上条当麻の、友人の右腕を差し出すことに頷かなかった男が彼らの目の前の治療室のベットに横たわっている。

 

 

 

「第8位……」

 

 

 

クワガタ頭の男、建宮は唇をかみしめる。

 

今回、上条の身辺警護を行うためにイギリスから派遣されたのは彼が率いる天草式だった。

 

だが、天草式は早々にアックアに蹴散らされてしまい、うめき声を上げて去っていく敵の背中を見つめることしか出来なかった。

 

そんな中で、自分が瀕死の重傷を負ってでも上条当麻を守るため闘ったのが七惟理無。

 

当初七惟が上条の護衛に協力するとの申し出を五和から聞いた時は、戦力にはなるが当てには出来ないと建宮は判断した。

 

何故ならば彼と天草式の関係は最悪であり、当の本人も天草式も互いに忌み嫌いあっていたのだから連携など不可能だろうと思っていたし、七惟が協力してくれることも天草式には伝えたが、『共に行動する』とは一言も言わなかった。

 

建宮自身も、七惟が自分の身を犠牲にしてまで彼が上条を助けるために闘うなど信じられなかった。

 

それがどうしたことか、本来上条を最後まで守り続けるべき存在であるはずの天草式は障害にすら成りえず、圧倒された。

 

そして天草氏の最後の砦として戦った五和もまるで虫けらのように跳ねのけられ、最終的には天草式が一切信用していなかった七惟だけがその任務を全うし、上条を守ったのだ。

 

結局は学園都市第8位で、神裂と対等に戦えた七惟に最後の最後まで頼ってしまう始末。

 

彼の奮戦のおかげか、上条当麻の怪我は思っていたよりも軽く済んでいる。

 

それどころか七惟は上条だけでなく五和までも守って見せた、守る側が守られてしまうなど言い笑い話だ。

 

建宮は七惟のことを、学園都市の暗部で働くような男で裏切りなんて当たり前だし、息を吐くように嘘をつく男だろうと思っていた。

 

天草式のメンバーも七惟のことを見下していたし、ハナで笑っていたと言うのにこの始末。

 

今の建宮達は、酷くちっぽけで惨めな存在だと彼は自嘲するしかない。

 

護衛対象である上条当麻はアックアを探すと言わんばかりにベットから抜け出そうとしたところを取り押さえられている、彼も重体ではないだけで、重傷なのだ。

 

数人の天草式を寄越しているからそちらに特に問題はないだろう、病室から出られなければアックアに単騎で挑むなど馬鹿なことは出来ないはずだ。

 

問題なのは、死んだように沈黙している天草式のメンバーと、上条の一番近くで彼を守り、七惟の一番近くでその闘った姿を見た五和だ。

 

五和は、天草式の中で唯一七惟と友好的だった。

 

七惟と神裂が神奈川の教会で死闘を繰り広げていた時も、五和の声だけに彼は反応して止まったのだ。

 

何故彼らがそこまでの仲になったのかの過程は一切分からないし、理由も想像がつかない。

 

確かなことは、七惟にとって五和という人間は自分たち天草式とは違う、特別な存在なのだ。

 

かつて命のやり取りを何度も行い、拷問にまでかけた女を何故そこまでして守ろうとしたのかは謎のままだ。

 

五和も五和で、そこまでされておいて何故七惟と一緒に居ることが出来るのか、笑っていられるのか分からない。

 

そんな五和は、今回七惟が協力するとの申し出を受けた時、きっと快く思わなかったはずだ。

 

あくまで守る任務として盾となるのは自分達天草式であり、それに七惟を巻き込みたくないと思ったのだと思われる。

 

そして、案の定それは杞憂に終わらず現実となり、圧倒的な無力感、虚脱感、絶望を持ち五和の小さな身体にのしかかっている。

 

しかし今は彼女や他の天草式のように死んだ魚の目で現実を見つめている場合ではない。

 

建宮から見ても七惟は生きていること自体が不思議なくらいで、とてもじゃないが次の闘いに参加してもらうことは出来ないと見える。

 

五和の話では神裂戦同様にあの摩訶不思議な力を使ったようだが、それが原因か戦場での七惟は全ての回復魔術を反射してしまっていた。

 

時間が経過すると共に回復魔術を受け付けるようになったみたいで天草式総出で回復魔術の大合唱を行ったからか今はかなり回復してきているものの、初動の遅さと過度の疲労からか目を覚まさない。

 

またアックアの衝撃波を正面から受け切ったせいで脳に影響が出るかもしれないとの話を医者から聞いた、意識が戻るかも分からないとのことだ。

 

回復魔術では外傷は治せても脳の異常や疲労までは治癒出来ない、天草式に残された手段は十字教徒らしく彼の無事を祈ることのみだ。

 

そして、上条当麻を守る。

 

守らなければ、身を張って上条や五和を守った七惟が浮かばれない。

 

 

 

「五和」

 

 

 

此処で止まっていても始まらない。

 

自分達が止まっている間にも刻一刻と時間は過ぎて行き、アックアは上条当麻の右腕を狙い再び進撃してくる。

 

建宮は表情を殺し一番ダメージを負っている少女に話しかけた。

 

 

 

「お前さんはそんなところで何をやっているのよな」

 

 

 

建宮の視線の先には、他の天草式の誰よりも小さく見え、まるで暗い通路と一体化してしまったかのように存在を感じられなくなった五和がいる。

 

彼女はソファーから立ちあがることも、身体をこちらに向けることもなく、酷く掠れた声で建宮の問いに応えた。

 

 

 

「わ、たしは……」

 

 

 

そこから先の言葉が出てこなかったようだ。

 

見ただけですぐに分かる、天草式の中で最もメンタルにダメージを受けているのは五和であり、その心中は計り知れない。

 

 

 

「何も、出来なくて……!槍なんて、簡単に、へし折られて!回復魔術だって、使えなくて!あの中で、一番闘うべき存在の私が!一番守られてて!」

 

 

 

五和の慟哭。

 

自分の無力さを責めているのは分かっている、だが此処でいくら喚き散らかしたところで何も変わらない。

 

そんなものは、僅かばかりの可能性を摘んでしまう不幸の種にしかならないのだ。

 

 

 

「……わた、私が、足を引っ張って……」

 

 

 

五和の言っていることに間違いはない。

 

おそらく、あの場に天草式の誰がいたとしても人間を超えた七惟とアックアの戦闘についていける訳がない。

 

 

 

「『仲間』だって、言ったのに……私『だけ』が……仲間だって、言ってくれた人を……」

 

 

 

それも知っている。

 

七惟は五和『だけ』を仲間だと認知していた。

 

あの男が上条当麻のことをどのように認識していたかは分からない、キオッジアで一緒に旅行をするところは見かけてはいるもののとても全うな友人関係のようには今でも思えない。

 

そんな七惟はきっと上条を守ると宣言した五和に危害が及ばないよう立ち上がり、アックアの前に立ちふさがったはずだ。

 

七惟理無は常に一人で闘い続けた、そして一人である七惟と共に闘うべきはずの仲間である五和は、一緒に闘うことは叶わなかった。

 

それどころか、彼の隣に立つことすら許されなかったのだ。

 

 

 

「最後だって、そう、です。あの時、私を庇わなかったら……庇わなかったら、こん、な、ことにはなりませんでした」

 

 

 

泣きじゃくる五和の表情を見ていられない天草式も居る、目をそむけたくなる現実が確かに此処にある。

 

 

 

「私のこと、ばっかり……どうして、自分の身を、守ろうとしないんですか」

 

 

 

五和がソファから勢いよく立ち上がり、建宮の胸倉を女とは思えない力で掴み上げる。

 

その表情はくしゃくしゃに歪められ、瞼には大量の涙をためて、焦点の合っていない瞳が激しく揺れていた。

 

 

 

「こん、な、ぜん、ぜん、役に立たない私を……どうして七惟さんは助けたんですか!?」

 

 

 

五和は完全に自暴自棄になっていた。

 

彼女の叫びは全て自分を責めているのに、向かうべき怒りと悲しみと絶望が何故か自分を助け、守った七惟にまで向かい始めている。

 

 

 

「私なんか無視して、闘って居れば!七惟さんは無事だったのに!あそこで横になっているのは私のはずだったんです!」

 

 

 

五和の視線の先にはベットで横たわり、今もまだ意識が戻るかどうか分からない七惟が居た。

 

 

 

 

 

 



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一人ぼっちの君へ-ⅱ

 

 

 

 

 

建宮の視線の先にはベットで横たわり、虫の息の七惟が居る。

 

医者の話では生きているのが不思議なくらいらしい。

 

無理もない、回復魔術をあれだけ使ったのだから常人で且つ魔術が無ければ恐らく死んでしまっている。

 

外傷は魔術の力で確かに治癒できた。だが内部へのダメージは癒せていない。脳に強い衝撃を受けているということから彼が五体満足で今後朝日を拝めることすら叶わない可能性があるとのことだ。

 

更にいえばこのまま目を覚まさないことも有り得る。

 

右腕の義手に被せられていた人工皮膚は余すことなくめくれ上がり、機械が露出してしまいぎちぎちと嫌な音を立てている。

 

四肢には痙攣か何かの後遺症が残って満足に動かせるかどうかもわからない。

 

目を覚ましたとしても、もうあの日常には返してやることは出来ないかもしれない。

 

 

 

「私のことなんて放っておけばよかったんです!放っておいて、見殺しにしていれば良かった!」

 

 

 

五和の耳を劈くような声が響き渡る。

 

誰も何も言わない、いや言えなかった。

 

言う資格すらなかったのだ、七惟を見下していた天草式にとって、五和と七惟の間に入りこむ余地などない。

 

 

 

「わた、私が!私が七惟さんとあの教会で出会ったから!私のせいで七惟さんはこっちの世界に引きずりこまれて!死んでしまうかもしれないのに!」

 

 

 

五和は過去を振り返って懺悔をし始める。

 

後悔の波が止めどなく流れ、彼女の体を奈落の底まで流してしまったのか。

 

遂には、こんな言葉を口にした。

 

 

 

「私が七惟さんを不幸にしたんです!私と、私と会ってなければ!」

 

 

 

その言葉に建宮は反応し、胸倉を掴んでいた手をふりほどくと、防弾ガラス張りの壁に思い切り五和を叩きつけた。

 

 

 

「その言葉、訂正しろ」

 

「あッ……うぅ」

 

 

 

五和は抵抗らしい抵抗すら見せずに、ただ澱んだ瞳で建宮を睨みつける。

 

 

 

「……さん、が」

 

「……」

 

 

 

息も絶え絶え、呼吸することすら満足に出来ない五和の身体と心。

 

 

 

「建宮、さんが、七惟さんを……彼を、信じないから、こんなことになったんです」

 

 

 

五和の言葉を唯建宮は受け止める。

 

もう、こんなことを言わなければ、他の誰かに少しでも責任を転嫁しなければ彼女の心は粉々に砕けてしまうのだろう。

 

確かに、自分を含めた五和の天草式が少しでも七惟を信用していれば、偏見を持ちださなければこんな最悪なシナリオは回避できた可能性はある。

 

五和はきっと、上条当麻と同じくらいに……いや、もしかしたら五和にとって、七惟理無とは上条当麻以上に特別な存在なのかもしれない。

 

だから、この上条護衛の作戦にだって参加して欲しくなかったはずだ。

 

参加して欲しくなかったのに、参加して傷つくどころか、自分を守るために死にかけるなどまともな精神を保っていられるわけがない。

 

何処までも真っ直ぐな気持ちで七惟という男を見ていたから、何処までも真っ直ぐな痛みを背負ってしまう。

 

その痛みは、七惟を知らない自分を含めた天草式がとやかく言うことは出来ない。

 

だから、建宮は別の道を示す。

 

 

 

「こんな女を助けるために、第8位は闘ったのか?」

 

 

 

その辛辣な言葉に五和の表情が凍りついた。

 

今まで散々喚き散らかし、責任転嫁をして、あまつさえ七惟にまでやり場の無い怒りを向けてしまっていた自分を、今彼女はどう思っているのか。

 

 

 

「出会って不幸になったとか、放っておけばよかったとか、そんな自分勝手な考え方しか出来ない自己中で惨めで糞ったれな女のためにあの男は身を投げ出したのか?だとしたら、これば下らない馬鹿な話なのよ。助けて貰いたくも無い奴を助けるなんざ、無駄死にもいいところなのよな?あの男はやはり俺が思った通り仲間である五和の気持ちすら汲みとれない、一人ぼっちがお似合いの男だ」

 

 

 

そこまで言われて、五和の目が完全に怒りの色に染まり、獣のように叫びながら拳を振り上げた。

 

だが、拳は届くこと無かった。

 

建宮は五和の身体を床に投げ倒す、その勢いは凄まじく鉄筋コンクリートの床で一瞬五和はバウンドした。

 

全身の力を全て奪われ、天井に向けられようとした五和の前に建宮は立ちはだかる。

 

 

 

「良いか、分からないようなら教えてやる」

 

 

 

建宮の瞳にも五和に負けぬ程の怒りの色が灯る。

 

 

 

「後方のアックアは、必ず来る。俺達がこうしてグダグダ悩んでる間にもタイムリミットは迫っているのよ。一秒一分の無駄が、唯でさえ低い幸福の確率を更に下げちまう。まだ少しでも可能性が残っているのに、無駄な懺悔や後悔でその可能性を諦めるのか!?お前さんはそうやって無駄な時間を過ごして、仲間が命を張ってまで守ろうとした男の腕が無残にも引きちぎられていくのを傍観出来るのか!」

 

 

 

涙を溜めたまま動かない五和。

 

だが建宮は遠慮などしない、している場合ではない。

 

そんなことをしてどうにかなるのだったら後でどれだけでも五和に謝るし懺悔するし土下座だってしてやる。

 

 

 

「わからねぇようだったら教えてやる、此処にプリエステスは来ない。来たとしても、全てが解決する訳でもない!それは第8位とアックアの戦闘を見た自分が一番よく分かるはずだ!」

 

 

 

あの聖人が来れば、確かに戦況は大きく変わるかもしれない。

 

だが来たとしても神裂に勝った七惟がまるで歯が経たなかった相手がアックアなのだ。

 

それに、来ないと分かっているものを信じる程馬鹿なこともない。

 

 

 

「仲間の気持ちを踏みにじって、上条当麻の右腕をぶち抜かれる様をこの病院で、第8位の目の前でやられて、それをお前さんは許せるのか!?」

 

「たて、みや……さん」

 

「黙ってたってアックアは止まらねぇ!今からイギリスからの増援なんざ期待出来るわけもなし!だったら今此処に居る奴らで全てを乗りきるしかないのよ!上条当麻の右腕がぶち抜かれれば、次は第8位がぶち殺されるのは目に見えている!上条当麻は重傷を負って、第8位は明日の太陽を拝めるかも分からないこの状況で、二人を守るのは誰だ!?自分の都合ばっか考えて、甘ったれてんじゃねぇ!」

 

 

 

五和の胸倉を掴むその手が白くなりきりきりと軋む。

 

力が入り過ぎて爪が食い込み始めている建宮の手を見て、五和もようやく悟った。

 

自分だけが、絶望の淵に突き落とされて泣いているのではないと。

 

他の天草式の皆もまた、自分と同じくらい怒りを、悲しみを、無力を、絶望を感じていて、七惟に対して申し訳ないと、情けないと、謝りたい気持ちがいっぱいなのだ。

 

建宮達はそれでも立ち上がるという。

 

負け犬根性を丸出しでもいい、沈んでばかりで下を向くのではなく、上を向いて守るべき者のために闘うと言う。

 

ならば、自分は?と五和は自問自答する。

 

 

 

「第8位に謝りたいか?」

 

「わた、しは」

 

「あんな風にしちまった仲間を、そして守るべき者をもう一度日だまりの中に返したいか」

 

 

 

何も言わずに、顔を顰めながら、五和は涙と共に頷いた。

 

掠れた声で言った言葉は聞こえない、だが声はなくともその意思だけで十分だ。

 

 

 

「だったら、闘え。お前さんが最高に良い女であることを証明して、こんな奴のために身を投げ出して良かったと、出会えて良かった、幸せだと言わせてやれ。骨だけ納められた柩に泣いて謝りたくなかったらな」

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

身体から湧き上がる灼熱の痛み、まるで全身が高熱で焼けただれてしまったのかのような感覚に七惟は身をよじらせ、悶えながらその眼を開いた。

 

自分の神経から四肢が切り離されたかと思うくらいに、身体はぴくりとも動かない。

 

頭は回転しない、右腕の義手には包帯が巻かれているが、はみ出した部分から人工皮膚が全く見受けられず、機械がむき出しになっているのが分かった。

 

激痛と鈍痛が全てを支配する時間から何とか抜け出し、ぶれる視界を思い瞼を開けて見つめる。

 

上を見つめる瞳が映し出したのは知らない天井で、周囲には医療器具が散りばめられていた。

 

視覚による情報によれば間違いなく此処は病院。

 

どうしてこんな場所にいるのか思いだせない七惟は徐々にだが、ゆっくりとその記憶を辿って行く。

 

後方のアックア。

 

上条。

 

五和。

 

それだけ揃えば、現状を整理するには十分だった。

 

自分は後方のアックアとあの地下都市で闘い、敗れた。

 

あの男の力ははっきり言って異次元レベルだ、というよりも人間や魔術師、能力者という問題ではなく、奴の前では聖人という言葉すら霞んでしまう。

 

七惟は今まで魔術世界で強大な力を誇るとされる人間と2回闘った。

 

一人目は台座のルム。

 

神の右席で台座を司り、カマエルの属性を持つ女。

 

ルムの操る渦は全ての物体を吸い込み、任意の場所に移転させるという三次元の法則を無視した攻撃を持ち、時間そのものを操るといった力。

 

正直なところ今思い出してもあの女に勝てたのは奇跡に近いと思う、というよりも七惟の全ての攻撃は悉く弾かれ、満足に闘うことすら出来なかった。

 

一方的な虐殺ショーが繰り広げられ、身体はずたぼろに痛めつけられた。

 

七惟自身どうやってルムに勝ったかはよく覚えていない、再戦して勝てと言われても七惟は無理だと応える。

 

二人目は神裂火織。

 

天草式の事実上のトップで、科学側の世界では核弾頭に匹敵すると言われる『聖人』の力を持つ。

 

人間を超えた身体能力を誇り、爆発的な力とスピードでこちらを圧倒する。

 

七惟の編み出した技は全て見破られ、死の一歩手前まで追い詰められた。

 

だが『この世界には存在しない力』を操り、ぎりぎりの所で退けることは出来た。

 

二人の超人、台座のルムと神裂火織。

 

普通の人間ならばものの数秒で息の根を止められてしまう程の敵を、2度も退けたのに。

 

次元が……違う。

 

痛みで麻痺してしまった思考では、これ以上の言葉は何も出てこなかった。

 

あのアックアの前では、台座のルムの渦も神裂火織の唯閃もまるでおもちゃに見える。

 

 

 

あの野郎に小細工は一切効かねぇ……脳筋が一番得意な相手だと思ってたのにな。

 

 

 

七惟は従来アックアのように接近戦のみしか攻撃手段を持たない人間は非常に得意だ。

 

現に対神裂戦では、神裂が聖人の力をフルに引き出すまでは完全にその上を行ってた。

 

しかし神裂と同じように純粋な物理攻撃のみで彼女の遥か上の攻撃を行うアックアの前では、もはや攻撃方法云々など言っていられない。

 

あの男の馬鹿力は全てを粉砕していき少し細工をしようが罠をしかけようが問答無用で突破し全力で潰しに来る。

 

こちらの仕掛けた壁も、可視距離移動も、転移も、全力を持ってして放った『この世の理から外れた一撃』すら力ずくでへし折られてしまった。

 

奴の前では、純粋な身体能力だけがモノを言う。

 

だから、『この世の理から外れた身体』になってようやく同じ土俵に上がれたというわけだ。

 

だが同じ土俵に上がれたとしても奴は横綱、こちらはその世界にようやく足を踏み入れた段階。

 

勝負になるわけがない、あの男が扱う聖人の力は神裂の域を超えてしまっている。

 

時刻は深夜1時、七惟がアックアと事を構えてから2時間以上経過している。

 

動かない身体を気合いで動かそうとする、目を覚ました時の激痛から全く動かないだろうと思っていたが思いのほか体は軽快に彼の意思に反応した。

 

あれだけ痛めつけられたのにこの軽傷で済んでいるのはおそらく回復魔術とやらの御蔭だろう、全て反射してしまうと思っていたがあの状態が解除されれば受け付けるのか。

 

思考は霧がかかったかのように多少ぼんやりとはしているものの、七惟は周囲の様子を探るとガラス越しの通路に見えたのは天草式が戦闘の準備をしているということだけだ。

 

ある者は武器を磨き、ある者は戦略を練り、またある者は時間をひっきりなしに確認したりと忙しく見える。

 

天草式はおそらく、と言うよりも十中八九対アックア戦に備えて戦闘の準備をしているのだろう。

 

悪いが本気……かどうかは分からないが、少なくとも実力の半分以上をアックアから引き出させた七惟ならば分かる。

 

天草式単体がいくら束になってかかろうと、アックアを倒すことは出来ない。

 

そもそも天草式の連中の表情を見れば分かる、あんな死んだような表情でアックアの前にのこのこ出て行ってもさっきと同じように蹴散らされるのが落ちだ。

 

闘う気が本当にあるのならば、闘う前からあんな表情をしてはいない。

 

……要するに、今の天草式のメンバーは自信を失ってしまっている。

 

それもそうだ、あれだけの実力差を見せつけられてまだ戦意を燃やしているほうがおかしい。

 

現に七惟だって、もうあの男に一人で挑んでも絶対に勝てないということはこの身でよく理解している。

 

が、そんな甘ったれたことを言っていてもアックアは再び上条の右手を狙って攻撃を仕掛けてくるだろう。

 

天草式が戦闘の準備をしているということはまだ上条自身は無事であり、右腕も引きちぎられてはいないはず。

 

ならば七惟もまだ闘う理由は残されている、友人の右腕を守るために立ち上がる五和のためにも再びアックアの前に立ちはだかる必要がある。

 

一人では絶対に勝てない。

 

天草式に協力を求めようにも、今の彼らはまるでブリキの人形のネジが切れてしまったかのように力を失ってしまっている。

 

だが。

 

アイツなら。

 

アイツならば、仲間である彼女ならば、必ず自分と共に戦ってくれる。

 

そんな七惟の意思を汲み取ったのか、五和と建宮が天草式のメンバーの前に立ち声を張り上げ何か言っている。

 

やはり彼女は諦めていない、演説をするかのように身振り手振りで彼らを鼓舞する五和の姿を見ると、伝えたいことは言わなくても勝手に彼女が理解しているように思えた。

 

彼女が何を天草式の連中に話したのかは分からない、しかし彼女の声に呼応するかのように天草式のメンバーが一人、また一人と立ち上がりその瞳に闘志を燃やす。

 

やはり凄い奴だ、五和は。

 

アックアと初めて刃を重ねたあの闘いでは、自分の力ならば彼女を守れると……一緒に居ることが出来ると思っていた。

 

しかし七惟のそんな考えはアックアの圧倒的な力の前に無残にも砕け散った。

 

 

 

井の中の蛙……か、その通りかもしれねぇな。

 

 

 

あの時の自分は、頭に血が上っていたのかもしれない。

 

普段の自分ならば、仲間である彼女に必ず協力を求めていたはずだ。

 

どんな時でも、どんな場所でも、背中を任せて闘い、自分の心の言葉を伝えることが出来る相手。

 

それが仲間である彼女だったのに、あの時の自分は……そういう『仲間』の考え方ではなく、別の考えで彼女を見ていた気がする。

 

彼女の命が危険に晒されるのを、嫌だった。

 

彼女と一緒に上条当麻を守らなければならないのに、彼女に『逃げろ』と叫んでしまった自分。

 

闘ってくれると、仲間になると言ってくれた彼女にそれは失礼だろう。

 

だから、今度こそ七惟は彼女を、五和を疑わない。

 

いや、疑う余地などない。

 

自分一人ならばきっとまたアックアの前で崩れ落ちてしまうだろう。

 

だが、五和と一緒ならば。

 

彼女とならば、彼女が率いる天草式ならばあの男を倒すことが出来るはずだ。

 

『五和を信じる』

 

暗部抗争の時は闘っていく最中で多くのものを失って、その度に立ち止まろうとした。

 

だが、失ったモノよりも得たモノが多いと理解し、走り続けることが出来た。

 

一方通行に敗れて戦闘が佳境に入った時、彼らと一緒に居たい、失いたくない、その気持ちこそが七惟理無の心を動かすガソリンだった。

 

それが、あの時は出来なかった。

 

出来なかったのは、自分が五和を信じていなかったからなのか?絹旗達のように闘えないと思ったからか?

 

分からない、どれも違う気がする。

 

きっとそれは恐れだ、五和が居なくなってしまうかもしれないという恐怖心から彼女と共に戦う選択肢を拒否した。

 

暗部抗争が終わった今、これ以上の傷を背負いたくないという自分のエゴなのだろう。

 

しかしそんな考え方は間違っている。

 

自分と五和は仲間だ、一方的な考え方など許される訳がない。

 

神裂と戦った時だって、五和は自分の身を投げ捨てて自分と神裂の間に割って入って闘いを止めてくれた。

 

自分のために、仲間のために命を燃やしてくれる五和。

 

ならば自分も、彼女のために命を燃やさなければならない。

 

その気持ちは一方通行ではダメだ、自分が燃やすのならば五和だって同様に、五和が燃やすのならば自分だって同様に。

 

だからこそ、信じることが出来る。

 

彼女と共に戦う、そう決断した七惟はベッドから起き上がろうとするが再び急激に視界が靄のかかったように霞んでくる。

 

傷は癒えているというのに、七惟が思っている以上に蓄積された疲労やダメージは深刻のようで、意識も視界と同じように揺らぎ始める。

 

気持ちを奮い立たせようとするも、彼の意識は再び微睡の中に落ちていった。

 

 

 

 

 

 



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一人ぼっちの君へ-ⅲ

 

 

 

 

「っつぅ……」

 

 

 

ガタン、という大きな音と後頭部からの激しい痛みで目を覚ました七惟。

 

つい先ほどまで自分は通路脇で戦闘準備を行う五和や天草式を見ていたはずだったが。

 

 

 

「あ、りむ!大丈夫?気がついて良かった」

 

「……インデックス?」

 

「そうだよ、りむ凄い怪我で運ばれてきて。私心配してたんだよ!」

 

 

 

彼の隣には七惟が横たわるベットの横でこちらを労わる居候のシスターが居た。

 

どうやら自分の目覚まし代わりになった音は彼女が椅子を倒した音らしい。

 

二人でワンセットである片割れの上条が一緒に居ない、まさか。

 

 

 

「上条は……?」

 

 

 

単身戦場に身を投じたのか?

 

 

 

「当麻も凄く大きな傷で、無理に出歩いたせいでまた集中治療室に運ばれちゃった」

 

「……あっちのほうについてなくていいのか?」

 

「ん……りむも大怪我してたんだよ?それを心配するのはもちろん、もしかしてりむは私がお見舞いの差し入れ目当てで此処に居ると思ってる?」

 

「いや……なんでもねぇよ」

 

 

 

どうやら野暮なことを尋ねてしまったらしい。

 

このインデックスという少女は上条当麻のことが大好きで、本当に大好きで今すぐにでもアイツの元に飛んで行って手術が無事終わるように祈りを捧げたいはずだ。

 

その衝動を抑えつけて、こちらに居るということはシスターである彼女だからこそ成せる行為なのだろう。

 

二人に差をつけず平等に接する、自分にはとても出来そうにない行いである。

 

しかし今はそんなインデックスの気持ちに浸っている場合ではない。

 

ガラス越しに映る通路には先ほどと違い天草式は人っ子一人おらず静まり返っている。

 

時刻は午前3時に迫ろうとしていた、あれからかなりの時間が経過したことを考えると、天草式はアックアと戦闘中のはずだ。

 

五和には悪いが、やはり天草式単体が束になってアックアに挑んだ所で石ころのように蹴散らされるのは目に見えている。

 

何か、良い手はないのか。

 

天草式と七惟が手を組んでも勝利するビジョンは見えてこない。

 

圧倒的で単純な力の前では上条の右手も戦果を挙げられないと来た。

 

ならば天草式の長である神裂を……無理だ、奴はそもそも遠く離れたロンドンに居る。

 

八方ふさがりである、しかしこちらも今回は背水の陣であるため引くに引けない。

 

何時ものように身の危険を感じたらとんずらするなんて言語道断。

 

この状況を打開するための策を何とかして編み出さなければ……。

 

 

 

「水でも飲む?お医者様は絶対に目を覚まさないって言ったんだけど……私は回復魔術は使えないから。あ、でもりむはそもそも回復魔術を反射しちゃうんだっけ?」

 

「…………」

 

 

 

あるではないか、目の前に。

 

魔術に関して膨大な量の知識を納めているその頭脳の持ち主が。

 

しかし彼女の保護者である上条はインデックスが戦いに巻き込まれるのを極端に嫌っていた。

 

故に彼女はおそらくこれまで無事に過ごせてきた、彼女の安寧は上条の努力の賜物なのである。

 

そんな上条の気持ちを踏みにじっていいのか?

 

 

 

「びっくりしちゃったんだよ、私が試食コーナーから帰ってきたら当麻は手術中だし、りむは昏睡状態だったもん」

 

 

 

インデックスはおそらく知らない、自分と上条がいったい誰に此処まで痛めつけられたのか。

 

そして上条は手術を終えても絶対に彼女に事が終わるまで真相を話すつもりはない。

 

しかし、しかしそれは。

 

事実を知っている者の独りよがりではないだろうか。

 

インデックスには傷ついて欲しくない、インデックスは守るべき対象。

 

上条はそう思っているはずだ、だから彼はほとんどインデックスに助けを求めなかった。

 

彼女が上条と共に肩を並べて物事に対処したのは聞いたところでは前方のヴェント戦くらいで、それ以外は何時もインデックスは『私を置いてとーまは何時も何処かにいっちゃうんだもん!』とぶーたれていたが……。

 

そんなものは、上条当麻の自己満足でしかないのかもしれない。

 

彼の守りたいという気持ちは、誰かのために闘うという気持ちは素晴らしいと思う。

 

きっと七惟が考えるようなチンケな理由ではく、自分が思いもよらないような理由で上条当麻は闘っているのだろう。

 

しかし、七惟にだって当事者の……インデックスの気持ちを考えることくらいは出来る。

 

先ほどアックアに一人で向かって行った自分には嫌と言うほどよくわかるのだ。

 

相手の気持ちを考えずに突っ走るのは、所詮は自己中心的な考え方でしかないと。

 

自分には守るべき者など大層な人間は存在しない、だが五和を特別に思い傷を負って欲しくない、死んでほしくないと願った気持ちは本物である。

 

七惟がアクアに単身突っ込んだ結果は見ての通り、共闘戦線を張ったほうがまだマシな結果であっただろう。

 

独りよがりな行動など決して褒められるものではない。

 

きっとあの時五和だって自分に傷を負ってもらいたく無かったはずだ、七惟自身が五和に対してそう思うようにこの互いの気持ちは一方通行ではないのだから。

 

だからきっとインデックスと上条の関係も一方通行ではならない、上条の庇護を一方的に受けるだけだなんて彼女は満足出来ないはずだから。

 

 

 

「インデックス」

 

「なに?」

 

 

 

だから七惟はインデックスにも助けを求める。

 

何も知らなかった、自分の知らない所で全てが終わっていた、何ていうことにこの少女の身に起こらないように……。

 

 

 

「聖人について少し知りてぇんだが」

 

「聖人……?どうして?まさかりむと当麻は聖人と戦ってたの?」

 

「まぁな。今回もまたとんでもねぇのがおいでなすったぞ。天草式の上司が聖人だし何とか対処できると思ってたけど全くダメだ。教えてくれないか、聖人のことを」

 

「そうなんだ!私の知識で分かる範囲が役に立てるって断言はできないけど……えっと、聖人っていうのはね―――――――」

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「へぇ……要するに聖人には限界があるって訳だろ」

 

「うん、常時力を解放するのは凄くリスキーな行為なんだよ」

 

「……常時力を解放するのは可能って言ったら可能なのか?」

 

「出来るとは思えないよ、出来たとしても聖人の力が不安定になって、体内のテレズマが暴走して起爆しちゃうもん」

 

 

 

神裂火織は、そうだった。

 

唯閃を使う時だけ体中から溢れる『この世の理から外れた力』が膨大に膨れ上がり、爆発した。

 

だが、あのアックアはどうだ?

 

一つ一つの行動全てが、神裂の唯閃に勝るとも劣らない量の力を撒き散らしていた。

 

最後の一撃など、神裂と比べれば月とすっぽん程の違いがあった。

 

何処かに、何処かに必ず穴があるはずだ。

 

 

 

「出来るとしたら……もしかしたら、ifの可能性は?」

 

「うーん……何かもっと、特別な力があればいいのかもしれない。聖人の力を押さえつけることが出来るような、テレズマの暴走を押さえつけてセーブするストッパーみたいなものがあれば、常時開放も可能だと思う。でもそんなモノは私が知る範囲じゃ存在しないよ?」

 

「……神の右席、でもか?」

 

「神の右席?神の右席は対応する天使にあてがって術式を構成してるだけだから、聖人の力を抑えることなんて出来ないんじゃないかなぁ」

 

 

 

駄目か……。

 

神の右席の力が絡んでいると踏んでいただけに、肩透かしを食らってしまう。

 

 

 

「そもそも神の右席と聖人の力じゃ、相容れ無くて拒絶反応が出ちゃうと思う。二つを一つとして扱うのは至難の技だよ」

 

 

 

神の右席の力すら聖人の力を抑えられないとなると、もう八方ふさがりだ。

 

 

 

「聖人の力を抑えつけるなら……聖人の力しか、考えられない」

 

「聖人……?」

 

 

 

聖人の力を聖人の力で押さえつける、か。

 

そんなことは可能なのだろうか?

 

少なくとも聖人は世界に20人といない希少な存在だし、聖人の特徴を二つも持って生まれてくる人間が誕生するなんて確率はもう0に近いはずだ。

 

 

 

「世界の何処かに、二重聖人としての力を持つ人間が居たら、出来るはずだけど」

 

「二重聖人……?」

 

「うん、神の子とだけじゃなくて他の聖人とも身体の特徴が重なっていれば、の話だけどね。でも私はそんな聖人の話は聞いたことがないんだよ?」

 

 

 

……それだけ教えてくれれば、十分だ。

 

禁書目録としての全ての力を総動員して導き出してくれた答え。

 

インデックスが導き出してくれた答えならば、信じられるに決まっている。

 

この少女は何時だって上条当麻の身を案じていた、無理をしないで欲しいと、一人で全

て解決なんてして欲しくないと言っていた。

 

そんな心を持った少女が答えた言葉を疑う必要なんてない。

 

 

 

「すまねぇな、インデックス」

 

「ううん、私ももっとちゃんと答えられたら良かったんだけど……」

 

「いや、それだけで十分ヒントになった」

 

「え……?それってどう言う」

 

 

 

ヒントは、二重聖人。

 

自分がアックアから力を引き出した時に何か違和感を覚えたのはそのせいなのか。

 

対ルム、対神裂戦の時のように奥の奥まで辿りついた感覚がなかったのは。

 

その力の一端しか、引き出せなかったからなのか?

 

 

 

「じゃあ……奴らの助太刀と行くか」

 

「え、ちょっとりむ!?」

 

「ありがとな、お前のおかげで道は開けた!上条についていてくれ、アイツのほうが今お前を必要としてる」

 

 

 

インデックスの声を振り切り、七惟はベッドから飛び降りるとそのまま22学区の地下都市に向かって駆け抜ける。

 

身体の傷は天草式の回復魔術大合唱の御蔭でほぼ完治している、頭痛は相変わらず収まっていないがそれでもこれだけ動ければ十分戦える。

 

第22学区では、天草式が闘っているはずだ。

 

仲間である五和も、当然闘っている。

 

自分一人の力ではアックアに勝てないことは百も承知だ、七惟がどれだけ全力を尽くしたところであの男は更にその上を行くのだから。

 

しかし、今回は一人ではない。

 

自分の力に、天草式五和達の力を上乗せし、インデックスの知識を総動員すれば必ず活路は開けるはずだ。

 

きっと、戦い勝つことが出来る。

 

共同戦線なんて、メンバーやアイテムとして組んでいた暗部抗争の時ですらやっていなかったが、いざやるとなると何だか気持ちが高揚する。

 

敵は圧倒的な制圧力で場を支配する神の右席。

 

 

 

「さて……やるか!」

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

七惟が病院のベットから飛び去ってから30分以上経過していっただろうか。

 

上条当麻が入っている集中治療室の前で祈りを捧げていたインデックスの前に人影が現れる。

 

 

 

「居候さん。此処に私の兄が居ると聴いて飛んできたのですが」

 

「ハァ……ハァ……美咲香ちゃん、足早すぎ……どうやったらあんな早く走れるんだ」

 

「あ、クールビューティー……じゃないよね、りむの妹さん」

 

 

 

現れたのは彼女が電話で身内の危機を教えた七惟の同居人とその付添人。

 

 

 

「はい」

 

「りむは……さっきまで自分の病室のベットで休んでいたんだけど、天草式の人達の助太刀とか言ってすっ飛んで行っちゃったんだよ」

 

「えぇ……!?此処まで来てすれ違いかよ、てか倒れたんじゃなかったのか……?そもそも天草式?助太刀って何だ?」

 

「えーと、そこらへんのことは色々あるんだけど……」

 

 

 

言い淀んでいるインデックス、そこに畳み掛けるように美咲香が口を開く。

 

 

 

「この際その『色々』というのは目を瞑りますと口を真一文字に結びます。兄は今はどうしているのですか?もう歩けるくらいには回復しているんですか?」

 

「うん、体調はもうばっちりだよ。でもまた戦いに行ったから危険に身を晒しているのは間違いないんだよ」

 

「戦い?ってことはやっぱそっち系か」

 

「何処に兄は向かったのですか?」

 

「学園都市の地下都市……?」

 

「第22学区のことでしょうか。分かりました、行きましょう浜面さんと美咲香は号令を掛けます!」

 

 

 

 

 

 



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一人ぼっちの君へ-ⅳ

 

 

 

 

 

 

人の気配が消え去ってしまった第22学区の地下都市、そこには『普通』ではない人間達の戦場。

 

天草式と後方のアックアの闘いは、誰が見ても分かるワンサイドゲームだった。

 

天草式の戦士達が用意してきたあらゆる策と術式はアックアの圧倒的な才能と力の前に成すすべもなく崩れ落ち、悉く破壊されていく。

 

遂には彼らが対聖人用に温めてきた最終兵器、『聖人崩し』さえも看破されてしまった。

 

術式の中心となっていた五和の身体には幾重もの防護術式で守られていたが、巨大なメイスの一撃はそれらを容易く突き破り、彼女の身体を地下都市のオブジェへと叩きつける。

 

青一色で埋め尽くされた隔壁が歪み崩壊していくと同時に、五和の身体は第3下層の更に第4下層へとコンクリートの大地を突き破り落下していった。

 

後を追うように術式を崩された天草式のメンバーが上から落ちてくる、身体を守っていた術式は何の役にも立たない、あの男の前では。

 

 

 

「つまらん、数を揃えて策を練ってこの程度か」

 

「何を……!」

 

「私が告げた期限まで、まだ幾許かの猶予がある」

 

 

 

アックアが操る水を滝のように流し、その上を滑りながらこちらへと近づいてくる。

 

あまりの規格外の行動に科学側のセンサーがデタラメに鳴り響くが、そんなものなどに動じるアックアではない。

 

 

 

「選択肢を与えよう。あの少年の右腕を差し出すか、此処で大地の染みとなるか」

 

「……」

 

 

 

言葉が出る前に五和を始めとした天草式の身体が動き始める。

 

血だらけになった身体を引きずりながら、それでもその宣告を受け入れられないと訴えた。

 

 

 

「なるほど、ならば狭間へと消え去るが良い」

 

 

 

アックアが特大のメイスを頭上に構える。

 

容赦などしない、それが数多の戦場をくぐり抜けてきた男を貫く一本の槍。

 

だが天草式とて槍がないわけではない。

 

彼らは、救いの無い者に救いの手を差し伸べるために闘い続ける。

 

今だってそうだ、全てを持ってしてでも適わないと分かっていながらも、此処でその流儀を捨てて逃げ帰るような選択肢は始めから存在しない。

 

 

 

「それでも……!」

 

 

 

五和が自身の持つ全ての術式を持って身体を動かし、アックアへと飛びかかる。

 

だが、他の仲間の援護を受けていない彼女の動きは先ほど聖人崩しを撃った時より遥かに鈍り、緩慢だ。

 

そんなものはアックアの脅威になるわけもない、初戦の時と同じように糸も容易く受け止められ、無慈悲な瞳が彼女の顔を捉える。

 

 

 

「引くわけにはいきません!」

 

「その心意気認めるが、もはや気持ちに身体がついていっていないのである」

 

 

 

ぐっとアックアの身体に力が入ると、まるで肩について埃を振りほどくような仕草で、五和の身体はまたもや吹き飛ばされる。

 

やはり天草式一個人では余りに無力だ、50人余りが一つとなってぎりぎり付いていけるような闘い、それが天草式とアックアの闘いだ。

 

 

 

「五和!」

 

「くそ……!」

 

 

 

その時、天草式全てを始末するべくアックアの操る狂気の水が第4下層へと流れ込む。

 

何十トンもの重さを誇る殺人兵器が、ハンマーのような形を模して天草式へと叩きこまれようとした。

 

五和は、こんな死を目前にした状況でも恐怖という感情一つすら浮かび上がらず、唯々無力な自分への怒りが募るばかり。

 

天草式の全てを持ってしてアックアへと挑み、万全ではないが考えられるだけの策と術式を組上げ、対聖人最終兵器の『聖人崩し』をも実践登用したというのに、あの男の身体に傷一つ付けられないとは。

 

アックアの凶刃に倒れる直前の七惟の言葉が脳裏を過る。

 

 

 

『あと少しだけなら、抑えられる』

 

『行け、五和!』

 

 

 

あの人は、此処まで言ってくれた。

 

今回の一件では彼ははじめ無関係だった、彼を巻き込んでしまったのは自分の責任。

 

天草式に良いイメージを持っていない七惟が共闘してくれているのはおそらく狙われているのが彼と親しいと思われる上条当麻であること。

 

そして……あの時の声を聴けば分かる、きっと仲間である五和が戦いに赴くのに、一人その帰りを待つなんて器用なコトが彼には出来なかったから。

 

初めてであった時のことを思い返せば七惟がそんなことを考えて行動に移すだなんて奇跡だと思う。

 

神裂火織に殺されかけて、暗部の抗争で戦って……あの二つを経て彼は大きく変わった。

 

それでもきっと、天草式と共闘することに関して彼がよく思っていた訳がない。

 

七惟は天草式を好きではない、寧ろ天草式のことが嫌いだった。

 

それもそうだ、初めて出会った時は命を狙われ、上条当麻を助けるために共闘した時は煙たがられ、天草式の最高指導者である神裂火織に付け狙われて……。

 

彼と天草式が関わって起きた出来事には、いいことなんて一つも無かった。

 

それにも関わらず、七惟は天草式に属する自分のことを仲間だと思って、戦場に駆けつけて身を投げ出し戦ってくれた。

 

全く戦力にならず、足を引っ張ることしか出来なかった自分を見捨てず、危険を顧みず逃げろと言ってくれた。

 

あれだけの実力差を目の前でマジマジと見せつけられたのに、その超えられない圧倒的な暴力の前で彼は自分を奮い立たせて五和の壁となってくれた。

 

そんな七惟の想いや行動に対して、実際の自分はどうだ?

 

気持ちは、彼の思いに応えたいと今も叫んでいるのに、身体の方が諦めてしまっている。

 

情けない、七惟は50人が団結しても凌げないアックアの攻撃をその身一つで何度も受け止めて闘い続けたと言うのに、自分達はアックアの攻撃をたった2、3度喰らっただけで立ちあがることすら出来ないなんて。

 

こんな身体じゃ、七惟の『仲間』ということすらおこがましい。

 

目を見開き、憎々しげに自分の身体へと叩きつけられる深い青を見つめ続けた。

 

見続けたからこそ、五和の目ははっきりとアックアの手が途中で止まるのを捉えたのだった。

 

その場を凍りつけるような絶対零度の『気』のようなモノを、五和を始めとした天草式の全員が感じた。

 

アックアも同じようで、動きを止めてその得体の知れない『気』……敵意では収まりきれない、もはや殺意の塊を身体で感じつつも、満足そうに言う。

 

 

 

「なるほど」

 

 

 

アックアが呟くと、今までアックアが操っていた水への魔術が切れたのか、上空でハンマーのような形状を保っていた大量の淡水はその場で四散し、周囲へと撒き散らされていく。

 

アックアの表情が今まで以上に深く刻まれ、五和を一瞥し、

 

 

 

「命拾いしたな。貴様の主に感謝しろ」

 

 

 

それだけ言い残して、肉眼では確認出来ない程のスピードで目の前から消え去って行った。

 

目前に迫った死から解き放たれた天草式の仲間達は心此処にあらずといったところか、目を点にしてただ今までアックアが佇んでいた場所を眺めている。

 

五和も同じで、何故あと一歩か、もう仕事の内にも入らないような動作だけで殺せる自分達を見逃したのか理解出来ない。

 

 

 

「貴様の……主?」

 

 

 

アックアの残した言葉だけが頭で反響しているようだった。

 

いったい、アックアは自分達を見逃していったい何処へと向かったのか。

 

殺す暇など惜しい敵が現れたのか。

 

それは誰なんだ、とアックアの向かった先を見つめたがその先に広がるのは唯の深い闇だった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

時刻は深夜3時を回り、冬間近となったこの時期では太陽の姿を拝めることが叶うのは数時間先だろう。

 

絹旗最愛はそんな真冬の真夜中に、第22学区に広がる地下都市のある扉の前で雑誌を読みながら暇を持て余していた。

 

彼女の背中に立つ扉は地下都市の第4下層へと続くもので、爛々と明かりに照らされる地下通路から外へと通じるものだ。

 

表向きにはまず『無酸素警報』という地下都市特有の危険で人々を退却させ、その後は全てのゲートに電子的な異常が起き、ロックが開かないこととしている。

 

だがそんなモノは当然嘘っぱちで虚偽の情報、無酸素状態になんてなっていないし、ゲートのシステムも平常運転だ。

 

そして扉の前には元アイテムで、今でも生計を立てる為に暗部の仕事をこないしている絹旗最愛がいる。

 

これだけ情報があれば十分である、彼女が守る……と言ってはおかしいものだが、見張っているこの扉の奥では学園都市極秘の実験が行われているらしい。

 

その実験内容がどんなものかは絹旗自身も教えられていないし、知りたいとも思わなかった。

 

彼女は唯淡々とこうやって扉の前に立ち、近づいてくる人々を『立ち入り禁止です』と追い払うだけ。

 

怪しまれないように今はジャッジメントの紋章まで二の腕に巻いている、いつもふんわりとしたニットの服装にこれは絶対合わないと思うのだが、仕事だし仕方がない。

 

 

 

『しかし……ホント超暇ですね、こんな超暇な仕事なら浜面でも呼んでおけば良かったです』

 

 

 

絹旗がこう思うのも最もだ。

 

携帯に仕事の電話がかかってきたのは午前0時前。

 

もちろん絹旗は七惟の自宅から引き揚げ帰宅し睡眠を取っている最中叩き起こされた訳である。

 

そこから寝ぼけた頭で仕事の内容を確認するとすぐさまこの扉の前に来るように言われ、指示された通りこのつまらない役に配置され、そこから3時間以上こうやって馬鹿みたいに突っ立っている。

 

危険性が皆無なのはありがたいのだが、それでも少しは刺激が欲しい。

 

大きな欠伸をかまして、年頃の女の子の癖に口も抑えないその姿が如何に暇なのかを物語っていた。

 

眠たい、暇な上に。

 

だいたい深夜3時など普段ならば寝ている時間帯なのだ、この時間帯に起きていては身体に悪い。

 

彼女は成長期の少女な訳であって、不十分な睡眠では身体の至るところに発育不全をもたらしてしまう。

 

お肌の荒れも心配だ、まさか若くしてしわくちゃでかさかさな残念な肌になどなりたくもない。

 

地下通路なので空調も効いており、若干証明が眩しいが眠ること事態に差し支えは無いだろう。

 

それでも一応仕事は仕事なのでと、眠たい目をこすりながら再び雑誌へと目を向けると、正面地下通路の右側の階段から誰かの足音が聞こえてきた。

 

またか、と絹旗は小さなため息をつき雑誌を脇に置く。

 

既に今日3、4人『通行止めです』と言ったが、こんな時間までぎゃーぎゃーと活動活発な方々は昼間にそのエネルギーを発散するべきだと考えずにはいられない。

 

不貞腐れた表情をジャッジメントらしく整えて、一応可愛らしい笑みを浮かべようと努め階段を下りてきた人間を確認する前に言葉を発した。

 

 

 

「すみませんが、此処は超通行止めなんです。電気系統のシステ……」

 

 

 

そこまで言って、彼女の口が止まった。

 

 

 

「絹旗?」

 

 

 

階段を降りてきて自分の名前を口にしたのは、元アイテムであり、暗部抗争で絹旗達を助けてくれた人であり、想い人である学園都市第8位の少年。

 

 

 

「な、七惟!?」

 

 

 

七惟理無その人だった。

 

 

 

 

 

 



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一人ぼっちの君へ-ⅴ

 

 

 

 

 

「……どうしてお前がこんな場所にいるんだか」

 

 

 

七惟とは数時間前に別れたばかりだが、またこうして会うことが出来るなんて。

 

彼女は何処ぞのオリジナルと違って、自分が七惟に向ける気持ちを完全に理解している。

 

そのためか、こうやって何気ない会話だけでも胸の鼓動が高鳴るのを感じた。

 

 

 

「私は仕事なんです、超面倒なことに此処から先誰も通すなと言われてます。しかも心理定規経由で。七惟こそ、隣人と一緒に銭湯に行ったんじゃなかったんですか?この先にはそんなものは超ありませんよ」

 

 

 

絹旗としては一緒に風呂に行こうと誘ったあの女がいったい誰なのか気になるところ。

 

既に七惟を狙う敵としてアイテム内に滝壺理后という最強クラスの敵がいるだけに、これ以上のライバルは増やしたくはない。

 

それに自分はあの時の少女と違って明らかに色んな部分が小さい、スタイルでは負けないと思うがそれでも女としての魅力では勝てないかもしれないのだ。

 

だが、そんな惚け気分の絹旗の表情もやがて曇って行く。

 

 

 

「ン……?どうした急に黙りこくって。何時ものマシンガントークはおしまいか」

 

「いえ……ちょっと待ってください七惟」

 

 

 

七惟の様子が、明らかにおかしい。

 

まずこんな深夜だと言うのに彼は息が上がっている。

 

こんな時間に走って行く目的地があるのだろうか?

 

そして確か彼は隣人……つまり上条当麻と数人で銭湯にバイクで出かけると言っていた。

 

そこに疲れたり、怪我をしたり、包帯をしたりする要素はない。

 

なのに今の彼は体の各所に包帯を巻いて、表情は疲れ切っているし、一番の不自然な点は……。

 

 

 

「七惟、その右腕……どうしたんですか」

 

 

 

義手である右腕の人口皮膚と包帯が一部捲れあがっており、グロテクスな機械の構造が見え隠れしている。

 

より細部を見てみれば何度か手荒に包帯を巻きなおした跡が見えるが、息が上がっている七惟を見るにここまで走ってきた内に包帯が取れてしまったのだろう。

 

あれだけ蛙顔の医者が厳重に巻いた包帯が解けるなんてことは戦闘が起こらない限り有り得ない、しかも七惟程の使い手を痛めつける程の強敵と戦ったということになる。

 

 

 

「……あぁ、ちょっとヘマしてな」

 

「ヘマ?」

 

「階段から転げ落ちて義手がイカレちまっただけだ、気にすんじゃねぇよ」

 

 

 

嘘だ。

 

階段から転げ落ちて体中包帯巻きになる人間なんて居る訳が無い。

 

 

 

「そんな子供みたいな嘘を超つかないで下さいよ、唯でさえ眠くて超機嫌が悪いんです」

 

「嘘じゃねぇ」

 

「あれだけの修羅場を一緒に潜ってきたんですよ、七惟が嘘をついているかついていないかくらい私には分かります」

 

 

 

滝壺ならばAIM拡散力場の波動からそういったモノを感知出来るかもしれないが、絹旗の場合は完全に勘である。

 

しかし勘が間違っていないのは明白だ、明らかに七惟の表情が窺わしくない。

 

 

 

「……ったく、お前は心理定規かよ」

 

「あのドレスと私を一緒にして欲しくないですね」

 

 

 

そう言って七惟は右腕を肩の位置まで上げ、絹旗が守る扉を指さした。

 

 

 

「俺はその先に用がある」

 

「用?」

 

「あぁ、俺が行かねぇといけねぇのさ」

 

「……超残念ですが、この先は誰も通すなと上からの命令を受けています。いくら元アイテムの七惟と言えど此処から先、扉を譲ることは出来ませんね」

 

 

 

満身創痍と思われる七惟、封鎖した扉、そして封鎖した扉の先に用があると言っている七惟。

 

これだけピースが揃えばパズルを組上げるのは簡単だ。

 

 

 

「七惟……私達に隠して、何かしているんですか?あの女と一緒に」

 

「あの女……?」

 

「超しらばっくれないでください、銭湯へ行こうと言ってきたあの女ですよ」

 

「へぇ……お前この扉を守れって命令だけで、その理由は特に言われてねぇんだな」

 

「……!」

 

 

 

上からはこの先では学園都市が極秘裏で行ってきた能力者開発の実験が行われていると聞かされているが、今考えればそんなものは嘘っぱちだ。

 

七惟を見れば分かる、学園都市の研究開発に非協力的な七惟がボロボロになってまでそんな実験に付き合う訳がないのだから。

 

 

 

「別に知らされなくても、この先が超危険であることくらいは把握してますけどね」

 

「危険、か。そこまで危なくねぇよ、だから通してくれ」

 

「そんな冗談はオフの時だけにお願いします、それだけの傷を負っている人間が言っても超説得力がないですよ。どうしても通りたいというのならば、条件があります」

 

「条件……?」

 

「はい、この先に何があるのか、行かなければいけない理由は何なのかを余すことなく全て私に話して下さい」

 

 

 

この先ある危険は、おそらく暗部抗争事件と同レベルで危ない、暗闇。

 

もし今七惟を行かせては命を失ってしまう可能性だってある、暗部時代に培った彼女の第六感がそう告げている。

 

ついこないだ右腕丸ごと一本失ってしまうほどの闘いを終えたばかりだというのに、またもや命のやり取りをする戦場へと彼を放り出すことなんて絹旗は出来ない。

 

 

 

「……それは、出来ねぇな」

 

「どうしてですか?」

 

「……」

 

「それも、答えたくないんですか」

 

「わりぃな」

 

「協力も、求めないんですか?」

 

 

 

少なくとも幾多の闇をくぐり抜けてきた自分ならば多少戦力になると絹旗は自負している。

 

自分と七惟にはそれこそ天と地程の実力差があるのは分かっているが、それでも無いよりかはマシなはずだ。

 

 

 

「…………」

 

「もし本当に七惟がこの先に進みたくて、何かを成し遂げなければならないと言うのなら私だって力になります。言っておきますが疲れ切っている七惟を一人この先に行かせるなんて私には超出来ません」

 

「絹旗、お前」

 

「あの時だってそうしたじゃないですか。一つのことを成し遂げるため、私は七惟を信じて滝壺さん達を任せたし、七惟は私を信じて、あの場を私に預けました」

 

 

 

暗部抗争の日、絹旗は自分が七惟に向けている感情を自覚した。

 

本当ならばあの燃え盛るサロンの中で七惟と一緒に闘いたかった。

 

だがそれは七惟の気持ちの冒涜だと思えた、七惟は瀕死の状況に陥ってまでも滝壺を守ろうとしたし、アイテムが存続する時間を作ってくれた。

 

だから絹旗は七惟を浜面に背負わせて、一人垣根へと闘いを挑んだのだ。

 

『一緒に居たい』と言ってくれた人の気持ちを、汲むために。

 

 

 

「ソイツは……」

 

「私だって七惟や麦野に比べれば小さな力しかないかもしれませんが、闘えます。アイテムの空中分解を防いでくれた七惟のために、私も何かしたいんです。私達はあのままだったら倒れるしかなかった、でも手を差し伸べてくれた七惟の御蔭でこうやって今も前に進めています。今度は七惟が困ったその時に、私が……いえ、私達が七惟に力を貸したいんです」

 

 

 

アイテムを守ってくれた七惟、滝壺の崩壊を防いだ七惟、浜面を奮い立たせた七惟、自分が前に進むことが出来るきっかけを与えてくれた七惟。

 

私のヒーロー、心の中の半分は未だに貴方のもの。

 

だからこそ、今度は私が貴方を支える人になりたい。

 

 

 

「私には滝壺さんみたいに七惟の補助演算は出来ないかもしれませんが、七惟と……七惟を助けたいと思う気持ちは滝壺さんにだって超負けませんっ」

 

 

 

七惟の一番は滝壺だ、それはもう分かっている。

 

自分がその隣に立つことはない、一番になることは有り得ないことも分かっている。

 

だけど、気持ちだけは負けたくない。

 

気持ちで負けたら、気持ちに嘘をついたら、今までの記憶が全部ダメになってしまう。

 

色鮮やかなハッピーな記憶、漫然と生きるためだけに仕事をこなしてきた暗部の中で見つけた幸せの記憶。

 

これが私の宝物。

 

 

 

「……絹旗」

 

 

 

自分の想い人が今目の前で苦しんでいるならば手を差し伸べて一緒に戦いたいと願ってしまうのはいけないことなのだろうか?

 

 

 

「何ですか?」

 

 

 

貴方と一緒に歩く未来を描くのは、傲慢なのだろうか?

 

 

 

「……お前は俺の仲間だったんだな」

 

「な、何を今更改まって言うんですか。仲間に超決まってます、私と七惟は仲間です!しかもそんじゃそこらの仲間とは訳が超違います!一緒に死線を潜り抜けてきた仲間なんですから!」

 

 

 

本当は仲間以上の関係を期待している自分がいるのだけれど、今の距離が一番心地が良いのかもしれない。

 

だから今は仲間で良い。

 

でもきっと、その先も夢見ていたい。

 

 

 

「絹旗……一緒に来てくれんのか」

 

「当然です」

 

「……仕事放棄のお咎めはどうすんだ」

 

「そんなものいつも通り心理定規に言って始末書書けば超解決ですよ」

 

「……そうだな、お前らしい。来い!」

 

 

 

七惟がドアノブを一瞥すると、あっという間に二人の障害となっていた扉は可視距離移動砲で消し飛んだ。

 

青と黒の世界で視界が埋め尽くされる、此処から先何が待ち受けているのだろうか。

 

今から七惟が何をするかも分からないし、何と戦うのかも絹旗は分からない。

 

分からないが、不安や恐怖なんてものは絹旗は持ち合わせていなかった。

 

何故なら、彼女は七惟を信じているから。

 

疑いに疑って、たくさんのことを知って、今だってもしかして七惟のことを疑っている、あの二重まぶたが特徴の女のこととか。

 

でもその疑いの数だけ七惟を知ったからこそ、今こうして一つのことを信じている。

 

 

 

『一緒に居たい』

 

 

 

その言葉を、信じている。

 

私の声を聞いてくれた、私のヒーローを信じている。

 

あの時あの場所で自分にあんな素敵な言葉を掛けてくれた少年が、これだけ命がけで動いている時に悪いことなんて絶対にする訳がないんだから。

 

こんな自分の奥底に潜んだ気持ち、絶対に七惟には秘密です。

 

 

 

 

 



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闇夜に光る魁星-ⅰ






「あ、七惟ちょっと待ってください。流石にこのまま戦場を突っ切ると私だと超ばれちゃいますから、帽子とサングラスを」

「よくそういうの持ち歩いてんな……」

「一応心理定規から扉を守れと言付けされてますし。当の本人が扉を超ぶち破ったなんてばれてもいいですけど私と七惟だけが知っておいたほうが何倍も今後が楽になります」

「そりゃあそうだ」

「あともう一つ……」

「あぁ?どうした怖気づいたか?」

「まさか。怖くはありません」

「じゃあなんだよ?」

「七惟の右腕ですよ。そんな状態じゃ超かっこ悪いですから、動かないでください」

「へぇ。流石に暗部の仕事やる時は応急キットは持ってきてんだな」

「私みたいな弱者はこういった備えが超重要ですからね……っと。はい、取り敢えず包帯で右腕のメカメカしいモノはこれで見えません」

「機械に包帯なんざ意味ねぇだろう」

「私はそう思いません。要は気持ちの問題ですよ?気持ちの持ちようは超大事です!」




 


 

 

 

 

 

深く被った防止にサングラス、ぱっと見れば七惟の隣で走っている人間は誰かは分からないが、変装した絹旗最愛である。

 

 

 

 

「超七惟、敵の情報を教えてください」

 

 

 

七惟と絹旗は第4下層の最奥へと続く道を走っていた。

 

七惟の右腕には絹旗が持っていた包帯で応急的に処置されており、露出していた機械が見えない最低限の保護はされている。

 

 

 

「……そうだな、簡単に言えば『水使い』の一部を持っていて、『身体能力強化』系統の力も持っている」

 

 

 

「多重能力者……?」

 

青に染め上げられた世界の至る所が既に破壊されている。

 

塗装が禿げて無機質な機械色がむき出しとなっていたり、中身まで貫通した亀裂からは時折電気系統がショートしたかのような、バチバチ、という音が聞こえてくる。

 

如何にこの場で繰り広げられた七惟とアックアの闘いが激しかったかを物語っているが、七惟にとって見覚えの無い破壊の傷跡も残されていた。

 

おそらくこれらは天草式がアックアと戦った時に生み出されたモノだ、急がなければ。

 

 

 

「まぁそれに近いって言えばそうだが。アイツには俺達の物差しは一切通用しない、常識の反対側に存在するような奴だ。能力者とは完全に別に考えてくれ」

 

「別の存在……?」

 

「そうだ、これから相対する奴は能力者じゃねぇよ。魔術を使うよく分からねぇ得体の知れない奴らだ」

 

「魔術……?魔法とか、ま、まさかゲームでよく見かける類の超ファンタジーのことですか!?」

 

「そういう奴だ。実際見たらたまげるだろうよお前も、マジで空飛ぶんだからな」

 

「さ、流石学園都市です。そんな奇想天外な連中まで居るなん……」

 

 

 

絹旗が異変に気付いて言葉を呑みこむ。

 

七惟も反応して周囲を見渡すと、青のオブジェの影の部分から何かがきらりと光った。

 

 

 

「絹旗!右だ!」

 

「超了解です!」

 

 

 

瞬間絹旗が窒素装甲を展開する。

 

彼女の能力は自身の身体の周りに薄い窒素の幕を生み出し、それを全身に纏うように展開、標的を攻撃する。

 

窒素の力を使って攻撃するため、少女の力では考えられないような爆発的な力を生み出すし、銃弾も効かない。

 

だが、衝撃そのものは殺すことは出来ないため、見えない敵から受けた攻撃により絹旗は数メートル吹き飛んだ。

 

 

 

「おい!」

 

「超大丈夫ですよ、これくらい慣れてますから。それより私の心配をするだなんて七惟らしくないですね?」

 

「ッ……確かにな」

 

 

 

二人のやり取りを待つことなく、影から攻撃してきた刺客がその姿を現した。

 

金属のボディに、人とは思えぬその体躯が青の照明を照り返してこちらに武装された右腕を向けている。

 

これは予想外の敵だ、コイツは何処からどう見ても学園都市性の『駆動鎧』。

 

 

 

「此処から先は関係者以外立ち入り禁止……との言葉をジャッジメントから聴かなかったのか?」

 

 

 

機械音声ではなく、人間の声がスピーカー越しに聞こえてきた。

 

周りを見渡せば駆動鎧は一体や2体ではない、ざっと見て10体近い数がこちらを包囲している。

 

 

 

「七惟……?これは」

 

「はン、大方こちらのやることが気に食わねぇ連中が仕向けたんだろ」

 

 

 

おそらく学園都市の手先である。

 

絹旗は確かに当事者でないため分からなくもないが、自分は後方のアックアと正面から既にぶつかっているだけに、何故邪魔をされるのか分からない。

 

このままでは死人が出る、間違いなく。

 

 

「俺は既にこの先にいる害虫野郎と戦ってんだ、通せ」

 

「それは出来ないぞ全距離操作。此処から先はとある少年以外は誰も通すなと言われている、お前はその対象ではない。もうお前は魔術の前で完膚無きまでに叩き潰された後であろう」

 

「……!」

 

 

 

この駆動鎧の男、魔術のことを知っているのか。

 

あの扉の守り手は絹旗だけでは無かったという訳だろう。

 

絹旗達が知らないところでアレイスターに更に近い奴らが2重の網を張っていたのか。

 

ではこのアックアの進撃も学園都市の思惑通りということなのか……?

 

いや、そんなことは今は問題ではない。

 

問題なのは此奴らが邪魔をすることによって五和達の元へ駆けつけられないことである。

 

 

 

 

「対象じゃない……だぁ?」

 

「貴様が大人しく引き下がるのならば、そこの小娘と共に見過ごしてやろう」

 

「ふざけんじゃねぇ鉄の塊。粉々にすんぞ」

 

 

 

七惟としては一刻も早く天草式の元へと向かって加勢をしたい。

 

もう既に闘いは始まっているのは間違いないが、手遅れとなる前に駆けつけなければ全滅の可能性が非常に高いのだ。

 

そうなってしまえば、七惟の仲間である五和だって無事ではすまないだろう、おそらく『死ぬ』と考えるのが妥当だ。

 

 

 

「舐めるなよ小僧。貴様がやってくるということは計算済みだ、その対策を我々がやっていないとでも思ったか」

 

「対策……?」

 

 

 

駆動鎧が武装されている手とは逆の左手を突きあげた。

 

その掌には丸い球体のようなモノが埋め込まれており、ミラーボールのように全ての面がキラキラと光っている。

 

七色の光を見て七惟の脳裏が警鐘を鳴らすも遅い、球体が一瞬白く光ったかと思うと、全方位に向けて眩い光を放射した。

 

 

 

「フラッシュ!?」

 

 

 

距離操作能力者の弱点は視界、要するに目を潰して視力を0にしてしまえばその力は完全に失われると言っても過言ではない。

 

それは全距離操作能力者の七惟とて同じだ、彼もパートナーで補助演算を行ってくれる滝壺がいなければこの瞬間は完全に木偶の棒となる。

 

 

 

「ッ……こ、の、野郎!」

 

 

 

機械音が鳴り響き、駆動鎧が接近してくるのが分かる。

 

分かるのだが、何も見えない、能力は使えないでどうしようもない。

 

幾分か時間が経過し、ぶわッと身の毛がよだつような音と風がその身に刻まれたかと思うと、ぐしゃりと捻り潰したと思われる音が聴覚を麻痺させた。

 

 

 

「七惟、超大丈夫ですか?」

 

「きぬ、はた?」

 

 

 

前者の轟音と風は駆動鎧が、後者の破壊音は絹旗が。

 

徐々に視力が回復していき、七惟はゆっくりと目を開く。

 

視界に入ってきた情報では、絹旗が目の前に立っており、迫って来ていた駆動鎧は絹旗の窒素装甲の一撃によって鉄のオブジェにめり込ませていた。

 

 

 

「1年間暗部から抜けていたなら駆動鎧に対する知識も超薄くなってますよね、もう少し警戒してください」

 

「……」

 

「あのタイプは空間掌握系……つまり転移能力者や距離操作能力者用にアンチスキルも動員しているタイプを改良したモノですね。五感を麻痺させる装備を身体の至るところにつけています、七惟じゃまず勝てませんよ」

 

「言われなくてもそれくらい分かる」

 

 

 

ぐっと歯を食いしばって駆動鎧の狙いを定める。

 

絹旗によって吹き飛ばされた1体含めて、残りの9体も全て同じ装備をしていた。

 

これは時間がかかりそうだ、天敵である偏光能力者ですら始末するのに5分近くかかるというのに、偏光能力者を数倍強化したような駆動鎧ではどれだけ時間を浪費させられるか考えたくも無い。

 

 

 

「くそッ……!絹旗、さっさと始末すんぞ」

 

 

 

七惟が身構えて懐から天草式が置いて行った短剣を取り出す。

 

が、その仕草を見て絹旗が七惟を制止するかのように、右腕を出して七惟を止めた。

 

 

 

「絹旗?」

 

「……見てわかる通り、コイツらは対空間掌握系の駆動鎧です。そして七惟がやってく

ることも分かっていたと言っていました。要するに七惟への対策は超万全で、余程のことがない限り負けることはないと思っているはずです。そう思わなければ学園都市に8人しかいない超能力者に喧嘩なんて売りませんから」

 

「んなこと分かってんだよ。だけどな、此処ではいそうですかって言える程俺はモノ分かりがよかねぇぞ」

 

「それくらい私にも分かっています、ですがそれが今の七惟にとってプラスになるとは超思えませんね」

 

「……」

 

 

 

絹旗の能力によって吹き飛ばされた駆動鎧がもぞもぞと動き始める。

 

対空間掌握系の武器だけではなく、全身に纏う金属の鎧が中の人間を防御しており、ちんけな攻撃ではびくともしないのだ。

 

周囲に居る9体の駆動鎧はおそらく無人兵器で、ターミナルとなっている人間が操っている駆動鎧が命令を出さなければ動かない。

 

 

 

「七惟の敵はこの先にいる能力者……なんでしょう?」

 

「あぁ」

 

「そしておそらくその能力者は、私だったら何も出来ないかもしれませんが、七惟だったらどうにか出来る。超違いますか?」

 

「……だろうな」

 

「そして今目の前にいる敵は、七惟だったら何も出来ないかもしれませんが、私だったらどうにか出来る。これは違いますか?」

 

「……お前の言う通りだがな、早々に諦める訳にはいかねぇんだよ」

 

「だから、こうしましょう」

 

 

 

人間が操る駆動鎧が鉄の残骸から飛び出した、それと同時に周囲に居る9体の駆動鎧も動きに呼応し、こちらに向かって突進してくる。

 

絹旗もそれに合わせて窒素装甲を展開し駆動鎧へと向かっていく、駆動鎧は再びこちらの視覚を潰そうとフラッシュ攻撃を構えた。

 

完全に出鼻を挫かれた形になった七惟は、もんどり返りながら叫んだ。

 

 

 

「おい絹旗!」

 

「私がコイツら全員超引き受けました!七惟はこの先に居る能力者をお願いします!」

 

「お前何言ってんだ!?」

 

「七惟がコイツらの相手をしていたら、例え倒せたとしても夜が明けて、事が終わってしまいます!その点私は問題ないでしょう!」

 

 

 

再び駆動鎧がフラッシュを放った、一般人よりも遥かに目を酷使している距離操作能力者は、目を瞑っていてもその光によって視界が眩んでしまう。

 

顔を顰める、前が見えない、振動で体が震えた。

 

霞む視界の一部で絹旗の被った帽子が虚空を舞っているのが見えた、その光景が七惟の焦燥を駆り立てる。

 

 

 

「巻きこんじまったお前を置いていけるわけねぇだろ!」

 

「だったら私を超信じることですね!」

 

「信じる!?」

 

 

 

絹旗の右腕が人間が操るターミナルとなっている駆動鎧の身体を捉え、駆動鎧は後方へと吹き飛ばされる。

 

だが敵はターミナルだけではない、今度は七惟に向かって無人の駆動鎧が拳を振り上げてきた。

 

目を半分開けながら七惟は攻撃をいなし続ける、だが距離操作の制度が格段に落ちてしまい、おちおち回避もしていられない。

 

 

 

「仲間って、たぶんそういうものなんです!」

 

 

 

ターミナルに追撃を仕掛けようとした絹旗を、別の無人駆動鎧が追いかける。

 

瓦礫に埋まったターミナルが立ち上がるころには既に絹旗は迫っていたが、横から別の駆動鎧の容赦ない一撃が振るわれ、今度は絹旗がコンクリートの中に埋まる。

 

 

 

「絹旗!」

 

 

 

が、絹旗の身体に衝撃はあったとしても傷はない。

 

再び立ち上がると、窒素で強化された身体をフルに使って駆動鎧に襲いかかる。

 

 

 

「仲間って……足りない、モノを!自分には超足りないモノを補ってくれるモノなんです!それが出来なかったから!アイテムは、壊滅しました!」

 

 

 

七惟と絹旗に5:5で振り分けられた駆動鎧は見事なコンビネーションでこちらの動きを潰していく。

 

絶えず行われるフラッシュ攻撃で七惟の目はもう限界に近付いていた、変装でサングラスを装着している絹旗と違い対策もへったくれも何も無い七惟にとってこの攻撃は脅威なのだ。

 

 

 

「だけどそれを七惟がぎりぎりで繋ぎとめてくれたから!私や滝壺さん、浜面は生き残ってこうやって七惟と一緒にいられるんです!今の私と七惟には、自分の得手不得手を補って、助け合っていくことが超出来るはずです!」

 

「お前……!」

 

「七惟が出来ないことは、私がやります!だから七惟は行ってください!私に出来ないことを、七惟がやってください!」

 

 

 

しかし七惟はその絹旗の言葉に答えて、彼女にこの場を預けることが出来ない。

 

絹旗も分かっているとは思うが、ターミナルとなっている人間はおそらくプロだ。

 

そしてどれくらいプロなのかと言えば、世界の闇を知っている七惟と同レベル。

 

本来ならば科学の世界において魔術のことを知る者などほとんどいない、アレイスターの直近とされていた博士くらいしか七惟の周りにもいなかった。

 

そんな奴が絹旗を活かしておくとはとてもじゃないが思えない、おそらく最後は殺すつもりだ。

 

あの時無理やりにでも絹旗を昏倒させていれば、と七惟は苦虫を噛み殺したような表情を浮かべる。

 

 

 

「私を超信じて!」

 

「……ッ」

 

 

 

絹旗の茶色の髪が揺れ、彼女の細い体が戦場を舞う。

 

七惟だって絹旗を信じたい、信じてこの場を預けたい。

 

一刻も早く五和達天草式の元へと向かわなければならないのに、その判断が出来ない。

 

 

 

「絹旗……!」

 

 

 

七惟の声に彼女は振り返らない、その背中に呼び掛ける。

 

絹旗のことが信じられないなんてそんなことは無い、でもそれが正しい判断かどうかなんて自分には分からない。

 

もしこの場を絹旗に任せて自分が離れてしまったらどうなる?

 

あの時のような……名無しの少女の時のような、いやそれとは比べ物にならない程の残酷な未来が待ち受けているのではないか?

 

あの時の恐怖が彼を鎖のように縛り上げその場に釘付けにしてしまう。

 

 

 

「七惟は今まで私を疑ってきたでしょう!?滝壺さんを使ってアイテムに七惟を引き入れた時も!スクールのスナイパーの時も!」

 

 

 

そうだ、七惟は今まで絹旗を信じたことなんてほとんどない、いや皆無だ。

 

疑って疑って、嫌悪感を抱いて、一度はどうしようもない関係になってしまったことだってあった。

 

 

 

「それだけ疑って!私は七惟が信じられないような人間でしたか!?」

 

 

 

彼女の小さな体から発せられる大きな言葉、その強い力に七惟の記憶がよみがえる。

 

そんなことはない、絹旗の行動には全て理由があった。

 

スナイパーの件、自分が囮となって飛び出せば敵に隙が出来ると冷静に判断していた。

 

燃え盛る戦場で垣根と向き合った際、どうすればアイテムが生き残れ、滝壺を活かせるのか、起死回生の一手が打てるのか分析し自らを人柱とした。

 

 

 

「私だって七惟を超疑いました、嫌っていうくらい!」

 

 

 

彼女のそんな姿勢を見た自分は絹旗を信じたのではないか?

 

だから一緒に居たいと思ったのではないか、自分の声を聴いて欲しいと思ったのではないか?

 

だからこそ、垣根との闘いでは、絹旗にあの場を任せたのではないか?

 

あの時彼女は生きて帰ってきた、そして自分も今こうして生きている。

 

自分を助けたのは誰だ?病院でずっと付き添っていてくれたのは誰だ?

 

 

 

「でもそれだけ疑ったから!疑った分だけ七惟を知ったから!七惟のことが、七惟のことを!」

 

 

 

瓦礫と粉塵を巻き上げる駆動鎧の乱打を避けた絹旗が振りかえりる。

 

その刹那に二人の視線が重なる、サングラスをかけ本来ならば見えない彼女の大きな瞳が見えた気がした。

 

今だって絹旗はこうやって闘ってくれている、全くの無関係なのに勝手に首を突っ込んで、あれだけ引き下がるように言ったのに、それでも食い下がってて。

 

劣勢ではあるものの彼女がこのまま倒れる未来なんて自分には見えなかった。

 

此処までやってくれた絹旗を、今更疑うのか?自分はどうしたいんだ?この絹旗の気持ちに対して。

 

 

 

「絹旗!」

 

 

 

そんなことは決まっている、その答えは。

 

 

 

「頼むぞ絹旗ぁ!」

 

 

 

信じるに決まっている。

 

その体に、言葉に、瞳に込められた強い気持ちを。

 

 

 

 

 



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闇夜に光る魁星-ⅱ

 

 

 

 

 

 

天草式の50人近いメンバーは、アックアの手によって開けられた大きな穴を覗きこみ、大5下層で繰り広げられている闘いを眺めている。

 

見つめていたのではない、ただただ無気力に、肩や腕をだらんと垂らして、眺めていた。

 

目の前で繰り広げられている聖人と聖人の闘いは、例えるならば隕石の激突にも思えた。

 

そんな圧倒的な才能を振りかざす聖人達の片方は、かつて自分達を率いてくれていた優しい女教皇。

 

あの人は今も自分達のために、あの少年のために闘ってくれている、こんな世界の果てのような日の光さえ届かない地下深くの科学の都市にも駆けつけてくれた。

 

それなのに、自分達は何も出来ない。

 

今のアックアは明らかに自分達を相手にしていた時と違う動きだ、あんなのに真正面からぶつかっていけばものの数秒で天草式のメンバーはモノ言わぬ肉塊となるだろう。

 

自分達はいったい何をやっていたのだろうか。

 

どれだけ努力しても、どれだけ頑張っても、どれだけ命懸けで戦ったとしても彼女達がいる聖人の高みには絶対に辿りつけない。

 

そして神裂火織は自分達を守るために闘ってくれているというのに、いざ危険となればすぐに駆けつけてくれる彼女の動向を見て、こんなことを思ってしまった。

 

まるで一人立ちが出来ない子供の火遊びを、親が見守るような。

 

何処までいっても、自分達は絶対彼女の掌の上から逃れることは出来ない。

 

自分達は、圧倒的な才能を誇る者たちに遊ばれるだけなのだと。

 

本来ならばこんなことを考えてはいけない、神裂火織は命懸けで闘ってくれているのに、彼女が闘えば闘う程、自分達の努力を否定されている気がしてしまう。

 

そしてこれだけの激闘を目の前にしておきながら、そんな矮小な考え方しか出来ない自分達が心底嫌になる。

 

五和は手のひらから零れ落ちた自分の槍を無気力に見つめた。

 

アックアを倒すために、何十回何百回と魔術を練り込ませた強固な槍、自分の魔術の結晶とも言っても過言ではない槍。

 

だがそんな彼女の努力の結晶すら、聖人……神裂火織にとっては玩具の域を出ないのかもしれない。

 

 

「……」

 

 

 

他の天草式のメンバーも同じだ、あの建宮ですら苦虫を噛み殺したかのような表情を浮かべ、視線を逸らしている。

 

絶対的な才能の差。

 

その事実だけが、彼らの心の束縛をより強固なものしていくその時だった。

 

 

 

「はッ。んだよこりゃ、辛気臭い面をどいつもこいつもぶら下げやがって。此処はお前らのお仲間の葬式会場か?」

 

 

 

後方から、聞きなれた男の声がした。

 

誰もが反射的に、脱力しながらも首を回して後方から聞こえてきた挑発的な声の主を探す。

 

 

 

「てめぇらやっぱりそんなもんなのかよ、俺を手こずらせた天草式ってのはこんな糞雑魚集団だったのか?」

 

 

 

その声の主は、やはり何処までも挑戦的で、横暴で、こちらのことなどちっとも考えてない、コミュニケーション能力の欠片すらも持っていないように思える。

 

だがその声を聞いて、少なくとも五和だけは、心の中に小さな光が灯ったことが分かった。

 

 

 

「てめぇらの上司が何処までやれるか知らねぇがな、てめぇらが此処で蹲ってるためにあの上司が闘ってる訳じゃねぇだろ」

 

 

 

五和の手から零れ落ちた槍を広い、その声の主の少年は切っ先を見つめた。

 

自分の力の結晶とも言える槍を、少年は強く握りしめて五和に差し出した。

 

 

 

「なぁ五和。俺はお前を信じてる、今までのお前のことを死ぬほど疑って、そんな疑惑の要素しかねぇお前がやってきたこと、乗り越えてきたことを見てきたからな」

 

 

 

その少年の名前は、七惟理無。

 

学園都市第8位の超能力者にして、アックアとの闘いで再起不能の怪我を負い、もう二度と立ち上がることが出来ないのではと思われた男。

 

だがその男はこちらの予想を覆してこの場にやってきた、戻ってきた。

 

 

 

「疑った分だけ、信じることが出来る。俺のツレはそう言ってたな。俺が信じてる五和って奴はこんな所で木偶の棒みたいに突っ立ってる奴じゃない」

 

 

 

自分に押しつけられた槍を受け取った五和だったが、そのまま膝から倒れ込んでしまった。

 

何て言ったらいいのだろう。

 

命懸けで助けてくれたのに、あれだけの実力の差を見せつけられた上でそれでも自分を生かすために逃げろと言ってくれたのに。

 

自分達が出来たことなんて、何も無い。

 

アックアにダメージを負わすことも、あの少年の右腕を守ることも、七惟を安眠させることも出来なかった。

 

 

 

「七惟さん……」

 

「さてと、馬鹿でかい害虫の掃除でもしてくるか」

 

 

 

七惟は見た目ダメージは回復されているように見えるが、それでも右肩から下の義手部分は包帯が剥がれ落ちかかっているあたり万全ではないのは明らかだ。

 

もしこの貧弱な右腕をアックアに狙われでもしたら、忽ち粉々になってしまう。

 

 

 

「む、無理です!プリエステス様でようやく相手になるような敵なのに……!」

 

 

 

もうこれ以上七惟を巻き込みたくない、五和はその一心だった。

 

情けないとか、弱すぎるとか、今の天草式の表情を見ればそんなこと誰だって言いたくなるし、反論するつもりもない。

 

しかし、これ以上七惟を巻き込むことだけは止めなければならない。

 

七惟は元々無関係だ、あの時上条の護衛に加勢するとの申し出を断っておけばこんなことにはならなかった。

 

それに七惟は既に自分を守るために、二度と目を覚ますことはないのではと思える程の重傷を負った。

 

今はこうして出歩いているがそれは結果論に過ぎない、もし七惟にあの力がなければ彼は目を覚ますことはなかっただろう。

 

神裂火織もそうだが、これ以上こんな卑屈で惨めな自分達を守ってくれるために誰かが傷つくのだけは止めて欲しかった。

 

 

 

「はッ……そうかい」

 

「七惟さんだって力の差を目の当たりにしたでしょう!」

 

 

 

彼もアックアの圧倒的な破壊力の前に既に破れている、その実力差はきっと天草式なんかよりもずっと良く分かっているはずだ。

 

それなのに、どうしてこの人はまた挑もうとしているのだろう。

 

 

 

「絶対に勝てません!命を自ら捨てるような行為をされるくらいなら……この場で、力ずくで止めます!」

 

 

 

そうだ、今回は運よく七惟は助かったが、次はどうなるか分からない。

 

アックアは対天草式では手加減をしていたが、対神裂火織、対七惟理無ではおそらく手加減などなく、容赦はしないはずだ。

 

そんな殲滅兵器のような敵ともう一度相対してしまえばどうなるかは誰だって分かる、答えは死あるのみ。

 

 

 

「五和」

 

「な、なんですか」

 

 

 

彼を見殺しにするくらいなら、此処で自分が彼を気絶させてしまったほうがいい。

 

その後のことなんて考えられない、アックアに完膚なきまでに叩きのめされるかもしれないがそうしなければ自分は絶対に後悔する。

 

此処で彼を立ち止まらせて引き止めなければ必ず。

 

 

 

「やっぱり、お前は俺が思った通りの奴だな」

 

「な、何を……」

 

 

 

七惟の信頼を一つ残らず裏切ったような自分に対して、今更何を言うのだろうか。

 

 

 

「力ずくで俺を止めた後お前はどうすんだ?」

 

「そ、それは」

 

「力ずくで俺を気絶させたら、その後どっかに移動させて自分は自爆しようとでも思ってんだろ」

 

「うっ……で、でも!七惟さんを死なせてしまうくらいだったら……私がやられてしまったほうが全然いいんです!」

 

「なら、どうしてお前らは上司を一人でいかせて……自分達はこんな場所で馬鹿面下げて死んだような目をしてんだよ」

 

「え……?」

 

 

 

虚を突かれた。

 

そうだ、確かに自分は七惟の言う通り、彼を安全な場所に移動させた後のことなんて冷静に考えていない、叩きのめされて死ぬかもしれないというのに。

 

でもそれでもいいと思った、これ以上自分のせいで誰かが、七惟が傷ついて死んでしまうくらいなら自分が人柱になろうとも何処かで考えてしまっていた。

 

他の天草式の仲間がどうするか分からないが、彼女は七惟を見殺しにするくらいならば自分が犠牲になったほうが良いという結論を出してしまっている。

 

 

 

 

「俺相手にそれが出来るんだったら……どうして天草式の上司の元に駆けつけて、自分達が闘うと言わねぇんだ」

 

 

 

どうして、なんて考えたことも無かった。

 

 

 

「そ、それは……元々私達とプリエステス様では土俵が……違う、違いすぎるんです!私達がどれだけ足掻いたところで、それはプリエステス様の邪魔になるだけなんですよ、だから……!」

 

「はン、そいつは俺にも当てはまるだろ。敢えて言うがな、俺の実力からすりゃお前らなんざ正直言って雑魚だ。一人一人の力なんて俺とお前らじゃ月とすっぽんって言っても過言じゃねぇな。五和、お前の理論から言えば俺だって住む土俵が違う、意見すんじゃねぇよってことになるだろ」

 

「で、でも!私と七惟さんは仲間なんです!仲間なら、どんなことだって包み隠さす言って、嘘をつかないで、真っ直ぐな言葉をぶつけるって七惟さんだって言ったじゃないですか!だから私は七惟さんに……」

 

「なら、それを何故上司に言わねぇんだよ。アイツはお前の仲間じゃないのか?違うのか五和」

 

 

 

『仲間じゃない』

 

 

 

その言葉に一瞬五和の頭はフリーズするが、すぐに回転し始め先ほどよりも声を荒らげて反論する。

 

 

 

「な、何を言っているんですか!」

 

「お前らはあの女を少しでも疑ったことがあんのか」

 

「う、疑う!?」

 

 

 

七惟の言葉に五和は狼狽を隠せない。

 

プリエステスを疑うなんて論外だ。

 

彼女はいつでも自分達のことを思って行動してくれるし、自分達のことを思ってあの絶大な力を放ってくれる。

 

そこに邪な考えや黒さなどは存在していない、そんなことをしない人だと五和は信じている。

 

 

 

「お前と俺の関係は、そこから始まっただろ。いや疑うよりもっと酷いな、実際になぐり合って拷問にかけて、それでも一緒に闘って、仲間になったんじゃねぇのか?」

 

「そ、そうですけど……。で、でも」

 

「お前らはあの神裂の気持ちを少しでも疑ったことあんのか?考えたことがあんのか?表で言っていることと裏で考えてる気持ちが違うって、少しでも疑ったことはあるのかよ」

 

「ないです!」

 

 

 

五和は断言した。

 

自分達を導いてくれていた優しいプリエステスが、そんな非道な真似をするはずがない。

 

 

 

「あの女がお前らのことを本当に邪魔になる、なんて言ったことがあるのか?敢えて巻き込まないように、お前が俺に言ったようにそう仕向けて危険から遠ざけてんじゃねぇのか?」

 

 

 

その言葉に、五和だけではなく今まで静観していた天草式すらも目を丸くした。

 

 

 

「え……?」

 

「俺はほとんどめぇらの事情は知らねぇがな……そんな俺から見ても問題はある程度見えてるぞ?勝手に信じ込むのは、考えることの放棄ってことだ」

 

 

 

言いたい事は言ったとの表情で七惟は踵を返す。

 

どう考えても五和達からすれば中途半端なところで話を切り上げられたとしか思えない、それにまだ彼の言いたい事の全容が見えてこない。

 

 

 

「な、七惟さん!」

 

「疑った分だけ、信じることが出来る……さっきも言っただろうが。疑って知った分だけ、信じれんだよ。俺はだから五和を信じてる。お前らはあの女の何を知っている?もう一度腹の底からよく考えてみろ、じゃあな」

 

 

 

七惟はそれだけの言葉を残して、天草式に背を向け走り出す。

 

 

 

「ま、待って下さい!」

 

 

 

五和がその言葉を言った時にはもう七惟の姿はそこにはなかった。

 

彼が向かったのは彼女の上司がいる第5下層、銀河と銀河が衝突するような戦争のまっただ中。

 

その背中に手を伸ばすことしか、彼女達には出来なかったが。

 

心に灯った小さな光が、少しずつ燃え上がって行ったことを彼女達はまだ気づいていない。

 

 

 

 

 

 



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闇夜に光る魁星-ⅲ

 

 

 

第5下層に降りてきた七惟を待っていたのは、大型トラックの衝突と同じ衝撃がありそうな勢いで飛んで来る神裂火織だった。

 

案の定コンクリートの壁にぶつかった神裂は、ぴくりとも動かず虫の息のようだが、虚ろな目を何とか働かせてこちらを捉える。

 

 

 

「な、七惟……理無?」

 

「はン、天草式の……神裂火織」

 

「な、何故貴方が……こんなところに」

 

「何故って、決まってんだろ。あそこでふんぞり返ってる野郎を黙らせにな」

 

「な、何を馬鹿なこと……ガフッ」

 

 

 

声を上げようとした神裂が血を吐き、青の大地を染め上げる。

 

見渡せば至るところに神裂の血が付着しており、彼女の状態を見ても既に満身創痍……いや、動いているのが奇跡とも思えるような傷を負っていた。

 

 

 

「貴方では絶対にアックアに勝てません!自ら命を捨てるようなことをしないでください」

 

「じゃあ聞くが、お前だったらアイツに勝てんのか?」

 

「そ、それは……」

 

 

 

神裂は一度は目を逸らすも、再度表情を硬くする。

 

 

 

「少なくとも貴方よりは可能性があります!貴方一人じゃ玉砕しに行くようなものです!」

 

「はッ……俺に負けた奴が何を言ってんだか。それにな、俺だって一人じゃ勝てないことくらい百も承知してんだよ」

 

「なら」

 

「俺と……お前の後ろにいる天草式、アイツ等も含めたなら。勝てんだろ?」

 

 

 

七惟の言葉に息を呑む神裂、だが七惟はそれ以上何も言わない。

 

神裂に言われたことは、分かっている。

 

全距離操作七惟理無では絶対に後方のアックアには勝てない。

 

全距離操作を捨てた、科学と魔術が巡り巡って生み出す異世界の力も、あの男には通用しない。

 

それに、神裂のほうがまだ可能性があることだって、分かっている。

 

だが、それでそう簡単に諦める訳にはいかない。

 

何も知らないインデックス、こちらの気も知らずターゲットとされながらも自ら敵へと向かっていく上条、気に食わない奴だが仲間のために命を張って闘った神裂。

 

とかげの尻尾として扱われていると分かっているのに向かっていく天草式。

そして……。

 

 

 

「とにかく、てめぇはそこで見とけ。俺が何とかしてる間に、お前も何とかすること考えときな」

 

 

 

学園都市の刺客を一手に引き受けてくれた絹旗、最後まで自身ではなく誰かのために動いた五和。

 

皆の姿を見て、何かを感じない程自分はまだ腐ってはいない。

 

フィールドの至るところに神裂とアックアがまき散らした『この世の理から外れた力』が溢れている、これだけあればこの痕跡を辿っていくのは簡単だ。

 

七惟は再び科学と魔術が巡り巡るこの力を身体に纏い、強大な敵へと向かって一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「また貴様であるか、井の中の蛙よ」

 

「はン、見あきた面で悪かったな。俺が蛙ならお前は害虫だ」

 

 

 

七惟はこうして、再び後方のアックアと対峙した。

 

神裂とアックアの闘いによって破壊し尽くされた第5下層は、隔壁の至る所に亀裂が入り、排水管は引き避け、道なき道が幾重にも出来あがっている。

 

これだけでも、二人の闘いが如何に激しかったかを知るには十分過ぎた。

 

 

 

「再起不能にしたつもりだったが」

 

「詰め甘い。俺は生きることに関しちゃ執着心ありありだからな。どこぞの女と同じで」

 

「そうか。しかしせっかく拾った命である、無駄にしないほうが良いと思うがな」

 

「吠えてな」

 

「……認識が甘いようであるな、貴様にも言っておこう。私は神の右席の一員である。そして、聖人としての素質も兼ね揃えている。信徒二〇〇〇〇〇〇〇〇〇に一人、そして全世界に20人といない一人でもある、こう言えば分かるのであ……」

 

 

 

しかしアックアが最後まで言い終えることはなかった、半天使化した七惟が目にもとまらぬスピードで間合いを詰め右腕を振りかざしたのだ。

 

七惟の一撃は周囲に衝撃を撒き散らし粉塵が舞い上がるが、それを難なくメイスで受け止めたアックアは顔色一つ変えない。

 

 

 

「貴様も何処ぞの娘のように手が先に出るタイプであるか」

 

「気が早いからな」

 

「全距離操作の状態でも、天使化した状態でも貴様が私に勝てないのは先ほど立証したが?」

 

 

 

数時間前アックアと戦った時のことを思い返してみると、確かに言われる通りだ。

 

全距離操作の状態で最強とも言える一撃をこの男は正面から受け止めた上で、ノ―ダメージ。

 

半天使化した状態での攻撃も、アックアの勢いを相殺することはなく弾き飛ばされた。

 

その事実だけを考えれば自分に勝てる要素なんてないが、勝算がなければそもそもアックアに再戦を挑もうとは思わないはずだ、七惟だってそこまで玉砕が好きではない。

 

 

 

「はン……俺は往生際がわりぃんだよ、納豆みたいな人間て思っときな」

 

「ならばよい、私の前に立ちはだかるというのならば死にかけの病人だろうが歳老いた老人だろうが斬り伏せるのみ。行くぞ井の中の蛙よ!」

 

「死にかけの人間はな、後に引けねぇから性質がわりぃぞ!」

 

 

 

七惟の光る右腕を受け止めていたアックアのメイスが唸る。

 

音速の壁を突き破って放たれる脅威の一撃は音を破壊し空間を引きさき、唸りを上げて七惟目掛けて放たれる。

 

初戦はこの一撃であっさり敗れてしまったが、今はあの時と違い体力も全快に近い。

七惟は光る右腕ではなく、右足を振り上げる。

 

目では捉えきることすら困難かと思われたメイスだったが、右足のつま先でその切っ先を蹴り上げ、動きの鈍ったところを右手でむんずと掴む。

 

 

 

「ほう、少しはマシになったのであるな」

 

「学園都市の能力者舐めんじゃねぇぞ!」

 

 

 

アックアの筋肉が爆発的に肥大化し、一気にメイスを引こうとする。

 

だが常人離れした筋力は半天使化した七惟も同じ、逆にアックアの引く力を利用し、メイスごとアックアの身体を押し飛ばした。

 

互いがこの世の物理法則を無視して行われる戦闘、アックアの身体が地面に激突し、地響きが鳴り響く頃には二人は次の行動に移っている。

 

爆心地から水流が天に向かって立ち上り、その上を滑るように移動しながらアックアが再び攻撃姿勢を取った。

 

 

 

「今のが攻撃であるか?」

 

「悪い、痛かったなら謝るぞ?」

 

 

 

アックアの足場となっていた水流が突如として分裂し、四方八方に飛び散った。

 

一つ一つの弾の大きさは3立方メートル、それがアックアが薙ぐメイスと同等のスピードで飛んで来る。

 

それを見て今度は不可視の壁を作る、この状態になってからは時間距離や二点間距離を扱うことは出来ないが、やはり異世界の物質を扱う時点で目覚めた能力のせいなのか、この壁は作り出せた。

 

しかし等身大の壁を一面にしか作りだせないこの防御法ではやはり防ぎ切れない、七惟は身体のバネをフルに動かし高速で移動する。

 

 

 

「逃げてばかりだな、攻撃するつもりがないように見える」

 

 

 

そんな異次元のスピードで駆けまわる七惟に平気な面をして付いてくるアックア。

 

だが此処までは予想通りだ、むしろまだまだ奴は本領を発揮していない。

 

この程度ならば神裂だって出来る、しかしその神裂が敗れたということはもっとさらにその上があるということだ。

 

 

 

「てめぇがどんな方法で闘おうが勝手だろ?それとも神の右席とやらはそこまで器がちいせぇのか」

 

「それは言い訳というものであろうな」

 

 

 

七惟の動きにアックアが追いついた、問答無用でメイスを薙ぎ力任せでこちらを潰しにかかる。

 

 

 

「ッ……!」

 

 

 

先ほど受け止めた一撃より遥かに重みが増した一撃だと瞬時に悟る、右手で防ぐのは危険だ。

 

身体を反り、曲芸の如く回避するが姿勢が崩れる。

 

そこを突かない程アックアは甘くない、聖人としての才能が、傭兵として培ってきた技術が七惟に休む暇を与えさせない。

 

四散していた水流を再び支配下に置き、それをハンマーのごとく七惟に向かって放つ。

 

 

 

「なんでもありだなてめぇらは……!」

 

「むしろこの程度は当たり前だと思ってもらいたいものである、これは遊びではないのだからな」

 

 

 

これ程の闘いを遊び、か。

 

やはりこの男、もしかしなくても自分と住んでいる世界が一つか二つ程違うのかもしれない。

 

だが今更そんなことを考えたところでどうにかなるわけでもないのだ。

 

魔術ではなくこの濁流は物理攻撃と同じだ、青より青く染まった押し寄せる水流を不可視の壁で跳ねのけ、突く形で放たれたメイスの上に飛び乗る。

 

 

 

「獲物がやけにでかいと色々不便だな」

 

 

 

七惟はそのメイスの上を凄まじい速さで駆け抜け、そのままアックアの手元まで走ると顔面へ蹴りつける。

 

だがアックアは態勢を崩す前に、手元に引き寄せた水流をハンマーの如く七惟に思い切り叩きつけた。

 

 

 

「がふッ!?」

 

 

 

身体が並みの聖人以上に強化されている七惟と言えど、堪え切れない。

 

そのまま水流と共に隔壁へと叩きつけられる、青の世界に染まった地下都市で見る水はやはり外より幾分か気持ちが悪い。

 

だがそうのんべんだらりともしていられない、何かが爆ぜるような音がし、七惟は条件反射で跳躍する。

 

するとつい先ほどまで居た所にアックアが突進する形でメイスを突き刺していた。

 

 

 

「おい、それ刺さったら死んでたがてめぇらの宗教的に殺しは大丈夫なのか?」

 

「気にするな、私の力は『殺人罪』すら圧倒的な慈悲で軽減してくれるのだからな」

 

「そいつは便利な能力だな、じゃあなんだ、人殺し放題かてめぇ」

 

「戦場においては何か不都合があるかね?」

 

「ないな」

 

 

 

七惟とアックアがあいまみえるその瞬間には、周囲のモノ全てを薙ぎ払う衝撃が何度も発生し、地下都市を荒廃させていく。

 

七惟が右腕でアックアのメイスを掴み取れば、アックアは水流で七惟を木っ端微塵にしようとする。

 

七惟が肉弾戦を挑もうとすれば、その動きを百戦錬磨の実力で圧倒的に制圧していく。

 

やはり最初の激突で感じたことは自分の間違いではないと自覚する。

 

この男、聖人としての底が丸きり見えない。

 

そしておそらく、今のままでは数分後に自分も天草式のようになってしまうということを容易に想像出来る。

 

脳裏にズタボロにされた虫の息の神裂が過った。

 

彼女はいけ好かない奴だが、仲間の為にあそこまで身体を張って闘っている。

 

頭にこびりつくマイナスの思考を振り払い、彼は前を向きアックアを見据えた。

 

 

 

 



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闇夜に光る魁星-ⅳ




更新速度をあげたい!


 


 

 

 

 

 

目の前に佇む青の巨人。

 

絶対的な壁として七惟の前に立ちふさがるアックアの弱点はいったい何なのだ、全く見えてこない。

 

宗教に疎い科学側の人間なのでよく分からないが、インデックスの話では聖人は一人一人が扱うエネルギーが元々決まっていて、そのエネルギーを制御するために大半の力を使用してしまう。

 

結果神様とかに与えられた力の一端の、そのまた一端を扱うのが精一杯というのが基本だ。

 

神裂もそうだった、唯閃の時以外の『この世の理から外れた力』は差ほど大したことは無く、はっきり言って唯閃を使われるまでその力が使われていることに気付かなかったのだ。

 

だがアックアは大きく違う、今こうして何か特別な力を使わずとも、異世界の力を強く感じるし、そのおかげでこの世の力に非ざる痕跡が大きく残っており七惟は半天使化が可能となっている。

 

しかしそれは、常時神裂の唯閃に近い状態でアックアが戦っているということだ。

 

神裂を倒した時は、記憶が曖昧ではあるものの神裂が切り札として使用する唯閃賭けていたからまだ勝機があった。

 

そこだけに集中し、その力を逆手にとって攻撃すれば良かった。

 

対してアックアは常に全力、常に唯閃を使っていような感じだ。

 

そこに一切の妥協も、加減もされていない。

 

聖人としての全力はほとんど出せないはずなのに、全力を出すどころかそれを常時開放してしまっているのだ。

 

インデックスの話ならば、何処かで絶対無理が出て自爆するはずなのにこの男はその素振りさえ見せない。

 

こうなってくるとやはりインデックスが教えてくれた線が非常に濃厚となってくる。

 

 

 

「どうした、動きが少し鈍ったようであるな」

 

「脳筋野郎が、てめぇと違ってスタミナがねぇから大事に使わねぇといけねぇんだよ」

 

 

 

常時全力、常時唯閃状態。

 

七惟は聖人としての神裂とは互角以上の闘いをすることが出来たが、唯閃使用時の神裂にはぎりぎりのところで勝利したに過ぎない。

 

要するに七惟の実力はほとんど神裂と変わらないどころか、作戦が下手を打てば負けていた可能性だってある。

 

だからどうしても二人の間に差が出てしまう、聖人がいったいどういう原理であのような桁外れの力を引き出しているのか見当もつかないが、生憎自分の出力をこれ以上上げることは出来ない。

 

聖人の場合、出力を上げてしまえば何処かで必ず無理が出て、逆に失速してしまうという。

 

自分の場合は出力を上げたらどうなってしまうか検討もつかないし、上げ方すらわからない。

 

七惟の翼が垂直に伸び、アックアに向かって身体を押しだす。

 

噴射する光はオレンジ色で、疾風のように駆けまわる七惟だったがそれを簡単にアックアは追尾する。

 

後ろに回り込もうと自身の筋力を限界まで使ってみるが、それでもアックアは自分の動きに難なくついてくる。

 

 

 

「運動をするつもりはないと言ったはずであるが」

 

 

 

右手で掴みかかろうとした七惟に向けて、5Mものメイスが振り下ろされる。

 

急に進路は変えられない、態勢を変えて凌ごうとするも、第一波のあとは第二派、そして第三派とたて続けに攻撃が繰り出された。

 

メイスの横薙ぎ、水流の四方からの鉄砲水、やっとこのことで逃げ切ったかと思ったらそこにはまたメイスの一撃。

 

だんだんとこちらの動きよりもあちらが早くなっている……いや、こちらが遅くなっているのが分かる。

 

まるでアックアは無尽蔵のスタミナを持っているかのようだ、このままではいずれ神裂のように攻撃を防ぎ切れなくなりやられてしまう、そうなってしまう前に何かしらの手を打たなければ。

 

 

 

「このッ……!」

 

 

 

七惟は振り下ろされたメイスの一撃を紙一重で避ける、地面に直撃したメイスの衝撃で空間が揺れ、地面は叩き割られまるで地割れの如く巨大な亀裂が出来あがる。

 

反動で足元が揺らいだ、七惟は転がりながらも爆心地から遠ざかり、一気にアックアへと飛びかかる。

 

翼から光を撒き散らしてアックアを肉迫するも、そうはさせないと行く手を大量の水が遮ってきた。

 

龍の形を模した濁流が凄まじい勢いでこちらに向かってくる。

 

だが所詮はこの世の理の中で形成された物質、不可視の壁で防ぎ切れるはずだ。

 

七惟は正面切って龍の顎へと突っ込んだが、それは単純に考えて罠だった。

 

 

 

「聖母の慈悲は厳罰を和らげる」

 

 

 

アックアのメイスが、濁流の中へと突き刺されたのだ。

 

アックアの攻撃には『異世界の力』が強く含まれている、それは物理攻撃においても例外ではない。

 

濁流を抜けた先に待ち構えていたメイスの一突きが七惟の身体目掛けて放たれる。

全距離操作の状態では成すすべなく敗れてしまったが、それは今の状態になっても違わない。

 

ある程度の力は何とか壁で打ち消すことが出来たが、全ての力を0にすることなど到底不可能、容赦なく5Mもの巨大なメイスが七惟に向かって叩き込まれた。

 

 

 

「がああぁぁ!?」

 

 

 

まるで隕石が衝突したかのような衝撃に、一瞬全ての感覚が麻痺し痛覚が遮断される。

 

その直後に轟音が鳴り響き、ようやく自分に与えられたダメージを認識した。

 

隣の区と22学区を別つ隔壁まで吹き飛ばされ、全身の感覚が一気に悲鳴を上げ、身体の中からも痛みを訴えてくる。

 

どうやらメイスの直撃を受けたのは義手となった右腕のようだ、もしこれが左半身の何処かに打ち込まれて居たら、唯でさえ五体満足ではないのに、3体満足くらいになってしまうところだった。

 

 

 

「野郎……」

 

 

 

朦朧とした意識の中で七惟は立ち上がる、足は震え頭から血を流し、口の中はもう何の味がするのかどうか分からない。

 

右手の義手はボロボロだ、しかしあれだけの攻撃を受け切ったというのは流石学園都市製だと自虐する余裕すらない。

 

まだ2発くらっただけ、たった2発だというのにこのダメージ。

 

自分は先ほどまで少なくとも3、4発はヒットさせたというのにアックアは全くダメージを受け付けていない。

 

 

 

「アックアァ……」

 

 

 

やはりおかしい。

 

いくら何でもたった一撃でこんなダメージを受けるはずがない、聞こえは悪いが七惟だって既に今の状態の自分が人外の域に達しているのはよく分かっている。

 

だからこそ、分かるのだ。

 

あれだけの力を、自分と同じ人間はもちろん神裂のような並みの聖人が出せる訳がない。

 

内部に誇る力があったとしても、それを打ち出す出力端子を持てるとは思えない。

 

七惟だってあれだけ馬鹿のような力を出せば、身体の何処かに絶対無理が出る。

 

その無理を、アックアは貫き通す。

 

 

 

「もう終わりかね、井の中の蛙よ」

 

「蛙、蛙うるせぇ奴だ……」

 

 

 

人間の制御できる力も、聖人が制御出来る力をも軽く超えてしまっている。

 

それだけの力を吐きだすためには、絶対何処かにからくりがあるはずだ。

 

可能性があるとすれば『神の右席』、ルムの扱う力はそれこそ規格外であったがそれと同じ程の規格外があると考えなければならない。

 

もうひとつ、インデックスの言う通り『二重聖人』の可能性。

 

 

 

「やはりルムが敗れたのは『界』の圧迫によるものか。その程度の堕ちた天使にあの出鱈目な女が負けるはずがないのでな」

 

「ッ……」

 

 

 

違う。

 

覚えていないが、おそらくルムを倒した時の出力はこんなもんじゃない。

 

この程度では、おそらくアックア並みに規格外のあの女を倒せるはずがない。

 

あの時引き寄せた『界』は聖人ではなく、学園都市に現れた天使そのものだった。

 

天使そのものの『界』を引き寄せたから、ルムを倒せたはずなのだ。

 

並みの聖人の『界』では神裂と同等レベルが精一杯、アックアすらも一目置く神の右席台座のルムに勝つことなど不可能。

 

ならば、どうすればいいのか。

 

 

 

「はン、まだ俺はくたばっちゃいねぇぞ。てめぇもその程度だからルムに劣るんじゃねぇのか」

 

「挑発であるか?」

 

「はッ……事実を言ったまでだ。あの女は俺から一発も攻撃を食らってねぇし、俺はまともに闘うことも出来ないままくたばりそうになったからな」

 

「要らぬ言葉を重ねるのには達しているようだな、今この場において私とルムの実力関係など、どうでも良いことであろう?」

 

「関係あるな……。ルムより劣るてめぇが、ルムを倒した俺に勝てる訳がねぇのさ」

 

「言いたいことはそれだけか?現実を知って貰うのである」

 

「きやがれ、デカイだけのウドの大木が!」

 

 

 

満身創痍の状態の七惟、対してアックアは全くダメージを受けていない。

 

この二人が正面から激突すれば結果は明らかだ、唯でさえ実力差があるというのにそこに体力の有無が加わればどうなるかくらい誰にでも分かる。

 

が、敢えて七惟はその選択を選ぶ。

 

これだけ言えば、如何に冷静なアックアと言えど多少は出力を高めに出すはずだ。

 

その高めに出した出力を、『界』として捉えて引き寄せる。

 

アックアが何故こんな論外の力を出せるのかはもう重要ではない、出せているものは出せているのだから、今更あーだこーだ言った時点で意味がない。

 

しかし言えることは、その出力が100%『この世の理から外れた力』で形成されていること。

 

ならば、幾何学的距離操作で必ず自分のものにすることが出来る、そう確信している。

 

 

 

「天使化を解除するとは、自暴自棄か?」

 

「まさかな」

 

「……もう語る必要もなかろう、貴様には失望した」

 

 

 

アックアがメイスを構える、これは一種の賭けだ。

 

もしこれで先ほどと同じ状態にしかなれなかったら、もう自分はこのままアックアのメイスの直撃で死ぬしかない。

 

 

 

「聖母の慈悲は厳罰を和らげる」

 

 

 

人間や聖人では避けられない速度、人間や聖人では防げない力を持ってして今必殺の一撃が放たれる。

 

 

 

「時に神に直訴するこの力。慈悲に包まれ大地を貫け!」

 

 

 

アックアのメイスが自分の右手と同じ淡い光で包まれて行き、莫大な速度でこちらに向かってくるアックアを見て一瞬怯む。

 

今回は既に不可視の壁もとっぱらった、異世界の力も解除している、自分を守るものはなにもない。

 

直撃すれば当然死あるのみ、直撃しなくても死あるのみ、賭けが凶と出るかそれとも吉と出るか。

 

だがどちらにしろやらなければならない、どう転んだって自分がコイツに勝てないのは分かっている。

 

 

 

「神だ神だと、うるせぇ奴だ……」

 

 

 

でもきっと、五和が居る天草式ならば。

 

天草式と、神裂が再び手を組めば。

 

何も策がないのにただの魔術師集団である天草式がアックアに突っ込んで行くはずがない、そう考えれば何処かに必ずアックアを打ち破る手があったはずだ。

 

その策を神裂と一緒に使えば……おそらく聖人に関して他のどの魔術団体よりも、その力を知っている彼らならば。

 

対抗策を考えているはずだ。

 

だから彼女が、彼らが再びこの場に戻ってくるのを信じて、自分はただ闘うのみ。

 

 

 

「神より重いモノがあるってことをてめぇに教えてやらぁ!」

 

 

 

アックアの力と、七惟の全てを賭けた意識が交錯する。

 

 

 

 

 

 



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闇夜に光る魁星-ⅴ

 

 

 

 

 

第5下層に全てを白に覆い尽くす光が放たれる。

 

痛覚を麻痺させる轟音、視界を塗りつぶす光、五感の大半を消し去ってしまいそうな力。

 

それこそがアックアの一撃、神の右席後方の男。

 

破壊の後の静けさとはこうも恐ろしい程音がしない世界なのだろうか、こんな無音に支配された空間では自分が生きているのか死んでいるのかも分からない。

 

だが、自分の右手から伝わる感覚が自身の存在をしっかりと認識させる。

 

右手の感覚が、死んでいない。

 

何かを握っている。

 

それは。

 

 

 

「……貴様、それが正体という訳か」

 

「……言っただろ、学園都市の能力者舐めんじゃねぇ」

 

 

 

瞬間、七惟の両肩から一気に一対の翼が天に向かって開かれる。

 

右手から放たれる光は前よりも白く、より白くなり見るモノ全てに無をイメージさせる。

 

 

 

「アックアアアァァ!」

 

 

 

メイスを握っていた右手を大きく振り上げると、アックアの巨体が巨大なメイスごと空中に持ちあがる。

 

 

 

「なに!?」

 

「おおおあああぁぁぁ!」

 

 

 

七惟は力任せにメイスを振りまわすと、勢いそのままアックアをメイスごと大地へと叩きつける。

 

 

 

「おおおぉぉぉ!?」

 

 

 

アックアの雄たけび、これまで完全に戦場を支配していた男の叫び声。

 

今までアックアと対峙した者がいれば、アックアがこんな声を上げることなど想像もつかなかっただろう。

 

それだけの所業を、今の七惟はやってのけた。

 

瓦礫の中からアックアが立ち上がる、その顔は決して見せなかった苦痛の色に染まり、頭から血を流し、青を貴重とした服を汚した。

 

 

 

「なるほど、それだけの莫大な力……その力の前では、ルムの『渦』など無いも同然」

 

「はッ、……それでもダメージ無しか」

 

「あの女を破ったのはその力か。しかし今まで何故その力を出さなかったのかが分からぬな。出し惜しみしていたというわけでもなかろう」

 

「お前みたいな脳筋野郎には考えつかない程の苦労があんだよ」

 

「ふっ……無駄な詮索は止めよう。貴様を叩き伏せれば問題ないのだからな!」

 

 

 

アックアがメイスを構え、まるでランスの突進かのように腕を突き出し、爆発的な加速を見せてメイスを突きつける。

 

七惟がつい先ほどまで立っていた場所を中心としてメイスが突き刺さり、耐えきれなくなった地面が崩壊、第5下層が崩れ落ち第6下層が大きな口を開けた。

 

だがその崩壊点にもう二人はいない、七惟は曲芸のごとく崩れ落ちる瓦礫の上を移動し、アックアは水流に乗り一気に地盤が固い部分へと駆け昇る。

 

 

 

「ふん、確かにその力は素晴らしい。だが私の本気を甘く見て貰っては困るのである!」

 

「そいつぁ同感だ、俺はずっと本気だがな!」

 

 

 

アックアのメイスが唸る、先ほどまでの自分は手を抜いていたと言いたいかのように、その破壊力は見るモノのを震えさせる。

 

 

 

「むん!」

 

 

 

唸るメイスを交わす七惟の退路を防ぐように、アックアの魔術がフロアを蹂躙する。

 

濁流の如く流れ来る大量の水はもはや狂気すら感じられた。

 

 

 

「うらああぁぁ!」

 

 

 

七惟はその四方から迫りくる水を右手一振りで掻き消した、触れた瞬間霧散した魔術に目を見張るアックア。

 

 

 

「なるほど!その力、既に『テレズマ』無しの力では効果無しといったところか!堕天した力の分際で小賢しいのである!」

 

「好きなだけ言ってな!だがな、『この世の理に則った力』はもう一切通用しねぇぞ!」

 

「しかし分からぬな、情報やルムの話では貴様は此処まで他人のために命を張るような人間ではなかったであろう!」

 

「これだけ短期間に死にかけりゃあ人間の中身なんざ簡単に変わる!口だけ回してると足元が御留守だぞウドの大木がああぁぁ!」

 

 

 

多くを語らぬアックアが戦場に於いてこれだけ喋っているのには訳があるのかもしれないが、七惟はそんなことを気に留める余裕などない。

 

アックアの音速とも言える真正面からの突きを右足で蹴りあげると、先ほど同様その太い芯を掴もうとする。

 

 

 

「甘いな全距離操作、先ほどまでの私と今の私は全く違うのである!」

 

「ぐッ!?」

 

 

 

が、アックアごと持ち上げようとした七惟の身体が今度は逆に持ちあげられる。

 

 

 

「神の右席の力、舐めてくれるな」

 

「このッ……!?」

 

 

 

アックアの全身に力がみなぎり、七惟が掴んでいたメイスに莫大な負荷がかかる。

 

離すべきなのか!?……手を離して、再度叩きつけられたら……!

 

両面から膨大なダメージを受けるよりは、片面からのダメージを優先させることにした七惟の覚悟と共に、アックアのメイスが七惟ごと隔壁に叩きつけられた。

 

痛みを言葉にする暇などない、七惟はすぐさま立ちあがり迎撃態勢を取るも遅い、目の前には敵が既に迫っている。

 

 

 

「問うたはずだ、貴様が何故そこまで闘うのかを。その覚悟を見せてみろ、貴様の身を以てして!」

 

 

 

七惟の優れた逆算能力のせいでよく分かる、今のアックアの身体に溢れている『この世の理から外れた力』はまだまだ留まることを知らずに上昇していく。

 

 

 

「行くぞ全距離操作、貴様の覚悟を己の全てで語れ!その覚悟が私の認めるものであるかどうか見極めてやろう!」

 

 

 

離脱しようとした七惟に容赦の無いアックアの一撃が飛んで来る。

 

突きだ、『薙ぐ』や『叩きつける』よりも遥かにスピードが乗る、おそらく攻撃の中では最速に値する音速の一撃。

 

 

 

「アックアアアアアァァ!」

 

 

 

避けることは不可能だと悟った七惟が右手を突き出して、その切っ先を防ごうと身構えるが。

 

 

 

「三度目はないのである!」

 

 

 

1回目も2回目も七惟のつま先でけり上げられたメイスだったが、今回は莫大な量のテレズマにより強化されていたのだ。

 

事前にそれを見切っていた七惟だったが、アックアは突きの動作の直後、自らの身体に大量の水を後方から噴射し自身を推進させる。

 

 

 

「ガッ!?」

 

 

 

一段階目の突きは防いだ、防いだが二段階目の推進攻撃は受け止めきれない。

 

先ほどぶつかった隔壁とは真反対方向へと二人の影が飛んでいく、右腕はまだぎりぎりメイスを抑えてはいるが、メキメキと嫌な音を立てて更に七惟を焦燥へと駆り立てて行く。

 

そして遂に限界が来た、押さえていたメイスの切っ先が手のひらを弾いた。

 

 

 

「ッ!?」

 

「受けてみろ」

 

 

 

腹部を容赦なく射抜いた、隕石が衝突したかのような衝撃が起こったかと思うと次の瞬間には七惟の身体は意識を置いて吹き飛ばされる。

 

七惟の身体が隔壁に衝突した、破壊活動の対象とされることを想定されていない地下都市の隔壁は糸も容易くその使命を投げ捨て、地下都市同士を別つ鋼鉄の隔壁が陥没した。

 

そのまま地面へと叩きつけられると、身体の至るところがもはやまともに機能しなくなっているのが分かる。

 

内臓はまだ元の位置にあるのか、骨はどうだ、血液は何割削り取られたか……。

 

朦朧とした意識の中で七惟は思う、これでもまだ足りないのかと。

 

神の右席、後方のアックアにはこれでも並ぶことが出来ないのかと……。

 

 

 

「やはりその程度か。極東の聖人よりはマシであるが、戦闘ごっこの域を出なかったな」

 

 

 

アックアの存在を五感が捉える、だが七惟はこの圧倒的実力差の前でもやはり諦めない。

 

この諦めの悪さは、ミサカを助ける時から始まり神裂火織戦でも、一方通行戦でも、垣根帝督戦でも衰えたことはない。

 

まだ、足りない……足りないのであれば……!

 

 

 

「ぬるい、甘いぞ全距離操作。貴様の覚悟とはその程度か?吾輩には貴様の動きを見ていても一切その体に纏い見えてくるべき覚悟が一切分からない。そのような軟弱な意思は語る必要すらない覚悟である。散れ」

 

「……覚悟、覚悟うるせぇ奴だ」

 

 

 

足りないのであれば、また再び上昇した奴の身体から力を引き寄せればいいだけだ。

 

 

 

「てめぇの言う覚悟なんざ……あるわけねぇだろ」

 

「なんだと?」

 

「覚悟とか、そんな大層なものじゃねぇ。今の俺がこうやって、てめぇと戦ってんのは。てめぇが大好きな覚悟とか綺麗な言葉使って誤魔化そうなんざ微塵も思わねぇんだよ……」

 

「……」

 

「俺はな、アイツらと一緒に居たい。美咲香とくだらねぇ話をして、浜面と馬鹿やって、暴食シスターと戯れて、五和と喋って、絹旗と飯を食う、そういう毎日が欲しい。考えれば考える程馬鹿らしい普通のはずの日常の欲望を叶えるために闘ってる、身勝手な小さい奴だ」

 

 

 

そう、今の自分が望むのはこれだけだ。

 

 

 

「普通の一般人からすれば当たり前の日常を、何処にでも転がってるような日常をアイツらと一緒に過ごしたいだけだ。当たり前の日常って奴を手に入れたい。結局そういうことだってもう知ってんだよ。それをてめぇがめちゃくちゃにぶち壊してんだろうが!俺達にとって普通になるはずの日常をてめぇがぶっ潰してんだろうが!」

 

「冷静な貴様が感情的に喚くなどらしくはないな。もうそこまで追い詰められていると、奥の手はないと判断してもよいのであるな」

 

「真実だろうが」

 

「……貴様達数十人が不幸になり、死ぬだけで世界の何十億の人間が救われる、奪うことによって救われる人間もいることを知れ」

 

「知ったことか!てめぇらが掲げる大義名分とか最大多数の最大幸福とか、俺達にとっちゃどうでもいいんだ!んな綺麗ごと並べるんだったら地球のため人類全員が死ぬべきだって言ってんだろ!」

 

「そうであるな。だが、だからどうした?此処は戦場である、貴様の言うことは最もであるが戦場においては勝者の言葉のみが力を持つ。歴史を作るのは勝者、真実を作るのも勝者である。此処で敗者の貴様がどれだけ言葉を積み上げても無意味ということだ。正に今の貴様が並べたような綺麗ごとを声高々に主張したところで、その声を聴く者など何処にもいないのであるからな」

 

「決めつけてんじゃねぇ」

 

 

 

まだまだ七惟がこの男に言いたいことなんて腐るほどある、ぶちまけたいことは腹の中で燻っている。

 

だが、これだけはコイツに言っておかなければならない。

 

 

ひたすら闘いに意味を求めるこの糞ったれだけには、闘う意味を語ってやる。

 

 

 

「俺が闘う理由をな、教えてやる」

 

「覚悟が無い癖に語るか小僧」

 

「はッ……俺とてめぇじゃまず覚悟の意味がちげぇんだよ……俺はな」

 

 

 

七惟は立ちあがり再び半天使化を解除すると、アックアが眉を顰めた。

 

何をしかけてくるか、おそらく気づいているだろうが気にする必要もない。

 

 

 

「自分を知りたい」

 

「なに……?」

 

「どうしてあいつらと一緒に居たいのか、その理由を知りたい」

 

 

 

どうして彼らと一緒に居ると、こうも心が安らぐのだろうか?

 

 

 

 

初めて一緒に居て不快じゃなかったのはミサカ19090号、美咲香である。

 

一緒にいることで、例えガラス瓶越しだったとしても会話をするだけで心は穏やかだった。

 

最初は分からなかったが、きっとこれが友達なんだと、後からは家族であり、妹のような存在なのだと勝手に思い込んだ。

 

次に一緒に居て気が楽だと思ったのは、五和だった。

 

呆れる程にヒーローに熱を上げていて周りが見えていない奴だし、命のやり取りを2回以上しているのに自ら進んで仲間だと言ってくれた。

 

言われた時の心情は靄がかかったように燻っていたが今ならその気持ちがクリアに分かる。

 

単純に、シンプルに嬉しかった。

 

生まれて初めて真正面から前向きな言葉を人から貰った気がした。

 

下らない会話をして、上条のために動く彼女を見て、会話を重ねて彼女を知っていく内に一方通行ではないストレートな感情をぶつけ合う会話がとても楽しい。

 

そして、この気持ちを明確に自覚したのは暗部抗争の日。

 

あの日、少女を殺されて、失って初めて気づいた。

 

身体の内から溢れてくる衝動、一緒に居たいと、願うこの気持ち。

 

でも、あれだけ垣根帝督と殺し合っても、一方通行に呪いの言葉を吐いても、フレンダに裏切られても、麦野に殺されかけても、滝壺や絹旗が助けてくれて、浜面と他愛ない会話をしても……どうして、どうして自分が彼らと一緒に居たいと思っているのかは最後まで分からなかった。

 

だから。

 

 

 

「天涯孤独な俺がどうしてこんなに他の奴のことを考えて、怒って、安堵して……もっとアイツらのことを知りたい、アイツらと一緒に生きていきたいと思うのか」

 

 

 

そう、これしかない。

 

あの眩暈がするほど照りつける太陽が輝いた夏のあの日から全てが始まった気がする。

 

それまでは目が眩むような景色から、目を背けたくなるような現実もあった。

 

それを意思の無い目で見て何処か他人事だと全てに諦め、色の無い毎日を唯々過ごす日々だった。

 

意味の無い日々を唯流れるように過ごし、B4の紙切れに収まりそうな1年を繰り返し、自身の居場所が無い、足元すら覚束ない。

 

親しい奴なんてもちろんいないし、親の顔すら分からない、人との関わりが煩わしくて嫌になる。

 

しかし今はささくれ立っていた自分の感情が嘘のように思える。

 

全てはあの日、始まりはあの研究施設で美咲香と対峙した時。

 

何がしたいか分からない、明日のことも分からない、明日を迎えるのが億劫だった日々が、それからは間違いなく変わった。

 

不快じゃないとか、気が楽だとか、そんなつまらない単語じゃ説明出来ない程一日が、会話が、出来事が、自分を変えていた。

 

明日が来るのが楽しみにしている自分が居る、この瞬間、今を必死に生き抜こうとする自分が間違いなく此処にいる。

 

生きた屍なんて言われていたのが嘘みたいに。

 

その力の源は?分からない、だから答えを探す!

 

そのために此処から!アイツらと一緒に生きて帰る!

 

 

 

 

「そう思うアイツらと生きて一緒に帰る覚悟、それだけだ!」

 

「ッ!」

 

 

 

瞬間、七惟はアックアの持つ疑似AIM拡散力場から大量のテレズマを引き寄せる。

 

1段階目、右肩から羽が生えた。

 

雷光のような白の翼が右肩から天に向かって伸び、右手の掌が淡く白く光り始めた。

 

2段階目、右肩から生えた羽が背丈分から更に巨大化し、自身の2倍近い大きさになりオレンジ色の粒子を移動しなくとも周囲に撒き散らす。

 

だが、足りないのだ、これだけでは……!

 

 

 

「諦めの悪い、それでは私は倒せないとまだ分からぬか!」

 

 

 

アックアの言う通りだ、これじゃまだ力不足だ。

 

力不足ならば、アックアが持つ、さらにその奥から力を引っ張り出して対等以上の力を得るまで!

 

 

 

「アックアアアアアアアァァァァ!!」

 

 

 

七惟の目から火花が散った、右目から膨大な量の光の粒子があふれ出る。

 

白い光が瞳に宿り、燃え盛る炎のように常にきらめきを放つそれを持ち、七惟はアックアに向けて飛び立った。

 

 

 

「まだ奥の手があったのであるか!」

 

「足りない、これじゃまだ足りねえええぇぇぇ!」

 

 

 

七惟の瞳に宿る炎の色が青白く変化した、それと同時に七惟の光の翼からオレンジ色の粒が撒き散らされ、一気にアックアの鼻っ面に割り込む。

 

 

 

「ぐぅ!?」

 

「うおおおあああぁぁぁ!」

 

 

 

七惟の鬼気迫る気迫に一瞬だがアックアがたじろいた、その一瞬を逃がすものかと死にもの狂いで七惟は鈍ったアックアのメイスを右手で弾き飛ばす。

 

そのまま勢い殺すことなくアックアの胸元に潜り込むと、光る右手で胸元を掴むと同時に、絹旗が巻いてくれた義手を覆う包帯が全て解き放たれる。

 

 

 

「なんだと!?」

 

「出力最大だあああぁぁぁ!」

 

「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!?」

 

 

 

メカむき出しの右腕がアックアの顔面を容赦なく握り潰す。

 

超加速でアックアの身体をぐっと一端引き寄せてから、引き離し、スピードを殺さないで地面にたたきつける。

 

だが叩きつけるだけでは終わらない、七惟はアックアの身体を地面に叩きつけた直後に隔壁に向けてそのため込んだ力を思い切り放出した。

 

アックアの身体はボーリングの玉のように転がり隔壁に激突、先ほど七惟が衝突した時よりも大きな轟音が鳴り響き、聴覚が麻痺していく。

 

人間の力ではどうすることも出来ないはずの隔壁が陥没するだけではなく、四方に亀裂が入って崩れ落ちて行った。

 

だが、まだアックアは死んではいない。

 

七惟にだってそれくらいは分かる。

 

やがて舞い上がる鋼鉄の粉塵の中からメイスを持った一人の男が現れる。

 

身体は血だらけ、右目は潰されており満足にモノを見ることすら困難な様子だ。

 

メイスは無事だが身体のダメージは相当なものだろう、これで自分と五分といったところか。

 

 

 

「生きて帰る覚悟、か……なるほど。唯の有象無象の兵が言うには戯言ではあるが、貴様は今その覚悟は語るに十分、であるな……!」

 

「はッ……満身創痍、か?」

 

「何を下らぬことを。今此処に私はようやく見つけたのだからな、命をかけるに値する覚悟を持つ男を!」

 

「……俺は絶対に答えを見つける。そのために今この一瞬はお前に譲れねぇ、俺が勝ち取る!」

 

「ふ……よかろう、行くぞ学園都市の戦士よ!」

 

 

 

二人が第6下層で再度激突する。

 

おそらく次の衝突で、何かが終わる。

 

それは二人の命なのか、この闘いなのかは分からなかったが、そんなことは今の二人にとってはどうでも良いことだった。

 

七惟は帰りたい場所がある。

 

アックアは闘うべき理由を持った。

 

ならば答えは簡単だ、譲れぬものがあるのならば二人は闘うしかない。

 

 

 

「聖母の慈悲は厳罰を和らげる」

 

 

 

七惟の右腕は再び淡く、青く白く光り燃え上がると、右目の青白い炎もゆらゆらと揺れる。

 

アックアがメイスを構えた、突きの態勢だ。

 

おそらく今まで一番の最高速度で放つ一撃、砲弾よりも音速よりも早く、おそらく知覚では音の速さだろう。

 

交わすのは不可能、ならば正面から叩き伏せるのみ。

 

 

 

「時に、神に直訴するこの力。慈悲に包まれ天へと昇れ!!」

 

 

 

もう後戻りは出来ない、一直線に、この世の物理法則を完全に無視したスピードと力で向かってくる。

 

七惟の背中の翼が大きく開き、光を撒き散らしながらアックア同様一直線に向かっていく。

 

アックアの通った後からは青白い光が、七惟が通った後からはまるで残像のような粒子が生まれては消えていき、二人が激突した――――――。

 

 

 

 

 



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白黒の舞台から、世界の夢を見る-ⅰ

 

明滅する光が見える。

 

今、自分が何処にいるのか……そして周囲で何が起こっているのか。

 

混濁した意識の中で七惟は徐々にだが目を開き、響き渡る地響きの確認を行おうとしたその時だった。

 

硬いコンクリートの地面に自分が寝かされているということと、その真横にたった今ぴくりとも動かない天草式のメンバーの一人が放り投げられたということに。

 

あぁ、そういえば……自分は。

 

 

 

「…………あの野郎、まだ」

 

 

 

彼の視界に飛び込んできた風景は、戦場だった。

 

天草式の神裂と、五和達がアックアと戦っている。

 

天草式のメンバーは次々と蹴散らされていくも、彼らの目は決して死んではおらず死に物狂いの顔でアックアや神裂の動きについていっている。

 

その中心は槍を持った五和だがその動きが明らかにおかしい。

 

目に見えて分かるそれは、常人よりも何倍も速く、また有りえない脚力に腕力を持つ動き。

 

身体強化の魔術でも使っているのだろうか?だとしたら何故五和だけ……。

 

あぁ、そうか。

 

五和に全員の魔力を供給してあの常軌を逸した動きを生み出している訳か。

 

神裂との連携も問題なさそうに見える、二人で上手く攻守の交代・フォローアップが出来ているように思えた。

 

やはり五和達はやってきた、あれだけはっぱをかけてやったのだから当たり前、か。

 

二人の動きは無駄がなく、神裂もあれだけのダメージを負っていたというのに見間違えるほど動きに迷いがなく、鋭い。

 

だが、それでも。

 

七惟の攻撃によって片目を潰され、甚大なダメージを受けたであろうアックアはそれでも天草式と熾烈な戦いを繰り広げている。

 

はっきり言ってあの形相は追い詰められた獣というよりも、鬼神のように見えた。

 

その眼はまだ諦めてはいない、まだ自分は戦い続けられるという確固たる信念と自信が満ち溢れており、あれほどの戦いを繰り広げてまだ尚己の掲げた目的のため戦い続けるその姿には戦慄を覚える。

 

そして神裂や天草式も善戦してはいるが、決定的な一打は与えられていない。

 

アックアの動きからして、五和を強化している術式を組んだ天草式のメンバーを狙っている。

 

こうやって七惟が戦局を分析している間にも、天草式のメンバーは一人……また一人とアックアの攻撃を受け再起不能のダメージを叩き込まれていく。

 

おそらくそのうちの何人かは既に死んでいる、七惟の横に降ってきた天草式の男は首がおかしな方向に曲がっており、絶命している。

 

七惟が目を覚ましたその時より五和の動きも徐々にだが落ちてきている、このままではアックアと神裂の動きについていけず神裂の負担が大きくなり潰れてしまうだろう。

 

七惟の近くにまた一人天草式のメンバーが降ってきた、だがまだ息はあるようで膝をつきながら起き上がろうとしている。

 

彼は目を覚ました七惟に気がついたのか、こちらに視線を投げて早口で言う。

 

 

 

「あんた、動けるなら加勢してくれ!アンタが加われば絶対にアックアを押し切れる!」

 

 

 

焦っているのかようやく見つけた希望に期待しているのか分からないが、男は七惟の肩を掴み強く揺さぶる。

 

しかし今の七惟には戦う力はもうほとんど残されていない。

 

痛覚がもはや遮断されているのでよく分からないが、七惟の身体は間違いなくアックアの攻撃によって破壊されている。

 

最後の一撃、アックアの顔半分を潰した訳だがその時七惟はアックアのメイスで腸を思い切り貫かれ、風穴が空いたはず。

 

見るに今はその傷は何故かほとんど塞がっているが、それでも肉体の疲労・ダメージは極限まで達していてまともに戦うことなどままならない。

 

しかし男はもちろん七惟の現状なんてよくわかっちゃいないだろうし、七惟としてもまだ戦っている五和達を見てこのままここで傍観など出来る訳もなかった。

 

 

 

「はッ……わかってんだようっとおしい」

 

「頼む!」

 

 

 

ようやく勝利が見えてきたことで天草式の男の目に輝きが生まれる。

 

七惟は体を起こし、神裂と五和の苛烈な攻撃をメイスで凌ぎながら後退するアックアを見る。

 

やはりあの得体の知れない異世界の力は残ったままだ、また逆算していけばさっきのような出力までいけずとも最低限までは届くはず。

 

そうすればアックアを倒し、脅威を取り除きあの日常に戻ることが出来る。

 

今迄と同じように幾何学的な距離、目に見えない事象を引き寄せようと演算を行っていくが……。

 

 

 

「……ッ」

 

 

 

出来ない、あの力を引き寄せることが。

 

 

 

「おい、どうした?どうしたんだよ!?」

 

 

 

七惟の表情の変化に気付いた男が、すがるような目で見てくる。

 

その目が七惟に早くしろ、早くなんとかしてくれ、もうお前しかいないと言ったように訴えかけてくるようで肩にかかる力も増していく。

 

だが……。

 

 

 

「出来ねぇ……」

 

「なん……でだよ!アンタが早く戦わないと、教皇達が!」

 

「んなこと分かってんだよ馬鹿野郎が!くそったれ!」

 

 

 

どうして、どうして出来ない?

 

計算式はあっている、今までと同じやり方だし、痕跡を辿って逆算するやり方には弊害はないはず。

 

計算するにあたって体力的な問題は関係ない、五体満足だろうが四体満足だろうが関係なくあの演算を行えば間違いない。

 

まさか七惟のメンタルが影響している?それは計算間違い以上に有り得ない答えだ、なれば一体……。

 

そこで七惟は思い出した、腹に風穴を空けられたはずなのに全く問題なく話している今の状況に。

 

死んでいておかしくない、アックアと刺し違えるつもりで良いと放った一撃の代償にしてはあまりに小さすぎる身体へのダメージ。

 

まさか……。

 

 

 

「おい!」

 

 

 

七惟に掴みかかって肩を揺さぶる男に尋ねる。

 

 

 

「なんだよ!?」

 

「お前ら、まさか俺に回復魔術とかなんとか、訳分かんねぇのをしなかったか!?」

 

「回復魔術……そ、そりゃそうだろ!アンタあのままだと死んでたんだぞ!」

 

 

 

 

『回復魔術』。

 

おそらく、コレだ。

 

七惟は異世界の力を引き寄せた状態での自分、即ち身体能力を底上げしたあの状態の自分はあらゆる魔術的要素を反射することは既に理解している。

 

反射の装甲で神裂と戦った時は煉獄の魔弾を無傷でやり過ごせたし、先ほどの対アックアでは水流魔術を受け付けなかった。

 

要するに、『あの力』と魔術は相反する力なのだ。

 

だからこそ七惟は聖人達の攻撃を無効化出来たし、台座のルムもおそらくだがその恩恵で撃破したはず。

 

しかし今七惟の身体には天草式が七惟のためと思って扱ってくれ回復魔術がまだ体に残っている。

 

あれだけの風穴を空けられて死んでなかったのはこれが理由だったのかと理解すると同時に、そのせいで異世界の力を引き出せないことも分かった。

 

まぁおそらく回復魔術とやらを使われていなかったら自分は死んでいるだろうから、天草式の判断は間違っていない。

 

 

 

「…………」

 

「だ、ダメなのか!?」

 

「……少し考えさせろ、お前は早くあいつらのとこに行け!」

 

 

 

焦燥に駆られ自然と語気は強くなり男を追いやる形で言い放ってしまう。

 

とにかく此処にいても彼の不安は増すばかりで、下手をすればそれが他の天草式のメンバーに伝染するかもしれない。

 

それよりは余計なことは考えさせず、戦いに没頭させてしまったほうがまだいい。

 

 

 

「わ、分かった!とにかく早くきてくれ!」

 

 

 

一人残った七惟は何とか自分の気持ちを静めようと心掛けるも、響き渡る轟音と叫び声、アックアの唸る一撃の破壊痕を見聞きし、知覚する度に真逆の方向へと心は揺れ動く。

 

自分が考える時間は天草式一人の命と引き換えに得ている時間だ。

 

正直なところ七惟にとって天草式一人一人などどうでもいいと思っていたが、彼らが苦しめば悲しむ人、涙を流す人がたくさんいることは既に今の彼ならば理解出来る。

 

七惟の大切な仲間である五和だけではない、彼らと共に行動してきた上条だってそうだし、インデックスも……そしてイタリアでお世話になったオルソラもだ。

 

脳裏に浮かぶ彼らの表情、それが力にならず七惟の身体の歯車を軋ませる。

 

 

 

「落ち着け……まずは、状況だ」

 

 

 

考えろ、冷静になれ。

 

まず、現状をよく整理しなければ何も出来ない。

 

地面が砕かれるような轟音の爆心地を見やる、そこには人の域を超えたアックア、神裂、五和の三人が命を燃やして戦っている。

 

まだ五分五分だが、これ以上天草式の数が減ってしまえば五和の動きがやがてあの二人についていけなくなり失速するのは明確だ。

 

神裂も踏ん張っているものの傷が深い故か聖人の力を限界近くまで引き出しているせいか顔は苦渋に染まっている。

 

自分があの戦場に飛び込んで出来ること……異世界の力を引き出した自分ならば、あの場に行っておそらく戦力になることは出来る。

 

だが、『今』の自分は回復魔術のせいかは分からないがあの状態になることは出来ない。

 

おそらく見た感じそこらへんのスポーツカーよりも早く移動しているように見える連中についていくことなど不可能だ。

 

ならばサポートに回って壁を張り防御に回るか?

 

いや、アックアには防壁など何の意味もなさないことはこれまでの戦闘で実証されてしまっている。

 

……そういえば、そもそも天草式はどのような戦略があったのか。

 

何の策も無しにあの人外に立ち向かっていくとは考えられない、無策なんて有りえないはずだ。

 

その策を知り、策のサポートを行っていくほうがまだ直接的な戦闘に参加するよりも効果があるはずだ。

 

七惟はふらつく足を抑えながら立ち上がり、周囲で倒れ動けなくなっている天草式の少女に話しかける。

 

 

 

「おい、大丈夫か」

 

「……まさか全距離操作の貴方にそんな言葉を掛けられるとは思わなかったよ。死にかけて記憶喪失とか?」

 

「お前らがキオッジアで俺を襲ったことはしっかり覚えているから安心しろ」

 

「あ、そう。ざーんねん」

 

「お前ら、どうやってアックアを倒そうとしていた?無策で突撃する程馬鹿じゃねぇだろ、あのクワガタ頭は」

 

「そうね……魔術に疎い貴方に詳しく言ってもわかんないだろうから、結論だけ。五和の槍に『聖人崩し』っていう特別な術式を組んでる、それであの男を貫けば終わり」

 

 

 

……よくわからないが、聖人をぶっ潰す特別な魔術を使ってアックアを倒そうということか。

 

 

 

「アックアが唯一避けた攻撃がソレ。あの男が防御じゃなく回避した攻撃に全てを賭ける、私たちは」

 

 

 

鍵は五和。

 

五和の一突きに全てがかかっているということだ。

 

 

 

「……へぇ。そう、かい」

 

「でも貴方が動けるなら話は別かもね」

 

「どういうことだ?」

 

「上のフロアから見てたけれど、貴方の最大出力はアックアの左顔を破壊した。おかげでアイツは重傷よ、もう一発叩き込めれば……」

 

「……」

 

「もう一度回復魔術を掛ければ万全に近い体調になるはず。今から私が唱えるから全回復して、翼を出してさっきみたいにその右手を翳してくれればきっと勝てる!」

 

 

 

まるで、絵に描いたようなヒーローだそれは。

 

七惟は自嘲するような表情を浮かべると、見つめる少女に向かって静かに口を開いた。

 

 

 

「わりぃが、ソイツは無理だ」

 

「え……?」

 

「そんな皆が恋い焦がれるようなヒーローはあのサボテンだけで十分だろ」

 

 

 

七惟は立ち上がり前を見据える。

 

なるほど、天草式の連中はさっきの少年やこの少女のように自分に期待しているって訳か。

 

この絶望的な状況で向けられた周囲からの期待、本来ならば誰しもがプレッシャーに感じて身体が硬くなってしまうシーンだが七惟は違った。

 

自分はプレッシャーを感じないタイプとか、プレッシャーを逆に力に変えてしまうとかそういうかっこいい奴じゃないし、そんなのはキャラじゃないということくらい七惟自身がよくわかっている。

 

 

 

「回復魔術は自分の為に使っとけ、俺はまだ自分で歩けるからマシだ」

 

 

 

そんなかっこいいことは自分には出来ないということを彼は最初からわかっているのだから。

 

今思えば自分は何時だって肝心なところで負けてきたし、誰かに助けられてきた。

 

妹達の時は上条に一方通行を倒して貰った、いわば自分はかませ犬のように惨めに蹴散らされた側だ。

 

レムナントの運搬では御坂に助けられたし、イタリアでは艦隊を破壊したのはまたもや上条、自分はどちらかと言うと彼を助けるまでのお膳立てで結局リスクを犯していない。

 

学園都市に台座のルムと前方のヴェントが侵攻してきた時だって、ルムにずたぼろにされた記憶以外何も残っていないのだ。

 

そして学園都市暗部抗争、七惟を取り巻く環境、感情、人間、全てが大きく変わり変質していったあの日。

 

アイテムを守って貰ったと絹旗は言っていたが、アイテム崩壊をぎりぎりの状態で防ぎ繋ぎとめたのは麦野を『殺す』汚れ役をやってのけた浜面仕上以外何物でもない。

 

七惟理無という人間は、誰からも好かれて皆に無償の愛をばら撒くような勇敢な戦士なんかじゃない。

 

皆から好意を寄せられ、今迄様々な苦しみを和らげ、たくさんの人々を助けてきたヒーロー……そんな神話のような英雄になんてもってのほか。

 

もちろんその手全てで何かも思い通りにハッピーエンドに繋げてしまう全知全能な神なんかじゃない。

 

でもそんなちっぽけな七惟にだって、最強の自己中とか友達16年間0で人のことを考えられないような欠陥人間にだって『今』は出来ることはある。

 

それは……。

 

 

 

「ちょ、ちょっと全距離操作!」

 

「さぁて、行くか……!」

 

 

 

それは、彼らのために体を動かすことだ!

 

 

 

 

 

 



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白黒の舞台から、世界の夢を見る-ⅱ

 

 

 

「あぅ!」

 

「五和!」

 

 

 

アックアの全てを薙ぎ倒す一撃が五和を襲う。

 

目を見張るような動きをしていた五和だったが、徐々に彼女を支える術式の力が弱くなってしまったせいか、捌ききれない。

 

彼女の身体を捉えたメイスは、勢いを殺すことなく全力で振りぬかれる。

 

五和の身体は幾重もの防御網を貫き、地面に叩きつけられる。

 

 

 

「か……は……、ま、だっ」

 

 

 

それでも彼女は歩み止めない、瓦礫を押しのけ槍を強引に掴み取り尚立ち上がろうとするが、膝がふら付き上手く動けない。

 

彼女が態勢を整えられず戦線に復帰出来ない内に、アックアは残る天草式のメンバーに容赦ない攻撃を加えていく。

 

神裂が加勢に回るも、やはり一対一ではアックアに分があるのかどうしても支援が後手に回ってしまう。

 

破壊されていく風景、消えていく仲間たちを見つめながら五和は思う。

 

また、これか。

 

七惟、上条と共にアックアに立ち向かった時もそうだった。

 

彼女は動くことは出来ず、彼女を守るために七惟と上条は単身アックアに挑みボロボロになりながら散って行った。

 

今の天草式と彼ら二人の姿が重なり、自身に無力さを思い知らされるようで悔しさと苦しさで胸の奥がジンジン痛む。

 

どうして、どうして自分の力はこうもちっぽけなのだろう?

 

一人でダメなのはまだ分かる、所詮一人の魔術師で出来ることなんて常識の範囲を出ないことくらい彼女にだって分かる。

 

だが、今回は違うのだ。

 

彼女は対アックア戦のために天草式が幾重もの術式を彼女の身体に集中させ身体能力の強化を図っている。

 

その術式のおかげで今の五和は動体視力や脳の回転、運動力などが一時的に上昇しており、神裂やアックアまでとはいかないものの、常識の範囲から一歩踏み出した動きが可能となっている。

 

だがその動きをするためには多大な負荷が天草式のメンバーに掛かるのは言うまでもない。

 

五和の身体能力を上昇させるための術式プラスアルファであの怪物アックアとの戦闘をしなければならないのだから。

 

もちろん多大なリスクを孕んだものではあるものの、それでもなお天草式一向は『聖人崩し』の中心となる五和に全てを賭けた。

 

既に周囲を見渡せば少なからず息絶えてしまった仲間もいる、そんな仲間たちの屍で築きあげたこの術式。

 

皆の決死の思いで築き上げたというのに、それでもアックアには届かない。

 

ようやく神裂と同じ舞台に立ち、戦うことは出来たというのに目の前の脅威は今も尚圧倒的な力を持って絶対的な壁となり五和の前に立ちはだかる。

 

青で染め上げられた地下都市で一つの火花が光るたびに天草式は一人、また一人と吹き飛ばされていく。

 

皆、五和ならばきっとやってくれると、彼女のならば成し遂げてくれるだろうと期待して自分に力を与えてくれたというのに……こんな展開は、あんまりじゃないか。

 

期待に応えることなんてまるで出来てない上に、仲間は次々に倒れていく。

 

たった一人じゃない、色々な人の力を貰って戦っているというのにまるで歯が立たない。

 

 

 

……自分じゃないほうが、良かったんじゃないか?

 

 

 

もう、手遅れなんじゃないか?

 

そんなことを考える自分に、彼女はまた自問する。

 

どうして今この状況でそんなことを考えているのか?

 

そんなことを考えいること自体が、甘えなんじゃないのか?

 

やっぱり、そんなものなのか?自分っていう人間は。

 

彼女の視界にまた一つ火花が散る、彼女の仲間である天草式は今も尚命の炎を燃やして必死の思いでアックアと戦っている。

 

きっと彼らは信じているのだ、自分たちならきっと勝てると。

 

そしてこうも思っているだろう、五和はすぐに戻ってきてまたアックアに立ち向かってくれるだろうと。

 

自分の無力さを責める心、皆の期待に応えたい心、自分では無理だと泣く心。

 

全部が全部ごっちゃになる、それでも戦わないといけないという解を彼女の頭の電卓は弾き出す。

 

這ってでも動こうとする彼女は悔しさで大地を握る力が強くなり、爪に砂利が入り出血した。

 

だがその痛みで自信を奮い立たせることが出来た、まだ心も体も折れていない。

 

痛みで先ほどまで弱気に走っていた思考回路が組み変わり、涙が出そうな両眼を無理やり見開き敵を見定める。

 

此処で自分が暢気に気を失っていては上条の右腕は奪われてしまうだろう、七惟だって今は回復魔術のおかげで一命を取り留めているがアックアが止めを刺しに来るかもしれない。

 

そして何より、自分にこの作戦の要を任せてくれた天草式の思いに応えるためにも、まだ立ち止まれない。

 

さっきみたいに後悔したり思い悩むにはまだ早い!

 

五和は槍を力強く握りしめると、戦線を見据えて再度アックアに立ち向かう。

 

彼女の動きに気付いたのか、復帰してきた五和に神裂が声をかける。

 

 

 

「五和、大丈夫なのですか!?」

 

「大丈夫じゃないと言えるくらい弱くなったつもりはまだありませんっ」

 

 

 

本当は五和だって辛いとか、苦しいとか、疲れたって言いたいに決まっている。

 

でもそんな弱音を吐く権利は今の自分にはないはずだ、皆はもっと自分よりも辛くて苦しい思いで術式を今も組んで戦ってくれているのだから。

 

 

 

「あれだけ力の違いを見せつけてもまだ這いつくばり食い下がるとは見上げた根性である」

 

「貴方みたいな人に、力がない人間は気持ちで勝るしかありませんから!」

 

 

 

神裂と連携しながらアックアの懐に潜り込み雷光のようなスピードで槍を突き出す。

 

 

 

「だが気持ちだけで通用する程戦場は甘くはない!」

 

 

 

アックアも既に満身創痍に近いだろうに、それでもなお戦士として戦い続ける。

 

身体を捻って槍を交わすと、魔術で生み出した水をまるで濁流の如き勢いで五和に叩きつける。

 

通常では考えられない程凝縮された水流の質量が彼女の身体を襲う、だが五和の動きに気を取られているアックアに食い下がっていた神裂が追いつき、追撃の一撃を見舞う。

 

ワイヤーがアックアの右腕を捉え、動きが止まったところに彼女は体をまるで錐揉み飛行のように回転させながらアックアの右腕を七天七刀で切りつけた。

 

 

 

「……ふッ」

 

「これでも断つことが出来ない……ッ」

 

 

 

アックアは顔を苦痛の表情に歪めることすらしない、ぱっくりと避けた腕からは血が溢れ出し暗い地下都市のアスファルトを黒く染め上げる。

 

その様子がまるで血に飢えた狂戦士のようにも見えるが、アックアの目は死んでいない。

 

濁流の一撃を防ぎ切った五和は手負いのアックアに間髪入れずに攻撃を繰り出す。

 

矢継ぎ早に繰り出される五和と神裂の攻撃、だがアックアは五和の槍を左手で掴み暴力的な力で彼女の身体ごと壁に叩きつける。

 

五和の背後から隠れるような形で出てきた神裂の一撃はメイスで受け止め、あれだけの傷を負った右腕を酷使しながら全力で体を前に押し出し、単純な力技で神裂を跳ね除けた。

 

そしてメイスは五和に向けられる、彼女は突進してくるアックアに気付くとすぐに回避行動に移る。

 

間一髪でよけきったメイスが大地に突き刺さり地響きを立てながら崩れ落ちた、だがアックアは足場が悪くなったフィールドを更に利用する。

 

一瞬で戦局を把握し、環境に適応するアックアの戦闘能力の高さには舌を巻く、そして何よりその応用力にはまるで底が見えない。

 

アックアは水流に乗って移動し崩壊から逃げ遅れた天草式を一人一人確実に無力化していく。

 

彼らももちろん応戦はするが、五和のように身体強化をしてようやくついていけるレベルの戦闘に対応出来る訳もなく無残にも散っていった。

 

 

 

「アックアァ……!」

 

 

 

歯をぎりぎりと食いしばりながら神裂はアックアに向かっていく。

 

五和もすかさず次の行動に移る。

 

しかし、アックアの爆発的な力はいったい何処から生み出されているのか分からない。

 

能力的な爆発のことではない、あの芯が通った一貫性のある彼の言動や行動だ。

 

少なくとも今のアックアは最初自分や七惟、上条を襲ってきた時のように万全な状態ではない。

 

左顔は七惟の右腕に潰され目は見えないだろうし、右腕は切りつけられているし、全身には五和達天草式の攻撃を至る所に受けているはず。

 

それでも奴はまだ戦い続けている、これだけ傷を負っているのに、何故?

 

この時五和は物理的なアックアの実力だけではなく、強者として絶対的な精神力を誇るアックアの前に恐怖を感じた。

 

そしてそれと同時に、これだけの強者に対して単身で挑んでいった七惟や上条達のメンタルの強さも信じられない。

 

とてもじゃないがアックアに対して一人で立ち向かっていくことなんて自分には出来ない、そしてその強さをまざまざと見せつけられた後再度一人で再戦を挑んだ七惟なんていったいどんな気持で立ち向かうことが出来たのだろう。

 

恐怖の前で足が竦まなかったのだろうか、もうやめようと弱い心は働かなかったのだろうか……?

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「いっつぅ……こんの、学園都市の犬が調子に乗ってくれちゃって」

 

「貴様は見たところレベル4程度の能力者か?能力は身体強化かそれとも何かの装甲系か……いずれにせよ、ここまでよくもまぁやってくれたな」

 

 

 

七惟に先に進めと伝え、学園都市からの刺客との戦場に一人残った絹旗であったがやはり分が悪い。

 

正直なところ一体一体の駆動鎧は対距離操作能力者や転移能力者に特化した性能だけあって一般的な他の能力者に対する防備や性能がほとんどなく、大したことがない。

 

しかしそれが数が纏まってこちらを攻撃してくるとなれば話は別だ、特殊兵装が大したことが無かったとしても単純な力やスピードで人間の限界など軽く超える動きをしてくるのだ、それが何対も襲い掛かってきたら流石の絹旗もさばききれない。

 

 

 

「数だけは多いのが本当に超無能感を曝け出してますよ?」

 

「口数だけが多いのは大能力者の特徴だな、大した力も無い癖に自分に酔い死んでいく餓鬼共をどれだけ見た事か」

 

「うぐ……」

 

 

 

数は相当数減らした、10機近くいたものから既にもうその半分以下にはなっている。

 

もうあとは逃げるだけなのだが此処から先がダメだ、ほとんどの体力を使ってしまったため全力疾走したところで外界と繋がる扉の前にたどり着く前に追いつかれ後ろから撃たれる。

 

もう自分の命を自身で守れるかどうか自信が無い。

 

七惟にあんなことを言ったのにこの体たらくである。

 

時間稼ぎという役割は果たした、七惟はおそらく目的地に到着しているだろうし自分の役目も終わった。

 

あとは此処から逃げるだけなのだが、目の前で駆動鎧のターミナルとなっている男は任務失敗を相当根に持っており絹旗をそう易々と逃してくれるような雰囲気は一切ない。

 

 

 

「流石にこれは……ピンチですね」

 

 

 

 

 







今月はいっぱい更新したい!

願望です!


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白黒の舞台から、世界の夢を見る-ⅲ

 

 

 

 

絹旗の周りにはまだ活動可能な駆動鎧が数体、対してこちらは満身創痍に近い。

 

仕事はほとんどやり終えた、最後のミッションは此処から無事逃げ切ること、地下から地上への扉へと帰ること。

 

しかしそれがかなりの難易度を誇る問題だ。

 

もちろん増援なんて望めない、此処は自分と七惟が作った戦場故に他の誰も今絹旗が戦っていることなんて知らないのだから。

 

 

 

「周囲に利用出来そうなものは……物陰くらいですか」

 

 

 

絹旗と駆動鎧の戦闘によって生まれた戦闘痕、人が居ないもぬけの殻の地下都市は再利用するには相当な時間を費やすだろう。

 

此処まで大暴れして未だにアンチスキルが駆けつける動きなんてないし、アラームが鳴り響く気配すらない。

 

間違いなく此奴らは学園都市の中枢が一枚噛んでいる連中だ。

 

夜中は人が居ない無人施設だからこそ出来る芸当だ、暗部抗争の日は速攻で駆けつけたあのうっとうしい組織もいざと言う時頼りにならない。

 

破壊されたテナントやオブジェを利用しつつ逃げる、それは難しい。

 

絹旗の窒素装甲は無防備の背中を向けて、複数相手に逃げ切るには特化した能力ではない。

 

ある程度までは勿論耐えうる、しかし相手は人外規格の駆動鎧だ、油圧システムのおかげで何トンもの圧力がかかった打撃戦を逃げの姿勢で最後まで防ぎ切れるとは到底思えない。

 

ならば物陰を使いながら戦うのか?確かに正面からやるよりも善戦出来る、さっきまでそうしていた。

 

しかしその場合物陰がプラスに働くのは自分だけではない、相手側もだ。

 

現に今彼女が負った傷は死角からの攻撃がほとんどだ、七惟のように全方向に対して感覚が鋭敏であれば奇襲攻撃にも対応出来たが生憎彼女は防御装甲の能力を持つ故にそういった攻撃には滅法弱い。

 

相手が駆動鎧でなく唯の人間だったらこれが全く問題にならないのだが、今回はこれが大きな……想像を遥かに超えた巨大な壁として彼女の前に立ちふさがるのである。

 

八方塞り……、息を呑み冷たい汗が頬を伝ったその時である。

 

 

 

「なんだこりゃ!?学園都市のオートマタか何かか!?」

 

「浜面さん、前を見てくださいと警告を発します」

 

「うおッ」

 

 

 

耳触りが余りよくない野太い声と、想い人の身内らしき人の声が響いたのは。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

五和の前で駆ける二人の聖人、互いに傷を負っているがより大きいのはアックアだ。

しかし……。

 

 

 

「極東の聖人よ、仲間を信じるのであれば心配など無用だ。奴らは生きていると信じていれば良いのだからな!」

 

 

 

傍から見れば不利なのはアックアである、それなのに彼が発する言葉からは目には見えない底知れぬ強さを感じる。

 

言葉の一つ一つがこちらを威圧するような圧迫感を与えてくる、まるであの男が喋れば喋るほどこちらが追い詰められているような錯覚に陥りそうだ。

 

 

 

「癪に障りますが貴方の言う通りですね、私は彼らを信じて戦う!」

 

「ふ、お前が言うまでもなかろう。貴様の迷いのない動きを見れば一目瞭然である!」

 

 

 

神裂とアックアの目を見張るような打ち合いを繰り広げる、まるでこれまでの長期戦闘の疲れなど全く見せつけない動き。

 

五和や天草式たちも加わり何とかアックアのスキを作り、聖人崩しを撃ちこみたい。

 

一瞬でもいい、七惟が与えた大ダメージじゃなくて片膝をついたりでも、この際なんでもいいのだ。

 

唯アックアの動きを5秒、たったそれだけ止めるだけでいいのに。

 

神裂以外の天草式のメンバーはやはりこの考え故か焦りが生じる、徐々に減っていくメンバーに加え五和の身体強化のために神経を割きながら戦わなければならないのだから。

 

そしてその術式の中心にいる五和は先ほど何とかかなぐり捨てた不安が頭をよぎり、脳裏に失敗したビジョンが浮かびあがりこびりついて離れなくなる。

 

戦局で有利なのはこちらだ、どう考えてもアックアのほうが分が悪い。

 

いや、これ以上身体強化の呪文を扱う人数が減ってしまえば自分の動きは鈍くなり、実質神裂とアックアの1対1に近くなる。

 

二人の決闘だけはさせてはいけない、此処は何とか皆に期待されている自分がきっかけを作らなければ……!

 

状況を打破すべく、そして自身のネガティブ思考を振り捨てるかのように五和は一歩前に出る。

 

 

 

「アックアァ!」

 

 

 

神裂の七天七刀が突き出されるその瞬間、五和はアックアの背後へ回り死角からの攻撃を狙う。

 

 

 

「見え透いた攻撃よ、そんなものは!」

 

 

 

歴戦の兵であるアックアに五和のような白兵戦の素人が取る行動など筒抜けである、アックアは大げさに回避行動などとることもなく彼女の攻撃を身体能力だけで跳ね除ける。

 

しかしこちらには神裂がいる、アックアが五和の攻撃をいなした直後に煉獄を載せたワイヤーを射出し、アックアに攻撃する暇を与えない。

 

アックアは防御で手一杯、今なら……!

 

矢継ぎ早の攻撃、食い下がっていた五和も追いつき、追撃の一発を打ち込もうとするが。

 

 

 

「くどいのである!」

 

 

 

巨大なメイスでワイヤーを防いでいたアックアは、背後から迫る五和を察知するとすぐさま水流の魔術で対応する。

 

まるで龍の顎を彷彿とさせるような、この世界の物理法則を無視した濁流に、身体が前のめりになっていた五和は防ぐことなど出来ずに直撃してしまう。

 

身体が壁に押し潰される感覚、首がもげそうな程の勢い、身体の感覚が消え去るかのような水圧。

 

仲間に強化された状態でこれだけのダメージ、彼女は成す術もなくそのまま大地へと放り出される。

 

濁流に押し潰され、大地に叩きつけられた身体のダメージはやはり深刻だ、更に天草式の身体強化術式が弱まってきていることも相まって彼女は立ち上がることが出来ない。

 

内臓がシェイクされたような、蛙が自動車に押し潰された時はこんな感覚なのだろうと分かる。

 

口から血反吐を吐きながら、立ち上がろうとするも左手に激痛が走り視界が揺らぐ。

 

激痛の元を見てみると、腕がおかしな方向に向いている……これはおそらく骨が折れてしまっている、力を入れても全く言う事を聞いてくれない。

 

五和は回復の魔術を試みるも、それは適わない。

 

五和が致命傷を負ったことに気付いたアックアが彼女に向かって猛烈なスピードで向かってきたのだ。

 

 

 

「アックア!お前の相手は私だ!」

 

「ぬるい、戦場に於いては足を失った者から消すが鉄則!」

 

 

 

追いすがる神裂だが既に彼女も満身創痍に近いため速度が上がらず追いつけない、むしろアックアがまだこれだけのスピードで動けることに驚愕する。

 

アックアの血も涙もないその戦闘スタイル、それは五和や神裂、天草式達とは全く持って違う。

 

何かを守るためではない、生きる為の術、生きる為に勝つ業の数。

 

全身全力でその動きを体現するアックアの前では情けや容赦などもちろんない。

 

まだ五和は立てない、しかし脅威は目の前まで迫っている。

 

五和は突き出されたメイスの切っ先を直前で転がりながらなんとか回避するも、突き刺さった点をを中心に大地に亀裂が入る。

 

もちろんアックアは追撃の手を緩めない、後方から迫ってきた神裂にメイスで応戦しつつ五和に対し水の魔術で攻撃。

 

今度は水がまるで小さな槍のような形に変化したかと思うと、アックアの手からそれが何百発も五和の身体に命中し、凄まじい衝撃で身体が貫かれる。

 

左腕に突き刺さった一本が五和の身体を貫いた、止めどなく血が流れ出た。

 

 

 

ダメ……なのかもしれない。

 

 

 

意識が遠のく、もはや激痛がするはずの左腕からの痛覚は遮断されてその痛みすら感じなくなってきてしまった。

 

視界に霞がかかったかのように薄い、白い世界が目の前を埋め尽くし始める。

 

もう五和は身体だけではない、心も限界にきてしまっていた。

 

小さな少女の身体に詰め込まれた皆のありったけの魔術、力、期待は彼女の身体だけではなく心にも勿論負担は掛ける、その分彼女の身体は強くなっていった。

 

しかし、身体はいくら魔術で限界を上げ強くなろうともその器となるメンタル部分は元のまま。

 

大きな力を振うことに伴う心への負荷……この場合は皆の期待だ。

 

その期待を力に変えるには彼女は余りにも幼すぎた、まだ十代半ばの少女にそんな大役など本来は務まるはずもない。

 

それでも彼女が今まで動いてこれたのは、責任感からだった。

 

皆が期待を寄せてくれた、大事な命のかかった作戦の役割を与えてくれた、その期待に応えなければならない……こういった責任感から動いていた。

 

しかし、一度は駄目だと甘えた心を持ち直させてくれたその感情も、今となっては役割を果たせない自責の念に拍車をかけるだけだ。

 

どうして……勝てないのだろう、自分たちが考えた作戦はほぼ完ぺきだった、負ける要素が無いといったらウソになるけれどそれでも勝率は確かにあった。

 

それなのにどうして?自分が弱いから?力不足だから?もともとそんな大役をこなせる人間ではないからか……?

 

悔しさ、悲しさ、情けなさで一杯になった彼女の瞳からは涙が溢れる、もう……どうしたらいいのか彼女には分からない。

 

小さくなっていく自分の意識、このまま気を失ってしまうのか?いや、失ってしまったほうが……楽なんじゃないか?

 

淀みがかかった視界のなかで一人、また一人と次々に天草式の仲間たちが打倒されていき、同時に自分の身体からもどんどん力が抜けていく。

 

自分をこれ以上追い詰めるくらいなら、死にゆく仲間を見るくらいなら……。

 

もう、目を閉じてしまおう……そう思ってしまったのに。

 

 

 

「おい」

 

 

 

聴きなれた、不躾で態度が悪そうな誰かの声が聞こえてしまった。

 

 

 

「五和」

 

 

 

誰だろうか。

 

 

 

「こんなところで寝てさぼってる場合じゃねぇぞ」

 

 

 

こんなところで、こんなことを言う馬鹿な人は。

 

 

 

「お前が大好きなサボテン野郎が何処かで見てるかもしれねぇのにな」

 

 

 

サボテン……?

 

あぁ、そういえば七惟さん……上条さんのことをサボテンって言っていたっけ。

 

でも、もうそんなことはどうでもいいかもしれない。

 

心が、気持ちがそのことに向き合いたくない。

 

それなのに霞む思考はその声の主を導き出した。

 

 

 

……なない?

 

 

 

「あの人のこと……こんなところで、こんなタイミングでそう言う人なんて七惟さんくらいですね」

 

 

 

 

 

  






本作と全く関係無いのですが2012年はVOCALOID凄い勢いがあったなぁって

昔の曲を聴いて思いました。

5年前やん……!(((( ;゚Д゚)))


 


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白黒の舞台から、世界の夢を見る-ⅳ

 

 

 

 

「おー、起きてんじゃねぇか。なら話は早い」

 

 

 

弱りに弱った五和に声をかけてきたのは七惟だった。

 

今会話をしたくない人トップ5に入る人である。

 

彼に応えようと起き上がろうするが左手に力が入らず断念、仰向けになったままこちらを覗き込んでいる無礼な男を見やり、状況を飲み込む。

 

 

 

「七惟さん……無事だったんですね、と言ってもとても五体満足じゃなさそうですが」

 

「はン、そんなこと言う余裕があるんだったら大丈夫だな」

 

「でも、無事で本当に良かったです。最初にアックアに撃たれた時は回復魔法を反射されてしまって……ダメかと思いましたが、今回は効果があったみたいなので」

 

「俺のこと気にしてる場合か。状況は?」

 

「……すみません、七惟さん。せっかく貴方が作ってくれたチャンスを、私達天草式は活かしきれませんでした」

 

「……」

 

「見ての通り、です……。私の身体強化の魔術を行っていた仲間たちはほとんどやられてしまって……もうアックアの高速戦闘に私はついていけません」

 

 

 

五和が倒れている間に天草式の仲間たちは次々とアックアによって息の根を止められていく、やはり神裂一人だけではあの男を押さえつけることは到底出来ない。

 

彼女の身体強化の魔術はもちろん効果が薄れており、今ではもはや聖人たちの戦場についていけなくなっている。

 

アックアを唯一倒すことが出来るであろう聖人崩し、その切り札を持つ自分とそれを支える術式が崩れ去ってしまった今では……もう。

 

 

 

「アックアを止めることは……出来ませんでした」

 

 

 

唇を噛みしめながら吐き出した言葉は、完全なる敗北の弁。

 

呆然と見つめる先には孤軍奮闘している神裂の姿、しかし一度アックアに痛めつけられた身体では劣勢は否めない。

 

奴を倒す術は……もう、ない。

 

 

 

「そうか」

 

「そう、って」

 

「正直な話、奴の強さは俺達の常識を逸してる。今この状況は八方塞って言っても過言じゃねぇな」

 

「……」

 

 

 

首を傾け彼の顔を見る。

 

その表情は何時も通り無表情だった、悪く言えば状況を把握出来ていない、良く言えばこんな追い詰められた状態で冷静だと思える。

 

「でもな、そうなってしょうがないで納得する程俺は素直じゃねぇんだよ。俺は捻くれまくってるからな」

 

「……」

 

「此処で諦めて、その後どうする?正直な所俺一人じゃ何も出来ねぇ、神裂みたいに足止めなんざ到底無理だ」

 

 

 

それは自分も同じだ、七惟や神裂がどうにも出来ない敵を何の強化術式も組み上げられていない自分で押さえつけることなんて到底不可能である。

 

 

 

「それは……」

 

「でも諦めてねぇ奴らがいるだろ、ほら来たぞ」

 

「え?」

 

 

 

直後、凄まじい爆発音と共に神裂がこちらに飛んできた。

 

どうやら爆音は七天七刀の鞘が吹き飛んだ音らしい、鞘で受け止めた攻撃を殺しきれず弾かれ、彼女の身体は五和が倒れている真横までノーバウンドで吹き飛んできて、彼女はぎりぎりの所で踏みとどまった。

 

 

 

「が、はッ……七惟理無……!?まだ動けたんですか……それよりも、五和」

 

「は、はい」

 

 

 

見たところ神裂はもはや意識が朦朧としているようで、その眼には何時ものような力が感じられない。

 

不味い、本当にどうしようもないところまで自分たちは追い詰められてしまっている、八方ふさがりとは正にこのことか……。

 

 

 

「まだ聖人崩しの術式は、大丈夫ですね?何とかスキを作ります、そこを捉えてください……」

 

 

 

無理だ。

 

全ての条件を鑑みて、彼女の優秀な頭脳はその答えを一瞬にして弾き出した。

 

しかし彼女がその否定の言葉を口にする前に、隣に佇んでいた男がこういった。

 

 

 

「あぁ、分かってる」

 

「……貴方には言っていません」

 

「はン、とにかく神裂。俺に策があんだよ」

 

「策……無謀な策ですか?」

 

「さぁな、此奴次第だ」

 

 

 

そう言って七惟は五和を一瞥すると、話を進める。

 

 

 

「ッ、アックア来やがったか。単刀直入に言うぞ。五和の身体強化だが身体の強度を限界まで上げて、それ意外は全部捨てろ。そして俺とアンタと残りの天草式で死ぬ気であの糞ったれの動きを止める。此処まで言えばアンタなら分かんだろ?」

 

「……五和を弾丸に?」

 

「そうだ」

 

「どのくらいの速度で打ち出すんですか」

 

「最大出力、これ以上は作戦会議してる暇はねぇ!」

 

「ッ!そのようですね。貴方の策が何かは察しがつきました、五和の判断に任せます!」

 

 

 

二人の会話が終わる前にそれを遮るかのごとくアックアの魔術が炸裂する。

 

神裂がもはやほとんと普通の人間になってしまった五和と七惟を抱きかかえ、回避行動に移り安全な位置で二人をおろし再びアックアとの戦闘へ戻っていった。

 

アックアの大地を飲み込む濁流、迫りくる圧倒的な暴力。

 

そんな恐ろしい光景を見ながらも五和の脳裏には先ほどの神裂と七惟の会話が脳裏から離れない。

 

自分を……弾丸に?

 

どういうことだろうか、話についていけない。

 

目先では再びアックアと神裂の激しい戦闘が繰り広げられる、刀とメイスの鍔迫り合いで火花が飛び散るような激突が何度も起こり、衝撃が響き渡る。

 

しかしそんな騒音の中でも、五和の視線は七惟に釘付けである。

 

 

 

「五和、時間がねぇから一回で理解しろ」

 

「は、はい」

 

「今からてめぇの身体の強度を限界まで上げて、俺の可視距離砲の最大出力で射出する」

 

「……」

 

「お前の槍でアックアを貫け、俺達でアイツの動きを鈍らせる」

 

「え、えっと」

 

「おそらくチャンスは一回切りだ、それ以上は天草式と俺達にはアイツの動きを封じられない」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

「なんだよ」

 

 

 

まだ自分の頭が七惟の言葉を全て理解出来ていない。

 

要するに、自分をピストルの弾丸として打ち出すということか……しかし。

 

ピストルと違うのは、弾が生身の人間……というか自分であることと、二発目はないということ。

 

おそらく七惟はこれを最後のチャンスと考えているということだ、そして神裂もその七惟の案に同意し五和に決定権を委ねたということはそれを理解している。

 

つまりこれを失敗したら、皆死ぬ。

 

自分も、神裂も、天草式の皆も、そして七惟も。

 

『死』の一文字の凄まじいプレッシャーが、五和の肩に圧し掛かる。

 

そんな重大な作戦の要を自分がだなんて……。

 

 

 

「わ、わた……私には出来ません!」

 

 

 

何も考えられなくなった頭で咄嗟に出てきた言葉は、これだった。

 

 

 

「あぁ……?どういうことだ。聖人崩しの術式はお前の槍に組み込まれてんだろ」

 

「で、でも」

 

「身体強化の術式もお前の身体を考えて構成されてんだろ?」

 

「そ、そうですけど!私には無理です!」

 

「なんでだよ」

 

「う……」

 

 

 

七惟の表情は別段怒っているようには見えない、何時もの鉄面皮であったが今はその見慣れた表情ですら彼女にとっては直視出来ない。

 

そしてそんな七惟の表情や怒り、苛々など関係なく五和の心はこの重役から逃れたいと全力で訴えてくる。

 

 

 

「理由は」

 

 

 

理由なんて、理由なんて……あるに決まってる!

 

自分には皆の命を背負いきれない、もうこれ以上の責任は背負いたくない!

 

 

 

「無理なんです!私にそんな大役、絶対に無理です!出来ません!実際に此処までやってきて全くアックアに及ばなかった、きっと理論上は私の身体は聖人クラスにまで強化されていたのに!」

 

「お前」

 

「限りある、というかラストワンチャンスの作戦ならもっとベテランの人間に頼んで下さい!それこそ教皇とか、教皇代理とか……もう私は……嫌なんです!」

 

「嫌って、何が」

 

「ッ……皆の期待に応えられない自分が……嫌なんですよッ……!」

 

 

 

今迄アックアを倒すべく多くのことをやってきた、学園都市に入る前の下調べから上条との同行、七惟の戦闘参加の是非を問い、天草式との連携はもちろん、聖人崩しの術式や身体強化の器作り、出来ることは全部やった。

 

それが全て通用しなかった、これが悪夢であったらどれだけいいことか戦いながらずっと考えていた。

 

でも目の前に広がっている光景は悪夢なんかじゃなくて、避けられない現実。

 

一人で出来ることが無さすぎる自分だから、二人や三人、いや何十人もの力を束ねて向かった戦場。

 

それでも駄目だった、自分の中に持てる全てを研ぎ澄まし全力でぶつけてこの状況。

 

嘘になって欲しいこの結果が、皆の期待に応えられないこの惨め過ぎる有様が、皆から向けられる落胆の瞳と絶望の表情が脳裏にこびりついて何時までも離れることはない。

 

もうこれ以上……そんな思いはしたくない!誰かに責任を擦り付けて楽になってしまいたい……!

 

 

 

「なるほどな、そりゃそうか。俺だってきつい」

 

 

 

七惟はこれだけ自分本位な理由しか述べなかった五和に対しシンプルな言葉を漏らした。

 

 

 

「お前がそんだけ取り乱すってことは、それだけプレッシャーがあるってことだろ。こんな場面でも色んなこと真剣に考えてお前は糞真面目な奴だ」

 

「別に……私は、真面目じゃない、です」

 

 

 

真面目な人間なら、きっと此処で最後までその役割を全うすべくう立ち上がるのだろう。

 

だが自分はそれが出来ない、心が弱いから?自己中心的な考えしか出来ないからか?……自分がかわいいから?

 

 

 

「きっと……上条さんなら、此処で立ち上がれると思うんです。っでも私には無理です!」

 

「まぁ上条と同じだったらそれはそれで俺はお前のこと見る目がかわっちまうぞ」

 

 

 

上条なら、きっとあの人ならこの戦場の中で誰よりも早くこの作戦の弾丸役を名乗り出る、彼はそんな人だ。

 

だからこそ皆が憧れるヒーローになれる、皆から頼りにされあれだけの人望を集めることが出来るし、何時だって彼は皆の中心。

 

しかし自分は上条ではない、そんな器ではない。

 

 

 

「それで?お前はそれでどうしたいんだ?」

 

「え……」

 

「誰にやらせるつもりだ?聖人崩しの術式は道具に組み込まれているからまだしも、身体強化の術式なんざお前の身体を中心に術が組み上げられてんだろ?誰が代わりになるんだ?」

 

「それは……」

 

 

 

言葉に詰まる、五和の理由なんてはっきり言って論理的ではない、いわば感情論である。

 

そんなめちゃくちゃな感情論が通る相手ではないのだ、七惟理無は学園都市第8位の頭脳の持ち主なのだから。

 

 

 

「やれる奴なんざいねぇだろ、ソレとも何か?上条でも呼ぶのか?」

 

「ッ……どうしてそうなるんですか」

 

「お前がそういう顔してたからだ」

 

 

 

何も言えない、現に今自分が考えていることはそうなのだから。

 

 

 

「此処までずたぼろに言うのも、七惟さんらしいです。でも……今の私には」

 

 

 

七惟にこれだけ言われたというのに、五和の心が再起することはなかった。

 

それを見越していたのか、七惟はこんなことを口にした。

 

 

 

「まぁ、お前一人じゃ無理だろ。だから俺達が隣で支える」

 

「それでも……」

 

 

 

もう、この重役からは解放されたいのだ。

 

どうせ自分なんかが何をやっても無駄だ、今までがそうだったのだから。

 

 

 

「さっきお前は上条を引き合いに出したがな、アイツと比べること自体おかしな話だろ」

 

「え……」

 

「アイツはな、一人で出来ることが多すぎんだよ。人を集めて戦えば出来ることはもっと多くなる、それが今までの戦果だろ」

 

「それは」

 

「お前は上条と同じくらい仲間から期待されてる」

 

 

 

そうだった、期待されていた。

 

その重圧が大きすぎて、自分には耐え切れないくらいに。

 

 

 

「そんなことは分かってます!でもその期待には全然応えられないんです!」

 

 

 

叫ぶように反論する自分、こんな苦しくて辛い期待ならば無いほうがどれだけ楽だったことか。

 

 

 

「だが上条とは違う。そうだろ」

 

「当たり前です!」

 

「あぁそうだ、当たり前だ。アイツはポジティブの看板ぶら下げてるような奴でいつでも前向いて歩いて、突き進む。そんなアイツに皆惹きつけられて戦って、アイツは神話の中の英雄みたいな奴だ」

 

「そうですね、上条さんはそういう人です……!」

 

 

 

神話の中の英雄、確かに彼は何時もそうだ。アニェーゼ部隊と交戦した時、キオッジアでの戦闘、テッラとの戦い、その中で彼がやったことは御伽噺に出てくる英雄のようなものだ。

 

そんな人間と比べられて、同じことを出来るような器じゃない、自分は。

 

此処にいるのが自分じゃなくて上条ならどれだけよかったことだろうか……。

 

 

 

「そんな完璧な人間みたいなこと、俺やお前みたいな凡人じゃできねぇよ。だから」

 

「だから……?」

 

「天草式が、神裂が、俺が居るだろ?」

 

「七惟……さん?」

 

「俺達はお前を寸分の違いもなく信じてる。お前が突き進めねぇなら俺達が支える」

 

「か、勝手に信じて……皆の期待を背負って、力を借りた結果がこれなんですよ!?」

 

「自分が信じられねぇのか?」

 

「し、信じるも何も……現に出来ていない……」

 

 

 

張り裂けそうな心を守るため必死に逃げようとする五和だったが、その言葉を遮るかのようにぐっと七惟が五和の両肩をその手で掴んだ。

 

取り乱す五和から七惟は一切目を逸らさない、その瞳から感じられるのは期待でも怒りでも呆れでもなかった。

 

 

 

「信じろ、自分を」

 

「む、無理です……」

 

「別に誰もお前がそう易々と作戦を成功するとは思ってねぇはずだ、思ってるなら気持ちが切れて最初のアクションが失敗した時点でお前の身体強化の術式は切れてる。それが切れてないってことは、お前をまだアイツらは信じてる」

 

「……」

 

「お前ならやってくれると、信じて待ってる。信じて任せてる。仲間っていうのはそういうもんなんだろ」

 

「でも……」

 

「俺もお前を信じてる、あれだけのことやって互いを疑いまくって深く知った結果だからな。だから信じろ」

 

「信じる……?」

 

「自分を信じろ、ラストチャンス、それを託される自分を疑うな」

 

「七惟さん……」

 

「お前がやってきたことを、信じろ」

 

そう言って七惟が手を差し伸べた。

 

自分を、信じる。

 

自分を、疑わない。

 

自分を信じて、進むしかない。

 

目の前で自分を信じてくれている人のためにも……。

 

その言葉に、切れかけていた五和の心に再度戦いの火が灯った。

 

差し出された七惟の手をしっかりと握り、立ち上がる。

 

その手の向こうに、この白黒の色褪せた世界の先が見えた気がした。

 

 

 

「そのかわり、俺が失敗した時はお前が支えろよ?俺もそんなに強くねぇからな」

 

「ふふ……七惟さんがそんなことを言うなんて、珍しいですね」

 

「だろうな、多分こんなこと言ったのお前が初めてだ。周りには言うなよ」

 

「考えときます」

 

「ったく……」

 

 

 

先ほどまで恐怖で蹲っていた自分が嘘のよう。

 

身体の震えは収まり、今は視界もクリアにはっきりと見え彼の声もしっかりと聞こえてくる。

 

七惟と自分の瞳が重なる、寸分の狂いもなく二人の視線は噛みあい二人の息遣いが重なり、青の巨人の敵を見据える。

 

「私は……どうすればいいんですか?」

 

「俺と天草式でアックアの動きを止める、そこでお前を可視距離移動砲で発射、アックアを槍で貫け。動きを止めるまでに残った身体強化の術式を全部防御に回すようコントロールしろ」

 

「転移のほうが確実では?」

 

「転移じゃ無理だ。俺は座標をくみ取ってその空間を丸ごと転移させるんだが、槍の切っ先がアックアの体内に入るような微調整は正直かなり難しい、現実的じゃねぇ。それよりかは瞬間の速さで仕留めるほうが確実だ」

 

「どのくらいの速度で?」

 

「最大出力だ」

 

「わかりました」

 

「さあて……やるぞ五和!」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 



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白黒の舞台から、世界の夢を見る-ⅴ

 

 

 

 

七惟自身の作戦は到ってシンプル、動きを止めて敵を倒す。

 

だがその過程は恐ろしく難しい、なんせ動きを止める相手があのアックアなのだから。

 

今の七惟は半天使化は使えない、要するに唯の能力者の状態で神裂達と協力しなければならない。

 

だが、自分はもう覚悟を決めたのだ。

 

勝負を決するのは一瞬、そこで全てが決まるだろう。

 

既に五和が態勢を整えている場所の座標は頭に叩き込んだ、後は自分達がアックアの動きを止めるのみ。

 

目の前には怒号を響かせる戦場、突き放すアックアに追いすがる神裂、少しでも敵にダメージをと食い下がっている天草式。

 

この光景を見て、七惟は思う。

 

あぁ、自分は変わったなと。

 

いつぞやの自分ならば、こんなドンパチやっている場所に自ら進んで首を突っ込んでどうにかしたいだなんて絶対に考えていないだろう。

 

自分には関係ないと決め込んで遠目に見ている野次馬や雑踏だ。

 

それがどうしたことか、今では危険な場所に自ら足を踏み入れどうにかしたいと思っている。

 

何時から変わったのかは分からない、気がついたらそうなっていた。

 

誰の影響なのか、自分から進んでそうなったのかは分からないが、そう考えている自分自身が嫌いではない。

 

 

 

「さて……五和の野郎にも発破かけたしな」

 

 

 

五和。

 

色々因果な相手ではあるが、あの少女と出会ってから自分も変わっていった。

 

もちろん五和だけではない、暗部の連中を食い止めてくれた絹旗や滝壺と浜面、今は治療中の上条も影響している。

 

先ほどは彼女を奮い立たせるため、まぁそうしなければ死ぬのでどうにか再起させようと思って柄にもなく変なことを言いまくったが今思い返すと何を善人ぶっているんだと嘲笑せずにはいられない。

 

だがそんなことで冷静さを失う程今の状況は甘くはないのだ、彼女がやってくれると言ってくれたのだから自分はそのステージを全力で整えてみせる。

 

五和は絶対無理だとか叫んでいたが、七惟は不思議と彼女が失敗するビジョンを描けなかった。

 

今迄彼女と何回か打ち合いをし、助け合い、僅かだが共に過ごしてきた五和を振り返ってみればこの作戦は成功すると確信している。

 

だからこそ、彼女を疑い天草式の仲間とは違った視点で物事を判断出来る七惟だからこそ、最後のワンチャンスを彼女に託した。

 

信じて、託したのである。

 

 

 

「やってやる……それしかない」

 

 

 

轟音が響き渡る戦場に七惟は身を投じる、それと同時に半天使化では感じ取れなかった暴力的なまでの威圧感をその場で身を以て味わうこととなる。

 

なるほど、これでまだ戦意を失っていない天草式は相当芯が強い……この張りつめた空気、五和が根を上げたくなる気持ちも当たり前といったところか。

 

アックアがこちらに気付いたのか、一瞬ではあるもののその表情に狼狽の色が見えた。

 

しかしもちろん戦場のプロであるあの男にとって瀕死の敵が再度牙を向けてくるなど日常茶飯事、しっかりと七惟を認識し攻撃に出てくる。

 

 

 

「さぁて……どうやってあの糞ったれを止めるか……つっても今の俺に出来ることは散値計算して『壁』を作るくらいか」

 

 

 

七惟もまだ戦えはするものの、生死の境目を彷徨った消耗でもちろん高度な演算は出来ない、物体の転移や可視距離移動砲を乱発するのはやはり厳しい。

 

アックアが構え、全てを飲み込む破壊の濁流が七惟に向けられる。

 

この攻撃に七惟の壁を貫通する『異世界の力』は含まれていない、不可視の壁で攻撃を防ぎつつ同様の壁をアックアの行く手に設置していき攻撃を行う神裂を援護する。

 

 

 

「大人しくしていれば見逃していたものを……私は敵意を向けるモノに対し容赦はないのであるがな」

 

「てめぇは猛獣に襲われる草食動物に大人しくしろって言うのか?生憎死んだフリは苦手なんでな、全力の悪あがきを食らいやがれ。俺の悪あがきは痛いじゃ済まねぇぞ」

 

「その言葉、既に追い詰められていることを自白しているようなものであるがな」

 

 

 

売り言葉に買い言葉、どうやら自分は挑発に相当弱いらしい。

 

アックアの振うメイスにはこの世の理から外れた力が膨大に含まれるため不可視の壁は貫通してしまう、要するに奴の物理攻撃は全て七惟に対して致命傷に成り得るため細心の注意が必要だ。

 

だがアックアと神裂の聖人というステータスはこちらにそんな余裕を一切与えない、人間の骨格では生み出せない力や速度、その全てが能力者七惟理無にとって脅威である。

 

神裂がこちらを一瞥する、戦況が数秒後に変わるなんて日常茶飯事、初めは目を軽く細め意味深な視線をこちらに投げかけてきたのだが、すぐに考えを切り替えたのか敵を見据えた。

 

 

 

「オールレンジ!私の動きに合わせて壁を作れ!」

 

「元からそのつもりだ!」

 

 

 

神裂の怒号に呼応し七惟も感覚を研ぎ澄ませ、アックアの動きをインターセプトする。

 

最初アックアと遭遇した時、七惟は全快の状態だったがそれでも奴の動きを把握することは出来ないしそのスピードについていくことなど到底出来なかった。

 

それは場数を踏んだ今も同じこと、むしろあの時より消耗が激しい今の方が余程不利。

 

それでも今回はあの神裂が味方だ、はっきり言っていけ好かない女ではあるものの味方になるとやはり気持的な面で相当頼もしい、一人で戦闘を行うより遥かに楽だ。

 

 

 

「烏合の衆が……無駄である!」

 

「無駄だかどうかはまだわかんねぇだろ!」

 

 

 

アックアの無限の水流の槍、それを壁で防ぎつつチャンスを伺う。

 

神裂もアックアとタイマンを張っていた時よりかは幾分かよさそうではあるものの、それでもあの男の圧倒的な力を弱めることは出来ない。

 

これではまるで隙など作れそうにない、五和の槍を使うにはせめて5秒は動きを止めておかなければダメだ、それ以下ではとてもじゃないが必中させる自信がない。

 

その間にも五和の身体を強化している天草式の連中は少しずつ削られていく。

 

矢継ぎ早に繰り出されるアックアの攻撃、何処かにスキがあるはず……!

 

七惟は崩壊したコンクリを可視距離移動砲で射出する、アックアは間髪入れずに反応し片手間に対処するかのような動きで槍を振う。

 

だが七惟にとってコンクリートの一発はダミー、追加で更に巨大な建物の残骸をアックアの行く先に転移させコンクリと鉄筋を激突させ粉砕、鉄の雨でアックアを押し潰そうとする。

 

逃げ道を防ぐように神裂が煉獄を纏ったワイヤーを張り巡らせる、神裂の扱う炎の魔術は摂氏数百度まで練られた溶鉱炉のような炎、アックアの水の魔術をあっという間に蒸発させる程の威力は持っている。

 

上からは人を圧死させるには容易い質量を持った鉄、横からは触れれば蒸発する鉄線だ。

 

完全にチェックメイト、そう思わせるには十分過ぎる一撃が迫っていると言うのにアックアの表情は微動だにしない。

 

その直後、アックアは天にまるで大瀑布を思わせるような激流を生み出し鉄の雨を全て跳ね除け、その水流に乗って移動しワイヤーの網も無視し意図もたやすくその場から抜け出す。

 

そう、別に頭上の鉄筋など奴にとっては障害に成り得ないのだ、一瞬でも判断が鈍れば死ぬその状況で全く判断を狂わせないあの男、戦場でのスキルの違いがありすぎる。

 

しかしそんなことは七惟だって既に学習済、怯むことはないしそもそもそんなところで躓いていてはこの男は絶対に倒せない。

 

追撃すべく七惟はアックアが乗っている水流のど真ん中に壁を作りだしその勢いを殺し、足場を滅却。

 

神裂は抜刀術の構え、空中で逃げ場の無くなったアックアに飛び掛かる。

 

アックアは更に水流の魔術で足場を生み出そうとするがもちろん七惟はそれを読んでいる、水流の出所をくまなく壁によって潰していく。

 

逃げ場をなくしたアックアに神裂の一撃が叩き込まれる、アックアは回避を諦めたのか巨大なメイスでその必殺の一撃を受け止めた。

 

今なら背後ががら空きだ、七惟は周囲に散らばっている釘や鉄線を拾い上げ可視距離移動砲で射出する。

 

この間僅か1、2秒、異変に気付いたアックアは神裂を押しのけるものの流石に全てには対応は出来なかったらしく極太の鉄線が肩に突き刺さり貫通、真っ赤な血を流すが。

 

……駄目だ、どうしても致命傷には程遠い。

 

 

 

「即席のコンビネーションで感心はするが……ッ、まだまだ!」

 

 

 

大地に降り立ったアックアは七惟に標的を変えて襲いかかる、もちろん常人の七惟にとって正面から時速数百キロの高速鉄道が衝突してくるようなものだ、対応できる訳などない。

 

当たればミンチ、良くて肉片が残るくらい、しかしそんな死に方はご免である。

 

五和の槍をくみ上げた七惟は不可視の壁を槍と合体させ、まるで戦車のようなメイスの一撃を食い止めるがもちろん全ての衝撃を受け止めきれる訳がない、半天子化した状態で致命傷に成り得た一撃を生身の七惟が食らったらどうなるか……。

 

 

 

「ぐ……ッ!?」

 

 

 

言葉がおいていかれるとはまさにこのこと、声と衝撃どちらが先に出たのかなんてどうでもよいくらいの力。

 

異世界の力が弱かったおかげで破壊力はそれほどでもないものの、5M軽く吹き飛ばされ荒野に体が投げ出される。

 

無論それでアックアが追撃を緩めることなどない、間接的な攻撃を行う七惟を先に潰すほうがより勝利に近づくと確信したのか執拗に攻撃を行う。

 

七惟を援護しようと食い下がる神裂だがアックアのスピードには追いつけない、何とかぎりぎりで立ち上がろうとしている七惟に今度は全く予備動作なしでメイスの攻撃。

 

もはや今の七惟を仕留めるに威力など不要、連撃で一気にカタをつけるつもりか。

 

七惟の回避行動を先読みしたか今度は横へ薙ぐ攻撃、突きよりも威力は弱まるものの生身の七惟が当たれば即死間違いなしの代物。

 

壁の重ねがけが出来ないのが本当に悔やまれる、しかし等身大の壁を張れるのは唯一の救いか、七惟は再度槍で防ぐ。

 

壁とメイスが激突した瞬間、眩い火花のような閃光が発しダイナマイトが爆発したかのような炸裂音。

 

力と力が拮抗している、七惟の表情は苦悶に染まる、アックアの表情はまるで般若のような力の色へ染まる。

 

 

 

「こん……の、糞ばかでけぇ、……害虫があああぁぁぁ!」

 

 

 

歯を食いしばり更に槍を支える力を上げるが、常人の筋力などこの聖人同士の戦闘においてはまるで意味がない、今の七惟を守っているのは自身の筋力でも五和の槍でもなく目に見えない薄いたった一枚の壁。

 

これが突き破られたら即、死あるのみ。

 

 

 

「アックアアアアァァァ!」

 

 

 

神裂が寸前で間に合ったのか、煉獄の炎が迫りアックアは体を引き七惟から離れる。

 

助かった、あのまま異世界の力を引き上げられたら間違いなく七惟の身体は跡形もなく吹き飛んでいただろう。

 

 

 

「大丈夫ですかオールレンジ」

 

「馬鹿言え、五臓六腑がちゃんと元の位置にあるかどうかわかんねぇぞ……」

 

「そんなことが言えるならば大丈夫でしょう」

 

「今は、な……」

 

 

 

百戦錬磨の般若の形相を浮かべ、こちらに立ちふさがる巨大な蒼の壁。

 

こちらが切り崩すのが先か、それとも天草式諸共根絶やしにされるのが先か。

 

ピリピリと張り付くような緊張感が神裂からも伝わってくる。

 

 

 

 

 

 







新年あけましておめでとうございます!

昨年のうちにこの章を終わらせる予定だったのですが、

12月一度も更新出来ないという体たらく……!

今年こそは頑張ってたくさん更新したいです。


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君と一緒に歩く未来-ⅰ





ここで……ここでエターナルする訳にはいかないんだ……!







更新が3か月滞ってしまい申し訳ありません。

今後ともよろしくお願い致します。
 
 


 

 

 

七惟と神裂は互いに理解している、二人のどちらかが欠けたらもう道はないと。

 

七惟が加わったことによってやはり魔術や白兵戦をメインにこなしてきたアックアにとって一種のトリッキーな距離操作の攻撃はかなり有効だ、事実ダメージも与えている。

 

チャンスなのは間違いない、だがどうすれば動きを止められる?

 

半天使化した七惟の一撃をくらい全身打撲に裂傷骨折、神裂に右腕を深々と切り付けられ可視距離移動砲での貫通弾、これだけのダメージを受けてもあの男はその顔から闘志の色は全く褪せることもなく、ふらつくことさえしない。

 

あの男自体がもちろん聖人であったり神の右席の力を得ていることから並外れた治癒力を持っているのは想像できるが、やはりそれを支えているのは化け物じみた精神力だろう。

 

あれだけの激痛を受けても尚意識を失わないというのは、本当に恐れ入る。

 

まぁ、それでも勝つのは……自分達だ。

 

あの男の動きを封じる策。

 

その策を七惟は見出した、しかし……。

 

問題はこの作戦、神裂の助けが必要不可欠だということだ。

 

七惟一人では到底成し得ることが出来ないものなのである。

 

しかも成功率は決して高いとは言えない、更にリスクも高いときた。

 

要するにハイリスクハイリターンの作戦なのだ、そんな危険な策に、ついこないだ腸を貫ぬいてきた張本人を信用して神裂が首を縦に振るのだろうか?

 

 

 

「神裂。あの鉄線、俺が射出した鉄線にあの炎を纏う魔術は使えんのか」

 

「……どういうことですか?」

 

 

 

ダメもとでも言うしかない、即時に却下を食らうか聴く耳なんて持たないと思っていたが意外にも神裂はこちらに体を向け耳を傾けた。

 

 

 

「鉄線を数本よこせ、アックアを中心とした円形に放射状の鉄線を射出して動きを止める、唯の鉄線じゃアックアが容易に破壊すんのは目に見えてるからお前の魔術を上乗せして強度を上げんだよ」

 

「なるほど、逃げ場をなくすと」

 

「そこでお前には背後から攻撃して貰う、周りは煉獄の鉄線、背後に聖人とくればアイツだって流石にうごきを止めてお前の攻撃を受け切る。そのスキを狙って……五和をぶつける」

 

「簡単そうに言いますが成功確率はどれくらいなんですか?」

 

「100%と言いたいところだが、術者である俺に先に攻撃を仕掛けてきたりお前を跳ね除けられたりする要素を考えると半々ってとこか」

 

「鉄線も無限ではありません、放射状に長大な距離で射出するとなると恐らく用意するのは5本が限界。それで弾切れとなります、その先は……聡明な貴方なら分かるでしょう」

 

「……厳しいか」

 

 

 

神裂の言いたいことは七惟だって理解している、今の拮抗した状態で賭けを行い失敗すればどうなるのか。

 

おそらく彼女はこう考えているのだろう、これを失敗したらもう後がないと。

 

要するにしくじったら五和を弾丸にして聖人崩しを撃ちこむ最後の希望が潰えるということだ、その後のことなんて考えたくもないが七惟や神裂はもちろん天草式も上条も止めを刺される。

 

正真正銘、最後の賭けなのだ。

 

神裂が鉄線を失ったら遠距離攻撃の術を大きく失う、一気に戦力ダウンに繋がることを考えると渋るのも当然だ、万一作戦をミスした場合同胞を逃がす術も同時に無くなってしまう。

 

それでも七惟はこれ以上アックアとの消耗戦が得策とはとてもじゃないが考えられない……しかし神裂の同意を得るのは難しい。

 

まぁ唯でさえ互いに相手に対して良い感情なんて微塵も持っていないのだから、命が左右されるこの土壇場において信頼しろというほうが無理なもの。

 

ならば他の策を練り直すしかない、七惟がこの策は止めようと切り出したその時、神裂が七惟に初めて見せる曇りのないような表情を向け、口を開いた。

 

 

 

「ですが……いいでしょう」

 

「……は?」

 

「全く……なんて顔をしているのですか?提案者は貴方でしょう」

 

 

 

青天の霹靂とはまさにこのこと、まさか神裂から、命を削りあった敵からこのような言葉と顔を向けられるとは。

 

 

 

「正直なところこれ以上続けてもアックアを止める術は見つけられそうにありません。貴方が天使化出来れば話は別ですが、無理なのでしょう?」

 

「わりぃが……無理だ」

 

「貴方が私に謝るなんて、明日は槍でも空から降るんですか?……あの子は大したものですね」

 

「あの子……?」

 

「五和ですよ、ハリネズミみたいだった敵意丸出しの貴方を此処まで変えたんですから。あの子は凄いものです」

 

「はッ……だろうよ」

 

「今日此処までの貴方の行動を見ていました。口で言うのではなく行動で貴方は示してきた、五和を助け、どういう手口を使ったか分かりませんが天草式の皆を奮い立たせた。貴方と彼らは犬猿の仲だと思っていたのですが、先ほどから不思議と静か……これだけ条件が揃えば、この状況で背中を預けるのは当然の事です」

 

「一日で信じられねぇくらい掌帰して驚愕だな」

 

「これ以上無駄なお喋りはあの男が許してくれそうにありません」

 

 

 

神裂は懐から厚さ1cmの鉄線の束を懐から取り出し、それを七惟に差し出した。

 

彼女の瞳はこちらを真っ直ぐ捉えている、こちらを信頼している、故にこれを差し出すのだと言葉は無くてもその眼で感じ取る。

 

 

 

「貴方のことも、私は見誤っていたようです。七惟理無、貴方なら……私達ならきっと成せる」

 

「神裂」

 

 

 

まさか殺し合いをしたもう一人ともこうやって背中を預け共闘出来る日が来るとは。

 

今日は人生で一番最悪な厄日だが、仲間が一人増えたと思えば一転して最高の日だな。

 

 

 

「さぁ……参ります!」

 

「あぁ!」

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

『上条当麻……ねぇ、アレがどうかしたのか』

 

『か、彼に連絡を取ってください!天草式十字凄教の五和と言ってくれれば分かるはずです!』

 

 

 

これがあの人との最初の会話だったと思う―――。

 

 

 

 

 

七惟理無って、嫌な人。

 

初めて日本で会ったときの第一印象は間違いなくコレ。

 

何が?きっとそれは挙げていけばきりがないくらい。

 

まず第一に、態度が嫌。

 

どうしてそこまで横暴な態度が取れるのだろう?

 

敵意丸出しの視線を遠慮なく投げつけてきてはこちらに多大なストレスを与える、一緒に居るだけで物凄く疲れる。

 

次に言葉遣い。

 

こちらを怒らせるつもり100%の遠慮ない暴言で人の尊厳を思い切りこき下ろしてくる。

 

敬語も全く使えない……いや敢えて使わないのか、こちらと友好関係を築こうだなんて一切思ってないと言える。

 

まだある、嫌に強い。

 

どうしても手が届かない強さで、私のような凡人が束になろうとも全く歯が立たない。

 

おまけにその強さを見せびらかすかのように何時もギリギリのところで手を緩めるのが腹立たしい。

 

もっとある、嫌な気遣いをしてくる。

 

人とのコミュニケーションなんて普段全然考えていない癖して、可笑しなタイミングで首を突っ込んできてはこちらを茶化す。

 

そういう時に限って仲間だなんだって言ってくるのだから余計性質が悪い。

 

本当はきっと、もっと、たっくさんある。

 

でも、ふとこれまで歩んできた道のりを振り返ってみると気付いたことがある。

 

もちろん数は少ない、嫌なところと比べてみると絶対少数で民主主義なら多数決で余裕で負けるくらい少ない。

 

でも確かに、数は少ないけれども私が今この状況で振り返れば体の中心を暖かくしてくれる、身体の先から力が湧いてくるくらい不思議と良いとこだってある。

 

だから今私はこうやって立ち上がったんだ。

 

 

 

「嫌な人っていうか……不思議な人?」

 

 

 

最初は絶対に負の感情から始まった。

 

だって殺されかけたのだから。

 

彼との最初の出会いは日本国神奈川県の外れの都市にある教会だった。

 

法の書の後始末をしようとしていたらいきなり攻撃してきて……上条当麻のおかげで生き延びれたけど。

 

その後はもう一度命の危機に瀕した、今度はイタリア。

 

2度目の戦いの時はもう本当に七惟理無と友好関係を築くなんて不可能だと思ったし、いっそ痛めつけてこちらに刃向わないようにしてやろうと何度思ったことか……結局実力がその思いに追いついていなくて、ダメだったけれど……。

 

でも彼に対するイメージの変化があった、きっとそれは敵部隊から身を守って貰った時じゃない。

 

その時は、上条当麻へのお土産を一緒に買った時だった。

 

初めて嫌な人……というイメージから、不思議な人だと思った。

 

 

 

「でも……きっとそれも違う」

 

 

 

言葉とは裏腹に一人ぼっちを寂しがっていたり、友達0人の金字塔を打ち立てたとか可笑しなジョークも言ったりする、確かに不思議だし変な人だ。

 

あの時から視点が変わった、ふと違う形で見てみると彼はとても不思議だ。

 

確かにとても態度が悪いのは間違いない、でも最近は敵意むき出しじゃない、こちらに合わせてその佇まいを変えている。

 

言われてみれば彼の言葉には腹が立つことが多いけど、それ以上に笑って楽しくなることが多かった。

 

一応敬語もオルソラに遣っていたし……。

 

嫌に強いけど、その力を見せびらかしたりなんて一度もしたことがない。

 

空気を読まないで最悪のタイミングで可笑しな気遣いをして場を乱すこともあったけど、自分を応援してくれた。

 

今……身を挺して強大な敵から守ってくれた。

 

バラバラになって空中分解してしまった天草式をもう一度一つにしてくれた。

 

絶対に勝てないと分かっていながらも恐れを捨てて、戦ってくれた。

 

 

 

「七惟さんは……凄い人だね」

 

 

 

もう駄目だと諦めて蹲る自分に手を差し伸べてくれた、再起のチャンスを、生き残る可能性、皆が助かる希望をくれた。

 

そして何よりも、目の前に立ち塞がる強大な壁の現実を拒む言葉じゃなくて、その現実を乗り越える力を見せてくれたあの人に。

 

恐怖の殻に閉じこもる私の心にノックして、この暗闇の世界の先を見せてやると差し出したその手を目に焼き付けて。

 

私を信じてくれた。

 

力を与えてくれて、信じて送り出してくれた。

 

だから私は戦える。

 

彼と一緒に歩いていく未来を作りたいから。

 

呼吸が整う、視界がクリアになっていく、見定めるべき敵の姿もはっきりと見える。

 

アックアに勝った世界を、自分を見てみたい。

 

きっとその世界には、今までどれだけ手を伸ばしても届かなかったものが掴みとれるような気がするから。

 

響き渡る轟音、軋む大地に崩れる天井。

 

そんな終末のような世界だというのに、力が湧いてくるんだ。

 

 

 

 

 

 






GW中にいっぱい更新するんだ私!





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君と一緒に歩く未来-ⅱ

 

 

 

 

神裂から見た七惟理無という少年は、如何にも科学の街の黒い世界で育った現代っ子という感じだった。

 

暗部組織に身を寄せて冷静沈着に行動し、冷徹に淡々と学園都市の敵を葬る。

 

親が居なくて、研究所で育てられ真面な人格形成など図られず捻くれて、擦れている。

 

それが必要悪の教会から貰った報告。

 

実際ステイルと共に学園都市を訪れた際、初めて七惟を見たところ強ち情報は間違っていないと思った。

 

戦闘力は申し分ない、協会でも生粋の実力派であるステイルの魔術が一切通用せず追い込み、あのまま戦っていたらおそらく彼の敗北は免れなかったであろう。

 

学園都市のレベル5は一個師団に相当する。

 

噂は伊達ではないなと感心もした。

 

その後は天草式の五和達が神奈川で同じ人物に襲われ、そしてイタリアでは共闘したとも耳にした。

 

最初は大層驚いて自分の元部下達がまさかあのような少年と手を組むなんて到底不可能だと思っていたが、深堀していくうちにイタリア正教の攻撃から身内を守ってくれたという情報もあった。

 

初めての邂逅から僅か数か月の出来事、たった数か月で人間性に大きな変化が起こったのだろうか……?

 

まぁ思春期真っ只中の少年だ、色々な出来事が短期間で起こり内面を大きく変えたのだとその時は納得したものの、その数週間後に今度は五和を精神拷問にかけたという話が持ち上がった。

 

聴いたその時は何かの間違いだろうと、背中を預けて戦った者同士で幾らなんでもそんなことに発展するなんて理解が追いつかなかった。

 

まぁそれは土御門に誑かされた嘘の情報であったから、神裂が抱いた違和感は正しかった訳である。

 

しかし七惟理無と刃を交えたのは事実。

 

出会ってからそれなりの時が経過したが、ステイルと戦った時とはまるで別人の戦闘力を誇りこちらを追い詰めていった。

 

最終的には半天使化したところ、五和達の動きもありこちらが敗れた。

 

再戦したら負けないという自信はもちろんあるが、そんな勝ち負けを競い合うつまらないことよりも、今の彼を見ていたら思うことがある。

 

 

 

あの時のことを、謝りたいと。

 

 

 

鉄線を差し出したその手を真っ直ぐ見つめる目の前の少年は、もう夏の始まりのあの日ステイルを一方的に嬲ろうとした面影なんてない。

 

もちろん五和達天草式を拷問にかけるとも到底思えない。

 

もっと彼のことを深く知っていれば、きっとあの戦いも回避出来ただろう。

 

彼は被害者なのだ、こちらが一方的に戦いを吹っかけただけである。

 

あぁ、申し訳ないことをした、取り返しのつかないことだ。

 

しかしそれなのに、この少年は今でも自分が昔所属していた天草式のために立ち上がり、戦ってくれている。

 

こちらの非を認めたくなくて、彼に不躾な態度を取っていた。

 

何処かで逃げ出すだろう、この期に及んで何をしにきたと訝しんでばかりだった先ほどまでの自分が本当に恥ずかしい。

 

こんなにも彼はこちらを頼り、信頼している。

 

一緒に敵を倒そうと、戦おうと。

 

一方的に暴力を振るってきた相手にそんなことを言ってきた。

 

全く持って、お人よしだ。

 

きっと彼を此処まで変えたのは五和なのだろう。

 

そんな彼に謝りたい。

 

謝って許してくれるなんて分からない、だけどこのまま何も言えないで死んでいくなんて一人の人間として間違っている。

 

だからこそ、今は目の前の敵を倒すのみ。

 

差し出された鉄線を受け取る少年の瞳を見る。

 

その瞳は、何処かのツンツン頭の少年とは違う色でこちらを綺麗に映し出していた。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

七惟は神裂から鉄線を力強く受け取る、眼前にまで迫っていたアックアは神裂が初手を受け切り跳ね除けてくれた。

 

勝負は一瞬だ、今の七惟の演算処理能力で正直な所正確に放射状に鉄線を射出させられるかは分からないがやるしかない。

 

一瞬に全てを掛ける、今まで培ってきた力……全距離操作の能力全てを!

 

打ち合っていた神裂とアックアの距離が開いた、神裂の放った炎の矢が何十本もアックアに向かうも、メイスを一薙ぎした風圧で纏めて消し去る。

 

息も絶え絶え、体力的にはとうに限界を迎えているのはアックアも同じようだがそれでもこれだけの力をたたき出す奴の精神力には恐れ入る。

 

神裂の攻撃をやり過ごしたアックアがこちらを向き正に今自分に向かってその一歩を踏み出そうとしている。

 

ビンゴだ、アックアと自分の距離、神裂とアックアの距離が一定以上保たれている……申し分ない、やるなら、今。

 

覚悟を決めろ、七惟理無。

 

 

 

「行くぞおおおぉぉぉ!アックアアアアァァァ!」

 

 

 

複雑な演算処理は七惟も身体負荷を考えるとこれがラスト、全能力を持ってアックアに叩きつける。

 

神裂、アックアのスピードを超越した速さで七惟からアックアに向けて放射状に鉄線が5本放たれる、それを知覚したアックアは退路を確保しようと動くが遅い。

 

幾ら聖人が人体を超越した動きが可能でも、一般人の七惟から見て弾丸のようなスピードを誇るように見えたとしても、実際は体感より遅いのだ。

 

 

 

「逃がすものか!」

 

 

 

鬼気迫る表情で神裂がアックアの背後に回り込み退路を断つ、放たれた鉄線はアックアを囲うように広がり、更に触れたら一瞬で蒸発するような煉獄を纏う。

 

背後の神裂は抜刀、周囲には絶対等速で連続的に動き続ける灼熱の鉄線。

 

絶対等速状態の物体は異世界の力で容易に破壊出来るが、神裂の煉獄を纏わせた鉄線を破壊しようものなら獲物が使用不可の損傷を受けるのは間違いない。

 

自身の置かれた状況、七惟達の戦略、この一手に掛ける全てを悟ったアックアの視線が七惟に突き刺さる。

 

覚悟を決めた男の顔とはまさにこういうものなのだろう、その表情には恐怖や怒り、感情に染まった色など全くない。

 

唯勝つこと、その1点を無心に想うその勇猛果敢な戦士の色に七惟も蛇のように眼光を凄ませ応える。

 

背後から迫る神裂の一撃は恐らく全力の唯閃、此処で動きを止められるようなことは不味いと判断したアックアが弾き出した答えは。

 

 

 

「……学園都市の戦士よ!勝負である!」

 

 

 

迷いなど何もない、アックアは態勢を整え呪文を唱えると砲弾のようなスピードで七惟に向かって突っ込んでくる。

 

やはり来た、こうなることは有る程度予測出来たが此処で踏ん張らなければ全てが無駄になってしまう。

 

七惟を射出源として鉄線はアックアを中心に四方へ放たれている、要するに七惟に近づけば近づく程鉄線同士の密度は上がりもちろん煉獄に触れる危険性も上がる。

 

だが、アックアのメイスのリーチを考えるにギリギリ七惟への攻撃が届いてしまう、要するに射出源の七惟を止める術をあの男は持っているのだ。

 

勿論このことは七惟だって考えていたが、神裂のスピードを考慮すればアックアが攻撃目標を切り替える前に一撃が入ると判断していた。

 

その目論見が瓦解してしまった今、七惟が取る行動は決まっている。

 

それは、受け切ること。

 

最大防御の壁で受け切り、受け切った瞬間の動きを止めたアックアに五和をぶつけるのみ!

 

もはや瞬きすら許されないアックアの恐るべき突進攻撃が目と鼻の先まで迫ろうかという時、七惟は鉄線の演算処理を全て取り止め、懐から槍を取り出す。

 

この槍では態勢を整え出力を上げたアックアのメイスの一撃は受け切れないし、そんなものをまともに食らえば自分が絶命することだって七惟は分かっている。

 

壁の重ね掛けは出来ない、アックアを利用した半天使化も不可能……それなら。

 

槍に接続した不可視の壁、この壁にアックアから発せられる『異世界の力』を更に接続して重ね強度を限界まで上げるのみ。

 

発射源を失った煉獄のワイヤーが大地へと崩れ落ち、鉄の軋む音と炎がはじける音が狭い地下都市の中を反響したその刹那、両者の武器が激突した。

 

 

 

「やらせるかああぁぁぁ!」

 

「オオオォォォ!」

 

 

 

二人の雄叫びが慄いた。

 

鍔迫り合いをする武器同士がこの世のものとは思えない光と音を生み出し、狭い蒼の地下空間を埋め尽くす。

 

手先から体感したことがないような凄まじい圧力を感じる、気を抜けば腕が引きちぎれる所か五体が持っていかれてしまいそうだ。

 

初手の激突によって生まれる衝撃波は抑えたがもちろん七惟が勝てる訳がないのでこのままでは押し切られる。

 

せめて神裂の一撃が入るまでは持ちこたえなければならない。

 

ならば、アックアの持つ『異世界の力』を更に引き出して壁を強化するしかない!

 

自身の演算処理の限界を超えるかのような負荷、集中力が切れそうな程の轟音と痛みと苦しみ、目の前が明滅したかと思ったら真っ白になる、まるで目から火花が散ったかと思われる程に視界が煌めく。

 

 

 

「なに……!?」

 

 

 

一瞬、此処まで全く微動だにしなかったアックアの表情が予想外に粘る七惟に対し微かにだが驚愕の色へと変わったのを七惟は捉える。

 

全てを賭けるなら、今……なのか?

 

そう判断した彼の脳は、僅かだが防御の壁への意識が薄れてしまう。

 

もちろん七惟が敵の隙を見逃さないのと同様、百戦錬磨のアックアが見逃すわけがない。

 

アックアが貯めていた最後の力を放出した、七惟はすぐさま意識を戻そうとするも遅い。

 

頭の血管が切れそうだ、眩む視界に手足の感覚も無くなるが……此処で、此処で負ける訳にはいかない。

 

食い下がる七惟、もう限界だと感じる、力が入らない、身体の中には何も入っていないのに嘔吐しそうになる、自分の身体がちゃんと今此処で機能しているのかすら分からなくなる。

 

僅か1秒が10秒に、10秒が1分に、1分が10分にとも感じられ永遠にこの時間が続いているのではないかと錯覚する。

 

 

 

「アックアァァァ!」

 

 

 

しかし意識が手放される限界で七惟は神裂の一撃が入ったのを見た。

 

アックアの動きが止まる、物陰に隠れている五和からアックアまでの距離は100M程。

 

 

 

 

 

此処だ、この瞬間に全てを賭ける!

 

 

 

 

 

 

「オールレンジ!」

 

 

 

神裂が怒号を上げ、それに応えるように七惟が叫ぶ。

 

 

 

「五和ああああぁぁぁ!」

 

 

 

全能力を持って五和を射出する。

 

気付いたアックアが七惟を吹き飛ばし、神裂の七天七刀を振りほどき彼女も跳ね飛ばされる。

 

しかし。

 

これだけの隙、防御態勢も取れていない、これならば……!

 

100M、七惟の今誇る最高出力をもってすれば。

 

たった1秒で必殺の一撃が奴を貫く。

 

アックアに吹き飛ばされる最中、アックアへと向かう五和とすれ違い七惟は叫ぶ。

 

 

 

「貫けえええぇぇぇ!」

 

「はあああぁぁぁ!」

 

 

 

五和の雄叫びの後、僅か1秒身動きが完全に停止していたアックアに全てを込めた一撃が、届いた。

 

 

 

 

 

 






何時も御清覧頂きありがとうございます!

先日は三か月ぶりに更新したというのに、たくさんの方に見て貰い、

また多くの感想や評価を頂き本当にうれしい限りです、ありがとうございます!

皆様の感想や評価で更新するパワーが湧いてきました。

今後ともどうぞよろしくお願い致します。


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君と一緒に歩く未来-ⅲ





GWから1度も更新してない!

  

 


 

 

 

 

 

地下都市全体を揺るがす大爆発、それは五和の槍から放たれた一撃によって引き起こされた。

 

その爆発によって、最大の敵は排除された。

 

そう、後方のアックアを五和達は仕留めたのである。

 

今思い返しても正直な所奇跡だと思う、あれだけ追い詰められて聖人も超能力者も成す術がないところまで追いやられたというのに、現状こうして生きている自分達に。

 

唯、もちろんハッピーエンドという訳にはいかない。

 

天草式のメンバーの内数人が息絶えた、一人は四肢が断裂した状態、一人は肉体が存在していた断片しか残っていない者もあった。

 

だが、それが戦場なのだ。

 

この戦いに身を投じた最初は誰かが死ぬなんて考えもしなかった、きっと最後はなんとかなって皆無事にイギリスに戻れると信じていた。

 

だが、戦いが激化するにつれてそんな甘い考えは徐々に失っていき、七惟が一度敗れた時に初めて『死』が自分のすぐ後ろまで来ていることに気が付く。

 

それは実際間違っていなくて、自分は運よく死を免れることが出来ただけ。

 

下手をすれば自分があそこに転がっている武器の持ち主のように……物言わぬ屍になっていただろう。

 

さっきまで動いて喋っていた人間が居なくなるというのは恐ろしく、不気味だ。

 

すっぽりと抜け落ちてしまった感覚、嘘だと願う心、自分は死ななくてよかったと言う安心感全てがごっちゃに混ざって自分の中がぐちゃぐちゃになっていくのを感じる。

 

目の前では神裂や教皇代理が無事だったメンバーと一緒にアックア撃破に歓声を上げている、だが五和はその輪に入っていくことが出来ない。

 

もっと自分が……聖人崩しを扱う大役を任された自分が早くアックアに止めを刺していればこうはならなかったのに。

 

今にも感情に押し潰されそうな心に責任という名の二文字が突き刺さり心を砕きそうになる。

 

 

 

「よぅ……今宵のヒーローさん」

 

 

 

そんな呆然と立っていることしか出来ない五和に声を掛ける少年が一人。

 

 

 

「ひー……ろー……?」

 

「あぁ」

 

 

 

その少年は、自分を最後の最後で奮い立たせてくれた、諦めない心を見せてくれた、皆を助けてくれた、自分を……救ってくれた少年だ。

 

「七惟さん」

 

 

 

少年も体中ずたぼろだ、最後にアックアに弾き飛ばされた余波のせいか左腕が変な方向へ曲がっており、義手の右手は覆っていた包帯がめくれ機械が丸見えだ。

 

一度だけでなく二度までも死にかけ、最後に此処まで痛めつけれたというのに少年の表情は今迄見たことがないくらい爽やかで明るかった。

 

 

 

「すげぇ奴だよお前は」

 

「凄い……?」

 

「現状こうやって俺達が生きてんのはお前のおかげだ。まさにヒーローって奴だろ」

 

「そんな……違います」

 

「違うか?」

 

「だって、だって私は……逃げた人間なんですから」

 

「あぁ……?」

 

「逃げた人間です、死ぬのが恐くて、皆から責められるのが恐くて、自分が可愛くて。逃げ回って、運よくこうやって生き残っているだけなんです」

 

 

 

そうだ、もし自分があの時諦めずより早く立ち上がっていれば……もっと被害者は少なかったかもしれない。

 

 

 

「もしかしたら他の人がやっていた方が上手くいったかもしれないじゃないですか……私じゃないほうが、良かったのかもしれません」

 

 

 

破壊し尽くされた地下空間に転がる死体、痛めつけられた天草式、七惟、上条……。

 

 

 

「それにヒーローって言うんなら、私なんかじゃなくて七惟さんやプリエステス様が相応しいんです。一度も引かず、逃げず、諦めず、刃を終わず最後まで戦い続けた二人が」

 

 

 

七惟と神裂、はっきり言って最後はこの二人頼みだった。

 

幾ら自分たちが限界以上の力を引き出しても二人は意図もたやすくその限界を軽々と越えていってしまう。

 

最後もそうだ、二人がアックアの動きを止めなかったなら自分があの一撃を放つことなんて出来なかった。

 

 

 

「ったく此処まできてそんなこと言うか?……おい、手を出せ」

 

「手……ですか?」

 

「あぁ」

 

 

 

どういうつもり……?

 

力なく五和は七惟に向かって手を差し出す。

 

こうやって自分の手を再度見るとズタボロだ、キズだらけだし、出血してるし、深いものを見ると一生ものの生傷がたくさんある。

 

五体満足でいられることが不思議だったくらい、激しい戦いだったのに。

 

 

 

「素直に喜べよ、お前はすげえ奴だ」

 

 

 

そう言って傷だらけの彼女の手を七惟が力強く握った。

 

握られた時、体を貫くような痛みと共にようやく『生きている』実感がこみあげてくる。

 

こみ上げてくる痛みと感情に、自然と目の前が霞んでいく。

 

ダムにせき止めていた水のように留めていた心の中の声が決壊しそうだ。

 

 

 

「皆がお前の一撃を信じて動いた、俺も神裂も、天草式の連中も。お前を中心に全員が動いた、そんなこと出来る奴はいねぇよ」

 

「で、でも」

 

「お前は人が死んだり、殺されたりするのを見たことが無かったから現状が分けわかんねぇってところか」

 

「それは……そうですけどッ」

 

「別に喜べとかは言わねぇ、嬉しがれ、ともな。でもな、もっといい顔をしてくれよ。死んだ奴らだってそいつらの意思で自分のため、生き残った連中の為に戦ったんだ。生き残った連中がまるで葬式みてぇな面してたら報われねぇだろ?」

 

「七惟、さん」

 

「お間が中心にならなけりゃ、きっと俺と天草式が手を組むなんざ夢もまた夢のことだった。お前が居たから……だろ、この結果が得られたのはな」

 

「……」

 

「お前じゃなけりゃ、なんて誰も思ってねぇ。五和が居たから、成し遂げられた。お前が居なかったらダメだった」

 

「でも……」

 

「でも、でも、だって、でもねぇ。泣いてんじゃねぇよ馬鹿」

 

「だ、だって!」

 

 

 

言われて気付いた、自分は泣いていたということに。

 

必死になって目を擦って涙を止めようとするものの、それでも次から次へと得体の知れないものがこみあげて来て遂には零れ落ちてしまう。

 

嫌だ、こんな顔を彼には見せたくない。

 

引き裂けそうな心臓が、たくさんの感情が、涙となって溢れ出る。

 

 

 

「あっちへ行け、神裂達が待ってんぞ」

 

「みんなが……」

 

「ったく、そんな顔じゃとても上条なんかに会えねぇぞ」

 

「こんなところで上条さんのことを言うのもやっぱり七惟さんらしいですね」

 

「うっせぇ」

 

 

 

こんな涙でくしゃくしゃになったままの顔なんて彼には覚えておいて欲しくない。

 

何時ものように、笑顔を向けたい。

 

この少年とはお互いの強いところも、弱い所も、泣いた顔も、笑った顔も、喜んだ顔も見てきたし、楽しかった時間も、悲しかった時間も最近はずっと共有してきた。

 

そして、何よりも自分を信じてくれた、前に一歩踏み出す勇気をくれた。

 

あの絶望の世界の先を、私の知らない世界を教えてくれた。

 

だから、笑顔でこう言いたい、破裂しそうなおもいっきりの感情と一緒に。

 

 

 

「ありがとう、七惟さん」

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「……いてぇ」

 

「そりゃあ痛いに決まってるよ!りむは無理し過ぎ!とうまと一緒に反省しなさい!」

 

「アイツは?」

 

「別室で休んでるんだよ。あれから1週間近く経って分かったことは二人は別々の部屋で休まなきゃいけないっていうこと!ていうかりむもとんでもない大怪我をしたはずなのにとうまよりだーいぶ元気なのはどうしてなのかな……」

 

「あぁ、そりゃあ回復魔術?とかいう」

 

「そうだったんだね。安心したんだよ、こないだ深夜に運び込まれた時は天草式が回復魔術の大合唱を唱えてもダメだったって聞いたから」

 

「そんな元気な奴のところに居ていいのか?上条のほうは」

 

「いいの、さっきまではずっと、とうまのところにいたから。だから今度はりむや天草式皆のところにいるんだよ」

 

「……ありがとなインデックス、お前の御蔭だこうやって俺達が生きてるのは」

 

「気にすることないんだよ!りむは何時も私においしいものくれるし、そのお返しだよ!」

 

「そんなモノでよけりゃあ何度だってやるよ。でもお前一週間もこうやって俺らのところに居て飽きないのか……?」

 

 

 

五和が居る病室の端のほうから七惟とインデックスの声がきこえてくる。

 

アックアとの死闘を終えた天草式と七惟は上条が入院している病院に再び担ぎこまれた。

 

大半の仲間が大怪我をおっており、普段なら回復魔術を使ってごまかしていくのだがあまりの戦闘の激しさに皆力尽き、簡単な魔術すら碌に扱えない状態。

 

回復魔術なんて到底不可能なため皆こうして科学の街の医学に頼ることとなったのだ。

 

当初は全員同じ大きな部屋に押し込まれて、それぞれ診察や治療を受けていたもののあの激闘から既に1週間近くが経過している。

 

軽傷の者はこの病院を去り、重傷の者は未だに世話になっている。

 

 

 

「五和、上条のほうに行かなくていいのか?禁書目録もこっちにいるしな」

 

「それは……」

 

 

 

そう語りかけてきたのは天草式の仲間の一人だ。

 

彼もまた重傷であり、1週間近く経った今でも未だに杖が無ければあることもままならない程の傷を負っている。

 

対して自分は左手の骨が折れた程度で済んでいる、今は包帯とギブスをつけているが明日には魔術を使える状態まで体力が回復するため、この不便さは一日程度の辛抱だ。

 

もちろん細かな裂傷は数えきれない程あるが。

 

 

 

「あぁ、そっか……。ごめんな、その傷じゃあ会いにくいのか?」

 

 

 

そう、裂傷は五体に万遍なく刻まれておりもちろん顔も例外ではない。

 

五和の左の頬には大きな深い傷があり、現在はガーゼを当てて隠れているが一生残ると言われている。

 

 

 

「いえ、そんなことじゃありません。先ほど上条さんの病室にも伺いましたし、今はこちらの病室の皆と話したいので」

 

「そうなのか?ならいいが……らしくないなあ」

 

「どういうことですか?」

 

「前のお前なら、こんなチャンスを逃すとは思えないからさ」

 

「……?」

 

「恋敵もいない、オマケに相手は弱ってて付け込むチャンスだぞ?」

 

 

 

要するに彼はインデックスが居ない今のうちにアプローチをかけたほうがいいぞ、と言ってくれているのである。

 

前の自分なら確かに言われた通りそうしていたに違いない、何時も周りに人がいる彼が一人きりなんてことはそうそうないのだから。

 

 

 

「上条さんには……そういう感情は抱いていないので、大丈夫ですよ」

 

「は?」

 

「それだけです、それじゃあ安静にしといてくださいね香焼さん。歩き回らないように!」

 

「お、おい五和!?」

 

 

 

呼び止める声を聞き流し、次の人の許へ向かう。

 

眩い朝日の光が窓から差し込み風が吹いている。

 

外で吹き荒れる風は底冷えするような北風だというのに、なんだかそうは思えないくらい今の自分は心が穏やかだ。

 

 

 

「五和、腕のほうは大丈夫なのよな?」

 

「あ、建宮さん。はい、しっかり固定して貰っているので無理に動かさなければ痛みはありません」

 

「五和、頬の傷はどうなのですか……?」

 

「やっぱり跡は残るって言われました」

 

「あれだけの出血、やはり相当深い傷だったんですか」

 

 

 

比較的軽症のプリエステスと教皇代理と言葉を交わす。

 

 

 

「外出していると聞いていましたが戻られていたんですね。その……やはり、地下のほうに?」

 

「ああ。遺体は全て回収した、全壊した地下空間はどうしようもないが我らが居た痕跡はほとんど残っていないはず……まぁアンチスキルって連中がうろついてるから完璧って訳にはいかないが……」

 

「私はご遺体にかける言葉など、当事者になるまで考えたことも無かった。今こうして仲間の死を見届けることも出来ず別れの言葉も言えないとなると……苦しいものがあります」

 

「プリエステス様……」

 

 

 

そう、神裂と建宮は比較的軽症だったことから、破壊し尽くされた地下空間で天草式とアックアが戦った痕跡を出来るだけ排除しようとあの手この手を戦闘終了直後から使っていた。

 

要するに隠蔽工作である。

 

亡くなった仲間の遺体は即座に回収、魔術によって不自然にえぐられた地形や建物は根こそぎ爆薬で破壊し、如何にも大爆発が起きたかのような現場に作り替えた。

 

幸運にもあの日地下空間は何故か無酸素警報というものが出ていたらしく、爆発によってそのような事態に陥ったようカモフラージュするのは難しくは無かった。

 

余りに出来過ぎた話に神裂は違和感を覚えずにはいられなかったが、無酸素警報の混乱に乗じる以外に魔術の傷跡を消し去る方法は思いつかなかったためその違和感は無視した。

 

 

 

「そんな顔をするな、これは俺とプリエステスの責任よ。お前が悔やむことはあっても責任を感じる必要はない。全距離操作にも言われたのよな?」

 

「……そうですね」

 

「あれから1週間経った、ほとんどの連中はもう動けるのよな?そろそろロンドンに戻る、ここの医者はおそろしい程優秀でほとんどの奴らがもう完治してるが、まだ治ってない奴らはロンドンで回復魔術だ。これ以上此処に長居しても天草式にとっちゃいいことなんてありゃしねえ。プリエステス、それでよろしいか?」

 

 

 

そう、患者として自分たちはこの病院の世話になっているがあくまで此処は科学の街。

 

自分たちは魔術側の人間、この街にあまり長い事居ついていては間違いなくこの都市の非合法な組織達から目を付けられてしまう。

 

 

 

「……はい、最後にお礼とお別れはしっかりと伝えましょう。あの少年に」

 

「わかりました」

 

 

 

 

 

 

 







何時も御清覧頂きありがとうございます。

おそらく次でこの章は終わりなのです。

この先は自分の更新も含めてどうなってしまうのか想像もつきません……!








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君と一緒に歩く未来-ⅳ



五和と七惟の会話を一部修正しました。

五和っぽさが若干抜けていた感じがしたので……。


 

 

 

 

「ああ、こないだ地下街で見てた特産品市場があっただろ?また似たような催しがあるみたいだから都合が合ったら一緒に行くか?」

 

「えー!?いいの!?」

 

「都合があったらな、上条が居るだろ」

 

「とうまの都合なんてどれだけしっかり予定を組んでいてもその日その日でひっくり返るから気にしなくていいんだよ!行こうりむ!」

 

「思いのほかアイツの扱いが雑だな……」

 

「勿論りむの奢りなんだよね!」

 

「お前の食う量が常識の範囲内の間はな!」

 

 

 

五和の目の前では暴飲暴食シスターが重症患者に飯をたかっている様が繰り広げられていた。

 

このシスター、この病室における振る舞いはシスターそのものだというのに偶にこのようにタガが外れたように空腹の虫となる。

 

 

 

「えー……インデックス、よろしいですか?」

 

 

 

これ以上は見ていて七惟も可哀そうである、神裂が声を掛けた。

 

 

 

「あ、えーと……どうしたの?」

 

「カチコミに来たのか?」

 

「病室でいったい何を言ってるんですか……」

 

「すみません、そちらの七惟理無に用事がありまして……天草式として、話があるんです」

 

「あ、そうなんだ……じゃあ私は外したほうがいいかな?」

 

「いい、俺らが外出たほうがいいだろ?」

 

「助かります」

 

 

 

神裂は小さく頷くと病室の外へ出る。

 

 

 

「それじゃあ私は他の天草式の皆とお話してるんだよ。とうまの所にも行くからりむが戻ってきた時にはいないかも」

 

「ああ、俺にしたようなことアイツらにすんなよ」

 

 

 

インデックスとの言葉を交わして七惟と五和も病室から出て扉を閉めた。

 

 

 

「それで?その顔じゃ病室で言い辛いことなんだろ?」

 

「察しが良くて助かりますよ全距離操作。此処では会話内容を聞かれる可能性があるので、外に移動しましょう」

 

「病院の庭も廊下も同じような気がするがな」

 

「流石に病室よりは外のほうが監視の目は少ないですからね。構造物内は監視の密度が高い」

 

「……?」

 

「行きましょう七惟さん」

 

 

 

要領を得ない七惟は怪訝な表情を浮かべるが、言われるがまま五和と神裂に付いていった。

 

日は昇ってだいぶ時間が経ち気温も上がり始めているとはいえ季節は冬真っ只中。

 

着込んでいなければ凍えるような寒さではあるが、五和の魔術により体感温度は少し冷える程度に調節されている。

 

七惟は術を施されるや否や『なんでもありだなお前らは』と驚いていたが、五和からすればこの程度彼がやってきたことと比べれば天と地と程の差がある。

 

昨晩はどうやら雨が降ったようだが今は青空が目一杯広がっており、空の青は普段よりもより深く青く、その蒼を際立出せるかのように薄い白雲が広がりよりコントラストを強く、空を綺麗に映し出していた。

 

地下の街が広がる人工の都市でこんなものが見られるのは珍しいだろう。

 

そんな青空の真下を歩く三人の顔色は三者三様だ。

 

七惟はだるそうに後頭部を掻き、神裂は神妙な顔つき、そして五和自身は若干の疑問も抱きながら。

 

何に対して疑問を抱いているのかというと、今から行われようとしている七惟に対するお礼及び謝罪だ。

 

勿論彼女自身は七惟に対してお礼・謝罪というのはしなければならないと思うし、それ自体については賛成だ。

 

だが彼女がクウェッションマークを浮かべてしまうのは、このように外に呼び出して硬い形での会話だについて。

 

五和としては、七惟自身が礼儀もマナーもなっていないうえに相手に対する配慮も斜め上を地で行く七惟に形式ばった謝罪やお礼が果たして意味があるのかということだ。

 

何処までも自由で自分のペースを今まで貫いてきた彼は、外に呼び出して一対一でこちらの誠意を見せるというのではなく、あのまま病室で軽い形で言ってしまったほうが本人も気が楽ではないか、と考えてしまうのだ。

 

このことは神裂には最初提案したのだが、それではいけないと彼女は首を縦に振ることはなく、五和はそれに従ったのだ。

 

そんな彼女の考えを余所に神裂は歩みを止め振り返り、口を開いた。

 

 

 

「ここら辺りでいいでしょうか……」

 

 

 

五和達の体感温度は術のせいで適温だが基本は真冬、この朝の時間に好き好んで病院の庭なんかを散策する人間も少なく人の気配は少し歩くとすぐ無くなった。

 

 

 

「まずは改めてお礼をさせてください、七惟理無。貴方のおかげで私達は目標を達成出来、被害を最小限に抑えることが出来ました」

 

 

 

神裂が深々と頭を下げる。

 

やはり何処までも神裂は律儀なことで予想通り物凄く硬い挨拶から始まったが、上司がやっているのだから五和も同様にお礼の意を示す。

 

 

 

「貴方が居なければどうなっていたかは想像に難くありません。一度だけではなく……三度も助けられてしまいました」

 

「……」

 

 

 

頭を下げたまま神裂は静かに続ける。

 

 

 

「そして今までの無礼な振る舞いを謝罪します。教会での一騎打ちや対アックアで天草式が貴方を疑い行動してしまったのは間違いなく私の責任です。申し訳ありませんでした」

 

「すみませんでした」

 

 

 

続けて五和も謝罪を述べる。

 

そう、彼には一度だけではなく二度までも、それに収まらず三度も助けて貰った。

 

あれだけの仕打ちを天草式が行ってきたというのに。

 

前回の教会での一騎打ちからの流れを考えれば、彼が神裂は勿論のこと天草式に対して相当なマイナスの感情を持っていたに違いない。

 

それなのに、彼は五和達を助けた。

 

理由はきっと色々とあるのだろう、五和や神裂が考えつかないくらいのこともあるだろう。

 

だがそれを考えて自分たちを納得させるよりもまずは恩人に対して感謝と謝罪をしなければ、居ても立ってもいられない。

 

彼がこの言葉をどう思うかは分からないが、この二つの気持ちだけは伝えなくてはならないと神裂が決め、七惟を外に連れ出したのだった。

 

 

 

「……」

 

 

 

沈黙。

 

冷たい風が吹き、耳にその風音が残る。

 

五和も神裂も頭を下げたまま、七惟が言葉を発するのを待った。

 

しかし五和達が思うよりもすぐに彼は声を発した、時間にしたら数秒程度のことでまた思ったよりも抑揚が高い声で。

 

 

 

「ったく、そんなことかぁ?お互い様だろ今回のは。それに教会の一騎打ちや天草式の行動なんて終わった事掘り返してもどうしようもねぇだろ、勘弁してくれ。それより俺の代わりにあのシスターに飯奢ってくれたほうが何倍も俺は助かる」

 

「……」

 

「なんだその顔は二人そろって。俺がもっとネチネチ言うと思ったのか?」

 

「い、いえそういう訳じゃなくてですね」

 

「早く病室戻って教皇が直々に天草式の奴ら励ましたほうがまだ有意義だろ。もう全部終わったことだから何度も言われるのはしんどいぞ。あと今回の騒動は俺もお礼を言う側だ、お前らが居なかったら間違いなく死んでたんだから」

 

 

 

やはり彼は神裂が予想していたよりも、もっとシンプルに事を考えていたらしい。

 

 

 

「それにな、毎日がジェットコースターみたいな生活送らなきゃならないこの学園都市でネチネチ終わったこと言ってもしょーがねぇだろーが。そんなことイチイチ考えるほうがしんどいわ」

 

 

 

アホか、とこちらをジト目で見てくる七惟。

 

あぁ、やっぱりこうなったかという安心感と全く緊張感の無い受け答えで拍子抜けした。

 

なんだかこっちのほうが彼らしいというか、七惟理無という人間はそういう人だ。

 

 

 

「あはは……七惟さんがそこまで言うのは予想外でしたけど、そのほうが七惟さんらしいです。もうすっかり元気になったんですね」

 

「減らず口叩けるくらいにはな、もう1週間だぞ。此処があの蛙の病院だったら既に退院してる」

 

「此処まで回復しているのは私達の回復魔術のおかげでもありますよ?」

 

「入院してる間は勿論覚えとくぞ」

 

「そ、その後は?」

 

「記憶が持つ限りだな」

 

 

 

神裂は目を点にしており、五和と七惟の会話のテンポについていけない。

 

そもそも彼がここまであっさり了承し引き下がるというか、事が簡単に進むとは到底思っていなかったらしい。

 

今迄の天草式との確執を考えれば彼女の考えは至極まっとうなのだが、それが通じないのが七惟理無という人間であり、五和と彼との関係なのだ。

 

何時も破天荒で、無粋だけど、凄い人。

 

 

 

「その……五和、これでいいのですか?」

 

「はい、やっぱりこうなったか、とは思うんですが……これでいいと思います、七惟さんが納得しているみたいですから」

 

「ったく、アンタも少し硬すぎだろ。こないだの時のほうが全然自然だったぞ」

 

「そうですよプリエステス、七惟さんはこんなに態度が大きいんですからプリエステスも変に畏まらないでください」

 

「……なるほど、そうですね」

 

 

 

神裂がその顔に微笑みを浮かべ、また七惟を見る。

 

すっと右手を差し出して。

 

 

 

「では改めて。ありがとうございますオールレンジ。これからも私達といい関係を築いていきましょう」

 

「ああ、取り敢えず俺に一方的に噛み付いてくる連中の手綱はしっかり頼むぜ?それさえしてくりゃあ俺は十分だ」

 

「えぇ、それは保障しましょう」

 

 

 

差し出された手を、七惟もしっかりと握る。

 

身長も年齢も上の神裂と七惟だったが、そんなことは関係ない。

 

二人の固い握手を見てこれから間違いなく自分たちは彼との関係を改善し、前進させることが出来る。

 

此処に教皇代理が居れば天草式の勢力・戦力拡大による恩恵を考えたりするのだろうが、神裂の目を見るにそういうことは一切考えていないように見えた。

 

そして五和も、彼女と同じだ。

 

 

 

「さて……それでは私は病室に戻ります。これからもよろしくお願いしますねオールレンジ」

 

「はいはい、でも厄介事はこれ以上持ってくんじゃねーぞ」

 

「それじゃああとのことは頼みますよ五和」

 

「はいっ?」

 

「まったく……」

 

 

 

踵を返し、病棟に戻ろうと歩を進める神裂。

 

そして五和とのすれ違い様に一言。

 

 

 

「話をしたい、というのが顔に出ていますよ」

 

「……!」

 

 

 

最後になんてことを言うんだこの人は。

 

 

 

「それでは」

 

 

 

神裂はそれ以上は何も言わずに去って行った。

 

残ったのは五和と七惟の二人きりである。

 

七惟は頭をぼりぼりと掻いて、あー俺の付き添いで残ってんのか?とか気の抜けたことを言っている。

 

あのアックアとの戦いの際は、弱音を吐くわ足を引っ張るわ、最後は大泣きするなど彼の目の前では踏んだり蹴ったりな姿を見せてしまった。

 

こうやって落ち着いて話すのは、あの事件以来初めてかもしれない。

 

……話したいことがあるのは、間違いない。

 

伝えたいことがあることも、間違いない。

 

色々と五和と七惟の間には問題も山積みであったが、今はそれがほとんど解消されて二人の関係を変えたい、と願っているのは間違いなく自分自身。

 

あの戦いを経て、変わった自分、

 

だからそれを、彼に伝えたい。

 

 

 

 

 

 



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君と一緒に歩く未来-ⅴ

 

 

 

 

 

「付き添いなんかしなくても自力で帰れるぞ流石に。戻ろうぜ」

 

「あの、七惟さん」

 

「んあ?」

 

「……せっかくですので、少し話しませんか?」

 

「こんな北風飛び交う屋外でか?」

 

「そ、そんなこと言わないでください。こんなに青空が綺麗なんですから、身体のリハビリも兼ねて散歩もしつつ。幾ら回復したからと言って今まではほとんどベッドの上だったんですよ」

 

「はいはい、お付き合いすりゃあいいんだろう?手短に頼むぞ」

 

「……ありがとうございますっ」

 

 

 

手短で終わらせる自信は余りないのだが、一度話始めてしまえば文句を言いつつも七惟は付き合ってくれるもの。

 

五和はにこりと笑って歩を進め、七惟もゆっくりとその後ろから付いてくる。

 

何気ない会話から始まった二人の雑談、五和が七惟に入院中は何をして暇を潰していたのかと聞けば答えは『インデックスいじり』。

 

七惟が五和に天草式の香焼のことを『誰にでも噛み付く狂犬みてぇな奴だな。でも弱いから狂犬チワワか?』と言えば五和は苦笑して。

 

やがて会話は、先日のアックアとの戦闘のことに自然と流れていった。

 

 

 

「お前怪我のほうは大丈夫なのか?腕折れてただろ」

 

「それは……何とか回復魔術で戻せました。抉られた脇腹もダメージを受けてからすぐに対処出来たので跡は残っていません」

 

「なるほどな……じゃあその頬のガーゼは?」

 

 

 

トントン、と七惟が自分の頬を指さす。

 

 

 

「これは……恥ずかしいことに、アックアに勝った後も全然気づかなかった傷で。かなり深く抉っていたみたいなんですが、他の怪我に比べたら致命傷にも至らないし、気付いたのはこの病院に皆を運び込んだ時ですよ。皆血まみれの顔を拭いていて、その時です」

 

「じゃあ」

 

「回復魔術を使うのが遅れたので、跡は残ってしまっています。このガーゼも明日には取っていいみたいですけど」

 

 

 

顔に残った大きな傷。

 

五和だって年頃の女子だ、自分を綺麗にみせたいという思いは勿論持っている。

 

この傷、最初残ることが分かった時はそれなりにショックもあったが、それ以上にこの程度で済んで本当に自分は幸運だったと実感した。

 

神裂も教皇代理もこの傷の話題は避けるし、皆気まずそうに視線を下げる。

 

しかしどう悔やんでもこの傷は治らないし、ある以上は仕方がない。

 

それに必要以上に彼女は落ち込んではいない。

 

 

 

「よく分かんねぇが……顔に傷が出来たら気にするだろ?」

 

「それは勿論、単純に顔に傷が入ったら嫌だなって私も思います。でもそれだけじゃないんです」

 

 

 

だってこれは、あの激戦を潜り抜けて生きて帰ってきた証でもあるのだから。

 

 

 

「皆の期待を背負って戦って、勝利した結果の傷なんです。勲章みたいなものだと思えますから」

 

「そうか」

 

「そ、それに男性だって顔に傷が出来て一人前!っていう世界があるとか……」

 

「そういうのは極々限られた一部の世界の奴らだけだからな」

 

「あはは……でも、私にとっては唯の傷じゃない、特別なモノになりました」

 

「まぁ、お前自身が落ち込んでねぇなら」

 

「七惟さんが気遣ってくれるなんて嬉しいですね」

 

「お前俺を血も涙もない奴だと思ってないか?」

 

「そ、そんなことありません!……でも」

 

「でも?」

 

「……唯単に、心配されて嫌だなって思うことはないですよ」

 

「……」

 

「あぅ……」

 

「…………」

 

 

 

しまった、変なことを口走ってしまった。

 

でも、おかしなことに後悔していない自分がいる。

 

逆にもっと言いたいことを、思いを、伝えたいと感情が、身体が、訴えてくる。

 

二人は歩を止め、五和が踵を返し七惟を見つめる。

 

その顔は何時も通りの無表情、ポーカーフェイスでこの会話を楽しんでいるとか、つまらなく感じているとかそういうのは分からない。

 

でも彼は付いてきてくれている、手短にとか言いながら文句一つ言わず話をしてくれている、聴いてくれている。

 

ああ、それだけで心が温かくなって、ふわふわする。

 

ずっと、ずっと分からなかった。

 

100人に上条当麻と七惟理無、どちらが好きかと聞いてみたら。

 

皆のヒーローである上条に99人が好きだと言っても、もし自分が最後の1人だったら七惟も良い人だ、と言うだろうと考えてしまったのか。

 

一緒に居て楽しい、一緒に居て波長が合う、もっと一緒に居ていろんなことを彼とやりたい。

 

バイクに乗ったり、海や山に行ったり、自分が作った料理を食べてもらいたい。

 

どんな言葉を、どんな表情を見せてくれるのか知りたい。

 

今迄自分は上条当麻を好きなんだと思っていた。

 

でもそれは少し違った、彼に対して抱いていたのは憧れというよりも、羨望だった。

 

あの人の隣を歩けたら、堂々と肩を並べて歩けたらどれだけ気持ちがいいものなのだろうかと胸に抱いていた。

 

あの人のようにありたい、そう成りたい。

 

でも出来ないし、自分では到底なれない。

 

一人で出来ることが、自分は彼に比べて圧倒的に少なかった。

 

対して七惟は、初めて出会ってから神裂との戦闘後まで特別な何かを抱いたことなんてなかった。

 

唯、周囲が全て真っ暗になって、暗闇の中に迷い込んでしまったあの時。

 

七惟が教えてくれた、自分を信じるという気持ち。

 

皆が信じる自分を信じろと、自分の積み上げてきた努力を信じろと背中を押してくれた彼のことがとても眩しくて。

 

上条とは全く違う道を目もくれず突き進む彼に大きく惹かれた。

 

気付いたらすぐ傍に居て、いつも自分のことを思って戦ってくれて、不器用で変な気遣いをしてくれる人のほうがずっと、ずっと特別だった。

 

 

 

「七惟さん」

 

「あぁ?」

 

「さっきプリエステスとも一緒に伝えましたが、本当にありがとうございました」

 

「なんだなんだ改まって」

 

「七惟さんの御蔭で、天草式は本当の意味で一致団結出来たんだと思います。あの時私達に発破をかけてくれてなかったら、私達はプリエステスを見殺しにしていたかもしれません」

 

「あん時は生きることに必死だったからな、お前らの力が必要だったから奮起させただけだぞ俺は」

 

「ふふ、そういうところ、昔の七惟さんらしくないです。今なら七惟さんらしいって言えるのかな」

 

「お前の言う俺らしい、っていうのがどういう定義なんだか」

 

「七惟さん、此処最近ですっごく変わったんです」

 

「……そうか?俺は元からこんな感じだろ」

 

「そんなことありません。七惟さんが変わって、そして一緒に居た私も変わりました。あの時、敵の前で呆然自失していた私は七惟さんが居てくれたら、今こうやって七惟さんと一緒に歩いていけてるんです」

 

「お前……」

 

「七惟さんと一緒に歩く未来を、今こうやって実現出来てます」

 

「……」

 

「あ、あの……七惟さん」

 

 

 

言おう、言おうと言葉が喉に突っかかってそこから先が出てこない。

 

気恥ずかしい、恥ずかしくて身体が小さくなったみたいだ、ポケットの奥深くにこの感情をしまい込んでしまったような感覚になる。

 

 

 

「五和……?」

 

 

 

でもポケットの中に入り込んだこの気持ちを一度でもとりだせたなら、声も言葉も想いも全て伝わるはずだから。

 

今にも自分を追い越して彼に伝わってしまいそうなこの想い、届いたらいったいどうなってしまうのだろう?

 

青い青い空の下で、何も言わなくても届いてしまいそうな程強い気持ち。

 

二人の関係は大きく変わってしまう、きっと前には戻れない。

 

それでも伝わって欲しい、伝えたい。

 

だから、だから。

 

 

 

「んな、七惟……さん!」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 

身体の奥深くで燻っているその感情を取り出そうとした瞬間。

 

「兄を発見しましたと美咲香は高らかに宣言します!」

 

「おーす七惟!お前俺らに挨拶無しとは随分じゃねーか!お前の為に戦って死にかけてんだから少しは感謝しろ!」

 

「超七惟!何をしてるんですか……?って、ホントに何をしてるんですか!?女子と二人で!」

 

 

 

遠くから二人の行為を遮るかのように大きな声が聞こえてきた。

 

そして声の主はこちらが誰かを確認する前に目の前までやってくる。

 

 

 

「なんなんですかね貴方は。七惟に一体全体何をするつもりだったんですか。洗いざらい超吐いてください」

 

「おいおい絹旗、お前その人は七惟の命の恩人だろ?」

 

「え、そうなんですか?」

 

「はい、浜面さんのいう事は正しいですと確認を取ります。彼女が兄を地下街から病院まで連れ出してくれたのは間違いありません」

 

「うっせーなお前ら……こちらと病人だぞ少しは心配しろ」

 

「今の兄には私達との面会が解禁されてすぐに伝えなかったことを謝罪して欲しいくらいですと反省の弁を求めます」

 

 

 

やってきたのは、七惟を兄と呼ぶ少女に、友人と思わしき男性、そして七惟のアパートに居た小柄な少女だった。

 

そして小柄な少女は来るや否やあっという間に五和と七惟の間に割って入ってきた。

 

マフラーを口元近くまで巻いているため表情全ては読み取れないが、その眼は間違いなくこちらに対してプラスの感情は持ち合わせていない。

 

 

 

「え……と、すみません貴方がたは?」

 

 

 

状況が読み込めないため取り敢えず彼らに質問を投げる。

 

 

 

「私は七惟美咲香、兄の妹です。あの戦闘の場にも一応駆けつけていました」

 

「同じく、一応命懸けてあそこに飛び込んでいった野郎の浜面だ」

 

「浜面と同じなのは超納得いきませんが、同じくです」

 

 

 

要するに彼らは七惟の友人……いや、友人という枠を超えて、戦場を共に戦う大切な仲間でもあるのだろう。

 

七惟に妹が居るなんて初耳だったし、この美咲香という子は他の何処かで見たことがあるような気がするが気のせいだろうか。

 

浜面という男性は見るからに不良というか、唯の学生という訳ではなさそうだったが七惟に対しての口ぶりから二人が友人関係であると想像するのは容易だ。

 

そして……。

 

 

 

「七惟、少しは俺らをねぎらってくれてもいいだろ?特に俺なんて美咲香ちゃんのせいで死にかけてんだからな!」

 

「別に無理して地下の奥深くまで潜らなくても……私が欲しかったのは浜面さんの移動手段のみで他は求めませんでしたと確認を取ります」

 

「つめたッ!?美咲香ちゃん冷たいぞ兄譲りか!」

 

「七惟、七惟。それよりも体は大丈夫なんですか?」

 

「ああ、まあ出歩くのは問題ねぇよ」

 

「それは良かったです。あとあの人は何者なんですか?」

 

「あぁ、アイツか?」

 

「そうです!」

 

 

 

この少女。

 

 

 

「五和です。七惟さんとは、皆さんと同じように戦場を潜り抜けてきた仲間です。よろしくお願いします」

 

「貴方には聞いていません!」

 

「え、ぇえっと……」

 

 

 

少なくとも友好的ではない。

 

 

 

「まぁお前らも見てたと思うが一緒に戦った仲間だ。付き合いはそんなに長くねぇよな?」

 

「そうですね、知り合ってからまだ半年は経ってないんじゃないでしょうか……?」

 

「へー、また七惟とは仲良くなりそうな要素が皆無な子だな」

 

「はい、こんな品が良さそうな方が兄と果たしてそりが合うのか甚だ疑問ですと美咲香は心配になります」

 

「五和もそうだがさりげなく俺をディスってくるよな……それ自然体なら気付かない内に俺にダメージ入ってるから夜道には気を付けろよ。特に浜面」

 

「俺指定かよ!?」

 

「あはは……皆さんとっても仲がいいんですね」

 

「あぁ、そりゃあもうコイツと俺らは……」

 

「死線を潜り抜けてきた仲なんですから!」

 

 

 

と言って少女が口を挟んでくる。

 

見た感じ年齢は14歳くらいだろうか、幾分か自分より年下に見えた。

 

そして……。

 

 

 

「七惟、此処は冷えますから中に戻りましょう。私は勿論、美咲香さんや浜面も今回ばかりは言いたいことがごまんとありますから」

 

「あぁそうだぞ七惟、覚悟しろよ。美咲香ちゃんのマシンガントークはお前が思っている以上に辛辣だぞ」

 

「わぁったよ。うっとおしい」

 

「はい、いきましょう七惟!」

 

 

 

この子が向けてくる感情の正体が分かった。

 

なるほど、そういうことなのか。

 

合点が行くとシンプルに受け入れられた。

 

この子は自分と同じ気持ちを持っていて、私に対してこのような態度を取ってくるのはそういうことなのだ。

 

自分だって同じ立場ならそうするだろう。

 

でも。

 

 

 

「あの!七惟さんちょっと待ってください」

 

「あぁ……?お前ら先行ってろ。何か話したいんだと」

 

「そうはいきません超七惟!あの五和とかいう女とは皆が居るところで親睦を深めながら話しましょう!それがいいに決まっています!」

 

「何故絹旗さんはこうも必死なのでしょう?」

 

「あー、そりゃ美咲香ちゃんもあと数年すれば分かるわ」

 

「はぁ」

 

「なんだ絹旗、お前そんなに五和と喋ることあるのか?」

 

「ぐぐぐ……!なんでこの超鈍感野郎はそんな思考回路になるんですか……!」

 

「おいコラ今なんて言った」

 

「あはは……すみません、ちょっとだけ七惟さんお借りしますね」

 

 

 

彼女が彼を想うように、私も彼を想っている。

 

たくさんたくさん募ったこの気持ち。

 

破裂しそうな程強いこの感情が、心臓から、言葉から、身体から溢れ出しそうだ。

 

それでも今日は、ポケットの中にこの気持ちはしまっておこう。

 

今日はあの少女も居ることだしとても想いを伝えられるような日じゃあない、もしかしたらこの気持ちも彼に伝えたら粉々になってしまうかもしれない。

 

だけど、彼にもっと近づきたい。

 

今迄の距離だったら、絶対に納得出来ない自分がいる。

 

もっと近くで彼を感じたい、もっと彼のことを知りたい、もっともっと五和という人間を彼に知って欲しい。

 

 

 

「どうした五和?なんかお前今日変だぞ?」

 

「そうかもしれませんね、昨日から私はずっと変です」

 

 

 

五和の声に応えて七惟が一人でやってきた。

 

遠くでは浜面と呼ばれた青年があの少女を押さえつけているのが視界の端に入った。

 

 

 

「五和……?」

 

「七惟さん、今日から私と七惟さんの関係を一歩進めたいと思います」

 

 

 

そう、今までなら誰にも負けない強固な絆で繋がった仲間でよかった。

 

もうそれだけじゃもう満足出来ない。

 

 

 

「進める?」

 

「はい、死線を潜り抜けて互いに歯に衣着せない真っ直ぐな遠慮無しの言葉を私達は言い合ってきました」

 

「あぁ」

 

「そうやって出来上がった私達の……その、繋がりというのはとても強固になったと思います。ですからそこからもう一段上がりたいと言いますか」

 

 

 

無意識のうちに目が泳ぎ、声が震えた。

 

でもあと一歩、あと一歩踏み出したらきっと二人の関係は大きく変わる。

 

 

 

「もっと貴方との距離を縮めたいんです」

 

 

 

この気持ちが、自身を追い越して彼に伝わった気がした。

 

 

 

「……!」

 

 

 

目を丸くする七惟。

 

驚いている、彼の表情を読み取るのはたった一言で片付く程簡単だった。

 

何だか狼狽している彼を見ていたら、不思議と喉に詰まっていた言葉が声となり発せられた。

 

 

 

「だから……!今日から七惟さんには敬語じゃなくてありのままの私で話します!なので、えぇっと、七惟……君かな?これからも、よろしく!」

 

 

 

ありのままの貴方を今まで見てきたから。

 

今度はありのままの私を見て欲しい。

 

本音をぶつけ合い、背中を預けて、戦場を駆け抜ける戦友でも構わなかった。

 

でもこれからは、それだけじゃない。

 

 

 

「……俺は別に敬語でどうこう思ったことねぇぞ」

 

「そう、かな?あはは……ちょっとまだ慣れないや……」

 

「その、なんだ。そう改まってやられると、どう反応すりゃあいいのか皆目見当もつかねぇが」

 

「……」

 

「またバイクでレースでもするか?」

 

「……うん!」

 

 

 

こんなにも平凡な自分に想像もつかないような世界をたくさん見せてくれた七惟理無に、今度は私が彼の知らないたくさんの世界を見せてあげたい。

 

そしてこの不器用だけど真っ直ぐで、私をしっかりと見続けてくれる彼を今度は私が見続けたい。

 

七惟理無が居ない日常なんて、クリスマスも大晦日もない12月みたいだから。

 

 

 

 






11章これにて完結です。

2年かからなかった!良かった!

前の章は3年くらいかかったから!

久しぶりにこの回は書いていて楽しかったです。

逆に章の始まりは筆が進まず……でした。

この後は完全にオリジナル展開になります。

あと2章程を予定していて、書き終えられるかどうか正直自信はないのですが

頑張っていきます。

もちろん七惟君を取り巻く色々なことにこれから決着がつきますので、

もしよろしければ最後までお付き合いください。

御清覧ありがとうございました。


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ⅩⅡ章 美咲香の冒険
御坂美琴のそっくりさん-ⅰ


 

 

 

 

 

美咲香とは、2万人居る妹達の中の一人である。

 

元々彼女は識別番号のみが与えられており、『ミサカ19090』というナンバーが彼女の識別コードだった。

 

しかし妹達の中でも特別自我の意識が強い個体である彼女は暗部の任務から学園都市最強の距離操作能力者である七惟理無と戦い、ひょんなことから七惟と一緒に住むこととなり、思いもよらない展開ではあるが公立中学校に入学することになった。

 

ミサカネットワークで学んだ知識の中で描いた学校生活というのは、それは世間知らずの彼女からすれば魅力たっぷりなものであって、一際他の個体と比べ感度が高い美咲香は大喜びである、顔には上手く出せていないものの。

 

そして美咲香同様喜んでいたのが彼の保護者兼兄のような存在である七惟である。

 

識別コードだけでは学校に入学することもままならない、ということで彼の苗字を貰い、更に名前も貰って今は『七惟美咲香』と名乗っているのだ。

 

見た目は学園都市第3位の超電磁砲で14歳、ただし実年齢は0歳数か月、精神が肉体においついていないを地で行く彼女、性格は到って変人で友達0人の七惟ですら心配するレベルである彼女。

 

だが周りの心配とは裏腹に彼女自身は非常にポジティブだ、恐ろしいほどに……。

 

そんなもうどこからどう見ても来歴がおかしすぎて土曜サスペンスであれば真っ先に疑われ、怪しさグランプリの章を総なめ出来そうな美咲香だったが、今日から普通の中学生として柵川中学校に通学する。

 

今日は通学一日目、初日だ。

 

要するに美咲香の記念すべき学校生活初体験の日である。

 

そして彼女が初めて七惟理無や超電磁砲、上条当麻と言った狭いコミュニティから足を一歩踏み出す日。

 

言ってみれば生まれて初めて外界に飛び立つ雛鳥と同じようなシチュエーションだ。

 

今彼女は保護者兼兄である七惟理無と一緒に住んでいるため通学はしばらくこの第七学区のおんぼろアパートからだ。

 

彼女の保護者兼兄である七惟はもちろんそんな美咲香を心配している、ちゃんとあいさつは出来るのかコミュニケーションはとれるのか……等、普段より落ち着いていない様子。

 

自分のことは棚に上げておくあたり流石コミュ障の金字塔を打ち立てた男である。

 

 

 

「美咲香、忘れ物はねぇな?」

 

「はい、大丈夫ですと美咲香は胸を張って答えます」

 

「今日の予定は分かってるな?」

 

「はい、大丈夫ですと美咲香は力強く首を縦に振り自信ありげに答えます」

 

「自己紹介は大丈夫だな?」

 

「はい、もういい加減出発してもいいでしょうかと美咲香は気だるそうにジト目を向けて答えます」

 

「……」

 

「それに自己紹介を兄に教えて貰っても効果は期待出来そうにありませんと美咲香は正論を伝えてみます」

 

「……最後に一つ、あんまり語尾に『ミサカミサカ』つけるなよ。特殊な口癖で誤魔化せるレベル軽く超えてんぞ」

 

「わかりました、と美咲香は黙って頷きます」

 

「言ってる上に黙ってねぇぞ……はぁ」

 

「それでは行ってきます、兄も通学は道中お気をつけて」

 

 

 

そう行って美咲香は勢いよくおんぼろアパートのドアを開け、初めての外界デビューに胸を躍らせながら走り出した。

 

揺れる美咲香の黒と白の学生服、スカートに七惟理無はため息一つ。

 

 

 

「最後は言いつけ守るあたり大丈夫……なのか?」

 

 

 

こうして七惟美咲香の新しい冒険が始まったのだった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「今日は先日から話してた転入生がやってきます!皆席について!それじゃあ、こっちに。七惟美咲香さんです」

 

「七惟美咲香です、よろしくお願いしますと深々と頭を下げて御挨拶します」

 

「ちょっと挨拶の仕方が独特だと思うけど、皆これから仲良くしてあげてねー」

 

 

 

男性陣からは野太い興奮した歓声、女性陣からはきゃーと興奮した黄色い歓声がそれぞれ上がり教室の高揚度はぐんぐん上がっていく。

 

そんな一風変わったようにも思える教室の持ち主は普通の区立中学校『柵川中学校』一年のとあるクラス。

 

残暑も過ぎ去り秋が顔を見せ始めたこの時期に転入生がやってくるなんて相当珍しいことだ、クラスの生徒から歓声が上がるのも理解できる。

 

男子も女子もそれぞれ好機の目で少女を見やる、一人はさっきの歓声と同じで目がハートマークに染まりそうな者から、そんな男子を見てむすっとした表情で鋭い眼光を向ける女子まで様々だ。

 

しかしそんな中でも一際可笑しな視線を向ける生徒がいるとしたら、彼女達で間違いないだろう。

 

 

 

「ね、ねぇ初春。あの子ってさ……?」

 

「は、はい……そ、そうですね。やっぱり佐天さんもそう思います?」

 

「う、うん。なんかもうそのまんまって言うか……御坂さんにそっくりだよね?」

 

「そうですね、もう何処からどう見てもそのまんまなんですが……」

 

「で、でも雰囲気とか全然違うよ。どっちかと言うと大人しそうだし」

 

 

 

クラスの中でも断トツに訝しげな視線を向けているこの二人、名前は佐天涙子と初春飾利。

 

彼女たちが先ほどからヒソヒソガールズトークを行っているのにはちゃんとした理由がある。

 

なんせ転入生が彼女たち共通の友人である常盤台の『超電磁砲』こと御坂美琴にそっくりそのまま、もうまるで生き写しのような程同じなのである、容姿が。

 

この二人、実は普通の区立中学の中学生でありながら学園都市の裏側であったり、普通の生活をしていたら絶対に経験しないようなことを既に経験してしまっている生徒なのだ。

 

普通の感性であれば知り合いに凄い似ている、仲良くなれるかな、等まっとうな考えしか浮かんでこないのだが彼女たち故に考えてしまう、この転入生……もしかしたら何かあるのではないか、と。

 

 

 

「それじゃあ席は取り敢えず一番後ろの……急造だけど、初春さんの横ね。初春さん、色々面倒見てあげてね」

 

「あ、ひゃい!わかりました!」

 

 

 

まさかまさかの席がお隣展開に初春は狼狽を隠しきれず言動がかみかみになってしまう。

 

そんな彼女たちの気持ちなど露知らずと言ったところか、学園都市が誇る電撃姫超電磁砲こと御坂命琴のそっくりさんは、男性陣が急ピッチで準備した机に無言で収まり初春と佐天の二人を覗き込みながら一言。

 

 

 

「よろしくお願いします、と頭を垂れます」

 

「あ、はい!よろしくお願いします……」

 

「よろしくねー、私は佐天涙子!えーっと、七惟さんも分からないことがあったら私達にどんどん聞いちゃって!」

 

「はい」

 

「わ、私は初春飾利です。隣同士仲良くしましょう」

 

「わかりました」

 

 

 

佐天涙子、先ほどまでは初春同様若干しどろもどろしていたというのにそこは対人スキルの高さを発揮し一気に転入生との壁を壊しにかかる。

 

だがしかし、この転入生やはり自分たちの友人であるレベル5同様癖があるらしい。

 

癖の方向性は全くもって別物なのだが、かなりの癖持ち……満面の笑みを向ける佐天涙子に足して全力の無表情を遠慮なしにぶつけてくるのだ。

 

しかしそこはコミュニケーション能力が限界まで引き上げられている佐天だ、全く動じず右手を差し出している。

 

 

 

「これからよろしくね!」

 

「……?」

 

 

 

それに対して微動だにしない転入生であったが、佐天が数秒凍りついたところでようやく合点がいったらしくその手を握り返した。

 

「よろしくお願いします」

 

 

 

流石にこれはかの佐天と言えど一瞬心が折れかけたに違いないだろう。

 

ここまでの敬意を見て唯の大人しい子なのかな?という印象から世間知らずの箱入りお嬢様なのだろうか?と初春は感じたが、まぁまだ新しい学校に来て初日であるし緊張しているのだから仕方がない、今後少しずつ打ち解けていけばいい。

 

御坂命琴のそっくりさんなのはやはりどうしても気になるが、いきなり転入生を疑ってかかるのはよろしくない。

 

これからクラスの一員として毎日過ごしていくことになるのだから、仲良くやっていったほうがいいのは間違いないのだから。

 

 

 

「七惟さん、今日は体育の授業が四限にある以外は特に変わったことはないですし、特別教室の授業もありません。前の学校の授業スピードと私達のクラスの授業スピードが違っていると思いますから、授業の内容で分からないところがあれば遠慮なく言ってください」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

返事は一言だが、最初の挨拶に比べれば若干表情が柔らかくなった……ような気もしなくもない、自分の勘違いか……?

 

なんだろうこの違和感……慣れるまで時間がかかりそう。

 

色々変わった点が多すぎる転入生だが、少し接してみて悪い人ではないということは分かる。

 

性格とか趣味とか、前の学校のこととか聞きたいことは山ほどあるけれどこれから仲良くなって聞いていこう。

 

せっかく席が近いのだし、これから互いを知っていって友好を深めていく時間はたくさんある。

 

これからは何時もとちょっと違った楽しい学校生活が始まる、そんな気がした初春だった。

 

 

 

 

 

 



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御坂美琴のそっくりさん-ⅱ

 

 

 

 

 

転入生がやってきた日の休み時間。

 

それはもうお約束なのだが、たくさんの生徒が転入生に群がりあれやこれやと聞いてくる。

 

例えばそれが可愛い女の子であれば女性陣だけではなく、男性陣が声をかけてくるのは必然だ。

 

今回転入してきた女の子はかの超電磁砲にそっくりということだけあって、容姿は非常に優れておりたちまち男子は少しでも仲良くなろうと会話に入るスキを伺っている。

 

 

 

「七惟さん、前の学校はどの学区にあってどんなことだったの?」

 

「ねぇねぇ、七惟さん、趣味とか好きな食べ物はー?」

 

「な、七惟さん!ずばりタイプの男子は!」

 

 

 

等々、よくあるパターンにはまっている転入生だったが受け答えに困っているようでしどろもどろしている。

 

そんな彼女を見て佐天涙子は立ち上がる、毎度休み時間にこんな攻撃を受けてしまっては彼女も疲れてしまうだろう、此処は助け船を出してあげなければ。

 

 

 

「ねぇ七惟さん、4限は体育だけど体操服は持ってる?なかったら先生のところ行って先貰ってこよう!」

 

「あ、そうですね。私も調度職員室に用事があったので一緒に行きませんか七惟さん」

 

 

 

佐天の提案に隣に居た初春も立ち上がる、二人はアイコンタクトを取り半ば無理やりのような形で転入生の手を取る。

 

 

 

「あ、ずるいぞ涙子ー!」

 

「佐天さんと七惟さんのコラボとか眼福ですわぁ……」

 

 

 

ぶーぶーと言われる不満や一部のおかしな言動を彼女たちは華麗に無視し、転入生を教室の外へと連れ出した。

 

彼女は若干困惑したような表情を浮かべてはいるものの、あれだけの質問攻めから解放されて少しほっとしたかのような表情も浮かべている……ような気がする、そうであって欲しい。

 

 

 

「七惟さんもあれだけ質問攻めされたら疲れちゃうよねー?皆転入生なんて初めてだから興奮してるんだよきっと」

 

 

 

佐天自身も転入生と言われてもちろんテンションがハイになるのは否めないが、まぁ初日からあれだけ初対面の人とたくさん喋るのは疲れてしまうだろう。

 

 

 

「はい、このようなことは初めての体験でしたので……少し驚いています。あと体操着?というのでしょうか、そういったものは学校のほうで準備していると聞いていますと私が持っている情報をお伝えします」

 

「あはは……。そうですよね、取り敢えず佐天さんの言った通り4限は体育で体操服が必要なので、先生に言って用意してもらいましょう」

 

 

 

見た感じと同じで転入生の少女はやはり大人しい性格の持ち主だ。

 

中学生らしからぬ落ち着いた雰囲気と言うか、少し浮世離れしたような雰囲気も持ち合わせているがまぁ人の数だけ個性があるのだからおかしくはない。

 

 

 

「今日の放課後空いてる?もし良かったら私たちが学校の施設のこと軽く案内するけどさ?」

 

「案内……ですか?」

 

「そうそう、七惟さん今日学校に初めて来たばっかりだと思うし、今後の学校生活を快適におくるためにもどうかな?」

 

「分かりました、お願い出来るでしょうかと確認を取ります」

 

「うんうん、そんな畏まらなくていいから!よーし、そんじゃまずは案内がてら職員室にエスコートしますか!」

 

 

 

持ち前の明るさを武器に転入生へコミュニケーションを図ってみたが、結果は上々の模様。

 

ちょっと不思議な点が多い子ではあるものの、話していて嫌な感じはしないし本当に素直な子だなということを感じる。

 

やっぱり自分も他の子と同じで、今回の転入生を心から歓迎しているし、いったいどんな子でどんなふうに自分たちのクラスを変えていくのだろうかと楽しみにして、興奮しているようだ。

 

そんな上機嫌の佐天を見ながら彼女のストッパー役のような存在でもあり、一番の友人でもある初春の頬も自然と綻ぶのであった。

 

しかしこの二人はまだ想像すらしていなかった。

 

この七惟美咲香という少女が4限目に本領を発揮し、2週間後に控えるテストで恐ろしいほどのギャップを作り……そして、自分達がまだ会ったことも見たこともない新たなる超能力者に会うきっかけとなるということを……。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「えー、今日は男子は野球、女子はサッカー……だったか?んで後半は男子がサッカーで女子がソフトテニス、んじゃ適当に班分けしてやってくれー」

 

「あの先生いっつも適当だよなぁ……」

 

「適当というかさぼってるよね」

 

「ん?質問か?」

 

「い、いえ何でもないです」

 

「よし、じゃあ始め」

 

 

 

柵川中学は区が運営している公立の中学校であるがため、その教育内容は区の方針によって定められるのであるがこのように区の教育委員会が望まない事態が多発している。

 

その理由はいたって簡単、この学校にやってくる教師の大半は好待遇の私立学校の採用試験から落ちてきた者が大半であって、モチベーションが皆無な者ばかりなのだ。

 

公立の中学校教師の評価は大方担当しているクラスのレベル合計で算出されるのだが、柵川中学に所属する生徒は高校生に比べまだ能力者として成熟していない者が大半、レベルがついている生徒がいればいい方でほとんどは無能力者なのだから給与は非常に低い水準に設定されてしまう。

 

唯でさえモチベーションが低いというのに、そこに低賃金という味付けが加わると働く社会人はどうなるのか。

 

答えは簡単である、このようにやる気も何も感じられない教育者の誕生だ。

 

この酷すぎる体たらく、もちろん生徒達はそういった大人の事情なんて全く知らないので特定の教師に対して悪いイメージしかないのもしょうがないものである。

 

今日も時間を無駄に消費していくであろう教師たち、そのことを彼ら自身理解しながらもため息をつきぼーっと生徒たちが汗水を垂らし運動する姿を見ていたはずだったのだが…。

 

佐天涙子たちのクラスを受け持っていた体育教師が驚愕の眼差しを向けることになるとはこの時誰も思っていなかっただろう。

 

 

 

「す、凄い七惟さん!サッカー選手だったの!?」

 

「何あのボレーシュート、本当に……いやいや何処から見ても女の子だけど、どうなってんの!?」

 

「サッカー部入って俺らにサッカー教えてくれ!」

 

 

 

その出来事は僅か数分後に起こる。

 

どうやら生徒たちの馬鹿デカい声を聴くに凄くサッカーが上手い生徒が居るらしい。

 

どれどれ、とそのお手並みを拝見しようとした教師だったが……。

 

 

 

「な……!?」

 

 

 

そこに居たのは周囲の生徒たちとは明らかに動きが違う、特徴的な髪飾りをした茶髪の女子生徒だった。

 

ボールを持てば華麗にドリブルでごぼう抜き、ボールを追いかければ短距離走の選手のような目を見張るスピード、ディフェンスをすればまるで剃刀のような切れ味のスライディングタックル、シュートを撃てばまるで地を這う弾丸のようなシュート。

 

 

 

な、なんだなんだこの子は……!?

 

 

 

もうファーストインプレッションがそれだった、明らかに女子生徒が出来るような動きではないし学園都市の男子サッカー中学選抜の奴らでも彼女に対抗出来るような気がしない。

 

その余りの凄まじさに野球をしていた男子も女子のサッカーを観戦する始末。

 

 

 

「せ、先生……あんな子いましたっけ?」

 

 

 

男子のほうの教鞭を取っていた同僚が狼狽した表情で声を掛ける、確かに昨日の体育ではあんな飛び抜けすぎた動きをする子なんていなかった、もしや……。

 

 

 

「そういえば今朝このクラスに転入生が入ってきたとか何だとか聞いた気が……」

 

「て、転入生……?あんな凄い子が何の変哲もなくて平凡極まりない子供が集まってくるこの凡個性な公立中学校に?」

 

「経緯は分からんが……名前は……七惟美咲香?」

 

「まるで動きが忍者みたいだ……」

 

 

 

そう、この同僚が言うように彼女の動きは恐ろしく機敏で無駄がない、その昔暗殺を請け負っていた忍者のように。

 

特にあの剃刀スライディングは一緒にプレイしている女子が怪我をしないのか心配な程の威力である。

 

こうやって二人がざわついている間にまたもや件の転入生がボレーシュート、キーパーをやっている子は微動だにせずボールがまるで渦に呑まれるが如くゴールへ吸い込まれていく。

 

女子のキーパーにあんな恐ろしいシュートを容赦なく放てるあたり、余程当てない自信があるのだろう。

 

 

 

「レベルは……3!?」

 

「は!?レベル3の能力者だって!?転入生で!?」

 

 

 

七惟美咲香のプロフィールを見て絶句する、転入前の学校は何処にでもありそうな普通の公立中学校だったが、そんな平凡な中学から何でうち何かにレベル3の凄い子が……。

 

レベル3であれば有名私立はもちろん、学園都市の女学校のトップとして双璧を成すあの常盤台や霧ヶ丘に入学できるレベルだ。

 

この社会での常識を考えればそんな凄い子がこんなところに入ってくるなんて到底考えられない。

 

唖然とした表情で彼女を見る教師たちだったが、腹の底では彼女の担任が何故自分で無かったのだと地団駄を踏んでいた。

 

もちろん脅威の転入生七惟美咲香はその次のテニスでも大活躍であった。

 

サーブをすれば中学生とは思えない正確なサービスエース、リターンエースも同じくえげつないところに打ってくる。

 

ラリーも同じで全く他の生徒は歯が立たない、転入生に挑戦者として自分の競技そっちのけでやってきた男子テニス部の男子を体力で打ち負かしてしまう。

 

スポーツ関連ではおそらくこの学校の所属する誰よりも素晴らしい成績を残せるはずだ、下手をこけばそれこそ中学選抜に圧倒的な力で入れてしまいそうな……。

 

周囲を圧倒する転入生七惟美咲香、しかしその表情はおそろしく無表情で、彼女に駆け寄ってくる女子生徒たちのほうがよっぽど大興奮していたのだった。

 

 

 

 

 








前話に書き忘れていたのですが、


この章では一部シビアな展開も含まれていますので閲覧にはご注意ください。


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御坂美琴のそっくりさん-ⅲ






月4更新なんて何時以来だろう……!と思ったら、

去年の11月にやっていたとは……!




 


 

 

 

 

 

「いやー、それにしても凄かったよ七惟さん!」

 

「本当です!クラブに所属してスポーツの練習されてたんですか?」

 

「ホントホント!むしろあれだけ上手いのに強豪校からスカウトが無いのがおかしいくらいだよ~!」

 

「ありがとうございます。ですが別段特殊な訓練等はしていないのですが……」

 

「えぇ!?元からの身体能力だけってこと?」

 

「だ、だとしたらもっと凄いですけど……」

 

「……」

 

 

 

時刻は16時前、一日の授業日程を全て終えた彼女たち3人は転入生である七惟美咲香に学校を案内している。

 

今彼女たちが話題にしているのは今日の七惟美咲香が披露した大活躍のことだ、各種スポーツに勉学、そして能力者としての力……全てにおいてこの学校トップクラスの実力を持つことを公衆の面前で如何なく発揮した。

 

特に驚くべきはスポーツだ、いったい何処で学べばあれだけの動きが出来るのやら見当もつかない。

 

 

 

「勉強も私達の学校と前居た学校でどれだけ差があるのか気になっていたんですけど、全然問題なさそうですね」

 

「むしろ私達が教えて貰いたいぐらい!これだけ頭がいい人から教えられたら中間テストも余裕よ!」

 

「佐天さん、人の力を借りる前にまずは自分で勉強すること。これが大前提です!」

 

「う、初春手厳しいなぁ」

 

 

 

10月も半ばに差し掛かってきたこともあり、日が暮れるのも大分早くなってきた。

 

夕日が差し込む校舎の中、外では部活動に励む生徒たちの声が大きく響き校舎内にいても聞こえてくる。

 

普段よりサッカー部の声が大きく聞こえるのは今日転入生にぼっこぼこにされたことが影響しているような気がするのは気のせいではないだろう。

 

 

 

「今日はそんな時間が無いから普段の学校生活で使うところを紹介していくね」

 

「ここが体育館です、今日の体育の時間運動場を使ったから見て分かったと思うけど、すぐ隣にプールもあるんですよ」

 

「プール、ですか」

 

「そうそう、もう夏は終わっちゃったから使うとなると来年になっちゃうんだけどさ。公立中学のプールにしては珍しく此処のプールは50Mあるんだ」

 

「きっと七惟さんなら水泳も大得意なんでしょうね」

 

「どうでしょうか……泳いだことがないので」

 

「うそ!?」

 

「前の学校ではどうしていたんですか……?」

 

「そもそもプールという項目がありませんでした」

 

「い、いまどきそんな学校あるんだなぁ」

 

「あはは……折角ですし体育館の中に入りますか」

 

 

 

今風な回転式の扉を潜り3人は体育館の中に入る。

 

中では一心不乱に部活動の練習に打ち込む生徒たち、バレーにバスケット、卓球……様々なスポーツ部が此処で練習に励んでいる。

 

彼らの様子を興味津々に見つめる美咲香、普通の部活動の練習がそんなに物珍しいのだろうか。

 

 

 

「美咲香さんはどんなスポーツが好きなんですか?」

 

「バスケットとか上手そう。あ、でも今日の感じ見てるとテニスの流れで卓球も凄い上手だったりしそう」

 

「特にこれと言って好きなスポーツはありません」

 

「あ、あれ?そうなの?」

 

「唯……」

 

「はい?」

 

「彼らがとても楽しそうにしている、そのことに興味があるんですと心情を吐露します」

 

 

 

そう言った美咲香の視線が向かったのはシュートのフォーム練習をしているバスケット部の男子達だった。

 

タブレットで録画した自分のフォームを見ながら仲間たちからアドバイスを受けている、顔つきは真剣そのものだ。

 

そんな彼らを美咲香はじっと……無表情ながらも、興味深そうな視線をずっと投げ続けていた。

 

 

 

「……」

 

「…………興味があるなら、七惟さんも部活動入ってみる?」

 

「部活動、ですか……?」

 

「そう、部活動!私達学生の仕事といったらそりゃもう勉強なんだけどさ、運動もその一つ!此処で練習してる人達みたいに部活に入って大会に出場して優勝を目指すの!」

 

「……」

 

「地区大会、都市大会、そしてその次は全国!七惟さんの運動神経だったらどの部活動に入っても大活躍間違いなし!」

 

「ちょ、ちょっと佐天さん。一人で盛り上がりすぎですよ!」

 

「何言ってるの初春!これだけの才能を埋もれ……って、電話鳴ってる」

 

「誰からですか?」

 

「えーっと……あ、御坂さんだ。もしもし……」

 

 

 

部活動を行い生徒たちの掛け声がうるさいのか、佐天は携帯を持って体育館から出て行った。

 

 

 

「も―……佐天さんはホントに調子いいんですから。でも七惟さん、もし部活動が気になるんだったら体験入部なんて如何ですか?」

 

「体験入部とは?」

 

「えーっとですね、気になる部活に1日だけ参加して、もしこの部活をやっていきたい!って思ったら本格的に入部してもらう制度みたいなものですよ」

 

「なるほど、要約すると……お試しということで間違いないでしょうか」

 

「そうそう!お試しです!佐天さんが言った通り七惟さんすっごく運動得意ですし、その特技を腐らせちゃうのはもったいないですよ」

 

 

 

初春も運動に関しては全くダメだが、素人目で見ても美咲香が並外れた運動神経を持っているというのは良くわかる。

 

そして佐天は運動に関しては学年でトップクラスの力を持っているのは有名な話で、実際彼女たちが色々なトラブルに巻き込まれた際には思いもよらない動きから自分達を窮地から救ってくれたことが多々あった。

 

そんな彼女が凄いと思ったのだから間違いない、初春としても学校生活を満喫するには学業以外の活動が大事になってくると思うし非常に良いと思う。

 

まぁ彼女ならばどんなスポーツでも都市大会クラスなのは目に見えているが、どうもチームプレイは苦手そうに感じるのでテニスや剣道とか、そういった個人技が良いだろう。

 

 

 

「はい、今日のところは……すみません、また今度ですね」

 

 

 

そうこう喋っているうちに佐天が体育館に戻ってきた、どうやら話は終わったようだ。

 

察するに彼女ら共通の友人、常盤台の超電磁砲からの電話だったみたいだが……。

 

 

 

「電話は御坂さんからですか?」

 

「そうそう、今から一緒に出掛けない?って言われたんだけど、今日は七惟さんとの先約があるからパスしといたよー」

 

「それもそうですね、御坂さんには悪いですけど…………」

 

「どうかした?」

 

「いえ」

 

 

 

そう言った初春は視線を現在進行形で部活動生を凝視する美咲香を見つめた。

 

見れば見る程、外見は自分達が知っている常盤台の御坂にそっくりである。

 

外見で違うところと言えば服装と髪飾りくらいで、その他はもう寸分の狂いもないくらい超電磁砲にそっくりだ、そっくりにも程があるくらいのレベルで。

 

しかし内面や言動は大きく違う、自分たちの友人である御坂は活発で明るく元気そのもの、どちらかと言うとお喋りで自分から物事を進めていくタイプ。

 

対して七惟美咲香は非常に大人しくて口数は少なく表情の変化も乏しいし目つきがだいぶ御坂とは違う。

 

自分から意見をいう事はあまりなくて、どちらかと言えば周りに合わせるようなタイプだと思う。

 

そんな外見は同じで中身は正反対な二人なのだが、本当に……本当に二人は全く何も関係ない赤の他人なのだろうか。

 

 

 

「うーいーはーるぅ!」

 

「ひゃうあ!?」

 

 

 

そんな物思いにふけっている初春のスカートは完全無防備な訳で、何時ものあいさつをされてしまった。

 

 

 

「へぇ、今日は白の水玉模様かー!」

 

「な、んあななああな、なにをやってるんですか佐天さん!こんな男子生徒だら、だらけのところでスカートをめくう、めくったら!」

 

「あはは、大丈夫大丈夫。初春の後ろは壁だよ、誰も見えないって!それに初春が気になってることなんて吹き飛んだでしょ?」

 

「……それは、そうですけど」

 

「きっと御坂さんと七惟さんのことでしょ?」

 

「はぁ」

 

「でも今のところ特に変なところだって何もないし、先生たちだってそんなこと一言も言ってない。気にし過ぎだよ初春は」

 

「んー……それならいんですけど」

 

「そうそう。さ、気にしないでもう今日の所は帰ろう!七惟さん、家まで送るね」

 

「ありがとうございます」

 

「うーん……」

 

「初春!行くよー!」

 

「あ、はい!……って佐天さん!男子の皆が凄いこっち見てます!どうしてくれるんですかあー!」

 

 

 

あはは、と笑いながら踵を返して去っていく佐天に初春はぷくぅと顔を膨らますことしか出来ない。

 

佐天が言うように自分の考え過ぎなのだろうか、唯の考え過ぎではないくらいに彼女たちはそっくりなのだが……。

 

まぁ、取り乱してもしょうがない。

 

近いうちにジャッジメントのパソコンで調べてみよう。

 

あれやこれやと考え、後ろ髪引かれる思いはあるものの初春は自分を納得させその場を走り去るのだった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「まさか病院に住んでるなんて……」

 

「いえ、ここに住んでいる訳ではありません。現在身内が大怪我を負い通院していますので、今日はその付添です」

 

「へー……」

 

「私の親類が此処に努めていることも関係しています、と事細かに説明します」

 

「お、お医者さん!?」

 

 

 

三人がやってきたのは第七学区にある病院だ。

 

病院と言ってもそこらへんの開業医がやっているような小さな病院ではなく、総合病院のような巨大なものだ。

 

最初はこんなところに住んでるなんていったいどんなボンボンなんだろうと柵川中コンビは思案したものだが、どうやらそうでもないらしい。

 

同居している兄が現在通院しており、今日は偶々定期健診の日であり時間が重なったため一緒に帰ることにしているとのことだった。

 

しかし親類に医者がおり且つ彼女の発言からしてその恩恵にあやかっているとなると、親類ではなく彼女の親が医者なのではないかだろうかと勘繰らずにはいられない。

 

我慢できずそのことを聴いてみるも、全く違うと一刀両断。

 

学園都市の外側で仕送りを貰って生活しているという回答であった。

 

しかし彼女のこれまで発言やその能力を見るにおそらくいいところのお嬢様系であることを想像するのは容易であり、結局のところお金もちなのだろうという決断に至った訳だが、彼女たちは共通の友人である御坂のほうが遥かにボンボンなことを知る由もなかった。

 

この第七学区の病院には凄腕の医者が居ると有名だ。

 

噂好きの佐天は此処に『死者を生き返らせることが出来る医者がいる』という情報をついこないだ仕入れたばかりで、冒険心が疼かずにはいられない。

 

まぁ今日は七惟を見送りに来ただけであって、流石に噂の医者を探し回ることなんて出来ないのだが。

 

3人はエントランスに入り周囲を見渡す。

 

どうやら中は普通の区立病院と変わらないようだが、非常に設備が充実しているのがよく分かった。

 

来客用の休憩スペースや待合所はもちろんのこと、レストランやコンビニ、雑貨屋などちょっとした商業施設ようなつくりだ。

 

エントランスだけで自分たちの教室の何倍もの広さだし、受付用のデスクも大きく入口から正面に見える液晶ディスプレイには学園都市のニュースが流れている。

 

こんなところに努めている美咲香の親類とはいったいどんな人なのだろうかと考えていると、誰か見つけたのか美咲香は雑貨屋のほうに走っていく。

 

 

 

「あ、ちょっと七惟さん!」

 

「まってくださいー」

 

 

 

雑貨屋は日用品から本、食品まで幅広く扱っており横のコンビニと合わせてしまえば日常生活には不便しないような品揃え。

 

設備の充実も去ることながらテナントでもこの病院が如何に力を持っているのかが分かる。

 

美咲香は文房具売り場の所で止まると、そこでシャーペンを選んでいる青年に声を掛ける。

 

 

 

「兄、もう診察は終わったのですかと美咲香は確認を取ります」

 

「あ……?あぁ、なんだ美咲香か。お帰り、右手以外は健常者なんだからもうほとんど健康そのもの、だそうだぞ」

 

「まだ足の湿布やお腹の包帯が取れていませんと美咲香は隅々までチェックをします」

 

「分かった分かった……」

 

 

 

美咲香が声を掛けた青年は右腕を全部包帯で覆っていて、それに加え両足のくるぶしには酷い捻挫をしたのか大きな湿布が貼り付けてある。

 

見たところ年上で高校生くらいにも思える。

 

 

 

「七惟さん、こちらの方は……?」

 

 

 

若干置いてけぼりになっていた佐天が美咲香に尋ねる。

 

 

 

「すみません、紹介がまだでした。この人は私の兄です」

 

「あ、どうも初めまして。佐天涙子です、妹さんと同じクラスで今日は一緒に下校してるところです」

 

「お、同じく初春飾利です。今日が転入初日だったんですが仲良くなったので今日は一緒に帰っています」

 

「そいつはどうも。……しかしよくもまぁ、初日に二人も友人が出来たもんだな美咲香」

 

「何ですかその言いぐさは、とあからさまに不機嫌な視線を投げかけてみます」

 

「あはは……」

 

「俺は七惟理無、第七学区に住んでる高校生だ」

 

「今日はもうアパートに戻るんですか?」

 

「あぁ、痛み止め貰ったらな……お前友達が居る前でひっついてくんなうっとおしい」

 

「蛇のような眼光で睨み付けているだけですと訂正します」

 

 

 

美咲香は七惟理無と名乗った青年の手を掴みながらその顔に不満を表す。

 

そしてそれをいなす青年、なんだろうか……二人のやり取りを見ていると犬と飼い主のような、さっきまでのクールで無表情だった七惟美咲香など何処かへ行ってしまったようだ。

 

 

 

「二人とも……こんな大変な奴と仲良くしてくれてありがとう。色々変わった奴だけど知らないことばかりだからこれからも面倒見てやってくれないか」

 

「もちろんです、逆に美咲香さん凄い頭いいから近いうちにある中間考査ではこっちがお世話になっちゃうくらいです!」

 

「あぁ、そうかい。そいつぁ良かった。佐天さん、初春さん」

 

 

 

そう言って頭を下げる美咲香の兄。

 

口数は美咲香同様非常に少ないが落ち着いていて、最初の印象ではぶっきらぼうな人とも思ったがそうでもないらしい。

 

 

 

「それでは私達は病室に戻ります。お二人とも、ありがとうございました」

 

「またね、七惟さん!」

 

「また明日よろしくお願いしますね」

 

 

 

こうしてドタバタながらも確かに学園生活を満喫した美咲香の中学校生活一日目が幕を下ろしたのだった。

 









この章からオリジナルストーリーとなるため、時間の流れが原作に即していない

場面が多々ありますが、よろしくお願いします。


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御坂美琴のそっくりさん-ⅳ






お休みだ!更新しなければ!




 


 

 

 

 

 

美咲香が柵川中学に入学してから一週間と数日が経過しただろうか、学校の中間テストが目前になり校内が慌ただしくなる10月中旬。

 

七惟美咲香はあれから順調に佐天涙子、初春飾との親交を深め一般的に『友人』と呼べるまでの関係に仲が深まった。

 

今日も彼女は何時も通り通学し授業を受ける、この日は4限までの授業が順調に終わりさてお昼を取ろうかというところであった。

 

 

 

「あぁ~、どうしよう。もう中間テストが近いのに全然数学わかんない!」

 

「佐天さん、授業中にぼーっと教科書眺めてるだけじゃどうしようもないですよ~」

 

「うーいーはーるー、冷たいなぁー……」

 

「そんなこと言われても困りますよ~」

 

「と、取り敢えずお弁当食べよう!楽しく!」

 

 

 

佐天は半べそをかきながらも佐天、初春、美咲香の3人で机を囲み弁当を開く。

 

取り敢えずお昼の時くらい勉強から解放されたい、佐天はその一心であったのだがどうしても会話はテスト絡みのほうに進んでいってしまう。

 

 

 

「佐天さん、数学はともかく理科は大丈夫ですか?」

 

「うーん……取り敢えずミジンコが多細胞生物ってことくらいは分かった」

 

「それは1学期の学習内容じゃ……」

 

「そうだったあぁ」

 

「とにかく、今回の理科は記憶すればなんとでもなるんですから、数学を頑張りましょう」

 

 

 

そう、佐天涙子はお勉強が苦手である。

 

彼女が別段頭が悪い訳ではない、英語や国語といった文系の学問は得意にしているのだ。

 

何故数学だけ異常に悪いかというと、唯単に毛嫌いしているだけなのである、要するに食わず嫌いを思い切り発揮しておりほとんど勉強していないのだ。

 

以前初春に手伝って貰ったことがあるのだが、それでも頭の中に数字の羅列は入ってこず現在進行中で悪戦苦闘している。

 

 

 

「えー……」

 

「えーも何もありません、9月の始業テストは結構危なかったじゃないですか。冬休みに補修になっちゃいますよ」

 

「そりゃ勉強して何かしらの能力が発言するならやるけどさぁ」

 

「それは……能力テストは学力考査とは別物で行われますし、何とも……」

 

「あはは、なんでもないって。言ってみただけだよ初春。そんなこと言ってもどうしようもないことくらい私だってわかってる」

 

 

 

佐天涙子はレベル0、所謂無能力者に分類されている。

 

彼女だけではない、この中学の所属する大部分の生徒たちが無能力者として判別されて辛い思いをした生徒が大半だ。

 

中学で能力が発言しなければ、高校に入っても能力発現出来ない生徒が多いと聴く。

 

だからこその勉強だ、能力だけが全てではないのだと熱弁していた先生もいたものだが、佐天たちから見た小さな世界では大人たちの広い視野での話なんて説得力に欠ける。

 

だがそれでも佐天はそれを信じるしかない、実際に彼女は無能力者であるが故に苦境を乗り越えられたこともあるのだから。

 

 

 

「そうだ……それなら、七惟さんに勉強を見て貰ってみてはどうですか?」

 

「七惟さんに?」

 

「そうですよ、七惟さんはもうとにかく数学に強くて有名です!校内一番です!」

 

「そうなの?七惟さん」

 

 

 

話を振られた美咲香は佐天の問いかけに首を傾げるものの、否定はしない。

 

 

 

「初春さんがそう言うのであれば、そうかもしれませんと肯定の意味を込め頷いてみます」

 

 

「そう言って頭を斜めに振る人初めてみた……」

 

 

 

七惟美咲香は佐天たちのクラスに今月からやってきた電撃転入生だ。

 

電撃というのは大げさではなく、実際に電気を扱う能力者。

 

レベルは3という判定を受けており、頭脳明晰運動神経抜群とまるで絵に描いたような優等生なのだが……かなり可愛い癖を持った子だ。

 

そして佐天と大きく違う点が一つ。

 

 

 

「逆に七惟さんは佐天さんから国語を教えて貰ってみてはどうですか?七惟さん国語苦手ですし」

 

 

 

七惟美咲香は恐るべき頭脳の持ち主で数学に常識外れなパワーを発揮するのだが、国語には滅法弱いのだ。

 

それは古典漢文現代文全部悪いのである、因みに漢字テストは満点なのだが。

 

 

 

「へ?そうなの?」

 

「もう、佐天さん友達のこと少しは気にしてください」

 

「初春と違って友達を心配出来る程余裕ないんだよぉ」

 

「……」

 

 

 

美咲香が国語に弱い、特に現代文は致命的に弱い。

 

それは彼女の生い立ちに関する原因が一番でかいのだが佐天や初春がそんなことを知る由もない。

 

だが美咲香からすれば新しい知識や体験することが出来るのではないか、という心の何処かを擽られるような感覚に陥った。

 

 

 

「ギブアンドテイクです!どうですか?」

 

「あー、なるほどそりゃいいね!」

 

「でしょう、どうですか七惟さん?」

 

「そうですね……、非常に興味をそそられる内容でしたので、同意します」

 

「よーし、決まり!」

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

「それで……勉強会は何処でやるんだ?」

 

「私の家です」

 

「俺の家でもあるんだが?」

 

「だからこそです、と美咲香は兄に迫って答えます。友人の一人は数学が苦手とのことでした。なので高校生の兄が教えれば問題は解決するはずですと美咲香は力強く力説します」

 

「俺の予定は無視かよ」

 

「兄の予定と言えば柄の悪い不良の友人と遊ぶイメージが強いのですが……」

 

「あのな、浜面以外にも一応それなりの関係の奴はいるぞ」

 

「小さい女の子のことですか?」

 

「それアイツに聴かれたら間違いなく俺が殴られる」

 

「それは酷いことを言って申し訳ありませんと心中を察しながら謝罪します」

 

「……だから頭を斜めに下げるな、斜めに」

 

 

 

佐天達と勉強会の取り決めをしたその日、帰宅後兄である七惟理無と話をした。

 

どういう経緯で今回の結果となったのかを説明し、後は兄であり家主でもある彼の賛同を取りつけるだけだ。

 

美咲香の兄、七惟理無は学園都市が誇るレベル5でありながら最強の距離操作能力者だ。

彼は可視距離移動や転移はもちろん、普通の距離操作能力者ならば到底扱えない距離も扱うことが出来る。

 

そして美咲香と同じどこにでもありそうな有り触れた有象無象の公立高校に通う高校生でありながら、裏の顔は学園都市の暗部で反乱分子の粛清を行うメンバーの一員だった。

 

しかし、それはもはや昔の話。

 

此処最近彼の環境は目まぐるしく変化した、所属していた暗部組織は学園都市の抗争で消滅したし、それと同時に彼の右腕は消失し今は義手だ。

 

失ったものは非常に大きいが、美咲香は失ったモノ以上に多くのモノが彼に与えられたのではないかとみている。

 

今迄は七惟の家に訪れる人間なんて新聞の勧誘やお隣である上条かインデックスが回覧板を回してくる時に顔を出すくらいしかなく、それ以外の人間がこのボロアパートにやってくることなんてまずなかった。

 

しかしあの抗争の後この家に訪れる人間は確実に増えた。

 

さっき言った不良友人だけじゃない、美咲香と同い年くらいに思える女の子や七惟と同じ年くらいの女性、そして喜伊。

 

少しずつだが、着実に自分をと七惟を取り巻く環境が変化しそれに伴い関わる人間も増えていっている。

 

その友人たちの影響なのかは分からないが、自分も学校で友人と言えるような関係を持つことが出来る良い人と出会えている。

 

彼らの影響が自分だけではなく、七惟にも大きな変化をもたらしているのは間違いない。

 

それは一番七惟の近いところで生活している自分が感じるのだから間違いないだろう。

 

 

 

「来るのはこないだ病院に来た二人か?」

 

「はい、そうです」

 

「中学生か……まぁ人に物事教えたことがほとんどねぇから教えられるかどうか分かんねぇけどな。取り敢えず部屋の片づけでもするか」

 

「私が最初来たとき発見した如何わしい本は片づけておいたほうがいいかもしれません、と美咲香は兄に進言をします」

 

「…………お前に見つかった後すぐに処分したから安心しろ」

 

「そうなんでしょうか?他にも隠しているものが」

 

「お前とあと一人とんでもなく失礼な奴がいるからな、そういう隠し物は一切出来ない。有り難いことにな」

 

「はぁ」

 

「自覚しろ自覚を!ったく……取り敢えずお前はトイレと台所の掃除しとけよ。俺は部屋をやる。どうせ勉強会って言っても午前中だけだろ?飯は外で食べろよ」

 

「分かりました」

 

 

 

取り敢えずYESとは言っていないものの、来客に備えて部屋の掃除を始める辺り嫌がっては居ないようだ。

 

どうもこの兄は口では嫌と言いつつも行動するという、口と行動が一致しない不可解な行動をすることが多い。

 

それでも兄は自分の行動や言動を時々嬉しそうな視線で見つめているので、ポジティブに考えといていいだろう。

 

「それでは今から掃除に移りますと行動を宣言します」

 

「いちいち報告いらねーから早くしろ、もう19時過ぎだぞ」

 

「それは帰ってくるのが遅かった兄に責任があるのではないでしょうかと美咲香は兄を糾弾します」

 

「お前が学校に財布忘れたから俺がバイクで取りに行ってたんだがなぁ……?」

 

「……すみません」

 

 

 

こういう時はちゃんと怒るあたり、喜怒哀楽が希薄だった出会った当初と本当に大きく変わったものである。

 

怒られるのはもちろん嫌なのだが……。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「ねぇとうま、隣から凄い美味しそうな匂いがする!クールビューティーが作ってるのかな!」

 

「いや多分七惟の奴だろ。アイツああ見えて料理は結構出来るって五和が言ってたしな」

 

「とうまは今日は何を作ってくれるの?」

 

「もやしの野菜炒め」

 

「それ昨日と同じやつだよ!りむの家からはあんなに美味しそうな匂いがするのに!」

 

「それはわるうござんした」

 

 

 

上条当麻は現在同居しているシスターと自分の晩御飯を作っている。

 

居候している大飯ぐらいは隣に住むレベル5の家の台所事情が非常に気になっているようだが、此処は自分の家。

 

インデックスにベットを渡して自分は風呂場の脱衣所で寝ているのだから、衣食住のうち『食』くらいはもう少し我慢して欲しいものである。

 

 

 

「ねぇねぇとうま、りむの家で一緒にご飯食べようよ。そうすればおかずが二種類になっていいことだらけだよ!」

 

「アイツそういうの嫌いだから無理だって」

 

「そうかな?私を試食会のイベントに連れていってやるって言ってたくらいだから、1回御夕飯を一緒に食べるくらい大丈夫じゃない?」

 

「そういうのを本音と建て前って言うんです」

 

「むぅ~……確かに前はもっと刺々しい感じだったけど、本当に今回は一緒に行ってくれそうだったよ?」

 

「……」

 

 

 

インデックスの言う通りだ。

 

七惟理無は、夏からの数か月で大きく変わった。

 

学校では相変わらずアイツに話しかける奴なんてほとんどいない、一時的に転入生としてやってきた滝壺という少女くらいだ。

 

その滝壺という少女も今はまるで霧のように居なくなり、唯の公立高校に居るには違和感しかないあのレベル5と会話する人間は自分と土御門くらいだろう。

 

しかし、学校で見せる表情は大きく変わった。

 

インデックスの言うように、前のように周りに対しての必要以上な警戒心や敵意というのは霧散したように無くなっている。

 

それは間違いなく彼にとってはいいことなのだろう、そして上条は七惟がこの数か月で何故そのように変わっていったのか何となくだが理解していた。

 

七惟と一緒に行ったイタリア、大覇星祭、そしてこないだの対アックア戦……。

 

これらの戦いを経て、七惟は大きく変わっていった。

 

そして七惟と自分の関係も……悪化していった。

 

 

 

「どうしたのとうま?」

 

「いや、なんでもないって。さあインデックス、食べようか」

 

 

 

あのアックアとの戦闘、自分がICUに入っている間に終わっていた。

 

結果は天草式がアックアを倒したとのことで、こちらに死傷者は出たが敵のターゲットである自分や、天草式の核となる面子はかろうじて無事であったため勝利と言っていい戦果だった。

 

だが勝利したものの、あれから自分と七惟の関係に何かしこりのようなものが生まれてしまう。

 

記憶を失ってから初めて出会った時のような敵意ではないが、それに近い何かが自分に向けられているのを感じた。

 

アックア戦後の病室でも、その後の学校生活でも、形容しがたい空気が二人の間に流れてしまって上手く会話が続かない。

 

いったい何が原因なのかは分からない、分からないが……今の二人がインデックスの言うように同じちゃぶ台で夕飯を取るということなんて絶対にありえないということだけは、はっきりしていたのだった。

 

 

 

 

 

 



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御坂美琴のそっくりさん-ⅴ






気が付いたら禁書目録の3期が始まっていました。


再度アニメ化する前にはとっくに終わるだろうなあと思っていたあの頃の自分を殴りたい。




 


 

 

 

 

 

 

秋の夕暮というのは何かと寂しくなるような物悲しくなるような、ホームルーム後はそんな時間帯だ。

 

教室のカーテンの隙間から毀れる夕日の光は暖かい光というよりも冷たく突き刺さる光、そっちのほうが合っている気がする。

 

初春飾はそんな詩人のような感傷に浸っていたことにはっと気づいた瞬間、周囲を見渡した。

 

自分がこういう風に物思いにふけっている時はだいたい近場で佐天が待機していて必殺のスカート捲りをお見舞いされるのであるが……。

 

 

 

「あ、はい分かりました。それじゃ常盤台の校門の前でお待ちしてますね」

 

 

 

今日は誰かと電話中だったようで一安心、良かった。

 

会話の相手はどうやら御坂か白井のように思えたが……。

 

 

 

「佐天さん、誰と話してたんですか?」

 

「あ、初春。御坂さんだよ、常盤台の近くに全国的に有名なカフェのチェーン店がオープンしたから暇だったらどう、っていうお誘い」

 

「そうだったんですが。常盤台の近くに出店するなんてそのお店は相当なお金もちですね、あそこの地価は物凄い高値がついていたと思うんですけれど」

 

「だからこそ期待出来るって、その高い土地代払っても賄えるであろう収益を見込んでの出店!それだけ美味しいに違いない!そして奪えそうな味付けは頂きます!」

 

「あはは、佐天さんは本当料理が得意ですからね……羨ましいです」

 

「初春も一緒に行く?白井さんはジャッジメントの活動があって来れないらしいけど」

 

「そうですね、私は今日は特に予定が入っていないので御一緒したいです」

 

「オッケー!それじゃあ……んー、七惟さんも呼んでみる?」

 

「な、七惟さん!?」

 

 

 

七惟とは、最近初春たちのクラスに転入してきた転校生、七惟美咲香のことである。

この転校生、普通の転校生とは色々大きく違うのだ。

 

まず外見が初春たちの友人である御坂命琴とそっくり……というかもう全て同じなのだ、性格は正反対だが。

 

そしてその身体能力が唯の中学生とは思えない程図抜けており、その存在はあっとういう間に校内に知れ渡り一躍時の人となった。

 

更に頭脳明晰、数学に関してはもうぐうの音も出ない程であり一部では数学の教師よりも数学に詳しいのではないかと言われる程の優等生。

 

その一方で国語、特に現代文に関しては致命的にダメでありどうすればこんな点数が取れるのだろうかと言われる、因みに漢字テストは満点である。

 

そんな一癖も二癖も変わった特徴を持つのが七惟美咲香、転向してきた初日から仲良くなり家族にも既に会っている程のなのだが、初春の中には出会った時から疑問に思っていることが幾つかある。

 

今週末には勉強会を七惟宅でやるということにもなっていたので、その時に色々と話が出来ればと思っていたのだがそれを待たずにこの佐天の不意打ちだ。

 

 

 

「でも七惟さんは……」

 

「えー、まだ七惟さんのこと気にしてるの初春~?ここ数週間一緒に過ごしてきたけど特に変なところなんて全然無かったじゃん」

 

「っ、それはそうですけど!いきなり疑惑のど真ん中に突き進むのは……その、度胸がないと言いますか」

 

「大丈夫だって、私達も色々経験してきたけど七惟さんがそんなトラブルを持ち込むようには全然見えないしさ」

 

 

 

そう、初春と佐天は普通の中学生では経験出来ないようなことを既に2回も経験している。

 

それは一重に彼女たちが不幸だから、という訳ではなく彼女たちと交友関係がある学園都市第3位の御坂が関係している可能性というのは少なくない。

 

だがそれを彼女たちは不快に感じたことは一度もなかった、彼女たちはそれすらも思い出として語り合える。

 

何故かと言えば、傍から見れば可笑しな日常も彼女たちからすればそれが当たり前、大人になるにつれて経験していくことが自分の根幹となっていくことが多いのだが彼女たちはそれを形成する多感な時期にその可笑しな日常が当たり前になったからだろう。

 

もちろんそれでも事件が起こるたびに狼狽はするのだが。

 

 

 

「うー、佐天さんの言う通りではあるんですけど」

 

「そうでしょ、それにそんなに気になるんだったら直接御坂さんか七惟さんに聴いてみたら?」

 

「ちょ、直接ですか」

 

「そう、そうすればすぐに初春が思ってることなんて解決するじゃん。私は別段気にしてないからそこは初春に任せるけど」

 

「佐天さんみたいな度胸が私にはないんですよぉ」

 

「昔ある人が言ってた言葉があってね、女は度胸!男は愛嬌!」

 

「それ絶対逆ですよ普通」

 

「私もそう思うけど、偶にはガツンと言ってみるのも大事だって。私には結構ガツンと言ってくれるから、無理じゃないよ」

 

 

 

そりゃあ佐天は親友だから、と言いそうになって口ごもる。

 

どちらにせよ自分と佐天との距離感は自分と御坂、自分と七惟とに置き換えたらものすごい違いがある。

 

御坂に関しては学年は一つ上の先輩だし、学園都市に8人しかいないレベル5の超電磁砲で憧れの常盤台のお嬢様であることに今でも変わりはない、本当によくそんな凄い人と友人関係になれたと思う。

 

一方七惟は言わずもがな、知り合って僅か数週間である。

 

そんなまだ知り合ったばかりの人にどぎつい質問をすることなんて出来っこない。

 

 

 

「まぁ今日会えばさ、きっと何か教えてくれるって。もちろん七惟さんには御坂さんに会うことを伝えてから誘うけど」

 

「……御坂さんにはどう伝えるんですか?」

 

「もちろん七惟さんからオーケーが出たら友達一人連れていきますって伝えるかな、実は初春が気になっている御坂さんそっくりの人がー」

 

「あわわあ!そんなストレートに私の名前出すんですか!?」

 

「だって初春が気になってるんでしょ?」

 

「そうですけど、物事には順番ってものがあると思います!もっとこう外堀を埋めてから……」

 

「そんなこと言ってもう数週間経ってる」

 

「う、言う通りです……」

 

「とにかく七惟さんがオーケー出すかどうか分からないからさ、それから決めよっか」

 

「それは問題の先送りなのではないでしょうか……」

 

 

 

初春と佐天は自分の席で帰宅する準備をしている話題の人物に声を掛ける。

 

そこでもう一度まじまじと初春は七惟美咲香を観察する。

 

やはり何処からどう見ても御坂命琴そっくりである、もう寸分の違いもないくらいに全てが同じだ。

 

唯一違うところを言うとなればそれは瞳だ、その瞳は御坂と七惟では大きな違いがある。

 

御坂の目は生命の躍動に溢れている輝いた瞳だが、一方の七惟は何処までも澄んでいる海のような深い綺麗な瞳。

 

その違いは表情に一番大きく現れる、端的に言ってしまえば御坂は運動系の活発系美少女、七惟は文学美少女。

 

どちらも運動神経は図抜けているのだが……。

 

表面の違いはでも本当にそれくらいしかない、性格は真反対だったとしても此処まで一緒なんて有りえるのだろうか、御坂から双子の妹の話なんて聞いたこともない。

 

此処で七惟に御坂のことを聴いても大丈夫なのだろうか、もしかしたらとんでもない地雷で取り返しのつかないことになるのでは……。

 

だが現実は非常にもそんな不安を抱える初春を無視して佐天が糸も容易く声を掛ける。

 

 

 

「ねぇ七惟さん、この今日はこの後時間ある?」

 

「佐天さん、如何しましたかと尋ねます」

 

「えーとね、この後実は初春とちょっとカフェに行く話をしてたんだけど、七惟さんもどう?」

 

「なるほど、そういうことですか」

 

 

 

七惟と初春の視線が重なる、その澄んだ瞳は本当に綺麗で落ち着いた佇まいや言動、有りえない程似合っているセーラー服からもう御坂よりも七惟のほうが遥かにお嬢様のような気がしてきた。

 

……なんとなく、クラスの男子達の大半が七惟に視線を集中している理由が分かった。

 

 

 

「申し訳ありませんが夕方兄と用事が入っています」

 

 

 

七惟の返答に若干ほっとする初春。

 

 

 

「あ、そうなんだ。それならまた次回だね」

 

「はい、また声を掛けてくれると嬉しいです」

 

「もちろんだよそんなの~。それじゃあまた明日、バイバイ七惟さん」

 

 

 

どうやら杞憂に終わったらしい、初春は胸をなで下ろしつつクラスを出ていく七惟を見送る。

 

彼女がクラスを出て行ったところで佐天が初春のもとに戻ってきた、残念そうな表情を浮かべているがこちらはハラハラものである。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

美咲香の用事、それはとある人物に兄と一緒に呼び出された為会いに行くということだ。

 

美咲香は七惟よりも学校が早く終わる。

 

その為彼女が移動し集合場所は七惟の学校、実は既に到着済みだ。

 

ここから電車で一緒に目的地へ向かう予定である。

 

どうやら待ち合わせをしている人物は相当に癖が強い人らしく、今朝出かける前に七惟はしきりと警戒は怠るなと美咲香に注意していた。

 

まぁどんな人物が来ても自分の兄や超電磁砲を超える人間なんてそうそういないため大丈夫だとは思うが。

 

そんなこんなで彼女は佐天達からのお誘いも断り、こうして一人高校の正門の前で暇を持て余している。

 

こういう時こそ近づいてきているテストに向けて苦手な科目の勉強でもしたほうがいいに違いない。

 

美咲香は鞄に手を入れするりと国語の問題集を取り出す。

 

そして案の定問題集に登場する主人公の行動が理解出来ずに頭をぐるぐると回す。

 

やはりダメである、この問題集に出てくる人たちは余りに非合理的な動きをし過ぎている。

 

こんなことをしていて自分の行動に疑問を持たないのだろうか……?いやそんなことを考えている自分がまず疑問を抱いていて……?

 

頭の中が完全にハツカネズミ状態になった美咲香。

 

そんな彼女に近づく影が一つ。

 

 

 

「あれ、七惟んとこの……」

 

「……上条当麻さん、何のようでしょうか?」

 

「何のようって、俺は此処の学生だからな」

 

「そうなのですか、それは失礼しましたと頭を下げます」

 

「お、おーい。斜めになってる斜めに」

 

 

 

声の主は妹達憧れの的、上条当麻。

 

美咲香にとっては思いもよらない相手であった。

 

 

 

 

 



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転校生の謎を追え-ⅰ



どうやらアニメでフレンダがとうとうむぎのんに分解されてしまったらしい!


超電磁砲ではあんなに仲良くしていたのに……!


因みに今作ではフレンダは分解されていません。


つまり……
 



 

 

 

 

七惟美咲香。

 

彼女は上条当麻と同じアパートに住んでおり、隣の部屋の住人の一人だ。

 

隣の部屋にはもう一人、彼女の兄の七惟理無が一緒に住んでいる。

 

勿論兄というのは形上……いや戸籍上もそうではあるのだが、実際のところ二人には血の繋がりはない。

 

彼女は学園都市第3位の超電磁砲、御坂命琴のクローンであり、『妹達』と呼ばれている。

 

そのうちの一人である彼女は、妹達の中でも特別に感情の動きが大きい個体であり、実際に他の妹達と一緒に居ればその違いは一目瞭然である、頭を斜めに下げる変な癖もある。

 

正直なところ上条にとって彼女ら一人一人を区別して呼ぶのは余りに難しいが、この七惟美咲香と呼ばれる子だけははっきりと彼女という人格を認識している。

 

上条はそんな彼女と深い付き合いは無い、強いて言えば同じクラスである七惟の同居人というイメージだ。

 

そもそもこの七惟美咲香が七惟の家にやってきたのもまだ数週間前だし、ほとんど接点は無いに等しい。

 

ただアックア襲来の際、七惟を助ける為に地下都市に飛び込んできてくれて、その後負傷した上条にもお見舞いに来てくれたことだけはしっかりと覚えている。

 

そして彼女は最近学園都市の公立中学校に通っているということも知っている。

 

情報源は七惟からではなく、上条と一緒に同居している暴飲暴食のシスターからだ。

 

どうもアックアとの戦闘後、上条と七惟の間には不協和音のような、ぎくしゃくした空気が二人の間に流れてしまっている。

 

インデックスから話を聴いたその後、七惟美咲香が学生鞄を背負って登校している姿を上条自身も見つけ尋ねたらその通りだった訳である。

 

そして今目の前に居る訳だが……此処は高等学校、中学に通っている彼女が此処にくる理由となれば……。

 

 

 

「兄を待っているんです、今日は此処で待ち合わせをしていますから」

 

「あぁ……七惟の奴を待ってるんだな」

 

「はい、かれこれ30分近く待っています。妹を待たせる兄等許せません」

 

 

 

やはり七惟のことを待っているようだ。

 

しかしクラスの中でも不気味な存在として恐れられている七惟ではあるが、この妹の前では形無しのように思える。

 

クラスメイトで話しかける奴なんて上条を含めて土御門に青髪ピアスくらいだが、この子に接する七惟の態度を見れば皆驚くことであろう。

 

 

 

「七惟の奴、子萌先生に捕まってたから時間かかんだろうなあ……。ほら、アイツ反抗的だから」

 

「そうですね、確かに兄は態度が大きいため年上の方とはコミュニケーションを取るのが非常に苦手だと皆言っています」

 

「皆か、そりゃ違いない」

 

「はい、絹旗さんは特にそう言っていましたと重ねて申し上げます」

 

「絹旗さん、か」

 

 

 

絹旗。

 

知らない名前だ。

 

上条は七惟のことは多くを知らない、記憶を失う前の自分であったらその名前にも憶えがあったりするのだろうか?

 

七惟が普段学校以外の世界で何をしているのか、どういう交友関係を築いているのか、上条はほとんど知らないと言っていい。

 

 

 

「その絹旗ってのはどういう人なんだ?」

 

「はい……?絹旗さんですか。そうですね、とにかく家に押しかけてくるとても声が大きい人だというイメージが非常に強いです。アパートに居て我が家がうるさくなってきたら、だいたい絹旗さんがやってきたと思って頂いて構いません」

 

「あぁっ、てことは女の子か」

 

「はい、年齢は私と同じくらいのはずですと疑問符を付けつつも答えます」

 

 

 

最近七惟の家は賑やかである。

 

ひっきり無しに誰かがやってきているのは間違いない、その中には覚えのあるスキルアウトの男も居たし、七惟とその男が非常に仲が良いこともうかがい知れた。

 

この数か月で一気に七惟は変わった、そしてその中心に居るのはおそらくこの七惟美咲香だ、なんせ一緒に生活をしており仮初めではあるが兄妹になっているのだから。

 

彼女と七惟が関わったのは、自分が妹達や一方通行……御坂と操車場で大きな戦闘を繰り広げたあの夏の日前後のはずだ。

 

もしかしたら、彼女の話を聴けば最近の七惟のことや、彼の交友関係並びに普段何をしているのか分かるのではないだろうか。

 

そうすれば、今のぎくしゃくした関係を改善する一歩を踏み出せるかもしれない。

 

それに上条自身、この七惟美咲香という子が非常に気になる。

 

いったい全体どうやってあの七惟理無がこの子を妹としたのか?

 

上条の知る七惟……まぁ記憶を失ってからの七惟しか彼は知らない訳だが、失った直後の彼はとにかくこちらに対して敵対的であったし、眼光は鋭い割にとにかく気だるげで今と纏う雰囲気が全く違う。

 

しかし操車場からの戦いを経て、イタリア、アックア戦後とその全てが変わっていった。

 

きっとそれにはこの子が関わっているに違いない。

 

 

 

「なぁ、最近の七惟は家だとどんな感じなんだ?」

 

「家……ですか?」

 

「あぁ、学校だと相変わらず昔からそんなに変わってないからな。皆七惟のこと怖がってるしさ」

 

「兄を怖がる方が居るんですね、兄を嫌う方はたくさんいると思うんですが……と疑問に思い首を傾げます」

 

「そんなこと言えるのきっと妹の君だけだって……」

 

「そうですね、家の兄はとにかく綺麗好きです。私が少しでもコップを始めとする食器等を使用後だしっぱなしにしていると、すぐに片づけろと言ってきます。後で片づけるつもりですとこちらが主張しても全く受け入れてくれません。少しは寛容になって欲しいものです。片づけるのを忘れてしまいそのまま寝てしまったことを未だに根に持っているのは理解し難いことです」

 

「へぇー、確かにそれはそうだな」

 

「はい、4回目から言われ始めました」

 

「それは仕方ないんじゃ……」

 

「兄は妹という存在に対してとても優しく、何でも言うことを聴いてくれるものであるとミサカネットワークから得た情報はそう言っています」

 

「そんな兄貴はいないと思うぜ流石に……」

 

「他には……」

 

 

 

七惟美咲香が喋る内容はどの家庭にもありふれているようなものばかりの、とてもほのぼのとしたものであった。

 

喋っている七惟美咲香は他の妹達と変わらずほとんど無表情に近いが、時々眉間に皺を寄せたり七惟の面白い話の時などは表情がほんの少しだけ柔らかくなる等、やはり他の妹達とはその感性が違うのだろう。

 

七惟美咲香の知っている七惟は、上条が知っている七惟とは大きく違っていた。

 

なんだかそのギャップに驚くものの、話を聴いているうちに前よりも七惟のことが身近に感じられ、自分が勝手に彼に対して壁を作っていたのかもしれないと思う。

 

自分からもう少し積極的に話に行けば、イタリアの時のような友情関係に戻れるのかもしれない。

 

そしてこの七惟美咲香とも、もっと接点を持ってインデックスが言うようにお隣さんとの関係を深めたほうがいいのだろう。

 

 

 

「あ、携帯鳴ってるぞー」

 

「御指摘ありがとうございますと首を垂れます。兄から連絡です、どうやらお説教が終わったようで今から校門に向かうということです」

 

「あぁ、そりゃ良かったよ。それじゃあ俺は帰るよ、インデックスの奴が腹を空かしてるだろうしさ」

 

「あのシスターを育成するのも大変だと思う故に心中をお察しします」

 

「い、育成って……!」

 

 

 

思わず噴き出した。

 

この独特の彼女の言い回し、癖になりそうである。

 

 

 

「まぁでも、独りで食べる夕飯より誰かと一緒の夕飯のほうが断然旨いしさ、やっぱり居てくれて嬉しいことも多いな」

 

「そうなんですか?」

 

「あぁ、今は一緒に七惟の奴と飯食べてんだろ?」

 

「そうですが」

 

「もし七惟の奴がいなかったら、一緒に食べて相槌をうったり話しかける人がいないってことだ。想像してみたら結構しんどくないか?」

 

「………………」

 

「どうだ?」

 

「…………そうですね、確かにそれは……こういう時寂しい?と言うのでしょうか。何だかそわそわしてしまう美咲香がいるのも間違いありません」

 

「だろ?」

 

「はい、やっぱり私の兄は凄い人です」

 

「はは、それは間違いないって。だってこの学校でただ一人のレベル5だしな」

 

「レベルはお姉さまもレベル5ですので。ですがきっとお姉さまでは、食卓の寂しさは紛らわせないと思いますと伝えます」

 

「……」

 

 

 

凄い人、か。

 

七惟美咲香は、口では結構辛辣なことを先ほどは言っていたものの七惟のことが大好きなのだろう。

 

彼女との会話の節々から、二人の関係が唯の作られた戸籍上の兄妹という訳ではなく、本当の意味での家族だり兄妹であるというのが伝わってくる。

 

そして彼女はその感情を上手く表せていないかもしれないが、とても七惟に対して感謝しているのが同時に理解出来た。

 

 

 

「かみやーん。ようやく説教タイムおわったにゃー。七惟の奴のせいで余計に長くなってしまって大変だったぜい……」

 

 

 

上条に声をかけて来たのはクラスメイトである土御門であった。

 

その顔色から疲れが見える、確か七惟と一緒にトラブルを起こして子萌先生に呼び出されていたはずだ。

 

恐らく七惟がまた余計なひと言で火に油を注いでしまい、余計説教が長くなってしまったのだろう。

 

 

 

「って、隣の子は……」

 

「あ、土御門か。帰ろうぜ。この子も七惟待ってたみたいだし」

 

「ま、まさかかみやん俺を待っててくれたのかにゃ……!?」

 

「あのな、この子と偶々喋ってたらお前が来たんだよ。ほら帰ろうぜ」

 

「……そうだな」

 

「ああ、それじゃあ。俺達はこれで」

 

「はい、道中お気をつけて」

 

 

 

小さく手を振る七惟美咲香を背に、上条と土御門は帰路に着くのであった。

 

 

 



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転校生の謎を追え-ⅱ

 

 

 

 

美咲香と校門で合流した七惟は、バスに乗り目的地までやってきた。

 

少々待たせていたようだが、その表情を見るに暇を持て余していたようではなさそうだったため、特にそのことには触れなかった。

 

向かったのは第七学区の中でもことさら自分と縁が無さそうな学舎の園である。

 

今回七惟と美咲香の二人を呼び出したのは、意外な人物ではあるが七惟とは何かと接点がある人物。

 

連絡があった際には何か罠があるのではないかと疑ったものだが、指定場所が学舎の園であることから犯罪を起こすにはあまりに不向きな待ち合わせ場所のため、呼びかけに応じた訳である。

 

学舎の園は、学園都市の中でも指折りの警備体制を敷いているのだから。

 

そしてその二人を呼び出した件の人物が今目の前に居る訳だが……。

 

 

 

「それで、こんな所に呼び出して何のようだ」

 

「親切心で呼び出してあげたのにそんな言い方ないんじゃない?」

 

「……暗部であるお前の親切心が働くなんてろくでもないこと言われるに決まってるだろーが」

 

「そんなことこの子の目の前に言う?」

 

「むしろお前は自分を殺そうとした張本人のそっくりを目の前にしてよくそんなことが言えるな」

 

 

 

こちらの言うコト等お構いなし、と言った飄々とした表情でこちらを見やるのは結標淡希、七惟の隣できょとんとした表情で今の会話のドッチボールの意図が掴めず首を傾げるのは七惟美咲香。

 

七惟と美咲香はグループに所属している結標に呼び出され、第七学区学舎の園近隣の如何にもおしゃれな新築喫茶店にやってきた。

 

学舎の園と言えば結標にとっては曰くつきの相手、超電磁砲こと御坂美琴が所属する常盤台のテリトリーであり、もうかの中学は目と鼻の先。

 

何時あの電撃姫が飛び出してきて雷光の槍を投げつけてくるのかひやひやものだが、そんなことはお構いなしと結標はこの場所を指定してきた。

 

結標が在籍しているのは常盤台のライバル的存在である霧が丘だ、学区も18学区と此処からかなり距離がある。

 

何故こんな場所にしたのか問いただしたところ、この学舎の園周辺は警備が厳重らしく並みの暗部組織は近づかない、要するに安全だということだ。

 

七惟自身も、セキュリティレベルが高い場所でなければ呼び掛けには応じないつもりであったため、まぁよしとした。

 

結標は現在もグループという暗部組織に所属している、故に暗部の連中から狙われるリスクが低く落ち着いて話が出来るこの場所を選んだという。

 

だが忘れてはならないのは結標が呼び出した七惟理無こそグループの同僚である一方通行を抹殺しようとした張本人ということなのだが……。

 

 

 

「さて、それじゃあ本題に入るけど」

 

「あぁ、手短にな」

 

「……貴方とその子にとって有益な情報を持ってきたって言うのに随分な言い方ねホント」

 

「むしろ一方通行の奴とつるんでるくせによく俺の前に顔出せたよなお前は。アイツは俺の仲間殺した奴だぞ」

 

 

 

たったこの1回のやり取りで二人の間に緊張が走る。

 

この店の雰囲気には全く合わない、血みどろの話。

 

二人の間に沈黙が流れ、グラスからカランという氷が擦れる音が嫌に響く。

 

暗部抗争が起こったのはまだつい最近ことだ、それはつまり一方通行に名無しの少女を殺されてからまだ日が浅いと言う事。

 

七惟の表情から自分たちに向けられている感情を読み取った結標はため息をつき、これ以上の雑談は悪手だと判断し深追いは止める。

 

 

 

「……互いに色々あったでしょう、あの時のことを蒸し返すと収拾つかなくなるからやめて」

 

「はいはい、さっさとしてくれ」

 

「切り替えが早くて助かるわ。率直に言うと、貴方が一緒にいるその子を始めとした『妹達』が狙われるっていう情報が入ってる」

 

「へぇ……」

 

「行動を起こすと言われている組織はスクールの生き残り、此処まで言えば貴方なら分かるんじゃない」

 

「要するに垣根の仇討か?」

 

「そうね、その可能性が一番高い」

 

「直接あの糞野郎に喧嘩を売ったら勝ち目がないからアイツの能力の補佐をやってるミサカネットワークから潰すってことか」

 

「理解が早いのは流石ね、そういうこと」

 

「んで、今更そんなことしてどうするんだ?アイツらが担いでいた垣根は消えたんだろ?」

 

「消えたけれど死んではいない、何処かで生きている……好機を見計らって息を潜めている、って暗部じゃ言われてるけれど」

 

「……覇権を狙うにはまず障害から消す、って訳か」

 

「えぇ、あくまでまだ噂の段階。でも火の無い所に煙は立たないって言うでしょう。その子が大事で大事でしょうがない貴方からすれば見逃せない情報じゃない」

 

「当の本人は事の大事さが未だにわかってなさそうだがな」

 

 

 

要するに結標の話をさっと纏めるとこういうことか。

 

垣根生存を信じてやまない連中が垣根復権を賭けて一方通行を潰そうとしている。

 

しかし直接喧嘩を売ってもまず勝てない、だから一方通行の演算を担っているミサカネットワークから潰し奴を文字通り木偶の棒にしてから始末すると。

 

要するに七惟の隣に座ってアイスティーのレモンを不思議そうに見つめている美咲香を亡き者にする勢力がいるということだ。

 

殺されるかもしれない当の本人は会話についていっているのかどうかすら怪しいのだが……。

 

 

 

「どうしたのですか、と伺ってみます」

 

「どうしたもこうしたもじゃねぇよ、お前話聞いてたのか?」

 

「ミサカネットワークが狙われている、ということなら」

 

「……」

 

 

 

こういうすっとぼけた顔をして要点はしっかり押さえているあたり流石学園都市第3位と同じ頭脳を持つだけあるな、と感心する。

 

 

 

「それで、お前らグループは何かしないのか?メンバーに頼ってきたんだったら残念なことにもうそんな組織は存在しねーぞ」

 

 

 

七惟が所属していた暗部組織は博士が統率していた『メンバー』という学園都市に忠誠を誓い不穏分子を抹殺する役目を担っていた組織だ。

 

過去形なのは既にその組織は七惟以外全ての構成員が死に絶え下位組織に至るまで件の垣根に根こそぎ消滅させられてしまったからである。

 

 

 

「今のところは特に私達に対しては何も。だってまだ『噂』程度、私達もそんな小さな案件を追っかけられる程暇じゃない」

 

「此処で油売ってる暇はあるのにな」

 

「それとこれとは話が別」

 

「どうだか、一方通行の糞野郎はこの話知ってんのか。あの第3位の小さなクローン連れてたり自分の能力に直結する話でもあるから血眼になってそいつら探し出すだろ」

 

「それこそ一方通行の耳にこんな話が入ったら大変なことになるわ、敵を全滅させるまで動き続けるだろうけれどそれじゃ困るの。優先順位っていうものがあるから、暗部組織には」

 

「それで俺に話をして探って欲しいってことか」

 

「貴方は今暗部組織には所属していないから身軽でしょ?それに絹旗最愛やらある程度暗部組織に精通している友人もいるんだから、隣の子を殺される前に動いていて損はない」

 

「……」

 

「そんな難しい顔しないでも簡単な話じゃない。そのワッフルでも食べて糖分補充すれば少しは柔和な顔が出来ると思うわよ」

 

「お前の思い通りに動くのが癪なだけだ」

 

「貴方は大事なその子を守れて、私達は一方通行が余計な体力を使わずに済む。win-winの関係よ」

 

「お前にとってはな。美咲香、俺の分食べていいぞ」

 

「ありがとうございます、と兄の気持ちが変わる前に素早く頂きます」

 

「はや!……お前少しは遠慮って言葉を」

 

「食べていいと言ったのは兄だと思いますと反論します」

 

「…………」

 

 

 

最近美咲香はどうも自分に対して遠慮というものがない、というか本当にストレートに自分のやりたいことや感じたことをぶつけてくる。

 

最初はそれが物珍しくうれしい気持ちも多少はあったのだがこうもなってくると本当に手のかかる身内だ。

 

 

 

「その子、他の個体みたいにミサカミサカ言わないのね」

 

 

 

そんな七惟と美咲香のやり取りを見ながら頬杖をつきながら興味深そうな視線を結標が向ける。

 

確かに美咲香は他の妹達と違って人一倍感情表現が豊かすぎるような気もするが、そんなに気にするようなことでもないだろうに。

 

 

 

「俺は逆に他の妹達なんて一方通行が連れているチビくらいしか知らねぇからこれが普通だと思ってる」

 

「嘘。学校に入る前に貴方が一生懸命言葉使いを矯正させたんでしょう?」

 

「さぁな、そんなことは覚えてねぇよ」

 

「否定しないところをみると、あたりかしらね?」

 

「好きなように受け取れ」

 

「……ホント、昔のぎらぎらしたオールレンジは何処にいったのかしら。貴方達兄妹みたいね」

 

「実際外面はそうだ」

 

「そう、それなら私の伝えたいことは話した通り、会計は私が済ませておく。貴方超貧乏だし」

 

「うるせぇ」

 

「それと、はいこれ」

 

 

 

席を立ち上がった結標が懐から取り出したのは小さな折り畳んである紙切れだった。

 

……どうもこういうやり取りをすると数か月前に結標に依頼されてレムナント運びを手伝っていたことを思い出す。

 

 

 

「見ておいて」

 

「……こういうのはすぐその場で見る性質だ。じゃないと前みたいにとんでもないのが出てきたりするしな」

 

「信用されてないのね私」

 

 

 

『とんでもないもの』とは、結標の仕事を引き受けた時に敵として現れてきた美琴のことだ。

 

退屈する相手は用意していない、と言っていたが退屈どころか命の危険に晒されたのを用心深い七惟がそう簡単に忘れる訳はない、此処でこういう情報はチェックして依頼主に確認しておかなければろくなことが起こらない。

 

さて猫が出るか蛇が出るか……折り畳んであったメモを広げてみると、そこには。

 

 

 

「出没地域学舎の園周辺、犯行グループは二人との情報有」

 

「そういうこと、此処を集合場所に指定したのは貴方がちゃんと出てきてくれるように安全が担保されている場所であることは勿論、敵が攻め入ってくるリスクは低いけれど敵がこの周辺に潜んでいるってこと。まぁ第3位が常盤台にいるんだからまずはその周囲に居るであろうと推測される妹達を狙うっていうのは馬鹿が思いつきそうな単純な理屈ではあるでしょう?」

 

 

 

 

 

 



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転校生の謎を追え-ⅲ



更新が遅くなってしまいごめんなさい!


 


 

 

 

 

結標との用事を済ませた七惟一向はとりあえずテーブルの上に残っているスイーツを美咲香が一方的に片づけ、七惟は先程の結標との会話を整理しつつ改めて店内を観察する。

 

此処は最近出来たばかりの喫茶店らしい、カップル共が好きそうなオシャレな飾りだけでなく女子も引き寄せるため可愛らしいぬいぐるみが置いてあったりする。

 

こうやってじっくり見れば食器もそれなりに高価なものを使っているように見える、流石お嬢様御用達常盤台中学の近隣に進出してくるだけあるなと感心する。

 

コーヒーの味もチェーン店に比べればかなりおいしいモノだったし、こういうところをしっかりと押さえているのは見た目に気にしていなさそうな結標も女子なんだなぁと感慨深くなるばかりだ。

 

まぁ、妹達を狙っている奴らの塒も近いとなれば彼女にとってはいいことだらけということか。

 

それにしても、垣根復権を狙っている奴らがまだいたとは。

 

もう垣根が消えてから一か月以上経っているはずだ。

 

あの暗部抗争の日、七惟は麦野に半殺しにされたその一方で垣根は一方通行に戦いを挑み、そして負けた。

 

七惟と違うのは垣根の消息が一切分からないという点だ、もし自分のように運が良ければ助かっていただろうがこうも情報の音沙汰がないとなればやはり一方通行の奴に消されたと考えるのが妥当だろう。

 

幾ら学園都市第2位だったとしても第1位には敵わないということなのか。

 

ミサカネットワークに依存しなければ満足に能力を使うことすら出来ないどころか歩くことすら出来ないのが今の一方通行だが、そんな手負いの相手でも学園都市の2位と8位が死に物狂いで挑んでこの有様。

 

奴が如何に規格外か分かる、普通の能力者が束になったところでとても倒せる奴じゃない。

 

だがそんな奴に喧嘩を売る連中が未だに残っているとは驚きだ。

 

前述したように手負いとはいえ学園都市で名実共に2番目に強い能力を葬った男なのだ、とても唯の暗部組織が潰せるような奴じゃない。

 

ましてやキーとなる妹達は学園都市第3位のレールガンの庇護下にあるようなもの、いったいどんな命知らずの連中なのやら。

 

そして生きているかどうか分からない垣根の復権を願っているだなんて、幾らなんでも学園都市の体制に不満がある不穏分子が多いとはいえ行動に移すとは思えない。

 

そういうこともあって結標は今回の件を自分に話したのだろう。

 

ハナから彼女はこの噂を信じてはいないが、そんなことに一方通行が振り回されるのは組織として御免こうむりたい。

 

だから一方通行の次に妹達と深いつながりがある七惟に声をかけ防備を張り巡らせておく。

 

その程度で十分だろう、と彼女は判断したのだ。

 

美咲香はトイレに行くため席をたった、その間に自分の考えにある程度の決着がついた七惟はコーヒーカップを片付けようと腰を上げるが。

 

立ち上がったその時、自身の感情を突っつくような声が聞こえたのを彼の優秀な聴覚は逃さなかった。

 

 

 

「おぉー!此処が御坂さんが言っていた新しく出来た喫茶店なんですね!」

 

「そうそう、ほら見て。ぬいぐるみも結構おいてあるでしょ」

 

「あはは……そ、そうですね」

 

 

 

二番目に発した声の主、間違いなく件の事案に関わってくるであろう人物だ。

 

短髪にどう見てもセンスが可笑しい髪飾り、有名お嬢様中学の制服……何より特徴的なスカートの下から見えてしまっている短パン。

 

そして二人の視線は遂に交錯してしまう。

 

 

 

「げ、七惟……どうしてアンタが此処にいるのよ」

 

 

 

開口一番にこの暴言、やはりコイツは自分に素直過ぎる。

 

 

 

「いつぞやと全く同じ言葉をご苦労さん、オリジナル」

 

「その言い方ホントどうにかならない?私には御坂美琴って名前があんの、それよりこんな喫茶店に来る趣味アンタにあったの?」

 

「俺に別にそんな趣味はねぇよ」

 

 

 

やってきたのは学園都市第3位常盤台中学校が誇る電撃姫、御坂とその友人たちだった。

 

連れている二人にふと目をやってみると……何処かで見た覚えがある顔だ、そして何だか片方がこの世が終わったような凄い顔をしている。

 

 

 

「えーっと、確か二人は……」

 

「七惟さんの御兄さんじゃないですか、お久しぶりです、佐天です」

 

「あぁ、そうだ佐天さんか。何時もアイツがお世話になってます」

 

「いえいえ、そんなことないですよー!ういはる?」

 

 

 

そう、美咲香と同じ中学校に通っているクラスメイトの佐天涙子と初春飾利。

 

この間病院で会った以来だが、二人は確か勉強会で七惟宅にやってくることも聞いている。

 

 

 

「あ、お、お兄さん。お久しぶりです」

 

 

 

だがその片割れである初春の様子が何だかおかしい、こんなに挙動不審になる子だっただろうか?

 

 

 

「なに、二人はこの失礼って言葉を体現したかのような奴と知り合い?」

 

「佐天さん、この口より先に手が出るタイプの二足歩行電気鼠と知り合いなのか」

 

「アンタに言われたくないわ!」

 

「ま、まぁまぁ」

 

 

 

険悪になりつつある二人の気配を察知したのか佐天が割って入る。

 

七惟からすればこんなのはまだ序の口、皆大好きサボテンの話をすればいよいよ本番ということころだったがまぁいい。

 

彼女たちの交友関係が気になっているのは事実だが、はて……。

 

美咲香は果たしてこのオリジナルこと御坂に現在柵川中学に通っているということを伝えているのだろうか?

 

もしかするとこれは結構とんでもないような事態になるのではないか……と七惟の頭にふと考えが浮かんだ瞬間だった。

 

 

 

「あ、お姉さま。どうしてこちらに?」

 

「な……ちょ、ちょっとアンタ!その言葉そっくりそのまま返すから!」

 

 

 

考えていたよろしくない事態が起こってしまったようである。

 

そう、美咲香が席に戻ってきて美咲香とオリジナルが互いの存在に気付いてしまったのだ。

 

そして外野から「あぁぁ」と悲鳴のような深いため息のような声が聞こえた、そちらを振り向くと初春が『恐れていたことがあ』とか何とか顔を覆いながら漏らしている。

 

 

 

「あ、佐天さんではありませんか。本日はお誘いをお断りしてしまい申し訳ありませんでしたと首を垂れます」

 

「いいよいいよ、お兄さんとの約束だったんだね。仲が良いんですねお二人は。それにしても凄い偶然ですよこれは、一緒にどうですか?」

 

 

 

太陽のように明るい笑顔で言葉を返す佐天、対照的に日陰で湿ったパンのように顔色が悪くなる初春。

 

なるほど、彼女が落ち着かなかったのはこういうことか……。

 

 

 

「七惟、アンタが此処に連れてきたの?」

 

「まぁな、俺の友人の誘いで」

 

「アンタに友人が居るなんて微塵も思えないけど取り敢えずその件は置いておくわ」

 

「お前それ自然体でやってるとしたら気付かない内に人を傷つけてるから気を付けとけよ」

 

「うっさいわね!」

 

「お前ホントいい性格してんな」

 

「とにかく、えーっと……佐天さん達はこの子と知り合いなの?」

 

 

 

事態の収拾を図ろうとオリジナルこと美琴が切り出す、幾分か焦りもあるのか声は上ずっている。

 

 

 

「え、えぇ……」

 

「私と初春と同じクラスなんですよ、柵川中学の」

 

 

 

戸惑いながら答える初春を横目に、佐天が元気よく切り出した。

 

 

 

「クラスメイト?」

 

「そうです、最近転校してきて……そして偶然彼女と一緒に下校している時に、お兄さんともお会いしたんですけど」

 

「……」

 

「……もしかして御坂さんとも知り合いだったりします?七惟さん」

 

「え」

 

「いやだってもう二人が……」

 

「さ、佐天さん!」

 

「もごっ……」

 

 

 

次の言葉を佐天が言いかけたその瞬間、飛びつくように初春がその口を押える。

 

 

 

「あはは、な、何でもないですよ佐天さん、そうですよね?」

 

「むー」

 

 

 

とても何もなさそうな顔はしていない、自分の不満を表情で最大限表す彼女は演者への道を志すといいんじゃないだろうか。

 

美咲香は皆の騒動なぞどこ吹く風といったところか、こちらに対して大きな関心を向けずに先ほど食べたワッフルのカタログをがん見している。

 

対して美琴はというと、何処からどう見ても焦燥している。

 

美咲香の存在……いや、正体を恐らく佐天達は知らない、それは佐天達の態度を見れば明らかで恐らく美琴が彼女たちに隠しておきたかったことだろう、それを察しのいい初春が感じ取って佐天を黙らせたというところか。

 

余程美咲香の存在を知られたくないようだ……此処は助け船を出してあげほうがいいだろう。

 

非常に癪ではあるが。

 

 

 

「初春さん取り敢えず佐天さんを離して。苦しそうだぞ」

 

「え、あ、はい!」

 

「もがっ……もう、初春加減を知らないんだから……」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「あ……」

 

 

 

解放された佐天がとんでもないことを口走るのではないかと焦った美琴が言葉を漏らすが残念ながら口を挟む相手を間違えてしまったようだ。

 

 

 

「気になることがあれば何でもいってください、佐天さん」

 

 

 

……そこでそんな言葉をぶちまけるか。

 

ここまでこちらの話にほとんど介入してこなかった美咲香がまさかの一言を言い放った。

 

それを聞くと忽ち佐天は水を得た魚のように口を動かし始める、反対に美琴は俎板の上の魚状態である。

 

 

 

「お二人が実は姉妹で七惟さんのところに養子に行ったとかってそういうことですか?」

 

「…………」

 

 

 

仮に美咲香が美琴の妹だったとして何故七惟家に養子に出す必要があるのかはこの際大事ではない、彼女が上手い事きり出してくれたのだから逆にこれに乗れないかと七惟は思案する。

 

 

 

「えぇ、っと……そういうのでは……」

 

 

 

このタイミングでそこを否定するのか。

 

此処に来て美琴がまさかの弱腰で浮足立っている、いつもの威勢のよさは何処に行ってしまったのだ。

 

 

 

「そんなんじゃねぇよ、偶々顔がそっくりなだけで、コイツも同じ電撃使いだからレールガンを慕ってお姉さまやら何やら言ってるだけだ。昔からこうと決めたら頑なだからな、目標に出来る人材に尊敬の意味を込めて美咲香の場合はお姉さま、って言ってる。世界には自分とそっくりな人が3人いるって言われてんだから、その一人が偶然学園都市に居たってことで、俺と知り合いだっただけだ。出回ってる遺伝子の多様性は限られてて、人口も爆発的に増加してる昨今じゃドッペルゲンガー的なものに出くわすのもそう珍しいことじゃない」

 

 

 

自分で言っててだいぶ無理があるかもしれないが取り敢えずそれらしい難しい言葉で誤魔化しておく。

 

 

 

「えぇそうです、美琴お姉さまは私の憧れでもあり、誇りでもあります」

 

「見ろこの崇拝し切ってる顔」

 

「はい、お姉さまは素晴らしい人材です。無二の存在なのです。美咲香が此処で証言して差し上げます」

 

「いやそれはやめてくれ」

 

「残念です」

 

「はいはい、てことだ」

 

「はい、そういうことですよねお姉さま?」

 

「……え、えぇそうそう!そういうことなの!ちょっと顔見知りな七惟と一緒に居ることがよくある子だなぁーって思ってたら、まさか私と同じ電撃使いだなんて思わなかったなぁ。それから色々教えてあげてるうちにこういう関係になっちゃって。ちょ、ちょっと変わってる子だけどね!」

 

 

 

何と誤魔化すのがド下手くそなレベル5なのだろうかと天を仰ぐ七惟。

 

唯でさえ七惟の無理やり理論なのだ、そこでそんなに美琴が動揺してどもってしまっては彼女たちが納得してくれるとはとても思えない。

 

ナイスフォローだった美咲香の合いの手もこれでは霞んでしまう、元々は美咲香が爆弾発言したせいでこんな事態に陥ってしまったのだが。

 

こんな三文芝居をやってしまった自分が逆に恥ずかしくなってきた。

 

 

 

「へぇー、そうだったんですね。それなら分かります、友達である私達も御坂さんは凄い人だ、って思えますもん!」

 

「そ、そうですよね佐天さん。私もそうです、白井さんとの関係とか見ててもレベル4の彼女があれだけ心酔してしまってるんですから、同じ電撃使いなら余計にそう思っちゃいますよね!」

 

「そ、そうそう!黒子もあんな感じでこの子も結構思い込みが激しい子だから大変なんだ。あ、あはは!」

 

「初めてあった時はどんな感じだったんですか御坂さん。やっぱり私や初春みたいに同い年の白井さん絡みですか!?」

 

 

 

何だろうこの違和感。

 

佐天以外の全員(美咲香除く)が全力でこの話題を終わらせようとしているというのにそこに全力で遠慮なしで突撃してくる佐天涙子。

 

もはや清々しいまでの遠慮のなさ、いやむしろ此処で空気を詠めというほうが明らかに可笑しいのだ、可笑しいのはドッペルゲンガーに出会って盛り上がるべき会話を一秒でも早く終わらせたいと感じている七惟達なのである。

 

 

 

「そ、それは……」

 

 

 

此処まで焦った超電磁砲を七惟は見たことがない、今まででおそらく一番追い詰められている。

 

もう美琴は戦力にならないと判断した七惟は先ほど同様即席の三文芝居で打開を図る。

 

 

 

「初めは能力試験の時だ。コイツがレベル5になった時にやった第5位の心理掌握に干渉するテストで、偶々その日同じ能力検査やってる俺と待合室が同じだった。心理掌握に関しては言わずもがな常盤台のレベル5だ、有名だろ?」

 

「はい、メンタルアウトって呼ばれてるんですよね?」

 

「そう、ソイツの能力に抵抗できる……まぁ抵抗値って奴だな、それの測定だ。その帰りを美咲香が俺を研究施設の前で待ってた時に会ったんだよ」

 

「そうなんですか!?だとしたら結構前からのお付き合いなんですね!そうなるとお兄さんも高位の能力者なんですか?!」

 

「まぁ何処にでもいる距離操作能力者だ」

 

 

 

チャンスだ!

 

上手く佐天の意識を七惟本人に移すことが出来た、あとは此処から適当に話を濁していくだけだ……が。

 

 

 

「はい、あの時の感動を今でもよく覚えていますと強調します」

 

「え、そうなの七惟さん。その時の様子、どんな感じだったのか知りたいなぁ~」

 

「…………」

 

 

 

絶妙なのか楽しんでるのか分からない美咲香の合いの手が佐天以外の全員に突き刺さる、状況は尚悪くそんな環境の中、最大の難敵に立ち向かう七惟であった。

 

ぶっちゃげこんなことになっているのは美咲香の言動のせいなので若干の青筋を立てる七惟であった。

 

 

 

 

 

 



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転校生の謎を追え-ⅳ

 

 

 

 

 

「あぁー、美味しかった。あんな美味しい店を知っているなんて流石御坂さん!」

 

「あは、あはは……それほどでも。喜んでくれたみたいで良かった」

 

「……ホントにな」

 

 

 

こんなに疲れ切っている超電磁砲を見るのは七惟は初めてである。

 

一行は好奇心に溢れまくる佐天の追撃を何とか回避してこの戦場となったカフェを後にした。

 

初春、美琴、七惟の3人はようやく解放されたと安堵する一方、帰り道でこの話題が再発しないかハラハラものだ。

 

美咲香にはぜひともあそこで佐天の追撃を許すような一言を放った理由を根掘り葉掘り聞きたいものである。

 

美琴のそわそわ具合を見るに一秒でも早く七惟・美咲香の二人から離れたいようだが、自分たちから離れたところで佐天が突っ込んでくるのは火を見るよりも明らか。

 

ここは一秒でも早くそれぞれが別の方向へと向かう駅へ向かい、そこからバス、徒歩、電車の交通手段でばらばらになるのが最適解だ。

 

 

 

「あ、こっち通ったほうが駅まで早いかな」

 

「そうなんですか?表の通りからはちょっと離れちゃいますけど」

 

「いいのいいの、この辺りは私もよく来てるから分かるんだって。ちょっと路地の通りになって道も狭いけど!」

 

「御坂さんの言う通りにしましょう、佐天さん!」

 

 

 

美琴はやはりすぐにでも駅に向かいたいようだ、その思いを汲み取った初春は佐天を制止しついていく。

 

勿論七惟と美咲香はそれに従うが……。

 

結標からこの学区で妹達を狙っている不穏分子の動きがある、と聞いているだけにおいそれと後ろを歩いていくのは何となく抵抗がある。

 

しかしそうは言っても佐天涙子という爆弾を背負ったまま美琴を置いていくわけにもいかない、不安を残しつつも彼女達の後を追いかけた。

 

路地裏を黙々と進む美琴、その後ろをわいわい喋りながらついていく初春に佐天、そしてその佐天に時折話題を振られ何時もの調子で返す美咲香。

 

最後方は七惟だ、まぁ不穏分子が幾ら妹達を狙っていてその獲物がすぐ近くに居たとしても前方と後方をレベル5に固められてはそう簡単に手は出せまい。

 

そして美咲香自身も忌まわしいことだが一方通行との研究のせいで戦闘訓練は受けており、彼女もれっきとしてレベル3だ。

 

下手な暗部組織の連中であれば美咲香一人にてこずるだろうし、更にこのレベル5の防御壁。

 

そんなところに手を出してくるであろう馬鹿はそうはいないはずだが……。

 

 

 

「……!ちょっと止まって、二人とも」

 

「はい?」

 

「どうかしました?」

 

「…………ねぇ!七惟!何か変な音しなかった?」

 

 

 

どうやらいたらしい、こんな防御網を突破しようとする学園都市最大級の馬鹿、もとい命知らずが。

 

 

 

「鈍器か何かは分からないが、殴るような音だったな。お前も聞こえたのか」

 

「そんなところ……学舎の園に不審人物が出るなんて聞いたことがないけど、念のためよ」

 

「え、何かあったんですか?」

 

「これはひょっとして不味い感じ?」

 

 

 

七惟と美琴の対話を聴いて異常を感じ取る佐天と初春。

 

 

 

「……まさかレベル5が二人いるってのに襲ってくる暴漢なんて居ないでしょ」

 

「レベル5の顔を知らない馬鹿なら脅威無し、分かってて襲ってくるならそこらへんのスキルアウトや不良とはえらく違うぞ」

 

「ちょ、ちょっと待ってください御坂さん。今の言い方だとレベル5が二人って……一人は御坂さんで、もう一人は?」

 

「あれ?二人ともそいつから聞いてないの?コイツよ、レベル5」

 

「え……ええええぇ!?七惟さんの御兄さん、レベル5なの!?どうなってるの七惟さん!」

 

「はい、私の兄は一応レベル5で序列は第8位のはずですと事実をお伝えします」

 

「ど、道理で御坂さんが普通に会話してる訳ね。レベル5同士の二人は友達ってことか~。合点がいったかな、年上相手にあんな喋り方するなんて普通無理だもん!」

 

「今さらっと佐天さんはお姉さまにえげつない一撃をお見舞いしましたと説明します」

 

「あわわ……御坂さんに、第3位の電撃マスターに加えて今度はオールレンジの異名を誇る学園都市第8位だなんて……」

 

 

 

今七惟達は先ほどのような列を作っての移動ではなく纏まって動いておりそのせいで美琴と七惟の会話は佐天達にダダ漏れだ。

 

別に彼女たちに対して自分がレベル5であることを黙っていた訳ではない、ことさら話す機会も無かったことだ。

 

しかし二人に自身の素性を伝えることで美咲香の交友関係に対し何らかの影響が出ることは必至だから、自分の素性は聞かれるまで進んで話すこともないと判断したまで。

 

 

 

「お兄さん!後で色々聞かせてください!学園都市のオールレンジと言えば皆が知ってる都市伝説がいっぱいなんです!」

 

「さ、佐天さん!今この状況でそんなこと言わないでください!すみません!」

 

「いいって。それに二人とも警戒してるみたいだけど、変な音がしただけだから。ささっと抜けるぞ」

 

 

 

既に七惟達は結構深いところまで路地裏を進んできている、此処まで来たならば引き返すよりも抜け去ったほうが余程早いだろう。

 

美琴と万が一の時の対応を話し合った七惟は佐天、初春、美咲香を守るような形で路地裏を進んでいく。

 

歩きながら七惟は敵であろうスクールの生き残りのことを考える。

 

スクールの生き残り……と言ってもスクールは心理定規以外は誰も残っていない。

 

ヘッドギアの男は麦野が殺したし、リーダーである垣根に関しては一方通行との戦闘の後に消息不明となっている。

 

ならば生き残りとは誰のことか、となってくるが答えは簡単だ、生き残りとはスクールについていた下位組織の人間達に他ならない。

 

心理定規がこんなことをしないのは七惟自身もよく理解している、そもそも彼女は単体ではほとんど戦闘能力が無くて垣根のサポート役以外主な戦闘での役割はない。

 

複数人で喧嘩を売られてしまっては彼女お得意の心理攻撃も対応出来ずに逆にリンチになる。

 

それに彼女の性格から考えても垣根の仇討なんてやらない、余程垣根に対して特別な恩義があるならば別なのかもしれないがそんな話は聞いたこともないし想像もつかなかった。

 

攻撃を仕掛けてくるのはレベル3以下の暗部の人間、おそらく肉弾戦になるだろうが近接戦闘に対して無類の強さを誇る美琴が居るのだから9割方大丈夫だ。

 

大丈夫じゃないとしたら……イレギュラーな事態が起こった時。

 

しかし七惟の不安を煽るかのように再度鈍い音と悲鳴のような声が周囲に響き渡った。

 

 

 

「……近いか?」

 

「かもしれないわ……!」

 

 

 

それと同時に七惟の目の前にどさっと人が上空から落ちてきた。

 

そして更にもう一人、間髪入れずに同じように人が上空から落ちてきた。

襲撃か、と身構えた七惟と美琴だったが……。

 

 

 

「く、くっそお!取り敢えず逃げんぞ!」

 

「お、おう……いってえ」

 

 

 

二人が行動を起こす前に、襲撃者であろう二人は尻尾を巻いて逃げていく。

 

状況が呑み込めず唖然とする七惟達だったが、そこに襲撃者を七惟達の代わりに撃退した人物が現れた。

 

 

 

「あ、あれ……七惟君?どうしてこんなところで……あ、美咲香さんもこんにちは」

 

「……五和?」

 

 

 

何時ものキャミソールやデニム、ハーパンといった私服とは違い目新しい黒色の冬用セーラー服を着こんだ五和だった。

 

 

 

「それはこっちの台詞だぞ五和。まさか暴漢がお前らなんてオチはねぇよな?」

 

「え、えぇ……?話の流れがちゃんと掴めてないけど……七惟君たちに敵意を剥きだして睨み付けてる人がいたから、声をかけて。そしたら襲い掛かってきたから迎撃した感じかなぁ」

 

 

 

なるほど、要するに唯の女だと舐めてかかって返り討ちにされた訳か。

 

スクールの残党もレベル5に加え魔術師まで敵にまわっていたとは、ついていない連中である。

 

 

 

 

 









また……まだエターナルする訳にはいかないんだ!




 


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転校生の謎を追え-ⅴ

 

 

 

 

 

路地裏で七惟達を襲おうとしていた不穏分子を先に叩きのめしていたのは、数週間前に後方のアックアとの激闘を繰り広げた天草式の五和だった。

 

襲撃者を撃退した七惟達一行はその後無事駅にたどり着き、美琴の強い要望もありすぐにその場で解散、初春と佐天は電車で、美琴は何やら頑なに美咲香を家まで送っていくとのことだったので、彼女に任せた。

 

そして当の七惟はと言うと、件の五和と一緒に駅近くのカフェで向かいあっている。

 

 

 

「まさか七惟君と会うなんてびっくりしたな……、いったいどうしてあんなところに?」

 

「それは俺も同じだ、一体どんな理由があってお前が路地裏に居て変な連中を叩きのめしたシーンになるんだよ」

 

「質問を質問で返されるなんて、そういうところは七惟君変わってないなぁ」

 

「……あのな、別れてまだ数週間だろ。そう簡単に変わるか」

 

「そうだったね、何せ友達0の七惟君だから」

 

「なんか毒舌具合がどっかの小学生みたいだな……。俺達は駅までのショートカットで路地裏を使ったんだ。5人で喫茶店に入っててそれの帰りだ。美咲香がいただろ?今は学園都市内の中学校に通ってて、アイツの友達と超電磁砲が知り合いだった。それで5人で喫茶店行ってただけだ。天草式の連中があんまり怪しいことしてるとあの電気鼠に十万ボルト食らうぞ」

 

「七惟君は私達をいったいどういう目で見てるのかな……あはは」

 

「俺を見かけた途端に襲い掛かってくる暴漢として認識してるぞ」

 

「それはだいぶ昔の話じゃ……もう少し相手に寄り添ってください」

 

「最近もそうだったぞ?あと寄りそうも何も見つけた途端に手を出してくる連中に見える」

 

「あ、あんまり言い訳できない」

 

「それで、お前は?まさか一人であいつら追い払ったのか?というかあいつらは一体何してたんだ」

 

「私と牛深さんの二人で、屋根の上に潜んで七惟君たち……見つけた時は遠目だったから七惟君だとは分からなかったけれど、手に武器を構えて何やら攻撃しそうな雰囲気を出していたから。それを怪しんで声を掛けたら攻撃してきて、それに応戦して……というような感じかな。因みに牛深さんは人影が七惟さんだと分かるや否やすぐに去っていったから警戒しなくて大丈夫だよ」

 

「我ながら凄い嫌われようだな」

 

「それは私も含めて七惟君に殺されかけた人の一人で……一緒に居るとトラウマが蘇るみたい」

 

「そう考えるとこうやってお前と一緒にコーヒー飲んでるのも奇跡に近いな」

 

「それは私と七惟君の仲だから。結構おいしいね、ここのコーヒー」

 

 

 

このカフェは当初七惟達が美琴たちと出くわしたカフェとは違い、女子向けの煌びやかなお洒落な空間ではなくビジネスマンが利用しそうな落ち着いた雰囲気の店内だ。

利用している人間も学生なんてほとんど見受けられない、そんなところでセーラー服を着こんだ五和とこうやって話をするなんて誰が予想出来ただろうか。

 

五和が常に携帯しているであろう槍も今は折り畳まれており、槍頭も外されているため竹刀袋に収納されている。

 

 

 

「それで、俺の質問には答えてくれるのか」

 

「えーっと、私達があそこに居た理由、だったかな。簡単に言うと、アックアが学園都市に侵攻してまだ数週間しか経っていないから、私がこの都市の警戒に当たっているのは当然だよ。流石に事後をほったらかしに出来る程私達は非常識じゃないつもり」

 

「……まだ神の右席に関係する連中がうろついているかもしれない、ってことか?」

 

「それを懸念してるのもあるかな。まぁ今回撃退した人たちは無関係そうだったから、七惟君達に敵意がありそうだったので一応声をかけてみた、そしたらその結果が今の状況って感じかな」

 

 

 

七惟を襲おうとした連中は垣根復活を目論む連中に間違いない、しかし連中の戦力は身体強化を受けていない五和とおまけ一人で撃退出来る程の実力しかないようだ。

やはり動いている輩は全てレベル3以下と断定して問題なさそうだ、そう考えると脅威はかなり落ちる。

 

 

 

「今のところは、何かが起こってるってことでもないと思う。きっと大丈夫」

 

「五和が大丈夫って言うとなんか不安になるな」

 

「ぜ、前回のことは水に流して!」

 

「嘘だ、実際大丈夫だったしな。お前の御蔭で」

 

「私の御蔭だなんて……七惟君らしくないよ」

 

 

 

事実だ。

 

 

 

この天草式の構成員の一人でしかない五和という少女は、そのか細い腕からは想像出来ない程に巧みに槍を操り、後方のアックアというおそらく最大の敵を撃破してみせた。

 

もちろんそれは五和単独の力ではなく、その背後には現場で戦った天草式はもちろん、聖人の神裂や七惟、七惟を逃がした絹旗、現場に居合わせては居なかったがインデックス、そして彼女のメンタル面での推進力となった上条、これら全員の力を合わせた結果である。

 

ただこれら全員の力を一つに合わせてその結果を生み出したのは目の前で苦笑している彼女の功績、それは間違いない。

 

そうでなければそもそも七惟は天草式と共闘しなかったし、絹旗もちろん助太刀なんてしてくれなかった。

 

インデックスから二重聖人の弱点を聞き出して天草式と神裂が立ち上がる時間も作り出すことは不可能だっただろう。

 

これら全ての中心に五和が居た、それは彼女の功績なのだ。

 

 

 

「謙遜すんな。あの時も言った……お前はすげぇ奴だよ」

 

「や、やややめてもも、貰えるかな?そんな真正面から、七惟君に褒められると……そ、その。照れちゃう、から……」

 

 

 

顔を赤らめ視線を外して下を向き笑ってみせる五和。

 

……何だか今迄にない仕草だ、七惟とこうやって喋る時の五和は結構直球ストレートを遠慮なしにぶつけてくる。

 

美琴が暴力のストレートならば五和は言葉のストレート、というイメージだったが。

 

 

 

「照れることじゃないだろ、事実だぞ?」

 

「――ッ、……あ、ありがとう。七惟君に言われるとやっぱり嬉しい、かな……」

 

「まぁ死線を共に潜り抜けたしな」

 

「そ、そうだね……でも、それだけじゃ」

 

「何か言ったか?」

 

「あ、う、ううん。何でもないよ」

 

 

 

アイスコーヒーのグラスに刺さったストローに口を付け、俯きながら啜る五和の表情はこちらかは読み取れないが、きっと手放しに褒められて照れているのか。

 

実際にそれだけ賞賛されるに値することを彼女はやってのけた。

 

七惟がやったことなんてそれに比べれば唯の時間稼ぎに彼女の最後の一手の手助けをしたくらいだ。

 

ただ、あの時の全体の妙な一体感……七惟だけじゃない、神裂も、天草式も……そしてあの場におらず事情を知らなかった絹旗でさえも、たった一つの目標のために全員が全力を尽くした。

 

そして得られた結果だけに七惟も今までに感じたことが無かった達成感を得たのは確かだし、今でもあれは得難い貴重な経験、感情だった。

 

 

 

「そういやあの後ちゃんと上条のところは行ったのか?アイツも現場に駆けつけようとしてベットから飛び降りて看護師にとめられたりと大変だったらしいぞ。そして飛び降りた衝撃で痛めた場所をまた痛めたりと踏んだり蹴ったりだったはずだ」

 

「あ、えっと……。上条さんのところにもちゃんと行って話はしたよ。でも、インデックスさんがつきっきりだったでそこまでしっかりとお話は出来なかったかな」

 

「サボテンにしっかり報告したか?貴方は私が守りました!って」

 

 

 

からかうようにちゃかす七惟、七惟が上条のことをサボテンというのは決まって五和を始めとする上条フラグ勢を弄る時によく使う台詞だ。

 

もちろん五和もこれに面白いように反応する。

 

 

 

「そ、そんな傲慢なこととても言えないよ。あれは皆で勝ち取った勝利だから、お体をお大事にとだけ」

 

「……それだけか?」

 

「え?それだけだよ?何か変なこと言ったかな?」

 

 

 

おかしい、上条にフラグを立てられているはずの五和が奴のことをサボテンと揶揄されてこの冷静な反応と切り替えし。

 

今迄の彼女だったならば有りえない、いったいどういうことだ。

 

 

 

「あのな、上条にアピールする絶好のチャンスだろ。飯まで作りにいって、そしてアイツのために戦って……これまでにないチャンスだったんじゃないのか?」

 

「はぇ?…………あ、そ、そうだね!」

 

「さっき俺と一緒にいたあの電撃ビリビリ女もしっかり上条狙ってんだが……?」

 

「そ、そうなんだ……流石上条さん、皆のヒーローで……憧れで。中学生?かどうか分からないけど、ああいう年下の子からも好かれるんだなぁ」

 

 

 

窓の外を見てそうやって言う五和の横顔はとてもすっきりしていて、何のもやもやも蟠りすらも感じられない。

 

変だ。

 

摩訶不思議なことが今目の前で起こっている。

 

天草式の五和という少女は……間違いなく、間違いなく上条当麻にぞっこんだったはずだ、それはもう燃え盛る火を見るよりも明らかなレベルで。

 

初めて会った学園都市から外れた外部の教会の時には既に陥落していたし、キオッジアで七惟を奇襲攻撃したときなんて目の前に敵が居るのにそっちのけで上条が居る家に向かっていたくらいだ。

 

更に意味不明なお土産も買って、そしてアックア戦の前でも彼に振り向いて貰うために家事スキルを存分に発揮する!と意気込んでいたというのに。

 

きっと何時もの五和ならば此処でビリビリ中学生が恋敵として現れたならば、彼女の特徴を根掘り葉掘り七惟に聴いて如何にして彼女より上条にアピールするかを考えるような奴だったはずなのに。

 

 

 

「……何かその落ち着きよう、お前らしくねぇなぁ。……上条のこと、諦めたのか?」

 

 

 

思わず、本音がぽろりと零れる。

 

元々人の気持ちを察して発言するのが苦手だった七惟からしてみれば平常運転、普通の人間であったならば完全な失言。

 

まぁそんなことない!とか烈火の如く怒り始めるだろうと予想していた七惟だったが、彼女の返答は彼の想像にかすりもしなかった。

 

 

 

「何ていうか……その、きっと上条さんに対するのは強い憧れだったんだと思ってて。今になって思ってみると、私が抱いていたのは隣を歩ければどれだけ幸せなんだろうか、とか……そういう、憧れでしかなかったのかなって思っちゃって」

 

「……そう簡単に割り切れるものなのか?」

 

「割り切るも何も、私自身がそうだと感じちゃったから。ある人の言葉を聴いて、ある人を見ていたら」

 

「ある人……?」

 

「うん、それにきっと好きっていう感情は……一緒に歩いたら幸せだとか、ご飯を食べて貰って喜んでくれたら、とか……それだけじゃないんだって思ったから」

 

 

 

そう言って笑う五和は、何だか雰囲気も、仕草も、言葉のイントネーションも何時もと全然違っていて……耳に掛かった髪を払う仕草が、もう本当に今まで見てきた彼女とはちがって。

 

 

 

「……そう、か」

 

「うん、きっと……好きな人っていうのは、そんな受動的なものじゃなくて。その先も一緒に居たいって、こっちを見てくれて一緒にいるだけでいいって感じるんだと思う」

 

 

 

どきまき、した。

 

何時もと違う長袖のセーラー服が影響しているのだろうか、もうよく分からないが何だかこの空間を流れている空気は今まで七惟が経験したことが一切ないものだと感じる。

 

何だかあの病院でのやり取りから、五和と話をしていると調子がおかしくなってしまう。

 

 

 

「……そういや、どうして今日はセーラー服なんだ?そんなの滅多に着ないだろうし、着てたところを今までみたことがない」

 

 

 

この違和感、取り敢えず何とか会話のネタを上条関連から逸らさなければ何だか五和のペースに巻き込まれると感じた七惟は試行錯誤し別の方向へ話を持っていこうするが。

 

 

 

「この服装のこと?うーん……一言で言えば町に混ざりやすい違和感ない服装というのはこういうものだろう、って昼間はこの格好にしているのもあるけれど」

 

「けど……?」

 

「きっとある人は、こういう服が好きなのかなって思って」

 

 

 

…………何だろう。

 

何も、言えなくなってしまった。

 

 

 

「あ、そうだ」

 

「あぁ?」

 

「七惟君の退院祝いはどうかな?こないだは簡単なお礼しか言えなかったし、何かしたいなって」

 

「別にいらねーよ、この通り五体満足で健康なんだからそれが一番だろ」

 

「そう言わないで。美咲香ちゃんも一緒にどうかな?」

 

「美咲香も、か」

 

「うん、美咲香ちゃんも私達の為に駆けつけてくれたから」

 

「まぁ、そうだな……」

 

 

 

どう返答しようかと思いちらりと流し目で五和を見つめると……。

 

そこには今までに見たことがないくらい、朗らかな表情をした彼女がいた。

 

 

 

「……わかった」

 

 

 

その笑顔を前にして、とてもNOとは言えない七惟であった。

 

 

 

 

 

 



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学生の本分を全うせよ!-ⅰ




は、半年ぶりの投稿です……!

コメントや感想、いつもありがとうございます!


 


 

 

 

 

 

「あ、美咲香さんのお兄さん!お邪魔してます」

 

「なんでお前が堂々と我が家に居座って俺をお迎えしてんだよ……」

 

 

 

五和との調子を崩されまくる会話を何とか切り上げてきた七惟は、美咲香の待つ自宅へと戻ってきた。

 

しかし、七惟の記憶にない来客があったようだ。

 

 

 

「喜伊さんは私家に通しました、と兄に現状を細かに説明します」

 

「……あのな、こんな夜にコイツを家に上げて……何かあったら」

 

「……はい?何か起こるんですか?」

 

「……忘れろ、俺が馬鹿野郎だった」

 

 

 

七惟の自宅にやってきてのは美咲香が入院中に同室だった喜伊源太郎という男だ、年齢は七惟の二つ程下だったはずだが色々な理由があって現在は美咲香と同じ柵川中学の1年生として学生生活を送っている。

 

既に15歳で中学1年生というのも意味不明だがそれ以上に変わっているのはコイツは海外育ちな上、オマケに原石ということだ。

 

要するに普通の中学生ではないのだ、どうして七惟の周りにはこうも珍妙な連中が集まってくるのか理解出来ない。

 

類は友を呼ぶ、ということを考えると七惟自身が彼らを引き寄せているということもあるのだが彼はそれに一切気付かないのである。

 

美咲香と喜伊は二人でポーカーをしているようだ、たった二人でやるポーカーなど何が楽しいのやら。

 

 

 

「もう19時過ぎだぞ、紀伊。あんま遅くなるとスキルアウトやら不良連中に絡まれるから早く帰れ」

 

「何を言っているんですが兄。見て下さいこの美咲香の攻勢を、此処で彼を返すなんて有りえません。来週の荷物持ちがかかっているんです、喜伊さん帰るのはこの美咲香に完膚なきまでにやられてからにしてくださいと美咲香は凄みます」

 

「安心してよ美咲香さん、帰らないから!でも至って情勢は五分五分だよ、チップは美咲香さんのほうが勝ってるみたいだけど今回の手札は僕が断然有利だね!」

 

「……良いでしょう、そこまで言うのならば。負けたら明日は体育があるので無駄な着替えを大量に詰め込んだ増量バックを喜伊さんにプレゼントしますと意気込みます」

 

「…………」

 

 

 

七惟そっちのけで勝負を続ける美咲香と喜伊。

 

というかポーカーというのは感情を表に出さず表情を変えないことが常の美咲香が圧倒的に有利だと思うのだが、何故こんな張り合った展開になっているのか。

 

 

 

「フルハウス!」

 

「……!や、やられましたと美咲香は狼狽してみせます……」

 

 

 

美咲香美咲香言う癖が戻っている……。

 

どうやら美咲香は勝負ごとに関しては表情の有無は別らしい。

 

自信がある無しが先ほどから二人のやり取りを見ているとなんとなくわかる、というか目力がだいぶ変わる。

 

表情はそのままでも強気の時は目が見開く、逆に弱気の時は視線が下を向く。

 

これは普段から美咲香を見ている七惟だから分かる変化だが、この喜伊という男も対美咲香に関しての知識は七惟に匹敵するものがある。

 

というよりも傍から見ても明らかだが間違いなく喜伊源太郎という少年は美咲香に惚れている、もう行動が色々と上条を追いかけている軍団に被るのだ。

 

アタックを受けている美咲香がその好意に気付いていないのは上条軍団と同じなのだが、当の美咲香が喜伊に対してかなり前向きな感情を抱いている点が大きく違う。

 

佐天や初春の前ではここまで表情をころころと変えないだろう、時に彼女は七惟にすら見せない表情すら紀伊に見せることがあるのだから。

 

そのことに美咲香本人は気付いていないだろうが。

 

佐天達クラスメイトの前では至って通常運転のクールビューティー、オリジナルの美琴に対しては当たり障りなく、七惟や紀伊に対しては毒舌なだけでなく驚いた顔も喜んだ顔もするようになった。

 

まぁ、それも美咲香の通常の顔から微妙にしか変化しないため気付きにくいが七惟と喜伊は何となく彼女の表情の変化が分かるのだ。

 

表情の変化は入院の途中までは七惟にしか気付けなかったが、退院が近づき喜伊と同室になり更に二人が同じ学校に通うようになってから紀伊自身も分かるようになってきた。

 

……妹を取られる、というのはこういうことなのだろうか。

 

もちろん美咲香は喜伊に対して好意やら恋愛感情等一切なさそうだが、彼の好意を自然体でしっかりと受け止めている。

 

娘を嫁に出す父親のような気分だ、というのをこの年で自分が愚痴るようになるなんて考えたことなど無かったのに。

 

 

 

「美咲香さん、顔に出てる出てる」

 

「そんなことはありません。美咲香のポーカーフェイスは完璧です、友人の佐天さんや初春さんも見抜けません」

 

「瞳孔開きすぎ」

 

 

 

これは喜伊に帰れ、というのも野暮なものだ。

 

紀伊自身原石ということで得体の知れないサイコキネシス……まぁ、どっかの根性野郎と似たようなことが出来るため自衛能力は高い。

 

帰り道をそこまで心配することはない、か。

 

そう結論つけて七惟は風呂場に向かおうと踵を返したが、ふと五和から言われたあの言葉を思い出した。

 

退院お祝いなどお願いはしていないが、あちらから提案してくれたことでもあるし、何より美咲香が喜ぶだろう。

 

今の彼女は、新しいことをどんどん経験し、吸収し、成長しているように見える。

 

彼女は外出することが好きだし、ついこないだまでは入院していたというのが嘘のように今は元気だ。

 

そして五和の気持ちを無碍にする、というのも失礼であることくらい今の七惟にはわかるのだ。

 

 

 

「おい美咲香」

 

 

 

今ついでに美咲香の確認も取っておこう。

 

 

 

「はい、何でしょう?」

 

 

 

美咲香は振り返り応える。

 

 

 

「五和って覚えてるか?」

 

「五和………?」

 

「あの地下都市でのドンパチの時、居ただろ?そのあとの病院にも」

 

「あ、思い出しました。五和さん、兄と仲良くしてくださる女の人ですねと確認を取ります」

 

「そうだ、あいつからお前連れて何処かに行かねぇかって言われてな、退院お祝いだとよ。一緒に来るか?」

 

「もしそれで問題が無ければ行きますと力強く首を縦に振ります」

 

「やっぱりそうか。あいつにそう返答しておく」

 

「皆で外出、食事、遊ぶ、という体験はしたことがほとんどないのでどのようなものなのか気になります。兄、無断キャンセルはなしでお願いします」

 

「あぁそうかよ。心配しなくても学校帰りかなんかでちゃんと調整しといてやるから」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 

やはり美咲香はイエスと即答だった。

 

本当にここ最近の美咲香は会ってから今までで一番活力に溢れている。

 

他人から見たら相変わらず表情の変化は乏しく言葉に力があるのかと言うとそうでもないが、それでも身近に接してきた七惟からすると大きな変化を毎日感じる日々である。

 

この二人でやっているポーカーも、本来であれば週末にやってくる友人を迎えるための掃除や準備が先だろうと止めてしまうのは簡単だが、今回はよしとしよう。

 

二人が楽しんでいる内に七惟が家事を片付けておけば、次美咲香に何か頼むときにやりやすいし、美咲香も断り辛くなるから目を瞑ってやろうか。

 

……思えばこの部屋にも昔に比べれば様々な人間がやってくるようになった。

 

前は新聞勧誘と宗教勧誘くらいしか訪問が無く孤独の金字塔を立てていた七惟のマイルームだったが、今では美咲香がいるし、絹旗に浜面、そして腹が立つが喜伊の奴もよくやってくる。

 

昔に比べるとまるでその違いは月とすっぽん一目瞭然。

 

家族に近い存在、友人と呼べるような存在が現れるとは想像出来なかった。

 

少し前までは暗部の世界で生きぬいていた自分が嘘のようだ、1年前とは全く違った、大きく変わった自分と環境。

 

それもこれも、始まりはきっと全てこの美咲香からだ。

 

あの時彼女に対して一歩を踏み出したからこそ、今があるのだろう。

 

 

 

「ちーす、七惟。仕事終わったから絹旗拾って遊びにきたぞ」

 

「七惟、七惟!見て下さいこの美味しそうな中津からあげを!これは九州のとある県では相当有名なB級グルメですよ!どうしても浜面が食べたいというので仕方なしに連れてきました!」

 

「誰も言ってねぇ!」

 

「お前らやりとりが本当漫才みたいになってきたな……」

 

 

 

物思いにふけっているのもつかの間、件の二人がやってきた。

 

 

 

「あ、今日は美咲香さんに加えて何時もの褐色少年も来ているんですね」

 

「絹旗ちゃんこんばんは、言っとくけど俺のほうが年上だからね!」

 

「んなっ、こんなちんちくりんの褐色ボーイの癖に超生意気を言ってくれますねぇ……!」

 

「事実だから諦めろちんちくりん小学生」

 

「誰が小学生ですか!中学生です!」

 

 

 

今宵も七惟宅は騒がしくなりそうだ。

 

もちろんお隣の上条家が騒音被害を受けているのは言うまでもない、ただしこの絹旗が持ってきたから揚げの香りにつられてインデックスが召喚されるため結局全員で上条を苦しめるのである。

 

明日は昼から佐天達と初春が勉強会に来るのだが、この部屋の惨状はいったいどうするのであろうか。

 

もちろんそんなことはこの場にいる誰も考えていなかった、七惟でさえも。

 

 

 

 

 

 



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学生の本分を全うせよ!-Ⅱ




因みにもう三十路ですがこのシリーズを書き始めたときは

学生でした。

今アニメで超電磁砲の新シリーズをやっているのを考えると、

本当に息の長い作品ですね。


 


 

 

 

 

「ん……?」

 

 

 

深夜1時過ぎ、七惟は自宅でふと目が覚めた。

 

夜も深まり冬の近づきを知らせる冷たい夜風が部屋に吹き込む。

 

静まり返った夜の世界に音を立てて吹き込む風は、窓を全開にしているせいで部屋の端から端まで素通りだ、1Kの部屋には所狭しと七惟の家で好き放題した4人がその風に眠りながら身震いしている。

 

明日は土曜日、中学校はもちろん高校、浜面の現場の仕事もお休みである。

 

結局紀伊、絹旗、浜面の3人は美咲香たちに交じりトランプ遊びに興じ、最後は大富豪で七惟も巻き込んだ。

 

七惟は頑なに参加を拒んだが最後は最下位が部屋の片づけをすることを条件に参加し、見事絹旗が大貧民となりゲームは終了、片付けは明日すると豪語しここに泊まると言い出した。

 

仕方なしに七惟はそれを了承、喜伊も深夜に一人で帰らせるわけにもいかず浜面と一緒に泊めさせた。

 

そして美咲香はと言うとポーカーで負けたことが余程ショックなのか寝床を準備している間もトランプとにらめっこしていたのだ。

 

相変わらず面白い連中である、寒そうにしているし風を引かれたら寝覚めが悪いと浜面を除く全員に適当に毛布を掛ける。

 

だが七惟は肌身寒さに目を覚ました訳ではなかった、彼が目を覚ました理由は他にある。

 

 

 

「外に人の気配……」

 

 

 

そう、彼が目を覚ました理由は部屋の外から感じる人の気配だ。

 

集合住宅なのだから人の気配など感じて当たり前だが、彼とて一般人の気配ならばこうも目を覚まして周囲を探ったりはしない。

 

 

 

「明確な敵意を持った連中だろうな、こんな夜中にコソコソと」

 

 

 

そう、こんな太陽も出ていない時間に外から感じる気配なんてものは明らかに敵意、もとい殺意のようなものを含んでいるに決まっており、おちおち寝られてはいられない。

 

こういう外圧に対しては敏感な絹旗ですらすやすやと眠っているのだから気配はほとんど感じられない、しかし距離操作能力者は五感が常人より優れていることもあり七惟ならばある程度の予想もつく。

 

 

 

「窓のほうか……公園に潜んでいる……?」

 

 

 

壁に張り付き顔だけをそっと出し窓の外を見る。

 

真下には隣接する公園が広がっておりぶっそうな連中が夜を明かしたり身を隠すにはうってつけの場所だが……。

 

そこから唸るような閃光の光が一瞬上がると、男の悲鳴のような声が聞こえてきた。

 

 

 

「……こんな夜中に馬鹿みたいにドンパチやる奴は一人しかいねぇな」

 

 

 

真夜中というのにこんなド派手に光の花火を打ち上げる奴を七惟は一人しか知らないし、昼間からの一件に関わってきそうな奴と言えば該当者はおおよそ七惟が予測した人物で間違っていないだろう。

 

あのバカは手加減と言うものをよくわかっていないので事が大きく成る前に現地に出向いて片づけた方が大事にならずに済むだろう。

 

外は流石に肌寒いと上着を羽織り玄関へと向かい靴を履いていると、不意に後ろから声を掛けられる。

 

 

 

「超七惟、何処へ行くんですか?」

 

「……絹旗か」

 

「何だかぞわぞわ……まぁ、気配というかこんな夜中には似つかない騒音が超聞こえたので。事件ですか?」

 

 

 

流石未だに暗部に身を置く絹旗だ、異常を感知する能力は群を抜いて高い。

絹旗は昼間の一件を知らないし、何故今七惟宅の近くであんなことが起こっているのかも把握出来ていないだろう。

 

……結標から言われた妹達を狙っている一派の案件、絹旗なら何か知っているかもしれない。

 

ここで話して協力を仰ぐか……巻き込まないように平静を装い大人しく寝付かせるか。

 

しかし後者に関しては勘のいい絹旗がイエスという未来が想像出来なかった。

 

こないだの地下都市の時のように敵機に向かって走り抜けていくことを躊躇しない少女が絹旗だ、自分が今身構えており戦闘態勢なことなど見抜いているだろうし、そんな自分を放っておくような彼女ではない。

 

味方にすれば間違いなく大きな戦力、力強い味方になってくれる。

 

 

 

「事件だ、取り敢えず外が騒がしくなる前に片づける。詳しい話はその後でいいか」

 

「超了解です。おそらくあの光は電気系統の能力者です、心当たりありますか?」

 

「有り過ぎて困るくらいだ」

 

「流石超七惟、迷惑毎に関わる人物はほとんど七惟の知人ですね」

 

「関心してるのか呆れてるのかどっちだよ」

 

「そんなこと前者に超決まってます。相変わらずの人脈ですよ、昔の友達ゼロの金字塔を打ち立てた七惟じゃないみたいです!」

 

「余計なお世話だ!」

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

七惟と絹旗は上着を着込み闇夜で埋め尽くされた公園の中に入る。

 

先ほど発生した轟音の後は音らしい音は聞こえてこない、悲鳴が聞こえたことを考えるとおそらくこちらを見張っていた連中はやられて気絶しているのだろう。

 

そして轟音を発生させた主は起きるのを待っている……と考えるのが妥当だ。

 

敵は気絶している、気絶させた奴は待機中、七惟の考えが正しければ下手に音を立てずに気配を消すのは悪手だ。

 

 

 

「七惟、いいんですかこんな超不用心に近づいて」

 

「大丈夫だ、それに俺の知り合いが攻撃した張本人なら気配を消すなんて意味がねぇよ。むしろ怪しまれて逆効果だ、どうどうと進めばアイツは何もしてこない」

 

「七惟の知り合いだったらそりゃあいいですけど、違った場合はちゃんと責任を超とって私を守ってくださいよ?」

 

「分かった分かった」

 

 

 

茂みを抜けて広間に出る、公園自体は中規模なもので昼間は中学生達がこの広間でよくサッカーや野球をしているが今は夜、昼間の喧騒などまるで無かったことかのように静まり返っており街燈の光のみがぼんやり周囲を照らしている。

 

こんな場所で花火を打ち上げれば一発で居場所を突き止められることはあのバカは考えていなかったのだろうか。

 

まぁ、奴のことだから突き止められる前に見敵必殺で仕留めるつもりなのだろうが……。

 

広場の周りを沿うように生い茂っている草木の間を覗き込み異変を探す、万が一のことも考えられるので一応七惟と絹旗は一緒に行動だ。

 

 

 

「んー、どうやらあっちが超臭うようです」

 

「確かに焦げ臭いな」

 

「……どうします?声をかけますか」

 

 

 

絹旗がそう言って木々が所狭しと並ぶ茂みの奥を指さす。

 

暗くて暗闇の中がどうなっているかは全く分からないが、何かを焦がしたような臭いと二人のこれまでの暗部活動での勘がこの先に何かある、と警鐘を鳴らす。

 

 

 

「まぁ危険はないだろうからな」

 

「そうですか」

 

「……自棄に素直だな、何時ものお前なら超超言いながら文句の一つでもつけてきそうなもんだが」

 

「むぅ、私から見て七惟はいったいどう思われるのか超気になる発言ですねそれは。まぁいいですけど……」

 

「うん?」

 

「七惟に私をイエスと言わせる力があった、それだけですよ」

 

「……」

 

「何ですか?と今度は私が超聞き返しますけど」

 

「いや、お前のそういうところはホント感心するってだけだ」

 

「ふふ、私を超見直しました?意外に洞察力は優れている方ですから」

 

「そういうことにしとく……」

 

 

 

暗部抗争以来、絹旗のこういう言葉が多くなったように感じる。

 

具体的にどういう言葉、というふうに例を挙げることは出来ないがこちらを信頼している、信用している、そういった言葉だ。

 

そして言葉だけではなく、行動にもそれを最近感じられる。

 

自分をちゃかしたりおちょくったりして言葉のドッチボールばかりの会話が絹旗とのやり取りばかりと思っていたがここ最近はどうも調子が違って何だかやきもきしてしまう。

 

まぁ、そのやきもきも不快なものではないのでそのままにしているのだが。

 

 

 

「さて、そこに居るんだろ?」

 

「……」

 

「超電磁砲ことオリジナル」

 

 

 

超電磁砲、という言葉に反応したのか隣の絹旗が一瞬ぶるっと身震いをした。

 

幾ら彼女が暗部で死線を潜り抜けてきた戦闘のエキスパートとはいえ、やはりレベル5相手にはそれ相応の緊張を伴うらしい。

 

 

 

「アイツの家が近いからもしかしたらと思ったけどアンタだったのね七惟」

 

 

 

七惟が声を発してから数秒後、暗闇の中からすっと姿を現したのは七惟の予想通り学園都市第3位で超電磁法の異名を持つ御坂美琴その人。

 

そして彼女の足元には気を失っているであろう見た感じ七惟と同い年程度の男一人、美琴の電撃をまともに食らったのだろうか完全に伸びてしまっている。

七惟と美琴の視線が重なると、そのまま美琴の視線は絹旗のほうへ流れる。

 

 

 

 

「上条じゃなくて悪かったな…それにしても相変わらず口の聴き方がなってねぇなてめぇは。俺はお前より2歳以上年上だ、少しは敬え。隣のちびっこ中学生でもそれくらいの分別はつけて俺に敬語で話してくるぞ」

 

「ちびっこが超余計です……」

 

「今日は一人じゃないのね、珍しい。こういうのに首突っ込む時アンタはだいたい一人だと思ったから」

 

「俺の忠告ガン無視かよ」

 

「私達は別にそういう仲じゃないでしょ」

 

「はいはい……つうかこういう危険事に一人で突撃するのはお前の専売特許で俺はそんなことしねぇよ。それで、そこで伸びてる奴は誰だ?見た感じ昼間の馬鹿連中だ」

 

「その通り、コイツらなんか怪しいと思ってて……帰り際私とあの子の後をつけてきた。それを先読みしたからアンタは私をあの子の護衛として家まで送り届けさせたんでしょ?」

 

「まぁな。家まで辿りつけば最悪隣には上条がいるしな。あの正義感満載の男が隣室で悲鳴を上げて飛び出さない訳がない、そしてお前は隣にアイツが居なかったらおそらく俺が帰ってくるまでは待機していた、そうだろ」

 

「全部は否定しないけど……そんなとこ。流石に家までついてくるのは何かあるんじゃないかって私も思って見張ってた。あの子たちに関することだから尚更よ。そしたら明らかに怪しい行動……ていうかストーカー?染みたことをしてるから問いただした」

 

「お前の問いただしは暴力伴い過ぎだろ」

 

「あのね、私だって抵抗されなかったらこんな手段を取ってない。私が最初からそんな攻撃的に見える!?」

 

「見える」

 

「超見えます」

 

 

 

美琴の問いかけに息をぴったり合わせて答える二人。

 

そのやり取りをジト目で見た美琴が声を上げる。

 

 

 

「ていうかさっきから隣にいるその子誰?小学生?」

 

「しょ、小学生……?超失礼な奴ですねこの戦闘狂は。私は中学生です!」

 

 

 

 

相変わらず小学生言われたら導火線に火が付く癖はどうにかならないのか絹旗よ。

 

 

 

「せ、戦闘狂?」

 

「貴方の事ですよこんな夜中に花火みたいな光を上げて土砂崩れみたいな馬鹿デカい騒音を立てるなんてそれ以外の言葉が見つかりません」

 

「こ、この……言わせておけばこのちんちくりんのちびっ子め!事情を知らない子は引っ込んで!」

 

「ち、ちんちくりん……?超七惟、この常盤台の超戦闘狂は喧嘩を売ってるんですかね?」

 

 

 

この二人はどうもウマが合うようには思えない、美琴はああいう性格故に七惟の周りにいる人間に対しては結構無意識の内に攻撃的な発言をしてしまうし、絹旗は絹旗で自分を小馬鹿にした態度を取る人間には全力で挑発しにかかってしまう。

 

おそらく昼間普通に外で会っていれば美琴はこんな攻撃色を出さなかっただろう、如何せん彼女は七惟の友人に対してはかなり否定的な態度で入る癖がある。

 

この癖は七惟が残骸を運んでいた時結標と交友関係、厳密には雇主と労働者の関係があったことに起因しているように思えた。

 

要するに七惟が行動している際はバックで暗部が動いているのではないかとくってかかるのだがこの超電磁砲は。

 

 

 

「やめとけ絹旗。どう頑張ってもお前が負ける。俺が保障する」

 

「何ですかその超絶嬉しくない変な保証は……」

 

「一応そいつはレベル5だからな。それに不要な言い争いなんざ体力の無駄だ」

 

「……ホントに七惟変わり過ぎです。昔の七惟なら超煽ってきそうなのに」

 

「そうか?」

 

「もういいです、そんな変わった七惟に免じてこの超失礼な常盤台のレベル5のことは水に流しましょう」

 

「だそうだ、もういいだろオリジナル」

 

「……一方的に言いがかりつけてきたのその子だと思うんだけど。それにオリジナルって名前いい加減やめてくれない?私には御坂美琴って名前が」

 

「じゃあなんだ?上条みたいにビリビリ中学生って呼べばいいのか?」

 

「はぁ…なんでそうなるのよ、もう。まぁいいわ」

 

 

 

七惟と絹旗のまるで息の合ったかのような会話についていけない美琴は話が掴めず無意識にため息をつく。

 

傍から見れば険悪そうな雰囲気になりそうな二人の会話なのだが、どんな時でも最後の最後でのこのように平和な着地点を見出し落ち着くのだ。

 

それは七惟と絹旗が度重なる危険を二人の力で乗り切ってきたことが深く関係しているのだが、絹旗と初対面な美琴がそのことに気付く訳もない。

 

三人が微妙なかみ合わない凸凹な会話をしている内に、美琴が電撃で気絶させた男がもぞもぞと動き出す。

 

 

 

「んあ……?」

 

「どうやら超お目覚めみたいですよ」

 

「だな」

 

「コイツには聴きたいことがたーくさんあるからね」

 

 

 

そして男が目を覚ます、寝ぼけた表情でを見よよじると動けない、はっとしたかのように周囲を見渡すと自分を覗き込む六つの目。

 

自由の効かない身体、周囲を取り囲むように立つ3人、そして気を失うまで何をしていたかを思い出して状況を一気に呑みこむと男は顔面蒼白となった。

 

 

 

「ひいぃ……」

 

「おいおい、いきなり拷問染みたことなんざしねぇぞ」

 

「昔の七惟なら拷問なんて超朝飯前だったと思うんですけど」

 

「いつの話だ」

 

「えー……と、去年ですかね?」

 

「去年はもうちょっとマシだっただろ……」

 

「アンタ達二人に任せると何も聞き出せそうにないから私が言う。ねぇアンタ、あの子の周りを探って……いったい何してた?」

 

「そ、それは……」

 

 

 

怯える青年を前にして、美琴の尋問がいよいよ始まるのであった。

 

 

 

 

 



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学生の本分を全うせよ!-ⅲ

 

 

 

美琴に問いただされて顔をひきつらせどもる男、もとい少年は年齢は七惟と同じくらいで高校生に思える。

 

黒髪黒目の痩せた男で顔や体には戦闘行為で生まれたであろう生々しい傷跡が幾つも残っている、おそらく暗部の人間だ。

 

暗部の人間故に今目の前に居るのが超電磁砲と全距離操作ということを認識してしまったのだろう、特に後者は暗部では名を馳せた極悪人の一人である。

 

七惟からすれば好ましい名前の広まり方ではないのだが。

 

 

 

「アンタみたいな怪しい人間があの子の周りをうろちょろするってことは絶対何かある。昼間の路地裏で一般人なら屋根の上から襲ってなんてこないんだから。……また実験やら研究やら、そういう類でしょ」

 

「……」

 

「アンタの親玉は誰?霧が丘のムーヴポイント?まさか何時ぞやの原子崩しが絡んでるんじゃないでしょうね」

 

「いやーそれは超ないと思うので安心してください」

 

「アンタには聴いてない」

 

 

 

むしろ絹旗以上にその人物に対して詳しい人間は本人含め既にこの世の中にいないのでは……。

 

軽くあしらわれた絹旗は「あーあ」とでも言いたげだが標的を定めている超電磁砲にそんなことを言うのはやぶさかである。

 

 

 

「あの子に……私達にまた何か用でもあるの?」

 

「う…………」

 

「また……あんな馬鹿みたいな実験をしようとしてるっていうの?」

 

 

 

全く口を割る気配はない、この暗部の男はこのような拷問の場においてどうすればその場を乗り切られるかある程度分かっているようだ。

 

相手にもよるが手を加えることを、人間を傷つけることを恐れている相手の場合は一切口を割らず余計な情報を与えない、これが鉄則だ。

 

人間を傷つけるなんて一般人では早々出来やしない、それが女ならばなおさらだ。

それを考えてこの男は沈黙を貫いているのだろうが目測を見誤り過ぎだ。

 

今彼が目の前にしているのは妹達の為に研究所に殴り込みをかけ機材を全て破壊し研究者たちにも稲妻の鉄槌を食らわせ、同年代の女性にも同じように100万ボルトの電撃を浴びせようとする無慈悲な戦闘狂である。

 

 

 

「おいお前、さっさと吐いたほうがいいぞ。幾ら短パン中学生でもコイツは人の痛めつけ方については熟知して……」

 

 

 

七惟がそう言いかけたその時、美琴の手に小さな光が迸りそれが一気に男の首筋を駆け抜け括り付けてある真後ろの気に直撃、凄まじい音と共に焼け焦げたような臭いが周囲に一気に充満していく。

 

 

 

「そこの短髪が言う通り、この件に関してはそんなに我慢強くはないつもりよ」

 

 

 

流石にこの光景を見て男もすぐさま考えを変えたのだろう、唇を震わせながら喋り始める。

 

 

 

「ちょう、超電磁砲にそっくりな奴……妹達を付けてたのは事実だけど、アンタらが思ってるようなことをしようとした訳じゃない!」

 

「へぇ、自分の性癖を認めるんですか?つまり超ストーカー気質だと」

 

「ち、違う!唯、その……か、監禁して……一電波が届かないところに……そうすれば一方通行は歩くことすらままならなくなるんだ」

 

「一方通行……アイツが何か関係してるの?」

 

「あ、アンタなら分かるだろオールレンジ!」

 

「あぁ……?」

 

「アンタだって、アイツにめちゃくちゃにされただろう、自分の人生を!俺達も……俺達も垣根さんをやられた、それから俺達の人生はめちゃくちゃだ!アンタもあの子をアイツにぶっ殺されて!俺らの気持ちが分かるだろ!」

 

「……は」

 

「妹達の補助演算が出来なくなればアイツは唯の木偶の棒だ!そこを叩きのめせば、きっとどこかで生きてる垣根さんが復権してまた前みたいに」

 

「前みたいに?」

 

「あのくそったれの統括理事会に喧嘩を売れるんだ!」

 

「……とのことですがどうしますか」

 

 

 

最初は美琴の氷のような目にびびっていたと思ったら、自分の言葉に酔ったのだろうか語気を強めてくってかかる青年。

 

 

 

「分かるだろ、アンタなら分かるはずだオールレンジ!」

 

 

 

要するに此奴は……此奴らは一方通行の奴に自分たちが所属する暗部組織を破壊されて、全てを失ってしまった未亡人の集まりなのだ。

 

あの暗部抗争の日、学園都市第2位の垣根帝督は一方通行に決闘を挑み結果敗戦、その後は生死さえもわかっていない。

 

そして垣根を失ったスクールは自然消滅、その下に腰巾着みたいについていた暗部組織も一緒に壊滅、おそらくグループを始めとした学園都市側の組織が掃討作戦でも実施して根こそぎ息の根を止めていったのだろう。

 

此奴らはその生き残りで自分たちをこんなところにまで追いやった原因である一方通行が憎くて堪らない、だから復讐してやるというところか。

 

そして垣根さえ戻ってくればきっとこの状況は打開できる、そう信じてやまないようだ。

 

 

 

「たった一日で全部失った俺達……たった数時間で自分の所属する組織も、友人もアイツに消されたアンタなら俺らの気持ちが分かるはずだ、じゃないとおかしい!」

 

 

 

七惟もあの日、一方通行によって大きく運命を変えられた人間の一人であることに間違いはない。

 

但し、自分の組織を壊滅させたのは垣根率いるスクールだしそのことに関しては怒り等別段湧いてこない、逆に今は感謝したいくらいの気持ちなのだが。

 

 

 

「別に俺はお前らと違って一方通行孫まで憎しで生きてる訳じゃねぇよ。それを言うなら隣の超電磁砲のほうが恨みつらみは深そうだぞ」

 

「……何よ、昔のことほじくり返して」

 

「そういうつもりじゃねぇよ。唯こいつみたいに一方通行に自分の半身みたいな妹達を1万人殺されても……それを乗り越えて生きている、そんな奴だっているんだ」

 

「それは、超電磁砲は自分の生活まで奪われていないじゃないか!俺らは」

 

「垣根の庇護が無くなってドブ鼠みたいに這い蹲って生きてんだろ、あれから。そんくらい分かるぞ」

 

「アンタだって似たような立場だったろ、昔は一方通行に負けてよく分からない高校に強制的に入学させられて挙句降格までさせられて」

 

「あのなぁ…降格とか今更そんなことをいちいち気にしてたらこの学園都市で生きていけねぇーよ」

 

 

 

もちろん七惟だって昔を思い出せば一方通行が自分にやった行いが許せる訳はない、特に暗部の日にあの少女を殺したことは未だに昨日のことのように鮮明に頭に残っているし、今でも奴のことはなるべく考えないようにしているくらいだ。

 

しかしその他のことなんて今の彼からすれば取るに足らないことだ。

 

 

 

「長点上機に行けなかったことなんざもうどうでもいいことだし、降格させられたことも全部アイツが原因じゃねぇよ。そりゃ思い出せば腹は立つがな。一方通行の奴にめちゃくちゃにされた人生を修正したい、その気持ちは分かるが妹達を拉致監禁する免罪符にはならねぇだろ。妹達は別に一方通行をボコボコにすることに賛同してるならまだ分かるが、、あの司令塔のクソチビがいる限り絶対有りえない。そういう奴らを撒きこむことを見逃せる訳ねぇ」

 

「うぐ……」

 

「そうよ、それに……アンタは別にあの子たちをどうこうするつもりが無いにしても、その垣根って奴は?そいつは学園都市でも指折りのやばい奴なんでしょ、無関係の私の友達を半殺しにしそうになった奴。そんな奴があの子たちを唯監禁してるだけなんて思えない、絶対に……手を出すに決まってる!」

 

「……流石にそれは超否定できませんね」

 

 

 

身を持って垣根の危険さを体験している絹旗からすれば、暗部組織の中でもピラミッドの頂点付近にいた垣根が獲物を目の前にして拉致監禁で済ませるとは到底思えないようだ。

 

美琴も絹旗も垣根の危険度については共通の認識がある、ずれているのは七惟だけか。

 

ずれているのは心理定規のせいだろうと勝手に自身を納得させる。

 

 

 

「そんなこと……あの子たちが居なくなるようなことがまたあるなんて二度とごめんよ!だから絶対にそんなことはさせない」

 

 

 

美琴が拳を強く握りしめ、鬼のような形相で男を睨み付ける。

 

だが男は最初のように挙動不審になることなく怒りの表情でその形相を見上げて吐き捨てた。

 

 

 

「お前みたいなお嬢様に俺らのことが分かってたまるか!垣根さんは無関係の奴を半殺しなんて絶対しない!」

 

「現にされてるの!」

 

「それはそいつが垣根さんに喧嘩を売ったからに決まってる!あの人はそんな一方通行みたいに無差別殺人なんてやらないんだ!」

 

「アンタの妄想よ、それは!私が見てきた暗部組織の連中はどいつもこいつもいかれてる奴ばっかり!」

 

 

 

まぁ暗部組織の連中のことを美琴が理解することは一生不可能だろう、境遇が違えば……美琴と彼らが持つ常識だって180度以上違うのだ。

 

そんな相手に理解を求めるほうがおかしい、よってこの会話に納得が得られる結末なんて有りえないだろう。

 

にらみ合う青年と美琴、そろそろ割って入ったほうがいいだろうか。

 

 

 

「オリジナル、隣に暗部組織上がりのレベル5がいるから言葉にはもうちょっと節度持ってくれよ」

 

「な、何よ!七惟、アンタだってその垣根って奴がどらくらいやばい奴か知ってんでしょ!」

 

「まぁ…アイツはそこら辺のレベル5とは色んな意味で次元が違う。だけどな、お前達が言ってる垣根ってのは……本当に生きてんのか?生きてる前提で話をしてるみたいだが、姿を確認したのか」

 

「そ、それは……まだ、だ」

 

「そうだろ。普通に考えてお前達残党派の言ってることは妄言だ。一方通行の奴が垣根を仕留め損ねるなんざほぼ有りえない。垣根が余程の隠し玉を持ってりゃ別だがそれを使って五分五分の戦いだったんだろ?なら最後はどうなったか分かりきってる」

 

 

 

暗部組織の中では垣根は身を潜めて復権を狙っている……という噂が絶えないと絹旗は言っていたが、そんなことは妄想だ。

 

あの一方通行がそんな甘い奴だとは思えない。

 

此奴らは垣根の生きていた頃の影だ、垣根の力によって恩恵を得られていた奴ら。

 

影の主が居なくなって何とかそれに縋り付こうと言う気持ちは分からなくはない、誰だってピースが無くなったら何か変わりのものをそこに埋め込まなければ生きていけない。

 

但しその代替が見つからなくて、結局はまた垣根の残像を追っている……そんなところだろうか。

 

 

 

「死んでんだよアイツは。俺と絹旗もアイツにぶちのめされたからよく分かる、垣根はやばい奴だ。そんな一般的に考えて危険な奴を敵対している一方通行の奴が生かしておく訳がねぇ」

 

「い、言ったんだ、あの人が!生きてるって!」

 

「はぁ……?」

 

 

 

此処まで垣根生存を否定しているというのに食い下がる青年。

 

もういい加減諦めろ、と七惟は言葉を舌に載せるもそこで隣の少女が声を上げる。

 

 

 

「まさか……ドレスの女?」

 

「心理定規が!まだ生きてるって!今は身を隠しているだけだって、じゃないと俺達だって動かない!」

 

「何か知ってるのか絹旗?」

 

 

 

 

まさか絹旗、実際に垣根に会ったのか……?

 

 

 

「こないだ会った時に……アイツが私に対してぽろっと言ったんです」

 

「どういうことだ?」

 

「『垣根帝督が生きているとしたら、それは素敵なことだと思わない?』って超意味ありげに」

 

「…………」

 

 

 

アイツ、さては今回の事件の黒幕か……?

 

だが心理定規がそこまで垣根に入れ込む理由が分からない、彼女と垣根に大きな共通の利害関係は無かったはずだ。

 

そんな奴が垣根の消息を探し回って下部組織の連中に対し指示を出す、理由が分からない。

 

もしそこに理由があるとすれば、垣根にハイエナのように集る連中に対して希望を与えているだけなのか、それとも……本当は……。

 

 

 

「どっちにしろ心理定規の言ったことなんざ信憑性に欠けるし信用するに値しねぇよ、アイツは蝙蝠みたいな奴だしな」

 

「七惟、アンタは本当に暗部の人間に関して詳しいのね」

 

「あのなぁ、俺だって好きでこうなった訳じゃない」

 

「……七惟のいう事には一理あります。あのドレスの言葉ははっきり言って何時も超曖昧です。信用するには無理が有り過ぎます、貴方もたぶんアイツの言葉遊びに振り回されているだけじゃないですか?」

 

「そんな訳あるか!心理定規が俺達に嘘をつくメリットがない!」

 

 

 

潮時だ、激昂しているコイツとはこれ以上会話をしても無意味だろう。

 

そう判断した七惟は深くため息をつく、結局七惟が気になっている点は全くもって解決されずに有耶無耶なままだ。

 

……直接心理定規に会って話すのが一番早いが、それも暗部との関係を一切断ってしまった自分ではかなり難しい。

 

最悪絹旗に期待するしかないが、彼女にはなるべく早く暗部の仕事から足を洗って欲しいためそんなこと頼めそうにもない。

 

……結局自分で探すしかない、か。

 

 

 

「……話は平行線だな。オリジナル、お前のツレの転移能力者呼べ」

 

「ジャッジメントに引き渡すつもり?」

 

「しかないな。此奴もこうなっちまったら情報を一切吐き出しゃしねーよ。殺すつもりで拷問やれば話は別かもしれねぇがそんなことしたくもないしな」

 

「でも……!」

 

「でもでもだってでも、言っても無駄だろ。此奴の仲間がどれだけいるかは分からないがバックについてんのは垣根の下部組織の連中、それさえ分かれば妹達の安全は大方大丈夫だ」

 

「どういうことよ」

 

「垣根の下部組織は全員レベル3以下の連中で、火器の扱いや暗殺業務に慣れてる奴らだ。だけどな、妹達は全員軍人みたいな戦闘訓練を受けてるんだ、危険喚起さえやっとけばよっぽど身を守れる。それに此奴らはそんな大勢じゃねぇ、そうだろ絹旗?」

 

「えぇ、まぁ……スクール側についていた組織はほとんどグループに超殲滅させられて少年院送りにされてます。残っていたとしても、精々数十人居れば超できすぎなくらいの規模の殲滅作戦でしたし」

 

「そういうことだ、オリジナル」

 

「……分かったわよ、取り敢えず当面の危険は無さそうだからいいわ」

 

 

 

シコリを若干残しつつも言いたいことを彼女はそのまま呑み込み形態をとりだし、ジャッジメントに連絡を取る。

 

一先ずは一件落着と言ったところか、目先の危険は回避出来ただろうし大丈夫だろう。

 

残るは……心理定規を問い詰める、それくらいか。

 

 

 

「超七惟」

 

「なんだ?」

 

「次に仕事でドレスに会ったら連絡入れましょうか?」

 

 

 

七惟の身体から出るもやもやを感じ取ったのか、絹旗がこちらを見つめてくる。

 

こちらを気遣うその行動に、有り難いと感じその思いをしっかりと受け止めつつもそれは絹旗自身のことを考えると断ったほうがいい。

 

 

 

「お前に少しでもはやく暗部から足を洗って自立して欲しいと思ってる俺がそんなこと頼める訳ねぇだろ」

 

「それは……」

 

「まぁありがとな、言ってくれるだけで十分だ」

 

「何だか七惟に素直にお礼を言われると……超困っちゃいます」

 

「何が?」

 

「な、何でもありません!超何もありませんから!ソイツのことは戦闘狂の常盤台に任せて私達は部屋に戻りましょう!」

 

「お、おい手を引っ張んな手を!オリジナル、そういう訳で頼んだ!」

 

「え、ちょっと私一人でコイツ見張れっていうの!」

 

「転移能力者はどうせすぐ来るだろ!」

 

「まだ私はOK出して……」

 

 

 

美琴の言葉を最後まで聞くことなくその場からさっていく七惟と絹旗。

 

心なしか絹旗の顔が赤く見えるような気がするのは気のせいなのだろうか。

 

結局その夜は部屋に戻ると二人とも疲れ切っていたせいかそのまま今後のことを相談することなく熟睡してしまった。

 

翌朝美咲香達一同に寝坊したことを突っ込まれることも知らずに。

 

 

 

 

 







たくさんの評価・感想いつもありがとうございます!


 


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学生の本分を全うせよ!-ⅳ

 

 

 

 

 

休日の朝、静かな空間、香り立つコーヒーに座椅子とちゃぶ台、学生たちが勉強を始めるには絶好の条件。

 

勉強日和。

 

その空間にまるで誘われるかのように教科書を開いて勉強に取り掛かった少女がここにいた。

 

 

 

「……何故ここでこんなことを考えるかが分かりません、此処は合理的に行動すべきで主人公の感情は無駄です」

 

「あのね七惟さん、そういうロジックじゃないから国語」

 

「むぅ」

 

 

 

今、美咲香は自宅にて友人の佐天、初春を呼んで勉強会の真っ最中だ。

 

昨夜はあれだけドンパチやった美咲香の家も今では綺麗さっぱり片付いており、勉強するにはうってつけの状態になっている。

 

もちろん此処まで綺麗に片付いたのは今朝から彼女の兄である七惟、そして大富豪で負けた絹旗、雑用を押し付けられていた浜面の頑張りがあったからである。

 

ちなみに誰かが寝ぼけてトイレでコーヒー牛乳を零したせいで今もトイレは甘い香りが漂っており、おそらく零した犯人である絹旗と七惟が現在も二人でせっせと片づけている。

 

主に絹旗が手を動かし七惟が現場監督のように指示を出しているので二人で片づけているというには言い難いのだが。

 

昨日宴会で使ったちゃぶ台を勉強机の代わりにして使う三人は、午前中は美咲香が超絶苦手としている現代文という名の国語、午後からは逆に佐天が苦手としている数学に取り掛かる予定だ。

 

佐天は逐一美咲香の質問に答え、初春は自身の宿題を黙々とこなしている。

 

 

 

「あー七惟さん此処はね、主人公はどう考えても後悔してるでしょ?だからそんな無理やりなことはしないって!」

 

「……何故ですか?今後のことを考えてここは無理やりにでもこの行動を取ったほうが絶対に問題は解決します。『もうこんなことはどうでもいいので無理やり問題を解決しようとしている』が絶対に正解ですと断固として引きません!」

 

「あ……」

 

「……間違ってました」

 

「だから言ったじゃーん」

 

「どうしてこの主人公はそんなことを考えるのですが、終わったことをイチイチ思い出してあーでもないこーでもないというのは非常に生産性に欠ける行為です。そんなことをするのならばすぐにでも次のアクションを取り次の危機に備えて行動するのが最も合理的であって周囲から見ても正解であると思えますと力説します」

 

「あはは……七惟さん、確かに言う通りだけどこういうすぐに頭の切り替えが出来ない人もいるんだよ。私とかも結構そっちのタイプだし」

 

「そうなのですか?佐天さんがとてもそんなことを考える人だとは思えません」

 

「ううん、そういうことも考えちゃうよ。一人だとね。だからこの人の気持ちとかよく分かるなぁ」

 

「はぁ……」

 

「七惟さんも大変だった時に理屈じゃなくて感情で動いたことがあるでしょ、それと同じだよ」

 

「同じ……?」

 

 

 

佐天が笑いながら言う言葉には何処か説得力があった。

 

そういえば夏のあの日、身を焼くような熱い熱帯夜の世界で、誰かを前にそれを叫んだ自分が居たように思う。

 

そして思い出した、その誰かは確かに兄だった。

 

もしかして、佐天も、そして……この問題集の主人公もあの時の自分と同じような心情なのだろうか……

 

 

 

「何だか、分かった気がします」

 

「ホント?それなら良かった!次いこう!」

 

 

 

そう思ったら、何だかこの問題集の主人公が違って見えた。

 

さっきまではうだうだ言って何て非効率的な行いなのだろうか、と懐疑的にしか見えなかった彼の行動全てが一つの点に向かって進んでいるような気がする。

 

なんだ、そういうことなのか。

 

 

 

「……私も気付かない内に、そういう行動をしているんですね」

 

「七惟さん?」

 

「いえ、なんでもありません佐天さん。次に進みましょうとページを進めます」

「うん」

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

美咲香達が勉強に勤しんでいる一方で、七惟と絹旗は1ルームの狭いトイレの中で格闘が続いていた。

 

どこぞの馬鹿が思い切りコーヒー牛乳を零したせいでトイレの中は甘ったるい臭いが充満しており、カバーやマットも全てコーヒー色に染まっている。

 

「うぅ……どうして美咲香さん達が勉強している傍らでこんな超悲しいことをしなくちゃいけないんですか」

 

「トイレの中にコーヒー牛乳を持ち込んだお前が悪い」

 

「ね、寝ぼけてたのは認めますけど!七惟の部屋の配置が超悪いんです!台所から向かって正面右は私の家では洗面台なんです!」

 

「はいはい。まぁ昨日遅かったからな、流石にお前を放置して一人で掃除しろなんざ言ってねぇだろ。途中まで浜面にも手伝って貰ったし」

 

「そ、それは……そうですけど」

 

「ほら、もう少しだぞ。マットの手洗い終わり、リセッシュ終わり、あとは最後に四隅の汚れを取って終わりだ」

 

「あああ、もう超めんどいいい!これ絶対私がやったのじゃないですよ七惟!普段の掃除やってないツケを私に払わせてるだけですよこんなのおお!」

 

「ありがとう絹旗。お前の御蔭で綺麗に片付きました」

 

「その棒読みの御礼本当嬉しくないので超やめてください!」

 

「うっせえなぁ。まぁお前の言ってることは半分当たりだから素直にお礼言っただけだろ」

 

「……うぅ、七惟にハメられました」

 

「人聞きの悪い。そんなことだから寝ぼけてトイレで絶叫してコーヒー零してその場面を美咲香に見られるだろ」

 

「あああ、もうその話は超止めてください!大人しく片付けしますから!」

 

「よしそれでいい。昼前には終わりそうだ」

 

「……七惟も手伝ってくれたらもっと早く終わると超思う」

 

「あん?なんか言ったか」

 

「超なんでもないですないのですぐに手を動かします」

 

「よろしい、口だけじゃなくて手を動かして同時に作業をするのが暗部を受け持つプロの仕事だ」

 

「これ絶対暗部関係ない」

 

 

 

今回の仕打ちに未練たらたらな絹旗は掃除を始めた時からあーだこーだ言っているので七惟が監督しているのだが、絹旗からするとうっとうしいことこの上なかったりする。

 

それにしてもよく七惟と美咲香はこんな狭い家で二人暮らしが出来るなと感心する。

絹旗が以前住んでいた部屋は1LDKでこの家よりかなり広かったしもっと内装も外装も綺麗で……自動ドアだったし。

 

学園都市が誇るレベル5がこんなところに住んでいるなんて本当に意外だ、昔麦野の家に訪れたことがあったが当時の自分よりも明らかにグレードの高い家に住んでいたのは間違いない。

 

まぁ自分もアイテムが壊滅した今では七惟のことを笑えないくらいおんぼろのアパートに住んでいるので、高級マンションよりもこちらのほうがまだ親近感を覚える。

 

 

 

「ふあぁ、超眠いです」

 

「まぁ昨日は寝たの3時過ぎだったからな。実質5時間くらいだから流石にな。でも暗部時代はもっとめちゃくちゃな生活習慣だっただろ?」

 

「いえ、そうは言ってもなるべく6時間以上は眠るようにしていました」

 

「意外に規則正しいんだな」

 

「成長真っ盛りの今に睡眠不足は超天敵ですから」

 

「はいはい」

 

 

 

実際絹旗としては夜中の行動や仕事はなるべく避けたいと思っている。

 

その理由は単純で成長期に睡眠不足は成長の大きな妨げになるからだ。

 

実際に自分はもう14歳になろうとしているのにこんなに成長して欲しい所が成長しないのは暗部での睡眠不足が原因なんじゃないかと思っている。

 

あの生まれたばかりの美咲香……まぁ身体のモジュールは超電磁砲なのだが、実際1歳児でもあれだけ成長しているというのにコツコツ13年間成長を積み重ねてきた自分としてはあまりにもアンフェア感を感じてもんもんする。

 

 

 

「そういえば、美咲香さん。あんな感じなのにもう学校で友達が出来たんですね」

 

「まぁな」

 

「何処ぞの誰かは友達0の金字塔を16年間くらいに築き上げたのにそれと比べると超違います」

 

「お前昨日もそれさらっと言ったが俺をそこはかとなく馬鹿にしてるだろ」

 

「そんなことないですよ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「そんな七惟を中心に、人の繋がりの輪がこんなに広まっていくなんて今でもちょっと驚いているだけです」

 

「……まぁな」

 

「そこは超否定しないんですね」

 

「事実そうだからな」

 

「何だか調子が狂いますよ」

 

 

 

夏までの七惟……というよりも、この美咲香という個体と七惟が同居してから色々なことが大きく変わっていった。

 

七惟はたくさんの友達や仲間が出来る一方で昔からのしがらみのある暗部とは一切合財繋がりを断ち切って独り立ちしていった。

 

それを余所に自分たちアイテムは右往左往しまくってその最後はリーダーがこの世からいなくなって組織消滅、フレンダは行方不明、滝壺は重度の病気を患い長時間単独での行動なんて不可能な上入院中、そして自分は今も暗部の組織を受注し何とか食いつないでいる。

 

昔に比べて生活の質はぐんと落ちたし、住んでいた家も追い出されて今は一人で七惟の住む団地のアパートをバカに出来ない1Kの家に住んでいる。

 

しかし、それでも絹旗は以前の裕福な暮らしに比べて今の生活のほうが充実していると感じているのは間違いない。

 

それは何故だろうか、暗部組織が無くなって殺しに関する仕事をしなくてよくなったから?麦野が居なくなってストレスの要因がなくなったから?

 

どれも違う気がする、昔よりも生きている、という実感があるのだ。

 

唯漫然と過ごしていた過去と今は明らかに違う、きっとそれは隣で壁にけだるそうに寄りかかっている彼が原因だ。

 

七惟とは小学生時代からの付き合いだったが、彼と会うと過ぎ去っていく景色に何だか色がついたように感じるのだ。

 

それは今も同じ、いや……昨日よりもずっと前、あの暗部抗争の日、あの日から自分の辿った道にはきっと全てに色がついていて目に焼き付いている。

 

 

 

「でもその御蔭で今私も超充実してますから」

 

「……」

 

「こういうトイレ掃除も楽しんで普通にはやれないですからね」

 

「……何だかこっちが調子狂う」

 

「お互い様ですよ」

 

 

 

そう言って笑顔を向けたが七惟が見せたのはそっぽを向いてぽりぽりと頬を掻く姿だった。

 

照れているのか、と思うと何だかそれも彼らしい。

 

一緒に居るだけで楽しい、そんな彼とずっと一緒に居られたら。

 

そんな風に自分を思わせる七惟だからこそ、きっと自分は彼のことが好きで好きでたまらないんだ。

 

 

 

「よし、超終わりました七惟!お昼です!何か食べに行きませんか?」

 

「そうだな、手洗ってこい。おーい美咲香、俺達は出かけるから戸締り頼むぞ」

 

「分かりました、行きましょう七惟!」

 

 

 

だからこそ、これだけ毎日が色づいていて今までと違った景色が私には見えるんだ。

 

 

 

 

 

 



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学生の本分を全うせよ!-ⅴ




修正しての再投稿となります。


 


 

 

 

 

「ふあー、取り敢えずお昼になったし私達も休憩しようかー。お兄さんたちも出かけたみたいだし」

 

「そうですね、午後からは佐天さんが苦手な数学をみっちりしないといけませんから私達は近場のコンビニで済ませましょう」

 

「えぇ!?せっかくのお休みだよ初春!遠出したい!」

 

「佐天さん、今日何のために七惟さんの家に来たのか忘れたんですか?」

 

「うぐ、そ、それは……まぁ勉強のためだけどさ」

 

「ですよね。七惟さん、どうですか国語のほうは?」

 

「……そうですね、少しは理解出来るようになったんですが、まだ分からない点は多々ありますと現状を報告します」

 

「七惟さんのほうは順調みたいですし、あとは佐天さんが赤点必死の数学を1時から夕方までやりましょう!」

 

「えええぇ、な、ならせめて息抜きのためにも……美味しいものを」

 

「ダメです」

 

 

 

笑顔で言う初春の言葉には何だかもの凄い圧力があった。

 

美咲香達三人はトイレ掃除が終わって出かけていった七惟と絹旗と同じように外で昼を取ろうと考えていたのだが初春からの許可が下りず、三人は近場のコンビニに向かう。

 

普段ならばお財布事情が厳しい七惟一家は絶対にコンビニは使用しない、使用するとしてもおにぎりを買う時くらいだ。

 

しかし今日に限っては兄から『外食するだろ』ということで手元には1000円の現金が手渡されている、これを如何に有効活用するかが肝だ。

 

美咲香が住むお世辞にも綺麗とは言い難い古アパートを出て徒歩3分、目の前には美咲香が何時も利用するコンビニが出てきた。

 

 

 

「あー、今日はコンビニご飯かー。コンビニにするくらいだったら私が作ったほうが断然栄養がつくものを出せるのに~」

 

「佐天さんの家事スキルは何時見ても凄いですよね、正直羨ましいですよ」

 

「あんなの数学に比べたら簡単だって!要は練習よ練習!」

 

「それ数学にも言えると思いますよ」

 

「うぐっ……今日は何時になく初春が手厳しいよお」

 

「はいはい……」

 

 

 

雑談を挟みつつ三人は店内へ、御昼どきということもあり店内は結構混んでいる。

早速三人はお弁当ブースの商品棚に向かい各々好きな商品を手に取っていく。

 

美咲香としてはなるべく安価なもの……となるとおにぎりしかないのだが如何せん最近は育ちざかりなのか食欲が増すばかり。

 

おにぎりを4個程買い、ついでに野菜ジュースを一つ。

 

おにぎりの具のチョイスは何時も買っている梅に高菜、それに今回は1000円もあるので少し贅沢をして焼肉と明太子を買った。

 

美咲香はこう見えて結構自分の味覚には正直に生きている、普段なら150円の焼肉おにぎりなんて手を出さないが今日くらいはいいだろう。

 

 

 

「あれ、美咲香さん……デザート買わないんですか?」

 

「デザート?」

 

「はい、ほら佐天さんプリン買ってますし私もモンブラン買いましたよ。美咲香さんもどうですか?」

 

「……」

 

 

 

話しかけてきた初春の手には確かにモンブラン税別\220-が握られている。

 

そして別に\400-税別のパスタ、\150-のジュース。

 

合計にして\770-税別、……無理だ。

 

幾らなんでもお昼ご飯1回に600円以上の買い物は……七惟家のお財布事情を考えるとそう簡単には買うとは言えない。

 

 

 

「いえ、私は大丈夫です」

 

「そうですか?」

 

「はい、私と兄の財布事情はあまり芳しくないので贅沢は敵なのですと単刀直入に切り出します」

 

「はえッ!?そ、それは……その、変なこと勧めちゃってごめんなさい」

 

「いえ、大丈夫ですと笑顔を見せてお伝えします」

 

「あはは、顔がちょっと引きつってる……」

 

 

 

財布事情が芳しくないのは事実だが、此処最近は数か月前に比べるとだいぶマシになったと思える。

 

前はもっとこうひもじい思いをしていたような気がする……主に七惟が。

 

会計を済ませて3人は外へ出る、各々好きなものを買い午後の戦いに備える。

 

 

 

「お兄さんたちは食事何処で取ってるんだろうねー」

 

 

 

佐天がふと漏らした一言。

 

そういえば七惟は外に出かけていったが、何処へいったのだろうか。

 

自分がこんなおにぎり生活を送っている傍らで外食三昧をされていたらどうしよう、ジト目で見るくらいじゃ済まないかもしれない。

 

 

 

「そんな贅沢なものは食べられないはずです、精々ワンコインランチが今の兄では精一杯のはずですと断言します」

 

「七惟さんの御兄さんの評価低いなぁ……あはは」

 

「いえ、兄のど貧民ぶりを私程熟知している人間はいないので。家賃光熱費衣食住に関係するすべての支払いを滞納していると聴いたときは驚きました。カード決済も使えないので現金しか私達の支払い手段はありません」

 

「れ、レベル5って確かかなり奨学金とか貰ってるって聴いてたんだけど、そこまで生活に困窮しちゃうってのはなんか凄いね……実家が貧乏で仕送りとかないのかな?」

 

「それも、あります。逆に私たちの奨学金を仕送りするレベルです。あとこないだの入院費用も保険に入っていなかったのでかなりの金額に……」

 

「が、頑張ってください七惟さん」

 

 

嘘、である。

 

本当は美咲香を助け出す時に発生した損害を補填する為に全ての貯金を使い切ってしまい、暗部からの請求が無くなった今もその時支払えず滞納していた諸々の費用が大きくかさみ苦しんでいるのだ。

 

 

「ところでレベル5のお兄さんってさ」

 

「はい」

 

「実際どうなの?女の子には結構人気あったり!?」

 

「さ、佐天さん!なななな、いきなり何を言い出すんですか!」

 

 

 

顔をぐいっと近づけて目を輝かせて訪ねてくる佐天、実際彼女はオールレンジという異名を持つ美咲香の兄に興味深々なのだ。

 

なんせ彼女は学園都市の七不思議とか都市伝説や摩訶不思議な噂が大好きな女の子。

 

美咲香の兄オールレンジも、もちろん都市伝説の一人として刻まれておりその正体はほとんどの学生が見たことが無いし顔も知られていない、彼の力に掛かれば空中散歩も夢じゃないとか何だとか。

 

そんな話題性満点のレベル5について興味が飽きないのは当然だろう。

 

そうなってくるとはやはりレベル5の色恋沙汰だって気になる、佐天自身は自分がまだそういう感情を持っていないので分からないしレベル5の美琴もそういうのには疎いし噂もない。

 

そこで高校生でレベル5の七惟理無、というわけだ。

 

 

 

「いえ……そんなことはないと思いますが、と率直な感想を述べます」

 

「え、そうなの?」

 

「はい、失礼ながら私の兄は重度のコミュ障でしてまともに会話のキャッチボールが出来るようになったのはつい最近です。友達もいないと聴いていました」

 

「えぇ……なんだかイメージとだいぶ違うなあ、そんなこと無かったような気がする」

 

「確かに最近はかなり変わったのは事実ですと近況を報告しますが……先ほど外出した人、あの方と一緒に居るのはよく見かけます」

 

「あ、さっきお兄さんと一緒に掃除してた人?」

 

「はい」

 

「確かに仲は凄い良さそうだったもんなぁ……」

 

「あと最近ではもう一人高校生くらいの方もよく見かけます」

 

「やっぱりもててるじゃん!」

 

「そうなんでしょうか?唯一緒にいるだけでは?」

 

「そうなんです!だよね初春!」

 

「んな、なんでそんな話をふるんですか!」

 

「だってレベル5の恋愛事情とか凄い気になるよ!」

 

 

 

兄は女性から人気があるのか……何だか意外だ。

 

意外でもない、か。

 

そういう好きとか恋愛とかは美咲香はまだほとんど分からない、というか理解したくてもその感情が分からないためこういう色恋の話は雲を掴んだように要領を得ないふわふわとしたものとなってしまうが……。

 

そういう彼だからこそ、自分は兄として慕ってこうやって同居しているのかもしれない。

 

ああいう七惟理無だからこそ、家族として一緒に過ごして、苗字も使わせて貰って……今迄では想像出来なかった道を歩んでいけるのだろう。

 

全てはきっと彼のおかげだ。

 

そう思うと一緒に住み始めてからは欠点が多く見えた兄だったが、やはり自慢の兄なのだなと美咲香は再認識しほんの僅かだが、表情が自然と緩む。

 

 

 

 

「ご、ごほん。そんなことより!さぁてお家が見えてきました、しっかりエネルギーを補給して午後もみっちり頑張りましょう!」

 

「あ、露骨な話題逸らし!」

 

「さ、て、ん、さん!今日の目的を忘れないように!」

 

「あ、あはは……。お手やわらかに頼むよ初春~」

 

「はい、よろしくお願いします佐天さん、初春さん」

 

 

 

その微笑みに佐天と初春は気付かなかったが、三人とも元気よく秋晴れの空を歩いていくのであった。

 

 

 



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アイテム+αは思春期-ⅰ




浜面が若干ゲスいことに…。

いやしかし高校生だし。


 

 


 

清々しい秋晴れだ、空が遠くに見えて奥行があり、周りに散らばる薄い雲達も鮮やかに空のキャンパスを彩っていて何だかこの景色を見ているだけで落ち着いてくる。

 

そんな空を硝子越に見つめながらこのようなことを考えているのは滝壺理后、現在入院中の少女である、

 

彼女は暗部組織に所属していた際に体晶という薬を使って能力を増幅させてきたが、その薬は決して彼女の身体にとって良いモノではなく徐々にその体を蝕み、滝壺は暗部抗争の際に意識を失い倒れてしまった。

 

今は病院内を歩くまで回復したが、少し前までは立つことすらままならない程弱っていた。

 

そんな彼女は今も病床に伏しており、病室のベットに腰掛けて外の景色を眺めていた。

 

 

 

「おーす、滝壺。頼まれたもの持ってきたぞ」

 

「ありがとう、はまづら。いつも助かってる」

 

 

 

そしてその病室に頻繁にやってきているのが今病室に入ってきた浜面仕上だ。

 

彼との付き合いはまだまだ日が浅い、はっきり言って1~2か月くらいのようなのだが共に視線を潜り抜けてきたし、自分は彼を垣根提督から守り、彼は自分を麦野沈利から守ってくれた。

 

要するに互いに命の恩人、ということなのだ。

 

故に二人の関係は出会ってから経過した月日を考慮すると非常に深い関係だ、故に浜面は頻繁に病室を訪れてお見舞いに来てくれる。

 

正直なところこんな狭い空間の中、一人で過ごすなんて経験を彼女は今までしたことが無かった為こうやって話相手になってくれたり困った時に助けてくれる浜面の存在はとてもありがたい。

 

もちろん話相手になってくれるのは浜面だけではない、七惟や妹の美咲香、絹旗もよくお見舞いに来てくれる。

 

彼ら話相手が居なければ彼女はぼーっと外の景色を眺めるか治療、リハビリくらいしかやることがないのだから。

 

 

 

「ほらよ、アイスティー」

 

「ありがとう、いつもごめん」

 

「礼を言われる筋合いはあっても謝れる謂れはないし気にスンナって」

 

「それでも、仕事の合間の大事な休みの日に来てくれて感謝してる」

 

「ははは」

 

 

 

浜面はアイテムの構成員だ、元がつくが。

 

自分もそう、アイテムの元構成員。

 

あの日、自分と浜面が互いの命の恩人になった日にアイテムという暗部組織は空中分解を起こしてそのまま形を保つことなく崩壊した。

 

リーダーである麦野は死亡、フレンダは行方不明、自分は入院、無事だったのが浜面と絹旗の二人だ。

 

臨時構成員としてメンバーから出向していた七惟も自分と同じように重傷を負い、右腕を失って入院していた。

 

そんな大事件から幾分か時間も経ってきて七惟は退院し通学しているし、絹旗は前と比べたら激減しているものの暗部の仕事を少しだけ受注し、浜面は普通に働きながら生計を立てている。

 

自分だけがあの時から立ち直れていない、そして彼らから置いてけぼりにされているような気がしてならないかった。

 

だがそんな滝壺の不安定な気持ちを察して彼女の助けとなってくれたのはそこに居る浜面を始めとした七惟、絹旗の3人だった。

 

頻繁に病室に顔を出してくれる御蔭でこの無機質にも感じられる病室の中で自身の精神を安定させてくれる。

 

周りの病室の方々は親族がよく顔を出していて、自分にはそういった肉親がいない。

 

だから彼らの繋がりだけが唯一孤独を癒してくれるのだ。

 

 

 

「今日は予定通り七惟と絹旗が昼から面会に来るってさ」

 

「うん、皆何時もありがとう。また沢山お話聴かせてくれる?」

 

「あぁ、任せろって!俺ら昨日も七惟の家に集まってさ。んで寝ぼけた絹旗がトイレでコーヒー牛乳零してやがって大笑いしたらアイツ切れてな。何故か俺も掃除を手伝わせられて大変だったぞ」

 

「へぇ……そんなことがあったんだ」

 

 

 

お見舞いに来てくれた皆はこうやって日常に何が起こっているのかをお話ししてくれる。

 

能力のせいかもしれないが会話の中身を頭の中でイメージすることが得意な滝壺は話の中で皆の表情や出来事を想像し、共有する。

 

こうすることによって滝壺は皆の輪の中にいることを実感して、心安らぐのだ。

 

そうでもしなければ、この病室に一人閉じ込められて隔離されているようで、毎日が退屈でしょうがないし、独りぼっちだ。

 

浜面は饒舌に喋り続ける、聞き上手な滝壺は相槌を打ちつつその話の中身を想像する。

 

 

 

「あぁ、絹旗が俺のせいだーって喚いてさ。そしたら七惟の奴が絹旗の頭にチョップ食らわせて黙らせて、今度昼飯おごるから手伝ってくれってさー。まぁ流石にど貧乏なアイツからそんなお礼を受け取る訳にはいかないから断ったけど」

 

「相変わらずなーないは金欠なんだ」

 

「そう、あいつよくあんな感じで美咲香ちゃんと一緒に過ごせるよな。あいつと一緒にいると偶に金銭感覚がおかしくなる、主に貧しいほうに」

 

「なーないは手料理も出来るはずだから案外ちゃんとしてる」

 

「主夫になれそうだぜ」

 

「うん、きっとそれも似合ってる」

 

 

 

七惟が貧乏なのは今年に入ってからずっとだ。

 

主に一緒に住んでいる美咲香……妹達の一人が原因なのだが、彼はそれを全く嫌そうにしていないし逆に原因となった彼女と一緒に過ごしまるで家族のように接していると聴く。

 

滝壺自身はまだ彼女に会ったことはないのだが、きっとその子は七惟からすれば目に入れても痛くないように思っているのだろう。

 

本人は絶対に否定すると思うが。

 

 

 

「それでまぁ昨日はアイツらと戯れてたからさ、お土産もあんだぜ。ほらこれ」

 

「あ……からあげ?」

 

「そうそう、これは『これが超噂となっている中津からあげです!』って絹旗が昨日買ってきててさ」

 

 

 

浜面の超似ていない絹旗の真似を見ながら苦笑する滝壺、そして彼が手持ちのバックから取り出した袋からは香ばしい香りの臭いがする。

 

 

 

「確かに旨かったから俺もさっき絹旗から教えて貰った惣菜屋で買ってきたんだ。旨いぜ、昼時だしあいつら来るまで食べよう」

 

「うん、ありがとう。頂きます」

 

 

 

絹旗も何だかんだ言って女の子、美味しいものには目が無い。

 

甘いものもあの子は好きなはずだがこうやってがっつり食べる系のほうが大好きだ、よく食べたほうが成長するんです!が確か彼女の口癖だったと思う。

 

そしてそれにつられて一緒に食べる自分、フレンダ……そして麦野。

 

何だかあの頃の記憶が遠い昔に感じられる、時間的にはまだそんなに経っていないはずなのに。

 

 

 

「ん?どうした」

 

「ううん、なんでもない。食べよう、はまづら」

 

 

 

口の中で頬張るからあげ、さくさくとしていて甘くて辛い。

 

ゆっくりとした時間の流れ、なんだかアイテム崩壊当日のファミレスでランチを取った日を思い出す。

 

あの日はまだ皆いた、麦野も、フレンダも。

 

あの時とは比べ物にならないほど今は穏やかな生活を送っている、この生活に血なまぐさい点なんて一切ない。

 

だからどうしても考えてしまう、何故こんなことになってしまったのかと、悲劇を回避する術は何か無かったのかと。

 

入院してから頭の中の大きな部分を占めるのはフレンダと、麦野のことばかりだ。

 

麦野にはあの夜滝壺は殺されかけた、そしてフレンダには裏切られたと絹旗から聴いている。

 

崩壊を防ごうと全力で垣根に立ち向かった絹旗、麦野から守ってくれた浜面、身内を殺され一方通行に挑んでいった七惟。

 

脳裏に一方通行にずたぼろにされた七惟、麦野に暴力の限りを尽くされた浜面、第2位にいたぶられるのを覚悟した絹旗の小さな背中、それぞれの姿が過る。

 

何か、自分も出来なったのだろうか?

 

何も出来ていないのかもしれない……。

 

 

 

「どうした?気分が悪いのか?」

 

「ごめん、大丈夫。美味しいよはまづら。お話の続きお願い出来る?」

 

「おうとも!それでな」

 

 

 

深く考えてドツボにはまるのは入院してからの悪い癖だ。

 

このことを一度七惟に話したことがあった。

 

皆命がけで動いたのに自分は助けられてばかりで人の役に立てなかった、フレンダの異変に気付いていればとか、もっと自分の体が頑丈で麦野の命令に従えればとか。

 

それらを全て七惟は一蹴した、自分を見つけてくれた、道端の石ころのように転がっていた自分を、助けてくれた。

 

そして再び元アイテムのメンツがこうして病室に集ったのは、偏に皆滝壺の身を案じていたから。

 

組織一つが、滝壺を中心にして動いていて、滝壺のお陰でまた纏まることが出来ていると。

 

その言葉を思い出すたびに暖かな気持ちになる、胸にその思いをしっかりとしまう。

 

今日はそんなアイテムの皆がそろってお見舞いに来てくれる日なのだ、気持ちを落ち込ませる必要なんてない。

 

 

 

「最近はアイツの家に皆で集まる頻度も増えてきてさ。結構大きな声で騒いでる気がするからお隣さんから苦情こないかひやひやしてるところもあるんだぜ」

 

「確かになーないの自宅が急に騒がしくなってきたら近隣の人が心配しそうだね」

 

「そうそう、あいつ多分ずっとあの部屋で一人だっただろうしな。しかしあの部屋で美咲香ちゃんと二人きりで生活とか感心するぜ」

 

「二人はどうやって寝てるんだろう」

 

「あの家にベッドはないから多分雑魚寝じゃねぇの?俺は隣に人がいると寝苦しい質だけど意外にアイツそういうの気にしないんだなあ」

 

 

 

七惟と、一緒の部屋で雑魚寝。

 

なんだかその響きだけ聴くと顔の中心に熱が集まるのを感じハッとする。

 

何を考えているんだ自分は、二人は兄妹として一緒にいるのだ、だから全く変なところはない、極めて健全であり普通だ。

 

 

 

「しかし一つ屋根の下で一緒に寝るってある意味凄くないか滝壺。あいつだって男だろうに」

 

「な、何が言いたいのはまづら」

 

「いやほらさ……その、いくら兄妹やってるって言ってもそれは戸籍上だろ?実際は血が繋がってる訳じゃないしな。美咲香ちゃんの外見ってあの超電磁砲そっくりだしさ」

 

「……」

 

「まぁ、あれだたきつぼ。七惟だって男だし……」

 

「はまづら、いやらしいこと考えてる」

 

「は、はぁ!?い、いやそんなことない!気のせいだ!」

 

「だって」

 

 

 

いや、いやいやいや。

 

七惟と美咲香は兄妹だ。

 

いくらなんでも、いくらなんでも二人が一つ屋根の下で暮らしているからと言って浜面や……自分が考えているような事態にはならないはず!

 

頭の中で七惟と超電磁砲の顔をした美咲香が二人で肩を寄せ合っているイメージが勝手に浮かび上がってきて幻視する。

 

絶対にそんなことはない!二人がそんな関係になるなんて、あの七惟が、あの七惟が!

 

そもそも超電磁砲(美咲香)は実年齢は0歳だ、そんな幼女に手を出すなんて考えられない。

 

滝壺の頭の中はオリジナルとなった超電磁砲と七惟美咲香の区別がつかなくなってきてぐるぐると二人の顔が回り続ける。

 

いやそもそも二人がそういう仲に進展していったんだったら絹旗が気付くはず!

 

そんな話はない!だからきっと何もない、今のところは!

 

病室に気まずい雰囲気が流れる、この後は件の七惟と絹旗がやってくるというのに。

 

いったいどんな顔をして待っていればいいのだろう?

 

助けを求めるように浜面に視線を向けると明後日の方角を見て呆けている。

 

……。

 

 

 

「はまづら!」

 

「は、はい!」

 

「何考えてるの!」

 

「わ、悪かったって!」

 

 

 

 

 



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アイテム+αは思春期-ⅱ




こういう方向の話なんですが、書いていて凄く楽しいです。



 


 

 

 

 

 

「こんにちはー、滝壺さん起きてますかー?」

 

 

 

その一声で病室の扉が開き、絹旗と……七惟理無が滝壺の病室に入ってきた。

 

身体が反応して硬直した、思わず浜面を一瞥する。

 

 

 

「あ、起きてましたか滝壺さん。げ……なんで超浜面が此処にいるんですか?」

 

「朝掃除手伝ってやったのにその言い方はねぇだろ?お寝ぼけさん?」

 

「うぐっ……浜面の癖に超痛い所ついてきますね」

 

「滝壺、調子はどうだ?」

 

「二人ともお見舞いありがとう、調子は……先週よりもよくなってるってお医者さんも言ってた」

 

 

 

滝壺の病室に入ってきた絹旗と滝壺、二人は手土産に買ってきたフルーツゼリーをテーブルに置くと滝壺のベットの隣からパイプ椅子を取り出す。

 

テーブルの上に置いてあった中津から揚げが入っていたタッパーに気付いた絹旗が声を上げる。

 

 

 

「あ、これ中津からあげのタッパーじゃないですか!浜面ですか?」

 

「あぁ、昨日食ったの結構うまかったからな。滝壺にもと思って」

 

「浜面にしては超気が利きますね、なんせこのから揚げは私のお墨付きです!間違いない味なんです!」

 

「なんかお前がその低い声でテンションあがると普段とのギャップ激しい」

 

「浜面の癖に超生意気」

 

「急にトーンダウンするのやめろ!」

 

 

 

七惟達がやってきた、やってきたのだが。

 

なんだか先ほどの浜面とのやり取りもあり滝壺は七惟の顔を真正面から見られない。

 

 

 

「あん?どうかしたか滝壺」

 

「な、なんでもないよ」

 

 

 

視線が泳いでいる滝壺を気にかけ七惟が声を掛けてくれるが、返答にも詰まってしまう。

 

なんだろう、自分はさっきのことが頭の中にこびりついて離れないというのに浜面は全く気にせず会話しているように見える。

 

鈍感なのか、羞恥心が無いのか、物忘れが激しいのか……。

 

そのどれでもいい、今だけは浜面が持つその能力が是が非でも欲しいと思った。

 

 

 

うらめしや。

 

 

 

しかしどちらにせよ気持ちを切り替えなければ、滝壺だってもんもんとしているのが好きな訳ではない、元来こうやって皆で和気あいあいとしているほうが彼女だって好きなのだ。

 

絹旗と七惟、浜面のこういう馬鹿騒ぎに集中することで浮かび上がった七惟と超電磁砲の顔そっくりな美咲香の煩悩を振り払う。

 

 

 

「それでどうでした滝壺さん、中津からあげ」

 

「ん……」

 

「超おいしかったですか?」

 

「うん、美味しかったよ。ありがとうきぬはた、あんまりこういう揚げ物は病院食じゃ出ないから」

 

「え、それって大丈夫なんですか浜面。勝手に滝壺さんに脂っこいもの食べさせて」

 

「一応あの医者から許可は貰ってるから安心しろ」

 

「ならいいんですけどね。滝壺さんが気に入ってくれてよかったです」

 

「う、うん。何時も差し入れありがとう」

 

 

 

正直なところ病院食ばかりじゃ飽きていた、だからこういう差し入れは彼女にとって非常に有り難い。

 

……今回は味がよく分からなかったが。

 

 

 

「むぅ~ん?なんか滝壺さん、調子悪かったりしますか?」

 

「う」

 

 

 

察しが良すぎるのも問題である。

 

そんなことは断じてない。

 

断じてないのだが……。

 

 

 

「そんなことないよ。きぬはたも心配性だね、ありがとう」

 

 

 

こちらの返答に対して「そうですか……?」と疑問符を頭の横に描きながらも引き下がってくれた。

 

 

 

ごめんきぬはた、それよりも気になることがあって。

 

 

 

目の前で純粋にこちらを心配してきてくれている絹旗。

 

そんな可愛い年下の子に対して一つの疑念が浮かび上がってしまったのだ。

 

絹旗が七惟に好意を寄せているのは間違いない、それは同じ感情を抱く自分から見ても確信に近いものがある。

 

正直なところ、絹旗は自分と違ってかなり露骨に好意を寄せているというのにそれに気づかない七惟もどうかと思う、入院している自分と違ってアクションも起こしやすいだろうし接点だって作りやすい、現に浜面からはよく絹旗が『七惟の家に超行きましょう!遊びに!』と言っているのを聴いている。

 

これだけやって朴念仁なのはあの暗部組織の子が亡くなっているから喪に服していて、そういった気持ちに対して感情の起伏が失われてしまっていて無反応になっているのかもしれない。

 

そんなアタック絹旗が、いくら戸籍上は兄妹と言え法律上は確か結婚だって出来る二人が毎日同じ部屋で寝泊まりしているこの状況に関してよしとしているのだろうか?

 

浜面には悪いが中津唐揚げの味なんてどうでも良くなってきた。

 

 

 

ごめんはまづら、それよりも気になることがあって。

 

 

 

「滝壺、あの蛙医者から退院の目途は教えて貰ったのか?」

 

「ううん、まだだよ」

 

「アイツ、俺は速攻で退院させといた癖に……」

 

「大丈夫だよなーない、不治の病って訳じゃないから」

 

「こんな所に1か月以上いたら気が滅入るだろ」

 

「そこは心配しないで、皆がお見舞いに来てくれるおかげで……そういうことはあんまりないよ」

 

 

 

正直なところこの閉鎖空間にいると考える時間が多すぎて気が滅入ることが多い、というかそういうことばかり考えてしまって一日が物凄く長く感じることがある。

 

一人でいると特にそうだ、今日も浜面が来てくれるまでは少しネガティブになっていたと思う。

 

入院生活を始めてかれこれ1か月と少し……いい加減七惟の言う通り退院の目途がついてもよさそうなのだが一向にその気配はない。

 

自分の身体の中に蓄積されている『毒』を抜く作業を行っているとあの医者は言っていたが、それはまだまだ時間かかるとも言っていた。

 

具体的にその期間が数週間なのか、数か月なのか、数年なのか……そこらへんもぼかして言われていて、頭の中では理解していても心の天秤は不安に傾く時もある。

しかし今日のように皆が来てくれて、明るい話題、バカらしい話題、いろんなことを話していくうちにそのような未来への不安は薄れ、皆となら乗り越えていけると、明るいポジティブなほうへ動いていくのだ。

 

 

 

「超意外です、七惟がそういう気が滅入るとか言い出すなんて」

 

「あのな、俺だって人間だぞ。そういうことを気にすんのは当たり前だろ」

 

「七惟もそういうことに気が付くようになってきたんですね」

 

「……その言い方だとお前はずっと前からそういう気遣いた出来たような言いぐさだな」

 

「それはもちろん!七惟と違って私は超社交的な人間ですから」

 

「超社交的……?よし分かった、お前何人友達が居るか言ってみろ」

 

「な……ま、まさか七惟がそんな自爆発言をするなんて……」

 

「……」

 

「い、いいんですかぁ?そんなことを超言ってしまって」

 

「言え」

 

「ま、まぁそういうことですからこのことは超無かったことに!ほら此処にフルーツゼリーが超あります!超食べましょう!」

 

「焦ってんなぁ絹旗」

 

「超煩い浜面ぁ!」

 

 

 

おそらく絹旗の友人は片手で数えきれるくらいしか存在しない、というか此処にいるので全員じゃないのかと一同が総突っ込みを入れたい気持ちに駆られるがそれを絹旗は力技で乗り切ろうとする。

 

 

 

「これに懲りて今後俺に友達0発言は慎め、超社交的な絹旗最愛さん」

 

「なんでそこで敬称つけるんですか」

 

「ん?それは赤の他人の絹旗最愛さんに呼び捨てなんて失礼なことはできないからな」

 

「何ですか、今日は私を超弄る日なんですか!?」

 

 

 

が失敗したようだった。

 

 

 

「はいはい。ほら滝壺、絹旗が言った通り食べようぜ、浜面も食えよ。絹旗、お前もな」

 

「おう、サンキューな七惟」

 

「超納得出来ませんし……しかもそれ私が買ってきたんですけど!」

 

「支払ったのは俺だ馬鹿!」

 

「ありがと、はまづら」

 

 

 

七惟から手渡されたフルーツゼリー、オレンジ味らしい。

 

無意識の内にゼリーの器を握る手が強くなった、先ほどの会話は滝壺の頭の中にはほとんど入ってこなかった、それはもちろん気になって仕方がないことがあるからである。

 

話はまた盛り上がって別の話題に行きそうだが、この流れならこの勢いに乗って変なことも聴けるかもしれないと邪な考えが過る。

 

だがしかし。

 

自分からこんな話題を振りまけない。

 

思春期真っ盛りの羞恥心が聴きたい欲求を踏みとどまらせているのだ。

 

どうしようか、このメンツ全員がそろってお見舞いに来てくれる頻度はそう多くない。

 

タイミングを逃せば一か月は待つことになる。

 

一か月も、もんもんとした気持ちを抱えていくには自分の導火線は持ちそうにない。

 

間違ったタイミングで爆発でもしようものなら絹旗からは奇異な目で見られるだろうし七惟はきっと引くだろう。

 

それでも……それでも、聴きたいのだ。

 

 

 

だって!気になるんだもん!

 

 

 

自然と、自然と話をスタートさせることは出来ないか?

 

急に浜面との話の延長線上の流れで話を始めてしまってはきっと敏感な年ごろの絹旗は不埒だ!というだろうし七惟は変態だと思うにきまっている、浜面は何だか喜びそう。

 

あくまで違和感なく、さりげないところからいけないか。

 

それともこの汚れ役を浜面にやってもらうか?きっと浜面だって内心は気になっており先ほどの内容を忘れてはいないはず、彼も男の子なのだからそういう事情は知りたいだろう。

 

いやしかし、浜面はこういうことも直球で聴きそうだ。

 

そうなると暴力(物理・言葉)が飛んでくる気がする、それはあまりに可哀そうだ、この手は諦めよう。

 

……ここは王道で、身の回りの話から外堀を埋めつつ浜面にも途中から話に乗っかっていってもらうことにしよう。

 

彼の性格ならば絶対に乗ってくる、そうなると場の雰囲気も際どいことも聴き易い方向へ変わっていくだろう。

 

なんだかとってもしょうもないことをやっているような気がしてきたが冷静では恋愛はやっていけない!

 

暴走機関車気味の恋愛感情を載せて滝壺は口を開いた。

 

 

 

 

 

 



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アイテム+αは思春期-ⅲ

 

 

 

 

 

「ねぇ、なーない」

 

「あン?どうした」

 

「なーないは今みさかさんと暮らしているんだよね」

 

「あぁ、あの糞狭いワンルームだぞ」

 

「どう?二人暮らしは」

 

「どうって…」

 

「超七惟は部屋も散らかさずそつなくこなしていますよ、共同生活。あの超自己中な七惟が他人と一緒に生活出来るなんて思いもしなかったですけどね」

 

「おい絹旗」

 

「実際どうなんですか?一人で暮らしていた時と超違うところとか多くて、ストレスとか溜まるんです?」

 

 

 

よし、さり気無く会話をスタートすることが出来た。

 

滝壺の思惑通り、七惟の私生活が気になるであろう絹旗がスムーズに会話に乗ってきた。

 

これで突拍子もないことを聴いて撃沈してしまうという最初の関門は難なく突破することが出来た。

 

隣にいる浜面が『マジか』というような表情をし、息をのむ姿が視界に入ったが気にしないことにする。

 

いずれはっきりとさせないといけないことなのだ、それが遅いか早いか、それだけの違いしかない!

 

 

 

「ストレスはすげぇぞ、お前らがおそらく想像出来ねぇくらいかかる」

 

「え、どういうことなんです?」

 

「そもそもあのバカは共同生活において最も大事な片づけを一切しない。まぁ生い立ち考えたらそういう習慣が無くて当たり前なんだが、知識はある癖にそれを実行しねぇからなおのこと質が悪く感じて最初は毎日衝突した」

 

「うわ~……七惟と毎日超喧嘩するなんて命の危険を超感じちゃいますよ」

 

「お前俺をどんな人間だと思ってんだ」

 

「え、言うこと聞かなかったら地上10階建てのアパートから人間を転移させる能力者だと」

 

「今ここで実行してやろうか」

 

「それ俺に被害が飛んできそうだから勘弁してくれ絹旗!これ以上は!」

 

 

 

狙い通り最初は戸惑っていた浜面もこの会話の中に入ってきた。

 

上手くいっている、共同生活のことならば二人の境遇は喋らざるを得ない、良い流れだ。

 

この話の行きつく先の終着点、七惟と絹旗は決してわからない。

 

分かるのは滝壺と浜面だけ……このままうまくいけば!

 

 

 

「じょ、冗談ですよ七惟!滝壺さんも居ますよ?傷ついた滝壺さんの前でそんな傍若無人なことはやめましょう!」

 

「ったく、しねぇから安心しろ。それにもう大喧嘩なんてほとんどねえよ、その時期は過ぎたわ」

 

「一緒に住み始めて今ちょうど一か月くらいだよね。なーないはそろそろ慣れてきたところなの?」

 

「まぁな。結局のところ諦めが肝心だ……相手は精神年齢0歳だぞ、言っても無駄だと悟った」

 

「その寛容さを俺ら相手にぜひとも発揮して欲しいぜ」

 

「悔しいですが超同意します」

 

「あのなお前ら」

 

「最近はだいぶなーないも丸く……柔らかくなったね。いいと思う、やさしいねなーない」

 

「優しいかぁ……?」

 

「この中で俺にお世辞すら言ってくれない奴が二人もいることに驚きを隠せないが」

 

「いやだってお前のせいで前回死にかけたから!」

 

「わ、私だって七惟も最近は……その、超あれです、接しやすいと思いますよ!」

 

 

 

素直にほめきれない絹旗、おそらく二人きりならば面と向かって褒めるのであろうが今は滝壺と浜面が場に同席しており、心と言葉が思ったようにリンクしないのだろう。

 

うぅ、と言い淀んでいる絹旗を見て滝壺は胸をなでおろす。

 

これならば、まだまだ二人の関係は大きく前進していないように思える。

 

ならば、やはり現在進行形での懸念材料は美咲香である。

 

 

 

「はいはい、わかったわかった。ありがとな」

 

 

 

そんな絹旗に対して呆れながらも手を差し伸べる七惟。

 

なんだろうか……共同生活を長いこと送っているせいか?七惟が今までに比べてかなり寛容的になっている。

 

ここまで包容力のある七惟を見たことがない、そういえば……。

 

数週間前、七惟がここにお見舞いに来た時は美咲香の愚痴を結構言っていた、それなのに今はない。

 

滝壺はこの入院中、時間だけはいやにあったので色々な本を読み漁った。

 

その中でこのような文章があったと記憶している、男女の共同生活は人間を大きく成長させると……!

 

この包容力、間違いなく七惟は共同生活で年下の美咲香の面倒を見ることによって、人間的に大きく成長している。

 

 

 

「でもきぬはたの言う通り、前来た時はなーないも結構愚痴をこぼしてた気がする」

 

 

 

きになる、ちょっと探ってみる。

 

 

 

「あ、確かにそういえば七惟、お前参ってる時期あったよな」

 

「言われてみれば……超ナイーブになってきた時期が」

 

「多分美咲香の奴が来てすぐの時だろ?あん時は美咲香の転入やら引っ越しやら……一番忙殺されていた時期だからな」

 

「なるほどねぇ、でもお前がそれくらいでへこたれるとは思えないぜ。やっぱ美咲香ちゃんと暮らすの大変か?」

 

「ほかにも何かあったんですか?」

 

「お前ら本当容赦なく他人の家の内情についてずかずか聞き込んでくるな…。デリカシーってものがねぇのか」

 

「うぐっ……」

 

「い、痛いところつくな」

 

 

 

はぁ、と七惟はため息をつきつつもまぁいいか、と口を開く。

 

 

 

「いきなり一人暮らししてた人間がほぼ赤の他人と一緒に暮らすんだぞ?いくら戸籍上は兄妹だったとしても何もかも性別すら違う二人がいきなりうまく暮らせる訳ねーだろ。お前らが将来どこぞの誰かと一緒に住むときは気をつけろよ、甘く考えてると地獄見るぞ」

 

 

 

ここだ、今が攻め時である。

 

浜口のキラーパスによって、七惟はより具体的に何が大変であったのかを喋り始めた。

 

一度情報を渡してしまえばあとの細かな点はまぁいいか、と飲み込んでしまうのであると何処かの心理学の本に書いてあった!

 

まぁあの浜面のキラーパスを七惟が答えるとは非常に意外であったが。

 

刹那、滝壺は迷う。

 

今本当にこのままこの言葉を発音して大丈夫なのか?

 

七惟は怒らないか?絹旗は引かないか?浜面は呆れないか?

 

いや、浜面のキラーパスにすら回答した七惟である、きっと大丈夫だ。

 

……しかし少しでも過激な内容と感じられてしまってはきっと七惟は答えないだろう。

 

考えろ、頭を使うのだ。

 

そして一度を目を閉じ、意を消して言葉を放つ。

 

体面はあくまでさりげなく、思ったことを思いついたように、それ以上の他意は無いと示す態度を。

 

 

 

「寝る時とかはなーないどうしてるの?私は結構近くに人がいると寝息とか、気になって眠りが浅くなることが多いよ」

 

 

 

……うまくできた!

 

 

 

「……!」

 

 

 

浜面が目を見開いているが、こちらの意図を察したのか口角を吊り上げる。

 

対して絹旗は特段大きな変化は見られない、寝る時ですか~と人差し指を頬に充ててイメージしている。

 

これなら何の違和感もない、ちっとも変な感じはしない。

 

 

 

「寝る時か?」

 

「あ~、分かる分かるぜ滝壺。俺も集団合宿とかで大部屋で寝るのガキの頃苦手だったんだ。寝付けないよな」

 

 

 

流石浜面だ、一瞬で先ほどの会話内容を思い出し空かさず援護射撃に出てくれた。

 

 

 

「アイツがベッドで俺が布団だな、だから都度布団は出し入れしてるけどな、出しっぱなしだと普段の生活を送るスペースがねぇ」

 

「あ~、なるほどな。俺はてっきり布団並べて寝てんのかと思った」

 

「…………ッ!!」

 

 

 

そしてここで絹旗が話の全容を掴んではっとした顔で七惟を見る。

 

 

 

「な、七惟」

 

「あぁ?なんだよ」

 

「そ、その……違う部屋で寝てるんですか?」

 

「あのな、俺の家はワンルームなんだが。廊下で寝ろってか?同じ部屋で寝てんに決まってんだろ」

 

「そ、それは超そうですね」

 

「どうかしたか絹旗?」

 

「い、いやなんでもないです超大丈夫です!」

 

 

 

クエスチョンマークを頭に浮かべる七惟、対して得られた結果に一安心している浜面。

 

そして……読み通りに事が進み満足している滝壺である。

 

滝壺の不安は杞憂に終わった、確かに一つ屋根の下で一緒に寝ていることには変わりはないが、布団とベッドで二人は離れているだろうし、この話題を何のためらいもなく話す七惟の様子からして危惧していた関係にはなっていないだろう。

 

胸をなでおろす滝壺の傍ら、絹旗は自分の顔が一気に熱くなっていくのを感じる。

今、七惟はなんといっただろうか。

 

一緒の部屋で寝ていると言った、つまりそれは……。

 

絹旗も思春期真っ盛りの少女である、男女が夜に一つ屋根の下にいたら何をするのかくらいしっかりと分かっている。

 

今まで七惟と美咲香が一緒に暮らしていてそのようなことを一切考えなかった訳ではない、結局のところ確かめるのがちょっと怖かったこともあるし、兄と妹でそんなことはないはずだと高を括っていたところもあるのだ。

 

しかし、リアルに夜のことに話が傾くと一気に頭はそれ一色となった。

 

同じ部屋で寝ている?ベッドと布団で別?

 

 

 

「あ、あの七惟!」

 

「今度はどうしたんだ?」

 

「そ、その……美咲香ちゃんとは、ちゃんと、うまくいってるんですか?」

 

 

 

ストレートに聴けるはずがなかった。

 

ぷるぷると震える手を抑えつけてなんとか絞り出した当たり障りのない質問が精いっぱいである。

 

 

 

「うまくって何が?寝る時のことか?」

 

「いい、いいいやいや超、そそそんなことじゃあ、ああ」

 

「アイツ寝る時滅茶苦茶寝そう悪いからな。ベッドから落ちてきてこっちに寝転んでくるときあるから安眠が出来なくてそこはうまくいって……」

 

「えぇぇぇ!?い、一緒に寝てるのなーない!」

 

「は?」

 

「いやだって!今寝転んでくるって」

 

「だから、寝そうが悪いからって言っただろ」

 

「お、おいおい七惟。お前美咲香ちゃんと一緒の布団で寝て変なことしてんじゃねーだろうな!見損なったぞ!」

 

「はぁ!?なんでそうなんだよ!そんな要素今の話の流れの中にあったか!?」

 

「な、七惟!どうなんですか、そこのところ!」

 

「なーない!さっきは別々に寝てるって言ったのに!」

 

「だから!同じ布団で寝てねーって言ってんだろ!この話今すぐやめろバカ!」

 

 

 

今この場の全員、あの七惟ですら顔を真っ赤にして騒ぎ立てている。

 

そして浜面がここぞとばかりに攻めの一手を打ってぐいぐい切り込んできた。

 

 

 

「まぁやっぱり美咲香ちゃんも実年齢0歳て言っても見た目あの常盤台の超電磁砲で可愛いし、とっつき易くて親しみやすいしな。そういう風に意識してたりするのか七惟?」

 

「な、ななななな何を言っているんですか浜面!滝壺さんも何か言ってください!」

 

「で、でも気になるよきぬはた!」

 

「お前らいい加減にしろ!お前らが考えてるようなことあるわけねーだろ!」

 

 

 

確か今日は滝壺のお見舞いに皆来てくれたはずだった。

 

しかし今は滝壺を労わる目的なぞ皆とうに忘れて目の前の話題以外頭の中に入ってこないのであった。

 

 

 

 

 

 



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アイテム+αは思春期-ⅳ

 

 

 

 

 

 

「ったくアイツら……調子乗りやがって」

 

 

 

七惟は滝壺の病室を出て、全員分の飲み物を買うため外に出た。

 

いや、部屋から出るための口実が欲しかっただけなのかもしれない。

 

あれ以上あの会話内容を続けていくと、なんだかとんでもないことが起こるかもしれないし、おかしなことになりそうだ。

 

どうも3人は七惟と美咲香の間に男女の仲云々があるのを疑っていたようだが、そんなことがある訳ないのだ。

 

根気強く説明しようにも浜面が煽りまくるせいで話は通じないし、絹旗と滝壺は腑に落ちない顔をしていた。

 

しかしあれ以上は七惟の精神も持ちそうになかったため、こうして外に出たわけである。

 

何だか次に美咲香に会った時に気まずくなるような、そうでもないようなざわつく感じがして仕方がないが、気を取り直す。

 

滝壺が入院している病院は非常に大きく、七惟も何度かこの病院にお世話になったことがあるが未だ道に迷うこともある。

 

そして女性と男性が入院する病棟は基本的に異なるため、自分が入院してきた時と同じ感覚で動いていては忽ち目的地を見失ってしまう。

 

要するに軽く迷路のようなものなのだ、故に病棟で迷子が頻発するという苦情も出ているらしいが……。

 

 

 

「A棟とB棟とC棟……ん?どっちがAだ?滝壺は確かDだったがAから行けるのかこれ」

 

 

 

病院入口のエントランスに設置してあるコンビニで買い出しを済ませた七惟だったが、彼も例に洩れず道が分からなくなっていた。

 

だいたい滝壺のお見舞いに来るときは滝壺が特殊な症状の為専属の看護師がついており、彼らが道案内をしてくれる為任せついていくだけだったので楽だったが、こうしていざ一人で行動するとよく分からなくなってしまう。

 

この年齢で迷子など笑えないので、七惟はすかさず来た道を戻り案内掲示板を探す。

 

病院が巨大過ぎるのも問題だ、こういう病棟の先の外れの方では人の出入りがほとんどなく、職員も見かけないためすぐに道を尋ねることが出来ないのだ。

 

案内掲示板を見るのもこうやって探す始末、面倒だとため息をつく。

 

しかしそんな七惟に救いの手が現れる、後方から廊下を歩く誰かの足音が聞こえてきた。

 

職員であればすぐに道を尋ねよう、流石のコミュ障の七惟もここ数か月でだいぶ対人スキルが発達したので職員に道を礼儀正しく聴くくらいは何とか出来る。

 

それでも何とか、がつくのはやはり彼の身に染みた今までの常識や身体が邪魔をしてしまうからだ。

 

これが職員じゃなくて病院を訪れた一般人であればおそらく聴くことなんて出来やしないので、七惟は若干祈るような形でその足音の主を確認すべく振り返るが……。

 

そこに立っていたのは。

 

 

 

「あら、全距離操作。こんなところで会うなんて奇遇ね、愛しい誰かのお見舞い?」

 

「奇遇だぁ?ふざけんじゃねえ、てめぇがこんなところに来るなんざ偶然が有り得るか」

 

 

 

予想だにしない人物であった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「はぁ~、平和、そしていい天気」

 

 

 

冬も近づいてきた日本の晴れ空は、透き通っていて気持ちがよい。

 

元気よく真っ青な青空の下を歩く褐色少年の名前は紀伊源太。

 

七惟美咲香と同じ病室で共同生活を送っていた少年であり、最近はもっぱらその少女にお熱を上げている男子である。

 

名前はもちろん父親が付けてくれた名前だ、彼の父は日本人で母親は東南アジアの人間。

 

所謂ハーフだ、多少母方の血が強いのか肌の色は褐色だが目と髪は日本人の色が濃い。

 

年齢は15歳、東南アジアの孤島で一人住んでいるところをこの学園都市の調査部隊に保護されてこの日本国にやってきた。

 

彼の父親は生粋の日本人だったが何のもの好きなのか紛争が起こっている地域に足を運んでは善行を積むのが大好きで世界各地でボランティアを行っていて、その最果ての地が海に浮かぶ紛争地帯の孤島だった。

 

口癖は『明日のことは分からないけど、今よりきっといいことがある』だった。

 

対して彼は母親の記憶は一切無い、どうやら父がこの孤島で出会った女性だったらしいが彼が自我を持った時は既に母親は他界していたのだ。

 

紛争地域ではよくある話、銃撃戦に巻き込まれ亡くなったとのことだった。

 

父に母のことを訪ねるとそれだけを答えてくれて、その後は決まって物悲しい表情で虚空を見つめるばかり。

 

そんな父も最後は母と同じだった、息子を守るためにその身を晒して『最後は悪いことをしちまった』と笑いながら亡くなったのを昨日のことのように彼は覚えている。

 

その時の自分はよく『死』というのを理解していなくて、父親の死をしっかりと認識できるようになったのは父が死んでから数年経った後。

 

だけれどもその時理解していたならばきっと自分は精神がおかしくなってしまっていたと思う、自分を庇って父親が死んだだなんてあの年齢の子供が自覚したならば心が耐えられなかっただろう。

 

時間差で理解した父親の死はもちろん彼が激情に飲み込まれるには十分な理由になったが、紀伊はそれでもそのたくましいメンタルで耐え切り生活を続けていた。

 

読み書きや常識は父から教わったものしかない、つまり彼の知識レベルは5年前から発達はしていない。

 

だが一人で生き抜く力は自然から教わった、暴風、豪雨、うだれるような熱、それら自然が彼に与える様々な試練が紀伊を強く育てていった。

 

そして気が付けばそれらの力が彼を助ける味方となり、時には刃に、時には鎧となって彼を守っていく。

 

何時からだろうか、ある特定の自然の力が自分にとって都合がよく動いていると感じたのは。

 

その自然の力は『風』

 

吹いて欲しいと願ったその時に風が吹き木の実が落ちる、侵略部隊が襲って来れば暴風が吹き荒れて災害が起こる。

 

槍にも楯にもなるこの力はいったい何なのだろう。

 

父が亡くなってからの5年でその力は作用はどんどん大きくなった、そしてもしやこの力は自然の恩恵ではないのかもしれないと思い浮かんだその時に、彼は父と同じ日本人に保護されて日本国にやってきた。

 

そんな彼も今では野生児として育ってきた面影は成りを潜めて、この学園都市で一人の中学生として生きている。

 

この都市は自分が生きてきた孤島なんかより遥かに安全で、快適だけれど……自然の力はほとんど感じられない。

 

だけれど、人の力を感じる。

 

その人の力が、また自分に何かを与えているというのを毎日実感している。

 

特に……一緒に入院していた少女、美咲香と言ったがあの子の兄から物凄い力を感じるのだ。

 

それこそ自然界でしか感じたことが無かったような暴圧を彼から時たま感じる、だけれどそれは攻撃的ではなくて美咲香を守るように展開されているので喜伊にとっては無害であった。

 

そのことを彼女の兄に尋ねたことがあったが答えは要領を得ないものばかりで、最後には『しつけぇ』と一刀両断。

 

流石にストレートに『美咲香さんを守ってるの?』と聞いたが悪かったのかもしれないが、何だかこう色々と考えるのは面倒で率直に聞いてしまったのだ。

 

彼女の兄を不機嫌にしてしまったその後は美咲香から『敬語を覚えましょう』『態度を改めましょう』『常識とはこういうものです、私は体験したことがありませんが知識はあります』等々一緒に勉強というか説教を食らったものである。

 

彼はそんな美咲香を息を吸うたびに、話し合う回数を重ねる度に好きになっていった。

 

元々住んでいた島にも異性は居たが、どの女性も喜伊から見たら魅力を感じたことがなかった。

 

何故だろう、住んでいた当時は理解出来なかったが日本に来てから分かった。

 

あの島にいた女性達は、喜伊からすれば『普通の人間』だったからだ。

 

自然と戦い一人で生きていた喜伊は、村に住む女の子たちは父から教えて貰った異性の範疇を出ていなくて、興味がわかなかったし、その子たちと一緒に居るくらいならば森で食料を調達したほうが良かったからだ。

 

要するに生きるのに精いっぱいで、他のことなんて気にならなかったのだ。

 

この日本国に来てからも、もちろん彼の本質は変わっていない。

 

変わっていなかったのだが……目の前でトランプと睨めっこしている美咲香は、彼の父が教えてくれたどんな女性よりも魅力的に見えた。

 

自分の知らない異国の地の女性だからという訳ではない、その一挙一動が自然の流れと相反するような動きをしていてどうしてそんな行動をしているのか分からない。

 

分からない、知りたい、もっと仲良くなりたい……そう思って言ったら、あっと言う間だ。

 

喋り方すら、彼女の好むものになっていった。

 

そんな美咲香に恋する少年喜伊源太は今日は学園都市の探索をしている。

 

退院してから月日もある程度流れて学校にも通ってはいるものの、彼にとってこの学園都市は知らないものばかりなのだ。

 

彼はこの退屈しない毎日が大好きだ、ふと外を歩けば彼が知らない世界が広がっている。

 

テレビや冷蔵庫くらいは近隣の村にあったが、エレベーターとかエスカレーターとか、高層ビルとか商業施設に……グルメにデザート。

 

僅か1か月少しで彼の常識は見違えるように変化していった。

 

そして今日も彼は刺激を求めて道を歩く、今日は商業施設で異性に送るプレゼントに関しての知識を身に着ける予定だ。

 

何せ季節は11月、何やらこの国では12月のとある日に好きな異性にプレゼントを送るのが恒例行事となっているらしい。

 

そういうことに関して美咲香が興味があるのか分からないが、自分は興味津々である。

 

そんな好きな子に振り向いて貰いたい、その一心で突き進む喜伊の目の前にふと飛び込んできたのは……。

 

 

 

「うーん……このガチャガチャ……コンプリートしてないゲコ太のストラップがあるけど……絶対出ないのよね」

 

 

 

想い人と全く同じ顔つき、体つき、声をしていながらも彼女の兄と同じレベルの暴圧を纏う一人の少女。

 

また自分が知らない世界がひょっこりと顔を表してきたらしい。

 

紀伊は15歳だが、まるで小学生が浮かべるような無邪気な笑みを浮かべてを少女にふと声を掛ける。

 

 

 

「ねえ、お姉さん。そこに何か面白いものでもあるんですかー?」

 

 

 

 

 

 



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アイテム+αは思春期-ⅴ

 

 

 

 

 

美琴の目の前に現れたのは、褐色の肌を持つ目がクリクリした少年だった。

 

見た感じ自分とほぼ同年代のように見えるが日本人には見えない。

 

今の時間は土日の昼13時過ぎだ、美琴は自分の容姿故に、このように異性から声を掛けられることは少なくない。

 

所謂ナンパである、学園都市では学生が多く若い女子が多いためかこのようなに異性との出会いは至るところにあり、出会いのイベントは手に余るほど多いのだ。

 

今日の美琴は一人だ、何時も一緒に居る白井黒子は昨日深夜に捕まえた不穏分子に関する調査、佐天と初春は友人と一緒に勉学をするらしい。

 

故に彼女は一人で昨日怪しい動きをしていた連中について調べようと考えていたが、昨晩七惟は近々に妹達に危険は及ばないと言っていたため、気晴らしがてらに街をぶらつき街異変があればそこに向かう、というようなスタンスで歩いていた。

 

そんな中で褐色ボーイが声をかけたのは道中気を引くゲコ太のストラップガチャがあったため歩みを止め眺めていた、という時であった。

 

学園都市のナンパはおおよそ夕方……もとい、日が暮れた19時以降、今はもう冬が目前まで迫ってきているのでだいたい17時過ぎ以降に行われる。

 

こんな日が高い時間に声をかけてくるなんて珍しい、おおよそ自分に声をかけてくる不埒な輩は頭が悪い連中ばかりなのだが今回声を掛けてきた少年の纏う雰囲気はちょっと違った。

 

 

 

「ねぇねぇお姉さん。そんなに目を凝らして、僕の顔に何かついてます?」

 

「そういう訳じゃないけれど……何か用?」

 

「そうですね、貴方が凄い顔でそのガチャガチャを見つめていたものですから、気になって声をかけたんですよ?」

 

「そう、それで?」

 

「貴方がそんなに気を引くものは何なのかな、っと興味を持ったのです」

 

「私が貴方にそんなことを言う必要はないでしょ」

 

「あはは、辛辣だなお姉さん」

 

 

 

何だろう、この少年……今迄ナンパをしてきた連中とは違って掴み所が無い。

 

 

 

「人がそんなに何かに必死になるなんて、凄い気になりますよー?さっきの顔つきはまるで獲物を見る狩人のような目つきでした。こんな平和な街中でそんな顔つきをしていたら、嫌でも注目しちゃいます」

 

「悪かったわね、そんな物珍しい顔をしちゃって。でも貴方には関係ないでしょ、私が何に興味を持とうが何を狩ろうが」

 

「それはそうか。でもそれだと僕の疑問は解消されないから、お姉さんには協力して欲しいなぁ」

 

「だから、私が協力する必要は……」

 

「そうは言っても揺らぐお姉さん」

 

「だ、誰が……」

 

 

 

何だろう、コイツ。

 

やっぱり今まで接してきた奴とは全然違う。

 

ナンパ目的で声をかけてくる奴は無愛想な態度を見れば去っていくし、懲りない奴は手を出そうとしてこっちが撃退。

 

だいたいこういった対応で終わるものばかりだと思っていたが、街中で声を掛けてきた連中の中でこのマニュアル通り進んでこなかった奴は本当に珍しい……というかコイツで3人目だ。

 

一人目は上条当麻、二人目は七惟理無……どちらも自分とは深く関わりあっている二人だ。

 

上条は自分を助けようとして、七惟は自動販売機から缶ジュースを奪取してくれたっけ……その後の言葉のせいで口論になったのだが。

 

そしてコイツは……この飄々とした感じ、凄く苦手だ。

 

 

 

「……お目当てのストラップのガチャガチャだから見てた、それだけよ。満足した?」

 

「へぇー、お目当ての?どれがお目当てなんです?」

 

「そ、それは……」

 

 

 

こ、コイツまだ突っかかってくるのか。

 

振り払おうにも振り払えないコイツの声、名前も知らない奴にここまで長々と絡まれるなんて。

 

 

 

「此処まできてだんまりはないですよぉ、お姉さん」

 

「お、お姉さんお姉さんって!アンタ私とほとんど年齢変わらないでしょ?」

 

「どうだろう、お姉さんは幾つなんですか?」

 

「14よ」

 

「あ、そうなんですか。それじゃあ何を狙っていたのか教えて貰えますか?」

 

「アンタは教えないの!?」

 

「やだなー、お姉さん。僕が教えるなんて一言も言ってないじゃないですかー」

 

「な、屁理屈を!」

 

「じゃあお姉さん、僕が年齢を教える代わりにお姉さんが狙ってガチャガチャしようとしてたか教えてくださいね」

 

「それとこれとは話が違うでしょ!」

 

「あはは、でも振りほどかないお姉さんはツンツンしてるけれども面白いですよ」

 

 

 

何だろう、もの凄く腹が立つ。

 

上条の空気読めない行動とか、他の女と仲良くしているのを見るのはもちろん腹が立つ。

 

七惟のこっちを無視した態度はもの凄く腹が立つ、コイツの態度は七惟や上条とは違うが腹の立ち具合は七惟に負けていない。

 

 

 

「そもそもアンタは何でこんなに私に絡んでくる訳?ナンパのつもり?」

 

「ナンパ……?なんのことか分からないけど、お姉さんには興味を持ったもので」

 

「ナンパじゃなかったら何よ、興味を持ったって話と矛盾してる」

 

「うーん、そうだなぁ、じゃあ僕がどうしてお姉さんが気になっちゃうのか教えるから、代わりにお目当てのストラップを教えて欲しいですね。これなら対価として十分な気がします」

 

「……まぁ、ならいいわ」

 

 

 

いろいろ思うところはあるがコイツのうっとおしい追撃から解放されるのであればもう何でもいい、それにコイツが絡んでくる理由も分かればどう追っ払えばいいか分かる。

 

ゲコ太のことを教えるのは……ちょっと恥ずかしいけど。

 

 

 

「これよ、これが欲しかったの」

 

「これですか……?この蛙の奴ですかぁ?」

 

「そうよ……何か文句でもあんの?」

 

「まさか、そういう人が好きなものを否定するなんて失礼です」

 

「でもアンタの口は何か言いたそう」

 

「そんなことありませんって」

 

「……まぁいいわ。それで、アンタが私に話しかけてきた理由って何なの?そこまでもったいぶるならそりゃ御大層な理由なんでしょうね」

 

「あはは、大げさだなぁお姉さんは」

 

「……」

 

 

 

いい加減にしろこの野郎、という言葉が喉まで出かかって何とか飲み込む。

 

此処で爆発してしまっては春先に出会った七惟と全く同じ展開になり、こんなところをもしアイツの知り合いにでも見られたらいいことなんて一つもない。

 

プルプル震える拳は彼女のボルテージの限界を表していたが、それでも七惟のこちらを無表情で馬鹿にしている顔を思い出して堪える。

 

 

 

「大したことありませんよー、唯……お姉さんが僕の好きな人にすごーく似ているから、気になっただけです」

 

「え……」

 

 

 

それは先ほどまで湧き上がっていた怒りの感情がまるで蝋燭の火のようにさっと掻き消える瞬間だった。

 

今目の前で此奴は何と言った?

 

 

 

「似ている……人?」

 

「はい、もうびっくりするくらいお姉さんとそっくりなんです。双子かと思いました」

 

 

 

似ている、双子……それに、好きな人?

 

どういうことだ、それとも唯のそっくりさんが実際居てその人のことを言っているのか?本当に妹達の誰かを見て言っているのか?

 

一番可能性があるのはどっちだ、後者だろう。

 

まさか……学園都市の研究者の一人なのかコイツは?妹達と自分のことを観察してまたよからぬことを考えているのではないか?

 

様々な可能性が浮かんでは消えていく美琴の表情はどんどん憔悴していくが、そんな美琴の顔に目もくれず褐色少年はゲコ太のガチャガチャを見つめながらこう漏らす。

 

 

 

「でも彼女は兄しかいないと言っているので、そっくりさんなんでしょうか?驚きました、こんな狭い都市に彼女とうり二つの人がいるなんて」

 

 

 

兄。

 

そのワードを聴いて一気に美琴の脳が覚醒する。

 

美琴が知っている妹達の中で唯一この学園都市の学校に通っていて、尚且つ兄が居るという子はあの子しかいない。

 

 

 

「まさか……その兄って七惟理無って奴?」

 

「あ、知ってるんですかお姉さん」

 

「まぁ知り合いだけど。だからその子のことも知ってる。それにその子は私の姉妹なんかじゃないわよ、似てるだけ」

 

「あんな無愛想なお兄さんだけど意外に人脈広いなぁ。お姉さんは何処であの二人と知り合ったんですか?やっぱりこうやって街中で」

 

「嫌な思い出だから思い出したくない」

 

「冷たいなぁ、互いの知人が居ることだし僕たちもっと仲良くなれると思いますよー」

 

「私は別にアンタと仲良くする必要なんてないんだから、そこらへんいい加減分かりなさいよ!」

 

 

 

此処までの言葉で全て理解した。

 

コイツはあの七惟理無の一派だ、間違いない。

 

要領を得た表情の美琴に対して、褐色ボーイはその表情に対して?を浮かべるもののにこやかだ。

 

何だか七惟が居ないこの場所でもアイツにからかわれているようでもの凄く腹が立つが、それと同時に此奴が言ったもう一言を思い出して思わず口から飛び出す。

 

 

 

「……あの子のこと好きってホント?」

 

「あの子?」

 

「私とそっくりな子よ」

 

「はい、大好きですよ!」

 

 

 

そこまで思いっきり言うか。

 

そんなはっきり言われてしまうともうこっちが聞き出すことが無くなってしまう。

まだ学校生活を始めて1か月くらいしか経っていないだろうに、あの子の交友関係は一気に広まって……そういう色恋沙汰まで発展する程になっているのか。

 

何だか不思議だ、あの子のことは手のかかる妹……自分の半身……肉親……色々関係を考えてきたものの、何だか彼女は手の届かないところに行ってしまったようだ。

 

目の前のコイツとあの子がどういう関係になるかなんて想像もつかない、何せバックにはあの性悪全距離操作だっているのだから。

 

しかし悪くなることはないだろう、コイツとあの子が話しているところを想像したら嫌に上手くウマが合いそうな感じがする。

 

 

 

「どうしたんですかお姉さん?」

 

「何でもないわよ……まぁ、その。頑張って。色々と」

 

「あはは、最後は応援してくれるなんてお姉さんは面白いなぁ」

 

「うるっさいわ!」

 

 

 

 

 

 



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デートですよ、デート-ⅰ

 

 

場面は戻り、滝壺の入院先で思わぬ再開を果たした七惟と心理定規。

 

二人は病院入口のに入ってすぐのエントランスの近辺に構える喫茶店に足を運んだ。

 

これだけ大規模な病院となるとこういった商業施設もセットで建設されていることがあるのだが、この病院はその最たるものでコンビニから喫茶店、レストラン等生活するには事足りないことなど無い。

 

七惟はコーヒー、心理定規は紅茶を頼み二人して席につく。

 

こうやって真正面から心理定規を見るのはいったい何年ぶりだろうか、少なくとも高校に入ってからはこんなことは絶対になかったし……中学でもなかったはずだ。

 

おそらく小学生以来だろう、その頃は二人とも研究所で顔を合わせていた。

 

ランドセルを背負ったコイツをよく見かけたものだ。

 

そして年齢が近い人間が誰も居なかった七惟は、彼女に自分から話しかけたこともあった。

 

ついこないだ心理定規が所属していたスクールのボスに殺されそうになったというのに、その側近である彼女とこうやって喫茶店で話をするなんて当時の自分ならば信じられなかっただろう。

 

暗部抗争の日に会った時、心理定規は紅のドレスを着ていたと思うが今日の服装は打って変わって年相応の服だ。

 

白のパンツにシャツ、黒のカーデガンを上から羽織っている。

 

何時もはド派手なイメージが強い心理定規だがこういう服装もするものなのか。

 

 

 

「それで?俺はすぐにでも本題に入りたいんだが」

 

「あら、せっかく数年ぶりにこうやってじっくり話せるのに?」

 

「待たせてる奴らがいんだよ」

 

「愛しい人でも待たせてるの?」

 

「馬鹿言え、友人だ」

 

「友人?貴方の?」

 

「それ以外に誰がいんだよ」

 

「貴方の夢の中に居るお友達かと思っただけ」

 

「お前もの凄く失礼なこと言ってるから自覚しとけよ」

 

 

 

絹旗にはメールで知人に会って話すことがあるから少し遅くなる、とだけ伝えておいた。

 

どうやら今から滝壺のリハビリが始まるらしくそれに彼女たちは付沿うそうで、話が終わり次第リハビリセンターに来てほしいとのことだった。

 

滝壺のリハビリが終わるのが先か、コイツから必要な情報を得るのが先か……微妙なところだ。

 

 

 

「貴方に友人なんて本当に変わったわ。それは誰?」

 

「お前は俺の保護者かよ」

 

「ふふ、年下の保護者って素敵ね」

 

「あぁ?気味悪い響きしかないだろ」

 

「あら、そう?でも昔はよくお互いに面倒を見合ってたじゃない?」

 

「昔だろ、何年前の話をしてるんだ」

 

「まだたった数年前のお話」

 

 

 

事実だ、七惟と心理定規は七惟が小学生の間はよくコミュニケーションを取っていたのは間違いない。

 

それが途中からすれ違いなのか思春期特有のものからくる気恥ずかしさなのかはわからないが、七惟が中学生に上がる頃には私的なやり取りがほとんどなくなっていたと言ってもいい。

 

互いに能力発展の為に実験ばかりであったし、そもそも七惟は常に研究所に居たが彼女はそういう訳でもなく、研究所に通っていたのだ。

 

 

 

「いい加減さっきから脱線し過ぎたから話を戻すぞ。お前がココにやってきた理由は何だ」

 

 

 

心理定規は絹旗同様所属している組織が消滅してしまったため、現在はフリーでやっていると聞いた。

 

絹旗は生活費を稼ぐためにやっているらしいが、彼女はどういうスタンスで動いているのか分からない。

 

此処に来たのは暗部の仕事の一環かもしれない、はたまた昨日のことが関係しているのかもしれない。

 

 

 

「貴方は凄くそのことに拘っているみたいだけど、此処に来たのは私の仕事。もちろん暗部の仕事じゃないわ」

 

「どんな仕事だよ」

 

「貴方もこの病院に出入りしているなら知っているでしょ?終末患者のことを」

 

「……死ぬ一歩手前の奴らのことか」

 

「そう、そういう人達は大抵家族が居てお見舞いに来たり話をするものだけれど、中には家族に先立たれてそういうことが出来ない人がいる。そういう人達を相手に私はお見舞いをしに来るということ。要するに話相手のお仕事、だいたい1時間以上話をするわ」

 

「そんな慈善事業をお前がやってるなんて想像するのは不可能だな。そんなことが有りえるなら明日にでも学園都市内にレベル6が生まれる」

 

「貴方も相当失礼なこと言ってるわよ?」

 

「それは昔から変わってねーだろ」

 

「そういえばそうね……そこらへんは変わって欲しいものだけど」

 

「それで?実際本当にそんなことしてんのか?垣根の庇護の元やりたい放題やってきたお前がか?」

 

「そうね。とても言葉に棘がある言い方だけど、今はそうよ?垣根帝督が居た時からこの仕事は続けているわ」

 

「方や命を奪う仕事で、方や命の行方を見守る仕事とか、どんだけ皮肉効いてんだよ。顔が引き攣るわ」

 

「今日は何時になく饒舌ね、言葉の節々に私を信用していない、っていう思いが溢れてる」

 

「お前と俺の関係はそういうもんだろ。偶々能力開発の一環で一緒にいて、お前から精神距離操作のコツを教えて貰った。それだけだ」

 

「それだけじゃないわ。貴方が一方通行を打ちそこなったせいで垣根帝督は死にスクールは壊滅。私も身寄りが無くなってしまった。違う?」

 

「責任転嫁し過ぎだろ。メンバーの奴らも一方通行にぶっ殺されてんだぞ、あの野郎を許してねぇのは俺だって同じだ」

 

「……あら、意外に冷静に立場を考えて物を言えるようになったのね。てっきりアイテムを壊滅させた原因を作った私を今すぐにでも亡き者にしたいとか言い出すと思ったわ。そもそも貴女がメンバーの構成員に対して思い入れがあったなんて思えないけれど」

 

「……いい加減にしろ。あと俺はいいけどな、そんなことを絹旗達の前で絶対に言うなよ」

 

「……ホント、変わったのね」

 

 

 

やはりコイツとの会話は七惟が思うように前に進まない。

 

同じところを右往左往して要領を掴めないままぼんやりとしてしまう。

 

話の進展具合を表すかのように二人の飲み物も全く減らない。

 

 

 

「まぁいい。本当にお前が言うように仕事のために来たってことだな」

 

「だからそう言っているでしょう?疑り深い。そんなんじゃ絹旗さんに嫌われるわよ?」

 

「絹旗関係ねぇだろこの話に」

 

「そう……いいえ、何でもないわ。他にも貴方は聴きたいことがあるんでしょう?」

 

「そうだ。本題に入るぞ」

 

「少しは私の話を聞こうと言う姿勢は出来ないのかしら」

 

「お前の四方山話は見舞いに行った奴らに言ってろ」

 

「そう」

 

 

 

少しでも気を抜くと会話は絶対に心理定規のペースになる。

 

戦闘に関しては七惟と心理定規では全く相手にはならないが、このような心理戦や舌戦は七惟がまともに心理定規と戦ってはとても太刀打ちできないのだ。

 

故に強引にでも話をこちら側に持っていく必要がある、幸いにも此奴は今日七惟と話したがっていたので少しは情報を開示するはずだ。

 

さてここからが本番……何処まで垣根のことを聞き出せるか。

 

コイツの気持ちが変わらない内に情報を得る。

 

周りの雑踏の音は聞こえなくなる。

 

全神経を正面に居る心理定規へと向ける、彼女が注文したアイスティーの氷がからん、と崩れる音が嫌に響く。

 

 

 

「昨日……妹達を襲撃した連中が居た」

 

「襲撃……物騒ね、暗部組織みたい」

 

 

 

コイツ……。

 

 

 

いや、此処でまた余計なことを言うと先ほどみたいに腹の中を探られ兼ねない。

 

我慢だ。

 

 

 

「似たような奴らだ。結局襲撃は未遂に終わった……だけどな、そいつらが襲撃してきたのは俺と同居してる奴だ」

 

「あぁ、美咲香ちゃん……。襲撃は未遂ならよかったじゃない」

 

「よくねぇだろ。そん時は偶々超電磁砲の奴も居てな、そいつと一緒に襲撃してきた一人を引っ掴まえてどういうつもりなのか洗いざらい話させた」

 

「精神距離操作でも使ったの?」

 

「使える訳ねぇだろ。俺とそいつは初対面だぞ、そいつが親しい奴なんざ知るか」

 

「それじゃあ原始的な方法で?」

 

「そうだ、やったのは俺じゃなくて超電磁砲だけどな」

 

「攻撃的」

 

「あいつは容赦ねーぞ……それで、だ」

 

 

 

七惟は一応話を切り出す前に周囲の様子を伺う。

 

もしこの件にコイツが深く関連しているのだとしたら、事件を起こした連中が当事者である全距離操作がどう動くか分からないため周囲に待機し、心理定規に手を出そうものならばすぐにでも応戦出来るように潜んでいるはずだ。

 

人ごみの中に紛れて敵意を向けている連中を探す……が。

 

誰も居ない、こちらに視線を向ける者など居なかった。

 

 

 

「どうしたのかしら」

 

「何でもねえよ。……その捕まえた奴はな、垣根帝督が生きていると言った」

 

「……」

 

「垣根は今も何処かに身を潜めて一方通行に復讐するチャンスを伺っている。だけど正面から戦ったら分が悪い、そのために一方通行の糞ったれの演算を一緒にやってくれている妹達を電波が届かない場所に拉致して、奴の弱体化を狙う。そしてアイツが一人で立つことすらままならなくなったら……一気に仕掛ける。そして垣根が居なくなったことによって虐げられてきたこのうっぷんを晴らして、昔のように学園都市の覇権を狙う。そのために行動している、そして奴らはこう言った」

 

 

 

先ほどとは打って変わって心理定規は何も言わない。

 

その表情は変わっていないが……無表情にも思える。

 

だが七惟とて伊達に精神距離操作を使える能力者ではない、一応このような駆け引きは一般人より得意で相手が焦っていたり戸惑っていたりすることを感知するのは得意だ。

 

それ以外の感情を察知するのはまるで駄目だが。

 

これまで暗部組織で尋問を行ってきたスキルをフル活用し心理定規を見つめる。

 

さあ……次の言葉だ、どう出る心理定規。

 

 

 

「『心理定規が垣根帝督は生きていると言った』ってな」

 

「…………………………そう」

 

 

 

彼女は長い沈黙の後に、表情を変えず一言だけ言葉を漏らした。

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

そして再び永い静寂が訪れるが。

 

彼女がトン、とテーブルを指で叩き口を開いた。

 

 

 

「聴きたいことは?」

 

 

 

そんな風に尋ねるということは、回答を用意しているということなのか……?

 

分からない、しかし沈黙が続くだけではこの場をセッティングした意味がないので彼女に応える。

 

手を口の前で組み、意を決して七惟は言葉を口にした。

 

 

 

「お前は確かに奴らにそう言ったか?」

 

 

 

問いかけは至ってシンプルだ。

 

この問いかけの回答次第で、今後の動きが決まる。

 

流石にすぐに解答は出来ないかと暫しの沈黙や言い訳を覚悟した七惟だったが。

 

 

 

「ええ、未現物質が生きているとしたら、それは素敵なことじゃない?って言ったわ。彼らに」

 

 

 

彼女は七惟に臆することなど一切なく、即答した。

 

「な……」

 

「生きているとしたら、って。生きているかどうかなんて私も知らない、唯地べたを這いつくばって命辛々逃げ延びてきた彼らに何かしらの希望は必要でしょう?私はそれを彼らに与えただけ。言葉の意味も確認せずに彼らが勝手に動いているだけ」

 

「……」

 

 

 

要するに、心理定規は絹旗に対して言った事と同じ事を連中に伝えた。

 

言い方に含みがあり普段の心理定規の言動を鑑みればこのような曖昧な表現を使えばそれを大抵の奴ははき違えて捉える。

 

希望に少しでも縋りたい連中が必要以上にプラスに捉えて勘違いして暴走している、そう言いたいのだこの女は。

 

だがそんなことを言われてもこれまでの経験からして彼女の言い分を『わかりました』の一言で片づけて納得なんて出来るわけがない。

 

しかしここで押し問答をして確実な答えが出てくるだろうか?そもそも垣根に関する100%正しい情報なんて確認のしようがないのだ。

 

こちらを見つめる心理定規の金色の瞳は変わらない、七惟の困惑を楽しむかのような柔和な笑みを浮かべるのみ。

 

そもそもこの交渉、相手の立場を考えたら圧倒的に心理定規が有利なのだ。

 

垣根のことも、残党のことも七惟側よりも遥かに情報を保有している。

 

それでも、ここで嘘をつくことによって七惟はじめアイテムの生き残りに敵意を持たれるのは相手にとっても不合理が過ぎる。

 

雲のような女だが話の落としどころは必要だと判断した七惟は、再度心理定規と向き合う。

 

 

 

 

 

 





お久しぶりです!

まだ待っていてくださる方がいるなんてほんとに嬉しい限り・・!

なんとか終わらせるよう頑張っていきます!


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デートですよ、デート-ⅱ






因みに私が初めて異性と手を繋いだのは小学校高学年のフォークダンスです。

う~ん、20年くらい前のことで眩暈がする!


 

 

 

 

 

話の落としどころ…をと思ったが、一つだけ解消しなければならない点がある。

 

そもそも何故件の話をスクールの残党はともかく絹旗に言ったのか、ということだ。

 

絹旗は垣根生存に希望を持つはずがない、どちらかと言えば垣根に嬲られて大けがをした側だ、垣根に対して恐怖はあっても好意的な気持ちなどある訳がないのだ。

 

 

 

「じゃあ絹旗に言ったというのは?あいつが垣根生存について大喜びするとでも思ったか?」

 

「いいぇ。少し意地悪しただけよ。最近少し元気で見ていて羨ましくなったから、ちょっとからかったの」

 

「はぁ……?」

 

「それだけよ?」

 

「……」

 

 

 

心理定規ならば本当にそのくらいの気持ちで言い兼ねないから、判断し辛い。

 

絹旗がどういう態度で彼女と接しているのかは、分からない。

 

話を聴いている限りは悪態を突きつつも上手くやっている、悪いコンビではないというイメージ、二人とも殺しに関してはかなり抵抗感が強いのも共通している。

 

ともかく、この件は後程絹旗にも確認しなければ白黒つけられないし、状況からしてこちらに脅迫めいたことを言うのも心理定規にとってメリットが皆無だ、ここはそれで納得は出来なくても理解しておくしかない。

 

 

 

「私は妹達……貴方の美咲香ちゃんや、超電磁砲を襲えだなんて指令は一切出していないわ。これで満足したかしら?」

 

「……嘘じゃねぇだろうな」

 

「あら、嘘だと思うのなら私に貴方の能力を使ってみれば?」

 

「同じ精神系に携わる能力者同士、干渉は不可能。知ってて言ってるだろお前は」

 

「そうだったわねー」

 

「はン……」

 

 

 

どちらにしろ此奴の腹の底を知る事等七惟には不可能だ、というよりも学園都市に居る誰でもコイツからその真意を聞き出すことは出来ないだろう。

 

 

 

「じゃあそもそも何でそんなことをスクールの残党に言ったんだか。希望だぁ?アイツらは垣根の影に隠れて好き勝手やってきた小物だろ。お前ら二人にとって敵対することは無くても、有難がる連中じゃ絶対ねぇ。そんな奴らを励ますなんてお前らしくない」

 

「自分らしくない、それを現在進行形でやっている貴方からそんなことを言われるなんて驚きね」

 

「茶化してんじゃねえよ」

 

「先ほど言った通り。まぁ……彼らがあまりに私に付き纏ってくるから、追い払うため一つ目的を与えたっていうのもあるわ」

 

「アイツらがお前を垣根復活の親玉として神輿を担いだらどうする」

 

「私はいつも通り。そんな危ないお神輿に乗ったら大けがしちゃうでしょう?だからそんなことには成り得ないわ」

 

「……」

 

「そもそも垣根帝督は一方通行との戦いで行方不明。行方不明って言えばまだマシに聞こえるかもしれないけれど、実際は生きている可能性より死んでいる可能性のほうがずっと高いってことは私どころか皆も知っている事実よ?」

 

 

 

ダメだ、これ以上問い詰めても埒があかない。

 

嘘か本当かを切り詰めていっても答えが出ない、現状奴が言ったことを鑑みると心理定規のスタンスは分かった。

 

要するに垣根復活を仄めかしたのは此奴の完全なる気まぐれということらしい。

 

今はそれ以上の答えを出すことは七惟には出来なかったが……。

 

 

 

「分かった。それならそう捉えておく。お前の本心を聞き出すなんて心理掌握ですら不可能だろうよ」

 

「あら、常盤台のレベル5越えだなんて貴方も中々お世辞が上手なのね」

 

「それ以上に胡散臭いってわけだ」

 

「そう、自覚はしていたけど」

 

「そりゃよかった」

 

 

 

七惟は一気に残ったコーヒーを飲み干す。

 

心理定規は頬杖をつきこちらを見つめる心理定規。

 

もう頃合いだ、絹旗達も待っているだろうし長居は無用。

 

会計を済ませようと席を立ちあがる七惟に心理定規は声をかける。

 

 

 

「もうおしまい?せっかく久々にゆっくり会話が出来るのに」

 

「お前は俺なんかと話して楽しいのか?因みに俺はお前と話していても全然楽しくないからな」

 

「そう、つれないのね」

 

「……」

 

 

 

薄く微笑みながら彼女は視線を七惟から外さないが、何時もの含んだ笑みとは若干の違いを感じた七惟。

 

目を口ほどにものを言うというが、七惟は彼女のそんな表情を見つめているとふとある一つの疑問が浮かび口にした。

 

「心理定規」

 

「何かしら」

 

「垣根が生きていたら……ってお前は思ったりするのか?」

 

 

 

その七惟の疑問を聴いた彼女は、やはり頬杖をついたままこちらに含んだ笑みを浮かべてこう答えた。

 

 

 

「そうね。もしかしたらそう願っているからあんなことを彼らに言ったのかもしれないわ。自分の願望をね」

 

「……半分本当で半分嘘だな」

 

「そう?私は何も言っていないけれど」

 

「勘だよ、精神系統の能力を扱う奴のな」

 

「へえ、そう……それなら、私も最後に一言貴方に伝えておくわ」

 

「あぁ?」

 

「貴方、暗部抗争直後入院している際に自分の病室の表札を一度は見たかしら」

 

「表札?」

 

 

 

病室の表札……。

 

蛙顔の医者の病院に入院していたのは事実だ、暗部抗争直後は流石の七惟も重傷でまともに動くことは適わず最初の数日はほとんど病室から出られなかったが……。

ふと、あの時のことを思い出す。

 

それは絹旗が見舞いに来てくれた時のことだ。

 

病室の表札が七惟の名前じゃない、間違っているのかと彼女が確か看護師に問いかけていたことがあった。

 

確かその時の名前は……。

 

 

 

「表札にはこう書いてあったのよ。『七見理駆』って」

 

「……それがどうしたってんだよ」

 

「それ、私があの病院に伝えたのよ。彼の名前は『七見理駆』って」

 

「……」

 

「勘のいい貴方ならもう気付いていたかもしれないけれど、あの時貴方を病院まで運んだのは絹旗さんじゃなくて、私の部下。そして入院するときの手続きは私がした」

 

 

 

それは、そうだろう。

 

垣根に痛めつけられて満身創痍だった絹旗や、麦野と死闘を繰り広げていた浜面が七惟を背負って病院まで運ぶことが出来るとは到底思えない。

 

スクールの手の者が七惟を病院に搬送した、このことは七惟自身も絹旗に確認を取っている。

 

 

 

「結局何が言いたい?」

 

「貴方、不思議に思ったことは無いの?どうして表札には全く聞き覚えのない名字が記入されていているのか、そして……自分の境遇について」

 

「なんで俺の名前がそこで出てくる」

 

「貴方は自他共に認める、学園都市の超能力者。おかしいと思わなかった?そんな子が捨て子にされるなんて」

 

 

 

これから心理定規から発せられる内容は七惟にとってプラスになるような雰囲気ではない。

 

また口から嘘か真かわからないことを言ってこっちを翻弄してくるのだろう。

 

今度はその内容が絹旗ではなく、自分に関することということだ。

 

 

 

「馬鹿らしい、自分の境遇なんて自分が一番理解してる。お前の言葉遊びに付き合ってる暇はねぇよ」

 

 

 

取り合うだけ無駄だと思い、席を立ち上がろうとする七惟に心理定規が追撃の一言を放った。

 

 

 

「貴方の両親。本当に貴方をここに置き去りにしたと思う?『七惟理無』……そんな男の子は本当に存在しているのかしら?」

 

「あぁ……?」

 

 

 

両親のこと。

 

七惟が敏感になるポイントをついてきた。

 

絹旗の時もこのように話の流れの中で言ってきたのだろう。

 

聴くだけ損だ。

 

 

 

「そして私が病院に伝えた『七見理駆』……どういうことだと思う?」

 

 

「……」

 

 

 

更に畳みかけてくる心理定規。

 

あまりにも七惟の過去について思わせぶりな態度だ、何を言いたいのか見当がつかない。

 

どうせ根も葉もない噂話程度だろう、耳を貸すだけ無意味だ。

 

 

 

「もしかしたら……七惟理無なんて居なくて、『七見理駆』だったとしたら?」

 

「さっきからお前は何が言いたいんだ」

 

 

 

しかし、頭では聞き流そうとしていても口が開いてしまったが最後、心理定規は乗ってきたと言わんばかりに推し量れない笑みを深めて、続ける。

 

 

 

「幼少のころから貴方は超能力者の片鱗を見せていたはず。そんな有能な子供を親が捨てるとは思えない」

 

「……知るかよ。その片鱗に恐怖を感じて、自分たちじゃあ手に負えないから手放したんだろ、大方」

 

「あら、大外れね超能力者さん。答えは簡単よ」

 

「……」

 

「貴方、幼少期にこの学園都市に捨てられたなんて話は博士が作った真っ赤なウソ。本当は攫われた」

 

「はぁ……!?」

 

「自我が芽生える前だから、仕方がないかもしれないけれど。そして貴方、もうここまで来たら話の流れで分かっていると思うけれど名前も変わっている」

 

「どういう……」

 

「貴方の本当の名前は『七見理駆』。『七惟理無』っていう名前は博士が学園都市にわが子を探しにきた両親の目を誤魔化すため。それ以降『七見理駆』は『七惟理無』として生きている……どう?」

 

「どう……?」

 

「垣根帝督が生きているくらい、狼狽する話でしょう?」

 

「………………」

 

 

 

直ぐに飲み込んで消化出来る訳がない、自分自身を形成する根本が揺らぐ話だ。

 

思わずカフェの柱に寄りかかり目を閉じもう一度心理定規が発した言葉の意味を頭の中で吟味し、目を閉じる。

 

自分の名前は、本当の名前ではない。

 

目がくらむ、眩暈のするような話だ。

 

モンスターだと思われて捨てられたと勝手に思い込んでいた、この名前もそんな奴らがつけた名前だから愛着なんて微塵もない。

 

それが、違った。

 

あの博士が手を回していたことだったなんて、何故考えが無かったのか。

 

 

 

「驚きすぎて声も出ない?」

 

 

 

だが、立ちすくみ目の前が真っ暗になるような話ではない。

 

ふわふわとして覚束ない感覚はあるものの、自分の過去が揺らぐことはないのだ。

 

 

 

「…………はぁ、別にそこまでじゃねえよ。急にそんなことを言われても実感が湧かねぇし、そもそもお前の話を1から100まで全部信じられるかよ。そんなことしてたら世界がひっくり返るわ」

 

「あら……?」

 

 

 

驚きはもちろん、自分の名前が変わっていたというのもそうだし、攫われてこんなところにいるという話もそうだ。

 

だが、根本的なことは何一つ変わってはいない。

 

それは、彼女の話が嘘か真かに関係なく、自分はこの学園都市でこれまで一人で生きてきたし、そしてこれからもこの都市で生きていくしかないという現実だ。

 

昔から頻発するチャイルドエラー……俗に言う置き去りにされた子供たちの問題がある一方で、この都市で行方不明になる連れ去りの問題もよくあった。

 

だいたいは外部の都市から観光でやってきたカップルの小さな子供が狙われていた、そこは置き去りにされる子供と同じだ。

 

一方では意図的に捨てられて、一方では無差別に連れ去られる……捨てられた方は子供が、連れ去られたのは親と子が悲しみに暮れていたのだろう。

 

自分自身は前者だと思っていたが……後者とはもちろん初耳だし、狼狽したのは間違いない。

 

しかし、この話を聴いて七惟の身体は軽くなった。

 

 

 

「確かに、何だか表情がそこまで悪くないもの」

 

「そうかよ、お前の好奇心は満たされたか?それで」

 

「残念だけど半々よ。もっと凄い顔をすると思っていたから」

 

 

 

両親の追跡の目から逃れるため博士はおそらく自分の名前を弄った、ということは、両親は自分のことを探しに来てくれていたということだ。

 

まだ見ぬ両親の顔、死ぬまでに一度は絶対に拝んでやると決めた自分の生きていく目的が大きく変わった。

 

心理定規の話した内容を信用する訳ではない、唯今までとは違う選択肢が出てきたことで、自分の人生のレールに新たな方向性が加わったのだ。

 

 

 

「期待に添えなくて悪かったな。あばよ心理定規」

 

「そう。……また会える日を楽しみにしているわ『七見理駆』さん」

 

「その名前本当かどうかも分からねぇのに呼ぶんじゃねぇよ」

 

「博士につけられたその不格好なお名前のほうがお好み?」

 

「んな訳があるか。ただ」

 

「何かしら」

 

「由来は最悪だけどな、これでもこの名前で生きてきて、いろんな奴と会ってきてんだ。急に変えられてもそいつらに説明するほうが面倒くせぇし、呼ばれる俺自身が違和感しかない」

 

「そう、軽口叩けるくらいには応えていないのね」

 

「あいにくな」

 

 

 

 

 

 







次回はようやくデート回……!の予定!





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