何時の間にか無限航路 (QOL)
しおりを挟む

第一章 ロウズ
~何時の間にか無限航路・第0話、ロウズに降り立つ編~


始めましての方は始めまして、知っている方はこんにちわ。QOLです。

性懲りもなく以前書いていた二次創作を投稿します。

移転は二度目なんですが、何度やってもドキドキです。

それでは、本編をどうぞ。


■ロウズ編序章■

「さて、何がどうして俺は平原に突っ立っているのだろうか?」

≪むにぃ≫

「痛みは………あるな」

 ほっぺをつねったらイタイ…つまり夢じゃなかった!

 どうなってやがる?ホントにどうなってやがる?大事な事なので二度言ってみた。おし、ちょいと状況を整理してみようじゃまいか。

 良い感じに混乱してっけど俺は気にしない。気にしないったら気にしない。

 さて――

 俺の名前は―――――――――――大和田 明夫

 

 職業は―――――――――――――大学生

 

 趣味は―――――――――――――ゲーム&読書(マンガ比率高し)

 

 直前までは何をしていたか――――部屋で無限航路してた。

 アカン、全然役に立つ情報があらへん…。というか、着ている服がいつものと全然違うぞ?普段着は基本ジャージなのに何なんだこの服?ジャンパーとGパン?

「……てか俺背縮んでんじゃねッ!?」

 ふと気付くと視点が低いぞ?……まて、待て待て待て!!俺の身長は一応190cmはあったんだぞ!それがいきなり165cmくらいに縮むかっ?!数字がやけに具体的なのは只の勘!!変なオクスリのまされて頭脳は大人身体は子供になったんかい!?

「いや、てことは―――――My sonはッ?!」

 

 ガバッ!と、大急ぎでズボンの中をのぞき見た。

 俺の、俺の息子は―――――

「はは…もう、おしまいやぁ…」

―――縮んでしまった我が息子を見て膝をついた。

―――俺は、チ○○のサイズでコレが現実だと思い知った。オウノウ。

***

「ひっひっふー、ひっひっふー……はふー」

 とりあえずラマーズ法で自分自身を落ちつかせる。ラマーズ法は偉大だ。何かあったらラマーズ法を行えば大抵どうにかなる。それはさておいて少しでも情報が欲しい。一体ここはどこなのか。

 

 うん、自分の服といって良いかわからんが、今着てる服のポケットをまさぐり持ち物を探ってみたらなんか出て来た。えーと、なんか変な四角い物体、何かのカード入りの財布…財布ってことは名刺とか住所とか書いてあるカードとかないか?。

 えーと、財布には―――――うひん!?

「名前は、ユーリ…………まじで?」

 財布にはさっきまで俺がやっていたゲーム、無限航路の主人公の名前が書かれていた。ちなみに地球の言語ではない。見た事もない文字……でも読めちゃう不思議。

 

 しかも持っていた四角い物体は良く見れば物語のキーアイテムのエピタフじゃないですか。そう言えば今着ている服は主人公が一番最初に着ていた服ですねー。おまけに頭髪が真っ白だと?ふむ、若白髪って訳でもなさそうだな。

「おいおい、オイオイオイ、マジですかなコリャ…」

 どうやら俺は、無限航路の主人公くんに憑依しちまったという状態な訳か……。

 うん、もう色んな事があり過ぎて無理、もう理性の限界―――――

「死亡フラグ満載な世界なんてイヤじゃーッ!!!!!!」

 なんでかワカンネェけど俺は憑依したらしい……夜の草原に叫ぶ声だけが響いた。

 

 

 

「さてさて、これからどうするよ俺。いやホント真剣と書いてマジと読むくらいに」

 とりあえず落ちついたので、今後の対策を考えることにした。

 だけど、ぶっちゃけいろいろ考えるのもアレなんで…正直に言うと面倒くさかったんで、このまま状況に任せてみる事にした。別名運命に丸投げとも言う。

 

 冷静に考えれば名前が一緒でも主人公とは限らないしなとか思ったんだが、現在手元にあるエピタフつーこのルービックキ○ーブ程度の大きさがあるアイテム…本編ゲームのキーアイテム持ってるから、憑依したのはほぼ確定事項…どう考えても良く似た他人はムリぽである。

 

 今いる世界が舞台のゲーム無限航路とは“宇宙船の艦長をやる少年の成長物語”を題材とした宇宙船のRPGである。戦闘用宇宙船を使って宇宙に張り巡らされた航路を巡り海賊ぶっ殺して金稼ぎ&冒険。金がたまったら船を改造、更なる高みへ上り、強者との戦いへ挑むって感じのゲーム。 

 

 このゲーム白兵戦ありだから、死ぬ可能性がかなり高いのも特徴である。

 ヤベェ、すでに詰みそう。

「んで多分、目覚めたここは冒頭の惑星だから……ト、ト?…あーおっぱいが大きい姉ちゃんが落ちてくる場所だ」

 それっぽい草原ってか荒れ地?まぁとにかくここで待ってれば来てくれるだろう。誰が来るかと聞かれれば、答えてあげるが世の情け。その人は俺を宇宙に連れて行ってくれる人さ……。うん、一人で何言ってんだろ俺。自重しろ自重を、これじゃあ脳内で会話する変な人じゃないか。

 

 まぁとにかく俺の憑依先である主人公くんは、独裁的領主が宇宙に出る事を規制したこの星系に住んでいる、という事になっている。でもソラを夢見た少年はルールは破るもんだぜヒャッハー!と……違う違う。あながち間違いじゃないけど違う。

 

 半分近く正解だが、正確には序盤は打ち上げ屋という職業の方に頼んで宇宙に行くって話だった筈。ココだけは何度もやっててDSのOPアニメにも入ってたからよーくおぼえちょる。とはいえ、ある意味開拓者のような生活になるので、この旅には命の危険が付く 死 亡 フ ラ グ なんて道端に転がってますレベルに死と隣合わせであると言える。

 

 

 なんせ宇宙船の壁一枚向こうが真空なのだ。壁に穴でもあいたらダイソンも真っ青な勢いで吸引されて空気ゼロの窒息死まっしぐらだぜ。ぶっちゃけ船を作らないとか乗らないって手もあるが俺はそれを選択しない。

 宇宙船!!スペースシップッ!!光速の10倍の速度が出る宇宙船を作れるし実際に乗れるのだ!元いた世界でも月に逝けるか行けないかで騒いでいたのに普通に宇宙船に乗れるのだ!これに燃えない男がいるだろうか?恐らくいないだろうッ!異論は認めるっ!

 

 しかもこのゲーム、最終的に全長3000mのフネも作れる。キロに言い直したら全長3km…都市を一つ飛ばしてるようなモンである。そんなマクロな宇宙船の艦長をやれるかもしれない。そう考えたらオラわくわくしてきたぞ。

――てな訳で俺は流れに任せ0Gドック、この世界における宇宙航海者になる方面でいくことにした。

「さぁ早く来いでっかいおっぱいの姉さん!!そして俺に自由の翼をプリーず!!」

 満点の星空へと俺はやややけくそ気味にそう叫んでいた。是非とも戦艦の艦長になって故郷の星に戻ってきた時に、某偉大な老艦長に肖って『ロウズか…何もかもが懐かしい…』とかやってみたいものだ!ちなみにロウズっていうのは俺が今いる惑星である。

 

 とっても静かで自然豊かで良い星だけど、そんなのは老後の楽しみにとっとけってなッ!ワクワクとドキドキと周りが夜なのでお化けでないかという別な意味のドキドキとか考えながら、夜空を見上げていた。

「しっかし、宇宙に出られるっていうのに惑星に引きこもるなんてバカだよなぁ…」

 夜空を染める星々を眺めて何か見えないか目を凝らしていた時、ふとこんなことを思って口に出していた。この惑星の…というかこの星を含めて近隣星系は領主であるデ、デ…デラなんちゃらによって支配されている。

 

 このデラなんちゃらは市民が宇宙に昇る事を禁じている。コイツがこの星系において自由に宇宙の航海に出られない元凶である。理由としては“自分が老いたから、若い0Gドックが生まれるのがイヤ”という些細な事だ。

「俺なら航宙禁止法なんて作らないで、むしろ応援しちゃうけどなぁ」

 宇宙資源とか一杯手に入れた方が領土が発展するだろうに。そこら辺は老人のプライドって奴だろう。犬も食いそうにないけどさ。犬と言えばサモエドかわいいよサモエド。

 是非あの毛皮でモフモフしたい―――

≪ドドドドド―――!!!≫

「ん?何ぞ?このドドドドって音は?」

 あまりにも暇なので思考が横道を爆走し、そのお陰で時間が進んでいたらしい。

 突然上の方から大気を揺らす様な大きな音が聞こえてきた。なんだろうと空を見上げれば、全長100mは有りそうな発光する飛翔体が何個か飛んでおり、一個の飛翔体を複数の飛翔体がおっかけてジグザグ飛行しているのが目に入る。

 

 UFO!?……な訳ないか。ありゃ多分宇宙船かな?詳しくは判らないが一番先頭にいる発光する宇宙船が後に続く宇宙船達から逃げているように見え…あ、逃げる方に目掛けて光線が発射されてる。別のフネから攻撃されているのか。

 うーん遠くて詳しくは判らない。夜だからあたりも暗いし…まぁ上の方は光線が飛び交って、ちょっとした宇宙戦争みたく発光してるから、何処を飛んでるのかはすぐわかるんだけど。

……おろ?なんか追われてるフネから火花が……ッ!?

「うえっ!?コッチに飛んでいや墜ちて来たぁぁぁ!!!???」

 あれれー?逃げている方のフネから火の手が上がったかと思ったら突然大きくカーブして落下してくるよ?しかも俺のいる位置目掛けて……これ思いっきり衝突コースじゃねぇかっ!!いきなり死亡フラグの到来?!

「ギイーヤーッ!!まだフネ作ってなぁい!!モジュール組み立てやってなぁいッ!!」

 迫る爆音が大きくなり、俺は踵を返してこの場から離れようと爆音を背に走った。

 もうとにかく必死で近くの森の中に飛び込んだ。

「デカパイ姉さんのバカ野郎ぉぉぉッ!!!」

 落ちる場所を考えろってェェェェ!!思わずそう叫びながら森に飛び込んだ俺は、薄暗くて見えていなかった木の根っこに足を取られてゴロゴロと木々の間にダイブするように転がり込む。

 

 そしてゴロゴロ転がっていたら少し窪んだ場所に落っこちた直後、なんかすごい熱量が頭上の僅か数m上を通過していくのを感じた。落下してきた宇宙船の熱量と爆風に木々は燃え上がりメキメキと音を立てて千切れていく。俺ももしも立っていたなら衝撃波に吹き飛ばされていただろうが、もっけの幸い。たまたま転んではまった窪地のおかげで、俺の首が吹っ飛ぶのは免れたらしい。

「うん?なんか焦げ臭――ってアッツーッ!!!!!!!」

 だけどそのかわりに燃え上がった木々から落ちてきた火花が俺の背中に落下した所為で少し服が燃えた。にゃろー、一張羅だってのにくそったれめ。慌てて大地に五体投地しゴロゴロと消火作業にいそしんだお陰で火はすぐに消えたが焦げてしまった。

 

 あー熱かった。それ以上に吃驚したべ。くそ、何だか前途多難だけど大丈夫かな?そんな事を考えながら、まるでモーゼが海を割った時の様に木々が薙ぎ倒されている現状を眺めなつつ、俺は首をコキコキと解したのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第1話、ロウズに降り立つ編~

■ロウズ編第一章■

 

―――モソモソ、木のウロからソロリと顔を出す。

 どうやら墜落してきたあの飛行物体はちゃんと不時着したようである。あやうく不運(ハードラック)と事故(ダンス)っちまうとこだった。べ、別に怖く何か無かったんだからネ!漏らしてもいないんだからネッ!……精いっぱいの虚勢を張ってみたがこれは普通にキモい自重しよう。とにかくいきなり死にかけたが、ある意味でこれはほぼ原作通りなので問題無い、と思いたい。

 

 ソレはさて置き先程まるで狙ったかのように墜落してきた宇宙船は恐らく憑依先のユーリ君が呼び寄せたであろう“打ち上げ屋”という何でも屋さんのデカパイ姉さんが落ちて来たという事だろう。俺が宇宙に出るには何としても彼女と接触しなければならない。下手すると落ちてきたのはロウズ警備隊の可能性もあるが、その為にも確認を……そう思いながら俺は藪をかき分けて暗い森を進む。

―――そして、居た。

 パチパチと爆ぜる様に燃える焚火に照らされて座っている女性。その背後に鎮座しているのは彼女の宇宙船である魔改造輸送船デイジーリップ号だろう。壊れているからかバチバチショートしてる音がココまで聞こえてくる。

 

 

「そこのぼうず、なに見てるんだい?私は見世物じゃないよ」

 

 おお、なんという姉御声だ。

 それ以上にさりげなく手に握られている銃が超怖…じゃなくて。

 勇気を出せ俺、ここで言葉を出さねば一生修理工暮らしだぞ!

「あ、あの打ち上げ屋さんですか?」

「そうだけど、あんたは?」

「良かった。依頼した大……ユーリです。俺をゲートの向こうに連れて行って下せぇ!!」

 あ、あぶねぇ…つい憑依前の自分の名前言っちまうとこだった。多分ユーリは自分の名で連絡入れてるだろうから下手な事言えなぇわ。でもアレだな、トスカさんは姐さんオーラってヤツでも出しているんだろうか?なんか俺の喋り方が妙に舎弟っぽくなるんだが?しかも戻せないし…。

 俺の戸惑いとは無縁とばかりに下から上に舐める様に見やるトスカ姐さん。

 イヤンっ。そんな熱い目で見ちゃらめェ…。

「金は?」

「ええと、コレッス」

 

 そうですよねー、お金がないと仕事してくれないですよねー。でもさっき一瞬すごく冷たい眼をしていた様な…気の所為かしらん?それはそうと金だ。恐らくはそうであろうカードを財布から取り出し姐さんに渡す。というか唯一の所持品である財布の中にはコレしかなかったから、このカードじゃなかったら俺ァ泣くぞ?

 

 彼女はカードを受け取ると、懐から出した携帯端末の様なものにカードを差し込んだ。

 ミーっと何かを読みこんでいるかの様な電子音が静かに響く。

「うん、1000ちょうどだね。よし良いだろう。あたしがあんたをゲートの向こうまで連れてってやるよ」

 おお!それはありがたい!これで念願の宇宙の旅に逝ける!

 小躍りしたい気分だったが、流石に初対面の人(しかも美女)の前でそんな事するのは恥ずかしいと思い自重したのだが。

「といっても、肝心の船がこれじゃなぁ…」

 そう言って自分の船を見上げる姐さん。どうにも、そう簡単には問屋が卸さないようで…。確かに船体の大部分の火災は鎮火したが火が噴き出していた個所はまっ黒こげだし、火災の影響で所々損傷したのかバチバチとショートしてる。

 

 それこそ、まさに壊れてまーす全開である。しかも主翼みたいな部分の根元が45度位上向きに曲がってしまっている。アレは知識がない素人目で見てもドック入りなのは間違いないだろう…ってちょい待ち!この船が使えないじゃ宇宙に出られネェぞ?!おい、なんとかならねぇのか?!デカぱい姐さ――――

「あ゛あん?」

――――とても綺麗なお姉さま、どうにかならないでしょうか?

 何でか知らんがスゲェ睨まれたので、今の俺は蛇に睨まれた蛙状態である。あれだね。人間って睨まれるだけでも多分死ねるね。そんくらい怖いって事さ。というか心でも読めるんですか貴女は…?

 

 ともかく原作だったらユーリがその場でチョチョイと直してたデイジーリップ号であるが。流石にココまで破壊されてたらこの場で直すのはちょいとムリだ。それに中身は日本人の大学生である俺は、元々修理工だったという本来のユーリと違って、こんな超未来の宇宙船の直し方なんてぜんぜん判らん。

 

 くそぉ、宇宙に出てみたいだけなのに、いきなり最初から頓挫しやがった。コンチキショーめ!仕方ないのでどうにか出来ないか考えたところピンと来た。こういう時、大抵の場合は憑依先に何かしらの知識が残されている…筈だ。確証出来ないのはこんな経験した事がないからである。兎にも角にも、何か知識でてこーいと脳内で思考を巡らせたところ、意外とすんなりと普通に知識が浮かび上がってきた。

 

 マジであったよ。ご都合主義万歳である。さて、このご都合主義乙な脳内データバンクによると、この近くにかつて廃棄された施設があるそうな。それも開拓時代の一通り設備がそろっているっていう、まさにいま必要とされているようなヤツがおあつらえ向きに。

 

 こうしちゃいらんねぇ。善は急げだ。

「えーと、打ち上げ屋のお姉さん?」

「トスカだ、トスカ・ジッタリンダ」

「トスカさん、この近くに廃棄された大規模入植時代のコロニーがあります。廃棄されて長いですが一応まだ中の機構は生きてるらしいです。だからソコのドックで修理した方が良いんじゃないッスか?」

 ユーリ本人が持っていた知識である。信憑性は高いと思う。どうやらユーリは事前にかなり予備学習されていたらしい。さりげなく脳内を探ってみれば出るわ出るわ。最低限の操船知識から航宙技術にEVA技能、それに船の整備に至るまでかなりの知識を持ってやがった。

 

 おまけに思考も早い。俺という外部要因がいるので頭が良いかは主観となるが多分頭も良い。さすがはこの世界の主人公は色々チートやね。顔も良くて頭の方もとかどんだけやねん。リア充爆発しろ!……ってそのリア充は今俺だから爆発はやっぱり無しの方向で。

 宇宙船を間近で見て少しばかり興奮し変な妄想をしている俺を横目に、トスカ姐さんは俺からの情報を吟味しているようで考える仕草のまま動かなかった。後で聞いた話じゃ雇い主を観察していたらしいが、その時の俺は只の馬鹿に見えていたんだってさ。ヒデェ。

「成程ねぇ。まっ、確かに一利あるね。良し案内しな“子坊”」

「あ、俺の事は親しみを込めてユーリって呼んでくださいッス!」

「初対面なのに結構図太い子だねぇ…ま、子坊がもっといい男に成ったらそう呼んでやってもいいさ」

 そう言うと彼女は流し眼でウィンクをしながらこちらを見た後歩き出した。

 やべぇ、カッコ良いッス!惚れてまうやろぉぉぉ!!

 マジ惚れそうッス姐さん!!姐さんになら掘られても(ry

「なにボーっと突っ立ってんだい?さっさと行くよ?」

「ヘイッ!姐さん!」

「あ、姐さん?!よしてくれよ、トスカでいい。」

「解りましたトスカさん!こっちッス!」

「………はぁ、なーんか調子狂うね、ホント」

 さて、憑依先の知識だったので無事に目的地にたどり着けるかどうか結構心配だったのだが、殆ど人が来ないからか荒れ放題の獣道のような場所を進み藪を抜けたところ、大きなドーム状の建物を発見した。どうやらコレがユーリの記憶にある施設の様だった。

 

 俺にしてみれば眼の前に佇むドームは、まさに近未来建築って感じなので思わず目をきらきらさせてしまった。開拓時代というテラフォーミング時代の建物ってのは、無駄な装飾が一切なくて機能的な分、どこか宇宙基地とか未来博物館とか…とにかく浪漫を臭わせるそれに感動を覚えた。隣でトスカ姐さんは変な目で俺を見ていたが、男の子には時に周囲の目があっても引けない時があんだよ!

 

 それはさて置いて、遠くからこのドーム状の建築物を見た時からある種のデジャブを感じたが近付いてその姿をはっきりと見た事で、感じていたデジャブの正体もあっさり氷塊した。それもその筈でぶっちゃけて言うとゲームのOPアニメで見た建造物そのものだったからである。

 

 でもまぁ、それがどうしたといわれればそれまでなんだが…てな訳で道中何かある訳でもなく、俺達は普通に入り口に辿り着く事が出来たのであった。

「入口は…まぁ締まってるよねぇ」

「普通はそうッスね。あ、こっちッス。ひび割れから入れるッス」

「表は硬くても横は脆かったか…ま、長年放置されりゃこんなもんか」

 無人となったドームの入口は厳重に封印されていた。だがしかし、場所が曰く付きな場所なだけに長い事放置されており、整備が滞っている状態だった。そのお陰で本来だったら厳しい艦橋から居住者を護るべき外壁には罅割れが縦横に走り、その罅割れの中に入り込んだツタ等の植物がこれでもかと繁殖してしまった所為で、一部非常にもろくなったのか崩れてしまっていた。実質侵入し放題だった。これでは封印した意味がまるで意味が無い。

 

 とはいっても、このドームにある設備をこっそりと使いたい俺達にとっては、進入できる経路が多い事はむしろありがたい。とりあえず俺達はそれなりに大きい、大人一人が通れそうなひび割れから施設内に侵入した。中は当然ながら真っ暗であり、足元すら見えるかどうか解らないくらい、暗黒に支配されていた。

 

 もっともこちらには懐中電灯なる文明の利器があるので明かりには事欠かない。外壁の状態から考えて、中も結構ひどい事になっているかなと思ったのだが、幸いな事に隔壁一枚越えたあたりを見た限り、どうやら内部の方はツタや植物が生えなかったお陰で比較的無事であり、精々が埃が積もっている程度であった。

 

 また非常用の補助電源がまだ生きているらしく、足元限定であるが薄っすらと明かりも点ける事ができた。開拓時代のって言うくらいだから丈夫に出来ているのかもしれない。

「お、この端末まだ電気が通ってるみたいっスね」

「使えそうかい?」

「少々おまちを…えーと(ユーリの知識さんカモ~ン…おk、この型の端末はパネル外して配線いじればすぐだぜ!)」

 とりあえず補助電源が通っている事で生きている施設備え付けの端末をチェックしてみた。配線いじって起動とか車かとか思ったが、未来の技術なのでそういうもんだと納得しておく。別世界にはハッキング(物理)を行えるエンジニアがタイタンあたりにいるらしいからな。

 

 とにかく情報端末から得た情報によるとこの施設内の整備ドックのある区画は中心部に近い位置にあるらしい。いま居る外周部に近いこの位置に設置されていた端末がちゃんと動作するので、恐らく中心部も使える状態であると判断する事にした。

 

 ちなみに予断であるが、このドームが廃棄された原因もユーリの知識の中にあった。実は最近まで使用されていたが、なんでもバイオハザードが起きたんだとか…ゾンビはでねぇぞ?伝染病ってだけだ。あと最近と言っても発生からすでに30年も経過しているので安全なのだ…多分。

「ほいだば、目的の場所はわかったし、とっとと行きますか?」

「そうだね。設備が動くかも調べないといけないし、早く見に行ってみよう」

 

 とりあえず中心区画に近いドックに向かい、自分達の目で施設が動くかどうかを確認した。トスカ姐さん曰くかなり旧式の施設だが使えなくはないとの事。それは重畳と思いながら、俺達は応急修理に必要なモノをそろえて一度デイジーリップの所に一度戻った。

 

 戻ってみるとデイジーリップ号は俺達がドームに行く前と変わらぬ姿でそこに鎮座していた。改めて見上げるデイジーリップ号はやっぱり損傷が激しい。動くのかと疑問に思ってしまうが、歪んでしまった船体はともかくとして、最低限フネに搭載された反重力ユニットさえ修理出来れば、とりあえず動かせると彼女は言っていた。

 夢の重力操作技術、元の時代にあったなら革新的技術なんだろうなぁ。そんな風に思考が

逸れたが、テキパキと携帯コンソールを操作してハッチを開けて中に入っていくトスカ姐さんに俺は慌てて後ろに着いて中に入った。

 

 

「補機のジェネレーターからコネクタつなぎます。どうッスか?」

「ん――――ランプが灯った。O,K、動き出したよ」

 一応フネに関する知識は一通り記憶としてあったので俺も修理をお手伝いした。トスカ姐さんは遠慮したけど、これから世話になるんだからと押し通した。だってこれから乗せてもらうのに横でただ見てるだけとか・・・中の人は日本人なオイラにはムリである。もっとも手伝いはしたが役に立っていたかは微妙だった。

 やっぱり難しかったというのもある。なにせ憑依先の知識を引き出しながらの修理である。中の人的にはパッと見ただけで判るほどのエンジニアではないので、修理の手伝いをしている最初の内は少しずつ記憶から必要な情報を検索して引っ張り出すという作業を挟むことが必要な為、ちょっと仕事が遅かったのだ。

 だがエッチラオッチラと作業している内に、無意識に憑依先の知識を“思い出せる”ようになっている事に気が付いた。どうやら徐々にユーリのもっていた知識が俺の意識と融合を始めたらしい。ご都合主義バンザイだが、下手すると憑依先さんの意識をトレースして別人に変わる可能性もある。あるにはあるが、ある意味で命綱となるこの知識がないとこの先確実に詰むので、この現象は歓迎すべき事だろう。これでいろいろと不自由しない程度に色々できるように・・・っと話がズレた。

「うぉ、浮いてるぜ…スゴ」

 そんなことを考えている内にデイジーリップ号はふわりと浮かびあがり宙へ浮いていた。小さいと言っても100mもあるフネが音もなく空中で静止しているのは、なんというか…スゲェ。

 でも思わず声に出したらトスカ姐さんに怪訝な目でみられた。

「いまどき反重力なんて車にも使われてるだろうに、変なヤツ」

「あ、いえ…その、こういった大きなフネで使われてるのを見るんは初めてでして…」

「あん?この程度大きいに入らないよ。アンタは知らないだろうけど宇宙にはもっと大きなフネなんてゴロゴロしてるんだからね」

「へ、へぇー!それは見るのが楽しみッス!」

 ちょっと棒読みに近かったが、トスカ姐さんはそこら辺には気付かず俺の返事に気をよくして作業に戻った。恐らくこの時の俺は、頭から冷や汗ダラダラだった事だろう。だって21世紀在住だった俺が反重力車なんて知る訳ないじゃない。ありがたい事にトスカ姐さんはあまり追及しないでくれけど、この後はドッグにつくまで終始無言だったのが辛かったな!!

さて廃棄されたドームのドッグに到着すると、まずは船体の固定作業を行った。

 作業は半ばオートメーション化されている為、こっちはコンソールに指示を飛ばすだけなんだけどね。ぶっちゃけデイジーリップに関しては、アレはトスカ姐さんのカスタム船らしいので、俺は本格的な修理作業は手伝う事が出来ないのである。仕方ないので、何か使える物資は無いかと色々と散策して廻る事にした。

 フネ用のドックが付いていた程の規模がある施設だ。しかも突然のバイオハザードで取る物とらずに廃棄されたからいろいろ有る筈。そう考えた俺は色んな場所を見て回り、結果としてデータとしてだがモジュールと呼ばれるフネ用内装品の設計図を幾つか入手。ソレと真空パック状態の物資コンテナを幾つか発見した。

 幸先がいい。俺って結構運が良いねぇ。

「う~ん、流石にコレ以上はないかぁ」

 モジュールデータを発見した部屋で、端末を弄くっていた俺はそう呟いた。まぁ幾ら突然廃棄されたとはいえ引き上げる時には重要データだとか大事なデータは消すか何かしているだろうしな。第一30年前に廃棄されたコロニードームで、そんないいモノが残っている訳もないか。

「俺だったらHDDの中身を消去してから逃げるしな……HDDの、中身?」

―――いま、俺はとても重要な案件に気が付いた。

―――俺、前の世界の、HDDの中身、消去して無い……。

―――めのまえが まっくらに なった―――

「――残念、ユーリの冒険はココで終わってしまった…って流石にソレはメンタル弱すぎるわい」

 戻れるかわからんけど多分戻れないから別に大丈夫だし――ホントだぜ?目から熱い水が流れて止まらないけど大丈夫なんだぜ?……ああどうかあちらの世界に居らっしゃる方々。どうかPCの中は見ずに何も言わずにHDDを破棄してくだしぁ。

「はぁ……――ん?何ぞコレ?」

 陰鬱な影を背にもう一度だけ端末の中を洗っていたら、なんか変なファイルを発見した。いやまぁ、社会的に重要そうな機密ファイルとかは全部消去済みだったんだけど、そのファイルは個人のフォルダの中に入っていて自動消去システムから免れたデータっぽかった。

―――勿論個人ファイルだからパスワードを入力しないと開けない。

「ん~、どうしよっかな~」

 端末を開いて整備ドックにアクセスしてみる。デイジーリップ号の損傷度合いが大きい上、設備が古いので今しばらく修理に時間がかかりそうだ。その間が暇すぎるなと判断した俺はヒマつぶしにこのファイルを開いて見る事にした。

 そん時は、只のあそびのつもりやったんや。

 

 まさかあんなモンが入ってるなんてわかるかーい。

………………………………………

……………………………

…………………

「こ、これは?!」

 俺の持てる全スキルを持って解読にあたり何とか4時間くらいでロックを解除出来た。ニョホホ!俺の事は今度からスゴ腕ハッカーと呼んでくれ・・・いや、冗談なので本当に呼ばないでね?ただの軽い冗句さ。だって本当の事をいうと実は全く解けなかったのだ。俺ハッカーとかじゃないし、プログラム引き出して解析とかなんてムリ。

 だから正攻法で頭に思いつくパスワードをつらつら撃ち込んだダケである。そこら辺の知識も仕入れといてくれよ、憑依先さんェ・・・とりあえず俺の灰色の脳みそに思いつく単語や数字の組み合わせとか、この世界、無限航路に出てきそうな単語は思いつく限り殆ど入力したけど全然ファイルは開かなかった。

 そりゃまぁ、それで開いたら苦労はないだろうね。

 俺が持ってたPCみたく適当に決めた英数字の組み合わせとかだったら俺にはお手上げじゃ。

 だがあまりにもロックが解けないのでイライラしてた俺は、ケッと言いながら机に足を乗せようとして―――

「あら~!?」

≪ビターン≫

―――勢い余ってイスから墜ちた。これは痛かった。痛かったぞー!

 頭は打たなかったけど、イライラが溜まっていた事もあり怒りは加速する。

「お、おのれ…俺は怒ったぞォ!!」

【ア タ マ ニ キ タ】

―――カタカタと冗談半分で打ち込んだ。すると突然端末から電子音が響いた。

 最初はエラー音か何かだと思っていたんだけど、よく画面を見てみると偶然にもロックが外れていた。

 ありのままに起こった事を・・・とかいうレベルじゃ断じてねぇ。とにかく目を点にして俺はただマジかよと呟いて茫然とする事しか出来なかった。まさかの適当に打ったパスワードがドンピシャリだった訳だ。一応開けた訳だし、そのファイルの中を確認した俺は、この時点では有り得ないモノを発見した。

 調べてみた隠しファイルの中には、恐らく設計図と思わしき大量のデータが存在していたのだ。

「ネビュラス級戦艦にバゼルナイツ級戦艦。マハムント級巡洋艦にバゥズ級巡洋艦にバクゥ級巡洋艦。駆逐艦に至っては旧式艦とはいえバーゼル級だなんて・・・どうやって手に入れたんだ?」

 ゲームをやっていた俺がわかるだけで、これだけの設計図である。どれもこれもこんな小マゼラン星雲の辺境星系で手に入るシロモノではない。手に入れるには大マゼランにまで足を延ばし、主系国家にある設計会社に行って買わねば手に入らない物である。ホント、まさかこんなところで大マゼラン方面にある軍事国家、ロンディバルドとアイルラーゼンの戦艦が拝めるとは思わなかったぜ。

 しかし、良くもまぁこれだけのデータを集められたモンだ。造船ドックに持っていけば“船体くらい”は作れる程のデータ量だ。きっとこのデータを集めた人物は、大マゼランと小マゼランを繋ぐマゼラニックストリームをも超えた猛者だったんだろう。ファイルに残された文章によれば、どうやらファイルの制作者はオリジナルの設計でフネを作る為にわざわざ参考用にこういったフネの設計図を集めていたらしい。

 ソレを見て俺は思わずニヤけて弛んでしまっていた顔を揉みほぐしていた。こんな序盤で強力なフネの設計図が手に入ったと思ったからだ。ご都合主義と笑いたきゃわらえ!これぞご都合主義よ!バンザイご都合主義!大事な事なので二回言いましたっ!何せ原作では第二ステージにあたる大マゼラン製はかなり強力なフネが多い。

 エルメッツァという大きな国家が纏めている小マゼランと違い、大マゼランはそのエルメッツァを凌ぐ星系国家が乱立しているからな。所謂群雄割拠の戦国時代みたいな場所なので、兵器関連の技術の向上が目覚ましいのもそこら辺に要因があるんだろう。それはともかく、この設計図のフネを造船出来れば、例え星間戦争に巻き込まれても死ぬ確率がぐっと減るのは確実だ。

 それに夢にまでみた大型戦艦の艦長となれるのだ。興奮を覚える。その興奮冷めやらぬ中、俺はさらに設計図を調べた。これさえ造れるなら、最早敵なし、強くてnewゲーム状態である。原作でも2周目プレイはあったけど所持金ステータス持ち越ししかなかったので、こういう序盤で強いフネの設計図というのはある意味夢だった。

だけど―――

「……あー、だめだこりゃ」

―――流石に天下のご都合主義もそこまで甘くは無いらしい。

 設計図全体のデータは割かしちゃんとしていたが問題は全体設計よりずっと細かい部分、主に兵装や内装関係のデータの殆どが欠損しており、このままでは使い物になりそうもなかった。ゲームの宇宙船はモジュール機構を採用しており、キャパが許す限り内装をいじれるのであるが、欠損していたデータはモジュールでは無く船体本体の内装系なのである。

 すなわちモジュールを接続すべき基礎と呼べる部分が無いのだからどうしようもない。流石にトイレとかキッチンとかが付いて無いような宇宙船とも呼べない箱舟に乗りこむ気はない。それ以前に電灯が点かないかもしれないフネになんて乗りたくない。宇宙暗いし。

 つーか、兵装は後付け出来るとして、データ不足で装甲穴だらけでライフラインがごっそり消えるバグった設計データってどうなんよ!?――いやもしかしたら意図的に削除してあったのかもしれない。恐らく既存のデータに何らかの改造を加える際のシミュレートとして、部分的に装置を入れ替えたらどうなるかの研究図案だった可能性がある。

「ん~」

 まぁ本当のところは当時の人に聞かないとわからないけど・・・。

 だから思わず前の世界で結構有名だった道化師さんのように唸っちゃうんだ。

 そりゃね、ココは廃棄された施設だからさ。放置されて整備もされなかったコンピュータのデータが全部無事とは思わなかったけどさ。唯一使えそうなデータがバゼルナイツ級戦艦だけだなんてひどい。今は金がないのだし、できるなら駆逐艦から巡洋艦へアップデートするように造れれば最高だったのに・・・あれだな、なんか隠しショップ見つけたけど、値段がべらぼうに高くて買えないっていうあの感じだ。

 でもコレはコレでラッキーではある。バゼルナイツ級はこの世界の通貨で32400程度で造れるし、性能もこの時期に入手できる艦船に比べれば高い。コイツを序盤の内に作れれば、この先しばらくの間はかなり優位に展開出来る筈だ。問題はそこまで金を稼げるか・・・まぁ、敵が弱いのは今の内なのだし、頑張ってみるしかないだろう。

「――とりあえず、一生借りておく事にするッス」

 戦艦を作るには大量の金が必要だ。一応目安としては序盤で買わされる事になるであろう駆逐艦のおよそ5倍の金がいる。死なない為に俺達は金稼ぎを強いられているんだ――!

―――という羽目になるという事に、この時の俺はまだ気が付いていなかった。

「おそかったね子坊、どこに行ってたんだい?」

「とりあえず使えるものが無いか探してました」

 色々やっている内にディジーリップの修理が終わっていた様だ。

 ま、今すべき事はフネ云々の前にこの星を離脱するって事だしな。

 宇宙に行けなければどちらにしてもこのデータは尻拭く紙以下の価値もない。

「フネはもう大丈夫なんスか?」

「まぁ、設備は古かったけど一応規格が同じだからなんとかなったよ」

 と言ってもココの設備と物資だと、応急修理で精いっぱい。なんとか動かせるモノの、ちゃんとしたドックでオーバーホールが必要だそうだ。となりの惑星にある空間通称管理局とかいう組織の運営する軌道ステーションに行けば、すぐに修理出来るんだそうで。

「そっちは散歩の収穫はあったのかい?」

「真空パックされた生活物資が少し、あとはモジュールのデータくらいッス」

「そうかい、それじゃ乗りこんでくれ。すぐに出発する」

「アイコピーッス」

「ところで家族とのお別れはちゃんとすましたのかい?一度宇宙に出たらそう簡単には戻れないよ?とくにロウズじゃお尋ねモノ扱いになるしね」

「ええと、大丈夫っス。(家族いねぇし)」

 俺の家族は異世界に居るしねぇ。

 憑依先のユーリくんにあの子以外に家族は居たんだっけ?

「それじゃ乗り込みな。ようこそデイジーリップへ」

「はい!お世話になります!」

 そして俺は彼女のフネに乗った。まだ見ぬ星の海を目指して―――

――――ガントリーに引っ張られたデイジーリップ号がレールカタパルトへ乗る。

「主機臨界稼働、反重力ユニットコネクト、離陸モードでロック」

「――えーと・・・レールカタパルト遠隔操作、システム問題無しッス。出力最大で設定、カタパルトエネルギーチャージ完了まで20秒」

「OK,隔壁解放っと――進路オールグリーン、システムもオールグリーン・・・よし、いい子だ」

 本当は自力で大気圏脱出が可能なのだが落っこちた衝撃で若干出力が低下して初速が安定しないらしい。なので施設のレールカタパルトを動かすハメとなった。ちなみに何故かサブパイロット席に座らされた俺もコンソールに表示される計器を読み上げる役をやらされている。いやまぁ、タダで乗せてもらえるとは思ってませんので良いんだけどね。未来の言語が読めてマジで助かった瞬間である。

 そしてドックの隔壁が開きゆっくりと前進するデイジーリップ号。射出位置に着くとレールカタパルトのトンネル内に照明が点き、オレンジ色の光に包まれたデイジーリップが重力制御装置により固定された。

「ほんじゃま、いきますか―――星の海へね!」

 そうトスカ姐さんが呟くのと同時に俺がカタパルトを起動させる。するとガクンという衝撃と共にデイジーリップ号がするすると動きだした。反重力により空間に浮いているから動きだした衝撃以外に特に振動は感じない。おお流石は未来技術だ。俺が未来の技術に再び感動しているのを横目に、トスカ姐さんが操縦席の真横にあるスロットルレバーのようなモノを思いっきり下げた。

 途端大音響と共に宇宙に飛び出したデイジーリップ号。

 その中で俺は……大気圏脱出のGで気絶した。

―――星の海すらまともに見てねぇやん。ダメじゃん。

…………………………………

………………………

……………

―――気絶から覚めるとソコはすでに惑星軌道上だった。

 後ろには青い惑星……地球は青かった……ってあそこは地球じゃなくてロウズか。

「おお、星の海だ」

 窓・・・というか液晶パネルだが、外の映像は入ってくる。良くテレビでやっていた、国際宇宙ステーションの船外作業の映像に似てるかも知んない。うおん、ここはまるでプラネタリウムか。思わずジーっとショーウィンドウを眺める子供のように外の映像を見ていると、声をかけられた。

「おや子坊。目が覚めたかい?」

「うぃ、気絶してた事に今気付いたとこッス」

 操縦席から離れたトスカ姐さんが目が覚めた俺に気が付いて声をかけてきた。操縦しなくていいのかって感じもするけど、考えてみたら俺の時代よか何千世代も後な訳だし自動操縦くらいあるわな。ちなみに無限航路は現代の時間軸から見てスゲェ未来の宇宙。マゼラン銀河圏が舞台でゴンス。超未来でSF・・・胸が熱くなるな。

「さて、どうだい?初めて星から出た感想は?」

「すごく…大きいです…」

「はぁ?なにが?」

 ちぇっ、アヴェさんネタは通じないか。

「いや自分の居た星って結構大きいなって…」

「そうかい。つーか全く言いたい事はちゃんと声にだしな」

「フヒヒwwwサーセンwwww」

「・・・・・・なんかムカつくねぇ、なんだいその言語?ロウズ独特の相槌かい?」

「あ、いやホントスゲェって思ってて正直テンパってますハイ!!」

 ぐぅ、2chネタとか通じねぇよ。テンパってるのは事実なんだけど反応がないと詰まらん。

「まぁそれはさて置き、これからどうする?」

「ええと、そうですね・・・≪ヴィー!ヴィー!≫っ!なんだ?!」

「チッ!もう来たのかい!!子坊、死にたくなければ手伝いな!!」

 艦内に鳴り響いた警報、ソレはロウズ警備隊が接近してくる警報だった。すぐさまトスカ姐さんはコンソールに手を置いて機器を操作し敵艦を映し出した。液晶パネルに映し出されたのは、2隻のレベッカ級と呼ばれる三角形に近いシンプルな形状をした警備艇である。おお、小さいながらもちゃんと武装してやがる。

―――とか考えていたら俺もあてがわれた席に座らされた。

「操船はあたしがやる!子坊は砲手をやってくれ!このまま突っ切るよ!!」

「わ、解ったッス!」

 ちょっと慌てているトスカ姐さんの剣幕に、俺もつられてコンソールを操作して火器管制を開いていた。これもまた知識があってよかった瞬間だ。無かったら一から操作を聞かなけりゃならんもんね。

「えーと・・・GCSリンク、回路コネクトでっと・・・大砲にエネルギーを回してくださいっス」

「ジェネレーターからは50%以上回せないからエネルギーの残量に注意しな!」

「アイコピー!」

 ジェネレーターから出力が来たので、俺は憑依先のユーリの記憶に従い、火器管制を待機モードから戦闘モードに移行させる。ジェネレーターからエネルギーを得られた事で火器管制のコンソールが開いた。なのでそのままデイジーリップ号に備え付けられている小型レーザー砲とミサイルのファイアロックを解除する。

 そういえばロウズで胴体着陸してたんだよな、このフネ・・・。主翼も曲がる程の衝撃を受けていたんだし、主武装はなんと主翼部分にあるのだ。・・・念の為に手動で砲塔を少し動かしとこう。そう思いコンソールで手動モードを開き、少しテストしてみる。このデイジーリップ号の小型レーザー砲は乗る前に聞いた話じゃ元はデブリ破砕用であり反応性は元々良くない方らしい。

 だが結構砲塔周りが改造してあるらしく、素早い警備艇を問題無く追尾出来るようだ。もっともこれがメインの武装なのだから動かなきゃ話にならん。確認がてらコンソールのパネルを操作し、小型ミサイルのレーダーとの同期回路を接続。レーザー砲も同じ様にレーダーと同期できるようにコンピューター制御の自動追尾回路を開いた。

 手動でも動かせるがいきなり実戦で動かしてる俺が手動照準でやっても、レーダー上で見てやっても素早い警備艇に当てるのは難しいだろう。初戦で手動攻撃命中はヤマトに肖って実にロマンだが、命と等価交換出来ないならしない方がいい。てな訳で、未来のオートメイションに期待しよう。ローク、機械を使え。

 データさえあれば後はフネのコンピューターがはじき出した相手の予想マニューバを元に照準する。そうすれば砲門は自動的に敵が来ると予想される位置へと向けられるのである。あとはトリガーを引くだけで良い。オートメーション化がかなり進んでますよコレ。簡単な操作さえ教われば、多分小さな子供でも扱えるんじゃないかな。

 まぁ、細かい制御なんかはやっぱり人の手じゃ無いとダメみたいだけど……。

「まだかいっ!」

「――攻撃準備完了ッス!」

「よぉし!子坊ベルト締めな!一気に行くよっ!!」

≪ドォウンッ!!≫

 小型船故の爆発的な加速力。腰に響くGのショック。若干船体強度に不安があるけどココで撃墜されるよりかは遥かにマシだろう。一方の敵さんは突然加速したこちらの動きに何故か慌てている。なかなか撃ってこない。こいつはチャ~ンス!

「射程距離まで、あと500!」

「砲門開口!ミサイルセット!」

 目標は!―――――相手の機関部!

「今だッ!」

「撃つッス!!」

 コンソールパネルに表示された攻撃のスイッチをポチっとなする。

 すると艦内に砲身冷却とミサイルが射出された振動が響き渡った。(レーザーは音がでません)

 そして小型砲塔から放たれたレーザーブレットが相手の艦の装甲板に突き刺さった。だがエネルギー兵器に対する処理が進んでいるらしく、レーザーは貫通せずに船体表面を滑るようにして拡散した。敵艦の船体に何かしらの防御処置かシールドがあるようだ。その所為で先のレーザーは拡散されて弱まり、一瞬の隙と敵の装甲を薄く削っただけに留まった。

 しかし、元よりそれだけで十分。

 たかだか違法改造した程度のデブリ粉砕用小型レーザーで、戦闘が想定された敵警備艇を破壊できるとは思ってない。

「ミサイル、命中まで3秒ッス!」

 本命は、時間差で発射しておいたランチャーの対艦ミサイルなのだ。目くらましのレーザーが当たった事で動きが一瞬鈍ったレベッカ級に、優秀なコンピュータがはじき出した照準により理想的なタイミングで発射されている。そして時間差で小型対艦ミサイルが装甲板に突き刺さり警備艇を食い破る。

―――直後、船体内部から爆散!レベッカ級はインフラトンの蒼い火球に包まれた。

「やった!敵2番艦、命中、爆散したッス!」

「次を撃ちなッ!もたもたしてるとこっちが食われるよッ!!」

 俺が初めての火器管制で敵を倒し、その手で初めて人間を殺した事にすら気が付かず、撃沈の高揚感の余韻に浸る暇もなくトスカ姐さんから叱責が飛ぶ。見ればレーダーにもう一隻が背後に回りこもうとしているのが映っていた。トスカ姐さんの声に反応した俺は、すぐさま照準を敵1番艦へと向けた。流石に敵さんも先ほどとは違い、攻撃準備が整ったので、慌てふためく様な事はしていない。

『レーダーロック・アラート』

「攻撃が来る。しっかり捕まってなッ……今!」

≪ズシュウウッ!≫

 アラートが鳴り響くと同時にトスカ姐さんが船体を思いっきり傾ける。慣性制御装置が相殺しても感じるほどの急激な横G。それに耐えている俺の目に敵の攻撃が船体を掠り、デイジーリップが張っているAPFシールドと呼ばれる防御フィールドを揺らすのを外部を映すモニターで見た。デイジーリップ自体は一応まだ大丈夫みたいだけど、すでにボロボロな状態のデイジーリップ号じゃあ何発も直撃受けたら危険だっ!

 俺は早く敵を落とさなきゃと火器管制コンソールにしがみ付いていた。手から汗が吹き出し自然と肩に力も入っている。こちとらもう必死である。ちょっとだけ股が冷たい程に・・・。

「敵標準固定!発射準備完了ッス!」

「よしっ!ぶっ放しなッ!!」

「ホレ来たポチっとな!」

 魔改造デブリ破砕レーザー砲から発射されたレーザーは、遮るモノがほぼ無い空間を直進し、敵艦のブリッジ部分に吸い込まれる様にして命中する。出力が弱いからかブリッジを貫通しなかった。だがエネルギーの奔流が直撃したことで電装系をやられたらしく迷走するレベッカ。

 そこへ発射した止めのミサイルでレベッカ級は哀れ吹き飛ばされ火球となった。

 俺は砲手用の三次元レーダーを見つつ、報告を続ける。

「敵1番艦の沈黙を確認、インフラトン反応拡散、勝ったッス!」

「よぉーし、敵さんから使える物取ったらすぐに撤退するよ!」

「了解!」

 こうして俺の初めての艦隊戦はつつがなく終了した。くぅッ!やっぱ良いねぇこういった雰囲気!コレコレ、こういうの結構大好きだよ俺!絶対この後フネをもったら“砲雷撃戦用意!”とか“第一級戦闘配備”とか言ってやるぜ!そんな浮かれた事を考えつつ、トスカ姐さんに船外作業用のアームの操作を教えてもらい、俺は敵さんの船から売れそうなモノを剥ぎ取った。

 接触が悪かったのかアームで船体をちょいぶつけちゃったのは秘密である。

――――そして取るモノとって、俺達はその場をすぐさま後にした。

 売れる物を回収し、すぐさま一番近い星バッジョへと降り立った。降り立ったと言っても原則として緊急時でも無い限り、フネは軌道上のステーションに停泊させるのがルールだとトスカ姐さんは言っていた。その為、今居るのは軌道エレベーターがあるステーションの中である。俺にとっては初めての宇宙港なので他にもフネが居るかなぁとワクワクしていたのだが・・・。

 初めての宇宙港は伽藍として閑散としているという印象しかなかった。数百mもある大きなゲートなのに、見えるのは小さなタグボート位しかなく、それもここ数年は使われていないのか隅っこでホコリを被っているように見うけられる。これもこの星系の領主が作った領主法の弊害だろう。なんだか、さみしいな。

―――とりあえず、軌道ステーションには降り立てた。

 これからどうするのかトスカ姐さんに尋ねたところ、先の戦闘で拾ったジャンクを、ステーションのローカルエージェントに売り払い金にするという。基本ジャンク品だけど、100%リサイクルが可能な世界なので結構お金になるらしい。こういったジャンクだけを集める連中の事を、別称でジャンク屋と呼んだりするらしい。そういう人たちも、みんな0Gドッグだから案外同じ穴のむじなだけどね。

 ゲームで戦闘後に何でお金が手に入るのか解らなかったけど、こうやって金にしてたのかぁ、と一人納得。尚、ローカルエージェントってのは空間通商管理局って組織が各宇宙港に配置しているアンドロイド達の事だ。俺達宇宙航海者…通称0Gドッグのサポートの為に、空間通商管理局のステーションには必ず彼等がいる。

 彼等はフネの整備、消耗品の補充、欠けた人材の補充までやってくれるスーパー便利屋さん何だそうだ。しかも、人間相手のお仕事な為、アンドロイドだと言ってもかなり表情豊かである。20世紀人間にとっては、もう驚きで開いた口がふさがらんかと思ったですよ。ちなみに0Gドッグというのは簡単に言うと宇宙の冒険者みたいなもんだ。

 自前のフネを持って無法者の討伐やデブリとかが少ない航路の発見、宇宙資源が埋蔵されている小惑星や惑星の発見等々、様々な仕事がある職業である。一応誰でもなれるが原則として宇宙船の乗組員である事が最低条件だ。当然俺も空間通商管理局のサービスが欲しい人なので、ローカルエージェントに頼んで0Gドッグとして登録した。

 これで空間通商管理局所有の施設ならほぼ無料で利用可能となるってトスカ姐さんが言ってた。ありがてぇありがてぇ。

「子坊の0Gのランキングは・・・まぁ当然だけど最下位だね。先は長いけど若いんだしこれから頑張りな子坊」

「ランキング?」

 続いてトスカ姐さんが指さしたパネルには、ズラリと沢山の人の名前が表示されており、それ全てが0Gドッグであるという。どうやらこの名簿が原作ゲームにあった0Gドッグの名声値ランキングというものらしい。原作ゲームではこの名声値を溜めると、フネの性能を上げる設備の設計図がアンロックされたり、普通は売ってもらえないフネの設計図を融通してもらえたりという特典があった。

 この世界ではどうなのかわからないが、恐らく同じようなものなのだろう。ちなみにランキングで登録されているランキングは4000まであり、欄外の俺が上位に食い込むには、最低でも4000人は蹴落とさないといけないんだろうね。名声値はどういう仕組みか知らないが敵対した勢力を倒せば倒す程あがる。例えそれが同じ0Gドッグでも、航路上で戦ったなら問題なく名声値が加算される。

 港じゃともかく一歩外洋に出れば敵でありライバル。うーんアウトローだねぇ。

「――――さて、フネの修理はすぐに終わるらしいし、あたしは一度下に降りるが、あんたはどうする?」

「行くとこ無いんで、ひな鳥みたいにどっこまっでも着いてきまーす」

「まぁ下に降りたとしても、0Gドッグが行く場所なんて一つしかないけどね」

「えう?・・・どこに行くんスか?」

 俺がそう訪ねるとエレベーターに向かう通路を歩きながら彼女は答えた。

「酒場さ」

「酒場・・・ですか?」

「そう、酒場。だけど只の酒場じゃ無い。噂から革新のある情報まで様々な話しを聞く場所でもあるし、あたしら0Gドッグへの仕事の斡旋もしているのさ」

「へぇーハローワークみたい」

「あん?ハローワークってな何だい?」

「あ、いえコッチの話です」

 なんと、この時代にはハローワークは存在しないのか?!

 世の自宅警備員の方々はどうすれば・・・あ、でもネットとかが前時代より進化してて案外大丈夫なのかも・・・裏山もというらやましいなオイ。

「時たま変な事口に出すね子坊は?ロウズのことわざみたいなものなのかい?」

「イヤァー俺が勝手に言っているだけでスよ」

「・・・本当にへんなヤツだねぇあんたは」

「ぐはッ!何気ない一言が刃物のように俺のハートに突き刺さる!」

「置いてくよー」

「リアクションスルーっスか?!」

 な、なんという高等テクを・・・トスカ姐さん、かなり強いッスね。いや俺が勝手にバカやっているだけんだが、その後もこんな感じで雑談をしながら、地上へと降りて言った。

 そして降り立った酒場の中は、なんて言うか・・・アメリカの西部?な、なんでココまで来る時は普通の合金の床だったのに、ココに来た途端木製になるの?それこそまるで酒場自体がマカロニウェスタンに登場しそうなアウトローが集いますって感じじゃねぇか・・・どうなってんの?

「ねぇトスカさん?何でこの酒場って、どこもこんなレトロな感じ何スか?」

「ん?さぁねぇ、酒場は私が0Gドックになる前からあったし、ココは空間通商管理局がスポンサーを兼ねてるから案外上からの指示かも知れないねぇ」

 へぇそうなん?

「いや、コレはきっと上からの指示に見せかけた孔明の罠だ。きっとこの酒場のマスターの懐古趣味に違いない」

「子坊、あんた人の話聞いて無いね?」

「いや聞いてましたよ?只なんとなくやりたかっただけッス、後悔はしていない」

 でも何気に孔明の罠のくだりから、酒場のマスターがピクンって動いたから、あながち間違いではないと思うんだ、ウン。ところで孔明の罠って言葉まだ有るんだろうか?

「とりあえず何か飲むかい?」

「あ、はい飲みます」

 ま、一息入れてから考えますかね。

……………………………

………………………

…………………

――――しばらく酒場の喧騒をBGMに、片隅で美女とふたり向かい合う形で飲んでいた。

 言葉だけ聞くとロマンチックな匂いが漂いそうだが、俺はこの時代の酒の銘柄がわかんないから普通にソフトドリンクなため締まらないことこの上ない。お互い口を閉じちびちび黙って飲んでいると、ふとトスカ姐さんが口を開いた。

「そういえば子坊、あんたなんで0Gドックになりたかったんだい?」

「えと、それは・・・」

 突然の質問に少し考え込む。やっべー、それらしい理由とか考えて無かった。

 はて?ユーリ君はなんて思ってたんでしたっけ?

「それは・・・きっと・・・どうしても宇宙に出たかったからッス」

 妙に漠然としているがコレしかない。というかコレは俺の当面の目的でもある。

 せっかく来た未来の世界なんだ。もっと色々見て見たいんだよね。

 まぁ死亡フラグ乱立で超怖いけど。

「だけど、この宙域の外に出る為のボイドゲートは、すでに押さえられてるはずさ」

「そう言えばトスカさんはロウズ宙域にどうやって来たんスか?」

 原作でもソレが気になっていたんだよね。だってボイドゲート封鎖してるなら入ってこれないじゃん。ボイドゲートっていうのは、宙域と宙域とを結ぶ橋の様なものだ。長距離をタイムロス無しで移動できるから転移門みたいなモノだと思う。宇宙を旅する連中はたいていこのゲートを活用している。スゴイ距離を移動できる上に利用料タダだしね。エネルギーと物資節約の為にも、ボイドゲートは今や欠かせない施設なのだ。

 またこのゲートは空間通商管理局が管理している施設である。基本的にゲートに対しての攻撃とかの手出しは許されないし禁じられている。その昔ゲートを巡って戦争が起きたので、なんだかんだあって航宙法が制定され、それによりボイドゲートはどの勢力相手でも中立、すなわち公海という位置となった。

―――では何故この星系の領主はゲートを封鎖出来るのか?

 まぁ何事にも抜け道はあり、ゲート自体は手出しできないが、ゲートから少し離れた宙域は封鎖出来るって訳で。出たり入ったりするヤツを待ち構えて監視すれば良いから楽なモンだな。―――っと、話を元に戻そう。

「ああ、あたしのフネは元が貨物船だろ?偽造した通行証で貨物を運んでる運送屋に仕立てたのさ」

「それでロウズに降りようとしたら、警備隊に見つかったってとこッスか?」

「まぁそんなもんだ。すでにあたしのフネは連中に見られて手配されているだろう。あたしのフネじゃ流石に連中全員とやり合うのは無理だ」

「確かに、あのフネの装備だと集中砲火でも喰らったら最後ッポイッスね?」

「ちがいない。ロウズを脱出した時の戦闘が小火に見える位の戦闘だって起こるかもしれないよ・・・それで子坊、あんたはそれでも飛び立ちたいのかい?」

 その質問には速攻でYesだ。

 そりゃ勿論ッス!そうじゃ無けりゃトスカ姐さんの前に出てこないッス!!

「どうしてもゲートの向こうに行きたいです!」

「じゃあ、作るしかないねぇ?あんたのフネをさ?」

「俺のフネ・・・ッスか?」

「そうI3(アイキューブ)・エクシードエンジン、ブリッジ・エフェクトの効果により光速の200倍程度の速力を誇る・・・フネさ」

 ええと解らん人の為に解説入れとくけど―――

 アイキューブ・エクシード航法っていうのは、I3(インフラトン・インデュース・インヴァイター)を主機として巡航時に用いられる推進手段の事で、我々が住む宇宙に下位従属する子宇宙を形成し、そこを通り抜けることで相対論的時間(ウラシマ効果)のギャップを調整する事が出来るそうな。

 これは複数の子宇宙を縦断する「アインシュタイン・ローゼンの橋」を架け、その上を通り抜けるという意味で「架橋効果」、または「ブリッジ・エフェクト」と呼ばれている。この時代における宇宙船の大半はこの推進機関が備えられており、コレにより宇宙が狭くなったと言っても良い……だそうです。

―――正直俺にも訳わかんないので飛ばしても結構。要はメッチャ早いってことだ。

「まぁ、かなりお金が居るけどね」

「はぁ金かぁ…」

 地獄の沙汰も金次第。人の世は何処に行くにも金が憑き纏うってか。

 ・・・・・・・そう言えばエピタフって高く売れるんだっけ?

「ねぇトスカさん、俺こんなの持ってんですけど?」

 俺は懐から一応ユーリの親父の形見とかいう設定のエピタフを取り出して見せた。原作だとコレを質に入れて10000Gにして駆逐艦を手に入れた。質に入れてそれなら売ったらもっと良い金になる。――そう思って見せたんだが、思えばエピタフの価値を考えておけばよかった。

「エ、エピタフぅぅ~~?!」

「ちょっ!トスカさん声デカイッス!!」

 見せた途端叫ぶように大声を上げたトスカ姐さんにこっちも慌ててしまう。

 周りを見れば、エピタフの言葉に反応した人たちがこちらをジロジロと…。

「あぁ・・・あはは何でもないですよぉ~!コイツ、エピタフが欲しいなって・・・」

「・・・無理やりッスね≪ゴチンッ!≫――イッテェッ!!!」

 慌てて取り繕ったので まわりの連中は興味が失せた様だ。大方酒に酔っておおごとな話をしていたと思われたのだろう、不本意だけど。徐々に周りからの視線が弱まり精々チラホラと見てくる視線に落ち着いたあたりでトスカ姐さんに再び殴られた。叫んだのは彼女だというのに理不尽である。

「うっさい・・・・・・大体何でそんなモン子坊が持ってるんだい?ありえないだろ」

「いや、コレ一応親父の形見なんスよ。(設定上は)」

 まぁ、この身体の持ち主であるユーリくんにはもうチョイ複雑な理由がある。とりあえず、このエピタフっていう手のひらサイズの真四角の箱は、各宇宙島に点在する古代異星人の物と思われる遺跡から出土するモノである。正直エピタフ自体が何の為の物だかイマイチよくわからない。

 だからかエピタフは色んな憶測を呼んだらしく、一生分の富を得られるだとか、力を解放すれば宇宙の支配者になれるとかいう噂がある。一時期熱心なコレクターや冒険家が血眼になって収集していた上、現在でも噂があるからか売買価格は結構高い。要するにかなり高く売れる・・・でも正直、只の四角い箱にしか見えないお。

 さて、話を戻そう。

 俺はトスカ姐さんにエピタフを見せて、コイツを売って金にしてくれと言おうとしたんだが。

「はは~ん、つまり宇宙に出たいのは、それの秘密を探りたいからかい?」

「いやまぁ・・・」

 俺とエピタフを見比べてどこか納得したような顔をしたかと思えば、姐さんは自己完結してくださった。まぁ見た目華奢でも俺は男の子。浪漫にあこがれて若さゆえにというのは想像に難くない話しではあるが・・・ええと、なんと答えるべきかねココは?だが宇宙に出たくて宇宙船に乗りたいというロマンだけで飛び出したというのも嘘じゃないしなぁ。

 それよりもエピタフ、一応コレは物語の核心に迫るアーティファクトだし、売り払っちゃって良い物なのか・・いや、でもコレ紆余曲折あって結局に手元には戻って来ない筈。よろしい、ならば売却だ。コレは後腐れもなく売ってしまおう。あくまで俺の目的は宇宙戦艦を作る事なんだからな!

――――そういう訳で俺が“コレ売ってフネ作りたい”と応えようとしたその時。

「本物のエピタフか・・・おい兄ちゃん、怪我したくなかったらソレこっちに寄越しな?」

 そんな事いうデブが、後ろに立っていた。

 えーと、どなたさまでしょうか?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第2話、ロウズに降り立つ編~

■ロウズ編第ニ章■

「誰がモヤシだってっ?誰がッ!?」

「スイマセンでした!マジで生意気言ってゴメンなさい!!」

「いいや許さん!殴るね!」

「おぐぅ!?それ足!踏みつけっ?!」

 足元には強制土下座をしているぽっちゃり系太めの男子がいる。その太めな彼の名前はトーロという。なんで俺が名前知ってるかっていうと、それはコイツがゲーム序盤で数少ない仲間(強制)になる野郎だからだ。ちなみに何でこうなったのかを少し時間を遡って見てみよう。

●およそ10分前●

「本物のエピタフか…おい兄ちゃん、怪我したくなかったらソレこっちに寄越しな?」

 目の前に微妙に錆びたナイフをちらつかせるピザ体型な不良君。でも俺は彼の名前を知っていた。コイツの名前はトーロ・アダ。序盤で仲間になり実質終盤まで居続けるクルーの一人である。ちょっと唐突だったが、これは二番目の原作キャラとの遭遇である。

その為、俺の心の中は――――

「(トーロ来たぁーーーー!!)」

―――って感じだった。舞い上がってた。

「―――っおい!聞いてんのかよ!」

んで思わずぼけーっと眺めていたらしびれを切らしたのか怒鳴るトーロ。

「……あーはいはい、何スか?」

「だから、そのエピタフよこせって言ってるんだ!」

「え?これはエピタフじゃないですよ?」

 一応とぼけてみた。酒の席での話をうのみにするのはいただけないという感じで。

 だがそんな俺の態度を見て逆にトーロはカチンと来てしまったらしい。

「はぁ?ふざけんじゃねぇ!さっき自分で言ってたじゃねぇか!」

「俺自身は一言も言ってねぇよ?言ったのはトスカさん」

「お、ケンカかい?良いぞやっちまいな子坊」

「自分は高みの見物ッスか?……まぁいいけどさ」

 チラッと視線をトスカ姐さんに向けるが…我、関せずと普通に酒飲んでら。どうでも良いけど、俺ケンカとかした事あんまりないんだけどなぁ。前の世界の友人曰く酒に酔った時に一度だけ不良とケンカしたことあるらしい。だけど俺にその時の記憶はない。結構呑んでたからなぁ。

 さてこの状況、どうすればいいだろう?

「テメェコラ俺様を無視してんじゃねぇッ!!渡すのか渡さねぇのかハッキリしやがれッ!!!」

 ダンッ!と近くのテーブルを殴るトーロ、おお怖ッ。

「いや、すこし冷静に行こうよ?大体、もしこれが本物だったら素直に渡すと思う?」

「そりゃ渡さねぇだろう……つまりはそういう事か?」

「HAHAHA!アンタが5万程用意してくれるってんなら話は別だが…用意出来るとは思えないしねぇ」

 第一コレを渡したらフネが建造出来ないじゃなイカ。金で買ってくれる線はまずあり得ないだろうしね。身なり結構汚いし、第一買うならケンカ腰じゃこない。

「別に金なんて必要ないぜ?――――力づくで奪えばいいんだからなぁ?」

 ほれきた。ニンマリという感じに口角を歪めてらっしゃる。

「うわぁ何というヤクザ…暴力反対~!!第一疲れるから嫌――」

「うるせぇッ!ケンカする度胸もねぇモヤシ野郎がッ!!」

「……あ、トスカさん、コレ持っててください」

「え?あ、ああ」

―――だれにだっていっていいこととわるいことがある(キリッ)

 向こうが言い放った俺にとって聞き逃せない台詞を吐いた。途端頭に血が上った俺は隠すように持っていたエピタフをトスカ姐さんに向け投げ渡していた。ちなみに後で聞いた話だと、この時の俺はかなりヤバい笑みをしていたらしい。あまりの豹変ぶりに若干ビビったとトスカ姐さんから聞きました。

 いや実はね?俺は小学生の頃、背は高いが痩せていた所為で、周りからモヤシと言われ、苛められた経験があるんだ。一応大学生になるまでに必死にジムに通い身体を鍛えたが、筋肉が付きづらい体質だったらしく か な り 苦労した。

 今でこそある程度筋肉が付いてくれたので、まわりからモヤシとか言われる事は無くなったが、いたいけな小学生のころに受けた傷は根深い。その所為か俺をモヤシと呼ぶ奴に対しては攻撃のスイッチが入ってしまうのだ。

「…………」

「なに睨んでんだモヤ「その口を閉じろ豚が…」なッ!?」

「さぁ教育してやろう。豚の様な悲鳴を上げろ…」

「お、おい!イスを振り回すんじゃねぇ!!ってギャァァァ……―――」

 俺は近くにあった酒場のイスを手にトーロに殴りかかる。とりあえず不埒な野郎はこうして肉体言語で判らせるのである。一度キレてしまうと、人間タガが外れちゃうんだよねぇ~。ナイフ?んなもんイスのリーチに比べれば只の金属片ですよ。

 怒りで我を忘れ戦闘色に塗れた俺に、怖いものなどあんまりないっ!相手をビビらせる時にあの旦那を肖ればこういう時役に立つぜ。俺のあまりの豹変ぶりに戸惑う相手を尻目に言葉を続けた。

「君が!泣くまで!殴るのを!止めない!」(#^ω^)ピキピキ

「ゴメンなさい!マジすいませんでした!!」

「はぁ?何、聞こえないよ?もっと大きな声で…さぁハリー…ハリーハリーハリー!!」

「ヤベェよマジでやるつもりだよこの人」

「……んで誰がもやしだって?誰がッ」

「スイマセンでした!マジ生言ってゴメンなさい!!」

 そして相手が必死になって謝ったので寛大な俺は許してあげた。

 何か粛清中に若干違う人物も混じってた気がするが気にするな。

――――こうして冒頭部分に戻るのだ。

「さて、これに懲りたら人に対して嫌な事を言わない様に気を付けるッス」

「へ?許してくれるのか?」

「ううん、許さないッスよ?でも、謝ってくれたから俺は気にしない事にするッス」

 とりあえず今位で勘弁してやる事にした、周りの野次馬の目もある。これにて一件落着。これ以上さわぎを大きくし過ぎると警察とか来ちゃう。そそくさと立ち去るトーロの背中を見送りつつ、俺はトスカ姐さんの元に戻った。

「戻りました、預けたモノ返してッス」

「はいよ……しっかしあんた随分と強かったんだねぇ?」

「いんやぁ、無我夢中だっただけッスよ」

「そうかい?随分と余裕だったじゃないか?刃物を前にして良く怯まなかったしね。案外修羅場を潜った事が――ってどうした?」

「刃物?………………おうはあッ」

「子坊!?」

 冷静に考えが及んだとたん青ざめる俺、怒ってた所為で全然怖くなかった。トーロ、ナイフ持ってたんだっけ…危なかったのね俺。腰が抜けそうになるのを何とか食い止めたモノの小刻みに手が震えている。あひゃひゃ…これからもっと凄い事をしなきゃならねぇのに情けねぇな。

「あんたは……しっかりしてるのか抜けてるのかわかんない奴だねぇ」

「面目無いッス」

 これは仕方がないことだろう。俺はこれまでステゴロのケンカはやった事あっても刃物はナッシングだった。NGワードでキレて理性を飛ばしていたお陰でさっきまでは大丈夫だったけど思いだしたら…やっぱり怖いもんは怖いわ!

「ふぅ、仕方ない。上に戻るよ?あんたに渡すもんがある」

「え?ちょっ!トスカさん置いてかないで!!」

 いきなりそんな事を言って酒場を後にするトスカさん。渡すモノって何だろうか?―――そう思いつつ、彼女の後を追い軌道エレベーターに乗り込んだ。

―――――デイジーリップ号を停泊してあるドックに着いた。

 停泊していたデイジーリップもすでに外装の修理は終わっており内装も新品同様に直され、あとは乗組員によるチェックを行う必要こそあるが、それでもすぐに飛びたてる状態である。

言われるがままホイホイとトスカ姐さんについてきた俺は、彼女の私室の前で待たされる事になった。別に入ってもいいとは言われたが、そこは紳士の対応である。待っている間閉じられたドアの向こうからガシャンやらドシャンやらあるぇ~とか聞こえたが、大丈夫だ、問題無い。

「ほいコレ、あたしのお古だけどその服よりかはましだろう」

「これは確か…空間服ってヤツッスか?」

 すこしして部屋から出てきたトスカ姐さん…背後の光景はちょっと妙齢の女性の部屋とは思えない惨劇となっていたが…彼女から手渡されたのは原作で主人公が着ていたピッチピチの空間服であった。

 この空間服というのは、言わば宇宙開拓者の作業着のようなモノであり、丈夫で耐衝撃や耐熱など色んな機能がある服である。何でこんなん渡すんだって顔してる俺を見たトスカ姐さんは説明する。

「空間服は耐衝撃性に優れているだけじゃなくて対弾性や耐刃性もあるんだよ」

「つまりは防弾チョッキの代わりになるって事ッスね?」

「そういうこった、丈夫だしあんたみたいに猪突猛進型にはお誂え向きだろう?それと―――」

 彼女は更に何か棒の様なものを投げて来た。おっとっとと危なげもなくキャッチした俺はその棒を観察してみる。見た目は赤い手紐が付いた黒く艶のない鞘に入った刀に見えるソレ。どうやらこの棒は鞘に入っている刀剣の類らしいね。でもここは無限航路の世界だし只の刀剣な訳がない。

 てことは、コイツは――――

「スークリフブレードだ。刃物相手の自衛にはもってこいだろう?」

「うわぁスゲェ、マジもんの剣なんて始めて見た」

 スークリフブレード!コレがそうなのか!主人公が持ってた日本刀みたいな剣!スークリフブレードとは、簡単に言うと0Gドックが持つ白兵戦用の武器である。なんかすごい処理をして皮膜を刀身に張り、どんな物でも融断してしまうらしい。

 要するに人間版ヒートソードって訳だ。ザコとは違うのだよ、ザコとは。

「ありがとうございますトスカさん!大事にしますね!」

「うむ、ぜひそうしてくれ……で、これからどうする子坊。私としてはアンタを宇宙に連れていくのが契約だから、その為の手助けも料金の内なんだが」

 貰った剣を物珍しそうに眺めていると、トスカ姐さんが今後の方針を聞いてきた。彼女は打ち上げ屋として金を貰った手前、俺を宇宙に連れて行く義務がある。既にロウズからは脱したが、ここはまだ領主デラコンダの支配する星系。本当の意味での宇宙では無い。

 だからこそ彼女はこう聞いてきたのだろう。一見軽い人に見えるけど、実は芯が一本ある凄い人なんだ。でないとこんな事言わないよね。てな訳で俺も考える事にしよう。

 ………とりあえず金を稼ぎ、フネを強化したりした方が良いかな?

「そうッスね。とりあえずはお金を貯めたいです」

「金を?」

「この星系出るにしても今のままじゃムリですし、フネの強化は必須です」

「うーん、別に大部隊で無ければデイジーリップでも出しぬけるとは思うが…理解してるのかい?ココに留まる時間が長いほど危険だよ?」

 危険かぁ…でも早く金集めないとデラコンダ何すっかわかんねぇしなぁ…ゲームの中じゃ確かユーリの身内のチェルシーが人質に取られちまうだよなぁ確か?それまでに拾ったバゼルナイツの設計図を使って戦艦を作れたらいいんだけど。

 幸い造船ドックの規格はどこも同じらしいから、造船ドックはこの惑星のお隣のトトラスに行けば問題無い筈だ。でもまずは先立つモノが無いとね。

「危険がない程度に金になりそうな話って何か無いッスか?トスカさん」

「そうだねぇ、てっとり早いのは航路上のフネを襲って金にする方法。勿論危険は大きいけど金にはなる…が、初めの内はリスクが高いしね。簡単に稼ぎたいならそこらにあるデブリを回収したり資源小惑星を発見したり、あとは別の星に貨物を運ぶだけでも金にはなるさ」

 ふむ、確かにそれならデイジーリップ号でもいけるか…もともと貨物船なんだし、ペイロードはそれなりにあるらしいし。

「じゃあ俺のフネを作る為にお手伝いお願いします。トスカさん!」

「あいよ、コレも打ち上げ屋の仕事さ、きっちりボイドゲートを越えるまで手伝ってやるよ」

―――こうして、俺はバッジョを後にし、金稼ぎの為に宇宙に飛びだした。

「あ、とりあえずあんたのフネ作るから、あのエピタフかしてくれないかい?」

「エピタフをですか?良いですよ」

 エピタフを渡した俺、きっとコレで駆逐艦クラスなら買える金になるんだろうなぁ。

 なるほどデイジーリップは使わないで、あくまでも俺のフネを作って仕事するのね。

 まぁ彼女にとって最後の砦である自分のフネをブッ壊されたくはないか。

 とにかく、死なない程度に頑張りましょうかね。

 さて、バッジョを飛び出してから一週間ちかくが経過した―――

 何か時間が凄く飛んだ気がするが気にするな、俺は気にしない。とにかく現在順調に金を稼ぎ、何とか3万Gに届く程に貯まっている。意外と貯まっているだろう?これもエピタフを質屋に入れた金を元手にアルク級駆逐艦というフネを建造したからである。

 一応設定上はおやじの形見なのにトスカ姐さんったら躊躇なく金に換えたのよね。

 ああん、ひどぅい。でも目的の為だから仕方ないね。

 さて冗談は置いておき、このアルク級は序盤のロウズで買える唯一の艦船設計図の一つである。実は買える設計図はもう一つあるんだが、もう片方はジュノー級といい民間の輸送船を改造したものだった。

 単純に金を稼ぐという意味でなら、ジュノー級の方が最初は楽だった。何故なら船体後部がメインノズルを除き分離式の大型コンテナとなっていたからである。駆逐艦というよりかは輸送船を過剰武装したような感じだろう。

 当然安全な輸送で金稼ぎを考えるならペイロード的にジュノー級の方が上である。トスカ姐さん曰く貨物を多く載せられる分稼げると言っていた。だが幾ら改造してあってもジュノー級の設計は低スペックな輸送船準拠な為、その耐久度は如何ともし難く水雷艇を持つ警備隊と戦闘になる事を考えるとコイツはパスである。

 消去法的に残った方のがアルク級である。こっちもまたジュノー級と同じ輸送艦の設計図をイジった物だが、ジュノー級と比べればより戦闘向きにカスタマイズが加えられ戦闘能力が高かった。

 運動性や機動性等の性能はジュノー級とどっこいどっこいなのだが、ジュノー級を更に改造して後部コンテナブロックを完全撤去。弱点だった耐久性を補う為に船体にモノコック構造を取り入れる事で耐久性の低さをクリアーしているのである。

 おまけに武装もロウズ領の隣国エルメッツァの宇宙軍標準装備を採用している。つまり正規軍も使用している駆逐艦レベルの性能を持つのがアルク級なのだ。戦闘を考慮した場合、民間と軍用なら軍用の方が扱いやすいだろう。

 まぁここまでやってようやく軍用の駆逐艦の最低基準を満たしたに過ぎない上、両者の性能はやっぱり雀の涙程しかないんだが、その差が命運を分けるかも知れないと考えると馬鹿には出来ない。この世界では初心者なので初心者は初心者らしくちゃんと装備は固めた方がいいのである。

―――そういう訳で俺はアルク級を買う事にした。

 積載量的にはジュノー級には若干劣るけど、元が輸送船だったからかエンジンパワーも含めて余力がそれなりにある。それでも輸送量は最低レベルなんだけど……改造された小型輸送船がベースのディジーリップ号よりかは多いヨ。

 こんな感じで金をある程度集めてから、さらにそれを元手にクルーを雇った。それまでは俺とトスカ姐さんだけだったが、やはりそれなりに大きな駆逐艦ともなると二人だけじゃ手が足りない。

 こうして集まったクルーは選考基準として第一に宇宙に出たがる人間を採用した。同じ志があれば纏まりやすいし、お互い気を煩わされる事もない。航宙禁止の所為で鬱憤が溜まっていた宇宙開拓者の0Gドック達は、快く俺に協力してくれた。

 そして彼らの協力を得た俺達の当面の目標はロウズのボイドゲートを突破する事とした。ボイドゲートさえ超えてしまえば隣国となるので、如何に領主デラコンダであっても手出しは出来ないからである。

 でもまだゲートの警備を突破できるようなレベルは民間の俺達には無い。だからそこらを警備の名目で遊覧している警備艇を相手に金銭稼ぎがてら何度も戦闘を挑み、事実上の訓練を沢山やった。

 最近の主な稼ぎはもっぱらその戦闘訓練の標的となって撃沈したデラコンダ配下の警備艇のジャンク品である。このジャンクを金に変え、装備を整えるというサイクルを繰り返していた。やってる事がまるで海賊だな…とか思ったり思わなかったりしたが反省はしていないぜ。

 でも不思議な事に結構警備艇を食ったのに俺達は手配されなかった。その理由は実は結構単純で、ここの警備の連中は閉ざされた領主領の中だけで飼殺されており、錬度が恐ろしいほど低下していた。要するにサボって報告とかせずに自由に動き回る連中が多かったんだなぁ。

 幾らなんでも無能、あまりにも無能過ぎる。警備隊ェ。

―――しかし、それはさて置いて何で未だにロウズ自治領に留まっているのか?

 第一の理由にはまだ錬度やら諸々が足りないという事。幾ら相手があまり組織的に機能していないといえど警備隊は警備隊である。一応の戦闘訓練を受けた人間である事だし、第一数は向こうの方が多いからな。対してこちらは一隻…流石に単艦で突っ込むのは、ねぇ?

 第二にちょっとした原作イベントというのがある。原作には俺の憑依先であるユーリに妹が居るという設定があるのだ。ある程度ロウズ星系で戦っているとその妹さんが敵に捕まってしまう原作イベントが発生する。というかゲームではこのイベントが起きないと先に進めないのだ。

 ゲームとは違い俺にとって現実なのだしスルー推奨しても問題無いとも思えるが、敵さんにしてみれば俺の家族を人質に取ったと思っている訳で、それを見捨てて逃げるような真似をすれば妹さんがどんな目にあわされることか…。

 流石にそうなると見越しているのに知らん顔で見捨てるのもどうかとも思うし、とりあえず助けられるなら助けて安全な星系にでも送っておこうと思い、そう言う通信が来るのを待っていたのである。

 しかしながら、今だチェルシー嬢が捕まったという通信は来る気配はない。どうやら領主のデラコンダに見つかっていないらしく、此方の意図とは別にして時間稼ぎになってしまっている。考えてみれば今ロウズ宙域で暴れ回っている俺達は顔とかは見られていないのだし、領民データから洗いあげるのに時間がかかっていたのかも知れない。

 まぁこれもある意味でちょうど良いことだ。戦力が小さい内は幾らでも時間は欲しい。これ幸いにと俺はこの有限な時間を利用してさらに金を稼ぐ事にした。金は天下の回りもの、あるとないではあるの方がいいのだぁ。

 しかし原作ゲームだと最短で20分も経たない内に捕まってた彼女だけど、実際はかなり時間掛かっていたのねぇ。そのお陰で俺は戦艦を作る為の金稼ぎが出来るからある意味とってもありがたいんだよなぁ。

 そういう訳で今日も今日とて俺は艦長として色々やらねばならない仕事を部屋で黙々と処理していた。艦長職も楽な仕事じゃない…最初のころはそれこそ初めての体験で興奮したがのど元過ぎればなんとやら、童貞卒業したらこんなもんかみたいな感覚だ。何せやっている事が運営委員や管理職に近いのだからそう言う感じにもなる。

 とてもじゃないが本来の艦長職は人生経験が無い小僧に務まるような仕事じゃないのだろう。俺の場合は打ち上げ屋として全面的に支援をしてくれるトスカ姐さんがブレーンを買って出てくれたお陰でなんとかやっていられるのである。彼女には感謝しきれない。いやホントありがてぇ、ありがてぇ。

 さて、コンソールの前で恩人を拝んでいると、突然ブリッジから通信が入った。

『艦長、敵艦隊を発見しました。規模はレベッカ級が2隻、哨戒部隊だと思われます。ブリッジにおこしください』

「解った、今行く」

 オペレーターのミドリさんから通信が入る。敵が来て戦闘指揮を取らないといけないからブリッジへ~ってな。とりあえずブリッジに急ごう。

 関係ない話であるが何故金がある癖にエピタフを買い戻さないのかと言うと、前回言った通り質屋に入れた次の日に泥棒に襲われて全部奪われちまったそうな。何でも小型の輸送船で倉庫ごと運んでいったらしい。豪快なモンだ。

 その時はなんかあまりに唐突過ぎてちょっと呆然としてたんだだけど、ソレを見たトスカさんが俺がショックを受けていると勘違いして、俺のフネのクルーになってくれる事になったのは良かったけどね。

…………………………………

……………………

…………

 さて、さらに一週間ほど経過した。俺のフネのメンツも結構強くなってきたので最近は危なげなく戦闘は終わる。一応慣熟訓練って形でやってる事だから、これくらい成長してくれなきゃ泣くぞ。

 そして現在トトラスのステーションに来て、敵さんの残骸を金に変えて貰っているところだ。

「――えーと、今回はかなり船体が残っているのが2隻で、残りはジャンクですね」

「はい、そうです」

「それじゃあ、清算しますので、しばらくお待ちください」

 ローカルエージェントに曳航してきた敵艦を買い取って貰う。原作ゲームじゃ自分で建造した艦以外の買い取りはなかったから新鮮な驚きだった。

 やっぱりジャンクよりかは捕獲したフネの方が高く売れる。中古なら傷が少ない方がよく売れるのと同じ原理だ。

「ユーリさま、大体これぐらいのお値段になりますがよろしいですか?」

「たのんます、あとこの中から消耗品の幾つかの代金、引いといて下さいな」

「解りました。ではお金の方は口座にいれておきますね」

「りょーかい」

 ではではと言ってローカルエージェントは去って行った。しかしなぁ、消耗品が結構高いなぁ…まさかココまでかかるなんてなぁ。食料品とかの生きるのに必要な消耗品は、タダで補充して貰える。

 だけど、所謂嗜好品だとか化粧品とかいうような個人の消耗品はお金を出さないと補給して貰えないんだよな。ソレがまた結構な額で、これさえ無かったら3日で戦艦買えたくらいだ。

 でもコレが無いと船員の士気は駄々下がるし、下手したら反乱おこされちゃう。なお嗜好品購入費用の中で割かし上位に食い込んでいるのはトスカ姐さんの酒代だ。どんだけ酒好きなんだよ!大体この星系で手に入りにくい酒を飲みたいからの一存でダース購入するかなぁ!?

 でも他のクルー巻き込んでるから文句も言えない、ビクンビクン。

 ホント、福祉厚生の待遇はフネの生命線だわ、全く。―――閑話休題。

「さてと、今回でどれくらい貯まったのかなぁ~と?」

 携帯端末から自分の口座にアクセス。

 ぴっぽっぱっ、預金残高を見て見ると―――

「えーと前回のも合わせて……42900G」

 真面目に働けば?こんくらい貯まるもんである。いやまぁ、警備艇という警備艇を襲って鹵獲して売りさばいたヤツがいう事じゃないけど、金は金だ。

 やったねユーリ!戦艦が増えるよ!オイバカやめr―――

「結構貯まったモンだねぇ?」

「ウオッ!?ト、トスカさん!?何時の間に来たんスか?!」

「んー?ローカルエージェントと交渉してるあたりから」

「結構最初からいたんスね。いたなら声かけてくださいよ」

「だって預金残高を見ながらニヤニヤしてるヤツに話しかけたくないだろう?」

「ですよねー」

「というか慣熟訓練だったのに、何時の間にかコレだけ稼ぐなんて……子坊は運もあるんかねぇ?」

「トスカさん、いい加減“子坊”は勘弁してくれッス…」

 結構その呼び名は恥ずかしいんですよ。この間もオペレーターの人達に聞かれて笑われちゃったしさ。きっと“子坊?あの歳で?”とか内心笑われたんだきっと……オペレーターが男なら許さないとこだったな。オペレーターが女性ってのは俺のジャスティス。

「まぁ良いじゃないか、あたしとあんたの仲なんだしさ」

「別に良いッスけどね。嫌じゃないし…ところで何か用があったのでは?」

「特に無いけどそろそろ昼飯時だからさ。一緒にどうかと思ってね」

「おお、美女からのお誘いだなんて光栄ッス!ぜひご一緒するッス!」

「あんたの奢りで」

「あ、やっぱり?」

 何だか俺財布扱いされてねぇ?まぁ美人と食事出来る事は賛成だけどね。

「じゃあ俺もう少ししたら上がるんで、ちょっと待ってて欲しいッス」

「あいよ、酒場で待ってるさ」

 彼女の後ろ姿を眺めつつ、俺は造船所の方に連絡を入れた。

―――トスカ姐さんに散々いじられ酒に絡まれ奢らされた後、彼女と別れた。

 気が付けばすでに深夜0時を過ぎており、本来なら自分のフネに戻って明日の船出の準備をするべき何だろうが、俺には今からやるべき事がある。俺は帰りのその足でステーションに設けられた造船区画に赴いていた。俺にしてみれば夜時間にあたるが、ステーション自体は24時間稼働なので喧騒具合は昼間とあまり変わらない。

 とりあえず受付で0GドッグのIDとかを提示して造船ドックの使用許可をもらった後、俺は10番造船ドックのコントロールルームにむかった。何しに来たかというと、お金が貯まったのでフネを造りに来たのである。

 造船なんて大仕事を一人で出来るのかとか聞かれそうだがそこら辺はぬかりない。何故ならこの時代では一般的に造船で人間の手は使われないのだ。以前デイジーリップを修理した時のように、全ての工程がオートメーション化されているからである。

「さぁて、まずはデータチップを入れてデータを反映させて」

 コンソールに記憶媒体を差し込み比較的データが無事な設計図をインストール。そのデータを元にして完成予想図を画面に映し出すように操作する。すると画面上で粒子のような点が渦巻き、瞬時にCGによる完成予想図が構築された。

 画面に現れたのはあの廃棄された施設で手に入れたバゼルナイツ級戦艦である。手に入れた設計図の中で唯一使えるのがこれしか無かったので、この戦艦を造船する事を目安にこれまで頑張ってきたが、本当に時間がかかったもんだ。

 ゲームと違いここら辺で大金を得るには、一度近隣のステーションに行ってジャンクを売るか鹵獲したフネを売りさばくしか方法が無いんだからしょうがないんだけど、なんだかなぁ…。

 ともかく今回造らせていただくバゼルナイツ級は、今いるロウズ宙域から眼ん玉飛び出るくらい遠くにあるお隣の大マゼラン銀河にある国家、アイルラーゼンという国で設計された戦艦なのだが、その国が長い間主力艦として採用し続けている戦艦である。

 バトルプルーフを繰り返したことで、能力的には特記すべきところの無い汎用戦艦だが、逆に言えば全てが高い標準で纏められているフネである。この戦艦は各ブロックが独立して機能する為、火力と耐久力に優れており沈みにくいし、何より長年主力艦として君臨していたという事もあり、その設計の信頼性はかなり高いといえよう。

 また小マゼランでは珍しい事に、このバゼルナイツ級戦艦には固定兵装が装備されている。その名もリフレクションレーザーカノン、反射ビットを用いた収束レーザーで機関直結の固定兵装なために換装が効かないのが欠点だが命中率が高いのが特徴だ。

 パッとしない性能の中で唯一の個性と言っていい艤装であろう。それでも性能は凡庸だけど……まぁ小マゼランなら全体的に高レベルチートなので問題無い。どれくらいチートかというとFF序盤でディフェンダー装備?…スマン、俺にもどう言えばいいかわからん。

「ではでは、さっそくモジュールデータを組み立てに反映」

 話を戻そう。今度は戦艦内部に導入すべきモジュール…拡張区画を設定する。無限航路に出てくるモジュールは艦橋、火器管制、レーダー、機関、格納庫、倉庫、居住、医療、会議、訓練、研究、管理、娯楽、特殊という14種類に分けられるが実は艦橋と居住と機関のモジュールさえ入れれば最低限フネは動く。

 アビオニクスが発達しており、実質艦橋があれば全ての区画に指示を飛ばし最悪一人で運行出来る程の物が組み込まれているからだ。この三つのモジュール以外は言わば航海生活を楽しくする為の装飾と考えてくれればいい。

 ちなみに規模や機能こそ違うが、このモジュール設置の際にコンソール上で表示されるモジュール設置MAP画面が原作ゲームの時のとほぼ同じような配置画面になるから驚きだ。ただしこっちはス○ホのようなタッチパネル方式、直観的な操作感がグッドです。 

 まぁモジュールは後から改装できるが、事前に入力する事で手間を省くのだ。もっとも今のところ戦艦造船が精いっぱいで資金が足り無い為、とりあえずブリッジ周りと機関部と居住分だけを揃えて、後は徐々に入れて行く事にする。

 でも貨物室はいれる。これさえあれば惑星間を往復しただけで金になるからな。積載量の関係で微々たる物だが……塵も積もれば山となるの精神でいこう。

「えーとブリッジの大きさから考えると…4×4のSサイズ貨物室だから…よしこれで良い。とりあえずシンプルでいこう。複雑にすると迷うだろうし…」

 モジュールを設置しながら、最初の頃フネの中で道に迷った事を思い出す。いやね?色々資金が増えて、少しだけモジュールを組み換えたりしたら、船内の通路という通路が今までと違ったんだ。携帯端末のマップで何とかなったけど、船内で遭難するかと思って冷や汗かいた。

 あれ以来、俺はあまりフネのモジュールはいじらない事にしている。艦長が自分のフネで迷うなんて何か恥ずかしいからな。それにマジで迷って怖かった。自分のフネなのに自分のフネじゃない様な感じがして…モジュール組み立ては便利だけど、こういうデメリットもあるってのも大いに思い知った。

≪―――造船を開始します。設定はコレで良いですか―――≫

 おっとと、気が付けば設定が済んでいたか…。

 思い出に浸るのもほどほどに、俺は軽やかにコンソールを操作して作業を終え、出来あがった設計図の出来栄えを見る。

「んー☆」

 外装は素晴らしいな外装は…中は見事にスッカスカである。スッカスカなのは入れるべきモジュールが無いからなのだし仕方がない。俺は悪くねぇ…全部モジュールの種類が無い序盤が悪いのだ。組み立てようにもこの辺境で手に入るモジュールが無いのが悪いのだ。

「おk、ポチっとな」

 設定が完了したのでタッチパネルにGoサインを出す。

 するとドックの方からゴウンという音が響いてきた。工作機械が動き始めたのだ。

 さて造船の様子はというと、それはそれは実に未来的というべきだった。

 先ずドック内の空間に重力制御されたエネルギーキューブという特殊な力場が形成される。この四角い力場内にフネの骨格となる部分が形成されるのだが、その形成の仕方が実に凄いのだ。

 四方八方の工作機械からレーザーのような光を力場内に向けて照射される。すると照射された部分にまるで創造されたかの様にフネの骨格が出来あがっているのだ。その昔、前の世界で見た番組で溶液に目掛けてレーザーを交差させると、溶液が熱で固まって物体が形作られるのを見た事がある。

 この光景はそれを更に壮大にした様な光景だ。一応、ユーリの知識によると、造船ドック内を重力井戸により空間固定された重粒子を充満させ、重粒子同士に外部から負荷エネルギーを加えることで励起させ結合させるとか何とか……とっても難しい現象がそこでは起こっている。

 だが正直な話、俺にはちんぷんかんぷんである…あるが、こまけぇこたぁいいんだよ。ココまで頑張ってきた苦労を思えば、その感慨だけで細かい事なんぞ吹き飛ぶ。とくに福祉厚生…嗜好品の値段の高さ…トスカ姐さんの酒代、クルーも便乗した所為で地味にキツカッタデス。

 さて、こうしてフネの背骨となる部分が出来あがると各モジュールが運び込まれる。骨格といってもがっしりとした竜骨とかではなく、その間隔にはかなり隙間があるので普通にモジュールは入るのだ。

 なにせ基本的にこの世界の宇宙船の造船はブロック工法で行われる。中心となる背骨部分を先に作り、そこに出来あがった部品を肉付けするって感じだ。耐久性は昆虫と同じく外骨格、すなわち装甲部分で支える方式らしい。

 だから余程規格外の宇宙船でなければ、最短2時間弱で造船が完了してしまう事もあるんだそうだ。今回は頑張って資金を貯めて造り上げる全長1300mクラスの大型戦艦。実際にかかる時間は夜中一杯だろうが、それでも前の世界の造船に比べれば格段に速い。

 ジェバンニが一晩でやってくれました…とか、そういうレベル超えてるぜ。

≪内骨格形成、モジュール装丁、完了――兵装スロット装丁開始≫

 しっかし無重力ドックでの造船は何度見ても飽きないモノがあるねぇ。何かこう大規模工作にかける男のロマンがうずくって言うのかな?宇宙戦艦こそ少年のころから…いやさ、大人になっても男の浪漫だろう。それこそ、わくわくがとまらない!ドキがムネムネェ~って感じだぞ!

「何か科学者が『こんなこともあろうかと!』をやりたい気持ちが解った気がする」

 ふんふんと鼻歌交じりにポッピポッピポと指を滑らす。ウーフフ、これは機械いじりが好きなら癖になりそうですなぁ…『こんなこともあろうかと』って言うの。さてさて、装甲形成の最終工程が完了するまでは暇なので俺も部屋に戻る事にした。

 明日、この艦を見たクルーの連中の驚く顔が目に浮かぶぜ…くくく。

―――そして夜が開け翌日の朝(の時間帯)。

「艦長~いきなり造船所のドックに来いってどういう事~?」

「しかもクルー全員じゃないですか、一体なにがあったんですか?」

「つーか何でドックを見る為のシールドが閉じてるんだ?」

「……ねむい」

 俺は集合令を出し、造船ドックへ駆逐艦の乗組員たちを全員集合させていた。久しぶりの陸を満喫しようとした初日に呼び寄せられた彼らは、何故集められたのかを教えられていない。

 口ぐちに眠たいだの用事があったのにだの文句を垂れている。だが俺は皆を驚かせたかったので、今だ本当の事は言っていなかった。やがてクルー全員がドック横の部屋に集まったのを見て、俺はマイクを手に取った。

『さて、久しぶりの陸でリフレッシュしようとしていたところ悪いんスが、今日集まって貰ったのはクルーである君達に驚き(サプライズ)をプレゼントしたいからなんス』

 ざわめきが起こる、サプライズとは一体何なのか?

 クルー達の反応に満足しつつ手元のコンソールに手を向け―――

『ソレはこれだぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!』

―――腰に手を当て、まるでダンサーのように指を天に掲げた後、スイッチオン。

 背後のシールドが解放されドック内の全貌が明らかとなる。そこにあったのは……まぁ言わなくてもわかるだろう。俺が一晩で作っちゃったバゼルナイツ級大型戦艦が鎮座していらっしゃった。

 当然クルーの皆さまは突然の事態に唖然とし静寂がこの部屋に降りる。

『我々はこれまで駆逐艦一隻でロウズ警備艦隊に挑み、苦渋を舐めてきた。だがそれも今日で終わりだ。このフネが、このフネこそが我々が待ち望んでいたヤマt…いや大型戦艦だ』

 微妙に某艦長の台詞が混じったが気にしない。

 別に苦渋も苦労もそれ程無かったけどユーリは言いたかっただけなのだぁ。

『まぁそれはとにかく、いままでキミたちは駆逐艦の乗組員だったが、今日からは戦艦に乗り込んでもらうという訳だ。どうだー?驚いたッスかー?』

……………。

 問いかけに対し返事が返って来ない。思ってたよりも反応が薄いヨー。ウワァァァン (ノД`)

 顔には出さなかったが俺は心の中でさめざめと泣いていた。だがしばらくすると少しずつざわめきが広がり始める。それこそ波紋のようにクルー達に伝達した驚愕の波紋が、大音響の声となって俺の鼓膜を殴りつけた。

 うぉっ!声でかッ!と思わず耳を塞いでしまった。そして怒涛の質問の嵐である、おいおい俺は聖徳太子じゃないんだぜ。

『あー、スペック云々は後で各自確認して貰うけど、とりあえず今はこの船の概要だけ言うから静かにしろーッス!』

 俺一応雇い主、皆クルーとしての意識があるので徐々に静かになっていく。最終的に針が落ちた音が聞こえるくらい静かになったのを見計らって口を開いた。

『よし、静かになったッスね?まぁこの船を見た事ある奴は、このメンツの中では少ないと思う』

 だって一晩で作ったし(キリッ)

 ソレはともかくコンソールを操作し、フネの概略図を空間パネルに投影させた。

『コイツは見ての通りロウズ自治領であつかっているフネじゃない。勿論小マゼランで使われているフネとも違う。この艦はアイルラーゼン…大マゼラン製の戦艦ッス。どこで手に入れたかは質問されても困るのでそれ以外なら質問を受け付けよう』

 またもやざわめきが起こる。まぁそれもしょうがない。ここに居るクルー達は全員がこのロウズで集めた地元の船乗りたちなのだ。大マゼランに行った事があるヤツなんて恐らく殆どいないだろう。

 今まで小さな駆逐艦の乗組員だったのがいきなり新品の戦艦の乗組員。しかも技術が発展している大マゼラン製戦艦が乗艦となると突然言われれば混乱も起こるのだ。その所為か ざわめきはあるが皆フネに関する質問をしてこない。

 むぅ、折角朝までかかってプレゼンの準備もしたのに…(つまりは徹夜)こうも反応が薄いと何か泣けてくる。

『おいおい、何固まってんスか?皆、嬉しくないの?こんなスゴイ船のクルーになれるんスよ?俺達はなんでココに居る?金を得る為?名誉を得る為?違うだろ?』

 だからだろう。

 徹夜明けのテンションも手伝って、俺はマイクを握っていた声をあげていた。

『もっと単純に俺達は宇宙に出たくてフネに乗った!新しい世界を見たい!空に羽ばたきたいと願った!違うのか?! この艦を見て驚いただろう?だけど…心の中で乗りたいと思わなかったか? これに乗って航海に出えたいと思わなかったかっ? 』

 段々ヒートアップしてきた俺の言葉を、クルー達は黙って聞いている。普段使っている~ッスという特徴的な言葉遣いも興奮のあまり吹き飛んでしまった。俺はそのままのテンションで言葉を続けた。

『俺はこの狭い宙域から飛び立つ!このフネに乗って、小マゼランを巡る航海に出るつもりだ!その為にもお前たちのようなクルーが必要だッ! 領主法に真っ向からケンカを売れるようなガッツのある連中がっ! 諦めんなよ!宇宙を飛び回る事を諦めんなよっ!頑張れ頑張れ出来る出来る絶対出来る!もっとやれるって気持ちの問題だ!』

 だけど興奮のあまり、ちょっと熱血妖精さんが混ざった。その所為で皆ポカンとしてたが俺は気にしない。熱意が伝わればそれでよい。

『と、とにかく全員が生き残れるように、俺はこのフネを建造した。絶対に後悔はさせないぜ!!』

 ここまで言いきったあたりでようやくクルー達が現実へ戻ってきた。俺の背後に何もなければ彼らもトチ狂った俺のホラであると考え勝手に解散と決め込んだ事だろう。だが俺の背後にはまごうことなき戦艦の雄姿がそこにあった。

―――つまり、艦長はホラ吹きじゃない。真実は何時も一つ!

「解ったよー艦長!俺は乗るぜー!!」

 誰が言ったのだろう。大勢いるクルー達からそんな声があがる。

「俺もだ!」 「僕も!」 「私も!」 「面白そうだぜ艦長―!!」

「「「むしろ早く乗せてくれぇぇ!!中見たいんだぁぁ!!」」」

 そしてそれが伝染し、乗せろ乗せろの大合唱が俺へと向けられた。良くも悪くも俺が用意したこのフネは辺境星系のロウズでは生涯てんでお目にかかれないようなシロモノだ。また0Gである彼らは総じて好奇心も強い。それが大合唱が起こった理由である。

『おまえら……よぉしっ!中はまだシートのビニールすら破って無い新品だ!艦長から通達!全員乗りこめぇぇぇぇ!!』

 そして俺は皆の声にありたっけの声を出して乗船許可を出す。

 俺のその言葉にみんな子供みたいに顔をキラキラさせながら部屋を出ていった。ここにいる全員が船乗りだ。大きくて力強いフネに憧れを抱かない筈がない。

 そうして我先にとフネに入る為の連絡橋を走っていった。恐らく内部を見学しにいくという事だろう…しかし、あれほど混雑してる癖にドミノ倒しとか怪我人の一人も出ないのは逆にすごいよな。

「お疲れさん子坊」

「あ、トスカさん…あれ?見に行かないんスか?」

「慌てなくても存分に見れるからね、急がなくてもいいのさ…というかがめつい位に金を貯めてたのはこの為だったんだね?」

 どたばたとクルーが過ぎ去って閑散とした部屋。

 そこに残ったトスカ姐さんが俺に声をかけて来た。

「そうッスね、戦艦の艦長をやるっていうのも夢の一つでしたから……ってがめついって酷いッス!商才豊かとか言って欲しいッス!」

「本当に商才豊かなら、博打の0Gなんかしないよ」

「うぐ、じゃあ強運な男と…」

「自分で言うかこのこの」

「ぐりぐりしちゃらめぇ~!いたいーッスー!」

 頭をぐりぐりとされ、恥ずかしいやら痛いやら。おまけに皆いなくなって興奮が冷めたお陰か、言葉使いまでも普段通りの~ッスに戻っている。どうもこういう喋り方が滲みついちゃったみたいで中々治らない。

 以前はもっと普通に喋っていたのだけれど、これも環境が変わったからかな。とくに姐御オーラ全開なこの方の前だとその傾向が顕著だ。あれか?本能的にこの人には勝てない的な何かを感じ取っているとかそういうオチか?

「しっかし随分前からこそこそと隠しているとは思ってたが、まさか1000mはある戦艦を用意するなんてねぇ。流石のトスカさんもびっくりだよ」

「スンごいサプライズでしょう?俺もあれの設計図を見つけた時は驚いたもんス」

「まぁアンタはエピタフなんて珍奇なモン持ってたんだから、あの設計図もそういう類のシロモノなんだろうねぇ。でも興味本位で聞くけど、あんなもん何処で手に入れたんだい?マゼラン銀河辺境のロウズで買うのはまず不可能…何かしらの手段で買えば相当な値段だと思うんだけど」

「あーはは…アレ見つけたの実はロウズの封鎖されたあのコロニーなんスよ。アソコのデータ端末の中で、ロックされていたファイルがあって運よくロック解除が出来たんです」

「ロウズのコロニーって…アソコかい!?」

 流石のトスカ姐さんも驚いたようだ。そりゃまぁ、あんな廃墟にこんなお宝があれば誰だって驚くよな。技術的にレベルが低い小マゼランでは、例え穴開き設計図データでもお宝です。

「ウス、どうもあのコロニーには大マゼランまで渡った人間が居たらしいんス。んで偶然ファイルを開いてデータを手に入れられたって訳なんスよ。他にも色んなフネの設計図があったんスが、ああ、このフネの設計図もそこから拝借したッス。まぁ実際は殆どのデータが壊れててコイツしか作れなかったんスが…」

「それが本当だとしたらアンタはおっそろしく強運の持ち主だね。普通はあり得ない事だよ。偶々修理で立ち寄った廃棄施設から資材を手に入れるのは良くある事だけど、こんな辺境でお宝を見つけるのはエピタフを手に入れるくらい大変な事だ」

「俺もそう思うッス。でも小さな領主領とはいえボイドゲート警備隊を突破するにはそんな些細な事は気にしないッス」

 そう、この宙域で一番敵戦力が集結しているであろうゲート付近で戦うためには、駆逐艦一隻では戦力的にも心もとない。かと言って金を貯めて駆逐艦を増やし数をそろえようにも、只でさえ辺境のロウズで領主法に逆らってまで宇宙に出たがるガッツのある人材はほとんど残っていないのが現状だ。

 普通はそんな法律が出た段階で伝手でも使って違う星系に逃げるもんな。

「今は前だけ向いて突っ走る事しか出来ないし、利用できるもんは何でも使って状況を打破するのは至極当然ッスよね――でも、ご都合主義バンザイ(ボソッ)」

「…ん?なんか言ったかい?」

「いいえ何も」

「ふーん、それじゃあこれまで懸命に金を集めてたのは、もしかして」

「大艦巨砲は男の浪漫ッスよ!」

「あきれた…普通そこは艦隊を造ろうとか考えるだろう?」

「根本的にまだ複数のフネに指示を飛ばせる程、熟達してないッス」

「根本的にフネが大きくなると、その分飛ばす指示の量も増えると思うんだが?」

「…………………あっ、そうだったぁぁぁぁ!!!」

 浪漫を断言した事でトスカ姐さんは呆れたように米神に手をやっていた。男の子は何時までも男の子ぉ!浪漫なくして宇宙を渡れるかってんだ!…だけど確かに手間も増えるね。やったねユーリ、仕事が増えるよ!オイバカやめろ。

 それはさて置き俺の中では駆逐艦より戦艦強しがジャスティス。そこだけは後悔していない、

「あ、あはは……まぁ本当のところはロウズから出るのが精いっぱいで、こんなの作るのはもっと大分先の事だと思ってたんスけどね。ところで――――」

 俺は悪戯っ子の様な笑みを浮かべトスカ姐さんに問う。

「―――驚きました?」

「驚き過ぎて心臓が止まるかと思っちまったよ」

「ソレは大変だ、是非とも医務室に行かなければならないですねぇ?トスカさん」

「ああ、そうだね。それじゃ医務室に行くとするかね?あのフネのね」

 そう言ってニヤリと笑うと、彼女は案内たのんだよ『ユーリ』と言って部屋から出ていった。そん時の俺は唐突に名前を呼ばれた事に一瞬驚愕したが、どうやら子坊から名前で読んでもらえる程度には認めて貰えたらしい。

 同じ釜の飯を食い苦楽を共にすれば仲間意識くらい芽生えるものだが、それ以上にトスカ姐さんは良くも悪くも義理堅くて情に深く、それでいて面倒見のいい良い女なのだ。

 それでもこれまで名前では呼んで貰えなかったのに名前を呼んで貰えた。嬉しくない訳がない。いい女に名前で呼んで貰える事に喜びを感じないのは男じゃねぇ。俺は顔を綻ばしながら彼女の後を追った。

「案内頼むって俺より先に行ったら案内出来ないッスー!まぁいいや、ぜひ行きましょう。俺達のフネ、アバリスに」

 うん、フネの名前は最初から決めてあったんだ。昨夜造船所を出た後、名前を考えるのに時間かけたから少し寝不足になっちまったけどいい名前だと俺は思っている。

―――かくして俺達の新しい家、アバリス号がここに誕生したのであった。

 さて、アレから丸一日経った…――――

 戦艦アバリス、その速力、運動性、装甲、火力…今までと比べ全てが最高だ。

 俺はまだ尻になじんでいない艦長席のシートの上で身をよじりながら、ブリッジの中を見渡した。

「……と言っても、まだ発進してすらいないんだけどね」

 そう、この宙域では信じられない高性能を誇るバゼルナイツ級戦艦アバリスは、いまだもやいを解かれずに10番ドックに繋留されていた。何故か?理由はごくごく単純。必要物資の積み込み作業と駆逐艦からの引っ越しが終わって無いからである。

 いやー戦艦作ったのは良かったんだけど、それに浮かれちゃって物資補充すんの忘れてたんだわ。ユーリくんったら超うっかり。そのこと話したら、クルーの連中に呆れられちったい。ああ俺艦長なのに、その俺を呆れた目で見やがって、悔しい!でも感じち(ry

 ちなみに先程の速力やら火力うんぬんは全部脳内シュミレーションに基づくものであり、実際の物とは差異があります。要するに暇なので妄想してました。いいよネ妄想!みんなもレッツ妄想!……俺は一体だれに言っているんだ?

「――……アコーさん、作業の進行状況はどう?」

 でも流石に何時までも妄想してたら部下に変な眼で見られそうなので、そろそろ仕事することにした。艦長席のコンソールは便利なもので、これ一つでフネを動かす事が一応可能である。もっとも選択肢はあっても人間は指10本と腕2つしかないのであくまで動かせるの範疇でしかないが。

 そんな訳で万能コンソールを使い、俺は物資を搬入している貨物室へと連絡を取った。呼び出し画面がしばらく続き、少しして画面に作業着を纏ったワインレッド色という以前の地球で見たら絶対染めてるやろーと叫びたくなるような髪色をした女性が投影された。

 彼女はアコー、このロウズで姉妹ともども雇った乗組員の一人であり、今では生活班の班長を任せている女性である。ウチの募集に来た人間は元船乗りが多いのだが、彼女はそうではなく元は一般の会社の人間だったらしい。

 だが上司のセクハラを受けその上司を殴りクビになり、ロウズの経済事情に再就職も難しくたまたま見つけた俺のクルー募集に来たのだそうな。元が一般の会社の人間という事で船乗りの技能はほぼ0に等しいが、それ以外で活躍できる人間も欲しかったので生活班という日常を支える仕事に就いて貰っている。

 ……ちなみにこの人も酒好きでうわばみでトスカ姐さんと同類。後は判るな?

『ん?ああ、艦長かい?見てのとおりさ、とりあえず物資コンテナの搬入は終わったよ。後は人間が乗るだけさ』

「ん、ご苦労さん――おっ、予定より15%も早いッスね。これは後で給料に色付けとくッスよ」

『そいつはありがたいね――コラそこぉっ!ガントリーレーンを使えってさっき言っただろうがー!――おっとごめんよ。こっちも飾り付け作業もあるし忙しいから作業に戻るよ』

「はいはい、そんじゃねー」

 さて、生活班のチーフとの通信を終え、発進前のチェック項目に物資搬入に終了マークを入れる。クルーと馴れ馴れしいのではないかと言われそうだが良いんだ。別にウチは軍隊じゃない。艦長とクルーという最低限のラインは守ってくれるし、戦闘時にはこちらの指示は聞いてれるから問題無しだよ、うん。

――――さて、そうこうしている内に準備が整いつつあるようだ。

『こちら機関室のトクガワ、準備完了じゃ』

『こちら生活班室のアコー、全ての物資搬入および人員の確認は終了した、いつでもいけるよ。後、格納庫の飾り付けも終わったよ~』

『こちらレーダー班室のエコー、艦長ーこの艦のレーダー凄くレンジ幅広いですね~。

使うのが楽しみです~』

『こちら砲雷班室のストール、問題ねぇ』

『こちら厨房のタムラ、艦長!処女航海用のシャンパン冷やしてますよ!』

『こちら医務室のサド、怪我人も病人も今日は来とらんよ』

『こちら重力井戸制御室のミューズ…臨界まで動かしたけど…問題無い』

『こちら整備班室のケセイヤ、第一装甲板から第4まで全く異常は無いぜ?隔壁のロックも確認した』

 次々と寄せられる、各部署チーフ達からの報告、まぁ出来たての艦なのに問題あったら困るわ。というかその場合、空間通商管理局に文句つけちゃう。まぁ設計図が悪いとか言われたら尻すぼみになるけど…。

 ちなみに本当は発進の準備はブリッジで全部操作出来る。だけど、みんな気分出したいらしくて、わざわざ自分の担当する部署に行っているんだよね。俺も相当浪漫大好きな男だけど、クルー達はクルー達で大概だZE☆

「艦長、全区画オールグリーン、管制から発進許可出ました。準備完了です」

「うむ!全艦出力最大!戦艦アバリス発進するッス!」

「おし、機関出力臨界にまで上げろ!戦艦アバリス、これより処女航海に出るよ!」

「「「アイアイサー!」」」

 機関に火が灯り、船体を固定していたアームのロックが解除され、アームが収納される。

 そしてドックの隔壁が開き、誘導灯が点灯した。

「インフラトン機関、主機・補機共に出力臨界へ到達」

「補機稼働開始、微速前進」

「微速前進、ヨーソロ」

 アバリスはその船体を揺らしながら、誘導灯に導かれゆっくりとドックからその姿をあらわにした。

 この宙域には無い1000m級戦艦はその巨体を、ステーションの発進口に向けている。

「管制からGOサインです。ソレと通信で“貴艦の安全を祈る”だそうです」

「AIの癖に洒落てるよなぁ、管理局って…」

 ブリッジの誰かがそんな事を言った。うん、ホントそう思うわ。

 あいつ等普段は全然感情無いくせに、時折こうやって感情っぽい事するからおもろい。

「艦長、重力カタパルトに乗りました。ご命令を」

「よし、飛べ」

 即座に命令さ!仕事も飯も早い方が良いからな!!

 

 ―――そして戦艦アバリスは、トトラスのステーションを後にした。

「無事航路に乗った。自動操縦に切り替えるぜ」

 発進の際に滑らせるような操艦を見せてくれた操舵席にすわる男、航海班のリーフが操縦桿から手を放しながら自動操縦へと切り替えたのを皮切りに、ブリッジの空気が少し弛んだ。乗り物というのは大抵そうだが、発進と停止の時が一番神経を使う。

「駆逐艦クルクスは自動操縦にて本艦後方、距離1200の位置で固定します」

「……あっちは完全に航法ドロイド任せッスけど、大丈夫ッスかね?」

「人間が乗って無いって意味でかい?それなら大丈夫だ。戦闘以外の航法術なら下手な人間よりもドロイドの方が上だしねぇ」

「そんなもんスか」

 未来技術ってのはやっぱすごいのねぇ~。

「レーダー班室から艦長に通信です。艦長席へ転送します」

『艦長、こちらエコーです~。ねぇねぇ艦長、レーダーの早期警戒レベルはどうしますか~?』

 随分と間延びした女性の声が通信に入る。彼女はエコー、レーダー班の班長をしている女性で、生活班班長アコーとは姉妹にあたる。姉が会社をクビになった時に一緒になってアコーの後をついてきた健気な人だ。

 ソレはさて置き、レーダーの早期警戒をどうするかだったな。うーん。

「このフネならローズ自治領の警備艇程度が何隻来ても平気だろうけど、一応半舷休息入れつつレベル2にシフトしといてくれっス。あとで交代要員よこすからさ」

『わかった~』

「アイサー艦長、交代要員にはそう伝えておきます」

 このフネに搭載されている対エネルギー兵器用のAPFシールド(Anti-energy Proactive Force Shield)の出力なら、警備艇クラスの光学兵器程度屁でも無い。質量兵器用の重力防御装置のデフレクター無いから、対艦ミサイルならヤバいかも知んないけど、今んとこの警備艇にミサイル搭載艦はいないから大丈夫だろう。

 オペ子のミドリさんに指示を頼んだ後、トスカ姐さんとジャンケンして勝ち悔しがる姐さんにこの場を任せて、俺も処女航海のパーティーの為に倉庫へ向かった。何で倉庫なのかというと、大勢のクルーを一挙に入れられるスペースがある場所は今のところそこしかないからである。

 本当は大食堂のモジュールでも欲しかったんだけど、そのモジュールが手に入らなかったんだよね。お陰でクルーが入れる場所が格納庫しかなかった。まぁ飾り付けとかは、生活班と整備班が頑張ってくれるそうだから、あんまし心配していない。駆逐艦に居た時ですら、ウチのイベントスタッフ連中、スゲェいい仕事してたからなぁ。

 何であんな優秀な人達が、ロウズなんて辺境に取り残されてたんやろうかと不思議に思うばかりである。恐らくは唐突に領星間の行き来が官民問わず規制された為に領内に取り残されてしまった人達が多かったんかねぇ。

≪ヴィーヴィーッ!≫

『敵艦接近を確認、総員戦闘配備、艦長はブリッジへ』

「おろ?敵さんッスか?」

「なんだよ折角飲み始めたところなのに」

「空気読めよなぁ」

「これだから禿領主の部下はKYなんだよ」

「んなことよりもっとのもうぜぇ~ひっく」

「おえー」

「酔うのハエーよ!?だれか洗面器持ってこい!」

「……俺はブリッジ行くけど、後任せたッス」

「「「「いってら~、がんばってこいや~」」」」

 くそ、酔っ払いどもめ。俺だって飲みたいのに。

 パーティー会場となった倉庫に到着早々鳴り響く警報と御指名により、俺を含め素面の戦闘班所属の人間は皆持ち場にゆかねばならなくなった。飾り付けやらをしていた生活班などの人達は先にはじめていたらしく赤ら顔で出来あがっている人間も多いのでこの場で待機である。

 さすがに酔っ払ったヤツが戦闘を行える訳は……なんか居なくも無さそうだがない。ま、生活班の方々は戦闘中は特にやる事はない。精々食堂勤務の人達が戦闘が長引きそうな時に出前の炊き出し弁当を作る為にテンヤワンヤする程度である。彼らには存分に酔っ払っておいて貰って、とっととこっちも宴会に参加しないとな。

「――状況は?」

 急いでブリッジまで戻ってきた俺は入るやいなやOP席に座るオペ子のミドリさんに声をかける。

「こちらのレーダー範囲が大きかったので先に発見できました。敵はまだこちらに気付いてません」

 さすがは正規軍御用達の戦艦だけはあり、その策敵範囲は脅威的な程に広いらしい。

性能チェックは実戦で行う事になったが、まぁそれは問題無いだろう。

「どうするユーリ?逃げるかい?戦うかい?」

 気が付けば俺の背後に佇んで副長役をやってくれているトスカ姐さんからそう言われ少し考える。敵さんはレベッカ級2隻、まだ敵には見つかっていない。この艦になって初めての戦闘である事だし、相手としてはちょうど良いかな?むしろものたりないかもしれないな。

「戦いましょう、ちょうど良い機会ッスからね」

「そうかい、それじゃ―――全員戦闘準備!ブリッジクルーもいそいで呼び戻せ!各砲門開口、データリンク急げ!」

「アイアイサー、総員第1級戦闘配備です。ブリッジクルーの皆さんはさっさと自分の席に戻ってください。戦闘班は戦闘配置で待機してください」

 戦闘配備が出されたアバリスは途端あわただしくなる。戦闘に必要な主なブリッジクルーがブリッジに到達してからは、非常通路以外の隔壁が降ろされて通路を閉鎖し、インフラトン機関を戦闘出力まで上げる。その間にジェネレーターと各砲の連動機能を確認していく。

 各システムの戦闘モードでの立ちあげが手動で行われ、各項目のチェックも余念がない。新造艦になってからいきなりの実戦なので詰まらないミスで危機を招くのは御免なのだ。そして俺はその様子を横目に、この艦になってから初めて使える機能を使う様に指示を飛ばした。

「妨害電波はどうなってる?もう使えるッス?」

「当艦に搭載されたEA(Electronic Attack)およびEP(ElectronicProtection )両システムは正常に作動中です」

「それじゃあ妨害電波発信。おぼれさせちゃいなッス」

「アイサー」

 オペ子のミドリさんがコンソールを操作する。途端モニターしていた敵艦が急に停止した。

「敵さん通信不能で慌ててます」

「さっすが大マゼランの軍用艦。駆逐艦とは比べ物にならない程強力ッスね」

「まぁ、大本の機関出力からして違うんだしこれくらいは出来るだろう」

 トスカ姐さんの言う通り、このフネになってからエネルギーに余裕が生まれた事で各部署でもシステムが強化されている。そしてその余剰エネルギーで通信システムの妨害や観測用レーダーの妨害も以前の艦に比べて雲泥の差が生まれた。

 つまりは力任せだけど電子戦も出来る様になったという訳だ。マーべラス(素晴らしい)

「よし、先制攻撃を仕掛ける、リフレクションレーザーカノンにエネルギー廻せ!」

 この艦の両舷に供えられた艤装の命中率が高めでおまけに射程が結構長いリフレクションカノン。威力は普通だがアウトレンジからの先制攻撃で使うにはちょうどいい兵装だと言える。手元の火器管制のパネルを見れば、迎斜角がそろそろ揃いつつある。

「攻撃を仕掛ける、砲雷班!前方敵前衛艦に対し、攻撃開始!」

「了解、各砲インターバル2で連射用意良し、全砲発射」

 号令により、発射されたエネルギー弾が、警備艇に向かい突き進む。一応火器管制って俺のところからでも操作出来るんだけど、ソレすると著しく命中率が下がるし当たらないからおもしろくない。

 それはさて置き思考を巡らせている間にも状況は変化し、リフレクションビットにより収束加速された光弾が敵艦に突き刺さっていた。距離がある為ココからでは、センサーによってでしか確認が取れないが、シールドを張っていなかったみたいだし多分撃沈であろう。

「敵2番艦、インフラトン反応拡散中、撃沈です!」

「続けて第二射、敵僚艦目がけて発射しろ!油断なく撃破するッス」

「アイサー!ポチっとな!」

 第二射も敵1番艦の推進機を上手く貫き機能停止させる事に成功する。射程も照準性能も前の駆逐艦に比べ、当社比1,5倍ってところか。ロウズで買った駆逐艦の火器管制じゃこうも見事に無力化は出来ない。

 改めて自分が幸運にも手に入れてしまった兵器に惚れなおした。戦艦アバリスは素晴らしいフネだ。例えご都合主義のように手に入った戦艦であっても、これを手放そうとは思わない。

「敵艦、沈黙」

「……生きてるみたいなら降伏勧告を出してやってくれッス」

「いいのかい?あとで面倒臭いよ?」

「トスカさん、俺達は海賊じゃないッス。だから無用な殺生はしないんス」

「いや、それはいいんだけどさ。捕虜人数の把握とか必要な食糧の割り当てとか事務処理的な仕事が増えるよ?」

「………性急に、事務方がほしいです」

「募集に来る事を待つんだね」

 ただウチのフネの唯一の弱点は、事務処理が出来る人間が少ない事か。

 もう動かなくなった敵艦を眺めつつ、俺はジャンク品回収の為に近づく様指示を出した。

…………………………………………

…………………………

……………

『こちらEVA班長のルーイン、艦長~使えそうなジャンク及び部品の回収、終わったぜ?』

「了解ッス、艦外作業はもう良いので、上がってくれッス」

『アイサー艦長、テメェ等!作業終了だってよぉ!…――――』

 EVA(船外活動)の人達と、ジャンク及びパーツ、予備部品を収納する。この奪った品が、ウチのフネの活動資金に化けるのだ。何か海賊行為みたいだけど、宇宙は無法の地だから許してね?

 それに狙っているのは同宙域に偶に出る海賊か打倒すべきデラコンダの配下だから、この世界的にはセーフなのだ。流石に民間の輸送船とか狙っちゃうと、小マゼラン政府から指名手配されちゃうからやんないけど。

 とりあえずこの宙域から離脱し、アバリスの最大レーダーレンジに何も映らないような安全圏に到達するまで警戒を続ける。慎重はやり過ぎる事は無いのだ。

「周囲に敵艦及び脅威存在を認めず~、安全圏にまで来れたみたいだよ~?」

「了解エコーさん、とりあえず適当に切り上げてくれて良いッスよ」

「了解~艦長~」

 ふぅ、どうやら大丈夫みたいだな。以前もたもたしてたら、敵に囲まれた事があったからなぁ。このアバリスの性能なら多分囲まれても大丈夫だろうけど、慎重に慎重を期すのは悪い事じゃないわな。

「ミドリさん、各艦に警戒態勢の解除を通達してくれッス。隔壁も解放、通常運航に戻してもいいッスよ」

「アイサー艦長」

 とりあえず艦内の警戒レベルを下げ、戦闘巡航から通常巡航に移行させた。何時までも気を張っていたら苦しいし、敵がいないならリラックスしないと病気になっちまう。しばらくして、艦内にようやくホッとした空気が流れ始めたのを感じたので俺も自分の席を立った。

「さ~て、パーティーの続きでもするッスかね!」

「良いですねぇ~安全圏には到達したから、自動航行にしてもいいですか?」

「うむ、許可する!お祝いは皆で騒ぐから楽しいッス!」

 やりー!とわき立つブリッジクルー達。自動航行と、もしもの為のオート・ディフェンスのシステムを立ちあげて、いざ行かん!大騒ぎ確定な処女航海記念パーティーへッ!!

「ん?全周波チャンネルで通信?」

「どうしたッスか?」

―――――そして、こういう時に限って、ものがたりは進むんだよなぁ…。

 インフラトン星系間通信システムにより俺の(自称)妹チェルシーが、デラコンダに捕まったという通信が、ロウズ自治領に全域に流れていた。

■その日の艦内時間の夜■

「で、どうするんだい?ユーリ」

「んー、本当なら助けに行きたいとこッスねぇ」

 今、俺がいるのは艦長室の代わりに使っている部屋である。その部屋にはもう一人いて、今日の通信の件で副官役のトスカ姐さんに相談する為に来てもらっていた。いや、本当は艦長室欲しかったんだけど、そのモジュールまだ手に入らなくて…話がそれた。

「でもあんた、ソラに上がる時、家族はいないって言ってなかったかい?」

「(ボソ)そうなんだよなぁ……」

「えっ?何だって?」

「うん?イヤ何でもないッス。彼女はチェルシー、俺の妹で唯一の家族ッスよ」

 

 一応ユーリの記憶では、そうなってたから、トスカ姐さんにそう伝える事にした俺。でも確か彼女と俺って血は繋がって無かった?原作だとどうだったかなぁ?なんかこっちに来て色々あったから段々忘れている気がする。

「ふ~ん、でもなんでまた彼女を置いてソラに上がったんだい?」

「意見の相違ってヤツッス。彼女は地上で静かに暮らしたい、俺は宇宙に出たい…つまりはそういう事ッス」

「ああ、ケンカしちまったって訳だ?」

「まぁ…そんなとこッス」

 まぁ、女の子と男の子じゃ感じるロマンに少しばかり差異があるから?仕方ない事だよなぁとトスカ姐さんは納得してくれた。正直嘘をついた事に対する罪悪感はあったが、なるべく表情に出さないように努力する。

 だが何故かここで話が脱線し、トスカ姐さんにチェルシーの事を色々と尋ねられた。とりあえず、俺の中に残っているユーリ君の記憶から、彼女に関する記憶を引っ張り出す俺。なんか、色々と恥ずかしい記憶を話した気がしたけど…キニシナイコトニシタ。

「――――……で、結局どうすんだい?艦長さん」

「放っておくのも可哀そうだし、どうも俺の所為で捕まったみたいだし、助けに行きたいッスね。せめて安全な星系にでも送り届けないと、男じゃないッス」

「だけど、それはこれまで集めたクルーやフネを危険にさらすことになるよ?普段の警備隊がああだからそうはみえないけど、領主直属の艦隊は手ごわい筈さ。――覚悟はあるのかい?」

 クルーを失ってしまう可能性、それを考えた上でもやる価値はあるのかと、トスカ姐さんは言外にそう問うた。たしかに200名ちかい人員と大金をかけて制作した戦艦が損害をこうむるのと、たった一人の少女の命を天秤にかけるのは難しいだろう。

 だが、逆にそのかけるべき天秤はどこにある。彼女の命運を分けるのは俺の考え一つなのだ。そして俺は彼女を助ける事を望んでいる。ならば答えは一つだ。

「………そりゃ、今のフネのクルー達と身内とはいえ一人の少女だと釣り合わないッス」

「なら見捨てるのかい?」

「皆の命を考えればそれが良いのかもしれないッス。だけど、それをしたら男じゃないッス。プライドに拘るつもりは毛頭ないッスがたかが少女一人助けられない男が宇宙を巡るなんて言葉を吐いたって、少年が見る夢物語もいいところじゃないッスか。俺は本気でもっと先を目指したい……だから――覚悟くらいドーンとしてやりますよ」

 内心はもし死人出たらゴメンなさいゴメンなさいだけどな!覚悟はしても出来ればそういうのはない方がいいに決まってる。もう宇宙葬やるのは気が滅入るから嫌ですたい…。

「ま、本音は見捨てたら夢見が悪すぎるって事なんスが……ダメっすかね?」

「………はぁ、ある意味アンタらしいよ。いいだろう、艦長はあんただ。あたしはそれに従うさ。それじゃあたしはその事を他のクルーに話してくるよ」

「お願いしますトスカさん」

 彼女は手をひらひらと揺らし、そのまま部屋を出ていった。多分親類が人質に取られた俺に気を利かしてくれたんだと思う……もっとも俺的には全然平気だったりする。だって俺、チェルシーと面識ないもん、記憶はあるけどさ。

 この記憶は、言わば憑依先にくっついていた記録のようなもの。特に我が妹とされる女性が風が吹き抜ける草原でどこか寂しそうに空を見上げているセピア色の光景には、どこか哀愁漂う何かがある。だが、言ってしまえばソレだけである。

 これがユーリの記憶というにはあまりにもハッキリしすぎているし、それ以前にもっと根本的にこの記憶はおかしいのだ。なにせこの映像は空を見上げている女性を“上”から見下ろしているような光景である。アングルがどう考えてもおかしい。あれか?ユーリ君は舞空術でも使えたとでも?

 この微妙な違和感は俺がユーリ本人ではないから来る物なのだろう。何せ“言ったら恥ずかしい記憶”もデジタルリマスターよろしく脳内再生出来るんだもん。でもきっと本来の主人公くんは疑問にすら思わなかった筈だ。だってそう言うモノだって刷り込みがされているからな。

 というかこの記憶、ホント鮮明すぎて怖いわ。コレだと後から植え付けた記憶だなんてすぐに解っちまうけど…まぁやった奴ら人間じゃないから仕方がない。

「しっかし、今更って感じもするッスねぇ~」

 とりあえず、彼女の救出だけはしておこう。中身が代わったユーリに対して彼女が何か言ってきたら、その時は即効このフネから降りてもらう方向でね。ま、見捨てるのが夢見が悪すぎるから助けるだけだし心配はいらんだろう、多分。

――さて、今日のところはもう床につこう。一日色々あって疲れた俺は床に入ってすぐに眠りに付いのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第3話、ロウズに降り立つ編~

■ロウズ編第三章■

 とりあえず憑依先の妹であるチェルシーを助ける為に、罠だとは知りつつも戦艦アバリスの進路を一時惑星ロウズに向けた。ある意味で俺のプライベートな事態と言える事件だが、この事をウチのクルー達に話したら普通に救出に賛同して協力してくれるという。

 これまで一星系に閉じ込められてきた鬱憤と、妹さんを助けるという人助けの大義名分でデラコンダ相手に大立ち回りが出来るとくれば、協力しない手はないそうな。もうちょっと反対意見の一つでも出るかと思っていたんだがこれは予想外。

 

 流石のトスカ姐さんもこの事態は予期して無かったらしく、俺の顔見ながら、あんたの仁徳のなせるワザかねぇ~と呟いていらっしゃったけど…俺って仁徳あるのかな?正直、自分のまわりさえ楽しければ、後はどうなっても良いっていう快楽主義者なんだぜ。

 でも、その事をトスカ姐さんに言ったら何故か溜息をつかれた。自分を卑下しすぎだってさ。う~ん、そんなつもりはなかったんだがな。実際好き勝手やってるんだし、嘘ではないのだ。クルー達も巻き込んでるしね。

 

「――艦長、そろそろ惑星ロウズの宙域に入ります」

 

「ん、了解…あ、そろそろ警戒レベルあげといてくれるッスか」

 

「アイサー」

 

 今回はきっと大規模戦闘になるだろう。戦死者出ちゃうかも知れないなぁ…。

 

「どうしたんだ。艦長が戦闘前に溜息なんて吐くんじゃないよ」

 

「トスカさん…」

 

「仮にも艦長なんて重たい看板背負ってんだ。そんなヤツが不安そうにしてたら士気が下がるだろう?前にも言ったじゃないか」

 

「こういう時は不敵にしてろって事ッスね。いや、俺が溜息ついたのはソレだけじゃないんスよ。圧倒的に人員不足だなぁと」

 

「仕方ないだろう。慣らし運転もそこそこにここまで来たんだ。途中でステーションによる暇なんて無かったよ」

 

「お陰で乗員の殆どがドロイド……」

 

「ま、自律行動が殆ど取れないドロイドだけど、命令さえ下しとけば殆ど間違いなく実行してくれるよ。まだ慣れてない内はむしろそっちの方がいいんじゃないかい?それに最終的な判断はユーリ、アンタが下すんだ。生きるも死ぬもアンタの判断の速さにかかってるって事、忘れんじゃないよ」

 

 そう、アバリスは性能こそピカイチだが、その実クルーの大半は航法ドロイドだったりする。いや本当は人間を雇いたかったけど、やはりロウズ自治領じゃデラコンダの信者が多くて駆逐艦を動かせる程度の人数を集めるので精いっぱいだったんだよねコレが。

 それでもまだ募集とかかけてみたけど基本的に公に出来ない募集なので集まりが悪い。幾らアビオニクスが発展していても人が動かすフネなので200数余名では運行に支障が出てしまうのもしょうがない事なのだ。

 

 だからアバリスに旗艦を変えた時に増えた運用最低人数の補充分は全部ロボット…航法ドロイドなのである。一応は通商空間管理局が提供してくれるサービスで借りられる高性能AIドロイドなので実質フネの運行自体で問題はそうは無い。

 けれど、やっぱり人間の方が臨機応変に自体に対処できる上に成長というファクターが加わる分、そっちの方が断然良いのである。

 

 ちなみにAIドロイドはこれまた原作OPムービーでフネの操艦を担当していた黒いド○ネーターみたいな無機質なロボの事である。俺のフネにおいてはブリッジには居ないんだけど、機関室とかそういった重要だけど危険な所に集中して配備してある。

 どうしてか?あいつ等の声って機械音すぎて俺には聞き取れないんだわ。オマケに空間投影型コンソールパネルを操作する時の指の動きが、明らかに人間超える動きをするから気持ち悪いってのもある。

 

「艦長レーダーになんか沢山の浮遊物の影があるわ~、多分領主側の探査衛星~」

 

「ジャミングは?」

 

「数が多すぎて、正直のぞみ薄~」

 

 それはさて置き、敵側の探査衛星を見つけた。どうやら領主デラコンダは思っていたよりも慎重な手合いの様だ。手元のコンソールに送ってもらったレーダーには、探査衛星のモノと思われるグリッドがウジャウジャ…。

 さすがの軍用電子機器でも単艦のではこれだけの数を誤魔化すのは無理ぽ。

 

「エネルギーの無駄だし、ジャミングは切っといてくれッス」

 

「了~解~」

 

「艦長、デラコンダからの長距離通信が来ていますが…」

 

「うん?解った、別のモニターに出してくれッス」

 

「アイサー、3Dホログラムモニターに投影します」

 

 ふむ、まだレーダー範囲に入ったばっかりなのにすぐに通信か。

 普通ならすぐにでも攻撃してくるのがセオリーなのによっぽど自信があるんだろう。自分の領内で警備隊相手に大立ち回りした俺達なんて海賊と同レベルに思うだろうにわざわざ通信を入れてくる位に…。

 すこししてブリッジの真ん前にある長距離通信用ホログラムモニターが光りを放ち、ブリッジ内部にて一つの形となる。それは人の形をしており、それによって映し出されたのは―――

 

 メタボでアブラギッシュな…スキンヘッドのジジイ…。

 うわぁ写真で見たヤツよりも実物の方が断然キモイ!広報に載ってた写真って加工してあったのかよっ!

 

『貴様がユーリとかいう、我が領内法を破り我が物顔で我が領内を混乱させた0Gドッグか…まだ青臭い小僧ではないか』

 

 当然といえば当然なのだが、通信の相手は友好的という感じではない。あっちにしてみれば俺はテロリストとかに見えているんだろう。だが、自治領を持っている領主は領内のゴタゴタは自力で解決すべしという法律がある。そのお陰で俺は例えここであの領主を消滅させても、領主の力不足という事でロウズ星系以外では罪に問われない。

 覚悟は決めた。ならソレを押し通すのみ。

 

『だがお陰で末端の警備がサボっているという事実も判った。ついでに貴様らが無用な殺戮をする様な輩でも無い甘ちゃんだという事もな。巨大なフネまで造りあげたようだがそんな暴挙もここまでだ……領主デラコンダが命じる。武装を解除し、投降せよ。さすれば命だけは助けてやろう』

 

「命だけはッスか…だが罪には問われると?」

 

『むろん。我が領内の平穏を脅かしたのだ。そうだな、今ならロウズ星系のスワンプ星でのレアアース採掘10年間でいいだろう。稼いだ分は税金で差し引いた分以外貴様らにくれてやる。悪い話ではあるまい?ん?』

 

 どうだとばかりに笑みを浮かべているデラコンダ。

 しかしスワンプ星といったら沼地だらけっていうか沼地しかない湿度100%の湿地惑星で、通常の航路図にすら載ってないような辺境中の辺境だろ?確かにレアアース採掘はそれなりに良い稼ぎらしいけど、こういう場合そういうのは体のいい島流しって言うんだよおっさん。

 大体、宇宙見て回りたい俺が、そんな事了承する筈も無いさね。

 

「そいつはどうも。だけど俺達はそんなカビ臭いところに移住する気は毛頭ないッス」

 

『それは残念だ。優秀ならば部下にと思ったのだが』

 

「冗談、辺境に幽閉されて一生終わるのがオチッス。第一0Gドッグは自由の宇宙航海者ッス。そんな事も忘れちまったッスか?苔生したお地蔵さん」

 

『…………どうやらダークマターになりたいようだな。若き者よ?』

 

 ミシリと、ホログラムに映るデラコンダの額に太い血管が浮かぶ。こ、怖い。

 

「あ、いや…手加減して欲しいなぁなんて…ダメッスか?」

 

『フッ、0Gドッグを名乗るもの、これくらいで怖じ気づいてどうする?だがまぁ、最後の警告だ。黙って戻るなら今の内―――』

 

「だが断る!」

 

 ズギャーン、命令すれば思い通りになると思っているヤツにNOと言ってやる!

 

 ―――いや一度言ってみたかったんだよねコレ。

 だが俺のモノ言いが癪に障ったのか、さらに頭部の血管が太くなるデラコンダ。あーうん、俺が言うべき事じゃないけど、頭の血管切れないか?それ。勝敗が脳内出血による不戦勝とか小気味が悪いからお断りだぞっと」

 

『ふ、ふざけおって!絶対に沈めてくれるわ!全艦体攻撃準備!』

 

「ありゃ?口に出してたっスか?」

 

「頭の血管切れないか?のあたりから普通に口に出してたね」

 

「マジッすかトスカさん」

 

「まじまじ」

 

『その舐め腐った態度…二度と吐けぬようにタンホイザに叩き込んでくれるっ』

 

「あ!その前に妹の……チェルシーは無事なんスか?」

 

『チェルシー?……ああ貴様の身内だったか。ふん、ワシとて元は0Gドック、地上の者に危害を加える事は無い。ちゃんと空間通商管理局に監禁してあ――』

 

「でも誘拐して監禁した時点で危害加えてるんじゃないッスか?そこんとこどうなんスか?」

 

『………………≪ブツ≫』

 

「――通信、一方的に切られました」

 

((((逃げたなアレは…))))

 図らずとも俺とブリッジクルー全員の心がシンクロした瞬間だった。

「ロウズ軌道上に敵艦~!数は……4、6…計8艦隊~!」

 

「解析中――周囲4艦隊は水雷艇クラス、直掩艦隊は巡洋艦クラスのグロリアス級、艦隊の中央に一際大きなインフラトン反応を確認、エネルギー総量から考えて敵旗艦グロリアス・デラコンダ級の様です。モニターに投影します」

 

 惑星ロウズを背景に上下ひし形布陣で展開しているデラコンダ艦隊。巡洋艦クラスの大きさがあるデラコンダ艦が艦隊中央に布陣し、他の艦は当然ながら中央の旗艦を守る布陣である。前から見ればひし形だが上や真横では三角に見えるあたり立体的な布陣であると言える。

 

 俺はコンソールでデータを手元のサブモニターに呼び出す。この敵の旗艦、グロリアス・デラコンダ級は元0Gドッグで現エルメッツァ辺境宙区領主デラコンダ・パラコンダが独自に設計し建造した軽巡洋艦であり、そのもっとも大きな特徴は左舷に取り付けられた本体の倍の大きさはあろうかという巨大レーザー砲である。

 右舷側にはカウンターウェイトを兼ねた三本の大型エネルギータンクが束ねられており、それを中央船体のウィングブロックで固定している。その上には主機関部と艦橋が置かれ、船体最下部には標準的なインフラトン機関が補機で備えられている。ある意味で三段空母ならぬ三段軽巡洋大砲艦という見た目であった。艦種混ぜ過ぎだろう…。

 もっとも、左舷側の大型レーザー砲以外に兵装は見当たらず、どれだけその大型砲に自信を持っているかが窺える。恐らく生半可な威力ではなく並の船なら掠っただけでも一撃必殺の威力があるであろう。そうでなければ直接通信できる距離までこちらを近づけさせなかった事だろう。アレだけの大砲だ。射程もきっと長いに違いない。俺ならアウトレンジからどーんするけどね。

 

 対するこちらも大型砲はあるにはあるが、連射性を考えてなのか威力はほどほどである。武装系は高性能ではあるがチートレベルな性能では無い。お陰で策もほぼ無しに敵陣深く突っ込まないといけない。数が違うのだから電撃戦をしかけないとジリ貧となるからだ。

 

「敵艦距離そのまま。本艦の有効射程まであと6000」

 

「戦速そのまま!全艦砲撃戦用意!全砲門開口!照準、敵前衛艦隊!アバリスのマニューバと発射のタイミングを合わせろっス!中央突破して電撃戦で旗艦を落とす!」

 

「すでにこっちは相手に見つかってんだ!堂々と正面からくらいくよ!弾の出し惜しみするんじゃないよ!相手をタンホイザーに叩きこんでやれッ!」

 

「「「「了解!」」」」

 

―――今回とる作戦はただ一つ、正面から押し切る、コレに尽きる。

 もうチョイ他にフネがあれば前衛後衛なり艦隊を組めばよかったんだけど、瞬間速度はともかく巡航速度で劣るアルク級じゃアバリスについていけないから後方に下げてしまっている。

 元より敵の数が予想していたよりずっと多いから通常駆逐艦と変わらないアルク級のクルクスでは役者不足だ。硬い装甲がある訳じゃないし、露払い出来る程の数もいない駆逐艦を前に出したところで意味なんて無い。

 エネルギーと物資の無駄になるし、あれでもほんの少し前に建造した一番最初の乗艦なのだからブッ壊すのも忍びないというのもある。要するに勿体無いの精神が働いたという訳だ。

 一応、敵艦隊の前衛は今まで戦って来た警備艦隊が使っている水雷艇と種類が変わらないからなんとかなるだろう。計算上では連中のレーザー砲は此方のAPFシールドを貫ける程の出力は出せないと踏んだ上での作戦とも呼べないお粗末なぶっこみ。参謀か軍師が欲しいところである。

 まぁそれにただ闇雲に考え無しで突っ込む訳ではない。グロリアス・デラコンダ艦が持つ巨大レーザー砲が直撃すればいかな大マゼラン製の戦艦でも損害は免れない事だろう。だが科学班のサナダ班長の解析報告によると、あの大砲は次弾までのチャージにかなり時間が掛かるそうだ。

 当然こちらだってロックオンされているのだし回避は難しい。それでもあちらさんが発射しようとすればエネルギーの集中を探知できる筈。それを元に各部核パルスモーターを使用したT(タクティカル).A(アドバンスト).C(コンバット)マニューバを全開にした回避運動を取れば、発射されてもギリギリで回避可能だ。

 あとは、ウチの操縦士の腕を信じる他ない。ちなみに俺は信じている。

 クルーを、仲間を信じないで何が艦長かと(ry

 

「第一、第二各砲塔照準完了、発射準備完了だ!」

 

「敵レベッカ級加速開始、急速接近中です~。でも何か艦の挙動がおかしいわ~」

 

「あれま…なんか戸惑ってるって感じッスね」

 

「まぁレーダーで見るのと実物を近くで見るのじゃ違いもあるもんだよ。ユーリ」

 

 トスカ姐さんの言葉に頷いておく。やっぱ奴さんらは驚いてるんだろうなぁ。何せこの間まではウチは只の駆逐艦一隻だった。デラコンダもだからこそ俺達を放置していたんだろう。主力を出せばすぐに捻りつぶせると思っていたから。

 なのに戦力揃えて迎えてみれば来たのはこんな辺境に現れるとは思えないような大型戦艦だった。それなんてプロアクションリ○レイ?チートコード使ったの?とか言われても文句も言えない。

 それでも大きさで判るかと思っていたが、そう言えば小マゼランにはビヤット級という全長1200mはある大型の輸送船があるから、もしかしたらアバリスをその輸送船を改造したか何かの張りぼてだと考えたのかもしれない。

 だがふたを開けてみれば現れたのはこの近辺じゃお目にかかれない戦艦、それなんて無理ゲー?デラコンダ本人は虚勢なのか、それとも本当に大丈夫だと思っているのか、さっきの通信であまり動揺はしていなかったけど、末端の兵士までは動揺を抑えられないみたいだ。

 

 コイツはチャンスだぜ。

 前の駆逐艦だったらあの戦力相手にも苦戦しただろうけど、この船なら…。

 

「艦長、敵艦から一応降伏勧告来てますけど、どうします?」

 

 敵の部下さんも大変だ。命令された以上命令を実行しなきゃならない。

 まぁココはあの方を肖り、あの有名なセリフを言ってやることにするかね。

 

「バカめ…と返信してやれ」

「アイサー。――こちら戦艦アバリス“バカめ”以上――」

 

 よし、艦長になったら言ってみたい台詞を一応言えたぞ!全然シチュエーションは違うが関係ない!言えたんだから満足じゃ!でも敵さんのエネルギーレベルが上昇っと…やっぱり屈辱なのかね? あ、そうだ老婆心だけどコイツも言っておこう―――

 

「あ、ミドリさん。進路妨害しなければ見逃すってついでに言っておいてくれッス」

「アイサー、そのままの言葉を通信で送ります」

 

―――こうして、デラコンダ艦隊との戦闘が始まった、ロウズ上空戦である。

 

 

***

「さて…砲雷班長ストール!」

 

「はいよ艦長ユーリ!」

 

「砲撃開始ッス!敵を蹂躙せよッス!」

 

「はいさー!ポチっとな!」

 

 打てば鳴る様な掛け合いで命令を下す。それに合わせ砲雷班の班長ストールが、自分の席のコンソールの発射スイッチを押した。強制冷却機の音が艦内に響き、上甲板の一番とニ番砲塔から、本船から見てやや右舷側上角の敵艦へとレーザーが発射される。

 

「艦首軸線大型レーザーとリフレクションレーザーは前方を塞ぐ艦を狙え!――撃ぇ!」

 

「はいよ……照準よろし、ポチっとな」

 

 ちなみに何故ストールがポチっとなと言ったかというと、前のフネを購入したての頃の事。俺が何となくであるが、良く『ポチっとな☆』と言ってスイッチ類を押していたのを聞いていたらしく、何と無くフレーズを気にいってしまったストールもスイッチやコンソールのエンターキーを押すときに言う様になってしまったらしい。

 いやまぁ、イイ感じに緊張がほぐれて良いんだけどなんかしまらないような気がしなくも無い。でも言いだしっぺが訂正させるのもおかしいので今のところ放置、飽きてくれるの待つしかない。閑話休題。

 

「第一射、敵第一防衛ライン前衛艦を撃沈。軸線砲およびRレーザー砲、障害となる艦に命中、敵艦中破。敵の後続艦に離脱艦が出た模様、混乱してます」

 

「よし、続けて第二射――「直庵艦隊とデラコンダ艦のインフラトン反応が急速に増大中、発射の予行かと」ちぃッ!回避運動っ!!」

 

 第二射を発射しようとしたところ、ミドリさんが後方にいるデラコンダ艦隊の砲撃準備を感知したと冷静に報告してきた。それを聞いた航海班のリーフが舵を切りTACM回避運動をアバリスに行わせた直後、かなりの出力のレーザーの群がアバリスのすぐ脇を通り抜ける。

 回避運動が間に合い直撃どころか運よく掠りもしなかったが、通り過ぎた瞬間に1000mあるフネがかなり揺れた。そして艦橋のモニターが一瞬であるが焼き付きを起す程のパワー…凄まじいの一言だった。

 

「エネルギー量を計測………概算だが直撃を3発受ければヤバいな」

 

 その攻撃を分析していた科学班の班長サナダさんが機器をから目を逸らさずに報告してくる。ちなみにこの場合の直撃っていうのはAPFシールドが防ぎきれなかった余剰エネルギーが装甲にまで達する事、ゲームにおけるクリティカルヒットの事を指す。

 そりゃあ太いを通り越してデブいレーザーが直撃したらアバリスでも流石にヤバいだろう。それにシールドが張られているといっても、シールドジェネレーターの許容量には限りがある。何度も攻撃を直接受けていたら、やがてジェネレーターのエネルギー供給が追いつかなくなり、敵のレーザーの直撃を食らう羽目になるのだ。装甲厚があるとはいえ、絶対に大丈夫だとは言い切れないので、躱せる攻撃は極力躱すように指示を下した。

 そして直後、今度は別の衝撃がフネを揺らす。敵の前衛水雷艇はまだ残っており、その攻撃がアバリスを揺らしたのだ。揺らしただけでは目立った被害はないが、それでも相手の方が数が多い事に変わりはない。囲まれて集中砲火、もしくは水雷艇の運動性に翻弄されたりすれば、デラコンダ砲の餌食となる。

 

 向こうもそれを望んでいるだろうが、それを叶えてやる義理はない。

 

「敵の次弾が来る前に状況を打破する!アバリス両舷全速ッス!!」

 

「アイサー艦長!――トクガワさん!」

 

「了解。機関出力全開、推進機に出力を回しますぞ」

 

 機関長のトクガワさんの絶妙な操作により、大型戦艦用大出力インフラトンエンジンが唸りを上げ、アバリスはインフラトン粒子の青い雲を吐き出し一気に加速する。これぞまさに熟練の技、まだ慣れていない戦艦のエンジンをこうも操れるのは素直に凄い。

 そして流石は戦艦クラスのアバリスだ。この力強さは凄く頼もしく感じる。それに、この速度ならすぐにデラコンダの懐に飛び込める!ヒャッハー!禿げおやじから妹助けてついでにジャンクにしてやるぜい!

 駄菓子菓子…では無く、だがしかし――――――

「敵艦、針路上に侵入~!本艦の進路と交差してます~ッ!」

 

「ちょっ!?敵さん何考えてんスか!?」

 

「完全に衝突コースです。激突まで約20秒」

―――飛び出すな、戦艦急には止まれない。

 敵と進路が完全に重なり回避不能となった時、脳内にその昔どっかで聞いた標語のようなモノが浮かんだ。驚いた事にアバリスの進路とかち合うようにして敵艦の何隻かが飛びこんできたのだ。逃げだす奴もいたが忠誠心を持つ人間もいたという事だろう。

 戦艦はデカイ分、速度を上げると質量的に急制動や回避がうまく出来ない。大型トラックが急ブレーキをかけてもすぐには止まれないのと同じだ。それ以上にまさか身を呈して守ろうとするとは、彼らこそまさに護衛艦の鏡だ!

 だけど敵を称賛する前に、こっちも早く指示をださないとヤベェって!!

 

「リーフ!回避してくれッス!!」

 

「ムリだ!もう衝突コースに入ってるんだぞッ!」

 

「ストール!撃ち落とせッス!」

 

「別のフネ狙ってたから砲塔を旋回させて照準とか間に合わんよ」

 

――ええい、だったら!最後の手段じゃ!

 

「総員耐ショックっス!」

 

「しょうがないね全く――ミューズ!」

 

「……了解、重力井戸のリミッターを一時解放、慣性制御を最大に……」

 

「シ、シートベルト!シートベルトは何処だ!?」

 

「ああ?!ねぇよンなもん!頭でも押さえてろ!」

 

 もう諦めて衝撃に備えるしかないだろう。

 とはいえ何もしないのも癪なのか、ストールがギリギリで砲塔を動かし、ほぼ真っ直ぐ突っ込んでくる敵艦に対して一応迎撃を試みてみた。しかしお互いの相対速度が速すぎて敵に当たらない。こちらの砲塔の照準が合わさるよりも先に近づいてくる上に向こうも最後の抵抗とばかりにTACマニューバを全開にしている。

 この死力を尽した火事場の馬鹿力のような芸当を発揮した敵を前に、此方の攻撃はことごとく外れてしまった。あまりにも攻撃が当たらないのでイライラとしたストールがコンソールを思わず叩きつけてしまった。そんな事をすればコンソールが誤作動を起こすのは明白で、微妙に明後日の方向へとビームが発射されてしまう。

 しかし、偶然であるが、このコンソールを叩いた時に誤作動で発射されたビームの一つが上手い事射線に乗ってしまった敵に命中してしまった。ある意味で火器管制が優秀だったお陰で激突ギリギリで迎撃に成功したと言えるんだろうか?あとストール、運で当ってしまったからって泣くなよ。

 

 それはともかく何とか正面衝突寸前に敵艦を破壊したは良いが、安全に回避できる距離を大幅にオーバーランしている事により、大量のデブリ片がアバリスに襲い掛かる結果となった。APFシールド装置は機関出力さえあれば、大抵の高出力指向性ビームの固有周波数に干渉し、減衰及び無効化が可能となる反面、実弾などの物理的な攻撃に対する防御力は一切ない。

 物理攻撃防御用のシールドも存在するが、基本装備のAPFシールドとは違い、フネにモジュールを導入しなければならず、当然序盤でモジュールが少ないので本艦には搭載されていなかった。

――そして至近距離で爆散した敵艦は、それこそ大型の機雷よりも性質が悪いモノだった。

 恐らく、相手も意図せずの攻撃だっただろう。爆散して火球と化した敵艦の破片は高速のデブリとなり、周囲へと満遍なく振り撒かれる。音速をはるかに超える破片は一発一発が小さな核弾頭に相当するエネルギーを内包していた。

 そんなデブリの雨の中へアバリスは突っ込んだのだ。旗艦爆発で拡散したインフラトン粒子を纏った青いデブリの群は恐ろしく綺麗で、それでいて規則性の無い砲弾と同じである。

 アバリスは敵艦を破壊した衝撃波に続く第二の衝撃に襲われた。

 

「うおっと!?――損傷確認急げっ!ダメコンもッス!」

 

「艦体起こせ!進路がずれてるよ!」

 

 あまりの衝撃にたたらを踏んだがすぐに復帰して矢継ぎ早に指示を飛ばす。伊達にこれまで実戦で訓練していた訳じゃない。こういう急展開な事態にも一応慣れているのだ……いやな慣れもあったもんだぜ。クソったれ。俺が内心で毒づいている間にもダメージ確認は行われ、それをミドリさんが報告をしてきた。

 

「艦首大型対艦レーザー及び第一砲塔が破損、使用不能です。船首部分は第二装甲板まで貫通、一部剥離しています。アポジモータースラスターも一部が損壊、運動性能が14%低下――」

 

「あわわ、レーダーにノイズが~」

 

「――運悪くレーダーマストに破片が直撃しています。サブに切り変えさせます」

 

 幸い戦闘系のシステムは殆ど無事で第二主砲も多少デブリを浴びたモノの、ダメージ許容範囲内に収まっているので使用可能ではあった。だがそれよりも問題は運悪く破片の一部がレーダーやセンサーが集中しているレーダーマストを貫いていた所為で策敵性能が大幅ダウンしてしまったのが痛い。

また幾つかの破片はまるで徹甲弾の如く、装甲深くまで切り込んでいる。この欠片が後数十メートルも横にずれていたら艦橋に直撃だったと思うと、股間が縮みあがりそうだ。もっともマストと艦橋じゃ装甲厚や防御力が違い過ぎるので、多分大丈夫なんだろう。それでも至近距離に着弾して損害が出ているのは怖い事に変わりはないのである。

 

「こちらトクガワ。機関室に損害無し、航行には支障はないと思われる」

 

『ブリッジ!こちらダメコン室のケセイヤだ!デブリ片が装甲の薄い粒子ダクトを貫いたみたいだぜ!内側からブッ壊れてインフラトン粒子と空気漏れの警報が止まらねぇ!一応前部ブロックの隔壁は全部降ろしたがまだ警報が止まらんから直接見に行ってくる!』

 

 さらに上がってきた報告でエア漏れまで発生していた。宇宙における空気の重要性は今更言わなくても良いだろう。幾ら装甲厚がある戦艦でも部分的に弱い個所は幾らでも存在する。装甲があるからと言って、それ即ちイコール壊れないという事にはならないのだ。

 さっきみたいに大量のデブリ片が当たると、当りどころによっては貫通してしまう。だから通常は遠距離で破壊するんだよね、至近距離でデブリ食らうよかマシだから。

 

 それはともかくとしてケセイヤさん雨の日に『田んぼ見てくる』みたいなノリで身に行ったら死亡フラグが……いや、今はエア漏れをなんとかしないとな。

 

「任せたッス。それと戦闘中だから応急修理を急いでくれッス」

 

『任された!ちょっ早でやって来るわ!』

 

「十分で頼むッス」

 

『無茶言うなよ!?』

 

 ケセイヤさんが通信を切ったので、俺は俺で再びコンソールに目を戻した。

 コンソールにあるモニターに本艦の現状が推測値ではあるが表示されるからである。

 だがそれを見る前に、再びオペレーターのミドリさんが報告を入れてきた。

 

「艦長、敵第二防衛ラインのグロリアス級と旗艦グロリアス・デラコンダ級からインフラトン反応の増大を確認。敵特装砲の次弾発射まであと180秒です」

 

 報告無い様は、再び敵旗艦に動きあり、――こりゃやばい!

 

「トスカさん、今艦首ブロックには誰かいるんスか?」

 

「うんにゃ。元々艦首ブロックの制御はドロイドまかせだから誰もいないよ。応急班もまだ隔壁の向こうで立ち往生だ。一部システムが落ちて隔壁が開かないらしい」

 

 だれもいない、そしてこのフネの頑丈さは折り紙つき……よし!

 

「ならば応急修理は後回しッ!アバリスはこのまま直進!進路上の直掩艦は無視する!どうせ艦首は壊れてるから、とことん使ってやるッス!ジェネレーター出力をシールドと重力制御に回すッス!」

 

 ころころ指揮が変わって悪いが、こっちの方がデケェんだ!体当たりで粉砕してくれるわッ!

 

「ちょっあんた…正気かい?」

 

「正気も正気ッス、大丈夫ッスよトスカさん、この船はそう簡単には壊れないッス」

 

 姐さんが心配そうにこっちを見ている。だけど大丈夫だろう。何せアバリスの設計図は大マゼラン製の戦艦データだからな!頑丈さなら折り紙つき!小マゼラン製品よりもずっと上なのだ!

 さっき敵艦を引き殺したってのに損害軽微だし、さすがはアバリス、何ともないぜ!

 

「敵艦、再度本艦の針路上に展開します」

 

「トクガワさん機関出力一杯ッス。リーフ!遠慮しないで思いっきり突っ込め!」

 

「了解ですじゃ。機関出力、最大から一杯へ」

 

「へいへい、とんでもねぇ艦長の下についちまったぜ。まぁ!楽しそうだからいいけどなぁ!」

 

 そしてアバリスはバカの一つ覚えに加速する。1000m級を俊敏に動かせる大エンジンは伊達では無い。通常空間での戦闘の為、自動的に亜光速までしか出せないが、それでもこれ程の巨体が恐ろしい速度で突っ込んでくるのは脅威に映る筈だ。後で突撃バカとか言われそうだが、今のところそれくらいしか戦術が無いのだから、シカタナイネ。

 そして再度進路上で行く手を阻むかのように展開した直掩のグロリアス級は、デラコンダ艦程ではないが大型の2連装レーザー砲を左舷に装備していた。それを連射して阻もうとしている様だが、生憎シールド強度はこちらが上だ。

 だが4艦隊も残っている現状、全部相手取るのは危険過ぎるか……という訳で、沈んでくれ。

―――そして、撃震が走る…という程でもなく振動が走る。

「うぉっち?!――損害は?!」

 

「船首軸線砲完全に大破、ですが敵は真っ二つです。縦に」

 

 見れば確かに最早戦法でも戦術でもないタダの体当たりを食らったグロリアス級は押し切られるようにして中央の船体部分を潰され、ウィングブロックがその衝撃に耐えきれずにねじ切れた事で、左舷の大型2連装レーザーと右舷のエネルギータンクがある部分が哀れ中央船体から泣き別れとなっていた。

 

 なんか可哀そうに見えるなとか思った途端、バチバチとプラズマを発しながら消滅してしまった。

 南無。

 

「後は食堂で仕込み中だったスープ鍋が転倒したとか」

 

「なんで戦闘中に飯作ってんスか…」

 

「ごはん食べなきゃ戦は出来ません。お陰で夕飯は2時間ほど時間がずれるそうです」

 

 ミドリさん、正確な情報ありがとう。でも最後のは余計だよ。しかし大マゼラン製のフネの頑丈さや堅牢さは小マゼランのフネの比ではないな。カタログスペックをそのまま信じていた訳じゃないけど、体当たりしてもこっちは少々揺れるだけである。

 慣性制御に回している重力井戸の性能が、かなり強力である事が証明された訳だ。

 

「しかし激突させて真っ二つとか意外とエグイ戦法だよな。悪魔だ悪魔」

 

「ウチの艦長、やる事が時々酷いしな。無茶振りにも慣れたけど。ありゃ外道だ外道」

 

「あ、敵艦爆散した~、脱出する暇も与えないとか~、そこにしびれる~あこがれる~」

 

「重力制御が効いてるね………だけど、なんどもやったらこっちが危ないよ」

 

「ま、これで良いんスよ、一罰百戒っていうの?そんな感じ」

 

 コンソールに目をやれば一目瞭然。

 たった一隻を破壊しただけで敵の直掩艦隊の艦隊機動が浮足立ったかのように鈍くなっている。ラム攻撃、いやこの場合体当たりによる敵艦の撃破なんてのは、光学兵器による砲撃戦が主体となったこの世界では事故でなければあり得ないような光景だからだろう。

 

 だが、その動揺こそこっちが欲しかった物だ――!

 

「トクガワっ!」

 

「主機関出力、推進装置共に問題無しですじゃ副長」

 

「ユーリ!今なら敵の旗艦の懐に突っ込めるよ!」

 

 なにせ、直掩艦隊の防衛ラインを突破すれば、あとは遮るモノ等ないのだから。

 

「本艦はこれより近接砲撃戦を行う!砲雷班は第二主砲をぶっ放せるように準備!照準、敵旗艦ッス!」

 

「おうよ!了解っ!」

 

「デラコンダ艦、レーザー砲のエネルギーチャージが完了した模様です。発射まで後5秒」

 

「面舵一杯、敵弾回避しつつ、両舷リフレクションカノンで反撃ッス!」

 

 アバリスの船体が大きく揺れ、進路方向を面舵(進行方向の右側)にきった瞬間、グロリアス・デラコンダ級の持つ大型レーザーがインフラトンの光を放ちながら発射された。凝縮されたエネルギーを帯びた光弾は最早質量を持っているに等しく、ギュゴゴゴと衝撃波を伴いながらアバリスの左舷を掠めていった。

 正直さっき体当たりした時よりもフネが揺れた。それにより咄嗟にコンソールにしがみ付いていたが、揺れが収まると同時にすぐに損害報告を促した。するとダメージの報告が出るわ出るわ。あの攻撃で左舷側の第一装甲板は殆ど剥離していた。

 

 もっとも第二は耐えきったあたりシールドが効いている。

 機関室は無事だし、上甲板の第二主砲にも被害はないと言ってもいい。

 

「左舷リフレクションビット大破。リフレクションカノンも損傷」

 

「構わないッス!右舷側だけでも撃つッス!!砲へのリミッター解除も許可するッス!残ったエネルギーを詰めてやれ!」

 

「なっ!そんな事したらすぐにぶっ壊れるよ!船体にも被害が出る!」

 

「どうせ片側ぶっ壊れてるんス!もう片方ぶっ壊れたって同じッス!ストール!やれっ!!」

 

「あいよっ!ジェネレーターのリミッター解放!エネルギー100%から120%へ!リフレクションカノンッ!発射ぁ!!!」

 

―――軽い振動、そして眩い光。

 

 右舷のリフレクションビットを犠牲にして収束・加速されたエネルギーは、先程のデラコンダ艦の砲撃と同じくらいの大きさの光弾となり、デラコンダ艦の左舷大型レーザー砲を撃ちすえた。

 いや撃ち抜いたと言ってもいい。何故なら光弾はデラコンダ砲の砲身の中へ吸い込まれる様に直撃したからだ。驚いて照準を行った砲雷班長ストールの方を見やると、何時の間に出したのだろう。直接照準用の照準器…電影クロスゲージって感じの奴をコンソールに接続してあった。

 

 つまりさっきの砲撃は艦橋からの直接照準による砲撃だったのだ。なんという神技かウチのクルーってこんなにスゴっかったのか?!思わずあんぐりと口を開けるとなんかサムズアップを返された。なんだろう、すっごくストールを殴りたい…。

 

 

「――敵旗艦、左舷大型砲をパージ、誘爆を回避するためと思われます」

 

「ふっ、勝ったな…これで相手は戦えまい」

 

「装甲板が剥離――いえ、パージしました。中から対艦装備と思わしき兵装が」

 

「へ?……なにそれズっこいッス!!」

 デラコンダはかなり執念深いというか、悪あがきが得意な人間だったようだ。某総帥を肖って勝利を確信しかけた途端、敵さんが再び戦う意思を見せた。見れば、原作じゃ大型レーザー以外装備無かったくせに、目の前のデラコンダ艦は無理矢理とっつけたような兵装が装甲板からせり出している。

 まだやるのかと思わず呆れてしまった。

 

「諦めな。あっちは最後までやる気なんだろう」

 

「う~う~」

 

「そのうーうー言うのを止めな。と言ってもあっちは主砲をパージしたみたいだから大きさは半減してるね」

 

 グロリアス・デラコンダ級は500m強の大きさがあるが、それは殆どが左舷の大出力レーザー、デラコンダ砲の大きさだ。そいつをパージした事で全長は一気に半分の250mほどにまで縮んでしまった。

 

 小型の駆逐艦とほぼ同程度の大きさである。

 これにより一撃必殺は無くなったと見ていいだろう。

 

 

「こっちの残っている兵装は?」

 

「ほぼ無改造だからね。もう上甲板の主砲くらいしか残ってないよ。後は体当たりくらいじゃないかい?」

 

「……片や主兵装無し、片や満身創痍って感じッスかね」

 

「流石に敵の大型レーザーは効いたからねぇ。ロールアウト直後の無改造じゃ仕方ないさ。むしろ戦艦に乗り変えたからここまで8艦隊相手にド派手な電撃でキメられたんだ。たいしたもんだよ」

 

 まぁ、駆逐艦なら相手にならないしねこのフネ。

 

「敵艦にエネルギー反応、本艦をロックオンしています」

 

「うーんと、エネルギー量ってドンくらいスか?」

 

「おおよそ駆逐艦クラスです。メイン動力を殆ど大型砲に費やしていたからと思われます」

 

「ウチのシールドは?」

 

「若干出力低下していますが健在です」

 

 だとすると、勝負にすらならないか……いや最悪を考えろユーリ。

 相手がバンザイアタックでも決めてきたら流石に被害が大きいぞ。

 

「砲雷班長、撃て」

 

「いいんですかい?」

 

「決着は早めにつけた方が良いんスよ」

 

 追い越した直掩艦隊もそろそろ正気に戻って引き返してくるだろう。そうなると前後、いやデラコンダ艦はもう悪あがきの段階だからほぼ除外して、背後をとられるのはちょいと不味いな。

 このアバリスもそうなんだが艦隊同士での撃ちあいを想定しているからか、この世界のフネって後方に砲が設置されて無いのが多い。

 敵前で回頭とかある種の浪漫だけど、実際にやったらフルボッコ確実なのでやらない。

 やらないったらやらないよ?……押すな!絶対押すなよ?!の精神じゃないからな!?

 

「第二主砲、直接照準よろし」

 

「撃ぇい!」

 

「恨むなよ。恨むなら艦長を、だ…ポチっとな」

 

 オイコラ、聞こえてッぞ。流石に数百人分の怨念は荷が重いから塩撒くかね。

 ともかく、そうして発射された主砲はデラコンダ艦を貫いた。攻撃に全てを回し、他は艦隊を組む事で補っていたであろうグロリアス・デラコンダ艦の装甲は、原作で駆逐艦相手に撃沈されてしまう程に紙だ。

 ましてや出力からして段違いな戦艦クラスの主砲の直撃を受けて耐えきれるようなものじゃない。

 

「敵旗艦、内部で連鎖的に爆発が起こっている模様」

 

 たったの一斉射、それだけで致命的なダメージを受けたデラコンダ艦は各所から火を吹いていた。むしろすぐに爆散しないのが不思議であった程だ。内部隔壁の機能は通常のフネよりも高性能だったのだろうか?しばし、敵が沈みゆくその光景を茫然と見やる。

 

「艦長、敵艦から通信です」

 

「……繋いでやれッス」

 

 そうしていたらデラコンダからの通信が来た。

 既に爆散一歩手前の状態で通信が来るとは思わなかった。

 だが最後の通信となるだろうし、俺はそれに応じた。武士の情けってヤツである。

 

『小憎らしい小僧め、よくもまぁやってくれたな。これでロウズ辺境領は平安から動乱に成るやもしれぬのに、お主らはそういう事など露ほども気にせずロウズから飛び立つだろう』

 

 忌々しい事にな。

 そう呟きながらホログラム通信に投影されたデラコンダの姿はボロボロで額から血を流していた。恐らく戦闘の衝撃か、コンソールのフィードバックで何処かにぶつけたのだろう。その生々しい姿を見ると、今まで戦いをやっていたという事を改めて思い出させてくれる。当然恨まれているからかギンと睨まれた。

 

 だが、それでいてデラコンダの口調は何処か清々しそうだった。

 

「ま、俺達は0Gドッグだから仕方ないッス。決着は宇宙で付けるモノで地上のそれは正直管轄外ッス」

 

『言ってくれる。これだから若者は始末に悪い……しかし、若者の好奇心とやらを侮っておったという事だろうな。だが、わしが敗れたのは貴様の戦術ではない。そのフネの性能だという事を夢夢忘れん事だ……完敗だ。若き者よ』

 

 うぐ、確かに最初からあり得ないような戦力で攻めたし何か罪悪感がある。

 でも俺は謝らないぞ。俺の矜持はレベルを上げて物理で殴るだからだ!…いや少しはあるけどね。つーか何か某青い巨星さんと台詞被ってッぞ?!

 

『よく覚えておけ小僧。地に根を坐した0Gドッグの末路というモノを。地上では死にきれず、さりとて自害すらも出来ぬ臆病者の姿をよく見ておけ……そして、わしの様になるなよ』

 

 俺がバカな事を考えている内に向こうは言いたい事を言い切り、通信が切られた。最後に言っていた言葉はよく聞きとれなかったが、言いたいことは何と無く判った。0Gを名乗るなら0Gとして死ね。そう言いたかったんじゃねぇかな。生憎俺は最後は布団の上で死にたい…腹上死じゃねぇぞ?それはそれでありだけど。

―――思考が逸れたが、デラコンダのフネはそのまま爆散した。

「敵旗艦…沈黙、インフラトン反応拡散…撃沈です」

 

「……案外、あっけないもんスね」

 

 領主法で俺達をこの星系に縛り付けた領主の最後に、俺は小さくそう呟いていた。時代を作るのは老人ではないと赤い人は言っていた気がするが、領主となった彼がこの星系を支えたのも事実。

 ま、道を踏み外した人間ってのは悲惨何だなと思った。

 

『こちらダメコン室、さっきの砲撃で残ってた方のリフレクションカノンが、区画ごと完全に吹っ飛んだぜ艦長』

 

 さて、敗者に対し黙祷を捧げていると、艦のダメージコントロールを請け負っている整備班のダメコンルームから通信が入る。そこの班長ケセイヤからものっそジト眼で睨まれている。ああん、そんな目で見られたら感じry――すっごい冷めた目ですね判ります。

 ま、まぁさっきの攻撃はリミッター解除してジェネレーターのエネルギーを過剰流入させたしな。リフレクションレーザーカノン自体が吹き飛んでもおかしく無い。とりあえず外部モニターで確認したところ、そりゃもう盛大に装甲板がまるで花弁を開いたかのように内側から拉げて吹き飛んでいた。人員が元より少ないのでドロイドしか回していなかった事が幸いし人的被害はない。

 

 でもこれは修理させた後に改造させてもう少し耐久度を上げた方が良いだろう。

 もっとも、今はそれよりも――

 

「とりあえず応急修理を急いでしてくれッス。後まだ戦闘は継続中ッスから気を付けて」

 

『言われるまでもねぇや』

 

 渋い顔をしながら通信が切られる。応急とはいえ百数mもぶっ壊れてるから修理するのが大変だと思っているんだろうな。整備班にしてみれば大規模土木工事みたいなもんだ。

 フネの応急修理を最優先、特に武装が壊れたままじゃ怖い。

 

「艦長、残存艦隊が撤退――いえ、何隻かが反転、こちらに向かってきます」

 

 タイミング良いなオイ。

 

「トスカさん、残りの兵装は?」

 

「現状、残りの兵装は中型レーザー砲が一門と小型のが一門だけ。応急修理ですぐ復活するらしい」

 

「…………いけると思います?」

 

「さて、まぁ大丈夫だろうさ。幸いAPFシールドはまだ展開してるからねぇ。レーザー程度ならバイタルエリアに損害はでないだろう。こっちが体当りを連発さえしなければ大丈夫じゃないかい?」

 

 あ、あれ?トスカ姐さん、なんか言い方にすこし刺があるなぁ。

 そう言えば敵艦に衝突する瞬間、何かをぶつけた様な音があった様な…………ま、まさか。

 

「若干、痛かったねぇ…」

 

 頭を摩っているトスカ姐さん、あー…どっかに打ってたのね。

 

「……あとで特別手当出すッス」

 

「ふふ、解ってるねぇユーリ」

 

「ああ!!副長だけずるいぜっ!」

 

「仲間はずれは…いけねぇ。いけねぇよな艦長?」

 

『「「「そうだそうだ~!」」」』

 

 どうやら、特別手当の事をブリッジの面々に聞かれていたらしい。序でにミドリさんが手を回したのだろう。他の部署の連中も続々と手当出せコールが………ちぇッしかたないなぁ。

 

「解ったッス、今回のこれに特別手当と地上での宴会費用を経費で落せるようにするッス」

 

『「「「流石は俺達の艦長だー!!!」」」』

 

 湧きたつ艦内…というかまだ戦闘中じゃ――――

 

「敵全艦轟沈ッと、おわったぜ艦長」

 

「え、あれ?俺なんも指示して無いよね?」

 

「まぁ手っ取り早く終わらせておいた、早いとこ宴会したいからな!」

 

「おお!ストール良い仕事だね!」

 

「もっと褒めてくれ副長!」

 

「と、とりあえずロウズの空間通商管理局のステーションに向かうッス!」

 

『お、ついに愛しの彼女とご対面か?艦長』

 

 何時の間にかダメコン室のケセイヤさんから通信が…ってちょい待てって!!

 

「ち、ちがッ!つーか誰が彼女とかデマ教えたんスかっ!?」

 

『ま、怖がらせちまったんだし?男として責任とれよ艦長~?』

 

「まって~聞いて~ケセイヤさーんっ!彼女は俺の妹ッスよ?大体なんでそんな話になってんスか?」

 

『いや、この艦の連中の殆どがそう言ってるぜ?ちなみに情報元は副長だ』

 

「あ、ケセイヤのバカ!ユーリには教えんなってアレ程!」

 

 へぇ、トスカ姐さん…そんな事してたんだ……人の不幸は蜜の味ってか?

 

「ユ、ユーリ?別に悪気があった訳じゃなくてねぇ?」

 

「…………上司侮辱した罪で強制EVA(船外活動)3時間をペナルティで入れようかなぁ~……デブリってこわいッスよね?クケケケケ―――」

 

「あたしが悪かった!謝るからそれだけは勘弁してくれ!あとその笑いを止めとくれ!めっちゃ怖い」

 

―――まぁ良いけどねぇ…クケケケケケ

 

 

***

 軌道上のステーションに到着したアバリスは、修理の為にすぐさまドック入りとあいなった。完成したばっかりで綺麗なお肌をしていたというのに、今はもう穴開きチーズも吃驚な程の穴開きで中破に近い損壊である。

 整備を一手に仕切るケセイヤさんが、港で改めてフネの全体を見た時に『俺のアバリスちゃんがキズものに~!!』とか喚いてたな。

 だが敢えて言おう。なにが俺のアバリスだッ!大体アバリスの所有者は俺じゃい!!

 まぁそれは良いとして次の航海もある事だし、アバリスには隅々まで修理して貰う事にしよう。

 さて、今回の目的である我が妹様である件のチェルシーだが、調べたところ空間通商管理局の軌道ステーションにある生活区画、デラコンダが借りたという一室に監禁されていた。

 監禁はしたが別に手錠をかけたりとかはせず、牢屋じゃない場所に人質を置いておいたあたり、デラコンダも流石に少女に手を出すような外道ではなかったらしい。

 トスカ姐さんやクルー達に肉親が迎えに行かないでどうすんだと背中を押され、直接俺も出向いたのだが、入口にはデラコンダが雇ったと思われるSPらしき人間が入口を守っていた。こりゃデラコンダの部下とひと悶着あるかなって思った。

 だが結局、とくに何も起きる事はなかった。こんな事もあろうかと、戦闘があるかと思って完全武装したフネの連中を背後に待機させて、敵意を感じさせない様にニコニコ笑いながらどいてくれと頼んだだけなんだが。

 完全におびえた目でヒッと悲鳴に近い声を上げながら、顔をひきつらせてどうぞどうぞと叫んで逃げる様に消えていったのは最早憐れみしか掛けられんな。

 

「ここに…チェルシーがいるのか――ふむ…(しまった。何て声をかけるか考えてねぇや…)」

 

「カッコつけてるとこ申し訳ないけど、早く出してあげたらどうだい?」

 

「トスカさんのイジワル (ええい!ままよ!男ならドーンと逝けドーンと!)」

 

 デラコンダの部下から一生借りた(奪ったとも言う)ドアの電子キーを使いロックを外した。プシューという何とも未来的な音を立ててロックが解除され、扉が目の前で開いていく。俺は戦々恐々としながらもスッと一歩を踏み出した。

 

「ユ、ユーリ…なの?」

 

「こんにち…は――あれ?考えたら今って朝昼夜のどれ何スかね?」

 

 そんなアホな事を考えちゃうのがユーリクオリティ。目を皿のように見開いて如何にも驚いていますという表情で出迎えてくれた翠の髪をした少女。この世界の遺伝子は多様性に溢れているから色んな髪色があるのは知っていたが、ヒスイの様に鮮やかな翠色をした髪と瞳というのは実際に見ると凄いって感想しか出ないな。

 だが綺麗だ。似合っている。うん。とりあえず脳内データベースと照合したところ、憑依先の写真のように正確な記憶と一致する容姿であることから、彼女が間違いなく我が妹チェルシーである事は判った。

 

 しかし、どうでもいいが兄妹設定にしては容姿似てねぇな俺ら。

 俺は白髪だし、彼女は見事な翠髪……遺伝子の多様性ってスゲェな。

 

「ゆーりぃッ!」

 

「オワッ!ど、どうしたんスか?!チェルシー」

 

「ゆーりぃッ!ゆーりぃ!!わーん!」

 

 いきなり抱きつかれた?!俺の心臓バックバク?!というかチェルシー泣きだしてしまった。そんなに怖かったんだろうかとか思ったが、冷静に考えたら怖いわなぁ。いきなり訳もわからず捕まったんだし――というか後ろのギャラリー!微笑ましそうにニヤニヤ見てんじゃねぇ!仕事しろ仕事!

 とにかく野次馬連中にシッシとジェスチャーを送り、下がらせた。気が付けばチェルシーはそのまま気絶している。第一印象として結構繊細に見えた彼女の事だ。これまで無意識であるが張っていた緊張の糸が、助けられた事で切れてしまったのだろう。

 

 流石にこんな所に寝かせておくという訳にもいかないので、とりあえずアバリスに連れて行く事にした。もちろん、万が一に備えて用意した医療班の担架に乗せてな。お姫様だっこなんてしない。疲れるし。

***

 

 チェルシーを回収したものの、俺達はすぐには出立せずにそのままロウズの軌道エレベーターステーションに係留していた。エア漏れが起きた程の損傷具合からして、このまますぐに出港するのは流石に無理があったし、装甲板の張り変えをするなら設備があるドックの方が楽だったからだ。

 そう言った理由から、破損部分の修理と並行して各種補給や修理、整備班とその他の部署の人間も総動員して自分たちの部署の修理や点検にあたらせている。俺は俺で、ステーションでの手続きや各種消耗品などの書類の整理。各部署からあがってくる報告を処理する為に艦橋に籠りっぱなしとなっていた。

 

『――――……てな訳で、アバリスの修理は明朝に終わるらしい』

 

「そうスか、報告御苦労さまッス」

 

『でもよう艦長、幾ら戦闘が激しいとはいえ次からはもうちょい優しく扱ってくれや?キールに歪みが出ちまったら幾らステーションのドックでも直せネェんだぜ?』

 

「うっ…善処するッス」

 

『そうしてくれ。フネも人間も健康が一番ってな。それじゃ仕事に戻る』

 

 整備班を統括するケセイヤ整備班長からの報告は以上である。送られてきた報告データを見るに、デラコンダ砲が掠った左舷側の装甲板やアポジモーターにセンサー、それに武装系は総取っ換えとなるらしい。科学班から破損部位も含めて装甲材質を研究し、より強固な構造に変えられないかと試行錯誤している様だが、まだ時間がかかりそうだ。

 各部署から上がってくる報告に目を通して処理しながら軽く溜息を吐く。艦長の仕事って航海している時よりも港に居る時の方が忙しい。一度フネだしたら後は事務的なチェックオンリーで基本戦闘があるまで暇だしさ。ツラツラと浮かぶそんな考えを頭を振って追い払いながら仕事してたら医務室からコールが来た。なんだろうか?

 

『艦長、医務室です。例の娘さんが眼をさましました』

 

 どうやら気を失った妹君が目を覚ましたらしい。流石に顔を出して色々と話をしないと不味いだろう。そう考えた俺はすぐ行くと返事を返し、手元のチェックボードの電源を切ってブリッジを後にした。

 やれやれ、忙しいったらありゃしない。

 

 

 ●戦艦アバリス・医務室●

 フネにモジュールを組み込むというのは、無限航路の世界の艦船における醍醐味であると言える。完璧にブロック化された各種モジュールユニット、それらを搭載出来る構造の宇宙船。全て同じ規格で成り立っているからこそ出来る芸当だ。この方法考えたヤツって天才だなホント。

 ちなみにモジュールシステムは内装の組み換えという側面もあるが、元よりある設備の強化という側面もある。どんなフネもモジュールを乗せ無くても最低限の医療設備は装備されており、モジュールはソレらの機能増幅を行う装飾のような役割を担う事になる。

 

 まぁ流石に宇宙に出るフネに医療設備が標準でないのは無理ゲーだしな。そんな訳で、空間通商管理局の共通規格のドックで製造されたこの艦にも医務室は常備されている。医務室のモジュールを導入していないので、必要最低限の機能を備えたものでしか無い。設備の都合上、何時間もかかる様な大手術なんぞ出来ないし、出来る事と言えば薬を出すかリジェネレーションポッドによる軽傷の処置程度の物である。   

 だが、それでもあるのと無いのでは雲泥の差があると言える。特に軽い怪我ならさほど時間をかけずに再生治療してしまうリジェネレーションポッドは応急処置を行うのに、随分と助かるという事が解った。もっとも元々軍用に設計された艦なので、標準で小マゼラン製とはry―――ともかく強力なのがあるという事だ。

 

―――さて、とりあえず話を進める。俺は今、件の医務室に訪問していた。

 あの少女チェルシーは憑依先の妹さんであり、そして俺とデラコンダとの戦いに巻き込まれた少女。いや、俺がこの星系に居座り続けた事で巻き込んだ被害者な訳だし、色々と心配だったのだ。

 ちなみにその事をブリッジの面々に話したら、色々からかうような事言ってきたので、鬼となり黒ユーリを降臨させようか悩んだのだが……。

 閑話休題。

 

 医務室の扉を潜ると、中の空気は通路側と比べると幾分か清浄な空気の様に感じられる。

 まぁ医務室だけあって空調が少し特別だからだろう。宇宙船での病気ってのは下手すると全滅フラグである。とりあえず先の戦闘での負傷者はもう全員退院しているので、ココに居るのは俺とチェルシーと医療スタッフだけだ。

 

「ちわっす!ウチの妹の見舞いに来ました!」

 

「艦長、ココは医務室じゃから静かにな?」

 

「さーせん」

 

 ああ、お静かにというのが暗黙の了解の医務室に大声あげて入った馬鹿を医療スタッフが冷めた目で見てくる、悔しい!でも感じ(ry――ってアホやってる場合じゃ無かった。

 俺はカーテンで区切られたベットに足を向ける。

 

「……………あう」

 

 カーテンに手を伸ばしたが何と無く手が止まる。なんだろう、この全身を締め付けられるような感覚は?まさか、これが恋?………いや一度言ってみたかっただけ。こりゃ多分緊張だな。なにせ、妹なんて画面の向こうにしかいなかった訳だs………なんだろう、次元を越えて冷たい目が向けられている気がする。ビクンビクン。

 

≪――シャッ≫

 

 ま、そんなのは気にせず開けるのがユーリクオリティ。

 

 

「ちわーす、三河屋で―ス」

 

「え?」

 

 目標沈黙、天使が通るよ。はい、仕切り直しですね。判りry

 

「やぁチェルシー、起きてるッスか?」

 

「あ……ユーリ」

 

 ふと思ったんだが、俺なんとなく普通にチェルシーの事を呼び捨てにしたけど、コレって問題ないんだろうか?俺の中の人は彼女の知っているユーリとは別物な訳だし。でもまぁいっか別に、ユーリ君は俺と融合している訳だし、何より今は俺がユーリだからな。

 

「デラコンダに捕まってたんだろ?酷い事はされなかったかい?」

 

「うん、大丈夫だったわ、ただ閉じ込められていただけだもの…」

 

 まぁそこら辺は、彼女が気絶していた間に調査済みではある。

 女性の医療スタッフが暴行とか所謂18歳未満お断りな精神破壊プラスアルファな行為とかされなかったかを、隅々までスキャンして調べあげたが結果はシロ。

 五体満足で本当に何にもされてなかったらしい、アア見えてあのハゲは紳士だったって事か。

 

「……………(じ~~~)」

 

「……………」

 

「……………(じ~~~~~)」

 

「……………はう」

 

 ところで何この可愛い生き物?じっと見てたらシーツで顔隠してるんですけど?

 さて萌えるのは後にしてだ、俺は彼女に聞かなければならない。今後、俺と共に来るのか、それともフネから降りて普通の生活に戻るのか…出来れば後者が良いなぁ。彼女がこのフネに居ると、俺クルー達に色々とからかわれそうだしな。

 勿論、彼女を助けた事に後悔はない。どっちかって言うとアフターケアの観点だ。

 たとえばの話、俺がこの先有名になるとする。そうすると今回のような事件がまた起こり得る訳で、そして今回の様に敵が紳士的とは限らないって訳で……さすがにこの人畜無害そうな少女が汚されるとかは精神的にムリ。紳士としては放っておけないだろう。

 だが逆に連れて行くというのも問題がある。0Gをやって改めて認識した事だがこの稼業は本当にポンポン人が死ぬ。さっきの戦闘だって相手のフネに何百人乗っていて、撃破した時に脱出する事かなわず一緒にダークマターと化した人が沢山いた事だろう。

 そうなる様に指揮した俺はまさに大量虐殺者って事になる訳だ。そんな風に簡単に死に至るかもしれない世界。そんなクソったれだけど魅力的過ぎる世界にカタギの少女として生きられる彼女を巻き込んでいいものか悩む。彼女にもこの憑依先と同じ秘密がある事を俺は知っている。

 でもだからこそ、彼女には彼女の生き方をしてほしいと思うのは悪い事だろうか? 

 

「なぁ、チェルシー」

 

「なに?ユーリ」

―――だからこそ、俺は心を鬼にするのだ。鬼だ。鬼になるのだぁ。

「まず最初に言っておくけど、俺はもうロウズには戻らないと思う」

 

「え…?」

 

 心底驚いたという表情をする彼女、俺はそれを無視し更に言葉を紡ぐ。

 

「……君には選ぶ権利が与えられている。一つはこのフネに居座る…いや乗組員となるかだ。0Gドッグとなる以上、命をかける程危険でスリルいっぱいの生活が待っている。退屈とは無縁の世界に成る事は請け合いッス」

 

「ちょ、ちょっと待ってユーリ、そんないきなり言われても、私…」

 

「もう一つは、ここで俺から離れてロウズに残り、平穏な日々を享受する事。メリットは言った通り平穏な世界。命の危険もなく、平和に暮らせるッス」

 

「………えぅぅ――」

 

 俺と別れる。その話しを出した途端唐突に感情に不安の色が増し涙目となる少女。罪悪感を刺激され、こっちの精神がびんびん削られているが、これはとっても大切なことなのだ。今の彼女は多少ユーリという存在に依存しているが、恐らくそれ程酷い訳ではない事は会って感じた。

 だからこそ、この質問は俺の艦隊がボイドゲートを通る前に決めなければならない。俺やチェルシーには主人公補正というか邪気眼設定のような精神に作用する影響力がプラスされており、それはボイドゲートと呼ばれる空間通商管理局所有の星系間を結ぶゲートを通る事でより強固なモノとなってしまう。

 要するに彼女はゲートを通ると俺についてくるという事しか頭で考えられなくなる。それは精神に作用、いやプログラムを変更するようにして書き換えられてしまうから洗脳よりも性質が悪い。でもゲートを通過する前の今の彼女ならば、ある程度は考えられるとは思う。

 もっとも、知識はともかく彼女の精神は生れたての雛鳥のようなもんであり、こういうロジックな思考は苦手かもしれないがゲートを通る前ならまだマシなのだ。勝手だとは思うが彼女に決めて貰う、それしか俺は思いつかなかった。実のところ、俺もゲートを通過するとどうなるか判らないけど、彼女よりはマシ。

 

「まぁいきなりなのは理解してるッス。だから考える時間はあげるッスよ。このフネは一度、次の宇宙島へ向かう為の物資補給の為に惑星トトラスに向かうんス。んでチェルシー、君にはそれまでにこれからどうするかを決めて置いて欲しい。こればっかりは強要する訳にはいかないッス。俺達は皆、自分の意思で宇宙に出たんだから……おk?」

 

「…………でも、私はユーリと居たいよ。平和に、過ごしたい」

 

「ま、それも魅力的なんスが、生憎もう俺は宇宙に魅せられちまってるんでムリッスね。でもだからこそチェルシーは自分で考えなきゃならないよ?俺と居たいからじゃない。自分でどうしたいかを決める。これがチェルシーくんへの宿題」

 

「宿題って…」

 

「だって、これでちゃんと答えを出せないようなら、問答無用で置いて行くから」

 

「え……そんなっ!?」

 

「だから、ちゃんと考えるッスよ~」

 

 バイならと席を立つ俺を見上げながら彼女は眼を見開いていた。なんか捨てられた子犬のビジョンが浮かびそうなほどしょんぼりしちゃって。可愛い子ねぇ~。もっとも俺の食指は動かんけどな!俺はもっと明るい娘の方が好きぬぁのだぁ~!つか周りに妹と公言してる娘に手は出せません。どうせチキンです。

 

「とりあえず、俺仕事あるから、ゆっくり休んで頂戴よ」

 

 まだまだ仕事は山積みなのだ。疲労度がMAXとなりそうだが人員不足な内は仕方ないのだ。こうして話をするのも貴重な時間を削っているのだ。だから早く戻って仕事しないとケツかっちんなのだ。泣きそう。もうユーリは泣きそうよぉ。心の汗を胸の内に留め、俺は医務室を後にしようとした。

 

「ま、まってユーリ」

 

「なんスか?あ、トイレなら出て左にすぐッス」

 

「……そんな事聞いてないよ」

 

「売店は右のエレベーターで降りれば良いッスよ」

 

「ちがうの。そうじゃなくて――」

 

「あー、残念ながらお風呂は部屋備え付けのシャワーしか今は無くて、何時かテルマエをいれちゃろうかな?どう思う?」

 

「えっと、良いんじゃないかな……もう、真面目に聞いてよ。それと、ありがとう助けてくれて」

 

 あひょひょ、サーセン。つい反応がおもろうてやっちまった。後悔はしていない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第4話、ロウズに降り立つ編~

■ロウズ編・第四章■

 デラコンダを倒した事で政権に少なからず混乱が出たらしいが、宇宙は相変わらず静かに凪いでいた、とかいうとすごくかっこいい気がする今日この頃。領主との戦闘で新造艦にムリさせた事や新造艦の船体の研究に時間をとりたいという思惑も絡んで、ロウズ港を出てからの速度は控えめにしてゆっくりと航路を進んだ。

 

 原作でも寄港せずに一定距離進むと、次に停泊した際に研究が進んだという形で、フネの策敵や機動性や装甲などなど色んなところにポイントを振り分けて強化するシステムがあったが、これもまた似たような形である。別に寄港しなくてもリアルタイムで研究が勝手に進むのが違うところと言えば違うところだろうか。

 

 ともかくロウズを出立してから、船内時間で二日かけて隣星のトトラスへと戻ってきていた。その間も稀に遭遇する元デラコンダの配下の警備部隊はジャンクパーツ的な意味で美味しく頂いた。敵さんらも大将を失い、上層部が混乱しているからか惰性で仕事をこなしていたので真面目に職務をしている人は少なく、脅したらすぐに降参してくれた。お互いに被害もなく、俺に良しお前に良しだった。

 

「もっとも、俺は暇だった訳だが…」

 

 前回の戦闘が大規模でその後処理の仕事は面倒ではあったが、まだ艦隊も組んではいない現状ではそれ程大変という訳ではない。精々消費した物資の補給目録を作成する程度なので1日もあれば終わる。ただそうなると艦長職は基本暇なのである。たびたび起こる戦闘でも俺が指示を出したのは大抵一言で「ぶっぱなせ」だの「撃ち落とせ」程度である。

 あとは船内の散策と航海日誌をつける位しかする事がない。勿論散策には船内で乗組員同士のイザコザが起こっていないかとか、使い勝手はどうか聞いて回ったりとか、次にモジュールを組むなら何を入れようとか考えるという目的もある。まぁ俺の場合は新しくなったから今後も迷わないように地図を片手に道を覚えるというのもあるが。

 

「………んで、何なんスかね?この状況」

 

 んで、もうすぐトトラスにつくという頃合い。昼飯を食べに来た筈の俺は何だか良くわからないまま食堂の片隅にある椅子に座らされた。何時もは食堂のど真ん中で乗組員たちと談笑しながら同じ釜の飯を食うという行為を実践して連帯感を育んだり、不満がないかを調べたりするのだが、今日はちょっと違うようだった。

 しかし、なんで突然食堂の片隅に追いやられるんだろう?もしかして艦長のような役職の人間が隣にいたら安心して飯が食えないからハブられたとか?泣いちゃうよ?ユーリ君泣いちゃうよ?うさぎは寂しくなると死んじゃうんだよ?そして化けて枕元に出てやるんだ。うらめしやぁ~。

 …………いや、ウチの乗組員たちは艦長とかを気にかけるとかいうような殊勝な連中じゃない。むしろ誰かれ構わず飲み会に誘い込み、酔い潰れるまで痛飲する先輩のような迷惑な連中ばかりで、俺が来た程度でひるむようなタマは乗っていないから、これには何か理由があるのだろう、多分、きっと、めいびー。

 と、とりあえず、そうあたりをつけた俺は、しばらく黙ってお冷を睨みつけていた。

 

≪コト≫

 

「ん?なんだ、料理?」

 

 しばらく無言でお冷とにらめっこしていた俺の目の前に配膳される料理の数々、どれもこれもうまそうに湯気を立てていると、書いておけばいいか?まぁ実際ウマそうであるのだが…残念ながら過去から飛んできた俺にしてみれば、目の前に並べられた料理は見た事ある様で見た事がない物ばかりが沢山きたという感じだった。

 

 いや匂いとかもこれまで嗅いだ事がないエキゾチックな感じがして食欲はそそられますよ?ただ何時も食っている飯は過去の地球でも食べたようなサンドイッチ(パン以外中身は見知らぬ食材)や丼もの(何であるかは不明)だったから、ある意味で未来料理を突然並べられた俺は茫然としていた。

 

 そして何よりも―――

 

「チェルシー、これは?」

 

「ええと、ユーリ食事まだだったよね?」

 

―――それを配膳しているのが我が妹君と来れば、なおさらであろう。何してんのチミィ?

 

「料理長さんに頼んで、厨房を貸して貰ったの。あったかい内に食べて」

 

「ううん?んー、まぁそこまで言うならいただきます」

 

 厨房は本来厨房関係者しか入れないよー、とか、関係者以前に君はアバリスの乗組員ですらないよー、とかいう言葉は無意味な気がした。何せ食堂の他の席からこっちを窺っている視線を感じる……というか堂々と覗き見をしてらっしゃるブリッジクルーの面々が居るとくれば、一体だれがこんな事を考えて実行したのかは予想がつく。

 

 しかし、だ。

 確かにチェルシーの言う通り、目の前で湯気を上げている料理を無視してしまうのも勿体無い気がする。温かい内に食べてという事は、やはりあったかい間が一番うまい料理なのだろう。仕方がない。俺は溜息を内心こぼしながら手元に置かれた食器に手を伸ばした。

「ねぇユーリ、美味しい?」

 

「うん、うまい。こらぁウマい」

 

 食い始めて十数分、妹君に言われて口から飛び出したのは素直な感想だった。いやマジでウマい。見た事も食べた事もない食べ物だったが妙に舌になじむ味なのだ。それもそのはずで、この料理は憑依先の好物として彼女が良く作っていたと記憶している。身体がウマいと感じているのだから、その中にいる俺もウマいと感じるって訳だ。

 

 そんな訳でがつがつとそれなりに量があった料理を平らげていく、その様子を何処か嬉しそうに見つめるチェルシーは時折口直しに飲むドリンクを継ぎ足したりと俺が言うのもアレだが甲斐甲斐しく傍で色々としてくれている。その姿が健気過ぎて涙が出そうだぜ。そしてそれを遠くから生温かい眼で見守るクルーの姿の所為で色々と台無しだけどな!

 

 まったく、何時の間にクルーを仲間にしてるんだか…チェルシー恐ろしい子。白目を出して戦慄してたりするが、実際はなんて事はなく純粋な彼女はただ素直に色々周囲に聞いて回っており、それが兄の傍に居たいけど兄の気持ちも判りどうすべきか悩むという健気さに見えただけなのだ。そんな事は露ほども判らない俺はただ黙々と料理を平らげた。

 

「はぁ、もう食えねえッス、ごっそさん」

 

「お粗末さまです」

 

「……さて、本題に移ろうっか?チェルシー」

 

「……うん」

 

 食事を終えてまったりとしたい気分だったが、はっきりさせねばならない事だろうと思い俺は若干の威圧感を持ってチェルシーの方を向く。なんとなくだがこれは彼女が考えた俺に対してこの間の答えを打ち明ける為の場だと何と無く気が付いていた。最近なったばかりとはいえコレでもフネの頭張ってる艦長だ。それくらいは判る。

 

 みょうに回りくどい気もしないわけでもなかったが、まぁ彼女はどちらかと言えば内気な性格をしているので、自分から打ち明けるには舞台設定も必要だったのかも。それに関しては別に言うべき事はない。彼女の真意も知りたいしね。

 

「お願いです。私をこのフネ。ユーリのフネに乗せてください」

 

「理由を聞いても良いッスか?」

 

 やや事務的な感じもするが重要な事だ。何せこのフネに乗るって事は必然的に0Gドッグになるという事であり、最悪戦闘で死ぬ事もあるのだ。一応この世界の元がゲームなので目の前の彼女が結構最後の方まで居る事は知っている。だが正直なところゲームの話し通り進むか微妙だ。既に逸脱してるし下手したらどっかで沈むかも知んない。

 

 そんなフネに彼女を乗せてもいいのだろうか俺には解らんのだ。ま、どっちにしても乗るだろうけどね。彼女はそういう風に“創られて”いるんだから。まぁそれは置いておこう。チェルシーは俺からの問いに目を逸らさずにきちんと覚悟を決めたようだ。

 そして話し始める、己が選んだであろう道を…とか言ってみたり。

 

「私は最初、ユーリには地上で静かに暮らしてほしいって思ってたの」

 

 曰く、安全な地上で安穏と暮らしましょう。

 宇宙は0Gドッグとか海賊などのアウトローの所為で命の危険が伴うような自由世界だが、一転して地上すなわち惑星の方は比較的平和であったりする。ちゃんと政府が管理しているというのもあるし、0Gドッグも海賊も地上の民は狙わないのが暗黙のルールとして存在しているからである。

 

 カタギに手を出すのは素人のするこっちゃいという事だろう…何処のヤクザ者だ?ともあれ、その暗黙のルール、アンリトゥンルールのお陰で宇宙から地上を攻撃するようなヤツは宇宙航海者にはあまりない。そういった地上を火の海にしちゃうような行為自体が唾棄すべきモノだとされているからだ。

 

 第一惑星を攻めるなら海上封鎖ならぬ宙域封鎖しちゃった方が安上がりで安全なのである。惑星の開拓度合いにもよるらしいが、航路さえ押さえれば人口が多い星ほど干上がるのが早いんだそうな。コレ艦長になってからやっている通信講座で覚えた内容ね?―――さて、そろそろ話しを戻そうか。

 

「――最初フネに乗って驚いたわ。初めて乗る宇宙船で私はただ一人の部外者、それなのに妙に気さくに接してくる人達ばっかりで戸惑う事が多かったわ。だけどこのフネに乗っていて解ったの。皆が笑ってたの。楽しそうに前を見ているのが」

 

 バカ騒ぎは大好きな連中だからねぇ~。お陰で酒代が馬鹿にならねぇ…鬱だ。

 

「私もその輪の中に加わりたいって思えたんだ。ユーリの近くにいたいって思えたの。勝手なことかもしれない、だけど私はユーリの隣に居たいの……臆病な私だけどお願いします。私を、このフネに乗せてください!」

 

 そう言ってガクンって音が出そうなほど素早く頭を下げたチェルシーに俺は慌てた。今居る場所は食堂であり、当然一般クルーの眼があって、俺の前では少女が頭を下げていて……クソっ、やられた!ここで断ったら俺がわるもんじゃねぇか!?

 

「そこいらでいいだろう?ユーリ」

 

「トスカさん…何時の間に来てたんスか?」

 

「ついさっきさ。いたいけな少女を公共の場で辱めている鬼畜な艦長さん」

 

「ちょっ!人聞き悪いッス!俺はただ彼女に答えを出してくれと――」

 

「それなら、別に問題無いねぇ。この娘はちゃ~んと自分で乗りたいって言ったんだ。第一アンタが自分で決めろってこの娘に言ったんだろう?なら男ならそれを守らなくてどうすんだい?」

 

 うぐ…、そりゃまぁ確かに…。

 

「お願いします!」

 

 思わぬトスカ姐さんの乱入に腰が引けた俺。さらにチェルシーはたたみかける様にお願い攻撃を繰り出してくる。やめて!俺の(公共の視線に対する)MPはもうゼロよ!

 

「ああもう!判ったッス!判ったから顔をあげるッス!チェルシー」

 

「ユーリ、了解してくれるの?」

 

「俺は最初に言ったッス、このフネに乗るか乗らないか決めるのはチェルシーだって。だから俺は、チェルシーが自分で決めたっていうなら文句は言わないッスよ」

 

 まったく、こんな人眼がある場所でお願いするとか彼女の人見知り的設定は何処に行った?お陰で一般クルーの好奇の目にさらされて俺の精神がマッハでピンチッスよ。多分ないと思うけど、もしこれを意図的にやったんだとしたら……チェルシー、恐ろしい子!

 

「アンタ、なに白目剥いてんだい?」

 

「月○先生リスペクトッス」

 

「「………(だれ?それ?)」」

 

 あ、姐さんも妹君も疑問符浮かべてら、この世界の人は知らんわな。こりゃ失敬。

 

「はぁ…ま、人手不足だしだけどその代わり、きちんと働いてもらうよ?とりあえずは厨房で手伝いをして貰う事にしようかな?」

 

「あ、ありが…」

 

「礼は言わない、このフネに乗ると決めたのはチェルシー自身なんスからね。俺ァ来る者拒まずが基本だから、使える人材をフネに雇い入れるのは当然ッス。ま、とにかくだ―――」

 

 改めて居住まいを正し、チェルシーの方を向いて真面目な顔を作る俺。

 ちゃんと言った通り自分で考えて出した答えだ。俺もちゃんと対応しなければなるまいて。

 

「―――ちゃんとついて来いよ?じゃないと置いていくからね?」

 

「大丈夫、ちゃんとユーリについて行く」

 

 

 そして、あとで寝る時に思い出してぎっぷりゃと言いたくなる台詞を吐いたのだった。

 ああ、周囲の目がなんか奇怪な物を見る眼だったのも地味に胸が痛いなぁ。

―――こうして、生活力高めの主要クルー、チェルシーを仲間にしたのであった。

「あ、ちゃんとお給料も出すッスよ」

 

「え、別に私ここにいられるなら無給でもいいよ?」

 

「阿呆。雇う以上お金を払うのは普通なの!……大体女の子なんスから色々といるっしょ」

 

「そういうものなんですか?」

 

「まぁそう言うもんだねぇ。ようこそチェルシー、改めて歓迎するよ(これで賭けはアタシの総取りだねぇ、くふふテコ入れした甲斐があるってもんさ)」

 でも何でだろう?トスカ姐さんが悪い顔しているような気がするお( ^ω^)

***

 さて、チェルシーが正式に仲間になったとかのイベント以外は特に何事もなく、無事にトトラスで物資を補充できた俺達は、そのままアバリスの針路をボイドゲートへと向ける前に、ちょいと一週間ほど寄り道をすることにした。目的は何と言ってもお金である。なに簡単な話、ゲートをくぐる前にお金をためるただそれだけ。

 

 つまり、しぶとく領内を徘徊しているであろうデラコンダの部下のフネを拿捕するのである。先のデラコンダ戦に置いてアバリスが結構無茶が効く事が解ったのと、連中の装備品ではこの艦のAFPS(えーぴーえふ・しーるど)は貫けない。なら精密射撃で武器だけ破壊し、降伏を呼び掛けてやれば、フネだけが手に入ると言う訳だ。

 ちなみにジャンクとしてフネを売るのと中古として下取りするのとでは後者の方が高く買い取ってもらえる。今は領主が居なくなって混乱しているから、そいつらを狩ればお金はたまる一方な上、倒した事になるので名声値も上がると一石二鳥で美味しいことだらけである。コレを逃す手は無い。

 え?鬼?鬼畜?悪魔?なんのことだか ゆーりわかんない、てへぺろ

 

「艦長~、新しい敵の団体さんの影を捕えたよ~、どうする?」

 

「敵さんの艦種は?」

 

「全てレベッカ級です。どうしますか?」

 

「それなら答えは決まってるッス、鹵獲するッスよ。儲け儲け」

 

 またカモを見つけたぜ!こうなれば稼げるだけ稼ごうでは無いか!ヒャッハー! 

 目標はランキング100位に入るくらいまで!!

 

「さっすがはユーリ。戸惑わないね。そこにしびれないしあこがれないが…」

 

「トスカさん、あの艦隊が何に見えるッス?」

 

「札束だね」

 

「問題無いッスね?」

 

「ああ、問題無いね」

 

「ほいじゃ、ミドリさん」

 

「ハイ艦長、戦闘態勢に移行ですね?」

 

「艦内放送頼むッス」

 

「アイサー」

 

 お仕事お仕事ってな。

 こうして俺達は、残党狩りを行う事で資金をドンドン増やしていった。

 なるべく抵抗しなければ破壊はしなかった。買い取りの値段が安くなっちゃうので。

―――そして戦闘シーンは全カット!カットカットカットォ!…どうせ作業ゲーだし。

『こちらEVA班、敵さんのフネをトラクタービームで固定しておきました』

 

「御苦労さまッス。戻ってもらっても良いッスよ?」

 

『ありがてぇ、そろそろ肺一杯に空気を吸いたかったところだ。それじゃあ一度戻ります』

 

 一見すると宇宙服を着こんだ中間管理職にしか見えないおっさんが通信を切る。彼の名はルーインさんと言い我が艦における貴重な船外活動員である。EVAとはextra-vehicular activityの頭文字をとった言葉で意味はまんま宇宙遊泳とか船外活動というもの。決して人型決戦兵器という人造人間の事ではない。とにかくEVA班はフネの外に出て真空の宇宙で作業をする人達の事だ。

 

 シールドや装甲で守られている宇宙船内部とは異なり、特殊素材製の宇宙服だけしか身を守る物がない場所なので、ある意味EVA班は凄い猛者達である。なにせ鹵獲したフネの牽引とか大型or超小型のデブリ回収には彼らが居ないとなんも出来ないからな。ある意味生活基盤の大黒柱と言ってもいいかもしれない。

 

「警備班室、そっちは?」

 

『捕虜の方は駆逐艦クルクスの方に詰め終わりました』

 

「まぁ恐らく奪取される事は無いと思うッスけど…気を付けて戻って来てくれ」

 

『了解』

 

 本日の戦果は水雷艇レベッカ級3隻がまるまるもりもりと、降伏しなかったので止むを得ず破壊したフネのジャンクパーツが幾つかである。それと敵さんが積んでいた食料品もそのままこちらの倉庫行きとなった。宇宙では使えるモノは全て回収するのである。特に宇宙船は豚さんの様に無駄になる部位が無いのだ。

 

 あと、丸ごと捕まえたはいいが当然捕虜がでる訳で、彼らはとりあえずアバリスの後を自動追尾するよう設定したアルク級駆逐艦クルクスに詰め込んだ。多少手狭だろうが倉庫部分を改装して、敵の捕虜を詰め込めるスペースを作っただけなので、捕虜たちの疲労は溜まるだろうが別に住む訳じゃないしそれで良いだろう。

 むしろ海賊みたいにいらない人間を外に放り出さないだけ優しい方である。外って宇宙空間の事ね?生身で放りだしたら凍るか焦げるか…とにかく碌な死に方じゃないだろうな。尚、内部は隔壁で閉められているから重要区画には入れないし、何より操舵はAIドロイドだ。武装も機関も最低限だし、例え乗っ取られても相手は何もできないだろう。

 

 一応レーションのコンテナを置いてあるから餓死する事もないだろうし、水も節度を持って使えば制限無しだしな。元が日本人なので敵とはいえ捕虜相手にあまり非人道的な事はしないのだ(キリッ……いやまあ、捕虜にしてる時点でダメなんだろうけど、コレがこの世界の流儀と言いましょうか。

 

 あー、うん。とりあえずその話しはもういいから、鹵獲船を次の寄港地である惑星べゼルのステーションで売り払おう。しっかし、随分倒したなぁ~コレで累計何隻目だっけ?ふと気になったから、トスカ姐さんに聞いてみよう。

 

「トスカさん、今回ので累計何隻目でしたっけ?」

 

「ん?ちょい待ちな―――おおよそ200隻ってとこだね。ちなみに破壊したのを除いて殆どが鹵獲済みだ」

 

「結構捕まえましたねぇ。でも確かエルメッツァ・ロウズの戦力って数百隻も無かったなッスよね?」

 

「ああ、おおよそ200隻だね」

 

 んで、さっき累計200隻突破……あれ?

 

「つまり敵はもう出ない?」

 

「あたし等が捕まえた人数だけで、エルメッツァの戦力を大半捕獲したって事になるねぇ」

 

「うっわ、領地丸裸じゃん。少々やり過ぎた?」

 

 うむむ、ゲームだと無限に敵が湧いて出て来てたけどやっぱりこっちじゃ有限だよな。それに俺らの場合は敵を倒したら残骸はジャンクに、無抵抗なら鹵獲して売り払ったから放置後味方が回収の修理された敵がまた参戦のループが無かったのだ。運が良かったのか稼げない意味で不幸なのか判らんがしばらくこの宙域では敵は出ないだろう。

 …………海賊は除いて。

 

「うっわうっわ、この領主星系海賊に荒らされてアボンッスか?」

 

「アボン?いや大丈夫だと思うよ。基本海賊は航している船舶しか襲わない。第一宇宙に出ている人間の9割かたは0Gドッグなんだ。民間施設がある惑星に地上攻撃なんぞしたらすぐに噂が広まるよ。そしたらソイツは宇宙に居られなくなるだろうね」

 

「ならいいんスけどねぇ」

 

「心配しなくても領主が死んだんだ。後継者がいないんだし近い内に隣国に吸収合併でもされるだろう。ま、あたしらにゃ関係ない事だけどね」

 

 ま、そりゃ確かに。

 後々の事を考えてここの敵からは搾り取れるだけ搾り取ったし、あとの始末はここに引っ込んで住み続けるであろうデラコンダの家臣団に任せる事にしよう。領主を倒したらそこは俺達の物という戦略ゲー的な要素が無いのが悔やまれる。まあ戦艦一隻で領主星系をどうするのかと問われれば、ノープランという他ないので諦めもつく。

 

 しっかしそれなりに敵となった連中を狩り続けた訳だが、0Gドッグのランキングは水雷艇200隻程度じゃ雀の涙ほどしか名声が入らないのでまだまだランク外だ。早くランクを上げたいもんだね。今後の命綱的な意味で。

 

「ふむ、それじゃあ…ボイドゲートを越えますかね。お金も随分貯まったみたいッスから」

 

「いいんじゃないかい?ちなみに私らの所持金は30万Gに達してるよ」

 

「随分貯まったッスねー」

 

「こりゃ宴会開き放題だね」

 

「まてうわばみ姐さん、それ以上はいけないッス」

 

 貴女が飲むとかなりのペースで金が消えるので自重してください。いやホントマジで。

 まあ、そんな感じで補給の為に立ち寄った惑星で部下の疲労度を下げる名目でお疲れさん会という名の宴会を毎回開いたりしてるから、それなりに散財してる。レベッカ級は元から結構安い値段だしなぁ、おまけに古いから下取りの値段も安いしな。

 

 それでもここまで貯められたのは、俺や一部真面目な方々の頑張りによるところが大きい。頑張った。オレ超頑張った。癖とアクが強い部下を叱咤してここまで良くやれたと思う。

 

「じゃあ針路はべゼル。今回の鹵獲船を売り払ったらその足でボイドゲートを越えるッス」

 

「アイサー」

さてさて、今度こそ新世界へってね。

***

 さて、現在我がフネは航路上、惑星べゼルとボイドゲートとの中間地点を通過中である。なにか忘れている気もするんだが、何だったか思い出せないので、仕事してたんだけど…。

 

『艦長、不審船が接近中です、此方に対してコンタクトを取ろうとしてますが…』

 

「ん?解ったブリッジに行く」

 

 はて?こんなイベントあったかねぇ?

 

「ミドリさん、状況は?」

 

「現在我が艦の後方400の位置に不審船が一隻、艦種はボイエン級です」

 

 ブリッジに着いた俺は既に拡大スクリーンに投影された不審船。ボイエン級輸送艦を見やった。このボイエン級ってのは、確かカラバイアってとこの技術を使用したやや小さめの輸送船だったな。それなりに積載量が優秀だから、各国に輸入されているフネであり、輸送屋家業をやるヤツにはそれなりに馴染みのあるフネだ。

 

「輸送船じゃないか…で、相手は何だって?」

 

「それが先程から『俺だ、トーロだ、乗せてくれ』と言ってきています。艦長、トーロって人物に知り合いでも?」

 

 あーなりほど、思い出した。トーロの奴か…。

 あったねぇ原作でもこんな風に航路の途中で乗せろって通信が来るの。

 ……もしかして随分前からここで待ちぼうけしてたんだろうか?

 

「どうする艦長、撃沈しちゃう?」

 

「ストール、過激過ぎッス」

 

 そこぉ、キラキラした目で撃つ?撃つ?って顔しない。トリガーハッピーかお前わ。

 

「あとミドリさん、俺が話すから回線つないでくれ」

 

「はいはい……いいですよ艦長」

 

 よし、久しぶりに艦長らしくやりますかね。俺は顔を引き締め、俺が考えうるもっとも真面目な人間のイメージを己に投影し反映させる。真面目男の仮面を被るのだ。そして息を吐き…普段の抜けた声とは違う余所行き用の威厳のある声を出した。

 俺だってやろうと思えばこれくらい出来るのだ。普段疲れるからしないが。

 

「こちら戦艦アバリス、当艦に接近中の不審船、何か用か?」

 

『……こちらトーロ、よう久しぶりだな?ユーリよ。さっきから通信で呼びかけてるのに出てくれないとは随分と―――』

 

「久しぶりと言われても困る、ソレと貴様に呼び捨てにされる様な関係では無い筈だが?」

 

『堅ぇ事言うなって!俺とお前の仲だろう?』

 

 どんな仲だよ?お前との関係なんて酒場でのケンカ相手じゃないか。

 

「とにかく要件を言え、一応警告するがこちらに危害を加える場合は撃沈する。進路を妨害しても同様だ。返答は如何?」

 

『だ か ら !さっきから通信入れてるだろう?俺をそっちのフネに乗せてくれってよ!』

 

「………ご自分のフネをお持ちのようだが?」

 

『コレはダチのフネに乗せてもらってるだけだ』

 

「なら俺の所に来る必要はないだろう。そこが君の出立点だ。精々頑張りたまえ」

 

『この仕事止めたからもう行き場所がねぇんだ!このフネに乗ってるのも今までの温情みたいなもんなんだ!なぁ頼む後悔させネェから乗せてくれ!この通りだ!』

 

 画面の向こうで頭を下げるトーロ、ちょい図々しいな。

 しかし、今はこんなヤツだけど原作キャラだし…鍛えれば形になる…かな?

 

「一応聞くが、航海の最中に死ぬ程度の覚悟はあるんだよな?」

 

『え?…あ、ああ勿論!』

 

「それなら問題無いな、ウチのフネも人員不足だったからちょうど良いし…」

 

『マジか?よしゃぁぁッ!』

 

「とりあえず接舷してやるから乗って来い、以上だ」

 

 そう言って通信と切った。

 ふと艦橋内を見ると、みんな固まっている…なんだ?

 

「どうしたんスか皆?」

 

「あ、良かった~。いつもの艦長だ~」

 

「いつものぼけーっとしたアホな印象とは全然雰囲気違うから誰かと思ったぜ」

 

「俺なんてびっくりして思わず主砲撃っちまうとこだった」

 

「………ぼそぼそ」

 

「ミューズ、言いたいことがあるならちゃんと声に出しましょう。まぁ私もその意見には同意ですが」

 

「ユーリは時々、こっちが吃驚するほど性格が変わるからねぇ。トトラスでもそうだったし、アンタ実は2重人格とかじゃないのかい?」

 

「なんか皆の俺に対する認識が解る言葉ッスね」

 

 そりゃ普段抜けた様な感じ出してるけどさぁ…その方が楽だし。

 某有名な宇宙海賊の船長も言っている“フネは我が家だ、自分家の中で緊張するバカがどこに居る?”ってな。

 

「でも艦長、勝手に乗せちゃっていいんですか?」

 

「まぁ、町のチンピラしてたヤツだったから、暴れても鎮圧出来るだろうけどねぇ」

 

腰に吊り下げたメーザーブラスターをさりげなく撫でるトスカ姐さん。

ト、トスカ姐さん怖いッスよ…まぁ良いけど。

***

 意気揚々とアバリスに乗り込み、さらにはブリッジにまで上がって来たトーロ。これがただの船員採用だったならば、艦長の所にわざわざ来る必要はない。こっちがコンソールで辞令出してあとは丸投げである。

 ただ今回は押しかけというか飛び込み参加という異例のケースだ。その為、面倒臭いが直に挨拶に来させたと言う訳だ。

 

「アバリスにようこそトーロ・アダ…歓迎しよう」

 

 俺はワザと重圧感のある雰囲気を漂わせトーロに接した。

 何の為?―――ただの悪戯である。

 見ろ、トーロがまるで子豚の様に震えておるわい。

 

「よ、よろしく頼む!」

 

 歓迎とは言ったがあくまで社交辞令。そんな事に露ほども気が付かず、微妙に緊張しているトーロはなんかシャチほこばった返事を返してきた。彼と最初に出会った時、俺はただのヒョロイ坊主でした。それが今では戦艦の艦長、トーロに見せつけるのは勿論艦長としての威厳(笑)。何故なら彼も特別な存在だからです。

 

 意味が判らない冗句はさて置き、実際俺とトーロではこの短い期間の間で経験した場数が違う。トーロが雲泥のような運輸業に浸っていた頃、こっちは駆逐艦一隻で水雷艇艦隊と渡り合い、ついには戦艦を建造して領主にまで盾突いた人間だ。そんな人間にコンタクトを取ろうとする人間を少しは疑っても普通だよな?

 

「――――……まぁ、堅いのはココまでッスね」

 

「へ?」

 

 纏っている威厳(笑)な雰囲気を解除。再び激変した雰囲気に戸惑うトーロ。面白れぇ

 

「それでお前さんクルーとして何が出来るッス?生活か?医療か?整備か?機関士?それとも警備?まさか戦闘系は……ムリだよな。どう考えてもチンピラだし」

 

「え?ブリッジクルーじゃねぇのか?」

 

「はぁ?言ってるッスか?いきなりブリッジクルーになれる訳無いっスよ?」

 

 ブリッジクルーってのは各部署の総括、簡単に言えば幹部である。

 そこに新参の小僧をいきなり入れられる訳無いだろうが!人間関係の摩擦は勘弁じゃ!

 それ以前に―――

 

「まだトーロの適正がわかんないッス」

 

「適正?俺が前の職場で何してたか経歴送ったじゃねぇか」

 

「いや、それでいいんならそれで良いんスがね?一応ウチ独特の決まりというか」

 

 なんと説明したものやら困っているとトスカ姐さんが助け舟を出した。

 

 

「ウチでは新参は様々な部署に一度は付いて貰う。もしかしたら埋もれた才能があるかもしれないし、前の職場と違う新しい何かを得られる機会でもある」

 

「だから適当にフネの中うろついてみて、気になった部署で自分が出来そうな仕事をすればいいッス。そこから正式に部署を決める…まぁ様子見の期間ッスね」

 

「ま、要するに新人研修みたいなもんさ。小僧も頑張りなよ」

 

 各部署にはすでにそう通達してあるッスと彼に告げておいた。チェルシーの場合は、もともと生活力高めで彼女自信人に食わせられる程度の料理が出来たから、すぐに厨房の方に入って貰ったけどね。

 実際トーロは最初の頃はレベルが低いから、どこに入れても変わんないと思うし…。

 

「ちぇっ、砲雷班か戦闘機科が良かったなぁ」

 

 とはいえ、少し不満だったのか、ぼやくトーロ。

 

「今のところ砲雷班は、そこに居るストールがやってるッスよ?やりたいなら彼を蹴落とさないとね。ソレと戦闘機科は、現在戦闘機を搭載していない本艦には無いッスから」

 

 ソレを聞いたトーロはガックシと肩を落としていた。

 まぁ君の適正が解るまでの辛抱だ、我慢してくれい。

 

「とりあえずトーロはそこら辺をうろついて、いや徘徊して回るッス」

 

「いや何で言い直したし?つーか、徘徊とかうろつくって…まぁいいか」

 

 トーロはなんか釈然としないぜと言わんばかりに腕を組みながらそう言うと、ブリッジを後にした。

 

***

「さてミドリさん、ボイドゲートまでどん位ッスか?」

 

「ハイ、艦長。まもなく有視界でも確認できる距離に入ります。パネルに投影します」

 

 ミドリさんがコンソールを操作すると、メインモニターに拡大画像が表示される。

 そこには、エネルギーの膜のようなモノが巨大な円になった“門”が映っていた。

 

「コレがボイドゲート」

 

「あたしは何度も通ってるけどねぇ~」

 

「トスカさん、人がせっかく驚いてるのに落さないでくださいよ…」

 

「そうだぜ副長、俺達だって見るの初めてなのにさぁ」

 

「ごめんごめん」

 

 なんか緊張感の無い会話している俺達。まぁ俺も含めて、この宙域から他の宇宙島がある宙域に行った事が無いんだよなぁ。ある程度興奮もするわな。

 

《―――警告する。領主法により許可証が無い艦船の航行は禁じられている。また現在中央政府の混乱によりゲート周辺の空間は封鎖中である。接近中の艦はただちに武装を解除し、ゲート警備隊の誘導に従いつつ所定の位置にて待機せよ。繰り返す》

 

「艦長、警備艦隊から全周波数帯で警告が来てます」

 

 さてと、とうとう違う星系への第一歩か。

 

「トスカさん、準備は?」

 

「エネルギーは満タン。修理は万全。フネの研究も進んで少しだけ改造も進んだ。デラコンダの時より調子がいいんじゃないかい?」

 

「なら、面倒臭いから警備艦隊は無視して強行突破するッスよ、全艦対艦戦用意!」

 

「おいさー!全砲塔、出力臨界までジェネレーター回路解放」

 

「インフラトン機関、臨界可動開始、出力上昇中……90、100%まで行けますじゃ」

 

 艦内の照明が通常巡航から、戦闘巡航の時の非常灯に切り替わる。 

 EAやEPを作動させる必要はネェな、もう光学機器に捉えられる範囲内だろうし。

 

「敵艦隊、威嚇砲撃を開始、本艦の右舷を通過します」

 

 青色のエネルギーの塊が数本、アバリスの横を駆け抜け虚空へと霧散した。

 こういった時は問答無用で撃沈しないとダメだろ…警告無視してるんだし。

 

「―――どうもこの宙域は真空じゃなくガスがあるみたいだな。ふむ、ガスの影響で光学兵器の射線がズレたようだ。お陰でコッチは射撃諸元のデータが取れた。ストール、役立ててくれ」

 

「ほいよサナダさん、射撃諸元を微変更っと、ピッポッパ……はい完了」

 

 科学班のサナダさんの弁、なんだワザとじゃ無くて訓練不足かよ。

 

「こっちも撃ち返すかい?ユーリ」

 

「先は譲ってやったんだ。もちのロンッス――砲雷班、効力射を狙うぞ!全砲撃ち方始め!」

 

「はいよ!ポチっとな!」

 

 お返しとばかりにこっちも砲撃を開始する。

 両舷のリフレクションレーザーカノン、艦首軸線大型レーザー、そして甲板の上の主砲が青い火線を吐き出した。こちらはガスの対流データは入力済みな為、凝集光の射線が狂う事は無く標的に命中する。

 

「警備艇3隻に命中、大破1、残りは航行不能の模様」

 

「気にせず突破するッス。どうせボイドフィールドに入ったら向こうも手が出せないだろうし」

 

「了解、気にせず突破します」

 

 そして俺のフネであるバゼルナイツ級戦艦アバリスは、そのまま警備艇の間を通り過ぎた。恐らく敵さんも止める気力が無かったんだろう。ある一定距離を進んだところでレーザーの一つも撃ってこなくなり、そのまま進路を明け渡したのだ。ありがたいと俺達は隣星系、エルメッツァ・ラッツィオに向けてボイドゲートへと突入した。

 速度を緩めずにボイドゲートの空間転移境界面まで来たアバリスは、まるで豆腐に釘を打ち込むが如く、なんの抵抗も無く鏡面の様に空間が歪み蒼白く光る臨界面へ突入した。その瞬間俺は胸が躍った。新しい世界に飛び込んだという実感を得たのだから。

―――さてさて、これからどうなるんだろうねぇ



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章 ラッツィオ
~何時の間にか無限航路・第5話、ラッツィオ放浪編~


■ラッツィオ編・第五章■

 ついに念願かなって辺境宙域から飛び立つぞー!

 

 ころしてでも つれもどす (某禿

 げー、でらこんだ!?

―――以上、前回のあらすじを三行でお送りしました。

 無限航路の世界にて主人公に憑依してしまった俺は、本物の宇宙というやつを見て回りたいという浪漫に突き動かされ、おっぱおなお姉さんであるトスカ姐さんの協力の下でフネを建造、さらには弩級宇宙戦艦まで造り上げて、俺たちの道を遮る辺境星系の領主をフルボッコにしたあげく、ボイドゲートと呼ばれる十数kmはありそうな空間直結門を使った人生初のワープを体験した。

 

 SFと言えばワープ、ワープと言えばSFである。ワープはSFにおける醍醐味と言ってもいい。原作ゲームでは詳しい描写がなかった為、きっとゲート通過中は某宇宙戦艦みたく女性スケスケワープになるかもしれないと内心ワクテカな思いでトスカ姐さんの方を見ていた。

 

 だが―――

 

「ボイドゲート抜けました。エルメッツァ・ラッツィオに入ります」

 ―――ゲート通過時間…体感だと一秒にも満たないなんて…ショックだ。orz

「ユーリ、なに打ちひしがれてんだい?」

 艦長席のすぐわきで土下座みたいな格好をしている俺を訝しんだトスカ姐さんが、まぁ~た変な事してるといった具合に声を掛けてきたが此方はそれ所ではなかった。女性の裸云々は冗談だったとしても、こっちにしてみりゃ初めてのワープみたいなもんだったのに、実感がわかないほど短いとくれば泣きたくもなるってもんさぁ。

 

 まぁ何時までも落ち込んでるとうざい事この上ないので、泣きたい心を押し隠しながらも何でもありませんと普通の顔をする。ユーリくんのポーカーフェイスだぜ。

 うう、でも心の中では浪漫何処へ行ったぁ!と叫ぶぜ。ちくしょうめー。

「なんでもないッス。それよりも各班異常は無いスか?」

「全部署、異常はありません」

 ふむ、全部署異常無しとは重畳よ。

 もっともゲートに限って言えばここ数百年事故は発生していないらしいから別に気にする必要はない。ないんだが、こちとら貧乏性なのでついつい心配しちゃうのがユーリクオリティである。

 

 とにかくココから一番近い星に向かって情報収集をして金稼ぎと洒落こむ事にしよう。もうそろそろ今の単艦特攻(ぶっこみ仕様、四炉死苦みたいな?)状態を解除して、僚艦二隻を加えた三隻艦隊を組みたい。前衛中衛後衛、それが無理でもせめて前衛と後衛に分けて役割分担出来れば、敵に不用意に突っ込む必要は無くなる筈。

 

 まぁ、その前に進路を決めなきゃな。

「えーと、この近辺で一番近い星は何処っスかね?」

「そうだねぇ、順当な航路で行けば二つ。ラッツィオかポポスだね。近さでいくならポポスが一番近いかな?」

「そこはなにか珍しいモンあるッスか?」

「ないね。しいて言うならモジュール設計会社が置かれてる位か」

 

 それ以外はロウズとどっこいどっこいなド田舎とはトスカさんの談。でもゲートからの距離を考えるならばポポスが一番近いそうな。よしポポスに行こう。京都に行こう的なノリで。

 こっから宙図上だと結構近いし…そう思い指示を出そうとした矢先、俺の視界を内線の空間モニターが遮った。

『こちら厨房!大変です艦長!チェルシーさんが倒れました!』

 モニターに大画面で映る厨房責任者のタムラさんがひどく慌てた様子で連絡を入れてきた。チェルシーがいきなり倒れた?新しい宙域に来た矢先に?え?なにそれ怖い。

***

 

「艦長、目的地はどうしますか?」

「う~ん、そうッスねぇ…」

 現在、惑星ポポスから少し離れた位置にある航路上に俺達は来ていた。補給も終えて情報も仕入れたので、今は交易品をコンテナに積み込んでどの星に行こうかとブリッジのメインモニターに航路図を映して、それを見ながら相談の真っ最中である。いやーホント宇宙は広いね。片道何日掛かることやら…。

 

 気になるのはチェルシーの事だ。彼女は倒れたとはいえ、別に身体には何ともなかったみたいだ。医療班からは精神的な過労と診断されて、そのまま自室で眠っていらっしゃる。原作関連の設定によると、彼女や俺は通常の人間と違いボイドゲートを通過する際に精神への負荷が増大するらしい。

 

 つまり彼女が倒れたのは所謂イベントというやつであり既定事項である…とはいえ、幾ら原作のイベントといえども、一応仲間である美少女が倒れてしまうほどの影響が出ているのを見過ごすのは紳士としてはありえない事だろう。美女・美少女こそ護るべき宝である。

 

 それにこれらに関して既定とは言ったものの、実のところそれも怪しいものである。最大の理由は俺自身だ。本当なら俺にも多少なりともゲート通過時に影響が出ている筈なんだが、憑依の影響なのか頭痛のズの字も感じなかった。

 

 原作ではこの時点で主人公君も軽い頭痛を覚えた描写があったのに俺にはそれがない。バカだから何も感じなかっただけかしらん?それともユーリという人格ではない俺こと“大和田 明夫”の人格が混じった事でボイドゲート通過時の精神干渉を撥ね退けているだけなのか…。後者はともかく、前者だったりしたら何か嫌だな。

 

 この件に関しては艦長室のベッドの上で寝る前に20分ほど考えてみたが、哲学的なある様でないが存在するといったような形而上学的な思考なんぞに俺のおつむが耐えられるはずも無くぐっすり眠れたのは言うまでもない。その為、無駄に元気になってしまった俺は仕事を終らせた後、いつもどおりのテンションで義妹殿と面会した。

 

 ちなみに倒れた妹をすぐに見舞いに行かなかったのは、新星系に突入した事で唯単に忙しかったからである。補充品以外に必要な物資の目録や次のステーションに提出する船籍書類の原稿作成など、艦長といえども割かし忙しい時期と重なっていたのだからしょうがない。しょうがないからしょうがない。大事な事なので三度言いました。別に命の心配は無いんだから面倒くさかったとかそんな理由では断じてない。

 

 それはともかくとして面会してみたはいいものの…予想したとおり原作設定の影響からか、ばっちり俺への依存度がハネ上がっていたのには辟易した。ゲートを越える前から予想はしていたし覚悟もしてたが、実際眼にするとなんともはや…。看護師(女)さんと会話するだけでぷくーと頬を膨らませるとかなんなのこの可愛い生き物?

 

 ついでに親の敵の如く睨みつけたりとかしそうになったから誤魔化すのに苦労したわい。それだけ強い精神操作が入ってしまった事に悲しみを覚えつつ、長くチェルシーの近くに居たら余計なトラブルに発展しそうな気配を感じた俺は、生存本能の赴くままにその場は一度後ろに向かって全速前進、戦略的撤退を行ったのはいうまでもない。

 

 ともかく現状としては可愛い子に懐かれるようになったのは悪い気はしないけど、そうなるように精神操作されてヤンデレ度合いが上がったのはいただけないという事だ。こればっかりは彼女の精神が成長して、ボイドゲートからの操作を受け付けなくなるのを祈るしかないので、しょうがないのでしばらく直接会うのを控える事にしたのだった。

 もっとも、彼女がいる部署は厨房と食堂。どうやっても他人と接しなければならない場所である。如何に頑なな依存があっても他者との触れ合いが日常であれば、良くも悪くも変わるもんだと俺は信じている。特に戦闘部署と違い、厨房は毎日が闘いだ。数百名の胃袋を預かる場所だから、日常生活の中で一番忙しい部署でもある。俺に依存しようにも忙しさで次第に忘れるだろう。多分、きっと……めいびー。

 

 とりあえず、この妹君が倒れた事件以外は特に問題も起きなかった。若干チェルシーの性格が変化した事を訝しまれたものの、初めての航海に出た新人が起こすはしかみたいなモンだと判断され実質受け入れられた。船乗りは大海原を往くので細かい事は気にしない性質なのかもしれない。

 

 そんな訳でアバリスは無事に惑星ポポスの軌道上にある空間通商管理局が管理するオービタルステーションに入港した。人口77億人程の中堅規模を誇る惑星のポポスはトスカ姐さんの言った通りモジュール設計社以外にこれといった特徴はなかった。

 

 それにしても77億で中規模とか前の世界での総人口と変わんねぇって事じゃん。宇宙規模ってマジパネェ。

 

 それはともかくステーションにフネを係留した後は船乗りのテンプレに従い陸、この場合はポポスに降りる事だが、ポポスのオービタルステーションに付属する軌道エレベーターで地上へと降りた。でも特徴の無いのが特徴のこの惑星で行く場所なんぞ一箇所しかない。

 

 言わずもがな0Gドッグ御用達の酒場である。このポポスにも通商管理局が運営する0Gドッグ御用達の酒場が設置されているので、そこに寄って近隣星系の情報を幾つか教えてもらった。やっぱりね、ごり押しだけじゃ限界があるからね。時代は情報戦ですよ………ごり押ししてこっち来た人間の言う事じゃねぇな。あはは。

 とにかくそうやって仕入れた情報の中で目に着いたのは、この宙域の海賊被害の多さだった。辺境ロウズと違いこの宙域、エルメッツァ・ラッツィオはゲート一つ越えたところに中央政府のあるエルメッツァ中央がある中央と各辺境宙域を繋ぐ中継点のような位置にある。それらを狙う海賊もまた多く出没するのだろう。

 

 富があれば群がろうとするのは盗賊の理なりとは誰が言ったか。そういった事からポポスの宇宙港では海賊被害の注意が促されており、警備も結構きつめになっていた。それだけ海賊被害が大きいという事なんだろう。

 

 そして二日後、大体の周辺情報を仕入れ終わり、俺達は再び星の海を渡る為に航路へと復帰すると、お次はどの星に行こうか相談していた。

 

 

―――そんな矢先、いきなり大きな衝撃がフネを襲った。

 

 

「な?!ウアッ!ぐえッ!」

 驚くべき事に重力井戸の力で慣性制御がきっちり為されている筈のアバリスが立っていられない程の衝撃である。その時の俺は不幸な事に進路決定の為の航路図を良く見ようとして身を艦長席から乗り出して半ば中腰の体勢だったので、その衝撃で頭を艦長席のコンソールに強か打ちつけていた。

「ミドリ!損害報告をっ!それからレーダー!エコーッ!アンタ一体なにを見てたんだい!」

「ダメージレポート。右舷側に被弾、損傷軽微なれど損害不明。APFシールドが減衰していない事からミサイルか実体弾と思われます」

『こちら整備班室!どうしたブリッジ!何があった!』

 超イテェと頭を押さえる暇もなく、副長のトスカ姐さんがすぐに態勢を立て直してオペレーターに怒声の如き大声を発する。そんな中、艦長席の周りには整備班を筆頭にして各部署から問い合わせの通信ウィンドウが次々と殺到し、艦長席のコンソールに投影されて視界が埋め尽くされる。

 普段から上位職と部下との垣根を軽減する目的で、ある程度回線の設定をルーズにしていた事が禍した。

 

『ちょっ!艦長怪我してるぞ!?』

「「「え!?」」」

「なにぃ!?ユーリ!」

 通信ウィンドウが開かれ、相互間の内線が開いてしまった事で、俺が怪我を負ったところを各部署に知られてしまったのである。ケセイヤが叫ぶ声はスピーカーを通じてブリッジの中に響いてしまい、それがまた混乱を誘発してしまった。

 

 図らずとも、クルー達にフネのトップが怪我を負ったという不安感を煽ってしまったのだ。このままじゃ指揮どころの話じゃない。不安が伝達したまま放置すれば、最悪普段のような挙動を取る事が出来ず瀕死の狸となってしまう。

 

 そんな中、俺の身体は半ば無意識に動き、コンソールに喰らいつくようにして前のめりになる。

 

「……スゥゥゥぅ――」

 そんな俺の挙動に周りが心配そうに叫んだが、それを無視してジクジク痛む頭を押さえながら息を思いっきり吸い込んでいた。限界まで鼻と口で一気に空気をチャージした俺は、自分の持てる最大級の腹筋を使い、空気をせき止めていた咽の関を解放する。

 

 

「――全員、落ち付けええええいっ!!」

 

 

 怒号にも匹敵する俺の大声はブリッジ内に響き渡るだけでなく、内線ウィンドウを通じて心配そうに見ていた各部署の者たちをも黙らせる。それまでの大騒ぎがうその様に静まり返った現状を前になにこれ気持ちいぃ!と内心ふざける余裕があるあたり、俺も暢気なもんである。

 

だが時間は止まってはくれない。状況は常に推移している。それを知っている俺はブリッジクルーが沈黙し、混乱が収まったこの隙に行動を起こす。彼らが我に帰る前に次々と矢継ぎ早に指示を送った。そうやって彼らに口を開かせるような事はさせなかった。再び混乱が舞い戻るのを恐れたのである。

 

「ミドリさんはちゃんとした損害を調べいッ!ケセイヤさんはその情報を元にダメコン班を!エコーさんは目を皿にして策敵!その他は何時も通りに戦闘待機せよ!急がないと次が来るッス!全艦戦闘配備ッス!」

 混乱こそしていたがクルー達は腐っても船乗りである、俺の下した指示に了解を示すと、すぐに各々自分の仕事を開始した。各部署のウィンドウがドンドン閉じて最後のが閉じた時、俺はどっと疲れを感じて、ふひーと息を吐いていた。

こっちとしてもこういう事にはまだ慣れてないから冷や汗もんである。大声あげた所為で逆に混乱が加速したら、寿命がマッハでピンチだったぜ。

「サナダ!外板センサーのログを洗え!命中した時の角度でどこから攻撃されたかを調べるんだ!」

 一方トスカ姐さんも混乱からいち早く復帰すると、すぐに俺の指示の後に続いてフォローをいれてくれた。確かに攻撃された時の角度が判れば撃ってきたヤツの大体の位置は特定出来る。大体の目星が付いたらそのあたりをレーダーとセンサーで徹底的にスキャンすれば隠れていてもすぐに発見できるだろう。

 そうなりゃ、現段階では火力チートなこっちが勝つる!よっしゃ、早く解析をお願いします!

「アンノウン、攻撃第二波が接近~!」

「飛来数6、形状からしてミサイルと思われます。到達まであと60秒」

 

 再び敵の攻撃が迫ってきた。不意打ちの時と違いクルー達の目は覚めている。

 

「急速降下しつつ面舵一杯!ミサイルに対しECM出力最大!回避しつつ敵の攻撃地点を割り出すんス!」

「バウスラスター出力一杯!噴射10秒!」

 この指示によりアバリスは回避運動に入った。艦首付近に敷設されている140以上のアポジモーターが唸りを上げ、核パルスの炎と共に生み出された強大なキック力が1000mクラスの巨体を持つアバリスの慣性軌道を瞬時に降下させていく。同時にバウスラスターが炎を吐き出して右へと軌道が変わった。

 

 急激な軌道変更に思わずイスの肘掛を掴んで踏ん張った。重力井戸のお陰で俺達がGで潰れる事はないが、それでも身体にかかる力を感じると俺達が宇宙船に乗っている事を嫌でも実感できる。ハイ・マニューバと強力な軍用ジャミングにより、命中コースだったミサイルの誘導力が大幅に低下、4発の回避に成功した。流石はアバリス、戦艦の癖に素早いヤツである。

「おくれて2発、命中コース、避け切れません」

「総員耐ショック。衝撃に備えろッス」

 遅れて残り2発が船体中央部胴体に命中。本数が初撃よりすくないからか震動は若干軽いが、それでも身体の芯に重く響くような衝撃がブリッジまで届く。謎の敵さん、どうやらミサイルに結構強力な弾頭を積んでいるらしい。

「右舷胴体部、第一装甲板に着弾、装甲に亀裂発生。ですが航行に支障はありません」

「ふむ、先程と今の攻撃が命中した角度から考えるとあのデブリの密集した辺りかもしれん。連中は機関を最低限にまで絞っているから此方のセンサーじゃ気付けなかったんだ」

 宇宙のゴミ、デブリ。何処からか流されてきた宇宙船や人工衛星の残骸、岩質の小天体等が集まったそこは雑多過ぎてレーダーやセンサーが効き辛い。

 ならば、と俺は砲雷班長に顔を向けた。

「ぶっ放せストール!デブリに隠れてるバカやろう共を引き摺り出せッス!」

「合点だっ!主砲照準!てーぃ!」

 アバリス上甲板のレーザー砲が起動し、グルンとフレキシブルに稼働すると、その砲門をデブリ帯に向けてレーザーを照射した。高エネルギーの塊は岩塊をものともせず突き進み、そのままデブリを吹き飛ばしていく。

「レーザー連続発射!邪魔なデブリを吹き飛ばせッス!」

 連射、連射、連射。凝集光の嵐が邪魔なゴミを吹き飛ばしていく。強力な出力を持つアバリスの砲撃を前にデブリが耐えられる訳も無く、物の数秒でデブリが砲撃で消えさった。

「敵影を感知ー!数は4隻!水雷艇の他駆逐艦が一隻ーっ!」

「艦首識別は…ガラーナ級駆逐艦1、ジャンゴ級2、フランコ級1…データ照合、スカーバレル海賊団です」

 レーザーがデブリというデブリを蒸発させ、此方のジェネレーターが殆ど空になるまで撃ち続けた後、拓けた空間に現れたのは極小規模な艦隊だった。ロウズ警備艦隊でおなじみの水雷艇レベッカ級の同型艦でミサイル装備に換装してあるフランコ級。その改良艦で少し口径がUPした軸線対艦レーザー砲をニ門装備しているジャンゴ級。

 

 その水雷艇達の倍の大きさを誇る、今回初めて遭遇する駆逐艦のガラーナ級であった。ガラーナ級はラッツィオ方面で活動する海賊団、ポポスで警告が出ていたスカーバレル海賊団が独自に改造を加えたカスタム駆逐艦で、武装は小型連装レーザー砲をニ基上甲板に装備し、艦首部にミサイル及びレーザー砲を搭載出来るフネらしい。

 

 すでに何度も民間のフネを襲撃しているらしく、貰ったデータには結構詳細が記録されていたので間違いないだろう。 敵は、海賊だ。カモがキター!

「総員対艦隊戦用意っ!リーフッ!艦首を敵に向けるッス!」

「アイサー、ピッチ角度修正、30度回頭!」

 敵艦を発見した俺はすぐに艦首を敵の方向へと向けさせた。アバリスの兵装は主砲である稼働式の小型・中型レーザー砲を除くと、基本的には前方にしか攻撃出来ないからである。アバリスの兵装であるリフレクションレーザーカノンと軸線大型レーザー砲を最大限に生かすには、敵の方へ正面を向けなければならない。

「砲身冷却完了、次弾いけます」

「全砲門、敵前衛艦に照準ッ!発射ッス!」

「はいさ、ぽちってな!」

 再び敵艦に照準し、レーザーを発射する。だが相手はデブリの様に動かないモノではなく、こちらと同じく艦隊機動すなわちTACマニューバを使える宇宙船である。一斉射しただけの弾幕では命中せず、レーザーはむなしく霧散した。だがこれで良い。

「エネルギーブレッド消滅、敵マニューバパターンのデータ集積中」

「データは常時解析、それを元に各砲自由斉射っス」

 もとより一撃で命中とか贅沢は言わない。だって当たんないし。特に回避運動をお互いに取るから長丁場になるのは良くある事なのだ。それでも火器管制が俺の時代と比べれば恐ろしく優秀だから当てられなくはない。

「エネルギーブレッド敵前衛艦に命中。ジャンゴ級とフランゴ級、各一隻ずつ大破。残り2隻です」

「ガラーナ級ー、艦隊を引き連れて離脱を計っているみたいー」

「よし!それなら…「逃がすな!あたし達に攻撃を仕掛けた事を思い知らせてやれッ!」ちょっトスカさん!?」

 

 撃ち逃げなんぞ許゛さ゛ん゛!と思い、撃沈しろを声を張り上げようとしたのだが、何故か先に声を張り上げたトスカ姐さんの号令が被ってしまった。俺が言おうとしたのにと抗議しかけたその時である。

 

「良しっポチっとな!」

「ちょっ!ストール?!」

 コンソールを押しちゃった砲術班班長がそこに居た。艦長以外が命令してもノリがよければ聞いちゃうのが我が艦隊クオリティである。それはともかく逃げる敵艦に艦首が向けられた。艦首にあるのは勿論大型軸線砲……ニ度ネタは禁止だよな?とにかく全ての兵装が発射され、ガラーナ級駆逐艦も轟沈したのだった。

「インフラトン反応、感知出来ず、辺りに敵反応無し」

「レーダーにも~反応無しだよ~」

「ふぅ、やれやれだ」

 いやはや最初はびっくりしたが、返り打ちにしてやった。

 流石はアバリス、何ともないぜ!あとは散らばった残骸を集めて売りに行くべ。

「ところでユーリ、あんた医務室行ってきな?」

「へ?何でッスか?」

「額から血がダラダラだよ。一度止血して洗った方が良い」

「え?……うわ、ホントだ。頭血がすげぇ」

「そういうところは見た目よりも派手に吹き出るからねぇ」

 

 額に手をやってから掌を見ると真っ赤っか。結構強く打った所為で額が切れてしまっていたようだ。こりゃスプラッタだわ…そう思うと少し眩暈がしてくる気がする。

 

「ま、いない間は任せときな」

「んじゃ任せましたッス。トスカさん」

 つーかこんだけダラダラ流しながら指揮してたのかよ。そりゃ周りの人間も驚くわ。先頭になった事で興奮状態になりアドレナリンとかの脳内麻薬がでまくりだったのかもしれん。今になってなんか痛くなってきた気がする。

 

 とりあえず一時的に指揮をトスカ姐さんに任せてブリッジを後にしたのだった。

 

 

***

 さて、本艦の船医であるサド先生に額の傷を治療してもらった俺は、ブリッジに戻る為に通路を歩いていた。しっかしアノ先生も豪快な治療するよ…まさか傷口に酒をぶっかけられるとは思わなかった。正確には酔っ払って姿勢を崩した拍子に飛んだ酒瓶の中身が俺にぶっかかったのだ。

 当然の事ながら文句を言ったのだが、本人は特に気負う事もなくタダのアルコール消毒だから大丈夫だとのたまう始末。いやさぁ、ウチの採用基準を考えたら佐渡先生も腕は確かだからいいんだけどさ。説明くらいしてからやってほしいってもんよ。

 で、少しお酒の匂いを漂わせながら通路を歩いていたんだけど―――

「おろ?トーロ?」

「ん?ユーリか…って酒クセェな。おまけに包帯なんかしてどうした?頭の病気か?」

「お前さんが俺に対してどう思っているのか片鱗を感じるンスが、まぁいいッス。お察しの通り、さっきの戦闘でちょっと怪我しちゃって」

 

 医務室から帰る途中~、トーロ君に~出会った~…とまぁ、ネタに走るには程々にして、ロウズを出るときに駆け込み乗車してアバリスに乗り込んだ少年、トーロ・アダ君。非常に強引かつマイウェイな厚かましい奴なのだが、今日はなんだかそのガッツが感じられない。何と言うか、仕事に疲れたサラリーマンみたいな雰囲気を纏っている。それでも元気なフリをしているのかこちらに笑って見せるものの、なんか空元気感がバリバリである。

 

 ふーむ、どうやら彼は悩みがある様子。一応ブリッジに戻る予定なのだが、すぐに戻らないといけないと言う訳でもないし、さっき戦闘したばかりだから暫くは時間がある。艦長として仲間の元気がないのならば、その原因を尋ねるのも仕事の内。なので俺は声を掛けてみる事にした。

 

「というかトーロもこんなところで何をしてんスか?元気もなさそうだし」

「見てわかんねぇか?やることなくてブラブラしてたんだよ」

「部署を色々回ったんじゃないッスか?」

「それがなぁ、どうにもしっくりこなくてなぁ…このままじゃ前の職場と同じく倉庫で荷降ろしの作業員とかになりそうだぜ。折角の機会なのにそれじゃあなあ」

 

 そうやってトーロは小さいながらも溜息を吐いて見せた。この雰囲気は前世で大学の先輩が卒業する前に何度も何度も面接受けたのに職が決まらなかった時の雰囲気と似ている気がする。大学を終えた後の新しい自分の居場所を得たいのに得られないという焦りの感情と今のトーロ君は似ているのだ。要するに彼。自分が入れそうな部署が見つけられずに焦っているって事なのね。

 

 うーん、今のところ俺の艦隊の新人クルーはもっとも合う部署の適正を見るために、最初の間は色んなところを巡って自分の合いそうな部署を探す方法を用いているのだが、今回はそれの所為で選択肢が多かったって事なのかな?

 

 これが別に普通のクルーなら問題ないのだが、彼は原作においても立ち絵が設定されているキャラだ。序盤から仲間になる上、最初からプレイの場合比較的白兵戦や砲術が高く設定されており、その部署に入れるとそれなりに活躍できる奴だった。参入が序盤なので後々はかなり強くなるってのもポイント高かったな。

 

「ああ、確かに、ソイツはもったいない気もするッスね」

 

 原作の事を思い浮かべ、俺は思わずそう呟いた。小さく言ったつもりだったのだが、どうもトーロの耳には聞こえていたらしく、少し俯き気味だった頭が大きく振り上がった。

 

「だろう!やっぱりユーリは判ってくれるか!」

「まぁ、クルーの悩み聞くのも仕事の内ッスからね」

「おー!こころのともよー!」

「くんなよるな近づくな抱きつこうとするな阿呆!」

「あぎゃ!?何故にパンチ!?」

「俺にそんな趣味は一切ないッス!」

 

 こころのともってテメェは某ガキ大将か!こんどやったら宇宙に放り出すぞクソ野郎?

 それはさて置き、そう言えばこっち来てから色々あって、トーロの所属の事はすっかり忘れていた。だってむさい男より、可愛い妹君の方が大事だったし……。

「追い討ちに背負い投げするのはどうかと思うぜ?」

「ゼェ…ゼェ…、だったら少しは真面目にやれ。それはいいとしてお前最初は戦闘系を志望してたんじゃ無かったッスか?」

「うーん、いやそこも見学したんだけど、なんかちげぇんだよ。大砲で撃ちあうよりも、もっとこう直接というかな」

「ぶん殴り系?」

「そうそれ!俺は腕っ節程度しか自信ないしな!」

「えばれる事じゃないッス……でも、そう言えばそうッスね」

 そう言えば、最初に出会った時は街の酒場でチンピラまがいだっけ。てことはやっぱりトーロはそれなりに腕っ節が強い?うーん、腕っ節が強いヤツが活躍できそうなフネの部署なんて治安維持を担当する保安部くらいしかねーかな?

 でもまだ正式な保安部は編成すらして無いんだよね。うーん。そうや!

「じゃあ、トーロ。保安部の部長でもやるッスか?」

「え?!いいのか?」

「冗談は言って無いッスよ、ただ…」

 人員がまだ居ないッス。と言おうとしたんだが…

「よっしゃ!俺もようやく認められたって事だな!」

「あ~まぁ、そう考えても良いッス…(説明すんのもメンドイし)」

 

 えらくヤル気をだしたトーロを見て、なんか説明するのが面倒くさくなり、適当に返していた。まぁ人員はおいおい入れてけばいいから、とりあえず名目上で保安部でもでっち上げとくかな。

 

「じゃ俺頑張るぜ!ソレで俺はどこに行けばいい?」

「あ、まだ保安部の待機場所になる警備室のモジュール積んで無いんで、適当にブラブラしておいてくれッス」

「ええ~期待させといて元鞘とか何だよそりゃ」

「まぁまぁ、次の寄港地でドックがあったら積んでやるから気を落とさんとね」

 

 保安部の部長になるかとは聞いたが、今すぐにしてやるとは言っていない(キリ

 

「じゃ、俺はブリッジに行くッス」

「仕方ねぇ、自主鍛錬でもしてるかなぁ」

「空いてる部屋の重力調整を、重力井戸担当のミューズさんに頼めば通常の何倍かの重力で鍛えられるッスよ?」

「お、鍛錬らしくていいな。じゃさっそく頼んでみるぜ」

 普通は重力井戸を使って鍛錬するなんて制御が難しいからしないんだけど、ミューズさんは何故か出来るからなぁ。ちなみに“とりあえず5倍の重力でいくか”とか言っていたトーロの言葉を俺は聞かなかったことにした。

 

 

 そして後日、余談であるが誰かが骨を折って医務室に運ばれたらしい。くわばらくわばら。

 

***

 

 

 奇襲を退けたその後、通常航路に復帰した俺達は再び活動を再開する。仕返しも兼ねたそれはロウズでもやった敵の艦隊を狩ることに専念した一週間であった。別に奇襲で怪我をさせられた事を恨んだ訳じゃない。海賊という存在がいるから稼げると踏んだからだ。違うったら違うんだからネ?ボクは怒っていませんヨ?

 とにかく、クルーが海賊の相手に慣れるくらいまでやったところ、海賊被害の規模が大きかったからか名声値が大いに上がり、現在の0Gランキングがそれなりに上昇。現在やっとこさ60位って所である。ランキングが上がると、それなりに便利なモジュールが貰えるのが地味に嬉しい。

 

 ちなみにランキング60位までに貰えた艦船モジュールは、司令艦橋や航海艦橋や保安局、医務室にレーダー哨戒室に機関室に整備室にショップなど使える物から使わない物まで多岐にわたるので詳細は省く事にする。というか余程の事が無い限りモジュールを組み換えたくなかった。船内ルートが変わって迷うんだもん。

 それはともかく、やっぱり戦艦は強いと感じる日々を送っている。特にここら辺の敵には苦労しないのが良いね!今日辺り頑張れば恐らくランキング50位に入れると思う。そういう訳で今日も宇宙のお掃除を兼ねた海賊狩りの真っ最中だったりする。

「敵、インフラトン反応拡散中、撃沈です」

「コレで通算、約800隻って所かい?」

 ちなみに今回は捕獲を目的としていないので、結構敵さんが修理されて戻ってくる。

 何か復讐に燃える海賊とか出てきそうだが、敵の乗組員を皆殺しにして全滅させたら名声が手に入らんから今はコレで良いのだ。有名になればなるほど強い装備を得られるが、その分敵も増えますよっと。世知辛いねぇ。

「アバリスをモジュールで強化したから、かなり強くはなってるッスね」

「設置費用が高額だったけど、その分性能は折り紙つきか」

『お~い艦長』

「あれ?アコーさん、どうしたッスか?」

 

 そんな時、内線のウィンドウから女性の声が聞こえてきた。ウィンドウには生活班を束ねている妙齢の女性、アコーさんの姿が映っている。

 

『いやね、そろそろ物資の補充の為に寄港した方が良いと思ってね?』

「ありゃ、もうッスか?」

 アコーさんの報告に首を傾げてみせる。まぁそろそろ長旅が限界なのは解ってたけどね。長く航海すれば疲労も貯まるし、いい加減近場の星に寄港してクルー達に休暇とらせた方がいいと思ってたところだ。物資補充の為の寄港はある意味でちょうどいいといえた。

 

『平常運航なら水も食糧も数日は持つが、ウチは…ほら宴会好きが多いからすぐに色々と足ん無くなるんだよね。いっぱい乗ってるしね』

「解ったッス。てな訳でミドリさん?」

「はい艦長。この宙域から一番近いのは、惑星ラッツィオです」

「そう言えばまだ行った事が無い惑星ッスね?トスカさん」

「ああ、今まではポポス周辺を巡ってたからね。ここら辺は初めてだ」

「じゃあちょうど良いッス。休暇も兼ねてラッツィオに寄港する事にするッス」

「了解ユーリ。―――リーフっ!」

「聞こえてぜ。もう航路の割り出しは終わったよ」

 航海長であるリーフはそう言うとメインパネルに航路を表示する。

 仕事速いねぇリーフさんは。

「それじゃ、アコーさん。そういう感じで…」

『了解だ艦長。物資搬入の準備だけしてまっとくよ。それじゃあな』

「はいはい」

 アコーさんとの通信を終えた後、それぞれの部署に半舷休息を言い渡した後。アバリスは一路惑星ラッツィオに進路を向けた。道中は稀に海賊が出るくらいで、事故などの突発的な問題が起こる等といった事無く進み、その日の内に惑星ラッツィオの軌道上に到達したのであった。

 惑星ラッツィオに着いた僕たちは休暇を兼ねて惑星に降りて行く。久々の陸ということもあり、上陸希望者が大量に出たがその全てに上陸を許可した。アバリスの方は空間通商管理局のAIドロイド達に任せておける為、無人にしても大丈夫だからである。

 

 それに多分しばらく航海には出られないと思うしな。一週間近くも海賊との遭遇戦を繰り返していたアバリスはその性能差で目に見えて損害を受けた事はなかったが、多少は損害を受けた事もあった。

 それに機械は使えば使うほど磨耗していく。例え敵の攻撃での損害が少なくても一度は本格的な整備を行う必要があり、その提案が上陸ついでに行おうという話が整備班からあがっていたのだ。なので上陸希望者とは別の居残り組の多くがケセイヤさんを筆頭とする整備班達であり、機械に対する愛情は凄まじいモノがある。その彼らが居残るついでに整備も全て監督するらしい。

 

 俺を含めた上陸組が艦を降りた後、アバリスは整備を兼ねてモジュールブロックごとに分解されちゃうだろう。しかも整備班の連中、秘密裏に回収した敵艦を破壊した時に出た廃材の少し利用して、なにやらゴソゴソと趣味で色々な発明品や機械類を造っているらしく、もしかしたら分解整備がてらアバリスに変な改造とか施しちゃうかも知れない。

 

 アバリスさえ壊さなきゃ俺は気にしないし、むしろ性能が上がるならドンドンやってくれとは伝えてあるものの、整備班連中は絶対に遠慮しないだろう。むしろ許可した直後から遠慮という単語が彼らの辞書から落丁しているに違いない。好きな事が出来るなら命以外差し出しそうな奴等だからなァ。帰ってきた時にもしもアバリスの面影が無くなってたら、ケセイヤは減俸の上で拷問にかけておくかな?拷問だ!とにかく拷問だ!

 

 それにしても1000m級でも分解整備が出来るドックって地味にスゲェよな。惑星軌道上に小惑星くらいの大きさがあるステーションを浮かべておいても大丈夫とは、流石は重力制御が出来る世界。前世の世界に居た俺の常識からは想像もできない事をやってのける。そこに痺れるあこがれるぅ!

 

 そういう訳で(どんな訳で?)、俺は上陸組のクルーと共に惑星ラッツィオへと降り立った。同行者にはチェルシー、それにトーロを連れてきている。チェルシーは気分転換…というか俺に対する依存を持つ彼女と最近は成る丈会わないようにしていた所為か、鬱憤みたいなのが溜まりに溜まっていたようでちょっと元気がなさそうだったから声を掛けた。なので今は随分と嬉しそうに俺の右手を占領している。何?この可愛い生き物?

 

 もう一人の同行者のトーロが空気が甘い!と叫んでいたがなんの事やら、妹に手なんてださんよ。ちなみにトーロは俺が声を掛けるまで、閉鎖空間での運動不足解消様に設置していたスポーツドームのモジュールに入り浸っていたので首根っこ掴んで引き摺ってきた。つーか引き篭ってるのは別にいいが、そのまんまだと整備の時に邪魔になるから連れ出してくれと言われ引きづり出して連れて来たのだ。

 

 まったく、まだ人員が居なくて役職だけの部署なのに張りきっちゃってまぁ。取らぬ狸の皮算用にならなきゃ良いんだがねぇ…。あ、部署をつくるの俺か。可愛そうだし後で改装の時に入れて置くようにケセイヤに指示しとこ。

 

 さて、とりあえず俺達が足を向けたのは……言わずもがな0Gドック御用達の酒場であった。基本的な岩石質の1G下の惑星はガス系惑星に比べれば小さいが、それでも地球と同じくらいの大きさはある。とうぜんそれだけ大きければ色んなショップやレジャー施設などが多々あるのであるが、実のところ私物の買い物とかでも無い限り、惑星で屯っていられるのは酒場だけだ。

 

 一応遊園地みたいなレジャーランドはあるにはあるんだが、下界のレジャーランドだと宇宙で働いている俺らにゃ緩すぎる。温泉やら女性クルーの味方のエステとかもそれなりに満足できるレベルのが全~部軌道エレベーターのタワーの中に収まっちまってて、余程の事がないかぎりお外に出る必要性を感じないのだ。

 

 例外は私物の買出しとかだろうか?特に女性クルーの殆どにとって必須な化粧品などは置いて無いのですぐに町に消えていったくらいである。男性クルーも…その、なんだ。ちょんがー故の必需品というかな?大人のおもちゃというか…言わせんな恥ずかしい。

 

 とにかくそういった具合で、一部を除き結局のところ暇な連中は結局酒場に来るって訳なんさ。

「女将さん!とりあえずおすすめを頼むッス!あ、こっちの子にはジュースで」

「あいよ」

 仲間引き連れ酒場に行く。ロープレだと仲間集めのチャンスだよな。そんな事考えつつ適当に注文を入れて空いている席にすわった。俺が頼んだのは勿論アルコール、法律が違うから『お酒は二十歳になってから』が存在し無いから良いのである。それで体を壊してもあくまでも自己管理能力が無かったっていうシビアな世界だしな。

 

 もっとも再生治療、リジェネレーション治療が発達しているから、即死とか脳みそが破損とかしない限りは大抵の傷病が治療可能なのが恐ろしい限りである。それはいいとして、俺にカモのヒナの様にくっ付いてきた我が妹君にはまだ飲ませない。いや正確には彼女が酒を飲みたがらないだけだが…味覚的に苦手なんだとさ。アルコール。美味しいのに…。

「ティータや、この皿を八番テーブルにはこんどくれ」

「はい、お母さん」

 適当に酒を傾けながらくつろいでいると、視界の端に俺達と同年代の女の子が手伝っているのが見えた。どうやらここを切り盛りしている女将さんの娘らしく、この酒場は母親と娘の二人で運営しているらしい。

 ふーむ、それは良いとして、はて?彼女を見た時に脳裏に何かを思い出しそうな…何だったけかな?

「―――ティータ?もしかして隣に住んでいた、ティータ・アグリノスか?」

「え、何であなた私の名前知ってるの?」

「おいおい俺の事忘れたのか?トーロだよトーロ。良く一緒に遊んだじゃねぇか!」

「あ、ああーっ!アンタはトーロっ!?」

 そんな中、何やら店娘を凝視していたトーロが声をかけた。どうやら彼女とトーロと知り合いだったらしい。昔話に花を咲かせたいだろうから、しばらくそうっとしといてやるかな。

「おい、見ろよ…トーロの奴あんなカワイイコちゃんを引っかけやがった」

「何だって?―――まじ…かよ…。クッ!トーロの癖に!」

「あの野郎、アレはアレか?見せつけてやがんのか?」

「――〆サバ丸はどこにしまったっけ?」

 でも、とりあえず物騒な目をしているクルー連中は連れていかないといけないな。

 コレ艦長の業務ちゃうんやけど…まぁサービスだ。昔の友達との時間を楽しみたまえトーロ君。

***

■その後のユーリin0Gドッグ酒場(隅っこ)■

「艦長どいて……アイツ殺せない」

「そういう訳にもいかないなぁ……てか人の頭をかち割れそうなほど大きなそのジョッキを置けッス」

「〆サバ丸……ククク」

「刃物は洒落にならんからやめい!」

「退いてくれ艦長、俺達は殺んなきゃなんねぇ…俺達と同じ彼女無し達(ミナシゴ)の為にッ!」

「だから、昔馴染みに会ってるだけじゃないスか、そんなに目くじら立てんでも」

「艦長には彼女が居るからわからねぇんだ!俺達みたいに出会いが少ないチョンガーの悲しみが!俺達の心が解るかッ!!」

「「「そうだそうだ」」チェルシーさんをよこせー!」

「でもねぇ?―――というか彼女って誰の事ッスか?あとチェルシーは大事な妹やぞ!よこせとか言わんと自力でアタックせんか!」

「あ!トーロの奴おなごを連れてどっか行くぞ!?」

「なぬッ!?艦長ソコどけい!こんの“モヤシ”やろう」

「「「アッ!?」」」

「―――、………ククククッ」

「あ…ああ…ヤベ」

「あーそうかそうか………」

「バカ!お前なに禁句言ってんだ?!」

「貴様らは死んだ方がマシな口かな?かな?」

「おいオメェ!早く艦長に謝るんだッ!」

「か、艦長ごめ「小便は済ませたか?神さまへのお祈りは?部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする準備はOK?」――まいがっ!ちきしょー!」

「「「「俺らまで巻き込――ぎゃーー!!!」」」」

 この後、数名がフネの医務室送りとなった。

 何かお酒が入ってたからついやっちゃったんだ。てへ。

***

 

 酒場から引き揚げてエレベーターにて二泊し、それなりに休暇を満喫した俺達はまた軌道上へ上がり、ステーション内のアバリスの置いてあるドックに戻ってきていた。この数日で整備も終わり、補給物資の搬入も終えたアバリスは発進を待つばかりとなっていた。

 

 後は俺達以外の地上に降りた連中が全員帰ってくれば、そのまま発進可能な状態である。俺は艦長だから誰よりも先に休暇を切り上げて艦に戻り、発進準備の為に艦長席で色々とチェック項目を消化していた。

 

 まぁ急ぎじゃないからのんびりとデータスクリーンをスクロールしてたんだが…。

『おーい!ユーリ!居るか?』

「ん?どうかしたんスか?トーロ」

 そんな時、トーロが携帯端末を使って俺に直接通信をつないできた。背景から察するに地上のほうから連絡を入れてきたようだが、なんの様だろう?

 

『えっとよ。酒場に女の子居ただろ?』

「ああ、トーロと話していた看板娘さんの事ッスか?」

『えっ見てたのか?』

「そりゃまぁ。あんなに堂々とナンパしてればねぇ?」

 あの時のトーロの様子を思い出しながらニヤニヤと笑みを浮かべてやると、困惑と羞恥の色を浮かべる顔の頬を掻くトーロ。お前さんらのお陰で俺はお邪魔虫たちの排除をしなけりゃならんかったんだが、それなりに面白い光景だったよ。

『ナンパじゃねぇけど…そうか、じゃあ話は早ぇ、その娘フネに乗せるからとりあえず連れてくるぜ!いいよな?じゃな!』

「え?ちょっと―≪ブツッ≫―トーロ…あのバカ通信切りやがった…」

 

 

 

 

 用件だけ言ってこっちの言い分を聞く前に通信を切るとか……あの野郎、いきなりなんだってんだ?絶対アイツ学校の通信簿に【人の話は良く聞きましょう】とか書かれるタイプだろ。つーか、あの娘の乗船許可、俺まだ出して無いんだけど……まぁ良いか、ちょうど生活班の方で人手が足り無かったしな。

 クルーが足りないフネに貸し出されるAIドロイドもそこそこ性能は良いんだけど、やっぱ人間の方が受けが良いしね。しかしトーロとティータ。何処かで引っ掛かっていたが彼女も確か原作でクルーになる娘だった事を今思いだした。ヤバいな、ここ最近の濃い日常の所為かゲームに関する記憶が薄れるテンプレが起こってるぜ。

 大筋はまだ大丈夫みたいだけど、この先どんどん忘れていきそうだ。そうなる前に外部記憶端末にでも記録しておくか?………いや、やっぱりいいや。誰かに見られたら困るし、忘れるならそれはそれで先の楽しみが増えるだろうしな。大体あのゲーム確かに沢山やったけど、詳細なイベントまで全部覚えてられっかてんだ。

 それはともかくとして、女連れ込む新人クルーか……こりゃ小競り合い起こりそうだなぁ……なんか胃が痛くなりそ――いや既に痛い気がする。ううう。ストレスに備え、胃薬と頭痛薬を今度多めに買っておこうと決心した俺であった。

―――んで、一人黙々と仕事をしながら待つ事40分。しばらくして彼らはやって来た。

「オス、艦長。彼女がティータだ」

「よ、よろしくお願いします」

 ティータを連れて来た彼は俺に彼女を紹介して来た。

 長身でスレンダーな身体付き、霞んだ桜色に近い髪色をしたロングヘアをたなびかせ、ブルーの瞳が困惑の光を宿しながらも俺を見据えている……でっていう。いや何と無く目の前に居るティータ嬢の姿を言語で表現してみたら自分のポエム力の無さに絶望した。

 それはともかく、昨日酒場で見かけた時に見た、腰に巻くエプロンとキャミソールとロングパンツ姿から察するに、どうやら仕事中にトーロに連れて来られたっぽいね。だけどトーロよ。それは下手すると誘拐になってしまうぞ?

 まぁそれはあとで酒場の女将さんに連絡を入れれば別にいい。

 

 でもさ―――――

「トーロよ。出来ればこっちに連れてくる前に、一言でいいからクルーにするかどうかの判断ってヤツを俺に仰いでおいてほしかったんスけど?」

「硬い事言うなって、俺とお前の仲じゃん?それに俺も保安部部長になるしさ」

「………あくまで保安部は設立予定であって決定じゃないから、まだトーロは保安部部長(自称)だって事、忘れた訳じゃないッスよね?ね?」

「そーなのかー!?」

「え、え!?トーロ、アンタ話が全然違うじゃない!俺が一言いえば大丈夫とか言ってたのに!」

「いやね?ティータさんとやら。「ティータでいいです」……ティータよ。こっちもトーロがちゃんと連絡入れてくれればね?こんなに文句言わないんスよ。だけどそこの阿呆は酒場の看板娘連れてくるとしか言って無いんスよね。女連れ込みたかったのか、どういうことなのかこっちも判断がつかなかったというか……」

「トーロのバカー!!」

「まて!ラリアットはやめグボッ!?」

 おおう、首元を狙い澄ました見事なラリアットがトーロに決まった。

 酒場の看板娘って見た目よりもカイリキー。

「うぐぐ、何故だユーリよ。俺は仲間じゃないのか?」

「仲間云々の前に、俺としては艦長の言う事を聞かないクルーの方が問題有るんだけど?」

「え、えっと!ゴメンナサイ艦長さん!このバカの所為で迷惑かけますっ」

 ラリアットのダメージから数秒で回復したトーロは何故か堂々と……むしろ開き直って胸を張っている。そんなバカとは対照的に非常に申し訳なさそうに、そいで緊張気味のティータ嬢を見て俺は苦笑する。と言うかトーロが厚かまし過ぎるだけなのだ。彼女が気にする事じゃ無い。

「まぁ、なに、連れて来てしまった以上、今更帰れとは言わないッスよ」

 

 頭を下げているティータに俺は手を振って止める様に言うと、彼らの顔に安堵の表情が浮かんだ。

「一応聞くんスけど、航路では海賊とか出るし普通に死ねる可能性があるんスけど大丈夫ッスか?」

「荒くれ者相手なら酒場で慣れてます。それにどうしても宇宙に出たいんです!」

「判った。嘘はないみたいだし、とりあえずティータは生活班の方に廻ってくれッス」

「え、そんな簡単に部署まで決めても良いんですか?」

「いや、ウチは最近ロウズから出てきたばっかりで人員が足りないんスよ。一応ウチでは自分の適性が判るまで部署を転々として貰うのがルールなんスが、それよりもティータくんはアウトローな連中が集う酒場で切り盛りしてたんスよね?なら、生活班の方が都合がいいでしょ?」

「は、はい!よろしくお願いします!!」

「あと、この携帯端末を渡しておくッス。これがこのフネに乗る際の身分証代わりッスから」

 俺は彼らが来る前に用意しておいた携帯通信機をティータに渡す。コレは通信やその他機能を備え、おまけにメールやらメモ帳やらゲームまで出来、財布にもなる。しかも、耐衝撃で宇宙空間でも完璧に動くし、この通信機に個人のデータを入力する事で、このフネの乗組員の証明となる。

 

 しかも脳波コントロールできる……は鉄仮面の方じゃないので置いておいて、この通信機のいいところは、自分の艦の見取り図も入っているという親切設計なのだ……これを作ったヤツは儲かった事だろうなぁ、メッチャ便利だし。

 彼女は俺から通信機を受け取ると、再度頭を下げた後、ブリッジから退出した。んで彼女に着いて行こうとするトーロを俺は呼びとめた。待て待て、まだ俺のバトルフェイズ…もとい、お前さんとの話は終わって無いぞ?

「さてトーロ君、お前さん報告義務を怠ったから便所掃除一週間ッ!!!」

「えー!なんだよそりゃ!?」

「文句言うなッス!お前の所為で俺がどんだけ苦労する羽目になる事かッ!」

 

 色々と他部署の折り合い付けるの大変なんだぞこの野郎ッ!今回だってティータがこっち来るまでにどこの部署が一番手が欲しいか調べたんだぞ!だれか人事部を作ってください!人事裁量権があるとはいえ色々と大変で切実デス!

 

 俺の処罰に対しブー垂れるバカを視界から外すように努めつつ、俺は頭痛を感じる眉間を抑えて艦長席に深く座りなおした。

「はぁ、まったく。イベント盛りだくさんだなこの野郎……」

【お疲れ様です艦長】

「おお、誰だか知らないけど労いの言葉ありがとさんッス」

【いえいえ】

 ん?ちょっと待て―――

「おいトーロさんや。お前さん今なんか言ったスか?」

「あーん?うんにゃ?と言うかお前誰に向かって返事返したんだ?」

「誰って……」

 ちなみに、現在ブリッジには俺とトーロしかいません。

 新しく整備と改造を加えたアバリスの各部署に皆顔を出しているからだ。

 てことはですね。俺は一体“誰に”話しかけたんでせうか?

【あのう】≪ヴォン≫

「「わひゃっ!?」」

 再び得体のしれない声がブリッジに響く。これは、まさか心霊現象!?

 SF真っ盛りな世界でオカルトとかマジ勘弁ッスよ。ヤダー!

 とにかく、いきなり知らない声が聞えたかと思うと、俺の背後に内線用の空間ウィンドウが展開された。どうやらそこから声がしていた様だ。びびび、ビビってたわけじゃないんだからネ!これでも艦長なんだから山のように動かないんだから勘違いしないでよね!

 あれ?でも一体どこの誰だ?と言うか、このウィンドウ…何故にサウンドオンリー表示なの?微妙に怖いんだけど……。

「ええと、どなたさんッスか?」

【え、そんな……艦長が私をアバリスに乗せてくれたのに……】

 Q,あなたは誰ですか?A,私のこと知らないんですか?

 どうしよう、問答が成立してないよ。というかトーロ、仲間を見る様な眼でこっちみんな!俺は少なくともお前みたいに行き成りクルーを連れてフネに乗せるような事はしとらんちゅーに。

「いや、と言うかこんな声の方に心当たりないんスけど?ちなみに何時頃乗船したんスか?」

【ええと、ついさっきです。いえ、正確には6時間程前には乗せられて、つい先ほど目が覚めたと言いますか……ハイ、そんな感じです】

「ちょっ、ちょっと待った!6時間前って言ったら、ちょうど整備班がフネの分解整備が終わって、ついでにモジュールの組み替えをしていた時間ッスよ?」

【ええ、ですからその時に】

「あーうー?余計に訳が解らんス!とりあえず顔を見て話したいから、サウンドオンリー表示をやめるッス!」

【いえ、あのう…お恥ずかしい事に、私には顔が無いもので】

 は?顔が無い?おいおい、そんな筈……あ、まさか。

「もしかして何スけど、あなたは人間じゃ無い?」

【ええ、その通りです艦長】

「幽霊!?マジで!?」

「トーロうっさい!……アンタ、多分スけどドロイドかロボットか何かッスか?」

【厳密には違いますけど、広義的には合っているかと思います】

「なぁ、ユーリ、結局誰なんだコイツ?不審者だったっていうなら俺がつまみだして…」

「ああ、大丈夫っス。もうおおよそ見当がついたから」

 俺が指示したモジュール入れ替え中に入り、つい先ほど目覚め、しかも人間じゃない。

 ふふふ、ココまでヒントが出てきたんだから、もう解ったよ。ワトソンくん。

「ねぇ?アバリス」

【はい、艦長】

「え?アバリスって、このフネとおんなじ名前じゃねえか」

「同じ名前って言うか“そのもの”なんスけどね」

【その通りです。流石は艦長です】

 そう!この声の主はアバリスだったんだよ! ΩΩ Ω<ナ、ナンダッテー!!

「う~ん?そのものってなどういう事だ?俺には良くわかんねぇんだが?」

「何、簡単な答えッス。この声の主はアバリスに取り付けた新しいモジュールのコントロールユニット何スよ、トーロ君」

 この声の正体は俺がモジュールを組みかえた際に新しく組み入れた新規モジュール。各所自動化を行い乗組員の人員削減…もとい必要数を減らせる便利システム。コントロールユニット、通称CUのAIであった。

 

 そういえばモジュールを設置した時、コンソールに『自律回路のON/OFF』って表示が現れたんだっけ。その時はなんの事なのか全然意味が解らなかったから、とりあえず何かの機能だろうと思ってONにしたけど、こういう意味だったのか。

 

 しっかしまぁ、以前ロウズの軌道ステーションで初めてローカルエージェントを見た時も流暢に受け答えするスゴイAI積んでた事に驚いたけど、まさか戦艦の管理AIにまで人工知能と人格を搭載できるなんて流石は未来だ。

 

 しかもこれってある意味でオモ○カネじゃねぇか…胸が熱くなるな。

「ま、とにかくさっきから話しかけてきたのはコントロールユニットくんなんスよね?」

【はい艦長、私は確かにCUに搭載されている管理AIのインターフェイスです】

「あー、道理でこのフネそのモノって訳なのか」

「やっと気付いたッスかトーロ?ま、人件費が掛からない優秀なクルーが増えたと思えばいいッスよ」

「……そうだな、それじゃあこれからよろしくだぜ?アバリスさんよ」

【はいトーロ、よろしくお願いします】

 ピョコンとウィンドウをトーロの前に出現させてそう答えるAIアバリス。しかし完璧な受け答えが出来るAIだね。インターフェイスが別格なんだろうか?まぁ人間サイズのアンドロイドですら結構個性豊かだったから、戦艦に乗せられるAIともなれば、それこそかなり高性能なんだろうな。きっと。

 

 とりあえず、一人と一機の仲間が増えたし、これからも増えてくだろうなぁ。なんせ現状アバリスを動かしてるのって、人間クルーを除けば半分近くがレンタルした通商管理局謹製のAIドロイドだもん。CU入れたから、AIドロイドの数を減らせるだろうけど、それでもまだまだ足りない。

 AIドロイドはメリットとして皆能力が一定で混乱とかしない完璧な水夫だけど、あくまでフネの運行に支障が無い程度の機能しかない。うーん簡単に言うと専門技能を持たない一般会社員みたいな?そうなると人間みたいに成長出来ない分、デメリットの方が目立つんだよねぇ。俺にはあいつ等の言語自体聞きとれないしな。

 まぁ、まだ先は長いから?幾らでも人員を増やせばいいさ。

 その内にな。

「それじゃアバリス、出港までにシステムのチェックと各部システムとの連動走査、それと……まぁ出来そうなことやっておいてくれッス」

【解りました艦長】

「うわぁ、もう使う気満々だよ。AI使いの荒い奴だな」

「トーロ無駄口叩いて無いでスポーツドームで訓練でもしてたらどうッスか?」

「へいへい。それじゃあなユーリ、アバリス」

 そう言って、手をひらひらさせてトーロはブリッジを後にした。

「はぁ」

【お疲れ様です】

「うん、ありがとよアバリス」

【艦長のサポートも仕事です】

 うう、AIに慰められる俺って一体?

 そんな事考えつつも、出港の為の仕事に戻る俺であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第6話、ラッツィオ放浪編~

■ラッツィオ編・第六章■

 トーロがブリッジを去って、しばらくするとブリッジメンバーが帰ってきたので、新たな仲間のコントロールユニットの管制AIであるアバリスを紹介する事にした。俺がAIアバリスを呼びだして自己紹介を促し、とりあえずブリッジクルー全員にお目通しさせた。

 当然、皆唖然しつつ困惑と懐疑の目を俺に向けた。どうも俺が皆を謀っていると思われてしまったらしい。俺はネタに走るけど皆をだましたりはしないのにと内心で少し落ち込んだが、いつもの事なのでユーリさんはクールにしておくぜ。目から流れ落ちるのは心の汗なのぜ。

 

 それはともかく、コントロールユニットに人工知能が搭載されていると言う話は、どうやら殆どメンバーの認知外の事だったようで、かなり驚いた顔をされた。流石のトスカさんとかも知らなかったらしい。唯一の例外は、機械いじりが趣味でソレ方面の知識に明るい整備班ケセイヤさんと科学班のブレーンであるサナダさんは流石に知っていた。

 でも、普通は人工知能の機能ってオミットするんだって。なんでかって言うと、人工知能には機能の高効率化を図る為に、学習機能が付いてるらしいんだけど、育て方を間違うと変な癖や性格になってしまうんだそうだ。有名な話では、0Gドックで商業もやっているヘイロ・アルタン氏のデルカント号がそうらしい。

 サナダさんが語ってくれたそのデルカント号は、シャンクヤード級と呼ばれる巡洋艦クラスを改装した戦闘貨物船であった。そのデルカント号の人件費を安く使用と考えたアルタン氏はフネに件の人工知能搭載型CUを搭載したらしい。だが気が付けばAIの口調がべランめぇ調に変ってしまい、勝手に義理人情に目覚めたんだとか。

 なんでもAIを任されたオペレーターが、大昔の映画を集めるのが趣味だったらしく、個人のフォルダに収まりきらなかった貴重な映像データを有ろうことかフネの共有データバンクの中に保管していたんだそうだ。ソレをAI が見て学習してしまい、世にも珍しいべランめぇ口調のAIがいるフネが出来あがったらしい。

 それ以上に、このサイバネティクス極限期を終えた時代に、太古の映画が残っていると事にビックリだ。前世の皆さん、遠い未来の宇宙でも日本の文化は現存している様です。どんな時代に置いても娯楽とメディアってのは廃れる事が無いし、20世紀あたりなら記録媒体も沢山あるから残ってたんだろうなぁ。流石は文化大国日本(別名・オタクの国)ってか?

 尚、余談であるがそのフネ、デルカント号のAIは、何と自分の気にいらない仕事を絶対にやらない上、実に喧嘩っ早いらしい。貨物を狙って襲って来た海賊船相手に操縦士のコントロールを勝手に奪って敵に体当りを仕掛けたのだそうだ。突然の事で慣性制御が追い付かなかったものだから、中の人間はたまったモンじゃ無い。

 そう考えるとAI搭載型のC(コントロール)U(ユニット)も問題有りそうだな。育て方を誤ると、クルーの事を考えない実に恐ろしい人格が出来そうなので通常のコントロールユニットAIに人格搭載型は殆どいないってのもうなずける。間違えてドS仕様なAIに仕上がってしまったら……大抵の奴は胃袋が持たないだろう。

 ちなみにうちのオペレーターのミドリさんはというと誰に対しても礼儀正しく、常に冷静を心がけるオペレーターの鏡みたいなクールビューティーである。彼女が特殊な趣味をもっているとかいう話は聞かないから、デラカント号みたいにはならないとは思う……多分ね。

 さぁ新たなる仲間を得た俺達が何をするか。それは―――

 

「―――敵前衛艦2隻大破、後衛艦は航行不能に陥った模様」

「EVA要員は、ジャンクの回収に当たるッス。アバリス、アームのサポートお願い」

【了解しましたです艦長】

―――今日もいつものように宇宙ゴミ清掃、海賊退治と来たもんだ。

 

 コレが結構ボロイ商売になるんだから止められませんがな。

 敵を倒してジャンク品を回収、それを仕分けして倉庫にしまっちゃおうねー。

「おつかれユーリ、なんか飲むかい?」

「あ、トスカさんおつかれッス、じゃあ水を頼むッス」

「あいよ…しかしあんたも頑張るねぇ」

 渡されたボトルのキャップをひねり、中の水に口を付けた時、トスカ姐さんがそう呟いたのを聞いた俺は何がと疑問符を浮かべた。

「いやさ?普通の0Gドックだったら、自分のフネを持っただけで満足しちまうのが多いんだ。アンタみたいに0Gになってからでもがむしゃらに頑張るってのは何かよっぽどの目的があるのかと思っちまうよ」

【艦長みたいに頑張る人は珍しいのですか?】

「まぁ端的に言えばそうだね。それも若さかねぇ」

「トスカさん……それ、おばはんみた――すいません。口が過ぎましたお許しください美しいお姉さま」

「一度死ねばいいと思うよ?」

「あおん」

 ギロヌ、美女の視線が突き刺さる。あいては死ぬ。

「スタンダップ!」

「いえっさー!」

 そして二秒後に復活する。目線の被害は主に俺です。

【あのう、何をしてらっしゃるんですか?】

「ん?タダのスキンシップだよ。なぁユーリ」

「え、ええ……(あの眼、マジで殺られるかと思ったZE)」

 女性に年齢関係の話題はタブーなのは未来も変わらないようである。

「それにしても、よもやあの時の青白い坊やが戦艦の艦長になるなんてねぇ」

「あー、それは自分でもビックリしてるッス」

「長い事打ち上げ屋をしてたが、アンタみたいなケースは…まぁ見たことないね。でも大抵は打ち上げの仕事を終えたらすぐに別れるから、そいつらの行く末を見た訳じゃないけど」

「あれ?そうなんスか?てっきりそれなりに長く居るものかと」

「そりも合わなきゃ好き勝手させてくれないヤツと仕事以外で長く居たいと思わないさ。中には少し優しくしてやったら勘違いしたバカが襲い掛かってくる事もあったしね」

「うわぁ、そいつらの末路が絵を見るように明らかっス」

「とうぜん。身ぐるみ剥いでドッカの星に放置してやったよ」

「身ぐるみとか、丸儲けッスね」

「全裸で何処まで生きられるかな」

「……怖ッ」

 まったく、0Gドッグの女性は逞しいったらありゃしない。

 でも、もしあの時トスカ姐さんのフネであるデイジーリップ号が、それ程酷く壊れていなかったら…ましてや応急修理もいらなくて資材を漁りに行かなかったら…俺は多分、バゼルナイツ級戦艦であるアバリスの設計図に出会うことはなかっただろう。

 

 妹君のチェルシーも助けられず、駆逐艦一隻で精一杯の艦隊を組んでデラコンダと玉砕し、まだ見ぬ宇宙を夢想しながら、崩壊するブリッジの中で炎に包まれて己の無力を嘆いていたかもしれない…やだ、ちょっとカッコいいじゃない。

 まぁ死にたくはないから実施はしないけど、とにかく全ては運とアバリス性能のお陰かな?ああ、あと個性的で愛すべきクルー達とのね。閉鎖されたロウズという環境に囚われ、その優秀な技能を埋没させていくしかなかった彼らと、ただ一隻で領主軍とやり合おうとした俺。命知らずここに極まれりって感じだな。

 

 だが俺と彼らの望みは一つ、宇宙に出たいという事だった。同じ望みがあるからそこに仲間意識が芽生えたんだ。もう手放せないし手放す気もないぜ。

「これからも変わらずに仲良くしてきましょう」

「ああ、そうだね」

 てな訳で、ホイ握手っと。

 そしてそれを見ていたクルー達が急にヒソヒソとし始める。

「おいおい、艦長…まさか副長にまで手を伸ばす気か?」

「妹だけじゃ飽き足らない。そこには痺れも無いし、あこがれも無い…かな」

「若いのう」

「なんとも、見ていて飽きないものだ」

「でもでも~、アレは無いと思う~」

「それには同意しますね。別に誰と付き合おうが関係は有りませんが、場所を考えて欲しいものです」

【うーん、人間って複雑ですね。あ、ジャンク回収が終了したのでEVA班を収容しました】

 何とも辛口コメントのようです。友情の確認にそこまで言われなアカンのやろうか。

「し、仕事に戻るッス!」

「そ、そうだな」

 なんとなくこっ恥ずかしくなったから、とりあえず仕事に逃げよう。こういったのは下手にうろたえると格好の標的にされる。Bekoolだ…あれ?BeCoolだっけ?ま、どっちでもいいぜ。トスカ姐さんもそう思ったらしく、そそくさと副長席で外のEVA班と連絡を取り合っている。うーん、なんか可愛いぞ。

 

 でもそれを口に出したら、きっとさっきみたいに人が殺せそうな程睨まれそうだから言わない。宇宙を生き延びるには先の先を読む事が必要なのだ!……とにかく俺も仕事しよう。さぼっちゃいけないよ。うん。

「ん?艦長、レーダーに感あり~」

 で、俺もコンソールを動かそうとしたその時であった。レーダーに反応があった。

 宇宙空間では隕石というか漂流する岩石とかデブリってのは珍しくはない。ないのであるが。

「ふむ…リーフ、ちょい針路変更、取舵30度ッス」

「アイアイサー」

 ちょいと動きを見れば、まぁ大体判る。操舵手のリーフに指示を送り、アバリスの進行方向を少しだけ変えて相手の軌道が変化するかを観察した。ただの漂流物なら特に変化は見られない筈であるが…。

「―――アンノウンも進行方向が変わります。人為的な物体の移動及び人工物の可能性あり」

「反応あり、スか……エコーさん、向かってくるヤツの大きさは?」

「レーダー最大レンジで測定ー、一番小さいのが120m~、最大450m~」

「センサーがインフラトン機関の反応を探知した。向かって来てるのはフネだぞ艦長」

「航宙識別シグナルは?」

「反応ありません。切っていると思われます」

「航路上での航宙識別を切る…完全な敵対行為…――トスカさん」

「ああ――全艦第ニ級戦闘配備!命令が出るまで自分の部署で待機してな!」

 敵かは不明…いや十中八九敵だろうけど…アンノウンの接近にあわただしくなるブリッジ。トスカ姐さんの方を向くと俺の意図を理解した彼女が即座に艦内に戦闘配備を敷いてくれた。機関出力が上がり、センサーの出力がさらに上がる中、戦闘システムの立ち上げがAIアバリスの補助を受けて数秒で完了する。

 

 航法システム・全周囲監視システム・インフラトン機関出力・火器管制・重力慣性制御・APFS、すべてオールグリーン。思わず花まるが空間ウィンドウに表示されるほどにパーフェクト――まさかの花の戦艦ネタをヤルとは、ハラショーだAIアバリスよ。

「機関出力上昇、エネルギー充填率100%」

「距離を一定に保つッス。両舷全速。それと主砲への回路を開け、砲雷撃戦用意!」

「主砲の全自動射撃用意良し!軸線砲への閉鎖弁オープン!」

【各砲、各センサーと連動、修正誤差入力開始します】

「敵艦のインフラトン反応増大、高エネルギー探知」

【オートディフェンス作動、APFシールド出力アップ】

 そしてこちらが機関出力を上げた途端、アンノウンから凝集光のビームが発射された。

≪―――ズズーンッ≫

「「「ぐわっ!」」」

「「きゃっ!」」

【後部第3スラスター近辺、装甲板にレーザー砲撃が命中しました】

「APFシールドが正常作動したので損害は有りません…ですが、先ほどの揺れで、食器が割れたと、タムラさんから苦情が来てます」

 ソレはどうでも良いッス。

「敵艦の位置は変わらず~!本艦より後方の~500の辺りにいます~!」

「敵艦を光学映像で捕えました。モニターに投影します」

「コイツは…」

 モニターに映し出されたのは、今までの艦船に比べたら100mは大きなフネ。エネルギー量から考えて巡洋艦クラスのフネであった。そのフネは艦首に片刃の剣のような形をしたセンサーブレードを装備し、海上船のような中央船体からまるで蛇が鎌首をもたげているように設置された艦橋をそなえていた。

 

 そして、その中央船体をサンドイッチするかのように、両舷に六角形の盾の様な形状をしたバルジがせり出しており、その楯状のバルジには前方に向けられた対艦砲と思わしき注射器のような形状をした軸線砲が装備されていた。楯状構造物は船体を挟んでいるので合わせて一対の大砲というかんじである。

 射程から考えると、どうやらこの巡洋艦がこちらを狙って攻撃してきたと見ていいだろう。

「艦種識別中………出ました。エルメッツァを中心に活動しているスカーバレル海賊団専用巡洋艦、オル・ドーネ級巡洋艦です」

「たしかオル・ドーネ級の基本設計はエルメッツァ政府軍から流出したサウザーン級巡洋艦からの流用だ。

 装甲と機動力に優れており接舷しての白兵戦が得意な戦法らしいよ」

「マジっすかトスカさん……。なるほど設計思想がさいしょから海賊船ってワケだ」

「ま、接舷して制圧した方が無傷でフネを奪える可能性が高いからね」

【敵艦の速力上昇、接近してきます】

「ふむ…艦長、どうやら敵艦は幾らか改造をしてあるようだ」

「そうなんスか?サナダさん」

「ああ、と言っても機動力と通信機能の強化を施してある程度みたいだがな。それでもここいらのレベルで考えれば大分早いフネのようだ」

 そう…なのか?手元のサブモニターに映っている原型と殆ど変らないんだけど?つーか、なんで見ただけで解るんだろう?マッドの血筋?そんな事を考えながらも速度を上げて迫るオル・ドーネ級を前に、俺は各部署に迎撃指示を下そうとした。

 

「――……艦長、敵艦が交信を求めています」

「え?それって目の前のアレからッスか?」

「はい、敵艦からのコールです。どうしますか?」

 だがその時、何故か敵から通信が来た……あれ?デジャブを感じるお(^ω^;)

「解った。回線つないでくれッス」

「解りました。回線をつなぎます。――アバリス、信号出力の調整お願い」

【了解です】

 ぶっ放して来ておいて、一体なんの為に通信を入れてきたのか理由を知りたかった俺は、恐らくスカーバレル海賊団のフネからと思われる通信を受ける事にした。少しだけジャミング出力がされていたので、回線をつなぐ時にしばらくモニターにはノイズが映っていたが、ジャミングを止めた事で徐々に映像が形になっていく。

 映ったのは、大体50歳くらいの男性だった……何だ男か。

『よう、俺はスカーバレル海賊団のディゴだ』

「こちらはユーリ率いる楽しい仲間たちだ」

「「「おいコラまて艦長」」」

「なんスか。通信中なんスけど?」

「気が抜けるから変な紹介をするな!」

「あたっ!殴ることないじゃないっスか!大体俺たちの通り名なんて決まってたか?」

「あんた絶対いま適当に浮かんだ名前で答えただろ?」

「名は体を表すっていうじゃない?」

【ある意味とっても似合っている気もしますが…】

『――――………話し、続けてもいいか?』

「「「「あ、どうぞどうぞ」」」」

 こちらのリアクションに遅れを取ったディゴさんは、すこしだけ及び腰になっていたが、とりあえず仕切りなおしとばかりにワザとらしくせきをして見せる。

『―――ま、とにかくだ。さいしょテメェラを見た時は、ただの大型輸送船(カモ)かと思ったんだが、そのフネの性能と艦種を見るに、テメェラはココ最近ウチのシマを荒らして部下のフネを沈めて…いや強奪して回ってるっていう噂の大型戦艦か?』

「強奪とはまたずいぶんと物騒な……ん、噂?」

『海賊と見るやいなや見境なしに襲い掛かって戦利品はおろかフネごと、それこそ尻の毛まで引っこ抜いて行くという大型戦艦を持った連中がいるっていう噂だ。おかげでこっちの台所状態は火の車で降格の嵐、幹部もずいぶんと減っちまった』

「あー、なんか身に覚えがあり過ぎるっス」

 強奪だなんて、ただたんにデブリにしちゃうのが勿体ないから丸ごと再利用してるだけなのにな。

「基本的に海賊とかの敵が持っていたものって倒した船乗りのものだしねぇ」

「酒のコンテナを運んでいたやつのどてっ腹に大穴を空けたときはキレーだったよな」

「でも戦利品はなくなるし災難じゃったと聞いたがのう」

「尻の毛って…そんなもん引っこ抜いてもなぁ」

「………せいぜいが、捕虜にした海賊員たちの「私物」を掻っ攫っただけ」

「あ、それ俺もやった」

「こっちはそんなことしてないぞ……まぁケセイヤたちと組んで海賊船の使えそうな部品は全部もらったが…」

 ホラ、うちの乗組員もそう言ってる。

『お前らは鬼か!――つーか噂は本当だったのか…ならば部下の敵討ちを兼ねて今度はお前が身ぐるみ剥がされる番だZE!≪ブツ≫』

「通信、一方的に切られました」

 なんか取りつく島も無く通信切られたような。

 というか……

「身ぐるみ剥ぐね。海賊は海賊って事か…つーか海賊に強奪云々言われたくないんだけど。それと通信入れて置いて、こっちの話聞かないのはどう何スかね」

「ユーリ、あと90秒で向こうと戦闘に入るよ」

「わかってるッス…これより戦闘に入るっス!第一級戦闘配備!」

「聞いたねお前ら?艦首を敵艦に向けろ!」

「アイサー、方位転換、艦首を敵艦に向けます」

「EA・EP作動開始、レーダー撹乱波発信!」

 フネの両舷に設置されたスラスターが稼働してフネの針路を変更する。

 敵さんの居る方向に向きを合わせてフネを停止させた。

「微速前進ッス」

「微速前進、ヨーソロ」

「敵、出力上昇を確認。コレは……全砲一斉射の予兆です」

「回避っス、TACマニューバ・パターンはBの3で」

 敵艦隊からの全砲射撃を前に、アバリスは1300mの巨体が軋むのを無視して、限界機動で攻撃を回避した。回避運動を取るごとに発生する強烈なGを、重力井戸(グラビティ・ウェル)のAIアバリスのサポートによる調整を使い中和する事で、船内の人間がギリギリ耐えきれるくらいのGにまで落している。

 

 尚、もしも重力井戸の恩恵が無ければ潰れたトマトより酷い事になっていただろう。……想像したら気持ち悪くなった、オエ。

≪ズシューン…≫

「回避成功、次の攻撃までの予測インターバル、約120秒」

【前面装甲板に被弾、APFS作動により損害無し。APFS減衰率12%。センサーに問題無し】

「こちらも反撃するッス!」

「ポチっとな!」

 艦首大型軸線レーザー砲、及び上部甲板の小型レーザー砲と中型レーザー砲が稼働し、ロックオンした標的に向けて光の粒子を発射した。

 反撃の光弾は宙域を横断して敵艦隊に迫り―――

「エネルギーブレッド、大型と中型は回避されました」

―――まだ距離があったからなのか、命中弾はなかった。にゃろメ!

「射撃諸元を再入力ッス。次は当てる」

「艦長~!大変っ!」

「どうしたッス?!」

「本艦の右舷と左舷方向に回り込んだ敵艦が急速接近~!!」

「なぬぅ!?」

「数はジャンゴ4、ゼラーナ2!」

「挟撃されたね。旗艦を囮にするとはなかなか肝が据わっている」

 どうやら、目の前の旗艦と思わしき巡洋艦は囮だったらしい。このフネの兵装だとターレットを持っている小型と中型のレーザー砲しか横の敵に攻撃が出来ない。最大限の弾幕を張るにはどっちかに回頭するしかないが、片方に向いている間にもう片方が襲い掛かってくることは明白だった。

 

 ケツを掘られる覚悟があるならどっちかに向けばいいんだが、あいにくアバリスのケツはまだ純潔でね。壊したくないのだ。あーそれにしても艦隊を組んでおくんだった。そうすりゃ肉壁…もとい背後の盾になってくれて安心なのにな。そう思ったが後悔先に立たずである。そして敵艦はすでにレーザーの発射体制に入っていた。

【敵艦のエンジン出力が上昇しています】

「敵艦にロックオンされました。攻撃まであと10秒」

「スラスター全力噴射!緊急回避っス!」

≪ゴガガガン!!≫

「「「ぐわっ!」」」

「「うッ」」

「―――敵弾の着弾を確認。左舷第2空間ソナーと右舷第5シールドジェネレーターがエネルギー過負荷によってスクラム、ダメコン班を向かわせました」

【APFSにより攻撃は減衰、しかしシールド出力70%にまで低下、展開率が20%下がります】

 バカスカと数に物を言わせ攻撃される。こちとら戦艦なので耐久力には定評があるが、どこぞの宇宙戦艦よろしく次のコマに全回復とかしないので、攻撃されればされるほど壊れて修理に手間を食う事になる。クソ、とにかく反撃しなければ!

 そう思った途端、再びアバリスが揺れた。

≪ズズーンッ!≫

「うわったっ!?」

【上甲板第一第二主砲塔に損傷―――あ!今のでターレットをやられて動きません】

「「「なぬぃっ!?」」」

「なんてこったい\(^0^)/」

 運悪く、連続した敵の攻撃によりAPFSが減衰したその一瞬を突いて飛びこんできたレーザーがAPFSを貫通、そして小型中型レーザー主砲塔に損害を出した。レーザー砲自体は無事であったが基部のターレット部分に高エネルギーが当たった事で電子制御的な問題が発生し、ブリッジからの操作を受け付けない状態になった。

 ちょっとした油断が命とりぃとはこのことか。それともコレは狙ってやった事なのか?どちらにしても装甲その他にそれほど被害は出ていないのに反撃手段が破壊されてしまった。FCSにもバグが発生したらしく、ストールが動け、動けよぉ!と声を上げている。撃ちたくても撃てないというのはもどかしいらしい。 

「後ろに向かって全速前進DA!」

「はぁ?!」

「全速後退しろッス!艦内の事は気にしなくて良いから思いっきりぶん回せ!」

「ちょっ艦長!そんなことすれば死人が出るぞ!?」

「Gで怪我するのと砲撃で消し炭にされるのと、どっちが良いッスか?…大丈夫、うちの重力制御担当は優秀っスから」

 俺は重力井戸を管制しているミューズさんに目をやると、少しだけ嘆息を吐きつつ。

「…………善処はするわ」

「ほらな?彼女に任せときゃ大丈夫っス。アバリスもサポートよろしく」

「ぐ、了解!」

【は、はい!】

 これで多少無茶しても大丈夫だ。少なくてもミンチにはならないだろう。この信頼はどこから来るのかといえばただ単に勘である。だが、この手の勘は外れないというお約束があるので大丈夫だ!………あっと!そういえば優秀なAIが仲間についたんだ。ついでに聞いてみるか。

「アバリス!敵の射線を予想できるッスか?」

【へ?あ、ちょっとお待ちください……可能です。レーダー上に表示します】

「リーフさんや?その射線にかぶらない様にフネを動かしてくれッス」

「ええい!どうなってもしらねぇからな!自慢じゃないが俺の操縦は荒っぽいぜ?」

 コレで少しは時間が稼げるはずだ!少しばかり揺れ動いて大変だが、この間に整備班がダメコンを終わらせてくれることを祈ろう。

 コンソール上に表示されるモニターに再び目をやる。ふむ、どうやらこっちが予期せぬハプニングに対処している間に敵海賊艦隊は配置を完了したようだ。左右は駆逐艦隊、正面は巡洋艦からの弾幕という三方向からの攻撃を受けている。

「ターレットは動かせないだけッスか?なら全砲を発射で対処!」

「おいおい艦長、ターレットがまわせないんだから敵をねらえないぞ」

「別に沈めなくて良いッス。相手に撃たせない様にするッス。整備班の修理が終わり次第反撃!オッケー?」

「了解した艦長…リーフ、すこし手を貸してくれ」

「すでに手一杯なんだが…まぁいい、やってやるぜ!」

 別にそれほどピンチってわけじゃない。まぁ装甲をじわじわ削られているからジリ貧ではあるけど、こうやる気を出してやってくれている姿を見ると実に頼もしい連中である。

 そしてアバリスはさらに揺れる。照準できないならフネごと照準すればいいじゃないの精神の元、ただでさえアースシェイク状態だったアバリスにさらに微妙な動きが混じり始めた。なんていうか……乗り物酔いを持つ人にはつらいかも知んない動きだった。

「反撃だ!各砲座無差別照準!撃ぇーっス!」

「了解、ぽちっと―――ん?」

「……………………ちょっと、発射命令出したんだから発射してくれっス」

「いや、なんかFCSがおかしいというか―――」

 おいおい、そんな訳…ってホントだ。

 こっち(艦長席)からでも確認できる。

「アバリス、どうなってるッス?」

【ちょっとお待ちを……走査完了。火器管制の一部に謎のバイパスが出来ています。しかもごく最近作られたものです。バイパス先は――】

 その時だった。いきなりガコンという音が、艦内に響いたのは。

「い、今の音は?」

「か、艦長!あれッ!」

「何ス―――なんだぁ?!」

 思わずメガテン…もとい目が点になった。主砲がエネルギーが切れたかのようにして起動を停止しているかと思えば、アバリスの上部甲板の大エアロックが開き、中から何かがせりあがってのだ。何なんだいったい!?

【……バイパス先は、第一大倉庫、一部を整備班が独占していた場所です】

 そうアバリスが小さく言った事に気が付かなかった。

 と言うか、誰だ戦闘中にこんなことをしでかしてくれたのは……一人しかいないな。

『ふっふっふ…』

 そして内線に怪しげな声が響く――なぜかモニターにはサウンドオンリーと手書きで書かれた黒いダンボールがドアップで写っている。正体はいったい誰だろうかというのは愚問だろう。なんだか突っ込んだら負けのような気がして…。

【戦闘中です。通信は後にしてくださいケセイヤさん】

『あっ!こら人がせっかく演出してるって言うのに!』

 だが優秀なアバリスくんが、生まれたてほやほやのAI特権であるKYを発動し、正体をばらしてくれた。そこに痺れry。正体を明かされた事でサウンドオンリーと書かれた黒いダンボールは投げ捨てられた。いや、ホントなんで手書きなんだ……それはおいておこう。

「何やってるケセイヤ!今は戦闘中なんだよ!?」

「と言うか、ケセイヤさん。ダメコンは?」

『ああ、副班長に任せてあるから大丈夫だ』

 いや班長が戦闘中に抜け出たらアカンやろ?そう内心つぶやいてブリッジ一同とともに彼にジト目を送るがそんなものはどこ吹く風とばかりにケセイヤさんは堂々と腰に手を当ててそうのたまった。テメェ、あとで減給してやるからな。

 ともあれ改めてケセイヤさんを見てみると、反射材でできたバイザー付の気密ヘルメットを被りすこし野暮ったい宇宙服を着込んでいるあたり、彼は今空気が無い所に居るらしい。背後には金属の壁が写っているので船外という訳でもない。

 

 ま、まさか――――

『ふっふっふ、メイン兵装が使えなくなった時、こんな事もあろうかとぉッ!今まで倒した敵船から拝借した兵器でぇぇ!、旋廻式キャノン砲っ!ガトリングレーザー砲を作って置いたズェイ!!』

「くッ!“こんなこともあろうかと”はオレの台詞だ…」

「いやいやサナダさん、何対抗意識燃やしてるんだよ」

「技術者ならば当然の事だ。恥ずかしがる事など何もないっ」

「うわっ、言い切った!開き直ったよこの人―――つーかケセイヤさん」

『あん?なんだ?』

「あの配線がむき出しの、廃材みたいなアレがそうなんスか?」

 アバリスの上部甲板…小型レーザー砲と中型レーザー砲の間にある部分…にせり上がってきて鎮座しているその物体Z。その姿はまさに、廃棄物だった。いやどっちかっていったらパイプとか車の部品とかを組み合わせた前衛芸術の作品といった感じが合いそうな感じである。

 タイトルでもつけるなら『洗練されたパイプの流れ』とでもいえばいいのか。とにかくコードむき出しのパイプむき出しの回路丸見えの、お世辞にも大砲といえないような姿に俺を含めたブリッジ一同はなんともいえない表情をしていたのはいうまでもない。というか使えるのかという疑問が頭から離れない。

 

『廃材いうなっ!まぁ仕事の合間に作ったからな!つい昨日完成したばっかりで外装まで手が回らんかったが、ちゃんと使えるぞ?』

 だが、時折バチバチと火花が出ているソレを見て、とてつもない不安が浮かぶのはしょうがないことだった。そんな中、オペレーターのミドリさんがなにやらコンソールで調べていたらしく、それが終わったのか顔を上げると口を開いた。

「―――なるほど不自然な物資や資材の行方はコレでしたか」

『ギクッ、ミ、ミドリさんや。これはロマンに賭ける情熱のための必要経費みたいなもので』

「別にそれだけならいいんですが…すこし経費も流用してますよね?」

『うげっ!?なんでただのオペレーターがそのことをっ貴様エスパーだなっっ!!??』

「カマをかけて見ただけです。それに私は唯のOP。別に資材流用とか経費流用の件についてとやかくいう部署ではありませんし……」

『ほっ』

「ですが―――艦長」

「うむ、ケセイヤさんはギルティ(減俸3ヶ月)」

『な、なぜだぁぁぁ~~!!』

 某世紀末の鉄仮面さんの如くシャウトするケセイヤさん。どうでもいいが宇宙服でくぐもって聞こえるから変な声だなぁ。

「艦長~、敵艦が撃ちながら接近してくる~!」

「こっちが攻撃しないから接舷して乗り込んでくる気のようだね。どうするよユーリ?」

「……ケセイヤさんの追及は後にするッス。本当に使えるッスか?」

『おうよ!マッドな俺らが提供する最高のロマン武器だぜ!』

「……男のロマン武器ってあたりに不安を感じるんだけどねぇ」

『かーっ、わかってねぇな副長さんよ』

「私は女だからね」

 なにやら議論が始まりそうだったが、今はそれど頃じゃないのでそれを諌める。とにかく使えるというのなら使わない手はない。テストは?そんな暇あるか!

「解ったッス。それなら、ストール!アバリス!」

「ああ、火器管制に直リンクさせてる!」

【サポートは既にしています。プログラム変算により使用可能まで、後20秒】

 流石にエネルギーバイパスを回しただけじゃ、高速で動く敵さんにあてるのは難しい。ストールさんでも長距離攻撃では機械の補助がいるし、それを使うためにはFCSの調整などいろいろ必要なのである。そして話を聞いていたストールたちは、いわれるまでもなく既にセッティングを開始していた。

「よしッ!コレで使える!」

「直ちに発射ッ!目標右舷、敵前衛一番艦!!」

「了解!発射!」

≪ギューンッ!!≫

 上部甲板からブリッジまでは大分距離があると言うのに、艦内に冷却機の音が響き渡った。未完成故に静穏装置が設置されていない所為だろうか。しかしこの無骨なほどの振動と音を聞くと、むしろこの音が頼もしく感じられる。

 異常音?いや、コレが正常音なのだ。そう感じさせてくれる何かがあった。だが正規の装備じゃないこれが敵のAFPSに対し効くのか?という一瞬感じた疑問は、次の瞬間には瓦解していた。

≪ヴォォォォォォ――――――!!!≫

 配線剥き出しの無骨でおよそ完成からは程遠い筈な砲から放たれたのは、まさに弾幕。

 凄まじい勢いで発射される大小さまざまな光弾の群れはスコールのように敵艦に降り注いだ。制動装置も調整不足で不完全なのか撃つたびに銃身がブレていたが、それが帰って射線をズラして面制圧力を高める結果を出している。

 未完成故に面での制圧力がはからずとも強化されたって感じかな。放たれた弾幕は異様に広い散布界であり、本艦から見て右舷側に展開いた敵海賊艦隊の前衛一番艦のみならず、その横に居た前衛ニ番艦にも照射される。

 しゅぼぼぼぼと大小さまざまな光線に飲み込まれる敵艦の姿は、なんかイワシの大群に突っ込んじゃったマグロみたいだった。だけど、魚の群れなんていう生易しいもんじゃなくて、レーザーという高エネルギーの塊みたいな凝集光の群れである。摩り下ろし機にかけられたよりも哀れかもしれない。

 何せ初撃は耐えたのに、そのあとはみるみるとAPFシールドが減衰していった。光線が命中するたびにプラズマにも似た光が船体表面を走るのだが、絶え間ない攻撃がその光すら削っていく。前の世界でガトリング砲がミンチ製造機なんてあだ名がある理由がわかった気がするぜ。これはひどい、いい意味でだが。

 そしてガトリングレーザー砲が稼動してからわずか数十秒で、敵艦が内部から爆発を起こして爆散した。なんでと思ったが、どうやらあまりの攻撃の量に敵のシールドジェネレーターが耐え切れずに自壊してしまったらしい。こうしてあたりに残骸が散らばった。

「す、すげぇ」

 ブリッジの誰かがそう呟く。俺もそう思う。

 敵さんも驚いて動きがとまっている様だ。

「右舷の敵2隻の撃沈を確認しました。他艦隊は進行を停止」

【火器管制に異常発生、現在オーバーライド中、復旧までおまちください】

「今のうちに全速で後退!消費したエネルギーをチャージするッス!」

「お、おう!全速後退!」

【エネルギーコンデンサーにチャージ開始、甲板臨時旋廻砲、再度使用可能まで後120秒】

 ふとエネルギーの消費を見てみたが、噴出した。たった一回の使用でエネルギーの7割が消費されている事に。ドンだけ腹減り虫なんだこのいやしんぼ!通常火器での戦闘十数回分が一発で消えるなんて、なんて非効率……だが、それがいい。ソレでこそロマン武器よ!だけど次回からは消費抑えてな!致命的だし!

「緊急チャージのために、生命維持最低限を残してシステムをカットします。許可を」

「艦内放送は?――よし、やってくれっス!」

 とにかく急いでエネルギーを充填しなければならない。その為艦内の生命維持にまわしているエネルギーを一時カットしてそちらにまわした。おかげで手元が真っ暗である。お先真っ暗にならないことを祈りたいね。後退し、エネルギーが貯まり次第、このまま一気に突破しようと考えていた。

 

 だが――――――

「後方に高速で移動する物体~!これは……あ、接近する艦影が多数~!数は20ほどでサイズからすると戦艦を旗艦とする艦隊です~!」

「また海賊の増援っスか?」

「わ、解りません~!スキャン結果からすると、海賊では無いみたいですけど~」

 どこの艦隊だ?戦闘宙域に来るなんて……。

「アバリス!背後の艦隊はデーターベースに無いッスか?!」

【識別信号は…ありました。照合中、しばしお待ちください―――該当あり、ラッツィオのエルメッツァ軍駐屯基地所属のオムス艦隊です】

「ラッツィオ軍基地?まさか後ろの艦隊はエルメッツァ中央政府軍かい?!」

「げ、騒ぎを聞きつけて軍が?あちゃー、怒られるかも知れねぇっスね」

 エルメッツァ、ラッツィオのとなりの星系で小マゼランで一番でかい国があるところ。ラッツィオもエルメッツァに属してる星系だから、こんな騒ぎを航路で起こせばそこの軍隊もくるだろう。どこもおかしくはないな。

【後方の正体不明艦隊より、インフラトン反応の増大を確認】

「なッ!?まさか軍の連中、俺達ごと巻きこんで撃つ気か?!」

「エネルギー尚も増大。レーダーの照射も確認。いわゆるピンチですね」

「なんでミドリさんはそうも冷静なんスか!と、とにかく回避をッ!」

「だ、ダメだ!もう間に合わない!」

 ストールの言葉にさっきの骨がきしむような機動はどうした!?と叫びたくなったが、その前に後方の艦隊から凝集光が照射された。

 

 それはもう、画面が白くなるほどのレーザーが―――――

「うわぉ。漂白剤もびっくりっス」

「エネルギーブレット、本艦到達まであと10秒」

【再充填エネルギー、シールドジェネレーターにまわします】

 幾らこのフネのAPFシールドの強度が高くても、背後の艦隊は20隻はいるからかなりの規模だ。しかも、大半が恐らく軍用の駆逐艦クラスか巡洋艦クラス。海賊やロウズ警備隊連中のレーザー砲とは訳が違う、高出力のレーザーを装備しているだろう。喰らえば、さっき敵に起こった様にジェネレーターがオーバーロードを起して、此方がボン。

 

 

 そして着弾の直前、覚悟を決めた俺は思わず目を瞑ってしまった。

………

…………

……………

………………

…………………?

「あ、あれ?衝撃が来ない??」

「エ、エネルギーブレット、本艦を通過しました」

「な、何だって?!」

 どうなってるんだ?一体?

「エネルギーブレッド、本艦を通過して海賊たちに向かいます!」

「これは…助けられたって事…なのか?」

 それにしては、やり方が強引な気もしないでも無いんだが…。通過したエネルギーブレッドは、前方のオル・ドーネ級以外を薙ぎ払ってしまった。

 目の前の巡洋艦は、ちょうど此方の陰になっていたらしくレーザーの直撃を免れたのだ。

「前方の海賊船!撤退を開始しました!」

「流石に不利だと考えたか…海賊にしちゃ冷静な指揮官だねぇ」

「そうッスね…機関出力上げ!此方も撤退する!!」

 全速を出して逃げて行く海賊船を見ながらも、俺は後ろの艦隊から逃げる算段を考えていた。

 一応海賊を蹴散らしてくれたものの、何の警告も無くこちらゴト撃ったんだ。

 最悪の事態まで、警戒しておくに越したことは無い。

「艦長!後方のオムス艦隊から通信が来ました!」

「…………とりあえず機関出力は維持、兵装へのエネルギーはカットするッス」

「逃げる準備を怠らないように各部署に通達しておきな」

「アイサー」

 こうしてアバリスは、エルメッツァ中央政府軍との初めてのコンタクトを取ることになる。

 あ~、もうめんどくさそうな感じがするぜ。軍人とかの相手はめんどくさそうだよなぁ。

 大事なことなので二度言ったぜ。

【通信を繋げます。戦闘の影響で、映像が少しばかり歪みます】

「メインパネルに投影」

 パネルに映し出されたのは……………なんかピカソの絵みたいになった映像。

「…プッ(ちょっと、流石にコレは無いんじゃないスか?)」

「(ノイズキャンセラーを最大にしてコレなんです。もっと近づかないとコレ以上は無理です)」

『こちらはエルメッツァ政府軍所属、オムス・ウェル中佐だ』

 おっと、音声はきちんと入るのか。

 こっちもきちんと返さないと……。

「こちらは0Gドックのユーリです。先ほどは危ない所をどうも…」

 一応、結果的に助けられたんだし、お礼の一言は言っておかないとまずいだろう。

 ……あんな助けられ方は二度とゴメンだけどな。

『いや、こちらもたまたま近くを通りかかっただけだ。

 我々の仕事は本来海賊等の脅威から航路を守ることにある。君たちが気にする必要はない』

「そうですか。ですがそれでも、其方の行動によって助けられたことは事実。感謝を…」

『うむ、気持ちは受け取っておこう。ところで、何故君たちは海賊に襲われたのかね?』

「お恥ずかしながら、最近我々は海賊のフネばかりを狩っておりまして」

『ふむ、罠にはめれらたと?』

「その通りです」

 ケッ!面倒臭い。何でこんな話し方せにゃアカンのや?

 早い所終わらせて、普段の喋り方に戻したいぜ。

「まぁ、こちらも無事でしたので、我々はこれにて…」

『いや、少しばかり事情を聞きたい』

「…は?」

『私はしばらくラッツィオ軍基地に居る。二日後に来てくれ。以上だ』

「え?ちょっ!」

「通信切られました」

 おいおい、こっちは行くとも何とも言ってねぇぞ?

 なんつーか、失礼つーか、傍若無人つーか…。

「オムス艦隊、この宙域を離脱していきます」

「………一度ラッツィオにもどるッス。コンディションはイエローを維持」

「アイサー」

とりあえず寄港の指示を出した俺は、後ろに控えるトスカ姐さんに振りかえった。

「はぁ、どうしましょうトスカさん?」

「まぁ、軍の連中との中が悪くなるのは避けたいねぇ」

てことは…やっぱいかなアカンか?

「面倒クセぇ…」

「しかたないさ、コレも艦長のお仕事お仕事…ってね」

「………交代しないッスか?トスカさん」

「今更遅いわ。覚悟決めて会いに行くんだよ」

「へ~い」

 ああもう、一応連中はここら辺の、複数の宇宙島を牛耳っている政府の人間だ。

 下手に関係をこじらせたら、一介の0Gドックでしかない俺が勝てるわきゃねぇだろ。

「一応今後の予定、ラッツィオで補給したら、そのままラッツィオ軍基地に向かうッス」

 一応誤解が無いように言っておくけど、ラッツィオ軍基地は惑星ラッツィオのお隣の星だ。

 名前もそのまんまラッツィオ軍基地って名前である…………軍人しかおらんのやろうか?

 とりあえず、アバリスは一路、惑星ラッツィオに舵を切った。

「――――それで、あんなに揺れてたんだ?」

「そうなんだよチェルシー」

 俺は昼飯を食べに、食堂に赴いていた。

 何故かちょうど休憩に入ったと言うチェルシーも隣に座っている。

「…………」

「?どうしたのユーリ」

「……うんにゃ、何でもない」

 もっとも、此方の様子をカウンターからニヤニヤ覗いているタムラさんを見れば、

 なぜチェルシーが休憩時間なのかが、すぐに理解できた。

 まぁ言わぬが花ってヤツだから何にも言わんが…。

「全く、何故にあいつらんとこ出頭せなアカンねん…俺善良な一般0Gドックだぜ?」

「んー、海賊さん達を狩っている時点で、一般とは程遠いんじゃないかな?」

「そうかな?」

「うん」

 まぁね、普通の0G達は主に輸送業中心だもんね。

「ねぇユーリ、無茶しないでね?」

「だいじょーぶ、むちゅ……」

 噛んだ。

「む、無茶はしない。うん」

「フフ、なら良し、だよ」

 わ、笑われた…恥ずかしいな、おい。

 しかし、彼女も良く笑顔を見せる様になって来たなぁ。俺的良い女ポイント10点upだわ。

 頑張って、彼女と良く会話して、仲間に溶け込めるよう配慮した甲斐があるわ

 ま、ウチのクルー連中に、嫌なヤツは居ないとだろうけどさ。

 俺自身、良くクルーと一緒に、他愛ないお喋りをする。

 そうやって、艦長自ら話しかけて、艦長とクルーっていう垣根を作らないようにしてるんだ。

「なにか飲む?」

「ああ、頼むよ」

――――――とりあえず、まだ休み中なので、兄妹水入らずでのほほんとしていた。

 若干、厨房の方から、俺も若いころはだとか、青春ねとか言う声が聞こえたけど、気にしない。

 気にしたら最後、ネタにされることが解っているからな。

 でもなぁ、一応兄妹だって言って有るのになぁ、そこら辺倫理観どうなってんだこのフネ?

「なぁチェルシー」

「なに?」

「平和って…いいよなぁ」

「そうね」

 そしてお茶をズズッと啜る俺。

 まぁお茶って言っても紅茶みたいな奴だけどね。味も似てるし。

「ところで、ズズ…、どうよ?いい加減生活には慣れたかい?」

「うん、仕事は解りやすいし、何より皆優しいの。良い人たちばかりね」

「はは(半分は僕と君をくっ付け隊の人達だけどね)」

 何気に会員が増えたらしい。清純派な恋が皆お好みなんだそうで…。

 え?どうやって調べた?ウチにはアバリス君という優秀なAI君が味方なモンでね。うん。

 プライバシーの侵害?そこはホラ、艦長権限ってヤツだからいいの。

「何よりあたたかいわ。このフネは」

「そうなるように、苦労した甲斐があったッスねぇ」

 まぁ乗組員の人間が、まさかあそこまでキャラが濃い連中とは思わなかったけど…。

 この俺ですら把握しきれない連中だもんなぁ。

「あ!そうそう、私また料理教えてもらったんだよ?」

「タムラさんに?じゃ、またいつか食べさせてもらいたいモンだねぇ、うん」

「ユーリが言ってくれれば、いつでも良いよ?」

「はは、俺の業務も忙しいからな。でも、ちゃんと食わせてくれよ?」

「うん、約束だよ」

 

 ちゃっちゃらー、チェルシーはB級グルメを覚えた・・・ってな。まぁウソだが。

「さてと、このあったかいフネを守る為に、お兄ちゃんまた頑張ろうかね」

「うん、無茶しない様に頑張ってね?」

「これはまた難しい注文だ…だが、やる価値はある。それじゃまたな」

「うん、またね」

 エセ紳士風を気取った俺は、そのまま食堂を後にした。

 そして戦艦アバリスはラッツィオでの補給を終え、ラッツィオ軍基地へと向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第7話、ラッツィオ放浪編~

■ラッツィオ編・第七章■

「うー、トーロトーロ」

ラッツィオにある軍基地に行くまで暇なので、暇つぶしにトーロくんを探している僕は、宇宙戦艦の艦長をしている普通の男の子。しいて違うところをあげるとするなら、宇宙開拓に興味があるってところかなー。名前はユーリ。

「あ、ミューズさんちょうど良いところに出会ったス。トーロどこに行ったか知らないッスか?」

「彼ならトレーニングルームにいるわ…」

「そうか、失礼したッス」

「あ、艦長――――行っちゃった。今ソコには入らない方が良いのに…」

 そんなわけで艦内のトレーニングルームにやってきたのだ。

 ふと部屋をのぞくと、中でぽっちゃり系の少年が床に大の字で寝っ転がっていた。

 

 うほ、いいお腹。

 

「(ダイエットを)やらないか?」

「んー?誰かいるのか?」

 いっけね☆肥え出したから、もとい声出したから見つかっちまった。

「やぁ、トーロくん暇だから来たっ――ぬがッ!?」

「ん?ユーリじゃねぇか。って、どうした?床に張りついちまってよ?」

 そしておもむろにトレーニングルームに入った俺はつなぎのホックを…いや、室内に入ったとたん曙に乗られたような感覚と共に床とディープキスを交わしたのだ。

「うぐぐ、暇つぶしを兼ねて来た結果がこれっスか」

「それは解ったけどよ?何で立ち上がらねぇんだ?」

「…立てねぇんだよ!!重力もうチョイ落とせこのバカ!!」

  

 

***

「わりぃわりぃ、鍛錬してる時は誰も来ないからよ?」

「とりあえず早いとこ通常重力に戻してくれ…ミが出そうなんス」

「うげ!?解ったちょい待ってろ!よし、解除した」

 重力のON・OFFが簡単に出来るようにしてあるのか、トーロがスイッチを押すと重圧が消えた。ゲホゲホ、いたたたた。身体中が痛ぇ。後少し遅かったら、さっき食ったモノと奇妙な再開をするところだったぜ。

 もしくは部屋で溺死ってとこか…ゲロに溺れてとか最悪な死に方だな、おい。でも艦長なのにコレじゃあ示しが付かないな。俺も少し訓練入れるか。

「全く、確かに鍛えろって言ったけど、限度ってものがあるッス」

「自分でも何でココまで耐えられるか不思議でならねぇけどな」

「……まぁ良いッス」

 呆れてものが言えん。

 とりあえず、もうすぐラッツィオ軍基地に着く事を伝えると、トーロは気のない返事を返してきた。どうやらトレーニングに忙しいらしい。この筋トレ馬鹿め。

「全く…アイタタ…」

 床と熱烈なキスを交わしたところを撫でながらそう呟く。何で自分のフネん中で怪我してるんだろう?予期せぬ怪我は日常の中に潜んでいるというが、予期できぬにも程がある気がしてならない。いや、これは人災だ。トーロの給料減らしとこう、そうしよう。

 

「戻ろう…俺の居場所(ブリッジ)に…」

 

 幸い大したことは無かったので医務室にも行かずブリッジに向かおうとした。

 その時である。

≪ガガガガ…ギュィーン…ギッコンバッコン!ニュイ~ンモッハジ!!≫

「なんだ?この奇妙な音?」

 何故か工事現場で聞くような金属を削る音が通路の向こうから響いて来た。というか最後の音は何だ?ん~、すでにフネの修理は終わっている筈なんだが…はて?気になった俺は、音のする方へと足を向けることにした。

…………………

……………

………

 歩くこと数分、気がつけば俺は倉庫区画に来ていた。

 そしてもっとも音がうるさい扉を見つけ立ち止まった。

 音の元凶はどうもここから聞こえてくるらしい。

「あれー?確かココは…」

 小首を傾げながら倉庫扉脇の表札を眺める。そこには無限航路で使われる公用語でマッドネス・ネストという文字が書かれている。直訳するとマッドの巣、まんまである。たしかこの倉庫は、ケセイヤが“こんな事もあろうかと”と言って作り上げた色んなヤバいモノの保管庫だった筈だ。

 

 ちなみにこの間使用された件のガトリング大砲もココにある。秘密裏に経費を勝手に横領していた事は下手すると生身で宇宙に放り出されかねない事態で見過ごせないが、それを許しちゃうのもユーリクオリティ、まぁ実際いい仕事はしていたからな。浪漫は大事だよ。

 

 この先も横領されちゃかなわんから鹵獲品や廃品の幾つかを融通して、整備班全体の予算を少し上げる代わりに、整備班所属人員の御給料を半額以下に設定した。少数の整備員から苦情が来たが、ならなんで班長を止めなかったんだと質問を返して黙らせた。連帯責任はどこの社会にもあるのである。

 

 もっとも、元々フネから殆ど降りない上、機械弄りが趣味な連中ばかりなので給料の使い道なんてそれほどないし、第一フネに乗っている間は必要な衣食住は保障されているから、趣味の機械弄りだけできれば不満も封殺できるんだが…。

「ま、まさか…またなのか?」

 それはさて置き、音の元凶が響いてくる扉の向こうに嫌な予感を感じてたまらない。あれだけ絞めたのに、まだ何かやらかすのではないか?さすがの俺も黙って船内で何かされるというのは気持ちがいいモンじゃない。

 こうなれば、俺も一つ噛ませてもらおうか。そう思い倉庫の扉を手動でそっと開け、中をのぞいてみる事にした。

 

「はんちょ~、このシャフトどうするんか?」

「お?そいつはレールガンのレール部分に代用が効くヤツだな。6番に保管しとけ」

「班長、一応応力デバイスの調整が終わりましたけど、流石に陽電子砲はまずいんじゃ」

「別にタキオン粒子使う大砲作れって言うんじゃねぇんだ。ソレ位大丈夫だって」

「でも基本、廃品ですよ?破壊した船舶から集めたヤツだし。爆発したら数宇宙kmが蒸発しちゃうんじゃないかなぁ」

「ちゃんとスキャンして、強度の方は問題無いって出てるだろうが!」

「この廃品のコンデンサーが、コレだけの大出力に耐えきれますかね?」

「そこら辺は大丈夫だ。コイツはフネの心臓部たるエンジン部分に使われていたヤツだからな」

「しかし、何だかなぁ~」

「何ぶつくさ言ってんだ?このキャミーちゃん3世が信用できんとでも?」

「陽電子砲に、変な名前付けないでください」

 カラカラ笑うケセイヤさんと、ソレを見てもはや諦めの境地にたどりついた副班長。

 いや止めろよと俺の理性的な部分が騒ぐが、あいにく浪漫が好きな俺は良いぞもっとやれとうるさい。どうやらケセイヤさんとその他整備員達が倉庫の整理と海賊船を破壊した際に出た廃品の幾つかを使って何かの開発をしてたようだ。

 広いフネだから、俺も全部把握してる訳じゃないけど、こんなことしてたとはね。

「そういや班長?」

「なんだ?」

「このついつい調子に乗って作ってしまった機動兵器の図案、どうします?」

「まぁ半分冗談で作ったヤツだからなぁ…。とりあえず隅っこに投げとけ」

「了~解~、ついでに作った人型機動兵器だけど、予算ねぇもんな」

 うん?いまとっても浪漫ハーツに引っかかるキーワードが聞こえたぞ!

 コレは俺も話しに混ざらねばなる巻いて!

「話は聞かせてもらった、ッス!」

「げぇ!艦長!」

 ジャンジャンジャーン!って関羽かよっ。

「そんなことよりもっスね、おうおうおうケセイヤさんよぉ」(♯^ω^)ビキビキ

「な、なんだよ。言っとくが使った経費は返さねぇからな!」

「班長、返さないじゃなくて使っちゃったから返せないだけだ」

「だって廃材流用だけじゃたりなかったんだもん!」

「いい年こいたオッサンがモンとか付けんじゃねぇよ!気持ち悪い」

「なんだと副班長の癖にィ!」

「自重しろ浪漫中年!」

 なんかケセイヤと副班長の人が喧嘩しそうだけど、まぁいつものことだ。

 この二人、根っこの部分で同類だからなぁ、すぐに元に戻るんだよね。

 でも話が進まんから、ちょっと二人の間にわりこむぜ。

「んなことはいいんス。俺が怒ってんのはなあ……どうして機動兵器なんて浪漫兵器を作るのに、俺に…艦長さまに一声くれなかったって事なんスか!」

「お、おう!?」

「艦長ェ…」

 

 心からのシャウト。だって、俺だって、男の子だもん。

 機動兵器とか、それが人型とか、もうね。浪漫ですよね。

 俺の剣幕に若干腰が引けているケセイヤとか呆れの視線を送る副班長君は無視無視。

「艦長…。おめぇも話がわかる口か!」

「俺に申請してくれれば、艦長権限で秘密裏に予算を組んであげてもいいっス。だって男の子じゃないッスか。俺たち」

「「「さすが我らが艦長だぁ!」」」

 歓声を上げる整備の連中。いっきに男くさい空気が部屋に満ちる。古今東西、男の子が浪漫に費やす情熱は変わらないのだ。微妙に常識人臭い副班長は溜息を吐きつつも嬉しそうである。やっぱり同類じゃないか、はは、こやつめ。

 そういう訳で俺はケセイヤたちの為にパトロンとなって予算を組む事を了承した。普通の経費では予算オーバーになるので、俺からも一部ポケットマネーで出しているが、パトロンを得たこいつ等の暴走が起きないか怖い。

 まぁ、ある程度はお目こぼしする気ではある。こういうので仕事にさらに熱が入ってくれればという打算もある事だしな。これから手に入るジャンク品の売り上げの内、数%を予算に流す事にした。

 

 実はアバリスには今、会計がいない。この手の事務処理は殆ど戦闘以外は艦内ステータスのチェック以外活躍の場がない俺の手で行われている。なので予算はある程度ごまかしが効くのだ。これでまたあのガトリングレーザー砲のような物品が出来るかも知れないと思えば、先行投資みたいなもんだと思える。

 

 そんな訳で彼らの“こんなこともあろうかと”という理念もあり、事は秘密裏に進めた。もちろん詳細を知っているのは俺とケセイヤとAIアバリスである。アバリスには俺が頼んで秘密にしててね☆とお願いした。これも教育である。

 そして、当然ながらパトロンとなったので、ある程度作るモノに注文をつけられる。くくくく…前世のアニメやメディアのおかげでアイディアだけはいっぱいある。前の世界じゃ技術的に無理でも、未来のこの世界なら実現できるかもしれない。そう思ったら胸が熱くなるじゃないか。くふふ。

 

 

***

 

―――惑星ラッツィオ・軍基地前―――

 はい、やってまいりました。現場からユーリがお伝えしまーす。

 てな訳で今俺はあのオムスとかいう軍人のいる基地に来ていた。

「あのう、オムスさんから来るように言われた0Gドックの者ですが」

「話は聞いています。中佐がお待ちですので迅速に移動してください」

 話は伝わっていたらしく、門兵に話しかけると司令部へと通された。警備的にこんな素通りみたく通していいモンなんだろうか?それはともかくとして、司令部のある建物の中佐の執務室に通された俺たちは中佐と再会する。

 んでまぁ、この中佐と再び合間見えた俺たちは当たり障りもない挨拶をした。とりあえず、ここらの話の流れはほぼ原作通りだったと言っておこう。一言で言えば、海賊退治の手伝いを依頼されたのだ。

 ここいらの海賊は賢しいのか、軍の本隊が近づくと蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出してしまうらしい。そりゃまぁ錬度も装備も違うし、民間で売れるような物資をあまり積んでいないからやりあっても旨味が少ないのだろう。ホント賢しいと思うのだが、そこで俺たちが出てくるわけだ。

 俺たちはいまだ艦隊を組んでいない少数…尖鋭といえないのが悲しいが、単艦だけで行動している0Gドックである。しかもここ最近海賊のシマを荒らして回っているのだから、彼らにとっては目の上のタンコブとまでは行かなくとも、目障りな存在だと認識されているに違いない。

 要するに俺たちは海賊たちには有名なのである。単艦しかいない現状なので俺達を侮って戦いを挑もうとする馬鹿も来る事が簡単に想像できる。表立って行動すれば自然と敵が群がるわけで、軍としてはソレを利用したいのだ。

 表向き俺たちはオムス中佐からの協力依頼を受けて海賊退治に行くという方面で話が纏まった。したくもないけど纏まってしまったというのが正しいか…、外交能力を鍛えねばと思う反面、軍に目をつけられたくはないので、喉まで出かかった不満を飲みこんだ。胃薬がほしい。

 

 まったく0Gドックは宇宙航海者であって、便利屋じゃないってのにな。この業界じゃ弱小だから強気になれないのもなんだかとってもチクショーっ!せめてもの意趣返しにエピタフの情報とお金を要求した。エピタフは伝説級のアーティファクト、伝説級、ここ重要。

 

 伝説級だからそうそう情報は手に入らないだろう…何故か墓穴を掘った気がしないでもないが、それはさて置き、貰える報酬はそれなりの額を用意するように確約させた。いくら正規軍じゃないとはいえ、幾ら何でも命掛かりそうだったから、それくらいはね。

 ちなみに原作ではここでもらえる報酬はフネの設計図だった。現実的に金がほしいからこちらから報酬は金がいいと伝えた結果である。基本的に手に入る設計図は民間設計会社で手に入るのとどっこいどっこいだったはずなので問題はない。

 さて、そういうわけで海賊退治の第一歩としてオムス中佐からの指示により惑星ルードに向かうことになった。そこにいるスパイの男から情報貰って来いってお達しである。合言葉言ってデータチップを貰ってくればいい。ね?簡単でしょう。気分はおつかいを頼まれた小○生である。

「……インフラトン粒子濃度は正常値、機関出力も正常っと」

「周囲索敵~、反応はありません~」

 ラッツィオのオービタル・ステーションから発進して航路に乗った。今回はとっとと済ませたいので機関出力は最初から全開。速力も航路に出てから最大に上げ、なるべく敵と遭遇しないようにEPを作動させている。

 なおEPとはElectronic Protectionの頭文字であり、俗に言うECMやECCMといった軍用の電子妨害装置の事だ。アバリスは元々軍用に設計されているので、これも標準装備されている装備の一つである。コレを使えば視認できる距離か、高性能レーダーでも持っていない限り遭遇率を抑えられるというある種のチート装置である。

 別に海賊とかに襲われたら身包み剥いで…もとい返り討ちにすれば事足りるが、おつかいを頼まれていてソレをとっとと終わらせたいので今回は最大で稼動させるというわけである。

「しっかし、艦長。何で俺達が軍の使いっ走り何ぞしないとダメなんだ?」

 んで、それのおかげで安全というか暇な旅路になりそうだなとか考えていたところ、星図のチャートを確認しながら操舵席に座っていたリーフがそんな事を口にした。ふむ、まぁ確かにクルーからも疑問の声が上がるよな。

「リーフ、お前さん海賊で食っていく自信あるッスか?」

「へ?そりゃ必要ならソレ位しますがね」

 これだよ。こういう強かさがこの世界の人間の強みだよなぁ。

 まぁソレはいいとして。

「俺にはそんな自信は無いッスよ。これでも俺はアバリスに乗りこんでる全員の命預かってるッス。とてもじゃないけど政府に逆らって指名手配されて狙われながら生きて行く事なんて出来ないッス」

 毎日警備艇や警備艦隊に追っかけられるような、神経が擦り切れる生活なんて送りたくねェ。というか、そんな事する為に宇宙に出た訳じゃねぇからな。

「そんなもんか?」

「もちろん、こっちにとって不利益にしかならない不条理な命令だったら、絶対に言う事なんて聞く訳無いッス。それどころかそんな命令したヤツをダークマターにでも変えてやるッス。だけど、今回はまだ良心的な依頼ッスからね。出来るだけ政府の人間には協力の姿勢を見せといた方が、後々厄介事が起こらないモノッスよ」

「はは成程、尻尾振っているフリをするって訳だ」

「わんわんって感じッスかね?」

「艦長~犬のモノマネ上手~。かくし芸~?」

「いや、かくし芸じゃ無いッスけど…」

 エコーさんのどこかズレた発言に、ブリッジの空気がのんびりとしたものに変った。こういう雰囲気変え方が凄く上手いんだよなぁ、しかも天然でやっているから、エコー…恐ろしい子…!!(月○先生っぽく)

 そんなバカな事考えていると、トスカ姐さんがどこかいつもと違う表情をしている。どうしたのだろうか?具合でも悪いのかな?まさか女性のアレ……。

「何か変な事考えなかったかい?ユーリ」

「イイエ、ナンニモ考エテマセンヨ?」

 あぶねぇ、墓穴掘るとこだったぜ。つーか相変わらず勘は鋭いんですね?分かります。馬鹿なこと考えて百面相している俺を尻目に、トスカ姐さんはどこか胡乱な視線を俺に向けると、なぜか大仰にため息を吐いた。

「まぁ、あんたの事だから?そうそう利用されるなんて事は無さそうだね?」

「軍相手の事ッスか?うわははは、利用してくるならコッチも利用してやれば問題ないッスよ」

「ちゃっかりしていると言うか、しっかりしていると言うか」

「いやぁ照れるッス」

「褒めてないよ」

 さいで。

「ん?もうすぐ到着みたいだな」

「早いッスねぇ。ラッツィオの軍基地を出てからまだ1時間も経って無いのに」

「一応軍用だからな。電子妨害を最大レベルにして、逃げるときに機関出力いっぱいにすれば、一般の船舶なんてめじゃねぇさ」

「ふむふむ、やっぱり良いフネッス」

 なぜか自慢げに胸を張るリーフに俺も素直に賛同した。流石軍用、戦闘無しで最大戦速だと、ものすごく速い。そのまま一気に惑星ルードのステーションにある宇宙港へ入港した。

***

 ステーションから惑星に降りて、向かったのは0Gドック御用達の酒場。面倒くさいおつかいにふて腐れてヤケ酒としゃれ込むというのも魅力的であるが、別にそういうわけじゃない。というか指定された受け渡し場所がここだっただけである。

 んで酒場に入ったわけだが中は結構閑散としていた。海賊団が横行しているこの宙域で活動している0Gドッグは少ないのだろう。他宙域から人が来ないのだから、酒場も自然と人も少なくなる。居るのは海賊を怖がってソラに上がれず屯っている連中だけ。

 

―――でも目的の人間は人が多かろうが関係なさそうだ。

(…なんでスパイなのに普通に正規軍の軍服着てんの?おしえてエロい人)

 

 何せ目的の人物は政府軍の軍服を身につけているのだ。

 この近辺は海賊の縄張りなんだから形だけでも偽装すればいいのに、正直な男なんかね。

 

「ひそひそ(トスカさん、もしかして…)」

「ひそひそ(ああ、どう見てもアイツがそうだねぇ)」

「ひそひそ(でもここら辺、海賊の活動圏なのに、偽装しなくても良いんスかね?)」

「ひそひそ(いや、あいつは多分仲介みたいなもんだろう。スパイは別にいるんだよ)」

「ひそひそ(そうなんすか、じゃあとりあえず接触してみますか?)」

「ひそひそ(その方が無難だろうねぇ)」

 とりあえず、エロい人と相談した所、接触するのが吉と出た。

 俺は軍服の男の元へと進んで行き隣に座った。

「時化た顔してどうしたんですか?“ボトル三本奢ります”よ?」

 オムス中佐に事前に伝えられていた合言葉をその男に言ってみた。すると男はこちらを目だけで一瞥し、顔を向けることなく手だけをスッと差し出した。ん、なんぞ?手に何かのってるのう。

「…マイクロチップ?」

 コイツは届けろって事かい?俺はそう視線を送る。

 するとスパイの男は少しだけ首を縦に振ってみせた。

「OK、任せな」

 どうやら口を開く気は無いらしい。

 それならそれで良い、面倒臭い事になりにくいからな。

「さて、これでもうココに用は「兄…さん?」…は?」

 おや?ティータ嬢も来ていたのか、というか今兄お兄さんって。

「このヒト、ティータのお兄さん何スか?」

「ねぇ兄さんなんでしょ?どうして今まで連絡の一つもくれなかったの!?」

 ティータの兄(仮)は一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに無表情に戻った。しかし、その反応だけで彼らが赤の他人でない事は周囲にはバレバレである。というか俺、この二人に華麗にスルーされてちょっと涙目。

「どうして黙っているの兄さん!ねぇ何か言ってよ!!」

 この空気に居たたまれなくなったのか、彼は足早に酒場を後にした。残ったのは、実の兄に拒絶された事にショックを受けている少女だけ。こういう時に効く薬は…。

「トーロ、出番ッス」

「幼馴染なんだろう?相談くらい聞いてやんな?」

 トスカ姐さんと一緒に近くでジョッキを傾けていたトーロの背中を押してやる。こんな時は最終兵器(リーサルウェポン)、最上の薬『幼馴染』を投入するに限る。最もこの場合は、ていの良い生贄という側面も含んでるんだけどな。

 

 そして、そこら辺は嫉妬深いクルーも理解しているらしい。トーロがティータを慰めに行く際、彼に対しちょっかいを出そうとするヤツはいなかった。と言うよりかは、頑張ってこいという感じの視線の方が多い。皆女の子スキー!だけど、厄介事はイヤン!って感じらしい。

 全く普段の馬鹿騒ぎ好きで、お調子者のコイツらはどこに行ったんだか。まぁ、そんなこと言いつつもトーロを見送った俺が言う事じゃないけどな!俺も苦手なんだよ。女の子の泣き顔とか苦しんでるとこって。

「世も末だなぁ」

 酒場から出る時、あの兄妹を見てそう呟いたのは、俺だけの秘密。

***

「ああ艦長、ちょっといいか?」

「ん?何スかサナダさん」

 さて、データチップは受け取ったので一度フネに戻り、ラッツィオ軍基地へ向かおうとした矢先。科学班のサナダさんに、話しかけられた。

「この間海賊に襲われただろう?そこでだ、空間ソナーを少し改良して、連中のフネのエンジンが出す特定のインフラトンエネルギーパターンを感知出来る様にしておいた」

「連中から奇襲を受けることは、ほぼなくなったって事ッスか?」

「あの海賊たちがインフラトン機関の出力設定を、ほぼ全く同じにしていたのが幸いだったよ。恐らく同じ整備士たちが調整していたんだろう」

 成程、それなら確かに探知できる。

「わかったッス。それじゃ」

「ああ、ソレと中型レーザーの方も、“我々”科学班が改造を施しておいた。出力は前と比にならないくらい強力なモノとなったぞ?」

 なんか若干“我々”が強調されているんだが、サナダさんケセイヤに【こんな事もあろうかと】を取られたのが、そんなに悔しかったのか?

「他にもフネの方の強化もやっておいた。多少費用はかかったが、問題は無いだろう」

「…ちなみに、お幾らぐらい?」

「3000Gくらいだ」

 艦長に相談せずにか…普通なら怒るところだがさすがのユーリさんは格が違った!

 いや、実のところ整備班たちの悪乗りを助長させてるので、科学班の暴走に口を挟むのが戸惑われるといいますか、まぁウチ全体の利益になれば問題ない。

「今回は良いッスけど、次からは報告してくださいよ?」

「ああ、解っている。ケセイヤなどに負けてられんからな」

 

 若干会話がかみ合っていない気もするが、まぁこの人ならそれ程無茶はしないだろう。もともと3000Gは、科学班全体に回してた予算だし、足りない分は追加を入れれば良いからな。この程度の出費で、フネの性能がUPするなら安いモンだ。

「ま、頑張ってくださいッス」

「ああ、解った。任せてくれ」

 真顔でそう言うサナダさんに、俺はちょっとだけ悪戯をしたくなった。

 なので――――

「あ、もしかしたら近い内に、新しいフネに変わるかも知んないッスけどね」

「今なんて…艦長!?」

 

 ふっはっはっはっはっ!さらばだアケチ君!

 呆けた様な顔をしたサナダさんを見た俺は満足する。

 そして、その場にサナダさんを放置して怪人笑いをしながら彼の前から走って消えた。ソレを見ていた一般クルーの目が痛かったが、ゆーりくんはきにしない。

……………………

………………

…………

 さて、一日がんばって艦長の仕事を終えた。最近はアバリスが手伝ってくれるので終わるのが速いのう。とにかく航路に乗ったので、命令はいのちをだいじにに設定し、レーダーでの監視レベルを強化しろと指示を出したあと、俺はブリッジを後にした。

 まぁ普通ならこの後は、メシ食って部屋戻って風呂入って寝るだけであるが、俺は違う。ふんふ~んと鼻歌を軽くやりながらブラブラとのんびり艦内を徘徊するのである。徘徊艦長とか、なんか響きがアレだが、例え特にやる事が無くても、ぶらぶらと散歩してクルーの様子を見るのも艦長のお仕事である!と言う風に、理論武装を施し、只単に遊んでいたりする。

 今日も整備班の連中とメカ浪漫で熱い論議(鉄拳付き)をしたりと有意義であった。ちなみに俺のフネのアバリスが1000m以上ある戦艦であるのはご存知であろう。1000メートルというと軽く1km、当然ただ歩くだけでも大変広い。

 その為、艦内では通路の殆どが稼働式の動く歩道みたくなっていたりする。未来少年コ○ン(古いなオイ)のイン○ストリアにある動く歩道と同じようなモンだ。もしくは宇宙戦艦○マトの通路かな?

 この動く歩道、フネを隅々まで見て回る時に非常に便利である。やっぱね、自分の足で歩くとなると、総踏破距離がトンでも無い事になるんだわ。フネの中央には小さいけど列車みたいなのもあるといえば大変さが伝わるだろうか?

「ふ~む、今日はどこに行こうかな?」

 また食堂にでも行ってチェルシーをお喋りでもするかなー? でもあんまし彼女のとこに入り浸ると、周囲の誤解がまたものすごい事になりそうだしなぁ。かと言って放置するわけにもいかないしなぁ。あの子一応義理の妹だしさ。

「おや艦長、道の真ん中で立ち止まってどうしましたかな?」

 俺がこれからの行動に頭を抱えていると誰かに声をかけられた。

「ム?このどこか人を安心させる人生の貫禄を感じさせる声はトクガワ機関長ッスね!」

「安心させる声ですかな?まぁ長年に生きた年の功と言うヤツですわい」

 見れば機関長のトクガワさんが、長距離移動用カートに乗ったまま、俺を見上げている。このトクガワさんはロウズで乗り込んだクルーの一人で、ブリッジクルー最年長である。ロウズではエンジンの生き字引と呼ばれ、凄いベテラン機関長として通っていた人だ。

 何気にこのヒトには逸話が多く、曰く戦艦に乗っていたとか、星間戦争で英雄の乗るフネの機関長であったとか言う噂もある。何でそんなすごい人が、ウチのフネに乗っているか?単純にデラコンダの所為で乗れるフネがなくなったっていうのが主な理由だ。

 

 それでこれほどの人材が手に入るとは、逆に今は亡きデラコンダに感謝の念をささげたいほどである。三秒で忘れるが。だが何よりも、このヒトの話は為になる事が多いので、他の乗組員からも信頼されている人だ。いるのといないのでは安心感がダンチだぜい。

「しかし本当に艦長は何故この区画に?この先には機関室しかありませんぞ?」

「いやー、やる事が無いのでフラフラしていただけッスよ」

 機械技術の進歩の盲点ってヤツだ。

 優秀なAI様のおかげで艦長がちょーヒマになる。

「まぁ、艦長がヒマなのはいい事ですわい」

「そうスかねぇ?」

「そうですとも、艦長がヒマと言う事は、艦内に異常が無いって事ですからな」

 なるほど、一理ある。艦長の仕事は戦闘指揮もあるからな。

 あと船内におけるゴタゴタの解決だとか、裁判官の真似ごとだとか色々と。

「ヒマでしたら、機関室でもご覧になりますかな?」

「(そう言えば機関室はまだ自分の目では見て無いね…)見学しても良いんスか?」

「構いませんとも、艦長はこのフネの責任者ですぞ?何を遠慮なさる事があるんですかな?」

 そりゃそうだ。

「それじゃ、見学させてもらうッス!」

「わかりました。それでは参りましょうか?カートに乗って下さい」

 俺はトクガワさんの隣に乗り、機関室に案内して貰う事にした。

……………………

………………

…………

 

「ココがフネの心臓部である機関室です」

「ココが…ッスか?」

 カートに揺られ、しばらくして機関室にやって来た。

 目の前に広がるのはオレンジ色の室内灯に照らされた、太いパイプラインと巨大なフライホイールがゴウンゴウン音を立てる強大なエンジン…。

 等では無く―――――

「へぇー案外あっさりしたインテリアッスね?」

「艦長がどういったのを想像したかは解らんですが、大体機関室はこざっぱりしとるんですわ」

 普通にモニターとコンソールが置いてある部屋だった。逆に言えば、それ以外なんもない。太いパイプだとか配管とか配線がある訳でもなく、オレンジ色の明かりがある訳でも無い。言われなければ、ココが機関室とは解らない様な部屋だった。

「もうちょっとこう、“フライホイール”的なモノを想像してたんスけどね」

「はっは、艦長は博識ですな。そういった部品をむき出しにしていたのは、30世代は前ですわい」

 げ、そんなに前なのか?で、精錬されたのがコレって訳?

「現在の機関は殆どがモジュール化しておりますからな。無駄なスペースが殆ど省かれた所為で、そういったのは全部壁の向こう側ですわい」

 そう言って、コンコンと壁を叩いて見せるトクガワ機関長。

「故障した場合はどうするんスか?」

「機関室専用のマイクロドロイドがおります。ソレらが機関室の整備点検、修理を行っとるんです。実質この部屋は、ソレらドロイドの監視や監督を行う部屋でもあります。もっとも、ブリッジの機関長席で操作可能ですがな」

 ほへぇー、自動化の波がこんな所にまで…。そりゃそうだよな、現実世界のロケットだって、機関部には入れない訳だし。

「しかし、最新型のインフラトン・インヴァーダーは凄いですな」

「そうなんスか?」

 機関長は、壁のメンテナンスパネルを外して、中を見ながらそう漏らす。

 確かランキングが上がったから、ラッツィオで新しい機関部と変えたんだっけ?

「それはもう…この規模で同サイズのエンジンより、40%ほど出力が向上しとります」

「それはスゲェッスね」

 わぁお、あのエンジンそんなに出力があったんだ。

 入れ替える時全然説明見てなかったぞ。

「でも、そんな最新鋭のエンジンですら、己の手足のように機嫌をとって扱えるトクガワさんは凄いッスね」

「はは、長い事機関長を務めた年長者の勘ってヤツですわい。他の人間でも頑張れば出来るでしょうよ」

 いやいや、ご謙遜を…。今の機関部員なら30年はやらんと無理だよ。

「それでも、そのレベルに到達するのが凄いんスよ。大抵はそこそこで満足しちゃうッスから」

「はは、そこまで褒められるのは、なんとも恥ずかしいものですなぁ」

「正当な評価を正当に褒めるのは決して悪い事じゃ無いッス」

「ふむ、一理ありますな」

 コロコロとした笑みを湛えつつ、髭を撫でるトクガワさん。ああ、いいなぁ。コレだよコレ。長い年月を生きた人間だけが出せる悟りオーラ。こういうオーラ出せる人って、集団の中だと本当に貴重だわ。なんて言うかドシンとした安定感?ついつい喋りたくなっちゃう感じ。

 お父さんというかおじいちゃんってゆうタイプかなぁ?

「どうかされましたかな?艦長」

「ほへ?……あ、いや何でもないッス」

 あぶねぇ、少しばかりトリップしちまってたぜい☆

「そう言えば機関長は、何で機関室に来たんスか?

 確かブリッジの機関長席でも、ココの操作って出来るッスよね?」

 俺がそう聞くと、やわらかい笑みを浮かべながら、トクガワさんはコンソールに詰め寄った。でも、なんかその笑みは、少しだけ後悔の念が混じっているように見える。

「確かに、機関長席でも操作は可能ですじゃ。しかし、機関の調子を知る為には偶にこうして機関室に赴き、エンジンの音や振動に異常が無いか調べる必要もあるんですな。機械だよりだと思わぬ事態を招く事もあり得ますからな」

「…Oh」

「ワシはとあるフネの機関長をしておりました。当時のワシは、機関の調子を見るというのは、全部機械に任せておりました」

 トクガワ機関長は、此方に背を向けながら昔話を語り始めた。やべぇ、ものすごく絵になってやがるとか考えつつ、俺は話を黙って聞く事にする。

「当時のワシは機械を信用しておったのです。そして信用するあまり慢心を招いたのか、自ら見て回る事を怠った。 その結果、ある日フネのエンジンが止まってしまう事件が起きました」

「へぇ、エンジンが止まって……え?」

 驚いた拍子に思わず変な声がでちまった。

 おいおい、ソレは怖いぞ?エンジンが止まるって事は宇宙を漂流するって事じゃないか。

「ワシは驚いた。自分が信用している機械が何故突然止まったのかと言う事に…。そして機関長席から自分が信用している機械達に指示を飛ばし、原因を突き止めようと頑張った。だが結局、原因が付きとめる事が出来ない。その内にフネの予備電源も落ち、完璧に漂流する事になった」

 

 宇宙を漂流するなんて…トクガワさんマジで凄まじい経験をしていたんだな。

 

「その後は本当に地獄じゃった。薄くなる酸素、水も使えない。艦内の移動も満足に出来ない。最終的には電源が完璧に落ちる前に発信しておいた救難信号を受けた救助艇のお陰で、全員助かったから良かったモノの――――救助が来る2時間。ワシらは地獄を見た」

 予備電源が落ちたら、オキシジェン・ジェネレーター(酸素生成機)が使えなくなる。そうなったら最後、待っている結末は窒息死…うわぁ怖。

 

「それからですな。機械の調子を自分の目で見る様になったのは。機械というモノを信用するのも信頼するのも大いに結構。だが忘れてはならんのは、己が確かめてもいないのを信頼信用する事は、愚か者のする事という事…老いぼれが経験した。ただそれだけの話ですわい」

「怖いッスね。漆黒の宇宙で、エンジン停止だなんて」

「大丈夫じゃ艦長。ワシが生きておる間、フネの機関が止まる事なんぞ無い。させませんとも」

「機関長」

 なんか教訓になる話を聞いたような気がするぜ。シンミリするぜ。

「ほっほ、少しばかりしんみりしてしまいましたな?」

「いいや、教訓になったスよ。己から確かめるって事は大切なこと何スね?」

「はてさて、それは艦長次第ですかな」

 ヤベぇ、ヤベぇよトクガワさん。あんたマジでなんか悟ってるんじゃね?

「そう言えばさっきの話でエンジンが止まった原因って、結局何だったんスか?」

「なに、非常に些細な事でしてな?そこにある配電盤と同じモノがショートしただけでしてな?自分で機関室の非常扉から中に入って見に来ればすぐに解ったような故障だったんですな。コレが」

「やっぱり日々の点検って大事ッスね」

「全く持ってその通りですわい。機械を使うのは人、なら人がちゃんとせねば話になりませんからな」

 日ごろお世話になっているフネの点検はキチンと行うという教訓でした。

「さて、異常も無いのでワシはそろそろ戻りますかな。艦長はこの後どうなさる?」

「う~ん、そうッスねぇ~?チェルシーのところにでも行ってるッス」

「はは、仲が良いのは良き事ですな?」

「そりゃ自分は彼女の兄ッスから、仲いいのは当然ッス!」

「まぁ、馬には蹴られたくは無いので、なんにも言いませんわい」

 おい、ソレはどういう意味ッスか?小一時間ほど問い詰め(ry

「それでは、失礼します」

「あ、ちょっ!トクガワ機関長!?」

 ほっほと笑いながら機関室を出て行ってしまった。

 ああ、またあらぬ誤解が艦内で発生しているのね。オイラ涙目。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第8話、ラッツィオ放浪編~

■ラッツィオ編・第八章■

「どうスか?エコーさん」

「――――大丈夫~。空間ソナーにもレーダーにも反応はないわ~」

「しっかしよく気が付いたッスねぇ?エコーさん」

「えへへ、私だってぇー偶には凄いのだ~!」

 えっへんと胸を張るエコーさん。ま、今回の件は彼女のお手柄だもんな。ほんの一時間程前だったか、彼女が進路上の航路に海賊船の反応を探知した。どうも商船を狙う海賊が航路に網を張って待ち伏せしていたらしい。今回は広いレーダー範囲を持つこっちが先に気が付いたので、微妙に軌道変更して迂回路を通る事が出来たのである。

 まぁそれはいいとしてだ。

 

「そうッスねぇ。エコーさんも頑張ったけど、広い探知範囲を設定できるセンサー類を強化してくれたサナダさんのお陰でもあるッスけどね~」

「あ~う~、折角お姉さん頑張ったのに~」

「じゃれあいも良いがユーリ、もうすぐラッツィオ軍基地に付くぞ?」

「あの中佐とご対面ッスか?」

「乗り気じゃなさそうだけど、そう決めたのはあんただよ?これも仕事だと割り切りな。あんたは艦長なんだからね」

 

そうは言うが、やっぱり乗り気にはなれないよなぁ。

 清濁合わせて飲み込めるのが大人の指導者だというがやり切れんね。

 

***

―――現在位置・ラッツィオ軍基地士官宿舎

「待っていたよユーリ君」

「どうも、ご無沙汰です中佐。さっそくですけどコレどうぞ」

 俺はデータチップをオムス中佐に手渡した。どうでもいいが場所が場所だから 一応は民間人に相当する0Gドッグである俺は目立つので、この場所からさっさとおさらばしたい気持ちで一杯である。

 そんなこっちの気持ちなんぞ察してくれないというか、察しても多分無視しているであろう中佐は、俺達から受け取ったチップを控えていた部下に渡して分析にいかせると、再び此方へと向きなおった。

「確かに受け取った。報酬を受け取ってくれ」

「はァ、どうも」

 報酬の一つ、大金が詰まったマネーカードを受け取った俺はそそくさとこの場所…士官宿舎から出ようと踵を返した。場所が場所だけに落ち着かなかったのだ。だが、その時。

「ああ、待ちたまえ。実はまた仕事を頼みたいのだが?」

 オムス中佐に呼び止められた事で部屋から出ようとしていた俺は機先を遮られてしまう。なぁ~んか、ヤナ予感というべきものを感じていたが、政府軍に協力した身の上である以上、ここで無視したりすることは難しい。内心面倒くさい事にならなきゃいいが…と吐き捨てながら振り向いた。

 

「何でしょうか?中佐殿」

「実はな?この付近を縄張りにしているスカーバレル海賊団の討伐に君達も参加してほしいのだ」

「海賊団の討伐?」

「最終的には敵本拠地まで撃滅したい。これを見てくれ」

 

 そういってデスクのコンソールに触れた中佐のすぐ眼の前に空間パネルが出現する。説明用に投影したようだが、どうやらこの中佐殿は俺達をとことん使おうというハラらしい。さすが軍人!汚い!軍人汚い!ここで引くのが大人の醍醐味では?!

 そういう事を口に出したり出来ないのが元日本人の証…いやな証もあったもんだ。だがそれでも迂遠に反対意見の一つくらいは言える度胸が俺にはあった。

 

「中佐、オムス中佐。そりゃ色々とお世話になった間柄ですがね。新進気鋭とは名ばかりな新人の我々を、いきなり危険な激戦地にでも送り込む気ですか?流石にそれは…」

「いや、そう言う訳ではない。ただ単に我が方の戦力が不足しているから、数合わせも兼ねた増援として依頼したいだけだ」

 そう言うと中佐は再び空間パネルに触れる。青白く半透明な光で出来たパネルにタブが追加され新たなウィンドウが投影される。そこにはなんかのグラフやら数字が羅列されていた。だが生憎、こっちは正規軍とは違うのでこれがいったい何を示しているのかは、これだけじゃ理解できない。

 一通り眺めた後、これはなんですと眼で訴える。そこらへんは中佐殿も理解しているのか、頷きながら口を開いた。

 

「これは今日まで我が軍が戦った海賊達との交戦データを元に統計したものでね。簡単に言うとこのデータは海賊団と我々との戦力比データなのだ」

「……そういうのは普通機密なんじゃ」

「別にこういったのは機密ではないよ。少しばかり見せる者は限られるが、調べれば解るデータでもあるからね」

「僅差ですけど海賊団の方が多いですねェ。なるほどねェ…」

 海賊退治自体は別段普段からしているのでソレほど苦でもないし、軍人さんの頼みを聞けば、まぁこの宙域での行き来は覚えが良くなる。今のところデメリットらしいデメリットはないのもポイントだろう。あるとすれば野心家な軍人に目を付けられた事だが…まぁそれはまだ大丈夫だろう。

 それにしても以外なのは、このグラフで示されたのは軍の内情であろう。性能は高めだが数が少ない中央派遣軍。性能は全体的に低めだが数が多い海賊団。性能で多数を何とか押さえ込んでいるが、無駄に数が多い海賊を前にして性能だけはカバーし切れずに被害額が増加している。

 色んな意味でそろそろ限界なのがこのデータからうかがえる。そんな状態での此方への海賊討伐への参加要請…要するに少しでも頭数を揃えたいというのが本音にあるのだろう。だがどうにもそういう頼みに対して忌避感を覚える。0Gドッグだからお上に反発したがるのだろうか?

「勿論私はキミ達の事を捨て駒の様に扱う積もりは毛頭ない。頼めるか?」

「うーん、仲間と相談してから決めたいので少し時間をください」

「ああ、構わない。どちらにしろデータチップの解析が終わってからでないと出撃はできん」

 とにかく、この場ではすぐには決められない。そう告げて俺はこの場を後にした。俺が勝手に全部決めても俺の艦隊なので問題はない。ないのだが、俺の気質というべきか、こういうのはみんなで決めたいという、ある種日本人の考えを捨てきれない。良いのか悪いのかどちらとも言えんが…、まぁみんなと相談しよう。

 

 外に出た俺は待たされていた皆と合流する。オムス中佐からの話をブリッジクルー+αを呼んで伝え、そのまま会議と相成った。

「なお、会議場所は0Gドッグ御用達の酒場です」

「どうしたのユーリ?」

「ああいや、なんかこうしないとダメって言う電波が囁いたッス」

「ああ何時ものあれね。それはいいからオムスに何言われたのかさっさと話しな」

 話の続きを促すトスカ姐さん。つーか何時ものあれって結構俺変な奴として認識されてる? …ま、まぁいい。それよりも今は会議をしなくてはならないな。

 とりあえず、中佐と話した内容をココでばらした。カクカクシカジカ四角いなんちゃらってな感じ。

 以下、各々の反応―――――

 副長 トスカ   「これまた面倒臭い事になりそうだねぇ」

 オペ子ミドリ   「艦長の判断にお任せします…」

 操舵班リーフ   「俺は金と飯と寝る場所さえあれば何にも言わん」

 機関室トクガワ  「ココは慎重に考えた方がいいじゃろう」

 生活班アコー   「軍に使われてるねぇ」

 レーダー班エコー 「アコー姉ぇの~言う事に賛成~」

 砲雷班ストール  「海賊相手なら撃ち損じることはねぇな」

 科学班サナダ   「性能差ではこちらが勝ってはいるが、数の暴力と言うものは侮れん」

 保安部トーロ   「ふむ!よくわからん!」

 義妹チェルシー  「出来れば荒事はやめた方が」

――――もろ手を挙げて反対もいなければ賛成もいない。

 いや、どちらかと言えば反対寄りなのかな?見た感じ全員があんまりいい顔は皆してない。ソレもその筈で彼らにしてみれば自由を束縛される感じに抵抗を感じているからだ。これは0Gドッグなるならず者共特有の反応と言ってもいい。

 だが、同じ釜の飯を食べ、ホームとも呼べるフネで生活している俺達の絆は結構太い。故にこの集団の旗手とも言える俺の考えに同調してくれようともしている。なんともありがたい事である。

 しかし、それでも俺はこの後のおよそ3時間ちかく酒場に居座って、この件に関する協議を取り行った。34時間営業(この星の一日の自転周期は34時間)の酒場とはいえ、流石に従業員にジト目で見られたが大事な会議なので仕方がない事なのだ。

 途中で酒が入ってどんちゃん騒ぎに発展してしまったとしても、会議は会議なのである。第一こちらはコーヒー一杯で半日居座るような真似はしていないのだ。ちゃんと合間合間に飲み物…トスカ姐さんは毎回酒だが…もオーダーしてるしそんな目で見なくてもいいじゃないか。

 んで、協議を重ねた結果。こんな結論にたどり着いた。

 

「やばくなったら逃げればよくね?」

 考えて見ればあくまでも向こうは俺達に“協力”を要請したのだ。強制されているわけでもないので、こちとら状況が最悪になったなら、作戦行動中の正規軍を見捨てて、すぐさまスタコラサッサが出来るのである。たとえそれで怨まれても宇宙島を二つ三つ越えておけば直接手は出してこないだろうし、そうならないように逃げ出せば尚良い。

 

 しかもしかも、この協力要請が結構ハイリスクな点は変わりないが、最終的に行き着く先は海賊の本拠地である。当然海賊本拠地を占拠すれば、そこで得たお宝の一つや二つ位貰える権利は有るだろう。上手くすれば儲かるし、例え逃げる事になっても俺達は自由に宇宙を行き来できる点は変わらない。

「―――――と言うのはどうだろう?」

「「「「「「意義な~し」」」」」」

 

 そんな訳で行動方針が決定した。それは“やばくなったらスタコラサッサ”である。協力要請は受けるが、危なくなったら逃げても良いという許可を得ておく。文句は言われそうだが、そこは正規軍が奮闘してくれれば俺達も逃げなくてすむので奮闘を願います!とでも善意たっぷりで言っておけばいいだろう。うん、そうしよう。

 

「うんうん、最初の子坊の時に比べたら随分たくましくなったねぇ。コレもアタシの教育の成果か」

「時折腹黒いよな、ユーリって」

「ユーリ、変わったね。色んな意味で」

 若干名、酷い事言われた気がするが協議の結果、条件付きでの海賊討伐に参加となった。

早速オムス中佐に連絡をとってアポを取り後日訪問。この条件を納得して貰うのには少しばかり苦い顔をされたものの了承はして貰えた。中佐殿は野心あるが良識もまだ持っているのが幸いであった。

 あちらさんとしても、戦力の出し惜しみで貴重な戦列艦を撃沈されるよりかは、民間からでも戦力をかき集めて置いたほうが安い物だと納得しているらしい。要するに狙われる的を増やせばいいって訳なんですねわかります。

 まぁもっとも、俺達は名声値は低くないものの目だった活動はそれほどしていない弱小勢力なので、提示できる金額が安いっていうのもある。轟くような名声がないからこそ、最悪逃げてもいいという要望が聞き入れられたんだろうと思う。どちらにしろこれに参加すれば報酬はもらえるから、あとは自分達が出来る事に専念することにしよう。

 

―――そう言う訳で、海賊討伐及び海賊島制圧作戦が始動する運びとなったのだった。

 

***

 

 

 討伐作戦参加を決定し、オムス中佐に伝えたその夜。俺は一人ステーションの造船ドックに赴いていた。実は一人で考えた結果、なんかやっぱり保険がほしくなったというのがある。石橋は叩いて渡れって訳じゃないが、やらないよりやるほうがいいのは確かだろう。

 今回の交渉の結果なんとか搾り取れた前金。それとコレまで海賊狩りで稼いできたのを貯蓄した金。さらにはこれ迄特筆はしていなかったが、さりげなく惑星間移動の時に運んだ物資輸送の代金を合計すると…あら不思議、何とか目的のブツを製造できる範疇だった。

 俺がここに来ている段階で何を作るのかは言わずもわかるだろう。しかし俺はその事を誰にも言わず、あえて深夜にフネを抜け出してここにやって来た。別に話してもいいが、なんとなくこういった事がバレるのは何か面白くないという悪戯心が鎌首をもたげたのである。

 

 建造はこれで数度経験しているので造船所のコンソール操作も慣れたもの。ポンポンとコマンド入力を終えていく。だが大きいフネになればなるほどその製造には時間が掛かるようだ。準備に時間が掛かる為、後は全部機械に任せてその場を後にした。

 

 これを見せ付けた時、クルー達の驚く顔が眼に浮かぶようで、俺は帰り道自然と笑みを作りるんたったと足取りも軽かった。その所為で不審人物として怖面の警備の方が迫ってきた時はちびりそうになったのは俺だけの秘密。

 

 

***

 

 さて、それから一週間が経過し、ようやくオムス中佐から連絡があった。意外と準備期間が長かったが、各方面の巡回に回っていた正規軍の艦隊を呼び寄せて召集するのと、俺達が入手して手渡したデータチップの解析に少し手間取ったかららしい。そんな理由で遅れていた準備がようやく終わったので作戦に参加しろとのお達しがきた。

 ならず者故に身が軽い0Gドッグとは違い、流石は正規軍というかなんというか、強大な組織だけにフットワークが苦手なのが弱点である。こちとらとっくのとうに準備は終わっていたが、連絡がないと大々的に星系間移動が出来なかったので、そろそろダレて来ていた所だ。

 そんな訳で指定された座標にフネを進める。そこでオムス中佐が用意していた艦隊と合流し、いよいよ待ちに待った海賊討伐作戦が開始された。エルメッツァ中央政府軍の海賊討伐艦隊は全方位菱形陣形をとって、いかにも艦隊といった風体で航路を突き進んでいく。非常に目立つことこの上ないが平然と行っているあたり、彼らは大国の肩書きを背負っている艦隊なので、これくらいのデモンストレーションは日常茶飯事なのかもしれない。

 

 

 んで、一方の俺達はソレの横にポツンと単艦で進んでいた。別にはぶられたとかボッチにされたとかじゃないんだからね!ホントなんだからね!

 俺たちは数が少ないというか前線での戦闘に耐えられそうなフネがアバリス一隻しかいない。更に事前に交わした協定により、自由裁量権もある程度与えられていた事で指揮権がはっきりしなかった事もあり、オムス中佐の艦隊に組み込むわけにも行かなかったのだ。

 だからこそ、俺たちに与えられた役割は遊撃と奇襲。敵が待ち構えている防衛線を大きく迂回して、敵の背後から急襲を仕掛ける事だった。結構危険な立ち回りだが、愚鈍なエルメッツァ中央政府軍と違い此方は軽いフットワークの望める単艦だ。

 

 高性能戦艦ゆえの重装甲重火力足の速さをもってして、敵を撹乱してやるというのは、直接的な指揮に組み込まれていない俺達0Gドッグにはうってつけの役割であった。大マゼランが設計元の高性能戦艦であるからこその策だと言える。最悪逃げても良いし、俺達はこの奇襲作戦を結構気楽な雰囲気で臨むことにした。

 気楽に挑む…その筈だったんだけど、人生ってのはあれだね。こんな風じゃなかった事ばかりだね。

「エコーさん、マジッスか?」

 

 迂回航路を推進中、レーダーを凝視していたエコーさんからの報告に俺はこうかえしていた。

 

「うん~マジマジ~。サナダさんが作ったこの新型空間ソナーで調べたら~、この先の小惑星帯の中に多数のインフラトン機関の反応を検知したわぁ~」

「配置的に待ち伏せだね。恐らくこちらの情報が漏れてたんだろう。軍の中にも海賊のスパイがいたんじゃないかい?」

 

 どうやら何某の艦隊が、このルートを通ることは海賊側にも予めバレていたらしい。敵の布陣がどうみても待ち伏せにうってつけな状態だったからだ。回避したいが、今から迂回しようにも今からの航路設定は難しい。しかもどう動かそうが減速が足りず、針路上小惑星帯を突っ切る形になってしまうからである。

 更に言えば、敵の規模を考えると何とかできなくもないというのが不味い。危ないと思って逃げることは簡単だった。事前に危なかったら逃げてもいいという確約をしてもらっている。だがそれはあくまで危なかったらという話であり、自力で何とか出来そうな場合、この約束は有効にならない。

 

「ココは下手に回避するよりも、全速で突っ切ってしまった方が被害が少ないだろう」

「全く、逃げられない上にアンラッキーッスね」

「大丈夫だ。このフネの装備はこの間の整備の時に一新させてもらったから、そう簡単には落ちないさ」

「科学班や整備班の腕、信頼してるッス」

 

 それがこのフネ唯一のほかより優れているところだとは言わない。それだと俺がまるで無能みたいじゃないか。それはさて置いて、どうにも面倒臭い事態になりそうである。待ち伏せされているならそれを逆手にとって、敵を誘き出して殲滅できればいいのだが、生憎今俺達は単艦。敵を吊り上げる奴がいない。

 うーん、性能差でゴリ押しすれば何とかなるとは思うが…。万が一に備えておくのも艦長だよな。うん。

「アバリス」

 

 トスカ姐さんが所用で二段構えブリッジの艦長席がある上段から降りていったのを見計らい、俺は密かに本艦のAIを呼び出した。一応は俺も艦の命令系統においては最上級。すぐに眼の前の空間にサウンドオンリー表示の空間ウィンドウが投影された。

 

【はい、艦長】

「隠しフォルダのコード881の開示を許可する。その中の命令の実行してくれッス」

 非常に端的な命令に対し、AIは文句も言わず了解を示すとウィンドウを閉じた。コレで最悪撃沈は回避できるだろう。ちなみにコード881なんてご大層なネーミングであるが、隠しフォルダは一つだけしか存在しない。じゃあなんで881?何となく気分です。

 なにはともあれ、この命令が実行されれば敵味方共にとても面白い事になるだろう。それを考えると何となく楽しくなったので思わず笑みがこぼれた。

 

「まぁーた何か悪い顔してる。今度は何を企んでるんだい?」

 

 それを所用を終えて戻ってきたトスカ姐さんに目撃され質問されるが、明確な答えは提示せず、ただ愛想笑いのように唇を吊り上げて告げた。

 

「なに、ちょっとした援軍を頼んだんですよ」

 だからソレを言えとスリーパーホールドを掛けられたのは余談。首が痛い…。

 

……………………

………………

…………

 それから数時間後、小惑星帯の入り口付近で待ち構えていた敵の第一波を完全に補足。敵も此方と接触した事に気がつき、俺達は交戦状態に突入した。

 

「各区画気密の確認は終了。戦闘班はすべて所定の位置に付きました」

「射撃諸元の測定完了、ビーム射撃の散布界パターン入力、主砲及び副砲、1番から4番までインターバル0で全力斉射開始!強制冷却機作動開始する!――先制攻撃だ。ポチッとな」 

 どこか気の抜ける砲雷班長ストールの掛け声の下、主砲が発射された。此方の方が射程が長い事で可能となった先制攻撃により、主砲および副砲から放たれた幾条もの光線が真っ暗な宇宙を突き進んでいく。

 眼の前にある恐らくは敵の囮であろう小艦隊を掠めて、その装甲を溶かすなりシールドをかなり減衰させるなどしてダメージを与えつつ、本来ならそのまま外れ弾となるべき砲撃は直進し続け、周囲にある小惑星を幾つか巻き込んでいた。鉄といった金属質で出来ている小惑星であるにも関わらず、それらをものともせずに高出力のレーザーはそれらを貫き、穿ち、融解させていく。

 第一射により敵艦隊へ与えたダメージを観測したデータがコンソールに上がるのとほぼ同時に、別の敵を索敵していたオペレーターのミドリさんが声を上げた。

 

「小惑星のいくつかが爆散、その中でインフラトン反応の拡散を感知」

【計測中…敵巡洋艦クラス1隻、駆逐艦クラス3隻規模のインフラトン・エネルギー反応と思われます】

 

 どうもこちらの第一射が小惑星ごと敵艦を貫いたらしい。待ち伏せされていたので多分いるだろうなとも思っていたが、正確な位置はわからなかったので結構適当な照準だった筈だが以外や以外ビンゴだったようである。

 そりゃまぁ、隠れている小惑星が爆散したあげく、その破片を至近距離で浴びれば結構ダメージ食らうとは思っていたけど、ついでに直撃してたらそりゃ撃沈するわな。微妙に幸先が良い出だしとなったようだが、敵さんもバカじゃなかったらしく、待ち伏せが失敗したことを悟った途端、まるでネズミのようにワラワラと小惑星帯から飛び出してきた。

 

 おお、スゲェ数。敵を表すグリッドで戦域モニターがどんどん埋まっていくぜ。流石に海賊の本拠地だけはある。こりゃただ突っ切るのはムズかしいだろう。とにかく此方から息をつかせぬ連続砲撃で黙らさないといけない。

【敵から対艦ミサイル来ます。数30、着弾まで約150秒】

「あわてず騒がず回避運動を実行。スラスター出力最大。ついでに電子妨害開始ッス」

「アイサー、回避開始、ジャミングを行います」

 

 各部スラスターが炎を吐き出し、暗い宇宙にその残照を散らせていく。だが、こちとら1000m級戦艦。そのサイズは言うに及ばず、連中の巡洋艦や駆逐艦からしてみれば当てやすい標的であろう。科学班の研究と回収を行った整備班の手によって、スラスターなどの足回りも以前より改良されているので、前ほど鈍亀じゃない。

 それでもこれ程の大きなフネを動かすのは容易では無い。三次元軌道による立体的な回避運動を試みるものの、敵さんもそこらへんは予想していたらしい。

「ミサイル、扇形に展開。予想必中弾は10、回避できません」

「アバリスはミサイルの予想進路を計算!リーフはそれを見ながら回避運動ッス!」

【了解】「アイサー!」

 散布界を広げる事で攻撃の命中率を上げたようだった。こういった対艦ミサイル等の実体弾というのはレーザー等のエネルギー系に比べれば格段に遅い。なので遠距離なら回避運動をとったり、ECMなどの電子兵装を使えば命中率をかなり下げられる。

 

 だが宇宙空間を進む対艦ミサイルというのは、当然相対速度の関係でそれなりの速度を持っており、ECMで追尾力を低下させても、直進してくる事がある。所謂無誘導ロケット状態なのであるが、その運動エネルギーはかなりのものがある。当たってしまえばその威力は半端なものではない。場合によっては弾頭が反物質弾という可能性もあるのだ。実体弾とはいえ油断できない。

 しかもだ。ミサイルなどの実体を持つ攻撃に対し、ビームなどの指向性エネルギーを減衰させるAPFシールドでは防ぐ事が出来ない。通常専用の装備がない場合、実体弾に対する防御は自艦の装甲板と耐久力が頼りとなってしまう。なので普通は攻撃の遅さを考慮して回避したりするのが常道なのだが。

 

「防御兵装稼動!デフレクター出力最大ッス!」

 

―――それは普通のフネの場合である。

 俺の指示が下ると新たに積み込んだモジュールが稼動する。APFシールドのプロジェクターに併設された別のプロジェクターが燐光を発した途端、アバリスを楕円状に包み込むようにして周辺の空間が歪んでいく。やがて空間の歪みが収束し、アバリスの周囲は膜状のバリアーで覆われた。

 それはデフレクターと呼ばれる防御システムである。重力井戸の技術から派生した技術で強力な重力場によって周辺の空間を歪ませ、ある種の壁を形成する事により、あらゆる物理的な手段を軽減させる事が出来る防御兵装となるのだ。くぅ~!重力場のシールドなんて、エクセレント!浪漫たっぷりじゃないか!

 ちなみにコレを何処で手にいれたのかというと、以前ロウズに居た最初の頃に0Gドッグの登録と併せて名声値ランキングに登録した事を覚えているだろうか? このランキングに必要な名声値という謎の数値があるのだが、それは敵を倒したり何か功績を挙げると上昇する。原理は知らないが敵を倒せば上昇するのである。

 

 んで、俺がモブとはいえかなりの数の海賊を大量に狩ったのは知っているだろう。その殆どが無名海賊であり所謂雑魚。だから、いくら倒したところで手に入る名声値は雀の涙であった。だが大量来る日も来る日も倒し続けた結果、ちりも積もれば山となるのイデオロギーの元、俺の名声値は無駄に溜まっていたのである。こうして名声値を得た事で上に居た4000人以上のランカー達を短期間で蹴落として、上位ランキングに食い込むことに成功していた。

 

 そして上位ランキングに入ると、なんと管理局からボーナスをもらえるのである。つまり、そのボーナスの一つがAIアバリスが付いているコントロールユニット。そしてデフレクター発生ユニットだったのである。ズっこいとか言わない。だってゲームだと序盤、無周回プレイの時では、そういうのを利用しないと即撃沈がざらだったのだから。

 

 何はともあれ防御兵装を捻り込んであるアバリスは鉄壁!素敵!大喝采!である!

【ミサイル、デフレクターの効果範囲まであと20秒】

『総員、耐ショック防御、何かにつかまって下さい』

 

 オペレーターのミドリさんの声がアナウンスを通じて艦内に流れる。実を言うと、実戦でこの防御装備を使うのは今回が最初なので少しばかり緊張が走っている。戦術モニターに眼をやると、俺達を表す戦艦型グリッド目掛けてミサイルを表す細長い棒状グリッドが殺到してくるのが見て取れて、無駄に緊張感が煽られる。

「ゴク」

 そして、グリッドがアバリスの防御スクリーンに後僅かと迫り、それに接触した瞬間、ミサイルの軌道がデフレクターを沿うようにして流れた。思わず生唾を飲み込んだ次の瞬間、モニターが一瞬ブラックアウトするほどの強い閃光が走った。

 それとほぼ同時にデフレクター発振元のアバリスを揺らす程の強い衝撃波が、フネ全体に襲い掛かった。あまりの衝撃にたまらず俺はコンソールにしがみついた。やべぇ、思ってたよりも対艦ミサイルの威力が高い。

「ぐぅ!…損害報告!」

「デフレクター出力。瞬間的に60%台にまで落ち込みましたが、既に充填されて現在80%台まで回復。ジェネレーターとも正常稼動中」

『こちらダメコン室。衝撃波の影響で多少キールにゆがみが出たが許容範囲内だぜ』

【装甲板にも傷ひとつありません】

「約4名、頭を打って医務室に運ばれましたが各部署異常無し」

 ふぃー、さすがは重力防御装置、物理的な力にめっぽう強いじゃないのさ。金稼ぎと平行して海賊を倒してランキングを上げた甲斐があったというものだ。状況は、こちらの損害は軽微、だがデフレクターごとフネを揺らす衝撃波だけでも中の人間にとっては致命的になる事もあるので油断は禁物だ。

「アバリス!艦内の余剰区画閉鎖!その分のエネルギーを兵装に回すッス!」

【了解】

「ストール!回したエネルギーで各砲ミサイルを迎撃!それと収納してあるガトリングレーザー砲の使用を許可するッス!全力で叩き返せ!」

「アイサー!久々の制圧砲撃!腕が鳴るぜい!ポチっとな!!」

 大中小の各種高出力レーザー砲。両舷のリフレクションレーザーカノンが光る。俺というパトロンが付いたからか、前まで配線むき出しだったのに何時の間にか外装が付いて完成してしまったガトリングレーザー砲が上部甲板格納庫からせり出し、広域にレーザー散布を開始した。単艦だが強力な火力、それによる弾幕は艦隊相手に引けを取らない。

 反撃の広範囲砲撃は7割が外れる。散布界を広く取るという事はそれだけ無駄弾も多く消費されるという事でもある。だが全体を見ればそれを補って余りある効果を挙げた。

「エネルギーブレット、敵1番から5番艦に命中、全大破」

 

 まぁいうなれば、戦艦が巨大なガトリング砲で撃ちまくったようなもんだからなぁ。逃げる奴は海賊だ!逃げない奴は良く訓練された海賊だ!ふぅーははは!ホント航路は地獄だぜい!!

 だが当然コレだけ撃ち続ければ、いかに高性能なコンデンサーやジェネレーターを持っていてもすぐに枯渇するわけでして。僅か十数秒でこれ迄チャージしてあったエネルギーの殆どを使い果たし、再チャージされるまで使用できない状況になる。

 別にピンチではない。そうなる事も折込済みなので、此方は攻撃系統とは別の系統で確保してあるエネルギーを効率的に使い、回避運動を継続するだけである。蝶の様に舞い~、蜂の様に刺し~、ゴキブリの様に逃げるのだァ!

 ちょっとかっこ悪いかもしれんが、勝てば官軍なので気にしない。

 

「次弾のエネルギーチャージが終わるまで回避機動を崩すな!止まれば幾らシールドがあっても穴だらけだよ!」

【敵残存艦がミサイルを発射。敵増援を確認しました。数は10】

「キリが無いね。ストール!こっちの方が射程が長いヤツがあるんだから、敵がこちらを射程に収める前に沈めるんだ!」

「アイサー、両舷リフレクションカノンの照準は増援に向ける」

 艦が再び回避機動を取り始めるのを横目に俺は再びコンソールのほうに目を向ける。それなりに落とした筈だが、いまだ戦術モニターには多数の敵艦が表示されていた。待ち伏せされていたあたり、結構な数が潜んでいる事は予想できたが、馬鹿に敵艦が多いような気がする。

 もしかしたら俺達がこちらの航路を通る事も事前に知られていた? そうだとしたらそりゃあ一杯来るわなァ。こちとらどれだけ海賊を食らった事か…恨まれてる事は確実だモン。

「ガトリングレーザー砲の蓄熱量が限界値に入ります。冷却の為に作動を停止します」

「冷却が終わるまで各砲自由射撃に移行。ただし牽制だけに留め、ジェネレーターの充填を優先するッス」

「砲雷班アイサー!」

 エネルギーが尽きてはチャージし、チャージした分を使いきれば攻撃する。このサイクルを繰り返し迎撃を続けるが、敵の数があまりにも多過ぎて決定打にかけてしまう状態になった。標的が多過ぎると逆に当らんもんである。各個撃破で応戦すればいいんだろうが、生憎単艦なので必然的に多対一の戦闘となるので集中しての撃破が難しかった。

 

 あるときは後退し、あるときは進撃するを繰り返す。新調したり研究が進んだことで改造を加えた装甲。それら新兵装があったから良かった物の前のままならもう蒼い火球となっていただろう。ホント技術班さま様々やで。

そのまま待ち伏せ艦隊を消化して敵の本体に近付いた俺達は与えられていた職務を開始する。そして会戦から5時間あまりが過ぎ、クルー達に若干の疲労が見え始めていた。

『各クルーは第3班と交代してください。繰り返します――――』

 即時対応可能範囲の敵性勢力はすでにその殆どの殲滅を完了していた。だが敵は次々と戦力の逐次投入を行い増援に継ぐ増援俺達がの体力と精神をすり減らしていった。もしまだ増援があるとするなら、これまでの戦闘の経験上、約1時間程で再び表れるだろう。

 

 AIのサポートがあるとはいえ、ソレを扱うのは人間だ。基本的には人間がフネを動かしている以上、マンパワーが低下すれば、その分戦力も落ちてしまう。この空いた時間を利用しない手はない、なので各戦闘部署では人員を三班に分けてサイクルを組んで対応させた。戦闘をしていたクルー達を交代させておくのである。交代したクルー達にはしばらくタンクベッドに入ってもらい強制的に休憩しておいて貰おう。

 タンクベッドは夢をみないで短時間で肉体的な疲労を除去できる素晴らしい装置である。問題は夢をみない分、精神の方に疲労が蓄積されてしまう事であるが、肉体がある程度元気になれば、それに引き摺られて何とかなる。それでも限界はあるが、やらない依りはマシといったところだった。

「まったく敵さんもこりないねぇ」

「トスカさん、疲労は少しは取れたッスか?」

 

 ブリッジクルーも例外なく、それぞれに交代していた。ただ通常のクルーと違い、ブリッジクルーはそれぞれの部署が一人ずつ交代し、また交代するのはAIとである。ブリッジクルーには換えが効かないし、下手に部下に任せるよりも高性能なAIに任せたほうが楽なのだ。なら全部AI任せという考えも出そうだが、AIでもストレスは溜まるし、何よりそれだと面白くない。

 とにかく、ブリッジクルーも細々と交代し、先ほどまでトスカ姐さんが休んでいた。

 

「ああ、少しだるいけどね。ユーリ、敵が来るまで少しある。今の内に休んでおきな」

「ういッス…ココは任せるッス」

「ああ、まかされたよ。しっかり休んどきな」

 トスカ姐さんも戻ってきたので、彼女に指揮を任せて俺も少しばかり休ませてもらう事にした。しっかし、もう少し楽に突破できると思っていたが、これほどまで長丁場になるとは予想だにせんかった。中央政府軍の奴ら、海賊の戦力を侮っていたのかな?

「ミドリさん、エルメッツァ政府軍の戦況は?」

「通信状況が少し悪いのであまり情報はありませんが、どうやら向こうもこう着状態みたいですね」

「ふむ、こちらとおんなじッスか」

 どうやら予想外に海賊たちは奮戦しているようだ。

 政府軍と互角に戦っている。こうなると不利なのは――――

「数が少ない分、政府軍の連中の方が不利だねぇ」

「やっぱりトスカさんもそう思うッスか?」

「ああ、全体的に戦力が同じなら、数が少ない方が持久力が無いのは明白だからね」

 こちらもアバリス並みの戦艦が後一隻あればいいが、そんなフネを持っているヤツはウチを除いてはこの宙域には存在しないだろう。大海賊と呼ばれるヴァランタインとかいう男なら知らんけどね。助けにはこないだろう。だって海賊だから政府軍と仲良い分けないし、そいつ原作じゃ序盤敵だしな。

 逆にこの場に現れてしまったら死亡フラグがやって来たと思い早々に離脱すべき事態になってしまうのでいただけませぬ。それはいいとして、俺も休む事にしよう。

 

「んじゃ、俺すこし休むッス」

「ああ、よ~く寝な。その間に終わらせちまうからさ」

「いいッスねぇ、それじゃトスカさんに全部お願いします」

「任せときな」

 俺はフラフラしながら艦長席を立つ。実を言うとズッと緊張状態を維持してたから腰が痛いくらい疲労が溜まっていた。席を立つついでにトスカ姐さんの軽いジョークに返事して、ブリッジを出ようとした、その瞬間―――――

「敵増援、第6波確認~!」

「どうやら、おちおちと寝かせてもらえない見たいッスね」

「ちっ、しつこい男は嫌われるよ」

 再び増援が表れた。どうも予想していたよりも到達が早いので俺は出鼻を挫かれた感じで艦長席に戻る。戦闘が再開されたら艦内のエアロックが再び閉鎖されるので行き来できなくなるのだから、艦長席に居たほうがまだマシなのだ。

 それにしても敵の増援…。原作ゲームよか多過ぎでしょう?何この叩いても叩いても湧いてくる感じ?雲蚊の如く大軍って事ですかい?

「アバリス」

【はい、艦長】

「アレは、まだ?」

【もうこの宙域に入りました】

 よし、それなら勝つる。俺はある事をアバリスに確認し、コンソールのある艦長席に舞い戻る。ガトリングレーザー砲は戦闘で使ってまだ冷却中だから、通常兵装達で勝負するしかないな。

「各砲門開け!迎撃準備!リフレクションレーザー砲で先手を―――」

「へうっ!?こ、後方よりアンノウン反応~!1000m級です~!!」

「「「な、なにぃ!?」」」

 

 再度迎撃の号令を下そうとした時、レーダーを見ていたエコーの焦った声がブリッジ内に木霊した。それを聞きブリッジクルー達にも動揺が広がる。突如背後に現れた正体不明の1000m級のフネ、しかも戦闘中であり周り一体が敵だらけの状況で表れたヤツだ。敵であってもおかしくは無いと考えられるだろう。普通ならな。

「くっ!海賊どもがそんな艦を持っているなんて聞いて無い!」

「政府の奴らめっ!情報を小出しにしてやがったか!」

「落ち着くッス!第一あれは―――」

「アンノウン、インフラトン反応上昇中。砲撃を行うようです。所謂ピンチですね」

「「「な、なんだってー!!」」」

「ちょっ!アバリス!?」

 

 俺が喋っているのを遮り、ミドリさんが背後のソレの動向を伝えたもんだからさぁ大変。余計に混乱するクルー達、あーもう。

「アンノウンからエネルギーブレッドが発射されました!!」

「い、いかん!デフレクター嫌さAPFシールドを出力最大に!!」

「それよりもかいひ~!!」

「だいこんらんです!だいこんらんです!」

「リ、リーフが壊れたぁぁ!!」

「うわぁ、なんつーかウチもまだまだ想定外には弱いんスねぇ」

「な、何でユーリはそんなに落ち着いているんだい?」

 トスカ姐さんも若干混乱しているようだ。

 いや、だってねぇ?

「だってアレ、敵じゃないし」

「「「「はぁ!?」」」」

 ざ・わーるど☆そして時は動き出すんだぜ!

【エネルギーブレッド、本艦右舷を通過して敵艦隊に向かいます――敵艦撃沈】

「え?本当に敵じゃ無い?え?え?援軍?」

「どうなってんの?馬鹿なの?死ぬの?」

「おい、まさかとは思うが説明をお願いしてもらってもいいか?」

 そして全員の目が一斉に俺のほうを向いて…いや射抜いていた。

 なんせ俺には前科があるからなぁ、主にこのフネ関連で。

 

「やぁバーボンハウスにようこそ、このテキーラはサービスだから落ちついて欲しい」

 つまりはそう――――またなんだ。

 

 背後から現れた大型艦。それはお金が貯まっていたのともしもの時の保険として建造したズィガーゴ級戦艦である。全長1600m、全幅1200m、全高1300mのずんぐりむっくりとした形状をした大型艦で、アバリスよりも巨大なそのフネは、0Gドッグランキングで10位に入るともらえる設計図で作成できるフネである。

 元々大マゼラン方面で活躍している大海賊のフネの設計図であり、イメージは頭蓋骨に泥棒のほっかむりをつけたといった感じ。大マゼラン製であり、また分類が実は戦闘空母なんていう浪漫あふれる仕様な為か、艦載機とかペイロードが凄まじい高性能艦である。なんでランキングで手に入るのかと聞かれても分からんのだが、たぶんゲームの仕様です。

 そして、それを戦線に投入した俺、まさに外道!

 だけど当然それらは秘密だったので―――

「ユーリ!アンタまた秘密裏に戦艦作ったね?!」

「いえすおふこーす。こんな事もあろうかと、増援作っておいたッス!」

 トスカ姐さんに怒られちったい。

 だけど言ってやった。こんな事もあろうかとをな!ふはははは!!

 

「「「「艦長…アンタ…」」」」

 

 ………いやモチロン艦長が言うべきセリフでは無いのは解ります。

 だから皆そんな冷たい目で見ないでほしいお(^ω^;)

「と、とりあえず状況を打破する為にやっちゃおう?ね、ね?」

「ユーリ。アンタ後で折檻な?」

「うわーん!艦長の愉快なお茶目なのにー!理不尽ッスー!」

「アバリス!どうせアンタが操作してるんだろ?あのフネの操作は任せるよ!」

【了解しました】

 あれ?なぜかトスカ姐さんに仕切られたような…。ま、兎に角こうして、俺達は新造艦との共闘で戦闘を有利に進め、防衛線を突破する事が出来た。ちなみに新造艦だけど秘密裏に作ってたので乗組員は乗っておらず、現在ユピテルは無人艦として機能していたりする。

 人間が乗っていない無人艦なので咄嗟の事態に対応できない可能性はあるが、有人艦である本艦がいるので恐らくは大丈夫であろう。むしろコレだけの高性能艦なのに、ある意味で序盤であるここいらで沈んだら泣くぞオラ。

 

「さぁて、あとは副長に任せて俺も休憩「マテやコラ」しようかなぁ~って思ったんスよ。トスカ副長?」

「HAHAHA!とりあえず敵を殲滅して一段落したからこっちに来て色々と説明してもらおうか?とくにこれまでの資産を勝手に使い込んだ件についてね」

「え、ちょ?俺はただ皆の驚く顔が見たかっただけなんス~!お茶目な艦長の悪戯だったんスよぉ!」

「ギルティ!拷問だ!とにかく拷問に掛けろ!」

「Nooooo!あんまりだぁ~~!!」

 

 今日の教訓、やりすぎはいくない。色んな意味で。

***

 

 

 目が覚めたら、そこは海賊の本拠地でした。え?何コレ?

「おや?やっと目が覚めたのかい?」

「というか、何故にもう最終局面?」

「あん?アンタが気ぜ…眠っちまってた間に依頼を遂行しただけだよ?」

 あれ?俺いつのまに眠っちまったんだ?ユピテルが合流した後の記憶が不鮮明なんだけど?なんかあったような気がするんだが思い出せない。思い出せないって事はどうでもいい事なのかな?トスカ姐さんの方を見ても普段どおりだし…なんだろうこの感じ?うーむ。

 

 まぁいい。それはともかくとして現状確認だ。戦闘ログを確認したところ、俺が寝ている間に結構戦闘は進行し、待ち伏せ艦隊を撃破後に前進。エルメッツァ政府軍と遣り合っていた艦隊を背後から強襲し、政府軍と挟み撃ちする形で撃滅。その後、政府軍と共に敵本拠地へと乗り込み、現在周りの宙域を制圧しつつあるらしい。

 

 その戦果の立役者となったのは意外な事にユピテルだった。予想以上に秘密裏に建造したユピテルは強かったらしい。ログによれば無人艦という人材喪失の危険性がないメリットを最大限に用いた戦法をトスカ姐さんがやらせたようなのだ。

 

 その脅威の戦術とは!デフレクターとAPFSに頼って敵艦隊中央に吶喊させた!以上っ!

 いや単純に見えるが実際効果抜群だったようで、敵が総崩れになったそうな。残敵わずか、撃ち放題でウマウマだったんだそうな。ユピテルは正面から見るとドクロな形してるからなぁ。目玉のある部分に当たる空洞が戦闘時非常灯に切り替わるから赤く光るわけで…普通にそんなのが突っ込んできたら怖いわ。

 

 とにかくそんな感じで敵に突っ込ませた後、政府軍の連中と戦っていた海賊達を背後から強襲。同じくウマウマな状況になり、現在に至るっと。

「なんというゴリ押し。だがそれが良い」

 

 思わず、劇画調の顔つきに…。

 

「なんか言ったかい?ユーリ。それは置いといて、とりあえずスークリフブレード装備しな」

 え、なして?そう疑問に呟く前に、俺は尻を蹴られて自室に追いやられた。言われたとおり剣を携えて戻ってくると首根っこ引っつかまれて、昇降エアロックに連れて行かれる。おかしいな?艦長は俺なのに指揮を乗っ取られたような…。

 

 このままではいけないと自らの力で立ち上がろうとしたが、その前に昇降エアロックに放り込まれた俺は、そのまま何時の間にか強行接舷していた海賊本拠地の軌道ステーションに顔面から突っ込んだのだった。しかも顔を上げると敵前…おのれェ姐さん、絶対いつかヒィヒィいわせちゃる…、無理だろうけど、姉御肌だし。

***

 さて、なんか無理やり先陣を切らされて敵地に放り込まれた。流石にすぐ眼の前にバリケードがあって敵と目があったのには冷や汗かいたけど。奴さんらも突然放り出された俺を見てあっ気にとられてたから、すぐ物陰に隠れ、その間に俺の後から突入してきた保安部員達の戦闘をライブで見る羽目に…、身長低めで助かったぜい。

 

 ところで戦闘の方だが、俺達の方が押していた。軌道ステーションを守っていた敵は、お世辞にも強いとはいえなかったのだ。乗り込んだ保安部員たちの一斉射撃後、怯んだその隙に抜刀して突撃し、懐で切りまくられた事によりガタガタにされ、すぐに殲滅されてしまった。

 此方の死者ゼロ、負傷者は少数という予想を上回る戦果だが、その中でもトーロの動きが人一倍凄かった。重力5倍で鍛えたのは伊達じゃ無かったらしく、突撃した時に某無双シリーズみたいなことになっていた。何気に銃撃とか避けてたし、お前はどこの侍マスターだ?流星の剣でも持ってるんかい?と突っ込んだのは俺だけの秘密。

「バズーカ!バズーカ!グレネードも持ってけッス!!」

「「「うわぁぁぁぁぁ!!」」」

 もっとも、俺は俺でケセイヤから渡された武器を片手に暴れまわっていた。何故か放り込まれた事で少しタガが外れたらしく、逃げる奴は海賊だぁ!みたいにトリガーハッピーしていたのである。

 腰にはトスカ姐さんのスークリフブレード、そして両手に持つは連射式バズーカで武装し、隔壁だろうが敵のバリケードだろうが、一撃で破壊できる爽快感で突き進んだ。

「ふははは!この世の春が来たぁぁぁ!!」

 思わずハイになって洒落にならない御方を肖ってしまったが、MSがないので安心だ。とにかく俺は味方の先頭に立って撃ちまくっていた。そんな俺の背後は両手でアサルトライフルを保持し片手打ちで無双するトスカ姐さんが守ってくれていた。

 いや流石は女一人で仕事してきただけはある。普通にこの人つよかったお。

「戦うと元気になるなぁー!」

「ユーリ!あんまり周囲をベタベタにするんじゃないよ!」

 ちなみにバズーカの弾頭は障害物破壊の時以外は非殺傷のトリ餅弾だったりする、スプラッタは嫌ズラ。ブラスターもパラライズモードとかいう非殺傷モードがあるんだけど。俺はロマンを優先したぜ!バズーカは漢のロマンです。

 こうして海賊をある時は吹き飛ばし、ある時は地面に貼り付けて奥へ奥へと向かっていく。当然、0Gドッグとして忘れてはならない事を俺は別動隊に指示しておいた。俺の意図を買ったというか、もともとそのつもりだった仲間は別行動してすぐに連絡を入れてくる。

 

『艦長!ありましたぜ!お宝の山だ!』

「デカしたッス!ルーイン!!」

 別働隊を率いる仲間が無事に海賊の本拠地にあるお宝を奪取できたようだ。これらは元々は民間から海賊行為を働いて奴等が保管していたシロモノであるが、俺達が手伝う条件としてそういった戦利品は懐に入れて良いと約束していた。それを寄越せ…全部だ。

 本来は操艦を任せるはずのAIドロイドも手足があるという事で総動員し、エルメッツァ正規軍の陸戦隊ががんばっている間に人海戦術で運び出させ、モチロン俺達本隊もキチンと望まれていた仕事をこなした。なので遠慮なく頂いていくように指示し、俺は更に本拠地奥へとすすんだ。

 

 尚、お宝と言ったものの、実際は金銀財宝などでは無く大抵がレアメタルなどの鉱石だ。報告の中には軍の試作パーツとかも含まれてるっぽいから、サナダさん辺りが狂喜乱舞だろう。おそらくケセイヤも一緒になって騒ぐに違いない。連中マッドサイエンティストだからなぁ、まぁ俺達に害がなければ問題ない。

『くっそ!だれかセクター12にある武器庫に増援をよこしてくれ!反撃が激しい』

 俺達が0Gドッグの本分を十全に発揮していたその時、先行して進んでいたクルーから通信が入った。敵さんの武器庫近辺で反撃が強いらしく苦戦しているらしい。本拠地の完全制圧をするためには敵の司令官がいる所へ向かわなければならない。

 

 だが、途中の端末から入手した内部図によると、先に進む為のルートは武器庫を越えた先にある。その為、どうしてもここを通過せにゃならなかった。迂回できそうなルートがないからだ。

 

 しかし、いざ到着してみると、他のところよりもはるかに堅牢なバリケード…いやもはや陣と呼ぶべき形で海賊達は待ち受けていた。これでは撃ち合ったところで弾とエネルギーの無駄である。何とかしなければ…。

「ふん♪ふん♪ふふふ~ん♪」

 んで何かブチ壊しに良いのねぇかなぁ?と探していると俺はとてもいいモノを見つけてしまった。

「ウホ、いい軽装甲車っ」

 そこにあったのは軍用の装甲車である。外見は俺のいた時代のと殆ど変わらないが小回りの事を配慮したのか非常にコンパクトであり、武装はレーザー機銃タレット一門といったところ。

 エルメッツァの識別マークがあるあたり鹵獲品のひとつらしい。敵の武器庫にこんなのがあるという事は鹵獲品の置かれた倉庫区画から持ってきて防衛に使う気だったのだろう。実際イグニッションキーが刺さったままである。もっとも、こっちの侵攻が予想以上に早かったようで、この場所に置き去りにしたようだった。ちなみに倉庫区画は武器庫のすぐ隣。

「よし、爆弾しかけてアクセル全力全開ッス!!」

 いやぁオートクルーズは便利です。そう言う訳で、バリケード突破の為に軽装甲車を武器庫目指して走らせた。もともと敵の鹵獲品を更に鹵獲した品なので、此方の懐が全然痛まないのがいいね。最高だ。

 んで、無人の軽装甲車は敵に撃たれながらもオートクルーズでバリケードへと突撃していく。途中で装甲が破られたのか炎を拭きだしたが、エンジンが無事なのか速度は落ちる事がない。敵さんも慌てて武器庫から対戦車装備を持ちだしたが時既に遅く、軽装甲車は小爆発を起こしながら武器庫の中に突入!

 そして乗せといた爆弾が爆発し、それなりの大きな爆発が武器庫の中で巻き起こり、そこを護っていた海賊達ごと吹き飛ばしてしまったのであった。海賊が何人か爆風に巻き込まれて頭上を吹き飛ばされてたけど、気が付かない事にした。

「よくやった、軽装甲車。お前の事は3秒は忘れないッス」

「バカやってないでいくよユーリ」

「あれ?最近、俺に対する突っ込みが来なくなったッス。俺は寂しいッスよ?」

「ふっ、一々突っ込み入れたら疲れるからねぇ。放っておくのが一番さ」

「対処法を学習された!?スルーは逆になんか痛いッス!!」

 尚、俺達がこんな風に各所を制圧していたのと同時刻、エルメッツァ正規軍の連中は敵の動力部の制圧に向かっていた。何気にこの海賊の本拠地は人工衛星というかコロニーみたいなもんらしい。追い詰めた海賊が自棄になって動力炉暴走させて自爆とかされたら厄介なので一足先に、という事らしい。

 ま、お陰で邪魔されずにネコババ…もとい戦利品の確認が出来るというものだ。この海賊団は何気に趣味が良いらしく、強奪品の中にビンテージのお酒とかが入ってた。当然頂く、戦利品!戦利品!お前の物は俺の物、俺の物は俺の物。ジャイアニズム万歳だ。

『ユーリ!こちらトーロ!敵の親玉を発見したぜ!』

 ビンテージコスモワイン片手にウハウハやってたらトーロからの通信が入る。親玉を発見したらしい。俺としては仲間に丸投げというか任せて置きたかったが、人手が足りないから戦利品集めを一度中断させて行かないといけないらしい。仕方なく俺はトーロに了解と言って、敵の親玉の元に向かった。

…………………………………

…………………………

………………

 他の皆と合流した俺は、海賊団の親玉の居る部屋の前に来ていた。なんか皆で突入しようとしてるけど、俺はそれに待ったをかける。入った途端撃たれたらかなわんし、ココは室内戦闘におけるセオリーに従って無力化してからにしないといけない。皆これまでの戦闘で気が高ぶっていたが一応理性は残っているので、俺の声掛けを聞いて少し落ち着いてくれたのはありがたかった。

 そしてむやみやたらな突入を止めさせた俺は、ケセイヤさん特製、閃光音響手榴弾(非殺傷はーと)をおもむろに懐から取り出して、ちょっとだけ開けたドアの隙間から5個程投げ入れた後、すぐにドアを閉めた。

 直後、風船を割った時の音を千倍にしたような大きな破裂音がドアの向こうから響いた。炸裂した瞬間を見計らって、チキンな俺は無茶な突入をせずに、そうっと扉を開けて中を覗いた。手榴弾の炸裂で若干煙が漂っているので見にくいが、動く影が見えないあたり、どうやら無力化に成功したようだ。

 これまた慎重に部屋に踏み込んでみたが、思っていたよりもボスの居た部屋はそれ程広くは無かったらしい。精々が10畳くらいの部屋だろうか?逃げ場も殆ど無く、抜け道もまったくない。そんなところに投げ込まれた複数の閃光音響弾とか軽く死ねるレベルであろう。

 まぁ、兎に角そんな訳で、強烈な閃光とデカイ音のお陰で見事気絶した馬鹿を、こちらはほぼ無傷で捕獲する事が出来た。んで恒例の物色タイムである。予想通りボスの部屋には隠し金庫が複数発見され、そこから貴金属やマネーカード、そして何故かラム酒を発見した。海賊だからラム酒って感じなんだろうかね?

 

 こうしてエルメッツァ軍に依頼された海賊本拠地の制圧はこれで終了する事になった。後これは蛇足なのだが、ボスの部屋にてボスと共に気絶していたルードで出会った軍人さんも回収した。場所が場所だけに二重スパイであったのだろうと思われるが、発見時には意識も混濁しており、どうも原因が手榴弾だけではなさそうだったので、そのまま医務室に収容したのだった。

 

 ともあれ、海賊本拠地を襲撃した結果、結構な稼ぎになったのは言うまでもない。ローリスクハイリターンが一番いい。こっちは戦利品でウマウマである。後処理は政府軍に任せタ後、俺達は大量の戦利品と共に海賊の本拠地を後にした。

 

***

 ところで、今回の闘いでは戦利品だけでもウマウマだが、軍からの報酬も頂かんといけない。で一応頑張った手前、貰える物は頂いておかないと勿体無いってワケ。

 そんな訳でラッツィオ軍基地に来たんだが―――――

「はぁ?報酬は払えない?」

「ソレは正確では無いな。君たちに見合う報酬がココでは用意できないのだ」

 金がないとかふざけてんの?とか思ってにらみつけたのだが、オムス中佐は涼しい顔で俺の睨みつけを流すと、そうのたまった。約束が違うといいたいところだったが、考えてみればココは辺境の基地みたいなもん。だからしょうがないね。

「そう言う訳で、一度エルメッツァ中央にあるツィーズロンドに来てほしい。そこで報酬を渡そう」

「はぁ、了解です」

 どうやらお隣の宇宙島へいかなければならない様だ。元々次の目的地はエルメッツァ中央だったから、丁度良いっちゃ丁度良い。どちらにしろ本拠地を潰した以上、しばらくこの宇宙島で海賊狩りは出来なさそうだしな。

「まぁ後、私個人から頑張ってくれた君へと報酬を渡しておこう」

「いや、頑張ったのはクルーです」

「ふむ、確かに優秀なクルー達のお陰でもある。だがそれを指揮した君も素晴らしい。だから遠慮する必要はない!さぁ受け取りたまえ」

 彼の手から渡されたのは、ちいさなデータチップであった。何ぞコレ?

「君は若い、そして可能性がある。その可能性を引き出してもらいたいと私は思ったのでね。そのデータチップの中には艦隊指揮に付いての指南書みたいなモノが入っている」

「まぁ良いでしょう。ありがたく受け取っておきます」

 俺はデータチップを懐に納めた。

 

「それじゃ、次会う時はツィーズロンドで」

「ああ、また会おう」

 こうして俺は隊舎を後にした。長居してもしょうがないのだ。

 

***

 

 

 軍基地から戻ってようやく一息つけた。だけど、ただ休憩するというわけではなく、俺は艦隊を編成し直して、旗艦をアバリスからユピテルへと変更する事にした。アバリスもいいフネであるが、司令塔である旗艦をより強力なフネへと乗り換えるのは無限航路の醍醐味と言える。その為の引越しに追われたのである。というか折角新造したんだし、そっち使わなきゃ損損ってヤツだ。

 

 尚、艦隊編成であるが、これまでの旗艦であったアバリスは戦列艦として、敵の矢面にたつことになるがユピテルの前衛を任せることになった。ガトリングレーザー砲が近中距離で強力な火力なのでこういう編成となったのだ。コレに加え戦闘には参加しないが、駆逐艦クルクスが工作艦として追随するのはユピテル導入前と変わらない。

 またこれに伴い、それなりに色々とやることがあった。まずユピテルへのクルーの移動。やっぱり人手不足な我が艦隊、今回も人員の補給が間に合わなかった。俺としてはアバリスも愛着があるがユピテルも捨てがたく、十全に機能できるようにしてやりたいと考えた。

 なのでクルー達は現旗艦ユピテルに移乗させ、旧旗艦のアバリスは改装してコントロールユニットと直結させた無人艦として機能させる運びとなった。無人間というがブリッジ周りはそのままであるし、人間さえいれば普通に有人艦として機能する。今は人がいないので人間代わりのAIドロイド任せとなるが、しばらくはしょうがないだろう。

 そして、すでに乗組員の一員ぽい感じになってきたアバリスのコントロールユニットの統合管理AI君を、そのコントロールユニットの基盤ごとユピテルに移動させた。コイツも今では立派なクルーの一員だし、AIアバリスの持つマトリクスは、もはやコピー出来ないくらい成長を遂げていたので、基盤ごとのお引っ越しとなったのである。

 ちなみに随伴艦となるアバリスとの混同を防ぐ為、新しい名前を艦内で募集する運びとなり現在審査中である。結果は後々伝えることにする。

 ソレと収容した軍人さんの引き渡しを行った。あの海賊の本拠地で収容したあの軍人さんは、トーロの幼馴染であるティータ嬢の兄のザッカスさんだった。情報はこのヒトから漏れていたらしい。医務室のサド先生の診察では、強力な麻薬とナノマシンで操られていたとの事。今は眠らせているが本格的な治療はこのフネでは出来ないので、軍の方で治療して貰う為に引き渡したのであった。

 そんな訳で、現在我がユピテルは軌道ステーションで足止め中。しかも本拠地で手に入れた軍の試作パーツの所為で、ウチのマッド2名が燃え上がっており、フネの改造を行っちゃってくれているので、出港には更に時間がかかると思われる。一体どんな風に改造するんだろうか?まさか、某異星人の技術を利用したフネみたく、フネがロボットに変形とかは無いよな?いや、アレもロマンですけど、今のフネだとちょっとキツイからなぁ。

 まぁそんなこんなで、みんなが頑張るので、おいらも書類の決算をがんばるのだ。だけど過労死は簡便なんで、今日もまた新しくなった旗艦の中を散歩しているのであった。

 

 

 ところで、重要な事なんだが……俺の部屋はどこだっけかな?

「おーい……えっと、ユピテル~!ヘルプ~!!」

【ハイ艦長】

 

 

――――別に新しくなったから迷った訳ではないと述べておく。艦長の威厳の為に。




一応、今回はここまで。

続きは以前投稿していた方にまだあります。

近日には此方に移転しますが…夏休みないからなぁ。俺の仕事。

それではノシ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・幕間1~

■ラッツィオ編~エルメッツァ中央編・幕間1■

 

 

 

 軍に協力し、この宙域を根城にしていた海賊。スカーバレル海賊団を倒してアバリスからユピテルという新造艦に乗り換えた俺達。これで終わるかと思いきや、なぜかオムス中佐に『ここに金はねぇからちょっと取りにいってね!』と、ちょっとコンビニ行って来てなノリでいわれたからさぁ大変。命張ってるんだから、お金は欲しいと俺たちもお隣の宙域に向かう事となった。

 

 ただ、新しくフネも手に入ったので、すぐに別の宙域に行くのはちょっと怖い。なのでもはや慣れ親しんだこの宙域にて、完熟航海を兼ねて、この宙域に留まることとなった。海賊を撃破したとはいえ、残党がまだいるので丁度いいっていう。しかしRPGがお使いゲーなのは、どのゲームでも変わらんね。

 

 

 さて、唐突で大変恐縮だが、前旗艦のアバリスは元々は大マゼラン製の大型戦艦に分類されるバゼルナイツという艦種で、大マゼランの国家であるアイルラーゼンにおいて以前から主力艦を張っている優秀艦でもある。前にも説明したとおり、簡単に言えばどんな状況にも対応できる優秀な器用貧乏って訳だ。

 

 そして今回、また秘密裏に建造し、みんなから冷たい目をされながらもめげない俺が新たに旗艦としたユピテル。前回説明した通り、元々は大マゼランの海賊団が保有している艦と同型艦である。その拡張性は非常に高く対艦戦闘も対空戦闘もこなせる大型戦闘空母なのである。

 

 ちなみにこいつは原作ゲームにおいて、プレイヤーが手に入るフネの中では最強だった。何せ武装スロットがSサイズからLLサイズまで全てそろっており、装甲も分厚くて多少の攻撃ではびくともしない。

 おまけに戦闘空母というだけあって、艦載機が積める内部構造の広さもあり、モジュール組み換えで輸送船にしたり、研究室積んで科学艦にしたり、保養施設積んでリゾート艦にしたり、ひたすら防御装備を取り付けて艦隊の盾にしたりと、どの方面でも活躍できる万能艦だった。

 

 原作ゲームでの自軍艦隊数は最大5隻だったのだが、5隻ともズィガーゴ級戦闘空母で固めた艦隊を作った時は俺tueeeee!!!状態だったのはいうまでも無い。

 

 

 ここまででお気づきになった人もいると思うが、ユピテルは戦闘空母という名前が付加されている。戦闘空母、そう…本来ズィガーゴ級は空母なのである。俺としては戦闘空母と聞くと、某蒼い顔をした総統を思い浮かべるんだが…。

 

 

 デ○ラー総統∩( ・ω・)∩バンジャーイ!デ○ラー総統∩( ・ω・)∩バンジャーイ!

 

 

 

……………ハッ!?いま次元を超えた電波を受信したような?気のせいか?

 

 と、とにかう何が言いたいのかというと。ユピテルは航空母艦でもあると言う事である。

 まぁそんな訳で――――

 

 

「航空母艦なんだから、艦載機の一つでも欲しいよねぇ」

 

 

―――と、ついブリッジで漏らしたのが全ての始まりであった。

 

 

***

 

 

「で、こうなる訳か…」

「ん?どうしたのユーリ?」

「ううん、何でも無いよチェルシー」

 

 俺は目の前で繰り広げられ様としているイベント見る。

 

『それでは第一回ユピテル搭載機のトライアルを開催しまーす!』

 

――――つまりはそう言う事だ。

 

 今日はフネに乗せる艦載機のトライアルが行われるのである。場所はいろいろやっても影響が出ないけど、そこそこ軌道ステーションに近い宙域で、そこの映像をステーションの会場ホールに転送しモニターに映して貰っている。

 そこそこ大規模なイベントだが、申請を事前にステーション側に出したので問題は無い。この間の海賊との戦闘から生き抜きをしたかったから、良いレクリエーションになる。

 ちなみに第何回とか言っているが、今後何度もトライアルをする予定は今のところない。金無いのが切実に辛いし。

 

『いやー、僅か三日で4機もの艦載機候補を作り上げるとか、ウチの技術者連中は化物かって声が上がっていますね』

 

 あ、それ俺だ。だってマジで三日でやりやがったんだもんアイツら。

 

『それと今日は何と科学班の班長、サナダさんが解説に来てくださっております』

『よろしく頼む』

 

 解説役として我等が科学班班長が堂々と…って、何してんだあんたは?

 いやまぁ、ケセイヤに継いで我が艦でマシンに精通してる人は貴方ですけど。

 

『今回のトライアルでは、整備班の人達がそれぞれチームで機体を製作したらしいですね』

『うむ。こういう場合必要とされているのは機能は勿論だが、整備性やコスト、何度使用しても壊れにくい耐久性も考慮されるだろう』

『彼ら製作サイドの腕の見せ所ですね。ではそろそろ、各グループの機体の紹介をさせていただきます』

 

 進行役がそう言うと大型スクリーンに映像が映る。

 そこに現れたのは鋭角なシルエットを持つ人型。

 そして、ロボゲー好きならば、なんかすごく見た事ある形状である。

 

『幾つになっても男は子供!?夢とロマンを忘れない!最初の機体は何と人型です!!』

『人型タイプには、人間と似たような動作をさせられると言う利点がある。フネの作業機械の代わりも出来るだろう』

『そう言う訳でエントリー№1、開発コード・ホワイトです!』

 

 スクリーンに投影されたのは、白色が美しいヒトガタ。まんまACfAのホワイト・グリ○トです、本当に有難うございました!誓っておくが“こいつ”に関しては俺はなにも言っていない。トライアルに参加出来たチームの内、俺もパトロンとして口出ししたチームもいるが、そうでないチームも存在する、そんなチームが偶然であるが作り上げ、このトライアル用に開発した機体なのだアレは……。

 一応艦長なんで、このイベントが開始される直前に、参加する機体の資料を渡されてはいたのだが、それを見た時に『ウチにはアス○ナ機関の研究者でもいたんかい!?』 と叫んだのはいい思い出である。叫んだ時にトスカ姐さんに変な目で見られたのはいつもの事。泣けるぜ。

 

『何でも艦載機としては異例のデフレクターとAPFシールドを搭載した機体だとか』

『それだけでは無く、脳と機体の統合制御体と直結させる事で、恐ろしいほどの性能を得たらしい。インフラトン機関の小型化が大変だったそうだ』

 

 ACに似ているが中身に関しては流石に別物。この無限航路世界の技術がベースとなっている。なのでコジマ粒子は搭載していない。粒子自体が存在していないのだからしょうがないけど、コジマは…やばい…。

 つーか、もしもそんなんが付いてたら危なっかしくてフネに乗せられん。

 

『―――っと、ココで速報ですが!ホワイトは棄権するそうです!』

『通常操作はともかく、神経に直接繋いでコントロールする行為が出来るパイロットがいないらしい。最後までネックだったんだが、やはりというべきか』

『機体はあっても本来の操縦法で動かせる人間がいなければ話になりませんしねぇ』

 

 システムはあっても、最後までパイロットになるやつが出なかったもんな。さすがの技術陣も自分の身体に電極を埋め込むのは躊躇したか。ま、それがいい。変なモン過ぎると採用するにも採用できないしな。

 

『では、気を取り直して!艦載機?それはやっぱりこの形!飛行機型の登場だ!』

 

 ある種ロマン機体だったホワイトは、結局お披露目だけでお蔵入りになってしまった。浪漫なのに…。続いてスクリーンに映ったのはオーソドックスな戦闘機の形。シルエットはかつて俺がいた世界で使われていたF/A-18ホーネットに似ている気がするが…アレは俺もパトロンとして口出ししたから知ってる機体だ。

 

『全てにおいてオーソドックス!エントリー№2コードネームは宇宙の虎!』

『ちなみに原型はエルメッツァ中央軍が売りだしている戦闘機のビトンだ』

 

 ようはエルメッツァで販売されているベストセラー戦闘機の再設計機な訳だが、中身はもはや別物というか、マジで別物なんだ。もちろん外見は名前のとおりである。

 もともとの機体がスホーイとかロシア系な美しいフォルムだったといえば、どれだけ外見が変わってしまったのかが理解できよう。つーか変えすぎでしょうよ。

 そんな思いが伝わるわけもなく、次の機体が画面に映る。

 

『続いては、人型?戦闘機?ゴメンどっちも欲しかった!一機で二機分美味しい!』

「あ、変形してくよユーリ!人型になっちゃった」

「う、うん。そだね」

 

 まさかの変形する機体が登場したことで、俺の隣にすわっていチェルシーもびっくりしたらしく、ポフポフと俺の肩を叩いた。ごめんよ。俺は実は最初から知ってるんだ、アレ。

 

『エントリー№3、コードネームはヴァリアブルファイター0の登場だ!』

『原型はビトンのアーパーバージョンのフィオリアだ』

 

 はい、やっちまいました。マク○スです。俺が口出しした機体であり見た目も完璧VF-0。本当にありがとうございました! だって可変機は浪漫だったんだもん。おいちゃんそういうのほしい。ちなみにVF-0フェニックスさんは原作では大気圏しか飛べない機体だったが、こっちだと普通に航宙機用エンジンがあるから宇宙を飛べたりする。

 それにしても…変形して人型になるとロマンだよねー、の一言で着想を得てわずか三日で作り上げるとか、未来の技術はどうなってんだか…不思議!

 

『そして最後のエントリー! 小さなボディは機能美あふれる人型! エンジンが無い!? エネルギーは母艦から送信!』

 

 そして最後の機体が画面に登場する。鈍いメタルな光沢を放つ灰色の巨人が立っている様に画面に映りこんだ。しかしアップなので大きく見えるが、あれで実は戦闘機よりもはるかに小さい、とくれば搭載数が増やせそうな予感。

 

『エントリー№4、コードネームはお花の名前を貰いプロト・エステバリスの登場だぁぁぁ!』

『エンジンを外すと言う大胆な発想によって、コストとダウンサイズを計った吃驚設計の機体だ』

 

 そう、エステバリスである。某花の名前の戦艦の艦載機がそこに映っていた。ちなみにこの機体もトライアル参加の書類を見た時に知ったので、ホワイトと同じくアレについては一切関知していない。

 実際、エステバリスはエンジンを載せないのでサイズや整備面でのコストが優秀であるなどコンセプトは良いけど、その設計思想上どうしても母艦に帯同するのが常となるから直衛みたいな近接対空防衛にしか使えない。汎用性は限りなく低いのだ。

 

 宇宙みたいに広大な空間の中で紐付きの護衛何ぞ意味が無いぞと言われそうだが、俺はそれでもトライアル参加の許可を出した。だってロマンだもん。いずれロマンで身を滅ぼされそうだが、それはそれでアリだ。

 

 

 ともかく、見た目もそうだが実際機能の方も原作準拠であり、エネルギー供給の手段もデフレクターの重力フィールドジェネレーターを応用した重力波送信システムをでっち上げているので、ひも付きなのも相変わらずな良い機体である。このシステムがキチンと搭載されているのを知った時、ホワイトの時と同じく、ウチにはネルガル重工の研究者がry! と叫び、トスカ姐さんにry、泣けた。

 

 ただ、エステバリス系統の機体の大きな特徴ともいえる特殊な操縦法。IFS(イメージ・フィードバック・システム)はなんと付いていない。理由はすこぶる簡単で脳内に補助脳を形成できるナノマシンを三日で作るのは無理だった。ただそれだけ。

 

 変わりに付いているのは、従来のコックピットシステムに補助として脳波スキャニングを利用した簡易シンクロシステムだけらしい。だが、それはある意味で原作超えたシステムだろうよ。脳波を察知するとかZのバイオセンサーが近いんじゃないか?

 俺から言えるのは、なぜそれをホワイト開発の連中にリークしてやらんかったんや。開発中はライバルとはいえ敵に塩を送るということわざくらい覚えておけっての。浪漫率が減少するだろうが、まったく。

 

***

 

 さて一応参加機体がすべて出揃い、しばらくしてトライアルがスタートした。まずは空間戦闘機において重要な機動性と運動性のテスト。試す方法はいたってシンプルで、障害物のあるコースを各機でレースして貰うだけだ。

 

 ただそれだけでは性能の価値が解りづらいので、人為的なアクシデントとして、隕石接近を模したカラーボールの群れとの遭遇や模擬弾の銃撃が道中どこかで行われる手はずになっている。パイロットの腕もいるが、何より機体の性能が試されているという事でもある。

 

 尚今回のトライアルでは募集を掛けた中でも平均的な腕前を持つやつらがテストパイロットを勤めている。一人のエースが扱う高性能機ってのもロマンだが、俺はドズル・ザビの言ったあの名言も支持しているのだ。つまり真の高性能とは唯の人をエースに、もしくは生き残れるレベルに持ち上げられるマシンの事。

 

 それが量産できれば安心だ。戦いは数なのは、過去の歴史が証明しているのだ。だから普通のパイロットを使うように指示を出したのだ。アホなパイロットが扱っても生還出来るのは、かなり高性能である証であるのだから。

 

『各機体位置について―――よぉい、ドン!っと言ったら始めてくださいね?』

『今の君のジョークの所為で全機フライングしたな』

 

 かっ飛ぶように飛び出したのに、今ので所在無さげに戻ってくる試作機たち、その背に何処か哀愁が纏わりついているように見えたのは気の所為じゃないだろう。それにしても、この司会進行役とサナダさんの二人、ノリノリである。

 

『では、改めまして…ようい』

 

 仕切りなおし。画面の向こうでは宇宙空間に設置された信号が徐々に青へ近づいていく。各機は一斉にエンジンをふかしてスタートに備えた。

 

 そして―――『ドンッ!!』

 

 合図と共にライトが全てグリーンに変わると、一斉にスタート地点から飛びだした試作機たち。それぞれが宇宙にスラスターの青く煌く排炎を線の様に引きながら、デッドヒートを繰り広げ始めた。

 

 一機が前に出れば、他の二機が追い上げて並び、その二機が攻防を始めると漁夫の利とばかりにもう一機が前に出る。お互いに牽制しあって定められたコースをくるくるくるくると絡み合うようにロールしてチェックポイントを消化していく。

 差異はあれども性能が拮抗しているのか一進一退のレースに会場が盛り上がる。

 

「さぁさぁレースの勝者は誰かのトトカルチョだよ。締め切る前に賭けてきなー」

 

 そしてレースそっちのけでクルー相手に俺の後ろでトトカルチョ始める副長。姐さんらしいね。ちらりと見ればトスカ姐さんの手にたくさんの札が握られている。結構な人が賭けに参加しているようだ。

 

「お?ユーリも参加するかい?艦長公認ってのもアリだと私は思うんだ」

「生憎タバコと賭け事はするなってばあちゃんの遺言なんス」

「つまんないねぇ。男ならバーンと賭けちまいな。まあいいか。ところで賭けなしにユーリはどいつがいけそうだと思う?」

「うーん…そうっスねぇ」

 

 どれもこれもいい機体といったらいい機体なんだよなぁ。人型機、可変機、戦闘機、三者全てが出揃っているレースだ。俺の好み的には全部OKなんだけど。

 

「宇宙の虎ッスかね。機動性的な意味で」

「ま、確かに速度はあるね。んじゃユーリは宇宙の虎を一枚っと」

「ちょっま!?……行っちゃったよ。賭けてないのに」

「トスカさん、強引ね」

 

 唐突な姐さんの行動にユーリびっくり。だから優しいチェルシーも、たまには顔を顰めちゃうんだ。もっとも、あの人と一緒にここまで来たからある意味慣れっこではあるけど。ホント自由人なんだよなぁ。良く仲間で居てくれるもんだわホント。

 

『さぁ各機一斉にスタートして熾烈なデットヒートを繰り広げている訳ですが、まもなく彼らはこの先に待ち構えている魔のカラーボール地帯に突入です!解説のサナダさん。どう見ますか?』

『直線的な機動力という点で見れば宇宙の虎が一番だろう。だが敏捷性と言う意味では他の人型のエステに利点があると言える。両者の中間がVF-0だ』

『つまり?』

『どうなるかは解らんということだ。この先の擬似デブリ帯で証明されるだろう』

 

 上も下もない空間を駆け抜けた先にあるのはデブリ帯を模したカラーボールが浮遊するエリアだ。浮いているカラーボールに接触しないで動けるかが試されるエリアである。

 

 既に先行していた虎とファイターモードになった0の2機がエステを追い抜いていた。推力ノズルが後方へ集中する2機と違い、人型のエステ複雑な形状でバランスを保つためにスラスターが分散配置されているので直線ではやはり分が悪いようである。

 

―――だがそんな虎と0もデブリ帯を前に速度を落とした。

 

『おおっと、流石に全速はキツイと判断したか?二機ともスピードを落としています』

『どちらもそれなりに大きい。あの大きさで突っ込むのは無理だろうな』

 

 まぁそりゃそうだろうなぁ。OSの補助とか機体性能が高くても運転してるの人間だから怖くもなるわ。でもせっかくのいい機体なのにもったいないねェ。そうこうしている内に追い付いたプロトエステが減速した二機を追い抜いていく。

 だがこいつだけは他の2機と違い減速せずに加速した!まさか最高速度のままカラーボール帯の中に突っ込む気か!?

 

『どうしたのかプロト・エステ!いきなり暴走か!?』

 

 思わず解説役の人まで驚愕の声を張り上げる。エステはカラーボールの密集した場所に飛び込み、無様に塗料に染まる……事は無かった。

 

『なんと!数百は浮かぶカラーボールの群れから生還したぁーっ!?なんという軽やかな運動性能だぁぁー!!』

 

 カラーボールの群れの中、エステは機体をカラーボールの隙間に捻り込み、ぶつかりそうな時は機体の手足を小刻みに動かし、実にアクロバティックな動きで避けている。

 あ、あれはまさか某機動戦士で有名な―――っ!

 

『あれは能動的質量移動姿勢制御だな』

『な、なんです?その舌噛みそうな名前?』

『言葉通りの意味だ。手足を動かす事で質量を操作し、姿勢制御をおこなう』

『はぁ、それが何か意味あるんですか?』

『姿勢制御用のスラスター推進剤の消費を抑えられる。人間型の利点と言うヤツだ』

 

 サナダさんに先言われた(´・ω・`)

 まぁ最初から知ってたけどね。とにかくエステプロトのアンバック機動を見たからかVF-0も変形する。だれもがエステに習い人型になるのかと思いきや。

 

『うわぁ、何と言っていいやら…飛行機と人型の中間――と、資料が届きました』

『アレは人型と戦闘機型との中間形態だったな確か』

『はいそのとおりです。戦闘機の機動性と人型の運動性を併せ持つ形態だそうです。中間形態に移行したことでマニピュレーターが展開され、能動的…えーと』

『能動的質量移動姿勢制御。言い辛かったら略称のアンバックと言えばいい』

『捕捉ありがとうございます。これによりフェニックスはアンバックも扱えるようになりました』

 

 なぜかVF-0は腰を折り曲げたようなガウォークモードになった。やつらのことだし人型になるのはエステの二番煎じにみられるからいやだったんじゃないかな。班長のケセイヤがそういう奴だし、それに従う奴らも同じ穴の狢だろうしね。

 それは兎も角として、ヴァリアブルファイターの十八番である三段変形機構もしっかり作られているらしい。エクセレントだ整備班!なんでそういう設計が出来たのかはしらないけど、大宇宙の意思という毒電波でも受信できたんだろう。デムパゆんゆん。

 

 こうして順位は逆転し、一番がプロトエステバリス、二番VF-0、三番宇宙の虎と続いた。虎は他の2機と違い純粋な戦闘機型なので速度を落とさざるを得なかったのだろう。

 各機とも接戦のまま、ついに折り返し地点に到達する。はじめこそカラーボール地帯で他の2機を引き離したエステプロトだったが、やはり直線での機動力は他の2機に劣るようでこの時点で追い付かれ優位性は皆無となってしまっていた。

 しかも問題はそれだけではなかった。

 

『おっと、ここでエステプロトの速度がガクンと低下!トラブルか?』

『ふむ、おそらく重力波でのエネルギー供給がうまくいっていないのだろう。障害物に遮られると重力エネルギー波は極端に効率が低下する』

『たぶん道中のカラーボール空間の所為ですね』

『運用次第だろうが、これで母艦から離れては戦えないことが証明されたともいえるな』

 

 エステプロトがここにきて急激なパワーダウンを起こしたのである。スラスターから光は失われ、エネルギー保持のために各部エネルギー消費を省エネモードにしたことで運動性も一気に低下してしまっていた。

 あーあ、こうなると、どれを落すのか決定してしまったぜ。動けない兵器に意味は無いんだから、その分自立でエネルギーを持っている2機はマシだろう。

 俺は浪漫を取りたい派なのだが…。

 

『おーと!折り返し地点にてエステが止まりました!これはトラブルか!?』

『いや、機能停止している所を見ると、内蔵バッテリーが切れた様だ』

 

 そして折り返し、内蔵バッテリーが切れてしまったエステプロトはココでリタイア。継戦能力の脆弱さを露呈する形となる。うーむ、浪漫をとるべきか現実と戦うべきか悩むところだ。俺が軍人なら浪漫よりも実を取るのだろうが、ほら俺って0Gドッグっていう民間組織所属だからね。別に浪漫を追求してもいい訳だ。乗る奴には悪いけど。

 

 ともあれ、バッテリー切れで身動き取れなくなったエステを尻目にトップレースを繰り広げる残りの2機は、すでに別のルートでスタート地点へと帰還しつつあった。抜いたり抜かれたり、まるでワルツを踊るかの如くに機体を反転させて螺旋運動を繰り返す両機。最後のデッドヒートに観客席は大いに賑わっていた。特にこの2機のいずれかに賭けていた連中の声援が五月蝿いほどである。

 

 一進一退の攻防を繰り広げる両機の性能は拮抗しているようだが、同じ戦闘機タイプでも直線での加速能力と巡航能力は宇宙の虎の方に部があるらしく、じりじりと0を引き離し始めていた。このままいけば宇宙の虎が華々しい勝利を飾ることは明白。だが、ここで終わらないのが俺たちクオリティ。

 

『さぁココでアクシデントその一!デブリストームの来週だぁぁぁ!』

『来週では無く、来秋だ』

 

――――いいえ、正確には来襲です。

 

 言葉遊びはともかく、隕石を模した衛星に取り付けられたランチャーから、次々とデブリに似せて作られたカラーボールが発射される。ケセイヤ印であろうメカは自重という字が落丁している事もあり、容赦の無いデブリカラーボールの嵐となって駆け抜ける2機の進行ルート上を横切っていく。デッドヒートを繰り広げる彼らもこれにはたまらず回避機動を余儀なくされた。

 一応、このアクシデントイベントは実際にデブリに巻き込まれた時の突発的事態への対応を図るものらしい。だが、それって主にパイロットの技量によるんじゃね? という無粋な事は俺の胸の奥にしまっておくことにしておこう。

 

『『『うぉぉぉぉぉぉ!!!絶対に負けんなー!!』』』

 

 会場の賑わいに水を差すのも無粋だろうしね。

 さてデブリの嵐であるがこの2機はすぐに突破した。どちらも航宙機として設計されており、この手の障害物回避性能は俺のいた時代の比ではない。これがホーミングミサイルなら話は別だろうが、あいにくデブリ設定されているカラーボールに追尾機能は無い。

 基本性能が高いであろう試作機たちが避けられない道理はなかった。

 

『あやや、存外簡単に避けられてしまいました』

『まぁ宇宙では隕石なんて日常茶飯事だ。アレくらい避けられなくては意味が無い』

『しかしサナダさん、それではお茶の間の皆さんが面白く無いですよ?』

 

 それにしてもこの司会はいろんな意味でノリノリである。

 

『では、そういう訳ですので、アクシデント第二弾!銃撃戦をかいくぐれスタート!!』

 

 なにがそういうわけなんだろうと疑問に思う前にスクリーンに新たな動きが…、デブリの嵐を乗り切った直後の2機に今度はルート上にて待機していた戦艦アバリスが立ちふさがる。そのアバリスの上甲板に鎮座していらっしゃるガトリングレーザー砲に光が灯ったように見えた直後、演習レベルに出力設定された擬似レーザーが、雨霰となって2機に襲い掛かった!

 

 吐き出される光弾の嵐はインフラトン粒子の特徴的な蒼さをもって空間を染め上げる。まさしく弾“幕”と呼ぶにふさわしい美しくも花火の如く刹那な光景。並みの戦闘機では数瞬もせぬうちに落されるのは目に見えるキルゾーン。

 しかしトライアルに参加した2機は共に臆することなくゴールを目指し直進する。前へ前へと歩みを止めることはない。迫る光弾を宇宙の虎は舞い落ちる葉っぱの如くにかわし、一方のVF-0も変形機構を余すことなく使い、やや強引ながらアクロバティックに確実に被弾率を下げている。

 

 疑似的な戦場をかいくぐった2機は、そのままスタート地点へと滑りこんだ!

 

結果は―――

 

 

『結果は―――同着!同着です!何と言う事でしょう!』

『コレでトトカルチョは親の総取りと言ったところか』

 

 トスカ姐さんの大もうけだな、おい。

 それはともかくとしてレースの結果、この2機が最有力候補となった。どちらも一長一短あり、わずか数日で考案された挙句に組まれたとは思えないほど素晴らしい性能である。事実、これは原作にはないイベントであり、現時点で手に入る既製品の機体よりも明らかに性能が上であろうことは明白。梃入れしてみた結果もあるものだ。

 おまけに今回のイベントで機械狂いを公言してやまないケセイヤさんたち以外にも、隠れマッドが何人も乗船している事が判明したわけだ。この先どんなことになることやら…。

 

「レース凄かったねユーリ。私まだドキドキしてる」

「俺もここまで白熱するとは思わなかったッスよ。手に汗握るってのはああいうのをいうんだろうなァ」

 

 実際、最後のほうは俺も身を乗り出して声を上げて応援していた。どっちを? 当然両方だ。我が妹も普段のドンちゃん騒ぎとは別種のお祭り騒ぎの熱気に当てられたのか、とても楽しそうにしていらっしゃる。

 

「こういうのって楽しいね」

 

 そう言ってニコっと笑ってみせるもんだから、可愛く感じて思わず彼女の頭をナデナデしてやった。来たばかりの頃の彼女はどこか感情が不自然、いうなれば喜怒哀楽が“与えられた”のを使用している感じだった。だが、今は間違いなく心からの感情を表に出している。この顔を見れただけでも開催した甲斐があるというものだ。うりうり。

 

「――ッ…あう」

 

 撫でてたら今度はだんだんと顔が赤くなっていくチェルシー。恥ずかしいのかな? それにしては俺の手を振りほどこうとはしないし、むしろされるがままなのだが…。ええい、一々愛い奴め!もっと撫でてやる!一部から妙につよい殺気を感じるが、これも兄の特権なのさ。ふはははっ!

 

「――ん?」

「……どうしたの?」

「あ、いや。ちょっとメールが来ただけッス」

 

 差出人は……ユピテルから?なんじゃろうか?

 チェルシーを撫でる手を片手に変えながら、携帯端末に届いた文章を流し読みする。そこに書かれた内容を見た俺は、すこし口角を吊り上げた。

 

「ん、おk。全然許可ッス…返信、ぽちっとな」

 

 さて、これで面白くなるだろうな。

 いまだ沸き立つ会場の片隅で、俺は密かにそう思ったのだった。

 

 

***

 

『えー、まさかの同着なので、どちらも採用枠に入ったのですが…、イベント運営から連絡がありまして、どうせならナンバーワンを決めようということで採用トライアルからどちらが強いかを競うトライアルへと進みます』

『やる事はとても簡単だ、この2機で模擬戦をして貰う』

『両機とも、基本の装備のみでの闘いです』

 

 さて、相も変らず、とても可愛い反応を見せるチェルシーをいとおしく感じ、頭を抱え込むようにしてわしゃわしゃと撫でるちょっと上級者向けのスキンシップをしていると、帰還した2機が模擬戦するこことになった事が会場にしらされる。確かに同着だからってこのまま終わるのはなんだか尻すぼみというか尻切れトンボというか、ちょいとあっけない幕切れだったから、追加のイベントとしては申し分ないだろう。

 確か昨日見た資料によれば…虎はパルスレーザーとミサイル各種を装備していた。対するVF-0は銃にもなるバルカンポットとマイクロミサイルと頭部レーザー機銃だったな。装備的には虎は中~遠距離に対応し、VF-0は近~中距離がベストっぽい。コレは射角に自由度が効くフェニックスの方が有利かな? 

 

―――そんな事を考えていると司会とサナダさんが再び口を開いた。

 

『…ところでデータ上のスペックはほぼ互角なんですが、これをやる意味は?』

『きまっている。科学班の手がけた機体と整備班の手がけた機体の勝負なのだ。それに…』

『それに?』

『トスカ副長がもっと賭けしたいから続行させろと…』

 

 トスカ姐さんェ…。

 

『それ口にしたらやばくないですか?と、ともあれ両機が指定されたエリアに入り次第、模擬戦は始まります』

『特殊装備はどちらも積んでいない。パイロットも同程度で装備も総合的には似たり寄ったりだ』

『はたしてどちらが模擬戦の勝者となるのでしょうか? 勝利の女神が微笑むのは宇宙の虎か、フェニックスか――ソレではレディー、ゴー!!』

 

 両機がエリアに入った途端、切って落とされる火ぶた。一気にトップスピードまで加速した飛翔体が宇宙空間を翔けて行く。

 

『どちらも早いですが、若干虎の方が早いみたいですね』

『速度は機動戦ではかなりの武器となる。好きなポジションに移動しやすいからだ』

 

 最初にバックをとったのは虎。振り切ろうとする0を、己の持つ高速を生かして振り切らせようとしない。右に逃げれば右に、左に逃げれば左にと、まるで影の如く追いすがる。

 

『おおっと!さっそく0が背後を取られたァァァ!!』

『ミサイルは模擬弾でも誘導対空ミサイルだから、避ける事は困難だろう』

 

 そして虎が翼下のパイロンに付けられたミサイルを発射する。時間差を置いて2発発射されたミサイルは、獲物を狩る猟犬の如く0に迫った。0も回避運動を取るが、どこに回避しても振り切れない。

 

『おおっと、ここで0が止まった!コレはどうした事かぁ!?』

『トラブル…と言う訳でもなさそうだ』

 

 すると突然に0が停止した。まるで諦めたかのように止まったので、場内でトスカ姐さんとか賭け事をしているやつらからブーイングコールが鳴り響いて五月蝿いくらいだ。VF-0はギリギリまでミサイルが迫った瞬間、飛び出すようにひたすら直線に加速していった。ミサイルの燃料切れでも待っているのだろうか?

 

 しかしミサイルは徐々に0に追い付いていく。このままでは燃料切れを起す前に、ミサイルが当たってしまうだろう。何が目的なのかは不明であったが、その理由はすぐに明らかになった。なんと0はミサイルがギリギリまで近づいた途端、いきなり急旋回を行ったのだ。

 重力バランサーがギリギリ中和出来るくらいの急旋回。大きな機体は悲鳴を上げつつも、まるで鷹のように旋回する。かなり急な角度でグルグルとミサイルを引き連れての旋回…というかパイロット大丈夫かな? 幾ら重力バランサーで中和できるって言っても限度があると思うんだが、よくまぁ出来るもんだと思い切りの良さに感心してしまう。0Gドッグだから思い切りがいいのかもしれない。

 

 当然ながらミサイルもロックオンしているVF-0を追った。VF-0もそれが解っているのか旋回をやめない。しかしミサイルのほうが加速性能がたかく初速もあいまりまもなく命中するところまで接近した。これはもうダメか!そう思われた時。

 

「えー!?ユーリあれ!」

「なんなんスか!?」

 

 思わず声を上げて驚いてしまった。接近したミサイルだが、突然見えない何かに鯖折りされたかのように、くの字に折れ曲がって機能停止してしまった。うーん?なにがおきたのん?

 

『こ、コレは一体何故ミサイルが破壊されたのでしょうか?解説のサナダさん』

『恐らく遠心力を利用したのだろう。宇宙の虎に搭載されていたのは標準的な対空ミサイルだ。長く敵を追尾できる様に燃料の都合上、全体が細長く作られている、だから急旋回に発生する横へのGに、ミサイルの本体が耐えきれなかったのだ。ミサイルには重力バランサーもないからな』

『おお!あの直線的な回避行動は戦術的な判断だったと言う訳ですか!――っと!気がつけば今度は0が虎の背後を取った!コレは面白くなってきたぁぁぁ!』

 

 映像には振り切ろうとする虎を元気よく追いかける0の姿がっ!直線では虎の方が早いようだが、空間運動能力では0に軍配が上がる様である。0が虎を追いかけ、軌道に乗った瞬間、ミサイルポッドからマイクロミサイルを全弾発射した。

 

『VF-0も模擬マイクロミサイルを全弾発射!まるで弾幕の様だ!』

『片方5発で全弾発射したから、計10発のミサイルだな』

 

 小周りの効く小型ミサイルが計10発、虎の背後を蛇の如く迫る。

 

「うわっスゴイッスね。……まるで板野サーカスだ(ボソッ」

「どうしたのユーリ」

 

 思わず零した言葉にチェルシーが反応したが、なんでもないと返す。後半は聞こえないくらい小さく呟いたのは言うまでも無い。

 さて虎もさるもので、ミサイルというミサイルを高速のバレルロールで紙一重でかわしている。幾えものミサイルの軌跡が空間に白い帯を残し逃げる虎に追いすがる。

 しかし一発も被弾しないとは、どれだけ高性能なのだろうか?

 

「なんだか後ろを取ったり取られたりで忙しそう」

「ああいうのをドッグファイトって言うんスよ、チェルシー」

「ドッグ?なんで犬なの?」

「ああやってグルグルとお互いの周りを回るのが、犬のケンカみたいだろ?」

 

 今も両機とも、お互いを撃墜しようとグルグル回り続けている。喉笛を噛み切ろうとしている犬のようとはまたしかり。虎が0からの銃撃を横転しながらかわし、0が背後に来た途端、宙返りの頂点で背面姿勢から横転しインメルマンターンを決める。

 さらには追いきれなかった0を追いかける様に、スプリット・Sで追撃する。宇宙空間で空戦機動を見ることになるなんておもわなんだなぁ。対するVF-0も負けて折らず、背後を取られてもすぐに可変機能を用いた強引なベクタード・スラストで宇宙虎の放つ機銃の射線から逃れた。

 そしてそのまま虎を追いかけ、バルカンポッドを掃射する。虎は進行方向を変えずに機首を上げ、いわゆるコブラの機動を取り、そのラグを利用し射線を回避した。だが執拗に続く銃撃にコブラからそのまま後方に機首を変えるクルビットに移行する。

 

『ハイレベルのマニューバが繰り広げられており!司会が口を挟むことが出来ない状況が続いております!』

 

 再びクルビットを行い背後を取った虎は、そのままパルスレーザー機銃を掃射した。VF-0は可変せずにロールとピッチアップを同時に行うバレルロールで銃撃を躱していくが全弾かわしきれず、翼に数発喰らってしまっていた。

 

『おーっと!ここで0が被弾!』

『だが宇宙空間において翼はあくまでもパイロンを取り付けるための担架だ。姿勢制御スラスターが残っているなら飛べる』

 

 サナダさんの解説どおり、VF-0はまだ飛び続けていた。模擬戦のシステムが被弾箇所のダメージを計算してまだ飛べると判断したからだろう。被弾した0は突然バレルロールを止めて今度は垂直に上昇。持ち前の可変機能を駆使し、真横に反転する無理やりのストールターンを行う。

 そして転進してきた虎とヘッドオン!すれ違う瞬間に0が勝負に出た!

 

『VF-0がここで人型に変わったァァァ!そのまま虎に掴みかかるッ!』

『ドッグファイトからインファイトとは、その発想はなかった』

 

 ヘッドオンでお互い倒しきれないとなった途端、VF-0がバトロイドに可変して虎に掴みかかった。衝撃でバルカンポッドが飛ばされたが、そんなの関係無しに頭部レーザー機銃で攻撃。手足というアドバンテージを生かし、虎の翼を掴みながら推進器にパンチを入れた。

 通常宇宙空間でパンチをしても作用反作用の原理でお互いに吹き飛ぶだけだが、VF-0が虎をマニピュレーターで掴んでいるので吹き飛ばされることはなく、パンチの威力がダイレクトに伝わっていく。虎も機体を激しく振り、何とかして振りほどこうと必死だ。その姿はまるでロデオのようであり、飛び乗っているVF-0も限界ギリギリである。だが勝負は付いたな。これは。

 

『システムから虎のダメージが限界値に到達したことで戦闘不能と判断!勝ったのはVF-0です!』

 

 まぁ掴まれた状態で一方的に攻撃されればこうなるわな。こうして模擬戦は終わった。俺にしてみれば新しい有用な手札を得、部下たちには一時の娯楽を提供し、トスカ姐さんは大もうけできて大満足といったところか…。

 

「ユピもお疲れッス。あの機動戦、マジで凄かったッス!」

【おほめにあずかり至極光栄です。艦長】

 

 さて、トライアルも終わり随時解散となったところで、俺は携帯端末でユピテルに声をかけた。実は最後の模擬戦に限り、あの二機を操作していたのは、AIのユピテルだったのである。

 ユピテルからこっそりと聞いた話だと、本来はレーストライアルの時のパイロット達が模擬戦もやる予定だったみたいなのだが、先のレースで思っていたよりも消耗していたらしく互いに参加を拒否したらしいのだ。

 別にそれだけなら良かったのだが、彼ら以外に同レベルの腕前を持つパイロットがいなかったのである。仕方が無いのでこの模擬戦が機体の性能を見るだけと言う事もあり、恒星間用のIP通信システムを用いて、機体に搭載されていた本来なら着艦アシストに使われる自動航法システムを利用し、ラグがゼロの遠隔操縦を今回に限りユピテルが担当したのである。

 俺がそれを知らされたのは先ほどのメールである。ユピがトライアルの運営たちから頼まれたのを俺に知らせ、許可を求めてきたのだ。当然おkした。だって面白そうだったんだもん。

 

「それにしてもユピテル。いったい何処であんな高度なハイマニューバを覚えたんスか?」

【色々な資料を集めまして、基本的戦闘機動から曲芸まで幅広く入れました。あとは…】

「あとは?」

【…フライト・シューティングゲームとかのプログラムです】

「わぁお」

 

 どうやら、未来のゲームは殆どシミュレーターと変わらないようだ。そして模擬戦で見せた様々な機動は自力で参考資料を集めたと…。最初に比べたら随分成長したなぁ。俺は嬉しいぜ。成長するAIは浪漫なのだから、これからもドンドン成長して欲しいね。あ、でも機械の反乱とかはNGな? 重機に押しつぶされる趣味は無いのだ。

 

 それにしてもイベントとしてもトライアルとしても今回のは有意義な時間であった。これで微妙な新機体だったら普通に諦めて市販を購入していたが、その心配は杞憂に終った。コスト面で考えると彼らがカスタム設計した機体達は、通常の市販品と比べてちょっとお値段が張ってしまうけれど、そこは設計を少し見直させて市販品からもパーツが流用できるように調整してもらえばいいだろう。

 

 僅か数日である意味新規設計や人型機動兵器まで考え付くようなマッドどもだ。多少の設計変更くらいなら朝飯前にしてくれるだろう。

 しっかし戦闘空母に乗せる初めての戦闘機が、まさかVF-0とはね。可変機とかすさまじくロマンだぜ!どうせだから俺専用機作って貰おうっと!勿論、劇中にあった特攻仕様、別名ぶっこみ仕様でな!

 

 戦闘シミュレーター位、ウチの連中なら普通に作れそうだな。ソフトはサナダ、ハードはケセイヤだったらすさまじくリアルなヤツが出来そうだ。くぅ~!息抜きの楽しみが増えたってモンだぜ!…艦長は航宙機で出撃しない? いいの!ロマンだから!

 

【あ、それと艦長。次は旗艦に試験搭載した新兵器のお披露目をするとケセイヤさんから連絡です。ユピテルに帰還してください】

「了解ッス。チェルシーはどうする?」

「んー、今の内にステーションで日用品を買いに行って来る。補給品のも悪くないんだけど、自分で選んだ方が使い心地がいいってトスカさんに教えてもらったの。それにまたすぐに航海に出るから長くてもいいように買い貯めとかないと」

【――現在、ステーションの商店エリアにおいてタイムセール中みたいです】 

「ホント?! ユーリ! 私行ってくる!」

「はは…頑張ってくれッス。それじゃあね」

「ええ!それじゃあまた後でね!」

 

 そういうが早いか、チェルシーは会場から出て行った。しっかしタイムセール? 随分とまぁ、人間味が出てきたっつーか、所帯染みてきたっつーか…。

 

 ともあれ俺はステーションでチェルシーと別れてユピテルへと足を運ぶ。お次は新造兵器のテストを兼ねたお披露目式らしい。一体今度はどんなのを作ったのだろうか、既に俺はワクテカなんだが…そんな事を思いつつ、ユピテルのブリッジへと急ぐ俺だった。

 

 

***

 

■旗艦ユピテル・ブリッジ■

 

「自動標準システム、オールリンク」

【システム、オールグリーン、エラーは認められず】

「重力制御装置…出力50%で安定…重力レンズ形成開始」

「チャンバー内圧力上昇、コンデンサーからエネルギー出力」

 

 各シーケンスが完了する毎にブリッジ内にどこか緊張した空気が漂い始める。新しい旗艦に装備された新兵器、その戦闘システムがエネルギーという血液を送られて鼓動するように起動し、その役割を全うするべく稼動している。

 事前説明によれば新概念に基づいた戦闘システムであり、口頭では詳細は理解できなかったものの、その基幹にはグラビティ・ウェル…重力井戸が深く関わっている。その為、重力システムを担当しているミューズさんが、間違いが無いように現れるチェック項目を慎重に確認していった。

 

「ハード上に問題は見られず、目標前方岩塊群、発射準備よろし」

【兵装、全システムオンライン。発射10秒前、カウント開始します】

 

 ユピテルの電子音声によるアナウンスがカウントダウンを開始した。俺はそれを艦長席にて静かに聞く。となりでは副官のトスカ姐さんが、同じく緊張した顔で、事の顛末を見守っていた。

 

【10、9、8、7、6、5】

 

 モニターにはカウントダウンの数字が表示され、外部モニターに映し出されたユピテルの新兵装へと光りが集結しつつあった。

 

【4、3、2、1――】

 

 そして、ついにカウントがゼロに変わるその時。

 

「ホーミングレーザー・シェキナ…発射!」

 

 ストールがコンソールから発射命令を下す。緊張したユピテル艦内に装甲板を伝わって冷却機の音が微かに木霊した。直後、外部モニターの映像が変化を向かえる。船体側面に取り付けられた発振機から、いくつものレーザーが虚空へと放たれたのだ。

 そのレーザーは光学兵器であり、その名に恥じず直線する―――かに思われた。

 

「第一重力レンズに到達…歪曲開始」

 

 光が……曲がった。直進する筈の凝集光はまるで見えないチューブを通るように、何も無いはずの空間の中を“く”の字に折れ曲がった。それは一つではない。丸い船体の側面に沿って配置された発振機から同時に照射された凝集光は、全て虚空の中で曲射していた。

 曲射したのはユピテルの艦首前方。照射されたレーザーが横にした漏斗の中を通過するようにある一点目掛けて飛来していく。大体ユピテルの進行方向を軸にした真芯の延長線にあるポイントに迫った凝集光の群れは、まるで巨大な飛行生物が広げた翼を思わせた。

 

「第二重力レンズ…収束、確認」

 

 殺到した凝集光、そこで互いに互いを喰い散らかすのかと思いきや、交叉する空間に歪みが発生し、飛び込んだレーザーというレーザーが束を形作っていく。瞬間的であったが最初は無数、刹那には一つの束となったレーザーは、当初の大きさを超えて巨大な光となって軸線上の前方空間へと収束したまま照射された。

 光の束が突き進むその先。そこには仮想敵と設定した岩塊が浮遊していた。左右から飛来し、一点で凝縮されて巨大なうねりとなって迫る凝集光。なんの推進器もない天然の岩塊が躱せる筈もない。岩塊はあっけなく光のうねりへと飲み込まれ、その膨大な熱量に影だけを一瞬残した後、素粒子へと戻されてしまった。

 

「岩塊の破壊を確認、連続テスト、模擬戦用ドローン射出します」

 

 その事に感想を述べる時間はなく、オペレーターのミドリさんの声と共に無人機達が次々と射出されていく。射出の慣性により飛ばされたドローンはすぐさまシステムを起動して編隊を組んでいった。

 そして幾つかの編隊に分かれたドローンたちは、ユピテルを取り囲むように展開。魚の群れのように綺麗な編隊機動を保ちつつ、対艦攻撃する戦闘機の機動を取り始めたのだった。

 対艦戦闘のセオリー通り、ユピテルの艦橋直上方向からの強襲戦闘を行おうとする模擬戦用ドローン編隊。本来なら艦ごと砲門をそちらに向けなければ迎撃できないのだが、ドローンの速度は速く、回頭は間に合わない。このままでは艦橋部を中心に致命的損傷、中破ないし大破判定が下される筈。

 

「試験兵装システム、収束モードから拡散モードにシフト…重力レンズ形成、完了」

「出力問題無し、蓄熱量冷却許容限界内で安定、再発射準備よし」

「インターバル1で斉射開始」

 

 しかし、直後ユピテルの船体側面が再び光を帯びる。先ほどより幾分か出力を抑えられた細いレーザーが照射されると、それらは再び“く”の字を描いて今度は直上方向へと折れ曲がった。それだけではなく、空間の歪みがブレ、折れ曲がったレーザーが幾つもの細かなレーザーへと変化を遂げている。

 それはアバリスに搭載されているガトリングレーザー砲の輝きと酷似していた。即ち面を埋めるような弾幕。勿論それは本家ガトリングレーザー砲が生み出す弾幕カーテンよりもか細く、APFを搭載している艦艇なら防ぎ切れてしまうようなもの。

 

「全標的の撃破を確認」

 

 されど、APFを搭載していない機体なら、地獄の壁となって立ちふさがるもの。

 真上から飛来していた模擬戦用ドローンたちは分厚い光弾の壁を突破できず、その全てが細かな凝集光により穴だらけになった後、爆散したのだった。

 

【FCSエラー、認められず。システムオールグリーン】

「発振体の故障も認められず、耐久性もクリア」

「命中率69%、拡散分を差し引けば76%、誘導なら90%」

「APFS及びデフレクター問題無し、波長干渉値も許容範囲内」

「ユーリ。これで新装備のテストは完了だ。どうだい?」

 

 どこか肌を撫でるようなピリピリとした緊張感が残るブリッジの中、背後に控えていたトスカ姐さんが俺にそう尋ねてきた。手の指を顔の前で束ね、ひじをコンソールに乗せている俺は態勢を崩さずにトスカ姐さんの方へ意識を向け。

 

「ふっ、勝ったな。コレは」

 

 思わず某新世紀のグラ髭司令を肖ってこう言ってしまった。直後、背後から聞こえる噴出す音。似合わないと小声で呟くのもセットである。そうだね、黒歴史確定だね。

 

「なにはともあれ…凄いモンができたッスね!」

 

 気恥ずかしくなり、腕組みを解いて立ち上がった俺は、なんとも緊張感の無い声色でブリッジにいたメンバーにそう告げた。あまりのエアブレイカー力に漂っていた緊張感すら霧散する。

 ただの御披露目であったが、新機軸の兵装であった事もあり、それなりに皆緊張していたのだ。かく言う俺も手には汗が溜まっていたので、適当にズボンのポケットに突っ込んで拭った。

 

「ふっふっふ!威力は見たとおり調整が効いて、重力偏向レンズ形成によって射角に関しては言わずもがな!全方位をほぼカバーできる!射程も重力レンズの形成次第ではかなり遠くまで飛ばせる!!まさにパーフェクトッ!さすがは俺!いいモン造ったぜいッ!!」

「これ商品登録したら儲かりそうッスね?」

 

 力説しているケセイヤを尻目に、俺はこの新機軸の兵装を装備するのも勿論だが、商品化すれば売れるのではないかと考えていた。どこかの兵器工場が量産してくれれば整備が楽になるだろうと思ったのである。何せ既製品じゃないからな。壊れた時は根性で直せとしか言いようがないのだ。

 話がそれたが、だからどっかの兵器企業にでも売り込めんかなーと口にしたのだが…。

 

「無理だな」

 

 ナイスなそのアイディアは速攻で却下されたお(^ω^;)

 

「え?何でッスかサナダさん」

「このホーミングレーザーシステムを扱うには、高性能なデフレクター・ジェネレーターが複数必要だ。またソレを搭載できる規模の拡張性となると大型艦艇に限られる。さらには複数の火線を操作する火器管制には通常よりも演算機能が高いスパコンが必要となってくるだろう。それだけのシステムを賄えるエネルギーを得られる高出力機関も当然いる。商品化しても大型艦専用装備になるだろうから小~中艦艇が中心の小マゼランでは一般には売れん。売れるとしたら軍関係になるだろうな。パテントは持っていかれるだろうな」

 

 納得。なら商品化は諦めよう。幸い新機軸と言ってもその実、枯れた技術である既存システムのちょとした応用だからな。何とかなるだろう。

 

 しっかしSFで夢見たホーミングレーザー砲が作れたなんてな。ホーミングと言ってもミサイルの如く追いすがるんじゃなくて射線を変える程度だけど、それでもかなり凄い技術と言わざるを得ない。

 だから、俺はこの言葉を彼等に送ろう――。

 

「ケセイヤさん、おめでとう、この装備頂きッス」

「ヨッシャッ!ソレでこそ作った甲斐があるってモンだぜ!」

 

 テストの為、ブリッジに詰めていたケセイヤさんを含めた整備班の連中は歓声を上げた。その姿は、まるで良い事があった子供の姿そのモノ。ブリッジクルー達も、どこか微笑ましい目で彼らを見ている。

 

「しかし、随分と改造されたッスね」

「外見も若干変化したからな、元がズィガ-コ級だと解らんだろう」

「元々ズィガーゴ級なんて知っている0Gドッグなんぞ、小マゼランにどれくらいいるかだけどね」

「「ちがいない」ッス」

 

 トスカ姐さんの呟きに一同も納得顔である。もともとズィガ-コ級戦闘空母は大マゼランの海賊が設計したフネだから一般では知られていない艦種なのだ。知っていたら逆にすごい戦艦オタクって事になるだろう。

 んで、件のユピテルだが、元々のデザインでは正面から見ると骸骨みたいな面構えだったんだけど、ウチのマッド連中の素敵改造によって大部分が改装されてしまったので大分原型からは異なっている。

 

 まず頭蓋骨を思わせる眼孔や鼻腔のような無駄な穴は塞がれ、骨骨しいというか角ばった感じだった部分も被弾時の耐久性と整備製を考えて滑らかな装甲に代わり、お陰で全体的にもシャープな印象となった。両舷側面にはデフレクターとホーミングレーザーも設置されセンサー類も軒並み増設。それに伴い防御や通信機能、管制機能も向上している。

 

 なんだろう? この“ぼくのかんがえた最強のフネ”を作ったぜ!的な感じは? 既に小マゼランじゃ暴力でしか無いだろう、このフネ。

 

「お陰で溜めこんでたお金は殆どパーッスけどね」

「嫌まさかここまで改造する事になろうとは、自分が時たま恐ろしくなる」

「ホントっすよ。湯水の如く開発費を請求された時にゃどうしようかと…」

「艦長よ。金は貯めるためにあるんじゃない。使う為にあるんだ」

「俺達が星間国家の経済を潤してるんだZE☆」

 

 ZE☆じゃねぇよ。ZE☆じゃ…。

 お前らが事後請求でやってくれるモンだから、ギリギリ自転車操業。貯蓄を喰いきることでギリギリで、もう決算の書類に埋もれるのは勘弁じゃ。そう言う訳で現在所持金の備蓄が殆ど無い。だからこれからバンバン、この装備を酷使して頑張って貰わないとね。0Gが借金で首回らないとか…夢がねぇよ。

 

「ステーションに戻ったてクルーを搭乗する時にモジュールを変更してアバリスは貨物船化処理しておこう…。移動するだけで金になるッス」

「運送もやるのか?ならばより高速化させる案があるんだが?」

「う~っ!しばらくは改造禁止ッス!お金が貯まるまで我慢してくれッス!」

「そうか(・ω・`)」

 

 そ、そんな顔でショボーンってすんなよサナダさん。

 

「それじゃ、一度ステーションに戻るッス。トスカさん、後頼むッス」

「あいよ」

 

 こうしてユピテルの改造は終わった。ステーションで降りていたクルー達を回収したら、補給した後新たな航海に出る。次はたしかエルメッツァ中央か…はて? なんか色々と事件があったような…? なんか忘れているが、思い出せないならまぁいいか。

 

 こうして馬鹿みたいに強くなった艦隊はステーションへと針路を取った。

 そして俺はこう思う…マッドってスゲェな。

 

 




QOLです。長らく開きましたが何とか復帰したので徐々にやってまいります。
夏の間の仕事と暑さと熱中症と体調不良のコンボで倒れかけましたが…。
モチベーションの低下って怖いね(´・ω・`)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三章 エルメッツァ中央
~何時の間にか無限航路・第9話、エルメッツァ中央編~


ようやく改訂できた。
遅れてすまない、すまない。


■エルメッツァ編・第9章■

 

 

 

 さて、貰えるもんは貰って置こうの精神の元、俺達は現在いるエルメッツァ・ラッツィオからお隣の宇宙島であるエルメッツァ中央に進路を向けた。到達するためには途中にある惑星ベルン近郊を通過する航路を経由して、宇宙島を結ぶ空間直結門のボイドゲートを通過しなければならない。久しぶりの長旅になりそうだ。

  短期間のうちに係留する宇宙島を変えるのは、道中のリスクを考えるとあまり例を見ない。新進気鋭な0Gドッグなら多少なりとも躊躇するのだが、実は宇宙島を変更する理由はオムス中佐から報酬を得るという目的のほかにもう一つあるのだ。

  

 

 つい先週、この宙域を荒らして回っていた海賊団を軍と共に蹴散らしたことは記憶に新しいだろう。宇宙基地まで持つような大規模な拠点を持つような海賊であったが、マッドサイエンティストを抱えている俺達相手では荷が重過ぎて、現在海賊活動は沈静化しているといってもいい。拠点を失ったのだから、精々が小さなフネを散発的に襲う程度だろう。シャチの群れの如く大物を狩っていた栄光は過ぎ去ったのだ。

 そんな訳で俺達が海賊の本拠地をぶっ潰して略だ…ゲフンゲフン、落ちている物の有効利用をしたお陰で海賊の活動が大幅に縮小した。だがその反面、海賊が居なくなってしまったことで、俺達の普段の収入となっていた海賊船を拿捕しての金稼ぎに利用する事が出来なくなってしまったのである。

 

 

 別に殲滅とかしたわけじゃないし、他宙域にも海賊勢力はいるので、一時的に空白地帯と化したあの宙域を狙う海賊を待ち伏せれば狩ることは出来たのだが、残存艦隊といっても小型の水雷艇が一隻だけだったり、斥候として単艦でくる輩とかだったりして実入りは激減してしまっている。 

 ただでさえリアルタイムで貯蓄を消費していると言うのに、せめて駆逐艦レベルじゃないと買い取りの値段的に美味しくない。貯蓄消費の原因はもちろんマッドどもに一因があることは言うまでもない。

 

 そもそも0Gドッグは資源採掘可能な惑星を発見したり新たな航路を発見したり治安を脅かす海賊などの討伐を行ったりして名声値を蓄積しておけば、フネの修繕や補給をほぼ無償でしてもらえるようになっているのである。

 それなのに資金不足に陥るのは通商管理局が保障していない事、すなわちマッド共の技術開発により消費される資源があるに他ならない。消費されるのは資源なのになんで金がと思われるかもしれないが、特注の機材を要求されたり稀少金属や稀少土類がトン単位で必要とされれば自然とこうなる。

 

 

 むろん宇宙は広いのだし、自前で採掘して資源を得れば安く出来るのだろうが、残念ながらすでに発見されている航路上にある資源星はその殆どが採掘済みであり、よしんば採掘できても鉄やニッケルといった宇宙ならどこでも出るようなありふれた資源しかない場合が多い。もちろんこれらも売れば金になるが、ショックポイント破砕採掘装置を備えた大型採掘船などの大規模採掘と比べると、機械掘りとはいえ採掘量はスズメの涙。

 

 一山幾ら(といっても最低100トンからだが)で100G程度の利益を得るよりも、ある意味で準資源の塊である海賊の宇宙船をスクラップにしてサルベージ、もしくは鹵獲したほうが金額が高くなるのは仕方が無いのである。それに採掘機械は近隣惑星から採掘専用の許可を帯びている0Gドッグで無いと補給や保証をしてもらえないので根無し草な俺たちの場合、下手に高価な採掘装備を持つとこれまた金が…。

 

 

 兎に角、言いたいのは下手の横好きで手を出すよりも、必要な資材を必要な分だけ買い揃えたほうが結果的にお安いということなのだ。リアルタイムで資金を消費してくれる連中には色々と申したいこともあるが…、まぁ連中も敵艦のスクラップを再利用するなりして可能な限り安くはしてくれるようやり繰りはしてくれている。そこらへんを容認できるかが、艦隊司令官としての器が試されるところだと俺は思うことにしている。

 

 話を戻すが、そんな訳でラッツィオ軍基地を出た後、思いつきで新兵器開発した所為でお金を消耗してしまった俺達は早く次の宙域に進み金を稼ぎたかったのだ。

 まってろ海賊船(金づる)、俺たちの懐を暖めてくれ。

  

 

 

――そしてゲートまでの道中はキングクリムゾン。ゲート前に来ていた。

 

 

 

「ボイドゲートが見えてきました艦長」

「いよいよこの宙域ともおさらばッスね」

「しかし、次の宙域の方が大変かも知れないね」

 

 ボイドゲートを前にして、トスカ姐さんはそんな事を言った。

 

「なんでッスか?」

「次の宙域にはここで潰しちまった海賊と袂を同じにする兄弟海賊団、スカーバレル海賊団が居るのさ。恐らく弔い合戦をかねて襲われるかもね」

「義理人情ってヤツッスかねぇ。ま、お金が向こうから飛び込んできてくれるのは大歓迎ッス。エコーさん聞いてた?」

「はいはい~、レーダーの警戒レベル上げておくのねー?」

「たのんだッスよー。早期発見、早期金積っスからね~!」

「O~K~!」

 

 

…………………

 

 

 

……………

 

 

 

…………

 

 

 ボイドゲートを抜けた先は満点の星空…宇宙なのだから当然である。それはともかく俺達の艦隊は遂に二つ目の宇宙島であるエルメッツァ中央宙域にたどりついた。

 新しい宙域なので(海賊狩り的な意味で)非常に心躍るところであるが、先ずは情報集めが必要と判断したので、俺はフネの進路をラッツィオ側に繋がるボイドゲートから直線距離において一番近い惑星パルネラに寄港することにした。

 

「そして例によって訪れるのは酒場だったり」

「マスター!ボンベイサファイアをロックで…」

「あいよー!」

 

 0Gドッグ御用達酒場は今日もほどほどに繁盛って感じだった。この光景自体はそれなりに海賊が少ない宙域では当たり前の光景なので特筆すべき事はない。それ以上に情報が欲しい俺は、隣で度数の高い酒をジョッキで飲み始めたトスカ姐さんを尻目に、ちゃっちゃと酒場のマスターに話しかける事にした。

 

「ねえマスターさん。いきなりで悪いんスけど、なんか役立つ情報ないッスか?」

「ふむ、情報ですか?」

「もうね。なんでもいいっス。なんせ“来たばかり”ッスからね」

「なるほど…では、惑星ネロにメディックという医療団体の本拠地があるのはご存じですか?」

「メディック…衛生兵ッスか?」

「いえ、団体名がメディックというのですよ。彼らは医療ボランティア団体でしてね。紛争地帯で苦しんでいる傷病人に無償治療を施して救って回っているんです」

 

 メディック、彼らは俺の時代で言う所の国境なき医師団みたいなもんである。たとえ辺境星系であってもそこに病床人がいるならば、専用病院船で即座に駆けつけ治療します!が信条のお医者さんたちのあつまりらしい。基本自分優先な0Gドッグが闊歩している時代に随分とまぁ奉仕精神に溢れた方々がいらっしゃるもんだ。とりあえず覚えておこう、まぁ一応サド先生という医者はいるから特に重要な問題ではないな。

 

「まぁ、誰かが大けがしたら利用することにして、ほかには?」

「あとは、星系間の紛争問題で宙域が荒れているので、ここいらを航海するなら気をつけた方が良いですね」

「なるほどなるほど…追加でもう一杯OK?」

 

 マネーカードをちらつかせながら意味ありげに笑みを浮かべてやると、酒場のマスターも同じく笑みを浮かべていた。情報には対価を、ソレはどこの時代にもおんなじだったり。

 その後も適当に金を握らせ、噂話も集めて行く。火が無い所に煙は立たずとは良く言ったモンだ。キナ臭い話がこんな辺境入口近くの田舎惑星にまで届いてやがる。どうも紛争が始まるというのは決定っぽいな。しかもこんな時期にツィーズロンドに行く事になっている俺ら。ヤナ予感で脳汁があふれそうだ。

 

「俺あの中佐に会いたくないッス~…」

 

 溜息出ちゃう。艦長だもの…。あの人なんか野心がビンビンって感じでなぁ。その為に利用されそうで…というか既に利用されてるんだけどね。怖くなったら逃げよう。うん。クルー達の為にもな。

 

 

―――――こうして情報を集めたあと、一日を待たずにすぐにこの惑星を立つ。

 

 

 この星には設計図データを売っている会社も何もないからな。長居してもしょうがないのだ。順調に航路に乗った為、俺はまたやる事が無くなり艦内の散歩へと向かう。そう言えば、ケセイヤさんに頼んだアレ、出来ているだろうか?ふとそう思いたった俺は、フネの格納庫兼、男共の夢の部屋へと向かった。

 

 

…………………

 

 

 

……………

 

 

 

………

 

 

「イィィィィヤァッホォォォォッ!!」

『どうだい艦長?お前さん専用のVF-0Sw/Ghost《フェニックス》の乗り心地は?』

「最高ぉぉぉぉッス!」

 

 ギュインギュインと鋭角に曲がりながら叫ぶようにして応える。操縦桿が馴染む、非常に馴染むぞぉぉぉ!!これが専用機体の威力なのか!?

 ほんの少し前にフラフラと格納庫へとやってきたのだが、飛んで火にいるなんとやらであった。なんと格納庫にはちょうど組み上げたばかりでシートのビニールがまだ掛ったままの出来立てホヤホヤな新採用艦載機が台座に固定されているではないか。

  

《―――飛ばないか?》

「うほっ」

 

 そんな声を聞いた気がした俺は、ホイホイとシートに着座してしまったのだ!あまりのすわり心地の良さに艦長権限で早速自分の物だーひゃっはー!と駄々をこね…もとい、所有権をもぎ取り着座調整してから飛び出した――というわけだ。

 本来はVF単体のはずなのだが、なぜか最初から宇宙用追加パック登載している。パックの形状は劇中最終話に登場したゴーストパックである。いわゆる特攻仕様であり、原作の用途的に使い捨てブースターな印象が強い装備だ。

 もっとも現在背中に背負っているGhostは無人攻撃偵察機からの流用ではなく、完全に専用のブーストパックって事になっている。形状がそのまんまだけど、浪漫汁溢れてかっこいいから俺は気にしない。

 

「行くぜ三段変形!!」

 

 戦闘機形態から中間形態にシフト!そのまま人型形態に!

 くぅ~ロマンだぜ!最高だぜ!

 小型船舶運転免許持ってたユーリに感謝なのぜっ!

 

【艦長、フネから離れすぎています。反転してください】

「…了解」

 

 でも。操縦の細かいサポートはユピテルに頼んであるんだけどな。ええそうですよ。俺が幾らユーリ君の知識持ちでも宇宙戦闘機の操縦なんていきなりはピーキー過ぎて出来ませんわ。シミュレーターにデータぶち込んで練習しないとね。うん。

 どちらにしても既存の艦船とは性質が全然違う操縦法になる。純粋に飛行機と操縦が変わらない形態のファイターやヘリやホバークラフトみたいな中間形態のガウォークの場合は、推進器を使うから慣れれば問題ない。

 だが人型形態の時は脚部を使うので歩行という動作が追加される。これが厄介で操作が前二つとかなり異なるので、いきなり変形して操縦なんて事はまず不可能。俺もユピという高性能なAIのサポートがないと無理である。ガンダムの種の序盤でOSがどうたらで運転できますん!とか喚いていたみたいな感じだろうか?

 

「早い所、人型形態も自分で運転出来る様になりたッスね」

【そしたら私はお役御免で寂しいです】

「いやいや、ユピにはフネの管理っていう仕事が―――」

【艦長のサポートがしたいんです】

「うれしいこと言ってくれるじゃないの。じゃあとことん付き合ってもらうからな?」

【はい!頑張ります!】

 

 ユピの発言に思わずアベってしまった。グス、本当に成長したなぁユピは~。感情って言うのも覚え始めたんじゃないだろうか?AIに寂しいって言われるとは思わなんだよ。

 

「そうだいい事考えた。お前、俺の後席役しろ」

【本当ですか!】

「どうせしばらくはパイロットの補充目当てが無いッスからね。その点ユピなら信頼出来る優秀なクルーッスよ?俺の後ろを預けても良い女房役にはちょうどいいッス」

 

 ユピはかなり高性能なAIだからな。航路やレーダーのオペレートはミドリさん譲りでウマいだろう。

 

「そう言う訳でケセイヤさん?聞いてた?」

『おう艦長、面白そうだから任せとけ!通信機能の向上とか“色々”やってやるよ』

【お、お願いいたします!ケセイヤさん!】

『任せとけ!この俺を誰だと思ってやがる!』

「【マッドな整備班長ケセイヤさん!】」

 

 俺とユピが口をそろえてそう言うと、ケセイヤさんは漢らしい笑みでサムズアップした。どうやらマッドは褒め言葉らしい。

 

『そう言う事だ。まぁとりあえず艦長、その機体無事に戻しておいてくれよ?先行量産したばっかりで予備パーツも造ってないんだからな。壊れたら直せないぞ?』

「了解ッス。……うん、結構飛び回っていたしそろそろ仕事に戻らんと怒られそうだし戻るかな。ユピ!帰還誘導頼むッス!」

【アイサー艦長っ!】

 

 ユピに頼むと旗艦ユピテルの格納庫ハッチが開き、誘導ビーコンが伸びた。これに沿ってあとは帰るだけなんだけど、ソレだと面白くないなぁ。

 

「ユピ、ココから普通だと大体どのくらいかかる?」

【そうですね。9分と言ったところでしょうか?】

「それじゃあアフターバーナーを起動させたなら?」

【………数分も掛からないかと思います。ですが、最大加速では慣性制御のGキャンセラーでもキャンセルしきれないGが発生するので、調整が万全でない今はあまりお勧めできません】

 

 いやまぁ、そうなんだけど、どうせなら限界性能を試してみたいじゃないか。

 

【解りました。サポートします。でも限界だと感じたら私が操縦しますよ?】

「仕方ないッス、ゴーストパックの力が見たいだけなんスから」

 

 とりあえずB形態からF形態へと戻してっと。俺はコンソールの黄色と黒のシマシマのボタンをグイと押した。なんかよく見るとドクロベェ様みたいなマークがあったような気がするが、見なかった事にしよう。

 

≪ギュゥゥゥゥン―――ドウンッ!≫

「ぐがっ!負けるかぁぁ!」

 

 襲い掛かるかなり強烈な加速G、だけど俺だって負けてやらん。デイジーリップでも気絶するなんて恥ずかしかったからアレから鍛えたんだ!トーロと一緒に偶に重力が何倍かの部屋にいるんだから、それなりに耐えられる筈!

 

 

 

―――と思ったんだけど…。

 

 

 

「ぐががが…やっぱりまだ無理ッス!」

 

 まだ無理でした。ブラックアウト寸前にまで我慢したけどコレ以上は無理。仕方ないので再度スイッチを押しブースターを止めて通常航行に戻す。ちぇっ、まだ早すぎたか…ケセイヤさんに頼んで対G訓練室作ってもらおう。

 

「あー、顎が痛いッス」

【大丈夫ですか艦長?】

「ん?平気ッスよ。ただ自分の脆弱さを自覚しただけ」

 

 もやしっ子って言われたくないけど、このままじゃ貧弱貧弱ゥ~とみんなから言われそうだ。プロテインでも買って筋トレするべきか?そう思いつつシートに背を持たれる俺だった。

 

 

 

***

 

 

 

 さてじゃじゃ馬な専用機の練習もそこそこに、フネは目的地である惑星ツィーズロンドに到着した。ステーションに停泊し、クルー達には休息、そして俺は――――

 

「やってまいりましたが軍司令部ってな」

 

 俺以下数名を引き連れて政府軍司令部にやってきていた。ココでくれるって言う報酬の為に俺は来たのである。

 

「流石軍本部、ドデカイ建物ッスね」

「そうかい?これでもこじんまりしている方だと思うが」

「コレでッスか?…はぁ宇宙は広い」

 

 見上げれば広い敷地に数百メートルはありそうな建造物。建物の大きさだけなら東京都庁を軽く超えているんだけど、まぁこの世界だと1000mクラスの高層ビルは結構当たり前に各惑星に建っているし、第一大気圏外まで伸びるオービタル・エレベーターなんて大きいのだと全長数百km…そう考えると、軍施設でもこじんまりしているように見えるから不思議だ。

 

「とりあえず守衛さんに話しかければ良いんスかね?」

「まぁ、それが良いだろうね」

「俺が言うんスか?」

「ユーリがあたし達の代表だろう?しゃきっとしな!」

 

 バシンとケツを叩かれる。うーむ、気合入れられてしまったからにゃ、頑張らにゃ男が廃るってモンだ。とりあえず中に入れてもらわないと話が進まないので、司令部の入口に立っている守衛に話しかけた。

 どうやら既に話は通っているらしく、そのままある一室へと通された。

 

「おお、待っていたぞユーリ君」

「お久しぶりです中佐。報酬ください」

「とうとうロウズからココまでやって来たのだな」

「ええ、トスカさんを含め優秀な部下達に助けられました。あと無視しないでください」

「ふむ、船乗りはそうして航海をするモノだ。仲間の助力を恥じる必要は無いぞ。それと報酬はちゃんと用意してある」

 

マネーカード!お金ですよ!お金!!……最近守銭奴みたいになってる気が……。

 

「毎度っ!」

 

 でもお金はお金。お金に罪は無い。

 

「う、うむ。――さて、さっそくだが君に幾つか話がある。まずは頼まれていたエピタフの情報なのだがね」

 

 幾らくらい入っているかなぁフヒヒと笑っていたら、ちょっと引き攣った笑みを浮かべた中佐が咳払いをしたので、頬ずりしていたマネーカードを懐へとしまう。それを見ていた中佐がなにやら指パッチンで合図を送った。すると背後のスクリーンが点灯。何かが投影された。

 投影されたのはダークグリーンの背景に浮かぶ白い文字。非常に細かな文字が高速で上から下へと流れている。早さもそうだが分量も多いので眼で追いきれない。これは何といった視線を送ると中佐が口を開いた。

 

「エピタフの情報量を甘く見ていたよ。まさかこれ程まで考古学の遺物に関する情報が多いとは…今は手に入れたデータの洗いだしに手間取っている状況なのだ。すまない」

 

 ああ、後ろの言語が流れる画面はそういう演出か。いやいらんだろその演出。

 それはおいて置いて、ククク我が仕返し慣れり。エピタフは真偽はともかく小マゼランはおろか隣の銀河にまで名が広まっているようなアーティファクトなのだ。中央お勤めのエリート軍人様であろうとも、浮かび上がってきたデータは非常に膨大で泣きそうになっているだろう。

 いやぁ、利用されてやったんだから、これくらいの仕返しはねぇ?

 

「それと最後なのだがね」

 クククと黒い笑いを心の中で浮かべていたら、またもや話題変換で再び画面が切り替わる。今度はこの周辺の宙域図が投影された。なんかある惑星がピックアップされてら、何々、ファズ・マティ?

 

「この宙域にはスカーバレル海賊団がまだ存在している。かなりの海賊船がファズ・マティに集結中とのことだ」

「ファズ・マティ?」

 

 再び画面が切り替わる。今度は何か球状の三次元立体モデルが投影された。見た感じ何かの人工物のスキャンしたものっぽい。というか、これってデ○スターの模型に似てるような…。

 

「スカーバレル幹部、アルゴン・ナラバスタの本拠地である辺境の人工惑星だ」

「人工惑星ですか。豪勢な事で…」

 

 見たところ目玉みたいなスーパーレーザー発射口はなさそうだから、文字通り唯の人工惑星なんだろうな。俺も超弩級宇宙戦艦作ったけど、それとは比べ物にならないだろうお値段。

 かー、これだから略奪者ってのは始末が悪い。こっちが資金面で四苦八苦してるってのに、あっちは強奪した財力に物を言わせて巨大宇宙建造物ですかー?羨ましいぞコラァ!

 つーか人工惑星だから自力で移動できたりするのかな?これで実は外側が流体金属で覆われてて、内側からものすごいビーム砲がせり上がってとか言われたら裸足で違う星系まで逃げるけどね。

 

「情報によると、最近内部エネルギーが活発化しているらしい。その時期はラッツィオでの海賊討伐が行われた後と重なっている。おそらく残存戦力が合流したという事なのだろう」

「ふーむ。じゃあ俺達襲われますね、分かります」

「君たちは大分彼らに恨みを買っている様だから確実だろうな。まぁそう言う訳で海賊の掃討にも力を貸してほしい」

「報酬は出ますか?」

「おおよそ3000用意してある」

 

 ならやるか。ジャンク品なら駆逐艦編成の10個艦隊分の売り上げと同等の値段だしな。拿捕した場合もっと高いが確実に拿捕できるってわけじゃないし。それにこちらとしては海賊が収入源なので元より海賊狩りはやるつもりである。言われなくてもという心情だったので、ある意味渡りにフネであった。

 中佐に海賊掃討依頼を受諾する事を伝え、俺達はそのまま基地を後にしようとした。だがいざ踵を返した俺達に中佐は再び声を掛けた。

 

「あと、君たちはディゴという男を知っているかね?」

「ディゴ?…知りませんね」

 

 ウチのクルーになら知り合いの一人はいるかもしれないが、すくなくても俺の知り合いにはいない…って考えたら、俺の友達とかって乗組員以外いないんじゃね?

 

「ど、どうしたのかね?急に頭を抱えて?」

「宇宙って孤独な場所なんだと急に思ってしまって」

 

 無限に広がる大宇宙…広すぎッス。と大宇宙の彼方を思い浮かべている俺を見ていた中佐は、何かもう諦めたような目でこっちを見ていた。痛い人でさーせん。ふひひ。

 

「話を続けるぞ?実はこの男は海賊に潜入しているスパイでな?」

「スパイ?ザッカスさんじゃなくて?」

「海賊もかなりの規模があるからな。本拠地に送り込んだ人員は指の数じゃ足りんよ。ついでにいうと我々が最初に遭遇した時、君たちに襲い掛かっていたのはこの男だ」

「わおっ!―――まさかあの戦闘って仕組まれていたという事ですか?」

「海賊団を壊滅させたおかげで彼奴の仕事は海賊のスパイから紛争地帯での諜報任務に変更されたのだよ。報告書に毎回休みを寄越せと書きなぐるあたり、大分大変らしい」

「ちょっと、さりげなく話を流さないでくださいよ。あの時はけっこう怖かったんですよ?それに紛争ですか?そう言えば辺境の惑星で噂を聞きましたけど…」

「この宙域にある資源惑星帯を巡って紛争が起きているのだ」

 

 オムス中佐がそう言うと、再び画面が切り替わる。今度は宙域図に小さな艦隊達が映し出され、画面上の両陣営のチビ艦隊たちは砲雷激戦でボカスカやり始めた。さりげなくレーザーやミサイルが飛び交っているあたり芸が細かいぞ。スゲェなオムス中佐の部下さん達。

 

「直接的な敵ではないとはいえ、戦地での任務を行っている彼にも支援が必要なのだ」

「要は自分たちの力を貸せと?」

「そうだ、出来れば君たちの力を貸してほしい」

 

 つまり、ざっくばらんに言うと、戦場に行く→ディゴさんと合う→なんかして紛争をどうにかしろ!って事ですね。なんという脳筋、そんなん軍隊なんだから本国に任せろや。与えられた戦力だけでどうにかしたいのは山々だけど、海賊と紛争、二面作戦は失敗の元ですぜ。

 正直地雷臭がヤバイので俺は応えあぐねいていた。すると、今まで黙っていたトスカ姐さんが口を出してきた。

 

「それって、報酬給与の条件に追加した話かい?」

「いや、そう言うつもりは無い。コレは私からの素直な頼みだと思って欲しい」

「ふぅん…ココで断ると“何も無い”航路上で流星群が見られるって寸法かい?」

「ふむ、宇宙では流星群は珍しくないがね」

 

 流星群、ね。人為的なのは流星群と呼ぶのだろうか?

 

「解りました。出来るだけやってみましょう」

「な!?……ユーリいいのかい?」

 

 中佐を睨むように俺より一歩前に出ていたトスカ姐さんが驚いたように振り返った。その眼には困惑が浮かんでいたので、俺は彼女のほうに顔を近づける。

 

「どうせこの宙域には暫く留まる予定ッス。協力しないで下手に放置しておいても、結局紛争には巻き込まれるッスからね。組織の援護が得られる状況はあるに越した事はないッスよ」

「そりゃ…そうだけど」

 

 なーんか、今度はトスカ姐さんの方が答えに困っていた。俺が即決したのにビックリしたんだろうかね?とりあえず損得勘定から言わせてもらうと、この宙域に居る以上は協力した方が良いだろう。一部航路は恐らく一般人の入出が制限されているだろうからな。どのみち紛争を終わらせないと次の宙域に行くのも大変そうだ。

 

「こちらに火の子が降りかかる前に消す。俺たちならソレ位出来るでしょう?」

「……アイアイサー、艦長はアンタさ。わたしはそれに従うよ」

「感謝する。ディゴ中尉はネロと言う惑星で活動している筈だ」

 

 はいはい、接触しろって事ですね?解ります。りあえず報酬は手に入れたので、俺達は黙って部屋から退室する。玄関に向かう途中でトスカ姐さんが口を開いた。

 

「ふぅ…報酬を貰いに来ただけが、色々頼まれちまったね」

「致し方無いでしょう?ココで断ったら暗殺ですよ」

「やっぱりユーリも気がついていたか」

「ええ、あの中佐はかなりの野心家です。下手に断るのは得策じゃ無い」

「そうだね…ところでその喋り方止めな。背筋が痒くなる!」

「あ、酷いッス!俺だって真面目な時は真面目ッス!」

 

 そんな事をギャーギャー言い合ってたら、守衛のおじさんに注意されちったい。

 

 

***

 

 

「―――ま、そう言う訳だから、とりあえず惑星ネロに向かうッスよ」

「「「「りょうか~い」」」」

「あと恐らく海賊連中が来るけど―――おいしく頂いていくッス!」

「「「「了解っっ!!」」」」

 

 この先の予定を主要メンバーであるブリッジ要員たちに説明したのだが、なんか前者と後者で返事の気合が違う。それも仕方がない、だって軍からの協力依頼は報酬こそ出るがそれは固定額なのだ。

 だが後者の海賊の場合うまくいけば一攫千金。アウトローで博打が嫌いじゃない0Gドッグが性分的にどちらを選びたくなるのかなど言わんでもわかる。それ以上に束縛を嫌う自由な連中なので、結構面倒くさいというのは分かってるんだろうな。

 糞が付くほど面倒臭いが、既にやるといった以上やらない訳にはいかない。この程度で軍に狙われるのは以前にも言ったがバカらしいのだ。別に期限指定はされて無いから、最終的にどうにかできれば道中片手間でも得に問題は無いだろう…たぶん。

 

「さてと、ケセイヤさん?」

『おう!艦長、なんか用か?』

 

 適当にメンバーに説明を済ませた後、俺はブリッジの艦長席から直接ケセイヤさんへと連絡を入れた。現在彼は格納庫にいるらしく、空間ウィンドウの背景には忙しなく動き回るガントリークレーンやマニピュレーター、更には低重力にしてあるのか宙を飛び交う人の姿が映っている。

 ケセイヤ自身、作業途中だったのか機械油か何かの汚れが頬に付着していた。忙しそうだが俺は彼に確認しなければならない事があった。

 

「ケセイヤさん、VFの電子機器強化タイプって作れるッスか?」

『おーRVF-0の事だな?』

「え?」

『こんな事もあろうかと既に出来ているが、何だ?さっそく使うのか?』

 

 そういうと空間ウィンドウに新たな画面が生まれる。画面端にはケセイヤの横側が見えていることからさほど遠くない場所らしい。だが新しいウィンドウのメインは画面中央いっぱいに写りこんでいるVF-0であろう。

 航空力学が考慮された滑らかかつ鋭利な形状を持つ戦闘機の系統を思わせるVF-0.その背中の部分を大きく丸いものが覆っている。一本の支柱により機体と接続されたそれは機体の6割を覆うほど巨大なものであった。かの機体が背負う丸い物体、それこそがレドームと呼ばれるセンサー機器であった。

 ケセイヤのヤツ、信じられない事につい一日前に色々ロールアウトしたばっかりの機体のバリエーションを既に完成させていたのである。これには俺もビックリしたが、まぁ考えてみれば、この間の試乗の時に色々作ってくれる事を同意していたので、作っていてくれたのだろう。

 これだからマッドは手放せない。浪漫溢れてかゆいところに手が届くのだから。

 

「その機体、早期警戒機って事で使いたいんスけど。なんとか使えないッスかね?」

『問題無ェよ。ちょちょいっと俺がレドームの設定を直してやればネジサイズの物体でも発見できらぁな。ただ問題はこの一機しかないから――』

「それじゃあもう少し時間が要るッスか…」

『――いや、2時間くれれば6機程度なんとかなるな』

「………は?」

『要するに普通の機体の背中に追加装備みたくレドーム貼り付けたダケだからな。一応コックピット周りのアビオニクスもある程度弄らんといけないし、センサー範囲も搭載できるCPUの関係で若干狭いが、早期警戒程度なら十分だろうよ』

「あ、ああそうなの?じゃあ頼むッスよ?それじゃ」

『おうよ。しかしさっすが俺だな。こんな事もあろうかと色々作れるなんてマジで天才だぜい――』

 

 ………マジぱねぇ。

 

 

 

 あ、そうだ。忘れちゃだめだった―――

 

「エコーさん、後でケセイヤさんが早期警戒機を出すんで、早期警戒機とのセンサー範囲のデータをモニター出来るようにリンクさせといて欲しいッス」

「了解したわ~。アクティブとパッシブの両方とも使うのねー?」

「そこら辺の専門的な設定は任せるッス。ケセイヤさんとも相談してくれッス」

「わかったわ~」

 

 エコーさんの方にも連絡を入れたので、後はよきに計らうことだろう。早期警戒機があればこれ迄よりも更に広範囲で索敵する事が可能となる。そうなれば、今まで取りこぼしていたような海賊艦隊も発見できるかもしれん。

 いやー、幸先がいいな。稼ぐぜ稼ぐぜ。

 

「各部署は半舷休息に移行。適当に休息を取りながら過ごしてほしいッス」

「半舷休息了解、アナウンスしておきます」

「トスカさん。後は任せた」

「あいよブリッジは任せておきな」

 

 さて、必要な指示は下したし、俺は俺でシミュレーターでVFの操縦練習でもしよう。せっかく作った劇場版特攻仕様機を遊ばせて使わないのはもったいないからな。

 

 

……………………

 

 

 

………………

 

 

 

…………

 

 

 ブリッジを後にして暫く。俺は船内の空いていたスペースに何時の間にか増設されたVF用のシミュレーターモジュールに赴き、そこで自分専用機の操縦法を会得する為に特訓を行っていた。

 実は本来のシミュレーターモジュールはもっと後のほうの星系でしか手に入らないのであるが、このモジュールは廃品その他から自作されたモジュールらしく、このフネに搭載されたもの以外はどこにも存在しない唯一のモジュールだったりする。

 

「ぐあぁぁっ!疲れたッスーー!!」

 

 実際のVFと同じレイアウトで調整されたアビオニクスが配置されたコックピットモジュールに乗り込んだまま、俺はそう叫んでいた。戦闘機の操縦+二足歩行ロボの操縦という全く操作法が異なる機体を動かすというのは、なんていうかすっごく疲れた。

 しかもこのシミュレーターはサナダさん特製の慣性制御装置によって疑似Gを体感できる本格仕様なのだそうだ。どこで手に入れたのか小型グラビティ・ウェルの技術を流用しているらしい。

 ゲロ吐かずに良くココまで持ったモンだと自分で自分をほめたい。

 

「ユーリやっと見つけた。何してたの?」

 

 コックピットモジュールでぐったりとしていたところ、俺以外誰もいなかったシミュレーター室に誰かがやって来た。そちらに眼をやれば瑞々しい翠の髪を靡かせる美少女の姿が…我が義妹チェルシーが来ていた。ぜんぜん気がつかなかったぜ。

 

「んー、見てのとおりシミュレーターッスよ。この間のトライアルでウチの主力になった戦闘機があったっしょ?あれの専用機を強請ったら貰えたんで、特訓中なんス」

「ふーん。近くで見てもいい?」

 

 そういって俺がいるモジュールのところまでやってくるチェルシー。俺が座っている部分は少し上のほうに置かれているのだが、そこへ来る途中の階段を上っていたチェルシーがバランスを崩して転びかけたので、慌てて手を伸ばし彼女を抱きとめた。

 だが直後、全身に走る稲光!これは―――

 

「痛い!筋肉が痛い!乳酸が痛い!」

 

―――筋肉痛であった。かなり集中して練習していたので、これまで気になっていなかったのだが、チェルシーが来た事で気が緩んだっぽい。思わず叫んでしまう俺を見たチェルシーは名残惜しそうに俺の腕から離れた。

 

「筋肉が痛いの?それなら新鮮なグレープフルーツジュースが良いね。作ってくる」

「い、いつの間にそんな豆知識を…」

 

 ビクンビクンと筋肉の痛みに顔を顰めていたら、チェルシーがそんな事を言い出したので驚いた。まぁ確かにグレープフルーツなどはアスリートは結構飲んでいるらしいと俺も聞いた事がある。すぐには効かないだろうが、折角可愛い義妹が俺の為に準備してくれるというのだから、飲まないという選択肢はないのだっ!

 

 それはともかく、グレープフルーツなんて何時積んだんだっけ?そう呟いた俺にチェルシーはコテンと首を傾げながら不思議そうに口を開いた。

 

「アレ?ユーリ知らないの?フルーツとか船内ショップで買えるんだよ?」

「船内ショップだと?―――ああ!!」

 

 そうだ!この間、一々生活班の倉庫に取りに行くのが面倒臭いっていうクルーの要望に応えてモジュール突っ込んだった!!

 

「まってチェルシー、俺も行くッス!つーかまだ俺行ったことないし」

「うん、じゃあいっしょに行きま……一緒?」

「一緒に行きたいんスが…迷惑か?」

「あ、ううん!?違うの!………これってデート、だよね?この間トスカさんから貰った雑誌にそんな記述あったような――ゴニョゴニョ」

 

 何故かブツクサ呟いているチェルシー。なんか考え込んでいるみたいだけど、悩みでもあるんかな?今度それとなしに聞いてあげたほうがいいかもね。そんな事よりもショップモジュールについて好奇心が刺激された俺は、筋肉の痛みにもめげずにシミュレーター室からでた。

 それのしてもホントウチの旗艦はデカイ。艦長の俺ですら把握しきれないぜ!

 

「……帰りは手を繋いで、それから――あ!?ユーリ待って!一緒がいいよ!」

 

 

***

 

 

 そう言う訳で、艦内ショップにやってまいりました。

 位置的には居住区画、船体のやや後で中心に近い位置にあるらしい。すぐ隣が生活班の倉庫なので、在庫切れで無い限り品数は途切れないのが自慢だそうだ。

 

「へぇ、ここが艦内ショップッスか?」

「うん、それなりに大きいでしょ?」

 

 うん、大きいね。セッティングした時は小型モジュールだった筈なんだが、下手なスーパーよりも大きい。だが驚くべき事はそれだけではなく、なんともいえない懐かしさをショップから感じていた。

 店自体は新装開店なので綺麗なものであり、内装もノスタルジックなものなどない。むしろモダンというか整頓された小奇麗さがそこにはある。だが、俺はこの光景を、ものすご~く見た事があるんだな、コレが。

 

「これなんていうジャ○コ?」

「ん?何か言ったユーリ?」

「いえいえ、何にも言って無いですよ?」

 

 スゲェなイオ○グループ…この時代にも残ってやがった。

 売っている品物も、多少パッケージが違う程度で変わらな―――

 

「……何コレ」

「ブルゴ産のグレープフルーツよ」

「グレープフルーツってこんなんだっけ?」

「ええ、美味しいよ?」

 

 グレープフルーツがブドウのように房についてます。一体どんな品種改良がおこなわれたんだオイ。名を体で表したんかい。後で調べたら、これが普通のグレープフルーツの実り方だそうです。俺が知識不足名だけだった。

 

 俺ったら、本当に、馬鹿orz

 

「いろいろなモノが売ってるッスね」

 

 とりあえずグレープフルーツを二つカートに入れて、それ以外の事はスルーすることにした。そしてショップ内を見て回るが、流石は○オングループである。雑貨の品揃えが半端ない。なんかここだけ20世紀な空気があるような気がして俺はノスタルジックな思いが浮かぶぜ。

 

「うん、雑貨や食料品、衣服に薬や化粧品、それに武器も売ってるよ」

「……え?武器まであるんスか?」

 

 我が妹の言葉にちょっと絶句。マジかよ。ショップ入れた張本人だけど全然知らなかったぞ?何でもありか?と言うか艦内で武器売ってどうするんだよ?

 

「とりあえずグレープフルーツとか買って帰るッスか」

「うん、解った。じゃあちょっと買って来る」

 

 彼女はそう言うと、あの房付きグレープフルーツを持ってレジに向かう。ちなみにレジはセルフで、商品タグをセンサーにかざした後マネーカードで購入する。これは以前から生活班のところで物を貰う時から使っていたシステムであり、ステーションで補充される物以外の嗜好品などの金が掛かるものを買った時に使われていた。

 使った分は給料から天引きされるシステムだが、たとえ給料が残って無くても次の月から天引きできるようになっている。これの恐ろしいところは銀行と財布が合体しているようなところにあり、実際どこぞのマッドな改造バカはカード使いすぎでメシ以外でのカードの使用が停止中であったりする。自業自得だべ。

 

「しかしまぁ、次はどんなモジュール入れるッスかね?」

 

 自然公園のモジュールでも購入するかね?

 そう思っていると――――ケツがぶるった。なんだ?

 

「ん?携帯端末?――はい、もしもし?こちら素敵な艦長です」

『ミドリです。艦長、さっそくエコーが海賊の艦隊を発見したそうです』

「わかった、すぐに行くッス」

『お待ちしてます』

 

 あらら、どうやら敵さんのご登場だ。そしてボケをスルーされて泣きそうだ。

 だけどそんな事言ってる場合じゃない。全く、政府軍も航路の安全くらい守ってほしいな。

 

「チェルシー、悪いけど俺ちょっとブリッジにいって来るッス」

「ん、わかった」

「ソレは後で貰うんで頼むッスよ?」

「うん、それじゃあね」

 

 俺はショップで彼女と別れ、ブリッジへと向かった。

 

 

***

 

 

【艦長、ブリッジイン】

「状況は?」

「オル・ドーネ級巡洋艦1、ガラーナ級、ゼラーナ級駆逐艦が各一隻ずつです」

「観測データから察すると、ラッツィオ方面より改造が施されているらしい」

「既にAP・EPは展開、奴さん達は目が見えなくて焦っているぞ」

「全武装の射程圏内だから既にロックしてあるぜ」

「―――で艦長、どうするんだい?」

 

 呼ばれたから来たものの、報告を聞く限り俺が来るまでも無かったな。

 すでに準備は万端じゃねぇか。俺要らない子?……まぁ俺には指示を下すっていう役割があるしな!問題ないな!あははは。

 

「んじゃ攻撃しよう。でも敵の武器をなるべく潰すようにするッス」

「原型はとどめるんだな?撃破はしないの?」

「敵が降伏せずに逃げようとしたり攻撃してきたら、まぁ花火も嫌いじゃないッスが、そうすると高く売れないッスからね。エンジンもなるべく残したいッス」

「精密射撃を行うって事か…ま、なんとかならぁな」

 

 同じジャンク品でも原型率高いほうが買値が高い。

 生活の知恵(?)ってヤツですね。分かります。

 

【艦長、控えているアバリスは使いますか?】

「う~ん☆」

 

 ユピが進言してきた。その内容にドナルドはついつい…もとい、俺は少しあごに手を当てて考える。

 

「いや、必要ないッス。今回はホーミングレーザーの実戦テストにちょうどいいッスからね。シェキナを使うッス」

 

 シェキナは旗艦ユピテルの両舷に配置された発振機から照射されるレーザー砲である。重力井戸の技術により空間で捻じ曲がり敵へと曲射できる新兵器であり、今回の敵との戦闘でどれだけ使えるかが解るだろう。前回の実験は成功してるから、たぶん大丈夫だと思うけど実際使ってみないと使い勝手は解らんのだ。

 

「そう言う訳でストールさん!ミューズさん!やっておしまーい!」

「任せてくんしゃい!ポチっとな!」

「…あらほらさっさー」

 

 船体各所からレーザーが照射され、重力レンズにより偏向。

 ストールの勘とユピによる演算により、的確に敵艦へと向かって行く。

 

「全艦、兵装に着弾、戦闘不能の様です」

「フネの噴射口も潰すッス。航行不能にしちまえ!」

「了解!」

 

 更にレーザーを照射、噴射口に当てて敵を逃げられなくする。マジで俺ら鬼畜すぎるな。自重しないけど…というか段々砲撃の腕が神掛かって来たなストールさん。

 

「ミドリさん、降伏勧告を打電、無理なら沈めて構わないッス」

「了解」

 

 ミドリさんが降伏勧告を行うと、敵さんはあっさりと降伏した。

 ついでにフネから降りて逃げるなら追わないと通達したところ、我先にとフネを捨てて脱出艇に乗り込み逃げて行った。まるでネズミが逃げるような有様だ。こうして新しい宙域での初戦闘はあっけなく終ったのだった。

 

「なんとまぁ、歯ごたえの無い敵だったな」

「まぁ敵は逃がしたから、また襲い掛かってくるでしょうな」

「カモがネギしょって帰って来るッスね」

「実に効率的なやり方だ。さすがはユーリってとこかねぇ?」

 

 褒めるなよ。照れるぜ。効率よくやらねぇとフネが立ち行かないだろう?

 さて、この後は拿捕したフネごとトラクタービームで牽引する。

 

「惑星ネロまで後少しッスね」

「案外海賊たちは出て来なかったな」

「まぁ紛争が起こってるからそっちに行ってるんだろうね」

 

 紛争中って言うのはゴタゴタしてるから、政府軍の監視も緩い。だから商船とか襲い放題だし、軍の輸送船を襲っても良い。敵方に偽装していればそれだけ稼げると言う訳である。

 

「稼ぎ方間違えてるよな」

「まぁ効率はいっスけど。まさに外道ッスね」

「まぁ外道だから海賊張ってるんだろうけどな」

「「ちげぇねぇ」ッス」

 

 こんな会話をしながら、三隻ほどの収穫と共に、ネロへとたどり着いた。

 

 

***

 

 

 ステーションにフネを預け、指定された場所に向かう。

 と言っても、行くところはやはり酒場だったりする。

 

「しかし、毎回思うんスけど」

「ん?どうしたユーリ」

「なんで会合場所は酒場ばっかなんでしょうね?」

 

 常々疑問に思っていたのだ。どうせなら人気の無い所で話すんじゃねぇの?酒場なんて不特定多数の人間が沢山いるのにどうしてなんだ?

 

「それは――」

「逆に酒場のほうが目立ちにくいんだよ」

「「――誰だ!」」

 

 トスカ姐さんとの二人の会話にいきなり水を差した低い声のした方を向く。そこには50代くらいで髪の毛をオールバックにした男が立っていた。あれ?この人どこかで見たような…。

 

「よぉ、中佐から連絡は受けてるぜ?」

「あ!あんたがディゴさんか。そういや前に見たな」

 

 ディゴさんは中佐が言っていたとおり、ラッツィオにいた頃(第6話)にスカーバレル海賊団の専用巡洋艦であるオル・ドーネ級に攻撃された時に見ていた。あの時交信した巡洋艦の艦長で海賊団で幹部をやっていた人物だ。

 もっとも一見すると唯の冴えない中年労働者にしか見えんが、そういうのが大事なのかもな。スパイだし。

 

「というか海賊の時のまんまな姿なんスね」

「あんた普段からその格好してるの?」

「いやなに、此方の方が動きやすくてな。良い服だろ?」

 

 さぁ?俺はこの時代のファッションには疎いもんで…。

 

「良いんスか?アレ」

「まぁ普通な方じゃないか?」

「良いんだよ。周囲に溶け込めて目立たずに済むと言う意味じゃとても良い服だ。スパイの基本は大衆に紛れ目立たないことだからな」

「確かにそこら辺のおっさんと大差ないッスね」

「はは、ありがとよ」

 

 スパイだけに目立つのはダメなんだろうなぁ。片手に酒瓶持ってるから仕事帰りに飲んでたおっさんに見えなくもない。そういった意味じゃティータの兄貴はダメダメだったな。酒場でモロにエルメッツァ中央軍の軍服姿だったし。

 まぁあの人はなんか麻薬とかで洗脳されてて二重スパイ化されていたらしいから、色々と日常生活に変化があってもおかしくはないが…。

 

「ところで出会って早々で恐縮なんだが、お前等のこの先の航海に役立つ人間を一人、仲間に加えてやって欲しいヤツが居るんで紹介してもいいか?」

「仲間に?なんでまた」

「ああ、実は俺の知り合いからの紹介でな。情報の取引ついでに引き受けたはいいが、ここいら急に紛争ががおっ始まっただろ?そんな時に美味い事お前等が着てくれッてわけだ。ちなみにアイツはゴッゾの生まれらしくてな、ここらの宙域に詳しいから、いろいろと役に立つとは思うぜ」

 

 そう言うと彼が手招きしてみせる。すると彼の背後の席から一人の少年が立ち上がり姿を現した。白い髪の毛で線が細く眼鏡でインテリっぽい。第一印象は、インテリめがね?

 

「…イネス・フィン。よろしく」

「ん、俺は艦長やってるユーリッス」

「あたしは副長のトスカだ」

「艦長…?君が…?」

 

 なんだコイツ。名乗って握手まで差し出したのに、それを無視して俺を上から下まで舐めるように見てきやがる。うーん?―――ま、まさかコイツはっ!?

 

「あ、おいおい俺にそのケは無いぜ?」

 

 思わず椅子ごとイネス少年から遠ざかった。こっち見るな、ケツがむずむずする。そんな俺の態度にイネス少年は少しばかり眉根に皺を寄せて叫んだ。

 

「僕も無いよ!」

「ならなんで上から下までじっとり見るの?馬鹿なの?死ねよ」(((( ;゚Д゚)))

「ストレート過ぎないかなぁ!それ!というかいい男が怯えるなよ気持ち悪い!?」

「いい男?やっぱり」

「ち、ちがう今のは言葉の綾で――」

「うっさい。ゲイは嫌いなんスよ。オネエ系は嫌いじゃないけど」

「その違いがわからないよ!?なんなんだ君は?!」

「私が噂の変な艦長で「はーい、そろそろ真面目にやるよユーリ」グエっ!?」

「おい、イネス。そこらへんでいいから話を進めようぜ?」

 

 ギャーギャー言い始めた俺達を見かねてトスカ姐さんとディゴさんが割って入ってきた。というか姐さんにヘッドロックをかけられた俺は、彼女の腕っ節の強さ+豊満な胸部追加装甲を前に極楽と地獄を両方味わっていた。

 すこしして開放され、とりあえず仕切りなおしと相成った。

 

「…まぁいい、一応協力させてもらうよ」

「あ゛?一応だって?」

 

 だがいざ話が再開すると、これである。上から目線もいいところだった。

 

「ボクとしては君みたいな子供が艦長とは思えないもんでね。本当にそうならボクが認めたら艦長と呼んでやるよ」

                    _, ._  

 何コイツ?偉そうなこと言いやがって( ゚ Д゚)

 俺は隣にいるトスカ姐さんに目配せして席を立つ。

 

「トスカさん、帰ろう」

「そうだね」

「え!?ちょっと!」

「どういうつもりだ?ユーリくんよ?」

「そっちこそ分かってるんスか?こちとら協力してやる立場なんだ。あいにくウチのフネには失礼なヤツを乗せるほどの余裕は無いんス」

 

 ディゴさんが一瞬剣呑な空気をまとってにらんできたが知ったこっちゃない。俺は艦長で艦隊のトップ。気に入らんヤツを懐に入れておくほどお人よしじゃないつもりだ。大体なんだ?いきなり人を見るなりガキ扱いしてその言葉。

 原作ユーリならどうなのか知らんが、俺はああいうのはノーセンキューだね。なんとなくだが他のクルーといざこざを起しそうな気がするしな。

 

「だが、ここらの宙域の案内に雇って貰えば役に立つぜ?」

「知らぬ土地なら自力で調べるくらいできる。最低限の礼儀も知らんヤツと我慢して旅するような状況でもないッスから」

「嫌しかし」

 

 ディゴさんは俺の頑なな態度にトスカ姐さんに助けを求めるような目線を送った。もしかしてトスカ姐さんが俺の保護者か何かだと思っているのだろう。残念ながら俺はお飾りの艦長などではなく、立派に一人の艦長なのである。

 

「はん、ウチの艦長がそういうなら、副長の私はなにも言えないねぇ」

 

 だからトスカ姉さんがそうきっぱり言い放つのは当然だといえた。両者に何とも言えない沈黙が流れる。だが、その沈黙を破りイネスが口を出した。

 

「どうやら見誤っていたみたいだな。君は確かに艦長だ」

「――へっ?!」

「どうした急に?」

 

 いきなり態度を軟化させたイネス少年に俺達は面食らう。第一野郎に褒められても嬉しく無いんだが?というかディゴさん、俺達よりかは知り合いの筈のアンタがなんで驚愕してるんスか?

 

「あ、あのイネスが…俺の事はこき下ろす事しかしなかったイネスがほめた!?」

「失礼な人ですね。この育毛ヤロウ」

「ズラじゃ無い!この陰険眼鏡が!」

「育毛って言ったんだ。あと眼鏡は名前じゃ無い。イネスだ」

 

 なんか、読めてきたぞ。イネスの野郎、俺を計ろうとしたんだな?でも俺は自分の意思でヤツを拒絶した筈なんだが?そこら辺はどう写ったんだ?

 

「今まで見た0Gドッグは育毛「ディゴさんっだ!」…ディゴが政府軍とつながりがあると知った途端にお客様扱いしようとしてたからね。その点君は自分の意思をシッカリとと通した。これは0Gドッグにおいて一番大切なものだと思ったのさ」

「どうやら、唯のプライドが高い高慢ちきってわけじゃなさそうッスね。勘違いしてたそこは謝るッス」

「いいさ、そう言ったのには慣れている」

 

 確かに誤解を頻繁に招きそうだなぁ。喋り方が妙に冷静なのも、そう言った所から来るのかもしれない。それは一先ず置いておくとして、だ。

 

「何故いきなり褒めた?煽ててもフネには乗せないぞ?」

「別に?素直にそう思ったから褒めた。ただそれだけさ。そこに他意は無い」

 

 成程なるほど、コイツもそれなりにプライドでもあるのかと思っていたが、どうやら相手を見定める事が出来る人間だったか。やれやれオイラもまだまだってことかねぇ。

 

「で、どうする?乗せるのか乗せないのか?」

「うーん、実質イネスは何が出来る?」

「まぁ色々と…科学と指揮と管制なら出来るかな?」

「ふむん」

 

 空きは無いな。だが常に冷静な判断が出来そうだし、とりあえずは彼を乗せる形に持っていくか。これで有能ならくみこんじまおう。

 

「まぁいい、この宙域の案内出来るんスね?」

「そこら辺は任せろ。この宙域は庭みたいなもんだ」

「そうか、それなら航路アドバイザーって事でどうだ?」

「構わない。最初からそのつもりだし、既にディゴには前金も貰っている」

「はは、踏み倒しにならなくて良かったッスね。ようこそイネス」

「こちらこそ」

 

 こうしてまた一人仲間が増えた。

 

「はぁ、結局乗せるんなら今までの会話は何だったんだよ」

「ディゴさん、一々気にしてたら身が持ちませんよ?」

「おい、今どこを見た?」

「いえ~別に?」

 

 アデランスってこの時代にもあるんだろうか?

 

「まぁそんな事は置いておいて、紛争の話何スけど」

「俺としてはさっきの視線の先について子一時間「ディゴ、ズレてる」―――ズラじゃねぇ!いや、まぁ…本題に入っか」

 

 流石にふざける雰囲気じゃ無いのは解るんだろう。ディゴさんの顔が真剣なモノへと変わった。彼は手元のお冷が入ったグラスから水を少しだけ飲んで咽を潤すと、静かに語り始めた。

 

「直接的な原因はベクサ星系だ」

「ベクサ星系?」

「レアメタルとかの資源となる物質が多く含まれた衛星や準惑星・小惑星に恵まれた星系でな? これがまた丁度紛争している2国の中間にあるんだなこれが」

「成程。あ、どうぞ続けてください」

「それでな随分と昔なんだが、このベクサ星系の分割を巡って一度は両国間で分割協定が結ばれたんだが、その境界線を越えて片方が通達もなく資源採掘を始めちまった」

 

 おー成程、俺の時代で言うところの領海における資源採掘の問題みたいなもんだな?

 お互いが決めた領海を越えて採掘したら、そら戦争になるわ。

 

「最初は採掘業者同士のいざこざ程度だったんだが、今じゃお互いの国が艦隊を出しあって睨みあいってわけさ」

「中央政府軍は動かせないんスか?」

「一応自治権を持つ星だからな。強引な介入をしたら批難を喰らうのは中央政府だ」

「なるほどねー。コレだから政治は面倒臭いんスよね」

「ああ、全くだ」

 

 情報部も大変だな。そんな事態だから休みも取れないだろう。

 まぁ同情はしないけどな。

 

「小マゼラン随一の集積国家エルメッツァ。合わせて3万隻の艦船も張り子のトラみたいなもんだ」

「で、俺達は何をすればいいんスか?」

「直接何かしてくれって言う気は今の所ねぇさ」

「今の所、ね?」

 

 てことは時期が来たらやらせる気満々かい…やっぱ逃げようかなぁ?

 

「逃がさないぜ?」

「なんも言ってないッス」

「眼が逃げたいって叫んでるぞ?これでもスパイだからな。人間の内心をある程度察するのには長けてんだ」

 

 さいで。

 

「まぁ、とりあえずお前達には、とある人物を探して来て欲しい」

「とある人物?」

「ルスファン・アルファロエン。かつて政府軍にいた伝説の戦略家だ」

「伝説ってつくと、なんか途端に胡散臭くなるッスね」

「はは、今の人間は殆ど知らんだろうな。だが彼なら良い解決方法を思い付くだろうってのがオムス中佐の意見だ」

「一人の人間が情勢を変えるなんて夢見たいな話ッスね」

「それが出来るから伝説扱いなんだよ」

 

 再び、ディゴさんは水を飲んだ。そうかルスファン・アルファロエンか…、確か原作にも登場した人だったな。ゲームのシステム上、あまりその戦略が生かされるプレイは出来なかったけど…。

 俺が原作知識を思い返している最中、話を聞いていたトスカ姐さんが口を挟んだ。

 

「ふーん、そのアルファロエンってのは、どんな人間なんだい?」

「引退してからは身を隠し、今は自由気ままな放浪生活だそうだ。ちなみに70を超えた老人だって話だ」

「70で放浪?!元気な人ッスね?」

 

 まぁ俺の前の世界でも、じっ様は齢80にして登山とかしてたけどな。

 

「情報が足りないねェ。それだけじゃ雲をつかむような話だ」

「ラッツィオ宙域の辺境で見たって人間がいるらしい」

「辺境っていうと」

「ボイドゲートを越えたアッチの方だろう。また戻るのか」

「面倒臭いッスね」

「頼むぜ、こっちもこっちで解決しなきゃならん問題だらけで、首も回せないくらいなんだ。猫の手どころかサルと鳥と犬の手まで借りたいところなんだ。マジで頼む」

 

 そう言われてもなぁ。とりあえず辺境周辺をかたっぱしから調べるしか無いな。軍から手伝え言われた仕事は、どこにいるかも分からん老人の捜索か。面倒くさいと思いつつも、俺はディゴさんと別れそのままフネ戻り、翌日になって出港した。

 

 当然ながらクルー達には逆戻りかよと突っ込まれたが、やらないわけにもいかないのだ。でも結局引き返して前の宙域に戻るなんて、やっぱり面倒臭いなぁ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第10話、エルメッツァ中央編~

■エルメッツァ編・第十章■

 

 

 じっ様を探してエーンやコーラと言う感じで戻ってまいりましたラッツィオ方面。

 ラッツィオよ、私は返ってきたっ!とかガトーさんに肖ったネタをやったら周りから変な目で見られたお(;^ω^)

 

 く、くやしい、でも感じ(ry

 

 まぁそんなバカなリアクションをやるのは何時もの事なんでブリッジクルーは平常運転である。唯一ついこの間加入することになったイネスだけは、この船に乗ってよかったんだろうかと頭を抱えていたが今更であろう。自分で乗ると決めてたんだから、イネスには災難だが、最後までお付き合い願おうか。 

 

 

 さて話を戻すが、俺達は再びラッツィオに戻ってきた。それはこの宙域にて放浪している一人の伝説的軍師を探し出し、紛争解決の為に協力してもらうためであるのはいうまでもない。その道筋は実に静かなモンであった。なにせ本来なら針路においては脅威となるはずの海賊を、その本拠地ごと潰してしまったので航路上は至って平和なのである。

 

 最もそこいらの海賊風情では返り討ちにしてしまえる程度の戦力は有しているので囲まれてしまわない限り、この宙域に出没していた海賊程度では脅威足り得ない。海賊の中には大海賊と称される人物もいるが、よほど悪運が無い限り辺境ほど近いこの宙域にて出会うことは稀であろう。

 

 なんせ航路上には俺達以外殆ど誰もいないといってもいいくらいにセンサーに反応が無い。この宙域の海賊団が解体されたのはごく最近であり、それまですき放題されてボロボロにされていた交易路が復活するまでにはまだまだ時間が掛かる。お陰で精々が勇気ある交易船とすれ違う程度であり、厄介ごとも何一つ無いとても平和な旅路であった。

 

 こんなラッツィオ宙域ではあるものの、いくら辺境とはいえ宇宙は広く、この宙域に浮かぶ居住可能惑星の数はそれなりに多い。そん中からレジェンドなジジイを一人探し出せと来たもんだ。おまけに本人は隠居してる身だから恐らくかなり地味で周囲に溶け込むような感じなのだろう。

 

 

 まるで塩に紛れ込んだ砂糖一粒を探しだすようなものだ。実際に舐めてみないと解らないように、一々惑星に下りて調べなければ見つけ出すのは困難だろう。探偵とか情報屋を使うのも手だが大体は一つの星で完結している連中が多く、星々を跨いで活躍しているような輩は総じて金額が高い上、小マゼランの辺境近くには存在していない。

 

 残された手は地道に星々を渡り歩いて地道に情報を集めていくしかない。なんというか…とてつもなく地味でつまらない作業である。刹那的でスリルと浪漫を追い求める0Gドッグのする事じゃない。というかディゴさん情報部所属なんだから軍の諜報網を使えよ!個人で探すよか簡単だろうが…!

 

 愚痴っても仕方が無いのだが、少しは愚痴りたくなってもしょうがないと思う。もっともよくよく考えれば隠居して放浪している老人がラッツィオ周辺にいたという足取りを掴めただけでも中央政府の諜報部の優秀さが伺える気がする。

 

 

 それで大変な作業になるかと思ったのだが、俺もまた面倒くさいことは嫌いであり、裏技を使って爺さんを探そうと試みた。原作知識の活用である。

 

 ただコレにも難点があり、無限航路というゲームはけっこうストーリーが長いゲームだった為、基本的に大筋くらいしか覚え切れてなかったのである。サイドミッションとかどこで誰が仲間になるだとかいうような横道は全然覚えていない。思い出せないのではなく覚える必要が無い些細な話だったから覚えていなかったのだ。

 

 なんせあのゲーム、メインはストーリーよりもペイロードいっぱいに貨物モジュールを組み込んで星系の端から端を疲労度というゲージが限界超えるまで往復するデスランニングを敢行し、名声値&資金を集めてついでに出る賊退治でクルーのレベルアップをしていくのが………あれ?今とあんまり変わんなくね?

 

  

 とにかく原作知識というのはコンソールコマンド並みに心強きアドバンテージであるが、大筋以外ほとんど覚えていないので、正直まったく活かせる気がしないのだ。なまじ今の状況はゲームの世界とはいえ現実と相違ない上に俺がちょくちょく主人公とは違う行動もとっているのでバタフライエフェクトが…。こういうののお約束で大体は大筋どおりに流れるであろうが、差異は如実に現れることだろう。

 

 ただ幸いな事に今回のこれはよっぽど面倒くさく感じたのか、普段戦闘とかフネの運営意外ではあまり使わない脳みそを酷使した結果、原作記憶をなんとか掘り起こして爺さんがいると思われる大体の位置を思い出せた。こういう時、原作知識もちの憑依ってのは便利だね。

 

 

 そういう訳で爺様がおおよそ何処にいるのかというのは見当がついていた。ただエルメッツァ中央につながるボイドゲートから若干離れた航路上に位置する星なので、来てすぐにそこを目指すというのは難しいだろう。なんでいきなりほかの星を無視してそこに向かうのかが説明出来ないからだ。

 

 もっとも俺の普段の行動を鑑みるに、勘だ!で押し通せる気がしないでもないが…実際外れたら恥ずかしいので、順当に星々を巡りながら、その惑星への航路を決定してやればいい。そうすれば、おのずとアルファロエンの元にたどり着けるだろう。

 

 とはいえ、気まぐれを起しやすい運命の女神様の悪戯が働いて、すでに伝説の爺さんはその惑星からいなくなっている可能性もある。いなかったら星系をグルグルまわる羽目になるので女神様にお願いしておかねばなるまいて…。

 

 

「なんで私の胸に手を合わせてるんだい?」

「すべてはおっぱお神の導きのままに!」

「………ユーリ、あんた疲れてるんだよ。医務室に行ってサド先生から人生の妙薬でも貰っといで」

「酒飲んで寝てろって事ッスね。ふひひ、さーせん」

「その笑い方やめな」

 

 さーせん。

 

「まぁ、おっぱお神はここにいるからいいとして、ホント今回面倒臭いッス」

「だから私の胸に手を合わせんな。拝むくらいなら金でも積みな…じゃなくてそこから離れよう。なんか頭いたい」

「あれれー、それじゃあ医務室行ってきたらいいッスよトスカさん」

「さっきとお互いの主張が入れ替わったね。そして無償にアンタを殴ったらすっきりしそうだよ…」

「わわ、暴力はんた―――」

「問答無用」

「ぎゃー!」

 

 

 ※しばらく、お待ちください。

 

 

「いてて、酷い目にあったッス」

「セクハラ男は嫌われるよ?」

「もう懲りたッス(おっぱおに付いては謝らない!)」

 

 だってトスカ姐さんってば。じーっと見つめ続けると少し赤くなるんだもの。そういう事に慣れていそうな人なのにそんな初々しい部分を見せつけられたら虜になっちゃうって。おっぱいも大きいしな。ここ重要。やめられない止まらない…。

 

 

「フフ、バカな男はもう一回矯正…いや去勢のほうがいいのかい?」

「ごめんなさい。男として終わるのは勘弁してください。というかトスカさんが魅力的過ぎるのが悪いんス。許してつかあさい」

 

 切られてはたまらないので大前転土下座を選択するぜ。とりあえず襟首つかまれての腹パン一つで許されたけど、トスカ姐さん、子坊が生意気とかナニやらぶつぶつ言ってた。よく聞こえなかったんだが顔を紅くして怒っていたので、俺は追及できなかったのだった。

 

 

「話を戻すけど、やっぱ面倒くさいッス」

「自分で決めたんだからウジウジ言わないのがいい男だよ」

「あう。気ィつけるッス」

 

 政府に嫌だといえない。小心者だと笑いたきゃ笑え。そのくらい慎重じゃないと俺たち程度の勢力だと簡単につぶされてしまう。一キロ越えの超戦艦保有していて何言ってんだとか言われそうだけど、戦いは数だよ兄貴。さすがに国一つ分の軍隊を相手取るには戦力がなさすぎるぜ。

 

 

「ま、輸送品で懐も潤うからそれの序でだと思えばいいじゃないか」

 

 いい事いうねトスカ姐さん。そう、俺達はエルメッツァ中央からこちら側へと戻ってくる際、向こうではそうでもないが此方では価値が出そうな品物を幾つかリストアップしてコンテナごと持って来てあったりする。内訳は精密機械だったり希少鉱石だったり雑貨だったりと色々だ。

 だが海賊騒ぎで交易が滞っていたコッチみたいな辺境だと確実に金になるモノでもある。ある意味海賊さまさまだ。こういうのなんていうんだっけ?マッシュアップ?梃入れ?それともマッチポンプかな?でも別に意図していないから全部はずれかも。

 

 

「そうッスね。お金はいくらあっても良い」

「そうそう」

「特にウチの場合、開発費関係無しに作る技術陣がいるから…うぅ、もう支出と収入の計算とかやだぁ」

「たしかにね…(パトロンやめればいいと思うとかいうのは言わないでおいてやろう)」

 

 思わずため息をつきたくはなる。あいつ等は稀にこちらに開発始めた云々の報告を出す前に開発してたりする事があるのだ。勿論、その際に発生する金は後で決算する訳だが、報告が事後報告だったり、最悪無かったりするので事務作業がかなり大変なのだ。

 そりゃね?ケセイヤやサナダさんあたりが口にしている『こんな事もあろうかと』っていうのはロマンだからある程度理解もするし憧れるのもわかるよ?けど現実問題としてそういう事のために使われた費用は詳細目録込でちゃんと報告してほしいのだ。使われた材料費と実際にかかった費用を見比べて、逆算し、横領とか不正が行われなかったかを調べたりする決算をさせられているのでホント切実なのである。

 

 

「ユピがいなかったら過労死していたかもしれないッスね」

「計算は得意中の得意だろうからね。コントロールユニットモジュールを入れたあんたの選択は正しいと思うよ」

 

 コントロールユニットという高性能CPU、そしてそれのインターフェイスとして存在しているユピのAIコアが持つ演算能力は伊達ではない。本来フネを動かすのに必要とされる人員を補う目的で開発されたCU、物理的に人の手がいらないところを自動化し自立稼働させるそれは、艦内の各区画にある様々なシステムを並列処理している。

 インターフェイスではあるがある意味CUその物ともいえるAIユピもまた、膨大な計算能力と並列処理能力を誇っているのだ。それは余剰パワーとはいえ、まるで感情があるかのように振る舞い、さらには成長していける点から見ても明らかにずば抜けている。というか下手したら人間いらないんじゃね?とも思えてしまう程に優秀だ。

 おかげで助かってますだ。ホント俺にはもったいない程優秀なAIに感謝感謝。

 

 

「そうッスか?いやー褒められると照れるッスー」

「実際、計算能力はユーリよりも遥かに上だもんね」

【きょ、恐縮です!】

「それはともかく、AIまで動員しないと決算が追い付かないとか他じゃ見られない光景だよホント」

「それにトスカさんが事務処理のコツを教えてくれなかったらもっとヒーコラ言ってたッス。本当にありがとうございます」

「ふふ、私はフネを預かる人間なら誰だっていつかは習得する事を教えただけさ。それに今はユピっていう優秀な秘書もいる。私の教えなんて基本的な事でしかないよ」

「だとしても、俺がそのお蔭で助かったのは事実ッスよ。抱きしめたい程感謝していますですハイ」

 

 そう言って俺は姐さんをジッと見つめた。抱きしめたい云々は冗談だけどそれ以外は本音であるという意味を込めて。実際抱きついたら殴られるからねぇー。きっと。

 

 

「……ほう?それじゃあ、感謝の気持ちを表してもらっても構わないよ?」

「え?」

「ほら、遠慮しないで、そういうの嫌いじゃないだろ?」

「あ、いや…あれはその…あ、アウゥ」

 

 なのに、なぜかマジレスで返された。言っておくが俺は生まれた年齢イコール彼女いない歴である。こういう返しは予想しておらず、どうすればいいのか全く見当もつかん。うろたえる俺をしり目にトスカ姐さんはゆっくりと副長席を立ちあがり、俺のすぐ隣にしゃがむと顔を近づけてきた。普段はあまり気にしたことはなかったが、彼女から感じる女性の甘い匂いが脳髄を殴りつけてきた。

 エマージェンシー、エマージェンシー。心臓が早鐘を打ち顔が熱くなっていく。体験した事がなかったそれに俺はアウアウと狼狽えることしかできなかった。そうだよ俺はDTなんだよ!だからごめんなさいもういじるのはゆるしてくだしゃい。

 

 

「あうあうあう」

「―――冗談さ。子坊が色めきだつってのはまだ早いよ。このエロ坊主」

「あて」

 

 息がかかる程近づいたあたりで目を瞑ってしまった直後、デコピンが俺の額を襲った。かなり力がこもったデコピンの威力に涙目になりながら目を開いた時には、すでにトスカ姐さんは自分の席に…かなわねぇなぁ。

 

 

「とにかくさァ、マッド連中のもたらす利もかなりのものなんだろう?」

 

 こういう絡みは懲りたのでしばらくは封印だと心に決めたところで、姐さんが違う話題を振ってきた。まだドキドキしているので俺も話題変更に乗っかる事にする。

 

 

「ういッス。放し飼い状態が効いたのか、フネ自体の研究が他とは比べ物にならないくらい強力になっているス」

「そういえば、この間アンタが事務処理で忙しくしている時に連中アバリスにも手をだしたらしいよ?」

「え?その話kwsk」

 

 トスカ姐さんはコンソールを操作して俺の方へとモニターを飛ばしてきた。空間タッチパネルで引き寄せて投影したところ、そこにはアバリスの全体像と詳細が語られている文面が入っていた。それによると我が艦隊の旗艦であったアバリスはマッド共の所為で大きくその姿を変えようだ。

 

 人員不足によりアバリスは現在コントロールユニットにより半ば無人艦と化していたのだが、人が乗らないからデッドスペースと化していた居住用モジュール等を完全一掃。空いたスペースに製造機器をブチ込んだようだ。

 これが駆逐艦や巡洋艦クラスならそれほどではないが、アバリスは腐っても大型戦艦であり、本来なら何千人単位で生活できる居住モジュールだったところを撤去した事により、空きスペースは非常に広いものとなっていたのだ。

 

 よって、そこに新たに設けられた製造設備は下手な工場よりも規模が大きいらしく、材料さえ揃えられればさまざまな物を製造可能になっていた。VF-0が妙にすぐに組みあがるのにはこういうカラクリがあったようだ。外観も少し変化しており、現在アバリスの船体後部には小さなカタパルトが増設されている。資料によればそこからは工作艇が発進可能であり、サルベージや小惑星からの資源回収に役立てるとのこと。

 

 さらには両舷から大きなアームも突き出しており、艦の修繕やサルベージ時の固定など多目的用途に使えるように配慮されている。

 

 

「仕様を見た感じ、アバリスが戦艦から工作母艦と化してるッスね」

「どちらかと言えばファクトリーベースだろうね。艦載機もアソコで組み立てているし」

 

 尚、工作母艦の癖にガトリングレーザーキャノンはそのまま装備されているので単艦における戦闘能力は健在であるようだ。おまけに人が居ない事で周囲の迷惑というものを考慮しなくて良くなった事で、船内の装備品のいくつかを自重しない研究の末に作り上げた試作品に換装しているらしい。

 

 マッドがいつから他人の迷惑について考慮していたかについては言いたい事が多々あるが彼らも彼らなりに一応は考慮していたというアピールだろうか?ともあれアバリスは爆発したり怪しい効果が出るかもしれない試作装備の塊らしい。

 マッド共よ、試してみたいという欲求は理解できるが、少しは自重しろよ。アバリスはあれでも前の旗艦だったんだぞ?情に熱い船乗りだったら号泣モンだぞアレ。

 

 

「詳細は量が多すぎて把握するまで時間かかるけど、とにかくアバリスは連中が好き勝手した所為でもはや別のフネだね」

「……なんか書類が急激に増えて艦長室から出られなくなった日があったのはその所為ッスか」

「秘儀、書類輪廻の法、責任者は書類に埋まる――とかほざいてたね。シメておいたよ」

「トスカさん…ありがとう、ありがとうッ」

 

 下手人はケがついてヤで終わる人と、サがついてダで終わる人なのは言うまでもない。そしてそれを粛清してくれた彼女の好意に思わず目じりに涙が溜まる。さりげなくフォローしてくれる貴女は素敵です。愛してます。

 

 

「しっかし、何でこんなに優秀な人達がこんな辺境に埋もれてたんでしょうね?」

「埋もれてたんじゃ無くて単に活躍できる場所が無かったのさ」

「まぁウチでなら余程の事が無い限り、開発費をケチらないッスからね」

 

 お陰でウチのフネは部分的に現在の科学力を凌駕している。どこの未来からきたフネだよオイ。この分なら将来訪れる宇宙規模の脅威にも……対抗できたらいいなぁ。

 

 

【艦長、そろそろ訓練に行かれる時間では?】

「……あ、そうッスね。教えてくれて感謝ッス!ユピ」

「それじゃいつも通りに私が指揮を引き継ぐよ?」

「頼むッスよ」

 

 

 

***

 

 

 

「ちょっと良いかい?二人で話がしたいんだ」

 

 ブリッジから出る為ブラストドアを潜ろうとした時、イネスが声をかけてきた。

 

「ん、なんスか?」

「いや、今まで君の艦長ぶりを見させてもらってたんだが…」

「ふむ」

「君は、本当に自分が艦長にふさわしいと思っているのか?」

「いや何なんスかいきなり?」

 

 

 意味が分からん。この艦隊を指揮しているのは俺だぞ?あまりに唐突過ぎて正直なんて答えてやるか悩むぜ。というか何なんだろうかね?艦長批判なのバカなの死ぬの?喧嘩打ってるなら受けて立つよ?主にコブシで。

 シュッシュとシャドーを始めた俺を無視してイネスはさらに追及の手を向ける。

 

 

「早く答えてくれ、どっちなんだ?」

「う~ん、確かに色々俺には足りないッスけど、ふさわしく有ろうとはしてるッスよ?」

 

 妙に真剣な眼を向けてくるもんだから怒気が抜けて普通に答えてしまう。しかし艦長として…か。一応ふさわしく有ろうとしてるが、実質好き勝手してるよな。だって楽しく無かったら意味がねぇんだもん。

 

 

「僕の考えは違う」

「何がッスか?」

「僕はいつか自分のフネを持とうと学んでいるんだ。その目から言わせてもらえば―――」

「トスカさん辺りが艦長にふさわしいと言いたいんスね?」

 

 言いよどむイネス。まぁ解からんでもない。能力面でもあの人は俺よりもはるかに有能だ。俺も憑依した先がユーリという主人公君だったお蔭かある種チートじみた性能があるが、彼女のような熟練した技術、経験という何物にも代えがたいスキルを持っているトスカ姐さんが俺よか優秀なのは仕方ない事なのだ。

 逆にこの世界にきて一年も経っていない俺が十何年も前から0Gしてる彼女を追い越していたら不自然な訳だし、これはこれでいいのだ。

 

 

「なぁに自分でも解ってるッス。こんな俺が艦長でいいのかとかね。だけど、トスカさんもクルーの皆も、俺が艦長でいいって言ってくれたッス。なら男ならその期待に応えなくちゃと思うのは不自然な事ッスか?」

「その解は少々合理性に欠けているが、たしかに…」

「それに元々このフネを最初に組織したのは俺ッス。俺が立てた旗のもとに、みんな集まってくれたッス。皆信念の様なものを持ってるッスけど、ソレと俺の立てた旗の下が偶々皆にとって居心地がよかっただけ何スよ」

 

 旗の下云々は某有名な宇宙海賊様を肖った。好きなんだよね。ああいうアウトローな人。

 もっとも海賊に身を落とす気はさらさらないが…だって人様の物資を強奪するなんて悪い事なんだよ。

 

 え?海賊船を丸ごと拿捕するのはいいのかって?あーあー、聞こえなーい。

 

 こういう俺の返事に対し、イネスは納得したのかそうでないのか分からん表情を浮かべ俺から離れていった。それにしても新人からこんな意見が飛んでくるとは俺ってそんなにたよりないかね?…かもしれないorz

 

 俺の事を多少なりとも知っている創設以来の連中なら、俺はこんなやつだと理解してくれているが、後から来た連中からしてみれば俺ってただの変人にしか見えないんだろうなぁ。

 

 

「よし!シミュレーターがんばるぞー!」

 

 コレは早く強くならなくてはと思いシミュレーターへと急ぐ俺。しかし、有能な艦長と戦闘機に乗って強いのとでは、主旨というか方向性がまったく違うという事に気付いたのはずっと後でした。気が付いたその時はマジで俺ってバカだと思って、リアルで自室でorzしたのは言うまでもない。

 

 俺って、ホント馬鹿。

 

 

……………………

 

 

………………

 

 

………… 

 

 

――惑星レーン―――

 

 惑星レーン。小マゼランにおいて中期位にテラフォーミングされ、人が住めるようになった星。大きさは基本的なガイア級であり、人類居住可能の標準クラスである。元々は大気の無い惑星であったのだが、人工的に大気を作りだすことによって20年位でテラフォーミングが完了した。特産品は特には無い。現在の人口はおよそ814500万人。もうチョイ解りやすく書くと81億4千5百万人ということになる。

 

 

―――と、手元の資料を調べたらこんなのが出て来た。

 

 

 さて、伝説のじっさまを探して航路を進めた現在。我々は辺境惑星レーンに到達していた。星図の端から攻めて行こうぜって順番に星々を巡り、この星系では星図の端、あるいみで辺境であるここまでやって来たのだ。

 原作知識に基づいた記憶が正しければ、この星に目的の人物が居るはずなのである。そんな訳で何時ものようにステーションにユピテルをドッキングさせた。今回は割かしすぐに出港する事になるかも知れないので人員は情報収集を行う最低限の人数しか降り無い。つまり代表の俺と補佐役のトスカ姐さんと一応の護衛役でトーロだけを連れて、下界へと降りて行った。

 

 ただ降りると言っても行く場所は最初から決まっている。0Gドッグ酒場しか無い。適当にVF-0で惑星上を見て回っても良いんだが、惑星を管理している行政府から惑星内領空飛行許可を得るのが面倒くさい。どれほど面倒くさいかというと税金関連で市役所で書類書かされるレベルといえば分るだろうか?つまりたらい回し。

 また事前にこの惑星の星間通信ネットワークにアクセスし、あらかた調べてみたが、人探しなどの探偵や興信所はこの惑星レーンには非常に少なく、簡単に利用できる酒場以上に部外者が情報を得られる場所は無かったのである、それに惑星の上陸したらとりあえずココから調べるのがセオリーなのだ。

 

 

―――そういう訳で、俺達は酒場に来ている訳なんだが…。

 

 

「なぁ、アタシの目の錯覚かな?カウンターに爺さんが一人いる気がするんだが?」

「トスカさんもッスか?俺もそう思ってたッス」

「というか、明らかにアレが目的の爺さんじゃねぇか?」

「だけどトーロ、人違いの可能性もあると思います」

「いや、こういった酒場を利用できるのは0Gくらいだから案外当たりかも知れない」

 

 原作通りこの酒場にルーはいた。灰色に近い色をした…ローブっていうんだろうか?某フォ○スを感じる方々の茶色い上着によく似ていらっしゃる物を身にまとい、バーカウンターに腰かけている。一見するとただの旅の客に見えなくもない。うまい具合に周囲に溶け込んでいらっしゃる。最初から探そうと注視していなければ見過ごしてしまう程の見事な地味具合であった。

 

 それにしても本当にいるとは…ありがとう原作知識、これで他の星系を回らなくて済んだから行幸だ。フネとて使えば少なからず消耗するので、星系を駆け巡るような事態にならなくて良かったぜ。

 

 

「それで誰が行くッスか?」

「決まってんだろう?」

「いう必要もないだろう?」

「……やっぱり俺ッスか?」

「「おう」」

 

 くっ、トスカ姐さんもトーロも異口同音で返事しやがった。お前らいつの間にそんなに連携うまくなったんよ?おいちゃんさみしい…、まぁおふざけは良いとして、どうせ何言っても行かされそうなのですごすごと席を立つと、老人が座っている席へと近づいた。

 

 ちかくまで行くと老人の目がこちらに向いた。薄く細められた目は意図を持って近寄ってきた俺という珍客を見て、ちょっと判断に迷っているようだ。そりゃこんな若造が近寄ってきたら変にも思うだろう。思わずにっこりと笑顔にしてみたら警戒が高まったのは余談である。だが俺は気にしないで突っ込むぜ!突貫~!

 

 

「あのう、もしかして貴方はルスファン・アルファロエンさんでは?」

「ほう、まさしくその通りじゃが、お前さん何処でその名を?」

「実は――――」

 

 色々とてんやわんやしている軍から頼まれて探していた事。紛争解決の為に力貸してくれないかと言う事を説明した。老体は髭を撫でながらこちらの話を聞き思考の海に入っている姿を見て、うわさ通り伝説の軍政家というのは嘘ではないのだと感じた。

 

 あまりにも様になりすぎているのだ。隠しようもない知性と策謀の空気をその佇まいから醸し出している。というかぶっちゃけすごいオーラのおじいちゃんである。伝説の軍師ってよりも伝説の老兵って雰囲気が似合いそうだ。怖ぇぇ。

 

 

「ふむ…ベクサ星系はいつかそうなると思っておったが…、政府軍も動きが取れず、苦しいところじゃな」

「なんとかなりませんかね?」

「しかし、何故この老骨に?ワシは軍を引退した身じゃぞ?」

「軍が無能…いえ、安全に宇宙を航海するには貴方の力が必要なんです。戦略を見る力がね」

 

 前半に思わず本音が出かけたが後半については嘘ではない。俺を含めてクルーの中に長期的広義的に物事を判断できる戦略家という存在はいない。戦術レベルの場当たり的な活動なら、ましてやそれが荒事ならば問題なく遂行できる能力を有しているが、今回のような戦略規模で動ける人間はいないのが現状だった。

 

 もっとも目の前の老人に仲間になってもらうという選択肢は今のところない。だって伝説の爺さんだから、下手に仲間に加えちゃったら政府からのホットラインがひっきりなしに鳴り響きそうだ。それにそういった事態に陥るのは目の前の老人としても歓迎できる事ではない。お互いに益なしなのでやらないのは長生きの秘訣である。

 

 ま、今の役目はメッセンジャーと送迎タクシーなのである意味目的の一つは達成している。ここで御老体が渋ってみせたとしよう。送迎タクシーの役目は果たせそうにないが、軍の諜報機関でも発見できなかった人物の居場所を特定できたのだ。後はそれをディゴさんあたりにリークしてやれば…。

 

 

「……あ」

「どうかしたかね?」

「あ、あはは。いやぁ何でもないんです。ちょ~っと紛争がどうなるか心配でして」

「ほう、それはそれは…見たところ若いのに気苦労が絶えなさそうだ」

「ははは」

 

 乾いた笑いを返す。ふと気が付いたのだが軍の諜報部でも発見できなかった人物を発見できたって、原作知識があったからとはいえ運良すぎだよな?原作とは違って現実なのだからして、この惑星にはいなかったかもしれない、というか実際発見できなくても問題なかったんじゃないかと思った。

 

 軍が発見できなかったのだ、それなのに短期間で見つけてしまう民間人の俺たち。これでは諜報部や情報部が無能だと宣伝してしまったようなものなのだ。これって下手したらディゴさんたちから睨まれる原因になるのではという考えにいたり、戦慄したのである。

 

 うーむむむ、実際運が良かったって事で通す他に考えがうかばねぇな。それで貫くしかない。俺は幸運な艦長なのだという事にしといてくだしゃあ。

 

 

「ふーむ……若者にそこまで言われたなら老人が腰を上げない訳にもいくまい。お前さんがたに同行する事にしよう」

 

 熟考から復帰したルーは片目を開き、その眼で俺を見抜きながら呟くようにして答えた。え? そんな簡単に決めちゃっていいのか? そんな俺の疑問も見抜いていたのか、苦笑を浮かべたアルファロエン。

 

 

「能力なき者が奔走しておる時、能力を持つ者が見ているだけなのは、責任の放棄と同じ事だとは思わんかね? 実際のところ、この老骨がどこまで役に立てるかは運しだい。されど老いた軍師に呼び出しをするほどなのだからして、前にも後ろにも引けない状況なのだろう。わしに出来るのは口出しをする事。頼られたからには全力をもって口出しを行うのじゃ」

 

 責任の放棄、か。言い換えれば力在る者には責任があるからともいえる。俺みたいに好奇心で首を突っ込むのとは違う、必定だから動くという、それに対する覚悟、これが歴戦の軍師ッ。どうあがいても…そのあり方は…まさに…軍師ッ!

 

 

「顔を強張らせておるがどうかしたのかの? まぁ表向きな理由はそれなんじゃが、実際はのう、わしのプライベートコードにひっきりなしに連絡通知が届いておってな? そろそろ鬱陶しいのだ。後、こやつのためでもある」

 

 アルファロエンが向けた視線の先には布の塊が一つ。いやさよく見ればそれはアルファロエンと同じローブをすっぽりと被った少年がすぐ隣に座っていた。

 

 ある意味この酒場において非常に目立つ存在なのだが、生来の地味さが滲み出ている為、今の今まで全く気が付かなかった。これが噂の空気人間というものか…、初対面の相手に対し、あまりにも失礼な感想だが、第一印象がそうなのだからしょうがない。

 

 

「ウォル・ハガーシェ。わしの最後の弟子じゃ」

「ハ、ハガーシェです」

「あ、どうも」

 

 おずおずではあったが握手を求められたので握手した。奥ゆかしさには奥ゆかしく返すのが日本人である。べ、べつにいきなり握手を求められて素で返したってわけじゃないんだからね!

 

 

「ツンデレ乙ッス」

「は?ナニ言ってんだいユーリ」

「一人突っ込みッス」

「この子は母星の消失で生じた難民孤児でな。わしが旅の途中で拾ったのじゃ」

「スルーしてくれたのはいいけど、すげぇさり気なく重たい話題をありがとうございます」

「あー後ワシの事はルー・スー・ファーで通しておるから、エルメッツァ軍人との接触はお断りじゃぞ?」

「了解、紛争さえ解決してくれるんなら此方は問題無いッス」

「うむ!それじゃお前さんのフネに行くことにしよう。行くぞウォル」

「は、はい」

 

 ユクゾの掛け声と共に伝説の軍師Gが立ち上がると、今の今まで影が薄過ぎて全然気がつかれなかったウォル少年も一緒に立ち上がった。目的の人物を無事に迎え入れた事に安堵しつつ、酒場を出た俺たちは一路、軌道エレベーターの中枢、オービタルトラムへと向かう。

 

 地上側発着点(アース・ポート)から宇宙へと垂直に伸びるコアケーブルに沿って設置された大型運搬設備であるオービタルトラム。いくつもの運搬機が連なる様はエレベーターってよりは垂直に伸びる新幹線みたいに見えるから不思議だ。

 このトラムは複数設置されているが必ずどこかのトラムと対になっているらしい。どちらかが上がれば片方は下がるという太古の昔から人類が利用してきた梃子の原理を使用している為である。この地上から十数キロの宇宙と空の境目まで上る事ができる夢のような上昇システムは、惑星の重要な交易品搬入口として常ににぎわっていた。

  

 喧騒が渦巻き、交易の為にそれなりに混み合うアース・ポートのトラムステーションの中を逸れないように全員で移動した筈…だったのだが、なぜかウォル少年が途中で人波に浚われて逸れたのは余談である。もっとも無駄に体力が付いたトーロが人込みの一団をかき分けて追いかけてくれたので、若干涙目になった少年を無事確保できた。

 そんな軽いトラブルはあったものの、あとは平穏無事にトラムに乗り込めた俺たちは、取りとめのない会話をしつつ、トラムに乗って軌道ステーションにあるドックエリアへ戻ってきたのだった。

 

 

「さて、どれがお前さんのフネかな?アソコにあるガラーナ級かの?」

「いいえ、あんな大きさじゃ無いッスよ」

 

 駆逐艦のガラーナ級、悪い船ではないが、さすがに政府の依頼を受けた連中がアレでココまで来るとなると結構勇気が居ると思うんだべ。

 

 あ、ちなみに俺のしゃべり方は敬語から普段のしゃべり方に戻っている。一応要人でありお歳も召した方なので非常に気を付けないとできない敬語を無理やりに使っていたのだが、先方からこれから厄介になるのだから普段通りでいいと言われたので戻したのだ。

 

 いやー、助かったよ。なんか敬語とかしゃべろうとすると凄くストレスが出るんだよねー。普段の下っ端めいたこの喋り口もどうかとも思うけど、まぁ慣れているしゃべり方が一番ってことで。

 

 

「ほう…では、そこにあるフランコ級かの?」

「いいえ違うッス」

「それではこのボイエン級かの?」

「いやいやいや、それこそまさかッスよ」

 

 アルファロエン、いやルーさんが停泊しているフネを指さしていくのを苦笑しながら答えていた。いや確かに近隣の海賊団は壊滅してるけど、いまだ残党が残る宙域に輸送船単身で乗り込んで来るバカはいないだろう。いたらそれは自殺志願者だと思います。俺は違います。俺は石橋はアイソトープ検査してから渡る派です。つまりビビり。

 

 

「では…あのオル・ドーネ級かの? 少々派手じゃが…」

 

 そんな中でルーさんが指さしたフネを苦笑の内に応えようと思い視線を向けた俺は一瞬固まった。そこには…カラフルなデジタル彩色に彩られた…たぶんアニメのキャラクターによってデコレートされてしまった哀れな巡洋艦の姿があった。

 

 ああいうのってすっごい見たことあるよ、主に前世で…。

 

 

「あんな痛船で航海する勇気ないっス――オル・ドーネ級は性能いいけど、若干航続距離が短いッスからね。あれでもないッス」

「では一体どれがお前さんのフネなのかな?もうこのドックには他にフネは無いじゃろう」

「そりゃ…まぁここにはないもんで」

 

 ここは大きさで言えば小型から中規模クラスの艦艇が停泊するドックだ。俺たちのフネはさらにこの奥の方にある大型用のドックに係留されている。つまり最初からこのドックには俺たちのフネはない。

 

 では何でここに来たのかといえば別にいじわるとかではなく、ただ単にドックは手前から小型中型大型といった具合に繋がっているので、通り道であったからである。

 

 

「俺らのフネはこの小ドックの先ッス」

「しかしココから先は大型クラスのドックじゃよ」

「ええ、そうスけど?」

「…こっちのドックが一杯じゃったから使わせてもらったのかのう?」

 

 何をあたりまえの事をというと、なんか急に憐憫の眼を向けてきた。

 おまけに呟いた言葉がひどい、一体全体何を言ってるんだこのじっ様は? 

 

 

「んー、使わせてもらってるのは間違いないッスけど、そのドック本来の利用というか…まぁとにかく此方の“小さい”ドックじゃ入りきらないんスよ」

「なんと!という事はお前さん、その齢でバトルシップクラスのフネを持っておるのか!世界は広いものだのう」

「まぁそうッスね。(いや、がんばれば誰だって大型船は買えるだろう? …たぶん)」

 

 マジマジと俺を見つめてくるルーさん、へへ照れるぜ。だけど俺は爺専じゃないから暑い眼で見つめられ続けるとちょっと鳥肌が立ってくるから、少し視線をずらしてくれるとありがたいかな。

 

 

「それにしても若いのにグロスター級を所有しとるとはのう。よほど政府に顔が効くと見える。まぁだからこそ迎えに来られたとも取れるが―――」

「いや、グロスター級でも無いんスけど」

「……………すまん、長旅で耳が少し疲れとるようだ。グロスター級じゃない?」

「ういッス」

「……………わんもあ」

「ウチの、フネはァ、グロスター級じゃァ、無いんだよォッ!」

 

 解かった?耳の遠いおじいちゃん…等とは口が裂けても言わないが、それなりに大きい声で返事した。もっともそれも解からんではない。彼の言うグロスター級戦艦はエルメッツァ国内で唯一民間人、つまりは0Gドッグでも手に入れられる可能性があるバトルシップである。

 

 エルメッツァ中央政府軍を象徴する宇宙戦艦であり、音叉のように二重艦首があるU字型の船体をしたそのフネは、中央政府軍の高官が旗艦として運用することもある。純軍艦である為、通常の手段では手に入れられず、その入手には中央政府軍の許可が必要なのだ。

 

 そんでもって俺は建前では政府軍の要請でルーのじっさまを探しに来たのだから、これまでの情報と俺とのつながりを考慮した結果、俺のフネがグロスター級だと誤解してしまったのだろう。やれやれ、だぜ。これはもう見てもらった方が早い様な気がするよ。

 

 

「まぁとりあえずフネはこちらッス」

「まてまて、お前さんのフネは戦艦じゃろう?」

「そッスよ」

「生れはロウズでつい最近出て来たんじゃろう?」

「そッスよ。ついでに言うとエルメッツァ中央から先にはまだ進んでないッス」

「他の宙域にもおったのなら解かるが、そうでないならおかしい。第一エルメッツァで手に入れられる可能性がある戦艦はグロスター級だけじゃ。冗談も大きすぎるとさすがに笑えんぞ?」

「だから裏ワザというか……ああもう。兎に角これは見てもらった方が早いッス」

 

 いろんな意味が込められている視線を向けてくるじっさんに、だんだん面倒くさくなってきた。兎にも角にもフネに乗り込んでもらわねばならないので先導する意味合いもかねてズンズン先へと進む。ふと横を見ると俺の苦労を察してか笑いをこらえている姐さんとトーロに殺意が芽生えたのは俺だけの秘密。

 

 

***

 

 

――――大型艦船用ドック――――

 

 

「コレがウチの艦隊旗艦。戦闘空母ユピテルです」

 

 さぁ恐れおののくが良い!とばかりに演技派を気取って両手を広げて我が旗艦を紹介してみせた。後で恥ずかしさに悶絶したが後悔はしていない。

 

 

「な、何なんじゃこのフネは――」

「こんなフネみた事が無い…です」

 

 ∵…もとい何故ならば、驚きに目を見開いている客人二名の顔を拝むことができたからである。フネの全貌を見ることができるエアロックハッチ近くの展望室につれてこられたルーのじっ様は、ユピテルを見るなりそう漏らした。お供のウォル少年も口を半開きにしたまま一歩も動かない。

 

 ふふふ、驚いただろう驚いただろう。実際俺だって冷静に考えれば信じらんないんだから、事情を知らない彼らが驚愕で目を見開くのは宿命なのだ。なんせ最序盤で何の幸運か大マゼランの主力艦の設計図を手に入れた挙句、それを作る為に金稼ぎに没頭していたら名声値が上昇しまくってランキング上位の戦闘空母の設計図まで入手、すでに戦艦を手に入れていたからさらに金稼ぎの海賊狩りは捗り、空母も無事建造…。

 

 ここまで来たら幸運とかそういったのよりも作為的な何かまで感じるくらいである。ま、何でもいいさ。強ければ死の危険も格段に下がる筈だからな。なんせ通常の一週目だと油断したらすぐ死ぬ難易度だからなぁ無限航路は。なんせ大マゼランとの交易地では大マゼランで出没するレベルの海賊が出るから、小マゼランの装備だとすぐに沈められたし…それが原因でゲームを投げたやつも多いはず。

 

 

「まぁ元のフネから大分改造が加えられて、もはや原型が残って無いッス」

「なるほどのう。既存艦の改造したものかの」

「性能的にももはや別のフネと呼んだ方が正しいかもしれないッス」

 

 一応共通規格で組んでいるから部品は揃うんだけどね。ズィガ-コ級じゃなくてユピテル級って事で新造艦登録した方が良いかも知んない。手続きが面倒臭いんで登録する気はさらさら無いけどね。

 

 

「まぁこんなとこで突っ立てても意味が無いので、とりあえず我がフネへ」

「あ、ああ―――お前さん見かけによらず、恐ろしく凄いヤツじゃったんじゃのう」

「俺じゃなくて、俺のクルー達が凄いんスよ」

 

 常識を斜めぶっ飛んだ光景を見たからか、爺様もすこし驚きを隠せないご様子。フネの中を案内しながらクルー達の優秀さをルーのじっ様に語る。ウチのマッド連中はスゲェぞと、部分的に大マゼランすら超えるぞ、と。ソレを聞いていたじっ様はニコニコしており、ウォル少年は引いていた。ドン引きだった

 

 まぁ、マッドを囲った所為で半年累計してすでに一個艦隊分の予算が吹き飛んでいると聞けば、ドン引きするのも解からんでもない。俺も事務作業と決算の中、この事実に気が付いた時はさすがに連中を放逐すべきか悩んだものだ。

 だが、彼らはロマンの探究者でもある。ある意味同胞に近い彼らを放逐するのは、仲間を溝に放り捨てるのと大差ない。

 

 しかしながら自分で称するのも変な話だが、普通なら厄介者扱いされるマッドみたいな連中を立てるヤツはそうはいないだろう。マッドは周りが見えなくなるから、集団生活が必要なフネにはちょっと合わない事がある。ウチの場合は上手い事馴染んでいるというか、馴染み過ぎてるから問題無いんだけどな。

 

 

「ここがフネの中枢、ユピテルのブリッジッス」

「おお、この機器配置の感じはアイルラーゼン式の艦橋ですかな?」

「あ、解るッスか? ランキングボーナスで貰ったヤツ何スよ」

「むむむ! あれらはかなり上位ランキングに食い込まねば手に入らぬ物。ウォルよ、よく見ておきなさい。これが型にはまらぬ存在じゃ。軍師にとっては厄介なことこの上ない計算外もいいところな規格外というものじゃ」

「は、はい!」

「あれ? 褒められたッスよね? 俺、褒めたんスよね? あれ?」

 

 微妙に貶された評価があったような気がするが…まぁいいか。

 ちなみにアイルラーゼンとは言わずもがなお隣の銀河の大マゼランの国家である。その国家の艦船に使われている艦橋モジュールを使っているのだ。ただ、機能的にも十分すぎる程の性能がある筈なのだが、ケセイヤとサナダは何かが気に入らないのか艦橋モジュールに手を加えているという報告が上がっている。

  もしかしたら純正とはちょっと違う感じになっちゃってるかもしんねぇ。

 

 

「ウォルよ、コレが大マゼラン製のフネに良くある艦橋だ。いずれ乗るかもしれんから今の内にレイアウトを覚えておくがよい」

「ほわぁ~…」

「まぁ見るだけならタダッスから、幾らでも見れば良いッスよ?」

「……ブンブン」

 

 苦笑しつつ提案したら無言で首を横に振られてしまった。ふむ、ウォル少年は恥ずかしがり屋らしい。少年と言っているが実際は俺とほぼ同い年の青年だったりするけど…童顔だから少年でいいよな!むしろ美系で童顔ってどうなんよ?一応美形なのにどうあがいても残念な二枚目という評価しかもらえない俺へのあてつけなのか!?

 

 

「ま、ブリッジに入るのは自由ッス」

「ソレはありがたいの」

「お二方は一応客分ッスけど、フネの中に行けない場所は無いッスから」

「む? 艦長、ワシは部外者だからいうのも何だが、いささか不用心では?」

 

 じっ様は俺のあまりにフランクな対応に、少しばかり疑問を感じたようだ。

 まぁ普通部外者にフネの中を自由にしていいとかいうヤツは少ないしな。

 

 

「大丈夫ッスよ。お二方は既にフネに乗れた段階で問題は無いッス」

「何故そこまで信用がおけるのかの。考え無し…という訳でもないようだが?」

「さりげなく扱き下ろしてるッスね。まぁそれにはそれなりの理由があるんスよ。ズバリ!ウチのフネは生きているもんで…ユピ!」

【お呼びですか艦長】

 

 何処からともなく聞こえる声に驚くじっ様と少年。

 そして俺のすぐ横に現れた空間ウィンドウに気がついた。

 

 

「紹介するッス。ウチのフネの警備の一旦を担っている」

【CUモジュールユニットの統合統括AI《ユピテル》です。どうぞよしなに、それとようこそ我がフネへ】

「ほう、珍しい。AI搭載艦何ぞ、随分と昔に姿を消したと思っておったが」

「急激に成長した所為で、ウチはなにかと人員不足ッスからね。ユピの助けのお陰で随分楽何スよ」

【私はこのフネそのモノです。何か不都合があれば呼んでくださればサポートいたします】

「これはこれは、ご丁寧にどうも」

 

 驚きを隠せないウォル少年はともかく、じっ様の方はどうやらAI搭載艦をご存じの様だ。さすがは長生きしていることはある。歳の功というものだろうな。

 

 

「このフネはすぐにでも出港できるッスが、何かやり残した事はありますか?」

「放浪の旅の途中じゃったから、あの星に未練はないのぉ」

「わかったッス。どうするッス?出港する場面をブリッジで見るッスか?」

「いや、色々とあって老骨には応えた。休める場所を貸してほしい」

「それならお二人の部屋に案内させるッス。ユピ」

【はい、艦長】

「この二人を客分の部屋に案内してあげてくれッス」

【了解しました】

 

 とりあえずユピテルに二人を部屋に案内させる事にして出港する事にした。

 さてと、エルメッツァ中央に戻るかな。話しはソレからだ。

 

 

「出港準備!エルメッツァ中央に戻るっスよ!」

「「「アイサー艦長」」」

 

 こうしてユピテルは必要な人物を確保し、ステーションを後にした。

 

 

***

 

 

―――ブリッジから離れた師弟二人。

 

「師匠…彼らはいったい?」

 

「……わしも長い事、宇宙で暮らしてきたが、ここまで逝っちゃってるのは初めてだのう」

 

「へぅ、逝っちゃってる、ですか?」

 

「彼らの言い分が正しいのなら、あれだけの艦を得てからまだ一か月も経っていない。それどころか旗揚げしたのも一年とたっておらん。異常ではなくてなんだというのだ、とお前さんは思っとる、そんなところかの?」

 

「はい…、彼らは本当にただの0Gドッグなのでしょうか?」

 

「さぁてのう。おぬしならどう見る?」

 

「えと――――政府直轄の秘密部隊、とか」

 

「ほっほっほっ――若いのう。結構結構。ただそれはまずないの。彼らの物腰や艦内の雰囲気はどこにでも居る0Gドッグたちのそれじゃよ。それにエルメッツァ中央政府はよくもわるくも表裏は一体化しておる」

 

「と、おっしゃられますと?」

 

「秘密部隊はあるにはあるが、そういったものが必要ない程強い、大国の威光があるのだ。そういった国では秘密部隊などと称しても装備はたかが知れておる。何故なら秘密部隊が目立ってはならぬからだ。市井に紛れてこその秘密じゃよ」

 

「では、師匠はどう見るのですか?」

 

「ふむ………これは、正直なところ軍師としてはあり得ないのじゃが、長年の勘が察するに彼らの言い分はすべて本当の事しかいうておらんのではないじゃろうかと思っておる」

 

「でも、ありえません」

 

「じゃから異常なのじゃろう? 確かに海賊船を倒し続けたりすれば功績が称えられて、倒した数によって空間通商管理局のランキングに影響する。ランキング上位者に信じられない褒美が与えられるのも知られておる」

 

「大マゼランの代物だとか、定期的に変わるらしいですね」

 

「うむ。だがの通常そのレベルに至るには数百隻の艦艇を叩き、最低でも本拠地レベルを叩かねばならぬ。それだけの功績をあげるには彼らの出立した星系やその近辺で手に入る艦艇では到底不可能じゃ」

 

「彼らの出立地…ロウズ辺境宙域…手に入るのは輸送船改装型の特殊駆逐艦であるアルク級およびジュノー級…性能は並み以下」

 

「そう、輸送船に毛の生えた程度のフネじゃ。どうあがいても海賊相手に戦う場合、次の上位互換に切り替えるのにも苦労するじゃろう。だというのにどういう魔法を使ったのやら…だがウォルよ、よく覚えておきなさい。こういった信じられない規格外が現れるという事は良い事か悪い事かは解からぬが何か大きなうねりの前兆じゃ。そういう時にこそ冷静に構え――、心は熱くし――、情勢を見極めよ」

 

「はい、師匠」

 

「そういう訳での。聴きに徹してくれておってすまぬが、我ら師弟しばらく御厄介になるぞ?ユピテルくん。ところで少し小腹がすいたのじゃがどうすればいいかの?」

 

【あ、はい!わかりました。改めてよろしくです。それと、お腹が空いたのでしたら、食堂に向かわれるか、それかシップショップがありますが…】

 

「ふむ、あくまで小腹が空いただけじゃし、食堂は夕飯まで取っておく事にしようかの」

 

【それではシップショップにご案内します。こちらです】

 

―――とまぁ、俺のあずかり知らぬところでそんな会話があったそうな。

 

 

***

 

 

 さて、ルーのじっ様を我が艦に招いてからほぼ一日経過した。ECMといった電子妨害装置を使ってレーダーを惑わし、エネルギーも絞ってゆっくり進んでいるから敵との交戦も無い。おかげで長距離通信ができないのでルーのじっ様発見の報告もできないが、見つけろと言われただけで期限はないので問題ない。恨むなら協力要請の内容に期限を設けなかった中佐を恨むがいい。

  

 紛争解決に奔走しているであろうディゴさんが聞いたら、縊り殺されかねない事を考えつつも、俺を乗せたユピテルは宇宙の大海原をゆったり優雅に進んでいた。ただ、そうなると艦長の仕事がある意味で減るので少し暇だったが、その分を訓練したりして暇をつぶして過ごす。

 

 そうして過ごしている内に気が付けばラッツィオ側のボイドゲートまで来ており、俺たちはエルメッツァ中央への入り口に戻ってきた。特に問題もなくボイドゲートを無事に越えたので、一度これからの確認をかねてブリッジクルー達と話をしようと思い席を立とうとした。

 するとブリッジにルーのじっ様が入ってきたのが見えた。

 

 

「ちょっといいかの?」

「あ、ルーさん、よく休めたッスか?」

「うむ、おかげさまでの。それと紛争解決の策が纏まったのでな。ワシらをドゥンガへと送ってほしいのじゃ」

「……え? だって乗り込んだの昨日ッスよね? もう何か考え付いたんスか?」

「もとより紛争のニュースは知っておったからの。あらゆる事にシミュレートしたりするのは我らのサガというものじゃよ」

 

 ドヤ顔でそういわれても反応に困るんだが…。

 

「というか、エルメッツァの軍に合流とかしないんスか?」

「兵は拙速を聞くが、いまだ功久をみず。何事も成すには早い方がいいのじゃ。もっとも拙いやり方でやるようなヘマはせぬがのう」

「孫子ッスか」

「うむ、SONSIじゃ」

「ん?」

「んん?」

 

 なんか微妙に発音のニュアンスが違っていたような…気のせいか? でも勝手に行かれても困るんだけどなぁ。ディゴさんにお伺いしとかないといけないんじゃなかろうか? 俺たちが受けた依頼はアルファロエンの捜索だからな。このまま送り届けないで進路変更しちゃうと契約不履行とかになってしまう。

 はぁ――溜息が漏れる。自由な航海者0Gドックなんて嘘だったんや。一艦隊でしかない俺たちじゃ国家権力の政府に睨まれちゃうとなんもできへん。新進気鋭の俺たちだと、なんもできないのか…………なんか、そう思ったら腹立ってきた。

 

 

「俺たちの依頼はアルファロエンを見つけ出してきてほしいって事なんス。だから勝手におろしたりはできないんスよ。中央軍に睨まれちまう」

「なんと――見込み違いじゃったかのう」

 

 じっ様はそういうと落胆したかのように肩を落として、脱出ポッドに乗って降りるかのう…とか呟きだした。あ、冗談とかじゃなくマジな眼だ。

 

 

「話は最後まで聞くッス。俺たちが見つけ出せって言われたのは『アルファロエン』なんスよ『ルー・スー・ファー』さん」

「ほほう、なるほどなるほど――詭弁とは、狡賢いな艦長」

「ま、誰にでも考え付く事なんスけどね」

 

 そう、見つけてほしいと言われたのは紛争を解決できる伝説の軍師『ルスファン・アルファロエン』であり、惑星レーンで見つけた『ルー・スー・ファー』なる老人ではない。なんか体よく利用されている現状に少し腹が立ってきた俺は、利用できると考えているあの政府連中に対して意趣返ししてやろうと思ったのだ。

 それはそれで契約不履行で睨まれそうだが、紛争さえ解決しちゃえばいろいろと有耶無耶にできるから、ディゴさんにわたりを付けようが、そのまま紛争解決に向かってもらおうがどっちでも良かった。

 

 むしろルーのじっ様が自ら紛争を解決しに立ち上がってくれるならディゴさんたちにとっても悪い話じゃない。強制されたのと自ら進んで協力するのとでは、明らかに後者の方がメリットが大きいからだ。

 俺たちはアルファロエンを探していたが見つからず、気が付けば紛争が終わっており、そちらの方を見に行ったらなぜかそこにアルファロエンを見つけたが、すでに紛争は解決していたからつれてくる必要がなかった。

 

 そう締めくくれば、どこにも角が立たないはずである。ディゴさんたちにとってはあくまでもアルファロエンは見つかればいいなレベルの話である筈だからだ。それにしては切羽詰まっていたけど、一番に解決したいのはやはり紛争問題なのだからして、解決さえしてしまえば問題はない…はず。

 

 

「じゃあ惑星ドゥンガッスね? そこに送るだけでいいんスか?」

「ああ、ワシらだけでいい。策を為すには相手に悟られない事も重要じゃからな」

「大所帯で押しかけたらバレるッスもんね」

「そういう訳じゃ――頼むぞ?」

 

 試されている。ルーのじっさまの視線にはそんな言葉が含まれている気がした。ならば俺が返す言葉はこれだけだ。

 

 

「アイアイ、それじゃドゥンガ到着まで休んでいてくださいッス」

「お言葉に甘えさせて貰うわい」

 

 じっ様はそう言いつつ、ブリッジを後にした。おそらく彼らは彼らの役目を全うする。ならば、俺たちも俺たちなりに役割を全うしてやろう。

 

 

「ユピ」

【ブリッジクルーには召集をかけました。全員がそろうまで推定時間20分です】

「……俺なんも言ってないんだけど?」

【ちがうのですか?】

 

 う、なんだ? なんか小首を傾げる少女の幻影が見えた気が…疲れてるのかな? ユピは対人用インターフェイスであるが人型のモデルは存在せず受け答えだけのサウンドオンリーである。だから少女の姿なんて見えるはずないのに…。

 

 

「ま、まぁ実際そうして貰うつもりだったからいいんスけど」

【合ってましたか!…よかった】

 

 今度は両手を叩いて小さく飛び跳ねながら喜ぶ少女の幻影が………拝啓、お世話になったいろんな皆様。うちのAIかわいいッス。もうそれでいい気がしてきた。そして後で医務室に行こうと心に決めた。

 

 

***

 

 

 しばらくしてブリッジクルー+αが集まった。艦橋は本来はフネの命令系統の中枢部に位置するものであり、決して会議室などではないのだが、現在我が艦隊に所属しているどの艦にも会議室モジュールがおかれていないのだ。なので非常時にはブラストドアで電波まで遮蔽できる艦橋というのは、ある意味で傍聴対策バッチリだったりする。

 もっとも政治的にも重要度が限りなく低いウチのフネにスパイがいる可能性は限りなく低い上、今回話す事は聞かれても全然痛くもかゆくもない話である。というか俺らの役職上、いつもの場所でやる方がリラックスしてできるってのが本音なんだよね。

 

 

「ユーリ、全員来たよ」

「ういッス、トスカさん。さぁーて皆聞いてくれッス。突然のことで大変恐縮なんだが、いろいろあって今度は惑星ドゥンガへと針路を取ることになったッス。理由はルーのじっさまがなんか思いついたからなんスが、ここまでで何か質問があるヤツは居るッスか?」

「「「………おいまてや」」」

「なんスか?」

「なんで――」

「そういう大事な話を――」

「事前に相談せず――」

「「「すでに行くことになってるんでしょうかねェー?!」」」

 

 イネスやトーロ、それとリーフとかが実にいいコンビネーションで問い詰めてくる。あまりの連携の良さに思わずおうふと変な声が出ちまったぜ。まぁそれはいいとして。

 

 

「はいはーい。テンプレな反応どうもッス~。天丼は外せないよねー」

「「だな」」

「え?ええぇぇーーー!?」

「イネス…騒々しい。青い」

「んー、驚きのリアクションが普通すぎる。0.5点かな?」

「まァ、この展開に驚くのは来てから日が浅い未熟者なイネスさんなら当然でしょう。早く慣れろという言葉を送ります。この未熟者」

「なんでトーロ達は驚いて見せたのさ!それとその他の方々からは酷評!?ナンデ!?酷評なんで!?」

 

 トーロ達が突然手のひら返しの如くに態度を軟化させた事にイネスは付いていけずに困惑の表情を浮かべて叫んだ。それに騒がしいのが苦手なミューズさんが黙れと言わんばかりにぼそりと呟き、見ているだけだったストールがリアクションに点数をつけ、ミドリさんがさりげなくイネスを貶した事で、イネスくんはどこかネオシティめいた大声を上げていた。

 

 相変わらずいい連携である。矛先が自分に向かない限りは良いぞもっとやれ。未熟者と言われたイネスくんが一筋の光を眼から零して艦橋の隅で三角座りしながら“の”の字を書き始めたのを尻目に、話を進める事にした。

 

 

「よろしい、では航路についてなんだけど」

「ボクの事はスルーなのか!?」

「意外と復活早かったッスね。うんうん、ちゃんと適応してるね!」

「………いやだぁ。ボクは普通なんだぁ。なんなのさぁこの混沌。だれか助けて」

 

 肩を落とすイネス。そんな彼の肩にトクガワ機関長が慰めるように手を置いた。そして耳元で何かを呟いた瞬間、イネスは真っ白に…いやさ灰となって崩れ去った。

 機関長がなんて呟いたかは遠かったので声は聞こえなかった。だが通信教育で手を出した『微生物でも解かる読唇学習』とやらをやっていた俺は一味違った。トクガワさんはイネスに【慣れるしかないのじゃよ、ようこそ我が艦隊へ】と呟いていたのを俺は読み取ったのだ!……だからどうしたといわれるとそれまでだけどな。

 

 

「うぅ、とにかくボクがリーフと一緒に目的地までのルートを考えれば良いんだね?」

「そういう事ッスね。なるべく早くつける様に考えて航路を設定してくれッス。兵は拙速を尊ぶらしいんでね。初仕事期待してるッスよ」

「わかった。最短ルートを選択してやる。ボクの実力を見るがいい」

「イネ坊がやる気だから俺はほどほど…おいおいジョークだから睨むなよ。とりあえず俺はどのくらいの速力で運航すればいいか計算すればいいんだな?」

 

 早速相談を始める航海班班長と航路担当ナビゲーターのイネス。ぼそぼそ聞こえるがそれを無視して話を続けよう、まだ終わっていないのだから。

 

 

「さて、いろいろあって俺たちはこれから紛争状態の地域に行くわけッス」

「さっきのを掘り返して悪いけど、なんでそんな面倒な事をするんだい?私らの当初の予定ではディゴんとこに爺さんを輸送するだけの簡単なお仕事だったはずだろ?」

「ちょいと腹が立ったんで…ちょっとした意趣返しって奴ッス。もともと紛争解決に協力しろって言われてたんだし、連中のメンツも潰せると思えば腹の虫もおさまるってもんで」

「その代り睨まれるよ?メンツをつぶされた軍人ってのはしつこいしね」

 

 トスカ姐さんの懸念は理解できた。その事は俺も考えなかった訳じゃない。でもこれが露見すれば確実に軍には睨まれる。そうなればエルメッツァでは活動しにくくなるであろう事は明白だった。

 だが幸いな事にアルファロエン発見の報告はまだエルメッツァに伝えていないのだ。見つけていないから物見遊山で紛争地帯を身に立ち寄った惑星に“たまたま”アルファロエンがいて紛争解決の策を弄していたのだと報告すればいい。先ほどルーのじっ様との会話の中で考え付いたそれを俺はトスカ姐さんに包み隠さず伝えた。

 

 

「なーるほど。私らはルーを乗せただけだし、ルーとアルファロエンが同一人物だという証拠はルーたちが否定する以上どこにもない。あるいは言及されてもアルファロエン発見の報告は上げていないから私らに害が及ぶことはほぼない」

「しかも仕返しにもなる。みんな満足ってもんス」

「いいねぇ、いけ好かない役人に目にものみせるいい考えだ。さすがはユーリだ。その小賢しさには感心するよ」

「わははー、もっと褒めてー」

【(…それはきっと褒められてないと思いますよ、艦長)】

 

ん? ユピのつっこみが聞こえたような気がしたが気のせいか?

 

 

「それでこの先はさらに警戒を厳にすべき何スよ」

「たしかに様々な艦船が集結中らしいからねぇ」

「海賊連中も参加するらしいぜ。何でも今どちらかの陣営に味方すると、そちら側で行った海賊行為の放免及び減刑が約束された挙句、多額の報奨金が出るんだとか」

「つまり紛争宙域に近づけば近づくほど、放免や報奨金目当てで私掠船と化した海賊艦隊との遭遇が予想されるって訳だね」

「寄せ集めの海賊艦隊なら怖くないっスけど、それに混じっているであろう正規軍との交戦はなるべく避けたいところッスね」

 

 どちらの陣営にも所属していないということは、どちらの陣営からも攻撃を受ける可能性があるということだ。海賊の私掠艦隊と派手な交戦を行うと、それに釣られて正規軍が顔を出す可能性がある。唯でさえ泥沼なのに更にヘドロを放り込んだら本末転倒だ。

 

 

「こ、これは責任重大ね~!頑張るのー!」

「ウス、頼むッスよエコーさん。ウチの目と耳はエコーさん何スから」

「お? なら俺たちが造ったアレが役に立つな」

「うん~、ケセイヤさんの早期警戒機の監視網も使えるね~」

「ファントムの御披露目だな。腕がなるぜい」

 

 そういって腕まくりをするケセイヤに俺たちは苦笑する。彼の男は自他問わずのマッドアーキテクチャであり、そんな自分が作り上げた機器が無事に動いて役に立つことがうれしいのだろう。科学班のサナダさんもまた技術面で協力していたので、彼もまたうれしそうだ。技術者や科学者冥利に尽きるって事なのかね?

 

 ちなみに以前は名前が無かった早期警戒機にはその後RVF-0(P)の形式番号が与えられた。(P)はPhantom(ファントム)のPである。武装を全撤去した代わりに浮いたペイロードを利用して複合センサーを集約させたレドームを搭載した完全なる偵察仕様の早期警戒機である。

 高レベルジャマーや特殊塗装によりステルス機能を大幅に引き上げられているので、敵艦隊に近づいても敵に見つかるリスクを最小限に出来る上、コックピットモジュールが取り外し可能な機構により、無人機としても有人機としても機能できる機体となっている。

 

 これを利用すれば、原作でもうんざりするほど多かった遭遇戦を劇的に減らせる…筈。さすがに完全には無理だろうが、やらないよりはずっといいだろう。さて、今のところはこんなもんかね。

 

 

「あとは、なにかこの場で言いたいヤツはいるッスか?」

「艦長、ついでに報告したんだがいいか?」

「あいさ、なんスか?サナダさん」

 

 指名を受けて立ち上がったサナダさんは自分の席のコンソールを操作して、ブリッジメンバー全員が見られるサイズの空間ウィンドウを展開してみせた。映し出されたのはスケルトン化されたユピテルとアバリスの図面であり、機関部やそれに連なるモジュール設備が表示される。

 

 

「科学班からの報告だが、新しく重力井戸を強化する事に成功した。ついては同じく重力井戸を利用する重力子防御帯のデフレクターも強化完了だ。それに伴いホーミングレーザーの重力レンズ生成機構もグレードアップされた」

「わかったッスサナダさん」

「あ、艦長、さっきサナダさんがいったホーミングレーザーに合わせて火器管制制御機構も改良しといたぜ。俺とユピとでやっておいた」

「そうスかストール。わかったッス。――他はなにかあるッスか?」

 

 見渡すが全員口を閉じたままである。

 沈黙は肯定と受け取ることにした。

 

 

「よし、ならコレで解散ッスね。おつかれっス~」

 

 うぃ~ッスと気が抜ける返事がブリッジに響き、主要メンバー協議が終了した。後はシフトが残っている奴は仕事に戻り、それ以外の奴らは思い思いに時間を食べるのだろう。

 俺もまた協議が終わるのと同時に今日の仕事が終了したのを受けて、ちょっとした開放感を味わっていた。そんな時、近くに来たトスカ姐さんが俺にこんな問いかけをした。

 

 

「この後は今日もシミュレーターかい?」

「いんや、今日は重力調整した訓練室で軽く汗かいたあと妹との触れ合いでも楽しもうかと」

「ふれあいー?…ブーッ!」

 

 そして、ありのままに今起こったことを話すぜ? 何気ない会話をしていたらブリッジを出ようと近くを通りかかったエコーさんが突然顔を真っ赤にして鼻血を吹いた。何を言っているのかわかんねぇと思うが俺にも訳がわからなかった。ちょろりとかいうちゃちなレベルじゃ断じてない、鼻血の恐ろしさを味わったぜ。

 

 な、なにがどうしたんだ?病気なのか?!この大事な時に索敵の長が病気!?真横で起きた惨劇にびっくり仰天していた俺を尻目に、すたすたとやってきたオペレーターのミドリさん。(鼻)血の海に崩れ落ちたエコーさんを慣れた手つきで起こすと―――

 

 

「はいエコー、ティッシュよ?それとトントン」

「あうあうー」

 

 ミドリさんにティッシュを渡されて、それを鼻の穴に詰め込むという、ちょっと乙女への幻想をぶち壊すような姿をさらしたエコーさん。そんな彼女の首の後ろをトントンされている。あれ?首の後ろを叩くのは民間療法で効果が無いんじゃなかったか?

 

 

「だ、大丈夫ッスかエコーさん」

 

 恐る恐る声を掛けてみると、何故かサムズアップで返してきた。喋れないほどなのだが、そんな反応を示したので意外と大丈夫っぽい。というか普通ならば血溜まりが出来るような血を噴出したら動揺が広がりそうなものだが周囲は割りと気にしていない。それどころか平然とブリッジを退室する者もいるあたり、意外と頻繁に起きていた?

 うーむ、今の今までこんな事起こらなかったから、なんかエコーさんの知らない一面を知ってしまったようで、うれしいやらうれしくないやら複雑だ。言えるのはしばらくエコーさんには鼻血女の称号が脳内付与されることだろう。

 

 

「いやぁ、相変わらず派手だねぇ。しかしエコーは何を想像したんだか…」

「きっと…淑女が考えては…いけない方面…ナニな事。ウフフ」

「うう~、副長もミューズもそういう事いわないでよー」

 

 トスカ姐さんまで何か知っているようだ。というかエコーさんへの女性陣の対応が、なんか異様に手慣れてるなぁ、聞いてみたいが何か聞いてはいけないと直感が告げているような気がする。

 

 

「エコーさん大丈夫ッポイんで俺は上がるッスね」

「あいよ、指揮を受け継いだ」

「それじゃお疲れッス~!」

 

 なので直感に従い逃げるようにその場を立ち去ったのだった。 

 

 

 

 

――――さて、俺が出て行ったあと。

 

「全く、アンタはあの会話から何を妄想すればそんなに鼻血が出せるのさ?」

「なんかネー? 美形兄妹がくんずほぐれつを想像したらー、予想外に凄くて~」

「まぁ艦長は動かなければ美系ですからね。ホント、あの情けない垂れた目じりさえなければ…惜しいです」

 

「あれでも時折見せる真剣な所はいい感じなんだけどネェ」

「普段が普段ですから、どうにもそちらのイメージが先行しちゃいますね」

「私らもアレとの触れ合いが長いからね。相手の事を知るのは一長一短のいい見本だよホント」

 

「ふれあい~…ブべッ!」

「はい、ティッシュ。それとトントン」

 

 ブリッジでは女性陣のこんな話しがあったらしいが俺は知らなかった。




今年最後の更新!間に合ったァァァ!!

どうも、QOLです。今年は色々ありました。
仕事のストレスと疲れで生活リズムが狂わされて昼夜ほぼ逆転しましたが、私はまだ終りませんとも。
せめて少年編を終らせるまでは!
それでは皆様、良いお年を。ではでは


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第11話、エルメッツァ中央編~

※この回にはTS要素が含まれます。苦手な方はご注意ください。


■エルメッツァ編・第十一章■

 

 

 光陰矢のごとし、気がつけば時間は流れ数日後―――

 

 フネは惑星バルネラ、ジェロン、ネロを経由しドゥンガへと届こうとしていた。当初予定していた通り、ドゥンガへと近づけば近づくほど紛争で稼ごうとする輩と遭遇する機会が右肩上がりに劇的に増えていった。

 

 ただ海賊などが義勇軍として組み込まれているとはいえ、ある程度の統制がなされているからか、海賊船と遭遇した時のようにすぐに戦闘に発展という事は無かった。国には面子がある、自身の陣営に所属するフネが敵ならばいざ知らず中立を掲げるフネを襲うことは事実上の交戦規定違反となりえたからである。

 

 とはいえ何事にも例外はあり、やれスパイのフネだとか規定なんざクソ食らえヒャッハー!な馬鹿も当然いた。そういう輩には大抵一隻は正規軍の軍艦が帯同しており、万が一を考えればルーのじっ様を危険にはさらせない事もあり、海賊討伐の時と違いむやみやたらに戦うことは出来ず攻撃を回避しつつ待避。航路を迂回しての移動となり、少し歯がゆい思いをした。

 

 お蔭で逆らう奴は(海賊限定だが)ブチコロス!を生業としてきたのでフラストレーションの溜まり方が半端ではないことになった。乗員のバイタルを観測し、その総合値を“疲労値”として表示するシステムで感知していた疲労値が鰻上りに上昇したのは、きっとこのフラストレーションの所為だったに違いない。

 

 艦内にあるレクリエーションルームや訓練場の利用回数が増加したとユピが観測していたので間違いないだろう。陸に上がればエンターテイメント施設やレクリエーション、リラックス施設、後は夜の大人の為の施設などである程度は発散できるのだが、時間が限られているので道中の適当な惑星に寄る事も出来なかった。

 

 

 その事はトスカ姐さんも含め、クルー達は特に重くは見ていなかったようだ。俺と違いある程度の航海歴がある乗組員たちはもっと悲惨な環境に置かれた事もあり、この程度はまだ軽い方だと理解していたからだ。

 

 だがストレスに敏感な現代日本人だった俺は、このフラストレーション溜まる状況を重く考え、これを解決する為にサド医師やサナダさんケセイヤ等に疲労値を抑えるような発明を命じたのは余談である。

 

 そういった些細な出来事こそあれど、基本的に大きな戦闘などは起こらず、やがて艦隊はドゥンガに到達した。約束どおりルーのじっ様とウォル少年をドゥンガに降ろし、策に必要な工作が終わるまでしばらくこの宙域にとどまることとなった。

 

 

 さて星と星との間にはいろいろあるようで実は何もない。真空なんだからとかそういうわけではなく、銀河間や恒星間で見れば沢山あるといっても過言ではないのだが、それはかなりマクロな視点であり、俺たちのようなミクロの視点で見ていると偶に遠い恒星の重力に囚われて軌道を巡っているデブリベルトくらいしかお目にかかれない。

 

 デブリすらない宇宙は木枯らしも吹かないほどにまっくらで冷たい。地上世界を照らしてくれている太陽もここまでは照らせない。太陽は遠く、ボールペンの先で紙をつついた時の点くらいに自己主張をやめている。

 

 可視光線が少ないだけで僅か数十mを遮断している隔壁の向こう側は素粒子や電子といった人体に有害な宇宙線の嵐だと思うと、静かな海を思わせる宇宙すらも意外と騒がしいのだろうと思えてくる。科学的には騒がしいのだろうが実際に目で、肌で感じる宇宙というのは暗黒で、とても寒そうに見えた。

 

 そしてその漆黒の宇宙の中を綺麗な放物線を描いて飛翔する光が突き進んでいた。その光は上と下に分かれており、まるで鏡写しの様に弧を描きながら、動き回るある一点を目指している。その一点に到達して交差すると宇宙に小さな閃光がきらめいた。

 

 

「―――エネルギーブレット、標的に夾叉着弾、被害計測中」

【計測完了、敵艦への損害は装甲一部剥離および一部武装大破、重要攻撃目標の噴射口大破を確認。予測機動力70パーセント低下】

「降服勧告を発信…………敵艦からの降服信号を受信、我が艦の勝利です」 

「今回も百発百中だなストール!やるじゃねぇか!」

「へっ!長年の勘と優秀なFCSとユピのお陰よ!」

「戦闘状態解除、EVA要員は各員配置についてください。繰り返します―――」

 

 ミドリさんのその言葉をきっかけにブリッジに流れていた緊張の空気が徐々にほぐれていく。何を隠そういきなり冒頭から正規軍の帯同していない火事場泥棒的な海賊と戦闘していました。隙間産業ご苦労様だといいたいが今回は相手が悪かったな。

 

 

「艦長、鹵獲海賊船の解体、およびジャンクパーツの仕分けが完了しました。後で目録に目を通しておいて下さい」

「え? はやくないスかミドリさん?」

「あんたがボーっとしている間にEVAとVFの共同で片したら5分も掛からなかったんだよ」

「そうなのトスカ姐さん?」

「それもこれも、こんな事もあろうかと開発しておいたVF用解体工具パッケージのお陰だな!」

「ケセイヤよ…開発というか、元々あった大型重機用のプラズマ・カッターと牽引ビーム発生機に持ち手をつけただけだろう」

「それは言わん約束でしょうサナダよぉ。さて格納庫に見に行こうぜ!」

「使えるかどうかは直接見ないと解らないからな。よし行くぞ」

 

 我が艦隊きっての技術屋たちは肩を組むようにしてブリッジを後にした。

 あー、うん。着実にVFの手持ち武装バリエーションも増えてるな。工具を武装扱いしていいのかと思うところはあるが、別の宇宙には工具片手に惑星サイズのクリーチャーと戦ったレジェンドなエンジニアがいるから何処もおかしいところはないな。

 

 気を取り直して、俺たちは惑星ドゥンガに降りた伝説の戦略家と評されるルー・スー・ファー、本名ルスファン・アルファロエンというご老体がベクサ星系の資源採掘問題を発端に起きた紛争解決の策を成功させる為、いろいろとドゥンガで根回ししている間、適当に航路を往復して時間を食っていた。

 

 クルーの中ではあの薄汚い老人にそんな事できるのかという者もいたが、いやいやボロボロなのは旅装だからであって、その本質はかなりの人物だと俺の勘が告げている――っていう。

 本当はそういう人物だと知っているからだし、俺には新人類にゅーたいぷ的な勘なんてないお(^ω^)

 

 

「ユーリ、ぼさっとしてないで状況を常に見てなよ」

 

 ルー爺さん…なんかこういうと某エセ英語を会話に混ぜてしゃべる人みたいだが、じっさまのことを考えていたらトスカ姐さんに仕事しろと怒られちったい。それにしても紛争地帯だっていうのに火事場泥棒紛いの活動をする隙間産業な輩も結構いるもんだな。

 

 さっきの戦闘も実はのんべんだらりと惑星間輸送をしていたこちらに対し、唐突に襲い掛かってきた連中を返り討ちにしたものだったりする。普通の0Gドッグなら商品輸送中は戦闘を拒否したいものだがウチはちがう。むしろこういう輩を歓迎している節がある。

 

 何故なら――――

 

『艦長!コリャスゲェ!旧型のMBW-20000番台の反陽子弾頭だ!発射管が無いのに何で持ってんだろうな?どっかの分捕り品か?』

『こっちには軍がつかう連装高角レーザー砲のスペアだ。一体どういうルートで手に入れたんだか…』

 

――――とまぁ、こういった具合に中々いい装備をそろえている事があるのだ。

 

 そのままでは使えないが、そこはマッドな職人チートがいる我々である。カプラが合わないなら間に別のソケットをはめ込めばいいじゃないとばかりに、艦内工房で俺には理解できないことを平然とやってのける。そこにしびれるあこがれるぅ!へビィな連中だぜい!そういったので消し飛ぶ開発費もへビィだぜい!…へぇあ。

 

 ま、落ち込んでもしゃーないので、いつもどおり仕事するか。作業進行を確認する為に開いておいたウィンドウを空間タッチパネルで手前に引き寄せる。すると画面の向こうから、EVA作業班の班長をしているルーインさんが無重力空間を見事な体勢移動でスムーズにこちらに向かってくるのが見えた。

 

 ストンと音でも聞こえてきそうな軽やかさで通信ウィンドウが投影されている作業指揮台に着地してみせたところを見計らって、俺はねぎらいを兼ねて口を開いた。

 

 

「ルーインさん、お疲れさんッス」

『なぁに、空間重機もトラクタービームもなかったロウズ時代に比べれば楽なもんだ。出来るなら俺達のボーナスに少し色つけて欲しいかな』

「そりゃ勿論。ついでによく冷えたビールもいかが?」

『……わかってるねぇ。んじゃ作業がんばるかねぇ』

 

 ルーインが再び軽やかなステップを踏んでEVA作業中の空間へと飛び出していくのを見送り、再び作業進行の確認をしようとモニターに目を移したとき、別の部署からのコールが来た。これは保安からかな?

 

『捕虜にした海賊を脱出ポッドに移譲させた後射出しました』

「ご苦労さん。あれェ?でもトーロは?」

『トーロ部長は後をこちらに任せて戻りました』

 

 トーロのヤツ、報告とか面倒くさいこと副官に丸投げしたな。その報告を聞いたから、俺はヤツの給料を下げてやるのだ。艦長って実質管理職みたいな気がしてきたのは、もう今更である。

 

 しかし発射管無いのに反陽子弾頭を持っていたとはな。確かにブラックマーケットで捌ければいい金になっただろう。ちっぽけな海賊を一時的に潤す程度には、だが…。

 俺達の場合はあまり変わらないから、この分だと売らないでマッド共のおもちゃになるかもしれないな。フネに搭載するヤツとはいえ弾頭自体の大きさはかなり小さいし。

 

「反応弾装備みたいな事になったりして…」

「ん?ユーリ、どうかしたかい?」

「うんにゃ、何でも無いッスよトスカさん」

 

 一瞬反陽子魚雷を搭載したVF-0雷撃装備型が浮かんだ。マッド共なら片手間で作れちまうよ。広大な宇宙空間じゃ反陽子弾頭の爆発なんて大きな花火程度でしかないけど、おもちゃをもらった子供は遊びたがるのが世の常というもの。すこしは自重を覚えこませたほうが…いや、それではマッドの持ち味が…なやむのぉ。

 

「EVA班、全員を収容しました。艦長?」

「あー、いつもみたくなんか考え込んでるし、ユーリは放って置いて、とにかく目的の星にむかうよ。副長権限でね」

「了解、トスカ副長」

 

 …あれ?俺っていらなくね?

 

 

「お、戻ってきたね――ところでユーリ。あの爺さんとわかれて既に一週間が経過したわけだが」

「今だ連絡なしッスね。どんだけ待てばいいんだか」

「ま、お陰で総資産は増えてるけどね」

 

 紛争地帯になるって訳で集まってくる連中は総じて装備が良い。しかもウチのクルーには、敵さんのフネのエンジンだけ壊して無力化出来るいろんな意味で人間じゃないヤツがいる。普通は出来る芸当じゃないけど、出来ちゃうんだからしょうがないのだ。お陰でほぼ丸々一式の装備を売れるのだ。

 

 どれだけのもうけになるかというと最高で原作の100倍くらい。なお原作での通常戦闘勝利時に手にはいる金は3桁を超えることはあまりない。輸送船を沈めれば別だけど…あれはレアモンスターみたいなもんだから、狙って稼ぐのが難しかった覚えがある。

  とにかく、ジャンク品では無くて買い取りという形になるからもらえる金額が高いのだ。ソレもマッド共に食いつくされそうになる時があるけど、ある意味些細な事だ。

 

 

「うしし、銭ズラ、世の中銭ズラ」

「気持ち悪い顔してないでとっとと仕事しな!」

「ぶ~!だって俺すること無いッス!」

「だったら仕事をあげようか?装甲板の整備手伝いでもしてきな!生身で!」

「いや、それ死ぬッス」

 

 幾ら俺でも生身で宇宙に出たら「URYYYYYYYYっ!」ってなっちまうよ。

 具体的に言うとかなり気持ち悪から抽象的にボカしておく。

 

 

「ならVFの訓練で回収したジャンクのパッケージ作業を手伝ってみたらどうですか?艦内でやる事ですから危険はないでしょうし」

「―――その手があったか!」

 

 ミドリさんの提案にぽんっと手を鳴らすが、トスカ姐さんがまったをかけた。

 

「やめときな、あと1360時間以上のシミュレーター訓練を積まないと周りが危険だよ」

「別の意味で危険でした」

「ちくせう……、じっ様、本当にさっさと連絡くれッス…」

「艦長、ルーさんから連絡がありました。至急迎えに来てほしそうです」

「よし!聞いたな?善は急げ、時は金なり!すぐに迎えに行くッスよ!」

 

 

***

 

――――ドゥンガ・酒場――――

 

「おお、ココじゃココじゃ」

「ココじゃじゃねぇよ爺さん。のんきに酒なんか飲みやがってよ。アルデスタとルッキオの両国ともドンドン戦力が増してるってのに」

 

 酒場に入ると、ルーのじっ様がカウンターの片隅で暢気に酒を飲んで待っていた。 あまりにもノホホンとしたその態度にトーロが文句を言う。たしかにまるで駄目な爺さん、略してマダジが孫を無理やり酒場に連れ込んだようにしか見えない。到底、水面下であれやこれやと暗躍してきた様には見えんわな。

 

「うむ、ソレでいいんじゃよ。器に過ぎた料理を乗せれば、その器は砕け散る物」

「はぁ?」

 

 トーロはあっけにとられている。まぁ脳筋に理解しろって言っても酷か。

 

「つまりだトーロ、もうすぐルッキオは自壊するって事ッス」

「ど、どういう事だよ?なんでルッキオが?」

「ワシとウォルは今まであらゆる手を用いた」

 

―――とりあえず長かったので要約させてもらうぜ。

 

 簡単に言えばじっ様たちはあらゆるコネを使い、ルッキオ側が兵を募っていると、この宙域各所にばらしたらしいのだ。事実軍では義勇兵として募集を賭けていたし、本当の事なので、各所から報奨金目当ての海賊やらゴロツキが集まって行く。一見すると一方的に片方の戦力が増した様に見えた事だろう。

 

 だが実際はというと、軍は集まってしまったゴロツキ達への対応に頭を抱えていたらしい。集めたのは良いが今度は集まり過ぎてしまい、監督が行き届かない所為で起こる問題によって暴動や略奪が軍内部で起こってしまうくらいなんだそうな。

 

 非正規軍である寄せ集めのゴロツキ共には軍機なんて関係無い。だから好き勝手やっていたらその被害を軽視できなくなった軍から自粛するように怒られて、その腹いせに迷惑行為を行い、それを叱りつけという無限ループ。

 

 これではルッキオ側は戦っている余裕はない。紛争をする前に自陣営の問題を先に解決しなければ、良くて軍の崩壊。最悪自治領の機能が停止する事すら起こりえる。だから紛争続けるのも難しくなってきているんだそうだ。

 

「奴らは自国内で増えてしまったゴロツキたちの問題に苦労しているからのぉ。そいつらを制圧するという名分があれば―――」

「中央政府軍も動かすことが出来るってワケッスね?」

 

 手の平を返すようなしぐさをしてみせると、ルーのじっ様はにこりと笑ってみせ。

 

「そのとおりじゃ艦長」

 

 そうおっしゃられました。いやはや、考えてみると紛争する前に内戦を引き起こして、ボロボロに潰しあいをさせた所を横からかっさらう訳か。しかも暴動が起きることが前提の策だから無関係な市民にも被害が出なくはない。戦略とはいえエゲツねぇなオイ。

 

「そしてこれはワシの考えた策では無く、実はウォルが考えたものなのじゃ」

「ウォル少年が?…ってアレ?ウォルくんは何処に?」

「…(もじもじ)」

 

 見れば柱の陰に隠れてこちらの様子を伺っているいるウォル少年。

 恥ずかしいのか?そのモジモジとした仕草にすこしキュンってしたお。

 

「此奴はこの年でワシの教えを見事に自分の物としておる。やがては銀河を指呼の間に納めるような軍師になる事じゃろうて」

「へぇ、こんな小坊がねぇ」

「成程、将来は敵に『まてあわてるな!コレはウォルの罠だ!』とか言わせるワケッスね?わかります」

「……(もじもじ)」

 

 これまた恥ずかしいのか、指の先をこすり合わせてもじもじしている。今のこの姿を見ちまうと、正直ルーのじっ様の評価が過大評価に思えてくるのだが…。今現在の生ける伝説の人がそう評したくらいなんだし潜在能力は実際すごいのだろう。ということで未来に期待しよう。

でも今のウォルくんの状態だと、ただの童顔軍師にしか見えないだろうなぁ。

 

「さて―――そろそろ行こうかね」

「ん?何処にッスか?」

「ルッキオのゴロツキ退治じゃ、民間人のお前さん等が襲われて反撃したという既成事実が必要じゃからの。その連絡を受けて中央政府軍が動き出すと言う訳じゃ」

 

 なるほど、これまで火事場泥棒な海賊しか相手にしてこなかったが、ようやくその制限を外せるという訳か…狩りじゃー、狩りじゃー。

 

「良いか?ルッキオ軍の中のゴロツキ共のフネだけを狙うのじゃ。決して正規軍のフネを沈めてはならん。よいな?」

 

 でも正規軍をぶっ潰してはいけないらしい。縛りプレイは続行のようだ。でもまぁ…。

 

「あいあい、ルーさん。任してくれッス」

「こんな事もあろうかと、正規軍の連中とかち合ったときには逃げていたからねぇ」

「ほっほ、それは良きかな」

 

 こうして、ルーのじっ様たちと合流した俺達はゴロツキ退治へと出発した。標的は海賊と傭兵などの烏合の衆だけで、他には手を出してはいけないという縛りつき。間違って正規軍に手を出すと、あとから厄介なことになるようなので駄目らしい。

 でも、やるなといわれるとやりたくなるのが男の子だけど、空気は読もう。うん。

 

 

***

 

―――ベクサ星系~ルッキオ間・中間航路―――

 

「艦長ー、レーダーに感ありー、ルッキオ軍を発見しました~」

「艦種識別、一番艦は正規軍のテフィアン級駆逐艦です」

【あとはスカーバレルのジャンゴ級2隻、混成艦隊みたいです】

 

 レーダー担当のエコーさんが敵艦発見を報告し、オペレーターのミドリさんがその情報を解析し、AIのユピが補足を加える。この三段階により情報はより確かな物へと昇華するのだ。

 

 お蔭でさっそく此方へと迫る艦隊を見つけ出した。可哀そうだが紛争解決の為の生贄だ。さっさと落ちてくれや?怨むなら伝説の爺さんを怨んでくれ。

 

「対艦戦闘用意!全儀装を立ち上げろッス!」

「アイアイ、第一級戦闘配備、コンディションレッド発令します」

「各砲塔稼動、レーダーとリンク、重力レンズ形成を確認、シェキナ発射準備完了。ところで照準はどれに?」

「正規軍の一番艦以外を粉砕してやれッス」

 

 砲塔が待機状態から稼動状態に移行する。同時に機関出力が上がったことで対光学兵器防御兵装のAPFシールドの出力も上昇し、一瞬旗艦ユピテルの周囲が歪んだように揺らいだ。攻撃準備完了、この瞬間が一番ドキドキする。

 

 こちらの動きに気が付いたのか、ルッキオ混成艦隊の機関出力が上昇し、あちらさんも攻撃準備万端といったところ。正面からの撃ち合いは数では向こう、性能ではこちらが上。すでにお互いのロックオンは完了し、あとは命令あるのみ。

 

 一触即発、いつ戦いの火蓋が切られてもおかしくはない。 

 

 のだが――

 

「ねぇトスカさん、気の所為じゃなかったら何スけど」

「奇遇だね。私もちょっと驚いているよ」

【敵2番艦、3番艦、反転。戦線を離脱し、一番艦のみ突っ込んできます】

 

 こちらの姿を確認した瞬間、突如艦隊運動が乱れたかと思うと、敵艦隊の2番および3番艦が急減速をしたかと思うと思いっきりUターンして見せた。あまりの動きに敵旗艦であるはずの1番艦も対応できず、むしろ僚艦のその行動に驚いたのか動きが止まってしまっていた。

 

 どうも俺たちの姿をセンサーで捕らえた瞬間に離脱を図ったようだが。

 

「そういえば前にルッキオに参加しようとしてた海賊が俺たちのこと知ってたッス」

「―――そうか!スカーバレル海賊団なら私らの特徴を知っていても不思議じゃない」

 

 小マゼランにはいない巨大艦が二隻もいるのだ。初代旗艦の駆逐艦クルクスも加えればある種特徴的な艦隊構成だといえる。

 

「俺たちが海賊相手にしてきた仕打ちも理解してるんだろなー。そうじゃないかな?百発百中のストールさんよ」

「ネーミングセンスないなリーフ。お前こそ神業的な躁艦で敵艦の攻撃をかすらせもしなかったじゃないか」

 

 敵艦からしてみればたまったもんじゃないよなァそれ。

 

「でも、フネごと持ってっちゃうのは…やりすぎ?」

「いいえミューズ。ただでさえウチの台所は後先考えない研究者たちの所為で火の車に近いんです。ソレくらいしないとご飯が食べられません」

 

 んで海賊限定でパンツのゴムまでかっさらった、と。

 そりゃ…海賊だったなら逃げ出すような仕打ちだぜ。

 

「うぐっ、な、なんだか耳が痛い話だな」

「おぬしも片棒をよく担いでおるからのぉ。しかたないじゃろうサナダくん」

 

 どうやら俺たちは海賊相手に暴れ過ぎたようだ。連中が尻尾巻いて逃げて行くのがレーダーマップのモニターにて確認出来る。デカイし特徴的なフネだから噂も広まるのも早いわな。

 

 そうこうしているうちに我に返ったのか、正規軍がこちらに牽制砲撃をしながら離脱艦を追いかけ始めている。攻撃は、確かにこちらに届いている。そのうちの一発が、APFシールドに阻まれてプラズマの光を発した。

 

―――そう、これでいい。これで。

 

「敵艦からの攻撃が命中。APFSにより本艦に被害なし」

「それで、どうするよ艦長?海賊船はまだシェキナの射程範囲内だけど?」

 

 戦術モニターを見上げながらストールは呟くように言う。空間投影されているモニターには射程圏から逃れようと加速中のグリッドが表示されている。こうも情けなく配送されると見逃したい心境に駆られるものだが、俺は甘ちゃんであるが目的は見失わないぜ。

 

「目標に変更無し、各砲発射」

「アイサー」

 

 躊躇なくホーミングレーザー砲『シェキナ』が稼動する。両舷の開かれた装甲ハッチからせり上がっている80門のレーザー発振機に仄かに光った次の瞬間には、各砲座一番砲から順次レーザーが虚空へと放たれた。

  レーザーが向かう先には光すら捻じ曲げる空間の強力な歪みがある、その重力井戸により形成された重力レンズに飛び込んだ凝集光の群れは、弧を描くように緩やかに進路を変えるとその矛先を敵艦隊に向けた。 

 捻じ曲げられたレーザーは、まるで意思をもっているかのように敵一番艦を過ぎ去り、離脱を図っていた敵ゴロツキ艦へと直進する。弧を描きながら左右から迫り来る光の束を見た敵離脱艦は浮き足立っているが、もう遅い。

 

「エネルギーブレット、2番艦および3番艦へと直進。命中します」

【2番艦、命中しました。インフラトン反応拡散中、撃沈です。3番艦はブリッジと機関部に命中。轟沈です】

「よし、当て逃げみたいだけど次の標的を探すッス!」

 

 シェキナの光に貫かれた海賊船は、そのまま宇宙デブリの仲間入りを果たした。この光景を見ていたルッキオ正規軍はあっけに取られていたが、俺たちはソレを無視して逃亡した。

 

 この戦闘の記録は宙域に監視網を引いている中央政府軍に送られる。恒星間通信だから、後数時間もすれば中央政府から軍が派遣される事だろう。こちらの識別は0Gドックのまま、つまりは民間人だからな。どんな形であれ紛争に巻き込まれた民間人が敵さんから攻撃を受けたという形になる訳だ。

 

「またまた敵さんはっけ~ん!」

「流石に紛争をしているだけの事はある。遭遇率が高いな」

「今度は全艦向かって来るようです。艦長」

「指示は変わらず、攻撃が始まり次第、敵に与するゴロツキ共のフネを狙えッス!遠慮はいらないッス!」

 

 こうして紛争地域に入ってから数時間後、俺たちが攻撃を受けたのを遠距離監視網で覗き見していたであろう中央政府軍がようやく重い腰を上げ、かなりの大艦隊を率いてルッキオとアルデスタとの紛争へ介入をし始めた。

  

 大義名分は紛争地域にてどさくさにまぎれて民間人に手を出す不穏分子達の殲滅。外交的な見地から両国はこの大艦隊を中央政府からの圧力と認識し、そしてこの時を上手く狙って現れた中央政府から派遣された特使が提示した調停を両国が受諾。

  

 ベクサ星系における紛争はめぼしい被害――海賊たちの略奪は除く――を出すことなく、紛争を終結させる事が出来たのであった。

  

  

 

―――ちなみに両国で紛争の終結と和平調停が結ばれている頃、俺達はと言うと…。

 

 

 

『おーし!レアメタル30トン!採掘完了だ!』

『リチウム、ベリリウム、タングステン、チタン、マンガン、バナジウム、ストロンチウム、セレン、ニッケル、コバルト、パラジウム、モリブデン、インジウム、テルル、ハシニウム、ガミラシュウムの16種類を確保。現在パッケージ作業中』

『こっちはレアアースだな、プロメチウムとルテチウムが殆どだ!コイツは高く売れるぜ!』

『量としては、10トン程度、こちらもパッケージ作業中』

『パトロール隊が巡回するまで後20時間、それまでに後10トン程貰っちゃいましょう!』

『『『おー!』』』

 

 どさくさにまぎれて、重機だけが放棄され人がいないままの採掘場を勝手に使って、レアメタルとレアアースを大量確保していた。売り払って金にしても良いし、そのまま修繕素材にしても良し。猫ババは最高だね!良い子は真似すんなよ?

 

「…ふぅ、後少しで作業完了か」

「おつかれさん、しかしなんとかなったみたいで良かったね」

「うむ、良くやったの艦長」

 

 作業工程をコンソールモニターで確認していると、トスカ姐さんとルーのじっ様が俺に話しかけてきた。トスカ姐さんは嬉しそうに、そしてルーのじっ様は少しだけ冷や汗をかきながら―――

 

「しかし抜け目がないと言うか何と言うか」

「へへ、照れるッス」

「「いや褒めてないから」」

 

 俺の所業に恐れを為していた。いやね?どうせこの星系まで出張って来たんだから、少しくらい貰ったって問題無いだろう?どうせいずれは採掘されちまう鉱石達だ。遅いか早いかの違いでしかねぇんだもん。それなら俺たちが有効利用しても問題なかろう?うん、完璧な理論武装だわい。わはは。

 

「それはともかくとして、ユーリ艦長はよくやってくれた。これで無闇やたらに戦火が拡大する事もなかろう。そうじゃな、艦隊戦におけるちょっとした技を進呈しようかの。なに、ワシからのちょっとしたテクニックのプレゼントじゃわい」

「技ッスか?」

「うむ、一時的にフネのリミッターを全て外す裏ワザ、その名も『最後の咆哮』じゃ」

 

 最後の咆哮って、確かゲームにおいて全力攻撃する特殊技能だったっけ?ある意味必殺技だったような。

 

「でも、何かすこぶる縁起が悪い名称ッスね?」

「いうな、事実これは奥の手じゃからの。コレを使うとコンデンサーのエネルギーを全開放してしばらくの間は使用可能なエネルギーが低下するからのう。文字通り最後にしか使えんじゃろう。その分効果はお墨付きという訳じゃ」

「あはは、ありがたく貰っておくッス。何かの役には立つかも知れないッスから」

「うむ、それじゃユピくん、このデータをインストールしておいてくれ」

【了解しましたルーさん】

 

 ルーのじっ様が懐から取り出したデータディスクをコンソールに挿入すると、ユピがそれを使えるようにインストールを始めた。しかしホント使えるのか使えないのか解らん技だな。それはともかくとして、これからどうするべ?

 

「次はどうするッスかねぇ」

「うーん?次は海賊の本拠地でも叩くんだろ?」

「ファズ・マティの位置判明してるなら、巨大な小惑星ぶつけるのダメッスかね?」

 

 こう、行け!アク○ズ!忌まわしき記憶と共にっ!――みたいな感じで?

 壮大な失敗フラグが立ちそうな予感。白い悪魔こわいです。

 

「う~ん、そうしたいのは山々だけど、この宙域じゃそいつは無理だろう」

 

 トスカ姐さんはそう言うと、コンソールを操って宙図を見せてくれる。宙図上には中佐からもらったデータを重ねた海賊の本拠地である人工惑星ファズ・マティの予想位置を示す宙域が表示されているのだが、そこへ続く航路に赤い線で表示された部分がある。

 

 航路をまたがる形で描かれた赤い線、その詳細はメテオストームと表示された。そう言えばちょうどファズ・マティはメテオストリームの向う側だったな。このメテオストリームって言うのは、この周辺の重力場によって引き起こされている小惑星帯の大規模な河の事で、何の準備も無しに突っ込むのは非常に危険な場所でもある。

 

  そう言った意味ではファズ・マティは天然のバリアーに守られた要塞と呼べなくは無い。遠距離からの攻撃は全てメテオストリームによって壊されてしまうからである。分厚い岩の河に何を投げ込んでも粉砕されるのが落ちという事だ。

 

  俺が今言った小惑星を用いた遠距離攻撃も同じ。いかに大きな小惑星を撃ち込もうが、メテオストリームにさえぎられてしまうから持っていく事なんて出来ない。幾らなんでも重力偏差で小惑星が渦巻くあの嵐の中を通る小惑星の軌道計算なんて出来るわけがねぇ。

 

「なら、直接乗り込むしかないんスかね?」

「そうだね。とりあえず縄張り直前にあるゴッゾに向かってみたらどうだい?」

 

 トスカ姐さんはそう言うと、宙域図に示されたメテオストリームのギリギリにある小さな星を指さした。ふむ、人は住んでいるみたいだから情報くらいあるだろうな。

 

「よし、決定。次の目的地はゴッゾ」

「了解だユーリ、みんなに伝えておくよ」

 

 こうして、ベクサで猫ババを完遂した俺達は、その足でゴッゾに向かったのであった。

 

***

 

――――惑星ゴッゾ軌道上・通商管理局、軌道エレベーターステーション―――

 

 

「ですから、コレ以上は高く買い取りは出来ませんってば!」

「そこをもう一声!大丈夫、いけるっス!ローカルエージェントさん!あんたのいいとこみていみたい!サービスッ!サービスッ!」

「私にそんな機能ありません。レートでしか売れないのです」

「頑張れ頑張れ!諦めんなよ!そこを頑張れば何とかなる!いけるいける!」

「いけません!」

 

 く!頭が固いな!ならば!

 

「…(ボソ)天然オイル」

「む」

「…最高級の研磨剤」

「むむ!」

「(よし、もう一声)…最新のドロイド用クレイドル、新品」

「……ゴク、20%でどうです?」

「40%」

「28、コレ以上は」

「35、コレ以上は下げねぇッス」

「なら30%でお願いします!」

「OKだ。例の品物はアンタあてのコンテナに包んで置くぜ」

「感謝します。ソレではあちらのコンテナを全て買い取りますので、ソレでは失礼」

 

 

 

―――ローカルエージェントは、良い笑顔で戻って行った。

 

 

 

 フィー、熱い舌戦だったぜ!ベクサで掘った希少鉱石の売却値段を空間通商管理局のアンドロイドに売りつけるのって大変だわさ。

 でもローカルエージェントはインターフェイスが充実してるから、こういった時便利だわ。何せ賄賂が効くロボットとか普通は有り得ねぇもんな。自分の利益に忠実なロボットって最高よ。

 

「…このフネの生活班を受け持つ様になって随分経ったけど、まさかローカルエージェント相手にと交渉する人間を見るなんて思わなかった」

「おろ?アコーさん、どうしたッスか?なんか疲れた顔してるッスよ?」

 

 お金!お金!と目に銭マークを浮かべて浮かれていたら、背後からどこか傍観したようなつぶやきが聞こえてきた。振り返れば我がフネの生活系統を一手に引き受ける生活班の長が立っていた。何故か額に手を当てて、疲れた顔をしてこちらを見ている。頭痛かしらん?

 

「いや、自分とこの艦長がすさまじく常識から逸脱してたのを確認しただけさね」

「へぇあ?」

「でもま、艦長のお陰で商談が捗ったから良いとするか」

 

 なにか良くわからんが、これは褒められたのか?まぁいい。

 

「そう言えば皆は何処に行ったッス?」

 

 俺が一人で商談しているのは、何時の間にか皆見当たらなくなったからなんだけど。

 

「とっくに酒場の方に行ってるよ。副長曰く海賊退治の前の酒宴だとさ」

「トスカさん、あの人はま~た勝手に…」

「経費で落させるとか言ってたよ?」

「まぁ良いッス。今回は無茶してもらってたから、これくらいはね」

「ふふ、上に立つのも大変だね」

「まったくッス。やめないけどね!」

 

 幸いな事にたったいま希少金属が高く売れるようになったからな。今の所懐には若干の余裕がある。全クルーが5回くらい宴会しても余るくらいだ。あれ?それだけだと数日で消える気がするのは気のせい?もっと稼がねば。

 

「それじゃ、自分は皆のとこにでも行くッスかね。アコーさんもある程度までやったら切り上げてくるッスよ?」

「了解、心配しなくてもタダ酒を逃す手はないさ」

「なら安心。それでは」

 

 

……………………………………

 

………………………………

 

…………………………

 

 軌道ステーション基部にある酒場に来ると、既に中では酒宴が始まっており、いたるところでクルー達の楽しげな声が響き渡っていた。どんちゃん騒ぎなのだから、何かが壊れる音とか響きそうだが、ウチのクルー達はやることなす事無茶が多いが、何故か酒癖はそれほど悪いヤツは少ないようだ。

 

「あら、いらっしゃい。こんな辺境にようこそ。私はミィヤ・サキ、これからひいきにしてね?」

 

 俺が中に入ると、恐らく看板娘さんだろう。あずき色の髪の少女が話しかけてきた。それなりにかわいらしい容姿をしており、どこか健気な印象を受ける。しかし、問題はそこではない。一番印象的なのは、その頭部から伸びる―――

 

「ドリル」

「え?どうかしたの?」

「うんにゃ、何でもないッス。ところで俺はアソコで騒いでる連中の連れッスから案内は別に良いッスよ」

「ん、わかったわ」

 

 店の奥に帰って行く少女を見送る。しかし見事な巻き髪具合だ。

  あれこそまさにドリルの名がふさわしいだろう。

 

「さてと、トスカさんたちは?」

「さぁさぁ、この寮の酒をトーロが一気できるか勝負だ!」

「トーロお願い!もうやめて!」

「ティータ、すまねぇ、姐さんには逆らえねぇんだ」

「お願いトスカ副長!トーロのHPはもう0よ!」

「さぁさぁ賭けた賭けた!」

 

 俺の視線の先には、湯沸しポットサイズの樽を手に持ったトーロが、一気飲みコールされている真っ最中であった。これは酷い。しばらく離れている方が賢明だな。巻き込まれたくは無かったのでトーロを見なかった事にし、カウンターの方に移動した。

 

「…ンぐンぐんぐ―――ぶはー!」

「「「くそぉ!呑み切りやがった!」」」

「おおえぇぇぇ!!」

「「「吐いた!?こうなるとどうなる!?」」」

「ドローだから親の総取りさね」

「「「ちきしょうー!」」」

 

―――こいつは酷ェ、ゲロの臭いがプンプンするぜ。他人のフリしてよ。

 

 まったくトスカ姐さんも困った人だ。ウチのクルー達に酒癖が悪い人間はそうはいないが、唯一の例外が彼女なのである。かなりの美女で経験に裏打ちされた技術を持つ0Gドッグの中では破格なほど優秀であり、おっぱいが大きい。

 

 それでいて人情が分かるからか人望が厚く、俺よりもずっとある意味で指揮官向きな人なんだけど、酒が入るとソレを某幻想殺しの如くに破壊してくれるのだ。あと、おっぱいがおおきい。大事なことだ。

 

 そして今まさにトーロをダシにして、トトカルチョの真っ最中、頬が薄く紅い所を見れば少しばかり酔っているのがよく解る。これさえなければ本当に完璧姉御何だけどなぁ…実におしい。

 

 トスカ姐さんの無茶に付き合わされて、ぶっ倒れたトーロをティータが介抱しているのを横目に、新たなエモノを探しているようなので、俺はそっと顔をそむけた。今あの方と眼が合うと俺が標的にされてしまう。

  

「ねぇ、あなた達、海賊退治に行くの?」

 

 一人被害に遭わない様に地味にカウンターで酒を飲んでいると、先ほど話したミィヤちゃんが俺に声をかけてきた。

 

「ん?まぁそうだが?」

「凄いじゃない!この辺の男は、みんなアルゴンを怖がって近づかないのに…」

 

 おや、このゴッゾはスカーバレル海賊団を率いるアルゴンの支配区域だったか。

 ミィヤの話によると、ここいらの男共は最初こそ海賊相手に抵抗の意思を見せたが、すぐに反抗しなくなったらしい。ソレ以来町には活気が無く、どこか沈んだムードが蔓延しているんだとか。

 

 だがソレはある意味正しい行為だろう。危険に手を出さないのは賢いやり方だ。俺達みたく、戦いながら宇宙を駆け巡る馬鹿野郎達はともかく、この星の人間はいうなれば一般人なのだ。

 

 宇宙に出られる人間も、宇宙のならず者相手に戦えるような力をもった人間などでは無く、空間技師や空間鉱員、もしくはコロニー建設関係者などが殆どだと思う。確かに反逆や抵抗を見せることは時として必要である。だが時と頃合を考えた場合、ソレは必ずしもプラスに働く訳ではない。

 

 下手したら海賊たちに事故に見せかけられて殺されるとか家族を人質に取られる可能性だってある。ゆえにこの星の人間達のとった行動は正しいのだ。自分に力の無いモノが抵抗しようとするだけ無駄な事である。

 

 力の無い正義に意味は無いとは良く行ったもんだろう。まぁ既に政府軍の方には被害通達がいっていた事だし、戦う気が無いわけではないのが救いだ。

 

「スゴかねぇッス。俺達はあくまで自分たちの利益の為に動くッス。セイギノミカタじゃないッスからね」

「それでも、勇気があるとおもうわ」

「それほどでもない」

 

 うぐ、思わず謙遜で返してしまったが、返ってそんな戦隊ヒーローを見るこどもの様な純粋な目で見られると、何だが自分のしてきた悪事の呵責が…。

 

―――ね、猫ババくらいはいいじゃないかぁ!人間だもの!byユーリ

 

「すごいなぁ、憧れちゃうなぁ…」

「ふふ、9杯でいい――じゃなくて、そう言われると嬉しいッス」

「それじゃあ、この後で…どう?」

「フフーフ、そうしたいけれど、向こうの席からすさまじい殺気を感じるから止めておくッスよ。看板娘を奪ったらもうこの星に降りれないだろうしね」

「あら、お上手」

 

 いや、現に冷や汗が流れるくらいの殺気を感じるんスよ?主に私しめの妹様の方から。嫉妬か?嫉妬なのか?かわいいんだけど愛が重い…。

 

「ソレは良いけど、あなた達のフネは大丈夫?この先メテオストームが発生してるけど」

「ふむ、ソレは宇宙海流とでも呼べばいいモノのことだな」

「うわっビックリした!いきなり湧くなイネス!」

「湧くとは失礼な。仕方ないだろう?僕もトスカさんから逃げてきたんだから」

「なら仕方ないッスね」

 

 突然降って湧いたように現れたイネスの声に、俺は飲んでいた飲み物を噴出しかけた。だが遠い目をするイネスに俺は同情の視線を送る。堅物で無愛想な男だが、よくも悪くもウチの空気に触れて変わってしまったらしい。イネスはそんな欝な空気を振り払うかの様に、すこし声色高めで早口でしゃべり始めた。

 

「さて、話を戻すがこの先にある小惑星帯は二つの惑星に挟まれた事による強力な引力によって潮の満ち引きの如く流動している。その中を通るって事は何も対処していないと甚大な被害をこうむるってわけさ」

 

 ココまで一息に説明するイネス、コイツの肺活量は一体どうなってやがるんだ?

 

「尚、何で潮の満ち引きの如く流動が起きるのかはよくわかっていないらしく、一説では――――」

 

 このあとイネスは自分の世界に入り、クドクドねちねちと解説をしてくれた。正直すでに予備知識と言う事で知っているけど、空気を呼んで俺は何も言わない。気持ちよく説明したがっているんだからさせておけばいいじゃないか。酒の席だしな。

 

「――――まぁそう言う訳で、メテオストリームを通過する際はデフレクターユニットが必要と言う訳なのさ。デフレクターなら、質量物の衝突から船体を守ることが出来る」

「うす、解説ご苦労さんッス。勉強になったッス」

「ホント、アナタ博識ねぇ」

 

 あ、イネスの奴ミィヤに言われたら少し照れてやがる。顔は必死にポーカーフェイスを装って隠してるけど、耳の紅さまではごまかせませんぜ?

 

「おお!美少年諸君!こんな所に居たぁぁぁ!」

「げぇ!酔ったトスカさんだ!逃げろ!」

「ちょっとまってくれ!うわっ!」

「ぬふふ、おひとりさま確~保!さぁて、なにしてやろうかなぁ?」

 

 古来より酔った人間ほど始末が悪い物は無い。俺は鍛えているお陰で逃げられたが、イネスがトスカ姐さんに捕まってしまった。しかし助けることは出来ない。もし助けようとすれば、ミイラ取りがミイラになってしまう。

 

「か、艦長助け―――」

「イネス、捕まってしまった自分を恨みたまえ」

「う、うらぎったなぁぁ!艦長ぉぉぉぉっ!!」

「どうとでも取りたまえ、俺は我が身の貞操の方が大事ッス」

 

 そう言うと、イネスの顔は絶望の表情に包まれた。

 

「さぁて、イネスは素材が良いから、アレしかないねぇ。ちょいと奥を借りるよ?」

 

 店主がまだなにも行っていないのに、有無を言わさず店の奥にイネスを引きづり込むトスカ姐さん、そして奥の方から何か叫び声が聞こえ始めた。

 

 

「ちょ!何服を脱がそうと!止めイヤ!」

「ほれほれ、抵抗しないでおいちゃんにまかせておきな。ゲへへ」

「止めろぉぉぉぉぉ!!!止めてくれぇぇぇぇ!!」

「えーがな、えーがな」

「よくないぃぃぃぃ!!!」

「ウイ~、おお副長~!おもしろそうなことしてんなぁ~!」

「おいケセイヤ!こいつの服をひん剥くの手伝え!」

「やめてくれぇぇぇ!!整備班長ォォォォっ!」

「ふはは、なるほどそういうことか!ならばこのケセイヤの開発したリジェネレーション医療ポッドを改良した性転換メカに放り込んでみてくれ!」

「あいよっ!」

「な、なにをするっ!うわああぁぁぁぁぁ……―――」

 

 こうしてイネスと言う生贄君のお陰で、クルー達は安堵して酒を飲んでいた。すまんなイネス、お前さんの身体能力の低さが悪いのだよ?酔ってフラフラなトスカ姐さんに捕まるなんてお前くらいのもんだしな。

 

 

 

 

 さて、こうしてトスカ姐さんが奥に引っ込んだ為、しばらく平和な一時だったのだが―――

 

 

 

 

「ねぇチェルシー、アソコにいる“モノ”はなんだろうね?」

「そうねユーリ、私には“メイド”さんに見えるわ」

「時たま凄いよね。トスカさん」

「ええ、本当に、「女の子にしか見えない」

 

―――しばらくして、イネス♂はイネス♀となって戻ってきた。しかもメイド姿で・・。

 

「流石俺の発明品っ!男が女に女が男に!うひひひひ!」

「「「メ、メイドさんきたぁぁぁぁぁ!!これでこれで勝つる!」」」

「ケセイヤ班長!これカメラッス!」

「ぬおお!よくやった班員A!俺様が激写してくれるわぁぁぁ!」

「「「後で焼き増しお願いします!」」」

 

 そして毎度おなじみ、酔った整備班の男共の暴走。さらには――――

 

「「「かわいいー!!」」」

「イネス君わー、身体が細くて肌の色が白いからー、とっても可愛いわぁー」

「エコー、鼻から愛が漏れてる。いい加減拭け」

「だってー凄く可愛いんですものー」

「エコーの言う事もわかります。アレはもはや兵器です」

「ミドリ、お前もか」

 

―――――とまぁ、女性陣も黄色い叫びを上げ―――――

 

「「「アレは男アレは男アレは男アレは男―――――」」」」

「「「ちがうちがうちがうちがう―――」」」

「俺は真実の愛に目覚め…≪ガンッ!≫はうっ!」

「あぶねぇ、危なく約一名がバラに目覚めるとこだった」

「あ、でも性転換マシンとかメカとかなんとか言ってなかったか?」

「「「「――?!(ガタッ)」」」」

「いや座れよ、おまいら」

 

――――――更に男性陣の一部には危険な兆候が見られるほどだった。

 

「イネス、おまえ」

「は、はは。いいから笑えよ艦長。なんかもうどうでも良い」

「いや、お前さんは良くやったさ」

「イネ子~!そんなとこに居ないでお酌しなぁ!」

「わわ!ちょっと~!こ、こんな事して…こんなの僕の役目じゃ…」

 

 トスカ姐さんに無理やり引っ張られてイスに座らされたイネスが、涙目でそう言った。ちなみにトスカ姐さんの方が背が高い訳で、必然的に上目使いとなる訳だが―――

 

「「「ぶはっ!」」」

 

 まぁ当然こうなる訳で、今のイネスを見た連中(男女半々)が鼻血を吹きだした。かくいう俺も危なかったが、鋼鉄の精神と後ろに居らっしゃる妹夜叉様の気配のお陰でたえることが出来た。というか妹様がこえぇぇぇ。

 

 こうして、とても騒がしい宴会は明け方まで続き、色々と騒ぎを起してマスターに謝ったりした後、俺は突撃してきたトスカ姐さんに酒びんを口に放り込まれ一気飲み、その所為で途中で眠ってしまったのであった。

 

 

***

 

 

「―――きて―――おきて」

「う~ん、あたまいたいー」

「きて―――さい!起きてください!皆さん!」

「――――やかましい!」

「ぐあ!な、何を?」

「いいか店主さん、俺は今モーレツに二日酔いだ。頭いてぇんだわかるだろ?」

 

 二日酔いで痛む頭をさすりながら、のそのそと起き上がる俺達。どうやら全員で明け方ちかくまで騒いでそのまま轟沈してしまったようだ。

 

「どうしたってんだい、そんなにあわてて?」

 

 他の連中も多かれ少なかれ昨日の酒の影響を受けているのに、トスカ姐さんは平然としていた。このヒトはバケモンかよ。きっと機械の星で機械の肝臓をもらったに違いない。きっとそうだ。

 

「そ、それが先ほど海賊らしき男たちがやって来てミィヤさんとイネスさんをさらって行ってしまったんです」

「「「「「「な、なんだって(ですってー!)!」」」」」」

「うわ、声が頭に響くッス…」

 

 店主の話を聞いていた周りのクルーの大半が跳ね起きて叫んでいた。

 

「こうしちゃいられんぞ艦長!俺達の女神さまがさらわれた!」

「すぐに助けに向かうぞ!さぁ起きろ速くしろ艦長!」

「お前ら先行ってエンジンかけてろ」

「「「イェッサー!」」」

 

 すさまじく迅速な行動で、酒場から出て行くクルー連中。

 

「いや女神って、アレは元々男―――」

「男でも可愛ければ正義!」

「「「その通り!」」」

「解った。さっさと救出に向かうッス」

 

 これはすぐにでも救出して、ケセイヤのメカに放り込んであげないといけないな。危なすぎる。いろんな意味で。とりあえずサド先生に、アルコール分解剤をもらい二日酔いをなんとかして俺たちは酒場を後にした。ちなみにキチンと宴会の後を片づけてから出て行ったことを述べて置く。俺達はそこら辺はきっちりしているのだ。

 

  必要以上に熱気が入っている部下を引き連れて、俺はさらわれたイネス達を追いかける為にユピテルとアバリスを今まで発進準備時間の短縮記録を大きく塗り替えて発進、ゴッゾのステーションを後にした。

 

 肝心の行き先だがノープロブレム。皆があわただしく出航準備しているなか、手順確認以外暇な俺がステーションから海賊に襲撃された宙域のデータをダウンロードしていおいたのだ。

  海賊はスカーバレルだと判明しているから、どの航路にも続いていない上に海賊の出没情報が多い上に進んでも行き止まりとなっている宙域に絞り込めばいい。絞り込んだ結果、星の大流メテオストームを横断しているような航路だったが、俺たちのフネは足が速いからメテオストームに突入する前に追い付ける筈!

 

 待ってろよイネスにミィヤの嬢ちゃん!

 

 

 




寒くて手がいう事を効かない。
鼻水も止まらん。春よ、早く来い。
そう願って止まない作者です。マジ寒い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第12 話、エルメッツァ中央編~

お久しぶりです、遅くなって申し訳ない。


■エルメッツァ編・第十二章■

 

 

 

(′・∀・)つThe Side三人称

 

 

―――スカーバレル海賊団・海賊船倉庫inイネス―――

 

某女史に無理やり飲まされた酒で重い頭を持ち上げながら、イネスは目を覚ました。

 

「うう~ん………―――こ、ここは?」

 

 彼がいたのは、そこらに酒のケースやビンが散乱する小汚い倉庫の中だった。二日酔いなのか少し痛む頭を振りつつも周囲を見回してみると、かなり前からあるらしい埃をかぶった物資パッケージやコンテナが散乱している。

 

 酒場のバックヤードに放り込まれたのだろうかと思いながら、彼は部屋の壁や床をコンコンと叩いてみた。全金属製、音の感じからすると宇宙船やそれに類する物に使われる合板である。

 

 イネスの持つ知識からもたらされた情報をぼやーっとする頭で統合した結果、自分はどうやらどこかのフネの中にいると出た。確か自分はトスカさんに無理やり酒を飲まされてダウンした筈だから、起きるなら酒場の床だと思うのだが、まだ思考がはっきりしないイネスは首をかしげる。

 

 そう、自分はまだ酒場に居た筈だ。そう思ったモノの、無理やり飲まされた酒の所為か思考が回らない。整備班の連中の悪戯だろうか?だとするなら、ある意味認めたくないが艦隊の最高責任者たるあの能天気な男に抗議すべきだろう。なーんか笑って流されそうだな。そう思いながら頭を掻こうとした時、イネスは違和感を感じた。

 

「―――ん?なんだ?」

 

 おでこのちょっと上辺りに何かが着いている。なんだろうと、それを手に取ってみた。それはフリルがあしらわれた純白の髪飾りで髪が結わえられていた。ぶっちゃけメイドさんが頭に乗せるアレである。

 

 最初は何なのか解からず、ただ首をかしげただけだったが、だんだんと思考力が戻ってくるにつれて、彼は思い出した。思い出してしまった。昨夜の内に起きた醜態の宴を、そして羞恥の宴を…。

 

「いやぁぁぁぁぁ!!どうしてああなった!!どうしてああなった!!!」

 

 頭を抱え、大事なことなので二度言った。いや叫んだ。

彼は、いや今は彼女というべきか。彼女は酒に酔ったユーリ艦隊の裏ボスと整備班という名のマッドサイエンティストの暴走と、ノリのよい乗組員たちの手によってトランスセクシャル、通称TSというある種とても特別な存在にされていた事を思い出したのだ。コレが本当の男の娘(こ)である。誰得といえばオレトクと言っておこう。

 

「ううぅ、なんかすーすーすると思ったら、下はスカートじゃないか」

 

 膝上までしかない紺色の服、しかもスカートである。手には白いシルクの手袋をつけ、ヒールまで履かされているという。いまは着いていないが、確か衣装でエプロンドレスだったからエプロンもついていた筈。

 

 無理やりだったが着替えさせられた挙句、化粧までさせられて…鏡で見せられた時思わず自分も息をのんでしまったその姿を、彼は整備班班長を筆頭とする、酔っ払いの即席カメラ小僧集団によって撮られてしまったのだ!

 

 最後は自棄になって、無表情で言われた通りのポーズをとっていた事も続々と思い出すイネス。さしもの人生の万能薬である酒もイネスが体験した屈辱的な体験の記憶を消し去ってはくれなかったようだ。もう何かいろいろと男の子の矜持とかがガラスのような音を立てて崩れ落ちた気がしたが彼は勤めて無視した。

 そうしないと精神的にヤバかったのである。

 

「………声も、ボクってこんなに声高かったっけ?」

 

 ふと、独り言で叫んだ声の異常に気が付いたイネスはのど元に手をやって。またもや絶句した。ケセイヤの発明は良くも悪くも完璧であった。そんっじょそこいらの性転換手術など目ではない、男の象徴が削除されただけではなかったのだ。

 彼の咽からは咽仏がなくなっていたのだ。その為、普段の聞きなれた声ではなく、咽から出るのは完全におにゃのこのソレである。ケセイヤの作り上げた装置のバカらしいほどのこだわりに、もはや呆然としたイネスはゆっくりと首から手を這わせるように手腕をおろして…。

 

 ふにょん。

 

 そんな、男だったら幸せになれるようなやわらかさを感じ、そこで手を止めてみた。視線を手を止めたところに向けたイネスは微妙に膨らんでいた胸元を見る。ドサクサにまぎれて服を着せられたが、そういえばPADは入れてないとか何とか…。

 

「…ぅう」

 

 聡いイネスはそれがどういう事なのかを理解してしまい、顔が茹蛸となった。まるで全身の血液が顔に集中してしまったようだ。なんとなく…そう、あくまで確認の為にイネスは自分の胸元に置いた腕で弄ろうとしたイネスだったが、不意にその手が止まる。

 

 何だか、超えてはいけない一線がそこにある様に感じて戸惑ってしまったのだ。なぜ躊躇するんだ?これは自分の体なんだから触ったって問題はない筈。というか自分の体にドキドキするとかありえないよ、といろいろと認めたくない故に理論武装を重ねていく。

 

 その所為でいろいろとジレンマな泥沼になっているのに気がついてはいない。だが腕を伸ばした以上、確認しないわけにもいかない。ええい、ままよ!と細かに震える手でイネスは自分の少しばかりなだらかな丘に第一手を踏み出した。

 

「ぅん…!あふん」

 

 正直なところ、とても柔らかかったとイネスは後に酒の席で吐露した。あとは擽ったかっただけだというが、本当のところは誰にもわからないという事にしておく、たとえ倉庫の中に甘い声がちょっとだけ漏れていたとしても、だ。

 

 

 さて、イネスの三人称が彼から彼女に変わってしまった事実を、認めたくはないものの彼女本人が自覚したその時であった。倉庫に設けられたエアロックが開く独特の圧搾音が聞こえてきた。その音に反応した彼女が目をやると、若干の沈黙の後にゆっくりとドアがスライドして開かれていくのが目に入る。

 

 ドアが開かれた後、中に入ってきたのは小汚い男の二人組みだった。とりあえずイネスにとってそのどこか汚らしい男たちに見覚えはない。何故ならユーリの艦隊では彼の方針により、乗組員はなるべく身綺麗にする事が義務付けられていたからだ。

 

 それは衛生面での配慮でもあり、ユーリ自身が『狭い空間で汗臭いとかありえねぇだろJk』という日本人的価値観で決めたルールである。守らなければ宇宙に放りだすという厳しい罰則があるので、定期的に風呂やシャワーを浴びる為、ユーリの艦隊の人間は割かし小奇麗だといえた。

 

 今まさに呆然としているイネスの前に立つ二人組はどうだろう。使いこまれて生地が伸びて油汚れらしき染みが着いている空間服。大きくチャックが開けられた胸元にはシャツがあるが、黄ばんでいたり汚れが目立つ。何よりも体臭がキツイ。

 

 長らくユーリの艦隊にいたからか、それとも肉体構造が変わったからか、その獣くさい体臭はイネスには受け入れがたいものであった。彼女が嫌悪を浮かべたのはそれだけではなかった。入ってきた男たちの眼に浮かぶ怪しい光、それがちらつくたびに理解できない震えが身体の中に走った。

 

 それは所謂、本能からくる警告だったのかもしれない。そう思わざるを得ないという考えにイネスが至る前に、目の前の男たちは下卑た視線を彼女に向けながら話しかけてきた。

 

「よう、元気か?ひっひひひひ」

「ちょうど目覚めたみたいなんだな。ま、そのほうが反応が楽しめていいだ」

「へっへっへ、アルゴン様に差し上げる前に、ちょっと楽しませて貰おうか?」

 

 海賊の片割れがそう言ったのを聞き、イネスは身体が恐怖で硬直するのを感じた。逃げるべきなのになぜか身体が動かせない。そうしている間にも、もう一人がカチャカチャとベルトを外し始めるのを見て慌てるイネス。このままではアッ――――な事をされてしまう!

 

「二人もいるんだから、片方で楽しんだって問題ないだ」

「両方食ったら殺されるけどな。もっとも、もう一人の別嬪は別のフネで先に行っちまったから手は出せないが…、まったく肉付きがいい生娘ばっかり持っていきやがる」

「自分も気に入ったからって、か、勝手なんだな幹部わ」

 

 イネスはあずかり知らなかったのだが、この時もう一人ミーヤという少女がイネスと同じく誘拐されていた。誘拐された理由は売り払うのもあるがボスへの献上品というのが主である。

 

 特にミーヤは酒場の看板娘であり巷で美人と評判だったのだが、どうも誘拐に関わった海賊幹部がボスの嗜好を知っていたらしく、その御眼鏡にミーヤのほうが合致していたのだ。そのため幹部は自分のフネに略奪品の高級嗜好品幾つかと共にミーヤを乗せて、先に本拠地のファズ・マティに連れて行ってしまったのである。

 

 こういった海賊行為の成果を幹部が独り占めにする事は海賊では当たり前に行われていた。こうしてイネスは先発した幹部の巡洋艦には乗せられず、その他雑多の分捕り品と共に後発の下っ端のフネに放り込まれたという訳である。

 

「それはいいから早いとこ済ませちまおう」

「わ、わっ!…ちょ、ちょっと待てって――――」

「いんやまたねぇ」

「こ、こんなベッピン、逃がす手はないだ。大丈夫、やさしくヤってやる」

「安心できるかぁぁーーっ!!」

 

 じりじりと近寄ってくる獣共に、よりいっそう恐怖心をまくし立てられたイネスは、動かない身体を捩ってなんとか彼らから逃れようとした。距離を取ろうとするが倉庫にはそこかしこに物が置かれており、すぐにコンテナの一つに退路を阻まれる。

 

 イネスが身に感じる恐怖に顔を歪めながら這いずる様を見た海賊AとBは、そんな彼女の行動に被虐心を駆り立てられるのか、下種な笑みをより深める。この時、そう言えば自分は男だった事を思い出し、きっとこの海賊たちは自分のことを女だと勘違いしていると考えたイネスは力の限りに叫んだ。

 

「だから待てって!僕は男だぞ!」

「なにぃ?」

「男ぉ~?」

 

 流石に男には手を出さないだろうとイネスは思っていた。だがその認識は甘かった。彼らの家業は海賊、当然の事ながら女性と知り合いになれる接点などは無く、それゆえに独身が多い。

 

 女海賊はいるにはいるが、こんな下っ端のフネに居る訳がない。実力がモノを言う海賊社会ではひ弱な女海賊はつよい海賊に取り入り、実力があれば自分で旗揚げする。つまり一部に集中するか、下っ端には手が出せない力を持っている。

 

 だから海賊船というのは、幹部クラスの旗艦でもない限り、基本的に独身の男やもめ達がぎゅうぎゅう詰めにされている空間でもあるのだ。

 

 もちろんそのままではいろいろとマズイので地上に降りたときには娼館を利用したりも出来るが略奪による出来高制の海賊社会。ましてや上納金なんぞ収める立場の下っ端に毎回娼館に行く金なんぞありゃしない。

 

 

 そんな訳で――――

 

 

「まぁ」

「それはそれで。第一胸触った時に本物だとおもっただか、ちがったべか?」

「ふええ!?」

 

 

―――とこうなる訳だ。男は時に性欲に忠実なのである。

 

 

「オラ嬢ちゃん!いやこの場合は坊主か?」

「んな事どうでも良いだ!メイド少女頂きますだ!」

「う、うわぁ!や、止めてぇっ!」

 

 鼻息を荒くした海賊の片割れがのしかかるようにしてイネスを押し倒す。抵抗しようと両腕を振り回そうとはした。だが、素早くもう一人の海賊が、そのごつごつした固い腕でイネスの両手首ごと押さえつけたので彼女は抵抗できない。

 

 彼女はもともと男。だからこそ獣欲に支配されたケダモノが、獲物に定めた女性にどういった事をしでかすのかが容易に理解できてしまう。その事を象徴するように、まるでごちそうを前にした犬の如く、涎を流す男の顔面が視界に入り込み、本能からの嫌悪感がイネスを襲う。

 

 圧倒的な獣欲を前にして怯えてみせるイネスに男たちは下半身の一物を固くさせ、衣服の上からでもはっきりくっきり視認できる。それがまたイネスにはたまらなく恐ろしく見えた。見慣れた物の筈が、もはや自分を害する物にしか見えなかった。

 

「おら!手間かけさせんじゃねぇ!」

「うぐぅ!?うー!うー!」

 

 抵抗する間に落ちたのだろう、エプロンドレスのポケットに入っていたハンカチが強引にイネスの口に詰められる。ハンカチから香水の淡い匂いが漂うが、今のイネスにはそれは救いにはならなかった。

 

 息苦しさに眼から涙があふれてくるが、それは息苦しさだけであふれる涙ではないだろう。犯される侵されるおかされる。せめて男だったならば力で圧倒されて無様に組み敷かれる事もなかったのにと叫びたくても、口から洩れるのはくぐもった叫びだけだった。

 

「おい!お前そっちもて!縄で縛ってやるんだ!」

「よくみりゃ顔も可愛いだぁ…グヒヒ」

「ム~!」

「どれ、すこしだけあそびましょ~♡」

「ヒッ!ヒィ!?」

 

 海賊たちはズボンをズラしながらそういうと、イネスの体を弄り始めた。首から始まって脇や腹や太ももを無骨な指が撫でていく感覚に泣き叫びたい程の嫌悪感があふれだしてくる。

 

 乱暴に組み敷いたのとは対照的に、柔らかな指使いで体中を弄る彼らは、そのたびに悲鳴を上げるイネスの反応を楽しんでいた。そしてゆっくりと臍を撫でた指は服の中に侵入してきた。地肌を弄られる感覚にどうすればいいのか解からず、イネスの頭はオーバーフローに陥って真っ白に染まっていく。

 

「ああ、もうがまんできねぇ!もういいよな!?なっ?」

「おいおい、もうちょい楽しめよ…って言いたいが、交替まで時間もねぇしな。ホントならもっと喘がせたいが、まぁ穴があれば…」

「ふひぃっ!ヒヒヒヒ!」

「ひあっ…あぁ…」

 

 ついに我慢できなくなったのか男の片割れが血走った眼で相方に叫ぶ。もう一人の男はもう少しじっくり楽しみたいようだったが、血走った眼をしている男がどういうやつなのかを知っているのでしたいままにさせた。

 

 倉庫に布を切り裂く音が響いた。ついに衣服が裂かれたのだ。自分が知らなかった女性の体の理不尽な快楽にもう呆然自失になりかけていたイネスは、衣服が切り裂かれる音を意識の外に聞き、ブラが半脱ぎの状態にまでおろされた時、この服借りものなのにと現実を逃避していた。

 

「「それじゃ、いただきま~す!」」

 

 獣欲にそまった男がイネスの口を塞いでいた布を引っ張り出し、力なく開いた彼女の口に自分の顔に近づいてくる。強引にキスするつもりなのだろう。イネスは顔に掛る息が強くなり始めると同時に、どこか遠くに行っていた意識が嫌悪感と共に再燃した。

 

 こんなの、認められない。体は動かせないが…。

 

「がぁっ!」

「おっと。あぶないあぶない。まだ抵抗する気があるとは」

「でもこれが醍醐味って奴だよな」

「ちげぇねぇだ、グヒヒヒ…」

 

 イネスは残された力を振り絞り、伸ばされた男の舌を噛み千切らんとした。だが海賊稼業に身を置く男はこういった経験も多く踏んでいたのだろう。イネスの最後の抵抗も男たちにはこれから行う行為を彩るスパイスに過ぎなかった。

 

 遊ばれた。そう悟ったイネスは抵抗する気が根こそぎ奪われていく。男の知らない女性の身体に戸惑っていたところにこの仕打ち。もとより女性の感覚は男性のそれよりもはるかに鋭敏である。

 

 もう、好きにすればいいさと、イネスは半ばあきらめて体の力を抜いた。それを見た男たちが、獣の笑みを浮かべ行為に及ぼうとした。その時、海賊船の艦内を揺さぶる程の大きな揺れが彼らを襲った。

 

「「な、なんだぁ!?」」

 

 お楽しみ直前だっただけに、イネスを押し倒していた男たちは驚愕した。その間も船体を揺るがす響きが鋼板を伝ってくる。彼らが立ち直る前に船内には非常警報が鳴り響き、自動的に非常灯に切り替わった。

 

「おい!なんもみえねぇぞ!」

「だ、大丈夫なんだな!ここのCOMで倉庫にエネルギーをバイパスしてやれば…ほれ!明るい!」

「なんなんだホント。デブリでもぶつかったのか?」

「さぁ?」

 

 倉庫は本来人間が常駐しない。その為、非常用電源が回されていないのだ。戦闘時は主電源が落ちるので必然と倉庫の中は真っ暗になる。慌てふためく男二人を尻目に、投げ出されたままのイネスはどうすることもできず、成り行きを見守るしかなかった。

 

 そして、鳴り止まない非常警報に昂りが一時的に萎えたのか、男たちはイネスには目もくれず、倉庫に備え付けられていた端末でブリッジに連絡を取ろうとしていた。

 

「おいブリッジ。非常警報がやまねぇがどうしたんだ?」

『“白鯨”だ!あのデカブツが出やがった!テメェ等!死にたくなかったら応戦――な、何だ?!ロボッ――!ガガ…ッ!』

「おい!おいっ!……切れちまった」

「どうなってるんだか」

 

 呆然とする男たち。備付端末の投影画面にはエラー表示が吐き出され、ブリッジは完全に沈黙している。ただ事ではない。だが司令塔のブリッジが沈黙してしまうと、ただの備付端末で情報を得ることは難しかった。

 

「そ、それに今。途切れる前に『白鯨』って言わなかっただが?」

「そういや…、まさか!あの白鯨か!?それに会っちまったのか!?やべぇ!」

 

 はくげい?…白鯨の事か?――放置されている間に少しだけ冷静さを取り戻したイネスは静かに乱れてしまった衣服を直しながら、海賊たちの焦った声を聴いていた。

 

「たしか、最近頭角を現した0Gドッグの艦隊で、旗艦が大型輸送船並みの大きさがあるフネで―――」

「惑星間輸送船で遅速だと勘違いした奴らを見た目よりも高い機動性と巧みな操船で翻弄し――」

「ひとたび火砲に火が灯ると武装と推進器を正確に撃ち抜いてきて――」

「逃げられなくなった海賊船のすべてを平らげる、すべてを呑み込んでしまう姿から付いた名前が――」

「「白鯨!」」

 

 大変だー!と海賊二人が慌てふためくのを尻目に、彼らの会話を聞いていたイネスの心境は三点リーダの羅列で覆われていた。彼らの会話内容を聞く限り、今乗っている海賊船が遭遇した『白鯨』なる存在にひじょーに心当たりがあったのだ。

 

 というか、彼らが言っているような非常識かつ破天荒な艦隊行動をとらせる0Gドッグなんてものは、この広い宇宙では一人しかいない。ただ、その破天荒さに巻き込まれたが為に、こんな姿になってしまったので、イネスとしては微妙な心境であった。

 

「おいこうしちゃいられネェべ!早いとこ逃げねぇと!」

「逃げるって何処にだよ!とりあえずお楽しみはあとだ!部署に向かうぞ!」

 

 あわてて倉庫から走り出そうとする男。それを相方が引きとめた。

 

「待つだ!もしかしたら沈むかも知れねぇし、こいつも連れてくだ」

「ああん?お前やさしいところあるんだな」

 

 イネスを指さしてそう語る相方に、男は不思議そうな面をさらす。だが気の股から生まれ出でて人の心なんておいてきてしまいましたと言いそうな男共がそんな殊勝な事をいう訳がない。

 

「はぁ?だってこのフネが万が一沈んだら、この女を貢ぐ話もうやむやになるべ?」

「なるほど!そうなれば俺たちのおもちゃに出来るって訳だ。お前あたまいいな!ぐへへ」

 

 非常に下種な事を平然と言ってのけるバカどもである。今まさに噂の白鯨に襲われているのに自分の欲望を優先させるあたり救い様がない。第一フネが沈んだら脱出ポッドに乗り込む必要があるが、基本的にそういうのは一人用なのだ。客船ならばともかく、海賊の下っ端のフネに人数分のポッドが用意されていると思っているのだろうか?

 

 答えは否である。

 海賊は良く言えば実力社会であり、悪く言えば助け合いの精神なんて物はトイレのちり紙とさほど変わらない価値しかない。弱肉強食な空間なので脱出ポッド一つとっても、それを確保できる力や狡猾さを持っていない弱者はいらないのだ。

 

 頭が足らない男共は獣欲めいた妄想を膨らませて、股間まで膨らませているが、万が一の時にイネスを乗せるポッドがない事には気がつく様子はなかった。

 

「くっ!」

 

 そんな阿呆共を尻目に一時的にではあるが立ち直ったイネスは倉庫の隅に置かれていたパイプ(のような物)に手を伸ばしていた。阿呆な男たちは気が付いていなかったがフネを揺さぶる振動が徐々に強くなってきているのにイネスは気が付いていた。

 

 つまり、それだけ強力な攻撃が加えられているという事であり、フネが沈む可能性も高い。脱出ポッドもないこんなカビ臭い備品置場のような倉庫にいたら助かるものも助かる筈もない。

 

 だからイネスは生き残る為に、武器になりそうな物で男たちを何とか倒せないかと考えた。ただし、ここに誤算があった。彼女は彼だった時から根っからの参謀タイプであり、同僚のトーロのように汗水たらして体を鍛えて実働する事を嫌悪していたが為に非力であった。

 

 そして、当然ながらその力は女体化によりさらに弱体化しており…。

 

「あわわわ…!?」

 

 持ち上げようとした途端、バランスが崩れたパイプが大きな音をたてて倒れた。彼女の弱体化したパワーではフネの補強材にも使われる合金製のパイプは重すぎたのである。

 

 慌てて拾い上げようとするが、弱体化している彼女の筋肉では持ち上げられても振るうことは出来なかった。更には重い合金パイプが散らばる発する甲高い金属音は下世話な会話を交わしていた男共の耳にとまり――

 

「「なぁ~にしてるのかなぁ?」」

「ひぃ!?」

 

―――音に反応した彼らと眼が合うのは必然だった。

 

 慌ててパイプを構えようとするが、やはり重過ぎて振り上げたところでバランスを崩したイネスはつんのめるようにして転びかける。

 

「おっと。いらっしゃい」

「自分から飛び込んでくるなんて、実は望んでたんか? このエロメイドちゃんめ」

「くッ――!!(ボクは…ココで終わるのか…)」

 

 だが転んだ先は運悪く、海賊共の腕の中だった。イネスは表面上は抵抗の顔色を浮かべているが、内心では血がスーッと抜けたかのように青くなっていた。抵抗も無意味に終わり、このままでは男共に弄られて、男だったのに慰み者となるかもしれない。

 

 諦めかけたイネスの脳裏に次々と、あの短くも濃い生活で知り合った仲間たちの顔が浮かんでは消えていく。最後の最後に思い浮かべたのは、自分と同年代の若き艦長が…何故か海岸で腰まで海に浸っている姿が浮かんだ。

 

『―――あきらめんなよ』

 

 へ?――とイネスは驚いた。ふと、あの宇宙航海者の常識をトイレに流してしまったような若き艦長の事を思い浮かべた瞬間、脳裏に浮かんだイメージであるはずの艦長が語りかけてきた気がした。

 

『あきらめんなよ! どうしてそこであきらめるんだ そ こ で っ ! 俺だって宇宙線が飛び交う中、海賊狩りとジャンク回収頑張ってんだよぉ! この海はイメージだけど、それくらい大変なんだよぉ! だからもっとぉ! あつくなれよぉぉぉ! ……という感じで某火の神様のお言葉にあやかってみたッス~』

 

 ピキ、と青筋が浮かぶ。何でか知らないが脳裏でイメージングしたあの男は、今の諦めかけている自分をみたら、絶対に無駄に能天気な顔をして、こんな事を言ってくるような気がしてならない…というか、火の神って誰だよ。

 

 そんなアホ丸出しな艦長に対して怒りがこみ上げるが、それ以上にもう諦めようとしていた自分にも腹が立ってきた。いずれはもっと高みに行く僕が、この程度で諦める?それはイネスの奥底を揺り動かすのに十分すぎた。

 

「………せん」

「ああ?なにか言ったか?」

 

 呟くように言葉を零したイネスに男が顔を近づける。その瞬間、込みあがる怒りと何かが、イネスにこれまでにないパワーを与えた。

 

「やらせはっ、せんぞぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 そして、イネスは思いっきり、覆いかぶさる男の股間を蹴った。

 

「はぁうんっ!?」

「な!?このアマっ!」

「髪の毛を引っ張るな!噛むぞコラァ!!ぼくはまだあきらめないぞぉぉぉ!!」 

「きゅ、きゅうになんなんだべさ!?ええい大人しく―――」

「がうぅぅぅ!!」

 

 普段のイネスを知るものがみたら想像もできない程、冷静さをかなぐり捨てた抵抗をしてみせる。そんなキャラを捨てた彼女によって相棒がやられた男だったが、ハッとするとイネスを大人しくさせようと試みる。

 

 てっとり早く女性の命たる髪の毛を鷲掴みにして引っ張るが、普通の女性ならともかく元々男だったイネスにとって髪の毛はそれほど大事なものではない。髪が取れても構わんとばかりに頭を振りまくり、これはたまらんと手を引いた男の腕にかじりついた。

 

 思ってもみなかった程の頑強な抵抗に動揺し、食いちぎらんという気迫で齧られたので男は悲鳴を上げる。そんな中で再び轟音が海賊船に木霊した。今度は船体自体にも激しい揺れが襲い掛かり揉み合っていた海賊とイネスはお互いをつかんだまま転倒した。

 

 倒れた拍子にしたたかに身体を打ち、一瞬意識が朦朧としたが、それを気合いで押し流して意識をはっきりさせる。見れば海賊共も呻いているので、ほんの数秒だけ意識が揺らいだだけのようだ。今の内に倉庫から逃げられないかと考えた矢先、外から聞きなれない音が響いていることに気が付いた。

 

 それは白兵戦の音だった。メーサーライフルやスークリフ・ブレードが交わされる戦闘音、航海班所属のイネスにしてみれば聞きなれない音なのだ。

 

「メーザーライフルだと…?近くに来てる!?やばいぞ!?」

「に、逃げるだよ!すぐに!」

「ああ!すぐ近くに脱出ポッドがある!後、こいつも連れてくぞ!」

「んだ!」

「や、やめろ!離せ、離せよッ!」

 

 再び捕まえようとする男共にイネスは最後の抵抗を試みた。このまま連れ去られれば慰み者となるのは避けられない。そんなのは男としての自分が許さないし、女の身体で受けた恐怖がイネスをかきたてていた。

 

 外から響く爆発音や戦闘音をBGMに彼女は倉庫という場所を利用し、棚に陳列されているコンテナや物を手当たりしだいに放り投げる。

 

「コンの!大人しく―――っ!」

 

 だが、所詮非力なイネスが投げつけた程度では屈強な彼らはひるみもしない。胸倉をつかまれてコレまでかっ!―――そうイネスが眼をつぶった瞬間、倉庫の扉が爆発した。

 

「「「うわぁぁ!?」」」

 

 意口同音であったが思わず驚きの声を男共と共に上げたイネス。つかまれたままなので首だけを回して倉庫のエアロックの方を見やると、本来は認証がなければ開けられないロックされたドアが外側から拉げて開かれていた。

 

 唖然とそれを見つめるイネスたち、そんな彼らの耳にカツンカツン――という金属性の硬い物が床を叩く音を響かせながら何かが近寄ってくる。爆発によって上がった煙の中から現れたのは……思っていたよりも小さな人影だった。

 

 重たそうな宇宙服、空間服の上から着用する白兵戦用の装甲宇宙服を着込んでいたが、視界を確保する為か重い頭部ヘルメットを後頭部にあるラックに取り付けて素顔を晒されている。

 

 その顔は、銀髪を肩まで伸ばした色白で紅眼をした少年の顔。アルビノと言ってもいいその少年は煙を吐いている円筒を肩に担いで悠然と入り口に立っていた。

 

 そして何かを探すようにあたりを見回していた少年は、呆然としていたイネスの方で視線を止めた。

 

「あ…」

 

 この少年が誰なのか気が付いたイネスだが、何故か言葉を出すことが出来なかった。なぜならイネスを見た途端、アルビノの少年の眼に怒りの炎が灯ったからである。イネスを見た瞬間に浮かべていた喜色の色は消えうせ、どこか能面のように無表情となり怒りによって見開かれた紅い目がまるで血を滾らせているように爛々と輝いていたのを彼女はみた。

 

 普段の気の抜けたような顔ではなく、弦を限界まで張り詰めた弓矢の如く、緊迫した空気を纏う彼をイネスは知らない。イネスが知っている彼こと戦闘空母ユピテル艦長のユーリは、もっと気が抜けた…暖かい優しい顔を向けてくれる人だ。

 

 こんな彼はしらない。本気で怒る彼をしらない。だけどその怒りは自分の為に浮かべたものであるのは理解できて…そしてそんな彼を見つめていると破裂しそうになる心臓の高鳴りをイネスは知らなかった。 

 

「な、なんだ一人か。脅かせやがる」

 

 動かないユーリを見ていた海賊の一人が不敵な笑みを浮かべて……股間を押さえながら……立ち上がるとナイフを引き抜いた。意外な事にそのナイフは柄は古いものの、持ち主の様相に反して刃は鋭く、鈍い金属の光を放っている。男が引き金のような部位を指先ではじくと、鈍い金属の表面が青白く発光し、不気味な灯りで倉庫を照らす。

 

 それは間違いなくスークリフブレードの光だった。臨界点以上に加圧・加熱した超臨界流体(Super Crifical Fluid)へ変換した金属による被膜加工が施された刃は、出力を上げる事であらゆる物質を融解し溶断する剣となる。ナイフ状で小型ながらも装甲宇宙服の装甲も当たり所によっては切り裂けるこの武器は、男の自信の表れに見えた。

 

「お、おい。向こうは銃を持ってるだよ?!」

「安心しろ、この倉庫は外殻部にあるんだ。あんだけでかい獲物を撃ったら隔壁が壊れて自分がアブねぇ」

 

 男の言葉にピクッと眉をひくつかせるユーリに男はさらに笑みを深めた。男が思うに目の前の銀髪の少年が持っている獲物はこの狭い部屋では使えない代物に見えていた。特に肩に担いでいる小型のバズーカに見える武器は破壊活動にうってつけだろうが、人質となる少女が近くに居る上に外殻部に作られたこの倉庫では使えない。

 

 万が一、それを使って男たちの背後の壁を壊せば、間違いなくこの部屋にあるものはすべて暗黒の宇宙空間へと吸い出されるのだ。なにせ下っ端の海賊船なので少々鋼材をケチり重要なバイタルパート以外の装甲重量はカタログスペックよりも低い。あまり重要ではないモノを収めるこの倉庫も例にもれず装甲されていないので、耐久力は通常の宇宙船と大差なかったのである。

 

「だから、あいつは撃てねぇのさ」

「おお!なるほど!」

「あの御大層な剣も狭い室内じゃ扱えねぇ。ただの飾りだ」

「それにこっちには……人質もいるだ!」

「あいたっ!いつの間に!離せッ!」

 

 何時の間にか近寄っていたもう一人の海賊がイネスを拘束する。相方が人質を確保したのを横目に見て海賊は海賊らしい卑怯な要求を行おうと口を開きかけた。

 だが―――

 

「ってあの坊主武器を下ろさないだよ!?」

 

 海賊たちの行動に微塵も揺らぐことないユーリは、その手に武器を構えたままだ。一瞬イネスは自分を助けに来たのではないのではと思うほど動じていない。その大砲を使うことに微塵もためらいが無い。そういわんばかりである。

 

 男達が何か言おうとする、だがその前にユーリの手にある円筒が光った。圧搾空気のタンクが破裂したかのような低い音が二発倉庫に木霊すると同時に、海賊二人は何かに弾き飛ばされたかのようにして完全にぶちのめされたのだった。

 

 尚、ナイフをユーリにむけた男は吹き飛ばされた反動でイネスにもたれ掛るように白目をむいて気絶してしまい、思わずヒッと小さく悲鳴を上げてイネスは男を突き飛ばした。突き飛ばされた男はそのまま雑多に詰まれた箱の山に突っ込み、崩れた箱の下敷きになってしまったがそれはどうでもいい。

 

「ふははははっ!この武器が狭い部屋で使えないと何時から錯覚してたッスか!」

「………っ!なんて危ないことをしてくれたんだ君はっっっ!!」

 

 脅威?であった海賊二人をさっさと始末したユーリは腰に手を当ててバズーカ片手に馬鹿笑い。一体何をされたのかはわからないが、目の前の若き艦長が何かをして、己の貞操を散らそうとしてくれた敵を倒したのは解る、解るが……理解は出来ても納得は出来ないというのをイネスは味わった。

 

 ともあれ安心した反面、敵を倒して能天気な顔をする目の前の存在にイラっとしたイネスは怒りを込めて彼を叩いた。チョップが脳天に突き刺さったがユーリは全然効いていませーンとばかりに平然としており、それがまたイネスをいらだたせる。女性になった身体ではあまり強い力を出せず、それほど強くは叩かなかったが何かムカついた。

 

「えー、大丈夫ッスよ。出力調整できるエネルギーバズだもん」

「その所為で隔壁に穴が開いたらどうするんだっ!もしもこいつらが言っていることが本当なら下手すれば宇宙に吸い出されてたんだぞっ!?」

「ふふふ、FPSで鍛えた俺の腕に死角はなかったッス」

「本当に助けに来る資格なしだよ!?」

 

 そんなことを楽しげに語るユーリには、部屋に入ってきた時の怒気はもう感じられなかった。そこにあるのは何時もの仲間に対して見せる能天気な垂れた目つきだけだ。その事にどこかホッとした。

 

 しかし、ユーリが怒気に塗れた時に感じた胸のドキドキした高鳴りは、結局のところなんだったのだろうか?生粋の女性ではないイネスには理解できない現象である。何か、こう、うれしくて興奮した時に近いものだったような気がするのだが…と、そこまで考えた時だった。

 

「あ、あれ? なんだ?」

「おいおい、腰が抜けたんスか? そりゃ白兵戦に出たことは無いとは言え0Gドッグならこれくらいで腰を抜かすのは……って、おい。大丈夫っスか?」

 

 イネスは唐突に力が抜けてしまったようにその場に座り込む。それを見ていたユーリは揶揄するが、尋常じゃない様子のイネスを見て茶化すのをやめて真顔になった。

 

「へ、へんだ。おかしい。あれ?どうなってるんだ?」

「マジで大丈夫スか?なんか…震えてるっスよ?」

「あう…うぅ」

 

 困惑するイネスだがこれは仕方が無かった。これまで貞操の瀬戸際で緊張したままだった気持ちの糸が、ユーリのある意味揺るがないゴーイングマイウェイな雰囲気に当てられて、ぶっつりと断ち切られてしまったのだ。自らに降り注いだ理不尽に対する怒りによって保たれていた緊張が途切れ、その所為で無意識に刻まれていた恐怖がぶり返してきたのである。

 

 思い出したくないのに、イネスの脳裏には獣欲に塗れた目で彼女に覆いかぶさった男共の記憶が思い出され、その時感じた恐怖で身体の振るえが自分の意思では止められない。ほんの少し前に起きた事だけに、あまりにも鮮明に記憶されすぎていて、男共から臭うタバコと酒の残り香に咥え、そいつらの口臭と空間服に付いた汚れの染みの数まで思い出せるほどだ。

 

 この時ほどイネスは自分の記憶力がある頭を恨んだことは無かった。記憶が鮮明すぎて中々恐怖が収まらないのである。

 

「とりあえず立てるッスか?」

「ひっ!」

「――っ!」

 

 尋常ではないイネスの様子に、心配したユーリは彼女に手をかそうと手を伸ばした。

 だが手は悲鳴を漏らす彼女によって振り払われる。極度のストレスに置かれていたイネスはユーリが手を伸ばした時、あの時に感じた恐怖が瞬間的に膨れ上がった。いわゆるフラッシュバックというモノである。

 

 記憶から来る実際に受けた精神的な苦痛が、似たような仕草や状況に当てはめられてしまい、それにより無意識に他者を拒絶したのである。認識力が極度に低下したことで仲間であるユーリにまで言いようも無い恐怖を感じてしまったのだ。

 

「あ、ごめん艦長!?」

 

 だがイネスは聡明だった。すぐに自分がしでかした非礼に気が付いて謝罪する。だが、その彼女は普段の彼女を知っている者からすれば見てられないくらい怯えていたのが見て取れた。

 

 かろうじて口にした謝罪の言葉もかすかに震えていたほどなのだ。普段のどこか上から見下したような物言いをするイネスを知っているユーリとしては、違和感を禁じえない、恐怖に怯える少女のような彼女の反応に驚くしかない。

 

(……こりゃ相当堪えてるな。あのイネスがここまで怯えるとは……んー、とりあえずフォローはしないとなァ)

 

 ケアが必要だなと内心思うユーリだが、同時に仲間にここまでトラウマを植えつけてくれた海賊共に対しての怒りが更に燃え上がったのは言うまでも無い。だが、怒りを内側に溜めつつもそれを表出させないように意識を集中させる。

 

 唯でさえ男性不審に――元男なのにそれはどうなんだとも思うが――成りかけている性犯罪被害者な彼女を安心させなければならない。イネスは自分のフネのクルーなのだ。クルーである以上、艦長の庇護を受ける者であり、自分にはその責務がある。

 

 ユーリは無意識であったが、そう自然と考え、そして行動した。

 

「おいイネス」

「う…うう…」

 

 イネスの前に立つユーリ、近づくだけで身体を引きつかせた彼女に、ユーリは無理やりに近づいた。イネスは…特に動こうとはしなかった。怖い、怖くてたまらないのだが、何故か語りかけてくる彼を前にすると、逃げたくないという意識が働いた。

 

 それが何時ものプライドから来るライバル意識なのか、それとも肉体の変化に伴う違う何かの発露なのかは誰にもわからない。だが少なくともイネスは恐怖の対象となりつつある男性という存在を前にして、逃げようとはしなかったのだ。

 

 それを見て手を伸ばせば届きそうなところまで近づき、座っているイネスの顔に視線を合わせるようにしてしゃがみこんだユーリ。しばらく両者には沈黙が流れた。イネスは荒れ狂う感情に理性が追いつかず顔を上げてユーリの方を見ることができなかった。 

 

 ユーリは怒っているのだろうか、何故ほうっておいてくれないのか、理解できない。だんだんと沈黙が身を締め付け始めたあたりで、イネスはボソっと口を開いた。

 

「……たすけに、きたのか?」

「そうッス」

 

 彼は躊躇わずに答えた。それがイネスの心をかき乱し波立たせる。

 

「は、はん。こんな、海賊に捕まるような、馬鹿野朗は、捨てていけばよかったんだ」

「……それで?」

「そう考えるのが合理的だし、普通の艦長はそうする、よ」

「……で?」

「ぼくなんか、助けに来る必要は無い、無かったんだ。なのに」

「……んー」

「なんで、なんで君は、一人のクルーの為に、わからない。解らないよ。助けられてうれしいのに怖い。なのにうれしい。何なんだよ…怖いよ艦長」

 

 ぐちゃぐちゃな感情をそのまま吐露したイネスは再びうつむいた。本当なら助けられてうれしいはずなのに、素直に喜べない自分がそれを邪魔をする。だからイネスからごく自然にその言葉が口から漏れた。

 

「助けてユーリ」

「言われなくてもッス」

 

 その瞬間、頭部に圧力を感じた。ユーリがイネスの頭に手を伸ばしたのである。一瞬身体が飛び跳ねそうになるが、その前にユーリの手から伝わってきた暖かさを感じた途端、急にその気が失せてしまったのをイネスは感じ取った。

 

「イネス、いまじゃお前は俺のフネのクルー。俺の仲間ッス。俺は俺の庇護にあるものを成るべく見捨てはしない。お前が俺のフネのクルーであるのなら、俺たちの仲間であるのなら、そのために俺は出きるだけ助けるッス」

「あっ――」

 

 ぐりぐりと容赦なく撫でられる、その所為でイネスの髪はどんどんぐちゃぐちゃにされていく。だがそれに反比例するかの如く、イネスの心に暖かなもので満たされていった。

 

 気が付けば強張りも融解し、イネスはユーリにされるがままとなっていた。心なしか気持ち良さそうに眼を細め、ユーリのなでなでに身を任せている。

 

 しかし、ユーリは内心で汗をかいていた。実のところこの男、臨床心理士とかカウンセラーの技能なんぞ終ぞ持ち合わせていない。なんとなくイネスのフォローをしなければと思い立ったはいいものの、心に傷を負った人の相手の仕方なんて全然知らない。とりあえずしゃがみこんで話だけでもとか、なんとなく思いついた行動をとったのである。

 

 助けてとイネスが漏らした時、その時のイネスの姿が普段強気な銀髪メイドさんが弱気になっているように見えて……だから、ついやっちゃったんだー☆てな具合である。つまり、ノリと勢いの産物だった。この馬鹿ホントに救い様が無い。

 

 こんなオチだが話はそれだけで終わらない。なんとなくだがユーリは『あれ?これってヤク○さんが女性に乱暴した後急に優しくして垂らしこむのに似てね?』とか思っちゃっていた。事実、イネスは先ほどまでとはうって変わってユーリを受け入れている。

 

 鬼畜艦長ユーリ爆誕!?とか考えてしまった彼は、いろんな意味で終わっているのかもしれない。どちらにしろ真面目路線は長続きしないのよ、と謎の言い訳を内心でしつつも、とりあえず落ち着いたのでイネスを撫でるのをやめた。

 

「あ…」

「おいぃ、なんで惜しいみたいな声をだしてるんですかねぇ?」

「いや、違う!なんでもない、僕は大丈夫だ」

「そうかそうか。もう大丈夫か。ならばジュースを奢ってやるッス。9杯でいいか?」

「多いよ!?」

 

 思わずブ○ント化(さん、を付けろよデコ介ry)したユーリだったが、撫でるのをやめたのを惜しんだことを必死に否定するイネスの姿にちょっとだけ安心した。あとネタにマジレスする姿にも。

 

「まぁとりあえず、みんなのところにもどるっスかね」

「ああ………艦長」

「なんスか?」

「……その、ありがとう」

 

 どういたしまして…と出入り口から出ようとしたユーリが答えようとしたその瞬間。

 

「おう!イネス!助けにきたぜっ!てうえっ!」

「「「イネス~~~(ちゃ~ん)!!!」」」

「ぶはぁぁぁ!なんて刺激的!さすがは我らが女神さまぁぁぁぁ!!」

「俺もう死んでいい。むしろこの光景を忘れない様に誰か殺して!」

「トーロ!見ちゃダメぇぇ!!」≪ズブン!≫

「ぐあぁぁぁぁ目がぁぁ!目がァァァッ!」

「イネスー大丈夫だったー?」「とりあえず服を着替えさせた方が良いだろう」

「ではこれをどうぞ」「まってミドリ、ソレは女性モノだよ?」

「……チッ」「ミドリさんや、女性が舌うちするモノではありませんぞ?」

「ようイネス、無事でなによりだね?」

「み、みんな」

 

 なんと狭い倉庫にユピテルのブリッジクルー+αが全員集まっているのだ。しかも扉の向こうには、一般クルー達の姿まで見える。フネの方はどうした?

 

「いたた…、なんでドア開けたら皆いるんスか?」

「「「ああ、ゴメン艦長」」」

 

 ドア開けた途端、クルーたちに突き飛ばされて、自分が倒した海賊と同じく箱の山に突っ込んでいた。そこから抜け出した彼に周りも謝るが、殆どがイネスに熱中している為にユーリに謝ったのは良識派のごく少数。なので彼の顔が若干泣き顔なのは御愛嬌。

 

「しくしく、みんなで俺をいじめるッス」

【ご愁傷さまです艦長】

「うう、ユピだけが俺のこと心配してくれるッス」

「私もいるよユーリ」

「じゃ訂正、ユピとチェルシーだけッス」

 

 少し涙目な艦長、と言うか潰された癖に結構元気なやつである。

 手に持った携帯端末からフネのAIが彼を慰める姿はとてもシュールだった。

 

「んで、なぜに皆ここに?イネス発見とか言ってない筈なんスが?」

「アンタが連絡よこさないから、トラブルが起きたんじゃないかって思って、戦える連中率いてこっちに来たんだよ」

「ユーリったら。携帯端末の呼び出しに気付かないんだもん」

【端末から艦長周辺をスキャンしたところ、イネスさんと思わしき生体反応が検地できたので、捜索しているクルーに連絡したら…こんな事に】

「あそう…、ところで周辺に敵は?」

【センサーに今のところ反応はありません。仮に居たとしても自動迎撃システムは全段オンラインです。ミサイルが百発飛んできても撃ち落して見せますよー!】

 

 だれもブリッジクルーが誰一人フネにいないのか!?とイネスは驚いたが、反面自分を探しにきてくれたからだと瞬時に理解し、赤面する。

 

「「「ふぉぉーーっっっ!!頬を赤らめるメイド少女ぉぉーーっっっ!!!」」」

「カメラでパシャリ。こんなことも、こんなこともあろうかと!高解像度キャメラだ!」

「「「班長!あとでデータください」」」

「うむ、まかせ「おおーっと、エナジーバズの手元が狂ったーっス」――ぎゃー!俺のカメラがぁぁーーっっ!?艦長テメェ!?」

「いや、俺は助けてやったんスよ? ケセイヤさんの背後に立っているセクハラ撲滅会の制裁から、ね?」

「え?」

「だめですよぉー整備班班長ー。女の子を許可なく撮影するのはー、セクハラというか盗撮、つまり犯罪なのですー」

「元男という言い訳は結構。過去ではなく今が大事ですので」

「グ、エコーとミドリさん…何時の間にそんなグループを…」

「いっその事、騒がしい整備班の♂は全員トランスセクシャルさせればいいのでは?」

「そうすればー、セクハラもなくなるしー、むさ苦しい部署がお花畑ー。イイ事尽くめー?」

「「「「謹んでお断りしまーすっっ!冗談じゃねぇーっっ!!」」」」

「まったく、どこでも騒がしい連中ッス。ま、ソレはさておきとりあえず」

 

 逃げ惑う男性クルーを追いかける女性クルーたちの騒乱を背後に、イネスにさりげなく近寄っていたユーリは彼女に向けて口を開いた。

 

「おかえり、ギリギリだったけど無事で本当に良かったッス」

「……ふ、ふん」

 

 恥ずかしいからなのか、そっぽを向くイネスに苦笑しつつも、仲間を取り戻したユーリたちは自分たちの家であるユピテルに戻ったのだった。

 

 

 

***

 

 

 

Sideユーリ

 

 

 ふぅ、なんとかイネスを奪還する事に成功したぜ。様子から察すると後少しで喰われちゃう寸前だったみたいだな。ホント二重の意味で間に会ってよかった。仲間がコレを気に変態さんになっちゃったら目も当てられないし、俺もとってもやるせない思いで一杯になっていたことだろう。精神衛生的にも助かったんだな。イヤ、ホント。

 

 ちなみに、連れ去られたイネスをどうやって助けたのかというと、まずイネスが連れ去られた時間を逆算し、海賊船の巡航速度と照らし合わせて、早期警戒型のRVF-0(P)を展開。ユピテルの超長距離レーダーも合わせてセンサーを総動員して海賊船を探し出した。

 

 もしも海賊船が巡航速度より速い高速艦だったりしたとか、ゆっくり動いていたなら、もう少し手間取っただろうけど、今回はある意味運が良かったんだろうな。その結果、複数の海賊船を見つけたが、その中でイネスに持たせておいた携帯端末が発する反応を探り出した。

 

 ただどの艦にいるのかは解ったが、どうも持ち物を没収されていたらしく、ビーコンがある位置に生命反応はなかった。最悪殺されていることも視野に入れつつ、せめて遺体くらいは回収してやろうと、ようやく編隊行動がサマになってきた無人のVF-0達を投入した。

 

 

 そして俺達が囮となって海賊たちをひきつけている間にアクティブステルスで隠れながら先行したVF-0達によってブリッジを破壊させた。ブリッジが破壊された事で混乱状態に陥った隙に兵員輸送用ランチに飛び乗り、装甲板にVF-0が開けた穴から海賊船の中に突入した。

 

 白兵戦なら任せろーバリバリ!と乗り込んだトーロたち保安部員が、海賊船の主砲などの各兵装を無力化し、安全を確保した後接舷、ブリッジメンバーを含めたイネスを心配しているクルー…勿論俺も含むんだが…彼らと共にイネスを捜索して見つけ出したのである。

 

 そして今ユピテルのブリッジに戻る最中なのであるが―――

 

 

「あっはっは。よかったよかった。無事でなによりだねぇ」

「何言ってるんですか?貴女がこんな変な服を着せたからでしょう?」

「なーに言ってんだい?私らの迅速な対応が無かったら、アンタ貞操の危機だったんでしょ?」

 

 あー、トスカ姐さんが誰も触れない様にしてた爆弾を――というか。

 

「そ、その事には感謝してますけど!だからってどうしてボクの服はメイド服のままなんですか!ボクの服はどうしたんですか?!」

「たまたまアンタの服は全部洗われている最中でねぇ? 第一その姿だと男の服を着たら…見えちゃうよ?」

「うっ!」

 

 いまだにイネスの服はあの破けたメイド服のままである。毛布で隠している姿が痛々しい。どうやら馬鹿な連中がイネスの服を全て洗いに出したらしい。しかも全部丸洗いで戻ってくるのに2週間はかかると言うおまけ付き。犯人はおそらく、俺のすぐ後ろひそかにニヤニヤしているミドリさんだろう。今の彼女には何も言えない。

 

「ああそうそう、アンタの救出の陣頭指揮をとったのはユーリだ。ユーリに礼を言わなきゃいけないんじゃないかい?」

「んー、実はすでに礼はもらって――」

「いや艦長。トスカさんの言うとおり、艦長には感謝しきれない。だからお礼はいくら言ってもいいくらいなんだ」

 

 イネスはそう言うと俺の方に向き直った。

 

「だから、ええと…そう言う訳で、あの…ありがとう」

「わぁお」

 

 ええと、とりあえずイネスがどういう状況なのかを伝えさせて頂きますと―――

 

 どう見ても女の子にしか見えない眼鏡メイドさん(服が破けて肌露出)が、目の前で恥ずかしそうに頬を少し染めて、若干視線を外してチラチラと俺を見ながらお礼を述べてくれてます。

 

 しかもボクっ娘…うぐぅ、なんという破壊力!理性隔壁がもうもちません!――なにを考えてんだ俺は。

 

「お、おい、艦長。どうした?」

「大丈夫、いまちょっとだけときめいた自分を殺したくなっただけだから。大丈夫、答えは得たッス」

「はっ?なんで死亡フラグが立つようなセリフしゃべってるの?」

 

 唖然としてるイネス、仕方ねぇだろうが、お前さんのその姿は男には毒にしかならねェ。これは早いところイネスをマシンに放り込まなければならない。じゃないとイネス自身が危険だ。主に性的な意味で。

 

「な、何でもねぇッス。だからしばらく来るな。その姿はやばいから。誰か女性スタッフはイネスに付き添って部屋におくってやってくれッス。このままだと普通にクルーに襲われるだろうから女性の警備員も手配しておいた方が良いッス。そして何でもいいから着替えさせてやってくれッス」

「「「了解しました~!」」」

「ええ!?ちょ!離せ!離してくれ!!」

 

 そしてイネスは女性陣に引きずられて連れていかれてしまった。ドップラー効果と共に…南無。

 

 

……………………………………

 

 

……………………………

 

 

……………………

 

 

 さて、とりあえずイネスをマシンに放り込んで元の男に戻した後、彼女…もとい彼に対して性犯罪を起こそうとした二人の海賊の捕虜をマシンに放り込み、女体化した彼らを飢えた獣ども(整備班)のたむろする場所に放り込んで放置(手は出さない様に厳命)して、とりあえずの手打ちとした。

 

 ある意味彼らは悲惨だった。あの性転換マシン、どうもある程度の美化機能が付いていたらしく、不細工な野朗二人がそれなりの美女に変身したからさぁ大変。やめてと拒んでも女性クルーの手で無理やりに着替えさせられて、いわゆるゴスロリみたいなのとかイケイケなファッション(死語)な姿にされて男としての尊厳を破壊された。

 

 挙句、待機していた無駄に血走った男共が嘗め回すように彼らを観賞し、写真撮影大会にまでハッテンもとい発展したので、終わった頃には色んな意味でボロボロになっていた。何人か我慢できずルパンダイブしてきたのも堪えたのだろう。

 

 海賊二人にとっては、ある意味で因果応報なのだが、さすがに仲間内から性犯罪者を出したくないので、やらかした奴らは行為に至る前に女性陣の手で拘束され、説教を受けたのは言うまでも無い。

 

 ただ、パンツ一丁で淡々と女性陣から海賊と同じになってどうするの的な説教を受けている奴らがなんか新しい世界を開いたかのように、凄くすっきりしていたのが怖かったが…。

 

 

 まぁ兎に角、襲われる恐怖を存分に味わった二名はそのまま女性として生きてもらう事にして、どこかの星に下ろす事を決め、問題のマシンは封印措置を取って倉庫の奥に厳重に保管する事になった。

 

 本当は被害者イネス本人の希望もあって、破壊した方が良かったのだろうが、それをすると何故か女性を含む一部のクルーたちが叛乱でも起こしかねない程の気迫で反対したので、折衷案で封印という形になったのだ。どんだけ女の子好きなんだよ。あと女性クルーにも可愛い娘大好きなお姉さま方がいらっしゃったのに吃驚だよ。

 

 ちなみに海賊二人が墜ちるまでの時間は、ざっと2時間。あなおそろしや。

 

 

 それはさておき、気を取り直して何時ものメンバーでブリッジに向かった俺たち。何をするのかというと、これから海賊本拠地ファズ・マティへの強襲作戦を練る為だ。

 

 大体予想できていたが、イネスが居たフネには誘拐された少女、酒場の看板娘、見事なドリルを持つミィヤ・サキ嬢は乗っていなかった。捕虜にした海賊から事情を知る者から得た情報によると、ミィヤのほうが受けが良かったので先に送られたようなのだ。

 

 高速の巡航艦で先に向かったようなので、時間経過的にすでにメテオストームを超えたか、あるいは海賊本拠地ファズ・マティに到着している可能性が高い。彼女も助けるならこの脚でファズマティに向かわなければならなくなったのだ。

 

 イネス救出の為に彼の反応があったフネを拿捕した事で、本来到着すべきフネが一隻だけ帰ってこなかったら、何か起きたのだろうと警戒するだろう。とくにこのメテオストーム近辺はスカーバレル海賊団の庭のような場所なのだ。事故か何かで帰ってこないという風に都合よく構えてくれるわけがないのである。

 

 つまり時間が経てばたつほど、海賊たちは防備を固めてしまう。いくら強力な戦艦を保有する俺たちでも、防御を固めた陣地を正面突破するのはキツイ……ローズでのアレは、まぁ俺も未熟だったのだ!嘘です、考えなしなだけでした。

 

 

 まぁ兎に角、そうならない為にも敵の本拠地に向かい強襲を掛け、敵地に乗り込むのがいいだろうと判断した。防衛兵器とかが動く前に強襲すれば、うまくやれば浮き足立った敵の艦隊戦力を大分削げ落せるだろう。高性能なフネなので敵陣突破もできるかもしれない。

 

 一番いいのは敵の防衛線を突破して港に強制接舷する事だ、そうなれば敵は俺たちの背後に自分たちのホームを見ることになる。つまり流れ弾で本拠地が傷つくことを恐れて攻撃が散漫になる可能性が高い…、ただ稀にヒャッハーな連中もいるので傷つくことも恐れずというか何にも考えないでバカスカ撃ってくるかもしれないけど…。

 

 

 でもどちらにしろ海賊本拠地に乗り込むのは決定していた。これは中央政府から海賊掃討依頼もあるのもあるが、それよりもクルーたちが海賊に対して怒りの感情を向けているのが大きい。

 

 イネス♂がケセイヤ脅威の発明品の力でイネス♀になってしまった。これはそれほど問題ではない。この世界の医療技術は再生医療が普通にできるレベルに達しているので瞬間性転換などお手の物であったりする。なのにオカマとかニューハーフさんたちの受容は消えてないんだから人類って救い様が無いよね。

 

 とにかく問題は、だ。酔ったトスカ姐さんの悪戯に起因しているとはいえ、殆ど全てのクルーが居た宴会の席で性転換したイネスちゃんの御披露目が行われてしまった事だ。コレによりイネスは可愛い美少女クルーとして酒に酔っていた連中に認識されてしまったのである。

 

 彼には悪いが、この宴会の前でのイネスの評判は…すこぶる地味だった。ある意味空気と言ってもいい。彼自身は上から目線の線の細い眼鏡が似合う破れ短パンの美少年という…、いやまぁある意味目立つんだが、うちの濃いクルーの中では比較的平凡なほうだったのでキャラが埋もれてしまったというか。

 

 

 普段の彼は俺を含めたブリッジクルーなどのメンバーには知られていたが、その他の部署にいる一般クルーにあまり知られていなかったのである。何が言いたいのかというと、元々美少年だったイネスは美化機能まである性転換マシンの力で美少女化した所為で、お酒の力で認識力が低下していた多くのクルーには、美少女のクルーとして知られてしまったのだ。

 

 なのでクルーの多くは可愛い美少女の仲間が海賊という下種共に浚われて、挙句貞操を散らされかけたと思ってしまった。これで怒らない理由がない。そんな風に断言できるほどに海賊に対して怒りの気炎を滾らせたのである。

 

 ウチのクルーたち結構情に厚い連中が多いからなぁ。かくいう俺もたかが海賊に仲間を傷つけられて黙っていられる程、昼行灯ではないつもりだ。まぁ詰まるところ、海賊共に言える事はただ一つ、スカーバレル海賊団、てめぇらは俺らを怒らせた。

 

 

 そこに来て同じく美少女のミィヤの存在も俺たちの行動に拍車をかけている。ミィヤが女性なのですぐには殺されはしない事はわかっているが、同時に海賊に浚われた女性がどうなるかなんて、少なくとも胸糞が悪くなるような事をされるのはすぐにわかる。

 

 人類の宝である美少女が海賊の長に組み敷かれて蹂躙される? んなの許せるはずないだろ常識的に考えて。合理的じゃないし、馬鹿なのだろうといわれそうだが、そうだよ馬鹿だよ。それが俺たち0Gドッグ、宇宙航海者でアウトローなのさ。

 

 自由に生きて自由に死ぬ。そんな中でも人助けだってしちゃう。理由?人を助けるのに理由なんて要るのかよ。でっていう。

 

 ………まぁ実際のところは、俺がチキンハートだから美少女が可愛そうな眼に会うかもしれないのに、良心の呵責で寿命がマッハでピンチだったからなのだが。寂れた酒場の看板娘とはいえ、善良な娘であった事は違いない。

 

 一晩だけ語り合った仲なだけだが、一期一会という言葉もあるし、第一危ない目にあっている女の子をそのまま放り出しておくというのは男が廃るってもんだ。それに本拠地と有れば…ぐふふ。銭や、世の中銭なんやでっ!

 

 

―――そんな訳で強襲作戦の会議を始める。まずは各部署の報告からである。

 

 

「あの海賊船をくまなく探ったが何処にも一緒にさらわれた筈のミィヤの姿はなかった」

【フネのコンピュータから吸い上げたデータログによると、どうやら別のフネに乗せられたようです】

「つまり、一足早く彼女はファズ・マティへと移送されてしまったと言う事か?となると…宇宙隕石流、メテオストームを抜ける為にデフレクターの再調整が必要と言う訳だな?」

「そういう事ッスよストール。なのでサナダさん。デフレクターの再調整お願い出来るッスか?」

「ジェネレーターからのエネルギー配分をいじるだけだから問題はない。幸い海賊船から吸い出したデータを見た限り、それほど大幅な変更は必要なさそうだ。とにかく急いで作業にかかる事にするぞ」

「任せたッス。んじゃ残りの全員は戦闘準備を十全にしておいてくれッス。間違いなく戦闘になるッスからね。それじゃあ、作戦を立てていこうか?」

「「「アイアイサー」」」

 

 

 そして俺達は作戦を決め、海賊の本拠地ファズ・マティへの針路をとった。

 

 

***

 

 さて、惑星ゴッゾと人工惑星ファズ・マティがあるとされる宙域との間にはメテオストームが流れている。前になんども述べたが実際に観測できるところまで来ると、そのすごさが肌で感じられる。

 

 恒星系同士が発する重力偏重に導かれた大量の小惑星が、流れる河のような重力の嵐の中で激突したり、あるいは重力の偏りに巻き込まれ自壊したりする光景は、遠くから見ればまさに氾濫して土砂が流れる大河そのものである。

 

 西暦生まれの常識で考えれば、あの流れに突入することは死を意味するだろう。全長1kmをゆうに超える俺たちの旗艦よりも大きい、むしろ十数倍はあるような岩石がところどころ渦を巻いているような光景を見たら、突入した途端フードプロセッサーに掛けられた携帯電話見たく粉々に粉砕される事請け合いだ。

 

 さすがに自殺する趣味はないから粉砕されるのは遠慮したいところである。 

 

「おお、コレがメテオストーム」

「すさまじくダイナミックだなオイ」

「こりゃ確かにデフレクター無しで突っ込むのは自殺行為だな」

「むしろデフレクターありでも不安になる光景ッスね」

 

 空間スクリーンに投影された目の前の光景に思わずそうぼやく。俺のフネのクルーたちの多くも始めて見る、この宇宙の超自然が作り上げた光景に一時見入っていた。俺なんてぽかんとアホみたいに口をおっぴろげてしまう程の光景だ。

 

 重力偏重の余波で重力波の所為でユピテルが揺らされて、それがマジで荒れ狂う河の音みたく聞こえてくるのだから感動もひとしおである。というかどうやって俺たちよりも貧弱な装備を持つ海賊船がここを突破していったのだろう?

 

「ねぇ?何でだと思うッスか?トスカさん」

「私等が知らないルートか、一時的に弱くなるタイミングでもあるんじゃないのかい?」

「うーん、この流れが弱くなるなんて……数千年は無理っぽいんじゃないッス?」

「それもそうだねぇ…そうだサナダ。どう思う?」

 

 最初こそ思考して見せたがすぐに科学班班長のサナダさんに話題を放り投げるトスカ姐さん。なんとなく振った話題だけど無茶振りだったようだ。確かに餅は餅屋に任せるのが正論だ。

 

「その通り。メテオストームは重力偏重によって蛇行こそするものの、その本質は恒星間を漂うデブリ帯が描く軌道とおなじものだ。つまり」

「「つまり?」」

「この流れを止めるのは、現状の我々では不可能に近い。不規則軌道だが基本的には一定の座標へと流れるこれは近隣の恒星でも爆破しないと難しいな」

 

 だが太陽を破壊するのは今の技術じゃほぼ無理と締めくくるサナダさん。流石はその道のプロ、殆ど逡巡せずに俺達の疑問に答えてくれた。何故、話がメテオストームを止めるという壮大なスケールに発展しちゃったのかをちょっと突っ込みたいが、俺はあえて突っ込まない。

 とりあえず解ったのは常に一定の座標に向かって流れているという事くらいか。

 

「突入するかい?それとも迂回する?」

「安全を考えるなら後者。でも、そうなると看板娘さんに危害を加えられる可能性が挙がるんじゃないッスか?」

「だろうね。アンタはそれでもやるのかい?」

「当然。人を助けるのに理由なんて要らないッス。いるのは熱いハートと心意気だけ!大体少数で攻め入るのにコレくらい出来なきゃねぇ?」

「ま、デフレクターが強力だから大丈夫だとは思うけどね」

 

 それにしても間近でみたメテオストリームはすごい大きいな。これもし迂回したらユピテルの全速でも数週間はかかってしまうだろう。宇宙の自然ってのはマジでダイナミックだなオイ!

 

―――さて、驚愕タイムはここまでだ。

 

「ミューズさん、サナダさん」

「このフネ…すでにグラビティウェルの出力調整は…終っているわ」

「クルクスもアバリスも限界出力で動かしても大丈夫だ」

「トクガワさん」

「エンジンはご機嫌。いつでもいけますぞ」

「しからば…デフレクター出力最大!メテオストームを突破するッス!総員警戒態勢!」

「「「アイサー」」」

『総員警戒態勢が発動されました、繰り返します。総員警戒態勢―――』

 

 重力偏重の河を越えると言う事で、艦内があわただしくなる。海賊たちが突破しているんだからウチのクルーに出来ない訳が無い…筈だ。

 

「よし、それじゃあ目の前のメテオストームに向かって―――」

「わたるだけなら難しくもなんとも無いぞ艦長」

「――その話くわしくサナダさん」

 

 全速前進DAっっ!と、どこぞの社長ばりに言おうとしたのだが、サナダさんの言葉に取りやめる。くそ、出鼻を挫かれた感がぱないぜ。

 

 分析や調査を得意とする科学班の班長らしく、彼の指摘は的を得たものだった。簡単に説明すると直進して無理に突っ切るのではなく、常に一定の方向に流れる星々の流れに身を任せて突入という方法だ。

 

 まっすぐ突入できれば最短距離だが、真横から降り注ぐ音速の数十倍の速さの物体が容赦なく降り注いでしまうので、デフレクターを積んでいても素人にはお勧めできない。宇宙では物体は停止することがなく常に流れているが故の相対速度の所為だ。

 

 だが、ソレならば少し上流から流れに沿って斜めに突入すればどうだろう?降り注ぐはずの岩石や小惑星は殆ど止まって、あるいは非常にゆっくりとしたものに見えるだろうとはサナダさんの言である。

 

 ただし、一部白熱化したガスの影響でセンサーの効きが悪く、流れ内部の重力偏重がどうなっているのか予測できないから注意は必要との事。だが迂回よりも早く、直進よりも確実に通過できるとなれば、この方法を採用するしか道はない。

 

 実のところ、さすがに直進はヤバイかなァと俺の勘も告げていた。だって下手すればウチのフネの数十倍はある小惑星がぶっ飛んでくるんだぞ? プラ○テスみた人ならわかるだろうが、天体とかデブリの衝突怖いのです。

 

 どうも急がないといけないと無意識に急かされていたらしく、その考えに至らないとはね…。

 

「メテオストームの重力偏重影響圏内まで、あと20宇宙キロ」

「各艦デフレクター最大出力、臨界作動開始!最大戦速っ!」

 

 サナダさんの提案を受けてメテオストームの範囲外から流れを溯り、河で言うところの上流に到達した後、機関出力を上げデフレクターを作動させた。近くに居る工作艦アバリスを見ると、フネを全て囲む程の楕円球型シールドが発生しているのが見て取れた。可視化できるほど高密度の歪曲場を発生させているのだ。

 

 おそらくこのフネも遠めで見れば同じような感じになったはずだ。この楕円の防御シールドが俺たちの生命線である。そして全ての艦がデフレクターを展開したのを確認してからブリッジエフェクトではない通常空間でだせる最大まで加速する。加速させた艦隊をメテオストリームの流れに逆らわないように流れに沿って斜めに突入させるためだ。

 

 先頭を旗艦ユピテル、次に工廠艦アバリス、駆逐艦クルクスと単縦陣を取り、一列に並ばせてから川の流れに沿って直進させた。

 

【間もなく、河に突入します】

「総員、耐ショック防御!」

 

 そしてフネが河へと突入する。途端かなりの振動が襲い掛かる!

隕石、隕鉄等のデブリがデフレクターと接触したのだ。

 

「ぐわっ!スゲェ揺れ!」

「はっは、バラバラになりそうな勢いだね」

「不吉な事言わんといてください!トスカさん!」

「おっと、これはすまないね」

 

 入った途端デフレクターに激突するデブリの衝撃波がフネを揺さぶるように振動させている。流れに逆らわないように斜めに突入したが、それでもかなり危険な事なのは変わらないようだ。

 

 コリャ本当にデフレクターを装備していないような普通のフネならひとたまりもない。考えてみればユピテルとアバリスは巨大なフネだから、デフレクターと接触する岩石の量も増えるのだ。ストームから抜けるのが先か、デフレクターのシールドジェネレーターがイカレるのが先かのチキンレースである。参加したくないけど…。

 

【デフレクター出力、4000±100で安定、船体の振動はグリーンエリア内】

「外は重力偏重の嵐だな。部分的な空間空洞や時空のゆがみも起こっていそうだ。デフレクター付きの重観測機があれば精密な調査が出来るのだが…」

「あ、そんな高価なモン買わないッスよ?」

「スキャナーのデータだけで満足しておくよ」

 

 結構本能的にヤバイと叫びたくなる振動でストレスがヤバイなかでも、マッドサイエンティストな一面を持つサナダさんは、どちらかといえば目に喜色の光を宿してぼやいていた。流石は我らのマッド、そこにしびれるあこがれる。

 

 眼を外部モニターに向ける。モニターが映す光景は非常にゆっくりとした動きで小惑星がぶつかり合って破裂し、岩塊を撒き散らしたかと思うと、飛び散ったその岩塊が更にまた別の小惑星に激突してというループが繰り返されている。それにより細かくなった岩石の粉末や発生するガスの所為で光学映像の殆どは遠くまで観測できない。

 

 フネの眼であり耳であるレーダーもセンサーも、この岩塊の嵐の中ではあまり機能していないらしく、非常に近距離しか感知することができなかった。だからだろうか?突入してから艦内時間ではまだ3分も経って無いのに手に汗が噴き出してくる。内心いつデフレクターが抜かれるんじゃないかと超怖い。

 

「あと少しでメテオストームを越えます」

 

 オペレーターのミドリさんが上げる報告に、少しだけ力が篭っていたコブシをニギニギする。もうすぐ抜けるという報告を受けてちょっと安心した。

 

 その時であった―――

 

【――警告!本艦の軌道と交差する大型小惑星の接近を確認!!】

 

 ユピが警告を発して空間スクリーンに投影したのは、大きさが約十数kmに及びそうな大きな氷の塊だった。重力偏重によって渦巻くガスの向こう側から、渦を粉砕して此方に飛んできたもので、ガスに阻まれていた為に感知が遅れたのである。

 

 その大きさだけでもこちらの10倍、それがこっち目掛けてすごい速度で迫ってきているなんて怖すぎるっ!この緊急事態を前に慌てた俺は、大きな声で指示をまくし立てた。

 

「転舵!おも舵50!緊急回避急げッス!」

「アイアイ――クソッ!周りの岩塊の所為で身動きがとれねぇぞ!」

「軌道変更できません。衝突コース変わらず。接触まであと少し」

 

 俺の指示でユピテルは慌てて舵を切るが、重力偏重の所為で上手く動かせない。しかし氷塊はドンドン近づいてくる!どうする?!どうすんの俺!

 

「つ、続きはウェブで!」

「なにワケの解らん事言ってんだい!しゃんとしな!」

 

 混乱のあまりデンパを受信して変な事を口走ったが、トスカ姐さんの叱責で我に返り、ついでに自らを奮い立たせる。こういう時、名立たる宇宙戦艦の艦長たちはどうしたか?お願いします沖田艦長教えてください!!どうすればいいんですっ!?

 

(――波○砲、発射用意!)

 

 何故かあの有名宇宙戦艦アニメの完結編劇場版でのワンシーンが浮かんだ。

 ○動砲?そんな強力な火器があれば確かに小惑星くらい吹き飛ばせるだろうさ。あれ初期の段階でオーストラリア大陸規模の浮遊大陸吹き飛ばしていたし、六連発になったり拡散収束お手の物だったしな。ゲーム版含めるともっと種類あるしね。

 

 残念ながらこのフネにあの兵器に匹敵する武装はない―――いや待てよ?

 

「…そうだっ!ストール!火器管制を開け!シェキナ起動ッス!」

 

 ティンと来た。防げないし回避できないが、砕くなら出来るんじゃないか?というか、これでダメなら俺の冒険はここでおわってしまったー!になるぞオイッッ!!

 

「シェキナを使うだって正気か?!」

「回避も防御も出来ないなら砕くか逸らすしかないッスよ!ホーミングレーザーの収束砲撃なら―――」

「まって艦長…。出力を上げたデフレクターを展開しているから…重力レンズを展開してのホーミングに…支障が出てる…」

「ミューズの言うとおりだ。撃っても出力を強化デフレクターが重力レンズと干渉しあう。それと今ホーミングレーザーを放つとジェネレーターのキャパシティを越えるぞ。エネルギー不足でデフレクターの出力が低下してしまう」

 

 う、ならどうすれば…。

 

「なら、一時的にデフレクターを通常出力まで落とすしかないね。それなら撃てるんだろうミューズ?」

「うん…、あくまで出力強化したデフレクターの重力フィールドが…重力レンズに干渉するから…」

「副長、そうなると小さなデブリや小惑星は防ぎきれんぞ」

「この程度のアクシデントなら私が宇宙で旅してた時に経験済みだよサナダ。それに大丈夫、このフネなら一時的にデフレクターが切れても耐えられるよ。私が保証するさ」

「ふむ。彼女のいう事に科学的根拠などないが…」

「が?」

「実際、俺もそう思うな。ユピテルはいいフネだ」

【照れますねェ】

「という訳でユーリ艦長の案で決まりですね。ではどうしますか艦長?」

 

 ミドリさんが最後を締め、ブリッジ全員の目が俺に集中する。どうするか?どうするかなんて決まってるさ。

 

「かまわん!周囲の小惑星ごと粉砕せよっ!」

「「アイアイサー!」」

 

 こうして各自が動き出し、ブリッジの中が慌しくなる。

 

「トクガワさん!ジェネレーターのリミッターを開放ッス!サナダさんは岩石をスキャンしてどこが一番脆いかを解析してストールに指示してくれッス!あとケセイヤはダメコン班と待機!」

「「了解」じゃ」

『あいよっ!待つぜー!船体に穴が空いてもすぐに直してやるぜ!』

「ミドリさんは艦内放送で注意喚起、吸い出されないように装甲板近くは減圧しといてくれッス。エコーは探知できるだけのデブリを近い順にマーク、ユピの自動迎撃と連動させて迎撃してくれ。ミューズさんはグラビティ・ウェルを宥めすかして」

「わかりました」

「了ー解ー!」

「この子は…とってもいい子だから…大丈夫、よ」

「リーフは姿勢制御してフネを安定させてくれッス!」

「あいよ!」

「あとストール!聞いたとおりッス!合図の後に撃って撃って、撃ちまくれッス!」

「任せろ!あんだけデカイんだ!撃てばあたるぜ!」

 

 とにかく矢継ぎ早に指示を飛ばした。こうしている間にも三次元レーダーが表示されている3Dホログラムモニターに写るユピテル目掛けて、あのデカイ小惑星を表すグリッドがドンドン迫ってきているのだ。 

 

 一番正確な情報があつまるブリッジに勤務し、各部署を統括しているブリッジクルーたちの表情もどことなく硬い。回避不可能な小惑星の接近は怖いもの知らずなアウトロー共ですら震え上がらせていた。出来る事ならば、すぐにでも脱出ポッドに駆け込んでこのフネから逃げだしたいのだろう。

 

 まぁ、この重力偏重の大河、メテオストームの中に大した重力井戸装置も搭載していない脱出ポッドで飛び込むのは、樽に入ってナイアガラの滝から落ちるよりも悲惨なことになること請け合いだけどな。しめやかに爆発四散するだろう。間違いない。

 

 各言う俺も脚がガクガクブルブルと震えていたりする。幸いな事に俺がいる艦長席はコンソールに深く足を入れれば下半身が隠れて見えないので、周囲に悟られる事はないだろう。艦長たるもの、指揮官である以上は部下に弱気なところを見せる事は許されないのだ。特にこういう状況では取り乱す=艦隊壊滅だと通信教育の教材に載っていた。

 

 俺は上半身だけは絶対に揺るがせないように気を貼り、泰山の如く椅子の上に腰掛けているように見せかける。俺は山だ。動かざること山の如し、艦長は決してうろたえず揺るがない…という風に見せかける。艦長職も大変なんだぞこれ。

 

「アバリスに砲撃要請ッス!氷塊の弱点を探る!」

【了解です!】

 

 そんな努力もさることながらもこのフネを生かすために全力を尽くしていた。まずは本艦の背後に控えていたアバリスを動かして砲撃を行わせた。工廠艦とはいえユピテルに乗り換える前の旗艦であり、その凶悪なまでの火力は健在だ。

 

 彼女の大型軸線レーザー砲と両舷のリフレクションレーザー砲が火を噴き、甲板にせり上がったガトリングレーザーキャノンが雨あられのような弾幕を形成する。まさに一斉砲撃、元旗艦の意地を見せた攻撃だった。

 

 たとえ、ガトリングレーザーキャノンの散布界が広すぎて、周辺に漂う関係ない小惑星を爆発四散させ、それが大量のデブリ片を生み、俺たちに襲い掛かるという、ある種のケスラーシンドロームみたいな状態になっていたとしても…。ガトリングはやめさせとけばよかったorz

 

【デフレクターへの負荷20パーセント増大、ですが許容範囲内】

「装甲ハッチ開放、ホーミングレーザー砲シェキナの展開完了、エネルギー充填まで後60秒です」

「デフレクターに沿って…重力レンズ展開…いけるわ」

【小惑星、本艦到達まで後70秒!】

「撃てストールっ!」

「ぽちっとな!」

「シェキナ発射、総員耐ショック防御」

 

 だが、おかげで時間を稼ぐことは出来た。ストールがコンソールを叩いた。通常の出力を超えたエネルギーを流し込まれたレーザー発振体がフィラメント最後の輝きを発するかの如く、そのエネルギーを外部に放出した。

 

 直後、ユピテルは尋常じゃない程の振動に襲われた。これはリミッターを外されたジェネレーターのエネルギーを直結された発振体が、そのエネルギーに耐え切れず自壊してしまい、ホーミングレーザー砲列を巻き込んで爆発を起こしたからだ。

 

「シェキナのレーザー発振体に損傷発生、砲列群の4割が使用不能です」

 

 こんな中でも冷静なオペレーターミドリの声が木霊するが、隔壁を通じて響く爆発音とコンソールのダメージ警報がけたたましく鳴り響いて五月蝿い。この爆発で両舷とも少なくないダメージを負っただろう。ホーミングレーザー砲は自作兵器なので通商管理局のメンテナンス対応外、修理費が嵩む事が予想されて頭いたいある。

 

 だが自壊するレベルで稼動させたお陰で、ホーミングレーザー・シェキナは通常の数倍の太さを保ったまま直進。ユピテルが展開しているデフレクターの内面に沿って展開された重力レンズにより偏向、曲射された。

 

 それはあたかもデフレクター自体を重力レンズとした様な状態になり、巨大重力レンズで艦首方向に収束され、指定された方向へと進む指向性エネルギーとなった極太のレーザーが濁流となって目標へと襲い掛かった。

 

 収束した事で威力が乗算的に増大したレーザーが氷の一点にブチ当たる。ほんの一瞬、表面を溶解させてガスを吹く出したが、直後氷塊は強烈な爆発が起きたのを観測した。 直進するレーザーが表面を融解しながら貫通し、内部の氷を急激に溶かしてプラズマかまで引き起こした結果、盛大な水蒸気爆発を引き起こしたのだ。

 

 爆発のお陰か氷塊に亀裂が走ったかと思うと凄まじい勢いではじけ飛ぶッ!思っていたよりも激しい爆発により氷塊はアイスピックで穿いたかのように真っ二つに割れていく。眼の前で巨大な氷が分解していく様は見ていて気持ちいいスケールである。

 

 二つに裂けた氷塊小惑星は水蒸気爆発の衝撃で軌道が狂い、命中コースを大きく外れて本艦後方へと通過していく。直撃だけは避けられたので安堵の溜め息を吐き出した。

 

「隕氷破壊成功」

「「「よっしゃぁあーー!!」」」

「ですが破片が広範囲に拡散、接近中です」

「「「やっべぇーーー!!」」」

 

 そうミドリさんが言うが早いか、外部モニターに映る最初より随分と薄くなったデフレクターに波紋が走ったのが見えた。ミドリさんが言っていた破片とはこれの事だろう。小さな破片…と言っても軽自動車くらいの大きさなんだが、それらが大量にデフレクターに突き刺さってるじゃねぇか。

 

 これは通常なら問題ないんだろうけど、先ほどからデフレクターの調子がおかしいと機器が警報を鳴らしている。というかシェキナをリミッター解除で使った影響かね?展開しているデフレクターが揺らいでるように見えるんですけど?

 

【過負荷とエネルギー不足でシールドジェネレーターが緊急停止(スクラム)。予備システムで動いていますがデフレクター出力が1300±100まで低下っ。低出力展開ではデブリ破片を防ぎきれません】

 

 ユピが告げるデフレクターの現状に思わず頭を抱えたくなる。これは復旧を急がないと拙い。防御システムがない状況でメテオストームの中にいるなんて自殺行為だ。裸で銃弾の弾幕の中を歩くようなモンである。

 

 ふざける暇もなく今度はへそを曲げたデフレクターをなんとか再起動させるべく、ケセイヤと愉快なダメコン班を急いで現場に向かうように指示を下した。だが直後にユピテルに衝撃が走る。

 

「ぐおっと!?」

「おわっ!?」

「艦首、装甲板に氷塊が着弾。損傷軽微なれど損害不明、現在確認中」

 

 崩壊した氷塊の一部が恐ろしい速度を保ったままユピテルに接近し、デフレクターの揺らぎにより一瞬できた無防備な隙間を通過した破片が艦首に命中した。その衝撃が彼女の全区画を襲う。外部カメラが自動で命中箇所を写し、損害箇所を確認すると、空間モニターに写った装甲板は…思っていたよりもダメージはない。

 

 これがプラ○テスなら問答無用でフネがバラバラになるような威力がある筈だ。実際飛び込んできた岩塊や氷塊は音速をはるかに超えている。それでも被害が少ないのはこのフネが俺のいた時代よりもはるかに未来の技術で造られていたというのもあるだろうが、それ以上にこのフネ自体が完全なる戦闘艦として建造されていたからだろう。

 

 ミサイルや空間魚雷などは、この降り注ぐ弾丸のようなデブリ嵐よりもはるかに速い速度で装甲板に突き刺さるのだから、この程度の質量と速度では外装部に少々へこみが出来る程度なのかもしれない。

 

 みらいのかがくってすっげー!

 

「艦長、外部に露出しているセンサー類に損害が発生しています。感知能力23パーセント低下。これ以上は飛来物の補足が困難になります」

「だけどユーリ。デフレクターを先に復旧させないと拙いよ」

「そっスねトスカさん。じゃあダメコン班を二班に分けて―――」

 

 現在デフレクターに向かっているダメコン班に指示を出そうとしたその時だった。再び艦が大きく揺れた。その所為で椅子から投げ出されそうになるのを必死でこらえる。

 

「今度はなんスかっ!?」

「重力偏重の変化により引き起こされた突発的な重力波がぶつかりました。センサー類の損害により発生を探知出来なかった模様です」

「まるでシェイカーに突っ込まれた気分だったッス」

「いたた、おかげで尻餅ついちまったよ」

 

 揺れた影響で後ろに控えていたトスカ姐さんも尻もちをついてしまったらしい。おしい、もしも揺れたときに後ろに眼をやっていたら、某相当閣下の如くオッパイプルンプルン!と叫んでいたというのに!

 

「おおトスカさん大丈夫ッスか?痛くないように撫でますか?」

「鼻息荒くしながらは減点だね。金取るよ?」

「お幾らでしょうか?」

「ちょっ、バカ!本気にするんじゃないよ!」

【……艦長、分離した氷塊小惑星が今の重力変調により互いに接触しました。氷床爆裂により氷片が大量に発生。数は――計測できません】

 

 場を和ませようと漫才していたら、どんどん状況が悪化していく、不思議。あとユピの電子音声が若干トーンが低いような気がするのは気のせいだろう。

 

 外部モニターに眼をやると真っ二つにした筈の氷塊が、お互いの硬い身体を容赦なく叩きつけ、雪崩にも似た青白い雲を巻き起こしていた。雲に見えるそれは細かく弾けた氷塊の粒である。それが接触面から円盤状に周囲に放出されている。それはまさしく雪崩だった。宇宙空間に起きた雪崩は音速を超えた速度で周囲に拡散していく。

 

 

 そして、その拡散範囲方向には運悪く俺たちの艦隊があった。巻き起こった氷の雪崩は周囲のデブリを巻き込んで広がっていく。これは非常に拙いだろう。ユピテル本来のデフレクター出力があれば耐えられる。

 

 だが出力低下で通常時よりも防御力が低下したデフレクターしかないこのフネは、いわば丸腰の状態だ……やべェ、ふざけてる場合じゃねェや。

 

 

【氷塊、円盤状に拡散、本艦隊到達までのこり20秒です】

「シェキナ以外の全武装にエネルギーを回すッス。アバリスを先頭に単縦陣をとりこの宙域を即座に離脱する――機関出力最大!最大船速!巻き込まれたくなかったら急げーーーっっっ!!!」

 

 なんというか、運が悪いな。海賊船だって通れるルートの筈なのにどうしてこうも不運が続くのだ。今日は厄日だったのかなぁ?

 

 とにかく迫る氷を出来るだけ回避しないとマズイ。幸い迫る氷はミサイル等とは違い誘導性とかは無い上、距離が開けば開くほど感覚が広がるから回避がしやすくなるはず!

そう考えて現宙域からの離脱を急がせた。主機の出力が上昇し、出せるだけのスピードでこの場を離脱しようとした。そう指示を出したのが、実はほんの少し遅すぎたと気が付くのは、すぐの事だった。  

 

【最後尾クルクスに氷塊接触!デフレクターシステムダウンしました!】

「航法システムにも異常発生、艦隊より脱落します」

 

 かくも現実は非情なのか…。

 艦隊の後方に位置し、殿についていたクルクスに、拡散した氷塊の中でも加速がついた早い奴の一部が完全に直撃してしまったのだ。クルクスを護っていた楕円状の防護壁を突き破り、高速で飛来した氷塊は彼女の装甲板を段ボール紙みたくへし折ってしまう。

 

 もともと武装輸送船を改造したジュノー級駆逐艦の親戚みたいなアルク級駆逐艦であるクルクス。モノコック機構を採用したことでジュノー級よりかはマシになったが正規の駆逐艦よりも性能が低い彼女では、このメテオストームの世界は厳しすぎたのだ。

 

 デフレクターが破られた程度ならまだ何とかなったが、氷塊は彼女のバイタルエリアにまで影響を及ぼしてしまったらしい。後方を映すビューモニターには推力が失われ半ば惰性で動いているクルクスが見える。俺が宇宙に出てから初めての旗艦であり、艦長として様々な事を学んだフネが大破して今にも轟沈しそうになっていた。

 

「あれは、もう助けられないッス…無念」

 

 思わず漏れた諦めの呟きに、クルー達は皆首を振った。理解してはいる。予想以上のアクシデントでデフレクターが安定しない本艦の力では迫る宇宙雪崩の中、クルクスを助け出す事は出来ないのだと。

 

 俺を含めブリッジクルーは全員クルクスの方を見つめていた。ここにいるブリッジクルーのほとんどが一度は乗り込み、俺ことユーリという人間が指揮する最初のフネを経験したフネだ。

 

 あ、すぐにアバリスに乗り換えたから実質乗り込んだ時間は短いとかいう突っ込みは無しだ。とにかく、もう手遅れだって解かる。理解できてしまうから何とも切ない。助けられるなら助けたいが、クルー全員の命とフネを天秤にかける事などできない。だから諦めるしかないのだ。そう言い聞かせる自分がやるせない…そんな感じであった。

 

「自動航法装置応答なし、制御用簡易AIも沈黙。クルクス、完全に操舵不能です」

 

 こちらの手を完全に離れたクルクスはもはや漂う事しかできなかった。デフレクターユニットへの負荷ダメージがフィードバックした事で内部からいくつも爆発が起きているらしく、完全に大破に追い込まれていた。轟沈しなかったのが不思議なくらいだ。

 

 主機も補機ももはやほとんど機能しておらず、噴射口から断続的に吐き出される噴射炎が、まるで息も絶え絶えであるかのように見えてならない。噴射制御されていないので、彼女の行き先を決めるのは慣性の力のみ。

 

 小規模な爆発を繰り返すクルクスであったが、その中でも比較的大きな爆発が起こる。右舷側の艦首で起きた爆発。それにより姿勢制御が死んでいるクルクスはその場で回転していく。

 

 やがて速度が落ちた彼女は、こちらに背を向けるようにして停止した。加速し続けるこちらと違い推進力を失っている為にどんどん引き離されていく。だが、それはまるでここは私に任せろと言っているように見えて…。

 

「…先に行けって、そんな感じがする」

 

 誰が呟いたかは解からないが、俺もそんな気がした。クルクスは完全に推力を失っていたが、不思議な事に重力変調により揺さぶられずにその場にとどまっていた。四方八方から飛来する重力変調の波、それが上手い事相殺される事があり、その状態の空間におさまれば揺さぶられる事はないという。クルクスはその小さな身体で偶然その空間におさまっていたのだ。

 

 こうして動きを完全に停止したクルクスは、すぐに追い付いてきた氷塊の流れへと飛び込んだ。俺はクルクスが壁のようにして迫る氷塊に飛び込む瞬間、彼女の航海灯が光ったような気がしたが、彼女自体が氷塊に呑み込まれて見えなくなってしまう。

 

 そして――――

 

「……インフラトン粒子反応が拡散。クルクス、爆散しました」

 

 クルクスはダークマターに返っていった。呑み込まれてからしばらくして、完全には停止していなかった主機、インフラトンインヴァイターが暴走して爆発。普段海賊狩りで見慣れていた筈のそれは、爆発に巻き込まれた氷塊を押しのけて咲いた蒼い粒子がきらめく大きな華となり、艦隊に迫る多くの氷塊のほとんどの軌道をズラしてみせた。

 

 俺は…いやさブリッジでクルクスの最後を見ていた誰もが呆然とその華を見つめた。まるでクルクスが最後の力を振り絞り、いまだデフレクターが復旧しないユピテルを護ろうとしてくれたように見えたのだ。物には、魂が宿るという。もしもそうなのだとすれば、クルクスに最後に起きたこれらは単なる偶然なのだろうか?

 

「……クルクスの最後の華。見せてもらったッス。各艦離脱を急げ」

「「「……アイサー」」」

 

 こうして、少なくない犠牲を強いられた俺たちは、急ぎ足でこの宙域を離脱していく。海賊が無傷で出来るような事を出来なかったのは癪だが、これは経験がなかった上に慢心があったのだと心に刻もう。

 

 あと不甲斐なく僚艦を失った俺は自分への怒りを覚えたが、同時にその怒りはこんな変な環境を超えないといけないところに拠点を持つ海賊たちに向いたのは言うまでもない。見ていろ海賊共、仲間に加えた危害、美少女看板娘を浚った事、それらの罪はどれくらいの重さなのか、自分で天秤でも使って清算させてやる。

 徹底的にぶっ壊して…てめぇらのため込んだ資材もいただくぜ!――あれ?なんかおかしいような………まぁいいか。

 

 こうして三隻いた艦隊が二隻だけとなり、若干の寂しさを覚えつつも、俺は最後に外部モニターに向かって声も出さず口だけを動かした。さようなら、クルクス…。少々騒がしいところだが、退屈はしないだろう。だから静かに眠ってくれ。

 

 




※いやほんと遅くなって申し訳ありません。

 いろいろあって職場が変わったりといろいろあり、おまけにぜんそくの発作が…。
 言い訳なんだけど時間が取れなかったのも事実、精進したいですね。

 それではまた次回にノシ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第13 話、エルメッツァ中央編~

大変長らくお待たせしました!書き上がったので投稿しますぜ!!

そしてあえて言おう。

帰って寝るだけの生活の隙間を縫って、私は帰ってきた!!

P,S,白鯨無双が、はっじっまるよ~!


■エルメッツァ編・第十三章■

 

 

「影響圏離脱まであと5秒」

【―――3、2、1……離脱、完了しました】

「「「た、たすかったぁー」」」

「な、なんとかなったッスね」

「ああ、危なかったけどね」

 

 無人駆逐艦クルクスを損失してから1時間後、楽勝だと思っていたのに現実は甘くねぇよバーローと現実からヤクザキックかまされながら、なんとかメテオストームの影響圏から脱出することに成功した。

 突入してから半日経過していないあたり、ストームの規模は思ったより大きくはなかったようだ。実際はかなり急ぎ足であったのは否めないけどな。俺としては初代旗艦クルクスが沈んでしまったのでオロローンと泣きたい。もったいないの精神が囁くのだ。アーもったいないってな。

 

 それはさておき、なんとかストームを突破したはいいものの、ユピテルもアバリスも限界を超えて扱き使った影響でところどころ煙を吹いていた。耐久力がグラフやバーで示されるのなら、大体4割は減っているような状態であり大破に近い中破といったところだ。

 まったく、宇宙という壮大な世界で起こる自然現象って怖すぎるだろ。

 

「あ、あはは…、バラバラにならず五体満足で助かったッス」

 

 だから、ユーリは方から力を抜く意味も込めて、そう呟いちゃうだ。呟いたらなんか周りから微妙な眼で見られた。うう、なんかみじめ。

 

「艦長。この状態で海賊の元へ向かうのは流石に無謀だと思うぞ。科学班としてはお勧めできんな」

『こちらケセイヤ。一応はダメージコントロールで応急修理はしておいたが、損傷が大きすぎる。一度停泊して応急でもそれなりの修理が必要だ。装甲板もいくつか張り替えないと戦闘できないぞ?』

 

 おう、やっぱりダメージがきつかったか。普通ならここらで空間通商管理局の軌道ステーションとかに立ち寄って、無料メンテナンスと修理を受けさせてもらいたいところなんだが、あいにくここら辺は海賊の縄張りでそういった便利施設はない。

 しかたねぇ、自力で修理させるしかないか。幸い工廠艦と化しているアバリスは、外装はともかく中身は結構無事だ。修理を行えば応急修理ならすぐにできるだろう。

 

「エコーさん、周辺スキャン頼むッス」

「アイアイー」

 

 とりあえず一旦フネの修理の為に近場をスキャンするように指示を出した。少ししてスキャン結果が出る。運がいい事にこの近くに資源として使えるデブリが密集している空間があるようだ。勿怪の幸いとばかりに俺たちはその宙域に舵を向けた。

 

 ほどなくして件のデブリ帯が見えてくる。アバリスを伴ったユピテルは微速のままそのデブリ帯に入っていった。船体が多きい事に加え、シールドジェネレーターの負荷が基準値を超えていたのでデフレクターを切っていた事もあり、装甲板を細かなデブリが叩く音が響く。

 もっとも僚艦共々、ユピテルは戦闘用に開発されたフネであり、その装甲板の厚さには定評がある。この程度の相対速度では高速で飛来するミサイルの直撃にも耐えうるユピテルとアバリスの装甲を貫くほどではなかった。たとえ状態が大破だったとしてもユピテルとアバリスの装甲板は十分にその役目を果たしていた。

 

「艦長、本艦進路上より2時上方に強大な金属反応を検知しました」

「ん、ユピ」

【映像を拡大投影します。準備中――お待ちください】

 

 そんな時である。デブリの中を通過していると近くから大きな金属の反応が出たのだ。もしかしたら修理に使える鉱石を含んだ隕石でもあるのかも。そう思い、反応があった空間を望遠で拡大投影してみたのだが…。

 

「おうふ。輸送船ッスか?」

 

 映し出されたのはフネの墓場だった。大小さまざまな小惑星に混じり破壊されたフネが漂っていた。ほとんどは原型を留めていなかったが一部の艦は辛うじてフネと見分けられる形を残していた。

 その艦種は形状からして1㎞クラスの大型輸送船が3隻。壊れ方が酷くて艦種の識別できないが、おそらくは護衛だったであろう駆逐艦クラスが数隻。これが船団だったなら中規模船団といったところだ。

 浮かんでいる大型輸送船は見たところ鋭利なナイフみたいな形状で色はクリーム色に近く、その胴体には六角形のコンテナユニットが横を向いて六基並んでいる。

 俺たちが今いる小マゼラン銀河において、全長が1㎞を超える輸送船は知る限りではビヤット級しか存在しない。こことは別の星系にあるカルバライヤ星団連合において建造され官民問わず使用されている大型の輸送船だ。

 

 もっとも、船体がカルバライヤ製だからって、この漂流輸送船がカルバライヤ所属ってわけじゃないだろうけど…。さすがにセクターをいくつかまたぐとなると、この辺境宙域にくるのはおかしい。距離がありすぎる。

 だとすると、おそらくは他国に輸出したモデルなんだろう。実際ペイロードが素晴らしいくらい詰めるので、意外と見かける艦種だしな。

 

「ありゃー海賊の犠牲者かッスねぇ?」

「おそらくそうだろう。装甲板の引っ掻いた後のような抉れ方は複数の小型対艦レーザー砲によるものだ。連装小型レーザー砲で高速移動しながら命中させるとああなる」

「わかるんスか?ストール」

「俺の専門だからな」

 

 火器管制席からデブリを覗いていたストールはそうつぶやいていた。戦闘艦の砲撃戦において俺の艦隊の中で右に出る者がいない専門家の言葉だけに自ずと納得した。

 しっかし、なんでまたこんなところに民間船が沈められてるんだろうか? 

 

「トスカさん、ここいらって海賊の中庭みたいなもんスよね?なんで民間船がこんな宙域に来とるんスかね?」

「んー、たぶん。近隣の空間鉱物採掘会社のフネじゃないかな。あいつら資源があるところどこにでも向かうからねぇ」

「鉱物採掘……ああ、小惑星を破砕して、その破片から鉱物を回収する宇宙の鉱員スか」

「そうそう。アストロイドを鉱山にする連中さ」

 

 トスカ姐さんが望遠画像をさらにアップにする。すると三隻いる輸送船の内の一隻の胴体部、本来なら輸送コンテナユニットを接続する部分から巨大な爪の熊手みたいな構造物が接続されていた。

まるで生物の肋骨(ろっこつ)を無理やり開いたかのようで、撃沈されてボロボロの状態である事もあり、なんだかとっても不気味である…。

 

「あ、やっぱりだ。一隻だけ重力キャッチャーと鉱石融解回収ユニットの台座があるよ。採掘機は見当たらないみたいだけど、あれは採掘船で間違いないよ」

「マジで採掘屋のフネッスか…。海賊の庭のこんなところまでくるとは根性があるというかなんというか」

 

 どうやらあの肋骨は重力キャッチャーのための大型アームらしい。採掘装置がないのは、おそらく海賊が持って行ったからだろう。採掘装置は単体でもかなり値段が高い上、最悪フネを一つ潰す覚悟で装備すれば自分たちでも使えるのだ。売ってよし、掘ってよし、俺によしって感じか?

 

「空間鉱員もそのほとんどは0Gドッグだからね。行く先に危険があってもそこに利益があれば行くんだよ。あるいは…」

「あるいは?」

「……餌に引き寄せられたのかもね。鉱石が眠っているっていう噂にさ。それはさて置きユーリ、EVAだ。あの沈没船から使える物を回収しよう」

「ウイッス。あ、輸送船の犠牲者の方々。提案したのはこの人ですので恨むなら彼女を恨んでくれ」

「アンタが艦長なんだから全責任はアンタにくるよねー」

「「「ちげぇねぇ!わははは」」」

 

 責任者は全部の責任を負うってか?というか、ブリッジメンバー…てめェら笑ってんじゃねえよ。元日本人としては祟りとか洒落にならない程怖いだけなんだからな!だけどスカベジングはやめない!だって0Gドッグの醍醐味だしな!

 とりあえずナンマンダブナンマンダブと心の内で唱えておいて、この見つけた廃棄船を有難く使わせてもらう事にしよう。破壊されてはいるが部品単位で流用できる分、鉱石回収とか製錬とかしなくて済むから時間がかなり短縮できる。

 ミーヤ嬢をさらった奴らのフネが足の速い高速艦だとしても所詮は海賊の持つボロ船だ。長距離遠征航海も視野に入れた軍用艦として設計されているアバリスや、そんな連中から逃げ回れるように見た目よりも機動力運動性能が高い、とある大海賊が設計したユピテルの足の速さなら十分に間に合う………はず。

 

 ま、まぁ急ぐことに越した事はないな、うん。

 

「さぁー時間との勝負ッス。ルーイン」

『アイサー艦長』

「全部だ。全部とってこい」

『アイアイサー』

 

 さてさて、サルベージの時間だ。EVAを指揮する班長のルーインに連絡を取り、命令を下す。画面の向こうに立つ一見平凡層なおっさんである彼は俺の言葉にニヤリと笑みを浮かべ、すぐさま動き出した。

 わずか十数分後には何十人ものEVA班員を乗せたカッターと作業を手伝う作業用泥イド、さらには特殊工作装備…ようはただの作業用パックを装備したVE-0《ラバーキン》も発進し、EVA班の作業に加わった。

 ラバーキンはVF-0を元に作業用に改造された機体で本来ガンポッドを装備するマニピュレーターに作業用のレーザートーチやプラズマカッター、アーク溶接機などを装備している。バックパックにはサブアームも取り付けられ、色んな物も運搬可能となっていた。その所為で見てくれは不恰好だがブサカッコいいという言葉もあるので問題ない。

 むしろ問題なのは作業用の筈のプラズマカッターが射出できたりして、速度こそ遅いがもともとがフネの外板を溶断するものなので威力が高かったりとかする事で……下手な武器より強力な工具ってどうなんだろうな。

 

 まぁそんなこんなで漂流船から多量の部品や物資を補充しつつ、艦隊の修理を急ピッチで行った。メテオストームで穴ぼこをあけられた彼女も徐々に元通りになっていく。だが、いざ作業を始めると今度は見えないところで様々な問題が浮き上がってきたのだ。

 

『ダメだ艦長、シェキナで使われていたレーザー発振体の約70パーセントのエネルギー回路が逝っちまってる。かろうじて撃てるかどうかだ』

「マジっスか?」

『マジだマジ。それにシールドジェネレーターも負荷が蓄積していて危ないな。シールドジェネレーターはAPFシールドも連動してるから調子が悪い。一応は予備と取っ換えたから動かせるが、完全に直すにはドッグじゃないと無理だ。APFシールドはともかく、デフレクターはしばらく使えんぞ』

 

 デブリに突入する前に整備班の班長であるケセイヤは、ユピテルの中を飛び回って損傷度合を調べていた。彼は漂流していた採掘船を発見した後もEVE班長のルーインさんも協力し、船外の損傷度を調べたのだが、その結果がこれだった。

 特にユピテルの特徴ともいえるホーミングレーザー砲のシェキナの不具合が痛い。レーザー発振体自体はモジュール化された一つの大砲ユニットでしかないのだが、それらを連ねて砲列として機能させている。普通なら損傷部分を予備部品と交換するだけですぐに終わる筈だった。

 だが今回のメテオストーム越えの際、シェキナを想定していない運用の仕方をしたので、エネルギーバイパスと砲塔モジュールを連結している回路に問題が発生したらしい。要するにモジュールだけを一部取り替えたところでどうしようもなく、十中八九不具合が発生するらしい。

 

『ソレとデフレクターを潜り抜けちまったデブリの所為で左舷側の装甲板は総取っ換えだな。スラスター周りに食い込んだ破片も除去しなきゃ航行に差し障る。幸い採掘船のデブリから大量の資材が手に入ったから修理は可能だが……』

 

 言いよどんだケセイヤに俺は頷く事で続きを促した。

 

『装甲板の取り換えを計算したら、ザッと見積もって3日はかかる。俺たちが人権無視で無茶したら1日ってところか。それ以上早くはできねぇぞ』

 

 それ以上に無茶したら作業工程が3分の一になる事にあいた口が塞がらないんだが、まぁいい。それよりもあんまり時間を掛けると…いろいろとマズイんだが、どうにかならないか?

 

『だから無茶言うなって……って言ってもだめだよなぁお前さんの事だし』

「さーせん」

『……フネを動かしながら装甲板を交換するのは無理だが、穴を塞ぐだけなら硬化テクタイトのパテで埋めるだけで済むから動きながらでも出来るぜ?その代わり装甲が薄くなるから防御がグッと下がるけどな』

 

 そこら辺はAPFSがあるから大丈夫だろう…たぶん。幸いな事に宇宙船に効果がある対艦ミサイルとかは小マゼランでは数が少ない。ミサイルの性能自体お互い性能低いから、場所取るし速度的に当たり辛いミサイルは何かと敬遠されているからな。

 ……まさかこれフラグにならないよな?

 

『すぐに取りかかるぜ。他は終わってるから動かしてもOKだぜ』

「わかった。EVA班が戻り次第出航するッス」

 

 ケセイヤの報告が終わり、通信ウインドウが閉じられる。俺は艦長席の上で居住まいを正すと少し瞑目した。

 う~ん、まずい。このままだと純粋な火力プラットホームはアバリスだけになってしまう。ユピテルにも一応シェキナ以外の火砲はあるにはあるが、開発が主にホーミングレーザー砲に傾いていたからあまりいじくっていない。一応は総合的な火力は小マゼランの平均で考えれば高いがホーミングレーザー砲シェキナには及ばない。

 だって便利なんだもん。シェキナ…。便利すぎてそちらばかり使っていたのが仇になったか。これからも使うけどな!便利だから!

 

「さぁて、どうするッスか…」

 

 とりあえず、手持ちの手札はダメージが蓄積した戦艦二隻、そのうち一隻はメインとなる特殊兵装の機能を失っている。対して敵は人工惑星を拠点に持ち、水雷艇や駆逐艦クラスが多いとはいえ、巡洋艦を旗艦とした艦隊を組んでくる。

 普通に考えれば絶望的な戦力差だな。原作では駆逐艦二隻くらいで突撃かましてたが、さすがに無謀だろ現実的に考えて……このまま不用意に突っ込んだら、最初は良くても途中でこっちが息切れして押し切られるところしか想像できねぇよ。

 

 海賊の本拠地に乗り込むのは初めてではない。ついこの間、前のセクターであるエルメッツァ・ラッツィオ宙域にあったバルフォス・スカーバレル海賊団本拠地に乗り込んで、首領バルフォスをギッタンギッタンにして政府軍に手渡した。

 これは原作ではなかった事でもある。原作において首領バルフォスは主人公を加えたエルメッツァ正規軍の大規模侵攻軍との戦いに敗れ、そそくさとラッツィオ本拠地を見捨ててエルメッツァ中央宙域に逃亡しているからだ。

 

 

 まぁ、危惧すべき問題はそこではない。バタフライエフェクトも怖いが、それよりかはもっと現実的な問題に直面している。戦力数が圧倒的に不足しているのである。たった二隻の艦隊なんだから、いまさら何を言っているんだといわれそうだが、純然たる事実だ。

 ラッツィオ本拠地の時、俺たちは正規軍と一応連携して行動していた。正規軍の侵攻ルートとは別ルートから侵攻し、敵地に対して圧力を掛けさせるのが本来オムス中佐が考えた俺たちの仕事だった。多方面で敵をおびき出して海賊の戦力の分散を図るのが中佐の目的だったと俺はみている。

 つまり、あの段階では潜在的な大艦隊が控えていたと言っても過言ではなかった。あの敵の大戦力を相手にして、その防衛線を突破できたのも、ひとえに顔も知らないエルメッツァ正規軍艦隊の皆様のご協力があったからなのだ。おまけに俺は戦いに備えてため込んでいた私財を投げ払い新造艦まで投入したのだ。戦いは数と質だよ兄貴。

 

 対して今回、ある意味では偶発的に発生してしまった本拠地侵攻と言えなくもない。仲間と少女を誘拐され、おまけに仲間は乱暴される直前だった事で、頭どころかトサカにまで血が上った俺たちは、勢いでメテオストームすら突破してしまったのである。

 しかし宇宙航海者である俺たちはいわゆる武装市民という位置にカテゴライズされる存在であり、一個のマシーンとして全体を一とした獣となる訓練を積んだ軍人と違い、民間から集まった人々が組織している集団である。

 だから軍人のように感情を抑制する訓練は基本していない。冷静に考えれば、今回はそれが裏目に出てしまったのだと改めて思う。0Gドッグたちの人情あふれる……言い換えればその場の雰囲気に感化されやすいという部分がこの事態を引き起こしたのだ。

 

 実際、俺も結構その空気に流されていたしな。艦隊を指揮してから初めての沈没艦が出たおかげで少しばかり冷静になれたのはある意味で皮肉かもしれない。

 そんな訳で、今わかっているだけでも、正規軍の援助はなく、また事前に攻め込もうという意図もなかったので、ユピテル参戦の時と違い新造艦なども準備していないという。圧倒的準備不足が各所で露呈しているかのような惨状だ。もはや笑うしかない。

 

 むろんラッツィオの時と違い、俺たちの練度も順当に高まってはいるし、科学班や整備班の尽力で単艦の戦闘力はかなり向上しているといってもいい。

 

 だがそれでも埋めようがない程高い戦力の壁というものが俺たちの前に立ちふさがっていた。ラッツィオ宙域でスカーバレルを仕切っていたバルフォス。あれは実はエルメッツァ中央宙域に本部があるスカーバレル海賊団の幹部でしかない。

 さて、これから赴くのはそんなスカーバレル海賊団の本部がある本拠地です。戦力はどれほどになるでしょうか? 答えは、ラッツィオの時よりも多い可能性が高い。

 

「考えれば考える程……鬱になってきた」

 

 思わず嘆息する。下手すればラッツィオの時に正規軍が抑えてくれていた戦力まで加えたような大艦隊を相手に損傷艦で挑むとかどうなのよ?

 

 一応、対集団戦闘に効果ありそうなアバリスのガトリングレーザー砲がこちらにはある。しかしその性質上、散布界が広い分、遠距離だと拡散しすぎて威力がない上に消耗が激しい。

 海賊はショートレンジでの殴り合いが本文な水雷艇や駆逐艦を多用する。そういう奴らを相手にする以上、ある程度は距離を取って戦わねばならないから、離れると効果が激減するガトリングレーザー砲の効果的な運用は難しいだろう。駆逐艦までならガトリングレーザーで被害は出せても巡洋艦クラス以上には効果が薄いと思うしな。

 

 普通の指揮官なら、そういうクロスレンジ艤装は封印し、戦艦ならではの長射程を生かしてのアウトレンジからの砲撃戦を行い、まずは敵の数を減らす事を選択するだろう。ショートレンジは海賊連中のホームグラウンド、ダメージはさらに加速して、哀れ此方は爆発四散。

そういうのは御免だ。わざわざ敵の得意とする距離で戦う必要はないのだから…。

 

 ただ、それだと非常に長期戦になる上、下手をすると海賊に逃げられる。なにせ向こうには人工惑星の本拠地がある。おそらく攻め込まれた事も想定されていて、非常に強固な造りになっている筈だ。

 長距離からの砲撃戦で海賊の艦隊が全滅したとしても、その要塞でもある本拠地の防御はかなり厚いだろう。こっちには対地攻撃というか対惑星攻撃の装備はないのでジリ貧になる。そしてそれでも相手を倒せた場合……小賢しい海賊の事だ。お宝をもってスタコラサッサと逃げ出すに決まっている。

 

 なまじ距離があるから機動力がある海賊をもしもロストしてしまえば、もう一度見つけるのは容易い事ではない。第一それでは捕まっているミィヤちゃんの身が危ないだろう。ここでこうして修理している時間すら惜しい。海賊に逃げられないように彼女を救うには短期決戦を仕掛けるしか道はなかった。

 

「うーむ……」

 

 さりとて、いい知恵は浮かばず…か。

 

 俺は座りなれた自分の艦長席深く腰掛けるようにして座りなおす。その時、ふと外部の映像が視界の隅に映った。旗艦ユピテルの真横に浮かぶアバリスに作業用艀やドロイドや宇宙服に身を包んだEVAの人々のスラスターの光が見え、アバリスに取り付いて俺の下した指示のもとで修理作業を続けている姿はまるで蛍火のようだ。

 

 そして本艦の反対側には……何もない空間が広がっている。本来ならそこには初代旗艦である駆逐艦クルクスが浮かんでいる筈だった。だがそこにはもう彼女の姿はない。彼女は冷たい世界、コールドマターの海に戻ったのだから。

 

 だからだろうか? 何もない空間を見つめていると、どこか寂しさにも似た哀愁が心の内に沸々と湧き上がってくる。ふふ、どうも思っていたよりも俺にとって初代旗艦というのは思い入れが深かったようだ。そんなセンチメンタリズム……素敵やん。

 

 まぁ初代旗艦といっても最近はもっぱら鹵獲した海賊船の乗組員を輸送するための無人捕虜輸送船と化していたが……細けぇこたぁいんだよ! 大事なのは駆逐艦一隻とはいえ犠牲は出したのだから、このままオメオメ引き下がる訳にはいかないという事である。

 少々ヤク○さんなこの稼業、面子を潰されるのは周囲に舐められる要因にもなりえるのだ。幸い、あの宇宙の嵐の中で僚艦の一隻を失った事が、気炎を上げて興奮気味であったクルー達を少し冷静にした。

勢いは大事だが時と場合による。ある意味このままノリで突撃しなくてよかったのかもしれない。何も考えずにぶっこむのは男のロマン的にはありっちゃありだが…。

 

 

―――本艦に直撃コース、よけきれません―――

 

 

―――あのビームを見てくれ、あいつをどう思うッス?―――

 

 

―――すごく……大きいです……―――

 

 

≪ぼかーんっ!≫

 

 

 こんなラストになってしまうのが目に浮かぶぜ。さすがに勘弁願う。

 

「うーむ………考えが浮かばん」

「そういう時は少しリラックスして考えるといい。意外な考えが思い浮かぶもんだよ」

 

 頭を抱えたまま艦長席で唸る俺を見かねたのか、近くにいたトスカ姐さんがアドバイスをくれた。たしかに根を詰めすぎるのは体にも精神にもよくない。どうせしばらくは修理に時間がかかるし、これからの事を考えると少し気分転換も必要か…。

 

「そうッスね。んじゃちょっと気分転換してくるからトスカさん後任せたッスー」

「ってまだ仕事終わってない――もういない。たくしょうがないね」

 

 そしてスタコラサッサとブリッジを後にした。

 

 

***

 

 

「あー、うー、あー……あうあうあー」

 

 さて、俺は今ユピテルの大食堂に来ている。トスカ姐さんの助言どおり艦内を徘徊……もとい、リフレッシュの為に散歩に出たのだが、どこもかしこもメテオストームで受けた損害の修復を急いでいるので騒然としており……強いていうなれば、ちょっとした修羅場だったのだ。

 修理部品を運んだり、現場のリーダーが怒声に近い声で指示を放っているようなドタバタしたところに、よぉ元気ー? などと突撃できるほどの鉄のメンタルは持っていない。みんなが忙しくしているところを邪魔しちゃ悪いと遠慮と心配りが発動し、気が付けば流れに流れて食堂の一角に陣取っていた。

 

 細かい気配りが人気の秘訣……と言いたいところだが、つまるところ周囲が忙しすぎて俺の居場所がなかっただけである……笑えよベジータ。そんな訳で結局ブリッジにいたときと同じく、俺は食堂でうだうだしていた。

 

「おや、ユーリ艦長。休憩ですかな?」

「お、どうもルーさん」

 

 そろそろ諦めてブリッジに戻ろうかというときだった。たまたま食堂にやってきていたルーのじっさまが俺を見つけて話しかけてきた。

 

「どうやら何か悩みがあるようですな?」

「なんで解るンスか? まぁその通りなんすけど……」

「よろしければお聞かせ願えんでしょうかな。もしかしたらワシの持つ見識が少しは役に立つかもしれませんので」

「え?……いや、それは願ったり叶ったりなんスが……」

「はは、紛争を解決してからもご厚意でフネに居させてもらっておるので、ただ客分として居座っているのも些か居心地が……のう?」

 

 そういって汗を拭うじっさま……やべェ、ミィヤちゃん誘拐とかイネス奪還とかいろいろあってこの人たちの事を忘れていた。彼らは本来ならアルデスタ・ルッキオ星間紛争の解決をなす為に俺たちのフネに乗り込んでいたんだった。

 様子見を兼ねて惑星ゴッゾに行った筈が気が付いたら敵地に殴り込みを掛けていた。超スピードとかちゃちなもんじゃ断じてねェ…って具合に、いっしょに連れてきてしまったからな。

 たぶん爺さんの予定じゃゴッゾの後で適当な惑星に下りる予定だったんだろう。だけど俺たちが色んな意味で熱くなり飛び込んでしまったので、下りようと思ってもできなかったのだ。伝説の戦略家も予測できない行動をとった俺たちはすごいのか、はたまた唯の阿呆なのか―――後者だろうなぁ、常識的に考えて。

 

「実はどうやって攻め込もうか悩んでるんスよ」

「ほう?」

「……あれ? 反対とかはしないんスね。普通は遠距離からの砲雷撃戦とか、あるいは誘拐された人をあきらめて撤退とか言いそうなもんスが――」

「ふぉふぉふぉ、これがあるいはふつうの者たちであったなら、ワシは即時撤退を体当たりしてでも求めたでしょうな。だけど貴方は違う」

「ふぁ?」

「旗揚げからわずかな時間でこのような規模の戦闘艦を有する……そのような“特別(アドホック)”な存在なら、特別なりのやり方があるもんですじゃ」

 

 そういうものなのだろうか? そりゃたしかに俺たちの組織の成長速度は異常に早かったが、中身凡人の俺でもちょっと頑張ればできる程度の事だったぞ?

 高度に自動化されたフネのインターフェイスは猿でも使えるし、わからない事も空間通商管理局のステーションにいるヘルプGが、こちらが理解できるまで懇切丁寧に教えてくれたしな。

 そんな風に考えたからか顔に出ていたのだろう。不思議そうな顔をする俺を見たルーは苦笑するように笑うと話を続けた。

 

「まぁともかく、タダ飯喰らいはあまりよくないのでご協力をというだけの話なのですじゃ。いろいろと如何したいか、現在の状態などを教えてくだされば、ワシらの知識を生かせるでしょうな。それに最終的に決めるのは艦長の意思一つで、そこにワシらの意図は介在しえないでしょうよ」

「そこまで言ってくれるなら―――」

 

 まぁ、知恵を貸してくれるというのだ。有難くその胸を借りることにしよう。そんな訳で俺はカクカクシカジカと色々と情報をルーのじっさまに教えた。むろん撤退は許可できない事も含めてだ。

 ルーは少し考える仕草を取り、ふと視線を真横に向けた。俺もつられて視線を移動させると……居たよルーの弟子のウォル君。あまりにも自己主張が少なすぎて、すぐ近くに座っていたのに全然気にならなかった。そういえば近づいてきた時の足音は複数だった気がする。

 影が薄すぎるというのもある意味立派な技能だが、この場合はどうだろうなぁ。

 

「ウォルや。これらの前提を踏まえて、お前ならばどうする?」

「あ……うぅ……そうですね」

 

 さて、どうやらルーはこの俺の悩みを弟子にも噛ませるようだ。俺としてはいいアイディアがあるのならば誰の意見であろうと問題はない。要するに0Gドッグとして面白いかどうかが根底に据えられていればいいのだ。

 そしてウォル少年。俺の話を聞いて、戦術を熟考し始めた途端に纏う空気が変わった。なるほど、影が薄かろうが腐っても伝説の軍師の弟子。彼もまた戦場を意のままに操る者としてのオーラを持っていた。

 お、思わず俺が気圧されるくらいだといえば、この少年の秘める何かが伝わるだろう。

 

「えっと……そのう……」

「うん」

「ですから……そのう」

「うん」

「えっと……あうぅ……」

「………ちょいとちょいと、そこのお師匠さん。この子これで良いんスか?」

「いや、一通り教え込んだから出来る子なんじゃよ?」

 

 でもセンセー、引っ込み思案の軍師って色んな意味でヤバいと思います。主に意見具申が滞る的な意味で。

 その後、五分くらい経ってから、ようやくウォルくんが意見を述べた。それに至るまでに凄く頑張って自分の意見を発しようと努力する姿はなんか泣けた。この子素質はありそうだけど、この先大丈夫なのかしらん?

 

 それで肝心の戦術についてだが……。

 

「それってマジで上手くいくんスか?」

「今の、現状のこのフネの戦力から考えて、これが一番早いと思います」

「うーむ―――お師匠さん?」

「ゆったじゃろ? 最終判断はお主次第じゃよ」

「フムン、―――おk、使わせてもらうッス」

 

 未来の大軍師……今は卵であるが、若干コミュ症な彼が自信をもってお送りする策だ。聞けばなるほど、俺たち0Gドッグの流儀ともマッチする。すなわち、派手におっぱじめようぜって事だ。

 俺はすぐさま携帯端末で修理に忙しい整備班と科学班の二人に連絡を取る。ウォル少年が考えてくれた策には下準備がいるからだ。修理にてんてこ舞いの二人には悪いが、救出作戦に必要だと説明したら何とかしてくれるという。

 

賽は投げられたのだ。これで忙しくなるな。

 

 

***

 

 

Side三人称

 

 スカーバレル海賊団の本拠地、人工惑星ファズ・マティから、目視はおろか光学機器やセンサーを用いても確認するのは困難な程に離れた真空の空間。そこはファズ・マティの持つ長大な衛星監視網によって監視されていた。

 近場での情報収集を怠り、時たま現れる何も知らずにメテオストームの探索にくる迂闊な0Gドッグを見つけだし、それらに海賊行為を行う為に作られたものである。

 精度はお世辞にもいいとは言えず、基本的にはジャンク品や粗悪品を大量にばら撒いて、それらを破壊したり辛うじて生きている監視システムにとりあえず反応があれば獲物だ! という風にして見つけ出すシステムである。

 辺境も辺境であり、ほとんど訪れるものなどいない航路だというのにおかれたゴミのような、いやゴミの方がましな監視システムを置いた者たちがどれだけセコくていやしくて貧乏性で、強欲であるかを如実に表したものだった。

 

 もっとも、このシステムは別に海賊たちの強欲を満足させる為だけに使われているのではない。天然の要害である重力変調によりできたデブリの嵐、メテオストームを超えてやってくるかもしれない討伐者たちに対しての備えでもあった。

 スカーバレル海賊団の老首領、アラゴン・ナラバタスカはよく言えば慎重派、悪く言えば非常に憶病な性格であるといわれており、海賊行為は必ず“二隻一セット♡”を標語に掲げる程、自分の領分が侵される事を嫌っていた。そういった意味で、この監視網は海賊団のドンというにはあまりにも憶病で慎重な男の特徴が表れていた。

 

 

 さて、そんなこんなで本拠地であるファズ・マティでは海賊たちの海賊たちによる海賊たちのための平穏な時間が流れていた。

 さまざまなフネを襲い、惑星間を繋げる大切な物資を暴力をもって拝借し、お勤めが終われば海賊島ともいえる大本拠地ファズ・マティで疲れを癒す男たち。彼らの家とも呼べるこの人工惑星のどこかで、時折大きな炸裂音や喧嘩の喧騒が響くのは御愛嬌である。 

 

 そんな海賊たちにとっては実に平凡かつ、実に平穏な一日が始まろうとしていた時。彼らの監視網の中に突如として巨大なフネの反応が二隻現れた事で、彼らの平穏な一日は終わりを告げた。まるで鳥の巣をつついたように騒がしくなる人工惑星。それもそのはずで彼らは久しぶりの大きな獲物に活気だっていたのだ。

 通常、小マゼランにおける平均的なフネのサイズは大体300mから400mクラスだと言われている。小さい物で120m位だ。そんな大きさであっても大量にばらまかれたジャンク監視網は探知する事ができた。海賊老頭領アラゴンが結構ケチでガメつい男でもあったので、精度は兎も角として察知する能力だけは高かったのである。

 

 それに、この空域に突如として現れた反応は、実際巨大なものだった。ジャンク品ではあるが最低限獲物の大きさくらいは解るセンサーで調べたところ、出現した反応はデータ上においては少なくとも通常の船籍の倍、もしくは三倍以上の大きさがあった。

 いきなりの事態に酒瓶片手に半分船を漕いでいた周辺監視係の海賊が、コンソールから鳴り響いたビーブ音に驚いて椅子から転げ落ちたのは致し方ない事だった。

 詳しい解析は予算の都合上不可能であったが、彼らとしてはそれで十分だった。この様に大きな、1000mクラスのフネというものは、そのほとんどがビヤット級とよばれる大型輸送船である。

 ファズ・マティ周辺にこのような大きな輸送船が向かうような惑星はほとんどない。だが大方、あまり周辺の情報に詳しくない採掘屋が、新たな宇宙鉱山を探して重力変調の嵐を超えてきたのだろうと海賊たちは思った。年に数回、そういう事があるのだ。

 

 そういう採掘屋のフネは鉱石や交易品などの物品は積み込まれてはいない。だがそれらを合わせても御釣りがくる獲物である。何故ならそういうフネには得てして仮掘り用の高価な採掘設備や鉱物捕獲機材に解析機器が積まれている事が多いからだ。

 その為、なるべく無傷でとらえる為に、スカーバレル海賊団はこれまでと同じく、まずは小集団の先遣隊を発進させた。この小艦隊が獲物の進路を妨害し、その空域に釘づけにする。

 

 その間に大量の本隊を逐次投入し、集団で取り囲んで完全に逃げられなくしたうえで、駆逐艦数隻からなる突撃隊を突入させ、獲物に取り付き中で白兵戦を仕掛けてほぼ無傷で捕獲するのだ。数だけは多くいるからこそ出来る芸当であるともいえる。

 これでまた獲物から得た莫大な富のお零れで、賢いボスの下で享楽の時を過ごすことができる。酒に財宝に、女……もしくは男。欲望に染まった男たちを乗せた海賊船は心なしか足取りも軽く、反応があった宙域に急行したのだった。

 

 しかし、浮足立ちながらも発進した小艦隊であったが、少しして敵と接敵し交戦を開始した直後に通信が途絶し、さらには小艦隊自体の反応も消失してしまった。交戦するという通信が来た直後に反応が消えたので、本拠地の通信設備にいた海賊たちはまた設備の故障かと思ったほどだった。

 だがそれは違うとすぐに知る事になる。何故なら監視衛星網はしっかりとリンクを保っていたからだ。その証拠に比較的新しいジャンク監視衛星が持っていた光学観測装置が辛うじて起動し、それから送られてくる映像がきっちりと映し出されていたからだった。

 

 

―――監視衛星を次々と破壊しながら迫る1000m級の二隻のフネ。

 

 

 一隻はグレーに染まった装甲板に赤いラインが走った、長方形の葉巻型をした胴体にブリッジや後部ウイングブロックといった様々な設備を取り付けたような、先鋭的なデザインをしたフネであった。解像度が悪い映像データでも確認できる程に重武装が施されたそれはまごうことなき戦艦である。

 無駄を極力排除しつつも圧倒されるような重厚な雰囲気を放つその戦艦。海賊たちが知る由もないが、このフネは大マゼランの国家アイルラーゼンで長年運用されている主力戦艦のバゼルナイツ級であった。

 

 そして、そんな弩級戦艦の斜め後方をゆっくりと航行するもう一隻の艦があった。

 先の弩級戦艦バゼルナイツ級よりも遥かに大きく見える戦艦……、ブリッジと思わしき構造物が付いたリングボディの中に、白く輝く滑らかな曲線を持った美しい船体を持つ超弩級艦。

 先の戦艦よりもはるかに巨大に見えるのは、全長が長い事もあるが、その全長に全高が迫るくらいの大きさであったからである。その巨体を隠そうともせずに迫るそのフネは、先のバゼルナイツ級と同じく海賊のデータベースには無いフネであった。

 

 しかし、データベースにはなくとも、この二隻の事を海賊達はよく知っていた。今、長距離遠征組を中心にして海賊達にこんな噂が流れている。

 

 

『しらないのか? 白鯨に出会った海賊は絶対に逃れられない』

 

 

 白色に輝く船体を持ったフネに出会った者は、根こそぎどころか尻の毛まで引っこ抜かれて、近くの惑星に放置される。その白い巨体から付いた渾名は――“白鯨”――漆黒の宇宙空間を悠々と航行するその姿。何ものも恐れないそれは、伝説に聞く怪物、モビーディックである。

 

 そんな噂の白鯨が、自分たちの本拠地に現れた事で浮き足立つ者も少なくはない。ファズ・マティの周辺を監視していた海賊たちが、大慌てで自分たちの首領(ドン)であるアルゴンへと伝える為に走った。

 

 

 

 スカーバレル海賊団のトップに君臨する老首領。アルゴン・ナラバタスカは、その時自室にて献上品の上物の酒を開けようとしていた。コルクを捻りグラスに注ごうと傾けたところで、無粋にも首領室に飛び込んできた配下に若干顔を顰めるが、その様子を見て緊急の用だと察し、部下の報告を待った。

 

「首領! ファズ・マティに巨大な戦艦が! しかも白鯨が出たんでさぁ!」

 

 取り乱す部下の言葉にアルゴンはピクリと眉を動かした。部下が言う白鯨。その怪物めいた処々の噂についてはアルゴンの耳にも届いていた。用心深く謀略に長けたアルゴンはたとえ末端の連中の戯言であっても信憑性があれば耳を傾けていたので、嘘か真かはわからないが白鯨の酷さは知っていた。

 

 そして最近、その白鯨が幹部に預けた自分の本拠地の一つを軍と共に潰した事も潰された本拠地の生き残りから聞いていた。軍とは別のルートから単騎で挑んできたそれは、一度は追い詰めたものの、どこからともなく見た事がない……形状から後の白鯨の元になったであろう巨艦を持ち出して反撃に転じ、幹部の一人を拿捕したのだという。

 以降から、その時に現れた巨艦が改装を受けて旗艦となり、後の白鯨の噂に発展していく事になる。この頃から遠方に出ていたスカーバレルの分艦隊が急激に数を減らしていった。それは噂の白鯨が、まるで常に飢えているかの如く、見つけた小艦隊は悉く平らげていったからだ。

 

 されど、アルゴンはそれほど白鯨を恐れてはいなかった。

 

 理由としては、フネを奪われた海賊たちは末席の末席、遠征組の小艦隊に属する者たちであった事があげられる。実力的にも装備的にもあまり強くはない上、獲物となる交易船や輸送船を見つけたら一艦隊では挑まず、周辺の仲間を呼び集めて戦う、事実上の偵察隊に等しい者たちだ。

 そんな連中が入れ替わるのは決して珍しい事ではない。広い宇宙とはいえ、その宇宙に根差す大国の軍隊とも駆け引きしているのだ。末端の下っ端たちの顔ぶれが毎日変わる事もごく普通の事だった。海賊稼業もそうだが、この宇宙航海時代は弱肉強食。強い者が生き残り、敗者は辛酸を舐めるのみである。

 

 つまるところ、アルゴンは白鯨の事をちょっとカスタムした大型艦を駆る新参の0Gドッグであると考えていた。武士の情けも持たない海賊すら慄く外道かつ強欲な奴らであるが、それだけである。ここは海賊本拠地人工惑星ファズ・マティ。スカーバレル海賊団の庭だ。地の利はこちらにある。

 

「数はどうかの? 周囲に軍も展開しとるのか?」

「いや、反応があったのは二隻だけでさぁ」

「ふむ、これは生きのいい獲物が来たもんじゃ…」

「へい…? 首領、いまなんて?」

「ホーホーイ! 大物が来おった来おった! ―――何をしておる! 海賊島から全艦隊を出して数で踏みつぶしてしまえい! どんな強力なフネでも数には勝てん! 」

 

 小マゼランのエルメッツァ星間国家連合で策謀を巡らし、スカーバレルを一介の海賊とは一線を画す巨大な獣に育て上げた老練の男は、頬が引きつる程に口を釣り上げて笑うと、それを見て呆然と突っ立っている部下に大声で全艦隊を差し向けるように指示を下した。

 アルゴンは手を叩かんばかりに歓喜していた。策謀を巡らす事もなく、獲物が態々こちらの咢の中に飛び込んできてくれたのだ。いくら強力なフネでもたったの二隻では数を相手に潰されるのは戦術の基本中の基本である。それを利用しない手はない。

 ただ一瞬だけ、二隻の反応はおとりで近くに中央政府軍の艦隊が潜んでいるのではないのかという考えが浮かんだが即座にそれを否定した。政府軍の中には金で釣り上げたスパイが各所に紛れているし、星団連合という旗を背負って立つ軍には大国の面子というものがある。

 高々海賊相手に奇襲などといった高度な戦術など不要、正面から正々堂々と押しつぶす。そう叫ぶ軍上層部のお偉方も少なくはないのだ。もっともそうなるように各所に黄金色のお菓子をばら撒いているのだ。そうでなくては困る。

 

「おおっ。いい事を思いついてしまった。やはりワシは天才だ。―――だれか、だれかおるか?」

「へい、なんでしょうか?」

「おお、先ほどの命令に追加で、できるなら鹵獲するようにも伝えておくように」

「白兵戦ですかい。腕っこき共もよろこぶでしょうな」

 

 すでに自分の艦隊が愚か者を押しつぶす姿を幻視した男の小賢しい事を考え付くドドメ色の脳みそは白鯨に利用価値を見出していた。末端とはいえ小艦隊を何度も鹵獲していったカスタムシップ、それを鹵獲し運用できれば自分の海賊団はさらに高みに至れると考えたのだ。

 

「ほひぃ、なんだかテンションあがってきちゃったな」

「でしたら首領。勝利の宴とかやったらいいんじゃないですかね? ちょうどよく首領好みの可愛い子ちゃんが上納されたと報告が……」

「ほぃー! いいじゃないかのう! それじゃあその可愛い子ちゃんに酌でもしてもらおうかのう!」

「下界じゃ結構人気があって歌とかもうまいって話ですぜ。もちろん処女です」

「ほぃぃぃぃ!! 最っ高じゃな!! 歌でも歌わせて、堪能した後は……ふひィ」

「んじゃ、宴の準備もするように伝えときます」

「ほっほっほ、楽しみじゃ~」

 

 こうして自陣の勝利を疑わないアルゴンは早めの勝利の宴を画策して悦に浸っていた。

 

 そして首領(ドン)の号令に従いファズ・マティに係留中の海賊船艦隊が次々とファズ・マティを出航し、接近中の白鯨の艦隊へと進行していく。

 海賊たちが恐れる白鯨と対峙しなければならないが、自軍の前衛にはフランコ級水雷艇やそれのアッパーバージョンにあたるジャンゴ級水雷艇が26隻、それらに混じり艦載機が運用できる異色の駆逐艦であるゼラーナ級10隻と、その改装型で艦載機運用能力をオミットしたガラーナ級駆逐艦14隻の50隻もの艦隊が進んでいる。

 

 その混在した艦隊の背後には射程の長いレーザーを持つ15隻のオル・ドーネ級巡洋艦と、そのオル・ドーネ級の外装換装モデルで今回の戦いを指揮する幹部が乗り込んだ旗艦のゲル・ドーネ級を含む同型艦が5隻、悠々と宇宙を進んでいた。

 特に旗艦を含むこのゲル・ドーネ級は、船体各所にミサイル発射管を装備した実体弾特化型のフネであり、ビーム対策に重点を置いているこの世界の艦艇にとっては、逆に驚異的な存在であった。費用対策の問題から数が少ないこの艦を5隻も導入するあたり、今回の白鯨に対する本気度がうかがえるものである。

 

 70対2というある意味絶望的なまでの戦力差。幾ら巨大で強力なフネでもこの差は覆せまい。たとえ覆されたとしても、自分たちの後ろには更なる防衛線が引かれているのだ。それだけあれば倒せない道理はないだろう。それに相手は巨大だからこちらが撃てば攻撃は当たる。攻撃があたれば倒せると、海賊たちは自信をもっていた。

 

「まもなく敵艦と接敵! 交戦宙域に入りますぜ!」

「敵の動きを注視しろ!各艦APFシールドを戦闘レベルで展開! エネルギーの残量には注意しろよ!」

「交戦準備アイアイサー! 全員ベルトしめろぉー!」

 

 とはいえ、距離は離れているモノの。相手は幾たの同胞たちの海賊船を沈めたり奪いつくしてきた“白鯨”である。油断は出来ない。前衛艦隊を預かる幹部は、すぐさま交戦準備を行うよう各艦に通達した。艦隊の全てがAPFシールドを戦闘レベルで起動。船体を覆い隠すように膜状の薄いフォース・シールドが幾重にも展開する。

 攻撃命令が出ればすぐにでもぶっ放せる。そんな張りつめた弓の如き状態になった時であった。白鯨を注視していた海賊船オペレーターが敵の動きを察知して声を張り上げた。

 

「敵1番艦っ! エネルギー量が急激に増大ッ!」

「お頭!なんか変なのが敵の甲板に出てきましたぜ?」

 

 海賊達が見ている前で、白鯨艦隊の前衛を受け持つ異色の弩級戦艦バゼルナイツ級戦艦の上甲板にせり出してきたのは、大小様々な砲口を束ねた巨砲であった。ガトリングレーザー砲と呼ばれるその複合型口径連装砲の砲口から、エネルギーの活性化したのか光子が零れ落ち始めた。

 それと同時に砲塔が稼働し、その砲口の矛先を真っ直ぐと海賊艦隊の中心部に合わせて照準を固定した。その間にもバゼルナイツ級からのエネルギー供給が続き、ガトリングレーザー砲は、まるで脈動するかの様にエネルギーラインを鼓動させていた。

 

「なんか今にも発射できますって感じだぜ」

 

 一人の海賊がそう漏らした。それはこの場にいる全員が思っている事でもある。

 

「ふん。この距離で撃ったところで当たる訳があるかよ。ありゃこけおどし、ただのブラフだ」

「ブラフ……なんだぁブラフかぁ」

「ブラフだってよブラフ」

「そうかぁ、なら安心だ…………で、ブラフってなんだ?」

「「しらねえ」」

 

 白鯨が見せた攻撃の兆候に対し、海賊の幹部は部下たちの士気低下を軽減させようと、それを虚仮威しであると言って強がって見せた。だが対する部下たちの反応はあまりにも愚かしいものだった。

 幹部は自身の出来があまり良いとは思っていなかったが、それよりも遥かにひどい部下たちの脳みそには少しばかり頭を抱えてしまう。こんな程度でよく生き残れるものだと思うが基本的には自分より立場が偉い者に従うのが下っ端海賊だ。指揮さえ間違えなければそれほどひどい事にはならないのである。

 まぁ頭の出来がよろしいのなら海賊稼業なんてアコギな商売に足を突っ込む訳がない。今はそれよりも目の前の強敵に挑まなければならないので幹部は思考を切り替えることにした。

 

「……まぁいい。おいデータ解析しとけよ」

「へい。エネルギー量から発射までの予想時間をカウントしますぜ。敵艦砲撃開始まで、あと―――」

「カウントダウンに合わせて回避起動パターンを先行入力」

「へい、TACマニューバパターンを先行入力。艦隊機動と連動」

「それと、白兵戦するからな? 手空きの奴らは武器もってエアロックんとこ行ってろ。取り付いたら出番だ」

『へーい! 腕が鳴るぜー!』

 

 相手が攻撃の兆候を見せるのと同じく、海賊艦隊もまた攻撃準備を整えていく。艦内で警報が鳴り響き、戦闘直前の騒々しさが艦全体に響いていた。

 

「敵艦、射程まであと5000――っ! 敵二番艦の熱量が急速に増大してる! 発射時期、想定より早い!」

「攻撃が来るぞ! 各艦よけろ!」

 

 最初に戦いの火ぶたを切ったのは白鯨からだった。意外な事に最初の砲撃を行ったのは、前衛でこれ見よがしにガトリングレーザー砲をアイドリングさせていた敵の一番艦ではなく、その背後にいた白鯨であった。

 白鯨は砲にエネルギーチャージを行っていた一番艦の背後で、静かに成り行きを見守っているように見えていた。それを見て海賊たちは、先に攻撃を行うのは敵の一番艦で二番艦に位置する白鯨はまだ攻撃してこないと思っていた。

 しかし白鯨は、いきなり機関出力を最大に上げて電光石火でレーザーを一斉射した。

 

「うわぁ!」

「当たったぁ?! し、しずむぅぅ!」

「さわぐな! かすっただけだ! ダメージレポート!」

「て、敵の攻撃、艦隊左舷側を通過、前衛および本艦隊に損害なし」

「みろ! 距離があるから命中なんてしない! それよりもこっちも撃ちかえせ! 次の攻撃をさせないために、撃って撃って撃ちまくって距離をつめるんだよぉー! 」

「へい船長ーッ!」

 

 白鯨から放たれた最初の一斉射は海賊艦隊の至近距離を掠め、圧縮粒子の弾頭を拡散させながら虚空へと消えていった。非常に距離が開いているので、敵の初撃は掠めるだけに済んだものの海賊船の中は浮足立っていた。

 先の攻撃は艦隊に影響が出ない空間を通過したが、その位置は非常に海賊の艦隊に近い空間だった。言い換えれば圧縮粒子のレーザーはあと僅かで艦隊に対し、なんらかの影響を与えられる距離を通過したという事である。現にエネルギー衝撃波がレーザー通過時に艦隊を揺らしたので混乱に拍車をかけていた。

 

 艦隊を統括する海賊幹部は敵である白鯨の恐るべき超長距離攻撃能力を目の当たりにして内心では怯えつつも、怯んだ部下たちを鼓舞しつて海賊流の対艦戦術を展開する。とにかくレーザーを盛大にばら撒いての突撃だ。

 

 一見すると非常に愚かな戦術に思われるが、実はそうでもない。この時代ほぼすべての艦艇にはAPFS(アンチエナジー・プロアクティブ・フォース・シールド)、対エネルギー・プロアクティブ力場遮断と呼ばれるフォース・シールドが実装されている。

 このシールドは指向性の高エネルギービームに対して、その固有周波数に干渉して威力を減衰させる。このシステムにより、たとえ小さな水雷艇であっても一度のエネルギー兵器の照射で轟沈させるのは難しかった。もっともこのシールドが防げるのはエネルギーや熱だけなので、ミサイルや物理攻撃に対してはまた別の防御がいるが……。

 

 それはさて置き、幹部が艦隊を突っ込ませたのにはもう一つ理由があった。それは先ほどの攻撃がすべての砲門を向けた一斉射だったからである。広大な宇宙空間で加速している動的物を砲撃で撃ちぬくのは難しい。そのため通常は複数の砲塔を一つの艦艇に向けて照準し、時間差をつけて発射する事で弾幕を形成するのである。

 

 しかし先ほどのような一斉射撃のように一度にすべての砲門を開くと、瞬間的な火力は凄まじいモノがあるが、その分砲塔に集中するエネルギー量の増加などを事前にセンサーに捉えられてTACマニューバなどの艦隊回避機動によって回避されやすい。

 さらに言えば強力な砲撃ほど次の砲撃までに冷却やエネルギーチャージ、さらには射撃諸元の再設定によるインターバルを必要とする。先ほどの攻撃ならば、確かに直撃を食らえば水雷艇・駆逐艦とは次元が異なる防御力がある巡洋艦のAPFSですら減衰しきれず大破、あるいは轟沈させられるだろう。

 とはいえ、これは当然ながら当たればの話である。現実には先ほどの攻撃は外れ、各艦に被害は出ていない。好機であった。足の速い事には定評がある海賊船ならば、敵のインターバルの隙をついてショートレンジまで接近できる筈である。

海賊は数だけは多いのだから、一隻や二隻沈められても大した問題ではない。

 

「敵一番艦熱量増大! 来るッ!」

「なぁに!? 回避しろっ!」

「間に合わない! こいつ当たるッ!」

 

 だがその時、ガトリングレーザー砲をアイドリングさせていたバゼルナイツが動き出した海賊船目掛け砲撃を開始した。プールされていたエネルギーが大小様々な口径の砲門から一気に押し出され、パルス状のレーザーとなって空間にばら撒かれていく。

 

 最初に命中したのはガトリングレーザー砲の射線に乗っていた前衛艦隊に所属する駆逐艦であった。たまたまエンジンの調子でもよかったのか他よりも突出していた事で、真っ先に砲撃の雨に飛び込んでしまったのである。

 命中した瞬間、海賊船が展開していたAPFSはその役割を十全に果たした。幾重にも多重にレイヤー展開されているフォース・シールドが、命中弾の固有周波数と一致していた事もあり、最初の命中弾はシールドに減衰されて弾かれ、空間に粒子をまき散らしながら火花となって消滅した。

 

 しかし、すぐに次のレーザーが命中する。そう、このガトリングレーザー砲の恐ろしいところは単発ではなく次々とおかわりが届くところにあった。

 

 レーザー砲は口径や製造された工廠の違いで、それぞれレーザー弾頭の固有周波数が異なる。海賊達は知る由もないが、ガトリングレーザー砲はとある技術者が倒した敵から集めたジャンク品のパーツをニコイチ修理がてらキメラの如くつなぎ合わせたキメラレーザー砲である。

 いうなればガトリングレーザー砲のレーザー弾頭は、それぞれ固有周波数が違うのである。こうなると、いくらAPFSがレイヤー展開できるといっても限界があった。固有周波数に合わせられない領域の周波数のレーザー弾頭は防げないのだ。

 

 こうして海賊船は哀れ爆沈……とはならなかった。

 

「……あれ? 敵のレーザー命中してたよな?」

「へい、完全に直撃してた筈で……威力が低い?」

 

 散布界に侵入していた海賊艦隊であるが、被弾したフネのほとんどがそれほど被害を受けなかったのである。むろん小破やぎりぎり中破の艦もいるが、戦闘に参加するのに問題ない程度の損傷具合だった。何故か?

 原因はガトリングレーザー砲の構造にあった。砲塔一基につき砲門が複数あるガトリングレーザー砲はその構造上、あまり多くのエネルギーを砲門に回せなかった、つまり一発一発の威力はあまり高くなかったのである。

 また面の攻撃を主とした拡散率の高さの所為で、互いの有効射程より離れた距離からの攻撃は非常に密度を欠く攻撃となっていたのである。もともとが近距離で使用されるものであるので、ある意味で当然といえた。

 

 しかしながら、この攻撃は海賊達に動揺を与えるに相応しい効果はあった。レーザーのカーテンが迫ってくるような見た目が派手なものなので、ビシバシと船体を揺らす振動は否応なしに海賊達の神経を削っていた。

 だいたい正規の軍隊のように冷静さを保つ訓練をしているなら兎も角、普段から自分のしたい事だけをしたいように自由に、別の言い方をすれば怠惰にかまけていた彼らが浮足立たない筈がなかった。

 

「各艦分散しろ! やつらの尻を蹴飛ばしてやれ!」

「敵艦がこっちの有効射程に入りやしたっ!」

「全門開放! こちらも撃て! 反撃だ! 焼きつくまで撃ちまくれッ!」

「アイアイサー! 全砲門、発射ぁー!」

 

 白鯨艦隊からの攻撃に晒されながらも加速していた海賊艦隊は、ようやく白鯨艦隊をその射程に収める事に成功した。これまで牽制程度に散発的にとどめていた砲撃をやめ、とにかく撃ちまくる。少しでも敵の照準がずれたり、砲撃のインターバルが伸びればめっけもの。全力砲撃が海賊艦隊から放たれた。

 海賊の駆逐艦や巡洋艦が、各々一定の距離を保ちつつ、オーバーヒートを起こさないギリギリのラインでインターバルを挟みながら砲撃を開始する。互いのレーザーは空間に極少量漂っているガス雲によりエネルギー流が複雑に干渉しあい、あらぬ方向にレーザーが曲がるがそれでも撃ち続けた。

 

 海賊の砲撃術の練度は決して高くはない。空間に漂う物質の干渉で命中率が下がっている事を考慮しても精密砲撃はあまり当たらない。されど彼らには数があった。海賊艦隊70隻の内、前衛を預かる50隻の艦隊が放ったレーザーは宙に光芒の五線譜を入れて飛翔する。

 光弾の殆どは虚空に消えるが、それでもいくつかの凝集光弾頭は白鯨の前衛艦であるバゼルナイツ級戦艦に命中している。バゼルナイツの強力なシールドがレーザー弾頭を減衰させて空間にプラズマ光を撒き散らすが、命中の瞬間にシールドが揺らいだ時、いくつかの砲撃がバゼルナイツの装甲を焼いた。

 

 それは明確なダメージを与えたわけではなく、文字通り装甲の表面を熱しただけにとどまっていたが、それでも海賊達にしてみれば敵は鉄壁の防御ではなく、当たれば攻撃が通るという事実に海賊たちの士気は上がっていく。

 だんだんと彼らは、敵は化物でもなんでもない、こちらと同じ人間が乗ったフネなのだという風に感じ始めていた。このままさらに近づけば砲撃の精度も威力も上がっていく。数に勝る自分たちが白鯨にされてきた事を万倍にして返してやれるのだ。

 悪党にも悪党なりの矜持がある。彼らにも仲間意識は存在し、くしくも白鯨艦隊という脅威によってより結束力が高められた結果だった。

 

 こうして会戦当初から下り坂傾向であった士気が一時的であるが回復し、各艦の攻撃が熾烈さを増した。インターバルの限界に挑むかのようにして連続して発射されるレーザーが、白鯨艦隊前衛艦の分厚いシールドを撃ち抜き、センサーマストを圧し折り、装甲の一部を融解させたのを見て更に士気が上昇する。

 

 遂には装甲の一部からガスを吐き出し始めた前衛艦のバゼルナイツ級を目にし、この流れに海賊幹部は運が向いてきたと内心ほくそ笑む。図体ばかりデカけりゃいいもんじゃねーんだぞ!クソヤロウ!と、幹部がモニターに向かって中指をおっ立てていると、モニターに映る二隻の敵艦が急に後進を始め、海賊たちから距離を取り始めた。 

 

「あいつ等しっぽ巻いて後退していきますぜ!」

「へへ! 流石にこの数にはかなわねぇってかぁ?」

 

 おそらくはこれ以上接近されないように後退したのだろう。海賊と言えば敵船に乗り込んでの白兵戦と昔から決まっている。それを防ぐつもりなのだ。

 

「逃がさねぇぜ! 捕鯨だ捕鯨! おいしい腸(はらわた)にかぶりついてやる!」

「ひゃっはー! とにかく突撃だぁー!」

「よし! 追い詰めるぞお前ら! 全艦全速前進! ぶっころしてやれっ!」

「「「よっしゃぁぁぁ!」」」

 

 ここにきて、海賊たちは自分達の勝利を確信していた。圧倒的なこちらの攻勢に耐え切れず、白鯨艦隊は尻尾を巻いて後退しているように見えていたからだ。自分たちが圧倒的有利であり、あの恐怖の対象である白鯨を追い詰めているのだ。数々の同胞を暗い宇宙に沈めた敵がこの手で追い詰められている。士気が自然と上昇するのも頷ける。

 

「敵が逃げるのを止めました。チャンスですぜ!」

「この隙に乗り込んで中から占領してやりやしょう!そうすりゃあのフネも俺たちのモンだっ!」

「うるさいぞ。艦隊の動きは俺が決める。無駄口叩いてる暇あったら手を動かせ! ゲル・ドーネどもに連絡! 全艦ミサイル発射よぉいっ! 本艦も前に出るッ!」

「アイ、アイ、サー! 鉄の雨を降らせてやるぞ!」

 

 後退もやめて停止した白鯨に幹部はさらなる攻撃を指示した。幹部は内心うまく行過ぎているでは無いかと、すこし不審に感じていたモノの。今まさに目の前で恐怖の対象だったモビーディックを落とせるという事実が彼等の眼を曇らせていた。

 

 幹部は駆逐艦達を盾にして後続に控えさせて温存していた海賊艦隊側の切り札。ゲル・ドーネ級ミサイル巡洋艦を前に動かした。どんな小さな宇宙船でもAPFSが標準装備されているこの時代のフネはレーザーで落とすのは難しい。

 

 だがミサイルや高速砲弾のような質量を持った武器はAPFSでは防御できないので、強力なAPFSを持つ敵に対して、ミサイル攻撃は有効な攻撃手段だった。その有効なミサイル巡洋艦をこれまで幹部が使わなかったのは、ミサイルの宿命として弾速がレーザーに比べて遅い上に射程も短いというものがあった。

 照準すれば標的まで直進するレーザーと違い、ミサイルは空間に漂うデブリの影響も受ける。一応は相手を追尾するホーミング性能もあるが、空間を高速で移動するフネに追随する為に加速しているフネから放たれたミサイルも加速されているのでミサイルの機動変更は非常に難しい。

 またECMといった電子妨害もあるので追尾機能は実質保険程度の役割しかなかった。

 

 だがそれでも、接近して確実に命中するように放てば十分驚異的な攻撃となりえる。事実ゲル・ドーネ級には艦首を三方向から取り囲むようにして、多数のミサイル発射管が詰まったコンテナ・ユニットが設置されている。

 ゲル・ドーネ級すべてのミサイル発射管を合計すると、一度に発射できる数は驚異の184発。しかも五隻いるので五倍の920発……弾幕ってレベルじゃねーぞおい。

 

 たとえ通常弾頭だとしても、五隻のゲル・ドーネ級から放たれる対艦ミサイル一斉攻撃は正規軍の戦艦すら粉みじんにする威力を持っている。弾薬庫のサイズの都合上、一度発射するともう一回しか一斉射できない、撃ち尽くしたら終わりな、文字通り最後の切り札であった。

 

 相手が重力場を利用した質量兵器防御装置であるデフレクターを装備している可能性もあったが、一度に184発ものミサイルを発射する事が出来るゲル・ドーネ級が5隻もいる状況である。

 敵がいくら強力なデフレクターを装備しても、その装甲が分厚く堅牢であったとしても、総数920発もの対艦ミサイルを受けて無事でいられるとは到底思えなかった。

 

 ゲル・ドーネ級が艦首部分を白鯨に向ける。艦体を中心にして前方に伸びる三つのコンテナユニットに登載されたミサイル発射口が開き、あとは発射命令を待つばかりと言わんばかりに対艦ミサイルが顔を見せた。ミサイルが展開されたその光景はさながらハリネズミを思わせる。

 幹部は各ミサイル巡洋艦が発射準備完了と報を上げるまで待った。どうせやるなら一斉射を決めたほうが恰好がつく。唯一の不安点は開幕から活躍してきた敵のガトリングレーザーキャノンであったが、今はエネルギーが尽きたのか沈黙している。インターバル中なのだろう。今こそチャンスだった。

 

 今を置いて、全力攻撃のチャンスはない。成功すれば敵に大損害を与えられる上、そうでなくても反撃の手の無力化が期待できる。機関部損傷か推進器破損で航行不能に陥ればめっけものだ。

 中々に素早い白鯨に乗り込むのは先ほどまで難しかったが、これで損傷して鈍足になれば海賊十八番の敵艦に乗り込んでの白兵戦が行える。刃向う連中は皆殺しにし、投稿してきた奴らは男は売り飛ばし、女は……楽しみが増えるというものだ。略奪と暴力、これこそ海賊の醍醐味というものだ。

 

「たったの2隻で俺達を相手にしたことを後悔させてやる」

「ミサイル発射準備、完了しやした!」

「前衛艦、直掩艦、レーザー砲チャージ完了! 総攻撃、いつでも行けますぜ!」

「うむ……」

 

 海賊幹部は今まさに最高潮の中にいた。恐怖の対象だった化け物を下す、英雄的なキャプテンとして語り継がれるような伝説の男になりえる所業。振り上げた腕を振り下ろせば、自分は名だたる海賊達の間で名声と共に語り継がれる……!

 

 喜色を湛えて、幹部は今、その腕を振り下ろそうとした。

 

 その時であった―――

 

「……おうっ!? センサーに感ありっ! 艦隊8時下方!」

「なにっ!」

「インフラトン反応多数確認! ロックオンされた――!」

 

 警報と共にオペレーターの叫び声にも似た報告が上がった。その直後に爆音が上がり視界を揺らすほどの振動に襲われる。たまたま立ち上がって指揮を行っていた海賊幹部はその衝撃で椅子に叩きつけられるようにして倒れこんだ。

 

「クソッ! 後部甲板に被弾! 推進部、粒子安定制御板(パーティクルスタビライザー)が損傷! 推力25パーセント低下した!」

 

 オペレーターががなり立てるように損害報告を読み上げていくが、被害はそれだけにとどまらない。艦内各所からの内部通信ウインドウが開き、そこから悲鳴のようなダメージレポートが次々と上がってきた。

 

『インフラトン機関に損害が出た!! 機関ブロック、シアンガス発生!! 自動強制排気で減圧されてる! 助けてくれ―――ッ!!!』

『こちら火器管制室だ! 左舷ミサイルコンテナブロックが被弾した! システムが勝手にミサイルコンテナをオートパージした!』

『おい! 真っ暗だぞ! 前が見えない! 換気レバーを―――』

『バカッ! それはエアロックの非常弁―――《バシュゥゥーー……》』

 

 混乱はそこかしこで発生していた。艦内のいくつかの非常用エアロックが内部から勝手に開かれていた程である。当然エアロックが開いた区画は気圧ゼロになっており、中にあったもの全て吸い出されてしまっていた。

 

 先ほどまでは勝っていたのに……。

 

 海賊幹部が自失している間にもダメージレポートが更新され艦内ステータスが描き直されていく。攻撃を受けたであろう区画が異常なしのグレー表示から一気に異常を示すレッドに切り替わったのだ。それはまるでフネが血を流しているかのようだった。

 さらに追い打ちをかけるように、激震ともいえる振動が旗艦を再び揺らした。先ほどパージしたミサイルコンテナに積まれた対艦ミサイルが爆発し、彼らに衝撃波が襲いかかったのである。

 艦全体に及ぶ広範囲のダメージに、フィードバックを受けたコンソールがバチバチ火花を散らしていた。ショートした回路から煙が上がる中、叫び声と怒号が海賊船のブリッジにこだまする。自分達に何が起きたのかを幹部が理解する前に、新たな報告がオペレーターの悲痛な叫びとなってもたらされた事で、幹部の混乱は窮地に達していた。

 

「味方6番艦、沈没!――3、4、5番艦中破炎上中! 20番艦轟沈! 」 

「どこからだ! どこから攻撃された!?」

「背後からですぜ!」

「背後だと――馬鹿な……」

 

 この時、海賊艦隊のまわりに小さな影が飛び回っていた。海賊艦隊に所属するフランコ級水雷艇の全長が大体120m程であるが、飛び回る影たちはそのフランコ級よりも遥かに小さく、大体6分の1程度。おおよそ18m程度の大きさしかない。

 それは翼を広げた鳥のような形をした小型の航宙機、いわゆる航宙戦闘機であった。視認性を下げる為に黒く塗られた戦闘機達は、劣勢に見えた白鯨を前に舌なめずりをしていた海賊艦隊の背後から突如として現れ、搭載されたミサイルによって海賊達を攻撃したのである。

 

 ただ、そのミサイルは唯の対艦ミサイルではなかった。本来、18m級の航宙戦闘機に搭載できるミサイルは航宙機専用のT3-対艦ミサイルである。大きさは4m前後であり、主翼下もしくは上部のパイロンに担架され使用されるもので、通常の艦船に対して集中運用すれば、それなりの打撃を与えられる威力を持っていた。

 

 しかし、海賊達を襲った黒い戦闘機達は本来T3-対艦ミサイルが搭載されているべきパイロンに機体全長よりも大きな円筒をした物体を搭載していた。それは駆逐艦や巡洋艦が運用するべきサイズの艦対艦中型ミサイルであった。 

 大きさも、太さも、長さも、そしてもちろん威力もT3-対艦ミサイルをはるかに上回る中型ミサイルは一発当たるだけで水雷艇はもちろん、倍以上の大きさを持つ巡洋艦にまで大きなダメージを負わせるに十分な威力を持っていた。

 

 そして皮肉にも、そのミサイルは海賊達が運用しているミサイルと同型だった。

 

「クソッ! 戦闘機だと!」

「汚い! やっぱり白鯨汚い!」

「ええい! とにかく巡洋艦は対空戦闘だ! この艦を守れ! あとゼラーナ級から艦載機を出せ! 軍から頂いたビトンがあるだろ!」

 

 LF-F-033 ビトン エルメッツア中央政府軍が各国に輸出、配備させている航宙戦闘機である。軍の補給部隊を攻撃した際に頂戴したそれらビトンを、海賊はゼラーナ級駆逐艦に配備させていた。

 航空駆逐艦ともよべる一隻のゼラーナ級に搭載可能な艦載機は、およそ9機である。海賊艦隊に随伴しているゼラーナ級は全部で十隻、つまり修理とかを考えなければ、最大90機の戦闘機が運用可能であった。

 

 幹部は自分のコンソールから艦隊の情報を呼び出す。幸いな事にまだゼラーナ級は全艦健在。幹部はそれら艦から艦載機を出させ、敵のものと思われる戦闘機にぶつける算段だった。

 幹部の命令により、すぐさま艦載機隊がゼラーナ級から発艦し、編隊は組まずにそれぞれ間近の敵に襲いかかった。連携こそ取れてはいないが、一応は長年航宙機に乗ってきた海賊のパイロットたちは、艦隊を狙う対艦装備を付けたままの敵をまず狙った。

 これは味方の海賊たちの被害を抑えるという意味もあったが、実際は重そうな中型対艦ミサイルを持ったままの敵なら、運動性が極度に低下しているため倒しやすいという、戦術的判断というべきか下種な判断か迷う考えの元に行動していた。

 

 実際、その判断は間違いではなかった。黒い戦闘機達の内、対艦装備を持ったままの機体はかなり鈍重で、簡単に落とせそうに見えていた。むろん対艦装備を撃ち終わった黒い機体が援護に回っているが、それでも海賊艦載機たちにはカモに見えていた。

 海賊艦載機の誰かが近づけば、迎撃に黒い戦闘機も向かってくる。しかし半数がまだ対艦装備を付けたままの黒い戦闘機達は迎撃に回れる数が少ない。その隙間を縫って海賊戦闘機達は突撃していた。 

 本来艦載用の中型ミサイルだ。あれだけの大きさ、航宙機なら積載重量いっぱいであろう。敵は航宙機のドッグファイトで厄介な迎撃ミサイルを積んでいない事になる。海賊達はミサイルをバカスカ放って護衛に回っていた黒い戦闘機達を牽制しつつ、迫る中型ミサイル持ちにせまった。

 

『ここでお前ら落とさなきゃ! おまんまの食い上げなんだよぉー!』

『仕掛ける!』

 

 突出したビトンが二機、護衛からわずかに外れていた機体を狙う。黒い機体はバーニアを全開にして速度を上げようとするが、ミサイルが重すぎて加速が付かない。身が軽いビトンは追い込むようにして接近し、黒い機体をロックオンした。

 

『ひゃっはー! おちろー!』

『しずめー!』

 

 雄叫びと共に、二機のビトンは軍から略奪したSSL対宙ミサイルを発射する。鈍重な対艦装備を持つ黒い機体は、対航宙機用の俊敏な対宙ミサイルから逃れようとするが、鈍重すぎる機体はそれを許さない。

背後から迫る対宙ミサイルと動きの鈍い黒い機体。命中すると海賊パイロットたちは確信した。だがその時、宙を飛翔するミサイルの一つを青い光が撃ちぬいた。

 

『なんの光!?』

 

 驚愕する海賊パイロットたち。光の出所に眼を向ければ回避行動をとっている黒い機体のコックピットの後部が可変してせり上がり、単装の銃座から青いレーザーが照射されて迫るミサイルを次々と撃ち落としていた。

 

『レーザー機銃のターレットか! ちょこざいな!』

『へ! ミサイルが利かないってか? だったら』

 

 ミサイルを発射した海賊ビトンの内の一機が急加速し、狙ってくるレーザー機銃を躱しつつも黒い機体の背後についた。

 

『銃弾なら撃ち落とせねぇだろ! 喰らえッ!』

 

 肉薄した海賊パイロットは、そう言ってビトンに搭載されたK133-リニアガンを発射した。膨大な磁力に導かれた磁性体弾丸が、雨霰の如くビトンの銃身から吐き出されていく。艦船の持つ複合装甲板相手には威力不足だが、航宙機相手なら過剰な威力を発揮する弾丸である。さすがの黒い機体もバラバラになるかにみえた。

 

 だが、そうはならなかった。リニアガンが火を噴く直前、黒い機体は唐突に自身を揺らし、これまでの鈍重さからは信じられないくらいの急激な動きを見せたのだ。後ろから狙っていた海賊パイロットから見れば、文字通り目の前で消えてしまったと錯覚するようなマニューバ。

 それにより黒い機体と重なっていた火線は何もない虚空を通る羽目となり、放たれた弾丸は空間をただ真っ直ぐ飛翔しただけにとどまった。そのことに驚いた海賊パイロットは声も出せずに呆然としたが、自分を取り戻す前に視界を揺らす激震が襲いかかりパニックを起こした。

 立て直す事も出来ず、次々と機体を揺らす衝撃に狭いコックピットの中でシェイクされる海賊パイロット。つなげっぱなしの通信機から黒い機体が撃ったという仲間の声を聴いた直後、海賊ビトンは閃光の元に爆散したのだった。

 

 撃墜された海賊パイロットは何が何だかわからなかったが、他の海賊パイロットは何が起きたのかを見ていた。前を飛んでいた黒い機体、宇宙用迷彩を施された白鯨の艦載機であるVF-0フェニックスは、海賊がリニアガンを連射しようとした直前、この機体の真骨頂ともいえる機能を作動させたのだ。可変機能である。

 形式番号とおなじく、元ネタとほぼ同じ可変機構を持つこの機体は重量物をぶら下げたまま人と鳥の中間形態ガウォークに変形してリニアガンの火線から回避すると、両足を九十度まげて推力を垂直にシフトさせて急減速を掛けつつ上昇した。

 そのあまりの急制動に人間の理解が追い付かない。撃墜されたビトンが見失ったように感じたのはその為だった。さらにVF-0が急減速した事で加速していた海賊のビトンは敵をそのまま追い越したのだ。瞬く間に行われたハイマニューバのドッグファイトにより、攻守の位置を逆転されてしまったのである。

 

 こうして敵に背中を取られたビトンは、獲物を狙う獣から敵に腹を見せたような無防備な状態にシフト、そこを完全な人型であるバトロイドに切り変わったVF-0が胴体パイロンに下げていたレールバルカンポッドで背後から強襲したのだ。

 

『な、なんなんだありゃ!?』

『鳥が、人に――ッ!』

 

 これまで戦闘機は相手にしたものの、人型起動兵器などという存在に出会った事がない海賊パイロットたちはVF-0に度肝を抜かれていた。いつの時代も奇抜な存在に対し、人は一時的に意思を凍結させられるのは必然。

 しかし彼らが呆然としているその間も状況は動き続ける。海賊機の追撃を免れた対艦ミサイル持ちのVF-0は、とっとと重たい荷物を近くの海賊駆逐艦に投げ捨て身軽になっていった。これはつまり、獲物の数は減って代わりにヤバい敵が増えた事を意味していた。

 変形するというこの特異な機体に対応する前に次々と迎撃された海賊ビトンはどんどんと数を減らし、90機いた艦載機は8割近く撃墜、生き残った者はただ逃げ惑うだけで何の役にも立たない戦力になってしまった。いや時折混乱して味方艦に激突して半ばカミカゼをかますあたり、むしろ邪魔になっていた。

 この敵の罠にかかった事で海賊艦隊も大被害を被り、出撃時70はいた艦艇の半分は落とされ、残った艦も中破し無傷の艦は一隻もいない状況に追い込まれていった。なにせ中型対艦ミサイルを撃ち終わったVF-0は非常に素早く、容易くフネに取り付くと砲座やセンサー、艦橋を潰していったのだ。

 フネの目であり耳であるセンサー類や動物に例えるなら頭部にあたる艦橋を潰されてしまうと、そのフネは一時的に無防備となる。海賊達も必死に抵抗してなんとか十数機は落としたがそれでもまだ沢山飛び回っている光景に、海賊達は絶望した。

 

「あれは、あれは化けもんだっ!宇宙をおよぐ魔鯨なんだっ!悪魔のシャチまで連れてる!!」

「こっちくるな、こっちくるなぁ!」

「ひるむなぁ! ミサイルを発射し――――」

 

 海賊幹部は士気の低下した部下たちを鼓舞し、何とか攻撃命令を出そうとする。

 だがその命令は届く事は無かった。彼の目線の先では黒い戦闘機に群がられて、禄に反撃すら行えず轟沈する友軍艦の姿が映る。それは自分達のすぐ横にいた僚艦であった。砲座を潰され艦橋を潰されたフネは白鯨が留めを刺して轟沈した。

 自分たちは勝っていた筈……その筈だ。なのに目の前に現れたあいつ等はなんだ?どうして前衛の駆逐艦が火を上げているのだ?幹部は目の前の光景を信じたくなかったが、それを許さないかのように艦橋に警報が鳴り響いた。

 

「フネの直上から敵がくるぞい! 」

「げ、迎撃しろっ!」

「早すぎるっ! 間に合わねぇッぺ!」

「にげろ!」

「逃げろってどこに!?」

 

 すでに粗方邪魔になる海賊艦隊を屠っていたVF-0達は最後に残しておいた艦隊旗艦に対してその牙を向けた。他の海賊船と同じく、まずはセンサーや砲座が潰されていく。それだけでも旗艦内にいた海賊達の心を圧し折るのには十分すぎた。ダイレクトに伝わる着弾や装甲が裂けていく音に恐慌に陥る者も少なくはなかった。

 もっとも、その派手な音のおかげで艦橋にいた全員が恐怖のあまりとっととズラかったので、直後にVFに艦橋を潰されても誰も死ななかった。だが、その所為で余計に悪夢を見る羽目となった。

 

 この時、旗艦に迫る別の編隊の中に、一機だけ他の対艦装備をしていた機体とは異なる機体が混ざっていた。他の機体が二基の中型対艦ミサイルを装備していたのに対し、その一機が装備していたミサイルは背中部分に一基のみ。

 しかしその大きさは機体を遥かに超えた超大型といえるサイズである。機体がミサイルを搭載しているのではなく、ミサイルが機体を搭載しているように錯覚するくらいにアンバランスな姿をした異形のVF。

 その機体は旗艦を取り囲んでいた他の機体が全速力でその場から離脱したのを見届けると、その大型ミサイルを幹部のいる旗艦目掛けて発射した。パイロンから切り離された大型ミサイルは暫く慣性の力で飛翔していたが、やがて推進器が稼働したのかその尾から巨体にふさわしい炎を吐き出して加速を始めた。

 

 むろん、大型ゆえにその加速は非常に遅い。通常であれば対空兵器でなく手法ですら撃ち落とすことができる程に遅かった。だがすでに丸裸にされていた旗艦にミサイルを止める手段はない。というか艦橋という情報を統括し各部署に命令する指揮系が破壊されていたのだから、どちらにしろ対空迎撃は不可能だった。

 こうして無抵抗の旗艦に目掛けて飛び続けた大型ミサイルは、まるで吸い込まれるようにして旗艦の前に到達し、そこで強大な火球となった。膨大な光の膨張が周囲の空間をプラズマに染め上げていく。膨大なエネルギーは余波だけでプラズマを発し、周囲に浮かぶガスによりまるで雷が宇宙に落ちたかのように伝搬した。

 

 この無駄に威力がある最後の大型ミサイルは旧式の反陽子弾頭であった。核分裂を遥かに超える、物質と反物質の対消滅によって生じるエネルギーは、並みの合金なら瞬時に蒸発させる熱量とエネルギーを持っていた。

 ただ、エネルギーに対し滅法強いAPFSが装備されているおかげで瞬時に蒸発という事態は回避された。レイヤー展開していたAPFSのフォース・シールド周波数帯がうまく合致したからだろう。

 されど、対消滅は太陽の核融合よりも強力なエネルギー放射だ。いくらAPFSがエネルギーを減衰させる力を持っていても、対消滅の放つ力は削りきれなかった。対消滅火球に飲み込まれた旗艦は原型こそ保ったが装甲板はほぼ融解、ミサイルコンテナはすべて誘爆し、艦中心部の居住区があるバイタルエリア以外、完全に破壊された。

 旧式であったが為、安全マージンを幾重にもとっていたインフラトン機関が、粒子供給口の異常を察知した段階で勝手に緊急停止(スクラム)していなかったなら、旗艦は対消滅の光ではなく機関暴走で内側から爆散、轟沈していた事だろう。

 

 無論、対消滅の光が艦隊旗艦を飲み込んだだけで済むはずもなく、旗艦を飲み込んだ光の膨張は、その後周囲に展開していた……というか艦橋が破壊されたせいで動けない他の海賊船達も悉く飲み込んだ。

爆発が収まった時、ほとんどのフネはAPFSが機能していたので原型を留めていたが、シールドジェネレーターが焼き付いて船体各所から爆炎を吹き出していた。運悪くジェネレーターに損傷を負っていた艦は内部をプラズマのエネルギーが焼きつくし、ダークマターにならずに粒子に分解されてしまった。

 

 そして反陽子の火球が消えた時、宙域に浮かんでいたのは、APFSを稼動させていた旗艦を含むゲル・ドーネ級ミサイル巡洋艦が3隻、旗艦とミサイル巡洋艦の護衛についていたオル・ドーネ級巡洋艦4隻、ガラーナ級駆逐艦3隻。

 運よく艦隊外延に配置され火球の影響圏から外れていたジャンゴ級とフランコ級水雷艇が合わせて6隻の16隻だけであった。艦隊の7割近くが沈んでしまった事で士気は軒並み急降下。こうなるともはや組織的な抵抗など出来る筈もない。生き残った海賊達はまるで蜂の子を散らすように、這う這うの体でこの宙域から離脱した。

 

 そして白鯨は何事も無かったのように、海賊たちの残骸を蹴散らして、真っ直ぐとファズ・マティの最終防衛ラインへと接近していったのであった。

 

Side out

 

 

***

 

 

Sideユーリ

 

「敵艦隊が撤退を開始、前衛艦隊突破しました。観測ではファズ・マティまで全速で50分です」

【VF-0ゴースト編隊、未帰還機20です。他は損傷した機体はいますが戦闘行動は可能、現在無傷の機体は補給の為に着艦作業中】

『こちら整備班、補給作業の為、飛行甲板にて待機するぜ』

 

 各部署の報告を聞きながらすこし肩の力を抜き、俺は艦長席に座り込んでいた。

 というか、何あれ? 反陽子弾頭ってあんなに威力あんのかよ。原作だとミサイル命中の爆発エフェクトがみんな同じだから、まさかあんな凄い規模のドデカい爆発が起きるなんて知らなかった。

敵を蹴散らすのは想定の範囲内です。俺がおどろいたのはあんなすごい爆発起こすものをよく今までフネの倉庫に死蔵してたって事なんだぜ。そのお蔭で簡単に前衛艦隊を撃破できたから、結果おーらい?

 

 いやはや、それにしてもウォルの策なれり、だな。さすがに敵の大艦隊を目にした時は大丈夫か不安に思ったけど、ウォル君が考えてくれた釣り野伏せチックな戦法が敵に通用するとはね。古の英雄、島津義久様万々歳だわ。

 敵にしてやった事は超簡単だ。俺達を囮にして艦隊を引きつけつつ後退、あるポイントにまで引き寄せた所で強襲したのである。

 この為にわざわざ宇宙ステルス塗装(といっても黒く塗っただけ)を施したVF達を事前に展開させた。その後、敵がトラップゾーンに侵入次第、探知を避ける為に機能停止させていたVF達に復活信号を送るだけ、あとはユピが無人機たちを操ってどっかーん。 ね? 簡単でしょう?

 

 戦法自体は俺のいた時代でもよく知られていた古典的な戦法だが、それを艦隊戦でマジで使っちゃうのがウォル君クオリティ。ウォル様はあたまのいいお方、なのだ。というかそのために実は損傷してないところをワザと煙幕あげたり、もともと壊れてたところを爆破したりと、餌にしてはやり過ぎな偽装も演じた。汚い、ウォル君マジ汚い。

 

 この作戦の成功のカギは凶悪な火力を持たせた一機を紛れ込ませたお陰だったりする。VF-0は人型に変形可能だから換装にはある程度の自由度がある。ちょーっと大き過ぎて翼のパイロンに取り付けられないような武装でも、そこは整備班とマッド共の腕の見せ所、その場の有り合わせ改造でどうにかしやがった。流石である。

 

 俺がウォル君の策の為に、整備の奴らにVFの改造ってできないか連絡したら、連中倉庫の奥からゾロゾロとVF用の追加装備を引っ張り出してきやがった。揃いも揃って、こんな事もあろうかと! と叫んでドヤ顔をしてきたので、イラッてきて殴ったけど後悔はしていない。

 それにしても既に手持ち式のミサイルランチャーを作ってあったとは、げに恐ろしきは技術者の血よのぉ。というか、すでに整備用のVFであるVE-0ラバーキンが就役しているからな。装備換装のノウハウは結構あったってわけだ。

 

 

「さて、最終防衛ラインも突破しまッスか。……ところでトスカさん、反陽子弾の残弾はあれで最後ッスか? なんか想定よりも破壊力がヤバいんで使用禁止にしたいんスが……」

「リストにあるのは、一応あれ一発だけだね。データ上だと」

「データ上、か。なんかワザと申告漏れにしたデッドコピー品くらい持ってそうだしなぁ。あの人達の事だし」

「もうあいつ等のアレは病気のレベルだから気にしたら負けさ」

「ですよねー」

「後、さっきの反陽子弾頭はデータによるとコピー品らしいよ? オリジナルはバラしちゃって今回使えなかったけど、ちゃんと保管してあるってさ」

「えー('A`)」

 

 

 そう言えば海賊船から奪った――ゲフンッ、拾ったオリジナルの反陽子弾頭は元々一発しか無かった筈だ。いつのまに複製までしてたんだろうか。俺が頼みに行った時も、突然『こんな事もあろうかとぉっ!』とか叫んでたのはその所為か?

 コピー品が造れるのは凄いけど……ちょっとなんか心配なので格納庫の様子見てみっか……コンソールをピポパ。空間モニターに格納庫の様子を投影っと。どれどれ?

 

 

『班長ー、次はどれにします?』

 

『おっし!多弾頭ポッドを試そうぜ!ギリギリ積めるだろう?あと両手持ちの大型バルカンポッド登載とかどうだ?』

 

『おお!そんなものまで!さっすが班長!そこにしびれるあこがれるぅー!』

 

『ははは!楽しくなってキタァァァ! インスピレーションがうなぎ昇りぃ! さぁ対艦ミサイルをありったけ積み込んでやろう! レーザー砲も……カプラが合わない?乗せられない?ノンノン!間になにか噛ませて無理やり載せちまえ!』

 

『次もでっけぇ花火を上げてやりますよ!』

 

『ソレと艦長のゆってた“トイボックス”の準備できてるお!もっと面白いことができるお!おっおっおっ!』

 

『ヨッシャ!とっとと軌道計算して点火するぞー!宇宙花火じゃー!』

 

『『『うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』』』

 

「・・・汗臭い」

 

 

 俺はコンソールを操作して画面を消した。僕はなにも見ていません。しばらく目頭を押さえたのは、別にあいつ等の無茶ぶりを見て敵が哀れに思えてしょうがない俺の心が、もう諦めの境地に入ったからじゃないさ、きっとな。

 

―――まぁ、そうなるように命令を下したのは俺なんだけどな!テヘ

 

 

…………………………………

 

 

…………………………

 

 

…………………

 

 

 さて、前衛艦隊との接触から2時間程度が経過した。一応全速だせば50分の距離だが艦載機の補給作業やら簡易修理やらなんやかんやで時間を食ってしまった。

 この間、さっきの戦闘で生き残った無傷かそれに近い損傷の無人VF編隊を発進させ、VFの操作がギリギリ可能な位置に配置してある。もっともあれだけの戦力を繰り出してきたからか、その後向かってくる敵はいなかった。

 更に俺の提案を元に、ケセイヤ謹製の素敵な“トイボックス”を用意している。あのメカの発明や製造の為なら悪魔にすら魂を売り渡すような男の御手製である、中身がどんなモノなのか聞かされているので、ソレを開けることになる海賊連中には同情すら覚えるな。

 

「しっかし、今回は派手に撃てネェからイライラするぜ」

「おいおいストール、トリガーハッピーの禁断症状か?」

「人聞きの悪ぃこと言うなリーフ。俺はバーンと派手に出来ないのが嫌なだけだ」

「良く言うぜ、休暇中は殆ど射撃訓練室に篭ってるくせによ」

 

 ファズ・マティまでの移動中、特に俺が指揮する必要もなく、まわりのクルーがそれぞれの義務をこなしている為、あまりにもヒマだった。なので艦長席からブリッジの様子を見ていたら、ストールがそうこぼしたのを聞いた。それに対し隣にいたリーフが律儀に突っ込みを入れている。仲良いな。

 

 そういやストールはシップショップ『いおん』で随分と型の古い銃を予約していたな。偶々通りかかったので見ていたのだ。何でもマゼラン銀河文明発足よりも前の時代で使われていた銃火器の復興モデルシリーズだとかなんとか。カタログ見たら普通にレミントンライフルと瓜二つだったけど、火薬式の銃火器とはまた渋いチョイスだと思う。

 

 火薬薬莢のボルト式ライフルなんて連射できないし、威力調節も出来ないし、宇宙空間じゃ改造しないと使えないから、持っているのは一部の愛好家くらいらしい。だが小マゼラン、というか宇宙規模でみるとそういう旧世紀然とした銃火器の愛好家は結構いる。

 聞くところによると、どうも火薬式を撃った時に腕に来る反動や銃声が、なんかこう来るらしい。それについてはわからなくもない。俺も男の子、銃器にロマンを抱くのは当たり前なんだ。

 とはいえ、当然火薬式の銃は生産なんてされていない。俺のいた時代でいうならアサルトライフルが普及している中、火縄銃を生産しないのと同じことだ。データは残っているので作ろうと思えば作れるがそうなるとオーダーメイドになる訳で……。

 

 そう考えると金持ちの道楽だ。ストールってば結構なご趣味を持っていらっしゃる。行き過ぎじゃなければ人の趣味に干渉しちゃだめだよな。俺も半分趣味でフネとか建造してるから人の事言えないんだけどね。さーせん。

 




いやぁ、気が付けばもう冬、時間が経つのって早いです。

なんとか時間を見つけてはコツコツと修正していたんですが、これが中々思ったように進まないのなんのって…、まぁ次回も結構かかるかもしれませんね。

さて、ちょっと補足といいますかどうでもいい話なのですが。
海賊のミサイル巡洋艦のミサイル発射数、あれ公式設定資料集を見て実測した数です。
公式資料には登場する艦艇のイラストが描かれているのですが、ゲル・ドーネ級のイラストを見て、ミサイル発射管と思わしき部分を数えました。
結果があの数です、いやぁどこまであってるかわからないんですがね。

なんとなく書きたかったので書きました、長文失礼。

それではまた次回にノシ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第14 話、エルメッツァ中央編~

次回もけっこうかかると言ったな。ありゃ嘘だ。


■エルメッツァ編・第十四章■

 

 

 さて、ストールたちの世間話から耳を離した後、再び艦長席からモニターで外を眺める作業に入った。何せ移動中っていうのは休憩には長く、持ち場を離れるには短い。索敵網さえ構築してしまえば、あとはレーダー班と我が艦であるユピが見つけてくれるから暇なのである。

 

 長距離の惑星がビデオの早送りのように後方にかっ飛んでいく映像をモニター越しに眺め(ちなみに至近距離のはスパゲッティ伸ばした見たいな棒に見える。ハイパースペー○的な感じ?)、そのうちに喉が渇いたので、手元のコンソールを操作してドリンクを選んだ。

 

 するとコンソール台の脇にある小さなシャッターが開き、そこから飲み物の入ったボトルを持ったアームがこちらへと延びてくる。そのボトルをうまくキャッチし、ドリンクホルダーに置いた。

 

 このギミックはケセイヤさんが設置したもので、ブリッジクルーが好きな時に好きな物を食べたり飲んだり出来るようにしてくれるのである。ニートや引き籠りなら垂涎物な全自動軽食サーバーとかいうものらしい。

 

 俺を含め、ブリッジクルーはなんだかんだで職務中は艦橋から離れられないのだが、それではストレスがマッハなので、俺たちが禿げないためにもストレス軽減の為に設置してもらったのだ。

 

 ケセイヤ謹製という事もあり、戦闘の事も考えて、吸わないと中身が出てこない逆流防止弁付きストローがデフォルトで付いているボトルが出てくる超高性能という、とても素敵な便利アイテムでもある。

 

 これのお陰で当直の時でも飲み物が飲める上、サンドイッチとかのような簡単な軽食もボタン一つで食すことができる。非番でブリッジに詰めている時などに使わせてもらっているというわけだ。

 

 

「ファズ・マティに接近。到着まであと5分」

 

「敵人工惑星のー、衛星軌道に艦隊が展開中ですー」

 

「捕捉しました。モニターに映ります」

 

「お、見えてきた見えてきた」

 

 

 そんなこんなで適当な飲み物で喉を潤していたところ、こちらの光学機器が敵さんの艦隊を捉えた。ユピが自動補正を加えた上でモニターにピックアップした映像に眼をやると、人工惑星ファズ・マティを後方に置いて防衛艦隊が布陣をしているのが見て取れる。

 

 しかし空間モニターに映る映像にはファズ・マティの防衛艦隊が映し出されているが、不思議なことに展開している艦隊にスカーバレルの主な艦隊構成艦である水雷艇などの艦種が見当たらない。あれほど後先考えずに水雷艇でブッコミ掛けてくるような連中なのに、これはある意味異変だ。

 

 

「うーん、なんでだろう? 海賊が安くて足が速い水雷艇を出さないなんて」

 

「多分だが……私らを相手にすると、ただの水雷艇じゃ力不足だから下げたんじゃないかい?」

 

「たしかに水雷艇なら何艇いても落とされる心配はないッス」

 

「だろ? 水雷艇が駆逐艦一隻に比べれば安いとはいえ、作るにしても金はかかるからね」

 

「無駄にしたくないって事ッスね。うわっ貧乏くさ」

 

「ウチが戦えば間違いなく鹵獲とかするから、ある意味ただしい判断かもね」

 

 

 うーむ、まぁそういう事なのかも……。

 

 さて、そういう理由だからか、先の艦隊に比べかなり数を減らしている海賊艦隊であるが、艦隊を構成している艦種をみると、どうも巡洋艦が多いようだ。

 

 巡洋艦は駆逐艦戦艦以下、駆逐艦以上の火力装甲速力を持つ、いわゆる性能が高い艦種である。このままガチでやり合うと損傷度合的には中破状態な俺たちとしては厳しい戦いになりそうだぜ。

 

 

「とりあえず艦載機だしといたほうがいいんじゃないかい?」

 

「そっスねー。損害は出来るだけ減らしたいし。てなわけでユピ、お願いッス」

 

【アイアイサー】

 

 

 まあ、そうなってしまう前に対策を取ればいいのだ。そんな訳でトスカ姐さんが言ったように、俺は艦載機を操るユピに号令をかける。非常にあいまいな指示を下したが、そこは俺がいた時代よりも遥かに未来のAI。ニュアンスだけで何をしてほしいのかを理解してくれたらしい。

 

 とりあえず艦載機はこちらの艦隊と捕捉した敵艦隊との中間点にて待機させるように指示をだしてターンエンドだ。対するあちらさんは、相も変わらずこちらとの距離を詰めようと必死だ。

 

 選択としては正しい。敵さんの艦隊を構成している艦は巡洋艦が多くいる。巡洋艦は運動性や瞬発力では駆逐艦に一歩劣るが、最大速度では駆逐艦よりも秀でている。おまけに耐久力も戦艦には及ばずだが高めなので、艦載機の攻撃なら多少の被弾を覚悟すれば突き進むことも確かに可能である。

 

 おそらくは落伍艦は出るが、それを無視してでも早くこちらを有効射程に捉えたいのだろう。互いの有効射程を考えればそれは当たり前だった。なんせこっちは戦艦なのだ。大口径砲なら有効射程はあちらよりも長いので、移動し続けないと一方的に弄られる痛さと怖さを教えてやろうか?状態になってしまう。

 

 その分、やはり有効射程内での殴り合い砲撃戦なら、まだあちらにも陽の目があると、向こうの指揮官は考えているんじゃないかねェ。たぶん。

 

 

 それはさて置き、お互いまだ距離があるので攻撃が無駄に終わることを懸念し、様子見の段階なのだが……俺はコンソール端っこの小さく開いた空間ウィンドウのタブに眼をやった。

 

 そこには幾つかの数字が並び、時間経過で数字が減るタイマーが表示されていた。タイマーの残り時間はもうすぐゼロになるのを確認した俺は、再び外部モニターに眼を移す。モニターの向こうで海賊の防衛艦隊が大量のデブリがある空間を航行していた。

 

 それらの中には、つい先ほどの戦闘で破壊された海賊艦隊に所属していた艦のデブリも浮かんでいる。むろんそれよりも遥かに古いものもあるあたり、どうやらあの辺で戦うと微妙な重力の干渉でここいらまで流されるようだ。海賊だろうが大統領だろうが宇宙で死ねば皆等しくダークマターになるのは世の理である。

 

 普通の船乗りはこういったデブリを前にすると、サルベージとか色々する前に敬意を払いあまり無下には扱わない。呪われるとかオカルトを信じるわけではないが、それが船乗りとしてのマナーだと昔から決まっているらしいのだ。俺たちもEVAでジャンクを集めるが遺体を発見した時はちゃんと葬式してやっている。ジンクスは大事なのだ。

 

 

 だが、海賊は宇宙に浮かぶ亡骸たちを気にも留めず、むしろデブリだからワザとぶつかって弾いたりして進んでいた。流石は海賊、金目の物にならない亡骸相手に敬意を払うそぶりがない。死者を敬うよりも今を楽しむ、それが海賊なのだろう。死んだ奴は興味すら抱かないのだ。

 

 しかし、それが彼らの命取りになるのだ。

 

 こちらとの距離をどんどん詰めてくる海賊の艦隊。その艦隊が、とあるフネの近くを通過した時であった。突如、浮遊していた残骸から小規模な爆発が起こり、その周囲に粉塵と煙をまき散らした。

 

 それは経験豊富な船乗りから見れば、近くを通過したフネの推進器から発せられる放射熱に、フネの残骸から漏れ出した軌道修正アポジモーター用の推進剤が反応し、爆発してしまったかと思うだろう。

 

 事実、緊急回避などに用いられるアポジモーターはキック力を求められる為、推進剤は非常に反応しやすい物が使われる傾向がある。特に旧式のフネの場合は旧式の熱核ロケットモーターを使っている場合もあり、別途推進剤が必要だったりもする。その推進剤が漏れ出して爆発が起こったように確かに見えた。

 

 だから海賊達も気にせず突き進んでいた。宇宙空間を高速で飛び回る以上、その程度の爆発で生じたデブリシャワーでは大した損害は出ない。俺が生きていた時代から考えたら、信じられない事であるが事実である。かがくのちからって すっげー!

 

 だが、彼らのフネの装甲板を叩く破片が、ただの金属の欠片などではなく、実は爆発物でありミサイルであったとすれば? しかも、それが敵の直前で幾重にも分裂し、何百にも分かれた子弾となって、艦隊の真横からばら撒かれればどうなるだろう?

 

 当然、酷いことになるのだが、これはイフの話ではない。なんせ今まさに海賊艦の無防備な横っ腹に、分裂して子弾を放出したミサイルが食い込んでいたのだから。

 

 周辺へ撒かれた子弾が爆発の連鎖を誘発している。それらが幾つも発生して複数の火球が海賊船を飲み込み、宇宙に綺麗な華を咲かせていた。

 

 

「トイボックスの起動を確認。損害計測はインフラトン反応が沈静化するまでお待ちください」

 

「見事に引っかかったな。たーまやーってとこッスか」

 

 

 やったぜ! そう、これまたウォル君の策を元に、ケセイヤ達マッドな仲間が一時間でやらかしてくれたトラップが発動したのだ! 

 

 トラップの仕組みは非常に簡単。さっき交戦した敵の艦艇の内、原型は留めているけどジャンクとしても売れそうにないゴミの中に、いくつものミサイルポッドを忍ばせただけである。そのトラップ入りのプレゼントをファズ・マティ方向へと飛ばしたのだ。

 

 もっとも到達できるかは半ば賭けだったけどね。宇宙は広大なので飛ばすときの軌道がわずか数ミリでもズレると思ったポイントに流されなくなるし、何かしらの原因で軌道変更されてしまう危険性もあった。

 

 どうやらほぼ思惑通りになってくれたようだが、流した数から考えると非常に少ない。一応大小合わせて結構な数をファズ・マティ方面に押し流したが、到達できたのは目の前で海賊に損害を出している一個だけのようだ。なのでそれを見ていたトスカ姐さんがこう溢した。

 

 

「ま、費用的には、ちょっとなんどもやれないね」

 

「うっ……たしかにそうなんスよね」

 

 

 うう、痛いところがあるとすればそれなんだよな。ユピの制御リソースまで高性能演算装置にまわして軌道計算を行い、そこから導き出された解答から、ラバーキン達を使ってデブリを軌道に乗せたのに、あろう事かほとんどが明後日の方角に向かって流れてしまったのだ。

 

 タイマーによってミサイルポッドが起動し、周辺の情報から海賊船がいたらミサイルが全弾発射される。ね?簡単でしょう?――では済まない。ミサイル自体はいい、ユピテルが戦闘空母なので艦載機用に各種ミサイルを搭載する必要があり、空間通商管理局の軌道ステーションでの補給項目に入っているのでタダで補充が出来るからだ。

 

 問題は発射台であるミサイルポッドの方で、ガワであるトイボックス自体はゴミからの流用なので無料だが、ポッドは工廠艦アバリスで自作したものだ。装備の喪失は宇宙で旅する以上よくあるので宇宙港で補給してもらえるのだが、それはあくまで通商管理局の規格品に限られるので、自作品は補充リストにアップして貰えないのだ。

 

 ポッドを制作するのに、ジャンク品やその他各種鉱石などの物資を加工したりするので、その分にかかる費用とか、こうして敵に届くまでのラグとかの費用効果を考えると、赤字じゃないけど思っていたより使えないわコレ。

 

 海賊狩りで結構稼いでいるんだからケチケチしすぎとか言われそうであるが、ウチには開発にかけては自粛も自重もしないマッド連中が集まっている。彼らの所為で幾ら資金や資材を貯めてもドンドン減っていくんだ、これが…。

 

 まぁとにかく、敵の出鼻をくじけたのは僥倖だろう。そう思おう。うん。

 

 

「インフラトン反応沈静化によりセンサーに感あり、敵残存戦力は撃沈が駆逐艦2隻。大破以下は合わせて12隻、無傷の艦は6隻です」

【トイボックス、全弾発射完了しました。自爆コードを送信しておきます】

 

 ユピの解析結果が空間モニターに映像と音声の両方で提示される。うーん、命中率を高める為に拡散タイプにしたからか、拡散ポイントに近かった艦隊以外への影響が少ないようだ。

 

 先の戦いで使用した反陽子弾頭を使えば、範囲内にいる海賊は即全滅ルートにいけたのであろうが、残念な事にコピーの反陽子弾頭はあれひとつしかないらしい。オリジナルを使うにしても入手した旧式弾はその昔エルメッツァ政府軍が使用していた独自の物であり、小マゼランの通商空間管理局では補充して貰えない虎の子だ。

 

 いちおう反陽子制御の技術は、この時代において使い古された技術なのでケセイヤ達の手に掛かればコピーする事も出来なくもない。むしろネックになるのは、専用の保管庫や反陽子生成設備にかかる投資だろう。

 

 要するに反陽子弾は今の俺たちが扱うには威力があっても面倒くさいのだ。そんなものを扱うくらいなら普通にフネを購入して艦隊の数を増やした方が効率もいいし何よりもコストが安い。

 

 大マゼラン銀河なら反陽子装備を売っている造船所もあるから、空間通商管理局のステーションでも補充して貰えるだろうけど、とにかく威力がある兵器なので小マゼランでは軍以外扱ってないので補充して貰えないから扱いが難しい。

 

 こまった兵器ちゃんだよな。ホント。

 

 

「無人VF隊、敵艦隊と接触、交戦に入ります。アバリス、敵の動きにオートリアクション、砲撃を開始します」

 

【敵残存艦隊からミサイルが射出されました】

 

「無人VF隊がミサイルに反応して自動迎撃をします。反撃はいかがなさいます?」

 

「ストール。君に決めた」(気分は某モンスターを従えるトレーナー)

 

「おっし!任せろ!全部撃ち落としてやるぜ」

 

 

 敵艦が放ったミサイルに直掩の無人VF数機が即座に反応する。半機半人のガウォークモードで両腕にバルカンポッドを携えた彼らはユピテルの装甲に沿って即座に移動し、ミサイルが来るであろう方向にポッドを向けて火力を集中させた。

 

 彼ら直掩機は自在に動き回る近接防御火器だ。いわばCIWSのような役割を持たせている機体達で、ミサイルはRAMに相当するマイクロミサイルのみ残し、余ったパイロンにはバルカンポッド用の追加弾倉を積んだ機体達だ。その制御は他のVFもそうだが統合統括AIであるユピが一括して管理している。

 

 ただでさえ超弩級宇宙戦闘空母を管理しているAIなのに、そのリソースを少し借りている無人機の迎撃能力はかなり高いらしく、命中確実のミサイルを瞬時に識別してマークして確実に迎撃している。というか、横に薙ぎ払うようにしてバルカンポッドを斉射して何で当たるんだよ……。

 

 

 ともかく無駄に高度な迎撃能力を発揮してカモ撃ちと言わんばかりにミサイルを落としている間に、我らが砲術長のストールがFCSを操り艦隊に照準を合わせていた。すぐさま発射された光線がミサイルを撃ってきた敵艦に直撃する。

 

 初撃で命中弾って実はすこぶる難しいらしいが、なぜかかなりの確率でストールは命中させたりできる。こいつには人力TASさんでも搭載されているんだろうか? 予測射撃の精度がもはや予知レベルに達しているんですけど。

 

 

【1~5番艦までのインフラトン反応消失。撃沈です】

 

「機関出力最大!今の内に突破する!」

 

 

 まぁ攻撃が当たるのと当たらないのでは、当然当たる方が良いに決まっている。敵の防衛ラインと思われる艦隊が崩れたので、この隙に俺達は最終防衛ラインを強引に突破した。

 

 突破するドサクサにまぎれて自動操縦のアバリスに搭載されているガトリングレーザー砲を平行戦に入る瞬間、艦隊と俺たちがすれ違う瞬間に撃ちまくり、更に敵を混乱させる事に成功した。

 

 拡散レーザーが多いとはいえ、至近距離で浴びせれば装甲は兎も角センサー類は壊滅的な状態になる。これでさらに時間を稼ぐことが出来る。その隙に俺たちはファズ・マティの軌道エレベーターにある宇宙港へと進路を向け、ステーションに強引に接舷した。

 

 

***

 

 

 さて、この宇宙、というか小マゼラン星雲を旅する宇宙航海者たちはバイオハザードみたいな余程特別な理由がない限り、地上から延びる軌道ステーションに付属した宇宙港に攻撃を仕掛ける様な事は基本有り得ない。

 

インフラトン機関を持つフネはI³(アイキューブ)・エクシード航法が可能なので巡航速度が非常に早い。つまり目的地が解っているのであれば、光速の二百倍という速度で素早く到着できるということでもある。

 

 したがって現在のフネには基本的に移民船のような閉鎖型循環式環境プラントを搭載していない。そんな場所とる物置かなくてもセクターを移動するだけなら数日かからないからだ。一番小さな120mクラスの宇宙船でも非常食まで含めれば半年は動ける事を考えればプラントを入れるだけ無駄なのである。

 

 

 とはいえ、別に補給しなくていいというわけではない。あくまでも非常食は非常食。決して日常で食べたいと思える代物ではなく、また嗜好品がないと人間色々と駄目になっていく事を考慮すると、必ず何処かの惑星に補給に下りなければ中身が干上がってしまう。

 

 そういった意味で宇宙港は惑星と宇宙を結ぶ唯一の玄関口、そこを使いモノにならなくしたら、うまい飯も嗜好品もならなくなる訳で……基本的に自分の嗜好に忠実な連中が多い0Gドッグが酒場から締め出されて平気なわけもない。大気圏に降下できるフネで無い限り惑星に降りる事もままならなくなるのは致命的なのだ。

 

 だからこそ宇宙航海者は宇宙港付近での、特に空間通商管理局が保有する宇宙港での戦闘を好まない。誰だって無補給のミイラにはなりたくないもんな。

 

 

【ステーションの湾口ドッグエアロックを確認。マークします】

 

「ストール?」

 

「おk、まかせろ―――ぽちっとな」

 

 

 伸びる光線。ズガン。哀れステーションの湾口エアロックは爆発四散!

 

 そんなマッポーめいた光景が展開されるなか、アバリスをしんがりにユピテルが砲撃で開かれたステーションの湾口ドッグ内に侵入する。後ろに付いたアバリスはその場で反転。リフレクションレーザー砲で長距離砲撃を行いつつ、それでも接近してきたフネは片っ端からガトリングレーザー砲で叩き落とす。そんな布陣だ。

 

 入港すればこっちのもんだ。向こうはステーションに被害を出したくないから攻撃が弱くなる。逆に港を背にしたから手加減する必要が無くなったので、射程内に入ってくる敵だけを撃ち放題だった。敵にしてみれば住処を人質に取られたようなもんだ……今思うとえげつねぇな俺。

 

 

 一方、湾口ドッグに侵入したユピテルは、そのまま強制接舷を行うために壁際にフネを寄せていく。その時、本来なら停船したフネを接岸する固定用のガントリーアームが行く手を妨害しようとしたのか浮き上がった。ガントリーアームがユピテルに向かって伸ばされ、船体を固定しようとする。

 

 だが、その程度の細腕で捕まえられる彼女じゃないぞ? 無粋にもユピテルの船体を押さえつけて、伸びきったガントリーアームであったが、こちらが身じろぎするかの如く軽く吹かした瞬間、関節部から火花を挙げて軽く拉げてしまった。こちとら技術力が高い大マゼラン製だい、馬力が違うわな。

 

 無重力空間に無様に漂うアームの破片を蹴飛ばして、そのまま旗艦ユピテルはステーションに横付けした。通常の接岸なら移動用チューブがこちらのエアロックに延びてくるのだが、あいにく今回は招かれざる客だ。むこうからチューブが伸びてくる事はない。

 

 これでは接岸できないが、なに上陸の仕方は一つじゃない。

 

 

「強制接舷開始!ロケットアンカー射出!」

 

「アイアイサー、アンカー射出します」

 

 

 ユピテルの左舷、横腹からロケット付きのアンカーが射出される。二本ずつそろって射出されたアンカーは湾口ドッグの外壁に突き刺さり、壁の内部で取っ掛かりが起き上がって、ユピテルとステーションは固定された。

 

 その二本のアンカーから延びるワイヤーに沿って、蛇腹になったチューブが伸びていく。ステーションの外壁に取り付いたチューブは炸薬を用いてドッグ外壁を吹き飛ばした。

 

 本来は白兵戦を仕掛ける際、敵のフネに打ち込む為の装備だが、使い方次第ではこういった事も出来るのだ。

 

 

「突入後、保安員は直ちに軌道エレベーターの出入り口と管制室を確保ッス! それから降下し基部周辺の施設を制圧しろ! トーロ! 頼むッス!」

 

『任せときな!』

 

 

 内線の空間ウィンドウの向こうに映りこんだ装甲宇宙服に身を包んだ保安部員とトーロ達は、各々手に武器を携えて敵が待ち受けているであろう湾口ドッグに突撃した。 

 

 白兵戦を得意とする勇者たちは、目についた強制接舷に驚いて呆然と立ち尽くしていた海賊の一人を、手にした両手剣タイプのスークリフブレードで血祭にあげる。

 

 それを皮切りに軌道ステーションにいた海賊達との熾烈な戦闘が始まった。本拠地だけはあり敵の数は多いが、こちらとて厳しい訓練を日々続けてきて実戦経験もある保安部員の猛者たちが決死の覚悟で血路を確保。

 

 幾人かの犠牲は出たが湾口ドッグを制圧。その後、ユピがステーションのシステムをクラックし、各所のエアロックを人力以外では開けられないようにした。そこへ白兵戦のプロである保安部員たちを率いたトーロが、クラッキングで得た情報を元に、ステーションの軌道エレベーター管制室に乗り込んでいった。

 

 

 この管制室を確保しないと軌道エレベーターを止められてしまう上、破壊されると安全装置が働いて地上に降りれなくなる。戦闘には細心の注意が必要とされたが保安部員とトーロはやり遂げた。

 

 その間にも手すきのクルーもそれぞれの獲物を手に、軌道ステーションの各ブロックにいる海賊達を蹴散らしていく。この時もユピとサナダのクラッキングが役に立ち、各ブロックに集結しようとしていた海賊達の居所を正確に突き止め、最低限の人員で迅速に排除していった。

 

 

「ステーション制圧度、23パーセント」

 

「思ったよりも遅いッスね。トーロ達けっこう強いのに……」

 

 

 それでも海賊も白兵戦では艦隊戦の時よりもしぶとく粘り、必死の抵抗を見せていた。その所為でこちら側も負傷者が増えていく。死者は少ないが白兵戦はやはり海賊の十八番なのだろう。さて、どうしてものか……ん?

 

 

「ミドリさん、ミドリさん。さっきクラッキングしたこのステーションの見取り図を出してくれッス。ユピはそこに今味方がいるのを重ねてくれ」

 

「はい艦長」【わかりました】

 

 

 俺のコンソールに新しく空間ウィンドウが展開され、そこにステーションの見取り図と味方の位置が光点で表示される。やっぱり味方がいるのは軌道エレベーターの管制室を除くと、ほぼ湾口ドッグ周辺に限定されているのか、なるほど。

 

 

「これ、別に重要な区画でもないところに、いちいち人員割く必要ないッスよね?」

 

「まぁそうだねぇ。ウチも人数に限りあるし……で、なにか思いついたのかい?」

 

「うぃッス。トスカさん。なに、殺る事は簡単ッスよ。ステーションを爆破する」

 

 

 そう呟くようにして言うと、トスカ姐さんは目を見開いて俺を見た。

 

 

「ユーリ、あんた何時酒を飲んだんだい?」

 

「いやトスカさんじゃあるまいし平時には飲まないッスよ?」

 

「私は飲んでも素面で通せるから問題ないよ」

 

「いやいやいや! 問題あるッスよソレ!?まさか今も飲んでるとかないよね?」

 

「おいしい水しか飲んでないよ」

 

「じゃあなんで明後日の方向に顔向けてるのか説明してほしいッス。言わないと禁酒……ごめんなさい、業務に支障がないならもう何も言わないッス。だから人殺すような眼でこっちみないで……」

 

 

 どんだけ酒好きなんだよ!? そりゃたしかに浴びる程飲まないとこの人酔わないけどさ!?

 

 

「はぁ~。とにかく、こちらの損害を減らすにはこれが良いと思うッス」

 

「あんまりアンタの考えを否定したくはないけど、ステーション吹っ飛ばしたらこっちまで吹き飛ぶだろ」

 

「いや、別に全部吹っ飛ばせってわけじゃないンスけど…」

 

 

トスカ姐さんがどこか引いた眼で俺を見てくるが、爆破するなんて突然言い出したら俺の正気を疑うだろうな。

 

 俺が言いたかったのは、敵がいるであろうステーションのブロックを閉鎖した上で、ステーションの外に陣取っているアバリスの砲撃でステーションに穴開けちまおうって話だ。どうせ使わないブロックなのだから、敵が集中しているところを狙えば、外に吸い出されて一網打尽に出来るだろ。

 

 

 そう皆に説明したが、案の定ドン引きされた。いや、まぁ、なんていうか。自分でいうのもなんだがヒデェよな。でもこれが一番こっちの損害を減らせる方法だと思う。数で少ないこちらは向こうが本気で援軍を出して来たら数で抑え込まれてしまうのだから、その混乱を長引かせるにはこうするしかない。

 

 俺にとって大事なのはクルー達なのだ。そりゃロマンを追い求め無茶もするが、無駄にクルーの命を散らせる事もあるまい。クルーを大事にしない艦長なんて艦長じゃないだろう。そのためなら、俺は非情な判断だって下してみせるぜ。

 

 

「アンタ、時々ホントに鬼畜だね。敵に回したくないよ」

 

「ヒデェ!?」

 

 

 俺はタダ皆の被害を減らしたいから無い頭絞っただけなのに!!

 

 まぁいい、とにかくこの案は少し形を変えて実行される事になった。変更されたのはレーザーで風穴を開けるって部分だ。流石に戦艦級のレーザー砲だと、小口径でもステーションの深部まで到達してしまいかねず、最悪バイタルエリアにあるリアクターとかを貫いて内部から爆発が起きる可能性を捨てきれなかったからだ。

 

 それに今アバリスはもしかしたらまだ居るかもしれない敵の残存艦隊への警戒の為、湾口ドッグのエアロック付近から動かせない。その代わりに爆装させたVFを数機、ステーションの外壁に配置させる事になった。

 

 外で待機させたVF達はステーション内部で戦闘を行っている連中が激しい抵抗を受けたポイントに向かって対艦ミサイルを撃ち込む。対艦ミサイルは戦闘艦の装甲を打ち破る為に貫通力があるモノが多い為、それが例え頑強なステーションの外壁であっても例外ではなく、深部にいない限りは結構な深さまで損害を被らせる事が出来た。

 

 デブリ対策で装甲化はされていたが、対艦ミサイルが数発当たればそんなもん軽く吹き飛ぶので、そこにあいた穴にさらに打ち込めば倍率ドン、てな具合。

 

 そうやって抵抗のあるところはほとんど制圧したが、海賊もさるものでミサイルが届かない深部に陣取った連中が周囲の生き残りを集結させて最後の抵抗をしてきた。いつの間にやら通路にバリケードを築き、それを盾にしているらしい。

 

 あまりステーション制圧に時間を掛けたくなかった俺は、とりあえず困ったときのマッドサイエンティストに頼んでみることにした。

 

 

「サナダさん、どうにかならんスか?」

 

「やってみよう。すこしユピを借りるぞ艦長」

 

 

 そういってサナダさんは一時的にユピの持つ情報処理能力を拝借。拝借したのはVFコントロールに使われていた部分でごく僅かだがVFの挙動が止まった。その間に真田さんがピポパってな具合にステーションのメインフレームにアクセス。

 

そして――

 

 

「これでよし。ユピ、ありがとう」

 

【いえいえ。あ、艦長これで海賊は全滅です】

 

「え? いまコンソールピポパってやっただけッスよね?」

 

「エア抜きをした。見たいか?」

 

 

 あ、遠慮しておきます。なんとサナダさん、ステーションのメインフレームから空調のシステムを掌握して海賊がいるエリアの空気減圧しやがった。なんて恐ろしい事を……。

 

 何が怖いかって、人間は一気圧の気圧の中で生活しているわけだが、急激に空気圧が下がると血に溶け込んでいる空気がガス化して血管をふさいだりするんだって、昔よんだプラネテ○に書いてあった。減圧症とかいうらしいのだが下手すると死ぬんだそうだ。

 

 送り込んでいる仲間はみんな宇宙服を装備しているので、海賊と対面している連中は今頃いそいで装面してい――

 

 

『死ぬかと思ったぞ! だれだエア抜きしたやつはぁぁぁッ!!』

 

 

――ああ、やっぱり怒るよなぁ。回線に前線で戦ってたクルーの一人が怒り心頭って感じで映ってるし……あとでボーナスでもなんでも出して補償しとかないと暴動おこされそうだ。空気抜き、ダメ、絶対だ。

 

 そんな感じで要所は抑え、それ以外は大穴を開けたり減圧するなどして、ステーションの橋頭堡である軌道エレベーターを確保した俺たち。ファズ・マティに下りるエレベーターを確保した保安部員や武装クルー達に、そのまま下界へ向かうように指示を出した。

 

 ただそのまま突撃させたのでは被害が増えるので、先にVFを地上に降ろした。ファズ・マティは人工惑星なので惑星全体が大気圏の代わりのドームに覆われている。そのドームは強固な装甲でもあり、生半可な攻撃では表面は兎も角内部に被害を出すことは難しくなっていた。

 

 だけど、ステーションとファズ・マティを結ぶ軌道エレベーターがある場所には、アースポートから垂直に宇宙に延びるコアケーブルと、それに沿って昇降する新幹線みたいな形状をしたオービタルトラムが通る為のスペースがある。

 

 ドームの壁にトンネルが開いており、そこを通ってオービタルトラムが行き来するのであるが、当然ながらトラムが通らない時はシャッターが下りている。周囲のドーム外壁と比べればシャッターは脆い上にオービタルトラムが近づくと自動で開く仕組みになっていると来たもんだ。

 

 なので残存VFをすべてシャッターのまわりに集結させた。ファズ・マティ周辺の索敵網が狭まり、敵残存艦が襲撃してくるかもしれないが、そこは湾口ドッグ出入口で仁王立ちしてらっしゃる戦闘工廠艦アバリスに頑張ってもらうと割り切ったのだ。

 

 まぁ艦隊の主戦力は戦況を見る限りもう出てきそうにないけどな。これだけ暴れてるのにアバリスのレーダーには何の反応もない。慢心するわけじゃないが、これはもう敵さんのフネはほとんど落としたのかもしれんな。

 

 

「艦長、VF各機ファズ・マティ内部に侵入しました。内部スキャン情報が上がってきます」

 

【情報を元にナビマップを構築します、おまちください】

 

 

 さて、特に何も指示しなくとも状況は進行した。オービタルトラムが通る場所をふさぐシャッターはトラムが近づくと自動で開くことを利用し、トラムを近づけたうえで停止させ、その隙間から十数機のVFが内部に侵入した。

 

 敵さん、トラムの出入口から戦闘機が侵入してくることは想定外だったらしい。確かに内部スキャン情報を見る限り、翼を広げた形状をした戦闘機が通るのはギリギリの幅しかない。場所によっては翼が掠るところもある。エスコン名物のトンネル潜りハードエディションといった感じだった。

 

 でもな、航宙機だとギリギリの幅だけどよ。VFだと問題ないんだよなぁ。なんでかっていうと、VFは可変機だからだ。可変して人型になればトンネルの中を歩いて通れるんだもん。高速でぶっ飛ばすわけじゃないから普通に通過できるんだよね。悪いな海賊、卑怯くさいがこれはあくまでVFの特性なんだ。

 

 そんなこんなで味方を乗せたトラムよりも先にアースポート周辺に降り立ったVF達は適当に破壊活動を開始した。アースポートは破壊すると後が面倒なので、周辺にある酒場とか大人のお店とか、まぁ壊しても問題なかろうな施設を優先して破壊させた。

 

 バトロイド形態で地上を攻撃させているので、敵さんからしてみれば、金属の巨人が降ってきて大砲の弾をバルカンで連射してくるという悪夢染みた光景になっている。VFの数が少なすぎて効果的な攻撃とは言えないが、敵を混乱させるには十分だった。

 

 その混乱に乗じてトラムをポートに強行発着させ、ポートも内部から制圧。ポートに敵が来たことに気が付いた海賊が、ポートに向かおうとするのをVFで留めつつ、トラムをピストン輸送させて地上に戦力を集中させていった。なお、人手不足のあおりを受けてブリッジメンバーや俺やトスカ姐さんも地上に降りることになった。

 

 とはいえ、アースポートは既に占領していた。だから下りてきた俺たちが何かする必要はなかった為、俺は兎に角、部下に発破をかけてアルゴン・ナラバタスカの捜索を急がせた。

 

 この時、ケセイヤ謹製のトリモチ弾を含めた非殺傷兵器が多数使われたのだが、これにより大量に捕まった海賊団員から情報を引き出すことに成功する。聞き出した方法は、宇宙に放り出されるのと黙って情報渡して酒飲んで寝てるのとどっちがいい? と嗤いながら聞いたら顔真っ青にして教えてくれました。

 

 このちょっと外道な方法で複数人から入手した情報を統合すると、ボスのアルゴンは軌道エレベーター基部から割かし近い位置にある総合センタービルにいるらしい。素直に教えてくれた海賊達には約束通り酒瓶を渡して適当な場所に放り込んでおいた。

 

 約束は守る男ですよ俺は。まぁ放り込んだ場所が各宙域から誘拐した人達を拘留する場所なので、今頃酒瓶奪われて袋叩きにされているだろうけど。誘拐された人達を開放しない理由は、ウチは人手不足で要所要所を制圧するのが精一杯なので本拠地進入により敵が浮き足立っている間にボスを倒したいからだ。

 

 ここで人質解放すると、こんどは彼らを守る為に余計な人員を割くことになってしまう。幸い人質拘留設備は周りの施設よりも強固にできているから、ファズ・マティが爆発しない限りは大丈夫だろう……フラグじゃないよ!? 絶対にフラグじゃねぇからな!!

 

 

 おっと、バカなことをやっている暇はない。すぐさま人員を集結させて総合センタービル周辺を制圧させた。先発隊を率いていたトーロが疲れを見せず精力的に働いてくれるのでこちらとしては楽である。普段は艦隊戦とかで出番がないから、今回のこれは良い鬱憤晴らしなのかもしれん。

 

 それは兎も角、トーロ達と合流した後、手勢を引き連れて俺は建物へと入った。本拠地の中心部と呼べるビルなので、当然ながら大量の海賊達が武器を片手に犇めき合って、フロントロビーと思われる広い空間にバリケードを築いて待ち伏せていた。

 

 そしてビルのロビーで激しい戦闘に突入する。防衛側になる海賊はその辺の物で築いた簡素ながらも硬さだけはあるゴミの山、否、バリケードを盾に徹底抗戦の構えを見せ、対する攻撃側のこちらはトーロ達保安部員を筆頭に血の気の多い船員がバリケードを突き崩そうとライフルを乱射する。

 

 ただ、ビルという構造物の内部という地形上、ビルに攻め込むこちらが若干振りだった。いうなれば敵さんの要塞に攻め入るようなものなのだ。宇宙での戦いは敵の船に乗り込む白兵戦もあるので、それなりの装備を持ってはいたがバリケードで守られた陣地とも呼べる場所を攻めるには火力不足だった。

 

 

 如何してくれようか考えていたら、後続でやってきた部下がケセイヤ印の試作武器を持ってきてくれたじゃあーりませんか。しかもご丁寧に随分ゴッツイ、ぶっとい大砲ときたもんだ。複数あったのでそのうちの一つを手にしたところ……あらやだ、すごく馴染むじゃないの。

 

 

「ターゲットはバリケードッスから、大体30パーセントで……」

 

 

 肩に担いだその大砲、試作バズーカEタイプ、別名エネルギーバズーカを構えて、物陰から敵のバリケードの一つを狙う。ただ成る丈、見える範囲で人が死ぬのは見たくなかったので、Eバズーカの出力は抑え目に設定した。

 

 

「ふむ……」

 

 

 だけど、ふと思った。ただ引き金を引いて撃つだけでは物足りない。

 よし、何かを肖ろう。何がいいか………これに決めた。

 

 

「ベクターキャノンモードに移行、エネルギーライン全段直結――ちょっと省略して、ライフリング回転開始、撃てます! 発射ッ!」

 

 撃つ時思った。ユピにこのシーケンス教えとけばよかったorz

 

 内心後悔を覚えつつも、片手にもったこのEバズ……どんどん省略されてくなコレ。まぁいい、Eバズを投射したところ、いかにもエネルギーの塊ですと言わんばかりの青い火の玉がボシュっと飛び出し、バリケードに直撃した。

 

 チャージしたエネルギーは三割程度だったが、着弾した瞬間に弾頭から解放されたエネルギーの衝撃波でバリケードが紙のように吹き飛ばされていた。バリケードの向こうでは豆鉄砲喰らった鳩の如く、口をあんぐり開けている海賊共が見える。

 

 なんとなくEバズの砲口を向けながら、笑って(嗤って?)降伏勧告を行うと、とたん抵抗が減少した。やっぱり至近距離で喰らうバズは怖いよな。

 

 でも多分それよりも怖いのは――――

 

 

「ははははは! 通路が直線だから撃てば当るねェッ!」

 

「どうしたどうした! 俺の心の臓はここだぞ! 海賊風情の弾が当るものかよ!」

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」

 

「ガトチュ! エロスタイル!」

 

「フタエノキワミ! アッー!」

 

 

 無駄にテンションが高いこいつらかもしれない。後ろから見ていたんだが、どうにも前衛で戦う部下の一部の士気が異常に高く、濃ゆい連中ばかりが奮闘していた。艦長である俺が見ても若干引くレベルの連中で、しかも腕が立つ。

 

 彼等の奮闘のお陰で現れる海賊たちは抗うすべもなく制圧されていった。だが後半部分の連中、いったいどこでその戦い方を習った!? どうりで戦っている最中に若干変な掛け声が混じっていたと思ったよ。

 

 

「うおっ!艦長!右の通路からまた来た!」

 

「おっし!任せろッス!――コレが俺の全力全壊!」

 

「それなんか字面がおかしい気が……」

 

「「「うわー! ぐわー! ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」」」

 

「おし、殲滅ッス。悪は滅びた」

 

「おーい艦長。まだいっぱいいるよー」

 

 

 着弾の衝撃波で車田落ちしていく海賊共を尻目に決め台詞。なんかクルーがつっこみをしてきたけど、それをあえてスルーするのはお約束だ。そのせいでクルーは呆れた顔で立ち去ったお(;^ω^)

 

 

「おーいユーリ。一階の制圧、完了したよ」

 

「奥の方には上階行きのエレベーターがあった。ミィヤさんについてはまだ発見出来ていない。多分上にいるんじゃないかな?」

 

「なら先に進むしかないッスね。トスカさんとイネスは付いて来てくれッス。トーロは殿を頼むッスよ?」

 

「「「了解」」」

 

 

 こうして統合センタービルの一階を制圧した。そのまま勇み足で二階に直行するが、何故か二階には人が見当たらない。二階の人員を一階に回して応戦していたのか……。

 

 仕方ないのでもぬけの空である二階はスルーし、そのまま三階へのエレベーターを探した。この手の施設は敵が侵入するとエレベーター等が一方通行化して一々階層を跨がねばならない仕掛けになっている。

 

 侵入者を疲労させる目的兼、上にいる人間の脱出までの時間稼ぎというのが憎い仕掛けである。完全に閉鎖しないのはもしもの時に味方まで出入りできなくなると困るからだろう。

 

 一応上空にはVFを待機させてあるので、脱出ポッドやらロケットを使っても追跡は可能であるが、その前に捕まえる事に越した事はない。

 

 

「三階、紳士服売り場でございます。海賊のバラ売りセール中でーす」

 

「うわっ、いらねえ!」

 

 

 さて、チーンッと小気味良い鈴音を鳴らして、エレベーターが三階に到着した。ここもほぼ無人で散発的な戦闘がある以外は、一階のような大規模な待ち伏せはなかった。とりあえず道なりに進んでいたら道中で電子マネーカードを入手。

 

 手持ちの携帯端末でカード残高を調べてみると大体300G程度入っていた。非常にショボイ金額である。いやまァ、一応は地上に住む一般家庭の年収より少し高めの金であるが、フネの運営をしている感覚からするとこの程度はした金である。

 

 部下にこの階をさらに捜索させるものの、他にはなにも見つからず四階へのエレベーターを発見した。乗るしか、ないやろ…!

 

 

……………………

 

 

…………………………………

 

 

………………………………………………

 

 

 

「うおーい、そこのしょうね~ん!」

 

「ん?だれだ?」

 

 

 さて、ダミーのエレベーターに騙されたりして微妙に上下していた所為で、現在の正確な階層が不明だったが、大体十数階を過ぎたあたりである。何処からともなく、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 それは偶々通路をふさいでいる海賊が根強い抵抗を見せており、本職である保安部たちに任せて少し道を引き返した時のことだった。ヤダ、幽霊かしらと思ったが、恨みつらみはともかく常に人が出入りしていたであろうビルに心霊現象は考えにくいので、普通に誰かいるようだ。

 

 だが周囲を見回してもそれらしき人影は見えない。海賊なら問答無用で言葉無く、正確にはシネヨヤーと悪態をついて銃を連射したりスークリフブレードで切りかかってくるはずなので、海賊の線は低いだろう。

 

 しかし俺を呼ぶ声、逃げ遅れた人質か誰かだろうか? それにしてはあまり必死さが感じられないし、罠か? でもすぐ近くに海賊がバリケードを張っているのに、そんば場所で誘き寄せる罠を張るとは思えない。というか海賊の知能レベルで罠張れる人材ってかなり少ないからな。可能性は、無くは無いが低い。

 

 そう判断した俺はもう一度俺を呼ぶ声を思い出す。件の声を聴く限りは敵意はないっぽい。それと、どうやら女性の声らしいが、さらわれたミィヤ嬢の声ではない。もっとこう、年上の女性の声である。

 

 

「………貴様! 見ているな!」

 

「そこの君、きょろきょろとしている少年。ああ、そうそう君の事だよ。ひょろひょろとしたもやし―――」

 

「あ゛あ゛!?」

 

 

 ネタに走って肖っていたら、久しぶりに聞いたNGワードの所為で、俺の眉間に青筋を浮かんだ。こう見えてもそれなりに特訓したりして鍛えてるんだい! 筋肉つかないけどorz

 

 

「な、なぜ落ち込んでいる?――まァいい。そこなヒョロッと……いやさ、線が細い美少年くんよ。どうか私を助けてはくれないか?」

 

 

 キレて落ち込むという急転直下な感情の落差に困惑したのか、若干疑問符が混じった声が通路に響く。悪気があっての言葉じゃなさそうだし女性の声なので、とりあえず深呼吸してテンションを平常に戻しつつも声の主を探した。

 

 

「助けたいのは山々なんスが、一体全体声の主さんは何処に居るッスか?」

 

「君の真上だよ少年。すこしずれている天板をはずしてくれないか?」

 

「上?しかも天井の板って―――へえぁっ!?」

 

 

 思わず変な声が漏れた。というのも言うとおりに天井の板で隙間が出来ている部分が見えた訳だが、その隙間からこちらを伺う目玉と眼があっちゃったのだ。一瞬お化けと思ったのは俺だけの秘密である。

 

 んで、そのズレていた天板をバズーカの砲身でズラして見たところ、そこにはなんと一人の女性がいたのである。一体何がどうなればこうなるのかは解らないんだが、天井の中を走るケーブルとかの配線の束があり、そこに白衣を来た女性が絡まっているというある意味ホラー映画みたいな光景が広がっていた。

 

 

「あー、その」

 

「ふっ、笑ってくれても良いぞ少年。言いたいことは解る。なんでそんなところに綺麗なお姉さんが蠱惑的な感じで絡まっているのか、だろ?」

 

「いや、笑う前に怖いッス。ていうか、聞きたいことは大体あってるんスけど余計な装飾語が多いッス。んで、貴女はどなたさんですか?」

 

「私はナージャ、ナージャ・ミユという。

 惑星アルデスタの大学に勤めている研究者なのだが、偶々大学に帰る際に乗っていたフネが海賊に捕まってしまったのだ。科学者なんだから違法なドラッグの生成に手を貸せとか言われたのは良いが、私の専門はレアメタルでな?

 何もできないとバレると犯されて殺されると思い、適当に研究に手を貸すフリをしていた。

 そして先ほど君達が戦闘を開始したので、私はチャンスだと思い逃げだした訳だ。

 どうだ?解ったか?」

 

「スゲェ肺活量だって事は解りました、あと説明乙」

 

 

 ナージャ・ミユさんねぇ? 

 この出で立ちは研究者であっていると見て良いだろうな。白衣だし。

 なんか研究者っぽい。それより気になるのは―――

 

 

「ところで何で天井の配線に絡まってるんスか?」

 

「ふむ、それには海よりも深く、空よりも高い理由があってだな?」

 

「大方通風口かと思って入ったら、配線の点検ハッチで、辺りに海賊がバリケード張ったからソコから出られなくなって、それでも無理に移動しようとしたらそうなったってとこッスかねぇ?」

 

「ほう、良く解ったな少年」

 

「マジッスか。マジなんスか」

 

 

 見た目はピッとしたお姉さんなのに、実は結構ドジっ娘だったという謎ギャップ。ときめきはしないが、なんか可愛い。この態度や様子から察するに海賊の仲間という可能性は低そうである。

 

 とりあえず敵ではなさそうだし、困っているっポイので助けてあげる事にした。脳内会議の末、俺一人では救出するのは無理と思ったので、他のクルーを何人か連れてくることで、何とか助け出すことに成功した。

 

いやはや大変だった。思ったよりも絡みつき度が高く、おまけに絡まっていたケーブルのいくつかが、重要な電気配線だったのだ。助ける時に配線を切った所為で、このフロア全域が停電した為、窓がないビルだけにしばらく真っ暗になったが、すぐ非常用電源切り替わったけど気にしない。

 

 

「ふむ、少年よ。助かった」

 

「ソレは良かったッスね。それじゃやることがあるんで俺はコレで」

 

「ああ、後で会おう」

 

 

 そう言うと彼女はつかつかと廊下を歩き消えて行った。一体彼女は何だったのだろうか? 人質だったっぽいが、良く解らないな。そんな事よりも先を急ぐことにした。

 

 

***

 

 

 ちゃくちゃくとボスタワーの攻略は進み、各フロアを制圧してから直ぐに最上階へのエレベーターに乗りこむ。ちなみにトスカ姐さんやイネスも一緒である。トーロは既に先陣を切っている。まぁ念のためね。 

 

 

「そういやさっき変な女の人に会ったス」

 

「へんな?どんなの?」

 

「なんか白衣着て配線に絡まってたッス」

 

「地味にハードなプレイだね」

 

「なんでそっち方面にいくんスか? それよりも人手不足で戦闘に借り出されたけど大丈夫なんスか? イネス」

 

「え? なに? 聞いてなかったよ」

 

 

 トスカ姐さんにさっきあった奇妙体験を報告したら、なんか話の道筋が怪しくなりそうだったのでイネスに話題を振った。なのにコイツときたら聞いてやがらねェと来たもんだ。

 

 

「―――くっ、あなた達くらいですよ。この私をここまでコケにしたお馬鹿さんたちは」

 

「え?艦長?」

 

「じわじわと弄り殺しにしてくれる!」

 

「いじり殺しって新ジャンルを作るなっ!」

 

≪ぽーん≫

 

「あ、五階に着いた」

 

 

 某龍玉の冷たい名前の方を肖って遊んでいるウチにエレベーターは最上階に到着した。敵さんが待ち構えていたようだが、既にトーロの手により殲滅済み。アイツどんだけ強くなったんだ?

 

 ともかく、まだ下に居る連中をエレベーターでピストン輸送して戦力を整えた後。時たま襲ってくる海賊は返り討ちにし、付近を各部屋ごと制圧前進しながら順路を進み、どう考えてもボスの部屋ッポイ扉の前に到着した。

 

 

「さてと、開幕はドカンと一発!」

 

 

 そのまま俺は周りに指示もださないで入口を蹴り破ると、照準なしで部屋の中にバズーカを連射した。あまりの速さにアルゴンと配下の海賊たちも反応する事が出来ず、部屋の調度品もろとも吹き飛んで、そのまま壁にのめり込んでしまった。

 

 これには後ろで見ていた他の人たちも苦笑いもといドン引き。俺はいい仕事したー。と汗を拭うしぐさをとった。動けない敵の中からアルゴンと思わしき男を探し出す。見分けるのは意外と簡単で、手配書の写真を見れば一発だった。

 

 んで俺は動けないアルゴンの首に、腰に付けたスークリフブレードを抜いて当てる。殺すつもりは一切ない。だってトスカ姐さんから貰い受けたスークリフブレードが汚れちまうし、スプラッタはまだ怖いのん。

 

 

「ホヒィ-! ま、参った! 降参だよー! い、いや停戦だ!もうお互いてをださないことにしようじゃない」

 

 

 首に刃を向けられて動けない老人は、自分の立場というのを解っていない。

 

 

「おいィ、何勝手に交渉しようとしてる訳?」

 

「ほひ?」

 

 

 ギンと鋭い眼光で命乞いをしようとするアルゴンを黙らせた。そういえばウチは敵を丸裸にする事で有名だった事を思い出し、いい笑顔を浮かべてアルゴンにこう言い放つ。

 

 

「俺達に負けた金ヅルが、対等な立場だと本気で考えてるんスか?」

 

「ホ、ホヒィィィィ!? 外道がおるぅぅぅ!! そ、そんな!! ワシは余生はのんびりと静かに――」

 

「あきらめな。ココまで暴れておまけにウチのクルーを誘拐したんだ」

 

「クルーは仲間であり、家族。それに手を出したお前らを俺は許すことなんてしないッスよ。さぁ祈りの時間をくれてやる。今お前に出来ることはそれだけだ」

 

「しょ、しょんな! し、知らなかった! 部下たちが勝手に――」

 

「配下の不始末は上司がつける。どんな社会でも当たり前の事ッスよ?」

 

「ど、土下座でも何でもするっ! どうか命だけは!!」

 

 

 壁に嵌って動けないのに、何とかして逃れようと身体をよじるアルゴン。そのあまりにも滑稽で情けなさすぎる姿に内心嘆息した。コレで本当に海賊の長かよ? これが中央政府軍も相手取る大規模な海賊団の首領なのかよ。

 

 でも案外こういう臆病さのお陰でここまでなりあがったのか?

 ま、俺には関係ないが……さて。

 

 

「んー。それじゃ、とある質問に答えてくれたら、考えてやるッス」

 

「な、何でもする!早く質問を!!」

 

「あんたはそうやって命乞いをした相手を許したことはあるんスか?」

 

「ホァッ!?」

 

 

 悪役に対して一度は言ってみたいセリフ第三位を言えた事に満足する。というかそのやり取りを見ていた周りのクルーの目が痛い! なにそのご愁傷さまな的な目をアルゴンに向けてやがるんですか!? 俺に味方はいないのかー! 

 

 まぁとにかく、スカーバレル海賊団の長であるアルゴンは捕まえた。頭を押さえたから、これでこのファズ・マティに巣食う海賊共も組織的な抵抗は出来なくなるだろう。しかしミィヤはどこに居るんだ? うーむ、こいつに聞けばいいか。

 

 

「おい」

 

「ホヒィッ!? なんじゃ??」

 

「良いかクソッたれの口先だけしか能のないクソ虫。お前はタダ俺の質問に答えればいいッス。じゃないと今手にしている太くてぶっとくて強そうなコレで、男のシンボルを撃ち抜くッスよ?」

 

「ひぃ、ひぃぃぃぃぃいいいい!?」

 

 

 あ、汚ね!? こいつ漏らしやがった!? どんだけ度胸無いんだよ?!

 

 

「いいか、ゴッゾで捕まえた女はどこに収監したッスか?」

 

「ゴッゾ? ああ、それならこの隣の部屋で宴の出し物予定で―――」

 

「はい情報御苦労さん。気絶してて」

 

「ごぱん!?」

 

 

 俺はこの目の前の男の醜態をこれ以上みたくなかったので、手にしたEバズの砲身でぶんなぐり気絶させた。白目向いて舌までだして痙攣している。だけどギャグキャラっぽいから死なんだろう。

 

 

「ふぅ、良い仕事したッスー!」

 

 

 コレで大将倒したから、後はこのファズ・マティに居る海賊連中に降伏勧告でもすれば良いだろう。ああ、疲れた。

 

 

「ユーリ、アンタ相変わらず酷いねぇ」

 

「僕は君の身内で良かったと心底思うよ」

 

「俺もだぜ、絶対敵対したくないなオイ」

 

 

 うるせぇ! 悪人には人権無しなんだよ! つーか相手が女性ならともかく、こんな小者臭漂う爺ぃ相手に情けなんてかけねぇゼ! まさに外道? 上等じゃい!

 

 

「さてと、ミィヤの居場所も特定できたし、あとは残党の掃討を急ぐッス! 降伏した海賊たちは分散して拘束しておいて、その後は恒例のお宝探しでもしに行くッスよー! 早い者勝ちじゃー!」

 

「「「「あ!艦長ズリィー!」」」」

 

 

 そして俺はエレベーターへと駆けて行く。残党を掃討してしまえばこっちのモノ。それにコレだけの人工惑星何だから、なにか面白いモノの一つや二つあるかもしらんね! 後ろから聞こえるずるいだの待ちやがれ等の声をBGMに、俺はお宝探しへと向かったのであった。

 

 

「ところで、コイツはどうするんだろうね?」

 

 

 ちなみにアルゴンは気絶したまますっかり忘れらさられていた。その事に俺が気がついたのは、数日後だった為、栄養不足とショックで認知症を発症し、そのまま近くのボイドゲートにいたメディックのフネに引き渡されたのであった。

 

 

***

 

 

 ファズ・マティでの戦闘により海賊首領アルゴン・ナラバタスカを捕縛し、その後も人工惑星に巣食う残党たちを骨の髄までしゃぶり取るようにして装備とか奪いながら殲滅して捕虜とし、政府軍にから数えておよそ三週間が経過した。

 

 宇宙を旅する俺達が、いま現在どこにいるかと言うと――――

 

 

『15番艦、竣工完了したぜ!』

 

「流石海賊の本拠地ッス。材料だけは腐るほどある」

 

 

 なんと、今だに人工惑星ファズ・マティに駐留していた。いやー、お宝があるとは思っていたけど、まさかこれほど大量に物資があるとはね。流石ここら一体に縄張りを張っていた海賊団だけあるってことだ。

 

 略奪された金目の物を名目上は元の場所に戻すということで全て売り払ったが、さらに俺達を喜ばせたのは、0Gドックにとっては垂涎物なお宝を発見したことだった。簡単に言えば、造船を行うのに十分な量な資材と設計図、それと造船ドッグである。

 

 アレだけの規模の艦隊に独自開発した巡洋艦まで保有していたアルゴンの海賊達。当然ながら専用の造船ドックがあったであろうし、メンテナンス用の資材とかも保有してあるだろうと予想していたら大当たり。本当に大量に溜めこんでいて、巡洋艦クラスでも軽く数十隻は造れそうな量の物資が保管されていたのである。

 

 

 むろん、その悉くが旗艦ユピテルや戦闘工廠艦アバリスの修復に当てられた。修復なら空間通商管理局のドッグに行けば出来るのに、せっかく見つけたのにもったいと思ったのだが、そうしないとメテオストームを突破できなくて帰れなかったのだ。

 

 今回も無理をさせたので、思っていたよりもダメージが深かったらしく、装甲は元よりシールドジェネレーターの負荷が高くて全交換。しかもここにはドッグはあるが管理局のモノではないので自力で修復という形となり、そのために必要な資材も手弁当。

 

 つまり、海賊のため込んだ資材を使うほかなかったのである。しかし、大型戦艦の修復に回したにも関わらず、それでもまだ巡洋艦とか駆逐艦を何隻か建造できる資材が捻出できたという報告を受けて、それは重畳とうなずいたのは余談である。

 

 だが喜ばしいのは当然のことながら、俺よりも狂喜乱舞した連中がいる。

 

 そう、ウチの愛すべきマッドな科学班と整備班たちである。彼らは倉庫に保管されていた資材を見てすぐに俺に計画書を立案したのだ。それこそ“空母を中心とした機動艦隊運用立案”である。

 

 簡単に言えば今のユピを旗艦にさらに大規模な艦隊を作り、他にもアバリスとかを中心とした工作艦隊、防空巡洋艦や駆逐艦のみで編成された突撃艦隊など、どこか男のロマンを擽るような艦隊を作ろうという、ある意味無茶である意味壮大な計画だった。

 

 計画書を持ち込んだマッド共と鋭い視線でやり取りを行い。計画書に眼を通した俺は連中の前で……むろん、OKサインを下した。男ならこのようなロマンあふれる計画を前に、ましてや資材を用いれば建造可能となれば、やらないわけにはいかないのである。

 

 馬鹿だと笑いたければ笑えばいい。だがそれが男だと、このプロジェクトを始動することを宴会の時に言い放った時、海賊からくすねた酒を浴びる程飲んでいたトスカ姐さんに滅茶苦茶に指を刺して爆笑された。その所為で落ち込んだのは言うまでもない。

 

 かくして、ロマンあふれるこの計画を、ファズ・マティの造船ドッグを用いて開始したのである。ちなみにウチの連中は紳士なので、ちゃんと女性側にも配慮し、自然公園モジュールやショップモジュールなどの娯楽系も充実させていたのは余談だ。

 

 そんな訳で、日々目を離した隙に数千単位で消費される各種資材の備蓄量にめまいを覚えつつ、ある程度の資材を残して修理用に回せるように書類と格闘していた俺であるが、そんな俺のところにとある人物が訪れていた。

 

 

「やあ、少年。書類仕事とは精が出るな。さっそくだが新しく造る艦隊へ使う装甲の改良案を持ってきたのだ。眼を通してほしい」

 

「ほいほい、他の計画書積んであるカラーボックスに積んでおいてくれッス。ところで突っ込んでも良いッスか?」

 

「何かな少年、こう見えて私は新たなる住処で新たなる研究の為に、まぁそれなりに忙しい」

 

「なんでミユさんファズ・マティに居るんスか? 捕まってた民間人たちはとっくの昔に近くの惑星に解放した筈なんスけど?」

 

 

 目の前の研究員めいた女史、ナージャ・ミユさんを見てそう言った。そう、この研究家肌というか、普通にマッドサイエンティストと会話できる明晰な頭脳の持ち主であるミユさん。なぜか他の人質たちと違ってファズ・マティに残っていた俺たちのところに居座り、気が付けばクルーとなっていた女史である。

 

 俺が気が付いたのは、物資があることをいいことにどんどん計画書を挙げてくるマッド共の計画書を持ってきてくれたのが彼女だったのだ。彼女のことは出会いが出会いなのでよく記憶していた為、この唐突な再開に驚いて呆然としてしまった。

 

 そのあと、急いで彼女がどうして仲間になったのかを知っていそうな人。有能な副官であるトスカ姐さんに連絡を取ったのだ。

 

 そしたらこんな風な答えが返ってきたのである。

 

 

「ト、トスカさん!?ちょっとっ!?」

 

『あー?なんだよ?今ちょうどイネスを♀化させる算段をだな―――』

 

「ソレは大いにやってかまわんスけど、なんか知らん間に人員が増えてるんスけどどういう事ッスか!?」 

 

 

 この時、彼女がどうしてユピテルに居るのか知る為、名簿も手元のコンソールで呼び出していたのだ。そしたら最大人員の数が何故か増えているじゃないですか。戦闘で減ったはずなのに増えているってどうなってるのと、俺は混乱していた。

 

 

『人員が増えてるぅ? そらアンタ、ウチは万年人手不足だから、毎回港に寄った時は人員募集してたじゃないか。もっともある程度マナーを守れる良識があって、どんなことでも動じない柔軟な意識の持ち主って採用基準だから、恐ろしく集まらないけどさ』

 

 

 おんなじように、今回捕まっていた人質で0Gドッグの資格持ちに仲間にならないかと尋ねてみたんだと……マジかよ。

 

 

『え? まさかアンタ知らなかった?』

 

 

 ええ、そりゃもう今初めて知りました。

 

 

『おかしいねぇ?私はちゃんと許可とったよ?』

 

「そりゃ何時の話ッスか?」

 

『んー?確かルーのじっさまが乗った後で、策略してたあの時だったかな?』

 

 

 それは確か、ルーのじっさまが策謀を巡らしている間、俺達が海賊狩りとかして時間つぶしてた時か? でも、あの時そんな許可だしたか?

 

 

「もしかして、イネスとかが仲間になる前、大宴会開いた時じゃないッスか?」

 

『ああ、確かその時だね』

 

 

 そう言えば丸ごと海賊船を拿捕して金が出来たから、クルー全員で大宴会を開いたっけな。飲めや歌えのどんちゃん騒ぎなんか目じゃなくて、飲めや歌えや脱げやブチ殺すぞヒューマンなくらいの騒ぎだったなぁ。

 

 ケセイヤさんが持ち込んだアルコール度数が96度もあるお酒を飲んだ奴が、何故か引火して口から火を噴いたのに全員無事だったのはいい思い出だ。

 

 

「覚えてねぇワケッスよ。俺そん時トスカさんに付きあって酔い潰されたじゃないッスか」

 

『あり? そうだったかね? まぁそん時に許可は貰ったよ』

 

 とぼけたように笑っているトスカ姐さんに少し怒りを覚えたが、この人の場合悪気とかなしで悪戯っぽいことを平気でやらかすからなァ。酔ってる時に出した許可なんて覚えてないけど、すでにずっと実行されていた採用枠の話を今更変更とかできん。

 

 大体、既に乗っちまったクルーになんて説明すりゃいい? 幸いなことにこの時から増えたクルーたちは、採用の判断基準が高いお陰か、全員が全員それなりの技能を有しているようだ。

 

 このフネのどんちゃん騒ぎに順応できる程柔軟な思考回路の持ち主たちだから、全員一癖も二癖もありそうだと、あの時は思った。そして現在、俺の目の前に居らっしゃる彼女もそういう類の人間であると再認識したのはいうまでもない。

 

 

「どうした少年?」

 

「計画書は、いい計画なんスが、もう少し待ってくれッス。まだ前の書類がおわんない」

 

「いいぞ、大いに仕事をして苦労したまえ。苦労とは若いモノの特権だ」

 

「うー、ミユさんも若いじゃないッスか」

 

 

 手元の資料には26歳ってあるが、それよりももっと若く見えるんだけど? そんな人に若いもん扱いされるのは、ちょっと受け付けられん。俺がそう言うと、彼女はいきなりチロリと舌を出して見せ、艶やかな笑みを浮かべたままで俺の方を向きなおる。

 

 

「おやおや? 君はまた随分と誑しこむのが好きなのだな? まぁ私は構わない。何なら夜にお相手をしてあげようか?」

 

「え、えんりょしとくッス」

 

「そうか? それは残念」

 

 

 一瞬垣間見えた女の顔にドキリとしたが、すぐに普段の飄々とした掴めない雰囲気に戻られるミユさん。どうやら俺は遊ばれただけらしい。ですよねー。俺みたいなガキに美人さんがそんな事仰る筈ないもんねー・・・自分でおもって悲しくなった。鬱だ死のう。

 

 

「ま、ソレはさて置き、装甲に使うレアメタル等を入手したいのだが?」

 

「もう適当にやってくれッス。資源が残るのなら何しても良い」

 

「言質はとったぞ。ではな少年、先ほどの話だが、ホントにしてほしいなら相手してやるぞ?」

 

「頼むから俺で遊ばないでくれッス」

 

「ふふ、それじゃあな」

 

 

 彼女は最後までごーいんぐまいうぇいだった。とりあえずその日は寝た、不貞寝ってヤツだ。 ストレスを感じたら眠るに限るわい。

 

 

***

 

 

 さて、それからさらに数日が経過し、そろそろファズ・マティから出港する事になった。別に急ぎの仕事とかはないんだけど、もうファズ・マティにはぺんぺん草もない。つまり物資が枯渇したのである。恐るべきは、俺達の浪費の早さか、それともマッド連中の暴走の末に行われた建造ラッシュか。

 

 もっとも、アレだけ湯水のごとく資材を使ってしまえば、遅かれ早かれそうなるのは目に見えていたので、俺は特には驚かなかった。むしろこの事態を想定して、修理用や非常財源に回せる物資だけは最低限確保させた俺は褒められてもいいだろう。誰もそんなことしてたのしらないから褒めてくれないけどさ。

 

 ともあれ、特に資材の消費が速かった原因はミユさんの所為である。ミユ女史の専攻が金属系であり、先の計画でレアメタルを使うコストが高そうな装甲材との入れ替えが行われたのだ。

 

 彼女の恐ろしいところは、ただレアメタル製装甲に切り替えただけではなく、その絶妙な配合で何と空間通商管理局での無料修理補修でも対応可能な成分で装甲材に使う特殊合金を形成したのだ。

 

 手製の武器とかは管理局では補填や補給をしてくれないのだが、ある程度のカスタムや装甲材の変更程度は無料の修理補修の枠内に含まれるらしい。これで耐久力や剛性が飛躍的に高まったので、俺としてはいうことはなかった。

 

 たとえ、その所為で金になるレアメタルのほとんどが浪費されたとしてもな。

 

 

「しっかし、これまた壮観だね」

 

「戦艦持つのは夢だったッスけど、まさかこれ程の艦隊になるとは」

 

 さて、いま俺はブリッジの艦長席において、トスカ姐さんと共に空間ウィンドウに映る映像を鑑賞している。映像にはようやく完成した俺の艦隊が映し出されていた。

 

 そう“艦隊”だ。船団とも言っていい。ファズ・マティに残されていた設計図を元に、溜め込まれていた資材を余す事無く造られた艦隊である。もっとも相変わらずの人手不足の為、ユピをコピーしたユピ´(ダッシュ)を搭載した半無人艦仕様だ。

 

 そして建造されたのは、以下の通りである。

 

・オル・ドーネKS級 汎用巡洋艦4隻

・ガラーナK級 突撃駆逐艦10隻

・ゼラーナS級 航宙駆逐艦10隻

 

 

 簡単な構成で表すと、駆逐艦が20隻と巡洋艦が4隻という、非常にアンバランスな構成となっている。これはマッド共が提出してきた計画案の内、吟味した上で有用だと思われた計画を優先し、その上で数をそろえた結果こうなってしまったのだ。

 

 ユピやアバリスの修復に費やされた資材が意外と多かったのも、この構成になってしまった原因だ。せめて戦艦に積めるサイズのシールドジェネレーターの全部入れ替えでなければ、もう4隻は巡洋艦を入れられたというのに……。

 

 

 愚痴ってもしょうがないし、いまはこれで満足なのでこのままでいい。ところで建造したフネにつけられたKやSはなんお意味なのか? これは設計図の改装に主にかかわった者のイニシャルがつけられたものだ。すなわちK級とはケセイヤのK、S級はサナダさんのSである。

 

 オル・ドーネ級巡洋艦についてはあの二人の共同開発なので、KSは共同開発の意味となるのだ。マッドと聞くとミユさんも関わってきそうだが、彼女は装甲材の配合率だけいじったのでこれを辞退している。

 

 

 つまり彼女達はマッドどもが改修を加えた外見同じ中身別物のフネなのである。オル・ドーネは防空戦もだが、対艦戦闘などでも活躍できるオールマイティに設計され、ガラーナはアバリスについて主に前衛を担えるような設計がなされ、ゼラーナはユピテルの近接防御を行って貰うという設計な為、中身の方が大分異なるのだ。

 

 これらの艦は機動力と防御力の上昇、武装の積み替えの他、ゲームでは出来なかった特権として、艦隊所属艦に搭載されたデフレクターの同調展開などの機能を有している。

 

 この同調展開とは、読んで字のごとく、複数のデフレクターを同調させる事で防御力を上げるというシステムだ。戦闘の時、彼女たちは矢面に晒される為、艦の防御力を上げるという発想が出たが、いかんせん駆逐艦では限界があった。

 

 その為、多少はレーザーも防げるデフレクターなどを防御力の足しにと搭載させてみたが、駆逐艦サイズに搭載できる程度の装置では出力が低くて、軽いデブリは兎も角、ミサイルは元より貫通性の高いレーザーなども防げない。

 

 通常の研究者ならば、ここら辺でデッドウエイトにしかならないデフレクターなんぞオミットし、アポジモーターの改良を行ってより軽い機動性と運動性を与え、当らなければどうということは無い仕様に変えるだろう。

 

 だが我らのマッド共がそんな程度であきらめる筈は無い。

 この時に考案されたのは、複数の艦が集結する際に発生するハウリングに近いフォースフィールドや重力場防御帯の干渉現象、それをあえて利用し、調整することで艦隊を包み込むサイズと分厚さと出力を備えた、大型艦クラスのそれに負けない防御フィールドを形成するというものだった。

 

 開発には困難を極めたらしいが、もともとホーミングレーザー砲シェキナなどの重力井戸を利用した独特の装置開発などで空間作用系のノウハウがあったことが、このバカみたいにな防御方法を現実のモノとした。

 

 この防御方法で鉄壁とはいかないまでも、強力な防御を行える艦隊が旗艦たるアバリスを守るのだ。勿論問題点もあり、今のところ駆逐艦たちだけではこの防御を行えない。なぜならシールドの同調の計算にはすごくマシンパワーを取られる為、現状ではアバリスやユピテルクラスのCPUが無いと展開できないのである。

 

 だが、逆に言えばそれを込みでこの二隻とも同調可能な為、艦隊規模で防御に徹するとそれはもう恐ろしいことになるのだ。亀の如く引き籠れるという意味でな。

 

 

 ところでサナダさんが手がけたゼラーナS級であるが、なんと元となった駆逐艦は、この艦種としては珍しく艦載機を搭載できる駆逐艦であるのは知られているだろう。この機能は当然ながらS級にも受け継がれており、駆逐艦ながらも艦載機を発進させる事が可能となっていた。

 

 そして、この不思議な駆逐艦の艦載機に選ばれたのは、以前トライアルで落ちた試作の人型機動兵器プロト・エステの量産型、エステバリスであった。なんでトライアルで落とされた機体を乗せたのかというと、ただの趣味だ。

 

 あー、まぁ真面目な理由として、アレはエネルギー外部補充型という、所謂紐付きというヤツさえ考えなければ、恐ろしく汎用性の高い機動兵器なのである。原作にそっくりというか、そのマンマな機能を持つエステは、アサルトピットと機体を入れ替えるだけで、どんな戦況にも対応可能なのだ。

 

 おまけに脳波スキャニングシンクロシステムによる制御方法。どんなバカでも考えただけで運転できるのが凄い。反射神経に優れたヤツを乗せたなら、それだけで迎撃能力が上昇する事は間違い無しである……というのが表向きの理由なのだ。

 

 ホントの理由は俺がエステの活躍を見たかったから。整備性とかこの間のファズ・マティ攻略戦で活躍した直掩機仕様のVFと被るとか言われそうだが、こまけぇこたぁいいんだよ。自己満足の何が悪いってんだ。それによって生じた責任はちゃんと取るから、問題はなんらないのだ。

 

 あと補足だがS級本体にはエステバリスへのエネルギー供給の為の重力波照射ユニットを搭載。武装面は対空火器しかないが、基本的に対空防衛をする艦なので、対艦に無理やり参加させる必要がない。

 

 本来の設計では最大9機までの戦闘機しか搭載できなかったペイロードを、若干胴長にする事で解消。艦載機の搭載数は14機、それよりも小さいエステバリスは16機搭載できたらしい。

 

 

 そして、こうして完成を見せた全ての艦には、ナージャ・ミユというレアメタル研究が専攻の研究者が加わった事で、装甲板の強度も元のソレと比べ物にならない程の軽さと強度と柔軟性を与えられているという。

 

 被弾した際も、普通なら真っ二つに折れて爆沈してしまう様な攻撃を受けても、中破で済むそうな。どれだけ改造したのかは、あまりに専門的すぎて俺には解らん。

 

 

 まぁそう言う訳で、現在我々はアバリスやユピテルを含め、総数26隻という、個人が持てる規模で考えると、かなり大きな大艦隊になれた訳だ。凄く目立つので色々国家とかに目をつけられそうだが、国家の目がある所で犯罪はしてないから大丈夫。

それに犯罪も精々盗掘した程度だしね。だれでもしてるのだから、それほど罪にはならん筈だ。

 

 

「それじゃ、出港しますかね」

 

「あいよ“提督”さん」

 

「・・・・何スかそれ?」

 

「艦隊規模の頂点に居るんだろう?アバリスの艦長はトーロがする訳だし、もう艦長じゃないさ。位的にはそれがだとうだと私は思うが?」

 

 

 いやまぁ、そうなんですが、俺はユピテルの艦長な訳でして、そんな提督とかの様な大層な名前で呼ばれる様な男じゃないですよ?

 

 

「はぁ、アンタ。自分を卑下してたのしいかい?」

 

「いいえ、全然。だけど自分は“まだ”艦長がにあってるッス」

 

「ん~、じゃそれでいいんじゃないかい?艦長兼提督って役職になるだろうけどさ。略して艦長のままって事で」

 

 

 まぁそれでもいいか。

 

 そんなこんなあって、俺達はファズ・マティの宇宙港を発進。海賊団を殲滅した事をオムス中佐に報告する為、針路を一路ツィーズロンドへ取った。

 

 本音を言うとあの野心が見え隠れする人のところへはあまり行きたくは無い。だが、短期間の間にこれだけの大艦隊になってしまった事は報告しておかないと、ここいらを見張る政府に眼をつけられる事は確実。

 

 せっかくできた中央政府軍とのコネだ。この際有効に使わせてもらい、俺達の事を認めて貰わんと今後の活動に支障が出ると考えたんだ。あーでもまた厄介な仕事回されそうな予感がぷんぷんするぜ。

 

 

「はぁ」

 

【艦長、どう為されました?】

 

「いや、人生ままならねぇなって思って」

 

【世界は何時だってこんな事じゃ無い事ばかりです】

 

 

 おま、何処でそんな言葉覚えた? 

 そして大きくなった俺の艦隊は宇宙を進んでいった。

 

 

***

 

 

 ファズ・マティのある宙域からツィーズロンドまでは、どんな最短ルートでも1週間はかかる。途中にあるメテオストームはまだ沈静化していない為、そこを迂回せなならんからだ。といっても沈静化するのは何十年という周期だから待つつもりもない。

 

 

「ふん♪フン♪ふふ~ん♪」

 

 

 まぁ当然のことながら、この周辺の最大勢力であったスカーバレル海賊団を駆逐した我らは、敵に襲われる事なく悠々と静かな宇宙を航行している訳だ。

 

 そしてコレも何度目だか解らんがぶっちゃけ俺暇である。いや、実際は暇では無く、色々とすることはあるんだが、そんなのずーっとやってたら死んでしまうので息抜きに遊びに出ているって訳なのだ。

 

 

「ん?」

 

【振動を感知、場所はマッドの巣です】

 

「まーたあいつ等なんかしたな?」

 

【一応人的被害は出ていませんが?】

 

「放っておくッス。どうせ止めても聞かないし、下手に制限かけるほうが危険んだからさ。でも放置は癪だから、修理費は給料から差し引いといて」

 

【了解です艦長】

 

 

 相変わらずマッド達は得体のしれない研究にいそしんでいる。新たな仲間で女性のミユ女史の登場で、連中は楽しそうだが下手に近づくと何されるかわからんので近寄らない。君子危うしに近づからずってヤツである。字、合ってるよな?

 

 

「ハァ!ハァ!ハァ!――――か、艦長!た、たすけて」

 

 

 ん?なんだ?この苦しそうな息使い。声からするとイネスだな。

 なんだろうと思って後ろを向いた俺は彼の姿に硬直する。

 

 

「お、お願いだ!た、助けてくれ!なんかトスカさんたちが僕をボクをぉ!」

 

 

 そこには、再びまたどこぞの瀟洒なメイドの様な姿をさせられたイネスの姿があった。こいつ、またもやトスカ姐さんのおもちゃにされたようである。あの人ぜんぜん懲りてないのか。彼女の暴走を止めてやりたいが、彼女バックにはユピテルの全女性クルー陣の筆頭が居るから俺ではどうしようもない。

 

 問題は、だ。性転換メカは厳重に封印処置されているので、コイツの性別は男である筈ということだ。それなのに恐ろしく似合ってるんだが? よく見れば、おいおい銀髪のエクステンションとPADか? コレは冗談抜きに某瀟洒なメイドに異常に似ているぞオイ。

 

 おk、落ちつけ俺、コイツは男だから、問題無い、だから高なるな心臓! というか何故コイツはココまで女装が似合うんだよ!

 

 

「頼む艦長!かくまってくれ!ボクは、ボクはこんなの耐えられないよ!」

 

「頼むから涙目でこっち来るなッス!」

 

「なんでさ艦長!僕を助けるとおもってよォ!」

 

「だから! ひっつくなッス! やめろぉ!」

 

「そんな殺生な! ここであったが百年目! 離さないぞ! 絶対に!」

 

 

 あろうことかこのバカは、公共の場で俺に抱きついてきた。第三者の目線から見れば、俺は今現在可愛いメイドに抱きつかれているリア充に見える事だろう。コレが女性だったなら、俺はもう狂喜乱舞したが、残念ながら男なのだコイツは……クソが。

 

 

「わ、わかった! 一時的にかくまうから! だから離れろッス!」

 

「ほ、本当だな!?助けてくれるんだな!?」

 

「ん? あ、トスカさん」

 

「え!?っていないじゃないか……あ!艦長!」

 

 

 俺がフッと漏らした一言で後方に飛び退くバカ一人。その隙に俺は自分の部屋へと駆けだした。とりあえず俺の部屋には、艦長権限でしか開けられない様にセキュリティが強化されている。だからそこに逃げ込めば、コイツを振り切ることも可能って訳だ!

 

 

「つきあってられっかよ! 俺はヤロウに興味は無いんス!」

 

「ナニ訳解らない事叫んでるんだ! ええいマテー!」

 

「な! おま! こっちくんなッス!」

 

「いやだよ! 艦長じゃないとアノ人達を止められないだろう!?」

 

「古来から団結して暴走した女性陣をとどめるのは、男には無理ッスー!! だからあきらめろ! 俺の平穏の為にこっちくんな!!」

 

 

 ギャース!とケンカしながら通路をひた走る俺達。

 そして曲がり角を同時に曲がろうとして、ソレは起きた。

 

 

「あ、ユーリ――え!?」

 

「チェルシーどいてー!!」 「うわっ! ぶつかる!」

 

 

 こんな漫画みたいな事が起こるだなんて誰が想像できようか?

 

 ・チェルシーが曲がり角から現れる。

 ・僕等はほぼ並行して走っていた。

 ・走っている人間は急に止まれない。

 

 さて、三行の要素が重なった…あとは解るな?

 

 

「あいたた、ユーリ、イネス、大丈・・・夫?」

 

≪ずきゅぅぅぅん!≫

 

「「!!??」」

 

 

 この時の前後は全く覚えていない。ただ、絶対に思い出してはいけないと本能が警鐘を鳴らしまくっている。只一つ覚えているのは、膨大な量の瘴気に包まれたこと。それとチェルシーは絶対に怒らせてはいけないという記憶くらいだった。

 

 

***

 

 

 さーて、今日はどこに行こうかな? え? イネス? チェルシー? 何のことですか?

 

 ぼ く は な に も お ぼ え て い ま せ ん よ ? 

 

 イネスのバカはゴミ箱に放り込んでおいたけど、ぼくはなにもおぼえてません。いいね?

 

 

「そう言えば、人工自然公園みたいなモジュール積んであったっけ?」

 

 

 気を取り直して、今日は新しく入れた福祉厚生モジュールの自然公園に向かう事にした。人間と言うのは、大地とは切っても切れない関係であると言っていい。フネに重力を発生させ、昼と夜の時間帯を設けるのもそれだ。

 

 そして自然公園モジュールは、地上にある自然をパッキングして宇宙に運びだした様なモノである。ここには壮大なビオトープみたいになっており、人工ながらも生態系が管理されているエリアである。乗員はここで過ごしたり遊んだりして、閉鎖空間でのストレスを緩和させるのだ。

 

 

「ユピ、自然公園モジュールってどこにあるッスか?」

 

【艦長、先ほどチェルシーさんは一体―――?】

 

「ユピ、自然公園モジュールってどこにあるッスか?」

 

【いえあの】

 

「ユピよ。俺の中でその話題については思い出してはいけないと警鐘が鳴っているッス。だから話題にするな。いやしないでくださいお願いします」

 

【解りました。えっと、この先のマッドの巣の先です】

 

「おお! 了解、それじゃいくかね」

 

 

 さてと、とっとと行きますかねぇ。

 

 

 (イネス!何処に逃げた! って案外すぐに見つかったねぇ? ほらおきなよお姫様、ヒヒヒ)

 

 (うーん、げ!トスカさん!? それとそのほか大勢!?)

 

 (さぁイネスちゃん?もっと可愛らしくしましょうか?)

 

 (ひぃぃぃぃ!や、止めろぉぉぉぉ!!)

 

 (所で、なんでチェルシーさんがココで気絶しているのかしら?)

 

 

 なんか後ろの曲がり角の向こうから歪みネェ会話が聞こえたけど。

 俺は関係ないな、うん。

 

 

……………………

 

 

………………

 

 

…………

 

 

 マッドの巣とは何か? 簡単に言えば通称みたいなモノだ。整備班、技術班、科学班、その他開発関係を全部ひとまとめにして、一ブロックに押し込んだだけって事。

 

 

「っておいおい、どうなってるんスか?」

 

【今朝の爆発の名残でしょう】

 

 

 俺はここに到達するまで、そう言えばマッドの巣でなんか爆発みたいなことが起こっていたと言う事をてんで忘れていた。目の前には所々に黒煤が付着し、亀裂の走った壁が目立つ空間が広がっている。

 

 下手すると幽霊船みたいな感じに見えなくもない。と言うか何をどうすればココまでの被害を起せるのだろうか? しかもこれ程すさまじい爆発があったのに人的損失がゼロとか、世界にケンカ売ってるとしか思えん。

 

 ともかく、この区画を抜けないと目的の場所には辿りつけない為、俺は区画の中に入った。既にこう言った事態には慣れたのか、整備員達と整備ドロイド達が頑張って修復している。俺はすれ違う時には挨拶を交わしつつ、慎ましく奥へと進んでいった。

 

 

「ケセイヤさん、どうしたんスか?その真っ白に燃え尽きたボクサーみたいに白くなっちゃって」

 

「ぽうあー」

 

 

 何故か通路の隅にうずくまり、もうほんと灰になっちゃったんじゃないかって言うくらいに落ち込んで口から煙を吐き出しているケセイヤさんと、それを眺めるその他マッドの方々と遭遇した。

 

 とりあえずマッド二号のサナダさんに、何があったのか訪ねてみた。

 

 

「なに、簡単なことだ。ケセイヤが落ち込んでいるのは」

 

「先の爆発で、試作パーツが全部オシャカになったからさ。少年」

 

「あ、マッド三号のミユさん」

 

「だれがマッド三号だ。薬品調合して飲ませるぞ」

 

「あれ?ミユさん専門って希少金属じゃなかったッスか?」

 

「趣味で調合もしているのだ。まぁいい。とにかく落ち込んでいるからそっとしといてやれ」

 

 

 そうミユさんに言われた。お世話になっている人物を放置するのも、心苦しいものがあると言えばあるのだがしかたないか、当分こっちに戻って来そうに無いしな。

 

 

「しかしこの惨状、何が起こったんスか?」

 

「なんでも完全に人間に近い人型アンドロイドの製作に失敗したんだそうな」

 

「人型アンドロイド?そんなの通商管理局が使ってるじゃないッスか」

 

「違う違う、もっと複雑で色々と高性能なヤツを作ろうとしたらしい」

 

 

 それはそれは、なんとも浪漫あふれる話じゃないか。

 

 

「で、エネルギー源になるレアメタルについては私が助言したのだが」

 

「我々が居る時に起動実験をすると言うのをすっぽかし、勝手に起動させてこの体たらくだ」

 

 

 本当にマッドのすることは、時々理解できないぜ。その心意気は買うけどな!

 

 

「コレでまた修繕費はケセイヤさんからさっ引くとして」

 

【これで修繕費累計額がタダ働きで20年働いてもらわないと返せない額になりました】

 

「修繕費の方が、収入を上回るのは何時頃かなぁ」

 

【このペースですと概算で3年後でしょうか?】

 

「知りたくなかったッスそんな情報!」

 

 

 とりあえず何度目かになるかは解らないため息を吐き、俺はこの場を後にした。

 流石は俺のフネ、毎日色んなことが起こりやがる。

 

 

【むぅ】

 

「ん? どうしたッスかユピ? 急に黙って?」

【いえ、なんでも……身体かァ】

 

「ぬゥ???」

 

 

 なんかぼそりって言った様な気がするけど、気のせいかな?

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「おお、すげぇ。池まである」

 

 

 さて、なんだかんだあったが、いま俺は自然公園モジュールにいる。

 

 広さはおおよそ300m四方に広がる球状のドームだ。真ん中で板張りの様に仕切りされており、上半分のドームは春のドーム。仕切りされて逆さま状態の下のドームが冬のドームとなっている。下のドームは逆さまだが、そこは重力制御が出来る宇宙船なので普通に歩けるようになっていた。

 

 とりあえず春のドームの中に入ったんだが、これは確かに凄いと言わざるを得なかった。まず入口から入った途端空気が違った。艦内の空気と違い、ちゃんとした植物が造り出す空気って感じ。木林浴に丁度良いかもしれない。

 

 人工的に造られたとはいえ、緑が見えると言うのは人を安心させてくれる。長い航海においてこのモジュールは、結構貴重な癒し空間になる事だろうな。こりゃ、酒でも持ってくるんだった。と思ったのは後の祭りだ。

 

 

「んー」

 

 

 背筋を伸ばしてあくびをしながら、のんびりとドームに作られた池の周辺を歩いてみる。池の中には生物が放たれてある種の生態系を再現しているらしく、何度か魚が飛び跳ねるのを見た、ついでに巨大な蝦蟇蛙みたいなのも居た気がするが、気にしないでおこう。きっとこの自然ドームのヌシ(?)に違いないだ。

 

 

「おろ? あそこにあるのはリンゴの木か?」

 

 

 さてさて、春の陽気に設定された環境を大いに満喫していると、ふと視界に入る赤い実のなる木。良く見れば他にも実のなる木や、どう見ても畑って感じの個所がいくつか見える。赤い実に近づいて良く見てみたが、どう見てもリンゴです。本当に有難う(ry

 

 

「自然公園ってよりかは、こりゃ畑だな」

 

 

 僅か数十m四方であるが、仄々とした田園風景が広がっている。自給自足の生活でもしようってのかね?規模は家庭菜園より上だけど畑よりかは下といったところだから、大方誰かの趣味か何かかネェ。

 

 しかし、このリンゴ、上手そうに実ってるなぁ。

 

 

「一個くらい、食べちゃダメッスかねェ?」

 

 

 瑞々しく、私を食べてーと言いたげな赤い果実を前に思わずそう呟いた。

 

 

「食べても良いですよ「おわっと!」どうしました艦長?」

 

 

 その時、突然背後から声をかけられて、俺は驚きのあまりビクンと身体を震わせながら振り向いた。そこに居たのは。

 

 

「ふえ? タ、タムラさん!?」

 

「はい、料理長のタムラですよ」

 

 

 我が艦隊の胃袋を支える料理の鉄人。タムラ料理長が立っていた。お、驚いたじゃねぇか! いきなり話しかけんなよ! 心臓バクバクじゃないか。

 

 

「いやはや驚かせたなら申し訳ありません。なにせ艦長が始めて私の果樹園においでに為されたのでお声をお掛けしておこうと思った次第でして」

 

 

 話を聞くと、どうやらこの畑は、タムラ料理長が作った畑だったらしい。 忙しい料理長だが、普段はドロイドを数体借りて畑を耕し、たまの休みに訪れて、こうやって手入れをしているらしい。てことは、もしかしてモジュール内にある他の畑もか?

 

 

「ええ、私が造りました。もともとは部屋でプランターを使ってた趣味でしたがね」

 

「俺、何も言ってないッスけど、顔に出てました?」

 

 

 思いっきり頷かれた。俺は顔に出やすいらしい。

 

 でもプランターで育ててたにしては、随分と大きな実がなっているのもあるぞ? それとこのモジュールが組まれたのは三週間くらい前で、本格的に生態系が機能しだしたのはつい一週間前だった筈だ。

それにしては、随分と成長していると言うか量が多い様な、はて?

 

 

「元々空き部屋で育てていた野菜たちですが、自然公園モジュールが入ってくれて本当によかった」

 

 

 あーそう言えば、まだまだ人手不足で空き部屋はあるもんな。

 でもリンゴの木なんてどうやって育ててたんだ?わからん。

 しかし空き部屋を使って育ててたのかー、俺に断りなく。

 

 

「はぁ、まぁ良いッス」

 

「艦長?」

 

「一個貰うッスよ」

 

「どうぞどうぞ」

 

 

 なんかもう結構みんな好き勝手してるなぁと思いつつ。重力制御室で鍛え上げた身体能力でリンゴの木をスルスルっと登り、枝からリンゴをもぎ取ってみた。紅玉見たいな種類なのか、ホントルビーみたいに赤い。ほのかに漂うリンゴの甘い香りが食欲を誘う。

 

 

「んが」

 

 俺は大口あけて、リンゴにかぶりついてみた。シャクっという小気味いい音と共に、 良く熟したリンゴ特有の甘さと程良い酸味、そして芳醇な香りが口の中いっぱいに広がって行く。

 

 その甘さは後に残る事はなく、さりげなく上品に引いていく。なんというかリンゴの中でもエリートなリンゴって感じかなぁ。コイツは抜群だぞ。かなり美味しいリンゴで、あっという間に一個食べ終えてしまった。

 

 俺のいた世界でもこんな美味いリンゴはそうそう食べられないな。スーパーで通常の三倍の値段がしそうな感じだった、なんだかもう一個食べたくなるような味だった。

 

 

「うまいッスね。このリンゴ」

 

 

 万感の思いを込めて、そう呟くように感想を述べる。

 

 

「はは、品種はテレンス産のリンゴと同じ品種ですからな」

 

 

 それを聞き苦笑しながらも、すこし恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうにタムラさんは答えた。やはり自分の手で育てた物をおいしく食べてもらえるのは嬉しいんだろう。この人はそういう人だ。

 

 リンゴの品種、テレンス産とは聞いたことがないが、恐らく小マゼランにおけるリンゴの名産地なのだろう。しっかし美味しかった。これでパイとか食べてみたい。

 

 

「しかしちゃんと育って良かった。科学班の薬のお陰ですなぁ」

 

 

 だが、この美味しかったリンゴに抱いた感動もタムラ料理長の漏らした一言で霧散した。おい! まさかここにある植物の成長が早いのって!!??

 

 

「ミユ殿から頂いた薬を撒いたところ10倍は成長が早いですね。美味しさもそのままだから料理に使えますな」

 

「あー、一応しばらく様子見てからの方が良いと思うッスよォ?」

 

 

 なんか薬を使って成長を早めたとか。途端ヤバそうな感じがするぜ。

 だけど楽しそうに収穫しているタムラさんを見て俺は何も言う事が出来なかった。

 

 

 

 

 その日以来、稀にタムラさん特製、自家製野菜のサラダやらスープやらデザートがメニューに上がるようになった。

 

 

 もっとも今の所身体に変調は来ていない所を見ると、特に問題のある薬では無かったらしい。

 

 

 なので時折、自家製野菜のデザートを注文するようになったのは余談である。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第15 話、エルメッツァ中央編~

■エルメッツァ編・第十五章■

 

 

 紛争を食い止めたり、スカーバレル海賊団なる海賊組織を壊滅に追い込んだりと、紆余曲折あって久方ぶりに惑星ツィーズロンドへと辿りついた。

 

 港に艦隊を停泊させた後、俺は軍本部にアポを取り、紛争問題の解決及び何故か達成してしまった海賊退治を終えたことを直接報告する為、俺はトスカさん達を連れて、あの野心あふれるオムス中佐殿に面会しに来たのであった。

 

 

「ユーリ、アンタまだあの中佐が苦手なのかい?」

 

「いや、まぁ。いい加減諦めたッスけどね」

 

 

 向かう道中、俺の心中は穏やかではいられない。どうもあのねっちょり感って言うの? 纏わりつくかの様な視線と雰囲気が嫌なんだよね。今回はさらにこちらからあることを承認して貰いに行くから余計に気分が滅入った。

 

 

「艦長、そんな事よりも早く建物の中に入ろうっ?」

 

「イネス、何でそんなにワタワタしてるんスか?」

 

「別に艦長が尻込みしようがどうでも良いんだが…「酷ッ!」…ココは玄関だから目立つんだ!」

 

 

 そういや殺気からもといさっきから、ニコニコとした顔を崩さない守衛さんの額に青筋が浮かんでるね。うん、ここで騒いでたら怒るよね? 俺達は急いで受付に歩いていく。別に守衛さんが怖かった訳じゃないぞ? ほんとうだぞ?!

 

 

「あの、すみません。アポをとってある0Gドッグのユーリです」

 

「あ、はい。話しは通ってます。ただ、中佐は現在こちらでは無く士官宿舎にいらっしゃるので、其方に向かった方が早いかと思います」

 

「そうですか。情報感謝です」

 

 

 さて、何回も来てたからいい加減顔見知りになった受付の人にお礼を言いつつ、俺らは士官宿舎へと足を向けた。士官宿舎へ着き、受付さんに知らされていた部屋番のインターフォンを鳴らす。部屋の奥にでもいたのか、少し待たされてからやっとインターフォンがつながった。

 

 

≪おお、ユーリ君来たかね?ロックは解除したから入っても大丈夫だ≫

 

 

 適当にへーイと返事を返し、オムス中佐の部屋へと向かった。流石に佐官だけあり、宿舎はかなり豪華な部屋なんだよなぁ。俺の世界で言う所の六本木ヒルズ位かね? そんな訳でオムス中佐の部屋へとやってきたのである。

 

 

「君の活躍は聞いている。大分頑張ったそうではないか?海賊の被害も一気に減った」

 

「はは、それ程じゃないですよ。皆が頑張ったから出来た事ッス」

 

「それでも、彼らは君の元に集まった者たちだ。それを率いている君も誇っても良いだろう」

 

 

 とまぁ、こんな感じで社交辞令のあいさつのやり取りが行われる。正直、俺はこういう真面目なのは苦手である。うぅ~肩が、肩が五十肩みたいに凝って来たでヤンス。

 

 

「挨拶はその辺にして、何か私に用があって来たのだろう?」

 

 

 そろそろ真面目に不真面目するべきかと真面目に不真面目なことを考えていたところ、オムス中佐はそう言って真面目な表情でこちらを見る。というか、ふつうは用が無い限りこんなとこ来ねぇよ。察しろよ。

 

 

「ええ、ウチの艦隊も大きくなりましたので、一応しかるべき所に報告に来ました」

 

「やはりか…。ステーションに居るあのホワイトフリートから、君達のIFF信号が出ていたから、もしやと思ってはいた。しかしまた随分と勢力が増えたな」

 

「海賊退治の為に頑張りましたので」

 

 

 正確には海賊退治の後、マッド達が趣味と実益の核融合の末に生まれた艦隊なのだが、そういうのは別に言わなくても良いだろう。必要なのは、艦隊がそこにあるという事実で、過程は問題ではない。

 

 

「でまぁ、反逆勢力とか、新たな賊とかに間違えられない為にエルメッツァに承認して欲しいんでスよ」

 

「ふむ成程、そう言えば君達の目的は宇宙を巡る事だったな。確かに誤解を避ける為に国家の様な公式の存在に船団として認めてもらいさえすれば、犯罪を起さない限りは色々と便利だろう。名声という意味でもな」

 

「解っていただけたようで何よりッス」

 

「なぁに、君達の名声は意外と高いのだよ? 非公式ながら紛争解決に尽力し、更にはこの宇宙島にはびこる海賊も一掃してくれたからな。その貢献度ならば、すぐに君たちの艦隊は政府公認になることだろう。とりあえず何と言う団体名にするかね? 一応呼び名を決められるのだが」

 

 

 呼び名ねぇ?

 

 

「決めないとどうなるんですか?」

 

「認識番号で呼ばれるだろう。今なら0Gドッグ第8千番艦隊か船団という事になる」

 

 

 ふむ、ソレは味気ない。せっかくの船団なのに、呼び名が第8千番艦隊とか。なんかカッコ悪い。とりあえず後ろにいるイネスとトスカさんに聞いてみた。

 

 

「ねぇ、どんな名前が良いと思う?」

 

「そうだねぇ、ここはやっぱりユーリがきめな」

 

「僕もそう思う。この船団を率いるのはユーリだからね」

 

「実は二人とも考えるのがメンドイとかじゃ?」

 

「「ギク」」

 

 

 ギクって、口に出して言うなや。まぁ良いけど。

 

 

「ほいだば、俺が勝手に決めるッスね」

 

 

 そういや、ふと思い出したが、俺たちは海賊から渾名を付けられていたっけ。

 

 

「決めたかね?」

 

「はい中佐、≪白鯨艦隊(モビーディック・フリート)≫でお願いします」

 

 

 ウチの艦隊の旗艦ユピテルは白い船体だし、それに合わせた護衛駆逐艦艦隊も全部白い。漆黒の宇宙でも目立つであろうその姿は、確かに白鯨と銘打つにふさわしいと思った。ユピテルは美人さんなのである。なんちゃって。

 

 

「成程、白色の艦で構成されているからか。洒落ているではないか。それでは、とりあえずソレで登録しておこう。空間通商管理局にも手続きをしておくぞ?」

 

「お願いします」

 

 

 はぁ、これで国家から認められた0Gドッグか。国家の犬とか言われそうだけど、自由に好き勝手するから犬ではないぞ。せめてオオカミで通したい……野良犬とか言われたら泣くけどな。

 

 

「手続き云々は、そちらからのアドバイザーと共に私がしておくとしてだ。ちょっと以前に君から言われた報酬として、エピタフについての情報をくれと言った事があったな? (ラッツィオ編・第7章あたり参照)」

 

「え、ええ確かに――!」

 

 

 やっべ、すっかり忘れてた。元々嫌がらせ用に言った報酬だったんだけど、もしかしてエピタフが見つかったとか? いやいや、まさかそんな伝説になるような遺物がそうそう簡単に見つかる訳ないじゃん……あれ?ちがうの?

 

 

「実は調査に出ていた調査船がとある宙域で行方不明になってしまった」

 

 

 Ou……なんてこったい。

 

 

***

 

 

 さて、現在、我々白鯨艦隊は行方不明となった調査船を捜索するために、惑星オズロンドを経由して、進路を一路ボラーレ宙域へとっていた。

 

 正直なところ面倒くさそうなので断りたかったのだが、以前の報酬に情報を頼み、その結果行方不明になってしまったらしいのだ。さすがに見捨てるのは寝覚めが悪いので、仲間にそのことを説明した後、急いで調査しに逝く事となったのである。口は災いの元とはまさにこのこと。

 

 そして件の調査船が行方不明になったのは、辺境も辺境の惑星ボラーレ近辺宙域らしい。どれくらい辺境かというと、以前紛争関連で立ち寄ったベクサ星系への航路のほぼ倍の距離といった感じだろうか。

 

 ベクサ星系自体、資源採掘の為の星系なので辺境といえば辺境なのだが、こっちはそれに輪をかけて辺境といえるかもしれない。

 

 

「艦長。ボラーレ宙域に到達しました」

 

【全艦隊オールグリーンです】

 

 

 そして、道中で特に何か起きるというわけでもなく、俺たちはボラーレ宙域に到達していた。もともと危険度は低く、ちゃんと航路を確保できる安定した宙域の筈なのだから、海賊とかのような敵と遭遇する可能性もほぼなかった。

 

 この間あったことといえば、新しく増えた駆逐艦や巡洋艦と連携できるかの確認や普段の日常程度であり、特筆すべきことは本当に起きなかった。あまりに平和で昼寝が捗ったのは言うまでもない。

 

 

「艦長?」

 

「おいユーリ。返事くらいしな」

 

「おっと、すまないミドリさん。少し考え事してたッス」

 

「それはいいので指示をください」

 

 

 んー、それじゃあねェ。とりあえず広域探査を行う事にしよう。レーダー班のエコーさんにお仕事して貰おうかねぇ。そう思いつつ、俺はコンソールを操作して彼女のところに通話用の空間ウィンドウを繋げた。

 

 

『あらー?艦長、なんか用ー?』

 

「ウィ。広域探査で調査船のこん跡とかって調べられるッスか?」

 

『ちょっとまってー。うん、大丈夫、できるよー』

 

「それじゃ、ちょっと探して貰っても良いッスか?」

 

『まかせてー、久々の出番だから燃えるわ~』

 

 

 なんかメタな発現だった気がするが、俺はそれを華麗にスルーして空間ウィンドウを閉じる。ふぅ、大型艦になってブリッジがでかくなった事の弊害ってやつだな。駆逐艦だと離れても凡そ3m程度なんだけど、このクラスのフネになると、艦長席から下の席まで6mの落差がある上、一番離れた席だと最大20mを越えていたりする。

 

 普段だと座席の通信パネルのスイッチをオンにしているんだけど、偶に一人で考えたい時などに切ってしまったりすると相手に意図を伝えられない状態になる訳だ。このフネになってからは、常時携帯端末とかが手放せないと言う訳である。

 

 フネもデカイから、マジで携帯端末が無いと、一々デパートの迷子センターみたいにアナウンスしないといけない。それはある意味非常に恥ずかしいのである。俺も何度か呼び出しを喰らったことがあるが恥ずかしかったとかを超越したね。マジで。

 

 

「正直、エピタフ何ぞどうでも良いスけどねぇ~」

 

 

 通信を閉じてから一人ゴチる。あれって持っているだけで大変なアーティファクトだからなァ。周囲にはそれが目的の一つみたいな事を言っちゃったし、後悔先に立たずを身をもって体験中ですわ。

 

 

【そうなのですか?艦長】

 

 

 と、俺の漏らした声に反応する者がいた。

 

 

「あや?ユピ聞いてたッスか?」

 

【私はこのフネそのモノですから】

 

 

 そういやそうだった。

 

 

「あー、まぁとりあえず今のは秘密ってことで頼むッスよ」

 

【何故ですか?】

 

「バレるとメンドイから」

 

 

 俺が悪戯っぽくそう言うと【はぁ、そう、ですか……艦長との秘密、ですか】と、微妙に納得してなさげではあったが、一応了解してくれたようだ。

 

正直、エピタフ関連は原作通りに進めるのが目的ならあった方が良いけど、そういうのにこだわらないなら無くても良いってのが内心なんだよね。手に入るなら有っても良いし、無いなら別に無理して欲しいとは思わない。

 

 エピタフは約十センチ四方のキューブ。詳細は不明な謎のアーティファクトである。原作ゲームにおけるキーアイテムであり、こいつに下手に手を出すとイベントであったような喜劇悲劇含めてさぞかしスリリングな事態が起きるだろう。

 

 その所為で俺のフネのクルーが一人でも欠ける様なことになったら、俺はちょっと耐えられんかもしれん。なんだかんだ言っても彼らに対して愛着が湧いてるしな。彼らと共にもっと遠くまで、もっと不思議な物を見る為にも今は力を付ける時期なのだ。

 

 とはいえ、軍からの依頼みたいなもんなので、探さないわけにもいかない。前途は多難だな。とりあえず周辺のスキャンを暫く行わせて、何か反応があるか見てみよう。

 

 

『艦長ーあのねー、なんか資源探査装置が惑星オズロンドの近くで資源衛星帯をみつけちゃったー。どうするー?』

 

「行くに決まってるじゃないッスか?イネス、航路変更、リーフはそれに合わせて針路変更ッス」

 

「ま、何をするにもお金は居るもんな」

 

『針路変更アイサー』

 

 

 前言を撤回するようで恐縮だが、途中で小遣いを稼いでも怒られはしないだろう。だって俺たちは0Gドッグ。宇宙の放浪者はなんでも手に入れたがるのさぁ。

 

 

***

 

 

 さて、資源衛星に人海戦術であたり、適当に掘り終えて金銭に換算して300G程度の資源を手に入れた。儲けたぜ。その後は再び広域探査を行いながら、惑星ボラーレに続く航路へとフネを進めた我ら白鯨艦隊。

 

 アバリスを前に後ろにユピテルが付き、その二隻のまわりを巡洋艦が挟み込み、駆逐艦は広範囲に扇形に近い形で展開させる。この輪形陣の変則のような陣形は広範囲に展開する為の陣形で、VFも駆逐艦たちの通信アレーを通して遠くまで偵察に出せるのが利点であった。

 

 この陣形でとりあえずオズロンド方面からボラーレへ向かう航路上をローラー作戦の如く探査を行う。これでいずこかにいるかもしれない件の調査船の足跡を見つけようと考えたのだ。見つかればよし、見つからなければ、まぁ別の航路や宙域で同じ探査を行うだけである。

 

こうして、早く見つかれと内心呟きつつ、探査を開始した。

 

 

「艦長、先行していたK級駆逐艦が、この先で航海灯を切って停止している艦船を複数発見しました」

 

 

 そして、さっそく索敵網に不審船発見の報が上がる。いや、はやいよ。まだ捜索再開して20分経ってないんだけど? たまたま索敵陣形に掠める位置に不審船が来ていたのか? というか不審船っていうがどんな不審船だ?

 

 

「現在、シルエットなどからデータ照会中―――出ました。エルメッツァ地方軍の艦艇の様です」

 

「地方軍? それにしちゃ、妙なとこをうろついてるねぇ」

 

「何か気になるんスか?トスカさん」

 

「ああ、いくら地方軍でも、こんな辺境までは特殊任務でもないかぎり普通は来ない筈だから気になって」

 

 そこまでトスカ姐さんが説明した時であった。先行したK級から送られてくる映像にノイズが走る。何事だ? そう思った直後、ユピテル艦橋に接敵のアラームが鳴り響いた。

 

 

【前方のエルメッツァ地方艦隊。ガラーナK級へ砲撃を開始しました。熱量の増加に伴い自動防衛システムが作動。オートリアクションを行います。ミサイルの発射を検知、APFSおよびデフレクター同時展開します】

 

 

 我が艦どころか無人の艦隊をも統括するAIユピが、K級に対して行われたことを逐一報告してくる。どうやら、あちらさんが行き成り敵対行動を仕掛けてきたようだ。

 

 幸いこちらの駆逐艦はデフレクター展開が間に合ったようで、向こうが撃ってきたミサイル攻撃が当っても対した損害は出ていないようだった。精々デフレクター用シールドジェネレーターに負荷がかかる程度か。

 

 それ以前にK級を動かしているAI自体、コントロールユニットに付属する超高性能AIユピの模造AIである。これまでの航海の間に、航法を担当しているリーフの操艦技術を、コンソールを通して電子的に学習している彼女からコピーされたAI達。

 

 そんな彼女らが見せる戦術的な艦隊機動、すなわちTACマニューバは、かなりのレベルに到達していた。実際、攻撃を受けたK級は単艦でありながら相手艦隊の攻撃をほとんど躱している。まれにグレイズ……じゃなくて至近弾で掠ることはあるが、船体に直撃というのは確実に避けていた。

 

 どうしてもよけられない場合はシールドが厚い部分で受け止めるなどという芸当をやってのけるなど、非常に芸が細かいのはコピー元が優秀だったからだろう。

 

 

「敵艦隊、さらに砲撃を開始」

 

【K級に直撃弾。デフレクター出力3%程低下、耐久値3000±200で安定。正常値内です】

 

 

 でも、実質ダメージはないとしても、この“攻撃が掠る”というのは、実にいやらしい動きである。なにせ相手から見れば掠るということは攻撃対象が弾道の軸線に被っているということで、すなわち当てられると錯覚してしまうのだ。

 

 つまり、敵さんがムキになる。当たりそうなのに当たらないというのは、砲撃手の微妙なプライドを刺激するのだ。相手がきわめて冷静な人間ならば、当たらないと判断したら即、砲撃を中断するだろうが、この微妙な回避の所為で敵は無駄弾を消費している。

 

 レーザー弾頭だってエネルギーの塊だから、無駄に撃てば当然、ため込んだエネルギーを無駄に発散していることになるのだ。フネの機関部からもたらされるエネルギーは膨大で、ほぼ無尽蔵に近いが、ため込んでおけるレセプターは限界がある。エネルギーはレーザー砲だけではなく、フネのすべてを動かす原動力だ。

 

 それを無駄に浪費するのは、バカなの? 死ぬの? と言いたくなるもんだ。しかし、あの連中は戦力差を見ていないのだろうか?

 

 

「あの連中、なんで攻撃してくるんスかね」

 

「さぁね。多分解ってないんじゃないかね?」

 

「ナニがッスか?トスカさん」

 

「だって今、ユピテルと巡洋艦は海賊避けに電子妨害装置の出力を全開にしてるだろ?それに他の駆逐艦もだいぶ離れた位置にいるしね。単艦しかいないようにみえているのかもしれないよ。大体目視できる距離じゃないんだしね」

 

 

 成る程、先行しているK級はともかく、後方にいる俺達白鯨艦隊本隊は向こうに見えていなかったのだ。だから連中、駆逐艦一隻しか居ないと思って攻撃してきているという事か。

 

 しかし何で軍が攻撃してくるんだ? 地方軍とはいえ扱いは正規軍、民間所属の0G ドッグに手を出したとなれば、下手すれば軍法会議ものになるのに……、もしかして艦種がまずいか? K級の元になったガラーナ級は海賊が多く使用する艦の一つだしな。

 

 

「もしかしたら、俺たちのことが地方までは伝わっていないのかも知れないッス。とりあえず向こうに回線を開いて、こっちが海賊じゃない事と中央政府軍、オムス中佐の指示でこの宙域に来たって事を通達するっス」

 

「アイアイサー、敵旗艦への回線開きます」

 

 

 正直、向こうが手を出してきたのには腹が立つが、さすがに“まだ”政府軍相手に喧嘩売るほどバカじゃない。ロウズの時は弱小の辺境宙域の領主だったからいいけど、大国であるエルメッツァ相手だと規模が違うのだ。

 

 逃げるが勝ちとも思ったが、なんで攻撃されたのか原因を探らないとこの先が心配だ、ありえないと思いたいが、万が一これがオムス中佐の差し金だったらどうしよう? 腕のいい、というかよく口が回る弁護士っていくらだっけ?

 

 そんな事を考えているウチに、通信回線が繋がったらしくブリッジ中央にあるホログラムを投影するホロスクリーンに立体映像が投射された。あちらさんはエルメッツァでの将官の服装をしているおっさんだった。

 

あれ? この人、どこかで見たことがある様な? だれだっけ?

 

 

『ふははは。待っていたぞユーリ君!』

 

「あのう、すみません。自分あなたとお会いしたことありましたッスか?」

 

 

 なぜか高らかに笑う男に俺がそう返すと、画面の向こうでズッコケた。

 

 

『貴様! 私を覚えていないだと!?』

 

「ええと、ごめんなさい?」

 

『覚えていない上に疑問系だとぉっ!?』

 

 

 ウェーブした髪を七三分けにしたおっさんなんてどこにでもいるしなぁ。

 

 

『ラッツィオ軍基地の司令だったテラー・ムンス少佐だ! 忘れたとは言わさ――』

 

「忘れたも何も全然覚えて無かったッス。ねぇトスカさん」

 

「ああ、そういやオムス中佐の後ろに何人か立っていた金魚の糞の一人だっけね?」

 

『――そこまで忘れられる私って一体。しかも金魚の糞あつかい……酷い』

 

 

 なんかホログラムが地面に手をつけてるんですけど? 具体的にはorzな体勢をしている。上官のあまりの痴態に部下も慰めるべきかほっとくべきか悩んでる姿がリアルタイムで写ってるんですが……いや、そこは慰めておこうぜ? こういうタイプって面倒臭いだろうから。

 

 

『ええい! とにかく貴様らは忘れても! 私は忘れん!』

 

「いやだから忘れるとか以前の問題じゃなくて、覚えてないんだってば」

 

『黙れ黙れ! 貴様等のお陰で私は職を追われ、軍から逃げ回るはめになったのだからな! 怨念返しをしなければおさまらないっ!!』

 

「いや、そんなこと言われても俺達テラー少佐……いや元少佐が軍を追われる原因に心当たり無いんスが?」

 

 

 今の此方の心情を表すならまさに???の状態が当てはまる事だろう。

 だって全然こちらとしては身に覚えがないんだもん。

 

 

『なら一言で応えてやろう!私はスカーバレル海賊団とつるんでいた!』

 

「自業自得じゃないッスか!」

 

『煩い! だまれ! しゃべるな! 行くぞ! たかが駆逐艦一隻ならば負ける訳がないっ!』

 

「なんか、すっごいセコイ戦い方ッス!」

 

『かしこい戦略と言ってくれ! そうやって各個撃破して、最後は貴様の戦艦を丸裸にしてくれよう!』

 

「丸裸って、戦艦フェチ?」

 

【ひっ、変態さんだー!?】

 

『ちがう! そうじゃない! 私はノーマルだ! ええいもう切るぞ!』

 

 

 一方的に切られる通信。というか直ぐに来れる距離に俺達が潜んでいるとは思っていないらしい。しかもこの戦闘は、あのテラーとかいうおっさんの八つ当たりなのかよ。付き合わされる部下の人々が可愛そうだろ、jk

 

 

「仕方ない。以降エルメッツァ軍離脱艦隊をテラー艦隊と呼称。全艦電子防御を維持しつつ全速前進。あと遭遇したK級に他のK級たちを応援に向かわせて先行。その後は敵艦の索敵範囲内で電子防御解除、俺たちも合流ッス」

 

「あいよー」

 

 

 戦闘指示、たぶんこちらがセンサー的に見えていない奴らは電子封鎖を解除するだけで驚く筈だ。実際その通りとなり、こちらが電子防御を解除したとたん足並みの乱れが顕著に表れた。その隙に狙われたK級の元へ他のK級を回し、ガラーナK級突撃駆逐艦10隻がテラー艦隊と激突した。

 

 ちなみにテラーの艦隊は旗艦をいれて全部で五隻である。旗艦と思わしき巡洋艦が一隻いるようだが、ウチの自重という言葉が落丁した辞書をもつマッド連中に魔改造されたハイエンド駆逐艦を十隻も相手するのは少々荷が重かったらしい。

 

 

【敵艦へ攻撃を開始】

 

「レーザー直撃、敵駆逐艦のインフラトン反応消失。撃沈です」

 

 

 直列に並ぶ単縦陣を取り、反航戦に近い形ですれ違いざまの戦闘。だが開始からわずか数分もしない内に敵の駆逐艦三隻が撃沈される。一気に戦力の半分を持って行かれたのに敵は逃げようとしなかった。

 

 それは覚悟を決めていたとか、敵に後ろは見せないとかいうような高尚なもんじゃない。逃げようとしているんだが、慌ててしまって余計に動けないのが遠目からでも解る。練度不足が露呈していたといってもいい。奴らは元軍人じゃないのか?

 

 考えられるとすれば、テラー元少佐は軍基地の司令官だったってことか。長い間現場を離れていたから、艦隊戦なんてもんは久しぶり、そんな上司にヘイコラついて来てしまった部下もまたお察し……と。

 

 

【K級、小型レーザー砲をインターバル1で速射射撃】

 

「レーザー弾頭、敵各艦に命中。射撃誤差は0,02パーセント、すばらしい。巡洋艦も大破しました」

 

 

 元軍人だというので、こちらも少しは身構えていたのだが……、前衛艦が脱落したから少しは奮戦するのかと思えば、たかが護衛駆逐艦たちの小型レーザー砲がきた途端に慌ててフラついた為に攻撃が直撃。あげく、そのままあっさりと撃沈。これでは拍子抜けである。

 

 結局、旗艦艦隊は一発も撃つことなく戦闘は終了という運びになってしまった。これでは何のために、旗艦艦隊の電子防御を解除したのかが分からない。まさかの初実戦になったK級突撃駆逐艦たちも、装甲表面が少し削れただけで、船体はほぼ無傷である。

 

 これでは、そこいらの海賊の方がまだ根性がある。あれで本当に元正規軍だったのかと、見ていて情けない気持ちになってしまう。これ以上の攻撃は敗者に鞭打つのと同じになるだろう。K級たちへの攻撃命令を一時中断させるとするか。

 

 

「撃ち方止め! 警戒を厳にしつつ、戦闘での生存者の救助を行うッス! EVA要員はスタンバイ」

 

「了解、ルーイン班長に連絡し、これより生存者の救助を行います」

 

「ふむん。あの様子じゃ、あまり生き残りはおらんかもしれんのぅ」

 

「仕方ねぇよトクガワのじっちゃん。宇宙に出てるんだから死ぬ覚悟位あんだろ。撃たれる前に撃つのも0Gドッグの基本だぜ」

 

 

 俺と同じく連中を哀れに思ったのか、トクガワさんが溢した言葉にリーフが返す。撃たれる前に撃つ、戦闘の基本だよな。悲しいけど、隙を見せると何するかわからないって一面を0Gドッグが持っているってのも否定できない事実なのよね。

 

 

「とは言うモノの俺達は全然戦ってないな。これじゃあ腕が鈍っちまう」

 

「まったくだぜストールよ。このリーフ様の華麗な戦闘機動も拝めないとは、連中も哀れだぜ」

 

「そこ! 話してないで仕事する!」

 

「「アイマム! トスカ姐さん!」」

 

 

 今回は出番がなかったリーフとストールの愚痴をトスカ姐さんが諌めて空気を引き締める。緊張感を維持したまま、俺たちは一応いるかもしれない生存者を捜す為に、ユピテルはテラー艦隊の残がいへと近寄っていった。

 

 

………………………

 

 

…………………

 

 

……………

 

 

 あっさりと戦闘が終了したのはいいが、生存者捜索は意外と難航した。K級駆逐艦たちの性能は高く、ウチの優秀な砲撃手であるストールのコンソール・ログから抽出した砲撃術の経験をある程度生かした精密攻撃も出来るのだが、今回は迎撃戦ということもあり、そういった“船体を残す”攻撃を行えという指示をしなかった。

 

 これにより容赦ない砲撃を行ったせいで、フネの残骸が大いに歪み、内部区画への侵入を妨げていた。EVA班の班長であるルーインが当初砲撃で出来た装甲の穴から侵入を試みたものの、船体が全体的に歪んだことで通路側のエアロックも歪んでしまい、解除できなかったのである。

 

 その為、別のルートから内部を調べる為にVE-0ラバーキンといった作業用の機体を呼び寄せて探査機器を使ったりした。フネの多くは大破爆沈しても内部構造的に頑丈な部分、主にバイタルエリアが生き残っていることがあり、そこに生存者がいたりもするので、生存者捜索は慎重に作業しなければならなかったのである。

 

 

『こちらEVA班長のルーイン。巡洋艦の残がいを調べていたら、なんとか生きてる区画があって生存者がいるみたいだ』

 

「あいあい、なら救出お願いするッス」

 

 

 その苦労あってか、生存者を発見することができたので、まぁよしとしよう。敵対が終われば助け合うのもまた、船乗りの心意気というものである。敵対したからって、無暗やたらに殺す必要はないからな。

 

 あと、モジュールを埋め込むブロック工法に感謝だ。これでなければ各区画の独立性ある堅牢さはあり得ないのだから……。俺はルーインのおっさんに、生存者の救出をお願いした。アバリスから小型のランチが発進し、生存者を回収しに、巡洋艦の残がいへと近寄って行く。

 

 そして、生き残りたちを収容したとの報告が入った。

 

 これがテレビなら、某丸見え系で放送が可能な位の出来事になるんだろう。フネが大破するような攻撃を受けて、それでもなお運良く生き残れたのだから。まるでゴキブリのようなしぶとい幸運とも言える。もっとも、攻撃側は俺達だけど細かいことは気にしない方向でお願いします。

 

 しかし、残念なことにその生存者というのが―――

 

 

「なんでか、こういう時って悪人がしぶとく生き残るんスよね」

 

「い、いたた、そう手荒にしないでくれたまえ。ムチウチなのだ」

 

 

―――何故かテラー・ムンスその人だった。既に敵陣の中に居ると言うのに実に偉そうである。大物なのか愚かなのか、後者だろうな。大物だったら、俺達の艦隊なんて歯牙にもかけずに出し抜いたり、もしくは相当な被害を出す筈だからな。

 

 

「贅沢言いなさんな。なんなら今すぐタンホイザに叩きこんでもいいんだよ?」

 

「うむ、それは困るな。しかしトスカ女史よ。あまり品のない言葉づかいはよろしくないぞ? 程度が知れる」

 

「ご忠告ありがとう。でも別にこまらないさ。とりあえずアンタを宇宙に放り出せば大事ないからね」

 

「ま、まぁまぁトスカさん、その辺で抑えてくれッス」

 

「チッ、わかったよ艦長さん」

 

 

 んで、テラーの厚顔無比な態度が癪に障ったのか、トスカ姐さんがお怒りになったのを鎮めておく。おお怖、なまじ顔が美人だからお怒り顔が恐ろしいのなんのって、おまけに舌打ちとか……ある種の業界ならご褒美になりそうだ。

 

 まぁテラー元少佐もタンホイザに叩き込むという0Gドッグ独特のスラングに怒ったから売り言葉に買い言葉な感じだったんだろう。なんせこのスラングは面と向かって相手に吐き捨てれば、即命のやり取りになってもおかしくない程、下品かつ最低のスラングとされているのだ。

 

 このスラングで言われているタンホイザってのは、おそらくはワープなどに使う時空の歪みか、通常空間と高次空間の隙間にあるタンホイザー・スペースを意味する言葉だと思われるんだが……詳細は解らんわ。言い回しが未来過ぎるんだよ。中身20世紀人の俺には理解できかねます。

 

 

「とりあえず、元少佐の身柄はツィーズロンドのオムス中佐に引き渡すッス。まぁそれまで大人しくしてるッスね。ちなみに我がフネの中では常にAIが監視してるッスから、逃げようとしても無駄ッスよ?」

 

【なにかしようとしたら、備え付けの電気銃(テイザー)で焼き殺しますね】

 

 

 さらりとユピが怖いことを言うが事実だ。彼女が常にコイツらを監視する、テロを起そうとしても保安部員が真っ直ぐに駆けつけるから何もできんだろ。第一生存者を閉じ込める区画は一時的に隔離スペースとするから、自爆しようが何しようが艦全体に影響は出ないしな。

 

 先ほどの戦いといい、目の前で生き残ったという安心感からか、もう伸びきった面してる彼らが、組織的な抵抗をして見せるとは到底思えないが……、油断は禁物だ。慢心ダメ、絶対である。どんな強者もチートヤロウも大体が慢心で倒されるのだから。石橋を叩いたあげくに爆破して新しく作るくらいの心意気でちょうどいいのだ。

 

 とりあえず生存者の顔は見たので、もう彼らに用はない。彼らには軍に引き渡すまでは彼らにふさわしい場所でおとなしくしていてもらおう。念のため再度抵抗は無意味だから的なことを説明し、最悪宇宙に放り出すからと言いくるめて、彼らを退出させようとした。

 

 その時、それまで黙っていたトスカ姐さんが、保安部に引っ立てられようとしたテラーの前に立って口を開いた。また喧嘩でも吹っかけるのかもしれないので、一応そうなったとき止めようと彼女の近くに俺も立っていたので、彼女の問いかけが耳に入ってきた。

 

 

「そういや元軍人さん、あんたエピタフの調査船に手をかけなかったかい?」

 

「な、なんのことだ?私は軍の目を隠れてここに隠れていただけだが?」

 

「ふぅん、ウソついてる訳でもなさそうだね」

 

 

 トスカ姐さんに問われたことの意味が解らないらしく、テラーのオッサンは不思議そうに首を傾げていた。なるほど確かにこのボラーレ宙域にいたのなら、かの調査船を見たかもしれない。

 

 

「では詳しいことは自白剤カクテルを飲ませた上で……」

 

「まて! なんだその人権無視なドリンクの名前は!?」

 

「大丈夫ッス。ちょっと頭がぽやーってして、しばらく前後不覚になるけど、記憶全部吐き出すだけッス。恥ずかしい秘密も大暴露大会っスよ。いけるいける」

 

「いけるいける♪ ではなぁあい! や、やめろ腕をつかむでないお前ら! ぶ、ぶっとばすぞー!?」

 

「……まぁ冗談ッスけどね。つれてけ」

 

 

 この反応、本当に知らないようだ。まぁ俺たちが法律に引っかかりそうな拷問……もとい、尋問をしなくても、エルメッツァ政府軍の情報部におられるプロの方々がやってくれるだろ。

 

 口角泡を飛ばして喚いていたテラー元少佐は、そのまま両サイドを保安部員に抱えられて連れていかれた。まったく、テラー元少佐の所為で、とんだ一騒ぎだったけど、まぁ此方への損害が無くて良かったな。

 

 

「トスカさん、ありがとッス」

「何が?」

「さっきの質問は、俺がすればよかったッス。マジフォロー感謝ッスよ。もう結婚しよ?」

「……ごめんよ艦長。私結婚するなら酒屋の人って決めてるんだ」

「お酒大好きだから?! ちきしょー!ちきしょぉぉぉ!!」

 

 

 なんてことだ、トスカ姐さんは酒屋さんが理想の人だと!?

 0Gドッグから酒造に鞍替えしようかしらん?

 

 

「まぁ冗談なんだけどね」

 

「冗談スか。まぁ俺も冗談スけど」

 

「そろそろ真面目にいこうよ、ユーリ」

 

「へいへい。そいじゃ、当初の予定通りに惑星ボラーレ方面の航路を探査する。惑星ボラーレへと針路を取るッス」

 

「「「アイアイサー」」」

 

 

 そして俺達は惑星ボラーレへと針路を取った。

 どうでも良いが、あのおっさん何時頃軍に引き渡せばいいだろうか?

 

 

***

 

 

 数時間後、特に何も発見できずに俺たちは惑星ボラーレへと到着した。普段の航行とちがい、いくえふめいの調査船を見つける為に眼を皿のようにした探査航行だったので、クルーの疲労がたまっている。そう判断した俺は補給と休憩を兼ねて、そのままボラーレの衛星軌道上に浮かぶ空間通商管理局所有のステーションに停泊することにした。

 

 停泊した時、ステーションの艦船ドックの一区画を占領してしまったのはご愛嬌だ。無人艦とはいえ全部で26隻もいる大所帯なのだ。辺境のあまり大きくないステーションだったので、他の0Gドッグから奇異の眼で見られている気がする。大所帯ゆえ仕方がないのよ。

 

 

 さて、オムス中佐が言っていた調査船は、この近くの宙域で行方不明となっている。周辺宙域を探査したが、残がいを発見するまでには至らなかったので、すくなくともオズロンド方面からボラーレまでの航路で沈んだという線は低いようだ。

 

 残っているのは航路が設定されていない外宇宙方面の宙域であるが、そうなると広大過ぎて航路を探査した時のようにはいかない。というか人手が足りない。そのため、さらなる作戦を決行した、人海戦術である。

 

 さっきと同じやんと言われそうだが、今度は俺たちだけではなく、このボラーレにいる者たちの力を借りるのだ。といっても『一緒にどこに行ったかわからない調査船さがそうぜ!』っていちいち周りに声をかけるのではない。

 

 鉱物資源採掘の為、周辺の宙域に繰り出しているであろう0Gドッグや空間鉱員が行方不明の調査船を見ていないかを調べるのである。

 

 

「んじゃ、ここには3日ほど停泊するッス」

 

「まさか忘れるとは思わないが、全員もしこの惑星へ降りる時は携帯端末を所持する事。予定が変更になって、この星から離れるって時に連絡が付かないのは困るからね」

 

「ブリッジ要員と班長さんは、この事を各班に通達しておいてくれッス。耳にタコでも重要事項だからちゃんとやるッスよー」

 

「「「「アイサー艦長!」」」」

 

「それじゃ、自由時間開始」

 

 

 一応調査も行うので仕事も兼ねた寄港なんだけど、なんだろう? この修学旅行のノリは? まぁ調査のことさえ忘れなければ後は自由行動なのだし、殆どのクルーにしてみれば休暇だな。幾ら小さい惑星とは言っても惑星は惑星である。温泉の様なレジャー施設の一つや二つくらいあるのだ。

 

 多分、きっと、めいびー。

 

 

「んじゃ、俺達もとりあえず酒場へと行きますかね」

 

「行くのは私とチェルシーとミユ、それとトーロと、あとはイネスとかだね」

 

「それじゃあ声かけるッス。あれ、そういえばルーのじっさまはこの後どうするんスかね? あとついでにウォル少年」

 

「ああ、あのじっさまは適当に惑星を見て回るつもりらしいよ。さっきそう連絡してきた。んであの少年はその御供だ」

 

「あー、成程。趣味の散歩ッスか」

 

「ま、そんなとこだろうね」

 

 

 何気にあの爺さんアグレッシブだからなぁ。

 御供のウォル少年も大変だこりゃ。

 

 

「それじゃユピ、留守番頼むッスよ」

 

【いいなぁ、皆さん惑星に降りられるなんて】

 

「はは、ユピは身体が大きすぎるッスからね。その身体じゃ降りれないッスよ」

 

 

 ユピも色んな感情を覚え始めたな。

 今度は羨ましいという感情か、スゲェなこの時代のAIって。

 

 

「ま、携帯端末から行動を見てもらうしかないッスよ」

 

【はーい、今はソレで我慢します。行ってらっしゃいませ皆さん】

 

 こうして俺達はユピに留守番を頼むと、惑星ボラーレへと降りて行った。

 

【ええ、そうですとも今は、ね。……ケセイヤさんの研究費水増ししておこうかな?】

 

 

 ユピが思っていた以上に成長を遂げていたことに、この時の俺は気が付いてはいなかった。まさかあんな事になろうとは、神さまでも予測付かなかったんじゃねぇかな?

 

 

***

 

 

 さて、俺たち0Gドッグが地上に降りた時まっさきにやること。それは酒場へ直行することだ。なんかこう書くと呑んべぇの行動原理みたいな感じがするが、これはあくまで情報収集の一環なので問題ない。酒場で情報収集はRPGの基本です。

 

 そんな訳で酒場に到着した俺達は各個に分かれて情報を集める。俺の場合は適当に飲み物を頼みつつ、マスターに話しかけてみた。というか、酒場のマスター自体が噂話を取り扱う半情報屋みたいな立ち位置なので、噂を聞きたいならマスターに話しかけるのが一番なのだ。

 

 

「マスター、なんか変わった事ない?」

 

「へぇ、ここいらはエルメッツァの辺境ですからね。政府の干渉も無く、静かなもんですよ」

 

「静かなんだ?」

 

「ええ、偶に冒険者が来る程度で、フネの行き来も殆ど無いです」

 

「なるほど。あ、情報あんがとッス」

 

 

 注文した酒を片手に、マスターの前から離れた。どうやら、この近辺では今のところ何の異変も起こっていないということらしい。調査船が沈没もしくは通信が出来ない状態になったのは確かだが、この周辺には来ていないということなのだろう。

 

 

「こりゃ無駄足だったかな?」

 

「そうかも知れないねぇ。まぁ静かなところだし、休暇だと思えば良いんじゃないかい?」

 

 

 酒場でたいした情報を得られなかったので、おもわずそう溢したら、何時の間にか俺の隣に来ていたトスカ姐さんもグラス片手にそうおっしゃった。俺たちは互いに顔を見合わせて、はぁとため息を吐く。ここまで来て無駄足になりそうだから、思わずため息も漏れるってもんだ。

 

 兎に角、0Gドッグ御用達の酒場で欠片も情報が得られないとなると、あとは個人の情報屋とかに頼るしかないが、辺境惑星にそういう類の商売を生業としている人間は少ない。

 

 たしか調査船が消息を絶ったのは俺たちがファズ・マティに飛び込むより前のことである。消息不明になってからそれなりに日が経過しているから、沈んでいたとしたら生存はまず絶望的。

 

 それなのに情報が噂すら酒場に流れてきていない。そりゃ調査に来ているだけだから、別に急ぎの仕事って訳じゃないが、探す以上は手がかりの一つは欲しいもんである。

 

 

「ところで我が妹君であるチェルシーはどこ行ったんスか?」

 

「ん? なんかミユに手を掴まれて買い物に付き合わされてるみたいだったよ」

 

 

 停滞してしまった雰囲気を変えようと話題を変えた。それにしてもミユさんに我が妹は連れて行かれたか……。ミユさんはマッドである以外は悪い人じゃないし、チェルシーは色んな人間と触れ合って欲しいから、特に問題は無いかな?

 

 

「一応念のためにトーロとかを護衛に付けて置いたけど」

 

「グッジョブだトスカさん」

 

 

 それなら安心だ。既にトーロも魔改造済みだしな。あ、魔改造と言っても『ヤメロショ○カー!』みたいな意味じゃない。トーロは俺たちの仲間になり、保安部の部長になってから真面目に重力制御室での訓練に明け暮れていた。

 

 その訓練の成果はバカにできない。宇宙に進出して環境に適応した未来人の体質か、それともフネのオキシジェンジェネレーターにプロテインでも流し込む細工がしてあるのか、訓練を続ければ続ける程にその身体は徐々に鍛えられていくらしいのだ。

 

 もしくはトーロの遺伝子が特殊なのかもしれない。何せ鍛えてから短期間だが、すでに保安部の大体の奴よりも身体的には強く、単騎での身体能力は俺よりか、はるかに上である。俺も鍛えてはいるが、ぽっちゃり体系の癖してゴムマリ見たく跳ね回るトーロの身体能力には追いつけん。

 

 つーか1Gの環境下で垂直に3mもジャンプ出来る人間ってどうなのよ? 見た目ぽっちゃり少年が何mも飛び上がる姿はある意味すごいシュールで……俺なら対峙した時にあのジャンプを見せられたら確実に戦意喪失するぜ。

 

 

「んじゃ、後はのんびりするッスかね。なんか飲み物でも飲むッスか?」

 

「んー、そうだねェ―――ん?」

 

「どうしたんスか?トスカさん」

 

 

 別の飲み物でも注文しようとした時、なんかトスカ姐さんが俺の背後に目を向けていた。なんだろうかと思い彼女の視線を辿ってみると、その先にナイスミドルという言葉が実によく似合いそうな男が座っていた。

 

 トスカ姐さんは、立ちあがるとその男の方へと近寄って行く。ま、まさか一目惚れとかそういうのか? これは他のクルーと彼女を弄くる話題が出来そうだ。そんな命に係わりそうなことを考えていると、トスカ姐さんはどこか信じられないというような声色で、その男に声をかけていた。

 

 

「アンタ……。もしかしてシュベインじゃないか?」

 

「ん?―――おお! コレはトスカ様! お久しゅうございます!」

 

 

  シュベイン?……あー、なんか思い出した。そんなキャラクターも確かに原作に居たっけな。何かいつの間にかクルーになっていて、どういうわけだか最後まで居て、それなりに能力も高く、オールラウンダーで癖が無くて使いやすいキャラだった筈だ。

 

 それ以外の情報はすでに忘却の彼方で点で忘れてるけどな。原作プレイしたのもう何か月も前だ。攻略ウィキが見られるわけでもないから、どんどん情報がすっぽ抜けていく。ノートかなんかに原作知識を留めておくべきかと前に思ったが、誰かに見られる可能性を考えると実行に移せなかったんだよな。

 

 まぁ、俺強ェー状態も楽しいといえば楽しいが、うろ覚え状態でその場その場で思い出して挑戦していくというのも楽しいもんだと半ばあきらめている。原作に似た展開もあるが、現実なので何が起きるかわからないという未知への楽しみもあるからな。

 

 さて、このシュベイン……さんを付けよう。シュベインさんとの出会いは、俺たちの進む未来にどんなことをもたらしてくれるのかな? 楽しみだ……とかっこよく決めてみる。ぶっちゃけ中二病が再発しただけだな。おえぇ。 

 

 

「トスカさん、このヒトと知り合いッスか?」

 

「ん? ああ、まぁ昔からのなじみでね」

 

 

 さてさて、俺も会話に混ぜて貰おうかと話しかけてみるが、やはりというか何と言うべきかトスカ姐さんの歯切れが悪い。そういえば、このシュベインとかいう人は原作の無限航路において、前半のストーリー時に結構重要なイベントに関連する人だったよな。

 

 たしか、イベントは―――おう、もうそんな時期だったのか。思い出しちまった。俺はネタバレなんて怖くないから、今この場で指摘してやるぞ? いくぞ? せーのっ

 

 

「や、や、やっはばっは!」

 

「「っ!?」」

 

「ズズ、あー。急にくしゃみが出ちまったッス。ん? どうしたんスかお二人さん?」

 

「え、あ……なんでもないさ! なァシュベイン!」

 

「そ、そうでございますとも! トスカ様!」

 

 

 ごめん、やっぱり無理だった。へんなクシャミということで誤魔化したが、微妙に漏れ出た単語が二人にとっては驚くべき単語だったから驚愕している。おや? 意図せずに悪戯が成功したような感じ?

 

 そんで、慌てる二人を何慌ててるんだコイツ等みたいな眼で見てたら、なぜかトスカ姐さんに殴られた。俺の目つきにイラついたかららしい。姐さんのあまりの暴挙にシュベイン呆然。俺は理不尽さに涙した。

 

 

 まぁ、とにかく、俺が指摘したかったのは、もうすぐ始まるであろう原作ゲームにおける大イベント、銀河国家間の戦争相手ことだ。すこし前に起きたアルデスタ・ルッキオ間の紛争とはわけが違う、もっと大規模な文字通りマゼラン銀河の命運をかけた戦いの幕が開けるのだ。

 

 敵はマゼラン銀河の外側にある外銀河、それも複数の銀河系を支配下に持ち、全宇宙の四分の一を勢力圏に置くという超弩級大国のヤッハバッハ帝国である。正直名前と曰くを聞くとSF小説に出てきそうな冗談みたいな話だが、マジで凄まじい勢力を誇る連中で、常に闘争と繁殖という生命の根源を主軸に活動する恐ろしい国家である。

 

 正直もうこいつらに狙われた時点でマゼラン銀河詰んでるんだが、今はまだ先触れしか来ていないし、一介の0Gドッグである俺には今のところ打つ手がないので静観しかあるまいて……。

 

 

「シュベイン・アルセゲイナ。何でも屋でございます。以後お見知り置きを」

「俺はユーリっス。艦隊の頭はらせてもらってるッス。よろしく」

「ユーリ様ですね? よろしくお願いいたします」

 

 

 さて、仕切りなおしてお互いにご挨拶。彼の喋り方はどこかセールストーク気味な敬語であるが、多分これは彼の気質によるものだな。あまりにも自然過ぎて演技だとは思えない。演技の可能性もあるが、人間だれしも初対面の相手になら演技くらいするから気にしないわな。

 

 一流の0Gドッグはまず相手を疑ってかかるモノなのである……なんてな。そして、この後は再開したことを喜ぶ感じで一緒に呑むことにした。適当にその昔、トスカ姐さんが駆けだしだった頃の話で盛り上がったところで、トスカさんが本題に入る事にした。

 

 

「ところで、アンタなんだってこんな所に居るんだい?」

 

「その件でございますが、私もちょうどトスカ様にお会いせねばと思っていたところでございます」

 

「あん?」

 

 

 シュベインのその言葉に怪訝そうに眉を狭めるトスカ姐さん。

 彼は一杯酒を飲んで喉を潤した後、口を開いた。

 

 

「実はアルゼナイア宙域につながるボイドゲートの復活を確認いたしました」

 

「何だって!? そんな、一体なんで……」

 

 

 トスカ姐さんはいきなり大声を出すと、イスがひっくり返った事んい気が付かずにそのまま立ちあがった。彼女の声は酒場のけん騒に混じって消えたが、当のトスカ姐さんはショックを受けて呆然としている様だったので、俺は黙ってイスを直しておいた。

 

 彼女が取り乱した原因はアルゼナイア宙域のボイドゲートの事だろう。というかソレ聞いてこうなったんだし。ま、俺は空気読める男なのであえて聞こうとはしないのだ。あれ? 空気が読めるってイニシャルで表すとKYじゃね?

 

 

「アレはデッドゲートだった筈だろう!?」

 

「その通り。しかし復活し、その機能を取り戻したのも厳然たる事実でございます」

 

 

 シュベインのその言葉に、彼女は苦虫をかみつぶしたような顔をした。ふむぅ、俺がいるのに随分と喋るのね。0Gドッグとはいえ駆け出しの俺には彼らの言っている意味は理解できないとでも思ってるんだろうなぁ、無意識で。残念ながら結末も何もかも知っているんだけどな。その通りに進ませる気はないけどな。

 

 今の話でも、デッドゲートという単語が出たが、これはボイドゲートのもう一つの呼び名のことである。通常は星域間をつなぐワープ門として機能しているボイドゲートだが、中には機能停止しているゲートがあり、それらのことを総称してデッドゲートと呼ぶのだ。

 

 むろん駆け出しの人間はそんなことはしらない。あのゲートを空間通商管理局が管理しているが、彼らが建造したものでもないということも……原作知識万歳。他の人間が知らないことを知っているってのは気持ちがいいのぅ。

 

 

「く、それで連中は?」

 

「その確認の為、私もゲート付近まで行ってまいりましたが」

 

「どうだった!?」

 

「すでに侵入が始まっておりました」

 

「なんてこった!―――シュベイン」

 

「ええ、解っております。その為に少しばかりお時間を頂きたいのです」

 

 

 さて、俺が内心ふざけている間にもシリアスな場面がその場に展開され、普段飄々とした態度を崩さないトスカ姐さんがナイフのような緊張感を醸し出しているあたり、どれだけシリアスなのかが簡単に想像できる雰囲気が醸造されつつあった。

 

 そしてようやく肝心な話が始まろうというところで、シュベインが俺の方をちらりと見た。これは多分、俺にはまだ聞かれたくない類の話なのねーと理解した俺は、ごく自然に席から立ち上がった。

 

 

「ユーリ?」

 

「解ってるッスよトスカさん。俺は席を外せばいいんスよね?」

 

「……すまない」

 

「構わんスよ。俺とトスカさんの仲じゃないッスか。ま、ちと寂しいけど我慢するッス」

 

「ごめんよ。こればっかりは色々と覚悟がいるんだ。だから、ちょっとの間頼むわ」

 

「へいへい。あ、そうだトスカさん。内緒話をしたいなら端末の電源をOFFにしとかないとユピに筒抜けになるッスよ?」

 

「え? そうだった! 重ねて済まないユーリ」

 

「なぁーに。それくらいは、ね。それじゃまた後で。シュベインさんもまたッスね」

 

「ユーリ様、心遣い感謝します」

 

 

 何故かお辞儀をされたが、俺はそれに手を振って応える程度にして、その場から離れるのであった。0Gドッグのユーリはクールに去るぜ。

 

しかし、そうなると暇になるなぁ。

 

 

「とりあえず、イネスとか探してみんなと合流するッスかね」

 

 

 

 

~残された主従ズ~

 

 酒場から出ていく若き銀髪の艦長を見送るトスカとシュベイン。申し訳ないと内心トスカは思ったが、まだユーリにこの件を話すわけにはいかない。理由はユーリがまだ年若いから……などではなく。

 

 

(アイツに話すと……どうなるか予想できないんだよね)

 

 

 最初は、ただの夢見がちな子供だと思っていた。どこにでもいる平和な地上での暮らしに嫌気がさして、宇宙を目指す者。これが若さかと思わず思ってしまうような屈託のない……というか不安なんてテンで考えていないノーテンキな頭のバカ。

 

 本来、宇宙に出る者であるなら当然知っているべきことをほぼ知らず、その癖に宇宙船の簡単な整備から機器の操作まで出来ていたりと、その能力は実にチグハグで、おまけに何故だかは知らないが日常で知っているべきことまで知らなかった。

 

 そんな状態であっても宇宙に出たがる。辺境宙域で生まれたガキってのは、どれだけ無謀なのだろう。そう思いつつもトスカの「打ち上げ屋」としての矜持が、仕事を放り出すことを許さなかった。依頼人を必ず宇宙に連れ出す打ち上げ屋の仕事は信頼第一。失敗するわけにはいかなかった。

 

 金は貰っていたので最初の内はビジネスとして色々と世話を焼き、アフターサービスのつもりで0Gドッグの基礎を教えてやった。それこそ操艦に敵との戦い方に不時着した時のサバイバルに、空間通商管理局への書類審査の方法、0Gドッグのあり方のすべてを、だ。

 

 

 それなりの速さでそれらのことを覚えていったユーリだが、基礎を修めた後の成長はトスカの予想を遥かに上回る。基礎を修めたことでトスカの手を離れるや否や、まるで勝手知ったるなんとやら、ユーリは休みもほとんど取らずに非常に効率的に金稼ぎを始めたのだ。

 

 ふつうの0Gドッグなり立ての初心者は、最初の内は危険な仕事に手をだすような真似はしない。宇宙に上がって飛び回るのでさえ、いろいろと銭が掛かるのだから、しばらくは惑星周辺のデブリ回収といったゴミ拾いの真似事をするのが定石だ。

 

 だが、ユーリは駆逐艦を仕入れてからの行動は定石に当てはまらない。デブリ回収は輸送業の真似事の最中に行い、配達はもちろんのこと、バーのマスターに頼まれてのツケ支払いの催促からロウズ警備隊を翻弄して撃破し、そのジャンクの回収したりと手広く仕事をやり続けた。

 

 それは、まるで乗組員の疲労度の限界に挑戦するような采配であった。実際に、幾人ものクルーが金稼ぎの期間中に入れ替わっている。一週間の内で同じ顔ぶれが無い日もあった。

 

 幸いだったのはロウズ自治領宙域が領民の流出を恐れた領主デラコンダの采配で航宙禁止法なるモノが制定されていて、職にあぶれた者たちが大量にいたことだろう。その状況でなかったら、ユーリの行動は人手不足で行えなかった筈だ。

 

 それはともかく、あまりにもやることなすことに節操がないので、一度トスカはユーリに尋ねたことがある。何故そこまで必死にお金を貯めるのかと、帰ってきた答えは“ロマンの追求、それと世の中ゼニずら”という要領が得ない返事であった。

 

 本当に何を考えているのやら……そう思っているうちに、いつの間にか巡洋艦を飛び越えて戦艦を購入し、0Gドッグの自由を束縛した悪の領主デラコンダを倒し、気が付けば海賊の討伐までやってのけた。生き急ぐのとは少し違う、とにかく予想もつかない行動でいろいろとやってのけるのだ。

 

 そんなユーリであるから、目が離せないのと同時に、この重大な危機のことを話して良いものかトスカには予想が出来なかった。なんだかんだで義理堅いアレのことだ。話せば協力は惜しまないだろう。それだけの恩は売っているのだから確実だ。

 

 

 だが、そんな風には利用したくない、巻き込みたくないという自分がいるのをトスカは自覚していた。同時に、まさか自分が情に絆されるとはねェ、と自嘲する。なんだかんだでユーリの元で働いた時間は、これまでの生きてきた時間の中でも五本の指に入るくらいに楽しかったのだ。

 

 だから、もう仲間だと呼べる彼らを利用することに、トスカは恐怖にも似た感情を覚えていた。あの強大な敵相手に戦うというのは言うならば玉砕に近い。ましてやそれが彼女の私怨からくるものであるのなら、仲間と呼べる者たちを巻き込める程、トスカは人間性を捨てていなかったのである。

 

 故に悩み、その所為で眉間に皺が寄り始めたトスカを見ていたシュベインは、すこし驚いたように口を開いた。

 

 

「随分と信頼されているご様子ですね」

 

「ん? ああ、まぁアレが宇宙に上ってからずっと付き合いが続いているからねぇ。見ていて飽きないし、居心地も……悪くないのさ」

 

 

 ユーリがやらかしてきたある意味功績ともいえる出来事を思い出していた彼女は、腐れ縁ってヤツさ、と呟きつつグラスをあおる。笑みが自然に浮かんできたのを隠すために酒を煽ったが、目の前の聡い男にはそんな照れ隠しなど見え見えである。

 

 まぁ、それを指摘するような子供っぽさは持ち合わせていないので、シュベインはトスカのその様子を見て、顔には出さずに内心苦笑するだけで留めていた。

 

 

「なるほど。しかし……いやはや安心しました」

 

「何がだい?」

 

「そのように、柔らかな表情ができるように……いえ、柔らかな笑みを思い出せたのですね」

 

「うっ……そんなに、これまで変な顔してたかい?」

 

「いえいえ、トスカ様はいつまでもお美しい。ですが、これまではどこかに焦燥にも似た陰りが見えておりました。それが貴女様を危うくみせておりましたが、いやはや。長生きするものですね。久々に懐かしきものを見ました」

 

「そうかい」

 

 

 穏やかに笑顔を湛えるシュベイン。カラン、とグラスの氷が音を立てる。彼の言葉にどこか憮然とした態度で返すトスカは、自分のグラスに酒を足してから、この話題から離れるようにして話を主題へと戻す。酒場の喧騒の中でトスカとシュベインの会話は溶けて消えていった。

 

 

***

 

 

「はて?ユピのナビだとここら辺に居る筈なんだけど?」

 

【間違いなくココからビーコンは出ています】

 

 

 秘密の話しあい中のトスカ姐さんが、話し合いを終えるまで外で遊ぶ事にした俺。やってきたのは惑星ボラーレに広がるうっそうとした森林地帯だった。ちなみに仲間のビーコンもここから出ているのを探知しているので、出来るなら一緒に遊ぼうと思っていた。

 

「しっかし、良い森だなぁ」

 

【針葉樹と広葉樹がバランスよく生息しています。テラホーミングがキチンと行われた証しでしょう】

 

「そうだね。ふぁあぁぁ~」

 

 

 だが、何となく来てみた森林地帯のあまりにも良い空気に、思わず体を伸ばしてあくびをしてしまう。腐葉土特有の香りが、無機質な宇宙船の空気に慣れた身体を、何ともリフレッシュさせてくれるのだ。森林浴はストレス解消にかなり効果的かもしれないねぇ。

 

 

「気持ち良いッスねぇ~」

 

【でしたら艦内自然公園の森林部分は、ここを参照にしてみましょう】

 

「へぇ、そんな事出来るんスか?」

 

【しばらく歩きまわって貰えばデータを集められると思います】

 

 

 そりゃ良いね。お仲間を探してる最中だからちょうど良いしな。俺はユピに言われたとおり森の中を散歩する事にした。考えてみれば、この数カ月ずっと宇宙に居たんだよなぁ。こう言った自然と触れ合う機会も殆ど無かったぜ。

 

 

「お、この特徴的な葉っぱの形は、カエデの木ッスかね?」

 

【ボラーレカエデです。メイプルシロップの原料ですね】

 

「この場合、ネーミングセンスが安直だと行った方が良いんスかね?」

 

【さぁ? ところで、この先にチェルシーさん達が来てますよ?】

 

「あ? ホント?」

 

【はい、ビーコンの識別からするとミユさんとも一緒です】

 

 

 そーいや、ミユさんと買い物に引き摺られてったんだっけ? てことはトーロも一緒か。合流しようと思い先へと進むと、皆休憩所みたいに成っている場所で休んでいた。よくよく見るとイネスも一緒である。何故かやつれてるが、気にしない。

 

 

「うーす、みんな」

 

「お、ユーリか。トスカさんとは一緒じゃねぇのか?」

 

「いやさ、なんか昔のなじみとあったらしいッスから、KYな俺はその場から離れたんスよ」

 

「ねぇねぇユーリ。KYってなぁに??」

 

「それはだねチェルシーさん。この場合のKYとは空気を読めるという意味だろう」

 

「いやイネス少年。まずはKYの意味を教えてやらんと解らんみたいだぞ」

 

「結局KYってなんなの???」

 

 

 KYの意味が解らず、首をかしげているチェルシーは、どこか子犬を彷彿とさせる。

 う、なんか可愛いじゃねぇか。

 

 

「それはさて置き、なんか色々と買ったッスね~」

 

 

 見れば休憩所のすぐ脇に、大きな荷物の山が出来ている。おおよそ人間が持てる量ではないが、大方トーロが持ったんだろうな。ああ、イネスが疲れてるのは、これを運ぶの手伝った所為かな?

 

 

「ふむ、殆どが女性の必需品だ。化粧品は勿論のこと、生――「いやソコは言わんくても解るッス」――む?そうかね。あとはまァその他いろいろだ。イネス少年の女装用具とか」

 

「へぇ、って! ぇえええぇぇぇーー! イネスおま!?」

 

「ちがう艦長! 決してボクのじゃない! ソレは勝手にミユさんが―――!」

 

「おや違うのかね? 良く艦内で女装していたから、てっきりそうかと思い買ったのだが?」

 

「い、要らないお世話ですッ! 大体アレは女装してたんじゃなくて、女装させられていたんですっ! 全部トスカさんの陰謀なんですっ!!」

 

 

 そうだよな?あのイネスが、まさか覚醒してそんな趣味持ってる訳無いよな?

 

 

「ちょっと! 艦長とトーロも何でボクから離れるのさ!」

 

「いや、ナァ?」

 

「なんとなくっスかね?」

 

 

 特に意味は無いよ。別に特に意味はさ。大事なことなので二回言った。

 趣味は人それぞれだから気にする必要なんてないさ。

 

 

「な、なんだその生温かい目は! 本当にボクは違うんだぁぁ!!」

 

「ハハハ、まぁ人それぞれッス」

 

「大丈夫、俺はお前がどんな趣味してても友達だからな。なぁユーリよ」

 

「勿論スよー(棒」

 

「だったら何でまた距離をとるのさ」

 

 

 いや、特に意味は(ry

 

 

「イネスくんの女装?あ、あれ?なんか。アタマイタイ」

 

 

今度はチェルシーが頭を抱えて!?ま、不味い!

 

 

「てゐッ!」

 

「ハウっ!?」

 

「よーし、気絶したッスね?」

 

 

 俺は直ぐにチェルシーの背後に回り込むと手刀を一発。ふぅ危ない危ない。忌まわしき記憶は思いださない事に限るぜ。黒チェルシー様は恐ろし過ぎるのだ。

 

 

「お、おいユーリ、チェルシーに何してんだよ?」

 

 

 俺の突然の行動に、理由を知らないトーロは驚いている。

 だが俺にはこうしなければならない義務があるのだ。

 

 

「何スかトーロ、チェルシーは貧血で倒れただけッスよ?」

 

「いや、今確かにお前が―――」

 

「ふむ、T少年。私の経験上、コレ以上の追及は色んな意味で不味いと思うぞ?」

 

「いやミユさん。つーかT少年って、俺はトーロだぜ? トーロ・アダ」

 

「この際そう言ったのはどうでも良い。問題は艦長の目だ」

 

「目?」

 

 

 なんやコラ?

 

 

「良く観察してみろ、すわってるぞ?」

 

「ゲェ――すまねぇユーリ」

 

「解れば良い。ところでイネスは何してるッスか?」

 

「あっちに顔を向けろ少年」

 

 

 そうミユさんが指差したので、さっきから静かなヤツの方を見てみた。

 

 

「アレは事故アレは事故アレは事故アレは事故アレは事故アレは事故――――」

 

「理由はわからないがイネス少年はトリップ中だな。しばらく放置するしかあるまい」

 

 

 見れば光が反射しない濁った眼でうつむいたままブツブツとつぶやいている。

 アレは俺もトラウマだからな。その気持ちは解らんでもない

 しかし、なんていうか―――

 

「何々スかね?このカオス」

 

「少なくとも、少年が来てからこうなったのは確実だ」

 

「返す言葉もねえッス」

 

 

 この後、イネスとチェルシーが目を覚ますまで森林浴をしていた。この子らが復活する頃には森林浴効果なのか航海中に体に蓄積していたストレス関係の疲れが取れたような気がしたので満足だ。流石は大自然の不思議ぱぅわ~、森林浴は偉大である。

 

 

「さぁて、行きますかいね?」

 

「「「りょうか~い」」」

 

「どうせだし、どこか食べるところいかない?」

 

「お、いいな。ユーリのおごりで」

 

「なんでなんスか。そこはトーロだろ」

 

「じゃあ間をとってイネスな」

 

「おk、ゴチになるッス」

 

「なんでだよ!?」

 

 

 そんな和気藹々とした空気が流れるなか、何気なく木々のざわめきに耳を傾けた時である。俺は木々が擦れる雑多な音の中に、普段この稼業をやっているせいで、よく耳に聞きなれていた音が混じっていることに気がついた。

 

 それは非常に微かな音であり、木々のざわめきの所為で聞き取りにくいが、たしかに聞こえる。何が聞こえたのかというと、銃器を使った時の戦闘音だ。それも甲高い独特の吸気音……メーザーライフルかほぼ同じ機構を持つレーザーライフルに装備された電子冷却システムが奏でる冷却音だろう。

 

 先ほども言ったが、俺はこの音をよく知っている。なんせ二回も海賊に襲撃仕掛けたからな。聞き飽きる程ちかくで聞いたから耳が覚えていたのだ。こっちに来てから荒事が日常と化していたから、もう身体で覚えてしまっていた。順応したと喜ぶべきか、悲しむべきか。

 

 それは置いておいて、こんな音が聞こえるあたり、あまりいい事態になりそうもないな。それに、ふむ……。よーく耳を澄ますと、時折ドカドカっという花火のような炸裂音が聞こえてくる。どうやら戦闘をしている連中は手榴弾的な物も使っているようだ。

 

 この音はいま俺たちが居る東屋から距離的に遠いから、周囲の雑音に紛れてあまり目立たない。が、複数かつ同時に音が聞こえてくることから、おそらく複数の何者かがそれなりに近いところで戦闘を行っているのかもしれない。

 

 おまけに、だんだんと音が近づいている気がする。むむむ、ボラーレは辺境で平和というか、こういう荒事が起きそうな場所ではなかったとおもうんだが……。

 

 

「……トーロ」

 

「おう、気づいてるぜ」

 

 

 イネスやチェルシーやミユさんといった白兵戦にあまり顔を出さない面子はまだ気が付いていないが、戦闘音は確実にこちらに近づいてきている。これは少し、動いた方がよさそうだ。

 

 幸いというべきか、トーロもこのことに気が付いている。さすがは保安部の部長なだけはある。経験も積んでいるから実力はあるのだろう。これなら色々まかせても大丈夫そうだな。

 

 

「ん?どうしたんだ二人とも――」

 

「いいかイネス。四の五の言わずにトーロに続くッスよ。チェルシー、ミユさん!」

 

「え? 何? どうしたのユーリ」

 

「ふむ、わかったよ少年。さぁチェルシー。私の手を持って」

 

「え? ええっと、わかりましたミユさん」

 

 

 突然の俺たちの変わりように困惑するチェルシーとイネス。ミユさんは俺たちの行動に驚きはしたが、すぐに順応してチェルシーの手を取ってくれたのはありがたい。それに比べて未だに困惑しているイネスを蹴飛ばすようにして、俺たちは近くの藪に移動した。

 

 藪に移動した直後、背後の東屋に迫る風切り音が……ありゃ迫撃砲か?

 

 

「きたぞ!」

 

「ちょ、ちょっとまってくれ! なにが―――」

 

「死にたいのか! 死にたくないなら走るんだ!」

 

 

 もしそうなら、もう振り返る余裕なんかない。大荷物を捨てて身を軽くし、大慌てで全員が藪に避難した直後、東屋が爆発し炎に包まれた。やれやれ、こんどは一体なんなんだ?

 

 

***

 

 

「なぁユーリ」

 

「何だいトーロくん」

                         

【撃てッ!撃ちまくれ!】                  

       

【グレネードどこいった?!】

 

「俺達ってさ?この星に休養に来た様なもんだよな?」

 

「まぁオフレコだとそうなるッスね」

                          

【アパム!弾持ってこい!】

 

【マガジンはコレで最後です!】

 

【ええい!くそ!】

 

「なぁユーリ」

 

「何だいトーロくん」

                       

【クソ!俺はまだ死にたくねぇ!】

 

【酒場のお嬢さんに花を―――】

 

【バカヤロウ!なんで早く届けなかった!】

 

「何で俺達の背後では、戦争が起こってるんだろうな?」

 

「争いとは、些細かつしょーもない理由から始まるもんで―――」

 

「いや、戦争の発生理由はどうでもいい。それよりもなぜに戦闘に巻き込まれなきゃならんのかってことだ」

 

「そんなもん、アソコで戦っている連中に聞いてくれッス」

 

【【【うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!】】】

   

 

 さて、手元で部品を組み立てつつ、そろそろ解説とでも洒落込みますかね。いや洒落込むっていう表現はおかしいな。どっちかっていったら……なんだろう?

 

 まぁ一言で説明するとしたら、現在俺達の背後で銃撃戦が起こっているのだ。ドンパチやっていた連中がこっちにまで戦闘範囲を広げるというはた迷惑なことをしでかしてくれたおかげで、頭上をビームが飛び交ってすこぶる危ない。

 

 

「ふーむ、困った。幾らか買った物に傷が付いてしまったぞ」

 

「いやミユさん何をのんきな」

 

「そうは言うが、稼いだ金で買った物が傷つくのはあまり良い気分では無いぞ?」

 

 

 まぁ、ソレはそうッスね。よし、後はコレをはめ込んで。

 

 

「おし、完成」

 

「さっきから何組み立ててるんだい?艦長」

 

「ん?組み立て式エネルギーバズーカ」

 

「ちょっ、おま」

 

 

 手に持った長方形の物体。これはケセイヤが開発したエネルギー式バズーカの小型版だ。ファズ・マティ攻略でも活躍したEバズの携行しやすくするためにダウンサイズ化を図ったところ、威力は下がったが機能はそのままに小型化に成功したものらしい。

 

 プラズマを泡のようにした弾頭をレールガンのように加速して発射できて、おまけに発射した弾は何かに接触すると炸裂するようになっている。エネルギーを込める量次第で麻痺モードも可。原理は知らん、プラズマなんて両云々の前に接触しただけでドロドロになるだろうとかいう細かいこたぁいいんだよ。何と言う不思議仕様でおk。

 

 

「この間から良く見るけど、お前バズーカよく使うよなぁ」

 

「コレが一番戦りやすいッスからねー」

 

 

 メーザーライフルみたく威力不足じゃなく、何より適当に撃っても爆風でどうにかできる。船内ではさすがに威力落とさないと使えないが、それでもエネルギー泡を少し指向性を持たせて炸裂させれば大型のショットガンみたいな使い方もできる。万能かつ一発屋なところも男らしくてロマン武器だからな。馴染む、馴染むぞぉ!

 

 もっともあくまで護身用に組み立てただけだから、実際に使うのかはその時次第だ。そう説明したら護衛用にしては威力過多だろうって眼で皆から見られた。けど、こまけぇこたぁいいんだよぉ。

 

 

「それにしても、平和な公園でいきなり戦争始めやがって。あいつ等一体全体ナニモンだ?」

 

「どちらも軍って訳じゃ無さそうだけどね」

 

「イネス、なんでそうだと解るッス?」

 

「だって、装備がてんでバラバラじゃないか」

 

「じゃあ海賊ゥ? 俺達に復讐にでも来たか?」

 

「うーん、無差別に撃ってくる方は海賊みたいッス。だけど、それだとこっちで海賊と戦っている連中は誰なんスか。わからないッス」

 

 

 ボラーレも一応はエルメッツァ中央に属する星なので、この辺で軍隊っていったらエルメッツァ中央政府軍しかおらなんだ。それなのに今交戦している連中が使っている装備は中央政府軍の物ではない。在野でも売られている装備である。

 

 一部軍の純正アサルトライフルを使っているのもいるが、ごく一部なので軍からの横流し品とかそういう奴じゃないかと。中央政府軍って巨大な組織だから、末端連中の武器の横流しとか割とよくあるからなぁ。

 

 

「手前で戦っている連中は海賊って訳でも無さそうだな。服をちゃんと綺麗にしてある」

 

「服を綺麗? そんなんでわかるのか?」

 

「解らないのかトーロ? スカーバレルの海賊連中は結構小汚かったじゃないか!?」

 

「おお! さすがはとっ捕まった事があるイネス。よく知ってるな!」

 

「ひっ―――ハウゥ、思い出したくもない忌まわしき記憶がぁぁぁ!!」

 

「こらトーロ。イネスのトラウマ刺激すんなッス」

 

 

 頭抱えだしたイネスはとりあえず放置するにしても、今戦っている連中は一体ナニモノなのかを考えないとな。見た感じ俺たちがいる藪側から見て、手前に布陣している連中は海賊ではなさそうである。

 

 理由としては、海賊のような場当たり的な行動が少ない。海賊は数で優れているらしく、とにかく力押しで戦っているが、手前の彼らはリーダー格らしき髭で髪の長い男が率いており、その指示の元で全員が一丸となって行動している。その無駄のない動きは、なんというか軍隊に近いモノを感じるぞ。

 

 だが軍隊にしては彼らの服装には統一性がない。普通正規軍ならお揃いの戦闘服で戦うものだが、あの連中は思い思いに着飾って中にはゴスロリみたいな動き辛そうな格好の奴までいる。というかああいう恰好って、この時代でも絶滅してないんだな。

 

 それは兎も角、彼等がなんらかの特殊任務を負った特務部隊の可能性もないではないが、それにしては態々ここで戦う理由がないように思える。しかし観察して気がついたが、どうも巻き込まれた俺達の方を考慮している節が見られた。俺たちは藪に隠れているのだが、彼らにはバレているらしい。まぁ時々顔出してたからな。

 

 手前の連中が本当に特殊部隊なら、俺達のことは放置しているだろう。いわゆるコラテラルダメージってヤツだ。そう考えると特殊部隊の線は薄いといわざるを得まい。おかげで余計に彼らがナニモノなのかがわからなくなってしまったが、少なくともこちらに危害を加えるつもりは今のところなさそうだ。

  

 対して、海賊だと思った方はやっぱり海賊だったらしい。関係ない(と思う)俺達がいるにも関わらず、銃火器を所かまわず撃ちまくっているからだ。敵か味方かはわからずとも、少なくても海賊の方には近寄らない方が無難だろう。手にしたEバズを撫でながらそう思っていると、突然連中の戦いを覗いていたチェルシーが何かに気付き叫んだ。

 

 

「あ! ユーリ! あの人狙われてる!」

 

「え?」

 

「ほらアソコ!木の上から狙ってる!」

 

 

 そう言って指差すチェルシー。見れば手前の連中と相対していた海賊の一人が、ちょうど手前の連中から死角になる位置に生えている木に登っている。その手には銃身が長いスナイパーライフルらしき長物を携え、手前で奮闘している連中のリーダー格であろうロン毛のおっさんを狙っていた。

 

 しかもそのおっさん、自身が狙われているのに気がついていない。コイツは不味い。

 

 

「頭下げろォォォッ!」

 

 

 俺は咄嗟にそう叫んで、Eバズの引き金を引いていた。これで俺たちは巻き込まれた第三者から、戦闘に介入する第三者にジョブチェンジしたわけだ。余計なことをしてしまったとは思うが、目の前の集団が崩壊すると、背後に居る俺たちにも被害が及ぶ。

 

 それなら多少なりともこちらへの配慮をしてくれている集団を手助けした方がいい。幸い敵は宇宙航海者の敵である海賊だ。すでに地上で暴れるという暴挙を犯しているのだし、こちらが何をしても問題はあるまいて。

 

 もっとも、ちょいとやりすぎてしまった。発射したEバズはエネルギー弾であり、何かにあたるとエネルギーを放出しながら消滅……すなわち爆発する。むろんバズなのでメーザーライフルなどと比べたら精度に劣るが、一応は真っ直ぐ飛ぶので狙った方には飛ぶ。

 

 だが咄嗟に撃ったからか、若干照準がしたにいっていたらしく、エネルギー弾は海賊に直撃しなかった。その代わりスナイパーが上っていた木の幹に命中したエネルギー弾はプラズマを放出し、そのエネルギーで幹を中ごろから消し飛ばし、ボッキリ折ってしまっていた。エネルギーの出力設定をミスっていたらしい。

 

 

「ユーリ、やり過ぎ」

 

「だな」

 

「そうだね」

 

「威力設定ちゃんと見よう少年」

 

 

 お蔭で仲間からはブーイングされたが、狙われていたリーダーさんは助けたのでこれでいいのだ。これによりスナイパーは倒れる幹に捕まったまま地面へと落下し、哀れ腰をしこたま打ち付けてのびてしまった。狙われていたリーダーも流石に気が付き、こちらのほうに振り向いて驚いた顔をした。 

 

 あ、やばい。状況把握されてないと俺たちが敵対行動取ったと思われるかも……そう思ったのだが、予想に反してリーダーの男はすぐに顔を海賊の方へと向けると、声だけで「援護に感謝します!」と叫んで戦闘を続行した。

 

 どうやら敵対していると思われなかったらしい。これ幸いと俺も俺で問題ないぜ!と適当に手を振って返し、ついでに「どうでも良いからとっとと戦闘を終わらせてくれッス!」とエールにも似た注文を送った。

 

 

「まかせな! すぐに終わらせてやるよ!」

 

 

 俺の言葉に返事したのは、リーダー格の隣にいた恐らく副長と思われる女性であった。引き締まったゴリラみたいな肉体をした、くすんだ金糸の髪を無造作に切ったショートヘアにしている彼女はそう叫んだ後、アスリートかくやと思える肉体を翻すと戦闘に飛び込み、両手に銃を携えて海賊達を一気に蹴散らしてしまう。

 

 烈火の如きその動きにこっちは言葉も出せず、彼らが敵を掃討するのを黙ってみていることしか出来ない。そして俺が頼んだフネからの救援が来る頃には、本当に戦闘は終わっていたのであった。俺、援護いらなかったんじゃね?

 

 

***

 

 

「いやはや、助かりましたよ」

 

 今、目の前には先程まで戦っていたグループ……聞いたところによるとトランプ隊と呼ばれる傭兵集団であるらしい……のリーダー格である男が立っている。互いに自己紹介したところ、名をププロネンと名乗った彼は、俺に対し再び感謝の言葉を送ってきた。

 

 正直こちらとしては巻き込まれた側だから、文句の一つでも言いたいところなのだが、俺は幸いなことにエアリード力に定評がある男である。あえて文句を口にはしなかった。 

 

 べ、べつに周囲をゴツイ方々に囲まれていて、その人たちの雰囲気が戦闘終った直後で興奮している所為か凄いプレッシャーを放ち、その所為でお肌がピリピリとしていたからとかじゃないんだからね! ホントなんだからね!

 

 ……いや、ホントは正直勘弁。怖いので威圧感やめてつかーさい。

 

 

「こっちも巻き込まれてただけッスからね。そっちはこっちに考慮してくれてたし、どうせ味方するならそっちかなぁって」

 

「打算、ですか。いや、しかし君が撃たなければ私は撃たれていたでしょう。その件については礼を受け取ってください」

 

「アタシからもリーダーを助けてくれたことに礼を言うよ」

 

「あーうー。ここで突っぱねるのもある意味魅力的ではあるが、まァそこまで言われたなら素直に受け取っておくッスよ」

 

 

 ププロネンさんの隣に立っていた、サブリーダーであるガザンさんからも礼を言われた。しかし、女性で傭兵やってるとはねぇ~。成程確かに姉御肌って感じがするぜ。

 

 

「ところで何でまたこんなとこで戦闘をしたんスか? 下手したら市民巻き添えだったッスよ?」

 

 

 俺はすこし咎めるような視線を送りながら彼らにそう尋ねた。巻き込まれた手前、こちらとしても、納得のいく理由を聞きたかったのだ。これに関してリーダー達は少~しだけ苦そうな表情を浮かべたが、きっちり説明してくれた。

 

 この騒動の発端は実はかなり単純な話らしく……その、喧嘩してたらああなっちゃったらしい。なんでも傭兵集団トランプ隊として各宙域を転々と私歩く彼らは、この惑星ボラーレに久々に休暇を取りに来たのだそうな。

 

 この星はよく言えば大自然が多く、逆にいえばそれ以外何もないのどかな星である。しかしながら、職業上常に緊張とスリルの隣り合わせな生活を送る彼等にしてみれば、この星で流れる平穏な時間は戦士の休息にうってつけだったらしい。

 

 そんな訳で休暇を満喫していた彼等であったが、たまたま街中で一般市民を威圧する集団を発見し、持ち前のバイタリティにより彼等を咎めたところ、その集団こそ正体を隠して地上に降りていた海賊の一味だったらしく。あとはさっきの通りというわけだ。

 

 

「しっかしケンカからマジ戦闘に勃発とか」

 

「最初は軌道エレベーターの繁華街にある酒場で殴りあいしてたんだけどさ。あんまりに大乱闘したもんだから、そこのマスターに追い出されちまってさ」

 

「流石は0Gドックも利用する地上の酒場だけありました。マスターの腕っ節も強かったのです」

 

「そのままだと市街戦をやっちまいそうだったからね。流石に一般人に被害を出すのは不味い。だから連中を挑発しながら街の外まで誘導したって訳」

 

 

 マジか? スゲェな酒場のマスター。素手とはいえ数十人を一度に相手にして外に放り出すとか達人とかそういうレベルじゃね? しかし成程、それで普段人が少ない森林の所に来たって訳なのか。お陰で俺らが巻き込まれたけど、それでも彼らなりに考えての行動だったんだな。

 

 

「ま、ウチとしては傷ついて壊れたモンを弁償さえしてもらえれば、文句は無いッスよ」

 

「そう言ってもらえると助かります。まさかここに人が居るとはこちらも予想外でしたので」

 

「傭兵稼業は信用が第一。キチンと弁償させてもらうよ。こちとら稼ぎだけは結構あるからね。関係ない連中を巻き込んだ弁償がそれで出来るなら安いもんさ」

 

 

 ガザンさんはそういうと胸をドンと叩いて見せた。この後、弁償して貰う物の値段をミユさんと相談し、彼らに伝えに行った。やはり女性用品はどの時代でもややお値段が張る。男の俺には理解できないであろう領分だが、ないがしろには出来ないからな。

 

 あと、連絡先についてはトランプ隊の依頼窓口にでも電話すればいいらしい。どうやら彼らは結構傭兵としては有名で、依頼も多いからネットの公式サイトまで持っているらしい。これも依頼になるのかねぇと言ったら、出費が嵩む依頼ですから、正直あまりやりたくないですねと正直にププロネンさんに返された。HAHA、こやつめ。

 

 そんな訳で値段交渉が行われた矢先。上空からこちらに近寄ってくる爆音が聞こえてきた。先ほどまで海賊と戦っていたからか、まわりのトランプ隊の人達は一瞬で戦闘モードとも呼べる雰囲気に変わる。ププロネンさんも柔和な表情が消えて冷たさが増し、ガザンさんに至っては両手にアサルトライフルを持つと爆音のする方に向けていた。

 

 

「敵かっ!」

 

 

 ガザンさんが銃口を向けた先の空には、点のように小さい何かが飛んでいるのが解った。しかし、あれに攻撃を加えてもらっては困る、なぜならアレは―――

 

 

「あ、まってガザンさん。今来たのはウチの仲間ッス」

「なんだって? 仲間を呼んだのかい?」

「さっきの戦闘の時、ウチの母艦に援助要請出してたんスよ。まぁ、活躍の前に終わっちゃったんで呼んだ意味はなかったッス。今連絡入れて武装解除させとくッス」

 

 

―――今更だが、援軍がご到着してしまったのだから。

 

 

「おー、みんなご苦労さん、そしてすまねぇ」

 

 

 保安部トップのトーロが、保安員達と話をつけに行く。ああ見えてアイツは保安員達と仲が良いからな。俺が行ってもいいけど、トランプ隊を放っておく訳にもいくまい。なにせ傭兵達には、あの装甲宇宙服姿の保安員達は敵なのか味方なのか不明なのだ。俺という人質が傍に居ることで安心させてやるのである。

 

 

「―――とまぁそう言う訳だ。ご足労だったけど、もう帰っても良いぜ」

 

 

 特に混乱が起きると言う事もなく、トーロが上手く纏めてくれたらしい。一言二言話した程度で、全員大人しく輸送艇に戻って行った。それを見送った後、トーロが俺の所に寄ってくる。うん?なんだろうか?

 

「ユーリよぉ、一応もう大丈夫になったから帰るよう言ったけどよぉ。どうするよ?」

 

「うーん――後で酒奢るとでも伝えておいてくれッス。勿論予算は出すッス」

 

「わかった。皆にはそう伝えとくぜ。それとアンガトな」

 

「気にすんなッス」

 

 

 フネに残っていた保安員達も急いで駆け付けてくれたのだ。何事もなかったとはいえ、その労をねぎらわないのは上に立つ者として失格ってヤツである。まァ多分その酒代は、俺のポケットマネーって事になっちゃうんだろうけどさ。とほほ。

 

 

「はぁ艦長職も楽じゃないッスねぇー」

 

 

 色々考えなきゃいけないんだよなぁ。

ノゼローゼ、もといノイローゼにならないといいけど。

 

 

「お取り込み中の所すまないがユーリ君。先程の彼らは仲間なのですか?」

 

「あ、放っておいてすまねぇッス。あいつ等はさっきも言ったとおり、ウチの母艦から派遣して貰った、フネの保安クルー達ッス。警備から白兵戦までこなす戦闘部隊ッス」

 

 

 ちなみに内輪でも保安部の役職はそれなりに人気が高い。なぜなら白兵戦の際、海賊船にいち早く乗り込み真っ先に敵と戦う花形職だからだ。危険も多いがその分派手な役職、それが保安部なのである。それに艦内風紀を調整する役職でもあるから、フネにいる警察官といっても過言ではないのだ。

 

 また彼等は数こそ少し増えたが、そのほとんどがラッツィオの頃から鍛え続けた連中である。全員幾多もの海賊船の制圧と、海賊本拠地での戦闘経験を積んだ猛者達だ。軍隊程厳密な規律とかそう言ったのは無いけど、必ず集団戦闘を行う様に訓練した上、ケセイヤさん印の装備を持っているので、その戦闘力は初期とは比べ物にならないほど向上している。

 

 さらにはトーロと共に重力が調整され、重力が通常の数倍にも及ぶトレーニングルームでの訓練にも耐えている。故に彼等一人ひとりの実力は、恐らく軍の一般兵のそれよりも上であると俺は思っている。

 

 彼らは仲間意識も高く、俺も時々訓練に参加しているからか、それなりに慕われているらしい。微妙にノリがレンジャー部隊ッポイところがある連中だが皆とても気の良い連中だ。時たま趣味に走るレジャー部隊と化すが……まぁ些細なことだ。

 

 

「保安クルーですか。それにしては練度が高い。動きに無駄が無いですね」

 

「ああ見えて、連中は戦闘航宙機の操縦から、白兵戦、殲滅戦まで戦闘に関することは殆どこなせる連中ッスからね。そこいらの兵隊にゃ負けない自信はあるッスよ」

 

 

 ププロネンさんは感心した顔で保安部員を見ている。保安部員は非武装での戦闘能力はトーロに次いで高い。艦長職の所為で訓練をさぼり気味にしている俺よりか数段高いだろう。

だから俺は彼らが反乱を起こさないように福祉厚生および給料に気をつけている。人気職の所以はそこにあるともいわれているが、こればっかりは予算に糸目を付けられない。反乱起こされたら確実に負けるしな、ブルル。

 

 幸いなことに真面目な人材が多いからか、無茶な福祉厚生を言い出さない。せいぜいがトレーニングルームの拡張や白兵戦模擬シミュレーターやプロテインドリンクバーの追加程度である。ウチの一番の大金食いであるマッドたちよりもずっと健全だ。そこにしびれる憧れる!

 

 

「そう言えば君は艦長とか言っていましたね? 彼らの上官にあたるのですか?」

 

「大きな視野でみるなら皆は俺の指揮下にいるッス。だけど0Gドッグの場合軍隊みたいな細かな指揮系統は無いんで、大まかな役職があるだけッスね。あとは現場での判断にゆだねてるッス」

 

「なるほど、いや中々君は良い視野を持っていますね」

 

「そうスかね?普通のことだと思うッスけど?」

 

「普通、ですか?」

 

 

 ププロネンさんは、すこし以外そうに俺を見た。まぁ0Gドッグは自分本位でなんでも自分のやりたいように部下に指示を下すヤツが多いらしいからな。だが元日本人の俺から見たら、そんな頭ごなしに何でもかんでも命令を出すのに抵抗があった。

 

 だから色々と考えたら現場に任せるという考えに至った。言ってしまえば他力本願。良い意味では適材適所ってやつだ。俺は艦長ではあるけれど白兵戦での戦闘指揮が上手いって訳じゃない。俺の役職は艦長、様々な部署を統括し、大まかな指示を与えてフネがキチンと運用されるように頑張る仕事だ。

 

 そして普段はクルー達の問題や悩み相談を聞いてやる、艦長のお悩み相談室ってとこなんだよなぁ。なお、当然のことながらカウンセラーの技能は持っていないので、男女間といった複雑かつ下手に手を出すとこんがらがる知恵の輪のような問題にはノー・タッチで過ごしている。

 

 というか、俺がちょんがーなのに……リア充は爆発すればいい。

 

 

「成程、貴方は自分のすべきこと、しなければならないことも明確に解っているのですね?」

 

「そうしなきゃ、とっくに辺境宇宙のロウズで沈んでるッスよ」

 

「ロウズからここまで成程。ああ、引きとめて申し訳ない――あ、そうでした。貴方はどれくらいまでこの星に?」

 

「ん?そうスッね。今日をいれて後3日程ッスかね」

 

「そうですか。まぁまた町とかで会いましたらよろしくお願いします」

 

「こちらこそッス。ではこれにて」

 

「はい。“またいずれ”」

 

 

 そういうとププロネンさんは踵を返してガザンさんのところへと歩いていった。なんか最後の言葉が妙に含みを持たせていたような気がするが……気のせいだろうか?

 

 とりあえず、その背を見送ったあと俺達もそれぞれ帰還の徒についた。一部はまた買い出しだ。なんせさっきの戦闘で無事な荷物はほとんどないのだ。後で請求書をププロネンさんに送っておこう。

 

 

 

 

 

~ユーリ達と別れた後の傭兵リーダーたち~

 

 

「ガザン」

「どうしたリーダー」

「久々に、面白い人材を見つけました」

「おーやおや。リーダーが嬉しそうにするなんて久しぶりだね。で、どうだった?」

「まだまだ甘いところがありますが、あれは実に面白そうです」

「勘かい?」

「勘です」

「なるほど。じゃあ、他の連中を集めて準備しておくよ」

「そうしておいてください。手筈どおり頼みます」

「言われるまでもないね」

 

 

***

 

 

 さて、色々あって俺は保安部員たちと一緒に兵員輸送艇に乗り込み、ユピテルの格納庫へと戻ってきていた。結局あの後は生き残った荷物の整理やらで、飯を食う話はお流れになってしまった。つか、もう時間的にはおやつの時間だ。飯を食べる気分じゃない。

 

 皆とも適当に別れてしまったので、一人で飯を食うのもなんだかあほらしい。何かつまめるもんを買って部屋で楽しむかなぁ。先の戦闘で保安員達を運んだ装甲兵員輸送艇が整備班たちの手で格納されていくのを眺めつつ、俺はこの後の予定を考えていた。

 

 

「さってと、この後はどうするかな」

 

「あ、ユーリ。ここに居たの?探しちゃった」

 

「およ? チェルシー、どうしたんスか?」

 

「最近ユーリとお喋りしてないから探してた」

 

「おう、そいつはすまなんだ。悪い兄貴を許してくれッス」

 

「ううん、許さないよ?」

 

「えー!どうすれば許してくれるッスか!?」

 

 ふと気が付くと、チェルシーが俺のすぐ近くに来ていた。あうち、最近人間と触れ合う様になった所為か、性格変わってませんか貴女? 俺が少し慌てて言うと、彼女はすこし恥ずかしそうに此方をチラチラと伺っている。

 

 そして、勇気を出すかのように小さくガッツポーズを決めると、俺に振りむいた。

 

 

「だから、あのね? 一緒に二人で出掛けない?」

「ん? なんだデートのお誘いッスか? お安い御用ッスよ。まだボラーレで見て無いとこもあるからね」

「デデデ、デートじゃないよっ!? で、でもやったっ! それじゃ行こうよユーリ!」

 

 

 OKすると笑顔を浮かべて彼女は俺の腕を掴むとぐいぐいと引っ張った。まるで遊園地を前にした子供みたいだな。そんなチェルシーの仕草に思わず和んだ。

 

 

「引っ張らなくてもちゃんと行くッスよ。チェルシー」

 

「あ、ごめんね。迷惑だった?」

 

 

 そういうと覗き込むようにして俺を見上げてくる。

ぐぅ、これが上目使いの破壊力か。やるじゃない。

 

 

「うんにゃ、久々の家族のスキンシップ。迷惑じゃないッスよ」

 

「そっか、よかったぁ」

 

 

 ウチの妹はかわええなぁ。そう内心和みつつ、俺は彼女と手を組んで格納庫から出て行った。

 ちなみに――――

 

 

「よし、腕を組みました。計画通りです!」

 

「はぁはぁ、若い二人はーこの後~……きゃー!」

 

「エコーさん、鼻血出てますって。ミドリさんティッシュもってない?」

 

「あ、どうぞトーロくん、しかし相変わらずねエコー?」

 

「だってー、こう言うのってー、とぉってもおもしろいですからね~。キャ~♪」

 

「ウチの妹は、全く……」

 

「とか言いつつアコーさんも大概好きですねぇ?」

 

「煩いぞトーロ。プロテインの割引止めるぞ?」

 

「あ、すんません」

 

「むかって、する」

 

「ん?イネスどうしたんだ?」

 

「いや、なんでもない……(なんで見てたらムカムカしたんだろう?)」

 

 

 五人ほど無粋なストーカーが義妹とのデートに引っ付いて来ていたことに俺は全然気が付かなかった。ちなみに五人のストーカーを含め、すべてを見ていたユピはというと……。

 

 

【艦長のばか……くすん。】

 

 

チェルシーと良い雰囲気を醸してたので場の空気的に出て来れず、ついでに俺に相手にして貰えなかったので少し拗ねていた。だから、この後ろの連中のことを俺には教えなかったのだ。

 

まぁそんなこんなありつつも、俺は義妹と共にデートに出かけたのだった。

 

 

***

 

 

 さて、やってきたのはパンモロと呼ばれる動物の放牧地であった。パンモロは品種改良を何世代にもわたり受けた生き物であり、偶蹄目という俺達の世界でいうところの牛に相当する生き物である。

 

 どういう品種改良を受けたのかは不明だが、牛にしては首が長い上に前足が縮んでしまい、大きく発達した後ろ足で二足歩行している。姿的にはダチョウのような感じだろうか。そんなウシ科から離れた体躯をしているが、一応は角を頭から伸ばし、面構えも哺乳類のソレであるあたり、偶蹄目の面影を残している。

 

特筆すべきは他のどの動物よりも環境変化に強く、病気とかにもならないので、餌と水と空気さえあればどんな環境の星でも生きられる。その性質から広く星々で飼育され、農耕の補助役から乳牛や肉牛といったタンパク源として愛用されている。部位にもよるが肉質は味も淡白な牛肉のような感じがして割とうまい。

 

そして、この生き物の飼育は基本的には牛舎にて鮨詰めにして飼育するのが一般的らしいのだが、ここボラーレでは観光用なのかパンモロを放牧し、牧歌的な風景が楽しめるようになっていた。

 

 いやァ~、地上の平和な風景というのは心癒されるもんだわ。オールドタイプだからかねぇ? ニュータイプは見たことないけど。

 

 

「平和だねぇ~」

 

「ほんと、気持ち良い天気」

 

 

 ん~、と伸びをする義理の妹を微笑ましく見つめながら、平和な気分でゆっくりと放牧地を歩く。風が良い具合に吹いているからか、気分が晴れやかになるなぁ。事務仕事とかで蓄積された多大なストレスが軽減されていく気がするぜ。

 

 

「よぉ、あんたら観光かい?」

 

 

 のんびり歩いていたところ、柵の向こうで作業をしていた人に声を掛けられた。

 

 

「はは、似たようなもんスね。平和で良いとこッス」

 

「だろう?何にもないとこだが、平和な事だけが取り柄ってね。そうだ、お近づきのしるしに、一杯どうだい?」

 

 

 農夫さんはそう言うと、しぼりたてのパンモロの乳をコップに注いで渡してくれた。あ、もちろん水筒からだ。その場で搾ったのは衛生管理の都合上、そのまま渡せないんだそうで……妙に現実的だなオイ。

 

 

「良いんスか?」

 

「ありがとう。おじさん」

 

 

 でもくれるというのなら遠慮なくもらうのがユーリクオリティ。機前のいい人だなぁと思いつつ、渡されたコップに口をつけてみる。搾りたて特有の滑らかな舌触り、口の中で転がすと甘酸っぱいような濃厚な味わいが楽しめた。

 

 製品と違って味の調整が為されていないが、それこそ天然モノの味わいである。こういうのでいいんだよ、こういうので。これこそ最高のゼータクってというんだろうなぁ。

 

 そんな時である。

 

「ら、らとれぇぇ!!戻ってきてくれだか?!」

 

「ホワイっ!? 人違いッスよ!?」

 

 

 なにやら駆けてきた初老の男性に抱きつかれかけた。男の、それも初老の男性に抱きつかれる趣味はないので、思わずよけてしまったところ、男性は慣性の法則に従って顔面で地面を掘り返していた。

 

「あ……、そうだぁ、ラトレはこんなに若くないっしょ……」

 

「いや、ラトレってだれッス?」

 

「おらの息子だべ。なんだか星の学問さするって三年前にこの星さでてってそれっきりだべさ」

 

「それって忘れ去られたってことッスかね」

 

 

 思わず本音が漏れたところ、初老のおっさんは口から息を吐き出して倒れた。

 

 

「ぐはっ!……そうだよなぁ、こんなド田舎のことなんて忘れてるだぁよぉ……」

 

「ユ、ユーリ。そんなこといったらおじさん可愛そう。大丈夫おじさん、きっと帰ってくると思う」

 

「そうかぁ? めんこい嬢さん。こんななんもない星に?」

 

「ううん、それでもその……ラトレさんにとってここは故郷なんでしょう? どんなに遠いところにいっても、故郷の事は忘れないと思うわ」

 

「……そうだなぁ、嬢さん、ありがとうなぁ」

 

 

 初老のおじさんはチェルシーに礼を言うと、そのまま立ち去った。それにしても驚いた。成長しているとは思っていたが、あの人見知りだったチェルシーが他者を慰めるなんて……。

 

 うれしくなった俺は、思わずチェルシーを撫でまわした。

 

「な、なんでなでるのー?」

 

「いやぁ、成長した姿が見れてうれしくてつい」

 

「おうおう、仲がいいねぇ。おじさん思わずにやけちまう」

 

 

 パンモロの乳くれた農夫さんが見ているが関係ない。口では疑問を述べるが逃げようとしないチェルシーは可愛い。そして可愛いは正義だ。

 

 その後、しばらく撫でまわして満足した後、散策を再開した。

 

 

「なんかほっとするッスねぇ」

 

「しばらく航海が長かったからね、ところでユーリ」

 

「ん?どうしたんスか?」

 

「私、ユーリとこういう場所で暮らしたい」

 

「へ? いやチェルシーさん!?」

 

 

 その言葉に一瞬固まる俺。

 

 

「お、いきなり告白かい? 若いっていいねぇ~。邪魔なおっさんはアッチ行ってるわ」

 

 

 まだ目の前にいた農夫のおじさんは、にやにやと笑いながらその場を去った。

 うぉーい!なんか勘違いされてないかい?!

 

 

「え? あ! ち、ちがうの! だってここロウズの故郷に似てるんだもの!」

 

「あ、なんだそう言うことッスか」

 

 

 びっくらこいた。なんのフラグも立ててないのに告白とか超スピードなんてもんじゃねぇぞ。農夫さんの意味深な言葉の意味に、自分の言葉が違う意味に捉えられた事に気がついたチェルシーは赤面してイヤンイヤンと首を振って熱を冷まそうとしていた。

 

 一言でいうなら、萌えた。美少女のもだえる姿って絵になるよね。だけど、突然そんなことを言い出すなんて、宇宙の航海は彼女には合わなかったのかな?

 

 

「チェルシーは航海に出るのが嫌になったスか?」

 

「ううん、そうじゃないわ。宇宙は怖いところだと思っていたけど、最近はそうでもないの。色んな人とお話しして、色んな物を見て、みんなと笑って。うん、楽しいわ」

 

「そう何スか? でも無理してるんだったら遠慮なくいってくれッス。どこか平和な場所に降ろすから」

 

「うん、ユーリならそう言うと思った。でも私は降りないわ。私がいる場所は、ユーリがいるところだもの」

 

「あうあー」

 

 

 花が咲いたかのような微笑みを自然と浮かべた彼女に思わず見惚れた。同時に俺の精神防壁に楔が打ち込まれる。まて、もちつけ……じゃなくて落ちつけ。俺に義妹属性はないから、だから落ちつけ。どくどく心臓の音がうるさい、な、なんにゃんだこりは?

 

 

「は、はは。妹も成長してるとはね。兄としてはありがたい限りッス」

 

「妹か、いまはそれでもいいかな~」

 

「ん?なんか言ったッスか」

 

「ううん、なんでもないわ。お兄さま」

 

 

 チェルシーは笑みを湛えたまま、腕に抱きついてきた。一瞬彼女の笑みが非常に……野獣の眼光な気がして背筋がゾクゾクきた。やるじゃない。

 

 でもすぐにそれも消えて、俺の腕に抱きつく彼女はなんだか甘えん坊な子犬みたいである。背筋がゾクゾクきてる間に精神防壁の展開は完了したので、甘える彼女を見てもなんとも思わなかった。なんとも思って無い、だから大丈夫だってば。

 

 

 

―――すぐ近くの茂み―――

 

 ある意味天然少女なチェルシーの自覚のない甘える攻撃により、ユーリの理性を守る防壁にヒビが入りかけていたちょうどその頃、ちかくの茂みにはストーカーたちが陣取っていた。

 

 

「おお! すり寄ったぜ! 面白くなってきた」

 

「やりますねチェルシーさん、天然だけど妹という立場を最大限に利用してますね。あれで天然でやってるのですから、あなおそろしや」

 

 

 オペレーターのミドリ、レーダー手のエコー、生活班のアコー、さらにはトーロ&イネス。彼らは傍目から見れば仲睦まじく見えるユーリ兄妹のじゃれ合いを楽しそうに見つめている。なんで? 暇だったし、面白そうだったからである。

 

 

「ふわーふわー!フはッ!」

 

「はいティッシュだよ。鼻に詰めときなエコー」

 

「ありがとー、ねーさん」

 

 

 ちょいと妄想癖があるエコーは色々と考えてしまったのか鼻から赤い液体がポタポタ零れだす。流石に放置するとスプラッタなので、アコーがすかさずポケットティッシュを彼女に渡していた。長年の姉妹は立てではない。

 

 

「はぁはぁ、あふぅ」

 

「ポケットティッシュ、足りるかな?」

 

 

 ただ詰めた紙が尋常じゃない速さで赤く染まるので、持ち合わせのティッシュの残量が気になるアコー。エコー、どんだけ興奮しているのやら。

 

 

「艦長とチェルシーさんって兄妹なんだろ?いいのかなアレ」

 

「ありゃイネス知らなかったのか? あいつ等血の繋がりは無いんだぜ?」

 

「そうなのか? でも何でトーロはそんなことを知ってるんだ?」

 

「サド先生から酒の肴に聞いた。検査した時DNAを調べたんだと。でもユーリはそのことをしらねぇ」

 

「え? なんでさ?」

 

「だって、その方がおもしろいじゃねぇか」

 

「そう、かなぁ?」

 

「そうだぜ。あれも賭けの対象だからな。一口噛むか?」

 

「ボクは遠慮しとくよ。馬に蹴られたくない」

 

「ほら、そこ! 静かにしてください! 艦長達に気付かれちゃいます」

 

「「了解……あ」」

 

 

 固まるトーロとイネス、その視線の先には夜叉がいた。

 

 

「「「え?」」」

 

「ほう、君たちはそないな場所でなんばしよっとるのかなぁ」

 

「ユ、ユーリ! これには深い訳が! というか後半なんて言ったんだ!?」

 

「最近おとなしいかと思えば全く」

 

「ち、ちなみに、艦長は何時からそこに?」

 

「ん?ミドリさんが大声で気付かれちゃいますと言った辺りッスね。さて、減俸とお仕置きされるのとドッチガイイ?」

 

「「「「「減俸でお願いします!!!!」」」」」

 

 

 ニヤリと、ヒトもコロせそうなエミで訪ねてくる上司を前に、5人は首が壊れそうなほどに頭を下げて懇願した。結果、その5名は、しばらくの間給料半分で過ごしましたとさ。

 

 




ふはははは、睡眠時間を削ればこのくらい!
………ごめんなさい、頭痛いです、もうしませんから許して。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第16 話、エルメッツァ中央編~

な が ら く お待たせいたした!

仕事が変わったり色々あって執筆全然できなかったけど。

私は、帰ってきたー!


■エルメッツァ編・第十六章■

 

 さて、ふざけた真似をしてくれた連中に制裁と加えた後、俺はチェルシーと別れてトスカ姐さんを迎えに行った。いまだに話しているなら最初に分かれた0Gドッグ御用達の酒場に居る筈だと思ったからである。

 

 そして案の定、酒場の中を覗きこむとカウンター席に彼等はいた。感じから察するに彼らの話し合いは既に話は終わっている様なので声を掛けることにした。

 

 

「おいっすー、トスカさーん、内緒話終わったッスかー?」

 

「ん? おおユーリ迎えに来てくれたのかい? ちょうど話が終わったとこだよ。それと、ほら」

 

「あん?何スかこのプレート」

 

 トスカ姐さんは俺の手に小さなプレートを渡してきた。

 なにかのデータボードのようだな……まさか?

 

 

「それはさ。エピタフ捜査船の残骸、航海記録装置(ヴォヤージ・メモライザー)だよ」

 

「げ?!」

 

「アゼルナイア宙域側のボイドゲート付近で発見した残骸から、私がサルベージしたものです」

 

 

 表面上はゲッと声を荒げて見せるが、内心では“ああ、やっぱりね”と納得していた。万が一沈んでいないことを考え捜索したが、これだけ探して見つからないんじゃ、沈んでるよな。おまけにこのメモライザーがここにあるとくれば、エピタフ捜査船は間違いなく沈没したってことでファイナルアンサー。

 

 

「ま、とりあえずコレはオムス中佐んとこに渡しとかないとダメっすね」

 

「ああ。調査船が沈んだって報告だね」

 

「面倒臭いスッけど、報告しない訳にもいかないッスからね」

 

「えらいネェ。ま、頑張んな艦長さん」

 

「副長なんスから、少しは手伝ってくださいよォ」

 

「何言ってんだい?これはアンタの仕事。私の仕事はお酒を呑むことさ」

 

「酒代は経費で落ちないですよ?」

 

「いいのいいの。副長権限で割り込ませとくから」

 

「だめだこの人。早く何とかしないと」

 

「ハハ、楽しそうで何よりですな。では私はここで失礼します。トスカ様、ユーリ様。またいずれ」

 

 

 席を立ったシュベインを見送った後、とりあえずまだお酒呑むーと騒いでいるトスカ姐さんを引っ張ってユピテルに戻りツィーズロンドへと出発した。

 

 だがしかし、やはりというべきかツィーズロンドへと向かう航路の間、若干トスカ姐さんの態度がおかしかった。原作どおりに事が推移しているとすれば、最大の敵で最大の味方のアレ等の影がちらついているのだろう。

 

 ま、ケセラセラに任せるとしよう。そのほうが面白いだろうし。それが後に大変な事態を招くとは、この時の俺は予想だにできなかったのであった。と、フラグを立てておけば安心だね! さて、どうなる事やら。

 

 

***

 

 

 トスカ姐さんを引っ張り、ユピテルのブリッジに来た俺は、直ぐに発進準備を行わせた。大掛かりなフネなのでユピの補助が得られるとしても発進はやっぱり緊張する。そんなどこか張り詰めた空気が漂う中で、俺は号令を下した。

 

 

「本艦はこれよりツィーズロンドへ向けて発進するッス」

 

「了解、各艦発進準備。各セクションは発進手順に従い、プロセスを消化してください」

 

『整備班了解。ダメコンチェック異常無し。各艦、隔壁及び気密、自動診断では問題無し。目視でも異常は見受けられないぜ』

 

『生活班も了解。補給貨物の搭載は完了し既に固定済み。こっちはいつでもいけるよ』

 

「トクガワ、エンジンスタート」

 

「了解、インフラトン機関へのエネルギー閉鎖弁オープン。出力臨界へ、システムオールグリーン」

 

「航法プログラム及び、航法システムも異常無し」

 

「レーダーシステムもー、正常に稼働中ー」

 

 

 各部署からの報告が寄せられる。整備を終えているユピテルに、特に異常は見られない。護衛艦隊は既に発進を完了しているので、後は俺達だけだ。

 

 

「管制からの発進許可降りました。メインゲート解放されていきます」

 

「微速前進ッス」

 

「アイアイサー、微速前進ヨーソロ」

 

 

 正面の全長数キロはある巨大ゲートに張られたデブリ用シールドが解除された。シールドの全面開放を確認し、ゆっくりとユピテルが動き出して行く。

 

 

【管制より電文“貴艦ノ旅ノ安全ヲ、祈ル”以上です】

 

「各シークエンス消化完了、艦長」

 

 

 ステーションから出た後、ミドリさんが俺の方をジッと見た。

 準備が完了したことを感知し、俺は艦長席から指示を出す。

 

 

「白鯨艦隊、発進する」

 

「陣形は来た時と変わらず、防衛駆逐艦艦隊を前面に出します」

 

【ダッシュ達に指示を飛ばしておきます】

 

 

 ステーションの外に展開している護衛艦隊が、ユピテルからの指令信号を受信。

 旗艦ユピテルの前方に展開して先行した。

 

 

「各艦発進、遅延艦は存在せず」

 

【対海賊用EPを通常出力で展開開始】

 

「針路上にー障害物は感知できませんー」

 

「無人RVF-0発艦、航路に展開します」

 

「全行程完了だ。おつかれさん」

 

 

 そうトスカ姐さんの声が聞こえたので、俺は力を抜いた。なんだかんだでフネの発進と寄港の時が一番危ないから神経を結構使うんだよなぁ。

 

 

「ま、それなりに休暇が楽しめて良かったッスね」

 

「だね。この先忙しく成りそうだしな」

 

「ああ、“連中”の事ッスね。ウチの艦隊なら逃げ回るくらいは出来るッスよ」

 

「はは、そうだろうね。何せ乗ってるヤツが奴だからな」

 

 

 どういう意味じゃい。

 

 

「ま、多分大丈夫ッスよ。ウチの連中はすさまじくタフッスからね」

 

「ああ、そうだね」

 

 

 トスカ姐さんはそう返すと、外を映す映像パネルの方に目線を向けた。やっぱりどこか心配そうである。俺はそんな彼女をみて、出港前に彼女と話した内容について思い出していた。

 

 

――出航1時間前。

 

 

「ヤッハバッハ?それが調査船を墜とした連中の名前ッスか?」

 

「ああ、その通りだ」

 

 

 出港直前、俺の部屋にやってきたトスカ姐さんは俺にそう述べた。それはシュベインとの話し合いで、話していた内容。曰く“ヤッハバッハがマゼラン銀河圏への侵攻を開始した”という事らしい。非常に大変な事態なのを物語るかの様に、彼女の顔は何時になく真剣である。

 

 だがちょっと待って欲しい。何故に今それを俺に話す? 俺としては突然の事態に内心ハトがミサイル喰らった様な感じだった。なんせ覚えている限りでは、原作においてこの時期のユーリにヤッハバッハの話はしていない筈なのだ。

 それなのに、彼女は俺にヤッハバッハのことを喋った。寝耳に水とはまさにこの事である。俺は原作知識によりヤッハバッハが何であるかを知っている。それこそ眼の前で真剣な面持ちで此方に視線を向ける彼女よりも……だからこそ。

 

 

「それって銀河にある国家か何スかね?」

 

 

 だからこそ、俺は真剣に呆けることに徹した。何故ならこの時期、ヤッハバッハの情報は俺の憑依先であるユーリの生まれ故郷のロウズはおろか、周囲の宇宙島を束ねるエルメッツァ星間国家連合ですら掴んでいない。

 一地方星系出身の若造が知っていてはおかしい。彼女を警戒させない為に俺はそれをごまかした。

 

 

「ああ、その通りさ。ここら辺からだとアゼルナイア宙域。ゲート無しだと5年はかかる距離にある」

 

「5年、違う銀河系ッスか?」

 

「そう、そして私の故郷でもあるのさ」

 

 

 この時代のフネの殆どが主機関に用いているインフラトン機関。このエンジンはその原理上、光の速度を軽く超える早さで移動可能である。そうであるにも関わらず、5年もかかる距離にある宙域なのだ。

 一体全体どれほど離れているか簡単に想像がつくだろう。

 

 

「なんとも言えないッスね。しかし、侵略ねぇ?」

 

「連中にかかれば、この銀河はすぐに征服されるだろうさ」

 

「でしょうね。この銀河を巡ったトスカさんがそう言うなら。んで、俺にどうしろと?」

 

「正直なところ解らない。でも巻き込まれる可能性がある以上。アンタに話しておいた方がいいと考えた」

 

 でしょうな。ま、答えは後になってから出してくれれば良いさ。

 さーてさて、どうしようかね? 先ほどの説明によれば、相手は自力で5年以上航海出来る航続距離を誇る艦船ばかり。対してこちらは、ウチのフネは別にして良くて恒星間クラス程度と言ったところ。うわぁ、既にフネの性能差で負けているじゃん。

 

 

「一応聞くんスけど、そのヤッハバッハってウチのフネで勝てる相手ですか?」

 

「解らない。タイマンなら圧倒出来るかもしれないけど」

 

「数ッスか?」

 

「ああ、梃子摺るくらい強力なフネが数万隻以上だ。普通に考えたら勝てる訳が無い」

 

 

 おまけに数でも負けている。に、逃げるんだァ、勝てるわけ無いよ……と某M字ハゲのヘタレ王子が喚き出しそうな程の戦力差。本当にどうしてくれようか?

 

 

「ていうか、一度にそれだけ相手すれば、余程のフネでないと勝てませんって」

 

「だよねー」

 

 

 数の暴力というのは恐ろしいモノだ。白鯨艦隊は我等が誇るマッド達曰く、小マゼランを蹂躙出来る程の性能があるらしいが、ソレはあくまで乗っている人間のことを考慮に入れなかった場合である。

 実際は長時間の戦闘によるマンパワーの低下、それによるマシンパワーの低下が起こる。そうなったら後はフルボッコだ。動けないフネは的でしか無い。チの場合AIが動かしてる所もあるから一概にそうとも言えないだろうけどね。 

 

 しっかしそうかぁ、かなり強いフネを作ったつもりだったけど、それでも足りないか。金溜めて隣の銀河の最新鋭艦であるアーマズィウス級量産したろっかな? 小マゼラン銀河の大海賊のサマラ様が使っている高性能海賊船、エリエロンド級でも可。

 ランキングシステムにより試作品かどうかは知らないが、基礎設計図は持っているから造れなくは無い。それらを増産できれば、そうそう負けはしないだろう。俺らの艦隊はな。問題は俺たちだけ強くなっても結局は負けることと乗る人間がいないってことと、建造費が嵩むこと。財政難、つらいです。

 

 

「とりあえず、何時攻めてくるか解らない敵が居る。それだけは知っておいてほしかった。ただそれだけさ」

 

 

 思考の海に漂いかけていたところを姐さんの言葉を聞いて我に返る。

 

 

「なはは、気ィ使ってたのに、随分信用されたもんスね?俺も」

 

「ああ、そうだね。最初の頃はただのバカな子坊だと思ってたからね」

 

「それは何かヒデェっス」

 

「最初の頃だけさ。大体アンタは規格外過ぎる。普通はこんな短期間でこれだけの規模の艦隊を組むなんてありえないんだよ。覚えてるかい? アタシとであったのは、ほんの数ヶ月前だって事に」

 

 

 考えてみれば確かにロウズを旅立ってから数カ月程しか経って無いんだよな。

 どんだけハイスピードで勢力を伸ばしてんだか……皆のお陰だけどさ。

 

 

「クルー全員のお陰ッスよ。仲間が頑張るからここまでこれた。青臭いけど、そう言うもんス」

 

「ああ、そうなんだろうね」

 

「その仲間にトスカさんも含まれてるんスからね? お忘れなく」

 

「え?――あ、ああ! そうだった。私も仲間、なんだよな」

 

 何故か問いかけるかの様な、それでいて確認するかのような声のトーンを出すトスカ姐さん。俺は彼女の仕草に一瞬ため息を着き、何をいまさらという感じで肩を上げた。

 

 

「当たり前ッス。トスカさんは俺の副艦長。その部署だけは他の人間には渡さないッス」

 

「ふふ―――ありがとさん“ユーリ艦長”」

 

 

 

 

 

 

――――とまぁ、そう言った事があった訳でして。

 

 とりあえず、ヤッハバッハのことはしばらく誰にも口外しないという話になった。 下手に他の星で話して回っても、余計な混乱を招くだけであるし、まだ明確な確証が得られない現在、信じてもらえない確率の方が高い。下手をすれば国家に目をつけられ国家騒乱罪とかで獄中に放り込まれてしまう。いくら俺が色んなところを見たいとはいえ勘弁だ。

 

 だから密かに脱出を含めた色んな準備を進めるしかあるまい。生き残る為の準備ってヤツをね。やれるなら小マゼランの方々をお助けした方がいいんだろうけど、それをするには年月が足りない。遅くても一年以内にヤッハバッハが来てしまうので、倒す為の戦力増強などは無謀もいいところ。

 俺たちのフネが大マゼラン製の設計図を元にして建造されているので、性能が小マゼランのそれよりも数段高い位置にあるのだが、ヤッハバッハさんはその大マゼラン製をも上回る性能の艦であふれてたりする。アバリスが旧式艦艇扱いされるくらいだと言えば想像つくだろうか?

 

 そんな連中と正面から戦うのは、もはや玉砕でしかない。だが考えようによっては、倒さなければそれなりの戦力を揃えられるということでもある。たとえば嫌がらせのゲリラ戦用に足の速いフネを用意するとか、大量の機雷を散布できる機雷散布船を造るとかな。 

 幸いなことに、ウチには技術チートなマッド達がいる。この変態技術者達がいるお陰からか、技術的にはヤッハバッハに勝っていると思う。この先のために更なる予算を連中につぎ込むことになるのか……とほほ、また海賊狩りが始まるぜ。

 

 

「艦長、ちょっといいか?」

 

「ん?サナダさん、どうしたッスか?」

 

 

 さて、この先の資金稼ぎに対して暗鬱とした気分でいた所、なにやらサナダさんが話しかけてきた。何か俺に伝えたいことがあるらしい。

 

 

「実は試験的にアバリスとユピテルに軍事用ECMをベースに機能を追加して強化したステルスモードを搭載してみた」

 

「ステルスモードッスか? 追加機能って。もしかして光学迷彩とか?」

 

 

 ははは、まさかそんなフネを覆える光学迷彩とかありえ―――

 

 

「む?誰か漏らしたのか?サプライズにしようとせっかく極秘に開発を進めていたのだが」

 

「え?マジ?」

 

 

―――神さま、マッド達が力を合わせると、貴方の元にまで飛翔できそうです。

 

 

「重力偏重を利用して光を捻じ曲げ、周囲の空間に溶け込むようにした。技術的には古くからある光学迷彩装置だ。もっともフネに搭載する大きさの物はこれまでなかったからそれなりに面白かった」

 

「そ、そうっスか。楽しそうで何より」

 

「ユピテルは勿論、他の艦にも実際に搭載してみた。ただし予算の都合上、アバリスとユピテル、それに巡洋艦にだけしか搭載出来なかったがな」

 

「ソレ以前に俺んところにそんな報告全然なかったんスけど?」

 

「言っただろ? 驚かせてやろうと? そして『こんな事もあろうかと』の為だ」

 

 

あー、すべてはソコにつながるんですね?解ります。

 

 

「あり? サナダさん、サナダさん。コレって一部の艦にだけ搭載してるんスよね?」

 

「ああ、そうだ」

 

「てことは、護衛の駆逐艦隊は丸見えって事ッスから、海賊ホイホイなんじゃ?」

 

 

 例えば巡洋艦クラスのフネを持っている海賊がいるとしよう。俺たちにしてみればいいカモだが海賊にはこちらの姿は見えていない。そこに20隻とはいえ、駆逐艦だけで構成された艦隊が通ったとする。

 ゼラーナやガラーナは速さにステ振りしたような性能で基本性能は並の艦だ。ウチの場合は改造が重ねられて性能が底上げされ、見た目以外はもう面影は残っていないが、それでも見た目は駆逐艦のまま。海賊に巡洋艦が数隻でもいたら、普通に襲い掛かってくるかと思うんだが?

 

 

「いいじゃないか、カモが寄って来る」

 

「いや、そもそも隠れる為のステルスモードじゃ・・・」

 

「いずれすべての艦に搭載させた時が真価を発揮できるだろう」

 

「おーい、目をコッチ向けて喋ってくれッスー」

 

「だからその為にも艦長、よりいっそうの働きを望むと技術陣一同は思っている」

 

「ちょいまて! まだぼったくる気ッスか?!」

 

「科学の成功と発展の為には十分な投資と犠牲が必要なのだ。わかってくれ」

 

「いま犠牲って言ったッスよね!?」

 

 

 にゃろう、ステルスモードはこれから先の事を考えれば非常に便利そうだけど、今のままじゃ頭隠して尻隠さずじゃねぇか。海賊ホイホイとしては使えるが、なんか釈然としねぇな。

 

 

「ま、いいか。いずれ全艦配備してくれるッスよね?」

 

「ああ、ソコは大丈夫だ。なに、軽く2万Gを越える程度だ」

 

 

 2万Gとか初期の購入可能艦の値段より遥かに高いじゃねぇか。具体的に言えば初代旗艦だったアルク級、あれが三隻余裕で買える。んー、でも合計26隻も居るウチの艦隊の規模から考えたら、すさまじく安いということなのか?

 

 

「海賊船を艦隊ごと無傷で拿捕して5回分ってとこッスね。資材費も含めると……10回分ッスか……おうふ」

 

「俺達も便利なポケットを持った狸ロボットじゃないからな。新装備には金が掛かると思ってくれ」

 

「OK,なら金は作るから全艦配備よろしくッス。期待してまっせ?」

 

「ああ、まかせておいてくれ」

 

 

 そういってクールに去っていくサナダさんを尻目に、俺は内心ほくそ笑んでいた。本当なら財政的にOKを出すのは憚られるのだろうが、俺はGOサインを出したのは理由がある。冷静に考えれば光学迷彩装備のフネなんてロマン過ぎて脳汁溢れるだろ。

 

 敵からの砲撃を浴びせられる駆逐艦隊! 敵は慢心して舌なめずりをしてさらに追い打ちの砲撃を加えてくる! 勝利を確信した敵! そこに宇宙から滲み出る様にして現れるユピテルとアバリスと巡洋艦隊が圧倒的な砲撃をッ! カッコイイじゃん!

 

 

「むふふ、これで色んな戦法がとれるッス! ウハッ! 夢が広がリング!」

 

「相変わらず常識外れだね。ウチの開発部署」

 

「トスカさん、あいつ等に似合うのは常識じゃなくて非常識ッスよ」

 

「なんだか自分が色んな事で悩んでたことが、とてもバカらしくなってきたよ」

 

「はっはっは!まぁ気にしたら人生の負け組み決定ッスよ」

 

「はは、負け組みかァ」

 

 

 俺とサナダさんのやり取りを近くで聞いていた姐さんが黄昏ていたが放っておこう。下手に刺激してはいけない気がするのですハイ。でも、大体マッド連中に常識を求めるのがまずダメだろう。常識に捕らわれてはいけないのですね!わかります。

 

 

 まぁ、あいつらはアイディア提供しているうちに何故かケーニッヒ・モンスターを造ったような連中だしな。そうVB-6ケーニッヒモンスター、マクロスシリーズに登場する機体の一つだ。原作ではデストロイド・モンスターと呼ばれた2足歩行機動兵器が元になっており、それに飛行・展開可能という機能を付け加えた機体だ。

 形式番号にV(ヴァリアブル)B(ボマー)とつくように可変型の爆撃機である。最大の特徴はVF-0と同じく可変する機構と大口径4連装レールガンを搭載している事だ。大型機ゆえに運動性能はVF-0に劣るのだが、その分航続距離やペイロード、さらに防御力や攻撃力が秀でている。

 

 ただし、ウチでの名前はVB-0モンスターとなる。開発経緯が俺の出したアイディアにプラスして、基本性能は高いが器用貧乏であったVFシリーズを違うアプローチから強化しようという運びで作られた設計が元となっており、デストロイドモンスターを経由してない直接開発された機体であったからだ。

 あと、多分オリジナルと異なり、モンスターはブロック工法を採用している。堅牢なフレームに機能が集中したユニットを接続するように造られているのだ。元ネタの機体にそんな機能があったか知らないが、このおかげでまるでサンダーバード二号機の如く、ペイロード部分を別の機能の付いた物と変更できたりする。

 

 爆撃機機能は勿論のこと、ペイロード部分を兵員輸送ユニットに帰れば強襲輸送艇としても機能するのだ。他にもレールガンも元ネタでは推進器を兼ねていたが完全に分離しており、別の兵装や機能が付いたユニットへと変更できる、うーんオールマイティ。

 勿論、配備しましたよ? 最初見たときは小さいザンジバル級かと思ったけどカッコいいから問題なし。第一変形できる大型機動兵器は漢の浪漫である! 余談だが大気圏内も普通に飛行できるらしく、この間トランプ隊が起した戦闘に巻き込まれた時に保安クルーを運んだのもモンスターだ。

 

 スゲェなマッド。いよ! 我が艦隊の屋台骨! もう手放せないぜッ!

 

 

「確かに連中に似合うのは非常識か」

 

「しまいにゃ、自力でボイドゲート作り上げたりして」

 

「金や資材、後は好奇心さえあればやりそうだ。歯止めが効かないし」

 

「逆を言えば金が無ければ作れないって事ッスけどね」

 

 

 手放せないけど、やり過ぎでフネが吹き飛ぶ様な事故とかは勘弁かな。その辺りはユピに監視させているけどな。危険なことを無意識で行いそうになったら、ユピがまず警告してくれる。それで大体7割は危ないことは起きない。意外と低い数字なのは研究に夢中で警告に気が付いてくれないってパターンがあるからだけど……。

 

 ともあれ、マッドたちはユピが俺に頼まれて警告してくるのを知っている。つまりユピの言葉は俺の言葉と同じとなる。彼らにとっては俺がパトロンにあたるから、パトロンの意向には従ってくれるのだ。稀に暴走するがメリットを考えたらデメリットは可愛いもんだ。今日もまた艦内の研究室エリアで開発に勤しんでんだろうなぁ。

 

 

「んー、それじゃあ取り合えず、そのステルスモードを起動させて様子を見てみるッスか」

 

 

 ま、それなりに鴨が来てくれればいいかな。

 俺はそう思いつつ、艦長席に深く腰掛けたのだった。

 

 

………………………

 

 

…………………

 

 

……………

 

 

 さて、いつの間にか配備されていたステルスモードの按配ですが、それは実に透明で素晴らしいものでした。予想したとおりに先行しているK級とS級の駆逐艦の艦隊に食いつく食いつく。こんな特別な装備を作ってもらえるわたしは、特別な存在なのだと感じました。

 

 思わずベルタースでオリジナルが混じってしまったのはしょうがない。なんせ海賊狩りの難易度がEasyからBerry easyになってしまったのだ。カモだと思って追いかけた先の洞窟が超巨大クジラの口の中とか相手からしたら笑えないだろう。背後からの強襲、おいしかったです。お陰で少しだけ懐が暖かくなったからマッドに感謝ですわ。

 

 

「艦長。航路上に航海灯を灯していない未確認艦を探知しました」

 

「未確認艦? 識別は?」

 

 

 そんな時、ミドリさんから未確認艦の発見情報が入った。航路上で航海灯を灯さないのは見つかりたくない海賊の類か敵意のある0Gドック位のモノである。そのため、そういうフネを見かけた場合だいたいは警戒して進むのが定石である。

 

 ちなみに現在、俺たちも航海灯を点けていない。なんせステルスモードの試験中だから、灯すことができないのである。だが万が一ステルスが壊れるなりなんなりして第三者に見つかった場合を考えて、艦隊に先行していてステルスモードを持っていない駆逐艦隊は航海灯を点している。閑話休題。

 

 

「海賊では無いようですが……、単艦で我が艦隊の針路上に停止しています」

 

【K級の索敵距離にはいりました。スキャン開始―――データ解析終了。相手は400m級、シルエットからして恐らくカルバライヤ星団連合が各国に輸出している装甲輸送艦のボイエン級です。ただ、所々カスタムが施されています】

 

「カスタムされた輸送船?……メイン・ホロモニターに投影してくれッス」

 

「了解、投影します」

 

 

 ボウっとホログラムがブリッジの空間に浮かび上がる。浮かんだ影は、まるで片刃のナイフを思わせる形状をしている。この細長い形をしたフネはカルバライヤ星団連合が輸出している輸送艦の一種であるボイエン級のものだ。

 質実剛健を胸とするカルバライヤの優秀な装甲技術が使われたフネであり、甲虫の外殻を思わせる装甲を纏わせたような独特の船体をしている。有機的な感じを思わせる形状は、物理的な衝撃に高い耐性をもち、堅牢なフレームに支えられている為、フネ全体での耐久力も非常に高いと評判で各国にも認められているモデルであった。

 

 武装こそデブリ破砕用小型レーザータレット一門しかない通常の輸送艦であるが、彼女が身に纏う装甲に使われている技術が優秀なため、そこいらで手に入る下手な駆逐艦よりも堅牢な造りをしている。

 すくなくとも元輸送艦を改装設計したアルク級といった俺たちの初代旗艦よりも装甲値だけなら高い。武装じゃ勝っていたけど、輸送艦の方が硬いっていうのも微妙な話だな。

 

 

 それはさておき、いま眼の前にいるボイエン級は、そこかしこに手が加えられているのが見て取れた。とくに顕著なのが輸送艦後部にあるコンテナユニットを接続するスペースで、本来は台形を組み合わせた格子状の空間に大型コンテナを積む場所なのだが、今はコンテナユニットがあるべき後部をそっくり取り払われている。

 いわば船体全部から後ろ側は機関部を除きむき出しの状態で、大型コンテナの代わりに、片仮名でいうところのキに近い形状に足場が伸びた状態となっている。その足場は航宙機の接続ユニットらしく、沢山の戦闘機が機首の部分を上にして縦に繋がれていたのである。

 

 

「ユピ、すこしあの航宙機を拡大してくれ」

 

【はい、サナダさん】

 

 

 サナダさんの指示で吊り下げられた航宙機がメイン・ホロモニターに拡大投影される。ホログラムに浮かび上がったのは翼を広げた鳥を思わせる戦闘航宙機の姿だ。モスグリーンに近い色で統一されたそれらの機体が十数機、形状から察するにエルメッツァ製の戦闘航宙機だった。

 

 

「アレは、ビトンっスか? 何でまた戦闘機が?」

 

「いや艦長。アレはフィオリアだ。ビトンのアッパーバージョンに相当する」

 

 

 俺の呟きに訂正をいれてきたサナダさんは、俺のコンソールにデータを送ってくる。LF-F-035フィオリア、それがホログラムに映る戦闘機たちの名称らしい。良く見ると羽根の形状からしてビトンとは色々と異なる。おそらくは設計から変更が加えられたのだろう。

 

 ビトンと比べて機首のノーズコーンが若干縮み、エンジン部分が大型化、ステルス機のように直角を多用した機体となっていた。F-22ラプターの胴体に肥大化したスタビライザーが翼端についたことで前進翼のようになった翼をもったという感じだろうか。

 武装は改造されていないのならビトンと共通のSSL対宙ミサイルとK-133リニアガンを搭載しており、スタビライザーの大型化でリニアガン投射時の命中率が向上し、エンジン大型化によるペイロード増大でミサイル搭載量も増え、制宙能力も向上している。

 

 まぁ、もともとバランス型の機体だったビトンが若干性能アップした機体だと考えればいいだろう。それにしてもバブルキャノピーは継承しているが、航空機然とした形状だったビトンと比べ、いかにも航宙機という形状となり、些かカッコよさに欠けるな。いやまぁ宇宙じゃ空力学が働かないから形状にこだわらないのは正しいのだが。

 さて、そんな改装空母のような感じの変なボイエン級を見つけたうちのクルー達はどんな反応を示しただろうか?

 

 

「艦長ー、どうするよ? 撃ちゃいます? 撃たせちゃいます?」

 

「ばーろーストール。いきなり弾を撃ちこんでどうすんだよ」

 

「でもようリーフ、敵かも知れねぇじゃん?」

 

 

 最近トリガーハッピーな疑いがもたれているストールはとにかく砲弾を撃ち込みたくてたまらないようだ。友人で操舵主を務めているリーフに言いすくめられてもまだ諦めきれないらしく、俺にキラキラした目を送ってくる。やめろ気持ち悪い。

 

 

「もしかしたら、ただ単に何かしらのトラブルかもしれませんぞ?」

 

「トクガワさんの言う通りッス。今のところ駆逐艦隊に敵意は向けて無いみたいだから様子見ッス」

 

 

 そしてエンジンのエキスパートであり、色んな意味で生き字引である皆のおじいちゃんなトクガワ機関長の鶴の一声に俺は賛同した。こちらに対して敵意があるのなら、まず先遣艦隊に対してレーダー照射を行いつつインフラトン機関の出力を上げる為、エネルギー量の増加がみられる筈だ。

 

 俺たちのところから目視はムリだが、すでに互いのレーダーレンジ内に入っている距離なので、実際かなり近い。今のところ相手に戦いを起こす気はないらしく、停止したK級およびS級の群れを前にして平静を保っている。戦闘出力を上げないのは襲う気があるのならおかしい。

 多分、こちらと戦う気はないのだろう。少々邪魔だが動く機が無いのならば仕方がない。航路の横をすり抜けていくことにしよう。まったく路駐の車みたいな連中だな。

 

 

――そんな風に思って、少々楽観視していたのだが。

 

 

「ボイエン級に動きがあります。フィオリアを次々と射出中です」

 

「あれ? 戦う気ないと思ったんスけど」

 

 

 ある一定距離まで停船しているボイエン級と、俺たちの先を行くK級駆逐艦が接近した時、相手に動きがあった。腹に後生大事に抱えていたフィオリアを次々と発艦させたのである。電磁式ガイドレールから宇宙に放出された艦載機が、発艦後スムーズに編隊を組んで航路上に展開していく。

 その様子は見事の一言に尽きる。どうやら手練が乗っているらしい。おまけに展開している編隊は航路上におけるK級S級駆逐艦隊の進路をふさぐようにして展開してくるじゃないか……。

 

 とりあえず駆逐艦隊には停止信号を送って正体不明の編隊に突っ込まないように停船させたが、どうしようかね、あれは。

 

 

【フィオリア、編隊を組んで駆逐艦艦隊の前面に展開中】

 

「格納庫にVF隊発進可能な様にスタンバっておけと通達。それとモンスターも歩行モードで甲板にいつでも出られるように待機させとけッス。あと駆逐艦隊の一艦を経由して、向うのフネに通信を入れてくれッス。何が目的なのか知りたいッス」

 

「アイサー、艦載機発進準備と駆逐艦を経由して通信回線を開きます」

 

 

 ユピテルは現在ステルス起動中、わざわざ相手側に位置を教えてやる必要は無い。今のところ目の前の不審な改装空母であるボイエン級の目に写っているのは、K級およびS級の駆逐艦隊だけだろうからな。その中に旗艦がいるかの様に仕向けるのだ。

 

 まるで戦闘をとにかく回避しようとしているように見せているが、実際そのとおりなのである。別に相手が強そうだから戦闘したら被害が出て割に合わないからというわけではない……いや、ある意味で割に合わないからあまり戦いたくないのだ。

 理由としては、今こちらに対し敵対行動ととも取れる行為をしてくる相手が、ボイエン級を改装した輸送艦を使ってきていることだ。純正の戦闘艦ならいざ知らず、輸送艦というのは物資を運べるペイロードがあるからこそ価値がある。

 

 だが、目の前のボイエン級は改装空母化していて、本来ペイロードのほとんどを担う後部格納庫が消滅している状態だ。ああいうカスタムをされた艦はあまり人気がない。既存のフネとは違う特性を持ってしまっていて使い辛いので買い手側に敬遠され、売り払っても買い取る人間がいないので安く買いたたかれてしまうのだ。

 精々がもとのボイエン級輸送艦の売値の半分に届けばいい方だろう。あれで年期の入った艦齢持ちだったら、もう目も当てられない。ジャンク品の方が高いことになってしまう。大体中身無しの輸送艦単品だと戦闘艦より格段に安いのだから本当に割に合わないので、いまはマジで戦いたくなかった。

 

 

「艦長、準備出来ました」

 

「うす。―――あー、こちら白鯨艦隊旗艦ユピテル。航路上に艦載機を展開中の正体不明艦に次ぐ。何故我が艦隊の進路を塞ぐように艦載機を展開したか理由を述べよ。事と次第によっては敵対行為であると認識させてもらう。返答は如何?」

 

「……不審船からのコンタクトあり、通信回線つながります」

 

 

 問いかけに応じるつもりなのだろうか? 通信回線がオンラインになった。ミドリさんが気をまわしてくれたのか、メイン・ホロモニターの別枠が開かれ、そこに巨大な空間ウィンドウとしてモニターのホログラムが浮かび上がった。

 

 浮かんだモニターにはしばらくの間、ザーと砂嵐の画像が流された。相手側との通信システムが少し異なるからか、送られてくるデータが脆弱で少し増幅しないと画像処理に時間がかかったからだ。やがてノイズが減り、通信ウィンドウに像が浮かんできた。

 

 

「え? あれ? アナタはまさか!?」

 

『やぁユーリ君……待っていましたよ』

 

 

 ホロモニターに浮かび上がったのは、惑星ボラーレで偶然出会った傭兵部隊トランプ隊のリーダー、ププロネンさんであった。中々にナイスダンディーないい男で、一言二言会話しただけだがよく覚えている。なんせ向こうの落ち度で地上での戦闘に巻き込まれたからな! 忘れようにも忘れられんっちゃよ。

 

 そういう訳である意味でお互い顔見知りである。だからなのか、通信ではお互い和やかな対応であいさつを交わした。いきなり戦闘機を展開したのには驚いたが何か理由があったのだろう。話が分からない連中ではないのだし、ここは交渉でどうにかしたいな。

 

 だが、そう思った時に俺の手元にあるコンソールのライトが点滅し、サブウィンドウが新たに表示された。何気なくそのウィンドウに眼を通したのだが、そこに表示されている情報に眼を疑った。

 

 

「あの、ププロネンさん。なんでウチのフネにいきなりレーダー照射とスキャンしているんスか? これって明確な敵対行為ですよ? 航宙機で進路をふさぐことといい、冗談というにも度が過ぎるし、程ほどにして欲しいんスけど?」

 

 

 それは先行している駆逐艦からの情報だった。どうも、あちらさんの改装輸送艦と艦載機からレーダーの照射を受けているらしい。しかも戦闘レベルで……つまりスキャンされているということなのだが、それをK級とS級の両駆逐艦に搭載されたAIたちが探知して【これは0Gドッグ的にアカンやつやろ?どうする艦長?処す?処す?】とユピ経由でデータを送ってきたのである。

 

 通話中だったからあえて文字で伝えてくるあたり空気が読める良い子たちだな、と場違いなことを考えてしまうのは、ちょっと現実逃避したいからだった。なぜなら通告無きスキャンというのは0Gドッグの感覚でいうと、あからさまな挑発であり、同時に立派な敵対行為でもある。

 いうなれば眼前で中指おっ立てられたあげく、ふぁっきんと言われてテメェマジぶっころ五秒前という感じだろうか。普通そんなことをされたら容赦なく戦闘に発展するので顔見知りでもやってはいけないある種のタブーとして知られている。

 

 だが待ってほしい。ププロネンさんはそんな人じゃない。地上で出会った時、彼らは堅気には迷惑かけないように配慮できる素敵な傭兵部隊の隊長だった。だからきっと、これは何かの間違いなのさ。僕たちは手と手を取り合っていける。そうすれば平和に解決できるんだ――!

 

 

『我らは元よりそのつもりですよ。ユーリ君。あなた方に戦いを挑ませていただきます』

 

 

 ―――問答無用だったよコンチクショイ!

 

 どうしてだ、とか。なんでそんなことを、とか言うつもりはない。正直、いきなり戦いを挑まれる動機なんてありまくりで、一体どれが原因なのか自分でもわからん。なんせ海賊関連は恨みつらみがもう言葉では言い表せないレベルだしな。

 

 マッドサイエンティストを養う為に使われる資源代の所為で、常に財政難から他の海賊ハンターの分の獲物も根こそぎ奪っていたから、その方面でも恨みを買っていたかもしれない。他にも……あるかもしれないなぁ、俺頑張りすぎでランキングいっきに上位に入ったからこれまでの上位ランカーの方々に眼をつけられたかも。

 

 

『あと我々がユーリ君に戦いを挑むのは―――』

 

「あー、みなまで言わなくても解ってるッス。だれかに頼まれたんスよね? あんたら傭兵だしさ。オマンマの為なら仕方なしってヤツッス」

 

『いえ、これは我らの意思で―――』

 

「まぁ俺たち各方面から恨みは買ってるから、そーいう依頼がどこかで出ててもおかしくはなかったッス。人気者はつらいんスよねぇ」

 

『勘違いされているようなのでちゃんと聞いてください』

 

「え?―――違うの?」

 

『違います。我らが戦いをあなた方に望む理由。それは―――』

 

 

 ププロネンさんはそこまで言うと一度言葉を区切る、そして溜める溜める。あまりの溜めの長さにこちらの誰かが唾を飲み込んだ時、タイミングを計ったかのように再び口を開いた。

 

 

『―――主君探しなのです』

 

「「「「……はぁ?」」」」

 

 

 思わずブリッジメンバーの口から異口同音で同じ声が漏れた。むろん俺も同じように声が漏れた。このサイバネティクスが絶頂を超えて衰退期に突入している時代に、まるで古代の浪人のように自分達が仕えるべき主君を探しているとでもいうのか? なんて時代錯誤なんだ……。

 

 

「もしかして惑星ボラーレに居たのも、そこで海賊と戦っていたのも此方を探る為だったんスか?」

 

『いえ、普段の我々は戦場を巡りながら、その中で輝ける人物……すなわち仕えるべき人物を探しておりまして、あの場で話した事は殆ど事実なのです。偶然ですが休暇にあの星を選んで正解でした。ユーリ君。君のような人物を見つけられたのだから』

 

 

 えーと、つまり理由は不明だが御眼鏡にかなってしまったと。それで、そうやって見つけた輩ことをもっとよく知りたいから襲うってことなのか? まるでどこぞの庭師の辻斬りみたいな行動基準じゃねぇか……迷惑ってレベルじゃねぇ。

 

 

「むむむ、どうしても戦いは避けられないと?」

 

『お嫌でしたら直ぐにでも迎撃して我らを撃退なさってくれてもかまいません。ですが、その場合は手痛い一撃を貰うやもしれません。これはある意味、我らが相手にかす試練なのです。戦うことでしか存在できない不器用な我らなりの見極め方』

 

「なんつー迷惑な。それに撃退って……其方も生き延びること前提ッスか」

 

『ええ、それくらいの腕はある。そう自負しておりますゆえ。それに―――』

 

 

―――道半ばで果てるほど、この命は安くありません。

 

 

 そういってこちらを見つめてくるププロネンさん。その視線に込められた感情はどこまでも鋭く、冗談でもなんでもなく只々本気であると無言で訴えてくる。まさに問答無用とはこのことだろうか。こっちが何を言おうが戦うまであきらめるつもりはなさそうである。

 

 それに……まったく、試練とはよく言ったものだ。彼らの申し出を受ければそのまま彼らの思惑通りにことが運ぶ。結果がどうであれ戦いの中で見極めを行いたい彼らの思惑には合致するのだから、彼らにしてみれば条件達成ということになる。

 逆にそれが気に食わんと一蹴すれば、俺は戦いを挑んできた傭兵団を前にして戦う前に逃げ出した臆病者の醜聞が付いて回るということになるのだ。ふむん、名声が気になる0Gドッグ相手なら中々に悪辣で有効な手だろう。

 本来、名声値ランキングの上位に食い込む輩というのは、名声に響きそうなスキャンダルやゴシップを嫌う。そういう連中は頭の回転も速いのだから言わずもがな俺が察したようなことを理解する。

 

 そして、すべては彼らの掌の上か……何とも、ここまで考えてくると逆に痛快だな。

 

 

「ププロネンさん。戦い、受けてたってもいいッス」

 

『おお!』

 

「「「「ちょ!艦長!」」」ユーリ?!」

 

「断ってもどこまでも追いかけてきそうッスからね。ケジメをつけておいた方が後腐れが無くていいってもんスよ」

 

 

 だけどな…、俺は思いっきり息を吸ってからはっきりと言ってやる。

 

 

「ただし、俺たちへの試練はこの戦い、それも模擬戦として戦りあう一回こっきり。俺たちも暇じゃないッスからね。甘いかも知れないッスけど、これが飲めなきゃテメェらと戦う気なんて毛頭ない。とっととケツ巻いて逃げてやるっス」

 

 

 コンソールに手を叩きつけて睨むようにププロネンの方を見た。なんか堂々と逃げると宣言しているが、俺は別に名声値にこだわりがある訳じゃないからな。あれは飽く迄、ランキング上位報酬である高性能な戦闘艦の設計図を手に入れるのが目的だったから、それ以外に利用価値は俺にとっては無いも同然だ。

 すでにランキング上位報酬を手に入れた今、名声値に関してはあってもなくてもあまりこだわりはない。大体下がったとしてもまた色々とやっていれば多かれ少なかれ名声値は上下するのだから、こだわったところで意味などないと俺は言い切れる。足かせになるというのなら、躊躇なく切れる。その程度の価値なのだ、アレは。

 

 ともかく俺は模擬戦ならば受けてやると彼らに言い放った。模擬戦なら不慮の事故が起きない限り、艦や装備といった資源を消費することもない。俺によし、お前によしで皆ハッピーになれる提案だろう。

 大体さぁ、俺たちとアンタらが戦ったところで身入りが少なすぎるんだよ。改装空母なんて特定条件に特化させちゃった代物なんて買い手が付かないから、ローカルエージェントに安く買いたたかれちゃうしな。本気でやり合いたいなら戦艦と巡洋艦複数、駆逐艦に空母の編制でやってこい。そうすりゃ残骸でも大儲けだぜ。

 

 さて、この提案に対し、通信の向こうではププロネンがなにやら考えている御様子。これでハイって言わなきゃ俺ァ迷わず逃げるぞ?

 

 

『いいでしょう。受けていただけるのであれば模擬戦でも一向にかまいません』

 

「あ、こっち勝ったら無償で傘下に加わってもらうッスよ?」

 

『結構。臨むところです。模擬戦とはいえ戦いは戦い。存分に我々の力を見ていただきますよ』

 

 

 俺の考えを見て取ったのか、しぶしぶという感じではあったものの、ププロネンはこちらの要望を受諾した。本当に戦うことさえ叶えばいいという感じだったのだろう。

 

 

「ああ、それと……少し驚くかもしれないッスけど許してほしいッス。―――サナダさん、ステルスモード解除」

 

『なにを言って―――ほう?』

 

 

 そして俺は、ステルスモードを解除させた。それによって、彼らにしてみればいきなりこの宙域に現れた2隻の戦艦と4隻の巡洋艦。それを見たププロネンの顔に、少しだけ驚きの色が浮かんだ。

 

 

『まだ隠し玉がありましたか。噂に聞く白い戦艦が見当たらないので不思議には思いましたが』

 

「まぁ新装備の試験中だったんスよ。フネの数は倍ほどに増えたけど、これが今の俺たちが出せる全力ッス」

 

『おお嬉しいですね。やりがいがあるというものです。しかし不思議ですね。こちらでは隠れていたそちらの姿を見つけられなかった。そのまま模擬戦に持ち込めば簡単に勝てたのでは?』

 

「そっちが全力で向かってくると感じたから、こちらも全力で答えたまでッス。あまり見くびらないでもらいたいもんッスね」

 

『それは失礼しました。我らも食らいつく甲斐があるというもの』

 

 

 俺の言にププロネンさんは感心したといった風に頷いてみせた。あーうー、実のところ裏があるから少し心苦しいな。ステルスを解除してユピの姿を態々見せたのは、さっき言ったみたいなちょっと格好をつけたいという思いもあるが、ホントのところはこちらの全力を少しでも垣間見せることで相手の戦意を削ごうという思惑がある。

 確かにステルスモードを展開したまま叩けば、バックスタブ攻撃の如くに奇襲することができ、模擬戦の戦局を非常に有利に進めることが出来る。駆逐艦艦隊をおとりにし、火線が夾叉するポイントに誘導して、逃げる隙間もない弾幕をもってしてクロスファイアを形成すれば、こちらの力を示すという意味では十分すぎるだろう。

 

 

 しかしである。彼らの言動を見るに、その精神の根幹には騎士道精神に近い何かを持っていることがうかがえた。態々、俺たちの艦隊の進路を塞ぎ、正面から直接対決を挑んでくるあたり、正々堂々の戦いを望んでいると俺は感じた。

 そんな精神の彼らがステルスモードで隠れていた艦からの奇襲で負かされた時、果たしてその結果に満足してくれるだろうか? 確かに戦術的には正しいのかもしれない。俺としても騙し討ち奇襲で自軍の被害が抑えられるならバッチコーイである。

 

 だからこそ、あえて姿を現すことに決めたのだ。こうして手の内を晒すことで相手に対し本気になった。正々堂々と戦おうじゃないか。そう錯覚してくれるようにしたのである。姑息だが仮にも配下に加わるかもしれない輩なのだ。将来の不安要素になりえる芽はなるべく摘んでおくに限るのである。

 

 

「知ってるッスか? 俺たちは白鯨とよく呼ばれてるッス。この巨体に食らいつくには些か小さいんじゃないッスか?」

 

『ご心配なく。我らは戦場では獰猛なシャチとよばれたこともあります。文献によればシャチという生き物は群れで狩りを行い、自信の何十倍もある獲物を食らったといいます。そう、まさに目の前にいるような大きなクジラを―――』

 

「ふむ……なかなか。では」

 

『ええ、我らの力を知ってください。そしてあなたの力をみせてください』

 

 

そういうと、彼はもう話すことはないのか通信を切ったのだった。

 

 

「はぁ………めんどうくさ」

 

「何言ってんだい。自分で決めたんだからシャンとしな」

 

「あいてっ!?」

 

 

 通信を終えて内心を吐露したら、トスカ姐さんにしっかりしろと後頭部を叩かれた。それを見ていた他の連中が笑って……いや、爆笑してやがる。くそー、結構痛いんだぞコレ。

 

 

「まぁ面倒くさいけど。あれで相手しなかったらもっと面倒くさいだろうしな」

 

「リーフの言うとおりだ。艦長が決めたのなら別に文句はない。まぁ俺は砲撃ができれば問題ない」

 

「ほっほ。今日はまだ戦闘をしていないからか、エンジンは元気が有り余っているようですじゃ。少し激しく動かしても問題はなかろう」

 

「戦闘中のステルス状態のデータが取れなかったのは残念だが、まだ微調整がいるマシーンだからな。モードを切ってくれたのは逆にありがたいな」

 

「すでに各部署に模擬戦が行われると通達しました。艦長が号令を掛ければすぐにでも動けます」

 

「………重力井戸も、正常稼働中よ……重力レンズ形成も問題ないからシェキナも使える……」

 

「レーダーも~、オールグリーンですー! デブリ一つ見逃しません~!」

 

「よかったねユーリ。クルーの皆は乗り気みたいだよ? むろん私もね。あれだけ啖呵切ったんだから、やっちまいな!」

 

 

 怖いことおっしゃるな我が副長は。まぁ全面同意だけど。

 

 

「気合いも注入されたことだし、それじゃ一丁始めるッスかね。各艦、対空模擬戦闘準備。陣形は菱形輪形陣に移行ッス」

 

「了解。各艦に対空戦闘準備を指示。各艦に通達、これは模擬戦です。繰り返します」

 

【各艦のAIに指示を出します。本艦を中心にして各艦は菱形輪形陣に移行。同時に連携に必要なTACマニューバを再計算中……】

 

「火器管制を対空間戦闘にシフト。モードは模擬戦闘に変更するぜ」

 

「機関内のエネルギー加圧率30%に上昇。正常範囲内じゃ、模擬戦とはいえ実戦に則すのじゃから、一時的に非戦闘部署へのエネルギー制限を開始する」

 

 

 俺は艦長席から立ち上がるとコンソールから内線を繋げ、全艦に号令を下した。ブリッジ内が少しあわただしくなると同時に通常照明から戦闘照明に切り替わり、若干ブリッジの中は暗くなった。そんな中でもクルー達は自分に当てられた仕事を黙々と消化して、その報告が俺の元に集中する。

 

 

「向こうから模擬戦でのルールに関する書面が相手から届きました。艦長、確認を」

 

 

 オペレーターのミドリさんの報告と同じくして、彼女のコンソールから俺のコンソールにププロネンさんらが送ってきた書面データが転送されてきた。それを空間ウィンドウとして展開し、内容を確認する。今回は模擬戦ということもあり実弾は使われない。リニアガンは撃てないが、代わりに照準用レーザーに照射による判定が行われる。

 

 それと彼らが腹に抱えている対艦ミサイルなどに関しては、模擬弾への換装が間に合わないので、信管を作動しないようにロックした状態で使用するらしい。俺が居た時代ならいざ知らず、この時代のミサイルの爆薬は電子励起で起爆するタイプなので、電子制御されている信管が動かなければ起爆しないから、模擬弾代わりに使用できるだろう。

 

 もっとも艦載機の対艦ミサイルで艦を沈める為には、当たり所にもよるが駆逐艦相手でも最低十数発はいる。被弾に関する攻撃判定もそういう風に判定する筈なので、フネで戦うこちらが有利だといえた。

 

 ただし、艦の兵装も別個に判定が行われるので信管抜きミサイルが直撃した兵装は使用不可判定となる。APFシールドに包まれてはいるが砲塔に関してはフネ本体と比べ装甲が薄いのはセオリーだからな。特にミサイルには電子妨害が効く。そうなるとロケットと扱いがあまり変わらなくなるので妥当なルール設定であろう。

 

 ふむ、見た所ではルールには特に不審な点は見当たらない。このまま俺が同意すれば、このままのルールで模擬戦が開始されることだろう。だが今のままでは戦力でも圧倒的な差があるこちらが有利過ぎる。

 そう思った俺は、模擬戦のルールに少し変更を加える。変えるのは勝利判定で互いの殲滅だけではなく、あちらさんには旗艦への到達。すなわちユピテルを射程におさめられる距離に到達することが勝利条件に含まれるように追加した。

 

 

「なんで態々向こうが有利になるように調整するんだい? ユーリ」

 

「慢心、ダメ、絶対。ってことッス。今回は模擬戦だからあまり危険はないッス。けど、だからこそ実戦を想定しておかないと本番の時に手痛いしっぺ返しを食らうこともあるッスからね。石橋はたたいて渡るに限るッス」

 

「……ああ、なるほど。この間の海賊との戦いのと同じだね」

 

「そうっス」

 

 

 艦載機に乗せられるサイズの火器で、装甲に秀でる戦闘艦を撃沈するのは若干手間だが、逆に言えばできなくはないともいえる。先のスカーバレル海賊戦役において、俺たちは艦載機に通常では乗せない大型対艦兵器を乗せて攻撃力を底上げしている。

 そのことから解るとおり、例え小型戦闘機であっても武装によっては敵艦に対して効果的な対艦攻撃を行わせることが可能なのだ。それらを考慮して今回の模擬戦は、こちらには秘匿された強力な対艦兵器を旗艦。この場合はユピに対して使用するという形である。

 

 訂正したルール内容に不備や問題はないとして、俺は目の前に浮かぶ空間ウィンドウを指先でなぞるようにしてサインを書いてコピーした後、コピーした俺のサイン入りのデータを向こうにも転送した。

 この程度のデータは簡単に偽装や内容変更が行えるのだが、こういった流れはいわゆる伝統みたいなものだ。いつの時代も書類とかによる協定はある程度の効力を有するのである。ま、こんな変則的な戦力差の大きな模擬戦とかも珍しいのだが。

 

 ともあれ改定したルールを向こうが承諾してくれれば、これで晴れて模擬戦の開催である。何かしら文句を言われるかもしれないとも考えていたが、予想に反してそんなこともなく了承のシグナルを返してきた。てっきり武人めいた気質から、そのような手心は不要と言ってくると思っていたが、なかなかどうして強かなところもある。

 彼らのような戦闘集団がどこかの軍隊に収まらず、こうして流浪の傭兵団となっている理由も案外こういったところにあるのかもしれない。

 

 

 

 

 さて、お互いに規定を定めたので、すでに模擬戦は始まっているといえる。俺は戦闘準備を発令し、各艦、各部署を警戒態勢に移行させた。この模擬戦では内容として実戦に則したものであるから、隔壁の閉鎖や機密の確認も行われ、先の発令からわずか十分もしない内にほとんどの手順を消化させていった。

 

 

「ユーリ。向こうは戦闘機だ。こっちも迎撃機を出した方が良い」

 

「トスカさんの意見を採用ッス。ミドリさん」

 

「はい艦長。すでにユピが無人機を制御して順次発艦準備を終えています。他の艦も稼働機、全機発進可能です」

 

「では最低限の直掩機を残し全機発艦。迎撃にあたらせろッス」

 

「アイアイサ―」

 

 

 トランプ隊とは距離がある為、まだ余裕があると見た俺は、先ずは攻撃隊を先に展開させることにした。トランプ隊と当たるのは我が艦隊が誇る自慢のVF-0部隊(無人機)60機である。1600mを超える船体を持つクセに艦載機の数が少ないのは、ただ単に現在までに製造できたVFの数がたった60機しかないからだ。

 

 余談だが、原作であるゲーム、無限航路における空母の最大搭載機数は大型空母でも一律60機程度であった。この搭載上限はモジュール搭載スペースの都合によるところが大きく、たくさん積めば積むほど艦載機爆撃の攻撃力が上がるが、それに反比例するかのように居住区や機関室や射撃指揮所といったモジュールが圧迫されてしまうので注意が必要だった。

 なにせ居住性が確保されていないと疲労度が加速度的に上がりやすく、長距離航海が出来ない。機関室がないとTACマニューバの回避率が下がり被弾率が跳ね上がる。射撃指揮所が無ければ砲撃が外れる……という風に、ゲームではパズル的な要素でモジュールを組んだうえで、艦の機能のバランスを取ることが重要だった。

 

 モジュールは真四角や長方形や一本線といった様々なサイズと形状があり、それを隙間なく詰め込むことが出来れば艦の性能が上がるというわけだ。

 当然、俺も無駄なスペースを削る為に隙間という隙間にモジュールを詰め込んだものだ。格納庫が置けるカタパルトスペースにデフレクターや自然公園のモジュールをいれたり、機関室を入れるスペースに何故か食堂モジュールを詰め込んだりと、実際にやったらクルーからの批難轟轟確実なモジュール組み合わせも普通にやっていたのである。

 

 とはいえ、実際にクルーが乗り込んでいる以上、冗談でもそんな組み合わせは今後もできまい。やろうものなら集団リンチが待っているのだ。これが上に立つ人間の苦労ってやつなんだ。

 

 

 話を戻すとゲームにおいて艦載機を一つの艦に乗せるのはあまりできなかった。星々を渡り歩く以上、どの項目のステータスも打ち捨てられない項目であったので、バランスを取る以上は仕方がなかったのである。

 

 また戦闘においても艦載機数の出撃枠には上限があり、その上限は艦隊が搭載している艦載機を全部合わせて100機までであった。

 一応、艦隊に空母を二隻編入するとゲームにおいては最大の120機の艦載機が運用できることになるのだが、ここには落とし穴があり、数値上は艦載機数が120機存在していても、実は艦載機の攻撃力合計は100機で頭打ちになるので、事実上の出撃枠はたったの100機となっていたのだ。

 

 いわゆるゲームの仕様というヤツで、出撃できない残りの20機は予備機というか残機扱いになっていた。艦載機は戦闘中、敵に何割か撃墜される為、連続出撃の場合は打撃力が低下していくのだが、この予備機も積みこんでいるとその分だけ出撃可能な時間が伸びるというシステムになっていた。

 

 もっとも、撃墜された分の補完として残機枠が出撃できるだけで、稼働機100の壁は変わらずであったが……。

 

 

 それはさておき、俺がいた世界の最大級の空母で70機前後、露天駐機で90機近い航空機が運用できていたことを考えると、正味空母に60機あまりというのは少々少なすぎる気がしないでもない。

 事実、ユピテルは全長だけでも俺の世界で最大の空母であるニミッツ級航空母艦の軽く六倍はある。しかしそれでも最大搭載数は200機前後となっていた。ゲームと違って現実なため、格納庫モジュールをきちんと組み込めば稼働機60機の壁はないも同じなのだが、戦闘空母なので主砲や装甲にスペースを取られていたのだ。

 

 また大型艦ゆえにどうしても大きくなってしまうバイタルパートの容量。それと設定上存在しているズィガーゴ級の秘密ギミックが関係しているのが、モジュール設置スペースを圧迫している主な原因であった。秘密のギミックがなんなのかって? それは秘密です。

 

 

「第一次攻撃隊の半数、発艦完了しました」

 

「お、相変わらず早いッスねぇ」

 

「発艦口が非常に大きいですから」

 

 

 さて、数こそ少ないが高性能な60機の艦載機たちは、順次発艦口から発艦していった。彼らは弧を描きながら旗艦後方へと回り込み、そのままフライパスしながら編隊を組むと艦隊の近くで後続が上がるのを待っていた。

 

 そして指示を下してから僅か数分。それだけで搭載艦載機の半数がすでに展開していた。ユピテルにおける艦載機の発艦は非常に早い、ユピテルには複数の発艦口が存在し、その配置は頭蓋骨の目や口の穴によく似た配置が為されているのだ。

ユピテルの原型となったズィガーゴ級は、中央船体に牛骨の頭部を模したオックススカルボーン型戦斗略奪ボディをもっており、いわゆる頭蓋骨に見える船体に開いた目や鼻や口に相当する空洞は、全て格納庫直通の飛行甲板であったのだ。

 

 その中でも、もっとも特徴的なのは口にあたる部分だ。

 

 自分の顔を触ればわかるが、口というのは他の顔のパーツと比べても横に広く開いている。この口にあたる大発艦口と呼ばれる部分が他の発艦口と違って機体を並列に展開させた状態で同時発艦することができるのである。ネームシップからしてズィガーゴ=頭蓋骨の洒落を掛けているだけはある。

 

 つまり口にあたる部分に沿って並列に置かれた電磁カタパルトから一斉射出できるのである。遠目から見ると口から歯を飛ばしてるように見えるけどな! とぅーすっ!

 

 

 もっとも、我が艦隊の科学者および技術者陣がズィガーゴの改造を行った際。威嚇目的でもあった顔のような空洞は艦体剛性や耐久性を著しく低下させ、また唯でさえ弾薬などが溢れている格納庫が野晒しというのも、下手したらミサイル一発で大損害が起きる可能性があるとして、現在では何もない時の発艦口には装甲蓋がかぶせられていた。

 

 その所為で牛骨の形状をしたノッペラボウという逆に不気味な風貌にも見えてくるようになったのは誤算だった。幸いなことに改装の際にフネの全長が少し伸びたうえ、艦全体が白いこともあって、先んじて白鯨(モビーディック)の名称が広がったため、のっぺら牛頭蓋の名称は回避できたと言える。ある意味危ないところだったんだぜ。

 

 

「艦長。S級からも護衛機が発進。トランプ隊との交差点に移動させます」

 

 

 続いてゼラーナS級からも艦載機が飛び立った。当然ながら高性能ゆえに数が少ないVF-0ではない。とはいえ既製品の艦載機でもない。駆逐艦の小さい飛行甲板から飛び去っていく一見すると華奢な姿を見て、大丈夫なのかとトスカ姐さんが訪ねてきた。

 

 

「あれって役に立つマシーンなのかい?」

 

「ふーむ、いつか使うと思っていたッスけど、まさか模擬戦が初出撃になるとはね。機体スペックでは敵さんには負けてない筈ッスよ。めっちゃ軽いし」

 

「軽い…か。フットワークを生かせれば良いんだけど…」

 

「なにぶん無人機ッスからねぇ」

 

 

 俺とトスカ姐さんは互いに顔を見合わせて、互いに感じている不安感から小さく溜息を吐く。飛び立った機体は全て人が乗っていない無人機なのだ。無人機には人が居なくても使える利点があるが同時に弱点もある。歴戦の傭兵相手にどこまで頑張れることやら……。

 

 ところで、ゼラーナS級に積まれている艦載機は艦隊を離脱し、第一次攻撃隊を追うようにしてトランプ隊が居る方面へと進んでいた。その歩みはVF隊と比べれば遅い、なぜならそれらは純粋な航宙機に非ず。人型をした機動兵器であったからだ。

 

 

 この人型は、さきのトライアルで落選した筈の機体で、元ネタは前世のアニメに登場した花の名前の機動戦艦に登場するエステバリス、名前までそのまんま同じな機体である。当初はお蔵入りにする予定だったが、駆逐艦に乗せるにちょうどいいサイズという事情で再び陽の目をみることになった数奇な機体である。

 

 本来は直掩機兼機動砲台として艦隊防空の役目を持つのだが、今回は模擬戦ということもあり直接迎撃に回していた。先に出撃した第一次攻撃隊をさきがけにして、その後ろを行動範囲ギリギリの位置に展開したエステバリスが守るという二段構えの攻撃を仕掛けたのだ。

 

 特にS級に搭載されているエステ隊は一隻当たり16機いる。十隻いるS級から全機発進させたので、合計して160機が出撃したことになる。VFよりも後で出てきたエステの数がなんで多いのか? 内燃機関がない分、構造が単純で一度ラインを作ったら簡単に増産出来たのだ。その所為でVFの増産が遅れているのはなんともはや。

 

 対するププロネンさんたちは全部合わせて20機程度であるので、相手との戦力差は1対8という状況だ。トランプ隊にとっては非常に分が悪い勝負にも見え、一見すると多勢に無勢であるが、こちらには先も述べたとおり懸念材料があった。

 

 それは迎撃に当てた機体がすべて無人機であることだ。その制御はユピと各艦に搭載されたAIが共有して管制している。彼女らは優秀なAIたちであるが、当然のことながら数が増えれば増えるだけ処理能力に負荷がかかるので、無人機の動きが若干硬くなるというデメリットがあった。

 

 それでもこれだけの数を放出すればさすがに驚愕するだろう。

 

 そう思っていたのだが……。

 

 

「無人VF隊、まもなく敵機と接敵します」

 

【VF各機、トランプ隊と交…戦…? え!?】

 

「どうしたッスかユピ。報告を挙げてくれ」

 

【すみません艦長。それが……すれ違いざまの瞬間。こちらが10機落されました】

 

「え? なにそれ怖いッス」

 

 

 はい、全っ然驚いてくれませんでした。先に出撃していたVF隊を示すグリッドが戦術マップ上でトランプ隊を示すグリッドと重なった瞬間、一気にこちらだけ数が減ったのだ。無人機を制御していたユピが一瞬フリーズしてしまった程である。

 

 彼女がフリーズを起こすなんてよほどのことなので心配だが、あくまでも一瞬のことなので大事ではない。しかし、その様はまるで人間が声を詰まらせた時の行動によく似ていた。なんとも人間臭いAIだよなぁ、みらいのぎじゅつってすっげー。

 

 現実逃避している場合ではない。この間にもVF隊は毎秒数機というハイペースで撃墜判定を食らっており、機体ステータスを表すモニターが真っ赤に染まっている。

 おまけに連中は分厚い迎撃網の隙間を縫うようにして、すれ違いざまに“進行上邪魔になる機体だけ”を落して突破してきていた。俺は連中の技量が半端ではないことを改めて痛感させられた。

 

 人手不足ゆえに無人機で運用されているVFに対し、数こそ少ないがトランプ隊は有人。呂布みたいな一騎当千とまでは無いモノの、恐らく全員がエース級と呼ばれる腕前を持っているのだろう。個々にカスタマイズした機体を駆るのも頷ける。マシンパワーとマンパワーが合わさり最強に見えるってか? なんてこったい。

 

 だが、これはまだ序の口に過ぎないことを身を持って示されるのだった。

 

 

 




いやホント遅れて申し訳ない。

とりあえず二本同時投稿です。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第17 話、エルメッツァ中央編~

こちらは同時投稿の二番目です。

ひとつ前が最新の投稿となっております。


■エルメッツァ編・第十七章■

 

 

「敵編隊、攻撃隊を突破。進路上に展開した迎撃のエステ隊と接触するまであと10分です」

【撃墜判定を受けた機を迂回ルートで帰投させます……うぅ、信じられません】

 

 

 さて、トランプ隊にケンカ……もとい、模擬戦を申し込まれた訳だが、開幕から僅かな時間でVF隊が展開していた迎撃ラインが突破されてしまった。あれらトランプ隊が通過しただけで撃墜判定を食らった機体は、何とVFだけで計20機を越えていた。最初の接触の時に10機、その後通過する時にさらに10機食われたのである。

 

 というか普通、自分達の八倍もの敵が放った対空弾幕に躊躇なく突っ込むか? あいつら完全にいかれてやがる。まるで攻撃隊の放った弾幕が“どういう風に放たれて”その火線が“どこを通過するのか”まで理解しているみたいだ。

 

 連中はまだ一機も撃墜判定を食らってはいない。それどころか小破すら喰らっていなかった。これじゃあ、もはや変態の領域じゃねぇか。変態の編隊…こわすぎる。

 

「……ええい、トランプ隊の傭兵は化け物か」

 

 だから思わず某真っ赤な人に肖って、つい口走っちゃうんだ。真面目な場面で何バカなことを思い浮かべてんだろうね。集中しなきゃ集中。

 

「ユーリ。アホなこと言ってないで早く指示をだしな」

「さーせん」

 

 そして俺の阿呆な呟きを聞きつけて、トスカ姐さんから注意ひとつ……はて? トスカ姐さんはこの世界の人間だから、ネタ関連の発言は知らない筈なんだが……、いやまぁ戦闘中なのに集中していない俺が悪いんですがね。あれかなー、模擬戦だと調子が出ないのかしらん?

 

 しかし補充が効くとはいえ20機も食われるなんて……もしこれが実戦ならここ一番の被害だろう。何せなぁ、ゲームでは消耗品扱いの艦載機だが、現実ではそんな投げ捨てるように使えないんだよな。おまけに整備的な意味で金がかかるし。本当の敵はゲームでも現実でも金策とか……嫌な世界だぜ。

 

 とりあえず撃墜判定された機は下がらせたが、すでにトランプ隊は攻撃隊を振り切り、後続のエステ隊の近くまで迫っていた。接触は時間の問題であるが、ただぶつけてもさっきと同じような展開になりそうな気がした。

 

「さぁて、どうしたもんスかね」

「ほっほ、これまた面白いことになっておりますな」

 

 如何すべきか困った俺が頭を掻きながらつぶやいたその時、背後に気配が!

 

「あ、ルーさんとウォルくん、ちわっす。散歩ッスか?」

「こ、こんにちは」

「うむ。正確にはブリッジの近くを歩いておったら模擬戦が始まって隔壁が下りてしまっての。暇つぶしに様子を見に来たのじゃよ」

 

 

 そこに居たのは伝説の軍師とその弟子であった。客分扱いの二人は割り当てられた仕事がないので、よく艦内を徘徊して回っていた。そんな彼らには、最重要区画以外ほとんどの場所に立ち入ってもいいように許可を出してあったりする。

 

 理由はウォル少年だ。彼は将来大物になることがわかっているので、経験値を稼ぐ意味で艦内の見学を許可しているのである。そんな訳で彼らはブリッジにもたまにやってきて雑談をしたりするので、今回もそうしようとしていたのだろう。まぁいきなり模擬戦が始まるとか誰だって思わないもんなぁ。

 

「おー、ある意味ちょうどいいところに来たッス。なんかいい知恵ないッスか?」

 

 偶然とはいえ軍師と軍師の卵が来ているのだ。彼らを利用しない手はあるまい。俺は二人をすぐ近くにくるように招きよせ、二人に状況が解るようにホログラムの空間モニターのサブウィンドウを二人に飛ばして戦術情報を渡してみた。

 

 行き成りで戸惑ったものの、飛ばしたウィンドウを受け取った途端、真剣にデータを読んでいくあたり、職業病だなぁと思わされる。時間にして数分にも満たなかったが、それだけの時間で情報を読み終えたのだろう。眼を通していたウィンドウから同時に顔を上げる二人。

 

「いやはや、なんとも。また随分な手練れと当たりましたな」

「そうっスよねぇ。無人機とはいえアレだけの数相手に無傷で突破とか信じらんないッスよ」

「いや、別段驚くようなことでもありませんぞ?」

「ほえ?」

 

 渡り歩いてきた戦場ではよく見ましたからなというルーの言い分に、思わず変な声で返事を返す俺。そんな俺を尻目にロマンスグレーの顎鬚を撫でながらルーは言葉をつづけた。

 

「いいですかな? 無人機はAIプログラムにより運行されます。そしてそれらは決してフレンドリーファイアをしないように基本設定されている場合が多いのです」

「あ、そうか。懐に飛び込んじゃえば」

「お察しの通り。味方識別の都合上。自機の攻撃範囲に入る味方を攻撃しないようにプログラムが走ります。まぁ、そういったのを無視するデストロイモード、いわゆる特別攻撃プログラムは起動していないのじゃろう?」

【はい、そのプログラムを起動させるには上位命令からの許可が必要です】

「それが突破された原因でしょうな。それと彼らの腕も実際良い腕です。分かっていても至近距離まで近づくにはそれなりの腕がいる」

「なんとも……、無人機の弱点がまた一つッスね」

 

 

 俺が知っていた無人機の弱点は、制御する機体数が増加すると、それだけ統括しているAI……すなわちユピに負荷が掛かり、編隊制御が甘くなったり戦術プロトコルに不備が生じて戦術の乱数比率の低下を招いて動きが単調になってしまうことだった。

 

 だが言われてみれば、いくら高性能な乱数を埋め込んだとしても基礎システムは予め組まれた戦術プロトコルに従っているのだし、人間パイロットのような柔軟性を持たない無人機は味方識別を無視するコードを使用しない限りは誤射しないように動く。

 

 つまり多数の可能性を持つ単一の行動を取るのは当然だったか。なんて基本的なミスだろう。 ん? でも待てよ…?

 

「でも、連中。こっちが無人機であることは知らない筈ッスよ?」

「ふむ……ウィルや。お前はどうおもう?」

 

 ここまで話しながら、ルーのじっさまは髭を撫でながら、今度は後ろに控えていたウォルくんに話を振った。いきなり話を振られて困惑したように見えたが、ウォルくんはすぐに思案顔になり自分の考えを口にする。どうやらこういうことは良くやられるらしいな。

 

「え? は、はい……多分ですけど……その、無人機か有人機の違いを、驚きを利用して見分けようとしたんじゃないかと」

「うーん?」

 

 どゆこと?

 

「ですから、もしも艦長が編隊長だとして、敵がまったく躊躇せずに、ぶつかるんじゃないかってくらいに迫ってきたら、どう思います?」

「あー、そういうことッスか。普通は回避に専念するッスね」

 

 人間がパイロットならドッグファイトが出来る距離まで近づかれようものなら、まずは距離を取ってしかるのち反転、相手の喉笛に食らいつこうとするだろう。無人機にはその驚いた時の動きはない。機械だからプログラムに従った画一的な最低限の動きで回避しようとするだろう。それも編隊全部で、だ。

 

 トランプ隊は歴戦の傭兵部隊だから、そういう動きを見せれば有人か無人かなんて一目瞭然なのかもしれない。あるいはそういった相手とも戦ったことがあるかもしれない。そう考えれば確かに不思議でもなんでもないが、とんでもなく恐ろしい技量であることには違いない。

 

 

「通常なら、数と戦力で勝るこちらは動く必要はない……ですが、彼らの力量はそれを超える、かも……。ですが態々最短で中央突破を図るということは、相手はあまり戦いに時間を掛けたくない。もしくは疲労するのを避けたいのではないかと思います。セオリーに従うのであれば、旗艦ごと艦隊を後方に動かすことで勝てます」

「動かすだけで?なんでッス?」

「フネと艦載機では、速度と移動できる距離が違います。加速能力では艦載機の方が上でも最終的な速度ではフネが上です。人間である以上、疲労の蓄積は免れません。戦線を引き延ばすことで艦載機パイロットに疲労の蓄積を促せばいい……、ですが模擬戦なのでこの手はつかえません」

「まぁ、戦っている相手が突然その場所から移動したら、普通は尻尾巻いて逃げたってことになる。んで反則負け確定コースだ。まさかそんなこたぁやらないよなぁ? ユーリぃ?」

「トスカさん、これが実戦なら兎も角。一応きちんとやろうぜと決めた模擬戦でそんなことァしませんって。それやったら俺らバカじゃないッスか」

「まぁ、んなことやったら後ろから撃つけどね。メーザーライフル・フルオートで」

「さりげなく命の危機!?」

 

 冗談とはいえ、過激な発言に思わず飛び上がりそうになった……冗談、だよな?

 

「話を続けますと、逃げられないので迎え撃ちます」

 

 トスカ姐さんとの漫才を華麗にスルーしたウォルくんは戦術モニターに視線を落していた。その前髪に隠されたまなこには、きっと色々な戦術が展開されているのが見えるんだろうなぁ。

 

 それにしてもスルー能力が上がっているとは、良くも悪くも馴染んでるねェ。それでは、見せてもらおうか。未来の天才軍師の実力とやらを――!

 

 

***

 

 

Side三人称

 

 ユーリ達が待ち構える準備をしている一方、絶好調に宇宙を駆けるトランプ隊はVF-0部隊を難なく突破し、その先で待ち構えていたエステ部隊に突撃を慣行していた。

 

 歴戦の傭兵部隊である彼らからしてみれば、人の操っていない無人兵器など、ただの案山子に過ぎない。案山子がどれだけ突っ立っていたとしても所詮は案山子。危険など何処にもない。

 

『ヒャッホー!真っ赤にしてやったぜ!』

『コレで9killっと』

 

 そう言わんばかりに、時に激しく、時に静かに動く彼らを捉えるのは、勘という不可思議未来予知を持たないプログラミングの塊で動く無人機たちには、少々荷が重かったと言える。所謂なめプをトランプ隊にされているのだが、機械でしかない無人機ではどうしようもなかった。

 

 トランプ隊の先頭を進むププロネンはマイク越しに届く戦友たちの通信を聞くと、愉快そうに表情を若干緩めていた。彼らは休暇開けということもあり、士気は非常に高い。それでいて彼ら全員の目的でもある“主試し”中なので、そういう空気に興奮しているともいえた。

 

 しかし遊び過ぎるのもいけない。適度な引き締めも時には必要だ。それを理解しているププロネンは少しハメが外れている者たちも含めて全機に通信を入れていた。

 

「各員、まだ気を引き締めて!各員エレメントを崩さないよう気をつけてください!」

『『『『『了解!』』』』』

「あの白鯨に、我々の力を見せつけてやりましょう」

 

 そうやって鼓舞しつつ、彼は隊を先導する。現在一番に突出して彼らが通る道を切り開いている2機のフィオリア。この突出している機体に乗りこんでいるのはププロネンとガザンである。

 

 野生の勘とも言うべき反射神経で突き進むガザン。それに対し未来がわかっているかの様に相手の動きを予測して動くププロネン。対照的な二人だがどちらもエースと呼ぶに相応しい腕前を持っていた。

 

「ガザン、私が針路を見つけますので――」

『あいよ。撃つのは任せな!』

「撃つのは最低限、解ってますね?」

『弾代もバカになんないしねぇ、それにコレだけの数。撃てば当たるなんて楽なモンだ』

「それだけでは無く、弾切れになったら困りますから」

 

 雑談を交えつつも、さらに加速する2機。他のカスタムフィオリアと同じく、この2機も改修を受けたカスタム機であり、性能は既存の機体よりも高い。特に追加ブースターにより速度がUPしているのは2機とも共通であるが、ププロネンの方は、武装はそのままで通信関連を強化した指揮官仕様。対してガザンは武装面を強化した重装備型に改修されていた。

 

 ちなみにガザン機は追加ブースターで余裕あるペイロードを用いて、背面に連装式レーザータレットを搭載し、同軸レールガンを2基から倍の4基に増やしていた。それだけに飽き足らず胴体の埋没式ミサイルコンテナに10連発の熱核魚雷投射機を搭載している。

 

 こいつをひとたび解き放てば、連続発射される核魚雷によって並みの艦船など簡単に塵芥に出来るのだが、今回は模擬戦に切り替わったことで電子的なロックが掛けられており、命中したところで威力はせいぜい10連発のロケット花火といったところであろう。

 

 ガザンは火力信奉者であり、後に模擬戦の後でこれが真の意味で使えなかったのが残念でならないと言っている。それを聞いたユーリが殺す気満々じゃねぇかと戦慄を覚え、さらによくよく話を聞いてからガザンを脳筋(脳みそまで筋肉)と口を滑らせたせいで、容赦のないウエスタンラリアットを食らわされていたりする。

 

 

「ん?各機へ。進路上に敵機が集中しています。言うまでもないでしょうが―――」

『おいおい、さっきの変な変形する奴らよりもはるかに多いな』

『とりあえず突破できるように誘導頼みますよ隊長』

「むろんです。各機我に続いてください」 

 

 それはともかく、もう一方の指揮官機であるププロネンのフィオリア。これは火力信奉者のガザンとは対照的に、出力の殆どを通信機能やレーダーに回していた。流石に大型艦の出力には負けるが、旧式駆逐艦が持つレーダーレンジ程度の範囲を出力でき、広範囲の索敵とセンサーによる細かな調査に特化していた。

 

 これによってププロネン機のカスタマイズは通常のフィオリアのレーダーシステムを超えた代物に仕上がっていたといえる。もっともこの手の電子機器は小型航宙機に乗せるには少々重い。胴体内のミサイルコンテナを撤去して、武装はK-133リニアガンだけという最低限の装備になってしまっていた。

 

 もっとも彼の機体は指揮官機という位置付けであり、戦闘指揮をするが自ら攻撃することはほぼないので問題はなかった。トランプ隊の各機はそれぞれ高い技能を誇っていたが、特に火力のガザンと戦場の眼ププロネン。この二人が連携した時の戦闘力は他のトランプ隊全機に匹敵するとトランプ隊に所属する隊員は後にそう述べている。

 

 そんなププロネン機は、そのあまりある索敵能力を生かし、進路上に展開した白鯨艦隊所属の人型機動兵器の位置をいち早く感知して仲間のトランプ隊に警告を発する。人型機動兵器、エステバリスは小マゼランで長く活動してきたトランプ隊も見たことがない特異な形状をした機動兵器であったが、彼らは多少驚いただけで動揺などはしなかった。

 

 宇宙と地上では、世界を支配する法則が違う。地上ではとてもではないが飛べない形状をした物が宇宙ではごく普通に動き回る。それが普通なのである。それゆえに例え人型ロボットの姿をしていても、スラスターと武装が付いていればそれは機動兵器である。機動兵器との空間戦を主にするトランプ隊からすれば日常的な戦場であった。

 

 

『かなりの量だね。湯水のようにミサイルとか、なかなか羽振りが良い』

「ええ、ですが聊か勿体無いですね」

 

 彼らの進路を妨害していたエステバリス達の中には、マイクロミサイルを搭載した機体が混じっていた。そのマイクロミサイルはもともとはVF用のマイクロミサイルポッドであったが、小型であることを利用し、手持ち装備に出来るように改造が施されている。

 

 ミサイル自体は小型なのだが、ばら撒くことが前提のミサイルであるマイクロミサイルを文字通りばら撒いたエステ隊。これによりミサイルによる弾幕が進行するトランプ隊とエステ隊との中間点に発生する。

 

 リニアガンのシステムを応用したランチャーポッドにより射出されたミサイル弾体は、しばらく何もない空間を飛翔し、センサーが敵を探知した瞬間にロケット推進により加速、誘導機能により敵を追尾する。一発一発はそれほど威力はないものの、一度に5発発射されるので、全弾命中時の威力は単発の対空ミサイルのそれを上回った。

 

 当然ながら、カスタム機とはいえ命中すれば大破や撃墜判定は回避できない。されどこのマイクロミサイル、ロックオンしてからの追尾性がやや悪い上、マイクロと名があるように小さいので搭載する燃料が少ない。

 

 実質、ロケット始動から加速して追尾できる時間は僅か数十秒にも満たなかった。だからランチャーポッドで加速されるのである。そうしないと遠くの敵に命中する前に燃料が切れて、加速度が与えられたそこらへんの宇宙機雷と変わらない代物と化すのだ。ミサイルなのに誘導しないのはこれいかに?

 

 さて、そんな風なマイクロミサイルである。トランプ隊の面々はミサイルがこちらを捕捉して加速、追尾してくるのをギリギリまで引きつけた後、燃料切れの瞬間にピッチを調整することで意図も容易くミサイルを回避していた。

 

 ポンポン避けられると簡単に出来るように見えるが、実際は迫るミサイルが燃料切れになるところを見極めないとミサイルのセンサー範囲から抜けられずに追尾され続けるので一回で躱すことは非常に難しい。

 

 だからこそ、この回避方法ではかなりの度胸と精神力が試される筈なのだが、このミサイル弾幕を受けてもトランプ隊から脱落者は出ていなかった。彼らがどれだけ修羅場を巡ったのかがミサイル回避の挙動一つで解る。何故ならば。

 

『イィィィィヤッホォォォォォォッ!!』

『やかましいぞトランプ8』

『このスリル感がたまんねぇんだよ!』

 

 彼らは命中するかもしれないミサイルの雨というスリルを楽しんでいたからだ。模擬弾とはいえ、フィオリアはバブルキャノピーを持つ戦闘機であり、コックピット周りは装甲が一切無いといってもよく、当たり所によっては例え模擬弾であろうとも死ぬ。

 

 しかし幾多の修羅場を抜けた彼らに取っては、模擬弾のミサイル等はおもちゃと変わらない。ひらりひらりと布に風が吹くかの如く、迫るミサイルをギリギリのタイミングで避けきってみせる。それは確かに遊んでいた。まるで自分達の技量を見てくれと言わんばかりに必要がないほど、自らの技能を誇示してみせていた。

 

『いい加減飽きたな。ほうら!おっ返しー!トランプ10!エンゲージ!fox2!』

『トランプ9、エンゲージ、fox2』

『トランプ8!fox2ぅぅ!!』

 

 そして彼らもお返しとばかりにミサイルを発射する。ミサイルのレーダー波を捉えたエステは、一斉に散開して乱数回避運動を取るが、そこは歴戦のトランプ隊。初撃のミサイルと遅れて別のミサイルを時間差で放つことで、回避運動中の機体に次々と命中させていった。

 

 かくして展開していたエステ隊の内、進路を妨げていた機体はほとんどが大破、および撃墜判定を食らい、後方へと転進していったのだった。それをレーダーで確認していたププロネンであるが、その時敵の動きが変わったことに気が付いた。撃墜判定を受けていない機体が、自分達の進路を塞いでいた機体まで離れていくのだ。

それに気が付くのと同時にセンサーから警告音が鳴った。

 

「む? 高エネルギー反応? そう言えば彼の艦はレーザー砲撃が主体でしたね」

 

 ププロネンはセンサーが得た情報を解析する。彼の機体は電子機器を大量に搭載しているだけはあり、情報処理にも長けている。距離はあるが戦闘艦が発する火器管制のレーダー波を検知して対空砲撃の予兆を掴んだのだ。

 

「各機、編隊陣形“蛇”。対空砲撃を回避します。向こうのレーザーは恐らく模擬戦用レーザーです。ヘルメットの調光バイザーをちゃんと下ろしたか確認しないとひどい目にあいますよ。それと各機は油断しない様にお願いします」

『『『『了解ッ!!』』』』

 

 トランプ隊の各機がププロネンを先頭にして集まってくる。ププロネンは部下を率いながら、自機に搭載されたコンピューターと彼自身が戦場で培ってきた感覚で、次の攻撃の瞬間を予想した。

 

 そんな中、ププロネンはふと思い立った様にコックピットから宇宙を眺めた。先程まで扇状に展開していた筈の駆逐艦が下がり、旗艦の近くに寄っているのが見える。これは何かあると彼の長年の勘が告げていた。

 

「一筋縄では行けそうもありませんね」

『かもしれないねぇ。で、どうするよリーダー? 白旗でも上げるかい?』

 

 ププロネンが呟いた言葉に返事が返ってくる。何時の間にか後方についていたガザンからの通信だった。ププロネンは通信機のマイクが入れっぱなしだった事に不覚でしたと笑いつつもガザンが述べた言葉を思案していく。

 

 想定していた以上に相手は強力な戦力を持っていた。純粋戦力ならば性能差的にどう足掻いても勝てないとププロネンは判断していた。ガザンが言うように降伏するのも戦いの一つのやり方ではある。だが、ププロネンはそこまで考えて首を振った。

 

「ふふ、おかしなことを言いますね」

『そうかい?』

「私が降伏なんて指示を出したら最後、貴女は私を撃つでしょう?」

『さてねェ、そこはリーダー次第だよ?』

 

 HUDに投影されるバストアップ画像の向こうで笑って見せるガザンだが、長年彼女とコンビを組んでいるププロネンの勘が告げている。彼女はマジだと、本気と書いてマジと読むくらいに本気だと。この二人の関係は只の上司と部下という訳でも男女の仲という訳でも無い。しいていうなれば、二人はライバルという間柄だった。

 

 力押しのガザン、知恵のププロネン、対照的な二人だが、どちらも一介の傭兵が持つには不相応に過ぎるほどの技能を修めてしまった者たちであり、それでいてその力に溺れることなく、その力をふるうに相応しい場を与えてくれる存在。いうなれば最高の雇い主を探そうという点で共通している。

 

 というか、なんだかんだ二人は馬があうのだ。互いにあまり得意としない分野を得意としており、それを互いに競って高め合い、互いに認めているのである。いい意味で凸凹コンビといえた。それ以上に幾多の戦場を共に駆けた戦友同士でもあるので二人は互いが仲間でないなどと口が裂けても言うまい。

 

 そんな二人に共感を持つ者たちが集まり、いまではトランプ隊という大所帯を形成しているのだが、それはさて置き相棒でライバルであるガザンの言い分としては、まだ戦えるのに勝手に降伏するなんて許さんということなのだろう。戦いの機会を奪うのなら味方でも容赦しないのは実に彼女らしいとププロネンは苦笑した。

 

「はは、怖い怖い。ですがそんな貴女だからこそ、背中を預けられますね」

『あいよ。いつも通りトランプ2はトランプ1の2番機に入るよ』

 

 重武装のフィオリアがププロネンの斜め後方につく。他のトランプ隊も彼らの背後に並ぶようにして編隊を組んでいた。何十機も連なる編隊はまさしく蛇である。トランプ隊のリーダー、ププロネンの下で戦う内に体得していた編隊陣形であった。

 

『来たよ!』

「わかっています」

 

 センサーが探知した対空砲撃の照射予測のカウントダウンが残り10を切り、コックピット内の警告音がさらにけたたましく鳴り響くのと同時にガザンが叫ぶ。それに返事を返しながら、ププロネンは一度眼を瞑り、意識を集中した。

 

『全員シートベルト絞めな!頼んだよ“アルゴスの目”』

「――了解です。では皆さん。決して遅れるなッ!」

『『『了解!』』』

 

 ガザンから二つ名を呼ばれた彼は、まるで眠りから覚めたかのように眼を見開くと、左手側のスロットルレバーに取り付けられた片手用のキーパッドを恐ろしい速さで叩き、コンソールを操作していく。

 

 通常、この手の戦闘機の操縦桿やスロットルレバーには、頻繁に使うスイッチ類を統合したHOTAS(Hands On Throttle-And-Stick)という概念に基づいたスイッチが付いているが、ププロネンのそれはHOTASを発展させ、さらに細かに操作できるように……いうなれば小型のコンソールを片手で操作するような、常人では扱えない代物が備え付けられていた。

 

 その機能は普通なら複座にもう一人専用の副パイロットが集中しなければならない程、多岐にわたる。しかしププロネンはそれを苦に感じないどころか、涼しげにサイドスティックで機体を流暢に操っている。

 

 意識を集中したププロネンは今、各種センサーがもたらす戦場の情報を大量に、並列に、そして刹那的に処理し解析していた。今の彼は機体の情報処理装置と一体化したマシーンであり、それでいて有機的に動くことができる一個の完全な生き物とかしていたのだ。

 

 彼の二つ名であるアルゴスとは、全身に百の目を持ち、眠らない大いなる巨人の事。ありとあらゆるところを見る眼を持つ故に、その巨人には空間的にも時間的にも死角がない。

 

 

 その名を冠している、それはつまり―――

 

 

「解析出ました!全機、私に続いてください!」

 

 

―――空間を、宇宙空間という戦場を把握する能力がずば抜けて高いのである。

 

 

 ユピテルを中心に空間輪形陣を展開していた駆逐艦から放たれる対空砲撃が、トランプ隊目掛け、まるで雪崩の様に押し寄せてきた。事前に発射の兆候を察知していたププロネンが10カウントに入る前から解析を行っていたこと、そしてその情報を余すことなく生かせる彼の腕により、模擬レーザー光の壁と形容できる空間に、ごく僅かに出来た隙間に彼は編隊ごと機体を滑り込ませていた。

 

 レーザーは基本的に直進する。それは空間に立ち込めた星間ガスやら、重力レンズという特殊な作用を考慮しなければ純然たる事実である。されどいたるところで凝集光が夾叉しているような空間で、それも対空用に一つ一つが威力を落しながらも効果範囲を広めた太目のレーザーの中を飛ぶ。

 

 それは一つ間違えばたちどころにレーザーに焼かれる結果となる。協定により使用される兵器は模擬戦用とはいえ、それでも駆逐艦からのレーザービームだ。駆逐艦は脆いというのは艦隊戦同士の話。艦載機にしてみれば駆逐艦のレーザーは大口径の大砲であり実戦において直撃されれば普通に蒸発させれてしまう威力を持っている。

 

 今回は模擬戦であり、レーザー出力は低いので、爆散までは行かない。それでも電子機器が焼き切れる程度の力はある。そうなれば宇宙で棺桶状態である。幾ら模擬戦とはいえあらゆる計器が止まったまま漂流というのは、宇宙を飛び回る人間としてはトラウマものである。

 

 しかし、トランプ隊は躊躇う素振りすら見せず、まるでソレが当たり前のようにププロネンが通った軌跡を寸分たがわぬ動きでなぞり、ごく僅かにできた隙間の中を通り抜けていた。蛇の様に戦闘機が一列に並んで飛ぶと言うのは傍から見れば異様である。

 

 これは彼らの技量もさる事ながら、チームワークが生半可なモノではない事を表していた。だれが好き好んでレーザーの嵐の中に飛び込むだろうか?そこには常人には理解できない眼に見えない絆がそこにある。

 

 トランプ隊はププロネンが率いているチームであり、傭兵を一緒にやる戦友達でもある。お互いに信頼が置け、尚且つ仲間意識が高い連中が生き残り、トランプ隊をやっているのだ。だって協力出来ない人間は、みんな戦死してしまうのだから、そういった意味でププロネンの指示で生き延びる者が残るのは必然であった。

 

『凄ぇな、まるで光の洞窟みたいだ』

『私語は慎め、トランプ13。集中が途切れるぞ?』

『あ、先輩、すみません』

 

 トランプ隊の中でも比較的最近に所属した一人が、悠長なことを述べて先輩に叱られている。光の洞窟というか、本来なら機体を制御不能に出来る程の出力を持つレーザーの嵐であるにも関わらず、トランプ隊は隙間を通り抜ける間、実に自然な態度を崩さなかった。

 

 ルートは先頭のププロネンが決めている。少しでもミスを起こせば全員撃墜されるような状況。それでも彼らが笑い話すら出来るのは、リーダーを信頼している証であった。その内に彼らはレーザー弾幕を抜けた。レーザー砲撃の電子干渉で阻害されていたセンサーの“視界”が広がった直後、トランプ隊の、特にププロネンの機体はいち早く警報を鳴らしていた。センサーが巨大な物体が彼らの行く手を塞いでいるのを捉えたのである。

 

 それはあまりにも巨大なフネだった。小マゼランで最大の輸送艦、ビヤット級よりも100mも大きい。明確な艦隊戦のドクトリンに従って配置された砲塔群、鋭角でありながら滑らかな傾斜が付いた無骨な装甲。フネの後方に構える大きな艦橋。

 

 それはまさしく戦艦であった。Uの字を描くエルメッツァ中央政府軍のグロスター級でも、鋭角ながら有機的なデザインをしたカルバライヤ星団連合のドーゴ級でもない。彼らが知っている小マゼランのどの戦艦に該当しない、強力なフネ。

 

 それもその筈で目の前に立ちふさがる戦艦こそ、バゼルナイツ級改である。小マゼランから遠くて近い隣の銀河、大マゼランの国家が運用している主力戦艦を改造した艦で、攻防バランスのとれた戦闘システムと本来の主力艦の名にふさわしい運用能力の高さ、さらにはあらゆる任務に対応した全長1,3kmにも及ぶ巨体誇るフネであった。

 

 ププロネンは内心すこし驚愕していた。対空砲撃がくるまえにもバゼルナイツ級が艦隊に居たのは確認していたが、その位置は確か旗艦と思われる大型艦のすぐ隣だった筈だった。対空レーザー弾幕を張ったそのわずかな隙に戦艦が威風堂々と旗艦を守る盾としてそこに鎮座している。戦艦とは思えぬ足回りの速さに驚いたのである。

 

 正確には旗艦ユピテルも後方にさがり、同じく戦闘工廠艦アバリスが前に出たので相対的に早く動いただけに過ぎないのであるが、そこまではこの時のププロネンに解る筈もない。レーザー砲撃でセンサーが一時的に封じられている間のことを知るのは、さすがに超能力でもない限り不可能であった。ププロネンも超能力染みた能力を持つが、さすがに某新人類のように全てを把握できるわけではなかった。

 

 旗艦を守るように立ちふさがった戦艦アバリスであるが、その甲板には対空レーザー弾幕を張るのに参加したと思われる砲塔のいくつかから冷却ガスを吐き出している。発射の兆候である光子が砲口から漏れていないので、まだ再発射の可能性は低い。

 

 そう判断しかけたププロネンであったが、次の瞬間には背筋が凍りついた。砲塔と砲塔の間、甲板が観音開きに開かれ、そこから別の砲塔がせり上がってきたのだ。見ればそれは大小さまざまな砲塔が無造作にくっ付けられたような、まるでキメラのような砲塔である。その砲口から漏れでる大量の光子、すでに発射準備が完了している。

 

 センサーが気が付かなかったのは、砲塔が艦の中、フネの中心部に近い位置にあったからだろう。フネの中で一番エネルギーが高い部分、いわゆる機関部に近いことでセンサーシステムがその砲塔のエネルギーをフネのエネルギーと誤認したのである。

 

 せり出した砲塔のエネルギーを捉えたセンサーが警告のビーブ音をけたたましく響かせるよりも早く、彼はいち早く通信機を通じて周りの機体に警告を発していた。

 

「各機ブレイク(散開)!」

『ブレイク!ブレイク!』

 

 くしくもププロネンが指示を出すのとほぼ同時に、キメラ砲……ガトリングレーザーキャノンの砲門に電荷が走り始め、蒼白い光子が砲身内部に渦巻いているのを彼は見た。禍々しい蒼い光がその照準をブレイクしたトランプ隊の中央に向けている。

 

 まさか…、そうププロネンが思った直後、キメラはその咆哮を響かせる。

 

『ガッ!トランプ11被弾!離脱する』

『はは、間抜け≪バンッ!≫あ!クソ!トランプ8被弾!離脱するぜチキショー!』

 

 ガトリングレーザーキャノンから放たれた怒涛の光流。その照射量もさることながら、あまりにも広い散布界に彼らは度肝を抜かれた。これまでこれといった被弾が無かったトランプ隊だったが、ここで初めて撃墜判定を受ける機が続出した。

 

 撃墜判定が下されなくても相手は戦艦クラスの放つ模擬レーザー、拡散型で威力低目に設定されているとはいえ、戦闘機は掠っただけでも損害が大きい。彼らの腕が相当高いだけあり、撃墜判定は2機だけだったが、そのほかはレーザーの余波を食らったという判定で小破や電子機器の一部制限が掛けられ、能力が著しく低下した。

 

「ガザン!」

『ああ!解ってる!3~6番機はあたしに続け!デカイ大砲を潰すよ!』

「残りは私に続いてください!敵中を突破します!」

 

 もっとも、味方に被害こそでたが戦場ではそんなことはよくあること。昨日の味方は今日はいないなんてことも彼らにしてみれば日常の一幕である。そうでなければやりがいがない。やはり相手は実に楽しい相手であると感じた彼らは宇宙を駆ける。全員が全員、口角をゆがませる程の笑みを浮かべていた。

 

 

***

 

 

Sideユーリ

 

「アバリス、第三砲塔応答なし、第一砲塔も中破、ガトリングレーザーキャノンは排熱機破壊によりオーバーヒート中。使用できません」

【敵機、残り10機――えあっ、アバリスに撃沈判定】

「うそん?」

 

 上がってきた報告におもわず唖然として言葉を溢していた。アバリスを盾に敵を包囲して集中砲火を浴びせる予定だったのに…コンソールからサブウィンドウを呼び出してアバリスのステータスを見ると確かに撃沈判定が下されていた。

 

 敵の中で二機いるトップガンの内、重武装の機体がいるのだが、そいつが至近距離からアバリスの機関部へ目掛けリニアガンを連射したらしい。模擬戦での判定を下すのは戦術シミュレーターのAI(ユピテルとは別の無人格AI)なのだが、それがアバリスの機関部周りの重装甲を敵レールガンが貫通したという判断を下したのだ。

 

 機関部はフネの命。だからかなりの装甲厚がある装甲板で幾重にも覆われている筈なのに、それを連射した上に貫けるリニアガンなんてアリかよ?どれだけ魔改造されてるのあの機体?

 

「こちらの直掩機も全機撃墜判定です。すさまじい技量です」

 

 その報告を受けて、顔にこそ出さなかったが俺はもう頭を抱えたかった。補給にも戻らずにこれだけの損害を与えてくれた。無駄弾を撃たずにそこまで出来るなんて人間のパワーは時々凄いと感心してしまう。

 

 ていうか、驚愕してる場合じゃない。アバリスを沈黙させたのでその矛先はこっちに向くのは確定的に明らか。このままじゃマズイぜ。旗艦を射程におさめると向こうに勝利判定が出るから、あまり近づかせないようにしないと……。

 

「あ、あのう。艦長さん」

「ん? ウォルくんどうしたんス?」

「こ、この位置の駆逐艦を二隻、彼らとの間に……」

「む? でもそうするとこっちの砲撃の火線が通らないんスけど?」

「大丈夫です。それも誘いですので……それと後方の一隻には……」

「あいよ。当初の予定どおりッスね」

 

 もっともアバリス云々以外は実は予定通りだったりする。それもこれも、いま俺のとなりでドモりながらも意見具申してくるウォルくんが想定した事象がほとんどそのまま展開しているのだ。

 

 さっすが未来の大軍師。俺なんかじゃ予想もできないところもやってくれる。そこにしびれる憧れるッ! 唯一の難点として人見知りなのか彼はしゃべるときに声が小さく、必然的に内緒話をするように耳を近づけて聞く羽目になることだろうか? 

 

 それでも頑張って俺に意見具申しようとするウォルくんを見るルーの眼付が微笑ましいものを見る眼付なのはなんだかなァ。まぁ弟子が色々と策を巡らし、頑張って上申するのを見るのは、これまで師事してきた師匠としては軍師冥利に尽きるのかもしれないな。

 

 そんで肝心のウォルくんの戦術であるが、少し前に全部聞いていた。その時もコショコショ話しされたので、くすぐったかったが何とか聞き取れた。聞いてすぐに“ふむ、中々面白い策だ。さっそく採用しよう”と即断即決で決めた。

 

 いやー、なんていいますか。必死に考えてくれるウォルくん見てたらなんか応援してあげたくなっちゃったのよね。目の前でモジモジしてくるのよ、しかもこの子意外と顔がいいから、そんなんでも様になる。ようするに何?この可愛い生き物みたいな感じ?

 

 まぁ彼のいう戦術を聞いた限りでは多分大丈夫だし、これは模擬戦であって実戦じゃないから、彼のいう戦術が失敗してもあまり問題はない。一応近くで聞き耳を立てていたであろう我が副官さまに視線を向ければ小さくうなずいてくれたので、何とかなると思った。

 

 そんな訳で俺たちは今はウォルくんの考える戦術の元で動いていた。要するに戦術を考えるのを丸投げしただけだったりするんだが、まぁ言わぬが花だよな。げはは。

 

 

 

 さて、戦術はウォルくんのを展開する。守り切れるのか、いや守るのではない、これは攻めへの布石なのである。聞いた通りに進めばだが、おそらく彼の読みは外れまい。だって原作でも有能だしね。

 

 アバリスは突破されたが、すぐに連中がこちらを射程に捉えるというわけではない。なぜならすでにユピテルはそれなりに後退して、彼らから距離を開いている。むろん戦域からの離脱という訳ではなく、全速力で20分くらいの位置に移動したのだ。

 

 これもウォルくんの策であり、それを聞いた時はさすがに戦域離脱になるのではないかと思ったが、ウォルくん曰くあの戦闘機が到達できない距離に逃げれば戦域離脱だけど、到達できる距離にいるなら端っこでも逃げたことにはならない、らしい。

 

 ある意味でグレーゾーンな気がするが、まぁ原作でも距離に関する概念は実際あったし、それに彼のいうことも一理あるので実行した。前旗艦であったアバリスをおとりにするような策で心情的には少しアレだったが、想定では武装を潰されて戦闘不能となるだけだったので許可したのだ。

 

 まさかの撃沈判定になるとは思ってなかったけどな。恐るべしトランプ隊。

 

 件のトランプ隊であるが、すでにその数を半分に減らしている。さすがに戦艦を相手にするのはカスタム機とはいえきつかった様だ。機体の性能差が戦力の決定的違いではないと某赤い人が言っているが、逆に言えば決定的でないだけで戦力の違いはある。エース級ぞろいとはいえ、戦艦を沈めるにはもう少し機体性能が欲しいところだろう。

 

 そんな彼らの進路上に移動中に陣形を入れ替えて、俺たちの前に2隻のガラーナK級を展開させた。強化された砲撃とS級から補給を受けて再発進したエステ隊が弾幕を形成し、進行の邪魔をさせる為の編制である。

 

 さっきの艦隊一斉対空弾幕に比べれば、投射される弾幕の密度は低いが、それでも機動砲台と化したエステバリスの対空射撃が加わり、模擬弾のミサイルも飛んできているのだ。早々に突破できまい。

 

 さらには他のK級やS級も進路上に展開した2隻を中心にして、対空攻撃区画を細かく設定した対空射撃をエステ隊に行わせている。言うなれば爆撃機編隊のコンバットボックスを空間艦隊戦に適用して形成しているので、さっきの一斉射ほどではないが対空弾幕密度は高い。

 

 ここまで何度か攻撃隊を当ててきたから、一見そうみえなくても流石に疲労が蓄積している筈。そこにKS級巡洋艦も手薬煉ひいて待ち構えているのだ。なかなかに突破は難しいんじゃねぇかな?

 

「隊長機が対空弾幕を回避したわー。進路は――迂回、K級を迂回してくるみたいー」

【光学映像に捉えたので、スクリーンに投影します】

 

 普通に迂回しやがった。消耗するからスルー推奨ってか? 思惑に嵌らなかったのは少しアレだが、逆に考えれば奴らの消耗は想定よりも高いのかもしれない……。そうこう考えている内に、こちらの光学機器が探知できる範囲に入ったので、向かってくるトランプ隊をホロモニターに投影した。

 

 映し出された映像にはフィオリアの他に明らかにカスタマイズを受け、追加ブースターをつけた隊長機とか指揮官機とか呼べる機体が混ざっている。つーか、光学解析したらパイロットがはっきりくっきり見えた。未来の科学力に驚くが、それよりもパイロットはどうみてもププロネンさんです。本当にありがとうございました。

 

「ええい! とにかく撃ち落とせッ!」

「アイアイサー!」

 

 少し焦った俺は気がつけばそう叫んでいた。って、今のセリフって死亡フラグっぽくね? なんかこう悪役が追い詰められて叫ぶ台詞っぽい……あ、悪役とちゃうもん!

 

【もう1機。対空砲火を抜けました】

「光学映像解析……機種はフィオリア、ですが恐らく武装面が強化された機体だと思われます」

 

 さらに対空砲火網を抜けた。映像にはフィオリアの主翼部分に更にリニアガンが二門増設された機体が写っている。鈍重そうな見た目なのに意外と軽快な動きをするその機体。そしてやっぱり光学解析でパイロットが見えて、乗っているのはガザンさん。

 

「あ、紅いフィオリアだと!?」

「知ってるスか?!イネス!?」

 

 迫ってくる赤いカスタム・フィオリアを見て、航路担当官として操舵主のリーフの隣にあるチャート記録席に座っていたイネスが驚いたように声を出した。赤い機体だから、まさか通常の3倍とか言うわけないよな? 流石にネタを知らないだろうからありえないだろうけど。

 

「アレは、あのフィオリアは真紅の稲妻!」

「――ってそっちッスか!」

 

 多分ネタじゃないんだろうけど、まさかの某機動戦士に出てくる彗星と勘違いされる幸薄い不憫なお方と同じ二つ名を聞いた俺は驚いて少しズルッと肩を落とした。普通の奴には解んねぇよ! 通常の3倍でも知らん奴は知らんけどね。

 

「真紅の稲妻。たったの一機で11隻ものフネを沈めたって言うので有名な奴だよ」

 

 それを見ていたトスカ姐さんが補足説明をしてくれたが、終始変な物を見る眼を向けられるよりも、スルーされたほうが辛かったり……ああん、ひどぅい。

 

 なんでも単騎で11隻の軍艦を撃破し、航宙機を800機、戦闘機を1000機、戦艦の主砲を100基、機関砲プライスレス――噂だから、尾ひれはひれついているだろうが、もし事実ならこの人は何処のルーデル閣下ですか? もうどこに突っ込んでいいか解んないよぉ。

 

「全く、模擬レーザーで墜ちてくれていたら楽だったのに」

「伊達に名が売れてる訳じゃないって事だね。流石はトランプ隊と言ったところか」

「そうッスね。そこら辺は流石ッスね。だからストール! 早く落とせ! これ以上は経費が嵩む!」

「や、やってるって!」

 

 ちなみにエステバリスがバカスカ撃っている模擬弾ミサイル。これが結構お高いんですのよ? 実弾じゃないと管理局にタダで補給してもらえないからな。実地演習とかは個人でやれって事らしいが、少しは援助があってもいいと思うんだ、うん。

 

【さらに6機、対空網を突破。他の機はこちらの牽制で動けませんが損害は軽微……信じられません】

 

 そんなことを考えている内にリーダー格のガザン&ププロネンのコンビ以外にも突破した面子が……。KS級巡洋艦やK級およびS級駆逐艦達にくわえ無人エステ達が放つ対空弾幕の中を、まるで踊っているかの如くに潜り抜けていた。もはやアレは変態の領域だった。なんてこった。やっぱり変態の編隊だった。いや編隊の変態か?

 

「天使とダンスしてなってか?」

 

 思わずグレースメリア在住のジュニアスクールに通う少女の口癖が漏れてしまう。原作クルーの二人もアレだけど、それ以外の部下さんも弾幕を前にしり込みしないとか、どんだけーって感じなんだけど……。

 

 もしかしてププロネンの部下さんたちの中身は、ユーク○バニアとかオー○アからの転生者とかじゃありませんか? リボンがついてるとか、凶鳥のシンボルマークどこかについてない?

 

 現実逃避してしまったが、これが模擬戦でよかった本当に良かったぜ。実弾でやっていたらどんだけ損害が出たことやら。 しかし人間って訓練するとあそこまで逝っちゃうもんなんだろうか?(もう誤字にあらず)

 

「ユーリ、あんた何か言ったかい?」

「いや、何でも無いッス。それよりも包囲は?」

「残っているトランプ隊の足止めには成功しました。ですが包囲する前に突破した敵機は再編成を終え、現在は本艦目がけて突っ込んできています」

 

 ミドリさんの報告に俺は思案する。ついに他の敵を無視してこっちの本丸を狙い始めた。いや、そうせざるを得ない状況であるのだろう。あっちの戦力は、K級たちの頑張りで客観的にはすでに半減していると言ってもいい……ガザンさんの機体がトランプ隊戦力の半分以上を占めているなら別だけどな。

 

 とにかくこちらの濃密な弾幕がただの牽制にしかなっていないが、それにより戦力が減ってしまったから短期決戦を決めたのだろう。もしかしたら何か切り札があるのかもしれないが、それはそれで向こうの手の内が解って面白いじゃないか。

 

「敵機、10時上方から接近中、ルート想定……中間点のKS級を回避し、真っ直ぐ本艦を狙うつもりのようです。あ、まもなくK級20番艦の傍を通過します」

「KS級の進路変更。旗艦の盾になるように展開。それと20番に信号発信。想定通りで撃たせるんだ」

「了解、副長。そのように」

 

 ユピテルの直掩艦であるKS級たちは速力を生かして回り込もうとするトランプ隊を正面に据えるように展開する。そして、先行していたガラーナK級の20番艦……名前はまだ考えてない艦の傍をトランプ隊が通過する。その瞬間、ホロスクリーンに投影されていた戦術マップに巨大な円が出現した。

 

 くく、どうやら上手いこと引っ掛かってくれたらしい。内心ほくそ笑んでいるが一体何が起きたのか? 実に簡単な仕掛けである。先の20番艦の傍にVB-0モンスターを配備してあっただけ。

 

 ただし、K級を盾にしてレーダーに映らないように潜ませてたけどな! 念には念を入れて主機をおとして最低限動けるアイドリング状態にして、後部甲板下部に“接着”していたモンスターはトランプ隊がK級を通過する時に再起動した。

 

 その後、背負っている大型4連装リニアガンと大型ミサイルを広域発射。リニアガンの弾頭は熱核……に見せかけた照明弾だ。効果範囲が熱核とほぼ同じなので模擬熱核弾頭として登録したものである。地上と違い、宇宙における核弾頭はあまり威力が出ないとされているが、それでも効果範囲はかなり広い。

 

 ウォルくんの予想では、トランプ隊がKS級を迂回するルートを取るなら、間違いなくK級20番艦をスルーすると踏んでいた。艦隊でいたならいざ知らず、K級20番艦は単艦でいたので対空砲も密度が薄い。

 

 おまけにトランプ隊は戦力が半減したので、すぐにでもこちらの艦隊旗艦を落としたいと思うだろう。色んな戦術や策を考えるだろうが、戦力が減少し始めると人間は心理的に不安を多少なり感じる。そうなると、オルドーネKS級巡洋艦が進路を塞ぐ前に最短ルートを取りたがる。

 

 ウォルくん、そこまで読んでいたのだ。すごいねぇ。

 

「トランプ隊、6機撃墜判定です」

「はぁーっはっはっ! あとは残敵の掃討だk……え?6機っスか?」

「はい、6機です。隊長機とそのウィングマンは免れたもよう」

【撃墜判定を下したAIからのデータによると、模擬弾頭がリニアガンから発射された直後、隊長機とウィングマンを庇うようにして他の機が展開したようです。その時の通信ログがありますが、聞きますか?】

 

 ユピの報告に俺は頷く。少ししてブリッジのスピーカーに彼らの音声が流れ始めた。

 

≪高速で接近する物体あり?――駆逐艦の影に伏兵を潜ませていたのですか≫

≪到達まで、あと2分くらいしかないねぇ。おまけにミサイルも回り込んでるから、あれらの影響範囲から飛び出すのは私らの機体でも無理だわ≫

≪姐さん、なんで諦めてんです? あの程度の速さなら回避なんて……≫

≪トランプ4、あれだけ対空攻撃の密度が多かった艦隊だぞ? ここにきて唯のリニアガンの対空砲な訳ねぇだろ、見ろあの弾頭の拡散具合。すごく広いぞ≫

≪考えられるとするなら、多分広範囲に散弾が拡散するか、火球が拡大する弾頭だと思うにぃ≫

≪ああ成る程、納得だぜ。ところで、なぁ皆?≫

≪≪≪≪≪≪――応よ≫≫≫≫≫≫

≪うん? お前らなにしてんだい?≫

≪皆さん盾になるつもりですか?≫

≪いやー、このまま仲よく心中ってのもいいですけどねぇ≫

≪やれるなら最後まで足掻きたいじゃない?≫

≪幸い、俺とトランプ13の機体は装甲強化型だし、トランプ7は簡易APFSポッド積んでるんでね≫

≪この中で、向こうを捉えられるのは、技量的にも度胸的にもトランプ1と2しかいない≫

≪同意≫

≪というわけで……隊長、副隊長。あと任せた≫

≪あいよ、任せれた≫

≪はい任されました≫

 

 こんな通信がされていたらしい。わぁお、自分の命が滅茶苦茶かるいッスね。俺だったら自分の命を天秤に賭けなきゃいけないなら……あー、でも。まぁわからんでもないのかな? 

 

 人間なら意地を張りたいし、仲間がここまでやってくれたなら自分もそれに殉ずる。自己犠牲……とは違うが複雑な感情がそこにあるのは確定的に明らか。

 

 そんな複雑な気分にさせる通信をしていた彼らだったが、これによりププロネン機とガザン機以外は撃墜判定である。実戦なら熱波でデロデロに溶けたということに。怖っ。

 

 まぁ模擬戦だし? 判定くらった後は戦闘宙域から離脱するんだけどさ。

 

「さて、この後はどうなると思うッス? ウォルくん」

 

 ついには2機だけ突出した形となったトランプ隊。それがどう動くのかを近くで戦術マップをじーっと見つめている少年に尋ねた。まぁ俺が予想するにスゴーク飛び込んでくるんだろうけどさ。

 

「お、おそらくですけど……足止めを受けている部隊と合流すると、思います」

「ふむん」

 

 ウォルくんは違う意見らしい。どれ、つづけて?

 

「戦闘機は編隊を組むことで、その力を発揮できます。大量にくることで対空砲の対応できる許容量を大幅に引き下げられるからです。濃密な弾幕でも1機に集中する砲火が少なければ恐ろしくない、だから一度は部隊と合流する。そう思います」

「そうならないように各個撃破ッスかねぇ」

「はい、そうすればこちらの勝利――「敵機、こちらに直進してきます」……え?」

 

 ミドリさんの報告に若干下がり気味だった顔を上げるウォルくん。戦術マップ上ではトランプ隊リーダー機とその僚機を示す光点がこちらに向かって移動していた。それこそ、真っ直ぐに、燃料のことなど考えていないくらいに……。

 

 それが信じられないのかウォルくんが固まってしまった。それを見てやっぱりまだ未熟なんだなぁとシミジミ思う。むろん人にそんなこと言えるほど俺自身熟達してないので口にはださない。そういった細かい気配りが人気の秘訣。

 

「ミドリ、巡洋艦は?」

「先ほどの模擬弾が炸裂した直後、K級の対空砲火を振り切った機が続出しました。現在それらの妨害を受けてKS級巡洋艦は身動きがとれません」

「はー、やっぱりねぇ。遊んでたんだね。あの野郎ども」

 

 傭兵だからねぇ、とボヤくトスカ姐さん。つまりは連中、あれだけの技能を見せつけてたくせに、これまで本気じゃなかったということらしい。

 

 彼らは正規軍とちがって傭兵だ。誰とでも連携が取れるが、それは金次第でいろんな輩と肩を並べることがある傭兵だからであり、また高い技能からくる副産物である。彼らの本質は部隊連携よりも、個々人の技量が生きる単騎駆けの方が向いているのかもしれない。

 

 そう、その時は思ったが、実は単騎駆けもチームワークもどっちも上手なエースよりも化けもんだったとはこの時の俺たちは知らなかった。

 

「敵リーダー機、まもなく本艦の射程に入ります」

「シェキナ照射用意! 弾種、対空散弾――」

「アイアイサー! 両舷砲列群のブラストドア解放! エネルギーを回すぜ!」

「重力レンズ……両舷から20の距離へ……レンズ形成設定を変更……拡散に変えます」

 

 とにかく、近寄らせてこちらがロックオンされると負け確定だ。幸い戦艦なので射程に余裕がある。想定外のことに動きを止めたウォルくんを尻目に俺は砲雷班長ストールらに指示を下していく。

 

 その時、何気なく横に眼を向けると、狼狽えてどうにも動けないウォルくんが意気消沈しているようだ。なにかフォローを入れたいがまずはこっちが先だ。号令後、ユピテルの両舷に並ぶ砲列を塞いでいる装甲が開き、中からレーザー発振体がせり上がってくる。遠目から見ると電球の頭見たいなのが一斉に並んでいる姿を想像すれば大体その通りだ。

 

 そこから出力を落とした模擬戦用レーザーが照射される。空間に形成した重力レンズの作用でカーブを描くレーザーだが、カーブついでに重力レンズの収束をちょいと緩めてやれば、意外と容易にレーザーは拡散する。

 

【敵リーダー機に被弾判定。小破、右翼追加ブースター使用不能判定】

 

 先行していたププロネンさんは躱せなかった様だ。デッドウェイトと化したブースターを迷いなくパージしている。パージが速かったからか速度は低下していない。だが軌道がずれたのでそれを立て直そうとしているらしく、すこし猶予が生まれた。

 

「ウォルくん、気にスンナっス」

「で、でも……」

「あのな――「敵機進路を変更しました。予想される到達点は本艦直上」あー、まぁ兎に角ウジウジしなさんな。模擬戦で失敗しないで一人前になった奴なんていないッスから」

 

 なんかよくわからんフォローになってしまったが、状況が動いているのでしょうがない。それにフォローしてみたが、あまり手ごたえを感じないな。まあ俺みたいな若造に言われてもってところもあるだろうし、そこは経験豊富な師匠殿にまかせましょ。

 

 そんな意味を込めた目線を向けるとルーのじっさまは頷いて見せた。

 うん、わかってらっしゃる。やっぱり自分の弟子は可愛いんだよね。

 

 ルーのじっさまが頷いてくれたので、俺は俺で現状に意識を集中させることにした。別にこの戦いがウォルくんの所為で負けたとか言うつもりもないしな。そこまで腐ってませんって。

 

「敵リーダー機、再び2機とも進路変更。4分後に本艦の直下に到達します」

「上はやめて下からか。バカめ、この艦に死角はほとんどないッス。トスカさん、他の艦の位置は?」

「巡洋艦艦隊は足止めされてる。K級とS級は反転して向かってるが相対速度的にあと6分はかかるね」

「となると、ウチだけで迎え撃つッスか……艦載機の最大射程ってドンくらいだっけな」

「敵機、対空ホーミングレーザーの射程に入りました」

「近づけさせるなッス。弾種は変わらず、遠距離対空戦闘」

「アイアイサー。高角対空戦闘、左20度、下げ角60度。シェキナ捕捉したっ!」

「撃ち方、初めッ!」

「はいよほら来たポチッとな!」

 

 再び、ホーミングレーザー砲が火を噴いた。両舷合わせて80門の大型レーザー砲から放たれた光は、直進後、空間重力レンズにより少しして歪曲。指定座標へと夾叉する位置に収束していく。

 

【対空弾、接触まであと10、9、8―――】

 

 戦術マップが更新され、二つの光点に向かう複数の光線弾道が表示される。ユピが表示した弾着までの予測カウントが進み、秒数がやがて0になるとき、弾道は光点二つと交差した。

 

「敵機撃墜判定確認。反応は敵一番機、リーダー機です」

【ププロネン機、撃墜判定。後退していきます】

 

 最後まで機体を捻って回避運動をしていたが、追加ブースターが片側落ちおり、尚且つこれ迄の戦闘で収集した諸元を計算し、拡散範囲を調整した対空レーザーは容赦なくププロネンさんの機体を翻弄した。これが実戦だったら溶けたくず鉄しか残るまい。

 

「流石に避け切れなかった様ッスね?」

「ああ、まぁアレだけの数で良くココまで戦えたね」

「むしろそれが問題なんスよねェ~人手不足って怖い」

 

 いやホント、機械だけではフネは動かないのよね。ウチは人手不足なもんだから、艦隊はAIが操作してオートメーション化されている。だけどAIはユピの如く高性能でないかぎり、基本的に受動的にしか動かないのである。今回も護衛艦隊の動きは逐一此方から指示を出していたが、それではこの先情報量に押しつぶされるだろう。

 

 解決策は二つ。人員を雇うか、AIを強化するかの二種類だ。前者は立ち寄る宇宙島という宇宙島で人材募集をかけるだけでいい。ただし、だれでもいいわけではない。いくら人手不足でも赤ん坊をクルーに加えることはできないのだ。その分を考えると選考にかけねばならないのでそれなりに時間が掛かるのが難点。あと雇う人数分の人件費。

 

 一方で後者はウチのマッドどもを使えばそれほど時間はかからないだろう。現に既製品であるにも関わらず、非常に出来が良いユピというAIがいる。仕組み的にはあの子をコピーする方法を取れば、かなり短期間で人員不足を解消できる可能性はある。問題は維持費だろうなァ。多分管理局の整備審査通らないし…。

 

「敵2番機、対空弾幕を回避した模様。さらに増速しました」

「ゲッ、さっきの対空戦闘で墜ちてないッスか?」

 

 どうやら、勝利の女神さまはまだトランプ隊を見捨てていないらしい。

 

「シェキナはまだエネルギーチャージ中だぜ? どうするよ?」

「ユピ、直掩機は?」

【S級が残していった機が20機程です。足止めをさせますか?】

「うーん、多分無理だとおもうけど……しょうがない。ユピ、やっちゃってくれッス」

【アイアイサー、直掩機を妨害に向かわせます】

 

 トランプ隊リーダー機は落としたが副リーダーはまだ闘志があるらしく、降参する気配はない。攻撃の意思ありと見たこちらも迎撃を行いたいところだったが、一番効果がある砲はエネルギーがないので使用できない。仕方ないのでまずは直掩機を回し、足止めした上でシェキナではない元々搭載されていたレーザー砲を使うことにした。

 

 とはいえ、模擬戦が始まってから艦隊規模の対空弾幕を潜り抜けてきたトランプ隊。そのサブリーダーが現在単艦でいるこちらが放つ薄い対空砲火なんぞ苦にもならんだろうなぁ、と予測はついていた。

 

 案の定、直掩のエステバリスは普通に邪魔な機体だけ撃破。レーザー砲は悉く躱されていた。なんで旗艦なのに単艦でいたのかって? だってここまで向こうが粘って単騎掛けまでしてくるなんて想定の範囲外だったんだもん! というか艦載機なのに艦隊と互角以上に渡り会えるこいつらが異常なんだよ!

 

 まぁ、そんな訳で。

 

「敵2番機……ガザン機が本艦をロックオン。模擬戦はこちらの敗北です」

「まぁ、そうなるッスね」

「随分とあっさりだね。負けたんだよ? 名声が落ちるよ?」

「いやぁ、あいにくランキングには興味がないといいまスか」

「それこないだまでランキング上位に短期間で食い込んだヤツの台詞じゃないよ?」

 

 ミドリさんの敗北報告を聞きながらも俺は意外と冷静であった。それを見たトスカ姐さんが不思議そうに首をかしげている。まぁ普通の0Gドッグなら負けることをそれは嫌がるもんだ。普通なら、な。

 

 実をいうとランキング上位を目指す理由。上位者報酬を手に入れたから目的は達してるんだ。要するにアバリスの元になったズィガーゴ級とかの設計図とかユピとかのコントロールユニットとかみたいなモジュールね。

 

 おかげで大分楽になったし、そのままランキング維持を続けるのも面倒くさいというのが本音である。後は適当に宇宙のいろんなところに行ければ俺としてはそれでいいのだ。まぁ面子にこだわるような商売ではあるので、あるに越した事はないが。

 

「まぁそれはさて置き、ガザンさん最後にロックオンした時、どんな兵装使うつもりだったんスかねぇ?」

【はい艦長。ログによりますと……こちらをロックした際のガザン機は右舷のデフレクター発振ジェネレーター、及び後部噴射口にリニアガンの模擬弾発射。弾種はデータ上では徹甲融合弾です】

「まぁ、それくらいはね」

「うんうん、スゴイ装備ッス。傭兵の売り上げ結構改造で消えてそうッス」

【さらには十連装熱核魚雷投射機を全弾発射。データ上における弾種は戦術核クラス。この距離で全弾命中すれば本艦のデフレクターのキャパシティおよびAPFシールドの耐熱レベルを23倍ほど上回ります。実戦なら瞬時に溶けてダークマターに……ひぃーん】

「「「「……はぁ!?」」」」

 

 ちょっ、AIである筈のユピが悲鳴あげちゃうくらいの損害が出るのかよ!? 連中はたったの20機、しかも戦闘機だけで俺達をココまで相手にしやがったってこと?!……いや、慢心していう訳じゃないが純粋な技量だけでこうも渡りあえるとは思わなかった。コレだから宇宙は広くて面白いぜ!

 

「ミドリさん、彼らに通信回線を開いて模擬戦の終了を伝えてくれッス。あ、できれば模擬戦に参加した全員も映してしてくれッス」

「了解です」

 

 ミドリさんが通信回線を彼らと繋ぐとトランプ隊のパイロット全員のバストアップ画面がホロモニターにズラリと並んだ。トスカ姐さんが遊んでいると称した彼らは実際そのとおりだったらしく、息を乱している者は一人もいない。

 

 そのほとんどがヘルメットの遮光バイザーの所為で機青が見えないが、通信がつながると同時にヘルメットを外した男がいた。いわずもがな、トランプ隊リーダーのププロネンだ。彼は鋭くこちらを見据えたまま、少し誇ったように口を開いた。

 

『いかがでした? 我々の力は?』

 

 艦隊を相手に少数の艦載機で互角以上に戦える戦力。そう称してもいい筈。そんな自信に満ちた彼に対し、俺がした返答は。

 

「………ぶほっ!」

 

 ご、ごめん。ふいちまった。周りから冷たい視線が集まるがしょうがないじゃない。ププロネンさん、ヘルメット取ったはいいけど、髪留めも外れたらしくてバストアップ画面の向こうで髪の毛が漂うワカメみたいになっちょるんよコレ。

 

 ふと見たらそれだから初見殺し過ぎる。あ、あかん、ちょっと待ってくれ、ぶふふ!

 

「あー、すまないね。うちのバカがツボに入っちまったみたいだ」

『いえ、お構いなく。なんか紐が取れてしまいまして』

『だからネット帽かぶれってあれほどいったのに、ウチのリーダーも存外アホなんだよねぇ。髪固めるのも嫌がるしさ』

『後でかゆくなるんですよ』

『……これだよ。もとエリート軍人なんだけどねぇ。これでも』

「どこもリーダーがアホなのはよくあることなんだねぇ。そんな訳で抜け作がいるんだが平気なのかい?」

『いやぁ、もっとバカな雇い主は結構いますから』

『親の遺産を食潰す二世領主とかね。上がアホなのは慣れてるよ』

「ちょいとアホとかバカとか連呼するのやめてくれッス。なんかいたたまれない」

「でも否定はできないよね。考えなしでたまに行動するし、サプライズという名の無鉄砲やらかすし宇宙バカだし」

「………まったくもってその通り過ぎてグゥの音もでねぇッスよコンチクショー!」

 

 だって宇宙空間楽しすぎなんだもん!しょーがないじゃないか!

 

「なに? なんなの? 超強引な実力面談終えたら雇い主こき下ろしタイムなんスか? ケンカ売るなら買うッスよ? お前ら2秒で俺の返り血に染まるッス!」

「負けてんじゃないかい。バカ言ってないで本題に戻すよ」

「うぃーッス。まぁ兎に角……あれ? なんで模擬戦したんだっけ?」

『それは我々の実力を見てもらう次いでに、主君の見極めも兼ねた試練、でしたよね?』

『途中からなんか楽しくなっちゃって普通に沈めに行ってたね。模擬戦モード使ってなかったらマジで撃ってたよ』

「まぁこっちも沈める気でやってからお互い様ッスねぇー」

『『『HAHAHAHA!!』』』

「アホだ。ここにアホ共が募っている。まぁ兎に角だ。アンタらの試練でうちらはどうだったんだい?」

『言わなくても解るでしょう? 我らは新しいヴァルハラを得ましたよ』

「んで、こっちは素晴らしき戦士たちを得たってことッスね。……ようこそエインヘリアル。歓迎しよう。盛大にな」

 

 こうして、俺達白鯨艦隊は恐ろしい程の技量を持つ戦闘集団トランプ隊を仲間に加えることになった。コレで戦闘機部隊の戦力が上がるだろう。中核をトランプ隊にやってもらって彼らの動作のデータを取りつつ、無人機にもフィードバックすれば中々につよそうだぜ。

 

 中でもリーダーとサブリーダーのププロネン&ガザンを手に入れられたのは大きい。先の模擬戦でいやってほど技量を見せつけられたので、腕の心配はしていない。むしろ連中が他の0Gドッグと違うウチに馴染むかどうかだが……まぁ心配いらないだろう。傭兵ってバイタリティとか高そうだしな。

 

 さて、仲間にしたなら連中には言わなくてはならないことがある。

 

「あー、そうだ言い忘れてたっス」

『なんでしょうか?』

「模擬ミサイルの支払いは初給料から差っぴいておくッスよ」

『『『え?!』』』

 

 迷惑料ってヤツだ。ソレ位しても良いだろう。契約書にはソレを返し終えるまでは、俺ら専属で傭兵をやって貰うってことにしたもんな! わははは! ユーリはタダではおきんのよ!

 

 

 こうしてボラーレ・オズロンド間、機動兵器模擬海戦は終わったのであった。若干名に不満の色を残して……死亡フラグにはならねぇよ?

 

 

***

 

 

――――ツィーズロンド士官宿舎・オムスの部屋――――

 

 さて、新たなる仲間の歓迎会もほどほどに勝手知ったる士官庁舎にお邪魔しています。オズロンドに着いて直ぐにオムス中佐へアポを取り、中佐のもとへと直行してボラーレの酒場にいたシュベインさんから受け取った航海記録装置(ヴォヤージ・メモライザー)を中佐に手渡した。

 

 しっかし結構な頻度で来たもんだから、もう守衛さんに顔覚えられていて、ほぼ顔パスだよ。あ、一応アポイントの確認はされるぜ? いくら顔を覚えられていてもそこらへん抜かりはないらしい。それにしては手荷物検査しないあたりチグハグだが、はてさて。

 

「これは、調査船が沈没したと言うことか」

「まぁ詳しくは知りませんが、ある人物が残がいを回収したそうです」

「それが運良くヴォヤージ・メモライザーだったのか」

 

 それはさて置き、依頼されていたことの報告である。面倒臭いが頼まれていた以上、報告しておかないと色々と問題が生じるのだ。そんでヴォヤージ・メモライザーを渡したわけだが、こいつを見た中佐は色々と察したのか少し顔を渋めた。

 

 そりゃ本来、メモライザーなんて機材はフネの中枢に置かれているもんだし、コレ自体が飛行機のブラックボックス的な役割がある。それがここにあるってことは積んでいたフネが何らかの理由で動けなくなったってことになるしな。

 

 ところでメモライザーに記録されたデータの内容について、俺は実は知っていたりする。なんせ俺は異世界からの憑依者であり、原作知識なる未来予想図が俺の脳内に存在するからだ。

 

 もしも俺がやらかした数々の事象が呼び水になってバタフライエフェクトが竜巻旋風脚状態になっていなければ、ようするに原作記憶の通りに事が進んでいるといすれば、データの中身は小マゼランの人々にとって洒落にならない内容となっている筈である。

 

 

 だがこの件に関しては何も口を出さないことにしている。知っているのに口をはさめないのは心苦しいのだが、たとえば俺が介入しようとしたとしよう。だれが許可してくれると思う?

 

 飽く迄、俺の立場は民間の0Gドッグ。民間軍事会社とデブリ回収業者と宅配便を足して割ってクラッシュしたような存在である。要するに武装していても立場的には民間人なんだよな。信じられないことに民間人なのだ。大事なことなので二度言います。

 

 それに、ことは小マゼランが歩んできた歴史においても類を見ない戦争に繋がる可能性がある話なのだ。500年前のカルバライヤが主体となって起こした独立戦争以外、紛争が起こっても戦争なんて起きたことは、ここ数百年無かったのだ。

 

 メモライザーにおさめられた情報が考えている通りのものならば、それは違う宇宙島からの侵略者との邂逅ということになる。そんな国家の一大事に高々0Gドッグの意見を必要とするだろうか? まず普通ならありえないってこった。

 

 正規軍には正規軍なりにいろいろなルートを通じて情報を精査する。当然その為の戦略機関や情報局がおそらく存在しているわけで、例え実戦不足の机上の空論ズだとしても、それでも非正規の俺たちと違う正規の組織があるのなら、俺たちの動く場面はずっと後。今には存在しないのだ。

 

「ふむ、解った。コレを解析すれば沈没した際の状況も解る筈だ。あずからせてもらう」

 

 そんな訳であえて何も言わずにいた俺たちを尻目に、データが詰まったメモライザーをデスクに仕舞う中佐。これで話は終わりというアイサイン……って程じゃないが、雰囲気を発したので、空気が読めるユーリはクールに去る――おっと、忘れちゃいけ無いことがあった。

 

「あ、それとテラーとかいう元軍人も捕まえたので、そちらで引き取って下さい」

「テラー?まさかテラー・ムンスまで捕まえたのか?」

「ええ、ボラーレ近辺に潜伏していた様でしてね。なんか調査に向かった時に唐突に襲われたんスよ」

「それは、同じエルメッツア軍の者として謝罪しよう」

 

 そういって頭を下げる中佐。ま、それくらい軽くできないようじゃ、海千山千が跳梁跋扈するような歴史ある軍の上層部に食い込んでいけないわな。

 

 実はこれまでずっと、捕まえたテラーを部屋に閉じ込めっぱなしだった。別に存在を忘れていたわけじゃなく、一応は中央政府軍の軍人であった男なので、交渉などの切り札に使える可能性が一応あったのだ。

 

 中央政府軍にしてみれば正規軍人が軍の艦艇をドサクサに混じり奪取した挙句、宇宙航海者のフネを襲うという海賊行為を働いたとなると、政権を揺るがすものではないにしろスキャンダルになりえる。

 

 どの時代にも、自由をいろいろと勘違いした平和主義者やら、福祉厚生を手厚くと叫ぶプロ市民の方々がいるので、壊すことはあっても創ることはしない軍にしてみれば、この手のスキャンダルはあまりよろしくないものとなりえるのだ。

 

 なのに、よくも悪くも知り合いである中佐にテラー・ムンスのことを引き取るように持ちかけたのは、捕虜のクセに飯が少ないとか娯楽をよこせと色々と図太い男が面倒くさく……ゲフンゲフン、いや中佐に対して言外に貸し一つってことを伝えたかったのだ。こういう細かい気配りを積み重ねることが人気の秘訣。

 

「はは、君達には驚かされる事ばかりだ。まぁエピタフの情報を含め、礼を用意してあるから後日改めて軍司令部に来てくれたまえ」

「了解です。それでは失礼」

 

 そして毎度の如く、多くを語ることなく部屋を後にした。はぁ疲れた。

 

 

……………………………

 

 

………………………

 

 

…………………

 

 

 後日、副官役のトスカ姐さんと共に再び基地を訪れると、オムス中佐がいる司令部の方に案内された。日をおかず、それなりに頻繁に基地に足を運んだからか、士官庁舎んところの守衛さんよろしく、基地内の人間に顔を覚えられているらしく、こと司令部勤めの軍人さんには、すれ違うごとに挨拶されて居心地が悪い思いをした。

 

 なんていうか、内勤とはいえビシっと軍服を決めた人にあいさつされると、なんとなく萎縮しちまうというか痒いというか、なんかもどかしい何かを味あわされるきぶんなのだ。

 

 そんななんとも言えない気分を胸に、何だか見慣れちまった通路を通って、司令部の自動ドアの前に来た。ドアの前に立つと如何にもSFにありそうな圧搾空気が抜けるような音と共にドアが開く。ドアの先には先日会ったばかりの中年もとい中佐が立っていた。

 

「おお、待っていたよユーリ君。陸(おか)ではよく眠れたかね?」

「どうも中佐。ええ、長い航海はしてますが、時々陸に来るのもいいもんスね」

「それは何よりだ。どんな環境でも適応出来るというのは若いモノの特権だな」

「はは、0Gなら大抵そうですよ」

 

 相変わらずの社交辞令的なやり取りを交わした後、すぐに本題に入る。

 

「さて、まずは君達の回収した調査船の航海記録装置(ヴォヤージ・メモライザー)についてなのだが」

「もう解析が終わったのかいっ!?」

「うひっ!……トスカさん。声デケェ」

「あ、すまんユーリ」

 

 オムス中佐の言葉を聞いた途端、俺の真後ろで大声を出すトスカ姐さん。おいぃ、いきなりだったので耳がキーンってしたぞ、ホレ見ろ、オムス中佐も苦笑いしてんじゃねぇか。

 

「残念ながら損傷度合いが大きく、いまだ解析は難航中だ」

「そ、そうなのかい。とりみだして失礼」

 

 姐さんまさかのフライングで羞恥により顔を赤くしている。ハハ、こやつめ。

 

 それはさておき、実際ヤッハバッハの連中と会ったのは沈められた調査船だけである。今この小マゼランにおいて、外宇宙の侵略国家ヤッハバッハの情報が一番入っているのは間違いなくあの航海記録装置(ヴォヤージ・メモライザー)だろう。

 

 彼女は間違いなくその情報を欲している。シュベインとの会話で俺に席を外すようにお願いしてきたのが理由だ。その後普通に教えられたが、メモライザーの解析はシュベインさんはしていなかったようだしな。

 

 とにもかくにも敵は大群となって押し寄せてくる。それは原作ルートだろうが原作破壊ルートだろうが変わらない決定事項である。そんなイナゴの大群みたいな輩がいなければ、彼女は打ち上げ屋なる博打商売をしてはいないのだ。

 

 だから中佐の言葉に早とちりして驚いたのだろう。十中八九、最大の敵ヤッハバッハの情報が詰まっているメモライザーが解禁されれば、それだけ中央政府軍が速く対応できると彼女は思っているのだ。原作…いや史実を知っている身としては何とも言えんがね。

 

「さて、例のエピタフについての情報だが、調査船とは違う方面での情報が入った。ところで君はデッドゲートを知っているかね?」

「デッドゲート、確か機能していないボイドゲートの事ですよね?」

「正確には少し違うが、おおむねそんな感じだ。軍に残された古いデータでは、デッドゲートの付近でエピタフの発見例が2件ほどあるそうだ」

 

 話が代わりエピタフ関連の情報に移る。そこで聞かれたのはデッドゲートのことである。デッドゲートとは、たしかボイドゲートと同じ宇宙に浮かぶ巨大な施設のことである。

 

 ボイドゲートはマゼラン星雲で発見された宇宙の星々を繋ぐ空間直結を可能とした奇跡の門であり、これの発見が宇宙での大航海時代の幕開けとなったと歴史データでは語られている。

 

 科学の発展により、人類はインフラトン・インデュース・インヴァイター、通称インフラトン機関の発明し、宇宙空間を光速の200倍は超えて航海できるI3エクシード航法が普及していった。

 

 だが、光速の200倍で動けても、それでも大いなる宇宙は広大であり、距離が開けば開くほど時間が掛かるのも事実だった。地球からマゼラン星雲に向かうのですら、単純計算でインフラトン機関を用いても800年はかかるのだ。どれだけ宇宙が広大なのかがよくわかる話である。

 

 たしかにインフラトン機関はこれまでとは比べ物にならない強力な主機となりえたが、このエンジンは決して永久機関等ではなく、起動には別個のエネルギーが要る。このシステムの関係上、発揮できるエネルギーが膨大でも常に超光速を維持し続けることは出来なかったのだ。

 

 そんな中で発見されたボイドゲートはフネが息切れするような距離であっても、僅か数秒でエネルギーの損失なしに別の空間へと繋がることができた。インフラトン機関を使ったI3エクシード航法も、その原理作用的にはある意味ワープであったが、ワープを遥かに超えた超ワープ、いや瞬間移動を行えるこれは、時間の損失を最小限に距離を稼ぐという意味では最良の存在だった。

 

 そして重要な点として、人類が使うこのボイドゲートは、現在こそ空間通商管理局の管理下に置かれている施設ではあるものの、元々は人類ではない別の文明の遺跡のようなものだったのである。使えるから使っている。これがある意味一番正しい。

 

 まぁそんなボイドゲートであるが、遺跡である以上その全てが稼動している訳もなく、オムス中佐が言ったとおり死んでいるボイドゲートが存在する。それがつまりはデッドゲートというものである。当初マゼラン星雲で発見されたゲートも元を正せばデッドゲートらしい。それが何で使えるようになったかは……閑話休題。

 

 とにかくエピタフの話だったな。しかし発見例がたったの2件。2件ねぇ?

 デッドゲートは宇宙全体に幾つくらいあるんだ?

 

「高名な科学者であるジェロウ・ガン教授の研究でも、エピタフとデッドゲートを構成している材質の組成は近いモノが見られるということだ」

「成程、デッドゲートについて調べれば、エピタフの謎も解けるかも」

「そう、かも、だな。詳しくはジェロウ・ガン教授に直接会って話をしてみると良い」

 

 正直、俺としてはエピタフにはあまり興味は無いのだが、適当に話をあわせておかないと軍隊の情報網まで使わせてしまった手前、悪い印象を与えてしまう。原作知識を鑑みるに、古代異星人超文明のアーティファクトであるエピタフ関連のイベントは、ある意味俺にとっては鬼門フラグだ。原作イベントでは目玉失ったりしてたし、備えよう。

 

 ともあれ、この場は適当に答えて教授のところへは行かずに違う宇宙島に行くべ。こうすればエピタフ関連の話はここで一度ストップになる。理由としてはエピタフも大事だけど、俺たちの目的が宇宙を巡ることが最優先目標であるからだとしよう。

 

 小マゼラン一周もむろん楽しいが、お隣の大マゼラン星雲も捨てがたいし、それ以外にも宇宙船をコロニーシップ化して外宇宙に出るというのも一興だ。古代の宇宙人遺跡がある世界だし、他にも宇宙人いるかもしれない。原作にはないルートの開拓とか考えたらオラわくわくしてきたゾ!

 

 だが、そんなバラ色の未来予想を粉々に砕く一言を中佐は口にした。

 

「私から教授には連絡しておいた」

「……へ?いま何と?」

「私から連絡を入れておいた。かなり高名な方だし、アポが取れるかは運だったが、私のコネでなんとか。な?」

 

 大変だったのだぞ、と苦笑するかのような、それでいて照れているような。なんとも形容しがたいが、そんな凄く良い笑顔を浮かべて、中佐はそう仰られた。そんな事を言われてもとても困る。脇に控えてる部下さんが、大変でしたぁって顔してらっしゃるので余計に。

 

「そ、そんなに凄い人なんスか?ジェロウ・ガン教授って?」

「ああ、遺跡関連にもそうだが、様々な分野でも天才的でな? その手の世界の人間にはシンパも多い。アポを取るのは本当に大変だったんだぞ?」

 

 うわーい、これで行かないとか言ったら俺どんだけKYだよ。

 どうやら外堀が埋められていたらしい。自業自得?納得できっか!断れんけど。

 

「教授はカラバイヤ星団のガゼオンという星にいるよ」

「了解、カラバイヤのガゼオンですね?」

「ああ、ソレとエルメッツァからでる君たちに、私の個人的な礼だ」

 

 すると何やら名刺みたいなカードを手渡された。

 

「軍の造船関連や兵装関連を扱っている会社だから、新しい星団に行くんだし訪ねて置くと良い」

「あー、はは、ありがたく貰っておきます」

 

 正直ウチの艦隊の兵装関連や艦船は、我らがマッドな技術陣達により常に進化している。一応参考程度に覗かせておくのも一興かな?

 

「私が出来ることはコレで全部だ。これからの航海の無事を祈っているよ?」

 

 こうして、ツィーズロンドに2~3日滞在した後、俺達は新しい宇宙島へと行く為。ボイドゲートへと向けて艦隊の針路を取った。そっち方面はいずれ行く予定だったし、特に問題は無いな。エピタフの事を考えなければジェロウ教授も仲間にしたかったしね。原作でも生粋のマッドサイエンティストっぽかったし。

 

 ああ、次はどんな事が待ち受けているんだろうか?

 

 死にたくは無いけどワクワクするぜ!

 

 そして惑星ドゥンガを経由し、新しいボイドゲートをくぐったのだった。

 




次回は……いつになるかなぁ……。

というか覚えてくれている人いるんだろうか?

まぁ、それでもやめませんがw

ではまた次回ノシ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四章 カルバライヤ
~何時の間にか無限航路・第18 話、カルバライヤ編~


■カルバライヤ編・第十八章■

 

 さて、時系列はカルバライヤに入る直前、カルバライヤ・ジャンクションに到達する少し前の出来事である。次の宙域に繋がるボイドゲートに向かうまで、戦闘が発生しない限りはそれほど忙しくない俺は艦橋でせっせと事務仕事を行っていた。

 

 内容はついこのあいだのププロネンとの模擬戦で生じた損害について。である。正確には模擬戦で使った信管を電子封印した模擬ミサイルや照明弾の明細。艦載機の推進剤がどれだけ消費されたかのデータなどなどを眉間に皺よせながら決算していた。

 

 前者に関してはウチの技術陣が開発した装備でしか使われないミサイルだったので、部品を取り寄せるのに金が掛かり、後者は艦載機を乗せているので推進剤は管理局が補給してくれるが、どれだけの量が必要かをきちんと計算しなければならないので面倒くさい作業だ。

 キチンと消費された数を計算しないと、保管タンクに半分しか補充しなかったりする。まったくレギュラー満タンって一言で済めばいいのにと思った俺は悪くないだろう。

 

 そんな風に艦の運行をトスカ姐さんに任せたまま事務をやっていたところ、ブリッジに誰かが入ってきた。なにげなく其方に眼を向ければ、そこにいたのはルーのじっさまとお供のウォルくんであった。

 

「ルーさん、本当に降りるんスか?」

「ああ、一通り厄介事は解決した用じゃし、ワシらはそろそろフネを降りようと思うんじゃ」

「一緒に来ては貰えないんスね……非常に残念ッス」

「すまんのう、あまり一つのフネに居座るのは性にあわんのでな」

 

 艦橋に上ってくるやいなや、彼らは唐突にフネを降りると伝えてきた。いきなりだったので思わず放心したが、我に返った途端慌てて何故にと叫んでしまった。

 もしや、客分である彼らに対する待遇に不満が出たのかとも思ったが、訊ねてみたところ、どうにもそういう訳では無いらしい。詳しく話を聞けば、ウチの艦隊のことも粗方見終わったので、そろそろ見聞を広める旅を再開したいとのこと。

 

 要するに根無し草な放浪生活をしたいという病が発病しただけらしい。一か所に縛られるのは嫌いなんですね解ります。

 

「う~ん、ウチとしては、もうしばらく居て欲しかったんスけどねぇ」

「そこまで言われると、年甲斐も無くうれしいもんですじゃ」

 

 本心から述べたことを聞いて、どこか面映ゆそうに頬を書く仕草を取るルーの爺さん。言ったことに嘘などはない。彼らのこれまで経験に裏打ちされた確固たる助言にはかなり助けられた。さらに長い放浪生活で培った経験からくる見聞の深さに、俺たちは彼らに対し敬意を持つに十分すぎた。

 

 部下という訳ではない客分なので直接的な指揮下に置いたことはなかったが、それでも観戦という名目で時折近くに来た際にしてくれた助言の数々は、いまだに未熟なる己にしてみれば値千金の価値があったと言える。

 

 居るだけでも学ぶべきことを、ごく自然に示してくれる。生きる伝説と称されるのは伊達ではないということなのだろう。そんな素晴らしい人々を手元に置いておきたいと思ってしまうのは、一組織のトップとしては当然の感情だ。

 

 だが、彼らには彼らの考え、また生活がある。俺は0Gドッグであり自由に生きる男になりたいが、それを押し付けるような人間にはなりたくない。考えの押し付けなど、かつてロウズ宙域を封鎖した領主のデラコンダみたいであろう。

 

 自らの組織の為か、彼らの自由意思の為か。一瞬それらの対立が脳裏をよぎるが、まぁ答えは決まっている。彼らの自由意思を尊重する。これしかない。

 

「残念ではあるし、寂しい気もするッスけど。ルーさんのことだからきっと考えがおありなんでしょう?」

「うむ。流石は艦長殿。よくお分かりですな。実際、このフネは居心地が良すぎるので、今のままではウォルの為にならんのです。厳しい環境が若き鉄を鍛え、如何なものにも負けず、されど柔軟な芯を持つ鋼鉄を作るのだと、ワシは思っておりますゆえ」

「それはこの間の模擬戦が原因にあったりしますか?」

「直接的な原因ではありません。されど良き意味での切っ掛けではありました。あれも男ですからのう。ショックであると同時にいい刺激となったようで」

 

 ウォル少年に軍師としての視野を広げさせたいじっさま。流浪の身でありながら弟子を抱える身としては、やはり様々な所を巡りたいのだろう。確かにそう言った意味じゃ、このフネの中は便利すぎるしな。成長には時としてキツイ環境も必要って訳だ。

 

「解ったッス。残念ッスけど…まァルーさんの部屋は何時でも空けとくから、また何時か必要になったら来てくれればいいッス」

「そうじゃの。それにワシらも小マゼランで旅を続けるんじゃ。その内お前さんらと偶然出会うこともあろうて」

 

 じっさまはそういうと、あばよ……じゃなくて『ではな』と言い、ブリッジを後にした。たぶんフネから降りる準備をしに行ったのだろう。お別れだというのにあまり抵抗がないあたり慣れているのがバリバリだ。結構さっぱりしていらっしゃる。

 

 無論、いつもの如くじっさまの後ろに背後霊の如く一緒にいたウォルくんも若干ドモリながらであるが、小さくさようならと言うと、一礼をしてブリッジを後にした。 あー、これで少しさびしくなるなぁ。

 

『そういや、イネスは降りねぇのか?』

「な、なんだよトーロ。突然」

 

 ルーのじっさまを見送った直後、ブリッジのホロスクリーンのモニターにトーロの姿が映るとそうイネスに尋ねていた。どうやら保安部から掛けてきたらしい。おそらくは艦内を歩き回るルーを念の為に監視していた序でに今の話を聞いていたのだろう。

 

 断っておくがルーのじっさまの監視について俺は何も指示していない。ウチの艦隊ではルーもある意味で仲間に近いが、それでも身分は客分であり、客分である以上部外者に変わりはない。トーロも見知ったルーのことを好きで監視したいわけではないが、これも仕事であるので仕方がない。

 

 ともあれそんなトーロだが、イネスに連絡を入れてきた。個人に聞きたいのなら個人回線を使えばいいのに、中央ホロスクリーンに回線を繋いだのは……多分、うっかりだろうな。おかげで全員に聞かれている状態だが、俺はあえて聞いていないフリをしておこう。その方が面白い。

 

『だってお前さん、エルメッツァ中央方面の案内役って形で艦隊に来ただろう? 要するに白鯨艦隊は違う宙域に来た訳だからイネスの仕事が無くなるんじゃねぇかと思ってさ?』

「さ、最初はそのつもりだったさ!だ、だけどトスカさんやミドリさんたちが―――」

『あ、そうかスマン。お前さんは女性陣に捕まってたんだっけな? ゴクロウサン』

「おい、トーロなんだその憐みの目は?――ってコラ!通信を切るんじゃない!」

 

 全く、トーロも悪ふざけが過ぎるぞ? 大体、女性陣に捕まってアレコレされたのはイネスの意思じゃないだろうに……。まぁ巻き込まれるの嫌だから俺は遠くから見ていることしかできないけどな。実際、原作でユーリも女装させられてんだよね。

 

「――ん? どうかしたかいユーリ?」

「ん~、いやぁ相変わらず綺麗な御髪だと思ってたッス~」

「んな!? ば、ばか言うんじゃないよ! 私の髪なんか……」

 

 女装をさせた主犯であるトスカ姐さんをジト眼で見ていたら気が付かれたので、適当に言い訳したらスゲェ台詞吐いていた。俺って実はけっこうジゴロの素質あったり……いや、自分で言っていてねぇわ。

 

 トーロにからかわれて自分の席で地団太を踏むイネスと、俺の隣で恥ずかしそうに少し頬を赤らめながらも仕事するトスカ姐さん。いやぁ、今日もウチのフネはカオスですね。うん。

 

 

 

 

 

 

――――さてと、そんな事があってから、一日が過ぎました。

 

 あれから特に戦闘などもなく、無事にゲートを潜り抜けて新しい星系に進出した。こうやってボイドゲートを潜る度に心が躍るのは良いんだが、ゲートを超えてから問題が発生した。

 簡単にいうとチェルシーの体調が悪化しました。ゲートを潜った直後にロウズからラッツィオに渡る時のような感じになったっぽい。つまり“精神的な過労による体調不良”という診断結果であった。

 

 この結果に総料理長タムラは彼女の一時的な休暇を言い渡し、食堂のマドンナの不在に哀しい野郎どもの悲鳴が響いたとかなんとか。

 

 そんな訳で現在は医務室にて静養中らしい。医務室から知らせが来た時、やっべ忘れてた!と内心思ったのは俺だけの秘密である。

 

 まぁこればっかりはしょうがない。彼女は原作でも何度か頭痛に苛まれているが、これはボイドゲートからの干渉によるものなのである。その負荷は彼女が精神的に成長すればそれほどキツクなくなるらしい。

 つまり少女が大人になると痛みが緩和されていくと……字面だけ見るとなんかエロい気がするのは、きっと気の所為だ。何はともあれ彼女も成長していたのだろう。生活班に加えて色んな人と触れ合える食堂勤務にしたのが功を奏したといったところか。

 

 

 むしろ、これまでいくつもゲートを潜ってきたが、ラッツィオのゲート以降、ここまで如実に体調の変化が表れたことはなかったのだ。いや、周りが気づかなかったというべきか。

 彼女の性格上、倒れると迷惑になると考えて体調不良が起きても周りに察せないように演技していた可能性もある。本人がケロリと仕事に精を出していれば、忙しい周囲も気が付かないのも無理はない。

 

 あの娘ったら誰に似たのか、変なところで頑固で我慢強くて、優しい娘だからねェ。倒れた時に迷惑を掛けちゃったことを覚えていたんだろうな。その方がよっぽど心配かけることになるんだけど、まだまだそこらへんが未熟ねぇ。

 

 ところで本来なら俺も頭痛が来る筈なんだが……全然来ないんですけど? いやすっごく原作では痛そうだったから無いに越したことはないんだけど、義妹が苦しんでいる手前、なんか心苦しいというかなんて言うか。何とも言えない男心とはこのことか。

 

 

 まぁ兎に角、我が義妹は今のところは休めば職務に復帰できるくらいで、検査でも身体には特に影響は出て無いみたいだ。義理とはいえ可愛い家族が倒れたので兄としては真っ直ぐ飛んでいきたいが、俺も艦のトップに立つ男。私情で職務を放棄してまで彼女に会いにはいけないのだ。

 

 それに関しては外野が身内に冷たいぞーとかこんの冷血漢だの煩かったが、こればっかりは譲れない。でも心配は心配なので、今回通過したボイドゲートにほど近い惑星シドウに付くまでは休息延長して取ってもらうよう指示を下しておいた……メッチャ周りにニヤニヤされた。不覚。

 

 

 

 そんで何日か経ってようやく仕事を終らせた俺は、お見舞いと見舞いが遅れた事の謝罪の為に彼女の自室に直行した。俺が忙しかった理由としては、新たな戦力トランプ隊の編入が主な原因だ。

 

 当初は愛機のフィオリアを使うといっていたが、仲間になった以上VFとかに機種変更を申し渡したのだ。そこまでは良かったが、今後彼らの愛機となるVF等を航路上で飛ばすのに必要な管理局への書類を作成するのにかなり時間を取られたのである。

 

 その所為で中々時間が取れなくて、ようやく見舞いに来れたのは、惑星シドウに着く直前だったのは、さすがの俺も閉口してしまいそうだった。まったく心配してるならもっと早くこれんのかねと自己嫌悪。

 

「うっス、大丈夫かいチェルシー?」

『あ、ユーリ?いいよ入っても』

「んじゃ、お邪魔しますー」

 

 チェルシーの部屋に来た俺はノックしてから彼女に許可を貰い入室する。考えてみたら初めてチェルシーの部屋に来たんだよなァ。

 

「中々、こっちに来れんでスマなかったスね」

「今はもう大丈夫だよ。こっちこそゴメンね?わたしユーリに迷惑かけちゃったよ」

 

 彼女はそう言うと、ちょっとショボーンとしていた。ふむ、中々に庇護欲をそそる姿だな。これはナデナデくんかくんかしたくなってくる。しないけどな。

 発想が変態っぽい? 男は誰しも中身は変態紳士でゲスよ?

 

「誰だって体調が悪い時くらいあるッスよ。それにチェルシーは普段から無遅刻、無欠席だってタムラ料理長が褒めてたッス。少しくらい休んだって誰も文句は言わないっスよ。むしろ普段がんばってるんだから、少しくらい我が侭言ったって全然OKッス」

「――あう」

 

 とりあえず褒める。褒められるのが嫌なヤツはそうはいない。それに照れた妹様があまりにも可愛いく見えて、気がつけばついつい撫でちゃった。何? 気持ち悪い? ほっとけ。これは只の兄妹のスキンシップや。だから倫理的に問題な~し!

 ともかく、一通りチェルシーの髪の質感を楽しんだ後、再び部屋の中をちらりと見回した。整理整頓がなされていていい感じだ。でもちょっと無機質な感じが残っているのは否めないな。でもこのまま行けば自然にそれも消えるだろう。ウムウム。

 

 しかし見舞いの品が結構多いな。ぬいぐるみの他にも色々と――――!?

 

「―――うぇ?」

「ん?どうしたのユーリ?」

「え!?あ、あはは!」

 

 今気付いたんだが、ぬいぐるみの隣にメーザーブラスターが置いてある。いやソレだけなら問題は無い。どの部屋にも敵から白兵戦などを受けた時用に弾薬のエネルギーカートリッジやメーザーの一つや二つ置いてあるからだ。

 だが、それは大体、引き出しの中とかにしまってある筈。何故かチェルシーの部屋にガンラックと思わしき棚が置かれ、そこに軽く10丁近く陳列されてるンですけど。何でだか知らないけどコレクションみたいになってんぞ?

 

「コレ? 最初の1丁は護身用にってトスカさんに貰ったんだけど、何だか自分でも欲しくなって集めたの」

「へ、へぇ。そう何スか?まぁ、趣味は人それぞれッスからね」

「うん!」

 

 とても素敵な笑顔を浮かべる妹様。成長したけどまだエアリードスキルは高くないらしく、俺が引き気味なのに気が付いていないのはいいのか悪いのか。気が付けばガンコレクターになっていた事に、ちょっとショックを受けたとです。

 でも、偏見の眼で見ない。それが非行に走らせない秘訣!

 

 チェルシーよ。兄ちゃんは応援しているぞ。例えうっとりとした眼でビッグマグナムな銃を撫でていたとしてもな。ごめん、やっぱりドン引きだわ。

 

「でももうショップに並んでるのは網羅しっちゃったんだよね。他のを集めるにはどうすればいいのかな?」

「あー、そういうのは俺は解らにぃ……あ、そういえばストールとかが銃に詳しかったッスよ確か」

「ホント?じゃあ今度食堂で会ったら聞いてみようかな」

 

 あー!俺のバカ!なんで彼女の変な趣味を助長してんのよん!?兎に角、彼女が趣味を持ったことを喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、それが問題だ。

 

 

***

 

 

 さて、中佐に紹介された教授がいる星に行く前に一旦惑星シドウに降り立つ。後は言わんでももう解るだろうが、0Gドッグの酒場へレッツゴーってな感じ。俺達の重要な収入源となっている海賊の情報を集めるのだ。特に金になりそうな奴の情報をな。俺はメインイベントの前にサブを終らせるほうなんだ。

 

「や、マスター。適当にお勧めをくれッス」

「あいよ」

 

 酒場に付いたらまず注文。コレどこでも同じだよね。とりあえず一杯ひっかけてからじゃないと、マスターは情報くれないんだよ。正確にはくれるんだけど、ちょっとだけ情報量が少なかったりするのだ。

 

 酒場のマスターって意外とせこい商売してるよなぁ~。ちょっと生暖かい眼をマスターに向けていると、氷水で割った軽めの蒸留酒が入ったグラスが俺の前にトンッ、と置かれた。多分合成酒だろうなぁ、非常にケミカルな緑色してるし。

 

 

「―――お、あんがとっス。所で、ここら辺は海賊は出るんスかねェ?」

「お客さん賞金稼ぎかい?」

「んー、似たようなもんス」

 

 賞金どころか敵の物資を丸ごと強奪しますけどなにか? それより情報クレ! 気分はクレクレ君な俺はカウンターの酒を一杯飲み干してからジッとマスターを見た。酒が無くなったのを見たマスターは、今度は別の酒を俺の前に置く。

 

 薄いオレンジ色の合成酒だがさっきのよりは少し値段が高め。まぁお察しの通り、ここでは酒の値段が情報量の目安になっている。ちなみに情報聞きながら酒を飲むと酒の値段+情報量で結構なお値段になるのだが……中々にアコギやなぁ。

 

「そうですねぇ。名が知られてるのはグアッシュ海賊団とサマラ海賊団でしょうね」

「サマラってのは、もしかしてサマラ・ク・スィーかい?」

「ありゃ?トスカさん何時の間に来てたの?」

「なに、懐かしい名前が聞こえたからね。ちょっと聞きに来たのさ」

 

 さて、マスターとの情報交換に何時の間にか近くに来ていたトスカ姐さんが割り込んできた。さっき色々買いに行くとかいって別れたんだけど、もう済んだのかな?

 

「お、よくご存じで。女海賊サマラ・ク・スィーが率いるのがサマラ海賊団です。数は少ないようですが粒ぞろいで賞金目当ての0Gドッグは大体返り討ちされて宇宙の藻屑にされていますね。微笑を浮かべて敵対者を完全に破壊するので“無慈悲な夜の女王”と呼ばれていまして、なぜか一定のファンがいます」

「アイツ、昔から変わらないね」

「ふーん、じゃあサマラさまはパス」

 

 

 賞金高くてもこっちの被害が大きいとなるとちょいと及び腰になる。第一ウチは敵のフネを鹵獲することが多いから、少数先鋭の海賊よりも数で攻めるタイプの海賊の方が正直な話し相性がいい。主に金になる的な意味でな。

 

「もう一つのグアッシュ海賊団は、傾向としてはスカーバレル海賊団に似ています。徒党を組んで襲ってくるイナゴみたいな奴らなんですが、最近は妙な噂がたっていましてね」

「妙な噂?」

「はい、実は一年ほど前にグアッシュ海賊団の頭領は捕まってるんですよ。それなのに海賊被害が全然減らないんです。お陰で物価が少し値上がりしています。今ならこの近辺での取引はレートが高いでしょう」

 

 ほうほう、海賊が横行するから取引レートが上がるのか……。

 確かに航路を海賊が跋扈してるなら危険度が段違いになるし、そういう航路は忌避されるからな。幸い貨物でそれなりに物資を積んできてあるから。後で取引させてみるのも手かもしれない。グアッシュ海賊団については、まぁ襲い掛かってきたらいつもどおりの対応をする事にしよう。

 

 俺は二~三品つまみを追加注文してから情報ありがとさんとマスターに礼を言った。仕事に戻るマスターを横目に、隣に座ったトスカ姐さんに声を掛ける。原作では確か姐さんとサマラさんは……なんだっけ? なんというか悪友というか腐れ縁的な? そんな間柄だったと思うが――? 

 

「ところでトスカさん。さっきの言い方から察するとサマラさんって知り合いッスか?」

「ん? ああ。私が十代の頃から付き合いがある。古い友人って奴さ」

「ほう、てことはかなり昔の――って危な!?なんで拳が?!」

「そんなに昔じゃないよ。私はまだ若いのさ」

「そうッスね。年齢なんてリジェネレーション処置の応用でどうにでもなるらしいし――グペッ!?」

「それは暗に私が年取ってるっていいたいのかい? 殴るよ?」

「それ殴ってからいうことじゃないッス」

 

 口は禍の元とは本当である。現に殴られたぜ。女性にお肌と年齢ネタはタブーだけど、ユーリは調子に乗ると、ついついやっちゃうんだ。

 

「あいたたた。ヒデェめにあったッス」

「アンタはもう少し女の扱いを考えな。もっと痛い目をみるよ?」

「後ろから刺される生活はしてないから別に大丈夫ッス。まぁ兎に角、狙う海賊はグアッシュに限定しておくッスよ」

「そうだねぇ………出来ればそうしてくれると助かるよ。ああ見えて可愛いヤツだからね」

 

 わぉ……恐れられている大女海賊を可愛いと呼べる貴女が素敵です。

 ともかく、ここでの鴨はグアッシュ海賊団になりそうだ。

 ご愁傷さまぁ~グアッシュ。美味しく俺達の糧となっておくれ。

 

「了解したッス。それじゃ、後は適当に情報をあさるッスかね」

「そう言いつつも本当の所は?」

「ただの自由行動ッス」

「そいつは良いねぇ、私もそうしようかな」

「良いんじゃないッスか? どうせ長くは滞在しないとは言ってもクルーの休養を兼ねて最低一日は居るんスからね」

「アイサー艦長。好きにやらせてもらうよ~」

 

 そう言うと彼女は、俺から離れて店の奥へと足を向けていた。どうやら酒場にたむろしている他のクルー達の間を適当に回るようだ。黙っていれば普通に美女だから、大体の野郎&女郎は彼女を簡単に受け入れる。

 

 そうやってクルーを労いつつも、さりげなくフネのクルー達が普段思っている不平不満や要望を聞きだして、後で俺に教えてくれるからありがたい。思わず姐さんに感謝を込めてありがてぇありがてぇと手を合わせていたところ、そんな俺に呆れたような声が掛けられた。

 

「キミは一体全体何をしているんだい?」

「えーと日頃の感謝の気持ち?」

「……疲れているなら、薬でも調合してあげようか?」

「気持ちだけで良いッスよ。ミユさん」

「少年、隣は良いかな?」

「良いッスよ?今は誰も座ってないし」

 

 おどけて見せる俺に呆れたような声を掛けてきたのは、我が艦隊が誇るマッド達の一人、ナージャ・ミユ女史であった。許可を得てスッと静かに横に座るミユさん。彼女とは久しぶりにあった気がする。

 彼女はマッドである事は確かだが、根っこの部分は非常に真面目かつ真っ直ぐだ。ただあまりにも研究に真っ直ぐだからマッドなのだとも言える。少年の心を忘れないケセイヤや浪漫を忘れないサナダさんとは別方向なマッドサイエンティストなのだ。

 

 だから彼女が研究にのめり込むと、そのあまりの集中力に素人は声を掛けることも出来やしない。研究室や解析室の揃ったマッドの巣から出て来ないので俺ですら出向かない限り直に会える事は稀だ。

仕事も早いし、やることは一流。勝手にクルーになっていたという謎のバイタリティを含めて、本当に良いクルーを雇えたとは思うが、コミュニケーションが取りづらいのは少し考慮するべきだろうか?

 

「どうした少年?」

 

 彼女がグラスを傾けるのを横でジッと見つめていたのが伝わり、反応した。俺は何でも無いと返し、同じく酒を傾ける。暫くお互い会話もなく静かにグラスを傾けた。

 うーん、なんだろう。これは中々に悪くない沈黙だ。普段酒場といえばバカ騒ぎが基本なだけに、まわりの雑音ですらBGMに聞こえてくる。大人な感じというんだろうかね? そんな事考えるあたり自分がDTである事は明白なのだが…orz

 

「―――そう言えば、君はエルメッツァの軍から、エピタフの情報を仕入れていたな」

「ん?ああ、そうッスねぇ」

 

 しばらくして、ミユさんは唐突に質問してきた。俺は対外的にエピタフの情報を集めていると言う事になってるので気になったのかもしれない。

 

「私も素材屋としては興味がある。是非とも手に入れたら、我々にも回してくれないだろうか?」

「回してって、どうするんスか?」

「決まっている。破壊して分子構造を隅から隅まで調べ、再構築するのだ。なァに宇宙は広い。一個や二個減ったくらいで、どうともならんさ。うまくすればエピタフを増産できて大もうけが出来るかもしれないぞ?」

 

 成程、確かに超古代文明が残した謎キューブなエピタフは好事家にも考古学者にも夢想家にも大人気だ。本物と寸分たがわぬレプリカが造れれば確かに大もうけできるかもしれないな。

 もっともこの先それをやった所為で大変な目にあう人がいるのを知っているので、俺はやらないけど…。

 

「はは、手に入ればッスけど仮に手に入ったとしても貴重品だからどだいムリッスね」

「そこを曲げて、何なら一晩くらい―――」

 

 そう言うと襟元を少しだけ肌蹴させるミユさん。トレードマークの白衣に隠されたスタイルのよさが普段のギャップもあって扇情的でぐっジョブです。でも、俺は生唾飲んでから彼女に待ったを掛ける。

 

「ストッープ。そこまでしなくても良いッス。どちらにしろアレはレジェンドレベルのお宝だから手に入るか解んないッスから……だから、幾つか手に入れられたらって事で今は我慢して欲しいッスね」

「ふむ、初心な少年だから色仕掛けで行けるかと思ったが失敗か」

「生憎と身持ちは堅いんスよ。ヘタレな童貞ってヤツです……泣きたい」

「それはソレで良いと私は思うがな。そこらの好色な0Gドッグより好感が持てる。泣きたいなら私の胸でも貸そうか?」

「是非……ゲフン、お気持ちだけでおなか一杯ッス。だけどミユさん。幾ら自分の身体とはいえ大事にしないとダメっスよ? じゃないと艦長である俺が怒るッス」

 

 俺がそう言うと、きょとんとした顔をするミユさん。

 いっけね?外したか?―――そう思った時。

 

「ふふ、あっははは! そんなことを言われたのは久しぶりだ!」

「うわっ痛っ! やめて叩かないでっ」

 

 いきなり笑い始め、さらに俺の肩をバンバン叩くミユさんに戸惑う。急に騒がしくしたので周りからくる探る様な視線! こっぱずかしいね!

 

「おい、少年。私はキミが更に気に入ってしまった。どうしてくれる?」

「いやそんなこと言われても」

「フフまぁいい。それとありがとうな少年」

「ええと、どういたしまして?」

 

 なんかよく解らんが、ミユさんとの好感度でも上がったのかえ?

 まぁよく解らんが、とりあえずこの場は俺が奢っておいたのであった。

 

 

***

 

 

 さて、惑星シドゥを後にした我ら白鯨艦隊は、その後も適当にカルバライヤ星系をぶらぶらと巡り、途中の星で宇宙船の重要部品の材料になるジゼルマイトの鉱山とかで採掘アルバイトしたりして過ごしたりした。

 何をするにも先ずは先立つものが必要なのだ。いくらか蓄えがあるとはいえ、持っていて困るものではない。稼げるときに稼ぐのも宇宙で生き残る上で大事な事である。

 

 そうやって航路を渡っている間、幸か不幸か海賊には遭遇しなかった。

 だが、この稼業に生きる以上、絶対に海賊とは遭遇する訳で―――

 

「早期警戒機(AEW)からレーダーリンク~。敵海賊艦隊を捕捉しましたー」

「データ取得、数は3、巡洋艦一隻と駆逐艦2隻の構成です」

【データリンク照会、敵艦はグアッシュ海賊団が使用するバクゥ級巡洋艦、およびタタワ級駆逐艦と判明】

 

 偵察に出していた早期警戒仕様のVFから情報が齎された。全長550mクラスの中華包丁みたいな形状の船首を構えたバクゥ級とそのフネの半分ほどの大きさしかない羽の短い小鳥が羽を広げたようなタタワ級二隻がメインモニターに投影される。

 奴さんらはステルスモードで隠された本隊である此方には気がつかず、真っ直ぐ白鯨駆逐艦隊へと向かっている。彼らからしてみればガラーナK級とゼラーナS級はかなりグレードが低い駆逐艦に映るのだろう。

それにしてもサナダさんが造ったステルスはかなり性能がいいな。メンテナンス大変みたいだが、まぁまだ試験段階だと思ってもいい機材だぜ。

 

「さて、お客さんだユーリ。どうする?」

「はは、そんなの決まってるじゃないッスか?」

 

 俺はブリッジを見渡しつつも、指示を出す為にコンソールに手をやった。手慣れた手順でコンソールを操れば、俺の目の前に複数のホロモニターが空間に投影される。これは各艦に通達するための“窓”だ。ぶっちゃけると内線だ。

 

「総員、戦闘配備! 目的は敵艦の拿捕、鹵獲にある! 前衛駆逐艦は高速機動戦準備! トランプ隊も発進! 各員準備を急げ!」

「アイサー艦長。『総員、戦闘配備。トランプ隊は発進準備を急いでください――』」

「ステルスモード解除。APFS及びデフレクターを戦闘出力へ出力と移行する」

 

 アバリスとユピテルのステルスモードが解除された。おうおう、もうそれだけで大慌てだな。艦隊の挙動が乱れているぞ? 駆逐艦だけのカモだと思ったが、カモは逆に自分達だってことにようやく気が付いたんだな。

まぁ、こっちもおまんま食う為だからな。勘弁してくれや? げへへ。

 

『こちら格納庫! 発艦準備よし!』

「あ、そう言えばトランプ隊は今回が機種変更しての初出撃になるのか」

「そういやそうだったね。ププロネンにつなぐかい?」

 

 トスカ姐さんがそう言ってコンソールに手をやったが、俺は手を振ってそれを制した。

 

「いや、今は良いッス。きっと気が立っていると思うし」

「ソレもそうだね」

 

 彼らはプロだ。鹵獲しろと言っておけばどうにかするに決まっている。傭兵稼業を長らく続けていたのだし、雇い主の意向に従わない筈がないのだから。

 

「敵艦にエネルギー反応。レーザー発射を確認。同時に小型飛翔体も確認。Sサイズの対艦ミサイルです」

【こちらへの機動妨害の為に乱射した模様です。レーザーは本艦隊の3時上方、離れた空間を通過します】

 

 敵さん慌てて撃ってきたが、大体2000㎞位だろうか? えらく離れたところを通過して霧散して消えた。宇宙での距離は地上のソレと違い長大なので、射撃諸元もクソもなくぶっ放せば、誤差でそうなるな。

 

【ですが敵のミサイルはデフレクターに直撃コースです。衝突まで40秒。僚艦による迎撃かTACマニューバで回避しますか?】

「迎撃も避ける必要もなし。そのまま突っ込めッス」

「アイアイサー」

 

 一方のミサイルは偶然の一致と見るべきか、こちらへの衝突コースに入っている。本来なら直掩機に迎撃指示を出すのだが、俺はあえて避けないという指示をくだした。

 これは旗艦ユピテルの旗艦出力から考えるにデフレクターの防御スクリーンの強度はアバリスすらも凌ぐというのが一つ。それと敵に対する示威行為であることも理由に含まれている。避けられる攻撃を敢えて受けることで更なる動揺を与えるのが目的だった。

 

 命令により、旗艦を守るように展開していたオル・ドーネKS級巡洋艦が電子妨害を行いながらミサイルの射線から退避する。ミサイルと接近するのはKS級の方が先なので万が一に備えての電子妨害である。

 これによりミサイルは一時的に目標を見失ったが、すぐに搭載されているセンサーで新たなる標的、すなわち本艦を捉えてこちらに進んでいた。真っ直ぐ飛ぶ槍のごとし対艦ミサイルはユピテルが展開していたデフレクターへとなんの妨害もなく直撃する。

 重力井戸の重力場を利用した防御スクリーンに、質量兵器であるミサイルはもろに影響を受ける。それこそ透明な壁に激突するようにして、スクリーンと接触した瞬間ひしゃげてくの字に折れ曲がり、デフレクターの向こう側に大きな火球を形成した。こんなもの、重力変調で巻き起こるメテオストームに比べれば屁のツッパリにもならない。

 

「本艦に被害なし」

「よし! トランプ隊発進ッス!」

 

 敵が動揺したかはわからないが、攻撃が効いていないことは観測できている筈だ。とにかく敵の無効化を行うためトランプ隊を発艦させる。VF-0に機種を変更したばかりだが、腕のいい彼らには海賊相手では物足りないかもしれないな。

 

「駆逐艦隊はトランプ隊を援護しつつ、連中を包囲して逃げられないようにするッス」

「了解、各艦に通達します」

「ユーリ、キーファーもだすんだ。内部から制圧させるよ」

「うっス。ミドリさん聞いてた?」

「聞いてました。キーファー隊も出します。トランプ隊には援護要請をだしました」

 

 トスカ姐さんの提案で、続いてVB-0ASキーファー計3機が発艦する。このキーファーは形式番号のとおり、モンスターの系列に連なる派生機である。かの機の特徴であるレールカノンを取っ払い、開いたペイロードを装甲に当てたキーファーは、敵艦への強襲接舷を敢行し、内部からフネを制圧する特殊な揚陸艇であった。

 

レールカノンが無くなり総火力こそ低下したが、変わりに対レーザー塗装がされた装甲に換装され、パワーアーマーで身を固めた男達を敵艦へと運んでくれる頼もしい存在であった。

そして、発艦ベイから強力な推進器の力で飛び出したキーファーたちであるが、彼女らにはさらなる特殊な機能を開発したマッドたちから与えられていた。

 

「キーファー隊~、センサーからロストー」

「ステルス機能は順調に稼働しているようです」

 

 それはステルス機能である。むろん、アバリスやユピテルに搭載されたような姿まで隠せる様な出鱈目なステルスではない。通常のステルス機能であり、敵のセンサーをある程度誤魔化すことができ、被弾率を下げることが可能となっていた。

 

 さて、この後の展開はいつも通りであった。

 

 初出撃したトランプ隊が敵の周囲を派手に飛びまわり、すれ違いざまにバクゥ級とタタワ級の武装を破壊していった。加速した状態のままで武装のみ破壊とかどこのエースコンバットだと言いたいが、実際彼らはエースなので問題ない。まだ人型への変形機構に馴れて無いので、作戦中はずっとファイターモードだったが些細なことだろう。

 

 武装を破壊された海賊は逃げようとするが、逃げ道を塞ぐようにK級とS級が進路上に展開して威嚇砲撃を敢行する。どこぞのいかれた砲撃手のログデータが逐一更新されているからか、その威嚇砲撃の弾幕は凄まじく、むしろシャワーの如き弾幕なのになぜ当たらないと言わせしめるくらいの物だった。

 そうやって停止、もしくは減速した海賊船にキーファーたちがそれぞれ一機ずつ強制接舷し、パワーアーマーに身を包んだよく訓練されている保安部陸戦隊が内部から制圧した。

 

 こうして、俺たちはほぼ無傷の巡洋艦と駆逐艦二隻を丸ごと手に入れた。後はこれを曳航し近くの宇宙ステーションで売るだけだ。もっとも、調べてみたところ値段的にはどちらもあまり高くはない。どちらも民間で使用されているフネだし、タタワ級にいたっては駆逐艦クラスの速度と火力があるが大きさ的には攻撃艇レベルである。

 

 まぁそれでも売れば金にはなる。今日もこちらの被害はほぼなかったし、強いぞ白鯨艦隊とか妄想していた……のだが、その時であった。ブリッジに異常を知らせるサイレンが鳴り響いたのだ。

 

「む? インフラトン機関の出力が低下中じゃと? おかしいのう、キチンとメンテナンスはすましておるんじゃが……。ユピや。200番台までの閉鎖弁を緊急閉鎖。排熱は128バイパスを通じて船外へ放出しておくれ。それとシステムチェックも頼みますじゃ」

【了解です】

 

 警告灯が点滅する中、機関長のトクガワさんが少し慌てたようにコンソールを叩いている。何かあったのだろう。そう思い俺は彼の席に通信を繋げ、声を掛けた。

 

「どうしたッスか?トクガワさん?」

「艦長、インフラトン機関の出力が低下しとる。今の所インフラトン・インヴァイター全体には異常ないんじゃが、機関部への粒子供給量が極端に下がっておって、このままじゃと後20分で完全停止するじゃろう」

「ゲッ、トラブルッスか? しかも機関部の……そいつは洒落にならねぇッス」

 

 エンジンはフネの心臓部。俺たちが宇宙空間にいるにもかかわらず、地上と同じように歩き回り、空気が吸えるのも全部エンジンが賄う膨大なエネルギーがあるからだ。

 

「とにかく一度エンジン停止してシステムを通常から非常モードへと移行してくれッス。機関室班は整備班と科学班と一緒に全力で原因究明を急いでくれッス」

「まかされました。そういう訳でサナダくん、行こうかのう」

「すでにケセイヤにも声を掛けてあります。行きましょうトクガワ機関長」

 

 トクガワさんとサナダは自分の席から立ち上がり、駆け足でブリッジから出て行った。それを見送りつつも、俺は突然ユピテルの機関部に異常が発生したことに驚いていた。機関長は過去の経験から、機械任せではなくて自分で何時も整備を行っている。そんな彼が手がけた整備に不備があったとは思えないし、思いたくはない。

 

 とにかく一刻も早い原因究明が必要だ。とりあえずは異常を知らせるサイレンがうるさいので停止させ、トクガワさんたちが原因を見つけ出すまで、異常が起きたと思われる主機関の火を一度落として慣性航行に移行させることにした。

 

 その間の周辺警戒は他の僚艦が輪形陣を組むことでカバーさせよう。そう思いコンソールに手をばしたその時だった。

 

【艦長! 大変です!】

「どうしたッス? 」

【再び機関部に異常発生! 機関がスクラム(緊急停止)しました! それと周囲に展開している駆逐艦隊と巡洋艦の機関部にも不具合発生の信号が発せられました! 現在全艦が主機をスクラム! 白鯨艦隊は航路上にて停止します!】

「うえ、うえ~っ?!」

 

 思わず叫んだ俺は悪くない。なにせユピテルだけかと思いきや艦隊のほぼ全ての艦に異常が発生したのだ。驚くなという方がどだい無理である。

 どうやら事態は思っていたよりも深刻だったようだ。俺はすぐさま乗組員全てに緊急事態であることを通達し、非常事態宣言と同時に問題の対処に動くように指示を出した。

 

 そうやって動く中、脳裏に以前トクガワ機関長から聞いた漂流話を思い出し、背筋に氷柱を突っ込まれたような寒気を感じた。嫌だぜ? 宇宙をずっと漂流だなんて……。

 

 EVA班が小型艇に乗り込み、他の艦へ向かうのをモニターで眺めつつ、整備班や科学班が原因を突き止めてこの事態を何とかしてくれるように祈った。

 

 

……………………………

 

………………………

 

…………………

 

 

 さて、異常事態発生から数時間後。完全に身動きが取れなくなった俺たちの艦隊は、慣性航行とは名ばかりの漂流状態となって航路に浮かんでいた。

 今のところ各艦センサーの範囲内なので異常事態が解決できれば広い宇宙でロストという事態は防げるだろう。センサーの範囲外に出てしまうと遠隔操作も出来なくなるから重要だ。現在の状況は最悪ではない。正確には最悪ではないだけで好転してはいなかった。

 俺はブリッジで各区画から上がってくる報告をまとめながら、湧き上がるストレス性の頭痛に眩暈が起こりそうだった。宇宙ってのは何が起きるのかわからないところだと知っていたにも関わらず、いま起きている現状を認めるのは大変疲れることだった。

 

「お疲れユーリ。飲むかい?」

 

 サド先生あたりに頭痛薬でも貰いに行こうか……いや、彼の御仁だと万能薬とか言ってアルコール処方しそうだからやめておこうとか考えていたところ、トスカ姐さんが二つのマグカップを手に声を掛けてきた。匂いから察するにコーヒーか何かだろう。その気配りだけであなたが女神に見えてきます。

 

「いただくッス」

 

 当然遠慮なくいただいた。思った通り受け取ったマグにはコーヒーが入っており、おまけに砂糖入りでさっきまで無い頭振り絞っていた脳みそに沁みていく気がした。トスカ姐さんも自分の分だろうマグカップに口をつけながら、俺の傍のコンソールの恥に寄り掛かる。

 しばらく互いのコーヒーをすする音だけが響く。ホッと一息入れられたことで気が付いたが、どうも眉間に大分力が入っていたらしく、少しだけ解れたのがわかった。それを見てトスカ姐さんが少し微笑んだ気がした。

 うーん、心に余裕がなかったのだろう。こういう気配りが出来る大人の女性っていいよな。結婚してください。

 

「それで、最新の今の現状はどうだった?」

「多数のケイ素生物がエンジンの粒子吸入口に付着してエンジンを塞いじまったみたいッス」

 

 唐突だが、彼女は俺に質問をしてきた。彼女も副長という俺の次にこの艦隊での権限がある人なので一々聞く必要はなく、ユピに尋ねるだけで現状を解りやすく手に入れられる。

 だが、あえてそうしないで俺の口から聞こうとしたのは、彼女なりの心配りである。どうやらさっきまでの俺は相当にヒデェ面をしていたらしいな。言葉の節々に気遣いのケを感じるのはうぬぼれだろうか?

 まぁ抱え込むよりかはだれかに吐露した方がいいこともある。それに彼女は副長という俺の女房役だ。一番の古株でパートナー的な意味で一番信頼できる彼女には隠すことなど何もない。そう思ってしまうあたり、ホントかなわないと思う。

 

 俺はよどみなく、現在各部署から上がってきた情報を伝え、彼女の反応をまった。

 

「うん? だけどそういうのを取り除く為のフィルターを搭載してたじゃないか?」

「そのフィルターを全部ふさいじまう程、この宙域に沢山浮遊してたみたいッス。センサーで感知できない程の大きさでも沢山吸い込んだモンだから」

「フィルターが機能しなかったのか」

「オマケにケイ素生物の何匹かがそれなりに成長してた個体らしくて、そいつ等がフィルターに穴あけちゃったンスよ」

 

 ユピテルの中央電算室のデータバンクに極僅かだが記述があったそうだ。この近辺にしか生息していないケイ素生命体。こいつらは鉱物をエネルギーにする不思議な生物なのだそうだ。

 その見た目は岩石と見分けが着かないし、俺ら炭素生命に見られるような解りやすい生命活動をしているわけではない。そんなヤツ等がフィルターに溜まったデブリなどのゴミに反応して活性化。その結果フィルターが食い破られたそうだ。

 

 そうして出来た穴から多数のケイ素生物やデブリゴミが、エンジンに続く粒子吸入口に雪崩れ込んでしまったみたいなんだよね。入り込んだゴミたちは機関部の色んなところを傷つけて行った挙句にエネルギー伝導管を流れる高密度のプラズマエネルギーに接触して焼きついてしまったらしい。

 

 イメージ的にはエンジンに砂糖入れて焼きつかせたようなものだろうか? その所為で周囲の隔壁が溶けてしまい、エンジンはストップする嵌めになったらしい。

 

「ははぁ、それでインフラトン・インヴァイターがオーバーヒートってことかい?」

「そうなんス。今EVA班たちが総出でプラズマカッター片手に焦げ付いたケイ素生物を機関部から取り除いてる最中ッス」

 

 何気なくコンソールに手をやり、外部映像のモニターを映し出す。そこには粒子吸入口の近くで工具を手に飛び回る整備班やEVA班の姿が映っていた。

 

「一応時間さえあれば取り除けるから問題無いらしいんス。それよりも傷ついたエンジンの方が不味いらしいッスね。トクガワさんとケセイヤさん曰く、機関始動の為にはレストア作業にかなり時間がかかるかも」

 

 エネルギー伝導管に不純物が着いた所為で、その部分だけが異常加熱を起こして溶け落ちた。ついでに廃熱システムも連鎖してパーンしちゃって、エンジンがオーバーヒートして加熱状態だったらしいからな。

 

 今回は緊急バイパスで外に強制排気して機関部内に溜まりかけた熱を急いで逃がしたからなんとかなった。ちなみに異常が起きた部分の温度は1200度にまで上昇していたらしい。プラズマエネルギーが漏れたにしては温度低いけど、そこらへんは最低限の安全装置が働いたお陰だそうだ。

 

 だけど、その熱量で周囲にあった電装系や修理ドロイドシステムもかなりダメージを受けたらしく、目下交換作業中だそうだ。フネの心臓部でデリケートな部分なだけに急ぎつつもゆっくり丁寧に作業中との事らしい。

 

「あ、そうだユピ。他の艦船もケイ素生物除去とフィルターの交換作業状況は?」

【はい艦長。現在保有する作業機を用いて本艦を最優先に巡洋艦、駆逐艦の順で除去作業を行っています。進行率は18%でしょうか】

 

 そういえばと、俺はユピに任せていた他の艦の作業状況を聞いてみた。俺たちの近くにホロモニターがピコンと表れ、サウンドオンリーと表示された画面から電子音声で訪ねた内容の解答が返ってくる。うん、全然すすんでねぇや。

 

 整備用マイクロドロイドとVFを作業用に改修したラバーキンも使って、急ピッチで作業を行っているが、26隻いる艦隊の全てが動けなくなったので、その除去作業は難航しているといってもいい。

 

【一応は救援信号を断続的には発していますが、運悪く場所がデブリベルトの中ですのであまり救援は期待できないかと……】

「ま、少し時間はかかるッスが、自力でなんとかできそうッスからね。人手は欲しいッスけど……厄介なお客さんが来なければいいッスねぇ」

「まぁまだ航空戦力となるトランプ隊がいるし、兵装は動かせるからそこらへんの雑魚なら撃退は出来るとおもうよ」

 

 もっともTACマニューバの使えないフネなんて瀕死の狸だけどね。そういってトスカ姐さんはコーヒーをすする。おい、どこでその台詞を……まぁいい。

 

 それはともかく、トラブルが起きている時は、注意を促す意味も込めて救援信号を流すこととなっているが、これはある意味諸刃である。

 その信号に気がついてくれたのが善良な0Gドックならこちらも諸手を挙げて歓迎できるのだが、信号を察知したのがハイエナの如き海賊だったなら……こちらもそれなりの被害を覚悟しなければならないだろう。

 不安はあるがとにかく修理に専念するしか今は方法が無い。人手の少ない我が白鯨艦隊の弱点……もう、人は石垣人は城ってか? ちょっと違うけどマンパワー欲しいなぁ。

 

 あふれ出る溜息と憂鬱さを胸に、コーヒーを飲み終わった後も実直に作業監督をしていた。そのお蔭かフィルターが詰まっただけで機関部に損傷のなかった艦――オル・ドーネ汎用巡洋艦一隻とガラーナK級突撃駆逐艦三隻――の修理が完了したという報告が上がってきた。

 偶然なのか彼女たちはフィルターを破られずに済んだらしく、フィルター表層に溜まったケイ素生命体をフィルターごと交換するだけで済んだのだ。これで動けるフネができたから海賊の襲撃に合っても対応可能だろう。

 

 問題はケイ素生命体が住む空間から離れられていない(慣性航行だったのと、ケイ素生命がいる空間の移動先が重なっていた為)ので、下手に戦闘出力でぶん回すと、短時間で同じような状態になる可能性があるということだろうか。

 

 まぁ兎に角、巡洋艦が復帰したのは助かった。巡洋艦の出力はそれなりにあるので、彼女をユピテルに接舷させて外部からエネルギー供給をさせれば、とりあえず窒息死は免れそうである。

 

 ハプニングはあったが光明が見えてきた。そんな矢先。

 

『オーイ! ソコのフネ……いや艦隊?! まぁいい大丈夫かい!?』

『おい、ルーべ! 俺達は急いでんだ! 勝手に通信をいれてんじゃねぇ!』

『何言ってるんですか! 救援信号を発しているフネを見捨てておけないでしょ!』

『てめぇこのヤロウ! 艦長の俺に逆らおうってのか!』

『やかましいハゲ!』

『殴った! 殴ったな! 仮にも上司だぞおいィ!?』

「今のは?」

「付近を航行するフネからの広域通信です。通信装置をONにしていたので、どこからかの通信が入ったのだと思います」

 

 どうやら俺達が発した救援信号を感知してくれたフネがいたらしい。戦闘の影響で流されたから結構航路から離れてたし、通信傍受なんてされないと思ってたんだが…。

 

 ま、一応通信を入れて来たってことは海賊では無いだろう。よほど賢しい海賊でも無い限り、海賊ならば問答無用で襲い掛かってくるのが定石だからだ。だからといって向かってくる相手を丸々信用するのは長く生き残れない0Gドッグのする事。

 俺はユピに指示を出し、修理が終わった駆逐艦をデブリの陰で息を潜めさせて護衛に回した。万が一、向こうが変な真似をしたら撃ち落とせば良い。現実は身内以外には非情なのだ。何をするにもまず身内を大切にしなきゃ、フネという共同体を回していく事は不可能である。

 

 ややあって。こちらに通信を入れてきたフネとの直接のホログラム通信による交信が可能な程に接近してきた。俺達の救難信号を受け取った相手と直接話せるので、どんな奴等なのか確認も兼ねてホログラム通信を繋げたのだが―――

 

『お~い、聞こえてるか?ソコのフネ!』

「此方白鯨艦隊旗艦ユピテル。聞こえてるッス………ところで、そちらの後ろで倒れている人は大丈夫か?」

 

 ホログラム通信に浮かび上がったのは、黒人も各やと言うほどの黒い肌をした人物である。そして、その手に持った紅いスパナはなんですか? 微妙にスプラッタを見せ付けられて背筋が凍りそうなんだが……、殺人鬼とか言わないですよね?

 

「うん? ああ、大丈夫。ウチの艦長は何気に丈夫だから」

「なら良いスが……」

 

 艦長さんは彼女の背後で頭を抱えて思いっきり呻いてる。うん、何も見ていないさぁ。 あちらの問題はあちらの問題。とりあえず助けて欲しいのはこっちなのだ。溺れる者は藁どころか塵芥だって逃すかよ。

 

「現在こちらは主機関のトラブルで身動きが取れないんス。今も修理をしているんスが圧倒的に人手が足りない。だから修理の救援をお願いしたい」

 

 コレ本当。フネの規模が規模だから機材を用いても修理に時間が掛かりそうなのだ。大艦巨砲とは浪漫だが、デカすぎるとこんな時に非常に困るのぜ。

 

『りょーかい。こっちからエンジニアを向かわせるよー。それにしても君、運が良いよ。こんな所に凄腕の機関士に会えるんだからさ。あっと自己紹介がまだだったね。ボクはルーべ、ルーべ・ガム・ラウだよ。今からそちらに移るから接舷コネクトとハッチ解放よろしく!』

「あいよー。救援感謝! 待ってるッス!」

 

 そして切れる通信。どうやら向こうの感じからして、百パーセント善意らしい。正直な話、主機関の修理を他の人間にやらせてもいいのかといわれれば、あまりいいとは言えない。メインエンジンはフネの心臓部、些細なことでも部外者に知られるのは少し問題あるだろう。

 

 だが幸いなことに、巨大で最新型とはいえ、俺の艦隊にあるフネが持つ全てのインフラトン機関はこの世界の大抵のフネに使われている有触れた技術で、所謂どこにでもある枯れている技術とも言える。

 

 空間通商管理局の整備補給を受ける為、殆どのフネはブロック工法とモジュール規格を統一されいるのだ。大きいだけで多分構造はほぼ一緒って事になるだろう。態々航路を外れつつあるこちらを、あちらさんが助けてくれるって言っているんだから、その言葉に甘んじるのも船乗りってもんだ。

 

 実際助けて欲しいのも本当だからな。いろいろと助かるぜ。

 

 

 

 

 

 さて、外部からの救援を受け入れてから2時間が経過した訳だが―――

 

「―――しっ、おっけ! インフラトン出力良好! 非常モード解除します!」

「ふむ、そんなやり方があったとはのう」

「あのケイ素生物はここの宙域にしかいないですから対処法はあんまり知られていないんですよ」

「ワシもまだまだ勉強不足じゃのう」

 

 なんかすさまじい速さでエンジンが復旧した。こりゃあビックリだ。助けに乗り込んできてくれたエンジニアがステマしてたんじゃないかって疑うくらい。

 こっちの整備班が出していた予想だと、あと73時間くらいは修理に時間が掛かる筈だったんだけど、救援に来たフネのエンジニアであるルーべが頑張ってくれたお陰でマッハで修理が終ったのだ。もっともルーべが張り切ってくれたのには理由がある。

 

「いいえ伝説の機関士長トクガワさんの整備は完璧でした! ただ予想外の事があっただけですよ!」

「ほっほ、そういって貰えると助かるわい」

「そうです! むしろこちらが色々と教わりたいくらいで! でも感激だな~、まさか、こんな所で伝説のトクガワ機関士長に出会えるなんて」

「いろいろとあったんだよ。それに伝説なんて、この爺には似合わんよ」

 

 これである。眼の前で繰り広げられている尊敬と謙遜の応酬。こちらに乗り込んできたルーべが作業にあたる前に、先に修理に出ていたこちらの人員と顔合わせしたのであるが、トクガワ機関長に出会った途端、ものすごく目をキラキラさせて握手を迫ったのである。

 彼女のあまりの剣幕に様子を見に来た俺達は驚愕したが、握手を求められたトクガワさんは何のその。慣れた様子で握手に快く応じていた。どうやら機関士など、その手の人間の間では、トクガワさんは生ける伝説と化しているらしい。

 なんでそんな凄い人がロウズなんて辺境に転がってたんだか……自分の運の良さに感謝の気持ちで一杯である。こうしてユピテルのメインエンジンは直ぐに修復され、また再び航路を旅することが出来るんだ。素直に感謝しよう。

 

それで、未だにトクガワさんの手を握ってブンブン振っているルーべを見て苦笑しながらも彼らに話しかけた。

 

「やるもんすねぇ、良い腕ッス」

「ああ、艦長さん。まぁボクの腕は故郷のジーバでも修理の腕前は一番だったんだ。まぁトクガワさんには負けるけどね」

 

 ルーべはそう呟くようにして言うと、再び尊敬の念を機関長に向けている。彼女の修理の腕前は言うに及ばず、素晴らしいと言えるほど凄腕だったのだが……。

トクガワさん、アンタどんだけ凄い人なんだ? そりゃ、偶に後光が差しているような感じはあるけどさ。

 

「今までどこに行ったのか行方不明だった伝説の機関士長。もうこの手は洗わない!」

「いや、洗いなさい。機関士と言っても女の子。最低限の身だしなみはしておきなさい」

「はい!解りました!」

 

 ビシっと、なぜか軍隊式な敬礼をするルーべ。

 中々ノリが解ってるじゃねぇか。

 

「さて、もう少しトクガワさんと話していたいけど、ボクはフネに戻るよ。念の為に宇宙港に入ったら再点検を忘れずにね?」

「了解ッス。でも大丈夫ッスか?」

「え? なにが?」

 

 俺の問いかけにキョトンとしているルーベ。いやだってさ。

 

「こっちに通信入れてきた時に、何やら上司さんともめてたみたいに聞こえたんス」

「あー、そういえば。ついついヤッチャッタ。でも大丈夫。結構こういうことよくやってたからね! 理解してくれるさ!」

「それはなんていうか……救援感謝ッスよルーべさん。コレ一応のお礼って事で」

 

 俺はマネーカードを差し出そうとしたが、ソレはルーべに止められた。

 

「いらないよ。こっちは善意で助けたんだからさ」

「そうッスか。ま、それなら貸し一つって事にしとくッス」

「はは、また会えた時に僕が困っていたら、返してくれればいいよ。それじゃ僕は戻るね」

 

 ルーべは俺の言葉にウィンクで返し、減圧ブロックへと向かっていった。ところで彼女は知らないのだが、彼女が乗り込んですぐに彼女のフネの責任者が彼女をほっぽり出して帰ろうとしたのだ。特に殴られたと思わしき責任者は怒り心頭だったようだ。

 

 こちらとしても彼女を置き去りにされるのは色んな意味で困るので、なんとか修理が終わるまで待てないか交渉したのである。誠心誠意、謝礼のマネーをちらつかせるとコロッと態度てくれたので何とかフネは待ち続けてくれた。ただそういった事情を知っている以上、彼女がどうなるか少し不安である。

 

 まぁ本人が心配してないし? こちらが関わるようなことでもないし? 後は彼女次第だよねぇ。

 

 

***

 

 

―――惑星ジーバ・空間通商管理局・巨大船係留ドック―――

 

 

 さて、トラブルがあったけど、ちゃんとしたドックがある管理局の軌道ステーションに入港した。到着してすぐに管理局側に大型艦メンテナンスドックの使用申請を打診し、あの航路から最も近かった、この惑星ジーバにて補給と再メンテナンスを行った。

 ルーベのおかげでココまで何の問題も無く運航できたが、宇宙船は本来精密機械の塊だ。確かに宇宙という人の生存を許さない苛酷な環境の中でも、ちょっとしたことでは壊れないが、だからといって油断は出来ない。

 

 特に今回起こった事故のような事が再び起きないとも限らないのだ。用心は多くても困ることは無いのである。

 また、一部あり合わせの部品で応急修理を行った場所をちゃんと修復し、こんなことが再発しないようにフネの改造もしたいという考えもある。うちの連中、性格はともかく優秀であるから二度と起こることはもうないだろう。

 

 今頃ケセイヤさんやサナダさんやミユさん等のマッド陣営が、メンテナンスドロイドの改良と言う名の魔改造を施しているだろうな―――R2-○2 とか造らんだろうな?ソレは流石に不味いぞ? 版権的に……。

 

 まァともかく。メンテナンス中は動けないので各員やるべき事をしにいった。

 かく言う俺も―――

 

「ふーむ、いつもながら素晴らしい。武装類以外は無傷ですね。今回はこれくらいでいかがですか?」

「むー、もう少し上がりませんかね?」

「あー、そうですねェ。……私も新品のオイルとか欲しいですねェ(ボソ)」

「それは都合がいい。ちょうど貿易用に大量に輸送してきたんだった」

 

 今回の事故の直前に拿捕した海賊船を、より高く売却する為の交渉を管理局側に行っていた。目の前には通商管理局が使っているローカルエージェントがニコニコ顔で立っている。

 

「いえしかし、0Gドック様方からそういった品を受け取る訳には」

「うーん。こっちで輸送品を仕入れたいから、場所をとるオイル樽とかは売却するか廃棄したいんスよねェ」

「「…………。」」

 

 通商管理局のローカルエージェントと無言で睨みあう。だが直ぐにお互いに破顔すると、ガシっと握手を交わしたのであった。交渉成立だ。

あっちはオイルを入手し、此方は少しだけ査定を高くしてもらい海賊船を買い取って貰える。お互いの損の少ない有意義な交渉だったな。

 

「あれ?でも何であのエージェント俺が以前にゴッゾでやった事を知ってるんスか?」

「艦長知らなかったのかい?連中は結構色んなところで並列化されてるんだよ?」

 

 エージェントへの些細な疑問を呟いたところ、後ろから声を掛けられた。振り返ると燃えるような赤い髪をした胸が大きな女性が立っていた。そこにいたのは生活班の物資管理の一切を引き受けているアコーさんであった。

 

「ありゃアコーさん。こんなところで奇遇ッスね。って並列化?」

「だから管理局のステーションで問題起せば、他のステーションでもマークされるってワケさ」

 

 ほうほう、並列化とかこれまたSFロマン単語が。こういうの好きなんだよね。

 

「後ちょうど良かったよ。これ補給品の目録。一応生活必需品Ⅰ型コンテナを100と生鮮食材の冷凍コンテナを200程。後は有料だったけど、以前から要望があったモノをパックした雑貨コンテナを幾つかってとこ。確認よろしくー」

「ん、どれどれ――無料の食料と生活必需品はともかく、有料の雑貨の量がいささか多い気もするけど、まぁ今回のアレの事もあるしな。あい解った。雑貨コンテナの方は財源から捻出おくッス」

 

 しかし、雑貨コンテナか。たしか船内で買い物が出来るシップショップの品物も入ってんだよな。今回はコレの他にフネに使う修理用の素材とかもよそから仕入れたらしいから、今回の値段はそれら全部含めて、およそ2000Gってとこか。

 拿捕した海賊船を全部売り払った値段が、約7300G程度。これは中古のフネはどんなに新しくても買い取り価格は新造で巡洋艦を造船ドックで作ったときに掛かる値段の半額となるからだ。

 加えて無力化の為に武装周りを壊したのでさらに減額となる。今回はそれにプラスして交易品やジャンク品の買い取りを含めるので、最終的にこちらに入る金額は大体8000G。

 

 支出との差額は6000Gが手元にってところか。無力化のために多少傷つくから拿捕したフネでも安いもんだ。もっとも沈めたフネのジャンクパーツ売るよりかは高いけどな。おおよそ桁が一つ違うのだからなるべく拿捕したいもんである。

 

「ふぅ、もう一隻ユピテルと同型艦を作りたいんスがねぇ」

「しばらくは無理だとおもうよ艦長。ウチの浪費の大半はマッドの巣だしね」

 

 原作と違い支出が高い事高い事。お金の昔の呼び方はおあしと言うらしい。なんでも脚が生えたみたいにすぐ無くなるかららしいが、まさにその通りだ。昔の人は的確だわ。ホント艦隊運営も楽じゃないぜ。

 

「……なんか、自力で資源惑星見つけて鉱脈でも探して造った方が早い気がしてきたッス」

「ん~、でもそうなると私はここから抜けようかな。色んなところを旅したいから乗り込んだわけだしね。娯楽もなんもなさそうな資源惑星で石ころ数えて過ごすなんて真っ平御免さ」

「Oh! アコーさんに抜けられると困るから、このまま頑張るしかないッスね!」

 

 おどけたように冗談をいう女性だ……いや、おどけてるけど本気か? 本気なら拙いな、彼女ウチの補給関連一手に引き受けてるし、抜けられたら俺が過労で死ぬ。序にレーダー手のエコーも彼女の姉妹だから抜けられると彼女も……うへぇ、クルーの望みを考えるのも楽じゃねぇなオイ。

 




いやぁ、水便で死にかけました。腹痛甘く見るとヤバいッスね
あ、汚い話してごめんなさい。それじゃあまた次回にノシ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第19話、カルバライヤ編~

気が付けば8月。時間が経つのが加速してる気がします。
今回は二つ投稿です。こちらが最初ですハイ。


■カルバライヤ編・第十九章■

 

 さて、日常とは代わり映えのしない毎日のことであるという。俺にしてみればステーションでローカルエージェント相手に商談したり、宇宙空間で襲来する宇宙海賊を根こそぎ薙ぎ払うのも、いまでは普段の代わり映えのしない日常ということになるわけだ。

 

 しかし、日常だけではあまり面白くない。人は常に刺激を求める。だからこそ、日常というステージの中に少しだけ日々の出来事と違うことが起きる。小さな非日常があるからこそ、輝いて生きていけるってわけだ。

 

「おっし飲め飲め!ルーべ!」

「んぐんぐんぐ、ぶはー!おいしい!」

「すげぇ、よく一気飲み出来るなぁ」

「ボクはこう見えても、ジーバで一番のざるらしいからね」

「いや、そこまで行くとこの宙域一じゃねぇか?」

 

 まぁ小難しいことを並べたてたのは別に意味などない。言ってみたかっただけだ。それよりも今起きていることを直視しようじゃないか。

 

 いやはや奇妙な縁もあるものだ。俺はアコーさんと別れ、一人ステーション内にある酒場に向かった。中では相変わらず0Gドッグたちがたむろしていたわけだが、そんな中になんとルーべ・ガム・ラウがいたのである。

 奇しくも以外と早く彼女と再開したのであるが、フネの修復作業でお世話になったし顔も見知っていたので声を掛けてみた。ルーべにはユピテルの修理で良くしてもらったので覚えが良く、俺は暇そうな連中を酒場に呼び寄せて宴会しようぜーと一声かけてみた。

 

 そして、白鯨のクルーはそういったのが大好きなんだ。皆これ幸いと再開を祝してという建前で酒場の一部を貸切って飲み会を始めた。その飲みっぷりはまさに穴が開いた樽だ。そんな中でも別格の底が抜けた樽であるトスカ姐さんが登場し、彼女の悪乗りによりルーベを巻き込んだ飲み比べ大会が勃発した。

 

 この飲み比べでルーべに付いていけたのは、うちの人員からはトーロとトスカさんだけであり、ほかは物の見事に撃沈されてテーブルをベッド代わりに酔い潰されて寝息を立てている。

 

 こうなる事を見越していた俺は、最初からセーブして飲んでおり、飲み比べにも参加して無かったので酔ってはいない。だが酒関連の面倒は、別に強制飲み比べ大会だけじゃない。

 

「ちょっとー!聞いてりゅのう?ゆーりぃ~」

「き、聞いてるよチェルシー。あと近いっス」

「わたしのさけがのめねってぇーのかー!ばーろー!」

「うっわ、超棒読み」

 

 これだよ。素面だと何故か酔っ払いに絡まれるのだ。これが普通のおっさんなら殴り倒すのだが、相手は眼に入れても痛くない可愛い義妹のチェルシーである。一体誰が彼女にココまでドロドロになるまで呑ませたんだチクショーめ!

 

「いいわねチェルシー。私も、エイ」

「ちょっ!おいティータ」

「なに? トーロ嫌なの?」

「い、嫌じゃねぇけど……酔ってるか?」

「酔ってないわよ。ええ酔ってませんとも、酔う筈が無いじゃない」

「とか言いつつジョッキを煽るの止め、って抱きつくなって!」

「「「「うぅ~、トーロめ妬ましい」」」」

 

 

 もうやだこの空間。

 

 

……………………………

 

………………………

 

…………………

 

 

 しばらくして、何杯もカクテルを飲み干したチェルシーがようやく泥酔した。今は俺の膝枕で眠っている。可愛い義妹の為に俺は膝枕をしてあげているのだ。サラサラでやわらかい髪を梳きつつも安心しきって眠っている眠り姫に苦笑する。

 羨ましいと思われそうだが、2時間トイレに行きたいのに行けない苦しみを味わってみれば、俺の今の状況が解るだろう。お酒って結構利尿作用あるしな。漏れそう。

 

「ゆぅりぃ~」

「はいは~い、アンちゃんはここに居るッスよ~」

「うにゅ~、スースー」

 

 ぐりぐりと顔を擦りつけてくる彼女に優しく起こさないように言葉を掛けると、至極安心したようにあどけない寝顔を晒してくる。何?この可愛い生き物?俺を萌え殺すつもりなのかしらん。

 でも、これはこれで良いかなって思っている自分が居たりする。ナチュラルでヤバいところに堕ちてしまいそうだぜ。

 

「しっかし毎度宴会になると死屍累々だなぁ」

「だね、まさか艦長とボクだけが起きてるなんてね」

「いやまぁ、ウチの義妹がこんなんッスからね、なでなで」

「のむ? 只の水だけど」

「あー、欲しいのは山々なんすけど、俺さっきからこの状態で……」

「おっと。それはそれは」

 

 気が付けばルーべがコップを片手に、こっちに来ていた。こちらの状況を見て色々と察したルーべはコップを引っ込めると、なぜか俺のとなりに越しかけた。しばらく彼女が水を飲む音とチェルシーの寝息だけが聞こえる。

 

「あれからどう? エンジンの方は?」

「ん?ああ。ウチの整備連中が頑張ってくれてね。あれから似た様な事は起きてないッス」

「そう、それはよかった」

 

 ルーべは俺の言葉に満足げに頷いてみせる。彼女もやはり本職の人間。自分の手掛けた仕事だけに、やはり気にはなっていたんだろうな。

 

「ところで、何でルーべはここに? もしかしてまだ上陸休暇中?」

「正解―――って言いたいところだけど、実はフネをクビになっちゃってね」

「ワッツ!?」

「ちょっと声が大きいよ。膝の上の彼女が起きちゃうよ」

 

 クスクス笑って見せるルーベに思わず大声を出してしまった。その所為だろうか、膝の上の眠り姫が身じろぎしたので俺は少し硬直する。だが眠り姫は少し身じろぎしただけで、すぐに寝息立てて寝てしまった。

 た、たくましくなってやがるなァ義妹よ。

 

「豪快な娘だね。きっと良い女になるよこの娘。良い女であるこのルーベさんが保障してあげる。いい娘を持って幸せだね艦長」

「勘違いしてるみたいッスが、彼女とは兄妹の関係なんスがね~」

「うそん? それにしては随分とべったりに見えたけどな」

「酒のちからッスよ。お酒のね」

 

 お酒の力にしては随分と盛大に甘えてくる気もするが、まぁ気にしない。

 

「話を戻すッスけど、首になった原因ってやっぱり……」

「流石にスパナは不味かったかな?あははは」

「あー、ぶん殴っちゃったあれが原因?」

「いやさ? 君達を助ける時にあんまりにも解ってくれなかったから、ついね?」

「これって、もしかしなくても俺達がある意味原因っぽい?」

「ん~、ふふ」

 

 なんとなく気まずい空気が漂う。というか、そんな風に困ったような微笑をみせられたら答えてるも同然じゃないですか、やだー。

 

「うわっ、なんか罪悪感がふつふつとわいてくるッス」

「どうせあのフネは近いうちに降りるつもりだったし、君達の所為じゃ………むむむ」

 

 突如ルーべは言いかけた言葉をひっこめると、何かをひらめいたとばかりに此方に振り向く。その眼には悪戯っぽい光で溢れていた。あ、これはもしやと俺は察した。

 

「そういや、一つ借りだって言ってくれてたよね?」

「ああ、そう言えばそんなことを言ったッスね。よく覚えていらっしゃる」

「じゃあさ。その借りを今返すってことで、ボクを君のフネに乗せてくれないかな?」

 

 ちょっとお酒が入っていたからか、冗談めかしてそう俺に告げるルーべ。

 しかし、ルーべの現状を考えるとこれは冗談ではないのだろう。機関士として生活してきたのに、これ迄乗っていたフネを降ろされたルーべは今のところ路頭に迷っているも同然なのだ。借りの話を持ち出して俺に話を振ってきたのは、まぁつまりていの良い就職先だと思われた次第で。

 ほろ酔いながらも俺は脳を思考させる。ルーべの機関士としての腕前は先の事故の時に証明されている。非常に優秀な機関士である上、トクガワ機関長を尊敬しているから勤務態度は非常に真面目なものとなるだろう。雇い入れた上でのリターン、プライスレス。

 だけど、俺は先ずはこう切り返すことにした。

 

「借りでは乗せないッスよ」

「そっか、残念だなァ……」

 

 残念そうにグラスを煽るルーベ。おいおい早合点だな。俺のターンはまだ終了していないぜ!

 

「キチンと雇うから、その借りはまだ取っておくッス」

「……ぶえ!? けほけほ、変なとこ、入った!」

「あ」

 

 さっきのルーべと同じく、悪戯っぽい光を眼に宿して俺はそう眼の前の優秀な機関士に告げたのだが、驚いた拍子に思いっきり合成酒が気管支に行ったらしく激しく咳き込んだ。

 なんか可哀相なので、俺は背中をさすってやる。気分はポ○モンに出てくるセントアンヌ号の船長の背中を撫でていあい切りを貰うところ……。

 

「ちょっと。もういい。そんな撫で方されたら」

「おおう、俺のナデポスキルで惚れちゃうッスか」

「いや別な意味で撫で方が上手すぎて飲んだの全部出そう」

「ごめんなさい」

 

 俺にナデポスキルは無い。無いのだ。チクショー。

 

「ふぅ。とりあえず乙女にこんなことしたんだから、責任とってくれるんだよね」

「勿論ッス。ウチのモットーは“人格は関係無しで一流”ッスからね。時には上の人間をぶん殴れるくらい肝の据わった人間くらいじゃないと部署は任せらんねぇッスよ」

「そうか、嘘ではないの……ええっ!? いきなり部署まで任せてくれるの!?」

 

 おいおい、何を驚く黒ウサギさん。

 

「ルーベのメカニックとしてのスキルはエンジントラブルの時にみさせてもらってるッスからねぇ。その実力ならトクガワ機関長直々の傘下につけても誰も文句は言われないでしょ」

「しかも生ける伝説の副官ポジなの? もう夢じゃないかなぁこれ」

 

 心底うれしそうにガッツポーズを決めるルーベに微笑ましさを感じるぜ。実際、彼女の腕はかなりのものだった。そうでなければいくら慣れているとは言え、宇宙船のエンジントラブルを数時間で修復なんて出来まい。

 ただ、懸念があるとすれば……。

 

「うへへ。かつて見たグランヘイム程じゃないけど、旗艦の主機もすっごくマッシブでエキセントリックだったから、ぐへへ」

 

 重度のメカオタクなのよねぇ、彼女。今ちょっと直視できない顔してるよ。

 

「それじゃ改めてボクはルーべ・ガム・ラウだよ。よろしく!」

「俺はユーリ。白鯨艦隊を率いる旗艦ユピテルの艦長ッス。これからよろしくッス。あ、ちょっと待っててくれッス―――ユピ、ちょっといいか」

【ハイ艦長。御用ですか?】

「え! これってもしかして統合統括AI? めっずらしいー!」

 

 懐から取り出したるは、ユピテルのメインフレームに直結できる携帯端末。表示されるホロスクリーンには人の姿は映らず、サウンドオンリーと大きくAIの文字。その所為かメカオタクのルーベはなんなのかがすぐにわかったようだ。

 しかし身を乗り出してまで見るようなもんじゃないと思うんだが……肩にあたってます。幸福です。

 

「ユピ、新しく機関士を一人追加ッス。ポジションはトクガワさんの下に頼むッスよ」

【調整しておきます。あとで携帯端末を用意しておきますね】

「よろしくね、えーと」

【あ、わたしのことはユピとおよびください】

「うんユピ。ボクはルーベ。よろしくな!」

「うん、頼むッスよ。それじゃなユピ」

【はい艦長。ルーベさん。ではまたフネで】

 

 こうして、機関士が一人。仲間に加わったのだった。

 

 

***

 

 

 さて、ルーベ加入から大体一週間が経過した。当初はいきなりの参加で若干戸惑いが互いにあったが、そんなもん時間が経てば大体どうにかなるもので、今では彼女も普通にフネに馴染みつつある。

 

 俺はブリッジに常駐しているし、ルーベはトクガワ機関長の下で現場に出ているのであまり出会わないが、それでも食堂や通路で出会ったら挨拶とおしゃべりくらいはするので、どれだけ馴染んでいるかは見て取れた。

 そうでなくても彼女の参入は基本女日照りな機関部員には問題なく支持されたからな。もとよりあまり心配はしていない。気になるとすればルーベを仲間にすると伝えた時、トスカ姐さんがまた女かいと呟いたんだが、はて?

 

 まぁそんな呟きをしたけど、トスカ姐さん普通にルーベと飲み仲間してるしなぁ。女は時折、良くわからないもんだ。

 

「ユーリ、そろそろジェロウ・ガンに会いに行かないと不味いよ」

「あーはは……めんどくさいけど、もう引きのばすのも限界ッスね」

 

 さて、そろそろ現実逃避はやめにしよう。俺はいま決断を迫られていた。それは初めてオムス中佐に出会った時、嫌がらせに頼んだ報酬であるエピタフの情報を頼んだのが発端だ。

 

 エピタフは原作において重要なアーティファクトであり、古代異星人の遺跡などから出土する遺物である。見つけた者は富を得られるとかいろいろと眉唾な伝説が付くほど希少な代物なので中々現物が見つからない。

 

 得てしてこういった類の遺物には膨大な真偽が定かではない情報も付属する。エリート軍人とはいえ、一地方の基地司令である彼に対する嫌がらせにはちょうどいいと思ったんだが、まさかその道の第一人者にアポがとれたなんて……予想外デス。

 

「ま、しゃーないか。腹を括るッス」

 

 俺は肩を落としつつも、航路を担当する航海班のリーフやイネスらに連絡を入れ、白鯨艦隊の針路を一路ガゼオンへと向けた。現在いる宙域からガゼオンまではさほど離れてはいない。

 

とはいえ到着するまで戦闘でも起きない限り少し手持無沙汰になる。つまりは暇なので俺は何気なくコンソールからフネのメインフレームにアクセスし、ガゼオンの情報を閲覧してみることにした。

 

――惑星ガゼオン――

 

・人工87億4千5百万人、大気は赤褐色のガスで覆われ1日中夕暮れの様な明るさしか無い。重力はおよそ1,2Gと高めであるが十分許容できる程度である。特産物は無いが近くのアステロイドベルトからの物資保管地となっている。

 

データが出て来た。ちなみに初版は大マゼラン歴2300年だから、今から大体250年前だわな。あってるんだろうか?ちょっとは差異があるかもわからんねー。

 

「ガゼオンの衛星軌道に到達しました。ステーションへとドッキングします」

「ういっス。んじゃトスカさん、行きやしょうか?」

「あいよ」

 

 とにかく普段どおりに停泊させてからガゼオンに降り立った。メンバーは俺とトスカ姐さんの何時ものコンビ。それと科学班でどうしても行きたいと言っていた連中が数名と、そいつらの引率を兼ねたナージャ・ミユさんが付き添う事となった。

 科学班の人間達はこれから会いに行く人物を顔だけでもいいからどうしても見たいという連中だ。その理由は……多分シンパシーとか同族意識という物ではないかと推測される。引率と言っていたミユさんが少し浮かれているのもそういう事なのだろう。全員の眼がトクガワ機関長に初めて会った時のルーベそっくりだ。

 

 そんなどこか不安溢れる面子を率いて、俺はAIのユピにフネの事を任せると、軌道エレベーターに彼らと共に乗り込んだ。後、何故かイネスも付いて来ている。理由としては最近下火にはなったが、未だに白鯨艦隊の女装少年愛好会♀の皆様に虎視眈々と狙われているらしく、下手に俺の傍から離れるのが怖いかららしい。

 そのほかに地上に降りる人々はもう一組いる。アコーさんたち生活班や個人的に買い物がしたい連中だ。我が義妹のチェルシーもまた、その他の人達との付き合いで、買い物に行くらしい。何でもずっと艦内にいるのではなく珍しい気候を持つ惑星へ気晴らしを行わせるのも兼ねているから、だそうだ。

 

 もっともそれに付いていく人物の一人がガンコレクターであるストールと言うのが気になる。何せねぇ、この間知ったばかりだが義妹の趣味がガンコレクターだったし、恐らくは武器屋でも覗きにいくのだろう。

 なんというかなんともいえない趣味を持ってしまった義妹にガックリ来る。だからって折角出来た趣味をやめろなんて言えないし困ったモンだ。俺の悩みを知ってか知らずか、ユーリと愉快な仲間たちは地上に降りたのだった。

 

「家の場所はどこッスかね~」

「んー?私は知らないよ?」

「えーと、“ジェロウ・ガン研究所、セクション4軌道エレベーターより南西に40km”だって」

「へ?イネス、今なんて言ったスか?」

「いや、惑星案内パンフにデカデカ書いてある。どうやら観光地扱いされている様だね」

 

 

 地上に降りてすぐ、どうやって行こうかと話していると、イネスがハイどうぞと薄いデジタルパンフレットを渡してきた。それには極薄モニターでホログラム投影された案内地図と現在位置ナビが表示され、その横には今イネスが口に出したのとほぼ同じ文句がつらつらと書かれている。

 このジェロウこそ、オムス中佐がアポイントを取ったというエピタフを含め様々な分野の第一人者だという。そういや俺は原作知識でしか覚えてないからステータスが高い人物という印象だけど、地元では結構有名人だったけね。ジェロウ・ガン教授。

 

「ハァ。いくッスか」

「レンタカー借りてくるよ」

 

 俺は諦めを込めたため息を吐いてトスカ姐さんが借りて来たレンタカーに乗ってそのまま研究所へと向かった。こんなパンフを見つけてきたイネスを少し睨んだのは内緒。ああ、新しい星なんだから観光を少ししたかったよん。

 レンタカーはそれなりに混雑した市街を通ってドンドン軌道エレベーター基部から遠ざかり、やがて周囲に立っていた高層ビル群を抜けた先の郊外に続く道を突き進む。街の外から出ると極端に交通量は少なくなるらしく、20分も経たない内に目的地に付いてしまった。

 そして到着したジェロウ・ガン教授の研究所。おおよそ三階建てくらいだろう窓が

ついた四角い小さな建物が周囲を囲む柵の中に佇んでいる。パンフにデカデカ書いてあったにしては、随分と小ぢんまりした建物が建っているだけで他には何も無い。

 

 

「ふーん、もう少し大きい建物を想像してたんスが」

「古代のアーティファクト、エピタフの研究だからねぇ。考古学に近いモノがあるから、研究スペースはそれほどいらないのかもね」

「君たちは何世代前の人間なんだい? 研究施設なんて実物を使わないなら仮想空間に置いておくものだろう。とりあえず入ろう。オムス中佐から連絡は言っているんだろう?」

 

 何故か今回付いて来ているイネスにそう急かされ、俺は研究所の門の脇に居る守衛に話しかけた。どうやら本当に話が通っていたらしく、すんなり研究所の一室へと案内される運びとなった。

 

 外見とは異なり通された部屋には様々なモニターやメーターがあり、いかにも解析をこなすマシーンって感じだったが、そのせいか人影は逆に少ない。その部屋で唯一の人影。そして主である一人の老人が、赤い杖をついて俺達を待っているかの如く佇んでいた。

 

「よく来てくれた。ワシがジェロウ・ガンだ。話しはオムス中佐から聞いちょるヨ」

 

 白髪が若干後退し、発達した前頭葉を更に大きく見せているこの老人はそう名乗った。彼こそがジェロウ・ガン。カルバライヤ宙域に研究所を構え、小マゼランにおいてはエピタフ研究の第一人者である老科学者である。

 

 一件すると老いさらばえた印象であるが、彼の眼の奥に湛えられた好奇心の火は未だに煌々と燃えているのが見て解る。原作における立ち居地は、万能の科学者。そしてリアルマッド。

 宇宙物理の全てを解き明かしたいと考える老人は狂気じみたその熱意を隠すような事はしていない。現に彼の眼は眼の前にいる俺達を写してはいない。その眼はもっと遠くの何かを見ているように感じられる。おおう、マジの研究者は色んな意味でスゲェな。

 

「初めましてジェロウ・ガン教授。自分は―――」

「ああ、別に自己紹介はいいヨ。オムス中佐の方からデータを受け取っている。君がユーリくんだネ?」

 

 こちらの自己紹介を遮るジェロウ教授。どうやら俺の個人データは勝手に流出しているらしい。これって訴えられるんだろうか? いや無理か。

 

「あー、はいユーリでス。改めて初めまして」

「うむ。ワシのことは教授でいいヨ。ではさっそくだが、エピタフについて調べているそうだネ?」

 

 あはは、ココロがイタイ。ここで衝撃の事実だが、俺自身はこのエピタフというアーティファクトに関してあまり興味がない。なぜならエピタフ関連は死亡フラグが乱立している鬼門だからだ。

 しかも初めてトスカ姐さんと出会ったときに、俺は駆逐艦を作る資金を得る為に憑依先のユーリが元々所持していたであろうエピタフをトスカ姐さんに見せ、質屋に卸している。

 主人公の大事なモノ欄のアイテムを当然の如く質に入れた訳だがそれはどうでもいい。問題は俺は一言も喋ってはいないのに、姉さんには俺が宇宙に出たい理由として“ユーリはエピタフの秘密を探りたい”と認識されたことだ。

 

 まァ高々宇宙船の部品製造工場にいたと自称した主人公が、工場勤めでは捻出できないくらいの大金である1000Gを持っていた上、コレクターから見れば喉から手が出る程人気があるアーティファクトを所持していたのだ。このときエピタフを所持していたことに関する俺の言い訳は親の形見としたわけだが、それがトスカ姐さんの中では…。

 

 親の形見→親は人生を掛けてエピタフを求めた→子は閉鎖された宙域から宇宙に出たい→そのために後ろ暗いことして金を稼ぐ(工場製品横流し)→色んな意味で後がない。

 

 =親の形見(エピタフ)を調べたいのだろう。

 

 このような謎の公式が生まれていたらしい。しかもこの件に関して俺はその後 特に言及する事がなかった。おもわず親の形見と説明していたので追求とかされると色々困ると思い訂正しなかったからだ。

 

 その所為でクルー達にすら、俺が動く主目的の中にはエピタフがあると誤認されているのである。なので、今更“そんなん調べたくねぇ~!”と叫べない。態度で節々にめんどくさいという態度はとっていたが、どういう訳かそういうのはエアリードされないのだ。

 

 

 そんな訳で――俺はエピタフに関わる事を、強いられているんだっ!

 

 

 無駄に強調線を出したところで歩を進めよう。ここまで多くの手間がかかっている以上、ここでそんなことを言えば確実にクルーの中での俺の評判は下がる。評判が下がる=カリスマ(笑)の低下=求心力の低下。そして白鯨艦隊はカリスマ度低下で空中分解! Oh!No!

 

 別に俺だけなら痛くもかゆくも無いのだが、俺の評判が下がることで仲間たちから見放されたら、宇宙を巡るのが難しくなる。そうなれば中々次の場所に向かえず、せっかく宇宙に出て来た意味が無くなってしまう。

 

 それに彼らをここまで引っ張ってきた責任が俺にはある。今更やりたくないの言葉だけで片付けていい問題ではない……と、責任感という言葉に責任感を感じる中身日本人なユーリ君はビビルのであった。

 

「はい。エピタフについて教授の御力をお借りしたいかなァっと思いまして」

 

 上記の理由により内心に吹き荒れる不満を極力顔に出さない為、なるたけポーカーフェイスを保ちつつ教授にそう説明した。実際エピタフは専門家であっても良く分からない代物であるので、一応唯の0Gドッグである俺からそう尋ねられるのは決しておかしなことではないだろう。

 一方の教授は俺の顔を一瞥しただけで、後はフムと考える様な仕草をとると黙り込んでしまう。その特に興味は無いみたいな眼で見れると、なんだか見透かされているような気分になってくる。成るべく内心の憤りを表面に出さないように自称ポーカーフェイスを保っている俺にしてみれば冷や汗ものだ。

 しばらくして、考えがまとまったのかジェロウ教授が口を開いたが、その答えは此方にとっては予想だにしないものであった。

 

「エピタフの調査と言うものは、検体がまず入手出来ない為に、なかなか調査が難しくてネ」

 

 教授はそう言うと、後手に手を組み少し苦笑した様子で話を続ける。

 

「そもそもエピタフの組成において、現状では4窒化珪素SI3N4に似たダイヤモンド格子が確認され―――」

 

 ココから頭から湯気が出そうなくらいの難しい講義が始まってしまった。うん、御力をお借りしたいと言ったからか、それとも単に説明好きなのか知らないがレジュメもないのに口頭で高等な学問を伝えられる破目に……お、今の上手くない?

 それはさて置き、もともと大学生であり、こういったタイプの教授の話を要点だけを覚え後は聞き流す術に長けている。そんな訳で聞く分には問題無かった。むろん俺に付いてきたメンバーもほとんどが研究職関連の連中なので問題ない。

 ちなみにトスカ姐さんとかは俺と同じく聞き流していたが、こちらは完全に別の事に思考を向けており、教授の授業にはテンで興味がない御様子であった。まぁ俺も専門用語でわからんのは完全にスルーしているしな。唯一完全に教授の話に付いていけたのは研究者でマッドな気質があるミユさんくらいのもんだったし。

 

 

「―――そこから組成活発化と何らかの条件によりStructural phase transition(ストラクチュラル・フェイズ・トランジション)及びポリクリスタル成長の可能性が導かれるのだネ。だからしてシェル・アイゾーマ法による、アブストラクションテストで見られるケイ素生物との―――」

 

 

 だが、そろそろ俺も頭から煙が出てきそうだ。多くを聞き流したとはいえ、後で絶対教授から問われると確信していた手前、ある程度は説明の内容を覚えていなければならないのだ。その負担ッ…のうみそがフットーしそーだよぉ…のレベルに達する一歩手前といったところ。軽い拷問に近いだろう。

 尚、教授の方は話に興が乗ってきたのかまだまだ終わる気配は無い。既にトスカ姐さんなど、お花摘みと称して部屋から退散してしまってここにはいない、俺は教えを賜う集団のトップ故に逃げる訳にも行かず、ジェロウ教授の専門用語飛び交う話を聞き続けたのだった。

 

 

………………………

 

…………………

 

……………

 

 

―――そして会話開始から1時間後。

 

 

「と言う訳じゃ、解ったかネ?」

 

 ゴメンなさい教授、貴方の高尚な知識は、ド低能で腰を振るくらいしか能の無いサルと同等の俺には荷が重すぎです。途中から解らなくなりましたが、でも聞いてなくちゃいけなくて俺の意識は思考を停止して半分飛んでます。

 ここまで聞いていた何となく観光気分で俺についてきていた研究職以外の連中もまた似たようなものだった。教授に解ったかねと問われて俺と同じく苦笑で返している。おお、同志達よ。思わず仲間意識が上昇したぜ。

 

「プロフェッサー。一ついいでしょうか?」

「なにかね?えーと――」

「ナージャ・ミユと申します。彼らの庇護の元、研究をさせて貰っている者です」

「おおそうかねミユくん。何か質問かね?」

「はい、質問……と言うよりかは、これ迄に教授が仰られた事の確認なのですが、この宙域に存在するデッドゲート付近の惑星ムーレアと言う星にエピタフがあったと思わしき遺跡がある。だからエピタフとデッドゲートの関連性を調べる為にも惑星ムーレアへと行きたい―――と、言う訳でしょう? プロフェッサー・ジェロウ」

「うむ! そう言う事だ。キミの言ったことで大体あっているヨ」

 

 俺達が黙っていると、後ろで控えていたミユさんが口を開いた。つーかあの説明の洪水の中で、よくそれだけ理解できましたね、ミユさん。

 

「つまり、自分たちはムーレアに向かえば良いって事ですか?」

「うん、そう言ってくれると実にうれチいネ。まぁそう言う訳でしばらくは、わしも君のフネにやっかいになろう」

 

 ちぇっちぇれー、ジェロウ・ガンが一時メンバーに加わった。そんなファンファーレが脳内に流れた気がする。まだ脳が煙吹いてやがるぜ。

 

まァ、原作でも教授は仲間に加わっていたから、あまり驚きはしないぜ。それに高名な教授が同行を願っているのを遠慮するような真似は出来ないから一応は客員として迎えよう。

そして望みどおり惑星ムーレアの遺跡を見てもらい何も無かったで終ろう。それで行こうウン。

 

「―――ん?ムーレア?」

「どうしたユーリ?」

「いや、確か以前に逃げた海賊船を追っていて、そっちの宙域に近寄ったらカルバライヤ宙域保安局が艦隊を展開していて宙域封鎖の所為で追い返された記憶が―――」

「あー、そんな事もあったねぇ」

 

 あの時は残念だった。略奪品を乗せていたであろう海賊の輸送艦であるポイエン級を連れたせっかくの鴨だったのに、宙域封鎖の所為で追跡を断念せざるを得なくて、しかもそいつらは宙域保安局に拿捕されちまったのだ。実にもったいなかったぜ。

 

「そう、ただ一つ問題点を上げるとしたら、まさにそれだネ。この宙域を根城にしている海賊どもを退治せんことにはどうにもならないだろう」

「ふむ、なら海賊退治と洒落込む事にしまスか」

「そう言ったのはお手のモンだしねぇ」

 

 とりあえずの方針は決まった。まずは海賊退治じゃ。付いてきた連中も血と闘争の臭いはわかるのだろう。各々が“狩りじゃ~、狩りじゃ~”と言っている。士気だけは十分みたいだった。

 

「それじゃ、準備が完了次第、ウチのフネに案内するッス」

「うむ、解ったゾ。ところでユーリ君。さっきと喋り方が異なるが何か理由があるのかネ?」

「あはは、さっきまでの口調はよそ用って感じで、こっちが地なんスよ」

「ふむ、成程。わしとしてはそっちの方が喋りやすいから好ましいネ」

 

 そう言っているジェロウ教授に笑みを返しつつ、準備を終えたジェロウ教授を連れて、 俺達はジェロウ・ガン研究所を後にした。ふーむ下っ端口調が地か……正確には意識を集中しないとこんな口調に自動変換されるんだけど、まぁ細かいことはいいか。

 

 教授も俺の拙い敬語よりも普段の口調の方がいいというし、俺はその後も普段喋るときの口調にしておいた。意識しないとあの口調になっちゃうからホント大変である。もっとも、ここ最近はなんか今の身体に慣れてきたのか、口調を変えるのが前より苦ではなくなってきた。いずれこの下っ端口調も普通の言葉づかいに変更できるかもしれない。

 

「……個性喪失?」

 

 ふとそんな考えがよぎる。い、いや大丈夫だし、別に下っ端口調が俺の個性って訳じゃねぇし! こ、この問題はもう考えないことにしよう。うん。

 

 何はともあれ老軍師の次は老教授の客人を迎え入れたわけだ。教授にもおなじく艦内を自由に動き回れる権限を与えることにしよう。会って話して何となくだが、かの御仁は好奇心によって行動基準を決めている節がある。下手に客室に軟禁しても関係を悪くするだけだろうからな。

 軌道ステーションのアースポートに到着後、そう思った俺は、宇宙に延びるコアケーブルから降りてくるオービタルトラムがまだ到着していないので、近場の待機室で皆と待つことにした。ちょうどいいので、さっき考えた教授に関する指示をユピに送っておこうと懐から携帯端末を取り出そうとした。

 

その時、大きな爆発音が待機室に届いた。

 

「な、なんスか!?」

「海賊の襲撃か!?」

「軌道エレベーターが攻撃を受けたのか?!」

 

 すわ、一大事なのかと思った保安部員数名が俺やトスカ姐さんを含めた重要クルーを守るように立ち上がり、待機室の外へ確認のために飛び出していった。しかしすぐに様子を見に行った保安部員は待機室に帰ってきた。

 

「どうも、ヘルプGがいる部屋で何か起きたようです」

 

どうやら数部屋隣にあるヘルプGの部屋から煙が出ているらしい。ココでヘルプGという存在がなんなのかに付いて説明しておこう。

 

 0Gドッグと一葉に言っても、その人材はピンキリであり、教養や戦闘に至るまで全て習得している元軍人という人間もいれば、地上での生活で嫌気がさしたり厳しい生活から抜け出したいが為に0Gドックに登録した人間も当然いる。

 

 ここで重要なのは前者ではなく後者である。0Gドックの登録では余程障害のある人間で無い限り、簡単に試験も無く登録することが出来る。かくいう俺も試験なしで登録したいと言っただけで登録することができたくらいだ。

だが、訓練もなしに0Gドッグに登録した人間は、大体が宇宙航海者として覚えておくべき基本的な知識が欠けてしまっているのである。

 宇宙は広大であり一歩生活圏である星系を離れれば弱肉強食とも言うべきとても厳しい世界が広がっている。強烈な宇宙放射線に未知の宇宙現象に加え、アウトローな海賊共までが跳梁跋扈しているのだ。

 

 そんな場所では例え訓練を受けた元軍人の0Gドッグでも、多くが途中で息絶えてしまう。むしろなまじ訓練を受けていた所為で自分の力を過信して危険な目に在って自滅するというパターンもある。闘争心や勇気というのは時に寿命を縮めるのである。

 

 俺なんかは非常に楽天的に宇宙を旅しているように見えるだろうが、実際のところ石橋を叩いて渡るように事前準備は欠かしていない。楽しみたいからこその魔改造工廠戦艦と魔改造戦闘空母なのだ。

 

 あー、話がそれたので戻す。それでは知識も殆ど持たないような貧しい0Gドッグはどうなるかといえば火を見るよりも明らかなことだ。その多くが結局何も出来ずに宇宙の隅で野垂れ死に、それかステーションの酒場の隅で管を巻くが末路である。

 当然それは航路開発や新資源の発掘などを名目に宇宙航海者0Gドッグを支援している空間通商管理局にしてみれば、むやみやたらに人材が消耗されるのは意味がない。それでは支援する意味がないからである。投資が無駄になるといってもいい。

 

 そんな訳で、少しでも素人な0Gドッグが生き残れるようにと、知識無き者たちを救済する処置として空間通商管理局側が考案したのが、ヘルプGと呼ばれる存在であった。

 

 このヘルプGなるコミュニケーションドロイドは、完全無欠の対話型インターフェイスを持つAIドロイドである。見た目こそ物が掴めるだけの二本の指しかないマジックハンドと対話型インターフェイスを支える頭脳とも言うべき巨大なAIを積んだ頭が異様に大きく、また全身が金属板で覆われている。

 ある意味、いかにもロボットという印象を与える非常にレトロな外見を持つが、その性能は素晴らしく、半人前の0Gドッグ達に0Gドッグの基本的ノウハウや宇宙とはなんたるかを教えてくれる先生の様なものである。見た目がレトロなのは、教わるときに畏まる必要を感じさせない為の工夫なのだそうだ。

 

 そして、このドロイドはほとんどの空間通商管理局の軌道エレベーターにも配置されている。つまりどこでも0Gドッグになろうと思えばなれる体制があるというわけである。そんな先生の部屋から誰かの声が聞こえてきた。

 

『ばっかやろう! ヘルプGが壊れちまったじゃねぇか!』

『だって先輩が何でも質問していいっていうから!』

『同じ質問を30回も繰り返すバカがあるか! とにかくずらかるぞ!』

『ま、まってー! 置いてかないでせんばぁい!』

 

 未だモクモク立ち上る煙の向こうからの聞こえた若い男の声。恐らく新人0Gドッグだろう。この声の主たちが騒動の犯人のようだが、俺が居たほうの入り口とは違う入口から逃げたらしく、犯人達の顔は見られなかった。

 

 そういえば、逃げていった二人組みはヘルプGがぶっ壊れたって言っていたな。少し逡巡したが、気になるのでそのまま部屋に入った。

 ヘルプGの通信講座は開いた時間で良く利用したのだ。しゃべり方は片言だが高性能なインターフェイスを持つ彼は俺達0Gドッグの相談にも乗ってくれる。文字通り先生なのに、それが壊れたと聞いたら見に行かない道理はない。

 

「ケホッ。コイツはまたスゲェ煙ッスね。換気装置が作動して無いッス」

「確か手動の換気スイッチが部屋の端っこにあったな」

 

 俺の後ろをついてきていたイネスが、部屋の端っこのスイッチを押すと瞬く間に煙が換気される。地味だが換気装置も進化しているのだろう。徐々に視界が良くなっていく部屋を見渡すと、中央に置かれた机で、もたれ掛るようにしてバチバチとショートしている金属の塊……いや、ヘルプGが倒れ伏しているのを発見した。

 

「おい! 大丈夫ッスか!? ヘルプG!」

「うぐぐ、たかが、たかが30問でへばるとは……寿命が来たようじゃ……」

「おいおい、いつもの片言喋りはどうしたッス」

「あれは……ただの演出じゃ……」

「ええ?!」

 

 近付いて起こしてみたヘルプGは、手足をプルプルと震えさせている。メタリックでメカな外見ながら、モデルが爺さんの容姿なのでホントに召されそうな感じである。そして明かされる衝撃の事実に驚きを隠せない。

 

「自律修復機能、17パーセントまで低下……再生不能……再生不能」

「ゲッ!?おい!おいしっかり!」

 

 ショート具合が悪化して急激に壊れ始めた。これは本格的にやばい。音声中枢がイカれたのか、人間の肉声みたいだったヘルプGの声が掠れ、電子音声のような妙なアクセントの付いた声に変わってしまった。

 

「すみヤカに代理タン当者ノ…ハ・ケ・ん…ヨウ…セイ…」

 

 ヘルプGが最後の言葉を発し終えた途端、背中の冷却装置からひときわ大きな音を響かせたヘルプGは、そのまま機能を停止してしまった。まるで今の排気が今際の際で吐き出した最後の呼吸のようで、此方としてはなんか後味が凄く悪い。

 

「機能停止したようだね」

「お疲れヘルプG。よく頑張ったッス」

 

 機械とはいえ、この世界にいるドロイド達には心や感情があることを、俺はローカルエージェントとの絡みなどから良く知っている。だから機能停止したヘルプGの目のシャッターを閉じて手を組ませて寝かせてやった。所謂死者への手向けというものである。

 この惑星ガゼオンに居たヘルプGの事は良く知らないが、ロウズ星系に居た頃は同型のヘルプGに何度か話しを聞きに行った事もある。無機物に対して愛着を持ちやすい日本人の気質を持つ俺にしてみれば、知り合いが死んでしまったような感じがしたのだ。

 

 ヘルプGを壊した連中め。まったくもってけしからん。もし航路上で見つけたら圧倒的な攻撃力の下にフクロにしてやる。問題は誰がやらかしたのか全然わからないということだが、この時の気持ち的には俺は怒っていたと思う。

 

「ふむ、ヘルプGが機能停止したかネ」

「あ、教授」

 

 逝ってしまったヘルプGに手を合わせているとジェロウ教授が部屋に入ってきた。教授は部屋をグルリと見渡した後、最後にヘルプGをジッと見やると、ホウッと声を挙げる。

 

「ふーむ、この部屋はどうやら換気システムの調子が悪かった様だネ。このヘルプGの排熱機構に随分と埃が溜まっているじゃないカ。その所為でショートしてしまったんじゃろう」

「え!?」

「恐らくこのステーション改装時のミスだろうネ。アレだけ煙が出ていたのに強制換気スイッチを押さないとすぐに換気されて無かっただろウ?」

「そう言えば全くと言っていいほど……じゃあ、このヘルプGが壊れたのって」

「十中八九、この環境のせいだろうネ」

「そんな! だったらこのヘルプGは、まだ機能停止する筈じゃ無かったって事ッスか?」

「うむ、そう言う事になるヨ」

 

 なんと不憫な事だろう。ヘルプGが壊れたのは変な質問を繰り返してAIに負荷を掛けて熱を蓄積させた新人にも原因があるが、そうでなくてもいずれヘルプGは壊れる運命にあったのというのか。

 

 俺はこの哀れな機械人形に憐憫の視線を送った。そんな俺の様子を見ていた教授は、顎に手を置きフムンと息を吐き、すこし好奇の目をこちらに向けていた。この世界の人間にしてみればタカが量産型の知能ドロイドが壊れただけなのにこんな反応を示した俺は随分とおかしい人間に見えるんだろう。博士が少し反応するくらいな。

 

 まぁ変なことなのだと自覚はしているが、愛着がわいていた物が壊れたらやっぱり悲しいと思うのは普通の反応だと思うから俺は自重しなかった。

 だが、直後教授の口から思いもよらない言葉が飛び出した。

 

「なんなら直してみるかネ?」

「へえあ!?」

 

 思わず変な声を挙げた俺を尻目に、教授は俺の反応を了解したと思ったのか、ヘルプGに近寄って簡単な操作の後、胸部のメンテナンス・パネルを開いた。パネルを開いた途端、ボワッとした黒い煙が立ち上った。ゴムやプラスチック系が焦げた時の独特の臭いが周囲に拡散する。

 

 だが教授は全く顔をしかめずメンテナンス・パネルの中を捏ね繰り回し、中の回路を取り出して見せた。教授が取り出して見せた回路基盤は確かに埃がたまっている。一部ショートして焼け焦げている部分もあった。

 こんなに焦げていて直せるのだろうか? 内心そう思う俺をよそにジェロウは焦げた基盤を手に、少しばかり観察してから、すぐに口を開いた。

 

「うん、これならまだ間に合うヨ。すぐに研究設備がある場所に行って中の記憶メモリーが消去される前に修復をする事が出来れば直せるじゃろう。どうするかネ艦長」

 

 ジッと教授は俺を見つめてきた。彼にしてみればあくまで手慰み程度の事なのか、至極淡々とした口調で俺にそう告げてくる。俺は教授からの質問に答える前に逆に質問を返した。

 

「教授。もしも放置したらどうなるッス?」

「一日もしたらコンデンサの蓄電も放出されきるから内部の記憶メモリーが消えるか、よしんば消えなくてもこのありさまではスクラップとして廃棄物処理用の溶鉱炉に放り込まれるとおもうヨ。なにせこの機体はすでに自分の代理担当をコールした後みたいだからネ」

 

 そういえば、代理担当者の派遣を要求とか、喋らなくなる前に呟いていた気がする。このまま放置すると代わりのヘルプGがこの部屋の主となり、この壊れたヘルプGはスクラップとなってしまうのか。

 

 それを聞かされた俺は更に壊れたヘルプGを殊更哀れに思った。長年、この部屋で色んな人々を送り出してきた0Gドッグの先生がスクラップとして処分されるなんて物悲しすぎる気がする。俺自身は機械が大好きなメカオタクという訳じゃない。だが先生みたいだったヘルプGは嫌いじゃなかった。ならば、答えは一つしかあるまい。

 

「助けましょう。結構世話になったッスからね」

 

 宇宙戦艦にはAIやロボットは付き物だ。それもまた浪漫だしな。ヘルプGを助けたいと思ったというのもあるが、やはりヘルプGの持つ膨大なデータは役に立つかもしれない。

 こんな打算も含んでいたが、概ね助けるという判断である事に違いはなかった。俺の言葉を聴いた教授はニヤリと口角を吊り上げて笑みを作る。

 

「艦長は中々に義理堅い性格の様だネ。ま、大船に乗ったつもりで任せておいてくれたまえ」

「我々の研究室を提供しましょう教授。その方が早い」

「ミユさん、何時の間に……」

「ついさっきさ。案ずるな少年。これくらいすぐに修復してやるさ。科学者と技術屋の腕にかけてな」

「さて、これを運ぶ為の台車でも持ってこようかネ」

「運ぶのは他の連中に任せるッス。とりあえず教授はユピテルに案内するッス」

「それもそうだった。ハハ、ワシはまだ艦長のフネがどこにあるのか知らないからネ」

 

 そう言う訳でヘルプGの回収をウチのクルーに任せ俺達はその場を後にした。

 

 あ、事後承諾に近かったが、一応空間通商管理局に許可は貰った。直してやると決めた以上、最悪強奪も視野に入れていたのだが、引き取り許可はあっさりと出た。

 この壊れたヘルプGは廃棄処分が決まっていたから別段構わないと来たもんだ。ちょっとドライな通商管理局だが、今回はGJである。そう言う訳で安心してヘルプGを回収したのであった。

 尚、その事を態々伝えに来たローカルエージェントはこの件以外の事は口にしなかったが、明らかにその表情は俺に対してヘルプGを頼むという感情が垣間見えた。

 やはり、この世界のAIは心を持っている。そう確信したのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第20話、カルバライヤ編~

なんかすごく投稿文字数ギリでした。
分けた方が良かったかしら?
こちらは同時投稿の後半です。


■カルバライヤ編・第二十章■

 

 

―――空間通商管理局・軌道ステーション内・大型船係留用ドック―――

 

 

「教授、これが我が白鯨艦隊旗艦、ユピテルッス」

「こ、このフネがかネ?なんと―――」

 

 

 壊れたヘルプGを運びがてら、旗艦のところまで戻ってきた。乗り込むエアロックに続く通路の一部に窓があり、重力アンカーで係留されている旗艦ユピテルの全貌が見える。小マゼランで名立たるジェロウ教授もこれには驚いていたが、すぐに気を取り直すとブツブツと何かを呟き始めたのは、流石研究者といったところ。

 

「ふーむ、小マゼランで手に入るどのフネとも異なるカ。かといってノーマルの大マゼラン製には見えん。表立った兵装も見えないから収納型ようだネ。それにしてもデフレクターブレードユニットが大型化している所を見るとかなりの防御力を持つフネにも見える……」

「流石は教授、するどい観察眼を持ってるッスね」

「いやいや、わしは戦艦に関しては素人だヨ。それでもあのフネの凄さは解るがネ」

「一応ネタバレしますと、元は大マゼランの海賊が所有している戦闘空母と設計は同型艦ッス。もっともそれに大規模な改修を加えたのが、あのユピテルというフネッスね。詳しくは比較図を見た方が良いかも――」

 

 俺がそう言いかけた時、言葉を遮るようにして懐の携帯端末がピピっと鳴る。うん?なんだろう? 携帯端末の画面を覗いてみると、添付メールが来ておりファイルの中には前の設計図との比較図が挿入されていた。

 これは……ユピの仕業だな。話をひそかに聞いていたのか、いやぁグッジョブだ。ちょうどよく比較図が来たのでユピテルに向かって歩きながら、俺は端末のホロスクリーンを拡大投影にして教授に比較図を見せた。

 

「えと、これが比較図ッス。もう殆ど原型ないッスけど」

「これはマタ随分と思いきった改造、いやさ改修だネ。下手したらフネのバランスが崩れたと言うのに、そこをうまくカバーしてある。わしはそれ以上は解らんがネ」

「あっとついでに我が艦隊のマスコットとも言うべき存在を紹介しておくッス。おーい、ユピ~。ご挨拶して」

【ハイ、艦長。お呼びですか】

 

 俺が呼ぶと、携帯端末のホログラム投影機能を用いてユピの良く使うサウンドオンリー表示のウィンドウが浮かんだ。教授だが、すぐそれが何なのかにいき付いた様だ。

 

「ほう、ユピテルはAI搭載型だったのか。いやはや懐かしいネ」

【初めまして、総合統括AIユピと申します。歓迎いたしますジェロウ・ガン教授】

「おお、抑揚もきっちりして随分と思考成長が進んでるネ。ココまできっちりと感情を表せる個体は久しぶりに見たヨ」

「どうやら褒められたみたいッスよユピ。よかったッスね」

【えへへ】

 

 この後、旗艦ユピテルに対してのある程度質問された。俺は応えられる範疇で応えていったが、その最中にヘルプGを再生する準備が出来たと通信が入った為、とりあえず切り上げてフネへと戻ったのであった。

 しかし、まさかそれがああなるとは…。はは。

 

 

***

 

 

――――第一研究室――――

 

「人造蛋白ニューロン回路の保全急げ! これ以上崩壊するとデータが消える!」

「モーションのバージョンは――え!? 第2世代なの? てっきり第6世代だと思ってたのに……、う~、これだったら違う物入れた方が早いわ」

「おいおい、今時集積回路なんて随分とレトロだな。せめて結晶回路の一つくらい使えよ」

「ボディフレームも金属疲労でボロボロだァ。これをまんま使うの無理だなァ」

 

 旗艦ユピテルにある研究室。そこでは何人もの人間がたった一体のドロイドの為に作業を進めていた。彼らは命令された訳では無く、作業台に向かったジェロウが工作機械を借りて作業を開始したところ、その場に居た者たちが次々に手伝いを申し出。今では研究室の中は研究員でイモ洗いとなっていた。

 彼らはメカに関しては誰もが一定水準以上の知識と技術を持つ者たちであり、そんな彼らの元に運び込まれたヘルプGは普段のマンネリ化していた艦の強化研究を行っていた科学班や整備班の研究員達にとって、ちょうどいい息抜きに見えたのである。故に飴玉にアリが集るようにして彼らはこの場にて思い思いに能力を発揮していた。

 

「教授~、そのままの修復は無理ですよこれ。耐用年数オーバーとかの前に劣化が酷くて」

「おかれていた環境が劣悪だったからネ」

「不味いですね。記録回路の移植で済むと思っていたんですが」

「ふむぅ、思っていたよりも深刻だったみたいだヨ。人造蛋白のニューロチップが劣化して一部カビが生えているなんて見たことが無いヨ」

「どうします教授。一応、ドロイド用のフレームとかありますよ?」

「いや、根幹部分も汚染されちょる。今これを交換しても、またカビが生えるだけだネ」

「それじゃどうします?」

「仕方ないネ。ちょっと古いが複合構造の結晶回路のチップを使おう。調整が大変だが、あれなら衝撃や汚れにも強いじゃろう」

 

 しかし、優秀な彼らであっても経年劣化や埃カビなどに汚染されていたAIドロイド・ヘルプGを修理するのは容易ではなかった。

 人造蛋白ニューロチップで形成された人工頭脳の方は一応機能していたものの、付着したゴミやカビやらが、脳を模して形成されたニューロマップの一部を浸食していたのである。

 むしろよくもこの状態でこれ迄重大な問題を起こさずに機能していたのが疑問になるほど、ヘルプGの中は汚れていた。

 

 とりあえずジェロウを含む研究班はヘルプGの人格データを記憶ごと抽出し、傷にも汚れにも強い結晶回路に封じようとした。古いタイプのドロイドに使われていた人造蛋白を使った回路基盤は同じような環境下では再び汚染される可能性があったからである。

 その点、結晶回路はニューロ・ナノマシンの結合体である。見た目は簡単に言えば透過性がある宝石のようなもので、結合具合によっては石英並みの硬度となる。若干、衝撃には弱かったが、それでも旧式の回路と比べれば環境変化に対して丈夫であった。

 

 この結晶回路に中枢基盤に記憶された人格と記憶を書き写すため、結晶回路と基盤を繋げようとした。だがその時、ヘルプGの思考パターンを表す計器のグラフが急激にブレ始める。

 

「なんだ……っ! 定期アポトーシスだ教授!」

「これはいかんネ。結晶回路のニューロンネットワークに人格データを保存中だから記憶防護機構が外れちょる。仮想ニューロンの定期アポトーシスがプログラム基幹部まで到達したら、このドロイドは消えるヨ」

 

 空間ウィンドウを忙しなく操作しながら、ジェロウはまるで世間話をするように軽くそう言った。言っている内容は、実際はかなり重大だ。

 定期アポトーシス。それは高度なAIがストレスや記憶保全の為に行う意図的なニューロンネットワークの破棄機構である。人間で言うところの夢や忘却に相当するそれはより人間に近いニューロンネットワークを与えられたドロイドにはほぼ必ず付属している機能なのである。

 おそらく偶然であるが、この定期アポトーシスの時間が修理の時と重なったのだ。こればかりは完全にドロイドごと個別に行われる機構なので、外部の者には予想できない。

 

「短期記憶野、消去(デリート)されました。防護機構作動しません。アポトーシス更に進行。長期記憶野到達まで130セコンドです」

「おうおう、結晶回路のインポートは後200セコンドは掛かるんだがな。記憶が人格データごと吹っ飛ぶぞ」

「ドロイドのAI脳波がフラットになっていきます」

「人格データの保全を最優先にするヨ。記憶については、まぁ前みたいに先生並みの知識は発揮できなくなるだろうネ」

「では記憶ログについては一部破棄ってことで。保全ナノマシンを人格データに並列インポート。記憶野を切り離し定期アポトーシスの遅延を図ります」

 

 ヘルプGの根幹を成すシステムが自壊していくなか、研究者たちは冷静に最善の処置を実行していく。ヘルプGは人工知性体である。データさえ無事ならハードは選ばなくても良いが、そのデータが入っている筐体自体が破壊されてしまえば、さすがのヘルプGと呼ばれたドロイドもなすすべなく消えてしまうだろう。

 教授や手伝いの研究員達は記憶はほどほどに、一番重要な人格の保全を優先していった。記憶に関しては基本的にこの哀れなドロイドの場合、新米0Gドッグを教える知識しかないが、人格は別だ。この人格データが吹き飛べば、ヘルプGの残骸で新規作成した別のドロイドが誕生するだけである。

 

 だからジェロウたちは人格データ保全を先に行ったのだが、その作業のさなか、新たなトラブルが発生した。

 

「教授、新品の結晶回路と旧世代の人造タンパクニューロチップは相性が悪かったみたいです。データが上手くインポートされません」

「エラー吐いてるネ。いったん作業中止だヨ。結晶内ネットワーク構築が合わないと人格データが消えるだけじゃ」

 

 やれやれとジェロウは手を振りながら、インポートを一時中断させた。ヘルプGがあまりにも旧式な構造をしている所為で、現行の結晶回路などとの接続に不具合が生じてしまうようである。

 例えるなら、スーファミからPSにデータを移すような……。とにかく面倒くさいものであることに変わりはない。

 

「定期アポトーシスは止められないけど、一部結晶回路とつなげ続ければ遅延は出来るっぽいですね」

「根本的な解決にはなってはいないヨ。結局、最後は消えてしまうんじゃ」

 

 ジェロウの言葉にこの場にいた者たちの幾人かが頭を抱えた。このままではヘルプGの人格が消滅することになる。それはこの場にいた彼ら研究班のプライドをいたく刺激した。

 

 俺達が直せない? たかだか旧式なAIドロイド一体を? このマッド集団がナットリペアリング!?

 

 日ごろから好き勝手やらせてもらっている彼らだが、それだけに自分等の専門分野でもある機械関係に関しては非常にプライドが高かったのである。

 どうすればいい? 何か良い手はないのか! 折角、ある意味で憧れの高位研究者であるジェロウ・ガン教授が要らしたのに、何も出来ぬまま指をくわえているなどマッドの名折れ!

 

 だが現実は非常である。

 

 優秀な知識を搾り出した案のどれもが、現状の白鯨艦隊の設備では実現不可能、もしくは材料自体が稀少すぎて入手困難であったりと、すぐに実行できる案が出なかったのだ。

 

 これが俺達の限界なのか?――誰もがそう諦めかけたその時!

 

 

「ふわ~はっはっはっ!!お困りの様だな諸君!!」

 

 

 バーンと音を立てて作業室の扉が開かれた。腕を組み仁王立ちをしたケセイヤがシーツで隠された何か大きな物が乗っている自走ストレッチャーの上に跨り、堂々と作業室へと入ってくる。

 まるで出てくる機会を見計らっていたかのようなタイミングの良さに、彼を知る者たちは皆、実は隠れて見ていたのでは?と疑念を抱いた。

 

「何だか知らねぇが、こちとら発明中で部屋に篭ってたとはいえ、俺抜きでこんな面白そうな事をやりやがってズリィぞ!」

 

 静まり返る作業室の中、人差し指をズビシッと向けてくるケセイヤに、周囲は困惑の色を隠せない。

 

「いやケセイヤ整備班長。今はそれどころじゃ……第一いつも発明中に声掛けると怒鳴るじゃないですか」

「しゃらっぷ!」

 

 ケセイヤが相変らず我が道を突き進む男であることに、ある種の諦めが混じった溜息をこぼす者たち。だがしかし、この中でただ一人、溜息を吐いていない人物がいた。この色々とぶっ飛んでいる男と面識を持たないジェロウ教授その人である。

 

「君、そのストレッチャーに乗せられているのは何かネ?」

 

 いきなりの乱入者にも関わらず、ジェロウは顔色一つ変えずケセイヤに問うた。彼の興味は眼の前で死に掛けているドロイドから、何故かケセイヤが仁王立ちしているストレッチャーへと向けられている。

 態々自分がいると猛アピールして作業室へと入ってきた程の男だ。現状を打破できる何かしらを準備してきたのだろうし、ジェロウはその何かしらが何なのかに興味がわいたのである。

 

 ケセイヤは教授の方へと向き直ると、へへっと笑みを浮かべながらストレッチャーから飛び降り、ジェロウのすぐ元へと降り立った。彼が浮かべた笑みは、例えるなら悪戯を思いついた悪ガキの笑みそのものだ。

 だが不思議と海千山千の人間を見てきたであろうジェロウは、ケセイヤが浮かべたそれに対して好感を覚えていた。それはいうなれば―――同類を見つけたような。

 

「あんたがジェロウ・ガン教授だな?お互いの自己紹介は後でするとして、話しは聞いたぜ!コイツを使えばそのロボは助けられるぜ!」

 

 さて、一方のケセイヤは今度は漢くさく二ッとした笑みを浮かべると、ストレッチャーに置かれた物を覆い隠したいたシーツを引っぺがした。シーツが取り払われて中身が顕になると、周りで見たいたジェロウを除く者たちが硬直する。

 

「こ、これは!!」

「は、班長!? まさかアンタ!」

「おーっと勘違いすんなよ? これは上から下まで人工物だぜ? こんな事もあろうかと! 以前からこつこつと造っていたんだぜ!」

 

 その物体を見て、すわ犯罪か! と各々が叫びそうになるのをケセイヤは手をかざして遮った。同時に携帯端末で空間ウィンドウを表示し、この場にいる各員にウィンドウを飛ばしてデータを共有させた。ジェロウはまだ携帯端末の使い方がわからないのでケセイヤの出したウィンドウを覗き見る。

 

 そこにはケセイヤが持ち込んだ物の詳細がつらつらと書かれていた。それも開発に至った経緯まで書かれており、オリジナル機構の解説まで載っているという、変なところで細かい諸元であった。

 時間が無いので研究者達は数秒で流し読みするが、彼らは膨大なデータの中から必要な情報を瞬時に断片的だが理解する能力に長けていた。そうでなければ貴重な研究時間が減るので研究員はほぼ全員そういうことができたのだ。

 そして一応にケセイヤの持ち込んだコレを見て、スゲェと笑みを浮かべている。

 

 勿論それはジェロウ教授も例外ではなく――

 

「これなら無理なくて人間らしく、しかもコンピュータの機能が維持されるんだぜ」

「素晴らしいネ。ならこれにこう言う機能を付けるのは?」

「おおう!?―――流石は教授、俺よりも深い所に逝きやがる!」

「長い間この世界に浸かっていたわけじゃないからネ」

 

 ドゥフフと黒くなり、狂喜が伴う笑みを浮かべ嗤い始める二人。それを見ている作業員や研究者達もまた、理解が進むにつれて同じような貌をしていたのは言うまでもない。

 そう、いうなれば彼らは運命共同体、いうなれば家族、いやさ、それをも超えたマッドサイエンティストの集団であった。面白そうなことが出来そうなのだ。それを見て今更やめるヤツはここにはいない。大なり小なりマッドの素質をこの場の誰もが持っていた。

 

 彼らはお互い頷き合い、ピシガシグッグと熱い握手を交わしたかと思うと、ストレッチャーに群がって作業を再開した。それを持ち込んだケセイヤは勿論、一応は外様である筈のジェロウまでその輪に加わり、先ほどまでの諦めとは違う生き生きとした顔で作業しはじめた。 

 特にジェロウとケセイヤのマッド達が手を組み、下す各作業への指示は的確で、お互いが何をすべきか解っているかの様であった。ジェロウにいたっては、まるで古巣に戻ってきたかの様にハキハキと指示を飛ばし、その歴史を刻んできた皺が見せる老いを感じさせない。

 あまりに的確なそれは嬉嬉として行われ、それこそ若返ったかのように矢継ぎ早に作業を行うので、今まで作業していた者たちも、ケセイヤ&ジェロウのタッグが次々と出す指示に追い付くので精一杯になる程だった。

 

 そして、誰もが実に楽しそうに、一体の死に掛けたドロイドに対して行うには過剰な…いや魔改造とも呼べるようなエゲツナイ行為を平然を行い、見る見る内にヘルプGは元の面影を無くしていく。

 勿論、ヘルプGの記憶データはケセイヤが持ち込んだそれにより、キチンと保全されているが、ここにユーリがいれば頬を引き攣らせながらこう呟いた事だろう。『オマイら、自嘲しろ』と。そしてこうも言っただろう『混ぜすぎるな、キケン』。

 

【ケセイヤさん】

「ん? どうしたユピ?」

 

 ジェロウが空間タッチパネルを恐ろしい速度でスクロールして各部の調整を行う作業をしている時、その作業と同時進行で基幹システムを構築していたケセイヤに旗艦ユピテルのAIであるユピが話しかけた。

 珍しい事もあったモノだ。

 何時もなら、ケセイヤが作業中は話しかけたりしないコなのだが、この時だけは不思議と自らの意思で話しかけたらしい。心なしか合成音声にも力が篭っている感じがした。元々機械をライクする心に溢れるケセイヤはそんなユピの声掛けに答えた。

 話しかけたはいいが、すこし戸惑っているかのように沈黙するユピ。そんなAIに対しケセイヤは特に何も言わず基幹システムの構築を行いながら続きを待つ。何となくだが下手に話しかけるよりもこうしたほうが言いやすいだろうと彼は感じたからだ。

 そして、その考えはあたり、数分後に意を決したようにユピは言葉を連ねたのだ。

 

【それは、私でも使えますか?】

 

 それはケセイヤが考えもしなかった言葉の羅列。思わず空間タチッパネルを叩いていた指が止まった程に彼は驚いた。

 

「一応システム的にはこいつはナノバイオティクスの集合体……言っちまえばこれ丸々で一つのコンピュータみたいなもんだから問題無いぜ。序にいうとスペア用の予備もあるんだ……、でもマジなのか?」

【私もその、もっと艦長のお役に立ちたいのです】

「それは、また、なんていうか……あんの野郎」

【……やっぱり、変ですよね。忘れてください。私もこの思考パターンログを後で消去しておくことにします】

「いやいやいや!おちついてお馬さん。まずは落ち着こうぜ。……別に変だとか何だとかなんて俺は全ッぜん思ってねぇよ。むしろな、そこまで感情が育ったことに驚いてんだ」

【そう、ですか? 変じゃない、ですか?】

「俺は他にもやることが多くてお前さんとはあんまり関わってなかったからな。で、そこまで考えるようになるってこたぁ、御多分に漏れずあのバカ……いや艦長の所為か」

 

 ユピは元々、フネを統合制御し、必要人員を減らすことを目的としたコントロール・ユニットのモジュールに付属していた統合統括AIである。高度な学習機能を持つインターフェイスを持ち、艦機能を制御するその特性から、フネそのものであると言える存在である。 

 高度ではあるが起動したてのころは人間でいうところの赤ん坊であり、人格マトリクスを形成するのはその後の船員たちとの関わりという環境によるところが大きい。その為、高度すぎるゆえに扱いづらいという烙印を押され、いまでは人格AIをONにしたコントロール・ユニットを使っているフネは数える程しかない。

 

 実のところ、ケセイヤはこのユピというこの高い知性を持つAIとはあまり関わってこなかった。彼は自分で創りだす物には高い興味を持つが、珍しいとはいえ既存品でもあるユピにはそこまで関心が無かったのだ。

 その為、この優秀なインターフェイスを持つ統合統括AIが、ここまでの人格マトリクスを得るに至ったのは、彼女が主に艦長であるユーリの秘書官のような役割を与えられていたことが大きかった。 

 ユーリは中身が日本人だったからか、それともゲーム好きの男だったからか、無機物に対して忌避感が全くなく。ユピに対しても普通に接していた。彼の中ではユピは『凄い未来の技術で出来たハンパネェ人工生命みたいなもん』であるので、SFロマンを擽るユピをむしろ可愛がっていたのである。

 

 幸か不幸か、人とほぼ変わらない人格マトリクスを形成できるニューロンネットワークを構築できる統合統括AIは、そういう人間の心すらも感じることが出来た。可愛がって様々なことを教えてくれて己を必要としてくれるユーリに対し、彼女は友愛や親愛、それかそれ以上の感情を持つように至っていたのである。

 彼女はもっとユーリの役に立ちたい。もっと細やかに彼の役に立ちたいのだ。しかし彼女の身体は些か大きすぎた。軽く1km近くあるこの身体ではあまり細やかな手伝いは出来ないのである。

 

 だから、ケセイヤに声をかけたのだ。彼の持ち込んだソレを見て、もっと皆の役にたてるのではないかと、人工知能である彼女が考えた故の行動だった。  

 ケセイヤはそのことに非常に興味を覚えたのは言うまでもない。同時にこんな健気な娘?に慕われるユーリに爆発しろと呪詛を吐いたのも、まぁ言葉はいらない。

 

 兎に角、この素晴らしきAIが自らの意思で決めた思いを聞き、あまりの面白さと可笑しさに自然と口が大きくつり上がり、彼は大声で笑い始めた。

 

「くぁはははっ! 実におもしれぇ! 解った! この後で用意してやるよっ!“本物”と遜色ないようにしてやるから楽しみにまってろ!」

【感謝します!】

 

 ケセイヤの言葉を聞き、合成音声ながら喜色が混じった声色で感謝の意を述べるユピ。それを聞いたケセイヤは満足そうに頷きながら、これも浪漫だと呟き、それ以降は作業に集中したのか口を完全に閉ざした。 

 そんなフネと一整備班長とのやり取りを聞いていたジェロウ・ガンは、各部調整作業を休む事なく続けながらも笑みを浮かべ。

 

「―――本当によぉく成長したAIだネ。でも面白いヨ。これなら退屈はしないじゃろう」

 

 そう一人ごちた。

 

 こうして、マッドの巣にて化学反応を起した二人のマッド達。彼らにより、ヘルプG修復は飛躍的なスピードで進められるのであった。ユピは一体何をしようと言うのだろうか?ソレはまだこの時は、ケセイヤとそばで聞いていたジェロウ以外は解らなかった。

 

 

***

 

 

 ヘルプGを教授と研究班たちに任せた俺は、とりあえず教授の言っていた惑星ムーレアに向かう準備を進めていた。補給と各所点検を済ませ、あとは号令を出せば出港できるというところまで準備が終わったとき、俺のところにマッドの巣から連絡がきた。

 そういえば作業室ってマッドの巣にあったと思い出しつつ、連絡ではヘルプGの修復が完了したというではないか。相変わらず仕事が速いな。一つのことに集中できる連中は仕事が速いぜ。

 

 そんな訳で、俺はマッドの巣へとやってきたのだ。

 

「おお来た来た。艦長こっちだヨ」

「ありゃジェロウ教授じゃないッスか。何ですか教授」

「うん、こっちじゃよ、こっち」

 

 そんな俺を通路の角から顔だけを覗かせた教授がおいでおいでと手招き中。良く分からないけど何かあると感じた俺は、ほいほいと教授の後を付いてっちまった。そんな俺を一瞥した後、教授は淀むことなくマッドの巣の中にある作業室の一室へと入って行く。

 

 作業室の中は雑多な物で埋め尽くされていた。恐らくは工具や修理用の材料だろう物体があちらこちらに散乱している。それらに関して、俺はある程度の知識があるのでどういった物なのかは理解できる。

 しかし解せんのはそれらの間にぶっ倒れている連中。科学班や、何故か整備班の人間も混ざっているな。おいおい、プラズマカッターの作業台に寝転んでる奴。上半身と下半身が泣き別れになっちまうぞ?

 

 そんなカオスな場所であるが、それはまだいい。ここはマッドの巣なのだからして、おかしな物や状態であることが普通なのだから……だが。

 

「うーむ、ウメコブティーとはこういうものなのか、じゃよー」

「……どなたですか?」

 

 全く見覚えの無い美女が1人、作業室で茶を飲んでいる姿というのは予想外である。様々な物が散乱し、人間と機械が混ざり合って積まれているようなこの混沌の中で、淡い桜色をしたノースリーブでミニスカニーソな腹だし空間服を着ている美女が茶を飲む姿は、ミスマッチを通り越して不気味と言わざるを得ない。

 

 とはいえ、目の前にいる女性はかなりの美女であり、その扇情的なナイスなオヘソに眼が逝きそうになるのであるが、俺は紳士なので自重する。この人は一体だれなのと疑問が浮かび上がる中、眼の前の美女は俺がいることに気がつくと、おもむろに湯のみを作業台へと降ろし、こちらに顔を向けてきた。

 

 端整な顔立ち、何処か作り物めいた美しさを持つこの美女に視線を向けられると、それだけで所在なさげになってしまう。そんな俺の所業に、目の前の美女はクスクス笑いながら、なんと俺の頭を撫で始めたのだ!

 

「ヤァこんにちは。通信教育で120975639番目に卒業した卒業生のユーリくん。ヘルプG改めヘルプG(ガール)じゃよー。あと愛称はヘルガじゃよー、よろしく」

「へぇあ? えあ、コンゴトモ、よろしく?」

 

 メガテン、もとい目が点になった。一瞬この女性が何を言っているのか理解できなかったので、まるで仲魔を迎え入れるような言葉を返すしかできない。そんな俺を何故か未だに撫でてくる彼女……自称ヘルガさんだったか。

 だが、撫でる彼女の顔をしっかりを見た時に気が付いた。顔も何もかも人間のそれであったが、目の中の瞳孔の奥に見えた虹彩に普通の人間にはない機械的な文様が浮かんでいるのが見えた。そこで俺はピンときた。彼女は、人間じゃねぇ!

 

「君はロボットッスね!」

「正確にはちょっと違うんじゃよー。だけど、さっきヘルガがヘルプガール改めヘルガって自己紹介したんだけど聞いてなかったのか、じゃよー」

「……随分と性転換、いや様変わりしたもんッスね」

「あの壊れたヘルプGをケセイヤと言う男と一緒に直していたらこうなってしまったヨ」

「あの男の仕業か!? というか全くの別モンじゃないッスか!?」

「なかなかに面白かったネ」

 

 うんうんと首を縦に振っている教授。楽しくてようござんしたね。……って、思い出したぞ! ヘルプGが壊れる一連のこれって確かへルプガールが仲間に加わる製作者のお遊びで作られたサブイベントじゃないか! 今の今まで忘却の彼方だった。

 

 ヘルプガールとは原作において、文字通りヘルプGがクルーとして加入した時の姿だ。本来は老人のような姿のヘルプGなのだが、ある程度チャプターが進んだ状態で、プレイヤーが30回以上ヘルプG対して質問を行い、その項目に関する説明をキチンと聞いている場合のみ発生するサブイベントを経て加入するのである。

 製作スタッフがなんとなく悪乗りで目からビームが出てズゴックみたいな手をしているキャラを発注したところ誕生したという、いわゆる隠しキャラという存在。それがヘルプガールであった。

 

 このサブイベントでも、主人公組がヘルプGを利用後に爆発四散して壊れたヘルプGを回収し、ジェロウ教授が改修して作り上げた結果、どういう訳か知らないが女性型コンバットロイドとして復活するのである。

 むろんメンタリティというか人格プログラムに手を付けくわえないのはお約束で、爺言葉の女性ロボという狙ったとしか思えない性格となるのだ。隠しキャラなので性能もかなり穿ったものだが、適切な部署に配置すれば心強い人材(ロボ)であった。

 

 ところで、彼女が原作で登場したヘルプガールであることを知った訳であるが、それによって沸々と思い出してきた記憶から見ると、彼女は若干というかかなり原作との差異があるように感じられた。

 原作におけるヘルガは、頭部はともかく身体は人形みたいな球体関節だった。胸から下の部分にかけては完全にロボットのそれであったし、両腕は三本のクローがあるジオン水泳部の腕であり、そんでもって頭部と大きなヘッドセットが融合していた。

 

 それに対し、いま目の前にいるヘルガはどうだろう。淡い紫髪や顔つきはそのままだが、頭と身体を繋げる首には繋ぎ目というものは見受けられなかった。ノースリーブの空間服から覗くまぶしい脇……もとい肩には繋ぎ目などはなく、普通の人間と変わらないように見受けられる。

 すくなくとも原作のような人形然とした球体間接ではない。未だ俺の頭を撫で続ける彼女の腕は、まるで白魚の様に白くて細い人の手であり暖かくて柔らかい。興味を覚えた俺は彼女に許可をもらい、俺を撫でていない方の腕を触らせてもらったが、その、すごく柔らかな女性の腕でした。

 

 思えば女性の腕を撫でながらフニフニ突いたりするなど、はた目から見れば変態そのものだ。だがヘルガを見れば見る程、ただのドロイドには見えず一目見ただけじゃ完全に人間と変わらない姿だった。

 唯一、彼女の頭部には記憶どおりのヘッドセットが付いていたが、よく見れば普通のヘッドセットのように着脱可能なようである。ここまで人間に近いドロイドは見たことがない。あるとすれば通商管理局のローカルエージェントくらいだ。

 しかしローカルエージェントも人の姿をしているが、明らかにシリコン製の人工物と解る容姿をしている。いうならばローカルエージェントのそれってオリ○ント工業の豪華版のような感じ――ゲフンゲフン。

 

 ともかく、ヘルガはパッと見すると人間に見える程、精巧なロボットであった。

 

「この場合ヘルガはアンドロイド? いやセクサロイドになるんスか?」

「ウン、ケセイヤが独自に開発していた人間に近い機能を持つ“電子知性妖精”なるモノの素体を利用したヨ。機能分類的にはセクサロイドに分類出来るネ」

「アヤツの趣味で女性体だったらしいんじゃよー。だからヘルガもこうなったんじゃよー。AIのメンタリティは一切手を加えなかったからヘルガはヘルガのままなのじゃ」

「あー、うん。そうなんスか」

 

 ナンデだろう? 凄い美女なのに老人口調だから少し残念な印象になる。いや、老人口調の女性って嫌いじゃないっスよ!? でも、その、なんていうかなぁ。第一印象がショック過ぎて残念美女にしか見えなくなったぜ。むろん嫌いでは無い。

 

「ちなみにヘルガの中枢に用いたのは、結晶回路のナノマシン結晶化現象を元にした集合体とも言うべきものらしく、つまり――――」

「あ!あー、つまりはナノマシンの集合体ッスか?」

「各部パーツが取り外せるから厳密に言えば違うネ。だけどおおむねその認識でも通用するヨ。それと見た目が人間そのものナノは、ナノクラスの極小スキンで覆われているからだヨ」

「へぇ、ナノスキンっスか。古代のSFっぽいッス」

「実際、思いついた元ネタはそれらしいヨ?」

「何してんスか。ケセイヤは……」

「ヘルガのメンタリティの一部の調整を微妙に忘れていた所為で、お爺言葉になったヘルガにショック受けて医務室で寝てるヨ。だから説明はワシにまかされちょる」

「おいぃ!? ケセイヤのメンタリティ弱っ!?」

 

 道理でこの場に一番騒ぎそうなあの変態がいない筈だよ!

 

「ところでヘルガさん。なんでまだ撫でてくるッスか?」

「いやぁ、そういえばユーリくんはかなり熱心で真面目な生徒だったことを、ログから思い出してのー。なんだか勝手に腕が動いてしまったのじゃよー。でもなんだか止められないのじゃー。クセになりそうじゃよー」

「ふむ。人格データに変更は加えていないが、筐体の性能か、ナノマシンのニューロンネットワークにある拡張機能で、身体の変化が嗜好に影響を与えているのかもしれないネ。興味深い反応だヨ」

「俺もナデナデされるのは気持ちいいんスけど、すこし恥ずかしいッス」

「ヨイデハナイカー、ヨイデハナイカー」

 

 おいまて、それは悪代官がいう台詞だ。

 

「ところでヘルガはナノスキンのお陰で触ると暖かいんじゃよー」

「そうなんスか」

「証拠にハグをしてみるのじゃよー」

「おお! メッチャふにょんってしてる!――って頭締め付けてるッスー!! ギブギブ!!」

「おっと。すまんのじゃー。ヘルガ、この身体になってから驚きの連続でのー?もう楽しくて溜まらんのだ。許してほしいのじゃよー」

 

 唐突に、ヘルガは何を考えたか俺に抱きついてきた。人間の美女の姿なので、当然男の子にとっての桃源郷が顔にあたるのだが、同時にこの世のものとは思えない程の恐ろしいパワーが襲いかかる。背骨がメキメキと鳴る。二つの山の柔らかさと、恐ろしいくらいの締め付け。天国と地獄を同時に味わうとはこのことか!

 

「うひぃ、全く驚いたッス。力強いんすね?」

「そりゃ見た目はこれでも中身は純粋なる機体だからネ。人間よりも力は上だヨ」

「見た目は華奢な女性なんスがねェ。これはケセイヤの趣味かしらん?」

「ヘルガはいざという時、手のひらからプラズマエネルギーを放出できて、眼球のナノ水晶体からはレーザービームが撃てるぞい?」

 

 え? なにそれ凄い。

 

「装備はすべて内蔵式だから、一見しただけじゃアンドロイドと解らないだろうネ」

「やろうと思えばデータ化した各種格闘技のプログラムで達人に次ぐ大立ち回りもできるのじゃー。つまり、ヘルガはセクサロイドでもあるんじゃが、その中身は完全なるコンバットロイドでもあるんじゃよー、と」

「何、そのコンパチ? というか“ぼくがかんがえたさいきょーのロボ”みたいな装備とかヤベェッスね」

「しかも、表面のナノスキンにはレアメタルコーティングがされているから、メーザーブラスターでは致命傷を与えるのは難しいネ。ナノスキンによる自己修復機能があるお蔭で、数百年単位で整備不要だヨ」

「もうどこから突っ込めばいいか解んないッス」

 

 ナノスキン装甲とか、何処のムー○レィスだよ、と心の中で突っ込んだのはさて置き。ヘルガさんは白兵戦も強いそうだ。内蔵された武装を使わなくても、機械だからこそ出せる純粋なパワーだけで相手を圧倒できるらしい。

 

 武装面でもタイマンで勝てそうな人間は居ないと思える程の過剰装備である。多分戦闘モードのヘルガを相手にするには何かしらのパワードスーツみたいなのを着ないと太刀打ちすら出来まい。最も戦闘関連のアプリがインストールされてないので、現在のところただの飾りでしかないらしいが……。

 

 たしかに下手なクルー雇うよりも遥かに役に立ちそうだ。

 

「どうだネ? 白兵戦にも役立つし、このボディ自体が一つのコンピューターみたいなものだから、その演算速度は人間の比じゃないネ。オペレーターや精密機器関連においても役に立つし、インストールしたデータ次第ではどこででも働ける。ある意味でとても都合が良いクルーになると思うヨ」

「ふーむ。ちなみに、もしもヘルガが何らかの理由で壊れた場合は?」

「だいじょうぶ。ヘルガが死んでもかわりはいるんじゃよー」

 

 随分と新世紀な青髪少女みたいなこと言ってくれるじゃない? 

 

「まぁ確かに中枢さえ破壊されなければ素体を交換すれば済むからネ」

「壊れても平気って考えるところは、ヘルガのメンタリティはヘルプGのまま何スねー。でもヘルガさんや? クルーになるってなら命は大事にがモットーッスよ?」

「不思議なことをいうのじゃよー。機械は機械なのじゃよ?」

 

 いや、ただでさえコスト高いのに、壊れてもいいなんて考えでいられたら、ウチの懐具合的にはヘルガ廃棄案件まっしぐらなんですけど?

 とりあえず、そこらへんは上手くぼかして、機械は機械だけどクルーになったからには故障などで皆に心配や迷惑を掛けないことが一番なのだと建前を並べたてて説明した。

実際、見た目が人間に近すぎるから、人によっては変にヒューマニズムが働くだろうしな。俺もそこまでAIドロイドを酷使したくねぇよ。

 

「ムム……。そこまで言われると何ともはや。なるべく壊れないように心掛けるんじゃよー」

「うむ、それがいいだろうネ。生み出した側からしても、そう願うヨ」

「わかった、のじゃよー……。なるほど、これは生産されて間もないころ、生徒と上手くコミュニケーションが取れず、生徒が途中で来なくなった時に感じた感覚に近いヤツじゃのう。複雑じゃー」

 

 ヘルガは少し声のトーンを下げて反省の色を見せた。どうじにその感情の色を感じ取ってウンウン頷いている。

 

「ちなみに傷を負えばある程度は自己修復可能だが、大穴があいたりした場合は流石に自力では無理じゃヨ。素体ごと変えるか専用のクレイドルでメンテナンスを行うことになるじゃろうネ」

「専用って幾ら掛かるんスか」

「ケセイヤ整備班長曰く、通常のドロイド百体分らしいんじゃよー。お買い得でしょう? じゃよー」

「ワァ~オ、お安い。まぁここまで来て出てけなんて言わないッスよ。問題はどの部署に入れるかってことッス」

 

 正直、どこに配置するか悩む。それは彼女が旧式ドロイドではなく、あまりにも高性能にカスタマイズされてしまったからだ。普通に悩むだろうコレ?

 

 え? なに教授? 彼女はナノスキンを通じてコネクタがあるすべての機械から情報を得たり操作可能なの? なんとも便利な機能をお持ちなことで。じゃあ初めから悩む必要ないじゃないか。

 

「ヘルプGあらためヘルガ」

「ハイ、なんじゃよー」

「貴女のこの艦隊に置ける所属はフリーヘルパーにするッス」

「フリーヘルパーとな? ヘルガの中の0Gドックに関するデータには該当する項目が見当たらないんじゃよー?」

「そらそうッスよ。だって俺が今作ったんスもん。要するにヘルガは艦内を常に動き回って人手が足りないところが発生したらすぐに向かう遊撃手みたいな役割をしてもらうッス。その為に必要な情報は艦内の端末から得れば良いんスからね」

「なるほど、ヘルガは自由なヘルパーとなるわけじゃ。これまで色んな0Gドックを助けてきたヘルガにはお似合いのお仕事じゃー。おもしろそうじゃなー。ありがとうー」

 

 ぐわっ! 再びハグしてきた! イタイイタイッ!!

 

 あ、与えた役職を気に入ってくれたみたいだな。ヘルガは俺の頭を掻き抱きながら小躍りしている。天国と地獄再び……。

 

 まー、喜んでくれたならいいか。彼女が何でもできるなら、何でも助けられる仕事につかせりゃいんだよ。後からデータ入れられるなら何処に配置しても一緒だしね。白兵戦が出来るからって保安部預かりにするのは味気ない。ココはぜひ彼女は某理想郷号のミーメさん的な位置づけでやって貰おう。

 無論、お酒を飲んで頑張ってもらうのだ。主食はアルコールってな。

 

「それじゃあ早速登録するッス。だから離して?」

「むー、しかたないんじゃよー」

 

 ちょっと名残惜しそうに俺を開放するヘルガ。うん、色んな意味で俺も名残惜しいぜ。それはともかくとして、船員登録をおこなおうジャマイカ。

 

「ユピ、ヘルガの船員登録を頼むッス」

【…………】

「……ユピ? おーい、ユピさーん?」

 

 あれー? 携帯端末でユピを呼んだのだが音沙汰がありませぬぞー。何時もなら声を掛ければ返事してくれるのに、どうしたんだろう? 

 

「あれれー? おっかしいな? 端末が壊れたんスかね?」

「見た所、その端末は壊れてはいないみたいだヨ。それよりも艦長、もう一人紹介したいクルーがいるヨ」

「え? ここにきてもう一人ッスか? それって教授の助手さんですか?」

「助手じゃないヨ。だけど有能なのは確かだネ」

 

 ユピの唐突なボイコットに俺ユピに何かしたかなー?と頭を捻っていたところ、教授が今度は別の誰かを紹介したいと言ってきた。しかし俺は首をさらに捻る。はて? こんなイベント原作にあったかな?

 

 確かヘルプガールが加わるイベントでは彼女しか加わらない筈だ。だけど仮にも小マゼランで名高きジェロウ教授がすぐばれるような嘘をつくとは思えない。だとすれば言っていることは本当か……原作にないことに、オラわくわくしてきたぞ!

 

「いい加減隠れてないで出てきなさい」

 

 教授はそういうと機材が詰まれた山のほうに手招きをした。ヘルガの改修作業に参加した連中が死屍累々積み重なっているカオスと化したこの部屋には、どうやらもう一人いたらしい。 

 教授の視線を追ってみると、どうも俺が立っている位置からは影となる、キャスターが付いた大型の道具箱の裏に誰かが潜んでいた。なんで紹介されたい人が隠れてるんじゃろうか? 顔見知りとか? まっさかー。

 

「まったく、自分から頼んでおいてその姿になったのに、いざとなると恥ずかしいとはネ」

「だって、だって……まだ動作データが……その」

「動作データはヘルガのを渡したんだから普通に動ける筈、なんじゃよー?」

「あうぅ……」

「とりあえず、戸棚の影から出て来なさい。そうじゃないと話しが進まないヨ」

「でも、でも」

 

 何やら教授とヘルガがキャスターの裏っかわに回って、隠れている人物とコソコソ話している。漏れて聞こえる声からして多分女性だとは思うんだが、声が小さくて会話の内容が聞こえんな。

 それに幾ら恥ずかしいとはいえ、顔くらい拝ませて貰わないと、俺としてもクルーとして雇うべきなのか判断が付かないんだよな。いくら教授の肝いりとはいえ、紹介された以上はどういう人物なのか把握したいし――それに待つのは飽きた。

 

「うむ。自分から出てこられない恥ずかしがり屋さんはドンドンしまっちゃおうねー」

「キャッ! 私しまわれちゃう!?」

 

 ちょっとした軽いジョークを呟くと物陰に隠れていた人物は何故か過敏に反応してキャスターの影から飛び出してきた。思った通り出てきた人物は女性だった。

 見た目は茶色の瞳で茶髪をポニーテイルにしており、紺色の開襟背広型の礼服によく似たネクタイ付きの空間服を着ていた。空間服なので体躯にピッタリであり、タイトスカートから延びるタイツに覆われた脚はスラリと長い。

 首元のシャツから覗く喉や顔は決め細やかな白い肌をしていて、全体的に細めだがスーツを見る限り出るところは出ているという、ある意味男性から見れば理想的な黄金比。ふむ、エロい。そこはかとなくエロい。特に脚が良い仕事している。ぐへへ。

 

 見た感じ、年齢は17才くらいだろうか。いやいやまてよ、この世界ではアンチエイジングが結構すごいレベルに達しているから、見た目イコール年齢にはならない。よく見れば理知的な感じも受ける。

 うーむ、こいつは随分な美女か美少女だ。整備班とか科学班の連中がぶっ倒れていてよかったな。起きていたら確実に俺達の部署に入れろとデモが発生するレベルだぜ。

 

「ふむん(じー<●><●>)」

「え、えっと……そんなに見られると、はずかしいよぉ」

 

 だから思わず視姦しちゃったんだ☆ 俺は悪くねェ! 綺麗すぎる彼女が悪いのだ。

 

「んふふ。ゴメンッス。かなり美人さんだったからついね? 」

「き、綺麗ですか? 私が?! 艦長!」

「はい私が噂の艦長です。それで、アンタどなたッスか?」

「むむ、解りませんか?」

 

 目の前の誰かさんはそういうと口を少しとんがらせた。おやまぁ、理知的な印象があったから、もう少しクールな子だと思ってたんだけど、結構可愛いところあるじゃない。

 

「でも、ちょっと存じ上げないッスねぇ」

「そ、そうですよね。私はユピといいます」

「へェ~ユピっていう名前なんスか?そりゃいい。ウチのフネの統括AIと同じ名前だ。今日は虫の居心地が悪いのか、返事返してくれないけど、基本的にとっても良い子で可愛いヤツだから仲良くすると良いッス」

 

 おお、ウチのAIと名前が同じなんか、それはそれでちょうどいい話の取っ掛かりが出来た。これ幸いに眼の前の女の子にそう伝えたのだが……。

 

「とっても良い子で、可愛い?――えへへ」

 

 なんか可愛いと口にした途端、身を捩っていらっしゃるんですが。もしかして可愛いのは自分のことだと勘違いしてるのかね? うわっ、ついに天然系の痛い子キャラが万を辞して登場ってか?

 

 そう思い思わず薄いジト目に成りかけたその時。さっきから黙っていたジェロウ教授が何故か口元に手をやり、笑いを抑えながら俺に話しかけてきた。

 

「くくく。艦長、ネタ晴らしをすると、その子はネ。ユピなんだヨ。ケセイヤが持っていた電子知性妖精用の素体の予備パーツで作られたユピの稼働擬体だネ」

「へ?」

「ちなみにヘルガより後にできたからー、ある意味ヘルガの妹なんじゃよー」

「うぇぇぇ!?」

 

 ザ・ワールド! 時が止まる! ……いや、驚きのあまり思わず時間が止まった気がしただけなんだが、それよりも教授あんた今なんつったとですか? 説明の中に俄かには信じられない様な言語が聞えたんですけど! あとヘルガ自重!

 

「ちょっ、君はマジでこのフネのグレートで純粋でとってもいい子な統合統括超級AI搭載型コントロールユニットのユピなのか?」

「はい、正確には本艦に搭載されたコントロールユニットの独立型移動端末の擬体ですけど」

「な、なしてそんなお姿に?」

「艦長の……。いえ、クルーの人達のお役にもっと立ちたかったので、ケセイヤさんにお願いしました」

「今は無理だけどネ。後でもう少し調整すれば、このフネに積んである恒星間通信用のIP通信技術を利用して恒星間クラス程度の距離ならラグ無しで動き回れるヨ」

「かがくのちからって すっげー!」

 

 流石はマッドだ。 連中、自重という文字が辞書から落丁していたらしい。そりゃまぁ、ヘルプGを助けてやれっていいましたけどね。何をどうすれば完全に人間のセクサロイド化して、おまけにフネのAIまで身体を得られるんだよ。一番納得できないのは、そんな楽しそうなことを俺抜きでやりやがったってことだ!ちくしょーめ!

 

 思わず色んな思いが溜息となって零れでた。まったく、度し難い連中だこの変態どもめ。しっかし見れば見る程人間っぽいねぇー。おまけに可愛いし綺麗ときたもんだ。ある意味で俺の好みだし、眼福だからケセイヤグッジョブなんだけど、俺も制作に意見言いたかったなァ。ハァ。

 

 あれ? 何故か彼女悲しそうな表情を浮かべているではないか。あ、確かに見つめながら溜息を吐いたら、まるで電子知性妖精の身体をユピが得たことを俺が喜んでいないと勘違いしてしまうじゃないか。

 

 なお、言っておくがそんなことは断じてない。逆にロマンあふれるので万々歳なのだ。溜息を吐いたのはユピが身体を持ったことが気に食わなかったんじゃないんだ。せっかくの面白そうなところを見逃してしまったことを残念に思っただけなんだ。

 だから心配すんなという意味を込めて、俺はとりあえず彼女の頭をポンポンと撫でてやった。するとユピの耳が真っ赤になってしまった。なんだこの可愛い生き物? こりゃあ感情コントロールのプログラムも相当グレードアップされてるな。

 それはともかくとして、ユピが自由に動ける端末を得たというのは、ロマンがあっていいじゃないかと改めて納得する。ぜひアナライザー張りの活躍をしてもらおう。

 

「でも心底おどろいたッスね。それにしてもやわらかい髪ッスねぇ。ナノマシンって凄いッス。これじゃあ二人とも言われなきゃ、いや言われても人間とかと見分けつかないんじゃないッスかこれ?」

「そりゃそうじゃヨ。ケセイヤによればヘルガくんはプロトタイプ、ケセイヤの趣味と欲望の産物で生まれたアーキタイプ。色んな機能が盛りだくさんなんじゃ。

それと違いユピくんはプロトタイプを設計して落ち着いたアヤツが量産向けに再設計した二号機で、戦闘機能を持たせなかった代わりに、肌の質感やその他をほぼ人間と同じに設定してあるらしいヨ」

「ありゃ? ユピには戦闘機能はついてないんスか」

「なんでも“プロトタイプの方が強いのはじょーしき”らしいヨ」

「まぁ、その点については概ね同意ッス」

 

 でもまぁ、きっとそれでも唯の人間よりも遥かに丈夫でスペック高いんだろう。ケセイヤならきっとそうしている。俺は確信しているよ。

 

「彼女たちに使われているナノマシンも、元はリジェネレーション医療用の代行細胞に使われているのを流用したらしいヨ。当然代行細胞の機能が残っているから代謝もするし、その機能もほぼ人間と同じだヨ。これと人間とを分ける唯一の違いは、その身体を構成している物質だけだネ」

「へぇー、成程」

「か、かんちょ~」

「あん?なんスか?」

「さっきから……ンッ……その、髪を……」

 

 ふと目をユピにやると、更に顔を赤くしているユピが上目遣いをして俺を見ていた。どうも自覚がなかったが、教授の話を聞いている間も彼女の髪をべたべたと無遠慮に掬い続けていたようだ。

 ナノマシンの集合体であるはずなのだが、その質感は本当の人間の髪と全然大差ないくらいで、むしろこっちの方がやわらかい為、思わず撫で続けたくなる髪だったのだ。

 

「あ、一応言っておくが、その身体が感じた感覚は人間が感じる感覚とほぼ同じなんじゃが、その感覚はAIであっても感じることが出来るらしいヨ。ソフト面でデータをインポートしたようだからネ」

「ちょっ! そう言う事は速く言ってくださいッス! ごめんユピ! ベタベタ触られるなんてイヤだったっスよね!?」

「……あっ……」

 

 教授に言われてハッとなり、慌てて髪の毛から手を放した。そうだよ何してんのん俺。ユピは女の子になったんだから、失礼なことしたらアカンやん。

 ココは紳士モード発動だ。俺はフェミニスト。女性には優しくがモットーだ!

 

「もうしない、約束する」

「ふぇ?艦長?」

「ゴメンな? ついつい珍しかったから触ってたッスけど、ユピは完全に女の子になってしまったッス。男にべたべた髪の毛を弄られるのは嫌ッスよね? ホントにデリカシーの欠片もなくてゴメンなさいッス」

「え!? 嫌、全然いやじゃなくて!? 始めての感覚に戸惑っだけといいましょうか!?」

「もうこうなれば首を括って腹を切るしか」

「幻の古代謝罪法のHARAKIRI!?だ、だめー!」

 

 土下座でもしようかと思っていると、何故か突然取り乱した様に、両手をふって慌て初めるユピ。ん?なんでそんな反応なんだ?相変わらず女の子の事は良く解らん。

 それにしても最初は女性人格じゃなかったような気がするが、これも女性オペレーターのミドリさんに任せたからかな? 親を見て子は育つって言うし……。

 

「ちょっ!もちつけ、もとい落ちつけッス」

 

 とりあえず眼の前で絶賛混乱中の娘さんを宥めないといけないな。

 むすめさまよ~、しずまりたまえ~。そう願いを込めて彼女を見やったその時。

 

「ユピはええ~っと!? ふ、ふえ~ん」

「あ、泣いたッス」

「艦長、泣かせたネ」

「ユーリェ…じゃよー」

「俺が悪いってことッスか? 実際そうですね!」

 

 突如として泣き出してしまった。女の涙、こればっかりは俺も弱い。慌ててハンカチを取り出して慰めてみた。すると何故か彼女は動揺する。動揺しては慰め、慰めたら動揺しというサイクルが止まることなく繰り返された。以下、無限ループである。無限ループって怖い……。

 なんというか流石はケセイヤさんが作った筐体だといえよう。そこいらで見かける人型アンドロイドやセクサロイドなんかが玩具に見えるぞ。それくらい表情が豊かだった。お陰でこっちは、ユピの泣き顔を見てテンヤワンヤしてるんだけどさ!!

 

「なんというか、哀れじゃなー」

「ククク、艦長はかなりの鈍感なようだネ。見ている分にはとても面白いヨ」

「同感じゃよー。ユピも初々しいから見ていて飽きないんじゃよー」

「しばらくは止まりそうもないし、すわってみようかネ。なにか呑むかネ?」

「ヘルガはウメコブティーのおかわりを所望するんじゃよー、と」

 

 ちょっ!老人ズ!見てねぇで助けろよっ!ちくしょー。

 

 

***

 

 

 またもや仲間が増えた。人手は足りなかったからある意味ちょうどいいが、加入した理由がちょっと特殊過ぎやしやせんかねェと思う今日この頃。今日も白鯨艦隊は通常運行で目的地である惑星ムーレアへの航路を進んでいます。

 

 俺はあの後、二人を白鯨艦隊に所属す全クルー達に紹介した。普通人間じゃないとなると侮ったり戸惑いが現れる筈なのだが、どういう訳かウチのクルーの大半は平常運転だった。一番戸惑いを見せたのがイネス程度だったのだ。

 なんでだろうなと首をかしげたが、考えてみればウチの連中のほとんどが色んな意味で頭のねじがぶっ飛んでいるのだ。そうでなければ0Gドッグなる酔狂な仕事に参加するわけがないのよねー。

 

 そんな訳で、携帯端末の内線機能まで使って新メンバーの紹介を行い、特に混乱も起らず、かなりすんなりと非常に好意的に受け入れられた。

 方や元ヘルプGだが、今ではスタイル抜群で爺言葉を巧みに扱うスーパーな美女。方やスタイルは劣るがそれでも美しい我らがフネの良心のようなAIちゃん。どちらも俺達にはなじみのある存在であったことも受け入れる垣根を引き下げてくれていたと言えよう。

 

 ちなみに主に男性を中心にしたクルー達(一部女性も含む)は、ヘルガの放つ不思議な喋り方にハートをズッキュン撃ち抜かれていた。爺言葉なのも萌えポイント高いらしい。この変態どもめ。

 

 一方でユピの方が女性には受けが良かった。何でも見た目は理知的で綺麗だが、その性格は純粋そのもの。おまけに健気なので妹のように思えて可愛らしいそうだ。

 

 まぁ、そんな風に比較的好意的に受け入れられた二人は、僅か数日でこの艦隊に馴染んでいった。

フリーヘルパーとして働くヘルガは、元々がど素人救済の為に作られた対話型インターフェイスが充実しているドロイドである。その知識は下手な0Gドッグのはるか上であった。

 彼女は艦内を放浪し、色んな部署に顔を出しては仕事を手伝っている訳だが、行く先行く先で、かつて授業をしていた時に生徒が飽きないようにする巧みな話術スキルを遺憾なく発揮し、行き先の人々を楽しませながらも正確かつ丁寧な仕事を行っていた。

 

 更には元々が先生ロボだったので、時たま人間がやるド忘れや些細なミスを、それとなく指摘してくれたり、解らない事柄はそれこそ素人も理解できる程に解りやすく噛み砕いた解釈をしてくれる。

 女性型のセクサロイドとなった事で得た美女の風格と、長年若き者たちの先達として老成された細やかな配慮、それが合わさり最強となったのが今のヘルガだった。

 それ故、彼女は行く先行く先で大人気であり歓迎されるようになった。フリーヘルパーという、どの部署でも一定以上の結果を出す遊撃要因にして正解であったといえる。

 

 対するユピの方はヘルガ程の活躍はしなかった。

 これはAIの経験値の差であるといえた。いかに超高性能なAIであるユピであっても、人材不足を補う為のコントロールユニットに付属して誕生した彼女は、生まれてからまだ一年も経過していない。人間で言えばやっとこさ小学生レベルといった感じであろうか? 

 

 それでいて普段は殆ど俺の後をひよこみたいにくっ付いてくるのだから、活躍するのも難しいだろう。まぁ彼女の人気がヘルガよりも下というわけではない。彼女は生まれたてという事もあり、非常に無垢で純真であった。簡単にいうと、喜ぶときは喜び、泣くときは泣き、怒るときは怒る…非常に喜怒哀楽がはっきりとしていた。

 

 また人型を得る前から我が艦のオペレーター長であるミドリさんにより、かなり躾けられていた彼女は何事に対しても素直に礼を述べる事が出来た。何よりも生まれたてである彼女は何故だか常に一生懸命に物事のアレコレを覚えようと一生懸命であった。

 

 その姿は頑張って飛び方を覚えようとする雛鳥を彷彿とさせ、ソレでいて素直な感謝を忘れない心を持つ、これは比率的に野郎所帯である白鯨でウケが良かったのである。

 見ていると、なんだかこう応援してあげたくなる。そんな微笑ましさを彼女は持っていた。男性クルーのみならず少なからず乗っている女性クルー達も母性本能がくすぐられたのか、ユピは男女ともに非常に好意的に接して貰っていた。

 ある意味、素直で一生懸命で優しい皆の妹という感じ。チェルシーが自立してきたので開いていた妹枠の立ち位置を獲得していた。ユピ、侮れない娘……。 

 

 

 ちなみにユピもヘルガと同じく、便宜上はフリーヘルパーという立場となっていたりする。本来コントロールユニットの管制AIである為、本体というべきものはコントロールユニット・モジュールそのものと言ってもいい。

 だが、電子知性妖精なる稼働端末を得た彼女の場合、その電子知性妖精の擬体もまた本体である。ようはどちらも彼女なのだ。俺に次ぐ中央コンピューターへの第三位アクセス権限を持つのは伊達ではない。なお第二位は副長役であるトスカ姐さんなのはいうまでもない。

 

 今も普通にコントロールユニットを動かしているので、所属というと艦全域に及ぶのだから、必然的に彼女の役割もそうなったといえた。というかココだけの話…、サナダさんやケセイヤから聞いたんだが、ユピが身体を得て更に経験値を貯めて成長した結果、コントロールユニットの処理能力が目覚しく向上したらしい。

 理由は不明。サナダさんは科学的には論理的ではないからありえんと首を捻っていたし、ケセイヤは身体を得たAIが劇的な成長を遂げるなんて浪漫だぜい!と無駄にテンションが高かった。

 

 ちなみにユピたちの素体となった、ケセイヤが自分の給料までつぎ込んで秘密裏に造った電子知性妖精。その性能からクルー不足解消の一助になるのではと期待したのだが、ケセイヤが趣味に走って造った為、高性能なのはいいが生産性度外視で設計されていたらしい。

 

 その為、当艦隊の懐具合ではあと1~2体しか作れないことが発覚したことで、ユピやヘルガのファンからは大量のブーイングを頂いたが、当艦隊の予算の都合上、あれらの増産は見送られることになった。

 

 つーかね、設計案を見るとほぼケセイヤのハンドメイドでしか作れない上、それプラス貴重な物質を多数使用しているので、ユピとヘルガの擬体だけで合計9000Gかかるのだ。これは我が艦隊所属のオル・ドーネKS級巡洋艦の設計図の元となったサウザーン級巡洋艦の正規での製造値段とほぼ同額だ。

 

 これって明らかにケセイヤに渡されている給料よりも多い金額じゃねぇか。気になったので、足りない分どうしたのかを問い詰めたら、やはり撃沈したフネからジャンクパーツのいくつかを失敬していたようだ。まぁこの男の場合はこういうので色々と役に立つモノを開発してるから黙認されている部分もあったが、なんともはや。

 

 まぁ、その所為で擬体一つ作るのに数か月以上かかったらしい。擬体の値段もあくまでも使われたジャンクパーツが正規品の場合で計上しているらしいので、ライン組んで増産すればコストは抑えられると豪語していらっしゃる。

 しかし、どちらにしろ電子知性妖精には専用のクレイドルもいるので、それらを会わせた金額は、完全に下手な巡洋艦以上の額となっているのだから、彼女等の量産はほぼ不可能であろう。やったら最後財政破綻するよマジで……。

 

 無論、このまま廃案にするにはあまりにも惜しまれたので、何時か金持ちになったら造るか、もしくはこれまでの様にこつこつと金を貯めるか、宇宙資源を採掘してそれらを流用して造るかすると通達しておいた。そう言っておかないと暴動が起きかねなかったのも理由なのは余談だ。

 

 

 まぁ浪漫に金を掛けるのは俺のやり方だが、無い袖は振れませぬ。とりあえず彼女等の近況話はここら辺にしておこう。他にもヘルガのまったりお茶会やら、ユピちゃん初めての浴場とかあるけど、前者は兎も角後者については俺は詳しく知らんので割愛する。

 

 

 さて、新たな仲間を得た俺達は現在、宙域保安局がある惑星ブラッサムへと進路を向けていた。教授の頼みもあり、ムーレアへの航路を封鎖中の宙域保安局にムーレアへの渡航許可を卸して貰えないか聞きに行く運びとなったからである。

 ブラッサムまでの道中は、ステルスモードとECMといった電子妨害の力で旅はまさしく順風満帆であった。稀に妙に勘のいい海賊に見つかることもあったが、大体は返り討ちの上に身ぐるみを剥いで美味しくいただいたのはいうまでもない。お蔭で懐が少し暖かくなる。貯蓄は幾らあっても困るものではないのだ。

 そんな訳で今回の航海はホントに何も起きなかった。遭遇するたびに戦闘していたロウズなどの序盤と比べればなんとも平和な航海だ。おかげで戦闘指揮をしない分、だんだんと空気がダレてくるが、のんびりもいいかァと思ってしまうあたり、もうだめかもわからんね。

 

「ふぁ~あ……」

「おや? 寝不足かい?」

「うんにゃトスカさん。なんつーかのんびりっていいなァって」

「ま、確かに暇っちゃ暇だね。ココは一つ適当に海賊の身ぐるみを引っぺがすかい?」

「どこの強盗っスか。つーか毎回そればっかりだとねェ」

「それもそうか。ま、旅が平和なのは悪い事じゃないさ」

「そッスね――ん? そろそろ昼時ッスね」

 

そろそろ昼飯かァ……とか考えていた時だった。

 

「艦長~、高エネルギー反応を前方の宙域で検知~。なんか戦闘中みたいよ~」

 

 はて? こんな宙域で戦闘しているのか? コンソールを操作して映像を見ると、黒い世界に延びる複数の光芒。確かに海賊の艦隊とどこぞの艦隊が交戦しているな。

 どこの艦隊だろうと映像を見ていると、俺のとなりにいたトスカ姐さんが身を乗り出して映像を覗きこんだ。彼女が近づいたからか、ちょっと良い匂いがするので俺としてはドキドキだ。顔には出さないのが俺クオリティ。

 

「艦種から見るに、ありゃカルバライヤの宙域保安局のフネだ。対する相手は……ここら辺を根城にしてるグアッシュ海賊団だね」

「でもありゃ多勢に無勢ッスね。海賊の方が数が多い」

「まぁここいらでは大海賊のサマラと数の多さだけで並ぶ海賊団だしねぇ」

 

 0Gドッグ御用達の酒場のマスター曰く、質のサマラ対、数のグアッシュとは有名な言葉であるそうな。むろんその方向性は彼らの精神性にも如実に表れている。サマラは誇り高く、グアッシュは雲蚊の如く大群かつ節操なしといった具合だ。強者と弱者の格差はこんなところまで現れているのかと思うと、少し眼が熱くなるな。

 

 それはさておき、グアッシュの海賊艦隊は全部で12隻。3~4隻規模の小艦隊が複数協力しているようだ。対する宙域保安局の巡回艦隊は3隻、一艦隊だけっぽい。多勢に無勢、数が違い過ぎる。これじゃあ、あと僅かな時間で保安局側は壊滅するぞ。

 

「艦長、海賊と保安局のフネ以外の反応があります」

 

 最近、俺が起きている間は背後に控えるようになったユピが、俺の近くにホロスクリーンを投影する。外の映像と思わしき画像が映っていた。こういうのはオペレーターのミドリさんの役目なんだが、まぁミドリさんが何も言ってこないから別にいいのかな。

 

 映像に眼を向ける。そこには保安局からみて海賊艦隊を挟んだところに、一隻の民間船が煙を推進部から吐き出し停止していた。どうやら海賊は民間船に強制接舷しようとしているらしく、ゆっくりと接近している。

 一方の民間船は海賊に乗り込まれたらどうなるかわかっているのか、デブリ破砕用と思われる大砲を撃って牽制している。だが海賊船は腐っても戦闘艦、デブリ用の大砲では精度も威力もまるで足りない。牽制にはなるが追い払うことは出来ず、じわりじわりと海賊に追い詰められている。

 

 ああ、成程。なんで保安局が無理してるのか理解できたわ。

 

「お仕事中だったところに遭遇、保安局の手前放置は出来なかったってワケッスね」

「どうするユーリ? いまから軌道を変えちまえば、かちあわずにスルー出来るけど?」

「うーん、見捨てるのはちょっと……助けてやろうとは思うッス」

 

 見捨てるのも夢見が悪くなるのが理由の一つ。あとは打算で保安局と仲よくしておけば、この先色々と楽かもという考えが浮かんだ。とりあえず海賊の主力艦隊を奇襲し、陣形が乱れたところで民間船を宙域保安局に救出しに行ってもらいましょうかね。そういう仕事は宙域保安局の方が得意だろうしな。

 

「じゃ、敵の主力と接舷しようとしてるやつ、どっちを攻撃するんだい?」

「主力を攻撃しましょう。民間船は宙域保安局に任せればおkッス」

「了解だ。それじゃあ総員戦闘配備だッ! 敵をタンホイザーに叩き込んでやれ!」

「「「アイアイ、サー!」」」

 

 トスカ姐さんからの復唱が飛び、あわただしくなるブリッジ内。艦内には戦闘を知らせるサイレンが鳴り、各戦闘部署に人員が配置され、眠っていた艤装に灯が入る。俺もそれを見ているだけではなく、さらに指示を下すためにユピを近くに招きよせた。

 

「ユピ。K級とS級を先行させて保安局の援護に回すッス。本艦はステルスのままKS級と共に前進。駆逐艦が保安局の援護を開始次第、敵艦隊へ奇襲攻撃を行うッス」

「はい艦長。そのように艦を動かします」

 

 先ずは挙動が速い駆逐艦たちを先行させるように指示を出した。ユピは指示を受けるとすぐさま眼を閉じて集中を開始する。すると、すぐに彼女の顔の表面に活性化したナノマシンの流れが筋のようになって光の隈取となって現れた。

 それに呼応するかのようにして、周囲に展開していた護衛艦隊たちの中の20隻が全速で加速を始めた。20隻も居る駆逐艦が一斉に加速したというのに、足並みに一切の乱れがなく、全艦が一定距離を保ったままで複縦陣を敷き、駆逐艦隊は渦中の中へと進んでいった。

 見事な艦隊運用、それは超級AIお得意の正確な演算能力が可能にした業だ。 

 

「K級およびS級、加速開始。援護可能宙域到達まで30秒。トランプ隊と本艦の直掩機、発進準備完了です」

「さぁて、柄にも無いセイギノミカタを一丁やってみるッスか。ではまず――深く静かに潜航せよ」

「アイアイサー、微速前進ヨーソロ」

「騎兵隊の到着にしては地味だねぇ」

「ド派手に大乱戦ってのも魅力的なんスけど、民間船が近すぎるんスよねぇ。だから今は埋伏の時、ぶくぶくぶく……」

 

 スニークアタックの方が敵さん驚くからな。プレゼントってのはサプライズするもんである。こうしてこちらもまたK級たちに遅れて痕跡を見せないようにゆっくりと静かに加速していく。保安局の艦隊を通り抜けて、いまだ気づかない海賊の艦隊の横へと展開する為に、俺たちは深く静かに動き始めた。

 こちらがゆっくりと所定の位置に向かっている間にも、先行した快速の駆逐艦たちが保安局の艦隊へ接触した。少々遅かったらしく、すでに巡回艦隊所属の一隻は大破し戦闘不能となっていた。すぐさま“我らは白鯨。援護する”という電文を送りつつ巡回艦隊の援護を開始する。

 駆逐艦隊はまずは僅か3隻しかいない巡回艦隊と海賊艦隊の間に割り込みを掛ける。下手をすれば攻撃中だった保安局の巡回艦隊の砲撃も当たってしまうが、すでに多勢に無勢で損傷が目立つ巡回艦隊のフネを前に出すのは危ない。

 

 幸い保安局側の指揮官はいったん砲撃を止めて柔軟に対応してくれた。その隙に駆逐艦隊は複縦陣を保ったままで展開。一先ずは巡回艦隊の盾となった。

 一糸乱れぬ動きで展開を完了した彼女たちは、そのまま見事な乱数のTACマニューバを織り込みつつ、適度に海賊艦隊へと牽制攻撃を開始する。牽制攻撃によりこれまで優勢であった海賊艦隊の攻撃が弱まり、その隙に保安局は大破した艦を敵の射程外へと下げることに成功した。

 

 K級とS級は無人艦であるがゆえに、人員を乗せる船員室のモジュールが必要ない。そのスペースに小型低出力であるがデフレクターを搭載することに成功していた。その為に見た目よりも遥かに硬い。おまけに学習するAIであるユピの構造を模倣したためか、艦隊運動、TACマニューバも軽やかなのだ。

 

 駆逐艦隊の救援により、保安局はとりあえず危機を脱した。海賊達からしてみれば青天の霹靂、これは何の冗談だと思ったことだろう。謎の艦隊がいきなり現れた途端に戦局が変わったのだ。絶対に勝てると思い込んでいたから、それが覆された時の慌て振りは相当なものだろう。

 

 だが諸君、待ってくれたまえ。いつから援護が駆逐艦艦隊だけだと錯覚していた? 俺のバトルフェーズはまだ終了していないぜ!

 

「所定の座標到達まで、あと24秒。減速を開始、各艦は当艦の行動にオートリアクションに設定します」

「ふふふ、海賊共め、フネの性能を生かせぬまま藻屑となるがいいッス。ステルスを解除ッス!」

「ステルスを解除しな!」

「はい! ステルスを解除します!」

 

 トスカ姐さんの復唱が響くのと同時に、ユピがオル・ドーネKS級汎用巡洋艦とバゼルナイツ級改工廠戦艦アバリス、旗艦であるズィガーゴ級改戦闘空母ユピテルのステルスモードを解いた。

 突如として艦隊側面に現れた――様に見える超弩級クラスの戦艦2隻と巡洋艦4隻の艦隊に驚く海賊と宙域保安局の艦隊。白鯨艦隊、ユーリ。これより戦闘に介入する!なノリである。

 

「各艦―――攻撃開始ッ!」

 

 俺が手を振り下ろすのと同時に、各艦から一斉に砲撃が開始された。そして、ここからはもはや一方的な展開だった。浮足立ち動きを止めた敵艦なんぞ唯の的。吸い込まれるという言葉をこれほど体現した物はないんじゃないかってくらいに攻撃が当たる。

 あまりにも攻撃が次々ヒットするものだから、ターキーシュートだー!とストールが雄叫びを上げ、近くにいたリーフにうるせえと頭を蹴られてショボンとしていたのは余談である。

 

 この奇襲の成功により保安局の巡回艦隊は俺達の登場により足並みが崩れていたが、狙う標的が海賊艦隊であると解った途端に態勢を立て直し、こちらが艦載機を発進させて海賊艦隊の足を完全に止めるの見るや否や民間船救出に飛び出していった。

 こうして数も質も上であり、おまけに奇襲をかけて敵に混乱を与えたおかげもあり、俺たちは損害をほぼ受けることなく、海賊艦隊を殲滅することに成功したのだった。

 

「うし、敵の主力艦はあれで最後ッスね。でも、警戒続行ッス」

「レーダー最大レンジ内には~、敵影見受けられず~」

 

 敵対していた海賊船の内、味方を盾に目敏く逃げだしたフネを除く最後の一隻が、青いインフラトン粒子を伴う火球となるのを見届けた。

 だが気を抜かず付近の索敵を続行させる。こういうのでセオリー的に怖いのは、実は別働隊が近くにいて今度はこちらが比較的死角になりやすい艦橋直上や艦底直下から奇襲を受ける事、まだ気を抜けないのである。

 

 エコーさんがコンソールを弄りながら、敵反応がない事を告げたのを聞いてから、俺は少し肩の力を抜いた。以前はアラが目立ったがキチンと勉強したのか立派なレーダー主となったエコーさんを信頼しているからだった。

 

「センサーにも危険物は見受けられません。ついでに利用できそうなジャンクも無さそうです。艦長」

「まぁ粉みじんッスからねぇ~」

 

 ふと外部モニターに映る残骸が視界に入る。映像に映るデブリの殆どが原型を留めておらず、インフラトン機関の爆発により船体が半ば千切れたフネが大半を占めていた。

海賊船は基本的に快速と回避力に力を置く編成を組む事が多いので、今回の艦隊も鈍重な戦艦は一隻もおらず、大半はバクゥ級巡洋艦とタタワ級駆逐艦で構成された快速の巡洋艦隊であったようだ。

 当然、これまでこの宙域でおまんま食ってきた訳だし、仕事柄攻撃を受けた際の回避力は高いだろう。数も多かったし、あのままなら保安局側の巡回艦隊規模なら撃破できる力は持っていた。

 

 だが今回は俺達が保安局側に回った事が彼らにとって不幸だった。なにせ唐突に20隻の駆逐艦、4隻の巡洋艦、2隻の旗艦クラスの戦艦から援護が入ったのだ。計26隻に及ぶ艦隊に加えて艦載機の襲来である。冗談だろうと叫びたくもなっただろう。

 

 特にユピテルのホーミングレーザー砲のシェキナやアバリスのガトリングレーザーキャノンとリフレクションレーザーキャノンの威力が凄まじい。雨霰のような弾雨によりTACマニューバの限界に挑戦させられたあげく、動きが鈍ったヤツから白鯨艦隊の通常砲撃を受けたのだ。

如何に回避力に重点を置く海賊船であろうが、よけきれない弾幕を前に、おまけに紙装甲で防御力なんぞ低すぎるのも災いして、ひとたまりも無かったことだろう。

 ちーとばっかしやりすぎかなァとも思ったが、民間人にやらかして来たであろう海賊の悪行を考えると、先のやり過ぎという考えはポロッと忘れ、俺は再びコンソールに向き直った。

直後、コンソール上に内線の通話ウィンドウが開き、オペレーターのミドリさんの姿が映りこんだ。

 

「艦長、宙域保安局のフネより、通信が入っています。どうします?」

「そうっスね―――ん、スクリーンに投影してくれッス。彼らにも一応挨拶しとかねぇとね」」

「了解、通信つなぎます」

 

 一応こちらが助けた形になる訳だが、ちゃんと正体を明かしておかないといらぬ警戒をされてしまうだろう。カルバライヤ宙域を護っているのが保安局なのだし、関係が拗れたら色々と面倒くさい。不審な集団だと誤認されたら眼も当てられないぜ。

 

 そんな訳でIP通信のコールに応答し、保安局のフネにつなげた。ブリッジのメインホロモニターにIP通信を投影する。モニターに浮かんだのは、20代後半くらいの若い男性士官である。

おや? この人は――

 

『こちらカルバライヤ宙域保安局員、ウィンネル・デア・ディン三等宙尉だ。貴艦の協力に感謝する』

「ありゃりゃ!? アンタは、いや貴方はウィンネルさんッスか!?」

『君たちは、もしかしてドゥボルグの酒場で出会った……ユーリ君かい?』

 

 俺はホログラムに写りこんだウィンネルさんの姿を見て思わず声を上げていた。向こうも驚いている。それもそうだ。こっちだってまさかこんなところで会うとか思わなかった。

 保安局の青年士官である彼と、一介の0Gドッグである俺達に何故面識があるのか? それはこのカルバライヤ宙域に来た最初の頃、惑星シドゥを過ぎたあたり(カルバライヤ編18章中頃参照)で、少し他の惑星をぶらぶらうろついた時まで遡る。

 

 その時に立ち寄った惑星の一つ、ドゥボルグには宇宙船の重要部品の材料となるジゼルマイト鉱石の採掘場があり、その特殊性から大型機械が使えず、なんと手掘りする高山で臨時募集がされていたのである。

 手掘りな上に航路が開かれて常に宇宙船が飛び回っている現代。宇宙船の部品材料は常に消費されていると言っても良く、兎に角臨時アルバイトを雇ってまで鉱石を掘り出して欲しい鉱山側は中々良いバイト料を約束してくれていた。

 

 その為、金に目敏い俺達白鯨艦隊はクルー総出でアルバイトに参加したのである。惑星一つが鉱山みたいなドゥボルグには雇用してくれる鉱山は有り余る程あり、その殆どが高収入を約束していたので、俺達はツルハシやスコップやネコ車を手に額に汗して稼いだのだ。

 報酬合計は大体5000G、クルー総出プラス高重力で鍛えられた保安員達が無駄に採掘してくれたお陰で通常の十倍稼げたのである。

 

 件のウィンネルさんとの邂逅は、そんなジゼルマイト鉱山近くの酒場であった。鉱山でいい汗を掻いた後、咽を潤す為に俺達は酒場へと繰り出した訳だが、偶然入った酒場で偶々乱闘騒ぎが勃発。良く分からんが一人の行商人対カルバライヤ人という布陣であり、あまりに多勢に無勢だったので、その行商人に加勢したのだ。

 そのときは面白かった。なんせ喧嘩祭りみたいになったので酒瓶は飛ぶわ椅子は飛ぶわ机は飛ぶわ、だれも武器を抜かなかったのは唯の喧嘩であったし、何よりも男は拳で語れという肉体言語が得意な人々が多く集う酒場であったので、みんなで気持ちよく殴りあいの喧嘩と相成ったわけである。まさしく喧嘩祭りというものだった。

 

 とはいえ、店側としては営業妨害も甚だしい訳で、当然治安を受け持つところへと連絡を入れていた。その時に喧嘩仲裁の為にやって来た連中の一人が、ウィンネルさんだったと言う訳である。

 彼は簡単に言えば優等生キャラと言うべきか……、兎に角すぐさまテキパキとその場の乱闘を治め、俺達を含め店側に迷惑をかけた連中を謝罪するように仕向けた手際は、一言に言って凄いと言う外ない。

 

 そんで俺達の場合、乱闘の発端の説明の際、行商人が多勢に無勢でリンチに近かったので加勢した心意気が、彼と彼の友人にウケたのである。厳重注意は受けたが特に犯罪とかそういった事にはされず、とりあえず店側への謝罪と少しの賠償をする程度で済まされた。なので俺達は彼らを知っているのである。

 

『おう?アン時の血の気の多い少年たちじゃないか。奇妙な所であうよな』

 

 さて、まさかの邂逅に驚いていたウィンネルさんのすぐ後ろから声が上がった。見れば橙に近い色合いの赤毛をした中肉中背の男性士官が立っている。まぁウィンネルさんがいたなら居ると思っていた。赤毛の彼もまた、ドゥボルグで知り合った青年士官の一人。ウィンネルさんの同僚で友人であるバリオ・ジル・バリオ三等宙尉である。

 彼は保安局員という割には砕けた性格であり取っ付きやすい人であった。何せ俺達の事情を聞いて真っ先に気に入ったと宣言をかまし、厳重注意の後で飲み直しに誘ってくれるような人だ。知的な感じのするウィンネルさんと、ちょっと野性味感じるイイ男のバリオさん、丁度良い感じにデコボココンビである。

 この二人が合コンにいったらさぞかしモテルんだろうなぁ。おのれ…。

 

「バリオさんまで乗ってたんスか?」

『こいつとは腐れ縁だからな。何故か毎回配属先が同じなのは、もはや呆れを通り越して感動すら覚えるんだぜ?』

「運命の赤い糸か何か付いてんじゃないッスか?」

『おえ~、オレはフェミニストだからそういうのは女相手が良い。そんな訳でユーリ少年の後ろに佇む麗しいお嬢さん、何時かどうだい? 良い店を知ってんだ』

「アタシは高いよ?」

「それ以上にバリオさん。トスカさんは凄く良い女なのは同意なんスけど、下手な料理評論家以上に舌肥えてるから下手な店だと扱き下ろされるし、ザルを超えた酒豪だから、彼女を誘ったら給料の半分が酒代として一晩で消える覚悟がいるっスよ?」

『そりゃしがない公務員風情には、ちーとキツイぜ……トホホ』

 

 うんうん、0Gドッグと違って収入安定してるけど、その分取り分は少なめなのねー。

0Gはそういった意味じゃスゲェ博打な商売だしな。がっぽりとそうでない時の差が凄いもの。そんな事を考えていると、背後にゴゴゴって感じの気配を感じた!むっ!何ヤツ!?

 

「ちょいとユーリ?それはどういうことだい?」

「ああ!?ほっぺたひっぱっちゃダメッス~!!」

 

 振り返れば、そこにはお怒りのトスカ姐さん。伸びる手は確実に俺の頬をロックオンし、クローク力の限界に挑戦するかの如くにほっぺたを捻り上げる!

 い、いたいー!? マジで抓っちゃ――ら、らめぇぇぇぇええ!!

 

『ヒュー、仲良いなオイ。オアツイねぇ』

『なぁバリオ。これだと話が進まないから、ちょっと引っ込んでてくれないか?』

『へいへ~い。お仕事頑張ってねぇ~ウィンちゃ~ん』

『…………おい』

『あ、いや…調子こきました。すまねェ。オレこっちで真面目になるわ』

『そうしてくれ、頼むから……こほん、ええと失礼した。さて話の続きをしようか?』

 

 通信越しに空気が変わったので、俺もまた真面目な顔に戻す。ほっぺたは抓られたままなのが締まらないが気にしたら負けである。

 

『それで話なんだが、一応もう一度艦隊名を教えてくれないかな。もう一度確認の為に。助けてもらっておいて申し訳ないんだが、これも一応規則なんでね』

「はいはい。こちら白鯨艦隊ッス。んで一番でっかいのが旗艦ユピテルっス」

『……冗談だと思いたいが、これを見れば納得するしかないか。まさかユーリくんがあの白鯨艦隊のトップだったとは』

『へぇ、お前ら白鯨艦隊だったんか。まァあの戦力みたら信じるしかねぇかな?』

 

 艦隊名を告げたところ、ウィンネルさんは驚き、後ろに佇んでいたバリオさんは感心したように声を漏らしていた。

 

「あの……。俺らって有名なんスか?」

『そりゃ海賊食いの白鯨ったら一部じゃ有名な話だよ』

『海賊船を拿捕しまくって売るもんだから、中古宇宙船市場を暴落させつつあるって聞いたぞ? 一部じゃ中古キラーなんて二つ名も聞こえてくるしな』

「なんか響きが非常に嫌な感じなんスけど……?」

『『それだけ名声と悪名が響き渡ってるって事だよ』だな』

 

 異口同音で頷いてみせる宙域保安局の士官二人。

 それにしても新たな二つ名は中古キラーだって? しらないヤツが聞いたら、なんともインモラルな響きに捉われてしまいそうじゃねぇか。なんともはや。あまり欲しくはない称号を貰ってしまった時みたいな残念な気分である。

 

「ところで俺達はもう行ってもいいッスか? 旅してる最中なんスよ」

『うん、引き留めて悪かったね』

『ウチの艦隊が窮地に陥っていたところを救援してくれたのは確かだからな。エルメッツァの方でも白鯨艦隊は法に違反するような事はしてないし、むしろ航路の安全を脅かす海賊討伐とかで活躍してるって話じゃないか。むしろ規則とは言え引き止めて悪かったぜ』

「あ、いや。別に勝手にこっちが動いただけなんで」

 

 正直夢見が悪くなりそうだったからという非常に個人的かつ気まぐれな理由で助けたなんて言えない。ま、まぁこの宙域を管理している保安局にいい顔しておけば、いろいろスムーズに動けるって打算もあるしー。それでも引き止めて悪かったと謝罪を貰ったので思わず謙遜してしまうのがユーリ。中身日本人がなせる業である。

 

『まぁそういわないでくれ。こちらとしては救援に関して改めて君達にお礼がしたい。君達が“善意で行動してくれた事にしてくれようとしている”のに水を差すようで悪いが、此方としても助けてもらってそのままサヨナラというのは情が無い』

『カルバライヤ人は恩には恩で返すのが流儀なんだぜ?』

『バリオ。――とにかく、今でなくていいから、いつかブラッサムの宙域保安局を訪ねてくれないか? その時にでも礼をしたい』

『何か欲しいモノとかあったら考えておいてくれてもいいぞ? ある程度のレベルならお礼として考えてやれるからな。じゃあ良き再会を願ってるぜい』

 

 そう彼らは告げて通信を切った。あーらら、ウィンネルさんには打算でも動いていたのは御見通しみたいだったのね。一方でお礼がしたいとか……うむ、鉱山労働者が作り上げた国、ある意味チャールズ・ブロンソンだらけの国家、情実で動く彼らカルバライヤ星系人らしい物言いである。

 これが組織が硬直化しているエルメッツァ星間国家連合とか、合理性を重視するネージリンス星系共和国の連中だったら、ありがとうさようなら、そんなお役所仕事で終っていただろう。

 また行き先を考えてみれば、彼らからの申し出はある意味で丁度良い。いま乗っている航路を進めば、丁度彼ら宙域保安局がある星、惑星ブラッサムに到達する。元々保安局には惑星ムーレアに向かうため宙域封鎖を通してもらう交渉の為に寄るつもりではあったので一石二鳥である。

 

 ま、貰えるモノは貰いに行きましょうか。そう考えて俺は艦隊を再び航路に戻したのだった。

 

 




ああー、精神と○の部屋か、スペアポケット欲しい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第21話、カルバライヤ編~

2015/9/14

カルバライヤ製のフネに使われる装甲材にディゴマ鉱追加。


■カルバライヤ編・第二十一章■

 

 

 

 

「艦長、惑星ブラッサムに到着しました」

「うす、報告ご苦労さんッス。ミドリさん」

「宙域保安局……政府の組織のところにいくのかい?あんまり乗り気はしないねェ」

「でもこれがきっかけになれば、教授の行きたい星に行けるかもしれないッスからね」

 

 お礼について欲しいモノについてはここまでの航海中に考えてあった。即ち、封鎖されている惑星ムーレアがある宙域への進入許可である。

 いや、本当のところはお金だとか貴重鉱石だとかみたいな即物的な意見が一番多く意見として挙がっていたんだが、俺のところにやって来たジェロウ教授が、この件を利用すればムーレアに行けるネ! 今から研究が楽しみだヨ! と興奮気味に催促してきてくれやがりまして。

 

 今回の旅はジェロウ教授をムーレアに送り届けるのも勘定に入れてあるので、何時か行く気ではあった。教授はムーレアの古代異星人遺跡に興味津々らしく、既に行く気になっていらっしゃいます。

 正確にはどうしようと逡巡した途端、まさか行かないなんて事はないだろうネ?とダークサイドに染まったような視線で貫かれまして……はい、その睨みに負けました次第です。

 

「ユピはどうするッス? 今回は惑星に降りないでお留守番する?」

「いえ社会見学として艦長にくっ付いていこうかなァ。なんて思ってます、はい」

「お? ユピも来るのかい? それじゃあヘルガもだけどキチンとした歓迎会をしなきゃね。是非しよう。そうしよう」

 

 とりあえず今回俺と宙域保安局に行くメンバーを決めている最中、ユピに話題をふってみたのであるが、何故かトスカ姐さんが歓迎会をしようと提案してきていた。

 

「歓迎会ッスか? 良いッスねぇ」

 

 歓迎会か。一応彼女等の顔合わせを兼ねた歓迎会はフネの中でやった。

ただやはり陸と比べると艦内で行う歓迎会はやや違うので正式な歓迎会は陸についてからという意見が出ていたっけ。

 今回はユピとヘルガが加わった訳だし、惑星に降りる訳だしな。丁度良いかも知れない。

 

「それじゃフネん中じゃ味わえない程豪勢に、酒場の一室を貸し切りにするくらいの派手な宴会としゃれこうもうじゃないか!―――ほんじゃユピ」

「はい、トスカさん。なんでしょうか?」

「ブロッサムの一番デカイ酒場の予約、取っといてくれる?」

「わっかりましたー!」

 

 そして俺は昭和のコントばりにイスからずり落ちた。

 おいおい、歓迎会の主賓が予約する歓迎会って何さ?

 

「さぁて、楽しくなりそうだね」

「酒場行く前に仕事済ませてからッスよ?」

「わかってるさ!――ふふ、お酒お酒」

 

 もしもーし、口から銀色の粘液が溢れてますよー? タダ酒が絡むと途端元気になるんだからしょうがないなぁトスカ姐さんは。彼女の嬉しそうな様子に苦笑しつつも、接舷準備を進める俺たちだった。

 

………………………………

 

…………………………

 

……………………

 

 

―――惑星ブラッサム・宙域保安局門前―――

 

 さてさて、教授やユピやその他大勢を引き連れて、やってまいりました宙域保安局。彼らはこの宙域を取り締まる警察と軍を足して割ったみたいな組織である。

 保安局の門前に着いたのは良いが、目つきの鋭いいかにも軍人って感じの怖いオジさん達が目を光らせて見張っていらっしゃるので、俺はちょいと及び腰。

 

「ほらユーリ。自分から行くって言ったんだろ?はやく行け」

「んな事言ったって、なんか怖いんス~」

 

 思わずトスカ姐さんの背後に回ってしまうのは、シカタナイネー。

 

「だからって女性であるトスカさんの後ろに隠れるのはどうかとボクはおもうよ?男なら女の人より前に出ようよ」

「おんやぁ? ならアンタは後ろだね?」

「ボクは男ですトスカさん! それに艦長、キミすご~く目立ってるよ?」

「だってイネス。あの軍人さんを見てみるッス」

「うん?」

「あんなに肩をいからせて……凄い筋肉ッス……負けた……」

「いや肩パッドみたいなもんだろ」

「世紀末ひゃっはー?」

「意味が解らないけど、とりあえず艦長が想像してるのとは全然違うとおもうよ」

 

 んー、イネスも俺の扱いが上手くなったもんだ。トスカ姐さんとケセイヤ達のたくらみで女体化した時と、その後の取り乱しっぷりが嘘のようである。

 たしかに女性を盾にするなんて紳士である俺らしくない行動だった。自分の行動に反省しつつクルー達よりも前に出ようと一歩を踏み出し――

 

「誰かあっちで口論してるね」

 

―――踏み出そうとしたら門前の近くのフェンス付近で口論中の人達がいた。がーんだな、出鼻を挫かれた。別に前に出たとたん門兵さんから見つめられたのが怖かったからではない、断じてない。

 

「おんやぁ?あいつは、この間私をナンパしてきたバリオとかいう軍人じゃないか?」

「何を話してるんスかね?」

 

 バリオさんは此方には気がついておらず、もう一人の保安局の制服とは少し違う制服を纏った人物と口論を繰り広げている。その声は此方にまで聞こえてくるほどだった。

 

「いいじゃねぇか。もうそんなこたぁ言ってられない状況だろうが!」

「海賊退治はお前たちの領分だろう。我々が勝手に手を出す訳にはいかん!」

「だ~か~ら~! ちょっと回してくれりゃいいんだって。良いじゃねぇか減るもんじゃなしに」

「減るんだよ! 確実に! 戦力が! ……たく、もうお前とは話してられん。もう行くぞ」

「けっ、だからバハロスの連中はいやなんだ。勝手にしやがれ! コンチクショー!」

 

 そういってプリプリ怒りながら建物へと戻って行くバリオさん。

 なんだったんだろうかねぇ? 今の口論は?

 

「なんだったんスかね?」

「さ~てね。色々あるんだよ、色々」

 

 ま、多分だが近々海賊狩りの作戦でもあるんだろうさ。その為の戦力が欲しいんだろう。グアッシュ海賊団は本当に雲蚊の如く大軍だったからね。戦力はいくらあっても良いだろうから、他の部署の人間とまで掛け合っていた。そう見るのが妥当かな?

 

「んじゃ、ま。気を取り直して、とりあえず中に入るッスかね」

「そだね」

 

 ちょっと引っかかったが、あまり深く考えずに俺は皆を引き連れて建物へと入った。怖い顔をして門兵さんであったが、こちらが0Gドッグであることを証明する身分証を見せると、案外すんなりと中に通してくれた。怖いのは顔だけだったらしい。

 んで、受付にいくと、すぐに局内の一室に行くように指示された。言われたとおりにその部屋へ向かうとそこにはウィンネル宙尉達とその他が俺達を待っていた。

 

「ユーリくん、よく来てくれたね」

「ドでかいフネが大きな艦隊を組んで入港してくるって連絡があったから、もしやと思ってたが――やっぱりお前等だったんだな」

 

 出迎えてくれたウィンネルさんとバリオさんは歓迎の意を述べる。こちらも適当に相槌を打ちながら、彼らと共に佇むもう一人の男性へと視線を這わせた。

 その人物は此方が部屋に入った時からそれとなく観察するような眼を俺達に向けてきている人物であり、隙の無い佇まいから彼もまた生粋の軍人である事がうかがえる。 年齢は40代後半か50代、年季の入った皺が刻まれた顔に少しばかり疲れの色を浮かばせて……ああ苦労人の面だなこりゃあ。

 互いにチロチロと視線を交わしていると、こちらの視線に気がついたウィンネルさんが、ああと言いながらその人物のほうを腕で指し示しながら口を開いた。

 

「この方は我々の上司にあたる―――」

「シーバット・イグ・ノーズニ等宙佐だ。よろしくおねがいする。部下たちへの救援に関し、私からも感謝の言葉を送らせてほしい」

 

 ウィンネルさんの言葉を引き継ぐ形で自己紹介してきたその人物。シーバットさんはあの凸凹コンビの直属の上司にあたる人物だった。真面目そうな声色で宙佐は俺達に謝辞を述べた。

 

「いえ偶々通りかかっただけですよ」

「だからこそだ。今時の航海者は真っ向から海賊に立ち向かわない。正直度胸ある連中はめっきり減った。君達のように通りすがりに助けてくれる人間なんてまず殆どいないんだ。誇っていい」

「はは、買い被り過ぎですよ」

 

 はは、真面目な話。打算で助けた所があるからすこーしだけ胸が痛い。でも打算で助けると決めた以上は最後まで打算を通させてもらおう。

 

「実は、折り入ってお願いがあるのです」

「ほう何だね?」

「ムーレアへの通行を許可して欲しいんだヨ。わしの研究のためにナ」

「ムーレアに?……あ、貴方は!?」

 

 本題を切りだそうとした時、俺の言葉にかぶさって先に後ろから声が上がった。話を切って登場した第三者の声の方を見るシーバット宙佐だが、すぐにその顔に驚愕の色が浮かぶ。

 俺の背後から他の人を押しのけ、愛用の赤い杖を突いて現れたのは、元祖マッドサイエンティストで各分野で功績を残す偉人ジェロウであった。

 

「――あ、貴方はジェロウ・ガン教授!? なぜこのようなところに!?」

「彼らはわしの水先案内人なんだヨ。だから彼らと行動をともにしておル。宙佐、学術調査の為にも、宙域封鎖なんぞいう意地悪などせんと、何とか通過させてくれないものなのカネ?」

「それはッ――失礼しました。教授の名声はかねがね。私は保安局にてこの分室を任されている二等宙佐のシーバットです」

「うむ、ヨロシク。それで先ほどの話なのだがネ」

「はい教授、出来るなら名高き研究者たる貴方に我々も協力したいのです。決して意地悪などではありません。そうもいかない、のっぴきならない事情がありまして……」

 

 なにやら俺を無視して話が進んでいるが、要するに宙佐がいうには、あの封鎖している宙域の奥には航路を跨ぐようにして【くもの巣】なるグアッシュ海賊団の根城があるのだそうだ。

航路を脅かす海賊達、その砦となれば何度か排除しようとしたモノの、相手の方が勢力が大きく駆除しきれていない現状。

 おまけに保安局も就労者現象のあおりで人手不足なのがたたり、今では少数の艦隊で近くの宙域を封鎖するので精いっぱいだったのだそうだ。

 これ以上被害を出さない為にも、その宙域の航行は認められないということらしい。

 俺抜きで話を進める教授は、その宙域の先にムーレアの航路があるのだから、どちらにしても引き下がれないと議論は水平線になるかに見えた。

 

 ところで、俺さっきから会話に参加できないし帰っていい?

 

「良いじゃないですか、宙佐。丁度良いから彼らに協力を頼みましょうよ」

「彼らに?まさか例の計画にか?」

「ええ、彼らの戦力は強大です。ザクロワの連中にもツラは割れて無いですしね」

「何を言ってるんだバリオ。0Gドッグとはいえ彼は一応民間人だぞ。彼らを巻き込むなんて無茶だ」

「しょうがねぇだろう? バハロスの国防軍の連中も当てにならねぇんだ。もうそんなに時間も無い。それにこいつらの力はあの時に間近で見たじゃないか。力ある者に協力を頼んでみて何が悪いのか言ってみな」

「う……む」

 

 俺抜きで話が盛り上がっているところ恐縮なんですが、途轍もなく厄介ごとの予感がするんで頼まれても御断りさせてもらえないでしょうか。

 あと、そこで引き下がるなよウィンネルさん。何こっち見て思案顔してるんスかッ? そんな時折呟くように『彼らの戦力なら』とか『0Gドッグは傭兵も兼ねることも…』とか不吉なこと言わないでくださいよ! いい加減泣くよホントに!!

 真面目過ぎて懐柔されつつある青年士官に若干ジト眼を送りつけようとした矢先。シーバット宙佐がこちらの方に向き直ると口を開いたので、ジト眼を向けるのは諦めた。むむむ、出鼻をくじかれた気分である。

 

「一つ聞きたい」

「はい、なんでスかシーバット宙佐?」

「現在グアッシュ海賊団の戦力はバカに出来ないモノとなっている。この状況で通行を許可したとして、君たちは自力でムーレアまでいけるのかね?」

 

 宙佐はジッとこちらを見つめてきた。どうやら試されているな。

 

「元よりそのつもりです。これまでも海賊相手なら食い荒らしてきましたから」

 

 なので、俺は獰猛な笑みを浮かべてそう答えた。ぶっちゃけハッタリである。なんか試されているのだから、ここで出来るというのが男というものである。別名バカ。

 もっとも事実上、俺達の活動資金の内7割は、海賊団の皆様が持参してくれる装備一式を売り払った金で賄われている。ホント大食いなんだよね、白鯨なだけあってさ。

 

「そうか、それならばよかろう。私から封鎖線を通れるように許可を出しておく」

「宙佐、いいんスかそれで!?」

「仕方あるまいバリオ君。進んで我々に協力してくれるなら兎も角、今の彼らにそのつもりはないようだ。私は民間人を巻き込むのは好かんよ」

 

 どうやら通行許可が出る方でまとまるようだ。上司に言い竦められてバリオさんも小さくなっている。ふむ、まぁ保安局と争わずに済むなら良しとしよう。

 

「ユーリ君だったかな?気をつけて行きたまえ。あとくれぐれも無茶しない様に」

「了解です。感謝します宙佐殿」

 

 それだけ言うと俺たちはさっさとこの場を後にした。それにしてもバリオさんが言っていた計画か、何なのかがちょっち気になるなぁ。キナ臭い感じもしないでもないけどさ。

 

 まぁ、とりあえずムーレアへの通行許可は貰えたので後は休息のお時間だ。そんな訳で歓迎会に参加するまでをダイジェストで表してみよう。

 

 

「うー酒場酒場ァ」

 

 いま保安局を後にした俺は、0Gドッグをしているごく普通の男の子。強いて違うところがあるとするなら、何故かこの小マゼランでは手に入らない超戦艦を持っているってことかなー。名前はユーリ。

 そんな訳でトスカ姐さんが提案していた、ユピとヘルガの歓迎会の為に予約した酒場へとやってきたのだ。

 

 ふと見ると酒場の前に沢山の男たちがたむろしていた。ウホッ、全員部下……そう思っていると、部下たちは俺が見ている前でいきなり胸元を開き財布を取り出し始めたではないか。

 

「「「(歓迎会を)やらないか?」」」

 

 そういえばクルー達は皆宴会飲み会大好きな飲兵衛だ。楽しいことに弱い俺もホイホイっと財布を徴収し、酒場の中についていっちゃったのだ。こいつらは宴会も飲み会もやりなれているらしく酒場に入るなり俺に会計を押し付けていた。

 

「いいのかい? ホイホイ来てしまって? 俺たちは関係なく大騒ぎする人間なんだぜ?」

「はぁ? お客様とりあえず先に会計おねがいしまーす」

 

 うぐ、そうか。このネタをこの世界の人がしるわけねぇわな。

 俺はイソイソと会計をすませて歓迎会をしている酒場の奥の方へとむかった。

 

 

 まぁそんな感じだ。何がと言われても困るが。

 そんで、なんだかんだで暇なヤツはほとんど歓迎会に集合していた。流石に数が多いので複数の部屋に分かれての半分宴会と言った感じだ。それでもすでに呑めや歌えの大さわぎがここまで聞こえてくるほど活気がある。良いことである。活気があるフネは良いフネなのだ。

 

 ちなみに主賓であるユピとヘルガが居る部屋に参加するのは俺や何時もの主要メンバーは当然なのだが、他のクルーたちにとっては大変だったらしい。

 なんでもクルー達は何時の間にか歓迎会への参加チケットを刷っていたのだ。特に主賓と一緒になれるチケットは人気が高く、他のとは別格に高額で取引されていたくらいである。

 

 しかし当然ながらチケットの数は有限で、主賓部屋に参加できない者たちが出てくる。その所為か主賓部屋に参加したいからか、チケットが元でクルー同士のケンカが起きかけたので艦内レクリエーションを兼ねてチケット争奪戦が勃発。生活班、戦闘班、整備班問わず様々な人間が参加し、チケットを巡っての闘いが行われていたそうだ。

 

 尚、俺がその事を知ったのは、宙域保安局を出てからであり、つまり俺達がいない、経ったの僅かな間に起こった出来ごとだったのだ。まったくバカと言うか何と言うか。愛すべき素晴らしくもアホなクルー達だよホント。

 そんな訳でここに参加している連中は全員チケット争奪戦を勝ち抜いた猛者たちである。凄いのは、それだけの争奪戦だった癖に、男女半々の班員も均等に参加という、ある意味奇跡に近い数字となっている事だろう。

 

 まぁ、それはともかく、会計を終えた俺も参加させてもらおうじゃないか!

 

「おお!艦長のご到着だぜ。部屋はこっちですぜ! さぁ行きましょう!お~い、みんな!」

「「「先におっ始めてま~す!」」」

「「「ゆっくりしていってね!」」」

 

 クル-の一人が俺を見つけて貸し切りにした酒場の一室へと案内してくれた。既に歓迎会と言う名の宴会が始まっている。みんなお祭り騒ぎは大好きだモンな。下手に堅っ苦しくない俺達流の歓迎会って感じだろう。

 艦隊で一番偉い俺は主賓席の一番近い席へと座らされ、主要クルー達もそれぞれ主賓席にほど近い場所に座っている。俺は近くのグラスを手にし、一杯煽った。

 

 どんちゃん騒ぎなのだ。素面でいる方が失礼だるるぉ! たのしいたのしいどんちゃん騒ぎ。もうだれにもクルー達を止められないぜ。でもバケツで水をかけるのだけは簡便なッ!

 

「トーロさん!乾杯のおんどおねがいしま~す!」

「え!ったくしゃ~ねぇ~な。おいマイク貸せ!」

「ほいどうぞ!」

「あ~、俺は難しいことは言わねぇ!今日は歓迎会だ!大いに騒いで新しい仲間が加わった事を祝おうじゃねぇか!!ヘルガ!ユピ!ようこそ我らが白鯨艦隊に!!カンパ~イ!!」

 

 

「「「「「「「「「かんぱ~~~~~~~~~いっ!!!!!!!!」」」」」」」」」

 

 

 そして大合唱の如く、部屋の中で乾杯の声が上がったのだった。

 

 その後はみんな思い思いに呑み始め、仲間内が良いのか適度に同じ系統のグループを形成していた。俺は俺で、適当に少し飲んだ後、それぞれのグループを回る事にしたのだった。

 

 

***

 

―――マッドグループ―――

 

 さて、最初に来たのはサナダ、ミユ、ケセイヤのマッド三人衆+ジェロウのマッドのグループのところだ。四人もいるんだから、もうマッド四天王でいいんじゃないかなぁとか思ったりしている。

 とりあえず、なんとなく近かったから先にこっちに来た。特に他意は無い。

 でもどうやら何かについて話し合っているようなので、すこし聞き耳を立ててみた。

 

「つまりはシェキナみたいなHLとかのエネルギー系の火器だけじゃ不安だと?」

「そう言う事だネ。この先もしかしたらAPFSが非常に強力なフネも出るかも知れない」

「成程、一理あるな。ミサイルも数えるほどしか積んでいない訳だし。ふむ、なぁケセイヤよ」

「なんだよサナダ?」

「ユピテルかアバリスに大型のレールキャノンを搭載出来ないか?」

「う~ん、着けるとなれば徹底的な大改造が必要になるぜ?あと問題もあるよなミユさん?」

「ええ、レールガン系は距離が開くとどうしても命中率が下がってしまう。それに実体弾だから弾切れも起こるし、砲身の冷却機能がキチンと作動しないと、砲身ごと融解する事もありうる」

「資料で見させてもらったVBクラスの小型キャノンならともかく戦艦用の大型キャノンだと、命中率の問題が出てくるのがネックだネ。だけど、一考する価値はあると、わしは思うヨ」

「ふむ、とりあえず科学班は設計をしてみよう。教授も手伝ってもらえませんか?」

「いいよ。わしが言いだしっぺだからネ。たまには息抜きがてら考えるのも一興だヨ」

「それじゃ、設計はサナダにまかせっとしてだ。ミユさん、新しく入った素材関連の情報なんだが――」

 

「「「「ケンケンガクガクウマウマシカシカ」」」」

 

 は?斥力場を?……エネルギー縮退?……相転移理論? 何のことか全然解らん。

 ダメダこりゃ、素人は会話の中の入れないぞ。しばらく放置するしか無いな。別に学が無いわけじゃないんだが、流石に専門的過ぎて連中の会話についていけねぇよ。

 つか酒の席で話す内容じゃねぇ。仕方なしに、この場を後にするしか無かった。

 

 

―――生活班グループ―――

 

 さて、こちらは白鯨艦隊の屋台骨を支える生活班の人が集まっているグループ。

 さっきのマッド連中と違い、その会話の内容は、比較的ホンワカとしたのんびりとした内容のモノが多い。戦闘とは直接関係が無い部署だからかもしれないな。

 もっとも、戦闘中でも彼らは雑務を止めることが無いから、日常こそが戦場何だろうけど。あ、ウチの義妹さまもここの所属ですよっと。

 

「ん~、やっぱり発泡酒系には、腸詰が合うねぇ」

「お姉ちゃん、おじさん臭いよ~。そんなんじゃ貰い手がいなくなるよ~?」

「生意気言うはこの口かい~?ほれビヨ~ンと」

「いらい!いらいよ~!」

 

 エコーさんとアコーさんが仲睦まじくしてるねぇ。でもエコーさんはレーダー班だからグループ的には違うはずなんだけど……まぁ二人は姉妹だし、一緒に居てもなんらおかしいところはないな。

 

「ほら、もっと呑みなよエコー」

「お姉ちゃ~ん、私そんなに飲めないよー」

「あ゛あ゛?あたしの酒が飲めないってか?」

「ひーん、のみますー」

 

 どうやらアコーさんは酔い始めているらしい。普段の温厚さはどこへやら。肉親の妹相手にアルハラの真っ最中。

 ここは不用意に近づかないのがグッドだ。巻き込まれたらどうなるか解らんからな。俺は音を立てずに静かにその場を後にする。後ろから“もうむり~らめぇ”と聞えたけど、キニシナイコトニシタ。

 大丈夫、最近の薬は二日酔いに超効果ありだから、サド先生に処方してもらえばいいよ。

 

 

 

 

 さて、この後も色んな所を回る。機関室系や整備班、砲雷班のとこも見て回った。

 

 それにしても機関長いつのまにSYOUGIなんてゲーム持ちこんだんだろう? あれって将棋のことだろ? この時代から見れば古代の代物がよく存在していたもんだ。

 何時の間にかSYOUGIの対戦で勝ち負けを当てるトトカルチョが成立している。親の総取りみたいだったけど、親のトスカ姐さんスゲェ儲けだろうなぁ。

 

「か、艦長!」

「ん?あ~ユピッスか。どう?楽しんでるッス?」

 

 最近宴会で恒例となっている、クルーのイケ面連中の裸踊りを見て爆笑していると、本日の主賓の一人であるユピから声を掛けられた。どうやら彼女もそれなりに呑んでいるらしい。顔にほのかに朱がさしている。

 となり良いですかと言われ、良いと答えたので彼女がとなりに座った。今日は彼女の歓迎会でもあるので、俺が酌をしてやると恐縮されてしまったぜ。

 

 まぁ一応この艦隊のトップでAI上位命令系統のトップでもあるもんなぁ俺。

 そんな相手からお酌されれば、そりゃ恐縮位するか。

 

「はいはい、いまは宴会、無礼講ッス。スマイルスマイル!」

「え!?は、はい!スマイルですね!に、にぱ」

「いやいや、笑顔作れって訳じゃないんスけど。まま一杯」

「こ、これはどうも」

 

 まぁ無礼講と言ったって、すぐには難しいだろうなぁ。向うで何人もの酒飲みを沈めているルーべと対決中のヘルガと違って。機械の面が強いヘルガ相手だと生身のユーベには少々キツイかな?

 

「ユピ。身体を持って酒を飲んで騒ぐという体験は面白いッスか?」

「はい、ソレはもう。今まで解らなかった経験が、ドンドン詰まれていきます」

「ふんふん、成程。それも良い勉強スね」

「それと、なんかお酒を飲むとフラフラするんですね。皆さんが飲みたがるのも解ります。この感覚はなかなか気持ちのいいモノがありますし」

 

 ケセイヤ、どんだけ凄いの作ってんだ? 酒に酔えるロボなんて、それどこのドラえ○ん? それともアナ○イザー?

 

「ま、ほどほどにッスね。飲み過ぎると、二日酔いという恐ろしい病気が待っているッス」

「二日酔いですか?」

「ユピが掛かるかは微妙ッスがね。人間だとマジでヤバい。思考が定まらなくなるッス。そして頭痛も地味に辛い。まぁ簡単に言えば仕事能力の低下ってとこッスかね」

「それは怖いです。気をつけます」

「それにフネが二日酔いとか洒落になんねっスからね」

「くすくす、なんですか?それ」

 

 ユピは笑っているが俺としては二日酔いは冗談じゃない話だ。艦長の判断能力の低下、それ程恐ろしいもんはない。俺なんて絶対に二日酔いになるまで呑まない。

 お陰でちょいと詰らないのだが、まぁ致し方なし。

 

「それじゃ、新しい仲間に」

「乾杯」

 

 グラスを傾け新たな仲間を祝して乾杯したのであった。

 

「あ、あそこで二人だけで飲んでるんじゃよー、と」

「「「「「何だと!?」」」」」

「行くぞお前らじゃよー、と!」

「「「「「おうよ!!」」」」」

 

≪どどどどどどどどどどどどどどど!!!≫

 

「ちょっ!お前らくんな!やめい!」

「そ、そのてにもったジョッキはなんですかー!!!」

 

 ブリッジクルーは元より、その他のグループからも沢山人が押し寄せる。

 その姿に遠慮は見えない。絆によってつながれた家族であり仲間。ソレが俺達だ。

 

 だけど―――

 

「「「「もっと呑めや艦長―――!!」」」」

「もうむりじゃーーーーー!!!」

 

―――無理やり酒を飲ますのは勘弁して欲しいぜい!

 

 

***

 

 

「あ゛ぁぁぁぁ――――あたまイテェ」

「調子にのってのみ過ぎだよユーリ。ホレ薬」

「いや、のまされたって感じなんスが。あんがとっス」

 

 さて、歓迎会が終わった後日、俺達はガゼオン経由の航路へと戻り、一路ムーレアを目指してブラッサムを後にしていた。若干頭が痛いが、二日酔いの薬のお陰ですぐに収まることだろう。

 そして、航路を進み、現在宙域封鎖が為されていた航路を進んでいるのである。すでにメインホロモニターには、宙域を繋ぐ航路を塞ぐように展開する上下二列前後二列の複縦横陣を組んだ艦隊が投影されていた。

 こいつらがここを封鎖しているお蔭で獲物は逃がすし、色々と遠回りしなければならなかったので、ちょっと恨みがあったりするがそれはそれ。彼らも軍人らしく憎まれ役をしているのだから、文句言おうにも言えねェや。

 

「艦長、宙域封鎖されている座標に到達しました」

「さ~て……あの宙佐が約束を守るのか見物だね」

「守るんじゃないッスか? じゃなかったら強行突破するだけッス」

「うん? アンタまだ酒が抜けて無いね。政府連中と争うと後が面倒だよ?」

「ありゃ? あれま速いとこアルコール抜けて欲しいッス」

 

 俺より遥かに飲みまくったトスカ姐さんに指摘されて頭を振る。というか、なんで姐さん平然としてるんです? 俺の倍以上飲んでましたよねこの蟒蛇というかザルめ。

 でもそんなことを口にしたら明日の朝日……宇宙だから朝日はないか、明日の太陽が拝めなくなっちまうので心の内だけで呟くだけにとどめておく。俺だって命が惜しい。

 

 なお、宴会で俺と共に結構飲んだはずのユピも影響は出ていない。やっぱりナノマシンの集合体だけあって薬物耐性は高いらしく平然とした顔で俺の後ろに控えている。うらやましい限りである。どうにも生理現象だとしても二日酔いは勘弁してほしい。

 

「宙域保安局の艦隊から入電“ハナシハ キイテイル ソノママ トオラレタシ”以上です」

「通信じゃなくて電文ねぇ?以前の警告は通信だった癖に、古風と言うかなんて言うか」

「まぁ様式美みたいなもんでしょうけど、とりあえずお言葉に甘えるッスね」

「封鎖宙域を通過します。警戒態勢は続行」

 

 此方が加速を始めると、宙域保安局の艦隊もそれに呼応してか、上下に別れて移動し航路を開けた。規模的には数十隻程度の艦隊の間を26隻の艦隊で通過する。しっかし考えてみると、これだけ数があっても海賊の流出を防ぎきれていないってワケ何だよな。

 この先、少しは警戒した方が良いかもしれないな。ココからは、普段のカルバライヤ航路よりも敵が出るだろう。俺は警戒を厳にすることを指示し、そのまま艦を進ませたのだった。

 

……………………………

 

………………………

 

…………………

 

 宙域封鎖された座標を通過後、しばらくは何もなかった。予想されていた海賊艦隊の襲撃もなく、宇宙は静かに凪いでいて、そこをただ通過するだけだった。

 てっきり丸出しの駆逐艦艦隊を狙って、宙域封鎖されたあたりを通過したら通常の十倍くらい敵との遭遇があるかと思っていたが、どうやら海賊も宙域封鎖している宙域保安局の戦力に近寄りたくはないらしい。

 

 おかげで順調な進みを見せているが……ぶっちゃけヒマである。そんな時、ブリッジ内に航路上で何かを発見した時の警報が鳴り、俺はようやく出番が来たかと、戦闘指揮を行うために居住まいを正してコンソールに眼を向けた。

 艦隊を先行する早期警戒機(AEW)型のVFから齎された情報は、駆逐艦艦隊を経由して旗艦にもたらされる。後はそれを解析し、オペレーターのミドリさんが報告するのを待つだけだ。

 さぁどんな敵が来たのかなー? 海賊本拠地に近いんだから、それなりの数がまとまって来てくれれば金になるのだが……。そう思っていた俺に来た報告は、ちょっと当てが外れたものだった。

 

「艦長、早期警戒機が救助信号を探知しました。現在艦種特定中」

「救助信号? 海賊のテリトリーの中なのに?」

「艦種特定、カルバライヤのククル級型の民間船です。発信源は針路上ですが、いかがしましょう?」

 

 上がってきたのは民間船発見の報告、それも救助が必要なヤツだった。

 ククル級か、確かカルバライヤでは要人送迎にも使われる豪華客船だったな。全高がやや厚めのスプーン型船首構造を持ち、全体的にはもっさりした片手持ちスコップのような形状をしている。スコップと持ち手の中間にあたる部分から二つのウィング型スタビライザーブレードが船体真下に向けて伸びているのが特徴的だ。

 このフネはカルバライヤ系のどのフネにも言えることだが装甲が厚く耐久性があるからか、狙う労力の割に割に合わないと海賊に襲われにくいと聞いたことがある。

 

 だが流石にグアッシュ海賊団みたいに集団で来たら為す術も無かったようだ。周囲には護衛のフネらしき残骸が浮かび、ククル級自体も酷く損傷して機能を停止しているようにも見える。救難信号を発せられるあたり内部に損傷は少ないのだろうか?

 

 しかし、海賊のテリトリーに入って一日。俺達はまだ海賊に遭遇していないが、目の前のククル級は罠の可能性であることも考慮しないといけない。なにせここに来るまでの航路は封鎖されていたのだ。封鎖されていたにも関わらず居る客船とか怪しすぎるだろう。

 

 だが、もしかしたらどこぞの航路から流されてきた可能性も捨てがたい。航路ってのはそこしか通れないって訳じゃなく、あくまでも障害物や重力干渉が少ない空間の隙間を指す。通常の宙図に表示される航路はあくまで公海上の航路でしかない。

 だから外様には知られていない支流みたいな航路も幾つか存在しているのだ。たまに海賊とかも掟破りの地元走りみたいに支流に逃げることもあるからな。どこかの支流に入り込んでここまで流されてきた可能性も……ない事はないな。うん。警戒はしよう。

 

「一応、警戒しつつ前衛のK級を救援に向かわせるッス。あー、それとミドリさん、ルーインさんに連絡いれといて。もしかしたらEVA(船外活動)いるかもしれないッスからね」

「はい艦長」

「それとストールは砲撃準備。リーフとイネスは最悪の場合の回避ルートの設定。トクガワ機関長はエンジンを最高の状態に。ユピは、無人艦を含めた各部署の調整を頼むッス。ほいだば皆さんお仕事ッスよー」

「「「アイアイサー」」」

 

 各所に指示を下し、あとは結果をご覧じろである。少しして再び先を進む駆逐艦艦隊から連絡が入る。表示をしてあるホロモニターを見るとガラーナK級突撃駆逐艦を示す光点が救助信号を発しているフネを光学映像でとらえられる位置まで接近するところだった。

 

 接近した駆逐艦から送られてくるデータがこちらのモニターにも届く。ユピが気を利かしてか、メインホロモニターに拡大投影して状態を映してくれた。信号を発していたフネは、やはり戦闘によって大破させられたらしく、各部損傷していた。

 

 外面は殆どがボロボロになるくらいに破損しており、特に推進機まわりの損傷が激しいことから、エンジン回りを狙い撃ちにされて航行を停止してしまったのだろう。

 こんな状態でも救難信号を出せるのはさすがはカルバライヤ製、無駄に頑丈な造りをしているフネばかり作る御国なだけはあるな。

 

「エコーさん、周辺に反応は?」

「今の所~、3次元レーダーにもー、空間ソナーにもー、全く反応が無いわ~」

「やはり自力でココまで流れて来たのか? だとしたら、なんて言う幸運なフネだろうねぇ」

「うーん、海賊に襲われた時点で幸運じゃないと思うッスけど」

「揚げ足とるんじゃないよ」

「アイテッ!? つねらないでッスー!」

 

 まぁそれにしても、念のため調べておくことにした。まずは安全の為に輪形陣を組む。ピケット艦代わりに駆逐艦たちを球状に配置してゆき、さらには全艦から艦載機を発進させさらに警戒を厳にさせた。

 その後、護衛の艦載機と共にEVA班とVE-0《ラバーキン》を発進させる。作業用のラバーキンには装甲溶断用のレーザーカッターや素粒子放射機が装備されている。恐らく攻撃で歪んでしまった外壁のハッチは開かないので、これでこじ開けるのである。

 

 ラバーキンがククル級の外壁に取り付き、ハッチをこじ開けてEVA班と保安部員たちがククル級内部に入っていく。後は探索待ちであり、敵さんが来なければ、あるいはトラップでも仕掛けられていなければ特に筆舌すべきことはない。

 強いていうなれば、内部も結構ボロボロであったという報告が来たことか。救難信号が送られてくるから内部は無事かとも思ったが、どうやらバイタルパートの一部を残してほぼ無酸素状態になっているらしい。宇宙服を着ていないと生存は絶望的であろう。

 

 その後、少しして中に突入したルーイン達から連絡が届いた。曰く生存者がいた、との事。その生存者は主電源が落ちた事で薄暗く、また重力井戸も停止して無重力となった通信室のコンソールにしがみ付く様に倒れていたらしい。一見死体かと思っていたら近づいた途端に動いたらしく、若いEVA員の一人が漏らしかけたとかなんとか。

 若い野郎が漏らしたかどうかなんてのは正直どうでもいい。続報では生存者は長時間オキシジェンジェネレーターがほとんど停止し、淀んだ空気が漂う部屋に放置されていた為に大変衰弱しており、現在応急処置をされながら至急医務室へと搬送される運びとなったそうだ。

 

 あれま、本当に生存者がいたよ。表には出さないが内心驚いていた。同時に、安全の為とか言って遠距離から砲撃処分とか命令しなくてよかったと思った。

 まぁ俺達が調べなければいずれは補助電源もダウンして完全にオキシジェンジェネレーターも停止するだろうから、近いうちに窒息するか、あるいはAPFシールドの停止に伴う宇宙線の被ばくか、もしくはデブリの衝突などにより生身で宇宙に放り出されるか。

 いずれにしても、俺達が見捨てていれば、あまり良い死に方はしなかっただろう。そう言った意味では運がいい生存者である。

 

 その後も、トラップの可能性がないかを内部スキャンなどを使って調べ上げた。結果はシロ、この客船は本当に海賊にやられたものだと判明した。同時に、生存者は先ほど見つけた人以外は見つけられなかった。海賊め、ヒデェことしやがる。

 

「さて、少し時間を取られたけど【くもの巣】まで後どれくらいっスか?イネス」

「作業中、こちらも少し流されたからな。宙域保安局の出している航路情報と犠牲者のフネとの相対速度を元に計算すると、現在の座標からあと1日もしない距離だろう」

「ふーむ……念のために早期警戒機(AEW)を出しておいた方が良いかも知れないッスね」

「まずは情報ってかい? 何だか女々しいねぇ」

「石橋は、叩いてナンボッス」

 

 トスカ姐さんが両手を上げて呆れる仕草を見せるが本気ではないだろう。白鯨艦隊の戦力なら、どんな敵にだって負けないと俺は信じている。だが所詮は力も使い方如何でどうにでもなってしまう。慢心一つするだけで全滅の憂いにあうのは古今東西繰り返されてきた。

 とまァ、ご立派な御託を並べてみたが結局のところ俺が臆病なだけである。宙域管理局に啖呵切ったのに臆病なのかって? それは、そのう、その場のノリというのに流されまして……。

 

 とにかく、これから戦闘は確実に起こるのだから、それに対する準備は必要なのである。そういう事にしといてつかぁさい。

 

「ミドリさん、ケセイヤに言って電子戦仕様の偵察機に増速ブースターを準備させといてくれッス」

「アイサー艦長」

 

 とりあえずケセイヤさんに頼んで偵察機を出撃させる事にした。念のため機種は電子的ステルスが可能なRVF-0にするように指示しておく。RVFはVFの背中に電子戦が可能な装備を取り付けただけの代物である。姿としてはVFの背中に可変式のレドーム、映画なんかで電子戦機とかが背負ってる回る皿みたいな奴を積んでいる。

 

 こいつは運動性が通常機よりも若干悪く、武装もレドームが邪魔になって通常装備しか装備出来ない制限があるが、エンジン回りを強化する事で機動性は高く、また万が一見つかっても今回取り付ける増速ブースターで逃げ帰れるだろう。

 

「偵察機、発艦します」

「出来れば良い報告を期待するッス。……出来ればね」

 

 さて、偵察機が帰ってくるまではあまり派手に動かない方が良いだろう。俺は旗艦ユピテルを中心に範囲広めの球状輪形陣を取るように指示をだし、同時に各員交代で監視を行うようにした。後は偵察機が戻るのを待つだけだ。さて、どうなるかな。

 

…………………………

 

……………………

 

………………

 

―――33時間後―――

 

 一日どころか一日半以上かかって、ようやく偵察に出した機体が艦隊の元に帰還した。

 電子戦装備のお蔭か、かなり近づいたにも関わらず、敵に気がつかれることなく偵察を達成できたことに安堵したが、偵察機が持ち帰った情報には素直には喜ぶ事が出来なかった。

 

「ふ~む、この画像を見る限り、巡洋艦クラスのバクゥ級が40隻以上、駆逐艦クラスのタタワ級が100隻以上、おまけに幹部用の通常と異なる艦が数十隻以上。さらにはくもの巣に配置された各種両用砲の数プライスレス。こりゃあ、まさに要塞ッスね」

「解析の結果なのだが、殆どの艦がカスタマイズを施されたアッパーバージョンに相当する事が判明した。さらに、これを見て欲しい」

 

 解析を行ってくれたサナダさんがコンソールを操作すると別の画像がホロモニターに投影された。モニターに映ったのは先ほど【くもの巣】を映した時に見えた幹部用と思わしき艦船である。

 

 これは知っている。バゥズ級だ。

 データによれば原型はカルバライヤ軍が開発し運用している重巡洋艦で全長630m、全幅190m、全高90mある大型艦。戦艦並みの火力と艦載機搭載能力を持ち、カルバライヤ宙域で採掘されるディゴマ鉱という特殊鉱石を混ぜて生成される、ディゴマ装甲も合わさって比較的高い防御能力を持つ。

 そのバランスの良さから、軍では輸送船の護衛から周辺宙域の巡視まで幅広く使われている。外見はカルバライヤ製駆逐艦のタタワ級の発展型。もしくは首を伸ばした翼のないワイバーンといった感じだろうか。

 

 んで、このフネの何を注視すればいいのかね?

 

「このフネはカルバライヤ軍で使用されている重巡洋艦であるバゥズ級と呼ばれるフネだと判明した。問題はこのフネに装備されている武装なのだが、ちょっと解り辛いだろうが、よく見て欲しい。こいつをどう思う?」

 

 サナダはそう言うと、コンソールを操作して画像をアップにした。あんれま、装甲板に大きな穴が開いていて、その下をぶち抜いて柱みたいなのが飛び出してるよ。

 場所的にはミサイル発射管がある部分で公式のバゥズ級ではVLSか小型対艦ミサイル発射口って事になっているが、あれ明らかに小型じゃないんだけど?

 

「すごく……大きいです」

「その通り、それも不釣り合いに大きい。これは元々の設計にはない状態だ」

 

 あれま、思わずネタに走ったのに普通に返されたわ。じゃなくて、海賊のバゥズ級の装備についてだ。ホロモニターに投影されたそれは、通常のVLSやミサイル発射管よりも数倍は大きい穴、おそらくはVLS用の発射口だろう。

 それが片舷に3門。両舷合わせて6門の巨大発射口がある。船底突き破っているあの柱みたいな奴はミサイルの発射筒だったのか。これはまた随分と無茶な改造だ。VLS発射筒と思わしき円筒が船体を貫いて露出している。

 これレーザーがAPFシールドを貫通したり、実体弾の直撃を受けたら誘爆しちゃうじゃん。最大の武器が最大の弱点じゃないかコレ?

 

「この機動性を捨てたバゥズ級はおそらく【くもの巣】を守る守備艦だろうと推測される。見て解るとおり元の設計にはない大型ミサイルを無理やり搭載したらしい。これは弾頭にもよるが例え通常弾であってもかなりの攻撃力があると科学班はみている」

 

 うわぁ、どうしよう。俺の中で損得勘定がグルグル回ってるぜ。なんせ見える限りで200隻もいるんだぞ。小惑星をパイプで繋げて文字通り蜘蛛の巣みたいなところだから、格納ドッグも沢山あるだろう。見えるだけが全戦力な訳がない。

 おまけにあの大型ミサイル搭載の重巡。見えているだけで数十隻いるのだ。2百~3百発以上の大型ミサイルの雨とか悪夢だろ。そんなの喰らったら蜂の巣どころか剣山にされちまうよ。デフレクター使っても破られてアボンってなもんだ。

 

 こりゃあ悔しいが今回は戦う前に引くしかなさそうだな。流石の空間通商管理局も失ったフネは補填してくれないし、戦力が足りないのに突っ込むのは得策じゃないだろう。

 そりゃあ、シーバット宙佐やバリオさんらに啖呵切っといて引くのはシャクではあるが、やはり安全に勝てないのなら挑むべきじゃねぇ。命を懸ける場面はこんな海賊風情相手に使っていいわけじゃないしな。

 それに保安局側も色々と俺を試している節がある。俺が頭下げるだけで少ないとはいえ戦力を貸してもらえるのなら、土下座でもなんでもしてやるさ。あ、焼き土下座だけは簡便な。

 

「仕方ないッス。今回は一度引くッスよ」

「ま、しょうがないね」

「良い判断だと思います艦長」

「数十隻くらいだったら、無傷で撃破してやるんだがなぁ」

「1000隻はいかねぇだろうけど、あの分じゃ数百隻はいそうだしな」

「急がばまわれでしたかな? 引くことも勇気ですじゃ」

 

 他のブリッジメンバーの呟きは、おおむね引くことに賛同のようだ。流石に敵さんの規模を考えて皆も考えてくれているのだ。彼らに心の内で感謝しつつも、俺は現状把握の為にこの場に来て頂いて、ずっと黙ったままだったジェロウ教授に向き直り、頭を下げた。

 

「教授。悪いんスが、もう少しムーレア行きは我慢して欲しいッス」

「仕方ないネ。幾ら研究がしたくても死んでしまっては意味が無いヨ。なに、まだ時間はあるから、何か別の方法を考えることとしよう」

「貴方が合理的に、物事を考える方でよかったッス」

「わしとて人間。研究が終わる前に死にたくも無いしネ。待つのは得意なほうじゃヨ」

 

 こうして敵の戦力分析の結果、一度撤退することとなった。後ろに向かって全速前進である。各員がそれぞれの仕事を再開するのを見ながら、俺も反転180度、帰還の途につく指示を出そうとしていた。

 その時、ミドリさんから呼出が掛かった。なんだろう?

 

「艦長、医務室から連絡です。リアさんが話したいとの事です」

「リアさん? 誰ッスか?」

「艦内時間で34時間前に大破したククル級から救助され、現在医務室に収容されていうる女性です」

 

 どうやら救助した人が目を覚ましたらしい。医務室にいたリアと言う人が、俺と話したいのだという。感謝の言葉でも言われるのかな?

 

「解ったッス。ユピ、通信開いてくれッス」

「アイサー、医務室とつなぎます」

 

 ユピがフッと目をつぶりフネのシステムにアクセスした。相変わらず彼女のナノマシンが輝く文様は綺麗なもんだ。ユピはフネと直結した電子知性妖精だからこんなことが出来るんだよな。

 そんな風にユピのどこか幽玄なる姿に一瞬見惚れていると、俺の目の前にホロモニターが出現する。医務室に繋がる内線のモニターだろう。ホロモニターに映し出されたのはベリーショートヘアーで前髪を黄色いカチューシャでとめた女性だった。

 まだ衰弱しているらしく、医務官に肩を支えられながらも、その女性は俺に向かってまずは感謝の言葉を述べてきた。

 

『あなたが艦長のユーリさん? 私はリア・サーチェスです。まずは助けてくれた事に感謝します』

「ああ、いんや。偶然発見出来ただけッスよ」

『実は折り入って、ユーリさん。あなたに相談したいのですが……ウッ』

 

 モニターの向こうで彼女の顔が歪んだ。まだ完全には回復しきっていないのだろう。苦しそうに胸元を押える彼女を支えていた医務官が介抱する。流石にこんな状態では相談も何もないな。

 

「リアさん、とりあえず身体治してからの方が良いッスよ」

『ごめん、なさい。でも、もう私にはこれしかないと思って……相談を、聞いてもらえるのかしら?』

 

 彼女は思いつめたような顔をして、呟くような声量で苦しげにそういった。もう絵に描いたように何か事情があるのがビンビンに伝わってくる。

 厄介ごとの匂いを感じるが、なんかここで彼女の話を聞いてあげないのは鬼畜の所業のような気がしてきたお。俺は紳士(笑)だから、女性の頼みはなるべくきくお。

 

「良いッスよ別に(話を聞くだけならね)。とにかく今は体を休めて。次の星で詳しく聞くことにするッスよ」

「あ、ありがとうござい、ます」

「ホイ、お大事に」

 

 そういってホロモニターを切った。それにしても嫌な予感がしなくもないのだが、軍とかの言外の無茶振りに比べたら軽いモンだ。

 とりあえず、リアさんとの話は暫くお預けとなったので、俺は気を取り直して帰還命令を下し、再び一日ほど時間を掛けて、一路帰還の途についたのだった。

 

***

 

――惑星ガゼオン――

 

 さて、ムーレアへ続く航路を一度引き返し、そこから最も近い惑星のガゼオンに来た俺達はそのままステーションに停泊した。なんにせよすでに3日以上が経過している上、警戒態勢で移動していたこともあり普段よりもクルーに疲労の色が見えた事もあり、ここで小休止を取る必要があった。

 

 簡単な補給も行われるので少しばかり時間が出来た俺は、さっそくリアさんの話を聞く為に酒場に行く事になった。この世界の医療技術はかなり進んでおり、一日安静にしていたリアさんはほぼ回復している。さりげなく眼球再生治療とかできるくらいだもんな。凄い世界である。

 

 そんな訳で俺は酒場に来たのだ。どうにもこの世界では相談事は酒場で行う風潮がある。まぁ、個室で二人っきりみたいな感じだと色々と困るし、酒場なら気楽に話せるから良いけどさ。

 

 あ、ちなみに他のクルーも一緒に来ている。リアさんの相談は個人的な相談とのことなので別に話に参加したりはしないが、まぁ半分護衛を兼ねているそうだ。

 一応、医務室で看病されている間も、さりげなく女性保安部員が監視していたのだ。これはリアさんは生存者だが部外者であり、念のためにと保安部が仕事した結果である。そして今も数人、保安部員の見たことある顔が酒場にさりげなく集結していた。

 なんだかんだで俺はフネのトップなので、一般人などに紛れて護衛してくれるつもりなのだ。なおどういう訳かヘルガがついてきている。テメェら、全身兵器なヘルガ呼んできてどうすんだ? 有事の際は全部灰にでもする気なのか?

 

 まぁいい、とりあえず適当な席に座り、飲み物を注文してから彼女に話しかけてみよう。

 

「さて話ってな何スか?」

「実は人を探しているんです」

 

 長くなったので要訳すると、彼女は行方不明になった恋人を探すために、他の星へと向かうククル級に乗り込んでいたらしい。問題の恋人は優秀な射撃管制システムの開発者だったらしく、監獄惑星ザクロウの自動迎撃装置、オールト・インターセプト・システムを完成させた後、行方不明になってしまったのだそうだ。

 

 尚、ココまでかなり簡素化して書いているが、実際はこの話に行きつくまでに3倍近い長さのノロケ話を聞かされているので正直ぐったりである。まったく恋する人間ってのはどうしてこうも面倒くさいのだろうか。邪険にするのも戸惑われたので一々聞いていた俺のSAN値は底辺を爆走中だ。だれか阿片チンキ持ってない?

 

 そんで本題の彼女の相談とは、白鯨艦隊に乗り込ませてくれないかというものだった。まさかの泣き落とし付き売り込みとはと戦慄したが、そうではなくてリアさんは恋人探しの為に、かつて輸送船の通信士をしていた時に溜めた資金をほとんど使ってしまい、最後の金でククル級に乗り込んだ、つまり無一文なのだそうだ。

 

 ククル級に乗り込んだは良いが無一文 → 次の星で働いて資金溜めるわ → ククル級海賊に襲われる → 死ぬかと思ったら白鯨に救助される → 凄いフネ、これに乗れば安全に色んな星に逝ける? → よし売り込むわ!

 

 てな感じらしい。まぁ彼女は0Gドッグとして登録し、輸送船の通信士をしていたらしい。調べたら事実だったし、話を聞いていれば純粋に恋人探ししている人だと感じたこともあり、ウチに迎え入れるのは特に問題はなかったんだ。

 なのに彼女、せっぱつまっていたのか“身体で、身体で返すから!”とか叫びやがってさ。ええ労働力的な意味ですよ? 彼氏いるのに体を他の男に許すわけないじゃない。だけど酒場なんだよ? 俺すっごい白い眼で他の女性系冒険者とか0Gドッグに睨まれたんですよ。まったく。

 

 そんな訳でリア・サーチェスが仲間になりました。ああもう、疲れた。

 

「それじゃあ、詳しい契約とかは後でするとして。歓迎しよう盛大にな」

「ありがとうユーリさん……いえ、艦長!」

「まぁ問題の彼氏、カルバライヤに居るって言うなら、案外すぐに見つかるんじゃないッスか?」

「だと良いんですけどね」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第22話、カルバライヤ編~

※2021年2月 コメントで指摘された矛盾点を変更。


■カルバライヤ編・第二十二章■

 

 

―――惑星ブラッサム・宙域保安局―――

 

 前回、海賊の基地【くもの巣】を見逃してやり、リアという女性を仲間に加えたりして八面六臂の活躍をした白鯨艦隊。さー、今日は何をしようかな?

 

 …………ごめんなさい、前半は嘘です。見逃したんじゃなく、戦うのを一時諦めて撤退しますた。だって勢力大きすぎなんだもん。シカタナイネ。

 

 

 

 さて、そんなこんなで再びやってまいりましたとカルバライヤ宙域保安局。数日前に啖呵切って出てからそんなに時間は経過していないのに、もう遥か昔のことのようである。その理由は、一人で出来るもん!と出てきたのに、結局力を貸してーと戻ってくる破目になったのが気分的に俺の脚を重くしていたからだ。

 

 まぁ、ウチの連中に被害をなるべく出さないようにするなら、名声が下がろうが頭位下げるのはやぶさかではないし、むしろやったると意気込めるのであるが、それでも、俺にも羞恥心くらいあるんだお。

 

「……だれか、えっ!?とか言わなかったッス?」

「バカ言ってないで早いところいくよ」

 

 へい姐さん。すぐいきまっす。トスカ姐さんと部下を引き連れ、再度保安局の扉を潜る俺。すると何故だか受付がすぐに済まされて、気が付けば俺はシーバット宙佐と対面していた。なにこれ早い。超スピード? 

 おそらく宙域保安局側はこうなると予想して待ち構えていたんだろうなぁ。なんせ宙佐の横に立つ凸凹コンビのウィンネル宙尉は、やはりという顔をしているし、バリオ宙尉に至ってはニヤニヤと笑みを浮かべているのだ。

 

 失敗して、ねぇどんな気分?NDK、NDK?

 

 バリオさんの顔にはこんなことが書いてあるように見えてくる。なんだコノヤロウ、俺達が失敗したのがそんなにうれしいってのかコノヤロウ。

 

「どうかしたのかね?」

「……いえなんでもないッス」

 

 いけね。思わずガン飛ばしていた。流石に俺の気分の悪さが伝わったのか、バツの悪い顔をバリオさんが浮かべているし、俺も自重しておこう。そうすると再びバリオさんと眼が合う。――すまんな。――構わんよ。そんなアイコンタクトが交わされた気がしたぜ。

 

「それで、どうだったかね? 自力でムーレアまで行けそうかね」

 

 そんな俺達をさて置いて、シーバット宙佐以前聞いたことをまた聞いてきた。案外意地が悪いな。俺達がここにまた来た理由くらい解るだろう。それでもあえて聞いてくるのが宙域保安局流のジョークなのかね。笑えねぇけどな。

 

「偵察して来たんですが、あれは無いッスね。一体どれだけ放置すれば、あれだけの勢力になるんだか」

「ソレを言われると耳が痛い。それにしても偵察して帰って来れたのか。我々の偵察隊は殆ど帰還出来なかったというのに」

「運が良かっただけッスよ。交戦はしていません」

 

 軽いジャブを返しつつ偵察してから帰ってきたと伝えると驚かれた。おいおい、どれだけ海賊に追い込まれていたんだこいつらと思わず呆れてしまう。

 そうはいうものの、実際のところ白鯨艦隊は敵の本格的な警戒ラインよりも一日分遠いところ、アウトレンジから偵察機を飛ばして情報を得たに過ぎない。本隊は常にステルスモードを展開していたし、偵察にしても電子的には見えない電子戦装備の機体だ。必然的にセンサーに頼りたくなる宇宙では電子的ステルスは実に効果がある。

 

「だが、見て来たならば話は早い。君達にはアレの危険性が理解出来たことだろう」

「そりゃもう。正面から戦ったらギリギリ勝てるとはいえ、此方の損害がバカにならないッスよ」

「……ギリギリ勝てるのか」

「やっぱり……」「ウチにもあんだけの戦力がありゃあなぁ」

 

 何か宙佐達に暗い影が下りる。まぁ組織じゃなくて個人でコレだもの。

 自分達が頑張って戦力をかき集めたのはなんだったのかとか思うよな。

 

「とにかく恥も外聞もなく撤退した訳で……ジェロウ教授という賓客の安全の為にも必要だったんスよ」

「悲観することはない。敵の規模を鑑みて引き返せるのは正しい指揮官のなせる業だ。只の頭でっかちや猪武者ならば無駄に兵の命を散らすものだ。そういう意味ではユーリくんのとった決断を私は賞賛する」

「ウチの分析では、もう少し戦力があればどうにかなりそうだったんスよ。だから」

 

 だから戦力を貸してください、この通りです。そう頭を下げかけた時、肩に手が置かれて止められた。見れば宙佐が真っ直ぐと俺の目を見ている。な、なんだ? ゲイじゃねぇよ俺?

 

「仮にも艦隊を率いる男が軽々しく頭を下げるのは良くない。ユーリくんが正しく判断し動いたのなら胸を張り堂々としているべきだ」

「宙佐の言う通りだ。僕らはキミたちに何も思うところなんてない。ユーリくんに頭を下げられる理由なんてない。そうだなバリオ」

「そうだぞ。男なら簡単に弱みを見せるなんて言語道断。指揮官なら猶更強気で踏ん張っているべきだ。それが男ってもんだ。少なくともカルバライヤではな」

「そう。頭を下げるよりも行動で示すほうが生産的だろう。君たちが我々を必要としてくれたように我々にも君たちの力が必要だと分かった。恐縮だが我々の計画に協力してくれないだろうか? かなり荒療治になるだろうがグアッシュの連中に対抗する計画があるのだ」

 

 そういって熱く燃える眼で宙佐に肩を強く掴まれた。な、なんか凄く暑苦しく諭されたんですけど? おまけに思っていたよりも宙域保安局の参戦がスムーズに進みそうで呆気にとられる。というか作戦? 前も少し漏らしていたが、何かあるんだろうかね?  

 多分原作であったことなのはうっすらと覚えてはいるんだが、原作を最後にやってから結構な月日が流れているので、大まかな流れは兎も角、細かいイベントなんて雲の彼方である。でもまぁ、ちゃんと聞いておけば、なるようになるか?

 ふむ、ここで話に乗っておけば、スムーズに進むだろうな。ちらりと背後に控えるトスカ姐さんに眼をやると、彼女は若干不機嫌そうだが頷いてくれた。まぁトスカ姐さんは軍とか政府とか、あんまり好きじゃないからな。態度に現れるのだろう。

 

 そんな訳で、一番の理解者で副長である姐さんが頷いたので、この話に乗っかることにした。

 

「おお、渡りにフネッス。そんな計画があるなら是非によろしくッス」

「では詳しくはバリオ宙尉から聞いてくれたまえ。打ち合わせの場所はそうだな」

「一杯ひっかけながらでいいでしょ。この建物内で出来る話でもなし」

「む、ソレもそうか。ではそうしようか」

「あの、宙佐。宙佐はまだ仕事が残っています」

「なんと。仕方ない私はそれを片付けてからにしよう」

 

 それにしても、なんだろう。カルバライヤの国民性は暑苦しいとか聞いていたけどマジだな。バリオさんが提案した酒場で一杯引っかけながら相談するというそれに、上司が普通に行こうとしているよ。

 普通は部下に任せて自分は出ないだろうに、責任者自らってのは、やっぱりこちらに配慮しての行動なのかな。仕事あるからウィンネルさんに止められてるけどさ。

 それにしても相変わらず相談事は酒場で、という公式が成り立つことが実証されたな。あそこは騒がしいから盗聴とかの危険はほぼない。ある意味でセオリー通りなのかもしれない。

 

「場所は軌道エレベーターにある0Gの所で良いッスか?」

「ああ、そこなら人が絶えることは無いから、相談事にはうってつけだ。じゃ、俺たちゃ一足先にやってます。ウィンネル、行こうぜ」

「解った」

「では宙佐、我々も失礼します」

「うむ、それではな」

 

 どんな話が聞けるのやら。まぁ楽しみだ。

 

 

***

 

 

「まずは一杯ひっかけて、のんびりしろよ」

「「「うぃ~す」」」

「って、君は未成年じゃないか!」

「あれ? 俺がいたロウズだと俺成年になってたっスよねトスカさん」

「ああ、宇宙島によってそこらへんはあいまいなんだよ。私が立ち寄ったところだと、子供でも飲めるところもあったよ。まぁ水が普通に飲めない星だったんだけどね」

「ああ、水代わりにアルコール低めの酒を飲むんですね解ります。てな訳で飲んでもOKウィンネルさん?」

「いや、やはり未成年からの飲酒は体に良くないよ。だから遠慮してもらいたい」

 

 酒場に着くと、さっそくバリオさんとウィンネルさんを見つけたので、彼らの元に来た俺だが、いざ飲もうとしたらウィンネルさんが慌てて無粋なことを言ったので、結局トスカ姐さん以外はのめない事になってしまった。

 一応彼は法律を守らせる宙域保安局の官憲さんのいうことを無視するわけにはいかないのである。おのれウィンネルめ。まぁ別に酒だけが飲み物じゃない。酒と交互に呑めるようにソフトドリンクなども充実しているのが酒場というものだ。

 

「さぁさ呑みましょう呑みましょうや。綺麗な姉さん」

「呑むのはいいが急いでるんでね。さっさと本題に入って欲しいね」

「おお、怖。綺麗な姉さん、んなこと言わないでさ?まずは仲良くなってからって事で――」

「あれを握りつぶして欲しいのかい?」

「「「「サーセンした!!」」」」

 

 

 トスカ姐さんがぽつりと言った言葉に、この場の男子はほぼ全員がある部分を抑えて土下座した。すんませんトスカ姐さん、アンタがソレ言うとマジで洒落になりませんぜ。

 だが、そのお蔭か男同士の連帯感で場が和んだので、ソレはそれで―――

 

 

 さて、誰と話すか―――

 

・バリオ   ←OK?

・ウィンネル 

 

――――おし、バリオさんに話しかけよう。なんとなくだ。

 

 

 俺はバリオさんから本題を聞き出す為に、彼に話しかける事にした。

 

「さて、本題に行きますか」

「グアッシュ海賊団についてどれだけ知っている?」

 

 そういわれたので携帯端末からフネのコンピューターに繋ぎ、偵察機が持ち帰った敵の基地【くもの巣】をHD画質でバッチリはっきりクッキリ映したのをホロモニターに投影して見せてやった。

 

「え?なに?これ?」

「光学映像装置で捉えた敵さんの基地」

 

 事実を伝えた途端、凸凹コンビが崩れた。曰く、俺たちは光学装置で観測できる距離まで近寄ることも出来なかったのにと。ははは、ご愁傷様。

 

「ええと、他にもこれまで聞いた噂とかもいうべきッス?」

「たのむ」

「実は頭のグアッシュはとっくの昔に捕まってるとか。サマラという海賊と対立してるとか。アホみたいに戦力が沢山ある……のは見ての通りとか」

「ああ、それだけ知っててくれりゃ十分だ。あと、この画像とか他の観測データ譲って。戦力分析室に回したいから」

「いくらで?」

「ここの飲み代こっち持ち」

「乗った」

「気前がいいねぇ。それじゃあ本気だすよ」

「え?綺麗な姉さんなんでジャグごと酒を……って飲み干したぁー!?」

「トスカ姐さんザルなんスよ。いやぁー助かる助かる」

「……ねぇ今からでも割り「男に二言はないんスよねぇ?」……ええい、さよなら俺のボーナス貯金!ちょっと後で銀行行ってくらぁ!」

 

 ははは、知らなかったとはいえ飲み代を持ってくれるなんていい人だ。となりで見ていたウィンネルさんが引きつった顔してるけど、アンタは払わないからいいじゃん。

 

「さて、男泣き中のバリオのことはそっとしておくとして、問題はトップが捕まったにも関わらずグアッシュ海賊団の勢いは全く衰えていないことだ。この、偵察写真を見ても分かるとおりにね」

「たしかに少なくても200隻近いフネがいるんスよね。しかも見えている分だけでそのくらいいるみたいだし、下手したらさらに3倍くらいいるかもしれねぇッスよ?」

「200隻?! もうそんなに増えてたのかッ!!」

「ほい、さっきの偵察写真をさらに詳しく解析した画像とそのデータ」

 

 俺が持っていた携帯端末のホログラム投影装置が再び像を結び、空中に浮かぶホロモニターに偵察した【くもの巣】の映像を拡大しつつ、各所防衛兵器まで解析したデータを先のバリオさんの約束通り二人に見せてやった。

 

「まぁウチとしては戦艦とかが一見するといなかったのが幸いだったッスねぇ」

「……恥ずかしながら、もう我々保安局の手には負えなくなっている状況だ」

「ぶっちゃけましたね。ところで国防軍は動かせないんスか?」

「バハロスに国防軍の駐屯地があるが、あの連中はダメだ。海賊は保安局(こっち)の管轄だって話で終わっちまったよ。まぁ連中の元々の仕事は、ネージリンスとの国境防衛だからな」

 

 ココでもう一度、カルバライヤ星団連合とネージリンス星系共和国と呼ばれる二つの国について説明しておこう。

 

 バリオさんやウィンネルさんが所属するカルバライヤ星団連合は、いわば一攫千金を狙う労働者達がエルメッツァ星間国家連合から独立したような連中。地球でいうところの独立戦争時代を終えたアメリカのような国である。ハングリー精神に富んだ開拓者たちが集まって出来た国だ。

 豊富な鉱物資源はあるが反比例するかのごとく食糧生産可能な星が自領に少なく、食糧自給率23%の過酷な風土ゆえ、民の性情はまさに質実剛健。血縁の結びつきを重んじ、理路整然とした合理性よりも情緒で動く気質がある国である。要するに情に厚い熱血系が多く集まる国と考えていい。

 もっとも外交や謀略においては冷徹かつ酷薄な行為を平然と行うという二面性を持っていたりもする。その為、カルバライヤ人は個人として付き合うのと国家として付き合うのは別物だと思った方がいいと言われている。

 

 一方のネージリンス星系共和国は、もともと小マゼランの人間では無く宇宙を隔てる大流マゼラニックストリーム。そこを越えた先にある大マゼラン星雲に存在するネージリッドと呼ばれる国家に居た人々の末裔である。

ある時起きた超新星爆発から逃れる為、小マゼラン星雲まで流れて来た難民たちが、定着した宙域で組織した国家なのだ。

 勢力的には、人口はカルバライヤの3分の1程度しか無く、勢力圏も資源すら持たない小さな国だが、生来の合理性と論理性を重んじる性情を生かした金融業に精を出し、大マゼランから逃れる際に持ち込んだ技術分野を元に、技術面で特化することで国を成り立たせる経済国家である。尚、総合的な技術力トップはネージリンスである。

 彼らは大マゼランを放浪し、道中で多くの同胞を失いつつもようやく小マゼランで安住の地を得たという歴史的背景から、その安寧の地である国を維持するためなら、どんな手でも用いる覚悟がある国だとも言われている。

要は追い詰めると何するかわからん国だともいえる。ある意味怖い。

 

 そして、そんな二つの国は今たがいに緊張状態にあった。発端はネージリンスが難民として移住してきた際にネージリンスが定住した宙域が、実はかなり以前からカルバライヤが入植しようと進出を狙っていた宙域であったからだ。

 そこに後からやってきたネージリンスのご先祖共が、何を考えたか先回りするようにして移住してしまい、さっさと国家を立ち上げてしまったのだから、さぁ大変。両国間にただならぬ緊張が走ることになるのは必然である。

 誰だって狙っていたもの取られて冷静でいられるわけがない。例えそれが早い者勝ちの世界だとしても横取りされれば悪感情を抱くのは世の常であろう。

 カルバライヤの感情的に動く気質と合理性を重んじるネージリンスとは相性が悪いことも手伝い、両者共々に嫌悪の感情が色濃く残ることになる。

 

 実際、この問題が元で過去に幾度も小競り合いがおき戦争もしているらしい。なまじ仲が悪い上、カルバライヤとネージリンスとでは国民の数からして違うので、片や余所者を追い出せ、片や同胞に手を出した者を許すなという方向に国民意識が流れやすいのである。そりゃあ戦いが続くわけですわ。負のスパイラル状態だもの。

 

 ちなみに先ほどバリオさんが言っていたバハロスの連中とは、惑星バハロスに駐屯しているカルバライヤ国防軍のことを指す。技術力を背景に高い軍事力をもつネージリンスからの侵略を防ぐ名目で組織されている軍隊だ。

 宙域保安局が国内の治安維持用の軍隊なら、国防軍はまんま国外からの侵略を防ぐ軍隊で、当然その軍事ドクトリンの違いから規模が段違い。お隣さんと仲が悪いのでどちらの規模が大きいかなどはお察しのとおりである。

 ネージリンスとのにらみ合いに忙しいから、バリオさんたち宙域保安局が頼んでも国内の治安維持に人手を割けないらしい。国が滅べば国防もクソもないが、害意に睨みを利かせなければ国を守れない。二律背反とはこのことさねぇ。

 

 ところで、ここで少し話がそれるが、海賊団が何故アレだけの規模で活動しているにも関わらず宙域保安局との全面的な衝突を起していないのか疑問に思うだろう。

 海賊団の癖して総戦力は地方軍規模に達しているのに、どうしてグアッシュ海賊団が仕事の邪魔であろう宙域保安局を潰そうとしないのか? 理由は単純な話。海賊のおまんまの種が無くなってしまうからである。

 

 もしも宙域保安局を潰した場合。おそらく非常事態宣言の元、完璧に各惑星間の渡航が制限されてしまう事態になる。海賊は基本的に航路に網を張って民間船を襲うので、渡航制限がされてしまうとおまんまの食い上げになってしまうのだ。

 宙域保安局を叩けば次はカルバライヤ国防軍が動くことになる。小賢しいことに海賊はそのことを理解しているのである。規模は大きくても基本はスタンドプレー上等な集団と、仮想敵国を想定して高い練度を積んだ連携を行える正規軍。どちらが強いかなど比べるだけ無駄である。

 だから海賊たちは珍しいことに自分達を律し、必要以上に宙域保安局とやりあわない様に現状を維持している。やり過ぎなければ少なくても国防の観点からカルバライヤ国防軍は動かないし、獲物である民間船の運航も止まることも無いからだ。

 長い閑話休題。

 

「そんな訳で、政府レベルの指示でも無い限り、勝手には動けないだろうさ。だから、我々としては毒を持って毒を制するしかないって結論に達した訳だ。なに、実に簡単な話でさ。グアッシュと対立中の勢力がもう一つあるだろう?」

「もしかしてサマラ・ク・スィーのことッスか? 酒場のマスターが噂で言っていた」

「あたりー、良い勘してるじゃない」

 

 聞いた事があった。カルバライヤで現在グアッシュと並び有名な大海賊の首領の名前である。“無慈悲な夜の女王”の異名を持ち、その異名は常に口元に冷笑を湛え、己の前に立つ塞がる者は何人たるもの叩き潰すところから畏敬の念を込めてつけられたという。

 ぶっちゃけエメ○ル○スみたいな感じ。乗艦も似ている。黒髪ロングで部下がたくさんいるのが違うけどな。

 

「サマラ・ク・スィーと協力してグアッシュに対抗するって訳だ」

「保安局が海賊と取引すんのかい?」

「ソレってかなり不味いんじゃないッスか?」

「ああ、マズイね。ヤバ過ぎだね」

「だがそうも言っていられない。このままだとカルバライヤの要。このジャンクションの海運が壊滅しちまう」

 

 成程、確かに毒をもって毒を制すだ。それだけに随分と危険な賭けに打って出るもんだ。通常、政府機関がならず者と取引なんてしない。それれでもトスカ姐さんが言った指摘をすんなりと認めるあたり、危険性は十分承知だが、もはやそうもいっていられないと言う事か。

 

「結局俺達は何をすればいいんスか?」

「サマラと交渉して作戦への協力を約束させて欲しい。俺達は保安局側の人間だから、いくら会おうとしても逃げられるか返り討ちになる。だが一介の0Gドッグなら話を聞いてくれるかも知れないからな」

 

 何気に問題発言をサラリと言ってくれましたよこの人。え? なに? 俺達がグアッシュと同程度の戦力を持つサマラと会って、あまつさえ仲間に引き入れろと? 常識的に考えたら、すさまじく無謀すぎる。

 

「――引き入れる条件は? 何か見返りがないと取引にならないッスよ」

「こちらが提示できるカードは、カルバライヤにおける指名手配の停止。それと過去3年以前の犯罪データ2万件の消去だ」

「そんな条件で、名の通った海賊がウンと言うかねぇ?」

「うんと言ってもらうしか無いんだぜ綺麗な姉さん。まさか保安局が表だって海賊に報奨金を払う訳にも行かないし、これでも最大限の譲歩なんだぜ? これの為の裏工作がメンドイの何のって」

 

 あー、まぁ過去2万件近い犯罪データの消去なんて、すさまじく工作が面倒臭そうだよな。裏取引だから絶対に公には出来ないし……普通はタブーだよな。

 しかし、タブーを犯さないといけなけりゃならんほど追い詰められているのか。はたして海賊が大きくなるのを止められなかった保安局が悪いのか、それともありえない程急激に膨れ上がった海賊がヤバいのか、なんともはや。

 

「ところで行く行かないの問題の前にサマラに出会う方法なんてあるんスか?」

 

 居場所が解らんと接触もクソもないぜ?

 

「すでに調べはついている。海賊の被害届とその調査データによれば、彼女は資源惑星ザザンの周辺宙域によく出没する傾向がある。あの辺りは資源採掘船を狙ってグアッシュ海賊団の幹部クラスが活動しているからな。それを更にサマラが狙っていると言う訳だ」

「ピラミッド構造ってワケか。まるで食物連鎖ッスね」

「言いえて妙だな。ま、ソレ位しか情報は無いから後は自力で頼む」

「はい、わかり……待て待て、まだウチはやるとは言ってないッスよ?!」

「ちぇっ!ノリでウンって行ってくれるかと思ったんだが」

「「「何やってんだアンタは!」」」

 

 ペロっと舌を出してふざけたバリオさんを、俺、トスカ姐さん、ウィンネルさんが怒突き、テーブルに撃沈した。まったく油断も隙もありゃしない。

 

「いつつ、軽いカルバライヤジョークなのに」

「お前はどうしてそうやって話をややこしくしたがるかなぁ」

 

 疲れて煤けた感じのウィンネルさんに同情した。それでも凸凹コンビを解消しないあたり、ホント親友なんだなと改めて思う。ある意味で羨ましいな、そこまで気が置けない仲間がいるってのは。

 

 まぁとりあえず、この後なんだかんだ協議した結果。俺はこの話を受けることにした。 何せ今のところ俺達だけでは手詰まりなのだ。損害無視すれば、それこそ捨て身で行けば突破は出来るが、そんなことしたらこれまでの苦労が水泡に帰す。

 だがサマラ・ク・スィーを協力関係にできれば、これは凄まじい戦力増強といえる。彼女は0Gドッグランキングの上位ランカーなのだ。当然実力は半端無い。グアッシュを叩くのもやりやすくなることだろう。

 それに、都合が良い事に、ウチにはサマラさんとお知り合いがいるしね。

 

「―――ん?何か用かいユーリ?」

「うんにゃ。ただ、この先大変だなぁって思って」

「そうかい?まぁ、そうだろうねぇ」

 

 そう、彼女は過去、サマラとつながりがあるのを俺は原作をやって知っている。こういうのをご都合主義というのだろうが、そういうのは物語だったのだからしょうがないことである。ご都合主義と笑いたければ笑えということだ。

 

 まぁ、原作でも上手くいったのだし、どうにかなるだろうさと俺は楽観的に考えることにし、この会合での飲み代を全てバリオさんに押し付けてこの場を後にする。動くならすぐに動かねばならない。海賊稼業をしているサマラがいつまでも同じ狩場に居るとは限らないからだ。l

 会計ゴチになりまーすと言われて、マジかと呟いてから、会計表を見て青くなりさよならボーナスと男泣きして叫んでいる馬鹿を尻目にフネへと急いだのだった。

 

………………………

 

…………………

 

……………

 

 

 さて、あれから1週間――

 

 やって参りましたは、資源惑星ザザンの周辺宙域である。道中いくつか海賊船と接触したが、全てグアッシュ海賊団だったのでこれを撃沈および拿捕。換金した後、ここら辺で大海賊サマラ・ク・スィーが率いる海賊船が現れるという航路を進んでいた。

 

「艦長。早期警戒機(AEW)が本艦隊の進路上、0,7天文単位の位置に戦闘レベルのインフラトン反応を検知、交戦中の様です」

「戦闘――サマラのフネッスかね? 全艦減速、あちらさんのレーダー範囲の傍で様子を見るッスよ」

「AEWからの映像をモニターに映します」

 

 ホロモニターにAEWが撮影した映像をK級が中継した画像が投影された。モニターには紅黒く全体的に細長く尖った万年筆みたいな戦艦が映っている。まるで飛行船のように細長いロケット型の艦がトラクタービームで鳥みたいな形状の小さ目の艦を牽引しているらしい。

 ああ、この飛行船型の戦艦。間違いなくサマラ・ク・スィーの乗艦であるエリエロンド級一番艦エリエロンドだ。宇宙船なのにゴンドラを牽引するような独特のシルエットを良く覚えている。ぶっちゃけ尖ったクィー○エ○ラ○ダス号。

 実はエリエロンド級の設計図は持ってるんだよなぁ。何故か0Gドッグランキングの30位になったときの報酬で貰えたのよ。性能は……ぶっちゃけ微妙。種別は戦艦なんだけど機動性とか攻撃速度を考えると実質高性能な巡洋艦みたいだった。

 でも多分、これは意図的にダウングレードされていると俺は見ている。だって明らかに今モニターに映るエリエロンド級が発揮するエネルギー量とか攻防回避力とかと、設計図から推察される性能データとかが釣り合わないんだもん。それどころか同じ外見しているのにモニターに映る貫禄すら違うように見える。不思議。

 

 まぁそもそも準主役級が駆るカスタム艦なのに、たかだか設計図だけで同じ艦が手に入るのはおかしいわな。多分あの設計図も外見だけ同じ別物が手に入いるって感じなんだろう。もしかすると旗艦ユピテルのズィガーゴ級もそうなのかもしれんな。

 

 

 それは兎も角、そんな大海賊と対峙するのは、まさかの軽巡洋艦である。

 

 基本黒色に紅色を加えたフネで全長もエリエロンドの半分程度。大体600m前後で葉巻型の船体に連邦軍の盾みたいな六角形の菱形なパーツが随所に設けられている。V字翼のようなバルジが艦体後部から両舷に延びていたりと、あまり見ない設計であった。

 

 シルエットやフネの特徴からデータ照合すると小マゼラン系でヒットはなし。そうなるとおそらく大マゼラン製ということになる。

 基本的に個人で設計したのではない限り、小マゼランのフネはエルメッツァ・ネージリンス・カルバライヤの三国の何れかが設計しているのしかないので、消去法でお隣の銀河の大マゼラン製……ダークホースで異銀河製ということになる。

 

 そして照合すればあの軽巡はズバリ大マゼラン製であった。以前も言った通り大マゼラン製と小マゼラン製では基本性能が段違いであり、こと天下三分の計の如く安定している小マゼランよりもいまだ群雄割拠の大マゼラン製の方が高性能と言われている。

 

 あの軽巡もおそらく純正ではない。エリエロンド級が放つ苛烈な攻撃を前に左舷側の横っ腹を晒して攻撃に耐えつつ反撃までしているのだ。

 側舷を晒すと砲塔を持つフネの場合、前後部の主砲が全て使えるので攻撃力が上がる利点はあるが、被弾面積が正面戦闘とは比較にならない程に跳ね上がるので、いくら高性能な大マゼラン製でも駆逐艦よりちょっと装甲があるだけの軽巡ではありえない戦い方である。

 それなのに普通に戦艦の砲撃に耐えている。おまけに軽巡のクセにそこいらの駆逐艦よりも軽い挙動。ただでさえ高性能な大マゼラン製の艦をさらに魔改造を施して戦闘特化にしてあると見ていいだろう。

 

 これが相手がエルメッツァ製戦艦のグロスター級だったなら、軽巡のクセに戦艦以上の火力を発揮しているあのフネなら軽く潰せたことだろうが。軽巡が相手にしているのは小マゼランにて名をとどろかせる大海賊のサマラ・ク・スィーの乗艦エリエロンドである。

 ぶっちゃけ相手が悪すぎだろう。集団戦法のグアッシュと違いサマラは単艦で活動している海賊団で、当然エリエロンドもその設計思想で造られている。ランキング報酬で手に入る設計とは次元が違うカスタムがされているので性能は大マゼラン製に負けず劣らずに非常に高い。多分あっちの戦艦並み。

 

 つまり性能では計らずとも大マゼラン製のフネ同士の戦いに近いって訳で。片や巡洋艦なみに機動性がある戦艦。片や戦艦なみの火力を持つ軽巡。似ているが当然後者の方が素の性能が違う分が悪いのは明白であった。

 実際モニターの向こうでも横っ腹を晒す軽巡は劣勢に見えた。強力かつ苛烈なエリエロンドの攻撃に反撃しようとがむしゃらに艦を揺さぶっている。あんな動かし方をしたらフネに負担もかかるし無駄にエネルギーも食うだろう。滲み出る若さが動きを見るだけで解る。

 

 一方のサマラは余裕そのもの。反撃で飛んでくる戦艦並みの攻撃を最小の動きでエリエロンドを動かし回避しているのだ。それは完全にフネの特性を把握した熟練の動きである。どう考えても踏んだ場数が違います。本当にありがとうございました。

 

 普通そんなの見せられたら、降伏とか逃げたりするもんだが、なかなかどうして無謀にも軽巡は損傷しながらも戦い続けていた。

 それを見て俺はあァ……と息を吐いた。こんな戦艦相手にカスタムされているとはいえ、軽巡洋艦一隻で立ち向かうヤツなんざ原作では一人しかいない。あの紅黒いフネを見て記憶が揺さぶられて思い出してきたぜ。

 

「間違いないね。サマラ・ク・スィーのエリエロンドだ。相変わらず無慈悲な攻撃だね。それでサマラに噛みついている軽巡は大マゼラン製で優秀みたいだが……さて、あの軽巡何時まで持つことか」

「エリエロンドから小型の飛翔体の射出を確認しました。エリエロンドの前方にて停止、ミサイルではありません。ですが重力子の波長を検出、反重力レンズ実体化します」

 

 ミドリさんの報告に目をモニターに移す。エリエロンド級の下部ゴンドラ艦がこれまで後ろに向けていた翼上ユニットを可変させて前進翼のように前方に稼働させると、そこから5つの物体が射出された。

 射出されたそれは自立稼働してエリエロンドの前方空間に統制がとれた動きで展開され、内4つは艦首からみて放射状になるように布陣し停止した。機動端末であるらしく停止するや否やカメラの三脚代のように開かれ支柱が三方向へと展開する。

 支柱が伸びるとその近くの空間が歪んだのをセンサーが捉えた。光が歪んで見えるそれは重力子反応から察するに強い反重力レンズである。完全に湾曲したそれは傘のようにも見えた。

 

 反重力レンズ端末が展開を終えると、これまで各個に自由射撃を行っていたエリエロンドの武装が沈黙。上部牽引艦の固定式大型レーザー砲の砲口が輝き始め、エネルギーが急激に集中していくのをセンサーが感知した。砲撃の前兆であろう。

 

 さすがに何かをしようとしているのが解るのか軽巡が焦ったように火力を集中するが、エリエロンドはこれまでのように優雅とも思えるTACマニューバで一撃も掠らなずに避けている。

 

 そして遂にエリエロンド級から4本、上下左右の同軸主砲からレーザーが放たれた。レーザーは浮かぶ5つの反重力レンズ端末の内、主砲の射線上に浮かぶ4つの端末へと、それぞれに照射され、反重力レンズ効果で湾曲し反射した光線は4つのレンズよりやや後方にあった中央反重力レンズ端末へと集中する。

 中央の反重力レンズ端末にレーザーが当たると、それぞれのレーザーが収束圧縮された強大な出力のレーザーが反射され、それが前方に上下左右の同軸主砲射線上に環状布陣していた、最初にレーザーを反射した端末の中央を通過する時、さらに収束加速が加わり標的へと照射された。

 

 恐らく同軸主砲射線上に展開された4つの端末の中央の空間にも収束加速用の重力レンズが形成されているのだろう。なおこれらの行程、反重力レンズ端末展開から反射レーザー照射までは十数秒と掛かっていないのだから恐ろしい兵器である。

 この収束した太いレーザービームは軽巡洋艦に命中、シールドの干渉が雷光のようにほとばしった。軽巡はレーザー命中のエネルギー干渉で機能不全を起こしたらしく、攻撃の衝撃で左舷側に傾く様にロールしながら慣性で漂っていた。

 

 あの規模の大レーザーなら下手すると轟沈なんだが、フネが高性能な大マゼラン製で、かつ運よく装甲が厚い部分に当たっ、た?……いやアレはワザと照準を甘くしていたのだろう。中々どうして大海賊サマラさまは意地が悪い。

 普通、あんな明らかに大技と言える攻撃は、事前に相手の機関部を攻撃するなどして避けられないようにした時に、止めとして使用するものだ。アレだけハッキリと“今からスゴイの撃つよ”みたいな動きされたら誰だって回避運動を取るからな。

 それなのに牽制射撃もなく、そのまま反射レーザーを撃った。アレはあきらかに軽巡をもてあそんでいるのだ。事実は解らないがきゃんきゃん吠えて噛みつこうとする小型犬を笑いながらいなしているようにも見える。俺ならそれを理解した瞬間に心が折れるわ。

 

 さて、その反射レーザー攻撃を見たウチの連中は色んな反応を見せた。

 

 砲雷班長席で中腰に立ち上がったストールなんかは、反射レーザー攻撃を見て眼を輝かせ“あれはいいものだ”と呟いているし、サナダさんなんかも“なるほど重力レンズではなく反重力レンズにすれば反射ができるのか”と呟いている。

 他の連中も大概驚きの声を上げていた(ミドリさん以外)。内線がつながったままだからよく聞こえた。とくにリーフの隣の航路担当席に座るイネスなんかは宇宙って広いと再認識したように口を半開きにして驚いているのが、内線のモニターで絶賛公開中。普段クールキャラで通している少年の貴重な驚き顔とでもいえばいいのかね?

 

「今の攻撃はなんですか? 見たことが無い」

「おやイネスは知らないのかい? あれはリフレクションショット……エリエロンドに搭載されている最強の兵装だ」

 

 イネスが漏らした疑問にトスカ姐さんが優しく解説してやっていた。イネスはそれを真剣に聞いており、大海賊ともなるとフネも違うんだなぁと感心していた。まことに同意だ。ウチも荒稼ぎしていた方だが、あれだけのフネを独自に設計するとなるとすんごい金がかかるから相当の財力を有しているのは確実だ。

 

 それはさておき、遊ばれているあの軽巡。なんと一歩も後退しようとしなかった。リフレクションショットが命中し損傷して煙を吐いているにも関わらず、機能不全からすぐに復帰して、さらに残った砲が狂ったように後先考えない砲撃を行っているのだ。 馬鹿なの?死ぬの? と思わずにはいられない。

 

「ホレ言わんこっちゃない」

 

 トスカ姐さんも思わず肩をすくめる。ホント不屈の心って聞こえはいいけど、それっていわゆる超頑固な根性だもんなぁ。宇宙は根性論だけじゃやってけないのですよ。

 

 それにしてもエリエロンドのあの攻撃、凄まじい物があった。ユピテルのホーミングレーザーを収束した次くらいの威力はありそうだ。原理も近いしな。こっちはデフレクター展開機能の応用で空間に直接重力レンズの回廊を創るのが違うけど。

 戦闘工廠艦アバリスの固定装備であるリフレクションレーザーカノンとかも名前が似たような感じではあるが、アレはエリエロンドのように主砲クラスの威力を持たない。アレは重力レンズで収束加速した命中率の高いレーザーを放つ機構だから名前は似ていても別モンだろうな。

 

「で、アレに接触ッスか」

「戦闘の直後だから、日を改めた方がいいと私思います」

 

 俺もそうしたいぜユピよ。だが、ココで逃したらチャンスが無いかも知れん。というかこれ以上放置すると無駄に吠える軽巡に怒ったエリエロンドが遊びではなくて本気になる。これから交渉したいのに向こうの機嫌が悪いと色々とマズイのだ。

 

「しかたない。ユピ、前衛駆逐艦艦隊を加速させて相手のレーダー範囲にいれるッス。出来るだけ派手に、あの軽巡とエリエロンドの間に割り込むくらいね。ミドリさんはAEWを経由してエリエロンドの通信回線に接続を試みてくれッス」

「「「了解」」」

 

 だからしょうがないので、この戦闘に介入させていただく。いままで様子見ということで、レーダー範囲と思われるギリギリの位置で待機していたところから、一気に駆逐艦たちが猛加速し、あちらさんのセンサー範囲にワザと引っ掛かりこちらの存在をアピールした。

 すると唐突にエリエロンドの攻撃が止まった。軽巡は相変わらず吠えているが、サマラはこちらを確認したのだろう。攻撃の手を止めたのは警戒しているのか、その間にミドリさんが通信接続を試みるが、残念なことにこちらの存在には反応した相手だが通信に反応することはなかった。

 

「エリエロンド、反転180度、インフラトン機関出力上昇。現宙域から離脱していきます」

「あれま、ガン無視ッスか。やな感じッスね」

「いい女ってのは追いかけられると逃げるもんさ」

「そりゃいい男もそうだ……じゃなくて、最初の接触は失敗ッスかねぇ」

 

 ま、何度でも追いかけますがな。ストーカーなみに。くけけ。

 

「艦長、エリエロンドを軽巡が追跡を始めました。それと軽巡から通信が来ています」

「うえ? なんだろう? 繋いでくれッス」

 

 犯罪チックなことを考えていたところ、俺達の存在を見つけて呆けていた状態から復帰した軽巡が動き出していた。しかし歩みは残念ながら最初見た時ほどの精細は見られない。

 艦の各所が被弾しているのもあるが、アレはおそらく後先考えない全力の攻撃でクルーの疲労値が限界にきているのだろう。ペース配分だよペース配分。長距離走るならそれなりの力で加減しないとだめなんだお?

 

 そんな全力全壊な相手からの通信がホロモニターに投影された。

 

『おい! そっちのフネ! 聞えてるか!? 何で邪魔しやがる! もうちょっとでサマラとかいう海賊を仕留められたってのによぉぉぉ!!!』

「声デケェ」

 

 思わず耳を塞ぎたくなるような腹から出している大声がスピーカーから流される。 通信機には音量調節機構が付いてるのに、どうやってんだ?

 

「こちらは白鯨艦隊旗艦ユピテ―――『やかましい!テメェら見てぇな低ランクの連中にかまっている時間は無いからな!次は邪魔すんなよ!いいな!』――騒がしいヤツ」

「通信、キレました」

 

 いやまぁ、なんて言うか。嵐みたいな感じだったぜ。言いたい事だけ言ってさっさと通信切りやがった。というかランクだけなら俺たぶんテメェより上なんだけど?

 

「事実上助けられたのが気に食わなかったのかね? 何だったんだろう」

「さぁー? 大方賞金稼ぎを生業にしているヴァカじゃないッスかー?」

「おや? さっきのにイラッと来たのかい?」

「いいえー、べつにー」

 

 イラッとは来てないッスよ? ムカってきたけど……って同じか。

 

「で、どうすんだい?」

「サマラ・ク・スィーに交渉しようにも、まずは話を聞いてもらわないと何もできないッスから、ここら辺で網張りましょう。どこまでも追いかけてしつこくね」

「しつこい男は嫌われるよ? でも諦めないのは大事さ」

「ストーカーとしてサマラ・ク・スィーに訴えられたらどうしよ?」

「安心しなユーリ。ちゃんと面会には行ってあげる」

「捕まるの確定?! やべーちゃんと交渉成功させないと」

「そゆこと。んじゃ頑張りな」

 

 そんな訳でこの宙域で網を張る事にした。エリエロンドにインフラトン粒子反応の波長を観測されているであろう駆逐艦群は、邂逅座標を定めて一度遠くへとこの宙域から離れてもらう。

 残るはステルスモードが使えるKS級汎用巡洋艦と戦闘工廠艦アバリス、旗艦ユピテルの6隻のみ。駆逐艦群も残せれば安心だったが、主にコストの問題で未だK級S級ともステルスモードの搭載に至ってはいないので今回は巡洋艦と戦艦だけの変則艦隊で潜むのだ。ぶくぶく。

 

 ああ、あと出せるだけのAEWや偵察仕様のVFは周辺宙域に放っておく。サマラ・ク・スィーは海賊であるから必ずどこかで戦う筈だ。探査領域を広げておけば戦いの痕跡を見つけやすい。

 問題はグアッシュ海賊団もいるので戦闘反応は複数出てしまうのだが、まぁ連中は複数の艦で艦隊を組むので、そこらへんの反応を除外すれば案外解りやすいとは思う。

 

 

 さて、こうして指示を出した後は、探査にエリエロンドが引っ掛かるまではヒマである。その為、必要のない人間に休息の許可を出した。休息という名の自由時間である。休むもよし気晴らしに遊ぶもよし、休息の形は人それぞれである。

 

 無論、俺もずっと艦長席に座っているのも苦痛……報告が上がるまでヒマなので、艦内を見て回り暇を潰すことにした。トップの俺が率先して休息するもんだから、ブリッジメンバーも右に倣え。オペレーターのミドリさん以外誰も残っていない。軍隊なら突っ込まれるだろうが、ウチはこれで良いのだ。

 

 さて、そんな訳で艦内を徘徊していた。

 

 保安部がある区画で過重力下鍛練中のトーロと一緒に汗を流したり、機関部でこのフネの鼓動を堪能したり、格納庫でトランプ隊と駄弁り、食堂で最近調理の一部を任されるようになった義妹が造るB級グルメの数々に舌鼓を打ち、偶々イネスと通路でばったり出会ったりした。

 なおしばらくイネスと艦長とは何ぞやというある種の哲学を問われて冗談を交えつつ互いに笑い合っていたところ、唐突に表れた女性たちの手によってイネスが連れ攫われた。なお女性陣は皆イネスTSとか女装姿に涎を垂らす腐人たちであり、俺は涙ながらに生きて帰れとドナドナして見送った。

 

 その後はマッドの巣に立ち寄った。最近、客分なのに研究室のトップに君臨し始めているジェロウ教授と素敵な狂科学者たちが、またもやナニカ研究に没頭していた。何でもエリエロンドの性能やリフレクションショットを見せられ開発意欲を増進させたらしい。

 

 その中でも、ミユさんはエリエロンドに使われている装甲素材に注目していた。エリエロンドの装甲を形成しているのは分析によると通称「ブラック・ラピュラス」と呼ばれる黒体鉱物であり、すさまじいステルス性を持っているらしい。 

 俺に『真面目に潜宙艦を作ってみないかね?』と、実にロマンを刺激するコメントを言ってくれたが、今の財源で新たな艦は難しいと泣く泣く諦めてもらう。いや俺は諦めたけど、向こうは諦めず迫って来たので逃げるので大変だった。

 

 

――そうして、この宙域に潜み続けること、70時間。

 

 

「―――艦長、接近する艦あり、反応1、インフラトンパターン、エリエロンド級と確認。エリエロンドです」

「こんどこそおはなし聞いてもらうッス! エコー! もしも逃げたとしてもトレースを忘れない様に! さぁお前たち! やぁ~っておしまい!」

「「「あらほらさっさー!」」」

 

 やはり犯人は現場に戻ってくる(?) 現れたエリエロンドをセンサーでトレースして逃げられても追えるようにしてから、艦隊ごとステルスモードを解除し、エリエロンドの前に姿を見せた。

 なお、ステルスモード解除後、すぐに航海灯を煌々と灯して、こちらに攻撃の意思はないことをアッピルする。いきなり現れたこちらに、あちらさんすぐさまエネルギー量が跳ね上がって戦闘態勢になったからな。航海灯を灯さなかったら先手を取られていただろう。

 でも瞬時に攻撃準備を終えたり、すぐに点灯した航海灯を見て攻撃を中断したり、海賊とは思えない程に手慣れたそれに、やはり有象無象の海賊とは格が違うと否応にも思わされる。

 まぁ、こちらは撃たれても我慢して根気よく口説くつもりだが、戦わなくて済むなら戦いたくはない。白い悪魔式のOHANASIは多分割に合わないしな。僕らに戦うつもりはないんだー! お話きいてー! 

 

 

 そして願いが通じたのか、攻撃はしてこないエリエロンド。だけど通信を送っても反応が一切ない。完全ににらみ合いの膠着状態となってしまった。まぁ正体不明の艦隊がいきなり目の前に現れて通信したいと言ってきたら、何かあるのではと勘繰るわな。

 

 でも大丈夫。こうなることを俺は望んでいた! なぜならこちらには切り札様がいらっしゃるからだ! では姐さん! お願いします!

 

「トスカさ~ん。通信送ってー」

「あいよー」

 

 めんどくさいわー、そんな感情が滲み出る表情を浮かべてはいるが、すなおに自分の席に向かうトスカ姐さん。

 姐さんは自席で通信モニターを開くと、右手にヘッドセットのマイクを持ち、スーッと息を大きく吸いこんだ。 

 

「おいコラサマラぁー!! 無視してんじゃないよー! 返事くらいしなこのトーヘンボク!! じゃないとアンタの恥ずかしい秘密ばらすよー!!」

 

 姐さんのトーヘンボクがブリッジにこだまする。というか仮にも大海賊相手にトーヘンボクって凄い挑発だよな。下手したら跡形もなく踏みつぶされるかもしれないってのに。そんなこと考えていたら内線のホロモニターが一つぴょこんと増えた。なんだ?

 

『大海賊サマラの恥ずかしい秘密ってなんだろ?』

「おいトーロ。お前なに保安室から内線かけてきてるわけ?」

 

 なんと、いきなりトーロが内線をかけてきた。

 

『暇なんだよ。んでさっきの見てたんだ。気になるなぁ』

「大方、若き頃に男と間違えられて告られただけっしょ。推測ッスけどね」

 

 原作によれば、トスカ姐さんとサマラ・ク・スィー、いまでこそ独立している二人は若き頃はタッグを組んで仕事をしており、その時に色々あったのだそうだ。

 その中でもテキストに起こされているのが、サマラ様がトスカ姐さんを男の子と勘違いしていたという話、なんだかんだでヒロイン枠?である姐さんの過去話、しかも女傑であるサマラ様が過去にやらかしたド天然が見られるという貴重なフレーバーテキストだったのを覚えている。

 ところで、時々思うんだけどウチのクルーってフリーダムだよな。なんだよ暇だから見てたって? 

 

「でも好奇心は猫を殺すっていうんだから知らない方が良い事もあるッスよトーロ」

『へいへーい。保安部部長は大人しく退散しまーす』

「あんまりふざけてっっとティータ配置換えして四六時中幼馴染と一緒にいさせるッスからそのつもりで。部下たちから殺意の篭った嫉妬の眼で見られるがいい!」

『うげぇ、それは怖いぜ。おっと職務規定の訓練の時間だな! じゃーなー』

 

 そういって内線を切るトーロ。逃げたなあいつ……。

 ともあれ、そんな阿呆ボーイズトークをしている短い間も沈黙していたエリエロンドから通信のコールが掛かった。

 さすがに昔の知り合いからの声には応じるか、それともやっぱり昔の恥ずかしい話は暴露されたくない? そう考えるとサマラ様も意外とかわいい―――

 

『その声、その下品な喋り方。お前トスカ・ジッタリンダか?』

 

 前言撤回。通信で流れてきた音声が絶対零度だった。音声だけで俺の肝っ玉と二つの玉が縮み上がった。

 あ、これ逆らっちゃいけないヤツだ。いくら馬鹿な俺でもこれは直感する。

 ゲームのテキストでは表現しきれない現実の空気をまざまざと感じさせられた気分である。

 

 この通信を聞いていたほかのメンバーも姐さんをのぞき、おおむね凍り付いていた。多分、皆俺と同じ気持ちなんだろう。なにこれめちゃくちゃ怖い。 

 だが、そんな空気はどこ吹く風。いつもと変わらない飄々とした感じでトスカ姐さんはサマラ様へ声を発した

 

「そうさ。アンタと話がしたいのさ。サシでね」

『よかろう、そちらの艦へ行く。近寄ってこい』

「通信、切れました」

「はやっ」

 

 なんかすごく簡潔にまとまったでお( ´・ω・`)

 

 トスカ姐さんがいるってのもあるんだろう。

 それはともかく、自ら乗り込んでくるとはサマラ・ク・スィーは度胸があるな。誇り高き大海賊だから、その気になればこっちに大損害与えて逃げられる自信と実力があるんだからな。俺だったら絶対に一人で敵かもしれないヤツのフネになんか行かねぇ、だって怖すぎるもん。通信及び電文で済ませるに限るぜ。自分で言っていて情けねぇがな。

 

「にしても怖かったっスよ~。実物が噂以上ってすげぇっス」

「あんなの普通だって。いや少し不機嫌かも。アレのお気に入りだったグラス割っちまった時程度かねぇ」

 

 姐さん、それは結構激おこなのでは?

 

「ともあれ接舷っス! ユピテルをエリエロンドに接舷してくれ。他の艦はそのまま停止、ただしエネルギーはプールしたまま」

「アイサー艦長。両舷微速」

「了解、戦闘警戒のままで停止させます」

 

 まぁいい。サマラ様の転がし方は姐さんの方が得意だろう。いまはまだ知り合いですらないのだから、サマラ様は姐さんに任せてしまえ。触らぬ神に祟りなしだ。

 俺はいったん仕切り直しとばかりに手を叩き、いまだ凍っていたブリッジの空気を払拭すべく、あえて大きな声で指示を出した。そのおかげか仕事があればそちらに意識が向くのでブリッジに漂う空気も若干緩和された。

 

 ユピがKS級汎用巡洋艦の制御AIに指示を送ってその場に停止させている間にリーフがゆっくりとユピテルを進めていく。互いに一対一で向かい合ったが、エリエロンドは近くで見ると迫力があるが、それでいて美しいフネに見える。黒体物質ブラック・ラピュラス製の装甲板が、光の反射をとても滑らかにしているからだろう。

 ユピテルの白い船体もまた美しいが、エリエロンドの美しさは夕闇の儚さに似ているかもしれない。立ちふさがる敵を全て倒してきた女大海賊の培ってきたものが現れている。エリエロンドを間近で見た俺は何となくそう思った。

 

 そしてユピテルはゆっくりとその巨体を滑らせて、エリエロンドの正面から右舷側に舵を取る。左舷同士を見せ合う構図になった。

 

「間もなくエリエロンドの左舷真横に到達します」

「両舷停止。機関出力極小、相対速度合わせ、逆噴射間隔2,5秒ずつカウント」

「エリエロンドの左舷、接舷ハッチの開放を確認。接続チューブをトラクタービームで捕捉準備。――ミューズ」

「了解ミドリ……トラクタービームへの……グラビティウェル制御回路を開放」

「エリエロンドへの相対速度、等速。機関全停止、重力アンカー準備」

「了解、重力アンカー……起動。グラビティウェルに、問題はありません……」

「エリエロンド、接続チューブを稼働。同じく当艦の接続チューブも稼働。トラクタービームにて捕捉、誘導後接続します」

 

 ミドリさんやミューズさんやリーフが所定の手順で接舷作業を進めていく。そうしているとエリエロンドの接舷ハッチから接続チューブが伸びたので、こちらも同じく接続チューブを伸ばした。

宇宙船同士の接続は21世紀では危険な作業とされ非常にスローだったが、こちらでは重力波で物体を固定できるトラクタービームを使うので、まるで延長コードにコンセントを繋げるようにスムーズに接続が完了する。

 エリエロンドが接舷する様子を見た後、俺はブリッジを出て接続チューブの元に向かった。エレベーターを降りて通路を進み、遠いので船内移動用列車であるトラムに乗りこんだ。ユピテルは全長も大きいが幅もまた1㎞以上ある巨大なフネなので、左舷側に向かうのにも一苦労である。

 

 そうやって少し時間をかけて接舷チューブの減圧室につくと、ちょうど中から人が出てくるところだった。最初に入ってきたのは男だ。浅黒い肌に白い髪、小さな丸眼鏡を掛けており、背は高いが猫背であり手足も長い。海賊らしく胸にどくろマークが描かれた空間服を纏っている。

 そして、男の手には何故か一升瓶が握られていた。まるで日本酒のようなそれには“星海伝説”の銘が筆字で書かれている。しかもそれは多少崩れているが日本語で書かれているのだ。日本人って宇宙でも大活躍やな。

 それにしてもなんで酒瓶を持ち込んでいるのだろう? この男は無類の酒好きなんだろうか? そうだとすればウチのサド先生あたりと会話が弾みそうである。

 

 それはさて置き、酒瓶をもった男はジロリと俺やクルー達を一瞥すると、スッとすぐ横に逸れた。すると背後から凄まじい美貌を持つ女性がチューブから降りてくるではないか。

 

 ああ、なるほど。あの男は念のためカシラより先に出て安全を確かめたのか。万が一、俺達が武器で脅してきても、背後に控える大事な人物だけは逃がせるようにしたのだろう。もっともこっちにそんな気は一切ないけどな。割に合わないことは浪漫汁溢れない限りしない主義だぜ俺は。

 

 さて、良き部下の後から現れた女性。長い髪を靡かせ口元に冷笑を湛え、周囲に冷たい印象を抱かせる人物。通称“無慈悲な夜の女王”こと、サマラ・ク・スィーその人が今まさに目の前にいた。

 いやぁ、目つきが怖い。まるでヤのつく自由業の方がガンを飛ばしてくるのを見てしまった時みたいだ。迫力があり過ぎて思わずジョバっともらしそうになったのは内緒だお。というか俺みたいな小物と比べると存在感が段違いすぎるんだお。もはや女王サマとお呼びしないといけない気がするんだお。

 

 彼女が放つ独特の雰囲気。歴戦の戦士が放てる波動とでも言うんだろうか? 俺は内心すごくビビッていた。だが仮にも艦隊のトップであり、俺の部下が近くにいる手前、怖がる素振りを見せることなどできない。虚勢だが俺は何も感じてませんよーとポーカーフェイスを決め込むことにした。

 

 そんな俺を一瞥した彼女は俺を無視し、すぐに俺の背後にいたトスカ姐さんに視線を向けた。ああ、こりゃ虚勢張ってるの普通にバレてる。へこむわ。

 

「まさかこんな艦のクルーになっているとはな。相変わらず驚かせてくれるよトスカ」

「ま、色々あってね。今はこのユーリの手伝いをしている所さ」

「あ、どうも。艦長をしているユーリです」

「ほう。この坊やが今の男かい? 趣味が変わったのか?」

「わぁお。おねショタとかいい趣味ッス。あれ? 俺ってショタ?」

「お、おいサマラ!」

 

 え? いまのって小粋なジョークじゃないの? なんでトスカ姐さん何動揺してるんスか? そんな反応されたらこっちだって恥ずかしくなっちまう。

 

「「えと」」

「あー、そこ。仲が良いのはわかったから、私に話しというのがあるんだろう?」

 

 なんか妙な空気になって、サマラ様が苦笑して(と言うか呆れて)声を掛けてくるまで、なんか締まらなかった。ありがとうサマラ様、お陰でおかしな雰囲気から抜け出せたぜ。

 

「それじゃ、まぁココじゃ流石に詳しく話すのは難しんで、とりあえず艦橋へどうぞ」

「ああ、案内されようじゃないか」

 

 

…………………………

 

……………………

 

………………

 

 

「成程、ブラッサムの連中も余程焦っていると見える。だが…そんな話に、このサマラ・ク・スィーが乗るとでも?」

 

 艦橋へと移動し、カルバライヤ宙域保安局から回ってきた話を伝えたところ、にべもなく鼻で笑われた。誠意を込めて俺は“全てを”語っているのでこうなったのだ。

 

 取引としては“敵の敵は味方だし協力してアイツぶったおそうぜ。そうすりゃお前の悪事もスルーしてやんよ”って感じだが、その裏にある互いに反目している勢力同士をぶつけて摩耗を誘い、あわよくば情勢を操ろうという管理局の魂胆が見え見えであれば、おのずと協力要請に対し懐疑的にもなるだろう。

 

 そうなると根気よく管理局とサマラ海賊団の間を取り持って、互いの落としどころを探る調整をするのが交渉役たる俺達の仕事ということになるんだろう。時間もかかるし元々互いに追う追いかけるの仲である両者の交渉なんぞ、絶対に暗礁どころか陸地に乗り上げる勢いで面倒くさい。

 

 頭が回る奴なら、この交渉での見返りを部分的に暈し透かしたりするなどして、口八丁にサマラ様たちを引き入れようと画策するのだろうが、あいにくとサマラ様はトスカ姐さんの若き日に培ったご友人……腐れ縁ともいうが、とにかく知り合いであることは確かだ。そういう方を誤魔化すのは出来ない。

 

 まぁでも、たぶん大丈夫だろう。だってサマラ様はまだ断ってはいない。

 

「うん、でも考えてやらなくもない」

「お嬢! 本気ですかい!?」

「ガティ。ザクロウに入るいい機会だろう?」

「あ、な~るほど」

 

 酒瓶を決して手放さない男。サマラ様の副官ことガティ・ハドという男が驚いて声を上げたが、主人の含みのある笑みを見て勝手に納得していた。彼女らの反応に対し、ウチの連中はちんぷんかんぷんである。ザクロウという単語が出たが、今この場でその意味を知る者は一部を除いていない。

 

「油断ならないねぇ。何考えてんだい?」

「ふふ、たのしいことさ」

 

 トスカ姐さんも警戒していたがサマラ本人はいたって楽しそうであった。それもそうだろう。原作において、サマラ様はこの時期ザクロウへの潜入を考えていたからだ。俺がどっしりと構えていられるのもそのお蔭である。序にまだ大筋の流れは変わってないんだと再認識したのは言うまでもない。

 

 さて、ここでいうザクロウとは監獄惑星……すなわち、星丸々一つが監獄という、流石は銀河規模の世界と思わせる場所である。この監獄惑星ザクロウはカルバライヤが運営する監獄であり、監視システムや自動攻撃システムなどにより内外ともに外界と完全に遮断された星である。

 ここに収監される人間の罪状は多々あるが、やはりというべきか収監される人間は海賊、それもグアッシュ海賊団が多い。実を言うと少し前に酒場で得た噂では、グアッシュ海賊団率いる頭領のグアッシュはすでに捕縛されており、このザクロウに収監されているのだが、何故か収監されてからの方が勢いづいているのが現状らしい。

 

 多分、あちらさんにはグアッシュ個人に対して何か思うところがあったのだろう。一応は好敵手扱いしていたらしいからな。だから協力を拒まない。それはこちらにとっても渡りに船。利用させてもらおう。

 

「それじゃ、保安局まで来てくれるッスか?」

「ああ、そこまで同行し、そこで私を捕えて貰い監獄惑星ザクロウに送って貰う。ソレが私からの条件だ」

 

 ガティさんはそう言うと、いったんエリエロンドに戻るのか席を立った。どうやらサマラさんはこのフネに乗ってブロッサムまで行くらしい。エリエロンドごとだと、保安局に拿捕されて没収されるからだろう。抜け目ないですねぇ。

 

「それではサマラ様、このようなフネで恐縮ですけど、ブラッサムまではゲストとして歓迎いたします」

「ふむ、世話になろうか」

 

 彼女を保安局へと送ることとなった。彼女は誇り高く筋を通す女性だ。つまりいい女である。いい女ならば、歓迎しよう。盛大にな。

 

 こうして、本艦体の備蓄してある酒の8割が消えるが、それはまた別の話。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第23話、カルバライヤ編~

連続投稿ッス。


■カルバライヤ編・第二十三章■

 

 

――監獄惑星ザクロウ――

 

 半永久稼働する惑星防衛システム『オールト・インターセプト・システム』に守られた。犯罪者を収監するだけの惑星である。許可なく近づいた場合は勿論、惑星からも許可なく発進したフネに対し、自動迎撃衛星が容赦のない攻撃を仕掛け沈めてしまう為、一般の航路からは外れている。

 

 そんな場所へ宙域保安局のバリオ・ジル・バリオ三等宙尉はトスカとサマラを連れてやって来ていた。表向きの理由は凶悪な海賊の護送、裏向きの理由はサマラとの密約によるものである。

 

 サマラは保安局と協力するにあたり、監獄惑星ザクロウに赴くことを条件にいれていた。シーバット宙佐以下、保安局側は彼女の奇妙な申し出に困惑し、何か企んでいるのではと警戒の色を深めたが、この時バリオ三等宙尉が一年ほど前にグアッシュが収監されていたことを思いだした。

 

 サマラとグアッシュの対立はこの宙域ではよく知られている。サマラ本人は理由を述べないがグアッシュが居るということに焦点があるのは確実だと理解した保安局側の態度は軟化した。

 

 さらにはサマラを連れてきた白鯨所属のトスカが責任をもって同伴すると言い出した。それもサマラの手下という扱いで……むろん彼女は手下扱いというのはちょいとムカついていたようだが違和感なくザクロウに潜り込むにはある意味妙手である。

 

 ただまたしても保安局側は難色を示す。協力者である白鯨の副長を犯罪者として潜り込ませるという行為に義憤が刺激されたのだろう。

 

 彼らはトスカがそう申し出た後、いっせいに一人の少年に眼を向けた。この中で一番背が低い銀髪の少年、それでいて白鯨艦隊を率いているという人は見かけによらないの典型、そしてトスカの上司にあたるユーリを見たのである。

 

 保安局側に見られていることに気が付いたユーリは特に口を挟むことなく頷くだけで返した。なぜなら彼は事前にトスカからサマラの監視の為について行くことを聞かされていたからである。約束はきっちり果たさせると、すでに行くと決めている眼で見据えられれば彼に断る道理などない。

 

 無論、ただ賛成したのではなく、この時にちゃんとトスカにも訪ねている。『本当に行くのか?』と。それに対するトスカの答えは『そうさ』の一言であった。

 

 ザクロウは通常の監獄と異なりカルバライヤ司法府の管理下にあるが、内外ともにほぼ行き来がないので実質的には治外法権。情報のやり取りが少なすぎて何があるかわからないのだ。

 

 それでも彼女は向かうという。それは万が一サマラが協力を蹴った場合、グアッシュ海賊団との戦いが厳しくなり、ムーレアでのエピタフ探索が難しくなるのが予見できたからだ。

 

 以前、辺境自治領ロウズ宙域にて、ユーリが最初から持っていた高価なアーティファクトであるエピタフをどう説明するか悩んだ際、原作のまま自分の父親の形見と設定上の理由を述べてしまい、それ以降トスカはエピタフを調べるのがユーリの夢だと自己完結に近い形で信じてしまったのである。

 

 本当はエピタフを質に入れて、その金で戦闘艦を買いたいですと説明する筈が、当時はまだ仲間で無かったトーロが目敏くエピタフをよこせと恐喝してきたことで、話が有耶無耶になり、結局修正されることもなくそのままになってしまった。

 

 一人の少年が、父親が追えなかった古代宇宙の謎の一つに挑戦する。

 

 実にありふれた話であるが、意外と面倒見がよく姉御肌なトスカはこういうのに弱いらしく、またその後の付き合いで共にいるのが当たり前となったユーリの夢の為に、一肌脱ぐのも吝かではないと思うようになったこともあり、それがこのような事態に発展してしまったのである。

 

 正直、壮大な勘違いも甚だしく、ユーリ個人としては、エピタフ関連は鬼門となりうるイベント盛りだくさんなので、あまり近寄りたくないのが本音だったが、ここまで真摯に受け止めて応援してくれているとなると、その真っ直ぐな眼を前にしていまさら訂正も変更も出来やしない。

 任せておきなと胸を張るトスカの豊満な揺れ動くバストに釘づけになりながら、内心どうしようと呟いたとか。

 

 

 閑話休題。

 

 

 ともあれ、トスカはサマラの旧知でもある。渡りに船とはこのことで、細かい打ち合わせの後、バリオが囚人の監視役として、女囚の二人を移送することに決定された。バリオは何等かの問題が起きた時に備え、そのままザクロウに留まり24時間ごとの定時連絡を入れる予定にもなった。

 

 こうして、なんやかんやあってサマラとトスカの二人はザクロウに降り立ったのだ。紫の大気に灰色の大地に監獄にやってきた彼女たちとバリオは必要な手続きを踏んだあと、何故かやってきたこの星の実質的なトップである所長と対談していた。

 

 ドスドスと三ブロック先からでも聞こえそうな足音を立てて、収監室件引き渡し部屋に現れた一人の男。ザクロウの所長ドエスバンである。肥え太った体格の小男。それが、この所長を見たトスカの感想であった。

 

「やぁやぁようこそ惑星ザクロウへ、この私が所長のドエスバン・ゲスです」

「保安局海賊対策部所属、バリオ・ジル・バリオ三等宙尉、囚人2名の護送に参りました」

「ほっほ、歓迎いたしますぞ。モチロン、そちらの2人のお嬢さんもね」

「(ジロジロ見んな。デブ)」「(何故だ? あの男からは不本意だが同類の気が)」

 

 拘束具をつけられ、バリオの後ろにいたサマラとトスカを、舐めまわすかのように一通り見たドエスバンは、ソレを咎めるかの様に咳をしたバリオを恨めしそうに見ながら視線を戻す。

 

「ん~、ん~、ん~。いやいやこれ程の女囚が2人も女囚……ジョシュウ、ん~」

「あの所長?」

「女囚という言葉はお好きですかな?」

「―――は?」

 

 唐突によくわからないことを問われ困惑するバリオ。おまえはいったい何をいっているんだとバリオは思ったが、彼の階級的にはこの目の前の喜色が悪い所長の方が上な為、思わず言ってしまわないように我慢する。

 

 一方のドエスバン所長も自身が口にした言葉の意味にハッとなり、まるで誤魔化すかのようにその太った腕を振りまわした。女囚が好きかなど、まるで女囚に“なにか”するのが当たり前のようではないか。カルバライヤでは囚人に対する虐待は基本的に禁止事項である。

 

「あ、ああ。いやいや、何でもありませんぞ」

「(今更誤魔化しても遅いんだよ。この○○○○(ピー)野郎)」

 

 トスカが心の中で、放送が禁止されそうなスラングで毒づく中、ドエスバンは話を続けた。

 

「―――で、貴方も7日程駐留されるとか」

「ええ、これ程の大海賊ですからね。念には念を入れて経過を見ろと上からの命令でしてね」

「成程成程、いやいやごもっとも。では貴方の部屋もご用意しましょう。すぐにね」

 

 

 こうしてサマラ&トスカwithバリオは監獄惑星ザクロウに入った。

 

 

***

 

 

~一週間後・白鯨艦隊旗艦ユピテル艦長室~

 

 自分の砦たる自室において、ユーリは相変わらず艦長職に精を出していた。何せ無人艦が多いとはいえ艦隊を引き連れているので、運用している人間の総数は既に数千にまで膨れ上がりつつある。事務的な処理は天文学的に増えていくのだ。

 

 特に福祉厚生やその他の配備の書類は、ほぼ毎日彼の元に送られてきていた。それらに目を通し、決算し、変な書類が無いかをチェックするのが、最近の日課となりつつある。

 ソフトウェアの発達のお陰で、ズブの素人でも決算が出来るのがありがたい。もしも、この世界における事務系のフリーソフトウェアが前世と変わらなかったら今頃自分がこの福祉厚生のお世話になっていたことだろう。

 

 そんなユーリの隣には、今日も秘書のように事務作業を甲斐甲斐しく手伝っているユピがいた。ユピはフネのコントロールユニットに付属していた統括AIであったが、いまではナノマシンで出来た人間を超える身体を持つ電子知性妖精である。彼女はその電算能力を使い、副長不在のユーリを秘書のようにサポートしていた。

 

 彼女が居るお蔭でユーリは怠けたりサボることができないが、彼女の存在は燃え上がる小宇宙(コスモ)を内包するユーリにしてみれば、寧ろ大好物だ(ロマンを満たす的な意味で)。

 

 見た目も美少女である彼女と一緒に仕事をするのは苦痛どころかある意味ご褒美だ。お蔭で男所帯の部門から嫉妬のまなざしをうけることがたびたびあるが、そのたびにヘルガが介入してくれるので大事には至ってはいない。

 

 そんなこんなで綺麗な秘書と共に、積み上がる書類を攻略する為、頬をパシンと叩き“よしゃっ!一丁やったるか!”と気合を入れる。入れ過ぎで若干痛みがあるが眠気覚ましと考えつつ今日のノルマ分を崩しにかかった。

 

 だがその時、作業をしていたユピがピクンと背筋を伸ばすとユーリの方を向いた。彼女はフネと直結したAIであり、艦内で行われていることをプライベートな場所以外は大体把握している。つまり彼女が反応を示すときは何かが起きたか、それとも起きるかのどちらかであった。

 

「艦長、ケセイヤさんが参られています」

「ケセイヤがッスか? なんだろう」

 

 どうやら艦長室前のドアにケセイヤがやって来ているらしい。ユピが廊下の監視カメラから中継した映像がユーリの机に浮かぶホロモニターに投影されている。

 

「お通ししますか?」

「良いッスよー」

「ではドアロック解除します」

 

 パシューというドアのエアロックが外れる音が響き艦長室の扉が開かれる。そこを訪れた客であるケセイヤは、ノックをしようとした体制のまま立ち尽くしていた。ノックする前に扉が開かれて一瞬呆けたのだろう。

 

 彼はすぐに我に返り、ユーリの隣に立つユピに視線を向けて納得したような顔をする。まぁこんなことをするのはユピくらいのものだと理解して、そのまま中に入ろうとした。

 

 だが、一歩部屋へと踏み入れた瞬間、突然つんのめるかのようによろけ転んでしまった。しばらくしても起き上がる気配がないのでユーリは首をかしげそれをみていた。

 

「重力制御をノーマルにしちくんねぇかな? 艦長」

「あ、忘れてたッス。すまんすまん。ユピ」

「はい、艦長室の重力設定を自室訓練モードから通常モードにするようにミューズさんにお願いしますハイ」

 

 ポリポリと後頭部を掻きながら済まなさそうに言うユーリ。自分もその昔体験したことがあるのでバツが悪そうだ。部屋の重力が通常に戻り、ちょっとフラフラしつつも立ちあがることが出来る様になったケセイヤは、服をはたきながら起き上った。

 

 ところで何故ケセイヤが動けなくなったのか?

 それは艦長室の重力が異常だったからだ。最近てんで修練に行けないユーリが、せめて身体能力を落さない為に考え付いたのが、自室だけ重力制御を施し、日がな一日筋肉に負荷を掛け続けると行ったモノだった。

 

 当初は対G訓練室を作ってもらおうとしたが、モジュール設置スペースを圧迫する上、ある程度の重力調整ならグラビティ・ウェルから直接行えると聞いて、いまでは自室や訓練室などで過重力を使うといったことをおこなっていた。

 

 この方法は何気にトーロや保安部も愛用している方法であり、現にこれを行っている連中は精錬された細きマッチョへと変身を遂げつつある。これで上がるのはあくまで身体能力だけなので戦闘術としての格闘術はたまに練習しないと身につかないが、基礎体力は何にしても大事らしい。

 

 ちなみにユーリの身体能力は流石に普段から白兵戦の訓練を積んでいるトーロには劣るが、慣性重力制御を振り切るゴーストパックをつけた特攻仕様のVFである程度全力で動けるくらいはある。

もっとも歴戦の傭兵部隊であるトランプ隊は、ユーリがある程度動かせるそれらを完全に操るので、自分の本職は艦長だからいいんだもんと拗ねたのは余談である。

 

 閑話休題。

 

「まったくヒデェ目にあったぜ」

「今日は何か用ッスか? 出来れば仕事を早く終わらせたいんで、早めに簡潔に述べてくれッス」

「スルーかよ。まぁ良いか、今回来たのは浪漫あるコイツを作りたいから予算についての交渉だ」

「とりあえず見ようか?」

 

 普通なら経理を通してくれと投げやりにスルーするようなことだが、目の前の男が直接持ち込んできた企みがただの企みでは無いことくらいユーリにも解る。

 

 データチップをユピに渡すケセイヤを見ながら、まるで某決戦用人造人間を製造したところの髭司令のように、口元を隠すようなポーズを取るユーリ。所謂ゲ○ドウポーズである。

 

 事務作業用に気分高揚の為に付けていた伊達眼鏡が逆光で反射しているので、妙に様になっている。なんだかんだでノリが良い艦長に内心感謝しながら、ケセイヤはデータチップの中身のプレゼンを開始するのであった。

 

 

―――30分後。

 

 

「むぅ、これらを作るには財政的に難しいッスね。フネ売らんとならん」

「そうか、戦力の低下は避けられネェか」

 

 上司の結論にケセイヤはがっくりと肩を落とす。今の白鯨艦隊は一応黒字運用だが、基本的にカツカツであり、また戦力が必要な時にフネを売却するのは大幅な戦力の低下を招いてしまう。それは門外漢のこの男でも理解できたからである。

 

 ユーリはそんな珍しいケセイヤの落ち込み具合を見て苦笑し首を振った。

 

「うんにゃ、フネを売った分の穴を埋める形になるから実際の艦隊数は変わらんス。売った金+研究費って形ッスね。スペックがカタログデータ通りなら戦力的にも問題なしみたいッス」

「あたりまえだ。俺が作るもんはカタログなんかじゃ計れねぇゼ」

「その勢いはよろし。だけどまだまだ草案ッスから、まだ煮詰められると俺は踏んだッス。可能ならフネを売らなくても出来るようにするのが良いと思う」

「それじゃあ」

「さらに煮詰めて改定案を提出。そのうえでかかる予算を算出してくれッス。予算はなんとか(海賊を丸裸に)する。存分にやりたまえ」

 

 まるで悪の親玉のようにユーリは告げる。それを見てケセイヤは肩が震えた。

 

 これだ。これだから目の前の少年についていくのはやめられない。自分の中にいる開発の悪魔を押さえつけるどころか、それ以上を求めてくるのだ。これ以上に理想的な場所はそうそうないだろう。

 

 ケセイヤはユーリの言葉に、ニヤリと男臭く笑うと踵を返して艦長室を後にした。

 

「……………書類、増えるなぁー」

「あ、あはは。(これでまた艦長と一緒、ケセイヤさん、ぐっじょぶです)」

 

 ケセイヤが去った後にボヤいてみせるユーリを見て、身体を得たことでだんだんと経験値を貯めて成長している電子知性妖精は苦笑しつつも、内心ユーリと二人っきりでいられる時間が増えると喜んでいたのは、もはや何も言うまい。

 

 そんなこんなでユーリは自分がするべき仕事を続けた。計算が速いユピに手伝ってもらったり、チェルシーが運んでくる食事に舌鼓を打ち、その時にチェルシーとユピとの間に飛ぶライバル意識みたいなのを見て仲がいいなぁと思ったりして、割と悠々自適に過ごしていた。

 

 とはいえ、人間であるユーリは無限に働けるほど体力も集中力もない。肉で出来た身体ってのはこれだから面倒くさいと思いつつも、時折休憩しては凝り固まった身体をほぐして背筋を伸ばしたりしている。

 そんなユーリを見ているユピは、やっぱり幸せそうである。なぜなら二人っきりだから。別にいちゃつくとかそういう下心がある訳ではない。只いっしょにユーリの傍にいられるのが、今のユピにはとても楽しいことだった。

 

「お疲れみたいですね艦長?」

「そりゃあ、トスカ姐さんがしていてくれていた分もこっちに回って来てるッスからねぇー。そろそろ経理専門の部署を立ち上げた方が良いと思うんスけど、どう思うッス?」

「んー、まだ時期早々かと(そんな部署が出来たら、私との時間が減るじゃないですか)」

「そうかなー?」

 

 ぐてーっとデスクの上でダレながら話す二人。ユピとしては暫くはこの二人っきりという状況が続いてほしいと打算的に思っているが、ユーリはすでにかなりこういった仕事に疲れてきているので、いい加減経理部門の立ち上げを真剣に検討すべきだろjkと考えていたりする。

 

 さて、ユーリが黙ると部屋の中は沈黙に包まれた。疲れていると口数が減るのでそれはしょうがないのだがユピは少し居心地が悪いと感じる。優秀なインターフェースを持つが故に、その場の空気というものまで感じるようになっていたのだ。

 

 その為、この空気を如何すべきかと中央電算室の余剰出力で計算してみたが、上手く答えがでてこない。非常に優秀なAIである彼女だが、生まれて間もないため経験が少ないので自分から話題を振るのがまだ苦手なのである。

 

 それでも何とか話題を振ろうと、あーでもないこーでもないと脳内で逡巡すること僅か0,1秒。無駄に高性能な演算で導き出した答えを元に、彼女は話題を振ってみることにした。

 

「そう言えば、艦長はトスカさんの事、あまり気にしてないんですか?」

「何がッスか?」

「心配じゃないんです? 監獄惑星ザクロウにトスカさん行っちゃったんです。女っ気が無い星に綺麗な女性が2人も行ってるんですよ? 男性囚人達のよくぼーのはけ口にされてやしないかと心配です」

「うん? んー」

 

 またどこでそんな知識を仕入れたのやらと思いつつも、ユーリは考える仕草をしながらユピの問いに答える。

 

「ま、心配はしてるけど信頼もしているからね」

「信頼ですか?」

「そそ。想像してご覧。あの人の相手をたかだか囚人が出来ると思うッス?」

「………89%の確率でムリですね」

 

 トスカの普段の行動を鑑みるに、そこいらの男は歯牙にもかけない事は確実なのが容易に思い浮かぶ。そう考えると心配するだけ杞憂な気がしてくるのだから不思議である。不測の事態は何事にも起こりえるが、それでもユーリはトスカを信頼していた。

 

 トスカはあの辺境の地のロウズでユーリと出会い、なし崩し的に支え続けることになる前から0Gドッグとして活動していた。ユーリ達を見ているとあまり感じられないが、0Gドッグの世界とはかなりアウトローな部分があり、女性が個人で0Gドッグとして活動するのは中々に危険がともなう。

 

 それでもトスカはソロで0Gドッグとして、打ち上げ屋という地上人を宇宙に連れ出す博打のような仕事をよくしていた。彼女には度胸も腕っぷしも経験もあるのだ。ぶっちゃけた話、仮にトスカに欲情した囚人がいたとしても、ナニを潰されて終わりである。

 

 さらにはトスカと共に大海賊として名高いサマラ・ク・スィーがいるのだ。無慈悲な女王サマと普通に駄弁る女性を見て、果たして襲いかかれる度胸がある海賊や悪党なんぞいるのであろうかとユーリは思う。少なくとも自分が囚人なら見ないフリをするであろう。

 

 しかし、もし万が一ってことになったら………。

 

「あれ? 艦長。手が震えてますよ?」

「ん~、信頼はしてるけど心配なんスよねぇ」

「さっきと逆のこと言ってません?!」

「ユピ、物事に絶対はないんだぜ?」

 

 だんだん冷や汗に近いモノが流れ始めるユーリ。一度心配してしまうと後は階段を転げ落ちるように不安がドシドシのしかかってくる。動揺のあまり彼の手はバイブレーションの如く震え始めた。

 

 もしも、もしも万が一の確率で、それこそ奇跡的な確率で、トスカが傷つけられた場合、下手すると海賊は全て冥府に追いやるかもしれない。そうなったとき自身を押える自信がユーリにはなかった。なんだかんだでトスカはユーリにとっては……。

 

「―――長、艦長!」

「はっ!はいはい艦長です」

「ああ、よかった。呼んでも返事してくれませんから医療班を呼ぶべきかと……、でも大丈夫そうですね。そうそう、ミドリさんから連絡です。保安局から通信が来ました」

「そうすか……。思ってたよりも早かったッスね。ブリッジに行くッスよ」

「はい艦長」

 

 

***

 

 

 さて、ブリッジに付くと既に回線がつながっており、艦長席の右側に浮かぶホロモニターにシーバット宙佐の姿が投影されていた。モニターに映る宙佐の表情からして吉報ではなさそうであるが……何かあったのだろうか。

 

「お疲れ様です宙佐殿。どうされましたか?」

『いきなりすまないユーリ君。問題が発生した』

「問題ですか? まさか行き成り国防軍が重い腰を上げて俺達の役割は終わったとか?」

『それならば民間人の君らを解放出来てよかったのだがね。じつはザクロウに向かったバリオ達からの連絡が一度も無いのだ。通信自体はザクロウに繋がるというのにバリオはいないの一点張り。コレは幾らなんでも異常な事態だ。一応こちらでも独自に法務局に働きかけてザクロウへの調査許可を出しているところだ』

 

 ザクロウへ向かったバリオさんと連絡が取れない? 寄り道して酒でも飲んでいるとか? そんな訳ないか。彼の人なりは軽そうだが意外と職務は真面目な男だと思うし……となると、やはり問題発生の可能性が高いか。

 

「許可が降りるのには、どれくらいの時間がかかりますか?」

『解らんが、急がせてはいる。とりあえず君の方に現状を知らせておこうと思ったのだ。もうしばらく待っていてくれたまえ』

「了解、出来れば早く許可が降りる事を願ってますよ。ソレでは」

『うむ、それでは』

 

 通信が切れると同時に、俺は自然と強張っていた肩の力を抜いて背筋を伸ばし、普段の能天気な艦長モードへと移行した。あう~、くそったれ。面倒臭い状態だぜ。全く持って厄いなオイと呟いてみる。

 

 もっともザクロウに乗り込むには司法局の許可が必要になる。慌てても事態が良くなる訳でもなし。仕方が無いので適当に飲み物をユピに頼むと艦長席で胡坐を掻き、外部映像をホロモニターに流していると、イネスが艦長席の近くに寄って来た。

 

「どうやら大変なことになってるみたいだね」

「そうみたいッスね。ところでなんか用? イネス」

「艦長。ザクロウは何かがおかしいと思わないか? グアッシュと言うリーダーが不在なのに連中の活動が衰えていない、それがそもそもおかしいんだ」

「まぁー確かに幹部連中が動かしているっつーのにしては精強過ぎるッスね」

「そして大海賊サマラが自らザクロウへ行きたいと言い出した。つまり――」

 

 イネスは眼鏡をキランと光らせ、手を振り上げながら言葉を放った。

 

「―――つまり、あそこには何か秘密があるんだよ!」

「な、なんだってー!!」

「……艦長、真面目な話なんだが?」

「すまん。なんかノリでこうしないといけないと電波を受信して」

「そんな頭アルミホイルでも巻いてしまえ」

 

 あまりにも状況が俺にふざけろとささやいたんだ。ふひひ。

 ところでイネスよ、申し訳ないがザクロウに何かあるってのは前々から思っていたから、別にリアクションほど驚いてないんだぜ。可愛そうだから言わないけどな。

 

「まぁふざけるのはここまでにしておくとして。話の続きッスけど、そこら辺はさすがに宙域保安局も把握済みなんじゃないッスか?」

「解ってる。これくらいの想像はきっと保安局もしているさ」

「だから、サマラさんの申し出にあっさりと乗ったんですね」

「おろ? ユピ居たの?」

「お話の途中に来ちゃってすみません。あ、コレ飲み物です。イネスさんもどうぞ」

「「あ、どうも」ッス」

 

 いつの間にか傍にいたユピが差し出してくれた飲みもんを受け取る。ご丁寧に全員分あるということは艦内のカメラか何かでイネスが俺の傍に来たことを知ったんだろうな。

 

 俺は貰った飲み物を啜りつつ、話を続けるようにイネスに視線で促した。イネスの話を聞くくらいの時間的猶予はあるし、第三者の考えを聞いてから、どうするか考えるとかしないとな。これも艦長の仕事なのだ。

 

「まぁ問題は確証を掴むかって事だけだろう?」

「その分じゃ、何か策でもあるんスか?」

「至極簡単な話さ。情報が無いなら、ある所から聞けばいい」

「その心は?」

「グアッシュの連中に聞く。どうせそこら辺をうろうろしてるんだ。白兵戦をすれば拿捕出来るだろう?」

「成程、いやさその眼鏡は伊達じゃないってとこッスね。つーかイネス、何かトスカさん居ないと、随分と生きいきしてるッス」

「はっは、女性陣が静かになるからね。お陰で脅威とストレスが減って頭の回転が良くなったよ」

「………あ、お姉さま方」

「ひぃぃぃぃいやあああ!!―――って、誰もいないじゃないか!」

「重症ッスねぇ。ご愁傷様」

 

 まぁソレは良いがイネスよ。そんな風に安心して油断するとすぐに足元をすくわれるぜ? この間マッドの巣を通りかかった時、ミユさんが、お前さんを追いかけまわす淑女の一人に怪しい薬を渡してるところをバッチリ見たしな。ユーリ見ちゃいました。

 

 ちなみに何の薬なのかはしらねぇ。蛍光色のピンク色で若干光っていたけど、どんな作用があるかどうかなんぞ知りたくもねぇ。どうせ男にとっては碌な効果が無いに決まってるからな。うんうん。

 

「あれ? でもお外にいる海賊さんって基本的にヒエラルキー最下位の人々なんですよね? 情報なんて持ってるんでしょうか?」

「ユピの懸念ももっともだ。でも海賊の幹部クラスならあるいは何か持っている」

「幹部クラス、ねぇ?」

 

 イネスはそういうものの、ぶっちゃけグアッシュ海賊団の幹部がうろついていそうな場所なんてわからんがな。縄張りは沢山あるが、あれほどの勢力となると雲霞の如き大群であり、正直そこらじゅうにグアッシュ所属の海賊がいる。その中のどれかが幹部の乗るフネなのだろう。

 

 しかし、I³エクシード航法で多少は狭くなったとはいえ、それでもなお広大な宇宙で幹部の乗るフネを探して回る。それは砂漠に落ちたコンタクトレンズを探すとまではいかなくとも難しい話だ。砂糖の瓶に落ちた塩を探すくらいだろうか?

 

「うーむ、エリエロンドが近くにいれば、幹部の情報を融通してもらえたかもしれないッスけどねぇ」

「ああ、確かに彼らならグアッシュと対立した期間はボクらよりも長いから何か知っているか」

 

 サマラ様率いる海賊団は、俺達が来る前からグアッシュの連中とやりあっている。一応、現在協力関係にあるエリエロンドと連絡が取れれば、海賊幹部が出没しそうな座標情報を教えてもらえるかもしれない。

 

「でも多分、ことが起こるまで肝心のエリエロンドは雲隠れッス」

「ケセイヤさん製の宇宙センサーでも追いきれませんでしたしね」

 

 問題はそれだ。エリエロンドはブラックラピュラスなる特殊な鉱石でできた装甲板のお蔭で、ウチの光学迷彩ステルスほどじゃないが、かなりステルス性が高い。すでに狩場としていた宙域から離脱しているだろうから潜伏されると発見するのは困難なのだ。

 

 恒星間用のIP通信で呼び出すにしても、万が一海賊に傍受される可能性がある以上は使えない。海賊だって馬鹿ばかりじゃない。連中は長距離通信を盗聴して輸送船団の航路を割出して待ち伏せしたりする小賢しさもあるのだ。

 

 だが、そうなるとホントどうしようか。

 そう皆で悩んでいるとユピが何か思いついたらしく顔を上げた。

 

「そうだ! 艦長提案があります。サマラさんを追いかけたザザン宙域に向かうというのはどうですか?」

「いやユピ。あそこにエリエロンドはいないッス」

「はい、でもエリエロンドを狙った海賊さんは沢山来ていたと思います」

「ああ、そっか。あそこはサマラ海賊団のテリトリーでグアッシュも良くちょっかいを掛けに行っているから海賊率いる幹部もいる可能性が高い」

「成程。いい案ッスよユピ。ナデナデしちゃるう」

「えへへ、褒められた」

 

 よしよしと頭を撫ぜてやると、なんかテレテレしているユピ。仕草が最近ドンドン人間っぽくなってきたな。これもクルー達とのふれあいのお陰かなァ。ウチのチェルシーも影響受けてたし……お陰でガンコレクターになってたのは誤算だったがな。

 

「リーフさ~ん、航路変更、ザザンの方に向けといてくれッス~」

「あいよー」

 

 とりあえず、ザザンの方に行ってみよう。話しはそれからだべさ。

 

 

…………………………

 

 

……………………

 

 

………………

 

 

 さて、再び時間をかけてザザン宙域にやってきました。

 移動中も何か連絡があるかもと宙域保安局との通信ラインは切らないでおいたが、未だ反応が無いところを見るに許可を得るのに難儀しているらしい。流石に少し焦るがトスカ姐さんの安全は彼女の腕っぷしを信じるしかないな。

 

 焦ってもしょうがないと言い聞かせながら、俺はまず艦隊をザザン宙域に展開。いつもながら本隊である旗艦ユピテルとアバリス以下KS級巡洋艦は全艦ステルスモードで潜宙。他の駆逐艦たちには5隻ずつで4個艦隊に分けて広範囲に展開し、海賊相手の撒き餌として獲物が掛かるのを待った。

 

 艦隊を分けるのは戦力低下につながると思ったが、K級突撃駆逐艦とS級航宙駆逐艦は元々海賊仕様の設計により足回りが良いように設計されている。当然ながら再設計の際、マッド共により改造を受けているので巡航速度も元の設計を少し上回っている。

 

 この快速の駆逐艦隊ならば、敵に捕捉されても回避しつつ撤退できる。上手く調整してやれば敵をこちらまで誘引することもできるだろう。そんな訳で敵が捕まるまでしばし待機していた。

 

「艦長、先行した駆逐艦隊が進路上にインフラトン反応を多数検知しました。海賊のモノと思われます」

 

 潜伏すること6時間、オペレーターのミドリさんが標的の発見を告げる。いがいに早く捕捉に成功したのは喜ばしい。さて引っ掛かった敵に幹部は乗っているだろうか?

 

「標的艦隊は高速で接近中、数は6、センサーによると中心に一際大きなインフラトン反応を確認。巡洋艦クラスが3、内一隻はバゥズ級です。標的艦隊のエネルギー量増大、駆逐艦隊を狙っています」

「ユピ、攻撃を受けたら駆逐艦隊は全力で回避させるッス。ただし後退する速度はあっちが追い付ける程度に抑えてくれ」

「はい艦長。TACマニューバパターンを1に設定します」

「なるべく美味しそうに見えるようにこちらに引っ込ませるッス。その間に周囲にいる艦を回り込ませてくれッス」

「標的艦隊、攻撃を開始しました」

 

 状況が目まぐるしく変わる。標的の海賊艦隊と接敵した駆逐艦隊から映像が中継されてきた。ブリッジ中央のメインホロモニターに投影して様子をみることにする。

 

 現在攻撃をしてくるのは巡洋艦3隻だ。これは射程によるものでまだ駆逐艦の兵装では届かない距離からのアウトレンジ攻撃を狙ったものだろう。攻撃の仕方からして結構慎重なヤツが指揮官であると俺は考えることにした。

 

 海賊の中には艦の特性を考えず兎に角撃ちまくって突撃をかますヤツが多い。その点、いま攻撃してきているのは兵装の射程を考えての攻撃だ。未だ随伴する敵駆逐艦は沈黙を保っている。突撃かます猪なら今頃駆逐艦も無意味にヒャッハーと砲撃している筈だからな。

 

 攻撃を受けた駆逐艦たちは、身軽な船体をキック力がある小型核パルスモーターを用いて機敏な動きでタクティカル・アドバンスト・コンバット・マニューバスラスト、すなわちTACマニューバで初弾を回避する。

 

 距離的にはあまり動かなくても当たらない距離だったが、偶然か狙ったのか回避した駆逐艦の一隻の居た座標とあちらさんがしてきた砲撃の軌跡が一致したので、動かなければ直撃していただろう。

 

 まぁ直撃一発だけならAPFシールドがかなり削られる程度で済むので、再度レイヤー展開するまで回避させれば一応問題はない。元々駆逐艦はよけてナンボのフネなのだ。

 

 それはさて置き、駆逐艦を後退させると案の定のってきた。慎重かと思ったがやはり海賊は海賊なのか、だんだんと砲撃が数撃ちゃ当たる方式になりつつある。攻撃が当たらないから焦っているのかもしれないな。フム。

 

「ユピ、次あちらさんの攻撃が来たらシールドに掠らせてやってくれッス」

「はぁ、なぜです?」

「あんまり華麗に回避させ続けちゃうと、手練れの乗るフネと考えて向こうが逃げちゃうから」

 

 そう、ユピが操る無人の駆逐艦の動きはかなりいい動きをする。だんだんと距離を詰めているのに掠らせもしないのも彼女の持つ電算能力の賜物だ。

 

 だがあまりにも華麗に回避しすぎている。作戦的にはこのままではいけない。駆逐艦の目的は標的を誘引するところにある。距離が近づいても当たらねェと気づかれたら標的艦隊は追跡を停止するかもしれない。それは困るのだ。

 

「はい、艦長の言う通りにします」

 

 そういうが早いか、敵の何度目かの攻撃が駆逐艦隊に襲いかかる。すると駆逐艦隊から青いレーザーが拡散する時に見える紫電が見えるようになる。文字通りシールドを掠める動きをさせているようだ。

 

「標的、速度を上げました。目標地点に到達するまであと160秒」

「当たり始めたから俄然やる気になったんスねぇ。もう網の中なのに気が付かないのは哀れではあるな」

 

 ミドリさんの報告にそう呟く俺。すでにこちらは手薬煉引いて待ち構えている。戦況をグリッド状に表示するモニターには、標的を示す紅い光点を取り囲もうと動く小さな白い光点が表示されている。

 

 標的の後方の航路を白い光点が塞いだのを見て俺は全艦に号令を発した。

 

「ステルスモード解除!“錨を上げろ!”ッス」

「アイアイサー!全艦ステルスモード解除」

「本艦出力、ステルスから戦闘状態へ移行、臨界まで3秒じゃ」

 

 白鯨艦隊は敵艦隊のすぐ目の前に姿を現した。光学的にもレーダー的にも見えづらいステルスモードは、まさに宇宙における潜宙を可能としてくれる。敵さんは突然現れた周囲の敵反応に驚いて、急激に艦隊挙動が乱れていった。

 

 うむ、かく乱は戦闘の基本じゃわい。

 

「全艦全兵装自由(オールウェポンズフリー)!幹部のフネと思わしきヤツ以外は叩き落せ! 艦載機も全機出撃! 敵艦をかく乱させい!」

「「「「了解!」」」」

 

 ユピテルはホーミングレーザー(HL)砲シェキナを使用、アバリスは固定兵装のリフレクションレーザーキャノンを使用し、標的艦隊の旗艦以外の僚艦を撃沈した。旗艦であろうバゥズ級のまわりをトランプ隊を含むVFの編隊が取り付いてまわり、バゥズ級の動きをけん制している。

 

「キーファー発進! 敵艦を拿捕させる!」

 

 そこへ、兵員輸送仕様のVB-0ASキーファーが、トーロ以下白兵戦技能を収める保安部員たちをその腹の中に満載して旗艦へと突っ込んでゆく。すでにトランプ隊の活躍で兵装のほとんどを潰されただるま状態の旗艦に取り付くのは居眠りしてても出来るくらいに簡単だった。

 

 トーロと愉快な保安部員が乗り込み、白兵戦闘を開始してから十分も経たない内に、敵の幹部を捕えることに成功したのだった。恐らくあまりの電撃戦に何が起きたのか解んなかったんじゃねぇか?

 

「ユピ、海賊の幹部は?」

「現在装甲尋問室に移送しました。現在保安部により尋問準備中です」

「丁度良い、ソコと内線をつなぐッス。俺が直接尋問するッス」

「了解しました」

 

 

 とりあえず捕まえた海賊幹部とOHANASHIもといお話してみることにした。つながった内線が艦長席のコンソール上、ホロモニターにより俺の目の前に投影される。モニターに映った人物は、えんじ色の襟付きマントを着け、スカーフを付けた何処か打たれ弱そうなおっさんだった。

 

 でも、捕まっても暴れ出さない程度の肝っ玉は有るらしい。

 

『何だ貴様は?』

「俺はこのフネの艦長ッスよ。実質的な艦隊の頂点でもあるんスがね」

『フンッ、噂の白鯨艦隊の頂点が、年端もいかぬ小僧だとはな。まさかその小僧に捕らわれるとは、このダタラッチも焼きが回ったものだ。言っておくがワガハイはな~んにも話さんぞ!』

「ほう、ダタラッチというんスか。ちなみに俺はユーリというッス」

『フンっ!』

 

 アイサツは大事。

 

「ところでダタラッチ殿。足、震えてるッスよ?」

『こ、これは武者震いというのだ!』

 

 まぁ、怖いもんは怖いわなぁ。なんせ海賊と見るや否や身ぐるみ剥いでいく海賊キラーの中に捕らわれた訳だ。俺が海賊ならとっととゲロッて近くの星に降ろしてもらうだろう。

 

「成程、貴方の決意は固いようだ」

『む? なんだ小僧? 急に雰囲気が恐ろしく?』

「仕方有るまい。貴方はグアッシュ海賊団の幹部。そして俺は敵だ。故に口は割らない。しかしそうなると貴方の価値は無いに等しいのだよ」

 

 ニヤリと笑いながらダタラッチを見るが、まだ俺が述べたことがどういう意味なのか解っていない様だ。それならそれでも問題ないがね。

 

「価値が無いなら、このフネにおく必要も無い。このまま放りだしましょう。着の身着のままでね」

『フ、フン! 冗談を言うな。小僧の脅しに屈する程おちぶれてはいない!』

「エアロックちょっとだけ解放」

「エアロックちょっとだけ解放します」

『……へ?』

 

 途端装甲尋問室の隔壁が開く、装甲尋問室は爆発物を持っていたりした時用に、すぐ外に放り出せるよう隔壁は宇宙へ直結なのである。画面の向うでは急激に気圧がさがり吹き荒れる突風の様な空気漏れに苦しむダタラッチの姿があった。

 

 ダタラッチは今だ拘束されている為、そのまま宇宙に放りだされる事は無いのだが、それが逆におっさんを苦しめる結果となっている。想像してほしい、大型台風の暴風の中で座っていなければならない状況を……かなり苦しいであろう。

 

 俺が控えているユピに合図を送ると阿吽の呼吸でエアロックが閉まる。補給される気圧と酸素に、ダタラッチは喘ぐように酸素を脳へ送る為に、口をパクパクさせながら思いっきり息を吸い続けていた。

 

 御他聞に漏れず、やはりこの急速な減圧は応えた様だった。荒い息を吐いているあたり減圧症にかかったかもしれないが、まぁ医療関連は死んでなければ直せるレベルになっているので大丈夫だ。ウチには酒大好きな名医もいるしな。

 

 宇宙で生活する者にとって酸素は必要不可欠のモノ。急激な減圧は例え一瞬だけでも、めまいや吐き気、頭痛を引き起こすのだ。それを平然と行う俺にダタラッチは恐怖を感じているだろう。

 

『はっはっ、あひっあひー! き、貴様正気!?』

「今のは警告だ。俺は手段を選ぶ必要は無い。あんたに価値が無いなら別の幹部を探す。もっと“モノ解りのいいヤツ”をな? さぁ今度はじっくり行くかな? さっきのは急激な減圧だったから、それ程でもないだろうが、真綿で首を絞められる様にじっくりと」

『い、イカレテルー! 貴様はいかれてるぞーー!!』

「出来れば、死ぬ前に全部話して欲しいかな?」

 

 俺は二コリと笑いながらダタラッチを見た。画面の向うではガタガタと震えが止まらないダタラッチが完全に恐怖の目でこちらを見ている姿が映っている。恐らく今の俺はヤツの目にニコニコと常識はずれのことを行う狂人に映っている。

 

 そう、それでいい。

 

 時には冷酷かつ無慈悲で狂った人間を装い脅すことも重要だ。実際この人物が何も知らなければ放り出すのは決まっている。流石に真空の宇宙ではなく、近くの惑星に降ろすだけだけどな。

まぁそれは置いておいて。

 

『ま、待て待て待てぇぇぇぇぇ!! いう! なんでも言うーーーーー!!!!』

「そう、それでいい。貴方も“モノ解りの言い人間”だったみたいだ。情報を全て言うなら、キチンと食事を与え、それなりの待遇を約束しよう」

『あ、ありがとうございぃぃぃぃ!! ウっ―――』

「ありゃ?」

「バイタル安定。気絶しました」

 

 どうも脅し過ぎたようだ。ちょっと強引で冷酷で俺っぽくは無いやり方だったが、相手は敵なのだ。無用の情けをかけられるほど俺は強く無い。0Gである以上、こう言った事をヤル、ヤラレルは常識。その事を知っているので、ブリッジの面々も何も言わなかった。

 

「あの男を拘束したままサド先生に見せてやってくれッス。丁重にな?」

「はい、艦長」

 

 やれやれ、俺もこの世界に染まって入るが、いまだ少しばかり甘さもあるようだ。すこし焦ってるようだ。トスカ姐さんが隣にいないって事に。

 

 この後すぐにダタラッチの意識が回復したので医務室で尋問を再開させた。さすがにすこし錯乱していたモノの、先ほどと違い紳士的に優しく対応したところ、ほぼすべてを話してくれた。

 

「ザクロウから全部指示が出ている。ウソ偽りは無いッスね?」

「そうだ。グアッシュ様にかかればザクロウも安全な別荘と言う訳だ。わははは」

 

 ダタラッチは先の減圧により上手いこと体も動かせない上、拘束も着いたままなので、ダタラッチは大人しく話しに応じている。

 

 案外丹力あるなぁ、目の前の俺が減圧の張本人なのに、普通に話をしているよこの人。あそこまでされたら取り乱すよな普通。この世界の人間は精神の根っこの方もかなり強いのかもしれない。それか優しく対応したから調子に乗っただけかも……。

 

 別に優しくしたからつけ上がりやがってとか言わないけど、図太いなぁ。

 

「おまけにさらった人間をあそこに送りこめば報酬もたんまり貰える。であるからして、ワガハイたちは資金には困っておらんのだ」

「成程、今日び珍しくも無い人身売買ッスか――送られた人間は?」

「詳しくは知らぬ。ワガハイの管轄ではないゆえな。ただ、ある程度数がそろったところで、どこぞの自治領に売られるそうだ。世知辛いとはおもうぞ」

 

 ダタラッチが語るところによれば、惑星間どころか宇宙島を股に掛けた人身売買が行われていることが発覚。当然これも発言を録画しているので後で宙域保安局に渡す予定だ。しかし不味いなトスカ姐さんたち売られてないだろうな? 

 

「ま、情報ありがとさんッス。適当に休んてくれてても良いッスよー」

「ふむ、美味い飯に期待させてもらおうではないか」

 

 

 ダタラッチが保安部に連れられていくのを見送りながらも俺は考える。奴さんの情報は有益なもんだった、あとはこれをどう生かすかだが……さて―――

 

「全員聞いてたッスか?」

『『『『アイサー』』』』

 

 俺の周囲にホロモニターが複数投影される。モニターにはブリッジクルーを含む主要メンバーの殆どが映っていた。実は先程のダタラッチとの会話を全員で聞いていたのである。

 

「どう思うッス?俺はウソついているようには見えなかったッスけど」

『そりゃあんだけ脅されれば、なぁ?』

『『『うんうん』』』

『艦長を敵に回したくないと思った瞬間でしたね。もっともゾクゾクって来てましたけど』

『あう~、艦長は~ドS?……ぶー!』

『ああ、またこの子ったら鼻血ですか』

『最近ブリッジのティッシュの減りが早いのはそれか』

『若いのう』

 

 どうにもマイペースだな。ウチのブリッジクルーは。エコーさんは妄想で鼻血吹いてるし、ソレをみてトクガワさんはホッホと笑ってるし。

 

「トーロはどう思うッス?」

『他の連中と同意見だ。ありゃウソはついてねぇぜ?』

 

 一応尋問系の知識を学習している保安部部長が言うなら信憑性はあるか。

 

『艦長、アイツを保安局に連れて行こう。証人にしてしまうんだ』

「どういう事ッスか?イネス」

『証人さえいれば、法務局も保安局も重い腰を動かせるって事だ』

『『『『『イネス頭良い(~)(な)(のう)』』』』』

 

 ブリッジ。何んで全員で共鳴してんのさ。俺も混ぜんかい。

 ともかくやることは決まったな。

 

「よし、リーフ」

『ブラッサムへ――だろ?アイサー艦長』

 

 俺達はすぐさまとんぼ返りし、保安局がある惑星ブラッサムへと向かったのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第24話、カルバライヤ編~

■カルバライヤ編・第二十四章■

 

 

 は~い、前回は情報収集の為にグアッシュ海賊団の幹部ダタラッチを捕まえました。いろいろと情報は聞きだせたので後の処理は保安局に放り投げましたー。餅は餅屋、犯罪者は司法局、宙域管理局は司法局とつながりがあるのでとても楽である。

 

 そんで、ダタラッチを引き渡す際に連絡を入れたところ、通信を対応した人にすごく微妙な顔をされたのは、おそらく自分達が梃子摺っている海賊の、しかも幹部をあっさりと捕まえて引き渡したからだろう。立つ瀬がないとはこのことだって話。

 

 おまけにヤツが持っていた情報には宙域保安局に根差した裏切りの根の深さが垣間見えるわけで、情報を渡した時のシーバット宙佐は次のような一言を述べている。

 

「ううむ、まさかザクロウが、そこまでグアッシュに牛耳られていたとは、不覚」

 

 まさか己が所属している組織の一端が組織ぐるみで犯罪行為を平然と行っていたというのは相当応えた様だった。通信で伝えたらシーバット宙佐の顔にある皺が更に深くなって、おまけに胃の上を手で押さえたあたり胃痛もあるようだ。苦労人は大変である。

 

 だが、残念ながら旦那。どうやら事実らしいですぜ? 情報によれば海賊船の中にはオールト・インターセプト・システム(以下O・I・S)の認証コード持っている奴らもいたらしい。残念ながらダタラッチは管轄が違ったので物的証拠となるのは持っていないが証言だけで十分に価値がある。

 

 なんせ今、送り込んだ宙域保安局の局員であるバリオさんと連絡が取れないのだ。ここにきて組織ぐるみの隠ぺいが平然と行われてたという情報があったとなれば、ザクロウはほぼ真っ黒だろう。ダタラッチが嘘をついているなら別だけどな。

 

 ちなみに余談なんだが、連れて来た海賊幹部ダタラッチは保安局に引き渡すまで、何故だか知らないが何時の間にか何気にウチの艦の中に馴染んでいたのよね。何気に艦内清掃とかを自主的に手伝ってたし、偶に食堂に現れては海賊をしていた頃の話をしてくれた。

 

 いや今も現役の海賊だが、ダタラッチが幹部の地位に至るまでの話とか、下っ端時代の下積みの話が、これまた涙と笑い無しには語れない面白さが……。

 

 そんなこんなでいい感じに馴染んだダタラッチは掃除したり食堂で面白い体験談を語ったり艦内自然公園で昼寝してたりと、捕虜とは思えないくらい満喫していたようだ。

 

 やつの監視は基本的にユピが監視システムを使って24時間視ていたので、重要区画以外は保安部員なしで出入り自由にしていたら、こうなってたんだそうな。保安局に引き渡すときなんかお別れ会開かれていたし、うーん出所して機会があれば勧誘してみるのも手かもしれない。面白かったし。

 

 

コホン閑話休題。

 

 

 さて話は保安局と相談していた時に戻る。俺はダタラッチを宙域保安局に引き渡すとき、序だからと地上の保安局に降りて直接ダタラッチが語った情報を宙佐らに渡した。

 

 上記のように組織ぐるみの犯罪が行われている可能性を鑑み、どこに眼があるかわからないので、直接会って話した方が良いと判断したからである。

 

 ダタラッチからもたらされた情報は、宙佐らも無視できない話であり、色々それらの情報を話し合った結果、ウィンネル宙尉はザクロウを強襲すべきと発言した。

 

「バリオたちだけじゃない。もしも“例の人物”があそこにもしも送られていたら大変です」

「うーむ、司法局の許可を待っている場合ではない―――止むを得んか。第3、第9管域の保安隊、および惑星強襲隊を緊急呼集! 準備が出来次第出発する!」

「は!」

 

 宙尉はシーバット宙佐に敬礼をすると踵を返して部屋から出ていった。何やら迂闊にもウィンネル宙尉がしゃべった中に俺達への隠し事ととれる物が含まれていたが、俺は華麗にスルーした。聞き返したらフラグ立つやんけ。面倒いのは嫌ズラ。

 

「ユーリ君、君たちにも――」

「ウチも仲間がザクロウに居るッスからね。そっちがダメと言っても勝手に行きますよ。何せ0Gドッグはアウトローッスからねぇ」

「助かる。今から12時間後に指定の座標で合流したいのだが?」

「ウッス。それまでに準備しておきます。後で合流座標送っておいてください。ではでは」

 

 そういって俺も保安局を後にし、すぐさま宇宙に戻った。

 

 補給や整備を惑星ブラッサムに到達した時から始めていたので、通商管理局では修理部品や材料を多めに搭載(補給ではないので別途料金)。その後、惑星を出た俺達はOISが展開されている宙域のすぐ近くの指定された座標へと飛んだ。

 

 その座標は保安局側から提示された合流座標であり、ここで合流後に作戦が開始されるという手筈となっていた。組織ではない俺達の方が、フットワークが軽かったらしく、保安局側の艦隊がこちらと合流したのは俺たちが座標に到達してから3時間ほど経過した後であった。

 

『私は艦隊指揮を取るシーバット宙佐だ。諸君、聞いてほしい。今回、緊急性を持つ事態が発生したことにより、現時刻を持って我々は超法規的手段として監獄惑星ザクロウへの突入を敢行する。

 召集されし諸君は惑星強襲の猛訓練を積んだ精鋭である。諸君らの奮闘こそが明日のカルバライヤ宙域の平和を齎し、諸君らの死力がカルバライヤ国民の享受する安寧を確固たるものとするであろう。

 諸君、その身を犠牲にしろとは私は言わない。されどその働きを持って平和と安寧の礎と出来ることを誉れとせよ。以上である―――全艦出撃!』

 

 合流後、シーバット宙佐はディゴウ級重巡洋艦を旗艦とする、主にバハロス級高速巡洋艦やシドゥ級高速駆逐艦で構成された20隻以上の艦隊に向け演説を行い、指揮下の突入艦隊の戦意を高めていった。

 

 近距離にいたからか宙佐の演説は俺達のフネにも届いていた。内容的にはやはりカルバライヤの身内なら士気向上する内容だが、まぁあんなのが俺達向けに発せられたところで、もとより国を持たない根無し草である0Gドッグの士気は上がらないので、演説内容に俺達外部の人間が居ることへの言及がないことに特に問題ない。

 

 さっきの演説はあくまで戦意高揚の為の演説であり、俺達が協力しているというのは事前に各艦に回された作戦計画ですでに他の艦も既知しているのだ。実際、この後演説が終わるとすぐにこちら向けの通信が宙佐のフネから届いた。内容は、まぁ要約すると戦力として大いに期待してるから頑張れってさ。

 

 流石は保安局の上位に位置する人。自分らの正義を信じる保安局員の扱いと、俺達部外者である0Gドッグの扱いを完全に制御している。まぁ、そうでなければあの地位にはいられんだろうがな。苦労も絶えないだろうに、お疲れ様です。

 

 さて、中佐揮下の突入艦隊に号令が下され、巡洋艦や特殊艦艇を含んだ保安局の艦隊が動き出した。合流前に通信で送られてきていた作戦概要では、このザクロウ突入は時間こそが勝敗を決するとし、OISを強行突破するという。

 

 この作戦内容を知ったとき、あの冷静に見える宙佐もかなり熱い戦い方をするじゃないかと感心したものだ。伊達に熱血なバリオを部下に持つ男ではないということか。冷淡にも見える男だが、根っこの方はやはりカルバライヤ人なのだとヒシヒシと感じる。

 

 まぁこういう実に単純かつ明確な作戦は嫌いでは無い。様々な策を弄する時間が無かったのだから、変に考え込むよりもずっとやりやすい。俺って結構カルバライヤの気質にあっとるかもしれんな。

 

 

 

 さて、保安局の突入艦隊が先行し、俺達も後に続いて進んでいくと、OIS影響圏ギリギリの境界線に近づいたあたりで保安局艦隊が減速し始めた。俺達もそれに倣い減速していると、こちらのセンサーが保安局の艦艇からいくつかの物体が投下されOISに先行していくのを観測した。

 

 それは、この場に集った保安局の各艦が搭載していたインフラトン・インヴァイターを搭載した小型囮ロケットである。監獄惑星ザクロウを閉ざす檻の役目があるOISは、インフラトン機関などの高エネルギー体を検知して迎撃する機能が備わっている。

 

 認証コードが無いフネが押し入ろうとすると容赦のない迎撃が来るのはそんなわけだが、それを利用するという作戦だそうだ。このインフラトン機関を積んだだけの特殊なロケットは囮(デコイ)となり、艦隊に先駆けて突入するのである。

 

 仮に一隻が一個ロケットを発射したとする。すると単純計算で40隻以上の大艦隊がレーダー上に出現するわけだ。これでは如何にOISが優秀な迎撃装置といえども、接近する物体が多ければ多いほど迎撃に割ける攻撃頻度が低下するのだ。

 

 そして、後に聞いたところによると、この囮ロケットは最低5つ積んであったらしい。これだけのデコイを用意するのに少し手間取ったのだと宙佐は語っていた。

 

「保安局艦隊、デコイ射出しました。保安局各艦も進撃開始」

「白鯨も保安局に合わせて進撃する。デフレクター同調展開! 両舷最大戦速! 球状輪形陣を取りつつ保安局に遅れるな!」

「「「アイアイサー!」」」

 

 保安局の突入艦隊がデコイとなるロケットを発射し、その後を追いかけるように動き出した。俺たちも機関出力を上げ、デフレクター及びAPFSを最大にして、保安局の突入艦隊の後を追ってOISの影響圏へ突入した。

 

 動きながらユピテルを中心にKS級汎用巡洋艦、S級航宙駆逐艦、K級突撃駆逐艦の順に一定間隔に艦が追従する形で球状に広がる陣形を取った。これは宇宙用の立体的な陣形である球状輪形陣を組んだからである。

 

 宇宙空間を航行するフネはフネとはいうものの、実際の運用は水上艦とはだいぶ異なる。なんせ水平な水上という概念がない空間なので戦闘中は上下左右どこでも警戒しなければならないのだ。自然と互いの死角をカバーする立体陣形を取るようになった。

 

 この陣形はある意味で爆撃機のコンバットボックスに近いのは、やはり三次元な空間を動き回るモノ同士似てしまうのであろう。俺的には水上艦的なイメージの方が好きなんだけどなぁ。宇宙戦艦って言ったら大和を思い浮かべる人、それが私です。

 

 それは置いておいて、立体陣形を取った後、俺達はマッドの巣が作り上げたある防御システムを起動させた。それはデフレクター同調展開システムという防御システムである。

 

 これは各艦のデフレクターを同調させることで複数の重力子防御圏を重ね合せて広い範囲を防護する防御圏を形成するシステムで、これにより防御力を高めて一気に突破する予定であった。

 

 影響圏に突入してすぐ、迎撃衛星群のセンサーがこちらに照射されている警報がブリッジに木霊する。いたるところに浮かぶ多数の衛星砲が此方に照準を向け、自動で発進される無機質な警告が全周波数帯に発信されているが無視して突き進んだ。

 

 三度目の警告が発信されても停船しない各艦隊への照準センサーの照射が、さらに強くなった。直後に先行していた囮ロケットへ幾条ものレーザーが降り注いだ。どうも、この世界でも仏の顔は三度までらしい。

 

 攻撃を受けた囮ロケットであるが意外なことにすぐに爆発はしなかった。囮として必要最小限の機構しか持たず、エネルギー反応を出すだけの極小インフラトン・インヴァイターしかないお蔭で逆に爆散しなかったようだ。

 

 スカスカ過ぎて逆にタフとは、まるで英国の布製艦載機のようなヤツである。とはいえ、所詮は穴開いても壊れにくいというだけで壊れない訳ではなかった。囮へと殺到するレーザー砲は、進めば進むほど量が増していき、ついには小型インフラトン・インヴァイターに直撃するレーザーもチラホラ現れ始める。

 

 さすがの囮ロケットが次々と青い火球となって散っていく中、後を詰める俺達の艦隊にも数多の光線が降り注いでいた。囮ロケットが衛星砲の大半を引っ張ってくれていたが、それでも十分に多量のレーザーの雨である。

 

 幸いなことに小さな迎撃衛星が放つレーザー砲一発の威力は、せいぜいが駆逐艦の小型レーザー砲と同じくらいなので、あまり強くはない。少なくとも俺達の方はシールドジェネレーターの許容量を十二分に気をつければ何とかなりそうであった。

 

「流れ弾が右舷側に命中、デフレクターおよびAPFS順調作動、損害なし」

「K級、S級、KS級側のデフレクター防御帯にもレーザー直撃しました。重力子の展開効率が12,07%低下します。されど同調システム許容範囲内です」

 

 ミドリさんとユピからも被弾報告が上がるが、艦隊ごと包み込む重力子防御帯へ命中したレーザーの殆どは重力レンズ効果で屈折し逸れていた。完全に防げるわけではなく、時折変な風に屈折したレーザーがこちらに流れてくるが、それもAPFSが減衰し、装甲板に到達する頃にはただの低出力レーザーと化して影響を殆ど与えない。

 

 影響があるのは装甲板くらいで、時折屈折して到達するレーザーにより少しずつ装甲板が温められて熱が溜まっているが、これも放熱装置や冷却装置を使えば十分に対処できる範囲なので問題にはならなかった。

 

 デフレクターの重力子防御帯圏内に命中し、重力子防御帯のある空間に波紋を浮かべながら拡散していくレーザーを尻目にズンズンと進んでいく。

 

 俺達に負けず劣らず、保安局の突入艦隊も3隻から5隻の単横陣を組み、高速巡洋艦や高速駆逐艦の名に恥じない速力で、果敢にOISへ突入していった。

 

 あちらさんには俺達のような重力子防御帯デフレクターが無いが、代わりにカルバライヤ自慢の特殊鉱物で出来たディゴマ装甲がある。このディゴマ装甲は鱗のように重なり合って配置されることで、レーザー被弾時に原子ディスロケーター現象を起こし被害を軽減させることができる……らしい。

 

 正直よく解らないが兎に角頑丈であるのは確かであり、その装甲に物を言わせて砲火の雨霰の中を限界速力で駆け抜けていく。むろん装甲頼りだけではなく、巧みな操艦で攻撃を躱しつつ小破ないしは中破に留めていた。

 

 そんな彼らにはOISの奥、監獄惑星ザクロウに浸透していく姿はまさに勇猛果敢という言葉がふさわしいだろう。俺達も負けられない。

 

 競争していた訳ではないが、先行していた突入艦隊とほぼ時を同じくして、俺達はOIS影響圏を突破した。最大戦速でおまけにデフレクター同調システムが上手く機能してくれていたお蔭だ。マッドたちは良い仕事をするよホント。

 

 さて、OISを突破したので、次はザクロウにのりこめ~^^

 

「ザクロウの宇宙港から大型艦の発進を確認~!突っ込んできますー!」

 

 そうはすんなりと進まないのが人生ってもんである。レーダー班長エコーが発見したのはザクロウの軌道上ステーションから出港した艦隊。それはダガロイZA級装甲空母と中心とした機動艦隊であった。

 

 ダガロイ級はカルバライヤが国内で唯一建造している装甲空母である。全長680m全幅130m全高170m、巡洋艦と同程度の大きさがある空母で、艦載機搭載能力は低いが火力は巡洋艦並み、装甲に至っては戦艦並みというのが触れ込みの、何かを間違えてしまった設計を持つ空母である。

 

 もしかしたら設計者は多量のブリタニウムを摂取して英国面に墜ちたのかもしれないが真相は謎である。兎も角、そのダガロイ級が艦首6連カタパルトから艦載機を吐き出しつつ、護衛であろう巡洋艦と駆逐艦を引き連れて突撃してきたのだ。

 

 というか、護衛艦隊よく見たらグアッシュ海賊団じゃねぇか。ダガロイ級はカルバライヤらしいクリーム色に近い色だが、他はグアッシュ海賊団のイメージカラーである紅色で塗装された艦ばかりである。

 

 どうやらOISを無理やり突破した俺達を見て、ザクロウ側も慌てて戦闘艦を発進させたのだろう。大慌てでおまけに艦隊を急遽編制したって感じなのか、迫る艦隊の挙動は見て解る程に不安定だった。あれじゃあ碌な戦いが出来ないだろう。

 

 だが、容赦しません。

 

「敵艦から艦載機多数来襲、迎撃の航空隊は発艦位置にて待機中です艦長」

「ではこちらも盛大にお迎えしよう。トランプ隊を中心に各機発進! エステバリス隊は艦隊の近接対空にあたれ!」

「「「「アイアイサー!!」」」」

 

 敵さんが航空隊を出すなら、こっちも航空隊を出すまでである。OIS突入からすでに待機しているトランプ隊やVF達が次々とユピテルの大きく開いた発艦口から発進し、編隊を組んでダガロイ航空隊へと進んでいく。

 

 丁度ダガロイ級と本艦隊の中央で両者は激突……が、ダガロイ航空隊は溶けるように壊滅する。それはVFの基本性能もさることながら、先鋒を務めたトランプ隊の操縦技術が段違いなのだ。鎧袖一触という四文字熟語をこれでもかと見せつけた形となった。

 

 こちらの航空隊と攻撃隊はダガロイ航空隊を蹴散らしたその足で敵艦隊に突撃し、攪乱を兼ねた対艦攻撃を開始した。特にガザンに率いられた対艦隊は怒涛の攻撃力を発揮し、護衛艦隊の駆逐艦2隻と巡洋艦1隻を平らげていた。

 

 とはいえ、流石に機動部隊の護衛艦隊に回されているフネだけはあり、対空レーザー砲が積んであるらしく、無人機のVF隊にいくらか損害が出た。にゃろう、そろえるの大変なんだぞ……と八つ当たり気味に敵艦隊を睨み付ける。

 

「敵艦隊、対空迎撃中、速度低下しました」

「止めを刺すッス。ホーミングレーザー砲シェキナ発射用意!」

「了解、主機からシェキナ砲列群ジェネレーターへのエネルギー回路を開きます。機関出力上昇、圧力安定」

「重力井戸……グラビティウェルからの空間回廊形成よし……重力レンズ空間固定、よし」

「各砲列、FCSデータリンク。重力レンズとの射撃諸元同調完了。シェキナ発射準備用意より」

「全砲列一斉射! 発射後は艦隊含め全砲座各個に自由射撃! トランプ隊に通達、30秒後に砲撃を開始するッス」

「トランプ隊に通達します」

「カウントダウンを表示、発射に備えジェネレーターに出力を回します」

 

 正直、30秒も敵艦隊持つかなと思ったが、戦艦並みの装甲といううたい文句は伊達では無いらしく、カタパルトを航空隊により潰されて、艦載機発艦が不可能になったにも関わらずダガロイ級はまだ沈んでいなかった。タフなフネである。

 

こちらの航空隊がUターンしていくなか、ユピが操艦する無人の駆逐艦たちも砲撃戦に対応するように単横陣にシフトする。そしてシェキナ発射までのカウントが0になる頃には回避もままならない鈍い獲物だけが残されていた。

 

「ほいよ、ほら来た。ぽちっとな」

 

 砲雷班長ストールが久々に『ぽちっとな』と発言しつつ、ユピテル両舷に設置されたレーザー砲列から多量のレーザーが発射され、空間展開された重力レンズにより曲射。ホーミングレーザー砲シェキナとしての能力をフルに発現した。

 

 シェキナ発射後、艦隊の砲撃も行われ、各艦のレーザー砲、アバリスのリフレクションレーザー砲およびガトリングレーザー砲が火を噴き、弾幕と呼べるレーザーの雨霰を降らせて敵艦を蜂の巣に変えた。

 

 インフラトン粒子の青い火球が輝き、エネルギー衝撃波がフネを軽く揺さぶる。さしもの戦艦並みの装甲も蜂の巣にされてはたまらなかった様だ。

 

『ユーリ君!無事かね?!』

「宙佐。こっちは平気です。其方は?」

『こちらも装甲空母を片付けた。このままザクロウを強襲するぞ』

「了解しました」

 

 保安局の突入艦隊も装甲空母を下したらしい。彼らと合流した俺達は、そのままザクロウへと舵を切る。敵の航空戦力は先程撃破したので妨害を受けることなく俺たちは惑星ザクロウ上空へと接近した。

 

 大気との摩擦が起きるギリギリの高度に到達した時、保安局の突入艦隊から数隻のフネが赤道上空の軌道へと移動していく。前足だけ生えたトカゲのような形状をしたそれら艦艇はグルカ級という海賊本拠地制圧ように開発された強襲揚陸艦であった。

 

 全長500m、全幅150m、全高155mと比較的小柄な彼女は、前足のように見える艦首下部から直下へと伸びる二対のバルジを展開し、内部から兵員降下用HLVをザクロウへ目掛け投下した。10数機のHLVはすぐさま大気摩擦により赤熱化し、赤い流星となってザクロウに降下していった。

 

「保安局艦隊、大気圏突入部隊が降下します」

 

 HLVの軌道から計算したところ、降下地点は軌道エレベーター基部。強襲部隊を乗せたHLVは軌道エレベーター基部を確保するつもりなのだろう。実に命知らずな連中である。あれじゃあまるで○DSTのようだなぁとその光景を見ていたが、このまま何もせず見ているのは性に合わないな。

 

「VF隊に通達、降下部隊を援護せよ。VB隊も発進ッス!」

 

 ふふ~ん、俺達のVFも、ちゃんと大気圏突入が可能なのだ。ザクロウ大気圏内に少なくない数の敵戦闘機が飛んでいるのをレーダーでとらえているので、降下中は動けない降下部隊を守らせようじゃないか。

 

 ついでに変形すると砲戦能力が高いVBも惑星へと降下させた。あのモンスターたちなら圧倒的な火力をもって降下部隊を守りつつ後方から支援できるだろう。海賊がナンボのもんかと。

 

「艦長、シーバット宙佐から通信です」

「通信つないでくれッス」

『ユーリ君聞えるかね?先行して降下部隊が軌道エレベーターを占領する。我々はステーションを制圧するぞ。ただ海賊とは関係ない正規職員も多い』

「解りましたシーバット宙佐。兵装はパラライザーに限定します」

『ソレで頼む。通信終わり』

 

 シーバット宙佐からの要請に快諾しておき、宙佐の艦隊が軌道ステーションの宇宙港に殺到する中、俺たちも彼らに続いてステーションに向かった。すでにザクロウ軌道上を防衛していた艦隊は無力化しているので、俺たちは妨害を受けることなくステーションの宇宙港に接舷する。

 

 このステーションの湾口設備部分は空間通商管理局が管轄しており、彼らは敵でも味方でもないいわば中立なので、湾口設備に入るのは容易であった。しかしエアロックを抜けた先は管理局から間借りしているザクロウの管轄となる。

 

 案の定そこから先ではブロックごとにシャッターが下ろされ、ところどころにバリケードが設けられているらしい。つまり、ステーションを制圧するにはそれらをどうにかしなければならなかった。

 

「白兵戦ッスよミドリさん」

「解りました。保安部に連絡します」

 

 こちらも白兵戦に備えて保安部や戦闘技能がある面子を揃え、準備を整えていく。一応宇宙ステーションなので強力な火器は使えないが、マイクロ波で金属を傷つけないメーザー銃やフラッシュバンやトリモチ爆弾といった非殺傷武器がここで役に立つ。

 

 そして扉一枚挟んで敵がいるところに向かうと、装甲宇宙服で固めた保安部たちを先頭に内部に突入する。色は白いが顔が見えない金色のバイザーや体の動きを阻害しない装甲板の配置、それら装甲の合間から見える柔軟性があるインナーアーマー、ぶっちゃけ外見はモロにチーフそれだが、気にしてはいけない。

 

 パワーアシスト機能があるので装甲宇宙服を装着した輩は皆二回りは大きく見えるのだが、そんなのが集団で凄い速さで走り抜けて迫ってくる。敵から見れば威圧感は半端な物ではない。

 

 彼ら保安部員たちの活躍と、軌道エレベーター基部を大気圏突入して強襲した部隊が押さえた事。それにより増援が来なかった上、狭いステーションにあまり人員を置けなかった。様々な理由もあり軌道ステーションにいた敵は全て排除されることになる。

 

 障害となる連中がいなくなればこっちのもの。すぐに地上へ降りる軌道エレベーターのトラムに乗り込んで眼下に広がる惑星ザクロウへと降下したのであった。

 

 

***

 

 

 ユーリ達がまだ軌道エレベーターに居る頃、階下の軌道エレベーター周辺地区は激戦区となっていた。軌道上から降りてきた降下HLVから雪崩のように宙域保安局の強襲降下部隊が現れ、敵は彼らと対峙したからである。

 

 戦っているのは、主にドエスバンの配下とザクロウに潜り込んでいたグアッシュ海賊団であった。彼らは宙域保安局が当然強制捜査を敢行しOISを強引に突破してきたという事情を知っている者たちで、強襲降下部隊が自分達を捕えに来たと思いこんでいた。

 

 その為、各個に応戦していたので、軌道エレベーター基部および周辺設備で激しい戦闘が行われることになった。この事態に困惑したのは、保安局が来る事情を知らない正規職員たちだ。

 

 組織的に犯罪行為をしていたとはいえ、ザクロウにいる全ての人間が悪人という訳ではない。その多くが実直に職務を遂行してきた善良な正規職員たちである。同僚の一部がいきなり変な連中と一緒になって急襲部隊と思われるHLVから出てきた者たちと戦い始めたのだ。どうしていいか解らずに立ち尽くす者が続出した。

 

 一方で我に返った者たちから、緊急事態か何かが起こっていると理解して、あらかじめ決められた避難場所やシェルターに自主退避した。これによって、軌道エレベーター基部周辺のフィールドには、ほぼ敵だけが残ることになった。

 

「くっそう! 何なのあの兵器! 何時の間にあんなモンスターを!?」

「ドエスバン所長からの情報にあんなのなかったぞ!」

「つーか何だよ。あのデカイ大砲。あんなの勝てねえよ」

 

 当初、降下部隊と戦い始めた海賊と配下の連合は、意外にも善戦していた。勝手も知らず降りてきた敵と違い、ホームグラウンドである基部周辺地区での戦いである。どちらが有利なのかは馬鹿でも解る話である。

 

 しかし、そこへ現れたのは、空飛ぶ陸戦兵器と言える怪物だった。

 

 4連装レールカノンを背負い、重ミサイルランチャーを二基、計六発持つ大型の二足歩行機動兵器が突如空から舞い降り保安局側に味方した。降りてくる時はシャトル型であったが一定高度まで降りた途端に変形し、地上のHLVの周辺に降り立ったのだ。

 

 それは、VB-0ケーニッヒモンスター、対艦・対要塞攻撃機として極限まで搭載された重火器と、その鈍重な運動性による被弾を物ともしない重装甲を持つ化け物である。彼らはモンスターはユーリが降下部隊の掩護の為に地上へ派遣した火力支援部隊であった。

 

 彼らは強襲降下部隊に混ざり、その重装甲で敵の攻撃を受け止めたり、バリケードを強力な武装で強引に破壊したり、ミサイルに大型トリモチ弾頭や音響弾頭といった広範囲非殺傷兵器を積んで、それを使い降下部隊を支援した。

 

 拮抗した戦線が崩されて困惑する無法者たち。海賊たちから見ると突然現れたモンスターは保安局の開発した新兵器に見えていた。にゃろめちょこざいなと最近勢力が大きくなり活気づいたことで調子に乗っている彼らは、デカい敵がなんぼのもんだと攻撃の手をゆるめなかった。

 

 一方の各セクションの建物に立てこもり、抵抗を続けているドエスバン配下の職員達は困惑していた。管轄は違うが一応は同じカルバライヤの治安維持組織に所属する彼らは、あんな奇怪な機動兵器が存在しているなんて聞いたことがない。

 

 かと言ってお隣の国との睨み合いで忙しい国防軍ですら、あんな兵器は持っていないので、目の前でふざけた威力を持つ機動兵器の出所が解らず、余計に混乱していた。

 

「ヤベ!デカブツがこっち向いた!皆伏せろ!」

 

 誰かが叫ぶのと同じく、強力なレールキャノンと重ミサイルが、敵が潜む建物付近に目掛けて殺到する。レールキャノンから放たれた電気伝導弾体は建物に当たる手前で破裂し、大音量と衝撃波をまき散らして、建物の外にいた海賊達の内耳に直撃し、平衡感覚を狂わせた。

 

 その数瞬後に着弾した重ミサイルの中身はドロドロの白濁した粘着物質が外にいた者たちの身動きを封じっていった。特に音響弾頭は建物の奥に逃げ込まないと、その強烈な音波により気絶させられてしまうので、この無駄に高性能な対艦兵器の所為で、直撃を食らった拠点はほぼ使い物にならなくなっていった。

 

「くそ!収容施設の方に後退するぞ!このままじゃ全滅だ!」

「あそこなら防衛にはうってつけだ!」

 

 そう誰が叫ぶと、まるで伝言ゲームのように次々と防衛していた拠点や建物を放棄し、後退していく配下と海賊。彼らが立てこもった場所はザクロウで一番に巨大な収監施設であった。

 

 流石の機動兵器も建物の最奥に立て籠られると攻撃が出来ない。何故ならトスカやサマラがどの収容施設に捕らわれているのか特定が出来ないからである。故に彼らは基本施設の外に居る敵にしか攻撃が行えなかった。

 

 敵が施設に立てこもる作戦を取ったので、支援部隊は手出しが出来なくなり、弾薬も乏しいことから一度フネへと帰還していった。しかしそうなると、今度は降下部隊と施設防衛戦力との間がこう着状態へと突入してしまう。

 

 降下部隊が持ちこめる火器は良くても迫撃砲程度である。シーバット宙佐から、正規職員に被害を及ぼさない様に、基本パラライズモードでしか使えない様、火器の使用を限定されていたことも、この膠着状態に拍車をかけていた。

 

 2時間が経過した頃、降下部隊がどうにも攻めあぐねいていると、軌道エレベーターを制圧した保安局の第3第9管域の保安隊と、白鯨の保安部が増援として収容施設前に到着した。

 

 保安隊は強襲降下部隊達と合流後、強襲降下部隊と一緒に収監施設を責めるが、やはり同じようにほぼ要塞のような収監施設に手間取る。そんな彼らを尻目に白鯨保安部からも部隊が進み出た。

 

 重装甲の宇宙服と肩に担ぐような重火器を装備しながら、猫のように素早い身のこなしで遮蔽物に隠れて進む白鯨保安部隊は、収容所の入口に到達すると担いでいた火器を躊躇せずに入り口を守る敵に向けて発射した。

 

 その重火器。バズーカから発射されたのは青いエネルギーの塊であった。これはユーリが持つエネルギー式バズーカの量産型であり、試作品であったモノをバトルプルーフを繰り返したことで、そのデータを反映されたモデルである。

 

 その驚くべき特徴として、エネルギー火器の癖に何故か爆発する。そしてパラライズモードが選択可能であるということだろう。それでいてエネバズ一本のお値段はメーザーライフル5つ分で据え置きいうのだからお買い得である。

 

 このケセイヤ印の高火力武器は、特に今回の様な制圧戦で“なにそのチート武器?”と思わず突っ込んでしまいそうな装備であった。マッドの技術力恐るべしである。

 こうして収容所入口はあっけなく、ユーリの保安部員達に抑えられてしまったのだった。

 

 

***

 

 

 スパルタンみたいなウチの保安部員たちが、行く先行く先でかなりの戦果を挙げているらしいと報告が上がって来ていた。宙域保安局の先駆けのように突入し、敵を乱すとすぐさま後退。後からくる保安局に任せ他の設備に向かうを繰り返しているそうだ。

 

 シーバット宙佐から直々に教導でいいから保安部員の何人かを出向させてもらえないかと打診が来たほどである。体の良いアルバイトだし、訓練方法も重力井戸の調整だけで済むから楽なモンだ。お値段交渉をしないといけないな。

 

 それはさて置き、彼らの奮闘のお陰で敵が立てこもる収容所も残すところ3つ。西館と東館の収容設備と中央にある収容施設の管理棟だけとなっていた。早々に宇宙との玄関口である軌道エレベーターを封鎖したので連中も逃げられないと悟り、必死の抵抗を見せているようだが、すでに半数を落としているので負ける道理はなかった。

 

 一番忙しい山場を越えたので考える余裕が生まれた。地上に設置された臨時作戦司令部の近くに集まった俺達は今後について議論する。さて俺達の姉御は一体どこの施設に居るんだろうかねぇ? 俺は近くに控えている二人の女性に顔を向けた。

 

「バリオさんやトスカさん達って、どこに居ると思う?」

「えーと、恐らくですけど、男の囚人と女の囚人は大抵は分けて捕えておきますから」

「バリオの子坊なら東館、トスカ嬢ちゃんなら西館の可能性があるんじゃよー、と」

 

 二人、ユピとヘルガが俺の問いにそう答えた。ヘルガは言わずもがな強力なコンバットドロイドであることから今回俺の護衛を引き受けてくれている。いやぁ敵と遭遇した時は凄かった。手にしたメーザーライフルで瞬く間に敵を薙ぎ払い、エネルギーが切れたら目からレーザーを放つ。もう怖いもん無しである。

 

 一方のユピは直接的な戦闘力はヘルガに数段落ちるが、旗艦ユピテルの中央電算装置と常時遠隔接続されている為、参謀役として期待している。まぁ現状では経験不足なので経験を積ませる目的で連れてきているというのもあるが……。

 

「ふーむ、トスカさんは女性だから西館でッスね」

「それじゃあ、確かイネ坊が車両を回してたから、それに便乗して西館に直行するんじゃよー、と」

「ああ、そうしようっス」

 

 んで、にべもなく目的地は決められた。バリオさんがいる東館はこれまで大活躍してきた筋肉モリモリマッチョマンの変た……保安部員達に任せることにしよう。

 野郎相手に頑張る気なんて起きないさぁ。 なんくるないさー。

 

 

 さて、イネスが調達してきた車両を乗り回し、やってきましたは西館。いうなれば女囚の館である……何かそう書くとエロいなオイ!とか考えていたらユピとヘルガの両人から抓られた。なんでさ?

 

 まぁそないな事は置いておいて、とりあえず入口付近を制圧する。久々の出番である俺の獲物のエネルギーバズ……あ、トスカ姐さんから貰ったスークリフブレードは額縁に入れて飾ってありますよ? 剣術の心得無いから扱えないんだもんアレ。

 

 とにかく黒くて太くてすっごいのを撫でながら車両から降りると……

 

「へるがパンチ!じゃよー、と」

『『『『『ぎゃわぁぁぁぁぁーーーー!!!』』』』』

「目からビーム(低出力)じゃよー、と」

『『『『『ひょぇぇぇぇぇぇーーーー!!!』』』』』

「ヘルガのこの手がまっかにもえるぅ!お前ら消えろと轟き叫ぶー!はぁくねつ!」

『『『『『ちょ!おま!!』』』』』

「ヘルガ・フィンガー!!」

『『『『『めめたぁぁぁぁぁーーーー!!!』』』』』

 

 海賊達が空で舞っていた(誤字に非ず)―――あえて言おう。ヘルガが強すぎる。

 

 イネスや俺や保安部の指揮を副官に任せてこっちに来ていたトーロの三人で攻撃準備していたのに、彼女一人で入り口に居た海賊50人を普通になぎ倒してしまった。しかも無傷で……敵さんはボロボロではあるが気絶させただけで済ませている。

 

「むー、加減がまだ解らなくて焦がしてしまったんじゃよー。テヘ、なんじゃよー」

「「「「「テヘじゃねぇ!!だがいいぞ!可愛いぞ!!もっとやれ!!!」」」」」

 

 そして女囚の館に来たがったウチの男衆にも病気の人間が多い。なんだよもっとやれって。この後もヘルガとヘルガFCの皆様が海賊や敵側の警備員達をバッタバッタと気絶させて行ってしまう為、俺とかがマジで暇になってしまった。

 

「なんか、スゲェヒマッスね」

「まぁ彼女はコンバットドロイドだし、ある意味運用は間違ってはいないんだろうけどね。確かに暇だ」

「しかしイネス、ユーリよう。正直ついて行くだけだと俺達何しに来たんだって感じしねぇか?」

「トーロの言う事も解らなくもないね」

「ま、ある意味楽が出来るって考えれば、儲けもん何スがね」

 

 薙ぎ払われる敵、時折保護される女囚は酷い事されていたので女性陣が丁寧に搬送する。俺達はそれの報告を聞くだけで本当に暇で……ん、報告?

 

「おーいユピさんや。こっちゃ来い来いッス」

「はーい! なにか御用ですか~♪」

 

 ユピに声かけると何故かスッゴク嬉しそう。まぁこれまでヘルガばかり活躍しているので彼女も暇だったから、仕事が出来てうれしいのかもしれない。後俺に呼ばれたのもうれしいんだとか……ナニこの可愛いヤツ?

 

「ヒマだからデータリンクで他の所がどうなったか教えて欲しいッス」

「解りました!それじゃ少しお待ちください!」

 

 俺達の前方20m先でココの所長配下の警備員が宙を舞っているのを横目に、張り切って与えられた仕事を行うユピ、すこしシュールな絵面である。時間にして僅か5秒くらいだろうか、データを収集し終えたユピは携帯端末のホロモニターに情報を投影する。

 

「えーと、飛び交う通信によると、中央の管理棟は相変わらずこう着状態です」

「あそこが一番戦力が多いみたいだしな。所長いるらしいし」

「俺の部下を送り込んでもいいが、こっちの保安部ばかりを活躍させると、あっちの強襲降下部隊の面子が立たねえからなぁ」

 

 そう、組織の面子を考慮しないと後が怖い。トーロも分かってるじゃねぇけ。

 

「それに今、保安局の強襲降下部隊の精鋭はOISの管制塔制圧に忙しいッスからね。シカタナイネー」

「……なんだ今の? 森の妖精のイメージが浮かんだ」

「僕も」

 

 ああん? なんのもんだいですか?っていかんいかん。フザケるのは後々。

 

「あ、たったいま東館は白鯨艦隊の保安部が制圧しました」

「おう、俺のところにも連絡が来たぜ。バリオと他一名を確保したらしい」

「他一名?」

「名前はライ・デリック・ガルドスさん。どうやらリアさんの行方不明だった恋人みたいです。向こうの監視カメラ映像が中継出来ますけど、どうします?」

「おk、ちょっとだけ覗いてみよう」

 

 せっかくの恋人同士の再開なんだから、これは覗かないとダメでしょう?

 

「では、投影します」

 

 ホロモニターに映像が映され……

 

『―――ねぇ!ライ!ライ何でしょう!』

『あ、リア。久しぶり』

『久しぶりじゃないわよ! 何そのフツーのあいさつ! どうして生きてるなら連絡一つくれなかったのよ!!』

『う~んとね。家に男が来て、ここ研究し放題で高価な機材使い放題だっていうから。その前にリアは何で怒ってる?』

『あんたは――前からマイペースだとは思ってたけど……この研究オタク! 急に居なくなるから私、すごく心配したのよ! 連絡の一ついれなさいよ! なんでいなくなるの!?』

『あ…あ、ああ~…。分かったぞ。つまり僕が黙っていなくなったからリアは怒ってるんだね?』

『だからさっきからそういってるだろうがぁぁあああ!!!』

『アベシ!』 

「ユピ、もう良いッス。なんか見てらんねぇッス」

 

 ぼさぼさ頭のライさんなる男性が、リアさんのドロップキックを受けたところでもう見てられなくなり映像を切ってもらった。もういいや。後は二人の問題だろう。

 

「でもま、リアさん恋人見つかって良かったな」

「まったくだ。普段は普通に仕事してたけど項垂れてた時もあったしな」

「うんうん、仲良きことは良いことッスよねぇ。あれはきっとケンカするほど仲が良いんスよきっと」

「どちらかと言えば、あまりにマイペースなライさんにリアさんが怒って入るんだけど、マイペースすぎてライさんが気付いてないの方が正しいよな」

「そこまでッス。馬に蹴られて死にたくない」

 

 古来より、こと恋人関連はあまり顔えを突っ込まない方がいいのである。

 

 さて、西館東館共に制圧したが、トスカ姐さんの姿は影も形も無かった。どうも俺達が来る以前に脱走していたと刑務官の日誌にそんな記述があったので無事ではあるらしい。

 

 しかしザクロウの主要な施設では見つかっていないので、残っているのは中央の管理棟だけとなる。しょうがねぇので中央の管理棟へ移動することにした。見つかるかはわからないが骨は拾っておかないとな。

 

 丁度、保安局降下部隊もOIS管制塔の制圧が完了したらしく、中央管理棟の制圧を行うらしいので俺達もそれに便乗することにした。他の設備の制圧に行っていた部隊も合流し、一挙に管理棟を制圧する心算のようである。

 

 合流してくる部隊の中に東館で救出されたバリオさんの姿もあった。若干やつれて疲れている感じだが、まぁ一週間痛めつけられていたという割には元気そうである。元気ついでに中央管理棟突入に参加するというのだ。どうも痛めつけられた仕返しをしたいらしい。

 

「管理棟には所長以下多数の配下が立て籠もっている。気を抜くなよ」

「ウイッス。バリオさんも気を付けて」

 

 そんなやり取りをした後、管理棟へと突入を開始した。とはいえ正面入り口は固くシャッターが下ろされ封鎖されている。バーナーで溶断して突入するらしいが準備が面倒そうなので、宙佐に断りをいれてからVFの一機を呼び寄せて入り口をこじ開けてもらった。

 

 囚人の暴動に備えた堅固な入り口であったが、艦艇の装甲板にグーパンチで穴をあけられるVFの格闘ジツの前では唯の金属シャッターなど無力である。てっとり早く開いた入り口を潜り、俺たちは内部へと突入した。のだが……。

 

「ありゃ? だれも、いないな」

 

 てっきり強固なバリケードでも築いて待ち伏せているのかと思いきや。意外や意外、エントランスには人っ子一人見受けることはできなかった。罠か何かかと思ったがヘルガがセンサーでスキャンしたところ、このフロアに生体反応はないという。完全に無人である。

 

「おかしい。おかしいけど、このままここに居るわけにはいかないぜ?」

「そっスねトーロ。うーむとりあえず情報が欲しいッスね」

「それじゃあ、監視室に行こう。あそこならこの施設の全てのサーバーにアクセスできるだろうしね」

「お! イネスあったまいい!」

「俺たちじゃ思い付かない事を平然と言ってのける! そこにしびれるあこがれるぅッス!」

「艦長! 何言ってるんだ!」

「いや、なんかノリで」

 

 

***

 

 

~管理棟・監視室~

 

 イネスの提案で監視室までやってきた。入り口に人気がなかったのと同様、ここまでの道筋も、そして監視室にも人っ子一人いない。激しい抵抗が予想されていたので、ここまでなんの抵抗もないと逆に不気味である。あれだ、SFホラーで急に人が消えて化物が音もなく動き回っているような感じに似てるかもしれない。

 

 とにかく情報が最優先なので、ユピに監視室の端末にアクセスしてもらい、情報の洗い出しを行わせた。生身の俺達と違いナノマシンで出来ているユピは機械には滅法強い。PCに直接触れるだけで彼女の体表面にあるナノマシンが機械の中に流れ込み、直接PCと接続された状態になるのだ。

 

 この時、周囲に放出しているナノマシンが活性化して、その余剰エネルギーが光として見える為、彼女は燐光に包まれているように見える。この光景はいつ見ても幽玄なものである。そんなユピの幻想的な光景を眺めていると、ややあって彼女は顔を上げた。情報の洗い出しが終わったのだ。

 

「所長室の所に隠し部屋があるらしいです」

「悪者の頭領の部屋に隠し部屋。古臭い設定みたいだぜ」

「回線の集中具合からすると、所長のデスクに何かあるかと思います。多分開閉スイッチか何かかと……」

「それじゃあそこに所長は逃げ込んだ可能性が高いッスね」

「ああ、多分グアッシュもそこに居るだろう」

 

 これまでグアッシュが居た形跡は他の設備から見つかっていないので、隠し部屋があるならばそこに居る可能性が高いということになる。

 

 そしてサマラ様の目的は恐らくこのザクロウに居るとされるグアッシュだ。逃げ出した後の数日間痕跡すら残さない程、潜入能力が高いサマラ様たちなら、所長室の隠し部屋について情報を得て向かったかもしれない。そうなると自然とトスカ姐さんも一緒にそこへ向かったことになる

 

「おし、とりあえず隠し部屋に急ぐッス!」

「「「了解!」」」

「了解じゃよー、と」

 

 監視室で情報を得た俺達は、急いで所長室へと向かった。

 

 

 

 

~管理棟・所長室~

 

 満を持して向かった所長室。ここにも人気はなく無人の部屋が唯あるだけである。されどドアの前にあるプレートには確かにここが所長室であるということを示していた。ドアに鍵はかかっていなかったのですんなりと内部に入ることに成功する。

 

 所長室であるが、思ったよりも整頓されており、無駄な調度品なども置かれてはいない。所長なんて言ったら豪華なイスや机に踏ん反り返り、葉巻でもしゃぶっているのがセオリーだと思っていたが予想を裏切られた気分である。

 

 とはいえセンスは壊滅的であるといえよう。なぜなら部屋の照明は紫色であり、壁も調度品も全て紫色なので眼が痛いのである。とりあえず入ってすぐ正面に置かれた所長のデスクに向かい、そこら辺を探してみた。

 

「あった!隠し部屋のスイッチだ!」

「デカしたイネス!――ってマジでスイッチなんッスか!?」

「引き出しの中とか……テンプレすぎるぜ」

「だけどこれ以外は無さそうだよ?デスクのPCには何も無いってユピが言ってたし」

 

 見つけたのはいいが、あからさまにあやすぃ。

だけどこれ以外手がかりなさそうである。ならば方法は一つしかない。

 

「ぽちっとな!」

「「「ちょっおま!」」」

 

 

 俺が躊躇なく思いっきりスイッチを押すと、部屋の奥の扉が動いて、隠し部屋への通路が現れた。本当に隠し部屋空けるスイッチだったのか……ココの所長さん、ある意味ロマンが解る男だったのか?

 

「とりあえず入るッス!」

「ヘルガは2番乗りなんじゃよー、と!」

「あ、ヘルガずるいぞ! 俺は3番乗りだー!」

「艦長もトーロもヘルガも罠あったらどうするんだー!!」

 

 イネスの突っ込みを背に受けて、俺たちはやや薄暗い通路を真っ直ぐ進んでいく。壁と壁の隙間に造られたらしい通路は配管がむき出しで、そこから垂れる水滴が落ちて通路に木霊する音が、妙に大きく響いている。

 雰囲気ある通路を進むと右に曲がるところに続いていた。ほかに部屋や通路らしきモノは無いのでそのまま右に進む。

 

「何気に長い通路ッスね」

「隠し部屋への通路って言いますけど、どんだけお金を使ったんでしょう?」

「それだけ稼いでたって事だろうさ」

 

 その後も真っ直ぐ直進する道が続き、またもや右に曲がる。コレ最終的に所長室の隣の部屋にでも出るんじゃねぇのとか考えてたら、今度は左折だった。分かれ道が無いので、とにかく道沿いに進むしかない。

 

「あ、あそこに誰か座ってる」

「え? 薄暗くてよく見えないッス。まさかトスカさんじゃ?」

「暗いなら灯りをつけるんじゃよー、と」

 

 ヘルガがバイザーについているフラッシュライトを点灯した。光は俺のすぐ前へ延び、座っている人物の方を明るく照らし出した。

 

「くぁwせdrftgyふじこl;@:」

「きゃっ!」

「げぇ!死体かよ」

 

 上からイネス、ユピ、トーロの順である。ヘルガの明かりで照らし出された先には、白い囚人服を纏い、両腕を手錠と鎖で椅子に拘束されたミイラが座っていた。

 

 骨付きや髭が残っているところを見るとおそらく男。ミイラにしては痩せており、手が拘束されている腕置きに引っ掻いた後があるあたり、拘束されたまま放置されて餓死したのだろう。ここはあれか? ホラーハウスかなんかなのか?

 

「ユピ、イネス、頼むから離れてくれ。クビ絞めてるッス。苦しいッス」

「「あ、ごめんなさい」」

 

 いきなりミイラを見つけてビックリしたのか、俺は飛び上がって驚いたイネスとユピに抱きつかれていた。こいつら思いっきり腕を首に回したもんだから絞められた。特にユピの力が尋常ではなく、鍛えて泣ければ危うく意識が落ちるところだった。

 

「ゲホゲホ、それにしてもこいつは誰なんスかね?」

「―――グアッシュのなれの果てさ」

「むっ! 何奴!」

「アンタは声でわからんのかい。あたしだよあたし」

 

 このミイラが誰なのか詳しく調べようとした時、ミイラの向う側から声が聞こえた。ヘルガが声がした方に明かりを向けると明るみの中にトスカ姐さんがいるではないか。彼女のとなりにはサマラさんの姿も見える、目立った外傷らしきモノを追ってはいない。

 

「はぁまったく。それはいいとして、グアッシュはココに閉じ込められて飢え死にしたんだよ」

「名の通った海賊にしては、哀れな死に方だがな」

 

 サマラさんはそう言って、グアッシュのなれの果てを蹴る。風化しかけていたグアッシュの亡骸はガラガラと骨の音だけを鳴らして崩れてしまった。あおん、いくら敵だったとはいえ遺体にご無体な。

 

 まぁ野郎の死体はどうでもいい。それよりもトスカ姐さんだ!

 

「トスカさん! サマラさん! 無事だったんスね! ボカァもう心配で心配で!」

「はは、心配してくれたんだ「もう辛抱たまらん」ってキャアァァ!!」

「おお、中々情熱的な少年だ。よかったなトスカ婿がいて」

 

 久しぶりに再会した姐さんに喜び過ぎた俺は、気が付いたら鍛えた身体機能をフルに使って姐さんを思いっきりハグしていた。あまりにも長い間彼女と離れていた所為でトスカニウムが不足したのかしらん?

 

 そんでまぁ、再開の喜びに我を失っていた俺は抱き着いた拍子に腕に力込めたのよ。そしたらなんか普段は聞けない可愛らしい悲鳴を上げるじゃないッスか? よけいに腕に力入るってもんで……、ああ柔らかいなぁ、むふぅ。

 

「こんの、バカ! 恥ずかしいだろ! 離れ、離れろっての!!」

「あぎふん!?」

「見事なレバーブロウ。うではなまっていないなトスカ」

 

 普段ならこんなセクハラ染みたことはしないのに、周りの目も気にせず抱き着いた俺は、顔を真っ赤にした姐さんの容赦ないレバーブロウで内蔵を揺さぶられて、そのまま地面と熱いベーゼを交わす羽目になる。

 

 心なしか俺の行動を見ていたユピやヘルガの眼が冷たい……ごめんよぉ、我慢できんかったのよぉ。でも後で冷静になって考えると俺がしたことってセクハラなんだよな。そりゃ女性陣の目も鋭くなるか。

 

「はぁはぁはぁ……と、とにかく私の言った通りだったろサマラ」

「だな、まったく賭けに負けてしまった」

 

 そんなセクハラ小僧の背中に足を乗せて踏みつける姐さんは、サマラ様と何故かマネーカードのデータのやり取りしていた。つーか、賭けって何?

 

「ああん? ユーリが一番乗りでキチンと迎えに来るかどうかって賭けだ」

「そうしたら、本当にお前が一番乗りだ。保安局員がさきかと思ったんだがな」

「でも、お二人とも、よく無事だったよな? ずっとここにいたのか」

「そうだよトーロ。上手いこと脱獄した後で色々調べてこの部屋を運良く見つけたのはよかったんだが、調べている最中に所長に気付かれてね。そのまま閉じ込められちまったんだ」

 

 なんともドジを踏んだとあっけらかんとしているお二方。だけど冷静に考えると二人とも下手したらミイラグアッシュと同じ運命になってたんですけど? いくら医療技術が進んでいるこの世界でも、さすがにミイラからのアンチエイジングは範囲外です。

 

「ということは、やっぱり所長が海賊とつるんでいたんですね」

「そうじゃあないぞ細見眼鏡。ヤツがグアッシュなのだ。収監したグアッシュを殺し、すり変わった所長がココから資金を渡して部下に指示を出していた」

「あの、僕にはイネスって名前があります」

「細くて眼鏡かけているし、名前で呼んでほしいのかい? この無慈悲な夜の女王に」

「すいません。遠慮しておきます」

 

 しかし、聞けば随分と壮大かつ考えられた仕組みだ。これなら幾ら海賊や部下を捕まえても最終的に送られる場所には頭がいる。すぐに秘密裏に釈放されて仕事に復帰できるって訳だ。しかも監獄惑星なんて普段は誰も来たがらないから秘匿性も高い。

 

「とりあえず、シーバット宙佐に連絡しておこうッス」

「宙佐と回線をつなぎます」

「うす、ユピ頼むッス」

 

 ユピが回線を繋げ、すぐに通信に中佐が現れた。俺達はココで知った事をすぐに報告する。報告を聞いている宙佐はさらに眉間の皺を深くしていった。

 

『むぅ、そうか。所長のドエスバンが、な』

「ヤツはまだ見つかって無いんスか?」

『どうやら我々がOISを突破している間に逃げていたらしい。捕まえたヤツの部下だった者からの情報だ』

 

 どうやら、俺達がこの星の制圧に手間取っている間に、ドエスバンはとっとと逃げだしていたらしい。まるでネズミかゴキブリ並みにしぶといヤツである。俺達とすれ違わなかったので、どこかに連中しか知らない秘密の航路か何かがあったんだろう。

 

 だが追い詰められたヤツが逃げた大体の行き先は解るなぁ。というかあそこしかないだろう。グアッシュ海賊団の本拠地、『くもの巣』しかあるまい。

 

「では、ドエスバンが逃げたのなら私は追いかけさせて貰う。この星の奥にグアッシュの本拠地“クモの巣”に通じる航路があるからな。ヤツが逃げるとしたら、そのルートしか有るまい」

『待ちたまえ。我々はココの後始末でまだ動けないんだ。それを待ってから――』

「ソレでは追撃は間に合うまい。それに私が約束したのは連中を潰すと言う事だけ……。保安局と一緒に行動する気は毛頭無い」

 

 そして何者にも縛られない自由な大海賊サマは、所長ドエスバンの追撃する気満々らしい。彼女がそう言うと、突然施設全体を揺るがす振動が駆け抜ける。この腹の底に響くような重たい振動は重力波によるものだろう。

 

 どうやら管理棟上空にフネが来ているらしい。このタイミングでザクロウに降りてくるフネなど一隻しかおるまい。サマラ様の乗艦エリエロンドが降下してきたのだ。

 

「迎えも来たようだな。私は行くぞ」

「俺達も行くッス。あいつ等を倒さないと先に進めないッスからね。それに綺麗なお姉さんを、あの所長の視線の中で過ごさせてしまったお詫びも兼ねて」

「ふ、好きにするがいい。私は先に行っている。ところであまり綺麗とかの世辞を女性に対し素直に言わない方が良い。後ろが怖いぞ?」

 

 彼女はそう言い残し、踵を返すと俺達に背を向け管理棟の外へと向かっていった。 さっきの重力波振動の原因であるエリエロンドに乗り込むのだろう。俺も彼女に続くべく、宙佐との通信を終わらせて、皆を引き連れて管理棟を後にした。

 

 ところでフネに戻ったら、ユピやヘルガやトスカ姐さんと何故かチェルシーにつねられた。すんません、綺麗なお姉さんには世辞言わないといけない気がしたんですぅ! ゆるしてくだしゃぁ!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第25 話、カルバライヤ編~

■カルバライヤ編・第二十五章■

 

 

 監獄惑星ザクロウの制圧はほぼ保安局の思惑通りに進んでいた。所長ドエスバン・ゲスは半日も前にザクロウから逃げ出していたものの、人身売買や密輸の拠点と化していたザクロウを浄化出来たことは彼らにとっては大きいだろう。これで海賊に捕まった人々が不幸になる流れを断ち切ったといえるのだから。

 だが、残念ながらザクロウは唯の中継拠点であり、大元のグアッシュ海賊団はいまだ健在であるのは確定的に明らか。ジェロウ教授が行きたがっている惑星ムーレアへの航路は海賊本拠地を跨いで反対側に延びているのだ。ムーレアに向かうのであれば航路を掃除しておかないと後顧の憂いとなりうるのである。

 

「エコーさん、サマラ様どこに行ったか解る?」

「もう索敵圏から離脱しちゃって居場所は不明~。だけど向かった方向と座標はトレース済みだから、そっちに進めば道は見えるとおもうわ~」

「うむ。ではエリエロンドを追いかけるッスかねぇ」

 

 さて、ドエスバンが海賊本拠地に向かったと確信しているサマラ様は、さっさと海賊本拠地へ続く秘密の航路へと向かってしまった。ユーリ達も彼女の後塵を拝するべく、急ぎ軌道ステーションに舞い戻ると、すぐさま出港準備に入った。

 ザクロウ近郊での艦隊戦に続き、地上では大規模な陸戦と施設制圧を行ったので、連戦続きのクルー達に疲労度の蓄積が見られる。だが、サマラ様が光陰矢の如く足早に向かったように今が攻め時であるとユーリ達も確信していた。

 

 

 そんなこんなで艦内も慌ただしい。特にユピテルの格納庫では出撃したVFとVBが順次帰投してくるので、帰投した矢先から整備と補給を急ピッチで行っていた。

 このように、ザクロウを制圧した後も整備班達の手が休まることは無い。戦闘中はダメコンや帰還した戦闘機隊の弾薬補給もやるので、戦闘の前後どころか戦闘中も整備班はずっとフネの屋台骨を支えていると言っても良いだろう。

 

「おい、はんちょーはどした?」

「あん? しらねぇーな。おい新入り、知ってか?」

 

 格納庫の一角、3人一組と整備ドロイド多数で損傷機体の整備を行っているチームの一人が、彼らのリーダーであり今は姿が見えぬケセイヤはどこだろうと、作業の手を休めずに仲間に尋ねていた。尋ねられた仲間も知らないらしく、彼はもう一人のチームメイトで新人である人物に声を掛けた。

 

 フェニックスの整備ハッチに頭を突っ込んでゴソゴソ動いていた新人は、先輩の声にモゾモゾと反応し、整備ハッチに半ば食われているように見えていた上半身を起こした。

 炭素粉末に汚れた作業着を纏い、ショートの金髪を作業帽で抑えた格好をしたその人物。顔の頬に機械油をべっとりと貼り付けた蒼眼の少女……そう、女の整備員が顔をのぞかせていた。

 

 彼女は最近になって乗組員募集情報を見て白鯨に加わった数百人の新人の一人である。当初こそ整備班は湧いた。なんせ男所帯である整備班に加わった初めての女性整備士なのだ。容姿も化粧っ気がなくて少し残念だが悪くなく、男の巣に舞い降りた一輪の華。男共の中の紅一点ともてはやされた。

 

 しかし、そうもてはやされたのは今は昔である。仲間に加わってから数週間で彼女の恥じらいのなさ、男女間の性の違いを感じさせない付き合い、そして私生活が幻滅する程だらしないということが整備班の内で広まり、今では普通の男整備士と扱いが変わらなくなっていた。

 

―――そして何よりも彼女には他の女性と違う特徴的な部分があった。

 

「班長さんだったら今は“外”に出てるだ。なんでも“アレ”を完成は無理でも可動くらいはさせたいらしいだよ」

「ふ~ん、ま、いつもの病気だからしかたねぇか」

 

 少女は、ひどく訛った言葉づかいをするのである。訛りというのはは別に悪い事ではない。むしろそういう他人と違う穿った特徴がある方が可愛いと豪語する人間もいる。されど、やっぱり標準語に慣れていると、訛った言葉を使う少女相手では色々とヤル気になれない。なんというかイモっぽい匂いを感じて手を出せないのだ。

 そのお蔭か野獣の巣にいるにも関わらず、少女はまだ純粋でいられた。もっとも男所帯が長すぎて紳士率が高めの整備班、手を出そうにも互いに互いを牽制し合うところなので、仮に彼女にちょっかいを掛けようとしたら、リンチが待っているのはいうまでもない。

 

「それじゃ俺達は班長が戻るまでに、仕事終わらせっぞー! 今日のユピテル食堂の一押しは、チェルシーちゃんの手作りスープだってよ」

「「「「や る ぞ ー ! み な ぎっ て き たぁーーー!!!」」」」

 

 まぁそんな訳で最近の整備班たちの癒しは再び超正義妹様であるチェルシーに戻っていた。今日も格納庫では男らしい声が響き渡る。その内容は聞くに堪えないモノだったが、コイツらに何言っても無駄だろう。

何故ならコイツらは、“漢”達だから! 浪漫が大好きな大きな大人達だからだ! 尚、かの少女も機械弄りに関しては整備班の野郎たちと寸分違わぬ“漢”なのは言うまでもない。

 

 まぁそんな感じで急ピッチで作業を行う整備班だった。

 

 

***

 

 

 白鯨艦隊はエリエロンドに遅れてザクロウの宇宙港から出港した。進路はやってきた方向とは反対方向、ザクロウから続く『くもの巣』へ繋がる秘密の航路である。 

 今からエリエロンドの航跡をたどり、逃亡したドエスバンの追跡を行うのだが、すでにドエスバン逃走から半日が経過しており距離が空いてしまっている。今から追いかけてもドエスバンのくもの巣入りは止められないと結論が出た。

 

 それでも俺たちは出港した。あんにゃろめ、詳しく聞けばトスカ姐さんたちがグアッシュのミイラがある隠し部屋に入ったとき、そのまま隠し扉を閉めて鍵をかけ、姐さんらを閉じ込めたというではないか。

 そこらへんの原作展開をてんで忘れていたので、もしも俺達が早めにザクロウに突入しなければどうなっていたことか……。グアッシュのようにミイラにはならないだろうが、変わり果てた姿になっていた可能性は十分にあり、背筋が凍る思いだった。

 

 幸い閉じ込められたのは二日程度であり、脱獄後に物資を頂戴して水筒等を持ち込んでいたお蔭か少し過労した程度で済んだらしい。彼女曰く『ちょうどいいダイエットだったよ、はは』と笑って心配するなと、俺の額を小突いて言っていたが、それはそれである。

 ドエスバン、お前はやってはいけないことをやらかして俺を怒らせた。それはたった一つ、たった一つのシンプルな答えだ。テメェは俺の大事な仲間であるトスカ姐さんに酷い事した。

 俺は彼女の為に怨念返しをしてやらねばならない。やろう、ぶっ殺してやる。

 

―――いや少し落ち着こう。トスカ姐さんと離れすぎていたからか、あまりにも我を見失っている。そうだクールに行こう。ひっひっふー、ひっひっふー、ラマーズ法は偉大だ。大体のことはこれをすれば何とかなる。

 

 ふぅ、怒りを落ち着けたが、やはり腹の中にくすぶるモノはあるな。覚悟はしていたが下手すればトスカ姐さんが死んでいたかもしれないという現実は、ずっしりと俺の胃袋に伸し掛かっていた。改めて、俺は彼女が大事なのだと思い知らされる。

 

 

 まぁ、この怒りはこの後ドエスバンに十二分にぶつけまくるからいいとして、ザクロウを出港してからしばらくして暇な時間が生まれた。これはあまり早く向かい過ぎても、フネとクルー双方に負担が掛かりすぎるので、巡航速度で向かうように指示を出したからである。

 とはいえ巡航速度でも十分に早いので到着するのは結構速い。この貴重な時間を有効に利用する為、まずは戦闘で頑張った人々を優先して休息に入らせた。この後大規模な艦隊戦が控えているので少しでも英気を養っておいてもらいたいという配慮である。

 

 そういった英気を養いたい中で人気のスポットは医務室であったりする。実はサド先生の所では公然と酒が飲めるのだ。飲酒は規制していないが、戦闘を控えているのでバーは閉鎖中、食堂も食事が優先されていて飲酒できる空気ではなくなっていた。

 その為、怪我もしていない連中が集まり酔わない程度に酒を酌み交わしていた。一部は痛飲していたが、場所が医務室なので非常時には苦~いアルコール分解剤を飲まされるので問題ない。

 一応プライベートな空間である自室での飲酒は大目に見ているのだが、やはり一人で飲むよりかは複数で飲みたいという人間心理なんだろう。

 

 それはさて置き、俺も暇が出来たので、とある場所に来ていた。

 

「はぁ~~、飯がウメェっス~」

「ふふ、おかわりも有るよ!」

 

 元気な声で配膳してくれる美少女な義妹にほっこりする。いやぁ悪いねェチェルシー。

 

 そう、やはり人間である以上、エネルギー補給の手段として飯だけは外せない。食事と言うのは只単に生命活動維持の為のエネルギー補給という訳では無いのだ。美味い食べ物を摂取することで、美味いという心地良き刺激により日頃のストレスといった疲れを癒すことができる。

 また俺の中の癒し成分が現在かなり不足している状態となっている。癒し成分はユピで補完していたが何か足りないのだ。そうなんていうか、同じ料理だけじゃなく、もっと違う感じのを摂取したいという感じに似ている。栄養バランスって大事なんだよ。

 

「うん、あれッスねチェルシーの料理の味は、どこか安心する味ッスね」

 

 美味いごはんを食べ、ついつい漏らした本音。そう安心できる味っていいよな。そんな感じのことを呟くと、チェルシーは小首を傾げている。おや、可愛い仕草。

 

「安心する味って普通過ぎるの? タバスコ掛ける?」

「はっはこやつめ。その赤い瓶をしまうんだ」

 

 ちょいまて。なぜ刺激を強くするのだ。しかもそれ唯のタバスコじゃなくてハバネロベースじゃね? さすがのユーリさんも辛すぎると胃に穴開いちゃうかららめぇ。

 

「でもこの間ティータが言ってたよ? 辛い方が美味しいって」

「んー、好みは人それぞれッスから。それに安心する味ってのは、いわばお袋の味みたいなもんだ。味が濃かったり豪華過ぎない素朴の味。また食べたくなるような、お母さんから教えられたような。そんな味だよ」

「また食べたくなる味。うん、私の味はお袋――お母さんの味なのね」

「まぁ教えてくれたのはタムラさん? もしそうならおやじの味なんスけどねぇ~」

 

 そう呟きつつスープを食らう。お、ミネストローネっぽい味。うめぇわ。

 そういえばさりげなく彼女の作る料理も食堂のメニューに加わってたりするんだよな。日々過ごすうちに彼女も成長していらっしゃるんだねぇ。ゲームでいうところの経験値を得てレベルアップして生活関連のスキルが向上しているんだろう。

 なんにせよ、美味い飯は大事。うまうま。

 

「はぁ、それにしても書類整理が無いのはありがたいッスね~」

「そんなにお仕事大変なの?」

 

 食べ終わった俺はお茶を手にそう呟いていた。

 

「ほれ、ココ最近チェルシーに会いに来れなかったじゃん? アレ全部トスカさんがいなかった分の仕事が俺に回ってきたからなんだよね」

「そう言えば食堂で話すのなんて、本当に久しぶりな気がするわ。出前ばっかりだったし……大丈夫?」

「おう。とりあえずトスカ姐さんが復帰したから楽になる……筈」

「体壊すまでやったらだめだよ?」

「うん、気をつけるッス」

「約束だよ? ユーリが倒れたら皆が心配するんだからね」

「うん、大丈夫。何せ部屋で鍛えてるから」

 

 そういって力瘤を……あれ? ねぇぞ?

 

「どこ行ったのかね~って。あ、いたいた。ユーリ、そろそろブリッジ待機の仕事に戻ってくれ」

 

 んな訳あるか、もっとよく探せと俺が力瘤を探していると、いつの間にか来ていたトスカ姐さんが後ろから声をかけてきた。俺はふと食堂に掛けてある時計に眼をやる。確かに俺に与えられた休憩時間ギリギリである。食べながらチェルシーと話している内に時間が経ってしまったようだ。

 正直食べ終わってすぐなのでまだ動きたくないし、サボりたいという衝動が沸々と湧き上がるがそれに蓋をする。こんな俺でもユピテル艦長で白鯨の艦隊司令官でもある。数千人を超えた部下たちが俺の号令に従い働いてくれている中で一人サボれるものかよ。

 内心はサボりたーいと叫びながらも奮起し、頬を叩いて気合いを入れた。

 

「しゃーない、仕事に戻るべ」

「むむ、トスカさん。ユーリは貴女がいない間も頑張ってたんだから、もう少しお休みがあっても良いと思います」

「んー、悪いねチェルシー。そう言いたいのはこっちも何だけどね。ユーリはこの艦隊のトップだから休むに休めないのさ。ま、私も復帰できたから、ちゃんと支えられるけどねぇ」

「とか言いつつ、以前隣で酒飲んで“私は監視の仕事をしてるのさ”とか言って、見てただけの人がいたッスけどね」

 

 ジト眼でトスカ姐さんを見上げると眼をそらす彼女。自覚があるなら改善してくだせぇよ。ま、俺も人のこと言えない時あるから強くは言わないけどね。さてカンチョーのお仕事に戻りますかね。とほほ。

 

……………

 

……………………

 

……………………………

 

 

 食堂を後にし、並んで通路を歩く俺達。歩きながら先ほどの書類関連のことについて思い返していた。実は今、主計課を新たに創設することを構想している。これまではクルーの数も少なく、またユピの助けもあり回せていたが、今回の姐さんがいない期間の忙しさを体験した俺は一肌剥けたのだ。

 

 一応、書類上ですでに主計課は開設されており、今後の予定では小さいながらも主計課室のモジュールも組み込む予定である。問題は、まだ人員を配置していないのでイメージボードみたいなものだということだろう。

 

 ああ、計算に強い人を募集しなければ……新しい部署を軌道に乗せるには、まだ時間掛かるだろう。でもワンマンシップじゃなくなった訳だから任せられる所は任せよう、じゃないと俺が過労で死ぬ。間違いなく死ぬ。

 

「まったく、あの子も心配性だねぇ。アンタ愛されてるよ色男」

「良い娘ッスからねぇ。兄である俺も鼻が高いッス」

「お、生意気言うねェこのこの」

 

 死ぬ死ぬと内心呟いていると、後ろを歩いている姐さんがちょっかいを出してきた。さっきのチェルシーがトスカ姐さんに対して進言したことを、彼女が成長したと喜んでくれているようだ。チェルシーもある意味古参の一人だから姐さんにとっても妹みたいな感じなのかもしれない。

 でも姐さん、俺を突くのやめて。くすぐったいお。おっきしちゃうお。

 

「なぁユーリ」

「ン? 何スか、トスカさん」

 

 俺を突いていた彼女が急に真面目になるのを感じて、静かに次の言葉を待った。なにやらトスカ姐さんは虚空を見ながら、あーとかうーとか呟いている。どうやら何かを言おうとしているが、言いづらいのか言い淀んでいる様な感じである。

 何だろうかと思いつつも、俺は彼女の様子を何も言わず見ていた。少しして意を決したのだろうか、彼女は至極言いづらそうに俺に問いかけてきた。

 

「―――他の奴らから聞いたよ。結構、アンタ無理してたんだって?」

 

 囁く様にして告げられたそれは、俺を心配しての言葉だった。そりゃ彼女は意外に乙女な上、普段は姉御肌で通しているのだ。彼女の性格を考えると、こういう風に尋ねるのは抵抗があるんだろう。

というか隠しているつもりだったが仲間にはバレバレだったってことかね。そりゃ、随分と恥ずかしいこった。

 

「ん~……やっぱ見てる人は見てるんスね」

「なんでそんな無理したんだい? 私が知ってるユーリならもっとこう、無理しない範囲で普通にこなすと思ってたんだけど……」

「なんて言うか俺の隣が涼しくて落ちつかなかったんスよ。だから慌てちゃいました」

 

 実際それだ。僅か一週間であったが、この時に感じた居るべき人がいないという感覚は、かなり俺を消耗させた気がする。いつもそこにいたのに、いない。寒風吹きすさぶ思いであった。

 だから思わず無理してましたテヘ☆とぶっちゃけたら、なんか余計にトスカ姐さんが心配するような眼で見てきた。強がっているのが看破された? それともテヘが気持ち悪くて頭の心配された? どっちにしても誤魔化せそうか解らんなぁ。

 

「でもちゃんと戻ってきてくれるって信じていたんス。そしたらちゃんと戻ってきてくれた。これほど嬉しいのは早々ないッスよ」

「ああ、ああ。心配かけさせちまったんだね。ゴメンなユーリ」

「良いんスよ心配かけて。だって俺らは仲間じゃないッスか」

 

 なんか居た堪れなくなり、そう畳み掛けていうと、トスカ姐さんは眼を細めて俺に近寄り抱きしめてきた。少し驚いたものの、慈愛と親愛が込められたハグだと感じ、俺も彼女の背中に手を回し、同じように抱きしめて返す。互いの心音が解る距離。暖かい……なんだか落ち着く……。

 

 どれだけそうしていたのかは解らないが、やがて互いに満足したのか、自然とハグを終えた。なんだか恥ずかしく思い顔に血が上がるのを感じるが、姐さんを見ると俺と同じく少し顔が赤い。お互いに赤面している、それが何だかおかしくてお互い自然に笑みが浮かんでいた。

 

「行きますか」

「ああ」

 

 その時聞いた『ああ』の一言は、これまで聞いた彼女のどの言葉よりも暖かいものだった。なんだろう元気が出たわ。そんな悪くない気分で俺たちはそのまま歩き出したのだった。

 

「ふふ……。(自分の為に必死になってくれる。女なら誰だって嬉しいもんさ)」

「うぅトスカさん羨ましい……艦長ぉ~~」

 

 はて、どこかでユピの声が聞こえたような? 気のせいか?

 

 

***

 

 

「艦長~、レーザーに感~。小惑星と思わしき十数㎞クラスの岩石塊の近くにエリエロンドの反応を検知~」

「どうにか間に合ったみたいッスね。ミドリさんホロモニターに――」

「投影します」

 

 ザクロウとくもの巣を結ぶ秘密航路のちょうど中間点にあたる座標において、エリエロンドに追いつくことができた。いや、エリエロンドがここで何かをしていたから俺たちは追いつけたのだろう。エリエロンドはいま、彼女の数十倍はあろうかという大きな小惑星の傍に静かに停泊している。

 

 ここに何かあるのだろうか? そう思っていると。

 

「む? 艦長、あの小惑星の内部から高濃度のインフラトン反応が出ている。恐らくだがあの小惑星は移動基地の一種じゃないかと思う」

 

 サナダさんの報告に思わずホロモニターを凝視した。小惑星基地、小惑星基地だ。大事なことだから二度言った。これまで宇宙ステーションは数多く見たが、小惑星を刳り抜いて基地化した建造物は初めて見る。これは良く見ておかねばなるまい。

 

 まだ距離がある所為で映像はハッキリと映らないが、やがて光学映像に捉えられる距離に到達したことで小惑星基地の全貌がホロモニターに投影される。白っぽい岩石系の小惑星に、まるで虫食いのようにパイプや噴射口と思わしき物体が付きだしてるその姿は、まごうことなき人の手が加わった物である。

 

 宇宙を航海する宇宙船とはちがう岩盤がむき出しの無骨さは、それすなわち力強さを見る者に与える。各所にあるクレーターや左右上下非対称な形も実にそれらしい。しかもエンジンが付いていて移動可能。なんて浪漫汁溢れる建造物なんだろう。俺もこういうのいつか作ろうかな。

 

「おおきい。だれが作ったんだろう?」

「イネス、これは多分サマラが持っていた衛星基地だ。エリエロンドが居るのがいい証拠だ」

『その通り、これは私の持つ航行基地コクーンだ』

 

 イネスが呟いた疑問にトスカ姐さんが解説していると、唐突に新しいホロモニターが投影され、そこには無慈悲な夜の女王が……ああ、モニターに! モニターに! 行き成りすぎて俺のSAN値が減少した。アイディアロール回さないと……って違う違う。

 

「ひそひそ(どうやら、強引にアクセスしてきたようです艦長)」

「ぼそぼそ(……なるほど実に海賊らしいッスね」

『何を声を潜めているのかは訪ねないが何か不愉快だな』

「いえ、強引な通信接続に驚いただけッス」

『それが海賊だ』

「ですよねー」

 

 まぁ海賊なんだし強制接舷の時に敵に降伏を告げるハッキング装置くらい常備しとるわな。ふと背後を見るとユピが悔しそうな顔をしている。どうやら彼女の展開しているファイヤーウォールや電子防壁をすり抜けてハックされたらしい。すげぇなエリエロンド。

 

「だけどいいんスか? 大事な基地をお披露目しちゃって? 一応、何隻か保安局艦(お目付け役)も一緒に来てるんスよ?」

『かまわんさ。じきに廃棄する代物だ。重要なモノはすべて取り払って有る』

「廃棄?――あー、成程」

 

これだけの基地を廃棄、その意図は……成る程成る程。これはまた実に豪快な作戦じゃないか。ウマくすれば宇宙に大きな花火が出来るぜ。しかしふと思ったが、これだけ大きいと遠方ですぐに探知されちゃいそうだ。そういや『くもの巣』には専用のミサイル巡洋艦がいたような……。

 

 

「そういやサマラ様。奴さんらの拠点、巨大ミサイル詰んだフネが防衛してるッスよ?」

『何だと?』

「ウソじゃねぇッス。ユピ」

「データ転送します」

 

 以前の偵察した時のデータを送る。解析の結果、ミサイルの全長は100mないしは150m以上と推察されており、非常に大きな威力を持っている可能性が示唆されている。それら戦術考察付きデータを見たサマラさんは、ちょっと顔をしかめた。

 

『まったく、こんなバカな改造を良くやる』

「俺もそうおもうッス。完全に機動性を無視してるッスからね。拠点近辺だけ守れればいいんだという割り切った設計ッス」

 

 運用的にはかつて水上艦であった沿岸防衛巡洋艦に近いな。航行機能や居住性を犠牲にし、装甲や火力にステータスを割り振ったような感じ。ドン亀だから攻撃すれば怖くないが、その火力は侮れない。

 

『こちらが先手を打てれば、楽勝で倒せるんスが」

『そうなる前に、剣山にされてしまうか』

 

 そう言う事である。つーか剣山って言葉よく知ってたなサマラ様。もしかして花道とかが、まだこの世界にて継承されている可能性が微レ存? 将棋もお茶もあったし、もしかしたらあり得るかもしれないな。でもサマラ様と花道、にあわねぇ。

 

『なぁなんだか無性にリフレクションショットで貫きたいんだが、的になってくれないか?』

「すいませんでした。なんだか知らないけど許してください」

『それはともかく、作戦を変更しなければならないか』

「ともかくってやる気? 流してほしいッス。まぁ相手もミサイルっていう実弾兵装ッスから無限にあるって訳じゃないのがありがたい話ッスね」

『アレだけデカければ迎撃も容易なのもな。だが、数が数だろう?』

「そう何スよねぇ。ホントどうし――『お困りの様だな!艦長!』――む、あえて空気を読まないこの声は!?」

 

 また通信に割り込みが入った。サマラさんは少し眉を上げ、俺は知っているヤツの声に顔を顰めて頭を手で抱える。だがヤツはそんなこたぁ関係ねェとばかりに声を張り上げた。

 

『こんなこともあろうかと! ギリギリ突貫工事だったが、なんとか“アレ”を完成までこぎつけたぜ!』

「あれって以前、許可を出したあれッスか?!」

 

 それは少し前、まだトスカ姐さんが帰還する前に、ケセイヤとマッドたちが戦力増強案の一つとして提案した草案。完成したというのか、アレが。

 

『おうよ!――と言いたいところだが流石に時間が無くてな。突貫工事で簡易ユニットを接続して改造したもんだけどな。だがなんとか動かすことは出来るぜ! コイツなら、ユピテルの電算機能とAEWの機能を併用することで、アウトレンジからでも攻撃が出来る! 問題はぶっつけ本番ってとこか』

「いや、あれをこんな短期間で作り上げる方が凄いッスよ」

『小僧、出来れば、そろそろ説明して欲しい。ソコな男は何を作った?』

 

 ケセイヤとしていた話を簡単に説明した所、なんとサマラさんも乗ってきた。

 とりあえず、俺達は一度二手に分かれ、サマラさんのエリエロンドとは別方向から攻撃を仕掛ける事で合意したのだった。

 

 

***

 

 

 時間は少し戻り、オールト・インターセプト・システムを宙域保安局と謎の艦隊が強引に突破を図っているという報告をドエスバン所長が受けたのは、その日の朝食の最後の一口をいただこうとした時であった。

 

 手にしたゆで卵を放り投げ、すぐさま自分のところのホロモニターにOIS近辺の情報を転送し情報を吟味した。警告を無視し、真っ向からOISに突っ込んでくる宙域保安局の電撃的な動きを見たドエスバンは、驚愕と同時に納得してホロモニターを閉じる。

 思わず放り投げてしまったゆで卵を眺めながら、溜息を吐いてイスに寄り掛かった。彼は、いずれはこうなるだろうとは思ってはいた。こう見えても監獄の長にまで登り詰めた男である。自分が仕出かしていることが、この宇宙でどれだけの罪なのかくらい理解している。もっともまったく罪悪感もないので反省はしないがそれはそれである。

 

 彼は残った朝食を口に放り込みながら今後を考える。ここザクロウは渡航許可がない如何なるフネも通さぬ絶対防御圏であるOISにより外界と遮断されている。一種の要塞ともいうべき場所なのだ。それなのに保安局は強引に突破を図っている。何故か?

 カルバライヤ宙域保安局もこのOISの強力無比な迎撃能力を知っている筈だ。こと保安局を束ねるシーバット宙佐はカルバライヤ人の中では冷静な男であり、無駄な被害を嫌がる傾向がある。それなのに強引に突破を図っている。何故か?

 

 食後の茶を飲んだ時、彼の脳裏に閃くものが生まれた。これはつまり、ザクロウを私有化して奴隷商売を行っていた証拠を掴まれたのだろう。そして逃げられないように、快速を持って一斉検挙。これだ。これしかない。

 

 保安局の目論見を結論付けた男は、そのままカップをソーサーに降ろし、自動洗浄回収口に食器を押入れて立ち上がると自室から出て行った。そのまま宙域保安局との壮絶なる戦いに赴く……のかと思いきや、彼が真っ先に向かったのは監獄長専用艦が置かれている宇宙船ドックであった。

 

 彼は意外と冷静に考えることができる男だった。ザクロウにおける自身の地位が音を立てて崩れたと理解したので、すぐさま脱出することにしたのである。なにせ居場所が割れている上、ここザクロウは守るのには適しているが攻めにも逃げにも適していない惑星なのだ。

 

 また戦力もほとんどいない。なぜなら私有化といっても表面上は監獄として機能していることを悟らせない為に、犯罪行為に加担させた配下はすくなく、『くもの巣』から派遣させ潜り込ませている海賊配下も数える程のグループしかいないのだ。

 先のデータには艦影情報があったが、OISに接触する前には20隻以上いたと出ている。明らかに戦力が少なく、おまけに配下は連携が拙い。勝てるわけがない。

 

 だから彼はさっさとこの地に見切りをつけた。幸い成り代わり工作のお蔭でグアッシュ海賊団は完全に手中に収めている。戦力が少ないここで奮闘するよりも本拠地の一軍に匹敵する大戦力をもってして迫る敵を撃破した方が色々と楽だと考えたのである。

 

 しかし、いまここで関係者全員が逃げるという訳にもいかない。なぜなら保安局は一気呵成にザクロウを目指している。このままではすぐにザクロウ上空に艦隊が出現してしまう。それでは困るのだ。それではグアッシュの長たる自分が逃げられない。

 

 彼はドッグに急ぎながらごく一部の使い勝手が良い部下だけについてくるよう連絡を入れた。この際だ、仕事ができる部下は連れて行き、出来の悪い阿呆には敵を足止めする名誉をくれてやることにしようと彼は考えていた。

 

 惑星守備隊の配下にも敵を迎撃するように命令を出した。その際、迫る艦隊の数は少々、半分ほど数を減らして情報を渡し、おまけに自分も出撃すると言って自身のフネの出発を急がせた。

 

 

 

 フネがザクロウのラグランジュポイントを振り切ったあたりで、保安局艦隊がOISを突破。惑星守備隊が絶望的な足止め作戦に知らずに出ているさなか、寸でのところで彼は保安局の手から逃れることに成功していた。

 

 追跡もなく悠々自適に秘密航路を進んでいる時、彼は大笑いを浮かべながら『バカな部下どもであってもおとりとしては役に立つ。十分時間を稼いでくれた、やつらには感謝しよう』とフネの中で語っていたという。

 

 非道外道に下種の極み。そんな男は、その足で秘密の航路を突き進み、中間点で大きな小惑星を横切って、半日かけて今やドエスバンの牙城となりつつある『くもの巣』へと逃げ込んだ。

 

 彼は到着するや否や『くもの巣』に残る全幹部を集め、幹部会議を招集。そこで奴隷保管拠点であったザクロウが保安局の手に墜ちたとぶちまけた。

 

 当然、幹部会議は蜂をつついたような騒ぎとなった。何故なら保安局がついに重い腰を上げて、自分たちを殲滅する為に大戦力を送ってきたのだと比較的頭が回る幹部たちは考えたからだ。

 

 生き残る為に何をすべきか、だれを蹴落とすべきか。それが問題だった。

 

 

 

 

「大型ミサイル、多弾頭型、炸裂弾型のどちらとも稼働テスト完了。正常に動きますぜ」

「ふん、武器商人に無理言って買った大型艦船用のミサイルだ。高い金を出しただけに、ちゃんと起動する様だな」

 

 幹部会議では怒号と阿鼻叫喚の騒ぎが飛び交い、なんだかんだで戦闘体制に移行することが決定した後。幹部たちが拠点で惰眠をむさぼっていたクズたちに檄を飛ばし尻を蹴飛ばし出撃準備を進める中、拠点防衛艦隊を任されていた海賊艦は無理矢理に搭載した、ある大型ミサイルのチェックを進めていた。

 

 まだ敵艦が来たという情報が来ない為、彼らは直前に発射事故が起きない様にミサイルの稼働テストをしていたのだ。彼らとて海賊に落ちぶれても一端の宇宙航海者であり、自分達の乗るフネが防衛用とはいえ、どんな無茶な改造を施されたか位は把握できていたのである。

 

 そんな中、手持ちぶたさな海賊手下の一人が、自艦のキャプテンに話しかけた。

 

「キャプテン、幹部からの指示らしいけど、ミサイルを搭載したままだと、バランサーに異常が出るよ? 只でさえ自動3次元懸垂とかの核パルス駆動プログラムにエラーが起きてんのにさ」

「仕方ないだろう? 保安局が大挙してくるかもしれねェんだ。それは怖くねェけど、問題は噂によると、相手にあの白鯨艦隊がいるかもって話だ」

「え゛ソレってエルメッツァのスカーバレルを壊滅させたっていう!?」

「そうだ。その白鯨艦隊だ」

 

 キャプテンのその言葉に、顔を蒼くさせる手下A。確定情報ではないとはいえ、相手にエルメッツァ方面では最大勢力を誇ったスカーバレル海賊団を、たったの数隻で壊滅させたという噂がある白鯨艦隊がいるというだけで恐怖である。

 

 スカーバレル海賊団とグアッシュ海賊団の間には、珍しいことに宇宙島を挟んでの交流があった。偶に分捕り品の交換やマネーロンダリングといった交易まがいを行い、また技術提供をしていたこともある。ある意味で商売仲間の様な存在であった。

 

 それを壊滅させた存在が、今度は自分たちを狙っているのだからたまらない。

 

 何せ生き残りの海賊曰く『海賊専門の追剥』『出会ったら骨の髄までしゃぶられる』『でも可愛い女の子が沢山乗ってる』と、好き勝手言われており、どれが本当かは不明だが、どちらにしろ航路で出会ってしまった海賊たちは、そのほとんどが帰還できなかった。

 情報が少ない分、怖さだけが独り歩きし、余計に恐怖を煽っているのである。

 

「や、ヤバいジャアにでッスかキャプてん!」

「おちつけ、何言ってんだかさっぱりだ」

「ヤバいじゃねぇかキャプテン! 逃げちまおうぜ!」

「阿呆、海賊が自分家を守らないで逃げてどうすんだよ? それに逃げようとしたら、まずそいつから撃たれるんだ。そう指示が既に出てるンだよ」

 

 キャプテンのその言葉に、更に顔を蒼くする海賊A。そう『くもの巣』各所に配置されている両用砲は何も敵を撃つだけにあるのではない。戦局が悪化して逃げ出そうとした仲間を背後から撃ち落とす督戦隊のような役目も持っていたのだ。

 

 何時もなら頼もしく見えたあの大きな大砲が、いまは恐怖の対象に見えてくる。作業しつつも話を聞いていた他の海賊たちにも、不安な空気が降りていた。それを見ていたキャプテンは、溜息をつきながらも不安そうな部下達に語りかけた。

 

「大丈夫だ。俺達ゃこの腹に抱えたドデカイ荷物を撃ったら、後退しても良いって話しをつけてある。なんせこのフネは直接戦闘にはてんで向かない。むしろ前に出てたら邪魔になるからな。当たるかはともかくコイツを届けた後は主力艦隊の後ろにひっ付いてればいいとさ」

 

 そうキャプテンがいうと、ブリッジ内に安堵の空気が戻ってきた。そうだ、俺達は海賊だ。素早さが本来の持ち味だ。今は不本意だが、こんな重たい荷物を持たされているが、ソレさえ撃ち尽くせば後は海賊本来の闘いが出来るのである。そう思えば、なんとなくだがやる気がわいてくる感じがした。

 

 だが、せっかく湧きだしたやる気をそぐような大震動が、彼らを襲った。

 

「な! なんだ!?」

「オペレーター! 報告しろ!」

「解りやせん! 突然のエネルギー衝撃波? 近いです!」

「だからどこからだって言ってる!」

 

 再び衝撃波が海賊船を襲う。衝撃波の出所はすぐに判明した。近くにいた艦隊に青い火球が起こっていたのだ。

 

「ありゃあ何だ!?」

「インフラトン反応の拡散!? 誰かが撃沈されちまいやした!」

「さっきの衝撃波もそれか! 敵が来てるのか!」

 

 キャプテンは急いで状況を把握する為に情報をホロモニターに映し出した。基地備え付けの大型レーダー網とリンクしているデータが即座に送られてくる。解析された情報によると何もない空間から――正確には基地のレーダーでも探知できない遥か向こうの宇宙から――飛来した何かの物体が、次々と味方艦を貫通していたのだ。

 

 そう、貫通。その速さは通常のデブリの比では無い。昨今の宇宙船に使われる装甲はデブリ程度では壊れない上、味方艦によっては対物理防御力に長けた重力子防御帯(デフレクター)を装備していたフネもあったのである。

 

それを数発で突き破る何かが、タダのデブリの筈が無いのだ。

 

「キャプテン! 高速で何かが!」

「―――まさか……ッ!! 左舷核パルス出力最大! 面舵、急速回避いそげぇ!!」

 

 つぎつぎと火球が広がっていくのを見ていて、あることに気が付いたバゥズ級改型ミサイル巡洋艦のキャプテンは、レーダー手の叫びに飛び上がるように、それこそ叫ぶように命令を下した。そのあまりの剣幕に気圧されて一瞬だけ操舵士の動きが停止してしまう。

 

「死にたいのか! 緊急回避でもいい! 早くやれ!」

「ア、アイアイサー!! 緊急回避!」

 

 眼がつり上がるほど恐ろしい表情に我に返った操舵士はコンソールを操作し、最後に隅にある黄色と黒の縞で縁取りがされた赤いスイッチを、カバーを叩き割るようにして入れた。

 これにより緊急回避用の命令が電子的に核パルスモーターに伝わり、通常を遥かに超えるキック力で全長600mを超える船体を右舷へと押し流した。それが彼らの命を救うことになる。

 

「ぐわわわわわ!!」

「ひぇぇぇぇ!!」

 

 とうぜん警告もない緊急回避だったので、船内は物が飛び、人が飛びの大狂乱。けがを負う者も出たがそれよりも恐ろしいことがフネの外では起きていた。彼らが兎にも角にもと緊急回避を行った直後、彼らの後続のバゥズ級改型が“消えた”。

 

 いや、正確には“ある”のだ。だがソレは既にフネでは無く、青々とした火球なのである。自分達が回避した直後、何かが後ろにいた味方のフネを潰した。この時キャプテンは自分の勘が発した警告に素直に従ったことを感謝した。

 暫く宇宙の暗闇に陽炎のごとく消えていく青い粒子の輝きを見ていたキャプテンだが、すぐに我に返るとああ拙いと感じた。つい先ほど感じた嫌な予感がまだ拭え切れないのだ。慌ててキャプテンは再び号令を発した。

 

「操舵士! もう一度緊急回避! 取舵一杯! エンジン最大!」

「さっきので船体に歪みが――」

「死にたくないなら無理にでも動かせや!」

「ホントにどうなっても知らないからな! アイアイサー!」

 

 再び大激震がフネを襲った。左舷側だけでなく右舷側の核パルスモーターがその身を犠牲にする出力で彼女の巨体を押し出したのだ。先ほど壁に叩き付けられた者たちは、こんどは逆の壁に叩き付けられて大半が大怪我を負う。死んだ者もいたがそれに気を使う余裕などもうなかった。

 それほど犠牲を出してまでして動いたおかげで、このフネは未だその宇宙に存在することを許されていたといえた。何が起きたのかをキャプテンが確認する前に今度はフネの異常を知らせる警報が艦内に鳴り響いた。キャプテンにしてみれば打ちつけた所為で揺れる頭にとって警報は拷問に近った。

 

「クッ! 今度は何だ! あと警報をとめろ! うるさすぎる」

 

 警報を止め、さらに損害報告を挙げさせると、ひどい具合になっているのが確認できた。取舵でよけたのとほぼ同時に、再び高速で飛来した何かが彼らのフネの右舷側を抉ったのである。複数ある装甲板は半分近くまで削られ、その際飛び散った破片は散弾となり各所の姿勢制御モーターやセンサー類をほぼ潰してしまっていた。

 おまけにジェネレーターも破壊され、兵装は使用不可能になり、シールドは微弱でしか展開できない。沈没せずに浮かんでいるだけ奇跡の状態であった。だが悪い事は二度あれば三度続く。

 

「右舷ウィングブロックのミサイルサイロが異常加熱! 切り離さねぇと爆発するぞ!」

「隔壁閉鎖! 右舷ウィングブロックはパージ! 急いで離れろ!」

「まだアソコには人が!」

「諦めろ助からん!」

「メインスラスター破損してるんだ! 推進力3割もだせない!」

「補助エンジンも使え! 全出力をエンジンに回して逃げるんだ! 爆発に呑まれるぞ!」

「ウィングブロックパージ!」

「エンジン出力最大!!急げ急げ急げェェェェェぇッ!!!!」

 

 150mミサイルをブロックごと切り離したバクゥ級巡洋艦は、出せる全力をもってしてその場からの離脱を計る。後少しと言ったところで、巨大な火球が後方で発生した。 切り離した大型ミサイルが、暴走を起し自爆したのである。

 

「――ッ……くそ、これまでか?」

 

ミサイルの爆発に呑みこまれた海賊達。鳴りしきる警報のなか、神に祈ったことも、神という概念すらも知らない彼らだったが、この時ばかりは何かに祈りたい気分だった。

 

 外部を映す筈のモニターは既に死んでおり、ザーとした砂嵐しか映さなくなっていた。船内各所で隔壁が破壊され空気漏れ警報が鳴りやまない。さらには非常用に出てくるはずの宇宙服がイスの横から出てきており、ソレを装着しないと命が危ない。

 

 まさに絶体絶命。これまで危なくない様に生きて来た海賊船キャプテンは、もうダメだと感じた。悪い事は一杯してきたがまだまだ暴れたりないというのに……だがコンソールに突っ伏した彼らを大いなる熱波が襲うことはなく、次第に振動が引いて行き、やがてあたりは静寂に包まれた。

 

「た、助かった。のか?」

 

 水を打ったかのように静まり返ったブリッジの中で、誰かがそう漏らしたが、実際助かったかどうかは不明であった。コンソールは生きているので、なんとか動力からの回路は無事のようだが、モニターはすでに何も情報を映してはいない。

 

直感であったがキャプテンはこのフネにあるモノのほぼ全て破壊されていると感じていた。主機の力ではなく、爆発の衝撃などの慣性の力で動いているだけである。本拠地に救援を呼びたくても通信アンテナが破壊された為、救援を呼ぶ前に修理を行わなくてはならないだろう。

 

「まずは修理だ。何でか知らないが静かだしな。とにかく生き残りを集めてどうにか生き延びるぞ」

『『『『――応ッ!』』』』

 

 そして彼らは自分らが生き延びる為に行動を開始した。生き残りが何人いるのかを確認し、仕舞ってあった緊急用の物資を掻き集め、その後EVA装備を身に纏いフネの外に出た時には一時間以上が経過していた。

 外に出てみれば、すでに彼らは本拠地が見えないところまで流されてしまっていた。それもこれも爆発するミサイルから逃れる為に、補機のエンジンを全開にして動いた為に慣性の法則が働いたからだ。

 

 補機とは言え宇宙船を動かすパワーが出せるエンジンだ。それを少しの間とはいえ全力で吹かせば多少の加速がフネに付与されるのは当然と言えた。むろん爆発の衝撃も彼らのフネを押し流す原因ともなった。

 こうして何とか生き残った彼らは、何時の間にかこの宙域を離脱することとなる。これがまた彼らを救う事となるとは、船内に居る生き残った40人の海賊たちが知る由も無かった。

 

 

***

 

 

 海賊の本拠地『くもの巣』から離れること、目視可能圏内ギリギリの位置に俺たちは移動していた。ここからはくもの巣と言われる通り、チューブやパイプで蜘蛛の巣状に繋がれた幾つもの岩石塊が辛うじて見えているが、おそらく向こう側からはこちらを認識できてはいない。

 

 あの『くもの巣』は高密度の小惑星帯の中に造られた基地である。隠れる分にはもってこいの宙域だが、逆に言えば探査能力もそれに比例して低下するのだ。マッド特性のEMPを積んだユピテルやブラックラピュラス製の装甲をしたエリエロンドといったステルス性の高いフネが揃っており、ここまで近づいても感知されなかったのである。

 

 本来はここでサマラ様の切り札である小惑星基地『コクーン』を飛ばす予定であったが、大型ミサイル持ちのミサイル巡洋艦が多数いることを鑑みて、まずは俺達が露払いを行う流れとなっていた。

 

――そして俺たちは、ケセイヤが開発した装備を用い、攻撃を行った。

 

「―――第5射、発射完了。しかしK級四番艦の加速ユニットの耐久値が限界です」

「放熱システムにも異常を検知、現在強制冷却処理中です」

「砲雷班は第6射目の攻撃は不可能と判断するぜ。艦長」

「サマラ様に連絡。Dフィールドの防衛網を破壊、そこを狙われたし、と」

「了解しました。エリエロンドに連絡します」

 

 攻撃により敵の防衛網に穴が開いたのを、先行させて『くもの巣』を見張っているAEWたちの中継により確認したので、エリエロンドに連絡を入れた。返信は来なかったものの、すぐさま小惑星基地『コクーン』に装備されたエンジンが煌々と噴射炎を吐き出して加速を開始する。

 

 片方3つある計6発のエンジンが蛹のような形をした基地を押し出す姿は圧巻であった。まだゆっくりであるが徐々に加速して、きっとおもしろいことになるだろう。

 

『艦長、こちらケセイヤ。ユニットを装備させたK級だが、思ったよりも船体フレームのダメージがデカイ。10隻中4隻は戦闘への参加は無理だぜ』

「戦力低下になるッスが、まぁ仕方ないッスね。K級はここに置いていくッス。後で回収するからね。ケセイヤも戻ってくるッスよ。これからが本番ッス」

『了解、すぐに戻る』

 

―――さて攻撃したとはいうものの、一体全体なにをしたのか? 

 

 ぶっちゃければ1,5kmの長さがある即席マスドライバーキャノンでの攻撃であった。あん? マスドライバーって何だって? 本来の意味でいえば荷物や物体を第一宇宙速度まで加速するための設備や装置のことだ。要は巨大な大砲と思えばいい、ジュールベルヌの小説にもそう描かれている。

 

 まぁともかく、なんでマスドライバーなんぞあるのかというと、ケセイヤ達マッドサイエンティストらが考案した対要塞攻撃用の一案の一つであったからだ。以前、ケセイヤが俺の部屋にまで来て開発の許可をくれと言ってきたものである。

 

 当初、提案されたのは装甲板に特殊な加工を施した1000m級のフネを2隻建造し、マスドライバーの加速レールとして機能するようにするというモノだ。要するに戦闘工廠アバリスと同じくらいのフネを加速レールにしてマスドライバー化するという、ロマンあふれる提案であった。

 

 だが今の白鯨に新たなフネを建造する余裕などは無く、作るとしても現有の戦力を削らねば捻出できない。なので草案をもっと煮詰めて煮詰めて、安くて同じような効果を得られるようにと無茶振りをしてみたのだ。

 

 そしてソコはマッドの底力、見事要求にこたえたのだ。ようするに使えるものでなんとかすればいいじゃないと考えた次第らしい。そんな彼らが眼を付けたのはガラーナK級突撃駆逐艦だった。哀れK級は再びマッドの手により魔改造の憂いにあう。

 

 マッドたちは、まず10隻のK級駆逐艦の側面に、加速用ガイドレールとして機能する特殊鋼板をユニット化し、突貫工事で貼り付けて固定した。それらを片方5隻ずつ並べて直列繋ぎにし、長さ1500mのマスドライバーにしてしまったのである。

 

 当然、無理な改造な為、連射は無理だし耐久性も低く壊れやすい。逆に言えば壊れることが前提なので丁寧に使わなくてもよく、無茶な使い方をすることができた。特に加速用ガイドレールの出力を最大にしたりとか、な。

 

 重力すらも操るこの世界の技術で製造されたマスドライバー用加速ユニットには、重力カタパルトっぽい機能も混ざっているチャンポン仕様である。その加速力は第一宇宙速度を軽く超えた凄まじいものだった。

 

 しかもAEWや偵察型VFのリアルタイム観測データのおかげで命中率も比較的高い。少なくとも5発中3発命中するくらいには……なんか一隻だけ妙に勘が良くて巻き込めなかったけど、大体数のミサイル巡洋艦に被害は与えることが出来たので問題ない。

 

 

「それにしても、宇宙基地をまるまる突撃して放棄できるなんて……海賊って儲かるっぽい?」

「やめときなユーリ。そいつは最後の手段なんだよ」

 

 あ、止めるけど絶対にするなとは言わないのねトスカ姐さん。ま、色々と政府関連のシガラミが面倒くさくなったら海賊に鞍替えするかもな。自由の旗を掲げるのだー!

 

 どんどん加速していく『コクーン』のケツを望みながら、俺はそんなことを考えるのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第26 話、カルバライヤ編~

ちょっと追加しました。


■カルバライヤ編・第二十六章■

 

 

 クモの巣はてんやわんやの大混乱に陥っていた。準備していた大型ミサイルを搭載した巡洋艦艦隊が唐突に爆散してしまったからである。情報ばかりが錯綜し、正確な情報が上がって来ない。基本的に群れで行動こそするが軍隊的な規則的な行動を取らない彼らの弱点が、まさに浮き彫りになった形だった。

 

 ドエスバンがとにかく事態を収拾すべく部下に指示を出すモノの所詮焼け石に水。混乱は収まらないばかりか、どうして艦隊が爆発したのかを問う通信が殺到し、クモの巣の通信設備がパンク状態に陥った程だ。

 

 しかし、これだけでは終わらない。彼らが混乱している間に、更なる死神がゆっくりとその姿を現したからだ。ソレは一見するとタダの小惑星に見えた。だがよく見ると蒼白い光に覆われて、クモの巣へと迫って来ているではないか。

 先程まで混乱していた所為で察知が遅れ、衝突コースであることは確実。頼みの迎撃設備を稼働させようとも、艦隊が来ると踏んで展開していた艦隊が邪魔で撃つことが出来ない。海賊艦隊は今だ混乱していたのだ。

 

 混乱により迎撃指示を出したのにもかかわらず、迎撃の大型ミサイルを発射したのはわずか数艦に留まった。これが本来の数のミサイル巡洋艦が居たならば、さらに倍の大きさの小惑星ですら砕くことが出来ただろう。

 だが先ほどの攻撃で小惑星が迫る宙域のミサイル巡洋艦はほぼ壊滅状態。しかも中には混乱していて我先に逃げようとしたまでは良かったが、別の艦にぶつかり逆に逃げられなくなるという始末である。そんな無様な者たちを前に死神は待ってくれない。

 

 巨大な蛹の様な形をした小惑星を改造したサマラの基地『コクーン』。エンジンから漏れ出るインフラトン粒子の輝きによって、蒼白い光を発するソレは、文字通り死神の如く、容赦なくクモの巣へ衝突した。

 

『コクーン』の針路上に展開していた海賊艦隊は、混乱の内に『クモの巣』と『コクーン』の間に挟まれて青い火球へと変わり、また衝突の衝撃でクモの巣を形成していた岩石の小惑星を繋ぎとめていたパイプラインは拉げ、まるでビリヤードのごとく互いにぶつかり合いながら、ちぎれて飛び去ってしまっていた。

 

 被害をこうむったクモの巣の生き残った通信設備には、全周波帯で背筋から凍りそうな程冷たい女性の哂い声がただひたすら流れているだけだった。

 

 

 

 

***

 

 

『アハッ……アハッ……アハハハッ……アハハハハハハハハハッ!!!!』

 

 

 いま正に、通信のスピーカーからサマラ様の馬鹿笑いが響いている。なにかがツボに嵌ってしまったのだろうか? 『くもの巣』が崩壊していくのを見てからずっと笑い続けていた。というか肺活量あるなオイ。

 

 俺達は既にクモの巣へとすぐに到達できる位置へと来ている。奴さんらが探知できる範囲のギリギリ外側と言う訳だ。このまま『コクーン』が動き回れば、こうボールをナインボールに当てたみたいにポカポカとビリヤードみたいに動くだろう。

 

 挟まれて爆散する海賊船がまるで花火のようである。宇宙規模だからスゲェ派手で壮大な花火を上げたような姿は圧巻の一言であるが、あえて言おう。キタねぇ花火だぜ。

 

『アハハハハハハハハハハ―――ッ!!!』 

「まだ笑ってる。めっちゃハイテンションッスね。声を掛けるのに勇気がいるッス」

「はぁ~、サマラの悪い癖さ。感情が一定を越えた途端、堰を切ったようになるんだからな」

「アレは喜んでるッスか?」

「ああ、めちゃめちゃ楽しんでるんだろうさ。脳内麻薬がダバダバ出まくりッて所だろう。昔ある星の花火大会であんな風にわらって恥ずかしかったよ」

「花火大会でもああなるんスか!?」

 

 意外な事実に驚愕しながら、全周波帯に入るサマラ様の爆笑する声を少し引きながら聞いていた。彼女の爆笑はともかく、この戦い方はまさに“無慈悲な夜の女王”と呼ぶにふさわしいものだった。慈悲の一つもありゃしない。なんせ広範囲に笑声を響かせながらも、嬉々として生き残り艦隊へ吶喊してるんだから。

 

――と、その時警報が響く。どうやら生き残りがいたらしい。

 

「クモの巣方面から、大型艦船複数接近中です。艦種は装甲空母、識別はザクロウの監獄長専用艦です艦長」

 

 どうやらドエスバンが乗った船らしい。これは逃げようとしたところに鉢合わせてしまったのかな? 何にしてもどうしてやるか、やっぱり殲滅が一番?

 

「艦長、保安局艦より通信が届いています」

「おろ? 内容は?」

「現在保安局艦隊が急行中、到着は2時間後、ドエスバン所長は情報を得たい為、生かして捕えられたいとの事です」

「成程、確かにヤツは人身売買の情報を握っている可能性もあるね」

 

 成程、俺らはこの先のムーレアに行ければ良い訳だから、邪魔になるグアッシュ海賊団が手を出せなくなればそれでいい。サマラ様の小惑星基地『コクーン』の犠牲によりグアッシュ海賊団は完膚なきまでに破壊されてしまったので、ある意味で目的は既に達成されているといってもいいだろう。

 

 あそこで沈没船から脱出するネズミ並に逃げているドエスバンがどう頑張ろうとも、もうこのカルバライヤ宙域で再起を図ることはもう出来ない。なにせグアッシュという人物が作って有ったグアッシュ海賊団という下地があったからこそ、ドエスバンと言う男が頂点になっても機能し続けた訳だしな。

 

 それを潰したのだし、俺ら的にはこれで一件落着だ。だが保安局の仕事はまだ終わっていない。海賊に捕まって何処ぞへ奴隷として送られた人々の追跡を行わないといけない。だからドエスバンを捕まえたい訳だ。直接人身売買の指揮とってた訳だし、それを吐きださせなきゃならんのだろう。

 

 しかし―――

 

「むむむ」

「なにが『むむむ』なんだい?」

「いや、結構俺達働いたし、あれくらいの敵なら保安局でも対応できるんじゃないかって思ったんス」

 

 すでに十分働いたと思う。あのバゥズ級をカスタムしたミサイル巡洋艦から被害を受けないようにするため、色々と開発したりしたしな。普通ならああいうのと一戦交えるのも一興なのだろうが、被害が出ると分かっていて真正面から戦うものかよ。そんなの俺の興が向いた時しかやらないね!

 

 おそらく、向かってくる装甲空母にはドエスバンが乗っているのだろう。確かにヤツはトスカ姐さんにひどい仕打ちをしたし、聞いたところではエロい目で姐さんを嘗め回すように見てきたという下種だという。

 だが、『くもの巣』の崩壊を見ていたら、なんだか高々小物なドエスバンに執着して気炎を上げるのもアホらしく感じたのである。怒りが消えた訳じゃないが一々相手にするほどの相手じゃない気がしてならなかった。

 

 実際、よく見れば敵は装甲空母が一隻、ザクロウで見たのと同じヤツが中心で、他はグアッシュ海賊団の赤いカラーリングをした巡洋艦と駆逐艦が多数で周囲を固めている。これくらいなら保安局でも対応できるんじゃね?

 

「む~~~………よし決めた。護衛艦だけ排除して、あとは保安局に任せよう」

「まぁ先を急ぎたいし、あれだけの戦力ならそれでも十分だとは思うね」

「てなわけで、ミドリさんは保安局艦に返信。護衛艦は落とすから後はお好みにって送っておいてくれッス」

 

 そう連絡すると、何やら遠回しに文句を言ってきた。曰く航路の平和の為に手伝えとさ。手伝うのは良いけど火力があるから撃沈しちゃうんだけどと返すと黙り込んでしまった。おいおい、他力本願なのもいいけどさぁ。まぁいいけど。

 

「ストール。分かってるッスね?」

「あいよー、出番だな」

 

 俺の思惑を読み取り、ストールが攻撃準備を淡々と済ませた。号令一つですぐに攻撃できるだろう。では、仕方ないのでちょっとだけお手伝いしてあげよう。

 

「シェキナ照準。目標、敵護衛艦。撃ーっ!」

 

 号令に合わせて手を振り下ろすと、ユピテルの両舷に備え付けられたレーザー砲列から延びた幾条もの光が敵艦隊に襲いかかり、護衛艦をすべて破壊、もしくは航行不能に追い込んだ。うーん、さすがはホーミングレーザー砲シェキナ。チート並みだね。

 

 攻撃を受けたドエスバンの居るであろう装甲空母は呆然としたのか足を止めたが、何故か保安局艦も動かない。仕方ないので通信で早く捕まえた方が良いのではというとやっと我に返り、敵艦の脇に接舷して中に乗り込んでいった。

 

「んじゃ行きますか」

 

 ホントは『くもの巣』の残骸に取り付いてサルベージしたいところなのだが、あちらでは無慈悲なサマラ様が海賊団残党狩り祭りを絶賛開催中であり、無双していて近寄れる雰囲気じゃない。もう全部彼女ひとりでいいんじゃないかな?

 

 ま、もう俺達の役目は終わっただろう。そう判断した俺は残してきたK級突撃駆逐艦に修理が終わり次第合流するよう命令し、その後、『くもの巣』を通り過ぎて先へ行くことにしたのであった。

 

 というかね、実はさっき気づいたんだけどさ。ホロモニターの片隅に小さなモニターがね、浮かんでるんですよ。そこになんでだか知らないけど、ニコニコとしたジェロウ教授が映っているんですよ。 

 ええそうです。無言の笑顔催促です。あの人マジなマッドサイエンティストだから、無視したらナニされるかわかんないのが怖すぎる。朝起きたら、俺は改造人間にされてしまっていた! そんなのはちょっと御免かな……、でも仮面被ってライダーやるのはちょっといいカモ……。

 

 

***

 

 

 ドエスバンは呟く。こんなはずじゃなかった。こんなはずでは……。

 

「さっさと歩け! グズグズしてるんじゃないこの罪人め!」

「グっ、ワシを誰だと」

「仲間を騙し、同胞を売りとばした下種野郎だろ。お前の発言は全て記録する。法廷で良い弁護士を雇ってきっちり全部話すことだな」

「むむむ……」

 

 両手に手錠を嵌められ、逃げられないように前後両脇に立つ保安局員がドエスバンを歩かせる。どうしてこうなってしまったのだろうと彼は自問した。あの自治領との奴隷商売で得た富でキチンと防衛体制は整えていたのはずだ。過剰ともいえる大型ミサイルを用意し配備させたというのに海賊共の使えなさといったら。

 

 いや違う。本当に悪いのは、アレだけのミサイル防衛網を破壊した奴らだ。小惑星が自律して飛んできた時も驚いたが、ミサイル防衛網が機能していればどうにかなったのだとドエスバンは思った。

 なぜなら、あのにっくき宙域保安局が、海賊本拠地用に開発したという、対地上攻撃用大型ミサイル『プラネットボンバー』の弾頭を、裏ルートで仕入れたものを組み込んだミサイルもあったのだ。

 本来なら保安局が使うべき兵器で逆に反撃するという楽しい光景になったはずであり、地上攻撃用なだけはあり、高々小惑星位なら破壊はムリでも、数を使って衝突軌道をズラすこと位出来た筈だった。

 

 いくつもの筈が頭に浮かんでは消えていく。本当にどうしてこうなったのだ。

 

「そういや聞いたか? 俺達が乗り込んで捕縛しにいく羽目になったのは、あの白鯨艦隊がそういってきたかららしいぞ」

「そうなのか? 高々0Gドッグ風情が正義の保安局を顎で使ったとでもいうのかよ。何様だよまったく」

「いやでも聞いた話じゃかなりグアッシュ海賊団相手に奮闘したらしい。詳しくは知らないが、くもの巣の防衛網破壊もあいつらがやったらしいし、逃げ出したこいつを足止めしたのも白鯨艦隊だったそうだ」

「でもこいつのフネが来たとき、戦わずに俺達に放り投げたんだろ? たく最後までやれってのよ。仕事増えても給料は増えねぇんだからさ俺達」

 

 両脇を歩く保安局員の会話に聞き耳を立てていたドエスバンの耳がピクピク動いた。どうやら、自分がこうなってしまった原因は白鯨艦隊にあるというではないか。

 

 彼はかつて見たデータを思い出す。白鯨艦隊、海賊を主に狩る0Gドッグ。バウンティーハンターという訳ではなく、輸送から鉱山採掘に酒場の借金の取り立てまで無節操に何でもする連中の集まりだとか。

独自の戦力を有し、こと海賊に対しては容赦がなく。対峙した海賊はその協力無比の戦力を前に手も足も出ずに倒され、最後はフネごと没収されてしまうという。

 

まさに海賊専門追剥集団。海賊に恨みがある連中なのかと言えばそうでもなく、タダ金になるからという理由で全てを持っていくのだと聞いた。

 

「そうか、白鯨……そうか」

「ん? なんか言ってるぞこいつ」

「しらん。俺達の仕事はこいつを今牢屋に入れるだけだ。ほら入れ」

 

 背中を叩く様に押され、つんのめりながらもドエスバンは牢屋の中に入った。エアロックの合金製ドアが施錠され、保安局員共が立ち去った後もドエスバンはまるで狂ったように呟き続ける。いやそれは最早呪詛であった。自分を追い落とした白鯨への。

 

「見ておれよ白鯨。俺の兄弟に連絡を入れて、いつか必ず兄弟がお前たちに復讐を為すぞ。白鯨め、白鯨め!」

 

 

***

 

 

 さて、とりあえず『くもの巣』から離れ、惑星ムーレアへの航路に入ってからすこしして保安局の艦隊が『くもの巣』に到着したと、あの場に居た保安局艦から通信が入った。ドエスバンも無事に捕獲出来たらしい。俺らの援護の御蔭だと一応礼を言われたので受け取っておいた。まぁなんか納得してない顔してたけどさ。

 

「保安局のバリオ宙尉から通信です艦長」

「繋げてくれッス」

『聞えるか、ユーリ君。ザクロウ所長のドエスバン・ゲスの捕獲協力に感謝する』

「ふぅ、これで終わりッスね~お疲れっしたー」

 

 やれやれだぜと汗を拭うようなしぐさをしながら、そうバリオさんに返した。少なくてもドエスバンを捕まえた訳だし、ホントお疲れ様でしたって感じである。連中のおかげで無駄に遠回りとお使いさせられた気分だぜ。

 

『終わりか……それならいいんだが……』

「え?何そのフラグ立てる台詞」

『なんでもないさ。というかお前ら後片付け俺達に押し付けてさっさと行きやがったな? わかってんぞー俺は』

「~♪ なんのことかなぁ~」

『口笛でごまかすんじゃねぇ――まぁいい。実際お前らはムーレアに行くのが目的だったんだもんな。ああ、あと俺はドエスバンを保安局まで連れて行くが、後でお前らも顔を出してくれよ。礼もしたいしな。また飲もうぜ』

「良いっスねぇ。またおごり?」

『あ、いや。今回はせめて割り勘でお願いしたいかなー。俺公務員だからボーナスまだ先なんよ』

「うわ世知辛ぇ」

 

 項垂れ哀愁漂わせるバリオさんに憐みの目を向けた後、適当に話をしてから通信を切った。あー、これで後は遺跡巡りだけ~と背伸びをした瞬間、何故か閉じた筈の通信用ホロモニターが再び投影された。

なにかと思えば、そこには実にスッキリとした雰囲気を漂わせたサマラ様が映っているじゃありませぬか。ああ、また勝手に通信回線ハックしたなこの人。

 

『では我々もこれで失礼させて貰おう』

「サマラ様、何時の間に回線に」

『ふん、私は海賊だ。通信回線に割り込むことなどたやすい』

 

 それはそれで違う気がする。この人たまに天然だ。

 

『そうそう、別れの挨拶序に一つ教えておいてやる。今回の連中は只の海賊では無い』

「タダの海賊じゃない……と言う事は海賊の中の海賊! その名も海賊エリート」

『――私は話しの腰を折られるのはあまり好きじゃないんだ』

 

 あ゛あ゛?と女性が出したらいけない低い声で凄まれた。あまりの怖さに漏らしかけたのですぐさま艦長席の上で土下座をかましたところ、なんか怒気が減った。

 

『プライドはないのか小僧……次は無いぞ』

「サー! イエス! マム!」

『はぁ……とりあえず、背後に居る連中に気をつけるんだな。ソレとトスカ! その小僧は面白いが、もう少し相手を選んだほうが良いぞ』

「ははは、バカだけどその分退屈しないからいいのさ」

『ふ、それならそれでいいか。それじゃあな小僧。また何時か共に戦える時に会おう』

「さようならサマラ様。また何時か会おうッス」

 

 強制接続されていた通信が切れ、ホロモニターが再び消えたのを見て、俺は艦長席に再び深く座りなおした。なんか長丁場だったので気が抜けてしまった。

 

 それにしても唯の海賊じゃない、か。背後にいる奴に気を付けろとは物騒だな。トラブルは単体じゃなく数珠のように繋がっていることが多いから、これもまた何かのフラグなのかもしれない。まぁ俺達ならどうにかなるだろさ。

 

「はぁ、ようやく終わったッス」

「今回は結構強行軍だったねぇ。何処かで休暇を入れないとダメじゃないか?」

「序でに宴会もでしょ?」

「当ッ然。流石は艦長、解ってるねぇ」

「ま、これでムーレアに行ける様にはなったッス。だけど一度休息と取らないとマジで不味いッスからね。ユピ」

「はい、近隣の惑星のリストです。何処に行きましょうか?」

 

 とりあえず、のんびり出来る場所が良いな。適度に自然があって近い惑星は……おやこのままムーレアに進むとちょうどいい惑星に出くわすじゃないか。

 

「良し、ゾロスに向かおうッス。自然が多い惑星みたいッスからね」

「ゾロスか。ムーレアにも近いし、良いんじゃないかい?―――そう言えばゾロスには火炎ラム酒が売ってたねぇ。宴会するにも丁度良いね」

「リーフ、針路をゾロスに向けてくれッス。トクガワさん、エンジンスタートッス」

「「アイサー」」

 

 

***

 

 

 ムーレアにほど近い超辺境惑星ゾロス。総人口67億2300万人程度の星で、エメラルドグリーンの海と大理石のような白色の岩が多く点在する居住可能惑星である。

 

「いやー、まさか0G酒場がやって無いとはな」

「お陰で近場の居酒屋を貸し切り……はぁ0G割引使えないから高くつくなぁ」

「艦長しみったれたこと言うなよ。そんな時はアレだ飲むに限るんだぜ?」

 

 へいへい、良いですよねー。この後の経理から漏れた書類は全部俺に回るんだぞ? とりあえず宴会は夜に予約して朝まで貸し切りとした。どうせ騒ぐならその方が良いだろう。日中は遊ぶに限る―――てな訳で。

 

「やってまいりましたゾロスの赤道直下大海水浴場!」

「「「「わーーーーーー!!!」」」」

 

 そんな訳でなんとなくソラから見てたら、この星の海が綺麗に見えたので、やってきたという訳である。メンバーは相変わらずのトーロとイネスと俺の野郎三人組だ。暇そうなヤツに声を掛けたら自然とこうなった。

 

まぁたまには男同士で遊ぶのも悪い事じゃない。女性相手は結構気を使って疲れるところがあるからな。だが、とりあえず突っ込みたい―――

 

「なんで俺達より先に整備班の男どもがこんなにいるんスか」

「ソレはな艦長。俺達が休暇を貰いせっかくナンパをしようと思ってきた海に、偶々艦長が来ていただけの事なのさ」

「ふーん、状況説明ありがとケセイヤさん」

「いやいや何の何の」

 

 ナンパか、でも地上の人間に迷惑をかけないのが0Gの鉄則じゃ―――

 

「艦長は俺達の出会いの場を奪うのかい?」

 

―――とりあえず、その手に持ったスパナとかしまって欲しいなぁ。なんて。

 

「あ、いや。うん海はいいよねぇ。いいんじゃないかな? ナンパ」

「艦長公認だオメェら! 迷惑にならない様に紳士的にやるぞ!」

「「「「「「おおおお!!!」」」」」」

 

 いや、ナンパで紳士的とか有るんかいな? とかなんとか突っ込む前に、整備班連中は消え去っていた。 早いなオイ! 砂浜で砂を巻き上げて走る人間なんて初めて見たわ。

 

「いいの?アレ」

「ならイネス。おまえ止めてこい」

「う、遠慮しておく」

「ま、彼らも息抜きが必要なのさ。少年たちも楽しまなければ損だぞ?」

「……いきなり現れたミユさん。何故にここに来てるんスか?」

「「わっびっくりした」」

 

 おかしいな。整備班連中と言い、この人と言い、何で俺の行く先に知り合いがいるんだ? イネスとトーロ意外に声はかけていない筈なんだが……。

 

「深く気にしたら疲れるだけだよ少年」

「そんなもんスかねぇ? で、なんでミユさんは白衣来てるんスか?」

「これは私のトレードマーク。脱ぐときは寝る時くらいだよ」

 

 いやそうは言いますがね? なら何で白衣の下が水着なの? アレですか? どこぞの人造人間作ってる泣き黒子が特徴の博士ですか? え? 違うの?

 

「ここは海水浴場だ。水着を着てないと入れないだろう?」

「いやまぁそう何スけど……なぁ」

「ああ、すごい目立つぜ」

「せめて長袖のシャツ程度にできなかったのかい?」

「それは研究者のポリシー反するよイネス少年。それに少年たちも完全武装では無いか」

 

 ミユさんはそう言うと俺たちの姿を見てニヤニヤと笑う。俺もここで買ったしなぁ水着。オーソドックスなトランクスタイプのやつ。他二人もほぼ同じガラと色が違う程度である。

序でに何故か売っていたアロハシャツと麦わら帽で完全装備だぜ。

 

「ま、しゃーないっス。俺たちも楽しむッス」

「その方が良いだろう。他にも来ている連中と楽しんだらどうだい」

 

 その口ぶりだと、他にも一緒に来ている人がいるのか?

 そう思っていたら、此方へと近づいてくる人の気配が複数。

 

「ミユさーん、飲みモノ買って―――って、あれ? 艦長も海水浴なのかい?」

「き、奇遇ですね艦長」

「ありゃ? ルーべとユピも来てたんスか?」

 

 そこに居たのは我がフネの機関副班長のルーべと、何故か顔が紅くすこし口調が変なユピが居た。二人ともリゾートらしい格好で、ルーべはスポーツ系の水着の上にパーカーを羽織りユピは青のセパレートである。うむ、どちらも健康的な色気に満ちておる。

 

しかし女性三人衆とか珍しい組み合わせやね。俺達三人といい勝負じゃね? それに彼女らは系統が違う美人さんだからナンパが多そうだな。

 

「ボクはミユさんに誘われてね!艦長たちは?」

「俺もまぁ息抜きに来たって感じッスかね」

「右に同じく」

「僕も左に同じく」

「じゃあ、ボク達と一緒に遊ぼうよ! いいでしょうみんな?」

「わ、私はかまいませんよ! むしろ喜んで!!」

「ふふ、ユピは可愛いな。当然私もOKだよ少年たち」

「おおう、ミユさんエロいな」

「おまえそんなんじゃティータにまた拳骨もらうぞ?」

「良いじゃないッスかたまにはさ。遊ぶだけなんだし、お言葉に甘え様ッスかね」

 

 なんか話の流れで俺達も一緒に行動する羽目になった。どうせ夜までに戻ればいい訳だし、俺がいなくても向うは向うで勝手に宴会始めちゃうだろうしな。

 

 

―――せっかく海に来たのだし色々と楽しもうじゃない!

 

 

「うぇみだー!」

 

「「わー!」」

 

「ぱらそるだー!」

 

「「わーー!!」」

 

「トロピカルドリンクだー!」

 

「「わーーーー!!」」

 

「そして何故か俺アロハだー!」

 

「「わーーーーーー!!!」」

 

「そして俺はぱらそるの下に寝そべるのだー!」

 

「「わー! ってコラ艦長(ユーリ)(少年)!」」

 

 

 な、なんやええやんか! 俺泳げないんだから……。フネには風呂場はあるけど泳げるプールとかだってないし、前の世界でもカナヅチだったし。

 だからそんな『ええ、あそこまで乗っておいて』的な目で見ないでくれー! 俺の繊細なガラスのハートがブレイクしちまうよ!

 

「ふむ、少年の意外な弱点だな。泳げないなんて」

「宇宙遊泳は出来るんスけどねぇ~」

「いや、それ泳いだウチに入らないよ」

 

 ですよねー。

 

「あ、あのう。だったら私と一緒に練習しませんか? 私もこの身体になってからは海は初めてで」

「お、良い考えかもね。ならボクが2人に泳ぎ方を伝授しようじゃないか!」

「い、いや、オイラは別に泳げなくても生活に支障は―――」

「いいじゃないか少年。何事も挑戦だぞ?」

 

 い、いやですから俺はあくまで息抜きに来たんであって、新たな世界に飛び込む訳じゃない。ていうか野郎二人組俺をたすけろー!

 

「あ、ミユさんあっちで涼まない? 僕熱いの苦手で」

「そうだな。トーロ少年はどうだい?」

「俺ぁちょっと食べ物買ってくるぜ。何かいる?」

 

やろー逃げやがったー!はくじょーものー!

 

「さぁ艦長! 泳げるのは楽しいんだよ!」

「その、頑張りますから」

 

二人とも何故に肩を掴むのですか?ちょっと引っ張らんといてって聞いて無い?!

 あと頑張るって何!? まってー! まだ心のじゅんびがーーー!

 

 

 

 

 

アッーーーーーーー!!

 

 

 

 

 

 そして、夕方になるまで、俺は泳ぎの練習をさせられた。

 

 片方は健康的な褐色短髪美少女。もう片方は脱いだら凄いポニーテイルの美少女。コレどんな拷問? とりあえずバタ足が出来るようになったのはいいけどさ。泳げないから何度か抱きついた程度は大目に見てくれる娘達で助かったよ。 

 

 そして何故か途中で俺の水泳レッスンを見学し始めた整備班たちに呪の視線を浴びせられながらもその場を後にし、宴会へと向かったのだった。

 

「そういえばトーロも泳げたよな。なんでユーリに教えなかったんだ?」

「イネス。お前はなんも分かってない。野郎に抱き着かれる趣味はお前と違ってこのトーロ様には断じてない!」

「僕だってないわいッ!!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第27 話、カルバライヤ編~

次の投稿は数か月後かと思ったが、あれは嘘だ。


■カルバライヤ編・第二十七章■

 

 

 それは唐突だった。なぜにボカぁ縛られてるんでしょうか? しかも簀巻き。

 

「くすくすくす……おめざめかしら?」

「ちょっ! チェルシー!? 何でメーザーブラスター持ってんの?」

 

 声がした方を見ると、我が義妹が実に恐ろしい嗤いを浮かべてこちらにゆっくりと近寄ってくるではないか。しかも彼女の手にはとても黒くて太くて硬そうで御立派なメーザーブラスターが握られている。確かライフルとしても使用可能なタイプだっけ?

 

「ユーリィ、海に行ったんだって? しかも、女の子と一緒に、ケセイヤさん血の涙流してたよぉ?」

「そ、そんなにくやしかったんかいあのおっさん」

「ユーリは女の子とキャッキャうふふなことをしてたって聞いたんだよぉ? おかしいなぁ、どうして私は呼んでもらえなかったのかな? かな?」

 

 うわはーい。映画でよく聞く銃のジャキって音がすごく近くで聞こえるー。メーザーブラスターもやっぱり銃なんだなぁ。俺の額に冷たいモノが当たってなければカッコいいですませられrって待てゐ! 何故俺が銃を向けられねばならんのだ!?

 

「ま、まってチェルシー、俺はただ彼女たちに泳ぎを習っただけ何スよ」

「あの娘たちは柔らかかった?」

「そりゃもう、やーらかくていい匂いが…………あ」

 

 あまりにナチュラルに聞かれたので、ナチュラルに返しちまったぁぁぁぁ!!

 ひぃぃぃぃぃ! 眼が笑って無いのに笑みが深くなってくぅぅぅぅぅ!!

 

「くすくすくす――――ぎるてぃ、だよ♪」

「う、うわぁーーーーー!!」

 

 銃声が一発、鳴り響いた。撃たれた瞬間に俺は完全に気絶した。

 

「これでユーリはわたしのもの―――くすくすくす」

 

 

…………………………

 

……………………

 

……………

 

「ぶはぁっ!!??―――――あ~夢?」

 

 何かにうなされて俺はベッドから飛び起きた。寝ている内に搔いた汗が服をべっちゃりと下着まで濡らしていて気持ちが悪ぃ。相当な悪夢だった。まるで誰かの怨念が俺に悪夢を見せようとしているかの様な感じだったぜ。

 

「夢、か……つーか、なんて夢見てんだ……」

 

 そして罪悪感を覚える。幾ら黒化したチェルシーでもあそこまで怖くねぇよ。疲れてるのかなぁと思いつつ、部屋のシャワーを浴びにベッドを立った。俺の枕の横に、小さく焦げた黒い穴が空いていた事には気が付かずに……。

 

 

***

 

 

『艦長、惑星ムーレアに到着しました。ブリッジにお越しください』

「了解、すぐ向かうッス」

 

 ゾロスを出発して二日目。部屋でフリータイムを楽しんでいるとミドリさんから内線が鳴った。フネが目的地に到着したらしい。俺は今まで呼んでいた『ドキ☆子猫だらけの写真集』なる子猫中心の動物写真集を棚に戻した。いいよねヌコは。本のタイトルがアレなのは残念だけど。

 

 そんなこんなで鼻歌でいつか聞いたアニメの主題歌を歌いながら部屋から出ようとすると何時の間に来たのだろうか? 何故かそわそわした感じのユピがドアのすぐ横に立っていた。

 

「ありゃ?ユピどうしたんスか?」

「え、えっと……い、いっしょにブリッジまで行こうかと思いまして」

「ふ~ん、じゃ行きますか」

 

 なんやろう? なんかゾロスの海水浴場行ってからユピが少しおかしい。仕事中は意識切り替えてるのかそういうのは感じないが、こういうプライベートな時とかに変な風なリアクションを取るようになった。何かしらの成長をしたとは思うのだが……ふむ。

 

「なぁユピ。この間ゾロス行ってから体調おかしくは無いッスか?」

「はい? ナノマシンの自動調整機能は100%働いていますので、特に変化はありません」

「そう何スか。いやなんかゾロス行ってから、ユピの様子がおかしかったから心配で、何か悩み事でもあるんスか?」

 

 フネに対して悩み事ってのもおかしな話だが、ここまで人間っぽいと時たま彼女がフネの統合統括AIだってことを忘れちまう。いい子だし何か悩みがあるなら聞いてやるのも艦長の仕事っしょ。

 

「その、実は海水浴に行ってから、その――」

「その?」

「やっぱり何でもないです」

「そうスか。ま、男の俺にゃ相談できない事もあるッスよね。ユピは女の子なんだし」

 

 ちーとばっかしデリカシーに掛ける質問やったな。失敬失敬。ま、女性特有の問題的なモノならホラ、トスカ姐さんとかも居るからな。そういう人達に聞いた方が良いだろうさ。何せまだ0歳なんだしな。

 

「そう、ですね……(やっぱり、女性としては見られていないのでしょうか……)」

「なんか言ったッスか?」

「何でもないです! 早く行きましょう!」

「あう?? 了解です??」

 

 

――何でか急に機嫌悪くなったんだが。むむ、女性の事は解らんのう。

 

 

 ブリッジに着いたので、さっそく自分の定位置である艦長席へとすわる。コンソールに手を置き、指紋認証と網膜スキャンと声紋認証を行う。古典的な認証方式だが一応これで艦長席の機能が解除されるのだ。ぶっちゃけユピに頼めば解除可能だけどさ。そこはほら? 様式美ってヤツ? 何事にも形って言うのは重要なんだぜぇ。

 

「惑星ムーレアか」

 

 ピッピッと適当にホロモニター表示されるデータをスクロールしつつ情報を流し読みした。

 ふむん、なんというか、この星は……。

 

「何も無い星?」

「住人がいない星じゃからネ。多分、星外から訪ねた人間も、ここ10年で、わしらくらいだろうて」

 

 気が付くと、俺の後ろにジェロウ教授が後手に手を組んで立っていた。何時の間にブリッジに来てたんだろう。そんなにも遺跡探索が待ちきれないかこのいやしんぼめ。

 

「あ、教授。あざーす。ようやく着いたッスね」

「うん、君達のお陰でようやく来れたネ。とりあえず早くステーションに行って惑星に降りよう」

「うーむ、じゃあ惑星をスキャンして降りられそうなところを――」

「何を言っているんだネ? 空間通商管理局のステーションを使えばいい」

「……え? 無人惑星なのに機能してるステーションあるんスか?」

 

 教授が頷いた。ホント空間通商管理局の手は広いな。誰もいない無人惑星にまでステーションを置いておくなんて……まぁ遺跡が発見されたから置かれたんだろう。十年以上経つけど未だに調査が終わってないし、第一ステーションみたいな数十㎞ある巨大構造物を解体するのはだいぶ手間だしな。

 

 ある意味ちょうどいいので利用させてもらおう。そうこう行っている内にムーレアの惑星の影から無人ステーションが姿を見せたのでそこへと向かう。無人とはいえ機能はちゃんとしているらしく、此方からの寄港要請に応じて誘導ビームを出してくれた。ステーションの管理はローカルエージェントやドロイドが請け負っているんだろうな。

 

 それにしても惑星の静止衛星軌道上に、軌道エレベーター付きのステーションおっ立ててるとかどんだけぇ~って感じだよな。

 

「接舷完了、エアロック接続、ドッグ内気圧0.8」

「降りて調査に行きますかねぇ。各部署に半舷休息を指示。科学班と希望者は教授の調査に同行を許可する。あと保安部は念のために護衛として教授について行く人選を行え。一時間後に出発する」

 

 

 降りるのは科学班の人員が半分くらいと、その護衛の保安部員が数名。それと遺跡というロマンワードに興味を持った物好きな連中といったところ。

 無論俺も降りる。聞けば遺跡は人類ではなく異人類が起源とされる異星人遺跡というではないか。異星人の遺跡とかスター○イトとか、火星極冠遺跡のように心を擽るワードを聞いたら我慢できませーん! 俺、いきます!

 

「ふーん。砂だらけの星だから、あんまり面白そうなとこは無さそうだねぇ」

「なんなら残ります?フネに」

「じょーだん、私はユーリの副官だ。何処までも付いて行くさ」

「じゃあトスカさんも降下メンバーに追加~っと。まぁフネに関しては、ユピ」

「あ、はい。なんでしょうか?」

「フネについては任せるッス。俺達の家、守ってくれよ?」

「はい! 頑張ります!」

 

 うん、いい気合いだ。もっともこの辺境に来て態々襲ってくる物好きも少なかろうから、無駄に気炎上げても疲れるぜユピよ。

 

 それはともかく。ムーレアに降りる人選はどんどん決まっていった。ジェロウ教授を筆頭にケセイヤやサナダさんに加え、保安部長のトーロも護衛の人員とともに一緒に降りる。他は希望者を募ったがヘルガが立候補した程度で案外少なかった。せいぜいが学術に興味があるイネスくらいか。

 

 他の皆は遺跡と聞いて古臭い物というイメージが湧いたらしく、刺激的な物が好きな0Gドッグの興味対象外となったようだ。もったいない。こういうところにこそ古代のロマンというものがあるじゃろうにと、教授と一緒に愚痴ったのはいうまでもない。

 

 でも遺跡はあまり広くないらしいから大人数過ぎても入れそうもないので、ある意味ちょうどいいのかもしれなかった。こうして人員も決まり、必要機材とかも軌道エレベーターの昇降トラムに乗せられ、俺たちはムーレアに降りた。

 

 地上の印象は、まさしく砂漠って感じだった。どこまでもどこまでも地平線までずっと細かい砂が敷き詰められ、風によっていたるところに風紋が生まれている光景が広がっていた。なんというかサハラ砂漠の砂エリアと同じような感じである。

 

 砂丘が所々形成され、一応軌道エレベーター周辺は管理ドロイドによって守られているが、放置されたら僅かな間に砂の下に埋もれてしまうだろう。

 

「で、教授。遺跡ってのはどこに?」

「うむ、そこじゃ」

「あんがい近いんスね」

 

 ジェロウ教授が指差したのは、なんと軌道エレベーターがある場所から300mも離れていない場所だった。よく見れば石で出来ているアーチや柱の様な建造物が砂に埋没しているのが見て取れる。

 

「なんでこんな近い場所に……」

「わしもしらないヨ」

「大方、遺跡が発掘されたから、その近くにエレベーターを置くように要請したんじゃないか?」

「いやイネス君、エレベーターが建設されたのは遺跡より先だヨ。というかエレベーターの基部工事の時に偶然発見されたのが遺跡だネ」

 

 ふーむ、基部を作る工事の時に、か。なんか偶然にしては出来過ぎな気もしないでもない。でもまぁ近いならいいか。

 

「科学班は予定通り教授と共に調査開始。各グループ機材搬入を急がせろっス」

「「「「「「了解!」」」」」」

 

 ひとまず調査ベース設営は部下に任せ、俺らは一足先に既に入れる遺跡を見て回ることにした。砂に半ば埋もれているが各所に人工物と思わしき岩が露出しており、その内の一つは人ひとり通るのがやっとの穴がぽっかりと開いている。その穴は地下へと伸びる階段が続いていた。

 

「ここじゃ!まさしくここが、エピタフが眠っていた遺跡!ほれほれ何をしておるさっさと入るぞ!」

 

いや、そうは言いますがね教授?

 

「す、砂に足を取られて、ってうわった!」

 

 長いこと宇宙暮らしだったから、砂場の感覚なんて忘れちまってるせいで、砂に足とられて動きづれぇぞおい!つーか他の連中も馴れて無くて四苦八苦してるのに、何で教授は平気なんだ!?

 

「だらしないネ!わしは先にいってるヨ!!」

「って早!?速いッスよ教授!?」

「教授って杖付いて歩いてたよな? 何で砂の上走れるんだ?」

「多分知的好奇心が、肉体のポテンシャルを底上げしとるんじゃよー、と」

「執念ってヤツかねぇ?」

 

 学者の執念は猫の執念より強し、って感じか? すこししてある程度砂場の歩き方に馴れて、歩いて遺跡に行くと既にジェロウは遺跡の狭い入口を抜けて、地下へと続く階段を下りていた。なんつーアグレッシブな。

 

「ここがエピタフ遺跡」

「なんつーか、神聖な感じが漂うって感じか?」

「おお、トーロにしては珍しくらしくない事を」

「らしくないってなんだよ?」

 

 しかしトーロの言う事ももっともだ。ココは地下にありながら、どういう訳か澄んだ空気で満たされている。壁の紋様は幾何学的で不可思議であり、意味があるようでない様な物を描いていた。

 

 しかもその紋様はどういう訳か薄く光っていたりする。う~んSFだねぇ。

 

「一体この遺跡、何で出来てるんスかね?」

「床は堅いな。レーザーナイフ程度じゃ弾かれてしまう」

「岩の様な、金属の様な見たことない物質だねぇ」

 

 たしか遺跡の材質ってエピタフと似通ってるんだっけ?だとしたら堅さだけでもダイヤモンドクラスか。エピタフの材質が4窒化珪素SI3N4に似たダイヤモンド格子って言うくらいだし。

 

「艦長、すこしこっちへきてくれんか?」

「あいあい、何スか教授?」

 

 俺は教授に呼ばれて高台へ上った。なんかジェロウ教授が指差している所を見てみる。

 そこには人工的に加工された10センチ四方のくぼみがある。

 

「どう、思うかネ?」

「立派な台ッスねぇ」

「いや、見るのはソコじゃなくてネ?」

「この形、豆腐が丁度すっぽりと――――す、すんません。学がないもんで」

 

 うわ、なんか可哀そうな目で見られた。しかもマッドサイエンティストに。く、くやしい、でも感じ(ry―――まぁ冗談はさて置き本題に入ろうじゃないか。

 

「まったく、ニブイネ。艦長はエピタフを持っていたのだろう?」

「(ぽくぽくぽくぽく、チーン!)……おお!」

「ああ、そう言えばユーリに最初に出会った時には既に持っていたよ」

 

 俺はぽんっと手を叩き、トスカ姐さんが捕捉説明を入れてくれる。確かに持ってたわ。とっくの昔に盗まれてから大分時間が立ってたから、今の今まですっかり忘れてたぜ。

 

「そういや、まるでエピタフの為に作られちまった様なくぼみッスね?」

「ウン、やっぱりそうか」

「でもくぼみの周辺から伸びるちぎれた管は何々すかねぇ? こういうののセオリーだと、大抵なにか大がかりな仕掛けが付属してそうな感じがするんスが?」

 

 某風使いの原作に登場する巨神兵を育てる黒い箱とかね。大分原作知識は飛んでっけど、ここにエピタフはめたらすごいってことは覚えてるぜ。残念ながら手元にエピタフはないんだがな。

 

「むー、わからんが……フム、随分かたいネ。少し削ってサンプルを採取していこう」

「レーザーナイフですら削れないのにどうやって?」

「その為の機材は持って来て有るんだヨ。ちょっと外へ言って取ってこようかネ」

 

 そういや、何故かスークリフブレード(俺のじゃなくて、フネの備品)が持ち込んであったな。謎のコードとか色々付いてたゴテゴテ仕様のヤツ……まさか、な。

 

「壁画みたいなのもあるんスね」

 

 とりあえず、教授がしたい様にさせておこう。マッドのやることを邪魔したら気が付けば自分が実験台にされているかもしれないからな。ワザと危険な実験されてフネ壊されてもヤダし。俺は近くの壁に寄り、そこに描かれた酷くが数の多い言語らしき紋様を眺める。

 

「こいつは、言語ッスかね?」

「フム、規則性が感じられるが、画数がおおくて酷く原始的な言語体系だネ。まぁ一応書き写しておこう」

「そうッスか。じゃ、カメラでも使ってぱぱっとやっちゃうッス……所で教授、何時の間に戻って来たんスか?」

「艦長が壁画を見て“こいつは”と言っている当たりだヨ。もう高台のサンプルも取ったネ」

「早ッ!? 速いッスよ!?」

「研究の為なら仕方ないネ」

「ですよねー」

 

 むぅ、何故だ? ジェロウ教授なら仕方ないって思えて来たぞ? とか考えていると、突然外からドドドドドと言う音が聞こえ始め、遺跡が振動し始めた。 パラパラと埃が舞い落ちて来ている。何や何があったんや!?

 

「心配ないネ艦長。これもわしの指示じゃヨ。外にある機材で地中探査用のポッドがあるからそれを打ちこんだだけネ」

「それにしてはスゲェ振動ッスね。遺跡壊れないッスか?」

「大丈夫だろう。何せこの遺跡はレーザーナイフでも壊せないほど頑強だからネ」

「まぁ確かにそれなら壊れないッスよね。でも何か地震が起きてるみたいで良い気分じゃないッス」

 

 ゴゴゴと揺れる足場とソレで舞い上がる埃で視界が若干悪くなった。息はできるし、振動もすぐに収まったから特に問題は無い。ただ驚いただけだ。一瞬机を探したのは昔の記憶の所為だろう。

 こうしてしばらくの間、教授が満足してくれるまで遺跡の調査が続くのだった。

 

 

…………………………

 

……………………

 

……………

 

 

「これで一通りサンプルは入手したって感じッスね」

「ウン、しかもエピタフがこの遺跡と関わりがあるって事も解ったし、やはりデッドゲート付近にはエピタフがあるという事例も確認できたネ。あとは、リム・ターナー天文台にサンプルを持ち込んで、検査をして貰う事にしよう」

 

 発掘された遺跡からの出土品や遺跡自体の構成材のサンプル、及び遺跡内壁や外壁に残された文字を書き写したモノ等、調べられるだけ調べた上のサンプルを前にしてホクホク顔をしているジェロウ・ガン教授は嬉々としてそう述べた……ま、嬉しい事も人それぞれだわな。

 

「リム・ターナー天文台ッスか? どこにあるんスかソレ?」

「ウン、ネージリンス国、惑星ティロアの首都にある研究施設だネ。少し捕捉すると、小マゼラン最高の研究施設でもある。序でにそこにわしの教え子がいるんだヨ」

 

 成程、教授が次に行ってほしいところはネージリンス国か……なんだか俺達って教授専門のタクシーみたいだねぇ。色んなとこに行くのが俺達の行動理念だから何の問題もないけどな。

 

 それにしてもネージリンスね。あの国は今いるカルバライヤと冷戦状態の国なんだよな。詳しい事は前にもしたと思う(第22章)ので説明は省くが、要するにカルバライヤとネージリンスは仲が悪いのだ。

 

 だが教授クラスの著名人となると国境とか関係なしに知り合いや生徒がいるんだろうな。どちらにしろ今更ジェロウ教授の研究手伝いをほっぽり出す気はないから、ネージリンスに行くというのなら向かおう。

 

 幸い0Gドッグは中立扱いになるから戦争でも起きてない限りボイドゲートの行き来は制限されない筈。カラバイヤ側からのゲートから出てくるから、少しは警戒されるだろうけどな。なんか臨検されそうになったら交易しに来たとでも言っておくかねェ。

 

「んじゃ、戦利品をコンテナに詰めて撤収~。ゴミは残すなよ~。持ってきた物はキチンと持って帰るのがマナーッス~」

「「「「「アイアイサー」」」」」

 

 そんな訳で、機材を回収した後、それらサンプルとかをパッケージしたコンテナを、ユピテルから呼んだ複数の作業用機体に運ばせた。

使ったのはVE-0《ラバーキン》やレールカノンを取っ払った変わりにペイロードが強化されているVB-0AS《キーファー》である。前者は速度は出ないが精密機械を運ぶのに適し、後者は大量の物資を運ぶのに適していた。

 

 サンプルを沢山収容し、そのまま特に問題もなく、この星を後にした。

 

 

***

 

 

 さて、地上から再び宇宙に戻った後、この砂だらけの惑星を離れて俺達は一路、惑星シドゥへと針路を決めた。惑星シドゥはエルメッツァ方面から繋がるボイドゲートの玄関口であると同時に、ネージリンスに繋がるボイドゲートへと続く航路へジャンクションする星でもあったからである。

 教授の知的好奇心をある程度満足させたことで、急かされなくなったのもあり、あまり急がないでムーレアから出発した。巡航速度を維持すること約2日。デッドゲート、ゾロスを通過して、くもの巣があった宙域にまで戻ってきた。

 

 くもの巣。見た時は海賊の拠点とは思えない程の大規模な基地で、パイプとチューブで繋がれた小型小惑星が名前通り蜘蛛の巣に見えていた場所であったが、今は海賊も逃げ出し、宙域保安局も引き上げた為、ひどく閑散とした宙域となっていた。

 精々が元くもの巣であった残骸が見えるだけ。その残骸も小惑星基地『コクーン』の衝突と、グアッシュ海賊団の主力艦隊が押しつぶされて爆散した結果。殆どの構造物が広範囲に拡散して、元のくもの巣とは似ても似つかぬ、いうなれば千切れたくもの巣と成り果ててしまっている。

 でも、くもの巣を破壊してから一週間近く経過している筈だが、まだスカベンジャーは来ていないらしい。これ幸いと俺達は残骸を調べ、使えそうな物資を解体して収容。大体500G程度の儲けを得た。これはゲームではなかったので美味しい。

 

 その後、4日かけて惑星ガゼオンを経由し、カルバライヤ宙域保安局がある惑星ブラッサムまで戻ってきた。道中、グアッシュ海賊団の残党と思わしき一団と遭遇したが、巡洋艦と駆逐艦だけという、最盛期から見ればお粗末な状態だったので艦載機だけで撃破してやった。

 

 ブラッサムまで来た時、そういえばバリオ宙尉に今回の海賊退治のお礼をと言われていたことを思いだした。結構活躍したし、お礼をくれるというのならば貰わない手はない。そう考えて宙域保安局に再びやってきた。

 相変わらず怖い顔した警備員が門を守っていたが、すでに顔を知られていたので睨まれることなく中に入る。受付で名前を明かすとすぐに作戦室に通されてしまった。どうやら大分好感度が上がっているらしい。

 

 だが、通された作戦室にはウィンネル宙尉しかいなかった。

 

「あれ? バリオさんとシーバット宙佐はいずこ?」

「やぁユーリ君。ちょっと二人とも査問会の呼出を受けてしまってね」

 

 他の二名は膝に矢、じゃなく査問会に呼ばれて今はいないらしい。

 

 ザクロウへの強行突入は、かなり強引な手段だったので、各方面から文句が上がっているという。それにしてはウィンネル宙尉の対応が少し『ああ、そんなとこかな』とおざなりなところがあり、ああこれは裏で何かあるなと感じたので追求は控えた。下手に尋ねてまた手伝えとかはちょっとね。

 

 とにかく、礼はちゃんともらえるそうだ。宙佐がちゃんと残ったウィンネルに預けてくれていたらしい。お礼の中身は、バハロス級高速巡洋艦とシドゥ級高速駆逐艦の設計図。さらには海賊退治の懸賞金5000Gを丸々渡してくれた。これは美味しい。

 もっともバハロス級はパトランプみたいな警告レーザー灯はカッコいいものの、性能的には他の巡洋艦とそう変わらない上、シドゥ級もほぼ同じ。むしろ性能的にはガラーナと似たり寄ったりでいまいち報酬としての価値は低いが、貰える物はありがたく頂戴しておこう。何がどう役に立つか解らないしな。

 

 その後はウィンネル宙尉と適当に雑談していた。その雑談の中でこの前の戦いの時、近くにいた保安局艦に丸投げしたドエスバンはどうなったのかを聞いてみた。アレだけ色々と犯罪に手を染めていたヤツがどんなことを吐いたのか、なんとなく気になったのである。

 

「ああ、ヤツの人身売買ルートが解ったよ」

 

 聞くところによると、どうやら海賊に攫わせた人間や、ザクロウに収監されていた健康かつ若い囚人の多くをバハシュールなる人物の下へ届けていたそうだ。ザクロウで捕獲されたドエスバン配下の艦船の航海艦橋にあるコンピュータに記録されていたフェノメナ・ログとも一致したので間違いないらしい。

 

「バハシュール……って誰?」

「聞いたことがある。確かゼーペンスト自治領の領主だった筈だ」

「げ、マジっスかイネス。領主って碌なヤツいないなぁ」

 

 領主と聞いて俺は思わず顔を顰めた。

 

 思い出すのは始まりの惑星ロウズ。このロウズを中心としたロウズ自治領を治めていたデラコンダ・パラコンダという領主のことだった。この人物は、油でテカついた完全なるマルッパゲであり、かつては冒険心溢れる優秀な0Gドッグでロウズ宙域を発見した人物だ。

 彼は自らが発見したロウズ宙域をエルメッツァに連なる自治領として制定し、自ら領主と名乗った。この世界の法律では0Gドッグが自ら開拓した未発見宙域を自治領として認めているのでまさしく彼はロウズ自治領の領主であった。

 

 正直、そこまでいける0Gドッグはいない。星の数ほど0Gはいるが、そこまで登り詰められるのは両手の指の数よりも少ないのだ。それだけだったなら、素直に尊敬に値する人物だったのだが、デラコンダは年齢を重ね能力が鈍り始めると冒険の心を失ってしまい、ついには航宙禁止法なるものまで制定してしまったのである。

 航宙禁止法とは自分が許可した者、例えば自治領の警備隊といった領地から出ない者たち以外は宇宙を渡ることを許さないというロウズ自治領独自の法律であった。これにより0Gドッグにより行われていた流通は滞り、元々辺境で経済的によろしくなかったところに留めを刺した悪法である。

 

 そりゃ自分が得た自治領を守りたい一心であったのは解るが、だからといって他者まで巻き込んで閉じ込めるのは良くない。当時ロウズで燻っていた今の古参メンバーを集めた俺は、エピタフを質に入れた金で輸送船を改装したアルク級駆逐艦を駆り、金を貯めて戦艦を買って圧倒的な戦闘力を持って打倒したのだ。

 この戦艦を手に入れるまでが大変で、最初は金がないので流通が滞っているロウズ領内で輸出入で儲け、法律破りの俺達を追いかけてくる警備隊とドンパチしてクルーに実戦経験を積ませた。初代旗艦を悪く言う訳じゃないが、なにぶん元々が輸送船だったので直撃を数発喰らうだけで沈みかけるようなフネだったのには辟易した。

 

 でもそんな俺達を態々警備隊は追いかけてきてくれるので、彼らを撃破したスクラップやジャンク品を売りさばき、なんとか一週間で金を貯めて、デラコンダに挑むことが出来たのである。実際大変だったので自治領の領主と聞くとあんまりいい顔は出来なかった。

 

「そう。そのバハシュールから、ドエスバンは多額の資金を得て海賊団の勢力を増強していたんだ」

「それじゃあ、バハシュールの調査……はムリっスかね」

「残念ながらアレはどことも協定を結んでいない。自治領とは本来そういうものだしね。まったく」

 

 溜息を吐くウィンネル宙尉に同情する。自治領ってのは基本的には治外法権であり、自治領がすることに対してはあまりタッチ出来ないのである。

 しかし、例外として宇宙開拓法第11条により、自治領における防衛の責はすべて領主が負うことになっているが、海賊は兎も角として国家レベルの侵略等には対処できないので、大体の自治領では小マゼランにある三つの星団国家の何れかに、上納金を支払って協定を結ぶことをよくしている。

 そして件のゼーペンスト自治領は独自の戦力を有しているので、あまり協定関連からも探りを入れられないのが現状って訳だ。精々が外交でチマチマと情報を引き出すしかないとは……大変だぞこりゃ。

 

「ところで、これからどうするのか決めているのかい?」

「しばらくジェロウ教授の望むままに付き合う予定ッス」

「そうか、君たちのような人材がカルバライヤの民になってくれると嬉しんだがな」

「はは、俺たちは根無しの0Gドッグッスよ? 暫くは国に所属とかも無理ッスね。それに次の行き先はリム・ターナー天文台ッス」

「リム・ターナー……確かネージリンスの……」

 

 ネージリンスの話題が出ると、ウィンネル宙尉の顔に影が差した。おや、どうやら真面目な男であるウィンネル宙尉だが、やはりカルバライヤ人なんだろう。ネージリンスに対してはあまり良い顔をしないようだ。

 

「一つ言っておく。ネージリンスの人間は狡猾で油断のならない連中だ。十分に気を付けるように、それだけは心に留めておいてくれ」

「それは……」

「人種で人を嫌う……恥ずべきことなのは理解しているつもりだ。しかし、彼らの今くらしている星系は本来われわれカルバライヤが発見したところなんだ。あの豊かな星系を手にしていたら、この星の人々もこれほど貧しい生活をしなくて済んでいた筈さ」

 

 彼らが移住してきた時、エルメッツァ政府はそれを認めるべきじゃなかったんだ! そうウィンネル宙尉はまるで叫ぶようにして語気を強めた為、作戦室の中が一瞬だけ静まり返ってしまった。だがそこに流れる空気はどこか肯定的で、それを感じる俺達はやはり異物なのだろうと肌で感じてしまった。

 

「……ああ、すまない。少し興奮しすぎた。とにかく気を付けて。何か困ったことがあったらいつでも来るといい」

「うぃっス。またバリオさんにおごらせてもらいに来たいので、その時はよろしくッス」

「ああ、彼に伝えておくよ。きっと涙眼だね!」

 

 ウィンネル宙尉の意外な一面を垣間見て何とも言えない気分になったが、まぁ人間だれしもそういう一面はあるモノだと納得して、宙域保安局を後にする。

 

 再び旅に戻り、ブラッサムから出港して、シドゥを経由し、およそ4日かけてネージリンスに続くボイドゲート。カルバライヤ・ジャンクションδ(デルタ)に到達した。航路チャートによれば、ここを潜れば隣国ネージリンス・ジャンクションβ(ベータ)に出るらしい。

 

 これでカルバライヤも最後だと思うと少し名残惜しいが、それよりも新たな宙域への扉を前にしたワクワクが俺達をボイドゲートに飛び込ませた。

 

―――こうして、俺たちはカルバライヤを後にした。

 




涼しいと筆が進む進む。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五章 ネージリンス
~何時の間にか無限航路・第28話、 ネージリンス編~


■ネージリンス編・第二十八章■

 

 

 さて、惑星ムーレアを出立してから10日後。無事に次の宇宙島へとつながるボイドゲートを潜り、隣国であるネージリンスの領宙へと入った。

 

 今回、以前からあったチェルシーの頭痛への対策として、彼女にはボイドゲートを越える前に医務室で待機と厳命しておいた。今や厨房の一角を任されるくらいにまで成長を遂げているチェルシーだが、もしも火とか刃物とか使っての調理中に倒れられたら目も当てられない。

 厨房は戦闘中だろうがなんだろうが、24時間のローテンションで仕事が終わらない部署だからな。そこの火が落ちるとしたら、ユピテルが落ちる時だろうとまで言われているくらいハードな職場でもある。

 

 最近は自炊や自販機も増えたとはいえ今も基本的にクルーの食事は、大体が食堂でまかなわれている。マンパワーの低下を避ける為にも、厨房の火を落すことは許されないのだ。

 まぁ手作りの料理は案外少ないらしい。基本大味なモノや簡単な代物には調理マシンや調理ドロイドを使用しているそうだ。

 流石のタムラ料理長も一度に数百人から下手すると千人規模で押し寄せてくるクルーの飯を一つ一つ作るのは不可能だ。人力だけじゃどうしようもならんのでしょうがないのである。

 

 

 まぁそんな訳で準備は万端。白鯨艦隊はネージリンスへと到達したのだが、俺はその時艦長席でチェルシーの体調悪化の報告でも来るのか!?と、若干不謹慎なことを考えていたが今回はそれが来なかった。

 

 そういや以前くぐった時も体調悪化の兆しは弱くなっていたし、これは自意識が大分確定したと考えるべきなのだろうか? ボイドゲートから受ける洗脳の効果も殆ど無くなりつつあるのだろう。つまり今のチェルシーがデフォとなると……ガンマニアだけでも治らないだろうか?

 

 でもまぁ体調が変にならないのは良い事だ。素直に喜んでおくことにして、そのままネージリンス・ジャンクションβから進むこと一日の位置にあるネージリンス領最初の惑星リリエへと針路を取った。

 

 この道中、とくに何かあったかというと、海賊の襲撃……でも何故かグアッシュ海賊団。多分ボイドゲート超えて逃げてきたんだろうなぁ―――でも逃がしません。おいしくいただきます。

 こちとらステルスモード展開しているので、再び駆逐艦の生餌に引っかかったグアッシュ海賊団の残党は、あわれ我らのお財布の中身に化けたのだった。

 

「艦長、惑星リリエの中立宙域に到達しました」

「補給と休息と情報収集の為に一度寄港するッス。ステルスモードを解除して航海灯を灯し、リリエの空間通商管理局軌道ステーションへの入港許可を打診」

「了解、ステルスモード解除し、入港許可を打診します」

 

 ようやく惑星リリエが見えるところまでやってこれた。リリエはかつて見たゾロスに似た緑色の海をした星であった。資料によれば人口はおよそ101億11200万人ほど。隣国との玄関口だけあって、それなりに交易所があるのかもしれない。

 

 そんな風に考えながら、ゆっくりとリリエへと接近していると、唐突に接近警報がブリッジに響いた。すぐに艦長席のホロモニターが戦術マップを表示したので、俺はレーダー班の方に内線を入れた。

 

「艦長~ロングレンジレーダーに感あり~、アンノウン艦接近中~小型の何かを射出したわ~」

「センサーでも探知した。エネルギー量から考えて恐らく空母だ艦長」

「アンノウンの船籍IDを確認しました。ネージリンス国境防衛隊所属のフネです」

「ネージリンスで国防のフネで、射出された小型の何か……多分艦載機だろうねぇ」

 

 いきなり艦載機を発艦させるとか随分と物騒だと思うが、ある意味で仕方がない事だと言えた。なんせ俺達やってきた方向は彼らの潜在的な敵であるカルバライヤの方向だった。ステルスモードで来たとはいえ、ネージリンス・ジャンクションβから、ここリリエに至る航路は一本しかないから、カルバライヤのフネかもと警戒されているのだろう。

 

「ミドリさん、あちらさん何か言ってきた?」

「すこしお待ちください……来ました。ネージリンス国境防衛隊所属艦から入電“汝らの船籍は何処?”以上です」

「0Gドッグの登録IDを転送しておいてやりな。それで大丈夫な筈さ」

 

 トスカ姐さんの助言に従い、IDを送ってやるとこちらを取り囲むようにして飛んでいた艦載機たちがどんどん引き上げていった。こちらもネージリンス国相手に事を構える気は毛頭ないので、主機を落させて停船させた。これは敵対する意思がないことの表明である。

 

「各艦に通達、絶対に撃つなよ?フリじゃないから絶対に撃つなと厳命してくれッス」

「アイサー、各艦に通達します」

「何か随分と警戒されているみてぇだなオイ」

「国境はカルバライヤとのもめごとが多いからねぇ。ピリピリしてんのさ……。あとストール、万が一もありそうだからって、FCSを何時でも使える様にするのは結構だが、今はやめておきな」

「うっ、了解です姐さん」

「国境防衛艦、本艦より離脱していきます」

 

 俺達が好きにしろぃと、ジーっと黙っているのが良かったらしく。奴さんらも流石に敵意も何もない中立だと理解してくれたのか、そのまま艦隊を引き上げてくれた。

 

 まったく、新しい宙域に入った途端これかい。ホントもめごとにはならなくて良かったぜ。これでカルバライヤ方面から来たからってだけで、攻撃とかなんかされたら普通に自衛権を行使していたところだ。

 

「しかし、なかなか性能のよさそうな艦載機だったッスね」

「知らんのか艦長? 艦船に有効打を与えられる程の威力を持った小型荷粒子をこの銀河で最初に開発したのは、ネージリンスなんだぜ? だから空母のノウハウや艦載機運用も高い。それにあの機能的なフォルム、機能的なアクチュエーター、俺達の作ったVFにも採用した可変式スラスターの構造。一般艦載機の性能ならネージリンスが小マゼランで随一だぜ。ああ、一機かっぱらって構造解析や改造を――」

「うす、いきなり一息での説明感謝ッスけど、ケセイヤさんよ、ここでトリップしないでほしいッス。ソレと珍しくブリッジに来るとは何かあったッスか?」

「いや、開発の息抜きに散歩してて暇だったから見に来てただけだ」

 

 普通の軍隊の戦艦とかなら唖然としそうな理由だが、ある程度の艦内風紀さえ守ってくれれば問題無い白鯨艦隊ではよくある光景だ。ウチでは役職名はあるが、それは軍隊のような階級ではない。いろいろとスムーズに命令を伝える為の手段であり、普段の生活ではあまり適用されないのである。

 

 やろうと思えば、この艦隊に入りたての掃除班の下っ端の下っ端みたいなやつでも、艦長である俺と一緒に同席しウマい飯を食うことだってできる。敬語も無しに談笑し、なんだったら全裸で食事に参加してもOKだ――勿論そうなったら俺は遠慮するがな。

 

 他はどうだか知らんが、これがウチの習いなんだから仕方が無いだろう。なまじ何時も肩張っている方が辛いのだから、普段はゆる~んだら~んでも良いのである。

 やることさえやってくれれば問題にしないのだ。フネ自体が家だしな。家の中で何時も背筋をぴんと伸ばして生活している人は……そうは居ないよな?

 

「そっスか。なんかいいアイディアでもありそうッスか?」

「んな簡単に思い付いたら苦労しねぇよ。んじゃな~」

「はいはい~ッス」

 

 そのままブリッジを後にするケセイヤさんを見送りつつも、ウチってマジでフリーダムだなぁとか思う俺。しまいに通路で寝てるヤツとか現れるんじゃねぇか?酒瓶片手にさ。

 

 まぁ何はともあれ緊張は過ぎ去ったので、リリエにさらに接近し、軌道ステーションの傍まで来ていた。空間通商管理局側からの入港許可は普通に降りた。この組織は良くも悪くも完全中立の組織なので、味方ではないが敵にはならないという点では信用が置けるのが強みだ。

 

 ところで、軌道ステーションは各国により結構特色がみられる。たとえばついこの間まで居たカルバライヤのステーションは小型かつ非常に無骨な機能とデザインを持つ。周囲がアステロイドベルトに覆われている宙域が多いので自然とそうなるらしい。

 一方のネージリンスのステーションは増設ユニットによりパッケージングが為された造形をしており、遠目から見ると宇宙要塞のような風体をしている。尚エルメッツァではシンメトリック形状にボックス型ユニットを増設する形でカスタマイズされていたりする。各国によって結構違うのである。

 

 そして、今まさにその宇宙要塞のようなモスグリーンの宇宙ステーションが目の前にあった。ここリリエの軌道ステーション宇宙港は、基部となるステーションに造船工廠と改装工廠がドッキングした横に長いステーションとなっており、4枚のミラータワーアンテナが整列しておっ立っているので遠くからでもよく解る形である。

 

 

 早速地上に降りて、まずはリリエで一旦停泊して情報を収集をしようとしたのだが、ここで問題が起きた。酒場にてクルー同士のケンカが起きたのである。それも副機関長のルーベ・ガム・ラウと保安部長トーロ・アダのケンカだ。

 

「このやろぉ!」

「アイテッ!」

「おいおい待て待て何があったッスか! 落ち着け二人とも!」

 

 一応、酒場で飲んでいるので今はプライベートなので、役職は関係ないのだが、さすがに部下を何人も持つ彼らがケンカするのは色々とよろしくない。立場を考えてほしい物だと思いつつ、俺はこいつらの間に入ってケンカを一度ストップさせた。

 その際、ちょうどルーベに反撃しようとしていたトーロにいいのを一発もらったが、甘んじて受けた。こういう細かな心配りが人気の秘訣なのだ。

 

「何があったもなにもないよ! こいつ失礼なことぬかしやがって!」

「なんだよ! もっと筋肉つけようぜって言っただけだろ!」

「こいつぅ! ボクは女の子なんだぞ!」

「いや、うん。なんかすっごく理解した。トーロ、土下座」

「ええ!?」

 

 双方の言い分を聞いたが、これは十中八九トーロが悪い。この脳筋野郎、過重力鍛練のし過ぎで、文字通り脳みそが筋肉になったのか?

 

「あのなルーベがいい女だってのはよく知ってるだろ? 女の子に筋肉つけようとかセクハラだぞ? 例え彼女が男勝りでもそれはそれッス。エチケットは守らんとアカンで? というかティータに同じこといえるのお前?」

「うっ…わかったよ。ごめん」

「ふんっ。ほんと失礼しちゃうな!」

 

 ブツブツ言いながら椅子に座るルーベ。それでも素直にトーロが謝ったからか、多少は溜飲が下がったらしく、チビチビとグラスを傾け始めた。今はまだ怒っているだろうし、彼女に話しかけるのは後にして俺はトーロの方を向く。

 

「こんのおバカ」

「すまん」

 

 痛む腹をさすりながら、畏まるトーロに対し軽く拳骨を落とす。まったくつまらないことでケンカなんぞするんでないよ。お前らがケンカすると部下も巻き込むだろうがというとトーロはキョトンとした顔をした。

 

「おい、なんでそんな顔してるッス」

「いや何で部下が出てくるんだ?」

「だって普通、上司が違う部署の上司とケンカしたら、部下はそれにならってギクシャクするだろ。お前の行動がフネの中でいらぬ対立を生むこともありえるんだからさ」

「ああー、なるほど。こりゃマジで止めてくれてありがとうよ」

「そう思うなら、俺とルーベにおごれッス」

 

 そういうと、トーロはあいよと頷いて酒のグラスを片手にルーベにもう一度謝りに行った。ルーベも飲んでいる内に大分怒りが収まったのか、酒好きなこともありトーロが出した酒のグラスを受け取ると、小さな声だが殴ってゴメンとトーロに謝っていた。

 これで一件落着である。今回二人とも性格的にカラッとしていて後を引かなかったからよかったが、これで性格がねちっこいヤツ同士だったら、俺はさっさと匙を投げていただろう。何とか仲裁出来て良かったよ。

 仲がいい者同士でも、こうしてつまらないことでいさかいを起こすのだから、まったく人間とは面倒くさいものである。俺もトーロから奢られた酒のグラスを傾けながら、酒場のマスターに情報を貰いにその場を後にした。

 

 

***

 

 さて、酒場での揉め事も日々を過ごせばすぐに過ぎ去る。情報収集によると、この宙域はエルメッツァ、カルバライヤへ渡航するための要所であるという。ネージリンスの大企業セグェン・グラスチの支社や学術都市がこの宙域に多く設立されているのも、この宙域が経済国家ネージリンスの産業の輸出拠点、屋台骨になっているからだそうだ。

 なんとも、エルメッツァ方面は解るが、敵視されている筈のカルバライヤにまで普通に交易の手は広げているとは、互いに反目しているとはいえ、ネージリンス的には金儲けをさせてくれるなら敵であっても商売するという感じなのだろうか? さすが経済大国である。

 

 他には、この近辺の海賊の出没情報がいくらか手に入れられたのは収穫と言えた。これで食いぶちが手に入るって寸法だ。標的となる海賊たちには可哀そうであるが、俺達も食って生きなきゃならんのだから飯代になってくれたまえ。

 

 後は、ジェロウ教授から、リム・ターナー天文台に居るという教え子についての話を聞くことができた。ネージリンスとカルバライヤは国家レベルで仲が悪いが、ジェロウ教授個人の考えでは学問に貴賤も国境もないらしい。かの教え子もその一人でネージリンスから態々ジェロウに師事しに来た逸材だったそうだ。

 

 とはいえその人物はジェロウ教授のアカデミーにいた頃は苦労していたようだ。なにせネージリンス人というだけで学内の心ないカルバライヤ人から色々と意地悪を受けていたのだ。

 ジェロウ教授のような考えをする人間はあまり教授のまわりにはいなかったのである。それが今や、小マゼラン有数の天文学の権威だという。頑張る人って素敵です。

 

 ちなみにこの話を聞いていた時、近くにトーロもいて一緒に聞いていたのだが、トーロ曰く、先生って呼ばれている人の雰囲気は苦手なんだよなー、だそうだ。奴は不良だったからきっと学校とかでよく注意されたんだろう。

 

 一方でジェロウ教授は大丈夫だという。実際、教授のいうことは時たま専門的すぎて理解が及ばないことがあるが、彼の普段の人柄は結構フランクなのだ。自身も周囲に対してしゃちほこばる必要何ぞないんだと公言しているので、トーロでも苦手意識が働かないのだろう。

 

 案外、その教え子さんもそういう感じの人かもしれないな。

 

 

…………………………

 

……………………

 

……………

 

 

 色々あったが、いま俺たちは惑星ティロアにいた。このティロアはこの宙域随一の学術都市がある惑星で、人工はおよそ71億1300万人が暮らしている緑が多めな惑星だ。気候も惑星全体を通じて穏やかであり人類にとって住みやすい環境となっている。

 ところで毎回思うんだが、その国の人口を公表していいんだろうか? 人は石垣って言う様に、人口とかの数値って相手の国力の目安になるから、結構戦略的には重要な意味を持つと思うんだが……まぁいい、とにかく俺達はティロアに降り立った。

 

「――んで、やってきましたのがリム・タナー天文台ッス」

「ユーリ、アンタ何処にむかって喋ってんだい?置いてくよー」

 

 いや、なんかこうしないといけないというお告げが……。変なデムパを受信してしまったかね? ともかくジェロウに案内されて天文台に入った。研究機関なので本来は関係者以外は入れない筈なのだが、そこら辺はジェロウの顔パスで普通に入れたのだ。

 

 ちょっとセキュリティに問題があるんじゃないかと一瞬心配したけど、まぁジェロウ教授というビッグバリューと一緒ならこうなるわなと納得しておいた。

 

 このリム・タナー天文台は天文台と名を打つモノの、実の所既に役割を終えている天文台だったりする。その為観測機器は既に殆どが取っ払われ、現在はポツネンと天文台の施設が残っているだけで、それ以外は何もない。

 

「ふ~ん、何もねぇな。もうちょいレーダーやらアンテナやら、観測機器がゴテゴテあるもんだと思ってたんだけど」

「ここの売りは情報の収集能力と計算能力らしいッスよトーロ」

「あら、よく知っているわね」 

「おお、アルピナ君、久しぶりじゃネ!」

 

 適当に談話しながら施設に入ったら、研究者らしき女性が話しかけて来た。

 

「お久しぶりです。ジェロウ・ガン先生」

「ウン、元気そうで何よりだヨ」

「教授、彼女が?」

「そう、かつての教え子のアルピナ君だヨ」

 

 教授にそう言われ、ジェロウにアルピナと呼ばれた女性は此方の方を向いた。意外と若い、それなのに役目を終えているとはいえ小マゼラン随一の研究施設であるこの天文台を任されているとは、やはりマッドのお弟子さん。タダ者では無い。

 

「リム・タナー天文台所長のアルピナ・ムーシーです。よろしく」

「ふむん」

「なんですの、先生?じろじろと」

「や、相変わらず独り身のようだが、キミもいい加減身を固めるべきじゃないかネ?言ってくれれば、いつでもいい男を紹介してやるヨ」

 

 

 教授、教え子を思っての発言だとは思いますが、ソレって普通にセクハラだと思います。アルピナさんもまたかって感じで溜息を吐いた。どうやら会うとこういう話題を振られることがあるようだ。

 

「先生ったら、会うとそればっかり。そんなことを、わざわざ言いにいらしたのですの?」

「ああ、いやいや、ソレは挨拶みたいなもんだ。それよりも今日はキミにお土産があってネ」

 

 教授の発言に首をかしげたアルピナさん。お土産って言っても遺跡のサンプルが入ったコンテナなんだがな。見せる用に少し小さなサンプルは手持ちで持って来てあるが、本格的なのは後で搬入予定である。

 きっとここの職員の人間も驚く事だろう。そのサンプルの多さに、そしてその大量のサンプルの解析を自分たちが行わなくてはならないその苦労に、かなり絶望する事だろう。知ったこっちゃないがな。

 

 教授との再会とコミュニケーションを終え、天文台所長のアルピナさんは、俺達をこの施設の奥にある全周囲投影観測室へと案内した。球状の部屋の壁に高画像スクリーンが敷き詰められ、そこに宇宙の映像を投影しているこの部屋は、まるでプラネタリウムみたいだが、それよりもはるかに高価な機材だ。

 つーか、小マゼラン銀河一の研究施設の機材をプラネタリウムと同格にしたらだめだろう。機能的には似てるかも知んねぇけどさ。

 

「星が一杯の部屋ッスね」

「空間通商管理局から、航路上のガイド衛星の映像データを送ってもらっているの。管理局の開示制限が多いから、全ての航路とは言わないけど―――」

 

 まぁそりゃそうだろう。航路の中には自治領として機能している所もある。そこがこういった航路のデータを公表して欲しくなければ管理局も開示しない。そう言う風に航宙法で決まっているからな。

 

「―――小マゼランをふくむ局部銀河のほぼ全域をリアルタイムで観測できるわ」

「ふへぇ~、凄いッスね」

「お、ユーリ見てみろよ。こっちにロウズ宙域が写ってるぜ」

「ホントだ。大分遠いところまで来ちまったスね」

「だな、アレからほんの数カ月しか経ってねぇってのにな」

 

 トーロが見つけたロウズ宙域のあたりを眺めなら思う。もう何年も宇宙を航海している気がしてきたと……最初は駆逐艦の艦長だったのに、次は戦艦、その次は弩級戦艦の艦長、そして今や艦隊を率いる身なんだよなぁ。

 

 宇宙を見てぇって思った気持ちは忘れず、好き勝手楽しんでたら何時の間にか身分もデカくなっちまったな。楽しいから問題無いけどさ。

 

 トーロも変わったよなぁ。最初の頃はどー見ても街のチンピラにしか見えない小デブさんだったのが今や結構マッチョで、おまけに保安部を預かる部長さん、大分出世してるよなぁ。最初は弄りキャラで入れた筈なのにな。ちょいと黄昏たが、いい加減話を進めようジャマイカ。

 

「アルピナ君、これがさっきここへ来るときに話したサンプルなんだヨ」

「ムーレアの遺跡から採取したものですね」

「うん、“その一部”だヨ。とりあえず一部分持ってきたんだ。持ちきれないからネ。それとこちらは遺跡の壁に描かれていた言語を書き写したモノだ」

「お預かりしますわ」

 

 

 そういってサンプルを受け取り、近くの机に置いたアルピナさん。だけど教授が“一部”って言ったように、コンテナクラスで持って来て有るんだけど、まぁ今は言わんくてもいいわな。

 

「どちらも解析には少し時間がかかるかも知れませんけど、どうなさいますの?」

「フム、では解析が終了したら、ユーリ君のフネへ連絡をいれてもらおうか」

「その方が良いッスね。んじゃアルピナさん、これがウチのナショナリティコードッス」

「わかったわ。何かわかったらこちらに連絡を入れます」

 

 ふむ、これで一応解析が終わるまでは自由に行動が出来るな。そんな一日や二日で解析出来る代物じゃないだろうし、量が量だしなぁ。研究所の人達も大変だぜ。コンテナのサンプルの仕分けだけで一日は消えるんじゃねぇか?

 

 この後はジェロウ教授が教え子アルピナさんとの談話を少しした。若干の暴露話的なモノもあったが、俺達は紳士的な対応を取った。俺のフネにいたら自然とスルースキルが上昇するのさ。SAN値の上限もな。

 

 そんでまぁいい加減お暇しようとしたんだが―――

 

「そういえば一つ質問いいかしらユーリ君は、どうしてエピタフに興味があるのかしら? やっぱりエピタフが世界を変えるという伝説を信じてる?」

「いやぁ~、なはは」

 

 実の所、エピタフは本当にそれが“出来る”ことを俺は知っている。勿論、全知全能の神のごとく何でもという訳じゃないし、制限もあるし、使える人間も限られるのも知っていた。

 とはいえ、そんなエピタフの事実の一端を知っている俺は彼女からの質問に苦笑で応じるしか無かった。大体知っていたとしても言えるわけがない。言ったところで一体なんの根拠がと問われたら、ゲームの知識ですと返すしかないのだ。そんなこと答えたら絶対病院送りになる自身があるぜ。

 

 だから苦笑するしかないんだが、その態度を肯定と受け取ったのか、更に話しかけてくる。

 

「そう。こういった伝説を子供騙しだって言う人もいるけど、私はそうは思ってないわ。エピタフはデッドゲートを復活させる力を持っているという仮説を立てているの。デッドゲートが復活すれば人類の活動できる宇宙が広がる……そう考えれば、世界を変えるという伝説もあながち間違いじゃないわね」

 

 どういう仕組みで、あの小さな箱であるエピタフが、数十㎞はある巨大構造物のゲートを復活させるのかはわからないが、実際それが出来てしまうのが恐ろしいな。

 俺は以前の世界で原作をしていたから知っているので納得できるが、この世界の人間だったら、はぁ?って顔をするだろう。あまりにも荒唐無稽過ぎる仮説だ。

 

 だってデッドゲートってのは機能が失われたボイドゲートという意味もあるが、言いかえれば“利用できないガラクタ”でもあるのだ。

 独自の技術力をもつ空間通商管理局ですら修理できない代物をエピタフが復活させるとか言われても、この世界の人間にとっては、台所でプロトニウム弾頭を作りましたと言っている様なものである。そうそう信じられねぇだろうさ。

 

 だから、彼女が独自にこの仮説に辿り着いたのだとしたら、マジで天才かも知れない。マッドの弟子だけにマッドの可能性もあるんだけどな。

 

 

***

 

 

 遺跡サンプルが解析されて連絡が来るまでヒマが出来たので、とりあえずネージリンス宙域を見て回ることにした。道中海賊がカルバライヤと違い優秀な航空戦力が存在しているためか案外少ないのがネックだが、逆を言えば平和に行き来できる航路が多いということ。

 

 でも艦隊を維持するには金がかかるので、いい感じに獲物となりえる海賊がどこかを泳いでいないかと色んな航路を移動していた。平和すぎるのも問題で普通なら1~2隻網に引っ掛かるのに、その日は長距離索敵システムのレンジを最大にしても影も見つからない。

 

 でも、その代わり、長距離索敵システムに思わぬ相手がうつったので驚いた。

 

「照合確認。ナショナリティコードはカルバライヤ宙域保安局のものです」

「妙だね。カルバライヤの、しかも宙域保安局のフネがこんなとこウロウロしているなんて……」

 

 それは隣国カルバライヤのフネであった。それを見たトスカ姐さんが副長席でそう呟くのも仕方がないことである。なんせ両国は犬猿の仲なのだ。

 

「でも何故かいる保安局……どこ行くんスかねぇ」

「針路からこの先に向かうと思わしき航路を割出てみます……多分、行き先は惑星ポフューラです」

「ふーん。まぁどうでも良いかな」

 

 もしかしたら知り合いかもしれないが、保安局だって沢山の人が居たし知らない人かもしれない。そんなことよりも今はこの星系を巡る方が先決だ。そう考えてこの時は保安局のフネを見送った。

 

 

―――そして、見送ってから3日程経過した。

 

 

 リム・ターナーから連絡が未だに来ないので、適当にブラブラと航路を行ったり来たりしていた。コンテナ運んで交易まがいのことをしていると時間が経つのは早い。こと宇宙では結構場所によって時間の流れが違うのでそう感じるのかもしれない。

 

「敵艦、対空兵装沈黙。キーファーが突入しました」

「これでまた鹵獲完了っスね。また売れるわ。儲け儲け」

「カルバライヤ系統のフネはあまり高くは売れないけどね」

「これで拿捕したフネは合計で20隻前後。いい加減何処かで売りさばかないと移動が手間になってきたよ」

 

 あまりにも連絡が来ないので、俺達の稼業の一つであるゴミ掃除をしていたら、気が付けば鹵獲したフネがこれだけ沢山あつまってしまった。でも全て海賊が使用済みの中古品なので、正直使いたくないから近いうちに売り払わねばなるまい。

 鹵獲艦で艦隊を組むってのも浪漫的には悪くないが、海賊が使っていただけあって、船内には変なシミやら黴やらが沢山あり、空調からは煙草や葉巻の饐えた匂いが漂い、食堂の冷蔵庫内は半分以上酒瓶で埋まっており、極めつけがトイレ掃除を誰もしていないのである。

 

 ね? 使いたくないでしょ?

 

「拿捕した海賊船の乗員もそろそろ定員一杯です。流石に何時までも閉じ込めておくと衛生的にも問題が起きますし」

 

 はぁ…とため息を吐きながらそう報告するユピ。ちなみに彼女が言っていることは、海賊たちを憐れんでいるわけではない。艦内にいる異物を早いところ引き払って欲しいからである。お腹の中に変なもんがあったら気持ち悪くなるよな?

 

「それじゃ、イネスー。こっからいっちゃん近い宇宙港どこッスか?」

「ココからかい?ちょっとまってくれ……惑星ポフューラかな」

 

 それは偶然であったが、あの日保安局のフネが向かったとされる惑星がここから一番近いらしかった。流石に日数が経っているのでもういないだろう。あ、別に嫌いって訳じゃないんだからね! ただ単に居るかもと思っただけなんだしね!

 

「休息も兼ねて近いそこに寄港するッス。リーフさん頼むッス」

「りょーかい、安全運転で行ってやるさ」

 

 さてと、今日も稼ぎを売り払いに行きますかねぇ、と白鯨艦隊を発進させ惑星ポフューラへの航路へ乗った。この時もう少し狩りを続けていたら、少なくても問題ごとを抱え込むことは無かったんだよなぁ。

 

 まぁそれは兎も角、最後に海賊船を鹵獲した航路から一日程移動して、目的地である惑星ポフェーラに到着した。いつも通り入港手続きを取り、外に並べた宇宙海賊のフネを買い取りに回す書類等を申請しながら宇宙港に進入したところ、ふと見覚えのあるクリーム色の装甲板をしたフネが停泊していたのが見えた……。

 

「ネージリンス領なのにカルバライヤ船籍でも入港できるんスね」

「管理局は全ての国家、勢力から完全に独立してAIによって運営される存在。管轄下の宇宙港も基本的には完全中立なのさ。宇宙航海時代のだいぶ初期からそんなルールがあるらしい」

「そう考えると管理局って不思議な組織ッスよねぇ。ま、下手に頭突っ込んで、頭をもぎ取られたくないから詮索はしないけどさー」

 

 フネを接岸しつつ、保安局のフネを見ていた俺はそう溢した。なんだっけ? 好奇心猫を殺すだっけ? それとも君子危うきに近寄らずだっけ? とにかく如何にもヤバそうなのにはまだ首を突っ込むべきじゃないよな。

 

「そういえばどこかの星のニュースで見たんだが、ネージリンスとカルバライヤ両国が何らかの協定を結ぶらしいよ。カルバライヤ船籍のフネがここに居るのもそういうことなのかも」

「そうなのイネス?」

「リム・ターナー天文台行った時、軌道エレベーターの待合室で流れてたじゃないか。見てないのか?」

「………俺その時、日ごろの疲れで寝てたッス」

「………なんかすまん」

 

 いいよいいよべつに。だってそれが仕事やもん。

 

 ま、とにかくせっかく寄港したので、それぞれ独自に行動を開始する。いつものように物見遊山で地上に降りる者。自室でゆっくりする者。俺みたく寄港しても仕事がある者に分かれた。

 

 とりあえず鹵獲した海賊船の売買を済ませてようやく暇が出来た俺は、チェルシーでも誘って地上に降りようと思った。だが、あいにく彼女は他の女友達とすでに地上に降りたという。むむむ、あのコミュ症気味だった義妹が友達を得たことを素直に喜ぶべきなのだろうが、なんか寂しいぞ兄ちゃんは。

 

 しかたないので一人で星に降りて適当にブラブラして物見遊山していると、沢山の企業ビルが立ち並ぶエリアで、ちょっと気になる広告を見つけた。

 

「セグェン・グラスチ支社『求む、民間のゆうかんなる艦長。多額の成功報酬あり』……ゆうかんねぇ?」

 

 それは、要するに0Gドッグを募集する広告だった。しかし、この広告。何をするのかの説明が一切書かれていない。ソレどころか何時やるのか、仕事の期間も何も表示されていないという謎。アレか? 金やるから文句言わずにやれってヤツ?

 

 セグェン・グラスチといえばネージリンス最大の造船企業で、会長のセグェン・ランバースは政財界の重鎮だっていうじゃないか。政財界の重鎮、経済国家であるこの国に置いて政財で偉いのは、それすなわち国の中でも偉いということになる。そんな人物の会社がこんなブラックバイトみたいな募集出すのかねェ?

 

「だけどオイラは遠慮せずにエントリーしちゃうッス!」

 

 だけど気になったから、ついつい体が動いちゃうんだ。腐っても大企業であるセグェン・グラスチが“多額の成功報酬が、ありまぁす!”とうたっているんだ。相当いいギャランティを用意してくれている、筈。

 

 気が付けば俺は広告が表示されていたメッセージパネルのメニューをタッチして、ユピテルのナショナリティコードをリーダーに読み込ませていた。いやー、知的好奇心って怖いですねー。

 

 さて、これで後は連絡が来ればええやろとか思って立ち去ろうとしていたら、セグェン・グラスチ支社ビルの入り口の方から一人の女性が歩いてくるのが見えた。そのバストは豊満であった。トスカ姐さんよかデカくないか?

 

「今、メッセージパネルでエントリーしてきたのは貴方?」

「そうッスけど、アンタは?」

「セグェン・グラスチ秘書室長のファルネリ・ネルネです」

「ネルネル・ネルネ?」

「ファルネリ・ネルネです間違えないで!……それで貴方は艦長さんの使い?」

「いんや、俺が艦長ッスけど?ナショナリティコードに名前登録してあったでしょ?」

「は?」

「はっ?って……俺が艦長ッス。どぅーゆーあんだーすたん?」

「はぁ?」

 

 いや“はぁ?”って、俺ってそんなに艦長い見えへんのかな?

 確かに外見は若すぎるし、見た目だって今だに――細いモヤシだしな!

 俺だって脱いだらスゲェんだぞ!いま脱ぐと変態だから脱がないけど……鬱だ。

 

 

「ちょ、ちょっと、何突然落ち込んでるの?」

「い、いや、自分の外見だと、よっぽど艦長に見えないんだろうなぁって思って」

「そうね。もう帰って結構よ?」

「ひ、酷!人が気にしてるのに!」

「大丈夫解ってるわ。大方小型ボートでその辺飛んで、自信をつけちゃったんでしょ?悪いけど子供の手に終える仕事じゃないの。ごめんなさい」

「いや、ちょいまて。俺のナショナリティコードを良く見て―――」

「ハイハイ。ほら記念品のティッシュあげるから、もっと有名になってから来てね? それじゃ失礼するわね」

 

 俺が何か言う前に、表面上ものすごくやさしい対応ってヤツをされた。

 つーか、話聞けや。

 

「――まったく、こんな方法でまともな航海者が集まるワケないわ」

 

 呆然と手渡されたセグェン・グラスチとデカデカと書かれているティッシュを持って呆然としていると、ファルネリと名乗った女性はブツブツ言いながら建物の中に消えていった。

 

「けっ! けっー! 艦長に見えなくて悪かったッスね! それにティッシュありがとう! 今朝から鼻が痒かったんだ! ちーん!」

 

 俺は手渡されたティッシュでワザと鼻をかんでから地団太踏んでその場を後にした。 全く持って腹立たしい。人を見かけで判断しやがってさ。いや確かに見た目はただの小僧だから弱そうなんだけどね。まあいいさ。逃がした魚は大きいと精々悔やむがいい。

 

***

 

 その後も適当に街をブーラブラしていた。学術都市というだけはあり、色んな学校とか大学とか専門校とかが立ち並んでいるので、何だか見ていて新鮮な気分になる。

 

 だが街の全てが学校という訳ではない。ここはセグェン・グラスチが支社を出しているようにエルメッツァとカルバライヤとの交易の要所でもある。その為、結構ホテルや宿泊所といった施設が点在していた。

もっともその殆どがセグェン・グラスチの資本だけどな。あっちを見てもこっちを見てもセグェン・グラスチ。いっそ星の名前もセグェン・グラスチにしたらどうだろう?

 

 そんなこと考えていたら一際立派なホテルを見つけた。その名も……『SGホテル』……うん、解っていた。これもセグェン・グラスチ傘下のホテルなのね。

 でも外観は凄い。直角三角形をしたビルの屋上に透明なドームで覆われた半球タワーが空へと伸びている。おまけにそのタワーへと登る高速エスカレーターが、これまた透明なチューブにより、三角形の斜面を登るようにして設置されている。

 

 あまりにも近未来的な姿をした建造物を見た俺は、ホイホイと中を見に行ってしまったのだ。入り口から中に入ると、ネージリンス特有の機能美と清潔感あふれるロビーがお出迎えしてくれた。どうやら一見様もOKらしく、ロビーには喫茶スペースのようなところもある。

 なにげなく喫茶スペースでコーヒーとケーキを注文した。さすがはホテルのケーキだけあり美味いクリームを使っている。うまいうまいとケーキを食べていたのだが、その時視界の端になにやら見覚えがある人物が通った気がした。

 

 なんだろと思い、そちらに眼をやると。居たよ知り合い。カルバライヤ宙域保安局のシーバット宙佐とバリオ宙尉の二人が何故か居たのだ。それも彼らだけではなく、ネージリンス人と思わしき二人の人間と共に行動している。

 しかも、その二人の内一人はサーコートとキャプテンハットという如何にも軍人であると公言しているような格好に見えるが……ちょっと気になるので好奇心から、俺は物陰に隠れ彼らの会話を盗み聞きしてみることにした。

 

「―――これは私が責を負うべきことなのです」

「では予定どおりセグェン・グラスチの名前でゼーペンスト領主バハシュールに会談を申し入れておきます」

「トゥキタさん、よろしくお願いします。それとバリオ君、君はここを対策本部としてIP通信機材をセッティングしておいてくれたまえ」

「了解です。くれぐれもお気をつけて」

「ああ、まだ家のローンも残っている。無茶はせんさ」

 

 うぉぉーい! いまシーバット宙佐すごいデカいフラグ立てたよ! お前らそれ聞いてウンウンとかしてんじゃねェよ! そういうフラグ立ては怖いんだぞマジで! 

 うぐぐ、かといってここで飛び出して突っ込みは入れられないし、歯がゆい…。

 

「ワレンプス大佐も協力ありがとうございます」

「お互い様ですからな。では私も航宙統合軍の仕事があります故」

「ええお気をつけて」

 

 宙佐たちを含む四人組は、そういって互いに握手を交わし、それぞれ散っていった。おーやおや、ウィンネル宙尉は宙佐たちは査問会に出ていると言っていたのに、随分と遠いところで査問会は開かれるんだな。

 

 冗談は置いておき、どうやらドエスバンの人身売買がらみの話だったようだな。半ば敵国であるネージリンスにまで来ているということは、あの人身売買は国境を越えた犯罪だったのだろう。こりゃ根が深そうである。

 

 ま、俺達に連絡入れてこないってことは、自分達でケリつけるってことなんだろう。それなのに一々首を突っ込むのは野暮ってもんだ。そんな訳で、ユーリはクールに去るぜ、とSGホテルを後にするのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第29話、ネージリンス編~

※お久しぶりです。精神的に嫌なことがあって、胃袋に穴が開きかけましたが私は元気です。あとフォールアウト3が面白すぎる。


■ネージリンス編・第二十九章■

 

 

『艦長、IP通信が入ってますが、通信を転送いたしますか?』

「通信? 誰からッスか?」

  

 惑星ポフィーラを後にした俺たちは、軽く小遣い稼ぎのつもりで、アステロイドベルトにて鉱物探査機(スカイベイサー)を使い資源採掘を行っていた。そんな時、その通信は来た。送り主は懐かしのエルメッツァ中央政府軍にいるオムス中佐からである。

 通信を自室のホロモニターに転送してもらったが、相変わらず隠そうともしないギラギラとした眼をしたオムス中佐を見ると、なんだかいろいろとやる気がそがれていく。これで綺麗な女性だったならまだマシなんだけど、相手は軍人のおっさんだしな。滅入るわぁ。

 

 それはいいとして届けられた通信の内容は酷く簡潔であった。俺達に至急見せたいモノがあるから直々に会いたいらしい。通信上ではなくわざわざ直接見せたいというのだから、通信波に乗せるのは盗聴の可能性を考えて戸惑われるような内容なのだろう。

 ここで俺はピンときた。呼出を行うほどの内容、おそらくシュベインさんから託された“あの”航海記録装置(ヴォヤージ・メモライザー)の解析が終了したからだろう。アレに記録された内容は確かに通信で話せるような代物じゃない。

 

 ここに来ての呼出しであるが、これはある意味で都合が良かった。現在いる宙域はネージリンス領の端にあたるが、ここはエルメッツァとネージリンスとの交易ルートがボイドゲートを通して繋がっているのである。つまりエルメッツァに繋がるボイドゲートを抜ければ、その先はエルメッツァって訳だ。逆もまた然りである。

 本来ならばリム・ターナー天文台からの通信を待つ予定であるが、件の天文台からの連絡は未だにない。一応宇宙島間であってもほぼラグなしでつかえるIP通信なら、宇宙島を跨いでも相互連絡が可能であることだし、名指しの呼出しである以上断れない。そういった理由も後押しし、俺達はオムス中佐の召還に応じることになった。

 それに、もしもオムス中佐の呼出しが俺が考えたことと一致しているというのであれば、俺は自分の眼で確かめねばならなかった。あの小さいゲーム画面で見たのではない、現段階で最強である敵の姿ってヤツをこの目にしっかり焼き付けねば……そういうとカッコいいよな!

 

 

 さて、方針が決まったので、適当に漂うだけだった白鯨艦隊は急遽、エルメッツァに繋がるボイドゲート【ネージリンス・ジャンクションα】へと舵を切った。このゲートから入り、エルメッツァ側にある【エルメッツァ国境】というゲートからエルメッツァ領に戻ることになる。

 現在位置からネージリンスの航路を通過し、件の【ネージリンス・ジャンクションα】に到着するまでほぼ1日。このゲートを抜けてエルメッツァ領に進宙後、惑星ドゥンガ、惑星アルデスタ、惑星ネロの順に航路上に点在する星々を通過して、目的の政府軍司令部がある惑星ツィーズロンドに到着するまで、約5日掛かった。

 

 移動の間まったく寄り道せず、また通常巡航よりもエンジンに負担が掛からない程度に巡航速度を上げて航路を進んだので、通常7日かかるところを2日短縮することができた。補給もないプチ強行軍であったが、そもそも消耗するようなことが起こらなかったので一々他の星に寄り道する必要がなかったのだ。

 例えば道中では海賊に遭遇したのはたったの2回しかなく、それ以外は実に単調な道中であった。またこの2回あった海賊との遭遇も海賊側がこちらを捕捉した瞬間白旗を上げた為、実質戦闘におちいってはいない。戦闘らしい戦闘もなければ疲労もさほどたまらないという訳だ。

 

 しっかし、スカーバレル海賊団を蹴散らしたお蔭でエルメッツア方面の治安が急速に回復の兆しを見せているのを感じることが出来たのは感慨深いものがあるな。俺達が下心ありではあったが色々やらかしたことがこうした結果を生み出しているのだと思うと、蝶の羽ばたきって怖いとおもう今日この頃である。

 今回はいい結果であったが、まわりまわって窮地に追い込まれるような結果が来ないこと祈るぜ。俺はただ宇宙を旅したいだけなんだ。静かで、豊かで……。

 

 

―――まぁともかく、なんやかんやでやってまいりましたは政府軍司令部ビルの前である。

 

 勝手しったるなんとやら。俺以下ユピや護衛の保安部員に加え、この件に関しては外せないであろうトスカ姐さんをつれて受付に向かえば、すでに顔見知りの受付さんがすぐに対応してくれて、そのままオムス中佐の居る一室へと通された。完全に顔を覚えられていたらしく、受付に立っただけでこの対応。もうこっちじゃ悪い事できないね。しないけどさ。

 

 

「ユーリ君、よく来てくれた。さっそくだが、ある映像を見てもらってから話すとしよう」

 

 

 部屋に入ると、あいさつもそこそこにオムス中佐はそう言い放った。駆けつけ三杯ならぬ、駆けつけワンムービーらしい。オムスが部下に合図を…ちなみに指ぱっちんである…すると部屋の壁がモニターに切り変わり、そこに何かの映像が映し出された。

 ノイズが出ている所為でピントが合っていないのか、とても見づらい画像だったが、少ししてノイズがおさまると信じられない光景がそこには映し出されていた。

 

 映像の中では、まずこれまで見たことがない形状をしたフネのアップが映り込んだ。映っているフネの形状はあえて言うならペンシル型。非常に細長いスティック状の形状をしており、船体が濃緑のカラーで統一されていた。構造物レイアウトも軸線回転対称である。

 砲塔といった回転機構がある砲座が見当たらない上、フネの軸線に固定された砲口が見えることから、これは真正面での砲撃戦に特化させたフネであることが見て取れる。細長い船体も全面投影面積を小さくするために限界まで細めるのを追求したコンセプトなのだろう。

 

 そのフネのアップがだんだんと引き延ばされ、このフネによりよく見えていなかった向こう側の映像が露わになった。この映像を初めて見た俺のクルー、そして原作ゲームで見ていて知ってはいたものの、本物の映像を前に、その迫力を感じた俺もまたクルーと同様に言葉を失っていた。

 

 細長いフネと同型艦がいくつも映っていたのだ。それも2~3隻という規模ではない。画面に映るだけで数百隻、映像の左から右に向かって動いている為、実際はその何倍もの数がいるであろう超大規模艦隊がノイズが走る映像としてモニターに投影されていた。

 しかも、見えている艦種は、あの細長いペンシル型のフネだけでは無かった。映像が引き延ばされた時、その奥にペンシル型とくらべ明らかに3倍は大きい左右非対称な艦が横切っていたのだ。

 

 その大きなフネは中央船体の上甲板に大型単装砲が2門、艦底部に同じサイズの単装砲がさらに2門設置され、計4基の主砲をもっていた。それら砲塔が置かれた中央船体をJ型の船体が中央船体後部から中央船体を包むようにドッキングしている。J型船体の先頭部分、左舷側からフネの進む方向に槍のように伸びているのは艦載機用の加速リフトかカタパルトに見えるが詳細は不明だ。

 

 さらには、その大型艦のさらに奥にもっと大きなフネが悠々と航行しているのが映っている。大きさだけでも左右非対称型をした大型艦の2倍もの大きさがある超大型艦で、形状から察するに完全に空母であった。

 なぜならその超大型艦は三段式の艦載機用と思わしき全通式飛行甲板を備えていたからである。つーか色といい形といい、おまえ絶対どう見ても多層式宇宙空母やろ!ガミ○スか!?ガ○ラスの三段空母なのか!? 思わず叫びたくなったが堪える。第一そのネタは俺にしかわかるまい。

 

 実際パッと臨むとあの三段空母をさかさまにしたような形状なのだ。まぁあの三段空母と違いアングルドデッキではないけど、初代から見ていた自分としては本当に突っ込みたい。個人的にはガルマン・○ミラスでも……ちょっとメメタァな所に思考が飛んだ。

 

「信じられねぇッス」

「ユピテルの……私のデータベースにも記録が無い。設計思想も小マゼランでは見ない未知のフネですね」

「解っているのは調査船はこの艦隊により撃沈されたということだ。そしてこの艦隊は今、小マゼランへと真っ直ぐ向かってきている」

 

 ザワザワしている俺達にどこか沈んだ暗い声色でオムス中佐はそう呟いていた。これほどの大規模な艦隊がこの銀河にやってくる理由など考えられるのは主に二つ。移民か侵略。どちらにしても小マゼラン銀河に未曾有の混乱をもたらすだろう。

 

「トスカさん、これって」

「間違いない。ヤッハバッハの先遣隊だ」

 

 映像を眺めながら、念のために俺は後ろに控えていたトスカ姐さんに声を潜めて確認を取ったが、どうやらあの映像は間違いないらしい。見れば彼女は手を固く握りしめ、睨み付けるようにしてヤッハバッハ艦隊が映る画像を凝視し続けている。その眼に映る暗い感情は俺では計り知れない重さがある気がした。

 

 遂に姿を見せたヤッハバッハ。姐さんにしてみればアレは故郷を破壊した仇であり俺達小マゼランに居る者からすれば近いうちに訪れるであろう恐ろしき生きた災厄だ。

 姐さんは航海記録装置(ヴォヤージ・メモライザー)に入っていたこの映像データが解禁されることで、大国であるエルメッツァがヤッハバッハ相手に早期に対策を練って動けると期待しているようだ。

 

 封印はとけられた!……そう行きたいところだが、多分結果は……。

 

 

「中佐、この映像について政府は?」 

「大丈夫だ、問題ない。国内の混乱を招かぬよう極秘でエルメッツアの偵察艦隊の派遣準備を進めている」

 

 政府の対応をオムス中佐が説明している最中、思わず姐さんの方を見たが彼女の顔色は悪い。つまり政府が選択したこれは彼女から見れば悪手なのだろう。もしかしたら彼女の故郷も同じような対応をヤッハバッハに行って、そして……。

 

「新たな星系人種との接触になるだろうからな。勿論相手が好戦的な種族だった場合に備えて、打撃力を持つ艦隊を後衛に付ける予定だ」

「そうかいそうかい。そりゃ結構―――で、肝心の接触する偵察艦隊と後詰の戦力はどの程度なのさ?」

「詳しい情報はこちらもまだ入っていないが……未知の大規模艦隊との接触だ。慎重を期して5000隻程度の艦隊を編成する事になるだろう。最初の接触で我がエルメッツァの威信を見せつける必要があるからな」

 

 五千隻と聞いて護衛について来ていたウチのクルーからスゲェとか声が上がった。エルメッツァ中央政府軍の総艦隻数が約1万5千隻というくらいだから、およそ3分の1もの艦を導入するわけだ。大国の威信をこの艦船の大投入で内外問わず一気に見せつけるつもりなのだ。

 どれだけのフネが集まるのか想像もつかない。スカーバレルやグアッシュ海賊団ですら所持していた艦数は数百隻。でも一度に相手したのは数十隻くらいなので軽く4桁にのぼる艦船を導入すると言われてもピンとこないのだ。

 思うに、銀河○雄伝説のような大規模艦隊が集結することになるのだろう。もしそれの観艦式を見れたなら凄くかっこよく見えるに相違ない。これが通常時だったなら、あるいは相手がヤッハバッハでなかったなら俺も素直に驚いただろう。

 

 しかし原作知識により真相を知っている俺は複雑な気分だった。またさっき見た現実の映像を見ることでハッキリと確信した。エルメッツァの対応は、あきらかに“少なすぎる”。これは現実なのだから、もう少し違う対応を考えてくれると思ったのだが……いやむしろ“現実的過ぎる対応”なんだろうな。

 

「はは、あはははは! 大した自信だよ! “たったそれだけ”の艦隊で威信を見せつけるだって? あははは!」

「む、これでも中央政府軍の3分の1を動員するのだ。大げさすぎるくらいだ」

「あ~知ってる、知ってるさ。滅亡した国家の連中がみんな同じ台詞を言ってたってね」

「なにを、なにを言っているんだね君は?」

 

 控えていたトスカ姐さんがオムス中佐が語る内容を、このエルメッツァが取る対応を、あまりにも滑稽だと笑う。言われた中佐は不愉快そうな表情をするが、俺は彼女からヤッハバッハのことを語られているので、彼女がどう思ったかを察し、何も言わずにただ見つめることしかできなかった。

 彼女はこの銀河でただ一人ヤッハバッハの恐ろしさを知っている人間である。俺のように原作知識でカンニングしたのではない。ヤッハバッハという戦闘民族国家の真の暴力を体感して知っている。

 だから彼女は笑った。小マゼランの大国と呼ばれた国の……、そのあまりの対応の拙さを聞いて失望を覚えたのかもしれない。同時に大国だからこそ動けない、そのあまりにも鈍い腰の重さに苛立っていると俺は感じた。

 

「いいかいッ? アタシがアンタらがやるべきことを教えてやる! 奴らと対峙するなら今すぐにその戦力を背景にネージリンスとカルバライヤに号令を掛け―――小マゼラン銀河全軍で連中を迎撃するんだ! それで何とか先遣隊を撃退できたなら、オメデトサンと言ってやるよ!」

「バカな! 言わせておけば相手は近辺星系の軍では無いんだぞ! 長い航海を経た遠征軍なら当然支援艦、補給艦も多数混ざっているだろう。戦力となる艦船数などたかが知れているのだ!」

 

 トスカ姐さんのあまりにも戯れているような物言いに、さすがのオムス中佐の眉間にも皺が寄る。なんだかんだで彼もまた大国エルメッツァの軍人。自国の軍が軽んじられているような発言をされるのは面白くないのだろう。彼女の戯れた物言いを止めない俺の方まで睨むように見てきた。

 

 だからなのか、若干声を荒げて中佐は遠征軍のセオリーを掲げ、姐さんの言葉は間違っていると暗に指摘したが、それこそ間違いであると言える。何故なら“未知の相手に何故こちらのセオリーが通用するのか?”これに尽きるだろう。

 

 確か原作ゲーム内における艦船ステータスにおいて、ヤッハのフネと小マゼランのフネとじゃ、対艦性能の値が2倍ちかく違う。装甲値も3倍ほどに跳ね上がり、耐久値に至っては7倍弱の開きがエルメッツァの艦船とではあったはずである。

 この世界においても、そのステータスが適用されているかはわからないが、アバリスやユピテルといった大マゼラン小マゼランの違いだけでも大分性能差があるのは歴然としている。

 もしも原作と同じくそれほどの性能の差があるとするなら、単純に考えてもこっちがあちらさんの10倍近い数を揃えないとまず勝てない。仮にエルメッツァ一国が総動員令を掛けて、張子の虎の1万5千隻を集めたとしてもヤッハバッハの先遣艦隊に戦艦が1500隻以上いればこちらは負けるのだ。

 

 それは複雑な計算などではない、至極当たり前の加算と減算の理屈である。数が多い方が勝つのだ。指揮官の采配云々などではなく性能差で圧倒され、ほぼ確実に――。

 

「その判断が正しいと思ってるのかい? アンタ、自分達の判断にそんなに自信があるのかい? どうなのか答えな」

 

 互いに沈黙し睨み合っていた姐さんと中佐だが、唐突に姐さんは笑みを消して中佐の方をジッと見据えてそう言い放つ。彼女が放つあまりにも真剣で、そして強い眼力に気圧されたのか中佐は一瞬戸惑ったようにたじろいだ。

 

「このエルメッツァも、大きくなるまでに、多くの異人種との接触同化を繰り返してきた。そこから導き出される常識的な判断だと思うがね」

 

 だがすぐに頭を振り意識を切り替えたのか逆に姐さんの眼を見据えてこう言い返していた。

 

 どちらも正しかった。オムス中佐やエルメッツァ軍人からすればこの対応が正しい。いっぽうのトスカ姐さんの言い分も実体験を基にしているのでともすればこの場の誰よりも正しかったのかもしれない。

 

 だがどちらも間違っていた。オムス中佐は大国の組織に捕らわれていた。様々な柵や慣習に伝統がある国の常識を変えるのは容易ではない。ドンキホーテが風車に突撃したように全くの無意味である。

 

 一方の姐さんも性急に過ぎた。彼女は0Gドッグの世界に浸り過ぎた。そして政治にあまり強くなかった。0Gドッグは究極的な個人であるから、命や名誉や金の為ならどんなことでもできるが、国家とは様々な思惑の集合体であり、国の権力や面子を重視する傾向がある。様々な思惑を無視し、全てをかなぐり捨ててまでは動けないのが国家だった。

 

 だから、この二人の話がこれ以上交わることはない。いつまでも平行線に終わるのは目に見えていた。ヒートアップしている姐さんを見て、仕方ないなと俺はソッと彼女の腕を引いた。手を置いた時にジッと見つめられたので目線を逸らさずに視線だけで語る―――これ以上はいけない、と。

 流石にこれ以上、仮にも正規軍の高官を怒らせるのはあまりよろしくない。そんな俺の意図を汲んでくれたのか、彼女は俺からもオムス中佐からも目線を逸らした。その姿はまるで拗ねた乙女のようである。だがすぐに彼女は顔を顰めてオムス中佐をジッと見据えた。

 

 

「この宇宙で未知の敵の力を常識で測る―――救えないよ」

 

 

 眼を逸らしたまま、どこか失望にも似た声色でそう吐き捨てた彼女は、先にフネに戻っていると言い放ちこの部屋から出て行ってしまった。

 

「あ、トスカさん!?……すみません中佐。ウチの副官が失礼なことを」

「ふん。君達に伝えたかったのはこれですべてだ。それと――」

「他言無用ですね。我々はこれを拾っただけ、この場では何も見なかった」

「ああ、それでいい。しばらく会うこともないだろう」

「ええ、ではこれで」

 

トスカ姐さんの態度にムスっとしているオムス中佐。これ以上居てもより機嫌を損ねるだけだと判断した俺は、とっととこの場を後にすることにした。軽く会釈しながらお別れをいい、オムスを残して部屋から出た俺は何も言わずフネに戻ったのであった。

 

 さてと、彼女のフォローもしとかないとね、と考えて。

 

 

 

***

 

 

 

 ユピテルにあるトスカの自室。班長以上の役職があるクルーにはそれぞれ与えられている標準的な個室の中で彼女は一人膝を抱えていた。明かりをつけようとせず真っ暗な部屋の中は、それだけで一つの宇宙のようだ。そう、たった一人だけしかいない孤独な宇宙。今まで通りその中に一人でいると、ささくれ立った心が静まる気がした。

 

 一言も喋らず、光がない虚空を見つめているとユーリと出会う前を思い出す。

 

 かつてのトスカはこのような身分に落ち着く前、大小マゼラン星雲を離れること別の銀河系、アルゼナイア宙域にある惑星国家リベリアに彼女は生きていた。幼き彼女は穢れを知らぬ純粋な少女として育てられた。何故なら彼女は惑星国家リベリアの皇女として生を受けたからである。

 

 常に春風が吹いているように暖かく優しい惑星リベリアの自然環境は住む人々の気性も穏やかにする。トスカにとってリベリアで過ごした日々はまさしく宝石のように輝いていた。だがそんな幸せな時間は長くは続かなかった。ある日、別宇宙から長い長い艦隊を率いる軍隊がやってきたのだ。

 

 ヤッハバッハ帝国、当時は知らなかったが複数の銀河系を支配下に置く巨大帝国。その先兵である先遣艦隊がアルゼナイア宙域に現れたのである。その数は広い宇宙空間を埋め尽くすのではないかというほどの大艦隊であった。

 当初、アルゼナイア宙域の各国の対応は非常に平和であった。なにせ人類が雨中に幅広く分布するようになって幾星霜。広がり過ぎた生息域では互いの交流はほとんどなく、各銀河でそれぞれ発展を遂げるようになって数千年の歳月が流れていたのだ。

 

 その為、当初アルゼナイア各国はヤッハバッハ帝国先遣艦隊を違う銀河から来たお客さんという目で捉え、様々な交渉に挑んだのである。当然、交渉は決裂、いや会談ともいえぬお粗末な終わり方をしてしまうことになる。何故ならヤッハバッハは最初から交渉するつもりなどなかったのだ。

 

 服従か、絶滅か、選べ。

 

 これが奴らがアルゼナイア宙域すべての国家に最初に告げた内容である。当時皇女として外界とはかけ離れた生活をしていた筈のトスカにまで耳に挟んだほど、ヤッハバッハの要求はこの宇宙の民にとって論外に過ぎるものだったのだ。

 このヤッハバッハの野蛮な要求に対し、アルゼナイア各国の殆どは反発した。無論、あれだけ大規模な先遣艦隊を送りつける相手に対して降伏した方がいいという意見もあったが、それはマイノリティとしてマジョリティの中にほぼ消えてしまった。

 

 それはアルゼナイアにある国家の殆どが王政を敷いており、王が対決を決めた以上、国家はそれに従ったからである。しかしそれは、後に冷静な視点で見れば無謀に過ぎた。当時のアルゼナイア全ての国家が集結したとしても戦力は小マゼランのエルメッツァが繰り出せる艦隊よりも遥かに少なかったのだ。

 しかも相手は先遣艦隊、先遣ということはその後に本隊が控えており、例え退けても疲弊した軍隊がさらに強大な本隊を押し返すなど不可能であった。それでも惑星国家リベリアを含むアルゼナイア宙域の国家は戦力を出し合い、侵略者への抵抗を準備していった。

 それはかつて祖先がこの宙域に辿り着き、諸問題ありながらも繁栄を享受し生きてきた自分達の国を簡単に明け渡すなど出来ないからであった。こと伝統や格式が多い王政国家において、例え強大な相手が敵であったとしても戦わないで負けを認めるなど、面子を考慮しても誇りを重視する彼らの精神性からすれば無理だったのだ。

 

 そして戦いは始まったが、それは実にあっけない幕切れを迎えた。只の一戦で終わってしまったのである。アルゼナイア宙域の連合艦隊はヤッハバッハのフネとの性能差を物ともせず、優秀な指揮と勇敢な兵士が合わさり善戦していたのだが、当時この連合に参加していた国の一つ、惑星小国家ヘムレオンの王子が突如連合艦隊を裏切り同胞に牙を剥いたからである。

 まさか同胞から身内から裏切りが平然と行われるとは思わず、混乱している間にヤッハバッハはその強靭な力をもってして強固な連携を取っていたアルゼナイアを食い破ってしまった。あっという間、それがこの艦隊決戦における一番似合う言葉となってしまった。

 艦隊を打ち破ったそのままの足で、ヤッハバッハはアルゼナイア宙域に侵攻。最後通牒でも恭順しない国を惑星には徹底的な殲滅を行い国があったことも分からぬほど消滅させて、その強大な力の参加に組み敷いたのだった。

 

 これがトスカが体験した祖国が消滅した話である。皇女だったトスカも王族として処刑される可能性があったが上手く身分を隠して逃がされ、その後たまたま公務で国を離れていた為に艦隊決戦に出ず生き延びたシュベインと出会いアルゼナイアを脱出。依頼人と請負人という形で依存しながら生き延びたのだ。

 

 

 再び、意識はトスカの自室に戻ってきた。あの頃の幸せだった日々を思い出すと少しだけ心が晴れるが、その後に必ず国が消えたあの日のことも思いだし、心に暗い影を落とす。唐突に体の力を抜いてトサっと座っていたベッドに倒れ込み、何気なく枕を抱き寄せて眼を閉じた。

 こういう時は何も考えず眠るに限る。そうすれば少なくとも私怨に溢れてしまった心が落ち着き、眼が覚めた時いつものトスカでいられる。孤独な彼女が生きる上で身に着けてしまった哀しい自衛手段。それを再び行おうと眼を閉じた……その時だった。

 

『ピンポーン、艦長さんがきましたよーっと。開けてくれッスー』

 

 ………こんな時になんとも言えない能天気な声が聞こえた。見ればインターフォンが暗い部屋の中で一筋の光のように輝き、そこにはいつも見ている見慣れた白い髪が映っている。こんな時にくる白髪頭など、ひとりしかいない。

 だが彼女はインターフォンのモニターを一瞥しただけで動こうとはしなかった。エルメッツァがとった対応があまりにも祖国のそれと似通っていたことに少なからずショックを覚えていた彼女は今は何もしたくない気分だった。

 

『あれー? 返事がない? なら勝手に開けて入るッスー』

 

 ちょっ、おま。鍵かけておいたのに艦長権限で勝手にドアが開かれた。プシュっとエアが抜かれる音がしたが彼女は枕に顔を押し付けてそちらを見ないようにした。そうでないと今の顔を私怨で歪んた顔を見せてしまうから、それを誰かに見せるなど出来ない。

 

「うわっ、暗っ! 暗いッスよー……ってー、あー」

 

 突っ伏したままでいるとユーリの声が部屋に響いた。声から察するにやっぱりあのバカはなにも考えず女の部屋に勝手に入ったようだ。あとでどんなお仕置きをするか考えつつも、もう意地でも顔は上げてやらないことにした。

 するとどうだ。人の部屋に勝手に入ったバカはトスカの状態を見て戸惑ったように唸るだけ……そうそれでいい。こちらが反応を見せなければ勝手に出て行くだろう。それとも二人っきりのこの状況に若さが暴走して欲情して襲い掛かってくるだろうか? それならそれで追い出す手間が省ける。殴れば終わりだし。

 

 頭を掻く音、スタスタと近寄り、そして頭の近くに何かが沈み込むのを感じる。ユーリはトスカの寝ているベッドに腰掛け何か言いたそうに唸っていたが、結局彼は何もいわなかった。ただ横に座っているだけ、何がしたいのだろう。

 

 そんな時、ポン、ポン、といった感じに体に振動が伝わった。なんだと思いチラリと薄目を開けてみれみればユーリが手のひらで優しく叩いていた。てっきり何かしら慰めの言葉でも吐くのかと思いきや予想外である。下手な慰めなら辛辣に切り返してやろうという気分だったトスカは、ユーリのこの行動が理解できず困惑してしまった。

 

 これでは、まるでむずがる子をあやす親のようじゃないか、とそこまで考えた時、ふと自分も小さなころ、両親にこうやってあやされたことがあったのを思いだした。

 

 嫌なことがあって泣いていると両親はこんな感じの親愛がこもった感じでポンポンと背中を叩いてくれた。すると何だか勇気ややる気が湧いていつも笑顔でいられたものだ。ああ、そうか……、これは励まされているんだなと唐突に理解する。

 

 なにも全てを言葉にしなければ伝わらない訳ではない。行動で、あるいは動作で、こういった風に親愛を込めたものでも思いは伝わる。かける言葉がない少年なりの精一杯にトスカを思っての行動に、それを理解して少し胸が熱い。

 

 その手がポンポンと触れる度に、触れられたところから彼の暖かさが波のように広がっていくようだ。これは……中々に心地良い振動だと彼女は思った。

 

「ふぅー……、やっぱり俺ァダメッスね。戻るッス……」

 

 しばらくの間、部屋の中ではポンポンと軽い音だけが響いていたが、その間ずっと無言であったトスカの反応を見たユーリはやっぱり駄目だ感じたのか立ち上がりかけた。 

 しかしその動作は途中で中断されてしまう。中腰になりかけたユーリの手をしっかりとつかむ手。それは紛うこと無きトスカの手であった。なんと彼女は立ち上がろうとしたユーリを留めるように彼の腕を掴んでいたのである。アレまぁと口をあんぐりと開けて固まるユーリ、彼にしてもこの彼女の動きは想定外であった。

 

「あのう、なぜに掴むのでございますよー?」

「………むー」

「いや、むーってキャラちゃいますやんアンタ」

「うるせい」

 

 そういうとトスカは腕を引いた。1Gの重力下で腕を引かれたユーリは慣性に従い再びベッドの上に落着する。アイタッと声が聞こえたがトスカには関係ない。そのまま彼の背中に顔を埋めた。人肌の暖かさが今はなんだか心地が良い。特に意外と細いこの少年の体つきは実に抱きしめやすい。これはクセになりそうで困る。

 

 そしてまた動かなくなったトスカに、ユーリは仕方ないかとこのまま好きにさせてあげることにした。いろいろと女性特有の柔らかさやいい香りにドッキドキではあるが、流石にここまで弱いところを見せた彼女に、若さで暴走する気などなれなかった。再びユーリは励ますように適度な強さでポンポンと彼女の背を叩くと、彼女が眠るまでそのままであった。

 

「……艦長ぉ、ぐすん」

「ユーリのばか――でもトスカさんは……でも、むぅ」

 

 なお、入り口の隙間から、羨ましいなぁとか、トスカさん何かずるいという感情の込められた二つの視線がずっと覗いていたが、ユーリはあえて何も言わなかった。指摘すると何だか七面倒なことになりそうだという彼の勘であったが、この行動はある意味で正解であったのは言うまでもない。

 

 ただし後日からフネのAIさんの性能が少し落ちたり、出される食事が少し量を減らされてしまったのであった。

 

 

***

 

 

―――ユーリ達がオムスとの対談を終えたちょうどその頃。

 

エルメッツァの中心にある星間国家連合の中枢が置かれているエルメッツァ大統領府の一室に一人の男が入室した。ルキャナン・フォー、大国エルメッツァ軍政長官で、政府と軍部を取り持つ人物である。

 

「ヤズー・ザンスバロス大統領閣下。ルキャナン軍政官、参りました」 

「うむ……」

 

 ルキャナンが入室した部屋にはすでに先客がいた。いや先客というよりかは今のこの部屋の主というべき人物だ。ヤズー・ザンスバロス、この国の国家元首であり、海千山千の政治家たちとの権謀術数に打ち勝ち、この国を率いる大人物である。

 ヤズー大統領はこの超高層ビルでもある大統領府の執務室から壁一面の窓の前に立ち、繁栄を極めているエルメッツァを眺めていたが、入室したルキャナンに気が付くとそちらの方へ意識を向けはしたが、振り向くことはしない。 

 ルキャナンはそのことに少し蔑ろにされている気がしたが、まぁ目の前の男が政治活動以外でそこまで気が付くような人物ではないのを知っていたので別に気にはしなかった。

 

「例の異人種の艦隊はどうなっている?」

「はっ。ヴォヤージ・メモライザーの解析によれば、およそ3か月で我が領宙に到来するかと。現在交渉役の選定、および万が一の迎撃艦隊の編制作業を進めさせています。詳細は後程書類にてお送りします」

「ふむ、では交渉役はキミにやってもらおう軍政官」

 

 報告を遮りヤズー大統領が唐突に告げた言葉に内心ギョッとするルキャナンだがそれを顔に出すことはない。久方ぶりの大仕事になろう今回の件を任されることに関して思うところ等彼にはない。彼は自分のできることを尽くすだけである。

 問題はこういった風に“公平でない”やり方で選定をしてしまうと、関連各所との折り合いをつけるのが、少し面倒に感じただけである。ああまた説得周りをしなければならないのかと、本来悲鳴をあげない筈の肝臓が傷む気がした。

 

 そんなルキャナンの苦労を知ってか知らずか、ヤズー大統領は言葉と続けた。

 

「全権大使としてな。彼奴らの居住星系を我が偉大なるエルメッツァの新たな勢力圏とするのだ」

「はっ」

「しかし一時的とはいえ、国内の戦力は些か手薄になるな」

「国内の治安維持は問題ないかと。我が国でもっとも大きかった海賊勢力といった騒乱分子はすでに壊滅しておりますゆえ」

「ほほう、軍もたまにはヤルではないか」

「恐縮であります」

 

 大統領が満悦の笑みを浮かべるのを無表情で受け取るルキャナン。彼は大統領がエルメッツァ中央政府軍単独で治安を乱す輩を撃滅したと勘違いしているのに気が付いていたが、それを指摘しなかった。

 実のところ海賊勢力を下したのはエルメッツァ軍単独ではなく、外部協力者の0Gドッグ達も協力したからなのを彼は報告を受けて知っていた。もっとも、その0Gドッグが後に白鯨艦隊と呼ばれる0Gドッグというのは知らなかったが、兎にも角にも彼はこの場で何も知らずに喜ぶ政治家に事実を言うつもりなどなかった。

 

 理由は、仮にも大国の宇宙軍が海賊の勢力を駆逐できずに、手を拱いていたというのは体裁が悪いからであった。これを知った大統領という立場にいる目の前の男が、もしも本来ならず者である0Gドッグを賞賛するようなことを公にしゃべくった場合、軍部の面子が潰され、それはそれは七面倒な後処理が待っているのだ。軍事と政治の両方に足を突っ込んでいるからこそ、解ることである。

 ゆえに大統領府の公式見解としてはエルメッツァ軍が主導で海賊を駆逐したという形にするように情報操作が為されていた。得てして上に立つ人物は自ら調べることをせず、代わりに部下を扱き使うので、その部下を掌握していれば問題はない。世の中知らなくても良いことは沢山あるのである。

 またこういったことは結構頻繁に行われていた為、例え知られても暗黙の内に終わるので特に問題はなかった。

 

「問題はカルバライヤ、エルメッツァの動向ですが―――」

 

 そんなことよりもまだまだ沢山報告すべきことがたくさんある。星間国家を束ねる政治の中枢が眠ることなどないのだ。ルキャナンは定時には帰れないだろうと思いつつも、自身の口髭と顎鬚を同時に撫でてから、今日大統領に告げるべき報告と続けるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第30話、ネージリンス編~

■ネージリンス編・第30章■

 

 

 エルメッツァの中心、惑星ツィーズロンドを離れ、再びネージリンスに向かう為にネロへ続く航路に入ってから二日。俺は腹をさすりながら自室で職務を進めていた。

 

 いやはや、まさか落ち込んでいた姐さんを慰めていたところをユピとチェルシーに見られたとはね。背中に抱き着かれたところをちょうど見られたおかげで、ユピは何故か演算能力が低下するし、チェルシーは俺に出す飯を減らしてくれたので、現在俺の胃袋は腹がぺこちゃん状態である。

 

 まぁ、もとより膨大な演算能力を持つユピの機能が少し低下しても誤差の範疇だし、チェルシーが飯を減らしたといっても全く出さないという訳でもない。あくまで普段と比べてという話であり、それほど困ってはいない。第一可愛いもんだろ。あれくらい。

 

 それよりも、あの後トスカ姐さんとだが……特に何も起きなかった。そう、残念ながら何も起きなかったのだ。まぁ何かが起きても困るが。

 

 あのまま姐さんはぐっすりスヤスヤと眠られ、起きた時にはすこぶるスッキリとした顔をして何時もの飄々とした風の元気な姿に戻っていた。彼女に落ち込まれていると気分的にこっちも苦しいのでそれは別にいいのだ。元気なのは良い事だしな。

 

 ただ、あれから二日たつ訳だが、妙に姐さんのスキンシップが加速している気がしてならない。いやスキンシップは大事だよ? でも今まで彼女が酒の席で色々とタガが外れている時ならともかく、普段の生活の中でそういったことをしてくることはなかった。

 

 それが今では、時折、他のクルーがいないところで有無を言わさずハグされることがあるのだ。俺としては色々と役得なのだが、その時の姐さんが何かに怯えた感じで少しだけ震えていたりするもんで、なんというかエロい気分にならねぇ。第一姐さん相手に手を出す勇気なんか俺にはないんだお。おかげでいまだDT……うぐぅ。

 

 ちなみに行き成りハグされた時、最初は驚いてなんで抱き着くノン?と尋ねてみたところ、俺って抱き心地がすごくいいんだってさ。高重力訓練とかで鍛えている筈なのに程よい柔らかさがあったり何故か伸びない背とか、新陳代謝がいい所為か高い体温など、色々な要素があるらしいが、一言でいうと良い抱き枕かクッション。そんな評価らしい。

 

 妙齢の女性に抱きしめられることを喜ぶべきなのか、男として見られておらず家具と変わらないという評価を悲しめばいいのか悩むところである。おかげで自慢の息子♂も立ち上がる気にならないのか、木陰に置かれたロッキングチェアーでゆったりと寝ているようにしていらっしゃる。

 

 先も言った通り、そういう気分にならないのよねぇ。なんか怖い夢を見たお子さんをあやしている気分? とにかくそういったこともあって、今はもう好きにさせている。気分にはならないが感触は楽しめるしね。それくらいは許されるだろうさ。

 

「ユーリ。いまちょっといいかい?」

「おろトスカさんッスか? 鍵はかけてないッスよー」

 

 うわさをすれば何とやら、トスカ姐さんがやってきたらしい。ちなみに普段は雛鳥のごとく傍にいるユピが今日はいなかったりする。確かにユピは俺の傍で秘書の真似事をいつもしてくれているユピだが四六時中という訳ではないのだ。

 

 今日は確か、電子知性妖精の擬体にどれだけ負荷が蓄積しているか調べる為、マッドの巣におかれたクレイドルで横になっている筈。よほどあの身体に馴染んだのか、俺の近くに居たいなら体を抜け出してAIとしてこの部屋に来ればいいのにそこらへんに思い当たらないあたり、まだまだ経験不足よのぉ。

 

「邪魔するよ」

「邪魔するんやったら帰ってやー……あ、すんません、今のは冗談ッスよ? なんです?」

「びっくりした。出直した方がいいかと思ったよ。ああ用件だったね。実はエルメッツァ領から出てしまう前に惑星ドゥンガに少しだけ寄港して貰いたいんだ」

 

 二日前の甘えん坊が嘘のように、普段通りの飄々とした感じに戻っている。彼女も大人だから切り替えが出来るってことなんだろうな。俺としてはあの甘えた感じも嫌いじゃないが、やっぱりこの人はこの感じが似合っている。

 

 それはさて置き、唐突に惑星ドゥンガに行きたいか……ちょうど今から向かうネージリンスに続くボイドゲートの手前に位置する惑星だな。人口は約94億5200万人程度で、ネージリンスとの玄関口でもあるからそれなりの星だったかな。

 

 ふむ、ヤッハバッハ帝国のこともあったことだし、多分理由はアレだな。

 

「シュベインさんですか?」

「あれ?向かう理由って話したかい?」

 

 驚いた風に聞いてくる姐さん。いえ唯の勘です。

 

「いえ。ただ中佐のところで見た映像のこともあったし、アレのことを具体的に知っている人はトスカさん除くと彼しかいないッス」

「おどろいた。アンタ時々すごいね」

「恐縮ッス」

 

 俺だって馬鹿じゃない。いやロマン方面ではアホになるけどさ。

 

「どっちにしろネージリンス領に戻る前には寄港予定でしたし、休息時間の時にでも上陸すればいいッスよ」

「すまないユーリ。恩に着るよ。あ、アンタも一緒に来てほしい」

「あいよ、まかされて」

 

 そういって笑うと姐さんもつられて笑っていた。いいねぇこういうの。その後、やはりハグを求められ好きにさせた。むー、感触はいいんだがなぁ、と思っていると丁度メンテナンスが終わったユピが戻ってきてしまい、俺を抱きしめる姐さんの姿を見て硬直してしまった。

 

 どうしたと話しかければ私もお願いしますと大きな声で言われ、なんのことやらと思えば彼女までハグを要求するように……変なことを学習させてしまったかもしれない。え? 勿論ハグしましたよ? だって悪い気はしないしな。

 

 

***

 

 

 さて、惑星ネロを通過後、およそ二日かけて惑星ドゥンガまで戻ってきた。別に強行軍という訳でもなかったが道中イベントが一切起きなければこうなる。正直しばらくはエルメッツァには戻らないかもしれない。飯のタネとなる海賊がいないならあまりうま味がないからな。

 

 それはともかく、姐さんと共に地上に降り、彼女が指定した酒場にやってまいりました。というか何時もの0Gドッグ御用達の酒場である。まぁこの手の酒場は大体いつも騒がしい。騒がしいところでこそ盗聴の危険が減るから秘密の雑談にはうってつけなのだが……。

 

 兎も角、酒場に入り一度中を見渡したところ、カウンター席に見たことのある後ろ姿が座っているのが見えた。シュベインさんだな。姐さんも見つけたらしく、スタスタと彼の方へと歩を進めた。

 

「待たせたねシュベイン」

「どうもッス。シュベインさん」

「おお、これはトスカ様とユーリ様。何、さほど待ってはいませんよ」

 

 適当に挨拶を交わしつつ俺達もカウンターへと座った。ちなみにシュベインがさほど待っていないと言ったが、カウンターに残る冷たい飲み物を置いた跡、結露で出来る輪っかがいくつか見えるあたり、それなりに待っていたのは明白! まぁ余談だ。

 

「シュベイン。航海記録装置(ヴォヤージ・メモライザー)のバックアップデータの解析は?」

 

 いきなりだが、姐さんどうやらあのヤッハバッハ艦隊のことを記録したメモライザーのデータを勝手にバックアップして、シュベインに命じて独自に解析に回していたようだ。鼻から政府の連中は信用していなかったのか。いや、半々だったのかな。アレだけ落ち込んでたし……、

 

「はい、画像と同期して採取されたデータの内。比較的精度の高いモノのみを取り出しました」

「よし、それじゃあ聞かせてもらおうか」

「レーザー観測データ、重力波データおよび画像範囲内のインフラトン測定データをクロス分析解析致しました結果……主力艦のサイズは2000mクラスのモノが複数だと思われます」

「ほうほうウチのユピテルとほぼ同じくらいの大きさッスね」

「ふん、先遣隊ならそんなとこだろう。数は?」

「あくまでメモライザーの観測範囲のみの計算ではありますが……およそ10万隻は下らないかと……」

 

 2000m、キロに直すと2kmだ。戦艦大和が大体263m位だったから、大和のおよそ7.6倍に相当する大きさだ。ウチの艦隊に所属するアバリスが大体1300m、ユピテルは改装を受けた為、当初よりも大型化し2000mの大きさがあるが。そんなのが宇宙を艦隊組んでごろごろ飛んでるとかどんだけ国力あんねん。

 

 だいたい俺ですらこの二隻そろえるのに、軽く数百隻の海賊船を色々としたというのに……。金持ちが羨ましい。いや妬ましいぞチクショー。

 

「ちょいとユーリ。あんたナニ怖い顔してるのさ」

「ぱるぱるぱる……いや、財力がある連中が妬ましいと思って、妬ましい」

「いやシュベインの報告で驚くところそこかい?」

「ほう、ユーリ様は中々着眼点が面白いですな」

 

 トスカ姐さんからは呆れの視線、シュベインからは苦笑をいただきました。

 

「それにしても小マゼランの軍を全部足した上で倍以上の数ッスか。うわっ勝てねぇ。エルメッツァ全軍でも1万5千隻だっていうのに……」

「それどころか小マゼラン全軍の倍くらいの数だ。これで先遣隊だっていうんだからね」

 

 ホント、恐れ入る数である。戦いは数だよ兄貴を地でいっている。きっと征服した星々の財源がかなり軍備に費やされているんだろうなあ。軍国一辺倒でそれでうまくいっている国家ってある意味凄いわ。

 

「シュベイン、このことをエルメッツァ政府は?」

「知ってはいますが分析結果が大分違っている様ですな。どうも古い艦故に一隻当たりのインフラトン排出量が多いモノと判断している様で、政府内の知人によりますと、艦船数は1000隻程度と見積もっているとのことです」

「どいつもこいつも、どうして相手を見くびりたがるんだか……」

「つーか、何をどうすれば10万隻が1000隻になるんスか」

 

 場に沈黙が満ちる。背後で聞こえる酒場の喧騒もこの沈黙を破ることはできず、唯のBGMと成り果てていた。仮に政府の連中が予想している1000隻だったとしてもエルメッツァが送る使節艦隊は壊滅するだろう。彼らが保有する軍艦はソレ位の力を持っているのだ。

 

 またエルメッツァの軍艦はその殆どがバランス型であり、拡張性こそあるが性能や価格は他国のフネと比べて抑えめになっている。これは数を揃えることで小マゼランに一般的に流通している艦船相手ならば十分対処可能であったからである。

 

 特にエルメッツァの場合は大国ゆえに広い領域を持つ。それらを管理するには数が無ければ話にならないという背景もあるのだ。その為、地方軍の戦艦などは中央政府軍の物と比べるとソフトウェア関連がオミットを受けており、ハード面は同等でも哨戒索敵機能は格段に低いらしい。

 

 そういった事情もあって、エルメッツァ製の戦闘艦はあまり強くはない。拡張性は高いのでキチンとモジュール設置や開発を行えば初期設計と比べて雲泥の差が生まれるがそれにしたって限界はある。

 

 仮に原作と同じくらい性能差があるとするなら、ヤッハバッハ製の戦闘艦と性能を比べると、こちらの艦船は紙装甲の段ボール戦艦と言われてもしょうがないことになるだろう。これらがぶつかりあえば、文字通り鎧袖一触、いともたやすく蹴散らされるだろう。

 

「ま、組織がでかくなった上、敵対出来る存在がいなかったからッスね。どんな敵にも負けない、只の張り子のトラだっていうことにも気が付いて無いんスよ。それに気が付くのは艦隊が壊滅した後って所でしょうね」

「国家組織としての弊害でしょう。力が増せば増す程、人間は愚かになってしまう」

「どちらにしても、このデータがあった所でエルメッツァも同じデータ持ってるから、こっちの話しも聞きやしないッスね」

「もうチョイ色々と解っていればねぇ。これ以上は私も知らないし」

 

 いや、流石にこれ以上の情報は望めないでしょう。コレ以上の情報が欲しいなら、俺達だけで威力偵察でもしてみますかい? もっとも10万隻もいる相手にケンカ売ったら、さぞ凄まじいことになりそうだけどね。

 

 何にしても、今のところ打つ手なし。真実を知っていてもそれを知らしめたとしても信じてもらえないもどかしさに俺たちの間に再び沈黙が流れた。下手すれば狂言扱いで病院送りで、退院した時には小マゼランは滅亡しているだろうよ。

 

 どうしたもんかねぇ~、そんな空気が漂い始めた。ぶっちゃけ真相知っているんだから、とっとと他の銀河か宇宙にでも逃げてしまえば苦労はしない。苦労はしないが敵さん宇宙をボイドゲートなしで渡れるような設計思想のフネを造っている侵略国家である。ただ逃げるのは事実上の問題の先送りであり、何の解決にもなりはしない。

 

 兎にも角にもエルメッツァは負けるのがフラグビンビンなので確定的に明らかなのはおいておいて、問題は負けるにしても実りある負けにしなければならないということだろう。

 

 つまり、どうあがいても勝つことが難しいなら、それを逆手に取り次の機会で挽回するということである。幸い俺たちは根無し草の0Gドッグであり、どこの組織にも所属していないからこそ自由に動き回ることが出来る。ヤッハバッハの脅威をデータとして集め、それを持って別の宇宙島で警鐘を鳴らし、備えさせるというのがある意味で一番堅実なのだろうと思う。

 

 ただ、ヤッハバッハを脅威に見せるデータ等、一番わかりやすいのはやはり戦闘の映像等でありまして……つまるところ、一度は連中との戦いに参加しなければならない事に他ならない。

あー、これはウチのマッドたちによるフネの研究開発待ったなしだな。いざ戦いになったとき、攻撃も防御も出来ませんじゃ話にならない……金が飛ぶぜ。とほほ。

 

「ユーリ。デイジーリップ号を精密メンテナンスに出しておきたい。この先何があるか解らないからね」

 

 さて、俺が来るべき未来での仕事量の多さに内心涙してグラスを煽っていると、トスカ姐さんがそんなことを言ってきた。デイジーリップ?……ああ、あれか。

 

「え、デイジーリップ号ッスか? 別にかまわないッスけど……そういやアレ何処にしまったんだっけ?」

「……え?」

 

 真剣にそう告げる姐さんに否定する理由もないので首を縦に振るが……実は本当に何時頃まで使っていたか解らないのだ。確か駆逐艦を手に入れてから人員不足でずっと宇宙港に置いたままだったし、その後アバリスに乗り換えてからは確か……あれ?

 

「ちょいと待ってくれッス。今ユピに問い合わせてみるッス」

 

 俺は携帯端末からユピにアクセスした。腕に付けた腕輪から空間投影されたユピのインターフェイスが映し出され俺の方を向く。

 

『お呼びですか艦長?』

「うん、トスカさんの以前乗っていたデイジーリップ号はどこにあるか解らないッスか?」

『少々お待ち下さい―――解りました。本艦の格納区画にモスボール処置を受けて収まっています。ですけど……』

 

 なにやら含みある感じで言いよどんだユピ。なんだ? どうしたんだ?

 

「何か問題でもあるッスか?」

『いえ、そのう……デイジーリップ号のある格納庫なんですけど……最近の入室ログに科学班や整備班といった通称マッドの巣にいる方々のログが……』

「「な、なんだってー!?」」

 

 この時、俺とトスカ姐さんに電流走る。シュベインさんはよくわかっていない為、叫んだ俺達に対して首をかしげる。な、なんていうことだ。よりにも寄ってマッドの巣の連中が出入りしていただと!?

 

「そ、倉庫の映像は?!」

『あ、はい。監視カメラと映像を繋ぎます』

 

 携帯端末の映像が切り替わり、ホロモニターにちょっと薄暗い格納庫の中が映し出された。画像処理が加わり明るさ補正が掛かったところ、ほぼデイジーリップ号の全貌が映し出された。

 

 元は旧式の小型輸送船を改造したデイジーリップ号。両舷のペイロード部分に無理やりスラスターを兼ねたシールドジェネレーターと武装を、半ば無理やりに取りつけてある。

 

 その為バランスを保つ為に胴体部分に反重力スタビライザーを四本も取り付けたらしい。その場当たり的な改造のお陰で非常にピーキーな機体なので、トスカ姐さん以外には完全に乗りこなせる人間がいないフネがデイジーリップ号なのだが……。

 

「ユピ、左舷側も見てみたいッス」

『了解』

 

 一見、なにも変わっていないように見えるデイジーリップ号だが、マッドの巣の連中が出入りしていたと聞いた以上、なにもされていない訳がない。そう確信してカメラの映像をゆっくりと回してもらった。

 

「トスカさん、手遅れだったみたいッス」

「アタシのフネが……」

 

 頭を抱えるトスカ姐さんと俺。放置されていたデイジーリップはマッド達のおもちゃにされたらしい。デイジーリップ号の右舷側のリングスラスター。その上部には対艦ミサイル発射口と本来はデブリ破砕用の小型レーザー砲があるだけだった筈だ。

 

 だが今のデイジーリップ号(改?)には、左舷側のシールドジェネレーターがあった部位にも右舷側と同じ武装が追加されている。正確にはシールドジェネレーターが外され、両舷とも小型レーザー砲はより高出力かつ速射性に優れた小型連装バーストレーザー砲に対艦ミサイルも若干口径が大きな物に変更されているようだ。

 

 これにより左右非対称でバランスが悪かった機体バランスが全体的にみて少し改善されているといってもいい。あれ? よく見たら両舷のリングスラスターの部分が上下に二つある? ああ、成程。上部は兵装プラットホームで、その下が本来のリングスラスターなのか。

 

 そして下のリングスラスターにシールドジェネレーターが置かれている。本来は左舷側にだけだったはずだが右舷側スラスター上部にも増設されたらしい。元々主翼みたいに出っ張っていたリングスラスターだったが、その上に兵装プラットホームを増設したことで正面から見るとまるで複葉機みたいだぜ。

 

 つまるところ、今のデイジーリップ号は武装もシールドも2倍になってやがる。しかもスタビライザーもさらに小型のが幾つか増設されたのが見てとれるし、フネの下部に置かれたツインエンジンもより高出力の物に変えたのか巨大化し、全長も増しているみたいだ。

 

 おまけに見ただけでは理解できない、なんか用途不明の装置らしきモノも追加されてるみたいだぜ。こりゃかなりの趣味にはしってんなー。

 

「あ、あたしのでいじーりっぷがぁー」

「こりゃ大分前から改造されてるッスね。そんな事が出来るのは古参のあの人くらい」

「ケセイヤぁぁーーー!! アタシのフネになんてことしてくれてんだぁぁー!!!」

 

 彼女はこんなことをしでかしてくれた張本人の名前を叫びながら酒場から飛び出した。まぁ自分が長年使っていた愛機を本人の断りなく勝手に魔改造していたら誰だって怒り狂うだろ。常識的に考えて。

 

 その後、俺とシュベインは適当に情報のやり取りを行い、この場は解散となった。何せ主宰である姐さんが怒りに我を忘れて何処かに行ってしまったのだ。話し合うべき事柄は話し合ったし、とりあえず互いにヤッハバッハ相手にどう動くかを考えるというところで纏まっているので話すことはもうない。

 

 シュベインと別れた後、フネに戻るとトスカ姐さんがマッドの一人をボコボコにしていた。流れるようなコンボを叩き込まれてボロボロであったが、奴は意識を失う直前“マッド死すとも改造は止めぬ”と迷言を残したとかなんとか。懲りない奴だねー、とか思いつつもアホを死んでなければ蘇生できる医務室に放り込み、この星を後にした。

 

 ドゥンガから出港した俺達はとりあえずジェロウ教授のお楽しみである解析結果を待つために再びネージリンスへと舵を切った。出港してから1日程で入ってきたボイドゲートである【エルメッツァ国境】に辿り着き、ゲートを使ってワープ。ボイドゲート【ネージリンス・ジャンクションα】に到達した。

 

 

 さてこれから再びネージリンスを回ろうジャマイカ。とゲートから進もうとした時、実にタイミングのいいことにリム・ターナー天文台所長のアルピナさんからの連絡が届いた。解析がやっと終わるからそろそろ来てほしい。そんな内容であった。

 

 この連絡が届いたことで教授のテンションがうなぎ上りになった。心なしかアインシュタイン似の広いおでこが輝いているような気がしたが、それよりもあまりのテンションの高さの所為で旗艦の性能を上げる研究がかなり進み、ソフトウェア関連での向上により対艦性能が上がってしまったのには苦笑するしかない。

 

 まぁそんなことがありながらも俺たちは一路ティロアへと向かった。

 

 ゲートから出て、通常航路を進むこと約二日。道中バクゥ級巡洋艦が1隻、タタワ級駆逐艦が2隻いる三隻編制の海賊哨戒小艦隊に挑まれたが、前衛の駆逐艦群だけで事足りる。少々の小銭となるジャンクを回収してから航路に戻るが、その後は海賊に出会うことなく惑星ティロアに到達した。

 

 

「ああ、ユーリ君。ちょうどよかったわ。後10時間程で解析が終わるそうよ」

「おお! それは本当かネ! 楽しみだヨッ!」

 

 降りてすぐ天文台に向かうとアルピナさん自らが出迎えてくれた。少し到着が早かったのか結果はまだ出てはいなかったが、半日程度で結果が出ると言われた教授はまるでクリスマスプレゼントを前に置かれた子供の用に喜色を浮かべている。

 

「すでに時間も遅いことですし、今日はこの星で一泊していったらどうかしら?」

「ゼヒそうさせてもらおうじゃないか、ユーリ君」

 

 リム・タナーホテルなら伝手で部屋を取ってあげられるとはアルピナさんの談。なんでも情報解析の為に長丁場の場合ホテルに泊まることが多いらしく、それにより伝手が生まれたのだとか。ま、せっかくの御好意なので断る理由もない。というか教授が泊まるつもり満々だ。

 

 そんな訳でホテルに部屋を取ってもらった。地上に降りると酒場でドンチャン騒ぎをすることが多く夜を明したことならよくあるが、その後は大抵ユピテルに戻ってしまう為、ホテルに泊るのは本当に久しぶりだった。

 

 ちなみにクルー全員がホテルに泊まった訳じゃ無く、天文台についてきた連中だけである。流石に数千人いるクルー達を全員泊められる宿泊施設なんてある訳がねぇ。でも宇宙にはそういうことが可能なホテルがあると聞いたことがある、恐ろしいぜ。

 

 さて、そんな訳でホテルに泊まったのだが――――

 

 

≪カチ……コチ……カチ……コチ……カチ……コチ≫

 

「……」

 

≪カチ……コチ……カチ……コチ……カチ……コチ≫

 

「……」

 

≪カチ……コチ……カチ……コチ……カチ……コチ≫

 

「……」

 

≪カチ……コチ……カチ……コチ……カチ……コチ≫

 

「……眠れねぇッス」

 

 

 よく旅先の旅館とかにある時計の音が気になって眠れないって事あるよな? くそ、誰だよ。レトロチックな置時計を部屋においておくなんてさ。趣味はいいけど眠れねぇっての。

 

「う~ん☆ ヒマだから、おさんぽでもしようかな?」

 

 ちょっと某ハンバーガー屋ピエロの真似をしつつ、ベットから起きた。一度目が覚めちまったら、そうそう寝付けないだべ。時間的には、むむ、売店も閉まってるだろうしなぁ……コンビニでもちかくにあるかな? とりあえず財布を片手に割り振られたホテルの部屋を後にしたのだった。

 

 

 

――――さて、俺が部屋を出てから少し経った時。

 

 

 

「艦長、まだ起きてるかなぁ?」

「ユーリ、起きてるかな?」

「「ん?」」

 

 俺の泊る部屋から少し離れた廊下で、二人の少女が遭遇していたらしい。

 片方は我らがAI様ユピ。もう片方は我らが妹様チェルシーだ。

 

「(チェルシーさん?)」

「(ユピ、だよね?)」

 

 廊下で見つめあうこと数分、再起動に時間が掛ったのか、ハッとする二人。

 

「「あ、あの。こんな時間に何をしに?」」

 

 異口同音で問われた質問。

 流れる沈黙のなか無音の風が加速した。

 

 

***

 

 

「やべぇ、企業戦士マンダム超おもしれぇッス」

  

 少々マナー違反だが、俺はホテル近くのコンビニで漫画雑誌片手に立ち読み中。 読んでいたのは、とある企業に入った少年が年代を重ねながら徐々に渋みを増して他企業を圧倒していく様子を描いたリーマン漫画。創刊は30年近く前だが何気に人気があるらしくマンダムエースなる専門雑誌まである。

 

 しかし、やっぱどんな世界にもあるもんだねぇ、コンビニ。24時間営業のソレは、暗い夜を明るく照らす頼もしい味方。立ち読みして時間つぶすのにちょうどいい空間だ。 店員の目が厳しくなってるが、オレは自重しないぜ!

 

 適当にとった漫画雑誌、どうも未来になっても漫画と言うジャンルは終えないらしい。 言語は違うものの描き方も構図もほとんど20世紀のそれとほぼ変わらん。稀によく解らん構図の漫画あるけど、過去に描かれた漫画でもよくある話なので気にしない。

 

 つーか、このトガーシとかいう作者の書いた漫画。ぶっ飛んでて面白いけど、話しもぶっ飛んでるね(休載的な意味で) でもやっぱり俺が気に行ったのは、ルスィックPという人の書いたヤツだね。まるで実際に見て来た様な臨場感がたまらねぇゼ。

 

「ふん、ふん――あ、読み終わっちまったッス」

 

 実は俺は読むのが早い。艦長の仕事をしている内に自然と速読に近いやり方を覚えてしまったのだ。時計を見るとあまり時間は経っていないが、置いてあった雑誌の殆どは読んでしまった。

 

 残っているのは女性向け雑誌とアングラ系、それと青年指定系のソレ。前者は周りの目を考えなければ普通に読める。後者は何か命の危険を感じる為、手をつけたくない。 単行本系は全部ラッピングされていて読めないし、仕方ないからホテルに戻るべ。

 

 雑誌を棚に戻し、コンビニの出入口に足を向けたのだが、ふと目にした棚に色んなおつまみが売られているのが見えた。ドライソーセージやチーズや兎に角色んな乾物。そして得てしてそういう棚の近くには色とりどりの酒の瓶がズラリと衛兵のごとく整列している。

 

「1人手酌でもすっかねぇ」

 

 呑むべきか、呑まざるべきか……呑むでしょ!そんな訳で1人晩酌って言うのもオツなもんだろうとかオヤジ臭いこと考えつつも購入。買ったのはビールっぽい発泡酒系の何かと、ジャーキー的な何か。

 

 詳しくは知らん、まぁ以前食った時にそう言う風に感じたからそう言ってるだけ。不味くは無いしむしろ合うから問題はない。そんで長時間立ち読みをしていた俺を睨むコンビニ店員の視線を背中で受けつつ、買った戦利品を手にホテルへと帰る。

 

 その道すがら、俺はふと夜空を見上げてみた。視界いっぱいに映るのは満天の星空である。それこそ俺が居た時代よりも遥かに沢山の星々の姿を見ることが出来た。そういえばこの時代では石油由来の燃料を使う車は博物館にしかない。空気を汚す物が無ければ多少街の明かりで見え辛くともたくさんの星々が拝めるって訳だ。

 

「……綺麗だよなぁ」

 

 俺の頭上のはるか先では大マゼラン星雲とそこから延びるマゼラニックストリームが輝き、それを拝みながら各星系に飛び立つ幾つもの交易船や輸送船、その護衛艦たちの軌跡が流星の如くキラキラと輝いているのが地上からも解る。思えばなんだかんだでこうやって星々と地上から見上げることなど久しくしていなかった。

 

 一番最近は、トスカ姐さんと出会ったあの時だろうか。あそこ、ロウズ郊外の森付近は建物が一切なかったから、ここよりもよりハッキリと星々が見えたものだ。思えばあれを見ながら俺ァ宇宙を巡ると決めたっけな。

 

「………へっきし!寒くなってきやがった」

 

 雲一つない夜空の下は些か冷える。星々に思いをはせていた俺は買ったばかりの酒に手を出すか否かに思考が映り、とっととホテルに帰ろうと足を速めたのだった。

 

…………………………

 

……………………

 

……………

 

「ウーイ……あれ?」

 

 さて、若干夜の寒さに凍えながら自分に割り当てられた部屋の前まで戻ってきたんだけど、なにやら中に人の気配を感じる。何故人の気配など解るのか? いや別に修業を積んだとかじゃなく、ちょびっとだけドアが開いてたのよね。電子オートロックの筈なのに開いている。おかしいだろ?

 

 ちなみに時刻は深夜、こんな時間帯に尋ねて来るやつなんて普通いない。イコール、悪意を持った誰かの可能性がある。まったく、俺は誰かに恨まれる様なことは、あー……該当件数があり過ぎます。もっと絞ってくださいって脳内アナウンスが流れるくらいあるわァ。人気者は辛いわァ。

 

 アホな方向へ思考が流れたが、このまま部屋の外でコンビニの袋持ったままで突っ立っているわけにもいかないし、そうっと部屋の中の様子をうかがってみるかね。部屋の中は……ふーむ、暗くてよく解らんな。これは中に突入して確かめてみるしかあるまい。

 

「(さぁ、何処のどいつが待ち伏せ中なのか)」

 

 ちかくの備品室で手に入れた段ボールでしゃがみ前進しながら部屋の中を進む。何故ダンボール? そりゃスニーク移動の定番だからだよ。そうやって部屋の中を進み、段ボールの持ち手の為にあいている穴から周囲を覗った。

 

 部屋の中は静まり返っている。一番隠れられそうな備品のソファーの裏とか明かりが点いたままドアが開いているユニットバス等に人の姿は見受けられない。あり得るとすれば寝室の方だが……そう思い寝室に繋がる入り口に近づいた俺はベッドの方を見て一瞬固まってしまった。

 

「(た、大佐、美少女が2人何故か俺のベットで寝ている。どうすればいい!?)」 

 

 いや大佐ってだれやねん? 思わず存在しない大佐に救援コールを送るくらい俺は混乱中であった。俺が寝る筈だったベッドにユピとチェルシーが横たわって眠っているじゃないか。何故か仲良し姉妹の如く互いに抱き合って熟睡中。どうなってるねん。

 

 困惑するしかない俺を尻目に、眠り姫たちは本当に気持ちよさそうに横たわっていた。二人とも可愛らしい寝間着姿であるが寝返りか何かで服が少し持ち上がり、絶景なちらリズムがお目見えしていらっしゃる。時折うみゅー…と可愛らしい呟きを漏らす姿はある意味天使である。何この可愛い生き物? 萌え殺す気マンマンっスか?

 

 そのあんまりにも無防備な姿に俺の中で想像された脳内大佐は片手にメガホンを持ってYouヤっちゃいなよー若気の至り万歳WRYEEE!!等という非常に悪意がある問題発言をかましてくれている。実を言うと長時間彼女らが部屋にいたからなのか、女の子特有の誘うようないい香りが寝室一杯に満ちており、さっきから俺の心拍数がうなぎ上りなのだ。

 

 そんな中、チェルシーが寝返りを取った……ブラをしていない、だと?

 

「(アカン、これアカンやつや)」

 

 薄い寝間着の下の柔らかなふくらみがフワリンと形を崩したのを目撃してしまった俺は一瞬頭の中の何かがプッツンするところだったが、生まれてからDTであるへ垂れ根性が辛うじて理性を繋ぎとめてしまい、気が付けば自分の部屋から退散していた。なんだかとっても残n……いえ、いい仕事したよ理性さん。

 

 額に手を置いて冷静になるのを待つ。いやはや実は薄暗い室内で見たあの光景の他に、チェルシーが動いた時ユピの寝間着がさらに捲れあがって健全なお腹がチラリどころかモロで見えてしまっていた。あの娘たち、自分達が美人に相当する存在ってこと理解してないだろクソ。あんな無防備で……ハァ。

 

 それにしても何故ユピも眠っているのか、それは恐らくあのマッドが無駄に凝った仕掛けを組んだに違いない。眠るAI……実にSFである。

 

 とにもかくにも俺の居場所がなくなってしまった。あんな空間に戻る勇気はないし、戻ったところで自分を保てる保証はない。大体片方は年齢的に中学生でもう片方は年齢に至っては一ケタにもなってないんだぞ? ロリコンどころの話じゃないわい。

 

 据え膳食わねばと言われそうだが、いやいやこの時代でもロリコンは世間的にも法律的にもアウト。当然ペドに至ってはちょん切りが待っている、ってあれ? 俺の場合ユーリの年齢的には合法なのか? ……いやいやだからってそれはアカンよ。確実に生殺しに決まっている。俺はそんな苦痛を受けるくらいならクールに去るぜ。

 

 どうしてこんなめにと思いながら、臆病でヘタレなオイラは溜息を吐き出しつつ、部屋の前からそそくさと撤退した。本来休む筈のところで休めないなんてどんな拷問だよ。朝までまだ数時間以上あるんだぞ? 誰もいない深夜のホテルを徘徊するしかないなんて……。

 

 

***

 

 

 その後、特に行くあても無く彷徨うわたくし。夜は警備の人間以外は居ない自動化されていて人っ子一人いやがらない。いや誰かいても説明に困るんだけど、いないはいないで何だか寂しいモノである。

 

 彷徨っている内に、気が付けばロビーに戻っていた。このホテルのロビーには寝れるサイズの大きなソファーが設置されているが、ロビーで朝を明かしたらホテルの人になんて説明すれば良いか解らん。まったく、どうしてこんな目に…。

 

「……トスカさん辺りなら起きてるかもしれないッス」

 

 イネスは今回来ていないし、かと言ってトーロは彼女とよろしくやっている。ケセイヤさんとかのマッド陣営の所には迂闊に近づきたくないという心理が働いた。となると、行けるのは消去法で一番信用が置ける人物のところということになる。

 

「丁度酒もあるし、夜空を肴に飲みますかねぇ」

 

 トスカ姐さんが寝てたらまたコンビニにでも行って夜を明かそう。そんな訳でトスカ姐さんの部屋へと瞬間移動もとい普通に歩いて到着。インターホンを鳴らす。

 

「トスカさん、ユーリッス。起きてるッスかー?」

「ユーリ? あ、ああ。起きてるよー」

 

 どうやら起きていたらしくドアの鍵が外された。部屋に入ると中は若干薄暗かったが、よく見れば部屋の壁一面に星空が浮かんでいた。壁がモニターらしくプラネタリウムの如く星が写っているのだ。

 

「これまた面白い部屋ッスねー」

 

 素直に感想を述べる。むむ、俺もこんな感じの部屋にしたかったぞ。もっとホテルの案内書見ればよかったぜ。

 

「ああ、面白そうだからココにして貰ったのさ……ん? それは酒かい?」

「あ、よかったら飲みます? 適当に寝酒程度にでも」

「いいね、ちょうど欲しかったとこだ」

 

 けだるそうにベッドに腰掛けていた彼女は、俺が持っているもんに気が付いた。適当にホテルの部屋備え付けのコップを拝借し、ソレに注いで渡してやる。彼女は黙ってそれを受け取り一口、俺も自分のを用意して飲む。沈黙が辺りを包むが居心地は悪くない。

 

「で、何かあったのかい?こんな夜中に」

「いやー、ちーと眠れなかったんスよ」

 

 俺の部屋のベッドは占領中だしな!俺の応えにトスカ姐さんはそっかと応えた。

 再びい流れる沈黙……居心地は悪くない。むしろ気が楽である。

 

「人間が……さぁ」

「はい?」

「人が光の速度を越えられる様になってさ。それって……、良かったのかね?」

「というと?」

「今、この部屋のモニターに映っている星の光は過去の映像だ。この中にはもう存在しない星もあるかもしれない。滅んだものはきれいさっぱり消えるべきなんだ。昔のままの姿で見え続けるなんて……そんなの拷問さ」

 

 そういうと彼女は杯を仰いだ。そして俺はハッとした。この星空が映る映像には彼女の故郷の宙域が映っているのではないか? 俺にはどれがどの星系の映像なのか解らないが、懐かしそうで、それでいて苦しそうな彼女の様子を見れば何となく解る。

 

 今の彼女を突き動かしている行動原理。それは過去にヤッハバッハから受けた絶望の記憶。それが妄念となってヤッハバッハに対して異常なまでの執着を生んでいる。そしてそれを彼女は自分自身で理解している。それが如何に愚かなことなのかも……足掻くのも無駄なほど強大な相手に対して、蟷螂の斧にもならない行為が何のためになる。

 

 それなのに周りを巻き込んで勝てもしない相手に挑ませようとしている……そういう自己嫌悪に苛まれているのかもしれない。実際のところは解らんが、やはり今の姐さんは見ていて痛々しいな。

 

「俺は学が無いから上手く言えないッスが。例え拷問だとしても何時かは見えなくなるんスよ。だったら見えている間は見続けるのも、また一興なんだと思うんスよ」

「……そうかもしれないねぇ」

「それに、滅んできれいさっぱり無くなったら、誰の記憶からも消えて思い出して貰えなくなったら、それが本当の意味で滅亡であり死なんスよ。国であれ個人であれ、ね」

「ユーリ?」

 

 あー、いかんな。酒が変な方に入ってるなコレ。

 

「俺の考えッスからね。自分で言って訳解んねぇッス」

「なんだそりゃ」

 

 クスクス笑う姐さん。まったく、こういったしんみりは苦手ですたい。しかしきれいさっぱり無くなった方がいいか……あっちでの俺はどうなったんだろうねェ。今の俺はこっちで好き勝手してるけど、あの時代の俺がもしも死んでいたら……。

 

「あばぁぁぁああああ!!」

「な! なんだい急にッ!?」

「あれだけは! あれだけは世にださないでくれぇぇ!!」

「ちょっ! ほんとうにどうしたんだい!?」

 

 ふと思ったことに頭を抱えてしまう。もしも俺があの時代に死んでいたとして、きれいさっぱりじゃなく全部残っていたらHDDのエロスな御宝映像が家族の前で赤裸々大公開!? 死ねる! 想像しただけで色々と死ねる!!

 

「へ、へへ。滅んだ後はきれいさっぱりッス。反陽子でも量子弾頭でももってこいってんだ。いやむしろオーバーロード乞い、いあいあ、ふんぐるい」

「ホントにどうしたんだよ。急に酔っぱらったのかい? あと何か呪文吐くのやめな」

「…………あ、でも大丈夫か。うん、やっぱり滅ばなくてもいいや」

「自己解決したのかい?」

「ウッス。ちょっと昔の黒歴史ってヤツに苛まれただけッス。俺はもう大丈夫ッスよ」

「なんだかよく解らないけど、ハハ。アンタはつよいんだねぇ」

 

 いやー、考えてみれば俺があの時代に戻れるわけでもなし。いくら見られても誰もこっちにゃいないんだから時空の彼方に忘れ去れてて問題なんかありゃしないんだぜ。

 

 それにしても俺ってシリアスが続かねェなぁ。でも、なんか姐さんの俺を見る眼があきれつつも、なんだか悩んでるのがあほらしいって感じになってるし、ある意味結果オーライ? 俺はある意味では道化なのかも、生きているようで生きていない。遊んでいるだけなのかもねー。

 

 この後は結局彼女と朝まで呑んで夜を明かした。つーか酒が無くなったからパシらされた。あり? 俺って艦長様だったよな? 上司なんだけど……アレぇ?

 

 

 

***

 

 

 さて翌日になり、再び天文台に赴いていた。解析結果がでると聞いて興奮しているジェロウ教授を宥めつつ部屋に入ると、すでに準備されたモニターには様々な比較グラフが展開され色んな数値が出ている。

 

 アルピナさんやその他の研究員が若干疲れた顔をしながらもやり遂げたという顔をしている。そしてプレゼンを始めたのだが――正直専門的すぎて外野のおいらにはチンプンカンプンなんだぜ。でも一応俺が解析を頼んだことになっているので、眠ったり意識を飛ばすことは許されず、真面目に聞いておかねばならない。なんという拷問。

 

「――こほん、結論を申し上げますと」

 

 お、どうやら結論が出たらしいな。俺はすぐに意識をそちらに傾ける事に全神経を集中させた。

 

「(ユーリ艦長、凄い気迫ね。よっぽどエピタフに関心があるんだわ)――エピタフとデッドゲートには、やはり何らかの関係性が見受けられます」

 

 そう言うと彼女は手元のコンソールをピポパと動かす。

 すると背後のモニターに映し出されていた画が変わった。

 

「先生たちが採取されたサンプルには、微弱ながらヒッグス粒子反応が確認されました。これは私たちが以前偶然にも観測に成功した11番目のヒッグス粒子、ドローンヒッグス粒子(DH粒子)と完全に同一でした」

 

 ヒッグス粒子つーのはヒッグス場を量子化して得られる粒子のことである。一応詳しい説明はウィキなどで参照してください。すでにおにーさんの頭は爆発寸前だから、コレ以上聞かないでほしいのぜ。

 

 まぁ兎に角、専門用語が飛び交うこの場はいったん終わった。正直、俺の中では“なにそれ美味しいの?”的な話であったが、説明を終えたアルピナさんは満足そうである。このままだと説明おばさんになってしまいかねないな。

 

 そして教授は教授で、自説が証明されたと喜んでいた。それこそ年甲斐もなく両手でガッツポーズを決めるくらいである。あそこまで喜ばれると、ムーレアまで連れて行った甲斐もあるもんだ。

 

 まぁ何とか俺のおつむで理解したところによると、端的には先のドローンヒッグスとかいう粒子の観測が肝要らしい。それによって宇宙に散らばっているエピタフがある場所もある程度特定できるかも……ってのがアルピナさんの談だ。

 

 正確にはエピタフと関連が深い遺跡とかが該当するらしいけど、この観測方法が適応可能なら、いちいち星々を探査して回る必要がなくなる訳だ。世のトレジャーハンターの皆さんにとっては垂涎ものだろう。

 

「ちなみにこのDH粒子が強く観測された宙域があるの。ゼーペンスト自治領の宙域で以前から微弱な反応があったのを検出する事はあったのだけど、最近検出回数が上がっているわ」

「自治領ッスか。そらまた面倒臭い場所に」

「あそこの領主バハシュールがエピタフを持っていたという噂は以前からあるわ。彼の父親、すなわち先代の領主でありバハシュール自治領を開拓した初代バハシュールね。彼が航海している時に見つけたといわれているわ」

 

 普通なら胡散臭ぇと鼻で笑うだろうが、DH粒子の検出量の多いところでエピタフが見つかると言うのなら信憑性も増している。序でに言えば火が無い所に煙は立たず、噂があるってことは少なくても何かがある可能性が高いと言う事でもある。

 

 まぁまったくの無駄足に終わる事も多いだろうけどね。

 ことエピタフ関連は半分信じて半分疑う程度がちょうどいいのさ。

 

「ヒッグス粒子を観測できる装置を、フネに搭載出来るといいんだが……」

「流石に無理ッスよね。この天文台の能力でようやく観測可能だっていうのに」

 

 ちなみにこの天文台、敷地だけでも20平方kmある。設備だけにしても、数キロ以上地下に埋没しているから、流石にフネに乗せるのは難しい。幾らウチにマッドが多くてもダウンサイジング化は難しいだろう。流石にフネ一隻をタダの観測用として改装する程、ウチの艦隊に余裕はないしな。

 

「なんとか乗せられないかネ?」

「アバリス級を一隻食いつぶす覚悟があるなら可能でしょうけどね」

「艦長」

「いや、流石にもう一隻作る余裕はないッスよ?」

「だが、エピタフを発見したくは無いかナ? かナ?」

「はっは、だが断る」

 

 断るとシュンとした感じになるジェロウ教授。流石にそこまで身を削るほどはやりたくねぇよ。それに目的であった解析は終えたことだし、これ以上は天文台に居ても仕方ない。更なる調査解析はここの職員たちに任せる事にして、俺達は俺達で宙域を回って情報収集でもするしかない。

 

 だけど、まさかまた色々と巻き込まれるとはなぁ~。

 人生ってのはままならないッス。ウン。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第31話 、ネージリンス編~

いやぁ、色々あって胃の痛みとか体調不良と激闘を繰り広げたら、気が付いたらもう今年も1か月切ってますね。
とりあえず、遅くなってごめんなさい!(土下座)


■ネージリンス編・第31章■

 

 

―――リム・ターナー天文台でサンプルの解析結果が発表されていた頃。

 

 

 小マゼランにある自治領の一つ、ゼーペンスト宙域にカルバライヤ宙域保安局のシーバット宙佐は一人赴いていた。本来犬猿の仲であって然るべきネージリンス側に協力を取り付けてまで彼が故国から遠く離れたこのゼーペンストへと態々赴いたのにはワケがあった。

 

 それは以前、カルバライヤで活動していたグアッシュ海賊団が行っていた人身売買に起因する。目録等を元に、これまでにも数々の売却された人々を救出し、その他の足取りを辿っていたのであるが、実はその中には隣国ネージリンスの要人も紛れていたのである。売られた要人はどうやら交易の為の視察と交流が目的であったらしいのだが、捕まった時期が悪いと言えた。

 

 現在、ネージリンスとカルバライヤの間は、長年にわたる不和により外交的にも世論的にも冷え切っていた。両国ともに国境に防衛軍を配備する程、準臨戦態勢ともいえる状況であり、ちょっとしたきっかけで星間戦争が起こりかねないという非常に危うい状況にあった。

 

 そんな中で起こった事件。それは互いに気に入らないお隣さんに燻る民意を大きく動かしうる大事件であり、未曾有の戦乱を招きかねない事態に発展するのは日を見るよりも明らかだった。ある意味でタンカーのタンクに煙草の火を落とすよりもひどいことになる。

 

 だが何も好き好んでそれを看過するという訳ではない。そうならない為に動こうとする者たちも確かに存在していた。保安局のシーバットもその一人だった。彼はスタンダードなカルバライヤ人と同じく、気に入らない隣国を敵視している一人ではあるが、同時にカルバライヤが置かれている情勢を立場的によく知る人物でもある。

 

 現在のカルバライヤの総戦力でネージリンスの高い技術力に裏打ちされた軍隊と戦うのは、負けはしないが泥沼になるのが火を見るよりも明らかであることを理解していた。治安維持を預かる保安局に務める彼だからこそ、ようやく海賊の脅威が減り安定しだした国内の治安を、最悪にまで落とす戦争には“まだ”したくなかった。

 

 また、カルバライヤで起きた犯罪であるのにもかかわらず、それを解決する為の組織である保安局が解決出来ねば、その存在意義が疑われる。そのような不名誉を甘んじて受け入れることなど彼らは許容できない。だから解決の為に彼ら保安局は動いていた。

 

 されど隣国まで伸びた犯罪の枝葉を単独で操作するのは不可能だった。こういった場合より多角的な面での協力が無ければ解決は難しい。故に彼らは額に青筋を浮かべ臍を噛みつつも、今日の屈辱は明日の栄光と思い協力を要請したのだ。目の敵にしているネージリンスに対して……。

 

 そんな様々に複雑な思惑が絡み合い、なんだかんだあって垣根を越えた捜査が実現することになる。その一環としてシーバットは国外に派遣されていた。理由はどんな状況下でもシーバットは常に冷静に指揮官として動くことが出来ると評価されていたからである。

 

 実際熱しやすい気質を持つカルバライヤ人の中で、彼は比較的、物事を冷静に捉えようと努力する傾向がある。それは長年の経験に裏打ちされた彼の指揮官としての誇りが、カルバライヤ人の気質に負けない第三の冷淡かつ冷静な自分を作り上げることで手に入れられた賜物である。それにより、誰も行きたがらなかった国外捜査に送り出されたのは、果たして良かったのか悪かったのか。彼は未だに答えが見つからないでいた。

 

 それはともかく、自治領に降り立ったシーバットは、まずは自治領を統括する領主の下へと足を運んでいた。宇宙港のインフォメーションを頼りにタクシーに乗り継ぎ、郊外への道をひた走ること2時間。尻がそろそろ石になるんじゃなかろうかと思ったところで、ようやく目的である領主館に到着した。

 

 そこは、まさしく城というに相応しい館であった。バハシュール領の領主館。公式ではそう記載されている館であるはずだが、なにをどう改築したのかその大きさはもはや城であった。あえて言うなら装飾過多である。質実剛健な世界で育ったシーバットは思った。しかし国が変われば文化も異なる。それくらい許容できるくらいは大人であるシーバットは特に何かつぶやくことはせずに門を警備する者に声を掛けた。

 

 さすがはネージリンスに本拠を置き、小マゼランに轟くセグェン・グラスチ社の紹介状。警備の者に見せれば引き留められることもなく、すんなりと館の中に通された。すでに通達されていたのかもしれない。

 

 ともあれ館の中に足を踏み入れたシーバットであるが入って早々に立ちくらみにも似た眩暈に襲われた。外と同じくまさに装飾過多。高い美術品をこれでもかと並べ、さらに無駄に照明で照らして輝かせている。これは溜まらないとシーバットは眼を細めてなるべく視界にそれらが入り込まないように歩いた。そうしないと歩くのにも支障が出たからである。

 

 案内係のつもりなのか、先導する執事らしき人物に連れられてシーバットはこの館のグレートホールに足を踏み入れた。重厚な扉を潜った瞬間、実に退廃的なメロディーと共に舞台照明のサーチライトが幾重も飛び交うという、見る者が見れば頭痛を感じるような光景が彼の視界を埋め尽くす。シーバットもまた頭痛を感じる人間であった。

 

 本来は客人を持て成し、領主の偉業を見せつける筈のグレートホールが、まるで趣味の悪いディスコに迷い込んだ気分させる調度品により彩られていた。中に満たされたむせ返るような甘ったるい香の匂いに、シーバットは頭がクラっとしたが仕事だと割り切り、鍛えた精神力を駆使して背筋をシャンとして奥へと進んだ。

 

 進んだ先に待っていたのは輝くミラーボールの下で左手を腰に、右手を天に突き上げたポーズを決める長髪の男である。周りには5人もの着飾った女性たちがまとわりつき、ジーバットを尻目に長髪の男に抱き着いたりしていた。

 

 まるで品のないダンサーかディスコのオーナーのようにも見えるこの男こそ、このゼーペンスト宙域を管理する現領主バハシュールである。そう、品のない男に見えて現領主なのだ。そのことを資料で知っていたシーバットは内心イラつきを覚えながらも、バハシュールの前に立って、こうべを垂れた。例えそうは見えなくとも、目の前の男は自治領を統べる長なのだ。外国人である自分が礼を失するわけにはいかなかった。

 

「よーこそ、ようこそ。このバハシュール城へ~。かんげいしますよシーバット宙佐。A~HA~?」

 

「面会を許可していただき感謝いたします。バハシュール閣下」

 

「Nn~fu~? それで要件とは何かな?」

 

「率直に申し上げる。キャロ・ランバース嬢を返していただきたい」

 

「Funnn? キャロ…キャロ・ランバース? どなたかな~?」

 

 本当に領主なのか……シーバットは思わず、内心で罵りの言葉を吐いた。喋り方も一々耳障りだが、それよりも真実を誤魔化そうとするその子供じみた態度が、正義の執行者たる自分には耐えられないほど醜く映るのだ。

 

 ヒクつきそうになる頬肉を気合いで押さえつけながらも、シーバットは極力冷静な風を装い、言葉を選んで追求することにした。ヒクつきを抑えるのは並大抵の苦労ではないが長年保安局で働いてきた経験が、冷静に理論的に任務を遂行する能力が、ここで生きていた。

 

「とぼけないでいただきたい。グアッシュ海賊団により捕えられこちらの星に送られたはずだ。グアッシュを仕切っていたドエスバンが自供しておりますぞ」

 

「N―fuuuuu……。HA!HAHA!!HA―HA―!!! 確かに彼女はこの城にいるけどねぇ、タダで返すわけにはいかないなぁ」

 

 観念したというのか、以外にもあっさりとシーバットの追求を認めるバハシュール。戯れた風に言葉を返しながらも変なポーズを崩すことなく微笑んで見せた。この笑み、見ているだけで嫌悪感がシーバットの背筋を駆け巡った。生理的に気持ちが悪い人間とやらに久しぶりに出会った気分である。職務でなければ話しかける気にすらならない。

 

 されど仮にも相手は自治領の領主。例え犯罪に片足を突っ込んでいたとしても、例え気に入らない相手だろうと、自治領とは一つの国。国の代表をただの保安局の役人風情が怒らせるわけにはいかなかった。それを許せば、ことは星間戦争にまで発展してしまうからである。

 

 これが国家間でも通用する各国の法務に携わるお偉い方が判を押した令状でもあればことは簡単だった。目の前の男を殴って拘束すれば済んだのだ。現実はそうはいかない。

 

 カルバライヤのグアッシュ海賊団により連れ去られた要人は、実はかなりのVIPであり、それに加えて、その要人奪還を要求した人物が、この件を表沙汰にせず秘密裏に解決するように要求してきていたのだ。

 

 これによりシーバットは目の前の一々癪に障る男に対して強硬な姿勢を取ることができないでいた。それがシーバットの血圧をさらに高めていく。

 

 高血圧の薬を帰ったら飲まねばならない。そう溜息を吐きそうになる気分を抑え、至極冷静な態度を保ったまま、彼は懐から小型ホロモニター投影機を取り出した。物事を穏便に秘密裏に終わらせたい依頼主から預かった“とある物”を提示するためである。

 

「こちらにセグェン・ランバース会長からあずかった、一億クレジッタを用意しております。なにとぞ、これで……」

 

 シーバットが投影機をONにすると、そこには銀行でよく見られる画面が映る。ただし、常人ではお目に掛かれない、それこそシーバット自身もこれまで生きてきた中でも見たことのないほどの大金が表示されていた。バハシュールは空中に浮かぶ半透明のホロモニターを見やると実に楽しそうな笑みを浮かべた。一億クレジッタ。これはおいそれと出せる金額ではない。それを提示されれば喜びもするか。

 

 されどこの時シーバットは、バハシュールの笑みの中に何か違和感を覚えた。確かに傍目から見ればバハシュールは呑気にも一億クレジッタの金に喜んでいるように見える。事実すんごい、シーバットにしてみれば気持ちの悪い笑みを湛えたままだ。

 

 何かが引っ掛かる。それが何かを考える前に、バハシュールが口を開いた為、彼の思考はそこで中断されてしまった。この時、この違和感の正体をもっと深く考えておけば、彼の運命もまた違った物になっていただろうに……。

 

「Ou! すんばらしぃ! それはよろこんで受け取ろうじゃないか」

 

「では!」

 

 バハシュールの反応を見て身を乗り出すシーバット。上手くすればこの至極自分を苛立たせる人物の前から早く立ち去れるかもしれないという期待が彼を動かした。されどバハシュールはそんなシーバットに向けて手のひらを掲げて見せた。

 

「Nnnn、Nononono。落ち着きたまえ。慌てるのは親の死に目だけで十分さ」

 

 そういってバハシュールはクルリとシーバットに背を向けつつ、今度はンーっと考える仕草を取る。ここで焦ってバハシュールの機嫌を損ね、ことを仕損じるのは拙いと感じたシーバットも、一度深呼吸をして落ち着きを取り戻す。

 

―――だが次にバハシュールが口にした言葉に、彼の思考は一瞬停止した。

 

「それはそれとして、だ。我が自治領にカルバライヤの公務員が平然と侵入しているのは、大きな問題と思わないかい?」

 

「な……ッ!?それは閣下が許可を―――」

 

「A―HA―? しらないなぁ~」

 

「なにを―――ガッ」

 

 強い痛みが腹部を貫くのと、閃光と空気が焼ける軽いイオン臭がシーバットの鼻につくのはほぼ同時であった。血迷うたか、バハシュールは唐突に懐から小型ビーム銃を振り向けざまに取り出して発砲したのだ。いつの間にか音楽が止んでいたグレートホールにビーム銃の冷却器が発射の最に発する甲高い吸気音だけが響いている。

 

「ぐ……ぐぐ……」

 

 腹を焼かれる痛みに倒れてしまったシーバットは歯を食いしばりながらもバハシュールから距離を取ろうと這った。出血に震えながらも、襟元に隠しておいた小型の通信端末を起動する。これは彼が乗ってきたフネにある通信機と繋がっており、それを経由して極秘回線の非常通信を送れる物だった。

 

「バリオッ……! バリオッ……! 聞こえるか!?」

 

『緊急通信?! 宙佐! 何があったんです!』

 

「要人は、ランバース嬢は……ぐぅ、バハシュールの下に!」

 

「Nn-huuu。しぶといなぁ、ま~だ生きてるよ。これじゃあまるで、僕の射撃がへたくそみたいじゃないかぁ~」

 

 銃を懐に戻しながら、ゆったりと歩いてきたバハシュールは、激しい出血の中に倒れているシーバットを見降ろし溜息を吐いた。撃ちぬかれた痛みに歯を食いしばりながらも、最後の力を振り絞りシーバットは部下に通信を送っていたのだ。

 

 だが、悶え苦しみながら息絶える様を期待していたバハシュールにとって、この状況は面白くなかったらしい。その顔はくしゃっと歪められ、まるで思う通りにならなかった子供のようだった。

 

「じゃあ、今度はこいつで~」

 

 そういうと、彼はフラッとグレートホールに飾られている調度品の一つ。古代の甲冑に添えられた剣を手にとった。宇宙航海時代を経ても、こういった調度品の類は権力者たちが自分の力を誇示する意味で未だに需要がある。無論、古代の甲冑が装備する剣は調度品の付属であるので単なるイミテーションの意味が強く、刃が潰された剣は殺傷力皆無である。

 

 しかしバハシュールは迷いなく鞘から剣を引き抜いた。刃渡り1m程のショートソード。0Gドッグの使用するスークリフブレードのような臨界被膜処理も施されていない単なる剣の形をした軽量金属の棒。されど、その切っ先はイミテーションであっても鋭い。

 

「よっと♪」

 

「グはっ!?」

 

 バハシュールは剣の柄を両手に持ち、まるで大地に棒を突き刺すがごとく、戸惑うことなくシーバットの背に剣を突き刺した。やはり砥がれていない剣はすんなりとシーバットを貫かない。

 

 しかし、バハシュールが体重を込めたこと、そして何よりも彼が撃った貫通した銃創に偶然剣先が突き刺さったことで、切れ味皆無の剣はシーバットの体内に強引に侵入していった。銃撃で受けた痛みを遥かに超える激痛がシーバットを襲う。その痛みにより全身が強張り、眼を見開き歯を食いしばるが、瞬間バハシュールは剣先をグリンと回転させた。抉られる痛みは彼に叫び声をあげることすら許さない。

 

『中佐!? シーバット宙佐!! お願いです返事を―――』

 

「うるさいなぁ~。これのせいかな? よっと!」

 

 シーバットの手元で通信機がバリオのシーバットを呼ぶ声をこの場に届け騒がしくがなり立てる。通信機を目敏く見つけたバハシュールは返り血を浴びた顔を顰めながら、まるで小動物を足で踏みつぶすがごとく足を振り上げる。そして末期の言葉すら言えず息絶えたシーバットの手ごと、小さな通信機を踏みつぶしたのだった。

 

 

―――その顔は沢山遊んだ子供のように晴れやかだった。

 

 

***

 

 

 さて、小マゼランのエルメッツァ標準時間における24時間前、すなわち昨日であるが、リム・ターナー天文台の優秀な解析装置とスタッフたちの尽力により、ムーレア遺跡のサンプル解析がようやく終了した。

 

 今回のサンプル解析の結果。なんだかんだでドローン・ヒッグス粒子なる俺の時代には観測すらされていなかった謎粒子がたくさんある宙域を観測すれば、すなわちエピタフを発見できる可能性が高くなったという結論に達したらしい。

 

 そして自説が証明できることに大喜びの教授にせっつかれエピタフの捜索を続行する破目に……いやホントにエピタフ関連は俺にとって鬼門なんだよ? 憑依先である主人公ユーリ君は原作でかなり痛い目にあってたから、一応もうこれでエピタフの調査はいいんじゃね?って感じで終わりたかったんだよ? 

 

 だけど教授がエピタフ見つけられるかもと言いまくったせいで、他のクルーの一部にもそれが伝染したらしく、今のところエピタフ調査を中止するとか言い出せない空気がある。特に教授と共に暇な時間研究に励んでいる科学班や一部整備班あたりの人員がそういった雰囲気にのまれていた。勿論全員じゃない。科学班筆頭のサナダなど熱中はしていないし、科学班以外の部署の人間は別に遺跡に興味がわかないのか日和見である。

 

 だが、ここで下手に調査を止めると俺が言い出すと――

 

 教授、失意のうちにフネを去る → じゃあ俺も…と科学班の一部が離脱 → 人員の低下により科学班の作業効率が停止および極端に低下 → 索敵の成功度やフネの開発が上手くいかなくなる → アバぁー。

 

――とまぁ、こうなる訳で。これを防ぐには彼らがある程度満足できるまで遺跡調査を続けると言い続ける必要が出てきてしまっていた。なまじ俺も表向きエピタフ調査に賛同していると見られているのも痛い。ここまできて諦めるという選択肢を取るのが非常に難しいのである。

 

 まぁ科学班の損失に眼を瞑れば中止は出来る。されどこれまでの航海で育てた人員がごっそり消える可能性がある。もしくはやる気をなくされるのは非常にリスキーであり、それならば教授を留めておいた方がメリットが大きかった。

 

 幸い、エピタフ調査の期限は設けられていないのだ。調査を片手間にして伸ばし伸ばしにしたところで、それを公言していなければ問題はない。日本の役人伝統の引き伸ばし作戦である。ふはは、なんてへタレだろうorz

 

 

 ま、まぁそれは良いとして、実際のところ現在ヤッハバッハに対して打つ手無しであり、やることもないので暇でもある。エピタフ関連は主人公属性の俺にとっては鬼門であって然るべきだが、一応十全に気を付ければ危険を回避できると考えることにしてエピタフの調査を続行することにした。

 

 エピタフは新しい宇宙に導いてくれるだとか富と栄誉を思いのままに出来る願望機だとか、擦るとハイテンション宇宙魔人が現れて山ちゃんボイスで三回まで願い事をかなえてくれるとか、色々と眉唾も含めてロマン溢るる代物だ。

 

 確かに存在するが実物の発見数も少ないアーティファクトであるエピタフが、この結果が本当ならば本物を発見できるかもしれない。浪漫とかスリルが潜在的に大好きである0Gドッグなら、ホントかどうか確かめたくなるんだろうなぁ。俺も含めてな。

 

 そんな訳で運命の悪戯かエピタフ調査を続けることになったわけだが、結局のところ俺達が出来ることは一つだけ、惑星を巡って教授が求める情報を集めるだけである。することが調査結果を知る前となんら変わらないとか言わない。地道な調査は大事なのだ。

 

 先のリム・ターナー天文台の観測結果により、著しい量のDH粒子の発現が観測されたのは、ここから別の宙域にあるバハシュール自治領であることが判明している。観測結果を確かめるのなら、この自治領に向かえばいいが、ことはそう簡単な話ではない。それもこれもここが自治領なのが問題であった。

 

 以前、俺が最初に居たエルメッツァ・ロウズという自治領において、そこを自治領として統治していたハゲの領主が、航宙禁止法を制定して許可のない人間の渡航を制限して星系を封鎖したりした。また内乱鎮圧の為か経済が苦しい筈なのに独自の戦闘艦を開発していたりとやりたい放題であった。

 

 これは自治領における法律の基本骨子はエルメッツァのような大国の法が適用されているが、自治領内の法に関しては領主に独自裁量権があり、独自のルールや法律が制定されても問題が無い所為である。

 

 宇宙開拓法は大体の自治領で通用するが、それに加えて結構独自の法律が存在し、どんな法律なのかは領主の匙加減一つであったりする為、たとえば領主が服を着るのに罰金を科せば途端その星はヌーディストの天国になってしまう。そんな感じで自治領ゆえの独特な法律やら変なルールが無いとも限らんという結論が出ていたので俺達も慎重にならざるを得なかったのだ。

 

 

 とはいえ、観測結果が出ているゼーペンスト宙域を放置するという選択肢も取れない。エピタフの新発見により探究心が刺激されたのか日々眼を爛々と輝かせている教授が少し怖いのだ。このまま放置すれば教授の探究心が満たされないストレスから、あのマッドサイエンティストが何をしでかすか解らないのである。気が付いたら俺の身体が悪の怪人に改造されていたとか絶対に嫌だぞオイ。

 

 そんな訳で教授の好奇心を満足させるために、とりあえず調査はしているポーズをとっている必要はあった。んで俺が取ったのは中道。すなわちDH粒子反応が大きかったバハシュール自治領があるゼーペンスト宙域について可能な限りデータベースで調べることであった。これなら調べているポーズにもなるし、実際行くにしても情報は大事だ。情報は大事なのだ。大事なことなので二度言った。

 

 さて、データベースによれば、バハシュール領はゼーペンスト宙域に存在する自治領の一つであり、先代が基礎を築きあげた設立された自治領らしい。現在は先代の息子が跡を継いで運営されているという典型的な2世領主自治領である。 

 

 ただし経済関連のデータを見るに、現在の統治機構はあまり上手く機能していない。正確には没落するほどでもないが発展も繁栄もしていない状況。独立心が高く自治領を一人で築いた先代と異なり、すでに官僚や武官も多くいる二世領主は自主的に行うようなことが少なく、それゆえに発展性に欠けている典型例……おいおい、空間通商管理局も結構辛辣だな。

 

 要するに親の築いた礎を食い荒らしている状況って感じだろう。礎を元に発展するなら兎も角、使い潰すだけじゃ唯の緩やかな自殺と変わらない。真綿で首を絞められるという言葉があるが、その真綿の領端を自分で握っているようなものである。

 

 そんなんはどうでもいい。不景気で経済が落ち込んで没落しようが宇宙を旅する俺達0Gドッグには関係ないからな。それよりも領主の人柄とか何かコラムとかないだろうか……。

 

「艦長、間もなく惑星ポフューラです」

 

 長い長いバハシュール領に関するコラムや記事といったデータ媒体を何気なく読んでいたところ、次の惑星に到着したとミドリさんから連絡を受けたので、一度ホロモニターから視線を外した。

 

 惑星ティロアから出発して一日。いま特に補充がいる物品はないが、外部モニターに眼をやれば大気も雲も水もある典型的な居住可能型惑星。てっとり早くイメージするなら地球とほぼ同等の環境の星が映っているのが目に映った。

 

 この小マゼランに住まう人々は基本的には地球を祖とするテラリアンである。科学力の発達に伴い移民船で宇宙各所に散っていた者たちの末裔であるが、母星を離れてから何千年と経っているにも関わらず肉体的にあまり進化も退化もしていない。せいぜいが髪の色や肌の色が普通ではありえない色彩に染まっているくらいだ。

 

 肉体的に地球人と変わらないなら、住まう星もまたそれに倣う。人間が住まう大体の星は地球型、あるいはコロニーやドームをおったててその中に地球と同じような環境に調整している。なにが言いたいのかというと、標準型惑星って地球みたいな星だよなぁっていう、割とどうでもいい話だ。

 

 でも母なる地球から離れても、こういう似た星を見るだけで哀愁みたいな気持ちが浮かぶのはやっぱり地球人の末裔だからなんだろうなァ。重力に魂を引かれてという意味が解る気がする。だがもはやスペースノイドな俺には重力など唯の鍛練の為の重しでしかないのだぁ。

 

「ん、各艦上陸準備。管制塔の指示に従って順次入港してくれッス。オートメンテナンスもお願いしておいて」

 

「アイサー。各艦上陸準備、管制塔の指示があるまで待機せよ。繰り返す――」

 

 まぁ降りるんですがね。そういえば酒の在庫がそろそろヤバいのだ。誰の所為とは言わないが倉庫に積んだ樽が4分の一を切っている。あれは嗜好品の部類だから無償の自動補給目録に含まれないので自力で調達するしかない。

 

「――3,2,1、逆噴射、減速。軌道ステーションからの誘導ビームに乗ります」

 

「ヨーソロ、インフラトン機関内 レベル2から1へ正常に移行、推進機停止。慣性航行に移行する」

 

「軌道誤差X:0,0002 Y:0,0003 Z:0,0012 全て修正誤差範囲内」

 

「反重力スタビライザー……作動します……」

 

 黙っているとブリッジ内のやり取りが聞こえてくる。推進機の火が落ち、慣性の力で港内へと入港したユピテルが各所のアポジモーターやスラスターで微調整を繰り返し、艦隊隷下の駆逐艦や巡洋艦たちが通常ポートに自動で接舷しているのを横目に大型艦用の接舷ポートへの軌道にゆっくりと進んでいく。

 

 ともかく壁とかにぶつからない様にバランスを取りつつ、誘導ビームに従って港の奥へと進んでいく。ある程度まで接舷ポートに近づくと、上下の壁が展開され、中から船上と船底を固定する為のガントリーがせり出してきた。

 

「接舷トラクタービームガントリーを確認。本艦と速度同期――ロック。艦底完全固定まで13秒」

 

「最終逆噴射、機関停止」

 

「よーそろ、機関停ー止ぃー」

 

 ガコンという音がフネの内部に響き、船体が完全に港に固定される。彼女の豊満な身体を覆い隠すが如く、前方の大型船係留ドックの隔壁が降りていき完全に閉鎖された。同時に連絡橋がステーション側から延び、フネのエアロックへと固定されるとドック内部にエアが充填されて気圧が確保された。ちなみに外は無重力のままである。その方が搬入その他がしやすいからである。

 

「接舷完了、ドック内気圧0,4から0,8へ上昇、エアロック解除します」

 

 ―――接舷手順、全行程完了。

 

オペレーターのミドリさんのその言葉に、ブリッジ内に安堵の空気が流れた。

 

「う~ん、やっぱり何回やっても入港と出港の時は少しドキドキもんッスね」

 

「それが一番操艦に神経使うからな。まぁユピちゃんのお蔭で楽させてもらってるよ」

 

 操艦担当のリーフを筆頭に主にフネの航行に携わるクルーは皆ウンウンと頷いている。ユピはその言葉を聞き嬉しそうにはにかんだ。可愛いな~。

 

「ふふ。そういってもらえると統制AI冥利に尽きます。でもなんで全自動にしないんですか? 私の性能ならそれくらい――」

 

「はは、そうなると俺が廃業になっちまうぜ」

 

「あ! いえそういうつもりじゃ!?」

 

「リーフがユピを困らせてますよ艦長」

 

「ウチの子を困らせたヤツは誰ッスかあ? 処す? 処す?」

 

「おい艦長その手にもった如何にもな赤いスイッチはなんだ?」

 

「これ押すと物理的にボッシュートとなります。宇宙に」

 

「怖っ?!」

 

 冗談だ。そんな仕掛けいくらなんでもつくれんよ。

 

「まぁ簡単にいうとだねユピくん。我々人間っていうのは何度も反復しないとすぐに忘れちゃうこまった生き物なんスよ」

 

「そうなのですか。大変ですね」

 

 うん、実際大変だよ。反復しても学習しないことが多々あるから、常に争いごとは絶えないしね。まぁ刺激があるといえばあるんだろうけどさ。ほどほどが一番だよねー。

 

「そんな訳で定期的に手動操艦の訓練は入れるッス。ユピもそれ見てさらに学習してね?」

 

「はい! 頑張ります!」

 

 うん、ウチのAIは真面目でいい娘だよ。実際、幾らフネが優秀でも乗っている人間がダメじゃ意味がねぇからな。フネを動かすのは結局は人である。だから、マンパワーの低下ってヤツほど恐ろしいモンは無い。これからも適度に腕がなまらない程度に訓練を入れていく。準備をしすぎるとか言う事はないんだから。

 

 

…………………………

 

……………………

 

……………

 

「おいユーリ。アレ」

 

「なんだトーロ? おや、あれは……」

 

 それは、街の酒屋で安いながらも良酒を仕入れることに成功し、しばらくの間はクルーの飲兵衛共も文句は言うまいとホクホクした気分でいた時だった。出港までまだ時間があるので、やることが無く暇なイネス&トーロと合流して街中を散策していると、カルバライヤ宙域保安局のバリオがすぐ近くを横切ったのだ。手にした袋は多分食糧か何か、買い物の帰りだろうか?

 

「あれはバリオ宙尉だね。なんでネージリンスに保安局がいるんだろう? それになんか深刻そうな面してるじゃないか。艦長は何か知ってる?」

 

「そうだイネス。艦長はなんでも知ってるッス」

 

「ふーん」

 

「トーロよ。冗談だからそのなんか冷たい目やめて。地味に痛い」

 

 ここはネージリンスなのに仲の悪い国出身の彼らが何故いるのかというと、国を跨いで犯罪が行われた為、両国で協力しての合同捜査網を敷いているからだろう。この間この星に来たときに盗み聞き……げふん、もとい偶々聞こえてしまった内容がそんな感じだったはずだ。

 

 もっともカルバライヤ人はネージリンス人を嫌うが逆もまた然り、完全にアウェーな土地で働くのはきついだろうなぁ。そう思っている内に、バリオは大企業セグェン・グラスチ社傘下のSGホテルへと入って行った。イネスの言う通り何か深刻そうな面していたし、なんか気になるな。

 

「せっかくだし、会いにいってみない? なんか気になるし」

 

「いいんじゃね? どうせ暇だしよ」

 

「そこらへんは艦長に任せるッスよ」

 

 どうせ暇だったし会いに行ってみようじゃないか。そんな空気に流され、俺達はバリオ宙尉を追いかけて彼がSGホテルに入るのを目撃する。追いかける脚でホテルの中に入って、どこらへんにいるかなと思ったが、宙尉は案外すぐに見つかった。彼はロビーに入ってすぐのソファーに腰掛けていた。

 

「宙尉。バリオ宙尉ッスよね? お久しぶりッス」

 

「……ああ、君たちかぁ……奇遇だな」

 

「なんか死にそうだなオイ。大丈夫か宙尉さんよ?」

 

 トーロが様子のおかしい宙尉を心配して言葉を掛けるが、それに対し大丈夫だと返答するもやはり声に張りが感じられない。何かあったのか? この問いかけに宙尉は案外すんなりと事情を説明してくれた。正確には尋ねる前に全部吐露し始めたのだ。その様子が何だか疲れた感じで痛々しかった。

 

「―――なんと! シーバット宙佐が殺されたんスか」

 

「ああ、ちょっとしたコネのお蔭で人身売買の販売先である領主に会うことは出来たんだ。だがその後に領主が突如態度を変えて宙佐を……くそッ」

 

 事情をなんとか宙尉から聴きだしたが、どうやら原作通り宙佐は死んでしまったようだ。これを聞いた時、ああやっぱりと心の内で思った。以前ホテルで何やら会合をしていた時に、シーバット宙佐が常道の死亡フラグをおっ立ててたもんな。あれで死なないなら異能生存体か何かだろ。

 

 兎も角、宙佐の死を告げた宙尉は、口にしただけでも堪えたのか、腕を組んでうなだれた。そんな宙尉を前に俺達も言葉が出ない。確かに原作知識で知ってはいたが、だからといってこの空気の中で茶化すのは俺には無理だっぺ。

 

まぁこういったのは吐露しちまったほうが楽だと思うし、さらに詳しくバリオ宙尉から聞いた話だと、どうも宙佐は殺される直前に緊急通信で情報を伝えて来たらしい。音声ログを録っていた為、その通信の音声まで聞かせてもらえたが―――実際に聞くとかなり胸糞が悪い。

 

「クソ領主ッスね。つーか下手すりゃ戦争まっしぐらッスよソレ」

 

「ああ、だから……保安局としては動くことが出来ないんだ」

 

「でも何でまたシーバット宙佐はそんな所に単身で向かったんだ? それにグアッシュ海賊団を倒す時からあんた達の動きはどこかおかしかった。まだ何か隠してるんじゃ?」

 

 ほう? トーロにしては鋭い指摘だな。この指摘に際しバリオ宙尉はこちらを見つめてきた。ジッと俺達三人を見てから溜息を吐く。

 

「はぁ、もう俺の上官はいないし、海賊退治に命をかけてくれたお前たちには事情を知る権利があるよな。ただ他言は無用。OK?」

 

 どうやら話してくれるようだ。話してくれる分には問題ないので俺達も軽くうなずいて返す。厳密に言えば情報漏洩に問われそうだが俺達がそれを広めなければいいし、仮にそれで罪に問われるのは宙尉だけである。内心腹黒く考えているのとは対照的に、宙尉は少し逡巡するように視線を動かした後、どういったことの起こりがあったのかを語り始めた。

 

「俺達が最初に出会ったところは覚えてるか?」

 

「えーと、鉱山の酒場ッスね」

 

「あー、スマン言い方が悪かった。宇宙で最初に出会ったのは?」

 

「たしか、客船が海賊に襲われていたあの時ッス」

 

「そうだ、あの時客船の中にはトゥキタ氏ともう一人――セグェン・ランバースの孫娘であるキャロ・ランバースが乗りこんでいた」

 

 確か原作ゲームでは、グアッシュ海賊たちが客船に乗っていたVIP。セグェン社のセグェン会長の孫娘であるキャロ・ランバースを誘拐したという話だった筈だ。大筋はやっぱり変わっていないのか。

 

 あの時、戦闘の真っただ中に介入して奇襲をかけ、民間客船のまわりにいた海賊船を撃沈した筈だが、おそらくそれが全てではなかったのだろう。俺達よりも先に取り付いたフネがいて、その時に彼女は連れ去られていたのだ。じゃないと俺達の手でVIPさんを海賊もろとも宇宙の藻屑にしてしまってただろうしな。

 

 でも色んな意味で危なかった。下手したら俺達が星間戦争の引き金をひいていたのか。 捕まったVIPであるキャロ嬢は国の仕事も請け負う大企業の孫娘だ。そんな彼女が海賊、しかも長年にわたり潜在的な敵と認識している国に居る時に誘拐され、おまけに人身売買で売られてしまった。これだけでも戦争の理由になるし開戦待ったなしである。

 

 だから多少戦力が足りなくても、本来不倶戴天の敵である大海賊であるサマラ様に協力を仰いででも、是が非でもグアッシュ海賊団を検挙したかったのか。少なくとも保安局で事情を知る人間はそう思って動いていた可能性は高い。

 

 だが、そうしてグアッシュを検挙して得られた情報を辿ってみれば、既に彼女は人身売買のルートで売られた後。しかも売られた先が道楽ダメ領主のバハシュール。これは色んな意味で開戦回避は絶望的じゃねと思ってしまう。

 

「成程、相手は自治領領主、普通なら諦めるところだがそうもいかない。ことを荒立てたくは無かったから宙佐は単身で乗り込んだってワケッスね……、ところでバリオ宙尉はこれからどうするッスか?」

 

「先も行った通り保安局としては動けん。しかも連中は先代が築きあげた強力な艦隊に守られて、彼の星からも出て来ないからな。宙佐も居なくなってしまったし、この件はコレで終わりさ」

 

ふむ、一見平気そうに話しているように見えるが……。

 

「宙……いやバリオさん。その手……無理しなくても良いッスよ」

 

「――ッ!」

 

 宙尉は動揺して慌てるように手を隠した。俺が指摘した彼の手は指先が白くなるほど爪が食い込んで、そこから血が流れるくらいに強く握りしめられていた。

 

 よほど悔しかったんだろう。自分にとって敬愛できる上司が殺されて、それなのに国家と法と彼の肩書によって宙佐のかたき討ちすらできない。そりゃ悔しさで苦しくもなるな。カルバライヤの民族性からいって、感情を誤魔化すことは大変だったろうにな。

 

 だけど下手に動けばソレが戦争の引き金になる可能性もある。どうすりゃいいかわからねぇんだろう。バリオ宙尉は仇を討ちたいのだろうが、流石に星間戦争の引き金を引くつもりも勇気もない。俺達みたく好き勝手自由に動けないもんな。宮仕えってのはさ。

 

「……どうすりゃいんだよ。ホントにさ」

 

「やるせないッスねぇ、ホントにさ……。でもまぁ、あとのことは宙尉が決めるしかないッスよ。結局自分が一番満足できるのは自分で決めたことだけなんだから」

 

「俺が、決めるのか……」

 

「0Gドッグなら当然のことだけどね。自己判断と自己責任ってヤツさ」

 

「そうだな。イネスの言う通りだぜ。でもだからこそそれがいいんだよな。ロウズから出たのも俺の自己責任だし」

 

「トーロ。お前さんは居場所ないから俺のフネに乗せてくれって通信してきたじゃないッスか」

 

「そうだっけか? 俺のログにはなにもないな」

 

 ははコヤツめ。

 

 それはともかく宙佐のことは知り合いだっただけに残念だ。原作知識を持ってはいたが何時どのタイミングで宙佐が殺されるのか解らなかったから手を出せなかったしな。干渉するには冷え切った両国間の問題にどっぷり浸かる覚悟が要る訳で……流石に俺もそこまで干渉する勇気はない。

 

 自分を守るので精一杯です。俺はふざけたり遊ぶのも好きだが、星間戦争は“まだ”荷が重いッス。せめて準備を進めてからじゃないとな。そう思っていたのだが、世の中は思った通りに進まないんだよな。

 

***

 

「おおバリオ様ここにいらっしゃいましたか」

 

 さて、項垂れている宙尉を前にどうすべきかと考えていると、突如第3者の声が掛けられた。見れば男性が一人近寄ってくるのが見える。

 

「いやはや、ホテルにおられないから探しましたぞ。実はこたびの件でカルバライヤに協力して貰えたことのお礼をと――まだご滞在は可能ですかな?」

 

「いえ、もう帰る事にしましたトゥキタ氏。それに我々は役に立てなかった。礼はいりません。ご期待に添えなくて申し訳ない」

 

「あなた方は十分に働いてくれました。恩には恩を、礼には礼をするのがネージリンス人の誇りです。ですがそれは無理強いするものでもありません。無理を言ってしまったようで、申し訳ありません」

 

「あ、いや。こちらこそ。なんというかすいません―――あっと、紹介しようユーリ君。この人はトゥキタ・ガリクソン氏。ランバース家に仕えている執事だ」

 

 トゥキタ氏だって? トゥキタ・ガリクソン。セグェン・ランバースに仕える執事で原作において加入できる仲間の一人である。確か執事の見た目通り生活系の技能が高く、ゲーム的にいうなら主計関連のスキルを持っている人だった。下手な船員よりも能力が良いまさしくなんでもそつなくこなすスーパー執事である。

 

 宙尉が説明してきたが、どうもこの人物は誘拐されたキャロ嬢と行動を共にしていたらしい。一緒に誘拐されてないってことは上手く逃げたか何らかの理由で誘拐を免れたのだろう。

 

 そういえば以前この星に寄った時、ネージリンス軍人と保安局との橋渡しみたいなことをしていたな。秘密裏にことを進めていたようだし、ランバース家でもかなり信頼されているってことかしらん?

 

「トゥキタ氏、彼らは……まぁ何ていうかシーバット宙佐の知り合いです。海賊関連で保安局と協力体制を取ったこともある基本的に善良な0Gドッグですね」

 

「基本的に善良って評価、ちょっち酷くないッスか?」

 

「お前さんらが真っ白だったら世は全て事も無しで済むんだがね」

 

「ごもっとも」

 

 断言されて思わず納得してしまったぜ。ちくせう。

 

「おお保安局と知り合いの方々でしたか」

 

「ええ、白鯨艦隊と名乗っとります」

 

「白鯨……! おっとこれは失礼いたしました。ご紹介に預かりました通り、わたくしはトゥキタと申します。お見知りおきを」

 

 白鯨の名に驚いた? 俺達も有名になったのかな? トゥキタ氏はこちらに軽く頭を下げる。その所作は長年にわたり積み上げられたことを感じさせる。ほへー、これが本物の貫禄って奴か。

 

「おうふ。なんともイメージ通り執事さんッスか」

 

「俺初めて見た」

 

「ぼくも」

 

 俺らの稼業的に一番縁がなさそうな職業だもんな。一応アウトローだし俺達。

 

 そんな訳で、本職の方が醸すオーラに圧倒されていたところ、宙尉の持つ小型通信機が鳴りだした。

 

「――俺だ。ああ、ああ。分かったすぐに行く。すまないユーリ君、それとトゥキタ氏。今連絡があって宙佐の遺体がゼーペンストからネージリンスに届けられたらしい」

 

「それは早くいかねばなりませんね。御引止めしてもうしわけありません」

 

「すみません。これにて失礼します。あ、お前らもまたな」

 

「じゃあな宙尉。またどこかで」

 

 そういって去っていく宙尉を俺達は見送った。どこかその足取りがトボトボという風に見えたのは、きっと見間違いじゃねぇな……ま、俺達にはどうしようもないけどな。それにしても結局聞くだけ聞いて全然解決してないっていう、不思議!

 

「……しかし宙佐には本当に申し訳ないことをしてしまいました」

 

 宙尉を見送っていると、トゥキタ氏はそう小さくつぶやいた。

 

「仕方ないです。宙佐がどんな最後だったかも聞いています。その理由も」

 

「まさしく。あの方は我が国とカルバライヤの関係をよくしたいと自ら交渉役を買って出られたのです。立派な方でした」

 

 ふーん、シーバット宙佐が両国の仲をねぇ? あの人は別にネージリンス好きって感じでもなかったし、真相は多分違うんだろう。

 

 打算的に考えれば両国間で戦争起きると治安がマッハでピンチだから、それを回避したかったと見るのが妥当かな。ネージリンスとカルバライヤは仲が非常に悪いのは有名なことだし、それでも国外派遣されたなら……宙佐の苦労は果てしなかっただろうなぁ。

 

 さて、シーバット宙佐が派遣された経緯についてトゥキタ氏からネージリンス側の事情を含んだ補足があった。なんでもトゥキタ氏の話によるとセグェン氏も両国の冷え切った関係に心を痛めており、二国間の関係改善の為に主に経済面で動いていたらしい。

 

 まぁ大企業の長であるセグェン氏からすれば、近隣の一番商売になりそうな国とケンカしていたら市場価値が下がって勿体ないって思ってたのかもな。

 

「その後バハシュールからセグェン様に交流を止める様に脅しが入って来ております。最初からグアッシュ海賊団、そして――その背後にいたバハシュールの目的はソレであったかと」

 

「ボンクラ2世領主の考えることは解らんスね」

 

 これまで集めた数少ないバハシュールの情報を分析する限り、あの道楽2世馬鹿領主が戦争を拡大させることで得られるメリットがあるとは思えんのだが……。

 

「で、ユーリどうするよ? 宙佐の敵討ちとかするの?」

 

「するなら宇宙開拓法の第11条が適用可能だよ。『自治領領主はその宙域の防衛に関し、全ての責を負う』ってやつ。僕らは一応民間人の部類に入るからね」

 

「トーロにイネスよ。ナニ自治領に侵攻する形に話が進んでるんスかねぇ?」

 

「………あの、皆様。出来るならば白鯨の皆様には協力していただけると、こちらとしても助かります」

 

「へ?」

 

 トーロとイネスたちに何か言おうとしたところ、トゥキタ氏がそう告げたことで俺は思わず驚きの声を出した。あれ? あなた原作ではバハシュール領に攻め込むのは危険だとか言ってませんでしたか?

 

「此度の件、解決の為の力となりえそうな方々は官民問わず調べあげリストを作成しております。その際に皆様の名前があったのを存じております。その名声、あなた方でしたら自治領くらい一蹴されるやもしれません」

 

「えー……、俺達どんな評価されてるんスか」

 

「ご存じないのですか? 近年に入ってわずか数カ月の内に0Gランキング上位に食い込み。どこの既存のフネとは違うカスタム船で宇宙を翔け、海賊たちを専門に倒し続ける猛者がそろった正義の艦隊だと言われております」

 

 え、ちょ、正義の艦隊っておま。中二病か!

 

「海賊やゴロツキからは『海賊殺し』『見えない白クジラ』『海賊専門の追剥』『白い悪魔』という二つ名まで付いているくらいです。その力は小国の戦力と同等だとみなされておりますね」

 

 あ、いやー、なんつーか海賊専門の追剥とかは知ってたけど、なんか大分尾ひれが付いて無いか? つーか二つ名の半分が褒めてないのは今更か? 名声値の上昇っていうのは凄いんだな。

 

「どうか皆様。お嬢様の奪還に力をお貸しください! この通りですっ」

 

「ちょっ! 往来でやめてくださいッス!」

 

「やめません! ひきません! 軍も保安局も動けない今、頼れるのは皆様しかおりません! どうか非力なわたくしどもに代わって! どうか! どうかっ!」

 

 やべぇ、紳士が土下座せん勢いで頭下げまくってる。それまでの温和な姿を見ていただけに、この取り乱したようなギャップが、実はかなり追い詰められていることを感じさせた。というかここホテルのロビーだから周囲の眼が痛い! このまま放置とかちょっとできないぞオイ! 

 

「解った! 解りましたから! なんとかやってみますから!」

 

「おお! おお……。愚かなわたくし共の為に、このご恩は決して、ランバース家は決して忘れることなどないでしょう」

 

「大げさッスよ! 出来るかわかんないのに!」

 

 なんとも断りきれない雰囲気に流されて、俺はバハシュール領へと赴くと決めた。そう宣言してしまったので言質まで取られた形である。なんというか、これを狙っていたならランバース家の執事、恐ろしい人……(白目)

 

 

…………………………

 

……………………

 

……………

 

 

 さーて、自治領にケンカ吹っかける羽目になってしまった。頼んできた相手が一般人ならフザケンなド阿呆と一蹴できたが、頼んできたのは大企業セグェン氏に連なる人物である。断ったら何か恐ろしい報復がありそうで怖い。今いる星系もセグェン社の息が掛かった企業が多いから、納入される補修部品とかに工作とかされたくない。被害妄想かもしれないけど、政府と繋がった大企業なんて色んな妄想が膨らむんだよな。

 

 言っちまったのはしょうがないので、クルー達に事情を話してゼーペンスト宙域に向かうと宣言した。反対は……少なかった。どうやらエピタフ関連でいずれは行くと皆には思われていたらしい。精々が今の戦力で戦えるのかという声がある位だ。

 

 それは俺にも解る。自治領とはいえ国は国。規模は大きくても艦隊でしかない俺らが攻め込むというのは大変だろう。もう多分断れないから諦めているが、少し頭と胃袋が痛く感じるのは上に務める人間に付き物なんだろうな。

 

 そんな時、天からの声ともいえる発想が舞い降りた。逆に考えるんだユーリ。これはチャンスだと考えるんだ、と……。

 

 唐突に脳内に紳士が現れたが、どういうことかというと、この先逃げるにしても残るにしてもヤッハバッハ帝国との戦いは避けられない。そこで問題なのが、俺達が今までに経験した戦闘の多くが海賊との戦いが9割であるということである。

 

 つまり正規軍が運用する艦隊と戦った経験が少ないのだ。一応ロウズ自治領の警備も正規軍の組織と言えるがアレは半分腐って海賊に片足突っ込んでたから経験にはならない。そう考えれば今回の一件は正規軍相手の予行演習と取ることもできる。だから無駄にはならないと踏んだのである。

 

 無論、何等か手段を考える必要はあるが、とにかく準備を行わねばならない。明確なタイムリミットは告げられていないが、時間が経てば経つほど要人であるキャロ嬢の身が危うくなることは想像に難くない。評判から得たバハシュールの性格分析によれば享楽に溺れる傾向があるので、あまり悠長に構えてられないだろう。これだからボンクラ自治領二代目ってのはさ……むぅ。

 

「さー、国家相手にケンカ売るんス。どんなことがあるかわからんスから、補給品は何時もの3倍注文しておいてくれッス」

 

『あいよ艦長。任しときな。上手い事ペイロードに収まるようにしてやるよ』

 

「苦労かけてすまねぇッスねアコーさん」

 

『いいよ、こういった刺激が欲しくて0Gに登録したってのもあるしね。どちらにしろ艦長には従うさ。いそがしいから切るよ』

 

 さて、そう言った訳で我等白鯨艦隊は出港準備を急いでいた。なんせ正規軍の、先代領主により設置されたバハシュール領主軍は周囲の自治領と比べると精強であるという。こちらもそんな相手は初めてなので、何がどう転ぶか解らないから、補給品や修理材とかは積めるだけ積み込んでいくことにした。

 

 積み込み作業は港湾ドローンもレンタルして急がせているが、20隻以上いる艦隊なので全部の作業が終わるまで一応4時間はかかる予定である。急ぎたいところではあるが、急いては事を仕損じると古事記にも書かれている。あれ? ことわざだったけ?

 

「――艦長。面会をしたいという方がいらしています」

 

 ―――面会?誰だろうか?

 

「危険人物の可能性は?」

 

「武器の持ち込み、及び過去の犯罪データには該当なしですが、女性です」

 

「(なんか不機嫌そうだなユピ)……そうッスか。ま、危険人物じゃないなら上がってもらっても良いか」

 

「では保安クルーにブリッジへと案内させるようにお願いしておきますね」

 

「ん、まかせた」

 

 多分、稀に来るセールスの商人か何かだろう。通商管理局の無料補給で得られない物品は色んなルートで手に入れるが、こういった行商もそういったルートの一つである。そんな訳で特に気にも留めていなかったのであるが、ブリッジに入ってきた面会希望の人物を見て、俺は思わず叫んでしまっていた。

 

「失礼する「あぁぁぁーーっ!!あんたは!!!」え!」

 

 忘れもしない! あの日、広告を見て応募しただけの純粋な俺を小馬鹿にし、残念賞とばかりにティッシュを渡してきたあの女!

 

「ネルネル・ネルネ!」

 

「ファルネリ・ネルネよ!!って、本当にあなたが白鯨艦隊の指揮官?」

 

「ふん、見てくれはそうは見えないだろうけどねー。ねぇどんな気分? 本当のこと言っていたのに勝手に判断したのってどんな気分?」

 

「うざっ、でもどうやら本当みたいね」

 

 NDKとかやっていたが、冷たく蔑まれただけだった。なんかクセになりそう。

 

「そんでネルネさんがこちらに? 我が艦隊はもうすぐバハシュール領へと出向くんですが?」

 

「トゥキタから聞いたのよ。貴方達がキャロお嬢様の救出に向かうって」

 

 実際はエピタフ遺跡とかその他もろもろの財源確保も含む侵攻なんだけどね。表向きはキャロ嬢の救出って事に主眼を置いておいたっけな。誰しも利益が全くない状態では動きませんわ。勿論ソレはこの場では口に出さないんだけどな!

 

「だから、私も同行させてもらいます」

 

 

………………はぁ!?

 

 

「い、いや! 何でいきなりそうなるんスか!?」

 

「私はキャロお嬢様が小さな頃から知っているのよ。だからどうしてもお嬢様を助けたいの。その為に会長におひまを頂いてきたわ。お願い、あの時の無礼は詫びます。どうか私もクルーとしてキャロお嬢様の救出を手伝わせて!」

 

 凛としていた彼女だが、途中から声を張り上げるかの様に懇願してきた。

 

 ふむん、どうしたものか。あの時に受けた態度は少し腹に据えかねるものがあったしな。しかし頭を下げ続ける彼女の態度は本物とみるべきか? あるいはセグェン社から内情を探る為に送られてきたとみるべきか? 悩むところだな。

 

 しばらく沈黙が流れる。俺もどうしようか決めかねていた。そんな空気を破ったのは意外なことに第三者であるユピであった。

 

「艦長、乗せて上げましょう。私は人間じゃないから、まだよくわからないですけど……だけど、この人。本当に心配しているって感じるんです」

 

 感じる、だと? 統合統括AIってのは凄まじいな。人の感情を感じられるとか、それってもう下手すれば生命体と見なせるんじゃないだろうか?

 

「じー……」

 

「わ、解ったッス。だからその純粋な眼でオイラを見んといてくれッス」

 

 しかしユピよ。そんな純粋な瞳で穢れちまったオイラを見ないでくれぇっ! 俺のガラスのハートがブロークンしちまうぜ!! なんだか負けた気分だけど、ユピならいいかと思う自分がいる。ああ、俺ァもうだめだぁ。

 

「はぁ……。ファルネリさん、貴女の乗艦を許可します。ユピに感謝してくれッス。一応扱いはクルーとして、期間はキャロ嬢が無事に戻るまでで良いッスか?」

 

「ありがとう艦長! こう見えても少しは役に立つつもりよ」

 

「まぁ配属先については後で決めましょう。一時的とはいえようこそネルネさん。我が白鯨艦隊に」

 

「ファルネリでかまわないわ。あと敬語とさんもいらない。キャロお嬢様を救出するまでとはいえ、このフネのクルーとなるのだから」

 

「了解、まぁこのフネを一時の家だと思ってくつろいでくれッス」

 

 こうして、新たな仲間を加えることになった白鯨艦隊は、補給品を詰み終えてポフューラを出港した。この飛び入り参加のような形で一時的な仲間となった彼女は出港後すぐにクルー達に紹介され、他にも補充されたモブクルー達と一緒に歓迎会という名の宴会へと強制参加させられた。後に聞いたところ、この宴会により白鯨の流儀を一晩で理解したと語っていた。

 

 彼女、ルーべやトスカ姐さん程じゃないが酒豪だったのだ。なんでも会長秘書の嗜みらしい。秘書をやる人間はお酒に強いのだろうか? 歓迎会で酔いつぶされた男どもが医務室に搬送されるのを涼しい顔して見てたけどな。酒豪ってよりかはザルか蟒蛇であろう。なんかこの世界の女性って酒に強いのだと、後に改めて思ったのはいうまでもない。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六章 ゼーペンスト侵攻
~何時の間にか無限航路・第32話、ネージリンスinゼーペンスト編~


■ネージリンス編・第32章■

 

「先日は御免なさいね。子ども扱いしちゃって。まさかあなたが本当に自分の艦を持っているなんて思わなかったから……」

 

「いやまぁ、実際若いのは承知してますんで」

 

「そう言ってくれると助かるわ。……おかし、食べる?」

 

「いらんわ! という舌の根も渇かないうちにそれかよっ!?」

 

「それじゃあティッシュあげちゃう。ほんのお詫びよ」

 

「……はぁ……なんか一日で随分と馴染んだッスね」

 

「昨日の飲み会のお蔭で十二分にここの流儀を学んだわ。ああ、そうそう艦長。思い出したんだけどトゥキタからの伝言で惑星リリエに向かってほしいそうよ。何でもネージリンス航宙軍のワレンプス大佐に会ってほしんですって。アポは取ってあるから向かえばいいわよ」

 

 歓迎会から一夜明け、ゼーペンスト宙域へと向かっていた矢先。いきなりやってきたファルネリさんにそんなことを言われた。なぜもっと早く言わなかったとも思ったが考えてみれば彼女が話す前にいきなり歓迎会にもつれ込んだのはこっちである。そりゃいうタイミングが無いわな。

 

 しかしトゥキタ氏がすでにアポイントを入れているのなら、これを無視するというのも色々と後に響きそうだ。幸い航路はまだそれほど進んでいないので、航路を変更すれば目的のある惑星リリエに向かうことが出来る。ホント、もっと早く思い出してくれよ。ブツブツ。

 

 それはさて置き、惑星ポフィーラから出港して一日の座標から針路を変更し、ちょっと巡航速度を上げて本来二日以上かかる行程を半分に短縮させた。惑星リリエに到着してからは、俺はすぐに地上へと降りた。緑いっぱいの惑星であるが、このリリエに見れるものはあまりないしその時間もなかった。

 

 それもその筈で、この星にはネージリンス航宙軍傘下の国境守備隊が駐屯する軍事施設がある。ある意味この星事体が軍の基地みたいなものなので民間人が来ても面白い物はなかった。唯一の利点といえば軍人が多いので、治安を乱すヤツがほぼいないということだろう。

 

 おかげで俺も特に仲間を連れてこなくても問題なく動いて回れる。実際はゼーペンストとの戦いに備えて皆忙しいから、今回の寄り道で比較的暇な俺と付き合える人間がいなかっただけなんだけどな。クソ寂しいじゃねぇけ。

 

 それはさて置き、一人黙々と歩きやってまいりましたは守備隊駐屯地。近づいたところ、そこかしこでうごめく軍人たちからの鋭い視線がこちらに突き刺さってきた。それもこれもカルバライヤとのいざこざで緊縛した状態だからだろうが、ギスギスし過ぎだろうと思う。尻の……もとい肩の力抜けよ。

 

 そう思いつつ駐屯地正面のゲートに回ると目的の人物がいた。地上に降りる際、軌道ステーションから到着の旨を伝えておいたが、まさか会うべき本人が出迎えてくれるとは思わなんだ。相手も此方を見つけたのか被っていたキャプテンハットを外し脇に抱え、こちらに歩み寄ってきた。

 

「君がそうか……、トゥキタ氏から聞いたよ。ゼーペンストに行くらしいな? おっと失礼。わたしはネージリンス航宙軍統合部所属のワレンプス・パルパトール大佐だ。よろしくたのむ」

 

 そういって大佐は握手を求めてきた。こちらもそれに答え、差し出された手を握って返す。軍人だと聞いていたのでもう少しエラそうなのかと思ったが、なんというか思っていたよりも穏やかで礼儀正しい。比較対象がエルメッツァの某野心家なので何とも言えないが……っと。

 

「はじめまして、白鯨艦隊の長を務めさせていただいておりますユーリです。どうぞよろしく」

 

「ああご丁寧に、よろしく」

 

 お互いに礼をする。なんだか意外と腰が低いので久しぶりに日本人を相手にしているような気分になる。まぁ外国人どこか異世界プラス異星人になる訳だが。

 

「しかし、こういっては失礼かもしれないが、随分と若いな。いや若いのが悪い訳ではない。だが若者はあまりこういった件にかかわろうとしないと思っていた」

 

「はは、トゥキタ氏にアレだけ頭下げられてしまうと断れませんでしたよ。ついでに、戦争が起こると(将来の戦力的な意味で)困りますので」

 

「ふむ、わたしは軍人だがそれについては同意するよ」

 

「大佐は戦争がお嫌いで?」

 

「ふふん、ドンパチが始まるとホモ野郎が増えるからな。だがいつの世にも戦争を望む阿呆共はいる。だからといってそれを座視ていたのでは終わりがない」

 

 そういうと大佐は如何にも軍人らしいジョークを交え答えた。なるほど、穏やかで礼儀正しいが、それでいて軍人でもある。なんとも軍人らしくていいじゃないか。

 

「それに我々とカルバライヤは長い間、憎み合い過ぎたよ。知っていたかね? ネージリンスの多くのフネにAIが搭載され自動化されている部分が多いことを……」

 

「公式では技術力の賜物と発表してました、よね?」

 

「カルバライヤとやっていくために少ない人員をさらに割いた結果だ。これでドンパチしようものなら、やがてネージリンスの国民は全部ロボットになるかもしれないな、はは」

 

 いや笑ってるけど笑える話じゃねぇよ。そりゃ戦争回避したいと思うわ。

 

「軍ってのは、実は戦争を回避するために存在する。好きで蜂に刺されようとしたり、毒入りの物を口にしようとする者はいないだろう?」

 

「あー、抑止力の倫理ですね? わかります」

 

「おお知っていたか。その通り、手出しをすれば命取りだと相手に思わせる。実際に戦えば両者共にタダでは済まないが、少なくとも互いに大いに痛手になる。そう思わせることで平和が保たれることもあるんだ」

 

「まぁ現状は相手もそれを見て戦力を増強するから、こっちもさらに戦力を増やしてのいたちごっこッスかねぇ?」

 

「耳の痛い話だがね。実際、わたしは平和を守りたい一心で軍へと入隊したのだ。フフフ、矛盾していると思わないかね?」

 

「されど軍が無ければ平和はなく。難儀なもんッスねぇ」

 

 俺がかつて生きていた日本でも叫ばれた問題だ。結局のところ深い部分で人間ってのは進歩していないから、欲しい物は欲しいと素直に暴力に訴えちゃうアホなのよね。それに対処するのが目には目をなのか非暴力なのか……どれを選んでも人の業は深いってもんだ。

 

 妙に他人事に考えているのは実際根無しの俺達にしたら他人事だから。0Gドッグの考え方は非常に単純だ。やられたらやり返せ。これだけである。ただし方法は一つじゃないと付くけどな。ドンパチにドンパチで返すか、ドンパチに交渉で返すかは自由なのだ。

 

自由で気侭、それが0Gドッグである。そして今の俺は自由ではない。だがまぁ、こういうのも一つの経験なので問題ない。多分な。

 

「そうだ忘れるところだった。ここの宇宙港にある艦載機設計社への紹介状だ。売っているのはエルメッツァの再設計機だが、ゼーペンスト領でも“同じ設計の機体”を卸している。直接動けなくて悪いが、支援出来ないかわりに役立ててくれ」

 

「これは、ありがとうございます?」

 

「うむ、それでは失礼する」

 

「あ、はい。さようなら」

 

 うーん、実のところ独自に機体を開発して何故か元ネタがあるVF-0とかVB-0とかプロトタイプエステバリスやら、それらの派生機まで運用している現状。既存の航宙機に魅力があるかと言われれば微妙だ。あるとするなら既存機ゆえの入手しやすさと量産性と整備性くらいだろう。

 

とはいえ、それは運用する面での話であり、ワレンプス大佐が言葉に込めた意味を考えると、この紹介状は別の意味を帯びてくる。

 

「―――あ、ユピ? 俺だ俺、ユーリッスけど、ちょっと手空きの技術屋ども俺のところ合流させて。うん、できれば航宙機関連に詳しいヤツがいい。頼んだ」

 

 さっそく携帯端末でユピに連絡を入れ、俺はリリエの航宙機設計社に足を運んだ。軍の御膝元の設計社なので大佐の紹介状を見せただけで奥まで通して貰えた。ここで手に入った艦載機の設計図は大まかに二機。設計元がエルメッツァ製の対艦攻撃機LG-0014ディミラと空間戦闘機LF-F-035フィオリアであった。

 

「さーて、必要なデータは入手したッスね。んじゃゼーペンストにのりこめー」

「「わーい^^」」

 

 時間も惜しいので、設計図を入手後は済やかにフネに戻り、ゼーペンスト宙域を目指して出港した。惑星リリエの滞在時間、ざっと3時間である。そのまま巡航速度を来たときと同じく早めにし、大体2日で元いた座標まで戻ってきた後、すぐさま近くのゼーペンスト行きのボイドゲート【ネージリンス・ジャンクションδ】に飛び込んだのだった。

 

おお忙しい忙しい。

 

 

***

 

 

 

―――首都惑星ゼーペンスト

 

 バハシュールの領地の首都星であり、領主の住む館……というか、現領主バハシュールの趣味全開で、宮殿の様にゴテゴテとした装飾が為された悪趣味な城がある星である。それでも主であるバハシュールにとっては御殿であるので、現領主はいつものように自分で選び抜いた美女たちを侍らせ享楽に溺れるような暮らしをしていた。

 

 今日は何をしようか……彼の頭の中はこれで一杯である。

 彼の考えを覗き見れば―――

 

 美女たちと遊ぶ、Non!

 それはほぼ毎日している。

 

 遊びに出掛ける、Non!

 自分の自治領は全て廻ったし、領主が自治領を放り出して他の星に遊びに行くのはプロブレムだよ!

 

 ではよりよく自治領を発展させるために職務を……それこそNon!

 疲れることはストレスになるし、ストレスは健康に悪い、領主はボクしかいないんだから体は大事にしないとNe!

 

 ―――と、実にくだらない思考が見えてくるはずである。

 

 要するに引き籠って遊ぶ以外には何もしていない。そんなので自治領の運営ができるのかだが、先代が残した優秀な官僚たちにより問題なくまわされており、バハシュールのすべきことは実際ほぼなかった。

 

 また気分屋で移り気で多動なバハシュールが混じった方が仕事に集中できず効率の低下を招く。むしろこうして美女や享楽を餌に城に引き籠っていてもらった方が幾分も仕事が楽であった。ただ享楽に費やす予算が年々増え、財政を圧迫しているのが問題ではあったが……。

 

 多くの者はどうしてこのような凡愚が先代領主の後釜だったのかと悩む。後継者を指名する際、先代は何故このような人間を選んだのか理解に苦しんだ。それでも先代に多大な恩と忠義を誓った者たちは先代が決めたことを律儀に守った。

 

 もしかしたら愚図の後継の長子も、いつか先代の如く聡明で人を導ける人物に成長する鳳雛なのかも……そんな淡い期待が常にバハシュールに向けられていたが、本人はどこ吹く風で遊びほうけていた。実際自分より優秀な人間が多く、自分は必要とされない。必要にもされず遊んでいてもいいと放置されれば確実に堕落する。ある意味で怠惰の犠牲者はそんなボンクラ2世領主バハシュール自身だったのかもしれない。

 

 

 さて、そんなバハシュールの部屋に一人の来訪者があった。有事の際に自治領を守護する守備隊。その軍事を治める将軍ヴルゴ・べズンは美女に囲まれたバハシュールの部屋に入るや否や、すぐさま鋭い目で室内を見回した。筋骨隆々で軍人である将軍が放つ威圧感に、バハシュールに媚を売っていたお気に入りの美女たちは不満げにヴルゴを睨み付ける。

 

 だが、男が腰の後ろに身に着けている柳葉刀に似た大型のスークリフブレードの柄に手を置いた途端、しぼんだようにして目をそむけて次々に退室していった。今日何するか考えるのに夢中の2世ボンクラ領主はそのことに気が付かない。

 

「ゴホン。バハシュール様、ご報告したいことがございます」

 

「Nn-、大食い大会ってのも、いや一人じゃ―――Nn?ヴルゴじゃないかよく来たね! ってアレ? 可愛い娘ちゃんたちは?」

 

「彼女らは気を利かせてくれたのでしょう。退室しましたぞ」

 

 そうだったけ? と首を傾げているバハシュールのボンクラ具合に内心溜息を吐きつつも、この自治領の実質的な運営者であるヴルゴは先ほど挙がってきたことを彼に報告した。

 

「Aa-Ha-? 領内に侵入してきた艦隊がいるって? Nn-?なにか問題でも?」

 

「現在我が自治領は領主館に進入した賊のことを鑑みて、警備の強化および自治領内への他星系航海者の入領を制限しております。あなたの指示でそうしている筈ですが?」

 

「そうだったかな? でも、だったらとっとと所属国家に抗議すれば良いじゃないか、ヴルゴ将軍?」

 

 自分で最優先だとドヤ顔で下した命令を忘れている領主に、ヴルゴは一瞬眉を顰めるがバハシュールの見せるふまじめなその態度には特に何も見せず報告を続行する。この領主が普段からコレなのは既に慣れてしまっていた。

 

 もっとも垂れた頬とメタボ気味の体系以外の顔立ちはさすが血族だけあ実に先代に似ている為、もしかしたらという期待の感情が彼が怒髪天を突くことを阻害していた。仮にヴルゴが激怒すれば、ただのボンクラになった目の前の凡愚など、身体から出せる全ての液体をまき散らしながら腰を抜かすだろうに、先代の栄光はそこまで彼の眼を曇らせていた。

 

「それが、その侵入者は所属国家のない0Gドッグ、つまり民間人のようなのです。ですから警戒の為、本国艦隊の出動許可を頂きたいのですが?」

 

「HA-Nn? そんなことしたらココの警備が手薄になるじゃないかぁ」

 

「しかし―――」

 

 言っても馬耳東風なので普段は淡々として終わるいつもの報告と違い、今日のヴルゴはすこし粘ってみせた。ネージリンスに続くボイドゲートを通り、国境警備の為に展開していた少数の警戒艦隊が鎧袖一触で撃破された。その報告を受けた時、先代の頃からこの領の守備隊の前身である艦隊を率いて戦い続けた彼は身体に震えが起きたのを感じた。

 

 今回の不法侵入してきた艦隊に対して、何か運命めいたモノを感じたのだ。

 

 彼が感じた感覚は、いわばただの勘である。だが歴戦の勇士でもあるヴルゴは勘といってもバカにできないことを知っていた。それで危機を回避したことも幾度となく経験している。

 

 此度、進入してきた所属不明の艦隊は海賊などといった有象無象とはわけが違う、それこそこれまでバハシュール自治領が経験したことがない、全てを飲み干す大いなる災いが迫っている。そんな予感がしてならなかった。

 

 しかし、そんなヴルゴの心配をよそに、実戦経験どころか一人で宇宙船すら運転したことがない2世領主バハシュールは適当に合いの手を返していた。

 

「わかったわかった。とりあえず警備の艦隊には気をつけるように指示をだしておくよ。ささ行った、行った」

 

 はやく享楽の生活に戻りたいからか、シッシッとまるで犬猫を追い払うような仕草を取る領主にさすがのヴルゴも少し苛ついた。だが、これも耐えるべきことと自分をコントロールして静かに引き下がることにした。

 

 この時、バハシュールが少しでも思考を美女と享楽から外し、普段と違う粘りを見せた将軍の態度の違いに気が付いていれば、もしくはヴルゴがより自身を開放し、ここで更なる上申を続けていたならば、あるいは彼らの運命も変わっていただろう。

 

「は……。ではこれにて失礼いたします」

 

 だが現実は優しくはない。相変わらずの凡愚であるバハシュールにも、そんな2世領主に慣れてしまっていたヴルゴ将軍にも、女神がほほ笑むことなどありはしなかった。

 

 再び快楽と享楽に興じる自分の領主。ヴルゴはその姿に何処かあきらめにも似た光りを眼にともしつつ、その場を後にした。一体どこで教育を間違えてしまったのだろうかと思うのは今更か。溜息を吐きつつも彼はもしや来るかもしれない自治領の脅威を考えずにはいられなかった。

 

 

***

 

 

―――ゼーペンスト領に入ってから約二日。

 

 現在の俺達はゼーペンスト宙域のボイドゲートに最も近い惑星レイズに寄港後、ステルスを使わず悠々自適にゼーペンスト宙域の航路を進んでいた。敵の領域で惑星に立ち寄れるのかと思ったが、考えてみれば宇宙港は基本的に中立である空間通商管理局が運営している。なので寄港するのだけは容易であった。

 

 ただし、寄港しても補給できるのはあくまで通商管理局が認めた無償補給の範囲内まで。その他嗜好品、専用機器の部品等は地上企業体との取引が必要である為に不可能であった。金にうるさい地上企業も流石に領主裏切るような真似はしないらしい。大量に専用部品や材料を積みこんできて正解であったと言える。

 

 余談であるが惑星レイズに降りた際、地上で何やら病気が蔓延していたらしく、それを聞いた医務室のサド先生が酒飲んでる場合じゃねェとか言いつつも酒瓶片手に地上の医療官と連絡と勝手に取り、医薬品を分けてしまったので500Gほどの金が飛んでしまった。

 

 標的は領主であるバハシュールと行く手を阻む者だけなので、地上の民に危害を加える気はない。とはいえ、せめて医薬品を勝手に分け与えるのはやめてほしかった。俺が艦長でなければサド先生の首が物理的に飛んでいてもおかしくなかったんだぞ。病気で苦しんでいる人達が助けを求めていたと先に言ってくれれば俺だって考えもするってのよ。

 

 こういった面で許してしまうあたり、俺は他の現実主義で利己的な0Gドッグに比べると甘いとトスカ姐さんやイネス等から言われてしまった。でも人助けは悪いことじゃねぇよな。こういう気まぐれもまた俺であるので致し方ないのだ。そんな訳で予定外に医薬品を消耗したが、あくまで病気用の医薬品なので多分戦闘においては支障ないだろう。多分。

 

「艦長~、レーダーのロングレンジに感あり~、巡洋艦クラス3~」

 

「向こう気づいてるッス?」

 

「こっちの方がレーダーレンジ広いし、反応がないからまだみたいー。というかこっちが向こうの艦隊の後ろ取ってる感じよ~。進路もほぼ同じー」

 

「哨戒の帰りか何かだろうね。エコー、一応見つけた敵艦隊をマークしておきな。向こうが気づけば先制攻撃かましてドンパチだ。これでいいんだよなユーリ?」

 

「OKッス。徐々に外堀から潰しましょうってね」

 

 さて、どうやら近くを敵艦隊が通過しているらしい。現在、敵戦力を釣り出す為に、あえてステルスモードを切って航行している。電子戦闘(EC)も今日のところはお役御免で休憩中。後でぞんぶんに使うだろうが、今は敵の戦力がどれくらいの練度があるのか知る為、あえてこうしていた。

 

「リーフ、敵艦隊と距離を詰めてくれッス。ストールは何時でも砲撃できるように。ユピも他の艦の操作頼むッスよ」

 

「「「アイアイサー」」」

 

「さて、どれくらいで気が付くかね。どう思うユーリ?」

 

「隠れ蓑はしてないから、しっかり訓練しているならすぐにでも気が付くッスよ。反転して攻撃してくるなら守備隊、そのまま逃げればよく訓練された守備隊ッス」

 

「ああ。気が付いてすぐに逃げれば、敵さんは自分らの力量を知っているってことになる。そういうのは手強いよ」

 

 そう呟くトスカ姐さんに俺も同意した。さて、どれくらいで気が付くかな?

 

「―――……ぬ! 敵艦が増速しました~!」

 

「ミドリさん。敵さんの索敵範囲は?」

 

「およそ16000、当艦の基本索敵範囲の7割程度です艦長」

 

 ふむ、小マゼランの巡洋艦の索敵範囲標準が12000~13000位であるところを見ると1000も大きい。いい索敵装置を積んでいるな。そういえば事前情報でバハシュール領の艦船や装備はネージリンス製が多いと聞いた。ネージリンスの特色として艦載機を運用する為、艦隊の対艦性能を補うべくいいレーダーを積んでいるのが多いらしい。なるほど、ピケットや哨戒には最適って訳だ。

 

「逃げたね。練度は高いみたいだ」

 

「こりゃ手強いッスね」

 

「―――ん~?あら~?これって~~あーやっぱりそうだ~~。艦長~ここからかなり遠いけど誰かが戦闘しているわ~。さっきの艦隊もそこに向かってるわぁー」

 

「……あれ? 敵さんが増速したのって」

 

「こっちを見つけた訳じゃなかったのかもしれないね。どうする?」

 

 トスカ姐さんが聞いてくる。ここでのどうするは戦力調査を続けるか否かだ。うーむ、今のままでは敵さんがこっちを発見したからかどうなのか判断がつかないな。

 

「うーん、判断が付かないし、このまま前進ッス」

 

「ドンパチになるけどいいのかい?」

 

「まぁもとよりドンパチは予想されてたし、それよりも今はどれだけの索敵範囲か、それと戦闘の練度も知れるいいチャンスだと思うことにしたッス」

 

「だそうだ。各員警戒態勢だ。進路このまま。進むよ」

 

「「「アイアイサー」」」

 

 まだ調査が足りないと踏んだ為、このままの速度で進行する。敵さんの練度および索敵能力が解れば、その分ステルスモード使用時の効果も上がるってもんだ。上手くいけば敵の警戒網を掻い潜り、本星にダイレクトでスニークアタックかけることも可能になるかもしれない。そうなれば楽なもんだ。基本的に領主どうにかすれば何とかなるからな。

 

「そういえば、誰がこの先で戦闘してんスかね?」

 

「ううん~、センサーの感からして、かなり大きいの~」

 

 遠いから何処の誰だかは解らないけど~、とはエコーの談。大きい反応ってことは大型艦か、戦艦を持った海賊か何かだろうか? もしそうなら、そいつらも撃滅しておく必要がある。このまま対応を守備隊に任せて通り過ぎてもいいが、万が一海賊が残った場合、背後から撃たれたらかなわん。

 

AEW(早期警戒機)を呼び戻せ。代わりにいつでも戦闘できるように艦載機の各隊の待機を続行ッス」

 

「了解。命令を伝達します」

 

 偶々自治領に迷い込んだ海賊の可能性もあるが、まぁ近づけば解る。そう考えた俺はセンサーで精密探査できる距離に艦隊を近寄らせた。まだ大分遠いがウチのセンサーならまだアウトレンジで探査可能であったからである。んで、近づいて見えてきたのは。

 

「この反応―――艦長~、先の敵艦隊の反応が戦闘宙域に入った途端いっぺんで消滅~」

 

 間延びしたエコーの言葉だが消滅とは穏やかでない。3隻とはいえ巡洋艦クラス3隻を瞬時に破壊するとはかなり強大な何かがいるという事になる。どうやらこの先の戦闘はかなり大事のようだ。こりゃ調査とか言ってる場合じゃないか? いったい何が起きているんだ?

 

「代わりに新たな感あり~、解析はミドリにまかせるわぁ~」

 

「データ解析……艦長、エリエロンドに挑戦していた、あの軽巡洋艦です」

 

「あー、サマラさんに無謀にも一隻で突っ込んで玉砕したアレか」

 

「ユーリ、玉砕していたらここにはいないよ?」

 

 いやだって、考えも無しに突っ込む馬鹿の乗艦が確か大マゼラン製の軽巡洋艦で艦種はラーヴィチェ級というヤツだったし。それにしてもヤツは一体なにと戦っているんだろう? サマラ海賊団は現在活動を一時停止しているから、エリエロンドも巧妙に隠されている筈で、おまけにこの宙域にはいない筈。

 

「もう片方は―――データ照合完了、艦種……ッ!?」

 

「報告はしっかりしな。アンタらしくもないミスだよミドリ。どうしたんだ?」

 

「す、すみません。艦種識別終了。グランヘイム級です」

 

「「「「え?」」」」

 

 ミドリの報告に、ブリッジの空気が凍りつく。

 

「え? ちょっ? マジッスか?」

 

「まちがいありません。この距離でエネルギー探知機の計器を振り切る出力を出せるフネは、グランヘイム級しかありえません」

 

「なんてこったい/(^0^)\」

 

 思わず頭を抱えた俺は悪くない。というか、異口同音で皆の心が一つになった。何故皆で頭を抱えたかといえば、ソレは目の前で交戦している内の片割れがヤバいヤツだったからだ。

 

 大海賊ヴァランタイン。サマラ様と同じく大海賊だが、その恐怖の名声はサマラ様の比ではないマゼラン銀河で恐れられている男だ。その恐ろしさときたら、悪い子に悪戯が過ぎるとヴァランタインが来て攫ってしまうと脅し文句に使われるくらいメジャーな悪の総領として銀河規模に有名な海賊なのである。

 

 俺も原作ゲームで知っていた敵ではあるが、こっちに来てから更にヤバいヤツだと思うようになった。暇な時間に色々とこの世界での情報を集め読んでいたが、原作以上にヴァランタインは立ちふさがる者に容赦がない。

 

 どういった経緯があったのかは不明だが、彼は乗艦であるグランヘイム級というオリジナルの戦艦一隻で、いくつもの軍を壊滅させ、いくつもの星々を砲火の中に消し去ったという生けるレジェンドとして有名であったのだ。

 

 特にその行動倫理が謎とされ、いくつもの考察掲示板が建てられる程であるようだ。彼が銀河をあっちこっち巡って周り、何かをしていることしか判明していない。それを邪魔するものは強大な力でもって薙ぎ払う為、常にランキングの頂点に君臨している。

 

 とにもかくにもマゼラン銀河におけるナマハゲのような存在であり、出会ったら最後抵抗は無意味だから絶対反抗するなといわれている。だからかブリッジクルー達の士気が目に見えて低下しているのが解る。俺も各種逸話をこの世界に来て知ったからか、彼らほどではないがヤル気がドンドン低下していた。これは仮に、万が一、万に一つでも、砂粒の欠片並みの確率で、戦闘に入ったら苦労するだろうな。

 

 そんなバケモノ相手に、何を血迷うたか件の軽巡洋艦。なんと針路を塞ぐように横っ腹をヴァランタインの乗艦グランヘイムに晒しているではありませんか。艦隊戦でいうならT字戦というやつだろう。無論Tの一が軽巡で、lがグランヘイムである。その全長の4倍はあろうかというグランヘイム級を相手取るのは、軽巡では些かどころか荷が重すぎだろう。

 

「……あれは自殺志願者なんスかね?」

 

 俺が無意識で溢したことに誰も返事はしなかったが、心の内は同じらしく首をウンウンと振っていた。タダでさえ銀河最高のフネと名高い戦艦にカスタム艦とはいえ軽巡洋艦が一隻で勝てる訳がねぇ。

 

 第一グランヘイム級の火力が違いすぎる。グランヘイム級はかつての弩級戦艦を彷彿とさせる形状をしており、前に真っ直ぐ長い艦首と、その軸線の円環に対角線上に四角くなるよう配置された4基のサブエンジンがある後尾が箒のように若干膨れて見える以外は流れるような形状をしている。

 

 武装も見える範囲で凶悪で、艦体中央部に軸線の円環に沿って、上甲板を頂点にする三角形になるよう配置された三連装砲が虚空を睨み、そのすぐ斜め後ろにも同じような配置で計4基の副砲と思わしき単装砲が配置されいる。

 

 それらの背後にはまるでドラゴンの面のようなブリッジタワーが聳え、タワーがある艦体を挟むようにあるサブエンジンの上には、単装砲ではあるが主砲と同口径と思わしき砲が4基、これまた軸線の円環に沿って四角く配置されていた。

 

 これだけでも砲門数だけで15門の砲門があるが、それに加え多数の対空クラスターやミサイル発射管も見え、それこそ剣山の如き武装の山である。だがグランヘイムを更に凶悪かつ、宇宙最高の攻撃力があると言わしめる武装が艦首に存在する。

 

 艦首軸線砲、すなわち波○砲のように配置された特別な大口径砲。データが正しいなら、それは反重力を用いた軸線反重力砲『ハイストリーム・ブラスター』と呼ばれる、必殺の超兵器が搭載されているのだ。もうこれだけで主人公のフネとか言っても納得できそうな装備具合である。俺なら尻尾巻いて逃げるぞマジで。

 

 あ、とか言ってる間に、軽巡が後部単装主砲×4と前部三連装主砲×3の一斉射撃喰らってら。副砲と思わしき砲は速射砲らしく、主砲が冷却かチャージしている間バカスカ連射してる。一人無敵艦隊とでも呼ばれそうな弾幕でレーザーの砲弾が次々と軽巡を“掠め”て木端のようにフネを揺らしていた。

 

「あれでよく沈まねぇな」

 

「大海賊が戯れているんだろう」

 

「戯れで轟沈の危機って――あ、軽巡の攻撃がまぐれ当たりッス」

 

 やけくそ気味にも見える反撃一撃が軽巡から放たれたが、グランヘイムはそれを避けようとせずに悠々と待ち構えていた。レーザー砲弾がグランヘイムの装甲板に命中するがしかし、まるで砂でも撒いたかのように細かな粒子となって霧散してしまった。

 

 あとには無傷のグランヘイムが堂々たる姿で君臨している。やけくそとはいえ、命中した攻撃が全く効いていないのを見せつけられた、あの軽巡の乗組員の心境はいかほどだろう。少なくとも俺が軽巡の艦長なら心が圧し折れるな。

 

「ふーむ、今の攻撃を観測してグランヘイム級の装甲強度を計算してみたが、科学班からしてみて凄まじいの一言に尽きるな。どう思うケセイヤ?」

 

『技術屋としては一度でいいから分解してみたいね。逆にこっちがダークマターまで分解されるだろうけどよ。なはは』

 

 そしてウチのマッド共はぶれない。怖いもんないんかい。

 

「どうするよユーリ?助けるかい?」

 

「いや、助けるって……言われてもねぇ?」

 

 下手すれば三つ巴でグランヘイム残して全滅だろう。このまま静観すべきか、いや海賊は消毒だーっ!と色々かなぐり捨てて立ち向かうか。

 

―――どうしたもんかと俺が考えを巡らせようとしたその時であった。

 

「グランヘイムの主砲に高エネルギー反応。第二射の兆候を捉え――っ! 艦長。グランヘイムの主砲に動きあり、上甲板の三連装主砲の一基がこちらに向いています」

 

「ふひぃっ!?」

 

 ミドリさんの報告に思わず飛び上がる。それってつまり大海賊にロックオンされているってことじゃねぇか! こちとら見ていただけなのに何でだぁぁぁっ! あれか? 目についたからとりあえず撃ってみようってか?! そういうのやめてよッ!

 

「TACマニューバ、緊急ランダム回避いそげッ! ユピッ! リーフッ!」

 

「はいっ!」

 

「がってんだ!!」

 

 大慌てで艦と艦隊の運行を司る二人を見た。二人とも頷いて返事をするとユピが無人艦を退避させるべく、リーフがユピテルに回避運動を取らせるべく、それぞれに動いた。

 

 全周囲索敵の為に俺達の艦隊は輪形陣を取っていたのだが、ユピの指令を受け無人艦たちが寸分違わぬ動作で回避行動に入る。駆逐艦や巡洋艦達は戦艦に比べ挙動が軽いのですぐに艦同士の間が開いて行った。

 

 しかし、問題は巡洋艦たちに比べて鈍足のユピテルだ。彼女も全身に装備された核パルスモーターを限界まで回して射線から逃れようとしていたが、通常よりも大型ゆえに他の艦に比べて初動が鈍かった。ズィガーゴ級ユピテルは他の艦よりも全幅と全高が長い。その所為か中々グランヘイムの主砲の射線から逃れることが出来なかった。

 

 ズゴゴゴゴッと艦体の軋む音とフネを揺らす振動が増す、リーフが核パルスモーターをオーバーロードさせたのだろう。後で修理が必要になるぞ、コンニャロめ!

 

「グランヘイムのエネルギー量、さらに増大。予測される次弾発射まで5、4、―――」

 

 元々、主砲の発射態勢だったグランヘイム。それに対してこちらは緊急回避する以外に打つ手がない。発射までの秒読みがまるで死神の鎌のようである。その秒読みの最中に突如として体が横に引っ張られる感じを受けた。

 

 爆発寸前までオーバーロードさせた核パルスモーターの力で、緊急回避による加速が艦内の慣性制御機構の許容限界を超えたのだ。俺を含めブリッジクルー全員が自分の席のアームレストを強く握りしめる。そうしないと振り落とされてしまいそうだった。

 

「―――3、2、1 攻撃、来ます」

 

 次の瞬間、銀河で一番強いとされる大海賊の戦艦から、極光が瞬いた。

 

「グおっ!?」

 

 地震もかくやの激震が俺達に襲いかかった! グランヘイムの三連装主砲から三条の光線が放たれ、白鯨艦隊の中央を突き抜けて行く。ユピテルの右舷側を通過したエネルギー弾から粒子爆発にも似た衝撃波が起こり、APFシールドごと艦を揺らしていった。

 

 こ、こんな攻撃をあの軽巡は受けていたというのか!? アームレストを握りしめて踏ん張っていなければイスから投げ出されていたぞ?!。

 

「くそったれ、損害報告ッ!」

 

「至近弾、右舷側APFシールド展開率が若干低下しましたが機能は正常です」

 

「艦長、先の攻撃の影響でS級駆逐艦の6番の航法システム、およびKS級巡洋艦の2番のスラスター制御システムに異常発生しました。自動修理機構が作動していますが、運動性能が極度に低下。後退させ一時戦列を離れさせますよ?」

 

「Ou……」

 

 掠っただけでこれかい……さすが宇宙最強は伊達じゃないってか? 

 

「エコー、グランヘイムは?」

 

「えーとぉ……グランヘイム、後退していきますー」

 

「うっとおしくなっただけだろうが、なんにせよ助かった」

 

「見逃してもらえたってことッスか」

 

 思わず強く握りしめていたままのアームレストを離した俺は、そのまま自分の席に倒れ込んだ。なんという迷惑な連中だ。気まぐれでフネ壊されたらたまったもんじゃ無い。かといってケンカ売る必要もないし、というかケンカしたくないのが本音だ。

 

 巷に流れるヴァランタイン評判によると、あれは立ちふさがる者に容赦ない上に、一方的に戯れる気質があるのは先程の軽巡との戦闘を見れば一目でわかる。万が一戦いになれば、こちらの手札を全部ぶっち切る羽目になるのは御免だ。全てを失う覚悟がある者こそ真の強者よ、と言うが……俺はまだそんな覚悟ありませーん、ってね。

 

「……おや? まーた軽巡洋艦から通信スか?」

 

 あいつ初遭遇の時もこっちに連絡してきたが……でたくねぇな。

 

「無視しちゃだめッスかね?」

 

「それが通信回線に強引に割り込もうと先ほどから猛烈なコールが続いています。正直うざったいので出てください艦長」

 

「あ、はい」

 

 あー、これは多分“一言”もの申したいんだろうな。でもいつも冷静沈着なミドリさんの額に怒りマークを造らせるとはやりおる。ま、割り込むつもりなど毛頭なかったが、結果的に軽巡のバウンティの邪魔したことになるわけだし……。通信を無視してもいいが、どうも血の気が多そうだし変に仕掛けてこられても面倒だ。仕方ない通信に出よう。

 

さて、ケセイヤ製の耳栓を準備しましてっと……さーこい。

 

『オイィィィイイイッ!! テメェら何を邪魔してくれてんだっっっ!!!!! ―――ってまたお前たちか!!』

 

 おうふ……耳栓を用意してたのに耳がイテェ。

 

『あん?人が話してる時に何うずくまってやがる?』

 

「何でも無い。こちら白鯨艦隊のユーリだ」

 

 顔をあげホロモニターに眼をやると、そこには腰まである紅い鉢巻を巻いた青年が映っていた。不敵そうな面をした若者である。パッと見の印象は怖いもの知らずかな。

 

「それにしても随分とヤラれたみたいだな。軽巡一隻でとかむちゃくちゃだ」

 

『ぬぁんだとぉ!? わかった様な口きいてくれるじゃねぇかっ!! お前にヤツと戦ったことがあるとでも言うのかよ!』

 

「手を出すも出さないも、さっき飛んできた流れ弾だけで、こちらが勝てないと思わされたよ」

 

 ホントは流れ弾じゃなく微妙に狙っていたようだが、説明が面倒なのであえて言わないでおく。ヴァランタインの思惑が解らんし憶測でモノを言っても意味がない。第一流れ弾ってのもあながち間違いじゃないしな。

 

『―――チッ、次は俺の邪魔≪ドーン!≫――なっ!?どうした?』

 

 あやや? なんか決め台詞の途中、通信回線の向うで爆発音が聞こえたんだが?

 

『若! 不味いです! さっきの戦闘でかなりやられてしまって!!』

 

『あん? だったらすぐ修理すればいいじゃねぇか!最近だらしねぇな』

 

「どうかしたのか? なんかトラブルっぽいが?」

 

『テメェにゃ関係――『あ!そこの方!おねがいです助けてくださいっっっ!』――あ、こんにゃろ!! なに勝手なことしてんだ! 命令違反で宇宙に放り出すぞ!!』

 

 俺に悪態を突こうとした青年艦長を押しのけて、副官らしき男が割り込んできた。 かなり切羽詰っていたようだったので俺は頷いて見せ続きを促す。青年艦長が力づくで画面端に抑えようとしているのを押し返しながら、副官(?)と思わしき人物は一気に安堵の表情を浮かべた。

 

『よ、よかったぁ~、実は先の戦闘でオキシジェン・ジェネレーターが破壊されまして酸素がピンチでしてね。それと装甲板の修理素材も底を付いていまして……そのう、できれば融通できませんか?』

 

『な! テメェ! この間ちゃんと補給しとけって言ったじゃねぇか!』

 

『その補給量を上回る形で戦闘ばっかりしたのは誰ですか! さっきだって向うが後退してくれなかったらどうなっていたか!』

 

『チゲェぞ? 後退していったじゃなくて後退させたんだ。流石は俺、最強の宇宙の男だぜ』

 

『若ァ………』

 

「………ワオ」

 

 青年艦長の主張に俺は開いた口が閉じられなくなりそうだった。あれ? 何でだろう? 凄く眼がしらまで熱くなってきたぞ? なんかアホの子が目の前に居るよ? 青年の主張にとなりの副官さんが煤けてるぜ。

 

「あー、まぁモノによっては無料とまではいかないが応急修理くらいなら」

 

『施しは――『本当ですか!? あ、ありがたい!』―――っっっ! だから、テメェは回線に割り込むな!』

 

「イヤまぁ、とりあえず君は自分のフネをよく見てから考えた方がいいと思うッスよ。殻が向かれたエビみたいになってるッス」

 

 正直、聞く耳持ってないので遠慮なくボヤイてみせた。案の定俺のボヤキは聞かれていなかったらしく、青年艦長殿は今、副官を締め上げるのに忙しい。

 

 実際、彼のフネは何で撃沈されて無いのか不思議なくらいの状態で航行していた。装甲板は到る所がそげ落ち、内部機構が露出している個所も見受けられる。殻が向かれたエビと称したが、どちらかといえばスケルトンの方があっているかしらん。

 

 また、武装という武装は破壊されるかひんまがっており、とてもじゃないが継戦は不可能だろう。海賊のフネ、あるいはこの宙域の警備隊に遭遇すればなすすべもあるまい。それに一番拙いのは、外から見て解るくらいに空気漏れが発生していることだ。EVAと思わしき人間がパテを片手に穴を塞ぐ作業を行っているが損傷個所が多すぎて追いついていない。 

 

 先の通信ではオキシジェン・ジェネレーターという宇宙船の空気を生成する生命維持の根幹システムが破壊されていると副官が言っていた。あそこまで激しく空気漏れを起こしていると、クルーの人数にもよるが長くは持たないだろう。流石にそれを理解していて見捨てるのは目覚めが悪くなるぜ。

 

 実際、俺たちも主機関が珪素生命によってスクラムした時、偶然通りかかったフネに乗り合わせていたルーベに助けられたしな。ま、これも縁だし船乗りとして助け合いの精神は大事だろう。情けは人の為ならず、周り巡って何か縁があればよし。無くても救援したという満足感があれば、まあ悪いもんじゃないしな。

 

「それと航海者の最低限のマナーとして船乗り同士で助け合うのは当然のことだぞ。現にヤバいだろう? ココから一番近い惑星までは飛ばしてもおよそ1日掛かる。見た所エンジンも損傷しているそちらのフネが辿りつけるのか?」

 

『……グッ』

 

「解っては貰えたみたいだな。すぐに艦を寄せるぞ?」

 

『あ、ありがとうございます! 本当に助かります!』

 

『ケッ! ケェーッッ! かってにしろい!』

 

「安心しろ、その予定だ」

 

 まったく、ここまで突っ張られるとむしろ清々しいな。副官さんはもう首が取れそうなくらいにブンブンと頭下げてるし……苦労してそうだなぁ。

 

「―――ってな訳で見ていた通りッス。勝手に決めて申し訳ないが流石に見捨てるのもどうかと」

 

「みなまで言わなくてもいいよ。皆、船乗りで0Gドッグだからね。さーて皆は聞いてたね? アバリスの工廠艦としての力を存分に振るうことになるだろうから準備しな」

 

『こちら格納庫、ケセイヤ了解だ。手透きの整備班は全部向かわせる。俺が行き次第アバリスのクレーンアームを作動させるぜ』

 

「科学班からも人員を出そう。序に調査してもよろしいか?」

 

「許可するッス。あらいざらい全部ッス。意味は解るッスね?」

 

「ああ、“あくまでも”損傷具合の調査だからな。“詳しく調べないと”どれくらいの応急修理がいるか解らないからな」

 

 サナダさんはそういってニヒルに笑って見せる。むろん俺も同じ笑みをしていることだろう。

 

「ほう、損傷具合の調査ついでにグランヘイムの持つ艤装がどれだけ威力があるのか調査するのかい? えげつないことで」

 

「んふふ、応急修理にデータが必要なのは事実ッスよ? その結果、偶然グランヘイムの力の一端を知るだけッス。こんなことをする男は嫌いですか?」

 

 そうトスカ姐さんに尋ねる。

すると彼女は口角を釣り上げて笑みになり、こう言った。

 

「むしろ惚れ惚れするね。流石の艦長殿」

 

 

…………………………

 

……………………

 

……………

 

 

 こうして、色んな思惑を孕みつつも、とりあえず俺達はギリアスと名乗った青年艦長のフネを救援する為に動き出すことになった。

 

 まずはかのフネを取り囲むように艦隊を動かし、空間輪形陣、あるいは球状輪形陣と呼ばれる三次元の宇宙空間ならではの陣形に移行させた。これらの陣形は周囲索敵を容易にするものである。俺達はこの宙域では既に警備の艦隊を敵に回しており、それらの早期発見を可能とする陣形を取るのは当たり前だった。

 

 またグランヘイムが去ったと思われる方向にも無人のAEWを飛ばしており、万が一に備えた早期警戒も行わせた。何かの気紛れで戻ってこられたら作業中は動けないので的にしかならない。早めに見つけられれば最悪ギリアスのフネを見捨てて逃げられるようにしておくのだ。酷いようだが、これもまた厳しい宇宙で生き延びる方法だった。

 

 周辺索敵を強化する指示を出したおかげで、索敵班を統括するエコーなどが休めなーいと悲鳴を挙げていたが知らんがな。これも仕事だと諦めてくれい。

 

 

 さて、グランヘイム相手に命を懸けて奮闘し、それによって傷ついたラーヴィチェG級改装型、軽巡洋艦『バウンゼィ』。そのフネの持ち主で艦長である青年のギリアスは非常にプライドが高いらしかった。彼は救援されるのを快く思わなかったようで、ある意味強引に救援を行うことを決めてから更にヘソを曲げたらしく、必要な連絡事項の確認の間も終始不機嫌であった。

 

 一応こちらは救援する立場である為、そんな彼の態度は少々腹に据えかねるものがあった。とはいえ救援すると決めたのを、その程度のことで放り出すのも、これまた大人げない。

 

 幸い、ギリアスの副官さんが心底丁寧であり、礼節を損なわない対応をしてくれていた。こちらとしてもそういう方が望ましい為、重要でない事項は副官を通すようにしたことで色々とスムーズに進むようになった。無論ギリアスの眉間に更に皺が寄ったのは言うまでもない。

 

 

 細かなやり取りの後、まずは工廠戦艦アバリスがバウンゼィに接舷した。アバリスには彼女の全長の半分はあるクレーンアームが存在し、補修などの作業で活躍する。アームが伸ばされるのと同時に作業用重機であるVE-0ラバーキン達が彼女の腹の中から発進していった。様々な作業用大型工具を装備したラバーキン達は、バウンゼィに取り付いて、それぞれが様々な作業を行っていった。

 

 各部損傷個所の確認の後、攻撃を受け穴が開いた装甲板を切り離し、切り離した装甲板に合わせたサイズの鋼板を取り付け溶接した。これにより一番の問題であった空気漏れが一先ず落ち着きを取り戻した。少なくとも穴の開いた風船から、湯気が少し噴出した鍋程度におさまった。

 

 また切り離す必要はないがそれでも細かな穴が開いた箇所には、瞬間凝固する特殊なパテを吹き付けて、とりあえず穴を塞いで対処していった。軽巡洋艦とはいえ一々この程度の損傷で装甲板を張り替えて行ったら時間も資材も足りない。応急処置ならこの程度で十分であった。

 

 そして、この間ラバーキンおよび救援で貸し出した修理ドロイド達の記録装置は最大で稼働していた。後でデータ解析に回すためである。バウンゼィの性能は勿論、そのバウンゼィを攻撃したグランヘイムの兵装がどれほどのものなのか、ある意味値千金の価値がある生の情報が手に入るとあって、サナダさん率いる科学班は大賑わいであった。

 

「艦長、あのフネの副官さんからの補給して欲しいモノのリストが届きました。序に有償でも必要な物に関しては前金としてクレジットを渡すそうです」

 

「ん、あんがとユピ」

 

 ホロモニターの新たなウィンドウが開き、艦長席の傍に浮遊する。それに目を通しながら俺は成る程と思った。グランヘイムの攻撃は例え向こうが戯れであったとしても凄まじい物があり、バイタルパートからは慣れてはいたが直撃を受けた部分の内部機構は破壊されてしまっていた。

 

 その際、近辺に置かれていた物品の多くは、漏れ出した高エネルギー状態のインフラトン過粒子により多くが燃やされ灰となり、フネに開いた穴から虚空の宇宙空間へと排出されてしまっている。空気も吸い出された為、火災が広がらなかったのは僥倖だったのだろう。

 

 だが、どうやら補給してほしいリストを見る限り、これは先の攻撃だけで消耗したのではないことがわかる。恐らくここまであまり宇宙島に立ち寄らず、補給をすることなく進んできたのだろう。バウンゼィの生活班が優秀なのか、運が良かったのか、本当にどれだけ戦闘を重ねればコレだけ消耗するのかってくらいの量を請求してきていた。

 

 こんな些細なことでも、あちらさんの性格やフネの状態が大よそ読み取れてくる。特に眼を引いたのは医薬品の量だ。病気云々は殆どないが、多くが外傷薬といった部類の代物で他にも医療器具なりなんなりがレンタル可能かまで書かれている。

 

「ふむん。ユピ、ちょっといい?」

 

「はい艦長。なんですか?」

 

「向うに通信入れて?」

 

「了解です。ハイ、つながりました」

 

「ありがと」

 

 ちょいと聞きたいことが出来たので、俺はバウンゼィに通信を繋げた。無論あの青年艦長に聞くのは恐らく時間の無駄なので、庶務を統括していそうな人物にまずは通信する。その人物は相変わらずオドオドとした感じで通信に出た。

 

『あ、はぁ、なんでしょう?』

 

「補給品のリストに眼を通したのだが――」

 

『ああ!やはり要求が多すぎましたか!?』

 

「いや、ウチのフネは過分に持ち歩いていたんで問題はない」

 

 幾らなんでもオドオドし過ぎだろう。流石にこっちも引くぞ? そう思わざるを得ない程にかのフネの副官さんは気をまわしすぎであった。もう少しフランクにいこうぜ兄弟。

 

「それよりもこの医療物資に請求量。もしかしてかなりの怪我人が出ているので?」

 

『――ッ! お察しの通りです。若……もとい艦長に口止めされていたのですが、先の戦闘でかなりのクルーがやられました。死んだ者は少ないのが幸いですが、艦を動かすのには心もとないのが実状です』

 

「ふむ、なら我が艦の医療班も派遣しよう。助けておいて途中で力尽きて漂流されても後味が悪いので」

 

『それは―――いえ、かさねがさね申し訳ありません』

 

 そう言って副官さんは俺にペコリと頭を下げた。何か言いたげであったが、ここまでしている以上、何か言うのは文句を言うようで気が引けたと見るべきか。まぁこっちとしてはグランヘイムの攻撃により、内部の傷病人がどんな具合かデータが取れるのである意味とってもゲスイ真似してるんですけどね。

 

「自由奔放艦長と真面目な副官か……。うん、胃薬をリストに加えておいてやろう」

 

 この通信の後、事体は特に何も起こらず順調に進んだ。予想されていたゼーペンストの守備隊も出現せず、またグランヘイムも戻る気配はなく作業開始からおよそ4時間で大よその応急修理と補給が終わった。厳戒態勢を引いていた為ある意味拍子抜けであるが、こまけぇこたぁいいんだよ。

 

 とりあえず、これでバウンゼィは動かすことができるだろう。もっとも時間を掛けない応急修理なので、これで戦闘になれば確実に沈むこと請け合いであるが、まぁ流石の青年艦長ギリアスもそこまで馬鹿ではあるまい。乗組員と自分の命が掛かっているんだからな。

 

「艦長。応急修理の全行程が終了しました。バウンゼィの副官さんから謝礼を申し上げたいと面会の希望が来ております」

 

「あー、頂けるものは頂いておく。ってことでミドリさんや、彼らを……そうっスね。食堂にでも案内したしてあげて」

 

「わかりました。そのように」

 

 おやおや、ようやく現宙域から離脱できると思ったら、謝礼何てべつに言わなくてもいいのに(面倒くさいしな)。まぁ一応礼儀は礼儀だし、ここで断るのも変だしな。俺はこの場をオペレーターのミドリさんに任せ、食堂の方へと向かった。

 

 

***

 

 

「リス、す、スカンク、く、く……クマ、マリ、リス――あ、お手付きか」

 

 さて、食堂で待っている間、暇であった俺はしりとりをしながら、副官と青年艦長が到着するのをノンビリと待っていた。一人しりとりってやってみたけど意外とつまらん。というかやっていて寂しくなるので、二度とやらねェ。

 

 ソレはさて置き食堂の扉が開く音が聞えた。どうやら到着したようだな。結構待たされたが、まぁ最寄りのエアロックからここまで少し距離があることを考えれば早い方だろう。眼をやれば青年艦長と副官さんが食堂の入り口に立ち尽くしている。お客さんも来た訳だし、俺はお出迎えをする事にした。

 

 だけど、この時つい自重というロックが外れちまったんだ。

 

「やぁようこそ我がユピテルの食堂へ、このバーボンはサービスだから安心して欲しい」

 

「「はぁ?」」

 

 ただ木枯らしが吹く音だけが響いた気がした。おうふ、やっぱりだけど、この手のネタが全然通じないのって何か悲しいんだぜ。

 

「ようこそユピテルへ、本艦の艦長兼艦隊司令を務めるユーリだ」

 

「お前がこのフネの?」

 

「ど、どうもユーリ艦長殿! このたびは救援していただいた事をまことに―――」

 

「ああ、あまり恐縮しなくても結構。自分の事はユーリでかまいません。ソレはそうと立ったままも疲れるだろう。ここに座ってくれ」

 

 副官さんの挨拶が長くなりそうだった為、少し悪いが俺は副官さんの挨拶を途中で遮らせてもらった。俺は向かいにあるイスを指さしながら、二人に着席するように促す。 青年艦長は微妙に警戒している様な感じだったが、ゲストとして来ているからか、ホスト側にあたる俺の指示には従ってくれた。相変わらず青年艦長君はふてぶてしい態度のままだったけどな。

 

 しっかし、向かい合わせだと近いからお互い顔が良く見える訳だが、青年艦長ギリアスくん全っ然怪我してませんねェ。ブリッジ付近に攻撃を受けていなかったのは修理の際に確認済みだが、かなりグランヘイムの砲撃で揉まれた筈なんだが……。

 

「ふむ、あれだけフネがやられていたのに怪我ひとつ無いとは凄いな」

 

「――ッ! おう! その辺の連中とは鍛え方が違うからな! ヴァランタインだってさっきは逃げちまったが居場所はわかってんだ! 次は絶対ブッ潰してやるぜいッ!!」

 

 おうっと!……ギリアスの大声で耳がキンキンする。

というか、何故彼は訪ねていないところまで話すんだろうか。

 

「ちょ、ちょっと若! さっきので懲りて無かったんですか!」

 

「あん? 懲りるって何がだ?」

 

 ギリアスの言葉を聞いて副官さんが驚愕する。いやいや、普通アレだけヴァランタインのグランヘイムに翻弄されたら、普通はもう二度と相手にしないって思うもんだが。懲りてないのは大物だからか?

 

「いやはや、優秀な副官がいて良かったな」

 

「おう! コイツは優秀だぜ!」

 

 偉そうに胸を張って答えるギリアス。つーか褒めてねぇよ。皮肉だよ。

 

「しっかし、ユーリ……だったか? 俺とそんなに歳も違わないのに、なかなかのもんじゃねぇか」

 

「だから若! 失礼ですって!」

 

「オメェはだーってろ。俺はギリアス。バウンゼィのギリアスだ。助けてもらったのは余計な御世話だったが……まぁ礼は言っておくゼ」

 

 そう言うと恥ずかしそうに頬を掻くギリアスくん。うん、ナイスツンデレ!

 だけどそれを野郎がやっても、ただ気色悪いって事をお忘れなく!!

 

「船乗りは助け合うのが古来からの基本だ。それに修理したとはいえ応急処置でしかない。近場の宇宙島に到着するまであなた方の航路が幸運に恵まれるように祈っている」

 

「お気づかい感謝いたします!」

 

「おう、あんがとさん≪……ググゥ≫――腹減ったぜ」

 

 さて挨拶も終わり、これで終わりかと思いきや、唐突にギリアスくんの腹が鳴った。聞けば戦闘の後からこれまでずっと修理作業を自ら手伝い食事をとって無かったらしい。

へー、艦長席で踏ん反り返っているのかと思いきや通信にあまり出なかったのはその所為だったのか、すこし見直した。

 

「ふふふ」

 

「な、なに笑ってやがる! お前は腹が減らねェとでもいうのかよ!」

 

「いや、元気がいいのは良いことだと。何なら食べていく?」

 

「いいのか!? 助かるぜ!!」

 

 てな訳で丁度食堂にいるってことで、飯を奢る事にした。

 副官さんも怖々としながらもご相伴にあずかることにしたらしい。

 

 ただ、まさかギリアスくんが常人の5~6倍食べるとは予想外だった。リアルでズゾゾゾゾとか音たてて飯を食うヤツを見たの初めてだぞ。お前はアレか? 燃費が悪い超戦士か何かなのか? それとも早食いのフードファイターでも目指すんかい。

 

「はっは、よく食べますな」

 

「お、おはずかしい」

 

 料理を作ったタムラ料理長が少し満足げに呟いた言葉に、副官さんは恥ずかしそうにそう返事していた。料理人であるタムラ料理長にしてみれば、自分の料理を美味しく沢山食べてくれる人間は何よりも得難いモノなので嬉しいのだろう。もっとも副官さんとしては、恐らく遠慮もなく食べまくる上司に、羞恥している。そんなところか。

 

「まぁ、食材は十分にあるのでお気になさらず」

 

 ウチの場合は艦内公園の一部を使って自家栽培もしてるしな。それにここは数千人の胃袋を支えている大食堂なんだ。フードファイターが一人現れたところで食材は尽きない。常に大目に積んでいるのは伊達ではない。

 

 

「――ぶはー! コレあと6人前!」

 

「「まだ食うんかい!?」」

 

「あん? 腹減ってるしユーリのおごりなんだからいいだろ?」

 

「いやー健啖でよろしい。作ってきますハイ」

 

 確かに奢るとは言った。しかしお前は自重しろ。

 

「ところで以前もたしかサマラ海賊団とかと戦っていたな」

 

「んー? ああ、そう言えばそんな事もあったな。あのときもお前らが邪魔しなければ」

 

「若」

 

「はは、あの時は俺達も彼女に用があったからな。でも何でこんな危険な事ばかり?」

 

「俺は、とにかく速く名をあげなくちゃなんねぇんだよ。それに、よえーヤツと戦っても面白くねぇじゃねぇか」

 

 ふと気になり訊ねてみれば理由は何とまぁ、そう言って嗤うギリアスの眼はギラギラとした何かで輝いていた。こりゃなんつーか筋金入りの狂犬だな。辺り構わず噛みつくってあたりがマジで狂犬である。

 

 そして意外なことにギリアスに比べ比較的柔和だと思っていた彼の副官もまた、弱いヤツと戦っても~の下りでは首肯していた。実はああ見えてかなり武闘派だったのかもしれない。実際、こいつらの出身考えると文化が違うんだよなぁ……。

 

「ふーん、命あっての物種ともいうが、はてさて」

 

「ああん? 俺の生き様に文句あるってのか?」

 

 いや、別に……そう答えようとした矢先。

 

「でも……無茶な戦いはダメだと思う……。怪我したり、死んじゃったりするのはダメ。そんなの哀しいよ」

 

「だれだ!?」

 

 俺が答えるよりも早く第三者の言葉がこの場に降りる。ってかチェルシーじゃん。

 

「……ありゃ? チェルシー何時の間に?」

 

「さっき出前が終わって帰ってきたの。そうしたら話が聞こえてきて」

 

 ああ、彼女は食堂勤務だから、成る程遭遇しても不思議じゃない。偶々聞えたギリアスくんの言葉にちょっと思うところがあったから口を挟んだのだろう。でも流石のギリアスも頭ごなしに否定されたらポリシーを貶されたとか思わんかな?

 

「………(ぽー)」

 

「ちょっと、若」

 

「あ? ああ、一理あるよな」

 

「―――ッ!? 若が人の意見に同意を示した!? 明日は宇宙乱気流が起きる!?」

 

「おいこらテメェ。とりあえず表でろや」

 

「表は宇宙ですから死にますよ?!」

 

「いっぺん死んで来い」

 

 なんだァさっきの間は? チェルシーのほうを向いたまま呆けていたってことは、まさかこいつ一目ぼれしやがったか? いや冗談でなくこいつたしか原作でもチェルシーにアタックしかけてたような……大事な妹はわぁたすぁんぞぉぉ(cv若本)

 

「ところでユーリよ。お前たちこそ、こんなとこで何してんだ? このゼーペンストは結構ヤバいところだぜ?」

 

「まぁ、それなりに目的があってね」

 

「ほう、何やるつもりなんだ? 一応お前には借りがあるから、手伝えるなら手伝うぜ?」

 

「言っても良いけど多分ドン引きすると思うが覚悟はいいか?」

 

「は! 俺がか? んなの聞いて見てからじゃねぇと解んねぇよ」

 

「簡単にいえば、この自治領を潰します」

 

「―――はぁ!? つーことはあれか? バハシュールを殺るだってぇ!?」

 

 驚きで大きな声を挙げるギリアス。ていうかうるせぇよ。鼓膜にダメージ与えるレベルの声挙げんな。うん? あれ? チェルシーが気絶した? つーか副官さんまで?! ギリアスの声は音響兵器かよっ!?

 

 

 

 

 

 

「「あ~う~……」」

 

「すまねぇ、こっちの阿呆は兎も角。まさか女がこんなに弱いとは……」

 

「ギリアスよ。女性は強いけどデリケート。覚えておけ」

 

 気絶したチェルシーと副官を近くのイスを並べて作った即席ベッドに寝かせた後、俺達は再び話し始めた。しっかしギリアスくん。自分の声が原因で女性が倒れたのが少しショックだったのかチラリチラリと我が義妹を覗き見ている。

 

うーん青春だねェ……そう思わずニヤついてしまうのはおっさんに入りかけだからだろうか? いや憑依してからそれほど時間経ってないし、俺は実際20代の筈! いや、しかし……。

 

「話しを戻すがマジで自治領攻めるのか?」

 

「……うん? ああ本気さ。そうでなかったらこんな所まで足は運ばない」

 

 あっぶね。俺がおっさんか否かで思考の海に入り込みかけていて返事が遅れてたぜ。

 

 とりあえず、ゼーペンスト宙域にカチコミを掛けた理由をおおざっぱに説明したところ、さすがのギリアスも驚いて唖然とした顔を見せていた。ある意味レアな表情である。

 

 私利私欲で自治領を制圧に来るのはよくある話だが、そうではなく全く関係ない他国の戦争を止めたいという壮大な話に繋がればそんな反応にもなる。慈善家でもやらないだろうことを平然と行おうとしているのだ。頭の病気を疑うか、あるいは誇大妄想かと取られてもしょうがないことである。

 

 しかし、意外なことにギリアスはこちらの目的を聞いても笑い飛ばしたりせずに聞いてくれた。それどころか何だか目を瞬かせている。これはアレだ、こう猫とかが面白いモノを見つけた時、エモノとして見ている時のような……。

 

「おもしれぇ! 俺もいっちょ噛ませてもらおうか!」

 

「――はぁ?」

 

 そして予想だにしないことを口にしたギリアス。おいおい、普通こんな話聞いたら関わらないようにするだろうが……って忘れてた。こいつは御祭り騒ぎが好きなんじゃなかったか? くそ、原作キャラの情報くらい覚えてろよ俺。

 

 ……いや、まてよ? これはある意味都合が良いかもしれないぞ?

 

「俺は何時だってマジで全力だぜぇ。それに一国の艦隊とやり合おうってのが気に入った!」

 

「ふむん……それじゃあ、じゃんじゃが手伝ってもらうッスか」

 

「あん? なんか話し方が変わったなオイ? そっちが地か?」

 

「いやなに。こんな大それたことを手伝ってくれるっていうんスよ? そんな相手に猫被るのは失礼っしょ?」

 

 頼むぜ相棒。そう最後に付け加えたところ、ギリアスは任せとけと胸をドンッと叩いた。ちょ、ちょろい。この子ちょろすぎますわよ!? 好感度高めたら“心の友よ”とか言い出しかねないぞコイツ。

 

「いいねぇー、自治領とは言え小国の軍隊相手に喧嘩祭りか! 盛り上がってきそうだぜい! それで俺は何をすればいい?」

 

「では、お願いしちゃおうっかな~」

 

 この時、俺はゲヘへとかなり下種な笑い方をしていたという。実際、こんなことを頼めるのは猪突猛進してくれるギリアス以外には頼めない。予想外なところで予想外の協力者を得られたともいえる。いやホント予想外デス。

 

 その後、気絶から復帰した副官さんにも、この件について話をした。副官さんはおずおずと断りたそうにしていたが、すでに上司が採択済みで逆らえず、結局なにも言わぬまま、俺達が別れるまでそのままであった。

 

 そして自分のフネに戻って行った彼らは、まずはフネを完全に修理するとのことで、俺達の艦隊と別れた。近場の宇宙島へと向かうバウンゼィを見送りつつ、俺達もまた俺達の目的の為に発進したのであった。

 

 さぁーて、忙しくなるぞー。

 

 




これが今年最後の更新かも。

皆様、よいお年を。来年もよろしく。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第33話 ネージリンスinゼーペンスト編~

久しぶりです。


■ネージリンス編・第33章■

 

 ユーリ達とギリアスとの素敵な出会いがあった日から、宇宙標準時間でおよそ二日後。 その日、守備隊の長であるヴルゴ・べズンは首都である惑星ゼーペンストからみてほど近い絶対防衛圏にある宇宙基地にいた。

 彼は本国守備艦隊が駐屯する宇宙基地に赴き、雑務を処理しながら、偉大なる我らの自治領に進入し、悪戯に民の不安を煽る不逞の輩について考えを巡らせていた。

 

 出来る事ならば、警備艦隊だけに任せるのではなく、この絶対防衛圏に屯する本国守備艦隊も動員して敵を発見。その後、本国艦隊による艦隊決戦をもって撃滅したいと彼は考えていた。

 自治領の防衛を司るヴルゴであるが、その本質は武人でもあり、不逞の輩とはいえ一国相手に戦いを挑むような肝が据わった相手に戦えるのなら、それは寧ろ本懐であるといえる。弱者が弄られるのは弱肉強食の世界では日常だ。強者と強者のぶつかり合いこそ、彼の血潮を滾らせる。

 

 されど、現領主の意向で本国艦隊を動かすこと叶わず、ここ二日で数の不足から敵艦隊を発見できず、逆に何時の間にか奇襲を受け撃破されたという警備艦隊の報告書を片手に、彼は歯痒さを覚えていた。自分が本国艦隊で出撃すれば、敵と一戦でも交えることが出来れば、この鬱々とした辛気臭さも吹き飛ばせるに違いないとヴルゴは確信していた。

 

 だが、それでも領主の意向には逆らえない。只でさえ人望がない現領主を仮にも軍の総責任者である己が見限れば、それに呼応するようにして他部署の人員も離反するだろう。それは自治領崩壊の序曲を開くことになりかねない。自分を重用してくれた先代の恩をそんな形では裏切れないと、忠義の将は一人苦悩することになる。 

 

 考えても仕方がないことなので、出撃したいという願望を意識の外へ起きやり、執務で凝り固まった肩を伸ばした。ゴリンと小気味よい音が肩から響いた。そろそろ休憩に入ろうと思ったヴルゴが椅子から立ち上がりかけたその時である。司令官用の飾らずとも重厚な執務室の扉を、無粋にも蹴破る勢いで飛び込んでくる男がいた。それは彼の部下の一人である。部下はなにやら慌てた様子で、息も整えずに真っ直ぐヴルゴの前に立った。

 

「将軍! ヴルゴ将軍ッ!」

 

「ゼファー。インターフォンを使いたまえ。執務室では静かにな」

 

「すみません―――って違う! 将軍、大変ですッ! クェス宙域を航行していた輸送艦隊が正体不明の艦を捕捉しました! 送られてきたデータを解析した結果、敵は針路を本国に向けて真っ直ぐ突き進んできています!」

 

「なんだとッ! ついに奴らが尻尾を見せたのかッ!!」

 

 彼の大柄な体躯が執務机を引っ繰り返すのと、彼が大声を上げて書類の束を雪崩にさせるのはほぼ同時であった。何故なら仮にも自治領に侵攻する不逞の輩であるなら、侵攻のセオリーに乗っ取り、まずは戦力を削ることをすると考えられていた。参謀陣営の予想では敵が攻めてくるとしても、もっと後になって本国へ至ると結論付けられていたのである。

 

 それが覆された。何が起きているのか解らないというのは単純に恐ろしいものであった。ここまで急激に進撃を進めてくるとは何かがある。彼の指揮官としての勘が警鐘を鳴らすのも当然であった。

 

「外延偵察衛星網にも影が出ました! 計算上、敵艦がこの巡航速度を維持すれば、およそ40時間後に本国に到達します!」

 

「な、なんということだ……。いや、まて。“艦”と言ったか? “艦隊”ではなく?」

 

「はい将軍。長距離だったために詳細はまだですが、規模からして艦隊と呼べる物ではないとのことです! ですがヴァランタインのグランヘイムとも違うと報告が上がっています。

 しかし、近くを航行していた警備艦隊が進路上に展開していましたが、既にどの警備艦隊とも通信が取れません。恐らく報告を挙げる暇もなく全て撃破されたのだと思われます!」

 

 既に警備艦隊がいくつか撃破されたという部下の報告に、ヴルゴは怒りを覚えつつも、少し不謹慎ながら同時に安堵していた。何故ならこの時、実はゼーペンスト宙域にはもう一つ頭の痛い問題が持ち上がっていたのだ。

 

 それは大海賊と名高いヴァランタインの有する巨艦グランヘイムの出現である。少し前から、自治領の各所で目撃情報が散見しており、相手が相手ゆえ迂闊に手出しも出来ず、また強力な妨害装置があるからか光学装置以外ではすぐにロストしてしまう為、要注意監視対象という名で実質放置されているのが現状であった。

 

 

 しかし、今きた報告を聞く限り大海賊ではない。その事にヴルゴは内心安堵していた。これで悪戯に部下の命を散らさずに済むだろうと思ったからである。大海賊と呼ばれるヴァランタインの評価は、危険という意味で非常に高いのだ。それこそ動く災害と言えるレベルである。幸いな事に行く手を遮ったり、攻撃したりしなければ基本スルーされるので意外と安全ではあるが……。

 

 ともあれ、グランヘイムではないが突出してくる艦がいることは事実であり、ヴルゴはそれらについて思案する。本国に進路を向けているというフネ……それが少し前から自治領を騒がせている例の艦隊とかかわりがあるのかどうか、その判断がつかない。情報が少ないというのもあったが、指揮官として彼はあらゆる事態を想定しておかねばならなかった。

 

 いずれにしても我らが領域を荒らす不逞の輩を許しておくなど、防人の武人としての沽券に係わる。例の艦隊と関連があろうがなかろうが敵は敵。先代が築き上げた安寧を乱すものは、徹底的に撃滅するだけである。

 

「それはそうと、観測された艦は随分と早いな」

 

「通常巡航速度の軽く数倍以上ですよ! あまりの快速に遠方に出していた艦隊では追いつけません!」

 

「解っておる。敵が真っ直ぐくるのならば進路上に展開するのは難しくあるまい。この基地と絶対防衛圏の戦力を使うのみだ……それとゼファー」

 

「なんでしょうかっ?」

 

「慌て過ぎだ莫迦者。上に立つ者であるならば常に泰然としておれ」

 

「ッ!……失礼しました! 常識外の敵の行動に少しばかり取り乱しておりました」

 

「ン。分かればいい」

 

 ヴルゴはそういって、いまだ若き部下に艦隊を展開させるよう指示を出した。敬愛する上司から訓示を賜り、やる気が出たのか、再び部下は風の如く執務室を去っていく。部下の後塵を見ながらも彼は少しだけ溜息を吐いた。

 

 自治領成立後の軍に所属した手合いの者は、得てして緊急時に落ち着きがない。ちょっと規定にない事態に直面しただけで、ああやって取り乱すことがある。訓練の練度も高く統率力もあるが、圧倒的に経験が足りていない。これは今後、自治領の防備を考えていくうえで議論すべき課題である。そう考えつつもヴルゴもまた腰を上げ、執務室を後にした。

 

 

 

 

 さて、執務室を走り去っていく部下の後ろ姿を追うように、自分の執務室から歩き出したヴルゴは、警戒態勢に突入したことにより、慌ただしい基地内を無駄なく進んでいく。彼にくるであろう報告などは、全て手にした通信機に転送するように設定してある。将である為、彼が向かうべきは通信機能の整った宇宙基地の司令部の筈なのだが、彼が歩を進めたのはフネの係留ドッグであった。

 

 厳重なエアロックをスルスルと潜り抜けて乗り込んだのは、自分の艦隊である本国守備艦隊の旗艦。アルマドリエル級空母のネームシップ『アルマドリエル』である。いついかなる時も常在戦場の心得を忘れない為に、彼は非常時には旗艦の中で指揮を取ると決めており、実際その通りに動いていた。

 

 そして、彼のフネである『アルマドリエル』は、空母であるがゆえに、元より通信能力が高い。その機能を更に増強したことで、彼女は艦隊を指揮する司令艦としての機能を併せ持つことになる。移動できる司令部ともいうべき彼女は、まさに彼の為に作られたようなフネであった。

 

 旗艦の艦橋を目指して動くヴルゴだが、その時、通路全体に軽い振動が伝わった。宇宙基地に係留されていた他の艦隊が、それぞれ舫いを解き基地から離れ始めたのだろう。なまじ戦闘艦である為、搭載されているインフラトン推進機関の出力は、民間のソレの比ではない。近くに係留されている別のフネを揺るがすほどの衝撃を伝えるくらいには強力であった。

 

 発進した艦隊は、そのまま警戒態勢のままで展開していく。これは何が起きても即応できるように長年そう訓練されてきたからだ。彼らは宇宙基地から発進後、近隣宙域にて集合し他の艦隊の合流を待って待機する手筈となっていた。

 

 さきほどの振動から既に艦隊が発進した事をしり、急がなければ……とヴルゴは少しばかり本気で走ることにした。将として部下よりも遅いのは沽券に係わる。普段から厳しく自分を鍛えている成果を見せる時である。何よりも、依然として鳴りやまず、それどころか益々強くなっていく勘が告げる警鐘が、彼をより急かしていた。

 

 ヴルゴが年齢からは想像もできないくらいキレのある動きで、普段訓練で見せている走るタイムの記録を大幅に塗り替えようとした矢先。彼の持つ通信機がけたたましいアラームを響かせた。少々苛つきながらも普通に足を止めずに通信に出た。

 

「どうした? いまは緊急事態で忙しいのだ」

 

『それが、将軍。バハシュール様がお呼びでありまして』

 

 部下が告げた報告に、駆けていたヴルゴは思わず足を止め、心の内に舌打ちした。恐らく報告がバハシュールにもいったのだろう。あのボンクラ2世領主の性格を鑑みるに、アレがこうして自分に直接通信を掛けてくる。ヴルゴからすればそれは家族の訃報を聞かされるよりも厄介なことに違いないと彼の勘が告げていた。もしや先ほどから感じる嫌な予感はこれだったのだろうか?

 

『バハシュール様に代わります―――』

 

「―――お呼びですかバハシュール様?」

 

『将~軍ッ!! 今すぐ全艦隊を発進させるんだ!!』

 

「はっ。いえ、ですが敵の艦への対応はすでに規定により決定されており――」

 

『そんなの関係ないよ! 僕の庭にハエがうろついているなんて我慢ならないんだ!それに僕がやれって言ってるんだ! 出来ないなんて言わないでよね!』

 

「……解りました。直ちに本国守備隊は全戦力を持って対処にあたります」

 

『Good! それでいいんだよ! それじゃあ頑張ってね!!』

 

 現領主の通信はそこで切れた。彼の勘は当たった。やるせない思いがヴルゴの中を駆け巡る。あの方はこれほどまでに戦略にも戦術にも疎かったのかという思いが、彼の足取りをひどく重く感じさせた。

 

 気分屋のバハシュールは部下からの報告を受けて、何気なく叩き潰せといつものように碌に考えもせずに命令を下したのだ。たとえその判断が碌スッポ考えもせず愚かな判断であったとしても、現領主であるバハシュールが下した命令は絶対である。

 

 現領主が望めば、ヴルゴは望まなくとも火中に飛び込まなければならない。それが先代領主に忠義を誓ったヴルゴが建てた誓いだ。自分から破るなど考えられなかった。

 

 それでも、やはり鬱々とした思いは募っていく。それはもはや留めるところを知らない。ヴルゴは自身に喝を入れ、気合いを入れ直すと旗艦に続くエアロックに飛び込んだ。ここで悩んでいる暇など彼にはない。悩むのは先代が築いた自治領の調和を乱す輩を排除してからだ。そう意気込み彼は旗艦に乗り込んだのだった。

 

 

***

 

 

 

―――ゼーペンストに入り五日目。

 

 俺達、白鯨艦隊は今、惑星ゼーペンストにほど近い絶対防衛圏と呼ばれる宙域にいた。防衛圏と称されるように、この宙域は自治領の中枢である首都惑星が目と鼻の先にある宙域である。ここには航路を横切るように、いくつかの宇宙基地が悠然と佇み。その中では数多の宇宙戦艦が厳重な警戒態勢のまま繋がれていた。

 

 宇宙基地というが実質は移動可能な機動要塞であり、小回りは皆無とはいえ全方位に向いた幾多の砲口が虚空を睨み続けている。更には幾つもの艦隊が係留されており、艦数だけで二桁はいきそうである。そんな中へ真正面から突っ込むのは、敵さんの宇宙基地の砲台と艦隊火力が集中してしまうので、出来ることなら迂回したいところである。

 

 とはいえ、連中の目に留まらない距離まで迂回するとなると、ある理由からI3エクシード航法で進むのは難しいものがあった。正規航路でない空間をエクシード航法で進むには、この航法は些か早すぎるのである。早いならすぐ行けるだろと思うじゃん? ところがどっこい。色々とあるのだ。

 

 

 さて、ここから少し長くなるが―――

 

 

 インフラトン機関を積んだフネには、I3(アイ・キューブ)エクシード航法と呼ばれる通常の移動法とは異なる特別な航法が存在する。この航法により宇宙の移動が凄まじく早くなったと言われていた。一般的に航路と区分される空間とは、この航法における巡航可能な空間と定義されているのだそうだ。

 

 I3エクシード航法はブリッジ・エフェクトと呼ばれる今自分たちが居る宇宙、つまり母宇宙に対して下位従属する子宇宙を形成し、そこを通過する。この子宇宙を複数縦断するアインシュタイン・ローゼンの橋なる“橋”を掛け、その上を通ることでウラシマ効果といった時間のギャップを調整するのは前に言った通りである。

 

 この便宜上“橋”と呼ばれるものは、つまりはワームホールであると言ってもいいだろう。というかアインシュタイン・ローゼンブリッジ自体、ワームホールの別名みたいなものだ。

 

 まぁそれはいいとして、現在俺達がいる宇宙を仮に母宇宙と呼称しよう。その母宇宙を一つの大きな泡という概念モデルで表すと、この大きな泡から生じた小さな泡が子宇宙であり、それらを臍の緒の如く時空の一点を結び付けている空間領域がワームホールである。

 

 マルチバース的な解釈によれば、我々の宇宙と子宇宙とではプランク定数が異なるらしい。これがどういうことなのかといえば、簡単に表すと光も粒子も原子もその運動や物理法則が全て異なる世界ということになる。

 要するにこっちの常識が通じないし、理が違う、文字通りの異世界なのだ。そんなところなら時間すら流れ方が違う宇宙もあるわけである。

 

 この子宇宙では、例えば我々の宇宙である母宇宙では、ある座標AからBまでの距離が10㎞あるとする。ところが子宇宙の同じ座標においてではAからBまで1mもないという風になりえるらしい。母宇宙では膨大な距離であっても子宇宙の異なる物理法則の中では目と鼻の先に目的座標が存在することもあるのだそうだ。

 

 つまり、I3エクシード航法で、とある子宇宙に“橋”を架けて入り、特定の座標まで進んだ後、再び“橋”を架けて子宇宙から出れば、事実上の距離の短縮につながるのだそうだ。何故そうなるかはわからないがそうなのだ。

 

 また、ウラシマ効果のギャップをI3エクシード航法で調整できるのも、橋を架けるメカニズムによって引き起こされている。すなわち複数の子宇宙を通過する際に、その子宇宙の中に通常とは異なる時間の流れがある子宇宙を通るからであるらしい。時間の進み方が速い、あるいは遅い子宇宙が存在するということなのだろう。

 

 尚、橋を架けて子宇宙を通過という表現をしているが、これはあくまでも概念モデルを抽象的に表しているに過ぎず、実際のところ宇宙船はブリッジ・エフェクト中も依然として通常の時空、すなわち我々の宇宙に存在しているように見えるそうだ。

 

 実際、宇宙船の中に俺達から見ても普通に宇宙にいるとしか認識できない。いるのにいない、いないのにいる、というまるで形而上学みたいな状態になるのだという。子宇宙という概念を抜きで別の座標から宇宙船を観察できるなら、子宇宙に飛び込んだ宇宙船はあたかも光を超える速度で通常宇宙を移動しているように感じられるだろう。

 

 確かに子宇宙という違う世界の泡に宇宙船ごと飛び込んではいるが、元々こちらの宇宙の存在である我々が完全に子宇宙に存在できる訳もなく、また母宇宙からも完全に離れることが出来ない為に起こる現象である。

 

 そもそも、こちらの宇宙の生命体に例え下位従属する宇宙であっても認識し観測することは出来ないのだという。まったく異なる理に支配される領域を概念として理解は出来ても五感では感じられないのだ。ヤカンの水が熱を加えるとお湯になることが理解できていても熱という何かを目で見ることは出来ないということだ。

 

 さて、これを踏まえた上でI3エクシード航法における航路を利用しない場合を考えてみよう。結論から言えば、航路を利用せずに全くの未知の空間を進もうとすれば、この凄く早い航法を上手く使えなくなってしまうのだという。

 

 ブリッジ・エフェクトが、宇宙船同士のエネルギー的な干渉か、何等かの影響で上手く作動しない、あるいは惑星や小惑星の重力場といった空間自体が障害物となった場合、航法装置に備え付けられた安全装置が働いてしまう。

 

 するとブリッジ・エフェクトが自動的に解除され、通常空間に戻されてしまうのだそうだ。I3航法中であっても敵と遭遇し戦闘になるのも主にこういったことが関係している。正規の航路以外を進もうとすると、安全装置の作動が頻繁に起こる為、長距離のI3エクシード航法は事実上不可能となるのだ。

 

 安全装置を切れば、長距離移動も出来なくはないが、その場合は下手すると不安定なブリッジ・エフェクトの影響で、素粒子にまで細切れにされたあげくスパゲッティの如く引き延ばされた映像を見ながら、極小のワームホールを通じて通常宇宙から消滅する可能性もあるのだそうだ。あるいは“いしのなかにいる”状態になるか……少なくとも碌な死に方ではあるまい。

 

 安全に進む為には事前にセンサーで観測した真空の空間、この場合の真空は影響を与える物質やエネルギーが何もないとされる空間を、センサーが探知できる範囲の短距離のブリッジエフェクトで跳ぶしかない。

 

 距離が長ければ長いほど、短距離ブリッジ・エフェクトを連続して発生させるので、はた目から見ればまるで宇宙空間を小石の水切りのように飛び跳ねているように見えることだろう。

 

 ただし、この移動方法は宇宙的尺度で見ると、目的地まで下手すれば数十年単位の時間を要することになる。これでは流石に時間が掛かり過ぎる。通常空間でも推進器を全開にすれば第三宇宙速度以上は出せるけど、宇宙的尺度でみたらやっぱり遅すぎる。道中何もないなら長距離のI3エクシード航法を併用しないとフネの中で干上がってミイラになっちまうぜ。

 

 長々と語ったが、何が言いたいのかというと……ぶっちゃけ結果だけ見るなら、宇宙船はこのI3エクシード航法を用いることで光より早く宇宙飛んでいるように見えるってこと。ただそれだけにこれだけの理論が付いてまわる。宇宙ってマジで恐ろしい。

 

 ちなみに、これらの概念や理論のほぼ全てが、我が艦隊屈指のマッドサイエンティストであるジェロウ教授の授業の一環によって門前の小僧の如く覚えてしまった内容である。自分で言っていてホントよく解らんのはいうまでもない。

 

 閑話休題。

 

 

 

 前置きが非常に長くなったが、そろそろ本題に戻るとしよう。

 兎にも角にも厄介な絶対防衛圏であるが、じゃあなんで近づいたのかっていうと、ここを突破する作戦の為である。流石に無策に突っ込むのは失う物がない初期なら兎も角、今のようにモノが増えた状態ではムリなので策を練った結果。イネス発案の作戦が堅実的と相成り決行されたのである。

 

 イネスが立案した作戦に決まった理由は、これが一番堅実かつ安価であると思われたからだった。もっとも冷静になって考えれば大分イっちゃってる作戦なんだが、俺個人としては面白うそうだったから指摘なんてしなかった。ギリアスが聞いただけで二つ返事で乗っかるくらいだ。かなりイカレテルだろう。

 

 実際、有志を募って提出されたイネス以外の作戦ってのが実に問題が多すぎだった。一例をあげるとすれば、例えば、大増産したミサイルによる飽和攻撃だとか、大増産した艦載機による包囲戦だとか、超巨大タキオン粒子砲を建造し敵艦隊を撃滅だとか。どう考えても時間もコスト考えない作戦ばっかりでコスト度外視もいい加減にしろ!ってヤツばっかりだったのだ。

 

 当然ながら殆どがマッド共の立案である。連中は物事を考える時、コストのことは後で考える癖があるのでこうなったようだ。あれでも一応頭は良い部類に入るのだ。それがコレなので救いようはない。多分死んでも治らないだろう。

 

 結局、お手軽でコスト最も掛からないのがイネスの提案した作戦だけってどういうことなの? 馬鹿なの? 死ぬの? なお個人的には超巨大粒子砲とか大好物です。いつかコ○ニーレーザーとかγ線レーザー砲とか造りたいお年頃。大艦巨砲の何が悪いってんだ。そう呟いたところ現実を見なと姐さんに殴られたのは言うまでもない。

 

「敵に動きは?」

 

「一斉に動き出しました。ですがこちらには気が付いていません」

 

 ブリッジの戦術情報が表示されたホロモニター上で、敵艦隊を表す赤いグリッドが次々に絶対防衛圏を離れていく動きが投影されている。それらのグリッドは味方を示す緑のグリッドと敵味方どちらでもない黄色のグリッド目掛けて進んでいた。それを見て俺は良しと頷いた。作戦は順調に進んでいる。後は何とかギリアスが離脱できれば、我らが策は慣れり。

 

 そう、いたって単純な話で、イネスが提案した作戦とは、ギリアスを囮にした囮作戦であった。一応言っておくが別に意図的にギリアスに危険な役をやらせているのではない。当初はこちらの無人艦を遠隔操作で囮とするはずだった。だがそれにギリアス本人が待ったを掛けたのである。

 

 また、こちらは艦隊でギリアスは単艦。お互いに知り合ってまだ時間も経っていない為、共に帯同しての行動は移動だけならばともかくとして、戦闘では互いに足を引っ張り合いかねない。それゆえ、ギリアス達バウンゼィは単艦にて動いてもらう作戦となった。

 

 そして、彼らが連れてきた黄色いグリッドこそ、今回の目玉だ。

 

「間もなくバウンゼィが接触します」

 

 ミドリさんの報告に頭を上げる。同時に、一応つなげておいたバウンゼィとの通信回線から、彼の猛る声が響いてきた。

 

 

『うわはっはー! ヴァランタインのつり出しに成功したZEeeey!!』

 

 

 ボリュームを抑えていた筈なのに耳を抑えたくなる煩さ。相変わらず無駄に音響兵器な男である。そのバックで被弾した音や、それに慌てふためく副官の姿が映っているが、まぁ頑張れ。

 

 それにしてもバウンゼィは本当にいい仕事をしてくれた。何せ彼らは“最高の敵役”を引き連れてくれたのだ。彼らはゼーペンスト自治領の守備艦隊を相手に囮になったのではない。彼らが本当に囮となって連れてきてくれたのは、つい先日見かけた通りすがりの大海賊ヴァランタインであった。

 

 ギリアスは、この宇宙版ナマハゲとも言うべき大海賊に再度攻撃を仕掛け、挑発。逆らう奴は叩き潰すをモットーとするヴァランタインを、見事この宙域まで誘引したのである。

 

 ところで正規軍すらも発見することが難しい神出鬼没の大海賊を何故ギリアスが発見できたのか? 種を明かせば簡単だ。ギリアスのフネのバウンゼイには特殊なセンサーが搭載されていたからである。

 

 それは彼が宇宙を放浪中に入手した試作品的な装置らしく、例え主機関を停止させていたとしても、空間に残されたインフラトン粒子の微細な波長を捉えて特定することが出来る探査装置であった。

 

 一応、従来品にもインフラトン反応を検知する探査装置はある。だが従来品はインフラトン反応の増減は捉えられても、完全に火を落とし停止したインフラトン機関までは見つけられなかったからな。画期的な装置である。さらには福次効果で移動した後に残るインフラトン粒子の痕跡を辿れるときたもんだ。

 

 つまりヤツが毎回大物と戦えていた理由がそれだ。

 データにある既製品のフネが放つインフラトン粒子の反応は除外し、ワンオフ機的設計のフネが放つ粒子反応を探す。一度でも探査範囲内に捉えられれば、この特殊センサーが痕跡を辿って追跡し、居場所を特定してケンカを売っていたのである。

 

 ある意味ストーカー並みに性質が悪い。粒子波長を特定されてしまった敵は、逃げても逃げても追いかけてくるのだ。敵にはたまらない話だろうが、今回はそれが役に立ったともいえる。

 

 つまりは“敵の敵は味方? イヤイヤやっぱ敵でっせ奥さん……って奥さんって誰やねん”作戦だった訳だ。俺達だけでは戦力としては不足。損害が出るのは避けられない。それならば、戦力を別のところから持ってくればいいって訳で。

 

 そして、ソレは何も味方である必要なんてどこにも無いのだ。第3勢力の存在。ソレらに相手をさせれば良い。その第3勢力とは、現在ゼーペンスト艦隊を蹂躙中のグランヘイムだっただけのこと。丁度良い時に大海賊ヴァランタインがいてくれたってモンよ!

 

 そういえば原作でも同じようにヴァランタインを使った作戦だったな。まぁあっちは別の宙域に敵艦隊誘き出してからヴァランタインぶつけてたけど……。あれ? なんか俺っち忘れてる気がするけど、なんだったっけ? すごーく重要な気がするんだけど……。

 それにしても何であの大海賊はこんな辺境宙域にいたんだろう? 経済が下降気味で、略奪できるほど豊かな宙域じゃないだろうし……。

 

「敵艦隊。ヴァランタインのグランヘイムに向けて攻撃開始。両者交戦状態へと入りました」

 

「これは釣れたね」

 

「ウス。今の内にこの宙域を離脱するッス。全艦ステルスを解除。機関出力一杯、最大戦速!」

 

「「「「「アイアイサ―!」」」」」

 

 オペレーターのミドリさんの報告に俺は顔を上げた。号令により、センサーに見つからないように電子妨害を行いながら潜んでいた白鯨艦隊は、ステルスを解除。敵が減った絶対防衛圏突破に掛かった。もとより電子妨害等はこちらの十八番。海に潜る様に、宇宙に潜るのは初めてではない。

 

 アバリスを手に入れた頃は、軍用の高出力の電子妨害で本家本元の電子戦艦ほどではないが、EAやEPやEMPといった電子攻防戦を行い、奇襲をかけたものだ。いまでは更に光学迷彩を兼ねたステルスモードも加わり文字通り宇宙に潜るように潜む。

 

―――クジラのように、突如現れるから、俺達は白鯨なのだ。

 

 さて、満を持して俺達は静かに姿を現した。ステルスのままいけばいいと思うじゃん? だけど敵さんの宇宙基地がね、小惑星帯によって航路の狭くなる部分のど真中に居座っているんだよな。この狭い航路はギリギリ光学装置の範囲内なのがいやらしい。

 

 ステルスモードは白鯨やアバリスに実装されているけど、いまのところガラーナK級突撃駆逐艦やゼラーナS級航宙駆逐艦には光学迷彩のような高度なステルス設備がない。どうせ見つかるのならば、最初からエネルギー節約の為に解除していた方がましである。

 

 さて、そんな理由から、こちらが(あちらさんにしてみれば)急に現れた事で、宇宙基地のエネルギーが活性化した。そりゃ守備艦隊と宇宙基地の間に反応が現れれば多少は慌てるだろう。

 向こうとしては発進した艦隊とすれ違わなかったのかと思うだろうが、守備艦隊はギリアス達のところに急いでいたのと、こちらがインフラトン機関を切り、予備電源だけで電子妨害を行いながら光学装置の探知範囲外に浮かんでいたら中々気づけまい。

 

 そもそもこちらの認識じゃ、宇宙にいる時に主機を落すなんてことまずしないからな。海賊とかアウトローだとそういった戦法をしているヤツもいたが一般的じゃないし、そもそも向こうは正規軍。こんなアナログなやり方で敵をスルーする方法なんぞ想像も及ぶまいて。

 

「まもなく宇宙基地の射程に入ります。こちらが射程に捉えるまで10分」

 

「リーフ、ストール、頼んだッス」

 

「「アイアイサー」」

 

 もっともウチには腕が確かな砲雷班長と航海班長がいるので心配はしていない。確かに要塞としての側面がある宇宙基地だが、どこぞの英雄伝説の如く航路ごと粉砕するような硬X線ビーム収束砲がある訳ではないのだ。

 

 艦砲を大型化したような連装ターボレーザー砲やミサイル砲台が、ハリネズミのように各所に置かれているが、いうなればその程度である。武装は多いが艦船に比べれば殆ど動かない基地など的も同然であった。

 

 

 

 

 さて、そんな宇宙基地との戦闘は―――やっぱり戦闘といえるもんじゃなかった。てっきり護衛の為に警備艦隊が一個はいると思っていたんだが、どういう訳か一隻もいないかったので、まさしく一方的。

 

 いや反撃は受けましたよ? だけどウチのTACマニューバ回避機動のパターンって豊富だから大体はよけられるし、こっちも反撃の為に近づくと被弾するけど、あちらさんが混乱しているからか火線が集中してなくてシールド抜けなくて、その間にこっちの艦砲で……まぁそんな感じでした。

 

 あまりにもあっけなくて拍子抜け。まさかトランプ隊に出番すらないなんて……でも宇宙基地撃破が目的ではないので、最低限武装と通信設備を破壊したら、あとはすたこらさっさとこの宙域を後にした。迅速に動く必要があるからな。最終目標以外はスルー出来るならスルーすべきであろう。

 

 

 実際、目的の星は目と鼻の先まで迫っていた。

 

 




遅れて申し訳ない。
ちょっと引っ越しがありまして……その所為でネットに繋がらなかったんです。
とりあえず戻ってこれましたので投稿しますハイ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第34話 ネージリンスinゼーペンスト編~

おまたせいたしました。続きです。
連投いたしますので、こちらが最初となります。


■ネージリンス編・第34章■

 

 ユーリたちが宇宙基地を襲撃していた、ちょうどその頃―――

 

「司令、基地との通信が途絶えました」

 

「やはりな……親衛隊だけでもこちらに回しておいて正解であったか」

 

 本星である惑星ゼーペンストの一歩手前に位置する星である惑星アイナスの衛星軌道上に、総司令官であるヴルゴは隷下の親衛艦隊10隻を含む、延べ11隻の艦隊を展開していた。

 

 アイナスは、位置的には宇宙基地を真ん中におき、守備艦隊が向かった宙域のちょうど反対側に位置する星である。また航路的には首都惑星の手前に位置する星で、ここを超えれば本星まで一直線。何の妨害もなくたどり着ける位置でもあった。

 

 何故ここにいるのかといえば、ヴルゴが敵の動きを見て、もしや何かあるのではと嫌な予感を感じた為である。経験によりこういう時の己の勘は良く当る。無視するには聊かリスキーだと感じた彼は、己を信じて、あえてゼーペンスト守備隊戦力の中核である親衛艦隊の戦隊を本星手前に布陣させたのだ。

 

 

 無論、この事がバハシュールや対立している領主シンパに伝われば、へたすれば命令違反に処されそうである。だが、現領主バハシュールが下したのは全艦出撃だけであり、どこにどう布陣するかは命令されていない。その為ヴルゴはそこら辺を自分流に拡大解釈し、高度に柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応した。その結果が功を奏した形となった。

 

「守備艦隊の本隊はどうなっている?」

 

「現在、交戦中とのことです。ただ相手が……」

 

「ふむ……、やられたな。これでは合流など期待できまい」

 

 言いよどむ部下の報告に平然とそう述べるヴルゴ。一見すれば冷酷にも見える対応であるが、今から向かったところで戦闘は終了していると彼は踏んでいた。

 

 ましてや守備艦隊が相手にしているのは、悪名高き大海賊のヴァランタインである。艦隊との通信リンクに届いていた情報によれば、敵の策略により現れたグランへイムに対し、あろうことか守備艦隊から攻撃を仕掛けてしまっていた。恐らくは経験が足りない一部の将校たちが、グランへイム出現に驚き、混乱の最中で犯してしまった失態であろう。

 

 一応、現場の指揮官には、先代からの生え抜きの人物を据えていたのであるが、それでも兵達を抑え切れなかった。良くも悪くも自治領を手に入れる前の0Gドッグ時代を経験している先代組は、敵の力量を測ることが出来るが、それを新兵に求めるのは苦という物。長く続いた平和の弊害が出てしまったといえよう。

 

 今、ヴルゴ率いる親衛艦隊が全速力で向かったところで、どうあがいても半日は掛かる計算だ。守備艦隊の錬度は高いと理解しているが、相手は災厄と同義とされる存在。時間的に見ても持ちこたえていられるなら奇跡であろう。まず不可能であろうが……。

 

「よし、では親衛艦隊の全艦に告げよ! 艦隊はここを最終防衛ラインと定め、のこのこ現れるであろう基地を襲ったであろう下手人をこのまま叩く! 本国への最終防衛ラインをなんとしてでも死守するのだ!」

 

 ゆえにヴルゴは胸中に湧き上がる幾つもの感情を押し殺し、冷徹に守備艦隊を見捨てる命令を下した。ヴルゴの武人としての心はざわめいていたが、今の彼は守備隊全軍を預かる将軍である。彼等の背後には自治領の中核があり、ここを落とされれば自治領は消滅を余儀なくされてしまう。

 

 先代と自分達がようやく築き、ここまでようやく持ってきた自治領を、あの盆暗二世領主の下で屈辱に耐えながらも発展させてきた自分達の世界を壊されてなるモノか。ここにいる全員が、そう考えていたのであった。

 

 かくして、ヴルゴは迫り来る侵入者……、ヴルゴは知らぬが、ユーリ率いる白鯨艦隊を待ち構えるのであった。

 

 

***

 

 

 さて、スニークからの奇襲攻撃で宇宙基地を無力化した後、俺達はズンズンと奥へと進んだ。途中、俺達に追いついたギリアスと合流し、さらには何故かバリオ宙尉が艦隊に合流してしまった。

 

 原作の流れなら守備艦隊を絶対防衛圏の先にあるクェス宙域に誘引した後で現れる筈の人物だったので、何故ここにいたのかと驚いた。彼から話を聞けば、どうもSGホテルでの会話の後、彼は宙域保安局に辞表を出したらしい。なんでも自分で考えた結果、とにかくバハシュールに一泡吹かせないと気がすまなかったらしく、民間の武装輸送屋に偽装して、自治領に進入、潜んでいたそうだ。 

 

 さすがに本星の惑星ゼーペンストは封鎖されていて近寄れなかったらしいが、単独でここまで来れただけでも十分に凄い。単艦なので戦力的には頼りないが、それでも少しでも戦力があると嬉しいので、この合流は歓迎だった。

 

「さてさて、ココまで来ればもう首都惑星は一息ッスね」

 

「しっかしイネスの作戦は今思えばえげつないね。自分で戦わないでヴァランタインに相手をさせるとはねー」

 

「うーん、理にかなってはいると思うッスよ? 真正面がダメなら地の利を生かせって感じッスからね。まぁ偉そうなことはいえんのですが」

 

 そういいつつ頭を掻いた。その時、いきなり艦内に敵艦発見の警報が鳴ったのでビクッとなった。おいおい、まだ戦力があったのかよ……。

 

「惑星アイナスにインフラトンパターン解析―――敵です」

 

 オペレーターのミドリさんの報告に、ブリッジの空気が切り替わる。俺は俺で報告を聞きながら、そういや原作だとこの辺りで敵大将との戦闘があったっけな、とプレイした内容を思い出していた。

 

「敵艦……、いえ敵艦隊は惑星の影に展開、数は11、空母を中心とした機動艦隊と推測されます」

 

「随分と発見が遅れたね」

 

「惑星の影にいた為に探知が遅れました。申し訳ありません副長」

 

 よくある古典的な策敵防御法か……、巨大な質量物である惑星の影に重なって見えてなかったのだろう。技術革新が進んだ今でも通用する戦術だ。

 

「ユピ、映像は出せるッス?」

 

「お待ちください……、捉えた! メインパネルに出力」

 

 浮いているホロモニターの中でも一番大きい、普段は外の映像をダイレクトに写している外部モニターが切り替わり、惑星の影から現れる敵の艦隊の姿が映し出された。

 

 空母を中心にして、巡洋艦や駆逐艦が方陣を組んでいる。既に空母は艦載機の発艦シーケンスに入っており、映像からもガイドビーコンを出している姿が―――

 

「―――ガイドビーコンなんか出すな!」

 

「ど、どうしたんだユーリ?」

 

「艦長、まだ本艦は艦載機を出撃させてませんよ?」

 

「あ、いや。なんかなんとなくッス。気にしないで」

 

 いっけね。思わず宇宙の蜉蝣さんが脳裏に浮かんで、つい叫んじゃった。まぁネタに走るのも俺くおりてぃなので問題ない。回りが困惑して時々ドン引きするだけだ。

 

「こちらの誘導に引っかからずに待機していた連中だ。大方、親衛隊って所だろうさ。ユピはどう思う?」

 

「そうですね。これまで観測してきたこの自治領所属のフネと比較すると、操艦技術からしてかなりの技術を持っているのが解ります。出来るなら各個撃破が望ましいですが……」

 

 むずかしいだろうなぁ。空母を中心にして展開しているってことは、つまり空母の航宙機を戦略の中心に据えていると同義だ。つまりあの艦隊は空母を護る盾。動くなら艦隊ごとで動くだろうから、易々と分散してはくれまい。

 

 実際、光学映像から垣間見える艦隊の挙動は非常にスムーズだ。成程、確かに動きだけ見れば尖鋭。親衛隊なのかもしれないな。

 

「敵空母から艦載機が発進。周囲の護衛艦もインフラトン出力が上昇。戦闘出力に入ります」

 

「こっちも損害は出したくないけど仕方ない。各艦、対空対艦戦闘用意! トランプ隊に出撃を急がせるッス!」

 

 さて、こちらも艦載機迎撃の部隊を出そう。レーザーの雨を潜り抜けられるトランプ隊の技量なら問題ない。むしろ敵編隊を突破して敵艦隊まで叩きそうだ。

 

 ああっと、それから――――

 

「おーい、バリオ“元”宙尉とギリアス君ー、聞えてるッスか?」

 

『元って言うな!』

 

『おう、聞えてるぜ』

 

「とりあえず遊撃おねがい」

 

『『あいよ、まかされた』』

 

―――これでよしっと。とりあえず元宙尉とギリアスに協力要請だ。折角同盟組んでるんだから、使えるもんは何でも使うのじゃ。

 

 それにしても、こちらの方が数的に有利なんだけど敵さん怯まずに向かってくるな。数だけで言えばウチは、戦艦1、巡洋艦4、駆逐艦20、特殊工作艦が1、の26隻。それにバリオ元宙尉とギリアスの巡洋艦を併せて全28隻……、数だけみたら完全に多勢に無勢かな?

 

 とはいえ、敵の方が少ないからって油断したらいけないんだよな。この世界じゃ少数でも敵を打ち破れることを、俺達自身が証明している。何か秘策でもあるのかもしれないから油断は出来ない。目的が領主のいる本星なので、別に殲滅するまで相手する必要も無いのが救いか。

 

 本当なら戦闘を避けたいが、背後からヴァランタインが迫ってるんだよなぁ。大海賊のメンツ的に挑発したギリアスに鉄槌を下さんと追っかけてくると踏んでいる。だがギリアスが俺達と合流しているのを見たら、何をしたのか状況を簡単に理解しちゃっうだろう。

 

 つまるところ、あまり時間を掛けてたら確実にBADENDなんだ。ある意味前門の虎、後門の狼な状況。あれ? 前門の狼、後門の虎だっけ?………と、とにかく戻ったらヤバいって事なのだ!

 

「敵艦隊接近、数は11、本艦の射程まで残り120秒」

 

「ストール、対艦対空戦闘の準備をしておけッス」

 

「アイサー、FCS開きます。CICとリンク。―――ユピ、無人艦隊を調整して互いの射線を確保してくれ。挟唆攻撃が出来るようにな」

 

「了解です」

 

 ストールの要請を受けたユピは一旦眼を閉じた。彼女の顔に活性化したナノマシンの流れが、光の紋として浮かび上がる。彼女が意識を集中させ、艦隊運動に演算能力を割り振った証拠だ。

 

 すぐに護衛についている無人艦隊の陣形に変化が現れる。互いの火線が味方に被らない用に、そして十字砲火(クロスファイア)が可能になるように、艦隊の位置を調整しているのである。人間と違い互いにリンクしているからか、陣形の構築はすぐに完了した。

 

「敵艦がミサイルを発射。ミサイル郡、急速に近づく」

 

「ミサイルは電子欺瞞と直掩機の近接対空に任せろ。シェキナ発射用ー意!」

 

「了解。シェキナ、砲門を開口します。特殊FCS起動、ホーミングレーザーシステムアクティブ」

 

「グラビティウェル、正常に稼働中……空間重力レンズの形成、完了したわ……」

 

 戦術マップを見ていると、座席を通じて軽い振動を感じた。ユピテル両舷にはレーザー発振体の砲列が並んでいるが、それを格納していた装甲板が開いた振動だ。砲列自体は、ただのレーザー砲が並んでいるだけだが、これが重力レンズと合わさった時、その恐るべき力を発揮するだろう。

 

「全砲、発射準備完了!」

 

「撃ち方はじめ!」

 

 曲射可能なレーザー砲撃の恐ろしさをとくと味わうがよい。そう思いつつ、俺は攻撃開始の号令と共に手を振り下ろし、ここに会戦が始まった。

 

 ヴァランタインが迫ってきてるから、早く倒されてくれよ……。

 

 そう願ったが、物事は上手くいかないのが世の常なのよねぇ。

 

 

***

 

 

 さて、ユーリの願い空しく、戦闘が開始されてから既に1時間が経過しようとしていた。

 

 戦闘開始当初はユーリ達の方が優位であった。守備艦隊主力部隊をスルーし、護衛の居ない宇宙基地も武装を破壊する程度に留めてここに来た為に、ここまで戦力を磨耗する事無く来れたからである。戦力も敵艦隊の3倍、これまで集めていたこの宙域にいる敵のデータから予想するに、対して時間は掛からないだろう。そう思われていた。

 

 されど、予想は悪いほうに裏切られる。時間が経つにつれて、ユーリ側が優勢なのは変わらないが、ヴルゴ将軍隷下の親衛艦隊は異常な粘りをみせたからである。

 

 ユーリたちが相対したゼーペンスト親衛隊は、先代時代の生え抜きや守備艦隊の中でも突出した者たちを集めたエリートで構成された、確かに精強な艦隊であった。その実力たるや、先のゼーペンスト本国艦隊に所属する守備艦隊主力を上回る。

 

 そのエリートを確かな実績を持つ歴戦の戦士たるヴルゴが率いている。勇将の元に弱兵はなし。結束も統率も取れており、数的不利を物ともせず反撃してくる姿に、戦いの最中でありながらも、ユーリは内心感嘆の声を上げていた。

 

 無論、倒せなくはない。実際、トランプ隊や無人機、それに砲撃などの尽力により、相手の護衛の艦船を沈めている。だが、それは想定していたよりも多くの時間という名の血を、ユーリたちに払わせていた。後方から宇宙ナマハゲの脅威が迫るなか、このタイムロスはかなり痛いものであったという。

 

 敵は圧倒的に強いわけではないが、上手い。こと手強さに関しては、これまで戦ってきた海賊より遥かに手強かったと、後にユーリは語っていた。

 

 

 

 

 一方のユーリたちに手強いと言われ、奮戦していたと思われていたヴルゴだが、実際のところは既に戦線を維持できる限界を超え、破滅の足音が近付きつつあった。

 

 それは戦いが艦載機同士の戦闘から、艦船同士の撃ちあいになってから顕著になる。砲撃戦が始まると、彼らは次第にジリ貧に追い込まれていった。これは彼等の使用する艦船が隣国ネージリンスが他国に輸出販売したフネであり、航空戦力を中核とするネージリンスのドクトリンをそっくりそのまま踏襲していたことに起因している。

 

 つまりは空母を主力にすえた機動艦隊で構成された艦隊であり、この手の艦隊というのは、射程圏外からのアウトレンジ攻撃が行える利点があったが、互いが確認しあえるような戦艦同士の殴り合いでは滅法弱かった。砲雷撃戦に突入すると戦艦よりも装甲火力の低いピケット駆逐艦と巡洋艦で敵を相手にしなければならなかったからである。

 

 親衛艦隊にとっての不幸は、白鯨に尖鋭の航空傭兵部隊であるトランプ隊がいたことだろう。彼等の活躍により、直掩機を除くほぼ全ての戦闘機と対艦攻撃機を喪失してしまったのである。無論エリートが集まる親衛隊所属の艦載機隊だけあり、白鯨艦隊の無人機をかなり落としてはいたが、それに引き換えて多くの航空戦力を喪失したのは空母的には痛かったといえた。

 

 

 それでもヴルゴたちはかなり善戦したといえる。自軍の航空戦力が壊滅したのを受けて、ヴルゴはすぐさま残存する艦載機を全て艦の近接対空に回していた。対艦攻撃を行おうとしたトランプ隊を近寄らせず、さらには撃墜こそ出来なかったものの、彼等を撤退させることに成功している。

 

 この時ヴルゴは、自身が指揮する隷下の艦隊に対し、味方艦同士が互いの死角をカバーできる密集陣形を取らせたのである。その厚きレーザーと対空ミサイルの壁は、いかなトランプ隊であっても迂闊に懐へ飛び込めない程であった。

 

 しかしながら制宙圏を奪われ、からくも防空できている状況では、敵の足を止める事はできない。白鯨艦隊の艦載機を相手にしている間に、敵との相対速度は増し、気がつけば両者の射程圏内に互いの艦隊が収まるところまで到達を許してしまった。

 

 しかしここでもヴルゴは巧みな指揮能力を発揮した。親衛隊が持つ高いポテンシャルと血が滲む様な努力。この二つに加え、彼らの艦隊の特徴でもある駆逐艦や巡洋艦を中核とした機動艦隊の足の軽さを十二分に発揮させたのだ。

 

 特にユピテルのホーミングレーザー砲、シェキナの一撃を受けても尚、彼は善戦した。広範囲から迫る、よける事が難しい攻撃である事を開幕の一撃で見抜き、すぐに比較的装甲と耐久力があるフリエラ/ZNS級重巡洋艦を攻撃から外してシールドにエネルギーを集中させ、艦隊の防護に回したのである。

 

 具体的には生き残りの艦のエネルギーをシールドに割くだけでなく、開幕シェキナの一撃で轟沈した艦をトラクタービームで牽引、物理的な艦隊の盾にしてしまったのだ。一見すると死した仲間を盾にする行為であり、外道の所業に見えなくもない。だが、彼が苦渋の中でこれを決断しなければ、さらに被害は増していた事もまた事実であった。

 

 無論、巡洋艦の残骸程度でホーミングレーザーの全てが防げるわけではない。しかし光線が収束する空間に、傘としておくことで、被弾によるAPFシールドジェネレーターに掛かる負荷を軽減させ、バイタルパートへの致命的な被弾が起こるのを防ぐという意味では、艦隊が生き延びるのに貢献していたのは間違いなかった。

 

 こうして将としての手腕を発揮したヴルゴであるが、彼が勇将であると白鯨に示したのはこの後である。彼は守勢だけではなく、この極限の状態で反撃に打って出たのだ。シェキナのインターバル中、ヴルゴは指揮下の艦隊にミサイルによる対艦攻撃をすぐさま実施させた。旗艦アルマドリエルの通信機能を遺憾なく発揮し、すぐさま艦隊を構成するミサイル駆逐艦たちから、白鯨艦隊に向けて多量の対艦ミサイルが投射された。

 

 このミサイル駆逐艦はリーリス/ZNS級と呼ばれ、艦隊ではピケット艦としての役割を持っているが、それだけではなく艦首から艦橋までの前部甲板が全て16×2セルのVLSに占められた、半分アーセナルシップのような艦であった。

 

 レーザー砲を持たないが、その大量の中型対艦ミサイルにより、並の駆逐艦よりも遥かに火力は上であると期待されていた。ヴルゴはこの艦たちの火薬庫を空にせんとばかりに、投射できる限界の早さで大量のミサイルを断続的に投射、白鯨艦隊の尖鋭トランプ隊や無人機たちをミサイル迎撃に釘付けにしてしまった。

 

 駆逐艦程度の対艦ミサイルなど、大型艦であるアバリスやユピテルには毛ほど効果もない。だが、随伴の護衛艦たちにとっては、そうもいかなかった。マッドサイエンティストによって魔改造を受けたとはいえ、多くは海賊が使用していた低性能の駆逐艦であり、その性能は魔改造されてようやく並の艦より上程度。

 

 デフレクターによる質量兵器に対する防護力はあったものの、その出力はお世辞にも高いとはいえず、大量のミサイル郡を相手にするには性能が足りていなかった。

 

 そして、ヴルゴが行ったこの反撃の対艦ミサイル攻撃。これはある意味、ユーリが……いや白鯨艦隊が潜在的に持っていた慢心を突いた形となった。

 

 これまで白鯨艦隊はなまじフネが高性能ゆえ、一方的なワンサイドゲームが多かった。彼等が収集していた自治領守備艦隊のデータには、親衛隊の錬度や改修艦の情報がなかった事も味方し、巧みな艦隊機動と適切な指揮をするヴルゴが放った一撃が、これまで艦隊戦で被害を殆ど受けた事の無い白鯨艦隊に損害を与えたのであった。

 

 とはいえ、ヴルゴ率いる親衛艦隊はこうして白鯨艦隊に出血を強いたが、彼等の奮闘もそこまでであった。確かに攻撃は届いた。が、彼らは元々空母機動艦隊。艦隊戦においてもっとも重要な火力と装甲が欠如していた。つまり決定打となる攻撃が出来なかったのである。

 

 戦術により一時的に盛り返した戦局であったが、窮鼠猫をかむような事態を受けて、本能的にあった慢心も完全に捨てたユーリが全砲門による砲雷撃戦を開始。両者の激しい応酬は泥沼の様相を呈し、敵味方双方に疲労を蓄積させていった。

 

 特に有人艦が多いヴルゴ隷下の親衛艦隊は、徐々に艦隊運動が鈍り始めていくことになる。有人艦は錬度を上げる事が出来るが、マンパワーで動かす以上疲労を無視することは不可能だったのだ。

 

 一方の無人艦が多い白鯨艦隊は一部有人艦を除き疲労によって動きが鈍る事はほぼ無い。さらには長い事自分の国に籠り、激しいとはいえ定期訓練をしていただけの人間とは違い、白鯨艦隊の面々は厳しい宇宙を放浪し、様々な経験を積んできた0Gドックである。こと戦闘においてはかなりタフであった。時間が経過しても殆ど衰えない攻勢を受けたヴルゴ艦隊の損害は増してゆくことになる。

 

 破滅の足音が近付いてくるとは、そういう次第だった。

 

「―――護衛艦『ドンディエゴ・デルディア』に被弾! 我、操舵不能を発信し続けています! 我がほうの護衛艦は残り4隻です!」

 

「敵艦隊の総数は?」

 

「……駆逐艦クラスが10隻、巡洋艦クラスが6隻、弩級戦艦クラスが2隻の計18隻です」

 

「落とせたのは10隻。しかも駆逐艦のみか……」

 

 もはやジリ貧で打つ手なし。ここに来て、ヴルゴの心中はもはや傍観といった具合になりつつあった。確かに敵艦隊に出血を強いることは出来たが、味方艦隊の被害は甚大。沈めた敵は全て駆逐艦で、メインである戦艦や巡洋艦には殆ど被害が及んでいなかったことも、彼らの精神を揺さぶるのに一役買っていた。

 

 無論、いまだ戦闘が続いているので表立ってそれを見せる事はしない。それでも敗戦濃厚となった今、鬱々とした気分があたりに漂うのも仕方がない事だった。

 

「……フン、負けだな。他に戦闘中の友軍は?」

 

「クェス宙域方面に向かった艦隊は一応保っていますが……」

 

 部下の反応を見るに、どうやら友軍の戦局も芳しくはないらしい。それは初めからわかっていた事なので、ヴルゴは特に動揺もしなかった。ただ無駄に兵が失われた事、自分についてきた親衛隊将兵も多くが失われた事が残念ではあった。

 

 ともあれ、既に“詰んだ”状況らしいことを理解したヴルゴは、コレ以上何をしても、もはや戦況は覆らないと直感した。

 

「オペレーター。通信回線を開け」

 

「ハッ!………えーと、どこにで、ありますか?」

 

「いま眼の前に見えている連中だ。どんな奴等か興味があってな」

 

「了解。通信回線つなぎます」

 

 自分達をこれ程まで痛めつけてくれた相手にヴルゴは興味を抱いた。軍人であるが武人でもある彼は、勝敗の決した今、最後に敵の顔を見てやるのも一興と考えたのだ。

 不可解ではあったが、彼が下した命令を受けたオペレーターは何も言わずに白鯨艦隊へと通信の要請を送った。数瞬後、艦隊を襲っていた多大な砲撃が止んだ。レーザーやミサイルの応酬で騒がしかった宇宙が一転。不気味なほどの静けさに満たされる。

 

「―――っ! つながりましたっ! サイドスクリーンに転送します!」

 

 オペレーターがそういうが早いか、ヴルゴの左側にあったスクリーンが切り替わる。回線同調時に起こる一瞬のノイズを、コンピューターが補正する際に起こる映像の乱れが収まり、サイドスクリーンのホロモニターが相手のフネの中を映し出した。

 

 ヴルゴは戦術モニターに向けていた視界を外し、ゆっくりとサイドスクリーンに向き直った。その胸中では、敵を率いていたのは果たしてどのような人物なのかという思いが渦巻いていた。

 

 それは勇猛果敢な武人か、はたまた下劣な本性を隠さない蛮族か、それとも高度な知性と狂気を両立する知恵者か……、いずれにせよ、彼は自分を打ち負かした人物と言葉を交わしてみたかったのである。これはたとえ敵であっても、強者であるなら敬意を表すという彼の矜持がそうさせていた。

 

「……(なんだと?)」

 

 そして通信先の敵指揮官が画面に映った途端、それを見ていた者たちは一瞬固まってしまった。なぜなら通信回線に映った相手が、自分が予想だにしなかった相手だったからである。

 

 その人物はどっかりと椅子の上で胡坐をかき、ただ静かにヴルゴを見つめている。肩まで無造作に伸びる銀髪、するりと伸びた手足、背の高さは見た限り控えている女性と対比しても頭二つ分は低いだろう。その顔は中性的であるが、身体つきから見て辛うじて男であるとわかる。

 

 そう、筋骨隆々でもなく、知恵に富んでいるわけでもない。少し顔立ちのいい普通の少年がスクリーンに投影されていた。ヴルゴは小姓かなにかかとも思ったが、指揮官席にあえて尊大に座ってみせていること。控えている女性の立ち居地からしてそれはない。

 

 信じられなかったが、どうやら映像に映るその少年が自分を打ち負かした指揮官であるようだ。その少年、何故か寝ぼけたような顔であり、全体的に能天気そうな感じが漂い、その所為で微妙に残念な雰囲気を纏っている。少なくとも初見では強者とは思えなかった。

 

『………いかがした?』

 

「……失礼した。こちらはゼーペンスト自治領、本国守備艦隊総司令、ヴルゴ・べズンだ。自治領の守護を受け持つ我等を打ち負かした強者を一目みたいと思い通信を申し入れた」

 

『それはご丁寧に……。自分がこの白鯨艦隊を創設、指揮している0Gドッグのユーリです』

 

 まさかと思ったが、本人が指揮官である事を肯定した。アルマドリエルのブリッジがざわついた。噂の白鯨艦隊、宇宙のくじら、海賊専門の追いはぎ……、色んな悪名も篭った名声があるが、それを率いる人物が、こんな若者が敵であったのかと。

 

『それで? どうです? 敵の大将を見た感想は?』 

 

「失礼であるが、あまりにも若いので貫禄がない上に威厳が感じられない。緊張感無き覇気のなさに驚くばかりだ。負けた我等が言えることではないが……」

 

『はっは! 言いますね。全く持ってその通りで』

 

 ヴルゴの皮肉に、しかしユーリは笑ってかえしていた。それ以前に言われた内容を当人はまったく気にしていなかった。ヴルゴの言った事は、ほぼ全て当てはまるからだ。

 

 なので皮肉を前に快活に笑った。そんな若き艦長の顔を見ながら、若いが柔軟な器を持つ人物だと感じたヴルゴは、内心ユーリの評価を上げていた。

 

「されど、一糸乱れぬ艦隊の挙動。そして尖鋭たる我等の攻撃でも駆逐艦以上を落とさせなかった組織力は素晴らしいの一言であった」

 

『ふふふ。そちらも、数だけなら三倍の我々を前に一歩も引かず、そればかりか本来出すつもりのなかった出血を強いらせた。勇猛果敢なるお手前に感服しました』

 

「………こちらの半分以上を墜としておいてよく言う」

 

 こちらにも時間が無かったので、とユーリは返した。

 

『さて、もう少し喋りたいですが、怖い怖い大海賊が迫っているので単刀直入に聞きます。降る意思はおありか?』

 

「―――知ってのとおり、我々は自治領という国を護る軍人だ。そんな我等が簡単に降服などするものかよ。敵に対し膝を折ることはできない」

 

 そうヴルゴは吐き捨てるように喋る。自分で言ったとおり彼らは軍人であり、自治領の民が蹂躙される可能性が、万に一つでもあるならば、命果てるまで戦う誓いを立てている。

 

 されど……。

 

『正気で?』

 

「……だが、部下が退艦する時間はいただきたい」

 

 旗艦からの総員退艦。それは即ち、この場において事実上の降服であるといえた。ヴルゴは付き従ってくれた部下達の手前、自らが降服すると口には出来なかったが、それでもこれ以上、ボンクラの二世領主が下した阿呆な命令に付き従わせる気は毛頭なかったのである。

 

「司令官?! しかしそれは!」

 

「よいのだ、ゼファー。お前達はよくやったが、これ以上無駄に死なせるわけにはいかない。総司令より最終命令を下す。友軍艦船は救助者の救出後この宙域から後退。可能であるなら降服も許可する。そして、旗艦乗組員はすみやかに退艦せよ」

 

「しかし、司令はどうなさる御積りなのですか!」

 

「……総員退艦後、本艦は秘匿情報並び機密情報を物理的に消滅させるため、自沈処分する。私は私が犯した事の始末をつける。それだけだ」

 

 つまり、ヴルゴは責を負って自爆するつもりであった。彼を慕う部下達は一斉に反対するが、彼は自分の意見を曲げようとはしなかった。それだけ多くの将兵が失われたという責任が、彼にはあったのだ。

 

 そんなヴルゴと部下達のやり取りを『フム…』と呟きながらユーリは眺めていた。彼らのやり取りが平行線を辿りそうで、時間稼ぎじゃないかとも思い始めた彼は、彼らの言い合いにとりあえず口を挟んだ。勝者という特権で手っ取り早く済ませる為に。

 

『あー、退艦するのを見逃すのはいいが、条件がありますよ?』

 

「クッ、どんな条件だ?」

 

『なにたった一つの冴えたやり方ってヤツです。ヴルゴ将軍、貴方が我々のところに来る事ですよ。ちょうど内部事情ってヤツを知りたかったのでね』

 

 無論、内部事情など口実である。既に本拠地に近いのでそこまで重要な情報はいらない。ただ単にこの平行線を辿る言い合いを手早く済ませたかっただけだった。

 

「それは……、私に虜囚の辱めを受けろと? それに話すとでも?」

 

『それ程度で生き残った艦隊を逃がすと、申しています。飲まなければ我等の全火力を持って撃滅させてもらうだけです。既に艦載機の補給は終了していますから、迎撃機も殆ど残っていないそちらが耐えられるでしょうか?』

 

「むぅ……、それは……」

 

『こちらとて時間が惜しい。さぁどうなさる?』

 

 ユーリの提示した条件に、ヴルゴの中で武人と軍人の、両方の思考がぶつかり合った。武人の思考は降服を迫るユーリに対抗し、最後まで戦うべきだと叫び、ヴルゴの心拍を引き上げた。軍人の思考は、生き残った部下をこれ以上無駄に死なせず、彼等に生きる道を提示させるべきだと叫び、冷たくも熱く脳を揺らした。

 

 サイドスクリーンの向こう。白鯨艦隊のユーリが見つめる中、周りの部下達が不安そうに見やる中、ヴルゴが下した決断は―――

 

「……了解した。私はそちらに乗り込もう。本艦は機関を停止後放棄する」

 

『了解です。では後ほど』

 

 そういってユーリは一方的に通信を切断した。沈黙がアルマドリエルのブリッジを包み込む。ヴルゴは降服したのだ。白鯨という巨大なモンスターに、部下達を呑まれない為に、己の矜持と信念を犠牲にしたのだ……。

 

 一瞬だけ、眼を瞑って顔を上げた後、大きく息を吸ったヴルゴは鬱憤を吐き出すようにして思いっきりそれを吐く。これまで行ってきた事が崩れ落ちる感覚を覚えながらも、彼は敗軍の指揮官として責務を果たすために動き出した。先ずは高台となっている司令官席の淵に立ち、操作卓にある艦隊全てに繋がる放送スイッチをいれた。

 

「聞いていた通りだ。戦闘は終了。我々は降服する。私が白鯨艦隊に乗り込んだ後は、旗艦は総員退艦後に放棄。手順に従い重要データを廃棄しておけ。残存する親衛艦隊は、宙域に散らばった友軍の残骸から生存者の救助にあたれ――」

 

 ヴルゴはそこまで言い切ると、一度大きく息を吸い、吐いた。

 

「―――それと、勇敢で優秀なる親衛隊のフリートスタッフ諸君。私は諸君と共に戦えて光栄であった。以上だ。作業にかかれ」

 

 こうして、ヴルゴ隷下の親衛艦隊は白鯨に降された。この放送の後、船内各所では無念と悔しさからすすり泣く声が響いたという。しかし、流石は勇将なるヴルゴの配下たち、さしたる混乱も見せず、黙々と最後の命令を実行していった。

 

 脱出ポッドや宇宙服を着たクルーを船外にも乗せた作業用ランチがアルマドリエルから離れて、生き残った残存艦に向かっていく中。まだブリッジにいたヴルゴはそれらをモニターで眺めつつ、こう一人ゴチた。

 

「……ふん。先代の恩をボンクラに返す。果たせなかったが、思えば詰まらん人生よ」

 

「まぁまぁ、いいじゃないですか。生きてれば再起可能ですよ」

 

「……まて、何故ここにいるゼファー? 総員退艦を命じただろう」

 

「今更他のところに行くのもなんか違うんです。そういうわけでブリッジクルーおよび旗艦乗組員の有志、以下13名は将軍と共に白鯨に参ります」

 

「……フンッ、勝手にしろ。向こうが追い返すだろう」

 

 何故か付き従う積もり満々の副官たちの行いに、半ば投げやりにそういったヴルゴ。だがヴルゴの考えとは裏腹に、ユーリはヴルゴについてきた部下達も全員捕虜として収容した。

 

 これはただでさえヴルゴたちの奮戦で時間が圧しているのに、これ以上のタイムロスはよろしくないと考えたユーリが、いざこざの原因になりそうなことを嫌ったからであった。

 

 ヴルゴたちはそのまま、白鯨艦隊の捕虜を収容する耐圧室に収容され、急ぐユーリの指示により、白鯨艦隊はそのままこの宙域を離脱。ゼーペンスト本星へといそぐのであった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第35話 ネージリンスinゼーペンスト編

連投その2です


■ネージリンス編・第35章■

 

 

 さて、無人とはいえ駆逐艦10隻ロストという予想外な損害と、ついでに多くの捕虜を得たが、それは一度放置し、急ぎ足で首都惑星ゼーペンストへと俺達はやってきていた。

 

 すでに自治領の守備艦隊は全て出撃していると、虜囚となったヴルゴ将軍から軽く聞き出していたので、衛星軌道上に近付いても迎撃ミサイル一つなく、とても静かなもんである。襲撃の心配はほぼ無いので、悠々と惑星のステーションへと航行していた。

 

「いやぁ、時間食ったときはどうなるかと思ったけど、案外何とかなったッスね」

 

「意外と粘ったからね。でもこれで本国艦隊は壊滅状態。すこしは楽に進められるさ」

 

「イネス。お前さんのお陰ッス。ありがとう」

 

「あ、ああ……、まぁ計画通りって言っておこうか」

 

「おいこら、褒めた途端に頬を赤らめるな気持ち悪い」

 

「あげて落とすとか、もうすこし労わってほしくて!」

 

 律儀に反応してくれるイネスが面白くて、ついやっちゃうんだ~☆

 

 そんな阿呆な事をしている間にもフネは進み、自治領の全域が見える距離まで近付いていた。そろそろ艦載機を展開すべきかと思考していると、となりにいたトスカ姐さんが外部モニターを指差して俺の方を叩いた。

 

「お、見てみなユーリ。ここにもデッドゲートがあるよ」

 

「そう言えばアルビナさんの説が正しいと――」

 

「そう、エピタフ遺跡の近くにデッドゲートはよくあるってことだネ」

 

「む! その特徴的な語尾わ! ……って、教授じゃないッスか、なんか用スか?」

 

 見れば何時の間にかトスカ姐さんとは反対側、ユピの横にジェロウ教授が立たれているではないか。というか俺に気配を悟らせないなんて―――教授、恐ろしい人!(○影先生調)

 

 俺が白眼でフフフと笑っているのを軽くスルーする教授。流石に慣れてきてしまったようだ。く、悔しい、でも感じち(ry

 

 まぁふざけんのはそれくらいにしてっと。お話しを聞きますか。

 

「で、結局何しに?」

 

「なに、散歩だヨ。戦闘中は開発が出来ないから、微妙にヒマなんだヨ。ソレはさて置きさっきのはなしだけどネ。アルピナくんが最近この宙域でヒッグス粒子の検出回数が上がっていると言っていただろう? あれ、ヴァランタインがこの宙域にいた為ではないかナ?」

 

「ヴァランタインがッスか? なんで――」

 

「彼もエピタフを良く狙うらしい。ということはエピタフも当然幾つか入手しているだろう。フフ、どうやら彼女の自説は裏付けられてきたようだ。オモチロクなってきたネ」

 

 そう教授は言い残すと、エレベーターの方に向かいブリッジから去っていった。自分の弟子の説が証明されるってのが嬉しいのかもな。教授は変な人ではあるが、一応人間の感情って言うもんを持っている。嬉しい事は嬉しいって言えるのは、ある意味良い性格だよな。

 

……………………………

……………………

……………

 

 

 惑星に降りる為にステーションへと入ろうとしていると、通信が入ってきた。

 相手はバウンゼイのギリアスから、はて、なんか用だろうか?

 

 

『おい、ユーリ、聞いてやがるか?』

 

「どうかしたッスか、ギリアス? お腹すいたッス?」

 

『大丈夫だ。ちゃんと食って力は入ってる。って、そうじゃねぇ! まぁいい、とにかくな? さっきの戦闘で一部のミサイルを食らったんだが、そいつがどうも良い感じにセンサーの幾つかをもぎ取ってくれたらしくて調子が悪い』

 

 そうギリアスが言うと、通信画面にバウンゼィの概略図と、損傷を受けた部位のクローズアップが画面右下に表示された。副官さんが気を利かせて表示してくれているようだ。ギリアス? こいつがそんな細かい芸当するかよ。

 

『幸いセンサー本体は無事だが、アンテナを含めた外部パーツが特注でな? 管理局に問い合わせたんだが、この宙域では扱ってない部品なんだ。悪いんだがここらへんでお別れだ。まぁテメェなら問題ないだろ』

 

「あーなら仕方ないッス。いやココまで手伝って貰えただけでもありがたいッスよ」

 

『すまねぇな。最後まで手伝えなくてよ……。またいつか会おうぜ! それじゃあな!』

 

 ギリアスからの通信が切れ、彼の乗艦バウンゼイはインフラトン粒子を靡かせて宙域から離れていく。この時、彼も残っていてくれればあの事態は回避……出来なかっただろうなぁ。

 

 

 

 

 

 それはともかくとして、ゼーペンスト艦隊を罠に嵌めたので敵がいない首都惑星に降り立った俺らは、市街地は無視して一直線にバハシュール城を目指した。

 個人的には宇宙艦隊で地上爆撃を行い焼き払いたいところだが、宇宙用の兵器は地上で使うと環境への被害が半端ではないし、なによりバハシュール以外の人々は基本的に無実である。

 

 何より0Gドッグが従うべき最低限のルール。アンリトゥンルールが地上の民への攻撃を禁じている。アウトロー気取ってるけど、流石に超えちゃいけない線ってのは存在するんだよな。何よりこれ破っちゃうとこれまでの功績や名声が水の泡、これ0Gドッグの辛いところね。

 

 まぁそんな訳で地道に地上を侵攻するしかない。艦載機も海賊拠点ならともかく、一般人がいる領内での使用は地上攻撃とみなされるので出来ないと見ていいだろう。

 精々が上空からの偵察くらいか。傭兵のトランプ隊の出番無くなってザマァ(笑)とか言ったら、歴戦の彼等に反乱起こされるかもしれないのでいえない、ヒント俺チキン。

 

「こけーこっこー!」

 

「艦長?」

 

「ほうっときなユピ。ユーリも男だから時々叫びたくなるんだろうさ」

 

「はいトスカさん」

 

 すんません、奇行をとってる自覚はあるんで憐れまないで。逆に辛い。

 

 まぁなんで行き成り叫んだかといえば、市街地が圧倒的に暇ッだったからだ。自治領の中心地なだけあって、たぶん普段は守備艦隊に護られているから、迎撃施設のような無骨な設備がまったくないのよね。

 

 街中も美術館なり博物館なり歌劇座なり、文化的な施設ばかりが目立つ。これがシビライゼーション的なゲームなら文化勝利狙ってるとかなんだろうが、あいにくゲームが違う。ありえるのは文化の中心地だから景観の悪くなる物は置かないんだろうかね?

 

 しかし市街地を抜けたところで、俺達の進撃は一度停止してしまう。地上を護る衛兵だと思われるのだが、それらが市街地で待ち構えていた。

 彼等は統率が非常に取れており、城に繋がるルート上の各所に展開。車やトラックといった車輌で即席のバリケードを作り、軌道エレベーターから降りた俺達の進撃を妨害してきたのである。

 

 市街地の無抵抗感とは対照的に、待ち構えていた彼等の抵抗は苛烈であった。特に敵の中に対メーザーブラスター対策の携帯フォースフィールドを張る敵兵がおり、こちらの白兵戦武器が効果的に働かないという事態に……。

 あれ凄く高いんだけど、腐っても自治領本星の警備兵ってことなのかね? それにしても、この宇宙開拓時代で互いに剣を使って斬り合いをするとはね……、人は、過ちを繰り返す。

 

 もっとも、この敵兵たちがとった戦法は、ヘルガが素手で吶喊した所為で、早々に瓦解してしまったのには、こちらとしても驚いたけどな。

 

「じゃよー」

 

 見た目は美女であるヘルガが、陸上選手もビックリな速さで走ってゆき、バリケードを容易く突破。スークリフブレードを持った近接衛兵を達人の如き動きで翻弄し、その白魚のような華奢な手足で千切っては投げ千切っては投げの無双状態……。

 

「これが邪魔臭いんじゃよー」

 

 そのついでにフォースフィールド発生器を破壊。フォースフィールドが消えた事でエナジー系の武器が使用可能となったのだが、彼女は止めとばかりに両方の掌からプラズマエネルギーを拡散放射しつつ飛び回り、さらには眼から出力を弱めた水晶体レーザーで生き残りの意識を完全に絶っていった。

 

 なんていうローリン○バスターラ○フル。宴会の時にその熱気に当てられた彼女が、良くかましている宴会芸なので、俺達にとっては見慣れたもんなんだが、まぁあちらさんが知る訳ねぇわな。

 それに素手とはいうが、電子知性妖精のプロトタイプ素体で作られたヘルガは、マッドなケセイヤの趣味により、素手に見えてもこれ全身武器の塊である。彼女に触ると火傷するぜ(消し炭になります)

 

 そんなヘルガのお陰で、人間って十メートルくらい飛ぶんだとか思いながらも、戦闘はこちらの優勢で進められた。この無双はヘルガが飽きるまで彼女の続いたのはいうまでもない。相手になった敵兵さん、南無。

 

「へぇ、なかなかの打撃力だ。どれ、私も………あーれま、たったの一発であの様かい?」

 

「トスカさん、何時の間にバズを」

 

「いやー、意外とスカッとするもんだね。コレ」

 

 トスカ姐さんェ。

 俺の隣で俺のよりデカい、冷却機から水蒸気を吐きだしているエネルギー式バズーカを抱えているトスカ姐さんが呟いた言葉に思わず突っ込む。いやスカってするってあーた。

 

「連射が出来ないのが難点だけど攻撃力は中々じゃないか。敵も派手に吹き飛ぶし、いいねいいね。気にいったよ」

 

「「「……(渡しちゃいけない人に渡しちゃいけないのが渡っちゃった)」」」

 

「さぁ、次の連中をブッ倒しにいこうか!」

 

「ヘルガも頑張るんじゃよー、ぶっこんでいくんじゃよー」

 

 ヘルガ、格闘戦に嵌る。トスカ姐さん、バズに嵌る。

 とりあえず、敵さん南無。

 

「さてと、バリケードも突破したし、このまま城まで一直線に―――」

 

「艦長。バリケードにいた人が持っていた端末調べたら、周辺に展開している部隊の情報が出てきました。どうしますか?」

 

「………後顧の憂いとなるものは排除しとくべきッスかね? ユピ、一番敵が多いのは?」

 

「はい、この地点ですね。ちょうど目的地との中間にあります。ここに集結して地上を進むこちらへ対処するつもりだったようです」

 

「どらどら? ふーん、ここに集結、ねぇ?」

 

 ユピが空間投影しているホロモニター、そこに映る地図に記された敵の集結地点。比較的大きく、そして頑強な構造物があるところ。

 

「収容施設。まんまのネーミングッスね」

 

「もしかしたらいるんじゃないかい? ご依頼のお嬢様がさ」

 

「行ってみれば解るッス。行けば解るさ」

 

 そんな訳で、とりあえず敵の集結地点を強襲することになった。

 時間は大体30分。え?なんの時間かって……、そりゃ制圧が終る時間である。原因はバズの魅力に嵌った姐さんと、ヘルガ。あとは言わんでもわかるだろう。

 

「なんか、えらく人が沢山収容されてるッスね」

 

「犯罪者……、じゃねぇな。記録によれば殆どが政治犯や思想犯、体制に歯向かう連中を閉じ込めていたようだ」

 

「あれ? バリオさんいたの?」

 

「…………、地上に降りてからずっといたが?」

 

 さーせん。

 

 まぁそれはともかく、どうも専制君主たるバハシュールに反感を持つ人間は意外と多かった様だ。支配者に逆らう人間は、すべからく犯罪者って訳ね。

 

「それにしても、ホント沢山ッスね」

 

「余程小心者の専制君主なんだろうな」

 

「もしかしたらさらわれたキャロ嬢もここにいる可能性もあるッスね」

 

「それじゃ俺はデータを当ってくる。ユピくんを借りてもいいか?」

 

「いいんじゃないッスか? 機械関係なら詳しいし、ついでにヘルガもつけるッス?」

 

「そうしてくれると「ヘルガは行かない、じゃよーっと」……理由を聞いても?」

 

「一つ、PC相手ならユピのどくだんじょーだから、二つ、ヘルガは自由に動いていいと許可を得ているから、三つ、艦長の傍を離れたらつまらんから」

 

「………、なんとも自由なこって。ユピくんはいいかい?」

 

「あっはい。大丈夫ですよ。お手伝いします」

 

「がんばっといでねー」

 

 バリオさんがユピを連れて去っていくのを手を振って見送った。

 

「ところで、付いて行かないほんとうの理由は?」

 

「あやつ。まだ新米だった頃にヘルプGの予約入れておいてすっぽかしたんじゃよー、悪い子は苦労すればいいんじゃよーっと」

 

「あー、なるほど」

 

 ヘルプGであったヘルガからすれば、教えを聞かない奴は嫌な奴って感じなんだろう。俺は教えてもらえる知識が面白かったのもあるが、なによりゲーム画面でしか見れなかった光景を生で見れるからかなり意欲的に授業は受けた方だぜ。

 

「そういうわけじゃから、キチンと聞いてくれていた艦長はいい子なんじゃよー」

 

「おう? おう~」

 

 ヘルガの撫でる攻撃。俺はなんだか気持ちよくなった。

 

「………、ユーリ。ナデナデしてもらえて良かったねぇ。とりあえず仕事しろ人垂らし」

 

「なんスカ不機嫌そうに……、ああトスカ姐さんも撫でてもらえばいいじゃないッスか」

 

「いや何でそうな「おうおう、2代前のワシがおぼえちょる。嬢ちゃんもいい子じゃッ他なー、ヘルガが撫でチャル、じゃよー」おいやめっ! というか嘘だろそれ! 髪が乱れるってば……、もう」

 

「口ではそういいつつも振りほどかないのでしたっと。それはともかく収容所の人間から使えそうな奴を見つくろっておいてほしいッスよ、トスカ姐さん」

 

「アンタあとで覚えてな。―――まぁいい。成程、確かにバハシュールに反感を持つ人間なら仲間に引き入れやすいだろうしねぇ。よし、まかせときな」

 

「なでなでするじょー」

 

「ああもう、後にしておくれよ」

 

 なんだかんだでイヤではないのだろう。ヘルガのナデナデをやんわりと外し、姐さんはこの場から出て行った。いや実際気持ちいいのよね。わちし、逆ナデポしちゃいそう。

 

「んじゃ、また艦長に、じゃよーっと」

 

「Oh……、おう?! おう~~」

 

 

 

 

 この後は適当に収容所の中を調べて回っていた。ヘルガ? まだ付いて来てますがなにか? 彼女に自由行動していいって許可与えてからホント自由に動き回る。どんな精神マトリクスを組み上げているのか、とにかく最近の行動基準がわからん。

 

 まぁそれよりも今は捜索を続けよう。そう思い、バリオさんたちの情報の洗い出しが終るのを、適当に幾つかの部屋を覗いて回って待っていたのだが――――

 

「……あら?彼女は―――」

 

「これはまたべっぴんさんじゃよーっと」

 

 収容施設の一室に金髪の少女がポツネンと一人座っている。どうみても政治犯には見えないし、正直この環境のなかでは非常に異質だ。コイツはもしかすると―――

 

「艦長、ファルネリの嬢ちゃんに聞いてみればいいとヘルガは思うんじゃよー」

 

「確かにそうッスね。んじゃ取り出したるは携帯端末、ファルネリさんにピポパっと―――。あーもしもしファルネリさん、ちょっと確認して欲しい事があるんスが?」

 

『何ですか? 私は今お嬢様の探索にいそがしいんです』

 

「それは解るんス。なのでとりあえずこの映像をご覧ください」

 

『――お嬢様!』

 

 ビンゴ。この反応、どうやらやっぱりこの独房の少女がキャロ・ランバースらしい。携帯端末の空間投影一杯にファルネリさんが顔をドアップにしている。正直怖ッ。

 

「場所は4階のDブロック何スけど……」

 

『わかりました今行きまぁぁぁぁ……――――……すっ!只今到着!」

 

「はや!?」

 

「彼女、センサーでは2階にいたんだけど、じゃよー?」

 

「お嬢様への忠誠心のなせる業です!」

 

 ………そうなのかー。

 

 まぁいい、とにかくキャロ嬢の居る部屋のロックを解除しよう。ファルネリさんが早く開けろとうるさいので、ヘルガに頼んで自動ドアの解錠(物理)をお願いする。結構凄い音と共に自動ドアが外れ中に入れるようになった。

 

 中を覗きこむと、赤いベレー帽をかぶり、同じ色のどこか懐古めいた……、強いて言うなら俺がいたころの地球的なデザインの服を着た、金髪青眼の少女が佇んでいた。この突然の事態に少し戸惑った顔をしていた少女に、俺は―――

 

 

「―――問おう……貴女がセグェン氏の孫娘か?」

 

 

 なんとなくフェイ○風にやっちゃったんだー☆

 だって金髪青眼の少女だったんだもん。反省はしていない。お陰で生身の身体で時を止めてやった! ふふ、周りの視線が痛いぜ!

 

「そ、そうよ?貴方は?」

 

「俺? 俺は「おじょうさまぁぁぁぁぁ!!! ごぶじでしたかぁぁぁぁぁ!!!」ちぇりーぶろっさむ!?」

 

「え!? ファルネリ!?」

 

「おー、まるで新聞紙でたたきつけたGのような、じゃよーっと」

 

 俺が自己紹介をしようとすると、ファルネリさんが俺を押しのけて部屋に突撃してきた。その為俺は壁にビタンと張り付くように叩きつけられた。おのれファルネリ。それとヘルガ、状況分析してるくらいならタスケテ。

 

「貴女も助けに来てくれていたのね?」

 

「ええ、ええ!本当に良かったわ……、よくぞ、ご無事で……う、うぅ、うわぁー」

 

「ちょっ?! 泣かないでファルネリ!」

 

「だっで、だっで~! 無事でぇ~~」

 

「あーもう! 感動とかふきとんじゃうじゃないのよー!」

 

 あー、感動?の再会は良いんだけど、俺壁の滲みになっちゃいそうなんだけど? だれか気付いてくだしゃあ。

 

「ほいっと、世話がやけるんじゃよーっと」

 

「けほっけほっ……、お、お嬢さん、怪我は無いッスか?」

 

「あ、貴方の方こそ大丈夫なの?」

 

「大丈夫、鍛えてるから」

 

「鼻から血がどくどく流れてるけど?」

 

「ああ、大丈夫。こんなのすぐに止まるッス―――ほら止まった」

 

「え!? 早いよ! ていうかもう治ったの?!」

 

「なれてるッスから」

 

「じゃよー(ホントは暗殺防止用の医療ナノマシン仕込まれてるだけなんじゃけど、言わぬが花ってもんじゃよーっと)」

 

 慣れてる慣れてないの問題じゃないと思うけど……、と冷や汗を流すキャロ嬢。いやホントある意味慣れてるんだよな。自室の重力弄って、自分の身体を鍛え始めたのはいいけど、最初のころは重力に逆らえなくてよく転んだからねぇ。俺の鼻の骨は何回も折れています。医療リジェネレーション技術とナノテクノロジーに乾杯。

 

「ふぅ、まぁソレはさて置き貴方ユーリって言ったわね?」

 

「おぜうさま~」

 

「ああ、そうっスよ」

 

「………白馬の王子さまにしては安っぽい感じ。でもまぁいいわ、私、信じてたの。お爺様がきっと私を助け出してくれるって」

 

「はぁ……」

 

「おぜうさま~」

 

「ご苦労だったわ。あとで私からもご褒美を上げる」

 

「ほう、そいつは楽しみッスね」

 

「おぜうさま~」

 

「さ、すぐにおじい様の所に連れて行ってちょうだい」

 

「おぜうさま~」

 

「ああもう! 少し静かにしててファルネリ! 抱きついててもいいから!」

 

 さっきからずっとファルネリさんのキャラ大崩壊しております。つーかファルネリさんや。さっきからスルーしてたけど、幾らお嬢様が見つかったからってキャラ壊れ過ぎ。

 

「お爺様のところッスか。うーん、ちと難しいッスかね」

 

「どうして? 私はすぐに帰りたいのよ? お風呂だって入りたいし、着替えもしたいの。こんな埃臭いところで気も滅入ったからお買い物だってしたいしね」

 

 うん、女の子だからそういうの気になるよね。

 し、静まれ俺の紳士魂、クンカクンカとかしたら変態紳士になっちまうぞ?!

 

 それに、いまから引き返すのは到底無理だ。なぜなら既に敵の本丸に手をかけている状態だからである。自治領に侵攻し、経済流通を掻き乱し、挙句の果てに守備艦隊を壊滅させている。ここまでやっといてキャロ嬢……、というか収容所にいる人間連れて引き返せば、確実に情報が拡散する。

 

 要は――

 

 キャロ嬢とかのネージリンスVIPが連れ出した人間の中にいる → 第三国経由でその情報が拡散 → 白鯨め、ネージリンスサイドに墜ちたな…… → 白鯨は罪のない自治領を襲った犯罪者だ!(ネージリンスの味方なら敵)とカルバライヤ世論から睨まれ宇宙犯罪者に → 白鯨艦隊の中立性がアボン、よそ様での活動に支障発生 → ネージリンスの仕業? よろしいならば戦争だ。  

 

――と、こうなる。

 

 最終的に戦争待ったなしなのは既定事項であるが、それでも戦争の引き金を引く役回りなど貰いたくない。銀河の歴史にまた一ページってレベルじゃねぇぞ。

 

 そんな感じで面倒くさい事になりえるので、金髪令嬢の言うとおりにするわけにゃいかんのだ。せめてバハシュールを捕縛し、自治領との戦いを制したと宣伝して自治領への挑戦者としての正当性を確保しないといけないのである。

 

 一応、この収容所の人間をキャロ嬢以外全員を始末すれば情報の拡散はほぼ起こらないと思うが、ここで引き返せば不自然だし、なにより勝てたのにワザと引き返して自治領の平和を悪戯に騒がした悪党という名声が付いて回るようになる。他の宇宙島における通常企業との補給品やり取りに支障が出てくるのは、少々いただけない。

 

 アー、本当に面倒。

 

「あー、それじゃあ元保安局員のバリオさんが来てるから、バリオさんの艦で帰って欲しいッス」

 

「いやよ! 私は貴方のフネで帰りたいの! さぁ早く案内しなさい! いえ、疲れているからおんぶがいいわ!」

 

「無理ッスよ! こっちはバハシュールを探し出して倒さなきゃ将来を見据えると帰れないッス! つーかなんでおんぶ?!」

 

「なんですって! 私の命令が聞けないって言うの! 大体このキャロ様に触れられるだけでも名誉なことなのよ! それに、あんたみたいなヒョロヒョロがおんぶ以外で担げるとでも!?」

 

 あ、カチンときたぞ。

 

「ヒョロヒョロ?…………くくっ、くくく」

 

「い、いきなり嗤い出してなに?」

 

「俺は、確かに見た目はヒョロい。それは認めよう」 

 

「あ、認めるんだ」

 

「ついでに背も引くいんじゃよーっと」

 

「顔も童顔ですわね」

 

「……キャロ嬢はともかくヘルガとファルネリさん! シャラップ! とにかく、見た目だけで人を判断するのはいただけない。これをみよ!」

 

 キャロ嬢の一言でカチンと来た俺は、先ほどヘルガが解錠(物理)を行い外された自動ドアの前に立つ。一見普通のドアだが全金属製、ついでに言えば収容所用なので実は暴徒が暴れたくらいじゃビクともしない程度には頑丈かつ重たい。

 

 みせてやろうではないか、艦長の実力ってやつを……、ふんぬ!

 

「あ、よっこいしょっと」

 

「なによ、ドアを持ち上げただけ―――」

 

「そのドア、3桁ちかい重さがあるんじゃよーっと」

 

「―――え? ええ?! うそ、ホント?!」

 

 驚く少女を尻目に、俺はドアを少し乱暴に降ろす。全金属製のドアは重たい響きをあげた。まるで歪んだ銅鑼を鳴らしたような音が鳴り、この場に沈黙が降りる。

 

「あー、手な訳で、ヒョロヒョロじゃないことはわかってもらえたッス?」

 

「えぇ、変態ってことはわかったわ」

 

「へ、変態!? なぜにッス!?」

 

「だって見た目完全に細いのにおかしいじゃない! ……下手すると私よりウエストとか……」

 

「え? なんか言った「艦長そういうのは流すのがエチケットじゃよーっと」そうなんス?」

 

 それもそうか。確かにそれ系の話題はデリカシーが……、俺に今更デリカシーを求めるというのもどうなんだろうか?

 

「まぁいいわ。兎に角連れ出してね。“貴方”のフネに」

 

「……うわっ、さりげなく会話に織り交ぜてこっち乗り込む気まんまんッスね」

 

「チッ。そこは引っかかりなさいよ」

 

 いやー、ネタ的には引っかかりたいんだけどさ。なにぶん乗組員の諸々を背負ってるんでね。残念だったな。違うところであれば、かなっていただろうに……。

 

 それにしても、打てば叩くとはこの事だろうか? この短い間に俺は彼女との会話にそこはかとない楽しさを感じている。ふとキャロ嬢を一瞥すると、彼女も俺のほうを見ていた。

 

―――ふっ、なるほど。

 

 俺達は無言で眼の前に進み出る。そして極自然に、そうする事が当たり前であるかのごとく、互いに手を差し出して握手をした。そう、俺の中のゴーストが囁くのだ。

 

「「いいセンスだ」ね」

 

「な、なんでお嬢様とユーリ艦長が互いに頷きあうんですか!?」

 

「おお、これがビビっと来たっていう奴なんじゃな。記憶しとくんじゃよーっと」

 

「そういうものなの……? でも、なんか羨ましい……、そして妬ましいわ」

 

 はっはっは! なんかファルネリさんからパルパルとした妬みを感じるが、だってショウガナイじょのいこ。こうも言葉は要らないと思える人間に会えたのは初めてだったんだもの。

 

 そう、いうなれば彼女は―――

 

「まるで、コメディアンの相方」

 

「そこはせめて生涯の友とか相棒にしなさいよ!」

 

「あうちっ!?」

 

 何故か殴られた。理不尽である。

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ本題に戻して、キャロ嬢はバリオ元宙尉のほうにいって貰うっス!応えは聞いていない! ってなわけでバリオさんカモーン!」

 

 なんだか無限航路ならぬ無限ループに入り込みかけたので、俺は強制的に決めてしまうことにした。というか最初からこうしてりゃよかったぜ。キャロ嬢が、あーズルイー!と叫ぶが、ふはは、怨むなら君の祖父を呪うがいい!……君の肩書きは俺のポケットには大き過ぎらぁ。

 

 そんな訳でピポパっと携帯端末を操作し、バリオさんに連絡を取った。その間もキャロ嬢はムムムとした眼で俺を見つめて不満気だったが、ファルネリさんに諭されて押し黙った。

 

 まぁ、思っていたよりも粘らなかったあたり、彼女も自分の立場を理解していたって事なのかね? そうであるなら非常に助かる。

 

「ではランバース嬢、こちらへ」

 

「ええ、よしなにお願いいたしますわ」

 

 しばらくして、ユピと共にバリオ元宙尉が彼女を迎えに来た。バリオ元宙尉が来ると、彼女はこれまでとは打って変わって急に態度が清楚なお嬢様風になった。風といったのは、それまでの彼女の行動を見ていたから。多分あの快活な方が素だろう。

 

 なんだかんだでキャロ嬢はSG社重鎮の親族。当然社交界といった世界にも顔があるはず。こういった二面性を操れないといけない世界で生きてきたと、そんな世界の事を理解できない筈の俺にも感じさせた。

 

 しかし、この時、実はキャロ嬢は含んだ笑みを浮かべていたようだ。何で人伝風なのかというと、俺は既にこの場をバリオ元宙尉に任せて、一足先にバハシュール城へと向かっていたからだ。

 

 思えば原作にもあった事なのに、迂闊であったなぁ……。

 

 

***

 

 

「おおー、美女軍団ッス。眼福。眼福」

 

 さて、キャロ嬢を任せた後にバハシュール城へと向かった俺達を待っていたのは、僅かな数の警備の兵と、恐らくバハシュールが侍らせていた美女達であった。綺麗形から可愛い系まで幅広く揃っているあたり、ボンクラ二代目の美人への審美眼は優れていたことがうかがえる。

 

 つーか、こんな美女達がこれまた奴の趣味か薄手のドレスでハーレム状態とか、なんだかとってもド畜生ー!

 

「ええい、古今東西の持てない男達の怨念よ、我に力を与えたまえッ!……ッス」

 

「か、艦長? どこからその草で編んだ人形をとりだしたんです? え? 何で釘を持って?! 壁に人形ごと打ちつけた!?」

 

「これはウシのコク参りじゃったか? ヘルガのデータベースにも殆ど情報がないけど、太古の呪いの儀式って奴を艦長は知っていたのか、じゃよーっと」

 

 なにやら後ろで驚愕した声を上げているが、俺は今呪詛を送るのに忙しい。後に聞いた話では同時刻にとある男性が行き成り胸を押さえて苦しがったとかなんとか……。呪詛って宇宙開拓時代でもあるんだな。俺とか怨まれてそうだし、今度どこかで御祓いしておこうかな?

 

 ちなみのこの奇行の所為で美女軍団から数奇の眼を向けられたのは言うまでも無い。しかし、この漂う色香を前にすると、そんな眼で見られてもご褒美のように感じてしまうのは気のせいだろうか。うへへ。

 

「むぅ、艦長! 鼻の下を伸ばしたらみっともないです!」

 

「しかしユピ、コレは男として当然の……」

 

「不潔ですー! ダメですー! いけない事ですー! エッチなのはいけないと思います」

 

「な!? ユピ! 何処でその台詞を?!」

 

「知らないです。ふ~んだ!」

 

 視界に納めた美女達をじっくり眺めて堪能していると突然ユピが声を上げた。何故ユピが頬を膨らませて拗ねてるんだ? つーか他の連中! なんで“またか”みたいな目で俺を見る!? どういうことなんだ教えてくれ!

 

「と、とにかくこの人たちから事情を聞くッス!」

 

「「「へーい」」」

 

 なんだか周囲の目を認識して急に居た堪れなくなり声を張り上げた。心なしかやる気が無い返事にくそ~と思いつつも、腹いせに捕まえた警備兵は男性クルーに、美女達への情報収集は主に女性のクルー達を呼び寄せ優しく聞いてもらった。講義の声が上がったが無視。だって何か気に食わんもん。

 

 ちなみに美女達の相手が“主に”女性クルーなのかといえば、一部の美女達はイケ面な男性クルーを所望したからだ。こちとら自治領に挑戦してきたある意味侵略者なのに、こんな要求してくるあたり、なるほどボンクラに囲われるには強かさも必要なんだな。

 

 尚、俺を含めイケ面所望を聞いた多くのクルーが、なんだかとってもドチクショー! と叫びたくなったのは言うまでも無い。顔か、世の中顔なのか?

 

 

 そんなこんなで情報をくれた美女達。彼女等の情報によると――

 

“バハシュールは東の砂漠に逃げた”

“その砂漠には、エピタフ遺跡がある”

 

―――との事だった。

 

 

 東の砂漠というのはバハシュール城から見て、さらに奥地に向かった地点にあるそれなりの広さがある砂漠地帯だそうだ。その砂漠にはエピタフに関連される古代遺跡が眠っているらしい。ジェロウ教授の教え子アルピナさんが観測して予見したとおり、ゼーペンスト宙域にはエピタフの遺跡があったのだ。

 

 その遺跡は数年前に起きた大規模な砂嵐の後、大量の砂が嵐で動いた事で、砂に埋もれていた遺跡が露出したので発見されたそうだ。もっともバハシュールは古代の浪漫よりも刹那的快楽が好みであり、この異星考古学的には大発見な遺跡の調査を命じる事無く放置していたらしい。

 

 さらに有益な情報というか、バハシュールが砂漠に逃げた目的は遺跡が目当てらしい。何故急にバハシュールが遺跡に向かったのか解らなかったが、美女が偶々逃げる直前の彼が呟いていた事を聞いていたらしく、その内容を教えてくれた。

 

 曰く―――

 

 エピタフは願いを叶えてくれるんだ。ヴルゴのバカも部下達も使えないし、僕が遺跡に行ってエピタフを探して、もっといい世界にしてもらうんだ。

 

―――ということらしい。

 

 うん、つまりは神頼みならぬ願望器頼みというわけだ。一応エピタフ関連の遺跡である事は簡易調査か何かで知っていて、頭の隅に覚えていたんだろう。

 

 だけど、どうするんだろうかね? いや遺跡に向かう理由はわかったけど、真面目に発掘調査もしてなくて放置されていた上、エピタフが願いをかなえるとはいうが、どうやって願いを叶えてくれるのかとか解るのかと………、まさか七つ集めれば願いかかなう玉の様に、願えば叶えてくれるとか思ってるんだろうかね?

 

「ユピ。俺達の艦隊の位置は?」

 

「現在、軌道上を封鎖しつつ、非常時に即時対応可能なように地上の私達をトレースしています」

 

「じゃあ旗艦に連絡。キーファーをまわして貰ってくれ」

 

「了解です。すぐにそのように」

 

 兎にも角にもバハシュールを捕まえない事には話が進まない。その為には追跡の足がいる。俺はユピテルに搭載されている強襲揚陸艇であるVB-0AS『キーファー』を呼び出すことにした。

 

 この機体は、重攻撃機のVB-0モンスターから派生した機体であり、本来は敵艦に突入して、人員を送り込み中から制圧する為の機体である。が、地上でも使えるので兵員輸送にも使えるのである。

 

 とはいえ、大気圏外にいるキーファーが地上に降りて来るまで少し時間が掛かるので、その間に上空の艦隊が持つ索敵能力を使い、バハシュールが逃げたとされる砂漠の方面を解析させることにした。宇宙を精査できるセンサーを積んでいるのだ。惑星のごく一部のスキャンなんてお茶の子さいさいである。

 

「艦長、ミドリさんから連絡です。エコーさんが砂漠を横断する車を発見したそうです」

 

 そして案の定、エピタフ遺跡へと向かうヴィークルの反応を艦隊はキャッチした。時間的、そして他に遺跡に向かう反応が無いこと、美女達から得た情報を照らし合わせれば、十中八九バハシュールの奴であろう。

 

 見つけられたなら後は早い。降下中のキーファーへと連絡を取り、降下中の一機を遺跡に向かっているバハシュールの元へと向かわせた。そのキーファーには戦闘訓練を受けた保安部員が十数名乗っている。たった一人で逃げ出したバハシュールを捕縛するのには十分な数であろう。

   

『あー、あー、こちらジェロウじゃ。ユーリくん、聞こえるかネ? 遺跡が見つかったとのことなので、ワシも第二陣のキーファーですぐにそっちに向かうことにしたゾ』

 

「あー、はい。どうぞキーファーの一機はご自由にお使いくださいッス」

 

『それは助かるヨ。探査機材はタクサン持ち込みたいからネ。それじゃああとでネ』

 

 迎えのキーファー隊が俺達と合流するために向かってくるのを待っていると、唐突にジェロウ教授からの通信が俺の元にきた。断る理由もないし、彼が乗ってきた目的はこれなので遺跡の調査許可を与えておいた。

 

 いやまぁ、本当はまだ二代目領主捕縛していないので、今は忙しいから後でと言いたいのだが、通信に映る教授の狂気にも似た、好奇心を押さえきれない顔を見たら、断る気が起きなかった。というか断ったら後が怖い気がしてならない。食事中の犬から飯を取り上げるようなものである。それは恐ろしいだろう、マジで。

 

…………………………………

………………………

……………

 

「艦長。バハシュールを捕縛したと報告が来ましたよ」

 

「お、はやいッスねユピ」

 

「これも艦長の指揮のお陰ですね」

 

「いや、まぁ、皆のお陰って返しとくッスよ」

 

「ふふ、変な艦長」

 

 保安部の仕事は的確だ。指示してから20分後きっかりで、逃亡中のバハシュールを捕まえたのだ。これで大儀は果たした。セグェン氏の要望どおり孫娘は助けたし、領主を手中に収めた今、俺達は自治領征服を為したというわけだ。周辺各国から世を騒がせた大悪人の汚名を受けずに済みそうである。良かったよ本当に。

 

 さて、バハシュール。どうしてくれようか。捕まえてしまったので、行き成り処刑とかはちょっと野蛮な気がする。放って置くとバハシュールに上司殺されたバリオ元宙尉が復讐しそうだな。

 

 それはそれで復讐を遂げられるからいいんだろうけど、ただ殺すというのはちょっと勿体無い。色々と見てきたが、気に食わない人間の投獄に追放、自治領のまつりごとを放棄して豪遊三昧、あげく遊び半分で使者を殺すなどしている。

 

 無論、相手は自治領の領主なのだし、好き勝手にする権利はあるだろう。それを断罪してやる、とかいう暑苦しい正義感は持ち合わせていない。好き勝手しているのは俺も同じ、そういう意味では裁く権利など無いのだろう。

 

 だが昔の偉い人は言ったそうだ。物事の最大の悲劇、それは悪人の残酷さではなく、善人の沈黙であると……、たしかマルティン・ルーサー・キングJrだったか。

 

 つまり、悪い事が起きているのを見てみぬふりをする奴は悪い奴と同罪であるという格言だ。俺が善人かはともかく、悪行をしていた輩を放置してしまうのは不味い。最悪元鞘に収まる可能性が出てくるので、第二第三のシーバット宙佐を出さない為に、それらを防ぐためにも、俺はあえて悪にならねばならない。清濁併せ持たねば、人は生きられない。これ、指導者の辛いところね。

 

 まぁそんな青少年の善悪への考察みたいな事を考えている間に、バハシュールは俺の元へと来ていたわけだが……。

 

「……どうも、バハシュール、サン。ユーリです」

 

「ひぃぃぃぃ!!」

 

 アイサツを返さないのはスゴイ失礼!……じゃなく、連れてこられた前領主は俺を見るなり悲鳴を上げた。無理も無い、俺は彼にしてみれば平穏をぶち壊し、さらには災厄をもたらす男。武人としての心得もなく指導者としての矜持もない。惰性で生きている男が、この場で堂々としてみせたら、そいつは大物か或いは莫迦だろう。

 

 まぁ実際、勝者だから俺も余裕でいられるが、俺が奴だったら同じように取り乱すかもなぁ……、一応元一般人、そして今は逸般人。常識から結構逸脱してますぜ。

 

「な、なんで、なんでだよぉ! 俺に何のうらみがあるってんだ、おまえら」

 

「えーと、まずカルバライヤ方面でお前さんがパトロンやっていた海賊に襲われて、その所為でウチのクルーが危険にさらされたッス」

 

 そう、エルメッツァ・ラッツィオで、スカーバレル海賊団にイネスが攫われ掛けた話だ。スカーバレルはコイツが支援していたグアッシュ海賊団の兄弟みたいな奴等で、コイツが梃入れした煽りでスカーバレルも強大な勢力になったのは簡単に想像が付く。

 

 まぁ、あの時は俺達も酒盛りで前後不覚、さらにイネスは心はともかく身体はケセイヤの発明品で女に代わり、美少女になっていて、海賊どもからすればカモ葱に見えたのもあるが……。

 

 あ、そうだいいこと考えた。ユピ、ちょっち耳貸して。かくかくしかじか。

 

「そ、それだけで俺の楽園ぶっ壊したのかよぉー!」

 

「いやいやいや、まだあるッスよ。んじゃユピ。言ったとおりお願いね」

 

「はい、艦長」

 

 ちょっとある事を思いついたので、準備をユピに頼んでいると、前領主くんが叫ぶ。無視したのは悪かったが、色々忙しいんだよ。主にお前への罰でな。

 

「さてアンタ要人を誘拐した挙句、人身売買してたッスよね? その交渉に来た人物を手に掛けたッスね」

 

「シ、シーバット宙佐のことか?あ、あいつは保安局の癖に、自治領に侵入したんだぞ?! だから! だから殺ッただけじゃないか! ソレが宇宙の掟だろ!!」

 

 いやまぁ、シーバット宙佐はお気の毒なんだけど、それよりもテメェがしでかした所業の所為で胸糞は悪くなるわ、オマケにキャロ嬢救出のお鉢がこっちに回ってきて、色々と断れなかったから出張らないといけなくなるわ……、出費は酷いわ……、まぁ今更なので何も言わんがな。

 

「宇宙の掟? なら、宇宙開拓法第11条も掟ッスよね?」

 

「宇宙開拓法第11条? な、なんだよソレ」

 

「“自治領領主はその宙域の防衛に関し、すべての責任を負う”だったかな?」

 

「ひっ!? そ、そんなの―――」

 

「ま、アンタは権力に胡坐をかいて自分では動こうとせず、自治領を護れなかった無能領主って訳ッス。聞いた話じゃ碌に確認もしないで全部部下に丸投げしてたんスよね? それが許されるのは、万が一任せた部下が失敗した時にその責任を取れる人間だけなんだぜい?」

 

「だって、俺がやっても何にも出来ないし……」

 

「まぁ、そこら辺を考えるのは俺達が消えた後でな。それにこれまでやらかしてきた悪行は消えない。今まで好き勝手したんだろう? 因果応報ッス」

 

 インガオホー。年貢の納め時だぜってな。そういって指で銃を撃つ真似をしてやると、面白いくらいに顔色が悪くなった。リアル土気色とはこの事だろうか?

 

「ま、ままままっまてまてまて! そんなの無理! ナイッシングだってぇぇぇぇ! 何でもやる! この宙域も譲るから許して! なんなら女達もあげるからさぁぁぁ!!」

 

「あ、勘違いしないでくれッス。別に殺すわけじゃないから」

 

「へ? oh、そうなのかい?」

 

「……まぁ、ある意味殺されたほうがマシかもだけど」

 

「ぼそりと怖い事いわないでYO! 聞こえてるYO!」

 

 はっはっは、何を言ってるバハシュール。

 聞こえてるんじゃなくて聞こえるように呟いたんだ。

 

「艦長。準備が出来ました」

 

「……うぇ? 早くない? 数分と経ってないッスよ?」

 

「ケセイヤさん達が“こんなこともあろうかとー!”と叫んでました」

 

「あうち。マジかー。まぁいいか」

 

 時間も押してるし、まいていこうー。

 

***

 

 俺達の強さの一つに、マッドサイエンティストな科学班および整備班が造る、半ば狂気染みた混沌とした技術というのがある。それは例えばレアメタルの焼入れがされた装甲板であったり、大小様々なレーザーを組み合わせたキメラ砲だったりと、一部は非常に有用なシロモノだ。

 

 しかし、忘れてはならないのは、これらを造り上げている技術屋共の9割以上が、多かれ少なかれマッドな思考を持っているという事だろう。彼らは実に自由だ。時に新型メカの開発で研究室を爆破し、時に新素材の研究で融合反応を起こし研究室を爆破し、時に新薬の研究で研究室を爆破する。

 

 そして爆破してから決まってこういうのだ。ちょっと失敗してしまった。次はもっと上手くやると。自重しない、好きな事をする。例え禁忌であっても興味が湧いたらな研究する。反省という言葉は彼らの辞書から落丁しているに違いない。

 

 そんな彼らが作るモノは限り無く有用だが、同時に多くの危険物も生み出してしまう。今回バハシュールに対して使用“した”ものも、かつて忌まわしき記憶と共に封印されたシロモノであった。

 

 ある意味、人の禁忌に抵触するシステム。そんなものを片手間に造り上げるうちの阿呆共(マッドサイエンティスト)は、きっと悪魔が宿っているに違いない。いや、どちらかと言えば悪魔に魂を売り渡した方か……、科学という悪魔にな。

 

「やめろー! しにたくなーい! しにたくなーい!!」

 

「ええい死にはしないから早く入れうっとおしい!」

 

 あ、バハシュールのケツをケセイヤが蹴り上げた。封印されしメカの前で踏ん張っていたボンクラだが、常に整備の最前線で働く男の力にかなうわけも無い。声にならない悲鳴をあげながらメカの中へと放り込まれる。

 

「おまえらー! 準備OKかー!」

 

「生命維持システムオンライン。リジェネレーション変換機構のテスト動作も問題ないぜ」

 

「い、遺伝子変換プログラムも問題ないんだな」

 

「それじゃあ、スイッチおーん!」

 

 バハシュールをメカに放り込むのを尻目に、ケセイヤが勢い良くスイッチを押すと、旗艦の保管庫から持ち出したそれは甲高い笛の音にも似た吸気音を上げて動き出した。ところで、そこはポチッとな、じゃないのか? 

 

「あばばば! あれで! あれで僕はボクにぃぃ!?!?」

 

 そして、これを見ていた約一名がトラウマを刺激されているが、なら何で見に来たんだろうかね。確かにトスカ姐さんを筆頭に各班のリーダーが勢ぞろいしているけど、嫌なら見に来なければいいのに……。

 

 まぁ多分怖いもの見たさなんだろう。それか第三者の目で見たらあれがどう動くのかというのに知的好奇心を刺激されたのか。0Gドッグって度し難いよなぁ。

 

 あと一部の女性陣。この装置の解禁はこの時だけだから、もう使わないからそんな眼でイネスを見てやるな。え? 一度ある事は三度ある?……一理あるな。

 

「納得するなよ艦長!」

 

 うるせぇイネス。もう一度放り込むぞ……、すまん嘘だから空ろな眼で俺を見るな。ハイライトが消えてるから、なんだか怖いっての。

 

 そんなこんなで約一名のSAN値を多大に浪費しながらも、メカは特に問題も無く稼動し、ものの十分で全ての工程が終了する。全ての工程が終了したことを告げる電子音が鳴るが、まるで電子レンジのチーンというアレにそっくりであった。

 

 そんな遊び心満載の狂気のメカの口が開き、中にいたバハシュールは――目を回して気絶していた。中に放り込まれた時点で特殊な電磁波で催眠状態に移行し、更に副作用の無い麻酔も打たれるから、別に気絶というわけではないが……。

 

「ふにゃ~~」

 

 そんな事を“甲高い”声色で呟いてるのを見れば、気絶しているようにも見えるというものだ。相変らずケセイヤ達の造り上げるシロモノは、狂気染みていい仕事をする。

 

 そう、勘が良い人ならお分かりだろうが、俺はバハシュールに対して封印せし性転換メカを使用したのである。その結果がコレだ。

 

「流石俺の発明品っ! 男が女に女が男に! うひひひひ!」

 

「「「ふぉぉぉぉおおおおおーーーーーっ!! 美女キタコレっ!!!」」」

 

「「「………、元が男性とは思えないわ……」」」

 

「おー、元があの顎がタプタプしてたエセDJ風とは思えない美女っぷりッス」

 

「前髪で片目隠れてるのも良い仕事してるよ。男のトレードマークが女になった途端チャームポイントに早変わりって感じ。イネスもウカウカしてられないね」

 

「ふ、副長!? 嫌な冗談はやめてください!!」

 

 ふ、相変らず俺達は混沌としているぜ。

 女性になったバハシュールはそれだけ男の時と比べてギャップがあった。領主館からあまり外に出なかった所為で雪の様に白い肌。遺伝なのか淡い紫色のヘアカラーは、何故かフワフワなカールになった頭髪に良く似合っている。

 

 顔立ちも腫れぼったく垂れていた顎が、メカにより整形か矯正がなされ、すっきりとした小顔になり、男の時はどこかチグハグな印象を受けた目元口元鼻といった顔パーツ全てが、今ではバランス良く配置され整っている。特徴的なのが目元でパッチリ釣り眼気味であり、前髪で片方が隠されている所為か、どこか妖艶な雰囲気をかもし出していた。

 

 その身体つきもまさしく理想的。ふくよか過ぎず、されどやせ過ぎず、背も高過ぎず低過ぎず、黄金比とも言うべき肉体美は、野暮ったい男物の衣服により隠されている。が、それでも垣間見えるマロンとした柔らかさを感じさせる肉付きは、男女問わず魅了するであろう。

 

 何が言いたいかといえば、今のバハシュールはまさしく美女って言っても過言じゃなかった。いやぁ、指示しておいてアレだが、俺もすごいビックリです。

 

「ケセイヤ、あのメカあれから何か改良したッス?」

 

「いや封印処置されて触れなかっただろ。ありゃ多分、あんの二代目の親類か先祖に相当の美人がいたんだろうなぁ」

 

 あのメカを造ったケセイヤ曰く、入れられた人間の遺伝子情報を読み取り美形へと変更するプログラムがあるらしい。なるほど、ご先祖や親類に美形が居ても美形になれるとは限らないということか、むしろ醜男の遺伝子が集結しちゃった系かな。だとしたら哀れな奴である。

 

 そういえば醜男って言葉には、文字通りの意味の“ぶおとこ”と、強く逞しい男って意味もあるらしいが、二代目は完全に前者のほうだな。感じで書くと“しこお”も“ぶおとこ”も醜男って書くのにねぇ。

 

 なにはともあれ、これで仕置きの完了だ。そう一人納得して、有ったモノが無くなり、無いモノがあるという状況に混乱している元バハシュールを見やる。今は絶望の顔をしながら胸元の膨らみを手に持ち、『気持ち良ぃ……けど、なんかちがう……』と呟いている。うん、末期だね。

 

「ユーリ、あれでどうして仕置きになるんだい?」

 

 そうトスカ姐さんが聞いてきた。ふふふ、何故と問われたならば答えてあげようじゃないか。

 

「トスカさん、なんのスキルも無い上に戸籍も存在しない女性が、この宇宙で生き延びられる可能性って、どれだけだと思うッス?」

 

 俺がそういうと、姐さんは『あ……(察し)』という顔になり、さらにはえげつないものを見る眼を俺に向けてきた。よせやい、照れるじゃないか。

 

 まあ、つまりはそういうことだ。これまでの様に丸投げした仕事をやってくれる部下はもう居ない。二代目の男性領主だったバハシュールは消え去り、この場にいるのは唯の女性バハシュールだけだからだ。

 

 ある意味、生まれたてホヤホヤな彼女には後ろ盾も権力も何一つない。戸籍すらない彼女は生まれたまま放り出される赤子と同じである。自堕落に生きてきた彼女が、着の身着のままであまり経済がよろしくない元自領に放り出されれば、それはある意味死ぬよりも苦しいだろう。

 

 だれも彼女を知らず、だれも彼女を助けない。自分を救えるのは自分自身だ。これで何かしら有用な特技とか一芸とか、それで食べていけるスキルを持っているなら、今回の仕置きはかなりイージーモードになるだろうが、そんなの持っているようには到底思えないしな。DJ風だったし精々ディスコダンスくらいか? どちらにせよ恐らく自分で最後を決める覚悟すらない彼女には、今の状態はまさに生き地獄となりえる。

 

 ただ殺すのは、この場合ただの慈悲でしかない。相手に与えられる最大の苦行とは、力を奪われ、尊厳を奪われ、そして存在を否定されることにある。男だろうが女だろうが関係ない。この場合重要なのは以前の存在を消しさり、誰も知らない存在に切り替えるというところにある。俺は殺さないという、ある意味もっとも残酷な手段でバハシュールに仕置きをしたのだ。

 

 ちなみにバハシュールが元から女性だったなら、逆に男にしてやっただろう。それはそれで存在を誰も知らないオネエ言葉のおっさんの出現になるわけだから、余程運がよくない限り、繁華街のゲイバーなりお釜バーで生きていくくらいしか出来ないので、正常な精神なら発狂もんだろうしなぁ。

 

「まぁそんな訳で、頑張ってねー」

 

「しどい! こんなのってないよ!」

 

「あ、最後の慈悲で屋敷内にあるだろう財産の持ち出しは許可するッスよー。侍らせてた女性たちの衣服なら今のアンタにはちょうど似合うんじゃないッスかー?」

 

「Oh! NO!」

 

「あ、最後に一つ。通帳とか自分の名義が解るシロモノは持ち出さないほうが懸命ッス。今のアンタは俺達以外誰も知らない。それなのに以前とはいえ領主の持ち物を持っていたら、最悪犯罪者として捕まるので気をつけてねー」

 

「ワッツ!?」

 

「大丈夫、性転換した事は誰にも言わないから。それと通常と違って特殊な転換だから多分よそじゃ元に戻せないのでホント頑張っていってね!」

 

「NOOOOOOOーーーー!!!」

 

 そして、俺達は絶望に叫ぶバハシュールを尻目に、この場を後にした。これで彼は……いや彼女は生き地獄の中で生きていく。よしんば地獄に落ちたカンダタの如く、蜘蛛の糸のような救いが訪れるかもしれないが、そうなる可能性はほぼ0だろう。

 

 たとえそうなってもあのお話のように、救いの糸は途中で切れるに決まっている。これならシーバット宙佐や、これまで甚振られて死んでいった人々も浮かばれるだろう。そう思いたい。

 

「―――てな感じにしちゃったんスけど、バリオさんはどうするッス? さらに追い討ちかけるッス?」

 

「いや確かに一泡吹かせたいとか言ってたけど、流石にこれ以上は死人に鞭打ちだろう」

 

 バハシュールに怨念返しをする為に同行していた彼も、この仕置きで納得してくれた。いや納得というかドン引きされたんだけど、なんでだ?

 

「というかユーリくん、君って結構外道なのな」

 

「失敬な」

 

 出来る範疇で最大の苦行を出しただけだというのに、まったく。

 




投稿が遅れまして申し訳ない。
いやぁ、現実が忙しかったり、背中の爆弾が破裂したりで大変でした。
一日中立ちっ放しの仕事もあり、中々かけませんでしたがどうにかかけてよかったです。

あ、遺跡は次回からです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第36話 ネージリンスinゼーペンスト編~

お久しぶりです。
なんとか仕上がったので投稿します、はい。


■ネージリンス編・第36章■

 

 

 

 

―――素敵な王子様なんて存在しないと思っていた。小さなころに夢見た御伽噺にしかいないのだと、収容施設の一室に幽閉されてからもずっと思っていた。

 

 そして、それは事実だった。だって私を助けに現れたのは王子様なんかじゃない。どこにでもいそうな、ただの男の子だったんだもの―――

 

 

 

 

 

「この部屋になります。何か用事がございましたらおよびください」

  

「ありがとうございます。―――はぁ」

 

 帰りの宇宙船。案内の人が帰った瞬間、失礼だったが私は一人溜息を吐いた。あの男の子、私を救い出してくれたユーリのことを思い出して、思わず。

 

「もう! このキャロ様がただ帰るだけなんてつまらないじゃない!」

 

 そんなことを叫んだ。はしたないと思いつつもアイツに抱いた不満の所為で足をバタバタさせた私は悪くない。せっかく大企業の令嬢たるキャロ様が救いの王子という名誉を授けてあげようとしたのに、それを拒んだアイツが悪いのよ。普通そこは謹んでお受けしますでしょうに……変なヤツ。

 

 まぁ、そんな変な奴だったけど、あれほど馬が合う人は初めてだったと思う。普段会う人は皆、私の背後にあるセグェン・グラスチ社の肩書に酔う。それは畏敬であり悪意であり、私はそれを背負うことを強要され、そして私自身を見据える者は殆ど居なかった。

 

 しかしユーリは私の事を知っているハズなのに態度を変えなかった。まるで私がどういう存在なのか解っていないかのようだったけど、それはあり得ない。だって私の前にわざわざ来たってことはお爺様に依頼されたってことだし、そうなれば私の素性は知っていて当然だもの。

 

※実際はユーリはキャロの素性は知っていたが、ゲーム知識ゆえに彼女の肩書がどれだけすごいのか想像できてなかっただけである。

 

 アイツは本当に明け透けで、何時の間にか私は自分を偽らないで素の自分を曝け出して接していた。令嬢のキャロではなく只のキャロを真正面から見据えてくれている事が嬉しかったのだ。同時に終生の友を得たと確信できた瞬間だったわ。これがビビッとくるっていう感触なのね。

 

 本当にアイツといると楽しいと思えたの。わずかな時間しか会っていないけど、友情は時間の長さじゃないのよ。楽しくて楽しくてもっと遊びたかったのに……。アイツはそれを拒絶した。

 

「はぁ~、このまま帰るのかぁ~」

 

 現実が追いかけてくる。それだけでやっぱり溜息が出る。このまま宇宙船に乗り込んでいれば私はこれまでと変わらない日常へと帰るのだろう。あの息が詰まりそうな閉塞した世界という日常へと戻る。考えれば考えるほど体から活力が消えていく感じがした。

 

 どうしたものか。まさかこんな気分に陥るとはね。だけどジタバタしようが結果は変わらない。周りは皆、私を令嬢として扱うの。皆がそれを求めている。だから私は私にできる唯一の反抗。つまり溜息を吐くしかなかった……ハァ。

 

 そんな風に憂鬱な気分に浸っていると、いきなりブザーが鳴った。これは部屋に入室していいか尋ねるブザーだわ。誰か来たようね。

 

「失礼しますお嬢様。ご機嫌はいかがですか?」 

 

「見てわからないかしらファルネリ? 憂鬱よユウウツ」

 

「あら?幽閉部屋が恋しくなりましたか? お嬢様もだいぶ趣味が変わりましたわね」

 

「ちょっと!?」

 

 冗談ですわ。と宣うウチの教育係に少しだけ殺意が芽生えるが、幼少からの付き合いであるので、これくらいはただのジャブである。ま、じゃれあいの一幕ですわ。気の置けない仲とは、きっとこういう関係をいうのよね。

 

「見てわからない?私はいま憂鬱な気分に浸っているのに忙しいのよ」

 

「いえ、少しお聞きしたいことがございまして。お嬢様は何故、ユーリくん……こほん、ユーリ艦長のフネに乗りたがったのかと」

 

「アンタも見ない間に変わったわね」 

 

 少なくとも私が知っているファルネリは、まじめ一辺倒。会社に入り働くことが美徳と考え、勝手気ままな0Gドッグたちのようなアウトサイダーは見下していたと思うんだけど? 一体何があったのかしら?

 

「そうですか? ―――そうかもしれませんわね。物事は一辺倒ではなく多角的に見るという言葉の意味を体験いたしましたから、少しは変わったのかもしれませんわ」

 

「それはやっぱり、ユーリのフネにいたから?」

 

「はい。彼らのフネでしばらく寝食を共にいたしました。存外、彼らも悪くないと」

 

「うわ~、これは明日は槍が降るわよー」

 

 微笑みの女性と化した世話役に苦笑しつつそう返した。以前からの彼女を知っている分、違和感を覚えてしまうのはファルネリが大人に見えたからかしら?これはきっと二回りくらいは成長しているんじゃないかしらね。

 

「ま、まぁ私のことはいいじゃないですか。それよりもお嬢様?」

 

「えっと、私がアイツの船に乗りたがった理由だっけ?そんなの簡単よ。これでも白馬の王子様にあこがれてたのよ」

 

「えぇ~」

 

「何よいいじゃない! 普段から抑圧された少女の儚い幻想でしょう!? ……まぁ迎えに来たのは白馬の王子様って感じじゃなかったけど、それでも―――」

 

「んー、お嬢様?」

 

 理由を騙る(かたる)私を、ファルネリは静かにジッと見つめてきた。その視線はまるで咎めているようであり、それでいて全部理解しているようでもある。

 

 もう……、ファルネリにはかなわないわね。

 

「はぁ~、他言は無用よ? 私はね。自由を体感してみたかったの」

 

「自由ですか?」

 

「その意味は貴女なら理解できるハズよね? ファルネリ・ネルネ」

 

 思わずフルネームで目の前にいる世話役に語り掛けるあたり、この時の私は一体どんな表情を浮かべていたのだろうか。目の前にいるファルネリの表情を見れば、あんまり見れた顔はしてないんでしょうね。

 

 そう、私は私を縛る肩書きから逃れたかった。それが例え一時的なものでも、きっと本物の宇宙航海者である0Gドッグのフネに乗れれば、束の間の自由を体験できると思ったのよ。でも全ては儚い夢だったわね。 

 

「うーん、でも……、いや可能よね?―――そうだわ。ねぇお嬢様?」

 

「なに? 今の私は魔王からは逃げられないと宣言された低レベル勇者の気分なんですけど?」

 

「例えがいまいちわかりませんが、それよりもですね。実はわたくし私物のいくつかをユピテル……、ユーリ艦長隷下の艦隊の旗艦ですわ。そこに置き忘れてきてしまったんです」

 

―――ほう? それはそれは。

 

「なら、取りに行かないといけないわね。あーでも、もうファルネリと離れ離れになるのもコリゴリだから、私もついて行ってあげるわ」

 

「ああ、なんてお優しいお嬢様! 私、感動です!」

 

 繰り広げられる茶番。ワザとらしく大業に両手を広げて見せるファルネリを見て思う。彼女は役者にはなれそうもないわね。でもファルネリ、ありがとう。

 

「さぁそうと決まれば行くわよ! ついてらっしゃいファルネリ!」

 

「え?ちょっとお嬢様!ユピテルに向かうには小型艇を用意しないとって、そっちじゃなくて反対側ですわ!おぜうさまー!!」

 

 

***

 

 

 

 

 さーて、来週のユーリさんは!

 

 

 ユーリです。

 まさか自治領を征服することになるなんて思いもよりませんでした。これも頑張ってくれたクルーたちのおかげって奴ですよ。でも自治領を傘下に加えたわけじゃないので税収とか手に入らないんですけどね。

 

 さて次回は

 

 『ユーリ、後ろ向きに全速前進』

 『頭ぶつけてあっぱらぱー』

 『ご利用は計画的に』

 

 の三本です。

 

 来週もまた見てくださいね。じゃんけんっぽんっ! うふふふふふ。

 

 

 

 

 

「――……ーリ。ユーリ起きな」

 

「……んあ?」

 

 微睡をむさぼっていた俺をトスカ姐さんが揺さぶっている。どうやら気が緩んで少しばかり居眠りをしていたらしい。なんせようやく山場を越えたからな……ところでなんか変な夢を見た気がするのは気のせいか?じゃんけんをしないといけない気がするんだが?

 

「どうかしたかい?」

 

「いや、次回予告でじゃんけんっていう発想がすごいと思ってたッス」

 

「は? まぁいい。もうすぐフネに戻れるから着いたらすぐにこの宙域から離れるよ」

 

「そうッスね。思えば長いようで短かったッス」

 

「アンタが宇宙ナマハゲ怖いとか言い出さなきゃもう少しいられたけどね」

 

「いやだって、万が一利用したのバレてたら、ダークマターにされそうじゃん?」

 

 おもわず真顔でそういう俺に、隣にいたトスカ姐さんは一瞬訳が分からんという顔をしたが、いつものことなのですぐに素面になり今後の予定を確認してきた。俺たちは機上の人となっている。呼び寄せたキーファーに分乗して上空に待機している艦隊へと戻る最中なのだ。

 

 あの後、地上では色々あった。元領主で自分に起きた不幸に嘆き、喚き散らすバハシュール♀のケツを蹴って――ああ、実際に蹴り上げたわけじゃないぞ? 発破をかけるって意味だぞ? あれは元男だが一応女になっているので暴力はいけない。俺は紳士なのだ。

 

 話を戻すと、あんまりにもバハ子が喚くのでバズーカ片手に笑顔で早く行けよオラと凄んでやったところ、脱兎の如く荷造りして逃げていった。これなら手を出してないからセーフだよな? …え? アウト? 中間のセウトでおねげぇしあす。

 

 さて、持てるだけの私財を手に出て行ったバハ子を見送った後もまだ仕事が残っていた。今回の戦いの事後処理である。原作ではそんな描写はなかったのだが、一応現実なので早い話が俺達自身が事後処理もしなければならなかったのだ。

 

 まず手始めに、これまでゼーペンスト自治領の行政を仕切っていた役人達を全員領主館に集合させ、ガソリンをばら撒きヒャッハー汚物は消毒だ~! ……なんてしてませんよ? 世紀末じゃあるまいし。

 

 彼らを集めたのは自治領の管理を全て任せるためだった。一つ説明しておくと、俺たちはゼーペンスト自治領を征服を宣言したが、その領域の保有は宣言していなかった。

 

 これは宇宙航海者である俺たちにとって、自治領なんてもんは足かせにしかならないからである。考え方によっては本拠地が作れると考えることもできるが、本来根無し草で放浪する我々にとって、本拠地は隠しようもない弱点を作るようなものなのだ。

 

 これが無慈悲な夜の女王様が保有していた移動要塞なら手に入れることを考えただろう。勝手に追尾してきてくれるドック付き移動要塞とかよだれがでるほど欲しい。だが複数の星系が入り混じる自治領なんてマジでいらん。

 

 勿論、自治領をうまく統治できれば不労所得ゲットのチャンスだ。けど領民を統治するということはかなりの責任が生まれる。彼らを統治するには常にその場にいて管理しなければならない。

 

 そんなのがあった日にゃ宇宙を自由に旅することができなくなる。宇宙を巡り冒険するのが俺が掲げた旅の目的だ。旅が出来ないのであれば当初掲げた目的に反してしまう。

 

 そもそも不労所得とは言ったが、ざっと調べただけでも前領主の散財の所為で領内の経済は火の車であり、不労所得を得る為に自治領を発展させるために、出稼ぎに出て私財をなげうって援助し、領内を発展させないと不労所得を得られない状況とか……、あれ? 不労所得ってなんだっけ?

 

 とにかく俺のpocketには大きすぎるネー。統治のノウハウなんて都市開発シミュしかやったことがないのに、行き成り十数個もある星系の統治なんて出来ないお……。

 

 まぁ、地上から上る前に集めて仕事をソォイッと丸投げしてやった役人たちは、もともと仕事しないボンクラの変わりに、自転車操業ながらも自治領を守ってきた行政のエキスパートだ。彼らなら……彼らならやってくれるッ! 他力本願って最高だぜ。

 

『こちら機長です。まもなく当機は旗艦ユピテルに到着します。シートベルトは外さないよう願いまーす』

 

 アナウンスが鳴った。半日程度、眼下の惑星にいただけだというのに、なんだか何ヵ月も旅をしていたような気分だ。やはり俺の居場所は白鯨艦隊なんだと改めて思う。

 

 惑星の低軌道上に到達したキーファーの客室窓から外を見れば、地上の大気圏と宇宙の境目に佇む愛しの我が旗艦が見て取れた。彼女は小さな駆逐艦たちに囲まれ悠然とそこにいる。雪のように白い装甲で覆われた彼女は、この漆黒の宇宙では少し浮いていた。

 

 もともとズィガーゴ級戦闘空母ってのは、海賊が設計したフネであり、その外観も名前に偽らずまさに頭蓋骨を模した形であった。眼孔や鼻孔や口腔にあたる穴があった場所が艦載機の発艦ハッチであり、これは視覚効果を狙った造形で相手を威圧するのが目的であったそうだ。

 

 それが今やどうだ?マッドたちの改造により髑髏のように見せるためのすべての穴が装甲板のブラストドアで完全に塞がれ、のっぺらとしてしまったが、見れば見るほどクジラの頭そっくりである。初めて見た人間が白鯨と名付けるのもうなづける話だな。

 

 視線をユピテルから移せば、等間隔に浮かんでいるS級やK級たちの姿も見える。これが俺が築き上げた艦隊だ。馬力が違いますよ。

 

 これからも頼むぜ―――

 

 着艦シーケンスに入ったキーファーの中で俺はそう思った。

 

 

***

 

 

 さて、とりあえず出港したはいいものの……、次の目的地はどうしたものか悩む今日この頃。普通なら次の目的地決めてから宇宙に出るものだが、そこはほら?ノリと勢いで生きている俺達なので行きあたりばったりで宇宙に漕ぎ出してしまった……、本当は この星系のどこかに大海賊ヴァランタインが多分まだいるので、遭遇する前に別の宙域に逃げておきたいだけなのだが、さもありなん。

 

 ともあれ、次の目的地については、いくつか案が出たものの、最終的には大マゼランとの懸け橋、一大交易地マゼラニックストリームに向かうことで決定された。

 

 他にどうしても行きたいという場所もない上、エルメッツァ、カルバライヤ、ネージリンスの主要三国はすでに訪れており、三国以外はロウズのような辺境宙域ばかりなので、常に珍しさと刺激を求める俺らとしては交易地であるかの地はうってつけであった。

 

 たくさんの人々が集まり、彼らがたくさんの物を持ち込み、それらが大金にかわるかゴミくずに変わるかの駆け引きが日夜行われ、海千山千の商売人たちが鎬を削る大フロンティア……。

 

 そんなスリルも満点な旅の交易地に行かないなど、観光地で名物見ないで帰るようなモンである。というかここに行かないとなると後は深宇宙探査くらいしかやることがない。

 深宇宙探査。それは小マゼランでも大マゼランでもない未踏破宇宙を、ただひたすら、何か発見があるまで無人の宇宙を飛び続けるという地味に拷問のようなことをする仕事である。当然I3エクシード航法も航路がないので短距離しか行えず必然的に冷凍睡眠でもしない限り、ベラボウな時間 暇である。さすがにまだ無重力の宇宙と一体化して悟りを開くような事態にはなりたくはない。

 

 そんな訳だから、せっかくだから俺はこの交易地行きを選ぶぜ! むしろそっちがいいッス! 何でもしますから!

 

 ………何故か交易地で地酒を自費で買う羽目になった。解せぬ。

 ふ、ふん。トスカ姐さん一人分くらい酒代くらい余裕で出せますしおすし。それくらいは蓄財してあるし……現地では安くておいしいのを探そう。彼女の酒量を考えて。

 

 ともあれ、行き先を交易地に決めた理由はもう一つある。ヤッハバッハ帝国の存在だ。その強大な軍事力を背景に数多の星間国家を征服し滅ぼしてきたヤッハバッハ帝国。豚が太るように膨れ上がっただけのエルメッツァ星間連合とは違う、100代以上にわたり戦う事を国粋とした軍事大国。ツワモノたちの大群だ。

 

 その実力は疑うところなく、先遣隊ですら小マゼランくらい滅ぼせる戦力を有しているという冗談みたいな連中である。そんな筋肉モリモリマッチョマンの変態がひしめきあっていそうな奴らがいつ頃来るのか、その正確な時間は解ってはいない。

 

 だが、相手は確実に小マゼランに向けて近づいてきている。もし原作の流れに沿うのであれば、ほぼ確実に相手どらなければならない相手だ。大筋から外れて……いや、外さなかったし、トスカ姐さんのこともあるので、おそらく相手どる羽目になるだろう。

 

 そうなると、どんな木っ端な情報であっても欲しい。少なくとも辺境宙域をウロウロして時間を浪費して、気が付けば周囲一面ヤッハバッハの領域でしたという四面楚歌もかくやという恐ろしい事態だけは避けられるはずである。周囲一面筋肉とか余裕で吐けるぞ。

 

 交易地なら大なり小なり情報が流れてくるだろうし、そういったのを専門にしている連中もいるだろう。商人は情報が命だっていうしな。餅は餅屋である。

 

 

 そんなわけで次のボイドゲートを目指し白鯨艦隊は航路を進み、出港してから艦内時間で1時間が経過し、白鯨艦隊は惑星ゼーペンストを囲むように点在する小惑星帯に差し掛かっていた。

 

 小惑星帯には漆黒に彩られた宇宙の遥か遠くの銀河かあるいはガス雲か、それらの輝きに照らされて、大小さまざまな岩石がシルエットを浮かび上がらせていた。ユピテルを超える大きさの氷塊もあれば、人よりも小さな岩石まであり、多種多様な彩りを沈黙の世界に加えている。

 

 航路に沿うようにして横たわるこれらが、いつ惑星の素材となるか、それは誰にもわからない。だが万有引力という鎖に繋がれた岩石群は、いずれ大きな星へとまとまっていくだろう。纏まり、砕かれ、そして集まる。これこそ流転する宇宙の原理であり、少なくても数万年は先の話であった。宇宙ってスゲーなぁ。

 

 一方、壮大な妄想をしながら俺は艦内の散歩をしていた。今回も無事出港でいたからな。後は何か起きるまで自由にしていられる。

 

「……ようやく自治領征服が終わったッスよ。原作だと一時間かからないからもっと短いかと思ってたが普通に時間食ったわぁー」

 

 誰もいない通路を歩きながら、思わずそうつぶやいた。現実的に考えれば一時間で一つの星系を征服とかあり得ないのだが、元がゲームの世界だと知っているからこその感想であろう。現実的には一時間じゃ無理なことくらい、さすが俺でも理解している。

 

 もっとも、ヤッハバッハ並みに戦力あったらこの程度の星系なんぞ一時間でおちるかしらん? ……いかんいかん、いくら想像とはいえ不謹慎だ。ああ、でも今回俺達がやらかしたことも地上からみれば同じか。

 

「…………死にたい」

 

「なに仕事終わりの会社員みたいな顔してるですか? 艦長さん」

 

 おもわず鬱ってると声を掛けられた。振り向くとそこには一人の女性が……というか、ファルネリじゃん。はて? 彼女は助け出した令嬢キャロと共に先にネージリンスへと帰還したハズなのだが何でここにいるんだ?

 

 だが、彼女に会ったなら、俺は言わねばならない。

 

「ネルネル・ネルネさん、アンタなにしとるんスか?」

 

「ファルネリです! アナタわざとやってるでしょ?!」

 

「いやぁ、それほどでもぉ」

 

 名前を間違える、ユーリはついやっちゃうんだ! そんなお約束をした俺に相変わらずいいリアクションをするネルネさん。もう、そんな反応するからやめられない(ゲス顔)

 

 まぁ会うたび結構このネタやってたから、さすがになれたのか溜息一つ吐いたあとすぐに元に戻っちゃうようになったけどな。少し物足りないと感じるのはSの素質があるからだろうか? いやいや、俺は紳士、自重しないと。

 

「――ってそれどころじゃない。お嬢様見てません?!」

 

「え? どうゆうこと?」

 

「それが逸れてしまいまして、それからずっと探してて……」

 

「そんで降りそびれたと? ねぇ阿呆ッスか?」

 

「うぐぅ、いいかえせませんわ」

 

 ファルネリさんによると、広すぎる艦内でお嬢様が迷子になっているらしい。見学ツアー中にトイレ行った拍子に逸れるとかそんなベタなと思ったが、実際事件は起こっているんだ!……その所為で二人とも降りれなかったのだから、なんというか、馬鹿?

 

「でもなんですぐ知らせなかったッス?」

 

「ブリッジへのコールは出港の時には基本シャットダウンされていて連絡できなかったのよ」

 

「いやこっちじゃなくて保安部に……」

 

 そういうと彼女は目をそらした。さては―――

 

「見学許可証のままなんスね」

 

「し、しかたがなかったのよ。お嬢様とすぐ降りるつもりだったし」

 

「一応ちゃんと説明すれば保安部もそう取り計らってくれるッスよ?」

 

「さ、最悪そうしようとおもったのよ?」

 

 でも俺が通りがかったから丁度よかったと。

 

「とにかくキャロ嬢を探せばいいッスね?」

 

「ホントごめんなさい」

 

「ついでに二人とも密航者じゃないことにもしとくッスよ。万が一保安部とかに撃たれたくないでしょ? それとセグェン会長にも連絡入れとくッスよ。行方不明の責任まで負わされちゃたまんないッス」

 

「本当にありがとうございます! あ、会長にはすでにIP通信で連絡済みですわ」

 

「……用意のいいことで」

 

 まったく、手を焼かせるぜ。どうりでコソコソと俺に直接話しかけてくるわけだ。見学許可証は文字通りフネを見学する人間が持つパスのようなものだ。これはクルーになりたいと考える人間がどんなフネなのかを見て回るために発行する一日乗組員券のようなもんで、決められた区画を見て回れるようになっている。端的に言えば就活生の会社見学みたいなもんだろうね。

 

 んで、ファルネリさんはお嬢様をネージリンスに連れていく為に既にフネを降りる手続きを済ませているが、書類は提出していないらしいので、一応まだクルーの扱いになる。だが文字通り見学で済ませる予定だったキャロ嬢はただのお客様。そして出港前に降りなかったので必要な手順を踏んでいない今は密航者になる。

 

 密航者の扱いはフネによって違うが、ひどいところは宇宙服で外にほうりだすこともあるらしい。技術の進歩で確かに余裕ある航海が出来るような時代だが、それでも急な増員は物資の消耗度合いの計算に影響が出るので敬遠されている。

 

 まぁウチは元から定員割れして、ユピなどの機械たちを代用している現状なので、放り出したりはしない。しないけど密航者相手に保安部は容赦はしないだろうからなぁ。白兵戦がある世界なので、乗組員や客人じゃない場合は拘束するのが定石だからな。

 

 そういう意味ではファルネリさんの判断は正解だったってわけだ。甘ちゃんの俺ならキャロ嬢を拘束しろとか言わないと考えたんだろう。事実だし、その気もないから実際正しい。うん。

 

 必死に頭を下げるネルネに、その妙に様になっている姿に、これまで苦労してたんだろうなと少しだけ目頭が熱くなった。とりあえずはユピテルを管理する統合統括AIユピに艦内を捜索もらおう。艦内をほぼ管理している彼女ならすぐにキャロ嬢を見つけられる。いやー高性能なAIがいてよかったよ。

 

 そう思った、その時である。

 

「ぬぉっ!?」

「わぎゃっ!?」

 

 一瞬だが激しい揺れが起こった。俺は二回くらいバウンドし、床にたたきつけられた。バウンドついでにファルネリさん巻き込んで下敷きにしちまった。紳士としては女性をかばうべきなんだが……すまねぇと心の中で謝りつつ、懐から取り出した携帯端末でユピに連絡を入れ状況を聞いた。

 

「ユピ! なにがあった!」

 

《攻撃です! 行き成り攻撃をうけて――敵は一隻、戦艦クラスです!》

 

「攻撃されるまで気が付かなかったッスか! 解ったとにかくそっちにいく! それまではトスカさんに指示を仰げ、まだブリッジに居るでしょ!」

 

《了解です!》

 

 端末を懐に戻して立ち上がる。敵は一隻、戦艦クラス……ああ、やばい。やばいぞコレ。想像通りなら、かなりやばい。 

 

「ファルネリさん、緊急事態ッスからお嬢様探しはまた後で」

 

「ええ解ったわ。大食堂にでも避難してます」

 

 そういうと埃を払って歩いていく彼女を見送り、俺は走り出した。

 

…………

…………………

…………………………

 

「状況は?」

 

「超長距離からの初撃は外れ。だけど続く第二波第三波の波状攻撃でK級駆逐艦が一隻食われたよ。そのあとレーダーからロスト。現在警戒機を発艦させてある」

 

 ブリッジについた俺を待っていたのは、やはりというべきか普段とは違う少し重苦しいと感じる空気だった。

 

 後で詳しく聞いたところ、航路を航行していた艦隊にむけて、突如漆黒の闇を切り裂くようにいきなり閃光が走ったらしい。閃光はそのまま白鯨艦隊に所属するK級駆逐艦の一隻に突き刺さり、右舷側に閃光を喰らった駆逐艦は船体をくの字に折り曲げながら進んでいた軌道から弾かれ、数秒後に内部から青い火球に包まれた。轟沈であったそうだ。

 

 奇襲にも似た攻撃に慌てて索敵を行った直後、敵艦がレーダーから消える。電子妨害装置も高度な物を持っていると判断したトスカ姐さんが、早期警戒仕様のVF—0(AEW)を発艦。索敵範囲を広げているが、現在発見には至っていないと。

 

「まずいッスね」

 

 思わずそう零した。自分でいうのもなんだが、ウチの索敵機器は結構優秀だ。その目を搔い潜り尚且つ駆逐艦とはいえ魔改造された艦を一撃で沈められる攻撃まで行えるフネなど、現宙域において一隻しかいないハズ。

 

「右舷に高エネルギー反応っ、敵艦です」

 

「「なに!?」」

 

「データ解析中…………居ました。本艦隊からみて4時下方、50kmクラスの小惑星の影です。艦種は―――識別完了、グランヘイム級です」

 

 ミドリの冷静な、それでいてよくとおる声がブリッジのスピーカーを通して響き、一瞬だけ静寂が舞い降りた。そして―――

 

「「「「なんじゃそりゃぁぁあああああ!!?」」」」

 

―――絶叫も絶叫、大絶叫の合唱が唱和された。

 

「後ろに回られたってのかい! なんてこった……」

 

「いっそ全面降伏して全部明け渡すッスかねぇ」

 

「……いや、グランヘイムにしては攻撃が甘い。あれが本気ならこっちは一時間と持たないだろうに、まだ損害は駆逐艦が一隻だけだ」

 

「ほうほう、その心は?」

 

「知らないよ。でも何が目的だとしても狙われている以上どうにかしないとやばいよユーリ」

 

 降伏させるのが目的ならば、攻撃前に降伏を促す通信を入れてくるのがセオリーである。そしてここまでで相手からの通信は一切来てはいない。これは明確な攻撃の意思があるという事である。

 

 ここでふと疑問が生じた。原作ではヴァランタインはユーリ達の前に姿を現し直接対決してきたが、なんで問答無用で攻撃受けてるんだろう?――と。

 

 そもそも原作における主人公とヴァランタインの出会いは、質屋に預けたエピタフが強奪されたあたりから始まる。想像がつくだろうがエピタフを強奪したのは大海賊で、主人公は無謀にも強奪者を追いかけ戦いを挑むが、軽くあしらわれてエピタフは奪われた。

 

 だがこの時白兵戦を挑む為、ヴァランタインは主人公と直接邂逅し、そこで主人公に何かを感じたのか、その後エピタフを持つ“資格”があるかどうかを試すかのようになるのだ。

 

―――問題はここ、冒頭の強奪者を追いかけてのところであろう。

 

 原作では強奪した犯人を見つけてすぐに追いかけたが、俺の方は質屋に入れたすぐ次の日に、小型輸送船が質屋の倉庫ごと強奪していった。戦艦を造る金稼ぎの為に近場にいなかったので、俺っちは強奪者、つまりヴァランタインと邂逅していなかったのである。

 

 つまり、こちらのユーリはヴァランタインに見出されていない。ヴァランタインからしてみれば目の前の艦隊は運悪く目の前に通りかかった獲物にしか見えていないにちがいない。エピタフに関する何かをしているが、敵は海賊、獲物を見たら襲い掛かるのが定石ってわけだ。やだねまったく。野蛮人め。

 

「全艦対艦対空戦闘準備、陣形は菱形輪形陣に移行。今回は守りだ。敵の迎撃をしつつ離脱のスキを狙うッスよ」

 

「聞いた通りだ! 全艦対艦対空戦闘準備! 気合入れなッ!」

 

「「「アイアイサー!」」」

 

 とはいえ、襲われたなら対処しなければならない。すでに捕捉されているから逃げるのは難しいが、俺は仲間の力を信じるぜ。たぶん逃げる隙くらいは作れると思うんだ。

 

「各艦の回航が終わるまで、リングボディの砲を使うッス」

 

「了解、リングボディへのエネルギー回路開きます」

 

 ユピテルの盗人かぶり型、あるいは頬かぶり型とも称される中央船体を囲む輪っか。アクティブステルスリングボディには等間隔に配置された単装主砲がある。ホーミングレーザー砲シェキナが登場するまではこの艦のメイン火力であり、シェキナ登場後は影が薄くなったものの使えなくなったわけではない。

 

 特に艦隊が陣形を組むために移動中なので、シェキナみたいな四方八方に撃ってそれを偏向させる特殊兵装は使いづらい今、ただの単装レーザー砲の方が使いやすいのだ。砲塔なので前後に撃てるし、威力に関してはもともと主砲だったのでそれなりにあるハズ。さぁぶっ放してくれ。

 

「――全砲発射、用意よし!」

 

「撃てッス」

 

「はいよ! ぽちっとな!」

 

 打てば鳴るように号令にあわせ躊躇なく発射ボタンをストールは押した。リングボディの上下合わせて4基の単装主砲が吠える。この時点では改装できる規格の砲が小マゼランにないので設計した当初のままの砲だが、口径と威力だけ見れば小マゼランではオーバーキルな火力を持っている。

 

 さて、どれだけ効くか……。

 

「第一射着弾。効果確認―――2発着弾はしましたがシールドで防がれました」

 

「あちらさんのシールド展開率は?」

 

「およそ89%を推移しています」

 

「ふむ、成程。効いてないわけじゃないッスね」

 

「だけど、崩すのは容易じゃないねぇ」

 

「私が持つどの艤装でも、かのフネの防御を破るには時間がかかると計算されます」

 

 うんそうだね。プロテインだね。

 ミドリさんの淡々と上げてくる報告を聞きながら予想通りと思った。今の砲撃、小マゼランのフネなら大破は確定だったんだが、さすがはグランヘイム級だ。あのフネを包み込む対エネルギー・プロアクティブ力場シールド(略してA.P.F.S)がまるでジェリコの城壁だ。

 

 まぁあの城壁は軍団の鬨の声で崩されたんだけどさ。こっちも大声あげたらシールド消えてくれないかしらん? ともあれ、エネルギー着弾の閃光の中から現れたグランヘイムに目立った損傷はなく、悠々と艦首を白鯨の中心、すなわちユピテルへと向けていた。これは回避すらしなかった、いや必要がなかった事を意味していた。

 

 なんだろう、普段俺達が海賊あいてにしていたことをやり返されている気がしてきた。これは、まさかこれまで喰った海賊達の積年の恨みか?!

 

「終わったらお祓いしないといけないかも……」

 

 一人呟いた言葉は、艦内に響く警報に搔き消された。

 ああもう、上手くいかないなぁ……。

 




ひひひ、もう前の投稿からどれだけの時が……。
でもまだ挫けないぞ。健康に害が出ない程度に書き続けるわ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第37話 ネージリンスinゼーペンスト編~

新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくです。


■ネージリンス編・第37章■

 

――――第三研究室―――

 

 

 ズズゥン……!

 

「ええい! うるさいネ! せっかくメンガーのスポンジみたいな構造体をかいせきしとうっちゅうのニッ!!」

 

 高価な研究機材が置かれた研究室。断続的に続く轟音や振動に対し、ついにジェロウが怒鳴り声をあげた。ここにあるのは惑星ゼーペンストに眠っていた遺跡群から採取した様々なサンプルであり、これらを解析することで、失われた古代の英知か、はたまた宇宙という存在の証明への糸口か、ただの人々の思い込みが生み出した虚無なのかを解明できると考えられていた。

 

 ゆえに遺跡サンプルの解析は、彼にとっては何よりも優先すべきことであった。だがそれを断続的に聞こえる砲撃の振動が邪魔している。あの若い艦長はこの崇高なる偉大な研究をしている時に、何を阿呆なことをしてくれているのか。これでは繊細な操作が求められる解析が遅々として進まないではないか。

 

 いまのジェロウにしてみれば外界の事柄など正直塵芥に等しい。むろん常時であれば人間同士の関わりあいがなければ円滑な研究活動などできないと理解しているので、あまりある知性と理性をもって我慢できるが、いまここには自分の生涯を掛けられる研究課題が転がっている。それを前にしては所詮脆弱な人間の理性は、容易く吹き飛ばされるのだ。

 

「まったく、まったくもって度し難いヨ」

 

 地上にいた時、地震で研究中のサンプルが全部壊れたことをジェロウは思い出す。あの時は研究はさせるが安く抑えようと安普請な施設を与えたパトロンや理事会にブチ切れ、殴り込みをかけて研究所を最新式にしたことがあった。ジェロウの研究への熱意はそれだけ強いのだ。

 

 顎を掻きながらジェロウは再び研究に没頭せんと解析操作盤に立つ。彼が立つと自動的にホロモニターが空間投影され、彼は先ほど怒鳴る前にしていたのと同じようにホロモニターをタッチして操作を進めた。

 

 サブのホロモニターには構造解析した結果のグラフィックモデルが映っていたり、常人には理解できない数式などがメモされ、それらが多数浮かんでいた。ジェロウはそれらを見ながら自身が考えられる真理を見つけ出そうと作業を続ける。

 

―――ズドォン……!!

 

「うるさいヨッ!!」

 

「アイタタタ……、何をさわいどるじゃよー、ジェロウくん」

 

 振動で崩れたサンプルの山の中からヘルガが顔を出した。戦闘で慣性重力が働こうが激震で機材が倒れかけようが、研究中は解析操作盤から一歩も動かないジェロウに対し、彼女は大量のサンプルに埋もれていた。

 

 これは戦闘でフネが揺れる度に、積み上げられたサンプルが倒壊するのを防ごうとしていたのだが、ジェロウが地上で張り切って採取した結果、文字通り山のようにあるサンプルを前に、彼女がいかに強力であろうと無力であった。

 

 結果、雪崩を防ぐこと叶わなかった。飲み込まれた彼女は一緒に研究室内を転げまわって、最後は生き埋めにされていたのだ。人間であったらケガをしていただろう。

 

「まったく。たまのおはだが傷つくのじゃよー、と」

 

「なに言ってるンだか。メーザーライフルを受けても傷一つ付かないヨ。キミは」

 

「気分の問題なんじゃよー、と。解らないかなージェロウくん」

 

「解らないナ。解る必要もないヨ。いま必要なのは研究できる正常で厳粛な環境だネ」

 

「……女の弟子にデリカシーがないとか言われたことあるじゃろ?」

 

「数えきれないヨ。――っ! また振動で数値が狂った!」

 

 ムキーっと禿散らかした頭を掻きむしるジェロウ。普段の知的な姿からは想像もつかない狂態であるが、研究対象を前にそんなことは些事である。老科学者は今、研究がしたいのだ。だがそうやって騒いでいたジェロウが突然ピタリと静かになる。

 

「やーめた。やめだヨ。思えば戦闘の中でやることじゃなかったネ」

 

「んじゃどうすんじゃよーっと」

 

 そうヘルガが尋ねると、ジェロウは一言『寝る』と呟いて研究室を出て行ってしまった。相変わらず奔放な老科学者だと思いながらもヘルガは自身が埋まっていたサンプルの山から這い出てくる。多少埃やサンプルのかけらまみれだが傷一つない。見た目よりもはるかに頑丈な体で助かったと彼女は思った。

 

 服についた埃を払った後、彼女は顎に指を当て、んー、と考える。これからどうするべきだろうか、手伝うべき人物がふて寝してしまった場合のルーチンはプログラムされていない。

 

 とはいえ、己はかなりの経験を積んだ古参ドロイドのヘルプGが原型となった存在。原型から受け継がれた深く広く張り巡らされた人格マトリクスのニューロンマップは、合理的でありながら生物的なプロトコルをすぐに再構築した。

 

 目をギュッと閉じ集中する仕草を取るヘルガ。すると彼女の顔や腕に光る文様が浮かび上がってきた。耳をすませばリーンという高い音がわずかに聞こえてくる。幽玄ながらもSFめいたこの光景は長くは続かない。電子の光が彼女を覆っていたのはわずか数秒の出来事だ。

 

 この光はユピのナノマシンの活性化現象と同じものだ。彼女たちの身体、電子知性妖精の筐体は集中した際に放熱を兼ねた独特のエネルギー放射現象が起こる。むろん製作者ケセイヤの趣味である。なんでも強く光ると空間服が透けてボディラインが露わになるとかなんとか。

 

「ふーむ、どうやらヘルガには休息の暇はないようじゃよー、と」

 

 彼女の身体はそれ自体が一つの高性能電算装置に匹敵する。機械的なシステムを活性化させ、艦内システムとリンクすれば、たいていの情報が瞬時に手に入るのである。そしてリンクした結果、現在の白鯨艦隊はどの部署も火の車状態であった。

 

 だがヘルガはその状況を知っても、むしろムフフと笑みを浮かべていた。見た目こそ人であるが人ではないヘルガ。本来サポートドロイドであった彼女のプロトコルからすれば、むしろ現状はサポートし放題。奉仕できる場所が増えて逆に嬉しいくらいであった。

 戦闘中であるので、いささか不謹慎な考えであるが、人間とは違うAIならではの思考といえよう。ゆえにその足取りは迷いなく、もうどこに行けばいいのか理解しているという感じである。まるで散歩のような足取りでヘルガは歩いて行った。

 

 自分を必要としてくれる場所へ向かって。

 

***

 

―――同時刻、ブリッジ。

 

「艦長、ヘルガさんのおかげで各部署の作業効率が3割上がりました」

 

「さすがヘルガ。俺にはできないことをやってくれる」

 

 そこに痺れる憧れる、とユーリが呟くのと、敵の30回目の砲撃がユピテルの近くを掠めるのは同時であったという。余裕そうだが実際は余裕など微塵もなく、彼が呟いたのはただの現実逃避に近かった。

 

 グランヘイムとの戦いは白鯨艦隊にかつてない衝撃を与えていた。それは物理的な意味でもあり精神的な意味でもある。相手は十把一絡げな海賊とはわけが違う、いうなれば天かける竜の如き存在。これまで数多の敵を飲み込んできたいかに白鯨の顎であっても荷が勝ちすぎであった。

 

 やはり艦載機を出すべきだったかと思案したが、ユーリはかぶりを振った。逃げるのを前提としているのに艦載機の発艦命令など捨て駒にすると言っているに等しいからである。

 

 ユピテルには通常のカタパルトはあるが、それらはあくまで加速を与えるだけであり、いちいち固定具にセットするので時間がかかる。重力カタパルトと呼ばれるトラクタービームと反重力を応用したカタパルトなら機体の固定が必要ないので発艦が早く行えるが、場所をとるので一部の国の正規空母にしか搭載されていない。むろんユピテルも装備していなかった。

 

 さらに発艦だけでなく着艦にもそれなりに時間がかかる。一度に複数の発着が可能な大発艦口を持つユピテルであっても着艦した機体を収容し、整備格納庫で固定しなければ次の機体を収容できないのである。即応性には大砲に劣るのが空母の宿命であった。

 

 それに……と、ユーリは想像する。もしもこんな時に傭兵部隊のトランプ隊でも捨て駒扱いしたらどうなるか? ププロネンさんは確実に気が付くだろうし、ガザンさんに至ってはこちらをグーパンで殺りに来るだろう。ユーリには顔をアンパン顔のヒーロー並みにされてから頭をブラスターで撃ち抜かれる姿しか想像できなかった。歴戦の傭兵たちなだけに、裏切りなどには敏感なので使い道が難しいのである。非常にむせる話だった。

 

「くそー……」

 

 こぼれ出た呟きは戦火の煌きに掻き消される。いいようにされている。そう感じざるを得ないような動きをとるグランヘイムをみて、ユーリの中にうっぷんが溜まりつつあった。

 

 ただでさえ、自由な0Gドッグのハズなのに、現地政府に協力させられたりでアイデンティティが揺らいでいるというのに、ここにきて理不尽の襲来となればストレスがマッハである。そりゃ好き勝手やってきたという自覚はあるが、だからといってこれはないだろう。

 

「シールド出力低下。ジェネレーターが異常過熱しています」

 

「ひーん! 艦隊のT.A.C.マニューバ制御プログラム、処理が追いつかないです!」

 

「くそ、出力が足りねぇ。もっと主砲にエネルギー回せないか?!」

 

「無理じゃ! ただでさえサブバイパスまで使ってるのにこれ以上は枯渇を招くぞ!」

 

「うわ、アポジモーターがいくつか吹っ飛んだぞ。姿勢制御がさらに低下。どうしろってんだ!」

 

「デフレクターも……、グラビティウェルに負荷が……」

 

「むむむ……」

 

 あれよあれよと各部署からの悲鳴が。どうしようもない、言葉では言い表せないような絶望感。艦の性能でも負けてない。クルーの練度だって信頼している。なのにこの一方的なまでの差。一体何が悪いのか理不尽な仕打ちとはこうも頭が痛くなるのかと、日ごろの行いを鑑み始めたその時である。

 

「S級3番、7番艦、K級4番艦、KS級3番艦が直撃を受けてまとめて轟沈しました」

 

「……あ゛っ?!」

 

 それは、おそらくは旗艦狙いの砲撃であったのだろう。その射線が運悪く菱形の輪形陣でユピテルを囲っていた彼女たちと重なって青い火球へ変えてしまった。あまりにもあっけない、まるで段ボールを切り裂くような容易さで、愛着あるフネが破壊されるのを見た瞬間、プッツンと、ユーリの中で何かが切れた。

 

「ふふ、フフフフフ―――」

 

「え? ちょっ、ユーリ?」

 

「―――いったい、いくらかかると思ってんじゃぁぁぁいい!!!」

 

「落ち着け! 冷静にならないとだめだよ!」

 

 Gaooooo!! とそれはそれは怒髪天を突かんばかりに、ユーリの怒りが有頂天になった。トスカの声は聞こえていたが怒りに燃えたユーリには届かない。駆逐艦ならばまだよかった。小型でコストも抑えめなので再建も容易い。だが巡洋艦は当然ながら駆逐艦よりコストが高い、そして戦艦や空母は言わずもがな。

 

 さらにはフネの性能を発揮するには改装やモジュールの搭載が欠かせないが、轟沈していく艦隊所属の僚艦を見た瞬間、ユーリの中でこれまでマッドの指示で行った改装費用が瞬時に脳内を駆け巡り、そして永遠に失われてしまったその改装コストに号泣し、冷静さを失わせてしまったのだ。

 

 また、無人艦に装備されたコントロールユニットモジュールのAI達が破壊されたことにも怒った。あれらはユピの廉価版であり、いまのところ自我はなかったが、将来的には機能の増設でユピ並みにしようと考えていたのだ。なまじユピがいい具合に自我が成長し、クルーの一人と認めていたからこそ、その怒りの度合も大きくなった。

 

 それらがまぁ合わさりあって、要するに、キレていた。

 

「ファ〇ク! フ〇ック! ぜってぇ許さねぇッス!! こうなりゃタマとったるどイテマエゴラァァ!!」

 

「落ち着けこんのお馬鹿!」

 

「あびょっ!? いてえぇ……」

 

 何を思ったか、艦長席のコンソールから全砲発射指示をしようとしたユーリを、トスカが慌てて殴りつけて止めた。英断であった。

 

 何故なら全砲発射指示はあらゆる武装に施されたバーストリミッターを解放し、放熱などに必要なインターバルを無視しての連続斉射を行わせるモードである。仮に使われていたら艤装はボロボロ、フネに残るほとんどのエネルギーを消耗してしまっていたことだろう。

 

 この攻撃の時には、シールドに回すエネルギーも攻撃に回すため、必然的に全砲発射中のシールド出力は低下、もしくは霧散してしまう。全砲発射は確実に仕留められる時でないと使用してはならないのである。

 

 怒りに若干我を忘れたユーリは怒りのままに行動しようとして、慌てたトスカに殴られて何とか動きを止めた。殴られたのと、その反動でコンソールに叩き付けられたので二つのたんこぶを作り、痛みと共に学習した。冷静さを失ってはいけない、Be,Koolだと。

 

「Coolッスよちくしょーメ」

 

「ふん、頭冷えたかい? 馬鹿な真似はするんじゃないよ」

 

「カッとなってやった。反省してまーす」

 

「もう一発ほしいのかい?」

 

「あ、これ以上はおでこから血が出るので勘弁してください」

 

 頭を下げるユーリ。どうやらいつもの能天気男な雰囲気に戻ったらしいことを察して握っていた拳を静かにおろすトスカ。尚、この一連の茶番とも呼べない光景を見たユピはAIなのにあっけにとられ、そのせいで駆逐艦の制御がおろそかになって中破させていたが、だれも気が付かなかった。

 

 とにかく、ユーリはムカッ腹は立つが一応冷静になった。トスカはそれを見て忙しいのにまったくと呟きながら副長席のコンソールに向き直りユーリの方を見もしなくなった。本当にいろいろと忙しくかまう余裕がなかったのである。

 

「……とにかく、このままじゃいけねえッス」

 

 非常に不味い状況である。ユーリは原作ではどうだったかを思い出そうとした。しかし頼りになる原作知識もここにきては頼りにならない。すでに道筋はだいぶ変わってしまっていた。

 

 まず、本来ヴァランタインとの対面は地上の遺跡の中である。逃げ出したバハシュールを追いかけ、逃げ込んだ先の遺跡がエピタフ関連でなんやかんや色々あって、いろんなことの一端がわかるのが原作ルートだ。

 

 しかし、ユーリはバハシュールを追わなかった。特に考えもせず部下に命じた。それだけである。しかしそんな些細な選択の違いが、大きな羽ばたきとなって今を揺さぶるというある種のバタフライエフェクトを引き起こしたのだ。

 

 原作知識とは予言のようでそうではない。いうなればとある未来へのシナリオだ。しかしどんなに正確に描かれたシナリオであっても、それを演じる役者が好き勝手すれば、シナリオは崩壊するのは当然の事なのだ。それを軽視、いやむしろ全く考えていなかったユーリが原作知識縋ろうとしても、それはただのピエロにしかならない。

 

 なので、そういえば原作でこんなイベントないじゃんという事を思い出すのに時間はいらなかった。ちくしょう少し前の俺の馬鹿と憤慨しつつも、まぁ好き勝手するならこういう事もあるという諦めが混在し複雑な心境になるが、そういうのを嗜む時間はない。

 

 何かないかとない頭をひねり、そういえば原作ルートでの自治領制圧の時はどうだったかを思い出すユーリ。少しして、そういえばとある事を閃いた。

 

「すまんユピ。忙しいだろうがちょっと近隣の航路チャートこっちにくれ」

 

「あ。ハイ」

 

「その間トスカさん指揮頼むッス」

 

「ああ解った」

 

 肉を切らせて骨を断つような、一発かませる方法。それを実行するにはこの宙域にあるハズのモノが必要だ。激しい砲雷撃戦のさなか、一人チャートを覗き込むユーリ。いくつかデータをスライドし、そうしてお目当てのブツがこの宙域に存在していると知った時、彼は口角を歪めて喜んだ。

 

 

 いける、少なくともこのままやられたりはしなくて済む。だがそれまで艦隊が持つのか……、ちがう持たせるのだ。逃げるんじゃない、戦うために移動するのだ。そうと決まればすることは決まっていた。

 

「素敵だ。これで理不尽に遊ばれるだけじゃない。これで戦争が出来るッス。全艦に通達! これより艦隊はこの座標へと移動するッス!」

 

「敵に背を向けるのかい!?」

 

「違う! その為にチャンと小細工するッス! さぁ早くするッス!!」

 

「アンタ、何考えてるのさ?」

 

「時間がないから詳細は着いてからのお楽しみッス! さぁ早く動くッスよ! ハリー! ハリー! ハリー!!」

 

 ここにきてユーリが出した移動命令に対し、トスカはここまでやられたのにしっぽ巻いて逃げるのかと問い詰めようとした。しかしユーリが真剣に……、いやさ非常に楽しそうに歪んだ笑みを浮かべているのを見て、どこか身体の毛穴が広がるようなゾワリとしたものを感じ取り、それ以上の追及を言い出せなかった。

 

 こいつは何かを仕出かそうとしている。悪戯を思いついたように純粋なのに、とてつもなく邪悪ともみえる凶相。これはそういう貌である。だがえてしてそういう表情を浮かべるヤツは、良くも悪くも大体とんでもない事を仕出かすことをトスカは経験で知っていた。

 

「あーもう! あとでちゃんと説明しな!―――皆聞いた通り、この馬鹿の命令だ! ちゃちゃっと動きな!」

 

 だから信じたというわけではないが、トスカは頭をガシガシ搔きながらそう言い放った。少なくともヴァランタイン相手に普通の手段では逃げられそうもないのは明白。ならば守って磨り潰されるよりかは賭けてみよう。そう考えたトスカの号令がブリッジに響いた。ある意味でユーリは信頼されているといえよう。悪い意味で。

 

「それじゃあまずはこの場を何とかする方法をソッと話そうッス」

 

 こうして白鯨艦隊は移動を開始するのだった。

 

***

 

 さてユーリが方針を転換したことにより、ジリジリ押されているだけだった戦況に変化が生まれた。押されているには変わらないが、より激しい反撃へとシフトしたのである。事情が知らないモノが見れば、それは叶わないとみてやけになったようにも見て取れる。遊んでいるつもりがヴァランタインにあるならば、確実に乗ってくるだろう誘いであった。

 

「艦隊の後進速度さらに加速中。敵艦も増速しました。相対距離変わらず」

 

「S級が前に出ます。エステバリス展開完了しました。準備完了です」

 

「こちらの攻撃の回転をあげる。敵にはただ無様に逃げているように思ってもらうッス! アバリス、ガトリングレーザー砲、撃ち方はじめ! アバリス砲撃後に各艦も撃て!!」

 

 アバリスの上甲板が開き、ゴテゴテと大小さまざまな砲が括りつけられたキメラレーザー砲、ガトリングレーザー砲がせりあがった。戦艦が持つ高い出力により瞬時に砲身から光子が零れ、様々な固有周波数を持つ青いレーザーが解き放たれる。

 

 強制冷却器から冷却の白いガスが排気され、その独特の振動がレーザーの散布界を独特な動きのある流れに変える。グランヘイムは相変わらず回避することなく、アバリスが放つ弾幕に切り込み、凝集光とシールドがぶつかり合い青い火花と電光が空間を満たしていった。

 

 エンジン出力と冷却装置の許す限りアバリスの砲撃は止まらなかった。砲身が赤熱し始めても砲撃は終わらない。拡散するレーザーのほとんどはグランヘイムのシールドに阻まれ、その装甲板に一ミリの傷すらつけられないが、それで問題なかった。

 

 アバリスに続くように他艦も限界まで出力を回したレーザーをグランヘイム目がけ撃ち込んだ。それらのレーザーはアバリスの出す弾幕に紛れてグランヘイムのA.P.Fシールドに到達し、それを突き抜けた。

 

 A.P.Fシールドはレーザー砲弾、指向性エネルギーの固有周波数に干渉するフォースフィールドを展開し、減衰拡散を行わせるシステムである。レイヤー展開する防御力場は確かにレーザーを散らすが、完全無比な防御システムであるわけではない。

 

 レーザーを受けた防御力場は、込められたエネルギーに応じて出力を弱める。それは初撃にユピテルが放った単装主砲の弾着確認で検証されており。グランヘイムであってもシールドの減衰は引き起こされていた。であるならば、出力減衰を回復するよりも早く次弾を撃ち込めば、あるいは出力低下で機能不全となったシールドにもう一度当てられれば突破できるのは道理であった。

 

「敵艦のシールド突破、ですが敵に損害無し」

 

 だがやはり隔絶した防御力を持つのか、砲身寿命を縮めてまで出力を高めたレーザーであってもグランヘイムの装甲板を軽く削る程度であった。だがそれを見てもユーリは驚きはしなかった。そうでなければ敵が伝説に例えられる暴れん坊と言われるわけがないからだ。

 

「思った通り装甲もなにか処理されてるッスね。まぁレーザーで沈むくらいなら苦労しないッス。さぁてユピ、S級に信号をおくれ。艦載機の出番だ」

 

「はい艦長」

 

 旗艦ユピテルからの命令が無人艦へと送られる。前に出ていたS級各艦の飛行甲板にはかれらが搭載する人型艦載機のエステバリスが並び、VFと共通する手持ちのミサイルポッドをグランヘイムへと向けていた。

 

 攻撃命令が来てすぐにエステ達のコンバットAIはプログラムに従ってミサイルを投射する。一斉射ではない、後方に控えた機体が飛行甲板に繋がる格納庫から装填済みのポッドを取り出し、撃ち終わった機体に投げ渡した。撃つ撃つ撃つ、装填する装填する装填する、これらが繰り返され多量の小型ミサイルが連続投射されていった。

 

 それはまるで在庫一掃セールの如きであった。弾薬庫なんて倉庫に変えてやると言わんばかりにミサイルを全て打ち出していく。これはユピテルに搭載されたVFも同じで、少しだけ開いた大格納庫のブラストドアの隙間に並んだガウォーク形態のVF達も同じように艦載機の対艦ミサイルを撃ちこんでいった。

 

 投射されたミサイルは艦載機がキャリアーとなって現地に運ぶ物だから、当然なのだが航続距離はフネのミサイルに遠く及ばない。しかしここは宇宙空間、遮らなければほぼどこまでも直進できる真空の世界である。グランヘイムとの相対速度を計算し、かのフネの速度が通過するであろう座標目がけ時間を図って投げてやれば理論上は命中する。

 

 余裕の表れで回避をあまりしないグランヘイムは、もはや流れる宇宙機雷のようなミサイルの中へと自ら突っ込んだ。爆発の花がグランヘイムを覆いつくす姿を白鯨艦隊の光学センサーは捉えていた。ミサイル同士の爆発に巻き込まれて7割ほどは関係ないところで連鎖爆発をおこしていたものの、グランヘイムを多大に揺らすことには成功していた。

 

「あんなにミサイルを受けて対空砲火一つ動かさないとは……すさまじいな」

 

 ミサイル攻撃を観測していたサナダの呟きは皆口には出さないが思っていたことであった。艦載機用の対艦ミサイルとはいえ、通常のフネが喰らえば骨組みしか残るまい。であるのに攻撃を喰らっているグランヘイム級の装甲はどんな性能を持っているのか想像もつかなかった。

 

 されど、さすがに煩わしくなったのか、三段目のミサイル攻撃が届く直前、グランヘイムを楕円上に包み込む歪みが現れた。デフレクターを起動したのだ。かのフネのデフレクターはこれまで観測されたことがないほど強力であり、ミサイルはもちろんのこと合間に放つレーザーすらも偏向させるという恐るべき防御システムであった。

 

 ミサイルもレーザーも効かないのでは打つ手がないのでは? 

 

 だが、これも想定の範囲内であった。

 

「最終段階ッス。ケセイヤさん例のミサイルの準備は?」

 

『いつでもいけるぜ』

 

「それじゃあ撃て。全部だ」

 

 あいよー。そう軽い返事をケセイヤが返すのと同時に、弾薬庫にある最後とケセイヤ達マッド達に準備させた特製のミサイルが発射された。その特製ミサイルはミサイルと呼ぶにはあまりにも不格好に過ぎた。スレンダーなロケット型とはかけ離れたゴテゴテと取り付けられたそれはジャガイモに似ている。

 

 ふつうのランチャーでは入らないのでVFが手投げしたミサイルは、ほかの通常ミサイルと混ざってグランヘイムへと向かい、かのフネのデフレクターに他と同じく遮られ、そして中身を盛大に撒き散らした。

 

「着弾、効果は―――センサー波の拡散を確認。光学映像でもグランヘイム視認できません」

 

「よし! いまだ! 逃げろ!!」

 

 ユーリの号令が響き、各艦が急速転回して加速していった。グランヘイムの周りには、まるでパレットの絵具をバケツにぶちまけたような様々な色のガスが浮かび、その姿を完全に覆い隠していた。

 

 マッド特製のミサイル、それは格納庫の可燃物や既存の煙幕やチャフ、さらには彼らの試作品やら何でもかんでもをとりあえず接着したミサイルであった。いうなればチャフのカクテルといってもいいだろう。デフレクターに遮られても中のチャフや煙幕ガスはデフレクターに沿って周囲の空間に拡散する。

 

 センサーも光学映像も封じられれば、大体のフネは目と耳を封じられたに等しい。宇宙での撃ち合いは高度なセンサーが必要不可欠であり、それらを封じられれば命中率は格段に下がる。

 

 むろんチャフ煙幕カクテルの範囲外に突き進まれれば意味を無くすだろう。だがその一瞬の隙があれば十分であり、艦隊各艦のアポジモーターとスラスターはその意義を最大に発揮して、数万トンの巨体たちを瞬時に反転させることに成功していた。勝てない相手なら勝たねばいい。負けなければ問題ないのである。

 

「艦隊は加速状態に入ります。本艦も続きます」

 

 旗艦ユピテルが殿を務め、白鯨艦隊はこの宙域から離脱したのだった。

 

***

 

―――同時刻、グランヘイム・ブリッジ

 

「あーらら、獲物さん逃げるみたいやでキャプテン」

 

 戦闘照明で薄暗いブリッジの中で子分の一人が呟いた言葉に、このフネの長であるヴァランタインはあごひげを撫でながら、逃走する艦隊の背を見つめていた。

 

「まったくもって小賢しい連中だな。煙幕なんぞ今時使うヤツなんぞ見たことがない。あれだけいいフネを使っている癖にな」

 

 そう言ったヴァランタインの視線の先には、先ほどの戦闘で観測した敵の旗艦が映るモニターがあった。白く滑らかな装甲を持つクジラの頭を想像させる船体、装備する砲も大きさに見合った威力であり、こちらの宇宙で初めての手ごわい相手だと少しだけ期待した手前、逃げ出したことに少し落胆している。

 

「どないします? このまま放置するんやろか? だったらワイは戻ってもええか?」

 

「お前は本当に自由だな」

 

「それが海賊ってもんや。特にワイはいま忙しいねん」

 

 そう語る子分にまったくという眼を向ける。どうやら戦闘がひと段落したので己の趣味を優先したいらしい。自分という存在に付き従う同士であるが、どういうわけかアクと癖の強い輩ばかり集まるのはどういうわけやら。

 

「プラモはあとだ。それよりも―――」

 

「追いかけるんだろヴァランタイン」

 

「来ていたのか。お前、研究で籠ると聞いていたがやめたのか?」

 

「おいおい、あんな綺麗なフネがいるんだ。直接ブリッジから見ないでどうするよ」

 

「やらいでか」

 

 

 ヴァランタインの言葉を遮って、彼の近くに歩み寄る人物。近眼なのか瓶の底のような眼鏡をかけ、本当に人類かと言いたくなるくらいサルににた面構えをした男は、敵の旗艦を見ながら、おーすげぇなと呟いている。

 

 この男、ヴァランタインの部下ではない。いうなれば友人もしくは悪友であった。グランヘイム級建造にも設計から携わった男であり、自分よりも遥かに背が低いが遥かに賢い旧知の友であった。

 

「で、おいかけるんだろう?」

 

「ああ。小細工だったが俺達に抗ったんだ。ならば応えてやるのが男だろう」

 

「まぁな。男なら敵に殴られたら徹底的にやり返すもんだ。ま、俺としては新しい技術が使われてそうなフネだから? そこを知りたいのが本音だ」

 

「なるほど、目的はそっちか」

 

「あとな。あのフネには“アレ”の反応もある。連中もってるぜ、アレを」

 

「そうか、そうか! ならば余計に逃がすわけにはいかなくなったな!」

 

 ただの獲物かと思いきや、必要としている物を持つ獲物だったとは、めぐりあわせとは時に運命的だとヴァランタインは呵々大笑する。白鯨艦隊、完全に目を付けられたのだが、まだユーリという存在にヴァランタインは気が付いてはいなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第38話 ネージリンスinゼーペンスト編~

前の投稿からほぼ3か月が経ちました。
今の今までモチベーションが上がらなかったのですが、三日前に急に書く力が湧きました。
そんなわけで一気に書き上げたので投稿いたします。
一応推敲はしておりますが、誤字脱字がありましたら是非ご連絡ください。

それでは、どうぞ。


■ネージリンス編・第38章■

 

―――旗艦ユピテル、ブリッジ―――

 

 フネの命令系統の中枢に位置する艦橋。強固な装甲板と重厚なブラストドアに守られたこの場所に、白鯨艦隊の幹部とも呼べる各部署のリーダーたちが会議を行う為に一同に会していた。

 ここは本来会議を行う場所ではないのだが、一応艦橋はあらゆる部署やセクションからの情報が集約される場所であり、またホログラム・モニターを投影できる設備が整っている場所でもあるため、会議を行うにはある意味うってつけである。

 それもこれもユーリが会議室モジュールを入れ忘れていた所為で、他に会議するにふさわしい場所がなかったからなのだが、さもあらん。

 

「んじゃ、会議すっべ」

 

 そんなユーリの気の抜けた声と共に会議は始まった。同時にそばに控えるユピがフネのメインフレームに直接アクセスし、会議に必要であろう情報を各員の眼の前に投影した。

 電子知性妖精である彼女はコンソールを使って操作しなくとも、意思一つでメインフレームと接続し、フネの全てをコントロールできるので、こういう会議の時は地味に便利であった。

 

「さて、あの時は出来なかった小細工の説明……。

 まぁぶっちゃけた話、これからの行動方針を話そうと思うッス。

 まず第一に追跡してくる敵の撃退、および逃走が主目的となるッス。

 そんでとりあえずコイツを見てほしいッス。これは今向かっている座標にあるものッス」

 

 ユピがユーリに指定された順番通りに資料を展開する。

 ホロモニターに投影されたのは、姿はとても普段よく見るボイドゲートとよく似ているが、ボイドゲートとは違うもう一つのゲート。機能を停止して“死んだとされる門”通称デッドゲートの姿がホログラムとして投影されていた。

 

 デッドゲート。これは何等かの理由でゲートとゲートを繋ぐゲートジャンプの機能が失われたボイドゲートである。

 本来なら四つの独立した三角錐に近い形状のユニットがグラビティアンカーのラインにより固定され、ユニットに囲まれた中央に青く輝くジャンプフィールド幕が展開されているのだが、機能停止したデッドゲートにそれらは存在しない。

 あるのは黒く変色し、経年劣化か小惑星の衝突で傷ついた巨大な構造物が、まるで躯を晒すかのように宇宙に横たわっている姿だけである。

 もっとも例え機能停止していても非常に頑丈であり、一般的なフネの攻撃手段では傷一つ付けられない。

 

「ここに向かって何をするかは……、お手元の資料をご参照くださいッス。

 フォルダはG-8492番にあるッスから各員開いてくれ」

 

 そういわれて、ユーリ以外のメンバーは自分たちの前に浮かんだホロモニターをタッチして、指定されたフォルダを開き中身を確認した。

 情報量としてはそれほど大きくはないので、全員が読み終わるのに時間はあまりかからなかった。一応全員が読み終わるのを待って、ユーリは口を開く。

 

「見終わったッスかね? 短い内容のとおり白鯨艦隊はデッドゲートに向かって、そこでグランへイムを撃退するって感じのプランッス」

「つまりはデッドゲートを盾に利用しようってわけだね。まぁ他の宇宙島までは逃げ切れそうもないみたいだから仕方ないのか……」

 

 ユーリのとなりで会議の成り行きを見ていた美女、トスカがユーリが考えたプランを簡潔に纏めて述べた。彼女が後半に述べた言葉で空気が重くなったが事実であった。

 艦隊は逃亡する時の初期加速で航続距離をかなり稼ぎ、グランへイムの恐るべき三連装レーザー主砲から逃れることが出来たが、最後の長距離観測によればグランへイムは追撃する構えを見せていたらしく、十中八九追いかけられていると想定された。

 敵が普通の敵だったなら、逃走に成功したと判断で来たのだが、相手はあのグランへイムであり、それを駆るヴァランタインである。伝説の海賊が率いる恐るべき海賊団と超性能のグランへイムが合わされば、まさに鬼に金棒ならぬ鬼に核ミサイル。うかつに逃げ延びたなどとは誰も言えなかった。

 

「うっス。艦隊は一路デッドゲートに赴き、ゲートを構成する四つの巨大ユニットの一つを盾にして迎撃。この場にグランへイムを縫い付けてから離脱するッス」

「まってくれ。縫い付けるとはいうがすでに艦隊の戦力は半減、いやさっきの戦闘の消耗を考えるとそれ以下だ。成功する確率は高くないんじゃないか?」

 

 これまで冷静に聞いていたイネスが手を上げてから発言した。

 彼のいうことも一理あり、現在の白鯨艦隊は全部で12隻しか残っていない上、要の火力もいくつかの艦では主砲塔が損傷し、ミサイルなども先の戦いでほとんどを消耗してしまった。

 工廠戦艦アバリスの艦内工廠がフル稼働してはいるが、修理部品精製の為にミサイルに回すだけの余力がなく補充すら儘ならない状況である。特にミサイルは先の戦いで煙幕を投射する際に役立っただけに、それがほぼ使えないとなれば戦力は半減という話ではなかった。

 

「それについては考えてあるッス。相手は大海賊、同じ手が何度も通じるとは考え辛い」

「それじゃあ煙幕以外の方法が?」

「ある!……グランへイムに対抗できる手段、それは―――」

「それは?」

「―――力を、合わせるんだ。全てのな」 

 

―――――― はぁ?

 

 この場の全員が浮かべた表情を要約するならこうなるだろう。ユーリはそんな仲間たちを見て悪戯が成功した子供のように笑みを深くし、それにイラついたトスカに殴られていた。ここまでお約束である。さすがに真面目にならんとダメだと思ったのか、ユーリは表情をキリリと切り替えた。

 しかし殴られないと切り替えないとは一昔前のTVかなにかだろうか。

 ポンコツとはいうが人間もそれにあてはまるのだろうか。

 

「まぁ口で説明するとダル……長いから、さっき開いたフォルダのもう一つしたのフォルダを見てほしいッス。そこに書いておいたんで」

 

 なにやら不真面目な一言が漏れ聞こえた気がしたが全員スルーした。ユーリがこうなのは出会ってからずっとなので気にしてもしょうがないのである。彼らはユーリから指定されたとおり、先ほど開いたフォルダの下にある別のフォルダを開いて中身を参照した。 

 

「これは……」

「うっそだろおい」

「ありえない! なんて設計なんだ! 設計したヤツは阿呆だろ!」

「そういえばこういう設計だった。すっかり忘れていた。しかしイネス、俺は科学者としては関心こそすれなにもおかしなところはないと思うぞ」

「サナダ、これは常軌を逸しています……、ですがこれなら意表を突けると思います」

「ミドリの……いうとおり……。でもなんて……びっくりどっきりメカ?」

「そういえば本体ってソコだったね」

「し、しりませんでした」

 

 石破天驚とはこのことか。この場にいるほぼすべてのクルーたちの感想である。

 とはいえ反対という意思はクルーたちの間に見れない。どちらかといえば開いた口がふさがらないというか茫然自失というか。まぁこんなのをよく使おうと思ったユーリにあきれたというべきだろう。

 

「ふむ。艦長、これはきちんと作動するんでしょうな?」

 

 皆が口々に驚いているなか、トクガワが一人ユーリに尋ねた。ユーリは勿論さ☆彡とウザい笑みを浮かべて頷いた。

 

「イグザクトリー。ちなみにケセイヤにも確認済みッス。な?」

「クククッ、こんなこともあろうかと! 改装する時も気を付けていたからな!……まぁぶっちゃけた話。こんな風に使うことになるとは想像の範囲外だったが……」

 

 整備と魔改造を一任しているケセイヤの言葉に、これがユーリの虚言などではなく、実際に行えるものだと全員が理解した。ケセイヤはマッド共の筆頭だ。ヤツができるというのなら、そういう風な改造となっているのだと色んな意味でみんな諦めていた。

 

「何はともあれ。ユーリがイッちゃってるのは解ったよ」

「えーと。褒めてるんスかそれ?」

「「「「いや全然」」」」

「ですよねー」

 

 トスカの呟きに反応したユーリに、この場のほとんどがそう答えた。普段の行いとは大事である。あまりのいわれように傷ついたと言わんばかりに嘆くユーリ。流石の能天気男であっても少しは懲りたらしい。

 とはいえ解っていても変えられないことはある。ユーリの常人とは違う考え方はもう彼のアイデンティティだ。これを変えるなど難しいだろう。彼の仲間たちは、どうせまた懲りずに同じようなことをしでかすんだろうなぁ、という生暖かい視線を向けているが、向けられた本人は全く気が付いていない。

 

「それで? これらを踏まえて作戦名とかはあるのかい?」

 

 ユーリをこき下ろしたことで、そろそろ終わろうかという空気が漂い始めた時、ふとイネスがそう呟いた。orzと膝をついて落ち込んでいたユーリは顔を上げるとその問に答えた。

 

「あー、実はまだ決めてないんスよイネス。短い時間だったから概要を考えるだけで精一杯」

「それじゃあ今決めたらどうだい? こういう時は何かしら呼び名があった方がいいからね」

「お、イネ坊はいいこというね。他に何か意見あるやつはいるかい?」

「「「「特にないでーす」」」」

 

 なるほど作戦名か。確かに今から行うことは一大作戦である。これが成功したなら、グランへイムを退けることもできるかもしれないのだ。なにかこう良い作戦名はないものか。そう考えたユーリはフッと閃いた言葉を口にした。

 

「じゃあ、作戦名はインフィニット・スペース。こんな状況乗り越えて無限の航路に行こうって意味を込めてみたッス。どうどう?」

「いいんじゃないかい。アンタのドヤ顔さえなければもっとよかったよ。あとちょっと格好付け過ぎだね」

「「「副長に賛成」」」

「あと、えと。元気出してくださいね」

 

 どうやら全面的な味方はユピしかないらしい。ちょっと格好付け過ぎたことに反省しつつも、結局作戦名は変わることなく言い出しっぺのままに決まった。

 

「さぁて、終わったら大宴会しないといけないッスね」

 

 皆が作業に入る中、そう呟いたユーリ。呟いてからコレ死亡フラグかもヤベーと思ったのは彼だけの秘密であった。

 

 

 

***

 

 

 

―――同時刻、旗艦ユピテル艦内、倉庫内―――

 

 

「……う、うーん」

 

 さて、慌ただしい船内の一角。備品倉庫に使われている部屋において、これまで忘れられていた人物が目を覚ましていた。

 蜂蜜色の髪が零れるようにして彼女の肩から解けて落ちていく。今の今まで気絶していたからか節々に感じる痛みに眉根を寄せて、不快感を隠そうともしていない。普通よりも遥かにゆっくりと姿勢を起こした彼女こそ、従者から捜索依頼が出ているキャロ・ランバースであった。

 

 なぜ気絶していたのか? 簡単にいうと迷子になった結果である。

 

 彼女は艦内見学の時、少し悪戯心が働いたのか、従者であるファルネリから少しだけ離れて別の道に入ったのだ。そしてそれが運の尽きだった。モジュールを組み込むフネの構造上、外見は同じでも内装が同じフネはほとんど存在しない。熟練の0Gドッグでも内装入れ替え後は慣れていない間、携帯端末のナビ機能を使うことすらある。

 当然、キャロはユピテル艦内など初めて見る上、彼女は0Gドッグではない。0Gドッグなら持っていて当然の最低限の知識すら持ち合わせていない。そんな彼女がガイドするファルネリから離れればどうなるかは一目瞭然だろう。

 

 むろんその時の彼女は自分が迷子になったなどと一切思っていない。ただ仲のいい従者との隠れ鬼ごっこを楽しもうと愉快な気分であったそうだ。そうやって彷徨っていたら、普通なら保安部に保護されるか、あるいは統合統括AIのユピに見つかって連れ戻されていたはずである。

 運が悪いことに、ちょうどこの時にヴァランタインの襲撃が発生した。鳴り響くサイレンに驚き、ゆっくりとであるが降りてくる隔壁に恐怖したキャロは、とりま手近な部屋へと勝手に飛び込み、その後続いた戦闘の衝撃で気絶してしまったのだ。

 戦闘中は座席に座るか、何かに身体を固定しておかないと危ないという常識も知らない。だから致し方ないとは口が裂けても言えないが情状酌量の余地はあろう。無知は罪だが、だからと言って誰しも最初は賢者ではないのだから。

 

「あー?……あー」

 

 一応目が覚めたキャロであるが、まだ少しぼんやりとしていた。とりあえずあたりを見渡して状況を整理していたキャロの脳裏にまず浮かんだのは、“あ、やばい。これファルネリにマジで叱られるヤツだ”という、なんとも残念なものだった。

 なんせネージリンスに連れて帰るはずの帰還船をわがままでドタキャンするわ、つかの間の自由に酔って調子に乗り、ガイドを無視して意図せずとはいえ密航するわ。彼女が各部署に与えたであろう被害を数えだしたらキリがない。

 

「ま、まぁそれよりも……、いまは外に出ましょう」

 

 しかし、そこはさすがにお嬢様。少し悩んだところですぐに気持ちを切り替えて普段のキャロに戻っていた。やってしまったものは仕方がないと考えることにしたようだ。お嬢様はへこたれないのである。

 開き直ったキャロは、とりあえずファルネリと合流しなければならないと思い立ち、今いる場所をよく観察した。入ってすぐに気絶したので気が付かなかったが、なにやら倉庫のようで棚に雑多な小型コンテナが固定されているようだ。

 揺れは感じないが戦闘中らしく照明がいまだに暗い。薄暗く誰も居ないコンテナだらけの部屋というのは無機質な不気味さがある。こんな陰気な場所にいると気が滅入るってものではない。

 

「………あら~? 開かないんだけど?」

 

 なので部屋のドアに手をかけたのだが、なんということでしょう。ドアにロックが掛かっていて開かないではありませんか。

 

 まぁ当然である。現在グランへイムから逃れはしたが、戦闘態勢は解かれていないのだし、移動に必要のない隔壁は空気漏れ対策で全て閉鎖されている。大半の部屋もドアがロックされていた。これは万が一被弾した際に何でもかんでも吸い出されないための処置なのだが、おかげでキャロは完全に閉じ込められてしまった。

 

「にゃー! ファルネリー! ユーリー! ナンでもいいから助けてー!」

 

 おもわず叫んでしまうキャロ。だが誰も助けてはくれない。今ここにいる薄幸の美少女(自称)を助けてくれるヒーローはいないのだ。ああ、このまま私はだれにも発見されずミイラになってしまうのねん。そして子供が5人生まれて、おばあちゃんになるのよ……。

 ヨヨヨと己の境遇に泣きはらすようなポーズをとるキャロ。呟いた内容も滅茶苦茶だ。なんでミイラになるのにおばあちゃんになれるのか。それは彼女にしかわからないであろう。しばらくそうやって一人嘆いていたが、少しして心に寒風が吹いたのか溜息を吐くと立ち上がった。

 

「もぅ…何してるのよ私。それにしても、やっぱり誰かいないとつまんないわ」

 

 混乱していたとはいえ、莫迦をしたものだと赤面する。それにこういう時だれもいないとただむなしいだけである。思うのは妙に波長の合ったあの少年。出会って数時間も経っていないのに、旧知の仲のように思えた存在。というか私の相方。

 

 どうせならこういう時にでも颯爽と登場すればいいのに……。

 そんなことを考えていると―――

 

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! お呼びですかじゃよー、と」

「ぎゃぁぁぁぁッ?! えうっ?! 誰あなた!?」

 

―――唐突に後ろから掛けられた声にキャロは心臓が飛び出る思いをした。

 

 およそ少女が出していい声じゃない金切り声を上げて振り向けば、そこに紫のショートヘアに大きなヘッドセットを被り、ノースリーブでお腹がむき出しの空間服を着ている女性が立っているではないか。

 今の今まで自分以外誰も居なかったというのに……、自然と緊張して身構えた。彼女の勘が告げているのだ。ヘルガと名乗る彼女をパッと見た瞬間、些細ながらも違和感を感じとったのだ。

 ヘルガの見た眼はとても綺麗な女性である。出るところは出て引っ込むところは引っ込む、女性から見てもうらやましい黄金比。顔立ちもよく十人が十人美女だと断言するであろう容姿……。

 

 しかし何かがキャロの中で引っかかった。いきなり現れた美女、その美しさにある、何かこう無機質な部分を彼女の鋭い感性が感じ取ったのである。そしてそれを隠そうとしていないところを彼女は怖さを感じた。

 人間であるなら感情は隠そうとするのが普通である。だれしも他人には仮面を被るものだし、素の自分を自分以外に曝け出す人間は存在しないのだ。曝け出していると自称する人間も、曝け出している仮面を被っているのである。

 故に、人間味を感じないヘルガをキャロは警戒し、距離を取ろうとした。0Gドッグの心得もしらず、身を守る方法を知らない彼女にできる唯一の抵抗であった。

 

 一方のヘルガは自然体のままだった。キャロが睨むかのように警戒している姿を見ても、別に何の感情も抱きはしなかった。精々が少女の動作パターンを別の記録と照合して、おびえていると判断したり、少女のバイタルが妙に変動しているので、病気でもあるのかと考えたくらいである。

 キャロが感じた違和感の正体。人間味が少ないという感覚はある意味で間違ってはいなかった。ヘルガは人間ではなく電子知性妖精という名のドロイドであったからである。肉体を形成している物質も、思考を形作るニューロンマトリクスも、そのすべてが人間の模倣であり人間と同じところはないのだ。

 キャロがヘルガに感じた違和感はまさにそれだった。非常に高度な対人インターフェイスを備えていてほぼ人間と変わらない表情をとれるヘルガだが、そんなヘルガの擬態をキャロは社交界で鍛えた観察眼でもって只の人じゃないと無意識に見破っていたのである。なかなかに鋭いお嬢さんである。

 

「ヘルガはドロイドなんじゃよー、と」

「人間じゃないの? うそでしょ……」

「ちなみに一度キャロ君とは出会ってるんじゃよー、と」

「え? ……ああ、あの時の」

 

 そして自分からバラしていくスタイルである。ヘルガはやはり只モノではなかった。

 

 さて身構えていたキャロだが、ヘルガの言葉にそういえばと思い出した。どこか不思議な感じの喋り方をするヘルガだが、確かユーリと初めて会ったときに、彼女がユーリに付き従っていたのを覚えていた。

 その後のユーリのインパクトが強すぎて忘れていたが、お爺さん臭い特徴ある喋り方で思い出したのだ。ああユーリの関係者なら、少しおかしな人だとしても頷ける。そう自己完結したキャロは肩の力を抜いた。

 

「あの、ところでどうして貴女はここに?」

「たまたま近くの配線の点検中じゃったんじゃよー、と」

 

 とりあえず何故ここにと尋ねた答えを聞き、なるほど道理で…と納得しかけたが、ちょっと待ってと待ったをかけた。目の前に現れたヘルガは初めて会った時の様子からみてユーリと親しそうであった。それなのに整備の下っ端がやるようなことをしているのかが、生まれきってのお嬢様であるキャロには理解できなかった。

 

 財界に首元までドップリ使っていた彼女が、このフネ独自の形態を理解できないのも致し方ないことで、まずユーリの艦隊において役職や身分は、あくまで本人がどういう種類の仕事ができるかという指標でしかない。

 彼の艦隊では役職が偉いのではなく、その役職ができる能力があるから偉いのであり、どの役職にあるかは別に問題視されないのだ。なので例え誰もしないような雑用ばかりしているクルーであっても普通にユーリと腹割って話すこともできるし、お望みならヌーディストスタイルで会食すらできる。

 

 もっとも全裸な奴と飯を食うかどうかはユーリ次第である。美女なら大歓迎らしいが……。

 

 そういった白鯨独自の事情があり、またヘルガに至っては存在自体が普通のフネには存在しないありとあらゆることを円滑にサポートするヘルパードロイドなのだ。キャロの常識が通用しないのもしょうがない。しょうがないったらしょうがないのである。

 ともかく、色々と気になるところもあったが、それは一度置いておくことにした。それよりも目の前に佇む女性の存在は、今の自分から見ればかなり得がある存在であるといえる。なにしろユーリに近しいと思われるのだ。彼女が持つ割と賢しい脳回路が高速で思考する。

 

 今の自分の立場。

 このままだとどうなるか。

 それを回避する方法。

 

 お嬢様として培ったポーカーフェイスの下で目まぐるしく回転した思考は、瞬時に答えを見出した。この間、わずか2秒である。さすがお嬢様は頭がいい。

 

「おねがいヘルガさん。私迷子になっちゃって……できればユーリのところに行きたいのだけれど……」

 

 キャロはこの時、無意識に奥ゆかしく可愛らしい少女のような顔を作っていた。これはお嬢様として培った対人スキルであろう。だれだって人間ならば可愛らしい少女を無碍にはできないであろうとキャロは何となく知っていた。天然の腹黒さである。ユーリがここにいれば、よっ、この小悪魔とからかっていたであろう。

 

「かまわんよー」

「お礼は後でなんでも……え?いいの?」

「ん? いまなんでもって聞こえたんじゃよー、と?」

「うんん、なんでもないわ。それよりも本当にいいの?」

「フフ、ヘルガは助けを求める誰かを助けるのが艦長殿に与えられた使命なんじゃよー、と。願うならばできるだけ叶えるんじゃー」

 

「まるで正義の味方みたいねー」

「そんな有象無象に自己を殺して奉仕する奴とは違うけどなー。ヘルガはお助けするのが大好きな自分の意思に従っているに過ぎない、ただのエゴなんじゃよー、と」

 

 意外なことにヘルガはあっさりとOKを出した。さすがにこんなすんなりとお願いを聞いてくれるとは思っておらず、キャロは交渉する気満々だったので、少し拍子抜けたのはいうまでもない。

 

「なにが違うのかわからないけど私が助かることに変わりないか……、お願いしますねっ」

「まーかせんしゃーい」

 

 そう胸を張る(大きいわね……)ヘルガにキャロは内心ガッツポーズをした。どうもこの不思議な女性はかなり素直で天然らしい。実に素晴らしい女性である。

 お嬢様的な賢しさで今の自分の立場を理解していたキャロは、筋肉ムキムキのマッチョマンな保安部員に両腕つかまれて連行されるよりか、彼女に案内されてユーリの元にたどり着き、直談判で客員扱いにしてもらった方がいいように思えた。

 

 ちなみにヘルガを通じてブリッジに連絡すれば、わざわざ自分でユーリに会いに行く必要など無いのだが、そこはすっかり頭からすっぽ抜けていた。このお嬢さん、うっかりである。

 

 まぁそんなわけで―――

 

「おし! じゃあヘルガに着いてくるんじゃよー、と!」

「え? なんで壁に……ってよじ登った?! ダクトからいくの!?」

「この区画の隔壁は全部閉鎖されてるんじゃよー、と。メインの区画に抜けるならこっちの方が早いんじゃよー。ヘルガにおまかせじゃよー」

「うぅ……大丈夫かしら? というか埃まみれはいやなんだけど」

「宇宙船のダクトで埃が出ることはないから安心じゃよー、と」

 

 キャロはヘルガについていくことにしたのであった。入り組んだダクトの所為でかなりの時間惑うことになるとは、自信満々のヘルガの後ろをいくキャロにわかるはずもない。こうして、キャロのドキドキ!ユピテルの裏側探検!が始まったのだった。

 

―――ところで何故ヘルガは彼女を保安部に突き出さなかったのか?

 

 それはキャロが船内のデータ上ではすでに客員扱いになっていたからである。ファルネリがユーリに頼み込みキャロの捜索依頼を出したのだが、この時にキャロは一応VIPなので保安部が乱暴に扱わないように取り計らったのだ。

 そして艦内リンクでデータベースに普通にアクセスできるヘルガは、一応不審人物であるキャロを乗員名簿と照らし合わせたとき、彼女が客員として取り扱われているのを知る。

 

 客員=扱いはほぼ乗組員と変わらない → 乗組員を助けるのが仕事

 

 といった方程式が浮かんだのかは知らないが、まぁ似たような考えに至ったのであろう。なおヘルガが参照したデータは乗員名簿のみであり、キャロの捜索願が保安部に上がっていたのは知らなかった。

 ちょっとしたミスとエラーとが重なった偶然であったが、これでキャロはユーリの下へ直接いけるのでキャロとしては結果オーライであった。彼女の従者のファルネリが精神をすり減らしていたことを忘れていなければもっとよかったのであるが……。

 

 後にキャロはすねるファルネリをなだめるのに四苦八苦したとかなんとか。うっかりおぜうさま爆誕であった。

 

 

 

***

 

 

 

 さて、白鯨が待ち構えていた一方で―――

 

 

「追いつけましたがな。キャプテン」 

「おう。こっちにも見えている」

 

 

―――追跡者たちも白鯨のすぐそばまで迫っていた。

 

 

 グランへイムの艦橋、その中央に位置する高台の上で腕を組む男が立っていた。

 彼はグランへイムを駆る者。海賊を超えた怪物。ヴァランタインその人である。

 

「連中、ゲートを盾にする気みたいやがな」

「この船の主砲でもゲートの壁は壊せないからな。例えそれが死んだゲートでも頑丈さだけは折り紙付きってなもんだ。厄介なことこの上ないぜ。中々に小賢しいやつらだ。」

「ほんまに壊せへんのか? わいにはどうにもボロボロの穴あきチーズにしかみえへんのやけど?」

「んなら撃ってみろ。一発だけ許可してやる」

「やった! それなら一発――発射っ!」

 

 グランへイムから火線が伸びた。上甲板にあるグランへイムの第一主砲塔から放たれた三連装レーザーは、デッドゲート構造体の影に隠れる白鯨艦隊へとまっすぐに伸びてゆく。狙いは正確。光の槍はデッドゲートの巨大ユニットを貫通し白鯨に損害を与えるかに思えた。

 しかし、外壁に命中した瞬間、まばゆい輝きがあたりを埋め尽くす。まるで傘が開くかのように、ゲート外壁に沿ってレーザーが拡散、そのまま消えてしまったのだ。拡散した光子が漂う中、直撃を受けたはずのデッドゲートの外壁には、一応穴は開いていたものの、周囲のクレーターに比べれば針の孔程度である。

 

「あーらら。キャプテンのいうとおり。こりゃ撃っても無駄やで」

「だろう? あのクレーターだって長い年月をかけてデブリやら隕石やらが命中してようやく開いた穴だろう。ウチの武器が強力だっつっても威力不足だな」

「せやったらアレ使わんか!? そうならワイがヤリたい!」

 

 勢いよく名乗りを上げた子分が使いたがるアレ。それはグランへイムの艦首に搭載された軸線反重力砲(ハイストリームブラスター)のことである。メインエンジンと直結した巨砲が放つ攻撃は強力無比であり、過去に戦いで巨砲の砲門が開かれた際、敵対していた大国が繰り出した艦隊の中心に大穴を開けたこともある。

 

 それだけの威力ならば……、しかしヴァランタインは首を横に振った。

 

「使わねぇよ(万が一直撃して消滅されたりしたら追ってきた意味がな)」

「なんやつまらん。久しぶりにぶっ放せると思うとったんに……。出番があるまでワイは寝とるわ。ほな、ぐぅー」

「寝るって……、仕方ないやつだな」

 

 マジで寝た子分にヴァランタインは苦笑した。堅苦しいよりかは奔放を好むヴァランタインであるが、時折あまりにもフリーダム過ぎて子分の取捨選択を間違えたかもという気分に陥るのはなんともはや。 

 とはいえ、今寝てしまった子分も大事な時にはきちんと目を覚ます。そういった点では信頼しているので特に怒ることもない。眠った子分から視線を外したヴァランタインは別の子分に目をやった。

 

「おい、こいつ寝ちまったから一時的に船のコントロール任せるぞ」

「へいキャプテン」

「それにしても、どうしてくれようか。獲物が巣穴に飛び込んじまったから簡単に手出しできんぞ」

「常套手段は巣穴から燻り出すところなんですがねぇ。近づくしかないのでは?」

「生半可な攻撃はアレを壊せんからな。うーむ面倒だ」

「でもこのまま放置ってのは俺らの沽券にかかわりますぜ?」

「んなもんはどうでもいい。他人の評価など所詮は意味をなさないからな。ただまぁ、天下の大海賊が小物相手に諦めて引き上げるってのも、たしかに面白くはない。だーかーら、全艦両舷全速だ」

「アイアイサー」

 

 グランへイムはどんどんデッドゲートに近づいて行った。すでに主砲の射程にデッドゲートごと獲物共を捉えているにも拘わらず、ヴァランタインは攻撃指示を出さなかった。

 それは現在の距離から遠距離砲撃を行っても、精度からいってゲート構造体の影に隠れているフネを狙い撃つことは困難だったからである。残る手段は諦めるかより近寄るかだが、どちらにしても敵の術数のうちな気がして癪に障る。

 

「たまには根競べってのもオツかもしれんが」

「反対~!」「反対だー!」「止めろー俺は飽きただけで死ぬぞー」「ぐぅー」

 

 偶々思い付き呟いた手段も、子分の成大な反対運動にあった。彼の子分たちは基本的に我慢しない連中であるので根競べは没のようだ。ここはやはり海賊らしく、強襲しての白兵戦で抑えるのがいいのかもしれない。そう考えたその時。

 

「獲物が撃ってきた。一部は直上だ!」

「直上からだぁ~? おおホントだ」

 

 容赦ないレーザーのシャワーがグランへイムに殺到した。ゲート構造体に隠れながらも相手は巧みに射線だけグランへイムに向けてレーザーを放射してきた。前の時と同じく大小様々なレーザーを多量に放射する大型砲があるらしく、出力はともかく厚い弾幕がグランへイムを出迎えた。

 それらはほぼ全てが強烈なA.P.F.シールドに阻まれて、軽い衝撃と紫電を放つに終わるが、その中に奇妙な攻撃が紛れ込んでいた。

 

「おい、今のは間違いなくレーザーか?」

「シールドで弾いたんで間違いねぇですぜ」

「曲射……、いや追尾レーザーだと? こいつァ驚きだ」

 

 直上から飛来したレーザー。一瞬直上に伏兵でも潜ませていたのかとヴァランタインは思ったが、観測データによれば発射点はゲート構造体の裏側、つまり隠れている相手から撃たれたレーザーだった。

 

「こんなん見たこともない」

「たまげたなぁ」

「馬鹿だ。馬鹿がおる」 

「そういってやるなお前ら。奴らなりに頑張ってるんだぞ」

「でもキャプテン。あんなん普通使わねぇですぜ」

 

 曲射し追尾するレーザーを使う白鯨艦隊を見て、効率悪いだろうと彼らは飽きれた。単純に威力を上げるだけなら砲塔の大型化や出力調整で済むのでコンパクトかつ高威力を出せる。

 だがこのような複雑な攻撃システムの場合、歪曲用重力レンズや特殊な火器管制システムと、それらを制御できる大型電算機が必要不可欠で、ただ威力を上げるよりも遥かに場所を喰うし、整備にも金がかかる浪漫武器と呼べる代物だ。

 ちなみにヴァランタイン達が受けた曲射レーザーはホーミングレーザー砲シェキナのモノであり、ユーリが浪漫あふれるその仕様と元ズィガーゴ級のユピテルが持つ豊富なペイロードにモノを言わせて装着させた艤装なのだ。

 まさか効率よりも浪漫を重視するヤツ(阿呆)が、本気で歯向かってくるなど誰が思い付こうものか。これだから宇宙は広いのである。

 

「まぁ結局は普通の砲撃と大差ない。シールド圧力上げろ! このまま突入するっ! 隠れて撃つような臆病者から全てを奪い去れッ!!!」

「「「うおおおーっ!!」」」

 

 グランへイムは加速する。敵の策だとか罠であろうが関係ない。幾多数多の修羅場を潜り抜けてきた彼らは精強である。対峙する相手の実力を見誤ることなど決してない。

 

 故に彼らはとどまらない。

 

 それが例え敵の思惑であっても突き進み、そして食い破る。

 

 それが彼らヴァランタイン率いる海賊団の誇り! 

 

 さぁ海賊旗を掲げよ、愚か者は食い殺せ―――!!

 

 

***

 

 

 デッドゲートにおいて対グランへイムの布陣……、というよりかはデッドゲートを盾にした待ちの戦法を展開していた白鯨艦隊。最大射程からの命中をあまり考慮しない遠距離攻撃を加え続けた(その割にはストールの腕で命中率高かったが)痺れを切らしたグランへイムが増速したのをユーリはブリッジで見つめていた。

 

「くるぞぉ。グランへイムとの予想接触時間は?」

「敵艦、増速しました。再計算――接触までおよそ10分です」

「よぉし! 全艦―――後退戦ッス! とにかく敵を引き込むぞ! 残存する艦載機は全艦反転後に全機発進! トランプ隊も出せ! 敵を翻弄してやるんだ!!」

「「「アイアイ、サー!」」」

 

 転進用アポジモーターの全力噴射による心地よい振動を感じながら、艦橋を見まわしたユーリは艦内放送の回線を開いた。そして努めて明るい声を張り上げる。

 

「俺たちの力があればヴァランタインに負けはしない! 敵に目にモノを見せて驚かしてやろう! そのあとは大宴会ッスよー! 全員気張ってくれ!!」

「艦長! その費用はどれくらいになりますか!」

「いい質問だリーフ! もちろん制限なしッス! 全財産オール放出! 胃腸薬握って待ってろよ!!」

 

 そういってユーリは仲間たちと自分を鼓舞した。無理やりにでも奮い立たせないと腰が抜けそうだったからである。兎に角モニターから目を離す訳にはいかないと、彼は次の遮蔽に隠れつつある艦隊を眺めながら戦いに意識集中させていく。

 

 現在の白鯨艦隊の戦力は―――

 

 白鯨艦隊:戦闘空母:ユピテル(旗艦)

   ─工廠戦艦:アバリス(ユピ及びAI自律操作・無人艦) 1

   ─オル・ドーネKS級汎用巡洋艦(ユピ及びAI自律操作・無人艦) 3

   ─ガラーナK級突撃駆逐艦(ユピ及びAI自律操作・無人艦) 2 

   ―ゼラーナS級航空駆逐艦(ユピ及びAI自立操作・無人艦) 5

 

―――以上の12隻となる。一時期26隻いた時からすれば本当に寒いものである。

 

 陣形はシンプルに旗艦を中心に、巡洋艦・駆逐艦と続く単横陣である。ただし反転して後退している最中なので、後方に射界を持つのはシェキナや旋回主砲塔を持つユピテルだけとなっている。

 反転が終了し、事前に出ていた発艦命令により、残存する5隻のゼラーナS級航空駆逐艦から艦載機が発進する。S級は基本的にエステバリスを搭載し、エステバリスは小型なので一隻当たり16機乗せられるので、全部で80機である。

 また旗艦ユピテルからも延べ100機のVF-0とVB-0が出撃した。内訳としては無人戦闘機機型のVFが70機、同じく無人制御のVBが10機となり、残りは傭兵部隊のトランプ隊が駆るVF-0GB(ゴーストブースター搭載型)15機とVB-0改(火力向上型)5機となっている。

 

「各機、敵艦に接近。交戦に入ります」

 

 その報告があがるやいなや、グランへイムを飲み込む大きな火球が生まれた。それは長い射程を持つVBが放った4連装レールキャノンのものである。電気伝導体で造られた重水素融合弾が局所的な太陽を瞬間的に形作ったのだ。

 しかしグランへイムはその火球を物ともせず突き進む。周囲では無人機、トランプ隊の有人機が入り乱れて攻撃するが、その多くがグランへイムが展開するデフレクターに阻まれ本体には届かない。質量物に干渉する重力壁を展開するシステムゆえ、実弾投射兵器のほぼすべてが明後日の方向へ逸らされるか、阻まれた瞬間に崩壊してしまっていた。

 こういったシールド系の防御システムを持つフネに対し、出力の関係上、艦載機の放つ攻撃は効きが悪い。巨大なフネには強力な主機が積まれ、そこからもたらされる膨大なエネルギーの一部がデフレクターなどに回されているからである。実弾は特に重力歪曲の影響を受けるので、かなり不利な状況であるといえよう。

 

 だがそこは歴戦の勇士トランプ隊。無人機たちの画一的な挙動を逆手に取り、それらに紛れながらも見事な動きでトリッキーな機動を描き、グランへイムをおちょくっていた。 

 さすがにイラっと来たのか、すぐに対空砲火が始まる。グランへイム上甲板よりの両舷に装備された防衛ビームシャワークラスターの放射だ。それは文字通りシャワーの如くビームを放出するもので、見た目は装甲板が蓮コラしたように見える。ちなみにユーリは直視したくないそうだ。

 

 しかもこれは各国で使われているレーザーCIWSと違い、近距離を空間ごと攻撃するので、この攻撃にかなりの無人機が晒されることとなる。意外なことに撃墜された機体は少なかった。

 ビームシャワーが撃たれる直前、危険を察したAIが無人エステバリスを前に出していたのだ。この小柄な人型兵器には低出力ではあるがデフレクターが搭載されている。これらが他の無人機の盾となり放出されたビームを減衰したのだ。近接防御用なのでそれほど威力がなかったのも味方した。

 

「残存する無人機の戦力、約78%。トランプ隊は健在です」

 

 もっとも低出力なデフレクターではビームを完全に逸らせずに貫通され、殆どの機体が大破していた。

 またエステを盾にした他の無人機も無傷というわけではない。エステを盾にできなかったり運悪く前にいた機体は、容赦ないビームシャワーで溶かされてしまっていた。

 この報告を聞いたユーリはうげぇという顔になった。

 それはそれは凄まじい額の金が、今の一瞬で全て吹き飛んだからである。VFやVBは世間一般で売られている艦載機とはわけが違う。白鯨艦隊オリジナル(元ネタはあり)の機体であり、可変機という特異な構造ゆえ、製造費と維持費には莫大な額がいる浪漫兵器なのだ。

 これまで海賊を拿捕して売るという、テメェらの血は何色だぁ!と言われてしまう形で容赦なくむしり取ってきた資材や金。それらを惜しみなく投入してきた浪漫兵器が半数近く吹き飛んだ。さすがのユーリの心臓も、これには仔馬の如く跳ねたのである。

 

 火球が点いたり消えたりしている宙域を見ながら、ユーリは『しばらくはあんなコスト高い浪漫兵器は使えないだろうな』と思い、顔には出さなかったが心の中で溜息を溢したのだった。

 

「まぁいい頃合いッス。作戦インフィニットスペースの第三段階だ!」

 

 一瞬気は沈んだがすぐに持ち直すと、艦載機たちの奮闘で少しだけグランへイムの速度が落ちたのを見て、少し涙目な目元を拭いつつもユーリはそう号令を下した。

 これまで単横陣で動いていた艦隊に変化が生じ、立体的な輪形陣にシフトしていく。アバリスを先頭に巡洋艦駆逐艦と続き、それらの中心にユピテルがいる陣形となった。

 無人艦を操作するユピが素晴らしいのか、陣形の変換は数分と掛からずに終わる。全ての艦が配置についたころを見計らい、ユーリは左腕を大きく振り上げて叫んだ。

 

「全艦、目の前のグランへイムへ向けて……、突撃ッ!」

 

 気分は某総統閣下。白鯨艦隊に所属する全ての艦に青い火が点る。一斉に推進器に点火したのだ。インフラトン粒子の青い炎が瞬き、密集した状態で白鯨艦隊は艦隊もろともグランへイムへと飛び込んでいく。

 一見すれば、それは高機動戦術の一つに見えたことだろう。艦載機による攻撃で混沌としているところへ優速を保ったまま反航戦に突入。すれ違いながら砲撃を叩きこんで速やかに離脱する。速度を鈍らせたり軌道を変更した方が負ける究極のチキンレースであった。

 当然、そう考えたヴァランタイン側も臆することなく真っすぐに白鯨艦隊へ艦首を向けた。両者相対速度を上げつつも接近。何もしなければ激突するコースを保ったまま頑として退かない構えを両者共に見せる。

 

―――しかしユーリはかなり接近しても砲撃指示を出さなかった。

 

「敵艦主砲に発射兆候あり」

「総員、対ショック! 攻撃に備えろッス! ミューズさん、サナダさん、準備は?」 

「システム異常なし……、いつでもいいわ……」

「こちらもOKだ! いつでも行けるぞ!」

「よぉし! デフレクター最大出力で起動しろッス!!」

 

 了解っ、とサナダとミューズの言葉が重なった。艦隊各艦の機関出力が増大し青白く輝く楕円の形をした光の球に包まれていった。それは高出力展開したことで余剰エネルギーが視覚化したデフレクターであった。

 展開された高出力の重力子防御帯は、重力井戸(グラビティウェル)を操る女性ミューズの手に寄り範囲が拡大されていく。普段からホーミングレーザー砲の重力レンズを操る彼女の腕からすれば、それほど繊細な操作がいらない重力子防御帯を広げることなど朝飯前だ。

 艦隊が密集している為、広がる壁はやがて互いにぶつかりあう。高密度の重力の壁、あらゆる物体を弾く重力場の壁はハウリング現象を起こし空間ごと微細に振動する。

 しかし互いに弾かれたりはしなかった。科学班のサナダが各艦のデフレクター出力を調整し、互いに干渉する力を反発しあわないように制御していたからである。

 この光る壁同士が反発せずにくっつくていく様は、大きな泡がつながりあう様子によく似ていた。 あと少しで全ての光がつながると思われた瞬間。主砲発射兆候を見せていたグランへイムがついに咆哮を上げた。凄まじい光量のエネルギーがグランへイムが誇る三連装レーザー主砲から解き放たれたのである。

 

 三条の青い光線。あらゆる国の軍隊を瓦解させたとされ、このゼーペンスト自治領においても噂にたがわぬ力で防衛艦隊を壊滅に追い込んだであろう破壊の光は展開された青白いデフレクターの輝きに接触して紫電を瞬かせる。

 

 第三者がいれば、間違いなくそれは白鯨艦隊に突き刺さり被害を及ぼすと考えただろう。

 

 だが―――

 

「デフレクター同調率。80%を推移しています」

 

―――何事にも例外はあった。

 

 グランへイムの放った主砲は確かにデフレクターに接触した。通常ならば、そこからデフレクターを突き破って壊滅的な損害を与えるのがセオリーである。

 だが接触した超縮レーザーは、青白い光の球のようなデフレクターと一瞬拮抗するが、その直後あっけなく四散してしまったのである。

 それはまるでホースの水を壁に向けたような光景であり、ありえないという空気が敵味方双方に流れた。

 

 いったい何が起こったのか? 端的に言えば白鯨艦隊の各艦に実装されていた独自の防御システム。これまで使う場面がなく、忘れ去られ封じられていた機能。デフレクター同調展開が行われたのである。

 

 本来デフレクターの重力子防御帯は互いに反発しあうものである。近づけば近づくほど干渉しあう力が働き、物体を外側へ逸らす斥力としての重力がハウリングする。

 だが、その現象をあえて利用し、調整して励起させることで、艦隊を包み込めるサイズの大きさと、あらゆる物体を寄せ付けない分厚さと、あらゆるエネルギーを一定以上は逸らす出力を持つ重力子防御フィールドを形成させる。

 これこそが白鯨艦隊のマッド共が力を合わせて造り上げたデフレクター同調展開というシステムの正体だった。ユーリがすべての力を合わせると言った意味はこれだったのである。

 

「デフレクター励起中……同調展開完了だ!」

「いよっしッ! 第三部完!」

 

 そして、この瞬間をユーリは待っていた。正直なところ、デフレクターの同調展開でグランへイムの攻撃が防げるかは賭けであった。原作と違い攻撃力やダメージが数値化されない為、グランへイムの攻撃が凄まじいということは解っても具体的にどれほどで、どれだけの防御力で防げるかわからなかったのである。

 だが、ユーリは賭けに勝った。励起し凄まじい出力を出したデフレクターで光の球と化した艦隊。それに敵が驚愕した隙を逃す訳にはいかない。ユーリは何とか繋いだ希望の光を絶やさんと、意味不明な言葉をいいながら次の指示を出した。

 

「本艦を前に出せ。デフレクター圧力最大、艦首側に集中」

「艦長、敵艦のデフレクター出力増大していきます」

「かまわん! デフレクターに勝てるのはデフレクターだけだッ! オーバーブースト全開で全速で突っ込めッス!」

「合点だ! オーバーブーストを使う! 全員シートベルト閉めろよ!!」

 

 操舵を担当するリーフは大きく頷き、機関出力をオーバーロードさせ一気にユピテルを加速させた。ユピがそれに合わせて艦隊を増速させる。先頭になったユピテルに続いて、一糸乱れぬ動きで青白い光球となった白鯨艦隊は、そのまま真っすぐグランへイムに突き進んだ!

 

「グランへイムまであと10秒」

「トスカさん、タイミングは任せたッスよ!!」

「あいよぉ! 見てな大海賊! 自棄になった人間が何をするかってねェ!!!」

 

 グランへイムが砲撃を行うがもう遅い。白鯨艦隊は軸線に乗った。

 

 グランへイムへの、衝突コースに。

 

 

 

***

 

「うわああ。なんやなんや!?」

「敵艦、くるぞー!」「何なんだアイツらはっ!?」

「狼狽えてんじゃねぇぞテメェら!」

 

 グランへイム艦橋に怒号が響き、居眠りから覚めた子分の一人が騒ぎ出す。真っすぐ突撃してくる白鯨にヴァランタインの子分たちが驚愕しているのだ。まさか、弱小勢力しかいない小マゼランで、このような驚きを受けるとは思わなかったのである。

 

「………くくく」

 

 一方、ヴァランタインは驚きはしたが騒がずに壮絶な笑みを浮かべていた。あまりに壮絶すぎて、もはや凶相の位置に到達しそうである。噴き出す覇気は、まさに生の感情が剥き出しで、覚悟もなしに近づけば、その者を気絶させるほどに強い。

 

 そう、ヴァランタインは喜んでいた。

 

 逃げ回るばかりで落胆させてくれる相手だと思っていたが、ふたを開けてみればどうだ? 獲物は……、敵は! あの敵は! まるでおもちゃ箱のように此方を楽しませてくれるではないか! 次はどんな手を使うのだ! どうやって窮地を切り抜けるというのか!

 

 ここにきてヴァランタインは白鯨艦隊との戦いが楽しくなっていた。目的の為とはいえ弱小過ぎるこの銀河に飽き飽きしていたところで、奇想天外な白鯨艦隊との戦い、彼らの全力の突撃を見た彼の闘争心は、今まさに久しぶりに火が点りつつあった。

 

 

―――認めよう。奴らは獲物ではない。立ちふさがる敵だ!

 

 

「真っすぐ来るっていうなら受け止めてやるのが大人ってもんだ! さぁ野郎ども艦首を敵に向けろ! 海賊の伝統! 昔ながらの衝角戦(ラム・バトル)だ!」

「「「りょ、了解キャプテンッ!!」」」

「デフレクター出力最大! ―――さぁ来いっ愚かで巨大なる者よっ! どっちが先に根を上げるか勝負してやるぞッ! このヴァランタインがなッ!!!」

 

 呵々大笑するヴァランタインの雄叫びに呼応するかの如く、グランへイムの中心軸に位置する恒星間航行用推力偏向板付きメインスラスターが大きくインフラトンの青き火を吐き出した。彼は白鯨に売られた喧嘩を買ったのだ。

 白鯨とグランへイムの相対距離が一気に近づいていく。

 どちらも全く軌道に変化なし。正真正銘ぶつかり合うつもりである。鋼と鋼が強打しあう、まさに近接戦闘というべき戦いを宇宙戦艦同士で行うなど、宇宙航海時代に入ってからは前代未聞であった。

 そして、加速したグランへイムは、今まさにモビーディックを屠る為の銛となった。

 両者のデフレクターがぶつかりあって、プラズマ化した素粒子により接触面が一瞬にして数十万度を超える。凄まじい衝撃が両者を駆け巡り、両者共に異常を知らせる警報が艦内に鳴り響いた。

 

 その時である。

 

「なっ!? 馬鹿なこの光は!?」

 

 白鯨艦隊の、旗艦と思わしき巨艦からとてつもない大きさの光が膨らみ、グランへイムはおろかデッドゲートまでをも飲み込んだ。

 

 それは、再誕の光。

 

 それは、すべての死にゆく者たちへ捧げる墓碑銘。

 

「エピタフの、輝きだとぉっ」

 

 その光は、罅割れて黒ずんだゲートを、死んでいる筈のゲートを、呼び覚ます。

 

「キャプテン! 門が! 門が開かれる!」

「総員対ショック! 何かに摑まれいッ!!」

 

 ゲート構造体が、光に飲み込まれた部分が、0Gドッグであるなら見慣れている輝きを取り戻していく姿は、もはや再生という言葉で収まらない。

 

 それは、再誕、復活、人知を超えた現象であり、まさしく神の所業ともいうべき現象。

 

 

 白き光は消えることなくグランへイムと白鯨艦隊を飲み込み―――

 

 

 ―――この宙域から、消しさった。

 

 




ユーリ達は何をしたのか。それはまた次回に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

作中に登場する艦船と機体

2017/10/10までに登場した艦船のまとめであります。


 ●艦船●

 

 

・デイジーリップ級小型巡航艇デイジーリップ

 

 トスカが惑星ロウズに乗り込んでいた小型艇。全長約120mほどしかない小型輸送艇を元に、トスカが大幅な違法改造を加えたことで完成したカスタムメイド船で、ユーリの初めて(大気圏突破)を奪ったフネである。

 

 流線を多用した外板や増設された4基の反重力スタビライザー。船体軸線からやや左舷にズレた非シンメトリーな船首ブリッジ。さらに本来ペイロードである両舷の大型リングスラスターに強引に搭載された小型亜光速エンジン等々、もはや原型が残されていない。必要そうだから追加したという、如何にもトスカらしい場当たり的な改造を繰り返した結果である。

 武装も後付けであり、左舷のリングスラスターの上にシールドジェネレーター。右舷に艦載武装の連装レーザーキャノン砲とミサイルランチャーを搭載。これらの改造の結果、非常にピーキーなフネであり、このフネの癖を知り尽くしているトスカ以外では乗りこなせないとされている。

 現在はアバリスかユピテルの空いている方の倉庫に保管されている。

 

 

 

・アルク級駆逐艦クルクス(轟沈)

 

 ジュノー級と呼ばれる民間輸送艦を駆逐艦に改修したものを、更に改修した駆逐艦である。

 弱点だった耐久性もモノコックにすることで解消し、兵装も現政府のものを使用しているのでより戦闘艦らしい戦闘機動が可能となった。

 しかしながら、アルク級は元が輸送艦であった事に変りは無い為、その機能にはどうしても限界がある。唯一の利点は元が輸送艦だったが故のペイロードくらいであろう。まぁソレも最低クラスに位置しているのであるが・・・。

 

 ちなみにユーリ達の最初の旗艦であり、エピタフを質に入れた金で購入できるギリギリの値段のフネであったモノの、ロウズ自治領で使われていたフネはコレよりも性能が悪い為なんとかなった。現在では無人艦に改修され、敵を鹵獲した際の敵乗組員たちの収納艦にされている。

 そしてメテオストームにて、不幸にもデブリの直撃により轟沈した。

 

 

 

・バゼルナイツ級汎用戦艦 後の工廠戦艦 アバリス

 

 物語序盤に偶然手に入れた設計図を元に建造された大型戦艦。入手経緯は本編をどうぞ。

 

 設計図自体は大マゼランにあるアイルラーゼン共和国が長年愛用している主力艦。やや旧式艦ではあるが、設計元が群雄割拠に近い状態にある大マゼランなだけに、比較的安定した小マゼラン製のフネとは比較にならない性能がある。

 

 ロウズ自治領脱出の直前にロウズの警備艇を鹵獲して荒稼ぎした資金を元に建造し、その後しばらくは旗艦として運用され、後にマッド共による魔改造を受けて工廠戦艦に生まれ変わり、艦隊における修理を担うフネとなった。工廠艦であるが攻撃力・防御力の研究はされており、更新によって火力もいまだ一線級だったりする。

 特殊兵装としてケセイヤ製のガトリングレーザー砲というキメラ砲を搭載。

 

 

 

・ズィガーゴ級戦闘空母改ユピテル

 

 もとは大マゼランにいる残虐非道な海賊が作ったオリジナル戦闘空母である。

 動物のガイコツのようなシルエットをしており、船体各所にある空間部分が艦載機の発着口となっているのであるが、マッド達によって大幅な改修を受けた際に外殻整理の一環で無駄な穴が塞がれてしまった為、かなりスマートな船体となってしまった。両者を並べた場合、元が同じフネだとは誰も気がつかない程になってしまった。

 

 改修によって全長も増しており、元が1600mなのだがユピテルは2000mに増大。武装には元々ついていた兵器群に加え、ホーミングレーザー砲を左舷と右舷、片側40門ずつで計80門装備して居る。故にその攻撃に死角が存在しない。空母なので艦載機も搭載でき、最大艦載機数、200機を超える。運用できるかは別として。

 

 アバリスに続く艦隊の旗艦となったが、宇宙なまはげな某大海賊との大決戦で大破した。

 

 

 

〜艦隊を構成している艦〜

 

・ゼラーナS級×10隻(艦載機通常14機、エステは16機搭載)

 スカーバレル海賊団が艦隊旗艦として開発した全長280mゼラーナ級と呼ばれる駆逐艦にして唯一艦載機を搭載できる駆逐艦の設計図を、マッドの一人であるサナダさんがその才能に任せて色々と手を加えて造られた高速航宙機運用駆逐艦である。

 ゼラーナ級はもともとの設計がそれなりに優秀だったお陰か、攻防共に並ではあるがバランスは良く出来ており、駆逐艦だけに速度も優秀であった。そしてゼラーナの特色である艦載機運用能力を生かす目的で全長をやや引き延ばす設計が為された。

 

 ハード面では元から脆弱であった装備面はそれ程手を加えることなく、一部機能の効率化による性能の底上げ程度にとどめるている。それは搭載艦載機によって攻撃も防御も請け負って貰おうと言う判断によるものであり、それなら一々装備を変えずに元の装備をそのまま流用した方が手っ取り早いと踏んだ上での処置であった。故に防御力はともかく、攻撃力は艦隊でも底辺でしか無い為、砲戦では前に出すことはできない。

 

 そして、一番の特徴である艦載機搭載能力によって搭載されるのは、以前トライアルで落されたプロトエステバリスのアッパーバージョンであるエステバリスである。

 この人型機動兵器エステバリスはプロトの時には実装はされていなかったデフレクターを搭載する事が可能となり、機動兵器としては異例の防御力を得るに至っている。

 またエステバリスの名からも解るように、元ネタとなった機体と同じくジェネレーターを搭載せずにエネルギーは母艦からの重力波により賄われている。これによりダウンサイジング化と高機動性と獲得する事に成功している。 

 それに加え、コックピットには人間の脳波をスキャニングしてそれを操縦にフィードバックさせる事がかのうとなっており、ど素人でもある程度訓練を積めば人間同様の動きが可能となるのも特徴である。

 この二つの機能により、エステバリスは艦隊の近接対空防御を請け負う事となっており、また器用な動きも可能という事で、戦艦修理の際にも運用される予定である。艦載機の搭載数は14機、それよりも小さいエステバリスは16機搭載できたらしい。

 

 

 

・ガラーナK級×10隻

 ゼラーナの改造版であるガラーナを、ケセイヤさんが悪乗りまでして改造と再設計を施したフネである。ガラーナK級の主力兵装は可動式の小型レーザー砲を二門、それと元々アバリスに搭載されていたリフレクションレーザーキャノンを解析し、更なるダウンサイジング化させる事に成功した砲を艦首に一門搭載している。

 

 更に特殊兵装として、ユピテルが近くに居る時に限りホーミングレーザーを発射する事が出来る発振体を特装砲として船体側面に一門ずつ、計二門搭載。ホーミングレーザーシステム自体のダウンサイジング化はどうやっても超級AIが搭載出来ないと言う事であった。また特殊な機能をさせる為のデフレクターを搭載するにはスペースが足りない上、出力が圧倒的に足りなかったのである。

 それならば、どうせ艦隊運用をさせる訳なのだから、それらの制御は艦隊旗艦たるユピテルに任せるという形にしたのである。つまりガラーナK級自体を砲撃ビットとして運用するという形を取ったと言う事なのだ。レーザー発振体自体は、ちょっと通常よりも高出力なだけの装置なので、駆逐艦にも搭載可能であったのも、この運用方法を決定した要因である。お陰で少し横に広がり、前方からの見栄えは恰幅が良くなった。

 

 そしてこのフネの特殊能力に、デフレクターの同調展開という機能がある。コレはそれぞれの艦の持つデフレクターの波長を同期させる事で、あたかも大型艦クラスの出力があるデフレクターフィールドを展開させる事が出来る様になった。また数が多ければ多いほど防御力は増す上、旗艦と同調して張る事が可能である為、防御に徹した場合どうなるかは不明な素敵機能なのである。

 

・オル・ドーネKS級巡洋艦×4隻

 

 オル・ドーネのKSは共同開発の意味。これがどういう事かというと、つまり彼女達はマッドどもが改修を加えた外見同じ中身別物のフネなのである。オル・ドーネは防空や対艦などオールマイティに、ガラーナはアバリスについて前衛を担い、ゼラーナはユピテルの近接防御を行って貰うという設計な為、中身の方が大分異なるのだ。

 

 これらの艦は艦隊の護衛艦として、機動力と防御力の上昇、武装の積み替えの他、ゲームでは出来なかった特権として、艦隊所属艦に搭載されたデフレクターの同調展開などの機能を有している。デフレクターの同調展開とは読んで字のごとく、複数のデフレクターを同調させる事で防御力を上げるというシステムだ。

 

 複数の艦艇を前に出させる為、砲火に晒されるのを考え、艦の防御力を上げるという発想が出たが駆逐艦では限界があった。その為デフレクターを搭載させたがいかんせん出力が低い。普通ならここら辺でデフレクターなどをオミットし、より軽く機動性と運動性を与えて、当らなければどうという事は無い仕様に変えるところだが、マッド共がそんな事をする筈は無い。

 

 なんというか初志貫徹といいますか、考えられたのがこの方法。デフレクターの同調展開であり、複数の駆逐艦が集結する事で、大型艦クラスに負けない程の防御を可能としたのである。このバカみたいにな防御力を盾に、前衛艦隊旗艦たるアバリスを守るのだ。勿論アバリスやユピテルとも同調可能な為、艦隊規模で防御に徹するとどうなる事か・・・。

 

 

***

 

 

 ●艦載機●

 

 

VF-0

・元ネタとほぼ同じ。ただし使われている技術は無限航路世界由来の物。

 

エステバリス

・同上

 

VB-0《モンスター》

・VF-0と大体同じ。

 

VE-0《ラバーキン》

・ラバーキンはVF-0を元に作業用に改造された機体である。本来ガンポッドを装備するマニピュレーターに作業用レーザートーチやアーク溶接機などを装備している。バックパックにはサブアームも取り付けられ、色んな物も運搬可能となっていた。その所為で見てくれは不恰好だがブサカッコいいという言葉もあるので問題ない。

 

RVF-0(P)/AEW《電子機器強化型VF、早期警戒機仕様》

・武装を全撤去し、背中に複合センサーのレドームを背負った機体。高レベルジャマーやステルスを搭載し、敵に見つからずに早期警戒を行う。形式番号の(P)はPhantom(ファントム)のPである。

 

VB-0AS《キーファー》

・キーファーはモンスターの系列に連なる派生機である。モンスターの特徴であるレールカノンを取っ払い、開いたペイロードを装甲に当てたキーファーは、敵艦への強襲接舷を敢行し、内部からフネを制圧する特殊な揚陸艇でもある。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七章 事象揺動宙域The迷子
~何時の間にか無限航路・第39話 事象揺動宙域編~


※注意
 今回は解説回でセリフが少なく、また割とシリアスに加え原作のネタバレを含みます。
 気になる人はスルーしてください。


■事象揺動宙域編・第39章■

 

 

 さて、戦いから四日が経過した。

 

 時間が飛んだが、その間に起きた事なんてフネが動くようになるまで一日掛かり、その後あてもなく動き出しただけなので少々割愛する。

 そんなわけで何とか宇宙を進んでいるが現在いる宙域についてちょっとまずいことになった。そのことについて宇宙の事象にも詳しいジェロウ教授を加えて分析した結果、俺たちはとてつもなく特殊な空間、宇宙揺動宙域へと迷い込んだことが判明した。

 

 

事象揺動宙域―――

 

 それは一般に宇宙の揺らぎと言われている、宇宙各所に点在する宇宙版サルガッソーである。そこは時間と空間と因果律。次元世界を支える要素が散逸した状態で漂っており、子宇宙の形成過程にて複数の子宇宙同士が重なり合って形成された空間であるとされ、位相空間の測定が不可能となっている。

 奇形的ワームホールの一種だと考えられているが正体は不明であり、しかもその特性から実地研究がほぼ不可能な場所である。この場所は、そこに迷い込んだ者の全ての要素、存在確立を限りなくゼロに拡散させるという現象が起こるとされるからだ。

 

―――これが外の、事象揺動宙域を見たジェロウ教授の説明だった。

 

 正直なところ非常に分かりにくい。なんせ用語だけ見ても数学や幾何学の世界である。量子力学や空間関連を専門としていなけりゃよくわからないだろう。

 

 俺的にまとめると、複数の子宇宙が混在している所為で位相空間……何かしらの要素(情報)を内包し近傍として決定された空間で、つまりは俺たちがいる宇宙の法則が及ぶ空間のことだが、今いるこの空間はそれが凄まじく適当な状態で揺らいでいる場所であるらしい。多分。

 んで、ここにいると位相(情報)として収束した状態が緩んで揺らぐ、つまりは存在が微粒子レベル以下の要素にもならない何かへと広がってしまうのだ。

 

 まるで東の方にいるお酒が大好きな童姿の鬼娘の能力みたいである。もっとも密とならず拡散するのみで、それがここに迷い込んだ全員に及ぶというムリゲー状態であるが……、まぁそれは置いておくとしよう。

 

 その存在はこれまで外側からの観測においてのみ認めらてきた。その環境があまりにも特殊な為、中心へ探査船を送ったりできないからである。問題は白鯨艦隊がそんな特殊な宙域である事象揺動宙域を進んでいるということだ。

 何でこんなややこしい場所にいるかといえば先の戦闘の影響でここへと飛ばされたからである。あの戦いにおいて、俺は艦隊をグランへイムに肉薄させた。保身なきゼロ距離射撃とか肉を切らせて云々に近い戦法で鋼と鋼を激突させたのだ。

 これは文字通り体当たりであり、本来はパージ機能を使って船体中央に位置する戦斗略奪ボディを丸ごとヴァランタインにプレゼントする予定だった。

 

予定では―――

 

 ヴァランタインに体当たりカマス → 推力比で圧倒に持ち込み中央船体をパージする → 中央船体がグランへイムをデッドゲート外壁に縫い付ける → その間に分離したリングボディはステルスモードで逃げる

 

―――とまぁ、こういう流れとなるはずだったのである。

 

 旗艦であるズィガーゴ級改ユピテルには分離機構という特別な仕掛けがあった。これは元々海賊が運用する本級が正規軍や強い敵と遭遇した際、ブリッジがあるリングボディ、格納区画がある中央の戦斗略奪ボディ、牛の角を模したウィングボディといった三つのパーツに分かれて逃げる為の機能であった。

 しかもその逃げっぷりは徹底しており、本来のズィガーゴ級ならば、なんと装甲板の隙間から滲み出す特殊液状発砲スチロールでガワだけ本体に似せて形成した熱源入りデコイまで作り出し、あらぬ方向へデコイを飛ばしつつ本体は別方面に逃走。後に合流して合体するという充実ぶりである。

 

 改装したことでデコイ精製機能はオミットされたものの、分離機構だけはもしもの時にと残されており、今回はそれをやや攻撃よりの方面で使おうとした、というわけである。

 それらを生かして計画では分離したボディがグランへイムをデッドゲートの外壁に縫い付ける……はずだった。この計画が狂ったのは、そこまでも無茶をしたにも関わらずグランへイムと推進力で拮抗したのと、とある偶然が起こった所為だった。

 

 グランへイムとの激突した瞬間だった。凄まじい振動に皆が歯を食いしばり耐える中、いざ戦斗略奪ボディをパージするというタイミングで、突如として絹を裂くような悲鳴がブリッジに響いたのだ。

 俺はこのあたりで意識を失っており記憶が曖昧だが、当事者であるヘルガとキャロの証言によると、なんとこの二人は直上にあるダクトから落下し、俺に命中したらしい。

 

 後にトスカ姐さんやユピといった第三者からの証言も交えてまとめたところ、落ちて来たヘルガは俺に怪我を負わせまいと、足を艦長席のアームレストと椅子の隙間に絶妙に入り込ませて、座っていた俺と対面して座る感じで着地したらしい。道理で後で目が覚めた時にアームレストが破壊されていたわけだ。

 そこで終わりならまだヘルガのウルトラQで済んだが、しかし彼女の背後にはまだ落下するお嬢様キャロ嬢がいた。空中で動けないキャロ嬢はなすすべなくヘルガに激突。着地直後で微妙な態勢だったヘルガは、その衝撃に押されてしまう。

 

 この時に俺は全人類男子が羨むことに、ヘルガの豊満な女性の谷間に吸い込まれたそうだ。その瞬間を目撃していたらしいトスカ姐さんが証言した際、俺に対して彼女から放たれた凍てつく眼光ときたら……、思わず違う世界の扉を開きかけた。

 なお何故か背後に黒き波動を纏う妹様が居たような気もするが、それはきっと気の所為だったに違いない。そう思いたい(切実)

 

 とにかく、一応は美女の姿をしているヘルガの胸に包まれた訳だが、真に残念なことに俺は全く覚えていない。何故ならキャロ嬢が落下の勢いで押したから、そのキャロ嬢落下の衝撃がヘルガを挟んで俺にも襲い掛かっていたからだ。

 しかもだ。この時ヘルガの胸元にはエピタフが入っていたそうだ。どうしてそんなものを持っていたのかは後で知ったが、兎にも角にも、そのダイヤモンドより硬いらしい謎物質でできたアーティファクトが、少女一人分の落下エネルギーを携えて俺のデコを叩いたのだ。

 これは鉄板の入ったボクシンググローブでデコを殴られたようなものである。俺が気絶するのも致し方ないことだった。下手したらデコが陥没骨折とかシャレにならん。

 

 幸いヘルガ自身がクッションになってくれたおかげで大事には至らなかったが本当にヘルガがエピタフさえ持っていなければ、俺は多分パラダイスを感じられただろうからだ。全人類男子なら羨む美女からのパフパフを、な。その後の女性陣からの視線が怖いけど……。

 

 まぁ、そんでこんな気の抜けた感じで俺はエピタフとの接触した。これがいけなかった。ヘルガの胸元にあったエピタフが俺に触れたことで、エピタフが持つ隠された力が起動し、デッドゲートを光で覆いつくしたのだ。

 何がどういう原理か知らないが、ブリッジを満たした光はブリッジの装甲板をたやすく貫通。壁が壊された訳ではないが透過した光が外へ漏れ出して、その光は死んでいた筈の門を瞬時に包み込むと、何処へ繋がるか分からないボイドゲートへ変えてしまったとさ。 

 

 どうしてこうなったか? それは俺はというか俺の憑依先の主人公にある秘密が関係している。それは“観測者”と“追跡者”にまつわる秘密だ。原作におけるユーリの生い立ちの根幹であり、同時にチェルシーやヴァランタインやまだ見ぬ銀河の英傑たちの多くも関りがある。

 

 そして、この身は……本来の主人公であるユーリは“観測者”であった。

 

 観測者と言っても、星を眺めたり近所のふろ場を出刃亀する奴らのことなどでは断じてない。その存在は宇宙の外側にいる“この宇宙を観測する存在”量子力学的高次元空間の所属する知的生命体オーバーロードにより生み出された存在である。

 

 以前、インフラトンインヴァイターの原理で、母宇宙から子宇宙を観測できないとしたことがある。プランク定数や波動係数が異なる子宇宙は宇宙連続体における下位構造体であるが、上位構造体にあたる母宇宙側に所属するこちらはそれを観測する術がなく、せいぜいが思考実験くらいであるからだ。

 

 だが、彼らオーバーロードはそれを行える。あるいは直接的ではなく間接的に行うことができるのである。この場合の観測とは、それこそ量子的に絡み合った宇宙全体が記述されたマクロな波動係数を観測し、確定して別宇宙の材料とするという、真面目に考えると頭から煙が出そうなことを行うことだ。

 要するに宇宙ってのは色々混ざってて不確定だから観測という行為で確定してしまおうぜという話。確定って、時間は止まらないし宇宙は移り変わっていくのにどうやってと思うかもしれないが、そこは量子ゼノン効果とかでデコヒーレンスにしてしまうとかなんとか。

 

 つまり、何かといっぱい観測すると、観測している瞬間は観測対象が止まってるようなもんなので、連続して観測すれば究極的には動かないのと同じであるのが量子ゼノン効果であり、すなわち固定化された宇宙として情報が収束するという……自分で語って訳が分からなくなってきた。

 

 兎に角! そんな オ ー バ ー ロ ー ド の思惑に沿って造られた観測者は、遺伝子レベルで観測することを、強いられているんだッ! 自覚症状はほぼ在りますンッ!!

 だからなんだと言われれば! そういう存在だからエピタフを無自覚でも使えてしまうのだよッ!! 人類は滅亡するッ!!! ΩΩΩ<ナ、ナンダッテー

 

 ………これが冗談じゃないのがなぁ。

 

 まぁとにかくである。俺の身体はそんな特別製なので、エピタフとの接触によって、その隠された力を無自覚に開放してしまったというのが真相だ。

 しかも、エピタフやボイドゲートといった遺跡の大部分は外側の存在が観測装置として設置したものだ。同じく観測装置である観測者にも何かしらの繋がりがあるというのも頷けるというものである。

 

 嘘みたいだがこの世界ではホントの話。考えてみたら主人公に憑依した俺という存在が、数多あると考えられている多世界構造を肯定しているんだよな。そう考えると皮肉なもんである。俺の存在自体が世の真面目に研究している方々に喧嘩売りまくりなんだからな。

 

 それで、俺が観測者でエピタフの力を引き出して何が問題なのか。

 それは俺たちが戦っていた場所がちょうどデッドゲートの中心部分だったことにある。そこはボイドゲートにおける転移ゲートが展開される場所だ。

 あとは言わんでもわかるだろうが、互いに推進力全開で衝突していた俺たちが動けるはずもなく、開かれたゲートに飲み込まれてしまった。

 この段階ですでに気絶していた俺は“なんの光!”と叫ぶこともできず、哀れ艦隊は事象揺動宙域へと流された。そういう訳である。

 

 ああ、それと肝心のエピタフをヘルガが持っていた理由だが―――

 

 考えればわかることだった。ゼーペンスト自治領でジェロウ教授はエピタフ遺跡に向かいサンプルを集めたのだ。その時にエピタフが混入してもおかしくはなかったのだ。

 なにせ遺跡に向かう時に教授は強襲揚陸艇VB-0AS『キーファー』を一機丸ごと使用している。あの後読んだ報告ではサンプル収集の為に人員を何名か帯同していたらしい。

 ジェロウ教授自身はエピタフの権威であり、エピタフというアーティファクトがどういう物かという知識を組成まで含めて知っているが、彼に人足として連れていかれた一般のクルーたちに、そこまで深い知識はない。

 

 あの時、教授は艦隊があまり長くゼーペンストに留まらないと理解していたので、おそらく遺跡に落ちているのを何でもかんでも全て持ち去らせるよう指示をだしたんだろう。その時に紛れ込んだのだとみていい。

 後に聞いた話によると第一次グランへイム戦の時、ヘルガは研究室で教授の補佐をしていた。集められて無造作に積まれていたサンプルの山の整理中にサンプルの雪崩にあったそうだ。

 その時にエピタフがヘルガの胸元に入り込んだんだと思う。普通人間なら異物が服の中に入り込んだら取り出すものだが、ヘルガは電子知性妖精であるので感覚が人間とは大きく異なるところがある。

 ヘルパードロイドとして働くのが大好きなので、その働きに支障が出ないところはいささか無頓着だったのだ。その所為で俺とエピタフがゴッツンコとか、ある意味ヘルガらしいと言ったらヘルガらしいんだろうよ。やれやれだぜ。

 

 

***

 

 

「すっすめーすっすめー。んで進路はこのまま適当に~ッス」

「はい艦長……」

 

 まぁそんなわけでありまして、俺は何時ものように艦長席に座っていた。そばにはユピの電子知性妖精筐体が立っており、相変わらずファジーな指示を出したにもかかわらず頷いて見せていた。

 

「それにしても暇ッスねぇ。マッドの巣でも漁ろうかな」

「マッドの巣ですか? 当艦にそのようなモジュールは搭載されておりませんが?」 

「…………やっぱり何処にもいかねぇわ」

「そうですか? わかりました」

 

 腰が浮き上がらせかけたがユピが発した言葉を聞いて、俺は再び艦長席に背を預けた。倉庫……倉庫かぁ。やっぱり“そうなる”んだよなぁ。

 

「………ところでさ。今日はだれか他の人は見ていないよな?」

「え? 他の人、ですか? 他の人と言われましても“このフネには艦長と私しか乗っていませんが?”もともと“空白”の寄港記録や乗船記録にもなにも“記録されてません”し……」

「ん。へんなこと聞いた。忘れてくれっス」

 

―――さぁて、ユピの首を傾げる所作は可愛いと思うけど、そろそろ問題を直視しよう。

 

 もしも今の光景を俺意外のクルーが見れば違和感を覚えるだろう。普段なら茶々を入れてきそうなトスカ姐さんの声もせず、真面目に働くミドリさんの姿も、眠そうなミューズさんも、駄弁っているストール&リーフの姿もここにはない。

 ここにいるユピにも違和感たっぷりだ。かなり成長したハズの彼女なのに、今の彼女はまるで“生まれたての頃”の彼女とほとんど変わらない。むしろもっと悪いかもしれない。兎にも角にもいえることは、俺はいま“たった一人”でユピテルにとどまっているってことだ。

 

「………うん」 

「あ、艦長。どこへ行かれるのですか?」

「トイレ」

「お供は「いらんですよ」ではここでお待ちしています」

 

 すたすたとブリッジから出る。ブラストドアを潜りドアが閉まる直前に後ろを振り返ってみれば、“まるで人形のようになったユピ”が身動ぎ一つせず停止していた。人がいないと動かなくなるのか。

 

 

――――それを見た俺は舌打ちするのを止められなかった。

 

 

 とりあえずブリッジを出た後、トイレには行かずに慣れ親しんだ艦内を徘徊した。エレベーターに乗ったりトラムに乗り込んだりと移動手段には事欠かない。というかこういうの使わないとフネの中で遭難しかねない程、このフネはだだっ広かった。

 ともすれば誰かとすれ違えるかもしれない。そんな期待が無かったと言えばうそになるだろう。 だがどこに向かおうが俺を迎えるのは無機質な機械の駆動する音だけ。人の気配はそれこそ最初からいないと言わんばかりに何一つない。

 自分の靴の音だけが通路にこだまするのを聞いて、まるで綺麗な幽霊船にでも迷い込んだ気がした。静かすぎて耳が痛くなり衝動的に耳をふさいで通路を走り抜けたのも何度かあった。それだけ気を紛らわせたかったからだった。

 

 ジェロウ教授、ミユさん、サド先生、ガザンさん、ププロネンさん、ルーベ……誰一人として見知った顔が見つからない。

 研究室。乗員室。医務室。シップショップ。格納庫。機関室。交代勤務制であるため必ず誰かがいるであろう部署ばかり出向いてみたが、誰も居ない。

 

 どの部屋も、さっきまで誰かが居た感じに物が置かれている。だがそのどれも個人を特定する物品は無く、特定できる他の誰かが居たという証拠はなにもない。

 振り返れば、誰かがドッキリ大成功の看板でも出していないかと、何度も振り向いた。

 しかしいくら振り向いてもただ静寂がそこにいるだけで、慣れ親しんだ喧噪も暖かさもそこにはなく、締め付けるような寒さだけがここにはあった。

 

 俺はまるで追い立てられるようにして速足となり、気が付けば食堂にまでやってきていた。普段ならば交代制で食事をしているクルーが必ずいる場所。タムラ料理長が腕を振るい、コックたちが飾り立て、そして食堂のマドンナであるチェルシーが出迎えてくれる場所。

 

 だが、ここも他の場所に違わず静まり返っていた。広い食堂には誰一人いない。

 いい加減歩き疲れた俺は、一端落ち着こうと自販機から飲み物を取り出し、近くのテーブル席に座る。自分の息する音以外は何も聞こえてこない。

 

 

 そもそも俺が一人になってしまったのは10時間ほど前に遡る―――

 

 

 一緒に飛び込んで破壊された僚艦をニコイチで修理素材としたり、意識が戻ったキャロ嬢と再会して意気投合したけど結局怒れる従者ファルネリにドナドナされたりなど色々あったものの、フネは当てもなく事象揺動宙域を進んでいた。

 

 この時の俺は、かなり楽天的に考えていたのだ。エピタフが反応したのならば、原作の通りにエピタフに願うことでどうにかなるはずだと、どこかで考えていた。

 

 原作だと、復活したゲートに『こいよベ〇ット。怖いのか?』という感じで挑発し、ゲートに飛び込んだヴァランタインに『てめぇなんか怖かねェ』と野郎オブクラッシャーって感じで追いかけて、事象揺動宙域に飛び込んだ主人公。

 追いかけた先が居るだけで存在が拡散し0に近づく恐怖の宙域であり、とにかくヴァランタインを追いかけてズンズン航路を進んだ主人公は、やっと追いついたグランへイムが目の前で自前のゲートユニットで自律ワープしてしまうという鬼畜な所業を受けるというのが大体あってる流れだった。

 

 それに比べてこっちは少し流れが違う。フネの全機能に関りがあるコントロールUモジュール。それを統括するユピが機能停止したことでフネ全体がシステムダウンをおこしていた。

 とりあえずユピに変わり同じ電子知性妖精でその擬体自体が一つの電算装置に匹敵するヘルガが、ベースシステムを肩代わりしたことで、基本的なシステムの復旧に成功。

 ホロモニターも停止していたので、とにかく外の様子が知りたかった俺は、真っ先にブリッジの窓を覆う装甲シャッターを解放してもらった。

 だが真っ先に眼に飛び込んできたのは、事象揺動宙域の血に油の虹彩が入り混じり、ついでに凝固した黒い血の塊が浮かぶような眼に優しくない景色。

 そしてそんな場所に静かに浮かんでいる、眼と鼻の先にいるグランへイムの姿だった。

 

 ブリッジで復旧作業中だった全員に緊張が走った。満身創痍なこちらと違い、グランへイムはほぼ無傷だったのだ。立ちふさがる者は全て撃滅してきたという相手だけに、どのような報復があるのかという考えだけが脳裏を過った。

 だが、どういう訳かグランへイムは俺たちが動き出したのを見届けるやいなや、ケツ側にある自律ワープ装置でこの空間を離脱してしまったのである。

 こちらを破壊するでもなく、かといって誘おうということもない。フネのケツから十字に伸びたエネルギーラインが小規模なボイドゲートを展開し、その中に後進して消えていくグランへイム。 

 困惑しながら、グランへイムが自律ワープしていく姿をただ眺めていると、かの戦艦から発光信号で――この時通信設備もお釈迦だったので、非常に古風な通信方法だったが――、送られてきたメッセージがあった。

 

“ここを抜けられるかはおまえの心一つ”

 

 これは、意味を知らない人間からすれば首を傾げざるを得ない言葉である。そして、原作を知っていた俺からすれば、このメッセージが送られてきたことで、過程を飛ばしはしたが原作に近い流れになったのかと思う程度だった。

 原作では事象揺動領域に消えたグランへイムにようやく追いついた際、おなじように自律ワープでグランへイムだけその場から去り、同じような通信を主人公に送り付けたのだから……。

 

―――だからどうにかなると、ここで俺は考えてしまったのだ。

 

 それから3日ほどが過ぎた。正確には修理時間を含めて4日ほど事象揺動宙域を彷徨った。この宙域も宇宙のどこかにあるとされる空間なのだし、ともすれば通常空間に出られるかもしれないとクルーには説明し、俺自身はエピタフで事象揺動宙域を“確定”させようと唸る日々だった。

 

 そう“確定”。事象揺動宙域は揺らぎの宇宙とよばれている。つまりは状態が収束しておらず、それは量子宇宙的には“どの状態にも至れる”可能性が散逸する空間といえた。

 観測者はこのような揺らぎを観測し、量子ゼノン効果という観測する行為で時間経過による量子状態の移り変わりを抑制する方法で、初期状態に限りなく近い状態を維持して収束、位相空間を固定化する。

 

 まぁ要するに“こうであったらいいな”という望みこそ“観測”であり、それを行うことで不確定要因で揺らいだ状態の宇宙が限りなく“望みに近い状態”へと推移すると解釈してもいいだろう。

 これはもはや科学を通り越したオカルトの領域なのだが、物理学は神秘に近いところがあるので、一概にこれは科学じゃないと決め付けられないのが、こういう話の面白くも恐ろしいところである。

 

 そんで、エピタフは認めた“観測者”の力を増幅する作用があるとされた。つまり観測する行為をよりスマートに、かつ強力に後押しする。そして原作のユーリは“観測者”だった。だからその力が使える俺ならば、この不確定で揺らいでいる事象揺動宙域を確定できる。そう考えた。

 

 しかもヴァランタインを追いかけて宙域内の航路を進む描写があったので、少なくともすぐに消えてしまうと思っていなかった。それは油断であり、そして慢心だったのをすぐに思い知ることになった。

 

 4日目の朝時間。いつものように艦橋に上った俺は、おはようと挨拶をしても返ってこないことに気が付いた。首をかしげて当直のトスカ姐さんを見た瞬間、俺は凍り付いた。

 そこには確かにトスカ姐さんが立ってはいた。だが、そこに“トスカという人格を持った生命”を感じ取れなかった。塵で出来たマネキンを前にしていると言えば感覚的な部分が伝わるであろう。

 

 驚きの余り、声も出せない俺は取り乱すように最上階の艦長席から身を乗り出して他の当直のクルーを覗き込むと、みな同じように立ち尽くしており、そこには生命、人格、そして何より存在が感じ取れなくなっていた。

 

―――そう、存在確立の拡散が限界に到達したのだ。

 

―――彼らは俺が見ている前で“崩れた”。

 

―――光の塵となって、風の乗る砂のように壊れていった。

 

―――かつて神は塵から生命を想像したという。

 

―――そして塵は塵に返る。

 

―――俺はその光景を、まざまざと見せつけられたのであった。

 

 気が付いた時、俺は声にならない叫びを上げていた。そりゃそうだろう。だれしも親しくしていた仲間が目の前から消え去るところを見せられたら何等かのリアクションを取る。無駄なことだが、俺は消えた仲間たちが立っていたところまで駆けていって、一生懸命に床を見回していた。

 

 ホント莫迦である。そもそも塵になったみんなは存在確立が限りなく0に近い状態に拡散したのだ。つまり最初からここには誰も居ないという状態になってしまったのだから、痕跡一つ残ることはない。それでもそんな行動をとったのは……まぁ、取り乱しちまったってことなんだよな。うん。

 

 そして、そんなことがあってから俺はこの大きなフネの中で独りとなった。ユピはあの通りクルーたちとの接触で培われた経験が丸ごと消えてしまい、もはやユピという人格ではなくなってしまった。あれでは受け答えのできる機械である。

 

 ここからコミュニケーションを続ければ、やがて経験から人格が形成されるだろうが、それはもはやこれまでのユピではない別人だろう。ヘルガも言わずもがな。バグった状態でフリーズしてしまい、受け答えすらできなくなっていた。

 

 そういう意味で俺は完全に独りぼっちとなった。俺だけが残ってしまった理由は解らない。原作の描写でもユーリ一人だけは拡散していなかったので、観測者だから事象揺動宙域の位相拡散に耐性があるのかもしれない。

 

 はたまた違う世界の人間が宿っているイレギュラーだからなのかもしれないが、そんな小難しいことはジェロウ教授が考えればいい話である。まぁ彼も多分拡散しちゃったけど……。

 

 こうなってしまったので、俺は藁にも縋る思いで手に持ったエピタフに願った。皆とまた旅を続けられるように、そういう可能性の宇宙になるようにと、額に汗をかきながら必死になってイメージした。

 だが考えても見てほしい。俺は無意識で無自覚でエピタフの力の一端を起動しただけであり、エピタフ自体の操作方法なんぞ知りもしない。そもそも原作でもエピタフの存在は謎扱いだったのだ。それをプレイヤーとして見ていただけだった俺が、エピタフを動かせるのか? これでYesと答えたなら、ナンセンスだと回答が返ってくるだろうよ。

 

「はぁ……、ままならんッスね」

 

 食堂のテーブル席に腰掛けて、虚空を眺めながらため息を吐いた。いつの間にか飲み物の入れ物は空になっていた。色々考えているうちに結構時間が経っていたらしい。いまのところ俺の身体が拡散する気配はない。完全な異常事態だがもう俺にはどうすることもできなかった。

 

 ふと、俺は懐に手をやった。硬く冷たい感触。手のひらに収まる確かに存在する物体。確かめるようにしてゆっくりと取り出したのはヘルガから受け取ったエピタフだった。

 

 黄土色ともカーキ色とも見えるルービックキューブ大のアーティファクト。表面にはうっすらと燐光が走り時折鼓動のように光が浮かんでいる。俺の心拍とリンクしてるかとも思ったが微妙に違うので、別のパターンで明滅しているようだ。

 

 記憶にある中で、俺が最初から持たされていたヤツは灰色だった。しかも俺が握っても特に何の反応も示さなかったことから、目の前のこれは活性化したエピタフということになる。こんな小さな物体が数十㎞以上あるボイドゲートを復活させられたりするなど、誰が想像できようか。

 

 エピタフを親指を中指で挟み、まるでビードロを灯りにかざすかのように照明に向けて掲げてみる。当然光は透過しないが……、なんか触れている部分だけ燐光が強い気がするぜ。

 

「……お前さんは、宇宙の宇宙の力の根源なんだろう?」

 

―――だから、俺に現状をどうにかする力をくれよ。

 

 そんな呟きは、食堂の静寂の飲まれて消えた。

 




久々に原作を最初からやり直して凄まじい事実に気が付いた。

原作におけるヴァランタインのグランへイムのサイズがかなりでかい。

あるサイトではプレイヤーのグランへイムと比較すると数倍の大きさあるらしい。

仮に三倍くらいだとすると、6600mという大きさに・・・さすが大海賊、格が違う。

なおこちらの作品ではプレイヤーのグランへイムと同サイズという感じです。

それではまた次回に。


追伸。
感想で指摘があり上記の大きさはゲームの表示バグだそうです。
良く調べもせずに申し訳ありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第40話 事象揺動宙域編~

■事象揺動宙域編・第40章■

 

………ッ………

 

 すっごく怠い。まるで体が石になったみたいだ。

 

………ッ………

 

 一体なにがどうなった。一体ここあ……?

 

………ッ………

 

 なんか頭に響く。ノイズみたいなもんは何なんだ? 

 

………ッ………

 

 なんかクラクラするぜ。疲れてんのかな?

 

………ッ………

 

 んー、ああそうか。ボイドゲートの時に頭の隅で感じてたのに似ているか。

 

………ッ………

 

 あれ?ということは精神干渉の類か? にゃろう誰だか知らねぇが負けねぇぞ!

 

………ッ………

 

 ム?でも微妙になんか違う?どちらかというと呼んでいるのか?

 

………ッ………

 

 とても遠いけど何となくわかる気がする。あなたはだれですか? なぜ呼ぶのですか?

 

………ッ………

 

 名前はない。あと呼ぶ理由はとくにない。ただ現れたから。ふむ。

 

………ッ………

 

 どうしてほしいんですか?それもわからない?あれま。

 

………ッ………

 

 なれば。直接行った方がいいのかね?

 

………ッ!………

 

 はは。反応で丸わかり。OK。なんとかしてみるわ。

 

………ッ!………

 

 喜んでら。

 でもまずは“目ェを覚まさないと”いけねえな。

 夢みたいだが夢じゃないここだと動けねぇし。

 

………ッ………

 

 あん? 不便? 不便だから楽しいんだろうが。人間だしな。

 

………ッ!………

 

 ああ、あとでな。さってと、いっちょ起きますかねぇ!

 

 

……………

 

 

…………………

 

 

……………………

 

 

 

「―――艦長。艦長、起きてください。報告があります」

「……あぁ? どうしたッスか? 」

 

 いつの間にやら俺は眠っていたらしい。艦内をさんざん歩き回って疲れたのだろう。ブリッジに戻って自分の席に座ったところまでは覚えているが、そこで寝ちまったようだ。

 

 なんだか変な夢を見ていた気がする。何もない宇宙空間に浮かんでいるんだが、そこで何かに呼掛けられた。もちろん自分の手足も見えない暗黒の世界だからして、相手の姿なんぞ見えやしないんだが、しかも呼ばれたといっても声という訳でもないし、なんとも奇妙な夢である。

 

 まったく。ただでさえクルーが消えちまって、俺ぁナイーブになって落ち込んでるってのに変な夢を見せるんじゃねぇや。いやナイーブだったから変な夢を見たのか?

 いずれにせよ気分が少し滅入っているのは確からしい。自他ともに認める楽天家な俺らしくもねぇが、俺だって滅入る時くらいあるんだよな。

 

「艦長っ、寝ぼけていないで聞いてくださいっ」

「うわっびっくりした」

 

 少し考え事をしていてユピの言葉を上の空で聞いてたのが悪かったのだろう。彼女はやや強めの言葉を掛けて来た。顔を上げると、ほぼキスする3センチという位置にユピの顔があって思わずのけぞってしまった。

 これはチュウすればよかったか? 惜しいことしたかも……ってオイオイ寝ぼけるな俺。

 

「すまん。改めて何があった?」

「はい、センサーが巨大な物体を発見しました」

 

 ふむ、巨大な物体。この事象が揺らいでいる宙域でか? ユピがしてくれた報告だが、少しばかり信じられんな。ここは量子的にあらゆる物が揺らぐ宙域だ。通常の宇宙なら粒子があれば引力で集まり岩となって星に変わるが、ここではそういう事象もあり得るしあり得ないの状態で散逸している。

 それなのに物体が存在する……、それはつまり元からここにあったものではない。

 

「かなりの距離ですがそれでも観測できるほどに大きいです。どうされますか?」

「どうしようもこうしようも……」

 

 その物体が何なのか、それ以上に果たして近づいてよいものかどうかも解らん。そういう判断の材料になる情報も、それらを解析する人員もまったくないのだ。判断のしようがないのである。こうなると俺は脆いと自覚させられる。消えて判る仲間の大切さってな。

 一応、高性能探査装置はあるにはあるが、それの使い方は俺にはわからん。本来それを運用する優秀なるスタッフも全員この宙域に拡散してしまったんだもんな。

 まぁ自動で動かせる探査装置なら簡易探査は可能か。

 

「よるべきかな?」

「現在、全艦において修理素材が足りていない箇所が53%あり―――」

「わかったわかった。………進路を向けてくれッス」

「了解しました」

 

 俺以外の意見も聞きたくなりユピに尋ね返せば修理云々の話が出た。話しが長引きそうだったので適当に流したが、そういえばこれも問題だった。

 

 実は、今の艦隊は整備班を中心としたクルーが、拡散して消える直前まで一丸となって頑張ってくれたおかげで一応動けるまで回復していた。ユピテルは格納庫がある中央船体をパージできなかったので失わず、工廠戦艦アバリスもゲート発生に巻き込まれていたお陰で、修理に使う機材がほぼ丸々無事だったからである。

 だが、デフレクターのガチンコ対決による重力変調の影響は思いのほか大きかった。具体的にいうと僚艦の多くは局所的な強い重力変調に晒された影響で、船体が歪んで致命的な損傷を受けていたのだ。それらを直そうにも解体修理ができるドッグはないし、それにそこまで壊れてしまうと廃艦にせざるを得ない。

 

 しかたないので涙を呑んで、損傷の少なかったフネ以外は全て廃艦にして、修理材料に転じていただいたのであります。なんせここは時間が経てば存在が拡散して無くなってしまう事象揺動宙域のど真ん中であり、そこには応急修理の素材にできる小惑星もデブリも存在していなかったからな。

 修理機材が無事でも材料が無ければ修理できない。使える部品はニコイチするのも生き延びる為だったってわけ。

 

 ちなみに生き延びたフネは大マゼラン製の設計で耐久力が桁違いなアバリスとユピテル。それと運よくあまり船体が歪まなかったKS級が一隻の計三隻である。あれだけの大所帯だったってのに、残存が三隻とかなぁ……嗚呼、諸行無常だぜまったく。

 

「“観測”が使えればな、ハハ」

「はい?」

「何でもないッス。作業を続けてくれ」

「はぁ、わかりました」

 

 原作で主人公が使えた力を思って、その瞬間、急に可笑しさが沸き上がり思わず乾いた笑いが漏れてしまった。原作知識というのは、まっこと麻薬のようである。そこに答えがあると解っていると、ついつい覗き見してしまいたくなる。カンニングは悪いことなのに止められない心理というものだろう。

 

 すでに原作の流れは面影もなく、その知識はトイペ並の価値しかないというのに……。それでもすがりたくなるのは仲間がみんな拡散してしまったのがショックだったからだろうか?

 

 ………あーもう!

 

「ネガティブになるんじゃねぇっ!!」

 

 今は事象確定の力が使えなくてもいつか使えるかもしれねぇじゃねぇか。それに俺はまだ拡散していないんだ。消える最後の瞬間まで俺は諦めねぇぞ! 原作の主人公のように純粋な飽くなき思いがなきゃエピタフが起動できないってなら禅修行でも何でもしてやらぁ!

 

 フンスと鼻息を出して下降気味の意識を切り替える。そうだ俺はまだ拡散してないんだから悲観してもしょうがねぇんだよ。とにかく今はジタバタしても始まらない。何時拡散して消えてしまうかもしれないこの身であるが、それでも動けるなら動いて足掻くべきだろう。

 

 幸いそのヒントとなりえる何かを見つけたのだ。向かう先にある物体が拡散しない何かなら、もしかしたらこの宙域における拡散という現象をどうにかするヒントがあるかもしれない。これは調べてみる価値はあると俺は思うことにした。

 

***

 

「目標物に接近しました。映像を最大望遠で拡大投影します」

「おおー……おお?」

 

 ポジティブに考えて艦隊を向かわせること艦内の時計で約一時間が経過した。巡航速度が落ちているとはいえ、なんとか艦隊はユピが探知した巨大な物体がある空間へと接近。やがて光学観測システムで見れる範囲に物体が入ったので、光学映像がホロモニターに映し出された。

 そこに映っていたのは、なんというか形的には卵というか楕円形の小天体であった。かつてグアッシュ海賊団本拠地蜘蛛の巣を壊滅に追いやった、無慈悲な夜の女王が所有していた移動基地コクーンにも似ている気がする。もっともサイズが数百㎞はあり、かなり大きな小天体であるが……。

 

「ユピ、あの小天体を周回してくれ」

「アイアイサー」

 

 とりあえず小天体を周回する。この時センサーが表面を自動スキャンしたので、徐々に小天体の全貌が明らかとなっていく。形は遠方から見た通り楕円の太り気味の卵という感じ。スキャンした地表面の情報はそのままブリッジのホログラムとして反映された。ふむ、どれどれ~?

 

「ふ~む。見たところ岩石気質の小惑星って感じッス。大きいのに完全な球状じゃないってことは、中身はスカスカなんスね? それにこの空間に存在できるっての妙だ」

「簡易センサーのスキャンでは分かりかねます。どうされますか?」

 

 もぉんユピったら人格がリセットされているからか受け答えが硬いわねぇ。

 うー、でも確かにどうするか。一応調べに来たけど見た限りではただの小天体なんだよな。逆に言えばこんな環境下で普通の小天体があることの方が不気味だが……降りて調査するべきか?

 

………・………

 

「ん? ユピ今何かスピーカー鳴らしたッスか?」

「いいえ。音響装置が起動したログはありません」

 

 ん~、気のせいかな? 確かに音が……。あんな夢見た所為だろうか?

 

「そうッスか……。まぁいいや。とりあえず降りてみる」

「了解しました。宇宙服を準備します」

 

 さて、こんなところにある小惑星だ。調べてみて吉となるか凶となるか、当たるも八卦外れるも八卦ってな。あ、そうだ忘れてた。

 

「ユピ、宇宙服はリングボディのハンガーデッキに持って行ってくれッス」

「解りました。そのように」

 

 これでよし。俺もハンガーに行くかな。

 

 

 

 

 さて、ユピテルにはハンガーが複数ある。一つはメインとなる大格納庫。グランへイムにぶつける予定だった戦斗略奪ボディにある格納庫で無人艦載機やVF達が置かれている場所である。頭蓋骨でいうところの口っぽい場所が大発艦口となっていて複数の並列発艦が可能となっていた。

 他にも早期警戒機(A E W)であるRVF-0(P)の格納庫や、作業用やメンテナンス用の機体がおかれた小さな格納庫があるが、俺が向かったのもそういうのの一つである。

 それはかつてエルメッツァで少しだけ乗り回して以降、あまり活躍する場もなくてそのまま押し込めていた俺の専用機。VF-0Sw/Ghostが置かれたハンガーだった。

 

「よぉ、久しぶりッス」

 

 只の部屋を複数改装しただけの本当に置くだけの格納庫に、そいつは羽を畳んで静かに鎮座していた。むろん整備は完璧。エンジンかければいつでも飛び立てる。

 だが今の今まで放置していた我が愛機。なんとなく罪悪感を覚え軽く会釈してしまうのも、無機物を擬人化して見れる日本人ならではかもしれない。少なくとも心は日本人だぜ俺は。

 とりあえず軽く機体を叩いて済まなかったという心を伝えつつも、発進前の点検を軽くした。うん、やっぱり整備は必要ない。ケセイヤや整備班のメンテナンスは完璧だった。まぁ飛び回るだけなのであまり詳しく何かする必要もない。

 

「艦長。宇宙服です」

「ん」

 

 ユピが持ってきた宇宙服。見た目はやや厚手のガンダムのノーマルスーツ。本当は宇宙線防御とかで凄まじく分厚くなるはずなんだが、この時代の人類はほとんどが宇宙適応型。低重力症や宇宙放射に対し耐性が高いのが特徴なのでやや薄手でも問題はなかった。

 

 むしろ薄手の方が軽くて動きやすいのでこれで全然問題なかった。とりあえずの気密チェックを自分とユピのダブルで行い、酸素供給やサブシステムなどもチェック、問題なし。

 VFのコックピットへとよじ登り、座席にある方の生命維持システムと繋げ、酸素供給をVFから行うように設定してから、キャノピーを下ろしてこれもまた気密確認。

 宇宙は基本真空であり、少しの隙間でも空気は漏れ出てしまう。面倒だがしなければならないのが辛いところ。特にあまり自分では宇宙遊泳しない俺はやや慎重な方がいい。

 

「んじゃユピ。行ってくる」

「では発艦管制をさせていただきます。いってらっしゃませ」

 

 手を振ると返してくれる彼女が格納庫から出ていった。少しして部屋が完全に閉鎖された警告灯が回り出した。同時に天井からシャッターが下りて機体を完全に覆った。

 

《エアロック閉鎖開始、セカンドロック解放、減圧五秒前》

 

 ユピの管制が始まり、少しだけ周囲が明るくなっていく。空気が抜かれて不純物が消えたからだ。そしてシャッターの中で機首が徐々に上がり始めた。

 

《エアロック閉鎖確認。2、1。ファイナルロックオープン。Allオーバー》

 

 ユピが言い終わるのと同時にゴウンという振動が伝わって、機体は斜め後ろ向きに下方向へと降ろされた。リングボディ艦橋ビルがある場所からみて進行方向右側のリング内側にある格納庫から降ろされたのである。某宇宙戦艦のリメイク版であった発艦と似ているかもしれない。

 飛び出してすぐ、スロットルを吹かしフネと同調している機体を加速させていく。動作中にキャノピーから周りを見ると、かなりボロボロとなった我が愛艦が見えて少し悲しくなった。

 

「………フンッ」

 

 だから吹っ切れようとして、思いっきりスロットルを吹かして……あっ。

 

「おほぉぃおぉぉぉおぉ!?!?!」

 

 VFは阿呆みたいに加速した。そうだった。これはゴーストブースターとスーパーパック全部乗せの劇場版ぶっこみ仕様が元ネタ。当然通常VFよりも推力ははるかに上! 忘れてた!?

 

「ぬぉぉぉおおおおおお!?!?」

《生命危機と判断。一時的にコントロールを掌握》

 

 俺が大慌てで叫ぶ中、愛機は勝手に機首の向きを変えガウォークに変形すると、脚部で逆噴射をかけて制動し、地表数百の位置で一旦停止した。あーうー……クソ締まらねぇな。

 

《流石に安全運転できないのは看過できませんでしたので緊急処置いたしました。申し訳ありません》

「い、いや。こうしてくれなきゃ死んで……ヴぉえ」

 

 

☆しばらくおまちください☆

 

 

「――まぁとにかく助かったッス。もう大丈夫だからデータ送ってくれ」

 

 何があったかは察してもらえるだろう。俺も思い出すつもりはない。ただVFの性能が記憶の時よりも酷く……すごくなってる。またケセイヤが改造していたんだな。それと早速予備のヘルメットが必要になった。ヘルメットは犠牲になったのだ。

 

《はい。データを転送します。今度こそお気をつけて》

 

 はいはーい。お手を煩わせてすまんな。

 さて、どこに向かおうか? データはこの小惑星表面のスキャンデータだが……、正直艦橋で見ていたのと大差ないや。

 

「ふーむ。地道に回ってみるか……」

 

 まぁ簡易センサーだから見落としもある可能性もある。特殊な鉱石の影響だって考えられるしな。とりあえずは小天体を低空で飛行し肉眼で観察する。最終的に判断できるのは、やっぱり人間の眼玉だよ。

 てなわけで小天体に近づくと結構クレーターやクレバスや小さいながらも山とかもあるのが見て取れた。ふーむ、結構起伏に富んでいるな。金属センサーに反応が少ないあたり、修理に使えそうな鉱物も埋没していないっぽいな。あれば良かったんだが……。

 

「むー……。おぅ? 金属センサーに感あり」

 

 その時、センサーが何かに反応を示した。どうなってる、さっきまで全然反応がなかったのに……調べてみるか。

 

「何か足元のセンサーに色々反応が出たから、一度小天体に降りてみるッス」

《了…解…、気…付け…ださい……》

「え?何? なんか擦れてるんだけど、もしもし?」

《短…離…信マスト…に損…があ……以上の…離》

「あー、了解了解。あとで直そう。通信終わり」

 

 うーむ。通信マストが破壊されている影響だったか……白鯨艦隊の修理を優先した方がよかったかね? 皆が拡散しちまう前にもう少し進めておくんだった。ま、今更思っても後の祭り。今できることをしようじゃないか。

 

「えーと、この当たりだったか」

 

 今度は優しくゆっくりスロットルを絞り、進行方向を小天体へと向けて、これまたエッチラオッチラゆっくり降下していく。さっきのでスピードには懲りたんだ。地表まで残すところ数十で降下止め。その後はガウォークでホバリングして移動する。

見たところ、クレバスがある程度でほかには何もない。ただ赤い宙域の空と灰色の地表だけが続いている。センサーをより絞ってみた。艦載機用だから精度はあまり高くはないものの、これだけ近ければ……。

 

「おっ、ビンゴ」

 

 反応強し、方向……近場のクレバス。見たところこの機体が数機手を繋いでも降りれそうなほどでかいな。ほとんど谷じゃねぇか。

 

「んー、降りるか」

《ク…バスに…りられる…通…波が届きませ…が》

「まあ少しだけッス。大丈夫大丈夫」

 

 一応は心配そうな声色のユピ。ああ例え人格データの蓄積分が消えても根はユピなんだな。そう感じる自分に思わず笑みを浮かべ、機体を動かしてクレバスを降りていく。

 地表と違い空の光が影になりクレバスの壁が良く見えない。機体のサーチライトを起動。ゆっくりと見回しながら降りて行った。

 ふむ、これまた特に何か変化はない。鉱物らしき反応も……ん? センサーのグラフが、あらゆる鉱物の存在を示し始めた?

 だがこの反応は“ある”というには少々語弊がある。センサーに現れはしたが、その反応は出たり消えたりを繰り返し、また埋蔵量も不可思議な表示で意味をなしていない。

 おいおい、さっき変な機動した所為で壊れたか?

 

「おいおい、複数の鉱脈でもあるというんスか?だが肉眼では……ん? あれは――」

 

 その時、視界の隅にサーチライトに照らされた何かが反射した。機体の降下を止めて反射が見えたほうを凝視する。また反射の光、こっちに何かがある。

 

「大体、このあたりだったが……」

 

 見た限りでは何もない。何の変哲もない岩石で出来たクレバスの壁が垂直に伸びている。俺はふと機体を揺らしてみた。するとやはり一瞬だけキラリと何かが光る。どうやら、ところどころに走る亀裂の奥で何かが反射したようだ。

 

 ……これは何かがあるな、そう俺の勘が叫んでいる。オラわくわくすっぞ

 

「というわけで。FCS、火器の安全装置解除」

 

 幸い俺の機体はVF-0S。換装する時間もなかったので戦闘用装備はそのまま持ってきてある。本当なら作業用機のラバーキンに乗り換えて、掘削用工具で粉砕した方がいいんだろうが、いちいち乗り換えに戻るのが面倒くさったのだ。まぁただ掘り返すだけならレールガンなら楽勝ーっしょ。

 

「出力最低値にセット。マニュアル照準」

 

 レールガンポッドは戦闘機形態では胴体下のパイロンにあるが、ガウォークやバトロイドの時にはマニピュレーターが保持するようになっている。その際ポッドに保持する為のストックが伸びる構造となっており、ポッドはいうなればVF用の銃であった。

 とはいえ、VFは元々対艦対戦闘機用の機体なので、FCSには岩壁をロックオンする機能がない。あったら逆に戸惑うが、とにかくマニュアルで照準ということになる。

 その為、操縦桿に幾つも連なるスイッチやパッドやらで動かすのであるが、実のところその必要はなかったりする。先ほどから俺が呟いているのは手順の確認という意味もあるが、実はヘルメット内臓のマイクで音声入力もできるからである。

 そりゃユピとかヘルガみたいに人の言葉を認識できるロボがいるんだから、そこらへんのアビオニクスは未来ですよ。てなわけで、難しい手順で操作することなく音声入力でパパッと発射体勢に入った。

 

「すぅ~~~~……はぁー。発射」

 

 ポチっとな。トリガーを引く指は軽かった。直後に機体内に居ても感じる連続した衝撃。普段、ブリッジにて感じる砲撃戦のとは違うダイレクトな振動をケツに感じる。

 VFのバルカンポッドを実際に撃つのは初めてだが……こりゃあ照準が非常に定め辛いな。電子制御されている腕の関節がロックされていてこれかよ。こんな凄まじいのをガザンさんやププロネンさんは普段戦うときに使っていたのか。ホント恐れ入るわ。

 

 もっとも、コレを使った甲斐はあった。コイツはもともと戦艦の装甲を穿つ物。威力だけ見れば合格点どころかおつりがくる。数秒の斉射だったにもかかわらず、哀れ岩の壁は粉塵にジョブチェンジを果たしましたとさ。なんてこった。これじゃ詳細が確認できん。粉塵が晴れるまで待つしかない。

 仕方ないのでクレバスから一端上昇して抜け出し、上空にて待機することにした。あと序にユピにも連絡を入れた。

 

「あーもすもす。こちらユーリ、聞こえるッスか」

《こちらユピテル、感度良好。どうされました?》

「あれ? 随分とクリアーに聞こえるッスが、通信マストが破壊されたままじゃ?」

《はい壊れたままです。なのでシステムを調整して少し艦を近づけました。ところでセンサーがレールガンポッド使用時のエネルギーを探知。なにか危険がありましたか》

「あー、違う違う。ただ調査に使っただけッス」

《艦長。レールガンポッドを調査に使用することは推奨は出来ません。それと僭越ながら次からは作業用ドロイドをお使いになられた方がいいかと》

「いーのいーの。自分の手でやりたいの。んじゃ」

《あ、艦長―――》

 

 そういって俺は通信を切った。

 

 はぁ、やっぱりリセットされてから融通がきかないな。今までのユピなら困惑はしても理解してくれたってのによー。まぁボヤいても今はしょうがないか。とりあえず粉塵も治まったし下に降りてみよう。絶対なにかあると俺の中のゴーストがささやいているんだ。

 ゆっくりと機体を下ろしていく。低重力で空気が無いので粉塵は割とすぐに拡散したらしく、視界は良好とは行かなくとも見る分には支障はない。とりあえずサーチライトの光量を上げ、弾を撃ち込んだ場所を照らしてみた。

 

「こいつぁ……」

  

 俺は息を呑んだ。レールガンポッドで破壊した岩壁に中にあったのは、なんと灰色に鈍く輝く金属であった。しかもそれには凹凸など一切見られない滑らかさで、サーチライトの光を反射して光沢を放っていた。

 明らかに自然発生したものではない。何かしらの意志が造り上げた人工の壁である。勘というか思い付きでやってしまったが、どうにも凄まじい物を見つけてしまったようだ。 

 

 とにかく見つけた壁を調べてみることにした。

 まずは機体を自動操縦に切り替えホバリングするように設定し機体から降りる。宇宙服には宇宙遊泳用のスラスターが内臓されているので、俺はそれを使って目の前の壁にとりついて調べてみた。

 そして俺は再び驚くことになった。改めて近くで見て気が付いたのだが、あまりにも滑らかな壁である。だがそれはおかしいのだ。いまさっきここには至近距離なら戦艦の装甲にも効果があるレールガンポッドの弾が当たっているのである。

 傷の一つや二つ、そうでなくても凹みくらいあってもおかしくはないのに、その痕跡は何一つない。壁は最初からここにあったかのように非常にきれいな状態だった。素晴らしく硬い壁だと言えるだろう。俺の知識じゃ計り知れない未知の金属かもしれない。

 

 普段なら大発見っ!とよろこぶんだが、状況が状況なだけに素直に喜べない。果たして、これは修理素材に使えるのだろうかと現実逃避に似た思考が過る。至近距離のレールガンがダメならレーザーもプラズマも歯が立ちそうにないよコレ。

 そんな壁を見ていて、ふと足元の方に目をやると、そこには何かしらの模様があるのに気が付いた。近寄ってみると画数の多い象形文字に似た文字が描かれている。はて? コレをどこかで見たような? 首をかしげていて俺は思い出した。それはかつて惑星ムーレアで見た遺跡の壁の模様に、とてもよく似ていた。

 

「ここにも異星人遺跡が埋まっていた?」

 

 異星人の先史文明が残した遺跡……、ムーレアやゼーペンストのエピタフ遺跡を含む各地の遺跡はそういうものだと言われている。だが、ここにあるこの壁はなんだ? 何故、全てが拡散する宙域にこんなものがある?

 

………・………

 

「っ!? ―――今のは?」

 

 まただ。どこからか遠くで音が鳴った。しかもかなり強く頭に響く。思わず目の前の壁を凝視した。何故なら音の聞こえた方向はこの壁の方だったからだ。

 そんな馬鹿な、ありえない。事象揺動宙域、ここもまた真空の宇宙空間だ。空気もガスもない場所で音なんぞ伝わるはずがないのである。機体の通信機も特に変な電波なども受信していないので余計に気味が悪い。

 

 だが今、確かに俺は聞いたのだ。かつてお寺で聞いたような低い鐘に近い音。目の前にある壁の向こうから確かにそれが響いてきた。そして、それはどういう訳か異常に俺の興味を掻き立てた。この壁の向こうには絶対に何かがある。勘であるがそんな気がしてならないのだ。

 しかし冷静に考えると何と不気味なことだろう。多分俺にだけ聞こえた音。極め付けが事象揺動宙域に存在する遺跡だと? 前者は訳が分からず、後者も意味が分からないぜ。

 

 そもそも遺跡は迷い込んだ物なのか、誰かが意図的に設置したものなのか? 設置したとして一体だれがこんなところに遺跡を置いたのだろうか? 誰かジェロウ教授を復活させてくれ。俺の頭から煙が出そうだ。

 唯一候補としてあげられるのはオーバーロードの連中だが、奴らの目的が量子宇宙的な観測が目的であることを考えると、それはあり得ない。遺跡を置くよりも観測者を送り込んで確定させた方が遥かに楽だろうからだ。

 連中は高次元のスーパーな知生体なのだし、無駄な事をしないようなイメージである。本当はどうだか知らないが、とにかく調べられないか………むむ?

 

「待て、少し落ち着こうじょのいこ」

 

 思わずエナリってみた。一人でネタに走るのはつまらんがそれどころではない。

 

 何故、俺はここを立ち去ろうとしないのだ?

 何故、ここを調べようと躍起になる? 

 何故、不気味だと感じたはずなのに何故こうも“引かれる”のだ?

 

 ふと気が付いた事実に背筋が寒くなっていく。只の小天体調査のハズが、俺はいつの間にか遺跡の壁に執着している。目的がすり替わっていても違和感がない自分がいることに気が付いたのだ。

 これは本当に俺の意志なのだろうか? アイディアロールを回してくださいとか選択肢出たら確定でSAN値削られそうなんだけど?

 宇宙に出てしばらく経つが、こんな風に自分の意志が微妙に歪められたような気味悪い経験は初めてである。ボイドゲート通過時もこんな変な感覚はなかったというのに……。

 

 ボイドゲート?

 

 一瞬何かをつかみかけたが、それよりも気味の悪さが先行した為、悪態をつきながらも俺はここを一端離れようと考えた。実は先ほどから“まるで何かが囁きかけてくる”ような幻聴が聞こえている気がしてならないのだ。

 

 まさか見つけたのってデッドスペースのマーカー的な遺跡だったりして……。

 

 おい、それってマジじゃないだろうな? 周囲の岩にマグロが埋まってるとか無いよな? 思わずキョロキョロとあたりを見回してしまう。幸いなことに目に見える範囲にはなさそうだ。

 良かったぜ。あんなものがもしも存在したら宇宙最強のエンジニアみたいに工具で戦わんといけない。さすがのユーリ君の知識にも工具のリミッター外して武器に変えるような知識はない。

 

 それ以上にネクロモーフにはなりたくないとか考えつつ、俺は愛機のコックピットに飛び込みキャノピーを閉めた。首筋に背筋といった、およそ危険察知の時にゾワリと感じる部分がブルっている。股間周りまでキュッと縮こまって困る。宇宙服だから漏らしても平気だけどな!

 別にお化け怖いとかそういうのじゃない。本当に違う。ただ苦手なのだ。でも帰ったら厨房に行って塩を体に振りかけないといけないな。ファヴリーズはこの世界にあるんだろうか?

 

「……ん? なんだこの光?」

 

 現実逃避していると、ふとコックピットのキャノピーに何かの光が反射しているのに気が付いた。それは機械が発する光と違い、まるで赤い人魂みたいにボンヤリと揺らいでいる――って俺から怪光でてますやん。

 え? オレいつの間に電飾に転職したの? 俺ちゃん不思議体質なだけの只の艦長ちゃんよ? 思わず身構えるが、これが少なくとも存在の拡散が起きたとかではないのは解る。なんせ俺はみんなが消える瞬間見てるからな。どんな風に崩れ去るか知ってるし……ああ、鬱だぜ。

 

 人体発光とかありえないから……。そう呟きながらもう一度よく調べると、懐から光が漏れていた。中で何かが光っている。取り出してみると、それはヘルガがゼーペンスト遺跡から持ち出し、ここに来る原因にもなったエピタフだった。

 

 あるぇー? これってこんな風に光ったっけ?

 そんなことを考えていると―――

  

「のぉぉぉおおお!?!?」

 

―――機体が大きく揺れた。自動制御システムがアラームをけたたましく鳴らし、制御が急遽、オートからマニュアルに切り替わる。とっさに操縦桿とスロットルレバーを握れたのは幸運だった。

 

「あばれんな、あばれんなよ」

 

 まるでじゃじゃ馬のように暴れる愛機。私の愛機は狂暴ですってやかましいわ!一体何が…?と思ったその時である。機体に搭載されているパイロットサポートの簡易AIから電子文によるメッセージがHUDに表示された。

 

“ 警告 重力場検知 重力変調 検知 トラクタービームの可能性 高 ”

 

 これは非常に簡素かつ端的な単語の羅列だが、それだけで理解するには十分だった。どうやら俺の愛機、VF-0Sw/Ghostを異常な重力場が包み込んでいるということらしい。

 愛機のサポートAIはマスドライバーのキャッチャーやフネの接岸に使われるトラクタービームではないかと予想していた。トラクタービームは対象周囲の重力を操作して対象に干渉するもので、よくあるSFでも大活躍な縁の下の力持ち的なシステムである。

 それに似た作用が周辺に働いている。つまりは目には見えないが巨人のごとき大きな力が機体を包み込んで引き寄せていることを意味している。

 

 では一体、どこへ?

 

 それは重力が働く方向を矢印で指し示すだけの原始的な計器が、その答えを示していた。

 

 矢印が指し示したのは―――遺跡の壁。

 

「くぁぁぁっ!踏ん張れ俺の愛機ちゃん!」

 

 即座に機体のスロットルを全開にした。何で金属の壁にキスしなきゃならんのだ。そもそもなんでこんなことになるんだっての! あの壁は遺跡荒らしホイホイってか!? 

 機体の全推力を使い、どうにかして壁から距離を取ろうとするが、完全にトラクタービームに捉えられた我が愛機。重力の網ともいうべき出力さえ確保できれば惑星すら動かせるその大いなる力の前には無力だった。

 

 ゆっくりと、そして確実に、愛機が壁へと、落ちていく。

 

「むわぁあああああ!吸引力が変わらない掃除機ーっ!!」

 

 誰に向かってというつもりもなく、ただ横へ落ちる恐怖から肺が潰れるまで叫んだ。涙も鼻水も、というか顔から出せる液体を無様にまき散らす。汚いと思うが元より俺しか乗っていない機体だから恥もなにもない。

 というかトラクタービームに抗った所為で壁がゆっくり迫ってくるというのが逆に怖かったのだ。なんというか、真綿で首を絞められるという感じ? ジワジワと嬲り殺される気分とはこういうものだろうか。

 

 数分、重力の手による引き寄せる力に抗ったが、背負い式のゴースト型ブースターのオーバーヒート警告が鳴った瞬間、俺はもう逃げられないと悟り目の前が真っ暗になった。諦めたら試合終了? 諦めるも何も最初から終了してましたってな。本当にありがとうございました。

 

 再びアラームが響く。ブースターがオーバーヒートで爆発する前にセイフティ機構が働いてブースターを勝手にパージさせやがった。重たい機体から切り離されたブースターは推力により重力場を抜け出し壁に激突。炎となって消えた。なんか俺の行く末見たみたいで縁起悪いなオイ。

 問題は、これでただでさえ足りていない推力が大幅にダウンしたことだ。その結果は火を見るよりも明らか。愛機は凄まじい速さで壁に向かって引き寄せられていった。引き寄せられた時、機体に生じた急激なGと色んな意味で絶望的な状況に頭の血の気がさーっと音を立てて引いていくのを感じる。だんだん目の前が暗くなっていく。

 

 だが俺が意識を失う直前、エピタフから光が伸びたのを俺は見た。それはボイドゲートを復活させた神々しい青白き光では断じてない。夕日よりも赤く、血のように目に焼き付くような赤い光である。

 それがレーザーのように真っすぐと、迫りくる壁へと吸い込まれ、鈍い金属の色をしたあの壁が赤い光に包まれたかと思えば、まるで“最初から無かったか”のように壁が消えうせてしまった。光の砂が零れ落ちるそれは、物質の存在確率の拡散、それが起きたのである。

 

 そして、跡には大きく口を開けた穴があった。壁は消えたのに重力場の異常は消えていないらしく、機体は錐揉みしながら、ぽっかりと空いた暗黒の中へと吸い込まれていく。

 

 まるで怪物に吸い込まれる生贄の気分だ。

 

 これがガメオベラというものか……。

 

 そして、俺はそこで意識を失った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~何時の間にか無限航路・第41話 事象揺動宙域編~

大変遅くなってしまいましたが、続きです。


■事象揺動宙域編・第41章■

 

 ユーリが消えたのと同時刻。旗艦ユピテルに残る唯一の乗組員にしてフネの全てを司る統合統括AIのユピは、自分の意識だけをメインフレームに直接接続して、ある作業を行っていた。それはこの奇妙な空間。事象揺動宙域で観測したあらゆるデータを編纂である。

 センサーの観測データからユーリの呟きに至るまで、あらゆる情報を分類し、メインフレームにある記録サーバに保管するという、地味だがやっておくべき作業を黙々と彼女はこなしていた。

 本来、この手の仕事は科学班に所属する研究系のクルーの仕事である。しかし今の白鯨艦隊に残っているクルーはいない為、フネの運行に関する基本的なことは全て出来る彼女にお鉢が回ってきていた。少し何故私が編纂しているのだろうかとも思ったが、まぁ些事である。

 

 次々と現れるデータを項目別に分類し、分類しきれないデータはその他か新たな項目を設定する作業を黙々とこなしていく。通常ならコンソールの前に座り眠気覚ましの飲み物を9杯くらいお代わりして行う少し辛い作業だが、メインフレームに直接意識を繋げられる彼女にとっては数瞬で終わる作業である。なので苦ではなかった。

 メインフレームの利点は人間の感覚で言えば恐ろしく早い思考を並列処理でき、また思考をそのままデータとして言語化できる点にある。人間が思考を言語化し、両手の指でコンソールを操って文章データを組み上げるという、非常にミスを起こしやすい複数の作業を、思考=データ化、という風に簡略化できるのだ、それも一瞬で。早いわけである。

 

 ユピはAIである以上、人間と違い肉体の軛に捉われないので意識の置き場を選ばない。実際、彼女の本体はフネのメインフレームにほぼ直結しているコントロールユニットモジュールのコア・レジストリにある。

 普段、人の姿を模した電子知性妖精の擬体でいるのは、建前上はあくまでも対人間用インターフェイスでしかないのである。もっとも人型になった理由はユーリと兎に角一緒に居たいからという少し可愛い理由だったりするが、今の彼女は覚えていない。

 

【―――艦長?】

 

 人間からしてみれば凄まじい速度で編纂を行っていた彼女であったが、その時、急に作業の手を止めた。思わずユーリのことを呟いたのは、嫌な予感ともいうべき胸騒ぎを感じとったからである。

 その極めて生物的人間的な反応に戸惑いを覚える間もなく、今度は緊急事態に鳴る様に設定した警報信号がメインフレーム一杯に満ちていった。それは機械的に監視していた対象をロストしたという警報。監視対象にしていたのは―――艦長であるユーリ。

 

【――ッ! 艦長の身に何かが!?】

 

 全ての情報が集約するメインフレームに、現在稼働中の全てのセンサーからユーリの反応をロストしたというデータが届く。コンマ一秒にも満たぬ時間でユーリに何かが起こったと察したユピは、全ての作業を一時中断。乗員の生命と安全を守るプロトコルの下、システムの優先順位を乗員救助が最高となるように再設定し、その為の全ての機能を解放し始めた。

 

 巡航状態で火を弱くしていた主機の圧力があがり、いうなれば彼女の全身にエネルギーが満ち始める。同時に残存しているアバリスとKS級とのデータリンクを開き、使えるすべてのセンサーをクレバスへと向けより強力なスキャンを開始した。現在いるところは特殊な空間であるため、機械の誤作動でロストした可能性は0ではないからだった。

 

 ユピは嫌な予感が当たらないでほしいと願いつつユーリを探した。どうか機材の誤作動や誤認識であってほしい。しかし時間が進むに連れて機械はあくまで正常であり、そう願うことのほうがナンセンスであると気づかされた。ユピは完全にユーリを見失っていた。

 

【………フネを動かしましょう】

 

 艦隊のトップをロストした。焦燥感に押し潰されそうなユピがまずとったのは、フネを小天体に近づけることだった。彼女が呟くと艦隊は微速前進で小天体へと近づいていく。

 意識をメインフレームへダイブさせているので、いちいちコンソールを触らずとも、意思一つで艦隊を動かすのは彼女にしてみれば容易いことだった。というかその為に生み出されたのだから出来て当然のことだった。

 

 なお、これは本来AIには出来ない行動である。だが現状の白鯨艦隊では状況がそれを許していた。白鯨艦隊における傘下型命令系統において、システム上の権限第一位は当然ながら艦長のユーリである。艦隊のトップとして君臨する彼の命令は、システム上はどう転んでも厳守されることになっていた。

 そして他の命令系統と同じく、彼が不測の事態に見舞われた場合は、あらゆる指揮権は次の権限者に移行する。

 通常ならそこに副長や他のブリッジメンバーが入るのだが、事象揺動宙域特有の存在率拡散により、現状ではユピとユーリを除くすべてのクルーが最初からいなかったことになっている。その為、序列繰り上げにより、ユピは艦隊における自動化されたシステムへの命令権第二位となっていた。

 

 ユピテルはコントロールユニットモジュールでシステム的に補っている部分が3割程あり、ユピは自動化されているそれらのシステムを統括している。全体から見れば3割は少ないように見えるが、統合統括AIが統括するのはフネの基礎システムである。たかが3割でも基礎システムはほぼ全て管轄にはいっており、そこには航法関連なども含まれているので動かす分には十分だった。

 ちなみに万が一ユピの本体であるモジュールがクラッキングや暴走した場合、あらゆるシステムに人間が優先して介入できるクラッキング・バックドアがあり、さらに最悪の事態にはユピごと、モジュール自体を爆発ボルトで物理的に分離するシステムがあったりするが、まぁAIの反乱というのは大体のSFでよくある話故、それに対応する備えは万全だったりする。閑話休題。

 

【全艦目標ポイントに到達―――艦長……】

 

 さて、ユピの指示で艦隊は小天体。さらに言えばユーリの反応が最後に確認されたクレバスの上空へとやってきていた。赤黒く鈍い光に照らされたクレバスは、そこだけが切り取られたかのように深く暗く口を開けている。遠めから見ると怪物が笑っているようなそれに、ユピは少しだけ苛立ちを覚えていた。

 さらには苛立ちよりもユーリの安否が気がかりで落ち着かなかった。これは人を支えるAIならではの感覚で、今のように命令を下す存在がいない状況に置かれると、とたん不安や恐怖に似た感覚をAIは覚えるのである。親がいないと怖がる子供に近いといえば近いであろう。

 今、彼女の中ではユーリを見捨ててここを離れるべきという声と、残してなんていけないという二つの声が響いていた。前者に従えば、二度と彼と居られなくなる。しかし万に一つの可能性を求めて決断できるほど、今の彼女は経験を積んでいなかった。

 

【艦長……私、どうすればいいですか】

 

 心細さからだろう。ユピは彼の名を呟いた。しかし答える声はない。今フネにいる知性を持つ存在は彼女一人だけだからだ。いっそのこと自意識を複写してしまおうかとも思った彼女だが、流石に不味い気がしたのでやめた。

 それにしても、もしも逆の立場だったらユーリはどうしただろうか。あの艦長のことだからきっと……。

 

 

『―――理屈っぽいッスねユピは。いいか考えるな感じるんだ。あきらめんなよ!』

 

 

 ……こんな感じで合理的でないことを言うハズだ。しかしふと思いついた彼の言葉っぽいソレに彼女は苦笑した。本当に私は理屈で考えてばかりだ。機械だからしょうがないと言えばしょうがないが、例え想像した彼の言葉だとしても、まさしく正鵠を突いていると彼女は思った。

 

【B-34区画へのエネルギー供給回路を解放。無人機制御機構へアクセス】

 

 少しだけ元気が湧いたのか、ユピは兎に角思いつくままにやってみることにした。まずは大格納庫へと意識を走らせる。そこには大量……とまではいかないが、無人機仕様のVFが十数機残されていた。

 これは存在拡散の影響で彼女は覚えていないものの、グランへイムとの戦いで生き残った無人機たちである。インフィニットスペース作戦における第三段階の際、デフレクターを同調させた艦隊が展開した防御力場により母艦へ帰還することが叶わず、そのまま戦場に残りトランプ隊の勇士たちと共に最後までグランへイムの動きを制限し続けた機体達だった。

 

 ちなみにデッドゲート復活の瞬間、敵艦をけん制するように飛び回っていたので行き成り生成された転移門の範囲に入ってしまい、白鯨艦隊と共に事象揺動宙域に流された経緯を持つ。トランプ隊も同様だったのはいうまでもない。

 

 さて、ガントリーに固定されているVF達。あの激戦を生き延びたからなのか、無人機であるはずなのにどこか威風を感じさせる機体たちであった。

 あの時の事は拡散の影響により無かったことになっているので、ユピはどうして無人機がこれだけしか残っていないのか解らず、あと妙に物々しいフインキを感じるんですけど……、などと感じていたりするが、まぁ使えるのだから問題ないと疑問を後回しにしたのだった。 

 

 そう、彼女は思うがままに動く為、無人機を導入することに決めた。独りでできないことは手伝ってもらえばいい。記憶にはないがいつか誰かに教えてもらったことを実践することにしたのである。

 彼女の意思により格納庫で固定されていたVF達のシステムとエンジンに灯が点る。同時に機体を固定していたロックも外され、そのままカタパルトまで運ばれた。大格納庫の特徴的な横列配置カタパルトに並んだ無人機たちは同時に一斉射出され、外へと飛び出していく。

 

 ユピは発艦した無人機たちが自分の周りをグルグル周回するように設定し、すぐにユピテルの船体各部のある整備用格納庫からも機体を放出した。本来メンテナンスに使われているVE-0《ラバーキン》が何の役に立つのかと聞かれれば彼女は答えに詰まるだろう。しいて言うならば人海戦術です、と可愛らしく答えるに違いない。

 とにかく彼女は持ちうる全ての手駒たちを使った。VF-0にVE-0、さらに基本非武装であるRVF-0(P)AEWといった早期警戒機まで大盤振る舞い。ユピテルに残っているほぼ全部の機体である。集結した無人機たちはユピの意思に従い全てクレバスに向けて降りていった。

 

 

 

 

 クレバスに突入した無人機たちを通じてユピはあるものを発見する。それはちょうど上空からは影になったクレバス壁面にあった。壁面にぽっかりと開いた横穴、正確には人為的に作られたであろう通路である。

 これはクレバスに降りた最初の無人機が、壁に突き刺さったゴーストブースターを発見。その付近にて見つかったユピテルのデータベースには存在しない未知の様式で造られた人工物であった。

 通路は金属らしき物質で構成されているが、あらゆるスキャンを受け付けない組成も特性も不明な未知の物質で造られていた。人工物なのだと解るのは正三角形のパネルが画一的に寸分の狂いなく規則正しく重なりあい長方形の通路として組みあがっていたからだ。

 

 あまりにも規則正しく配列されており、明らかに自然界で偶然出来るとは思えない何かしらの目的と意思が介在したという痕跡である。この奥にユーリがいるのではと考えたユピは中に無人機を送り込むが、通路は途中で塞がっており奥へは進めなかった。周辺に残る真新しい傷跡といった痕跡から、どうやら最近になって隔壁が下りたらしい。

 隔壁の奥に通路は続いている。周囲にユーリが見当たらない以上、この奥へと彼は進んだ可能性がある。彼の反応をロストしたのも、このセンサーのスキャンを受け付けない材質で出来た構造体の所為であろう。これがユーリの機体から発する信号を阻害しているのである。

 

【材質不明……、硬度は……手持ちの火器でも破壊は難しい、ですか】 

 

 RVF-0P/AEWやVE-0《ラバーキン》といった調査や精密探査が出来る機体たちが送る情報を受けたユピは呻いた。戦闘機であるVFシリーズは対艦攻撃も軸に据えており、兵装もそれらに対応できるものがそろっているが、流石に未知の遺跡の壁を壊す装備はなかったようだ。

 

 戦艦の分厚く頑丈な装甲板を溶断するプラズマトーチを持つラバーキンでも、未知の材質で造られた壁にはお手上げであった。というか高エネルギー体のプラズマが近づくと謎の力場が発生して弾くのだ。どうやって溶断しろというのだ。

 

 

……―――だったら、より強力なので撃てばいいかも……。 

 

 

 閃いた。閃いてしまった。

 

【全機、一時離脱してください――……射撃諸元、照準、よし。重力偏差修正……よし! 全砲発射です!】

 

 艦載機の離脱を確認後、彼女がポチっとなとつぶやいたその瞬間―――光の柱が落ちた。それは上空にいるユピテルの収束レーザー砲撃であった。旗艦に搭載されている特殊砲、ホーミングレーザーの砲列群から高出力レーザーを照射し、重力レンズにより歪曲、一つの巨大レーザーに収束させて一点に集中したのである。

 グラビティウェルを操る人間がいない為、ホーミング機能はないが狙ったのは岩盤の下の遺跡だ。つまりは固定目標であり狙う必要がない。それを外すなど高性能なAIならありえないだろう。

 

 一点に収束している高出力レーザーは小惑星の岩盤を瞬時に融解させ、直下にあった遺跡に直撃している。謎の物質で出来ている遺跡の構造物はさすがに瞬時に融解といかなかったが、ジワリジワリと手で岩を削るようにゆっくりとであるが溶けていきつつあった。

 もしもここにジェロウが居たなら『 なんつーことしとるのかネ!! チミィ!!?? 』と怒髪天を突いていただろう暴挙だった。この躊躇のなさは誰に似たのやら

 

【――撃ち方止め。……突入口、完成です】

 

 岩盤を貫きぽっかりと開いた黒い穴。損傷して出力が落ちているとはいえ、至近距離からのレーザー砲撃である。無人の作業機がもつ工具とは桁違いの出力を発揮する高出力レーザーが一点集中したことで、厄介な遺跡の壁もなんとか融解し貫通していた。

 

 飛びまわる無人機のカメラを通して状況を確認していたユピは、遺跡にVFが潜れる程の穴が貫通したことを確認すると、そのまま全機に向かって命令を発信する。

 

 

―――各機、内部へ突入せよ

 

 

 かくしてユピの意思の下、無人機たちは謎の施設へと突入したのだった。本当にユーリはいるのか? 通路の先に何があるのか? そんなこと高性能AIの彼女でもわからない。彼女はただ、思うが儘にというユーリの指示を実行しただけだった。

 

 

 

***

 

 

 

 ピーッ、ピーッ、ピーッ。

 

 レッドアラート。その時、俺は朦朧とした意識のままコックピットの中にいた。身体を動かすのも億劫に感じる中、かろうじて自分の意志で動かせる瞼を薄く開けると、赤い警告灯が瞼の隙間をぬって目に突き刺さる。

 思わず手で光を遮った。その赤い光は照明が落ちているコックピットの中を煌々と照らしている。本来、緊急事態などを知らせるものだから刺激が強いのはしょうがないとして、少々眩しい。今度ケセイヤにでも頼んでもう少し色の薄いのに変えてもらおうかな。

 

(……って今はいないんだっけ)

 

―――現実を思い出し一気に目が覚めた。そう今の俺はボッチ。激しく鬱である。

 

 少しふらつく感じを頭を振って追い出す。この感じ……どうやら俺は気絶していたらしいな。思い出せる最後の記憶だと遺跡の出した謎のパワー(グラビティ)で吸い込まれ壁にぶつかると思ったあたりまでしかない。そこからの記憶がないから、多分死の恐怖が精神許容量一杯になって気絶しちまったようだ。

 まぁ猛烈に迫りくる壁を前に意識を保てる程、俺は強靭じゃないしねぇー。本職は艦長なんだからパイロットみたいに命知らずじゃないのさ。どこぞの弾幕の雨霰の中をスキマニアクグルノフ――もとい命知らずに潜り抜けるようなパイロット連中とは心臓の毛の数が違うんだ。主に少ない的な意味で。つまり俺は繊細なんだよ。 

 

「ってどの口が言うかね?」

 

 誰も居ないのでセルフツッコミ虚しいなぁ。と、そん時俺の中で電流が走る……まさか漏らしてないよな? 思わず股に手をやるが宇宙服に阻まれる。ああん確認できない!?

 いやマテ落ち着け。大丈夫だ。大小どちらも漏れ出た感じはしないし、そもそも宇宙服にはそれらを吸収し循環させるシステムが組み込まれている。俺由来の水が生成されましたという表示がHUDにないから大丈夫だ。俺の括約筋はどちらも活躍できたのだ。

 身体の方も感覚からして怪我も負ってないし、これもきっと俺の日頃の行いがいいからだな。海賊退治なんてボランティアを無償(海賊から追剥ぎはする)でやっているんだから。 

 

「……なんか、どの口が言うと聞こえたような気がする」

 

 気のせいだろうか? 誰かに突っ込まれたような……、まぁいい。

 

 そんなことよりもササッと機体のチェックを行う。といってもコンソールを見るだけだが、それによれば警告灯の点いた原因は装甲板に軽い傷と凹み、それと操縦者の意識喪失。あ、主な原因は俺か。目を覚ましたから警告灯は消しておこう。赤い光が結構眼にくるからな。

 やれやれ、一先ずはするべきことを終わらせたから一息入れたいが……、ソッと顔を上げればキャノピーの向こうに広がる暗闇の世界。遺跡の中にいるというこの現実に溜息を吐くしかない。

 外はあんなに赤黒い不気味な光で満たされているのに、キャノピーから漏れる機内灯の光以外は完全に暗黒の世界であるここは、まるで関係ないというばかりに静まり返っておる。つーか気分的に寒い。人肌な暖房がほしくなる。

 

 それはともかく、もっとのっぴきならないこととして、機器をチェックしていて気が付いたが、どうも母艦とのデータリンクが途切れたらしく連絡が付かない。こんな良く判らん場所から自力で脱出とかもうね、やる気のボルテージがどんどん低下していくのを感じる。思わずため息を漏らしちゃうのもしょうがないだろうな。

 

 でもこんな陰気な場所で立ち止まっていてもしょうがないし、脱出のために動くべきか。なんせ母艦から切り離されている以上、エネルギーも推進剤も酸素も有限なのだ。何もせず動かずにいれば少々の節約にはなるだろうが、そんなもん屁のツッパリにもなりゃしない。

 

 そもそも助けがくるか微妙なところだ。これが普通の遭難なら動かない方がいいんだろうけど、あいにくフネにはエラー吐いて動けないヘルガと情緒面がリセットされてしまったユピの二人しかいない。探しに来れる人員がこれだけとか救助に来てくれる可能性は低いだろう。

 俺は俺で脱出するために動く。というかジッと薄暗い遺跡の中にいる方が怖い。お化け屋敷に閉じ込められるようなもんだ。SAN値がピンチってレベルじゃねぇから身体動かしていた方がマシってもんだ。

 

―――さて生命維持の酸素残量は十全か? 大丈夫なら後は俺の心の準備が必要だ。

 

「さぁて、覚悟を決めるッス!」

 

 景気上げに一発両手で顔をパンッ―――ヘルメット被ってたわ。

 

 

 

 

 

 さて、そんなわけで移動を開始したわけだが、本当に愛機が無事動いてくれて助かったと思えるくらい、この遺跡の中は広かった。最初に目を覚ました場所もVFが低空でなら飛べるほどに広かったが、そこから続く通路らしいトンネルもホバーでなら余裕で潜れる程である。

 何のための空間かわからないが、宇宙にある巨大構造物(メガ・ストラクチャー)なだけに想像も膨らむ。もしかしたら宇宙船の発着場か何かだったのかもしれない。あのトラクタービームらしきものも、小型航宙機の発着補助システムだというのなら説明もできる……まぁ想像の類を出ないけどな。

 少しだけこの発着場(仮)を調べたが、宇宙船らしき物体は確認できなかった。どこかエピタフ遺跡に似た雰囲気はあるが、それだけ。特に仕掛けとかトラップとかもないので、ある意味つまらなかった。もっと浪漫汁溢れる何かを期待していただけに落胆したともいえる。

 

 結局、ここから出られそうなのは先ほどのトンネルしかなかった。人が通れるような扉がないのが気がかりではあるが、まぁ大きいトンネル一つだけというなら迷いようがないからシンプルでいいと考えよう。

 俺は愛機を半人半機のガウォークに可変させ、そのまましばらく通路沿いにホバーで移動した。灯り一つないトンネルをVFの頭部パーツにあるサーチライトだけで照らし黙々と進み続ける。暗闇に支配された完全なる静寂の空間を光で切り裂いていくのは、何だか墓荒らしみたいで罪悪感を覚えた。

 でも、あの場所で朽ちる訳にはいかない以上、しょうがないね♂

 

 んで発着場(仮)の入り口がサーチライトの範囲から外れるくらいまで進んだところ、目の前に分かれ道が見えてきた。もっとも左側は隔壁らしい壁が降りており通れないので実質右側しか通れないんだが、行き止まりまで突き進むつもりだったので問題はなかった。

 その後も似たように分かれ道があったが、そのどれもが必ず片側の隔壁が下ろされていた。最初こそ疑問に感じなかったが、ここまで一本道だと何か作為的なものを感じてしまう。誰かが、俺を呼んでいるとでもいうんだろうか?

 

 まぁこの先に何が待つにしろ俺は只ひたすら進むだけだ。この遺跡がエピタフ遺跡に似ている以上、絶対になにか繋がりがあるはず。原作にはなかっただけに不安ではあるが、何かしらの手がかりを必ず見つけてやる。

 そう思って進むことしばし、視界が一気に開けた。ついにトンネルを抜けて別の大きな空間に突入したのだ。

 

「ここは……ドームッスか?」

 

 まず最初に目を引いた――というか遠近感を狂わされたのだが、この部屋がドーム状の空間であるということだった。プラネタリウムを想像すると解りやすいが、あれって薄暗いところだと本当に距離感がつかめなくなる。小さい頃は天井の高さが分からなくてちょっと怖かったな。

 さて、このドーム部屋。VFのセンサーによれば真円に近い形状をしており、直径だけで500m以上、高さも最大が同じくらいなので完全な球体をぶった切ってかぶせたような空間だといえた。プラネタリウムにしてはずいぶんと巨大である。

 

「ふーむ…………駄目だサッパリ解らん」

 

 しばしVFを停止させてこの空間を眺めていたが、この場所について調べることを早々に放棄した。こういう分析とかはもっぱらサナダさんかジェロウ教授に任せっぱなしだったので、まったくの門外漢なのである。碌な知識も持ち合わせていない素人が何を調べても何も理解できまい。

 普段、俺がやってる仕事は……まず部下や仲間たちに調べるように指示を出して、彼らが持ってくる結果を待つことなのだ。遺跡調査なんぞ視察や見学するのはともかく、艦長本人が率先してやることじゃねぇ、と自己弁護しておくズラ。

 

 そう考えると、本当宇宙戦艦の艦長って部下がいないと役立たずなんだとしみじみ思う。つまり俺は今まったくの役立たず――やめろ、その現実は俺にきく。やめてくれ。

 しばし、色々と不安に駆られたからか俺は腐ったミカンじゃないと呟いていた。ちょいと情緒不安定なのは独りぼっちだからだ。あるいは事象揺動宙域ってヤツの仕業なんだよ! ΩΩΩ≪ナ、ナンダッテー!!

 

 ……誰もツッコミしてくれないとやっぱり虚しいわ。まぁいい、とにかく考えを止めないことが一番だ。なんていうか一人だと自己の連続性ってのを感じられないから、思考停止したら自身が消えちゃいそうな気がしてならないんだよね。特殊な宙域だけに何が起きるかわからないってのもあるんだけどな。

 それはともかく、本当にここは一体なんなのだろうか。流石に巨大プラネタリウムってわけじゃないだろうから、思いつくとすれば……仮想現実シミュレーターとか?――貧相な考えしか浮かばない自分が嫌になる。 

 この遺跡がエピタフ遺跡に似ているところで関連付けるなら、異星人が造り上げた何等かの施設なのは解るが何の施設かまでは理解できない。そもそも原作じゃこんな場所、存在すらしなかったから、なけなしの原作知識もここにきては糞の役にもしないのだ。

 

 もっとも原作じゃ――

 

 ・序盤のロウズで設計図なんて手に入らないからバゼルナイツ級建造できないし。

 ・戦闘ですぐ金が手に入る代わりに鹵獲できないし。 

 ・空間通商管理局のドロイド相手に交渉は出来ないし。

 ・バゼルナイツは魔改造で工廠艦になるし。

 ・今の旗艦は魔改造され過ぎて原型ないし。

 ・戦艦を率いられる数はこの時点だと本来3隻までなのに制限ないし。

 ・一部のクルーメンバーは原作だと名前すら存在しないし。

 ・イネスが女の子になるし、ダタラッチ元気だし、キャロ嬢元気だし。

 ・バハシュールは美女になるし、マッドサイエンティストが艦内に巣窟作ってるし。

 ・ヴァランタインと戯れないでガチンコ勝負しちゃうし……。

 

―――ざっと思いつくだけでこんなに現状と違いがある……うわ、俺の無限航路酷すぎ? バタフライエフェクトどころかモ〇ラが羽ばたきで大津波起こしてるレベルじゃねぇか。

 

「まぁそこが面白いところなんスがね」

 

 どうなるかはわからない。予定は未定~と俺は呟き、ドームの中心に向かってVFを動かした。いやまぁ、己のこれまでの行動を思い返し冷静な曇りなき眼(まなこ)で見れば、自分で『これはひどい!』と言いたくなるレベルである。だが、ここで愚痴を呟いても時間を浪費するばかりで進展など望めまい。時とは金なり。地味に酸素残量が気になるので手短にやろう。

 というか、さっきセンサーを飛ばした時、ドーム中央に反応があった。サーチライトも遠すぎてぼんやりとしか照らせないが確かに中心に何かがある。これは何かあると感じたので、ダメで元々調べに向かうのだ。

 

「おお……、これは……、なんスか?」

 

 なんといえばいいのだろうか? 中心に近づくにつれてサーチライトの光が届き、中心部の全貌が明らかになったのだが、その中心にあるオブジェクトを何と形容していいのかわからない。形状としては……逆ピラミッド? いや三角錐が逆さまだから……。うーむ、とりあえず見たまんま逆三角錐の物体が床に突き刺さっているとだけしかいえない。

 

 こんなもん何に使うんだろうか? そう思ってさらに近づいたその時だった。行き成り暗闇を切り裂いて赤い光が俺の眼を眩ませた。なまじこれまで暗闇を通って来たのでそれなりに目が暗闇に慣れていたから、この赤い光はきつかった。

 その赤い光は、ある意味想像通りだが逆三角錐様から照射されたものだった。攻撃性のあるものではないが、移動する愛機を常に追尾している。これは何かが起きると考え、機体を停止させた。それだけはなく何が起きてもいいように、火器管制を解除し推進装置のリミッターも解除して待ち構えた。

 だがそんな俺の動きをあざ笑うかのようにして、別の赤い光が起こった。エピタフだ。俺が持ち込んでいたエピタフが座席の下から光だけを貫通させて眩い光を放ったのだ。なんでそんなところにエピタフがあるのかというと、今の今まで拾い忘れていた。一応は大事なものなんだからポケットにしまっとけと、きっとイネスに叱られそうだ。

 

 ケツのしたからの光と遺跡の光、その赤い光は混ざり合いさらに輝きを増す。いや、これは遺跡とエピタフが共鳴している? というかエピタフを拾わないと―――

 

「あふん♡」

 

 

 何かが俺の中を通り抜けた。エピタフを拾おうと手を伸ばして触れた瞬間、光が膜のようになり、狭いコックピットの中ではよけられる筈もなく光を浴びてしまった。その未知の感覚に嬌声のような声を漏らしてしまった。恥ずかしいなオイ。

 おまけに起きた異常はそれだけではなかった。エピタフを拾った途端、VFのコンソールとHUDの表示がバグって数秒間変な記号やノイズが走ったのだ。まさか何かのエネルギー放射で機体のコントロールシステムがおかしくなったんじゃないかと思い血が引いた。遺跡の奥に来ているかもしれない中で乗り物がイカれるとかBADエンド待ったなしじゃねぇか!

 

 だが、そんな騒ぎも数秒後にピタリとやんでしまった。まるで何事も無かったかのように、周囲は元の暗闇に支配され、静寂が周囲を覆っている。俺の顔はまさに( ゚д゚)ポカーンという感じで固まった。狐狸に化かされた気分とはこういう物か……。

 

「ん? 通信?」

 

 その時、なぜかVFの通信機に通信が入った。まさか旗艦ユピテルと繋がったのかと思ったが、相手を示す表示がバグっているあたり違うようだった。色々と連続で起こる事態に狼狽えていると、勝手に通信がつながり―――

 

【やぁ、こんにちわ。あえてうれしいよ】

「なに話しかけてきてるわけ?」

 

―――誰か知らない人の声が聞こえてきた。思わずブロントさん風に返事したのは言うまでもない。というか、マジで誰だ?



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。