そうして彼らの思いは交錯し、運命は分かたれる《完結》 (神崎奏河)
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そうして彼らの思いは交錯し、運命は分かたれる。①

はじめての投稿になります(*´∀`*)
ご丁寧にアドバイス等頂けると嬉しいです!オリジナル展開ですが、オリキャラは出してませんし、大きな改変も行ってないので、俺ガイルファンの方やその他の人にも読んで頂きたいですm(_ _)m
新巻も発売延期になってしまったので、暇潰しにでも見て下さいヽ(*´∀`)
①は八幡と小町しか出て来ませんが、②以降ではゆきのんやガハマちゃん、いろはす等もちゃんと登場するので、そこのところのご理解をお願いしますσ(^_^;)


換気のために僅かに開けておいた小窓から隙間風が入り込み、昨夜から温かく保っていた部屋に一握の冷気が混合してくる。正反対の温度を持つ空気は、中和するようにして部屋全体の温度を下げていった。

カーテンで外界と隔絶された暗い自室で、俺はおもむろに目を開けた。

 

「寒い………」

 

布団から身体を投げ出している訳でもないのに、全身が薄い雪のベールに包まれたように寒かった。

 

「まだ5時かよ………寝よ」

 

まだ起きるには早い時間だ。布団をさらに深くかぶって、早々に二度寝を決め込んだ。

無意識に早起きするのは、おじいちゃんと社畜だけだ。そう自分に言い聞かせて、瞼を下ろす。

 

「……………」

 

寝られない。

 

寒いせいもあるのか、再び夢の世界に誘われることはなかった。専業主夫志望の俺としては良くない兆候かもしれない。

でも閉じない瞼を無理にまた下ろそうとはしなかった。

今日は高校の卒業式だ。卒業は感動的で、栄光ある未来への第一歩だと考えている奴が多いと思う。

友達と泣いて抱き合って、最後は笑顔でお互いの未来を祝福しあう。

これが卒業式の段取りである。

 

しかし実際、卒業式はただの決済でしかない。終焉であって発端ではないのだ。

 

「しかし寒いな。ホントに誰だよ、冬作ったの…」

 

あまりの寒さに思わず愚痴が零れる。

そんな感じにしばらく布団の中で思惑を巡らせていた。

 

すると不意に設定していた目覚ましが鳴り、俺は現実の世界に強引に引き戻される。

 

「はいはい、起きますよっと」

 

小町と違い親に放し飼いにされて小さい頃から自分で起きていた俺は、慣れた手つきでアラームを止めた。

まだ布団に籠もっていたい衝動を抑えつつ、のそのそとリビングへと向かう。

 

「あー、寒い寒い寒い寒い」

 

寒いと言ったところで温かくなる訳でもないのに、言葉は自然と口をついて出てくる。

 

冷気が百鬼夜行とばかりに吹きぬける廊下はどこか閑散としていた。布団から出たばかりで、寒さに敏感になっている身体にはかなりこたえる。

まあ普段こたつに篭ってるし。というか家に篭ってるまである。

 

突きあたりまで歩いて戸を開けると、香ばしい朝食の香りが鼻腔をつき抜けた。見てみるとテーブルにはパンがすでに用意されていた。小町はパンを口いっぱいに頬張っている。

俺に気付いたのか、小町は食べる手を止めて満開の笑顔で挨拶してきた。

 

「お兄ちゃん、やっはろー」

 

「おう、おはよう」

 

朝一番で少々だらしなくても、やはり小町の可愛さは変わらない。未だにホントに俺の妹なのかと疑ってしまう時もある。無論、俺の妹なのだが。

もしそうでなかったら、俺の家庭が昼ドラみたいなただれた関係だった上に、小町が妹でないという失意で憤死してしまうまである。

 

しかしその可愛い妹の口にはジャムが付いていた。挨拶を返すがてらに教えてやる。

 

「おい小町、口。ジャム付いてるぞ」

 

「えっ、ジャムってる?」

 

「お前の口は自動機関銃か」

 

このやりとりにすごいデジャヴを感じる……そう思うのは俺だけだろうか。

 

小町はきょとんと首を傾げた後、ごしごしと口もとをぬぐった。

しかしさすがは我が妹、こんな何気ない動作も可愛く映る。

 

「…ん…んんんっ。どう、取れた?」

 

「あー、大丈夫、大丈夫。取れてるぞ」

 

なんとなく上目づかいな小町のハニートラップを難なくかわし、しっかり拭けているかを確認してやる。

 

「ん、ありがと。でも小町的にはお兄ちゃんが拭ってくれると嬉しかったんだけどね。今の小町的に超ポイント高い!」

 

「勝手に言ってろ……」

 

漫才まがいなことをしながら、いつものように小町の正面の席に座った。

 

今日は卒業式ではあるが比企谷家の朝は変わらない。テレビを適当につけて、天気とかを確認しながら朝ごはんをいただく。小町も雑誌をペラペラと無作為にめくりながら、せっせとパンを頬張っていた。

 

「3度ってマジかよ」

 

そりゃ寒い訳だ。リア充も外出を控えるレベル。

いや、嘘。多分あいつらなら天候、温度、その他諸々一切気にせず一年中わいわいやってるわ。戸部とか。

 

そんなつまらないことを考えていると、小町が反応してきた。

 

「いやぁ、寒いねぇ。お兄ちゃん引き篭もりだから、寒さにやられて風邪ひかないでね」

 

「小町……」

 

君はなんていい子なんだ。お兄ちゃんの心配をしてくれるなんて。俺は感動のあまり目元をそっとおさえた。おー、おいおい。

 

「風邪ひかれると凄いうっとおしいから」

 

「おい……」

 

前言撤回、こいつは悪魔だ。お兄ちゃんにうっとおしいなんてあんまりだと思う。

 

いや案外妥当かもしれない。

 

リビングのソファー占拠して、テレビ見ながら寝てるだけだし。考えてみると確かにウザい。思わず引き攣った笑みが漏れた。

 

どうやら今日の天気は曇りらしい。ちなみに星座占いは12位で、ラッキーパーソンは人付き合いが上手い人だそうだ。

葉山とかかな―そんな奴と話すなら開運しない方がいいなーなどと、くだらない考えをしながらただぼーっと見ていた。

 

「あ、お兄ちゃん。はい、これ」

 

「はいって言われても………」

 

唐突に俺の皿の上に置かれたメロンパン。

どういうことか意図を図りかねない。

 

「小町、メロンパン好きじゃなかったのか?お腹いっぱいなの?それともお兄ちゃんに毒味をしろってことなの?」

 

しかもこれはリッチなメロンパンだった気がする。我が母がそう話していた記憶がある。それを突然渡されたので、どういう風の吹きまわしか気になった俺は小町に尋ねた。

 

途端に小町は、にこぱーっと笑顔になる。

 

「いやいや、メロンパンは小町大好きですし、毒も入ってないですよ。それは小町からの卒業祝いなのです!お兄ちゃん、卒業おめでとう!どんどん、ぱふぱふ」

 

「お、おう……なんかありがとう」

 

小町によると、どうやらそういうことらしい。

受け取るか悩んだが、心遣いを無碍には出来ないのでありがたく頂戴することにした。

 

ってか、メロンパンが御祝いの品とか可愛いな。アンパンマン見てた頃を思い出すぜ。誕生日プレゼントがあんパンと食パンとカレーパンだったこととか。

なんと国民的ヒーローの顔入り!食べずに置いておいたら、腐って皺くちゃになってたけどな。

 

「しかし、お兄ちゃんが卒業できるなんて……」

 

「小町ちゃん?お兄ちゃん別に素行不良児じゃないからね?」

 

問題児ではあるかもしれないがな。そこは黙っておこう……

 

「まあ、じっくりと味わいなされ!」

 

「おう、ありがとな」

 

リッチなメロンパンはやはりいつものメロンパンより香ばしく、まろやかな甘さがあった。そしてほんのり温かく、その美味しさが何倍にも引き立てられていた。小町が温めてくれていたからだろうか。

しかしキッチンを見ると、電子レンジのコンセントは刺さっておらず、不思議に思う。

 

「卒業式終わって帰ってきたら、もっとちゃんとしたものも渡すけどね」

 

兄の卒業式にプレゼントを用意しているとは、さすがは世界の妹と言ったところだろうか。お兄ちゃん、嬉しくて泣いちゃう。

 

「小町の卒業式の時は期待してるね!」

 

やっぱそういうことかよ……やはりいつもの計算高い妹でした。

 

無事、卒業式セレモニー(?)を終えた小町は、なおもにこにこ笑顔でこっちを見ていた。

しかし不意に大きく息を吐くと、小町の顔が引き締まる。そして真顔になって牛乳をぐいっとあおったかと思うと、コップを勢いよくテーブルの上に置いた。

 

いやいや、仕事終わりの会社員かとつっこみたかったが、小町がなかなか真剣な顔をしていたので喉元まで出かかっていた言葉を引っ込める。

そして何かを感じ取ったので、いったん持っていたスプーンをテーブルに置いてすっと姿勢を正す。

 

テレビだけが喋っている状態。小町と俺はテーブルを挟んでじっと見つめ合う。

 

「…………………………」

 

「…………………………」

 

……気まずい。

 

コミュ症の俺は人と目を合わせることが得意ではないのだ。目をそらさないようになんとか踏ん張る。

 

「…………………………」

 

「…………………………」

 

沈黙が続くことしばし。そして小町は何を思ったのか大仰にため息をついて、外人みたいにやれやれというように肩をすくめた。

あまりにも拍子抜けしてしまい、目を細めながら小町に説明を求める。

 

「何だったんだよ、先の間は……」

 

小町は先の真剣な顔は何処へ行ったのやら、たははと笑いながら答える。

 

「いや、何か言おうと思ったんだけど、お兄ちゃんの顔見てるとまあいいやと思ってさ」

 

「なんだよそれ、そんなに俺を見てると気力なくしちゃうの?」

 

「違う違う!」

 

手をぶんぶん振って否定する。

そして少し間をおいてから小町はこう続けた。

 

「何か言ったところで、お兄ちゃんは多分分かってるだろうなと思って」

 

独り言のように小町は静かに呟いた。それを聞いた俺は、先ほどの沈黙の中にある小町の思いやりに気付くことが出来た。

短い静寂の中で、きっと色々なことを気遣ってくれたのだろう。

小町はそんな細かい気配りが出来る子だ。俺には到底できない。

いや、きっと小町しかこんな気遣いは出来ないだろう。俺と長年付き合っている小町だからこそ、沈黙による気遣いという選択肢を選びとることが出来たのだ。

 

俺は目を閉じて大きく息を吐きだす。

 

やはりこの妹は、俺には過ぎたる妹だ。改めてそう確信する。

ついでに誰にも嫁にやらないことを心で誓った。

 

それ以降はまたそれといった会話もなくなる。お互い黙々と朝食を食べ進め、俺は朝一番のMAXコーヒーを一杯頂いた。

 

「うんめぇべ」

 

戸部語が飛び出すレベルの美味しさ、素晴らしさ。これ、千葉の専売にしたら、千葉もっと栄えるんじゃないの?と、つくづく思う。

 

「キモいよ、お兄ちゃん……」

 

支度をしている小町からそんなツッコミを受けたので、これ以上の宣伝は自主規制しておく。

 

準備を整えた後、俺は自慢の愛車(自転車)を横目に歩いて学校に向かった。今日は卒業式なので、きちんとクリーニングに出された制服にシワが出来ないように、学校へは歩いて行くことになっているのだ。

 

「すまんな、我がチャリ。今日はお前と一緒に行けない」

 

3年間学校への道を共にした相棒を置いていくのが非常に辛い。なんとなく申し訳なさから、そっとかごの部分をさすってやる。

自転車がだめなら車で行きたいところだが、両親はどうしても抜けられない用事があり、さっと終わらせてから式に間に合うように来るらしい。

社畜ってかわいそう……両親に改めて同情する。

 

小町は入試に無事合格し、今では立派な総武高校生だ。しかし自転車で一緒に登校する事はあるが、歩いて一緒に行くというのはこれが初めてになる。そう考えると、この最後の通学路にもそれなりの情趣を感じることが出来た。

 

玄関のカギを閉める。そしてゆっくりと学校への行程についたのだった。

 

***********************************************

 

花が咲くにはまだいささか時分が早いようで、道ではつむじ風が枯れ葉を巻き上げるのみ。木々は僅かに蕾をつけているだけで、まだ一輪の花も咲かせていない。

 

「まだ咲いてねーのか。まあ今年は結構寒かったし仕方ないか」

 

マフラーに顔を埋めながらそう呟く。

 

通学路は所謂、殺風景な景色だった。しかし絵に描いたような満開の桜よりは、よっぽど季節を素直に感じることができる。

 

俺は葉をつけていない木の方が好ましく思えるのだ。

 

『あの姿こそが葉や花という隠れ蓑も粉飾も取り除いた、木自身の姿である』

 

そう考え初めてからというもの、花をつけた状態の木も好きだが葉を落とした木の方が好きになった。

装飾を取り払った状態でもそこに佇立し続けることが出来る様に、なんとなく感銘を受けたからだ。

ただ俺が捻くれているだけかもしれないが。

 

「お兄ちゃん~、置~いて~くよ~」

 

小町の呼ぶ声が聞こえる。

ふと前を向くと、隣を歩いていた小町がずいぶんと遠くに見えた。周囲を眺めながら思いに耽っていたので、歩く速度が落ちてしまっていたようだ。

 

追いついて来ない俺を気にしてか、小町が足を止めて振り返り声をかけてくる。

 

「お兄ちゃん、ホントに置いてっちゃうよ?」

 

「……ん、ああ。すまん、すまん」

 

待ってくれている小町のもとに、やや急ぎ足で向かう。

両親が卒業式のために用意した新品に近い借り物の革靴は少々歩きづらく、距離を縮めるのに苦労を要した。

 

追いつくとまたやれやれという顔をされたが、特に小言なども言われることなく、また隣に並んで歩くような形になった。

 

「お兄ちゃん、今日で卒業だね。小町泣いちゃう……くすん」

 

「やめろ。言葉に詰まりながらも、横目でこっちを見る妹を見たくない」

 

相変わらずのあざとさだが、兄たる俺は難無く演技を見破る。

 

ナメてもらっちゃ困る。小町のことなら何でも知っているつもりだ。

好きな食べ物も、好きなタイプも、最近は自分のシャンプーを使われないよう、ノズルの向きを調整してることも!

……ここまでくると変態だな。まあ妹への愛だけは確かである。

 

一方の小町は看破されて興が冷めたのか、大きくため息をついた。

 

「お兄ちゃんはつれないなぁ~。これだからごみぃちゃんは……」

 

「黙らっしゃい……」

 

ここでいったん会話が切れる。

すると何がおかしかったのか、小町は笑いはじめた。

 

最初は引いていた俺も、だんだん可笑しくなってきて小町と一緒に笑った。

何が可笑しいのかは自分でも分からないが、何故か無性に笑いたくなったのだ。

小町と俺の笑い声が細く小さな川べりの道に響く。

 

「ふぅ、何だかスッキリしたよ~。お兄ちゃんはどう?」

 

「まあ、確かに笑うと気持ち良いわな。小町ちゃん、俺たち誰かに見られてないよね?」

 

「ふふっ、どうかな?」

 

そういって笑う小町は何だか大人びて見えた。

声も少し変わっただろうか、心なしかそんな気がする。

 

日頃一緒に居るからこそ気づけないちょっとした変化に気付き、今日という日が自分にとっては非日常であることが胸に染みた。

そう思い始めると、改めて卒業というものを考えてみたくなる。

 

「卒業ねぇ……」

 

そう言葉が漏れた。

 

俺も思わず高校生活を振り返る。

始業式に事故に遭って、入学ぼっちが決定して、予想通り毎日教室で寝たふりをする日々……あ、これ全部ダメな思い出じゃん。おかげでスニーキングスキルは極みに達したと思う。

CQCが得意なおじさんにも、負けないくらいかもしれない。

 

しかし先ほどの言葉をあざとく聞き付けた小町は、にやっとしながら脇を小突いて来る。

 

「へぇー、流石のお兄ちゃんも自分の卒業に興味あるんだ」

 

「いや、小町ちゃん?お兄ちゃんでも自分の進級くらいは気にするよ?」

 

「分かってるくせにー。やっぱりお兄ちゃんは捻くれてるなぁ」

 

頬をぷくっと膨らませて拗ねる小町。

軽口でかわそうとしたが、やはり小町には見抜かれてしまった。聡い妹は困るものだ。まあ俺の妹なんですが!がはは。

 

「で、実際のところどうなの?」

 

小町はそう言って俺の前を塞ぐように立った。

これは何かしら答えないと進めないパターンなのかしら。小町ちゃん、急いでるんじゃなかったの?

とりあえず正直な感想を口にする。

 

「……まあ、何か思うところはあるかもしれん」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

何も驚くポイントのないコメントのはずなのに、妹が心底驚いた表情を浮かべているのは何故かしら。お兄ちゃん、驚いてオウム返ししちゃったよ?

 

「何か俺、変なこと言った?」

 

「あ、いやそんなことはない?…こともないんだけど」

 

「どっちなんだよ……」

 

「えへへー」

 

照れた風に頭をかく小町。

こら、可愛さで誤魔化される俺じゃないぞ!…なんてことは全然ないし、なんなら可愛さにグラグラ来てるけど、目で答えを促す。

 

「いやー、お兄ちゃんなら、卒業は日常の学校生活となんら変わりはねぇよ。気にするような奴は、いつも騒ぎまくってるリア充くらいだろ……とか何とか言うかと思ってたよ」

 

「ほとんど合ってるんだけどな。いやむしろ全部合ってるまである。……で、小町ちゃん?後半俺の声真似した?全然似てないんですけど………」

 

別に敵意は無いが、じとっと小町の方を見る。すると小町はこほんと咳ばらいして、こう続けた。

 

「似てなかったかしら?で、比企谷君のその目、魚類の真似でもしているの?」

 

「それは似てる。しかも発言内容も雪ノ下そっくりだな」

 

「やったー!」

 

小町は年端も行かない子供のようにジャンプして喜んだ。しかし内容まで当ててくるとは……我が妹ながら恐るべし。

 

「でもお兄ちゃん傷つくから、もう雪ノ下の真似はやめような」

 

「それってお兄ちゃんが、日常的に雪ノ下先輩に傷つけられているような言い方に聞こえるよ」

 

「それ間違ってねぇわ……」

 

また少し笑って一息ついたあと、小町はふっと小さく息を吐きだして空を見上げた。その姿はさながら、空に浮かんでは消えていく吐息を惜しむようだ。

そして吐息が完全に空に吸い込まれたのを確認したのか、空を見上げたまま小さくそっと告げる。

 

「まあ、お兄ちゃんが卒業するのは本当に寂しいんだけどね」

 

「………」

 

その言葉に俺は返事をする代わりに目を細める。

俺はなんとも思わないが、小町は小町なりに感じるものがあるのだろう。それを考えると容易に返事をすることが出来なかった。

 

「あ、お兄ちゃんモンシロチョウ」

 

そう言って小町は足を止めた。先ほどの時を懐かしむような姿はもう消えている。見てみると、白い蝶が3匹草むらにいた。

 

「これはルリシジミだ。確かにモンシロチョウに似てるけどな」

 

「へぇー」

 

モンシロチョウかどうかはあまり気に留めていないようで、適当に返事をしつつ、小町はしゃがんで眺めていた。

早く家を出たので時間に余裕はある。俺もしゃがんで一緒に眺めることにした。

 

「何か探してるのかな?」

 

蝶を見つめながら、小町はそう呟く。

確かに2匹はすでに吸蜜しているのに、もう1匹は花に止まろうとせず、先から花の周りをふらふら飛び回っているだけだ。

 

「もう吸蜜を済ませたんじゃないか?」

 

「そうかもしれないね」

 

結局その1匹は花に止まることなく、他の2匹が吸蜜を終えると一緒に飛んで行った。

 

その蝶の姿がある思い出と重なり、場面を鮮明に想起させる。

 

 

『寄る辺も無ければ、自分の居場所も見つけられない…隠れて流されて、何かについていって、…見えない壁にぶつかるの』

 

 

一年ほど経った今でも忘れることはない。

気高く、美しく生きてきた彼女のものとは思えない言葉。困難な状況も全て自らの力で打開してきた彼女が吐いた言葉。

 

脳裏にこびりついては離れず、心の奥底では救済を求めていながらそれを隠そうと踏ん張る彼女の姿が思い浮かんだ。

自分が押し付けた理想とは違った、本当の彼女の姿を知るにつれて、何か胸をわし掴みにされたような心地がする。

 

「お兄ちゃん、どうかした?」

 

小町が心配そうに声をかけてくる。

勝手な想像をしているうちに、いつの間にか難しい顔になっていたようだ。

優秀な兄は妹を悲しませてはならない。先の光景を頭から振り払うようにすっと立ち上がる。

 

「別に何もないぞ。むしろ日常的に何もないまである」

 

訝しむ小町に対して、矢継ぎ早にこう告げる。

 

「さて、そろそろ行くか」

 

「う、うん」

 

俺が聞いてほしくないことを察してくれたのか、小町もそれ以上は追及することはなく、俺の隣に並んで歩き始めた。道に2人ぶんの靴音が再びテンポよく響く。

 

頰を裂くように、道に沿って風が吹き抜ける。朝の寒さそのままの気温だ。吐いた息もすぐには消えることなく、しばらく空気をたゆとうてから吸い込まれるようにして消える。

俺はそっとマフラーを押し上げて、顔をその中に埋めた。

 

空は漫画のような卒業式らしい快晴とは程遠く、空をほとんど埋め尽くすような暗い雲が高速で空を横断していた。




やはりはじめての投稿は緊張しました(´;ω;`)
今回は卒業式の朝を描いただけなので、序章に過ぎませんf^_^;
②もある程度出来上がっているので、近いうちに投稿します!
1週間以内に②が出せるよう頑張ります。
そちらも読んで頂けるととても嬉しいです(*´∀`*)
②以降ではゆきのんも、ガハマちゃんも、いろはすも出せる場面なので自分でもウキウキしてます( ̄∇ ̄)
励みになるので評価を頂けると嬉しいです!
では今回はこの辺りで失礼します…


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そうして彼らの思惑は交錯し、運命は分かたれる。②

お読み下さっている皆さん、お待たせしました!
②話の投稿になります(´∀`)
今回は卒業式前の学校での話となっています。
ガハマちゃんなどもようやく登場します(´;ω;`)
はじめての方も読んで頂けると嬉しいですヽ(*´∀`)


 

卒業式。

なんと言おうか、俺はこの日を待ち望んでいたと思う。

 

全ての関係はこの行事をもって切れる。

 

そう信じて、この日まで決して日を浴びようとせず陰で学校生活を送ってきた。

なんと人に思われようとも、自分を貫いてきた。

 

そうして今、卒業の日を迎えて、派手に飾り付けられた校門を過ぎる足は果たして軽かったかどうか。

自分ではない自分がそこにいるような気がした。

 

下駄箱に向かうにつれて喧騒も広がる。

忙しなく移動する雲と同様、人々はその営みを止めることがない。

 

ご苦労なこった。天気がどうだろうと、家で床と一体化して寝ている俺は感心する。

我が妹よ、床で寝てる時に俺を踏むのはやめろよな。流石のお兄ちゃんも傷付いちゃう…

 

下駄箱で靴を履きかえようと手を伸ばす。

手に取った上履きは3年間使い続けたもので、何度か洗ってはいるが汚くてぼろい。

 

この上履きが洗っても元のように綺麗になることがなかったように、過去も決して元通りにはならないのだろうと考えると、過ぎ去ってしまった過去が嫌が応にも思い出された。

 

なんとなく踵に気をつけて上履きを履く。

下駄箱を少し出たところで、肩越しにややアホっぽい声で声をかけられた。

 

「ヒッキー、やっはろ~」

 

ふっと彼女特有のシャンプーの匂いがする。

この呼び方をするのもただ一人。振り向くとやはり由比ヶ浜だった。

シャンプーの匂いで誰か分かるとか、我ながらちょっとキモいな。

 

見るとお団子髪などは変わっていないが、さすがに卒業式の今日はきちんとした服装をしていた。

きちんと制服を着こなした由比ヶ浜を想像したことがなかったが、ちゃらちゃらしたアホっぽい感じが少し消えた由比ヶ浜には別の魅力が引き出されており、少し戸惑いを感じてしまう。

 

かける言葉が見つからなかったので、とりあえず挨拶を返す。

 

「お、おう」

 

悩んだ割にはしっかりと最善を尽くして返事をしたつもりなのに、由比ヶ浜は気に入らなかったのか、顔をずいっと前につきだして怒ってくる。

 

「いやヒッキー、朝から超暗いし!おう、だけで返すなし!」

 

むきーという感じに言ってきた。

これが俺のナチュラルなのだが、とりあえず謝る。

 

「なんか、すまん」

 

「分かればよろしい!」

 

由比ヶ浜は胸を張ってそう答える。

 

しかしこんな寒い日なのに、朝から元気だなコイツは。若いって良いなぁ……と昔の元気だった自分に思いを馳せて、しみじみと感慨に耽る。

あれ、俺、今何歳だっけ。

 

「じゃ、ヒッキー、一緒に教室行こう!」

 

「あいよ」

 

由比ヶ浜は俺の横に移動し、並ぶようにして歩く。俺は由比ヶ浜に歩調を合わせて歩きながらも、考えごとをしていてどこか上の空だった。

 

***********************************************

 

そのうちいつの間にか教室に着いていたようで、由比ヶ浜に呼びかけられて、現実に引き戻された。

 

「ヒッキー、先からどうしたの?気分でも悪いの?なんかぼーっとしてるよ?」

 

「いや、なんでもない」

 

「ほんとに?まあ確かにヒッキーは何時もぼーっとしてるけど……もし何かあったら言ってよね?」

 

さり気に失礼なことを言われた気がしたが、由比ヶ浜は思索に耽っている俺を心配してくれたのだろう。

人様に心配をかけないのが信条である俺は、いったん思索に耽るのをやめて、目の前のことに集中する。

 

俺は自分の席へと向かい、背もたれに深く寄りかかって座った。

由比ヶ浜は俺の前の空いている席に座って、机を挟む形で話しかけて来る。

 

「奉仕部に入ってもう2年かぁ。すごい早かったなあ。特に3年生なんか、一瞬で終わっちゃった感じがするよ」

 

「まあ実際、最後の1年はほとんど活動出来なかったしな。そりゃ短くも感じるだろ」

 

しかも途中から文理や志望校、就職などで分かれていったので、誰かと一緒に何かをするという時間は、3年生では極端に短かった。

すなわち、3年での日々はぼっちに優しい1年と言えるだろう。

 

「確かに最後の1年は、全然3人で揃って活動出来なかったもんね」

 

結局、奉仕部は俺たちが3年生になっても、最後まで細々と活動を続けていたが、3人が同時に集まることは滅多になかった。

その代わりといってはなんだが、あざとい奴の出席率が上がっていた。

ホントにあの子、仕事してるのかしら。

 

「でも奉仕部で過ごした2年の間に、本当に色んなことがあったよね。今じゃ、どれもこれもいい思い出だなぁ。ヒッキーは楽しかった?」

 

「そうだなぁ……」

 

由比ヶ浜にそう言われて、奉仕部での日々を思い出してみる。

 

平塚先生にレポートを酷評され、謎の教室にぶち込まれ、美女と教室に2人だけというラブコメ展開の中、初対面なのにいきなり罵られる。その後も日常的に罵られるほろ苦い日々……

 

「……思い出すとぞっとするわ。」

 

「ぞっとするんだ!?」

 

由比ヶ浜からが鋭いツッコミが飛ぶ。

 

確かに由比ヶ浜は俺が入りたての頃はいなかったし、雪ノ下は由比ヶ浜には甘い節があるから知らないと思うが、当時、突然奉仕部という荒野に放り出されて小動物のように震えてた俺を、雪ノ下さんは容赦なく叩き潰しに来たからね?

 

しかしツッコミを受けて改めて考え直すと、2年間を通してみると、なかなか悪くない日々だったと自分でも思えた。

その思いを正直に口に出す。

 

「まあ、悪くはなかったんじゃねぇの?」

 

「良かったぁ……またいつの間にか、うわべだけの関係とかになってたりしてたのかと思ったよ」

 

そう言って由比ヶ浜は安堵のため息を漏らす。

 

俺は由比ヶ浜の言葉で、そんな日々があったことを思い出す。

あの時は由比ヶ浜だけが、虚ろな関係から抜け出そうと一人で頑張り、最後には俺の思いを受け止め、雪ノ下の気持ちも救ってくれた。

 

今になって、まだしっかりと感謝の言葉を言えてなかったことに気付き、忘れないうちに言っておくことにした。

今日言わなかったら、次にいつ言えるか分からないしな。

 

「あの時は助かった。ありがとうな」

 

「えっ?いや……私は……何もしてないよ?」

 

急に感謝の意を伝えられて、由比ヶ浜は少しうろたえてしまっているようだ。

何もしてないと謙遜しているが、もし由比ヶ浜がいなければ、あそこで全てが終わっていただろう。

 

「そんなことはないぞ。実際ここにお前に救われた奴がいるんだ。この事実が変わることはない」

 

「う、うん……ありがと」

 

由比ヶ浜はそう言って俯く。

頰が少しピンク色に染まり、彼女の可愛らしさがより一層引き立てられていた。

 

「………パフ………」

 

由比ヶ浜が俯いたまま小さな声で呟いた。

俯いて口もとが見えない上に、あまりにも小さな声だったので聞きとれず、俺から聞き返す。

 

「うん?何か言ったか?」

 

「……じゃあ、お礼に駅前のパフェ奢ってくれる?」

 

今度はしっかり聞きとれた。

さっきよりやや上を向いて、モジモジしながら上目遣いでこちらを見てくる。

 

ふむ、これは感謝するなら、虚しい言葉よりも物で示せということだろうか。

……やるな。由比ヶ浜の成長が見てとれる。

 

俺はポッケに手を伸ばして財布を取り出し、そこからなけなしの千円札を取り出す。

 

「……分かった。これで思う存分食ってこい。」

 

「なんでそうなるの!?」

 

由比ヶ浜は勢いよく顔を上げて、ツッコミを入れてきた。

 

やや、これはどういうことだろうか。全く予想外の反応だ。

もしかして0が1つ足りないのだろうか。

………やるな、ガハマさん。取れるとこはしっかり取ろうという魂胆ですな。

しかし今の俺は諭吉を持ち合わせていないので、容赦してもらうしかない。

 

「すまん、今は勘弁してくれ。近いうちにきっちり足を揃えて払うから」

 

「なんかおかしな方向に話が進んでる気がするんだけど……まあ、ヒッキーらしいといえばヒッキーらしいから良いや」

 

由比ヶ浜はそう言って、椅子に座ったままぐーっと背伸びをする。

俺も冗談はこのくらいにして、1度座り直して制服にシワがつかないようにした。

 

背伸びを終えた由比ヶ浜は、はっと思い出したようにでっこでこで重そうな携帯を取り出して、俺の目の前で軽く振ってみせる。

 

「ヒッキー、分かってるよね?」

 

一緒に写真を撮るんですよね、分かってます。

 

だが言われるがままに、本人の言う事をはいはい聞かなければならないことはあるまい。

少しだけ抵抗を試みる。

 

「おう、もちろん。今日の星座占いなら12位だったぞ」

 

「全然違うし!しかもなんか最下位だし!こっちまで悲しくなるから、そんなこと言うのやめて!」

 

怒涛の勢いで否定される。

 

「写真だよ、しゃしん!」

 

写真がどちらかと言うと嫌いな俺だが、雪ノ下をも落とした彼女に敵うはずもあるまいと観念し、言われるがまま由比ヶ浜の携帯のカメラに一緒に入る。

 

………こら、そんなに引っ付くな、引っ付くな。その……胸の辺りとかが気になっちゃうからね。

普通の奴なら動揺してしまうだろうが、そこは熟練のぼっち、脳内で「これは胸パッド、胸パッド」と念じて理性を保つ。

 

「はい、チーズ!」

 

目を射るような一瞬のフラッシュと同時に、シャッター音がした。

ふと目をつぶってないか不安になる。目をつぶってるからもう一回、とかなったら面倒だし、精神的な意味で困るし……

 

しかしそういった様子はなく、撮れた写真を確認し終わって興奮した様子でずいっと前に出てくる。

 

「なかなかいい写真撮れてるじゃん!」

 

そう言いながら携帯をつきだしてくる。

……近い。やっぱり近いよ、ガハマさん!おかげでまた理性の危機に陥るが、「これはおかんの胸、おかんの胸」と唱えてなんとか乗り切ろうとする。

何度も復唱しながら写真を見ると、キョドった自分の顔があった。

 

「これが俺のベストショットって思われてるの?え、何それ、辛い」

 

「いや違うけど!ってか、なんでそういうとこには敏感なの……」

 

こんな変な顔がベストと言われるとは少々不満を感じる。

しっかり朝、ギャ○ビーで洗顔してきたから、イケメンになってるはずだ!まさかイケメンが使うと逆にブサイクになってしまうのか……そんなことを考えながら写真を見つめる。

 

でもまあ変ににやけて無いだけマシだし、何より由比ヶ浜が嬉しいのならそれで良いだろう。

 

じっくり見終わったのか、由比ヶ浜はいったん携帯をしまう。

そして空いた両手で俺の手を握ってきた。

 

「まだ時間あるし、ゆきのんのとこ行く?」

 

柔らかく、なぜか温かい手のひらに思わず動揺してしまう。

しかし俺はすぐさま平静を取り戻し、そっと自分の手をすり抜けさせる。

 

「あいつもクラス内だけでやることあるし、式後に行くべきだろ」

 

なんだか写真家魂が燃えている由比ヶ浜を抑えて、ゆっくりと席に腰を下ろした。

いや、さすがに女子ばかりのクラスに入るのは気が引けるし……。納得したのか、由比ヶ浜はこくんと頷く。

 

「んー、確かに。じゃあ優美子達と撮ってくるね!」

 

「おう、行ってらー」

 

そう言って送り出したのも束の間、由比ヶ浜は何かを思い出したように立ち止まり、バタバタとこちらに戻ってきた。

そして一呼吸置いてから、由比ヶ浜はいつもの軽い感じとは違って、丁寧に俺の名前を呼んだ。

 

「ヒッキー」

 

俺の目をしっかり見据えながら、突然改まって由比ヶ浜が俺の名前を呼んできたため、少し怯んだ形となり反応が遅れる。

 

「……ん、なんだ?」

 

「卒業式が終わって、写真とかも撮り終わった後、ヒッキーと話したいことがあるの。二人だけで。良い……かな?」

 

由比ヶ浜は躊躇いながらも、丁寧に一語一語言葉を紡いでいた。

俺は戸惑いつつも、懸命に紡がれた言葉を前にして沈黙を保つのは失礼なので、なんとか言葉を返す。

 

「ん……前向きに考えとく………」

 

俺の返事を聞いた由比ヶ浜は、満足そうに笑う。

 

「うん、ありがとう……じゃあ、また後でね」

 

と言って教室の後方に陣取る、上位カーストの集団の方へと足早に向かっていった。

由比ヶ浜に先の張り詰めた様子はもうすでになく、今はいつもと同じ笑顔をしている。

 

「優美子、姫菜、やっはろー!」

 

後ろから聞こえてくる由比ヶ浜の声はいつもと変わらず、先ほどの言葉の真意をはかりかねる。

ただ二人で会いたいのかもしれないし、渡したいものがあるだけかもしれない。

 

予想をしはじめるときりがないので、切り替えて周囲の声になんとなく耳をすませてみる。

 

「あ、結衣じゃん。あーしの卒アルになんか書いといてよ」

 

「あ、私もお願い〜」

 

「もちろん!優美子と姫菜も私のに書いてね!」

 

どうやら後ろでは由比ヶ浜とあーしさん、海老名さんの三人組が、卒アルにメッセージの書きあいをするようだ。

 

性格の良い由比ヶ浜のことだ、きっと友達と写真を撮ったり、卒アルにメッセージを書いたり、色んな予定があるのだろう。

ちなみに俺にそんな予定は無い。自由って最高ッ!そう心の中で叫んだ。

 

***********************************************

 

由比ヶ浜がいなくなり一人で伸びをしていると、教室に戻ってくる奴とばっちり視線があった。

そいつはにこやかな笑顔を浮かべながら、こちらに近づいて来る。

 

「やあ、比企谷。元気か?」

 

葉山隼人。学校のカリスマ的存在で、俺の敵だ。

今も俺に話しかける葉山を見て、クラスの女子がきゃーきゃーと沸き立っている。

また教室後方からはグ腐腐とか、ウマウマとか不穏な声がした。

 

葉山と話すくらいなら、一人の方が良いと思った俺は、葉山の質問に対して少し皮肉を交えて答える。

 

「別に元気ではないな。むしろ少々疲労を今感じてる」

 

「ははは、それは良かった」

 

皮肉を交えたのだが葉山に動じた様子もなく、笑って受け流す。

やはり本物のイケメンは防御力や回避力が高い。

 

追い払うことに失敗した俺は、諦めて葉山にここに来た理由を問う。

 

「いったい俺に何の用だ?」

 

「別にこれといって用は無いけど、卒業する前に君から嫌味を1つでも聞きたいと思ってね」

 

「なんだよそれ……嫌味とか、頼まれて言うもんじゃないだろ。」

 

え、なんなの?俺の嫌味って、俺の知らないところで学校名物か何かになってるの?それとも俺を煽ってるの?

俺はジト目で葉山を睨みつける。

 

「確かにそうだな。まあそう睨むなよ。別に悪意があって言ってるわけじゃないんだ」

 

そう言って苦笑を浮かべる。

そして寂しげな微苦笑を湛えたまま、携帯をポッケから取り出して言う。

 

「まあ先のは半分冗談さ。本当は一緒に写真撮って良いか聞きたかったんだ」

 

「別に勝手に撮ってくれれば良いけど………」

 

葉山からの予想外の要求に俺は面食らい、簡単に承認してしまう。

本当に卒業式を前に、はやはちストーリーがはじまってしまうのだろうか。

 

葉山は俺の答えに爽やかな笑顔を浮かべる。

 

「君ならそう言ってくれると思ったよ。ありがとう」

 

そう言って、俺の隣に移動し、携帯の内カメラで手際よく写真を撮影する。

海老名さんが、はやはち万歳!とかなんとか言いながら鼻血を吹いて倒れ、三浦に看護されているのが画面に映って見えた。

 

写真を確認した葉山は、携帯をポッケにしまい、写真を撮るためにいったん下ろしていたカバンを再び手にとる。

 

「ありがとう。じゃあ、またいつかな」

 

「こっちはもう懲り懲りだけどな」

 

俺の返事に葉山は軽く微笑んで、彼の本来の居場所である後ろの集団へと戻っていった。

 

「隼人くーん、早く来て俺の卒アルにも何か書いてくんね?」

 

「もちろん。戸部も俺のによろしくな」

 

「もちろんだべ!」

 

「はやとー、うちのにも書いてよ」

 

「隼人くん!私のにも、ヒキタニくんと一緒にメッセージ書いて!ぐ腐腐腐…」

 

「海老名、また鼻血出てる。ちゃんと擬態しろし。はい、鼻ちーんして」

 

教室後方では、ちゃんと見慣れた光景が広がっていた。葉山を中心に、戸部や三浦達が囲むように集まり、談笑する。

何気ない光景だが、俺はその様子に安堵のようなものを感じた。

 




式直前の学校編ですが、次も続きますヽ(*´∀`)
③ではいろはす達が登場し、徐々に役者が揃っていきます!
近いうちに出せるよう頑張りますので、よろしくお願いします(´;ω;`)


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そうして彼らの思惑は交錯し、運命は分かたれる。③

ようやくゆきのん、いろはすが登場してくれます!
ありがたや〜(´∀`)
引き続き、卒業式前の学校の様子を描いてます(*゚▽゚*)


 

葉山もいつものグループに戻ったので、また暇な時間が訪れる。

 

辺りを見回してみると、みんな写真を撮ったり、メッセージを書き合うために駆け回っていて、教室も廊下も戦場のように目まぐるしく人が移動していた。

 

「みんな忙しそうだなぁ」

 

そう独り言を言いながら、いつもの通り寝たふりをそうそうに決め込んで、3年間の集大成となる睡眠の形を取る。

俺ほどの熟練のぼっちとなれば、卒業式の日であっても寝たふりをすることに変わりはない。

 

長年の研究からある程度顔を高い位置に置かないと、高確率で首が痛くなることが(個人的に)証明された。頬杖をつくのもありだが、ずり落ちた時が(個人の体験的に)怖い。

やはりワールドスタンダードでベーシックなスタイルの、腕枕がベストだと(個人の快眠度的に)思う。

 

「さて、寝るか」

 

両腕を曲げて机のやや前方に置き、そこにそっと頭を沿える。

……完璧だ。寝たふりどころか、本当に寝てしまいそうするのが欠点なので、ここ注意な。

 

頭の位置を微調整してベストポジションを見つけると、ゆっくりと目を閉じる。

 

そしてようやく周囲の喧騒が遠くなって来た時、耳もとに生暖かい吐息がふれた。

俺はビクッとして、がばっと起きる。

 

「わっ、先輩!いきなり頭を上げないで下さいよ。危ないじゃないですか!」

 

そう言いながら、あざとい後輩はぷくーっと頰を膨らませながら怒っていた。

 

一色いろは。通称いろはす。

何かにつけて、俺に絡んでくるあざとい後輩だ。

 

ベストポジションを崩された俺だが、怒ることなく冷静に先輩として注意してやる。

 

「お前なぁ……寝てる人の耳に息を吹きかけないってのをどっかで習わなかったのか?」

 

「先輩だからしたんですよ。他の人にやる訳ないじゃないですか」

 

小首を傾げながら、上目遣いで放つこのコメントは一見すると喜ばしいものだが、一色に関しては深い意味はない。

多分聞いたら、反応が面白いから〜とか、手持ち無沙汰だったから〜とか、平気で答えてくる。

 

特にやることもないので、実際に聞いてみる。

 

「なんなの?俺は君のペットか何かなの?」

 

「当たらずとも遠からずって感じですかね!」

 

屈託のない笑顔で普通に答えてくるところに、もはや恐怖を感じます……

この子はきっと、将来ビッグな女になるだろう。

 

「まあとりあえず、先輩、卒業おめでとうございます」

 

一色の祝福に対して、素直に謝意を述べる。

 

「ん、ありがとな」

 

「は?」

 

唐突に声と顔にあざとさがなくなり、何言ってんのコイツみたいな顔をする。

 

いろはす怖い……

 

金髪ロールと川なんとかさんの影響だろうか、迫力が増しているように感じる。

こんなところだけ、先輩から学ばないで!

 

一色は徐々にあざとい鎧を再装しながらも口元に手を当てて、うわ〜コイツ無いわ〜という感情を、相も変わらず全面に押し出してくる。

 

「何ですか、そのうっすい反応……こんな可愛い後輩が話しかけているのに、その反応は大減点ですよ。まあ私はもう諦めてますから、良いんですけど」

 

「すまんな。でも仮に俺が、『いろは、今までありがとう。お前がいてくれて嬉しかった。これからもよろしく頼むな』とか言ったらキモいだろ?」

 

そう言うと一色は数秒固まっていたが、すぐに両手を前に出し、俺と距離をとった。

 

「なんですか口説いてるんですか卒業式でもう学校では会えないからってのを武器に攻めるとか考えが甘いです確かに一瞬寂しく思っちゃった自分がいたけどやっぱ冷静に考えたら無理ですごめんなさい」

 

丁寧に頭を下げられ、口説いても無いのに拒絶されてしまった。

 

「だから仮にって言っただろ……なんで卒業式の日まで、お前にフラれなきゃダメなんだよ」

 

一色いろはは相変わらずどころか、むしろあざとさも逞しさもこの1年で成長しているかもしれない。

呆れを通り越して尊敬する。

 

一色は1つ大きなため息をつき、諦めたように続ける。

 

「やっぱ先輩は、いつまでも先輩のままでいて下さい」

 

呆れ半分に放たれた言葉のようだが、それは何処かそうあることを俺に期待しているようにも感じた。

 

「もとよりそのつもりだ」

 

俺は自信をもってそう答えた。

その答えに一色は満足したのか笑顔を零す。

その笑顔には以前見た時よりも、少し大人の魅力があるような気がした。

 

一色にはどこか妹のように感じて世話を焼いてしまう節があったが、これならもう俺が手伝わなくても大丈夫だろう。安心して卒業できる。

 

話にひと段落がついたところで、一色は再びぱっとこちらを向く。

 

「えーと、私から言いかったことはそれだけです。後は卒業しても時々、生徒会に来て下さいよ?先輩が私を生徒会長にしたんですから。しっかり下働きして貰わないと困ります」

 

一色はそう言って、少し間をあけた。

 

え、まだ安心して卒業出来ないの?

しかも先輩をこき使う気満々だし………

 

そんな俺の不安をよそに、一色は「ですから………」と続けて俺の方に顔を近づけ耳もとで囁く。

 

「最後まで、責任……とって下さいね?」

 

耳に生温かい吐息が流れ込み、なんだかくすぐったい。一色を見ると、いつものように小悪魔のようなあざとい笑顔を浮かべている。

 

俺はなんとか平静を保とうと、無理やり手伝いの話を続けた。

 

「い、いや、2年目は自分から立候補してたよね?まあ1年目はそうだから、たまに手伝いには行くけど。で、さっき地味に下働きとか言わなかった?」

 

「先のに無反応とか、正直信じられないです……」

 

一色は先の行動に対する返事が得られなかったのを不満に感じているのか、少し仏頂面だった。

 

……あんなのに理想的な答えを出せるのなら、俺はそもそもぼっちなんてしてないし、そもそも『俺の青春ラブコメは間違っていない』になってしまうだろう。

恋愛に不慣れな俺は、沈黙という選択肢しかないのだ。許せ、いろはす……

 

仏頂面な一色だったが、まあ手伝いに来るという答えを聞いて妥協したのか、それとも諦めたのか、はぁとまた一つ大きなため息をつく。

 

「まあ先輩が手伝いに来てくれるなら良いです。じゃあ私は送辞を確認したいのでもう行きますね。卒業式後も良かったら来てください!では!」

 

「……聞いてねぇし」

 

にこやかな笑みを浮かべた後、俺の話を待つことなく一色はぱたぱたと駆け出す。

 

大人の色香も身につけて来たいろはすだが、やはりそういうところにはまだ幼さが残っているのだなぁと思った。

 

***********************************************

 

一色が教室から出るのをしっかり見送った後、ようやく一息つく。

そしてまた教室で唯一の1人となり居心地が悪かったので、寝たふりを再開する。

 

今日は朝早く起きてしまったので身体に疲れが残っている。それを癒すためにも、ゆっくりと目を閉じてリラックスする。

徐々に身体に入っていた力も抜けていき、少しずつ体力が回復しているのをなんとなく感じた。

 

目を閉じてしばらくすると、後ろから肩をつんつんとつかれた。

今日は来客が多いなぁ、うぜぇ……と思って、嫌々後ろを向く。

 

「あはっ、ひっかかったー」

 

そう言って、俺の頬に指を突っ込んで笑顔を浮かべる天使がいた。先ほどまで目を閉じていたからだろうか、いつもより輝いて見える。

 

「お帰り、戸塚」

 

「あ、うん、ありがと!……お帰り?」

 

きょとんとした顔が可愛い。所謂、とつかわいい状態である。

戸塚がいたら紛争の一つや二つ止まるんじゃないかなと思うレベルに可愛い。止まらなくても、むしろ俺が止めてみせるまである。

 

「まあ、良いや。でも八幡、僕たち今日で卒業だね。寂しいなぁ」

 

上目遣いで見てくる戸塚がとても愛らしい。卒業を間近にして戸塚ルートに入ってしまいそう。

 

「俺も戸塚と離れるのは寂しい」

 

そっと戸塚の部分を強調しておいた。卒業よりも戸塚の将来が正直気になる比企谷八幡です、はい。

すると俺の返事を気に入ってくれたのか、戸塚の顔が天上の花が咲くようにぱあっと明るくなる。

 

「そう言ってくれると僕も嬉しいよ!卒業した後も絶対会お……」

 

「ああ、勿論だ。」

 

「あはは……速いね、返事」

 

即答。戸塚と会わない訳が無い。同棲も選択肢の一つに……などと襲い掛かる煩悩を振り払う。

どうして戸塚はナチュラルに自分のルートに引きずっちゃうのかな~?ホントに彩加は悪い子だね!めっ!そんなやりとりが脳内で行われていた。

 

「あ、八幡、写真撮ろうよ」

 

「写真……もちろんだ。今すぐ撮ろう」

 

戸塚が不意にそう言ったのに対し、俺はにやけそうになるのをおさえながら返事をする。

 

戸塚が携帯を取りだす僅かな間に、写真が大好きな俺はしっかりと服装を正しておいた。

えっ、写真は嫌いじゃなかったのかって?なんのことやら、さっぱりですな。しつこいと目つきの悪い薬草学の教授に怒られるぞ。

 

携帯を見つけた戸塚は、フレーム内に入るよう俺にひっついてくる。同時にすべすべで良い匂いがする戸塚の肌が俺に接してきた。本当にボディソープ何使ってんの?

 

「じゃ、行くよー。はい、チーズ!」

 

無邪気な声に俺の顔も自然に綻ぶ。

俺の携帯に転送してもらい、永久保存版にした後、送られた写真を早速確認してみた。しかしそこには幼女を何人も誘拐する凶悪犯のような、恐ろしい自分の笑顔が写っていた。

これは酷ひ……思わずohという呟きが漏れる。

 

しかし天使の戸塚は酷評することなく、八幡の顔変だよ~とかなんとか言って笑い、テニス部の所に行ってくるから、またね、と告げて行ってしまった。

今ほどあの百人一首の「天つ風~」の詩に共感した時はない。残念ながらしばしとどめることは叶わなかったが。

 

***********************************************

 

天使(戸塚)も行ってしまったことなので、俺は今度こそ寝たふりを決め込む。もう訪ねてくる人も他にはいないだろうと思っていると、再び肩をつんつんとつつかれた。

 

「お帰りなさいませ戸塚様~」と誠心誠意のお出迎えを心でしながら、これまでにないほど爽やかに振り返った。

 

「八幡ッ!今日こそ我と決着をつけるのに相応しい日は無いぞ!いざ勝負だ!」

 

いや、一人いたわ。なんかいた。僕、こんな子、知りません。

無言で反転し、時間を巻き戻したかのように全く同じ態勢に戻る。

一瞬の沈黙の後、Z君は慌ててつっこんできた。

 

「いやいやいやいや。振り向いておいて何も返事せずに寝るって、どういう了見をしておるのだ!」

 

「うるせぇ……天使と牛頭を間違えた傷心の俺に近づくんじゃねぇ………」

 

そもそもお前の脳内設定においてはお前の臣下なのに、決着をつけるってお前こそどういう了見してんだよ。もちろん材木座の臣下になるくらいなら、俺は自刃するがな。

そう思いながらも持ち前の腐った目で材木座を睨みつける。

 

「ぴぎゃっ」

 

弱ぇ……一睨みで怯んじゃったよ(設定上)俺のライバル。寂しそうにもじもじと俺の顔を伺っているぞ、コイツ。

流石の俺もドン引きするレベルの気持ち悪さに、思わず動揺する。

コマンドで「なかまにしますか?▷はい▷いいえ」が選べるなら、躊躇いなしに「いいえ」を選ぶのだが…

 

しかし動揺した俺を見て勢いを取り戻したのだろうか、大仰な咳払いをした後、材木座はカメラをずいっと俺の方につきだしてくる。

 

「げふこん、げふこん、おこぽーん。まあ八幡、とりあえず写真だ。写真を撮るぞ!」

 

「やだ」

 

「ぐほっ」

 

俺の速攻の否定はクリティカルヒットしたようで、材木座は開始早々に戦闘不能となった。

先の堂々とした態度はどこにいったのやら、上目遣いで写真を一緒に撮ろうと無言で訴えてくる。

 

先ほどの戸塚の上目遣いとは違い、可愛いというよりむしろ気持ち悪さ、気味悪さを感じたので、さっさと嘘だとばらす。

 

「嘘だよ。だからそんな小動物のような顔で訴えかけるな」

 

すると先の弱腰な態度を挽回するかのように、命令口調で再び写真を要求してくる。

 

「と、とにかく写真だ。大人しくフレームに入れ、八幡ッ!」

 

「はい、はい。入りますよーっと」

 

こんな寒い日なのに汗をかいている材木座が気持ち悪かったが、俺はおとなしくフレームに入った。

 

まあコイツには生徒会選挙とか、なんだかんだで世話になってきた。これくらいのことは聞いてやらないと男が廃るだろう。

目だけで無く、男まで廃ったら流石にヤバいしな。

 

「では行くぞ。はい、ピーナッツ!」

 

心地好い音と共にシャッターが切られる。

ってか、お前もその掛け声なのかよ。まあ俺もだけど。やっぱ千葉県民はこれでなくちゃな。

千葉のピーナッツはまじ神。ソースは俺。

 

「むふん、よく撮れているようだな。これは我らが友情の証だ」

 

「お、おう、ありがとう」

 

あまりにも屈託の無い笑顔に少し戸惑ってしまった。いつもの中二病じみた演技よりも、何倍も良い笑顔をしている。

これなら普通にやっていけそうなのにな……

 

しかし実際の材木座はむふんと息をして、人差し指を俺に向け、声高に宣言してくる。

 

「では我は他の戦友と約束がある故これにてさらばだッ、我が親友の八幡よッ!」

 

体面を気にしてかコートを大仰にばっと翻して、材木座は去っていった。

…しかし材木座よ、一眼レフで自撮りはどうかと思うぞ?まあ他の人に写真を撮って、などとお願い出来ない気持ちは俺もよく分かるがな。

 

***********************************************

 

材木座の背中が見えなくなるまで見送ったあと、先ほど気になった言葉をなんとなく呟く。

 

「親友ねぇ……。」

 

しかし親友とは言ってくれる。材木座への呆れの気持ちもその言葉によってほとんど掻き消されてしまい、むしろ俺には少し笑みが零れていた。

一人でにやにやしてる……コイツ気持ち悪いとか言わないでね?

 

“親友”

 

それは友達以上の関係だと俺は解釈している。

しかし友達とは何か?こんな問いにぶちあったことは無いだろうか。

考えたことがある人は、この疑問を前にしてきっと苦戦したはずだ。

 

現代では友達という言葉は安売りされている。

「一度会えば友達」などとも言われていたりするが、少し待ってほしい。

話を合わせるためにお互いに騙しあう関係が、ちょっとしたことで態度を変えてしまうような関係が、本当に友達と言えるのだろうか?

俺は違うと断言したい。

 

では友達の定義とは何なのだろうか。

 

煩悶の末に、俺はとうとう一つの結論を自らの内に出した。

 

ーーー本物の自分を晒すことが出来て、お互いの幸せを心から願える関係ーーー

 

世の中は偽物に溢れている。本物か偽物かも分からないものだらけだ。

 

だって世界は自分に厳しいから。

 

生き延びる為には、俺たち人間は多くの虚像を用意する他なかった。関係を維持するために、仕事をこなすために、出世するために、などと適切な用途に応じた仮面使い分ける。

それもある意味は仕方ないかもしれない。

 

しかし友情とは虚像同士が交わることで生まれるものなのだろうか?

 

それは言うまでもなく違うだろう。当然、本物同士でなくてはならない。

本物同士を見せあって初めて交わりが生まれるのだ。

 

俺たちも一度はあの奉仕部という虚ろな箱の中で、偽りの時間を過ごし続けたことがある。

俺も由比ヶ浜も雪ノ下さえも、不自然で不気味な時を甘受してしまったのだ。全ては「壊したく無い」と願ったがために。

 

誰も、そして何も傷付かない世界。

聞こえは良いが、その実何も無い。

 

人間は行動する以上、故意過失に関わらず誰かを傷付けてしまう。

しかし傷付けないように、継ぎ接ぎだらけの会話をしても友情は生まれない。生まれるのはきっと小さくて脆い何かだろう。

 

しかし本物を得ようとしても、人間は警戒心が非常に高い生物だ。最初から本物を晒す奴なんてほとんどいない。

寧ろ晒さない方が安全で正しい選択かもしれない。

 

故に友情を得たければ、人間に与えられた限りある時間を精一杯割いて、お互いを理解しあって警戒を解き、本当の自己を解放しあう必要があるのだと俺は思う。

 

だからこそ友情は価値のあるものだと言えるだろう。仮りそめの友情を語って、青春を作り上げようとする輩が俺にとって滑稽に映るのも当然だろう。

本当に友情を作り出したい奴が、相手の悪口を陰で叩くはずが無いだろうが……

 

その点で材木座はビミョーな所はあるが、俺がピンチの時嫌々ながらも必死に助けてくれたし、俺に素を晒してくる辺り友達と言えるだろう。

俺もケッコー材木座には素を晒しちまってるし。

けどあの気持ち悪い絡み方だけは控えて欲しいです。(神頼み)

 

度々の来客に寝たふりをする気を失った俺は、そんな感じで机に頬杖をつきながら、益体も無いことを考えていた。

やはり俺は少し変わったのだろうか。なんとなく疑問を投げかけてみる。

 

「卒業か……」

 

色々と考えていると、思わず口をついて出た。

卒業が俺に何をもたらすのか、俺から何を奪って行くのかは分からないが、何か重要な転換点になりそうな気がなんとなくした。

 

不変を望んでいてもやはり変化は訪れる。己の身にさえも。しかもたとえ自分が変わらなかったとしても、自分を取り巻く世界は変わっていくのだ。

あらゆるものは諸行無常・諸法無我の理に従うと言うが、やはりその通りになってしまうのだろうと思うと、思わず自虐的な笑みが零れてしまう。

 

「ほんと、俺らしくねぇよなぁ………」

 

そう呟きながら、俺は椅子に座って、廊下を交差していく人波をぼうっと見つめていた。

 

***********************************************

 

材木座が去ったあと、俺の周囲だけまた静寂に包まれていた。

こう言うと神秘のベールっぽくて強そうだが、ただ俺が誰にも相手にされなくなっただけである。

 

でも状態異常にならないのは便利。状態異常ダメンタルとかなったら、布団にくるまって部屋を転げ回ったりしちゃうし。

母の諦めた目が痛かった覚えがある。そう、末期か……という諦めの目。いや簡単に見捨てるなよ、我が母よ。

 

寝たふりをする気は失ったが、このまま教室にいるのも何か気まずい。

教室から出るついでに、別に腹痛がする訳ではないが、式中に急に腹痛に襲われることのないようトイレへと向かう。

 

「湿気が鬱陶しいなぁ」

 

不快な環境に愚痴りつつ、教室を出て湿気で濡れた廊下を移動する。

 

トイレの前まで来ると、凛とした声に俺は呼び止められた。

 

「あら、比企谷くん。偶然ね」

 

「おう、雪ノ下」

 

雪ノ下雪乃。才色兼備にして冷徹な奉仕部部長だ。

 

「何してるのかしら?」

 

「どうみてもトイレに来ただけだろ」

 

俺がそう答えると、肩にかかった髪を手で後ろに払いのけながら、俺に言い放つ。

 

「比企谷くんのことだから、てっきり私をつけてきたのかと思ったわ」

 

「んな訳あるか………」

 

相変わらず自信家だなこいつは。

しかし実際、雪ノ下が髪を払った時の様は絵になるほど美しく、俺も一瞬見とれてしまっていた。

 

「まあ、良いわ。許してあげる。で、あなたも由比ヶ浜さんも教室に来なかったのは何故かしら?」

 

「お前もクラスメートとすることがちょっとはあるんじゃないのか?……で、俺、ストーカーなんてしてないからね?」

 

「ようやく合点がいったわ。あなた達が来ないから、何かあったのかと思ったわ。」

 

「心配させてすまんな」

 

俺のストーカー容疑は晴れなかったようだが、雪ノ下さんの疑問は解決したようだ。

こんなことは雪ノ下といると日常茶飯事なので、気にしない。

 

「まあそれは良いとして……」

 

俺がそんなことを考えていると、雪ノ下が何か改まって話を切り出した。

俺は不思議に思ったので続きを催促する。

 

「うん、どうしたんだ?」

 

すると雪ノ下らしからず、何か落ち着かない様子でこう続ける。

 

「比企谷くん……あなた、式が終わったらやることないのでしょう?……教室で最後の片付けがあるから、出来るだけ早く奉仕部に来なさい」

 

「確かに予定は何もないし、全然構わないが……片付けなんか残ってたか?」

 

「あるわ。まだ私の片付けが残ってるの」

 

「ティーポットとかか?まあなるべく早く手伝いに行くわ」

 

あの用意周到な雪ノ下が、持ち物を卒業式の日まで残しておくとはあまり思えなかったが、最近は学校からの配布物が多かったので、いくつか残ってしまったのかもしれない。

とりあえず手伝うと返事をしておいた。

 

「ありがとう、比企谷くん」

 

「お、おう……」

 

こんな些細なことで、雪ノ下から感謝の言葉を受けるとは思ってもおらず、少し面食らう。

廊下は比較的温かいからだろうか、雪ノ下の頰はほんの少し紅潮していた。

 




お読み下さってありがとうございました(*´∀`*)
少しずつですが、卒業式後のラブコメ展開も含ませています。
展開がどうなるか、台詞や心情描写などから皆さんがそれぞれ
自由に予想して下さると、とても嬉しいです!
④は少し遅くなるかもしれませんが、最後までお付き合い
頂けると、作者としてこれほどの喜びはありません(´;ω;`)
どうかよろしくお願いします!


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そうして彼らの思惑は交錯し、運命は分かたれる。④

卒業式がいよいよ始まる。しかしこの時になって、八幡はとある感覚に襲われる。その「とある感覚」の正体は何か。八幡はどういう選択肢を選ぶのか。この一人だけの時間で、八幡は少しずつ答えを見出していくのだった。

いよいよ卒業式パートです( ´∀`)
ようやくって感じですよね…すいません_:(´ཀ`」 ∠):
今回は卒業式なので、会話が少ないです…
卒業式ではあまり喋ってはダメですからね(笑)
八幡の独白のような感じになってます!
毎度お馴染みの駄文ですが、どうか最後までお付き合い願いますm(_ _)m


 

「卒業しても友達でいようね!」

 

教室に戻るとそこかしこから聞こえてくる、卒業式の日の常套句。無論友達のいない俺は、皆の言う友達に含まれていないのだろう。

寂しさこそ感じないが、卒業式の今日だけはなんとなく虚しい感じがした。

 

教室内は暖房がよく効いていて、窓には少し結露ができている。

 

「あーあ、とうとう降り出したか」

 

結露で曇った窓から外を眺めやると、先ほどの雲が雨を降らしているようだ。飽和点に達してはちきれたのだろう。

 

しばらく雨が降っていなかったが、何もこんな日に降ることは無いだろうと思う。

卒業式に大した思い入れの無い俺が思うのだから、劇的で感動的な卒業式を期待していた奴はさぞかし不満に思っているだろう。

 

晴れそうもないし、ソーラービームも威力が減りそうだ。ポケモンやりてぇな……

 

しばらくすると周囲のざわめきが小さくなり、ぽつぽつと着席する奴が出はじめた。

時計を見るまでもなく、卒業式がもうすぐ始まることを感じさせる。

俺も襟だけ確認して最低限の備えをした。

 

「行きたくねぇ……」

 

思わずこんな声を漏らしてしまった。

というのも、こんな春らしからぬ寒い日に暖房もない体育館に行って、長い長い話を聞きたいとはどうしても思えない。知らん人ばっかだし…

 

そう思っていると、体育館への移動指示がスピーカーから流れた。

面倒くささを些か感じながらも、体育館へと向かう流れに従い俺も体育館へと向かう。

 

寒いのを覚悟して身体を縮こまらせて教室を出たが、込み合っているためか廊下は意外にも暖かかった。

 

会話で発せられる吐息も、きっと廊下を温めているのだろう。周囲の賑やかさとは対照的に、俺は誰とも話すことなく静かに歩いて行く。

 

足取りには何の重みも感じない。

だが胸に水が貯まったような鈍い感覚を覚えた。俺の胸もあの雨にあてられたのだろうか。

 

この不安のような違和感を紛らわせたくて、気晴らしのために周囲を眺めてみる。

 

通路の床は結露で濡れていて滑りやすく、上履きの汚れが水に溶け出していて汚くなっていた。

昨日、小町たち下級生がここを大掃除していたはずだが、その綺麗さは見る影もなくなっている。

 

一方窓の外は教室で見た風景と別段変わったところはない。雨がかなりの勢いで降っているだけだ。跳ね上がる飛沫が雨足の強さを物語っていた。

 

一通り周囲を見終わると少し落ち着けたのか、違和感を紛らせることが出来たようだ。

 

俺は一つ、大きく息を吐く。

ゆっくりと吐き出された息は、ゆらゆらと大気中にたゆとうていた。

 

しかしそんなことに誰も気をとめる様子は無く、みな躊躇うことなく歩みを進めている。

自分の未来に一抹の不安も感じていないように。

 

「こいつらの未来設定、明るいんだろうなぁ……」

 

俺は専業主夫を希望しているが、なんだかんだで職について社畜生活を送る未来が見える。

決して多くないが、家族を養うには十分な賃金を貰って、デスクでマッ缶飲みながら、ふっ、こんな生活も悪くないな……とか呟いてそうで怖い。

 

移動中のかしましい話し声も、体育館に近づくにつれて自然と尻すぼみになっていく。

俺もポケットから手を出して、恥ずかしい行為だけはしないよう注意喚起をしておいた。

 

終わりよければ全て良しというように、今日ヘマをしない限り俺は青春の勝者となる。

そんな感じでノリ気じゃない自分を鼓舞して、体育館へと入場していった。

 

***********************************************

 

「……………でありまして、えー、……………です。」

 

声は小さくないのに、先からどの文章も頭に入ってこない。

 

通路を移動している時の胸の鈍い感覚が、今になってまた戻ってきたのだ。

しかし例えそうだとしても、この感覚を引き起こしている胸のつかえが何なのか分からない以上、俺には何の解決策もない。

 

歯痒さに無意識に視線が下がる。

今日のために綺麗にアイロンがかけられたズボンにはシワが寄ってしまっていた。

 

ただ意味の無い時間が流れていく。

時計を確認せずにはいられない。

 

この卒業式が終われば、今のこの違和感も無くなるのではないか。そんな淡い希望をどうしても抱いてしまう。

それでは解決しないことを、何となく分かっているのにも関わらず。

 

時の流れに取り残されたような感覚に襲われる。

世界から切り離された空間……いや何も無い空虚な箱に一人でいる、そんな心地だ。

 

一人でいることにはもう慣れていたはずなのに、言いようの無い孤独感に何故か苛まれる。

心臓も跳ねうつように激しく鼓動する。まるで一人でいるのを嫌い、自分の存在を訴えるように。

 

「落ち着け、落ち着け、落ち着け………」

 

いつのまにか自分に言い聞かせるように小さく呟いていた。

おかしい、これはいつもの自分ではない。そう気付くのは容易であった。

 

しかし幸か不幸か、今の自分には考える時間が用意されている。

 

一度大きく深呼吸をする。

隣の奴が怪訝な目を向けている気がしたが、気にとめない。

 

何度か繰り返すと、少し落ち着くことが出来た。

俺は最大限この時間を活用して、この虚しい箱から抜けだそうと足掻くことにした。

 

通路ではうやむやにして先延ばしにした問いを、俺は落ち着いた心で改めて問い直す。

 

何がこの感覚をもたらしたのだろう。

 

周囲に何の変化も感じられなかったから、少なくとも問題事は無かったはずだ。

虚ろで仮そめの時間を過ごした覚えも無いし、自分の選んだ選択肢を気にして、出口のない逡巡を繰り返してるわけでもなさそうだ。

もしそうなら自分が一番分かるはずだ。

 

幾多もの考えが脳内を渦巻く。

しかしいくら考えても、この違和感をもたらしている原因が突き止められない。

むしろ考えれば考えるほど、思考の渦潮に巻き込まれていくような感じがする。

深く暗い底へ沈んでいくような……そんな感じだ。これまでとは違う違和感に不安を煽られる。

 

自分のことなのに分からない。

自分のことをかなり知ったつもりだったのに、不安の原因すら分からない。

それが悔しかった。無意識に手に力が入る。

 

---ガタンッ!---

 

不意に何かが落ちる音がした。

観覧の誰かが物を落としたのだろうが、かなり大きな音が体育館に響いた。

俺も思わず反応して、びくりと身体を奮わせる。

 

すると、さっきまで聞こえてなかった周囲の音が次々に混沌と耳に入り込んできた。

 

「くっそ……」

 

自らの思考を妨害する音が耳障りで、さらに苛立ちが募っていく。

 

一度破られた沈黙は元に戻ることはなかった。

何度考えを浮かべようとしても、騒がしさに煽られて気泡のように弾けて消える。

躍起になって探そうとすると、考えはより簡単に割れていってしまうのだ。

 

落ち着いたつもりでも、焦りや雑音は容赦無く俺の思考をかき乱してくる。終わりの見えない戦いに、精神が摩耗していくのを感じていた。

 

悪戦苦闘している最中、先生への謝辞を伝えるための起立の号令がかけられた。俺は慌てて立ち上がり、先生のいる方向へと身体を向ける。

 

すると今になってようやく、泣いている奴の存在に気付いた。

色々な場所で啜り泣く声が聞こえる。

俺の近くでは、金髪のような茶髪でちゃらちゃらしてる奴が泣いていた。

 

「……っべーっ。んんっ……っべー。」

 

お前、泣き方もそれなのかよ……ってか、ホントに泣いてるのかコイツ。少し疑いの目をヤツに向ける。

しかししゃくりあげているあたり、多分本当に泣いているのだろう。

 

しかし泣き方が面白かったせいか、張り詰めていた糸が少し緩んだような感じがした。

そのせいか、思考力も少し戻ってきた。

泣いてるとこ笑ってすまんな、戸部。まあどうでもいいけど。

 

これを良い機会に、いったん考えるのを中断して、前を向いて先生達のところへと適当に目を向ける。

といっても知らない先生も多くいるので目のやり場に困ってしまった。

正面を向くと完全に目があってしまう可能性があるので、なんとなく正面より右の方を見てみる。

 

……戸部。

 

また戸部が視界に入ってきた。

 

今はキリッとした顔で涙を流している。

何故かまたウケる。不謹慎かもしれないが、どうしてもウケてしまう。

 

これも彼が高カーストで人を笑わせるための経験を積んできたからなのだろうか。それともただのバカなのだろうか。それは分からない。

だが戸部のおかげで、心がだいぶ楽になった。サンキュー戸部!

 

戸部は見飽きたので、次は正面より少し左の方を向いてみる。

戸部はもういない。しかし次は他の先生と違い、身体を少しこちらの方向に向けている先生が目の端に映った。

 

誰だろうかと思い焦点を合わせて見てみると、平塚先生が微笑を湛えてこちらを見ていた。

 

俺は驚いて咄嗟に目をそらしてしまう。

何故だか分からないが、目を合わせたく無いと瞬間的に思った。

 

しかしもう一度目を細めて、ゆっくりと平塚先生の方を向く。やはり平塚先生は俺の方を見ていた。

このまま目を合わせずにいようか、そんな考えが頭をよぎる。

 

しかしこのままこっちを永遠に見られても困る。平塚先生が贔屓していると他人に思われてしまうのも癪だ。

頭を軽く掻きむしった後、諦めて先生の顔を伺うように見る。

顔が合わさると、先生はむふんと満足げな笑みを浮かべて、ふむと頷いた。

 

そして俺と目があったことを確認した後、また違う方向を向いて微笑んだ。そしてまたもう一方。

おそらく由比ヶ浜、雪ノ下の方を向いていたのだろう。

 

彼女達はどのような面持ちで、どのような気持ちで先生と向き合ったのだろうか。俺の席からは顔は見えないが、何となく二人の表情を察する事が出来た。

 

彼女達は酷く素直だからきっとしっかりと平塚先生の目を見返して、一人は泣きながら、そしてもう一人はなるべく平静を保ちながら微笑みを返したのだろう。

 

二人と向き合った後、平塚先生は再び俺の顔を見つめる。そこにはただ優しい笑顔だけがあった。

思わずまた目を反らしてしまう。しかし今度は嫌だったからではない。また目をあげると先生は面白そうに笑っていた。

 

ひとしきり笑った後、俺に何かを呟いた気がした。

そして呟き終わった後、平塚先生はまたニッと笑みを浮かべた。

一度では理解できずもう一度しっかりと見つめようとするが、着席の号令がかかったのでいったん椅子に座る。

 

平塚先生は何を伝えようとしていたのか。他愛も無いことではなさそうだ。何か重要なことを俺に教えているような気が直感的にする。

後で聞いても良いのだが、不思議と今で無くてはいけないような気がして、考えてみることにした。

 

平塚先生は何を呟いたのか。

 

先生との距離は遠くもなかったが、決して近くでもなかった。その上、式中であるが故に当然大きな声に出して言ってはいない。

読唇術を身につけて無い限り、発音時の唇の形から推論することは不可能に近いだろう。

 

ではどうやって考えていくべきか。

与えられた手がかりはほとんど無いに等しい。

一度整理するために緊張をとく。

 

耳には自分の呼吸音だけが聞こえる。

肌は雨の影響で乾燥することなく、しっとりと潤っている。

また意識も奥へ奥へと沈んでいくのを感じとれた。

 

先ほどとは違って集中が出来ている、そのことをしっかりと確認することができた。

そして再び僅かなヒントを頼りに、丁寧に答えを紐といていく作業へと戻る。

 

少しずつ手がかりを探しては消化していく。

答えに結び付くような手がかりは無いか、それをひたすら記憶から探す。なぞなぞ感覚で悪くはない。

 

すると一つの疑問にたどり着いた。

 

最後の笑みは何だったのだろうか、という問いだ。

まるで知っているだろうというような、先生の挑戦的な笑みだった。

 

いつもは挑戦なんかには乗らないのだが、どっちにしろ八方塞がりなので乗ってみることにした。

思わず笑みが零れる。

 

まずは思い当たる言葉を幾つかあげてみた。

俺が困った時、平塚先生が贈ってくれた言葉の数々。その言葉に何度助けられたか、今振り返ると数えきれない。

 

そしてその言葉の一つ一つを、再び今の行き詰まった自分の状況と照らし合わせていく。

するとこんな考えがふと頭をよぎった。

 

ーーもしかして考える点を間違えてはいないだろうかーー

 

これも過去に、俺が思い悩んだ時に受けたアドバイスの一つだ。

もしかすると平塚先生は式中も俺を見守り、心境を感じ取っていたのかもしれない。あの人ならやりかねない。

 

平塚先生は決して悩みのある人を放っておかない。先生はそんな人だ。

 

悩みが浮き出た顔を見られたと思うと恥ずかしさが込み上げて来るが、同時に心から感謝の念を抱く。

そして今はありがたくそのアドバイスを頂戴することにした。

 

考える点を問い直し、改めて原点に戻る。

そもそもの問いは「何を間違えたか」ではなく、「何がこの違和感をもたらしているか」であったはずだ。

 

これまでの考えからするに、間違いや誤りの線もなさそうだ。

では「何を間違えたか」という問い自体が成立しなくなり、「間違いが故に違和感をもたらしたのでは無い」ということになってしまう。

全ての可能性が消えてしまったのだろうか。

 

いや……まだ一つだけ考えていない可能性がある。

それは何か。

 

発想を逆転してみよう。

 

「間違いを選んだからではなく、正解を選んだが故に違和感をもたらした」としたら……?

 

俺はここまで来てはっとした。

思い当たる節があったのだ。

 

平塚先生は他にもヒントを与えていた。

そう、俺の不安の答えは、きっと雪ノ下と由比ヶ浜に関わることだろう。

 

そう確信すると、胸を満たしていた重い水のような感覚は、水が引くようにすっとなくなっていった。

久しぶりに取り戻した平静の感覚に喜べるかと思ったが、新たに彼女達のことを考え始めると、次は胸が厚い靄に覆われていくような心地がした。

 




以上が卒業式パート1です(о´∀`о)
駄文に最後までお付き合い下さって、ありがとうございました(๑>◡<๑)

あとお気に入り登録して下さった皆さん、本当にありがとうございます!
嬉しくて天にも上るどころか、本当に昇天しそうな心地です(笑)
評価や感想つけて頂けると、執筆の励みになります(๑>◡<๑)
良ければ是非ともお願いしますね(*´∇`*)


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そうして彼らの思いは交錯し、運命は分かたれる。⑤

久しぶりの投稿になりました!本当にお待たせしてすいませんm(_ _)m
ジャンピング土下座でお詫びいたします…次回以降の作成と、最近出た12巻との調整をしてたら遅くなってしまいました_| ̄|○
高評価、感想ありがとうございます!読者の皆さんには感謝しかありません(´;ω;`)
では改めて今回のあらすじを…
今回は卒業式が終わります( ´ ▽ ` )
回想では多くの名セリフを引用してますので、原作ファンの方に喜んでいただけるかと(*´ω`*)
遅くなりましたが、本編をどうぞお楽しみください!


 

正解を選んだが故の違和感。

自問自答の結果導き出された解は、驚くべきものだった。

 

「マジかよ……」

 

そう呟かずにはいられない。

 

次は問題ではなく完璧な答えが存在しない問い。

しかも解決策が無ければ最高の結末も待ってはいない、そういった問いだ。

 

数年前では存在もしなかっただろう問いを前にして完全に歩みが止まる。

おそらくこれが高校生活最後の、そして最大の問いであろう。

 

俺のこれからの行動次第で、彼女らの歩む方向が変わる。自意識過剰な考えかもしれないが、耳もとでそう囁かれている感じがするのだ。

 

体育館の温度がすっと下がっていくような気がする。式中なのでマフラーや掛け布団などの防寒用具は持ってない。

身を震わせながらも寒さに晒されるしかなかった。

 

思わぬ問いに俺の思考は止まったままだ。

凍えてしまった両手をさする。しかし一向に温かくならず、道を示す火が燈されることもない。

 

今度は焦りを感じることはないが、解決の糸口が全く見えない。

また答えが見えてこないからか、これは俺が考えたところでどうしようもない……という思いも芽生えはじめた。

 

体育館に響く雨音は強くなるばかりで、もう壇上に上っている人の話は俺の耳には聞こえていなかった。

 

半ば諦観してぼーっとしていた時、前方から自分もよく知る声が聞こえてきた。

 

「在校生を代表して、生徒会長の私が送辞を述べさせて頂きます」

 

前の方を見てみると、一色が在校生代表として送辞の文を朗読していた。

わざと余らせた袖で、ぎゅっと送辞の原稿を両手で握っている。

 

「辺りを吹く風の中に、若葉のみずみずしい香りが感じられる季節となってきました。その風は不思議と先輩方の巣立ちを私に感じさせます」

 

なかなか挨拶も様になっている。俺達が助けないと何も出来なかったあの頃の一色は見る陰もない。

 

「卒業生のみなさん、ご卒業おめでとうございます。在校生一同を代表して心よりお祝い申し上げます」

 

一色がぺこりと礼をする。

何故か一色のお辞儀は事務的ではなく、心が篭っているように感じられた。

俺も一色の声に引き込まれたのか、いったん思考から解放される。

 

一色の送辞は続いていく。

 

送辞の中に出てくる文言を聞いていると、自分が今日で卒業しこの学校を去るということがようやく実感された。

 

周囲は皆、しんとして一色の送辞を聞き、涙を流している者もやはりいた。

一色の声はいつもの猫撫で声ではなく、一色本来の綺麗な声で送辞を読んでおり、その透き通った音色に魅かれる。

 

ある程度読み終えたところで、一色は少し間をおいた。

体育館に沈黙の帳が落ち、俺は何事かと一色の方を見るが別段変わった様子はない。

 

数秒間の沈黙で一色により一層の注目が集まる。しかし一色は意に介した様子もなく、過去を懐かしむようにまた話し始める。

 

「私はとある事情で1年生から生徒会長をやらせて頂くことになりました。1年生というのもあり何をすれば良いのか全く分からず、会長としても全然頼りなかった私に先輩方は優しく手を差し伸べて下さいました。私は2年間、生徒会長を務めさせて頂きましたが、先輩達の協力があったからこそ私は会長としての責任を何とか果たすことが出来ました」

 

かなり謙遜しているが、一色は本当に頑張ったと思う。奉仕部として2年間、一色の苦労を近くで見て来た俺たちはそれがよく分かる。

 

一色いろは。

 

最初はあざとく計算高い嫌な奴だと思った。

だが2年経った今、前で送辞をする彼女は酷く魅力的に見えた。

 

一色は特に、と続ける。

 

「私を生徒会長になるようそそのかした先輩は、私が困った時はいつでもいつの間にか側にいて、献身的に私を助けてくれました。私は先輩にとても感謝しています」

 

なかなか素晴らしいスピーチだなぁ、と感心していた所にボディーブローが一発入る。

驚いて前を見ると、反応した俺を見つけた一色はこちらを向いて軽く片目をつぶってみせる。

 

不覚にも一瞬ときめいてしまったが、すぐに冷静さを取り戻す。

いろはすー、送辞で個人の話をするのはやめとこうなー。

 

多くの人が、誰そいつ。ストーカー?みたいな感じで少し考える中、一色は気にすることなく文化祭や運動会などの思い出を交えながら、感謝の言葉を滔々と述べる。

 

「私……いや、私たちは先輩方が私達の先輩で良かったと心から思います。私達にとって、総武高校で一緒に過ごした1日1日は素敵な日々でした。本当にありがとうございます」

 

そして最後にこう締めくくった。

 

「最後になりますが、私達は先輩方のこれからの活躍を心から願っています。どうか夢へと力強く羽ばたいて下さい。これで在校生からの送辞を終わります。」

 

一色は深々とお辞儀する。

それと同時に、式場から大きな拍手が送られた。俺も成長した一色に拍手を送る。

 

「俺も……逃げちゃダメだな」

 

決して自ら望んだ生徒会長就任ではなかった。

なのに彼女は逃げることなく最後までやり遂げた。

難しい試練も諦めることなくやり抜いた。

 

なら俺もこの問いと逃げずに向き合わなければ、先輩としての面目が立たないだらう。

そう考えた俺は席に戻る一色を横目に着席し、手を擦り合わせてかじかんだ指先を温め、思考を再開する。不思議と長時間の思考による疲れは感じなかった。

 

***********************************************

 

雨音をはじめ、周囲の物音が聞こえなくなる。今度は集中しているが故の無音だ。

ゆっくりと考えを心の奥へと沈めていく。

 

今度は道標がある。迷わずに行けるはずだ。

 

しばらくすると視界が開けてきた。そこで俺が見たものは奉仕部で過ごした時間だった。

 

今日が卒業式だからだろうか。答えを求めているのに、奉仕部での思い出が次々と浮かぶ。

 

『青春とは嘘であり悪である』

『ちゃんと全部叶ったじゃん。だからさ……、二人で遊びに行くのも叶えてね』

『誰かを助けることは、君自身が傷ついていい理由にはならないよ』

『……あなたのやり方、嫌いだわ』

『だからさ、小町のために、小町の友達のために、なんとかなんないかな』

『わかるものだとばかり、思っていたのね……』

『計算できずに残った答え、それが人の気持ちというものだよ』

『俺は、本物が欲しい』

『そう、あれは信頼とかじゃないの。……もっとひどい何か』

『隠れて流されて、何かについていって、……見えない壁にぶつかるの』

『ずっとこのままでいたいなって思うの』

 

キャンプ、文化祭、修学旅行………

色々な思い出が溢れ出す。

 

答えに直接結びつかないものばかりだが、今度は苛立ったり焦ることなく、ゆっくりと思い出を俯瞰してみる。

 

この思い出が何を意味しているのか。

そこに意識を向けながら、1つずつ奉仕部での出来事を眺める。

 

奉仕部に持ち込まれた依頼、俺の行動、彼女たちの反応など1つ1つに目を向ける。

所詮空虚なものに過ぎない「言葉」という手段では、俺たちが過ごしてきた時間は表現出来ないだろう。ただ、その時間を共有した者が持つ記憶のみが、感覚質の一部を再現しうる。

 

一つ一つの出来事が今を型作っている。だから今に繋がる鍵も、当然過去にあるはずだ。

俺は奉仕部で過ごした時間の感触を俺なり再現し、それを追体験しながら答えを探した。

 

そのような作業を続けていると、ふと気がついたことがあった。

 

それは、俺がこの奉仕部という空間を心地よいと感じていたことだ。

というより、彼女たちと一緒にいる時間が幸せだったと言う方が正確だろうか。

 

極めて単純な答え。

 

でも俺にはそう簡単に見つけられなかった。

 

見つけられなかった理由は今ならわかる。

それはきっと俺が捻くれているからだろう。

 

思わず笑みが零れる。

 

俄かには信じられなかったが、今まで奉仕部に通い続けた以上そういうことなのだろう。

もしそう思ってなかったとしたら、たとえ平塚先生になんと言われようと、俺なら途中で通うのをやめていただろうしな。

 

あの仮初めの日々に奉仕部に通い続けたのも、何かふとしたきっかけでこの状況が打開されて、いつものような心地よい空間が戻ってくると期待していたからだろう。

そう考えれば合点がいく。

 

俺はどこかで彼女たちを大切に思っていたのだ。

 

今まで家族以外をそのように思ったことはなかった。

全ては自分の為に行動してきた。

誰も俺を大切だとは思っていなかったから。

 

でも彼女たちは違う。

これは俺の誤解かもしれない。

だけど誤解なら誤解でも良いとすら思うほどに、俺は彼女たちを大切に感じていた。

 

今の関係をどうか守りたい。

そう思った。そう思えた。

 

なら自分がこれから選ぶべき選択肢は、この関係を極力守ることができるものであろう。

 

それが俺の選びたい選択肢。

 

その選択肢がどのようなものなのか、まだはっきりとは分からないが方針は定まった。

 

進むべき方角が見えたところで、ひと息つくためにいったん集中をとく。

なんとか最善策を選ぶための鍵を手にし、ひと安心といったところだろうか。ひとつ大きく息を吐く。

 

心持ちゆったりと椅子に腰掛け直す。

 

周囲を確認すると、どうやら卒業式は終わりに近づいているようだ。だがまだ時間はある。

 

外では雨が先程よりも勢いを増し、依然として降り続いている。きっと今もその勢いで、あらゆるものを削っていっているのだろう。人間の目には見えない程度に少しずつ。

 

俺達のこの記憶も、そのように時間とともに削られて薄れていってしまうのだろう。それは自然の摂理であり、人間の性でもある。

しかしそのことを知っていてなお、俺はどこかで奉仕部で過ごした日々を守りたいと願っていた。昔の自分とは打って変わって。

 

バケツをひっくり返したような大雨を横目に、俺は自分の選ぶ道を考えることにした。

 

ここからはモテない奴が考える妄想のような思考になるが、きっと必要なことなので恥ずかしさを我慢して思考に入る。

 

仮に……仮にだ。

いや、本当に仮定の話ね?

仮に俺がYさんから告白を受けたとする。

ではその時、俺はどういう答えを出すか。あるいは出すべきか。

 

式場で考えに考えた結果、自分の求める結末は「今の関係を出来るだけ守る」だと分かった。

これはあくまで俺の意思であり、他者に突き動かされた結果ではない。

 

しかし不変であり続けるのも普通は不可能だ。

超能力者か未来人かを見つけて、似た出来事を8回ほど繰り返してもらうくらいしか方法はないだろう。

 

なら俺の出すべき答えは何か。

 

言うまでもなく俺には、答えを出さずに曖昧に終わらせるという選択肢もとれる。

 

しかしこれではただの延命措置に過ぎないし、その間はまた虚ろな時間を過ごすことになる。彼女達もそれでは決して納得しないだろう。

すなわち、これはただの逃げの一手だろう。結果になんの魅力もない。

決して選ぶべきではない選択肢であろう。

 

では答えは「YES」か「NO」かに絞られる。

 

今まで一緒に過ごしてきた時間を手掛かりに、それぞれの選択を選んだ時に得られる結果を予想していく。自分なりに計算する。

 

まず「NO」を選んだ時だ。

こちらの方が簡単な気がしたので先に考える。

 

これは一見、今までの関係を維持できる可能性があるようにも見えるが、彼女達であれば決してそのような結果にはならないだろう。

 

おそらく……いや、確実にもう一人に叱られる。停滞、仮初めの安定を望んで答えから逃げたと見なし、本気で怒ってくると思う。

実際に「NO」を選ぶ理由として、今の俺が考える口実はそれくらいしかない。

 

また当然「NO」という答えを突きつけられた方も、並みならぬ傷を受けるに違いない。

 

長い目で見ても、あまり良くない結末が待ち受けているはずだ。

断ったのを機に関係が終わる可能性もあるし、仮に関係が続いた場合でも、それはきっと表面を取り繕った虚ろなものだろう。いわば偽物の関係だ。

 

では「YES」を選んだ場合どうなるか。

 

他の「NO」が推奨されない選択肢である以上、俺の選ぶべき答えは無論消去法で「YES」となる。

 

しかし焦る必要はない。

この答えを選んだ時の結果も考えてみる。

 

おそらく「YES」を選べば1人は喜び、もう1人はそれを祝福するだろう。大切なものを守るために、その時の自分の気持ちを時間をかけて飲み下して、そのエンドを受け入れる。

1人と1人とが結ばれるというのは運命だから。きっと2人も覚悟はしているに違いない。

 

だが友人関係そのものは続くだろう。お互いにお互いを本当に大切に思っている。だから相手の大切なものを壊すような真似は絶対にしない。

それが彼女達だ。共依存などではなく、彼女達は「友達」なのだ。

 

結果生み出された関係も、偽物の関係にはならないだろう。全員が覚悟をもって臨んだ道だから。

時間はかかるかもしれないが、きっと全員が受け容れる。妥協などではなく、しっかりと心で受け止めて、新しい本物の関係を築いていくはずだ。俺はそう信じてる。そう信じたい。

 

俺は答えを出さなくてはならない。

辛くても、逃げたくても、これだけは答えを出さなければいけない。

これは俺の高校生活で唯一、つけなければいけないケジメなのだ。

 

「YES」か「NO」か。

 

時間をかけてじっくりと両者を天秤にかけた。

共に過ごしてきた時間から、選択によって導かれる結末をなるべく正確に推測した。

師の言う通りに割り切れず残った余り、すなわち2人の感情も、計算で導き出された結果に忘れることなく添えた。

 

自分の選ぶ道はもう決めた。

俺はゆっくりと目を開けて、目の前の風景を確かめた。寒いからか眠気などはなく、視界ははっきりしている。

 

ステージでは先生がピアノへと向かっていた。そろそろ卒業式の歌なるものを歌う頃合なのだろう。

 

自問自答して答えを出し、何かを失う覚悟をして、未来へと進む。

 

『そうやってたくさん諦めて大人になっていくもんよ』

 

いつだったか、ある人に大人になるということは多くのものを諦めるということだと聞いた。

 

しかし俺は、「どうせ失われるから何もしない」という諦観的な道を選ばず、「何かを守るために、何かを捨てる」という覚悟が必要な道を選ぶ。

どうやらまだ大人になれそうにないようだ。まあ大人になりたいという気持ちは、そもそも無いがな。働きたくないし。

 

いつものくだらない思考回路が復活した頃には、校歌斉唱が終わって卒業式は終わりを迎える。

万雷の拍手が式場に沸き起こる中、卒業生が堂々と退場をはじめる。俺も席からすっくと立って、列に従って歩いていく。

 

さっきまでは泣いていなかったが、退場するに至り、涙を零し始めている奴がちらほら見える。

自分の目には涙こそないが、なんとなく感慨深いものがあった。

 

やるべきことはやったはずだ。

そう心の中で呟き、俺はゆっくりと退場した。

 




5話、いかがでしたでしょうか?
待たせた割にクオリティー低いぞ(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾
などの感想も承っております(笑)
今回は卒業式も終わり、八幡もある程度まで決意を固めました。次回、次次回くらいから物語が大きく動きはじめます(*´ω`*)
おい、いくらなんでも展開が遅くないか!?(´・ω・`)
などの感想ももちろん承っております!
よろしければ、評価、感想のほどよろしくお願いしますm(_ _)m


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そうして彼らの思惑は交錯し、運命は分かたれる。⑥

お久しぶりです(*´ω`*)
今回は2週間で投稿できました!
…前回、間隔開けすぎですよね、はい。
えーと、6話は式後の話になります( ´ ▽ ` )
かなり話が動き始めますよ!
…話が動くの遅いですよね、はい。
改めてお詫び申し上げます(笑)
では本編の方、お楽しみくださいm(_ _)m


 

卒業式が終わり、皆が銘々に教室に戻る。泣いている奴もいれば、晴れ晴れとした様子の奴もいた。

 

「さてと、俺も下働きに行きますか……」

 

俺はそうした人達を横目に、いそいそと自分の教室へ荷物を取りに向かっていた。

遅れたら雪ノ下さんに何か言われそうだし。

 

この後は奉仕部に行って片付けもしないといけないので、意外と大忙しだ。

これは社畜への第一歩かしらと思うと、引きつった笑みが零れる。

 

「ヒッキー、待って!」

 

すると後ろから俺を呼び止める声が聞こえた。そこまで急ぐ必要はないので、教室に向かう列を外れて待ってやる。

 

「ヒッキー、歩くの早いよ!」

 

ぼっちは歩く速さを合わせる人がいないから、自然と歩みも洗練されるのだ。

とりあえず謝っておく。

 

「おう、すまんな」

 

「いや、別にいいけど……」

 

謝られたのが意外だったのか、由比ヶ浜は少し目をそらせて髪を手櫛ですく。

こちらもそんな反応をされては対応に困るので、益体のない言葉を続けてみた。

 

「でもいいか、由比ヶ浜。ぼっちは歩くスピードを人にあわせることなんて滅多にないから、必然的に歩くスピードも速くなる。競歩の選手とか高確率でぼっちだぞ」

 

「なんか理由が悲しい!しかも最後のは絶対嘘でしょ!?」

 

ガバッとこちらを向いてキレのいい突っ込みを返してくる。

これでこそ由比ヶ浜だな。よきよき。

 

調子を取り戻したのか、しばらくするとはっと思い出したように尋ねてくる。

 

「あ、っていうか、ヒッキー卒業式の時、なんか悶えてるみたいな感じだったけど、どうかしたの?」

 

ぐはっ。あれを見られていたのか……

恥ずかしさのあまり、目をそらさずにはいられない。

 

「み、見てたのかよ……」

 

「まあ、ヒッキーも卒業式に何か感じるところがあったのかなとか思って、なんとなく嬉しかったんだけどね」

 

どうやら由比ヶ浜は、俺にとってはまだ都合のいい解釈をしてくれているようだ。

 

「まあ、そういうことにしておいてください……」

 

「えっ、違うの?」

 

由比ヶ浜が驚いたように口に手を当てる。

変に追及されても困るので、とりあえずそういうことにしておく。

 

「いや、それで良いです。そう思ってくれる方がありがたいです……」

 

「う、うん」

 

由比ヶ浜もこれ以上聞いてほしくないという気持ちを察してくへたのか、怪訝な顔をしながらもそれ以上追及することはなかった。

一人でこれからのことに煩悶してたなんて、由比ヶ浜には恥ずかくて言えない!

 

「で……でさ!ヒッキー!」

 

式中の自分の様子を思い浮かべてバッドトリップしはじめちゃいそうな時、由比ヶ浜の突然の呼びかけで現実に連れ戻される。

意外に大きな声量だったので驚いてしまい、反射的に変な返事をしてしまった。

 

「お、おお……な、何か御用かな?」

 

言った後にすぐさま恥ずかしさで死にたくなったが、いつものようなツッコミが由比ヶ浜から返ってくることはなかった。

 

不審に思い由比ヶ浜を見ると、何か思いつめたような表情をしながら、下を向いてもごもごしている。

そして意を決したのか、ばっとこちらを向いた。

 

「あの!えーと、朝の話の!……その……続きになるん……だけど!えーと……今日学校が終わったら、その……」

 

意を決したが、まだ躊躇いがあるのか、声が段々尻すぼみになっていく。

 

自分も覚悟を決めたはずのに、その先を言ってほしくないとどこかで願ってしまう。

ずっと避けて来たこの未来。彼女が言いさえしなければ、このままこの関係が続くのではないかと、そんな馬鹿馬鹿しい希望が湧く。

 

そんな俺をよそに、由比ヶ浜はとうとう覚悟を決してその先の言葉を紡ぎ出した。

 

「その……校舎裏に来て……くれないかなって話……。だ、ダメかな?」

 

朝は少し曖昧に答えたが、今は明確な答えを求められている。だから由比ヶ浜の求めに応じて答えた。

 

「校舎裏に行くだけなら……構わない」

 

心なしか「だけ」の部分が少し語気が強いような気がした。まだ愚かな希望に縋ろうとしている自分に嫌気がさす。

 

しかし由比ヶ浜は承諾の返事を聞けただけでも嬉しかったのか、とても満足そうに微笑んだ。

 

「うん……ありがと、ヒッキー」

 

屈託のない笑顔に不覚にも心が惹かれてしまう。

だがまだその時ではない。なんとか自分を取り戻し、いったん頭の片隅にそっと置く。

 

そんな時、後ろから軽快な足音が聞こえてきた。由比ヶ浜は満足感に浸っているのか、まだ気付いていないようだが、その足音は段々と近づいてきている。

 

「なんか嫌な予感がするぞ……」

 

「えっ?」

 

何か危険を察知した俺は、由比ヶ浜と後で会おうと声をかけようとする。

 

「ゆ、由比ヶ浜。またこの続きはまたあと……」

 

だが素早い猫からは逃れられない。全部を言い終える前に、背中を軽くぽーんと叩かれた。

 

「あれれー、先輩と由比ヶ浜先輩じゃないですか。ピンク色のオーラ振りまいて何してるんですかー?」

 

「一色……」

 

「いろはちゃん!?」

 

事前に察知できなかった由比ヶ浜は、体をびくんとさせて驚く。それはまさに猫に見つかった獲物のようで、少し笑ってしまう。

 

一色も由比ヶ浜のその反応に満足したのか、ふふふと胸をそらしながら誇らしく言う。

 

「恋バナあるところに一色ありですよ」

 

「何言ってんだお前……」

 

「ははは……」

 

いろはすか……こいつに捕まっては厄介だ。何を聞き出されるか分からん。

 

というか、こいつなら最初から聞いてて、タイミングを見計らって途中で出てきた可能性もあるから恐い。この話題でゆすられたら、何枚かお札出しちゃいそうになるまである。

 

しかし一色は、にっこにっこにーと笑顔を浮かべながら、ただ俺の顔をじろじろ見てくる。

う、うぜぇぞ。こいつ、うぜぇ……

 

しばらく一色は矯めつ眇めつしていたが、突然ニヤッとして口を開く。

 

「で、先輩。何話してたんですかー?なんかすごい幸せそうな感じでしたけどー」

 

「うっ……」

 

こ、こいつ、やっぱ聞いてただろ……

思わず答えにつまってしまう。

 

いやらしい笑顔を浮かべながら追及する一色に対し、俺は目をそらせながら適当な言い訳を探すが、良い文言がなかなか見つからない。

 

一色は俺の方が与し易いと考えたのか、俺を集中攻撃する。俺の周りをくるくる回っては、時折んんっと顔を覗き込んできた。

 

由比ヶ浜はしばらくどうしようかとあたふたしていたが、やがて何かを思いついたように顔をあげる。

おっ、助けてガハマさん!

 

「あ、いろはちゃん?私……えーと、優美子や隼人くん達と写真撮ったりする約束があるから、もう行くね!ヒッキーもゆきのんと待ってて!ヒッキー、いろはちゃん、また後でね!」

 

なんて奴だ…こいつ、俺を見捨てる気だ!

一色も由比ヶ浜には追及する気はないのか、いとも簡単に解放する。

 

「はいはーい、由比ヶ浜先輩、了解でーす」

 

由比ヶ浜め、体良く逃げやがった……

俺も続かねば。

 

由比ヶ浜と同じ言い分で解放を要求する。

 

「お、俺も予定あるかr……」

 

「先輩に予定なんてある訳ないじゃないですか」

 

「おい」

 

言い終わる前に放たれる弾丸。

こいつ、オーバーキルとか気にしないのか。材木座なら泡吹いて死んでしまうぞ。

 

しかし、こいつ本当に失礼だな。

俺がいつもは予定無いみたいに言いやがって。あ、いや、間違ってませんわ。今月の予定表、真っ白でしたわ。がはは。

 

いつもならすでに投了だが、今回に限っては違う。天下の雪ノ下さんがお呼びなのだ。

 

「いや、それが本当に予定があるんだな、これが。あいつがお呼びなんだよ」

 

しかし一色は信じてくれた様子はなく、ぷくーと頰を膨らせながら疑いの目を向ける。

 

「私以外に、誰がいるんですか?」

 

「雪ノ下だよ。ってか、私以外にって……お前は俺の何なんだよ」

 

「可愛い後輩です☆」

 

「はいはい」

 

一色はあざとさを全面に押し出して、きゃるんって感じにアピールしてきた。

なので俺もいつものように軽くあしらう。ほんの一瞬ときめいたのは秘密だ。

 

すると一色は露骨に嫌な顔をして、声のトーンを下げて言い放つ。

 

「は?何ですかそのうっすい反応」

 

ふえぇ、いろはす怖いよう……

威圧の仕方とか、先輩たちから悪いところだけ学ばないで!

 

ちょっくらビビっていると、いろはすはそんな俺をよそにまた声のトーンを戻す。

 

「まあいいです。で、雪ノ下先輩がなんで先輩なんかをお呼びなんですか?」

 

「教室の片付けを手伝えだとさ。あと先輩なんかって酷くない?しかも俺、部員だからね?」

 

すると一色は記憶を掘り起こすように、人差し指をたてて右頬のあたりにつけ、視線をやや上に向ける。

 

「あれ?奉仕部の教室なら、前に片付いたとか言ってませんでした?」

 

「雪ノ下が言う以上、何か残ってるんだろ」

 

「そーいうもんですかね」

 

まあ俺も疑念の残っているところだが、あの部屋を管理する雪ノ下が言う以上、何かしら片付けが残っているのだろう。

いよいよ社畜適正が開花してきた俺は、部長に黙って従うのみなのだ。

 

「まあ先輩、頑張って下さいね!」

 

「ん、何をだ?」

 

一色は笑顔で唐突にそう告げる。

俺もいきなりすぎて答えに戸惑ってしまった。

 

真意を確かめようと一色の目を見る。一色は俺と目があったのを確認すると、目を瞑って一つ大きく息を吐く。

そして再び目を開いた時には、真剣な表情でまっすぐ俺の目を見つめていた。

 

少し俯き加減ながらも、射止めるような鋭い眼差しは絵画じみていた。

 

そして一言だけ、こう告げる。

 

「逃げちゃ……ダメですよ」

 

「………」

 

その一言だけで十分だった。

その言葉だけで彼女の思いは十分伝わった。

 

きっと彼女もまた、好きだった奉仕部を守ろうとしているのだろう。

彼女なりの方法で。

 

一色はそう告げたあと、少し顔をほころばせて優しい顔でこう続けた。

 

「私、応援してますから」

 

「……おう」

 

計算高い彼女の目には、いったい何が見えているのだろうか。きっと彼女だからこそ見えるものもあるに違いない。

 

だか先が見えなくても、俺は何かしらの答えを出しに行かねばならない。

 

ではではと手を振る一色を背に、俺は奉仕部へと向かう廊下を突き進んでいった。

 

***********************************************

 

先輩の後ろ姿をひらひらと手を振りながら見送る。今から残酷な選択を迫られるだろう先輩の背を、目を細めながら見ていた。

 

「うーん、行っちゃった」

 

先輩が奉仕部へ向かう廊下を進んで行ったのを確認すると、どこかこわばっていた身体の力が抜けた感じがした。

 

ふと窓の外を眺める。先ほどまで強く降っていたのが嘘のように雨はすでに止んでおり、所々で日差しが雲の隙間から溢れている。

 

なんとなく空に手を伸ばしてみる。

小さい頃は雲や星、月を手にとってみたくて、届かないと思っていてもよく手を伸ばしていた。

 

雨上がりの空に浮かぶ雲はどうしてか掴めそうに見えて、ぎゅっと手を握ってみる。

でも当然手には何も握られていない。自虐的な笑みを浮かべてだらんと手を下ろす。

 

「あーあ、ひと際輝く大きな星に目をとられて、近くの小さいけど素敵な星を見逃しちゃったなぁ……」

 

自分の心にはいつもの輝くカッコいい先輩ではなく、ジメジメしてカッコ悪いけど不器用で優しい先輩の姿が浮かんでいた。

 

「でも……先輩達なら仕方ないか!」

 

無理やり明るい声を出してそう言う。

だって私の好きな先輩たちは、きっと私よりもずっと辛い思いをするだろうから。

 

−頑張ってください−

 

そう呟きながら、私は先輩の向かった先とは逆の廊下を進んでいった。

 

***********************************************

 

皆が写真会の続きやアルバム埋めをするために、教室や部室のある第一校舎へ向かう中、俺は硬質の床を踏み締め、一人第二校舎へと向かっていた。

由比ヶ浜は三浦達との撮影をしてからこちらに向かうそうだ。

目的地が近付くにつれ喧騒が遠くなる。

これも彼女が纏う独特の雰囲気……オーラ故なのかと今だに思う。

 

窓が空いている訳でも無いのに廊下はひんやりとしいて、体の芯から俺を冷やそうとしているようだ。

廊下を曲がって少し進み、扉の前に立つ。

 

あの作文を書いてから1年ちょっとの時間をこの教室で過ごした。

今日という卒業式の日でも、彼女はいつもと寸分違わず本を静かに読んでいるのだろう。俺はそっとノックをして返事を待つ。

 

「どうぞ」

静かだが、思わず耳を済ませてしまうような凛とした声が中から聞こえて、俺はそれに従うように扉を開ける。

 

少し遅れてしまったので、片付けはもう済んでしまったのだろうか。

彼女、雪ノ下雪乃は窓を開けて、少し冷たい教室の中で一人本を読んでいた。

雪ノ下の姿はあの日から1年以上経った今も、やはり絵になるほど美しかった。初めて出会った日も、騒ぐ俺と対照的にこうやって雪ノ下は一人で読書をしていた記憶が蘇る。

そして今もまた、不覚にも見とれてしまうのであった。

 

目を奪われていたことに気付かれて、後で馬鹿にされないようになるべく平常心を装って、いつもの席に向かう。

だが意識すると、逆に足取りがおぼつかなくなってしまうもので、バランスを崩して机に軽く脚をぶつけてしまった。

 

しかし、いつものように雪ノ下から鋭い口撃が飛んでくることはない。

安堵とともに仮初の雰囲気を感じる。

 

扉からそう離れて無いのに席が遠く感じた。やっとのことで椅子に座る。

 

一息つくと、もう少しあの光景を見ていたい衝動に襲われる。

いつもとそう変わらない光景なのに、静かに本を読む雪ノ下の姿はいつもより美しくも、どこか儚いように見えた。

 

これも今日が卒業式だからなのだろうか。

 

衝動を抑えて、雪ノ下に倣い、持ってきていた本を取り出して読書を始め、由比ヶ浜が来るのを待った。

 

しかしそんな精神状態で集中して読めるはずもなく、いつのまにか視線は文字列から雪ノ下へと向かっていた。

 

「……………」

 

「……………」

 

物音を立てることも憚られるような静寂。音も空気も時も、彼女一人ののために流れを止めている、そう錯覚するような時間が流れる。

ただ俺の視線だけが腰掛けて本を読む彼女を見つめていた。

 

彼女が本を手繰り我に返った俺は、決まりが悪くなって慌てて視線をそらす。そこでようやく雨が止んでいることに気付いた。

切り替えてしばらく本を読んでいると、不意に開けていた窓から風が入り込んで来て、置かれてあった本のページを無造作にめくっていった。

 

意外だったのはその本は、さっきまで雪ノ下が手にしていた本であったことだ。

俺は不信に思って雪ノ下を見ると、彼女はただ沈黙を保って目をつむっていた。

俺はこの沈黙の意図を探ろうとして、雪ノ下を見る。雪ノ下の姿はまるで何も外に零さずに、ただ自らの内で何か答えを出そうとしているように見えた。

 

俺も読んでいた本を机に置いて、雪ノ下に首だけで顔を向ける。雪ノ下は俯き加減で目を瞑り、俺はその雪ノ下をじっと見つめるだけ、そんな時間が流れた。

 

教室に静寂の帳が落ちる。

いつもは気にならならないこの静寂に、何故か決まり悪さを感じ思わず口を開く。

 

「雪ノ下、片付けは良いのか?」

 

そんな俺の問いにも、雪ノ下は沈黙を守り続けた。無視……というわけでもなさそうなので、反応に困る。

 

スピーカーから僅かに低い機械音が聞こえる。卒業音楽でもかかるのだろうか。

普段なら気付かないような小さな音だが、沈黙で満ちたこの教室にはよく響いた。

数秒後、教師達の記念撮影の召集の放送がかかり、教室の静寂が破られた。

 

雪ノ下を見ると、ふっと大きく息を吐いて目を開いていた。雲間から差した光芒を受け、幻想的なその姿は、まるで何か悲愴な覚悟をしたかのようにも見えた。

 

そして放送が終わり、スピーカー音の余韻が教室に響く。その余韻が再び静寂に吸い込まれるのを確認すると、雪ノ下が口を開いた。

「そうね……そろそろ始めましょうか」

 

そう言って、そっと立ち上がる。

 

「私……いいえ、私自身の片付けを」

 

ここで俺はようやく異変の正体に気がついた。だがそれも遅かった。

雪ノ下は少し笑みを浮かべて、すでに次の句を発していた。

 

「比企谷君、私と付き合ってくれないかしら。恋人として……」

儚げに揺れるその双眸は、ガラス細工のように美しかった。

 




如何でしたでしょうか?
今回はなんか自分で書いてても緊張しました(^^;
本当、どうなるんでしょうね…(目そらし
次の投稿は年明けになると思います!
…え、また待たせるのって?
いや、本当に申し訳ないです_:(´ཀ`」 ∠):
でもここは、読者の皆さんのご厚意に甘えさせて頂きます_(:3」z)_
感想、評価を頂けると嬉しいです!
では、残り少ないですが、良いお年をです(*´ω`*)


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〜間奏:「少女の決意」〜

久しぶりの投稿です_( _´ω`)_
ちょっとした間奏ですが、お楽しみ頂けれぱ嬉しいです!


 

ずっと一人だった。

 

姉がいるけれど、そんなことは関係ない。

 

私はずっと一人だったのだ。

 

だから強くなろうとした。

 

一人でも負けないように。

自分の正義を貫くために。

 

ただ一人、気高く。

 

でも姉は背中を追いかけているだけと言って、私の歩んだ道を断罪した。

まともに反論できなかったのは、どこかでその通りだという自覚があったからだろう。

 

そんな時、彼と彼女が硬質のドアを開けた。

 

とても不器用だけど素敵な彼。

とても明るくて優しい彼女。

 

そんな二人と一緒に、奉仕部として、友人としてたくさんの時間を共に過ごした。

 

色々な事があったけれど、三人で過ごす時間は嫌いじゃなかった。どこかで失いたくないと思っていたから、大切に抱きしめていた。

 

彼と彼女の優しさに触れていると、自分は強くなくても良い、一人で頑張らなくてもいい。そういう錯覚に陥ってしまう。

 

他人を頼ることを、こんなにも真剣に相手から願われたのは初めてだったから。

 

三人で過ごす時間はとても素敵だった。

でもそんな素晴らしい時間は容赦なく過ぎて。

 

私たちを結びつけてきた高校、奉仕部という存在が消える。

 

友人関係が消える訳ではないが、私たちが目を背け、先送りしてきた問いの答えを出さないといけない。逃げることは許されない。

 

私はこれからどう歩むべきなのか。

 

彼女が彼に好意を寄せているのは知っている。

 

私は彼と、彼女に何度も救われた。

楽しい時間も辛い時間も共有しようとして、出来る限り理解しようとしてくれた。

 

彼も今まで慕ってくれた彼女の思いに応えたいと思っているはずだ。今までの行動からそれは容易に窺い知れた。

 

だがいまだに二の足を踏んでいるのは、きっと私のことを気にしているから…

 

自惚れかもしれないが、間違いないだろう。

 

だって彼は優しいから。

 

私たちの間に生まれた「きずな」と呼べるものが、彼の「ほだし」になってほしくない。

 

私はもう十分。

次は私が彼、彼女を救う番だろう。

 

そう、奉仕部の部長として私が最後になすべきことは…

 

式前に彼に話した時は緊張からだろうか、胸の動機が高まってしまった。

 

次は冷静に成し遂げてみせる。

 

そう決意して行き慣れた教室のドアを開く。

 

教室はすでに片付けてあり、全てが始まったあの日と似た光景が広がっている。ティーカップと湯呑みが並ぶ、あの温かい光景はもうすでにない。

 

何もない、閑散とした部屋。

空っぽで虚ろな部屋。

 

終わりには相応しい舞台ね。

思わずそう自嘲してしまう。

 

ドアを後ろ手に閉め、ゆっくりと中へと入る。

入ったばかりで暖房をつけていない教室はまだ寒く、私の手は小刻みに震えていた。

 




ここで少し間奏を入れたいと思いまして、投稿させて頂きました!
本編の続きをそのまま投稿するのも良いのですが、こういうのも良いかなって(*´ω`*)
え、Interludeに影響されただろ!ですか?
やだなぁ、そんなことないじゃないですか!(目そらし)
本編の続きは近いうちに投稿できると思います ( ̄^ ̄ゞ
これからもよろしくお願いしますm(_ _)m


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そうして彼らの思惑は交錯し、運命は分かたれる。⑦

お久しぶりです( ´ ▽ ` )ノ
段々と暖かくなってきて、風にも優しい春の香りがするようになりましたね!私も野原かどこかに寝そべって、ひなたぼっこをしたくなります(*´ω`*)
お待たせしました7話です!
前話あたりから物語が終盤を迎え、大きく動きだしました(´・ω・`;)
長々と語ってもアレなので、本編の方、お楽しみ下さい!


 

「比企谷君、私と付き合ってくれないかしら。恋人として……」

 

突然の雪ノ下の告白。

俺は言うまでもなく混乱し、狼狽し、完全に言葉を失った。

 

完全に計算外である。

 

計算していれば対応も出来ただろうが、式中でそんな想定はしていなかった。故に、俺は完全に停止してしまったのだ。

 

大きな瞳はなおもしっかりと俺の目を射止めており、その目は先程の告白が冗談ではないことを雄弁に物語っていた。

 

困惑した俺を見て、雪ノ下はそっと付け足す。

 

「すぐに答えを出せとは言わないわ。でもこの場所で、この私に答えを聞かせて。それまで私はいくらでも待つから」

 

停止した俺を察しての発言だろう。眩しい陽光を嫌うように少し細めに目を開けながら、雪ノ下は微笑んだ。

 

「ああ……」

 

そう答えながら、依然として俺を見つめる瞳を避けるようにして一度雪ノ下から背を向ける。

 

考える猶予を与えられ、まず俺は平静を取り戻そうと思考を巡らせる。

 

計算外の出来事であったが、自分の出した選択を変えるような出来事ではない。そう自分に言い聞かせて心を落ち着かせる。

 

時間とともに徐々に思考が回復し、周囲のものがしっかり見え始める。

ふっと小さく息を吐いて、自分なりに仕切り直し、事態を自分の中で改めて捉え直す。

 

「取り乱してすまん、雪ノ下。もう大丈夫だ」

 

「ええ、それは良かった」

 

後ろを向いたままながらも、しっかりした返事か返ってきたことに満足したのか、雪ノ下の声色はいつもより温かいように感じた。

 

そして一呼吸置いてから、雪ノ下はこう続ける。

 

「一応改めて聞いておくわね」

 

ここまで言って躊躇したのか少し間があく。

しかしすぐに躊躇いを振り払い、問いを投げかけた。

 

「……結論をここで私に聞かせてもらえるわよね、比企谷くん」

 

一方的に要求するのはアンフェアだと思ったのだろうか、雪ノ下は一応俺に確認を入れてくる。

 

「ああ、大丈夫だ」

 

その確認に対して、雪ノ下の視線を正面から見据えることは出来なかったが、前を向いてしっかりと頷きを返しながら答えた。

 

もとより逃げることは俺に許されていない。

どの道を選ぼうと、どんな結末であろうと、俺は進むしかないのだ。

 

その意味で、雪ノ下が逃げ道を予め塞いでくれたのはありがたいと言えるだろう。

 

「よかった」

 

その返事を聞いて安心したのか、雪ノ下は軽く微笑み、窓からの風で肩にかかっていた髪を手で軽く払った。

 

俺がやるべき事は一つ。

 

雪ノ下の問いに答えること。

 

数語の言葉を口から発すればきっと終わる。

 

「ふうーっ」

 

ひとつ大きく息を吐く。

溜め込んできたものを全て吐き出すことが出来たら…と思って大きく吐くが、息以外のものは当然出てこない。

 

やはり言葉にするしか道はない。

 

時計の針が告げる時間よりも、俺自身の鼓動が答えを急がせる。

 

色々考えて出した答え。

その用意してきた答えをここで出せば、雪ノ下はきっと満足してくれるだろう。

 

「じゃあ……返事を聞かせてくれるかしら」

 

最後の1歩が踏み出せないままでいる俺の背をそっと押すように、優しい声音で問いかける。その言葉には棘も何もない。

 

俺の選ぶべき道は何か。

最後にもう一度だけ問い直す。

 

雪ノ下が俺の答えを望んでいる。

 

怯える背中も押してもらった。

 

なら躊躇う理由はもうない。

短い沈黙のあと心を決めた。

 

覚悟を決めて顔をあげる。

最後くらいはしっかりと目を合わせて話そう。

 

「雪ノ下、俺は……ッ!」

 

そう言って雪ノ下の顔を見上げた俺は、衝撃を受けた。そして続けるはずだった言葉を、寸前でとりこぼしてしまう。

 

彼女は微笑んでいた。

 

不器用に作られた優しすぎる笑顔。

全てを受け入れるような柔らかい笑み。

 

透き通るような彼女の白い肌や、ガラス細工のような瞳、艶やかな唇。

全てが美しく、そして儚く揺れていた。

 

「比企谷くん……?」

 

「………」

 

ああ、これは欺瞞だ。

 

優しい嘘で飾った欺瞞だ。

 

顔も言葉も巧妙に取繕われているが、雪ノ下雪乃の全てが、この告白が付き合うことを望むが故の告白ではないことを雄弁に物語っていた。

 

ならこの告白の意図も容易に推測できる。

 

きっと、俺の決意を固めさせるためのものだろう。躊躇う俺の背中を押すための。

 

そう考えると先程までは見えなかったものが、段々と見えてきて色々なことに合点がついた。

 

なら俺は、この告白をしっかりと否定すべきなのだろう。

 

それが雪ノ下雪乃の意図に沿う行動だ。

 

だがこれは雪ノ下雪乃の願望に沿う行動なのだろうか。

 

俺の知る雪ノ下雪乃は、こんな目をしていなかった。

 

俺の中の雪ノ下雪乃は、世の中の不条理に屈することなく、自分の信じる道を貫こうとする意思が伝わってくるような美しい目をしていた。

 

だが今の彼女の瞳は……

彼女の大きな瞳からは、色が失われているように見えた。

 

ああ、そうか。

 

儚げに見えた目は、ただただ全てを諦めていただけだったのか。

透き通って美しく見えたあの瞳は、ただ中身がなかったからだったのか。

 

「……比企谷くん?どうかしたの?」

 

反応がない俺を心配したのか、再び雪ノ下が声をかけてくる。

 

「……いや、何もない」

 

「でも……」

 

「俺は大丈夫だ」

 

「そう……」

 

その声は俺のよく知る雪ノ下雪乃のもので、先程の偽りの彼女が発した声とは違った。

今は心配する声にも凛とした輝きが声にある。

 

「……………」

 

様子のおかしい俺に対して、雪ノ下はもう催促することは無い。

心配そうな目で俺を見つめるだけだ。

この目もやはり先程のものとは違った。

 

本物と偽物。

 

ここで用意した答えを出せば、あの凛として美しい本物の雪ノ下雪乃は消えてしまうのではないかと、どこかで感じとった。

 

俺はあの美しい雪ノ下雪乃が好きだった。

そんな雪ノ下雪乃に恋していた。

 

本物の雪ノ下雪乃を守りたい。

 

そう思うと、自然と口は動いた。

 

「雪ノ下」

 

「えっ?」

 

突然の呼びかけに雪ノ下は戸惑っているようだった。

しかし俺は気にすることなく続けていた。

 

「雪ノ下……俺はお前が好きだ。だから、俺と、付き合ってくれ」

 

雪ノ下が自分を貫く様は何よりも美しく、貴いものだと俺は思う。

だからこんなどうしようもない俺のことで、今まで貫いてきた信念を……美しい花を手折ってほしくない。

 

雪ノ下雪乃の本物を守りたい……

 

そう思えば自然と身体は動いていた。

「嘘……だってあなたには……」

 

雪ノ下はひどく怯えた顔で、肩を震わせて俺の方を弱々しく見つめる。

これがきっと本当の雪ノ下雪乃なのだろう。弱さを全て自分の内側に封じ込めて、他人に見えないようにしている。

 

そんな雪ノ下の姿もまた美しいと思った。

「いや、俺はお前が好きなんだ、雪ノ下」

 

「違うッ!」

 

聞いたことのないほど大きな声で、彼女は叫んだ。身体を震わせ彼女は絶叫した。

 

「そんなはずない!そんなことあってはならないの!悪い冗談はやめて!」

 

「いや、冗談じゃない」

 

「いいえ、嘘よ。貴方は由比ヶ浜さんが好きなはずよ!」

 

「嘘でもない。これが俺の今の気持ちであり、紛れもない本心だ」

 

まともに俺の顔を見ることが出来ないようで、ただひたすらに下を向いて叫ぶ。そんな彼女の叫びに対して、俺は冷静に言葉を返していった。

 

「やめて……」

 

短い沈黙のあと、彼女はまた声を絞り出すようにして叫び始める。

 

「貴方はあの子と結ばれるべきなの!私は独りでいるべきなの!それがあるべき姿なの!」

 

繕う心の最後の抵抗だろう。

 

「違うの!これじゃダメなの!あの子こそが幸せになるべきなの!」

 

まくし立てるように叫ぶ彼女を俺はじっと見て、その言葉を聞いていた。

そして一言だけ返す。

 

「その結果、お前が幸せになれなくてもか?」

 

彼女は一瞬たじろいだが、すぐに否定する。

 

「違う、違う、違う、違う!」

 

すでに彼女には続けられる言葉が残っていなかった。だからただひたすらに彼女は否定する。

 

だがそれももう終わりにしよう。

彼女の心はもう壊れる寸前まで行っていると自然と察することが出来た。

 

「もういい、雪ノ下」

 

「………ッ!」

 

もう彼女が無理して偽り、傷つく姿は見たくなかった。楽にしてあげたいと思った。

 

だから最後の言葉として……

 

少女は斜陽の中で本を読んでいた。

世界が終わったあとも、きっと彼女はここでこうしているんじゃないか、そう錯覚させるほどに、この光景は絵画じみていた。

それを見たとき、俺は身体も精神も止まってしまった。

―――不覚にも見惚れてしまった。

 

あの時は言えなかった、自分の正直な気持ちをぶつけた。紛れもない俺の本心を。

 

「俺はお前が好きなんだ。もう……無理しなくていいんだ」

 

彼女の本心を封じこめる氷を溶かすには、きっとこれで十分だろう。そう思った。

 

沈黙が訪れる。

 

その沈黙は悠久の時を感じさせた。

 

長い静寂の後、沈黙を破るように鼻をすする音がしはじめ、雪ノ下の澄んだ双眸からすっと一筋の雫が落ちた。

 

「……比企谷くんッ!」

 

そして雪ノ下は声の限りで叫び、感情のまま胸に飛び込んできた

 

雪ノ下の本心を閉じ込めていた氷が、音を立てて砕けた瞬間だった。

 

泣きながら倒れるように懐に飛び込んできた雪ノ下を、抱くようにしてそっと受け止める。

今まで一人で溜め込んで背負ってきたものを全て吐き出すように、雪ノ下は泣き叫んだ。

 

「私は…私は………ッ!」

 

「ああ、分かってる…全部分かってる」

 

「あああッ!」

 

全部分かってるだなんて傲慢にも程がある。

だが不思議とそんな気がしてしまい、思わず口に出てしまった。

 

決壊して溢れ出した感情の洪水は止まるところを知らず、ただただひたすら自由に暴れ回る。

 

俺は懐で泣く雪ノ下をそっと抱き寄せた。

 

「……………」

 

俺は結局、異なる選択肢を選んだ。

 

割り切れず残った答え、すなわち感情。

しかも他ならぬ自分の感情を、俺は計算式に入れるのを忘れていたからだろう。

 

だがこれは計算間違いなのだろうか?

 

懐でいまだ泣き叫ぶ雪ノ下を見ると、そんな気持ちにはなれなかった。

今はただ、彼女を抱きしめていたいと思った。

 

温かい体温が柔らかい肌を通じて伝わる。

きっと雪ノ下雪乃の心を覆っていた氷も、この温かみで完全に溶けてくれたのだろうか。

 

雪ノ下の叫び声が教室に響く中、かすかに入口の扉がかたかたと揺れる音がした。

はっと目を向けた時には遅かった。

扉のガラス越しに映っていた陰は、床を蹴る大きな音と共に消え去っていった。

 




うん、もうクライマックスだね(´・ω・`;)
自分でもこのあとどうなるのかなって…(他人事)
一応、最終話までの構想はある程度出来てますが、まだまだ練りに練りたいと思います!ってことで、次回か次次回くらいが最終話です(*´ω`*)
ここでまた謝罪を…所属するサークルの新歓代表に任命されてしまい、次話の投稿が遅くなると思います(^^;)
毎度長くお待たせしてごめんなさいm(_ _)m
ではまた次話もよろしくお願いします(〃▽〃)


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そうして彼らの思惑は交錯し、運命は分かたれる。⑧

読者の皆さま、おはこんにちばんは( ´ ▽ ` )ノ
のぞいてくれてありがとうございます!
今回は意外に早く投稿できました(笑)
というのも、長くなりそうなので短く分けたからなのですが(^^;)
長くなるのもあれなので…
本編お楽しみください!(唐突)


 

私だって知っていた。

彼女が我慢してそう見えないようにしてるけど、彼のことが大好きなんだって。

 

彼女はいつでも自分のことは後回しだから。

 

今回だってきっとそうなんだろう。

 

私のためを思って、彼に告白したんだよね。

だって上手く誤魔化そうとしてたけど、あの時の目はもう全てを諦めた感じだったもん。

 

彼はきっとそんな彼女を見捨てない。

だって私が好きになった人だもん。

 

これはこれで良かったのかもしれない。

 

でもなぜだろう。

祝ってあげようと思ったのに、祝ってあげるべきだったのに。

 

私はその場を逃げるように走り去った。

 

***********************************************

 

「比企谷くん……」

 

ようやく少し落ち着いたのか、雪ノ下が埋めていた顔を起こして俺を呼んだ。

先ほど泣き叫んだばかりだからだろう、その声はしゃくりあげる中で絞り出されており、ひどく小さかった。

 

「私は、由比ヶ浜さんを裏切ってしまった。由比ヶ浜さんこそが幸せになるべきなのに、それを私は……」

 

ひどく小さな声は、罪を告解して懺悔するような響きを伴っている。

いつもは気丈な瞳も、今は弱々しい小動物のようだ。

 

弱っているところになんだが、間違いは訂正しておくべきだ。

未だに涙がぽろぽろと零れている雪ノ下に向かって、静かに言い放つ。

 

「雪ノ下、いい加減にしろ」

 

「!!!」

 

傷心の身には少し堪えたのか、ぱっと離れて怯えたように身構えた。

そうと分かりながらも、俺はキツい言葉を投げかける。

 

「由比ヶ浜が雪ノ下に対して、俺にフラれろなんて言ったのか?そうあいつと約束したのか?勝手にお前が裏切ったなんて思ってるだけだろ。独りよがりも大概にしろ」

 

雪ノ下は先のとはまた少し違った、辛い表情を浮かべた。

それに気付いていながらも、その先を続ける。

 

「そもそもあいつが、誰かの不幸のもとに成り立った幸福を望むと思うか?」

 

きっと雪ノ下は、自分でも分かっている。分かっていてなお、見えないフリをして行動を起こしたのだろう。

これが由比ヶ浜のためになると盲信して。

 

だからその間違いをつけつけてやった。

 

そして、もとの雪ノ下雪乃を取り戻すための一言を付け加える。

躊躇いはあったが、初めて会ったあの日、俺の心を掻き乱したあの温かくて眩しい風が、その躊躇いすらも吹き飛ばした。

 

「分かったら、めそめそするのはやめたらどうだ。俺が惚れた雪ノ下雪乃は、もっと凛として美しかったはずだ」

 

「………ッ!」

 

意外な言葉を聞いたように目を見開く。

今までの俺なら、決して言うことは出来なかっただろう。だが、あの半ば衝動的な告白をして以降、もう完全に腹は決まっていた。

 

「そうね……」

 

不意に雪ノ下が言葉を発する。

 

「比企谷くんの言う通りだわ。無様なところを見せてしまったわね」

 

その声はどこか懐かしい響きがした。

昔、ここでよく聞いていた、何気ないやり取りをする時の声。

 

「嘆いたところで何も変わらない。もうとっくに分かっていたと思っていたのにね」

 

軽く嘆息して、雪ノ下は軽く微笑む。

そして短くひとことだけ。

 

「ありがとう」

 

「ああ」

 

何に対する感謝か具体的に言わなかったが、なんとなく分かったような気がした。俺も深く考えることなく軽く返事をする。

 

ようやく場が落ち着きを取り戻す。

 

窓の外を見やると、式中の雨雲はどこに行ったのやらちらほらと空が見えた。日もかなり傾き、西の空は少し赤みを帯びている。

緊迫した時間が続いていたので意識していなかったが、かなりの時間が経過していたのだろう。

 

俺にはまだやることが残っている。それも一番大切なことが。

 

「もう落ち着いたか?なら俺は用事があるから今日は先に帰っていてくれないか?多分遅くなるから。また会える日があれば俺から連絡する」

 

その用事を済ませるべく、何気なく雪ノ下に話しかける。中身を具体的に伝えることはせず、ただ野暮用に断りを入れたように振る舞う。

しかし雪ノ下雪乃はやはり聡かった。確信に近い様子で問いかける。

 

「隠そうとしても無駄よ。由比ヶ浜さんのところでしょう?」

 

「……ああ」

 

悟られた以上、隠すのは無駄だろうと思い、俺は早々に観念した。

 

「なら私も行くわ」

 

雪ノ下は静かに目を閉じて、そう言ってドアへと向かった。だか俺は行く手を塞ぐように手を伸ばして、それを引き止める。

 

「ダメだ」

 

「私もあの子と話さなければいけないことが沢山あるの。だから私も行く」

 

「いいや、ダメだ」

 

抵抗する雪ノ下を俺は再度制する。

 

「どうして止めるの?」

 

そんな俺に対して疑問をぶつけた。

雪ノ下の疑問はもっともだ。雪ノ下もまた俺と同じく、由比ヶ浜と話すべきことは沢山あるだろうし、出来るだけ早く済ませるべきだろう。

 

だが俺はどうしてもまずは自分の手でケリをつけたかった。

だからこの場は譲れない。柄にもなくきっぱりと俺の思いを告げる。

 

「この件は俺自身でまずケリをつけたい」

 

「でも……!」

 

「雪ノ下……いや、雪乃」

 

雪ノ下は俺の言葉に驚いたのか、続ける言葉を失い、じっと俺の顔を見つめた。

 

「俺にさせてくれ。頼む」

 

これはあくまで俺の要求であり、雪ノ下が呑む必要性はない。だがどうしても、まずは俺が由比ヶ浜と話したかった。

だから頭を下げて、雪ノ下に頼み込む。

 

そんな俺を見て唖然としているような様子だったが、しばらく考えたあと、雪ノ下は静かに返事をくれた。

 

「……分かった。本当に無責任だけど、あの子のこと……あなたにお願いするわ」

 

「ありがとう」

 

苦渋の決断といったように、雪ノ下は俺の要求を呑んでくれた。その返事に対して俺は素直に感謝の意を伝える。

 

「いってらっしゃい……」

 

「………」

 

心配する目を振りはらうかのように素早く身を翻し、ドアへと向かう。レールが古くなっているのか、少々扉が重く感じた。

 

外へ出ると冷気が背筋を伝う感覚がして、思わず身震いしてしまった。身体が温かい部室を求めるが、その誘惑を断ち切って後ろ手に扉を閉める。事を為すまでここには戻るまい。

 

由比ヶ浜のいる場所へ。

 

なぜか場所は検討がついていた。それも確信に近い自信があった。

 

既に他の生徒は外へと出払ったのだろうか、校舎はしんと静まり返っており、小さいはずの足音がよく響いた。響く自分の足音がぴんと張りつめたような自分の神経を刺激し、鼓動を無意識に加速させる。

 

一段、また一段。

徐々に目的地へと近づいている実感がした。

 

階段を上り終え、扉の前に立つ。手を伸ばそうとして、一度躊躇うようにその手を引っ込める。

 

選んだ道に今さら恐怖したのではない。

 

扉の向こうに立っているだろう彼女に、俺はなんて声をかけるべきなのか。何を話すのが正解なのか。俺と話すことで彼女は傷ついてしまうのではないか。

そう考えると安易に扉を開けられなかった。

 

扉の前まで来て、思考の波に襲われる。

様々なパターンを想定し、それに対する答えを論理的に考えていく。そして準備した答えでいつものように自らを武装した。

 

これで大丈夫だろう。

そう思って再び扉に手をかける。

 

だがここでまた動きが止まる。

 

果たして考えて用意した言葉が、自分の思ったように相手に届くのだろうか。

 

心理と感情は別物。

かつて師はそう言った。

 

心理ならば空欄を埋めるようにして考えれば、正しい答えに辿り着ける。

 

だが感情は違う。

 

心理や合理性を超えたところにある自己決定要素であり、定理のように決まった答えが導き出されるとは限らない。また心理と同じように考えれば空回りしてしまう。

 

もしこれから対峙するのが由比ヶ浜の感情なら、俺の用意した答えは予想とは違った方向へと向かうだろう。

 

ならどうするか。

 

俺はすっと扉を開けた。

 

あの時と同じ場所。

そう、俺…俺たちが本物を求めた場所へ。

 

準備した答えを全て忘れて。

 

感情には感情を。

それが俺の出した答えだ。

馬鹿らしいがそれが正しい気がする。

 

暗い廊下から外へ出たため、斜陽に視界を奪われる。すぐに目を覆ったが、視界全体がぼんやりと闇に覆われた。

 

徐々に目が順応して世界が色を取り戻していく。

 

「由比ヶ浜……」

 

その世界に少女が一人、夕陽を眺めるようにして佇んでいた。

 




はい、8話はここで終わりです_( _´ω`)_
えっ、こんなとこで話を切るな、嫌がらせかって?
やだなぁ、そんなことないじゃないですか(-∀-`;)
でも、次の話が気になるって方が一人でもいらっしゃってくれれば、作者名義に尽きるというか、私としてはとても嬉しいです(*´д`*)
どうか彼、彼女たちの行く末、歩む道を最後まで見届けてあげてください!私も大学の空き時間を使って書いていきますので!
心の声…英論文は終わったけど、次は新歓なんですよね…
では9話でお会いしましょう(*´∇`)ノシ ではでは~


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そうして彼らの思惑は交錯し、運命は分かたれる。⑨

大変長らくお待たせしました!
新歓だの進振りだのに振り回されて、すごーく遅くなってしまったことを心よりお詫びします(´;ω;`)

話はとうとうクライマックスです!
今回は結衣ちゃんとの会話を描いてます。
皆さんにはできれば、前話も合わせてみてくれたらなぁって( ´・ω・` )

長くなってもあれなので本編どうぞ!(ぐだぐだorz)


 

扉を開けた先には少女が一人佇んでいた。

 

その姿は、あの時「私には分からない」と言った彼女の姿に重なって見えた。

 

だがその時とは違って、少女のその優しい瞳からは大粒の涙がゆっくりと流れていた。

 

「由比ヶ浜……」

 

無意識に言葉が漏れる。

 

由比ヶ浜は俺の呼びかけにびくっと身体を震わせ、焦るようにこちらを振り返った。

 

「あっ、ヒッキー!」

 

振り向きざまに袖で拭って涙を強引に隠そうとしたようだが、目は少し腫れており、右手の袖も濡れていた。

 

「ヒッキー、卒業おめでとう!」

 

唐突にかけられる言葉。

 

「いやー、ヒッキーが卒業出来るなんてね!素行不良かなんかで卒業できないんじゃないかって心配してたんだよ?」

 

こちらの目を見ることなく、脈絡もなく紡がれる言葉。無理に明るく装ってるのは誰の目にも明らかだった。

 

「……………」

 

「怒らないでよ、冗談だって!ヒッキーが悪いことはしないってことは私、知ってるから!」

 

由比ヶ浜は一方的にしゃべり続ける。

 

用意した言葉がないからではなく、ただ由比ヶ浜のその姿に言葉が出なかった。

 

「ははっ、私も卒業なんだよね。なんか実感が全然わかないなー。ヒッキーはある?」

 

「由比ヶ浜」

 

「………!」

 

ようやく出た言葉。

 

この不自然で繕われた会話を終わらせなければならない、その思いから出た言葉だった。

 

「そういうのは……もうやめにしよう。無理して明るく振る舞わなくていい」

 

「な、なんのことかな?あはは……」

 

その言葉に由比ヶ浜が困ったように笑う。

誰かのために本音を隠した時にする表情だ。

 

でも今、このまま誤魔化したらきっと俺は……いや由比ヶ浜も後悔するだろう。今傷つくのを恐れて逃げようとしても、不治の病のように未来永劫心を蝕み続ける。

 

だから、今、前に進むべきだ。

 

「奉仕部の扉の前にいたことは気づいてるし、お前の笑顔が本物かどうかくらい分かる」

 

由比ヶ浜の表情が少し歪んだような気がした。そして口を真一文字に結び、そっと顔を伏せる。

 

「……………」

 

「……………」

 

夕凪の時間を迎えたのだろうか先程まで吹いていた潮風はやみ、彼女の僅かな息遣いだけが黄昏の空に響いていた。

隠そうとしているようだが、不規則な吐息は彼女の本当の思いを表すのには十分すぎた。

 

「泣きたいならどうか泣いてほしい、怒りたいならどうか怒ってほしい、殴りたいならどうか殴ってほしい。本当の由比ヶ浜の気持ちを俺に見せてほしいんだ……」

 

「……………」

 

俺の懇願に対して、由比ヶ浜は俺と目を合わせないまま無言で俯いた。

 

「頼む、由比ヶ浜」

 

目を瞑って深々と頭をさげる。

 

結局前に進むも、進まぬも彼女次第なのだ。

彼女に頼る他ないのだ。

 

こんなか弱い少女に全てを託す自分はやはり惨めで狡猾で残酷で最低だ。

 

だけど、彼女は。

 

「……ヒッキー」

 

そう呼びかけられた。

 

こんな自分勝手、殴られても当然だし、ひたすら不満を叫ばれても当然だ。

覚悟して何があろうと、彼女の目から目をそらすまいと決意して下げていた頭を上げる。

 

頭を上げると、彼女と目が合う。

 

大きくて優しい瞳だった。

そしてとても美しかった。

 

刹那、その双眸から涙が溢れ出す。

 

「ヒッキー……ッ!!!」

 

由比ヶ浜はそう泣き叫びながら、俺の胸へと飛び込んできた。

カッターシャツを握りしめ、顔を埋めながら由比ヶ浜は感情のままに泣き叫ぶ。

 

自分が抱きしめていいのだろうか、そう逡巡した末に俺はそっと彼女を抱きしめた。

そうしないと、彼女の中の大切な何かが壊れてしまいそうな気がしたから。

 

由比ヶ浜は胸の中で叫ぶ。

 

「私は、ヒッキーのことが好き……本当に大好きなの!恋人として付き合って欲しかった!」

 

「……うん」

 

「でもね、私はゆきのんも同じくらい好きなの!大切な、大切な、私の友達なの!」

 

「……うん」

 

「ゆきのんもヒッキーのこと好きだって分かって、私どうしたらいいか分かんなくなって……三人一緒にいられないんじゃないかって!」

 

「……うん」

 

由比ヶ浜の本当の思いが夕景の中で叫ばれる。関係を維持するために、どうしても表に出せなかった言葉の数々。

俺は相槌を返しながら静かに聞いていた。

 

風のないこの時間、この言ノ葉が風に乗って誰かの耳に届いてしまうことはないだろう。

俺ひとりが彼女の心の叫びをただ聞いていた。

 

***********************************************

 

二人は星の瞬く夜空の下で腰掛けていた。

 

先ほどの場所は施錠されてしまうので、場所を変えていつも昼食を一人でとっていた特別棟の一階のあの場所へと移った。

 

由比ヶ浜は既に落ち着きを取り戻し、二人で並んで階段に腰掛けて空をぼーっと眺めていた。

昼の曇天が嘘のように空には雲が少なく、満月の淡い光が地上を照らし、橙と白の一等星がおとめ座を挟むように輝いているのが見えた。

 

隣で膝を抱えながら空を眺める少女のきめ細やかな肌は、月光に照らされて透き通るような白磁色に輝いていた。

天衣無縫の美しさに昔のように魅せられる。

 

「星が……綺麗だね」

 

空を見上げながら彼女は呟く。

 

「ああ」

 

俺もまた空を見上げながらそう返す。

 

二人の目が合うことはまだない。

 

「……ヒッキー」

 

呼びかけられて由比ヶ浜の方へと視線を向けるが、彼女はいまだ空を見上げたままだ。

 

「私さ、わかってたんだ。最後はヒッキーがゆきのんを選ぶこと」

 

「……………」

 

「でもね、どこか期待しちゃってたんだ。それでも私を選んでくれるんじゃないかって」

 

そう話す彼女はどこか清々しそうな感じがした。

 

「ははっ、おかしいよね」

 

「由比ヶ浜……」

 

由比ヶ浜はすっくと立ち上がり、目をつぶって自嘲するように笑う。

だかその表情に皮肉は混じっていない。

 

「私が奉仕部に入ってから色んなことがあったよね。すれ違っちゃったりしたけど、三人でいられるだけで私は幸せだった。楽しかった時も、苦しかった時も全部ひっくるめて私の大切な思い出なんだ」

 

そう言って夜空に向かって手を伸ばす。

その姿はさながら、違う世界に飛ばされた少女がもといた星に帰ることを望むように見えた。

 

自分も夜空に輝く星々に少しでも近づきたくて、腰をあげて由比ヶ浜の隣に立つ。

 

「ヒッキーは私の中のヒーローだったの。すごーく優しくて、困ってる人を助けずにはいられないかっこいいヒーロー」

 

由比ヶ浜が少しはにかみながら笑顔を浮かべていたのが視線の端に映った。

 

「入学式のあの時も、私が初めて奉仕部に来たあの時も、奉仕部が壊れそうになったあの時も、いつもヒッキーが私を助けてくれたよね」

 

「違う。俺は俺がやりたいようにやっただけ、ひとりよがりのただの自己満足だ」

 

上を向きながらもやや目を伏せてそう答える。

 

自分が行動する理由を見つけては、自分のために行動しただけだ。そこに他意はきっとない。

あったとしても、それは結局めぐりめぐって自分に利益があるからだろう。

 

しかしそんな俺の答えに対して、由比ヶ浜は少し嬉しそうに笑った。

 

「ヒッキーならやっぱりそう言うよね。でもその傍らで救われてる人がいるんだよ?そこを分かってくれると嬉しいな……って」

 

そう言ってゆっくりと顔を下ろす。

 

俺もそれに従って顔を下ろす。

由比ヶ浜の方へと目を向けるが、由比ヶ浜の瞳は目の前の虚空を捉えていた。俺の目には見えない何かを見つめているようにも見える。

 

「だから今回も、私を選んで私を助けてくれるんじゃないかな……って期待しちゃったの」

 

虚空を眺めながら由比ヶ浜はそう静かに呟く。

 

「もっと助けが必要な大切な友達がいるのに、それに目を瞑って私は自分の小さな願いを叶えようと必死になってた」

 

由比ヶ浜の整った美しい顔が歪む。

 

自分の行動にきっと憤りを感じているのだろう。彼女は何も悪くないのに、あまりにも純粋で無垢な故に私憤してしまっている。

 

「困ってる人がすぐ隣にいるのに、自分のことだけ考えて目を背けてきた」

 

それは違う。と誰かが、いや問題をうやむやにして解決を先延ばしにしてきた俺こそが、言ってやるべきだ。

 

「私って最低だね」

 

「由比ヶ浜」

 

「………!」

 

突然の俺の大きな声に由比ヶ浜は身体を小さく震わせる。

 

そんな由比ヶ浜に対してきっぱりと言った。

 

「由比ヶ浜ほど他人のことを想える人はいない。だから自分を卑下しないでくれ。もっと自分を誇りに思うべきだ」

 

「あはは……ヒッキーから言われちゃった」

 

俺の言葉に対して、由比ヶ浜は目を伏せながら自嘲気味に笑う。

 

「ヒッキーこそもっと自分のことを大切に思った方が良いと思うよ」

 

「俺は俺を一番可愛がって……」

 

「ううん、違うの」

 

由比ヶ浜は口元をゆるめて頭をふる。

 

「ヒッキーは他人を助ける時に、自分が傷つくことを全然厭わない。ヒッキーは気にしてないかもしれないけど、私はいつも心配になるの。私だけじゃない……ゆきのんも小町ちゃんも平塚先生も、みんなそうだよ」

 

そう言って由比ヶ浜は小さく息を吐く。温かい吐息がゆらゆらと夜空に揺蕩うてから、夜の街へと吸い込まれるようにして消えた。

 

その言葉と光景に既視感を感じ記憶を辿る。

するとすぐに平塚先生に同じようなことを言われたことを思い出した。

 

『比企谷。誰かを助けることは、君自身が傷ついていい理由にはならないよ』

 

『……たとえ、君が痛みに慣れているのだとしてもだ。君が傷つくのを見て、痛ましく思う人間もいることにそろそろ気づくべきだ、君は』

 

自分が傷ついたところで、痛ましく思ってくれるような人なんていないと決めつけていた。

 

感覚を麻痺させることで傷の痛さを忘れ、傷ついてなどいないと意固地になっていた。

そして感覚を麻痺させるのと同時に、様々なものへの感覚を遮断してきた。

 

自分はぼっち……独りであると思い込んでいた。

 

自分のことを大切に思ってくれている人がこんなにも近くにいたのに。

 

そう改めて気付くと胸が熱く、そして締め付けられたように苦しくなるのを感じた。

 

「だから私は聞きたいの」

 

由比ヶ浜はそう言って、俺の正面へと移動する。そして顔を上げてしっかりと俺を正面から見据えた。

 

「今日、ヒッキーが出したあの答え……もしそれがヒッキーの求めてたものなら、私はそれで納得できるし満足できる」

 

その瞳は決意を秘めたように鏡のごとく澄んでおり、双眸から流れる雫は星や月の光をたたえて神秘的に輝いている。

 

「だからお願い。聞かせて」

 

泣くまいと堪えているようだが、はらりはらりと雫は頬を伝っていた。

 

「内容はちょっと違うかもしれないけど、今、この場所で、私に聞かせてほしいの……」

 

夜風が雫を攫っていく。

少女の悲しみが凝縮したこの涙は、きっと潮風よりも塩辛い。

 

「あの日、ヒッキーの言う本物を探しに、もう一度私たちが一緒に歩み出したこの校舎で」

 

由比ヶ浜が涙を振り払い、改めて涙で霞んでない瞳で俺の目をしっかりと見つめた。

 

「あれはヒッキーの本物なの?」

 

欺瞞か否か、彼女はそれだけを問うた。

 

言い終えたあとも俺の本当の答えを待つように、由比ヶ浜は目をそらすことなくじっと俺の目を見つめる。

 

由比ヶ浜の真剣な問いに対して半端な答えは返せない。腹はすでに決まっているが、最後にもう一度だけ自問自答する。

 

俺の雪ノ下雪乃への愛は本物なのか。

 

衝動や同情などではなく、純粋な愛なのか。

 

自分の想いを再確認し、大きく息を吐く。

 

「答えは出た?」

 

「ああ」

 

彼女の問いかけに頷きを返す。

 

そしてしっかりと、彼女……由比ヶ浜結衣に、俺のこの想いを伝えた。

 

「俺は……雪ノ下雪乃が好きだ」

 

空に俺の告白が響く。

無人の校舎に何度も反響して、夜の街の喧騒へと吸い込まれていった。

 

俺が言い終えたのを確認すると、由比ヶ浜は満足げに頷いた。

 

「うん……それならいいんだ、私は。それなら私は満足できるよ」

 

彼女の目からは、堪えていた涙が再びとめどなく溢れ出している。

だがその顔はとても晴れやかだ。

 

一方の俺は、様々な感情が混ざり合った結果、目から涙がつーと頬を伝っていた。

涙を止めようとするが、涙腺は言うことを聞かずただただ涙を垂れ流す。

 

辛い顔を見せまいと涙を袖で強引に拭った。

 

「だったら、私から最後の依頼……奉仕部じゃなくて、ヒッキーに依頼するね」

 

彼女もまた涙を拭いながら、笑顔で俺の方に向き直る。

その顔にはいつもの無邪気さが少し戻っているようにも見えた。

 

「私を選ばなかった罰だから、ヒッキーに拒否権はないから!」

 

そう言って悪戯っぽく笑みを浮かべる。

 

そして一呼吸置いた。

全てをこの言葉に込めるように。

 

「ゆきのんを絶対に幸せにしてあげること」

 

「由比ヶ浜……」

 

真剣な顔でそう言い終えると、すぐにまた優しい表情に戻る。

 

「分かった?」

 

由比ヶ浜からは厄介だけれども、可愛い我が子を見送る母のような慈愛を感じた。

辛さを忘れて、俺と雪ノ下を精いっぱい祝福しようとする彼女の懸命さに、堪えていた思いが爆発した。

 

「……すまん、本当にすまん!俺はお前を……ッ!」

 

「ヒッキー?」

 

俺の懺悔を遮るようにして呼びかけられる。

 

「人って何度も謝られるより、『ありがとう』って、ただひとこと言ってもらえる方が嬉しいんだよ?」

 

そう言って由比ヶ浜はそっと俺の手をとり、そして自分の胸にあてた。

泣きじゃくる赤子に自分の鼓動を確かめさせて安心させるようだった。

 

「……ありがとう、由比ヶ浜」

 

「うん、それでオッケー!」

 

由比ヶ浜は明るい声でそう言い、俺の手をぶんぶん振って満足そうに頷いた。

 

「ゆきのんに一人で帰らせたんでしょ?早く家に行って安心させてあげなきゃ」

 

由比ヶ浜のその言葉にこくと頷く。

 

もうこの場で言い残すことはない。

お互いそれはなんとなく分かっていた。

 

だから、もう別れの時間だ。

 

別れを惜しんでは最後まで気丈に振舞ってくれた由比ヶ浜に申し訳ない。

堂々とした態度で別れを告げる。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

由比ヶ浜はそう言って笑顔で小さく手を振る。お互い涙は流れたままだ。

 

その言葉をしっかりと受け止めて、俺はくるりと背を向けた。

 

そして、忘れずにひと言。

 

「……また今度……な?」

 

「………ッ!」

 

由比ヶ浜は面食らったように少し言葉につまったようだが、返事はすぐに返ってきた。

 

「……うん、また今度ね!」

 

その声はとても明るくて嬉しそうだった。

 

その声に少し安心感を覚え、俺は雪ノ下のもとを訪れるべく裏口から夜の街へと駆け出す。

少女は少年の姿が見えなくなるまで手を振って見送っていた。

 

見えなくなったのを確認すると、少女は荷物を持ち上げて自宅へと歩を進める。

そして静かにこう呟いた。

 

「ありがとう……私の素敵なヒーロー」

 

少女の独白を聞くものは誰もいない。

 




いかがだったでしょうか!?
少しでも心に響くものがあれば嬉しいです(*´ω`*)
やっぱり結衣ちゃんは素敵ですね……
私個人は様々な理由から雪乃ルートになると予測しています。そして渡航先生が本当に描きたかったのは結衣ちゃんじゃないかなって思ってます(^^♪
考察もまたいつか投稿しようかな……
夏休みに入ったので、まあ早いうちに次話は投稿できると思います!(フラグ)次で最終話となると思うので、最後までお付き合い頂けると嬉しいです(;▽;)
ではまたお会いしましょう(*´∇`)ノシ ではでは~


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そうして彼らの思惑は交錯し、運命は分かたれる。⑩

みなさん、おはこんにちばんは。奏河です(*´ω`*)
とうとう最終話の投稿となりました!
ここまで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました(;▽;)
書いてる私も、何故か途中で泣きそうになりました笑
最終話はある意味短編集みたいな感じになってます。
長々と書いてもあれなので、本編にどうぞ(*´д`*)


 

卒業式の日の夜更け、比企谷くんは私のもとを訪れた。

 

姉さんたちは少し前に帰ったので、寝る準備を終わらせて布団に入る。

今日はそのまま眠りにつくのではなく、なんとなく読書をしようと思って本をぱらぱらとめくっていた。

 

ぼーっと読書すること数刻、突然インターフォンが鳴ったのであった。

 

「俺だ……開けてくれ」

 

出ると比企谷くんの声。

きっと走ってきたのだろう、その声は息があがって途切れ途切れだった。

 

急いで外履きを履いて、昇ってくる比企谷くんをエレベータの前で出迎える。

 

「遅くなってすまん」

 

顔を紅潮させながら、そう呟く。

 

「どうして……?」

 

来てくれるとどこかで信じていたが、何故だか理由を問いたくなった。

すると彼は恥ずかしそうに頭をかきながらーー

 

「あんな状態の雪ノ下を一人で家に帰したんだ。だから、その……なんだ?」

 

「だからなに?」

 

その先が気になり、恥ずかしいのか先から視線が定まっていない彼の目をじっと見つめる。

彼も私の視線に気付いたのか、しっかりと向き直ってこう呟いた。

 

「……埋め合わせはしないといけないかなって」

 

不器用ながらも正直な言葉。

それが何よりも嬉しかった。

 

「ありがとう、比企谷くん……」

 

そう告げると、胸が温かくなるのを感じた。

 

不意に大切なもう一人の姿が頭を過ぎる。

 

「でも……由比ヶ浜さんは大丈夫なの?」

 

大丈夫な訳がない。

 

彼女は計り知れない程の痛みを負っているはずだ。そんなことは自分でも分かっている。

なのに聞いてしまうのは、自分の痛みを和らげるための人間の本能なのだろうか。

 

「由比ヶ浜が行けと言ってくれたんだ」

 

「えっ……」

 

自責の念が津波のように再び私に襲いかかろうとしていた時、彼はそう告げた。

 

「由比ヶ浜が雪ノ下のところへ行ってこいと言ってくれたんだ」

 

「……………」

 

由比ヶ浜さんが……

 

感情がこみ上げて来る前に、目から自然と何かが零れ落ちるのを感じた。

次から次へととめどなく零れ落ちる。

 

「泣くな、雪ノ下」

 

そう言って彼は私をそっと抱く。

 

私の感情はいまだに追いつけておらず、ただただ涙が流れるだけだったが、私の肩に温かい雫がぽとりぽとりと落ちているのを感じていた。

 

「あいつは涙なんかきっと望んでいない。笑顔のために選択をしたんだ」

 

彼は耳もとで話す。

温かい吐息が耳をくすぐる。

 

こそばゆくて彼の顔を見上げた。

 

そこにあったのはーー

 

「だから、由比ヶ浜のために……笑おう」

 

優しい笑顔だった。

 

初めて見たかもしれない。

 

いつもの皮肉めいた表情ではない。

 

本物の、魅力的な、優しい笑顔。

 

そんな彼の笑顔に私はまた魅せられて。

 

「そうね、涙なんてあの子は望んでないわ」

 

そう言って袖で目もとを拭う。

これ以上、彼の顔を見ていたら恥ずかしくなるからというのもあったかもしれない。

 

「……笑わないとね」

 

「ああ」

 

そう言って、静かな玄関先で二人は慣れない笑みを浮かべた。

その表情に繕ったものはなく、彼ら彼女らの思いそのものだった。

 

リビングの方から小さく0時の鐘が聞こえている。長い長い卒業式の日は、名実ともに終わりを迎えたのだった。

 

マンションにさし込む淡い月光の下には、唇を交わし合う二人の姿だけがただあった。

 

***********************************************

 

卒業式の翌日、夕方頃に携帯が鳴った。

 

開いて確認してみると相手は友人だった。

 

「由比ヶ浜さん……」

 

電話にでて話すべきなのに、でて話したいのに、体がかたまったようにして動かない。

腹の底に巣食う底知れぬ恐怖のようなものが、纒わりついているような感じがした。

 

静かな部屋に響くバイブ音。

 

応答ボタンを押そうと震える手を伸ばす。

 

「あっ……」

 

しかしその次の瞬間には着信が切れていた。

部屋に響いていた不快なバイブ音が止む。

 

同時に身体の硬直も解け、へたり込むようにしてベッドに倒れ込んでしまった。

 

「電話……かけ直さないと」

 

そう思って電話帳を開く。

そして電話帳を下にくだっていき、由比ヶ浜さんの番号を探した。

 

かなり下ったところでようやく見つけて、発信ボタンに手をかける。

 

「逃げちゃダメだから」

 

そう呟いてひとつ深呼吸をする。

お腹に溜まった息をゆっくりと全て吐き出して心をできる限り落ち着けた。

 

そしてもう一度相手を確認してから、発信ボタンをそっと押す。

 

静かな部屋に響くコール音。

それを聞いて、相手の応答をじっと待った。

 

刹那、電話とは違う電子音が部屋に響く。

 

ーージリリリリリリ

 

独特の緊張感が漂う中で突然エントランスのチャイムが鳴ったのだ。

 

「あっ……」

 

張り詰めた空間を切り裂くようなチャイムの音。彼女は反射的に電話を切ってしまった。

これでは彼女の携帯に着信履歴が虚しく残るだけだ。苛立ちが募る。

 

発信音に代わり、依然として鳴り続けるエントランスのチャイム。

苛立ちを隠しつつチャイムに出た。

 

「はい、雪ノ下です」

 

見知らぬ妨害者に対する、刺々しい自分の声。

だが返ってきたのは聞き慣れた声だった。

 

「私、結衣だよ。ゆきのん、開けて!」

 

ーー由比ヶ浜さん?

 

黄昏時の思わぬ来訪に驚きを隠せない。

 

「おーい、ゆきのーん。開けてよー」

 

エントランスのカメラに対して、ジャンプしながら大きく手を振る彼女。

その無邪気さに心のしこりがとれた気がした。

 

「ゆきのーん、いるんでしょー?ボタンをポチッと押してー」

 

「え、ええ」

 

きっと解錠のボタンのことだろう。言われた通りボタンを押して由比ヶ浜さんをロビーに通す。

 

そして私は慌てて玄関に向かい靴を履き、エレベーターの前へと出迎えにいった。

 

エレベーターがゆっくりと昇ってくる。

きっと由比ヶ浜さんを乗せているのだろう。

 

何を言われるのだろうか……

 

エレベーターが近づくにつれて、そんな不安が脳裏を過ぎった。

 

エレベーターが止まり、空中要塞のような思い音を立てて扉が開く。

 

その瞬間、中から黒い影が襲いかかってきた。

 

「……ッ!」

 

武術の心得もある私は反射的にそれを避ける。

 

「わわわっ!」

 

飛びかかった本人もまさか紙一重でかわされるとは思ってなかったのだろう。

そのまま寄る辺もなく、可愛らしい声とともに地へと墜落した。

 

「ぐえっ」

 

そう、雪ノ下雪乃に抱きつこうと華麗に空を舞った由比ヶ浜結衣は、エレベーターの前で派手にすっ転んだのだ。

 

「ゆ、由比ヶ浜さん!?」

 

「はうぅ……」

 

床で大文字になっている由比ヶ浜さんを慌てて助け起こす。

 

「ご、ごめんなさい!大丈夫!?」

 

「あ、ゆきのん!やっはろー!」

 

「あ、えっと、やっはろー……」

 

痛そうな素振りを一切見せず、いきなり挨拶されたので思わずやっはろーと返してしまった。

 

「とりあえず中に入りましょ」

 

「うん、ありがとう」

 

由比ヶ浜さんの服についた汚れを一緒にはらい家の中へと移動する。昨日の反省はしっかり活かしている。

 

「近くまで来てたから寄っちゃった」

 

玄関の扉を閉めながら話す彼女。そんな姿を見て、先ほどまでの不安はどこかへと消えた気がした。

 

だが扉を閉めたあと、靴を脱ぐことなく、恥ずかしげにそらしていた目をしっかりと見据えて言い直す。

 

「……というのは少し違って、これだけは直接言っておきたいなって思って来たの」

 

その言葉に背筋が凍るのを感じた。

 

自分の卑怯な行いを批難されるのだろうか。

自分の下劣な裏切りを断罪されるのだろうか。

 

私自身、自分の行為を彼女への裏切りだと考えていた以上、そのような恐怖を感じずにはいられなかった。

 

「何……かしら?」

 

覚悟して問い返す。

 

何を言われようが仕方ない。

悪いのは私だから。

 

「何を言ってくれても構わないし、何をされても構わないわ」

 

そんな思いから出た私の言葉に、彼女も小さく頷きを返す。

 

「分かった」

 

静寂の帳がおりる。

 

罵倒されようが、殴られようが仕方がない。

それで彼女の気が済むなら。

 

「私は……」

 

何がきても受け入れるためにそっと目を瞑る。

 

…………………

 

…………………

 

…………………

 

目を瞑って数十秒経つが何も起きない。

 

彼女に何か起こったのだろうか。

不安になって、目をあけようとした。

 

その時だった。

 

自分の腰にそっと柔らかい手が触れ、温かい息が首のあたりを撫でるような感じがした。

 

そしてひとこと。

 

「ゆきのんのことが大好き」

 

耳もとで優しく囁かれる。

 

「昔も、今も、そしてこれからも、ずーっとゆきのんのことが大好き」

 

「由比ヶ浜さん……」

 

頬に温かい雫が伝う。

彼女の告白に、自然と涙が零れていた。

 

「そしてヒッキーのことも」

 

温かく、そして優しく、彼女は私を抱きしめてくれる。

 

「だからね……」

 

一度言葉を区切り、腕を掴んで私の顔を正面からしっかりと見つめた。

 

「私とこれからも仲良くしてほしいなって!」

 

彼女はそう言って悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

その瞬間、私を何重にも縛っていた鎖が解け、初めて世界に出会った時のような爽やかな風が心を吹き抜けるような感じがした。

 

「由比ヶ浜さん……ありがとう……!」

 

次は私が彼女に抱きつく番だった。

全ての鎖から解放されて、身も心も何もかもが軽く感じた。

 

「ゆきのーん!力が強いよー!」

 

「ごめんなさい、嬉しくてつい……」

 

「そういう可愛いゆきのん、私は大好きだよ」

 

そうやって由比ヶ浜さんはにやっと笑う。

何か、可愛い妹を見るような目をしているので少し悔しい。

 

「ほーら、ゆきのーん。お姉さんにもっと甘えていいんだぞー」

 

悪ノリをしだしたわね……

 

珍しくお姉さんぶることができた由比ヶ浜さんは、ここぞとばかりお姉さんアピールをしているようだ。

ここは少しこらしめた方がいいだろう。

 

「お姉さ……んッ!!!」

 

「いたたたたた!痛い、痛いよ、ゆきのん!」

 

由比ヶ浜さんのお望み通り、思いっきり抱きしめてあげた。

豊かな双丘が密着して嫉妬も覚えたので、もう少しだけ強く抱きしめる。

 

「あいたたたた!調子乗ってごめんって、ゆきのーん!」

 

悲鳴をあげながらも、どこか嬉しそうな彼女。私もまた、こんなくだらないことをしている時間がとても幸せだと感じた。

 

しばらくこのままでいよう。

私はそっと笑顔を浮かべ、そう決意した。

 

***********************************************

 

私だって辛くなかった訳じゃない。

 

昔から想い続けた好きな人と一緒にいられないのは、やっぱり辛い。

全てに絶望してしまうくらいには辛い。

 

全てに目をそらして、どこか遠くへ行ってしまいたくもなった。

 

でもね。

 

好きな人が、大切な人が、苦しむ姿を見るのはもっと辛かったんだ。

 

冬の朝、凍ってしまった花びらに触れるとばらばらに壊れてしまうように、私の心が音もなく砕けていくのを感じた。

 

大好きだったあの場所、大好きだった時間、大好きだった人たち。

目をそらして逃げ出すことは、その全てを自分で否定してしまうのと同じなんだと思う。

 

そんなの、私は嫌。

 

三人で過ごした日々は全てが私の宝物なの。

だからそれを否定したくないの。

 

私は奉仕部が好き。

 

私はゆきのんが好き。

 

私はヒッキーが好き。

 

全て私の本当の気持ちなんだって気付いた。

 

ふたりの苦しむ姿はやっぱり見たくない。

大好きなふたりが苦しむ様を見たくなかった。

 

ふたりとも私の大切な友達で、大好きだから。

 

三人でまた楽しく話したいし、遊びたい。

まだまだ色んな話をしたい。

まだまだ色んなところに行きたい。

 

その未来のためなら、私はなんだってできる気がした。

 

だからね……

 

これが、私なりの、ヒッキーとゆきのんへの愛の形。

 

***********************************************

 

「明日、何時に集合か分かってる?」

 

「あー、分かってる、分かってる。千葉駅に10時集合だろ?」

 

明日は雪ノ下と買い物の予定だ。

卒業&合格祝いを奉仕部と奉仕部に関わりが深い面子でやることになっており、記念品みたいなのを贈りあおうみたいな話になってるので、その品を買いに行くという感じである。

 

奉仕部の三人だけでなく、戸塚や材木座など主だったメンバーはみな志望校に無事合格し、このパーティーに出席予定だ。

いろはすがそこに混じっているのがよく分からないが、「文句がある人は殺します☆」というオーラが出ていたので黙認した。

 

「分かってるならいいわ。また私を待たせることのないようにね」

 

前回会った時のことを言っているのだろう。

それに関しては俺にも反論がある。

 

「いや、私も15分前には着くように行ってたんですよ?」

 

「私と約束する時は30分前には来るべきよ」

 

雪ノ下さん、マジパネェっす。

千葉駅で30分も何しろってんだよ。

 

「いや、俺だって忙し……」

 

「あら、先週予定表が真っ白とか鳴いていたのはどこのヒキガエルかしら?」

 

「相変わらず容赦ねぇ……」

 

今日も今日とて雪ノ下雪乃は絶好調である。

ウニばりの刺々しさは以前より切れ味を増しているかもしれない。

 

まあ明日の予定も確認したし、話を切り上げようとする。

 

「ん、それじゃ明日な」

 

「あ、あとひとつだけ」

 

「ん、なんだ?」

 

先とは違って少し歯切れ悪く話が区切られる。

何か問題でもあったのだろうか、訝しむように問いかけた。

 

「由比ヶ浜さん…誘ってもいいかしら?」

 

「………」

 

雪ノ下の意外な問いに思わず黙ってしまった。

 

というのも、嫌だからとか避けていたかったからとかでは全くない。

 

雪ノ下が気持ちを整理して、由比ヶ浜と三人で新しい関係を築いていくにはもう少し日がかかると思っていたのだ。

何週間か様子を見て、俺から三人で会うことを提案するつもりだったのだが……

 

「比企谷くんがいいと言ってくれるなら、私は由比ヶ浜さんを誘いたいの」

 

俺の想像以上に雪ノ下雪乃は強かった。

 

いや、もしかしたら俺の知らないところで、二人で何か話したのかもしれない。

そう考えると自然と笑みが零れた。

 

「由比ヶ浜が来たいって言うなら、全然いいんじゃないか?まあ俺と二人でデートしたいってのなら別だけどな」

 

柄にもなくそう軽口を付け足す。

するとふふっと小さく笑う声が聞こえーー

 

「あら、由比ヶ浜さんを誘おうと言ったのは私の方よ?二人でデートしたかったのは、本当はあなたの方じゃなかったのかしら?」

 

「馬鹿を言え、先に告白してきたのは雪ノ下の方だろ?贈り物を買わないといけないし、俺は流行に詳しい由比ヶ浜についてきてほしいね」

 

「あらあら、あんな熱い告白をくれたのは誰かだったかしら?私も一人だと貞操の危機を感じるから、由比ヶ浜さんについてきてほしいわ」

 

相変わらずの口論に発展する。

といってもこれが日常だし、どこか楽しい。

 

「じゃあ由比ヶ浜に来てもらうということで反論はないな?」

 

「もちろんよ。あとで私と二人でデートしたかったって泣いても知らないわよ」

 

というあんばいで由比ヶ浜を誘うことが決定した。

まあ俺としては最初から真意を見抜かれていたようで、なんとなく恥ずかしかったが。

 

「じゃあ朝早いから、また明日な」

 

「ええ、また明日」

 

そう言いつつも通話は切られない。

 

電話で話す時、二人で決めたこと約束があるのだ。

頭をかきながらあさっての方向を向いて、通話口にこう告げる。

 

「おやすみ、雪乃」

 

「おやすみ、八幡」

 

返ってきた声もやはり少しよそよそしい。

相手もきっと同じような思いなのだろう。

 

「慣れねぇなぁ……」

 

そう窓の外を眺めながら呟いた。

 

当然のように言い合えたら……

そんな日が早く来ることを空に瞬く星々に願った。

 

***********************************************

 

「うーん、暇だなぁー」

 

ため息混じりにそう呟く。

 

合格発表も無事終わり、やることがなくて退屈な日々が続いている。

学校のようにみんなで集まる場所がないので、連絡をとらなければ会う機会がないのだ。

 

みんなと話すことが何よりも好きな私にとっては、退屈以外の何物でもなかった。

 

そんな時、手もとの携帯が鳴る。

 

「ん、お母さんかな?」

 

そう言って携帯を開いて確認すると『ゆきのん』の文字があった。急いで電話にでる。

 

「はい、もしもし!」

 

「もしもし、由比ヶ浜さんですか?」

 

「うん!ゆきのん、やっはろー!」

 

「ええ、やっはろー」

 

ゆきのんもしっかり「やっはろー」と返してくれるようになりとても嬉しい!思わず笑みがこぼれた。

 

「で、で!ゆきのん、どうしたの?」

 

踊る胸を抑えきれずに先を促してしまう。

ゆきのんに対しては、どうしても心がどんどん先に行っちゃうんだよね。

あとヒッキーに対してもかな?

 

そんな私に対してゆきのんは穏やかに続けた。

 

「由比ヶ浜さん、来週、比企谷くんと買い物に行くの。由比ヶ浜さんも一緒にどうかしら?」

 

「えっ……」

 

あまりにも意外で言葉が出なくなっちゃった。

 

だってゆきのんとヒッキーで買い物でしょ?そんなデートみたいなものに私が行っていいのかな?

いろんな考えが頭の中をぐるぐると巡る。

 

「遠慮ならする必要ないわ。パーティーの記念品を買うためのただの買い物だし、比企谷くんも賛成しているわ」

 

黙ってしまった私を気にかけてくれたのか、ゆきのんはそんな言葉をかけてくれた。

 

でも本当に行っていいのかな?

私に気をつかってくれてるのなら、とっても嬉しいけど断らないといけない。

 

「ふふっ」

 

そんな感じで真剣に考えていると、ゆきのんが小さく笑う声が聞こえた。

 

「どうしたの?」

 

そう尋ねるとゆきのんが可笑しそうに答える。

 

「由比ヶ浜さんのことだから、きっと気をつかってるとか考えてるんじゃないかしらと思って」

 

「ええっ!なんで分かったの!?ゆきのんってもしかしてエスピーなの!?」

 

さすがゆきのん!

私の考えが完璧に見透かされてる!

 

「少し惜しいけれど、それを言うならエスパーよ。私はそんなに屈強じゃないわ」

 

あ、ほんとだ!エスパーだ!

……ん、じゃあエスピーってなんだっけ?

まあ細かいことは気にしない。

 

「ちゃんと由比ヶ浜さんに来てほしいのには理由があるのよ」

 

「理由?」

 

「ええ」

 

私についてきて欲しい理由!?

理由を聞きたくて耳をすませる。

 

「比企谷くんと買い物が進まなさそうだし、二人だと身の危険を感じるし、それに……」

 

「それに?」

 

一度言葉を切るように黙ってしまったので、先を促すようにゆきのんの言葉を反復する。

すると恥ずかしそうにゆきのんはこうつけ加えた。

 

「それに、由比ヶ浜さんがいてくれるときっと楽しいし、私も嬉しいのだけれど…」

 

「ゆきのん……」

 

今の彼女の精一杯の告白。

そんな風に感じた。

 

「だから……」

 

彼女はさらに何か言おうと言葉を探しているようだった。

 

でも、私はもう十分。

 

友達が私を必要としてくれるなら。

 

「ふっふっふっ」

 

「…………!!!」

 

なぜか怪しげな笑いが零れてしまい、ゆきのんが驚いてしまったようだ。

はっと息を飲むような声が電話越しに聞こえた。

 

そんなことは気にせず声高に話す。

 

「そうですか、そうですか!あのゆきのんが、私の意見を聞きたいというのですか!」

 

「…………」

 

気まずい沈黙。

 

調子に乗ってテンションを変えすぎた。

多分ゆきのん、電話越しで目をぱちくりさせてるんだろうなぁ……

 

ということでいつもの声に戻す。

 

「じゃあ、仕方ないですね」

 

優しく、子供を慈しむようなイメージで。

 

「一緒に行ってあげるよ」

 

「由比ヶ浜さん……ありがとう!」

 

声でゆきのんの喜びは伝わってきた。

喜ぶと同時に安堵するような声だ。

 

「ううん、やっぱりそうじゃない」

 

「??」

 

うーん、でもちょっぴり違うなあ……

そんな感じがしてそう呟いた。

 

「ちょっと待ってよ……」

 

「え、ええ……」

 

困惑するような感じのゆきのん。

心配かけてごめんね、別に大したことはないんだけどしっかり私の気持ちを伝えたいなって。

 

しばらく考えた末、しっくりくる言葉がようやく閃いた。

 

「お待たせ、ゆきのん!」

 

「ええ。どうしたの?」

 

「先の言葉、言い直したいなって!」

 

納得したようにくすりと笑うゆきのん。

エスピーのゆきのんなら、どの言葉を言い直すかも分かっちゃってるんだろうな。

 

そう、一緒に行って『あげる』じゃない。

 

私だって、三人で行きたかったんだ。

 

あの日のように、三人で会いたかったんだ。

 

だから本当の思いを、私らしい声で届けた。

 

「私も一緒について行ってもいいかな!」

 

「ええ、あなたなら喜んで!」

 




はい、以上です!本当に終わりです。
うわーん、とても寂しいです(;▽;)
年月というのは早いもので私が書き始めてから、今までの間に彼ら彼女らより年上になってしまいました笑
投稿スピードが遅いからだろ( º言º)
…などといったツッコミも受け付けてますので、コメント&評価よろしくお願いします(*´ω`*)
改めて、ここまで読んでくださった皆様に厚く御礼を申し上げます。どこかでまた出てくるかもしれませんが、その時はまたどうかよろしくお願いします!
不肖、神崎奏河より、素敵な読者の皆様へ……


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