けいおん! LOVE!LOVE!LIVE! (伝説・改)
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#0「運命?的な出会い」

本作は、かつて某所で投稿していた物をリメイクしたものです。いるかどうかわかりませんがかつて読んでいた方もそうでない方にも、お楽しみいただければ幸いです。


朝、眼が覚めた時の快感とストレス。どちらの比率が大きいだろうか。

一度眠りについて朝起きることができれば、快感の方が多いかもしれない。もしくは、目覚めたのが何もない休日等であれば、ますますいい目覚めになるのかもしれない。

逆に、夜中に何度も眼が覚めたり、面倒な仕事やテスト等、嫌な用事がある日は朝を迎えることにストレスを感じてしまうかもしれない。

今朝の俺はいい朝を迎えられた。

春休みという宿題もなければ何か用事もない。平穏な毎日を過ごすことができる日々。そんな日の朝に、俺はいつも通りの時間に眼が覚めた。

姉と二人暮らしの俺は、いつも通り朝食の支度にかかる。今日は何を作ろう。昨日はハムエッグにトースト、ヨーグルトにサラダというTHE・洋食という組み合わせだった。

ということは今日は和食でもいいかもしれない。白身魚に市販の漬物、味噌汁にご飯。

 

「美味そう」

 

胃袋は和食を求めていたようだ。それを考えた途端、急激に空腹感が全身に走った。

早速台所に立ち、支度を始めようと冷蔵庫を開けようとした時。

 

「あれ、まだいたの?」

 

横で姉の声が聞こえた。

 

「起きるん早くね。どしたの」

 

「いや、いつも通りだけど。ってか、今日あんた入学式でしょ」

 

入学式。

漢字三文字。口にしたら七文字のその言葉の意味をしばし考える。

学に入る式。と言うことは、どこかの教育機関に入ることを意味しているのだろう。

そして先ほど入学式の単語の前に言っていた、今日あんた、と言う言葉。

それらを踏まえて、先ほどの姉の言葉をーー。

 

「今日入学式じゃねえかァァァァァ!!」

 

「いや、だからそう言ってんじゃん」

 

慌てて自室に戻ると寝間着を放り投げ、壁に掛けてある新品の制服に袖を通し、カバンを引っ掴むと玄関にダッシュした。

 

「ほんじゃな!!」

 

「はーい、いってらー」

 

眠そうな顔でフラフラ手を振る姉を尻目に自宅である賃貸マンションの一室を後にした。

存在するのかは知らないが春休みボケというのはこの事だろう。自分のボケっぷりにため息をつく暇もないまま、これから3年間通う学び舎への道を駆け出した。

どんな景色なのだろう、どんな人が通ってるのだろう。そんな事は気にしない。気にできない。ただ記憶の通りに走り出した。

しばらく走っていると、やがて校舎が角をのぞかせてきた。正門の前で息を切らし肩を揺らす。

 

「……?」

 

そこで違和感を感じた。

なぜ生徒が少ない。理由は二つ。

一つは、既に入学式が始まっている説。

ただこの場合、生徒は少ないとは言ったもののちらほらとはいるので、こいつらも遅刻組ということになる。春休みボケがここまで多いと流石にこの学校レベル低すぎ……?ではなかろうか。

もう一つは、まだ早すぎた説。

二つの説を検証するべく、俺は携帯で時間を確認してみた。そして、全てがつながった。

ネクタイは締めない。脳細胞も別にトップギアではない。

 

「……早すぎぃ」

 

現時刻は8時丁度。入学式は9時30分から。1時間の余裕があった。

 

 

 

校舎内にはまだ入れそうになかったので、仕方なく校舎周りを散策することにした。中学からの友人はまず間違いなくこの学校には来てないので時間を潰す相手もおらず、他にやる事が学校の地形を把握するぐらいしかなかった。情けない話である。

そんな情けない俺の目に入ったのは、恐らく理科ーー高校からは生物かーーに使うのであろう池だった。

訂正しよう。池を確認したのは、その近くにしゃがみこんでいる女子生徒が視界に入った後だ。

腹でも痛いのだろうか。それとも池の中の生物でも見てるのか。何にしても、俺が気にすることではない、そう思い彼女の後ろを素通りしようとした時。

 

「わっ」

 

嫌な予感がした。その予感が的中したとしたら、かなりベタすぎる。ギャグ漫画か。

この場合、この後俺は何をするべきだろうとか、そういえば朝飯食べ損ねたなー、なんて思いながらため息まじりに俺は後ろを振り向いた。

案の定、バランスを崩して頭から池に彼女が落ちそうになっていた。目の前でびしょ濡れ女子を見るのは悪くないし、朝からいいものを見せてもらいましたと手を合わせてご馳走様ですと言いたいが、見ず知らずの人間にそんなことをできるわけもなかった。俺の手は彼女の手引っ掴んでそのまま引っ張りあげていた。

引っ張った勢いで、彼女の身体がこちらを向いた。ついでに、顔も見えた。ヘアピンで前髪を留めており、何となく幼さが残る可愛らしい顔立ちだった。

息を切らした彼女が深呼吸して、お礼の台詞でも出てくるのかと思ってとりあえず手を離した。

 

「わー、びっくりした」

 

「こっちの台詞だわ」

 

お礼ではなく、心境吐露だった。そこはお互い様であるが。

 

「あ、えっと……ありがとうございました!」

 

「どういたしまして。怪我ない?」

 

このまま勢いで連絡先でも聞けそうだったがそんな軽い振る舞いはできない人間なのでそこは心の中に留めておく。

 

「あっ、うん。大丈夫です!」

 

それは良かった。

 

「ところで、何やってたの」

 

「いやーそれが話せば長くなる話でして」

 

「よし、じゃあ簡潔に」

 

「学校に早く着きすぎたので暇つぶしに池を眺めてたら落ちそうになりました」

 

敬礼しながらそう言った。ウザがられるかと思ったがわりとノリはいい子らしい。

 

「まあ、何で落ちそうになったのかは知らんが一先ず無事で良かったよ」

 

「お陰様です」

 

さて、会話もひと段落したところで、腕のデジタル時計を見るとそろそろ教室が開放された時間になっていた。

彼女の制服のリボンを見る限り、俺と同じ新入生だろう。

 

「そろそろ時間だし、教室に行こうぜ」

 

「うん!」

 

と、俺が回れ右をして教室に向かって歩こうとした時。彼女は再びあっ、と声を出す。いやまさかまた落ちるわけあるまい、と思ってまた振り返った。そこに彼女はいた。良かった。

 

「私、平沢唯!同じクラスだったら、よろしくね!」

 

「日暮遼祐。こちらこそ、よろしく」

 

これも何かの縁だ。もしかしたら、本当に同じクラスかもしれない。

そう思いながら、彼女と2人で今度こそ教室へと向かった。

 

 

 

彼女との出会いが、まさかこの高校生活3年間どころか、俺の人生を大きく動かしていく事になるとはーー。

 

 

 

「あ、同じクラスだよりょうくん!」

 

「り、りょうくん?ってか、同じクラス!?」

 

 

 

ーーまだ、俺は気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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#1「出会いと再会と-軽音楽部入部(1)-」

クラスの振り分け表を見た俺と平沢は、早速1年間お世話になる教室へと向かう。

中に入ると、まあもちろん知らない顔ばかりで。

 

「あ、和(のどか)ちゃん!」

 

一方平沢は知り合いがいたようです。俺を置いて彼女は知り合いらしきその人のところへ行く。

 

「良かったー!同じクラスだねー!」

 

「ふふ、そうね。まさかまた一緒になるとは思わなかったわ」

 

「だねー。いやーこれで1年生は安泰だよー」

 

「あら、もう友達ができたの?」

 

「うん!ほらほら、りょうくんこっちこっち!」

 

自分の席に座ろうとした直後にまさかのご指名がかかったため、ちょっと困惑しながら彼女の方へ向かう。

 

「日暮遼祐くん!さっき池に落ちそうになった時に助けてくれたんだー」

 

「落ちそうになった!?……あんた、入学早々、いきなりやらかしたのね……」

 

頭を抱えた『和ちゃん』は申し訳なさそうにこちらを見る。赤い眼鏡をかけた真面目でしっかりしてそうな子だった。

 

「ごめんなさい、唯が迷惑をかけて」

 

「いやいや、迷惑なんて思ってないって。まあびっくりしたのは確かだけど」

 

「ならよかった。……真鍋和よ。よろしくね、日暮くん」

 

「こちらこそ」

 

なるほど、平沢の池に落ちそうになったアレは平常運転なのかもしれない。

となると、彼女が今日こうして五体満足でいられるのは目の前の真鍋や周りの人のおかげなのだろう。平沢は運が良いのか良くないのかわからない子である。

ちょうどそのタイミングで担任の先生らしき人物が教室に入ってくる。先ほどまで話に花を咲かせていたクラスメイト達は自らの席に戻る。それに混じって、俺たちも解散となった。とは言っても、あいうえお順で席が指定されているため俺の後ろの席には平沢が座っているのだが。

入学式の段取りを説明されたのち、段取り通りに行われた退屈な入学式を終え、教室に戻ると今度は軽い自己紹介をする事になった。

興味を引こうと頭のおかしい所謂『事故紹介』をするやつも現れず、何事もなく終わると思っていた。のだが。

 

「門村浩史です。えっと、陸上部に入りたいと思ってます。1年間よろしくお願いします」

 

「門村、浩史……?」

 

底に眠っていた記憶が、ふと呼び覚まされる。

確かにあそこで自己紹介をしている彼は、見覚えのある姿をしていた。

各自の自己紹介タイムを終えて本日の日程が終了した直後。席を立って、彼の席へと向かう。

 

「あの、ひ……門村」

 

「ん?どうしーー」

 

俺の顔を見た途端、彼の表情が変わる。

ああ、間違いない。

 

「もしかして、遼祐?」

 

「お、おう!やっぱり浩史だよな!」

 

門村浩史。小学校1年生から6年生の途中までずっと同じクラスで、いつも一緒に遊んでいた所謂幼馴染という奴。自分で言うのは恥ずかしいが、『心の友』的なものである。

 

「懐かしいなあ、6年の時に転校しちまって、結局連絡無かったからさ」

 

「あー。まあ、色々あったからねー」

 

「ま、しゃーないよな。にしても、まさかこっちに帰ってくる事になるなんて想像もしなかったよ」

 

「家の都合でね。とりあえず僕だけこっちで住む事になったんだ」

 

「丁度いいや、俺も前の中学の知り合いがいなくてさ」

 

「またよろしく、遼祐」

 

「おう」

 

まさかの旧友との再会に心を躍らせていた時だった。

 

「りょうくんりょうくん、帰ろ!」

 

平沢唯襲来。決して嫌なわけではないが、やっぱりこの距離感はまだ慣れない。

 

「あー悪い。この後用があってさ。また今度な」

 

「うぅ、残念。じゃあまたね〜」

 

バイバイと手を振られ、平沢は真鍋と2人で教室を後にした。

 

「もう女の子と仲良くなったんだ、早いなー」

 

「向こうが懐っこいだけだよ。それよりこの後時間あるか?折角だしどっかでゆっくり話でもしようぜ」

 

「じゃあ、うちに来なよ。一人暮らしだから気兼ねしなくていいよ」

 

「わかった。んじゃ、行こうぜ」

 

俺たちは鞄持ち、2人で教室を出た。

その後帰路から浩史の家まで話は尽きる事なく、久方ぶりの楽しい時間を過ごすことができた。

夕方になり、家に帰って夕飯の支度をしなければならない時間になったので惜しみながらも解散となり、家路に着いた。

 

「にしても」

 

色々あった一日だった。

高校の入学式、旧友との再会、懐っこい女子とその保護者登場と。立て続けのイベントに不満はないとはいえ流石に疲れた。

早く家に帰って夕飯を作って休もう。そう思いながら自宅のドアを開け、台所へ向かい、冷蔵庫を開けた。

 

 

「しまった、買い物するの忘れた」

 

 

 

 



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#2「入部!-軽音楽部入部(2)-」

次の日。今日も授業はなく、学校の説明などで1日が終わるということで鞄の中はまだ軽かった。

スカスカのスクールバッグをぶら下げて欠伸をしながら校門をくぐり教室に入ると、真鍋と談笑していた浩史が、こちらに気づく。

 

「おはよう、遼祐」

 

「ウィー。あれ、2人ともいつの間に仲良くなったの」

 

「さっき先生に臨時のクラス委員を任されてさ。なんでも、入試の時の成績で決めたんだって」

 

「はへー。秀才2人かよ。肩身せめー」

 

「もう、からかわないで」

 

浩史は小学校の時から勉強ができる大人しい子だった。それ故にクラスのガキ大将的な人たちに目をつけられたのを俺が助けたのが絡むきっかけになった……らしい。なんせ昔のことなのであんまり記憶にない。これは誰にでもあることだろう。

あの時から変わらず勉強はできるようで安心だ。これからはわからないところがあったらバシバシ聞こう。

 

「そいや真鍋、平沢は?」

 

「ああ、あの子ならそろそろ……」

 

「おはよ〜みんな〜」

 

と、噂をしたら本人登場。

振り向くと、眠そうな顔をした平沢がそこにいた。

 

「うわ、眠そう」

 

「うー春休みボケが治らないよー」

 

「もう、唯。しっかりしなさい」

 

保護者のように振る舞う真鍋と子供のように振る舞う平沢。あまりにも自然な姿に年季のようなものを感じた。

 

 

 

「そういえば遼祐、部活はどうするの?」

 

「んあ?」

 

あれから何週間か経ち少しずつ高校のシステムに慣れ始めたある日の昼休み。昼飯を食べていた時に浩史が突然そんな質問してきた。

ふむ、何も考えていなかったな。

 

「え、そろそろ決めないといけないんじゃないの?」

 

「でもなー。俺部活とかやった事ねーしなー」

 

「なら尚更、やってみてもいいんじゃない?」

 

どうやらこの学校、とりあえず最初はどこかの部活に所属しなければいけないらしく、そろそろある程度目処はつけておかないと担任からお呼出がかかってしまうらしく。

結局「まあどうにかするわー」と曖昧な答えを出した。そのあと、クラス委員会があるらしい浩史は、真鍋と共に教室を忙しそうに出た。残された俺は中庭で腹ごなしの散歩をしていた。

 

「あれ、平沢?」

 

珍しく真剣な顔をした平沢が、掲示板をじっと眺めていた。

はて、彼女があんな顔をするとは。余程何か興味を引かれる部活でも見つけたのだろうか。

気になった俺は彼女の横に歩み寄った。

 

「どしたの、なんか気になる部活でもあんの?」

 

「あ、りょうくん。……あのね、この前和ちゃんに早く部活を決めなさいって言われちゃって」

 

「デジャヴ」

 

「へ?」

 

「続けて」

 

「う、うん。それで色々見てたんだけど、これとかいいんじゃないかなって」

 

平沢が指さした先には、『軽音楽部』と書かれたポスターが貼られていた。

意外なチョイスに俺は驚きを隠せなかった。こんなポヤポヤした子が、軽音楽。うーん、ミスマッチ感ある。

 

「平沢、ギターとかできんの?」

 

「……ギター?」

 

おや、想定した返答とはだいぶ違うのが返ってきたぞ。

 

「……軽音楽って、何かわかってる?」

 

「軽い音楽って書いてるし、簡単なことしかない音楽かなって」

 

「んなわけねえだろ!どんな音楽だ!!」

 

「カスタネットとかハーモニカとか?」

 

「カスタネットとかハーモニカのガチ勢の人たちに謝れ!」

 

なるほど、ただの勘違いだったようだ。

普段からこの調子となると、真鍋の大変さがよくわかる。

 

「軽音楽ってのはな、ギターとかドラムとか、ああいうのを演奏するのを言うの」

 

「ギター!?私弾けないよ!?」

 

「じゃあ諦めな。他の部活探そう」

 

「え、でももう入部希望書出しちゃったし」

 

とんでもない爆弾発言をさらっとされた気がする。もしくは、耳がいよいよ使い物にならなくなったのかと思った。

早とちりとか空耳とかかもしれないし、一応確認を取ることにした。

 

「……マジ?」

 

「マジ」

 

「……お馬鹿」

 

「えへへ」

 

「一応突っ込むぞ。褒めてねえ」

 

「うっ」

 

困ったな。軽音楽だぞ軽音楽。言っちゃ悪いが、あんまり良いイメージがない。周りにそういう奴がいたとかいうわけではないし、本当に個人的なイメージだが、所謂『輩』的なのが大勢いるようなイメージだし、ましてやこんな女の子が行ったとなると、本当にそういうのがいたとして、何をされるかわからない。となると、取るべき行動は一つしかない。

 

「……平沢、謝りに行こう。俺もついてくから」

 

「うっ、そうします……」

 

放っておけばいいのに、放っておけなかった。

そんな気持ちにさせる目の前の平沢唯という少女は、とても不思議な生き物だと思う。

放課後、真鍋と浩史に事情を説明し、それぞれ用事のある2人(浩史は陸上部、真鍋は生徒会の手伝い)に見送られながら俺たちは軽音楽部の部室へと向かう。

ポスターには音楽準備室と書いてあった。俺たちの足はそこを目指すことになった。お互い重い足取りだが、仕方なかった。

やがて目の前には、音楽準備室と書かれたプレートが上に掲げられている扉の前までたどり着いた。

 

「……ほら、開けろって」

 

「え、わたし!?」

 

「俺が行ってどーすんだよ。入部希望書出したのお前だし」

 

「でもでもでも、ほらあの、怖い人とか出てきたら……」

 

「そん時は俺がなんとかするから、多分」

 

「多分!?酷いよ!りょうくんの鬼!りょうくんの方が怖い人だよ!!」

 

「んだとこの野郎!?もっぺん言ってみろ!!」

 

 

 

「あのー、何やってんの」

 

 

 

扉の中から出てきたのは、カチューシャをつけた女の子だった。

 

 

 

結論から言うと、輩はやはり俺の間違ったイメージだった。

軽音楽部にいたのは、美少女3人。他に部員は見当たらず、部屋にいたのは彼女たちだけだった。

 

「良かったらどうぞ」

 

中に入れられて席に座らされ、金髪の子から頂いたのは高価そうなカップに淹れられたこれまた高価そうな紅茶。そして高価そうなケーキ。

いいのかなと思い、そういえば喉が渇いたと思いとりあえず紅茶を一口。

あ、高い奴だこれ。舌触りから違う。多分。

 

「それで、平沢さんはどんな音楽が好きなの?」

 

黒髪ストレートの少女が平沢に髪の通りストレートに問いかけてきた。

ケーキを幸せそうに頬張っていた平沢がウッと言ったのち紅茶で口を綺麗にした後、チラッとこちらを見たが俺は他所を向いた。許せ平沢。これはお前に与えられた試練なのだ。と、思う。

 

「好きなギタリストとか、バンドとか」

 

「ば、バンド……、ギタリスト……」

 

あ、ヤバそう。

 

「え、えっと、じ、じーー」

 

「ジェフ・ベック!?」

 

ああ、この流れあかん奴だ。

 

「どなた?」

 

「常に新しい音楽に追求する、挑戦的なギタリストだよ」

 

カチューシャが解説してくれた。ちなみに僕もギタリストとかバンドとかは詳しくないです。

 

「本当に、平沢さんが来てくれて助かったよ」

 

「実を言うと、1週間後までに入部希望者がいなかったら、廃部になってたの」

 

「平沢さんが来てくれて良かったよーありがとー!」

 

すごく言いづらい状況になってしまった。もはや俺なら諦めるレベルだ。

しかし、流石に申し訳なく感じたのだろう。突如平沢が「あの!」と言って勢いよく立ち上がった。

 

「じ、実は入部するのやめさせてくださいって言いに来たんです!」

 

3人はポカンとしていた。そりゃそうだろう。まさか絶望の淵に立たされていた時に、入部希望書というその名の通り希望を見つけたのに、その希望がまさかの裏切り。思考が追いついてないのかもしれない。

 

「本当はギターも弾けないし……音楽も全くわからなくて……」

 

「じゃ、じゃあなんで入部希望を……?」

 

「え、えっとその……もっと違う楽器をやるものだと……」

 

軽い音楽だから簡単な事しかしないと思った、なんて口が裂けても言えないだろう。

 

「じゃあ、どんな楽器なら弾けるの?」

 

「カスタ……あ、ハーモニカとか!」

 

「あ、ハーモニカここにあるよー。吹いてみて!」

 

カチューシャはブレザーのポケットからハーモニカを取り出し、笑顔で手渡す。なぜそんなところにあるんだ。

 

「ご、ごめんなさい吹けません!!」

 

「吹けねえのかよ!!」

 

思わず突っ込んでしまった。

その途端、あっ、そういえばこいつもいたなって顔でみんながこっちを見てきた。多分存在感が完全に消えていたのだろう。

 

「そういえば、貴方は?」

 

「まあ何というか、この子の付き添いというか……あっ、日暮遼祐って言うの。よろしくー」

 

「日暮は、音楽に興味ある?」

 

だろうとは思ったが、やはりそういう類の質問が飛んできた。

しかし俺はここに入る気は無いし、ここは正直に言ったほうがいいだろう。変な期待をさせるわけにはいかないし。

 

「いやーこれが全くで。流行ってる日本のバンドとかぐらいしかわかんなくて」

 

「そっかー……」

 

空気が死んだ。多分、僕はいらないことをしてしまったのかもしれない。もう少し気の利いたコメントをすれば良かった。

ついにみんな黙り込んでしまった。これがお葬式ムードという奴ですか。

流石にまずい、そう思いしばし何かできないものかと考える。

 

「そ、そうだ。試しになんか演奏してみたら?そうしたら、平沢も楽器に興味が湧くかもしれないしさ!」

 

全員が顔を上げる。絶望の顔から、それだ、という希望の顔になった。

 

「平沢もさ、せっかくこんな美味しいのご馳走になったし、とりあえず見てから決めてもいいんじゃないかなー」

 

「うん!わたし、演奏見てみたい!」

 

意外と食いつきが良かった。ついでに笑顔になった。

と言うことで、急遽開かれることになった客2人の臨時ライブ。

それぞれがチューニングや確認のための軽い音出しをしていた。カチューシャはドラム、黒髪ロングはベース、金髪ちゃんはキーボードを担当しているらしい。

それぞれが音出しを終え、互いに準備OKの意思を確認し合うと、カチューシャがスティックをかかげ、それを叩く。

 

「ワン、ツー、スリー、フォー……」

 

一斉に楽器を演奏し始め、音色が合わさりひとつの曲となる。確かにこうして聴くと楽器というものの凄さに驚かされる。

曲は恐らく『翼をください』だろう。ちょっと意外な選曲だが、音楽のわからない俺たちに対しての配慮なのかもしれない。隣の平沢は、凄く興味津々という顔で聴き入っていた。

やがて演奏が終わり、ひと段落つくと平沢のスタンディングオベーションが音楽室を包む。

 

「いやー、どうだった?」

 

「な、なんていうか、凄く言葉にしにくいんだけど……」

 

「うんうん」

 

 

 

「あんまり上手くないですね!」

 

 

 

みんな一斉にコケた。それはもう綺麗にお笑い芸人顔負けの。

本日何度目かわからないまさかの爆弾発言に思わず腰が抜けてしまった。

まあ彼女たちも入部して日が浅いし、リズムも若干狂っていたりしていたからそう受け取られても仕方ないといえば仕方ないのだろうけども。

 

「……でも、すごく楽しそうでした!」

 

だけど、平沢の感想はそれで終わらなかった。

みんな顔をあげて平沢の顔を見る。

 

「わたし、この部に入部します!!」

 

夢を見ているのだろうか、といった表情で黒髪ロングとカチューシャが互いの頬を抓り合う。ベタか。

それが夢じゃないと確信した途端、3人は感嘆の声を上げた。

 

「やったー!ありがとう、平沢さん!」

 

「でもわたし、楽器やった事ないし……あっ、マネージャーとかどうかな?」

 

「いや、運動部じゃないからうち」

 

まあ、あとは本人たちの問題だ。部外者は関わるべきではないだろう。

はしゃいでいる彼女たちを尻目に、俺は部室を後にしようとした、時だった。

 

「あああああああ!」

 

「な、なんだよ律」

 

「しまったあああ忘れてたああああ!この学校の部活、5人以上じゃないと部として申請されないんだったー!!」

 

あれ。なんか思わぬ展開になったぞ。

律と呼ばれた女子は妙にオーバーリアクションで言う。

ちょっと試しに振り返って見ると、全員の顔がこちらをロックオンしていた。間違いない、俺は今捕獲されようとしている。

 

「りょうくん……」

 

やめろ平沢、そんな目で俺を見るんじゃない。

いや、君だけじゃなくて他のやつもだが。

ため息をつき、しばし考える。

楽器はまあ、できなくもないが。

ただこうして本当にできる人たちと並んでやれる程じゃないし、そもそもそんなにやってなかったりするし。

しかし、もうこれは断れる雰囲気じゃない。

男子がいればまあすんなりわかった、と言えたのだろうがなんせ女の子ばかりなのだ。色々大変そう。

が、流石にこの空気が読めないほど、俺も鈍くはなかった。

 

「……ギターをほんのちょっと弾けるだけだかんな、期待すんなよ」

 

「やったあああああ!!」

 

まあ、俺の部活問題も解決したし、ひとまずは安心って事でいいのかもしれない。

それに、放課後に毎日美味しいお茶とお菓子を貰えるのだと思うと、いるだけでも悪くないかもしれない。

こうして、俺と平沢は軽音楽部に所属することになった。

 

 

 

これが、俺たちの運命を大きく変えていく事になるとは、この時まだ知る由はなかった。

 

 

 



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