五つでは足りない (鴨鶴嘴)
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夜の呼び水

 先週に一度あった雨から続いている猛暑日が、早い夏の到来を告げているかのようで嫌気がさす。

 今日は忙しく水分補給を怠っていたせいか、左後頭部の辺りが圧迫感に苛まれ、どうしてもイラついてしまって短い髪をかき回す。

 

「ああ、図書館が休みじゃなかったら」

 

 地元の説話を調べて聞けるレベルまでまとめないと、明後日一年生相手に班で自分が発表出来るものが無い。それは流石にまずいので、ノートパソコンで『△△市 説話』と検索して得た情報を自分の言葉でかみ砕いてB4の画用紙に下書きをしている作業中なのだが、どうも作業効率が悪いらしいと、半分も文字が埋まっていない画用紙と窓から覗く空の茜色を見て気が付いた。

 

「ただいまー」

 

 このくたびれた声は妹の智代(ともよ)だ。俺は慣れない作業で凝り固まった肩を回して短い返事をした。

 

「あれ、母さんはまだなの」

 

「買い物だろ、それより汗臭いからさっさと風呂入れ」

 

「はいはーい」

 

 エナメルバックを冷蔵庫の前にドカッと置いて空の弁当箱と水筒を出しながらアイスバーを冷凍室から取り出す仕草はとても手慣れている。見ていて自分も何か欲しくなったので、冷えた麦茶をコップに注いだ。

 

「うーん、雛見沢村の守り神・・・?何調べて———」

 

 不注意にも広げたままだったところを妹に読み上げられて恥ずかしくなり、コップをそのままに両手を伸ばして視線を遮った。

 

「あっちに行った行った」

 

「おにぃのけちんぼ」

 

 ぶーたれる妹の肩を押してリビングを追い出すと早速俺はテーブルに広げていた一式を二階の自室へ運び、もういい時間なので塾の宿題と筆箱を鞄に加えて玄関に向かった。するとそこには洗面所の扉から半身で顔を出す妹がまだいたようで、普段はしないが何となく片手をあげて「行ってきます」と言うと、らしくない自分をからかうような声音の返事がかえってきた・・・邪推だろうか。

 そんなことをぼんやり考えながら自転車にまたがって地面を蹴るが、最後に乗った時に重たいギアのままだったらしく車庫で少しふらついた。立漕ぎで無理やり前へ進めるとやっと安定したので、前輪の横のライトのスイッチを蹴って夕方の薄暗い道路を照らした。

 つづら折りの坂を自転車から降りて登り終え、溜まったフラストレーションを下り坂で消化する。そうして直ぐの塾で今日のノルマをこなすと外はすっかり夜に染まり、自動販売機の前で買ったジュースを飲み終わった頃にはお向かいや仕事を終えた塾講師の車らが駐車場を忙しなく出入りする波も通り過ぎ、一人きりになっていた。

 

 星空を眺めて、その実なにも見てはいなかったのだが、だらだらと家に向かって漕いでいると後ろから自転車が迫るスポークの風切り音が聞こえてきたので歩道の端に寄って道をあけた。しかし、なかなか追い越してはくれない。

 

 

 

 

 カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ

 カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ

 

 カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ

 カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ

 

 

 

 下り坂を気持ちよく走りたいところを抑えてブレーキを握っても追い越してくれないかと思えば、走り出したらまたついてくる。背中にべったりついてくる誰かが気持ち悪くて、嫌な想像が膨れ上がり、振り向いて確認する機会をすっかり失った俺は冷え切った汗で背中を濡らしていた。

 気が付けば全力で自転車を漕いでいた。乱暴に車庫の自動車の前で自転車を捨てて、家の中に入りリビングに向かうと両親の平和そうな顔が並んでいて、安心した気のゆるみからか俺は膝から崩れ落ちた。

 

 不審がった両親に俺は今さっき体験したことを憶測を交えて話すと二人は真剣な表情で話を聞いてくれたので、次第に冷静さを取り戻している自分に気が付いた。頼りになる大人に後は任せると湯船に浸かってから夕食を取り、今日ばかりは早い時間からベッドに伏せた。

 

 翌朝には何も無かったように、とはいかなかった。息子の心を心配した母が学校まで送り向かいするとしつこくいうのを断って早くに目覚めた朝をホットミルク片手にテレビのニュースを見て過ごしていると、低血圧で不機嫌そうな妹が起きてきた。

 

「おはよう」

 

「ん」

 

 あんまりな返事だがそんなものだとミルクを啜っていると昨日鞄を自転車カゴに入れたままだと思い出した。小走りで玄関に向かうとステップに鞄が置かれてあったので、一足早く出勤した父が車庫で見つけて持ってきてくれていたんだなと感謝した。

 

 学校ではショートホームルームで不審者の話があったり、調べ物学習の発表を放課時間ででっち上げて乗り切ったりと、ドキリとする問題事もあったがそれらは時間と共に流れていき、今に忙しい毎日によって薄らいでいく昨日の連続が、過去の出来事にしようとしていた。

 

 

 

 そして六月になった晴れの日の夜に、俺の命は交通事故で消えてしまった。

 俺は誰かの、いつかの過去の出来事になるのだろうか。

 

 

 兄は突然に死んでしまった。あの日から嫌な胸騒ぎがしていたと今更に思うのは、責任の一端が自分にもあると思いたいからなのだろうか、自分と無関係に奪われる命の理不尽さに気持ちの整理が出来ないでいた。

 自分は学校で学友に慰められるのが嫌で、体調不良で今日はズル休みしてしまった。余計に明日のことを思うと気が滅入るけれど、誰にも文句は言われなかった。

 

「馬鹿・・・バカね」

 

 「そのままにしてあげて」と言っていた母の言葉を無視して、兄の部屋の中へ入る。

 目に付いたのは団扇が上に置かれたステレオのスピーカー。中学生になったお祝いで買ったものだけど、音楽に興味が無いと貰った当時は文句を言っていた。毎日深夜ラジオを流しながら勉強している音を、私は知っている。

 

「隣の部屋から漏れて聞こえてくる忍び笑いが、キモかったなぁ・・・」

 

 自室に戻り制服に着替えると、鞄を持って学校へ向かった。家にいるよりも学校にいるほうが幾分マシだと思ったからだ。職員室に入ると丁度チャイムが聞こえ、次の時限からは授業に参加出来そうだった。




あとがきで説明するのは反則(?)のような気がするけれど、主人公の生まれは雛見沢村が○○町と合併し、○○町が更に△△市と合併した、地理的に近しい場所になります。


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窓辺の影法師

 そこは水に満たされた、重い静けさに支配された世界。

 

 微生物が水底(みなそこ)に溜まる腐葉土を分解して生じたガスが、気泡となって浮上する。

 

 気泡の周りに、やがて陽の光が満ちてゆく。

 

 そのときが来れば一瞬の出来事で、気泡のイメージは小波立つ水面(みなも)から外気に散った。

 

 

 開かれた窓から入り込む朝の冷気をはらんだ風が、顔の起伏に砕けては部屋の空気に馴染んでいく。

 心地良い肌寒さから目を覚ました俺は、肩まで掛けられた布団を折って上体を起こし、ヘッドボードに背を預けてあくび一つと大きく背伸び。体の調子はいいようだ。

 

「———ンん?ここは・・・どこだ」

 

 揺れるクリーム色のカーテンの向こうには植樹の緑と快晴の青空が窺えて、土の匂いと・・・消毒用のエタノールか?なぜか薬品の匂いがする。俺はしきりに右腕を揉みながら、ベット脇に置かれたスリッパを素足で履いて立ち上がるのとほぼ同時に、リノリウムの床をコツンコツンと叩く足音が部屋の外から近づいてくる。

 足音の人物は黒いエナメル革のサンダルの、細面で長い茶髪を掻き上げた眼鏡の優男風であり、扉を開けた彼の服装と自分の置かれている状況から推察するに、自分たちは医者と患者の関係なのだと把握した。

 

「目が覚めましたか。ですがまだ立ち歩かないでくださいね。私はこの治療所で医師の入江です。その分ではもう大丈夫だとは思いますが、念のためこれから診察を受けてもらいます」

 

「はい、分かりました。・・・あの、自分は」

 

 聞きたいことがあったが彼は意図せず被せるように「鷹野さーん」とよく通る声で呼ぶと、ミステリアスな眼差しに心臓がドキリとする、邪魔なロングのブロンズ髪を後ろでまとめた看護婦がすぐにやって来た。

 

「なんでしょう、入江先生」

 

「彼の診察をここでするので、補助をお願いします」

 

「分かりました」

 

 慣れた様子で眼球運動や脈拍数やらを測られて、幾つかの質問を無難に答えると、彼はニッコリと笑って「どこも異常ありません」と言い、カルテにすらすらと何かを記入して看護婦に渡した。看護婦はカルテをもってどこかへ行ってしまった。

 

「あの、先生。この施設の名前を教えてくれませんか」

 

「?ここは入江診療所ですよ。それが何かありましたか」

 

 入江診療所という名前を聞いても、よく知った町に該当する憶えが無い。ここはどこなんだ、と難しい顔をして考えていると、無言を不審がって再び真剣みを帯びた眼差しで観察されていることに気がついた。

 俺は小さく深呼吸してから笑顔を作り、患者の顔になった。

 

「先生ありがとうございました。さっそくですが電話を借りてもいいですか、親に連絡して入江診療所まで迎いに来てもらいたいので」

 

「———ああ、なるほど。もちろんいいですよ。いや、私の方で連絡をしておきますよ」

 

「いえ、お忙しい先生のお手を煩わせるに及びません。それに元気な声も聴かせてあげたいですし」

 

「いやはやこれは失礼を、積もる話もあるでしょう。・・・ですが電話は着替えてからにしてください。ベッド脇にあるその箱、そこにあなたの私物が入っていますので、着替え終えたら扉を開けて廊下を左に行った先の窓口で、誰かに声をかけてから電話を使ってください」

 

「廊下を出て左、ですね」

 

「はいそうです、お着替えになるのでカーテンは閉めますね。では」

 

 淡い鶯色(うぐいすいろ)のカーテンをⅬ字のレール下で滑らして閉めると、足音が遠のいていく。

 やっと一人きりになれた。

 俺は着ていた病衣をベッドの上に畳んで置き、箱から取り出したカッターシャツと濃紺のズボンの学生服に着替えて他の持ち物を物色した。出てきたのは塾用の手提げ鞄に勉強道具諸々(もろもろ)、財布、そしてジュース用の小銭入れと自転車のスペアキーで、箱の横には白い運動靴が置かれていた。俺は財布のシークレットポケットから親の会社の連絡先と携帯番号、家の電話番号が裏に書かれた家族写真を取り出してしばし眺め、また財布の中へしまう。

 病衣は空になった箱の中にしまって元のベッド脇に置くと、シーツの皺が気になっったので整えた。もうこの病室でやり残したことは無いので、聞いていた窓口へ向かおうと俺は廊下に出た。

 

 開け放たれたままの窓から、気まぐれに背を押すような風が通り抜けていったような気配がした。

 

 

 蛍光灯の青白い光と窓の明かりが足元を照らす廊下を少し歩けば、黒いソファが並ぶフロアに出た。観葉植物の置かれた脇にさっそくダイヤル式の電話をみつけたが、俺は医者に言われた言葉を守って、受付窓口の向こうで事務処理作業をしている女性にまず入江先生の名前を出して話しかけ、事情を話して電話を使わせてもらうことが出来た。

 

『お掛けになった電話は———はい、藤枝です』

 

 家の電話に掛けて呼び出しのコールを待ってもなかなか相手が出ず、一度切ってから掛けなおそうとしたまさにその時に電話が繋がって、俺は慌てて受話器を持ち直す。この不機嫌そうな声には覚えがあった。

 

(はじめ)です。分かりますか」

 

『肇っ!?本物なのかっ、今どこにいる!・・・ああ、もうやっと。ちょっと、冷静になる時間をくれ』

 

 激的な反応で動悸でも起こしたのか、無理に落ち着かせようと絞り出したような深呼吸の息遣いが受話器越しに聞こえてくる。が、長くは続かず次第にしゃくりあげてむせた。

 

「大丈夫?ちょっと大袈裟すぎない父さん、はははっ」

 

『お前なぁ・・・まあいい。小言は後だ。それで今どこにいる』

 

「入江診療所ってところ。初めて聞いたんだけど場所分かる?」

 

『診療所って、どこか悪いのかっ!』

 

「この体は健康だって先生のお墨付き。診療所はビジネスホテルより快適だったよ」

 

『こんな時に冗談を、気が抜けた。・・・入江診療所だな。すぐ向かうから中で待ってなさい』

 

「はーい」

 

「楽し気な会話をしていたわね、ウフフっ」

 

 背後から掛けられた声に受話器を置いて振り向くと、病室で見た看護婦が唇に手をかざして上品に笑っていた。楽しかった気分が冷めていくのが自分でも分かる。

 

「悪趣味ですね、盗み聞きなんて看護婦さん」

 

「ごめんなさいねぇ、盗み聞きするつもりは無かったの。・・・でも、大きな声で話していたあなたも悪いのよ」

 

「それは・・・配慮が足りずすいませんでした。電話は終わりましたので、もういいですか看護婦さん」

 

「嫌われちゃったかしら?私は鷹野三四(みよ)、よくあなたのお世話をしていたものだから、別れの挨拶でもしようと思ってね。退院おめでとう、藤枝君」

 

「そうでしたか。ありがとうございます、鷹野さん。花は好きですか」

 

 俺は主導権を握る事をとうとう諦めた。この鷹野という看護婦は男の物の考え方をよく理解しているらしく、俺は苦手意識を抱いたが邪険にはできなかったのだ。だから俺は唐突に話題を振った。

 

「花?ええ好きよ。可愛らしくて」

 

「では今度、お礼に狐百合(グロリオサ)を持ってきますので、飾ってやってください」

 

「あら、素敵ね。楽しみにしているわ。ウフフっ」

 

 鷹野さんはまた上品に笑うと、どこかへ歩き出した。俺は肩の荷が下りた気持ちで黒いソファにドカリと座り、カッターシャツのボタンを一つ外してため息を吐いた。

 

 父親が迎えに来たのは電話から約15分後のことで、隣に座りハンカチで額の汗を拭いている。玄関扉のガラス越しに父の車を見ていたが、あの様子では法定速度を守っていたかは怪しいところだ。窓口で父が事後処理をしている間に俺はトイレを済ませ、家に帰る運びになった。

 

「学校には明日から行けるようにしないとな」

 

「うん。父さん、そういえば会社はいいの?」

 

「連絡はしてある、早い昼ご飯を食べてから出勤だ。肇は食べたい物あるか?」

 

 車の進路は家ではなく興宮に向かっていたのが先程から気になっていたが、外食をする為だと知って納得した。食べたい物と聞かれて考えはしたが、何でもいいのが本音だ。

 

「油っこくないのがいいかな」

 

「うーん、難しい注文だな。よし、美味しいそば屋にいこう!」

 

 今日はよく笑う父の姿を助手席から横目に見るのが、それだけで心が満たされて尊い幸せに感じた。

 

 

 畳に敷かれた布団で寝ていた俺は、余裕をもって設定された目覚まし時計の二度目のアラームで目が覚めた。アラームを切ってまだ寝ている父を跨いで洗面所に向かい顔に水を打ち付けると、すっかり眠気は無くなった。

 朝食を作る合間で弁当箱に昨日の夕食の残りをおかずに詰めていると、空きがあったので冷蔵庫から卵を二つ取り出し、小さじの砂糖と醤油数滴をかきまぜたのを熱したフライパンに流しこんで玉子焼きを作る。

 焼いた音か甘い匂いのせいか、どうやら父も起きたようで、出来上がったら一緒に朝食をとった。

 

「仕事に行くが、一人で学校に行けるか?少し気まずいだろう」

 

「大丈夫だよ。昨日の夕方一緒に学校へ行って先生に事情も話してあるしさ」

 

「それもそうだな。じゃあ行ってくる」

 

「いってらっしゃい」

 

 昨日学校でせっかくだからと渡された宿題のプリントを10分もかからず終えるとクリアファイルに入れて筆箱と一緒に鞄にしまう。時計を見るといい時間になったので、制服に着替えて登校することにした。

 家から学校まではほど近く、徒歩で少し背に汗が滲んでは風がさらっていく。昨日職員室に来るようにと言われていたので、名前の書かれたシールが貼られていない適当な下駄箱に靴を突っ込み、袋から取り出した25.5cmの真新しいシューズを履いて職員室に向かった。

 

「ごらんになりまして梨花っ!?」

 

「みぃ!みましたのです」

 

「をーっほっほっほ!!これは大スクープの予感ですわ!!こっそーり尾行しますわよ」

 

「みぃーー!」



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席が一つ、加わった

 茶碗に少しの白米を箸でまとめて一口にすると、熱い味噌汁で流し込む。最後に漬物をつまめば朝食が終わり、食器をシンクまで運んで軽く水で濯ぎ、手の水気をタオルで拭いたら椅子に置いていた鞄を拾い上げた。

 

「レナちゃんもう来てたわよ。早く行ってあげなさ~い」

 

「今行くところ!じゃあ、行ってきます!」

 

 同級生の女の子を待たせている俺のことをいつもにやにや楽しんでいるお袋の急かす言葉を背に受けて、俺は急いで玄関に向かった。慌てていたせいで靴を履くとき一度置いた鞄を忘れて行こうとしたところをお袋に呼び止められて、手渡しで鞄を受け取ると、お袋の苦笑いを受け流して家を出た。

 

「圭一くん、おっはよ~ぅ!」

 

「おう、おはようレナ。待たせちまったな。じゃあさっそく行こうぜ!」

 

「うん、一緒にいこっ!」

 

 転校してから日が浅い俺を気遣ってくれているのか、毎朝迎いに来てくれるレナにはとても助かっている。

 今日も、当たり障りのない会話を楽しみながら並んで通学路を歩いていると、レナが「そういえばね」と何か思い出したように前置きをおいた。

 

「ん?なんだレナ」

 

「えっとね、今日は魅ぃちゃん日直だから、先に学校に行ってるんだって昨日言ってたよ」

 

「へ~そうなのか、魅音って意外にそういうとこしっかりしてるんだな。俺の勝手なイメージだと年長者の圧力でもう一人の日直に仕事を全部任せるタイプ」

 

「ははは、それはひどいよ圭一くん・・・魅ぃちゃんはね、面白いことが大好きだけど、任されたことはしっかりこなすし、だからみんな魅ぃちゃんのリーダーシップについていくんだって思うかな。かな」

 

 諭すように言うレナの様子を見て俺は唇を噛み、頭の後ろで組んでいた手を下ろして姿勢を正した。

 

「悪い、さっきの軽口は忘れてくれ。レナのおかげで目が覚めた、俺ってみんなのことまだ全然知らないんだな」

 

「それは仕方ないよ。圭一くんは転校してばっかりだもん。・・・でも、圭一くんなら直ぐにみんなとも打ち解けられるよ!」

 

「・・・レナ、お前って本当にいいヤツだな。うりうりぃー、可愛がってやる!」

 

 レナの頭に手を置いて、柔らかい髪の感触を楽しみながら撫でる、撫でる、撫で回すッ!!

 

「はぅぅ・・・圭一くんやめてー、目が回るー」

 

 顔を赤くしてされるがままのレナの頭を嫌よ嫌よも好きの内と、それでも撫で回し続けていたら、一瞬の閃光の後に地面から空を仰いでいた。突然の出来事過ぎて、理解が追い付かない。

 

「ぐあばらがっ!?」

 

「はぅー、やめてって言ったのに・・・やりすぎは駄目!なんだよ」

 

「いったい何が、おき・・・ぐふっ」

 

 

「あははははっ!そっか、圭ちゃんはレナのかぁいいモードのぱんちは初めてだったね」

 

「かぁいいモード?なんなんだそれ、教えてくれ魅音」

 

 先に学校へ登校していた魅音の席に寄って声を掛け、さっき体験したことを話すと、魅音は快活に笑って語ってくれた。

 

「レナはね、自分がかぁいいと思った物を見つけたら何でも持ち帰りたくなって、その時に超人的な能力を発揮するの。もしその状態のレナを邪魔しようものなら、目にもとまらぬ高速ぱんちのラッシュの餌食になる。・・・聞くに圭ちゃんが受けたのは照れ隠し程度だからまだ序の口の序の口、レナのかぁいいモードの本気はそんなものじゃないね」

 

「う、嘘だろ?あれより上があるのか」

 

「嘘だと言ってあげたいけど・・・。レナの本気のぱんちは———音を置き去りにする」

 

「うわあああああああっ!!マジかよっ」

 

「魅ぃちゃん!圭一くんに変なこと吹き込まないでーっ」

 

「あははははーおじさん何のことかさっぱりわかんない」

 

 いつからか聞いていたレナに肩を掴まれて揺らされている魅音はしらーっとすっ呆け顔で、今のは冗談だった雰囲気が出来上がっている。・・・が、あながち冗談じゃないような気がして、ぎこちない笑顔しか出来ない。

 何だか変な空気になったので、思い出したようにまだ来ていないクラスメイトの話題をふった。

 

「そういえば、今日の登校は不気味なくらい平和だったな」

 

「うん?そうだね?」

 

 レナはとりあえず俺に合わせてくれたが、言わんとしていることまでは今の一言で伝わらなかったようだ。

 

「ほら、沙都子だよ沙都子。いつも狙いすました罠を仕掛けてくるのに、肩透かしをくらっただろ」

 

「そういえば圭一くん、今日はドアの前で急にバックステップやエビ反りして変だったよね!」

 

「ええい、そんなことは思い出さんでいいッ!魅音は日直ではやくから学校に来てたんだろ。沙都子はともかく、梨花ちゃんもまだ来てないのか?」

 

「おっかしいなぁ~。花壇の水やりが終わった帰りの下駄箱で、確かに二人の靴があったはずなんだげど・・・周りを見てもいないねぇ~」

 

 クラスを見渡しても、自分より背丈が半分くらいの生徒がそれぞれ自由にしていて賑やかだか、その中には二人の姿は見当たらなかった。

 

「それなら、職員室にいるんじゃないかな?・・・かな?」

 

「消去法で考えたら、そうなるよな」

 

「う~~ん、まさかねぇ・・・」

 

「ま、その内ひょっこり来るだろ」

 

 こんな具合に、と教室の後ろのドアが開かれて、沙都子と梨花ちゃんが二人で一つの椅子を持って教室に運んできた。

 

「噂をすれば、なんとやら」

 

 俺は二人に駆け寄って、とっつきやすい沙都子へ絡みに向かう。

 

「おはよう梨花ちゃん、ついでに沙都子。知恵先生に雑用でも頼まれたのか」

 

「なっ!レディに対してなんて雑な態度、聞き捨てなりませんわ圭一さんっ!」

 

「レディを名乗るなんて100万年はやーーいっ!!丁重に扱われたかったら、沙都子も梨花ちゃんみたいにもっと落ち着きを持つんだな!」

 

「きぃーーっ、なんて憎らしい顔ですの!梨花ぁ~っ」

 

「沙都子は圭一にからかわれて、かわいそかわいそなのです」

 

 梨花ちゃんに頭を撫でられて慰められている沙都子の構図は、二人の精神年齢の開きを感じる。

 突如、背中に形容しがたい悪寒が走った。

 

「はぅ~梨花ちゃんも沙都子ちゃんもかぁいいよ~。お持ち帰りぃ~!」

 

「うう、レナさぁん、圭一さんが私をいじめますの。ひっく」

 

「はぅはぅはーぅ~!!待ってて沙都子ちゃん、いじめる悪い人はレナが倒してあげるっ!!」

 

 レナの胸に駆け寄って抱き着いた沙都子が、目に涙を溜めて俺の名前をあげた。レナの死角から俺を見て、口角が釣り上がり勝ち誇った笑顔を浮かべてやがるッ!!

 

「あっちゃー・・・圭ちゃんご愁傷様」

 

 すでに手を合わせて諦めムードの魅音、さっき話していたレナのかぁいいモードの本気がまもなく来る。俺は両手を顔の前で交差させ、来たるレナのぱんちに備えた。

 

 浮かび上がる体、止まない打撃音。落雷のようなフィニッシュ音と共に後方へ飛んで床を滑る俺の体は、開かれたままだった教室の後ろのドアから廊下に飛び出し、完全敗北を告げるゴングのように、校長先生が鳴らす始業のベルの音が鳴り響いた。

 

 

「今日は皆さんにまず、転校生を紹介したいと思います。さ、入ってきて」

 

 学習机を運んできた知恵先生が教壇の前に立つと、予想外の発表に一部を除いて教室がざわついた。

 そして扉の向こうで待っていた新しい男子生徒が入って来ると、教室がしんと静まりかえる。圭一は自分のときもこんな感じだったなぁと、過去を振り返って小さく笑った。

 

「えー、興宮の学校から転校してきました、藤枝(ふじえだ)(はじめ)です。学年は中学三年生なので、最高学年になると思います。最近父の実家に引っ越してきて、前の学校が遠くなったので、いろいろ話し合った結果この学校に転校してきました。みんなとも仲良くなりたいと思っているので、よろしく!」

 

 緊張で何を言ったかあまり覚えていないがパチパチパチとまばらな拍手が鳴って、先生の指示で教室の後ろの席に座れば、何とかなったなとため息を吐いた。

 鞄から取り出した筆記用具等を机の中に入れて、机の横にとりあえず鞄を置いた。

 

「一時限目は国語です。委員長、号令」

 

「起立、気をつけ・・・おねがいします」

 

「「「おねがいします」」」

 

「はい、お願いします」

 

「着席」

 

「では、プリントを配ります」

 

 この学校の学習方針は聞いていた。教師が不足しているため、教師は小学生の生徒達に付きっ切りとなり、自分のように高学年の者は基本的にノルマのプリントや問題集をこなして、あとは自主学習となる。

 教科書の指定されたページを開いてプリントの問題をこなしていると、自分と同じくらいの男の子が机を寄せてきた。

 

「俺は二年の前原圭一、よろしく」

 

「ああ、よろしく前原くん」

 

 差し出された手に俺は握手で返した。一学年上でも物怖じせず、かなりフレンドリーな性格らしい。

 

「いきなり質問させてもらうけど、藤枝くんって勉強ができる人?」

 

 何となく、彼がこれから言いたいことを俺は察した。

 

「この教科書の内容だったら、だいたいわかるよ。前原くんがわからないところがあったら、たぶん教えてあげれると思う」

 

「これは心強い助っ人だ!・・・いや、俺はいいんだ。今のところ問題は無い。ただ、二人の先生を俺がやるにも限界があってさ」

 

「二人?」

 

 彼の視線の先を辿れば、さっき号令をしていた、今は机に撃沈している子と、今も一生懸命教科書に向き合っている子が机を並べていた。

 

「そう、あの二人の先生の代理を俺一人でやってたんだけど手が足りなくてさ、もちろん手伝ってくれるよな?・・・まさか、一学年下の可愛い後輩を見捨てるワケないもんな!・・・ね?そうでしょう」

 

 いつの間にか俺の肩に前原くんの腕が回ってがっちりと組まれていて、指が食い込んでいる。ふと横を見ればNOとは言わせない笑顔が間近に迫っていた。

 

「・・・前原くんってよく、強かだとか口が上手いって言われるでしょ」

 

「おうっ!それって最高の誉め言葉だよな!がははははっ」

 

 彼のペースに巻き込まれて、一時限目からさっそく話せる相手が三人に増えるのは喜ばしい事なんだと、俺は客観的に考えて、筋の通った断る理由もないので受け入れることにした。そして二人とも短く挨拶を済ませ、同学年の園崎さんを主に教えることが決まった。

 

「ええーーっ、わたし圭ちゃんに教えてもらいたーい!ぶぅぶぅ!」

 

「園崎さん、文句を言っても終わらないからまず鉛筆を持って。ノートを出して開いて。教科書はこのページ。今日の内容は古文だね。まずは・・・ここからここまでを二行ずつ空けてノートに写すところから始めようか」

 

「えーと、提出するのはプリントだけだし、ノートは使わなくてもよくない?」

 

「よくないね。園崎さんには内容をしっかり理解してもらいたいから、ノートに写す作業は大事なんだ。家でも学習してもらいたいし」

 

「け、圭ちゃん、わがまま言わないから替わってくれない?おじさんこのままだと間違いなく脳のパンクで死んじゃうよぉ・・・」

 

「熱心な先生を持ててよかったな魅音。藤枝くん、遠慮せずその調子でビシバシ頼む」

 

「?ああ、任された。ほら園崎さん頑張って、このままだと授業の時間内で提出するプリントが終わらないよ」

 

「ひいいいいっ」

 

 ・・・一時限目が終わった。

 結果を言えば、園崎さんは授業の時間内になんとかプリントを終えれたので、彼女は集中力を発揮すればかなり出来ることが分かった。今は流石に疲れたのか、机でぐったりしている。まぁ、次の授業が始まる頃には回復しているだろう。

 

「お疲れ様園崎さん、頑張ったね。次は算数だから、また頑張ろう」




没ネタ【職員室】
知恵先生「ところで藤枝君は、カレーが好きですか?」
扉|沙都子&梨花「ごくり・・・」
肇「?大好きです」
知恵先生「ニッコリ。そこの二人出てきなさい、手伝ってもらいます」

教室に続く。


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小市民である為に

 授業が終わり机の上に散った消しカスを手に集め、ゴミ箱に捨てに行ったその足で教室を出てトイレへ向かった。

 鉛筆で書いた文字に擦れて付いた手の汚れを石鹸で丁寧に洗っていると、泡立った石鹸からいい匂いがして心が落ち着く。そこへ足音がして鏡を見れば、トイレに今来た男の子は俺と目が合うや肩を跳ね上げ入り口で立ち止まってしまった。

 ・・・言い訳をさせてもらえるなら、鏡の前の自分は無表情の腰を折った上目遣いで、威圧するように睨んでいるように取れなくもないが、そんなつもりはさらさらなかったのだ。

 彼の心情を思えば、年上と二人きりでトイレの手洗い場というシチュエーションは心理的にかなり怖かったのだろう。俺は取り繕って口元に笑顔をつくった。

 

「あーその。ごめんね?怖がらせちゃって。君に俺は何もしなーい、ほら。だから気にしないで」

 

 ハンカチで両手をさっと拭き、顔の横で手のひらを揺らして無害をアピールしてみたけれど、まるで幼稚園児に接しているような仕草になってしまった。

 小馬鹿にされたと怒らせてしまったかもしれない・・・という一抹の不安はしかし杞憂に終わり、男の子は「よかったー」なんて露骨に安心している。それがなんだか可愛らしくて笑ったら、男の子もよく分からないのに釣られて笑って、「それじゃあね」と手を振って教室に戻った。

 机があっちこっちで移動して幾つかのグループが形成されている教室模様、俺は机の横に置かれたままだった鞄を椅子の上に置き、弁当と水筒を机に並べた。

 

「ちょっといいですか藤枝君、ロッカー用と下駄箱用のシールを持ってきました。お昼前に名前を書いちゃいましょう」

 

「あ、今なんですね。分かりました」

 

 知恵先生がサインペンとシールを持ってきてくれたので、俺は二枚のシールに漢字で自分の名前を書くと知恵先生に渡した。ロッカーは下駄箱のようには流石に使えなくて、不便にしていたところだった。

 

「では、ここが藤枝君のロッカーになります。先生は今から下駄箱にシールを貼ってきますので、後で確認しておいてね。もし不安だったら、藤枝君も一緒に確認に来ますか?」

 

「それは大丈夫です。ありがとうございます、知恵先生」

 

「ええ、では」

 

 ニコニコ笑って教室を出た知恵先生を見届けたら膝を叩いてきびきび動き、ロッカーに鞄を突っ込んだ。

 

「よしっ!やっと食べ始めれるな」

 

「あ、あのっ・・・藤枝さん!」

 

「ん?ああ、さっきの。えーっと?」

 

 一仕事終えて手を払ってから背伸びをしていると、トイレで会ったさっきの男の子が話しかけてきた。特に身に覚えが無く俺は彼に話しかけられた心当たりを探っていると、何か察した風に彼の眉がピクンと動いた。

 

「そういえば、自己紹介がまだでした。僕は富田大樹っていいます」

 

「よろしくね富田くん。へぇー、しっかりしてるんだね富田くんは。わざわざ自己紹介をしに来てくれたの?嬉しいなぁ」

 

「そうじゃなくて、でもそれもあります。単刀直入に言いますと、藤枝さんもお昼まだですよね。僕たちと一緒に食べませんか?」

 

「いいよ。どのグループかな?」

 

「こっちです!椅子運ぶの手伝いますね」

 

 二つ返事で富田くんに誘われた男子グループに合流すると、富田くんの紹介で自然に他の男子とも仲良くなることが出来た。気を使われないよう物腰柔らかに話をしていれば、話題は熱弁する岡村くんの梨花ちゃん萌えで盛り上がる。

 

「梨花ちゃんは容姿が可憐だけどたまに小悪魔的で、そのギャップがとってもかわいいんだぁー」

 

「その梨花ちゃんって、あの子?」

 

「う、うん」

 

「ほーーう・・・たしかにあれで小悪魔なら、凄いギャップでモテるだろうだなぁ。ライバルも多い」

 

「ううっ、ぼくじゃ駄目かなぁ・・・」

 

「頑張れ岡村くん。ああいう子には親切を重ねればいつの日か思いが伝わって、いつも優しいあなたのことが好きになっちゃった。って突然付き合える可能性があるとみたね」

 

「そ、そうかなぁ!!」

 

「いけるいけるって!まぁ、そのときは今じゃないけど」

 

「うん・・・そうなんだよね。頑張ろう」

 

 

「部活動ぉ~?雛見沢分校に部活があるなんて初耳だぜ魅音」

 

「ふっふーん、まぁ部活っていっても勝手に名乗ってるだけだからね。レナ、圭ちゃんに説明してあげて」

 

「うん、えっとね。魅ぃちゃんってゲーム収集が凄いのは圭一君も知ってるよね。部活ではそんな魅ぃちゃんの用意したゲームを部活メンバーで競い合って遊ぶの。それと罰ゲームもあるんだよ、だよ!」

 

「そういうことっ!圭ちゃんも学校に慣れてきたことだし、栄誉ある我が部への入部を許可しまーす!!」

 

「俺の意思はどこへいったんだ・・・けどいいぜ!面白そうじゃねぇか、特に罰ゲームがあるってところが気に入った!で、その罰ゲームは誰が決めるんだ?」

 

「罰ゲームは勝者が決めますですよ」

 

「つまり、圭一さんは参加すれば私のおもちゃにされるということですわっ!逃げ出すなら今のうちでしてよ?」

 

「梨花ちゃんに沙都子もメンバーなのか。沙都子、お前の安い挑発に今日は敢えて乗ってやる!・・・俺は、強いぜ?」

 

「うんうん、圭ちゃんもその意気や良し!じゃあさっそくはじめようか!今日はノートと鉛筆を使ったゲームをするよ。みんな準備して、出来たら机で円を作るよ」

 

 みんながそれぞれの鞄からノートと鉛筆を取り出したら、魅音の指示で机同士の間隔をやや空けて、五人で円を作った。まるで今から討論会でも始めるみたいだ。

 

「準備も出来たからゲームのルールを説明するよ。今日やるゲームは多数決が大根底と言っておこうか。まずじゃんけんで勝った人が親を決めて、そこから時計回りに親が回っていって、親が二周した時点での持ち得点の多さで競うよ。親はみんなが複数の答えが連想出来るお題を出して、その答えをみんなはノートに書く。その後みんなで答えを見せ合って、同じ答えだった人数が多い答えが採用されるの。例えばお題が赤い果物で、“リンゴ”と書いた人が二人で“イチゴ”と書いた人が三人なら、“リンゴ”と書いた人は得点無し、“イチゴ”と書いた人には3点入る」

 

「もし同じ答えの人が二人二人一人になったら、みんなバラバラの一人ずつになったらどうなるのかな、かな?」

 

「順に説明するね。まず二人二人一人の場合は最多数の答えが二つあるけど同じものとしてカウントして、四人に3点入る。みんなバラバラの一人ずつになった場合はそうなってしまったお題を出した親が悪いということで、ペナルティとして-5点して次の親に交代になるよ」

 

「なるほど・・・」

 

「ただ、親のペナルティ-5点をみんなが狙って滅茶苦茶な答えを書きだしたらゲームが破綻するから、お題に合っていない答えを書いたらその人に-7点になるから、注意するように。あと、これも当然だけど一度出したお題をもう一度出すのは禁止ね。・・・ルールはこれぐらいかな。みんなついてこれてる?」

 

 俺は先ほど魅音が口頭で伝えたルールを簡単にノートにメモしていたので、それを読み直して再確認した。

 

①親はジャンケンに勝った人が決め、時計回りで二周。

②複数に答えがあるお題を親が出し、同じ答えの人が最多なら3点。(2,2,1も同じ)

③答えが揃わないお題は親に-5点。

④お題に合ってない答えを書けばだれでも-7点。

⑤一度出たお題を二度出すのは禁止。

 

 読み直して気づいたのは、⑤ではその行為自体をを禁止しているのに対し、③と④ではペナルティになっているということだ。得点に対してあまりに重いペナルティ。ここが勝負の鍵になってくるのは間違いないだろう。そうなると必然的に、①で決める親の順番が重要になってくる。席は時計回りに俺→レナ→魅音→沙都子→梨花ちゃん→俺の循環で、特に魅音のヤツには絶対に後ろの順番を明け渡したくないのが本音だ。

 

「よし・・・俺は準備オーケーだ」

 

 みんなも準備はいいようで、勝負の命運を決めるジャンケンでゲームが始まる。

 

「「「「「じゃ~んけん・・・」」」」」

 

「ぼくが勝ちましたのですよ」

 

「梨花ちゃん、親は誰から始める?」

 

「まずは魅ぃからの親で、お手並み拝見なのですよ」

 

 どうやら梨花ちゃんも魅音のことを警戒していたようだ。魅音も流石に一巡目の初手から仕掛けられないだろう。

 

「それじゃあお題は、野球の変化球の種類」

 

 そして予想通り仕掛けてはこなかった。変化球の種類は代名詞がコレだ!という自信がないので自分の直感を信じて、隠すように立てているノートに書き込んだ。

 

「みんなの答えは・・・カーブ、カーブ、フォーク、スライダー、カーブと。梨花ちゃん沙都子とわたしに3てーん!圭ちゃんとレナはざんねーん!」

 

「くっそーー変化球といえばフォークだろっ!」

 

「をーほっほっほ!圭一さんとレナさんはどうやらズレていらっしゃるようで。変化球といえばカーブ、常識ですわ!」

 

「ぐぬぬぬぬ・・・これはなかなか悔しいな、レナ次こそはお互い頑張ろうぜ!」

 

「そうだね。まだ3点差だし、これから巻き返していこっ!」

 

「あらお二方お忘れになって?次は私の番ですわ。私のお題は・・・今の自分の得点!!皆さんよく考えて答えをお書きになってくださいまし」

 

「は?それってつまり・・・くそっやられたっ!!」

 

 現在の得点は俺とレナが0点、魅音梨花ちゃん沙都子が3点だから、多数決でまた3点の開きが生まれた。仮にもし俺とレナが答えに3点と書けば、俺とレナも3点を得るがお題に合っていない答えを書いたペナルティの-7点がのしかかるので書きようがないのだ。沙都子のやつ、序盤のメリットを活かしてきやがった。このルールで6点差はまずい!

 

「皆さんの答えは・・・3点、0点、0点、3点、3点と。一々確認するまでもありませんでしたわね。をーっほっほっほ!」

 

「次はぼくの親の番なのです。ぼくのお題は、昨日の晩御飯のおかずなのですよ」

 

「梨花ちゃんは普通のお題だけど、それは流石に揃わなくないか?俺からすればありがたいけどよ」

 

「それは甘いよ圭ちゃん。沙都子と梨花ちゃんのお昼のお弁当、思い出してみて」

 

「二人のお弁当?はそういえば一緒だった、ってまさか!?」

 

「うん、梨花ちゃんと沙都子ちゃんはね、一緒に住んでるの」

 

「そういうことですわ!このゲーム、共通している部分が多い私と梨花が手を組めば、端っから勝利が約束されていましたのよ!」

 

 9点差か・・・9点。仕方ない、思いついたがフェアプレーじゃないから封印するつもりだったが・・・俺は今この時をもって鬼になろう。

 

「沙都子に梨花ちゃん。いきなり勝ち逃げ態勢に入った二人が悪いんだぜ・・・」

 

「あら圭一さん。まだ一巡目も終わっていませんのに、もう負け惜しみとは恥ずかしくなくって?」

 

「クククク・・・負けるのはお前だ沙都子。忘れたのか、今は俺のターンなんだぜ?そして!これからずっと俺達のターンだ!!」

 

「な、何をおっしゃってますの圭一さん」

 

「俺のお題は、部首がのぎへんの漢字だ!流れを感じ取ってくれよ魅音にレナ!」

 

「のぎ、のぎへん?ひ、卑怯ですわ圭一さん!小学生相手に知識の引き出しで勝負だなんてっ」

 

「俺は勝つためなら何でもやるさ、それに沙都子にだって勝筋はある」

 

「はっ!ここで答えが揃わなければ、私は-7点、圭一さんは-5点!皆さんの漢字が一つも揃わなければ、勝機がある!」

 

「さぁ、答え合わせだ・・・利、利、なし、私、利!みたか沙都子、これが俺の勝“利”だ!!」

 

 

 

 

「当然の結果ですわ。をーっほっほっほ!!」

 

「どうして俺が・・・ちきしょーー!!」

 

「圭一くんかぁいいよぉーお持ち帰りぃ~!!」

 

 結果を言えば、あの後沙都子と梨花ちゃんがレナと取引することでレナが完全に敵に回り、男子と女子の性別の差や俺の知らなかった皆の共通認識で攻められて、梨花ちゃんが一位、大差で俺が最下位となった。あのゲームでもっとも大切だったのは仲間をいかにして作るかにあったのだと今になって思う。

 それはさておき、今の俺は罰ゲームでスク水に黒い尻尾が生えて猫耳のカチューシャをつけたかなり危ないヤツにクラスチェンジしていた。

 

「圭一は、猫さんになりましたのですよ。にゃー、にゃー」

 

「アッハッハッハ、圭ちゃんよく似合ってるよー。それと体のラインが出ちゃってるねぇ~どことは言わないけどさぁ」

 

「くっ・・・次こそ勝ってやるからなッ!」




今、ニコニコ動画でアニメひぐらしが無料視聴できるらしいですね。


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メロウ

 知恵先生が日誌をぱたりと閉じた音をよーいドン!の合図に、小さなクラスメイト達は一斉に校庭へと駆けていく。

 岡村君なんかは自分のロッカーからボールを取り出しているあたり、ドッチボールで遊んだりするのだろう。追いかけて混ぜてもらい、放課後は体を目一杯動かして汗を流すのも楽しい選択の一つだろうけれど、それは別に今じゃなくてもいい。今日は放課後花屋に注文をしに行こうと、昨日の内に計画していたのだ。

 鞄に荷物を詰め込んで校庭へ出ると、男の子が靴の踵で土の運動場にドッチボールに使うコートの線を引き終わった頃だった。

 校門までに彼らの近くを通るので、無言では感じが悪いだろうと手を振って「じゃあね」と言えば、あどけない笑顔で返事が返ってきたのが少しだけ嬉しかった。

 

 不用心だとは思うけれど、帰り着いたばかりのこの家には、鍵が掛かっていない。

 今の自分がそうしたように、夏場なんかは泥棒がその気になれば回り込んだ縁側から家の中のどこへでも入れてしまうのだから、気にしないことにしている。平らな石段の上に靴を脱いで上がり込んだ俺は、冷蔵庫の冷えた麦茶を飲んで一息ついたら、しばらく畳の上でだらけた。一度壁掛け時計を見て、腰をあげたら勉強机の引き出しから自転車の鍵と財布を持って街へ向かった。

 

 畦道、砂利道、公道、石畳・・・景色が変わるのを楽しむ余裕を持って興宮に降りて来た俺は、クリーム色の壁に緑と白のストライプ模様のシートの雨除けが可愛らしい花屋の、邪魔にならない場所を探して自転車を止めた。

 白い粒ぞろいの花弁と蟻の脚ほどの茎の花や、ちょっとえぐみを感じるピンクの花と、少女趣味の者なら喜ぶだろう光景も、店内に入ってから脳に刺さるような花の匂いに頭がクラクラしている俺は、さっさと病院に花束を届ける注文を済ませてしまおうと、二十代後半くらいのチェックの襟シャツに前掛けを着た女性に声を掛けた。

 

「すいませーん」

 

「はい、お求めの花が決まりましたか?」

 

「そこの白い花と、この狐百合で小さい花束を作ってもらって、診療所に届けてほしいのですが、注文できますか」

 

「はい、レースフラワーとグロリオサで、出来ますよ。その診療所の名前と、失礼ですがどのような用向きで、あっ、とね・・・その花束は、ご家族やご友人へお見舞いのお花ってことでいいのかな?」

 

 自分が学生服なのを見て、言葉を選びなおした彼女は膝を少し曲げて目線を下げ、優しい笑顔のまま唇を丸めた。お客への対応を間違えたのを心中で反省をしているのかもしれない、俺は白い歯を見せて否定した。

 

「いやっ、お見舞いは違いますよ。ちょっと照れくさい話ですが、自分がちょっと前まで入江診療所にいて、そのときお世話になってたらしい看護婦さんに退院の帰り際、今度お礼として狐百合の花束を渡しに行きます、とカッコつけて言っちゃったんです。それで、診療所の名前はさっきも言いましたが入江診療所です」

 

 話を聞いていた彼女は途中パッと目を開いて、相槌に、あら~、そうなの~うふふと、どこか笑顔の雰囲気が変わり、目じりを下げてにんまりしている。「看護婦のお姉さんに恋した中学生・・・」と不穏な独り言が聞こえたような気がしたが、触れてはいけないと白けた顔で聞かれたことを言い直した。

 

「そう・・・えっ、入江診療所ってきみ、雛見沢の子?自転車で来てたけど、あそこからは遠かったでしょう。若い子はエネルギッシュねぇ~。実はお姉さんも、雛見沢出身なのよ」

 

「そうだったんですかー、奇遇なめぐり合わせですね」

 

「案外知らないだけで、雛見沢出身者はあっちこっち結構いるものよ。世間は案外狭いって、大人になってよく思うもの。・・・そうだわ!この後入江診療所まで送って行ってあげよっか。私は店番だから、夫がだけど」

 

「へ?」

 

 今まで我関せずと、黙々と花の葉の手入れや茎の長さを揃えたりしていた熊みたいな大柄の男に、突然白羽の矢が立つ。まさに青天の霹靂(へきれき)といった様子で、彼の目が、『えっ、マジで?』と物語っていた。

 

「いいでしょう。この子を見ていると、そろそろ甲斐性を見せて欲しいわねぇ~ねぇ?」

 

「行きますよぅ!!はぁ、その話を今するのは勘弁してくれ・・・んじゃ坊主、代金払ったら外で待ってな」

 

 お小遣いから代金を出してレシートをもらったら財布にしまい、さきほど男の人が作っていた花束を受け取ってから、言われた通り外で待った。道行く人々の視線が何だか温い温度だったので、自転車の前で後ろを向いてしばらく待っていたら、離れた駐車場から取ってきたらしい花屋のライトバンがやって来た。

 

「自転車乗せるから、先に助手席に乗っててくれ」

 

「手伝います」

 

「いいっての。あっ、鍵は貸してくれ。運びにくい」

 

 鍵を渡すと男は車の後ろのドア付近まで自転車を運び、加工したベニヤ板二枚が敷かれた荷台に自転車を載せて、白いビニール紐でハンドルなどを手早く車の骨組みに括り付けた。腰に提げている枝切バサミでビニール紐を欲しい長さで切る仕草はとても手慣れていた。

 

「こんなの、見ててもつまらんだろう」

 

「いえ、とても面白いです」

 

「そうかい」

 

 カーラジオはビートルズの、曲名までは知らない定番の曲が流れて、男は音量を調節する摘まみを時計回りに少しだけ回した。

 手回し式のウィンドウで十センチほど開けていた窓から入る風が、頭の上を抜けていく。無為に流れる景色を眺めていると、油が跳ねたようなセミの鳴き声が山の方から、雛見沢へと近づいているようだった。

 

「坊主は何かスポーツをやってるか?」

 

「いえ、特には。最近は勉強が忙しくて・・・息抜きに本を読んだり、ラジオを聞いたり、そんなもんです。受験生なんて」

 

「あー、そういう。なら早朝にジョギングしたりすればいい。そんなひょろい体のままだと、夏がもたんだろ。飯をもっと食え、飯を」

 

「あははっ、親戚のおじさんみたいなこと言うんですね」

 

「馴れ馴れしい、いきなり身内にされちゃ困る・・・とにかく、健康な体は今の内に作っとけ。おじさんからのアドバイスな」

 

「ありがとうございます。自分は元々早起きなんで、後でまた考えておきます」

 

「そうか———さっ、着いたぞ」

 

 自転車を降ろしてもらったら鍵を受け取って、改めてお礼を言った。ここまでしてもらった事、本当に感謝している、との旨を伝えると男はすぐに背を向けて、手で返事をするのを見送った。俺は花束を胸に自転車を引いて、入江診療所の駐輪場に自転車を止めた。

 

 入江診療所の窓口の女性はやはり、窓口の手すきの合間にも事務処理の仕事をしていた。窓口の前に立てば彼女の目線が上がり、顔まで上りきる前に、胸の花束に目が留まっていた。疑問の表情を浮かべた一拍程の逡巡(しゅんじゅん)の後、切り替わって仕事の顔になった彼女は口を開いた。

 

「本日のご用件は何でしょうか」

 

 自分が推し量って物を考えるより、聞いてからそれに業務の範囲内で対応するだけのことと、いつもの速やかな対応に少し、ホッとした。脳裏には、花屋での珍事の緊張の余韻が焼き付いていた。・・・これくらいの距離感が気楽で丁度いい、と表には出さない胸の内でそう思った。

 鷹野さんとは会わず、花束だけ受付の人に渡したら、入江診療所を出る。予定が三十分ほど順繰り上がりになったので、今からセブンスマートという、所謂食品スーパーで夕食の食材などを買いに向かうことにした。

 

 

「葡萄ジュースは無添加100%なのです。これは絶対なのです」

 

「我が儘言わないの梨花、毎度その様な嗜好品に無駄遣いはいけませんわ。今日は駄菓子屋でお菓子を買ったじゃありませんの。我慢してくださいまし」

 

「みぃー、今日の沙都子は強情なのです・・・かくなる上は」

 

「あら梨花、美味しそうな小松菜を山の様に持ってきて、安かったのでございますか?」

 

「そうなのですよ沙都子。小松菜が一束220グラムで168円、これはお買い得なのです」

 

「うーん、・・・ですが、流石にこの量は二人では些か多いと思いますわ。一つ戻して・・・梨花ぁー?この出てきた赤い液体の入った瓶は一体何か、上手い言い訳を思いつきまして?」

 

「それは・・・お醤油と間違えてしまったのですよ。沙都子にとってのカリフラワーとブロッコリーの垣根の様に、お醤油と葡萄ジュースも度々垣根を跨いでしまう、逃れようのない事故なのですよ。にぱ~☆」

 

「もうっ、梨花ったら!」

 

 クラスメイトの顔があったので声を掛けようかと思ったけれど、プライベートな空気に割って入るようなことでもないと、俺はそそくさとレジに買い物籠を通した。この時間になれば、多くのクラスメイトもそれぞれ一度家に帰った後の時間を過ごしているのだろう。段ボール箱を組み立てて、買った商品を入れたのを自転車籠に乗せたら、一路家に向かった。

 

「ただいまー」

 

「お帰りなさい。お風呂はもうお湯を入れるばっかにしておいたんだ。入れてくるね」

 

「有り難い、今日は昨日の皺寄せでいつもより疲れた。ふぅ・・・」

 

 鯵の開きを塩で焼いたのと、総菜の金平ごぼう、味噌汁に白米を食べながら今日あった事を話し、笑われて、労ったりと食事を楽しんだ。

 

「それで、早朝ランニング始めたいと思うんだけど、どうかな」

 

「ん?始めればいいじゃないか。・・・ただ、霧が濃い日は止めるんだぞ。命あっての物種だ」

 

「分かった。うん」

 

「思い出した。言っておこうと思っていた事なんだが、明日から朝が早くなる」

 

「そうなの。じゃあお風呂入っちゃって。食器洗ってるから」

 

「悪いな」

 

「気にしないで。けっこう好きなんだ、洗剤の匂い」

 

 父親がお風呂から上がって、食器洗いを終えた俺は続けてお風呂に入った。湯船に肩まで浸かり、得意になって口笛を吹けばタイル張りの浴室によく口笛の高音が響いて、不安定な音程も反響のマジックでいつもより二割増で上手く感じた。

 

 次の日の目覚めの朝が来れば、足元の隣には既に三つ折りになった敷布団とタオルケット、それと枕が積み上がっていた。

 どうやら父はもう仕事に行ったようで、寝室の六畳間がいつもより少し、広く、空っぽのような感じがした。

 

「さーて、とっ」

 

 寝ぼけた顔に水を打ち付けて、俺は自分だけの朝食の支度を始めた。



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