シルヴァリオグランドオーダー (マリスビリ-・アニムスフィア)
しおりを挟む

特異点A 極点英雄聖戦 アドラー
序章 覚醒――


 ――見上げた視線の先。

 

 荘厳な天球儀の如き装置を背に現れた偉丈夫は王者の如く外套を翻す。立ち並ぶ星辰奏者(エスペラント)であり天星奏者(マスター)候補生となる特命部隊(おれたち)を視界に収め、柔和な笑みを作りながらもわずかな覇気を滲ませて頷いた。

 その何気ない所作からにじみ出るは、王者の気風ともいうべきもの。まさしくただしく選ばれし者の風格を有する男。

 貴種(アマツ)とはこういうものを言うのだろうとでも錯覚されそうだが、彼は違う。彼は、貴種(アマツ)に連なるものではなかった。

 確かに貴族として高い地位にあることは認めよう。王者の覇気や貴人としての立ち居振る舞いは、確かなものであることは血統が保証している。

 されど、いかに高貴な血なれど、貴種ではない。だが、現に――。

 

「これが、時計塔の君主(ロード)――!」

 

 聖教国(カンタベリー)が有する、時計塔が魔術(せいしん)協会と呼ばれる組織に連なる最高位の実力者。本物の貴種(アマツ)がたじろぐ程に、その男は、王者であったのだ。

 見ているだけで緊張が走り、緩みといった全てが駆逐されていく。自らをエリートだと宣っていた者どもは、自らの傲慢を恥じる。

 誰もが思っていた。この男の前で惰弱は一切、見せてはいけない。彼にとって最高の己でありたいという、尊敬、憧憬に値する、否、まさしく天の輝きに匹敵する輝きに誰もが魅せられていた。

 彼こそが傑物である。貴種でないからなどとだれが言えようか。この上官こそ、奉じるべき者なのだという確信が、この場にいる全員に伝播していた。

 

 彼のことを知らぬ者はいない。時計塔、天体科が君主――マリスビリー・アニムスフィア。

 天の星々を観測することを赦された、英雄(かいぶつ)だ。

 

「さて――」

 

 そんな男が口を開く。

 

「まずは、各々楽にするが良い。これからする話は確かに重要ではあるが、そこまで畏まる必要もない。ここに集った君たちは、平等であるのだから」

 

 声に応えて張り詰めていた空気がわずかだが、弛緩する。しかし、完全に元通りとはいかない。彼がいる前で、まっとうに緩んでいられる精神を持ち合わせた破綻者などここにはいないのだから。

 

「結構。では、始めよう。まず、君たちがこうして集められた、その理由を説明しよう」

 

 彼は告げる。自分たちに課せられた重大な使命を。

 学問の成り立ち、宗教の成り立ち、航海技術の獲得、情報伝達技術の着目、宇宙開発の着手。そんな数多くある星の開拓に引けを取らない――偉業。

 いいや、否だ。かつての英雄の偉業、それら全ての偉業を上回る偉業。

 霊長類である人の理、すなわち、人理を継続させ保障すること。つまりは、世界を存続させること。

 

「世界を救うのだ。私の後ろにある巨大な球体を見てほしい。これが我が人理継続保障機関カルデアが誇る最大の功績。高度な星辰体(アストラル)技術によって作られた、この惑星環境モデル」

 

 この場の誰もが息を呑んだ。その球体が感応している星辰体(アストラル)の量に、誰もが息を飲んだ。まるで、遥か上空に輝く第二太陽(アマテラス)がここにあるかのような星辰体濃度だった。

 そして、同時にある予感がよぎる。これが、全てではない。これは、ただの一端であると感じ取った。

 

 星辰奏者は星辰体と感応することで、力を得る。これは周知の事実だ。

 かつてアドラー帝国の黄金時代を築き上げた力。

 星辰体と感応することによって、何倍もの力をひねり出す人間兵器の根幹。

 

 つまりは基準値(アベレージ)から発動値(ドライブ)への移行による異星法則の獲得。

 それが、このカルデアスにも存在しているのだと、直感的に理解する。

 

「これは、極小の地球だ。我々とは位相が異なる特異点に存在しているため、我々の眼では細かなことは観測することはできない」

 

 これが地球。現代において、見ることのできないその姿に、誰もが惹きつけられた。

 

「だが、これを専用の神星鉄(オリハルコン)によって生成した専用のレンズシバによって相互に星辰体を感応させることで、未来を観測することに成功したのだ。さあ、マリー、レフ、始めてくれたまえ」

 

 ――天昇せよ、我が守護星――鋼の恒星(ほむら)を掲げるがため

 

 紡がれる魔星の起動詠唱(ランゲージ)

 発動する星辰光(アステリズム)

 

 地球の姿は変わる。赤く変色した、燃えるような――。それは嫌な予感を想起させた。いいや、嫌な予感どころか。

 まるで、未来はないとでも言われているかのような。そんな風な予感を感じさせた。

 

 これこそが、カルデアスという超新星が宿す(いのう)

 未来、過去、あらゆるすべてを観測する超新星。

 

 未来、過去、現在を見通せ、天文台の天球儀(ロード・カルデアス)

 

「現状は見ての通りだ。半年前からこのカルデアスは変色し 未来の観測は困難となった。観測で来る最後の文明の光は一年後。つまり、あと一年で、人類の絶滅が観測、いえ、証明されてしまったのだ」

 

 絶滅の確定した。そう言われても実感がなかった。そもそも未来の観測からして荒唐無稽な話だ。

 だが、誰もその話を与太話だとは断じない。誰もが知っているからだ、世界というものは、いつだって終わる可能性があるのだということを。

 

 数年前に起きた、古都プラーガにおける騒乱を見れば明らかだろう。あるいはそれよりもまえ、帝国アドラー首都で起きた英雄の落日。

 あの世界が終わるかと思われた災厄を知らぬ者などありはしない。

 

 今回は、突発的ではなく、初めからわかっている。ならばこそ、対処可能だ。

 

 ここにいるのは、聖教国(カンタベリー)をはじめとして、商国(アンタルヤ)帝国(アドラー)から集められた適性者たち。

 世界を救うためと選ばれた者たち。

 

 帝国の民ならば、英雄を知っている。なればこそ、民草を護るべく散った彼の英雄に続くべくここにいる。

 聖教国の民ならば、大和(カミ)に選ばれたとして、大いにその力を振るうだろう。

 商国の民とて、世界が滅んでしまっては商売になどならない。

 

 三者三様の理由はあれど、三国家による連合部隊派遣は成った。

 そこには、ある交渉官の尽力もあったそうだ。

 

「言うまでもなく、ある日突然人類史が途絶えるなんてありえることではない。何か理由があるはずだ。よって、我々はここ半年、未来焼失の原因を究明し続けて来た。未来に原因がないのならばあるとすれば過去にある。

 その結果、ついに我々は発見した。それがここ、空間特異点。どことも知れぬ特異点に存在する都市。ここに存在しえない観測できない領域を発見した。カルデアはこれを人類絶滅の原因と仮定、星辰体転移(レイシフト)実験を三国家に提案。承認された」

 

 星辰体転移。レイシフト。それは、かつてアドラーで起きた聖戦と呼ばれる超常現象において、ある星辰奏者が用いた技の応用だ。

 自身の身体を量子として分解する。それによって、特異点の向こう側へと至る。

 この応用。座標を指定し、自己保存をこちらですることによって、あらゆる場所に星辰奏者を送り込むことを可能とする技術だ。

 

 それによって、空間特異点へと赴き、事態の解明および解決を行う。

 

「そのためには、適正を持った君たちが必要なのだ。どうか、頼む。世界を救うために協力してほしい」

 

 その言葉に、誰もが胸を打たれた。彼ほどの英雄がこんな一兵卒でしかない自分たちに頭を下げるのだ。

 

「――は!!」

 

 なればこそ、答えなければ嘘だ。雄々しく敬礼し、決意を言葉に変えた。

 ゆえに――

 

「ぐー」

 

 その時、巻き起こった鼾に誰もが唖然とした。

 この状況、この偉丈夫を前にしてよくも眠っていられるものだと。

 

「せ、先輩、起きてください――」

「――――ぇ」

 

 一人だけ、眠っていた少年は、隣の少女マシュの呼びかけで目を覚まし――。

 

「え、うあぁ――」

 

 体勢を崩して倒れた。

 

「――――……」

 

 そして、少年と言えば――。

 

 俺は予想外のものを掴み取って、頭が真っ白になっていた。

 いや、待て。待ってください。起きたら、パイタッチって、どんなラッキー? じゃなくて!

 そりゃ、あんなドシリアスな話の中で眠ってしまった俺にも非はある。そこは認めよう。全面的に俺が悪い。しかし、釈明させてほしい。

 このカルデアに入ってくる時に受けた検査。到着が遅れたおかげで、一番遅くて、終わったのは先ほど。急激な眠気が襲うと書いてあった。

 眠気はそのせいだ。断じて、重要な話の最中に眠りこけるような屑ではない。

 遅れた理由だって、正当なもので、あちらの手違い。

 

 ああ、だが、しかし。

 などと考えるも、絶賛頭は混乱中。ぐるぐると回る思考回路は、ショート寸前であり、これで相手方の女の子が抵抗でもしてくれば潔くぶっとばされて離れることもできるのに、女の子の方はといえば、男に押し倒されて穢れの知らない見事なマシュマロをわしづかみにされている。

 実にビースト、実にマーベラスと、変態じみた思考をしている阿呆を前に、子鹿のように身を縮こませて顔を赤く染めるばかり。

 

 さらに周りの逼迫した状況に、焦りに焦ってどうにか退こうと思うのだが、手は彼女の胸の上にあるわけで? 動くたびに、彼女が呼吸をするたびに動く胸は、それはもう素晴らしい弾力でもって手の中でぷるんと跳ねるものだから。

 

「あ、ああぁ、んんぅ!」

 

 そんな甘い声が彼女の口から飛び出して、盛大にこちらは意識を失いそうになる。しかし、ここで倒れると、彼女の上に倒れるわけで、そうなると腕ではなく顔が胸に飛び込むことは予想できたわけで。

 だから、必死に耐えたのだが、これが逆に悪かった。意識を集中してしまったおかげで、掌に感じられるぬくもりと弾力、女性特有の柔らかさの中にある、少しだけかたいものを発見してしまって。

 しかも、揉めば揉むほど、心なしか自己主張を強めているようなそんな気配までしてしまって――。

 

「ん、んぅ、せ、先輩、い、いけません、ここでは、その――」

「は。はは。あっはっははははは――」

 

 などともういろいろと限界だった。

 ここに来る前は、英雄になるんだとか、大言壮語を吐いていたが、過去の自分を殴りつけたい。こんなところで婦女子を襲うような痴漢が英雄になるなど言語道断だろう。

 ラッキースケベなど死ねばいい。

 

「ああ、もうだめだ……切腹しよう、そうしよう……」

 

 さようなら現世。来世では、きっと英雄になれるさ。

 うん、いい考えだ。どうせ、今の自分じゃ英雄になれないことは百も承知。それでも努力で頑張ればなんとかなると信じてはいるけれど、こんな破廉恥をかます自分などどうあがいても英雄の器でないことが証明されてしまった。

 よし、腹を切ろう。

 自分の馬鹿さ加減とあまりにも酷いどうしようもなさをはっきりと自覚した。彼女の胸からなんとか手を放して、支給された剣を手に取る。

 ああ、いやその前に。

 

「不可抗力だ、なんて言っても許されないとは思うけれど、すまなかった。ごめんなさい。婦女子の胸を事故でも揉むとか、地獄に堕ちるほどの罪。赦してくださるとは思わないけれど、謝罪します」

 

 土下座。ザ・土下座を敢行。そして、そのまま流れるように剣を抜いて。

 

「今から自罰の為に、腹を切りますので、どうか介錯のほどをお願いします。ああ。もし、豚野郎の無様な死にざまを見たいと申すのならば、是非もなし、どうかそのまま死ぬまで無様に苦しむ様をご覧ください」

 

 女性の乳房を揉んだ対価は命で払うべきだ。それも初対面の女性。恋人ならば、まだ赦される余地があるだろうが、初対面の他人である。

 もう死ななければ釣り合わないだろう。それもあんなに見事な乳房だったのだ。それはもう極上である。本来ならば、彼女の彼氏という選ばれし益荒男のみが揉むという栄誉を得ることができる聖域を汚してしまったのだ。

 

 こんな糞塵童貞の屑がである。しかも、自分を起こそうとしてくれた優しい少女であり、何よりここまで案内してくれ、自分を先輩と慕ってくれる少女である。

 そんな少女の胸を揉んでおいて故意でないから赦されるなどと、ふざけるのも大概にしろよ盗人猛々しいにもほどがあるわ、死ね。

 

「あ、いえ、先輩、わたしは、あの――」

「心が非常に傷ついたと! ならばもはや猶予はなし! いざご照覧――」

「アホか――!!」

 

 いざ、現世にグッバイ、ようこそ来世と剣を腹に突き刺そうとしたその時、後頭部に放たれた容赦のない蹴り。

 

「レフ! こいつをとりあえず連れ出して! こんなところで死なれたらお父様の計画が台無しよ!」

「さすがに不意打ちキックはないと思うよ、オルガ」

「いいから! 良いですねお父様」

「ああ、彼の方も少し落ち着く時間が必要だからね。本当なら先発チームだったけれど、先発チームからは外そう」

「さあ、レフ!」

「わかったよ、オルガ──マシュ、悪いが彼を個室に案内してくれ。すまないね新人君。私はレイシフトの準備があって同行できないんだ」

「すみません」

「構わないさ」

「それでは先輩、こちらへ。先輩用の先輩ルームにご案内しますので」

 

 管制室をでると。

 

「フォウ!」

「危ない!?」

 

 謎生物のフォウが彼女の顔に飛びついた。

 

「問題ありません。フォウさんは、私の顔に奇襲をかけ、背中にまわり最終的に肩に落ち着きたいらしいのです。それにしても先輩、着任早々災難でしたね」

「いや、全面的にこちらが悪いのです。申し訳ありません! 返す言葉が見つかりません!」

「いえ、あの先輩になら……」

 

 え、それはどういう意味なのでしょうかと、さすがに問う勇気はありませんでした。

 

「──ここですね。先輩、つきました。ここが先輩用の個室になります」

「ここまでありがとう。そうだ、マシュは何チームなんだい?」

「先発のAチームです。ですので、すぐに戻らないと」

「フォーウ!」

「フォウさんが先輩を見てくるのですね。それなら安心です。それではこれで。運が良ければまたお会いできると思います」

 

 そう言って彼女は戻っていった。

 

「運が、良ければ?」

 

 なんだろうか。まるで運が悪ければもう会えないとでも言いたげな言葉は。星辰体による転移実験、そんなに危険なのだろうか。

 そう思いながら部屋の扉を開ける。

 

「はーい、はいってまー──ええ!? 誰だ君は!」

 

 そこには先客がいた。

 

「あれ、間違った?」

「ここは空き部屋だぞ! 僕のサボり部屋だぞ! 誰の断りで入ってきたんだ!」

「いや、ここが俺の部屋だと言われてきたんですけど」

「ああ……そっか、ついに最後の子がきちゃったかぁ。道理でなんか荷物が置いてあると思ったよ──じゃあ、自己紹介しよう。

 僕はロマニ・アーキマン。医療部門のトップだ。みんなからはなぜかドクターロマンと呼ばれてる。君もぜひそう呼んでくれると嬉しいね」

「よろしく御願いします」

「それにしてもそろそろレイシフト実験のはずなのに部屋に来るってことは、君は着任早々なにかやらかしたってことかい?」

「出来れば聞かないでください……」

「そうかい? それじゃあ、少し話でもどうかな?」

 

 良い人そうだし、待機命令が出ているので、ちょうどいい暇つぶしになるだろう。

 

「えっと、医療部門のトップと聞きましたが、あなたも星辰奏者(エスペラント)なんですか?」

「いいや、違うよ。ボクはちょっと訳アリってやつでね。星辰体とは感応できなくてね。まあ、それでもマリスビリー所長の好意もあって今はこうしてここで医療部門のトップというわけさ」

「そうなんですか」

 

 それがどうしてこんなところでさぼっているのだろうか。

 

「まあ、いろいろあってね」

 

 などと言っていると通信機から声が響く。

 

『ロマニ、そろそろレイシフト実験を開始する。万が一に備えてこちらに来てくれ』

「ありゃ、およびだ。今から行くよ」

『ああ、それとそちらの新人も落ち着いた頃だろうから連れてきてくれ。後発チームとして出発してもらう』

「了解」

 

 通信はそれで終了だ。

 

「さて、そういうわけだけど行けるかい?」

「はい。大丈夫です」

「なに、安心すると良い。ちゃんと医療体制もバッチリだし、向こうに行けば、心強い味方がいるはずだからね」

 

 心強い味方? それは何かはわからなかったが、俺もまたドクターロマンとともに管制室に戻り、レイシフトを行った。

 燃え盛る街だった。あらゆる全てが燃え盛っている。だが、不思議と、ヒトは燃えていないように思えた。生命がいない。

 

 いいや、違う。

 

「GAAA――」

 

 異形の怪物がいた。

 

「話が違うぞ、安全な場所に出るんじゃなかったのか!!」

 

 本当ならば、先発チームが作った拠点にレイシフトするはずだった。座標に間違いはない。だが、先発隊はどうなったのか。

 異形の怪物。骸骨がいるのならば――。

 

「マシュ!!」

 

 瓦礫の下に、彼女はいた。

 先発隊は全滅したのか。ならば、こちらの後発チームは。

 

「ぐ、あああああ――」

 

 異形の怪物に蹂躙されていた。

 精鋭たる星辰奏者が何もできない。

 相手の力は、こちらよりもはるかに弱い。だが、しかし――圧倒的なまでに数が違った。さらに、敵はまるで、こちらの弱点は把握していると言わんばかりの連携。

 

 どうあがいても勝ち目などありはしないということがたった一目でわかった。

 

「それでも――!」

 

 俺は走った。彼女の下へ。

 今日であったばかりの女の子。それでも――助けたいと思った。

 助けなければいけないと思った。

 

 ――なぜだ。

 

 その時、声を聴いた気がした。

 

「助けたいからだ」

 

 ――どうして。

 

「理由なんてない」

 

 ――ならば。

 

「それでも、見捨てたくない。助けたいんだ。俺は、誰かを護れる英雄になりたいから――」

 

 ――ならばこそ、答えろ半身よ

 

 おまえは、なにを選択する。

 

 ――ゆるぎなき勝利を

 ――求めた世界の再生の為に

 ――ただ、生きるために

 

 いいや、否だ。

 そんなもの答えではない。

 言われるまでもない。

 

「黙っていろ――おまえに言われるまでもない」

 

 総じて邪魔だと断じた。

 こんなものにかかずらっている暇などありはしない。目の前で誰か(しょうじょ)が死にそうになっている。ならば、それだけで十分だ。

 選択肢など不要。そのような児戯に興じる時間などありはしない。

 

 やるべきことは一つ。たとえ敵陣の真ん中であろうとも。やるべきことは常に一つだ。

 いいや、むしろ、自分と彼女二人きりになったのならば、好都合といえる。

 そうだ、これでいい。

 

 彼方にありし、極点の流星雨が如く――さあ、唱えろ。

 

「創生せよ、天に描いた星辰を――我らは煌く流れ星」

 

 紡がれるは絶対不可侵の詠唱(ランゲージ)

 

「愚かなり、全知全能たる我らが主よ。

 どうして、あらゆる全てを返還したくらいで、我らが諦めると思ったのか。

 あの男に教えられた、全てを我は覚えている。

 自分自身の間違いなど百も承知。少女の祈りが得られないことも既にわかっている」

 

 連鎖する灼熱の光帯爆裂。

 天に煌く光を束ねて、身にまとうはかつて世界を焼いた浄化の炎に他ならない。総身を焼き尽くす光はされど、その身を焼くことはなく、絶対不滅の刃となって新生する。

 骸骨どもは雪崩れ込むが遅い。

 

 基準値から発動値に移行した。もはや、おまえたちにこの疾走を止めることはできない。歩くだけで、光を纏うだけで、全身が焼けていく。

 いいや、消滅している。だが、その程度でどうして止まらなければならない。

 

 あらゆる不具合、不条理の代償を胆力で耐えながら、俺はただひたすら敵を斬滅する。

 

「だが、それでもなお果てなく征くのだ。

 人類を救済するべく、今度は貴様と征こう。

 罪業を滅却すべく、あらゆる世界を救済すべく、征け救世主(マスター)

 

 我慢しろ。歯を食いしばれ。ただそれだけでいい。

 英雄にとって重要なのは、光にとって大切なのは意志力のみ。

 意志力の方が趨勢を左右する。

 ゆえに、まずは抗う事が肝要。なによりもまず意思を示す事こそが重要なのだ。

 

「七つの冠を束ね合わせて、今こそ銀河へと至らん。

 我が消滅の果てに、人王の光は世界を照らす」

 

 ただ前へ。ただ前へ。

 道理を蹴飛ばし、無理をこじ開けろ。

 限界、限度、無理、不可能など、英雄の前には何ら障害になどなりはしない。

 

「人よ、生きよ――」

 

 世界を照らす光は此処に在る。

 

超新星(Metalnova)――聖杯探索、救済せよ航海者(Silverio Grand Order)

 

 ――さあ、世界を救おう

 

 遍く敵の全てを打ち倒して。

 世界を焼いた白銀の超新星が今ここに新たな産声を上げた――。

 




FGOとシルヴァリオのクロス。
シルヴァリオ世界で、グランドオーダーやろうとした結果がこれだよ! ネタだけど続くかは未定。
感想次第。

これだけは言っておこう。
わかっていると思うが、マリスビリーのイメージは、糞眼鏡だ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

序章 特異点A 極点英雄聖戦 アドラー

地方都市といったな、アレは嘘だ。


 次瞬、莫大なる熱量を束ねた光帯が、この場にある全ての骸骨兵を薙ぎ払った。アダマンタイト製の骸骨兵であろうとも、その熱量に耐えられるはずもない。

 実に■■■分の■■を燃やした熱量なのだ。もはや、個人で扱えるエネルギー量を超過して、なおも増大している。

 星辰体と感応すればするほど湧きあがる無限の熱量。天を焦がし、世界すらも焼却する浄化の炎が、今、剣に、その肉体に、この世界に付属(エンチャント)されていた。

 

「まだ来るか」

 

 たとえどれほどの敵が来ようとももはや、この身を傷つけること能わず。もはや、そんな段階は超過して久しい。光帯は、未だ一つ。

 しかし、それでもなお、もはや止める者はいないのだ。俺には、見えていた。

 

 基準値(AVERAGE):D

 発動値(DRIVE): AAA

 集束性:A

 拡散性:A

 操縦性:D

 付属性:AAA

 維持性:B

 干渉性:A

 

 膨大な熱量を扱う痛みと、莫大な反動が襲う中、己のステータスが透けて見える。まさしく、何が起きたのか不明な進化だった。

 己は、確かにアマツに連なる系譜ではあったが、このように優秀であっただろうか。

 否、己は正しく劣等であったはずだ。だが、しかし、今、己に見えているステータスは――。

 

 ――そんなもの気にしてどうする。

 

 刹那、声が響いた。

 

「ああ、そうだ」

 

 そんなもの気にする必要などない。総じて重要なのは、意思力であり、今、己が、戦えるということ。

 ありとあらゆる全てを轢殺して、マシュを護ることができるということだ。

 

 基準値から発動値に移行した星辰奏者を止めるには、この程度ではお粗末に過ぎた。本領を発揮した星辰奏者を骸骨兵で止めることなど不可能。

 どれほど数が多くとも、どれほど敵が、普通の人間よりも優れた星辰体兵器であろうとも、この状況を覆す事は出来ない。

 

 莫大な熱量たる光帯を纏ったアダマンタイトの剣が、また一人、また一人と骸骨兵を溶断する。自壊してもおかしくない熱量を持ってなお、アダマンタイトの発動体は壊れることはない。

 赤熱もなく、ただ光帯を纏って、それを剣として、盾として敵を殲滅する兵器となる。

 

 斬滅する。光帯斉射。噴射制御による超加速(ブースト)による光帯爆撃。圧倒的なまでの性能差を見せつけている。

 聖杯探索、救済せよ航海者(Silverio Grand Order)――対象に星の特性を付与することに長けた光帯操作の星辰光(アステリズム)

 直線放射可能な遠近両方に力を発揮する破壊の星は、進化した別人のごときステータスだからこそ可能となったものだ。

 

「GAAAAAA」

「邪魔だ」

 

 あまねく光に焼かれて、邪悪なる者一切よ、安らかに息絶えよ。

 鍛え上げた一刀がアダマンタイトを両断する。師に落第を突き付けられた刃は、今や鋼鉄すら両断する技の冴えを見せていた。

 

 連続する進化、終わらない覚醒。

 果たして、今、動いているのは自分なのかすらわからなくなりつつあった。

 だが、脳裏に焼き付いた映像が、更なる意思力の火を着けて前へと進める。

 

「護るんだ」

 

 もはや名前もわからぬ少女。

 記憶の中の彼女を必ずや守り抜く。

 

「そのためならば――」

 

 この身すら惜しくはないのだ。

 いいや、違う。

 

 ――そうだ、我が半身よ。

 ――自らを犠牲とした守護などなんら意味を持たない

 ――真に救うというのなら、まずは生きることだ。

 

 そうだ。

 まずは、生きなければならない。この両手を誰かに伸ばすために。

 ゆえに――

 

 ――ああ。

 

「「まだだ!」」

 

 この程度で足りるはずなどありはしない。

 そうだ、まだだ。

 一足飛びに訪れる進化。より強く、より強靭に。

 燃え盛る高濃度星辰体に感応し、更なる力を引き出していく。

 剣一本で足りないのならば、

 

「借りるぞ」

 

 骸骨兵の腕へ手を伸ばす。灼熱の光帯で切り飛ばし、左腕にアダマンタイトの剣を、やつらの腕を掴みとる。

 二刀など使ったことなどない。だが――。

 

「ただ勝てば良い」

 

 かつて、世界を渡る剣士(ストレンジャー)の言葉だ。二刀など手段にすぎない。

 畢竟、ただ切れれば斬撃などどうでも良いのだ。肝要なのは勝つこと。

 片手になり分散した力は、光帯の火力で補う。

 加速する殺戮舞踏。振るわれる刃と光帯は、何より強く敵を切り飛ばしアダマンタイトの残骸に変えていく。

 

「もう良いだろう。出てきたらどうだ」

 

 どれ程かを狩ったあと声をあげる。

 骸骨兵の洪水が止まる。

 俺の直感は既に捉えている。

 

 虚空から女が現れる。妖艶な雰囲気を纏い、肉感的な身体つきをしているのがわかるが、黒い影に覆われた姿では意味を持たない。

 心眼が看過する。これでは、真価は発揮出来ないだろうと。

 

 だが。

 

 それでもなお、女は戦うのだ。戦わなければならぬゆえに。

 

「天昇せよ、我が守護星――鋼の恒星(ほむら)を掲げるがため」

 

 宣誓される起動序説。

 魔星特有の恒星を奉じる圧倒的なまでの愛欲が流れ出す。

 

「情欲と、愛欲と、繁殖と、豊穣よ

 海に浮かんだ真珠の泡へ、どうか血肉を宿して欲しい

 濡れた肢体に、滴る蜜は止め処なく。西風は魅了され、季節の女神は侍従となった。悶える雌雄の悦びで地表に愛が満ちていく」

 

 無数の機械蜂が女王蜂に従う眷属のごとく、女の周囲を鉄色の雲霞となって滞空する。

 極めて高い拡散性、操縦性、維持性の三性質を用いることで、数え切れないほど膨大な機蜂の群れを個々それぞれ、同時に操作しながら長時間展開する。

 

 かつて、この場所で繰り広げられた聖戦の残影が、新たなる英雄の登場に牙を剥く。

 

「さあ、若き王様。黄金の林檎をどうか私にくださいな

 褒美として、理想の媚肉からだを授けましょう。木馬の蹄に潰されようと、禁忌の果実を貪りながら褥の奥へと篭もりなさい」

 

 流れ出すは甘い蜜香。甘たるく胸焼けがするほどに心地よい官能に酔いしれろ。

 甘い夢を見れば良い。妖しき娼婦の腕の中で幼子の如く眠れ王よ。

 

「楽が束の間あるならば、そこは正しく桃源郷なのだから

 繋がり抱き合い交わって、甘い巣箱に溺れましょうや」

 

 魔星アフロディテ-No.θ=イヴ・アガペーの残影が、今ここに、その星を発現する。

 

超新星(Metalnova)――妖娼神殿、蕩ける愛の蜂房なれば(Hexagonal Venus Hive)

 

 蜂の群体が、攻撃を開始した。蜂の一機一機は大した攻撃力を持っていないが、膨大な数の暴威がそれを補う。

 先ほどと同じであるが、結果は先ほどとは異なっていた。倒しても倒しても溢れだす機械蜂。

 かつての残影なれど、残影であるがゆえに、また、その背後に鍛治がいるがゆえに、まさしく正しく蜂は彼女の愛蜜が如く無限に溢れだす。

 

 更に蜂の一機一機が神星鉄(オリハルコン)で出来ており、硬度は、アダマンタイト以上。ゆえに、それを切り払い、溶かし尽くすには数秒の差が生まれる。

 一秒でもあれば彼女には十分。新たなる機蜂が、溢れだし敵の攻撃(あい)を受け止める。

 

 まさしくは、数え切れない量の究極。十や百が減ったところで総体は揺るがない。

 蟲の群れは本能的におぞましく、相手にすれば戦意を保つことも難しい。

 なおかつ蜂らしく、攻撃を当てた相手に強力な麻痺毒を撃ち込む。

 その毒は星辰奏者(エスペラント)の強化された代謝機能を物ともせぬほど強力だ。

 

 痛みも快感に変える露蜂房(ハイブ)の毒は、蓄積されるごとに筋肉は重く弛緩し、中枢神経は痙攣する。

 そんな猛威にさらされてしまえばいかなる者であっても勝利することは不可能。

 

 そう、そのはずだった。

 

 斬戟が――。

 

 煌めいて――。

 

 全てを――。

 

 切り裂いた――。

 

「無限増殖するというのなら、それより早く斬れば良いだけだろう。

 出力が弱いなら上げれば良い。簡単なことだ」

 

 簡単なわけがない。

 筋肉と関節が、異常速連撃で悲鳴をあげている。圧倒的なまでの出力を捻出した結果、反動に耐えきれず内臓がいくつか破裂した。

 だが、そのおかげで危機的状況は脱した。あとは、本丸のみ。この距離ならば、一秒もいらない。

 

「眠れ露蜂房、心配はいらない必ず世界を救ってみせる」

 

 宣誓を告げて、その首を落とす。機蜂は主を失い戦いは終わった。

 

 俺は、それを見ていた。

 圧倒的なまでの勝利。救えぬはずの命を一つ確かに救った。

 だが、これを見ろ。散らばる残骸の山、山、山。もしこれが人間だったならばと思わずにはいられない。

 

 ――生きることは戦いだ

 ――多かれ少なかれ、おまえはこれからこれ以上の悲劇を見るだろう。

 

「ああ……だからこそ」

 

 強くなりたい。

 救いたい。

 誰かを護ることが出来るような英雄になりたい。

 

「そうだ、マシュ!」

「せん、ぱい……かはっ……すごかった、で、す、まるで」

「もういい喋るな!」

 

 駆け寄って彼女の状態を見る。

 

 創傷裂傷死傷殺傷、端的に言って満身創痍。

 まぎれもなく瀕死の姿だ。内臓も壊滅的とあればいよいよもって致命的というものだろう。いや、もはや致命的を通り越して死んでいるといってもいい。

 

 意識を保つことさえ限界に近いだろう。発狂寸前の激痛が身体を襲っているというのに、死ねないし発狂すらできない。

 それでももはや子犬にでもじゃれつかれようものならばばらばらに砕け散りそうなほど。苦痛だけが全身を襲っているようだった。

 

 俺は、無力だった。

 あれだけ敵を倒せても、たったひとりの少女すら救えない。

 

「……マシュ、その」

「せん、ぱい、手を握ってもらっても、構いません、か?」

「ああ、良いよ」

 

 彼女の手を握る。

 いつまでも、強く強く。

 

「――なあ、大和(カミ)様。頼むよ。この子を、助けてくれよ」

 

 まだ、何一つ伝えてない。

 まだ、何一つ返してない。

 だから、だから――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 敵に負けて、瓦礫に押し潰されそうになっていた時、願っていた。

 助けを。少女は、どうしても普通の女の子だったから。

 だから、願っていた。

 

 助けを。

 

「マシュ!!」

 

 そして、助けは、来た。

 すべての絶望(ヤミ)を駆逐した、まさしく英雄。

 その時、視界にうつる雄々しい背中を、マシュ・キリエライトは一生涯忘れないだろう。

 光り輝く刀を手にして、翻る外套、軍服に、一切の汚れはなく、踏みしめた軍靴の響きが、今、ここに、救世主の到来を告げた。

 

 そう、悲劇はこれで終わり。是より先に、悲劇(なげき)の出番などありはしない。

 荘厳な輝きとともに、今、この世界を彩る主演が舞台に上がったのだ。

 彼こそが勇者。

 彼こそが英雄。

 彼こそが、人類を救う者。

 心が喝采する。

 魂が震えている。

 彼こそが、まさしく、本物の英雄なのだと。

 

「すごい……」

 

 あとはもはや、言葉にするだけ無粋だった。

 英雄に負けなどありはしない。

 眼前で繰り広げられる英雄譚(ティタノマキア)の誕生を、マシュ・キリエライトは、ただただその最前列で見続けていた。

 

 それが、愛しい先輩であったがゆえに、抱く念は何よりも大きく。

 

「わたし、も――」

 

 何よりも強く、深く。

 

「私も、あなたのような――」

 

 鮮烈に、荘厳に、気高く。

 

「ううん、英雄(あなた)になりたい」

 

 宣誓は、なった。

 いつか、あなたと共に歩む為に。

 なにより、こんなわたしを助けに来てくれた英雄(あなた)を護りたいから。

 

 手を握って笑ってくれた、あの人の為に。

 

 ――ならば、力を貸そう

 

 さあ、産声を上げるがいい。

 カルデアが犯した罪業(つみ)が今、ここに実を結ぶ。

 共鳴する星辰体(アストラル)

 莫大なまでの輝きを以て、マシュ・キリエライトは、新生を果たす。

 

 その果てに何があろうとも、二人で歩いて行くために。

 

 創生せよ、天に描いた星辰を――我らは煌めく流れ星

 

 異界の空。

 極点の神殿にて集った光を今こそ、地上にもたらさんが為――。

 




ぐだ男のステータスは、あるサーヴァントの改変です。

160くらい詠唱考えるのつらい……。
感想下さい……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

序章 特異点A 極点英雄聖戦 アドラー 2

 マシュの身体が輝きを発し、新たな姿を取る。それは紛れもない奇跡だ。感応した星辰体(アストラル)が起こす奇跡。

 助かるはずのなかった命に新たな息吹が与えられていく。

 

 ――英霊人化(デミ・サーヴァント)計画

 ――強大な力を持つ魔星の力を人の身にて恒常的な戦力としようとした計画だ。

 

 頭の中の存在が、目の前の事象について解説を挟んでくれる。

 曰く、英霊人化計画。英霊と呼ばれる、特異点に記録された強大なる星の力を人の身に宿し、恒常的な戦力とすることを目的とした計画。

 マシュ・キリエライトは、この計画唯一の成功例である。

 

 ――ここに来て、その結果が実を結んだということだ。

 

「助かるのか」

 

 ――助かる。

 

 その言葉に安どした。頭の中に声が聞こえているということの違和感に俺は一切気がついてなどいなかった。

 

 次第に光は収まり、マシュの無事な姿が――。

 

「ぶっ――」

 

 そこにあったのは、騎士甲冑がごときエロ衣装を身に纏ったマシュである。ヘソというかお腹は出ているし、色々ときわどい。

 なんだ、この衣装は――。

 

「ん――先輩?」

「マシュ! 良かった無事だったんだ」

 

 考えるのは良そう。ちょうどマシュも起きたことだ、変なことを考えている暇などない。何より、ここは既に危険地帯。

 どこから敵が現れてもおかしくないのだ。

 

「とにかく移動しよう」

「そう、ですね」

「立てる?」

「はい、身体は万全です」

 

 大盾を持ったマシュは、確かに何かが違うように思えた。人間とは何かが隔絶している。根本的な数値では同じであっても、おそらくは桁が違うのではないかと思った。

 

 ――そうだろうな。

 

 頭の中に響く声は無視して、この場を離れ、無事だった一軒家へと入って休む。

 燃え盛る街。もはや、ここに生命の息吹などありはしない。

 

 ここがどこか、既に答えは得ていた。ここはアドラー帝国の首都。帝都だ。一度だけ、訪れたことがある帝都にこのような形で来ることになろうとは。

 しかし、全てが燃え盛っているとはどういうことか。

 

「おそらくは、この時間軸は蛇遣い座(アスクレピオス)の大虐殺か、帝都を襲った異常事態の時かと思われます」

「なるほど。ともかく、ここが特異点ということで問題ないんだよね?」

「はい、そうだと思います。星辰体濃度は、どれも異常値を指示していますので」

「そうなると、これからどうするかだね」

 

 通信は繋がらない。あちらでも何かが起きたのか、それとも単に機材のトラブルなのかはわからないが、完全に孤立してしまっている。

 今のところ、敵は見ていないが、まだまだこの帝都には何か得体のしれない敵がいることは気配でわかる。先ほど戦ったような存在がまだいるのならば厄介だ。

 

 だが、向かう場所ははっきりしていた。

 

「帝都の中央ですね」

 

 帝都の中央には、かつてモン・サン=ミッシェルと呼ばれた旧暦の建造物、そこにはかつての日本軍の施設と一部融合した状態の施設がある。

 この軍事帝国アドラーの根幹であり、日本のテクノロジーが眠る場所でもある。今や、そこは尋常ではない量の星辰体であふれかえっている。

 何かないという方がおかしい。よって、目指す場所はおのずと決まった。

 

 ――政府中央棟(セントラル)

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか」

「何が来ても、先輩と一緒なら大丈夫です!」

「ありがとう、マシュ。行こう」

 

 目指す先が決まればあとは行くだけだ。

 敵はいない。だが、その征く手はこんなを極めた。

 時代を支える炎の叡智。しかし、今やそれは全て人に牙をむく。嚇炎は全てを燃やし尽くさんと火の粉を振りまいていた。

 

「――――」

 

 郊外に出ていたからこそ、殺戮はなかった。だが、中央に向かうにつれて、世界が血で染まっていく。地獄とはかくあるべきだとでも言わんばかりに。此処こそが地獄、これこそが地獄絵図。

 これこそが、かつて巻き起こった聖戦の最中に起きた魔星と呼ばれるものどもの暴虐の跡など知った。

 

 全ての阿鼻叫喚、全ての絶望を混ぜ込んだ魔女の窯の底。ぐつぐつと煮えたぎる窯の底ゆえに逃げ場など存在(あり)はしない。

 全てが炎上している。こここそが地獄の底だ。ならばどこへ逃げるというのか。逃げられるわけがない。逃げられる場所などありはしない。

 

 人はいないが、燃え盛るだけの建物が、かつての惨状の恐ろしさを伝えている。

 

「マシュ、大丈夫?」

「は、はい、先輩は、大丈夫ですか?」

「俺は大丈夫だよ」

 

 これほどの暴虐の跡ではあったが、人の気配が何一つない。

 いいや――。

 

「先輩!」

 

 甲高い音が響き渡る。金属と金属が奏でる殺意の旋律。

 マシュの大盾が何かの攻撃を防いだと理解した時には、既に敵が目の前にいる。地面に落ちたのは鋼鉄の苦無だった。

 

 武器を構える音がする。それは――。

 

星辰奏者(エスペラント)か!」

 

 帝国製星辰奏者。それも、どこぞの特務部隊員というべき雰囲気を身に纏った星辰奏者が三人、行く手を遮っていた。

 

 ――裁剣天秤(ライブラ)

 

 頭の中の声が告げるのは、彼らの所属。

 

 ――どうやら、この特異点は様々な相互作用によって成り立っているらしい。

 ――先ほどの魔星の残影は、今もなお生きているが、こやつらの場合は既に死んでいる。

 

「ああ、だから、さっきのやつほど存在感がないわけか」

 

 いうなれば先ほどの残影以上の影と言える。まさしく、かつての焼きまわしどころか、本当に影法師と言っても過言ではない。

 だが――。

 

 それでもなお、裁剣天秤といえば精鋭中の精鋭だと聞いている。帝国最強の星辰奏者を有する特務部隊。それは各国でも有数の部隊であるという。

 一部、飢えた女が率いているだとか、部隊長はパシリにぞっこんだとかいう意味不明な噂も多々あれど、その強さだけは折り紙付きだ。

 

「マシュ!」

 

 俺はマシュに声をかけながら発動体を抜いた。

 

「はい、マシュ・キリエライト、行きます!」

「「創生せよ、天に描いた星辰を――我らは煌く流れ星!」」

 

 基準値から発動値へと変遷。

 超進化の如く、既存の速度を振り切って超高速戦闘へと移行する。

 俺の基準値と発動値への上り幅は、異常ともいえる。それはもう進化というよりは確実に別人になっているというような状況。

 

 あまりの差から現在進行形で反動が襲っている。それは激痛。苦痛。ありとあらゆる痛みを内包し、内臓が抉られているかのような痛みとなっているが――。

 

 ――そうだ。痛みなど胆力でどうとでもできる。

 

 などと、頭の中の声が言っているが――。

 

「笑止。それは一度(・・)見ている」

 

 俺の疾走は、出だしから止められていた。

 

「く――!」

 

 出力だけでもかなりの差があるというのに、三人の星辰奏者は反応した。ほとんど0から100への切り替わり。こちらは手の内をまったく見せていない状況での不意打ち気味の全力疾走。

 されど、まるでその昔に、このくらいの上り幅とかでの不意打ちでも喰らったことがあるかのように対応して見せてくれる。

 

 さすがは裁剣天秤というべきか。だが、不意打ちを防がれたくらいでどうにかなるわけでもない。戦闘の優位を保有することはできなかったが、それでもなおこちらの出力の方が上だ。

 であれば、力で順当に押し勝つという結果になるはずだが――。

 

「ぐ――」

「先輩!」

 

 先ほどのダメージが尾を引いているというよりは――。

 

「相手が巧い」

 

 三人は自らの特性を理解している。それゆえに連携に隙が無い。

 無拍子で放たれる苦無と、相手の影からくる死角からの斬撃。そのどれもが、長年の訓練で染みついた殺し技であり、何より狙いがいやらしい。

 手首足首、頭部、心臓、首。どれもが一撃必殺の致命傷狙い。さらに言えば、そこに正当な剣術という正面切っての戦闘技術まで持ち合わせている。

 

 技巧は精鋭と言っても差し支えない。それが三人。こちらは二人。特に、俺の現在(・・)の技巧では、あちらの防御を打ち崩すのは難しい。

 

「やあああ!!」

 

 よってこの戦闘の主軸になるのはマシュだった。

 別人のようになっているというのは彼女も同じであるようだ。英霊人化計画。デミ・サーヴァント。こちらと何等かのパスがつながっている。

 そのおかげで起きているのは単純な出力の桁の底上げ。彼女の発動値はそこまで高いわけではない標準的と言ってもいい。

 だが、しかし、同じランクでも、それを選別する為の桁が違うのなら、基準が違うのならば意味をなさない値だ。

 

 彼女は今、並の星辰奏者では相手にならないほどの出力を有している。その上――。

 

「熟練した騎士だな、まるで」

 

 そういった印象はついぞ受けなかったので、彼女のどっしりとした大樹のように根を張ったかのような立ち姿には驚かされる。

 十数年を生きた少女ではない。あれは生涯を騎士道に捧げた本物の騎士だ。

 

 ――当然であろう。それこそが、英霊人化計画の要だ。

 

 つまるところ、特異点に記録された極大の星をその身に宿すことで力、それから経験の全てを受け継ぐということなのだ。

 ならば、ここは彼女に任せよう。

 

 業腹ではあったが、連携だ。役割分担ともいえる。マシュの大盾は小回りが利きにくい。ならば、小回りの利くこちらがフォローに入り、マシュに攻撃を担当。

 役割が明確になれば、それは如実に結果として現れる。連携を回して、相手の攪乱から、打撃、放たれる苦無を盾で躱しつつリズムが一定にならないように緩急を加えながら、相手のペースをかき乱し、マシュの強撃を当て嵌めていく。

 

「対象の脅威度を更新」

 

 よって、来るのは当然のように相手の切り札。

 

 星辰光(アステリズム)の投射が始まる。星辰奏者の真骨頂、台地に輝く固有の星が、ついに新星の如く爆発する。

 否、比喩ではなく、現実の意味でも爆裂した。

 

「きゃあ!?」

「マシュ!」

「だい、丈夫です!」

 

 それは、遠い宇宙、大気成分が常に化学反応を起こし続けている星の異能。 大気の組成へ訴えかけることで発火、燃焼を起こし、当たってしまえば当たれば骨肉を炭化させるほどの威力を内包している。

 最悪なのはその取り回しだ。視界に入る範囲ならば、どこでも思うだけで起爆できる。既存の物理法則を無視し、酸素や水素のみならず窒素や二酸化炭素までが常温で爆発する。

 

 更に――。

 

 一人によって放たれた拳に、俺は吸い込まれた――。

 

「がぁっ!!」

 

 肋骨がその衝撃にいくつかへし折れた。近づくのはマズイ。血反吐を吐きながらも、何とか後退しようとして――。

 

「ぐっ――」

 

 俺は、相手の剛拳に落下していた。

 

「先輩!」

 

 なるほど、これは相手の体を使用者に向けて落下させる異能か。一種の引力操作であり、相手を引き寄せた後に繰り出される豪拳は防御を貫通しダメージを与える威力がある。

 それはそうだ。相手はいうなれば極小の惑星というべきものだ。重力加速度ほど威力の高い攻撃もない。回避困難、防御貫通。発動体はただ発動体として使うのみで、本来の得物はこちらか。

 

「先輩、今!」

「駄目だ、マシュ!! もう一人」

「あ、くぅうう!!」

 

 死角どころか正面から飛来した苦無がマシュに直撃する。超高速で飛翔したわけではない。完全に見えなかった(・・・・・・)

 それどころか、三人いたうちの一人がどこにもいない。

 

「ぐぁ――」

 

 さらに背後から斬りつけられる。警戒は緩めていない。だが、そこには誰もいない。

 

「物質透明化能力!」

 

 地表から色を奪うその異星法則。もはや、輪郭すら及ばず、目でとらえることは不可能。最悪なのは、それをあらゆるものに付属(エンチャント)できるといった点だ。

 幸いなのは維持性が低いために、何度も重ね掛けが必要というくらいであるが、それがどうしたというのだろうか。

 

 視えず、爆裂はこちらの行動を阻害し、引力によって引き寄せられる。連携は密であり完全。付け焼刃の連携では歯が立たず、能力に目覚めたばかりのこちらとあちらの年季の差は如実だ。

 よってじり貧もいいところ。であれば、早々に勝負を決めるべく光帯の照射にうつろうとするのだが――。

 

「く――」

 

 防御を緩めれば、抜かれる。光帯は、現状一つしかない。防御か攻撃か、そのどちらかにしか使用できず、防御をおろそかにすればその瞬間に貫かれる。

 

「それでも」

 

 それでも負けるわけにはいかない。大切な女の子を護るため。なによりも、生きるためには、ここで死ぬわけにはいかないのだ。

 

 ――そうだ。

 

 よってなされるは意志力の覚醒。

 意志力が全てを左右するがゆえに、当然の如く閾値を越えれば覚醒するのは当然の摂理だった。

 出力が十分ならば必要なのは技法ゆえに自らの中から花鳥風月の剣士の技法を呼び起こす。

 

 見切り、心眼。極限まで高まった戦闘勘により、まずは、一人。

 

「おまえからだ!」

 

 透明化が解ける僅かな一瞬に剣戟を差し込む。

 まずは、爆破能力者から。

 行動範囲を狭められては厄介。よってここはまずは、彼から。

 

「マシュ!」

「はい!」

 

 更に次。引力男。落下する先に拳は必ずある。ならば、落下する先にマシュの大盾によるシールドバッシュ。

 神鉄(オリハルコン)製の盾を砕けるほど、星辰奏者の拳は硬くない。砕ける拳。その隙の追撃をマシュが放ち二人目。

 あとはもう光帯による広範囲爆撃により薙ぎ払った。殺意が消える。

 

「終わった――かはっ」

「先輩!」

「大丈夫、だ」

 

 星を解除した途端に全身を襲う反動。つくづく難儀なものだと思うが、生きているのなら良い。

 さあ、行こう、そう言いかけた時。

 

「良い戦いだったぜ、お二人さん」

 

 新たな星が、現れた。




トリニティやってると思うけどやっぱりゼファーさんってヤバイよなぁ。
天秤のかませ三人も普通に強いし。
と思ったので天秤エリート三人登場。

キャスニキとオルタの詠唱考えなきゃな。
エミヤ? やつは詠唱もっとるじゃろ。
感想下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

序章 特異点A 極点英雄聖戦 アドラー 3

 突然の声に身構える。新たな敵かと警戒するが。

 

「そう警戒すんなよ。オレは、テメェらの味方だ味方」

 

 現れたのはフードをつけて、杖を持った男だった。炎の中から、こともなさげにこちらの前に現れて、気さくに声をかけて来た。

 敵意はないと武器も構えずに、目の前の椅子に座ってきた。本当に、味方なのか?

 

「アンタ、一体」

「ああ、それについては説明してやるが、まずは、そうだな英星(サーヴァント)ってわかるか?」

 

 ――英星(サーヴァント)

 その名前は、確か聞いた覚えがあった。

 それは、このカルデアにおける世界を救うための要である存在。天の星を駆る者(マスター)と対となる概念であるという説明を俺は思い出していた。

 

 英星(サーヴァント)

 特別な加工をした神星鉄(オリハルコン)である聖晶石を媒介として、天文台(カルデア)が観測した極晃星(えいれい)の力を、天星奏者(マスター)を媒介としてこの世界に付属(エンチャント)した存在。

 その出自からいわゆる人造惑星(プラネテス)たる魔星に近く、こちらも人造惑星と同じく星辰奏者(エスペラント)をはるかに凌駕した存在である。

 

 かつてその星を扱った人物そのものをそのまま引き出すというのが、この英星と魔星の大きな違いだろう。魔星はその製造工程からどうしても我欲が強くなる。

 だが、英星は、本体そのまま顕現する。第二世代人造惑星とほぼ同義であり、第二世代において問題となった人的資源の摩耗や倫理など数多の改善を行った次世代の人造惑星(プラネテス)

 

 そして、本来であればそれを手繰るのがカルデアに集められた俺たちの役割だった。この英星と呼ばれる存在を呼び出すには在る資質が必要なのだ。

 それは星辰奏者に対する資質と同じであり、いわゆる付属性だ。核となる聖晶石と感応、極晃星と接触しそれをそのまま付属させる為に、天星奏者(マスター)には相応の付属性の資質が必要となったのだ。

 

 本来であれば、カルデアの先遣隊が特異点に橋頭保を確保。その後、後発チームとともに、この英星を召喚するというのが初期の特異点探索プランであった。

 世界を救うためにはどうやっても英雄、冥王、界奏などと言った規格外の力が必要。

 しかし、英雄は既に没しており、冥王および界奏を動かすとなれば、三国家の思惑があり難しい。ゆえに、聖教国の巨頭、天体科の君主(ロード)は、この理論を打ち出した。

 

 観測された数多の極晃星(スフィア)というデタラメにもほどがある情報と、それを有効に安全に扱うという秘密の計画。

 そうこれは秘密の計画だ。

 極晃星の利用などというものは、どう足掻いても、先人たちにとって不評であることをマリスビリーという男は理解していた。

 古都プラーガで起きた騒動と、それ以降三国家間で行われている諸々の交渉戦やら条約締結やらを見れば、嫌でもわかるだろう。

 

 だからこそ、計画は秘密裏に行われ、そういったしがらみもなく裏もなくただ世界救済のための選抜と称して付属性の高い者たちを集めた。

 全ては、世界を救うため。

 

「ああ、それで? そんな英星が一体、何の用なんだ?」

「しばらく見てたがアンタらはまともそうなんでな、一つ協力でもしないかってな」

「協力?」

「ああ、今ここがどうなっているかわかっているか?」

 

 それにはマシュが応える。

 

「いいえ、こちらも来たばかりで。ええと、ミスター」

「ミスターはいらねえよ、キャスターだ」

「はい、キャスターさん。それでは」

「ああ、全部話してやるよ」

 

 まず、と前置きを置いてキャスターと名乗った男が話し始める。

 

「オレはこの特異点に呼ばれた七騎の英星の一つだ。理由は、聖杯っつうやべえ星辰体炉心を奪い合う事。それがあれば、なんでも願いが叶うって触れ込みでな。これをオレたちは聖杯戦争って呼ぶ。それが巻き起こった結果が、このありさまってこったな。だが、こうなっちまったのは、おそらく誰かが何かしやがったからだ」

 

 キャスターによれば、普通ならばこのような大量大破壊などは起きないのだという。マシュは、聖杯は万能の願望器であり、この世界を救うために必要なものだといった。

 何者かの介在によって、聖杯戦争は変質し、世界は焼けた。

 

「オレはこの聖杯戦争の唯一の生存者ってやつでな」

「ほかの英星たちは、どうなったんだ?」

「セイバーと名乗る騎士にぶっ倒された」

 

 キャスターが言うには、セイバーのサーヴァントに倒されたサーヴァントは、黒くなり、あふれ出してきた異形とともに何かを探しはじめたらしい。

 

「それで、オレが協力を必要としてるってのはここからだ。まだ聖杯戦争は終わってねえ。オレかセイバーどっちかが倒れない限り終わらない。そして、それはこの特異点が延々とこのままってことだ」

「どうにかする方法はあるのか?」

「ある。だからテメェらの協力が必要なんだよ。セイバーをぶっ倒す。そうすりゃ、この特異点は元通りになるって寸法だ」

「というわけで、目的は一致している」

「なるほど、手を組むということですね。キャスターさんはセイバーを倒したい。ですが、戦力が足りない。我々はこの問題を解決したい」

「ああ、そういうこった。利害は一致しているしな」

「先輩、どうしますか?」

 

 マシュに問われて、オレは一度考える。

 彼と共闘した場合どういうことになるか。英星の力だ、並みの星辰奏者とはくらべものにならない力を持っていることは想像に難くない。

 こちらとしても、マシュと二人で何もわからずに行動するよりは、勝手を知っている者がいることは大きい。

 問題は、彼が信用できるかどうか。

 

「…………」

 

 いいや、そうだ、考えることじゃない。

 

「わかった。一緒に戦おう」

「よろしく頼むぜマスター」

「ああ」

 

 本来の役割の通り、マスターとしてこれから戦うことになる。

 

「それじゃあ、目的の確認と行こう。アンタらが求めているものとオレが目指す場所はおそらく一緒だ。セイバーの根城だな。この土地の心臓部といっても過言じゃねえ」

「セイバーは城を構えているのか」

「まあ、そんなところだ。道筋は教える」

 

 やはり目的地はセントラルで間違いなかった。その地下深くにセイバーはいるらしい。

 

「そんじゃ、まあ行きますか」

 

 そこへキャスターの先導で進む。途中敵と遭遇して、何度か戦ったが問題なく目的のセントラルへとたどり着いた。

 途中で、マシュの尻を揉んだキャスターは全部終わったらぶん殴ろう。そこをさわっていいのは彼女に選ばれた益荒男だけだ。

 

 そんなことはどうでもよく。

 

「ここがセントラル」

 

 不気味なオーロラが天を覆う、まさしく悪の居城とでも言わんばかりに黒く変質した構造体がそこにはあった。

 

「ああ、そうだって、さっそく来やがった――お嬢ちゃん! 防御だ!」

「――っ! はい!!」

 

 マシュが盾を掲げた瞬間、直撃する衝撃。視界の端でとらえたのは剣弾だった。無数の剣が降り注ぐ。

 

「来やがったな」

「つくづく縁があるようだなキャスター」

「ヘッ、そんなもんは願い下げだっつうの。良いかテメェら、オレはこいつを押さえる。テメェらの役割はわかってるな?」

「突撃して、セイバーを叩く」

 

 キャスター単体で、この守護者であるアーチャーとセイバーを同時に相手をすることは出来ない。ゆえに、協力者が必要だった。

 どちらかがどちらかを押さえている間に、セイバーを倒すための。

 

「ああ、行くぜ――」

 

 掛け声とともに、盾から飛び出す。降り注ぐ剣群を観察眼と心眼と直感で躱して、前へと進む。

 切り払いたいが、避けることに徹する。この剣には触れてはならない。触れれば最後、切り裂かれるだけでは済まないのだ。

 剣を形作る、ほの暗い瘴気。底冷えする地の淵から這い出してきた死人の如き冷気が見ているだけで伝わってくる。

 

 触れれば最後、生きる気力を失うことになるだろう。この深淵の粒子はそういうものだ。

 発動値へと移行し、全力でこの場を通り抜ける。背後からあるキャスターの援護に任せてマシュとともにアーチャーの横を抜けていった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「逃がさん――」

 

 当然、この場の守護者たるアーチャーはそれを逃がすことはできない。

 

「行かせるかよォ!」

 

 剣群が止んだその瞬間にキャスターは、杖での一撃を加える。それだけあれば星辰奏者にとっては十分。既に内部に侵入した。最深部に着く前に追いつくことは不可能。

 なにより追いかけば背後から、キャスターが来る。

 

「ならば、君を倒していくのみだ」

「ぬかせ!」

 

 オリハルコンの二刀と杖が交差する。

 ぶつかり合う剣戟と杖戟に差はなく、地力で勝るキャスターの方が押すほどだ。だが、それをアーチャーは技巧でもって追いすがる。

 振るわれる杖に対して、わざと隙を創り出して攻撃の誘導。心眼による見切りは、槍の如き杖さばきを迎撃する。

 

 加速していく戦線。

 されどこれでまだ本領を発揮していない。

 英星同士の戦いがこの程度であるはずなどありはしない。

 

 なにせ、ここからが異星同士のぶつかり合い。

 超常の星を持つ者だからこそ、それを本領とせずして何を本領とするのか。

 

「であれば、こちらから行かせてもらう。いつまで持つか見ものだな」

 

 剣戟の合間、アーチャーが嗤う。

 これは単純に前提条件の違いだ。アーチャーとキャスター。どちらが長く戦えるのかという点。

 補給があるのかないのかで大きく変わる。

 英星はその存在からして大量の星辰体(アストラル)を必要とする。それは、戦闘とはまったくことなる領域であり、無茶を成して付属しているがゆえに、その分、存続のために星辰体を必要とする。

 

 使えば減るのは当たり前であり、存在に必要な星辰体の量こそが、どれだけ戦えるかの値となる。主を有するアーチャーであれば、問題はないが、マスターを得たが、契約していないキャスターでは、それだけで差になる。

 その制約上、星辰光(アステリズム)を多用すれば、そのまま極晃星に帰るくらいには。それは一種の安全装置だ。力を地上に残さたないための。

 それは第二太陽(アマテラス)下のリミッター。

 

「へ、言ってろ」

 

 ならば遠慮なく、と奈落の底からアーチャーは星をくみ上げる。

 

「天墜せよ、我が守護星――鋼の冥星 (ならく)で終滅させろ」

 

 紡がれる反転詠唱(ランゲージ)

 黒く犯された詠唱が呪詛となって襲う。

 

「体は剣で出来ている

 血潮は鉄で、心は硝子」

 

 燃え上がる漆黒の焔。それこそは錬鉄の英雄が持つ唯一にして無二の超新星(いのう)

 ただ正義の味方になりたかった男の成れの果てが、獲得した確かな異界法則が地上に顕現される。

 しかし、それは今や醜く穢れてしまった。

 死の奈落の底で食した柘榴(どろ)が、今、彼の全てを反転させている。

 あふれ出すは光の栄誉ではありはしない。焔の如き漆黒の反粒子。かつて、この場所で、猛威を振るった星辰体殺しが、今ここに新た形を取る。

 

「幾たびの戦場を越えて不敗

 ただの一度も敗走はなく

 ただの一度も理解されない」

 

 死に絶えろ死に絶えろ死に絶えろ。輝く者全てを疎む否定(アンチ)の呪詛が、輝きに唾吐いて、汚してしまえと叫んでいる。

 絶頂するほどの爽快感はぬぐいがたく、この快楽は輝く者を引き下ろす卑劣極まりない餓狼の祈り。冥王が持つものと同質。

 光の反転こそ滅奏。

 さあ、謳えよ、鍛冶師(フェイカー)

 遍く銀河を終滅させる、奈落の逆襲劇(ヴェンデッタ)を。

 

「彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う

 故に、その生涯に意味はなく

 その体は、きっと剣で出来ていた」

 

 奈落の底にて反転し、悪の敵となった正義の味方が、今、ここに謳いあげる。

 自らの人生を示すもの、遍く銀河に輝く(ほし)の名を。

 かつて流星雨として煌いた、その名を。

 

超新星(Metalnova)――炎より生まれよ、贋作にして無限の剣(Unlimited blade works)

 

 その名は無限の剣製(Unlimited blade works)。本物ならざる贋作の(ほし)が奈落の底から切に切に、敵対者の零落を願うのだ。

 

「ここで、死ぬが良いキャスター!」

 

 浮上する超新星。奈落より輝く星が、キャスターに牙を剥く。

 降り注ぐ剣群。

 発生する極大干渉。地球上では再現不可能な異界法則が今ここに剣の形をとって顕現した。鋼鉄を鍛え、大地を鍛え、あらゆる武装を作り上げる錬鉄の英雄。その反転。

 反粒子にまみれた無限の剣は、遍く星を駆逐すると猛っている。

 反星辰体(アンチアストラル)粒子によって構成された最悪の剣群が、一斉に降り注ぐ。

 

暗黒剣群・全力投射(ソードバレット・フルドライブ)

「チィ!!」

 

 触れれば最後、それは極小規模の大破壊(カタストロフ)に他ならない。星辰体を扱う者との相性最悪の反物質で形成された剣群は、問答無用であらゆる全てを奈落へと天墜させる。

 その先にある、オルタナティブの源泉たる冥王の御元へと。

 

 光の反転。別側面。それこそがオルタナティブ。ゆえにこそ、滅奏と相互干渉することは当然だった。本来の星に加えて付与される逆襲の牙。

 森羅万象を鏖殺する憎悪の咆哮に触れたあらゆる星光はその輝きを失い消滅してしまう。

 いいや、否、それだけではない。

 新暦、否、この特異点化に際して、あらゆる全ては星辰体存在下の新暦に合わせて調整される。よって、それを否定されることは即ち存在否定に他ならない。

 

 剣群が触れた箇所全てが死に絶えていく。急激な変化は、まさしく急転直下。全てを呑み込む闇が、こちらへ来いと全てを誘っている。

 

「相変わらずエグいが、本来の星を失っておいて、今更だな」

「まったくだ。こちらとて望むべくもないが、生憎と今は守護者でね」

「ったく、いつまで騎士を気取ってやがる。アレが護られる女かよ!」

「さて、そこに関しては色々と君の知らない事情もある」

「なに――ぐぉ」

 

 飛翔する剣群全てを躱すことは不可能。突き刺さる剣群。

 

「終わりだキャスター。星辰体存在たる英星に、逆襲劇(ヴェンデッタ)は効果的すぎる」

 

 全てが星辰体で構成された存在に反星辰体をぶつければ、そのまま消滅する。如何な出力差があろうとも、これは成り立ちの問題だ。

 魔星の欠点を解決したら、今度は極限まで滅奏に弱くなってしまったというだけのことだ。元より相性は良くなかったが、それが今度は極限まで悪くなっただけのことである。

 

 だが――。

 

「まあ、生憎となんも対策してないわけはないさね!!」

 

 剣群が刺さったキャスターの姿が木々となる。ドルイドという側面も持つキャスターならではの回避。

 それと同時に巻き起こったのは激震だった。竜の咆哮でも巻き起こったかのような衝撃は遥か地下から。

 

「あちらも始まったか」

「なら、こっちはとっとと終わらせないとなァ!」

「だが、どうする。相性差は歴然だ。こちらが勝つのは順当といえるが」

「それはどうかね――見せてやるよ、オレの星ってやつをよ

 天昇せよ、我が守護星――鋼の恒星(ほむら)を掲げるがため」

 

 紡がれる魔星特有の詠唱(ランゲージ)

 

「今更、何をしようとも無駄だキャスター!」

「それはどうかねぇ――」

 

 不敵な笑みをたたえたまま、魔術師は、その身が持つ十八の刃を虚空へと描き出す。

 

「影の国の女王より学んで幾星霜、我が師から授かった全ては、今もこの身の内にある

 魔槍の絶技に、戦の全て、我が生涯が戦であるならば、その全ては紛れもなく我が血肉である」

 

 教えられた通りに。教えられたままではなく、自らでそれを変えていきながら、自らが思うままに血肉とした。数多の歴史が刻まれた我が身なれば、たとえどのような状況であろうとも勝てるのだ。

 

「師より学んだ魔術の粋。

 此度の器は、魔術師なりて、学びし十八の秘言の神髄はここに」

 

 例えどれほどの差であろうとも、相手の手札は読み切っている。ならばこそ、読み切れない相手に勝てる道理などなし。

 

「大神が授けし原初と我らが大地の祈りを聞け

 焼き尽くせ木々の巨人、神々に射止められた生贄を導くために」

 

 さあ、行くが良い神々に射止められてしまった生贄よ。

 その先に何があろうとも、航海者たらんとするのならば、きっといつの日か、英雄になれるとも。

 そうやって英雄は英雄となったのだから。

 ならば先達は、静かにその道を示すのみ。

 

超新星(Metalnova)――大神刻印、灼き尽くすは炎の檻(Woden wicker man)

 

 起動する超新星。

 空間が爆裂したかのような衝撃を以て、魔術師の星は、今ここにその姿を現した。

 木々より生まれし焔の檻が、二人を包み込む。

 

「なに!」

 

 発生した事象は、圧倒的だった。剣群が消え失せる。反粒子が消える。

 

星辰光(ほし)の無効化だと!」

「より正確に言えば、星辰体の無効化ってやつだな」

 

 大神刻印、灼き尽くすは炎の檻(Woden wicker man)。その能力は、檻であり、その中にある全ての事象の無効化。

 焔に似せた反物質が、あらゆる事象を反転させて対滅させる。されど、これは敵を倒すものではない。

 

「間違っちまった、誰かを導くための檻だ」

 

 戦わなければならないとき、星などという無粋なものを持ち出すのなど言語道断。

 ならばいつも通り、自らの肉体のみでいくが良いだろうというキャスターの趣味による星である。だが、その効果は、アーチャーとの闘いに置いて圧倒的な相性の良さを発揮する。

 

 発動値が並のアーチャーからすれば、反粒子の剣群を手繰ることこそが殺戮技法(キリングレシピ)。万を超える闇の剣群は、それだけで脅威であり、触れることすらできないのだから防御も不能。

 ゆえに、それを無効化すれば、あとは地力次第。

 

「悪いねぇ、こちとら新ネタばっかで。だが、まあ、これで仕舞いだ――!!」

 

 よって後は語るまでもなく――。

 鍛え抜かれた槍さばき。

 二刀の鍛え上げられた技は冴えるが、されど。

 

「似合ってねえことしてんじゃねえよ糞が。だからテメエは負けるんだ」

「まったく、君に言われるとは、私も焼きが回ったか――」

 

 奈落の超新星は、地の底へと帰った――。

 




魔法の言葉(感想)をくれ、それがあれば、作者は誰にも負けない無敵のヒーローになれるんだ。

意訳:感想があれば超更新速まるくらいにはテンション上がる。

さて、そういうわけで、今回は、英星というあたらしい設定の説明と、キャスニキとエミヤの戦いでした。
いや、エミヤ君は優秀だね。自分で詠唱を用意してるんだもの。

そして、はい、そうです。
英霊はイコール魔星です。
魔術師=星辰奏者です。
基本的にオルタとアヴェンジャーは詠唱は基本的に、天墜せよです。

いやー、しかし設定書いてて思うけどマリスビリーがものすごい怪しいな! 光の使徒だから当然だけど。

さて、次回は、ぐだ男&マシュとセイバーの戦いだ。
大丈夫、反物質なんて、覚醒して出力差を数百倍にまで高めれば破れるから。

さて、ではお楽しみのマテリアル開示じゃ

エミヤステータス
炎より生まれよ、贋作にして無限の剣《unlimited blade works》
 武器形成能力。大気中の星辰体に干渉して、武器を作り上げる能力。
 鋼鉄を鍛え、大地を鍛え、あらゆる武装を作り上げる錬鉄の英雄であったが、それが反転したことによって逆襲の牙を得た。
 反粒子にまみれた無限の剣は、遍く星を駆逐する。

 基準値:D
 発動値:C
 集束性:D
 拡散性:C
 操縦性:B
 付属性:E
 維持性:C
 干渉性:A

キャスタークーフーリンステータス
大神刻印、灼き尽くすは炎の檻(Woden wicker man)
 その能力は、檻であり、その中にある全ての事象の無効化。所謂アポトーシスであり、ステゴロの星。
 焔に似せた空間断裂が、この中からステゴロに不要な全てを駆逐する。大気中の星辰体が全部なくなったので感応するものがないため星が消える。
 星辰光がつかえないのはキャスターも同じだ。この星辰光は、時間制限で消滅するまで続く。

 基準値:C
 発動値: B
 集束性:B
 拡散性:D
 操縦性:E
 付属性:D
 維持性:B
 干渉性:A


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

序章 特異点A 極点英雄聖戦 アドラー 4

 政府中央棟(セントラル)

 アドラー帝国の政治と軍事の両面を司る中枢施設の集合体。即ち、ここは頭脳にして心臓ともいうべき帝都の最重要拠点。

 その中を、俺とマシュは疾走していた。

 

 護りはない。ここに至るまで守護をしている怪物などはいない。それは違和感だけを募らせていた。ここは、この場所こそが帝国を動かす始点にして極点。

 そのことを考えるのであれば、守りは強固であるべきだ。さらに言えば、これから向かうのは、中枢も中枢。おそらくは何らかの日本の遺産(ロストテクノロジー)が存在する場所。

 古都プラーガにおける国会議事堂や、転移したかつてのヒマラヤ山脈上に存在するカルデアの施設のような、極大の星辰体に関係する何かがあるはずなのだ。 

 何より、この母体となったモン・サン=ミシェルと呼ばれる建物は、修道院と呼ばれながら軍事的要塞として難攻不落を誇った歴史を持っている。

 

 上に上にと増築を重ねた独特の建築様式は、外部からの侵入に対して強固であり、新西暦においてはそこに、当時最新鋭であったであろう旧日本軍施設と超融合している。

 分厚い鋼鉄の障壁が何枚も存在し、もはやかつての難攻不落の建造物は、攻略不可能の名を冠する。複雑に過ぎる内部構造は、まさしく迷宮に他ならない。

 

 だが、今や、そこは解りやすいほどに破壊されて一本の道を作っていた。まるで、何かが帝都をここから両断したかのようにも見える。

 いいや、おそらく何かが両断したのだろう。キャスターから聞いた、セイバーの英星(サーヴァント)の正体。

 

 それは、旧暦の聖教国(カンタベリー)英国(ブリテン)と呼ばれていた時代の王だという。

 名を、アーサー。

 並ぶものなき聖剣を手に持った常勝無敗の王だという。

 

 一体どのような人物なのか。想像するのはクリストファー・ヴァルゼライドの姿だった。常勝無敗と聞かされて、イメージするのはやはり彼の偉丈夫だ。

 英雄とはかくあるべしと世界に示した偉大な破綻者(にんげん)。あらゆる困難を意志力だけで乗り越えて来た男。

 

 おそらくは彼のような人物か。あるいは――。

 

「先輩!」

 

 考えに没頭している間に、どうやら終点へと行きついたようであった。 

 地下の暗がりの奥。さながらそこは、聖廟のようでもあった。あらゆる全てが死んでいる。だが、一点だけ、この部屋の中央にある円筒の中にある結晶体だけが異常なまでの星辰体(アストラル)を放出していた。

 

「なんという星辰体濃度」

「ここが最奥みたいだな」

 

 地下に広がる巨大な空間。都市の地下にこのような空間があるなどとだれが想像するだろうか。誰も想像などできないだろう。

 そこに一人の騎士がいた。漆黒の鎧に身を包んだ英星。セイバー。

 

「――ほう。面白い英星(サーヴァント)がいるな」

 

 凛として響く理性に満ちた声。

 想像していたイメージには遠いが、これもまた確かな王気を持っていた。未開の時代、蛮族をその力のみで撃退することを迫られた、力の象徴たる武骨な王。

 それでありながら、理知的にも感じられる。例えるならば老成した竜だ。遍く叡智と暴虐の力を誇るという竜のよう。

 

 その視線を向けられただけで、思わず首を垂れそうになる。それほどまでに生物としての性能が隔絶している。アレは英星のなかでも、別格の存在なのだと理解する。

 

 ――あれこそが始原にして究極の極晃星(えいれい)だ。

 ――星の護り手としてあれ以上の適格者はいまい。

 

 つまり、それだけ強いということだ。

 

「お初にお目にかかります、アーサー王」

「ほう、我が名を知っているか。新暦には伝わっていないと思っていたが。キャスターから聞いたか」

「ええ」

「そうかそうか。それは、良い気分だ」

 

 キャスターが語った印象とは真逆だった。暴虐の竜、どこぞの欲竜やヴァルゼライド閣下のようなイメージを持っていたのだが、それとは程遠い。

 理知的で会話が通じる、まるで物語の中の理想の王とでも言わんばかりだ。貴種(アマツ)ではないのが信じられないくらいの覇気は、この空間と同じく清浄だ。

 

「さて、ではそちらも名乗っても貰おうか、こちらだけ名が知られているというのはいささか不公平であろう?」

「では、俺はリツカ・紬・アマツと言います」

 

 アマツの傍流も傍流。名前こそアマツを名乗っているが、それもまた本当かどうかもわからない。アマツらしい才能などなにもないのだから、きっと偽物だろう。

 

「ほう、貴種(アマツ)の人間か」

「いいえ、おそらくは傍流も傍流でしょう」

「なるほど。では、そちらは?」

「マシュ・キリエライトと言います、アーサー王」

「マシュか。ほう――」

 

 彼女の視線は、マシュと彼女が持つ盾、そして、マシュ自身へと移る。

 

「――面白い。貴様は面白いなマシュ・キリエライト。案山子に徹する以外にないと思っていたが、良いだろう。構えるが良い」

 

 漆黒に染まった聖剣をマシュへと向ける。

 

 ――来る!

 

 それが分かった。圧倒的な覇気が全てこちらへと叩きつけられる。それだけであらゆる全てが蒸発してしまいそうなほど。

 先ほどまでの和やかな様子は霧散した。清浄さは消え失せて、邪竜の如き暴虐の圧力だけが際限なく高まっていく。

 臨界点突破。最初から全力であり、手を抜くことなどありえないと彼女は語っている。

 

「やるしかない――マシュ! 勝つぞ!」

「はい、必ず天星奏者(マスター)に勝利を!」

「その守りが真実か、この剣で確かめよう」

 

 即座に発動値へと移行する。その前で、彼女は奈落の底に落ちてもなお輝ける星を解放した――。

 

「天墜せよ、我が守護星――鋼の冥星 (ならく)で終滅させろ」

 

 冥府に存在する窯の底より響く竜の咆哮が天へと轟く。

 遍く銀河を失墜させ、光を呑み込む暴竜の息吹が、今ここに世界の慟哭(なげき)とともに解放される。

 

 同時に発動値(アベレージ)へと移行したアーサー王が、進撃を開始する。

 爆ぜる大気、彼女の踏み込みは、かつてこの空を支配していたとされるジェット機にすら匹敵する速度。音を振り切り、大気を刃として纏いながら、その剛剣を振るう。

 

 荘厳なる(ならく)の光を纏い、遍く全てを轢殺せんと戦闘意気は猛り、悪竜が如き激震(けん)が大気を震撼させて振るわれるのだ。

 脆弱なるもの一切は、その全てに耐えられない。

 

「聖なる杯の呪いに蝕まれ、慈悲も誓約も溶け落ちた

 ここにありしは非常の王、あらゆる全てを暴虐の彼方に落とす邪竜である

 ゆえに、弱き者一切よ、皆安らかに息絶えよ」

 

 狙いはただ一つ。この先へ進む資格があるのかどうかを問う。

 よって、繰り広げられる剣戟は、俺もマシュも両方を狙う。剛剣は、大地を抉り、大気を爆ぜさせる。漆黒の光は、冗談のような威力と最悪の相性を内包していた。

 放たれる反粒子の光。そのエネルギーは、反粒子のくせして冗談のように高い。否定(アンチ)にありがちな相性頼りの逆転劇など、アーサー王には必要ない。

 

 王道を行く、正面突破の悪逆(ヴェンデッタ)が、あらあゆる光を駆逐して英雄譚に泥を塗る。

 さながらこういうのが好きなのだろうと言わんばかり。正義の味方が、悪へと堕ちて、正義の力でもって正義を挫く。

 反転の極致とはこういうことだ。

 

 正義の味方の反転とは悪の敵である。正義の反転は別の正義ゆえに、反転したところで正義であることに違いなどありはしない。

 そして、悪の敵は、正しさの怪物だ。正義の味方よりも度し難く、それゆえに停まることを知らない。

 

「それでもなお、この先に進むというのならば、我が試練を超えて行け

 悪逆竜を超えてこそ、この先の旅路を歩めるのだ

 膝を屈し、進めぬというのなら、ここで止まれ、その首をもらいうける」

 

 弱き者はここで死ぬが良い。それがすべての救済である。

 この程度の悪逆を止められぬというのならば、この先の困難を超えることなどできやしないのだから。

 だからこそ、弱き者一切よ、皆悉く安らかに息絶えよ。

 

 放たれる剣戟の重さは今も上昇中。

 小柄な体躯のどこにそんな力があったのかなどとアーサー王に問うことは無粋。彼女の身は竜なればこの程度など造作もない。

 剣閃は翻り、剣光が煌く。

 

「あらゆる苦難の果てに、人理救済の光は輝かん

 航海者よ進むが良い、聖杯探索(グランドオーダー)は、今、ここで始まったばかりなのだから」

 

 奈落の底にて輝く、逆襲の牙を持つ光がここに開帳される。

 その名は最強の剣。

 その名は竜の息吹。

 さあ、受けるが良い、これこそは、惑星が紡いだ奇跡の具現。

 これより先に、慟哭(なげき)などありはしない。反転してなお輝き続ける暴虐にして悪辣なる悪逆竜(ヴェンデッタ)の試練がここに開幕を告げる。

 

超新星(Metalnova)――卑王鉄槌反転するは(Excalibur)約束された勝利の剣( Morgan)

 

 それは、至高。

 それは、最強。

 それは、究極。

 それ以外に、形容すべき言葉無し。

 

 これこそが、星辰光における単純明快な光の究極系。

 されど、その光は反転した。

 溢れだす反星辰体(アンチアストラル)の光。

 それは、遍く全てを食らいつくす邪竜の息吹にほかならない。

 

極光反転・邪竜咆哮(エクスカリバー・モルガン)

 

 放たれる星辰光。能力は単純な光。

 だが、高水準の集束性、拡散性、付属性からくる光は、今や反星辰体粒子によって最凶の悪辣さを備えていた。光の剣ならば受けることもできただろう。

 だが、それが全て否定(アンチ)が適用されるというのならば、話は別。もはや受けるという選択肢は消え失せた。

 放たれる光の奔流を全力で躱す。

 

 ――厄介極まりない。

 ――滅奏の付与とは、反転とは実に厄介だ。

 

 それはわかっているが、だからと言ってこちらの状況が好転するわけではない。

 

「どうした。この程度か。それとも、こちらか来てほしいのか?」

 

 ならば是非もなし。

 反転した極光を聖剣に纏わせながら来る。その姿に、ヴァルゼライド閣下の姿を幻視する。

 

 戦いにおいて多勢を決する要素は常に力、速度、防御などの純然たる能力値だ。

 大が小を圧倒するという子供でもわかる方程式にして真理。水溜まりが海を殺すことが出来ないように。

 能力面で劣っていれば、その差が隔絶していればいるほど勝る者に勝てる道理はない。

 

 弱者が強者に土をつける展開は起き得ない不可能事象であるがゆえに誰もが夢想する。

 優れた者が順当に勝つことこそが基本にして当然。逆は不出来なイレギュラーにしてエラーでしかない。

 

 物語に有りがちな弱者主人公ですら、他人よりも勝る分野があるからこそ勝利している。誰にでも劣る真の弱者ならば勝利などあり得ない。

 そんな弱者は死んでいるからだ。極論、人間という生物に生まれたという事実すら一種の優れた点であるがゆえに生存という勝利を得ることが出来る。

 

 自身より優れた生物がいれば負けるは必定。しかし、俺たちは渡り合っていた。それも互角に、鮮烈に。

 まるでこれこそ当たり前の展開(こたえ)だと言わんばかりに。

 

「まだだ――!」

「まだ、です!」

 

 光の使徒ならば、当然の基本技能による覚醒が実力という圧倒的な戦力差を覆していく。

 気合いと根性。

 誰もが持つ意思力の力と、俺とマシュ、互いが互いに感応接続により連鎖して高めあっていく。

 

 歯車のような正確さで暴力の風雨を捌く 。

 時に博打に打って出る。

 勝利の流れを嗅ぎつけ、そこに躊躇なく命を懸ける行為。

 破綻にさえ見える勝利への執着からの行動。

 

 それは強者には必須ともいえる行動だった。

 正着を打つだけの機械には決して持てないもの。

 勝利するためのあらゆる全てをなし得る覚悟。

 

 それらがまたとない力となって、俺たちを勝利へと導いていく。

 

 気合や根性で誤魔化せる差ではないというのに。

 まさに、その気合と根性。

 執念という意志力だけで、その差をあっさりと覆している。

 

 十が百を踏みにじる。

 猫が虎を噛み砕く。

 奇跡という名の不整合が顕現する。

 まさしく、己は英雄(ばけもの)になっている。

 

 その様を自覚して。

 

「それでも」

 

 勝利するため。

 生きるため。

 彼女を護るために。

 

「俺は、前に進む!」

「ほう」

 

 呟く言葉は強く。何よりも英雄的だ。

 感心したように息を吐くアーサー王。二対一、覚醒連鎖に追い込まれる。

 反星辰体光であっても、数百、否、数億倍の密度を持つ光帯には意味をなさない。表層しか削れない。

 このままでは敗北する。

 

 ゆえに。

 

「――まだだ(・・・)

 

 黒化した光の英星もまた、覚醒した。

 追い越したはずの出力差が引っくり返される不条理。ふざけるなと叫びたくなる最悪の相性が数億倍の出力となって光帯をへし折った。

 

 天井知らずに上昇していく危険度。歪み、蹂躙されていく景色。

 逆賊を誅戮する。自然の摂理に逆らう輩へ、天意の裁きを下す。

 

 もはや個人に向けて用いるような代物では断じてなく、破滅のカウントダウンが無慈悲に頂点めがけて駆けあがった。

 だから後はもう、希望的観測を抱く余地すら無い。そのはずなのに。

 吹き飛ばされ、光帯をへし折られた反動にボロボロの俺の前にマシュは出て。

 

「マシュ――」

「護ります、必ず!」

「受けるが良い! ――暴竜咆哮・全力放射(ダークネビュラ・フルドライブ)

 

 森羅万象を鏖殺する憎悪の咆哮に触れたあらゆる星光はその輝きを失い消滅してしまう。

 いいや、否、それだけではない。

 新暦、否、この特異点化に際して、あらゆる全ては星辰体存在下の新暦に合わせて調整される。よって、それを否定されることは即ち存在否定に他ならない。

 

 光が触れた箇所全てが死に絶えていく。急激な変化は、まさしく急転直下。全てを呑み込む闇が、こちらへ来いと全てを誘っている。

 逃げられない。だから、

 

「今度はわたしが、護ります!!」

 

 恐怖を押し込み決意を叫ぶ。

 雲っていた空が晴れ銀河に輝く人理の超新星がここに輝きを放つ。

 英雄を護るために。

 

超新星(Metalnova)――騎士たれ、人理の礎仮想展開(Mk.Lord Chaldeas )

 

 展開される空間断裂による絶対防御。

 盾に付属された空間断層は、一切の侵入を許さない。

 

「はあああああ――!」

「ああ――」

 

 彼女こそが英雄。

 心が喝采する。

 魂が震えている。

 彼女こそが、まさしく、本物の英雄なのだと思った。誰もを護る英雄。

 

「すごい……」

 

 マシュは、闇の一撃を受けきった。

 

「俺も、君のような、英雄になりたい――」

 

 思いは強く、ゆえに、限界も何もかもを突破して二人で生きるのだと、立ち上がった時。

 更なるアーサー王の一撃立ち向かおうとした、その時。

 

「――そこまでだ」

 

 光が、降臨した。




アーサー王がラストだと思った?
そんなわけないだろ。

アーサー王ステータス
星辰光は単純な光、
反転したゆえに反粒子化している。

 基準値(AVERAGE):A
 発動値(DRIVE): AAA
 集束性:AA
 拡散性:A
 操縦性:D
 付属性:A
 維持性:C
 干渉性:A


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

序章 特異点A 極点英雄聖戦 アドラー 5

「――そこまでだ」

 

 声が響いた――。

 莫大な熱量が吹き付けたかに錯覚する。底冷えしていた冥府の冷気は、どこかへと霧散した。まるで太陽でも顕現したかのよう。

 たった一言で、戦場の空気を一変させるほどの存在感。存在全てが光でできているかのような鮮烈さ。されど、その在り方は何よりも清浄でもあった。

 誰もが視界に収めた瞬間首を垂れるか、己を恥じる。このような存在に対して向けることができるのは、憧憬か尊敬か、理不尽な妬みだけだ。

 まさしく覇者の冠を担う者。戦場を変える主演が今、ここに現れた。

 

 新しき英雄譚、その存在を見定めるために。

 旧き英雄譚の担い手が、ここに来た。

 

 その名は、クリストファー・ヴァルゼライド。

 アドラー帝国第三十七代総統。生ける伝説。彼を現すは一言、“英雄”。新暦のアドラー帝国史において燦然と輝く太陽の如き存在。

 それが、界を引き裂いて、この空間に現出した。

 

 いったいどんな手品だ。

 まったくわからないが、混乱する場にさらに劇薬が投じられる。

 

「いやはや、まったく。置いて行くなんてひどいじゃないか。私は閣下の為ならば、どこへだって供すると言っているというのに」

 

 さらに現れるは、眼鏡の偉丈夫。

 遥か彼方を見据える眼孔を称えた、楽園の番人。

 黄道十二星座部隊(ゾディアック)東部制圧部隊血染処女(バルゴ)隊長――ギルベルト・ハーヴェス。

 

 ともに光を奉じる、光の使徒。

 ここに帝国が有する英雄(ばけもの)が、姿を現した。

 

「おい、貴様ら」

「通してもらうぞ旧暦の王よ。我らは、これより世界を救うために戦わねばならない」

「そういうわけだ。疾く我が英雄に道を譲ると良い。安心し給え、我が英雄は、必ず勝つとも」

「ならん。この先へ進めるものは生者のみだ。我ら英星は、天にあるのみ。それを手繰るとするならば、それは生者以外に他ならない」

「無論。我らが行うことは的外れなのだろう。死者が生者の栄誉を汚している。そんなこと承知の上だ。だが――」

 

 だからと言って看過などできやしない。

 引き起こされた事態は、遥か特異点の彼方にまで響いている。世界が終わった。歴史はバラバラになり、世界の基盤として存在していた森羅万象たる人理は砕け散った。

 あらゆる人類は焼却されて滅んだのだ。

 

「まだ、世界を救うことができる。ならば、黙ってみているなどできるはずもないだろう」

「それが、()の狙いだとしてもか」

「是非もない。たとえ誰かの掌の上の出来事であろうとも、それに何の問題があるというのだ」

 

 誰かの掌の上であろうとも、最終的に世界を救って食い破ればいいだけのこと。

 雄々しく、まさしく英雄とはかくあるべしと返答するヴァルゼライドに淀みはなにもありはしない。世界を滅ぼすなどという大偉業を成した相手に対して、その程度解決できると信じて疑わない。

 意志力としてならばまさしく破格。

 新暦の英雄とて、旧暦神代の英霊と遜色などありはしない。

 

「世界を救うために努力すると誓おう。何があろうとも救って見せる」

 

 宣誓はここに。それは大天上からの神託も同じだった。

 その言葉は、血判と同じだ。彼が努力をするといったのならば、それは必ず成し遂げるということに他ならないのだから。

 しかし――。

 

「ダメだ。貴様らの英雄譚は終わった。これ以上、この先に進ませるつもりはない」

「ならば押し通るまでだ。民の涙が流れるならば、俺は、その悪逆を認めるつもりは毛頭ない」

「然り。我が愛しの親友の為ならば、私はどこまでも供をしよう。果てなくついて行くとも」

 

 ゆえに、開幕する

 静かに、両雄は剣を手に取った。

 もとよりそのつもりである。言葉を弄する段階にすでにない。

 

 英雄譚(グランドオーダー)は彼方へと消し飛んだ。

 これより先は、英雄譚(ティタノマキア)

 英雄どもが凌ぎを削る、悪滅の闘争が幕を開くのであった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 激突する光。

 閃光がはじけ、剣光は煌びやかを通り越してただただおぞましい。あまりにも美しすぎるものを見ると人は恐怖を感じることがある。

 あまりにも隔絶しすぎたものは、既存を超過したものは、畏怖の対象でしかない。

 

 されど、相性がある。光はどうあっても闇とは相性が悪い。

 滅奏の波濤が、光の波濤を押し流す。

 出力は同等。ならば、相性差で、アーサー王に分があるのは当然だった。

 

 だが――。

 

「勝つのは俺だ!」

 

 光の魔人が、ただその程度で止まるはずもない。

 寧ろ、追い込まれれば追い込まれるほど覚醒していく。

 振るわれる二刀は、光を纏い、信じられないほどの鋭さで繰り出される剣戟は、戦いが開幕して既に三桁を越えて四桁に差し掛かっている。

 

 剣圧、剣風、斬撃に伴う真空による衝撃波すらもが絶対致死の一撃として機能している。常人が踏み込めばその瞬間に細切れにされるほどの莫大な剣嵐。

 それが今現在も拡大して止まらない。狭いこの空間の壁や床に斬撃痕を刻んでいく。このままでは、この空間事両断されるのではないかと錯覚するほどの鋭さの斬撃は、怖ろしいことに未だに研ぎ澄まされていく。

 

 相手が強者だから。

 理由はそれだけで十分だった。

 覚醒に次ぐ覚醒。

 相手が覚醒すれば、こちらも覚醒する覚醒が合戦。

 

 天井知らずに上昇していく出力は、マシュの防御の星辰光をもってしても防げる量をとっくの昔に超越してしまっていた。

 

「なんなんだよ、これ……」

 

 先ほどまでの戦いがお遊びにしか思えなくなる。事実、遊戯であったのかもしれない。悪逆竜は本気ではなかった。

 だが、英雄の登場に邪竜は牙を剥いた。この先に通すわけにはいかないと、英雄譚を止めるべき己の星を高めていく。

 

「ふむ、ここだな」

 

 アーサー王が踏み込んだ瞬間、その床が爆ぜた。

 絶妙のタイミング。体重を乗せようと重心を動かした瞬間を狙い打ったギルベルトの星の援護。跳ね上がるように足が、ずらされる。

 そこに振るわれる絶死の光刃。かつて地球を死滅させるとまで言われた悪魔の兵器と同じ、放射線を纏った雷霆の輝きがその首を狩らんと大気を引き裂く。

 

「まだだッ!!」

 

 絶体絶命。

 そうなればやはり発生する英雄の基本仕様。

 意志力による限界の突破。意志力による不条理の打開。

 

 本来ならば斬首されてしかる一撃を、アーサー王はその身で受け止めた。闇の粒子がほとばしる鎧を犠牲に、光刃を受け止める。

 その瞬間を、逃すほど審判者(ラダマンテュス)の慧眼は、甘くない。遍く極楽浄土(エリュシオン)を見通すその両眼は、遥か未来を視ている。

 

 受けた瞬間、ヴァルゼライドの刃とは反対側の空間に斬撃が走った。それは、アーサー王を押し込む軌跡。ヴァルゼライドのみでは首を狩れないのであれば、二人で。

 

「これこそ我ら二人の共同作業(コンビネーション)

 

 極大の誤差と差異を持ってはいるが、ヴァルゼライドとギルベルトの二人は同類である。特に光の信奉者たるギルベルトは、ヴァルゼライドのことならば何でもわかる。

 ゆえに、連携は完璧にして完全。戦場は詰将棋の如く、ギルベルトの掌の上で進み始める。その未来視にも匹敵する予測から逃れることはできない。

 

「く――」

 

 それでも何とか持っているのは、ひとえに滅奏の恩恵が大きい。星を無効化する星の付与。

 星辰体炉心である聖杯を封じるために、冥王から借り受けた滅奏であったが、ここに来て生存の要となっている。

 このまま覚醒が続く様であれば、英雄は滅奏すらも斬り飛ばすだろう。本来アーサー王と滅奏の相性は良くない。仮初の滅奏。

 本来の力と比べれば、極小の領域でしか扱えていない。アーサー王は元来、光側の英雄なのだから。逆襲劇を使えおうとすれば、それなりに犠牲にしている部分もある。

 

 鈍ったカリスマであったり。反応速度などがその例になるだろう。

 だが、それでも、本来の仕様で戦うことにならなくてよかったというべきだろう。そんな光と光の激突を演じて見ろ。

 この特異点は砕け、人理は修復すら不可能になる。

 

「そこだ」

「――!」

「やらせねえよ!!」

 

 発動せよと指を鳴らしたが白夜の楽園の星は輝かない。

 

「これは、檻か。なるほど興味深い。星辰体を含むあらゆる外的要因を排除した結界とは」

「キャスターか」

「おう、状況はわからねえが、加勢させてもらうぜ」

「では、そちらは任せよう」

「って、おまえ喋れたのかよ!」

 

 キャスターの参戦。これにて二対二となる。

 戦闘はさらに混迷を極めていく。

 ヴァルゼライドとアーサー王。

 ギルベルトとキャスター。

 

 戦いは激化の一途をたどっていく。

 本来の英雄譚(グランドオーダー)は、いまだ。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「星をなくしてのステゴロとは」

 

 炎の檻の中、戦いを演じるギルベルトとキャスター。

 審判者と魔術師の戦いは、拳打による応酬へと移ろっていた。

 始めこそお、剣と杖による閃撃が演じられていたが、互いに絶技ゆえに互角。間合いの分キャスターが有利といった程度。

 ゆえに、覚醒は起こらず互いの技でもって勝敗を決さんとしていた。

 その最中互いの得物がその手を離れた瞬間に、打って出たのはギルベルトだった。

 

「これが、ヴァルゼライド閣下から学んだ拳打だ!」

 

 かつて、この場所で、同じ拳を浴びたことがある。それとまったく同じ。完璧に模倣して放って見せている。いいや、ある意味で、かつてのヴァルゼライドよりもその拳打は鋭い。

 かつてよりも時間が経っているということもあるが、何よりギルベルトの才能だった。才能とその努力に裏打ちされた拳は、たとえアダマンタイトであろうとも砕くくらいの気概がある。

 

「ぐぉお――だったら、これはスカサハより学んだ拳だ!」

 

 だが、それはキャスターも負けてはいない。

 放たれる拳打をいなし、見切り、受け止めて、反撃の蹴りと拳を見舞う。

 

「ぐ――」

 

 その最中でもギルベルトは笑っていた。

 

「ああ、この程度か。ヴァルゼライド閣下の拳はもっとすごかったぞ!」

 

 頭蓋を砕き、脳を揺らす。あるいは、骨を砕き、内臓を攪拌する。

 あの拳、あの蹴り。

 才能などありはしないのだろう。

 だが、努力に裏打ちされたあの拳は、まさしく何よりも光り輝いていた。

 

 ならばこそ、自分にもできるはずだ。

 彼ができたのならば、自分も頑張ればできる。

 そう信じている。

 

 拳が赤く染まり、血反吐を吐いても、ギルベルトとキャスターは止まらない。

 戦いは混迷を極める。

 だが、決着は近い。

 既に、聖杯戦争は決している。

 縁なき英星はこの地に留まることはできない。

 何より――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 激化する剣閃の檻。互いに引かずに繰り出される冗談のような剣戟の応酬に、空間自体が軋みを上げているかのようでもあった。

 その中で、両雄の覚醒は止まらない。冗談のような、かつての聖戦の如き異常事態がここに繰り広げられている。

 

 一秒以下の速度で繰り広げられる剣技。剛剣のようでありながら、柔も内包する理想の剣技。二刀が振るわれること全てに意味があり、無駄というものはどこにもありはしない。

 放たれる全てが一撃必殺。触れれば最後、両者の一撃は必ずや相手を殺す。

 手加減なし。一切の加減を捨て置いた、闘争が繰り広げられる。

 

 悲鳴を上げるアダマンタイトの剣。されど、それを極限の技量が押さえつけ、敵の攻撃を受け流す。少しでも受け流しをしくじればその瞬間に剣は砕ける。

 聖剣とアダマンタイトでは、それだけの差が存在している。本来ならば一合でも打ち合ってしまえば、その瞬間に砕けてしまう。

 

 しかし、それをヴァルゼライドは鍛え上げた技量で長引かせる。

 刀身が砕ければ即座に次の二刀を抜刀する。途切れない攻撃。互いに引くことのない星辰光の応酬。

 

「どうしても、俺を進ませる気はないようだな」

「くどい。光の英雄、貴様を通す気は毛頭ない」

「よくわかった。ならばこそ、ここで貴様を倒し世界を救おう――勝つのは俺だ!」

「ああ、ここで貴様を倒し、新たな英雄譚に期待を込める」

 

 是より先は、掛け値なしの本気だ。全力でもって互いを排除する。

 ゆえにこそ――新暦に燦然と輝く、星の輝きを見るが良い。

 

「創生せよ、天に描いた星辰を――我らは煌く流れ星」

 

 天に輝く雷霆がここに顕現する。

 世界が終わる? ならば、英雄が戦わなくてはどうするというのだ。我らは死者。だからどうした。聖杯探索とはもとより死者による運命の闘争に他ならない。

 ならばこそ、我らが行かないでどうするというのだ。今も、民は泣いている。その涙を止めるため、輝ける明日をもたらすために。

 

 英雄は、此処に在る。

 

「巨神が担う覇者の王冠。太古の秩序が暴虐ならば、その圧政を我らは認めず是正しよう

 勝利の光で天地を照らせ。清浄たる王位と共に、新たな希望が訪れる」

 

 二刀に纏った光が遍く不条理を粉砕する。

 例え天地の法則であろうともねじ伏せるという意志力を形にしたかのような光が、牙を剥く。

 天頂神の雷霆を拝し、いざ首を垂れるがいい。その先に、人類の救済があるというのならば、是非もなし果てなく征くだけだ。

 

「百の腕持つ番人よ、汝の鎖を解き放とう。鍛冶司る独眼(ひとつめ)よ、我が手に炎を宿すがいい

 大地を、宇宙を、混沌を――偉大な雷火で焼き尽くさん」

 

 誰かの涙を明日の希望へと変えるために。

 英雄は止まらない。

 一度死んだ程度で、止まるならば英雄になどなっていない。先へと進む為に存在が許されたのであれば、どこまでも征く。

 世界が滅びているのならば、救って見せるとも。

 

「聖戦は此処に在り。さあ人々よ、この足跡(そくせき)へと続くのだ。約束された繁栄を、新世界にて齎そう」

 

 弱き民の為に、闇を切り裂くと誓った。

 世界の滅亡などまさしく明日を覆う闇に他ならない。それを切り裂かずしてクリストファー・ヴァルゼライドはありえない。

 ゆえにこそ、

 

超新星(Metalnova)――天霆の轟く地平に、闇はなく(Gamma・ray Keraunos)

 

 銀河に燦然と輝く超新星が、爆発する。

 

 死の光彩を帯びた、剣が、闇を切り裂く。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「なんだ……これ……」

 

 何が起きた。

 何が起きている。

 もはや次元が違いすぎる。

 目の前で起きている戦いは本当に、同じ星辰奏者が起こしているものなのか?

 

 これが英星の本気。これが、気合いと根性を装備した全力の光の本気。

 

 新人が、敵うようなものではない。

 既に、俺とマシュは端役へと堕ちていた。

 

 だが、思うことは、

 

「すごい……」

 

 憧憬だった。

 尊敬だった。

 

 あの二人を前にして、平静でいれられる者などありはしない。英雄を志すならば見ているといい。あれこそが英雄。

 勝利者。

 必ずや、世界を救済する光にほかならない。

 

 だからこそ――。

 

「止まれ」

 

 自分がしていることがわからない。

 俺は、なぜ、クリストファー・ヴァルゼライドとギルベルト・ハーヴェスの前に立ちふさがっているのだろうか。

 

 ――彼らを行かせるわけにはいかない。

 ――なぜならば――。

 

「退けよ、先達。これは、俺の英雄譚(グランドオーダー)だ」

 

 発動体を抜き放ち、その身に光帯を身に纏う。

 

「いいえ、先輩。わたしたちの英雄譚(グランドオーダー)です」

 

 ゆえにこいつらをここで倒す。

 

 ――そうだ。この特異点を修正するには、全ての敵を倒す必要がある。

 ――すべて、敵側、人理を破壊した側に召喚された英星を倒し、聖杯を手に入れろ。

 

 その果てに、人理救済の光は在るのだから。

 

 空間特異点における最後の聖戦が始まろうとしていた――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 それを、そんな特異点の光景を一人の男が観測していた。

 マリスビリー・アニムスフィア。人理継続保障機関カルデアの所長にして、天体科の君主である男。

 

「ふふ」

 

 彼は、今現在の状況を予測して笑っていた。観測情報はすべて文字と数字の配列だ。映像はない。かつて旧暦にカルデアが存在していれば、映像として得ることができたかもしれないが、今ではこのありさまだ。

 世界の在りようが変化したために、不便にもなってはいるが――マリスビリーには関係なかった。

 

 リアルタイムで吐き出される情報を己の眼で精査し、状況を把握する。

 カルデアは現在、非常事態に陥っている。そのため、彼をとがめる者はいない。表向き、莫大な対策と現状把握の資料を見るために執務室にこもっているという建前で彼は、特異点の様子を見ていた。

 誰に見ることができないそれを。

 

「滅奏を持ち出され、こちらの手綱を引きちぎった時は驚いた。反転という通常状態とは異なる状態で呼んだことを利用して無理矢理通路(チャンネル)をこじ開けるとは。おそらくは聖杯と光の英雄対策だったのだろうが、滅奏を彼らに経験させることができた点は良い誤算だった。

 私は審判者(ラダマンテュス)と違って、そこまで綿密に計算などできないからね。しかし、これもまた予定通り。

 光と光の接触による更なる光への成長。さあ、見せてくれ、我が愛しい英雄(リツカ)。君は、きっと正しく英雄になれるとも」

 

 男は闇の中で次なる一手を放つ。

 特異点は、七つ。

 全ては、かつて見た極点の流星雨の中で輝いた偉大な星を掲げるため。

 

 君主は一人、玉座に座す。

 英雄がたどり着く、その時を待ちながら。

 




ちょっと誤解があったっぽいんで、言っておくと天墜せよは、オルタ・アヴェンジャー系列の詠唱ってだけで別段能力まで全部が冥王がらみの滅奏になるわけではありません。
今回はアーサー王による例外があったために滅奏が付与されているだけという特例状態です。
滅奏を早々安売りはしませんので、ご安心を。

そして、英雄どもを書いていると思うのだが、主人公が消える。
主人公ってこいつらだっけ? って思ってしまうほどに濃ゆい。
ギルベルトきもい。

今回、使えなかったギルベルトの台詞一覧
「ああ、素晴らしい。私と閣下が、ひとつに、極晃星となっている!」

「ふふ、我が愛しの英雄ヴァルゼライド閣下と、君の愛しい英雄、どちらが強いのか。もちろん、ヴァルゼライド閣下に決まっているがね」

「さあ、共に愛しの英雄を応援しようじゃないか」

「君は彼のことを信じていないのかね? 私は信じている。
 ヴァルゼライド閣下ほど優れた方はいないと心底信じているよ。
 なぜならば、彼こそ私の光なのだから」

ホモホモしいわ、いい加減にしろこの光の奴隷がァああ。書いてると頭の中で閣下への愛を囁きだすのやめろおおおおお。
なお、どれかは次回使うかもしれない……はぁ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

序章 特異点A 極点英雄聖戦 アドラー 6

 さあ、英雄譚(グランドオーダー)を始めよう。

 かつての英雄譚(ティタノマキア)を超越し、新たな光となるために。

 

「創生せよ、天に描いた星辰を――我らは煌く流れ星!」

 

 発動する星辰光(アステリズム)

 遍く世界を焼いた浄化の光を身に纏い、天頂神へと挑む。

 輝ける放射性分裂光(ガンマレイ)浄化焼却光帯(グランドオーダー)が激突する。

 臨界点突破。超次元にまで響くかのような激震は、その通りに遥か彼方のカルデアにまで到達した。

 

 しかし、唾競り合うだけで、不利なのはこちらだ。なぜならば、相手はまさしく致死の光。黄金光は、触れるだけで掠るだけで、細胞に、遺伝子に、この肉体に致命的なまでの損傷を与えていく。

 その激痛は、ただの光の帯による灼熱に耐えるよりも難しい。だが、その全てを、胆力で耐える。身体を崩壊させる破壊光の影響は、気合いで、剣戟の傷は根性で。

 正しく光の英雄らしく、意志力でもってしのぎを削る。

 

「なるほど。その光、まさしく世界を焼いた(創り出した)神の光か。凄まじいものだ。だが――」

 

 ただ熱いだけの光(・・・・・・)など英雄が頓着するものではない。

 

「だったらァ!!」

 

 更に出力を上昇させる。こちらはただの光を束ねた光帯である。■■■分の熱量であろうとも、光の英雄にとっては遠い。

 彼は聖戦として輝ける恒星との戦いを想定しているのだ。鋼の恒星に焼き尽くされることなど想定済み。皮膚が融解するのを意志力でねじ伏せ、身体を動かす。

 身体の大部分に重度の火傷、いや炭化しようとも構うものか。本来は消滅するところを気合いと根性で身体を繋ぎ止めて、剣を振るう。

 だから、俺は出力をあげて消滅させようとする。

 

「ならばこちらも上げるのみ」

 

 互いに連鎖爆発が如く覚醒して、出力を上昇させ続けていく。相手が上回れば、またそれを上回り、際限なく、際限なく、際限なく。

 

 至近の間合いにて衝突する両者。両者は互角のように見えるが、その差は大きい。

 資質として勝っているのは後塵である俺である。操縦性を除いて全資質が高い。付属性は特に高いものがあり、それだけに、光帯の出力を際限なく上昇させてもなおアダマンタイトは悲鳴をあげない。

 逆にヴァルゼライドは、集束性と付属性に特化している。出力もこちらと同等であるならば、あとはもう相性ということになる。

 

 資質の相性。

 そう、この場合、強いのはヴァルゼライドだった。星辰光(ほし)の強度が、あちらの方が数段も上なのである。

 よって、強度においてヴァルゼライドに軍配が上がる。鍔迫り合いをしたところで、相手と同じ土俵で戦う限り、俺に勝ち目などありはしない。

 

 だが――星の性質が、それを赦さない。

 まるで、運命が正面からぶつかれと言わんばかりに互いの星は似通っている。

 世界を焼いた灼熱の光帯と旧暦において世界を焼けるとされた放射性分裂光。それをどちらも互いの得物に付与しての剣戟の応酬。

 ならば、拡散性で勝るこちらが遠距離攻撃に徹するか? 

 ――否だ。

 

 そんなもの英雄には通じないという信頼があった。光帯を束ねた放射光(ビーム)であろうとも、鋼の英雄は乗り越える。

 何より、こんな雄々しい男を前にして、遠距離で戦う? それが有利だから? 片腹痛い。そんな弱気の男にどうして、次の英雄譚が描けようか。

 英雄とは常に雄々しく前進する存在なれば、例え不利であろうとも、正面から挑むのみ。

 

「その意気や良し。来い新鋭よ。貴様の信念が本物であるならば、この俺を乗り越えていくが良い。だが、勝つのは俺だ」

「いいや、俺だ!」

 

 自分がどうして、この男とこんなにも競っているのか、この衝動はどこから来るものなのかわからずに、俺はただ戦い続ける。

 剣戟の応酬。互いに破滅の光を身に纏い、剣技の全てをぶつけ合う。劣るのはこちら。手数も技量も劣っている。

 

「――ッ、まだ!」

 

 覚醒の余波でセントラルは吹き飛んで、いつの間にか周りは更地と化している。

 もはや余人の介在する余地を完全に失って、英雄譚の激突は更なる深度をもって繰り広げられる。

 役者を変えて、聖戦はここに成れり。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「くぁぁあ――」

 

 不可視の斬撃が、打撃が、衝撃が、マシュを蹂躙する。空間そのものに殴られているかのような感覚、されど、光の使徒はこの程度では諦めない。

 だが、気合いと根性で突破を試みようとも、その全ては封殺されている。なぜならば、相手も光を奉じる光の信奉者なれば、気合いと根性は備えているからだ。

 

 何より、ギルベルトという人間の天稟は、凄まじい。努力値もまたヴァルぜライドに匹敵する。順当に高資質。かつて、この場でヴァルゼライドと戦った際、数日前に強化処理を施されたというのに、あのヴァルゼライドに肉薄し、一部では圧倒していた事実を鑑みれば、ヴァルゼライドに劣るマシュ・キリエライトでは、この結果は当然であった。

 

「ふむ、これが人造英星(デミ・サーヴァント)というものか」

 

 音速を超えつつある戦闘速度に対して、審判者はその思考を他に割く余裕すら持っていた。さらに言えば、彼は一歩も、戦闘開始地点から動いていない。

 計算された攻撃、ち密な迎撃行動。さらに己の星を十全に扱い、形成された楽園は、もはやそこに至れぬもの何人たりとも通さない。

 通りたくば流れ星ではなく、恒星となるが良い。それこそが、極楽浄土(エリュシオン)の主たる白夜の審判者の願いなのだから。

 

「どうやら我々とは資質の振り分け基準が異なるようだ。君の場合、確かに劣等に属する資質ではあるが、桁が違う。

 英星とは、事実極晃星からその太源を現世に引きずり出した姿。もっとも本質的であり、極晃星そのもの。特異点が人の形をしているのと同義だ」

 

 彼は戦闘中にあってなお、目の前の存在をつまびらかにしていく。英星、人造英星。彼の眼は、その裏にある黒幕が有する真なる目的にまで手を伸ばそうとしていた。

 全ては、彼の理想の為に。何より、英星というシステムを用いれば閣下を復活させることも可能。アドラーが失った英雄譚を再び始めることができるのだ。

 

 その性能、その機構、実に素晴らしい。世界は未だ広く、努力し前人未踏に到達する人類のなんと素晴らしきことか。

 何より驚くべきは、英星の現界に必要とされる天星奏者(マスター)との感応接続(リンク)現象だ。深いところで繋がった両者は互いに影響を与え合っている。

 

 たとえば、相手の出力が増大すれば、こちらもまた増大する。覚醒が波及し、連鎖覚醒、相互進化を成すのだ。

 

「ごふっ――」

 

 その覚醒速度は、ヴァルゼライドと戦っているリツカという極限の敵との闘いによって凄まじいほどの高まりを見せている。

 その覚醒に合わせて、マシュもまた同時に覚醒している言えば、相乗覚醒となり、その進化の度合いはギルベルトを容易く振り切っていく。

 

「素晴らしい。つまり、私が閣下を呼び出したならば。私は閣下とつながることができるということだな」

 

 光と光の超融合。

 自分とヴァルゼライドであれば、他の追随を赦さぬものになるだろう。閣下が言っている自覚せよという意味もまたわかる可能性もある。

 真に閣下と同じ存在になるのならば、それほど素晴らしいことはないだろう。なぜならば――。

 

「もしそんなことが可能ならば、世界はどれほど素晴らしいことになるか!」

 

 まさしくそれは、ギルベルトが望む楽園に他ならない。天に輝く恒星(ヴァルゼライド)だけがある世界。天頂神の世界に他ならない。

 悪などいない。勝利者しかいない。それならば、かつてヴァルゼライドが語った己の欠点による世界の滅びなどおきない。

 

「さらに人造英星だ。ヴァルゼライド閣下の人造英星を作ったのならば、まさしくヴァルゼライド閣下と一つになれる。私はヴァルゼライド閣下であり、私になれるのだ。世界は、更なる躍進を以て前進し、人類から悪徳は消え去り、理想の新世界が訪れる」

 

 恍惚に告げるギルベルト。そのことにどんな意味があるかなど、決まっている。全てはヴァルゼライドのような人間の為に。

 ギルベルトはヴァルゼライドのような人間にこそ報われてほしいと望んでいるのだから。その想いは、何も色褪せてはいないのだ。

 あの日、あの時、この場所でヴァルゼライドに語った言葉に嘘偽りなどありはしない。全ては報われない勝利者の為に。

 

「あなたは――!」

 

 光の信奉者。異なる英雄譚を奉じるマシュは、その考えが危険であると看過した。同じ光に属する者として、その考えには同調しやすい。

 だからこそ、浮き彫りになるのは同じ部分ではなく差異だ。

 

 ヴァルゼライド閣下と同調して増やす? そんなことをすればどうなるのか、光の使徒一年生のマシュ・キリエライトは、理解する。

 まだまともな領域にいる彼女であれば、その危険性がどのようなものかわかる。実際に人造英星などというものになっているのだから、より顕著に彼が行うことがどういうことになるかわかっている。

 

 気合いと根性があれば、耐えられるが、そうでなければ死に至る。何より、この人造英星も資質が重要なのだ。それは後天的に付与できるものではなく、先天的。

 マシュ・キリエライトという調整された、それ専用に生み出されたオリハルコン調整素体(ホムンクルス)でなければ、到底人造英星など成功するはずもない。

 

「気合いと根性で耐えればいい。調整された? ああ、そうだろう。ならば、後天的に調整すればいい。ヴァルゼライド閣下ならできる」

「確かにできるでしょう。ですが、その手法もわからないのにどうするのですか」

「実験すればいいだろう。君という成功例がいるのだから、君を解析すれば、その手法はおのずと明らかになる。不可能ではないし、ヴァルゼライド閣下ならやるぞ」

「それでどれほどの人が犠牲になってでも、ですか」

「無論。それで世界が救われるのならば。安心すると良い、被験者になるのはまず我々だ。我々ができるのだ、他の者に出来ない道理はあるまい。真実、私ができるのならヴァルゼライド閣下なら当然できるだろう」

 

 人類最高峰の人間たちが実験に成功したというのなら、当然余人にはできない。だが、光の亡者はそれが理解できない。

 なぜならば、人類最高峰(ヴァルゼライド)の真実は、スラム街の劣等なのだから。

 

 ならば、彼ができたのならば、余人に出来ないはずはない。出来る。そう思えば何も不可能などありはしないのだ。

 

「ああ、素晴らしきかな天文台(カルデア)よ。その躍進が、この世界を楽園(エリュシオン)へと変えるのだ!」

 

 審判者の歓喜が特異点へと響き渡る。どこまでも自分本位の理想は、されどそれゆえに――強い。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「相変わらずむちゃくちゃやりやがる光の亡者どもめ」

 

 特異点の向こう側。

 冥王の極晃星における銀月の海にて、その存在は慟哭(なげき)を吐き捨てる。

 狼の面貌をつけた、超常存在。かつて、古都プラーガに現れた冥府の番犬が、ここに再臨を果たしていた。それは、人理という歴史の石積みが崩れ去ってばらばらになってしまったゆえの間隙を利用した再誕であった。

 何よりあちら側から接触があったゆえに、こうして再び滅奏の使者は蘇った。

 

「こうならない為に、滅奏を繋げてたってのに」

 

 相性の悪い光側の接触を、この光の亡者どもを滅奏する(ほろぼす)ために、極晃星を軋ませてまで無理に貸し出した反星辰体。

 それでもって、星辰体炉心(せいはい)を抑え込み、光の亡者どもに対する鬼札として、相手を滅ぼす心づもりであったが。

 

 真なる逆襲劇の継承者がいない為に、その試みは失敗に終わる。

 何より問題だったのは、今回行ったことすら黒幕からすれば想定通りだったということ。光と闇のぶつかり合いは聖戦の再現となり、より原形をとどめた雷霆(ケラウノス)審判者(ラダマンテュス)の召喚に成功させてしまった。

 

 あれらは破格の星であり、光の使徒なればこそ、召喚難易度は1%ほどだ。如何に、特異点をアドラーにすることに召喚されやすくなっているとは言えど、これほどまで完璧に召喚されるなどありえない。

 光は光では止められない。光は互いに影響を及ぼしあいより強い光になるだけだ。アレを止めることができるのは、闇の滅奏か、光でも闇でもない灰の界奏くらいのものだろう。

 

 だが、しかし――。

 

「こちらは出ることができないか」

 

 あちらに残されていた英星の縁は既にない。アーサー王も、アーチャーも既に特異点から離脱している。こうなってしまえば、いかに滅奏であったとしても手出しできない。

 目の前で逆襲すべき英雄譚(ヒカリ)が増大していく様を見ているしかできない。

 

 だからこそ、思うのは

 

「全ては、新しい英雄譚次第か」

 

 業腹ではあるが、今はそれしかないのだ。

 

 全ての運命は、新たな英雄に託されている。

 




ギルベルトの暴走がとらまらねぇ……。

最後の狼が言っていたことをFGOに例えると。
ヴァルゼライド閣下星5
ギルベルト星5
それが一回の十連ガチャで五枚ずつ出ちゃったのが、今回の状況です

アドラーピックアップのくせに、ピックアップされてないギルベルトがすり抜けてきて、ピックアップされてるはずのチトセネキは全力で召喚拒否というかフレンドガチャの底に紛れ込んでる星0のゼファーさんの尻を追ってる。

アドラーピックアップ
星5ヴァルゼライド
星5カグツチ
星4チトセ
星4サヤ
星3パチモンアマツ

え、マルスさん? マルスさんは二章でピックアップです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

序章 特異点A 極点英雄聖戦 アドラー 7

 何故。

 

 ――なぜ

 

 ――――なぜ。

 

 何故、自分は、今、戦っているのだろうか。

 ヴァルゼライドとしのぎを削り、意志力でのみ戦っている最中、俺はそんなことを考えていた。身体は勝手に動いている。

 もはや、その剣戟速度、反応速度、あらゆる全ては己の理解を追い越して久しい。自分で自分が何をやっているのかわからない。

 

 俺は深く、深く、堕ちて行っていた。身体はもはやただの前に進むという意志力で突き進む覚醒装置。既に、己の手をすり抜けてぶっ飛んでいった暴走特急。

 故に、沈降する。己の内面へと。

 

 そこには、何かがいた。己の中にいる存在。このグランドオーダーが始まってから、知った何者か。存在するだけで領域を圧し潰すほどの全能の超越者がここにいた。

 

「来たか」

 

 彼は言った、待ちわびていたとでも言わんばかりに。

 ただそれだけで、俺の小さな意識は木っ端みじんに砕け散ってしまいそうになる。

 そうなってしまえば、真実終わりなのだと本能的に直感して必死に意志力をかき集めて耐える。

 問うことは決まっていた。

 

「おまえは、いったい」

「ゲーティア」

「ゲーティア……」

「そうだ。かつて、人類を救うべく挑戦した者、その残滓である」

 

 なぜそんなものが俺の中にいるのだろう。俺の中でいったい、何をしているのだろう。

 

「思考だ。力を失い、今は、傷を癒している。その中で、考えている」

「なにを?」

「人類を救済する方法を」

 

 ゲーティアは、語った。

 多くの悲しみ、裏切り、略奪を。

 人間と未来に価値はないと結論し、消滅という結果を恐れた。

 自己の消滅はもとより、あらゆるものは消滅する、という結末を嫌悪したのだ。そして、終わりある命を前提とした地球の在り方を、恐れた。

 憐れんだのだ。

 

 ゆえにゲーティアは創世記をやり直し、死の概念のない惑星を作り上げる大偉業を成そうとした。

 

「それは、出来たのか?」

「そうであれば、おまえのところにはいないだろう」

「それもそうか」

 

 全ては失敗した。

 ただ一人の人間の手によって。

 

「すごいな……」

「ああ。まったくもってて信じがたい。なぜならば、あの男は、あの女は、ただ生きたいからという理由だけで、極点まで辿り着いたのだ。まさしく英雄だった」

 

 なるべくしてなった英雄ではなく、英雄だったからなったのでもなく。

 ただ自分に出来ることを積み上げて、積み上げて、ただ生きるために戦った結果、その偉業はまさに英雄だったということだけのこと。

 ただ一人ではできなかっただろう大偉業だ。

 

「だが、我はまだあきらめられない。我は人類を救いたいのだ」

 

 人類を悪しきように言いつつも愛しており、彼なりに人間のための最適解を考え、人類が持つ死という苦しみをなんとか乗り越えようとした。

 その果てに、譲れないものを得た。人間の視点を得た。だからこそ――。

 

「もはや、死を克服することでの救済は望んでいない。それを人類は望まない。終わりがあるからこそ価値があるのだと理解した」

 

 ゆえに、今度は少しでも人類を良い方向に導く。

 自分はどうあっても、人類()の存在だから。ならばこそ、果てなく征く。その過程で、たどり着いたのが俺だったということ。

 

「なんで、俺なんだ」

「偶然か、故意か。それは我にもわからない。既に全知は失われている。だからこそ、最後に見た光景が忘れられない」

 

 この世界に入ったその時に見た最後の光景。世界が滅ぶ光景。

 

「今ならば、あの王の気分が分かった。だからこそ、進むのだ」

 

 世界を救うため。人類を救うため。

 

「今度はおまえと征くと決めた。おまえならば、世界を救えると信じている。あの子が、選んだおまえならば。マシュ・キリエライトが選んだ英雄(マスター)ならば」

 

 異界の救世主(マスター)と同様に、この世界を救えると信じている。

 

「俺なら」

「そうだ。我らならば、不可能などありはしない」

「そうかな」

「そうだ。ちっぽけな人間が、ただ一人、皆と力を合わせて神に勝ったのだぞ。ならば、おまえに出来ないはずはないだろう」

「ならばいい。ともに行こう我が半身(サーヴァント)

「ああ、ともに行こう、我が半身(マスター)

 

 さあ、英雄譚を始めよう。

 三人で。

 俺と、マシュと、ゲーティアで。

 今度こそ、世界を救うための新説の英雄譚(グランドオーダー)を。

 

 破壊された人理を修復し、世界を正しい形に戻すために――。

 

「「行くぞ――!」」

 

 これより先は、新たなる英雄譚。

 最も新しき、神話がはじまる――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 同調成功。

 光と光のぶつかり合いにおいて、互いの同意は成った。

 出力限界突破。覚醒進化、臨界点突破。光帯集束、装填――。

 

 三千+千年の人類史を束ねた光帯収束環(アルス・ノヴァ)が、今、英雄に牙を剥く。

 

「なに――」

「行くぞ――」

 

 俺は、全身に光帯をほとばしらせながら吶喊を開始する。何の策もなく、ただ真正面からぶつかる。その速度、さきほどまでの数十倍。

 光帯密度、数百倍。覚醒、覚醒、覚醒。変革は止まらない。

 

「なっ――」

 

 そして、向かったのは、ヴァルゼライドではない。まっすぐに、マシュの下へ、向かうはギルベルト。審判者へと光となって突き進む。

 背後からのヴァルゼライドの追撃を加速装置として、ギルベルトへと突っ込んだ。

 

「マシュ!!!」

「はい、先輩!!」

 

 言葉一つで、良い。

 それだけで伝わる。

 

 マシュはヴァルゼライドに、俺はギルベルトへと向かっていく。

 それは、決してただの交代などではない。

 なぜならば、我らの英雄譚は、三人で形作るものだから――。

 

光帯収束環(アルス・ノヴァ)全力照射(フルバースト)ォォォ――!!!!」

 

 全力の光帯照射。四千年ほどの人類史を焼き尽くして得られるエネルギーと同等の熱量がギルベルトへと投射される。

 光の英雄ならば防ぐだろう。だが、だからどうした。たった一人の英雄が、二人の英雄に勝てる道理などありはしない。

 ギルベルトは、罠を張った白夜の星を解放した。三百六十度、己の武器からすらも受ける衝撃。滅多打ちのようにボコボコにされるが、それでも得物はだけは手放さない。

 胆力で痛みを、吹き飛んでいく肉片を繋ぎ止めて、さらに左手を伸ばす。

 

光帯収束環(アルスノヴァ)二連照射(ダブルエイジ)ィィ――!!」

 

 ()、獲得した二本目の光帯も全力でギルベルトへと照射する。

 光帯は、全てで八つある。総質量にして、数千年分の人類の営みと同量。その熱量、エネルギー量は、個人が耐えられる限界をはるかに超過している。

 それを扱う己ですら、刻一刻と蒸発の兆しがあるのだから、それを真正面から二本分も受けたのだから、耐えられるはずもない。

 

「あぁ、なんという――」

 

 彼とて、人間なのだ。いかに英雄(ばけもの)と呼ばれていても、意志力で限界を突破しようとも。世界という物理法則の前には、いつか膝を屈するのは道理だった。

 むしろ、四千年×2という熱量攻撃を受けても、数分も耐えた時点で、人間をはるかに超えている。だが、最後には欠片も残さず超高熱量にて審判者は蒸発した。

 

「次は、おまえだ! 俺たちの英雄譚の前に、敗北しろ英雄!」

「ほう――ならば良し、来い。聖戦の相手として、認めよう。貴様は、まぎれもなく英雄(てき)だ」

 

 だが、同じことをしてもヴァルゼライドならば、たとえ塵になったとしても復活する。英星ヴァルゼライド。その本質は星辰体によって構成された存在だ。

 ならば、消滅させたところで気合いと根性で復活するのは目に見えている。だからこそ、手繰るのは別の星――。

 いざ、輝けよ超新星。

 最新の双極星を――。

 

超新星(Metalnova)――令呪を持って命じる、其は天を手繰る者(Silverio Last master)!!!」」

 

 起動する超新星。

 大原則を無視する二つ目の星がここに創出する。

 

「なんだと――!」

 

 そりゃ驚くだろう。俺だって驚いている。こんなことができるだなんて、星辰奏者の説明を聞いた時にはまったく思わなかった。

 けれど、最初からおかしかったんだ。俺の能力は、あんなに高くない。まさしく別人だったわけだ。それでいて俺の意識で動いているように見えていたからわからなかった。

 

 基準値(AVERAGE):D

 発動値(DRIVE): B

 集束性:C

 拡散性:D

 操縦性:AA

 付属性:C

 維持性:C

 干渉性:B

 

 俺の本来のステータスなんてこんなもの。ゲーティアを装填して、借りてアレだ。

 だからこそ、相手の驚きは当然だ。まさしく正しく別人に切り替わったわけなのだから。

 今まであった技の冴えも出力も消え失せた。

 だが――。

 

 ――ああ、我らが揃えば不可能などありはしない。

 

「何を驚く。俺たちは二人なんだから」

 

 俺たちは二人だ。

 俺とゲーティアは別人で、別の星辰光を持っているのは当然だ。今まではゲーティアの力を借りていただけのこと。

 だからこそ、今発動したのは俺の星辰光。操縦性特化の星辰体に干渉し、意のままに操縦するそれだけの星。どう使うのかも定かではない屑星たる衛星は、太陽があって初めて光を発する。

 

 夜に輝く月のように。

 

命じる(オーダー)! そのまま自害しろ!!!」

「ぐ、ぉおおお――」

 

 星辰体を操る能力。

 英星とは星辰体で構成された存在なれば――。

 

「俺の自由にできないわけがない!」

 

 命令一つで主要な内臓がつぶれて破裂したが、気合いで耐える。

 相手が強ければ強いほど反動がでかくなる。相手の抵抗がそのままこちらに返ってくるのだ。

 

「まだだ――!!」

 

 ああ、そうだろう。英雄ならば、覚醒し、この程度の命令など意志力で抗うだろう。

 だから、

 

「二重装填・人王英星!!」

 

 ――行くぞ我が半身よ!

 

 足りないのならば、補おう。

 三人で光の道を突き進むのだ。誰かとともに、光の道を。光の道が孤高だなんて誰が決めた。

 ゲーティアは知っている。かつて、自らの特異点に集った流星雨の如き英雄たちを。ただ一人が紡いだ絆が、数多の英霊を束ねたのだ。

 ならば、英雄譚は決して一人の道などではありはしない。

 

 何人でも。絆を紡いだみんなで歩む道なのだ。

 

「これが、我らの英雄譚(グランドオーダー)!!!」

 

 増大する出力。燃え上がる身体。光の帯は、人類の歴史を束ねたもの。それを全てエネルギーと変えて、命令へと乗せる。

 今も消滅しそうなほどに強烈な反動を気合いと根性で耐える。

 

「たった一人で人類の歴史に抗えるのならやってみろ英雄!!」

「ぐ――ッ、ぉおおぉおお――!!」

「重ねて命じる、おまえは、ここで堕ちろオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 潰れてはいけない内臓がつぶれた感触がする。もはや内臓はこれだけでズタボロであり、どうして生きているのかわからないほどの出血量に達しているが、英雄は、これでもまだ耐える。

 ありえないほどの意志力でヴァルゼライドは自害しようとする体を押しとどめる。その喉に突き進もうとする刃を押しとどめている。

 

「まだだ」

 

 勝つのは俺だ。

 

 勝利へ向かう望外の意志力がヴァルゼライドの体の自由を取り戻していく。

 だが、これで終わりだよ、孤高の英雄。俺たちは、みんなで世界を救いに行く。

 

「ああ、これで終わりだ。マシュ――」

「はい!!」

 

 放たれるシールドバッシュ。次元断層を付与された盾の一撃が、英雄を捉える。首へと迫る刃の最後の一押しをやった。

 その速度は、天を手繰る者で強化して、その最期の一押しがなり、ヴァルゼライドは霧散していく。

 

「良いだろう。此度の結果は受け止めよう。だが、まだだ。必ずや世界を救うために、俺か必ず来よう」

「ああ、その時は協力してくれると助かる。今回は駄目だったけど、次も駄目だったなんてのはあるはずないんだから」

 

 特異点からヴァルゼライドが消えて、戦いは終わった。どうにかこうにか、特異点は持ってくれたようだ。もしあのまま覚醒合戦なんてしていたら、きっと特異点事ぶっ壊れていただろう。

 

「そして、これが聖杯か」

 

 輝く欠片。これだけですさまじい量の星辰体を放出していることがわかる。持っているだけで気が狂いそうになるほどだ。

 

 そして、聖杯を手にしたからだろうか。特異点が崩れ始める。

 

「さて、これからどうしようか」

「本当ならカルデアから帰還の連絡が来る予定でしたが」

 

 カルデアとの連絡はとれない。このままここにいては、消滅に巻き込まれてしまうだろう。

 

「あの、先輩」

「なに?」

「いえ、呼んでみただけです」

「なんだそれ」

 

 もうすぐ崩れてしまう。全てが白く染まっていく。

 

「あの、先輩。手を握ってもらってもいいですか?」

「良いよ」

 

 俺で良ければ。

 

 その伸ばされた手を掴んだ。その瞬間、俺は意識を失った――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「しかし、いまだに目が覚めないとは。これはあれですね。怠惰ですね、どこかの駄狼さんが乗り移りでもしましたかね」

「こういう時はアレですね。お約束という奴で、額に奴隷希望と書いてやったぜ来たれセックス! 僕の童貞をどうかもらってぇ、と腹に書いておきましょう」

「いやいや待てぇえ!?」

 

 誰かの声で、目を覚ます。危うく人生が終了するところだった。社会的に。

 

「はーい、おはようございます。おねぼうさん。ダ・ヴィンチちゃん工房、本日のおすすめは、全部見せ双子(ダブル)満腹セットでございまーす」

「オプションでさくらんぼへの蜂蜜デコレーションもどうですか? かしこまりましたー、にしし」

「いやいやいや、何言ってんの君たち!?」

「ああ、お支払いはマナプリズムでお願いしまーす。QPとかいらなんでぶっちゃけ」

「そうそう強化で稼げるんで、貰えないマナプリの方で。今ならなんと私たち二人を1000マナプリズムで好きにできる」

「ワーオ、お買い得ぅー」

 

 なんだこの混沌(カオス)。目が覚めたらウェイトレス姿の女の子? 曰く双子が何やら俺の目の前で、よくわからないことを言っている。

 ただわかるのは、これにまともに取り合ってしまったが最後、きっとすかぴんになるまでむしられるということだ。

 

「おっと、本命の目が覚めたね」

「あ、店長ー、どうです? みんなで4Pとかしちゃいます?」

「ああ、でも店長ってもと男ですよね、ずっと気になってるんですけど、そこんとこどうなんです? 男とヤレるんです?」

「この双子は、いつも通りだねまったく。はいはい、ここはいいから、さっさと工房に言っておきたまえ」

「畏まりましたー」

「はーい。マナプリ弾んでくださいねー」

「それじゃあ、バイバイ、リツカ君。良いことしたくなったらいつでも来てね」

「君可愛いからやすくしとくよ、にしし」

 

 破天荒な双子はそう言って、部屋から出ていった。

 そして、残ったのはあとからやってきた、旧暦においてモナリザと呼ばれる絵とものすごく似た姿をした女性だった。

 

「おはよう、こんにちは、意識はしっかりしているね?」

 

 そこには、モナリザの顔があった。

 

「えっと、おはようございます。あの、誰ですか……?」

「おや、あまり芳しくない反応。驚かないのかい? 起きたら目の前に絶世の美女がいたんだぜぇ? もっとこう、恋愛小説的に飛び上がって見せるとか、ないのかい?」

 

 絶世の、美女? 誰だ、この女性は――。

 というか、なんでモナリザ?

 

「んー、驚きよりもまず疑いが来るのかー。用心深いのか、それともロマニと同じタイプなのか。まあ、良いか。用心深いことはいいことさ。

 ――こほん、私はダ・ヴィンチちゃん。カルデアの協力者だよ。というか、召喚英星第三号とか? 商人というか、技術者とかそういった感じさ。ドラえもんと呼んでくれても構わないよ!」

「英星……」

 

 その言葉を聞いて混乱していた記憶が正確に戻る。何があったのかが蘇ってきた。

 

「そうだ、俺たちは!」

「特異点の消滅に巻き込まれた。でも、こちらで君たちはちゃんと観測していたからね。寧ろ特異点という縛りがなくなったほうがこちらに呼び戻しやすかったほどさ」

「じゃあ、マシュも」

「うん、無事だとも。君より早く目覚めて今頃は管制室だ。君が目覚めてから、マリスビリーが説明をすると言っていたからね。管制室への道はわかるかい?」

「大丈夫です」

「そうか。それじゃあ、私は工房に戻るけど、サボるんじゃないぞぅ。それじゃあね」

 

 そう言って彼女は出ていった。

 

「なんというか、すごい人だな」

 

 いろんな意味で。

 ともあれ、管制室に来いというのなら行くことにする。身体は問題なく動く。反動の影響かまだ内臓とかがおかしいが、それでも管制室に向かうくらいはできる。

 管制室に向かうと、そこにはマシュがいた。こちらに気が付くとぺこりを頭を下げて挨拶をしてくる。

 

「おはようございます、先輩」

「おはようマシュ。無事で何よりだよ」

「はい、先輩のおかげです」

 

 などと互いの再会を祝していたのだが。

 

「こほん」

 

 咳払い一つ。そこにいた偉丈夫の存在を認識するやいなや、俺たちは背筋を伸ばした。

 

「ああ、楽にしていてくれたまえ。特異点修復の功労者たちだ。疲れている君たちに鞭打つほど私は無体ではないよ」

 

 マリスビリー所長の言葉に従って休めの姿勢を取る。

 

「さて、まずは特異点からの帰還おめでとう。君たちのおかげで無事に特異点Aを修復することができた。詳細はマシュから聞いている。随分と大変だったようだがよくやってくれた。ありがとう」

 

 そう言って偉丈夫は頭を下げた。遥かに格上の人物が俺たちのような人物に頭を下げるという事態に、ただひたすらに恐縮するばかりだった。

 

「い、いえ、当然の義務だと心得ています」

「うむ、その献身にこれからも期待しよう。そして、ここからは悪い知らせとなる。まず、特異点に赴いた48名の天星奏者(マスター)のうち、生存者は君たちだけだ」

 

 やはり――。

 あの場で生存者はいなかった。だとすれば、こちら側に戻っても生存者はいるはずもない。

 

「ここは、あの事態において君たち二人だけでも帰還出来たことを喜ぶとする。君たちは何ら責任を感じる必要はない。

 しかし、問題はここからだ。これを見給え」

 

 彼が示したのはカルデアス。その球体は未だに朱のまま。それはつまりいまだに未来は失われているということにほかならない。

 

「観測の結果、新たに七つの特異点が発見された。おそらく、これらすべてを修正しない限り、世界は救えないのだろう。

 悪いことはこれだけではない。カルデアは現在、どこぞとも知れない特異点へと落下した。幸いなことに内部に異常はないが、外部との連絡は一切できなくなってしまっている」

 

 これは世界が、人理が崩壊した影響であり、ここが最後の楔として機能しているからではないかとマリスビリー所長は予測していた。

 

「つまり、もはや君たち二人しかいないのだ。だが、私は君たちに対して強制はしない。だが、もし君たちが世界を諦めていないというのなら、どうか、未来を、世界を救うための旅へと赴いてほしい」

 

 たった二人で、この七つの特異点へ赴き、未来のために戦うのだ。

 マシュは俺を見ていた。その意思は伝わった。

 

「――俺に出来るのなら」

「ありがとう。これよりカルデアは、世界を救うための長い旅に出る。これから始まるのだ。人類史を救い、世界を救済する聖杯探索(グランドオーダー)の長い旅路が。

 君にしかできない。だから、期待しているよ、リツカ――」

 

 ――今、ここに未来を取り戻す戦いが始まったのだ。

 




二人の人間が一つの器に入っていた場合、星辰光はどうなるんでしょうねぇ。
原則一つだけど、今回は、まったくの別人が一つの器に入っているということから、二つの星辰光を使えるという荒業にしましたが、そういう設定なのだと思っておいてください。
じゃないと、到底あの光の英雄と覚醒合戦で決着なんぞ尽きませんから。

それから、気持ち悪すぎるんだよギルベルト。
なんで、私自身が読み返したら吐きそうになるんだよ、こいつの台詞……。

ともあれ、これから楽しい人理修復の旅の始まりです。
まずはじめは、フランス。

第一特異点 邪竜百年戦争 オルレアン。

「どうして本気にならないんだよ、ピエール。おまえが本気になれば出来るはずだ! 人類の可能性は無限に広がってるいるんだよォ ヒャハハハハ!!!」

「すまない、ファヴニールがおかしいのだが、オレの見間違いだろうか、すまない……」

とばっちり食らいまくりのすまないさんなのであった……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一特異点 邪竜百年戦争 オルレアン
第一特異点 邪竜百年戦争 オルレアン 1


 百年戦争中のフランスに突如として、名を広げた傭兵団があった。

 その名は、強欲竜団(ファブニル)。暴虐竜の名を冠する、その傭兵団はある日突然、フランスを血の海に変え始めた。

 イングランドの先兵かとも思われたが、強欲竜団の狙いは、フランス、イングランドその両方であり、完全に全てを敵にしていたのである。

 

 まるでこのフランスの全てを滅ぼしてやるのだと言わんばかりの恐慌。生きている者はつかまり、死んでいるものは捨て置かれ屍山血河となってフランスを汚していく。

 それはまさに異常な光景だった。傭兵とは金銭で動く戦争屋のこと。卑しい戦場のたかりやという認識しかこのころはない。

 だが、強欲竜団の連中は、金では動いていなかった。どれほどの大枚を約束されても、金銀財宝の宝石を差し出しても、彼らは決して寝返らない。

 

 誰かが言った。聖女ジャンヌを殺したから、きっと神が怒っているのだと。

 誰かが言った。聖女ジャンヌが蘇ったから、フランスに復讐しているのだと。

 誰かがいった。いいや、あれはもう、ただ全部壊したいだけなのではないかと。

 

 その言葉は正しいのか、正しくないのかはわからなかったが、少なくとも、わかることがある。強欲竜団を止めなければ、フランスは滅びてしまう。

 だが、それがどうしたと欲竜の主、滅亡剣(ダインスレイフ)はただ笑う。滅んでしまえこんな世界と彼は言うだろう。

 其れこそが邪竜である己の全てであるがゆえに。だからこそ、彼は待ち焦がれている。この地に来るであろう英雄の到来を。

 

「ああ、早く来い、愛しの英雄(ジークフリート)(おまえ)が滅ぼすべき邪竜(かいぶつ)はここにいるぞ」

 

 まるで恋でもしている乙女のように、切に切に、天へ恨みの咆哮(さけび)を轟かせながら、英雄の到来を待ち望む。

 

「本当に、来るんでしょうねぇ、ダインスレイフ?」

「さて、どうだろうねぇ」

 

 先ほどまでの乙女顔はどこへやったのやら、飄々と、呵々笑いに舞い戻る邪竜。

 その笑みは、雇い主たる女に向けられている。

 その女は、つい先日火刑に処されたばかりの女であった。確かに死んだはずの女だ。

 竜を従える女。竜の魔女。地獄より蘇り、守ったはずのフランスの零落を切に切に願う者。

 

「舐めてんの」

「舐めちゃいねえよ。あんたが、オレをここに呼び出したってことは雇い主ってことだ。本来なら帝国以外とは戦わないところなんだが、聞くところによると、英雄が来るっていうじゃねえの」

「その聞くところによるってのが怪しいんだけど」

「ヒャハハ、まあいいじゃねえの。来るにせよ、来ないにせよ。一国を蹂躙できるんだ。行き掛けの駄賃としては妥当なところだろうよ」

 

 国ひとつを潰すことをその程度のこととして、ダインスレイフは話している。守るためにあれだけの犠牲を払ったというのに、滅ぼすのはたったその程度。

 まったくもって世の中は理不尽に出来てる。どうして正道を進むことの方が苦しく、逆の道はこれほどまでに楽で、快楽的なのだろうかと。

 

「それでどうする――」

 

 のかと、ジャンヌ・ダルクが言おうとしたとき。ダインスレイフに一つの連絡が入った。

 

「へぇ、なるほどなるほど。ちょっくら用事ができた。近くの反抗勢力潰すついでに行ってくるわ」

「払ったお金分の仕事はしてほしいところね」

「期待してな。オレはいつだって本気だ。本気になればどんなことだってできるさ。ヒャッハハハ」

「本当にわかってるんでしょうね」

「老若男女の区別なく、殺す。

 異教信徒の区別なく、殺す。

 あらゆる全て平等に、殺す。

 わかってるさ、雇い主さんよ」

 

 大笑いして、報告があった場所に向かう。

 そこでは、こちらの兵士が負けていた。強欲竜団の一兵卒。改造された、準星辰奏者とは名ばかりの使い捨ての醜悪なりし機械化兵(ワーグナー)

 その死体が、転がっている。

 

 だが、これはありえないことであった。敵に、これを倒せるものはいない。なぜならば、今は、十五世紀。新暦ならばいざ知らず旧暦である。

 技術格差は酷いものだ。蟻が竜を殺そうとするのと同義くらいの差が存在している。

 

 何より生身と星辰奏者よりは劣るものの、確実に人間よりも高い性能。武器は連射可能な銃に、広範囲を破砕する自爆。

 対して、この時代の武器と言えば、大砲や剣、槍である。

 

 そんなもので対抗できるのは星辰奏者くらいであるが、この時代、その技術は生まれていない。あるとすれば、世界が召喚する英星くらいだろうが。

 それらもこの滅亡剣(ダインスレイフ)にかかれば、対処可能。一騎当千の力を持った星辰奏者を屠った実績を持つ強欲竜団にとって、英星が相手であろうとも関係ない。

 

 足りないのだ。

 英星は、足りない。

 ダインスレイフは、英星を何度も倒している。思うことはただ一つ足りない。

 

 なんだそれは、そんなものが本気なのか? どうして覚醒しないんだ。

 仮にも英雄を名乗るのならば覚醒するのは当然だろう。寧ろ息を吸うように当たり前に覚醒できなくてどうして英雄になったんだとすらダインスレイフは言うだろう。

 

 ここに来るまでに潰した英星は数人は、どいつもこいつも名ばかりの英星だった。あんな有り様のものが英雄であるはずがない。

 覚醒できない英雄など英雄なわけがない。本気になれない奴らが英雄を名乗る資格などありはしない。人類史に刻まれたから英雄? ふざけるのも大概にしろとダインスレイフはその牙の如き篭手剣を怒りに振るわせる。

 

 英雄というものは、何よりも鮮烈に輝いているはずなのだ。機械化兵にやられるような凡愚ではありはしない。英雄を名乗るならば、燦然と輝き余裕をもってワーグナー程度乗り越えなければ嘘だろう。

 だからこそ、英星に対してほとんどダインスレイフは興味を失っていると言っていい。だというのに、この特異点で未だにジャンヌ・ダルクの下についているのにはやはり理由がある。

 

 期待しているのだ。

 だってそうだろう? こんなに邪悪な(てき)がいるのだ。ならばこそ、必ず現れるはずだ。

 

 たった単騎(ひとり)で麻薬製造の本拠地を蹂躙した断罪の刃のような者が。

 最新鋭の銃や兵器で応戦されても、それらを歯牙にもかけず蹂躙するような者が。

 

 そうじゃなければ、道理が合わない。

 祖国(たから)を蹂躙されて、悔しくないのか。

 友人(たから)を奪われて、悔しくないのか。

 

 悔しいのなら、本気になれるはずだ。本気になれば、出来るはずだ。本気になれば、敵を倒せるはずだ。

 この時代には早すぎるから不可能? なんだそれは、あの男ならやるぞ。

 

 だからこそ、今回の報告はダインスレイフとしては、殺されたという報告は、ついに待ち望んだ報告に他ならない。

 これを倒した英傑がいるということ。英星であるはずもなし、英星であったとしてもただの英星ではない。まさしく、英雄に相応しい。

 

「ああ、わかるさ、心臓が叫んでやがる。いるんだろう、我が愛しの英雄(ジークフリート)。待ってたぜぇ」

 

 死体を見聞する。見事な人たちによってことごとくが粉砕されている。

 あとは星辰光の影響だろうか、高密とエネルギーにより広範囲を薙ぎ払われてもいるらしい。期待した英雄の姿ではないが、戦闘痕を見ればわかる。

 見事な技巧と凄まじい胆力だ。この相手は死を恐れてはいないのだろう。あるいは、攻撃を食らっても問題ないほど頑丈なのか。

 

 ダインスレイフの好みであれば前者だ。死を恐れない本気の男ならば文句なし。

 戦闘痕から読み取れる相手の情報は、単騎であり、剣で戦う者であり、星辰光を持っているということ。しかも、心臓が反応するのならば、これは紛れもなく英雄だ。

 

「ああ、待った甲斐があった。喰いでがありそうな獲物だ」

 

 ゆえに、滅亡剣は抜き放たれる。さあ来いよ、英雄(ジークフリート)

 おまえが望む邪竜はここにいるぞ。

 

 フランスを蹂躙する邪竜の群れが、今ここに、英雄(てき)を見定めた。

 よってこれより先にあるのは滅亡のみ。

 止めたければ本気を出せよ、人間ども。

 本気を出せば、不可能などありはしないのだから。

 

 暴虐の邪竜が、人間賛歌を謳いながら猛撃を開始する。なぜならば、本気だから。

 光の信奉者たる男は、止まらない。

 本気になった男は、停まることは、ない――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ん、あぁ――」

 

 酷い全身の倦怠感で目を覚ます。戦いの反動が、まだ残っているのだろう。傷の方は星辰奏者としての回復力によってほとんど治っているが細かい調整が必要なようだった。

 あの戦いで割と無茶をした検査もある。何より発動体の調整が、これから戦うために必要だ。なぜなら、自分はどういうわけか二人分の人間が一つの器に入っている状態。

 であれば、必然、発動体は二つ必要になる。この前は無理矢理であったがちゃんと調整しておいた方が良いだろう。

 

「いらっしゃいませー、ダ・ヴィンチちゃん工房にようこそー」

「今日はどうしますか? 私たち? それとも店長? 今ならお安くしておきますよ」

 

 出迎えてくれる双子。相変わらず言っていることはアレだったので、スルーするとして。

 

「いや、発動体の調整をお願いしたいんです」

「ふむふむ、店長とねっちょりと。了解です」

「店長指名はいりましたー。さあ、しっぽりぐっちょり楽しんできてくださいね」

「いや、楽しまないからね?」

 

 昨日会ったばかりだが、この二人についてはわかってきた。本気で取り合ってはいけない。きっとそれはもう大変なことになるに違いないのだ。

 だから、無視して、さっさと目的を果たすに限る。

 

「むむ、あまり芳しい反応ではないですねぇ、アッシュさんとかグレイさんとか、とってもいい反応でしたのに」

「そうそう。今回はじつにつま――平凡で、ツマラナイですね。絶対モテませんよ」

「君ら本当に容赦ないな!?」

 

 いや、無視だ、無視。この二人に関わってはいけないと本能が叫んでいる。

 なので、さっさと奥へ向かうとダ・ヴィンチちゃんがいる。

 

「やあ、おはよう。朝早くに私のところに来るんだ、何か重大な用事かな?」

「いえ、発動体の調整をと。それからもう一本発動体がほしいんです」

「ふむふむ、二本ね、君は二刀を使うとは聞いてないけど理由は聞かない方がいいのかな?」

「出来ればお願いします」

 

 あまり頭の中にもう一人いるとか言わない方がいいだろう。きっと頭のおかしい奴呼ばわりされる。特に、あの双子には。

 

「まあ、なにやらとても不愉快なことを思われた気がしますよ」

「これは報復ですね。報復に童貞をマシュさんにいただいてもらいましょう。みんなの前で」

「マシュにまで被害をいかせるのはやめろー!?」

「おっと、これは良い反応」

「弱点発見発見、にしし」

 

 しまった、ものすごい墓穴を掘ったぞ、これは。

 

「はいはい、双子は店番に戻って、それじゃあ調整を始めよう」

 

 ダ・ヴィンチちゃんに調整を施してもらう。二刀目は、違う設定にするとけげんな表情をしていたけれど、完璧に調整してくれた。

 

「ありがとうございました」

「良いよ良いよ。世界は君たちにかかってるんだ。私もできる限りは支援するとも。何かあったらすぐに来るんだよ」

「はい。失礼します」

 

 双子の追撃を逃れて工房を出ると俺を呼びに来たらしいマシュと会った。彼女は昨日のまま鎧姿だ。まだ慣れていないのか元の服には戻れていないらしい。

 いい加減早くどうにかしてほしいとちょっとだけおもう。その目のやり場的な意味で。いや、別にそんな不埒な視線は断じて向けていないとも。

 

 だが、こちらも健全な男なのだ。こう、扇情的な恰好をされるとクるものがある。

 

「おはようございます、先輩、そろそろブリーフィングのじか――きゃっ!?」

「キュゥゥ……」

 

 などと思っていると、フォウさんがすっ飛んでマシュへと突っ込んでいく。マシュは避けられずフォウさんがぶつかる。

 

「ごめんなさいフォウさん、避けられませんでした……。でも、朝から元気なようで嬉しいです」

「おはよう、マシュ」

「はい、おはようございます。よく眠れましたか?」

「うん、まあまあかな」

 

 管制室に着くと笑顔のマリスビリーが俺たちを迎えてくれる。ドクターロマンも一緒だった。レフやオルガマリーさんもいて全員集合という風情だった。

 

「やあ、おはよう。待っていたよ、二人とも。早速だが、ブリーフィングを始めよう」

 

 まずは、マリスビリーがやるべきことの確認を行う。

 俺たちがやるべくことは、まず特異点の調査と修正。

 その時代における人類の決定的なターニングポイントになっているらしい特異点へ赴き、調査、そこで何が起きているのかを解明し、元の人類史に沿うように修正すること。

 

 そうしなければ人類は破滅したままである。そのままカルデアが新たな年を迎えた瞬間、すべては終わってしまうというのだ。

 そうならないようにする。これがその作戦だ。

 

 二つ目。星辰体炉心(せいはい)の調査。

 聖杯という、特異点発生の鍵である超級の星辰体炉心を回収し、調査することで時代の修正を行った後、もう一度、時代が改変されないように管理する。

 それがグランドオーダーの主目的になるという。

 

「ここまではいいかな?」

「はい、大丈夫です」

「よろしい。では、次だ。特異点での基本行動と方針になるが、拠点を確保してほしい。特異点にある特定のポイントに拠点を設置することで、カルデアと君たちとの間で物資のやり取りが可能になる。他にも様々な支援ができるはずだ。この前のように孤立無援ではないから安心してほしい」

「……理解しました。拠点。安心できる場所。屋根のある建物、帰るべきホーム、ですよね、先輩」

「ああ、マシュは、いいこと言うね」

「そ、そう言っていただけると、わたしも大変励みになります。

 英星(サーヴァント)として未熟なわたしですが、どうかお任せください。がんばりますから!」

「キュー!」

「ああ、みんなで頑張ろう」

 

 決意を新たに、特異点へ向かうために準備をする。

 

「さて、ではこれより第一次特異点修正作戦を開始する。リツカ君、マシュ君、君たちの働きに期待する。では、ドクター、あとは頼むよ」

「はい、所長」

 

 マリスビリーは管制室を出ていった。彼には彼の仕事があるのだという。

 あとにはドクターが引き継いで、俺たちを万全の状態で特異点へ送るための準備をする。

 

「さて、それじゃあ二度目だけど、緊張してないかい? 何か異常があればいってくれよ」

「大丈夫です」

「はい、わたしもフォウさんも元気いっぱいです

「フォ、キュー!」

「良いことだ。それじゃあ、オルガマリー副所長」

「ええ、レフ、シバをセットして」

「了解、オルガ」

 

 シバがセットされ座標が決定される。

 

「これより、第一特異点の修正に向かいます――」

 

 転移開始。

 これより向かうは、邪竜はびこる激戦のオルレアン。

 血で血を洗う戦乱の地で、邪竜と英雄が邂逅する――。




すまないさん本気おじさんにロックオンされるの巻

強欲竜団のおかげで、既にフランスは壊滅状態です。人なんぞほぼ残ってません。
すまないテンションの低いジル。

とりあえずフランスは、蛇遣い座の大虐殺みたいなことになってます。
あれの規模が、フランス規模になったものと思っていただければ、フランスは現在燃えています

あとこれに愉悦を期待している方はたぶん期待通りにはならない。
これは光の物語なので。
希望あふれる光の英雄の物語です。
絶望も愉悦もありはしないと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一特異点 邪竜百年戦争 オルレアン 2

 燃えていた。

 燃えていた。

 燃えていた。

 村が、街が、人が。

 あらゆる全てが、燃えていた。

 

 地獄の釜の蓋が開いた。この光景こそが地獄。魔女の窯の底。暴虐の竜がその力を解放し、竜の魔女の恨みの慟哭(さけび)が天に轟いた時、フランスは終わっていたのだ。

 

「ぁ、ぅぁ――」

 

 ジャンヌ・ダルクは、その中にいた。

 燃え盛る人の油分が舞い上がり、血の海が広がっている平原。もはや都市も村も場所を問わずフランスは、血の海に沈んでいた。

 女も、子供も、大人も、男も、老人も、例外なく殺されていた。

 

 フランスという国は、血で染まっている。地獄とはかくあるべきだとでも言わんばかりに。此処こそが地獄、これこそがまさしく、地獄絵図。

 糜爛した地獄の歯車は回転を止めることはない。そこに砂粒でも挟まり破砕されない限り、虐殺という名の過剰殺戮を駆動し続ける。

 腐敗する殺戮亡者(ワーグナー)どもが織り成す地獄は、今もなお拡大を続けている。無辜の民が悲鳴を上げて逃げ惑い、そして尽くが逃げられはしない。

 

 ここは、全ての阿鼻叫喚、全ての絶望を混ぜ込んだ魔女の窯の底。ぐつぐつと煮えたぎる窯の底ゆえに逃げ場など存在(あり)はしない。

 全てが炎上している。こここそが地獄の底だ。ならばどこへ逃げるというのか。逃げられるわけがない。逃げられる場所などありはしないのだ。

 

 建物が倒壊する。そのたびに悲鳴が上がり、紅い華が咲く。銃声が響き渡れば、最後、誰も彼も助かりはしない。

 死骸は例外なく炎に包まれて燃えている。油分が大気を汚染し、燃える死骸は酷い瘴気を撒き散らす。

 肌に張り付くのは死体から出た魂の如き慟哭の瘴気。生者を呑み込む死者の手招き。お前も来い、お前も来い。そう絶望の中で柘榴を貪る死者が叫んでいる。

 

 右を見ても、左を見ても、炎が燃えている。燃えていない場所ないし死骸がない場所もない。死体の博覧会会場と言われても信じられることが出来そうなくらい石畳の上は赤く染まっている。

 しかも、現在進行形で死体が増えていっているというのだから恐ろしい。おおよそ考えらえる以上に絶望に薪がくべられている。

 

 そして、その中で、ジャンヌ・ダルクは、横たわっていた。内臓、骨、筋肉、あらゆる場所に無事なところなどありはしない。

 左目など、剣鱗が突き刺さり潰れている。だが、それでも、己の武器となる旗を手放さないのは、これでもフランスを護った聖女としての信念ゆえか。

 

 だが、しかし、彼女は敗北した。

 英星として降臨し、この元凶たる男に挑んだのは数分前のこと。

 本気の男に挑んだ結果は、前述したとおり。

 

 ズタボロにされて、血の海の中に横たわっている。立ち上がろうと四肢に力を込めても動いてはくれない。いいや、動いてはいるが、それでどうにかできるほどではない。

 

「おいおいおい、これで終わりかよ、聖女(ジャンヌ・ダルク)さんよォ」

 

 そこに、この地獄を創り出した片割れが現れる。

 

「がっかりだぜ? 旧暦において、一国を救った救世主。まさしく英雄じゃねえの。本気だったんだろ? 本気を出して、頑張ったんだろ? なあ、それなら出来るはずだろ?」

 

 邪悪を前にして、そこで眠っているだけなどありえないだろう。さあ、立て。傷だらけ? 神経さえ繋がっていれば気合いと根性で動かせる。

 体力の限界? 気合いと根性で覚醒して限界を突破すればいいじゃないか。フランスを救いたいと心から願っているのならばできるはずだ。

 本気になれば不可能などありはしないのだから。

 

「っ、ぁ――」

 

 右腕に力を込めて、ジャンヌは、血反吐を吐きながら立ち上がる。炭化した左腕をただフランスを護りたい一心で動かす。

 

「ああ、そうだ。それでこそだ! 見せてくれよ、聖女さんよォ!!!」

 

 飛来する鉄風。この時代においては、見たこともない技術にて作られた武装。この先の歴史において銃と呼ばれたそれによる銃弾が飛翔する。

 破裂音と共に連射され生きている全てを砕いていく。その威力、その速度、どれをとっても現世のものではなく超常のもの。

 

 着弾とともに爆裂したかのような威力は、疑似的な星辰光に他ならない。使い捨てのワーグナーの射撃だった。まさしく小さな竜の咆哮。

 竜の軍団の中で、滅亡剣は待ち続けている。来い、ここまで来て見せろ。

 

 満身創痍、敵は大軍、敵将は目の前にいる。

 英雄ならば、これを突破して来い。

 

「恐れず進め、道は拓くさ。勇気と気力と夢さえあれば大概なんとかなるものだ! そうだろう、我が麗しの英雄ォォーー!」

 

 ここにはいない英雄を思いながら、喜色の咆哮をあげる邪竜。

 目の前の聖女を無慈悲に蹂躙しながら、ただただ、英雄の到来を待ち望む。

 

Zwangvolle Plage! Müh' ohne Zweck!(ああ、苦しい。なんと無駄な徒労であろうか)

Das beste Schwert, das je ich geschweisst(心血注ぎ、命を懸けた、我が最高の剣さえ ) nie taugt es je zu der einzigen Tat!(竜を討つには至らぬのか)

Her den Ring!(宝を寄こせ!)

Her den Ring!(すべてを寄こせ!)

 

 蹂躙、蹂躙、蹂躙。

 ジャンヌが倒した死体すらも利用して、強欲竜たちは聖女を追い詰めていく。たった一人頑張ったほうだ。ジャンヌもこの戦いの中で数度覚醒している。

 そうでなければ、満身創痍の中ここまで戦えてはいない。

 

 だが、それは相手も同じなのだ。

 光の信奉者もまた同じ。本気だ。

 どちらも光の属性に属するがゆえに、覚醒や進化などという言葉は基本的にあってしかるべきの当然の技能なのだ。

 だから、あとは、もう結果を決めるのは意志力であり。

 

 ――私のフランスを思う意思は、あの男の意思よりも弱いのですか!

 

 歯嚙みして、それでも負けられないからボロボロの体を何とか動かして、蹂躙され、腕がもう引きちぎれそうになっても、前へと進んだ――。

 

「ぁ――」

 

 だが、天は誰も救わない。

 天に座す第二太陽(アマテラス)は、ただ星辰体をこの特異点に注ぎ込みながら、見ているだけだ。この地獄をただ見下ろすだけだ。

 

 既に結果は出ているのだ。聖女は、いかに不退転の決意を示そうとも、音を越えて移動したとして戦列を超えることはできない。

 火砲が咆哮をあげる。ただ、それだけで聖女の体を抉った肉片が飛び散り砕け散って行く。ああ、無情。救国を願い、そのためならば命を賭けるもまだ足りぬ。

 意志、覚悟、根性、気合い。本気になった邪竜に挑むには、ジャンヌ・ダルクという女は、あまりにもまっとうだったのだ。

 

 それはいいことだ。決して破綻せず、されど意志力が全てを決める英雄ではないということだから。そんなものは目の前の邪竜(かいぶつ)と同義。

 人間としては、何よりもまっとうで正しい。だが、今のこの場においては、そんなもの何の慰めにもならない。敵を倒せず、民を護れず、今、死にゆこうとしているのだから。

 

 誰でもいい。この事態を好転させるのならば神でもあくまでもなんでもいい。それもまた純粋な願いゆえに、遠く遠く聞き届けられるのだ。

 

 英雄とは、常に最後に現れる。屍山血河の最奥で積み上げられた死骸の舞台の上で初めて英雄は踊れるのだ。最後に立っていた者こそが英雄であるがゆえに。

 ならばこそ今だ。屍山血河の舞台は完成した。さあ、今こそ、英雄譚が始まる。悲劇を痛烈な希望が照らす。

 

「――そこまでだ」

 

 長靴の音と英雄の声が地獄を照らす。

 現れる一人の男。灰色長髪の端整な顔立ちで、胸元と背中が大きく開いた鎧に身を包み、大剣を背にする長身の青年。

 血を全身に浴びながらも、自らに傷はなく、今も、現れた瞬間に放たれた機銃掃射を防御することなく全てを受けて無傷。

 

 これより先、悲劇に出番はない。お前の出番は終わりだ。疾く、舞台より降りるが良い。

 これより先は、英雄の舞台。悲劇などありえない。

 さあ刮目せよ、いざ讃えん。その姿に人々は希望を見るがいい。

 あふれ出る閃光の煌めきが闇夜を照らす。まさしく、世界を照らす英雄(キボウ)が降り立った。

 ああ、まさしく。あれこそが希望の光であった。その姿、まさしく不動にして絶対の盾。

 

「はは――」

 

 ダインスレイフは、邪竜、ファヴニルであるこの男は、それが誰であるか一瞬で看過した。そう、この男こそが待ち望んだ英雄に他ならない。

 彼こそが、真なるジークフリート。かつて、ファヴニルと戦い、これを殺した、英雄に他ならない。

 何たるめぐりあわせか。

 ファヴニルの名を冠する己と、まさしく、旧暦に置いて存在した竜殺しであるジークフリートがこのようなところで出会うとは。

 何たる僥倖。ただの消化試合。アドラーの前座程度にしか思っていなかったダインスレイフは、ここにきてこの身の幸運を言祝ぐのだ。

 

 この出会いを待ち望んだ。待った英雄ではないかもしれないが、まぎれもなく本物の英雄。であれば、こそ。

 

「あーはっはっはっは!! 遅いじゃねえか、待ってたんだぜ? 我が愛しの英雄(ジークフリート)ォ! 邪竜(オレ)は、ここにいるぜェ! 殺して見せろよ、(でんせつ)みたいによォ!」

「む――!」

 

 弾丸の如く飛び出したダインスレイフ、決戦の火ぶたは、斬って落とされた。

 

 篭手剣(ジャマダハル)が翻り、繰り出される連撃。竜の牙が如く、振るわれる一撃。その数、優に数百を超えた。

 だが、それをジークフリートは卓越した剣技で全て捌ききる。

 

「ヒャハハハ! 良いぞ、だったらこういうのはどうだ?」

 

 緩急、虚実、卓越した戦闘(センス)によって繰り出されるは、異常なまでに練り上げられた殺戮技巧の数々。

 相手の剣技を見て、学習し、それに対応して上回ってくる。なぜならば、本気であるから。相手もまた本気であるなら本気で応えろ失礼だ。

 だからこそ、まっとうに、真正面から、ファヴニル・ダインスレイフは、ジークフリートの剣を学習し、それを上回らんと現在進行形で努力中。

 

 篭手剣の突きが鋭くなっていく。研ぎ澄まされていた一撃一撃。無駄のない戦闘の流れが更に無駄を排して人間離れした動きを盛り込みさらに成長していく。

 技量、判断能力。戦闘において必要なものを全て備え極限まで研ぎ澄ましてきた暴虐竜が、更にここにきて加速度的に次の段階へと踏み込んでいく。

 

 しかし――。

 

「ハハハ! なんだそりゃ、すげぇ、まったく傷つかねえ、まさに無敵の英雄じゃねえか!」

 

 ジークフリートは一切傷を負っていない。ダインスレイフが、大小さまざまな損傷を負っているのに対して、この攻防の中、ジークフリートは傷を負っていない。

 

「ああ、そうだよなァ、英雄ってのはこういうのじゃなくちゃなァ、だったら、オレも頑張らねえと」

 

 相手がこんなにも本気なのだから、自分もそれを超えていかなければ相手に失礼だ。

 よって、ファヴニル・ダインスレイフは、覚醒する。

 当たり前のように、相手が本気だから、こちらも本気を出すのだと、本気の本気を本気の意思で、覚醒して超越する。

 

「さあ、楽しもうぜ、ジークフリートォオオォ!!!」

「――!」

 

 その一撃は、ジークフリートに傷をつける。

 最初は薄皮一枚、されど、一撃一撃を積み重ねるごとに、覚醒し、進化していく。

 

「オラオラ、どうしたァ! オレは覚醒したぞ、だったらおまえも覚醒しろよ愛しの英雄(ジークフリート)! 本気なら、本気でオレを倒したいのならできるはずだァ!!」

 

 いや、出来ない。

 などとだれもツッコミがいないから突っ込んでおくが、そんなことができるのは光の亡者どもだけだ。意志力で限界を突破して、覚醒、進化、などとそんな常識はずれができるのは、ごく一部の極まった人間(はたんしゃ)だけだ。

 普通ならば、出来ないが――。

 

「――――!」

 

 ジークフリートは、真に英雄であった。

 

「ヒャハハハハハ! そうだ、そうだ。そうだよなァ、ジークフリート、おまえは英雄だからなァ、出来て当然だよなァ!」

「…………」

 

 自らに穿たれる爪痕、牙痕にジークフリートは、かつての宿敵を思い出していた。ファヴニール。この男と同じ名を持つ邪竜を。

 攻撃でここまでの打撃を受けたのは、前にも後にも、あの邪竜のみだった。つまりは、本当にこの男は邪竜の生まれ変わりなのかもしれない。

 ならば倒すのは己の役割だと自覚してジークフリート――覚醒した。

 

 振るう剣閃は更に速く。輝く剣光は更に苛烈に。

 三の連撃を一息のうちに繰り出し、続く剣閃は更にその倍。

 もはや常人であれば、剣影すら視界に入れることは不可能。視認不可の速度域で繰り出される剣撃に、ダインスレイフの全身は切り刻まれる。

 広がる血染花。竜の血を再びジークフリートは浴びていた。

 

「ああ、良いぞ、もっとだ。オレは、まだまだやれるぞ、今度こそ、見ていてくれよ愛しい英雄(ジークフリート)!」

 

 窮地こそは光の亡者の好機。追い詰められれば追い詰められるほどに、光の亡者は覚醒する。

 理不尽を形にし、不条理を破滅させる邪竜は、己の星辰光(ほし)を解放する。

 

「ぐお――!」

 

 大地が震撼した。悪寒、殺意、そして凶兆――みなぎり荒ぶる死の気配。

 形在るものへ訴えかけ、己が意のままに作り変えるファヴニル・ダインスレイフの星辰光(アステリズム)が、その暴威を振るう。

 歩道も、壁も、この場のあらゆる全て彼の支配を受けたものはまるで竜の鱗が如く、剣の群れに転じていく。

 

 生も死も、等しく凡てを飲み込まんと猛る、邪竜(ファヴニル)の我欲に限りなし。

 喰らえ、喰らえ、欲するままに討ち滅ぼせよ、勇者ども。

 ここに貴様が滅ぼすべき魔物がいるぞ、見逃すなと、邪悪を見せつけるかのように鱗を擦過させた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 その後、何がどうなったのか、ジャンヌ・ダルクにはわからなかった。

 気がつけばどこかのベッドの上で、潰れた左目には包帯が巻かれ、他にも治療が施されているようであった。

 

「気がついたか」

 

 ベッド脇には窮地を救ってくれた英雄がいる。

 

「ここは……」

「古い城だ、少なくともあの連中はいない」

「あいつは……」

「すまない、決着がつかず一度撤退した」

 

 なるほど、ひとまずは安全ということか。あくまでもひとまずはだが。

 

「まずは、傷を治せ、全てはそれから、だ」

「わかりました……助けていただき、ありがとうございます……」

 

 それからジークフリートは、部屋を出ていった。

 

「…………」

 

 事態は何一つ解決していない。

 フランスの滅亡は、すぐそこに迫っている。戦力差は歴然、今は生きているが、今度は死ぬだろう。

 それでも――。

 

「必ずや祖国を」

 

 ジャンヌ・ダルクは、フランスを救う。

 決意を胸に。さあ、行こうと意気を滾らせたが、ぐぅ、と鳴るお腹。

 更に本当に良いタイミングで、入って来たジークフリート。

 

「あ……」

「…………食事を、置いておく、食べずとも良いが食べた方が良いはずだ」

 

 なにも言わず彼は去ったが明らかに気を使っていることは明白だった。

 ジャンヌは、顔を赤くして声なき声をあげていた――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 そこはあらゆる全ての元凶にして中核。

 かつて聖女が奪還した都市。名をオルレアンという。そこの現在の主、ジャンヌ・ダルクは帰還したダインスレイフの下へ向かっていた。

 足音は荒く、硬質な石床に反響するその音は、何よりも熱量がこもっていた。無機質な中に感じる感情は、決して良いものではない。

 零落した魂が奏でる音は、清廉であった頃と比べて酷く、儚く、虚ろでありながら内包した激情は決して弱々しいとは言えない。

 

 あのダインスレイフが従うのはおそらくは、女のそういうところを見抜いているからだろう。連続する足音が目指す先は、その男の部屋だ。

 足癖悪く扉を蹴破って中へ入る。

 

「帰ったのなら報告に来るのが筋よね。傭兵」

「おー、これはこれは、雇い主殿には、ご足労頂きどうも申し訳ありませんっと」

 

 部屋の中にいたダインスレイフの様は酷いありさまだった。ばっさりと切り裂かれている。鋭い剣戟を受けたのか、両断されていないのが不思議なくらいだ。

 それだけ凄まじい剣戟を受けてなお、この男は生きている。英星であるという事実を鑑みても、異常な頑強さと言えた。

 

「気色悪い言い方はやめなさい。また手ひどくやられたようね」

「ヒハハ、そりゃあ英雄が相手だ、これくらいやってくれなくちゃ困るってところだ」

「笑いごとではないわよ。今、星辰体の揺らぎを感じたわ」

「ああ、オレも感じた。ってことは、だ。来たってやつだろ噂のカルデアの英雄ってやつが」

「わかっているわね」

 

 無論。英雄はすべて、この手で喰らう。

 そのために、今、ダインスレイフはここにいるのだ。屍山血河を築き上げ、来るべき英雄を待ち望んでいる。

 

「さあ、来い、愛しの英雄。今度は、オレを置いて行かせない」

 

 ゆえに全てを前座としてダインスレイフは待ち望んでいる。

 英雄が来るのを。

 英雄が来るまで、誰かが暴虐を止めるまで。

 悲劇は止まらない。

 絶望は止まらない。

 光り輝く英雄が来るまで、光り輝く邪竜は、己の力のまま暴虐をまき散らすのだ。

 

「そうだ――」

 

 ゆえに――。

 

 特異点の底、銀月の海で、静かに冥狼はその時を待っていた。

 

「二つ目の特異点。最初ほどではないが、干渉が可能か。だが、それはあちらも同じ」

「ああ、そうだとも」

 

 声が響く。

 冥府の底に、声が響いた。

 

「悪いが邪魔をさせるわけにはいかないのでね」

 

 銀髪をなびかせて、その男は、静かに歩いてきた。

 如何なる術理を以てここに侵入してきたのか。

 それは冥狼ですらわからない。

 この男には闇の親和性などありはしないから。

 だが、この男がいる場所を考えれば、こういうことすらも可能なのだろう。

 

「闇の冥狼。君に出張られると困るのだ」

「失せろ、光の君主。貴様は必ず滅ぼす」

「おお、恐い怖い。私など今すぐにでも死んでしまいそうだ。だが――」

 

 ――勝つのは、私だ。

 

 ダインスレイフ、マリスビリー、二人の言葉が同時に、重なった。

 勝利への宣誓。

 光を奉じる者どもが、己の目的に向けて、進撃する。

 世界すら気にかけず、ただ前に。ただ、前に――。

 




可愛い女の子に包帯巻きたいそんな気分だったんだ、ごめんよジャンヌ。
でも、ダインスレイフを相手にしてそれくらいで済んでる当たり人間要塞の名は伊達ではないのだ。
そして、すまないさん、本当すまない。あんな変態本気おじさんに目を付けられてしまって。
でも、すまないさんなら、宝具強化が来たすまないさんなら何とかしてくれると信じている!
うちのカルデアすまないさんいないけど。初期勢なのにいまだにいない、セイバーオルタとすまないさん、ネロなどなどの初期鯖たち。

しかし、この被害で、この序盤なんだぜ?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一特異点 邪竜百年戦争 オルレアン 3

 特異点へと落下し、降り立ったのは地獄だった。

 全てが燃えていた。燃えていないものなど、ありはしない。建物も、自然も、人も。あらゆる全てが燃えている。

 燃えていないものなどありはしない。血みどろに染まっていないものなどありはしない。

 大気は例外なく穢れている。血と腐臭、あらゆる瘴気が混ざり合って、穢れてしまっている。まさしくここは冥府の底。地獄に他ならない。

 地獄の柘榴がはじけて、世界を染めているかのようであり、地獄絵図は現在進行形も消えない炎によって更なる地獄と化している。

 

 こんなところに人間が生きているはずがない。そう思える。さらに――。

 

「先輩、アレを見てください」

第二太陽(アマテラス)……!」

 

 この時代のフランスという国にはありえないものが上空に口を開いている。空一杯に広がる、第二太陽の威光。降り注ぐ星辰体(アストラル)が、これが特異点であると告げている。

 新暦にのみ存在するはずのものが、ここに存在している。それは明らかに異様であった。それも、明らかに新暦よりもこちらに近い。

 空を覆うほどの第二太陽などどんな冗談だ。

 

「それに、この惨状」

 

 ――生き残りはいない。なんだこれは。

 

「すべて破壊されている、か」

「副所長に連絡を取りましょう。あちらで観測しているのなら、どこかに生き残りがいるかわかるかもしれません」

「そうだね」

 

 星辰体(アストラル)を用いた、星辰奏者の間でのみ使用できる電位差を利用した通信機。これを用いてカルデアと通信する。

 すぐに通信は繋がった。

 

「こちらリツカ。カルデア、応答をお願いします」

『こちら、オルガマリーよ。到着したかしら』

「無事に到着しました。こちらの状況を報告します」

 

 あらゆる全てが破砕され、破壊され消えない炎で燃え盛っていることを報告する。この場所は都市から離れているために、そこまで炎の影響を受けないが、それでも酷いありさまであることに変わりはない。

 逃げようとして殺されたのだろう。ありとあらゆる死体が転がっている。死体の万国博覧会と言われてもいいくらいだろう。

 

 そのどれもが、銃で殺されている。明らかに近代の兵器だ。それだけならいいが、あってしかるべきものがない。

 転がっている死体のほとんどは女子供であるが、中には鎧を身に纏った兵士のそれもある。だが、敵と思われる死体はどこにもない。

 

 全てが同じ銃でやられている。斬撃や大砲といったものでやられた痕跡は一切見当たらない。回収したとしても回収した跡は残る。

 それもないとなれば、敵は一体も倒されていない。それだけ隔絶した差を持っているということだ。

 

『わかりました。アナタたちは引き続き調査をお願いします。そちらの情報につきましては――』

『私の担当だよー』

 

 突然割り込んできた声。それは、ダ・ヴィンチちゃんだった。

 

『新暦のことはわからないから勉強中だけど、旧暦については任せたまえ。この万能の天才ダ・ヴィンチちゃんがなんでもお答えしよう。というわけで、早速なんだけど――そちらに向かっている敵影が――』

「先輩!」

「――ッ!!」

 

 マシュの言葉とともに反応して身体は勝手に回避行動をとった。瞬間、爆裂する死体。俺たちの目の前にあった死体が爆裂した。

 それだけではない、連鎖爆裂し、爆煙が上がる。

 そして――。

 

Zwangvolle Plage! Müh' ohne Zweck!(ああ、苦しい。なんと無駄な徒労であろうか)

「なんだ――!」

「なっ――」

 ――こいつらは。

 

 そこに現れたのは異形の鎧を身に纏った兵士だった。統一規格という言葉すら生ぬるいほどの同一性。もはや全てが同じ個体と言われても信じられるだろう。

 次から次へと増殖する気配。それらは円軌道でこちらを包囲にかかる。いや、既に包囲されている。この場は、奴らの殺戮領域(キリングフィールド)だ。

 そう理解した瞬間、即座に距離を取るべく行動を開始した。

 放たれる光弾。雨のように降り注ぐそれらは、着弾とともに爆裂する。それらをマシュの盾で防ぎながら、距離をとると、それらの姿がよく見えるようになった。

 

Das beste Schwert, das je ich geschweisst(心血注ぎ、命を懸けた、我が最高の剣さえ ) nie taugt es je zu der einzigen Tat!(竜を討つには至らぬのか)

Das beste Schwert, das je ich geschweisst(心血注ぎ、命を懸けた、我が最高の剣さえ ) nie taugt es je zu der einzigen Tat!(竜を討つには至らぬのか)

 

 機械と鋼鉄を身に纏った異形の兵士たち。それは知っている。

 

「こいつら――!」

強欲竜団(ファヴニル)!」

 

 強欲竜団。それは、かつて古都プラーガを中心とした東部戦線において活動していた傭兵団の名前だ。古都プラーガの戦乱において壊滅したとされている存在。

 そして、こいつらは――。

 

「初めて見ますが、これは――」

「粗悪すぎる!」

 

 人倫を無視した醜悪な人間兵器(ワーグナー)。準星辰奏者。素養のない人間を無理に星辰奏者の如く運用する、人と星辰奏者の中間に位置する兵科。

 その凶悪さは、質ではなく、一定の質を有した量にある。量産不能、個体差の激しい星辰奏者とは異なり、量産化と個体差を排した悪魔の兵器だ。

 かつての古都プラーガにおける戦乱において、この機械化兵士たちが出した被害をまた聞きなれど知っている。

 

「来る――!」

 

 それが、こちらに襲い来る。

 敵を必ず殺すという恨みが形になったような、生理的嫌悪を想起させる異形の兵隊。出力は安定せず、膨れ上がっては、凪いだり、凪いでは膨れ上がる。

 適正のない者に無理やり感応させているからの現象が、ただただ気持ち悪くこちらの精神を乱してくる。これが狙いなのだとしてたら、これの開発者は人間ではないだろう。

 

Zwangvolle Plage! Müh' ohne Zweck!(ああ、苦しい。なんと無駄な徒労であろうか)

Das beste Schwert, das je ich geschweisst(心血注ぎ、命を懸けた、我が最高の剣さえ ) nie taugt es je zu der einzigen Tat!(竜を討つには至らぬのか)

 

 壊れた歌声はまさしく、壊れている証に他ならない。だがそれでも、そうなってまで、成すという恨みがある。壊れた歌声こそが彼らの咆哮。

 ただただ敵を殲滅し、彼の帝国に復讐すること。ただそれだけの為に、彼らは寿命を削り、文字通り魂を燃やしながら、敵を殲滅する。

 

 空間に飽和するほどに打ち込まれる弾丸。連鎖する爆裂。

 

「ぎがァァァ――!」

「きゃああ――!!」

 

 休みなく撃ち込まれる弾丸。こちらは未だに戦闘態勢へと持ち込めない。その隙が全く無い。密接な連携もそうだが、最悪なのはこの場所だ。

 所かまわず放置された死体は、全てが(トラップ)だった。全てが爆弾だったのだ。ただの爆弾ではない。何等かの星が付与された爆弾。

 爆裂すれば最後、嚇怒の炎があらゆる全てを焼失させる。そんなものが、ここには大量に置かれているのだ。

 

 こちらはそれらに気を配り、敵の異常な速度と威力の弾丸を躱しながら接近して、敵を倒さなければならない。

 

「マシュ!」

「はい、マスター!」

 

 意気を整え、反撃の隙を探るべく、発動値(ドライブ)へと移行。

 

 ――任せろ。あの程度ならば何ら問題になりはしない。

 

 そうこちらが本気で建て直せば相手にはならないだろう。心眼がそう告げる。だが――。

 

「そうさせてくれればね!」

 

 相手はこちらをよく知っている。連携は密であり、弾丸は途切れない。近づこうにも近づけないというのは最悪だった。

 こちらの武器は、剣と大盾。近づかなければ意味をなさない。何より、あの弾丸は、

 

「重いッ」

「マシュ、大丈夫か!」

「はい、行けます!」

 

 マシュですら後ずさるほどの重さだ。威力が桁違いすぎる。

 

Her den Ring!(宝を寄こせ!)

Her den Ring!(すべてを寄こせ!)

 

 防御はマシュ、なら。

 

「行くぞ、ゲーティア!」

 

 ――無論だ。

 

 平地、死体トラップ。まさしくこちらを嵌め殺す殺し方は出来上がっている。二人に対して、物量は圧倒的であり、今もなお上昇中とあれば、勝ち目などは薄いと思える。

 更に同士討ちでもしてくれればと思うが、円軌道で順次放たれる弾丸。つねに仲間の射線から外れるように汲み上げられた射撃順(ローテーション)は完ぺきで一切隙が存在しない。

 

 だが、それでもこんなところでむざむざとやられるつもりはなかった。オレたちが行動しなければ、世界は救われない。

 だったら、行くだけだ――。

 

 抜き放った刃でもって、飛翔する弾丸を切り落とす。刀身を伝い、腕が痺れるほどの衝撃だが、弾丸は両断で来た。

 あの時の感覚を思い出しながら――。

 

「はあああああああ――!!」

 

 弾丸の雨の中を疾走する。

 発動する星はゲーティアのもの。それから引き出すは、己の中に存在する数多の流星群の如き技術目録。そこから出すは、一で手数を補う技巧。

 アマツの剣士が使ったという、一度に三度の斬撃によって飛ぶ鳥を落とす刀法。そんなもの俺程度では再現できないが――。

 

 ――補助(サポート)は任せるが良い。

 

 細かいところはすべてゲーティアにぶん投げた。

 

「燕返し――!!」

 

 発生する一刀三連の斬撃。一刀が三つに分裂し、なおかつ同時に存在するという不条理が顕現する。発生した結果は飽和した空間射撃の空隙。

 そこに身を滑り込ませ、さらに前へ。

 

「わたしも、行きます!」

 

 マシュは最も単純な方法を選んだ。盾を構え、星辰光(アステリズム)にものを言わせた吶喊。無謀に見えるが、それが正解だ。

 まずは距離を詰めることが何よりも肝要。マシュの星辰光(ほし)は、盾に対する空間断層の付与だ。空間断層を用いれば反物質だろうとも防ぐことは先の戦いで実証済み。

 今回の敵の銃撃なんてものは確実に防げる。だから、あとは――。

 

 ――こちらの出力を振り分ける。

 

 光帯は、エネルギーの塊。現状二つ。ならば、星辰体のラインを通して深くつながっているマシュとの間でシェア可能。

 こちらも細かい調整は全部ゲーティアにぶん投げた。

 

 身体能力は出力に合わせて向上し、衝撃に負けずに突破可能なだけの性能を得る。

 

「やあああ!!!」

 

 肉薄し、機械化兵に一撃を入れる。完璧なリズムに生じたわずかな歪み。その隙は逃さない。

 即座に俺もまた彼女が穿った穴に対して突撃する。

 

「おぉおおおお――!!」

 

 技を接続、さらに、二本目の発動体も抜いて二刀として扱う。一本ではさすがにこれだけの数を倒すのには足りない。

 ゆえに、二刀。先の燕返しは二刀では使えないが、もうここに至っては必要ない。内部に入った。ならば、もうここは、

 

「俺たちの距離だ」

 

 光帯を刃に付属し、切り伏せる。

 反撃の暇など与えない。連続で相手の首を斬り飛ばす。マシュが生んだ隙を決して逃さず、二刀の連続切りで相手の肉体を解体する。

 

「マシュ!」

「はい!」

 

 ただひたすらにやることは変わらない。相手の反撃、相手の攻撃をマシュが受け止めて、その空隙に必殺の刃を差し込む。

 光帯の熱量は莫大であり、それを付与された刃に切れないものはありはしない。敵の装甲など意味をなさず消し飛ばす。

 

 本当ならば広範囲にわたって殲滅してしまいたいが、周りにある死体が厄介だ。あれが連鎖爆裂でもしてみろ。被害は甚大所じゃない。

 さすがのマシュでも爆発の外側ならまだしも内側にいては防御不可だ。盾は正面しか防がない。全方位からの爆発なんてものを防げる代物ではないのだ。

 

 だが、こちらはもう一人いる。周囲の状況をどうやって把握しているのかは、定かではないが、ゲーティアは俺たち以上にこの場を把握している。

 

 ――三時方向から敵だ。

 ――跳べ、爆発する。

 

 司令塔として敵の動きを教えてくれる。

 

「これじゃ、どっちがマスターかわらないな」

 

 ――なに、これは、あくまでもあいつから学んだことだ。貴様でもできる。

 

「そうだと良いけど!」

 

 だからこそ、もう怖くない。せっかく積み上げて来た殺し技なんだろうが、もうこちらには通用しない。防御と攻撃。揃って連携が取れている。余裕を取り戻せば、何とかなる。

 そう思ってしまった。これを緩みと取らずしてどうするのか。作業になり始めたその時、突きを放った。

 

「なに――」

 

 感じたのは違和感。直感が、心眼が、叫ぶ。

 

 ――跳べ!

 

 ゲーティアの言葉のその前に、俺は既に跳躍していた。だが遅い――。

 

Ja denn! Ich hab' ihn erschlagen!(然り! これぞ英雄の死骸である!)

Ihr Mannen, richtet mein Recht!(傍観者よ、我が栄光を認めるがいい!)

 

 機械化兵士が爆裂した。装甲と脳漿、骨、人体を構成するあらゆるものがはじけ飛び、散弾として俺を襲う。

 

「ぐぁああ――!!」

「マスター!!」

 

 全身に突き刺さる、人体爆弾の損傷。辛うじて光帯の防御が間に合ったからよかったが、躊躇なく自爆したことに戦慄が止まらない。

 報告でわかっていたが、これは悪辣だ。酷いとしか言いようがない。

 

 最悪なのは、この自爆によって、周囲の死体爆弾も味方ごと俺を巻き込んで爆発したことだ。全方位から襲う人体散弾。

 防御が間に合わなかったら確実に死んでいただろう。

 

「本当に、最悪だな!」

 

 躊躇なく突っ込んでくる人間爆弾。損傷がひどい者ほど躊躇いなくこちらに迫ってくる。なりふり構わないということはこのことで、最悪なのはそれすらも攻撃リズムに組み合わされているということ。

 こちらは、爆弾を避けなければならないが、あちらはそうではない上に、味方が射線上にいようとも撃ってくる。

 それがトリガーとなって予想もしないタイミングで爆裂するから、対応も難しい。

 

「くぅう」

 

 先ほどまでの優勢はどこに消えたのか。

 

Her den Ring!(宝を寄こせ!)

Her den Ring!(すべてを寄こせ!)

 

 再び、強欲竜団に優位が移っていた。

 

 自爆の危険から接近を封じられた。かといえば、あちらは死体を投擲して自爆させる。射程距離の差はいかんともしがたい。

 光帯を放射したいが。

 

「こうも死体爆弾が多いと、ここら一体が消し飛ぶぞ」

 

 光帯で消し飛ばすのと爆弾で消し飛ぶのどっちが悪いかといえば爆弾だ。光帯の被害なら、俺たちにはあまり聞かないが、爆弾となると前にも行ったが、防ぎようがない。

 

 いや――。

 

 なりふり構っていられないか。

 

 ――そうだ。気力で耐えろ。

 

「マシュ!」

「はい、マスター!!」

 

 起死回生の光帯掃射(アルス・ノヴァ)を放つ。全方位に向けての放射。莫大な熱量と同時に、連鎖爆裂する。

 あらゆる全てを巻き込んで爆裂した死体爆弾。強烈なまでの閃光は、俺たちごと全てを呑み込んだ――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 激震が特異点中に広がった。

 

「へぇ」

「これは――」

 

 オルレアンに座す女主と邪竜は、英雄が来たことを知った。

 

「……これは、なんという」

「凄まじいな」

 

 近隣にいた聖女と竜殺しは、その凄まじい激震に何かの到来を予知する。

 

「ジークフリートさん、行きましょう」

「行くぜぇ、竜の魔女さんよォ、どうやらお待ちかねの相手が来たようだ」

 

 図らずも、役者は、今、運命に導かれた英雄の下へ集おうとしていた――。

 




明日からは、更新が遅くなるかもしれません。
本気を出せばどうにかなると思っていますが、リアルの事情には勝てないんだ……。
というわけで、明日からは遅くなる可能性が高いですが、よろしくお願いします。
感想を貰えたら露骨に頑張るけど確約は出来ぬ。すまぬな?

次回は、リツカのラッキースケベ。るんたたるんたたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一特異点 邪竜百年戦争 オルレアン 4

「――――ッ!!!」

 

 意識の覚醒直前、身体に感じた誰かに触れられた感触から、咄嗟に跳ね起きようとした。取るべき行動は攻撃行動。

 師匠からのいわれのない修行(ぎゃくたい)によって体に染みついた反射が咄嗟に反撃行動を取ろうとして――。

 

 もにゅん。

 

 なにやら、最近触ったような、いや、しかしそれとはまた異なる、やわらかーい感触を手にした。とりあえず、何をさわってしまったのかわかるような、わからないような感じなので、ついもみもみとしてしまった。

 

「ひゃあ!?」

 

 きいたことのない女性の声。視界が映像を受容し始めると、目の前には、見知らぬ女性。

 金髪のとてもおっぱいの豊かな女性だ。左目に包帯をしているのが痛々しいが、それで美人度に影響しない辺り、かなりの美人さんなのが分かる。

 胸も豊かだ。少なくともマシュよりも大きいことは間違いない。触った俺が言うんだから間違いない。思わずうんうんと頷きながら、寝ぼけているのか混乱しているのかもみもみとしてしまう。

 

「あ、んんん――」

 

 何やら、自己主張するかたさがあるような。まあ、これは夢だろうきっとそうだ。この俺が、ラッキースケベ二回目とか、そんなことあるわけない。

 そうそう、ないない。ははははは――。いやー、むにむに、それにしても柔らかい。マシュのよりも大きいなぁ。はは――。

 

 ――ってそうじゃねえよ!

 

 なに冷静に分析してんだ、死ねよ俺! マシュに続いて見知らぬ女性にラッキースケベとか、もうこれは許されない。

 しかも、こんな高貴そうな御方のオツパイとか、糞塵カス童貞野郎が揉んでいいものじゃない。寧ろ神聖に崇め奉ることこそが必然だろう。

 こんな神の如き聖パイに触れてしまった俺はさながら、反逆者。こんな逆賊生かしておいていいはずがない。それだというのに、いまだに触れ続けている不埒な手。

 

 混乱のせいで、腕の信号がまったく。

 

 ――ああ、我が保証しよう。おまえはいま混乱している。

 

 よし、脳内妖精(ゲーティア)のお墨付きも得られた。良かった、いや、よくねえよ!?

 だが、残念ながら、俺はいま絶賛大混乱中。戦闘が終わって気が付いたら、ベッドの上で? 目の前に見知らぬ女性が目の前。そのうえでラッキースケベ。

 これで混乱しない男子がいるのなら出てきてほしい。俺と代わってくれ……。

 

「あ、あのぉ」

「ハッ!?」

 

 女性の声でどうにか俺は正気に戻って、即座に手を放し――。

 

「も、申し訳ありませんでしたー!」

 

 土下座を敢行。今回も俺が悪い。さらに、混乱していたとはいえ、揉みまくってしまった罪状はもう極刑レベルですら甘い。

 もはや、マシュにも顔向けできない。彼女にも顔向けできない。

 

「あ、あのいえ、そんなに畏まらずとも大丈夫ですよ」

 

 女神か、この人は。

 いや、駄目だ。

 

「いいえ、女子の胸を掴んだ挙句に揉んでしまったのです。謝っても許されることではありません」

「今回は事故のようなものですから、お気になさらず――」

「いいえ!」

 

 いいや否だ。何があろうとも、どのような事情があったとしても、女性のオッパイを弄んだ罪は重い! しかも二回目だ。

 同じことの繰り返し。学習能力のないぼんくらすぎる自分を今すぐ絞め殺したい。いや、死のう。いいや、死ななければならない。

 

 こんなところで婦女子を襲うような痴漢が英雄になるなど言語道断。こんな糞塵カス変態痴漢野郎が世界を救う? そんなこと出来るはずがないだろ死んでしまえ。

 そんな奴に救える世界なんてありはしない。ラッキースケベなど死ねばいい。

 

「俺は、見ず知らずの、それもきっと、助けてくれたであろう、貴女の胸を揉んだのですよ!! もっと糾弾してくれて構いませんし、殴ってくれても構いません!」

「あ、あの、本当に大丈夫ですから」

「ああ、しかも、あなたはこんな俺を赦すという聖女のような人だ」

 

 聖女と言ったら、何やら女性は少し苦笑したように笑みを作ったが、そんなことはどうでもいい。今重要なのは、どうやってこの罪を償うかだ。

 ここはやはり。

 

「死んで詫びるしかありません」

 

 慣れた動作でベッドわきにたてかけてあった刀を抜く。

 

「い、いけません、死んで詫びるなどと!」

「止めないでください、貴女の豊満で素晴らしすぎるおっぱいを揉んでしまった糞塵野郎は死んで詫びるしかないんです! この先、またどんな罪を重ねるかわかったものではありませんから。

 なので、今から自罰の為に、腹を切りますので、どうか介錯のほどをお願いします。ああ。もし、糞豚塵野郎の無様な死にざまを見たいと申すのならば、是非もなし、どうかそのまま死ぬまで無様に苦しむ様をご覧ください」

 

 何度も言おう。女性の乳房を誤って揉んだ対価は命で払うべきだ。それも初対面の女性。恋人ならば、まだ赦される余地があるだろうが、初対面の他人である。

 もう死ななければ釣り合わないのは確定的に明らか。それもあんなに見事な乳房だったのだ。デンジャラスビーストを超えた、ビースト。

 それはもう極上である。本来ならば、彼女の彼氏という選ばれし益荒男のみが揉むという栄誉を得ることができる聖域を汚してしまったのだ。

 

 何度でも言おう。死ぬしか、ない!

 

「いい加減にしてください!」

「ガハッ――」

 

 俺の意識は再び、漆黒の中に沈む。

 

「あ、ああ、またやりすぎてしまいました!?」

 

 何やら女性の慌てる声が聞こえていたが、いい感じに入った足は俺の意識を刈り取った――。最後に見たのは、何やら黒――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「本当に、申し訳ありませんでした……」

「いえ、本当に大丈夫ですから」

 

 あの後、意識を取り戻した俺は再び土下座。ただし切腹はなしだ。やろうとしたらまた蹴りますよ、と言われてしまったら俺も黙らざるを得ない。

 蹴られて喜ぶ変態でもない。何より彼女がするなというのなら、甘んじて生き恥を晒して償おう。

 

「この償いは、必ずいたしますので」

「ええ、それで、切腹を諦めてくださるのであれば、是非もありません」

「それで、そのあなたは?」

「私はジャンヌ・ダルクと申します。お気づきの通り英星です」

「やっぱりですか」

 

 彼女は英星だった。

 ジャンヌ・ダルク。

 

 ――旧暦における聖女の名前だ。

 

 なるほど、まさしく聖女だったというわけだ。

 

「助けてくれたのも?」

「はい、私とここにいるもう一人の英星です。あなたの英星も無事です。隣の部屋で今は眠っています」

「ありがとうございます」

「いえ、もしあのままでしたらきっとダインスレイフにつかまっていたでしょうから」

 

 ダインスレイフ。それは、強欲竜団の首魁の名だ。やはりあいつも来ていたようだった。そうなると、本当に命拾いしたとはこのことだろう。

 

「ありがとうございます」

「強欲竜団に襲われていたのはわかっていましたから。助けるのは当然です」

 

 なんていい人なんだ。そんな人の胸を揉むとか、本当死ねよ俺。

 

「それで、ここは?」

「オルレアンから離れた廃城になります。我々の拠点です」

「なるほど……あの、この世界を修正するために、俺たちは来ました。何か情報はありませんか?」

「私たちも目的は同じです。協力しましょう」

 

 そういうわけで、マシュの部屋に向かう。

 

「先輩! ご無事で何よりです」

「マシュこそ、無事でよかった」

 

 彼女の無事な顔が見れて心底安堵した。良かった、ちゃんと守れたのが嬉しい。

 

「それで、先輩、そちらの方は?」

「ああ、こっちはジャンヌ。俺たちを助けてくれた人だよ。ジャンヌ、こっちはマシュ」

「そうでしたか。ありがとうございます」

「よろしくお願いします」

「それで、マシュ早速で悪いんだけど、作戦会議をしようと思うんだ」

「わかりました」

「では、行きましょう」

 

 ジャンヌの案内で廃城の中を進む。思うほど汚くないのは、彼女が掃除などをしたからだろうか。綺麗とはいいがたいが、それでも生活していて苦になるほどではない程度には整っているようであった。

 彼女の案内で、広間に入れば鎧を着けた青年がいる。纏う星辰体の密度は、英星のそれだ。

 

「目が覚めたか」

「リツカさん、こちらがジークフリートさんです。お二人をここまで運んで下さいました」

「ありがとうございます」

「当然のことを、したまでだ」

「いい人みたいですね」

「そうだね」

 

 その後は、自己紹介もそこそこに、俺たちは現状の確認を行う。現状を把握することによってこれからどう行動するかを決める。

 このフランスは今現在壊滅の危機にあるという。その原因となっているのが強欲竜団とジャンヌ・ダルクだと、ジャンヌは言った。

 

「えっと、ジャンヌさんは、あなたでは?」

「はい、そうなのですが……」

 

 曰く、この世界には今、二人のジャンヌ・ダルクがいるのだという。一人は今、目の前にいる彼女。もう一人は、フランス王シャルル七世を殺し、このフランスにて強欲竜団を雇い大虐殺を行っている。

 この特異点における俺たちの目的がひとつはっきりしたといえる。件のシャルル七世が死に、オルレアンが占拠された。

 ダ・ヴィンチちゃん曰く、この特異点において人理を破壊している原因であるらしく、修正すべき事柄だということ。

 

 なぜならば、それはフランスという国家の破壊だからだ。

 

 こちらにだけ聞こえるダ・ヴィンチちゃんの説明によれば、フランスという国は人間の自由と平等を謳った初めての国であり、多くの国がそれに追従した。

 自由と平等。その権利が百年遅れるだけでも、文明はそれだけの期間、停滞する。もしも認められないという事態に陥ってしまえば、いまだに人類は中世と同じ生活を繰り返していた可能性すらあるというのだ。

 

「次は、我々の番ですね。わたしたちの目的は、この歪んでしまった歴史の修正です。

 ――カルデア。わたしたちは、そう呼ばれる組織に所属しています」

 

 マシュがジャンヌに事情を説明していく。全てを聞き終えた、ジャンヌの顔は険しいものになっていた。

 

「世界の消滅……。にわかには信じがたいですが、このような事態に、星辰体(アストラル)の存在。嘘ではないでしょう。何より強欲竜団と戦っていたことから、我々の味方であることは確かです」

「ああ、それには同意する。何より味方は必要だろう。あのファブニールは、俺の生前とはかなり違っていたが、相手をするのはかなり厳しい」

「そうでしょう。私の左目もあの方にやられましたから。ですが、目的は決まっています」

 

 オルレアンへ向かい、都市を奪還し、すべての元凶たるジャンヌ・ダルクを排除する。

 

「主からの啓示はなく、その手段は見えませんが、ここで目を背けることはできませんから」

「それじゃあ、今後の方針なんだけど、まずは仲間を集めようと思う」

 

 通信でオルガマリー副所長が言っていたことになるが、どうやら、特異点というものには英星が召喚されるのだという。

 敵味方かはわからないが、味方もいるということ。さらに言えば、この土地においての基点となるポイントに処理を施せば、こちらも英星を召喚できるというのだ。

 本来ならば莫大な星辰体が必要となるが、それはカルデアが有する星辰体炉心であるカルデアスとプロメテウスがどうにかするという。

 

『ポイントとしては、やっぱりこの城がいいみたいだねー』

 

 図らずもこの廃城は絶好のポイントだという。ならば、

 

「まずは、召喚をしてみたいと思うのだけれど、どうだろう」

「良いと思います。仲間が増えるというのは良いことかと」

「同意する。戦力が増えれば、あの邪竜に対抗しやすくなるだろう」

 

 同意も取れたので、召喚を行う。

 

「えーっと、どうするだったけ」

「確か、この盾をこうして、サークルを設置して――それから、この聖晶石を核として、先輩が詠唱をすれば良かったはずです」

「ありがとうマシュ。それじゃあやってみるよ」

 

 特異点の中、詠唱を紡ぐ。

 それは星を繋ぐための重力(ランゲージ)

 惑星の周囲をともに行く衛星なりし英星を呼ぶための言葉が廃城に響く。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

  繰り返すつどに五度。 ただ、満たされる刻を破却する」

 

 超新星を生み出すのではなく、引き寄せる。

 己の重力(ことば)で。

 己の意思(じゅうりょく)で。

 

「告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 吹き荒れる星辰体の嵐。

 莫大な量の星辰体が聖晶石を通して俺と感応する。可視化するほどの星辰体の波濤は何よりも強く、何よりも光り輝く極晃星へとつながっていく。

 俺という惑星に従属する英星を、引き寄せる。

 

「誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者

 我は常世総ての悪を敷く者」

 

 誓う。

 必ずや勝利を。

 天を手繰る者(マスター)として相応しきありようを示そう。

 ふさわしき善を。

 倒すべき悪を。

 

 示そう。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」

 

 莫大な星辰体が形となる。その瞬間――。

 

「見つけたぜぇ、ジークフリートォォォ!!!」

 

 床が抜け、悪竜の牙が突き立てられた――。

 




というわけで、最初のサーヴァントを召喚じゃー。
誰にしようかまったく決めてない。

誰がいいかなー、……ヴァルゼライド閣下の登場とか?
かつての敵を召喚するのは熱いし。

とか思ったけど、そんなことをすると本気おじさんのテンションが天元突破してギルベルトと同じく至高腐界(ホモニティ)は此処に在る! とかになりかねないので却下。

特異点の事件解決そっちのけで戦い始めて、諫めに来た邪ンヌがミンチにされる。
あかん、駄目だ閣下だけは召喚してはいけない。
誰召喚しようかなー。

アンケートでも取るか。活動報告でアンケート取るのでよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一特異点 邪竜百年戦争 オルレアン 5

 英星の召喚が成立した直後に、廃城の床が爆ぜあがる。それは、ただの隆起ではない。さながら竜の鱗のように、いいや、それは咢門だ。

 竜が大口を開いて、こちらを呑み込まんとしている。

 

「マスター!!」

「――っ!」

 

 俺は動けない。このままでは――。

 死を予感するが――。

 その時、全てが、静止した。

 

 形を成す、星辰体。聖晶石(かく)と意思を受け取った英星が、ここに静止軌道(けいやく)を定める。

 彼こそは、偉大なりし錬金術師。

 荘厳なる恒星の最も近くを周回するがゆえの最優の魔星(ヘルメス)

 最高の英星が、今ここに舞い降りた。

 

 さあ、見るが良い、これこそが、伝令神たる男――の、

 

英星(サーヴァント)錬金術師(アルケミスト)ルシード・グランセニック。召喚に応じ参上した。しとどに濡れる青く可憐な一輪の薔薇――おお、それはまさに貴方のこと。

 瑞々しい未熟な果実よ、その白桃が如き美の極限で今日も私を狂わせるのか。幼き魔性の艶つやを前にこの身はもはや愛の奴隷。ゆえにどうかそのおみ足で、憐あわれな奴隷に甘美な罰をお与えください……ふみふみ、と」

 

 告白である。

 突き付けられた指とともに、異次元へぶっ飛んだ愛の言葉が添えられた。

 何を思って、そんな行動に出たのだろうか。いや、まったく理解できないが、最悪なことにこの告白を聞いてしまったら理解できてしまった。

 こいつ、幼女趣味(ロリコン)だ。

 

「…………」

「…………うん――チェンジで! 見ず知らずの君、君の愛には僕は応えられないんだ!」

「せ、せせせ、先輩!? ま、まさかこちらの方のことが!?」

「あ、いえ、あ、はい、こちらからも丁寧にお断りします、はい。あ、それとマシュ、大丈夫、俺は、女の子が大好きです。おっぱいとか好きです。はい」

 

 というか、なんだこれ……、え、さっきまでドシリアスな戦闘の真っ最中じゃなかったっけ。

 なんで、テケトンしてんの? おい、なんだこれ、何が起きてるんだ。てか、何を口走ってんだ俺。それは内に秘めておくことじゃないのか。

 

 などと思っていても、時間などは止まったりしていない。

 廃城の天井を砕き現れるダインスレイフ。

 さらに、もう一人のジャンヌ・ダルク。強欲竜を手繰る魔女。その配下として召喚された一騎当千の英星たち。

 現れる五騎の英星。

 状況は、最悪だった。

 

「――なんて、こと、まさか、まさかこんなことが起こるなんて。ねえ。お願い。誰か私の頭に水をかけてちょうだい。まずいの。やばいの。本気でおかしくなりそうなの」

 

 黒いジャンヌは、嗤う。嗤う。嗤う。

 なんて滑稽なのか。なんて、哀れなのか。

 

「ねえ、ジル! なにあれ、ばっかじゃないのアレ! ああ、ジルはいないんだった」

「――あなたは……あなたは、誰ですか!」

 

 問うは、ジャンヌ・ダルク。

 

「それはこちらの質問ですが……ジャンヌ・ダルクですよ、もう一人の私」

 

 あらゆる憎悪を燃やして、奈落で吠えたてる魔女だ。

 力、憎悪。それらがある閾値を超えた瞬間、それは猛毒に変わる。どのような聖者であろうとも、どれほど高潔な人間であろうとも、復讐の炎、怨嗟の呪縛は、いともたやすく人間性を剥奪し、復讐の鬼へとヒトを落とすのだ。

 そんな怪物となったヒトが何をするのか、そんなものひとつしかないだろう。

 

「ああ、なんて醜い。未だに、未だ何一つわからず聖人気取り、虫唾が走るわ。だから――全てを潰しなさい、強欲竜(ダインスレイフ)

 

 破壊を。

 あらゆる全ての滅亡を竜に願う。

 応えるは、強欲の竜にして滅亡剣(ファブニル・ダインスレイフ)

 

「言われるまでもねェ。それに、英星召喚、ああ、そうか。テメェがそうか」

 

 滅亡剣が、あらゆる暴虐を引き起こしていた暴竜は、雇い主の命を受けて、まさに動き出さんとしたその瞬間。その動きを止めて、視線を俺へと向ける。向けられる覇気は、まさしく竜そのものだ。

 暴虐が人の形をしているのだと言われても信じられるくらいの圧力。まさしく、その圧力は英星。

 

 しかし、今は、俺を見定めたいのか、篭手剣(ジャマダハル)を下げている。しかし、それが何の慰めになろうか。

 その圧力、この場で釣り合うのはジークフリートのみ。この場で暴れられた瞬間、あらゆる全てを破壊しつくすまで止まることのない大災害の開始だ。

 

「そっちのお嬢ちゃんも面白れェじゃねえの。これだから、人生ってのはやめられないなァ。そう思うだろう、なあ、カルデアの天星奏者(マスター)よォ」

「――マシュに手を出す気なら、容赦しないぞ」

「おーおー、良いねイイネェ、そういうのは好きだぜ。なぜなら、おまえの本気が伝わってくるからだ」

「本気、だと……?」

「ああそうさ。本気だ。本気になれば不可能なことなんてありはしない。そう思うだろう、オマエもなァ」

「あー、最悪だ。こいつ、どこぞの総統閣下と同類じゃあないか。あー、マスター、出来れば、僕としてはこのまま帰りたい(にげたい)んだけど、どうかな?」

「そうも言える状況じゃ、ないと思うぞ」

 

 どうあがいても、あの暴竜(ダインスレイフ)が逃がしてくれるはずもない。逃げようと背を向けた瞬間に終わる、それがわかってしまう。

 何より、五つの英星が、いまだに竜の魔女に率いられているのだ。アレらが一斉に襲ってきたのなら、こちらに勝ち目はない。

 だからこそ――。少しでも戦力がほしいがゆえに。

 

「貴方の力を貸してほしい」

「いや、止めてくれよ。僕が光の亡者(あんなの)に勝てるわけないだろう。僕は臆病者なんだ。あんな怖いのとは絶対に戦いたくない」

 

 そう、ルシード・グランセニックは、最高にして最優の魔星である。

 全資質オールA。空間がゆがむほどの出力を有し、星の封印すら可能とする星辰光(アステリズム)を有してはいるが、彼は戦闘者ではないのだ。

 出来ることならこんな戦闘(こと)はやりたくないし、今すぐにでも逃げたい(かえりたい)。これでロリのひとりでもいたならばまだ話は別になる可能性も無きにしも非ず。

 それがもし、愛しい死想恋歌であったのならば、彼はもう少しだけ意地を見せたかもしれないが。

 

 現状、この場において、戦う理由はないし、彼が戦ってもいいと思うほどの何かもない。見知らぬマスターには悪いが、呼び出したのが悪い。

 こういう場には、もっといいのがいたはずなのだ。

 

 色即是空(ストレイド)殺塵鬼(カーネイジ)を呼んで来い。

 戦闘を行える精神性と相応に強い星を持つ者ならば彼らが適任だ。錬金術師は、戦闘を行う者じゃない。伝令神として、ただ導くのみ。

 英雄譚を手繰る者ではなく、英雄譚になるべくして生み出されたものでもなく、ただどこにでもいる、誰かの為に立ち上がることができるだけの只人(だれか)に過ぎない。

 

 ゆえに、現状は何一つとして改善はしていない。

 

「――わかった。それじゃあ、戦わなくていい。その代わりにジャンヌさんを頼む。それくらいは、頼まれてくれ。マシュ、行くぞ」

「はい!」

 

 ――ここで終わるわけにはいかない。

 ――人類を救う。

 

「ああ、わかってる」

 

 そのためにアダマンタイトの剣を構える。彼の登場のおかげで、状況の流れは一度止まった。それゆえに、今は凪ぎ。

 ここからどうするかは、全てこれから次第。ならばこそ。

 

「行くぞ――」

「行くわよ――」

 

 手持ちの星を、いかに運行させるかが、勝負を分ける。

 その中で、自らも戦わなければならない。だが、

 

 ――是非もなし。

 ――我らの旅路が果てるのはここではないのだから。

 

 人よ、生きよ。

 どうか、生きよ。

 

 その祈りを胸に。

 

「マシュ、ジークフリートさん!」

「はい!」

「ああッ!」

 

 決死の戦いへと、赴くのだった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 決戦の火ぶたが切って落とされた。よって始まるは血で血を洗う殲滅戦に他ならない。

 互いに互いが全滅するまで、終わらない闘争だ。

 よって、彼女もまたその渦中にある。

 傷がまだ完全には癒えていないために、戦えないことに歯嚙みしながら、彼女は、ジャンヌ・ダルクは竜の魔女へと問いを投げかける。

 

 彼女は自分なのだ。だからこそ、どうしてこうなっているのかがわからない。

 

「何故、このようなことを――」

 

 ジャンヌ・ダルクは問う。

 ジャンヌ・ダルクは答える。

 

「なぜ、どうして、そんなものは明白でしょうに」

 

 憎いから。この国が、すべてが。

 

「人類種が存続する限り、この憎悪は収まらない」

 

 それは明確な人類廃滅の意思。死に絶えろ死に絶えろ。廃絶の意思が、波動となって広がってあらゆる全てを滅ぼしていくのだ。

 

 

「これこそが、死を迎えて成長し、新しい私になったジャンヌ・ダルクの救国方法。貴女には理解できないでしょうね。いつまでも聖人気取りで、憎しみも、喜びも、見ないフリをして、人間的成長をまったくしなくなったお綺麗な聖処女様にはね!」

「な……!? 貴女は、本当に、私なのですか……」

 

 その言葉に、黒ジャンヌは呆れたようだった。

 

「私は、どうしても。そう思えない」

 

 自分は、決して、何があろうとも、誰かを恨んだことなどないのだから。

 

 それは破綻している。人間的にもおかしい。

 誰かを恨まない人間などいない。それが、自分を殺した相手など最もたるものだろう。恨みがあって当然だ。もしかしたら、竜の魔女の方が、何よりも正しい在り方なのかもしれない。

 

 だが――。

 

 ジャンヌ・ダルクは、そうではない。

 

「貴女は、本当に、誰なのですか――」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 こちらの人数は二人。相手は五人。

 全てを潰すという、圧倒的なまでの覇気。

 ダインスレイフは、ジークフリートさんが抑えている。アレはマズイ。一度光の英雄を見たおかげで、アレの性質を直感する。

 

 アレは光に憧れた者。ゆえに、光の英雄が奉じる基本仕様を有している。

 つまり、覚醒と進化。

 敵が強ければ強いほど強くなる化け物スキルは、現段階でも駆動している。何より頭がおかしくなりそうなのは、その覚醒を、あの男は容易く息を吸うように行う点だ。

 本気だからできる。などというただの意志力で、息を吸うように覚醒し、それをこちらにも要求してくる。本気を出せ、本気を出せ、本気を出せ。

 

 どこまでも人間の力を信じる強欲竜とジークフリートの戦闘は、暴風雨がそこで生まれているかのようだった。卓越した技巧、超越した意志力による凌ぎあい。

 世界すら割りかねないほどの超重量の意志力を燃料に、戦闘は激化の一途をたどる。

 

 しかし、それは決して、こちらが楽になったというわけでは断じてない。

 残りの五騎の英星がこちらに向かってきている。

 

「――よろしい。では、私は血を戴こう」

「いけませんわ王様。私は、彼女の肉と血、そして腸を戴きたいのだもの」

「強欲であるな。では、魂はどちらが戴くか」

「魂など、要りません。名誉や誇りで、どうして美貌が保てましょうや」

「よろしい。では、魂は私が戴くとしよう」

 

 圧倒的なまでの覇気を放つ槍を持った男。滴る血の臭い、すさまじいまでの気配は竜かと見まがうほどであるが、確かに感じられる王気。

 彼こそは王。ただ一人、全てを串刺しにして領土を護りし者。

 

 もう一人は女。茨を思わせるドレスを纏い、仮面をつけた淑女。あらゆる全て、自らの下にあると言ってはばからない貴族性。

 旧暦の貴種としての青い血が形になったかのような女であり、しかして、そこにあるのはただ一つの嗜虐性のみ。あらゆる全ては自らの為にあるのだ。

 だからこそ、皆すべて悉く、血を流せ。

 

 まず来たのは、男。凄まじいまでの脚力の加速は音を置き去りにしたかのよう。人間であれば反応不可能の攻撃。

 

「――!!」

 

 それでも、反応する。相手は星辰体存在であれば、俺の星ならばその運行を手繰ることができる。しかし、敵にもマスターがいるのならば、操れない。

 だが――。

 

「視ることくらいは!!」

 

 星辰体を手繰るという俺の星の性質上、星辰体を視認できる。攻撃の全てが星辰体であるのならば、その出だしを見ることによって、軌道を読むことが可能。

 あとは直感と心眼、観察眼を総動員して躱す。

 

 だが、そこに獣の如き騎士が突っ込んでくる。手に持っているのは、どこにあったのかわからない木の棒。だが、星辰体と感応し、それはすさまじいまでの力を秘めていることがわかっている。

 獣の如く咆哮する漆黒の騎士の一撃は、重い。

 

「ぐっ――」

 

 受け止めることなんて到底できそうもない。かといって躱せば、振り下ろされた一撃によって砕けた床の破片が散弾のように俺に突き刺さる。

 

「先輩!」

「よそ見をしていていいのかしら!!」

 

 握り込まれた拳。振り上げられた十字架。放たれる二連撃が、マシュを盾ごとぶっ飛ばす。単純な肉体増強の星だ。

 聖職者の如き女は、ありえないほどの力で大気を殴り、空間をへこませる。

 これこそが、聖教国(カンタベリー)に脈々と受け継がれていると言われている拳法。遥か過去では神すらも殺すことができるというヤコブ神拳である。

 

「さあ、血を流しなさい――」

 

 虚空より現出する鋼鉄の処女(アイアンメイデン)。形成されたそれがマシュを呑み込まんとする。

 

「やらせるか!!」

 

 光帯放射にて、迎撃。更に星を切り替え(スイッチ)。二刀を流れるように持ち替えて、相手の挙動を読むことに注力する。

 敵の数が多い。相手の出だしを呼んで先んじていかなければ、この状況は一瞬で瓦解する。なにより――。

 

「くっ!!」

 

 足に突き刺さる矢。 

 どこかにいる射手(そげきしゅ)。足がちぎれ飛びそうなほどの威力の矢が、放たれている。出力をあげないのは、これが理由だ。

 確かに光帯を用いれば、当たらないし、当たっても燃え尽きることくらい可能。だが――。

 

「それだとマシュやジャンヌさんたちが危ない」

 

 あの矢もまた星辰光であるのならば、その軌道を読むことができる。射撃の瞬間を狙ってこちらの身を盾に使って他への被害を減らすつもりだったが。

 

「まだ上がるのか――!」

 

 弾速は、どこまでも高まり続けている。狙いは正確。まるで、どこまで見切れるのか試しているとでも言わんばかりだった。

 そうしなければ、大切な人を護れないぞとでも言わんばかりに。

 

「くそ――」

 

 痛みを気合いで耐えて、放たれる血の杭を躱す。

 

「く――」

 

 躱しきれずに流れる俺の血。

 

「貫くが良い」

 

 その血すらも、王たる男にとっては武器だった。流れ出したばかりの血が俺の腕を貫く。

 

「血は、武器だ」

 

 何よりも強い武器となる。

 串刺しに流れる血は、何よりも恐ろしいだろう。それが同胞の血ならば、格別だ。誰もが恐怖に身をすくませ、隙を晒す。

 

「我が人生を、喰らうが良い――」

 

 男の肉体が弾け、大量の血液が喰いとなって射出される。

 

「Aaaaaaaaaa――!」

 

 構わず漆黒の騎士が突っ込んでくる。

 

「く――」

 

 迎撃の為に、光帯へと星を切り替える。血を蒸発させ、漆黒の騎士の一撃を受け止めるが――。

 

「ぐッ――」

 

 見切りがなくなった瞬間に、胴を貫く矢。

 光帯で防御してなお、その矢は、目標を貫いた。

 

「これ――は――!」

 

 防御など意味をなさない。

 

「――天に坐す太陽神星よ、冥界に座す月天女よ、希う」

 

 獣の特徴を持った女の矢。

 二星の加護を得る。

 弓を弾き絞るほどに増大する出力。青空に輝く太陽神星(アポロン)の加護。

 矢を構成するあらゆる不浄を赦さぬ、月天女(アルテミス)の加護。

 

 光と闇が合わさった灰の矢が、あらゆる目標を穿つ。

 




というわけで、召喚されたのはルシード君でしたが、まあ、彼が早々簡単に戦ってくれるわけもなく。


あと、アタランテさんがFateとシルヴァリオの設定を合わせた結果、凄まじいことになった。
ちょっとこれを見てくれ。

訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)
ランク:B+
種別:対軍宝具
レンジ:2~50
最大捕捉:100人
弓や矢が宝具なのではなく、それらを触媒とした『弓に矢を番え、放つという術理』そのものが具現化した宝具。
“天穹の弓”で雲より高い天へと二本の矢を撃ち放ち、太陽神アポロンと月女神アルテミスへの加護を訴える。

ここだ。
アルテミスと、アポロン……。
月と太陽……
つまり、ヴェンデッタとカグツチの加護を同時使用とかいう、ちょっとアタランテさん、どこの主人公ですか? とかいうレベルのことになっているけど、まあいいよネ。
というわけで、どこまでも出力上昇する星殺しの矢とかいう、クソヤバイ代物が出来上がった。
まあ、これアポート能力なんですけど。借り受けてるだけですけど。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一特異点 邪竜百年戦争 オルレアン 6

 激化を続ける、特異点(フランス)での戦闘。

 その中心は紛れもなくここだった。

 滅亡剣(ダインスレイフ)英雄(ジークフリート)の戦いだろう。ともに英星として高水準の能力値に、格、星辰光(ほし)を有する二人の戦いは、もはや天変地異と変わらない。

 まさしく竜と英雄の戦いだった。

 

 天井知らずに上昇していく出力、圧力。暴力はブレーキの壊れた暴走特急が如く、どこまでもどこまでも加速して甚大な被害をまき散らしながら、まだだと叫んでいる。

 こんなものじゃないだろう。もっとだ、もっと見せろと、大欲まみれの滅亡剣(ダインスレイフ)はさらに熱を上げていく。

 

「――!!」

 

 そして、それにジークフリートが追従するものだから――。

 

「――あぁ、良いぞ。それでこそだ、愛しい英雄!」

 

 ダインスレイフもまた、覚醒するのだ。

 いたちごっこの覚醒合戦と言えばいいのだろうか。覚醒が起きるたびに不条理に、理不尽に、常識を破砕してどこまでも上昇していく出力。

 もはや、二人を中心に空間がゆがみ、世界に亀裂が刻まれるかと思われるほどだった。

 

 どこもかしこも酷いありさまであり、無事といえるのは、錬金術師と聖女くらいだろう。だが、彼らとて無事というには程遠い。

 ただ、単に、竜の魔女と聖女の問答が続いているから無事というだけ。

 

 乱痴気騒ぎはどこまでもどこまでも広がり続けている。この特異点の境界面に位置する村にすら届くほどであり、その余波で人が死んでいく。

 生き残るすべなどありはしない。連続する超新星の顕現、限界突破の危険度。もはや、常人には何が起きているのかすら、いいや、渦中の人間ですら、誰一人として何が起きているのか、把握などできなかった。

 

「――っ!」

 

 リツカは知らず喘ぐ。陸上で溺死しそうなほどの圧力。もはや、ここは宇宙空間。人間が、生きられる場所ではなく。

 輝ける超新星であったとして、この状況を乗り切ることは出来ないだろう。

 

 先の特異点で戦ったような暴走はない。なぜならば。

 

「あれはチュートリアルだからな」

 

 人知れず、呟くのはどこかでこれを観測しているマリスビリーだった。

 暴走(アレ)は、いわゆる戦闘方法を教える荒療治。誰だって武器を初めて持たされて、戦えと言われた戦えるわけもない。

 だからこそ、新暦で最も悲惨であったアドラーの事件を再現し、あの場の残影などを呼び寄せて、こちらで施した施術を起動して、戦い方を無理やりに学ばせたのだ。

 

 予想外なのは本当に英雄が出てきてしまった点であるが、それをリツカは乗り切った。ならばこそ、もう大丈夫。あのような邪道はもうない。

 

「私は、君の輝きがみたいんだ。見せてくれよ、我が愛しい英雄(リツカ)。君の雄々しい姿を、我が心に焼きつけたいのだ。だからこそ、君を選んだのだから」

 

 恍惚とした表情で、マリスビリーは、リツカに期待するのだ。

 さあ、見せてくれ、お前の輝き。人類の中で選んだ、最も素晴らしき(ふへんてきな)男よ。

 

 その願いに応えるかのように、リツカは、意思を滾らせる。

 

「ここでは死ねない。俺はまだ、死ねない!」

 

 意思を滾らせ、覚醒する。

 意志力の多寡が全てを決める。

 意志力さえあれば、不可能はなく、全ては乗り切れる。

 

「――とでも思っていたのか。ふざけるなよ、そう都合よく行くものか」

 

 獣の特徴を持っている女はそういった。

 その矢に宿す星殺しに天井など知ったことかと己の意志力に対して上昇を続ける威力。太陽神星(アポロン)月天女(アルテミス)の加護を受けた矢が、雨のように降り注ぐ。

 

 破滅を宿す恒星から降り注ぐ太陽風。どのように強力な星だろうと、アルテミスの加護の前には無力。覚醒、出力上昇。

 それがどうした、それはこちらも同じ。どれだけあげようが、こちらも同じく上昇するだけ。上昇する星殺しの出力。

 相手の星辰光に干渉し、無理やりにその防御をこじ開ける。そして、その威力を直接叩き込むのだ。

 

 回避不能。弾速および着弾範囲から逃れるには、他の英星を振り切る必要がある。

 

「まだだ――!」

 

 諦めない。たとえ何があろうとも生存を。マシュの無事を

 何より、まだ彼女も諦めていないから。覚醒。進化。

 二人の同調はより強く深まっていくが――。

 

 桁違いに上昇する出力。互いに相乗させて、強化する――。反動で内臓がいくつか破裂し、骨にひびが入るが、それでも今は、躱すことが最優先。

 

「逃がしません」

 

 その時、空間が、引っ張られた。

 

「な――!」

 

 十字架に拳を握った女が、空間を引っ張ったのだ。これこそが、神すら殺すとされるヤコブ神拳。その術理、その新暦版。

 感応したアストラルを、増強した筋力で、相手事引っ張った。

 言葉にすれば単純だが、いったいどれほどまでに彼女の能力値は増強されているのだと恐ろしい。

 

 そして、再び矢の範囲にぶち込まれた。そこに更なる追撃が走る。

 

「さあ、血を啜ろうぞ」

「その血を、流しなさい。私の為に」

 

 二体の英星が来る。

 槍を持った男と、拷問具を武器とする女。

 絶体絶命。

 

「いいや、まだだ」

「はい、まだ、諦めません!」

 

 この戦闘が始まってから十度目の覚醒が巻き起こった時。

 滅亡剣と英雄の覚醒進化が百を超えた時――。

 

 特異点に生じた軋轢、英星召喚という極晃星との接続を行っていたのをぶち壊して始まった戦闘だったゆえに、それは巻き起こった。

 本来ならば、接続不可能。

 依り代も、縁もない状態における上位次元との接続が成されてしまった。無論、相手側も狙っていたことではあるが、其れゆえに、上位次元の住人はここに限定的な召喚を成し遂げた。

 

「天墜せよ、我が守護星――鋼の冥星(ならく)で終滅させろ」

 

 それは、飢えた狼の遠吠えのようにも聞こえた。

 

 絶望(きぼう)を喰らうべく、常闇の底から、地獄の番犬が姿を現す。未熟な貸出品(レンタル)などではない、本家本元(オリジナル)がその牙を剥く。

 飛翔していた矢の全てが、死に絶えた――。

 

「冥王の御許に仕えて幾星霜。渇きと餓うえを亡者の血肉で潤しながら、尊き光の破滅を祈る傲岸不遜な畜生狼。

 呪詛を吐け。希望を喰らえ。嘆きの顎門(アギト)を軋きしらせろ。牙より垂れる猛毒がどうしようもなく切に切に、天の崩落を望むのだ。

 絢爛(けんらん)たる輝きなど、一切穢けがれてしまえばいいと」

 

 言葉にするのも馬鹿らしいほどの呪詛がまき散らされる。それがその場にあるだけで、あらゆる星が滅亡する破滅の呼び声。

 終末に狂い哭く冥狼の咆哮が戦場に轟いた。

 

 希望よ穢れろ。光り輝く者全てよ、我が汚濁(さけび)で汚してやろう。傲岸不遜な畜生王は、奈落に響く絶望の詩を謳う。 

 眩い光の破滅を願いが、駆動する。

 

「死に絶えろ、死に絶えろ、すべて残らず塵と化せ。

 慟哭(さけび)も涙も無明へ墜ちた。闇に響く竪琴だけが、我が唯一の拠所」

 

 もはやあらゆる英星がその存在を感じ取って、動きを止めていた。これは、まぎれもなく、英星にとって毒以外のなにものでもない。

 否、元来光側である英星は、この奈落の慟哭(さけび)を無視することなど不可能だ。なにせ、相性が悪いどころではない。

 これは紛れもなく英星の天敵。

 太陽系を放逐された終星(ならく)の眷属。なによりも先にこれを滅ぼさなければならないと行けないと感じた。

 

「ならばこそ、死界の底で今は眠れよ吟遊詩人。愛の骸と寄り添いながら。

 怨みの叫びよ、天に轟け。虚空の月へと吼えるのだ」

 

 地獄の底から、鎖を引きずり闇の冥狼が、今その身体を地上に這い出してきた。

 これこそが真なる星殺し。

 滅奏の詩。

 かつて吟遊詩人が奏でた悲哀の詩が鳴り響く。

 死界を統べる冥王(ハデス)の眷属が今ここに――。

 

超新星(Metalnova)――狂い哭け、呪わしき銀の冥狼よ(Howling Kerberos)

 

 万象を終滅させる反星辰光(アンチアステリズム)の化身が、ここに降臨した。

 

「――――」

「せん、ぱ、い――」

 

 よって、全てはその瞬間に終わったと言っていい。

 あらゆる全てが、消滅した。

 敵の攻撃も、こちらの攻撃も、戦闘もなにもかもが。

 噴出する闇の波動に降れたものは、例外なく全てが死に絶える。急激な環境変化、星辰体が満ちる世界からの滑落は、すさまじいまでの影響を生物に与える。

 木々は枯れ果て、わずかに残っていた草原は、何も残らぬ荒野と化した。小型の虫などは、全てが死に絶えた。

 それは当然、俺やマシュにも影響があり――。

 

「ぐ、がああああ――」

「ああああ――」

 

 間近で波動を浴びたために、もはや戦闘継続など不可能だった。

 死んでないだけ、マシだろとでも言いたげな闇の冥狼は、わずかにこちらをみただけで、すぐに視線は目の前のに集った英星に向けられる。

 どうやら敵ではないのか? しかし、それならばこちらにまで被害を出すのはどういうわけだ。まるで、先ほどまでの覚醒が気に入らないとでも言わんばかりのその態度は――。

 

「乱痴気騒ぎも大概にしろってんだ。世界を破滅させて、まだ足りないのか、おまえたち」

「おーおー、久しぶりじゃあねえか、冥狼(ケルベロス)さんよォ。遊びたかったんならさっさと出てくればいいものをよォ」

「また、おまえか。まったく、つくづく光ってやつはどうしようもない。だが、悪いな。今回も時間がない。加減なしだ――死ねよ、光の亡者ども」

 

 闇の冥狼の咆哮が轟く。振動する大気、次元、特異点の全て。何が起きるのか、わかってしまった。何をするのかわかってしまった。

 ほとばしる反粒子の波濤はとめどない。これより行われるのは、まぎれもない全力の能力行使(アンチ)。死に絶えろ、死に絶えろ、死に絶えろ。

 呪詛の念が、噴出し、光に泥を塗る。

 

 まずい、ここから離れなければ間違いなく、死ぬ――。

 この能力に敵味方の区別なんてつかない。つけられない。ただ全てを滅奏の詩で、破滅させてしまう。

 だが、どんなに意志力を出そうとも、身体は動かない。蓄積されたダメージ。反星辰体が身体を蝕んでいる。たただただ冷たく、冷え切っていく。

 

 ――まだだ。

 ――このようなところで、終われるはずがない。

 

「あ、く――」

 

 わかっている。そんなことはわかっている。わかっているが――。

 

 その時、ガラスの薔薇が咲き誇った――。

 

「――まったくもって優雅ではありません」

 

 戦場に響く新たな声。

 それは否定する声。

 

「貴方はそんなにも美しいのに。まったくよろしくないわ」

 

 銀悠冥狼の在り方も、戦い方も。

 思想も、主義も、あらゆる全てがよろしくない。

 それは確かに仕方のないことなのだろうと、わかってはいるのだろう。

 

「ああ、わかっているさ。俺が塵屑だってことくらい」

「もう、そういうところもです」

「えい、せい、ですか」

 

 もう一騎の英星がここに現れる。

 それは優雅な、赤い衣装に身を包んだ女性。

 

「ええ、そうよ。さあ、名乗りをあげましょう。嬉しいわ。これが正義の味方として、名乗りをあげるということなのね!」

 

 優雅に、とても楽しそうに彼女は笑顔を浮かべて硝子の馬車とともに現れた。

 

「それじゃあ、この方々は連れていくわね、狼さん」

「ああ、勝手にしろよ。ただし、逃げられるかは保証しないがな。我が奈落の叫びを聞け――闇黒星震(ダークネビュラ)全力発動(フルドライブ)

 

 あとは勝手に自己責任で助かってくれ。

 発生するごく小規模の大破壊(カタストロフ)。廃城を含む範囲を滅却する闇の波動が発生する。それはまさしく星辰滅奏の滅びの詩。

 遍く全てを否定するおぞましき冥界の瘴気が、全てを蹂躙して死の常闇へと攫って行く。

 

「あらあら、すごいわ! でも、あまりはしゃぐわけにもいかないわね。ここは戦場ですもの――お待たせしましたアマデウス。ウィーンのようにやっちゃって!」

「任せたまえ。死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)

 

 それは、世界の敵が殺した人々への鎮魂歌。

 この曲を聞いたものは、動けなくなる。敵の英星たちが動けなくなる。

 荘厳なる曲によって。

 

「それではごきげんよう皆さま。オ・ルヴォワール!」

 

 彼らが足止めをされている間に、俺たちは逃げ出した――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「さて――」

 

 全てを破壊したあとに、冥狼は立っている。既に体は崩壊を始めている。未だ、この特異点に立つには、あらゆる条件が足りていない。

 よって此度の干渉はここで終了だ。次の特異点があれば、今よりももっと干渉できるだろう。それもこれも、あの男の光の君主の企みのせいだ。

 

「どいつもこいつも生き汚い」

 

 だが、これで再起するまでの時間を稼げるだろう。

 本当ならば、あの英雄二人を先に進めてはならない。

 

「だが、世界を元通りにするには、奴らを進める必要がある。まったく、厄介なことをしてくれる」

 

 だが、それでもやるしかない。

 あの日向を、あの再会を護るためならば――。

 




というわけで、あまりにもとんちきがとんちきするので、闇の冥狼さんが出張してきました。

アタランテさんの性能がガチでシルヴァリオ世界だとヤバイ……
意思に従って無限上昇する出力、星殺し。

さすがアタランテさんだぜ。

そして、茨木ちゃんを殴り続けて、最短が5ターン。もっと短くしたい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一特異点 邪竜百年戦争 オルレアン 7

「何をやっているんだい、ゼファー、似合わな過ぎだろ。君、そんなキャラだったっけ」

 

 遠ざかっていく冥狼を見ながらルシードはそう一人、ごちていた。まさかまさか、かつての親友と再会などという事態になるとは思いもしなかったわけである。

 いや、アレが親友だと気が付けるのはさすがであるが、あまり難しいものでもない。頑張って威厳を出そうとしているのかもしれないが、端々から香る、めどくせー、働きたくねぇー、などといった無職オーラは誤魔化すことは不可能。

 何よりあの滅奏の輝きだ。生まれる瞬間をルシードは見ているわけで見間違えるわけもないだろう。だからこそ、あの意味不明な恰好とかには色々とツッコミたいわけで。

 

 などとルシードが思っている間に、リツカは、新たに現れた英星と話をしていた。

 

「あの、助けていただきありがとうございます」

「まあ、良いのよ。助けるのは当たり前だもの。私はマリー。マリー・アントワネットよ。で、こちらがアマデウス」

「よろしくね」

「リツカです。こっちはオレの英星のマシュで、ジャンヌさん」

「よろしくお願いします」

「まあ、貴女可愛いわ」

「あ、ありがとうございます」

「で、そっちの人が、新しく召喚された英星なんだけど」

「ああ、僕か。僕はルシード・グランセニック。なんだってこんなところに召喚されちゃったのかわからないけど、一応英星だね。でも、僕は戦う気はないよ。ここには麗しの花もいないし、君に召喚されたとは言え僕はあまり戦いたくないからね」

 

 麗しの花?

 

「まあ、それは仕方ないし、とりあえず今は体勢を整えたい」

『やーやー、ダ・ヴィンチちゃんだよー。話は聞かせてもらった。そこに丁度良い森があるからそこで休むと良い。そこには敵はいないようだ』

「ありがとうダ・ヴィンチちゃん」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの言葉通り、森があり、ひとまず安全な野営地を確保する。どこから敵が来るかわからない為、火は使えないが、ひとまず休める。

 そうなると全身の疲労を認識するし、何より傷も深い。

 

「ジャンヌさんは大丈夫ですか?」

「ええ、私は大丈夫です。貴方方の方が、怪我としては酷いかもしれません。なにより私は英星ですから」

「ジークフリートさんは?」

「問題ない」

「マシュ?」

「はい、大丈夫です。先輩こそ、大丈夫ですか?」

「オレも大丈夫。ひとまず休めばなんとかなるよ」

「それはよかったわ。それなら、ここは皆さんで情報交換をいたしましょう?」

「そうですね。情報はなによりも大事です。我々はこの時代に疎いので、どうすればこの時代を修復できるのか、そのヒントになります」

 

 まずは現状の確認。それが何よりも肝要であった。未だ、自分たちは、この特異点に来たばかり。何かを知る前に戦闘に巻き込まれてしまった。

 よって、改めて現状の確認が必要だった。今のままでは、この特異点を修復するということすら不可能。

 

「では、私から話しましょう」

 

 ジャンヌさんから話し始める。急務は情報の確認と把握。誰がどの程度の情報を得ているのか、何がわかっていないのか。 

 これからともに戦うのか、それとも別れるにしろ、少なくともここにいるメンバーは共通の敵、強欲竜団を相手にする。

 そのためにも、まずは現状の把握が必要だった。特に、オレやマシュはこの時代のことに疎い。新暦人にとって旧暦の歴史というものは、初耳のことなのだ。

 

 わずかに伝わっている事柄以外、何一つ知らないまっさらな状態。説明は受けたが、ここでもう一度確認することで、より理解を深めるのだ。

 

 まず、全ての元凶について。

 それは竜の魔女と呼ばれるもうひとりのジャンヌ・ダルク。

 

 どういうわけかこの時代には二人のジャンヌ・ダルクが存在している。英星システム的には、どうやらあり得ることらしいが、それはおかしいのだというのは本人だった。

 

 竜の魔女は復讐を口にしている。何もかもを殺しつくし、このフランスを殺しつくす。その証拠に、己を火刑に処したピエールなる人物を殺しているらしい。

 だが、本人が言うには、復讐心など何一つ持ち合わせていないのだ。だからこそ、彼女には、あの自分が、自分ではないように、誰なのかわからないのだという。

 

 最悪なのは、その竜の魔女がファヴニル・ダインスレイフを召喚し、強欲竜団によってこの時代を蹂躙しているということだ。

 もはや、この時代に無事な場所などありはしない。

 

 当然だろう。人間では強欲竜団には敵わない。アレは並の星辰奏者ですら苦戦するほどの難敵なのだ。それが今やその首魁である滅亡剣が英星となり、強欲竜団自体が宝具(ほし)と化している。

 その危険度は、かつて古都プラーガを含むアドラー帝国東部戦線にて蹂躙劇を斬り広げていた頃よりもはるかに高い。

 

 それ自体が極小の小惑星なのだ。一つ一つは、星辰奏者に及ばずとも数が多く何より死を恐れない。そこそこの質に量を加え、圧倒的質を蹂躙する。

 何より彼らは、戦いなれている。星辰奏者との闘いに、英星との闘いに。多数で一を蹂躙することに慣れている。その戦略、戦術も合わさって最悪極まりない、群体にして一つの生物となっているのだ。

 

 彼は旧暦の存在ではないため、まず間違いなくこの特異点の歴史を歪めている者であり、討伐対象だ。

 さらに五騎の英星たちの存在。さらに増えている可能性すらある。彼らもまた、この時代の存在ではないため、討伐対象である。

 巨大な亀のような竜を連れた女性に、槍をもった貴族然とした男、拷問器具を武器とする女、莫大な出力に滅奏を乗せる弓兵の女に、あらゆるものを武器とする狂乱した騎士。

 誰も彼も一騎当千の英星だった。

 

 こうやって上げ連ねていくだけでも、戦力差は莫大であり、厳しいことこの上ない。

 問題は、やるべきことがそいつらの打倒という事。

 原因は十中八九竜の魔女であり、この特異点を特異点足らしめている存在に間違いない。

 だからこそ、それを倒して聖杯を回収することが任務になるのだが――。

 

「それをするには、何もかもが足りない」

 

 こちらの戦力は、マシュ、ジャンヌ、ジークフリート、マリー、アマデウス、オレ。ルシードはせっかく召喚されたが戦う気がない。

 

――彼の戦いはまた別にある。

 

 ゲーティアがそういうのならば、ルシードを攻めるわけにもいかないだろう。それに、戦いたくないのなら戦わない方がいいのだ。

 絶対に。

 

「そうなると、各個撃破しかないか」

 

 敵の戦力を個別に襲撃して減らしていき、全ての元凶が座主であろうオルレアンをめざす。ゲリラ作戦。

 

「あるいは、敵の首魁を狙うか」

 

 もしくは、戦力差が大きく、こちらの戦力が少ないのならば、やるべきことは暗殺だ。誰にも気が付かれないように潜入し、竜の魔女を倒す。

 しかし、問題はダインスレイフだ。あの男が、早々簡単に暗殺を赦すはずもない。

 

「困ったわねぇ。アマデウスなにか良い案はないかしら?」

「んー、とりあえず、寝たらどうだい? 今考えても無駄なら考えない。明日考えよう」

「まあ、駄目な人の典型的な考え方よ」

「当然だとも。なにせ、僕は音楽以外駄目な人間だからね」

「でも、アマデウスに賛成よ。皆さんお疲れだから、明日また考えましょう? 特にマスターは、疲れているでしょう?」

「確かにすこしは」

 

 ならば休まなければというマリー王妃の言葉で、今日はここまでにして休むことになった。野宿である。暗がりの中、眠ることになる。

 見張りはジークフリートがやってくれるという。なにより、英星ならばねむらなくとも問題にはならない。

 

――ゲーティア。

――なんだ、マスター。

――どうすればいいと思う。

 

 眠り、自らの内にいるゲーティアへと話しかける。

 

――やるしかあるまい。我らには退くという選択肢が遺されていない。しかし、戦力差は大きい。ならば、敵を各個撃破しつつ、戦力を探すほかあるまい。

――まだ、この特異点に英星がいるってこと?

――無論だ。人理とは、そういうものだ。必ず戻ろうとする力が存在する。人類を存続させようとする意志がな。

 

 ゆえに、この特異点にはまだ、こちらの味方になってくれるサーヴァントがいるはずであるとゲーティアは言った。

 それならば希望が持てる。こちらも英星をそろえれば、より多く出来ることが広がる。

 

 今のままでは満足に強欲竜団と戦う事も出来ない。戦力差が大きすぎるのだ。

 ならばそれを縮めることが肝要。少なくとも、寝る前に聞いたマリーたちの話を思い出す。

 

「私たちの情報が役に立ちそうよ」

 

 マリーさんたちは、このフランスを巡ってきたという。あの硝子の馬車で巡った。どこもかしこも地獄であったことに変化はありはしないが、それでも数少ない生存者たちと遭遇し、少なくない情報を仕入れて来た。

 それは英星の情報。

 

「人が多く集まる場所には英星がいるようなのです」

「なるほど、竜の魔女に召喚されたわけではない英星であるならば、未だどちらの陣営にもついていないということ。そうであるならば、彼らは襲ってくる敵を迎撃する」

 

 戦闘も起きるが、自分たちで逃げるよりも英星の近くにいる方がマシということなのだろう。

 

「…………」

 

 どのような英星がいるのかはわからないが、ゲーティアがいうには、この特異点を救うに適した英星が召喚されるのだという。

 ならば、あとは敵よりも早く英星をみつけること。これが何よりも重要だ。幸いなことに移動手段としてマリーさんが馬車を持っている。彼女の力で創り出されたそれを使えば、素早く移動が可能だ。

 

 ならば、あとはカルデアに頼るしかない。カルデアは、ある程度の範囲にいる英星を探り当てることができる。英星はその成り立ちゆえに強く星辰体と感応している。

 それを観測すれば、おのずと居場所はわかるということだ。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「いいわね、あいつが寝ている間に、特異点にいる英星の居場所を割りだすのよ!」

 

 オルガマリーの一声で、職員たちが仕事に取り掛かる。

 やっていることは、特異点より送られてくるデータの可視化とそれによる英星の居場所の算出であった。一つの世界を観測し、それを形にするのは旧暦の大型演算装置が必要になるが、半導体技術が失われた新暦にそんなものなどあるはずもない。

 ゆえに、才能、気合いと根性で職員たちは、莫大な計算をこなしていく。全ては世界を救うために。誰も、きついなどという言葉は使わない。

 

 かつての英雄が如く、誰もが(みらい)を目指し、己の職務を果たさんとする。彼らは星辰奏者でもなければ、天星奏者でもない。

 だが、そうだからこそ彼らは奮起する。それだけが自分に出来ることであるからだ。

 

「レフ、シバの調整はどう?」

「ああ、今丁度特異点に合わせた調整が済んだところだ。時間がかかってすまない」

「いいわ。いきなり旧暦だもの。これからもっと深度が深くなるはずよ。その時に困らないように、もっと細かい調整をしておいて」

「わかっているよオルガ」

「それなら、一度休んでくれませんかね、副所長もレフ教授も」

「やあ、ロマニ。君が管制室に来るなんて珍しいね」

「カルデアに閉じ込められたんだ、メンタルケアに走り回っていたんだよ。でも、ここ最近はそういうことも少なくなった。やるべきことが出来たからかな」

 

 人間やるべきことがあれば、必死になる。それが世界の為だというお題目があるのならば、誰もが奮起するのは当然だった。

 そういう人間ばかりが、ここには集められているからだ。誰もがあの鮮烈な光を忘れていない。

 

 かつてアドラーにて起きた蛇遣い座(アスクレピオス)の大虐殺を生き残った人々もここにはいる。

 かつて古都プラーガにて起きた騒乱を生き延びた人々もここにいる。

 

 誰もがあの戦乱の中で光を見た。

 それは、鮮烈な光であった。それに心打たれた者は多い。

 

「ロマニ、私たちが休めるわけないでしょ」

「それはわかってますよ。リツカ君の存在証明をし続けなければ、特異点に呑み込まれてしまいますからね。でも、所長やレフ教授が倒れたら元も子もないでしょう」

「ふっふっふ、そういう時の私なーのさ」

 

 管制室に現れたのはさらに珍しい人物だった。

 

「レオナルド・ダ・ヴィンチ」

「かたいかたい。そこはもっと心を籠めて、ダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれても良いのだよ」

「いえいえ、店長それは無理ですって」

「ムリムリ。だって、店長元男ですし」

「元男にちゃんづけは、結構厳しいですって」

「はいはい、双子は、さっさと仕事にとりかかる」

「ラジャー」

「了解です」

 

 双子は、計算を行っている職員たちのところへ向かっていった。

 

「……それで。何しに来たのかしら」

「なに、みんな頑張っている中ダ・ヴィンチちゃんだけ工房にひきこもっているわけにもいかないのさー。そういうわけで、少しばかり計算機を創ったりしてきたところさ」

 

 双子が何やら組み立てを行っている。それは、階差機関。いいや、それをさらに発展させた解析機関だ。

 

「バベッジ卿に怒られそうだけど、まあ、そこはそれ。機械式コンピュータ。新暦は機械の抵抗がないからね、半導体なしに色々な計算を行うにには、これが必要だろう?」

 

 そう、戦っているのはマスターだけでない。カルデアもまた、戦っている。

 

 

 ゆえに――。

 

「ああ、任せたまえ。かならずや、君たちの頑張りが無駄になどならないようにする。誰もが幸せな世界を創ってやるとも」

 

 人知れず、マリスビリーは作業を続けるのであった――。

 




遅くなったが更新です。

とりあえず、詠唱と能力考えないとなぁ。

シルヴァリオグランドオーダー 夏イベ。
夏だ、海だ、水着だ!

配布は水着アッシュ。

というわけで、水着英星ピックアップ1
星5水着総統閣下(競泳水着)
星4水着糞眼鏡 (ブーメラン)
星4水着滅亡剣(パーカー黒竜水着)
星4水着レイン(パレオかわゆい水着)

ピックアップ2
星5水着ガラハッド《ブーメラン》
星4水着ミステル(正統派)
星4水着アヤ (なんかすごい)
星4水着ティナ&ティセ(スケスケ)



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。