ダンジョンに死人が居るのは間違っているだろうか (風風)
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冥府の女神

「ほう?そのような場所が存在するとは。世も末よな」

 

女の声が辺りに響く。

ところどころに篝火(かがりび)が設置されているその部屋は巨大で暗く、しかし階段を隔てて女より少し離れた位置で対面している存在の『ソレ』にとっては心地が良いのかゆらゆらと一定のリズムで己を揺らしていた。

 

――――。

 

「そうであろうな。でなければ、御主が妾の元に来ることは叶わんからの」

 

そういって女は微笑みを浮かべて脚を組んだ。色白で、世間では所謂(いわゆる)美脚と称される形のものを。『ソレ』が少し戸惑いの雰囲気を醸し出すと、女は悪戯が成功した子供のように笑った。

 

「ふふっ、興味本位に試してみたが中々に悪くなさそうよな。すまんの、ここ数十年は暇をしておったのだ。許せ。……して、御主は何を思う?」

 

――――?

 

「勘違いするでない。妾は単に、面白い話をした久方ぶりの客人に礼をしようというだけよ」

 

女の目は鋭い。

だけに限らず、声、雰囲気、振る舞いが全て異なっていた。暗に嘘は許さないとでも言いたいのであろう。

 

――――。

 

「……それで、良いのだな?」

 

ふいに『ソレ』は揺らめきを抑える。

騎士が誓いを立てるように示した所作が女を満足させたのか、(おもむ)ろに椅子から腰を上げると数段の階段を下る。先程と違い一切の動きを見せない『ソレ』に近づき、そして通り過ぎていった。

 

「何をしておる、付いて参れ。条件有りではあるが、御主と契約をしてやろう」

 

不思議そうに留まる『ソレ』を優しく叱りつけながらも歩く。先には装飾の施された大きな扉があり、女の目が向けられている事から目的地がそこなのは明らかであった。

 

「妾も最近は退屈しておったのだ。昔と違ってここに来る骨のある者達も減っていく一方であったしの。であるが故に、この機を逃す術はあるまい」

 

なんとも自分勝手な言い分を垂れ流す女の後ろを『ソレ』は追いかける。

 

「確か下界では神々が子を持ち、それらを一つに纏めたものをファミリアと呼ぶのであったな。ならば妾もそれに準じ、ここにファミリアを創ると宣言しようではないか」

 

優雅な足取り。

その魅力的な身体に纏わる美しいドレスも相成って、それはまるで一つの高価な絵画のようである。

そしてあっと言う間に扉の前に立つと――。

 

「ネフティスファミリア。それが下界に降りた際に名乗るファミリアの名よ。さあ、魂の救済を行う妾の最初で最期の僕となれ。哀れで愛らしい元人間よ」

 

不遜に、冥府の女神ネフティスは言って扉を開け放った。




ダンまちが書きたくて書いた。
かなり思いつきなので更新は遅めです。
そんな作品ですが、お付き合い頂ければ幸いです。


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男と少年と美しき少女

少年は駆ける。

石造りの狭い通路を、時に段差に足を取られながらも白い髪を振り回しては全力で駆ける。

 

「ハァ、ハァ、ハァ…………ッ!」

 

足に乳酸が溜まっているのが感じられた。

 

――構うもんか。

 

心臓が煩わしい程に脈を打ち、肺も悲鳴を上げている。

 

――構うもんか!

 

全力疾走の影響で酸素が足りず、そのせいか視界が僅かにぼやけてしまっている状態だ。

 

――構うもんかッ!!

 

一言で表すなら満身創痍。

通常であるならとっくに歩いて耐力を回復する場面だが、少年にはそれが出来ない理由があった。

 

「ブモオオォォォ!!」

 

通路――ダンジョン内に怒号が響き渡る。

牛の頭に巨大な人間の体躯を持つ怪物ミノタウロス。現在少年は、その怪物に追われている真っ只中であり、どうにか逃げ延びようと抗っていた。

 

「うわあぁぁぁ!!」

 

振るわれる豪腕。

当たれば重症は免れないであろうそれを紙一重で回避し、少年は尚も駆ける。

きっとこの先に出口、または運良くミノタウロスを倒せる人物に出会えることを願って。

 

「なっ…………!」

 

しかし現実は厳しく、ダンジョンの角を曲がった先には袋小路になっていた。

 

「フゥ、フゥ…………!」

 

振り返れば戦闘態勢に入っているミノタウロス。明らかに目が血走っていて、少年は否が応でも最悪の事態を想像して壁に背を着けてへたり込んでしまう。

 

「オオォォォアアァァッッ!!」

 

そして遂に、豪腕が振るわれた。

 

(ああ、じいちゃん。ダンジョンで出会ったのは可愛い女の子じゃなくて、筋骨隆々の恐ろしいモンスターだったよ……)

 

世界が全てスローに映る。

俗に走馬灯と言うのだろうか、少年は祖父から聞かされた『ダンジョンで女の子と出会い、ハーレムを作る』その言葉を思い出し、実に虚しい結果に心底落胆する。

 

数瞬先に自分は生きていないだろう。

諦め、目を閉じようとしたその時――。

 

「…………え?」

 

――ミノタウロスの腕が飛んだ。

 

「君、無事かい?」

 

一体何が起きたのか。

原因を見つけ出す為に聞こえた声の方向へ加顔を向けると、ミノタウロスの傍らに人が立っていた。

 

「は、はい……」

 

「なら良かった。急いで此方に向かった甲斐もあったものだな」

 

声から察するに男だろう。

細身の紅い刀剣を片手に佇む姿は堂に入っており、全身を覆うこれまた紅いフードが更に異端者の風格を漂わせていた。

 

そしてその男は悶えるミノタウロスを見逃す程甘くはなく脇、足の腱、首筋などを斬りつけた後、袈裟斬りにて魔石を残してその存在を葬り去った。

 

「……凄い」

 

僅か数秒の出来事に少年の口から自然と感慨の念が漏れる。

 

「さて。問題なく対処したところだし君を地上に送ろうと思うんだが……。すまない、返り血の事まで頭に入っていなかったよ」

 

見ると少年は血塗れになっていた。

自身の血ではなく、ミノタウロスの血であることが不幸中の幸いか。

 

「い、いえ!気にしないで下さい!こうして助かったのも貴方のお陰ですし!」

 

「そう言って貰えると助かる。それじゃあ早速…………ん?」

 

地上へと送ろう。

男はそう言いかけて、近づく足音に先を詰まらせた。

 

一定で軽快なリズム。

男は恐らく人間の女性でないかと当たりをつける。

 

果たしてそれは間違いではなかった。

 

流れる金糸のように美しい髪。白雪を思わせる肌に、目を見張る整った顔立ちはまるで女神に出会ったような感覚。一種の芸術作品のような少女に、男は思わず息を飲んだ。

 

「ほ、ほ」

 

しかしその出会いは少年の何かを駆り立てたようで――。

 

「ほわああぁぁぁああ!!」

 

ミノタウロスから追われていた頃より遥かに上回る速度を出しながら、ダンジョン内を駆けていった。



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その男 ライエル・クレイン

「ほっ、ほっ。その様な事があったとは、実に愉快な話よのう」

 

とある一軒家。

そこに一組の男女がベッドの上で肌を重ねていた。男はうつ伏せになって鍛え抜かれた上半身を惜しげもなく曝け出し、対して女――ネフティスは男に跨っては掌を背に当てている。そう、途轍もなく健全に(背中)()を重ねていた。

 

「笑いごとじゃありませんよ、ネフティス様。新人が死にそうになっていたんですから」

 

「御主が面白い話を持って来るのが悪い。妾はそれに素直な感想を述べた迄よ」

 

「はいはい、申し訳ありません……」

 

咄嗟に口から出た平謝り。

現在、男は主神であるネフティスにステイタスの更新をしてもらっている最中であった。

その際、そう言えばと本日助けた少年の話をするとネフティスは笑い出し、その反応をあまり良く思わない男が反論したのが事の経緯である。

 

「微塵も悪いと思っていない謝り方をしおってからに……。まぁ良い、出来たぞ」

 

ネフティスが身体の上から退くと、男は半身を起こして能力の内容を書かれた羊用紙を受け取る。

 

「うーん、やはり変わっていませんね」

 

自らのステイタスが書かれているそれをジッと見つめ、少々残念そうに呟いた。

 

「当たり前の事を言うでない。そもそも能力の上昇は肉体に経験値(エクセリア)、魂に恩恵(ファルナ)があることによって起こる現象。だが御主は一度死に、妾が無理やり下界に蘇生させたことによって肉体と魂が正常に結びついておらん。そんな御主が成長を望める訳がなかろう」

 

「分かっていますよ。ただの独り言です」

 

そう言って服を着る。

だが何時もと同じなのはここ迄で、更に上から鎧を着用しては愛刀を腰にぶら下げた。

本来なら主神であるネフティスに夕食を用意するなり、暇潰しに書物を読み漁る姿を見せる筈である故に率直な疑問を投げ掛けた。

 

「またダンジョンに潜るのか?」

 

「ええ。今日の分の『食事』を出来ていませんから」

 

「そうか。妾を一人にさせぬよう、存分に喰らってくるが良い。それとあまり遅くならんように。腹が空いて叶わんからな」

 

人を食ったような笑みに、何時もと変わらない態度。然しそれがどうにも嫌いになれず、男は『行ってきます』と少し呆れながらも建物から出る。

 

「……太陽が眩しいな」

 

目を細めてフードを被る。

幾分かマシになった状態で歩みを強め、気分良くオラリオの中心へと向かっていった。

 

 

その男の名はライエル・クレイン。

現ネフティスファミリアに所属するLv5の冒険者。

かつては『炎帝』として恐れられた、アストレアファミリアの元幹部である。




明日は投稿できないので更新。
ここらでペースが落ちると思います。


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私の夢

お久しぶりです。
やっと落ち着いて書けるようになってきました。
今回はリューさん側の視点です。


私は今、夢を見ている。

 

とても幸せな夢だ。

使えるべき主神がいて、共に笑いあえる仲間がいて、寄り添いたいと思える人がいて。

そんな人達と机を囲んで談笑しながら、夢の中の自分は他人に気取られない程度に微笑んでいる。

 

きっと、この先もこんな日常が続いていくんだと漠然に思い込んでいた頃の自分。

子供でも考えつくような思想で、それが如何に絶妙なバランスの上で成り立っているものなのだと気づけなかった。

 

──ああ、懐かしい。

 

だからこそ、これは夢だ。

 

黄金色の淡い幻想。

輝かしい記憶はやがて色褪せ、打ち捨てられた石のように片隅へと追いやられてしまう。

そして夢はそれを拾い、忘れぬようにと情景を映し出すのだ。

 

なんと眩しいことか。

なんと嬉しいことか。

なんと泣きたくなることか。

 

なんと──惨たらしいことか。

 

腕を伸ばし、所在無く彷徨った後に胸へと辿り着いた掌は、それを傍観する私の服をきつく握りしめた。味覚など感じるはずはないと言うのに、噛み締めた唇から流れる鉄の味がする赤い液体が口内を侵す。

 

──やめて。

 

思わず口から漏れた。

命を乞う弱者の如き呟きを、夢は知ったことかと言わんばかりに次の場面へと変化する。

夕暮れのオラリオが見渡せる丘に隣どうしで座るのは少し緊張気味の自分と、正反対に落ち着き払った「彼」の姿。

これも私の記憶の奥底に転がっている幸せを映し出した情景だ。

 

『これをリューに渡そうと思って』

 

そう言って「彼」は懐から茶色い細長い箱を取り出す。多少の装飾が施されたそれは、見る人が見れば中々に高価な物だと判断出来た代物だが、その頃からそういったものに疎かった私は疑問を持たずに蓋を開けて中身を取り出した。

 

『……ネックレス、ですか』

 

それは鎖の先に可愛らしい紅い花が装飾されていた。

 

『そう。本当はもっと早くに渡そうと思ってたんだけど色々と手間取ってね。折角だし、着けてあげるよ』

 

持っていたネックレスを手早く取って背後に回る「彼」。予想外の展開に気恥ずかしいのか像のように固まっている自分。

 

──もう、やめて。

 

『この花は炎をモチーフにしてあるんだ』

 

『炎を?』

 

『ああ。炎は破壊と再生を司る。リューに襲いかかるあらゆる不幸を破壊し、どんな傷も癒して再生できるようにってさ』

 

『……私はそんな柔な女に見えるのでしょうか』

 

『どうだろうな。ただ、性別に限らず人ってのは案外弱い生き物だ。どれだけ強くても必ず綻びがある。そこを少しでも刺激されると、簡単に人は瓦解するんだ。だからそれを守るものが必要で、お守りだったり、家族だったり、信念だったり。人によって違いはあるけど、これがリューにとってのその一つになれば良いなと思ってる』

 

完全な自己満足だけど。

そう「彼」が自嘲気味に言うのと同時に、着け終わったのか正面へとやってくる。たしかその時の私はなんとなく、本当になんとなく感想を聞きたくて。

 

『似合って、いますか?』

 

顔が赤いのを自覚しながら、「彼」を真っ直ぐに見て返事を問いた。

 

『……似合ってる』

 

顔を逸らして少しぶっきらぼうに言う「彼」。夕陽の所為なのかは分からなかったけれど、赤面していたような気がする。

 

幸せの日常はこれ以外にも多くあるけれど、今の私にはとても見ていたいと思えるものではない。

 

──お願いだから、もうやめて。

 

故に終わりを願ってしまう。辛すぎるから。溺れてしまいたくなるから。甘美な匂いの先には堕落が待ち受けていると知っているから。

 

──消えなさい、冒険者リュー・リオン(弱い私)

 

冒険者の私はあの日死んで、今はただのウェイトレス。

何処にでも居る町人。

それで十分なのだから。

 

 

 

 

 

 

「……眩しい」

 

目が覚める。

既に日は登っているらしく、細めたくなるほどの光量が角膜を刺激した。ふと違和感を感じて目元に手をやると生暖かい透明な液体が指に纏わり付いている。

 

「……情けないですね」

 

どうやら泣いていたようで、気分を払拭するためにも手の甲で拭う。

 

「急いで着替えなくては」

 

これから仕事なのだ。察するに、もう大抵の人が起きては朝食の準備に取り掛かっているだろう。早急に支度を済ませなければならない。

 

ベッドから降りてクローゼット中に入っているウェイトレス服を取り出して着替える。ものの数分で終え、姿見で可笑しなところはないかと確認する。

 

そして、目が行った。

 

姿見の横。

小さな机の上に置いてある白くて細長い箱。

衝動的に取って蓋を開ける。

 

「…………」

 

中には紅い花が可愛らしいネックレスが入っている。違う箱に入っているけれど、確かにあの日貰ったもので私にとっての宝物。

 

着ける気はない。

けれども、確かめるようにそっと指を添える。

 

「私は今、元気ですよ。アストレア様。皆さん。……ライエル」

 

かつての掛け替えのない人達の名を口にする。夢に触発されたかもしれない。しかし、これくらいならば許してくれるだろう。そう自分に言い聞かせ、蓋を閉じて部屋を出る。

 

今の仲間に向かう足取りは、少しだけ軽くなったような気がした。



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