仮面ライダーエグゼイド -バルキーショック- (猫丸@柄杓)
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序 二つの病
「鬱病?」
宝生永夢は予想外の言葉を聞き、思わず反芻した。診断をした鏡飛彩自身もやや懐疑的なようで、眉をひそめていた。
「ああ。様子を見るに、恐らくそうだろう」
鬱病と診断されたのは、先程CRへ運び込まれた十五歳の少年——亜律透である。ゲーム病ということを告げられても微動だにせず、生きることに対して消極的だった。彼の通う中学や塾の大人に話を聞いたところ、去年は勉強に対して前向きで、友人も多く、特段変わったところはなかったという。沈み込み始めたのは、進級してからのようだ。
「患者を笑顔にする」を信条として掲げる永夢は、それを聞いて、使命感のようなものを抱いた。
「透君は僕が担当させてください」
飛彩もそれは予想していたらしく、無言で頷いた。
永夢が病室に入っても透は反応を示さなかった。
「亜律透君だね。僕が透君を担当にすることになった宝生永夢。よろしく」
聞こえてはいるのだろう、永夢が話している間、透は目を合わせてはいた。しかし、言葉を返しはしなかった。
鬱病の症状に、口数が少なくなったり声が小さくなるというものがある。落ち着きがなくなる患者もいるようだが、透は前者のようだ。
難航することを予感しつつも、永夢は透に尋ねた。
「君は今ゲーム病という病にかかっている。でも安心して、僕が治療するから」
笑顔で語りかけても変わらない。今までも無愛想な患者はいたが、ここまで無視を決め込むのは透が初めてだった。
「それで、治療のために君のストレスの原因が知りたいんだ。あまり思い出したくはないだろうけど……心当たりはない?」
「……全部」
「全部?」
「会話も学校も食事も、全部。全部、面倒くさい」
全部といわれても対処はできない。永夢は一瞬、透が本当の原因を悟られまいとこんなことをいったのかと思ったが、鬱病の特性上、十分にあり得るとも考えた。
ここで退けば患者の信用を失うかもしれない。そんな恐れからか、永夢は大きく出ることにした。
「判った。全力を尽くして君を治すよ」
✳
「苦戦しているようだな」
テーブルに肘をついて頭を悩ませる永夢に飛彩がいった。
「はい……何に対しても消極的で、その上ストレスの原因が……」
「周りのもの全部、だろう」
永夢は思わず立ち上がり、飛彩を見た。
「どうして判るんですか!?」
「鬱病患者にはよくいるんだ。理由は二つ。一つはそもそもの鬱病の原因に気怠さや面倒くささが含まれること。もう一つは鬱病で思考能力が低下するケースがあること。
つまり、何かが面倒だが上手く思考できずに何が面倒なのか本人にも判らなくなる。そうすると今回のようなことになる」
「すごい……」
いつの間にか部屋にいたポッピーピポパポが感嘆の声をもらした。
「当たり前だ。俺を誰だと思っている」
飛彩はナイフで器用にケーキを切り分けた。
「お前は鬱病の方を担当しろ。バグスターは俺が切除する」
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西馬ニコ、花家大我参戦
「で、どうしてあたしが呼ばれたワケ?」
西馬ニコは不機嫌そうにいった。それもそうだろう、「自分の唯一の黒歴史」として恨んでいる永夢に協力を要請されたのだから。
「今担当している患者がどうも鬱病みたいなんだ。それで、一番歳が近いニコちゃんなら少しは心を開いてもらえるかな、って」
「こいつが初対面の人間の信用を得られるとは思えん」
飛彩は呆れながら呟いた。ポッピーも、永夢の突然の思い付きに言葉を失っていた。
「はぁ? 意味判んないんだけど!」
「そこを何とか!」
「イ、ヤ、だ」
しばらくの間押し問答が続き、キャンディーを受け取ったニコは渋々病室へ足を踏み入れた。
「本当に平気なの? ニコちゃん、あんまりこういうの向いてないと思うんだけど……」
「大丈夫です。ニコちゃん、根は優しいから」
ポッピーが心配そうにいうも、永夢はあっけらかんと笑ってみせた。あんなに罵詈雑言を吐かれておきながら彼女を優しいと評する永夢がポッピーにとっては不思議だった。もちろん、ポッピーもニコが成長していることは理解していたが。
しばらくして、疲れきったニコがキャンディーを舐めながら出てきた。
「何いっても反応ないし……なんかあたしが鬱になりそう」
「ニコちゃん、ありがとう」
「二度とやんねーからな!」
ニコはリュックを背負ってさっさと部屋を出ていってしまった。反応は芳しくなかったようである。
「永夢、またニコちゃんの恨みかったんじゃない?」
「そうかもしれませんね……」
立腹していたニコの表情を思い出して、永夢は苦笑した。
✳
「人を鬱にするバグスター……聞いたこともねえな」
花家大我はパソコンの画面をみやったまま答えた。
「突然CRなんかに行って、何があったんだ」
「Mから患者のカウンセリング頼まれたの。無視しとけばよかった」
「カウンセリング?」
「ゲーム病で運び込まれた患者が鬱病らしいよ。それで、歳が近いあたしが呼ばれたってワケ」
「ずいぶん若い患者なんだな」
「十五歳。中学生で鬱病だなんて、世も末じゃない?」
「それで人を鬱にするバグスター、か」
大我は少し考え込んだが、顔を上げ、
「ゲーム病の症状に精神に影響を与えるものはない。基本的に身体の異常のせいで精神が不安定になるか、ゲーム病を発症したショックで鬱にでもなるかっていうくらいだな」
「ふうん」
流石詳しいじゃん、と大我を誉めるような台詞を照れ臭くて飲み込んだニコは、ベッドに腰かけてリュックを下ろした。だが、それと同時に大我が立ち上がり、
「行くぞ」
とだけいってさっさと歩を進めていってしまった。ニコは驚き、慌てて追いかける。
「どこ行くの?」
「CRだ」
「……またぁ!?」
ニコの哀しそうな叫びが廃病院に木霊した。
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