ユーノ・スクライア外伝 (重要大事)
しおりを挟む

プロローグ
第1話「消えた天才」


ユ「切っ掛けは、ひとりの少女との出会いだった。嘗ては背中を護ってあげられた彼女も、今では僕には遠い星のような光り輝く存在となった。彼女が輝いていけるのなら、僕はそれでも良かった・・・良かったはずなのだ」
「これから始まる物語は、そんな僕・・・ユーノ・スクライアの身に起こった、出会いと、絆と、人を愛することの素晴らしさを伝えるための物語・・・・・・」
「『ユーノ・スクライア外伝』・・・・・・――――――始まります」


 すべてはあの時より始まった――――――

 

 

 

「これは――――――・・・一体?」

 

 

 

 一人の青年が、()()()()を手にしたその瞬間より『世界』の運命の歯車は急速に・・・―――そして、大きく狂いだした。

 

 

 

 その『青年』もまた同じように――――――

 

 

 

「う、うわあああああああああああぁぁぁあぁあぁぁあ!」

 

 

 

                                                            ユーノ・スクライア外伝

 

【挿絵表示】

 

 

 

時空管理局(じくうかんりきょく)

 

 数多の次元世界を管理・維持するための巨大治安維持機関―――通称「管理局」。その組織構造を一言で説明するならば、「警察と裁判所が一緒になった様なところ」である。管理局はこの他にも文化管理や災害の防止・救助を主な任務としているが、【次元航行船(じげんこうこうせん)】や【武装部隊】などの単なる警察では無いほどに強力な戦力を有しており、ミッドチルダにおける、事実上の国軍としての面もある。純粋な機械兵器が制限された中では武力を独占しているに近い。

 社会正義を執行する機関として、強大な権力を有する組織であるが、設立から百年近くが経つゆえ不透明な部分も少なくない。内部は決して一枚岩とは言えず、「自分達の考える正義のためであれば犠牲もやむなし」という国粋主義的な極右思考を持つ者が末端のみならず、上層部、特に地上本部にその傾向が強いなど、日本の大日本帝国陸軍の関東軍の如く上層部の意向を無視し、一方的に暴走しかねない危険性を孕んでいる。

 そんな時空管理局の部署の一つに、本局・地上部隊すべての要となり得る情報機関をご存じだろうか。

 

無限書庫(むげんしょこ)

 

 本局の一施設であり、管理局の管理を受けている世界の書籍や情報の全てがストックされる、次元世界最大のデータベース。「無限」の名の通り、書物は日々増え続け、底が見えない長い縦穴型の施設で、壁は全てが本棚となっている。

 内部は無重力で、広さの割に移動に然程の問題は無い。だが余りの物量故にほぼ全てが未整理かつ、目当ての情報を得るにはチームを編成して年単位での調査が必要。

こうした特性から無限書庫は使い勝手の悪いところと誰もが口を揃えていたが、今となってはもう昔の話。嘗ては物置同然として扱われていたそこも、今は見違えるほどその機能を全うしている。

 

 全ては、彼・・・無限書庫司書長【ユーノ・スクライア】の手腕によって――――――

 

           ≡

 

新暦076年 5月某日

時空管理局本局 無限書庫

 

「司書長、またハラオウン提督から追加の依頼が!」

「また!? 全くあいつときたら少しはこっちの身にもなれっていうんだ! こっちだって二課の捜査資料のまとめで手いっぱいだっていうのに・・・・・・分かったよ。とりあえず、僕のところに回しておいてくれる?」

「は、はい!」

 静謐な空間ながらも喧騒漂う無限書庫。配置された司書達を束ね無限書庫を管理統括する若き天才―――青年ユーノ・スクライアは悪友から届く依頼を嫌味と思いながらも、与えられた仕事を確実にこなしていく。

彼を慕う古参から新参の司書達も申し訳ないと思いつつも、彼の寛大な心と非凡なる事務処理能力に無理難題とも言える資料請求を任せてしまうのもまた事実。

 (よわい)二十歳で、無限書庫司書長を務め上げるユーノのもう一つの肩書は考古学者。専門は【次元世界考古学】、特に先史時代のミッドチルダ文化と社会の研究に力点をおいている。司書業務の傍ら古代遺跡の発掘や論文発表でも名を上げ、ミッドチルダの考古学界からも期待のホープと称される超有望株だ。

 ちなみに、そんな彼の友人もまた時空管理局の行く末を担う未来の超有望株―――俗に【エース】と呼ばれる者達が集まっている。

 

 管理局のエース・オブ・エースと謳われる戦技教導官【高町(たかまち)なのは】―――。

 本局所属のエリート執務官【フェイト・T(テスタロッサ)・ハラオウン】―――。

 古代ベルカの稀少(きしょう)スキルを持つ最後の夜天の書の主【八神(やがみ)はやて】―――。

 時空管理局提督にして艦船クラウディア艦長【クロノ・ハラオウン】―――。

 

 ユーノにとって、四人は戦友であり大切な仲間である。

 中でも高町なのはとはユーノが9歳の頃からの幼馴染。とある事情で命を救われ、魔法を教える切っ掛けを与えた彼女とは、立場こそ違えど今でも強い絆で結ばれた古き良き理解者である。

 異性同士その良好すぎる関係は傍から見れば、さながら恋人同士と大差ない。

 しかし本人達は飽く迄も仲の良い“友人”同士であると称している。二人の関係を古くから知るフェイトやはやてらからは未だ何の進展の見られない二人の距離感に若干の戸惑いを抱いている。

 

 時折、ユーノはそんな彼女達の事を考えながら無限書庫で仕事をする。

 ユーノ・スクライアにとって、自分の幸せ=彼女達の幸せであり、それが自分にとっての全てだった。だから、例え自分一人が立ち止まり、無限書庫という場所に閉じ籠ることが日常になったところでどうでもいい事なのだ。

 そう・・・どうでもいいことだと、この時までは思っていたのだ――――――。

 

           *

 

午前0時過ぎ―――

同無限書庫内 司書長室

 

 悪友(クロノ)からの膨大な資料を数時間単位で何とか集め終え、ユーノは簡潔にまとめた資料データを無事に期間内に転送し終える。

「ふう~~~なんとか間に合った・・・」

 安堵(あんど)の溜息を吐いて脱力。だらっと椅子に腰かけながら、おもむろに机の上に置かれた時計を見る。

「・・・もう12時回ってたのか・・・―――」

 そう呟き、何となく天井を仰ぎ見る。

 別に真上から何かが降ってくる訳でもなく、特別面白い訳でも不自然なものがある訳でもない。ただ、頭上を仰ぎ見たい気分だった・・・それだけだった。そうして、何も語りかけない頭上を見ながら、脳裏に思い浮かべるのはなのはの事だった。

 ユーノが知る限りこの世界において、高町なのはこそ最も空の似合う女性だと自負している。その気持ちは9歳の頃から何一つ変わってない。

「なのはは、もう眠ってるよな・・・・・・ヴィヴィオもいる訳だし、いくら仕事熱心な彼女も、昔ほどの無理はしない・・・・・・ハズだけど」

 自分程ではないにせよ、彼女もまた自分と負けず劣らず仕事一筋の人間だった。

 決して損得ではなく公務員として昼夜世の為人の為、市民の財産と幸福、安寧の生活を守る為に戦っている。そう言った意味では非常に感心する事だが、ユーノには少々の不安と不満があった。

 それは、なのはが今どきの若者には珍しいまでの恋下手―――恋愛と言うものに関して異常なまでに鈍感かつ無頓着であるという事だ。

 ユーノはなのはが好きだった。周りには仲の良い友人と言っているが、心の底から彼女を愛していた。

 だが飽く迄もそれはユーノの片思いでしかなかった。なのはは未だに自分を恋愛対象として見ていない。それどころか異性として見ていない彼女にとって、他人を「好き」になるという事は、恋愛も友情も関係なく一括りに「好き」と決めつけている節がある。それがユーノとの仲をなかなか進展出来ないでいる最大の要因だろう。

 もちろん、なのはがユーノを嫌いと言う訳ではない。むしろ周りから見れば仲睦ましい恋人の様に見えなくもないが、これが彼ら二人の長年の「友情」であり、好意を持とうがそうでなかろうが、彼女が・・・なのはがユーノを恋愛感情として「好き」になるのには、今しばらく時間がかかるだろう。

 

 だが、この状況にユーノは些か焦りを感じ始めていた。

 彼が自身の気持ちに気付いたのはずいぶん昔の事・・・―――とある事情で紛失した古代遺物(ロストロギア)【ジュエルシード】を一緒に探してくれた時、彼の中で温かい火が灯った。日に日に心に点いた小さな火は大きくなっていき、煌々と燃え上がり、やがてなのはといる時ほどこの上もない心の温もりを覚えるようになった。

 彼には自分を生んでくれた母親もいなければ、父親もいない。血の繋がった本当の家族がいない。だから、なのはと一緒に居る時に感じた心の安堵感は、きっと母親のそれによく似たものだと、その時までは思っていた。

 

 しかし、決定的な変化を迎えたのは彼女と知り合ってから二年ほど経過した頃だった。なのはが任務中に未確認体(アンノウン)による襲撃を受け、重傷を負ったのだ。

 当時ユーノは司書として、多忙極める無限書庫でひっきりなしに舞い込んでくる資料請求と格闘していたが、上司でありクロノの実母―――リンディ・ハラオウンから報せを受け、顔を真っ青にしながら集中治療室の前に駆けつけた時、彼女と親しい多くの仲間となのはの家族が意気消沈とした様子で集まっていた。

 愕然としながらICUのドアの前に佇んだユーノは、まるでこの世の終わりにでも遭遇したものとばかり力が抜けた。同時に湧き上がる悔恨の念から止めどなく涙を零した。

 

 幸いにも手術は成功に終わり、なのはは一命を取り留めることが出来た。

 しかし、これがトラウマとなりユーノは心に大きな傷を作った。

 なのはを魔法という危険な世界に引きずり込んでしまった―――という負い目。罪悪感。自責の念。彼の心に刻みつけられたトラウマは、やがて彼自身の気づかぬところで膿となり、のちに彼自身の「心の闇」となった。

 

「あの司書長・・・」

 物思いにふけり、ぼんやりとしていた時だった。唐突に居残っていた無限書庫副司書長である男―――アッシュール・D・ギルガメッシュが恐る恐る声をかけてきた。

「あぁ。ごめんなさい。なんですか?」

「いえ・・・その、何か御考え事ですか・・・?」

「あ・・・ああ、いえいえ。なんでもないですよ。ちょっとここのところ寝不足でして・・・」

「それでしたら直ぐにご帰宅されるべきではないでしょうか? もう夜も更けてきた事ですし、就業時間を過ぎた徹夜とはいえ、ユーノ司書長の場合は程度がひどすぎます。万が一あなたが体を壊した時は、我々もさることながら、何よりも高町一尉が悲しまれるかと思いますが・・・」

「―――っ!」

 なのはの名前が司書の口から出た瞬間、ユーノの頭が一気に覚醒する。

「・・・―――そうですね。分かりました。では、僕も帰ります。すみません、(ろく)に休みもしない仕事中毒の若僧が、あなたの上司で・・・」

「いえ、とんでもありません!! 私たちはユーノ司書長の様な素晴らしい上司の下で働けるだけで、この上もない幸せです!! あなたがいなかったら、無限書庫(ここ)はずっと未整理のままの・・・それこそ“物置き”と揶揄され続けていたんですから。無限書庫も、あなたの様な方が来てくれてとても嬉しく思っています。もちろん、我々も含めて」

「ありがとうございます。僕も嬉しいですよ。アッシュールさんみたいな素晴らしい部下や仲間に恵まれて―――」

 表面上では作り笑いをするが、内心こんな風にも思っていた。

 

 それでも僕には、本当の家族なんていない――――――・・・・・・。

 

 優秀な彼がここにやって来た時、未整理状態の無限書庫にはそれこそ指折り数えるぐらいの司書だけが配属されていた。

 ユーノが持ち前の発掘・調査能力でこの無限書庫を使いこなしていくと、次第に局もその功績を鑑みて司書の数を増員した。数年後に司書長となったユーノは司書の増員だけでは飽き足らず、より効率的で安定した情報提供を確立すべく人材育成の為の教育プログラムを作成した。今となっては、このプログラムによって司書達一人一人の検索スキルも格段に向上し無限書庫は名実ともに情報の要となった。

 一人の少年によって無限書庫はその後も改革が進み、情報検索を始め、未整理区画の開拓、一般開放区画の利用と、用途は多様化し、今ではミッドチルダ国民にもその名が知れ渡るまでに至った。

 管理局としては司書の数が増え、情報伝達がスムーズになる事は非常に喜ばしい限りだったが、ユーノには一抹の寂しさもあった。

 

 昔は自分を必要としていた無限書庫も、もう僕を必要としなくてもいい部署になったのではないか――――――・・・・・・。

 

           *

 

午前1時08分―――

時空管理局本局内部 局員宿舎・男性寮

 

 無限書庫での激務を終え、ユーノは自分が暮らす宿舎へと戻ってきた。

「ただいま・・・・・・と言っても誰もいないんだけどね・・・・・・」

 普段が普段だけになかなか帰宅することも無いユーノの部屋は、生活感が殆ど感じられ無い殺風景且つ必要最低限の家具のみが置かれた、文字通り「寝るために帰ってくる部屋」―――そんな場所と化していた。

 寂しさと空虚に満ち満ちた部屋の様子を見渡した後、ユーノは誰もいないその部屋の中へと足を踏み入れ、カバンを埃の被った机の上に置いてからシャワーを浴び、直ぐに寝間着に着替えると一日の疲労を(さら)け出す様にベッドの上へと倒れ込む。

 窓際から差し込む月明かりが、疲れ切ったユーノの乾いた相貌(そうぼう)に降り注ぐ。月明かりを(うつ)ろな()で見ながらおもむろに寝返りを打つ。

 ふと、枕元に置いてある携帯端末を取出し待ち受け画面を見つめる。

 待ち受け画面は、彼がこの世界に生きる誰よりも尊く、自らも恋心抱いてやまないエース・オブ・エース―――高町なのはと一緒に仲間が写った彼女の19歳を迎えた際に元アースラーメンバーで企画された誕生日会の時の写真。

 真ん中に主役のなのはが笑顔で佇み、左右には親友のフェイト・T・ハラオウンと八神はやてら彼女にゆかりのある面々が写真に写る中、ユーノだけがその姿を写していない。

 と言うのも、彼はこの時カメラマンだった。被写体で無い彼が写らないのは至極当然なのだが、彼はこの役を率先して引き受けたのだ。

 このとき、ユーノは自分の気持ちを隠して無意識に自分となのはとの距離をとって遠慮をしていた。彼は自己と言うものに関しての興味関心が希薄であり、自己主張や欲望が全くと言っていいほど無い。それどころか、無意識に自分の中で押し殺していた。

 幼い頃、生まれてすぐに両親に先立たれ親の愛情を受ける事なく育ったユーノは“スクライア”という部族を “家族”と称している節がある。だが、実際は一族の者達でさえも無意識の壁を作って知らず知らずに遠慮をしてきた。そうやって自分と他人の間にそれそこ見えない壁を作り出す事で、自分が他人に干渉する事も干渉される事も出来ないようにしてきた。何よりも他人の幸せに自分が首を突っ込む事を毛嫌いした。

 自分が介入することで、関わった人の幸せが崩れてしまうのではないか。あるいは変わってしまうのではないかという懸念が常に脳裏を過り、念頭に置いていたが故に、いつしかユーノは自分の存在意義そのものを希薄化させてしまった。

 結果として、ユーノはこの上も無い “孤独”の穴に陥る遠因となってしまった。

 

 ユーノは、自分と親しい仲であるなのはやその幼馴染達の前でも、偽りの仮面を被り続け、その干渉を出来るだけ避けてきた。

 花見の席や、全員が集まってパーティーを開く時も、常に自分が積極的に間に立ち入るといったことはせず、決して周りに怪しまれない程度にある一定以上の距離を作って彼女達を遠ざけてきた。

 特に、なのはの前になると彼は余程の事がない限り自らの意志で近づこうとはしなかった。何故なら、彼は“高町なのは”に対して贖罪(しょくざい)を抱え込んでいるから。

 

 未確認体(アンノウン)との戦闘の末に命の危機に瀕し、一時は魔法はおろか歩くことも出来なくなるとさえ危ぶまれた深刻な怪我を負ったなのは。彼女は気丈にも、友人達に心配をかけまいと無理に作った笑顔でその場を取り繕ったが、ユーノだけは聞いてしまった。誰もいなくなった病室のベッドの中で、恐怖に震え、声がかれるほど泣きじゃくる年相応に脆く儚い少女の悲鳴を―――。

 奇しくも、なのはを魔法の世界に導いたのはユーノに他ならない。彼はこの時ほど、自分の情けなさと非力さを深く痛恨した事はなかった。

 ユーノは自分が密かに抱くなのはへの淡い恋心を、この事件を機に全てを胸中に封じ込めた。そして二度と自分の所為で彼女が傷つかない様に、泣かない様にという事を決意した上で、ユーノ・スクライアは高町なのはに心を閉ざしてしまった。

 

 半年にも及ぶ過酷なリハビリの末に奇跡の復活を遂げたなのはが事故から得た教訓として“無茶をすると危険・他人に迷惑がかかる”という事とは反して、今度はユーノがしばしばば無茶を繰り返すようになっていった。

 そんな無茶を続けた結果、今のユーノの身体と精神は満身創痍(まんしんそうい)そのもの。特に精神的な疲労は歳を重ねるごとに重みを増していき、彼の唯一の趣味にして本職でもある遺跡発掘と論文の作成は多忙を極め、(とどこお)りを見せるようになっていった。その証拠に、机に置かれた埃を被った資料が無造作に置かれている。

「はぁ・・・・・・。いつまでも僕は女々しいな・・・・・・」

 なのはへの想いを完全に封印した筈なのに、つい彼女の笑顔を見るとその決意が揺らいでしまう自分に憤りを感じる。ユーノは溜息交じりに端末を閉じ、所定の場所へ戻すとそのまま就寝する。

 

 深い眠りに入った直後、夢の中では幼い頃の自分の想い人であるなのはが歳を重ねるごとに容姿端麗な女性の姿へと変わっていく様が目に映ってきた。

『なのは・・・・・・』

 満面の笑みを浮かべ、なのははユーノに向けて言葉を発するが、何を言っているのかは分からなかった。

 暫くするとユーノの元を去っていき、親友であるフェイトやはやての手を取ってどこかへと消えてゆく。

『待ってくれ! なのは、僕をおいて行かないでよ!!』

 焦燥を感じ必死にその手を引き戻そうと手を伸ばすが、結局彼女には決して届かない。そればかりかなのははユーノに一瞥もくれず、闇の向こう側へと静かに去って行った――――――飛び切りの笑顔を浮かべながら。

「いかないでよ・・・なのは・・・―――」

 夢を見た直後、彼の双眸から一筋の涙が零れた。

 

           ◇

 

7月某日―――

時空管理局本局内部 食堂ルーム

 

 書庫での業務もひと段落し、いつもの様に局員が多く利用している食堂で昼食を摂っていたユーノ。

「ユーノ先生」

 ふと、自分へと話しかける軽快な声。気が付くと新緑の長髪に純白のスーツを着こなす好青年が笑顔を向けていた。

 男の名はヴェロッサ・アコース―――時空管理局本局査察部所属の査察官。ユーノの数少ない男の友人だった。

「アコース査察官!」

「御無沙汰しています。ご一緒にしてもよろしいですか?」

「ええ。どうぞ」

 ヴェロッサは軽く会釈してからユーノの正面の席へと座る。よく見ると彼の昼食は食堂のメニューではなく、自作物のお菓子やパンであり、ユーノは内心「本当にお菓子作りが上手い方だ」と感心する。

 それはそうと、仕事柄あまり接触の機会が無いユーノは久しぶりの交流に会話が弾み、無意識に笑声で話した。

「アコース査察官、最近はどうですか?」

「僕は変わらないですよ。そういう先生は順調ですか?」

「そちらと同じですね。それよりもアコース査察官・・・公式の場というわけではありませんし、()()というのはちょっと」

 階級や身分と言った上下関係をあまり気にしない性格のユーノは、ヴェロッサから「先生」と敬称されるのがどこかむず痒かった。これに対し当人は・・・・・・

「お言葉を返すようですが、そういうあなたも査察官なんて堅苦しい肩書ではなく()()()()()と名前で呼んでいただいて欲しいです」

 ぐうの音も出ない反論。見事に論破されたユーノはただただ苦笑し、アコースは若干勝ち誇った様に「お相子ですよ」と穏やかに笑った。

 そこからは他愛もない談笑をしながら比較的楽しい食事だった。

「あ、そうだ。この前局で偶然高町一尉に会ったときなんですが・・・」

「なのはに?」

 不意にヴェロッサの口から幼馴染の名が飛び出す。ユーノの意識はプレートの食事からヴェロッサへと向けられる。

「例の聖王の器にされた小さな女の子・・・ヴィヴィオと一緒だったんですが、いやーなんとも微笑ましい姿でしたね。傍から見れば理想の親子そのものでしたね」

「そうですか。確かにあの二人が親子である事に僕も納得です。ヴィヴィオがなのはを必要としている様に、彼女にとってもヴィヴィオが必要なんです。たとえ血は繋がっていなくても、家族は家族ですから」

「ご家族と言えば、先生のご両親はご健在ですか?」

「え・・・あぁいえ・・・僕は物心ついた頃には両親はいませんでした。顔も名前もわからないです」

「す、すみません! 無神経な事を聞いてしまいました!」

 慌てて謝罪するヴェロッサ。ユーノは穏やかな表情で「気にしないで下さい。僕は平気です」と呟き、更に言葉を紡ぐ。

「ご心配には及びません。家族ならスクライアのみんながいますし・・・・・・でも思えば20年か」

「何がですか?」

「スクライアの部族に育てられてから歴史を探求する道を歩み、かたわら司書として10年そのレールに乗って走り続けて来ましたが、結局のところ・・・・・・僕は何も考えていなかったのかもしれません。そのレールに乗っかってしまえば、何も考えずにそこに行ってしまう。わかりますか?」

「えーと・・・・・・どういうことでしょうか?」

 話している言葉の意味が理解しかね困惑するヴェロッサ。ユーノは出来るだけ分かりやすい譬えは無いかと思案し、数秒の内に思いついた例で説明する。

「例えば小さな子供がいたとします。その子は将来『あ、美容師になろう。あとは何も考えない』と言ったら、端的には美容専門学校に行くしかありません。つまり美容師になる為のレールに乗り、その為の電車に乗りました。電車はずっと走ってます。でも何も考えてないから『辞めたいな』とか・・・そういう事があったとしても、なんだかんだ言ってそのレールに乗り続けて行った結果、美容師になれるわけです」

 そこまで言うと、ユーノはどこか影を落とした表情を浮かべ、自嘲した様に呟く。

「だからもっと考えればよかったって話ですよ。だけど何も考えたくなかったんだ・・・・・・それが今の停滞した現状を生み出しているんだと常々思います」

「先生・・・・・・あなた」

「すみません。ただの不毛な愚痴です。聞き流してください」

 このとき、ヴェロッサは嫌な予感がしてならなかった。もしかすると眼前に見据えた青年は自分達の想像も及ばない心の闇を抱えているのではないか。今引き留めなければ二度と彼とは会えなくなるのでは無いか。

 そんな懸念を掲げたものの、当初ヴェロッサは杞憂に終わるものだとばかり思っていた。だが直後、痛い目を見る事となった。

 

 

 ヴェロッサの悪寒は暫くしてから現実のものとなった。

 ユーノ・スクライアは、一切の痕跡を残すこと無く、無限書庫司書長の座を退き―――・・・誰にも気付かれぬままミッドチルダから消息を絶ったのだ。

 

           ◇

 

 時空管理局では毎年多くの局員が採用されては、同じ数だけの人間が退職または殉職と言った形で登録が解除される。

 綻びの発端は、たった一人の退職通知から始まった。

 本局運用部の所に届けられたそれは、決められた手順に則って稟議(りんぎ)され、結果報告という形で人事担当官レティ・ロウランの元に届けられた。

「・・・・・・どういう事なの、これっ!?」

 数多く接する、しかしありふれた形式文書の一つでしかないそれを見た直後、レティの表情は驚愕に染まる。

 やや時を置き真相を知っていそうな友人の元へ連絡を入れるべく端末を動かす。

 端末を繋げると、長年の友人であり本局統括官リンディ・ハラオウンは怪訝そうな顔でディスプレイの向こうの友人を見つめる。

『あらレティ、どうしたのよそんな血相変えて?』

「リンディ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど・・・・・・」

『聞きたいこと? 今ちょっと手が離せない状況だから手短にしてちょうだいね・・・』

「たった今、管理局の退職者名簿に目を通していたんだけど・・・・・・ユーノ君が“退職届”出したの知ってたの?」

『・・・・・・・・・はい?』

 同僚から発せられた信じられない単語に思わず手を動かすのを止め、リンディは露骨に表情を一変させ聞き返す。

「いやだから、ユーノ君が辞めたこと知ってたのって聞いてるんだけど・・・・・・まさかリンディ、このこと知らないの?」

『し、知るわけないじゃない! 私だって初耳をそんなの!? それで、ユーノ君はいつ辞めた事になってるの?』

「ええと・・・書類の日付には7月31日と記載があるから・・・ちょうど一週間前ね。7月付で辞めていることになるわ」

『そ、そんな・・・・・・でも現に、無限書庫は今迄どおりちゃんと稼動してるじゃない? もしユーノ君が辞めたというのなら、それこそ無限書庫の運用が著しく低下するはずじゃない?』

 リンディが言うように、その殆どの機能を掌握していたのはユーノ・スクライアその人であり、大半が彼の能力に依存し動いている場所だという認識が強かった。無論、正式に稼働し始めた当初、司書になったばかりのユーノ一人にそう言った重荷を背負わせまいと、毎年リンディやレティらの働きかけもあり、無限書庫への司書の増員を頭の固い上層部へと具申してきた。

「その事なんだけど・・・さっき調べて見て分かった事があるわ。どうもユーノ君、自分がいつ居なくなっても困らないようにって、どの司書でも使える自動情報検索・処理を同時に行うとんでもない装置を作っていたらしくてね・・・稼動効率も彼の穴を埋めるには充分なほどにちゃんと機能しているそうよ」

「ほ、ホントに? でもユーノ君、どうしてそんな手の込んだことを・・・・・・・・・」

 伝えられた内容にリンディは溜息をひとつ零し、同時に悲嘆に暮れる。

 突然の辞職、しかも相談も無しとなれば様々な出来事に対処してきた彼女にも突き刺さるものがある。

「泣きっ面に蜂のところ悪いんだけど・・・・・・状況は私たちが思ってる以上に深刻よ。手配した局員が使っていた寮の自室を確認したところ、既にもぬけの殻。私物も完全に整理され痕跡になるようなものは何ひとつなかったそうよ」

 淡い希望を打ち砕くかの如くレティの言葉。聞いた途端、リンディは、沈痛な面持ちでその場に重い腰を下ろす。

「全てにおいて徹底しているというわけね・・・・・・」

『連絡も全くつかない状況。一週間も経ってるからどこか別の世界にでも流れてるんじゃないかしら? ほら、スクライアは元々漂流部族だし、民族特権で異世界移動に関しても特別制限とか設けられてるわけじゃないから、彼を探すのは雲を掴む様なものね』

「でもどうしてかしら・・・・・・・・・ユーノ君が私たちに何の相談も無しに辞めるなんて・・・・・・それで、なのはさんやフェイト達はこのこと知ってるの?」

『私やあなただって今日初めて知ったんだから知るはずないわ。で、どうするの? この後のこと?』

「・・・・・・そうね、取り敢えずフェイト達を呼び集めるわ。何かユーノ君が辞める様な手がかりを聞けるかもしれないしね」

 

           *

 

 その頃、一躍時の人となったユーノ・スクライアは―――ミッドチルダから遠く離れたとある観測指定世界に身を置いていた。

 【観測指定世界】とは、常駐する者がいない世界という意味。ゆえにそこは、手つかずの自然と遺跡がそのまま残っており、晴れて自由の身となったユーノは一度は訪れたいと考えていた。

「ふぅ・・・・・・やはり自然のまま残されている世界はいいな。管理局がしゃしゃり出てる場所は空気が悪いよ」

 スクライアの民族衣装を纏ったその身を大地に預け、雲の行きかう空を目的もなくただぼーっと眺める。

「僕はみんなのいる空の上まで駆け上がることはできなかった。いや、それ以前にもっと考えればよかったとつくづく思う。だけど結局僕は怖くて、臆病で、みんなから―――なのはから見放されるかもしれないと思って何も考えたくなかった・・・・・・」

 そう呟くと、トレードマークの眼鏡を外し、ユーノは静かに目を瞑る。

「今からでも遅くない。これからの人生をどう生きるか、ゆっくりと考えるとしよう―――」

 

           ◇

 

数日後―――

時空管理局本局内部 運用部・第3会議室

 

 急遽リンディからの招聘を受け、ユーノと近しい者達―――なのは、フェイト、はやて、クロノ、アコースは、忙しい日程の合間を縫って一堂に会する。

 しかしながら、5人は今回自分達がどんな理由で集められたかを事前に知らされておらず、その理由は未だ分からずの状況。

 怪訝(けげん)そうな表情を浮かべる5人を他所に、リンディは神妙な面持ちで重い口を開く。

「さて、何かと忙しいのは重々分かっているつもりだけど・・・今日はちょっとショッキングな話をしなくちゃいけないの。心してちょうだいね・・・」

 真剣な眼差しで5人を見つめるリンディを見た途端、なのは達はただ事じゃないと直感する。

「それで義母(かあ)さん、一体何があって私たちを呼んだんですか?」

意を決して、フェイトがリンディに尋ねる。質問を受けると、暫くの間を置いてからリンディはおもむろに話し出す。

「・・・・・・ほんの一週間ほど前なんだけど、ユーノ君が辞表を提出、無限書庫司書長の役を終え自主退職したのよ」

「「「「「え・・・・・・!?」」」」」

 青天の霹靂である。リンディの言葉を聞いた途端、5人は一瞬の錯乱状態に陥った。

「ゆ、ユーノが・・・!」

「管理局を辞めた・・・やって!?」

「そんな!! 一体どうして!? 私たちには一言も!?」

「あのフェレットもどきが・・・・・・どういうつもりなんだ!」

「・・・・・・・・・・・・」

 古きよき理解者であり大切な幼馴染が自分達に相談も無く自主退職をした。それだけでも衝撃は大きい。だが同時に裏切られたと思う気持ちもある。クロノにしてみれば今回のユーノの行動はまさに重大な裏切り行為であり、思わず悪態を突く。

 一方で、最後にユーノと接触していたヴェロッサはあの時の杞憂が現実の物と化した事実に言葉を失くし唖然とするばかりだった。

 なのはにフェイト、はやてにしても今回の一報は想定の範囲外だった。特にユーノとの接点が最も多いなのはは、【JS事件】と呼ばれるテロ事件を機に養子にした少女―――ヴィヴィオの事で一緒に居る回数が比較的にも多かったから、尚の事ショックを隠し切れなかった。

「やはりその様子だと、誰もユーノ君のことは聞かされて無いようね。今日あなた達を呼んだのは、最近のユーノ君について何か思い当たる言動をしていたかどうかを聞きたくてね。もしくはあなた達の所に相談とかなかったか聞きたいの」

 リンディは早速一人ずつ順に話を伺うことにした。

「僕の場合は、任務上で必要な調査資料をユーノ個人に請求する事は頻繁にありましたが、それでアイツが辞めたいといった愚痴を零した事はありませんでした。最近は目立った資料請求もなかったですし取り立ててなにも・・・・・・事実、ユーノの件もたった今初めて聞かされましたから」

「私もクロノと同じです。別件の捜査で忙しかったから、ユーノと最後に会ったのは・・・二、三か月前だと思いますけど、特に変わった様子も無かったです」

「私もフェイとちゃんと似たようなもんですわ。最近はユーノくんともそう会う機会もありませんし、会っても精々廊下で挨拶交わして他愛ない話くらいで・・・」

「なのはさんは・・・どうなのかしら? 最後にユーノ君と会ったのはいつ?」

「確か・・・・・・ひと月ほど前だったと思います。ヴィヴィオの授業参観に一緒に行ったきり、お互いに忙しくて・・・そのときもいつもと何ら様子は同じでしたから・・・」

「ロッサは・・・・・・ロッサ?」

 クロノは先ほどから何やら青ざめた表情を浮かべるヴェロッサに気がついた。

「アコース君、何か思い当たることでもあるの?」

「どうなんやロッサ!?」

 リンディとはやてからの追及を受け、ヴェロッサは遣る瀬無い感情を孕んだ声で言葉を紡ぎ始めた。

「二週間前に局の食堂で偶然見かけたもので、一緒に食事を摂りました。他愛ない話をしていたんですが、あの時のユーノ先生はどこかいつもと様子が違っていました」

「様子が違っていた?」

「何となく(やつ)れている様に見えたんです。もしかしたら体調を崩していないかと心配していたんですが・・・・・・」

「じゃあそのときの会話の中で、無限書庫、ひいては管理局を辞めるなどという言葉はあったのか?」

「それは無かったよクロノ君。ただ―――『結局のところ僕は何も考えていなかったのかもしれない。だからもっと考えればよかった。だけど何も考えたくなかった・・・・・・それが今の停滞した現状を生み出している』・・・・・・そう口にしていたよ」

「何も考えていなかった・・・・・・?」

 話の概要からして見えて来ないが、なのは達からすればユーノほど思案に明け暮れる人間を知らない。その彼が何も考えていないという言葉を口にする意図が、全く以て理解出来ない。

「アコース査察官、他にはなにか言っていませんでしたか?」

 フェイトが話を深堀りすると、そういえば・・・と言って、アコースはユーノが口にしていた事を思い出し、その時の言葉を語り出す。

 

 

『人間には「ジェット機型」と「プロペラ機型」と2通りあるんですよ。人間の人生にはジェット機みたいになかなか飛び立たないで滑走路を長いこと走ってやっと飛ぶ者と、プロペラ機みたいに200メートル走っただけで直ぐに飛んで高度をあげてぐっと飛ぶんですけど、飛行距離が短い。スピードも出ない。だから一瞬すごい覚えたように思うんですが、意外とその先が行き詰りがある。でもジェット機はなかなか飛ばない反面、一度飛んだら距離も長くスピードもある。これを僕とクロノに当てはめるなら・・・・・・クロノはどちらかと言えば前者で、僕が後者。ちなみになのはとフェイト、はやての3人は「スペースシャトル型」で、二つの長所を持っているんです。あぁでも・・・・・・僕はもうプロペラも故障してますから、空を飛ぶこと自体出来ないと思いますがね』

 

 

「アコース君、もういいわ。辛いこと思い出させてごめんなさい」

 言葉に隠されたユーノの心の闇を垣間見た気がした。飽く迄も気がしただけであり、本当の所はわからない。今となっては彼に会って確かめる事すらできないのだから。

「ユーノ君・・・・・・ずっと苦しんでるのに、それを一人で抱えていたのに私、気付こうともしなかった」

 大切な幼馴染が人知れず苦しんでいる姿を想像しただけで、なのははその場に項垂れてしまう。

 そんな彼女を複雑な心境で一瞥、リンディは渋い顔を浮かべながら両手を前に組んで一先ず状況を整理する。

「・・・直接的に辞めるという事は言わなかったものの、思うところはあったみたいね。確かにユーノ君の性格からして、『辞めたい』って事をみんなの前で口に出すようなタイプじゃないわね。彼ほど責任感の強い人はいないもの」

 ユーノ・スクライアは6人が認識している中では、誰よりも責任感が強く、強い意志を持った青年だった。若干9歳で発掘調査隊のリーダーとしての実績経験があり、統率力に長けていた彼は自分の部下や仲間の為なら、我が身を厭わず守り抜こうとする。

 無限書庫が稼動するようになってからは、自分の部下がこの職務をもっと気楽にやっていけるためにと常に寝食を忘れ黙々と仕事に従事し、幾度と無く栄養失調と睡眠不足で倒れ医局へと運び込まれた事がある。ワーカーホリック気味ななのは達ですら呆れるほどのユーノと言う人間は超がつく利他主義の持ち主だった。

 しかし、彼は人前では決して弱みを見せないという強情さを兼ね揃えていた。それを思い出した様になのは達は思案に暮れる。

「確かに・・・あいつは僕らが思っている以上に強情で頑固な奴だ。それに、他人に迷惑をかけてまで管理局を去るような無責任な人間でもない・・・」

「何か私たちには言えないようなストレスを抱えていたのかな?」

「無限書庫司書長ともなれば責任も提督、下手したら国家大臣級や。身体的にも精神的にも追い詰められていったって不思議やないよ」

「でも・・・だからって突然居なくなることないのに・・・せめて、私たちに相談のひとつくらい、私にひと言言ってくれてもいいのに・・・ユーノ君・・・どうして・・・」

 声を震わせるなのはの双眸に浮かぶ涙が粒となり、膝の上で握り締める手の甲に零れ落ちた。

 フェイトは、そんななのはを横目で見るとハンカチを取り出し、顔を拭く様に言う。

「ほら、なのは・・・」

「ありがとう・・・フェイトちゃん・・・」

「いずれにしても、管理局にとってユーノくんの損失は甚大ですよ。無限書庫の事についても、私たちの事についても・・・今まで頑張ってこられたんは、ユーノくんの影の努力があってからなんですわ!」

 語気強く言いながら、はやては嘗てユーノの力を借りて造り上げた現在のユニゾンデバイス―――初代リインフォースの意思を継ぐ二代目、リインフォース(ツヴァイ)を完成させた当時の嬉しさを思い出す。

「そうだな。僕も何だかんだいって・・・あのフェレットもどきにはいつも世話になっていた。事件が起こるたびにあいつの資料がどれほど救いになったかしれない」

 クロノは、凶悪な次元犯罪が起こる度事件解決の鍵となる資料を毎回ユーノに頼んでいた。扱う規模の大きさから毎度膨大な量であり、ユーノや他の司書からは相当冷たい目で見られていた。それでもユーノは文句の一つも言わずに資料を送ってくれた。

「私だって・・・執務官になる為にユーノにはつきっきりで勉強を見てもらったから、今こうして事件に立ち向かっていけるんだよ」

 フェイトの場合、執務官という超難関クラスの役職に就く為の勉強を若くして大学を飛び級で卒業していたユーノに見てもらい、頻繁に教えを乞うていた。

「私だってそうだよ・・・ユーノ君が居てくれたから、今の私は此処にいる! 魔法をユーノ君が教えてくれたから、ユーノ君がずっと傍にいてくれたから、私はたくさんの友だちや先輩、後輩に支えられて空を飛ぶことが出来るんだもの! 一度飛べなくなるかもって言われた時だって、私が諦めずにいられたのも・・・全部・・・ぜんぶ・・・ユーノ君がいたからなんだよ!! なのに私は・・・・・・ユーノ君に甘えてばかりで、ユーノ君を支えることが出来なかった・・・・・・うううううううぅぅぅうぅ」

 なのはの内から込み上げるユーノに対する贖罪の念。それが深い後悔の涙となって止めどなく零れ落ちる。

 幼い頃、行き場の無い焦燥と遣る瀬無さに不安を抱いていたなのはに、魔法と言う自分にとってのアイデンティティとも言えるかけがえのないものを与えてくれた。

 たとえ、歩く道は違えども二人の絆はずっと繋がっているものとばかり、なのはは心の片隅で思っていた。

 だが、現実は彼女が考えるほど思い通りにはいかなかった。

 ユーノはなのはとの絆を断ち切り、何も言わずに姿を消した。彼女自身そんな大切な絆の象徴とも言うべき誰よりも大切な幼馴染で、特別な存在を喪失した。

 今までの甘えのツケが、まるでしっぺ返しとなって返って来るかのように・・・今日まで、なのはの背中を支え続けた優しかった青年は・・・・・・もう、戻ってこない。

 フェイトやはやてと言ったなのはの両隣を預ける者は多くいたかもしれない。

 しかし、彼女の背中を安心して預ける事ができた者などユーノ以外に居たのであろうか。皮肉にも魔法と出会って人を救う事を何よりも生き甲斐としてきたなのはにとって、その出会いを与えてくれた青年を救うことが出来なかった。

 目に見える事実と、その裏に隠された真実を見通せるものはそうはいない。それができる人間がいるとすれば、おそらく彼女が知る限りユーノ・スクライアだけだろう。

 ポタッ、ポタッ・・・・・・。なのはの後悔と悲しみはより顕著に顔に現れ、チャームポイントのあどけない笑顔は鳴りを潜める。

 全ては漆黒の闇の彼方に追いやられた。

 目の前に置かれた紙コップの冷めたコーヒーの如く、まるで底が見えない―――

 

           *

 

第97管理外世界「地球」

東京都 海鳴市 ハラオウン家

 

「ゆ、ユーノが辞めたって!?」

 フェイトの使い魔である狼を素体とした子犬のような耳を生やした少女・アルフはあまりに頓狂(とんきょう)な話を主人に聞かされ悲鳴にも似た声を上げる。

「やっぱりアルフも知らなかったんだ・・・ユーノが無限書庫を辞めたってこと・・・」

 アルフは前線から退くのをきっかけに、ユーノの所へと赴き無限書庫の手伝いをしていた。その為、他のメンバーと比べればユーノとの接触時間が多い。

 にも関わらず、ユーノは戦友である筈のアルフにも何も告げなかった。立つ鳥跡を濁さず忽然と姿を消したのである。

「どうしてなんだい!? どうしてユーノが・・・あいつは・・・あんなに無限書庫での仕事に誇りを持っていたはずだ! 仕事は大変だけど凄くやり甲斐のあるもんだって言ってたのに・・・!! なんで・・・なんで急に辞めちまうんだい!!」

 自分の考えとは裏腹に、前触れもなく無限書庫司書長と言う職を退いたユーノに、アルフは深い疑念と憤りを覚える。

 フェイトは興奮気味なアルフを(なだ)めながら、ここ最近のユーノの心境を聞き出そうとする。

「でねアルフ。最後にユーノと一緒だったとき、ユーノ・・・何か変わったところとかあった?」

「え・・・・・・あ、いや。特に何もなかったと思うけど・・・・・・」

「そっか・・・・・・」

 特にこれといった情報も聞き出すことが出来なかった。フェイトは忽ち暗い顔を浮かべる。

 すると、主人と同じく暗い表情を浮かべていたアルフが、ふとなのはの事が気がかりとなった。

「そう言えばフェイト。なのはは・・・どうしてるんだい?」

「それが・・・・・・ユーノが居なくなったって知ってから、すっかり塞ぎ込んじゃって。なのは・・・・・・私たちやヴィヴィオの前では気丈に振る舞ってるけど、毎晩一人で自分の部屋に入るたび・・・・・・声を押し殺して泣いてるんだ・・・・・・」

 自分を救い出してくれた大切な親友であるなのはの事となると、フェイトは自分以上に過敏に反応する。なのはが悲しみに暮れているのを少しでも和らげたいと情報収集に励むが、結局何の収穫も得られない。朗報を携える事すらままならない。

 高町なのはにとって、ユーノ・スクライアという男は彼女自身の心の支え―――時にアクセルであり、ブレーキであった。

 アクセルとブレーキを同時に失った事で、なのはは心のバランスを崩し、笑顔を失ってしまった。

 クロノはしばらくすれば吹っ切れるだろうと高をくくっていたが、彼の楽観論に反してなのはの心は日増しに悪化していった。支えの無い彼女の心は、非常に不安定且つ今にも屈してしまう程に摩耗し弱り切っていた。

 不屈のエース・オブ・エース―――と言われる彼女だが、ユーノがいなくなった今、不屈の心から一変、まるで幼い少女の様に脆弱いものへと退化する。

 幸いにも、彼女の周りにはフェイトを始め気にかけてくれる友人や上司、そして後輩達、そしてヴィヴィオという娘の存在によって最悪の事態は回避できた。

 しかしそれでも彼女は一人になると心細くなり、つい彼のことを思い出し、その度に涙を流し続けた。

 そして、ユーノがいなくなった事でなのははようやくある答えに気が付いた。

「あぁ・・・そっか・・・私・・・・・・こんなにもユーノ君のこと・・・・・()()だったんだ・・・・・・」

 人間は抱えている内には分からない。失ってから、初めて本当の価値を初めて理解する。なのはとて例外ではなかった。

 ユーノが居なくなってから、高町なのはは初めて彼の存在の大きさと恋慕に気づき、曖昧模糊だった彼への想いが、今はっきりとした気持ちになった。

 しかし、気付いた時には彼は彼女の傍からいなくなっていた。もう二度と、ユーノは彼女の前には現れない――――――

 そう考えると、なのはは益々この事実を許容し難くなる。

「そんなの・・・・・・いやだよ・・・・・・! 私は・・・・・・ユーノ君とずっと一緒にいたいのに・・・・・・! 私だけ・・・・・・取り残されるなんて嫌だよ・・・・・・! ユーノ君・・・・・・何処に行っちゃったの!? どうして連絡してくれないの!? どうして・・・・・・私を一人にするの!! うわああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁあぁぁあぁ!!」

 彼女もまた、心の奥に潜む「孤独」に強い恐怖を抱く一人の少女に他ならなかった。

 

 その後、なのはを始めユーノと親しかった幼馴染と友人達は仕事の合間を見ては、人知れず消息を絶ったユーノの行方を懸命に捜そうとした。

 しかしそれでも、ユーノの行方は分からなかった。探しても探しても消息はおろか徒に時間だけが過ぎていくばかり。

 だが、なのはは決して諦めてなどいなかった。

 必ずどこかに居ると信じ、ユーノが居なくなって初めて気付いた彼への恋心を胸の奥へと抱え、一途に彼の帰りをいつまでも待ち続ける事にした。

 首からは常に、ユーノの顔写真が収められたロケットをぶら下げて。

(ユーノ君・・・・・・私は絶対に諦めないよ。いつか、必ずユーノ君を見つけて、ちゃんと・・・・・・この気持ちを伝えるから)

 ほんの少しでも近づける様に――――――なのはにとってのユーノは、遥か遠い場所で光り輝く月に似ていた。

 

【挿絵表示】

 

           ◇

 

 ユーノが管理局を去ってから三か月が経過した頃、嘗て管理局とミッドチルダ全土を震撼させた広域次元犯罪者が収監された監獄で前代未聞の事態が起きた。

 

           ≡

 

新暦076年 10月半ば

第9無人世界「グリューエン」

軌道拘置所 最重要次元犯罪囚収監エリア

 

 ブーッ! ブーッ! ブーッ!

 拘置所内でけたたましく鳴り響く警報。刑務官が増員され、牢獄から脱出を果たした一人の囚人を武装兵が取り囲む。

「もう逃げられないぞスカリエッティ!」

「観念するんだな!」

 四方を取り囲まれる紫の髪を持つ痩せ形の男―――広域次元犯罪者ジェイル・スカリエッティは、この状況でも一切の笑みを崩さない。

「フフフ・・・私の意見は反対だな」

「こっちは大勢だぞ!」

「ここは暑い。窓を開けてもいいかな」

 パチン―――と、指を鳴らした直後。

 拘置所の壁が唐突に破壊され、内部の空気が外側の宇宙空間へと吸い出されると同時に、武装兵達が一斉に真空の宇宙へと放り出された。

「「「「「「うわあああああああああああああああ」」」」」」

 壁が壊れると言った事態を想定していなかった武装兵達の断末魔の悲鳴を心地よいと思いながら、スカリエッティは宇宙服を一切身に付ける事の無い軽装備で、穴の空いた壁から拘置所と外へと飛び出した。

 無重力の宇宙では身のこなしは実に軽い。衛星軌道上に位置する拘置所の屋根へと上り、スカリエッティは声高に宣言する。

「ふふふ・・・さぁ、再び歴史を席巻しようじゃないか。私こそが無限の欲望!! 《アンリミテッド・デザイア》なのだからっ!! ふははははははははは!!」

 

           ◇

 

3日後―――

XV級次元航行艦船「クラウディア」 艦内応接室

 

「変わりなさそうだな。フェイト執務官」

「クロノ提督から呼び出しを貰うなんてちょっと内心ドキドキはしていますが・・・・・・」

 公式の場という事もあり、当初はぎこちなく敬語を使っていたが、やがて話しづらさからフェイトとは咳払いをしてから、フランクな口調で義兄(クロノ)に事の次第を問い質す。

「えっと・・・いったい何があったの? なのはやはやてにはまだ話していない事だって聞いたから余程の重大事だとは思ってここに来たつもりだけど」

「ああ。確かに重大事だ。いいか、心して聞くんだ。3日前―――ジェイル・スカリエッティ他、収監されていた戦闘機人3人が軌道拘置所より脱獄した」

「な・・・・・・!」

 思わず絶句し欠けた衝撃の一報。フェイトにとってJS事件の首謀者であるスカリエッティの脱獄は想像すらしていなかった事である。

「こちらで把握している脱獄者は、スカリエッティとウーノ、トーレ、クアットロの計4人。もう一人の戦闘機人セッテは脱獄の途中で局員に撃たれ、間もなく息を引き取ったとの事だ」

 ありのままに淡々としてクロノは事実のみを伝える。

「そんな・・・・・・スカリエッティが脱走だなんて・・・・・・! でもあり得ないよ! 軌道拘置所のセキュリティは盤石だって事はクロノも知ってる筈だよ。ましてあの男の様な超広域指定を受けた次元犯罪者の脱獄をそう簡単に許すなんて・・・」

「僕も母さんから聞かされたときはフェイトと同じことを思ったさ。だがこれは厳然たる事実だ。受け止めなければならない」

 由々しき事態となった。再び世に狂気を撒き散らす悪の種が放たれたのだと、フェイトはこの先待ち受ける危機を想定し不安になる。

「・・・・・・本局からの発表はあるの?」

「今のところ未定だ」

「どうして!?」

「JS事件からまだ1年しか経っていないんだ。安易に発表すれば、いたずらに諸世界に混乱を撒き散らす事になる。ただでさえ最高評議会を失った管理局の内政はガタガタ。そこに来てスカリエッティの脱獄などと知れたら、局への風当たりはより一層悪くなり信頼はがた落ちだ。上層部はこの事を世間に露呈されるのを恐れている」

「そんなこと言ってる場合じゃないよクロノ! あの男を野放しにするってことはだよ・・・・・・また罪もない無関係な人が大勢傷つき悲しむって事なんだ。管理局は次元世界の法の守護者なんでしょ? だったら、人を守ってこそが私たちの仕事なんじゃないの?」

 義妹の言う通りだ。時空管理局とは本来そう言う組織であるべきだと、常々クロノも思っている。

 しかし、現実はいつだってこんな筈じゃない事ばかり起こる―――自分達が思っている以上に管理局という組織は一枚岩とは言えない構造をしている。そんな組織を変える事は決して容易ではない。

「・・・・・・この件については追手通達をする。今はまだ動くな。僕から言えるのはそれだけだ」

 静かに語りかけ、クロノは先に応接室を後にする。

「・・・・・・・・・スカリエッティ・・・・・・」

 一度は捕えた因縁の相手が再び世に放たれた。フェイトはただただ遣る瀬無さともどかしい気持ちに駆られるばかりだった。

 

           ◇

 

 ユーノ・スクライア失踪から、およそ四年の歳月が流れた。

 管理外世界の97番・・・現地惑星名『地球(ちきゅう)』。その星の小さな島国―――なのはとはやての出身地・日本の【松前町(まつまえちょう)】と呼ばれる東京のとある町の片隅に、小さな商店がビルの間に佇んでいた。

 店の名前は「スクライア商店(しょうてん)」―――表向きは駄菓子や雑貨を扱う商店だが、訳あって時空管理局とは違う立場で魔導師としての生活を送る者や、魔導師とは全く違う存在・・・魂の調整者(バランサー)、通称“死神(しにがみ)”と呼ばれる相手に様々な情報や物資を提供する重要な拠点だった。

 その店の前で現在、開店準備の傍ら掃除をしている二人の男が会話をしていた。

 

           ≡

 

新暦079年

第97管理外世界「地球」

東京都 松前町 スクライア商店

 

「バッター四番、鬼太郎選手―――ピッチャー振りかぶって投げた!! かっこいいバットスイングから―――だらあああ!! ナイスショット!!!」

「先輩・・・遊ぶのは勝手だけどちゃんと掃除しないと金ちゃんに怒られるよ・・・」

 大仰かつ大声を上げながら竹箒(たけぼうき)を振る赤髪の男・桃谷鬼太郎(ももたにきたろう)―――それを横目に見ながら呆れた表情を浮かべる眼鏡をかけた青髪の男・亀井浦太郎(かめいうらたろう)はそっと諌めようとする。

「うるせーぞ、亀っ! 熊が怖くて掃除なんかできるか!!」

「いやだから・・・先輩は怖いから掃除するんじゃないの?」

「怖くねーっつの! 大体てめえは一々癇に障るんだよ亀公のくせに!!!」

「痛い、痛い!! てか全然理由になってないからね!! だいたい先輩は僕より誕生日が早いだけなのに頭空っぽで態度がデカいんだ!!」

「んだと!! もう一遍その台詞吐いてみろ!!!」

 短気な性格の鬼太郎とそれとは対照的に冷静な性格の浦太郎は水と油だが、どちらもこのスクライア商店の従業員。仲がいいかどうかは別として、開店前はいつも喧騒としていた。。

「止さぬか」

 すると、浦太郎を箒で叩き続ける鬼太郎の手を何者かが止めに入った。

「ああ!? 誰だ・・・!」

 竹箒を掴んだのは、真っ白なワイシャツに身を包んだインテリジェンスな雰囲気を醸し出す男。

「お主らは何をしているのだ、みっともない。これだから下々の者ときたら、いかんぞそのようなことでは」

「ちっ! 何の用だよ鳥!! まだ営業時間じゃねーぞ」

「ユーノ店長は居られるか? ちょうど仕入れ時でな・・・」

「あっ、そうですか! 分かりましたよ・・・ささ、どうぞどうぞ!」

 不貞腐れる鬼太郎の代わりに、浦太郎が鳥と呼ばれた上流階級の如く立ち振る舞いをする男を店の中へと案内する。

 シャッターを潜って扉を開けると、中で大荷物を抱えるサングラスに筋骨隆々の大男が開店準備で忙しなく動いていた。

「むっ。こら鬼太郎、浦太郎。まだ開店時間には早い―――・・・!」

「だってしょうがねーだろうが! 鳥が店長に用があるって言うんだからよ!!」

 不承不承に鬼太郎がそう言うと、大柄な男・熊谷金太郎(くまがいきんたろう)は「白鳥殿でしたか」と呟き、鳥こと、白鳥礼二(しらとりれいじ)へ近付き態度を改め丁寧な挨拶を交わす。

「少々お待ちを―――今、店長を起こしてまいります故」

「ザーンネンでした。今日はとっくに起きてるよ」

 その時―――・・・奥の方から帽子、作務衣、羽織という格好をしたこの店の店主が姿を現す。

「ふああああああああああああああ~~~~~~~~~・・・」

 客を目の前にしても一切気にせず大欠伸をかく店主―――ユーノ・スクライアは、靴を履き、目を擦りながら前へと歩いていく。

「お(ふァ)う。金太郎、浦太郎、鬼太郎。そしていらっしゃい、白鳥さん。ちょーど昨日、新しいのを仕入れたとこですよ。さ・今日は何をお求めで?」

 四年の歳月を経たユーノは、まるで別人だった。

 面影こそはさほど変わらず髪留め用のリボンと、円い眼鏡をつけているが―――雰囲気はどこか飄々と胡散臭く、それでいて言い知れぬ雰囲気を醸し出すようになっていた。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 この物語は、まだ始まったばかりに過ぎぬ。

 物語は・・・―――ここから大きく狂い始めるのであった。

 

 

 

              -斯くて 刃は振り下ろされた-

 

 

 

参照・参考文献

原作:和月伸宏『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚- 9巻』 (集英社・1996年)

原作:久保帯人 『BLEACH 2巻』 (集英社・2002)

 

 

 

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

白「私の名前は白鳥礼二。護廷十三隊一番隊第三席の死神である。現在、私はこの松前町の担当として任務に当たっているのだが・・・」

 誰に聞かせるのでもなく独白しながら、自分の仮の肉体・義骸(ぎがい)を見る。

白「今は職務遂行の為の標的もおらず暇を持て余している。にしても・・・・・・本当に暇であるな~」

 と、その時。悪霊の発見を報せる一報が手持ちの携帯端末・伝令神機(でんれいしんき)へと入った。

白「(ホロウ)か。ちょうど暇を持て余していたところだ。あっちであるな!」

 現場に急行しようとした瞬間、謎の一段に踏みつけられる。

観「カラクラスーパーヒーローズ! 十年ぶりに復活!!! 行くぞ、皆の者!!」

ジ「よっしゃ!! 十年ぶりに行くぜ!!」

夏「待ちやがれ、クソ餓鬼!」

 白鳥、踏み台にされながら去っていく三人を見る。

白「な・・・何だ・・・!?」




次回予告

ユ「僕の名前はユーノ・スクライア♪ 仕事はしがない駄菓子屋の店主・・・なんだけど、その正体は・・・!」
?「おっとストップだ!! 今はまだ話すときじゃねぇ。それは次の回迄のお楽しみって奴だ」
ユ「ええ~~~一護さんのいけず!!! じゃあ、早く次回予告でもするかな・・・って時間もうないし!!!」
一「次回、ユーノ・スクライア外伝・・・『伝説の死神代行』」
ユ「リリカル・マジカル、頑張ります♪」
一「って、それお前の呪文じゃねぇ!!!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔導虚篇
第2話「伝説の死神代行」


四年前―――

新暦075年 12月

第97管理外世界「地球」

日本 北海道 ニセコ町近郊

 

 雪の降る北の大地を走る一台のレンタカー。オレンジ色の頭髪を持つ男性・黒崎一護(くろさきいちご)は高校時代からの彼女で婚約者・井上織姫(いのうえおりひめ)とともに、大学最後の冬休みを利用して北海道へスキー旅行に訪れていた。

 夜間ドライブを楽しみながらニセコの雄大な雪景色を堪能していた折、夜空に輝く星々をすり抜けるかの如く落ちていく流れ星が織姫の目に留まった。

「あっ!! 一護くん、流れ星だよ!!」

「あァ。結構デカかったな」

 織姫は子供の様に弾んだ声を上げ興奮を覚える。一方の一護は運転操作を誤らない程度に顔を覗かせる。

「お?」

 ふと織姫を見れば、熱心に祈った様子で両手を胸の前で組んでいた。

「何してんだよ織姫?」

「流れ星にお願いしてるの。私たちがずっーと一緒に居られます様にって・・・」

「そうか」

 彼女の言葉を聞いて穏やかな表情を浮かべる一護。

 直後、後部座席からライオンのぬいぐるみの姿を借りた生き物・コンが慌てた様子で飛び出し織姫へと尋ねる。

「織姫さん!! オレはその中に入ってねえんすか!?」

「もっちろん! コンちゃんも入ってるよ!」

「よ、よかったぁぁ~~~!!!」

「オマエも案外小心つーか心配性な奴だよな・・・」

 と、言った直後だった。

「ん・・・なんだ!?」

 雪道を運転する一護は、目の前で何の前触れなく強い緑色の光を発しながら空間を裂いて落下してくる謎の物体に目を疑った。

「「「うわあああああああ!!!」」」

 咄嗟にハンドルを切った一護だが、雪道の為に車はスリップし、盛り上がった雪の上で横転、極寒の大地へ弾き出された。

「のあっ!」

「痛い!」

「ブヘッ!」

 一護は織姫とコンの下敷きになる形で雪の中に顔を埋める。

 やがて、三人は体中の雪を払いおもむろに目の前で神々しい光を放つ物の正体を探ろうと怪訝する。

「なんだ・・・あの光は・・・!?」

 眉を顰めていた次の瞬間、緑色の光はその輝きを一層増して一護達の視界を完全に遮ろうとする。

「おい逃げるぞ一護っ!!! 何か滅茶苦茶ヤベー雰囲気だ!!!」

「落ち着けよコンっ!!! つーか毛根から引っ張るんじゃねー!!!!」

 未知なる現象に危機感を抱いたコンは、ぬいぐるみの手で一護の髪を強く引っ張りながらその場を離れようと説得するのに必死だった。

「一護くん! コンちゃん! ちょっと待って!」

 そのとき、織姫が光の中で蠢くものの存在に気が付き二人を呼び止める。

 光が徐々に晴れていき、中から現れたのは――――――満身創痍となって意識が朦朧としている女性にも似た容貌の青年、ユーノ・スクライアだった。

「・・・・・・人間・・・・・・・・・だと・・・!?」

「男なのか? 女なのか?」

 空間を引き裂いて現れた謎の人間。あまりに突拍子かつ性別の区別さえ難しい人間を前にただただ困惑する一護とコン。

 対する織姫は、何の躊躇いも無く怪我をしたユーノの元へと急いで駆け寄った。

「おい織姫っ!」

「危ないっすよ織姫さん!」

一護とコンも織姫を追う様にユーノへと近付く。医学生であった一護と織姫は直ちに傷の具合を確認し、命に別条がない事を理解し安堵する。

「よかった・・・命に別状は無いみたい。ただものすごい怪我しっちゃてる」

「急いで宿に戻ってお前の“盾舜六花(しゅんしゅんりっか)”で治療しよう。目が覚めたらこいつにも詳しい話を聞かないとなんねーし・・・しっかし一体何者なんだ・・・コイツは?」

 

 

 

 四年前のこの日、黒崎一護と井上織姫のもとに突如として現れたこの青年が、全次元世界存亡の重要な鍵を握ることになろうとは――――――このとき、まだ誰一人として知る由も無かった。

 

           ◇

 

四年後―――

新暦079年 2月

第16管理世界「リベルタ」

 

 ドンッ―――! ドドォ―――ン!

 平穏な人々の日常を引き裂く無慈悲な爆発音。

 ドドンッ-――! ドドドォ―――ン!

 平凡な日常生活を享受していた市民へと向けられる無差別攻撃。喧騒としていた都会は白い髑髏を彷彿とさせる仮面を付け、魔導の力を備えた謎の怪物による攻撃を受け火の海へと変貌しつつあった。

 

 ブーッ! ブーッ! ブーッ!

「近いぞ!」

「誰かいないのか!?」

「航空武装隊3班、陸士武装隊5班が現場に向かったとの連絡です!」

「災害レベルの設定を急げ!」

 現地の時空管理局部隊が此度の緊急事態に即時対応しようと各所から迎撃可能な魔導師を手当たり次第に送り込む。

 だが、事件は収束はおろか被害は拡大の一途を辿る。怪物は一個師団レベルに匹敵する魔導師隊を全滅させると、更なる侵攻を続ける。

《ご覧ください! ものすごい爆発です! 謎の怪物による被害はこれまでにない拡大を続けており、現在管理局側で災害レベルを判別中との・・・ザザッ》

 現地の取材班がリアルタイムで起こっている出来事を生中継するが、破壊の規模が大きすぎるあまり自らも被害を受けてしまう。

 絶望的な状況。人々が希望を失いかける中、誰もが待ち望む漫画の様なヒーローが現れる事は無い―――そう思っていた。

 

「うわあああーん!! ま、ママーッ! ママーッ!」

 恐怖と不安のあまり泣き叫ばずにはいられなくなった少女。

 幼い少女の元へ一歩、また一歩と不気味な仮面の下に邪な笑みを浮かべる人ならざる怪物が近づく。

 怪物の気配に少女は気付いてすらいない。怪物は肥大化した右腕に力を込めると、真後ろから少女の脆く小さな身体を捻り潰そうとした、次の瞬間。

 何かが目にも止まらぬ速さで移動してきたと思ったら、風と共に少女を連れて消えた。怪物が微かな物音を感じ取って目を転じると、それはいた。

 気を失った少女を地に寝かせ、深緑色に輝く衣を纏った奇特な人の姿が―――

『何者だ お前は?』

 怪訝に感じ名を尋ねる怪物。

「これから斃される相手に名乗るだけ時間の無駄だよ」

 問われた直後、緑の衣を纏った人間はおもむろに立ち上がると、鋭い瞳を向けながら低い声色でそう呟いた。

 

 数分後―――。

 状況は終了し、怪物は緑の衣を纏いし人間の手により駆逐された。

 破壊による瓦礫で覆われた街中にポツンと佇む人間。その戦い振りを目の当たりにしていた現地の管理局員は挙って言葉を失っていた。

 なぜならその人間は、たった一人で傷はおろかダメージ一切を負うことなく敵を殲滅してしまったのだから。

「ま、待ってくれ!!」

 戦いが終わり、現場から立ち去ろうとしたとき―――咄嗟に武装士官の一人が目の前の人間に制止を求める。

「貴様・・・もしやとは思うが、近頃あの怪物の前に姿を現す謎の戦士か!?」

「―――だとしたら?」

「なぜ我々を助ける・・・貴様は魔導師なのか? どこの何者だ!?」

「僕が何者かなんてどうでもいいです。僕の目的は飽く迄もあなた方では対処し切れないあの怪物を一匹残らず駆逐する事。もっとも、それもそろそろ限界に来ていますが」

 端的に自分の目的だけを明かし、素性については決して公開する意思を見せない。要点を確りと伝えて再び立ち去ろうとする。

「ま、待ってくれ・・・せめて名前だけでも教えてもらえないか!?」

 素姓はわからなくてもいい。命を救った英雄の名は覚えておきたかった。そんな思いからダメもとで尋ねると、彼は問いかけに答えてくれた。

「―――二つ名なら教えてあげてもイイです。誰が呼び始めたのかはわかりませんが、ある種的を射ていて怖い」

 言うと、武装局員達の方へと振り返る。背面から向けられる太陽のせいで顔は逆光して見えないが、局員はその名をしかと聞いた。

「僕の名は《翡翠(ひすい)魔導死神(まどうしにがみ)》―――」

 

 

 

                                                             ユーノ・スクライア外伝

                                                                魔導虚(ホロウロギア)

 

 

 

 連続殺人「マリアージュ事件」の終結からおよそ1年が過ぎた頃―――時空管理局は拘置所から脱獄したジェイル・スカリエッティティと戦闘機人ウーノ、トーレ、クアットロらの行方を追うとともに、昨今次元世界各地で報告及び被害が相次ぐ謎の怪物の対応に手を焼いていた。

 

           ≡

 

新暦079年 3月某日

次元空間 時空管理局本局内部 法務局

 

「八神司令。お久しぶりです」

 オレンジ色のストレートヘアを靡かせる黒い執務官の制服に身を包む女性―――元・機動六課スターズ分隊所属ティアナ・ランスターは、凛々しくも穏やかな笑みを浮かべ敬礼。これに答えるのは、元・機動六課部隊長にして海上警備部捜査司令となった八神はやて二等陸佐である。

「いやー。しばらく見のうあいだにティアナもすっかり執務官姿が板についてきたな」

「いえ。まだまだ若輩者です。もっともっと強くならないといけません」

「頼もしい限りや。さすがは元・機動六課のフォワード、エース・オブ・エースの教え子だったことはある」

 あの頃が懐かしなぁー・・・と、昔話に花を咲かせながら二人は局の廊下を歩く。

「そう言えば最近直接はお会いしていませんけど、なのはさんはお元気でしょうか?」

「うん。なのはちゃんは相変わらず変わりないよ。ヴィヴィオの子育てで忙しいさかい、前よりも仕事量は減らしてるみたいやけど実力は健在や」

「ブラスターの後遺症を負っていても本気のなのはさんに勝つのは並大抵の事ではありませんからね。たぶん、チーム戦ならともかく個人戦では勝てる気がしません」

「そうかな? ティアナならいいとこいくと思うけどなー」

 主に機動六課時代の出来事や最近の近況、仲間内の色恋沙汰の話などで盛り上がりながら二人は久しぶりの再会を祝して昼食を共にする。

「そう言えば・・・」

 ふと、ティアナがある事を思い出した様子ではやてに尋ねる。

「八神司令はもう聞きましたか? 『翡翠の魔導死神』の話?」

「『翡翠の魔導死神』? なんやそれ知らんな」

「人の名前である事は確かです。仇名と言いますか、異名と言いますか、最早通り名になっています。緑色の衣を纏った魔導師という噂なんですが、あまりに強すぎて規格外な事から誰が呼び始めたのか、付いた名前が『翡翠の魔導死神』―――だそうです」

「ふーん・・・翡翠の魔導死神なぁー。白き魔王とやったらどっちが強いんやろう」

「あははは。こればかりは私にも正直わかりません」

 性質の悪い冗談だと思いつつ、ティアナは局内で白き魔王=高町なのはと言うイメージがすっかり定着しつつある事態を本人に代わって秘かに憂い苦笑する。

「ほんで? その翡翠の魔導死神ゆうんはどんな人なんや?」

「素姓に関してはほとんど分かっていないそうです。ただ噂をよく聞くようになったのはちょうど一か月くらい前ですかね。最近多発している謎の怪物騒ぎに便乗して現れている様でして、神出鬼没ながら管理局が現場入りした時には既に状況は終了。怪物被害を受けた現地の人達からは絶賛され英雄扱いされてます」

「その怪物騒ぎなら私も小耳に挟んでるよ。なんや魔導師の力を使う自立行動型の正体不明の生物が次元世界各地で出現してるいうあれやろ?」

「ええ・・・警防部でも秘かにマークしていていた事案で警戒はしていたんですが、ここ最近になって怪物の出現頻度も日を追うごとに増しています。ただ不思議な事に、怪物が出現する時には必ず翡翠の魔導死神が目撃されていて、それを逆手に取って翡翠の魔導死神を捕えようとしたんですが・・・・・・」

「まさか逆に襲われたんか!?」

「その逆です。怪物の襲撃を受けた局員を翡翠の魔導死神が助けたんです。一個師団の武装隊50名が束になっても勝てなかった怪物をたったひとりで倒したそうです」

「たった一人で?!」

 俄かには信じ難い話ではあった。怪物の詳しい実力を知らないはやてでも、一個師団50名ですら叶わなかった怪物をただの一人の人間が討伐したとなれば、容易に翡翠の魔導死神が持つ力の巨大さを理解出来る。

「あとで聞いたところ・・・その気迫はまるで鬼の様であり、あながち“死神”という表現は間違っていなかったとも言っています。事実、翡翠の魔導死神は傷ひとつ負う事無くその手に持った剣一本で怪物を退治したそうですから実力は相当なものかと」

「そやけど実際に翡翠の魔導死神と武装隊の人達は顔を合わせてるんやろ? なんで誰も正体を知らないんや?」

「どうやら仮面で素顔を隠してるみたいです。おまけに声も変声機のようなもので加工していて、誰も正体を掴めていないんです」

「そうか・・・・・・せやけどスカリエッティ一味の脱獄に加えて謎の怪物騒ぎ・・・・・・ほんでもって翡翠の魔導死神か。この次元世界はかくも事件の芽が絶える事は無いんやな」

 

           ◇

 

3月下旬―――

第97管理外世界「地球」

東京都 松前町 スクライア商店

 

「お待たせしましたー♪」

 元・無限書庫司書長、ユーノ・スクライアは今日もしがない駄菓子屋の主として平凡ながらも充実な生活を享受していた。

「いつもすまないねー」

「この店は安くて品ぞろえがいいからほんと助かるよ」

「あはは♪ それがうちのモットーですから♪」

 多少胡散臭いところはあるものの、基本的に温和な人柄で整った顔立ちからか客足も良く、近頃は遠方から噂を聞きつけた者も足を運ぶほどの盛況ぶり。のんびり仕事をするつもりでこの店を開いたユーノも想定外な状況だった。

 しかし本人は忙しいことに満更でもなく、むしろ来店する全ての人に対し分け隔てなく接する。そんなユーノをサポートする為に副店長の熊谷金太郎、従業員の亀井浦太郎、桃谷鬼太郎がいる。

「あ、そうだ。松原さんと村山さんはいつも買ってってくれるお礼にサービス♪ 金太郎、あれ持ってきてー!」

「承知」

 指示を受けた金太郎が店の奥からある物を抱えてきた。訝しむ常連客を見ながら、ユーノは飄々と笑いながら瑞々しいまでの夕張メロンを見せる。

「へへへ。ちょうど食べごろの夕張メロンがあるんですけど、良かったらどうぞ。今日は特別ですから」

「まぁこんなに高価な物もらっちゃって!」

「ユーノちゃん、これじゃ赤字になっちゃうわよ」

「いいんですよお二人とも。どうせこんな店店長の趣味でやってるようなものですから♪」

「お前が言うな♪」

 ゴンッ―――。満面の笑みでユーノは浦太郎の頭部に拳骨を振り下ろす。その痛さの余り浦太郎は声を押し殺して双眸に涙を溜める。

「毎度ありがとうございまーす!」

「「「またのお越しをお待ちしてまーす!!!」」」

 客は皆総じて笑顔になって帰っていく。現代では失われつつある昭和の光景を垣間見れるという理由から中高年の客層が多く、確実に客足はここ数年の間に増えている。司書を辞めたユーノの意外な商才がここで発揮されていた。

「あ、そうだ。イイこと思いついた。今度この近くの買い物難民の高齢者相手に宅配サービスしよう♪ きっと喜んでくれるよ」

「素晴らしい名案ですな」

「えー、でもそれじゃ俺らの仕事量が増えるっすよ!?」

「何もそこまでしなくてもいいと思うな。どうせ趣味の延長みたいな店なんだか・・・「浦太郎君・・・二度は言わないぞ♪ 僕をあまり怒らせない方がいいよ」

「あ、はいすみません・・・・・・!!」

 笑顔で怒気を向けられるほどの恐怖は無い。この店でユーノに逆らえる者は一人としていないのである。

「相変わらず仕事熱心であるな」

 すると、聞き慣れた声が聞こえてきた。声のする方へ視線を向ければ、スクライア商店の裏の常連客―――白鳥礼二が立っていた。

「おやま? 誰かと思ったら白鳥さんじゃありませんか♪」

 飄々として出迎えるユーノ。白鳥は「邪魔をするぞ」と一言だけ呟き、ずけずけと店の中へと入ってきた。

「っておい!! この手羽野郎! まだ入っていいとは一言も言ってねェぞ。勝手に俺ん家に入るな!!」

「お前の家ではないがな」金太郎からの指摘が静かに呟かされた。

「私は客だ。客は神だ。神をもてなすのが接客業を営む主らの役目ではないのか?」

「誰がてめぇを客としてもてなすって!? デケー口叩いてるのもいい加減にしやがれってんだ!!」

 大柄な態度の白鳥に業を煮やした鬼太郎が身を乗り出そうとする。すかさず金太郎と浦太郎が二人掛かりで取り押さえる。

「まぁまぁ落ち着きなよ先輩。これでも大事なお客さんなんだから」

「ご無礼をお許しください白鳥殿。さぁ、遠慮せずに店長は白鳥殿と商談を進めてください」

「そうさせてもらうよ。さぁ白鳥さん、ご注文なら何なりとお申し付けください。自慢じゃないですが、品揃えに関しては他のどの店にも負けてませんので―――」

 

 スクライア商店―――表向きはやや古びた駄菓子屋兼雑貨屋。しかしてその実態は現世にいる白鳥などの死神に対して霊的商品などを売る、任務遂行の賞金を渡すなどの援助を行う闇のブローカーだと知る人物は雀の涙しかいない。

 ユーノは魂の故郷とも称される異世界《尸魂界(ソウル・ソサエティ)》から派遣され長期滞在中の白鳥とは旧知の仲であり、彼への援助も積極的に受け入れ現在に至る。

「・・・瀞霊廷(せいれいてい)通信の最新版号1冊に伝令神機(でんれいしんき)のスペア燃料1本・・・と」

 ピッ、ピッ、注文品を電子帳簿に入力しながらユーノは「えーと、ランクは?」と重要な点を聞き出す。

「一番高いので頼む」

「ムダにSですね・・・それから内魄固定剤(ソーマフィクサー)を60本・・・と。あっ、余計なお節介ですけど、固定剤(コレ)の使いすぎは体に毒ですよ? 義骸(ぎがい)とあんまり同調しすぎると抜けるとき物凄く辛いそうですから」

「それは分かっておるのだが・・・最近、義骸(ぎがい)との連結が鈍くてな・・・体が動かし辛くて仕方ない」

 拳をぎゅっと握りしめたり、肩をぎこちなく回したりと、義外との同調率の悪さからくる連結不良を如実に見せつける。

「ま・無理もない。私の様な格式高く懐の大きい男には安物の支給品などという小さき器には収まり切らんのだからな」

「おい亀公、何言ってんだコイツは?」

「言わせてあげなよ。白鳥さん、プライドだけはイッチョ前の小心者だと思うんだ」

「ゴールデンベアー副店長・・・そこの二人を黙らせてくれないか?」

 誰よりも気にしている事を周りから指摘されるのだけは露骨に嫌う。白鳥は一旦咳払いをすると、話を元に戻す。

「・・・兎に角、窮屈ではあるが現世にいる間はこれで我慢するしかないのだ」

「そんなに動かし辛いなら僕が検査しましょうか? 全身255か所がたったの4980(かん)。白鳥さんの出世払いって事でサービスしておきますよ♪」

「結構である! このぼったくり商店め!」

「へ~~~い」

 ぼったくり商店とは酷い言われようだな・・・・・・内心そう思いながら、ユーノは露骨に不満気な声をあげる。

「で、お支払いは・・・カードですか?」

「いいや、()()で頼む」

 そう言うと、白鳥は懐からスマートフォンの形状に酷似した連絡用端末『伝令神機(でんれいしんき)』を取り出し見せた。

追加給金(インセンティブ)・・・ですか」

 追加給金システム―――死神が現世において《(ホロウ)》と呼ばれる悪霊を退治するごとにランク分けされた賞与が得られる。このシステムで得られた賞金はそのまま死神の給金となり、白鳥はこれを用いてスクライア商店で買い物をしている。

 早速白鳥から伝令神機を拝借し、ユーノは端末に記録されている昇華済みの(ホロウ)のデータを事細かくチェックし始めた。

「『コザァートK』追加給金0環。『リリムタックス』追加給金70環。『レックスボーン』追加給金100環。どれもこれも小物ですね・・・白鳥さんらしくないですよ」

「私だっていつも大物を仕留められている訳ではない。プロの釣り師が毎回素晴らしい釣果を出せないのと同じ理屈だ」

「そうですか? 僕は釣った魚は絶対に逃がしませんけどね」

「誰も主には聞いておらぬのだがな・・・」

 例え話で釣りの話をすれば、何故か浦太郎が食い付いてきた事に白鳥は若干の戸惑いを見せた。

「お」

 するとしばらくして、ユーノはリストの中に入っていた一際値段の高い(ホロウ)を見つけ驚愕する。

「すごいですよ白鳥さん、やるじゃないですか。『インフェルス』追加給金30000環。これはかなりの大物ですよ!」

「ああ。そやつは生前所謂サイコパスで死神と魔導師をそれぞれ喰らっているからな・・・斬った瞬間、地獄の門が現れ番人共に連れて行かれた」

「へぇ――――――地獄へですか。あそこやっぱり怖いところですよね・・・・・・」

 どこか棒読みのユーノ。そんな彼を些か不審げに見ながら、白鳥は話題を変える。

「・・・ところで、前々から注文しておいたモノが届いていると思うのだが?」

「ああ! 届いてますよ! 浦太郎ー! 持ってきてくれるかい♪」

「えー・・・僕がですか?」

「持ってきてくれるよね♪」

「はっ・・・はいっ! 喜んで持ってきまーす!」

 二度目は無い・・・先ほどのユーノの言葉が脳裏を過る。

 笑顔の威圧を向けるユーノの命令に従い、浦太郎は冷や汗をかきながら急ぎ足で倉庫へ白鳥が注文していた物を取りに行った。

 浦太郎が取って来た物の中身を確かめる為、白鳥は茶色の包みに入って梱包されたものを恐る恐る覗き込む。

「・・・ふむ。確かに私のもので間違いないようであるな・・・」

「・・・あんまり疑った言い方しないで下さいよ・・・それを取り寄せるのに結構苦労したんですから・・・」

「・・・・・・・・・わかっておる。では、ありがたく貰っていくぞ」

 目的を果した白鳥は、大事そうに包みを抱えながら商店を出て行った。

 店から離れていく白鳥の後姿を見つめていた鬼太郎は、ふと気になった事をユーノに尋ねる。

「店長・・・前々から気になってたんすけど。鳥のヤツ、毎度毎度なにを注文していくんすか?」

「あぁ。コーヒー豆だよ」

「コーヒー豆!?」

 てっきりいかがわしい霊的商品でも取り寄せ、人知れず自慰行為にでも励んでいるとばかり決めつけていた鬼太郎の予想の斜め上をいく回答だった。

「ブルーマウンテンの丸豆を厳選した物なんだ。白鳥さん無類のコーヒー好きでね。知り合いの喫茶店を通じて取り寄せたんだ」

 ユーノが説明した直後、遠く離れたところで、白鳥はふと足を止める。そして梱包された袋から微かに薫るコーヒー豆の臭いを堪能する。

「ん~。やはりブルマンのピーベリーは最高であるな・・・」

 

           *

 

 松前町から然程遠くない東京の中央近く、都会の喧騒を離れた郊外に【空座町(からくらちょう)】という町がある。

 ごくごく平均的な街並。平穏な空気に包まれた日常に、住人達は平和な日々を過ごしている。

 この町の中心部に位置する小さな診療所があった。

 名を「クロサキ医院」―――・・・。

 

           ≡

 

空座町 南川瀬 クロサキ医院

 

「はーい、次の方どうぞー」

 少々不貞腐(ふてくさ)れた様な返事で次の患者を迎え入れるオレンジ色の頭髪の医師で診療所の院長・黒崎一護。医療大学を卒業した後、内科医であった父・一心(いっしん)と同じく医者の道を志し、僅か25歳で実家である病院を継いで院長となったやり手。

 現在は高校時代からのクラスメイトで恋人だった織姫と結婚し、夫婦でこの診療所の切り盛りをしている。

 今日も忙しなく病を抱えた老若男女を診察していく。常に眉間に皺を寄せる表情から初めて訪れた者は若干怖がったりもするが、ぶっきらぼうに見えて気遣いのある丁寧な仕事振りから徐々に患者が心を許していくと言う。

「大分良くなってきてるな・・・よし、今日から薬減らそうな坊主!」

 力強い一護の言葉を聞くなり、診察を受けていた子どもは嬉しくなり、満面の笑みを浮かべる。

「わーい! ありがとうございます、黒崎センセー!」

「先生、本当にありがとうございます」

 隣に座る母親も顔を綻ばせ一護に感謝する。

「別に礼なんかいらないっすよ。俺は特に何もしてないし・・・病気が良くなったのはその子が頑張ったからです」

 あまり他人に褒められる事に慣れていない一護は、ややはにかんだ笑顔を浮かべその場を乗り切る。

 やがて、午前の診療が終了した。カルテのチェックをしていた折、妻の織姫が一護の元へとやってきた。

「あなたー! 電話入ってるよ、ユーノさんから!」

「おお。サンキューな織姫」

 一護は机の上に置かれた内線用の受話器を手に取り、おもむろに耳へと当てる。

「おお、俺だ」

『あ、どうも一護さん。ユーノです・・・お久しぶりです』

「久しぶりつってもちょくちょく電話もメールもしてんじゃねえか・・・ひょっとしてあれか、俺の声が恋しいとか言うんじゃねえだろうな? まさかと思うけどお前にそんな趣味があったとは思いたくねえんだけど」

『ひどい! ひどいすぎる! 一護さんにそんな風に思われていたなんて~~~!! 確かに僕は一護さんと違って男っぽくないし、女顔だし・・・』

「わ、悪かったよ! 冗談だよ今のは! 気に過ぎなんだよ! あぁ・・・・・・よーしわかった! 今度一緒に飯食いに行こう! 俺のおごりだ! 好きなもん食わせてやるぞ!」

『あはは・・・別にそこまで気を遣わなくていいんですよ。師が弟子に気を遣うなんて聞いたことありませんから』

「俺だって弟子に気を遣うような事なんてしたくねえよ。俺がそうしたいって言ってるんだからおごらせろよな」

『ではありがたくご享受いたします。()()

「わかればいいんだよ。()()()()。はははははははは」

『はははははははは』

 初めて出会ってから月日は四年も過ぎている。

 しかし、二人の間に出来た師弟と言う名の絆は今なお強く繋がっている。この二人の間にどんな師弟関係があるのかを垣間見るのは、また別の機会に取っておくとしよう。

『・・・ああ、ところで話は変わるんですが、実は例の件で一護さんに相談しておきたいことがありまして。今晩お時間いただけないでしょうか?』

「今夜か?」

 言われた一護は、机の上に置かれた手帳を捲り上げスケジュールを確認する。

「え~~と・・・ちょっと待てよ・・・・・・おお、特に予定もないし大丈夫だと思うぜ。分かった、晩飯食ったらそっちに行くわ」

『ありがとうございます。ではお待ちしておりますね』

 ピッ・・・。電話を切り終えると、ナース服姿の織姫が近付き訝しげに一護へ尋ねる。

「ユーノさん、何だって?」

「例の件で俺に相談したいことがあるから今晩来てくれって。晩飯食ったらちょっくらユーノのところに行って来るからよ」

「うんわかった。でも・・・あなたに相談したいってことは、ひょっとして死神絡みのことかな・・・? それとも・・・?」

「なんだっていいさ。弟子が相談乗って欲しいって言ってんだ。師がそれに応じない理由は()えだろう」

 どこか嬉しそうな表情を浮かべるとともに、一護は机の上に飾られてある一枚の写真立てを見つめる。

 写真立てには以前にユーノと一緒に撮った写真があり、一護の隣に写る彼の表情はとても穏やかで、曇りのない笑みを浮かべていた。

 

           *

 

 次元世界には《古代遺物(ロストロギア)》と呼ばれる人知を超えたオーバーテクノロジーがいくつも存在しており、管理局は次元世界の平和の為に古代遺物(ロストロギア)を保守・管理している。

 だが広域指名手配された技術者型の次元犯罪者は、こうした古代遺物(ロストロギア)を秘かに使って大規模な実験を行っている。

 ジェイル・スカリエッティはその典型であり、彼の新たな計画の始動はたった一つの小さな欠片にも満たない物質から始まった。

 

           ≡

 

ジェイル・スカリエッティ 地下アジト

 

 巧みに管理局の行方を掻い潜り逃亡を続けるスカリエッティは、現在地下に造られたアジト件ラボラトリーにいた。

 ラボには生体兵器と思しき物がポッドと呼ばれる容器に入れられ瓶詰にされている。

 常時不敵な笑みを浮かべる彼だったが、そのとき一報が届いた。

 モニター画面が映し出されると、画面中央には拘置所から共に脱獄を果たした戦闘機人の一人で初期制作機(ファーストロット)のナンバー1《ウーノ》が報告する。

『ドクター。アンゴルモアの反応が出ました』

「そうか。して、クライアントからは?」

『管理局にアンゴルモアが捕獲されれば我々の努力も水の泡。何としても管理局よりも先にアレを見つけ出せとの事です』

「やれやれ・・・芸術に時は存在しないという事を少しは理解して欲しい物だ。アレの力は私の理解と想像を遥かに超えている。あのような物を作りだした人間が本当にいるのかと些か信じがたい話だが・・・・・・いずれにせよ焦らせないでほしい、そう一言伝えておいてくれるかい?」

『承知しました。それからもう1つ懸念が』

「なんだね?」

「翡翠の魔導死神と呼ばれる者が我々の邪魔を』

「ふむ。管理局の刺客か・・・いや、彼らならもっと公に動く筈だ」

『巧みに管理局と我々の追跡をブロックし、各世界での出現記録自体もすべて抹消されています。誰にせよ、敵に回したくない存在かと』

「気にはなるが、今は放っておこう。アンゴルモアを探すことが先決だ。そしてその為の戦力は既に整いつつある」

 決して遅れは取らない。それが彼のモットーであり、策略である。

 無限の欲望をこの身に宿した歴史上類を見ない天才―――その野望の果てに彼が見ている未来とは何か。

 それを知る者は彼をおいて他にいない。

 

           *

 

第97管理外世界「地球」

東京都 松前町 スクライア商店

 

 午後7時―――。

 営業時間が終了したスクライア商店メンバー、居間で食事を摂りつつのんびりテレビを見ていた。

『ワイハンスプレゼンツ! WBO世界ヘビー級タイトルマッチ! 世界チャンピョン・茶渡泰虎(さどやすとら)のこれまでの戦いを振り返っておきましょう!』

「おい熊、亀も視ろよ。()()()が映ってるじゃねーか!」

「あぁホントだ。間違いないね」

「凛々しい御姿ですな。まさに世界王者の名に相応しいです」

 三人の注意を引いたのは、日本人ながら全階級を通じて“世界最強”と評価されている《茶渡泰虎(さどやすとら)》、通称チャドという男の存在。50戦負け無し、KO率は91.8パーセントと言う驚異的な数値に世界中が震え上がった。

「店長は茶渡泰虎選手はご存知でしょうか?」

 金太郎が興味本位で問いかけると、ユーノは「もちろん知ってるよ」と即答し、意外な事を口走る。

「だってその人、一護さんの中学時代からの友人だもん。僕もたまにメールでやり取りしてるしね」

「え・・・えぇぇ―――!!! あのオレンジ頭と世界のチャドがまさかのマブダチ!?」

「しかもちゃっかり店長、世界チャンピョンと連絡取り合ってるって言ったよね・・・・・・!」

「最近は忙しくてほとんど返事は無いけどね。でも都合が合えばいくらでも話す機会はあるから・・・ごちそうさま」

 一人食事を済ませると、ユーノは身支度を整え外靴を履く。

「ちょっと外出てくる。風呂は先に入っててくれ」

「いってらっしゃいませ」

 外出したユーノを見送った後、浦太郎と鬼太郎は互いに顔を見合わせ、今以て分からない事だらけのユーノについて思案する。

「つくづくうちの店長って・・・謎めいていると言うか・・・素姓の知れないというか・・・」

「たぶん俺たちの知ってることなんてほんの僅かなんだろうな」

「だけどあの胡散臭さはそうそう醸し出せるものじゃないと思うんだよね」

 

           *

 

 松前町のとある森の奥。地響きのような轟音(ごうおん)が鳴り響いていた。

 ドドォーン! ドゴォーン!

 周りの木々は薙ぎ倒され、無惨にも大木が地面に横たわっている。

 そんな森中で、黒装束の着物で腰に帯びた《斬魄(ざんぱく)(とう)》を携えた男が木に衝突、満身創痍の状態でいた。

 黒装束の着物を纏いし者は畏怖の念を込められ、霊達、もとい現世の人間達からはこう呼ばれる―――《死神(しにがみ)》と。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、くそ!」

 死神は空ろな目を正面に佇む巨大な存在へと向けながら、震える手で《浅打(あさうち)》と称される刀を握り締める。

 その巨大な存在―――所謂魑魅魍魎(ちみもうりょう)の類である悪霊、(ホロウ)は胸に空いた孔と白い髑髏(どくろ)のような仮面が必ずある。

 (ホロウ)は恐怖に怯える死神に一歩ずつ近付き、不気味な笑みを浮かべる。

『死神でも・・・目の前の死には恐怖するらしいな・・・滑稽(こっけい)なことだ・・・だが、それも次で終わりにする。俺が貴様の命、途方も無い闇の奥底に沈めてやろう』

 (ホロウ)は巨大なその腕を振り上げると、勢いをつけて死神の下へと振り下ろした。

 死神もこのときばかりはもう駄目だと、死を覚悟し目を瞑る。

 しかしそれは、二者にとって思いもよらぬ形で覆されることになった。

 

 ドンッ—――!

 

 振り下ろされたはずの(ホロウ)の腕は死神に当たる直前、何処からともなく飛んで来た青白い衝撃波によって遮られ攻撃を無効化された。

『!!!』

「・・・・・・・・・い・・・・・・・・・今のは・・・・・・・・・」

 死神にも理解出来ない異常事態。訳が分からずただただ困惑していた時、何者かが足音を立てて二人の許へと近付いてきた。

「・・・まったく・・・妙な霊圧が涌き出てるから来て見れば・・・案の定趣味の悪い奴だぜ。それに、そこに居るのはこの町の担当死神だろ?」

 巨大な(ホロウ)を仰ぎ見ながら、歩み寄ってくるその人物は―――夜でもはっきりと視えるオレンジ色の頭髪と、死覇装(しはくしょう)と呼ばれる死神の衣装を身に纏い、背中には巻き布で巻かれた出刃包丁の様な身の丈ほどの大刀を下げていた。

「・・・よう()()()()()。俺のこと憶えてるか?」

 不敵に笑いながら訝しげに自身を見つめる(ホロウ)へと問いかける。

『・・・誰だっ・・・お前は・・・?』

「おいおい、人の顔もう忘れちまったのかよ。まだ四年年しか経ってねーっつうのにつれねえな。まぁいいや。忘れたなら改めて自己紹介してやるぜ」

 言うと、その男は(ホロウ)を見上げながら堂々とした態度で名を名乗る。

「・・・俺は死神代行(しにがみだいこう)―――黒崎一護だ」

『「・・・!!!」』

 名前を聞くなり、死神と(ホロウ)はともに吃驚した表情へ変貌する。

「黒崎・・・一護・・・!? まさかひょっとして、十年前の藍染惣右介(あいぜんそうすけ)の叛乱と霊王護神大戦(れいおうごしんたいせん)でユーハバッハを封じるのに尽力した伝説の死神代行・・・!?」

「お? 何だよ、俺の事知ってるのか?」

「知ってますとも! あなたのことは学院の教材にも載せられておりますし、我が十番隊隊長、日番谷冬獅郎(ひつがやとうしろう)からもお聞きしておりますゆえ!」

「おおそうか。お前冬獅郎のとこの隊の奴だったのか! いや~そうかそうか。連中とも暫く会ってないから俺のこと忘れられてるんじゃないかと思ってたけど、その様子じゃ大丈夫そうだな」

 

 ズドン―――!!

 

「ひっ!?」

 一護が(ホロウ)を忘れて素の笑みを浮かべた時、痺れを切らした(ホロウ)―――サトゥルルナスが腕を地面に叩きつけ一護を威嚇する。

 地鳴りの如くその振動に松前町担当の死神は度肝を抜かれるが、対する一護は至って平静を保っていた。

『・・・成程・・・貴様が()()()()の死に損ないか・・・久しく聞かく名前だったから忘れておった。かれこれ四年も姿を眩ませていたのはどういうつもりかは知らぬが・・・生憎と黒崎一護よ・・・俺は既に貴様になど興味が無い。今宵(こよい)俺が此処に来たのは、あの優男、それに白鳥礼二を捕食するため。貴様にかかずらっている暇は無い。そこを退いてもらおう』

「退けと言われて退く馬鹿が何所にいるかよ。アホかてめぇは」

(うわ~~見た目通りに口の悪い人だな・・・この人・・・)

 若い頃からの口の悪さは幾つになっても直っておらず、その事が客観的に物事を見ている死神をより呆気にさせてしまう。

 そんな折、一護は「それに―――」と口走り、サトゥルナスを見ながら挑発した口調で次のような事を語った。

「てめぇが俺に興味なくても、こっちはてめぇを斬りに来たんだ。相手してもらわないと困るんだよ」

 一護の言葉を聞いた途端、サトゥルナスは山鳴りにも似た不気味な笑い声を上げる。

『ヒ、ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒイヒヒヒヒヒイヒヒヒヒ!! 斬りに来ただと!? 人間風情が大層な口をきくものだ!! よもやお前、俺の事を忘れた訳じゃないだろう? その身に恐怖を刻み込んだのは誰だ!? それに今の俺はお前が思っているようなただの(ホロウ)ではない!! ならば見ろ、これが俺の―――力の姿だ』

 語気強く宣言したサトゥルナスの足元から、霊力とは異なる力―――魔法を発動した際に現れる魔法陣が出現する。銀色に輝くベルカ式魔法陣を展開させると、サトゥルナス自身の体が急速に肥大化。右手には巨大な西洋の剣を握り締める。

 あまりに常識外れ、規格外な光景に死神は冷や汗を流し硬直する。

「な・・・なんてデカさだよ・・・前に教本の挿絵で見た大虚(メノスグランデ)と同じか・・・いやそれよりも・・・」

大虚(メノス)・・・だと? そんな下等種と一緒にするな。俺は―――』

 

「『魔導虚(ホロウロギア)』」

 サトゥルナスが自身と言う存在について説明しようとした折、それよりも先に一護が横槍を入れ、詳しい説明を補足する。

「魔力を手に入れ、死神の力と魔導師の力を併せ持った新種の(ホロウ)の一団。そうだろ?」

『・・・なんだっ。案外博識じゃあないか。ならば・・・』

 言いながら、魔導虚(ホロウロギア)サトゥルナスは右手に握り締めている巨大な剣を天に(かざ)すが如く振り上げ、一護へと見せ付ける。

『この剣に勝てぬことも分かっているだろう』

「何だよその剣!? 斬魄刀・・・なのか!? それよりもムチャクチャなデカサじゃないか・・・」

『そうだっ! ちなみにこの剣は斬魄刀ではなく《デバイス》と言ってな・・・俺の魔力と霊力を限界まで磨き上げて作ったものだっ! 我がデバイスの巨大さは即ち魔力と霊力の巨大さを表す。貴様のその出刃包丁のような 斬魄刀で勝てぬことは自明の理だ、黒崎一護!!』

「・・・そうかよ」

 すると、話を聞いた一護は再び不敵な笑みを浮かべる。やがて余裕そうな態度でこれまで数々の危難を潜り抜けて来た自身の斬魄刀―――『斬月(ざんげつ)』の持ち手に手を掛ける。

「そんじゃ、いっちょやってみるか!」

『・・・どうやらものは知っていても、死神と魔導師の常識も通じぬ馬鹿らしい・・・・・・よかろう。あのときと同じ―――無様に敗北するがいい!』

 一護の誘いに乗ったサトゥルナスはその巨大な剣を一護目掛けて振りかざし、一護もまた斬月をもってサトゥルナスへと斬りかかる。

 

 バシュン―――!

 

 刹那の出来事。死神が状況を理解しかねる中、サトゥルナスの懐へ飛び込んだ一護は、眉間に皺を寄せながら次のように語る。

「基本から教えといてやるぜ。隊長クラスの死神は、全員斬魄刀のサイズをコントロールしてんだ。それにデバイスってのは力を誇示したものじゃない。魔導師が持つ元々の力をより効率的に引き出す為の道具なんだよ。ちなみに俺の知ってる魔導師は、そんなものに頼らなくても巨大な力に振り回される事無く完璧に制御できてるがな」

『・・・ば・・・馬鹿な』

 一護が斬月を所定の位置へと戻した瞬間、サトゥルナスの体は真っ二つに引き裂かれ、そのままその巨大な体を地面に叩きつける様に倒れ込む。

「死神や魔導師の類語るのはそれからだ―――人食い野郎」

身に起きた信じ難い事象に終始理解することなく、サトゥルナスの魂と肉体は斬魄刀によって洗い流されその場から消滅する。

「・・・い・・・一撃・・・・・・ですか・・・」

 サトゥルナス消滅の瞬間をその目に焼き付けていた死神は、噂以上に桁違いな一護の戦闘能力にただただ言葉を失い唖然とした。

(ムチャクチャだ・・・ムチャクチャ強い・・・これが本当にあの伝説の・・・黒崎一護なのか―――・・・?)

「―――やはり此処でしたか。どうです、討てましたか? (かたき)は」

 すると、死神と一護の耳にもう一人別の人物の声が入ってきた。

「・・・来てたのか・・・」

 一護はその声が聞こえた方へと視線を向け、その主の名をおもむろに口にする。

「ユーノ」

 トレードマークの帽子と作務衣と羽織を身に纏い、右手に杖を持ったユーノは一護へと歩み寄り、帽子を押えて軽く会釈する。

「・・・お久しぶりです・・・一護さん」

 

「いやァ。腕は鈍ってなかったみたいですねぇー。安心しました」

「何だよォ? えらく不安タラタラなこと言うじゃねえか」

「そりゃもう♪ 霊圧シボんでて僕のせいにされちゃたまりませんよ」

「あーそうかよ。別に(しぼ)んでてもてめぇの所為にしやしねえよ。それも含めて俺の実力だ」

 飄々とした様子で扇子を広げるユーノに、一護は少々めんどくさそうな表情を見せながら、改めてユーノの格好に対する苦言を口にする。

「つーかユーノさ、いい加減その浦原さんみたいな格好やめろよな」

「いいじゃないですか。僕気に入ってるんですよこれ」

「お前が気に入ってても俺が気に入らねえんだよ。なんか見てるだけであの人のコト思い出すんだよ」

「・・・何かされたんですか?」

「何もされてねえよ! 深読みしてんじぇねえ!」

 妙にムキになっている節が益々怪しい。きっと過去に自分の想像の及ばないようなことをされたのだと内心思いながら、ユーノは話題を切り替える。

「で・・・どうですか? 四年ぶりの死神の体は」

「まあまあだ」

「・・・心は・・・・・・晴れましたか?」

 その問を受けた直後、一護は少しの間を作り、思案した末に「・・・まぁまぁだ」と、やはり同じ答えを口にする。

「・・・今となっちゃそれほど恨んじゃいねえんだよ。あんな人食いのことは。俺が、この四年の間で欠片も晴れねえほど恨んでることがあるとすれば・・・・・・それはあの日、織姫を守れなかった俺の無力だけだ」

 聞くや、ユーノは“ああ、やはりか・・・”といった表情を見せる。どこか安堵した答えを聞けた後、帽子に軽く手を添える。

「変わらないですね・・・そういうとこ。でも少しほっとしました」

 ようやく自分が強烈に憧れ羨望した男が自分の目の前に戻ってきたと安堵し、ユーノは表情を和らげる。

 閑話休題。帽子を押さえ雰囲気を一変させると、ユーノは真面目な表情と声色で一護に電話で話した事を持ち出す。

「・・・それより、今日会って相談したいことの中身なんですけど・・・多分もう気付いていますよね?」

 ユーノに言われるや、一護も眉間の皺を寄せて「・・・ああ」と返事をする。

「お前の読み通り、接触しようとしてきたんだよ・・・“白鳥礼二”。それに“お前”にもな」

「やはりそうですか・・・」

「白鳥は護廷十三隊一番隊所属の死神で、突発的に魔力を手に入れてしまった死神兼魔導師―――所謂“魔導死神(まどうしにがみ)”だ。おめぇが突発的に霊力と死神の力を手に入れたのと同じようにな。何故そうなっちまったのか原因も一切不明。厄介だぜ」

「・・・けど、僕や白鳥さんに接触しようとしてきたということは・・・」

「あァ。連中も何らかの戦いの準備をしてるってことだ―――俺たちと同様にな」

 二人の間に一時の沈黙が流れる。死神はただただ事の成り行きを見守るしかなかった。

「・・・恐らくお前や白鳥を引き込み戦力を整え詳しく研究するつもりだったんだろうぜ。それに、今回の件に関しては恐らく尸魂界(ソウル・ソサエティ)の連中も感付いてるだろうさ。ただの(ホロウ)からの突然変異―――とどのつまり“魔導虚(ホロウロギア)”への変貌にな」

「やっぱりさっきの(ホロウ)は・・・魔力を手に入れた(ホロウ)・・・“魔導虚(ホロウロギア)”なんですね」

「あァ。今迄も、輪廻の理に外れて自然発生した魔導虚(ホロウロギア)らしき存在は時々感知されてきたが、今回のは今まで確認されてきたどの魔導虚(ホロウロギア)()()()共とは完成度がまるで別物だった。《魔法》と《霊力》・・・相反する二つの力。本来出会うはずの無かった二つの世界の境界が人為的に打ち破られ魔導虚(ホロウロギア)なんて化物が生み出された」

「・・・・・・」

「・・・お前だって解ってんだろ? この異常事態はつまり―――」

 ふぅと溜息を吐くと、一護はユーノに向って一人の次元犯罪者の名を口にする。

 

【挿絵表示】

 

「『ジェイル・スカリエッティ』―――稀代の天才にして次元犯罪者であるそいつが何らかのやり方で“(ホロウ)”や“魔導虚(ホロウロギア)()()()に接触し、真の“魔導虚(ホロウロギア)”を作り出そうとしてるってことだ。『古代遺物(ロストロギア)』の力を使ってな」

「ご推察お見事です」

 見事な一護の洞察に脱帽するユーノだが、事態は極めて由々しきものであり、この状況を野放しにする事は出来ないでいた。

「別世界の軌道拘置所から戦闘機人っつーのと一緒に脱獄したって言うのは本当だったらしいな・・・」

「・・・僕も正直驚いてますよ。まさか、スカリエッティ一味が鉄壁と称される軌道拘置所から脱獄を成功させるとは・・・到底思ってもいませんでしたから」

「そりゃそうだろうぜ。まぁ、それはともかくだ。現状では魔導虚(ホロウロギア)は完成した力じゃねえさ。レベルは桁違いにハネ上がったが、霊圧と魔力の濁り具合で判る。あの人食い野郎は未完成だった。恐らくは『このレベルでどの程度戦えるか』ってデータ集めの為に出してきた試作品だ。今でこそあのレベルだが、『古代遺物(ロストロギア)』の力は絶大なんだろう。奴はすぐに実戦で使えるところまで研究を進めるだろうぜ。そして完成した真の『魔導虚(ホロウロギア)』と、強化された戦闘機人を従えて・・・」

 一拍呼吸を整える。そして一護は、スカリエッティが思い描く最悪のシナリオをおもむろに唱える。

「世界を潰しに現れる」

 世界征服―――などと言う夢想話、そう捕える者はここには一人もいない。ユーノと一護の間にはただならぬ空気が満ちていた。

「・・・どうするよ。俺に隠れてこそこそ動いてるみたいだが、いい加減お前ひとりじゃ限界に来てる筈だぜ?」

 真顔の一護から向けられる鋭い指摘。確かに、ユーノとしても現状を考えれば隠密活動を続けるのにも限界があると感じ始めていた。

 一度帽子を深く被り直し、「・・・なんとかしましょう」と呟く。

「いずれにしろこの事態だ。敵味方はともかくとして、皆動きますよ。尸魂界(ソウル・ソサエティ)も、僕たちも。そして―――時空管理局も」

 

           *

 

 ユーノの思惑通り、二つの異なる組織同士が今回の異常事態に対してある動きを見せ始めていた―――・・・

 

 

尸魂界(ソウル・ソサエティ)

瀞霊廷(せいれいてい) 一番隊舎

 

「今日君をここへ呼んだのは他でもないんだ」

 死神の死神による死神のための治安維持組織《護廷十三隊(ごていじゅうさんたい)》。それを総括する背中に《一》と書かれた隊長羽織の上に女物の着物を羽織り、女物の長い帯を袴の帯として使うなど派手な格好をした無精ひげを蓄えた男―――京楽次郎総蔵佐春水(きょうらくじろうさくらのすけしゅんすい)こと、京楽春水(きょうらくしゅんすい)一番隊隊長兼護廷十三隊総隊長は、おもむろに言葉を紡ぐ。

「今現世において(ホロウ)の突然変異―――えーと・・・七緒(ななお)ちゃん、アレなんて言ったっけ?」

魔導虚(ホロウロギア)です、総隊長。」

 京楽を補佐する副官の一人にして、京楽の右腕とも称される眼鏡を掛けた生真面目な女性・伊勢七緒(いせななお)一番隊副隊長が即答する。

「おぉ、そうそう。その魔導虚(ホロウロギア)とか呼ばれる未確認体が多数出現してるみたいなんだ。既に多数の死神が現世で交戦し殉職者すら出ている。護廷十三隊としてはこの由々しき事態をいつまでも放置しておくわけにはいかない状況でさ・・・」

 言葉を紡ぐとともに、京楽は眼前で恭しく頭を垂れ、片膝を突いて控える背中に《三》と刺繍された隊長羽織に身を包む赤髪の男を見据える。

「護廷十三隊並びに中央四十六室総意の許に本日只今をもって―――“現世における魔導虚(ホロウロギア)の実態調査”及び“魂魄調整の歪みの原因の実地調査”を命じるよ」

「はっ! 護廷十三隊の名に恥じぬ様謹んでお受け致します」

「ふふ・・・君の活躍に期待してるからね。三番隊隊長―――阿散井恋次(あばらいれんじ)

 

           *

 

次元空間

時空管理局本局内部 運用部・第1会議室

 

 同じ頃、時空管理局ではJS事件解決の鍵となった伝説の機動部隊―――《機動六課》の元メンバーだった者達が、クロノ・ハラオウン呼びかけの許、緊急招聘され続々と集められていた。

 部隊長だったはやてを始め、なのは、フェイトを始め、嘗ての苦楽を共にした者達が一堂に会する。

 主だったメンバーが会議室へ集まったのを確認し、クロノは統括官リンディ・ハラオウン、空間ディスプレイの向こう側で列席する聖王教会教会騎士カリム・グラシアに目配せをしてから口火を切る。

 

「―――急な召集に、全員よく集まってくれた。感謝する。それではこれより、ジェイル・スカリエッティ及び古代遺物(ロストロギア)アンゴルモアに関わる緊急対策会議を執り行う」

 

 

 

 

 

 

 動き始める三つ巴の勢力。

 事件は、ここより動き始める――――――・・・

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:久保帯人 『BLEACH 2・21・22・74巻』 (集英社・2002、2006、2016)

原作:小森陽一 作画:藤堂裕『S -最後の警官- 1巻』 (小学館・2010)

 

用語解説

※1 環=尸魂界(ソウル・ソサエティ)における貨幣単位

※2 WBO=世界ボクシング機構の略

 

 

 

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

虚「グアアアアアアアアアアアア!!!!」

 松前町に(ホロウ)が現れる。それに立ち向かうのは――――――

観「喰らえ!! ゴールデン観音寺弾(キャノンボール)!!!!」

 人気タレント「ドン観音寺(かんのんじ)」は、手から霊力の塊をぶつけるが軽く弾かれてしまう。そこへすかさず・・・・・・

ジ「ジン太ホームラン!!」

 後ろからジン太が殴りかかる。そして、止めの一撃。

夏「いくぜ! たつきちゃん直伝!!! 夏梨流絶命(かりんりゅうぜつめい)シュート!!!!」

虚「ホ、ギャアアアアアアアア!!!!」

 自前のサッカーボールで(ホロウ)を消滅させる。

観「ミッションコンプリート!!」

夏「やりー!! 絶好調!!!」

 そんな三人の様子を物陰で覗く白鳥。と、そこへ・・・

有「何コソコソ見てるのあんた? 気持ち悪い」

白「な、何っ!?」

 死覇装姿であり、霊力の無い人間には視認する事さえできないはずの白鳥は、冷ややかな目で自分を見つめる女性・有沢たつきに大いに驚愕する。

一「おい。魔導師図鑑じゃなかったのかよ?」

ユ「て言うか、全然魔導師関係ないし」




次回予告

ユ「いや~なんだか大変な事になって来ましたね」
一「大変なのは次の回の方だ。鬱陶しい奴が尸魂界(むこう)からやってくるんだよ・・・」
ユ「鬱陶しい奴? ああ! はいはい! もしかして、あの人ですね♪」
一「ったく・・・なんで毎回毎回俺の家に来るんだよ・・・」
ユ「案外織姫さん目当てなんじゃ?」
一「だとしたらマジでぶっ殺す!!」
ユ「次回、ユーノ・スクライア外伝・・・『野良犬隊長、見参!』。お楽しみに♪」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話「野良犬隊長、見参!」

新暦079年 3月31日

第97管理外世界「地球」

東京都 海鳴市(うみなりし) 喫茶翠屋(きっさみどりや)

 

 高町なのはと八神はやてが幼少期を過ごした同郷―――海鳴市。

 なのは、フェイト、はやての三人は仕事の都合を合わせ一緒の休暇を取ることが出来、久しぶりの里帰りを果たす。

 現在、なのはの実家が営む駅前商店街人気の喫茶店「喫茶翠屋」にて小学三年生からの親友アリサ・バニングスと月村すずかを交えたお茶会を開いていた。

「ホントご無沙汰だったじゃないの。なのはたちも元気そうで何よりだわ」

「そうだね。三人は怪我とか病気とかかかってない?」

アリサとすずかが魔導師として多忙な日々を送る三人を気に掛け身を案じる。

「にゃははは。大丈夫だよ。私たちはこの通り健康そのもの♪ 元気でやってるよ!」

「JS事件も終わってもう四年になるし、ミッド地上も大分落ち着いてきたところだよ」

「ま。そのテロ事件の首謀者たるスカリエッティが、まさか脱獄するとは夢にも思ってもなかったことやけど」

 はやてが口にした途端、隣に座るフェイトの表情が些か曇る。

 彼女の複雑な心中を察するとともに、ありさとすずかを顔を見合わせてからふとした疑問を口にする。

「でもさ・・・そう簡単に脱獄なんて出来るのかな?」

「時空管理局ってか、ミッドの科学力って何もかもが地球と比較しても断然上なんでしょ? そんな鉄壁の要塞みたいな組織が管理する場所から逃げ出すなんて・・・正気の沙汰じゃないわね」

「ま、確かにそうだけど・・・実際に逃走したのはスカリエッティだけじゃないよ。戦闘機人にしたって更生の余地が極めて難しいのが三人・・・一刻も早くあの男を捕まえないといけないのは確かだよ」

「そやね・・・逮捕が遅れれば遅れるほど、それこそJS事件の二の舞や」

「だからクロノ君は私たち全員に声を掛けたんでしょ? スカリエッティの逮捕とそれが狙う古代遺物(ロストロギア)《アンゴルモア》の確保って名目で機動六課を復活させるって―――・・・」

 

 

数日前―――

時空管理局本局内部 運用部・第1会議室

 

 聖王教会教会騎士団騎士であり時空管理局理事官―――カリム・グラシアが保有する古代ベルカ式魔法の稀少スキル【予言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)】は、ここ数年のうちに起こり得るある事件にまつわる予言を詩文形式に書き出していた。

 皆が見守る中、ディスプレイ越しにカリムは難解な古代ベルカ語で書かれた予言をおもむろに読み上げる。

『・・・《古に忘れ去られし禁忌の宝玉砕かれし時 これから起こる大破壊の幕が上がる 新たなる混沌の始まりを告げるは、輪廻の理に外れし死せる者達 それを先駆けに欲望の種は数多の海と世界へと伝播す ついに世界の民は灼熱にも似た邪悪なる意志のもとに灰焼きにされよう これを止められし者、すなわち光であり闇である者 光であり闇である者、志を同じくする十の戦士達と共に混沌に呑まれんとする世界を救わん》・・・・・・』

「それが今回騎士カリムの予言能力で書き出された新たな事件の兆候だ」

 元・機動六課後見人であるクロノが嘗ての機動六課主要メンバーを集めた背景は、JS事件を彷彿とさせる大規模な次元犯罪・次元災害を未然に食い止める為だった。最高評議会の喪失と地上部隊の失墜、スカリエッティらの脱獄、そして魔導虚(ホロウロギア)の出現と―――不安定な情勢と世界事情を憂う中でこのような予言が表すもの。端的に言えば《世界崩壊》のシナリオに他ならない。

 これに危機感を抱いたクロノは上層部と取り計らい、スカリエッティ逮捕とそれが追い求める古代遺物(ロストロギア)《アンゴルモア》の確保を表向きの理由に据え、その本質として「来たるべく世界崩壊のシナリオを食い止めるため」に機動六課を再編する事を決定した。

 クロノの意図を理解したメンバーは、改めてカリムによって唱えられた解釈の難しい比喩表現満載の予言内容を思案する。

「古の禁忌の宝玉・・・・・・多分、それがきっと今回の事件の鍵となる古代遺物(ロストロギア)《アンゴルモア》の事なんだと思うけど」

「輪廻の理に外れた死者っていうのは一体?」

「まさか本当に死んだ人が襲って来るわけじゃないですよね」

『教会関係者以外にも古代ベルカ語に精通している方々に協力は仰いでいますが、予言の解釈はまだ三割にも満たないのが現状です』

 私の力不足で申し訳ありません・・・。カリムは画面越しに首を垂れる。

「この予言が示す新たな事件・・・スカリエッティと大きく関わっているとすれば本局としても見過ごすわけにはいかない」

「だからその為の機動六課再編・・・ですか?」

 管理局としても形振り構っている状況ではないのは安易に察する事が出来た。

 他のどの機動部隊でもなく機動六課という存在に重きを置くとすれば、四年前にミッド地上の危機を救い、「スカリエッティ逮捕」と「来たるべく管理局崩壊を食い止めた」実績を持つ伝説の機動部隊だからであり、他の機動部隊では出来ない事をやってくれるという強い期待と希望を抱かれての事だろう。

「『世界は変わらず慌ただしくも危険に満ちている』―――旧暦の時代から言われている通りだ」

 難しい顔を浮かべ両手を前に組み、クロノは言葉を紡ぐ。

「破壊的な力を持つ古代遺物(ロストロギア)はよからぬ輩の手に落ちれば即座に争いの種となり、戦いの道具となる。世界の「バランスを崩す」どころか、破滅に向かって一直線する。そうやって滅びた世界は数えきれない」

 ふぅ・・・。一呼吸を置く。

 やがて眼前に見据えた元・機動六課メンバーに向かって静かに呟く。

「それを未然に防ぐ事こそが、僕たち次元世界の法の守護者たる管理局員に与えられた使命なんだ―――」

 

 

 数日前に聞かされたクロノの言葉が三人の脳裏を過る。

 機動六課の再編となれば、こうしてアリサ達と安穏とした時間を過ごすことも滅多に出来なくなる。それを念頭に据え、今と言うかけがえのない時間を堪能する。

「機動六課って言えば・・・前にはやてが立ち上げた部隊じゃなかったかしら?」

 アリサがふと尋ねたので、はやては「せやで」と即答する。

「いやー。最初聞いたときは度肝を抜いたよ。せやけど真顔のクロノくんとリンディさん、おまけにカリムが冗談じゃない言うたときにはさすがにな」

「えっと・・・私たちにはよくわかんないけど・・・いろいろ大変そうなんだね」

「これも仕事だから」

「だいじょうぶだよ、すずかちゃん。私たちこれでもかなり鍛えてるし、強いんだから♪」

「なのは・・・」

「なのはちゃん・・・」

 二人の前では笑って言い聞かせるなのはだが、アリサとすずかはその笑顔が自分達を不安にさせまいと作り上げた偽りの表情である事を看破する。

 二人だけじゃない。ユーノが居なくなってからこうした態度をたびたび見せるようになった彼女をフェイトとはやても気に掛けていた。

「おまたせー。翠屋の新作ケーキだよー」

 ちょうどそこへ、喫茶翠屋で働く眼鏡に三つ編みスタイルの女性―――なのはの姉である高町美由希(たかまちみゆき)が笑みを浮かべながら5人の元へケーキを運んできた。

「うわぁー! おいしそう!」

「相変わらず凝っとるなー。さすがは桃子さんやー」

「ざーんねんでした! 実はこのケーキ、私が作った物だったりして♪」

「お、お姉ちゃんが!?」

 意外すぎる事実に誰よりも吃驚するなのは。この喫茶翠屋においてケーキ作りは専らプロの菓子職人である母親の仕事だとばかり思っていたなのはにとって、美由希がケーキを作るという発想自体そもそもなかったのだ。

「いつまでも結婚しないで親元で寛いでる干物女じゃないんだよ。なのはやみんなもあんまりお姉ちゃんを見くびっちゃダメだぞー」

 さすがの五人も面を食らってしまった。ひとまず出されたケーキを食べてみる事にした。その味は驚くほどに美味だった。

「美味しい!」

「ほんまや。まろやかな舌触りにほのかに甘いのが絶妙や」

「お姉ちゃんすごいよ! 私ぜんぜん知らなかったよ。お姉ちゃんがこんなにケーキ作り上手だったなんて!」

「えっへん! これが高町美由希の真の実力なのだ!」

 しかし正直なところ内心非常に不安だった。兄や妹と違って目立った特技も持たず悶々と日々を過ごしていた彼女だったが、こうしてたまに帰って来た妹が笑顔になってくれることが何よりも嬉しかった。同時に心から救われる思いだった。

 心なしか先ほどまで見せていたなのはの作り笑いは素の笑顔に戻っている様に感じられた。四人は絶妙なるタイミングでフォローに入った美由希の姉としての威厳を心から尊敬し感謝した。

 そんな砌、ふとすずかがカウンターを覗いた時、真っ白なワイシャツを着こんで静かにコーヒーブレイクを堪能する気品漂う男性の姿が目に留まる。

「美由希さん、あの人・・・」

「あぁ白鳥さん?」

「お姉ちゃん。あの人よく来るの?」

「うん。決まってコーヒー飲んで帰っていくよ。ケーキもどうですか? って言ったんだけど・・・甘い物は口がおかしくなるから不要だって言われちゃった」

「へぇー」

 秘かな注目を浴びている事など露知らず―――白鳥礼二は店主であるなのはの父・高町士郎(たかまちしろう)が淹れる自家焙煎コーヒーを愛飲する喫茶翠屋の常連客となっていた。

「ンフ―――・・・。やはりここのブルマンのピーベリーは格別であるな」

ズズ・・・。コーヒーを啜る音が何とも心地よい。白鳥にとって至高のコーヒーブレイクこそ至福のひと時であった。

「店主よ。いつもながら良い仕事をしているぞ」

「いつも御贔屓ありがとうございます。白鳥さん」

 翠屋の客層はその殆どが主婦層や学校帰りの学生であり、白鳥の様な純粋にコーヒーを愛する客と言うのも実に珍しい。

 だが士郎にとって自分が淹れるコーヒーを絶賛してくれる客が居る事はとても喜ばしい事だった。どちらかと言うとこの店では妻である桃子が作ったケーキや紅茶を目当てに足を運ぶ者が多いからだ。

「ん?」

 すると不意に、店の隅に置かれていたある物に白鳥の目が行った。立ち上がった彼は足早に移動し、置かれていた物を吃驚した眼差しで見つめる。

「これは・・・!?」

「あぁ白鳥さんは気付いちゃいましたか。それはニセ樽です」

「ニセ樽だと?」

「知り合いの豆屋さんがちょっと見て欲しいと言ってウチに持ってきたんです」

 経緯を簡潔に説明する士郎の話を耳に入れつつ、白鳥はニセ樽と呼ばれるコーヒー豆がずっしりと入ってある樽を持ち上げじっくりと観察。しばらくして、ハッとした表情を浮かべるなりニセ樽たる所以を突き止めた。

「成程そういう事か・・・・・・アルミのタガの部分の印刷がずれている。これはジャマイカの現地で蓋をしたのではなく、こっちで別の安い豆を混ぜ合わせて蓋をした証拠だ!」

「いやーさすがですね、白鳥さん。それにしても最近は玄人でも騙されるくらい巧妙な物が出回っていまして、嘆かわしい限りですよ」

 と、思わず悲嘆する士郎。

 直後、ダン―――と、カウンターテーブルを叩きつけるなり白鳥は激昂。人目を憚らず大声を上げる。

「そんな下賤な者にコーヒーを飲む資格はない!」

 唐突なまでの白鳥の言動に店に居合わせた者すべてが硬直。戸惑いが広がる中、士郎は人が変わった様に大声を出した白鳥を恐る恐る諌める。

「あ、あの・・・白鳥さん・・・あんまり五月蠅くされると他のお客さんに迷惑なので・・・・・・」

「し、失敬した。私としたことがつい感情的になってしまった」

 並々ならぬコーヒー愛を見せつける白鳥を、フェイトはこのときじっと見つめていた。だがそれは異性としての興味ではなく、ある別の理由からだった。

「あの人・・・」

「フェイトちゃん。どうかしたの?」

「・・・うんうん。なんでもない。多分気のせいだと思う」

 なのはにそう言った後で、フェイトはもう一度白鳥の方へと視線を向ける。そして彼から感じられる身に覚えのある気配に神経を研ぎ澄ませる。

(まさかね。あの白鳥さんって言う人から“魔力”反応があるだなんて――――――何かの思い過ごしだよね)

 

           *

 

同時刻―――

空座町 南川瀬 クロサキ医院

 

 木曜の午後。閑静な住宅街に現れる嵐を呼ぶが如く二人の訪問者。

 うち一人は時代錯誤とも思える華美な衣装に身を包んだ赤髪の男。もう一人は現代風の衣装に身を包んで赤髪の男を懸念に満ちた視線で見つめる、落ち着いた印象だが若干幸薄そうな男。

 やがて、赤髪の男はクロサキ医院の前に立つと診療所と併設された自宅のインターホンをおもむろに押す。

 

 ピンポ―――ン!

 

 呼び鈴を鳴らしてしばらくすると、鍵の閉まった玄関から出てきたのはラフな格好の一護だった。

「は―――い。すみません木曜は午後から休診になってま・・・」

 若干気だるい声で呼びかけようとした途端。太陽光でピカリと輝く派手なサングラス越しに、赤髪の男は一護を前に大仰なリアクションをとった。

「ハハハハハッ!!! 元気だったか我が戦友(とも)よ!!! 阿散井恋次(あばらいれんじ)様がわざわざ現世まで来てやったぞー!!!」

 圧倒的な存在感を醸成する。周りを流れる時が一瞬の間だけ凍りつくと、一護は白けた表情で柵の鍵を閉め、何事も無かった様に家の中へ入ろうとした。

 それを目の当たりにするや、護廷十三隊三番隊隊長・阿散井恋次は慌てて一護の行動を止めにかかり無理矢理に扉をこじ開けようとする。

「こ、コラアァァ!! テメー何で鍵閉めるんだよ!!! 一護っ!!!」

「あたりまえだ!! テメーいきなり押しかけて来やがって何だよその格好!! いつの時代のスターだよ!!!」

「うるせーよ!! これが現世で一番地味な格好だってルキアが言うからわざわざ着てきたんだぞ!!!」

(うわあ~~~こいつ本気で騙されてやがる・・・)

 どこまでアホなんだと内心一護が呆れていると、恋次の後から付添の男が苦笑しがちに話しかけてきた。

「ほらね阿散井くん・・・やっぱり言わんこっちゃない。僕もその格好はやめたほうがいいって言ったんだ」

「わ、悪かったな!! 俺だって好き好んでこんな格好してんじゃねぇよ!!」

 そのとき、一護もようやくもう一人の男の存在に気が付いた。

「あれ? お前・・・吉良(きら)じゃねぇか!? お前も一緒だったのか!」

「まぁね。久しぶりだね一護くん」

 恋次の付添として同行していた男、護廷十三隊三番隊副隊長・吉良イヅルはややぎこちなく思える笑みを見せた。

 恋次と吉良は共に死神育成を目指す『真央霊術院(しんおうれいじゅついん)』特進クラスの出身で、今は護廷十三隊三番隊を指揮する隊長、副隊長の地位に収まっている。十年前に勃発した『霊王護神大戦』を経て恋次が新しく三番隊の隊長になってから早数年。二人はその手腕を以って自隊をまとめ上げている。

「ところでお前ら今日は突然どうしたんだよ? わざわざ現世(こっち)に来るってことはそれなりの理由があるんだろ?」

 問い質す一護。吉良は今回の訪問について端的に事情を説明する。

「実はね、“(ホロウ)の突然変異体である『魔導虚(ホロウロギア)』の実態調査に備えて現世の死神代行組みと合流せよ”っていう上からの命令でね。僕らがこっちに派遣されたんだ」

「つー訳だ一護。こちとら上がらせてもらうぞ」

 と、さも当たり前の様に恋次は一護の家へと上がり込もうとする。

「ちょっと待てぇ―――い!!!」

 これに危機感を露わにした一護は慌てて恋次の行動を制止させる。

「まだ上がっていいとは一言も言ってねぇだろうが!!」

「いいじゃねぇかよ別に!! 俺たち友達だろ!!」

「都合のいいときだけ友達ヅラすんじゃねぇよ、腹立つから!!!」 

 久しぶりに合って早々喧嘩しか出来ないのかと吉良は当方に暮れていた。

 閑静な住宅街で突如勃発した一護と恋次の取っ組み合いは壮絶を極めたが、長くは続かなかった。

 しばらくして、家の奥から織姫と改造魂魄(モッド・ソウル)という特殊な擬似的な魂を与えられ、今はライオンのぬいぐるみの姿をしたコンが騒ぎを駆けつけた。

「あなたー。一体どうしたの? 玄関で騒いで・・・」

「そうだそうだ! ウルサくて昼寝も出来やし・・・って!! お前らぁぁぁ―――!!」

「ああ―――!! 恋次くん!! それに吉良さん!!」

 恋次と吉良の姿を見た途端、織姫は驚嘆するコンを余所に子供みたいにはしゃぎながら二人へ近づき数年振りの再会を喜んだ。

「久しぶり!! 恋次くんも吉良さんもぜんぜん変わってないね!!」

「そりゃあ・・・人間と死神じゃ歳のとり方もかなり違うしな。つーかなんで俺は()()()()で吉良は()()()()なんだよ」

「しばらく見ない間に、君は一段と大人の女性になったね。織姫さん」

「やだもう~~~♪ 吉良さんったら~~~お世辞が上手いんだから♪♪」

「それに引き換え一護・・・お前は老けたな・・・」

「まだ2()6()だよ!!」

 織姫が吉良のお世辞に心底うっとりし幸せそうな笑みを浮かべる一方で、恋次は一護の顔を見ながら嘲笑する。

「とにかく、立ち話もなんだから上がって上がって!! ちょうどクッキー焼いたところだから、ささ!!」

「っておい織姫!? 上がらせていいのかよ!!」

「いいじゃない。ウチへ来たって事は、何か困ってるからなんでしょう。困ったときはお互い様だよ!」

「そうだぞ一護! 素直に織姫さんの言葉には耳を貸しやがれ・・・ふっぐう!!!」

「おめーは少し黙ってろ!!」

 剣幕を浮かべながら一護はコンの体を情け容赦なく足元で踏みつけ、湧き上がる怒りを鎮めようとするのだった。

 

 

 織姫の許諾を得て家へと上がった恋次と吉良は、お茶請けに出されたクッキーと紅茶を堪能。その一方で一護は露骨に不機嫌そうな顔を浮かべコーヒーを啜る。どこか釈然としない中、恋次達へ問いかける。

「で・・・なんでお前なんだよ?」

「一応、中央四十六室(ちゅうおうしじゅうろくしつ)でも厳正な審査が行われてな・・・その結果選抜されたのが俺だったのさ。他の誰でもねえこの俺が選ばれたんだぜ。どうだすげーだろ一護!」

「へー・・・そうなんだ」

 乾いた声でまるで興味一切の無い口先だけの返事。恋次は一護のこういう態度が昔から気に入らなかった。

「なんだその超興味の()えリアクションは!? ちったー驚けよ!」

「あーそうなんだ。すごいすごい」

「てめえ・・・前々から可愛げの()え奴だとは思ってたが、ここまでとはな」

「阿散井くん。言いたい事はわかるけどひとまず押さえて」

 今にも爆発しそうな恋次をセーブするのもまた副隊長である吉良の役目であった。

「あ、そう言えば朽木さんどうしてるの?」

「ルキアか? アイツなら十三番隊の任務で現世(こっち)には来れなかったな。霊王護神大戦以来、浮竹隊長の体の具合がさらに悪化しちまったもんだから、今じゃ隊長業務も掛け持ちしていろいろ忙しいんだよ」

「そうなんだ・・・てっきり朽木さんも一緒だと思ったからちょっと残念だな」

 尸魂界(ソウル・ソサエティ)における死神で無二の親友・朽木(くちき)ルキアとの再会が果たせなかった事を、少々残念そうに感じた織姫は思わず項垂れる。

「仕方ねえさ織姫。ルキアもルキアで忙しいんだ」

 一護にとっても朽木ルキアという死神は特別な存在だった。

 嘗て、ルキアは一護に死神の力を託し彼の運命を大きく変えた。やがて、一護は死神代行としてルキアを始め、多くの死神、あるいは尸魂界(ソウル・ソサエティ)の歴史そのものを変えていった。十年に及ぶ彼の軌跡については別途書籍等で確認して欲しい。

「で、話は元に戻すけど・・・・・・ここ数日の間で魔導虚(ホロウロギア)の出現頻度は確実に増えている訳だが、実際にアレと戦っている者の率直な意見を聞きたい。一護くん、魔導虚(ホロウロギア)についてどこまで知っているんだ?」

「そうだな。一言で言えば魔導の領域に足を踏み入れた(ホロウ)ってところだよ」

「魔導? なんだよそりゃ」

 聞き慣れない言葉に恋次は小首をかしげ聞き返す。

「魔法だよ魔法! 魔法って言葉くらいは聞いたことあるだろ?」

「魔法だぁ!? な・・・何言ってやがんだよ・・・・・・まさかとは思うが、魔導虚(ホロウロギア)ってのは杖を振り回しながら“テクマクマヤコン”とかって言うんじゃねーだろうな」

「いろいろ間違い過ぎだろ・・・・・・つーか古すぎるぞその情報」

 まさか恋次の口からテクマクマヤコンが飛び出すとは思わなかった。

 サブカルチャーである事に間違いはないが、選ぶセンスが一際古い事には織姫とコンも苦笑するばかりだった。

「と、兎に角! 俺はそのへんの事は断片的な事しかわからねえから、詳しい事は専門家に聞いてくれ。つっても魔導虚(ホロウロギア)、もとい魔法絡みの専門家なんて俺の知ってる限り一人しかいねえんだけど」

「誰なんだ?」

「ユーノ・スクライア。俺の弟子だ」

「そうか。お前の弟子か・・・・・・・・・・・・・・・弟子だぁぁ!?」

 飲もうとした紅茶を落としかける勢いで、恋次は驚嘆の声を上げるとともに、一護へと詰め寄り胸ぐらを掴み尋問する。

「おい一護ッ!!! そりゃどういう意味だよ!?」

「どういう意味も何もそのままの意味だっつーの!」

「いつから弟子なんて取ってたんだよ! 俺らぁ何も聞いてねーぞ!!」

「わざわざ言う事でもねえと思ったんだ! つーか顔()けえよ!! 服も伸びるだろうがっ!!」

 恋次からすればぶっきらぼうな性格の一護に弟子など取れる筈がないとさえ思っていた。予想を裏切る事態に終始納得のいかない恋次を余所に、吉良は冷静に織姫から事情を窺っていた。

「えーと・・・一護くんの弟子ということはさておき、そのユーノ・スクライアという人物に聞けば、魔導虚(ホロウロギア)が身に付けているという『魔法』について情報を得られるのかい?」

「はい。ユーノさんなら喜んで協力してくれると思いますよ」

「ま。恋次が下手な粗相をやらかさなきゃの話だがな」

「姐さんと違ってコイツの性分が野良犬だもんな・・・・・・ぐっほ!」

 コンの口から野良犬と言う単語が飛び出すなり、恋次は鋭い剣幕を浮かべながら無碍にぬいぐるみの体を踏み潰す。

「誰がんなヘマするかよ!! 上等だぜ。そのユーノなんちゃらに会ってやろうじゃねえか! 一護、そいつの住所教えろ!」

 ったくしょうがねえな・・・そう呟きながら、一護はメモ帳にユーノが住んでいる住所を書き殴り、「ほらよ」と言って手渡した。

「吉良! ぼさっとしてねえでさっさと行くぞ!」

 何故か殺気立った様子の恋次が気にかかる。一護と織姫はムシャクシャとしながら玄関へと向かう彼の後姿を凝視する。

「何カリカリしてやがるんだアイツ」

「カルシウム足りてないのかなー恋次くん?」

「君達ねー・・・・・・」

 

           *

 

同時刻―――

東京都 海鳴市 某所

 

 アリサとすずかとの女子会を終え、なのは達は一緒の帰路へと着く。

「今日は本当に楽しかったね」

「うん。久しぶりに息抜きができたった感じ」

「機動六課の再編となればこうして三人まとまった休暇なんてほぼ取れなくなると思うし、ええタイミングで帰って来れたな」

「そうだね。今度来るときは久しぶりにヴィヴィオも連れて来たいなぁ―――」

 声に出すかたわら、首からぶら下げているロケットを左手で握りしめ、未だ行方知れずの幼馴染の事を想う。

(あと出来ることなら・・・・・・ユーノ君とも一緒に帰って来たい。今ごろどうしてるんだろう・・・・・・ユーノ君・・・・・・・・・)

 

 ドカ―――ン!!

 

 不意に聞こえてきた破裂音。三人は等しく目を見開いた。

「今のなに!?」

「何かが爆発したんや!!」

『きゃああああああああああああ!!』

 爆音が聞こえた直後、絹を裂く様な悲鳴が耳に入った。

「今の悲鳴聞いた!?」

「フェイトちゃん! はやてちゃん!」

「「うん!」」

 ただ事ではないと直感し、三人は直ちに現場へと向かう。

 

「・・・!」

 時同じくして―――ユーノの店に向かって移動中だった恋次もまた、辺り一帯から奇妙な霊圧を感じ取った。

「どうしたんだい?」

「妙な霊圧を感じる。まさかとは思うが・・・」

 言われて吉良も神経を研ぎ澄ませる。

 すると案の定、周囲から(ホロウ)の気配を感じ取った。だが、恋次の言う通り普通の(ホロウ)には無い未知の力が作用している事が分かった。

「・・・確かに(ホロウ)にしては奇妙だ。霊圧の中に何かが混じってる様だ」

「ったく。魔法の専門家に会う前にこれだよ。だがちょうどいい。魔導虚(ホロウロギア)って奴がどれほどのものなのか詳しく確かめるいい機会だぜ」

 軽く腕を回すと、恋次は懐からデフォルメされたアヒルの頭部を模したキャンディ筒状アイテム「義魂丸(ぎこんがん)=ソウル*キャンディ」を取り出す。

 頭部を軽く押して出て来た丸薬を口へと含む。

 刹那、義骸から白い隊長羽織を着こんだ死神・阿散井恋次本来の肉体が飛び出した。

「すぐに戻る。お前は先にユーノ・スクライアの所に行っててくれ」

「わかった。くれぐれも気を付けるんだよ」

「誰の心配してんだよ。護廷十三隊三番隊隊長、阿散井恋次を舐めんなよ」

 自信に満ちた笑みを浮かべるとともに、恋次は吉良に見守られながら、霊子を足場に大空を闊歩するかの如く現場へと急行する。

 

 一方、悲鳴を聞きつけたなのは達がやって来たのは人気の無い公園だった。

「な、なんなんやこれは・・・!?」

「何があったって言うの?」

 目の前の有り様にただただ呆然とする。何者かが暴れ回った様子で、地面はあちこち掘り返されて盛り上がり、遊具類も無残に破壊されていた。

「ここで一体何があったの?」

『わああああん!!』

 再び先ほど聞いた悲鳴が耳に入る。辺りを見渡すと、体が微かに透けて視える子供が、胸に孔の空いた白い仮面で覆われた龍、あるいはワニに似た頭を持つ怪物に追い回されていた。

「あ・・・アレは何?!」

「あの怪物・・・・・・ひょっとして例の一連の騒動で噂になってる!?」

「それがどうして地球に?!」

 気になるところは山ほどある。だがひとつハッキリしている事があるとすれば、このままでは確実に子供が死ぬと―――。

「何でもいいけど、アレを止めないと被害が大きくなる。レイジングハート!」

〈Yes My Master〉

「バルディッシュ!」

〈Yes Sir〉

「やるしかないような」

 それぞれの愛機を手にした直後、なのは、フェイト、はやての三人は身に付けた魔導の力を解放するための言霊を唱える。

「「「セーット・アーップ!」」」

 

『た、助けてぇぇぇ―――!!!』

 絶体絶命。逃げることすら叶わない状況にただただ絶望する。

 死を覚悟して子供が目を瞑った次の瞬間、襲ってくるはずの怪物の攻撃が何故か向けられなかった。

 恐る恐る目を開けると、そこには天使がいた。天使の如く真っ白なバリアジャケットに身を包み、槍にも似た形状の魔導師の杖《レイジングハート・エクセリオン》を手にしながら魔法防壁を展開する女性・高町なのはがいた。

「きみ大丈夫ッ!?」

『う・・・・・・うんっ・・・・・・ありがとう』

 子供をよく見ると、胸の中心から千切れた鎖が生えていた。それが何を意味するかはわからない。だが今自分が為すべきはまず子供を守る事だと割り切り、なのはは間一髪のところで子供を救う。

 なのはが子供を救ったとともに、空で待機していた軍服を思わせる黒衣のバリアジャケットに身を包んだフェイトが、閃光の戦斧《バルディッシュ・アサルト》を掲げ、先制攻撃を仕掛ける。

「プラズマランサー! ファイアッ!」

 幾つもの雷槍が豪雨の如く怪物へと降り注ぎ多量の土煙を巻き上げる。

「ここは危ないから安全な場所に隠れてて!」

『う・・・・・・うんっ・・・・・・』

 子供を安全地帯へと下がらせるなのは。

 しばらくして、騎士甲冑と呼ばれる天使と悪魔の衣装を彷彿とさせる防護服に身を包んだはやてが騎士杖《シュベルトクロイツ》を手に呼びかける。

「結界展開完了! こっからは思いっきりやってええよ!」

「「了解ッ!」」

 爆煙から姿を見せる怪物。対峙したなのはとフェイトは距離を測りつつ、未だ嘗て遭遇した事の無い敵の存在を警戒する。

「どんな攻撃をしてくるかわからない。ここは様子見でワンショット!」

〈Accel Shooter〉

 杖先に桜色の光が結集する。標的を見据えたなのはは得意の誘導射撃・アクセルシューターを怪物へと放つ。

「シュートッ!」

 ドンッ―――。移動しながらも加速する誘導弾。怪物の頭部へ着弾し欠けた次の瞬間、円形状に拡がるバリアフィールドが展開され、アクセルシューターを打ち消した。

「AMF! あの怪物にそんな力が!?」

 魔力結合を無効化するAMF(アンチマギリンクフィールド)はJS事件において頻繁に目にした技術であり、今となっては然程珍しいものじゃない。だが目の前の怪物にそのような能力が備わっていると迄は流石に思ってもいなかった。

「だったら魔力結合を消される前に獲るまで―――」

〈Zamber Form〉

 手持ちのバルディッシュの形状を最大出力発揮可能な大剣『ザンバーフォーム』へと変化させ、フェイトは中空を蹴ってから一気に怪物の所へと飛び込む。

「はあああああああああああああああ」

 バシュン―――。高速移動を駆使し怪物の左腕を斬り落とす。

「やった!」

「いや違う!」

 楽観するなのはだが、はやてが即座に異常に気が付く。

 刹那、フェイトによって腕を斬り落とされた筈の怪物の左腕から何事も無かったが如く新しい腕が瞬時に生えて来た。

(斬り落とした腕が再生した!!)

 想定外の事態に目を疑うフェイト。怪物は復活したばかりの左腕を振りおろし容赦なく襲いかかる。

「ちッ!」

 咄嗟に攻撃を回避して距離を測ろうとする。

 だがそのとき、フェイトの背後から咆哮の様な物が聞こえた。恐る恐る振り返ると、たった今まで目の前にいた筈の怪物がすぐそこまで迫っていた。

(!! いつの間に後ろに―――!?)

「フェイトちゃん!!」

「逃げるんや!!」

(ダメだ!? 間に合わない!!)

 

 ドンッ―――。

 

「「「え!」」」

 一瞬の出来事に目を奪われる三人。

 気が付くと、フェイトへ襲い掛かろうとした怪物は地面の下でのたうちながら、上半身から湯気を上げ悶絶していた。

「―――やれやれ・・・・・・優雅なコーヒーブレイクを堪能していたと思ったら、またしても無粋な指令が届く。まこと尸魂界(ソウル・ソサエティ)とは実に人遣いが荒い」

 なのは達の視線の先に映る一人の男。

 ワイシャツの形状に酷似した襦袢(じゅばん)と、その上からネクタイと死覇装を着こなし、両手に白い手袋を嵌めた死神―――白鳥礼二が歩いてきた。

「・・・あ・・・・・・あの人は・・・・・・」

「白鳥さん?」

 なぜこんなところにただのコーヒー好きの一般人がいるのか。

 疑問に思う中、白鳥は目の前の怪物こと―――魔導虚(ホロウロギア)へと関心を向ける一方で、恐怖で体を震わせる子供の魂魄の存在を気に掛ける。

「こんなところに『(プラス)』がいるとは。アレの餌になっては二度と転生など出来ぬぞ」

 腰に帯びた斬魄刀をおもむろに鞘から抜き放つ。白鳥は子供の魂魄の頭部を見定めながら刀を振り上げる。

「ちょ、何を―――!!」

 はやてが安易に想像がつく凶行を恐れた直後、白鳥は斬魄刀の柄尻を子供の額へと軽く押し当てた。

 柄を離すと、額には「死生」と刻印される。その直後、子供は目映い光に包まれながら天寿を全うし現世から消失した。

「消えた!?」

「どうなってるの?」

 理解不明な事態に直面し困惑するなのは達。

 白鳥はそんな彼女を見ながら「主らもこんなところでそのような奇妙なコスプレをしている場合ではない。ここはコミックマーケットの会場ではないだからな。と言っても・・・・・・私の声など一般人に聞こえる筈ないのだがな」と、独白する。

「あの人・・・さっきから何を言ってるの?」

「わからない。でも―――間違いなく私たちはあの人に助けられたんだ」

 確信を持ってフェイトは白鳥を見据える。

 やがて、白鳥は嘆息を吐いてから手にした斬魄刀の切っ先を魔導虚(ホロウロギア)へと向け、凛とした瞳で宣言する。

「至高のコーヒーブレイクを壊した主の罪は重い。我が刃の前にひれ伏せ!」

 彼の言葉を理解しているのかそうでないかは別として、魔導虚(ホロウロギア)は本能の赴くままに白鳥へと襲いかかる。

 魔導虚(ホロウロギア)の攻撃を避け、白鳥は空中を飛翔しながら右手を突き立て、掌から霊力を込めた一撃を放つ。

破道(はどう)の三十三、『蒼火墜(そうかつい)』!」

 まるで魔法を彷彿とさせる蒼い炎が魔導虚(ホロウロギア)へと直撃。絶叫し怯んだ敵の体を白鳥は手持ちの斬魄刀で斬りつける。

 しばらくして、怒り狂った様子の魔導虚(ホロウロギア)が口から火炎弾を発射。射線上の白鳥へとぶつけようとする。

「危ない!!」咄嗟になのはが危険を知らせると―――

「円環の盾よ」

 手を突き立てた白鳥の目の前に円形のミッドチルダ魔法陣・ラウンドシールドが現れ、魔導虚(ホロウロギア)の攻撃を未然に防いだ。

「え・・・!!」

「魔法やて!?」

「まさか・・・・・・あの人も私たちと同じ魔導師!?」

「おいたが過ぎるな。ここは仕置きとして縛り上げるとしよう」

 静かに呟き、白鳥は気を練り魔力を両掌に集中させる。

「連鎖悉く捕縛せよ。我が意のままに」

 次の瞬間、左右に開かれた掌に対し現れた魔法陣から多量の白い鎖が飛び出した。鎖は幾重にも複雑に絡み合い、魔導虚(ホロウロギア)の体を縛り上げる。

(今の技は!!)

 決して見逃さ無かった。なのはは目の前の光景に心底目を疑った。

 だがいくら頭の中で否定しても彼女は決して忘れてなどいない。口上こそ違えど、白鳥が使った魔法が嘗ての魔法の師が得意として使った物と同じであると。

「終わりだ」

 鎖で動きを封じ込めた敵を最後は斬魄刀で一刀両断。魔導虚(ホロウロギア)は断末魔の悲鳴を上げながら消滅した。

「さてと。帰ってコーヒーでも飲み直すとしよう―――」

 終始言葉を失うなのは達。白鳥は何事も無い様子で刀を鞘へと納め、元来た道を帰ろうとする。

「待ってください!!」

 しかしそのとき、白鳥へと向けられた呼び止める声。目を見開き驚いた様子で振り返れば、なのはが自分を見ながら荒い呼吸を上げていた。

「あなた・・・・・・今の魔法は誰に・・・誰に教わったんですか!?」

「な・・・・・・なぜ一般人に私の姿が・・・・・・」

「お願いです!! 今の魔法は誰に教わったのか教えてください!!」

 死神の姿を視認する目の前の存在に畏怖を抱く白鳥。見知らぬ男が見覚えある魔法を使った事が信じられないなのは。対極に位置する二人を交互に見合うフェイトとはやて。

 詰問するなのはだったが、白鳥は臆病風に吹かれた様に一歩、また一歩と彼女達から後ずさる。

「認めん・・・私は認めんぞ・・・・・・私の姿が視える人間がこうも近くにいるなど断じて認めんぞぉ―――!!!」

 声を荒らげた末、白鳥は『瞬歩(しゅんぽ)』と呼ばれる高速方法を用いてなのは達の前から一瞬で居なくなった。

「ま、待ってください!!」

 追いかけようとするなのはをフェイトとはやてが慌てて制止させる。

「なのは!! 少し落ち着いて!」

「どうしたんや一体!?」

「さっき・・・あの人が使ってた魔法・・・・・・」

「魔法?」

「それがどないしたんや?」

「『アレスターチェーン』―――あれは、()()()()()()()()()()()なんだよ!」

「「え!?」」

 四年前に失踪した幼馴染の名がなのはの口から飛び出た瞬間、フェイトとはやても改めて先ほど迄の到底あり得ない出来事に驚愕させられた。

 

           *

 

同時刻―――

東京都 松前町 スクライア商店

 

「住所だとここで合ってる筈だが・・・・・・」

 吉良は一護から伝え聞いた住所を何度も何度も確かめる。

「・・・・・・本当にここなのか?」思わず小首を傾げてしまっていると。

「吉良っ!」

 ちょうど頃合いよく、魔導虚(ホロウロギア)退治を終えた恋次が帰還。特に目立った外傷も無くそのまま義骸へと戻った。

「おかえり。早かったね」

「俺様を誰だと思ってるんだよ。俺にかかれば(ホロウ)の一匹や二匹なんて五分もあれば片が付く」

「ははは・・・それで、噂の魔導虚(ホロウロギア)はどんな感じだった?」

「確かに妙な力を持っちゃいたが、正直言って手応え無かったぜ。ちょっと癖のある(ホロウ)くらいにしか思えなかったな」

「やはりそうか」

「何がだよ?」

「君が戦った魔導虚(ホロウロギア)は恐らく未完成体だよ。何者かが成体を作り出そうとしていて、様々なデータを集めようとサンプルを無作為に送り込んでいるんだ」

「するってーと・・・要は俺ら死神は影で糸を引くカス野郎に良いように利用されているって事かよ。けっ。そう考えたら余計に腹が立ってきたぜ!」

「一連の魔導虚(ホロウロギア)関連事件は僕らが思ってるよりずっと闇が深いものなのかもしれないね」

「ところで吉良。ここがそうなのか?」

 恋次は吉良とともにユーノが営む店の外装を傍観。二人にとってスクライア商店の外装は非常に見覚えある物であり、到底魔法使いが住んでいるとは思えなかった。

「ココ・・・浦原さん家じえねぇのか?」

「僕も一瞬そう思ったけど、浦原商店とは違う店だよ」

「にしてもよく似てるなー。あの人の趣味を真似たがる奇特な魔法使いとは・・・・・・一体どんな顔してやがるんだ?」

 想像がつかない二人は端的に確かめるべく意を決して店へと近づく。玄関の前に立つと、恋次は一呼吸を置いてから、おもむろに店の戸を開けてみた。

 ガラガラ・・・。

「いらっしゃいませ・・・」

 扉を開けた途端、恋次の前に金太郎の顔がドアップで現れた。

「のああああああああああああああああ!!」

 この世のものとは思えない形相に反射的に絶叫する恋次。横目で見ていた吉良も思わず心臓が飛び出そうになった。

「何だチクショウめ!! テメーがユーノ・スクライアか!?」

「彼は熊谷金太郎。うちの従業員ですよ」

 恋次に釈明をするとともに、店の奥から噂のスクライア商店店主―――ユーノ・スクライアが恋次達の前に姿を現した。

「どうも初めまして♪ 僕がユーノ・スクライアです。スクライア商店でしがない駄菓子・雑貨屋を営んでおります。(よろ)しければ、以後お見知りおきを!」

 扇子を広げて、割とフランクな態度をとるユーノ。

 想像とはあまりに異なる、予想の斜め下を行く魔法使いの登場。ユーノの姿を目の当たりにした恋次と吉良はただただ返す言葉を失った。

((・・・ま・・・まんま浦原さんと一緒じゃないか・・・!!))

 

 暫し立ち話をした後、茶の間へと上がった恋次達は早速ユーノと積もる話をする事にした。

「さてと、電話で一護さんから話は聞いています。何から話しましょうか? とりあえず僕がいつも食べてる京都老舗のスペシャル固焼き草加煎餅でも味わいながら語り合いましょうかね♪」

 飄々と笑みを浮かべ、煎餅を手に取ったユーノはバリバリと音を立てながら恋次達へと向き合う。

「あ、あのな・・・こっちは呑気に茶飲んだり煎餅食ってる場合じゃねえんだよ。魔導虚(ホロウロギア)なんつー突然変異体が出始めてから尸魂界(ソウル・ソサエティ)はてんやわんやなんだ」

「事態は一刻を争うんです。魔導虚(ホロウロギア)について知っている事をすべて話してもらえませんか? ユーノ・スクライアさん」

 バリッ―――。最後の一欠けらを齧り終え、番茶を啜る。その後ユーノは真剣な顔つきとなる。

「そうですね・・・・・・では、お教えしましょうか。魔導虚(ホロウロギア)とは何か。そしてそれを操る黒幕(フィクサー)の正体について」

「「・・・!!」」

 フィクサーと言う単語に目を見開く二人。ユーノは順を追って説明を始める。

(ホロウ)の突然変異は何も魔導虚(ホロウロギア)に始まった事じゃありません。かねてより極稀にではありますが自然発生するものはありました。魂魄の調整量、世界規模における次元干渉、そうした要因が複雑に重なり合って作用する事で輪廻の過程で魂魄そのものに異常をきたす。しかし・・・その過程を何者かが()()()()()()()()()事が可能だとしたら?」

「意図的に!?」

「誰なんだよそいつは!」

「ジェイエル・スカリエッティ――――――それが一連の魔導虚(ホロウロギア)関連事件の黒幕、と呼ぶに相応しい男の名です」

「ジェイル・スカリエッティ・・・・・・その男も魔法使いなんですか?」

「魔法使いではありませんが、様々な世界で違法研究などの数え切れない罪状で超広域指名手配されている一級指定の次元犯罪者です」

「次元犯罪者? さっきから意味不明な単語が続いてるんだが・・・・・・」

「あぁ、すみません。一護さんには話していたんですけど、あなた方にはまだ話していませんでしたね。時空管理局と多次元世界の存在について」

「時空管理局? んなもんがあるのかよ?」

「ええ。尸魂界(ソウル・ソサエティ)における死神が魂の調整者(バランサー)であるのに対し、彼らは次元と言う壁を隔てた向こう側にあるいくつもの多次元世界の法の秩序を守ってるんです。世界のバランスが崩れないよう強力な軍事力を有している。つまるところ警察と軍隊と裁判所が一個に凝縮された組織・・・と表現すればわかりやすいですかね」

「ずいぶんと国家権力が集中しているんですね」

「胡散臭い組織だな。癒着とか起きねえのかよ」

「しょっちゅう起きてますね♪」

 さり気無くとんでもない事を口走った様な気がしてならない二人だが、ここは敢えてツッコまない方向で互いに目を合わせ合意する。

「まぁそれは兎も角として・・・時空管理局は四年前に起こったテロ事件の首魁であるジェイル・スカリエッティを一度は逮捕しておきながら、その脱獄を許してしまった。それからしばらくして(ホロウ)の突然変異騒動・・・とどのつまり魔導虚(ホロウロギア)事件が幕を上げたという訳です」

「するってーと・・・そのスカリエッティってのをブッ倒さない限りは、この事件は終わらないって事だな」

「しかしユーノさん。スカリエッティはどのような方法で(ホロウ)魔導虚(ホロウロギア)へと変貌させているのでしょうか?」

「考えられるとすればひとつです。次元世界には既に滅びた世界が幾つもあるのですが、中には発達し過ぎた超古代のオーバーテクノロジーがいくつも残されています。そうした超古代の技術やそれをもたらす物質を総称して『古代物質(ロストロギア)』と呼びます。おそらくスカリエッティは、脱獄後に何らかの古代物質(ロストロギア)を手に入れ、その力を使って本来交わる事の無かった境界を取り払う事に成功したんです」

「境界を取り払うか・・・・・・俺らの世界にも似たような物作った奴がいたっけな。そう・・・お前みたいな変な格好をした元・死神とかな」

 ユーノを見ながら嘗ての護廷十三隊十二番隊隊長を歴任した男・浦原喜助(うらはらきすけ)の事を思い出す恋次。彼を真似ているユーノも直ぐに話を理解し「浦原さんのコトですね」と相槌を打った。

「確かに、あの人が造ったという『崩玉(ほうぎょく)』もまた僕らから言わせれば人智を超えた古代物質(ロストロギア)です」

 ズズ・・・。一旦茶を啜り、一呼吸おいてからユーノはある一つの仮定を口にした。

「もしもの話をします。仮に崩玉が藍染惣右介の手には渡らず、浦原さん以前よりも崩玉の理論を確立させていた者がいたとすれば? それが何らかの要因で次元世界へと流出していたとすれば?」

「「なっ・・・・・・」」

「もしもの話です。あまり気にしないで下さい」

 ズズ・・・。再び茶を啜るユーノ。

 だがどうにも彼の唱えた仮説は妙に説得力や現実味を帯びた話に思えてならず、恋次と吉良は思考に耽る。

(浦原さんよりも前に崩玉を造り出した死神だと?)

(あり得ない話じゃない。浦原さんはその類稀なる頭脳で尸魂界(ソウル・ソサエティ)の常識を覆す発明を幾つもしてきた。だが・・・・・・尸魂界(ソウル・ソサエティ)開闢以来そうした天才の手により崩玉が全く造られなかったと証明できる物は何もない。もしも本当にこの人の仮説が正しければ・・・・・・)

 

 直後、唐突に恋次がその場から立ち上がり声を上げる。

「ユーノ・スクライア!」

「ユーノで良いですよ」

「ユーノ! 俺たちをスカリエッティのいるところまで案内できるか?」

「阿散井くん?!」

「残念ですがスカリエッティが現在どこに潜伏しているかまでは僕にもわかりません。しかし、可能性として考えられるとすれば・・・・・・おそらく次元世界の中心に位置する魔法文明発祥の地―――ミッドチルダではないかと」

聞いた途端、再び卓袱台をダンッ―――! と叩き、恋次は語気強く言う。

「一生の頼みだ! 俺たちをそこへ連れってくれ!」

「なぜ?」

「決まってんだろ! そのスカリエッティってヤロウが魔導虚(ホロウロギア)を造り出して関係ねえ奴を巻き込んでるのに放っておけるか! そもそも(ホロウ)は霊体だから一般人には視る事もでき()え。(ホロウ)退治は死神の専売特許だ。これ以上の理由がどこにある!?」

「生憎ですが魔導虚(ホロウロギア)は視えない霊体ではありません」

「・・・何・・・・・・・・・・・・・・・だと・・・・・・!?」

 聞き違いではなかった。驚愕の事実に恋次はおろか吉良すらも言葉を失った。

「僕はこれまで数多くの魔導虚(ホロウロギア)と戦ってきましたが、奴らは須らく市井の人々によって視認できる存在でした。スカリエッティはトチ狂った男ですからね。自分の作品が視えないでいるのが苦痛だったんでしょう。だから何の力も持たない人間にも視える様に、本来霊体である(ホロウ)に手を加え可視化できる存在へと進化させた」

「それを聞いて益々放っちゃおけねえ!! 何でもいい!! 今すぐ俺たちをミッドチルダとやらに連れて行け!!」

「阿散井くん少し落ち着いて・・・」

「まぁーあなた方が一護さんの御友人で、事件解決を強く望んでいるのはよーくわかりました。良いでしょう♪ ミッドチルダへの道は僕が開きます」

「本当か? ウソじゃねーだろうな!?」

「ウソなんかつきませんよ。但し条件があります」

「条件・・・ですか?」

 ユーノの口から飛び出した条件という単語。ユーノは以下の条件を突き付けた。

「簡単な二つのことですよ。一つは“ミッドには必ずうちの従業員を同行させること”。もう一つは、“これからあなた方の力を見極めるテストをさせて頂き、それに合格すること”。ねぇ簡単でしょ♪」

「はぁ!? て・・・テストだと!! 何だよそれ!? 俺たちの力が信用できねえって言うのかよ!?」

「ハッキリ言ってしまえばそう言う事ですね」

「じょ、冗談じゃねえぞ! 何度も言ってるがそんな暇ねーんだよ! 第一スカリエッティがどんな屑野郎なのかはてめえが一番よく分かってんだろうが! これ以上もたくさしてる場合じゃ・・・!「わかんない人だな」

 次の瞬間、ユーノは言葉を遮ると同時に手持ちの杖で恋次を抑え込み、布団に貼りつけたような体勢を取らせる。身動きの取れなくなった恋次は優男から伝わるただなら威圧感に冷汗をかく。

「言ってるんですよ。実力も不明瞭な初対面の人を信じられない・と。あなただってそうでしょう? こんな荒ら屋でこんな生業してる胡散臭い人間を魔法使いだなんて微塵も思わなかった筈だ。絶対に勝てるんですか? たかが護廷十三隊三番隊隊長っていう肩書だけで、勝手の違う異世界での戦いに? 下手をすれば魔導虚(ホロウロギア)だけじゃない。魔導師や戦闘機人とだって戦うことになるかもしれない。そんな事態に直面した時、容易に倒せるんですか?」

 

【挿絵表示】

 

(何だ・・・コイツのこの威圧感・・・!? まるで切っ先を突きつけられているみてぇだ・・・)

 飄々とした態度から一変した低く凄んだ声色で恋次を威圧するユーノ。恋次はユーノから突きつけられた杖を見ながら、まるで体を動かす事が出来なかった。

「僕の見たところ、あなたの実力は総じて高いと思います。ですがあなたは敵を・・・世界を知らなさ過ぎる。このままでは残念ですがこの任務を完遂する事は出来ない。無知な者が敵地に乗り込むこと。それは犬死とか自殺行為って言うんですよ。『スカリエッティを止めるため』? 馬鹿も休み休み言ってください。死にに行く理由に他人を使うなよ。」

「・・・・・・!」

 冷たい人格へと変貌したユーノを前に声を押し殺す恋次。吉良はユーノから醸し出される迫力に割って入る事すら出来なかった。

 やがて、恋次を解放したユーノは腕組みをしながら語り始める。

「時空管理局は・・・この事態に備えて既に何らかの手を打っています。本局の意向を鑑みれば背に腹は代えられない。だから恐らく嘗てスカリエッティが起こしたテロ事案を解決した機動部隊を復活させるつもりです。ミッドに着いたらあなた方もその部隊・・・機動六課という組織に合流して下さい。そして魔導虚(ホロウロギア)について何の知識も対策も無い彼らをサポートして下さい。不本意かもしれませんが、それがあなた方にとって最も効率がよくリスクの低い最善の方法ですから」

 客観的な分析を加え、ユーノは恋次と吉良を見据えてこれから行うテスト内容について概要を伝える。

「これからあなた方には僕らスクライア商店メンバーと腕試しをして頂きます。そして力を証明して下さい。見事合格したら約束通りミッドチルダへの道を開きます」

「・・・お前を信用しろ・・・そういいたいのか?」

 半信半疑のまま恋次はユーノに尋ねる。無論、心情は吉良も同じであった。

「胡散臭いと思うのは仕方のない事です。ただ・・・あなた方が心の底からスカリエッティを止めたい、魔導虚(ホロウロギア)から人々を守り尸魂界(ソウル・ソサエティ)と現世の平和を願うなら何だってできる筈だ。想う力は鉄より強い。半端な覚悟ならドブにでも捨てて下さい」

 手持ちの杖を背中へと回し、不敵な笑みを浮かべユーノは付加疑問で問いかける。

「これから僕と命のやり取り、してもらえますよね?」

 恋次と吉良は相互に顔を見合わせる。どこか釈然としない感じがするが、恋次は頭を掻き毟ると一つの決断を下す。

「どーせ俺らが出来ねーっつっても、他にやる奴なんかいねえだろ」

「それに誰もまだ出来ないとも言ってないしね」

「しょうがねえっ! やってやろうじゃねえか!」

 二人の決意を確かな言葉として聞くことが出来た。ユーノと金太郎は相互にほくそ笑む。

「覚悟しといてくださいね―――」

 言うと、ユーノは恋次と吉良に対し手を差し出す。

 

「改めて、よろしくお願いします。阿散井恋次さん。吉良イヅルさん」

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:久保帯人 『BLEACH 4・7・21巻』 (集英社・2002、2003、2006)

原作:都築真紀 作画:長谷川光司『魔法少女リリカルなのはStrikerS THE COMICS  1巻』(集英社・2007)

 

用語解説

※中央四十六室=尸魂界(ソウル・ソサエティ)における最高司法機関

 

 

 

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

恋「よーし! 早速テストとやらをおっぱじめようぜ!!」

ユ「あ、その前にやることがありますから♪」

恋「何だよ、やることって?」

 そう言って取り出したのは「箒」と「塵取り」だった。

恋「どうするんだよ、んなもん?」

 すると、ユーノは恋次にそれを渡す。

恋「あ?」

ユ「協力してあげますから、店の掃除ぐらい手伝ってくださいね♪」

恋「え・・・えええええええ――――――!!!!!!!!」

 着て早々に店の手伝いをされる羽目になってしまった恋次。でも・・・

恋「ったく・・・なんで俺がんなことを・・・」

吉良「その割にはまめにやってるじゃないか」

 文句を垂れながらも、恋次は律儀に店の掃除を熟すのであった。




次回予告

恋「おっしゃー! 掃除も終わった! さっさとテストとやらを始めてくれ!」
ユ「それでは、当店自慢の地下訓練場へご案内です~♪」
恋「おいちょっと待て・・・この風景どっかで見たことあるぞ!?」
吉「言っちゃなんだけど、これも浦原さんところの盗用だよな・・・」
ユ「次回、ユーノ・スクライア外伝・・・『スクライア商店式見極めテスト』。お楽しみに♪」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話「スクライア商店式見極めテスト」

新暦079年 3月31日

ジェイル・スカリエッティ 地下アジト

 

 薄暗い空間。突き抜けた一本道を抜けた先にあるラボラトリー。

 マッドサイエンティスト・スカリエッティは、生体ポッドに入った新たな戦闘機人の完成を心待ちにしていた。

「ふむ・・・もうじきか」

 これまで彼に付き従う戦闘機人は一人の例外も無く女性だった。だが、今回は戦闘機人としては始めとなる男性型の製造を試みている。

 理由として、女性よりも御しやすいという点。戦力として使い勝手がいいと言った点など様々ある。でも結局のところ本当の所はスカリエッティ自身も良く分かっていない。自分が欲するがままに造った結果が目の前の事象であり、特別な意味は然程ないのかもしれない。

 ピピピ・・・。ちょうど、ウーノからの回線連絡が入った。

『地球へ放っていたマカラガンガーの反応がロスト。交戦の末に消滅した模様です』

「思ったよりもやるじゃないか。さすがは次代の管理局を担う陸海空のエース達というわけだ」

『それが・・・倒したのは彼女達ではない様です』

「ほう? それはまた興味深いね。では誰がやったというのかねウーノ」

『マカラガンガー消滅の間際に捕えられた映像が残っています』

送られてきた映像を確かめる。消滅の間際、個体名『マカラガンガー』と名付けた魔導虚(ホロウロギア)が死に際瞳に捕えたのは死神・白鳥礼二の姿だった。

「ほう・・・・・・これが魔導と相反する者の姿か」

 それが「死神」と呼ばれる存在であるという知識はあり、魔導師と対極に立つ者であるという認識は持っていた。だが実際に目にするのはこれが初めてだ。スカリエッティの中での死神に対する興味はこれを機により一層大きくなった。

『今回の件はクライアントに報告致しましょうか?』

「いや。もうしばらく様子を見させてもらうとするよ。私も興味があるのだよ・・・・・・・・・彼ら死神の持つ能力(チカラ)がどれほどのものなのか」

 

           *

 

第97管理外世界「地球」

東京都 松前町 スクライア商店

 

 ユーノの導きで店の地下深くへ案内された恋次と吉良は、一際巨大な空間を目の当たりにする。

「どっひゃ――――――!! なんだこりゃ―――っ!!? この店の地下にこんなバカでかい空洞があったなんて――――――!!」

 二人の気持ちを代弁しているつもりなのだろうか。ユーノは少々大仰(おおぎょう)なリアクションを取ってみせた。

 

【挿絵表示】

 

「ウルセーなおい。わざわざ代わりに叫ばなくても充分ビックリしてるよ!」

(どう見ても浦原さんところの地下勉強部屋にしか見えないよな・・・・・・・・・・・・)

 悪乗りをするユーノをやや冷めた表情で見つめる恋次。

 隣に立つ吉良は浦原商店の地下でも今目の当たりしている空間と酷似した物を見ている経緯もあり、驚いた様子と言うよりただただコメントし辛そうだった。

「フフフ・・・こんなに巨大な空間がどうやって作られたと思います? 何をかくそうこの『地下訓練場』! 浦原さんの技術をベースに僕の結界魔法と空間魔法を一部応用・アレンジし完成させた特注スペースなんですよ!」

「誰もんなこと聞いてねえよ。それとも何か、よくがんばったと褒めてほしいのか?」

 敢えて恋次の投げかけには返答せず。ユーノは頭上高く指を差すと、恋次達の視線を自然上へと向けさせる。

「皆さま上をご覧下さい! 閉塞感を緩和させるために天井には空のペイントを施しました!」

「刑務所と同じ考え方ですね・・・」率直な所感を述べる吉良。

「さらに!!」

 次にユーノは、周囲に不自然に植えられた新緑の生い茂っていない木々を見せ付ける。

「心に潤いを与えるために木々も植えときました!」

「一本残らず枯れてるじゃねえかよ・・・」恋次の無味乾燥としたコメントを聞き流し、扇子を広げユーノは飄々と呟く。

「イヤー、これだけのものを道路や他人様の家の地下に内緒で作るのはそりゃあ骨が折れる作業でしたよ! 我ながらよくがんばった!」

「おいユーノ・・・こんな事言うのも何だがそれ犯罪じゃねえのか?」

 一抹の不安を抱えた恋次のストレートな言葉が胸に突き刺さる。金太郎や吉良も同じことを懸念しているらしく、終始憂慮した眼差しで見つめる。

「ま・この際そんな細かいことは気にしねえよ」

 言うと、いつでも戦えるように恋次は軽めに体を解し始める。

「時間が()えんだ。とっとと始めようぜ・・・おめえの言う『テスト』とやらをよ!」

「さすがは護廷十三隊の隊長さん。やる気満々じゃないですか。それじゃお望み通りに・・・お―――い! 浦太郎、用意して―――!」

 声をかけると、恋次の元へ一人の男が歩み寄って来る。

 身の丈を超える長鎗の形状を保つ武器を携え、青を基調とした防護服に身を包んだ魔導師・亀井浦太郎は人当たりの良い笑みを浮かべていた。

「どうぞよろしく♪ 僕は亀井浦太郎。あなたも、僕に釣られてみる?」

 「あ?」と、一瞬頭の中で声を発した。恋次は怪訝そうな視線をユーノへと送り、「なんだこいつは・・・」と率直に問う。

「亀井浦太郎、うちの従業員です。というわけで最初のテストは彼と戦って下さい。ルールはカンタン。どちらかが動けなくなる、または致命傷となる攻撃を受けた時点でテスト終了。浦太郎に釣られる前にのしちゃって下さいね♪」

「コイツと戦うのか!? 石田みたいにひょろそうじゃねえか」

「おやぁ。隊長格ともあろう方が敵の力を見誤りますか? こう見えても浦太郎は強いですよ。比類なきスケベと詐欺師的性格が玉に(きず)ですが」

「なんだか気乗りしねえな・・・」

 テストと言うからには自分に見合った強い相手と戦う事を想定していた。

 だが、そんな期待とは裏腹に対戦相手として出て来たのは一見すると戦闘には無縁そうなインテリキャラで、ハッキリ言って肩透かしを食らった気分。若干沈んだ気持ちではあるがテストである以上受ける必要があった。

 早くもモチベーションが低下しがちな恋次と対峙した直後、浦太郎がニヒルに笑みを浮かべ呼びかける。

「あんまり僕を舐めない方がいいですよ。じゃないとあなた・・・・・・死んでから後悔しますから」

 刹那、ドンッ―――と、浦太郎が踏んだ地面が大きく割れる。

「え?」

 気が付くと、恋次の視界数センチというところまで接近した浦太郎のデバイス《フィッシャーマン》の鋭利な先端が向けられていた。

 ズドンッ!!! 途轍も無い破壊力を秘めた一振りが地面を容易に抉り、舞い上がった土煙によって恋次の姿をすっぽりと覆い隠す。

「ほらね。だから言わんこっちゃない。」扇子で口元を隠し、ユーノは案の定こうなったかと内心恋次を非難する。

 

「ふぁ~~~」

 その頃鬼太郎はと言うと・・・一人留守番を任され、退屈そうに欠伸を掻いていた。

「たく。暇ったらないぜ・・・くそ、亀の野郎・・・じゃんけんで勝ったぐらいで調子に乗りやがって! 俺だって戦いたかったっつーの!」

 腹の虫がおさまらずムシャクシャしていた折、ガラガラ・・・と扉が開く。

「いらっしゃ・・・・・・あ?」

 てっきり客だと思った鬼太郎だが、中に入って来たのはユーノの師である一護とその妻である織姫だった。

「おう。邪魔するぜ」

「こんにちはー!」

「おめぇは・・・・・・オレンジ頭に織姫さんっ!」

「オレ様もいるぜっ!」

「私もな」

 彼らだけではなかった。織姫の背中に隠れていた喋るぬいぐるみであるコン、そして何故か白鳥までもが同伴していた。

「げっ! ライオンのぬいぐるみと・・・なんで鳥までウチに来てんだよ!?」

「たまたま近くを通りかかったものでな。そしたら黒崎夫妻とバッタリ出くわしたというわけだ。して、今日は主だけなのであるかピーチ?」

「誰が()()()だよ!!! マリオじゃねーぞ!!!」

「ユーノは地下か? 恋次達も一緒なんだろ」

「ん、この霊圧は・・・・・・・・・まさか!」

 白鳥も店の地下に一際巨大な霊圧がある事を敏感に感じ取った。

「へっ。そのまさかだよ! 十三隊の隊長格が任務とやらで現世(こっち)に来てるんだよ」

「なんだと? 一体誰が!?」

「行ってみれば判んだろうがっ! ここ降りてきゃすぐだよ!」

 不貞腐れた態度で、鬼太郎は店先にある開かれた畳の下を指差した。

 白鳥は一度逡巡すると、考えた末にいても経ってもいられず、地下深くに掘られた訓練場へと迷う事無く降りていく。一護もその後に続いて降りていく。

 二人が降りていった後、一瞬考え込んでから、鬼太郎もやはり下の様子が気になり、織姫とコンに店番を任せて地下へと向かう事にした。

「だあぁぁぁ!!! 待てよおめぇら!!! やっぱ俺も行くぅぅ!!!」

「お店番は任せてといてー♪」

「ったく。しょうがねえ連中だぜ」

 

「あ、阿散井くん!!!」

 恋次の身を案じた吉良が名前を叫ぶ一方、多少力を入れ過ぎてしまったかと内心憂慮する浦太郎。

 多量に舞う土煙の先を見つめながら、ユーノ達は中から一向に出てこない恋次のこと段々と気がかりとなる。

「・・・阿散井くん・・・出てこないですよ・・・」

「・・・死にましたか?」

「・・・どうだろう?」

 するとしばらくして、土煙の中からゴロゴロゴロと後転しながら恋次がユーノ達の前に姿を現した。

「あっ! 出てきた!」

「死んでいませんでしたか」

「おいてめぇ! 勝手に人を殺すんじゃねーよ!」

 性質の悪い冗談を口走った金太郎の言葉を恋次は聞き漏らさなかった。露骨に怒りをぶつけると、体制を立て直し浦太郎の方へと向かい合う。

「これで分かったでしょう? 無知であることがどれだけ怖いかってことが」

「あー分かったよ! (いや)って程な! 今のはちょっと油断しただけだ! 勝負はこっからだ!」

 語気強く宣言した直後、恋次は大地を強く蹴るなり浦太郎へと接近。手持ちの斬魄刀を思い切り振りかぶる。

「ふおおおおおおおおおおおお」

 カキン・・・。カキン・・・。カキン・・・。

 やや攻撃に傾倒し過ぎている感はあるものの実力は本物であった。斬撃をフィッシャーマンで的確に捌きながら浦太郎は冷静に分析を行う。

〈Sonic Spear〉

 刹那、一秒間に数十と繰り出される高速の連続突きが繰り出される。

 恋次は目前から襲い掛かる変幻自在の槍撃を斬魄刀で捌くとともに、反撃の機会を窺うが、その隙を与えようとしない浦太郎の攻撃に手を焼いていた。

(コイツ・・・ひょろそうな割になんつー攻撃出してきやがる! 俺に攻撃の機会を与えないつもりか!?)

「どうですか? 僕を見くびると痛い目を見ますよ?」

「そうだな。おめえの言う通り俺は魔法使いとやらの力を見誤ってたらしい」

 最後の一撃を躱し、距離を大きく取って浦太郎から離れる。

「こっからは遠慮はしねえ! 全力でぶちのめしてやる!」

「できるものなら是非とも」

 逆撫でを狙った挑発的な口調。恋次はその挑発に乗って浦太郎の懐目掛けて飛び込んだ。

 カキン・・・。カキン・・・。カキン・・・。

 恋次の鋭い太刀筋を受け止めるかたわら、浦太郎は相手の意表を突く為の技を披露する。次の瞬間、瞬く間に恋次の視界から姿を消して見せた。

(消えたっ!?)

 直後、吃驚する恋次の背後へと浦太郎が瞬間移動する。

 気配を感じ取った恋次が瞬時に対応するが、その後も浦太郎は「自己加速魔法」を用いたトリッキーな攻撃で意表を突き、魔法に不慣れな恋次を困惑させ徐々に体力を奪っていく姑息だが確実性の高い戦術で翻弄する。

「迅いな。だが調子に乗るなよ。似たような事なら俺にだって出来るんだぜ」

 言った途端、恋次は浦太郎の自己加速魔法に負けず劣らずの高速移動技術『瞬歩』を披露する。

「・・・っ!」

 思わず目を見開く浦太郎。瞬時に背後へ回った恋次が頭上より斬りかかると、咄嗟にフィッシャーマンを盾にして斬撃を防ぐ。

 さすがの浦太郎も恋次が自分と同等、あるいはそれ以上の速さで移動する術を会得しているとは夢にも思わず、柄にもなく焦りを抱いた。額には冷や汗が浮かぶ。

「わぁーお。まさか僕の間合に一瞬で入り込むなんて・・・・・・やりますね♪」

「そういうおめぇもな。人間のくせに死神と互角にやり合うなんて大したもんだぜ」

 互いに強さを認識し合う。

 傍から見れば、テストと言う割に二人はこの戦いをどこか楽しんでいる様に思えてならなかった。ユーノは静かに観戦をしつつ口元を緩める。

「ユーノ!」

 すると後ろから自分へと呼びかける一護の声が聞こえ、振り返ると傍には鬼太郎と白鳥もおり、一緒に歩み寄って来た。

「一護さん、白鳥さんも来てたんですね♪」

「こら鬼太郎。店番はどうしたのだ?」

「織姫さんが代わってくれたんだよ。別にいいだろう?」

「まったくお前という奴は・・・」

「で、状況はどうなってんだ?」

「ご覧の通り。現在浦太郎と交戦中です」

 ユーノ達の直ぐ目の前で繰り広げられる恋次と浦太郎の熾烈を極めた戦いを傍観する一方、白鳥は恋次が纏っている隊長羽織の存在に目が行った。

「あの羽織は・・・・・・なぜ三番隊の阿散井隊長がここにいる? そしてよく見れば主は同隊の吉良副隊長か!?」

「そうだけど・・・・・・君は?」白鳥との直接的な面識のない吉良は彼を見ながら訝しむ。

「お初にお目にかかる。私は一番隊第三席の白鳥礼二である。ひとつお聞かせ願いたい。なにゆえ隊長格が二人も現世にいるのであるか?」

 当然の疑問を投げかける白鳥に対し、吉良はどこか言い辛そうな顔を浮かべてから「上からの指示でね・・・」と、当たり障りない言葉を口にする。

 そんな中、恋次と浦太郎の戦い見ていた一護は意外にも真剣なやり取りをしている恋次の様子を見て率直な所感を呟く。

「なんだよ。あいつ結構マジじゃんか」

「マジぐらいでやってもらわないと困りますよ。そもそも浦太郎相手に手抜きしようものなら、それこそアイツ自身が許しませんから」

 

「破道の三十一、『赤火砲(しゃっかほう)』!」

 掌から赤々と燃える火の弾を放つ恋次。

 対する浦太郎は、口元を緩めると手持ちのフィッシャーマンの先端から高圧の水を勢いよく放ってこれを打ち消した。

「なっ・・・・・・!」

 武器の先から水が出るとは思ってもいなかった。恋次は、ただただ目を見開き言葉を失い欠ける。

「僕の魔力変換資質は世界でも稀少な『水』でしたね。その極意、今から篤とお見せ致しますよ」

〈Load Cartridge〉

 フィッシャーマンに組み込まれたカートリッジシステムが起動し、一発の薬莢(やっきょう)が根本部分から飛び出す。

 足下に浮かび上がる青い円形と逆三角形型の魔法陣。デバイスを掲げ、片手首を軸として浦太郎は愛機を回転させ、先端部分に螺旋に渦巻く水の塊を形成する。

 短時間で起きた爆発的な魔力の上昇は、魔力と言う概念すら知らない恋次ですらも威圧感という形で感じ取る事が出来た。

〈Spear Tornado〉

「そーら!」

 掛け声とともに渦を巻き圧縮された水の塊が恋次目掛けて一気に押し寄せる。その勢いは想像以上に重く、全体重をかけても恋次は塞き止める事が出来なかった。

「ぬおおおおおおおおおおおおお」

 後方へ吹っ飛ばされたと同時に水の波濤(はとう)が周囲の木々や岩を巻き込みながら一切合財(いっさいがっさい)呑み込んだ。

「阿散井くん!」

「スピアトルネード・・・だったか。あの魔法って?」

「ええ。魔力を水流に変換させ、デバイスの先端から圧縮された竜巻を噴射し、敵を射抜く。浦太郎が最も得意とする技です」

 渇いた大地を潤す鉄砲水。一時的に水浸しとなった戦闘フィールドと、岩場に激突した状態で倒れる恋次は濡れ鼠となりながらも辛うじて無事だった。

「げっほ! げっほ! クッソ・・・水も()えところで溺れかけたぞ・・・・・・なんなんだよ。これが魔法だって言うのか!?」

「ほらほら余所見してない」

 ユーノが忠告した矢先、浦太郎の容赦ない攻撃が仕掛けられる。

 息つく暇も無く襲い掛かる敵の攻撃。未だ理解し難い魔法と呼ばれる超常現象にも似た物へ終始戸惑いながら、恋次は一つの決断を下す。

「く・・・・・・止むをえねえか。そっちがその気ならこっちにだって隠し玉ってもんがあるんだよ!」

 対峙する浦太郎を見据える恋次。おもむろに刃に手を添えると、恋次は寝食を共に過ごしてきた愛刀の名を口走る。

「咆えろ、『蛇尾丸(ざびまる)』!!」

 解号(かいごう)と呼ばれる個々に固有の能力を持つ斬魄刀の力を引き出す為のキーワード。恋次は浅打だった頃から自らの魂を写し取って作り出した「蛇尾丸」の力を顕現。それに伴い、日本刀の形状を保っていた恋次の剣は、刀身にいくつもの節を持つ一護の斬月と同程度の大きさの大剣へと変貌する。

「つらあああああああああああああああ!!!」

 叫び上げた瞬間、伸縮された刀身を思い切り伸ばして遠く離れた位置に立つ浦太郎目掛け直接的な遠距離攻撃を仕掛ける。

 刀の形状が変化した事に加え、予想だにしなかった能力を身に付けた恋次の攻撃に吃驚する浦太郎。咄嗟にフィッシャーマンで攻撃を受け止めるが、その威力は段違いであり、受け止める事すら叶わなかった。

「ぐ・・・ぐあああああああああああああ!!!」

 ドド―――ン!!!

 先ほどは逆に今度は自分が吹っ飛ばされ岩場へ激突する。クリーンヒットを入れられた恋次はこのとき確かな手応えを得る。

「どうだ! 今のは効いたんじゃねーのか!?」

 しかし、これが恋次にとって命取りとなる。危惧を抱いた様子のユーノが土煙の向こう側で息を顰める浦太郎を気に掛ける。

 やがて、土煙が晴れると浦太郎が姿を現した。だが先ほどまでとは違い、醸し出す雰囲気はどこか重苦しく周辺の空気はピリピリしていた。

(なんだ・・・・・・この違和感は?)

 恋次も眉を顰め本能的な危機感を抱いて浦太郎を見つめていた、次の瞬間―――

「こっ・・・・・・のオオオオ!!! このクソボケがアアアア!!!」

人が変わった様に突然憤慨。血走った目つきとなり、野太い声で怒号を発する浦太郎に恋次はもとより、彼について何も知らない吉良もまた呆然自失と化す。

「あぁ~あ・・・切れちまったぜ」

「切れたであるな」

「切れちゃったよ」

 豹変する浦太郎を見るや、スクライア商店メンバー全員が諦観に満ちた声色で呟き、事の顛末(てんまつ)を終始懸念する。

「許さない許さない許さない許さない!! 絶ッ対に許さねえぞォオオオオオオッ!!!」

「な、何なんだよ一体・・・・・・急に性格変わってないかお前!?」

 大いに当惑する恋次を余所に、(いきどお)りが頂点に達した直後、浦太郎はフィッシャーマンの先端を変化させ砲門を作り出す。

〈Divine Buster〉

 魔力カートリッジが三発ロードされる。

 途端、青色に輝く魔力が収束され始め強大なエネルギーへと徐々に変わり始める。

「一撃滅殺っ!!!」

(何だ!? こりゃちったーやべえかも・・・!)

 恋次が危惧する中で、極限まで圧縮・収束された直射魔力砲撃を殺傷レベルで設定。その一撃を以って止めを刺さんと躊躇せず豪快に放つ。

「ディバイン・・・・・・・・・バスタァァァァァァ――――――!!!」

 

 ドガァァァ—――ン!!

 

 砲撃の瞬間、巨大な爆風と衝撃が拡散。その破壊力は凄まじく、周囲の岩場と地面が大きく抉り取られていった。

 砲撃が収まり、我に帰った浦太郎が気付いたとき―――隣にはユーノが立っており、咄嗟に砲撃の軌道を少しずらした事で恋次への直撃を回避した。

「セ――――――フ♪」

 一方、射線上に立っていた恋次は砲撃を完全に防ぎ切る事が出来なかった。岩場に激突していたが、間一髪のところで身を挺し金太郎が庇い大事には至らずに済む。

「・・・・・・・・・チクショウ・・・・・・俺の・・・負けか・・・・・・」

 自身の敗北を察し、改めて浦太郎を見つめる恋次の表情は曇っていた。

 どうしても諦め切れなかった。恥を忍んで頭を下げて再戦の申し出を要求する。

「もう一遍お願いします! 次こそは勝てる!!」

「いーえ! もうテストは終了ですよ」

 そう言うと、ユーノは不敵に笑い恋次に思わぬことを口にする。

「オメデトさんですよ。第1テスト、見事クリアです!」

「はァ!?」

 意味が分からなかった。恋次は何が何だかわからず、ただユーノの言った言葉が聞き違いではないかと己の耳を疑う。

「な・・・なんでだよ!? 俺、そいつに負けたんだぞ!?」

「おやァ。僕は『浦太郎に釣られる前にのしちゃって下さいね』と言っただけで、『浦太郎を倒したらテストクリア』とは一言も言ってないですよ?」

「で、でもよ・・・」

 納得がいかず思いあぐねる恋次。ユーノは口元を緩めたまま更に言葉を紡ぐ。

「・・・意外と手こずったでしょ? 魔法の力に。これで無知である事の怖さがよーく身に染みた筈です」

「おまえ・・・・・・まさかそれを分からせる為に?」

「このテストの目的は相手を“制圧する”為のものじゃない。相手の力を“見極める”為のものです。さすがに数多の場数を踏んでいるだけはあります。短時間で元エース級魔導師の浦太郎と互角にやり合っていました。途中から浦太郎もかなり本気出してましたから。もっとも、最後に限っては正直キレちゃって暴走してましたけど・・・」

 テストの目的が相手を倒す事が目的だったのではないと説明し、その裏にある真のポイントを掘り下げながら、ユーノは恋次に言い聞かせる。

「死神だから強いとか、魔導師だから大したこと無いとか・・・そんな慢心から生まれる憶測や固定観念は捨てた方がいいですよ。世界にはまだまだ僕らの常識の通用しない力がごまんとあります。了見が狭いままだとさっきみたいに足をすくわれますから」

 忠告のつもりなのだろう。ユーノの言葉が痛いほど胸に突き刺さる。

 だが事実先ほどの攻撃を真面に食らっていたら、ただでは済まなかった。それが分からない程恋次も愚かではなかった。

 とは言え、テストには合格した。一護と吉良は無事にテストに受かった恋次を互いに労う事にした。

「ま。何はともあれクリアできたんだし良かったんじゃねえのか」

「おめでとう、阿散井くん。」

「お、おーよ! まぁ当然といえば当然だけれどもよ。あァ? つーか思ったんだが、何で俺だけやらせといて吉良はやんねえだよ!?」

「安心して下さい。吉良さんにはこの後鬼太郎とやってもらう予定です。さてどうです? 合格祝いです! 恋次さんにはこのまま・・・」

 と、ユーノは口にしながら視線を向けたのは巌の如く巨大な存在感を醸し出す大男―――・・・熊谷金太郎の方だった。

「このまま第2テストへと参りましょうか?」

 

           *

 

次元空間

時空管理局本局 本局運用部

 

 魔導虚(ホロウロギア)との戦闘を終えたなのは、フェイト、はやての三人は今回の件を報告すべく統括官リンディ・ハラオウンの元へと足を運んだ。

「休日中に災難だったわね。でも三人とも怪我がなくて何よりだわ」

「それにしてもまさか地球で例の怪物と遭遇するとはな・・・しかも、噂通り魔法の力に精通しているとは」

「それで、フェイト達を助けたっていう黒衣の男性なんだけど・・・」

「はい。魔法を使うだけじゃなくて、私たちが見た事の無い術を使って怪物と戦っていました。主な武器は刀でしたけど、それでもあの怪物相手に物怖じひとつせず立ち向かっていたのは確かです」

 ありのまま見た事を具に伝えるフェイト。同席していたクロノは彼女から伝え聞いた「シラトリ レイジ」と言う名前を念の為データベースへアクセスし、魔導師登録が無いかを確認するが、当然検索結果は照合不一致となる。

「シラトリレイジ・・・という名前で管理局のデータベースにアクセスしてみたが、該当する名簿は見つからなかった」

「ん~・・・一体何者なんやろうか?」

 時空管理局は現状死神の存在を認知していない。

 当然である。彼らは魔法使いというだけであり、霊体を視る為の力―――即ち「霊力」は備えていない。

 従ってなのは達を除いて、殆どの魔導師は霊体事体を視た事がないのである。

 魔法を扱う術を心得ている白鳥の存在が気がかりである一方、ふとリンディは先ほどから顔を沈めているなのはの事が気になった。

「なのはさん? どうかしたの?」

「白鳥さんの事なんですが・・・・・・」

 ややか細い声を発した直後、なのはは膝の上で手をぎゅっと握ってから、数時間前の戦闘で目の当たりにしたとある事実について言及する。

「その人は・・・・・・ユーノ君の技を使ったんです!」

「なに!?」

「どういうことなの?」

「わからないです・・・・・・だけどあの技は間違いなくユーノ君が編み出した魔法だったんです。入局して1年くらい経ったとき、たった一度だけですがユーノ君と模擬戦をした事があって、そのときに使っていた技・・・・・・それがアレスターチェーンでした!」

「アレスターチェーン・・・・・・その技なら僕も知ってる。機会こそ少なかったが、アイツと戦闘訓練をした時に僕も受けた事がある」

「せやけどクロノくん、そない珍しい技なんか?」

 技の性質自体を知らないはやてが何の気ない疑問から問う。

「同時展開した魔法陣から幾重もの鎖を出して相手を雁字搦めにし、その鎖を引くことで爆発を起こす。技の性質自体は特に珍しくも無い。問題はそれを()()()()()()()()()でやってしまうという点だ」

「え・・・?」

 戦闘魔導師の多くは、己の魔法を効率よく行使・運用する為にデバイスを演算補助機械として、あるいは武器そのものとして使っている。演算能力が高ければ高いほど魔力を効率よく運用でき、その分少ない魔力運用で魔法の発動を行使出来るというメリットがある。

 結界魔導師と呼ばれる系統に分類されるユーノは、なのは達の知る魔導師の中で最もこの魔法演算能力に優れた人物である。元来結界魔導師は自衛目的以外に攻撃魔法を行使する事が少ない。代わりに防衛の為の魔法行使に多くの演算を行使する。

 魔法の「処理速度」、「演算規模」、「干渉強度」―――これら三つを魔法の評価基準で測るとき、ユーノは断トツでトップクラスに位置する。

「デバイスに一切頼らず多変数化を伴う魔法の連続行使、それを短時間でやってのける処理速度、演算規模、干渉強度―――これらを瞬時に実行できるバケモノが居るとすれば、僕はアイツ以外の魔導師を知らない」

「クロノ君の言う通りだよ・・・・・・一朝一夕とかじゃ出来ない高等技術を、ちょっと魔法が使えるってだけの人がだよ、目の前で堂々とユーノ君の技を使うなんて・・・・・・どう考えてもおかしいですよ!? どうして赤の他人がユーノ君の技を使えるんですか!?」

 納得など出来る筈がない。見知らぬ者が師の技を盗み取ったかの如く我が物顔で使っている事に到底承服できる筈がない。

 身を乗り出し興奮するなのはに迫力に思わずたじろぐリンディ。見かねたはやては、和らいだ表情で見つめながらそっと肩を置く。

「なのはちゃんの気持ちはよーくわかった。せやけど一旦ちょう落ち着こか」

「っ! ・・・・・・うん。ごめんなさい」

 我に返ったなのはも冷静さを取り戻しその場に座り込む。

 やがて今迄の話を思案していたクロノは顎に手を当てると、三人を見据えながらどこか消極的な言葉を述べる。

「もしも本当にその白鳥という人物がユーノと何らかの接点を持つキーパーソンだとして・・・・・・果たして僕たちが今さらアイツに何をすればいいんだ?」

「え・・・」

 この言動に思わず耳を疑うなのは。フェイトとはやて、リンディも終始耳を傾けるとともに、クロノの口から一言一句飛び出す単語に正直耳を疑った。

「あれから四年近くが過ぎた今、僕らがアイツに出来ることなんて何がある? たとえユーノが今回の件と何らかの関わりを持っていたとしても、結局僕らはこの期に及んでアイツの力に縋ろうとしているんじゃないか」

「クロノ、なに言って・・・」

「そないなこと・・・・・・クロノくんはユーノくんと会いたくないんか!?」

「会いたい、か・・・・・・そうだな。会うことが出来るとしたら、まずは一発アイツの顔を殴りたいさ。だが、そんなのはただの八つ当たりだ。それが終わったら何をすればいいんだ? 君達はユーノとの再会を楽観視しているかもしれないが、僕は到底昔みたいな関係でいられるとは思えない」

「どうしてクロノ君はそんなこと言うの!? ユーノ君に限ってそんな―――!!」

「永遠に変わらないものなどない。事実、君や僕たちは等しく子供から大人へと変わり、それによって得る物と失う物があると知っている筈だ。ユーノだけが変わらないなどと言うのはただの幻想だ。君は目の前の現実を受け入れ難いが為に、正常な判断が出来なくなってる」

 聞き捨てならなかった。クロノの言葉に痺れを切らしたなのはは、机をバンっと叩き、声高に訴える。

「私はいつだって冷静だし正常だよ!! おかしいのはクロノ君の方だよ!!」

「なのはさん・・・どうか落ち着いて」咄嗟にリンディが仲裁に入るがまるで焼け石に水とばかりに効果が無い。

 そんな彼女の神経を逆撫でする様にクロノは悲観的な事を語りかける。

「君が誰よりユーノに会いたがっているのは知ってるつもりだ。だが万が一・・・再会したユーノが君の思っているのとは違う人間になっていたとしたら? 君はそれを受け入れる事が出来るのか? 君の好いている人間が最早過去の遺物となっていたら君はどうするつもりだ?」

「クロノ! もうよして!」

「ええ加減にせぇへんと私らだって―――!」

 きな臭さを機敏に感じ取ったフェイトとはやてがこれ以上なのはを刺激しないでと、指摘をしようとした直後だった。

 パチン―――。なのはの右手がクロノの左頬を叩いた。この瞬間、周りの空気は凍りつき一瞬の静寂に包まれた。

「何がわかるの・・・・・・クロノ君に私の気持ちの何がわかるの・・・・・・」

 声は酷く震えており、左手は終始力が籠りっぱなし。クロノは叩かれた頬を静かに添えながら、目の前のなのはを凝視する。

「私は・・・・・・どんな形でもいいからそれでもユーノ君に会いたい! 会ってちゃんと謝りたいし、きちんと今の自分の気持ちだって伝えたい! ユーノ君がたとえ私のこと嫌いだったとしても・・・・・・わたしは・・・・・・わたしは・・・・・・」

 これ以上弱々しい自分を晒したくなかった。気持ちを抑え切れず、なのはは部屋を飛び出し脱兎の如く走り出した。

「なのはっ!」

「なのはちゃん!」

 咄嗟に追いかけようとしたが、場の空気を呼んだリンディが二人に「今はそっとしておきましょう」と自制を促す。

 対するクロノは、軽く腫れあがった頬を触りながら終始沈黙を貫いた。

 

           *

 

第97管理外世界「地球」

松前町 スクライア商店 地下訓練場

 

 現在、恋次は第2テストの真っ最中。

 第1テストでの役目を終えた浦太郎は、これから実施する吉良イヅルと桃谷鬼太郎との戦いを取り計らう任をユーノより仰せつかった。

「といーわけで吉良さん。恋次さんと同様にこれからあなたにもテストを受けてもらいます。審判は不肖亀井浦太郎が勤めさせて頂きます。で、吉良さんのお相手となるのが・・・ここにいる先輩が勤めさせてもらいます」

「へっ。俺に前置きはねえ! 最初から最後までクライマックスだぜ!」

 漲る闘気を惜しげも無く放出する赤髪の男こと、桃谷鬼太郎はやや後ろ向きな表情の吉良を見ながら己が持つ『斬魄刀』を突き付け、声高に宣戦布告。

「よ・・・よろしくどうぞ」

 水と油。テンションの違いが露骨に表面化。

 正直言って吉良はこの手の好戦思考の相手をするのは苦手であり、そうした相手のテンションと自分のテンションの低さを指摘されるたび、元来好きではない戦闘行為がますます嫌いになる。

 

 ドカ―――ン!!

 

 テストを始めようとした矢先。少し離れた場所で戦闘行為を繰り広げているであろう恋次と金太郎の戦況がふと気になった。

「あっちもだいぶ派手にやってやがるな」

「相手があの金ちゃんだからね。恋次さんも僕とやるよりずっと大変だと思うよ」

「阿散井くん・・・・・・死ぬなよ」

 

「うおおおおおおお!!!」

 懸念する吉良の事など露ほども頭にすらない程に恋次はこの戦いに集中していた。

 対戦相手であるスクライア商店副店長・熊谷金太郎は金色を基調とした戦国武将が着用する鎧に酷似した防護服を纏い、手には体躯に見合った重さ10キログラムにも及ぶ身の丈ほどの(まさかり)こと、アームド系インテリジェントデバイス《アックスオーガ》を握りしめる。

「つらああああああああ!!!」

 カキン・・・。カキン・・・。カキン・・・。

 力いっぱい剣を振りおろし攻撃一辺倒に傾きがちな恋次。だが今の今まで金太郎へのクリーンヒットは取れていない。その悉くが彼の所持するアックスオーガの巨大な刃によって弾かれてしまう。

 舌を打ち、焦燥を滲み出す恋次。

 一方でポーカーフェイスを保つ金太郎は、間隙を突くと同時に力いっぱい手持ちの斧を振りかざす。

「ぬん!」

 斧を振り切った瞬間、猛烈な突風と金色の魔力の波動が斬撃となって飛び出す。

 既に蛇尾丸を解放していた恋次だったが、それを真正面から受け止める事は叶わず、前方から押し寄せる圧力に屈し岩肌へと叩きつけられる。

「ぐっは!」

 脊髄を通って全身へと回る衝撃と痛み。熊谷金太郎という男が有する技の破壊力は恋次の想像を遥かに超えていた。

「今のも魔法か? んなもの使った形跡すらなかったぜ」

 観戦中の一護がふと疑問に感じた点をユーノへと伝える。一護が最も気になったのは、魔法を発動したとさえ感じられない金太郎の技そのものだった。

 通常、魔導師・騎士は魔法を行使する際には必ず体内に保有する《リンカーコア》から供給される魔力を自身のデバイスへ流し込み、魔法の術式展開とそれによる構成によって初めて魔法を行使できる。

 しかし、今の戦闘において金太郎がそうした基本原則に従った魔法行使をした様子は無かった。これについてユーノが明朗な回答をする。

「あれは『逐次展開(ちくじてんかい)』と言って・・・魔法の術式展開と、次に発動する魔法の起動術式の読み込みを同時進行させることで、魔法の継続発動が可能となるんです。もっとも、その技術が流行ったのは20年くらい前の話。それを今でも愛用してるアナクロな魔導師は僕の知る限りあの男くらいですよ」

「このぉぉぉ!!」

 金太郎の一撃を受けて頭に血が上ったらしく、恋次は躍起になってとことん攻めの姿勢を貫いた。頭上より狙いを定め、鋭く尖った蛇尾丸の刀身を力いっぱい振り下ろす。

 カキンッ! 金太郎は無表情のままに恋次の攻撃を全身で受け流す。

(か、固てぇぇ!!)

 決して手を抜いたつもりは無かった。全身全霊の力で振り下ろした筈だった。なのに・・・金太郎は傷一つ負っていないどころか、逆に刃の一部に皹が入ってしまった。

「くそ! なんで効いてねえんだよ?!」

 当然の疑問に思う恋次を見かね、ユーノは「普通に攻撃したってダメですよ」と、釘を刺しておく事にした。

「金太郎の全身には『硬化魔法(こうかまほう)』が施されています。自分が身に付けているものごと硬化させ、肉体的な強さに物を言わせる戦い方を得意とする―――熊谷金太郎とはそう言う男なんです」

「確かにあの体ならどんだけ武器を乱暴に扱っても平気ってわけだ」

 一護と白鳥も思わず納得してしまう。

 改めて恋次は対峙する相手を見据え、牽制し構えを取り直す。今までの失敗や周りからの忠告を参考に、無鉄砲な突撃思考は捨てて慎重に策を練る。それだけ相手は一筋縄ではいかない確かな実力を秘めていた。

(ぶ厚い胸板・・・広い肩幅・・・防護服越しにも分かる隆起した筋肉・・・肉体だけじゃねえ。ヤツを構成するすべての要素が、存在感の密度が桁外れに濃い。(いわお)の様な男だぜ・・・・・・!)

「どうしましたか恋次殿? 私が怖いのですか?」

「はっ。馬鹿言ってんじゃねーよ! 顔の怖さと不気味さなら(くろつち)隊長の方が勝ってんだよ!」

 などと言う冗談を口にした直後、恋次は辺り一帯無造作に転がる岩石に目をつけ、それを利用する。

「破道の五十七、『大地転踊(だいちてんよう)』!!」

 言霊を無視した「詠唱破棄」で発動した鬼道。その効果により周囲の岩石は一様に浮かび上がり、金太郎目掛けて一斉に投擲する。

 金太郎は飛翔してくる岩石をアックスオーガで木端微塵に粉砕。恋次の元へ猪突猛進。持ち前の機動力と破壊力を活かした戦法で徹底抗戦を貫いた。

 恋次は金太郎の攻撃を受けながらも思考を常にフル回転させ、打開策は無いかと必死で思案。そんな戦いの様子をユーノ達は静観する。

「ダイナミッククロス!!」

 名の通りに豪快な技が繰り出される。圧縮した魔力による十字の斬撃が懐へと飛び込み、恋次はこれを紙一重で回避。反撃の機会を窺がう。

(クソッ・・・! デケー図体とパワーだけじゃなくて意外と機敏な動きしやがる! にしてもあの人間離れした破壊力・・・・・・あんなバカでけえ斧を片手で軽々と振り回しやがって!! てめえは歩く人間兵器かっつーの!?)

 心中性質の悪い冗談を口にする恋次。

 しかしながら、秘めたる思いはただ純粋にしてひとつ。勝利への「渇望」、もとい「執念」である。

(ここで負けるわけにはいかねえ・・・そう簡単に俺がやられてたまるかよ!!)

 死神としての矜持を胸に今一度柄を強く握りしめる。

 依然金太郎は濃厚な存在感をぶつける様に恋次の前に立ち塞がる。このぶ厚く巨大な壁を乗り換えない限り、このテストに受かる事は出来ない。

 何としてもテストに受からなければならない。意を決した恋次は地を蹴って飛び出すと、利き手に構えた愛刀を勢いよく振りかざす。

「蛇尾丸!!」

 刃節(じんせつ)を伸ばした一撃も金太郎に傷を負わせる事は出来ない。その軌道を容易に見切られアックスオーガによって防がれる。

(やっぱダメかぁ!)

 まるで手応えが無い状況に焦りを露わにする。

 サングラス越しに恋次を凝視する金太郎は、巨体を器用に捻ってから恋次の体をそのまま体重差で押さえ込む。

「ぬおおおおお」

 ホールドした恋次を軽々と持ち上げ前方へと投擲。中空を舞って防備な相手へと狙いを定め、金太郎はアックスオーガにカートリッジを一発読み込ませる。

〈Dynamic Hurricane〉

 足下に展開される金色のベルカ式魔法陣。斧を大きく振りかぶり、語気強くトリガーとなる言葉を唱える。

「ダイナミック、ハリケ―――ンッ!!!」

 手持ちの斧を瞬時に振り切る。それに伴い凄まじい勢いの突風が吹き荒れる。恋次は押し寄せる突風に飛ばされた際に受けた衝撃、岩肌に激突した時の衝撃と相まって大ダメージを受ける。

「がっ!!」

 ぶ厚い岩を砕きながら地面へと叩きつけられ転がり込む。桁違いな威力で訓練場の地面は大きく抉り取られ、多量の土煙が辺り一帯に充満する。

「ぐ・・・」

 辛くも立ち上がるだけの余力は残されていた。だが次の瞬間、強烈な嘔吐感とともに吐血。忽ち恋次の手は己の血で染まった。

「あの吐血量・・・内臓のどこかに痛手を負ってやがるな」

「一撃で大打撃であるな・・・」

 死神を殺しかねない魔法使いの存在。一護も白鳥も思わず顔を引きつってしまう光景だった。

「ハァ・・・。ハァ・・・。ハァ・・・。」

 息絶え絶えに刀を握りしめ、辛うじて意識を保って地面に足を付ける。

 現世に来る際、隊長格である事から本来の力の80パーセントをセーブせざるを得ないとは言え、恋次もまさかここまで自分が追いつめられるとは正直思わなかった。

(最小の労力で最大の効力による最強の攻撃力・・・・・・・・・熊谷金太郎・・・コイツは一体何者だ!?)

 ただ純粋に金太郎と言う存在に対し向けられる畏怖や疑心、といった感情が恋次の苦悶に満ちた表情に現れる。

「どうしましたか? これしきのことでへばったとは言わせませんぞ」

 言った直後、自己加速魔法を用いた金太郎が恋次の背後を完璧に捕えた。

(これは浦太郎(アイツ)と同じ!? 背後(うしろ)を取られた―――)

 気付いた時には既に金太郎の手中。振り上げられた巨大な斧が、無慈悲にも振り下ろされる。

 ダンッ―――! 舞い上がる多量の土煙で恋次の姿はすっぽりと覆い尽くされた。金太郎はどこか悲嘆そうにひと言「・・・他愛の無い」と呟く。

「誰がだ?」

「っ!」

「おめぇの言う通りだ。この程度でへばったりなんかしねえんだよ」

 聞き違いなどではなかった。金太郎の瞳が捕えたのは首の皮一枚で金太郎の攻撃を蛇尾丸で受け流して立つ恋次の雄々しき姿だった。

(・・・ダイナミックハリケーンを一度喰らい深傷を受けているにも関わらず、一瞬たりとも遅れること無く最速且つ最適の動き! さすがは一護殿とともに戦った歴戦の盟友。侮り難し!!)

 恋次が倒れなかった事を悔しいとは思わなかった。寧ろこの状況は金太郎にとって喜ばしい限りである。

 出来ればこの戦いを心行くまで味わい尽くしたい。この男の本当の実力を味わいたい。そんな欲が金太郎の中で湧き上がる。

 両者は一進一退の攻防を展開、拮抗する力と力を見せつけ衝突を繰り返す。

 客観的に戦いの行く末を見守っていた一護。しかし戦況を見る限り、アドバンテージを得ているのは金太郎であり、恋次は終始圧されがちに思えてしまう。

「恋次のヤツ圧されてねえか・・・」不安に駆られユーノにも意見を求める。

「確かにぱっと見はそう見えますけど、金太郎の攻め手は全て見切ってます。けど・・・打撃斬撃が効かない状況は依然変わりない。このまま長引けば体力を消耗する恋次さんの方が徐々に不利になるのは明らかです」

「・・・阿散井隊長に他の攻め手はないのか?」白鳥も観戦のかたわら気になった。

「有る事にはあります」

 冷静な分析をしていたユーノが恋次を見つめると、彼の中で想定していた通りの展開が待ち受けていた。

「勝負だ!!」

 金太郎と対峙する恋次がとった行動は、刀を水平にした状態から一撃必殺の威力を誇る刺突(つき)の構え。これこそが恋次に残された起死回生の打開策だった。

(狙い所は一つ。あの巨躯の中の一点―――水月!!)

 防護服に身を包む金太郎の体の中心部分を凝視。恋次が狙うのは、「水月」または「鳩尾(みぞおち)」と呼ばれる人体急所部分。神経が多く集まった場所であれば、威力こそ間違いない限り確実に相手を昏倒させる事が出来る。

「おおお!!」

 覚悟を決め、躊躇一切を振り切って前へ出る。

「「「仕掛けた!!」」」

 固唾を飲んで見守るユーノ、一護、白鳥ら三人。

 金太郎も甘んじて恋次の勝負を受け入れた様子で前に出る。恋次は突き立てた刃の切っ先部分に全神経を集中させる。

「終わりだっ!!」

 

 ドカ―――ン!!

 

 衝突時に起こった衝撃が粉塵を巻き上げる。

 舞い上がった土によって視界が覆われ、二人の姿が一瞬見えなくなる。

「勝負は・・・!?」

「どうなったであるか!?」

 どちらが勝っても負けてもただでは済まない雰囲気がひしひしと伝わる。

 徐々に煙が晴れていくと、薄ら見えてきた恋次達と思しき人影が二つ。三人が目を凝らすと、恋次の刀身は金太郎のバリアジャケットの中心にある水月をしかと捕え、対する金太郎は手持ちのアックオーガを手放した状態で終始動こうとしない。

 これにて勝負を決した。勝ったのは阿散井恋次だった。そしてこの戦いの勝利こそがテストの合格条件だった。

「おめでとうさんです! 恋次さん、見事第2テスト合格です!」

 長らく続いた戦いに終止符が打たれ、ユーノは扇子を広げ恋次の合格を言い渡す。

「ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・。へっ! まぁ当然の結果だけどな!」

 明らかに強がっている恋次の態度が気に食わなかった。一護は恋次の元へ歩み寄ると大口を叩く彼を冷罵する。

「何が当然の結果だよ。散々圧されまくってた癖してよ・・・」

「う、うるせーよ!!! だったらおめぇなら直ぐに倒せたっていうのかよ。あァ!?」

「んだとーっ!!! てめえもう一遍言ってみろコラぁ!!!」

 売り言葉に買い言葉。つまらぬことで二人はムキになっていがみ合い、鋭い剣幕を浮かべて火花を散らし合う。

 すると、二人を見かねた金太郎がおもむろに顔を近づけ・・・。

「喧嘩は・・・いけません!!!」

 ゴンッ!

「「ぐっほ!!」」

 二人の頭を鷲掴みにして、相互の頭部をぶつけ合わせ一気に鎮める。これまでに味わった事の無い痛みに一護と恋次は悶絶する。

 彼らを横目に呆れ返る白鳥と、そんな二人を飄々とした笑みを浮かべ見つめていたユーノは忘れないうちに次なるテスト内容を恋次に伝える。

「それじゃ丁度いいですから・・・このまま、第3テストへと参りましょう! いよいよ次が最後のテストです。なんと時間無制限!! あなたの全力で僕の帽子を落とせばクリア!」

「な・・・何っ!? そんな簡単なことでいいのか・・・?」

 今までの試験内容に比べればはるかに簡単そうに思えてならず、恋次は逆に拍子抜けをしてしまう。そんな恋次とは対照に、一護はその内容が決して簡単ではないという事を知っていた。むしろ最終テストに相応しい最難関課題であると心中思った。

 

 やがて、金太郎との戦闘で負傷した傷を癒し、広い場所へと移動した恋次はユーノと向き合う。一見貧弱そうに思えてならないユーノを積めながら、恋次は口元を緩め斬魄刀を突き付け宣戦布告する。

「つくづくおめぇは運がねえ男だよ。この俺が本気になったら、てめぇの帽子を落とすどころか怪我すらさせちまうだろう。時間無制限なんて悠長なコト言ってねえでよ! 1分でカタ付けてやるぜ!! そして無様に跪かせてやる!!」

「・・・――――――そうですか」ニヒルな笑みを浮かべ、ユーノは持っていた仕込み杖から細身の直刀をおもむろに引き抜いた。

 

「それじゃあ、1分でカタ付けてみて下さいね」

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:和月伸宏『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚- 22巻』 (集英社・1998)

原作:久保帯人 『BLEACH 7・8・65巻』 (集英社・2006、2014)

 

 

 

 

 

 

教えて、ユーノ先生!

 

ユ「と、言う訳で今回から始まったこのコーナー♪ 記念すべき第一回目は『魔法』と『魔導師』について教えるよ♪」

「魔法とは、魔力を消費して発動される現象の総称を指すんだ。いわゆる『幻想』や『おとぎ話』の産物ではなく『超科学』として扱われているのが、僕らの世界における魔法の概念となっている」

「魔法には多数の種別が存在し、その効果は攻撃から治療、拘束、移動と多種多様で、魔導師はこれらを操る術を持つ者の総称で俗に『魔法使い』って呼ばれているんだ」

一「こう考えると結構複雑なんだな」

恋「いつから魔法ってのはこんなにもガチャガチャとしたものになっちまったんだ? 俺の中での魔法使いつったら、杖の先からなんかビームみたいなもの出したり、箒で空を飛んでたんだ!」

ユ「まぁ一般的にはそれが所謂『魔法使い』って奴ですけどね」

一「つーか恋次、お前の手に持ってるそれは何だよ?」

 一護は恋次が手に抱えているぶ厚い察しの本を一瞥。表題には「ハ○○・ポ××××と賢△△△」と表記されていた。

恋「ば、バカヤロウ!! これはチゲーよ!! たまたま古本屋を覘いた時に気になって買ったものでな・・・別にこの日の為に勉強してきたわけじゃねぇからな!!」

一「だからいろいろ間違い過ぎなんだよお前は・・・」

ユ「あははは・・・・・・決してそれも間違いではないのですけどね」

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

 スクライア商店地下で試験が行われる中、店番を任されていた織姫とは言うと・・・

織「えーっと・・・・・・もう一度教えていただけますか?」

客1「じゃから餅焼き用の網と、片手鍋が欲しいんじゃが・・・・・・」

客2「ママが庭ぼうき買ってこいって!」

 思わぬ来客に困惑する織姫。

 老婆が求めている物は網と片手鍋。小さな少女が求めているんは庭ぼうき。

 織姫は露骨に苦笑いを浮かべると、「しょうしょうお待ちくださーい!!」と言って、店中を探し回る。

織「よわったなー・・・まさかユーノさんが居ない間にお客さん来るなんて・・・・・・えーと、どこにあるんだろう・・・」

コ「織姫さん、織姫さん!」

 すると見かねたコンが小さな声で呼びかけ、織姫に商品がある棚を指し示す。

織「あ! ナイスだよコンちゃん♪」

 コンの心遣いに感謝し、織姫はお客の元へ注文を受けた品を持って大急ぎで戻る。

織「すみませーん! お待たせしましま・・・・・・!」

 と、笑顔を浮かべながら走っていた矢先。

 足下がふらつき、織姫は商品を手にしたまま前方の棚目掛けて倒れ込む。

織「あれぇぇぇ~~~!!!」

 ガシャン―――。

 二人の客が思わず目を瞑る。恐る恐る目を開けると、商品棚の下敷きとなった織姫が目を回して気絶していた。

織「ハレホレハレホレ~~~///」




次回予告

恋「はは! 最終テストは楽勝だな! この勝負もらった!」
一「つくづくアホな男だぜアイツは。ユーノの力を見誤ると火傷じゃ済まねえぞ」
恋「な、何だあの野郎・・・とんでもなく強えじゃねえかー!? しかもあの刀はまさか・・・・・・!!」
ユ「さぁ、いきますよ恋次さん♪ 僕の力の一端を見せてあげます・・・」
一「次回、ユーノ・スクライア外伝・・・『我が手に斬魄刀を』。お楽しみに!」






登場魔導虚
マカラガンガー
なのは達が最初に戦った龍、またはワニに似た頭を持つ魔導虚。スカリエッティによって制作された為、ガジェットドローン同様にAMFを発生させる機能を持っており、虚特有の超速再生と響転で彼女達を苦しめるが、突然現れた白鳥礼二によって倒される。
名前の由来は、インド神話に現れる怪魚「Makara」から。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話「我が手に斬魄刀を」

新暦079年 3月31日

第97管理外世界「地球」

松前町 スクライア商店 地下訓練場

 

 大詰めを迎える見極めテスト―――恋次が最終テストに取り掛かった頃、一足先にテストを終えた吉良は浦太郎と、どこか納得いかない様子の鬼太郎とともに一護達の元へ移動していた。

「ったく! あんなのアリかよ!! 男らしくねーぞ!!」

「でも負けは負け。吉良さんはれっきとした戦術で先輩を打ち負かしたんだよ」

「けっ! 何が戦術だよ。男なら正面切って斬り込むのが筋だろう!」

「悪いけど・・・僕は君とは戦いに対する考え方が真逆でね。どうにもそういう突撃思考っていうのが理解出来ない」

 結果から言えば吉良は鬼太郎との戦いに勝利し合格した。しかし、この勝敗結果を鬼太郎は非常に不服に感じていた。

 常に攻撃の要として猪突猛進する鬼太郎とは対照的に、吉良の戦法は常に相手の出方を窺い牽制し迎撃する言わば“後の先”の戦術。しかも吉良の持つ斬魄刀の能力もまた鬼太郎とは相性の悪いものであり、こうした要素が重なり合って常時ペースを狂わされた鬼太郎は敗北を喫した。

 自分が追い求める戦士像と乖離した後ろ向きな戦い方をする吉良を激しく非難するが、当人は苦笑しがちにも全く悪びれる素振りはない。彼からすれば鬼太郎の戦闘スタイルの方が異常であり、理解の外にあるものだった。

「突撃思考って言えば・・・・・・吉良さんところの隊長さん、恋次さんも先輩と同じタイプですよね? ここだけの話・・・あの手の人と一緒にいると疲れませんか?」

「おいバカ亀! それはつまり俺と一緒にいると疲れるって言ってるようなもんだよな!?」

 婉曲的(えんきょくてき)に浦太郎から見下された事を業腹に感じる鬼太郎。

 終始苦い笑いを浮かべる吉良だったが、気持ちが全く理解できないわけではなかったからどうコメントをすべきか判断が付かなかった。

 雑談をしている間に一護と金太郎、白鳥ら屯している場所まで近づいていた。足音が聞こえると、一護が振り返り吉良へと視線を配る。

「おぉ吉良。テストには合格したのか?」

「一応はね。それより・・・阿散井くんのほうは?」

「今ちょうどオモしれーところだぜ。ユーノが刀抜いて戦ってんだ。これ見逃したら損だぜ!」

 

 ―――ドン!

 杖から引き出した細身の直刀で硬い岩石を粉々に砕いていくユーノ。恋次は攻撃を回避しながら見た目からは想像し難いユーノの剣腕に驚きながら素直に評価する。

「や・・・やるじゃねーか! そんな()せー剣と腕でよ!」

「ありゃ褒められちゃいましたね。まいったな♪ でもだからといって手加減はしないですよッ♪」

 飄々としながら逃げ回る恋次目掛けて手持ちの剣を幾度となく振り下ろす。恋次は負け惜しみの様に「望むところだちくしょうめ!!」と叫んだりした。

 そのとき、ふとある疑問を抱いた恋次は思考する。

(・・・まて。まてまてまて? よく考えたらあれってただの仕込み杖じえねぇのか? たしか魔導師の連中はデバイスってのを武器代わりに使ってるって言ってたな。浦太郎にしても、金太郎にしてもそうだ。あんなモンで魔法を使える筈が無え!!)

 武器の形や能力からしてデバイスである可能性は極めて低い。そう考えた恋次の警戒心は一瞬薄らいだ。

(だったら別に、斬られたって何ともない筈――――――)

おもむろに後ろを振り返った次の瞬間、

 バンッ! 頬を撫でるようにユーノの刀が斬りかかり、気が付くと額から肩にかけて僅かに血飛沫が飛び散った。

「え?」

 咄嗟の出来事に思考が一時停止する。呆気にとられる恋次を見ながら、ユーノは嘆息を漏らす。

「気を緩めましたね。“浦太郎や金太郎みたいにデバイスを持ってない” “だから斬られてもどうってこない”・・・・・・そう思いませんでしたか?」

 ユーノは恋次の思考を見透かしていた。それが図星であると分かった後、恋次に対する失望感で胸が痛む。

「『不調法(ぶちょうほう)』と言う言葉を100回辞書で引いて下さい」

 言うと、握り締めた自分の剣に向かって解号を唱える。

 

「―――激昂(げっこう)せよ・・・―――『晩翠(ばんすい)』」

 

 パキ・・・ベキン・・・ベキ・・・。

 不気味な音を立てながら徐々に姿を豹変(ひょうへん)させるユーノの刀。

「なっ・・・・・・・・・・・・・・・!」

 淡い緑色に発光する刀身。柄の数箇所にヒスイと呼ばれる宝玉が埋め込まれ、(つば)の無い直刀へと姿を変える。恋次は自身がよく知る斬魄刀同様に形状変化を伴ったユーノの武器を目の当たりに愕然(がくぜん)とした。

「見覚えありませんか? あなた方死神のよーく知ってる武器ですよ・・・こいつはね」

 口角を上げこれ見よがしに斬魄刀を見せつけるユーノ。予想だにしなかった展開と出来事にまるで頭がついていかない恋次だったが、暫し沈黙が流れた末、驚愕の表情を浮かべ閉ざされた口を開く。

「斬魄刀・・・・・・・・・だと・・・・・・」

「その通り。死神だけが持つことを許された特殊な刀。個々の魂を写し取った刀の名を唱える事で力を解き放つ」

 狐につままれた様な顔で呆然と立ち尽くす恋次へ刀身を突き付け、ユーノは「そしてこれが()()能力(チカラ)の姿」と口にする。

「いくよ、『晩翠』。」

 自身の相棒に声をかけ、ユーノは恋次と近くの巨大な岩ごと手持ちの斬魄刀、『晩翠』をもって豪快に斬りかかる。

 

 ―――ドン!

 

 一振りで石巌(せきがん)を木端微塵に吹き飛ばす。

 その衝撃は凄まじく、観戦していた一護達も身の危険を感じすかさず安全圏まで下がり避難する。

「な、なんて破壊力だ・・・! いやそれよりも・・・どうしてユーノさんといい、桃谷くんといい、さも当たり前の様に斬魄刀を持ってるんだ!?」

 柄にもなく声を上げ吃驚する吉良。

 疑問を突き付けられ、鬼太郎は逆切れ口調で「るっせーな! 話せばいろいろ長くなるんだよ!」と、不貞腐れた様に呟いた。

「にしても阿散井隊長も災難であるな。ブルータートルにゴールデンベアー副店長・・・連戦に次ぐ連戦で疲労困憊している身でアレと戦うなどとはどうかしている」

「知らなかったのかよ。ユーノはあんな顔で実は結構Sなんだぜ」

 などと語り合うかたわら、一護達は岩場に隠れ二人の戦いをじっと観察し続ける。

 

 衝撃によって勢いよく吹き飛ばされた恋次は、体制を立て直すや懐目掛け飛び込んでくるユーノの斬撃を受け止める。

 キキキ・・・。鍔迫り合いの末に距離を置くとすかさず自身の斬魄刀を解放する。

「咆えろ、蛇尾丸ッ!!!」

 血気盛んに刃筋を目いっぱいまで延伸、遠方に佇むユーノへと斬りかかる。

 目の前から迫る凶刃にもかかわらず、ユーノは不敵な笑みを浮かべるとともに、右手の差し出す。その瞬間、翡翠色の輝く円形のミッドチルダ式魔法陣を展開させ斬撃を中空へ弾き逸らした。

「バリアだと!?」

 初歩的なシールド系防御魔法『ラウンドシールド』でも、恋次からすれば未知なる魔法の力に変わりない。

 ユーノはせせら笑い、「僕だって浦太郎や金太郎と同じ魔導師だって事を失念していませんか?」と呟き、更なる魔法の構築と展開を行う。

「ストラグルバインド」

 すると恋次と蛇尾丸の周囲に魔法陣が複数出現。円の中心部分から紐状の物体が幾つも現れ、その悉くが複雑に絡み合い恋次の体と蛇尾丸を丸ごと捕縛する。

「な・・・何だこりゃあ!? 力が、抜ける・・・・・・!」

 身動きが取れないばかりか、徐々に全身から力が抜けていく感覚に陥る恋次。

「破道の五十八、『闐嵐(てんらん)』」

 バインドの餌食となった対象物を見据えたユーノは、晩翠を持つ手とは逆の手を突き出し、詠唱破棄した鬼道を放つ。

 刹那、ユーノの手から放たれる巨大な竜巻。抵抗する暇さえ与えられないでいた恋次目掛けて猛烈な突風が襲い掛かる。

「のぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 竜巻の直撃を受けた恋次は、ストラグルバインドの効果が切れると同時に遠方へと吹き飛ばされた。猛烈な風によって周囲の岩肌へと激しく激突。途轍もない衝撃と轟音が訓練場へと鳴り響く。

 何度同じ目に遭えばいいのだろうか。体にも確りと刻み込まれたデジャブにいい加減飽きを感じ始める。

「な・・・・・・・・・・・・舐めるじゃ・・・・・・・・・ねえぞぉぉぉ!!!」

 血走った眼で標的を捕え、逆上した恋次は愛刀片手に全力疾走。ユーノの元へ猪突猛進に斬り込んで行く。

「無鉄砲に突っ込んでいきやがったぜアイツ。あれじゃユーノに虐めてほしいって頼みに行くようなもんだぜ」

 浅はかで直情的な恋次の行動を見ていた一護は、これから起こり得る事の顛末を予測しながら傍観を決め込む。

 

【挿絵表示】

 

 周りが固唾を飲んで見守る中、恋次は必死そうに斬魄刀を振り回して斬りかかっているのに対し、ユーノは常時泰然自若。焦燥など微塵も無い様子で恋次の剣を的確に()()()()()()()躱し続ける。

(くそっ! コイツさっきから目閉じてるんだぞ! なのに・・・なんで一太刀も当たら無えんだッ!?)

「そんなにガツガツ攻められても困りますよ。僕にその手の趣味はないんですから」

「ざけんじゃーぞ!!」

 必死な分、あからさまに余裕を見せつけられるのが極めて腹立たしく感じた。

 これ以上自分のペースを崩される訳にはいかないと、恋次は斬撃から体術へと切り替え、がら空きとなっているユーノの右側に回し蹴りを叩き込む。

 しかし次の瞬間―――あらかじめ攻撃を予測したかの如く、ユーノの右腕は恋次の脚を受け止め、その威力を完全に殺した。

「な・・・・・・。」

 努々(ゆめゆめ)力を緩めたわけじゃなかった。恋次はただただ目の前の事象に呆気にとられる。

 対するユーノは中空へと舞い、体を回転させて威力を付けた強烈な踵落としを炸裂―――アドバンテージを維持し続ける。

「ぐっ・・・は・・・・・・」

 圧倒的な力の差。浦太郎や金太郎とは比較にもならない次元の異なる強さ。隊長に就任してからも一日たりとも鍛錬を怠らなかった恋次だが、ユーノはそんな自分の鍛錬度合いを嘲笑うかの如く立ちはだかる。

 辛うじて顔を上げると、目の前には無傷のまま仁王立ちをするユーノがいる。

 とことこん悔しい思いの恋次は、歯を食いしばり何とか一矢報いようと、手持ちの剣を思い切り振るう。

「つらあああぁぁぁ!!!」

 獲物を捉えんとする猿猴(えんこう)の牙。

 刹那、捕えようとした矢先ユーノの姿が消失。気が付くと、恋次の額に中指を突き立てるユーノがポーズをとっていた。

 

 パチン―――。

 

 やった事は至極単純だった。だが威力が桁違いだった。鬼の様なデコピンと同時に弾き飛ばされた恋次は岩壁へと叩きつけられ、体がめり込み吐血した。

「チェーンバインド!」

 ユーノは決して攻撃の手を緩めなかった。魔法陣から呼び出した翡翠色の鎖で恋次を拘束。雁字搦めにした標的を縛り上げ、手元の鎖を数本同時に手繰り寄せる。

「広がれ戒めの鎖。捕えて固めろ封鎖の檻。アレスター・・・チェ―――ンッ!!!」

 ドカンッ!! 恋次ごと絡まった鎖は勢いよく爆発した。

「店長、マジすっげーぇぇ!!」

「やはり本家は質が違うな」

 デバイスの補助すら受けずたった一人でこれだけの芸当をやってのけるユーノの才能に、鬼太郎と白鳥はただただ称賛を抱く。

(あ・・・・・・阿散井くんが・・・・・・・・・防戦一方だなんて・・・・・・!?)

 爆風で見えなくなった恋次の安否を気遣う吉良は、仮にも隊長格である筈の恋次がほぼ一方的に()()使()()()()()()()()()()によって、フルボッコにされる光景にただただ目を疑い空いた口が塞がらなかった。

(なんて人だ・・・・・・確かに只者ではないという雰囲気は感じられたが、まさかこれ程までの力を持つだなんて・・・・・・もしかすると彼は一護くんを超える規格外なんじゃ・・・・・・!?)

 ある意味では的を射ている吉良の推測。周りも薄々勘付いた様子ではあるが、敢えて口に出そうとする者はいない。わざわざ口に出さずともその規格外振りは火を見るよりも明らかだから―――。

 連続攻撃を終えたユーノは無言のまま、土煙上がる岩場を見つめながら晩翠片手に恋次が出てくるのをじっと待つ。

 と、次の瞬間・・・―――

「・・・・・・卍解(ばんかい)・・・・・・!!」

 膨大な霊力の放出とともに、砂塵の中から巨大な蛇の頭部らしき物影が現れる。

 視界が完全に晴れた先、ユーノの瞳が捕えたのは―――狒狒(ひひ)の骨と毛皮を身に纏い、巨大な蛇の骨と化した斬魄刀を従えた阿散井恋次だった。

狒狒王蛇尾丸(ひひおうざびまる)!!!」

 

 『卍解』―――死神として頂点を極めた者のみに許される斬魄刀戦術の最終奥義。死神として他と隔絶した超然たる霊圧を生まれ持つ『四大貴族(よんだいきぞく)』といえど、そこに至ることができる者は数世代に一人と言われ、それを発現できた者は一つの例外も無く尸魂界(ソウル・ソサエティ)の歴史に永遠にその名を刻まれる。それが卍解である。

 

「おいおい! 卍解って・・・何考えてんだよお前・・・!?」

「阿散井くん! いくら何でもそれはやり過ぎだ!」

 敗色濃厚とは言え、ユーノ相手に卍解を使用した恋次の判断は短慮過ぎると考える一護と吉良。だが当人は全く余裕がない様子で険しい表情でユーノを見据えていた。

「へぇー。それが恋次さんの卍解ですか・・・。一護さんから話は聞いていましたが、さすがに壮観ですね」

 一護以外の死神―――正規の死神の卍解をこの目で見るのはユーノにとっても初めての事だったが、不思議な事に驚いてはいるものの臆したり畏怖を抱いた様子は無く、極めて平静だった。

(こいつ・・・・・・人が下手に出れば調子に乗りやがって・・・・・・今に吠え面かかせてやる!!)

 この期に及んで自分を逆撫でするかの如く立ち振る舞うユーノという存在が疎ましくて仕方なかった。

「阿散井くん!! 少し冷静になるんだ! 確かに彼は強い。だからといって卍解なんて・・・――「うるせーよっ!」

 吉良の諫言(かんげん)を遮り、恋次は苛立った声色で口にする。

「こいつは見た目こそはなよなよしちゃいるが、戦ってみて分かったんだよ。こいつの本性が! そんな甘い奴じゃ無えんだよ。一筋縄じゃこいつの帽子を落とすことなんざ出来無()え。隙を見せればこっちが逆にやられちまう! だったらせめて、全力全開でぶつかってやるのが礼儀ってもんだろうが!!」

 高らかに声を荒らげる野良犬。恋次は右手に持った骨状の柄をぎゅっと握りしめ、蛇尾丸に霊圧を注ぎ込んで攻撃体勢となる。

「全力全開、か。いいですねその真っ直ぐな言葉・・・・・・ならば見せて下さい。あなたの全力全開をこの僕に―――」

 戦士として逃げる事は出来ない。むしろこの挑戦を全力で以て答えるつもりで、ユーノもまた真正面から恋次の卍解とぶつかり合う気構えを持つ。

 対峙する二人は静謐(せいひつ)に闘気を衝突させる。

 やがて、機が熟したその瞬間―――攻勢に出た恋次が卍解状態の蛇尾丸を操り『始解(しかい)』時とは比較にもならないダイナミックな攻撃を繰り出す。

 目が光った蛇尾丸の頭部が標的の頭から食らいつこうとする。これをユーノは当然の如く『瞬歩』で躱し、獲物を食らい損ねた蛇尾丸はその場に遭った大地を抉り取りながら岩岩を咬み砕く。

(瞬歩まで会得してやがるのか・・・・・・胸クソ悪いっ!)

 移動補助体術としての歩法を極める事で眼にも止まらぬ高速移動『瞬歩』が使用でき、死神の中でも隊長格または隠密機動(おんみつきどう)に属する者が得意とする。恋次はユーノが次々と高度な死神の戦闘技術を披露する様がとても面白くなかった。

「でえぇぇぇい!!!」

 帽子を落とす事がこのテストの合否ポイントだが、それを為すのは思いのほか骨の折れる作業だった。恋次は徹底的に攻撃の手を緩めず果敢に攻め続け、瞬歩でちょこまかと逃げ回るユーノを捕えようとする。

 そしてついに、僅かな間隙を突いてユーノを捕える事に成功した。巨大な蛇の頭部は中空を大きく旋回してから食らうべく獲物へと襲い掛かる。

 一方、獲物とされたユーノは飛行魔法で滞空しながら晩翠の刀身で蛇尾丸を受け止め、肌でひしひしと伝わる卍解の力を冷静に分析する。

「・・・成程。さすがに卍解という圧は有りますね」

「へっ。舐めた口叩いていられるのもここまでだぜ! こいつで幕引きだ!」

 語気強く宣言した次の瞬間、刃と刃ひとつひとつを繋ぐ霊圧を開放させ、そのすべてを狒狒王蛇尾丸の口腔内へと蓄える。

狒骨大砲(ひこつたいほう)!!!」

 口上を合図に、狒狒蛇尾丸の口から赤み帯びた霊力がレーザーの如く飛び出し巨大な霊圧の砲弾となって撃ち出された。

 砲弾は射線上に立つユーノを的確に捕える。しかし当人は逃げるどころか、ふてぶてしい笑い顔で立ち尽くしていた。

(避け無えのか!?)

 至極当然な疑問を抱く恋次。と、次の瞬間・・・―――

「輝け、『晩翠』!」

 おもむろに剣を天に(かざ)し、ユーノは飛んでくる砲弾目掛け晩翠を振りおろす。

 刹那、直刀の刃から高密度に圧縮された霊圧が生み出す飛ぶ斬撃―――『翡翠斬(ひすいざん)』が繰り出される。

 ドン! 名の通りの翡翠の斬撃は狒骨大砲と勢いよく衝突。互いに威力を殺し合い対消滅させると、技そのものの威力を打ち消した。

「「なっ・・・・・・。」」

 到底あり得ない光景に絶句する恋次。吉良もまた、恋次と同じかそれ以上の衝撃を受けてしまう。

(し・・・始解の技で・・・狒骨大砲を掻き消した・・・だと・・・・・・!?)

 ただただ信じられない。信じたくない。卍解を会得してからの数十年間、愚直に強さを求め弛まぬ鍛錬を積み重ね研鑽(けんさん)させてきた自分の技を、会って間もない男―――それも正規の死神でも何でもない者に踏みにじられるこの如何とし難い屈辱と言ったらない。

「舐めてるのはあなたですよ」

 呆然自失と化している恋次を前に若干低い声色で呟いたユーノは、晩翠を肩に乗せてから「・・・この僕を誰だと思ってるんですか?」と、問いかける。

「伝説の死神代行・黒崎一護の唯一無二の弟子として斬術を収め、浦原喜助から鬼道の術を学び、四楓院夜一(しほういんよるいち)から白打(はくだ)のイロハを叩き込まれた【翡翠の魔導死神】なんです。卍解を解放したから即帽子を落とせるとでも? そういう短慮なところが不調法だと何故気づかないのですか?」

 痛烈な批判を浴びせた直後、ズボンのポケットから飛び出した紅色に染まった結晶体。ユーノはそれを触媒として掌の中で握りしめ、ゆっくりと詠唱を開始した。

「我は神を斬獲(ざんかく)せし者 我は始原(しげん)の祖と(つい)を知る者」

 その呪言(じゅごん)を聞いて、恋次は吃驚しゾクリと背中を震わせる。

(こいつ、まさか・・・・・・。)

()は摂理の円環へと帰還せよ 五素より成りし物は五素に (しょう)(ことわり)を紡ぐ縁は乖離すべし  いざ森羅の万象は(すべから)く此処に散滅せよ 遥かな虚無の果てに」

(ば・・・・・・莫迦な・・・・・・あり得ねえ!! こんな奴が()()()()()()()()()を操れる筈が・・・・・・―――)

「―――破道の八十九・改変 『燬鷇剿滅神炎炮(きこうそうめつしんえんほう)』―――」

 

 ドカ―――ン!!!

 

 七節に及んだ詠唱を完了させた直後、ユーノの正面に形成された赤み帯びた二重の円環より放たれる剛暴(ごうぼう)極まりない霊子の大波導。炎熱、冷気、電撃などの属性を強引に重ね合わせることで生み出される虚数エネルギーによる分解消滅の衝撃波は、阿散井恋次という標的を丸ごと呑み込み、ついには大爆風を起こさせる。

 爆雲が立ち込める訓練場。固唾を飲んで見守っていると、煙の中から人の形を保つ影が見えてきた。

 視界が晴れ、一護達が目の当たりにしたのは爆風によって全身至るところに火傷を覆い、満身創痍となりながらも二本足で立っている恋次だった。

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、クソ・・・・・・」

 今の一撃を食らいながら何故立っていられるのか。その答えをユーノは早期に気付いた様子で口にする。

「咄嗟に狒骨大砲を放ち、僕の鬼道の威力を減殺しましたか。大したものですよ。だけど・・・・・・その体じゃもう真面に戦えないでしょう?」

 意識を保っていること事態が不思議な状況。今の恋次はほとんど気力を振り絞って立っているだけに過ぎないことは誰の眼から見ても明朗だ。

「・・・やれやれ。あなた当初1分でカタを付けると言っていましたね? それがどうですか。1分どころか10分も経過してますよ」

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、う・・・うるせーよ・・・こんなの大したことじゃねえ・・・」

 意地を張って強がる姿はいかにも滑稽だった。

 聞いた直後、ユーノは恋次の顔面を鷲掴む。そして躊躇せずゴンっ、と強烈な音を立てて地面へと叩きつける。

「がぁ・・・は・・・・・・」

「阿散井くん!!」

 瀕死の恋次を容赦なく追い詰めるユーノの凶行。これ以上は危険だと思い、吉良が救出に向おうとした矢先、咄嗟に腕を掴まれる。

 吉良が視線を向けると、真顔の一護が制止を求める。

「今行ったらお前から先に殺されるぞ」

「き、君は・・・・・・阿散井くんを見捨てろというのか? こんな戦いは認められない! 今すぐ彼に言ってやめさせるんだ! 君は仮にも彼の師匠なんだろ!?」

「止める理由が()えのに止められる訳が無いだろ。アイツは・・・ユーノは生半可な気持ちや覚悟で戦ってる訳じゃない。思慮深いアイツの事だ。いろいろ考えた上で筋を通そうとしてるんだ」

 一護が言うと、傍で聞いていた金太郎も便乗し吉良の肩に手を乗せる。

「ここは見守りましょう。我々に出来るのはそれだけです」

「く・・・・・・。」

 到底承服できる事ではなかった。だがそれでも今の自分がいったところで何の役にも立てないという事は概ね予想が着く。吉良は断腸の思いで静観を決め込んだ。

 

 容赦、慈悲、すべてをかなぐり捨てて恋次を徹底的に追い込むユーノ。

 倒れ伏す恋次の周りには血溜まりが出来、彼が操る狒狒王蛇尾丸も術者が瀕死状態となった事でほぼ活動を停止する。

 恋次は立ち向かう気力さえ殺ぎ落とすユーノの巨大な霊圧を正面から当てられ、晩翠の切先を突き付けられる。

「どうします? まだ()()()で向かってきますか? なに、僕の帽子を落とすだけだ。どうにもできないことじゃない。だけどそれはもう、度胸や勇気じゃないってだけの話」

「・・・・・・・・・・・・っ。」

 喉が詰まって発声すらままならない。ユーノは「・・・先に言いましょうか」と呟き、警告する。

「まだ大見得を切って僕と戦う気なら、僕はあなたを殺します」

 声を凄ませ身に纏う霊圧で相手の戦意を削ぎ落とす。

 闘気、殺気、鬼気、さまざまに表現されるあらゆる覇気の形。恋次は目の前から迫る桁違いな霊圧に中てられ、まともな呼吸さえ出来ないでいた。

(息が・・・・・・できねえ・・・霊圧で・・・肺が押し潰されちまいそうだ・・・もう・・・指一本も動かせねえ・・・)

 死神としてのキャリアなら断然自分の方が上。だが、そのキャリアさえ凌駕する力の差が自分と目の前の優男の間には存在している。力及ばず挙句に戦意さえ失いかけている自分をただただ嘲笑する。

(―――情けねえ・・・何が三番隊隊長だ――――――・・・何なんだ、俺は? 全く救いようの()え野良犬だ・・・俺は・・・こいつに・・・)

 ――――――勝る気がしねえ――――――・・・!!

 

「何をやってるんだよ君はっ!!」

 そのとき、腐りかけていた恋次の心へと木霊する仲間の声。

 力を振り絞って声のする方を見れば、滅多な事で声を荒らげない筈の吉良が自分を見ながら大声で恫喝(どうかつ)していた。

「君がここで負けたら、また一人のエゴの為に大勢の命が傷つくんだぞ!! 君はあのとき言ったよな!! “俺が隊長になった暁には、金輪際(こんりんざい)誰の涙も見せない”って!! あの言葉は嘘だったのか!!?」

「――――――・・・っ!」

 (もや)のかかった脳細胞を刺激する良い薬となった。

 吉良の言葉で恋次はすっかり我に返る事が出来た。口角を上げると、ユーノに対する恐怖を捨て去り、おもむろに立ち上がる。

 静かに立ち尽くす恋次を見ながら、ユーノもまた静かに剣を構える。

 一護達が固唾を飲んで見守るかたわら、恋次は心中で自分の思いを、それが生み出す覚悟を今一度確かめる。

(そうだよな吉良・・・何をビビッてるんだよ俺は・・・ビビることはねえ・・・ただ堂々と胸張って・・・前に踏み出せばいいことじゃねえか・・・!)

 自分の中の覚悟が決まった瞬間、瞳を大きく開く。同時に恋次の全身から溢れ出すこれまでに無い様な巨大な霊圧。

 ユーノは一瞬驚愕の表情を浮かべたが、それは直ぐに嬉々としたものへと変わる。

「いくぜ蛇尾丸・・・これが()()()の、全力全開だ!!」

 付き従える蛇尾丸は恋次の背後で咆哮を上げながらユーノを威嚇。全身全霊の力を込め、恋次は正真正銘最後の一撃を眼前の敵―――ユーノ・スクライアへと放つ。

「オロチ王奥義!!  “蜿蜒長蛇(えんえんちょうだ)”!!」

 全身に駆け巡る霊力のすべてを蛇尾丸へと流し込み、蛇尾丸そのものが熱破壊能力を秘めた巨大な砲弾へと姿を変える。ヘビがうねうねと曲がり蛇行するが如く、蛇尾丸も周囲の障害となるもの一切合財を粉砕する、まさしく一撃必殺の奥義だ。

 恋次の全霊圧が注ぎ込まれた蛇の王。それが真っ赤な血煙を滾らせ襲い掛かる。

(おお)え! 『晩翠』!!」

 嘗てない危機感を抱き目を見開くと、咄嗟に晩翠を水平に立てて事態に対処した。

 

 攻撃が収まった瞬間―――・・・破損したユーノの帽子がゆらゆらと宙を舞ってゆっくり足下へと落ちてきた。

「・・・ふう・・・・・・」

 安堵の溜息を吐き、ユーノは全身を翡翠色で覆われた半円ドーム型の結界で身を守り、狒狒王蛇尾丸によるダメージを辛うじて回避した。

「この“玉翠(ぎょくすい)東屋(あずまや)”が無かったら、下手したら上半身丸ごと持っていかれてたかもしれないな・・・」

 技を解き、傍らに落ちていた帽子を拾い上げて土埃を払う。

「・・・やれやれ・・・帽子も・・・壊れちゃったな・・・」

 とは言うものの、声色は帽子が壊れてしまった事への悲嘆以上に、この状況を作り出してくれた事に対する満足感を孕んでいた。

「しかし・・・“真の卍解”を使っていないとは言え、まさか最後の一撃がここまでとは・・・恋次さん・・・あなたはある意味でなのは並に恐ろしい死神(ひと)だ・・・」

 壊れた帽子を被り、ユーノは全身全霊の力を使い切ってその場で気を失った恋次を一瞥。そしてそれがもたらした結果―――蛇行した蛇尾丸によって大きく抉り取られた大地を目で辿る。

 やがて、今回のテスト結果に申し分ないと結論付け、口角を上げ宣言する。

「―――これにて見極めテスト全日程を終了。阿散井恋次さん。吉良イヅルさん。あなた方のその力を認め、ここに合格を宣言します!」

 

           *

 

 私は、独りだ。

 独りだから、背中がとても冷たい。

 背中が冷たいと、すごく寂しい。

 どうして独りなんだろう?

 どうして背中がこんなに冷たくて、寂しいのだろう?

 それはきっと――――――私が前だけしか見ていなかったら、一番大切な人の事を見失っていたから。

 

           ≡

 

 新暦067年、とある冬の日――――――。

 時空管理局員武装隊候補生・高町なのはは異世界での任務を終えたその帰り際、生死に関わる瀕死の重傷を負った。

 直接的な原因は、突如現れた未確認体(アンノウン)に不意を突かれた事への刺し傷。そして、間接的な原因となったのは、彼女が日頃から続けていたハードトレーニングと度重なる戦いによって蓄積された疲労によるものだった。

 執刀した担当外科医や、八神はやてに仕えるヴォルケンリッターの一人、湖の騎士シャマルなどによれば、例え手術が成功しても再度魔法を使うことはおろか、立って歩くことさえ危うくなるという絶望的なものだった。

 だが、彼女は死ぬ気のリハビリを乗り越えて半年の末に怪我を完治させた。そして自分の無茶で二度と他人に迷惑をかける事は良くないという教訓を得て、再び彼女は大空へと舞い戻った。

 しかしこの美談の裏には語られない話がある。

 ある日の夜。ユーノが入院中のなのはに会いに来たときの出来事だ――――――・・・。

 

           ≒

 

新暦069年---

時空管理局本局 医療センター

 

 午後9時過ぎ―――。

 無限書庫での業務を一旦抜け出し、ユーノは宛がわれたなのはの病室の前に立つ。一呼吸置くと、おもむろに呼び出しブザーを鳴らす。

「はい・・・どうぞ」

 部屋の中からなのはの声が聞こえてくる。

 ユーノはおもむろにドアを開き、彼女がいる病室の中へ入る。

「やぁ、なのは」

「ユーノくん・・・」

 このとき、ユーノは暗がりではあるが、なのはの両眼が充血していていた事に気付いた。

 自分がここへ来るずっと前から、彼女は不安と恐怖に押し殺されそうになって涙を流していた。フェイトやはやて達には心配をかけまいと、彼女達がいる前では決して弱みを見せない気丈な彼女も、いざ一人になったときは唐突に襲いかかる強い不安と恐怖に負けてしまい涙を流してしまう。どんなに優秀な魔導師と言えど、彼女はまだ11歳の少女なのである。

 そんな彼女の性格を熟知していたユーノの表情は忽ち曇り、心の中は益々複雑な思いでいっぱいとなる。

「なのは・・・調子はどうだい?」

「う、うん・・・だいじょうぶだよ。ほら、この通りだいぶ良くなってきてるし! ・・・まぁ、魔法も足もまだ動かせないけどね・・・」

 笑顔で取り繕いユーノでさえも誤魔化そうとする彼女の態度を見た瞬間、彼は我慢できなくなった。

 ぎゅっと、今にも泣き出しそうな表情でなのはへ近づき、ユーノは無言のまま強く彼女を抱きしめる。

「ふぇ・・・? ゆ、ユーノくん・・・なにを・・・・・・」

 普段の彼からは想像もつかない大胆かつ突飛すぎる行動。なのはも思わず頬を赤く染めて驚愕に満ちた顔を浮かべる。

「・・・・・・無理してくてもいいよ」

 不意に耳元で呟かれた言葉に、なのはは一瞬耳を疑い目を見開いた。

 ユーノはただ遣る瀬無さそうに終始戸惑いを抱くなのはを強く抱きしめたまま、思いの丈をありのままに伝える。

「・・・泣きたいときは泣いたっていいんだよ。なのはは強いから、みんなに心配させたりするのが嫌いだから・・・今もそうやって笑って誤魔化してるけど、僕にはそんな見え透いた嘘は通じない。辛いことがあったら、周りを気にせず声が枯れるまで泣いたっていいんだ。誰もなのはのことを責めたりする人はここにはいない。僕の前だけでもいいから・・・・・・泣いたって、いいんだ・・・・・・」

「ゆ・・・ユーノく、ん・・・・・・うううぅぅぅ・・・・・・」

 その瞬間、箍が外れ―――これまでずっと堪えてきたものが一気に溢れ出す。

 擦り切れるほどの大声を上げながら、なのはは大粒の涙を流し、ユーノの胸の中でこれまで抱えてきた辛い本音を赤裸々に暴露する。

「わあああああああああああ!!! 怖かったぁぁぁぁぁぁあ! わたし・・・本当はすっごく怖かったっっぁああ!!! 痛くて痛くて!!! 死んじゃうかと思ったよぉぉぉ!!! もう、みんなやユーノくんに会えなくると思ったらすごく怖かったぁぁぁあ!」

 ユーノは泣き叫ぶ少女を優しく抱きしめ、耳元でなのはの本音をすべて聞き取った。

「魔法も使えなくなる!!! 歩くこともできなくなる!!! わたし・・・そんなのイヤだ!!! せっかくユーノくんが教えてくれた大切なものなのに、それが使えなくなるなんてイヤだ!!! わたし、もう一度飛びたい!!! 一緒にフェイトちゃんやはやてちゃん、みんなと局でお仕事したいよ!!! 私の魔法で救える命があるなら救いたい!!! だけど・・・わたしは・・・わたしは・・・・・・」

「・・・・・・だいじょうぶ。なのはならきっと元通りに治るよ。今はまだその時じゃないってだけで、その足も魔法も必ず良くなる。だから自分を信じて・・・僕や周りの人達を信じて、一緒にがんばろう」

 曇りの無い優しい眼で確りと自分を見つめ笑顔を浮かべたユーノ。それを見た瞬間、なのはの心に今までにはなかった奇妙な感情が芽生えた。

 だが、そのことに気づく前になのはは素直な自分の気持ちを受け入れてくれた優しいパートナーの温もりを感じ、嬉し涙を浮かべながらその身を委ねたかった。

「・・・ユーノくん・・・しばらくのあいだ・・・こうやってさせて・・・・・・」

「うん・・・・・・。君の気が済むまでやるといい」

 ・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・

 

 

 昔からひどく大人びた性格をしてて、周りに遠慮しがちだった私が初めて感情をぶつけられたのはユーノ君だけだった。

 フェイトちゃんやはやてちゃん、お父さん、お母さん、お姉ちゃん、アリサちゃん、すずかちゃんでもない。ユーノ君ただ一人だけだった。

 だからこそ、私にとってユーノ君は他の誰とも違う特別な存在だった。

 無限書庫の仕事が終わると、ユーノ君はいつも病室に駆け付けてくれて、私の傍で私の事を気にかけてくれた。

 何気ないことでも、私はユーノ君と一緒に居られる時間が凄く愛おしかった。

 苦しいリハビリに挫けそうになったときも、ユーノ君は私の一番近くで励ましてくれた。

 嬉しかった。そんなユーノ君の優しさが、私は大好きだった。私はあの頃からずっとユーノ君の優しさに救われていた。

 だからこそ気づかなかった。ユーノ君が他の誰よりも“孤独”であったことに―――どうして、私は一度も気付けなかったんだろう?

 

 ユーノ君は生まれた時から“ひとり”だと言っていた。

 本当ならユーノ君もずっと寂しくて、誰かに甘えたいはずなのに・・・・・・ユーノ君は誰にも甘えたりもしないし、私以上に周りに遠慮して生きていた。

 なのに、どうしてユーノ君は朗らかに笑っていられたの?

 そしてあの事故を機に、ユーノ君から本当の笑顔が消えた。いつの間にか私の好きだった優しい笑顔は無くなり、どこか取り繕った「作り笑い」を浮かべるようになった。

 教導隊に入って自分の役職もある程度固定されるようになると、ユーノ君と接する機会は日増しに少なくなっていった。メールでのやり取りはするけれど、お互いに仕事が忙しくて直接会って話す事はひと月に一度・・・ひどい時は数か月に一度と言うときもあったっけ。

 私は寂しかった。だから会えたとき、その嬉しさは普通じゃなかった。

 ヴィヴィオも懐いて、できれば三人一緒に居られる機会がもっとあればいいのに・・・・・・そんな願望を抱いていた矢先だった。

 ユーノ君が居なくなった――――――。私の前から姿を消した。

 私は泣いた。子供のように、泣いて・・・泣いて、泣いて、泣き続けた。

 心に土砂降りの雨が降り注ぐ。

 この雨は、きっとこの先もずっと降り注ぐ。きっと止むことはないだろう。私にとってこの雨はユーノ君への贖罪そのものなのだから・・・・・・・・・。

 

           ≒

 

現在―――

ミッ住宅街 高町家

 

「ユーノ、く・・・ん・・・」

 中途覚醒したとき、なのははベッドの中で啜り泣いていた事に気付かされた。枕は自分が流した涙で塗れていた。

(また・・・・・・あの夢か・・・・・・・・・)

 ここ最近になって当時の出来事を夢で見る事が多くなった。

 奇しくも今日は、白鳥と初めて会った日。彼女にとって白鳥はユーノと何らかの接点を持っている重要な人物だった。

 出来る事なら彼ともう一度会いたい。彼に会いたいのではない。彼と通じているであろうユーノと会いたいのだ。

「ユーノ君・・・・・・どうして私に何も言わずにいなくなっちゃったの・・・・・・」

 焦がれれば焦がれるほど、彼との距離は縮まるどころか遠くなる気がしてならない。

 この四年の間に生まれた心の空白。どんなに埋めようとしても埋められない。今のなのはの心はとても空虚だった。

 

           ◇

 

4月7日―――

第97管理外世界「地球」

空座町 南川瀬 クロサキ医院

 

 スクライア商店で行われた見極めテストから七日が経った。

 壮絶な死闘を制した恋次と吉良は、ユーノ達がミッドチルダへの道を開く準備を整えるあいだ、黒崎家に下宿していた。

 織姫は二人を快く歓迎してくれたものの、家主である一護はかなり不機嫌であった。

 それもそのはず―――・・・吉良はともかくとして、恋次に遠慮という言葉は無い。気が付けば鯨飲馬食(げいいんばしょく)。織姫が作った手料理を(むさぼ)り食い尽くしていた。

「うめえっ!! 井上、しばらく会わない間に料理の腕上げたな」

「えへへ♪ こう見えて昔っから料理の腕には自信があるからね! これぐらいは当然だよ。ささ、吉良さんも遠慮せずにどうぞどうぞ!!」

「そ・・・そうかい・・・じゃあ、お言葉に甘えて」

 恋次の図々しさとは対照的に貴族という家柄出身の吉良は良識を弁えている。それでもかなり遠慮気味ではあった。

「吉良、御馳走してもらってんだから遠慮するなよ!! ここでちゃんと喰っておかねーと、ミッドチルダ(あっちの世界)に着いたら即行貧血でぶっ倒れるぞ」

 遠慮しがちな吉良に恋次は頬袋いっぱいに食べ物を含んだ状態で呼びかける。

「てめぇは少し遠慮しろボケぇ!!」

 パンッ!! 恋次の図々しさに業を煮やした一護が激怒。恋次の顔面目掛けパイを押し当てた。

「てめえ一護っ!!! よくもこの俺の顔に泥を塗りやがったな!!!」

「泥じゃねえだろ!!!  つーかモノ含んだまま喋んじゃねえよ! ガキかてめぇは!?」

「んだと―――!!!」

 顔中がクリームでいっぱいの恋次は激怒し、一護と壮絶な喧嘩を始める。

 その様子を呆然と眺める吉良とコン。対する織姫はどこか嬉々として楽しそうな様子で見ていた。

「やれやれ・・・あの二人にも困ったものだね・・・」

「バカはいくつになっても直らねーな」

「でも、何だかんだ言って二人ともとっても仲良しだと思うな。こうして見るとさ、昔のことを思い出すなー・・・」

 ふと、織姫は十年前の記憶を脳裏に思い起こす。

 初めて恋次達と出遭って以来、一時衝突は遭ったものの、今では互いのことを打ち明けられる気兼ねない仲となった。大人になってもその関係は変わらず、時を隔てても顔を合わせれば笑い合い、喧嘩し合える関係が本当に愛おしくてたまらない。そう感じた織姫に吉良とコンもまた共感し、互いにほくそ笑む。

「・・・そうだね・・・たまにはこういうのも良いかもね」

「まっ、今日のところは多めに見といてやるか」

 黒崎家の一夜は騒々しくも、かくも平穏に過ぎていくのであった。

 

 深夜未明―――午前1時。

 ユーノからの通達が恋次達の下へと届き、その指示に従って二人は黒崎家のリビングの窓を開け静かにその時が来るのを待つ。

「・・・なぁ・・・・・・本当にこれでいいんだよな・・・」

「彼からはそう言う指示が出てたけど・・・」

 言われたとおりに窓を開けてみたものの、内心かなり不安が付きまとっていた。それは吉良は勿論、一護達も同様だった。

「にしても・・・」

 眉間に皺を寄せながら、一護はユーノが連絡してきた際の内容を今一度思い出す。

 

『今晩午前1時! マドを開けて待ってて下さいね! 一護さんの家の!』

 

「・・・俺はどうにもイヤな予感がバシバシするけどな・・・」

「そ、そんな。あなた考えすぎだよ。ユーノさん、別に悪い人じゃないでしょう?」

「それは分かってるんだけどさ・・・あいつ、この四年の間に誰かさんにすっかり毒されちまったもんだからよ・・・心配で仕方ねーんだ・・・」

「浦原さん二号ってわけだね」

「よりにもよって一番厄介でタチの悪い人に中てられちまうとは・・・」

 秘かな同情を一護へ向けつつ、恋次は窓から入ってくる春のそよ風をその身に受けながら、夜空に浮かぶ満月を感慨深そうに仰ぎ見る。

「・・・・・・・・・・・・・・・いい風だなー・・・」

 と、呟いたその時だった。

「・・・あ?」

 前方から飛んでくる奇妙な物体に目を凝らす。

 高速で近付いてくる物体。よく見ると、表面にはユーノの似顔絵と「スクライア商店」と書かれたロゴが印刷されていた。

「な、何だ・・・!?」

 次の瞬間、リビングへと入り込んだ物体はベチャッという気味の悪い音を立てて、血色の如く粘着性のある液体を壁に付着させた。

「・・・き・・・・・・っ、気色悪りぃなおい!? 何が・・・」

「この展開・・・・・・まさか!?」

 引き攣った顔で一護達が壁を見つめていると、液体は重力に従いゆっくりと下へ流れ出すと―――・・・そこに血染めのメッセージを浮かび上がらせる。

 

〈これから直ぐに(スクライア)商店前に来られたし〉

 

「「「「「ギャ―――――――――ッ!!!」」」」」

 恐怖の余りこの場に居合わせた全員が絶叫する。

「やっぱりだ!!! な・・・何してくれてんだよあのバカ弟子!! ひとん家の壁にこんなもん!!! これじゃまるっきり浦原さんところと変わんねぇじゃねえか!!」

「一体コレはなんの演出のつもりなんだ!? 惨殺現場のダイイングメッセージじゃあるまいし!!!」

 すると、そんな恋次のツッコミを耳にした織姫がふと言って来た。

「恋次くんダメだよ、そんなありきたりなこと言っちゃ! ツッコミの才能がないって言われるよ!」

「あ? 何だそりゃ・・・ン?」

 そのとき、恋次は壁に現れた文字に「P.S.」と書かれた部分を見つける。

「追伸だぁ? え~~・・・と、なになに・・・」

 目を細め、本文の後に出てきた追伸の部分をおもむろに読みあげる。

 

〈P.S. 今、これを見て『そんなありきたりなこと言ったらツッコミの才能がないと言われる』と言ったり、『ダイイングメッセージみたい』などと思った人は・・・そもそもお笑いの才能がないですよ♪〉

 

「ガ―――ンッ!!!」

「「やかましいわっ!!」」

 予想外の指摘にショックを隠し切れない織姫。

 それとは逆に、一護と恋次はユーノへの怒りを堪え切れず、クッションを力いっぱい息の合った動きでほぼ同時に投げつけた。

 

           *

 

午前1時過ぎ―――

松前町 スクライア商店

 

 召集を受けた恋次と吉良は、一護が運転する車でスクライア商店へと移動。

 店の前に着いたとき―――伊達で煙管を口に咥えたユーノが、全員の到着を心待ちにしていた。

「お―――っ。全員時間ピッタリに到着ですね! 結構結構♪」

「当然だろう。そのために此処へ来たんだからな」

「準備のほうは・・・整ったんですか?」吉良が問いかけると、ユーノは咥えていた煙管型のペロペロキャンディを取り出し、「もうバッチリですよ♪」と伝える。

「ささ、立ち話も何だから一度店の中へ入ってくださいね。ちゃんと聞いてくださいよォ。でないと、ミッド(むこう)へ着いて直ぐに管理局に捕まることになりますからね」

 

 その後店の地下訓練場へ降りた一護達。

 すると、浦原商店の地下勉強部屋を初めて訪れた時と同じような感激を覚えた織姫が、新鮮なリアクションを取った。

「・・・す・・・すご――――――い!! ユーノさんの店の地下にもこんなでっかい空間があったなんて! かっこいい! 秘密基地みたい!! 浦原さんとこにも負けてないや!!」

「そうか?」と、思わず小首を傾げる一護。

 話を聞いていたユーノは、歓喜の涙を流しながら織姫の手を握り締める。

「・・・す・・・素晴らしいリアクション・・・! やっぱ織姫さんだけですよ、僕の汗と血の滲む努力を誉めてくれるのは・・・!」

「えへへ―――♪ どうもどうも!」

「いや・・・それ明らかに努力の方向性間違ってると思うのは俺だけかな・・・」

「安心しろ一護。俺も同じ事を思ったところだ」

 対立し衝突ばかりを繰り返す一護と恋次が珍しく共感する稀有な事例が何とも奇蹟の様であった。

「おっほん! では改めて、皆サーン、こちらにごちゅうも―――く♪」

 手をパンパンと叩きながら、ユーノは全員の注意を自分へと向けさせる。

「ではいきますよ―――♪ ほい!」

 パチン! 指を鳴らした瞬間、空間の裂け目から現れる巨大な扉。その扉を見るや、恋次は目を見開き吃驚しながら、恐る恐る問う。

「そりゃ・・・・・・“地獄の門”、か・・・!?」

 尸魂界(ソウル・ソサエティ)同様に死後の世界でありながら、その干渉を厳しく禁じられている冥土―――地獄へと通じる門と酷似した物の存在に息を飲む恋次と吉良。

 これを聞いた途端、ユーノは「やだなあ! そんな物騒なもんじゃないですよこれは♪」と、飄々とした笑みを零す。

「これがミッドチルダへと続く道。その名も“幻魔(げんま)の扉”。知り合いの魔王からもらった特注品なんですよ」

 魔王という言葉が指すのが単なる比喩表現なのか、あるいは本物なのか。どちらにせよ未だユーノの素性が知れない恋次と吉良は胡散臭そうに扉とそれを所持するユーノ本人を見つめる。

 しばらくして、恋次達を見据えたユーノは飄々とした態度を改め、真面目な雰囲気でおもむろに語り始める。

「・・・この扉の最大のメリットは、願った場所へどこへでも行くことが出来るという事です。つまりその気になれば、尸魂界(ソウル・ソサエティ)へだって行く事もできます」

「ま、マジかよそれ!?」

「でも何でワザワザそんな回りくどい道具を使う必要があるんだよ? お前の転移魔法でやれば済む話だろ?」

 率直に疑問に感じた事を口走る一護。

「そうしたいのは山々なんですが・・・現在、時空管理局は各世界で出現する魔導虚(ホロウロギア)の対応と、スカリエッティ捜索の為に異世界移動に対する監視を強化しています。転移魔法の様な足の着く方法だと恋次さん達の活動に支障が及んでしまいます」

「そう言えば・・・ユーノさんの話だと、魔導師は僕ら死神の様な霊魂の存在を視認できてしまうんでしたね?」

 あらかじめユーノから聞かされていた事実を思い出す吉良。

 死神や滅却師(クインシー)完現術者(フルブリンガー)と呼ばれる霊力を戦いに使用する者がその霊力を生み出す内部器官として【魄睡(はくすい)】と呼ばれるものがあり、同時にそれを喪失すると霊力を失う。

 対する魔導師・騎士は【リンカーコア】と呼ばれる魔力の生成器官があり、大気中の魔力素を体内に取り込んで蓄積することと体内の魔力を外部に放出するのに必要である。これまでリンカーコアそのものの生成プロセスには謎が多く、魔法発祥の地・ミッドチルダでさえその謎を解明できずにいた。

 しかし、ユーノは数年に渡る研究の結果、ある一つの(こたえ)に辿り着いた。遺伝や先天的な資質によって元来【魄睡】と呼ばれていた器官に様々な要因が作用する事で突然変異を起こし、魔力生成に特化した器官に変貌したものこそが、【リンカーコア】と呼ばれるようになるという事を。この事から純粋な霊力こそ持たない魔導師や騎士もまた、魔力を代替に霊的な存在である魂魄や死神、(ホロウ)を視認できるようになるのだ。

 以上の事から霊力と魔力は使用用途や能力の差こそあれど、本質的な源を辿るとすべては魂魄という人間本来が持つものに起因した共通の力なのである。

「管理局は死神の存在を認知していない。死神も管理局と言う組織の実態と魔導師の力量を正確には理解していない。異なる二つの組織同士がぶつかりあって戦争になる事だけは避けたい。その為の幻魔の扉なんです!」

言うと、ユーノは人差し指を突き立て再度幻魔の扉について力説。

「こいつは管理局のサーチャーにも引っかかることはない超がつくほどイカすアイテムでしてね、事実僕もこれを使っていろいろ情報収集しています」

「・・・・・・・・・・・・・・・つまりこれを使えば僕たちは安心して・・・」

「そう! 変に何も考えず扉の向こうをくぐれば、無事にミッドチルダへ転移完了! めでたしめでたしというわけです♪」察しがついた吉良からの問いかけにユーノは明朗快活に答える。

「よ―――し! わかった!」

 話を聞いた途端、一人意気込んだ恋次が浅はかにも前に出そうとする。

「んじゃさっそく乗り込む・・・「人の話は最後まで聞きましょうね♪」

 ドンっ!

「ゼヘッ!!!」

 ニコニコしながら、ユーノは持っていた杖で恋次の腹部を突く。腹を押えながら悶絶(もんぜつ)する恋次に一護達は哀れみの視線を向ける。

「ここからが大事なところ。すべては『到着後』なんです。恋次さん達にも前もって周知していたと思いますが、あなた方は機動六課という組織と必ず合流して下さい。これは要望ではありません。命令だと思って下さい」

「ててて・・・なんでそこまでしてその機動なんたらとやらにこだわるんだぁ? つーかお前とどういう関係があるんだ?」

「今はまだ話せませんが、いろいろと事情があるんですよ。とにかく、彼らと上手く接触が出来ればあなた方の今後の活動はうんとし易くなる。安心して下さい。彼らは他の機動部隊と違ってかなり居心地はいいですから。あなた方に対して害意を向ける事はほぼありません」

「んなこと言われてもよぉ・・・・・・」釈然としない恋次が声を漏らす。

「今さらビビッちまったかぁ? 前だけ見て進めばいいだけだろうが!」

 そのとき、話を聞いていたスクライア商店従業員―――桃谷鬼太郎と亀井浦太郎の二人が共に近付いてきた。

 鬼太郎は自身の斬魄刀を紐で吊るし肩から下げ、浦太郎は新調した眼鏡の位置を微調整しながら自分らを見つめる恋次達に言い聞かせる。

「案内役とサポートは僕らがつとめます」

「てめえらは俺らに黙ってついて来ればいいんだよ。先に言っとくが、前に進もうとする意志の有る奴だけ来い」

「迷わず、恐れず、立ち止まらず、振り返らず。残していく人達の思いを()せず、ただ前に進むだけ。それがあなた方には出来ますか?」

 おもむろに問い掛ける浦太郎。

 聞いた直後、恋次は鼻で笑った。やがて前に出て自信に満ちた表情で答える。

「・・・何寝ボケたことヌカしやがるんだ。ここに集まった時点で俺たちの心は決まってんだよ!」

「分かっていますか恋次さん。負けちゃったら二度と尸魂界(むこう)にも帰れなくなりますよ」

「隊長格の実力舐めるなよ。俺が魔導師や(ホロウ)如きに後れを取る確率はゼロだ!」

 覚悟の籠もった一言を聞く事が出来た。一護とユーノは安堵し、ガイドを務める予定の浦太郎も口角を緩めほくそ笑む。

 

 いよいよ、そのときがやってきた。

 ガチャ・・・ガガガガ・・・。閉ざされた扉が重い金属を立ててゆっくりと開かれていく。扉の前に立った恋次、吉良、浦太郎、鬼太郎は固唾を飲んで、中に広がっている亜空間を凝視する。

「用意は良いですか? 中に道らしい道は在りません。暗がりに向かって進めばミッドチルダに着く筈です」

「―――ああ」

「―――はい」

「浦太郎と鬼太郎も気を付けるんだよ。何かあったら直ぐに僕か金太郎に連絡を入れること。あと、()()()()()()()()()()()

「「はい(押忍)ッ!」」

 バタンっ―――。軋み立てる幻魔の扉が今、完全に開かれた。

 阿散井恋次、吉良イヅル、亀井浦太郎、桃谷鬼太郎はそれぞれの胸に秘めた覚悟を再確認し、

「行くぜ」

「「「ああ(おお)(はい)」」」

 恋次が発した言葉を合図に、四人は一斉に地を蹴り扉の中へと入って行った。四人が入ったと同時に、幻魔の扉は再びその扉を固く閉ざした。

(――――――任せましたよ――――――・・・・・・恋次さん・・・吉良さん・・・浦太郎に鬼太郎も・・・なのはやみんなにもしものことがあったら、僕の代わりに守ってほしい・・・)

 物憂き気味な様子のユーノはミッドチルダへ向かった恋次達に思いを馳せ、同時に秘かな自らの願いをも託す。

(ユーノ・・・・・・お前も本当は・・・・・・)

 痛いほどにユーノの心中を察し理解していた一護。織姫とコンの二人も一護同様に、どこか自分に対し一歩引き気味で、尚且つ煮え切らない思いをずっと燻らせているユーノを見るが辛かった。

 複雑な心境で自分を見つめる彼らに無理に作った笑みを見せ、「―――さて」と呟き帽子をかぶり直す。

「僕は僕のやるべき事をしないとな」

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:久保帯人 『BLEACH 8・17・19・27巻』 (集英社・2003、2005、2007)

原作:久保帯人 著者:成田良悟『BLEACH Spirits Are Forever With You I・Ⅱ』(集英社・2012)

 

用語解説

※白打=死神の素手による体術

 

 

 

 

 

 

教えて、ユーノ先生!

 

ユ「今日は魂魄と霊力の関係について教えるよ♪」

「『魂魄』、もとい魂は人間を始めとする生物に等しく存在する誰もが知ってる事だ。そしてその魂魄が持つ“霊なるものに働きかける力”―――それが『霊力』と呼ばれる」

「霊力は高いほど霊体の動きが俊敏になり、実の肉体を遥かに上回る運動能力を発揮できる。また、霊力は魂魄が消滅の危機に瀕した時に最も上昇しやすい傾向がある事が分かってる」

一「にしても、まさか霊力と魔力が同じ魂魄の力の一部だったとは驚きだぜ。よく気付いたよなお前」

ユ「前々からこの二つの力には何か因果関係があるじゃないかなーとは思ってたんですよ。で、本格的に調べて見たら案の定って訳です♪」

白「やれやれ。厄介なことになったものだ。こうも私の姿が視える人間が多いとおちおち仕事も出来ぬぞ」

 と、何の気なく言った白鳥だが、そんな白鳥をユーノと一護はどこか疑心に満ちた瞳で見つめていた。

白「な・・・なんだ主ら。その瞳は? 言いたい事があるならハッキリと申せ!」

一「じゃあハッキリ言うけどよ・・・・・・お前って何か死神らしい仕事してたかなーって思ってよ」

ユ「いっつも僕の店に寄って買い物しているか、翠屋で士郎さんが淹れたコーヒー飲んで寛いでる姿しか思いつかないんですが・・・」

白「私だってちゃんと仕事はしている!! 嘘ではないぞ!! 私はれっきとした死神の仕事をしているのだ―――!!!」

 語気強く言い張るものの、最後の最後まで白鳥が二人からの信用を勝ち得る事はなかったのである。

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

 恋次達を見送った後、ユーノはふとした懸念を抱く。

ユ「さて、無事ミッドに着いてくれれば幸いだけど・・・・・・浦太郎達がヘマをしないか心配なんだよなぁー」

一「そういや、浦太郎って昔はお前と同じで管理局に務めてたんだっけか?」

織「かなり上の立場の人だったって聞いてますけど・・・」

ユ「えぇ、一応は。ちなみにここにいる金太郎も、元・管理局の重役でした」

コ「じゃあ、あの赤髪は?」

 コンが鬼太郎の身元について尋ねると、ユーノは扇子を広げ飄々とした態度で答える。

ユ「あれはただの“頭の悪いやんちゃ坊主”ですよ♪ ハハハハハハ!!!」

 聞いた後で、一護達は苦笑いを浮かべずにはいられなかった。

一「それ・・・あとで鬼太郎が聞いたら泣くぜ・・・」

織「でも本当のことだし・・・・・・」

コ「ヤロウもたぶん自覚してるんだよな、きっと・・・」




次回予告

恋「幻魔の扉とやらに飛び込んだ俺たち」
吉「辿り着いた異世界・・・・・・そこには僕たちが今まで見た事の無いビルや建物が立ち並んでいた!」
浦「そしていよいよ、本格的にスカリエッティが不穏な動きを見せ始める。ミッドチルダを震撼させる災いとは!?」
鬼「次回、ユーノ・スクライア外伝・・・『魔導虚(ホロウロギア)来襲!』。お楽しみに! ていうか店長・・・いくらホントの事でもさっきのは無いっしょー!!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話「魔導虚来襲!」

新暦079年 4月8日

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッド住宅街 高町家

 

 午前7時30分。

 高級住宅を思わせる閑静な一軒家に住まう一人の少女が居た。

 金髪に聖王家の特徴である右目が緑、左目が赤の虹彩異色(オッドアイ)を持つ少女は、ハート形の目覚ましを止めると、閉ざされたカーテンをバッと開ける。自室に燦々(さんさん)と照らす春の太陽を取り入れ、その光を浴びながら大きく伸びをする。

「うん! 今日もいい天気!」

 ―――わたし、高町ヴィヴィオは10歳。ミッドチルダ在住で、St(ザンクト).ヒルデ魔法学院初等科に通っています。今年の春から4年生です。

 手早く学校指定の制服へと着替え、両サイドの髪を青いリボンで結ぶと入念に鏡の前でチェック。

「よしっと!」

 問題が無いことを確認すると、ヴィヴィオのもとへウサギのぬいぐるみを模したインテリジェントデバイス【セイクリッド・ハート】、通称クリスが近づく。

「クリス! リボン曲がってないよねー?」

 笑顔で問いかけると、無口なセイクリッド・ハートは右手をぴょんと上げて「問題ない」と強調。それを聞いたヴィヴィオも破顔一笑する。

「ヴィヴィオ~! あさごはんだよ~」

 一階から朝食を告げる優しい女性の声がした。それがヴィヴィオにとっての母親のものである事は直ぐに分かった。

「はぁ―――いっ! 今いきま―――すっ!」

 軽快な足取りで階段を下って行くヴィヴィオ。

 リビングに着くと、待っていたのはエプロン姿で朝食の準備を進めるポニーテールの女性、高町なのは。そのかたわらで浮遊する赤い宝石こと、なのはの愛機【レイジングハート】がいた。

「おはよー、ママー」

「おはようヴィヴィオ」

 ―――わたしのママ、高町なのはさん。

《Good morning Lady.(おはようございます ヴィヴィオ)》

 ―――そしてママのパートナー、レイジングハート。

「レイジングハートもおはよう。手伝おうか?」

「いいよ。座ってて」

 ―――うちのママは《公務員》さんです。

 四年前の都市型テロ『JS事件』を経てなのはと親子となったヴィヴィオは、平和な日常を享受しつつ幸せな生活を過ごしていた。

「いただきまーす!」

「はーい」

 バランスの偏りが無い様熟考された彩りや栄養価に優れたラインラップ。ヴィヴィオはおもむろに口へと含む。

「どう?」と、率直な評価を尋ねるなのはにヴィヴィオは。

「うん・・・おいしい!」

 娘の口から飛び出た「おいしい」の一言。それが何よりも嬉しかった。

「よかったー。どんどん食べていいからね♪」

 ―――ちょっと子供っぽいとこもありますが、料理が上手で明るいのはすてきなところ。親子二人仲良くやってる、と思います。

 

 登校時間となった。なのはは通勤の時間を娘に合わせて家の鍵を閉めると、通学かばんを背負うヴィヴィオのもとへ歩み寄る。

「ヴィヴィオ。今日は社会科見学に行くんだっけ?」

「うん、そだよー。遊覧船で埋め立て島にいくんだー」

「何もないと思うけど、気を付けて行ってきてね。ママも緊急招集とがなければ、なるべく早く帰れるようにするから」

「わかった」

 仕事柄ヴィヴィオにはなるべく寂しい思いをさせたくない。できるだけ一緒に居られる時間を作りたい。そんななのはの気持ちをヴィヴィオも十分に理解していた。

「さて、それじゃ」

「うん」

 別れ道のタイミング。二人は顔を見合わせ、ポン! と笑顔でハイタッチを交わす。

「「いってきまーす!」」

 それが二人の毎朝のルーティンであった。

 

           *

 

 ―――アレ? なんだこれ、空が真っ白だ・・・。

 ―――アレ? 真っ白なのは俺じゃないか・・・。

 ―――アレ? こんなのどっかの漫画で見た事が・・・。

 

 

 

 微睡(まどろみ)の時が終わり、閉ざされていた瞳がゆっくりと開く。

 暗かった視界が徐々に開けて来た。そのとき、恋次の眼に映ったのは―――鬼太郎のものと思しき肛門部分だった。

「・・・・・あ?」

 なんでこんなものが寝起きにある? そう思った矢先。

 ブッ! と、目覚めたばかりの恋次目掛け鬼太郎は躊躇い無く放屁をかました。

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!」

 鼻腔を通じて入り込む強烈な異臭に忽ち絶叫。覚醒し切っていない全身の神経を瞬時に覚醒させるばかりか、過剰防衛反応を引き起こした凄まじい放屁。条件反射で悶え嘔吐する恋次を見ながら鬼太郎が声をかける。

「よう! やっと目覚めたか。どうだ気分は?」

「てめえ・・・人の寝起きになにとんでもねーことしてやがる!?」

「ジャスミンの香りとともにすっきりとした朝を迎えられたんだ。最高の目覚めだろうが」

「今までの人生の中で最悪の目覚めだったよ!! 何がジャスミンの香りだ!! 発酵し過ぎたぬか漬けみたいな臭いが鼻についてとれねえよ!!」

 的確かつ生々しい譬えだと思い、傍で見ていた吉良は苦笑しつつも発狂寸前の恋次を宥めようと近付いた。

「それくらいにするんだ阿散井くん。それより周りをよく見ろ。どうやら目的地に着いたみたいだよ」

 その言葉を聞き、恋次は吉良が指差す方へと目を転じる。

 眼前に広がってきたのは―――・・・これまで恋次や吉良が見た事も無いような天まで届く摩天楼が列挙する街並み。空には衛星である月が二つ浮かび、明らかにそこは自分達が知っている現世、もとい地球とは異なる世界だった。

「こ・・・ここがミッドチルダか・・・?」想像を遥かに上回る光景に終始唖然とする恋次。

「ええ。そうですよ」

 彼や全員を一瞥し、ミッド在住経験のある浦太郎がこの世界の情勢について簡潔に説明する。

「ここはミッドチルダの政治と経済の中心地である首都『クラナガン』からおよそ北東に20キロほど離れた場所に位置する高台で、ミッド全域でも割と田舎と呼ばれる場所です。中心部に近ければ近いほど、人口も軽く億単位に達します」

「へえ・・・こんなに文明が栄えているのに田舎に当たるだなんて・・・」意外そうな声で吉良が呟いた直後。

「なぁおい。あのデカいのはなんだ・・・」

 恋次が一際巨大な建造物に目が行き彼方に見える物を指差した。

 雲を突き抜けんとする巨大なスカイスクレーパー。首都から数十キロ離れた場所からでも窺えるところから相当に高い建物である事は容易に想像がつく。

「アレは時空管理局地上本部。僕が以前勤めていた職場ですよ」

「職場って・・・お前ってひょっとして管理局の一員だったのか?」少し驚いた顔を浮かべながら恋次が問い質す。

「亀は四年前までそれなりに名の知れた陸戦魔導師だったんぜ」

「ま。とっくの昔に辞めちゃったけどね♪」

「そうなんだ・・・」

 何故だかは分からなかった。だが少なくとも吉良だけは、浦太郎の作り笑顔の裏に何か()()()()()()()()()()が燻っているのではないか―――そう感じてならなかった。

 

 ピピピッ! ピピピッ!

「なんだ・・・?」

 唐突に恋次の伝令神機がけたたましく音を立てる。画面には「非通知」とだけ表示されており、どこか気味が悪かった。

 まさかな・・・・・・。こんな異世界で、しかも死神の携帯端末に発信できる者など居る筈がない。そう思いながら恐る恐る受話器ボタンを押し耳元へ近づける。

『どぉ~~~もォ!! イヤ――――――恋次さん、ご機嫌いかがですか♪』

「ゆ、ユーノかぁ!?」

 非通知の相手はまさかのユーノ・スクライアだった。

「おまえ・・・なんで俺の伝令神機の番号知ってんだよ・・・つーかどうやって地球からここまで掛けてんだよ!?」

『フフフ・・・あなたが見極めテスト後に気を失ったのを見計らいまして、こっそり拝借させてもらいましたよ。ついでに異世界間通信機能も搭載させてもらいました♪』

「お、お前なぁ!! 人の仕事道具になに勝手なことしてんだよ!!」

『まぁ細かいことは良いじゃないですか。それよりどうですか? 初めて見る異世界は?』

「え・・・まぁそうだな、正直何から何まで想像以上だった。とてもじゃないが、こんな場所に魔導虚(ホロウロギア)が出るだなんて思いたくもないがな」

「ユーノさん。僕たちに連絡をしてきたのは、単なる伝令神機の発信テストの為じゃないんですよね?」

 スピーカーフォンにした恋次の伝令神機を通して吉良がユーノの意図を勘ぐりながら質問をする。

『さすがは吉良さん! 恋次さんと違って実に聡明でいらっしゃる』

「俺と違っては余計だろうが!」

『いかにも―――僕がわざわざ連絡を寄こしたのは一重にあなた方のこれからの行動について指示を出すためです』

「指示?」

 言っている意味が分かりかねる恋次。ユーノは電話越しに説明をする。

『知らない場所に来た時に一番怖いのは闇雲に動き回ってしまい迷子になる事です。限られた時間の中で当てずっぽうで動き回ったところで時間の無駄。徒労になってしまいます。まずはどう動くべきかと狙いをピンポイントに定めさせてもらいました。只今、全員の端末に共通データを送信しましたので見てもらえますか?』

 ユーノから送られてきたデータを四人は一斉に確認。画面にはミッドチルダ全域の地図と、赤い斑点模様で点滅表示された機動六課隊舎の場所が記されていた。

『その赤い斑点が記されている場所―――そこが今回あなた方が最優先で目指すべき場所。すなわち、機動六課隊舎です。ここに行けば、《八神はやて》というちびダヌキか《クロノ・ハラオウン》なる腹黒い中年オヤジが居ますから、彼女か彼に会って事の成り行きを正直に話して下さい』

「いや話せって言われてもよ・・・それで簡単に信用してもらえるわけねえだろ?!」

『大丈夫です。クロノは確かに疑い深い奴ですが・・・・・・どちらにせよ彼らはあなた方と()()()()()()()()()()()()し、むしろ手を組んだ方がメリットがあると理解する。いいですか、向こうからの尋問を受けた際、口が滑ってでも《ユーノ・スクライアから教えられて来た》だなんて言わないで下さいね。というか僕の名前自体言わないで下さい。じゃないと、僕本気で怒りますからね♪』

「・・・もし言ったらどうなるんだ?」

 敢えて聞き返した恋次。直後、伝令神機からユーノの声が聞こえなくなった。これが何を意味するか察しがつかない訳ではなかった。

「わかった、わかったよ! 言わなきゃいいんだろ・・・・・・」

『よろしい♪ じゃあ、何かあったら直ぐに連絡して下さいね。こちらもその都度メールで指示を出すかもしれません。あと、改造ついでに魔導虚(ホロウロギア)反応を感知する機能も組み込んでおきました。あとでチェックして下さいね』

「だ・か・ら! 人の仕事道具を無断でイジってんじゃねえって・・・!」

『ではでは、ご健闘をお祈りしていま―――す!』

 ブツッ・・・。ツー・・・。ツー・・・。

「っておい! もしもし!! もしもぉ―――し!! ったく・・・あの野郎は・・・」

 言いたいことだけ言ってさっさと切りやがって・・・と、心中ユーノへの不満を募らせる。

「阿散井くん・・・これからの事だが」

「あぁそうだな。とりあえず、機動六課とやらに行ってみるっきゃねーか。アイツの指示に従うのはどうにも(しゃく)なんだが、俺らがこの世界について何も知らないのは確かだ。こうなったらあの優男にとことん利用されてやろうじゃねえか!」

「だったらまずは車は調達しないとな。地図だと機動六課までは車で2時間はかかる場所にあるぜ」

 未知なる世界へと降り立った死神は、大都会の眺望を望みながら―――これから先の事について思案する。

 

           *

 

 新暦079年―――。

 次元の海の第1世界「ミッドチルダ」。近代魔導技術が花開くこの世界には物が溢れ、人が溢れ、都会はオアシスを失っている。

 この偽りの平和を営む日常の裏側で、人々の想像を絶する未知なる難敵が今、活動を開始した事に誰一人気付いていなかった・・・・・・。

 

           ≡

 

午前10時02分―――

ミッドチルダ南東区 ゴミ埋立地「ドリームランド」

 

 遊覧船に乗ってヴィヴィオ達が訪れたのは、ミッドの最終処分場として知られる埋め立てされた人工島、ドリームランド。早い話が「夢の島」である。今日はここで4学年共同の社会科見学が行われていた。

「えー・・・リサイクルを何度繰り返しても追いつかないほど、世界中がゴミで溢れています・・・」

 ペリカンや海カモメが飛び交い、異臭漂う島に住みつくハエに集られながら、修道服に身を包んだ担任教師ノア・ギミエットが険しい顔で説明を続ける。

「このゴミの島に集められた・・・粗大ゴミを観察して・・・!! 限りある資源を今後どうやって使っていくか・・・よく考えたあとで・・・わあああ!!! かかか、感想文を提出してもらいます!!!」

 少し大げさすぎる気もすると思いつつ話を聞くヴィヴィオ。ハエを異様に嫌がるノアを見ながらほくそ笑む。

「そ、それじゃあケガの無いように各自解散!!!」

 彼女の言葉を合図に生徒達は各班ごとにゴミの島を散策する。

 ミッドチルダ政府がまとめた統計によれば、クラナガンだけでも1年間に出るごみの量は、およそ4432万トン。25メートルプール約42万杯分にもなると言う。それを象徴するかの如く島には溢れんばかりのゴミがまざまざと広がっていた。

「075年型の魔導掃除機をもう捨てる奴がいるとはね・・・」

「もったいなーい。」

「すげえ! この記録ディスクレコーダー、まだ使えるぜ!!」

「んもクサい!! もう帰りたい!!!」

「壊れてもいないのに捨てるなんて、始めから買わなければいいのにね・・・」

 率直な事を感じながらゴミの島を観察していた折、ヴィヴィオは不意に周囲から奇妙な気配を感じとる。おもむろに振り返った先を見れば―――ゴミの山で形作られた入口らしき物があった。

(なんだろう? ・・・すごくイヤな予感がする・・・)

 本能的な畏怖からくる発汗。ヴィヴィオは皆に気付かれぬ様こっそりと、引かれるがまま入口の方へと歩いて行った。

 暗がりを真っ直ぐに一歩ずつ突き進む。きょろきょろと辺りを見渡していたとき、目の前に古くなったテレビのモニターらしき物がびっしりと敷き詰められていた。

 恐る恐る画面に手を添えてみた次の瞬間―――突然画面が一斉に光り始め、砂嵐が映し出されたと思えば、みすぼらしい姿の男性やら白い仮面の怪物やらが交互に高速で映し出される。

「うわああああああ!!」

 何だか怖くなったヴィヴィオは、一目散に外へ飛び出す。

 外に出ると、入口の前では彼女が居ない事を心配していたクラスメイトのリオ・ウェズリー、コロナ・ティミル、バウラ・ウシヤマ、ミツオ・スドウの四人が待っていた。

「ヴィヴィオ!」

「どうしたの大声だして?」

「よくわかんないけど、なんだか大変なの!」

「大変って・・・なにが?」

 と、コロナが問いかけた直後。

 ゴゴゴゴゴ、ゴゴゴゴゴ、と島全体が音を立てながら大きく揺れ動く。

 次の瞬間―――ゴミの中から突如として姿を現わす全長60メートルには達する馬の様な白い仮面を付け、胸に孔の空いた巨大な怪物。その巨大さと異様さ目の当たりにしたヴィヴィオは堪らず声を上げて絶叫する。

「うっ・・・うわあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

 

           *

 

 ブーッ! ブーッ! ブーッ!

 

 非常事態を告げる警報が鳴り響く。

 機動六課隊舎ロビーでコーヒーを飲みながら新聞を読んで寛ぐ男性、クロノ・ハラオウン(29)のもとに、眼鏡を掛けた女性―――機動六課管制官シャリオ・フィニーノ(21)が通信越しに切羽詰った声で呼び掛ける。

『クロノ提督大変です!!! ドリームランドで大規模な魔力エネルギー感知です!!!』

「何っ!?」

 飲みかけのコーヒーを口から零すほどに驚く。クロノは直ちに額から一筋の汗を浮かべシャリオに指示を出す。

「“緊急招集(エマージェンシーコール)”発令だ!!」

 

 ブーッ、ブーッ、ブーッ。

「っ!!」

「八神どうした?」

「あ、いえ。なんでもありませんよ」

 現在、陸士108部隊の指揮官ゲンヤ・ナカジマ三佐と会談の途中だった機動六課部隊長・八神はやては怪訝に思いながら、ロングアーチから発信されたメッセージを確認。タッチパネルを開くと、赤いミッド文字で《EMERGENCY》と表示されていた。

(な・・・なんやて!?)

 これが通達された以上彼女がここに長居する事は出来ない。緊急招集とはそれほどまでに重大な意味を成す言葉だった。

 急いで隊舎に戻る為、はやては罰の悪い顔で目の前のゲンヤに首を垂れる。

「ナカジマ三佐、すみませんが急用ができましたので・・・今日のところはこれで失礼させてもらいます!」

「急用? ・・・まぁいいや。お前さんも無理しすぎるなよ」

「おおきに師匠。ほんならギンガ、近いうちにまた」

「はい。八神司令もお気をつけて」

 ゲンヤの許諾を得たはやては、ゲンヤの補佐官であり彼の娘ギンガ・ナカジマ陸曹(21)にも会釈。トレンチコートを肩にかけ部屋を飛び出した。

「はやてちゃん。急いで乗ってください!」

「ごめんなリイン、わざわざ迎えに来てもろうて」

 隊舎を出たはやてを待っていた一台の車。それを運転する銀色の髪の少女―――リインフォース(ツヴァイ)は、駆け足で車へ駆け込んだ彼女を気に掛ける。

「ほんならいこか。みんなを待たせたらあかんしな」

「はいですっ!」

 ハンドルを握り締め、仕えるべき主とともにリインが運転する車は機動六課隊舎へと直行する。

 

           *

 

 『JS事件』の首魁、ジェイル・スカリエッティは軌道拘置からの脱獄を果たすと、管理局の決死の追跡をも躱し、消息を絶った。

 事態を重く見た本局は、予てより危険度の高かった古代物質(ロストロギア)《アンゴルモア》の回収を表向きの理由に、聖王教会と三提督からの後ろ盾を得るとともにかつての機動部隊を再編・復活させる事で事態収拾とこれから起こり得る未曾有の大事件に対処しようとした。

 その名も、【時空管理局本局 特定遺失物管理及び特殊脅威対策班】―――通称【機動六課(きどうろくか)】である。

 

           ≡

 

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

 既に主要な前線メンバーが一堂に会していた。

 集まっているのは、フォワードの核となる若い魔導師が四名。【シルバーのエース】の異名を持つスバル・ナカジマ防災士長(19)、ティアナ・ランスター執務官(20)、エリオ・モンディアル二等陸士(14)、キャロ・ル・ルシエ二等陸士(14)と飛竜フリードリフ―――いずれも元・機動六課メンバーである。

 それ以外にも彼らを指揮する隊長陣―――高町なのは一等空尉、フェイト・T・ハラオウン執務官、シグナム一等空尉、ヴィータ二等空尉、機動六課監査役のクロノ・ハラオウンが控えている。

「お待たせなっ!!」

「遅れて申しわけありませんですっ!」

 招集がかかってからおよそ20分遅れて、部隊全体の指揮を司る女性―――八神はやてと補佐官リインが隊舎へと帰投。急いで持ち場へと付く。

「ずいぶんと遅かったな」

「いやー、ちょうどナカジマ三佐と会談中でな。おまけに軽い渋滞にも引っ掛かってしもうたわ」

 申し訳ない程度に言い訳を並べるはやて。クロノは嘆息を吐くと、「まぁいい・・・次からは気を付けろよ」と軽く苦言を呈し、今回の件を不問とする。

「ほいで、どやい感じなんや・・・現場の様子は?」

『ヴァイス陸曹長から送られてきた映像があります。メインスクリーンに映します』

 管制官ルキノ・ロウランが現場の映像を司令室のモニター画面に表示される。

 全員が注目すると、映し出されたのは異形の巨大生物。嘗て見た事の無い怪物の姿を目の当たりにした瞬間―――全員は我が目を疑った。

「何やの、あれは!?」

「恐らく・・・七日前にフェイト達が地球で戦った怪物と同類だろう」

 状況を呑み込めないはやての代わりに、クロノが冷静沈着に推測を述べるが、それでも額には脂汗が浮かんでいた。

『こちらヴァイス! 空中から視察したところ、怪物は電気製品のクズで体を作ってる模様!!』

 現場偵察のヘリパイロット、ヴァイス・グランセニック陸曹長からの現場管制によって巨大生物の全貌が少しずつ明かされていく。

 そんな中、現場に居合わせたヴィヴィオ達は―――。

「みんな! 早く乗るのよ!!」

 直ちに避難しようと遊覧船に生徒を誘導するノア。

 しかし直後、轟音と衝撃によってノアを始め多くの生徒が船から投げ出された。

「ノア先生っ―――!!!」

 運悪く船に取り残されたヴィヴィオ達は投げ出されたノア達へ必死に手を伸ばすが、その行為も虚しく遊覧船は怪物の体の一部として吸着された。

 

『サーチャーからの映像を見た限りでは、どうやら船ごと取り込まれてるようです』

「子供が五人か・・・」

「なんてことだよ」

 最悪の状況に苦悶の表情を浮かべるシグナムとヴィータ。

「ちょっと待って! あれってまさか・・・・・・!?」

 画像を拡大してより詳しく分析を掛けようとした矢先、なのはの目が見開きハッとした表情を浮かべる。

 目を凝らしてもう一度確かめる。分析に掛けるまでも無く、船に取り残されていたのが愛娘のヴィヴィオとその友人達である事が分かった。

「ヴィヴィオだ!! 間違いないよ!!」

「そんな・・・ヴィヴィオ達が怪物に捕まったなんて!?」

 ただでさえ最悪の状況に悪い要素が追加された。

 するとここで、逸早く現場へと降り立ったヴァイスが司令室へと呼びかける。

『こちら、ヴァイス! 他の生存者は全員救助しましたが・・・・・・おっ!?』

 報告の途中、中空から聞こえてきた風を切る物音に即座に反応するヴァイス。見上げれば、ヴァイスの頭上を空戦魔導師の団体が滑空しているのが見えた。

「いっけねー! 哨戒任務(スクランブル)中の航空武装隊だ!」

 

「撃ち方用意!! 撃てーっ!!」

 ヴィヴィオ達が取り残されている事など露知らず、首都防衛の要たる地上本部航空武装隊は白き馬の仮面の魔導虚(ホロウロギア)・バリオスFへと一斉砲撃を仕掛ける。しかし彼らの火力では傷を負わせるどころか、強固なバリアシステムによってすべて弾かれ、ダメージを与える事すら不可能。

 業を煮やしたバリオスFは、右腕の砲門を広げると高熱のエネルギーを集積させた砲撃を射線上に立つ魔導師部隊目掛けて発射―――これを一瞬で蒸発させた。

 中空で爆雲が立ち込める。あまりにショックな光景にヴィヴィオ達は絶句し、愕然とする。

 リアルタイムで映像を目の当たりにしていたシャリオは驚愕しつつも直ちに能力を分析。神がかったタイピング操作で技の分析に成功する。

『魔導電子レンジを集積させた家電粒子砲です!』

「あんな奴がこのまま上陸したら・・・首都は壊滅する!!」

 圧倒的な破壊力を見せつけられたクロノは勿論、誰もが容易に最悪の顛末を想像しゴクリと息を呑む。

『どうするんですか八神司令、クロノ提督!! 子供がいたんじゃ防衛隊も攻撃できないじゃないですか!?』

 切羽詰ったヴァイスの声が司令室へと反響する。

「たとえ攻撃しても、魔導師隊の火力では奴のバリアシステムは破壊できんさ」シグナムが沈着な態度で言及。

「バリアシステムをすり抜け、なおかつヴィヴィオ達を救出できる・・・・・・そないな事が出来る魔導師なんか――――――」

 

「私に行かせてください!!」

 直後、司令室に木霊する一人の女性の声。

 名乗りを上げたのはヴィヴィオの母にして、機動六課の戦術の切り札(エース・オブ・エース)でもある空戦魔導師・高町なのはだった。

「私が必ずヴィヴィオ達を助けます!! お願いします!!」

「なのはさん・・・」愛弟子のスバルが懸念に満ちた表情で彼女を見つめる。

「しかし、いくら君でも今回ばかりは危険すぎる。相手は我々にとって未知なる敵だという事はわかってる筈だ」

 日頃から無茶をしがちななのはを制止させようと苦言を呈するクロノ。だが、それで彼女が潔く引き下がる器ではない事も熟知していた。

「関係ないよ・・・相手が誰だろうと関係ない。私はただ、自分の子ども一人救えない母親になんかなりたくない。それだけだよ」

 案の定彼女は引き下がる気など皆無。自分の子供を救いたいという私情を孕みながら、眼はどこまで真っ直ぐだった。彼女に微塵の恐怖も無ければ、敗北と言う二文字さえ無かった。

「お願いします!! 八神司令、出動許可を下さい!!」

 何としてもヴィヴィオを救いたいという気持ちを前面に押し出し頭を深く下げ続ける。その熱意を感じ取ったはやては、沈黙の末に重い口を開く。

「―――ええやろう。部隊長命令により、高町一尉の出動を許可します」

「っ! あ・・・・・・ありがとうございます!!」

「せやけど一人で行かせるつもりはない。テスタロッサ執務官、ヴィータ二尉も同行してくれるか?」

「「了解!」」

 もしもの時のブレーキとして、はやてはフェイトとヴィータの二人を同行させる事にし、二人もそれを快く受け入れ敬礼。

「目的は飽く迄人質の救出。敵との直接的な戦闘はなるべく回避するんだぞ」

 

           *

 

午後10時54分―――

ミッドチルダ南東区 ゴミ埋立地「ドリームランド」 海上10キロ

 

 空の上から眼下に広がる光景を見下げる四人の人影。

 額から黒いバイザーを掛けていた恋次は、バイザー越しにバリオスFの情報を解析。紛れも無く魔導虚(ホロウロギア)である事を確かめると、ふぅーと溜息を漏らした。

「・・・ったく。到着して早々魔導虚(ホロウロギア)に出くわしちまうとは・・・俺らってツイてるのか? それともツイてないのか?」

「・・・どっちだっていいけど・・・あれは“巨大虚(ヒュージ・ホロウ)”を素体とした魔導虚(ホロウロギア)だね」

「あの遊覧船には逃げ遅れた子供が数人取り残されています。僕の見たところ全員魔導師の子どもですね」

「つーことは俺らの姿はまる視えって事か」

「子供を救出。かつバケモノ退治と来たか。いいぜ・・・・・・燃えて来るぜ。これぞ少年漫画の王道だぜ!!」

 阿散井恋次を筆頭に集まった男達―――吉良イヅル、亀井浦太郎、桃谷鬼太郎の四名は空の上から標的・バリオスFを見据える。

「いくぜ吉良。阿散井三番隊、ミッドチルダでの初陣を飾るぞ!」

「ああ。」

 一言呟いた後、吉良は両手を合わせ詠唱を唱える。

鉄砂(てっさ)の壁 僧形(そうぎょう)の塔 灼鉄熒熒(しゃくてつけいけい) 湛然(たんぜん)として(つい)に音無し! 縛道の七十五、『五柱鉄貫(ごちゅうてっかん)』!」

 詠唱の終了と共に、バリオスFの真上に光り輝く紋章が浮かび上がる。そこから地面に向けて五本の光柱(こうちゅう)が延び、バリオスFの身体を突き刺すような形で全身の動きを封じ込めた。

 

「今の何の音!? それにこの傾きは!?」

 突然の衝撃と傾き。船内に取り残されたヴィヴィオ達も驚愕する。

 と、そのとき―――ヴィヴィオ達の生命エネルギーを感知した触手が、少しずつだが確実に延びて来た。

「ああああ、あっちいけー!!」

「ママァ―――!!!」

(なのはママ・・・フェイトママ・・・!!)

 絶体絶命。万事休す―――身を寄せ合い子ども達が死を覚悟した、次の瞬間。

 ドガンっ! 壁を突き破って侵入してきた巨大な刀身がヴィヴィオ達へと迫る触手を根こそぎ破壊。

 中へと入って来たのは蛇尾丸を掲げた恋次と吉良、浦太郎と鬼太郎から成るスクライア商店派遣メンバーだった。

「よう! 助けに来たぜガキども!」

「えっと・・・管理局の人・・・じゃない?」

「なんだっていいさ!! すげーやおじさん、カッコいいぜ!!」

「おいおいオジさんはないだろう! 第一俺はオジさんなんて年じゃねえ!」と、バウラの言った一言に恋次は釘を刺す。

「さぁみんな、ここから脱出するよ!」

「はい!」

「たた、助かったぁー!」

 子供を連れいざ脱出しようとした矢先。

 ドドドドド・・・。ドドドドド・・・。激しい物音を立てながら、五柱鉄貫で縛られている筈のバリオスFが動き始めた。

「何だ!?」

 事態の変化に戸惑う恋次達だったが、直後―――。

「「「「どはああああああああああああああ!!!!!」」」」

 ドカンという物音を立てて、船の奥から現れた巨大な(かんぬき)状の物体が恋次と吉良、浦太郎、鬼太郎の体を直撃。その勢いで全員船の外へと投げ出されてしまった。

「「「「「オジさんたち―――ッ!!!」」」」」

 否応なく海へと放り出された四人。水面下から顔を覗かせると、ある驚くべき光景を目の当たりにした。

「な・・・何ッ!?」

 陸橋へと差し掛かった途端、バリオスFは柔軟に体を変形させ列車形態となった。

「変形したのかよ!?」

 ヘリの真上からバリオスFを窺っていたヴァイスも冷汗を流す。

 ヴィヴィオ達が乗った遊覧船を体の一部へと組み込み、バリオスFはレールウェーを通じてハイウェーを爆走。都心クラナガンを目指す。

「「「「「うわああああああああああああああ!!!!!」」」」」

 列車形態に変化したバリオスFはヴィヴィオ達を乗せたまま猛スピードで加速を続け、周囲の駅を利用する者を問答無用で吹き飛ばし、なおもスピードを上げて都心を目指す。

『怪物は地下鉄構内に侵入、都心に向っています!!』

『セントラルアベニューステーション到着まであと3分弱!!』

『半径10キロ圏内に、避難勧告発令!!』

 現場の状況を逐次報告するシャリオ、ルキノ、アルト・クラエッタを軸とする管制官。

「何故都心を目指すのだ!?」

 状況整理に奮闘する司令室。モニターを眺めるシグナムはまるで敵の行動意図が読めず疑問を浮かべるばかりだった。

 

 同じ頃―――。

 ヴィヴィオ救出へと向かったなのは、フェイト、ヴィータの三人が首都上空を高速で飛翔していた時だった。

 ドドドド・・・。地響きを上げるとともに多量の粉塵が舞い、地面を突き破って現れたのは例の巨大な魔導虚(ホロウロギア)だった。

「なのは! ヴィータ! あれを見て!」

「アイツは・・・!」

「あの中にヴィヴィオが!?」

 列車形態から元の姿へ戻った直後、バリオスFは眼前に(そび)えるある建物を見つめながら右に装備された魔導電子レンジ荷電粒子砲、左には魔導冷蔵庫冷凍ビーム砲をそれぞれ構える。

 バリオスFが標的としたのは、ミッド地上の正義の象徴にして首都防衛の砦たる管理局地上本部だった。

「あの馬ヤロウ、地上本部をブっ壊すつもりだ!!」

「そんなことさせない!!」

 地上本部の破壊を目論む怪物の狙いを理解したなのは達は、これを食い止めるべく一様に行動を起こす。

「見てヴィヴィオ、お母さんだよ!!」

「なのはさんにフェイトさんだ!!」

 コロナとリオが遊覧船の窓からでもはっきりと見える桜色と金色色、橙色の魔力光を指差しながら、それがヴィヴィオと自分達の希望の光である事を主張する。

「なのはママ・・・フェイトママ・・・がんばって」

 無力な自分を呪いながらも、ヴィヴィオは愛する母達の勝利を切に祈り両手を胸の前で握りしめる。

「いくぞ、アイゼン!」

〈Jawohl(了解)〉

 ヴォルケンリッター・鉄槌の騎士の異名を取る少女・ヴィータは【(くろがね)伯爵(はくしゃく)】とも呼ばれるアームドデバイス《グラーフアイゼン》を掲げると、その形態を著しく変化させる。

「ロード、カートリッジ!!」

〈Gigant Form〉

 生粋の古代(エンシェント)ベルカの力で敵を完膚無きまでに粉砕するのが彼女のモットー。それを端的に体現せんと、愛機に組み込まれたカートリッジを三発ロード。手持ちの鉄槌の形状を身の丈ほどもあるハンマーヘッドへと変化させる。

「つらあああああああああああ」

 ドカン!! 地上本部へ攻撃を繰り出そうとしたベリオスFの頭部を叩き割る一撃。

「「「「「うわあああああ」」」」」

 体勢を崩し横転しようとした瞬間、フェイトとなのはが素早く遊覧船の中から落ちそうになったヴィヴィオ達を悉く救出。安全なところへ退避させる。

「ヴィヴィオ、怪我してない!?」

「ママッー!」

 大好きな母親が助けに来てくれた。ヴィヴィオは嬉しさいっぱいになのはの胸の中へと飛び込んだ。

「ありがとう!!! 助けに来てくれて!!!」

「当然だよ。私はヴィヴィオのママだよ。ここは私たちに任せて、みんなはもっと安全な場所に―――「ぐああああああああ」

 避難誘導の指示していた直後、ヴィータがギガントフォルムのグラーフアイゼン片手に付近のビル壁へと投げ飛ばされる光景が目に入った。

「「ヴィータ(ちゃん)!!」」

 なのはもフェイトも挙って目を見開き驚愕する。

 満身創痍となったヴィータは険しい顔で、冷凍ビームを撃とうとしているバリオスFを見据える。

「させない!」

 彼女の危機を救おうと、フェイトは咄嗟に前に出て巨大な雷の刃で攻撃。冷凍ビームの軌道を曲げる事に成功。

「トライデントスマッシャー!」

 左手から片手で放たれる直射系砲撃魔法。放射面の魔法陣中央から一本、続いて同じく放射面の魔法陣の中央を基点に上下に一本ずつ、枝分かれするように三ツ又の矛状の三つに分かれた。着弾点で結合することで反応、雷撃を伴う大威力を発生させる。

 ドカーン!! これを受けてなお、相手は強固なバリアシステムによって守られており、装甲の破壊は叶わない。

『バリアシステム破壊率ゼロ。フェイトさん、全く効いていません!!』

「だったら! 今度は私の番!」

 シャリオからの指摘が胸に響く中、彼女の無念を引き継いだのはエース・オブ・エースの高町なのは。

「最大威力で撃ち抜く。いくよ、レイジングハート! ブラスター1ッッ!」

〈Blaster system, limit one release〉

 ベースとなるエクシードモードの状態で、使用者、デバイス、双方の限界を超えた強化を主体とした高町なのはの「最後の切り札」―――その名を《ブラスターモード》。自らの魔力に自己ブーストをかける事で限界まで出力を強化する。

 レイジングハートのフレームと同素材で構成された遠隔操作機・ブラスタービットが4基が操作主の周囲に同時展開される。愛機およびビット先端には彼女から供給される極めて高い出力と密度の濃い魔力エネルギーが収束されていた。

「エクセリオン・・・バスタァァァ―――!!!!!」

 極大の魔力砲撃が一直線上に発射された。

 射線上に立つバリオスFへと直撃した際、なのはの力押しによって強固なバリアシステムが少しずつ破壊されていく。

「砲撃着弾によるバリアシステム破壊率・・・20、25、35・・・50ッ!!」

「おっしゃ!!! ぶち抜いたぁぁぁ!!!!」

 熱狂的な野球ファンの如く過剰なリアクションをとって見せたはやて。

 苦労の末―――バリアは突き破られバリオスFの右腕は桜色の砲撃に呑まれ吹き飛び、その場に地響きを立てて倒れ込む。

 熱狂的な野球ファンの如く過剰なリアクションをとって見せたはやて。

 苦労の末、バリアは突き破られバリオスFの右腕は桜色の砲撃に呑まれ吹き飛び、その場に地響きを立てて倒れ込む。

「「「「「やったあああああ!!!!」」」」」

 救出されたヴィヴィオ達は離れた場所で歓喜の声を上げる。一方のなのは達は警戒を解かぬ様牽制しつつ怪物の様子を見守る。

 すると倒れたバリオスFはゆっくりと体を起こすと、超速再生によって破壊された右腕を即時に復活させる。

『駄目です!!! 10秒以内に再生してしまいます!!!』

「やっぱりあの時と同じ・・・」

「どうすれば・・・」

 苦悶の表情を浮かべるなのは達。と、そのとき―――。

 

 ドカ―――ンッ!!

 

 巨大な炎の塊が飛来し、バリオスFへと着弾。

 着弾後に白い仮面ごと頭部を背後へ向けたとき、ビルの屋上にて立ち尽くす四人の人影の姿を捕える。

 腕組みをしながら自信に満ちた笑みを浮かべる阿散井恋次。傍らで静かに敵を見据える吉良と浦太郎、そして赤を基調とした身の丈を超える巨大な斬魄刀を肩に担いだ鬼太郎がヤンキーの如く地面に(かかと)を据えていた。

「あの人達は・・・さっきの!」

「生きてたんだねぇ~ッ!!」

「なんだよアイツら? どこの回しもんだ!?」

「なのは、あの人達の格好って・・・!」

「うん・・・前に白鳥さんが着ていたものと同じ! もしかして、あの人達もユーノ君と何らかの関わりがあるんじゃ!?」

 なのはの推測は的を射ていた。そんな彼女の心境など毛ほども知らないでいる恋次はただ目の前の敵に対し挑発的な態度を取り続ける。

「オイタもその辺にしといた方がいいんじゃないのか? ここはてめえの居るべき場所じゃねえ。さっさと帰ってクソして寝てろ。もしくは・・・」

 言いかけた矢先、背部の魔導扇風機で空を飛んだバリオスFが、胸部からはペットボトルをロケットの様に飛ばすミサイルを発射した。

「全員散開!」

「「「ああ(はい)(おう)!」」」

 恋次の合図で四人は直ちに散開。

 ここから彼らはそれぞれの個性と磨き上げた技を用いて魔導虚(ホロウロギア)殲滅へと取りかかる。

「俺は最初からクライマックスだぜ! 必殺!! 俺の必殺技!!」

 刀身に“炎”と刻まれた常人が振り回すには余りある鬼太郎が操る斬魄刀『烈火(れっか)』。全身の霊力を刃へと集中させ、見据えた敵目掛けて豪快な一振りを振り下ろす。

「俺の必殺技・・・パート2!!」

 煌々(こうこう)(たぎ)る灼熱の炎を刀身へと収束、一気に高温の火炎弾を飛ばす『熾烈波(しれつは)』と呼ばれる技がバリオスFの身体を焼くと同時に斬る。

 炎を上げながら苦しそうに悶絶する魔導虚(ホロウロギア)。それを見ながら、恋次は吉良と浦太郎に指示を出す。

「吉良、浦太郎、援護しろ!!」

「わかった」

「んじゃまぁ・・・僕もすこーし本気出そうかな」

 近くのビルへと降り立ち、浦太郎はカートリッジを一発消費し足下にベルカ式魔法陣を展開。手持ちのデバイス・フィッシャーマンの先端を掲げる。

「ドルフィンドライブ!」

 途端、巨大なイルカを模した水の塊を作り出す。浦太郎は作り上げたイルカを使役し、炎に苦しむバリオスFを攻撃。急激な温度変化を加えて動きを怯ませる。

 この頃合いを図っていた吉良は中空より狙いを定めると、鞘から引き抜いた己の斬魄刀の名を唱える。

(おもて)を上げろ、『侘助(わびすけ)』」

 静かな解号とともに、手持ちの剣がケペシュ状に変化する。

 吉良は変化した刀で敵の身体の至るところへ斬りつける。するとどうだろう・・・相手はたちまち重力に押し潰される様に地に平伏し動けなくなった。

 この光景に唖然とするなのは達。状況が何ひとつ理解出来ないでいると、最後の止めを刺す為に恋次が蛇尾丸を掲げながらベリオスFの頭部目掛けて降りて来た。

「こいつで、終いだあぁぁぁ!!!」

 

 バシュン―――!

 

 仮面を真っ二つに割る恋次の豪快な一刀。

 バリオスFは断末魔の悲鳴を上げると、体を構成していた主構成物質『霊子』を分解させながら、その命を全うする。

「た・・・倒したのか・・・・・・」

「あの人達は一体?」

「あ! アレを見て!」

 恋次達の素性を疑っていた折、なのはがある事実に気づく。

 彼女が指差す方を見ると、分解されるバリオスFの体からみすぼらしい格好に身を包んだ男性が気絶した状態で現れた。

「なに?!」

「怪物から人間が出て来た、だと・・・!?」

 予想外の事態に死神も魔導師達も当惑する。

 

「・・・やはりそうか。あの魔導虚(ホロウロギア)は人間を取り込んで進化するタイプだったのか」

 このとき、戦闘の様子を遠目から窺っていた人影―――翡翠の衣と(ホロウ)の仮面を模した被り物で素顔を覆い隠した人物は頭の中で思っていた通りの結果に息を漏らす。

 やがて結果が判明すると、誰にも気付かれぬ間に瞬歩で静かに姿を眩ませた。

 

           *

 

 事件解決後、魔導虚(ホロウロギア)の体内から救出された男性の身元は機動六課へと連行され、入念な身体検査とともに事件への関与について徹底的に調べられた。

 

           ≡

 

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

「身元はコルディア・フューゴ。地上本部出入りの建設業者ですが、不正入札で取引停止になっています。その為会社は倒産。一家離散。どうもそれからゴミの島に住むようになったと思われます」

「つまり・・・逆恨みで地上本部を破壊しようとしたのか?」

「呆れた動機ですね」エリオも思わず悲嘆する様な話だった。

「では、例の怪物との関連は?」

「逆行催眠で彼の記憶を辿ってみました。ビデオを出します」

 シャリオが手際よく映像をモニターに映す。画面中央には催眠術によって当時の記憶を遡るコルディアが険しい顔で座らされている。

 全員が固唾を飲んで見守る中、コルディアがゆっくりと語り出す。

『よ・・・四人の機械人間が・・・俺に・・・復讐する気があるなら力を与えてやると・・・あぁ、それは何だ? あ・・・・・・おああああああああああああ!!』

 異常なアルファ波とベータ波の乱れ。著しい乱れが見られた直後、映像が切り替わり映し出されたのは何故か競馬の写真だった。

「なんだこれは?」

「この男が倒産を回避しようと最後の賭けをして大負けした時の競馬の馬です」

 端的に説明したルキノは、競馬の写真と並行して街を破壊したベリオスの頭部の写真をモニターに映す。不思議な事に二つの写真はぴったりと重なる様に酷似した特徴が多く見られた。

「よく似てますね・・・」

「どうやら素体となる人間の感情や経験に影響されるという事か。あの怪物は―――」

 

「怪物じゃねえ。魔導虚(ホロウロギア)だ」

 そのとき、司令室へと入って来たのはコルディアとともに機動六課隊舎へと連行されてきた恋次達だった。

「あなた達は・・・先ほどの・・・・・・!」

「一体何者なんですか?」

 問いかけるフェイト。恋次は皆を代表として名乗り上げる。

「俺は阿散井恋次―――・・・死神だ」

「えっ!」

「死神・・・だと・・・!?」

 恋次の素っ頓狂な言葉に居合わせた管理局員全員が愕然。

 魔導師や騎士にとって、死神とは死に際に現れる鎌を持ったイメージの産物であり、不吉の象徴というイメージが強かった。現に恋次が自らを死神と名乗った直後からどこか畏怖の念が困った目で見つめてくる。

 ここまでは概ね予想通りだった。恋次や吉良は特に慌てる様子もなく、彼らの気持ちに寄り添った。

「ま。いきなりんなこと言われても理解できるようなもんじゃねえよな。俺だって最初この世界や魔法使いについて何も知らなかったんだからな」

「僕たちはあの怪物・・・魔導虚(ホロウロギア)の殲滅とその実態を詳しく調査する為に尸魄界(ソウル・ソサエティ)から派遣されてきたんだ。」

「えーと・・・・・・イマイチ話が飲み込めないんですけど・・・」

「ソウル・ソサエティ・・・って、なんですかそれ?」

「えーっと・・・・・・俺も正直人に説明するのは苦手なんだが、簡単に言うとだな。元々あのバケモノ・・・・・・魔導虚(ホロウロギア)ってのは俺ら死神が倒すべき悪霊、(ホロウ)ってのが突然変異したものなんだ。本来は霊力資質の持たない者は(ホロウ)自体視ることすらできねえ。ところがだ・・・一人の男に手によって奴らは堅気の連中にも視れる存在に進化した。その男の名はジェイル・スカリエッティ」

「「「な・・・・・・。」」」

「スカリエッティが、あの怪物を!?」

 全員が度肝を抜く真実。誰も一連の怪物騒動に絶賛行方不明中の次元犯罪者が関わっているとは予想だにしていなかったのだ。

「知ってるぜ。お前ら一度はそいつを逮捕してブタ箱に入れた事があるんだろ? でもって、今は脱走したそいつを追ってこの機動部隊を復活させたって」

「な、なぜそこまでこちらの事情を・・・!?」

「誰に聞いたんですか?」

 率直な疑問をぶつけるティアナとスバル。恋次はユーノとの約束を破らない為に彼らには真実をはぐらかして答える。

「・・・そうだな。俺の口から言えるとすれば、胡散臭い性格の駄菓子屋店主から聞いたってところまでだな」

「ちなみに、その駄菓子屋の店主って言うのは僕らの上司のことね」

「ん? ちょっと待て・・・・・・貴様のその顔、どこかで見たような・・・」

 浦太郎に目が行ったシグナムが怪訝そうに彼の顔を見つめる。

「おや? 僕のことを知ってるみたいだね。じゃあ名前を聞けば思い出せるかもしれないね。僕の名前は亀井浦太郎って言うんだ」

()()()()()・・・だと!?」

 浦太郎の本名を聞いた途端、シグナムを始めこの場に居合わせた全員が先程とは全く別の理由で度肝を抜いた。

「亀井浦太郎ってまさか・・・六年前まで首都防衛隊第一班陸戦戦技教導隊で活躍した・・・あの!?」

「若干16歳で上級キャリア試験を一発合格して一佐まで出世した超エリート・・・!」

「次元世界でも極めて稀少な『水』の魔力変換資質を持っていて、高い防御力から“地上部隊の鉄壁”と称された“陸のエース・オブ・エース”・・・亀井浦太郎一等陸佐(いっとうりくさ)!!」

「そんな有名人がどうして・・・ここに!?」

 浦太郎の名に震撼する機動六課。

 まさかここまでの反応が見られるとはさすがの浦太郎も予想外だったが、決して悪い気分ではなかった。一方の恋次と吉良、鬼太郎は予想外にも注目を浴びる浦太郎を終始呆然と見つめていた。

「あはは・・・いや~~~ワケあってさ、ウチの店長からここにいる恋次さん達のサポートをしてほしいって言われたんだよ。本当なら僕一人でも十分だったけど・・・」

 言いながら鬼太郎の方へ視線を向け、彼を見ながら露骨に見下した様な表情を浮かべる。

「おいてめえ! なんだその目は!? その顔は!? 人をそんな蔑んだ目で見るんじゃねえよ!!」

 思わず激怒した鬼太郎と浦太郎は忽ち口論に発展。それを横目に恋次と吉良が溜息を吐こうかと思った矢先―――

「あの―――」

 不意に声を掛けられた。視線を向けると神妙な面持ちのなのはが見つめていた。

「ひとつ・・・聞いてもいいですか?」

「あ、あぁ・・・・・・なんだよ」

 真剣な眼差しで問いかけるなのは。恋次と吉良が相互に疑問符を浮かべる中、意を決した彼女はその口で問いかける。

「あなた達は・・・・・・―――ユーノ・スクライア、という男性を知っていますか?」

「「・・・っ!」」

「「な・・・・・・っ」」

 問われた直後、恋次と吉良は絶句。さらには口論をしていた鬼太郎と浦太郎もまた表情を凍りつかせた。

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:久保帯人 『BLEACH 9巻』 (集英社・2006)

原作:久保帯人 著者:成田良悟『BLEACH Spirits Are Forever With You I・Ⅱ』(集英社・2012)

原作:都築真紀 作画:藤真拓哉『魔法少女リリカルなのはViVid 1巻』 (角川書店・2010)

原作:都築真紀 作画:緋賀ゆかり『魔法戦記リリカルなのはForce 1巻』 (角川書店・2010)

 

 

 

 

 

 

教えて、ユーノ先生!

 

ユ「今日から僕の出番が極端に少なるけど、めげずにがんばっていくよ♪ という訳で、今回は僕のお店・スクライア商店についてだ♪」

「スクライア商店は何でも取り揃えてあるよ。子供に人気のお菓子はもちろん、大人でも懐かしいと思える物がたーくさん。さらにはちょっとした家電製品や調理器具、そして極めつけは闇市場(ブラックマーケット)でしか買えない様な武器や武具、魔導師・死神の使う専用グッズも取り揃えてあるよ♪」

「なお只今、キャンペーン実施中! 当店でお買い上げの皆さんにはなんとなんと・・・!!」

 言いながら、ユーノはその手にポイントカードを高く掲げる。

「じゃじゃ―――ん!! 持ってると幸せになれるスクライア商店限定のポイントカードを差し上げるよ♪ 100ポイント溜まった方には全員には全国で使える5000円分の商品券と交換するよ!」

織「うわぁー!! それいいな!! よーし、私も今度からユーノさんのお店で買い物しようーっと!」

一「織姫、頼むからそれだけはやめてくれ・・・!」

 真っ当だが胡散臭さ全開ゆえに一護の心配は尽きなかったのであった。

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

ア「ユーノッ、来たわよー」

す「こんにちはー」

 スクライア商店を訪れる二人の美女。

 アリサ・バニングスと月村すずか。いずれもユーノの友人である。

ユ「やぁ二人ともいらっしゃい♪ どうしたんだい急に?」

ア「べ、別に・・・ちょっとそこらを通ったから立ち寄っただけよ・・・こっちもあんたの顔を見に来るほど暇じゃないし」

す「ふふふ。とか言いながら、アリサちゃん・・・ユーノ君の食事を気遣ってお弁当を作って来てくれたんだよ」

ア「こ、コラすずかッ!! 余計なことな言わないでよ!!」

 アリサは極度の照れ屋、もといツンデレだった。顔を真っ赤にしながら背中に隠したお弁当袋が何ともいじらしい。

ユ「ははは。相変わらずアリサは素直じゃないというか・・・なんというか・・・」

ア「アンタには言われたくないのよ!! そんなこと言うヤツにはお弁当食べてさせてあげないんだから!!」

 そう思って弁当箱を確認するが、手の中は既にもぬけの殻だった。

ア「あ、あれ!? お弁当は・・・」

ユ「あぁごめん。お腹が空いてたものだから言われる前に食べちゃったよ♪」

 言いながら、ユーノはアリサが朝早くに起きて作ったお弁当を食べていた。

ア・す((いつの間に食べてる・・・・・・!?))

 果てしないユーノに対する恐怖感情が二人の間に芽生えた瞬間だった。




次回予告

ユ「君達に、最新情報を公開しよう。」
「忘れもしない兄の面影。優しかった兄の面影。だが、それは突如として凶気へと変わる。捕われたティアナの魂を救い出せ!」
「ユーノ・スクライア外伝 NEXT、『面影は永久(とわ)に』。次回も、この小説にファイナルフュージョン承認!」
一「って、なんの次回予告だよコレ!?」
ユ「『ティアナのおもちゃの銃』―――これが勝利のカギだよ♪」






登場魔導虚
バリオスF
元建設業者で、ホームレスに落ちぶれたコルディア・フューゴが巨大虚を素体に融合したドリームランドにある大量の産業廃棄物を取り込み誕生した魔導虚。
右腕は魔導電子レンジの塊から成る荷電粒子砲、左腕は魔導冷蔵庫の塊から成る冷凍光線砲となっている。背部の魔導扇風機で空を飛び、体を列車形態にする事が可能。胸部からはペットボトルをロケットのように飛ばすミサイルを発射可能。強力なバリアシステムと超速再生能力を備えている。倒産回避のためフューゴが競馬で大勝負に挑んで敗れた影響か、頭部の仮面が馬の顔に似ている。
社会科見学に来ていたヴィヴィオ達が乗った遊覧船ごと取り込み、チューブ状の走行形態で地下鉄内を走り、ミッドチルダ地上本部へ到着するとこれの破壊を図った。なのは達や現場に駆け付けた恋次達の活躍によって倒される。
名前の由来は、ギリシア神話に登場する不老不死の神馬の名前「Balius」から。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話「面影は永久に」

前回のあらすじ

 

 巨大虚(ヒュージ・ホロウ)を素体とした魔導虚(ホロウロギア)・バリオスFの都心への侵攻を食い止めるべく、機動六課より出動した高町なのはらは、時同じくミッドチルダへとやって来た死神・阿散井恋次ら四人組と遭遇。

 彼らの助力もあり、見事バリオスFを撃破する事が出来た。

 死神と魔導師・・・・・・異なる世界における秩序を担う者同士が、ひとつの目的の元にミッドチルダへと集結した。

 

           ≡

 

新暦079年 4月8日

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 隊員宿舎

 

 午後10時過ぎ―――。

 交渉の末、ミッドチルダにおける魔導虚(ホロウロギア)関連事件への情報提供及びその迎撃を協力するという名目で阿散井恋次一行は、その身元保証を受けられる事となった。

 この事を早速支援者であるユーノに報告を入れる為、恋次は宛がわれた部屋で次元電話を試みる。

 プルルル・・・。プルルルッ・・・。ガチャ・・・。

『ユーノです』

「俺だ。おめえの言った通り機動六課とやらに潜り込む事ができたぜ。あと、こっちに着いて早々巨大虚(ヒュージ・ホロウ)を素体とした魔導虚(ホロウロギア)とも接触した』

『お怪我は?』

「この俺を誰だと思ってんだ? 多少ドジったがきっちり片付けたぜ」

『そうですか・・・』

「ただ、妙な事にその魔導虚(ホロウロギア)な・・・・・・人間を取り込んでいやがった」

『人間を、ですか?』

「仮面を斬ったら出て来たんだよ。どうも取り込まれた人間の話だと、妙な機械人間とやらに(そそのか)されて、気がついたら魔導虚(ホロウロギア)になっちまったらしい」

『おそらくですが・・・その機械人間というのは戦闘機人(せんとうきじん)の事だと思います』

「戦闘機人っつーと、例のスカリエッティが作った生体兵器か?」

『誕生の段階で機械の身体を受け入れられるようにあらかじめ調整されて生まれきた人間、それが戦闘機人です。それを強化する事で計り知れない戦闘力を手に入れる。スカリエッティは一犯罪者である以前に、常人では到達しえない様な無知と倫理の壁を取り払った異形の天才なんです』

 まるで浦原さんか(くろつち)隊長みたいだな・・・。心中そう思った後、恋次は伝令神機を右から左へと持ち替える。

「にしても妙じゃねえか? 今回の話の流れをまとめればだ、戦闘機人が魔導虚(ホロウロギア)の製造に一役買ってるって事だろ。しかも獲物は魂魄じゃなくて生きた人間ときた。何の為に人間を取り込む必要がある?」

『奴らの狙いについては追々分かります。とりあえず、報告ありがとうございます。早速僕なりに調べてみますね』

 直後、恋次は神妙な面持ちで電話の向こう側のユーノに問いかける。

「ユーノ・・・ひとつ聞きてえんだが」

『なんですか?』

「高町なのはって女の事なんだが・・・・・・お前、あの女とどういう関係なんだ?」

『・・・・・・なぜそんなことを?』

「あの女に聞かれたんだよ。“ユーノ・スクライア”について何か知ってるかって? 最初聞いたときは流石にビビッたぜ」

『・・・話したんですか?』

 少し間を置き、なおかつ低い声で問いかけるユーノ。恋次はありのままに事実のみを端的に伝える。

「あんときは咄嗟に浦太郎がフォローに入ってくれたから深くは追及されなったが、お前・・・・・・俺たちに何隠してやがる?」

 勘があまりいい方ではない恋次でも、ユーノとなのはに何らかの因縁がある事は判った。その上で自分達に未だ伝えていない事も数多いと踏んで思い切って問う。

『恋次さん・・・ひとつご忠告をしておきます』

 するとユーノは電話越しに、恋次を諌める様に呟いた。

『世の中には知らなくてもイイ事がたくさんあるんです。僕と彼女の関係を詮索したところであなた方には全く意味の無い事です。では―――』

 ブツッ・・・。ツー・・・。ツー・・・。

 何かを教えてくれそうな気配は皆無に等しかった。

 端末を閉じ、恋次は月明かりのみが照らす部屋のベッドへ横になると、天井を仰ぎ見ながら数時間前の出来事を振り返る。

 

 

「ユーノ・スクライア、という男性を知っていますか?」

 司令室でなのは本人の口からそう問われた途端―――恋次と吉良、浦太郎、鬼太郎の四人は目を見開き驚愕。

 なぜこの女の口からアイツの名前が出てきやがる? 真っ先に疑問を抱く恋次だが、ふと出発時や電話口でユーノが語っていた内容―――尋問を受けた際、名前自体の公表を避ける様にと言われていた事を思い出す。

 恋次は約束を破った後に待ち受けるユーノからの制裁を恐れ、この場は白を切って誤魔化す事にした。

「い、いや・・・・・・何の事だか俺らにはわからねえ。だろう吉良?」

「あ、あぁ・・・」

「きっとなのはちゃんは誰かと勘違いしてるんだよね! だってよく考えてみなよ。僕はともかくここにいる恋次さんや吉良さん、先輩に至ってはミッドに来たのは今日が初めてなんだよ。“ユーノ・スクライア”なんて名前を聞くのも今日が初めてだ。ということはつまり、何の面識も無いってこと。そんな見ず知らずの人の事を知ってると思う?」

「それはそうですが・・・・・・・・・だけど! 「高町隊長。」

 どこか腑に落ちず必死で食い下がろうとしたなのはだったが、状況を見ていたはやてが冷静な態度で制止を求める。

「浦太郎さんの言う通りや。気持ちは分からんでもないけど、この人達に彼の事を尋ねるのは荒唐無稽ちゅうもんや」

 はやての言い分はもっともだった。なのはは一度冷静になり、如何に自分が焦っていたのかを理解。ハッキリ言ってお門違いな尋問をしたと深く反省し、はやてと恋次達へそれぞれ首を垂れる。

「・・・・・・申し訳ありません部隊長。阿散井さん達も、突然の発言に困惑させてしまいました。深くお詫び致します」

「別に僕らは気にしてないよ。だよね先輩?」

「そ、そうだな! それよりも腹減ったよな! 食堂ってどこにあるんだろうな?」

「でしたらのちほどご案内します。今日はもう遅いので、阿散井さん達からお話を伺うのは明日にします」

「あぁ。こっちもその方が助かるぜ」

 何とか急場を凌ぐ事が出来安堵する恋次。

 ふとなのはを一瞥すれば、彼女は寂しさと悔しさ両方を内包した様な顔で首にぶら下げたロケットを握りしめていた。

 

 

(絶対なんかあるよな・・・あいつとあの女との間に――――――)

 確信を持って思案する恋次。ひとまず今日はもう遅いと、明日に備え慣れないベッドで眠りに就くことにした。

 

           *

 

ジェイル・スカリエッティ 地下アジト

 

 己が欲望のままに世界を混乱に陥れ、破滅へと導こうとする男―――ジェイル・スカリエッティは不気味な笑みを浮かべるとともに、ラボに集まった四人の幹部達を見据える。

「ふふふ・・・全員集まったようだね。“機人四天王(きじんしてんのう)”諸君」

 機人四天王―――そう呼ばれると、居合わせていた四人の戦闘機人が挙ってスカリエッティの方へ視線を向ける。

 集まった四人のうち、戦闘機人の初号機であるウーノ、トーレ、クアットロの三人はスカリエッティとともに軌道拘置所を脱獄したメンバー。もう一人は死亡したセッテの代わりに今回スカリエッティが新たに製造した初の男性型の戦闘機人ファイ。この四人を指して【機人四天王】と呼ぶ。

「あら~~! ドクターがお呼びとあらば、このクアットロいつでも参上いたしますわ♪ そうですわね~、トーレ姉様?」

「ああ。ドクターから(たまわ)ったこの新たなる力・・・全身から溢れ出す! これで従わないというのがおかしい。」

「妹達の強化は元より、ドクターの頭脳はいずれこの世界を本当の意味で救済するわ。魔導虚(ホロウロギア)はその為の第一歩よ」

「ふん・・・・・・。」

 スカリエッティを神の如く崇め奉り称賛の声を惜しまないウーノ達。

 その一方で、彼女達とは異なり一人異彩を放つファイ。感情の起伏が少ないという点ではセッテと似通っている点も多いが、どうにも近寄りがたい。他の三人も彼とはあまり積極的な関わりを持とうという気になれなかった。

「してドクター、本日の定例会・・・議題はやはりバリオスFを殲滅したという、例の黒衣の集団のことでしょうか?」

「おそらくはマカラガンガーの記録に残っていた死神だろうね。いやー、私の期待以上だったよ、彼らの能力(チカラ)は」

「それにしてもドクター。ゴミを寄せ集めた魔導虚(ホロウロギア)・・・弱過ぎましたわね~」

「核となる人間の選択も甘かったな」

 前回の魔導虚(ホロウロギア)について酷評が絶えないクアットロとトーレ。

 彼女達の気持ちを理解しながら、スカリエッティは「次なる手は打ってあるのかい、ウーノ?」と、おもむろに問いかける。

「お任せくださいドクター。死神の脅威はもっともですが、先ずは管理局の小うるさい魔導師達を潰すのが先決です。次なる魔導虚(ホロウロギア)はその役に適任かと思います」

 

           ◇

 

4月9日―――

第1管理世界「ミッドチルダ」

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 部隊長室

 

 翌日―――。恋次達は当初の予定通り、機動六課への魔導虚(ホロウロギア)に関する情報提供を行う事にした。

「んじゃ・・・昨日話した内容をもう一度おさらいするぜ」

 スケッチブックを手に取りおもむろにペンを走らせる恋次。やがて出来上がった絵をはやて達に見せながらひとつひとつ説明をする。

「・・・『魔導虚(ホロウロギア)』ってのは、魔導師と死神の力である魔力と霊力を併せ持った(ホロウ)と呼ばれる悪霊が進化したものの一団だ。元々突然変異から生まれた個体ゆえに数も少なくモノになった例は極僅かだったが、そこに何らかの方法・・・聞いた話じゃ古代遺物(ロストロギア)の力を手に入れたスカリエッティが接触することで極めて精度の高い魔導虚(ホロウロギア)が誕生した」

 ページを一枚めくり、「こいつが昨日ブッ倒した馬面魔導虚(ホロウロギア)だ」と、自分の描いた絵を見せる恋次。だが、ハッキリ言って彼に絵心は無かった。手づつな絵を見せつけられたなのは達もただただ唖然とするばかり。

「ここまでで何か質問はあるか?」

「そうですな・・・とりあえずそのスケッチブックが無ければもっとわかるんやけど」

 うっかりはやてが失言した。聞いた直後、恋次は露骨に不機嫌な顔を浮かべはやての頬を引っ張りあげる。

()タタタタっ!!」

「このちびダヌキ! 人がわざわざ分かりやすく図解してやってんのにその態度は何だ!?」

(あれで分かり易くしていたつもりなのか・・・)

 恋次には悟られない様心の中だけで呟く吉良。他のメンバーもとばっちりを受けない様に終始苦笑いを浮かべる。

 赤く腫れた頬を撫でつつ、はやては率直な所感を口にする。

「てててて・・・せやけど不思議やわ。確かに私たちは物心ついた頃から魔法使いでしたけど、ユウレイやその他の類を見るのは生まれて初めてです。おまけに死神が組織だっているちゅうのも予想外ですわ」

「俺だってことごとく裏切られた気分だぜ。現世のサブカルチャーとやらで魔法使いについていろいろ勉強してきたのに、いざ会ってみたらこれだぁ・・・一体この世界の何処に『ソウルジェム』や『インキュベーダー』がいやがるんだ?!」

「あのそれ、大分世界観が異なる作品ですけど・・・」

「つーかよりにもよってまどマギ観たのかおまえ・・・」

 全てにおいて恋次のサブカルチャーのチョイスは世間とはズレていた。彼に同行した浦太郎と鬼太郎もここまで逸脱し、悪い意味で予想を覆してくるとは思ってもいなかった。

 吉良は妙な雰囲気が漂っている事を懸念し、一度咳払いをする。

「・・・カルチャーショックがあるのはこの際仕方がない事だが、僕たちをここへ導いてくれた者の話によれば、魔導虚(ホロウロギア)はスカリエッティによって改造された事で一般人にも視認できる霊魂へと変貌を遂げた。本来この世界には存在しなかった不確定要素が流入した結果、次元世界規模での大いなる災いが起こっている」

魔導虚(ホロウロギア)を根絶させ、スカリエッティの野望を止める為に俺たちはここまでやってきたんだ。お前ら機動六課も目的は同じ筈だろ」

「・・・確かにあなた方の言う通りです。我々は一度逮捕した次元世界最悪の犯罪者を再び世に放ってしまった責任がある。これ以上あの男の欲望の為に、人々の血を流させるわけにはいかない」

「「うん」」

 クロノの言葉になのはもフェイトも首肯する。

 やがて、先ほどは恋次の怒りを買ってしまっていたはやても真面目な表情で居合わせた四人を見据える。

「機動六課部隊長として、改めてお願いします。どうか事件解決の為にご協力頂けますか? 決して死神さん方の足を引っ張るような事は致しません。何卒あなた方の力を我々にお貸して頂けますか?」

 その言葉をずっと待っていた。当初の目論み通りに事が運んだと理解した恋次はにんまりとした表情を、吉良達へと見せ他の三人も口元を緩める。

 重い腰を持ち上げると、恋次ははやての手を掴んで全面的な協力を約束する。

「死神の目の前で死ぬのだけはやめろよな」

「善処します」はやても口角を緩め顔を綻ばせる。

 ピピピ・・・。ピピピ・・・。

 話がちょうどまとまった時だった。はやて宛てに内線が入って来た。

 ディスプレイを開くと、眼鏡をかけた薄紫色の髪の男性―――交替部隊責任者で部隊長補佐を兼任するグリフィス・ロウラン三等陸尉が切羽詰った声で呼びかける。

『八神部隊長大変です!』

「どないしたんやグリフィスくん? そんな声荒らげて・・・いつものグリフィスくんらしくないなー」

『先ほど首都警邏隊からの連絡があって、ランスター執務官が出先で子供を庇って車に轢かれたと・・・!』

 

           *

 

ミッドチルダ中央区画 クラナガン中央病院

 

 事故の一報を聞きつけた主要メンバーが病院へ駆けつけると、幸いにもティアナは軽い腕の打撲程度の怪我で済んだことが分かった。

「でも良かったよ。車に轢かれたって聞いたときは一瞬不安になっちゃったよ」

「おまえも無茶するよなー」

「すみません。子供を守らねばと無我夢中だったもので・・・」

 スバルやヴィータから心配を寄せられ、事故直後の自分の行動を省みるティアナ。そもそも事故に遭った経緯というのは、外回り中にたまたま道路に飛び出した子供を守ろうとティアナが体を張った結果だった。子どもは彼女の勇気ある行動によって命を救われ、目立った怪我も無かったという。

「ひとまず救助した子供に外傷は無いそうだ。轢き逃げした車についてはこちらで調べる。今日のところは一先ず自宅療養に専念しろ」

「はい・・・この度はご迷惑おかけしました」

 方々に謝罪をするとともに、ティアナはシグナムの言う通りに自宅へと戻って大人しくする事にした。

 

 ロビーで会計を済まそうと待っていた折、ふとティアナの後ろから声がした。

「ココいいかな?」

 振り返ると、柔らかい笑みを浮かべ自分を見つめる浦太郎が立っていた。

「あ、はい。どうぞ」

 何故だかは分からないが浦太郎が自分を気に掛けている事だけは確かだと思い、無碍に扱わない為に隣に座る事を許可する。

「えーっと・・・たしかティアナ、だったっけ?」

「はい。そうですが・・・亀井浦太郎さん、でしたか?」

「浦太郎でいいよ。それにしても・・・」口にした直後、浦太郎は怪訝するティアナの顔をじっくりと観察する。

「―――なるほど。どおりで良く似ていると思った」

「似ている? 誰にですか?」

「昔さ、士官学校時代に君と同じ()をした魔導師がいてね・・・君のお兄さん、ティーダ一尉と僕は同じ釜の飯を食べた仲間なんだ」

「兄が・・・浦太郎さんと!?」

「年の離れた妹がいるとは聞いていたからどんな子かなーとは思ってたんだけど、噂以上に相当レベルの高い子で僕は嬉しいよ♪」

「え、えーと・・・・・・」

 魔導師としては極めて優れる浦太郎だが、こと女性に関してはどうしようもなくだらしがない。ティアナも浦太郎の話は小耳には挟んでいたが、実際の人となりは殆ど知らない為、ちょっとしたショックを受けていた。

「おっと、いけないついいつもの癖が・・・うっほん!! まぁ士官学校の頃から彼がいろいろと話してたんだよ。自分なんかよりもずっと魔法の才能があって、ちょっと頑固だけどかわいい自慢の妹がいるって。あんまりにもしつこいもんだから時々イラっとした事もあったっけな」

「兄が私をそんな風に・・・・・・」

「僕には正直彼のシスコンが理解できなかった。でも、たった二人の兄妹・・・・・・兄の果たせなかった夢を妹が叶えたんだから。お兄さんもきっと喜んでいると思うな」

 ティアナは今は亡き兄と交友があった人間の存在は元より、生前に自分の事を高く評価していた事を今の今まで知らなかった。

 死に別れてから早10年―――心の中で生き続ける兄の面影をふと目の前の浦太郎に重ね合わせたとき、胸の鼓動が昂ぶるものの優しい気持ちになるのを感じた。

「それはそうと腕の怪我は大丈夫なのかい?」

「あ、はい。すみません浦太郎さんにまでご心配を。大丈夫ですよ。ちゃんとお医者様にも診てもらいましたから」

「じゃあその首筋についてるそれも?」

「え」

 不意に浦太郎に指摘されたティアナが鏡に映った首筋を確かめると、いつの間にか気が付かない所で赤く痣の様に腫れ上がったものが出来ており、少し触っただけで痺れるような痛みが走る。

「ほんとだ・・・・・・何だろうこれ。いつの間にこんなものが」

「気が付かなかったのかい?」

「はい、お医者様に診てもらったときには何も無かったと思ったんですけど・・・・・・たぶん、事故の時にどっかにぶつけたんだと思いますけど・・・」

「俺にもそれ診せてもらえるか?」

 すると不意に恋次がティアナの元へと現れた。おもむろに近付き、恋次は困惑する彼女の首筋を凝視する。

(――――――! こいつは)

「あ、あの・・・阿散井さん?」

「・・・どうしたんですか、こわい顔して?」

「あっ、いや、なんでもない。ちょっとした思い過ごしだった。悪かったな」

 踵を返しティアナから離れる。ちょうど恋次が戻って来るのを待っていた吉良が危惧を抱いた様子で立っていた。

「おい吉良。」

「ああ。君の考えは正しいと思う」

「微かだが、アイツから魔導虚(ホロウロギア)の匂いがした」

「どうするつもりだい?」

「ちょっくらティアナの身辺を調べてみる。おそらく敵はアイツの関係者だ」

 

           *

 

 病院から帰った後、恋次はティアナの身辺周りを調べ始めた。

 そしててっとり早くに情報を掴むため、彼女が所属するスターズ分隊の隊長でもあるなのはに話を聞くことにした。

 

           ≡

 

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎

 

「ティアナの家族・・・、ですか?」

「隊長のおめえなら何か知ってるかと思ったんだが・・・」

 問われると、なのはは少し悲しそうな表情を浮かべおもむろに口にした。

「・・・・・・・・・たった一人の年のはなれたお兄さんがいたんです」

「“いた”?」

「10年前、航空魔導師だったティアナのお兄さん・・・ティーダ・ランスター一等空尉は任務中の事故で亡くなったんです。ティアナが10歳の頃でした。ティアナは亡くなったお兄さんが果たせなかった執務官になる為に、必死に努力して今に至ってるんです」

「―――そうか」

「あの、どうして急にそんな事を?」

「大したことじゃねえ。気になる事があっただけだ」

 仕事の邪魔したな。そう言ってなのはの元を去ろうとした恋次だったが・・・

「あの―――!」

 意を決したなのはが大声で呼びかけて来た。一瞬吃驚する恋次に、不安と焦りを孕んだ表情で問いかける。

「本当に恋次さんは、ユーノ・スクライアって人のこと知らないんですか?」

 昨日聞くに聞けなかった事を再び話題に出したなのは。ここでうっかり口を滑らせるわけにはいかない。恋次はユーノとの関連性を探る意味でも今回も敢えて白を切るという選択肢を取った。

「・・・・・・その話なら昨日も言っただろう。そんな奴は見たことも聞いたこともねえって。だいたいなんで俺なら知ってるんだって思ったんだよ? そもそもお前にとってユーノ・スクライアってのはどんな奴なんだ?」

「その人は――――――私の道を示してくれたんです。私のただ一人の魔法の先生で、私が魔法に出会うきっかけをくれた恩人なんです! 私が悩んだり、戸惑ったりしたとき、いつも優しく話を聞いてくれて・・・そっと背中を押してくれて・・・今だって感謝してもし切れないくらいその人の、ユーノ君の事で胸がいっぱいなんです・・・・・・!!」

「おまえ・・・・・・」

「前に地球に里帰りしたとき、恋次さんと同じ格好をした死神の男性を視たんです。その人はユーノ君の魔法を使ってて・・・・・・だから恋次さんならユーノ君の事を知ってるんじゃないかって思ったんです!」

 ありのままに事実を伝えるなのは。若干驚いた様子の恋次だったが、ここで迂闊に自分とユーノの関係を教えるのは得策ではないと判断。慎重に言葉を選びなるべく自分にとって有利な方へと誘導する。

「仮に俺がそいつの事を知っていたとして、お前はどうするつもりなんだ?」

 打算からくる誘導尋問。するとなのははそんな打算と知ってか知らずか、赤裸々に自分の思いを告白する。

「ユーノ君に今の私の正直な気持ちを自分の言葉で伝えたいんです・・・・・・じゃないと、もう二度と分かり合えない。他の方法じゃダメなんです。ユーノ君とは直接ぶつかって分かり合うなんて出来ないんです・・・・・・ちゃんとした言葉じゃないとダメなんです・・・・・・!!」

 段々と声を震わせ、ついには涙腺を崩壊させる。

 恋次はユーノに対し並々ならぬ思いを抱えている彼女の気持ちに共感するも、ユーノとの間で交わした約束を破る訳にはいかないというジレンマに駆られた。

 

 光陰矢の如し―――時刻は夜の8時を迎えた。

 一日を終えた浦太郎と吉良は、風呂上り宿舎の談話室で話をしていた。

「いくらなんでも信じられないですねー。魔導虚(ホロウロギア)って無差別に人を襲うんですよね? それがティアナ個人を襲うなんてこと・・・」

「少なくともその可能性は高いと、僕らは見ているよ」

「根拠は?」

「考えられるとすればひとつしかない。だが―――」

 その根拠を口にするのは些か気が引けてならなかった。険しい表情を浮かべる吉良を見ながら浦太郎が眉を顰めていた、そのとき。

 ピピピピッ・・・。吉良が持つ魔導虚(ホロウロギア)探知機内蔵の伝令神機がけたたましく鳴り響く。

「これは!」

魔導虚(ホロウロギア)ですか!? 場所は!?」

「待ってくれ―――そんな・・・まさか・・・」

「吉良さんどうしたんですか!?」

「時間も場所も・・・今・・・ここだ!!」

 口にした直後。吉良と浦太郎が立っている足場からどす黒い煙が出現し、足下より禍々しい怪物の腕が伸びて来た。

「「・・・な・・・ッ」」

 咄嗟にジャンプして攻撃を回避する吉良と浦太郎。亜空間より姿を現したのは、全身至るところが金属でコーティングされた西洋のドラゴンの様な体つき、仮面の突起物が回転式拳銃の銃身を思わせる魔導虚(ホロウロギア)だった。

『ウオオオオオオオオオオオオオ』

 見た目に違わぬ豪快な(いなな)きは強者である事を主張。吉良と浦太郎は眼前の魔導虚(ホロウロギア)からひしひしと伝わる霊圧の強さを間近で実感する。

「気を付けるんだ。この霊圧・・・ただの魔導虚(ホロウロギア)じゃない」

「みたいですね。いくよフィッシャーマン」

〈All right〉

 防護服を身に纏い、愛機フィッシャーマンを構えた浦太郎は魔導虚(ホロウロギア)・デカデンシアへの攻撃を開始。

「ソニックスピア!」

 高速で繰り出す槍撃(そうげき)。しかしデカデンシアの外皮は強固な鉄の如く加工が施されており、浦太郎の攻撃はすべて無効化。

「ぐあああああああ」尻尾部分を振り回して浦太郎を弾く。

「浦太郎くん!」

 見かけ通り強力な力を秘めていた敵の能力を懸念し、吉良は即行で終わらせようと封印状態の斬魄刀を解放する。

「面を上げろ、侘助!」

 能力解放するとともに頭上高くから、魔導虚(ホロウロギア)の仮面ごと頭を割ろうと刃を振り下ろす。

 しかし運の悪い事に仮面の強度もまた体組織同様非常に固く、一撃振り下ろしただけでは完全に割る事が出来なかった。

(なんという固さだ!! 完全に見誤った!)

『オオオオオオオオオオオオオオオ』

 苦痛に喘ぎ叫ぶデカデンシア。亀裂の入った仮面の一部が咆哮を上げた際に割れ、床へと散らばった。

「―――え!!」

 このとき浦太郎は割れた仮面下にあるデカデンシアの正体を目撃。そこには決してあり得ない光景が映っていた。

「咆えろ、蛇尾丸!!」

 ちょうどそこへ、霊圧を感じ救援に駆け付けた恋次が戦闘へと割り込んだ。

 デカデンシアは蛇尾丸の一撃を受けると、分が悪いと判断―――体勢を整える為に亜空間の中へと姿を消した。

「・・・逃がしたか・・・! 追うぞ吉良!!」

「ああ」

 大至急取り逃がしたデカデンシアの追跡を試みようとした直後。

「・・・ちょっとまってください!!」

 突然、浦太郎が声を荒らげ二人を止めに入った。

「・・・どういうことなんですか・・・?」低く震えた声を発しながら、浦太郎は恋次と吉良の方へ驚愕に満ちた顔を向ける。

「・・・今のは・・・・・・ティーダ・ランスター一尉・・・・・・紛れもなくティアナのお兄さんでしたよ!」

 問われた途端、恋次と吉良は互いに険しい顔となる。やがてその表情を崩さず、厳粛にある一つの事実を口にする。

「俺ら死神っつーのは、背後から一撃で頭を割るのが(ホロウ)退治のセオリーでな・・・その理由は大きく別けて二つある」

「ひとつは戦いに於けるダメージを最小限に減らす為という合理的な理由・・・そしてもうひとつ、重大な理由がある。一撃で倒し・・・(ホロウ)の正体を決して見ないようにする為だ」

「どういう事ですか? なんなんですか。(ホロウ)の正体って?」

 気になる(ホロウ)の正体。浦太郎が食い下がると、吉良は端的に答える。

(ホロウ)というのは全て――――――元は普通の人間の魂だったものなんだ!」

「え!?」

 

           *

 

ミッドチルダ都内 ティアナのマンション

 

 ピンポーン! 自宅で療養中だったティアナの部屋へ夜分遅くに来客が。大方予想を付けながら尋ねてきた人物を確かめると、案の定ティアナの数年来の親友であるスバル・ナカジマだった。

『ティアー、あたしあたし!』

 やっぱりスバルか・・・。長い付き合いゆえに彼女の考えが何となく読めてしまう。ティアナは鍵を開けると、スバルを出迎える。

「どうしたのよこんな夜更けに?」

「へへへ。ちゃんと安静にしてるかどうか気になっちゃって。それとね・・・じゃじゃーん! ナカジマ家特性の肉じゃが! ギン姉が多く作り過ぎたからティアにも持ってけーって!」

「わざわざいいのに。でもありがとう、ちょうどお腹空いてたところだし入って」

「はいはーい♪」

 

           *

 

同時刻 機動六課 ミッドチルダ地上隊舎

 

 死神からもたらされた真実。悪霊である(ホロウ)の正体が元々はただの一般魂魄、すなわち死んだ人間の魂であった事。幸か不幸か、浦太郎はユーノからこの話をあらかじめ聞かされておらず、今の今まで知らずにいた。

 矢も盾もたまらず浦太郎は珍しく感情を高ぶらせ、近くにいた恋次の胸ぐらを思い切り掴み鬼気迫る顔で尋問した。

「―――ど・・・どういうコトですか! 普通の人間って! そんなの僕聞いてませんよ! あいつらはバケモノなんでしょ!? 倒さなきゃならないモノなんでしょ!?」

「あぁそうだよ!! ()()()()()()()()()! ()()()()()()()()()!」

「けど、元は人間って・・・!?」

「恨みや悲しみ、現世に想いを残す者の魂はなかなか死神によって『魂葬(こんそう)』される事無く放置される。そして自ら、あるいは先んじて(ホロウ)となっているモノに取り込まれ、新たに(ホロウ)となるんだ」

「そんな―――」

 吉良の言葉に大きなショックを抱き言葉を詰まらせる。恋次は胸ぐらを掴んでいた浦太郎の手を解き、襟元を整えるとやや焦った様子で口にする。

「ここで口論してる暇はねえ! ティアナの元へ向かうぞ。じゃねえとアイツが――――――死ぬ。」

 

           *

 

ミッドチルダ都内 ティアナのマンション

 

 夕食を終えたティアナとスバル。年頃の娘らしくガールズトークに花を咲かせていた折、バスン! という不自然な物音を聞きとった。

「な・・・・・・」

「何? 今の・・・―――音・・・」

 物音がした方へ振り返る二人。そのとき、ティアナの眼に真っ先に映ったのは床に無造作に転がる写真立てだった。

「ああっ! 兄さんの写真が!」

 慌てて写真立てを拾い上げるティアナ。写真には幼き頃の自分が無邪気におもちゃの銃を持ち上げており、その横には優しく見守る兄・ティーダの姿が写っていた。

「―――・・・!?」

 だがそのとき、ティアナは手にヌルっとした感触を覚え目を見開く。

「ティア、どうかした?」

 彼女の様子が気がかりとなりスバルがおもむろに声をかける。

「・・・何これ・・・・・・? なんか・・・―――血・・・・・・みたいなものが・・・」

 写真立ての後ろに付着した紅色の血液を目の当たりにし、ティアナは言葉を詰まらせていた・・・次の瞬間。

 

 ―――ドン!

 

 体の中心を抉り出すような強烈な衝撃が全身に走った途端、ティアナは白目を剥いて後ろへとひっくり返った。

「ちょっ・・・ちょっと! 何!? どうしたのティア!!」

 あまりに唐突な事態にスバルは訳が分からず声を荒らげる。このとき、ティアナの意識は完全に失われていた。

 

 ティアナの身に危険が及んだ頃、逃走したデカデンシアの足跡を追っていた恋次は、浦太郎を背に乗せて走る吉良とともにビルからビルへと移動していた。

「あの魔導虚(ホロウロギア)が・・・・・・肉親(ティアナ)を襲う!?」

魔導虚(ホロウロギア)も元をただせば(ホロウ)だからな」

「でも(ホロウ)ってのはお腹を空かせて魂を食べるんですよね! 無差別なんじゃないんですか!?」

「無差別に人間や他の霊魂を襲うのは・・・既に肉親を喰い殺した(ホロウ)だよ。」

「・・・・・・な・・・・・・」

 吉良の一言に絶句する浦太郎。そしてさらに、吉良は話を深く掘り下げる。

「あと一つ勘違いしないで欲しいんだが・・・(ホロウ)は決して空腹ゆえに魂を喰らうわけじゃない。苦痛から逃れるために魂を喰らうんだ」

「苦痛?」

(ホロウ)とは即ち『堕ちた魂』だ。死神に尸魂界(ソウル・ソサエティ)へと導かれなかった魂。とりこぼされた魂。(ホロウ)から守ってもらえなかった魂。それらが堕ち中心(こころ)を亡くして(ホロウ)となる。そして(ホロウ)となった魂は亡くした中心(こころ)を埋めるため、生前最も愛したものの魂を求めるんだ」

「よく夫が死んだ数年後に後を追うように倒れる妻の話なんかを耳にするだろ。あれは(ホロウ)になった夫に魂を喰われた妻の姿だ」

 次々と明るみになる(ホロウ)にまつわる新事実。本来であればユーノから教わるべき事だったが、浦太郎は窺うタイミングを逸してしまい現在に至る。その結果が今であり、ティアナを危険に晒す結果となった。

 思わず無言となる浦太郎。恋次はショックを受けている彼に更に重い事実を突き付ける。

「・・・昼間・病院でティアナに会ったとき、首筋に大きな痣があっただろ。ありゃさっきの魔導虚(ホロウロギア)が掴んだ跡だ」

「!!」

「もしやと思ってなのはに訊いたんだ。『あいつに家族はいるか?』って。そしたらなのはは『年のはなれた兄貴が一人だけいた』って答えた」

「彼女の肉親がその『年のはなれた兄』―――ティーダ・ランスター一人ならば、間違いない。狙われるのはティアナなんだ!!」

(ティーダ一尉が・・・・・・(ホロウ)に堕ちるなんて!?)

 信じ難く、受け入れ難い話だった。しかし現実として、ティーダの魂は悪霊へと成り果て実の妹を喰い殺そうとしていた。

 

           *

 

同時刻 ミッドチルダ都内 ティアナのマンション

 

 ゴトン―――!

 ティアナが意識を失った直後、スバルは正体不明の敵によって襲われていた。

 強い力で吹っ飛ばされたと思えば、左肩にかけて出血が見られ、スバルは達まち動揺を露わにする。

「・・・な・・・なに!? 何なのコレ・・・? なんで血が・・・一体なにが・・・おき・・・・・・・・・」

 ダン! 状況を把握する暇なく目の前から加わる圧力。

 押し倒されたスバルが一歩も動けずにいる中、ティアナは壁の隅で縮こまりながら、幻術魔法『オプティックハイド』で姿を周りの景色と同化させ、親友へと襲い掛かる魔導虚(ホロウロギア)・デカデンシアを見つめる。

(・・・な・・・なにが・・・何がどうなってるよ・・・!? この威圧感・・・この不気味な容姿・・・こいつも魔導虚(ホロウロギア)なの・・・?)

 恐怖に怯える思考と心情。ティアナの視界には、力なく床に伏せたまま動かない自分の身体から生えた一本の鎖が胸と直結しているという奇怪な事態が気になった。

(わたしの体・・・・・・なんであんなところにあるの・・・わたし・・・・・・一体どうなっちゃったの・・・? ・・・頭がクラクラする・・・この鎖・・・・・・何なの・・・? すごく・・・・・・苦しい・・・・・・ち・・・・・・ちぎっちゃいたい・・・)

「ふ、うッ・・・うお・・・っ」

 理解の追いつかない事態に困惑している間にも状況は更に悪くなる。デカデンシアの魔の手がスバルへと襲い掛かり、一歩も動けない彼女はデカデンシアによって首を絞められ、今にも窒息しそうだった。

「スバル・・・!!」

 このままでは彼女が死んでしまう。息の上がる苦しい体に鞭を打ち、ティアナはゆっくりと立ち上がる。

(・・・そうよ・・・わたし・・・・・・なにボーッとしてるのよ・・・スバルを助けなきゃ・・・!)

 いても経ってもいられなかった。決意した途端、勇気を振り絞った彼女はデカデンシアへと体当たり。

「このバケモノ!!」

 身を挺してスバルからデカデンシアの腕を解放。直ぐに半ば意識を失いかけているスバルの身を案じる。

「す・・・スバル大丈夫!? 早く逃げなさい今のうちに!」

「はあっ・・・は・・・・・・」

「スバル! どうしたの! きこえないの!? 『・・・ムダだよティアナ・・・』

 必死で呼びかけるティアナの言葉を遮り、デカデンシアが横槍を入れて来た。

『今の彼女には俺たちの声は届かない』

「―――どうして・・・・・・あんた私の名前・・・知ってるのよ・・・」

『・・・・・・・・・・・・俺の声も忘れたのか・・・・・・俺だよ、分かるだろ?』自分を分かってもらおうと顔を近づける。

「いやぁ来ないで!!」その途端にティアナから拒絶された。堕ちたティーダの魂はこの事実に承服しかねた。

『・・・悲しい・・・悲しい・・・悲しいなティアナ!!』

 デカデンシアの鋭い爪がティアナへと向けられる。

 

 ゴツン―――!

 

 一瞬目を瞑ったティアナ。だが痛みなどは一切感じない。恐る恐る視界を開けてみると、目の前には恋次と吉良、浦太郎の三人が共同でデカデンシアの爪を受け止めていた。

「・・・恋次さん・・・吉良さん・・・浦太郎さんも・・・どうして・・・?」

「おめえら管理局員が全ての次元世界の治安を守るようにな、死神っつーのは全ての霊魂を守るためにあるんだよ! 決してえり好みせず、どんな霊も平等に助ける! そのためにはどこまでも駆けつけ―――その身を捨てても助ける覚悟をもってるんだ!」

『死神め・・・・・・・・・・・・邪魔をする気か・・・!』

「・・・(わり)ィな・・・・・・それが俺の仕事なんでね・・・ティアナを殺したけりゃ・・・先に俺を殺すことだな!」

 語気強く宣言する恋次。デカデンシアは恋次から漂う霊圧に臆した様子で一旦後退し、牽制を図る。

(攻撃・・・・・・してこねえ・・・俺の霊圧で怯んでくれたか・・・?)

 デカデンシアの動きに警戒しつつ、近くで血を流して倒れるスバルを一瞥。

(・・・スバルか・・・家に来てて巻き込まれたのか・・・・・・クソっ・・・!)

「だいじょうぶかい?」吉良と浦太郎がティアナの安否を気遣い寄って来た。

「は、はい・・・あの・・・わたし・・・どうなったんでしょうか・・・」

「吉良さん、これって!?」浦太郎は直ぐにティアナの胸の中心に生えてある一本の鎖に目が行った。

 これが意味するものが何かは死神である吉良が最も理解しており、厳しい現実を目の前のティアナに告げる必要があった。

「ティアナ・・・・・・落ち着いてよく聞くんだ。君の胸に生えているのは『因果(いんが)(くさり)』と言って、今の君は魂魄の状態。すなわち、肉体から魂が抜け落ちてる状態なんだ!!」

「え!?」

 あまりにショッキングな話に絶句するティアナ。

『ティアナは俺と一緒に暮らすんだ! 誰にも―――邪魔はさせない!!』

 すると、デカデンシアが一瞬の隙を突いてティアナの因果の鎖を握りしめ、彼女を人質にとった。

「キャアアアア」

「「ティアナ!!」」

「このクソヤロウ!!」

 恋次が斬魄刀で斬りかかる。咄嗟にデカデンシアはコーティング加工された尻尾で刃を受け止め攻撃の威力を削ぐ。

(なんだこいつの皮膚は・・・!? 刃が通らね・・・)

 ドン! 間隙を突いたデカデンシアの攻撃が通り、恋次はマンションの壁を突き破って外へと放り出された。

「クソ・・・がッ」

 霊子で足場を固定させ、額から派手に血を流す恋次を嘲笑うようにデカデンシアはティアナをこれ見よがしに見せつける。

『どうした・・・・・・威勢のいいセリフを吐いた割には・・・随分と動きが鈍いじゃないか・・・死神とやらも存外大した事ないなァ!!』

 言うと、仮面突起物状の回転式弾倉を動かし銃口付近に魔力エネルギーを充填。デカデンシアの足下に水色のミッド式魔法陣が浮かび上がると、空中に複数の魔力スフィアを形成する。

(なんだこりゃ・・・!?)

(あの魔法は・・・・・・マズい・・・!!)

 魔法について十分な知識を持たない恋次とは対照的に、デカデンシアが発動した魔法について看破していた浦太郎が危惧の念を抱く。

 次の瞬間、デカデンシアの咆哮を合図に計20発もの魔力スフィアが一斉に恋次目掛けて同時発射された。

 数の多さ、的確に標的へと飛んでくる誘導力、恋次は避ける事もままならずその着弾を許して撃墜された。

「「|阿散井くん(恋次さん)!!」」

「あぁ・・・・・・!」

 自分が得意とする精密射撃魔法を駆使するデカデンシアによって恋次が傷ついた。それがティアナには何よりも許せなかった。

「は・・・放しなさいよ・・・! さっさと放して・・・!」

 強い握力で魂魄である体を握り締めるデカデンシアから離れようと必死で抵抗する。そんなティアナを見るうち、デカデンシアの心は切なさを抱く。

『・・・・・・ティアナ。本当に・・・俺を忘れてしまったのかい・・・? 俺だよ・・・! ティアナ・・・!!』

 妹に分かって欲しい。デカデンシアは吉良によって壊された仮面部分を露わにし、その素顔の一部をティアナへと向けた。

「・・・に・・・兄さん・・・!?」瞳孔を見開きただただ目の前の光景を疑った。

 

「阿散井くんっ!! しっかりしろ阿散井くん!!」

「う・・・・・・うるせえぞ」

 撃墜された恋次の身の上を確認する吉良だったが、その口調からも分かる通り無事であることが確認された。

 安堵する反面、人の心配を無碍にする様な言い方に苛立ちを抱いた吉良は本気で怒りを露わにする。

「起きるなりその言い草は何だ!? なんて様だ! 隊長格ともあろう死神が魔導虚(ホロウロギア)一体に油断するとは!」

「ゆ、油断なんかしてねぇよ!! ただ・・・アイツの使った魔法が速くて避け切れなかっただけだ!!」

「クロスファイアーシュート。複数の誘導弾によって空間制圧を行う事を目標として組まれた中距離誘導射撃魔法。ティーダ一尉の十八番だった魔法です」浦太郎がティーダの使った魔法の説明を加える。

「初見であの魔法を破るのは困難だ。ここは僕がサポートしますよ」

 

「ホ・・・ホントに・・・兄さん・・・・・・なの?」

 夢が現か、その真偽は重要じゃない。確かな事はひとつ、目の前にいるのは紛れも無く10年前に死別した最愛の兄・ティーダである事だ。

『・・・ああ。そうだよティアナ。やはり忘れてなんかいなかっ・・・『なんでよ・・・?』

 嬉しさに感極まるティーダだったが、その直後自分の言葉を遮る形でティアナが声を荒らげた。

「なんでスバルや関係ない人達を傷つけたりするのよ・・・!? 兄さんは人を傷つけるような人じゃなかった! どうしてよ兄さん・・・!」

『どうしてだと・・・? 寂しかったのさ・・・だんだんとお前が俺の事を忘れてしまうのが・・・・・・』

「――――――え・・・?」

『俺が死んでからというもの・・・おまえは毎日俺の為に祈ってくれていたね・・・ずっと見ていたんだよ・・・・・・ティアナの祈りだけで全てが救われる気がしていた・・・だがそれから数年ほどして、おまえはあのスバルと言う女と友達になった。その頃からおまえが・・・俺の為に祈る回数はどんどん減っていった・・・! そして俺が果たせなかった夢を、執務官となったおまえはとうとう―――俺の為に祈ることをしなくなった!!』

「――――――・・・!」

『つらかった・・・ティアナの心から・・・日毎(ひごと)に俺の姿が消えていくのを見るのは・・・! だから俺は―――』

「ち・・・・・・ちがうわ兄さん! それは・・・『いいかティアナ!』

 今度はティアナの言葉を遮り、デカデンシアは妹の脆い体を掴み掛かると鬼気迫る勢いで懇願、もとい脅迫した。

『少しでも俺を想う気持ちがあるのなら、これ以上俺を裏切るなぁ!! おまえは俺の言う通りにしていればいいんだ』

「やめてよ兄さん! 気持ちはわかるけど、だからってこれ以上他の人を傷つけるのは―――『黙れっ!!』

 一喝し、自分に歯向かったティアナを鷲掴む。

『誰の所為でこんなことになったと思ってるんだ・・・!! お前だろうティアナ・・・!』

「ッあ・・・」

『おまえは俺の言うことを聞くんだ! さもなくば―――お前から殺してやる・・・!』

 理性を失くし怒りと悲しみに捕われたデカデンシアは魂魄である妹の体を力いっぱい握り潰そうとする。

「やめるんだティーダ一尉ッ!」

 危機へと駆けつけた浦太郎。手持ちのフィッシャーマンでデカデンシアの背中を何度も何度も突き刺し、ティアナを解放しようとする。

 鋭い痛みに耐え切れずティアナをその手から放すも、直ぐに取り戻そうと手を伸ばす。

「咆えろ蛇尾丸!!」

 そこへ恋次が割り込み蛇尾丸の刀身で右腕を斬り落とす。

『グアアア・・・・・・亀井浦太郎・・・そして死神・・・・・・揃いも揃って何故俺の邪魔する・・・・・・!?』

「・・・あなたのシスコンは度を超えているよ・・・本当に妹を想う気持ちがあるなら、どうして彼女の心を見ようとしないんだ・・・? 最早彼女は君に守られる少女じゃない。一人の魔導師として、一人の女性として、彼女は自分の道を歩いている。それを何故理解できないんだ!?」

『う・・・おおおオオオオオ・・・!! 黙れ黙れ黙れッ―――!! 両親が事故で死んでから俺たち兄妹は二人でずっと生きてきたんだ! ティアナを育ててきたのは俺だ!! 守ってきたのも俺だ!! ティアナは俺のものだ! 誰にも渡しはせん!! 渡すものかァ!!』

「兄さんッ!!」

 荒れ狂う心。ティアナの声など最早聞こえない程に怒り狂ったデカデンシアは、説法を解いた浦太郎へと食らいつこうとする。

 それを阻んだ恋次は蛇尾丸の刃でデカデンシアの歯を受け止め持ち堪える。

「ふざけんなよシスコン野郎・・・ティアナはティアナだ! 誰のモノとか・・・そんなんじゃねえだろ・・・!」

 (ことごと)く身勝手な事を口にし続けるデカデンシアへ喝を入れ、恋次は鈍った敵の体を斬りつける。

「やめて!! 兄さんを斬らないで!!」魔導虚(ホロウロギア)となった兄を斬る事に躊躇しない恋次へ悲痛な声で呼びかけるティアナ。

「馬鹿言ってんじゃねえ!! 俺たち死神が斬らなきゃな、てめえの兄貴の魂は永遠に救われねえんだ!!」

 一度(ホロウ)となった魂が元に戻らない以上、死神は(ホロウ)を斬らなければならない。それが堕ちた魂を唯一救済する方法なのだ。

『ウオオオオオオオオオオオオオ』

 劣勢となってきたデカデンシアは事態打開を図り、オプティックハイドで姿を眩ませるとともに、先ほど恋次を苦しめたクロスファイアーで再び攻撃を仕掛ける。

 容赦なく飛んでくる無数の誘導弾。恋次は斬魄刀を振り回した程度では捌き切れない正確無比な射撃魔法に終始苦戦する。

(この数と精度は半端じゃねえ!! 捌き切れねえ!!)

 忽ち追い詰められる恋次。それをフォローしようと、浦太郎がフィッシャーマンを抱えてデカデンシアへと飛んできた。

「いい加減に目を覚ませッ!!」

『貴様もひっこでいろ!!!』

 ドン!! 尻尾で浦太郎を近くのビルへと叩きつけ戦闘不能へと陥れる。

『ティアナは俺のものだ! すべて! 俺はティアナの為に生きた!! だがティアナは! 俺の為に生きてはくれない!! ならばせめて・・・』

 言うと、ティアナの方へ振り返り迷う事無く彼女の魂を喰らわんと飛び付いた。

『俺のために死ねえ!』

「やめろ!!」

 

 ドン―――ッ。

 

 恋次を始め、吉良も、そして浦太郎も全員が目を疑った。

『・・・・・・ティ・・・・・・・・・アナ・・・・・・?』

 何よりも一番驚いたのはデカデンシアだった。ティアナへ食らいつこうとした瞬間、彼女は逃げる素振りは一切見せず、むしろ自分から進んで受け入れたかの様に近づいた。

「・・・ごめんなさい・・・・・・兄さん・・・・・・」

 弱々しい声で呟くと、肩から血を流したティアナが堕ちた兄を優しく抱きしめながら謝罪する。

「わたしのせいだ・・・・・・私がもっとちゃんと兄さんのこと考えてたらこんな事にならずに済んだのに・・・最初のころは私も毎日祈ってばかりだった・・・・・・でもそれじゃいけない・って思ったんだ。私が悲しんでるところばかり兄さんに見せちゃいけないって・・・それじゃ兄さんが安心できないから・って・・・」

 言うと、デカデンシアの仮面から窺える兄の目を見ながら―――ティアナは潤んだ瞳で声高に主張する。

「だから証明したかったの! 兄さんから教えてもらった魔法で私が兄さんの叶えられなかった夢を叶えて、兄さんの分まで幸せです! だからもう心配しないでって、そう言う姿を見せたかった!」

『・・・・・・!』

「だけど・・・それが兄さんを淋しくさせてたなんて・・・私ちっとも・・・気付かなかった・・・ほんとに・・・・・・バカみたい・・・・・・」

『ちが・・・ちがう違う違うッ! う・・・ウワアアアアアアアアアアア!!!』

 妹の言葉に心が揺れる。デカデンシアはティアナを離すと、顔を押さえながら発狂し苦しみ喘ぎ始めた。

「これは、どういう事ですか!?」

 突然の事態に驚く浦太郎は吉良に事情の説明を求める。

「おそらく彼は今・・・自分の中の(ホロウ)に抗っているんだ。彼は自分の意志で(ホロウ)になったわけじゃない。スカリエッティの手にかかって無理矢理(ホロウ)に取り込まれ、魔導虚(ホロウロギア)になったんだろう」

「なぜそんな事を?」

「おそらく、スカリエッティは僕ら死神の存在を認知しているんだ。その僕らが機動六課と接触した事も把握している筈だ。ならば、六課の戦力を潰す為に刺客を放ってくることもまた必定だ。その為にティーダ・ランスターの魂を利用し、刺客として差し向けたんだ。だが彼は今必死でその(ホロウ)と戦っている。妹の為に―――」

『ぐあああああああああああ・・・てぃ、ティアナぁぁぁ!!』

 失いかけていた理性が少しずつ戻り始める。デカデンシア、いやティーダ・ランスターは取り込まれていた己自身の魂をもう一度闇の中から引きずり上げると、素顔を覆っていた仮面を自ら打ち砕いた。

 ティーダが己の中の(ホロウ)に打ち勝ち、素顔を見せた瞬間―――安堵したティアナは一筋の涙を流し破顔一笑。そのまま気を失った。

「ティアナ!!」

 恋次は大急ぎで彼女の元へ駆け寄り、吉良へと問いかける。

「吉良! 助けられるか!!」

「胸の因果の鎖は切れていない・・・こん睡状態だがまだ間に合う。スバルと一緒に僕が治療する」

「頼むぞ、元・四番隊」

「一体いつの話をしているんだ・・・」

 吉良の手にかかればひとまず安心だろう。そう思っていると、本来の心を取り戻したティーダは涙を流し、深く項垂れていた。

『ああ・・・ティアナ、俺は本当は気付いていたんだ・・・おまえが俺を心配させないために祈るのをやめて俺の夢を必死で叶えようとしていたことを・・・でも・・・それでも祈っていて欲しかったんだ・・・俺のために祈ってくれている間だけは・・・おまえの心は俺だけのものだったから・・・』

「―――あなたは・・・一体彼女の何を見ていたんですか・・・」

 そのとき、問いかけた浦太郎が持ってきたのはおもちゃの拳銃だった。

『そ、それは―――』

 ティーダは目を見開き驚愕。そのおもちゃは、小さい頃にティアナの誕生日プレゼントとして自分が買った物だった。

「見覚えあるみたいですね。あなたがプレゼントした物でしょう。それがあるって事は、ティアナはずっとあなたの事を想い続けてたって証拠じゃないんですか?」

 聞いて愕然とする。言葉を無くすティーダに、浦太郎は更に隣で語りかける。

「―――同じなんですよ。死んだ者も残された者も。どっちも同じだけ淋しいんです・・・! 自分一人だけが淋しがってるなんて・・・そんな勝手な思い込みしないで下さい・・・!」

『―――気付かなかった・・・俺は・・・俺は・・・』

 つくづく身勝手だったと深く自省。これ以上彼女が泣いたり傷つかない為に、ティーダは恋次へ懇願する。

『・・・死神よ。俺を斬って欲しい。このままではいずれまた自分を失って怪物となりティアナを襲う。だから今、少しでも正気を保っている間に消えておきたいんだ・・・』

「ティーダ一尉・・・だけどそれは・・・「浦太郎くん!」

 当惑する浦太郎へ吉良が声をかける。ティアナとスバルの治療を同時に行いつつ、淡々と呟く。

「彼の判断は正しい。一度、(ホロウ)になったものの魂は二度と元には戻らない」

「吉良さん・・・ですが!」

「・・・ユーノさんから教わらなかったのかい?  (ホロウ)を“斬る”ということは“殺す”ということじゃないって」

「俺ら死神の持つ斬魄刀はな、(ホロウ)になった奴の罪を洗い流してその魂を救済する。そして魂の故郷である尸魂界(ソウル・ソサエティ)へと行けるようにする。俺ら死神はその為にいるんだ」

 吉良に便乗した恋次は、自ら昇華を受け入れたティーダへと歩み寄ると、彼の心臓付近に刃を貫こうとする。

「・・・まって・・・兄さん・・・・・・」

 そのとき、意識を失っていたティアナが旅立とうとする兄へと弱々しい声で呼びかける。

「兄さんが死んでから・・・・・・私は我武者羅に力が欲しかった・・・・・・・・・・・・兄さんを馬鹿にした奴を見返したいって・・・・・・そんな幼稚な復讐心を燻らせて・・・・・・」

『ティアナ・・・』

「だけどね・・・・・・スバルと出会って・・・・・・機動六課に入って・・・・・・私変わったの・・・・・・私が本当に力を求めていたのは誰かを見返す為じゃない・・・私みたいな悲しい目に遭ってる人を一人でも多く助けたかったからなんだって・・・・・・兄さんが私に教えてくれた魔法はその為にあるんだって・・・・・・今ならよくわかるよ・・・・・・」

 双眸から流れ落ちる涙。潤んだ瞳で妹は生前と全く変わりない優しい表情を浮かべる兄へ最期の言葉を掛ける。

「・・・お兄ちゃん・・・いままでもこれからもありがとう・・・・・・いってらっしゃい・・・・・・」

『ああ・・・・・・いってくるよ』

 

 ドス―――。

 

 恋次の斬魄刀に貫かれた瞬間、ティーダの魂は空気に溶けながら粒子となってゆっくり、ゆっくりと天へと昇って行った。

「う・・・うあああああああああああああああああ」

 本当の今生の別れとなったティアナの心は張り裂けそうだった。幼い子供の様に声を嗄らして泣き叫ぶ彼女を浦太郎が確りと抱き寄せる。

 さながら浦太郎にティーダの面影を感じられたティアナは、忌憚なく声が出なくなるまで永遠と泣き続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:久保帯人 『BLEACH 1、22巻』 (集英社・2002、2006)

 

用語解説

※魂葬=死神によって尸魂界(ソウル・ソサエティ)へ送られる事。成仏と同義。

 

 

 

 

 

 

教えて、ユーノ先生!

 

ユ「今日はデバイスと斬魄刀についてそれぞれ説明するよ♪」

「魔導師が使用するデバイスは、一部を除いてはそれ自体が武器として成立しているのではなく飽く迄も魔法を行使する上で演算を補助する装置・・・文字通りの意味合いが強い」

「対する斬魄刀は、死神必須のアイテム。『(プラス)』を魂葬したり、『(ホロウ)』を昇華・滅却する為に使用する。そして個々特有の名前を持っていて、その能力は死神の数だけ多様だ」

一「今日の話・・・どっかで見たことある展開だと思ったら、前に織姫の兄貴と戦った時と状況が似ていたな」

織「ティアナちゃんも私と同じだったんだね・・・・・・なんだか私も久しぶりにお兄ちゃんに会いたくなってきちゃった」

一「じゃ、今度の休みに墓参りに行くとするか。俺もたまにはお袋と話したいしな」

ユ「『人は二度死ぬ』と言います。一度目の死は肉体が滅んだとき。二度目の死はすべての人の記憶が消えたとき。でも、三つ目の命は死なないんです」

一・織「三つ目の命?」

 その言葉の意味が気になる二人。ユーノはおもむろに答える。

ユ「一つ目の命が“人生”、二つの目の命が“想い出”、そして三つ目の命・・・・・・それは“魂”です。僕はこれを“心のDNA”と呼んでいます。その人が残した心を別の人が受け継ぎ、いずれ知らない人達にも、世代を越えていつまでも受け継がれていく・・・と、僕は考えています♪」

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

鬼「どういうことだよ一体!!」

 デカデンシアとの戦いに参加できなかった鬼太郎は浦太郎に問い詰める。

鬼「なんで俺を呼ばなかったんだよ!! そんな大事な戦いなら俺を参加させるのが至極当然じゃねえか!!?」

 当時、鬼太郎はデカデンシア出現の際風呂に入ってゆったりと寛いでいた。

浦「しょうがないでしょう、ほんとに忘れてたんだって。第一先輩が来るといろいろとややこしくなりそうだったし・・・」

鬼「チクショウ~~~!! 俺だってカッコいいところ見せたかったんだからな!! なんだよ今日の話は・・・全部亀のいいとこどりじゃねえかァ!!」

浦「あんまり僻まないでよ。そんなに悔しかったら先輩ももっと自分を売り込むことしたらどうなの!?」

 そこで、鬼太郎は自らを売り込むための活動を開始した。

鬼「用心棒雇いませんかー! 俺がいればご自宅の防犯対策はもちろん、痴漢だって撃退しますよー!」

 町に出て地道にビラを配っての活動。これを目撃した恋次、吉良、浦太郎の三人は・・・・・・

恋「あいつは一体何がやりたいんだ?」

吉「僕が知る訳ないでしょう」

浦「売り込むって言葉通りの意味じゃないんだけどな・・・・・・やっぱ先輩って馬鹿だわ」




次回予告

は「魔導虚(ホロウロギア)が次元世界各地に現れ始めた二か月前、第181観測指定世界『プラスター』で謎の巨大爆発があった」
恋「俺たちは調査のため現地へ向かう事になったんだが、調査団は消えちまうし、謎の魔導虚(ホロウロギア)の大軍はぞろぞろ出てきやがるし・・・」
な「そのとき、絶体絶命の私たちの危機を救ってくれたのは―――」
ユ「次回、ユーノ・スクライア外伝・・・『その名は翡翠の魔導死神』。お楽しみに♪」






登場人物
ティーダ・ランスター
声:平川大輔
ティアナの兄。親代わりとして幼い彼女を育てていた。首都航空隊所属の一等空尉で執務官志望のエリート魔導師だったが、ティアナが10歳の時(『StrikerS』本編から約6年前)に21歳で殉職している。
彼の最後の任務は逃走した違法魔導師(詳細な設定は無い)の追跡・捕縛であり、対象の魔導師との交戦に敗れ殉職した。その際、心無い上司から魔導師を捕縛出来なかったことに関して非難され、その死は不名誉で無意味だったと侮辱される。そのことがティアナの心に傷を残し、過剰に力を求める原因となってしまった。
浦太郎とは士官学校時代の仲間で、浦太郎曰く頻りに妹の自慢ばかりをしていた程のシスコンだったという。
スカリエッティらの手で無理矢理魔導虚になってしまう。デカデンシアとなってから、その寂しさを埋めるかのようにティアナを襲った。最期はティアナの思いを受け入れ、恋次の斬魄刀で昇華された。






登場魔導虚
デカデンシア
声:平川大輔
ティアナ・ランスターを襲った魔導虚。
西洋のドラゴンの様な体つき、回転式拳銃の銃身を思わせる突起物のある仮面を持つ。正体は殉職したティアナの兄「ティーダ・ランスター」。ティアナを魂魄にした後に食いかかろうとしたが、駆けつけた恋次達によって防がれた。恋次に襲いかかろうとするが、正体が自分の兄だとわかったティアナが身を挺して止めた。一時的に正気を取り戻したデカデンシアは浦太郎に諭された後、恋次に止めを刺す様に懇願し昇華を受け入れた。
ティアナ同様に射撃と幻術魔法を得意とし、「クロスファイアーシュート」や「オプティックハイド」といった技を使える。加えて金属でコーティングされた強固な外皮「スティールスキン」で覆われており、対戦した恋次の斬魄刀の刃も通りにくかった。
名前の由来は、スペイン語で「退廃」や「堕落」などを意味する「decadencia」から。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話「その名は翡翠の魔導死神」

二か月前―――

新暦079年 2月

時空管理局本局内部 運用部・第1会議室

 

 機動六課の再編に向けて行われた事前協議。元・部隊長を務めた八神はやてと後見人筆頭クロノ・ハラオウンは、本局第四技技術部主任マリエル・アテンザより、古代遺物(ロストロギア)に関する説明を受けていた。

「捜索指定遺失物・古代遺物(ロストロギア)については私が説明するまでもなく、お二人はよく御存じの事と思います・・・・・・様々な世界で生じたオーバーテクノロジーのうち、消滅した世界や古代文明を歴史に持つ世界において発見される危険度の高い古代遺産。特に大規模な災害や事件を巻き起こす可能性が高い古代遺物(ロストロギア)は正しい管理を行わなければなりません」

 暗い部屋で投影される映像を真剣に凝視するはやてとクロノ。

 映像はこれまでに確認されてきた古代遺物(ロストロギア)が過去にもたらした様々な事件、災害の一部始終を映し出している。

「さて、今回新たに調査部によって発見された古代遺物(ロストロギア)ですが・・・」

 マリエルがそう口にすると映像も切り替わり、投影されたのは直径1センチにも満たない小さな紫紺に輝く結晶体だった。

「通称“アンゴルモア”。外観は小さな紫紺の欠片なんですが、直径僅か1センチの小さな欠片ひとつひとつに超高密度の高エネルギー反応を秘めた極めて危険度の高い物質である事が判明しています。アンゴルモアは過去に三度発見されており、そのいずれもが周辺を巻き込む大規模な災害を起こしています」

 マリエルが実際の事故映像を見せようと画像を切り替える。

 はやてとクロノは発見時に起こった事故画像を見て息を飲んだ。半径20キロに渡る広大な土地が焼け野原と化し、中心部には巨大なクレーター状の窪みが出来ている。窪みの周囲にも目を転じるが、残存する生物はおろか周囲の建造物もすべて焼失していた。

「凄まじいまでの魔力爆発だな・・・」

「せやけど規模が尋常やない。まるで隕石でも落下した様な感じや」

 眉間の皺を寄せる二人。さらに映像は切り替わり、次に映し出されたのは研究施設と思しきものだった。

「現在、アンゴルモアが発見されたのはいずれも観測指定世界を始めとする未開の世界。その中には極めて高度な魔力エネルギー研究施設も発見されています。こういった施設の建造は許可されていない地区で、災害発生直後にまるで足跡を消すように破棄されています。悪意ある・・・少なくとも法や、人々の平穏を守る気の無い何者かがアンゴルモアを収拾し、運用しようとしている広域次元犯罪の可能性が極めて高い・・・・・・というのが、本局警防部及び調査部の見解です」

「なるほど。ほんで、そのアンゴルモアを利用している広域次元犯罪者が逃走中のスカリエッティである可能性を考慮し、本局はアンゴルモアの回収とスカリエッティ一味を確保する名目で機動六課の再編を考えとるちゅうことやな?」

「ああ。騎士カリムの予言にもアンゴルモアを匂わせる古代遺物(ロストロギア)に関する記述が見られた。局としてもJS事件の再来は招きたくないんだ」

「事情はわからんでもないわなー」

 大筋の内容を理解し、出されたコーヒーを口に含んだ後、はやてはマリエルに質問する。

「マリーさん、ひとつ質問があります。その古代遺物(ロストロギア)・・・アンゴルモアが造られた年代に関して現時点で分かっている事はありますか?」

「その事なんだけど・・・・・・実はとても信じ難い話なの」

「なんですかそれは?」

「調査団が持ち帰ったアンゴルモアを特殊な年代測定法で確認したところ、この物質が造られたのは少なくとも今からおよそ1万年ほど前―――すなわち、主要世界において人間が文明と呼ぶにはあまりにも技術が拙く未発達だった時代に造られた可能性が高い事が判明したわ」

「1万年前だと!?」

 聞いた直後、普段冷静なクロノとはやても飲みかけのコーヒーカップを床に落とすほどに動揺した。

「んなアホな! となると、この結晶一つ一つが1万年もの大昔に造られた超高度なオーバーテクノロジーの塊ちゅうことですか!?」

「少なくとも、客観的なデータではそのように裏付けられているわ」

 

 会議を終え、局の廊下を歩きながら二人は今回の件について各々所感を口にし合う。

「・・・昔、地球にノストラダムスいう予言者がおってな。そのノストラダムスが記した予言書の中に出てくる“恐怖の大王”・・・その名前がアンゴルモアいうんや。今回発見された古代遺物(ロストロギア)と同じ名前いうんがなんや気がかりやわ」

「アンゴルモアが次元世界にとって不吉をもたらす古代遺物(ロストロギア)となるかどうかは今はまだわからないが、少なくとも発見された魔導研究施設とスカリエッティが関与している事はほぼ間違いない。おそらくは今回も・・・」

「願わくばアンゴルモアが破滅をもたらす恐怖の大王でない事を祈るよ。私たちはアンゴルモアに関してあまりにも情報が少なすぎる。そやけど、その脅威の片りんを世界各地のいろんな場所で既に確認済みやからね」

「もしもこんな時、ユーノがいてくれたらな・・・・・・・・・・・・おっと。無い物をねだっても仕方のない事か」

 

 

 だが、このとき彼らは気付いていなかった。

 古代遺物(ロストロギア)“アンゴルモア”の意志のもとに、次元世界は嘗てない混沌へと向かい始めていた事を――――――。

 

           ≒

 

4月12日―――

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎

 

 午前6時過ぎ―――。

 阿散井恋次と吉良イヅルは潮風に当たりながら、隊舎へと向かう道を歩いていた。

「ふぁ~~~///」

 恋次の大欠伸を隣で見、吉良は苦笑しがちに「寝不足かい?」と、率直に問う。

「どうにもベッドって奴に馴染めなくてな・・・それに、この世界の言語の習得にだいぶ手こずっててよ・・・」

 魔導虚(ホロウロギア)殲滅の為にミッドチルダでの長期滞在を決め込んだ以上、どうしても必要となるのが言葉による意思疎通だ。幸いにもなのは達は知っている言葉で話してくれる為、日常会話をする分には問題ない。だが文書でのやり取りはそうはいかない。従って最低限の言語の習得は必要である。

 現在、恋次はミッド全域で使われているミッド文字の習得に時間を費やしているが、それがなかなか覚えられないらしく、結果としてここ数日徹夜勉強が続いていた。

 吉良は実直に勉強に励む恋次を内心称賛する一方、涼しい顔で呟いた。

「・・・ミッド文字はどちらかと言えば地球で言う英語圏の文字に近い様だね。僕は昔、雀部(ささきべ)前副隊長から英語を習った事があるからそれほど苦労はしていないよ」

「けっ。それは俺への自慢か? 生憎と俺はお前と違ってその辺の事情にも疎いんもんでな・・・。第一俺は、枕変わっただけでも寝付けねーっていうのによ・・・・・・こんな事なら枕くらい持ってくれりゃ良かったぜ」

 

 ドドーン!! ドカン!!

 そのとき、隊舎から然程遠くない海上から小規模な爆発音が聞こえてきた。

 恋次と吉良が音のする方へ目を転じたとき、再び爆音と白い煙が黙々と上がっているのを捕えた。

「何の騒ぎだ? こんな朝っぱらから・・・」

「おそらく機動六課メンバーの早朝訓練じゃないかな」

「そういやここの連中の実力とやらをまだ詳しくは知らなかったな。ちょうどいい。暇つぶしがてら行ってみようぜ」

 

           *

 

同時刻 機動六課 海上トレーニングスペース

 

「でやあああああああああ!!」

「おっと」

 市街地戦闘を想定して作られた仮想戦闘フィールドにて、二人の魔法使いが火花を散らす。若き竜騎士として切磋琢磨するライトニング隊ガードウィング、エリオ・モンディアル。その相手を務めるのは同じくガードウィングの亀井浦太郎。

 現役の騎士と元・地上部隊のエース。一見すると若く体力面に優れるエリオの方が優勢に思えるだろう。だが、浦太郎はエリオには無いアドバンテージを持っている。それは海千山千という数多くの修羅場を潜り抜けて来たという経験の差であり、付加して巧みな魔法スキルもある。

 エリオは額に汗を浮かべるとともに、手持ちの槍型アームドデバイス《ストラーダ》の取っ手を握りしめ、浦太郎の懐へと潜り込む。

「うおおおおおおおおおおお」

 威勢よく槍を振り下ろすエリオだが、浦太郎は終始涼しい顔で回避。手持ちのフィッシャーマンを手足の如く意のままに操り、間隙を突いてエリオの腹部へ鋭い蹴りを叩き込んで怯ませる。

「ん~・・・。なかなかってところかな。だけど僕を釣り上げるには少し食い足りないね」

(この人・・・まるで僕の動きを先読みしているみたいだ! さっきから全力で撃ち込んでるのにクリーンヒットが取れない!)

 最近は自隊の隊長であるフェイトにも模擬戦で拮抗するところまで腕を磨き騎士としての自信を持ち始めていたエリオ。だが、世間にはまだまだ自分よりも強い相手が居るという事を否が応でも思い知らされる。

「さてと・・・待つ釣りっていうも悪くないんだけど。僕はやっぱり攻める釣りの方が好きなんだ」

 宣言した直後、浦太郎の姿がエリオの視界から忽然と消えた。

(消えた!?)

 そう思った次の瞬間、エリオの背後へと回った浦太郎が不敵に笑いながら、攻撃を繰り出した。

 咄嗟にストラーダを盾にして浦太郎の一撃を受け止めるエリオ。間一髪のところで命拾いし、浦太郎と大きく距離を取って牽制。

短距離瞬間移動(ショートジャンプ)―――! フェイズタイムを短縮して相手の死角に入り込む高等技術!! この人も僕やフェイトさんと同じ瞬間移動系術者!?)

「君も僕に釣られてみるかい?」

 いつもの口癖を披露した浦太郎は、再度エリオの視界から消えると「自己加速魔法」と水流魔法を併用した攻撃を怒涛の如く攻め続けた。一方のエリオも自分の十八番を潰されまいと、同じく高速移動魔法「ソニックムーブ」で対抗。雷の魔力変換資質を用いた魔法を使用しながら浦太郎との激しいせめぎ合いを行う。

 魔法技能が優れた者同士の模擬戦は常に手に汗握る展開となる。離れた場所で観戦をしていたなのは達も固唾を飲んで見守る。

「よう。朝から盛が出るな」ちょうどそこへ、恋次と吉良が訓練場へと足を運びなのは達と合流する。

「あ、おはようございます恋次さん。吉良さん。ちょうど良かった。今、浦太郎さんとエリオが模擬戦中なんです」

 フェイトに言われて二人も早速ビルの上から浦太郎とエリオの戦闘を観覧。すると恋次と吉良はエリオと戦う浦太郎の様子を見た瞬間、ある事実に気が付いた。

「アイツ・・・手抜きだな」

「だね」

「え・・・えぇぇ!? あ、あれで手抜いてるんですか!?」

 予想だにしなかった言葉だった。耳に入れるや、スバルは驚愕に満ちた声を上げる。

「俺は前に浦太郎と一戦交えた事があるが、そんときに比べれば今のアイツの力は3割程度ってところだろう」

「さ、3割・・・って!?」

 何かの冗談だと思いたくなるが、恋次の言う通り浦太郎はエリオの実力を的確に見極めるという体で実際よりもかなり手加減をしていた。だが・・・

「ぐあああああ」

 元エース級魔導師の実力は未だ健在。成長著しい若い世代に後れを取るような事は無かった。勝敗を分けたのはやはり百戦錬磨、端的に経験の差である。

 模擬戦の勝敗が決したとき、エリオは尻餅をついた状態で勝者の浦太郎にフィッシャーマンを突き付けられていた。

「僕の勝ち、だね♪ イイ線行ってたとは思うよ。精進すれば君はもっと強くなるよ。僕が保証する」

「は、はい・・・・・・ありがとございました!」

 負けて悔しいという気持ちもある。だが実力が確かなのは明白だ。エリオは騎士道精神に則り礼節を弁え、模擬戦に付き合ってくれた浦太郎に感謝の意を唱えた。

「エリオ君が、負けちゃった・・・」

「噂には聞いていたが、どうやら実力は本物のようだな。伊達に地上本部の防衛の砦となっていたわけだ」

「の割には手抜きだけどな。俺はアイツのああいう戦い方は好きにならねえよ」と、鬼太郎が悪態をつくや、エリオと共に戦闘フィールドから戻ってきた浦太郎がこの苦言に噛み付いた。

「別に先輩が好きな戦い方をするつもりはないし、頼まれたってしてあげないよ。ま、どうせ模擬戦闘なんだから全力で戦う必要も無いしね」

「しかしそれではエリオの騎士としての誇りはどうなるのだ?」生粋の騎士たるシグナムが率直な意見を口にする。これに対し浦太郎は・・・

「誇りって・・・どうして戦いの場で相手の心情まで汲み取る必要があるの? 誇りとか矜持とか、そんなものに拘って勝ちを見逃すのは三下のする事だよ。いずれにせよ、優秀な人間ってのはそういう事も含めて徹頭徹尾したたかで盤石なんだよ。昔からよく言うじゃない。能ある釣り師は餌を隠すって♪」

「そんな諺聞いたこと無いけどね。」吉良の冷静なツッコミが飛び交う。

「けっ! 亀の癖にエラそうに講釈なんか垂れやがって。知ってんだぜ。管理局辞めたおめえが相当やさぐれてたってことくらい。あっちこっちいろんなところで詐欺を繰り返して・・・「だああああああああああああ!!!」

 うっかり口を滑らせた鬼太郎だったが、聞いた途端に狼狽えた浦太郎が鬼太郎の口を塞ぎその場を取り繕う。

「ななな、何言っちゃってるのかな先輩は♪ 僕がそんなことする訳ないじゃないの♪」

「で、でも本当の話じゃねえか!」

「だからってわざわざ言う必要はないでしょうが!」

 小声でやり取りする二人の様子を傍で怪訝に見つめる六課メンバー。浦太郎は人には言えない自分の過去を周囲に悟られまいと終始場を取り繕った。

「あのー・・・」

 すると、不意にシャリオが浦太郎の持っていたフィッシャーマンを興味津々に見つめながら、おもむろに問いかける。

「もしかして、浦太郎さんのデバイスは『ジェイド・ロッド』じゃありませんか♪」

「ジェイド・ロッド? シャーリーそれって、あの謎の天才魔工技師『アニュラス・ジェイド』のジェイド?」

「そうですッ!!!」

 フェイトの問いかけに激しく同意し目をキラキラと輝かせる。シャリオは生粋のメカオタクであり、魔導師用デバイスの制作・管理を行うことができる「デバイスマスター」の資格を取得している。今回、一般的なデバイスとは仕様や性能が大きく異なる浦太郎のデバイスに対し並々ならぬ興味を持ったのだ。

「カレドヴルフ・テクニクス専属! その本名、姿、プロフィールの全てが謎に包まれた奇跡のデバイスエンジニア!! 世界で初めて“レペティション・エミッティング・ユニット”を実現した天才プログラマー! 『ジェイド・ロッド』と言うのは、そのアニュラス・ジェイドがフルカスタマイズした特化型デバイスのモデル名で、レペティション・エミッティングに最適化されているんです!」

「特化型デバイス・・・? なんだそりゃ?」

 デバイスの話をし出した途端、急に饒舌になるシャリオとは裏腹に、その手の話には疎く魔法テクノロジー全般について知識が欠如している恋次は終始目を丸くする。

 見かねたティアナが恋次の為に、デバイスの種類についてレックチャーをしてくれた。

「デバイスにもいろいろと種類があるんです。人格型AIを備えた《インテリジェントデバイス》。魔法プログラムの記録媒体としての意味合いが強い《ストレージデバイス》。他にも《アームドデバイス》や《ユニゾンデバイス》、《ブーストデバイス》と言った風に用途に合わせて様々あります。中でも同一系統の魔法のみを最大9種類までインストールでき、魔法の発動速度に優れたデバイスを《特化型デバイス》といい、現在主流となっている第三世代デバイスと比較した際、一部機能が二・三世代上を行っているという点で、ジェイド・ロッドは別名《第4.5世代デバイス》とも呼ばれています。そして、これを世に送り出したのが先ほどからシャーリーさんが仰っているアニュラス・ジェイドなんです」

「ちなみにだけど、僕のフィッシャーマンは魔法の処理速度、そして系統の異なる魔法術式を処理するという汎用型の長所を兼ね揃えた《汎用兼特化型デバイス》でね、アニュラス・ジェイドが一からチューンナップした物なんだ」

「ほ、本当ですかぁぁぁ―――!!!」

 聞いた途端に発狂したかの如く歓声を上げるシャリオ。やがて、その場で土下座した彼女は浦太郎に懇願する。

「お願いします!! 是非ともそのデバイスを見せてもらえませんか!! できれば今後デバイスのメンテナンスも私にやらせてください!!」

「えぇ!? あぁー・・・ごめんね、君の気持ちは嬉しいんだけど・・・こいつは一般には出回っていない非売品でね。いろいろ見られたくない部分もあってどうしてもダメなんだ」

「そ、そんな~~~! あのアニュラス・ジェイド手製の代物、しかも非番品モデルが目の前にあるのに触れられないなんて~~~! デバイスマスターとして死ぬ前に一度は触れておきたいんです!!」

 涙うるうるで浦太郎へと頼み込むその姿はいつになく必死であり、ここに来てまだ日が浅い恋次達は兎も角、彼女の事をよく知る六課メンバーもやや引き気味だった。

「なあ、あんな杖ひとつにあそこまで食い下がるとは・・・・・・あいつ精神状態だいじょうぶなのか?」心配になった恋次が隣に立つフェイトに問いかける。

「えーと・・・シャーリーはときどきああなる事がありまして、根は良い子なんですよ。多分・・・」

「なんでちょっと自信なさそうになるんだい?」

 吉良の的を射た指摘に誰もが苦笑を浮かべるばかりだった。

 

 数時間後―――。

 早朝訓練を終え日常の勤務に当たっていた折、部隊長八神はやてからの呼び出しを受け、なのは、フェイト、そして阿散井恋次の三人は彼女の元へ集まった。

「仕事中に呼び出してごめんなー。実はついさっき本局技術部のマリーさんから連絡もろうて、機動六課から数名を第181観測指定世界『プラスター』まで同行させてほしいいう依頼が入ったんよ」

「第181観測指定世界へ、ですか?」

「理由は?」

「アンゴルモアに関する事なんや」

「っ! アンゴルモア・・・・・・」

 はやての口から飛び出たアンゴルモアという単語に、なのはとフェイトは一様に眉を顰める。

「っておい・・・なにオメーらだけで分かった気になってんだよ!? 俺は何もわからねーんだよ!! 黙って()えで説明しろよッ!!」

 一人蚊帳の外に置かれた恋次は説明される暇も無く、ただただ言われるがまま現地へと派遣させられる事となった状況に、不満を露わにするばかりだった。

 

           *

 

 マリエル・アテンザの依頼を受けた機動六課は、部隊長八神はやてを筆頭に、スターズ分隊より高町なのは、ライトニング分隊よりフェイト・T・ハラオウン、オブザーバーとして死神・阿散井恋次を第181観測指定世界『プラスター』へと派遣。

 現在、魔導虚(ホロウロギア)事件と並行して六課が扱っている第一種捜索指定の古代遺物(ロストロギア)《アンゴルモア》に関わる重要な事案という事もあり、四人は依頼主マリエルからひと通りの説明を受けていた。

 

           ≡

 

時空管理局LS級艦船「ヴォルフラム」 艦内ロビー

 

「・・・二か月前、プラスターの広大な砂漠地帯で謎の巨大爆発が起きたの」

「爆発?」

「突如夜空に強烈な閃光を放つ発光物体が現れ地上に落下・・・爆発直後、広大な地域が真昼の様に明るく照らし出されたそうなの。二か月経過した今でも墜落現場は異常な熱を放ち、広範囲に渡って厚い蒸気に覆われているのだけど、衛星からの超音波画像で直径5キロにも及ぶ巨大なクレーターが確認できたわ」

「5キロ!?」

「隕石でも落下したのか?」

「最初はその可能性かと思ったんだけど・・・それにしてもこれほど巨大なクレーターを作る隕石が落下したのなら、惑星規模の影響が出ている筈だわ」

「確かに妙ですね」

「原因究明の為、本局は現地に調査団を送ったわ。その一人、ウォルター・ワイリー教授は私とは旧知の天文学者なんだけど・・・」

 些か沈んだような表情を浮かべると、マリエルは「八神部隊長。」と声をかけ、一冊の冊子を取り出し手渡した。

「それを見てちょうだい。ウォルター教授の報告書よ」

「拝見します」

 報告書を受け取ったはやては早速中身に目を通し始める。

「実は・・・・・・爆発現場のクレーター内でアンゴルモアと思しき高エネルギー反応が観測されたわ。だから今回あなた達を呼んだの」

「なるほど。しかも爆発があった日付は・・・!」

「なんなんだよ?」

 怪訝にしていた恋次がおもむろに問いかける。

 はやては報告書から目を離し、なのは達の方を見ながら眉を顰め一つの事実を告げる。

「二か月前・・・魔導虚(ホロウロギア)が次元世界各地で出没し始めた日と全く同じです!」

「「「え(なに)!?」」」

 聞くや、思わず耳を疑うなのは達。

 偶然か必然か。どこか強い必然性を感じられる状況に思えてならない中、一行を乗せた次元航行船ヴォルフラムは現地へと急いだ。

 

           *

 

午前11時28分―――

第181観測指定世界『プラスター』

砂漠地帯 定置観測基地

 

 熱高い場所を避けたクレーター手前に設置された観測小屋を訪れた一行。

 しかしながら、人の気配は無く、施設はもぬけの殻と化していた。

「おかしいですね。小屋には誰もいません」

「表に観測車両が無かった。調査に出ているのかも」

 そう言った矢先―――施設周囲を逍遥(しょうよう)していた恋次が小屋へと戻って来、皆に報告した。

「調査団の車っぽいものを見つけたぜ。先に言っておくが、こいつは朗報とは呼べるものじゃねえ」

 

 観測車両が見つかったのは、クレーターの山頂付近に程近い場所で、恋次が発見した時には既に車体は大破、横転した状態だった。

 なのは達が壊れた車体を詳しく調べると、外装部分には生き物が引っ掻いたような痕跡が所どころに見受けられた。

「爪痕にも見えますね・・・」

「調査団の人たちは、ここで何かに襲われたっちゅうことか」

「念の為、調査団の捜索に応援を要請しといたよ。あと二時間くらいで到着する筈だって」

「マリーさん、観測車両の方は?」

「耐熱カーボンが完全に駄目になってる。中の観測機器もすべてお釈迦。データは全て消去されているわ」

「お-――い!!」

 すると、クレーターの周囲を隈なく捜索していた折、またしても恋次がある重大な物を発見したらしく駆け足で寄って来た。

「下の蒸し暑い方へ行ってみたらよ。こんなものが落ちてたぜ」

 恋次が発見した物を確認すると、それは壊れた眼鏡と思しき物だった。

「そ、それは・・・・・・ウソ・・・・・・!!」

 壊れた眼鏡を見た途端、マリエルの顔は青ざめ口元を押さえる。

 幸か不幸か、恋次が偶然に発見したこの眼鏡こそ―――マリエルと旧知の仲である天文学者ウォルター・ワイリーが愛用していた物だった。

 これが発見された事が意味するものが解らない者はこの場にはいない。極めて悲痛な現実と向き合わなければならないと覚悟しつつ、それでも一縷の望みを容易に捨て去る事が出来ないのもまた心情だった。

 なのははフェイト、はやてらと顔を見合わせると、ウォルターの遺品を掲げて沈痛な面持ちでいるマリエルに提案する。

「マリーさん、一度クレーターを調べてみましょう。あの奥に何か秘密があるそうです」

「私となのはで下まで降ります。はやてと恋次さんはマリーさんと一緒に小屋で待っていて欲しいんだ」

「了解や」

「ヘマすんじゃねえぞ」

「・・・わかったわ。じゃあ、二人ともお願いするわね」

 

 観測小屋に戻ったマリエル、はやて、恋次の三人はクレーターの下へと降り調査を開始したなのはとフェイトらの様子をモニターで監視。

『外気温65度、湿度76パーセント・・・。現在さらに上昇中』

「二人とも。十分注意してね」

『はい、分かりました』

 なのは達は耐熱性に優れた防護服に身を包み、いつ敵が襲ってきてもいいようにとデバイスを起動待機状態にしながら、逐一報告を行う。

「外気温78度、湿度80パーセント・・・」

 慎重に慎重を重ね、クレーターの中心部へ向かって下降する。

 このとき、二人は中心に向かうほど外気温と湿度が上がるにつれ、周囲から言い知れぬ物の気配を感じていたが、それがどんなものかまでは想像が及ばなかった。

 降下を開始してから数分が経過。ようやくクレーターの中心へと到達した。

「クレーターの中心に到達しました。なのは、何か反応はある?」

「何もないよ。地温も地下も別に・・・」

 

 ブーッ! ブーッ! ブーッ!

 

 次の瞬間、コンピューターが異常な高エネルギー反応を感知。けたたましいアラートが施設中へと鳴り響く。

「このエネルギー反応は!」

「様子がおかしい。すぐ引き返すんや、なのはちゃん! フェイトちゃん!」

『ちょっと待って!』

「どうした、何があった!?」

『出たんです・・・魔導虚(ホロウロギア)です!!』

魔導虚(ホロウロギア)だと!?」

 

 風切り音を響かせて、胸に空いた孔と西洋の悪魔を思わせる白き仮面。背中から、バッタやコオロギ、トンボを連想させる半透明の(はね)を生やした魔導虚(ホロウロギア)

 巻き起こる風に乗って、魔導虚(ホロウロギア)達はクレーター内の各所に飛び広がっている。

 なのはとフェイトが対峙した時、その数は―――()()()()()()()()()()

 

「遊ぼう」      「遊びましょう?」     「遊んでよ」

 

  「遊ぼう」 「なにして遊ぼうか?」    「殺し合いだね!」

 

「たのしそう!」「面白そう!」「混ぜて!」   「私達もいれて!」

 

  「僕たち強いからね!」 「Agwooooo」「遊んで・・・・・・ほしい、かも・・・・・・」

 

  「遊ぼうよ!」     「貴方達が(にえ)ね!」   「オイシソウ」

 

「一万回(かじ)ってもいいんだよね!」        「タベテモイイ?」

 

 と、ケラケラ笑いながらなのは達を襲う、様々な『魔導虚(ホロウロギア)』達。

「な、なんなのこいつら! これ、全部魔導虚(ホロウロギア)・・・なの!?」

 今までに遭遇した事の無い奇妙な魔導虚(ホロウロギア)を前に、フェイトは言い知れぬ不安を抱き額に汗を掻く。

()()()()はプーカって言うんだよ! お姉ちゃん達、遊んでくれる?」

 一体の魔導虚(ホロウロギア)が、なのは達へ向かって陽気な声で話しかけて来た。

 

小悪魔(プーカ)

 

 それが、この魔導虚(ホロウロギア)の集団を表す名前だった。

 個別の名前を持たず、一纏めで『プーカ』とだけ呼ばれる、奇妙な集団。

 彼らは常に共に行動し、軍隊(あり)やイナゴの群のように、集団そのもので一つの『個』として存在している。

 『彼』であり『彼女』でもあるその集団は、百体以上の群れから構成されている。

 その群は『みんな』であると同時に『一つの個』でもあると見なされ―――(ホロウ)の根源の一つでもある『欲望への忠実さ』を抑える理性が足りていない。

 彼らは誰よりも無邪気に、誰よりも残酷に、そして誰よりも自由に大空を飛び回る。

 時折『遊び相手』を見つけては、壊れて動かなくなるまで遊び倒す。

 それが彼らにとっての日常であり―――目をつけられた力の無い者達にとって、彼らは日常の終わりを告げる悪夢の集団となる。

 

「イチイチ相手してる時間は無さそうだね。フェイトちゃん、ここは一気に殲滅しよう」

「うん。いつでもやれるよ」

 次の瞬間、なのはのレイジングハート・エクセリオンによるバレルフィールドが展開。直後、なのはの魔力をフェイトのバルディッシュ・ザンバーの刀身に集中させる。

「フィールド形成!  N&F中距離殲滅コンビネーション!」

「空間攻撃ブラストカラミティッ!」

レイジングハートとバルディッシュ―――二人はそれぞれのデバイスに収束させた魔力を共鳴させ、周囲の魔力素を取り込みながら数倍にまで増幅させる。

「「ファイアァァ!」」

 

 二人が同時に叫んだ瞬間、圧縮された桜色と金色の魔力が一気に放出され、通常とは比べものにならない威力の砲撃がクレーター内一帯に放出される。

 反応する暇もないまま、広範囲に広がる空間制圧魔法の閃光に巻き込まれて吹き飛んでいくプーカ達。

「やったの!?」

 消滅はさせられないまでも、戦闘不能状態に追いこむ事はできるだろうと踏んでなのは達は大魔法を使用した。

 実際、半分ほどのプーカ達が、大地の上にひっくり返って倒れ込んでいるのを確認する。

 だが―――それは同時に、もう半分のプーカ達が、まだ生きているという事を示していた。

 不思議な事に、撃たれた個体の傷が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「くっ・・・・・・ブラストカラミティを受けてこの程度なんて!? この魔導虚(ホロウロギア)、見た目以上にタフかも」

「なのは、ここは一旦クレーターの外へ出よう。多分、上のはやて達も私たちと同じ目に遭ってると思うんだ」

 緊迫した表情でなのは達はこの場で小悪魔達の相手をするのは得策ではないと判断。飛行魔法でクレーターの外へ脱出を図る。

 だが、なのは達の安易な行動は、すぐさまプーカ達の反感を買った。

「お姉ちゃんたち、逃げちゃダメ!」「もっと遊ぶの!」「遊ぼう!」「遊ぼうよ!」「俺 アソぶ 誰か」「殺して遊ぶ!」「殺されて遊ぼう!」「ハラ ヘッタ」「アハハハハ!」

 倒れている仲間の心配は(おろ)か、自分達の生死すら『遊び』の一環に過ぎない小悪魔達の、悪意よりも厄介な無邪気さを孕んだ言葉に戦慄が走る。

 次の瞬間、逃亡を図るなのは達を見据えると、プーカ達が一斉に翅を鳴らして楽しそうに『遊び』を開始した。

「「が・・・!!」」

 彼らの囲んでいる空間に、濃い風が吹き始めたかと思うと、飛行中のなのはとフェイトは、著しい平衡感覚の乱れと激しい倦怠感に襲われた。

 そして、気付いた時には飛行制御もままならぬなくなり、二人は理解の及ばぬままに墜落。プーカ達は動けない二人を取り囲みケラケラと笑っていた。

 

「なのはちゃん! フェイトちゃん!」

「静かにしろ! 何の音だ・・・」

 微かだが、恋次は建物の中で反響する翅を羽ばたかせた際に生じる独特の摩擦音を聞き取った。

 はやてとマリエルも嫌な予感がした様子で、恋次の傍で警戒を強めていると、『それ』は突然目の前に現れた。

 壁が突き破られ、建物内に侵入してきた数十体と群れを成すプーカの一団。恋次達は瞬く間に彼らに包囲された。

魔導虚(ホロウロギア)っ!」

「くっそ!  調査団はこいつらにやられたのか!」

「どうするんですか?!」

「ここは力づくでも突破するっきゃねえ! 俺に任せろっ!」

 広域殲滅が主体のはやてが殺傷能力の高い魔導虚(ホロウロギア)を相手にする際、面積の狭い建物内で魔法を行使するのは分が悪い。

 その事を考慮し、恋次は腰元に帯びた蛇尾丸を抜くと、目の前で小うるさく翅を羽ばたかせるプーカ達目掛けて剣を振り回す。

「―――大車輪(だいしゃりん)ッ!!」

 敵全体に向けて『蛇尾丸』を振り回すという力技。

 敵を倒すまではいかなくても、目の前で群がるプーカの軍勢を払い除けて退路を確保するという点では十分な役割を担った。

「今のうちだ!」

 退路を確保した恋次は、はやてとマリエルを引き連れ大急ぎで小屋を離れ、建物の外へと疾駆した。

 

「遊べ・・・・・・」  「遊べ」  「遊べ!」  「あそ・・・・・・べ・・・・・・」

 

   「アソベ」  「遊べ」   「遊べッ!」      「遊べ」

 

「あっそべーッ!」     「遊べ!」     「あ、あそ、べ?」

 

     「遊べ」   「遊べ!」   「遊べ・・・・・・」  「Aasobbee・・・・・・」

 

 複数の小悪魔達が、一斉に口を開く。調子こそ違うものの、誰もが同じく『遊べ』という単語を口々にする。

 なのはとフェイトは、魔法の発動ははおろか意識すらも混濁した状況に全身の力が入らない。絶望的な状況に為す術も無く、小悪魔達の哄笑(こうしょう)が、ただただ高々と鳴り響く。

(ここまでなの・・・わたし・・・・・・やられちゃうの・・・・・・・・・)

 朦朧とする意識で、なのはの脳裏に蘇る光景。

 11歳の冬に襲ってきた未確認体(アンノウン)によって不覚を突かれ、生死に関わる重傷を負ったあの日の恐怖が鮮烈に蘇る。

(嫌だ・・・・・・死にたくない・・・・・・・・・ユーノ君、助けて・・・・・・・・・・・・!)

 死への恐怖に支配される彼女の心。そして、無意識に彼女が救いを求めたのは他でもない―――行方知れずとなった生涯唯一人の魔法の師・ユーノだった。

「お姉ちゃん達! どうして寝てるの!」「まだまだ遊びたいよー!」「ねえねね、何して遊ぶ?」「さっき撃ったの、かっこよかったね!」「もっかいやってよ!」「どうやるの?」「どうやったの!?」「こう?」「こうかな?」「イた カっ た」「僕もやる!」「私もやる!」「オレモ!」

 プーカ達は、倒れているなのは達を見据えると、瞳を輝かせながら右腕や口、額など、それぞれの体の一部を二人に向けた。

 

虚閃(セロ)」 「虚閃」 「虚閃」 「虚閃?」 「虚閃」 「せろ」 「虚閃」 「虚閃」

 「セろ」 「虚閃!」 「虚閃」 「虚閃」 「虚閃」 「虚・・・・・・閃・・・・・・」

「虚閃」 「虚閃」 「虚閃!」 「虚閃」 「虚閃」 「虚閃」 「虚閃!」 「せろ」

  「虚閃!」 「虚閃」 「虚閃」 「虚閃」 「虚閃」 「セロ!」 「虚閃」

「虚閃」 「虚閃」 「虚閃」 「虚閃」 「虚閃」 「虚閃」 「ゼロ」 「虚閃」

 「虚閃」 「せ・・・・・・ろ・・・・・・?」 「虚閃」 「虚閃!?」 「虚閃」 「虚閃」

「虚閃」 「虚閃」 「虚閃」 「虚閃」 「虚閃」 「虚閃」 「虚閃」 「虚閃」

 

 虚閃(セロ)という言葉を皮切りに、次々と大地を抉る50発以上の閃光。

 それだけでは飽き足らないとでも言うように、次々と虚閃(セロ)を撃ち続ける小悪魔達。

 数十秒後、ようやく彼らが虚閃(セロ)を撃つ手を止めた時には―――爆炎が立ち上る巨大なクレーター、その中心に佇む人影があった。

「・・・・・・?」「?」「?」「!」

 奇妙な霊圧を感知し、彼らはクレーターの一点に目を凝らした。

 すると、そこには―――素顔を黒を基調とした仮面で覆い、深緑色のローブを纏った正体不明の人間が立っていた。

 

【挿絵表示】

 

「誰だろう」「誰だっけ?」「えーと」

「ワカラナイ」「聞いてみようよ!」「聞いたら、遊ぼう!」「遊んで、殺そうよ!」

 小悪魔達は興味を抱き、一斉にその人物へと近づいた。

 しかし、その人物はちらりとこちらを向いたかと思うと、倒れているなのはとフェイトを抱きかかえ、その姿を、空気の中に溶けこませるかのように消し去ってしまった。

「え?」「なにいまの!」「凄い!」「初めて見た!」

 突然の現象に、プーカ達はざわついた。

 特殊な方法や備え持った能力を利用して姿を消す(ホロウ)はいるが、今のように、()()()()()()()()()()()()()()()()()という現象を見るのは初めてだったのである。

 

「な、何なんや一体!?」

 プーカ達の群れに襲われていたはやて達の前に忽然と姿を現した仮面の人物。四方を囲むプーカ達を退け、三人の命をも救う。

 困惑し警戒心を抱く彼女や恋次らを見据え、仮面の人物は両手に抱きかかえていたなのはとフェイトを引き渡した。

「なのはちゃん! フェイトちゃん!」

「二人ともだいじょうぶ!?」

 急いで介抱に当たると、しばらくして二人が頭部を抱えながらようやく意識を取り戻した。

 そして、今置かれている状況を理解し―――プーカ達から命を救ってくれた相手に恐る恐る素姓を問う。

「あなたは・・・何者なんですか?」

「僕の名は―――翡翠の魔導死神」

「えっ! 翡翠の魔導死神って、まさか・・・あの!?」

 この場にいる管理局員全員が『翡翠の魔導死神』の名をどこかで伝え聞き、知識としては知っている。

 神出鬼没、かつ鬼の如き強さで各世界で暴れ回る魔導虚(ホロウロギア)をたった一人で殲滅する凄腕の戦士。しかしてその素顔、出身、正体については一切不明。彼こそは人々の理想が作りだした『英雄』である。

 そんな中、居合わせた者の中で唯一()()()()()()()()()()()()()()()()()

 阿散井恋次は身に覚えのある霊圧を感じると、眉間に皺の寄った鋭い眼光で問う。

「おいお前・・・どういうつもりか知らねえが、あいつらを一人でやるつもりか?」

「ええ。プーカ達は少し特殊な魔導虚(ホロウロギア)ですからね。単純な物量戦や力技ではあれには勝てません―――ここは僕に任せてください」

 仮面越しに呟くと、翡翠の魔導死神はプーカ達の元へ向かおうとする。

「ま、待ってください!」

 そのとき、咄嗟に制止を掛けたのはなのはの声だった。

 なぜ引き留める必要があったのか。自分でも不思議に思う中、当惑するなのはへと振り返った翡翠の魔導死神は若干優しい声色で語りかける。

「・・・君は休んでいるといい。心配しなくても5分でカタがつく。」

 明確な勝利宣言をするとともに、翡翠の魔導師は『瞬歩』で群れを成して集まるプーカ達の元へと移動し、手持ちの直刀を用いた白兵戦で数に物を言わせる彼らを殲滅。

 まるで風を切って見せるが如く―――目にも止まらぬ(はや)さ、無駄を徹底的に省いたモーション、近づく敵を根こそぎ刈り取る姿はまさに魔導虚(ホロウロギア)退治の専門家。

 彼こそは孤高にして最強の『狩人』だった。

「すごい・・・あれが噂に聞く翡翠の魔導死神の実力ッ!」

「まさに規格外の強さってヤツやな。私たちの出る幕がまるであらへんわ」

 出る幕が無い―――確かにそうは言うが、正確に言えばこの表現には語弊があるように思えた。

 翡翠の魔導死神は()()()()()()()()()()()()()()()()、一歩たりとも近づけさせない雰囲気を無意識に醸し出していた。ゆえに力を貸す以前に、なのは達は彼に近づく事すら出来ないでいた。

(翡翠の魔導死神さん・・・・・・・・・どうか、無事でいてください)

 力を持ちながら何もできないもどかしさ。寂寥感にも似た思いに駆られながら、なのははプーカ達と激闘を繰り広げる翡翠の魔導死神の安否を心中気遣った。

 

「キャハハ、この人強いね!」「おもしろよねー」

「さっきのお姉ちゃん達よりも遊び甲斐がありそうだよ!!」「だけど痛いのはヤダ!」

「お も し ろい」「Wrrrrrrrrrrrrr・・・・・・」「じゃあ、この人も殺しちゃう?」「殺しても死なないなら殺そうか」

 無邪気だが本質は残酷極まりない会話を紡ぎながら、霊圧の濃い宙域を外側から取り囲むプーカ達。

 翡翠の魔導死神の刃も届かぬ位置から、直径5キロに渡るクレーターの中心に立つ翡翠の魔導死神を包囲し、数十体のプーカ達は背中の翅を高速で振動させた。

 彼ら以外には聞こえぬ『音』を互いに交わし合い、中心に霊圧のこもった声を通過させる。音は中心部で重なり合い、打ち消し合い―――その場に高密度の『粒子』の波を作り上げようとしている。

 しかし、それが形を成そうとする瞬間、翡翠の魔導死神はこの戦いの仕上げとばかりに一際強い霊圧のこもった刃を、垂直に突き立てた。

 

「―――煮出(にだ)せ、『瓮熟晩翠(おうじゅくばんすい)』」

 

 そして、彼らに囲まれた翡翠の魔導死神の持つ刀から、黒ずんだ異形の物質が一気に噴き出される。

 光を反射しない漆黒の『それ』は、凄まじい勢いで空中へと伸び―――己の中に、ありとあらゆる霊子を吸いこみ始めた。何も知らずに浮遊していたプーカ達は、根こそぎ霊圧の全てを『それ』の中に吸いこまれたちどころに消滅していった。

 翡翠の魔導死神を境目として、空間を隔絶して黒い物質は非情なまでにありとあらゆる霊子を食い尽くす。

 おどろおどろしい光景になのは達は揃って声を失った。いつの間にか耳障りだった羽音はすっかり消え去り、静寂の中―――クレーターの中心には翡翠の魔導死神ただ一人が佇んでいた。

 

 戦いが終わり、なのは達は窮地を救ってくれた翡翠の魔導死神に面と向かって感謝の意を唱える。

「本当に危ないところを助けて頂き、ありがとうございました」

「礼なら要らないよ。君達が無事である事が何よりの救いだ」

「あの・・・あなたは『あれ』が平気だったんですか? そもそも『あれ』は一体何の魔法だったんですか?」

 フェイトは先ほどなのはとともに受けた奇怪な現象―――魔法発動の阻害および自律神経の著しい乱れなどを引き起こした原因について、同じ技を食らっていながら平然としていた翡翠の魔導死神に話を伺う。

「さっきの『あれ』は振動系の基礎単一系魔法の一種で、プーカ達は翅を高速で羽ばたかさせる事で、『魔子(マギオン)』の波を作り出していたんだよ」

「マギオン?」

 聞き慣れない言葉に疑問を呈するマリエル。なのは達も『マギオン』という言葉を聞くのがこれが初めてだったらしく、まるで意味が解っていない様子だった。

「超心理現象の次元に属する認識及び思考結果を記録する情報素子―――それが『マギオン』と呼ばれる非物質粒子だ。魔導師は大気中の魔力素を吸収、体内に取り込んだ後、リンカーコア内部で元来保有しているマギオンで魔力エネルギーへ変換させ、それを消費する事で初めて魔法を行使出来るんだ」

「それはええんですけど・・・なんであのとき、なのはちゃんやフェイトちゃんが落ちなあかんかったんですか?」

「―――()()()()()()

「酔った? 一体何に?」

「魔導師はマギオンを可視光線や可聴音波と同じように知覚するんだ。それは魔法を行使する上で必須の技術だ。だがその副作用で、予期せぬマギオンに晒された魔導師は、実際に自分の身体が揺さぶられたように錯覚するんだ。その錯覚が肉体に影響を及ぼし、飛行魔法の発動も困難になる状態に陥った。催眠術で『火傷をした』、という暗示を与えられることにより、実際に火ぶくれが生じるのと同じメカニズムだよ。先ほどの場合は『揺さぶられた』という錯覚によって、激しい船酔いのようなものになったという訳だ」

 淡々とした口調で語られる種明かし。しかし、なのは達は翡翠の魔導死神の説明では納得できない部分があった。

「で、でも・・・その話が本当だったとして、魔導師は普段からマギオンに触れているという事ですよね。魔法の発動時には取り込んだ魔力素をリンカーコアでマギオンに変換して使用する以上、体だってある程度マギオンに慣れている筈です。魔導師が立っていられないほどの強い波動なんて、一体どうやって?」

 フェイトの推察は正しかった。魔法師は普段からマギオンに触れ、マギオンに脅かされている。だらこそ、マギオンの暴風にも体が慣れている筈と考えるのは至極当然である。

 驚愕を露わにしているなのは達だったが、マリエルが逸早くひとつの答えを導き出した。

「波の合成、でしょ?」

「流石は本局の精密技術官でいらっしゃる。お見事です」

「マリーさん、どういう事ですか?」

「振動数の異なるマギオン波を連続で作りだし、複数の波がちょうどなのはちゃん達と重なる位置で合成されるように調整して、三角波のような強い波導を作り出したのよ」

「あの魔導虚(ホロウロギア)の群れがか・・・!?」

 驚嘆する事実に恋次が呆気にとられた声を漏らし、翡翠の魔導死神へと問いかける。

「プーカ達は、他の個体とは異なり集団にしてひとつの『個』を形成している特殊な魔導虚(ホロウロギア)です。個別の意識を持つとともに集団で一つの意識を・・・()()()()()()()()。個体の一つが死にかければ、他の仲間が微量に自らの霊圧を分け与えるんです。その伝達方法は―――僕達の耳には聞こえない『音』に他ならない。つまり彼らは、自分達だけが共有できる体内の通信機構で、霊圧のやり取りをしていたという事になります」

「そういう事か・・・だからあのとき、全体でもあり一体でもある連中を攻略する為に、命の共有が出来ないようにまとめてブッ倒す必要があったって事か・・・・・・はっ。まったく、つくづく恐れ入ったぜ」

 唯一『翡翠の魔導死神』の正体を知る恋次は、目の前の男の底知れぬ用意周到さ、知識量、状況に合わせたかの如く用意された無数とも呼べる手数にただただ驚嘆するばかりだった。

「・・・少し長居し過ぎたかな。僕はこの辺で失礼するよ」

 踵を返し、翡翠の魔導死神はなのは達の前から立ち去ろうとする。

「あ、待ってください! できればもう少しお話を・・・」

「折角だが断らせてもらう。こちらにも事情と言うものがある。ただ・・・ひとつだけ君らに言わせてもらいたい事がある」

 そう言うと、今一度なのは達の方へ振り返り、翡翠の魔導死神は彼女達を見据えおもむろに語りかける。

「管理局の魔導師諸君。魔法とは手段であって、それ自体が目的じゃない」

 聞いた瞬間、なのはは目を見開き驚愕を抱く。

 彼女は以前にも、別の人物から同じ言葉を聞いた事があったのである。

「プーカ達が用いた魔法は規模こそ大きいものの、個体で使えば強度は極めて低い。だが、君達はその弱い魔法に足をすくわれた。魔法の精度を向上させる為の努力は決して怠ってはいけない。しかし、それだけでは不十分である事を肝に銘じてほしい。使い方を誤った大魔法は、使い方を工夫した小魔法に劣るんだ」

 今回の教訓を確りと活かせ―――そう言わんばかりに戒飭(かいちょく)する翡翠の魔導死神。

 やがて、翡翠の魔導死神は、袖下に潜ませていた白布を自分の周りで高速で旋回させ、瞬時に遠くへ移動する「千反白蛇(せんたんはくじゃ)」を使用し現場から疾走した。

 

           *

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッド住宅街 高町家

 

 午後9時33分―――。

 任務を終え、自宅へと戻ったなのはは居間で一人、自家製のキャラメルミルクを飲みながら、翡翠の魔導死神が言っていた話を振り返っていた。

(あのとき、翡翠の魔導死神さんが言っていた言葉って・・・・・・―――)

 

 

 入局1年目の秋頃―――。

 武装隊士官候補生としての道を歩み始めたなのはは、無限書庫司書に正式になったばかりのユーノと最初で最後の模擬戦を行い、黒星と言う結果に終わった。

 当初、なのはは慢心から来る自身の力を過信し、非戦闘要員であるユーノの力を見誤っていた。その結果、ユーノが繰り出す工夫を凝らした魔法の数々に翻弄され、間隙を突かれたところをアレスターチェーンの餌食となって撃墜された。

「ふぇーん! や~ら~れ~たぁ~!」

「だいじょうぶ、なのは?」

 悔し涙を浮かべるなのはへやや息の上がった様子のユーノがおもむろに手を差し出した。なのはは苦笑しながらユーノの手を取り立ち上がる。

「にゃははは・・・完全に油断しっちゃった。ユーノくんがまさかあんな魔法を使うなんて思ってもいなかったよ」

「僕はなのはみたいに強力な魔法攻撃が出来るわけでも、大きな魔力を持つわけじゃない。だから知恵を絞って工夫するしかないんだよ」

「工夫?」

「なのはが毎日の訓練で魔法の精度を向上させている事は火を見るより明らかだし、僕やみんなもよく知ってる。その努力は決して怠ってはいけない。でもね、それだけじゃ不十分だって事も肝に銘じてほしい。使い方を誤った大魔法は使い方を工夫した小魔法に劣るんだ。現に僕がさっきなのはに使った魔法は規模こそ大きいものの強度は極めて低い。でも、なのははその弱い魔法に惑わされて僕に後れを取ってしまった」

「う、うん・・・」

 魔法スタイルもあり、やや攻撃に偏りがちな自分を教え諭す師の言葉。

 ユーノは朗らかな笑みを浮かべると、なのはに願いを込めて諌める。

「魔法は手段であって、それ自体が目的じゃない。それを忘れないでほしいな―――」

 

 

(あの言葉は・・・・・・ユーノ君と同じだった・・・・・・もしかして翡翠の魔導死神さんとユーノ君には何らかの繋がりがあるんじゃ・・・・・・)

 このとき、なのははまだ気づいていなかった。

 翡翠の魔導死神とユーノ・スクライアが全くの同一人物であり、四年に渡って追い求めていた面影がすぐ目の前にあった事を―――。

 

           *

 

第97管理外世界「地球」

東京都 松前町 スクライア商店

 

 同時刻―――。

 ユーノは、広大な地下空間の一角に造られた研究室で演算機器のコンソールを叩き、一つのデータを画面上に呼び出し凝視していた。

「失礼します店長―――。」

 一服入れようと、金太郎が気を利かせてお茶を運んできてくれた。

 部屋中に得体の知れない機械がところ狭しと並べられ、無数のコードが乱雑に床を這っている。

 足元のコードにつまづかぬ様に細心の注意を払いながら進み、無事にユーノの下へ辿り着いた金太郎は、巨大なモニターに映し出された内容を見て関心の声を漏らす。

「ほぉ・・・これが仰っていたものですな」

「あぁ。今カレドと共同開発している物なんだけど・・・何しろ性質が性質だからね。管理局法に抵触する恐れがある」

「ですが、現状の【魔法至上主義(まほうしじょうしゅぎ)】にも限界が見え始めております。魔導虚(ホロウロギア)が活性化し世界のバランスが著しく崩れ始めている今、一刻も早くこのシステムの完成が必要かと思われます」

「《AEC武装端末》と《第五世代デバイス》―――その両方はなのは達がこれからの戦いで必要な力となる筈だ。」

 モニター画面に映し出された二つの精密機械の設計図面。

 一つは、AMFなどの魔法無効化兵器に対抗する為に造られた魔力駆動の兵器である巨大な砲撃型武装機械。

 もう一つは、カレドブルフ社系とは異なるユーノ独自の変換技術を用いた「魔力無効状況でも魔力を魔法として使用できる」「魔力有効状況下でのさらなる強化」をコンセプトに設計された新型の魔導端末。

 それら二つの兵器が、そう遠くない未来において魔導師達の間で広く使われる事となる汎用兵器となるのである。

 

「必ず完成させてみせるよ。アニュラス・ジェイドの名に懸けてね―――」

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:都築真紀 作画:長谷川光司『魔法少女リリカルなのはA's THE COMICS』(集英社・2006)

原作:久保帯人 著者:成田良悟『BLEACH Spirits Are Forever With You I・Ⅱ』(集英社・2012)

 

 

 

 

 

 

教えて、ユーノ先生!

 

ユ「今日はロストロギアについての話だよ♪」

「次元世界には時折、進化しすぎた技術や魔法などが流出することがある。既に滅んだ世界からの発見、古代遺跡から発掘されたりと。正しく扱う技術が確立されていない莫大な力や、それを発生させる手がかりとなる技術や知識、物品。そういった危険な遺産を『ロストロギア』と総称している」

「ロストロギアは管理局によって管理・保管されており、管理局の中でも特に重要な仕事なんだ。ちなみに、僕も9歳の頃に『ジュエルシード』と言うロストロギアを発見しているんだ♪」

浦「いやぁ~、スクライアサンもなかなか隅に置けませんねー♪」

ユ「あれ浦原さん、急にどうしたんですか?」

 突然飄々とした笑みを浮かべ現れた浦原商店店長・浦原喜助。扇子で顔を隠しながらにやにやと笑う理由は・・・

浦「実はつい先ほど、スクライアサンが活躍しているというDVDを見ていたんですが・・・まさかスクライサンにロリコンの趣味がおアリとは思いませんでしたねー」

ユ「ロリコン!? あの・・・何を勘違いされているんですか? て言うか何を見てそう言う結論に至ったんですか?」

浦「だってスクライサン、小学生の女の子と一緒に寝たりお風呂に入った事があるんすよ♪ バッチリ映ってましたよ」

 そう言って浦原が見せたのは、『魔法少女リリカルなのは』の記録ディスク。このディスクには、問題の入浴シーンなどが描かれている。

ユ「だぁぁぁ!!! 違うんですよ!!! それは飽く迄も子供の頃の話であって、僕にもですねいろいろと事情があったんですよ!!!」

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

白「私の名は白鳥礼二。護廷十三隊一番隊第三席のエリート死神・・・・・・なのだが」

 独白をしながら、白鳥は率直な悩みを口にする。

白「私の華麗なる活躍が全く取り上げられないのは何故なのだ!?」

一「俺が知るかよッ!! つーかなんでお前が俺ん家に来てメシ食ってんだよ!?」

 何故か黒崎家で食事を頂戴している白鳥に一護が当然の如く怒声を浴びせるも、特に気にせず白鳥は食事を続ける。

織「はいはぁーい! 白鳥さん、まだまだたくさんありますからねー。あ、コーヒーはどうしますか?」

白「無論頂こう。ミルクと砂糖は無しで頼むぞ」

一「って人の話を聞けよ!! 織姫もコイツに変に気を遣わなくていいから!」

織「でもあなた、白鳥さんなんだか最近元気がないみたいでね・・・・・・ほら、どうも私たちの近くにいるとどうしても(ホロウ)の姿が視える一般人が多いみたいだから。それで活躍の機会を逃しちゃってるみたい。」

 (ホロウ)が視える時点で既に一般人ではないのだが、そこは敢えてツッコまない事にする。

 織姫の的を射た言葉を聞いた瞬間、白鳥は止めどなく涙を流し始め、赤裸々な気持ちを口にする。

白「なにゆえ私ばかりがこんな不憫な目に遭わねばならぬのだ~~~/// どうかお願いだから私のもっと出番を増やしてほしい~~~///」

一「おまえな・・・・・・」

 果たして白鳥の活躍の機会が増える日はくるのだろうか・・・・・・。




次回予告

鬼「魔導虚(ホロウロギア)・ステンチイピリアの影響で街中の水が臭くなっちまった!」
シ「このままでは銭湯はおろか入浴すら叶わぬ。桃谷、風呂の邪魔をするあの魔導虚(ホロウロギア)を共に成敗しよう」
鬼「おっちゃー! ついに俺の力を見せる時が来たぜ!」
ユ「次回、ユーノ・スクライア外伝・・・『魔霊(まりょう)水域』。紅に燃えろッ!!」






登場魔導虚
プーカ
声:田村ゆかり、水樹奈々、植田佳奈、真田アサミ、清水香里、柚木涼香、一条和矢、斎藤千和、中原麻衣、井上麻里奈、高橋美佳子、他
百体以上から成る、類を見ない「群にして個」の魔導虚。名前の意味は「小悪魔」。
全個体共に姿はさほど変わらないが、背中から翅の生えた姿をしており、翅の形状は個体によって異なる。個体ごとに個別の意識を持ち意識の共有もしているが、全体の頭の中身は子供程度。時折遊び相手を見つけては壊れて動かなくなるまで遊び倒しており、作中では「目を付けられた力の無い者達にとって、彼らは日常の終わりを告げる悪夢の集団」と称されている。
全体で特殊な音波による「命の共有」という特性を持っており、1体1体が傷ついても他の個体が音波に乗せて霊圧を少しずつ分け与えることにより回復させることができる。
大虚(メノスグランデ)特有の霊圧の集中された破壊の閃光「虚閃(セロ)」を撃つことも可能であり、一発一発は通常の虚閃と変わらないものの、集団で一斉に放ってくるためすさまじい破壊力となる。また、翅を羽ばたかせる事で振動系単一系魔法の一種であるマギオンの波を作り出す。マギオンの波同士を合成する事で魔導師の魔法発動が困難になる程の威力となる。
プラスターで起こった巨大爆発を調査する為にやってきたなのは達を「遊び相手」と称して襲撃。一時はなのは達を追い詰めるが、突如現れた翡翠の魔導死神の手にかかり一匹残らず駆除された。
名前の由来は、ケルトの神話・伝説に伝わる妖精(フェアリー)あるいは妖魔の一種。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話「魔霊水域」

新暦079年 4月13日

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課隊舎 隊員寮 男性バスルーム

 

「風呂だぁぁ―――!!」

 ザポーン!! 血気盛んに湯船へと飛び込む桃谷鬼太郎。

 彼は大の風呂好きで、おやつのプリンを至上の喜びと表すのならば、風呂とは鬼太郎にとって日々の憂さとともに疲労一切を洗い流してくれるリフレッシュタイムだった。

「ぶっぱー!! やっぱ日本人は風呂に限るなー!!」

「オマエな・・・」

「あ?」

 隣から怒気を孕んだ者の声がしたと気付いたとき、全身ずぶ濡れと化し髪がくたっとなっている恋次が怒髪天を突く。

「人がゆっくり湯に浸かってると思ったら何してくれるんだよッ!!」

「げっ! まさか恋次が俺よりも先に風呂に入ってるなんて・・・・・・バカヤロウ!! 一番風呂はこの俺だろうが!!」

「馬鹿言ってんじゃねえ!! どう見ても一番風呂に入ってたのは俺だろうが!!」

「いいや誰が何と言っても一番風呂は俺だ!!」

 一番風呂に何かとこだわる二人。奇しくも恋次もまた鬼太郎と同じく風呂好きであり、似た者同士激しく火花を散らし合う。

 熱気に包まれる大浴場。しかしてそれは湯の熱だけでなく、この二人から醸し出される熱も相まっている。

 後から利用しようとやってきた局員の多くは忽ち困惑し、利用しあぐねていた事など二人は露知らず。

「どうしても譲る気はないみたいだな!?」

「仕方が()えな。風呂から出ろ恋次! 白黒きっちりつけてやらぁ!!」

「望むところだコンチクショウ!!」

 ヒートアップした二人は一旦湯船を出ると、何故か滑りやすい足場で取っ組み合いの喧嘩を勃発させた。

 実に短絡的で子供染みた二人の行動に吉良と浦太郎は辟易し、エリオは終始苦笑をしながら体を洗っていた。

「やれやれ・・・たかが風呂の順番でどうしてあそこまでムキになるんでしょうか」

「結局はあの二人も似た者同士だからね」

「でも何だかんだ言って仲イイですもんねあの二人」

「「誰が仲がいいって!!」」

 聞き捨てならないと言わんばかり、取っ組み合いをしていた二人が声を揃えてエリオの言葉に噛みついた。

「うわあああああああ!!!」

 思わぬところで息の合った二人が間近へと寄って来るや、エリオはあまりの迫力に臆して台座から引っくり返りそうになった。

「おいエリオ、あんましふざけた事ぬかしてると火傷じゃすまさねえからな!」

「す、すみません・・・ただ客観的に見てそう思っただけでして」

「客観的に見たらわかんだろう!! どう見ても喧嘩してんじゃねえか俺ら!?」

「でも地球には『喧嘩するほど仲がいい』という(ことわざ)があると、以前なのはさんから聞いたことがあります。だからお二人ともそうなんだとばかり・・・」

「「俺たちにその諺は該当しねえんだよ! よく覚えてとけッ!!」」

「とか言いながらも息ピッタリだし」

「少なくとも似た物同士である事は自覚した方がいい気がする」

 

「キャアアアアアアアアアアアアア」

 突如として、浴場の外から絹を裂くような女性の悲鳴が聞こえてきた。

「な、なんだ!?」

 ただ事ではないと直感した恋次達は慌てて浴場を飛び出した。

 悲鳴が聞こえてきたのはロビーからだった。恋次達が駆け付けた時、スバルやキャロなどが何かに怯えた様子で身を寄せ合っていた。

「どうした!? 何があった・・・!」

 と、恋次が声をかけた瞬間―――

「「「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」」」

 再び空気を震わせるような悲鳴を上げる女性陣。

 そして、直後にはやてが恋次を指さして言い放った一言に戦慄が走る。

「しししし、死体が歩いとるッ!!!」

「誰が()()だよ、誰が!! 俺をよく見ろ! 生きてるから風呂に入ってたんだよ!」

「で、でもそこの()()に恋次さんと吉良さんの死体が・・・!」

「棺桶だぁ?」

「それに僕の死体もだって!?」

 恋次だけならいざ知らず、吉良までもが死体扱いされるのはおかしい。

 気になった二人は女性陣が恐怖する対象―――何故かこの場にあるのはあまりに不自然過ぎる二つの棺の中を確かめる事に。

 小窓を覗くと、血色の無い死に顔の恋次と吉良の肉体が納まっている。しかしよく見ると、その死体は死神にとってごく見慣れた物であると判明した。

 嘆息を吐き、恋次は自分達を死体扱いしたスバル達に軽く手刀を叩き込み、誤解を抱く彼女達へ弁明した。

「バカヤロウ! これは死体じゃなくて義骸(ぎがい)だろうが!」

「ギガイ・・・?」

「って、なんでしたっけ?」

「この前説明したばっかだろう! 俺ら死神が現世で活動する為の仮の肉体だよ!」

 死体の正体は義骸だった。義骸には恋次が説明した用途以外に、極度に弱体化した死神が力の回復を図る為の機能が備わっている。弱体化した死神は(ホロウ)に狙われやすいという点から死神は一様に人間のフリをするのである。

 閑話休題。義骸の送り主はどんな趣向でこのような事をしたのかは分からない。少なくとも本物の死体でないと分かった途端、女性陣は忽ち安堵の息を漏らす。

「な、なんだ・・・・・・びっくりした~」

「最初見たときは本当にお二人が死んじゃったものかと思いました」

「だから勝手に殺すんじゃ()えよ!」

「それにしても誰がこんな悪戯を? なぜ僕たちの義骸が棺なんかに・・・」

 不思議に思っていた折、ふと恋次が棺の中に納められた自分の義骸を凝視し、枕元に置かれていた手紙らしき物を発見した。

「なんだこりゃ?」

 手に取ってみると差出人が書かれていない便箋だった。

 恐る恐る中を改めると、あまりに意外な人物から寄せられたメッセージが書かれていた。

 

『阿散井恋次さんと吉良イヅルさんへ あなた方二人にささやかながら僕からのプレゼントを送ります。大事に使ってください。 翡翠の魔導死神』

 

「これって・・・翡翠の魔導死神さんからのプレゼント!?」

「恋次さん達と翡翠の魔導死神さんって、お知り合いだったんですか?」

「え、えっとその・・・知り合いと言えば知り合いになるんだろうけど・・・」

「あの野郎ッ・・・・・・」

 回答に苦慮する吉良の隣で、恋次は何の前置きも無く唐突なサプライズを企画した翡翠の魔導死神、もといユーノの突飛な行動に怒り心頭。

 彼直筆の手紙を片手の握力だけでくしゃくしゃに丸めこんだ。

 

 風呂上り、部屋に戻った恋次は直ちにユーノへ抗議の電話を入れた。

『いやー、気に入ってくれました? 僕からのプレゼントは♪」

「あれのどこがプレゼントだって!? 人の体で弄ぶような真似しやがって! お前もスカリエッティって呼ばれたいか!!?」

『ありゃりゃ・・・・・・驚かせようと思った取って置きのサプライズのつもりだったんですが、逆効果でしたか』

「驚きっつーか戦き(・・)になってたぞ! 女どもの反応見せてやりたかったぜ。あんなもん見せつけられちゃな、誰だって悲鳴の一つや二つ上げたくなるわ!」

『おかっしいな~。僕の中ではかなりハイセンスなアイディアだと思ったんですが・・・・・・わかりました。じゃあ次回からはもっと普通の趣向でいきたいと思います♪』

「おまえの言う普通ってのがイマイチ信用ならねえんだが・・・つーか次回は送ってこなくていい!! 大体だな、義骸ならもう用意してあるのになんでわざわざ別のを送ってくる必要があるんだよ?!」

 ミッドチルダへと渡る際、恋次も吉良も事前に尸魂界(ソウル・ソサエティ)から支給された義骸を持参していたので、別段困るような事はなかった。

 ゆえに今回のユーノのはた迷惑な趣向の元に送られてきた義骸の用途が、全く分からなかった。

『フフフ・・・。僕が何の意図もなくあのような真似をしたとお思いですか? 実は今回お送りした義骸は特注品でしてね、アレを着るだけで魔力を持たない死神でも魔導師との思念通話(しねんつうわ)ができるようになるんです』

「思念通話って・・・頭の中で会話のやり取りするアレか?」

正解(エサクタ)! 機動六課に身を置く以上、魔法との関わりは避けられない。このあいだみたいな戦闘になった際、いざって時には仲間とのやり取りが出来て便利ですよ』

「そりゃ着てるときはいいけどよ・・・着てねえときはどうするつもりだよ?」

『あ・・・・・・盲点でしたね♪』

「そこ一番大事だろうが!! アホかおまえ!!」

 思わず怒鳴りつける恋次。電話越しのユーノはこうした彼のリアクションも考慮しながらワザとに言って一人楽しんでいた。

『なーんて冗談ですよ♪ 一回着れば死神化した際にも効果は持続します。この僕にぬかりはありませんよ!』

「なんかウソ(くせ)えな・・・・・・」

『まぁここは騙されたと思って着てくださいよ♪ ユーノ・スクライアからの、お・ね・が・い・・・です♡』

 科白(せりふ)を聞いた直後―――風呂から上がったばかりで火照っている筈の体が一気に冷やされる感覚に陥る恋次。体だけでなく、心までもが震え上がった。

「っておい、ただでさえ女みたいな顔つきなのに声色まで女みたいにすんなよ気持ち悪い!! わかった、わかったよ! しょうがねえから着てやる! その代り二度とあんな悪趣味なことすんなよ」

()()()()()()()()()()()()♪ じゃあ、代金はあとで吉良さんの分も合わせて恋次さんの来月の給料から天引きさせて頂きますねー』

 え・・・? 一瞬思考が停止しかけた恋次。

 聞き違いなどでなければ、ユーノは間違いなく自分の給料から天引き―――すなわち、商売として義骸を売りつけたと宣言したのだ。

「ちょ、ちょっと待て!! あれってプレゼントじゃねえのかよ!? おいユーノ!!」

 ブツッ・・・。ツー・・・。ツー・・・。

 慌てて問い詰めようとした直後に先方から切電された。ちょうど伝令神機の電池も切れた為、リダイヤルは不可だった。

 呆然自失と化す恋次。だがその直後から急速にユーノへの怒りが込み上げ、しばらくの間を置くと大声で唸り散らす。

「ざけんじゃねえぞあの優男ッ!!! 今度会ったらマジでぶっ殺してやるぅぅ!!! ユーノ・スクライアァァ!!!」

 夜更けに響き渡る恋次の怒声は、さながら満月に向かって吠える野良犬の咆哮を彷彿とさせるものだった。

 

           *

 

ジェイル・スカリエッティ 地下アジト

 

 ラボの巨大モニターへと映し出される、とある映像を凝視するスカリエッティと四人の戦闘機人達。

 先日のプラスターにおけるプーカと翡翠の魔導死神との戦いの様子もまた克明に記録され、得られたデータを元に反省点を模索していた。

「ふむ・・・。プラスターで発見されたアンゴルモアを回収する為にプーカ達を派遣したはいいが、やはり統制の利かない出来損ないでしかなかったか」

「奴らは人造魔導師実験のモルモットにされて死んだ子供の魂魄を“幼生虚(ラーバ・ホロウ)”へと食わせ、生まれた1体の魔導虚(ホロウロギア)が急速な細胞分裂を繰り返す事で、『群にして個』の魔導虚(ホロウロギア)となったのです。所詮は思慮分別の利かない子供でしかない物が我々の言う事を聞くとは思いませぬが」

「確かにトーレの言う事も一理ある。だが、戦力としては実に申し分ない成果を残してくれた。出来損ないとは言え実にいいデータが取れたよ。クアットロもアンゴルモアの確保に努めてくれてありがとう」

「ドクターの為ですもの~。このくらいへっちゃらですわー」

 クアットロは先のプラスターでの大爆発を引き起こした元凶―――古代遺物(ロストロギア)《アンゴルモア》を厳重に封印したキューブ型の容器を手に取りながら、あざとい笑みでスカリエッティへアピールする。

「クライアントもアンゴルモアに関しては特に力を入れよと口を酸っぱくしているからね。機動六課の手に渡る前に出来るだけ多くを回収しないと。無論、私個人の研究の為にもね―――」

「しかし、だからと言ってアレを野放しにしていてもいいのものでしょうか」

 ここにスカリエッティの方針や意向に苦言を呈する者が一人いた。

 機人四天王の一人にして、唯一の男性型個体―――ナンバーズの刻印を持たない《空白》を意味するコードネーム《ファイ》が、おもむろに指摘した。

「翡翠の魔導死神・・・―――これまで幾度にも渡り我々の邪魔をしてきた有害異分子。あのプーカ達ですら造作も無く倒してしまう程の脅威を、ドクターは眼を瞑って見逃すおつもりか?」

「うむ・・・君の言う通り、彼の力は我々にとって脅威だ。しかしそれ以上に利用する価値もまた十二分にある。上手くいけば我々の野望遂行の潤滑油となってもらえるかと思うんだが・・・どうだろう?」

 聞いた途端、ファイは乾いた表情を一切変えず後ろへ振り返り、スカリエッティへと背中を向けた。

「ドクターの意見には賛同しかねます。奴は明確に我々にとっての敵。邪魔者は早急に排除せねばなりません」

 そう言い残して、ファイは一人ラボから出て行った。

「こらファイ!! まだ会議の途中だぞ!! 戻って来いファイ!!」

 会議を飛び出し独断行動を取るファイへ制止を求めるトーレだったが、彼女の言葉など聞く耳持たず。早々に姿を眩ませた。

「全く・・・あいつには協調性というものが無い。おまけに生みの親であるドクターに対しても敬意などまるで皆無に思えてならない」

「仕方ありませんわお姉様~。あの子、生まれたときからずっとあんなですもの~。」

「ドクター、いかがなさいますか? あの子を放っていて大丈夫でしょうか?」

「構わんさ。皆自分の好きな様に行動するべきだよ。私も自分の子供とも言うべき君らにとやかくと命令を出すのは好きではないからね。ナンバーズの刻印を持たない彼がこの先どんな行動を取るのか、ゆっくりと観察させてもらおうじゃないか。フフフ・・・フフハハハハハハハハ!!!」

 響き渡るスカリエッティの高笑い。

 彼にとって重要なのは、常に体の(うち)から湧き上がってくる無尽蔵の欲望を満たしたいという飽くなき好奇心だった。

 

           *

 

ミッドチルダ都内 某スーパー銭湯

 

 夜9時を回った時分。

 警邏隊のパトカーと救急車輛が複数台停車しており、辺りは騒然と化していた。

 何があったのかと野次馬の誰かが尋ねれれば、この銭湯の中で極めて有毒な異臭が発生し、利用していた者が数名意識不明に陥ったとの事だった。

 現在、地元警邏隊が経営者から詳しい事情を聴取していた。

「お客さんからサウナからもの凄い臭いがすると言われ、実際に男性浴場を確かめてみたら、そりゃヒドイのなんのって・・・! 鼻が曲がるなんてもんじゃなかったですよ!」

「そんなに臭かったんですか?」

「ありゃこの惑星の臭いじゃ無かったです!」

「確かに離れた場所からでも臭って来るな・・・この臭いはそうだな・・・・・・腐ったタマゴを更に腐らせたような臭いだ!」

「一体誰が劇物をサウナの中に入れたんだ!?」

 スメルハラスメントや悪臭被害と訴える者もいれば、大規模なテロ事件だと根拠も無く吹聴する者さえ出始める騒ぎとなった。

 臭いの原因は生物兵器か。それとも強烈な悪臭を放つ動物の死骸か。

 だがしかし、我々は見落としていた。臭いの原因はもっと根本的なところにあった事を。

 

「や・・・ヤバいな~・・・・・・」

 ここに一人の中年男性が居た。

 名をスラング・アラバスター(35)―――管理局地上本部出入りの嘱託魔導師。彼は部類の風呂好きであり、銭湯の一番風呂に入るのが日課だった。

 だが彼には人に打ち明けられない深刻な悩みがあった。それは人並み以上に体臭がキツイという事だった。

 もう察してくれた事だろう。此度の異臭騒ぎはこの男が出した体臭によるものだった。彼の体臭は言うならばクサヤの臭いに届くか否かという領域にさえあった。

 既に何度もこの銭湯を利用しているアラバスターだが、不幸にもその日銭湯側は換気システムの総点検を行っていた。これが災いしてサウナに入った瞬間、同じ環境に居た利用者が悪臭被害を訴えた―――これが事の顛末だった。

 思いのほか騒ぎが大きくなったのを物影で秘かに窺っていたアラバスターは、逃げるように着の身着のまま銭湯から退散した。

 

 帰路に就く途中、アラバスターは腹の虫が収まらず苛々を募らせる。

「チクショウめ! 何が異臭騒ぎだよ。確かに俺の体臭はクセーよ、自分でもイヤになるくらいな。でもな、何もそこまで言うことは()えだろうが!!」

 体質的な問題を指摘されてはどうにもならない。このまま騒ぎが広がり自分の体臭のキツさが世間に露呈すれば、彼にとっての安息の場は失われかねない。

「あ~あ。どこかに誰の目も気にせずにゆっくり浸かれる風呂は()えもんかな・・・・・・」

「その願い、叶えてやろうか?」

 唐突に聞こえてきた声に反応するアラバスター。

 電灯が突然暗くなったと思った直後、暗闇から不気味な人影が姿を現した。

 思わず息を飲むアラバスター。おもむろに歩み寄って来たのは、若干口元が緩んだ機人四天王―――ファイだった。

「だ、誰だおめえ!?」

「驚かせてしまったかな。そんなに風呂が好きなら好きなだけ浸かるがいい」

「なに?」

「これを受け取るがよい」

 言うと、ファイが(てのひら)の中から取り出したのは手のひらサイズ大の白い仮面に体の中心に孔の空いた小型の魔導虚(ホロウロギア)の幼生―――『幼生虚(ラーバ・ホロウ)』だった。

 幼生虚(ラーバ・ホロウ)は今晩の『憑代(よりしろ)』となるべく生物を眼で捕えるや、瞳の色を不気味に紅く光らせ舌を出す。

「うっ・・・うわああああああああああああああああ!!!!!!」

 嘗て経験した事の無い恐怖に駆られ、アラバスターは柄にも無い悲鳴を上げた。

 

           ◇

 

4月17日―――

次元空間 時空管理局本局 本局運用部

 

 本局と機動六課との往復を行う時空管理局提督クロノ・ハラオウン。

 今日は上司であり統括管理官を務める実母・リンディにこれまでの経緯をまとめて報告する為、本局へと足を運んだ。

「死後の世界からの来訪者に魔導虚(ホロウロギア)・・・ねぇ。」

 机の上で両手を組んだまま物思いにふけるリンディの顔が、どこか険しく見えた。

 クロノは目の前の母親の気苦労を理解しつつ、ありのまま(つぶさ)に報告を行った。

「死神と名乗った黒衣の二人組・・・・・・阿散井恋次氏と吉良イヅル氏の話によれば、(くだん)の怪物『魔導虚(ホロウロギア)』とは、元は人間の魂が堕ちた際に変異する『(ホロウ)』と呼ばれる悪霊が突然変異をしたモノだとの事です」

「・・・(にわ)かには信じられない話ね。でも現実として怪物が町で暴れ回り、多くの市民や魔導師を葬り去っているのは紛れもない事実。しかも悪い事にそれらを作り出している黒幕が、逃亡中のスカリエッティである事も。どちらも目を背ける訳にはいかないわね」

「それと―――」

「何かしら?」怪訝な眼差しでリンディは難しい顔を浮かべるクロノへ問いかける。

「聞くところによると、どうやらミッドチルダに魔導虚(ホロウロギア)の脅威が迫っている事や、我々管理局について死神へ情報提供したのが、例の翡翠の魔導死神である事が判明しました」

「翡翠の魔導死神が・・・!?」

 その名を聞くや、目を見開き若干声色も高くなるリンディ。

 当然である。今や《翡翠の魔導死神》の名は全次元世界へと知れ渡り、管理局にとってもその存在を無視出来ぬものになりつつあった。

 クロノは吃驚するリンディに自らの主観を交えた報告を続けた。

「彼らがどのような経緯で翡翠の魔導死神と出会ったのかまでは聞き出せませんでしたが、先の観測指定世界『プラスター』で魔導虚(ホロウロギア)の襲撃を受けた際にはフェイト達の危機を救ってくれましたし、素性が知れないという点だけで翡翠の魔導死神を敵視するのは些か拙速かと。また翡翠の魔導死神が今回の事件を・・・騎士カリムによる予言を察知していた可能性も極めて高いです。そして、彼が魔導師でありながら死神と同じ力を使える存在である事も判っています」

 この数日の間でわかり始めた翡翠の魔導死神に関する新情報。

 何カ月ものあいだ管理局の捜査部が必死になっても掴みあぐねていた一件が、死神との邂逅以来急速に分かり始めて来ているという皮肉な展開にリンディはより一層眉間の皺を深く寄せた。

「死後の世界からやってきた死神・・・悪霊の変異体・・・スカリエッティとアンゴルモア・・・そして翡翠の魔導死神・・・・・・私たちの世界は一体どこへ向かおうとしているのかしらね」

 重い溜息を吐き、一重に世界の行く末を憂うリンディ。

 机に置かれたまますっかり冷めてしまった砂糖とミルクたっぷりのお茶、通称【リンディ茶】を手に取ると、心を落ち着かせる為にゆっくりと啜るのだった。

 

           *

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

機動六課 ミッドチルダ地上本部

 

「あ~・・・喉が渇いた」

 渇いた喉に潤いを与える為に蛇口を捻る鬼太郎。

 しかし、いくら捻っても水は一滴たりとも出てこない。

「あれ? おかしいな・・・断水か?」

 恐る恐る蛇口の先を覗き込んだ、次の瞬間―――

 詰まっていた水が噴き出し、鬼太郎の顔面目掛けて強い水圧の水がドッとかかった。

「どああああ! ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい!! うぉぉーい!! 誰かどうにかしてくれ!!」

 止めるに止めらなくなった。水はより勢いを増して噴き出し続ける。全身びしょ濡れの鬼太郎はこの不測の事態を一人では解決できず、必死に助けを乞う。

 その願いが通じたのか、たまたま通りかかったスバル達が事態に気づき、慌てて駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか鬼太郎さん!」

「どうしたんですか!?」

「見りゃわかんだろう! 水が止まらなくなっちまったんだよ!!」

 嘗てない程に周章狼狽する鬼太郎。

 ふと。キャロが水飲み場近くに立てかけられていた立札を見ると、ミッド文字で『修理中のため使用厳禁』と書かれていたのに気付く。

「あの、そこの『修理中』って書かれた札見なかったんですか?」

「修理中だぁ!? チキショウーだったら日本語で書けよ!! こっちの文字は複雑でまだ覚えられてねえんだ!!」

 ミッドチルダに滞在してちょうど一週間になるが、未だミッドチルダで使われている文字の習得に難儀していた鬼太郎にとって手酷い仕打ちだった。

「どうしたんですかー」

 そこへ騒ぎを聞きつけたリインフォース(ツヴァイ)が騒然とする現場へとやってきた。

「リイン曹長、ちょうど良かったです。この水を止められますか?」

「お安い御用ですよ!」

 自信満々に胸を軽く叩くと、リインは魔道書型ストレージデバイス『蒼天(そうてん)の書』を取り出すと、左手のひらにベル化式魔方陣を展開。水を止める為の魔法を行使する。

「“凍てつく足枷(フリーレンフェッセルン)”!」

 刹那、設置型凍結魔法が発動。その効果により蛇口を対象として周辺の水分が瞬間凍結。水の勢いは立ち所に弱まった。

「お見事ですリイン曹長!」

「これくらいわけないのですよー」

 称賛の言葉をかけられ誇らしげなリインとは裏腹に、全身水浸しの状態から氷漬けにされた鬼太郎は、急激な体温の変化についていけず風邪を引いた。

「へ、へ、へっくしょん!! チキショウ~、なんで俺がこんな・・・」

「自業自得ってヤツだよ」

「修理中の状況をさらに悪化させるなんて先輩にしかできないよね」

「さっさと風呂に入ってこい」

「言われなくても・・・そうさせてもらうぜ・・・ハ、ハ、ハックション!!」

 冷たく足蹴にする恋次達の言葉が酷く胸に突き刺さるも、鬼太郎は冷えた体を温めるために重い足取りで浴場へと向かった。

 

 その後、ロビーで休憩を挟んでいた折、恋次が何の気なく思った事について吉良と浦太郎に投げかけた。

「つくづく思うんだが・・・鬼太郎ってここへ連れて来た意味あったのか?」

「僕に言われても困るよ」

「浦太郎はアイツとは付き合い長いんだろう?」

「長いと言っても3年ちょっとくらいでしてね。ま、先輩がクルクルパーなのは見ての通りですし、今さらあの出来の悪い頭をどうにかしろと言われても無理ですから♪」

 本人の居ない前だと余計に性質(たち)悪いなー・・・・・・。心の中で共通の事を思い、恋次と吉良はこの場にいない鬼太郎の事が段々と不憫に感じられた。

 やがて、吉良が以前から気になっていた鬼太郎の素性における疑問点―――死神の力を行使できる点について言及した。

「まぁ、普段の鬼太郎くんは兎も角として・・・あれでも一応死神の力を持っているわけだろう。という事は、やはり彼の両親も死神だったのかい?」

「あぁその辺に関しちゃ僕もよく分からないんですよ。店長から聞いた話だと、先輩の両親は幼い先輩を残して早くに他界していて、以来京都でお茶屋を営んでるおばあちゃんに育てられたそうですから」

「へぇ~。あいつって京都育ちなのか・・・の割には品性の欠片も()えけどな」

「君が言うんだ」

 

「うわあああああああああああ!!!」

 突如として隊舎へと悲鳴が響き渡った。

 聞こえてきた鬼太郎の悲鳴に三人が耳を傾けた時、バスタオル一丁で着の身着のままの鬼太郎がやって来た。

「臭っ!! なんだよこの臭い!? チョー臭っ!!」

 ひどく動揺し、しきりに体の臭いを嗅ぐ鬼太郎が恋次達へと駆け寄った。

 その瞬間、三人はこれまでに体験した事の無い悪臭に思わず鼻が曲がりそうになった。

「だああああああ!!! クサい!!」

「こっち来んなよてめえ!!」

「突然シャワーのお湯がクサくなったんだよ!! ほらほら!!」

「や、やめるんだああああ!!!」

「「うえええええええええええええええ!!!」」」

 傍にいるだけで不快感を誘う悪臭。恋次達は神経をおかしくする強烈な臭いに発狂寸前だった。

 

           *

 

ミッドチルダ南部 とある老舗銭湯

 

 夜天の書の守護騎士・ヴォルケンリッターの将にして、機動六課ライトニング分隊所属、副隊長シグナムは、本日オフシフトだった。

 久しぶりのオフを満喫しようと、彼女が向かったのは自宅近くにある行きつけの銭湯だった。彼女もまた風呂を愛する者の一人だった。

 ところが、そんな彼女は信じられない光景を目の当たりにして愕然とした。

 いつもなら開いている筈の銭湯の扉にミッド文字で、『誠に勝手ながら()()()()させていただきます』と、書かれた紙が貼られていた。

「・・・何・・・・・・・・・・・・だと・・・!?」

 青天の霹靂。あまりのショックに絶句し風呂桶を落とす始末。

「はぁっ!? ここもかよ!」

 すると、後ろから聞き覚えのある声がした。

 我に返った彼女が振り返ると、赤いジャージ姿の鬼太郎が風呂桶を持ちながらシグナム同様驚愕の顔を浮かべていた。

「桃谷・・・これはどういうことだ!?」

「こっちが聞きてーよ!」

 奇しくも風呂好きの二人へと襲い掛かった災難。

 困惑していた折、ちょうど店の中からバケツとモップを持った銭湯の主人が出てき、店の前で立っていた二人を見るや、罰が悪そうに声をかける。

「いやぁーすまねーなー・・・ご覧のとおりよ、臨時休業なんだよ」

 聞いた直後、二人は店主へと詰め寄り、形相を浮かべながら鬼気迫る勢いで問い質す。

「どういうことだよオヤジ!? 説明しろってんだ!!」

「私も納得がゆかぬ! なぜ臨時休業なのだ!? ここの一番風呂を楽しみにしていたのだぞッ!」

「お、落ち着いてくれ! ワケはこれだよ! 水が急に臭くなっちまったんだよほら!」

 店主が差し出したバケツ。その中に入った水の臭いをかいだ瞬間、二人はあまりの激臭に鼻を抓んだ。

「なんだ・・・このニオイは?!」

「俺と同じ洗ってねえ雑巾みたいな臭いがする! くそー・・・臭いが取れないから来たのに臨時休業にされちゃたまったもんじゃねぜ!」

「なんだ、兄ちゃん家の水も臭うのか!? こんな感じか?」

「だぁぁぁぁ!! そのバケツを近づけんじゃねえよ!!」

「いったいどうなってしまったのだ?」

 

           *

 

 ミッドチルダ全域で突如として発生した異臭騒ぎ。

 その原因となっているのは、すべて日常生活で使われている水であり、各地にあるプールや銭湯と言った商業施設を始め、飲食店、サービス施設、あらゆる所で甚大な被害が及び始めていた。

『えー・・・事態を重く見たクラナガン水道局は、原因究明の為、一時的に全ての水道の本管を封鎖。人民への水の供給が断たれました』

 僅か数時間―――各地で同時多発的に発生した奇怪現象は、テレビの報道を通じて、全世界へと配信される大事件へと発展するに至った。

 

           ≡

 

機動六課隊舎 ミッドチルダ地上本部 総合司令室

 

 今回の奇怪な出来事について、機動六課ではアンゴルモアまたは魔導虚(ホロウロギア)関連事件の線を疑い、対策会議が開かれていた。

「街中至るところで水が臭くなるなんて・・・」

「これってどう言う事なんでしょう?」

「水道局に問い合わせてみたところ、二、三日前から各地で同じ現象が報告されていて苦情が殺到してるみたいなんですが、臭いが発生する原因究明には至っていません」

「各水道局の上下水システムも全く異常は無いそうです」

「こんなんじゃ、しばらくトイレも使えねーな。臭いもん出したそばから余計に臭くなるんだからよ!」

「阿散井くん・・・そういう事は別に言わなくてもいいと思うけど」

 恋次の言ったジョークに周りからの非難の籠った冷たい視線が向けられる。

 思わず苦笑する恋次。すると司令室の扉が開き、脱臭スプレーをやたら無暗に体へと吹きかける鬼太郎が入ってきた。

「ダメだ・・・ぜんぜん臭いがとれねえよ!」

 鬼太郎が入った途端、司令室全体へと蔓延する悪臭。臭いを嗅いだメンバーは臭いを放つ鬼太郎から極端に遠ざかった。

「うぅ~~~臭っ!!」

「鬼太郎さん・・・いったい何日お風呂入ってないんですか///」

「バカヤロウ! 俺は毎日1時間かけて風呂に入ってんだよ!!」

「でもこの臭いは確実に『悪臭防止法』に抵触します・・・!」

「いいや、最早公害レベルだ!!」

 早急に鬼太郎の臭いをどうにかしなければ仕事も手に付かない。

 そこで急遽、六課メンバーは「歩く悪臭発生装置」と化した鬼太郎の為に、あらゆる手を講じる事にした。

 

「はい先輩、これ持って!」

 鼻栓で鬼太郎から漂う臭いを防ぎ、浦太郎がある物を持たせる。

 全員が露骨に嫌そうな顔を浮かべる鬼太郎を見守る中、当人は体の至るところに生姜を吊るされ、「脱臭」と書かれた鉢巻を巻かれ、剣と盾に見立てた謎の生姜グッズを持たされている自分の醜態振りに辟易する。

「おい・・・これで俺何倒しに行くんだよ・・・!」

「臭みを取るには生姜が一番です!」

「おっほん! ちなみにこれは豆知識やけど、生姜にはジンギベロール、セスキテルペンいう臭いを消す成分が含まれておってですね・・・」

「だぁぁもう!! んなの根本的な解決にならねぇよ!! つーかお前ら揃いも揃って俺から離れ過ぎだろ!!!」

「でも臭いもんは臭いんだよ」

「現状では水質異常は全く見受けられませんし、地上部隊の特捜班も正攻法じゃ原因がまるで掴めていませんし・・・そうなるとやっぱり今回の突然水が臭くなった怪奇現象の原因は、魔導虚(ホロウロギア)の仕業と見るべきでしょうか?」

 ピピピピッ・・・。まるでタイミングを見計らったように、恋次が持つ伝令神機が魔導虚(ホロウロギア)の出現を探知した。

「間違いなさそうだな」

 確信を持った恋次がシャリオに端末を預ける。

 キーボードを素早く叩き、シャリオが出現場所をモニター画面に映し出すと、そこは市街地から数十キロ離れた山奥にある湖を示していた。

「オパラ湖ですね。あれそういえば・・・たしか異変のあった別の地域の近隣にも湖があったと思います!」

「え!? シャーリー、それ本当なの?」

 吃驚するなのは。詳しく状況を説明する為、シャリオは手元のコンソールを叩きながら異変地域の場所と周辺の湖の位置をモニタリング。

 すると彼女の言った通り、異変のあったポイント近郊には必ずある特定の条件を満たした湖が存在している事が判明した。

「これまで異変のあった地域の湖を結ぶと、ある一定の大きさ・深さのある湖を移動している事が解るんです!」

「それって温泉巡りみたいなもんか?」

「温泉?」

 確かにあながち間違いではなさそうだ。魔導虚(ホロウロギア)は各地の湖をまるで温泉を巡るかの如く転々と移動していた。

「ざけんじゃねえぞ!」

 これを知った瞬間、鬼太郎とシグナムの二人の怒りの炎は一気に燃え上がった。

魔導虚(ホロウロギア)の野郎!! 人の体臭くしやがって!! そのうえ大自然を風呂代わりにするたぁいい度胸だ・・・・・・ゼッテーただじゃおおかねぇぞ!!」

「人の心の安らぎを妨げるような無粋な輩をこれ以上好き勝手にはさせぬ!! 桃谷、共に風呂を汚す無粋な魔導虚(ホロウロギア)を成敗しようじゃないか!!」

「おうよ!! 俺だって三度の飯とプリンの次に風呂は大好きなんだ。例えお天道様が許してもこの俺様が許さねえ!!」

 煌々と目に見える程の怒りの炎。両者の霊力と魔力が共鳴し合い、凄まじい熱気が司令室一帯へと広がった。

「な、なんかシグナム副隊長と鬼太郎さん・・・妙に息が合ってますね」

「いやー・・・風呂好きの恨みはこわいわー」

 あまりにも温度差を感じるメンバーは何と声を掛けたらよいか分からず、臆した様子で呆然とするばかりだった。

 

           *

 

ミッドチルダ北部 オパラ湖

 

 水の変質した原因が魔導虚(ホロウロギア)の仕業であると突き止めた機動六課は、メンバーを選出し、ヴァイスが操縦するヘリで現地へと飛んだ。

 今回調査及び発見時の殲滅を担うのは、シグナムを筆頭にエリオとキャロ、恋次、吉良、浦太郎、そして鬼太郎の七人編成。

 霊圧の中心部である湖畔を目指して移動を進める一行。

 すると、恋次は鬼太郎が身に付けている()()()()()()―――固形脱臭剤を鎧に似せて無理矢理押し固めた様なデザインの装甲をジト目で凝視した。

「つーか鬼太郎・・・なんだそのダセー格好は?」

「ダサいって言うなよ! シャーリーが俺の臭いを取る為に特注で作ってくれたプロテクターなんだぞ!! しかもこのデザイン・・・チョー格好いいだろう!!」と、本人は非常に気に入っている様子だが、周りの反応は微妙だった。

「た、確かにさっきに比べれば大分臭いは取れてるみたいですが・・・果たしてカッコいいでしょうか?」控えめな言葉でエリオが怪訝する。

「先輩の美的センスはナンセンスとしか言いようがないよね」バッサリと浦太郎が心無い言葉で否定する。

「もう直ぐ湖の畔だぞ」

 問題の湖まで残り1キロと言う所まで迫った次の瞬間―――それまでの道中ほとんど臭いらしい臭いを感じていなかった七人へと襲い掛かる強烈な異臭。嗅いだ途端、全員涙を流し、一斉に鼻を抓んだ。

「くぅ~、しかしヒデー臭いだなこれは!!」

「昔ばあちゃん家の裏庭にいたシマヘビとかアオダイショウのニオイがする!」

「違います。洗ってないザリガニの水槽のニオイですよ!」

「これは多分、有機溶媒のピリジンをより強烈にしたニオイですよ! 私もよく分かりませんけど・・・」

「いや。これはね・・・洗わないで放置した柔道着を詰め込んだカバンを開けた時のニオイだよ!!」

 聞いているだけでどれだけの臭いかがよくわかる。

 森を抜けると、一行が目撃したのは―――タツノオトシゴの様な仮面と背と頭頂部に(ひれ)を有し、どこかとぼけたようなユーモラスな顔つきで湖に体を疲らせる全長40メートルに及ぶ魔導虚(ホロウロギア)・ステンチイピリアだった。

「間違いない。アレが臭いの原因だよ」

「でもこれだけの臭いを放つ生物もなかなかいませんよね」

「キャロ・・・関心してる場合じゃないって」

「ヤロウふざけたマネしやがって!!」

 堪えていた感情が一気に溢れ出す。鬼太郎は、ステンチイピリアへと近づくなり、鬼のような形相で恫喝(どうかつ)

「おいお前っ! ちゃんとかけ湯してから入りやがれ!! マナー違反もいいところだぞ!!」

「いやアイツに風呂のマナー守れって言ってもしょうがねえだろう・・・」

「しょうがねえだと!? 相手が人間だろうが魔導虚(ホロウロギア)だろうが関係あるか!! 風呂に入るときはマナーを守る!! それが江戸っ子ってもんだろうが!!」

「いやお前京都で育ったんじゃねえのかよ・・・」

 と、恋次が真顔で指摘を入れた直後。

 鬼太郎から注意を受けた事で気分を害したステンチイピリアが湖から立ち上がる。このとき、淀み切った湖の水が勢いよく舞い上がる。

 次の瞬間、鬼太郎目掛け鼻先から黄色い高圧水流・ポリューションショットを勢いよく放った。

「だああああああ!!」

 間一髪のところで直撃を避けたものの、鬼太郎は放たれた技の威力と頭痛を引き起こす程の強烈な異臭に手を焼いた。

「クッセ~~~!!! コノヤロウどこまでも人を馬鹿にしやがって!!」

 すると、ステンチイピリアがおもむろに湖から移動を開始した。

 ゆったりとした足取りで移動するステンチイピリアの進路を目で追いながら、シグナムは総合令室へと連絡を繋ぐ。

「シャーリー、あの魔導虚(ホロウロギア)が次にどの湖に移動するか予想がつくか?」

『今までの進行ルートや湖の大きさなどを鑑みて、次点確率を設定した結果・・・次は湖じゃありませんね』

「どういう事だよ?」恋次も気になって問い質す。

『恐らく、ナイトロダムに向かう確率が一番高いですね』

「ナイトロダムと言ったら、確かクラナガンの水源の多くを担っている場所ですよ!」

「ミッドだけじゃない。あの魔導虚(ホロウロギア)をこのままにしておいたら、いずれは世界中の水だって!」

「おのれ魔導虚(ホロウロギア)め・・・・・・今すぐ私が叩っ切ってやる!!」

「シグナム!! 銭湯の平和を取り戻して、きれいさっぱり洗い流してやろうぜ!!」

「よくぞ言った桃谷! いざ、共にいかん!!」

 風呂好き二人の正義が一致した。

 二人は愛刀を手に、移動を始めたステンチイピリアを追って全力疾走。恋次達も彼らの後を追いかける。

 ステンチイピリアは自らの欲に対して忠実に従い行動する。追跡をしていた恋次達は進行速度を更に上げ続ける敵の動きを何としても封じたかった。

「亀っ! 少しでいい、アイツの動きを封じられるか!?」

「やってみるよ。吉良さんも手伝ってくれますか?」

「わかった」

 前に出た浦太郎と吉良は、ステンチイピリアの動きを封じるべく術式を発動する。

「ブリザードスピアヘッド!」

「白銀の氷狼(ひょうろう)よ 吹雪(まと)いて 雪原を駆け抜けよ 破道の四十八、雪花石膏(せっかせっこう)!!」

 フィッシャーマンの槍先、そして吉良の手から同時に放たれたのは猛烈な冷気の塊だった。二つの冷気はステンチイピリアの頭上で拡散し、それに驚愕した敵の動きが確実に止まった。

「効果抜群ですよ!」

「よーし、もう一発浴びせてやれ!」

 と、恋次が景気付けにと更なる一撃を促した直後。

 業を煮やしたステンチイピリアのポリューションショットが目の前に飛んで来た。

「「「「「うわあああああ!!!」」」」」

「「お前達(てめえら)!!」」

 高圧水流の被害を受けた恋次、吉良、浦太郎、エリオ、キャロの五人が昏倒し、戦力は実質鬼太郎とシグナムだけとなった。

「おのれ魔導虚(ホロウロギア)め!! ゆくぞ桃谷!!」

「おっしゃー!! 久しぶりに行くぜ行くぜ行くぜぇ!!」

 仲間の為に、風呂の未来の為に、二人は確固たる覚悟を胸にステンチイピリアへと戦いを挑んだ。

「燃えろ―――レヴァンティン!!」

()きやがれ―――烈火(れっか)ッ!!」

 炎の魔剣《レヴァンティン》と、身の丈程の大刀にして炎熱系の斬魄刀『烈火』。

 奇しくも能力までもが似通った両者の武器。その炎熱系の斬撃技がステンチイピリアへと繰り出される。

紫電一閃(しでんいっせん)―――!!」

「俺の必殺技、パート2!!」

 爆発を伴う斬撃がステンチイピリアの外皮へと叩き込まれた。

「どうだ!!」

 手応えを感じた鬼太郎がシグナムの隣で黒煙の中の様子を確かめた時だった。

 二人が目撃したのは―――全身の黄色い鱗に僅かばかり焦げ目が着いただけで目立った外傷を殆ど負っていないステンチイピリアの姿だった。

「効いていないだと!?」

 思わず面を食らうシグナムと鬼太郎。

 驚愕の表情を浮かべる二人を見つめるステンチイピリアは、反撃とばかり口から黄色を帯びた強烈な臭気ガス・ポリューションブレスを放つ。

 目の前から押し寄せる常軌を逸した異臭。それを受けた瞬間、二人は激しく咳込み、涙腺が崩壊する。

「げっほげっほ!! チキショウ・・・何の罰ゲームだよこれ!!」

「くっ・・・この臭い、凄まじいぞ・・・・・・!」

 命の危険を感じ一旦臭いから離れようとステンチイピリアとの距離を測る二人。

 しかし、ステンチイピリアは両手の吸盤部分から放つガスで敵を包み込んでそれを再び両手で吸引し、敵の身動きを取れなくするヘルアブゾーバーを発動。

「「うわあああああ」」

 鬼太郎とシグナムの体がたちまち吸い寄せられていく。そうして吸い寄せた二人をステンチイピリアは長い尻尾を振り回して豪快に叩きつける。

「「ぐああああああああ」」

 劣勢に立たされる二人を更に追い詰める為、ステンチイピリアはオプティックハイドを用いた幻術魔法で姿を透明化させ、周囲の景色に同化する。

「消えやがった!?」

「どこだ?」

 周囲を見渡すも敵の姿はまるで見えない。

 見えない敵への恐怖に怯える心。二人の額に一筋の汗が浮かぶ。

 刹那、二人の背後へと回ったステンチイピリアが透明化を解除し、尻尾による奇襲攻撃を仕掛け地面へと叩きつけた。

 ドカーン!! 強烈な勢いで撃墜された鬼太郎とシグナムは互いの安否を気遣った。

「シグナム・・・だいじょうぶか?」

「ああ・・・・・・」

 満身創痍でいつ倒されてもおかしくない程の窮地に立たされた二人と、それを嘲笑うステンチイピリア。

 このまま力及ばず万事休す―――かと思われた、まさにその時であった。

 

「おーい!! シグナムーッ!!」

 シグナムへと呼びかける女性の声。

 声のする方へ視線を向けた時、森の中から飛んで来たのは体長30センチ程の大きさで赤い髪に背中から悪魔の如き翼を生やした少女。

 彼女こそ、炎系の古代ベルカ魔法を操る【烈火の剣精(けんせい)】にして、シグナムの融合騎(ユニゾンデバイス)―――アギト一等空士だった。

「アギトか!!」

「待たせちまったな!! あたしが来たからにはもう心配いらねえ!!」

「良し―――来い、アギト!」

「ユニゾン! インッ!」

 シグナムの体の中へとアギトが飛び込んだ瞬間、猛烈な勢いで魔力の炎が柱状に出現―――雲をも突き抜ける。

 JS事件を経て、シグナムをロードとして仰ぐ様になったアギト。その彼女と融合を果たしたシグナムの騎士甲冑はアギトの特徴と性質を捕えた姿へと変貌を遂げる。

「アギト、いくぞ!」

〈おうよ! 紅に燃えるぜ!〉

 アギトとのユニゾンを果たしたシグナムは先程までとは打って変わって、圧倒的な火力とパワーを手に入れた。ステンチイピリアを終始剣撃と炎で圧倒し、それまで受けたダメージを忘れさせる勢いだった。

 これを見て刺激を受けた鬼太郎もまたシグナムに負けていられまいと、愛刀・烈火の柄を今までよりも強く握りしめる。

「へっ。今回の話の主役は―――この俺だぁぁ!!」

 霊子を足場に宙を蹴る様に滑空し、ステンチイピリアの目前まで迫った瞬間、鬼太郎は大きく振りかぶった烈火の刀身に炎を灯す。

「つらあああああああああああ」

 力いっぱい刀を振り回して、爆炎と斬撃の両方を浴びせるという豪快な力技。

 ステンチイピリアは、勢いを取り戻した二人の炎の剣士に圧倒され始めていた。

「俺らに触ると火傷するぜ!!」

「これで止めだ」

 泥臭い戦いに終止符を打つべく、鬼太郎とシグナムはそれぞれが磨きに磨いた最強の必殺技で止めを刺そうと行動に出る。

「〈火龍一閃(かりゅういっせん)―――〉!」

 レヴァンティンを構えたシグナムはアギトと動きをシンクロさせ、嘗てガジェット・ドローンII型約50機を一撃で撃破した力を今再び発揮。

 そして、攻撃を受けたステンチイピリアの動きが怯んだ一瞬の間隙を突き、烈火を構えた鬼太郎は炎を鳳凰を彷彿とさせる物へと形成し、敵に大ダメージを与える捨て身の攻撃―――『鳳翼炎陣(ほうよくえんじん)』で止めに打って出る。

「俺の必殺技、パート3!!!」

 

 刹那、付近の森一帯を巻き込む大爆発とともにステンチイピリアの体は爆散した。

 爆発の余波が完全に無くなった時、ちょうど昏倒していた恋次達が目を覚ました。そのとき彼らが目の当たりにしたのは、全身に火傷を負いながらも清々しい顔で佇む鬼太郎とシグナムの姿だった。

 やがて、改めて今回魔導虚(ホロウロギア)となってしまった人間―――湖の畔で全裸になって気を失ったスラング・アラバスターを取り囲むように観察する。

「こないだの馬面と同じ、人間を取り込んだ魔導虚(ホロウロギア)だったようだな」

「でも、どうして人間が魔導虚(ホロウロギア)に?」

 疑問を募らせていた砌、ふと恋次は近くで妙な視線を感じた。

 振り返ると、森の中からこちらの様子をじっと伺う機人四天王・ファイの存在に気が付いた。

「アイツは・・・」

「どうしたんだい?」

 吉良が呼びかけた時、恋次の瞳に映っていたファイの姿は、まるで景色に溶け込むかの様に跡形も無く一瞬で姿を消してしまった。

(今のは一体・・・・・・まさかアイツが魔導虚(ホロウロギア)を?!)

 

           *

 

ミッドチルダ南部 とある老舗銭湯 男湯

 

 敵を倒して水質異常も無くなった銭湯はいつもの平穏を取り戻していた。

 ステンチイピリアとの戦いに勝利した鬼太郎は、シグナム行きつけの銭湯で今回の疲労と体の臭いを文字通り洗い流してご満悦の様子だった。

「ふぅ~。一番風呂は世界共通最高の贅沢だぜ!」

「世界共通って・・・それはオーバーじゃないの?」

「けどまぁ、あったかくて気持ちのいい風呂にいつでも入れるとかよ。いつでも水道管からきれいな水が出てきて飲めるとかよ、こんな俺でも感謝しなきゃって気持にはなるわな」

 恋次も当たり前の日常で当たり前の様に水を使う事の出来る事がどれだけ幸せなのか、今回の件で改めて実感した。

「わーい! 大きいお風呂だー」

「コラコラ走っちゃダメだぞ」

 ちょうど、銭湯を利用しに来た親子連れが入って来た。

 小さな子供は父親の制止を無視して湯船に向かって勢いよく飛び込んだ。

 子供が飛び込んだ勢いで、湯船に使っていた鬼太郎の顔にお湯がかけられた。この瞬間、風呂のマナーに厳しい鬼太郎の怒りが爆発した。

「湯船に・・・―――飛び込むなぁぁぁ!!!」

「それお前が言うかのかよ」

「「「うんうん」」」

 恋次の至極真っ当な指摘に浦太郎と吉良、エリオは激しく同意した。

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:都築真紀 作画:緋賀ゆかり『魔法戦記リリカルなのはForce 2巻』 (角川書店・2010)

 

 

 

 

 

 

教えて、ユーノ先生!

 

ユ「今日はスクライア商店の従業員について教えちゃおう♪ 第一回目は熊谷金太郎だ」

「熊谷金太郎は、スクライア商店の最初の従業員で副店長。簡単に言うと僕の右腕ってところだ。その強面な外観とは裏腹に結構繊細なところがあったり、涙もろかったりする」

「実はこう見えても凄腕の魔導師で、その詳しい経歴は後日語るとしよう。得意魔法は『硬化魔法』。見た目に違わぬパワーファイトと持久戦で奴に勝てる魔導師はそうはいない。ザフィーラさんあたりはいい線行くと思うけど」

金「店長、実は折り入ってお願いがあるのですが宜しいでしょうか?」

 ドアップの金太郎がユーノへと懇願。

ユ「あ~・・・えっと・・・・・・言うだけ言ってごらん」

 若干引き気味なユーノが恐る恐る尋ねると・・・・・・。

金「浦太郎や鬼太郎がミッドで大活躍しているのに、なぜ私にはお声がかからないのでしょうか?!」

 滝の様な涙を流し自分の出番がないことを悲嘆する金太郎。

 さすがのユーノもこれには面を食らう。

金「私も人並みに活躍しとうございます!! 何卒ご留意願えませんか!!」

ユ「き、金太郎・・・・・・そんなに出番が欲しかったのかい?」

 強く懇願されると、ユーノもユーノで参ってしまう。

 彼の出演回数の増加については、後日白鳥の件も含め検討させてもらうとしよう。

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

キャ「はぁ・・・いいお湯でしたねー」

シ「うむ。やはり戦闘のあとの銭湯は格別だな」

 風呂上りにシグナムは購入した牛乳瓶をゴクゴクと飲み干す。

 次の瞬間、シグナムのたわわに実った乳房がドンと、大きく弾むように動いたのをフォワード陣とリインは見逃さなかった。

ス・ティ・キャ・リ・ア「え!?」

 見間違いかと思ったが、そうではない。シグナムが牛乳を飲むたびに胸は大きく揺れ、ついには巻いていたタオルが勢いで外れてしまう。

シ「うわあ!!」

 これに刺激されたスバル達。意を決した様子で大量の牛乳瓶を買いあさる。

キャ「これが秘密なんですね!」

ティ「覚悟はいいわね、みんな?」

ス「うん!」

リ「シグナムはこれ以上の量を毎日飲んでいますから!」

ア「いくぜ。やっぱり牛乳は!!」

ス・ティ・キャ・リ「ムサシノ牛乳ッ!!」

 触発された五人はゴクゴクと牛乳を飲み干していく。

 特にキャロとリイン、アギトは育っているスバルとティアナ以上に真剣な様子で牛乳を何本も飲み干していく。

シ「お、お前たち・・・・・・そんなに飲んだら腹を下すからやめた方がいいぞ」

 彼女らの気持ちを知ってか知らずか、シグナムの言葉がどこか五人には嫌味に聞こえてならなかった。




次回予告

ユ「相手の力を吸収し、強さを増していく魔導虚(ホロウロギア)・パンテラロード。しかしてその正体は、覇王イングヴァルドの血を引く少女、アインハルト・ストラトスだった」
「覇王の無念の想いを抱えて一人苦しむアインハルト。吉良さん、あの子の悲しみを救えるのはあなただけなんです!」
「次回、ユーノ・スクライア外伝・・・『狂乱の覇王』。急いでVividの単行本第一巻読みなさいとな」







登場魔導虚
ステンチイピリア
体臭が臭い中年男性スラング・アラバスターが機人四天王ファイの手で魔導虚化したもの。細い鼻を持ち、頭頂部と背部には鰭(ひれ)が生えている。水に浸かることを好み、まるで温泉巡りをするかのように各地の湖を転々としていた。
全身から凄まじい悪臭を放ち続けており、それが川や水道などのあらゆる水域に水質異常を起こすことなく混ざることで人々を苦しめる性質を持つ。そのため、山奥の湖に姿を現しただけでもプールや銭湯は営業休止に追い込まれた。
鼻先から高圧で水流を放つ「ポリューションショット」のほか、口から黄色い臭気ガスを放つ「ポリューションブレス」や、両腕にある吸盤から放つガスを利用して敵を引き寄せる「ヘルアブゾーバー」、オプティックハイドで透明になって姿を隠すといったさまざまな能力を持つ。また、全身の鱗は鬼太郎とシグナムの剣閃を弾くほどの強度を持つ。二人もその悪臭にはかなり手を焼いたものの、アギトの加勢によって、形勢は逆転する。最後は、火龍一閃と鬼太郎の鳳翼炎陣で撃破される。
名前の由来は、英語で「悪臭」を意味する「Stench」と、オーストラリアの先住民アボリジニが崇拝していた精霊から。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話「狂乱の覇王」

 その世界は、嘗て戦乱に(さら)されていました。

 幾つもの国が乱立し、領土と実りを奪い合い、侵略し合った乱世の時代。

 そんな時代を終わらせるべく、諸国の王達は覇権を巡ってさらに争い、戦乱の規模を大きくして、それでも戦乱の時代からその歴史の終焉(しゅうえん)まで様々な思いを持って生き抜いた人々がいました。

 

 

 

 その世界の名は《ベルカ》―――今はもう歴史の中で名を残すだけの世界。

 

           ≡

 

新歴079年 4月18日

第97管理外世界「地球」

東京都 空座本町 中心街

 

 空座町にある(うなぎ)料理専門店へと訪れたユーノと一護。

 以前から約束していた会食を果たす為に集まった二人は、美味な鰻料理に舌鼓をしつつ、話題は専ら魔導虚(ホロウロギア)関連の事ばかり。今日もユーノを通して得られた 最新情報が一護の耳へと伝わる事となった。

魔導虚(ホロウロギア)が人間を取り込んだ?!」

「恋次さんからの報告によれば、巨大虚(ヒュージ・ホロウ)を素体とした体長60メートル級の魔導虚(ホロウロギア)で、六課の隊長陣も相当手こずっていたとの事です」

「けどよ・・・なんで魔導虚(ホロウロギア)が人間を?」

「これは僕の仮説に過ぎませんが・・・魔導虚(ホロウロギア)が人間を取り込む理由として、()()()()()()()()()()()()()()

「進化だと?」

 興味深い仮説だと思うものの、率直な疑問自体は解消されていない。

 怪訝な顔で見つめる一護を一瞥し、ユーノはうな丼をひと口食べてから、おもむろに語った。

(ホロウ)が無数の魂魄、あるいは同族間同士の食い合いによって強い自我を持ち、やがて進化していくように・・・魔導虚(ホロウロギア)も人間を取り込む事でより強大な『自我』を獲得し成長しようとしているのではないかと思うんですよね」

「つまり人間は、奴らが強い自我を持ったより高次の存在へ進化する為に必要な()()みたいな扱いってわけか」

「いずれにせよ、スカリエッティがどんな目的で魔導虚(ホロウロギア)を作っているのか・・・・・・真の目的を早急に突き止めなければ」

 ユーノの言葉に一護も「そうだな」と共感。鰻重を綺麗に食べ終え、熱々の番茶を啜って口腔内の汚れを漱ぐ。

 やがて、ふと「そういや恋次達の事だけどよ・・・アイツらうまくいってるのか?」と、一護は古き良き戦友(とも)の進捗状況が気になりユーノへ問うた。

「あぁ。それなら大丈夫ですよ一護さん。数日前にも電話しましたけど、至って元気でしたね。六課の子達とも仲良くやれてるみたいですし、僕お手製のプレゼントも送っておきましたから心配は無いかと♪」

「プレゼントねえ・・・昔のお前ならともかく、今のお前が言うとなーんか胡散臭く聞こえるのはどうしてなんだろうな?」

「あ、その台詞恋次さんにも言われましたね。」

 どうやら周りから相当に胡散臭い人間と思われている事が解り、ユーノは今になって若干の焦りと戸惑いを抱いた。

 

           *

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ西部 R地区 とある採石場

 

 夜分遅くに行われる映画撮影。

 アクション俳優プース・チンネンのキレのある動き数台のカメラへと(つぶさ)に収められる。

「カーット!!」

 激しい戦闘シーンの撮影がひと段落した。

 顔から噴き出した汗を拭い、スタッフからタオルを受け取ったプースに周りは労いの言葉を掛けてくる。

「おつれさまです。ではプースさん、3カット休みです。20分後には撮影再開しますんでお願いしまーす!」

「じゃあそれまでバスの中で休んでるわ」

 疲労した体を今のうちに回復させるべく、移動時に乗って来たバスの方へと向かう。

バスへ乗ろうとした矢先、どこからともなく声を掛けられた。

『・・・アクション映画スターのプース・チンネン氏とお見受けしま』

 暗がりの中で良く見えないが、月光によって僅かに照らし出されたのは、大柄な体躯で獣の様な手足を持つ奇怪な物影だった。

「なんだおまえ?」

 問いかけた次の瞬間―――疾風が駆け抜けるとともに、手刀を振り下ろされた感触を覚えた。

 後に、撮影を再開しようとスタッフが呼びに行ったが、プースは忽然と撮影現場から姿を消し消息を絶ってしまった。

 

 映画の撮影現場から数キロ圏内に位置するF地区。

 世界最強のプロボクサーを目指す筋骨隆々の男、ギデン・サンダースがロードワークに励む。それをサポートするのはギデンのマネージャー兼実の兄・クザンだった。

「いくぞー弟よっ! 俺たち兄弟が力を合わせればお前は最強の男、最強の王になれる!」

「兄さん! オレやるよ! 兄さんとなら何でも出来る気がしてきた!」

「よくぞ言った弟よ! よーしそのまま隣町まで走り込みだ!」

 世界一という輝かしいタイトルを手に入れるべく、今日も血の滲む様な地獄の猛特訓。だが不思議解くにはならない。

 固い絆で結ばれた兄弟の夢へのロード。険しくも二人三脚で走っていくことで、いつか必ず明るい未来が待っている―――そう信じて前へ前へと進み続ける。

『・・・プロボクサーのギデン・サンダース氏とお見受けします』

 唐突に目の前で通せん坊が立ち塞がる。

 自転車を止めたクザン。ギデンも足を止め、怪訝な眼差しで前触れも無く目の前に現れた異様な姿をした怪物の姿と、それが醸し出す異様な圧に動揺する。

「なんだぁ!?」

「貴様は何者だ? 我ら兄弟の夢を阻む物は何人も許さん! 痛い目に遭いたくなければ、今すぐそこを・・・」

 と、クザンがぐだぐだ口上をしていた直後。

 間隙を突いた怪物が懐へと入り込み、腕を強く掴かみかかったと同時にひ弱なクザンの体を力いっぱい投げ飛ばす。

「ぐあああああああ」

 河川敷へと放り投げられたクザン。勢いよく坂を転げ降り、全身を強打したショックで気絶してしまった。

「兄さんッ!! てめえコノヤロウッ!!」

 自分の夢を親身になって応援してくれる優しい兄を理由も無く傷つけた目の前の存在が許せなかった。

 怒りに駆られ、ギデンは豹を彷彿とさせる白い仮面、胸に孔の空いた怪物―――パンテラロードへ渾身の拳を突き立てる。が、鋼鉄の如き頑丈でぶ厚い外皮には鍛え上げた拳も全く通じない。

 我が目を疑い怯んだギデンの腕をパンテラロードは掴み掛かり、軽く叩く程度だが強烈なビンタをお見舞いする。

「ぐあああ」

 パンテラロードからすれば軽く叩いた程度でも、ギデンにとってみれば強烈な一撃には違いなかった。

 圧倒的な力の差を見せつけた末、ギデンへおもむろに近づき、パンテラロードは右手を振り上げながら低い声で呼びかける。

『そんな弱い拳では―――』

 恐怖で全身の筋肉が軋み上がるギデン。

『誰の事も守ることはできません』

 振り上げていた手を、パンテラロードは一気に振り下ろす。

 

 ドンッ―――!

 

 数時間後、救急車で搬送される直前で目を覚ましたクザンは、パンテラロードとともにギデンが自分の前から姿を眩ませていた事に半狂乱したと言う。

 

           ◇

 

4月20日―――

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

 この日、阿散井先遣隊は魔導虚(ホロウロギア)に関する有力な情報を仕入れ、それを機動六課主要前線メンバーへと公開すべく、緊急招集をかけた。

魔導虚(ホロウロギア)の体から特殊な粒子が放射されているですって!?」

 驚嘆するクロノに、恋次は「間違いねえ。こいつは翡翠の魔導死神からの確かな情報提供だからな」と、太鼓判を押し、明確に情報源が誰なのかを口外する。

「とりあえずこれを見て欲しい」

 論より証拠という事で、吉良は早速翡翠の魔導死神こと、ユーノから伝令神機へと送られてきた情報を一旦メインモニターへと映し出す。

 画面を注視した時、複雑な組成式や構造式にも似た図、そして問題の特殊粒子について言及されたミッド文字『LEGION』という単語が目に入る。

「翡翠の魔導死神によれば、魔導虚(ホロウロギア)出現時、この世界ではおよそ検出されない筈の特殊な非物質粒子・・・通称“妖子(レギオン)”が測定されたとの事だ」

「レギオン?」スバルが聞いた事の無い言葉に疑問符を浮かべる。

「マルコによる福音書第五章に登場する悪霊の事だよ。それで、店ちょ・・・じゃなかった! 翡翠の魔導死神はレギオンについてなんて言ってるんですか?」

 うっかり口を滑らせいつもの癖で「店長」と口にしそうになった浦太郎。周りから怪訝な眼差しを向けられた時、取り繕った笑みで何とか誤魔化した。

 吉良は全員に対し、その後もユーノからもたらされた情報について説明を続ける。

「現状分かっているのは、レギオンとは思考や感情の活性化に伴い多く放出される粒子である事。全ての魔導師が持っている魔法の根源に迫る粒子・マギオンを消費する事で生成されるものでもあるという事だ」

「ということは、魔導虚(ホロウロギア)は魔導師が持っているというマギオンを消費してそのレギオンとかいうのを作りだしているんですね」

「せやけど・・・なんやまだイマイチ理解出来へんわ。マギオンとかレギオンとか、翡翠の魔導死神さんはどこでそない難儀な情報を仕入れたのかほんま謎やわ」

 

「やっぱりそうだわっ!!」

 唐突に司令室へと木霊する驚嘆の声。

 居合わせた全員が声の主、シャリオ・フィニーノへ目を転じれば、彼女は嬉々としながら手には一冊の雑誌らしきものが握られていた。

「シャーリー、それは?」当惑の眼差しでフェイトがおもむろに尋ねる。

「今週発売されたばかりの『魔法科学雑誌』の最新号です! 先日アニュラス・ジェイドが発表したばかりの新事実が掲載されたページを読み返したんですけど、その中にマギオンと呼ばれるものに関する記述が載っていたんです!!」

「え・・・本当なの!?」

「どういうことだ? なぜ翡翠の魔導死神は、公にされる以前の新情報を持っていたんだ?」

 疑念を浮かばせる機動六課前線メンバー。そんな折、六課へと入ったとある通信連絡が状況を一変させた。

 

 最初に目を通したのは機動六課ロングアーチ管制官の一人で、平時は機器整備員でもあるアルト・クラエッタ二等陸士だった。

「八神司令、クロノ提督。また妙な事件です」

「どうしたんだ?」

「手掛かり無しの連続失踪事件です。失踪しているのは主に格闘系の実力者。一昨日は映画俳優とプロボクサーが失踪したという報せが地上部隊に寄せられたんです」

「それで?」

「失踪した被害者と一緒にいた目撃者によれば、街頭試合を申し込まれた後すぐに気絶してしまい、目を覚ますといつの間にか犯人と一緒に消えていたそうです・・・」

「街頭試合・・・」

 聞いた直後、珍しく眉間の皺を寄せ思考に耽るスバル。彼女はこの事件に何らかの違和感を抱いてならなかった。

「街頭試合とはねぇ。このご時世にも居たんだなストリートファイター! ちなみに、俺の一番好きなのはザンギエフだけどな!」

「それって悪役でしょ先輩。ていうか誰もそんな話興味ないし」

「てめえザンギエフを馬鹿に済んじゃねえぞ! ザンギエフのいないストリートファイターなんざ、スカート捲らねーマチコ先生と同じなんだよ!」

 どうでもいう事に拘泥し怒号を発する鬼太郎。

 その傍らにいながら、スバルは真剣にただ一つの事に対して思考を張り巡らせていた。

(格闘家ばかりを狙った街頭試合・・・・・・こんな事件、前にもどこかで・・・・・・なんなの・・・・・・この胸騒ぎは・・・・・・?!)

 

           *

 

St(ザンクト).ヒルデ魔法学院 初等科・中等科棟

 

 St(ザンクト).ヒルデ魔法学院―――ミッドチルダ首都クラナガンにあるヴィヴィオ達が通う聖王教会系列の魔法学校。良家で且つ魔法資質の高い優秀な少年少女が足繁く通う学び舎は、世間一般的に「エリート学校」と見なされていた。

 

 キーン! コーン! カーン! コーン!

 

 終業ベルが鳴り、生徒達が各々帰路へとつく時間。一人の少女が物静かに校庭の片隅を歩いていた。

 碧銀(へきぎん)の髪を靡かせ、右目が紫で左目が青の虹彩異色の瞳を持つ少女の名はアインハルト・ストラトス(12)―――この学校の中等科に所属する生徒だ。

 そして彼女こそ、古代ベルカ時代にあったシュトゥラ王国の国王「覇王イングヴァルト」の末裔である。

 彼女は校内でも特異な存在だった。物静か気風ながらもどこか近寄り難い雰囲気を醸し出す事から、クラスメイトも積極的な関わりを持たず、彼女自身もそうした行動を起こそうという気が無かった。

 だがしかし、ここ最近はそうした日常にある劇的な変化が訪れた。

 

「アインハルトさぁ―――ん!!」

 真後ろから甲高い少女の声が聞こえてきた。

 おもむろに振り返るアインハルト。小走りで走って来たのは、初等科に在籍する高町ヴィヴィオだった。

「ごきげんよう。ヴィヴィオさん」

「あ、はい! ごきげんよう。すみません、おまたせしました!」

「いえ。私も今来たところですから」

 ほんの一週間前に鮮烈な出会いを果たした二人。

 奇しくもヴィヴィオは、聖王の血をベースにスカリエッティの手により生み出された人造生命体。その彼女が300年の時を経て今を生きる覇王の子孫とこうして巡り合ったのは、何とも数奇な偶然・・・いや、最早必然なのかもしれない。

「ヴィヴィオー! アインハルトさーん!」

「おまたせ~」

「待たせちまったな!」

「あ、リオ! コロナ! バウラにミツオ!」

 そうこうしている間に仲間達が続々と集まって来た。

「もう~バウラが掃除中に遊んだりしてるから、ボクまで先生に叱られる羽目になったんじゃないか!」

「ワリーワリー!!」

「リオとコロナも今日は遅かったね」

「いやー、ゴメンゴメン。日直だったから職員室行ってたんだ」

「コロナさんもお疲れ様です」

「ありがとうございます、アインハルトさん」

 今迄ずっと一人でいるのが当たり前だったアインハルトにとって、今過ごしている時間は大きな転機とも呼べる。年下の後輩達から良く慕われ、彼女自身も不思議と一人でいるよりも決して悪くないという思いに駆られる。

 今迄の生活では満たされないままでいた心の空虚さは、次第にヴィヴィオ達と同じ時間を過ごす日々の中で次第に薄れ、当初は戸惑いがちだった雰囲気にも次第に馴染んできた―――そんな気がしてならなかった。

「おっしゃ! んじゃ六人そろったところで・・・」

「だね! チームナカジマ、今日も練習に・・・」

「「「「しゅっぱ―――つ!!」」」」

「しゅ、しゅっぱーつ・・・」

 ただし・・・ヴィヴィオ達の異様なテンションの高さにだけは未だ馴染めずにいた。

 

           *

 

ミッドチルダ中央区画 クラナガン中央病院

 

 格闘家ばかりを狙った失踪事件について調査をしていた機動六課は、恋次とスバルを派遣し、行方不明となったプロボクサー、ギデン・サンダースの兄で唯一の目撃者でもあるクザンが入院している病院へと足を運んだ。

「それで、襲われた時の状況と言うのは?」

「まるで弟の力を試されているみたいで、こんなデカい体をした豹みたいな顔の怪物だった! おまけに胸に孔も空いていた!」

()()()()()()?!」

 聞いた瞬間、二人は顔を見合わせ驚愕の表情を浮かべるとともに、共通の見解に達している事を確認し合う。

「すみませんが、その豹みたいな怪物の話―――もう少し詳しく説明してもらえませんか?」

 

           *

 

 クザンから得た証言により、失踪事件の根幹に魔導虚(ホロウロギア)が深く関与しているのを突き止めた機動六課は、本格的な調査に乗り出す事にした。

 

           ≡

 

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

「やっぱり魔導虚(ホロウロギア)の仕業だったか」

「ストリートファイトが趣味の魔導虚(ホロウロギア)か・・・いったいどんな奴なんだ?」

「豹みたいな顔つきだって言っていましたけど」

 証言を基に作成されたデジタル画像を見ながら悶々とするメンバー。(ホロウ)の特徴を捉えた白い仮面は豹の顔つきそっくりで、胸部には確りと空いた孔がある。

 だが、ここで一つ大きな問題がある。端的に言えば肝心の魔導虚(ホロウロギア)の居場所が(よう)として掴めていないという事だった。

「で、どうやってとっ捕まえる?」

 恋次が難しい顔で思考に耽るメンバーへ妙案は無いかと意見を求めるが、皆首を横に振るか、目を合わせない。

「捕獲も大事ですが、それ以上に優先するのは失踪した人々の救出です」

 真っ当な事を呟くフェイト。確かに彼女の言うとおり、失踪した人々は未だ発見されていない。そればかりか目撃情報さえ出ていないのである。

 やがて、ルキノが人々が失踪したポイントから失踪時刻などを細かくまとめたデータをモニター画面へ表示した。

「ここ数日間で失踪した人々のポイントです。B地区からR地区にかけて範囲が限定されています。そして事件は全て、日没以降から夜明けまでの間に起こっています」

「単に夜の闇に紛れての行動でもないようですね」

「敵には白昼堂々行動できない弱みでもあるのだろう」

「夜行性の魔導虚(ホロウロギア)ッ!」

「なーるほど。つーことは夜活動できて昼間ゴロゴロしてるクズ人間を片っ端からしょっ引いてくればいいって寸法だ!」

「鬼太郎さん、冗談はそれくらいにしてくださいね♪」

 威圧感溢れるなのはの笑みは鬼太郎ばかりか、見る者すべてに異様な恐怖感情をもたらした。

 はやても少々肝が縮んだが、気を取り直しておもむろに席を立ち、集まったメンバーへ大号令を発した。

「ほんなら、機動六課前線一同B地区からR地区のパトロールに出発や!」

「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」

 

           *

 

 こうして機動六課は、事件に関与している魔導虚(ホロウロギア)に関する手がかりを見つけるべく、失踪ポイント付近を徹底的に虱潰しに当たる事にした。

 空の上からはスターズのなのはとヴィータ、ライトニングのフェイトとシグナムが広範囲で捜索する。

「こちらスターズ1、2―――エリアP41からQ07まで異常なし」

『了解。こっちも今のところ異常なし』

『引き続き調査を続行する』

 

 同じ頃、地上での捜査に当たっていた他のメンバーも、順次都内を車で巡回をしながら逐次報告を行う。

「こちら亀井浦太郎。上に同じく異常なし」

『スターズ4、こちらも異常は見当たりません。捜索範囲をもう少し絞ってみます』

 

「ありがとうございましたー」

 失踪現場近くにある商店街で聞き込み調査を行っていたスバルと吉良。

これといった有力は得られないものの、地元住民への注意喚起はまめに行いながら、地道な情報収集を続ける。

「なかなか有力情報は得られませんね」

「まあ夜行性だというからね。昼間活動している人間はそうそう出くわす機会も無いだろうし」

 今回の魔導虚(ホロウロギア)の特徴は主に二つ。夜行性であり、格闘家のような「強い相手」を狙っているという事。

 これらの条件に当て嵌めた時、昼間活動している一般人が襲撃に合う機会は稀有な事例であると言っていいだろう。

「ようスバルー。こんなとこで何やってんだ?」

 そのとき、目の前から歩いてきた一人の女性に突然声をかけられた。

 ボーイッシュな服装にスバルとは真逆の赤毛のショートヘア、スポーツバックを肩からぶら下げた少女が怪訝な顔で彼女を見ていた。

「ノーヴェ!」

「知り合いかい?」

「というより家族です。ノーヴェ・ナカジマって言います」

 偶然にもスバル達の前に現れたのは、JS事件で戦闘機人の一人として事件に大きく関わりながら、その後更正プログラムを経てナカジマ家の養子となったスバルの義理の妹【ノーヴェ・ナカジマ】だった。

「えっと・・・スバル、そっちの人は・・・彼氏か?」

 見慣れない人物、しかも少し陰気で喪服を思わせる衣装に身を包んだ年上の異性と行動を共にする義姉の趣味を一瞬疑ったノーヴェ。

 これを聞いた途端、スバルは顔を真っ赤にして即座に否定した。

「もう~~~ノーヴェったら違うから! この人は吉良イヅルさん、あたしが今担当してる事件で捜査協力をしてもらってる民間協力者さんだよ」

「あぁ・・・その、よろしく。」

「いえ。こっちこそ変なこと言ってすみませんでした。不束な姉ですがどうぞよろしくお願いします」

「ちょ、ノーヴェ! それってどういう意味!?」

「言葉通りの意味だけど何かあるか?」

 絶妙なボケとツッコミだな・・・内心そう思いながら、吉良はこの場に居合わせたノーヴェにもダメもとで聞き込みをする事に。

「ノーヴェと言ったね。最近ここらで格闘家ばかりを襲って誘拐しているっていう事件が発生しているんだけど、何か知らないかい?」

「格闘家ばかりを襲撃!? おいスバル、まさかまたアイツが・・・!」

「違うよ! そんな筈ないって! あの子に限ってそんな・・・それはノーヴェが一番分かってるでしょ?!」

「あの子? スバル、ノーヴェもひょっとして何か知っている事があるのかい?」

 事件の概要を説明した直後、ノーヴェの態度は豹変した。それに呼応するかの様にスバルも彼女が言う事を否定した。

 二人の応酬を見ていて違和感を抱いた吉良は、率直に何を知っているのかと問う。

 すると、観念した様子でスバルが罰の悪そうに今の今まで隠していた事について話をし出した。

「あの・・・吉良さん。実は皆には言おうか言わないかずっと迷ってて・・・・・・言えなかった事があるんですけど・・・」

「えっ。」

魔導虚(ホロウロギア)が街頭試合を申し込んでるってところが気になりまして・・・・・・以前にも今回の事件と似たような騒ぎがあったんです。しかも襲撃者は、まだ12歳の中学生の女の子だったんです」

「中学生の女の子だって!? 待ってくれ、それは何かの冗談のつもりかい?」

「冗談でもなんでもねえ。ぜんぶ本当の事なんっす!」

 スバルに便乗したノーヴェも語気強く彼女言葉に嘘は無いと言い張った。やがて、吉良にも分かるように当時襲撃の被害を受けたノーヴェが詳細を説明した。

「その女の子、アインハルトって言うんですけど・・・・・・そいつはヴィヴィオと同じ学校に通ってる生徒で・・・いろいろと複雑な事情もあって、今はあたしが面倒見てるチームで一緒に格闘技の練習をしてるんです。ちょうどこれからその子達のところへ行く予定だったんです」

「・・・・・・わかった。なら、僕らも一緒に同行させてもらえるかな? 君の言うアインハルトという少女を僕もこの目で確かめたい」

 

           *

 

 ノーヴェの承諾を得た吉良とスバルは、ストライクアーツと呼ばれる格闘技を行う為にヴィヴィオ達が集まっている都内の公民館へ足を運んだ。

 

           ≡

 

ミッドチルダ 中央大4区 公民館・ストライクアーツ練習場(トレーニングスペース)

 

「スバルさん! 吉良さん!」

「あの赤毛のおじさんの知り合いの兄ちゃんだ!」

 子供達からの厚い歓迎に満面の笑みを浮かべるスバル。一方の吉良はややこう言った雰囲気に苦手意識があるのか、終始顔が引きつったまま。

「ヴィヴィオー。元気にしてた?」

「はい! わたしもクリスもすこぶる元気です! それと吉良さん、先日は危ないところを助けていただいてありがとうございます!」

 礼儀正しく元気よくハキハキと事件の時のお礼を口にするヴィヴィオ。

 吉良は固かった表情を若干和らげると、「あれくらいの事は当然だよ。魔導虚(ホロウロギア)を殲滅し、この世界の霊魂を護る事が今の僕たちに与えられた使命だからね」と、返事をする。

「つーわけで。今日はスバル達がお前らの練習を見学するけど、それに気を散らさずしっかり練習に励むこと!」

「「「「「「はいっ。よろしくお願いします!」」」」」」」

 

 ノーヴェ・ナカジマを指導者として結成された【チームナカジマ】は、ヴィヴィオの友人であるコロナ、リオ、バウラ、ミツオ、アインハルトらを加えた全六人構成。

 少数ながらも非常に伸び代が高く潜在能力の塊とされる彼女達の実力はめきめきと上がっており、周りからも一目置かれる存在となっていた。

 二階にある観覧スペースからスバルと一緒に練習風景を眺めていた吉良も、正直これほど熱の籠ったものだとは思っていなかった。

 何よりも驚いたのは、文系のイメージが強いヴィヴィオが想像を上回るハードな格闘技を趣味としているという点だった。

「なのはくんの娘・・・ヴィヴィオは文系でありながら格闘技にも精通していたのか。腕前もなかなかのものだね」

「みんなと練習頑張ってますからねぇー」

 しかし、ここを訪れた本来の目的を忘れたわけじゃない。ヴィヴィオ達の練習を見るかたわら、吉良が目を光らせたのはチームの最年長者たるアインハルトだった。

「・・・あの子がアインハルトかい?」

「はい。この前ヴィヴィオと模擬戦をしてからいろいろあって、今は同じチームのメンバーです」

 現在、彼女はリオと黙々と打ち込みの練習をしており、誰よりも必死そうに技を磨き上げているように思えた。

(・・・まだ粗削りだが、技量は相当なものだな。恐らく、同年代とは比べ物にならないハードなトレーニングを積んでいるのだろう。だが、あの澄んだ瞳の奥に秘めたものはなんだ? 僕にはまるで彼女が何かに()()()()()()()()()()()()()()()

 

 練習の合間、アインハルトは自販機でスポーツ飲料を購入し一息ついていた。

「ちょっといいかな?」

 すると、彼女との接触の機会を窺っていた吉良が頃合いを見計らい、アインハルトへ声を掛けてきた。

 きょとんとした顔つきの彼女が吉良へ怪訝な眼差しを向ける。

 彼女は戸惑っていた。何の因果で顔も名前も知らない男性、しかも黒装束の衣装に身を包んだ男性から話しかけられたのか。

「あの・・・私になにか?」

 率直に問いかけるアインハルト。吉良は終始当惑する彼女の気持ちを考慮しつつ、少しでも距離を縮める為、入念に言葉を選んで話をし出す。

「先ほど君の練習を拝見させてもらったよ。驚いたな。まさか君ほどの歳であれだけ強いとは思わなかった」

「いえ。私はまだ強くなど・・・・・・」

「あの型はなんだい? ヴィヴィオ達の使っていたストライクアーツ・・・だったか。あれとはだいぶ勝手が違っていた様だが」

覇王流(カイザーアーツ)と言います。私にとって覇王流(カイザーアーツ)は、私の存在理由全てです」

 12歳の少女の口から飛び出た重い一言。怪訝する吉良に彼女はその後も覇王流にまつわる話を続けた。

「古代ベルカ諸王時代、それは天下統一を目指した諸国の王による戦いの歴史。その歴史の中に名を刻む『覇王』クラウス・イングヴァルト―――彼は私の祖先であり、私は彼の・・・覇王の身体資質と覇王流、それらと一緒に少しの記憶もこの体に受け継いでいるんです」

「記憶を受け継ぐ・・・?」

 彼女は非常に珍しい『記憶継承者』である。

 記憶継承者は自分以外の人物、親や先祖の受け継いでおり、個人差があるため一概には言えないが、アインハルトの場合―――先祖である過去の王、クラウス・イングヴァルトの記憶や知識、体験した出来事や感情まで様々な事を自分の記憶のように思い出す事が出来るのである。

「かつて覇王こと、クラウス・イングヴァルトは武技において最強を誇った一人の王女・・・後の『最後のゆりかごの聖王』であるオリヴィエ・ゼーゲブレヒトに勝利する事ができませんでした。覇王の血は歴史の中で薄れていますが、時折今でもその血が色濃く蘇る事があります」

「・・・・・・・・・・・・」

「天地に覇をもって和を成せる、そんな『王』であること。私の記憶にいる「彼」の悲願なんです。弱かったせいで、強くなかったせいで、()()()()()()()()()()()・・・・・・守れなかったから」

 ポタポタ・・・。少女の双眸から零れ落ちる涙。物静かだった彼女が覇王について語り出した途端に感情的な態度をとった。

「そんな数百年分の後悔が・・・私の中にはあるんです。だけどこの世界にはぶつける相手がもういない。救うべき相手も守るべき国も世界も・・・・・・!」

「だからストリートファイト紛いの街頭試合を片っ端から申し込んでいたという訳か」

「! な、なぜそれを!?」

 知られたくない自分の中の黒歴史を赤の他人が知っていた事に、アインハルトは酷く動揺した。

「スバルとノーヴェから聞いたんだよ。でも、今の君には君の拳を受け止めてくれる仲間がちゃんといるじゃないか。なにより、君がそれを望んでヴィヴィオ達の傍にいるのがその証拠だと僕は思うよ」

 破顔一笑した吉良は一人辛い思いを抱え込んで苦しんでいる彼女が、どこか自分と通ずるものがあり、無碍に放っておけなかった。

 優しい笑みで言って来た吉良の言葉を聞き、アインハルトは暫しだんまりを決め込んだ。

「すみませんが・・・練習に遅れるので失礼します」

 静かに立ち上がりボソッとした声で呟き、足早に吉良の前から立ち去った。このとき、吉良は彼女から一秒たりとも目を離さす事は無かった。

 

           *

 

 その日の夜、失踪ポイント近郊で機動六課によるある大胆な作戦が決行された。

 

『臨時ニュースです。特定地区における行方不明者捜索中の管理局機動六課は、今夜有力な情報を元に作戦を展開します。一般の方々には日没以降は争い事は勿論、格闘技などのスポーツも控えて頂くようお願いします』

 

           ≡

 

午後10時27分―――

ミッドチルダ西部 B地区 公共魔法練習場

 

 テレビの報道効果もあってか、いつもなら人の気配が疎らに感じられる場所に一般人の姿は無く、居るのは機動六課の囮作戦担当員だけだった。

「おらあああああああああ」

 悪漢に扮した鬼太郎が鉄パイプを振り回し大暴れする。これに便乗するのは同じく囮作戦担当に割り当てられた阿散井恋次、亀井浦太郎の二人。

「吉良さん、これでホントにいいんですよね・・・」

「正直僕にもわからないや」

 囮作戦の様子を近くで見守っていたスバルと吉良は、作戦とは思えない本物さながらの闘争行為に些か不安を募らせる。

「クッソー! ちっとも来ねえじゃえかよ魔導虚(ホロウロギア)のヤツ!」

「やっぱりこの作戦気が触れてるとしか思えないですよ」

 

           ≒

 

数時間前―――

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

 失踪事件解決に向け、部隊長・八神はやての口から魔導虚(ホロウロギア)捕獲及び人質救出の為の作戦プランが発表された。

「囮作戦だぁ!?」

魔導虚(ホロウロギア)が夜行性で強い人を狙ってちゅうことが一つの事実なら、敵を誘き寄せて捕まえる以外に私達に出来る事は無いと思います」

「確かに試してみる価値はあるかもしれない」

「おーし! いっちょやってやろうぜ!」

「今夜は長い夜になりそうだね♪」

「待ってください! いくらなんでも危険すぎるような・・・」

魔導虚(ホロウロギア)を捕獲するためとはいえ、仲間同士で模擬戦さながらに暴れるなんて」

 賛否両論の声が上がる。

 無論、周りからこうした反応が向けられる事ははやても容易に想定していた。だからこそ、彼女はとっておきのカードを切る事にした。

「みんな思うところ色々あるようやな。でも大丈夫。なぜならこの作戦は(ホロウ)退治の専門家の方にやってもらうからや!!」

 狡猾さを孕んだ彼女が目を転じたのは他でもない。死神・阿散井恋次だった。

「お、おい待てよ! まさか俺に面倒ごと押し付けるつもりじゃねえだろうな!?」

「だって・・・か弱い乙女を戦場に出すなんて出来る訳ないでっしゃろ?」

「お前のどこがか弱いだぁ!? そう言う科白(せりふ)はもっと塩らしい性格になってから吐け!!」

「恋次さん以外に適任は居ないと思うんですけどー。だって恋次さん、強いんでっしゃろう?」

(このちびダヌキがぁ~~~!!)

 背丈は低くても、はやての腹の中は恋次が思ってるよりも黒かった。

 湧き上がる怒りの感情。吉良は爆発寸前の恋次を宥めるとともに、流れ的に自分も作戦に参加する意思を示した。

「何かあった時は私が全責任を負う。クロノ提督、それで何とかお願い出来んへんか?」

 監査役であるクロノに深々と頭を垂れ懇願するはやて。

 険しい表情のクロノは暫し思考に耽ると、悩みに悩んだ末に苦渋の結論を出した。

「・・・・・・わかった。僕としてもあまり素直に賛同は出来ないが、背に腹は代えられない。今回の囮作戦を許可する」

 

           ≒

 

「行くぜ行くぜ行くぜぇ!」

 振り下ろされる大刀。

 恋次と浦太郎は同時に避け、すかさず恋次が鬼太郎の背後へ回り込んで押さえつけ、浦太郎が動けない鬼太郎の正面へと回り込む。

「ごめん先輩ッ!」

 ゴンッ、ゴンッ。鬼太郎の顔面を容赦なくタコ殴り。

「ぐっほ・・・! ぶっほ・・・!」

 囮作戦と銘打って日頃のストレス発散を込めたパンチは予想以上に痛かった。

「悪く思うなよ!」

 そう言うと、恋次は浦太郎と一緒に鬼太郎の体を力いっぱい投げ飛ばした。

「ノアアアアアアアアアアア」

 投擲され、砂利で覆われた地面に激しく背中を強打。顔を殴られた時以上の痛みが全身を駆け巡った。

「バカヤロウ! 本気で投げる奴があるかよ!」

 

 ピピピピッ・・・。

 ちょうどそのとき、魔導虚(ホロウロギア)出現を検知したという報せが吉良の伝令神機へと入った。

「吉良さん!」

「来るぞっ!」

 スバルと吉良が注意喚起を行った直後、歪んだ亜空間から失踪事件の犯人―――魔導虚(ホロウロギア)・パンテラロードが静かに姿を現した。

『・・・元管理局地上部隊の魔導師、亀井浦太郎氏・その他強者の方々とお見受けします。あなた方にいくつか確かめさせて頂きたい事があります』

 今までの魔導虚(ホロウロギア)には見られない物静かさ。だが醸し出す雰囲気、霊圧は紛れも無く魔導虚(ホロウロギア)で、恋次達は闘争本能を剥き出しにするパンテラロードへ敵意を向ける。

「出やがったか。噂のストリートファイター紛いの魔導虚(ホロウロギア)!」

「何者だてめえは?」

『私はカイザーアーツ正統、ハイディ・E・S・イングヴァルト。『覇王』を名乗らせて頂いています』

(覇王だと・・・―――!?)

(まさか・・・!)

 敵方が名乗り上げた『覇王』の名に周章狼狽する吉良とスバル。

 パンテラロードは相も変わらず覇王らしからぬ禍々しい姿で、恋次達に威圧感をぶつけ続ける。

「『覇王』とは随分と大層な名だな。伊達に強い奴ばかりを狙ってるだけの事はあるな」

「で、その『覇王』様が僕たちの何を確かめたいのかな?」

 浦太郎が問いかけると、鋭い爪の生えた拳をぎゅっと握りしめ、パンテラロードは自らの望みを暴露する。

『あなた方の力と私の力。いったいどちらが強いのかです』

「ほお・・・何の為にだ?」

『―――本当の強さを知り、それを手に入れたいんです』

「はっ・・・・・・。おもしれえじゃねえか」

 俄然やる気に満ち、相手に触発された恋次の闘争心も一気に昂ぶった。

 だが、彼が実際の相手をする事は無かった。戦いの直前、恋次を制止させたのは他でもない吉良だった。

「相手なら僕がする。君は下がっていてくれ」

「吉良? お前いったい・・・」

「どうしても()()と面と向かって話をしたいんだ」

 吉良はこのとき、パンテラロードの正体を看破していた。

 いつもは積極的に前に出ようとしない吉良が自分から前に出る事など極めて稀であり、相応の理由があった。

 彼の瞳から伝わる熱心な思い。それを機微に感じ取った恋次は、ふぅ・・・と、溜息を吐いた。

「―――わーったよ。今回はお前に譲るよ」

 潔く恋次は吉良にその場を任せて鬼太郎達と一緒に後退した。

(吉良さん・・・・・・どうかあの子を助けてあげてください・・・・・・)

 吉良同様、魔導虚(ホロウロギア)の正体が誰であるのかを悟ったスバルは、絶えず不安な眼差しでこの戦況を見守るとともに、吉良の行動一挙手一投足に注目する。

 おもむろに前へ出ると、吉良は覇王を自称するパンテラロードに言葉を投げかける。

「まさか君が魔導虚(ホロウロギア)になるとは驚きだよ。一体何があったんだい・・・()()()()()()

『・・・・・・・・・・・・』

 パンテラロード、もといアインハルトは何も答えず、静かに覇王流の構えをとる。

「話す事は何もない・・・そういう事だね。仕方がない。君がそう言うつもりなら、僕もそれ相応の覚悟は出来ているよ」

 腰に帯びた斬魄刀を手を掛け、ゆっくりと引き抜く。

 対峙する二人を恋次達は固唾を飲んで見守る。

 そしていよいよ、前代未聞―――覇王と死神による戦いの幕が切って落とされた。

 

 刹那、無言のままパンテラロードは高速で疾駆。前方の吉良目掛けて飛び膝蹴りを叩き込む。

「くっ・・・・・・」

 凄まじい衝撃と威力が斬魄刀へ重く圧し掛かる。

 吉良は想像を遥かに上回る力に驚愕するも、辛うじて第一打を受け切った。

 だが、怯んだ吉良にパンテラロードは容赦ない拳打を繰り出し徹底的に攻勢を崩さない。

 ガードの上から何とか攻撃を防ぐものの、魔導虚(ホロウロギア)化したアインハルトの並外れたパワーに吉良は終始驚愕をし続ける。

(脈絡と受け継がれた天性の魔法スキル。そこに(ホロウ)の力を融合する事で得られる圧倒的な破壊力・・・・・・これは思ったよりも危険な力だ)

『今のはほんの小手調べです。次は本気でいきます』

挑発するように唱えた瞬間、パンテラロードは一瞬で吉良の間合に入り込んだ。

「何だと・・・ッ」

「今のは自己加速魔法!?」

(いや違う。今のは紛れもない―――“響転(ソニード)”だ!)

 霊圧を完全にすり抜けて瞬時に相手の間合に入り込むこの高等技法について、吉良はよく知っていた。

 名を『響転(ソニード)』。(ホロウ)の上位種に当たる破面(アランカル)が得意とする高速歩法技。

 死神の瞬歩とも似ているが、それ以前に目の前の魔導虚(ホロウロギア)がこの技を使用するものとばかり思わっていなかった為、吉良はただただ呆然とする。

覇王空破断(はおうくうはだん)

 拳撃と共に強烈な衝撃波を飛ばして攻撃するパンテラロード。吉良は衝撃波に飛ばされながらも何とか持ち堪える。

 息つく暇も無い戦況に終始言葉を失う恋次達。

 防戦一方の吉良はダメージを最小限に抑えると、身も心も変わり果ててしまったアインハルトを見ながら悲痛に満ちた顔つきとなる。

「・・・本当の強さを知り、それを手に入れるか。そのやり方がこれだというのか?」

『否定はしません』

「失踪した人達はどこにいる?」

『ご安心ください。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 霊圧が一際強い場所を確認した際、吉良が見る限り失踪した人々は余す事無くパンテラロードと化したアインハルトの中へと取り込まれ、文字通り彼女の血となり肉となって力を与えていた。

 事実を知った吉良は、悲しそうに目を細め、やがて彼女へ言葉を放つ。

「僕には君の気持ちがわからない。こんな事の為に君自身が汚れる理由は無い。今の君は明らかに正気じゃない」

『私は正気です。そして、今よりもっと強くなりたい』

「だったら何故ヴィヴィオ達の期待を裏切る様なことをするんだ!? 一度は道を踏み外したが、過ちに気付き更正の道を進んでいた筈の君が・・・たとえこの世界に守るべき聖王がいなくても、守るべき国も世界が無くなったとしても、君がそんな風に苦しんでまで強さを求める理由が僕にはわからない!」

「吉良・・・・・・」

 いつになく感情を露わにする吉良の姿が恋次の目に焼き付いた。

『ご厚意痛み入ります。ですが、やはり私にとって確かめたい強さとは―――生きる意味は表舞台にはありません』

 まるで今までの自分を否定するような言動だった。

 魔導虚(ホロウロギア)と化した事で正気を失い狂乱の覇王と化したパンテラロードは、吉良との距離を詰めるどころか、離れた距離で足下に碧銀のベルカ式魔法陣を展開する。

(―――構えた。あの距離で何を・・・するつもりだ・・・!?)

 彼女の行動の真意を必死に考える吉良。

 と、次の瞬間。またしてもパンテラロードが間合いに入り込んだ。

 吉良は咄嗟に飛んでくる拳を紙一重で避けるものの、その拳速は今迄とは比べ物にならないものだった。

(迅い!? 今のは響転(ソニード)覇王流(カイザーアーツ)を組み合わせたものか!)

 などと分析をしている暇すら重大な隙である事に吉良は気付けなかった。僅かな間隙を突いたパンテラロードの正拳突きが吉良の下腹部へと直撃する。

「が・・・・・・ッ!」

 衝撃は体内の内臓に強いダメージを与えた。

『列強の王達を全て斃し、この天地に覇を成すこと。それが私の成すべき事であり、私の生きる意味です』

 言うと、空中高く飛び上がったと同時に吉良目掛けて踵落としを炸裂。

 足下がおぼつかない吉良はどうにかその一撃を避ける事が出来たが、あまりに凄まじい勢いの為、衝撃で地面が陥没した。

『弱い王に生きている価値がありますか? 私にとってはまだ何も、ベルカの戦乱も、クラウスの悲願も、まだ何ひとつ―――終わってなどいないのです』

 独白を続けた末、足下へ再びベルカ式魔法陣を展開する。

 全員が凝視すると、パンテラロードは足から練った力を拳を勢いよく大地へと打ち下ろす事で魔力を放出。離れた距離の吉良を攻撃をする。

覇王断空拳(はおうだんくうけん)

 打ち下ろされた断空は地を這い、射線上に立つ吉良目掛けて飛んで行く。

 次の瞬間、豪快な轟音と舞い上がった粉塵が周囲一帯へと広がった。

「吉良さん!!」

「ウソでしょう!!」

「んなのアリかよ!?」

「吉良ぁ!! しっかりしろ!!」

 あまりに規格外な強さに、終始目を疑う面々。吉良の姿は完全に粉塵の中へと消えた。

『弱さは罪です。弱い拳では・・・・・・誰の事も守れません』

 多量の土煙が舞う様子を静謐に眺めながら、パンテラロードは仮面越しに悲嘆に満ちた声色で呟いた。

 

 

-――「面を上げろ・・・・・・『侘助』」

 

 

 その時、漂う土煙に溶け込むような低い声が聞こえた。

 パンテラロードが目を凝らすと、煙の中から乾いた表情を浮かべる吉良と、数字の『7』を思わせる奇妙な鉤状の刃へと変化した斬魄刀が姿を表した。

『どうして・・・・・・?』

 確かな手応えを感じていた。にも関わらず、吉良は決して倒れずに目の前からゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。

(私の覇王流が通じなかった・・・・・・いや、そんな筈はない。この体は間違いなく強いのに、どうして・・・・・・。)

 先ほどまでの彼とは打って変わって、肌は異様に青白く、その気配からは、魂魄の揺らめきが一切感じられない。彼の病的なまでに後ろ向きな雰囲気を、そのまま肉体にも反映させたかのように見える。

 恋次達も吉良の雰囲気の変化に終始肝が冷えた。霊圧は感じられるのだが、驚くほどに静かだ。生命というものをまるで感じさせない、ある意味で確かに『死神』という名にふさわしい空気を纏ったその男は、パンテラロードを見て静かに口を開いた。

「・・・・・・弱さは罪か。どうにも最近の子供はやけに達観しているようだが、君の歳でその境地に達するのは些か早いな」

 言うと、深い溜息を吐いた吉良は、静かに斬魄刀・侘助を構える。

「いいだろう。君が戦いを望むなら、僕もそれに付き合おう。但し、僕は君ほど優しくはない」

 吉良はパンテラロードによって粉砕された瓦礫を片手で持ち上げ、そのままパンテラロードへと投擲する。

 数十キロはあろうかという頑強な石が、まるで発泡スチロールのように軽々と投げ放たれたのだ。

『っ!!』

 パンテラロードが慌てて避けると、地面へと激突した途端、瓦礫は重い音を立てて粉々に砕け散る。

(脆そうな体なのに、予想を遥かに上回る膂力(りょりょく)―――! この人はいったい?!)

 これは一部の者しか知らない秘匿事項である。護廷十三隊三倍体副隊長・吉良イヅルは、十年前の『霊王護神大戦(れいおうごしんたいせん)』で命を落としながら、狂気の科学者・(くろつち)マユリの手によって死体のまま蘇生させられ生き永らえていた。

 彼もまたアインハルト同様に様々なものを背負い、幾本ものの楔に魂を穿たれながら、それでも戦う道を選んだ。

 命すら失った自分の身に残された、ただ一つの矜持(きょうじ)を護る為に。

 

「破道の五十八―――『闐嵐(てんらん)』!」

 パンテラロードにとって意外だったのは、吉良が斬魄刀ではなく鬼道で口火を切った事だ。

 範囲をコントロールしているのか、通常の『闐嵐』よりも細く、その分勢いの増した竜巻がパンテラロードの体に襲いかかる。

 防御を発動させて瓦礫などの飛来は防ぐが、その風の勢いで、身体ごと吹き飛ばされてしまった。

「おいおい吉良のヤツ、前に俺と戦った時よりも強えじゃねえか! あんときとは比べ物にならねえ霊圧だぞ!」

「ていうか吉良さん、あんな怪力だったんですか?」

「恋次さん、どういう事ですか一体!?」

「これにはいろいろ事情があるんだよ。ま、例えあいつがどんな風に変わっちまったとしても俺ら死神のやる事は同じさ。そうだろう吉良?」

 同じ真央霊術院で学び、死神として志を同じくした恋次と吉良。歩み道は違っても、考えた方が真逆でも、彼らが歩みべき道はいつだって一つだった。

 すべては護廷十三隊の死神として―――尸魂界(ソウル・ソサエティ)と現世の霊魂を護る為、それを脅かす敵を討ち滅ぼす為に戦うのだ。

 

 侘助の斬撃を幾度となく受け、徐々に追いつめられていたパンテラロードの顔に焦りが見え始めた。

(強い! 私が今まで戦ってきた中で最も・・・・・・!)

 吉良の実力の程を知らない、見誤っていたパンテラロードは、目の前に立つ死神がこれまで対峙してきたどの個体よりも強い存在だと判断する。

(ここは牽制して隙を突くしか―――)

 そう思った矢先、彼女の身体に異変が生じた。

 突然、全身の筋肉を動かす力が低下し始めたのだ。いや、低下したのではない。肉体そのものの比重が増し体が重くなったのだ。

『これは・・・・・・体が・・・・・・だるい・・・・・・』

「・・・・・・ようやく気付いたか。僕もそろそろだろうとは思っていたけどね」

 溜息を吐く吉良を見て、パンテラロードは意味が解らないという顔を浮かべながら、重くなった体を地に付けた。

「斬りつけたものの重さを二乗に重くする。二度斬れば更に倍。三度斬ればそのまた倍。それが僕の斬魄刀『侘助』の能力」

 目の前のパンテラロードへ吉良は淡々とした口調で説明する。

「君は不用意にも、侘助の斬撃をその体ですべて受けていた。そして、君の体はついに自分の体を支えていられる重さの限界を超えてしまったんだ」

『そんな・・・・・・私はまだ・・・・・・こんなところで負ける訳には・・・・・・』

 必死で体を起こそうと力を入れるが、このとき既に一本の腕にかける比重が数百キロを超えていた為に、パンテラロードは立ち上がる事はおろか、真面に体を動かすことさえ叶わなかった。

「・・・単純な力比べだけなら、僕は君よりもずっと弱いだろう。だが、戦ってきた場数なら君よりもずっと上だ」

『舐めないでください・・・私の体には300年分の戦いの記憶があるんです・・・』

「僕は現役で160年近く戦い続けているよ」

 記憶の中で経験した戦いと、実際に現実を生きて経験した体験は同じようで大きく異なる。吉良は強さへの渇望に固執するパンテラロードを見ながら、生気の籠っていない声色で教唆を与える。

「・・・本当の強さを知り、それを手に入れるのが君の目的だったね。なら教えてあげるよ。君が求めている強さは、本当の強さなんかじゃない。ただ人を傷つけるだけの暴力だ。その暴力をどれだけ求め、振り回したところで、君が目指すべき『覇王』には一歩たりとも近づけない」

『・・・っ!!』

「・・・戦いは英雄的であってはならない。戦いは爽快なものであってはならない。戦いとは絶望に満ち、暗く・恐ろしく・陰惨なものでなくてはならない。それでこそ人は戦いを恐れ、戦いを避ける道を選択する。僕の斬魄刀は、斬りつけたものの重さを増やし続け、やがて斬られた相手は重みに耐えかね地に這いつくばる。そして必ず、侘びるかのように(こうべ)を差し出す。故に、『侘助』」

 言葉の意味ひとつひとつに重みを感じられた。

 パンテラロードは今ようやく、この男に戦いを挑みかかった自分の愚行そのものに気が付いた。

『私は・・・・・・強さの意味をはき違えていた・・・・・・こんな惨めな姿を晒すなどあってはならない。今の私に、弱い王に生きてる価値などありません』

「・・・・・・たとえどれだけ惨めでも、弱くても生きているだけで価値はある。少なくとも僕はそう思うよ」

 自嘲気味に言うパンテラロードに、吉良は更に自嘲の色が深い言葉を口にした。

「本当に価値が無いのは僕だ。だけど、生きる屍となりながらそれでも護廷十三隊にしがみついている僕に出来るのは、価値のあるものを護る事だけだ・・・・・・それだけなんだ」

『何を・・・仰っているんですか? あなたは今、こうして生きているではありませんか?』

「生憎僕は既に死んでいる。でも君は生きている」

 だからこそ、彼は目の前の少女に、どうしても言いたい一つの我儘があった。

「・・・他の全てを無くしたとしても、君が今を生きる『覇王』であるという事実だけは残ってる。例え他の何を奪われようとも、その事実だけは変わらない。だから君はこれからも生きろ。生きて、その上で君の答えを見つけるんだ」

 真摯に自分へと向けられた吉良の言葉。

 それを聞き、パンテラロード・・・いや、アインハルトは、少しだけこの死神を理解できた気がした。

 彼もまた自分と同じ咎を背負っている。彼にとって咎とは世界と自らを繋ぎ止める楔なのだ。

 自らの身に咎を背負い続ける事で、世界との繋がりを保っているのだろう。

 

 程なくして、アインハルトは自らの体に取り込んでいた人間数十人、そして幼生虚(ラーバ・ホロウ)との融合を自力で解いた。

 双眸から零れた涙は手の甲から地面へと滴り落ちる。

 スバルが正気に戻ったアインハルトを優しく抱擁し保護をする。

 一方の吉良は、黙したまま手持ちの侘助を封印状態へと戻し、元の鞘へと納めた。

 

「やはり・・・生きた人間の子供はパワーこそあるものの、心を癒す力が強い為に魔導虚(ホロウロギア)の素体としては不向きなようだな」

 吉良とアインハルトとの戦いの模様を別所で観察していた者がいた。

 自らの足で地上へと赴き、素体であるアインハルトを魔導虚(ホロウロギア)にした張本人―――機人四天王・トーレは空の上からこの光景を眺めていた。

「だがまぁいい。お陰でまたひとつ良いデータが取れた」

 当初の目的とは違う結末にはなったものの、十分な成果は得られたと実感。差し当たっての任務を終えると、トーレはインヒューレントスキル【ライドインパルス】を用いて、その場を瞬時に立ち去った。

 

           ◇

 

 この事件の後、アインハルトは自らの手記に次のような記述を綴っている。

 

 

 自分は、変わらなければならない。

 ただ過去の記憶に縛られて、何も見ずに、何も聞かずに、同じ場所をぐるぐる回る亡霊のような自分から脱却し、こんな自分を受け入れてくれた人達と共に前に進む時が来た。

 その勇気をくれたあの黒衣の男性にもう一度会えた時、私は言いたい。『あなたが護った物には確かに価値があった。だからあなたも胸を張ってください。あなたの成した事は、決して無価値な存在ではありません』と、正面から堂々と告げる為に。

 

 彼女はもう、その歩みを止める事はないだろう。

 現代の覇王は今、新たな時代で新たな仲間とともに動き始めた。

 ゆっくりと、しかし、熱い魂をその身に宿しながら。

 例え、数秒後に世界が終わるのだとしても。

 最期の瞬間が訪れるまで、生き足掻き、胸を張り続ける為に。

 

 覇王が自分に残した覇王流が、古代ベルカの王達が護ってきたモノは、決して無価値ではなかったと―――

 彼らの成した事に確かに価値はあったのだと、世界に証明する為に。

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:久保帯人 『BLEACH 38巻』 (集英社・2009)

原作:都築真紀 作画:藤真拓哉『魔法少女リリカルなのはViVid 1、12巻』 (角川書店・2010、2014)

原作:久保帯人 『BLEACH13BLADEs』 (集英社・2015)

 

 

 

 

 

 

教えて、ユーノ先生!

 

ユ「前回に引き続きスクライア商店の従業員紹介第二回目♪ 今日は亀井浦太郎だ」

「浦太郎は、地球出身の魔導師で、なのは達の三つ先輩に位置する。当時の所属は地上本部首都防衛隊。最前線に立って、防衛ラインを護っていた誰もが認めるエース級の魔導師だ」

「得意魔法は、現在浦太郎しか使い手が確認されていない『水』の魔力変換資質を用いた水流魔法。豊富な技のバリエーションで敵を一網打尽だ」

浦「僕にとっては魔法戦も女の子を口説き落とすのも、例えるなら干潟の釣りと同じだね」

ユ「干潟の釣り?」

 譬えの意味が分からないでいるユーノに、浦太郎は自信満々に解説する。

浦「水の感触を感じながらロッドを振って、水面に近い目線でルアーを操作して、ヒットした魚をすぐ手元まで寄せてくる。この感触は・・・そう! 女の子を抱き寄せた時に感じるおっぱいの感触そのもの!!」

ユ「おいおい・・・魔法の話はどこいったんだよ」

浦「ここからが肝心だよ!! うまいことベッドへと誘い込んだら、次に優しく体をいたわりながら神秘なる園を開拓していくんだ。女の子と一緒に気持ち良くなって、最後の最後にフィニッシュを叩き込む!! あぁ・・・想像するだけでムラムラが止まらない!!」

 いつの間にか猥談へと成り下がった浦太郎の話。

 ユーノは自分を含め、これ以上卑猥な話を聞かされたくなかったので、ちょっとキツメのお灸をすえてやる事に。

ユ「破道の五十四―――『廃炎(はいえん)』!」

 ドカーン!!

浦「ふぎゃああああああああ!!」

 ちょっとお灸を据える・・・・・・だけでは済まない大火力だった。

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

 ハラオウン家・リビングにて―――

 クロノ・ハラオウンと妻エイミィ、義妹フェイト、実母リンディらは子供には決して見せられない極上のホラー映画を鑑賞していた。

『お前の後ろにだぁぁぁ!!!』

エ・フ・リ「イヤアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 臨場感溢れる内容とおどろおどろしい演出に大絶叫する女性陣。一方のクロノはほぼ無表情で映画を見続ける。

 視聴後、女性陣は映画の内容について感想を述べ合う。

エ「いやー。美由希ちゃんから薦められた『お前の後ろだぁ!』、かなりすごかったね」

リ「よくあんな怖い内容を思いつくわねーって、作った人に感心しちゃうわ」

フェ「クロノは怖かった?」

ク「馬鹿を言うな。ユウレイだのお化けだの、あんな得体の知れないものに怖がるなんて、みんな揃いも揃って臆病だな。僕は眼に見えるものしか信じない」

リ「でもそうなると、死神の存在は認めるって事になるわよね?」

 ぐうの音も出ない鋭い指摘に思わず口籠るクロノ。

 

 その日の夜、寝室で眠りに就こうとするクロノだったが―――

ク「・・・・・・・・・・・・」

 今日見たホラー映画の恐怖映像が脳裏に焼き付いてしまった為、目が冴えて一向に寝付けなかった。

ク「ダメだ・・・・・・頭では否定しているのに、身体が恐怖を覚えてちっとも眠れん! 認めない・・・僕は絶対に認めないからなぁぁ!!」

 結局クロノはその日、一睡も出来ずに朝を迎える事となったという。




次回予告

吉「新型の魔力炉『ザックーム』の視察に向ったはやてくんとマリエル技官」
エ「しかし、ザックームは既に機人四天王の手に落ちていた。そして、救出へと向かった僕たちを待ち受ける最悪の事態とは・・・」
ユ「次回、ユーノ・スクライア外伝・・・『ジャハンナム・トラップ』。再びあの人物も登場するのでお楽しみに!」






登場魔導虚
パンテラロード
声:能登麻美子
覇王イングヴァルトの末裔、アインハルト・ストラトスが機人四天王トーレの手によって、幼生虚と融合して誕生した魔導虚。
昼間は普通の人間に戻っているため機動六課に魔導虚として感知されず、夜になると魔導虚となって活動を開始する。アインハルトを素体としている為、魔法の大半は覇王流であるが、破面特有の高速移動能力「響転(ソニード)」を使う事が出来る。
本当の強さを知り、それを手に入れる事を目的に格闘技の使い手を中心とした強い者達に街頭試合を申し込んでは倒した相手ごと体に取り込んでいた。しかし、子供はパワーこそあるものの心を癒す力が強い為、魔導虚の素体に向かないことから吉良との戦いの末、斬魄刀による浄化を受けることなく元の人間に戻った。
名前の由来は、スペイン語で「豹」を意味する「Pantera」と、英語で「覇王」を意味する「Overlord」を組み合わせたもの。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話「ジャハンナム・トラップ」

新歴079年 4月21日

第97管理外世界「地球」

東京都 松前町 スクライア商店

 

 人間の体に取り付き、魔導虚(ホロウロギア)化を進行させる未知の物質。その構造には未だ解明されない多くの謎が残されていた。

「重原子や霊子が実に複雑に結合して一つの結晶となってる。これじゃまるで生物というより一個の構造体じゃないか。そう・・・ウイルスの様な」

 得られた解析結果からそのように位置づける。

 店舗地下数十メートル下、ユーノは秘密裡に建設した研究施設で日夜魔導虚(ホロウロギア)に関する研究に没頭していた。

 現在、ユーノはプラスターでのプーカ戦で得られた残骸物、恋次達の手から渡ったアインハルトを魔導虚(ホロウロギア)化させた幼生虚(ラーバ・ホロウ)の死骸から綿密にデータを算定。そこから導き出される事実を一つ一つ紐解いていた。

幼生虚(ラーバ・ホロウ)は、(ホロウ)の姿を模した事実上の【ユニゾンデバイス】だ。生物との融合によって生まれた魔導虚(ホロウロギア)は素体の行動原理に基づき、自らの欲望を満たしながら強固な自我を確立させ進化・成長していく。これまではその成長途中で浄化に成功してきたが・・・」

 熟考し、手元のコンソールに入力作業をしながら難儀そうに眉間の皺を寄せ険しい顔を浮かばせる。

「わからない・・・・・・。幼生虚(ラーバ・ホロウ)が人間に取り付き、進化の触媒とする事に何の意味があるんだ?」

 幼生虚(ラーバ・ホロウ)の組成式について、コンピューターが出した分析結果は「UNABLE TO ANALISE」―――すなわち「測定不能」だ。

 当然だ。この世で発見されて間もない未知の物質を何の前情報も無い機械が正確に分析できる筈がない。

「もしも魔導虚(ホロウロギア)が完全体になったら・・・いったい何が起こるっていうんだ?」

 スカリエッティが何をもって魔導虚(ホロウロギア)を生み出しているのか。その背景に迫ろうとすればするほど思考の迷路へ迷い込む。

 悶々と頭を悩ませていた折、研究室の扉が開かれ、中へ入って来たのは金太郎の導きを受けた一護だった。

「よう。ここにいたのか」

「一護さん。来てたんですね」

「しっかしスッゲー施設だな。よくもまぁ東京の地下にこんだけの物を造りやがる」

 足下で複雑に絡み合った配線に引っ掛からないよう慎重に慎重に歩き、一歩一歩ユーノの下へと近づいて行く。

「で。何か分かったのか?」

「現在考えられる要素を全てデータに入力して計算していますが、これだけの不確定要素ですからね。出力までには時間がかかります」

「やっぱり気になるんだな。魔導虚(ホロウロギア)が人間を取り込んだって事が」

「それもそうですが・・・・・・何より懸念すべきは敵の最終目的です」

 真剣な表情でそう訴えかけると、ユーノは研究室の巨大モニターにある映像を出す。

 映し出されたのは、先日ミッド地上を襲撃した大型魔導虚(ホロウロギア)「バリオスF」による都心への攻撃を如実に捕えたものだた。

「ミッド都心を襲った馬型の魔導虚(ホロウロギア)は、地上本部を個人的な恨みで破壊する為だけに生み出され、街に現れました。もしあの魔導虚(ホロウロギア)が目的を達成したらその後はどうなるのか? 他の魔導虚(ホロウロギア)にしてもそうです。彼らがもし目的を達成していたら一体どうなっていたのか?」

 懸念と不安を顔に露わにするユーノ。

 ちょうどそのとき、スーパーコンピューターによるこれまで得られた要素全てを含んだ計算結果が算出された。

「コンピューターの予測は?」

 ユーノと一護が見守る中、スーパーコンピューターが電子音声で発したのは、

 

               《レギオン粒子の拡散》

 

 ―――という言葉だった。

「非物質粒子レギオンを撒き散らして・・・・・・地上生命を!?」

 このとき、ユーノはある重大な核心へと気づき表情を一変させた。

 

           ◇

 

4月23日―――

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 海上トレーニングスペース

 

「さて、今日の訓練の前に一つ連絡事項です」

 いつものように行われる戦闘訓練。

 スバル達からの視線を受けるなのはは、隣に立ち尽くす黒いトレーニング服を着用したスバル似の女性を紹介する。

「陸士108部隊のギンガ・ナカジマ陸曹が、本日只今をもって正式に機動六課へ出向となります」

 なのはからの紹介を受け、隣に立つギンガは既存メンバーに自己紹介する。

「本局からの勅命を受けてやって参りました。108部隊、ギンガ・ナカジマ陸曹です。よろしくお願いします!」

「「「「よろしくお願いします!」」」」

「恋次さん達は初対面ですよね? ギンガはスバルのお姉さんなんです」

 ギンガを知らないであろう恋次達にフェイトが補足情報を加える。やがて、本人自ら恋次達へと近づき握手を求める。

「初めまして、ギンガ・ナカジマです。魔導虚(ホロウロギア)に襲われた妹を助けて下さってこと、感謝してもし切れません」

 ティアナの兄・ティーダが魔導虚(ホロウロギア)へと変貌した際、スバルが重傷を負った時、現場に居合わせた恋次達の活躍もあり事なきを得た。それを後から知ったギンガは姉として妹の命を救ってくれた死神達へ心からの感謝を述べる。

「あんなの別にどうってこと()えよ。礼を言うなら俺じゃなくてそこの吉良に言ってやってくれ」

「僕だって大したことはしていないさ」

 そうは言うものの、二人は満更でもない様子で顔を綻ばせる。

「あの・・・僕も一応がんばったんだけど・・・」

 恋次達だけが感謝され自分だけが感謝されない事に浦太郎は露骨に悔しく、子供の様に拗ねる。鬼太郎は「哀れだなおまえ」と呆れた態度を取った。

「それから、もう一人紹介したい人がいます」

「どーも」

 フェイトからの紹介を受けた眼鏡を掛けた白衣の女性こと、マリエル・アテンザが軽い調子で返事をする。

「十年以上前からうちの隊長陣のデバイスを見て下さっている本局技術部の精密技術官で、機動六課技術顧問の・・・」

「マリエル・アテンザです」

「地上での御用時があるとの事で、しばらく六課に滞在して頂く事になった」シグナムが出向の背景を簡潔に説明する。

「気軽に声をかけてねー」

 皆一様に「はい!」という潔い返事をし、新たな仲間を歓迎をする。

「おーし! 紹介が済んだところで・・・早速今日も朝練おっぱじめるぜ!!」

「「「「「はい!」」」」」

「あぁ、せっかくだから今日はフォワードチームと恋次さん達とで模擬戦をやってみようかと思うんだ」

「ち、チーム戦だって!?」

「あははは・・・・・・厄介な事になったよ」

「俺らは専ら個人戦が多いからな。集団戦闘なんて割に合わねえよ」

 なのはからの突然の提案に恋次を始め、吉良、浦太郎、鬼太郎の四人は露骨に顔を歪め戸惑いを見せる。と言うのも、彼らの戦い方は集団での戦闘を想定した物ではない。その殆どが個人の技能や経験に依存していた。集団戦闘の経験が皆無とまではいかないものの、彼らにとっては苦手な分野だった。

「おいおいどうした? やる前から敗北ムードか? 案外死神ってのも大した事ねーんだな」

「・・・・・・あぁ?」

 ヴィータの挑発的な言葉に恋次の琴線が過敏に反応。

 してやったりという彼女へ顔を近づけると、恋次は額に血管を浮かび上がらせたまま啖呵を切った。

「言ってくれるじゃねえかよ!! 上等だぜここで引き下がるのは死神としての沽券に関わるからな・・・・・・売られた喧嘩は買う主義だ。その勝負乗ってやるぜ!!」

 またいつものパターンか・・・・・・。内心吉良はこうなる事を予測していたらしく、嘆息交じりに恋次の単純思考に呆れたという風に肩をすぼめる。

「じゃあ、各自防護服とデバイス用意。ウォーミングアップしてから5分後に模擬戦をはじめます」

「「「「「「「「「はい(おう)(ああ)(オッケイ)(おうよ)!」」」」」」」」」

 

           *

 

 同時刻―――。

 機動六課技術顧問を務めるマリエル・アテンザとともに、八神はやてはミッドチルダを離れ第8管理世界「ファストラウム」へと訪れた。

 

           ≡

 

第8管理世界「ファストラウム」

海上方面 高度1000フィート付近

 

「ここがリンディさんの出身地ですかー。いいところやわー」

 ヘリコプターの上空から拝む澄み渡った海と大地。

 都会の喧騒と仕事のストレスをしばし忘れさせる自然の場景は心身をリラックスさせる

「八神司令! そろそろ目的地に到着します」

 操縦士を務めるヴァイスが呼びかける。

 改めてヘリの外を眺めると、二人が目の当たりにしたのは、湾岸に浮かぶ規格外な大きさを誇る島―――もとい空母艦に酷似した移動要塞が一隻と、その中心に聳え立つ天まで届くかの如く縦長の建造物。

 ヘリの中から一望できる巨大な研究施設に胸躍らせるはやて。魔導科学に携わるマリエルにとっては狂喜乱舞する光景だった。

「噂に聞いとったけど生で見るとほんま大きいわぁ。あれがそうなんですか?」

「ええそうよ! 総面積20平方キロメートルに及ぶ巨大移動要塞に建てられているのがあの次世代型エネルギー魔力駆動路『ザックーム』よ!」

 

『ザックーム』

 

 それは、管理局が創設される以前の旧暦の時代―――人類が発見したエネルギー資源【インペリム】を人工的に作り出す事を目的に、超高速に加速した粒子を衝突させる科学実験を行う施設。

 第8管理世界「ファストラウム」を拠点とする移動エネルギー基地要塞・ジャハンナムに建造された巨大次元航行エネルギー魔力加速器駆動未臨界炉である。

 ここで作られたエネルギーは整流プラントを経由して宇宙空間の静止衛星へと送られ、「エナジーレインシステム」と呼ばれる方法によって世界中へ無線で供給されている。

 

 JF704式ヘリ改は巨大な甲板に着陸。

 ドスンと音がし、ヘリが無事に着陸するとはやてはドアを開けて甲板へと降り立った。マリエルもその後に続く。

 このとき、密かに彼らを護衛していた青き毛並みの狼―――ヴォルケンリッターの盾の守護獣・ザフィーラは空の上から二人の様子を確認する。

「主はやてとマリエル技官の到着を確認―――」

 身辺警護を行いつつ、ザフィーラは来賓である二人を出迎える研究員の姿を確認。データを参照し、その人となりを表面的に分析する。

 

「ようこそ。ザックームへおいで下さいました・・・マリエル技官」

「いえいえ。こちらこそ、御多忙の中でこのような機会を設けて下さった事に感謝しています。ファーブニル主任―――。」

 マリエルの言葉を耳に入れつつ、どこか不敵な笑みを浮かべるジャハンナム在籍の魔導工学者ファーブニル・グレイブ(31)。

「お会いできて光栄です、ファーブニル博士。八神はやて二等陸佐です」

 はやては、ファーブニルの前に出てると溌剌とした声で自己紹介。親睦の証として握手を求める。

「彼女は私が技術顧問をしている部隊・機動六課の部隊長を務めているんです」

 横からマリエルが補足として説明を加える。

「私がこのザックームの設計及び実験主任のファーブニルです・・・。」

 ファーブニルは体裁を取り繕うように握手を返すと、どこか機械的に淡々と自己紹介をした。

 早速、ファーブニルに案内され二人は研究施設の奥へと目指す。

「・・・ジャハンナムにザックームが完成したのはちょうど2年前の事です。ご存知の通り、この施設の最終目標は自然ではほとんど産出されないインペリウム239アイソトープを作り出し、慢性的なエネルギー不足の解決を目指しています」

「素晴らしい話ですね」

「ザックームの質力は30テラ電子ボルト以上です。疑い無くこのザックームこそ、次元世界最大質力の魔力エネルギー駆動機関なのです」

 道中ザックームを我が子であるかの様に自慢気に話すファーブニル。その饒舌振りに苦笑しつつ、マリエルはふと思った事を口にする。

「えーと・・・ファーブニル主任、小娘が生意気な事を口にするかもしれませんが、実験に大事なのは高エネルギーだけではないと思います。観測精度、位相の安定性、粒子ビームの収束度。そこまでの質力が本当に必要なのですか?」

 はやても素人なりに色々と考えていた。これだけ大掛かりな物を作り、かつ膨大なエネルギーが暴発する危険性は無いのか―――と。

 マリエルからの問いかけを受けたファーブニルは暫し沈黙を置くと、彼女から受けた質問には直接答えず返事を返した。

「・・・・・・マリエル技官。八神二佐。もうじきジャハンナムの中枢に着きますよ」

 そうこうしている間に施設の中枢部分に当たるビーム発生制御室へ到着した。

「これが次元世界最大のビーム発生器です。ここでインペリウム陽子と反陽子を発生させ、衝突実験を行います」

「あの・・・実験をしてて万が一暴走する危険性は無いんですか?」

「ご安心を。加速器によって加速された陽子線をターゲットに照射して核破砕反応を起こす事で、生成された中性子を臨界量に達しない核燃料を装荷(そうか)した魔力炉に照射し、それによって核分裂反応を起こしてエネルギーを発生させる魔力炉システム―――それこそがザックームなのです。魔力炉自体は未臨界であるため、異常時には加速器を停止すれば急速に出力が低下するという利点があります。もっとも、これを実現させるのは一筋縄ではいきませんでしたよ」

 長々と専門用語を使って説明しているが、掻い摘んでファーブニルが何を言いたのかと言えば、最新の管理システムによって制御されているザックームで事故が起きる可能性は万に一つも無いと言う事だ。

「ではお二人にザックームの真価をご披露いたしましょう」

 そう言うと、ファーブルニルと施設研究員らは直ちに実験を行う為の準備に取り掛かった。

 

           *

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 食堂ホール

 

 模擬戦闘を終えた恋次達は消費したエネルギーをがっつり補給する為にいつもよりも多く注文していた。

「あん・・・! ったく・・・胸糞悪いぜ」

 露骨に不機嫌そうな顔を浮かべ、食事を貪り食らう恋次。

 理由は簡単だ。彼は集団戦においてスバル達フォワード陣にあと一歩と言うところで敗北を喫したのである。

 個人戦でこそ高い勝率を誇る死神だが、チームバトルでは普段からチーム戦に慣れている機動六課メンバーに軍配が上がったのである。

 秘かに恋次を笑うヴィータとアギト。どこか罰の悪い表情を浮かべるフォワード陣。吉良と浦太郎は恋次の面目を潰した事に多少の罪悪感がある為に声をかけ辛い。鬼太郎に至っては負けた事が納得いかず恋次同様やけ食いをする始末。

 そんな折、何も事情を知らないシャリオが怪訝な顔を浮かべながらトレイを持って恋次の元へ歩み寄って来た。

「あの・・・恋次さん、どうかしましたか?」

「別に! どうもしてねえよ!」

「その割には食べてる量いつもよりも多くないですか? ひょっとして、何か嫌な事でもあったんですか? 私で良ければ相談に乗りますよ!」

 と、基本人のいいシャリオが恋次の話し相手になったのは良かったのだが・・・これが思わぬ方向にシフトした。

 

 数分後―――。

 周囲が呆然自失と化す中、鬱陶しそうにする恋次を余所にシャリオは上機嫌に素人には決して分からない細かすぎるメカオタクトークをマシンガンの如く放出し続ける。

「つまりですね・・・・・・レペティション・エミッティングというのは、全く同一の魔法を連続で使用する為に最適化された技術の事で、それを世界で初めて実現させたのが彼の天才魔工技師アニュラス・ジェイドなんですよ!! レペティション・エミッティングの実用化をはじめ、僅か1年の間に特化型デバイスやその他のデバイスのソフトウェアを10年は進歩させたと言われている天才技術者なんです!! 何より高い技術力に溺れないユーザビリティへの配慮も徹底していて!! あ~・・・憧れのジェイド様♡♡」

 聞いた瞬間、鬼太郎が盛大に吹いた。その際、口に含んでいた物が全て恋次の顔へと吹きかけた。

「ぶ・・・ぶっははははははは!!!!」

 とんだとばっちりを受けた恋次は沸々と怒りを湧かせ、大笑いする鬼太郎の胸ぐらを掴み恫喝した。

「てめええ!! 何笑ってやがんだ!! 人の顔にメシ吹きかけやがった癖に!!」

「だって!! だって!! っ・・・・・・ぷふははははははは!!!」

 余程笑いのツボだったのだろうか。狂ったように笑い上げる鬼太郎と同じく狂ったように怒る恋次。周りは唖然としながらもその様子を垣間見る。

「鬼太郎さん・・・何があんなにおかしいんでしょうか?」

「さあね。ただ、シャーリーが人並み以上にアニュラス・ジェイドを絶賛した事がちょっとしたツボだったんじゃないかな? この僕も含めて♪」

「でも、アニュラス・ジェイドってどんな人なんですかね?」

「どうせ無精ひげ蓄えた中年オヤジじゃねーのか?」

「えー、なんかロマンがないですよー。私だったらもっとこうギャップ萌えっていうか・・・見た目はどっちかって言うと女子っぽい感じだったりして!」

「案外と僕たちと同じ年ぐらいのミッドの青少年だったりするんじゃないでしょうか?」

「ミッドの?」

「ほら、彼はカレドヴルフ社専属ですから」

「想像はいろいろ膨らむよね」

 このとき多くの者は知らなかった。

 アニュラス・ジェイド、そして翡翠の魔導死神がユーノ・スクライアという同一の人物である事を。

 

           *

 

第8管理世界「ファストラウム」

ジャハンナム中枢 魔力駆動炉ザックーム

 

 超高エネルギーを発する魔力駆動炉ザックーム。陽子と反陽子を衝突した際に得られるエネルギーは想像を絶するものだった。その恐るべき力を目の当たりにしたはやてとマリエルは愕然とし、恐怖にも似た感情を抱く。

 一方、ファーブニルは不敵な笑みを浮かべながらザックームが生み出す圧倒的な質力に感嘆とする。

「―――素晴らしい! 嘗て次元世界でここまで高エネルギーの反応が発生した事はなかった。どうですかお二方。ザックームの素晴らしさをご理解してくれましたかな?」

「え、ええ・・・。確かに途轍もない力だと思います。ですが・・・」

「これほど大きな反応では観測も却って難しいのではないでしょうか?」

 純粋にザックームの力を畏怖するはやて。マリエルは科学者の視点からザックームでの粒子観測の難しさを指摘する。

「どうです? このザックームの粒子ビームはどんな熱い鉄板も薄紙のように貫きます。そう・・・たとえ本局の次元航行船とて一溜まりもないでしょうな」

「ファーブニル主任―――」

 何かに憑りつかれた如く人間味の無い表情と淡白な声色。

 二人は次第にこの男と一緒にいる事が怖くなり始め、身の毛がよだつ思いに駆られる。ファーブニルはそんな二人を見つめ、やがて背を向ける。

「お二方、申し訳ありませんがメインコントロールルームへ行かねばならなくなりました。しばらくご自由に見学して下さい。それでは―――」

 不気味な表情を浮かべ、その場を後にする。

 ファーブルニルが立ち去った後、二人は顔を見合わせると、思うところがあるらしく互いに頷き合った。

 

 一人メインコントロールルームへと向かったファーブニルは、白衣の下に忍ばせていた紫紺に輝くエネルギー発光体を握りしめ口元を緩める。

 ピピピ・・・。ファーブニル宛てに映像通信が入った。発信者はジェイル・スカリエッティだった。

『ふふふ。経過は順調のようだね』

「ドクタースカリエッティ! あなたから提供して頂いたアンゴルモアパワーで、ザックームは次元世界最高の力を得ることが出来ました! “幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラント”は順調に稼働中です。ザックームの発生するエネルギーを利用して、続々と幼生虚(ラーバ・ホロウ)が作られています」

 そう―――ザックームがこれだけの力を得られたのはスカリエッティが裏で糸を引いていたからだ。スカリエッティは無限のエネルギーを内包した古代遺物(ロストロギア)【アンゴルモア】から得られたエネルギーをコピーし、技術提供する事を条件に、ザックームを巨大な幼生虚(ラーバ・ホロウ)専用の培養プラントへと作り変えたのである。

 純粋に粒子加速エネルギーを探究したいという隙を突かれたファーブニルは、既に精神の大部分を幼生虚(ラーバ・ホロウ)によって乗っ取られていた。現在、施設で秘かに作り出されている大量の幼生虚(ラーバ・ホロウ)のプラントを眺めながら、狂気に満ちた笑みを浮かべる。スカリエッティもそれに便乗し口角を緩める。

『フフフ・・・素晴らしい事ではあるが油断は禁物だ。私の予想ではおそらく、また臭いを嗅ぎつけた機動六課と死神・・・それに例の翡翠の魔導死神とやらが現れるだろう』

「ご安心くださいドクタースカリエッティ。この惑星(ほし)では畑を襲う害虫は必ず駆除されます。このジャハンナムこそ奴らの墓場となるでしょう」

 同じ頃、施設内部を密かに探索していたはやてとマリエル。そこで彼女達は信じられないものを目撃した。

「はやてちゃん!」

「な、なんやこれは・・・・・・!!」

 

           *

 

 ブーッ! ブーッ! ブーッ!

 

 機動六課隊舎全体がその警報音に包まれる。

 急いでメンバーが司令室へ向かうと、メインモニターには以下の様に示されていた。

 

              《EMERGENCY ■ZAFIRA■》

 

「これは・・・ザフィーラからの緊急通信?!」

(あるじ)達に何があったんだろう」

 浮かび上がった文字を見た瞬間、動揺を隠し切れなくなるメンバー。

「みんな落ち着け。一旦冷静になるんだ!」

 クロノは冷静に騒然とするメンバーを一度宥めると、部隊長不在の今、はやての代行として全員に的確な指示を出す。

「こうなる事も薄々予想はしていた。全員身支度を済ませろ。直ちにヴォルフラムでジャハンナムへ向かうぞ」

「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」

「「「「おう(はい)(オッケイ)(おっしゃ)!」」」」

 

 敵の手に落ちたはやて達を救出する為、機動六課前線メンバー総出でヴォルフラムへと乗り込み、第8管理世界「ファストラウム」へと急行する。

「はやての身に何か起きてなきゃいいけど・・・絶対にあたしが助け出して見せるぜ!!」

「ザフィーラからの連絡は?」

「それが・・・あれ以来途切れてしまって」

「おいおい護衛まで捕まっちまったらたまったものじゃないだろう」

「もしそうなったとしたら、敵も相当ヤバイ連中なんだろうな。気をつけねえと俺らもミイラにされちまう」

「はやてちゃん・・・マリーさん・・・無事でいてね」

 一途に二人の安否を気遣い、メンバーを乗せたヴォルフラムは次元の海を越え―――進路を第8管理世界へと定める。

 

           *

 

第8管理世界「ファストラウム」

ファストラウム海上 移動要塞ジャハンナム

 

 前線メンバーがジャハンナムへ到着した時、施設は驚くほどしじまで、人の気配がまるで感じられない。

 ジャハンナムは東西南北に分かれた四つのゲートを設けており、そこから物資や人を運び込んでいる。ヴォルフラム内部で待機していたクロノと吉良、リインが各々の連絡を待っていると、最初にスターズからの報告が入った。

『こちらスターズ・・・ジャハンナム東ゲート前! クロノく・・・ん・・・ザフィーラが・・・』

 電波状態が相当に悪く声は途切れ途切れ。映像も常に乱れるが、なのは達は東ゲート前で満身創痍となって倒れていたザフィーラを発見、保護した事を伝える。

「ご苦労だった。ザフィーラはこちらで回収し手当てをする」

『こちらライトニング・・・ジャハンナム北ゲート前・・・』

 続けてフェイトからの一報が入った。やはり同じく映像は所どころ乱れ、音声も鮮明ではなかった。

『クロノ・・・帯電した空気がイオン化してるみたい。北スロープ一帯、オゾン臭がする・・・!』

「粒子加速用の電磁場が暴走しているんだ。おそらく、突入後は交信が不可能になるだろう。スターズと恋次さん達は予定通り、東と西のゲートより敵の気を引いて欲しい。ライトニングは捕われている人質の救出を最優先に頼む」

『『『了解!』』』

「ではこれより突入開始!! 全員の帰還を信じている」

 

「咆えろ、蛇尾丸!!」

「リボルバー・・・!! ブレイク!!」

「紫電一閃!!」

 閉ざされた地獄へと通じる3つの門が今、開かれた。

 外側から強力な物理エネルギーと魔力エネルギーをぶつけて扉を破壊した3つのチームは北と東、西のゲートから潜入を試みる。

 スクリーンでなのは達の信号を追尾していたクロノだったが、案の定突入と同時に通信不可能となり、彼らの動きが把握できなくなった。

「くっ・・・こんなにも早く通信が切れたか」

「ん? ちょっと待ってくれ・・・・・・あの南側にいるのは誰だ?」

 このとき、吉良がモニターで捕えた不可思議な魔力信号。

 3つしかいない筈の機動六課分隊にもう1つのチーム、あるいは個人単体で乗り込もうとする者が居るとは思えなかった。

 誰もが不思議がる中、南ゲート前に立ったのは神出鬼没の戦士―――翡翠の魔導死神だった。

 堅牢に閉ざされた魔力防壁。これを解除する為、彼は右手を翳すと翡翠色に輝くミッドチルダ式魔法陣を展開する。

「―――(ほど)け」

 たったその一言で発動した錠前を解除する魔法「アンロック」。通常の建物の施設のロッキングユニットには、これらの一般的な解錠魔法に対する厳重な防御がなされており、専門の技術者であっても、アクセスコードがなければその解除には数十分から数時間はかかるのが一般的だ。

 だが、翡翠の魔導死神はこれをわずか数秒、ワンアクションで解錠すると、おもむろに施設の中へと潜入する。

 

           *

 

 東ゲートより潜入を試みたなのは率いるスターズ分隊。

 暗がりに進んでいた折、彼女達を待ち受けていたのは―――地獄の門を守りし怪しげな守り人だった。

「ふふふ・・・おっほほほほ」

 相手を惑わせる幻影の数々。インフューレントスキル【シルバーカーテン】によってなのは達の心を掻き乱すその相手―――機人四天王クアットロは四年前と変わらない独特の甘ったるいしゃべり方で語りかける。

「あら~。侵入者は無粋な白き魔王様とご一行様でしたか」

「てめえは!」

「戦闘機人クアットロ!!」

「どうしてあなたがここに!?」

「うふふふ。あなた方に答える義理はありませんことよ~」

 踊り子の様に舞を舞い、暗闇の中でも縦横無尽に動き回るその姿はまさに地獄の住人であるかのよう。

「だったら力づくでも口を割らせてもらう!」

 一度彼女を力づくで昏倒させた事のあるなのはが愛機を構えると、クアットロは彼女から距離を離す様に暗闇に身を(ひそ)める。

「まぁ~なんて怖い事なんでしょう。でも、所詮管理局のお人形さんにこのわたくしは捕えられませんことよ」

「言わせておけば!」

「さあ御出でなさい。あなた達を待つ地獄へ」

「待ちなさい!」

 優雅に舞を舞いながら施設の奥へと誘うクアットロ。なのは達は導かれるまま、彼女の後を追って行った。

 

 西ゲートにて-――。

 道中で恋次と浦太郎、鬼太郎が遭遇したのは薄紫の長髪をした女性だった。

「ようこそ御出で下さいました」

「なんだお前は?」

 本能的に腰に差した斬魄刀に手を掛ける恋次。目の前の女性、ウーノは薄ら笑みを浮かべながら三人を凝視するのみ。

「気を付けてください恋次さん。あの容姿・・・見覚えあると思ったら、四年前に軌道拘置所から脱走した戦闘機人のナンバーワン、ウーノです」

「あいつが!?」

「おや。死神が私達の事を存じているとは意外でした。ひとまず、遠いところからわざわざこの地へ御足労掛けた事に感謝を致します」

「おめえに感謝される為に来たつもりは無え! んなことより、はやて達は無事なんだろうな!?」

 声高に鬼太郎が問い質すと、ウーノは「その答えは知りたければ、これから私がご案内する場所へ来て頂きます」とだけ返し、更なる闇に向かっておもむろに歩き出す。

「罠か? それとも?」

「どうしますか恋次さん?」

「たとえ罠だとしても、後ろに引き下がるのは俺の趣味じゃねえ。ここは相手の口車に乗ってやろうじゃねえか」

「へっ。上等だぜ!」

 救出を念頭に潜入したからには奥へ進まなければならない。

 危険を顧みず、恋次達はウーノの誘いに乗って施設の最深部を目指し歩を進める。

 

 北ゲートにて-――。

「フェイトさん!」

「あの人・・・・・・」

「見た事の無い戦闘機人・・・・・・」

 ライトニングが遭遇した未知なる戦闘機人。前回の事件では確認されなかった男性の個体。

 圧倒的な虚無感を漂わせながら、ひしひしと肌へ伝わる殺意。言い知れぬ恐怖を抱きながらフェイトは恐る恐る問いかける。

「お前もスカリエッティ一味の仲間か?!」

「如何にも。機人四天王の一人、ファイと覚えていただこう」

 名乗り上げた直後、ファイは有無を言わさずフェイト目掛けて突進。隠し持っていた剣で斬りかかり、彼女は咄嗟にバルディッシュで受け止める。

「「「「テスタロッサ(フェイトさん)!」」」」

 シグナムらの懸念を余所に、ファイトとファイは激しく衝突し合い、熱く火花を散らし合わせる。

「この地は我らの物となった。侵入者は抹殺する」

「それは不可能な事だ!」

 強気な態度を取ってくるファイに苛立ちながら、フェイトは得意の空中戦で戦況を打開しようとする。

 だが彼女の予想に反してファイの機動力は自分以上だった。打破するどころか逆に追い詰められていた。

「どうした金色の魔導師よ! お前の力はそんなものか!?」

 挑発的な言葉でファイはフェイトの心に揺さぶりをかける。

「やはりあの白い魔導師の力を借りなければ何もできないようだな」

「なのはの力を借りなくても貴様一人くらい!」

「ふん。おもしろい」

 心を見透かしたように神経を逆撫でするファイの教唆に惑わされまいと必死で平静を装うとするフェイト。

 だが、ファイはフェイトでも気が付かない間隙を突いてくる。いくら彼女が行動を先読みしても、ファイの読みの速さは一枚も二枚も上手だった。

「ぐあああああああ」

 上手投げを繰り出され、空中数メートルの高さから地面へと叩きつけられる。

 これ以上相手に後れを取る訳にはいかなかった。フェイトは形振り構っていられず、出し惜しみしていた力を一気に解放する事にした。

「真・ソニックフォーム!!」

〈Sonic Form〉

 【インパルスフォーム】と呼ばれる通常時のバリアジャケットの一部が弾け飛び、かなりの軽装へと変化。重量を削れるところまで削り速度を極限までに重視した彼女の切り札が満を持して発動した。

「なに?  ぐおおお」

 防御を完全に捨てて攻撃重視に切り替えたフェイトの機動力はファイを大きく上回っていた。回避したと思った瞬間、ファイの肩は魔力刃による攻撃を受けていた。

「今のはフェイントだ!」

〈Sonic move〉

 ソニックムーブで更に機動力を向上させ、先程までとは比較にならない速度でファイを圧倒。形勢は逆転した。

「は、速い!!」

 縦横無尽に動き回って手持ちのライオットブレードで斬りつける。ファイの体に無数の切り傷が刻まれる。

「やるな魔導師!」

 分が悪いと判断、ファイは戦略的撤退を余儀なくされた。

「待てッ!」

 逃亡するファイを追いかけようとしたが、ここでフェイトの魔力・体力も限界に達した。真・ソニックフォームは絶大な力ではあるが、受ける反動も大きい。地に跪いた彼女の額から並々ならぬ汗が噴き出す。

「フェイトさん!」

「だいじょうぶですか?」

 彼女の身を案じるエリオとキャロ。シグナムとアギトも互いに憂慮の眼差しをフェイトへと向ける。

「は、は、は、は・・・・・・あの機動力・・・・・・たった四年で戦闘機人の能力は格段に上昇していた・・・」

「立てるかテスタロッサ?」

「はい・・・・・・」

 シグナムの手を借り立ち上がると、フェイトは焦燥に満ちた表情で訴える。

「急ごう。恐らくこの中にあの男以外の戦闘機人がいる筈だよ」

「「「「はい(ああ)!」」」」」

 

 他の戦闘機人三体が当初の予定通り機動六課メンバーを誘き出している中、南ゲートを守護していた機人四天王トーレは手持無沙汰な状態だった。

「どうやらクアットロ達がうまくネズミを引き寄せたか。私の出番は無さそうだ」

 そう決め込んだ直後、彼女は奇妙な足音を聞きとった。

 コン・・・。コン・・・。前方から一歩一歩近づいてくる。何がいるのかと思い目を細め、機械化された瞳を拡大すると、闇に紛れた生体反応が確かにあった。

「貴様何者だ?」

 問いかけるも、相手からの返事は無い。

 臨戦態勢に入って仕掛けるタイミングを計っていた次の瞬間―――闇に紛れて黒いガス状の霧がトーレの四方を覆い囲んだ。

「なんだこれは・・・!?」

 著しく変化する事態に理解が追いつかない。

 狼狽する彼女の防御への姿勢が疎そかになった一瞬の隙を突き、前方に潜む敵は無数の刃を飛来させトーレの全身を切り裂いた。

「ぐああああああああああああ」

 

           *

 

ジャハンナム中枢 魔力駆動炉ザックーム メインコントロールルーム

 

 一足先にライトニングがザックーム駆動の制御を司る制御棟へ到着した。

 そこで彼女達が目にしたのは、膨大な粒子加速エネルギーを用いて大量に生産されている幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントと化した制御装置だった。

「なんだこれは!?」

「駆動路の制御装置すべてが乗っ取られてる!」

「フェイトちゃん!」

「無事だったか!?」

 ちょうどスターズと恋次達もライトニングと合流。全員が無事な様子だった。

「なのは! 恋次さん達も!」

「敵を追って来たらここに!」

「と言うより、僕には敵がここへ誘い込んでいた様に思えたけど」

「まさか!!」

「最初からそれが狙いで!?」

 敵の真の狙いが自分達をこの場所へ誘き寄せる事だった事に気付いた頃には時既に遅し―――彼らは敵の手中にあった。

「私のザックームの力を見せてあげましょう」

 この機を待ち望んでいたファーブニルは、身も心も幼生虚(ラーバ・ホロウ)に捧げる事で最強の魔導虚(ホロウロギア)へ進化を遂げようとしていた。

 幼生虚(ラーバ・ホロウ)は魔導師ランク「条件付きAAA+」でもあるファーブニルの魂魄と完全に一体化する事で肉体そのものを再構築、新たな姿へと変化させる。

「見ろっ!!」

「あれは・・・・・・!」

 なのは達の前に現れた常識外れに巨大な魔導虚(ホロウロギア)・ミドガルズオルム。

 最早仮面がどこにあるのかすら分からないが、タワー型の本体には申し分ない巨大な孔が空いていた。

 

 一方、ファーブニルの仕掛けた罠に掛かったはやてとマリエルは、捕らわれの研究員とともに今もなお蔓に絡まれ身動き一つ取れない状態だった。

「外では一体何が起こってるの!?」

「こんな時に魔法が使えないなんて・・・・・・」

 魔力を完全に封じ込める力が作用し、はやては魔法による脱出が出来ず歯がゆい思いに駆られるばかりだった。

 

 魔導虚(ホロウロギア)ミドガルズオルムと対峙した機動六課前線メンバーは、前方に聳える巨大な敵を前に臨戦態勢となる。

「へっ。デカけりゃ勝てると思ったら大間違いだぜ!」

「みんな、ここは力を合わせてアイツを倒そう」

「「「「「はい!」」」」」

 だがしかし、ミドガルズオルムは伊達に巨大と言う訳ではなかった。

 タワー中心部に描かれたモノアイが微かに動いた瞬間、周囲一帯に紫紺に輝く粒子が降り注いだ。

「ぐ・・・ぐあああああああ」

「な、なんだこの感覚は!?」

 粒子が降り注いだ途端、悉く戦意を失い次々と跪く機動六課前線メンバー。

 なのは達ばかりではない。恋次や浦太郎、鬼太郎までもが胸を押さえて激しい息切れと動悸を繰り返し、満足に戦える状態ではなくなった。

 この様子を機人四天王クアットロ、ファイ、ウーノは三人揃って別所で観察しており、苦しみ喘ぐ彼らを見ながら自然と口角を釣り上げる。

「ふふふ・・・良い様ですこと」

「奴らを倒し、この移動要塞で大量の幼生虚(ラーバ・ホロウ)を培養する」

「流石ドクターの作戦は完璧だわ」

 最早自分達の勝利は疑いも無い―――そう思っていた矢先。

「安心するのはまだ・・・・・・早い・・・・・・!」

 南ゲートで謎の敵と戦っていたトーレが漸く帰還したと思えば、体は酷く傷つき、息も絶え絶えになっていた。

「と、トーレ姉様?!」

「どうしたのその傷は?」

「奴が勘付いたのだ・・・・・・我々にとっての最大の難敵がな・・・・・・!」

 

 未だ身動き取れずにいたはやて達。

 もうどうする事も出来ないのかと一瞬諦め欠けた、そのとき―――何処からともなく飛んできた翡翠に輝く斬撃が二人を狙ってきた。

「きゃ!?」

「何やっ!!」

 死の恐怖に顔を歪ませる二人。

 直後、飛来した斬撃は二人ではなく体に巻き付いていた蔓のみを切り裂いた。

 数時間振りに身動きが取れるようになった二人が前方を見ると、暗い部屋の中で佇む一人の仮面を付けたフード付き外套を纏いし者が佇んでおり、手には自分達を助けた際に使用したとされる刀が握り締められていた。

「あ、あなたは!」

「翡翠の魔導死神さん!」

 見間違いなどではなかった。紛う事無き本物の翡翠の魔導死神が目の前に立っていた。

「救出が遅れてすまなかった。脱出のチャンスは敵の注意を前線メンバーが引きつけてる今しかない」

「せやけどみんなを放って逃げる訳には!」

「彼女達なら心配いらない。僕がまとめて救い出す」

 冷静ながら熱い思いの籠った一言を口にした直後、翡翠の魔導死神ははやて達を残してなのは達の救出へと向った。

 

「ぐあああああああああああ」

 降り注ぐ正体不明の粒子。

 その粒子を浴びれば浴びる程になのは達の生命エネルギーは低下し続け、意識は朦朧とし始める。

「ダメだ・・・・・・魄動(はくどう)が・・・・・・どんどん低下しやがる・・・・・・」

「こ、これ以上・・・・・・この攻撃を浴び続けたら・・・・・・確実に死んじゃいます・・・・・・」

「そんな・・・・・・やだよ・・・・・・」

 間近に迫った死に恐怖を感じるのは生物として当然の心理だ。

 何とか死を逃れようと思考を張り巡らせるが、その思考すらも及ばない程に低下し続ける生命力。

(死ぬには・・・・・・まだ思い残してる事がたくさんあるのに・・・・・・ヴィヴィオ・・・・・・ユーノ君・・・・・・わたしは・・・・・・)

 地に伏したなのはは頭に靄がかかる中、死ぬまでにやり残している事を脳裏に思い浮かべながら双眸に涙を溜める。

 

           *

 

 翡翠の魔導死神によって解放されたはやて達は機人四天王の手によって捕らわれていたすべての人質を救出。無事施設からの脱出を果たした。

「みんなー! 心配かけてごめんなさーい!」

 脱出した時は既に暮れなずんでおり、現場上空を浮遊していたヴォルフラムに向かってマリエルは研究員らとともに手を振って無事をアピールした。

「はやてちゃん! マリーさん!」

「無事だったか」

 要救護者の姿を視認したクロノ達も安堵し胸を撫で下ろす。

 

(ホロウ)化実験素体用に確保した筈の人間を逃がすとは!」

 まんまと翡翠の魔導死神にしてやられた事に切歯扼腕(せっしやくわん)するウーノ。

「あの高濃度のレギオンの中で自由に動き回れる生物などあり得ない」

 なのは達がそうであるように、生物には極めて有害なレギオンが降り注ぐフィールド内で自由な活動は不可能と断言するファイ。

「どうせみんなまとめてお陀仏ですわ~」

 甘ったるくも冷淡な言葉を吐き捨てるクアットロ。

「あれは管理局の魔導師とも死神とも違う。我々の常識の及ばないバケモノだ!」

 この中で唯一翡翠の魔導死神の怖さをその身に味わったトーレが警鐘を鳴らす。

 

「―――輝け、晩翠!」

 ミドガルズオルムへと放たされる高密度に圧縮された霊気の刃。

 タワー型の為、自由な動きに制約がかかったミドガルズオルムではその攻撃を避ける事など不可能。大威力の斬撃を真面に食らった。

『ぐああああああ』

 思わぬ襲撃という全く計算外の事態に直面する。攻撃を受けた事で、ミドガルズオルムからレギオンの放出が止まり、その影響下にあったなのは達は体の自由を取り戻す事が出来た。

「は、は、は、は、身体が・・・・・・楽になった」

「どうなっているの?」

 不思議がる六課メンバーだったが、直後目の前に現れた助っ人―――翡翠の魔導死神を目の当たりにする。

「おまえは・・・・・・!」

「翡翠の魔導死神・・・さん?!」

「みんな、この施設で捕われていた人々は全員脱出したよ」

「助かったぜ・・・・・・ありがとよ」

 

『おのれえええええ』

 激昂したミドガルズオルムはザックームのエネルギーを取り込み自身の霊圧と魔力エネルギーを飛躍的に高める。

「な、なに!?」

 激しく轟き揺れる地面。

 ミドガルズオルムはザックームの高質力を利用した陽子および反陽子ビーム端子を取り込み、その先端をドラゴンの頭部を彷彿とさせるキャノン砲へと変形させた。

「あいつ・・・ザックームを体の一部にしやがって!!」

「今攻撃されたら私たちは!」

 レギオン粒子の影響で生命エネルギーの多くを消費し、体内のマギオンが著しく枯渇した事で魔法の満足な使用が出来ない状況を危惧する六課メンバー。

 刹那、陽子ビーム端子が変形したドラゴンキャノン砲が眼前のスターズ目掛け高質力のビーム砲を発射した。

「・・・・・・縛道の八十一、『断空(だんくう)』」

 咄嗟に翡翠の魔導死神が前に飛び出し、飛んできたビーム砲を鬼道による特殊な防壁でもって防ぎ、なのは達の窮地を救う。

 その後もミドガルズオルムは元来が持つ雷の魔力変換資質で周囲に強力な電磁波を放出させながら、二つのドラゴンキャノン砲による攻撃を続行する。

 だが、翡翠の魔導死神は向けられる攻撃の悉くを巧みな魔法操作術と優れた身体能力、申し分ない攻撃力を誇る斬魄刀を使い分ける事でいなしていく。

()()()も大概にしてほしいものだよ」

 瞬歩の移動速度を高め、一気にミドガルズオルムの本体へと突進。

 なのは達が固唾を飲んで見守る中―――翡翠の魔導死神は刀身に極限にまで研ぎ澄ませた霊圧と魔力を一気に解放する。

 

「―――月光一閃(げっこういっせん)

 

 瞬間、剣先から巨大な一撃が放出された。

 ミドガルズオルムの頭上より降り注ぐ半月を思わせる翡翠の刃は敵の悲鳴を掻き消す程の大威力を誇り、ドラゴンキャノン砲も竜の(いなな)きを彷彿とさせる声を発するかの如くバラバラに破壊された。

 さらに、翡翠の魔導死神はザックームのエネルギーを利用して作られていた幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントを全てひとつ残らず破壊。

 これによって当初スカリエッティと機人四天王が目論んだ計画はおじゃん―――全てが御和算となった。

「何という事を・・・・・・我々の苦労が全て水の泡!」

「あ~~~ん!! 大事な大事な幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントがぁ~~~!!」

「翡翠の魔導死神、この借りはいつか必ず返す」

 今回は失敗に終わったが、次こそは必ず成功させて見せる―――そう心に近い、機人四天王は須らくこの地を去った。

 

           *

 

 魔導虚(ホロウロギア)化したファーブニルは無事に解放された。

 ジャハンナムから脱出した機動六課メンバーと翡翠の魔導死神は互いを見合う。

 日もすっかり暮れ、夜空に煌々と映える満月が浮かぶ中、翡翠の魔導死神は彼女達の無事を確認すると、早々に目の前から立ち去ろうとする。

「本当に行ってしまうんですか? まだ話したい事がぎょうさんあるのに」

 名残惜しく留まってくれと暗に主張するはやて。周りからもまだ行って欲しくないという視線を向けられるが、彼の意思は固かった。

「・・・・・・言った筈だよ。こちらにも事情があるんだ。僕には僕のやるべき事がたくさんある。またいつかそう遠くない未来に会う時が来るよ」

「翡翠の魔導死神さん・・・・・・わかりました。ほんなら、お気をつけて!」

 六課メンバー一同が感謝の意を込め、翡翠の魔導死神へと敬礼。

 正体を知る恋次は敬礼こそしなかったものの、朗らかに笑い表情越しに「あいつらにバレねーよにな」と訴える。

「翡翠の魔導死神よ。機会があれば、是非とも私と一戦交えてもらえるか?」

「シグナム・・・お前な・・・」

 強者を前にした際のシグナムの熱く燃える闘争心。居合わせた全員が一様に呆れた様子で肩をすぼめる。

「そうですね。機会があれば是非―――」

 社交辞令とも取れる言い方でそう口にした直後、翡翠の魔導死神は瞬歩を用いて颯爽と夜の世界へと消えて行った。

「翡翠の魔導死神・・・ほんまあれは風のように現れて、風のように去って行ってしもうた・・・」

「でもお陰で、私たちは窮地を脱する事が出来た」

「確かにアイツには感謝してもし切れねえわな」

「うん・・・。」

 ―――ありがとうございます、翡翠の魔導死神さん。

 ―――次に会えた時は、ユーノ君の事を聞かせて下さい。

 胸中でそんな願いを抱くと、なのはは翡翠の魔導死神とユーノの面影は無意識のうちに重ね合わせ、肌身離さず持ち歩いていたペンダントを強く握りしめる。

 

           *

 

第97管理外世界「地球」

空座町 南川瀬 クロサキ医院

 

 自らを偽り、仮面を被り【翡翠の魔導死神】としてなのは達の窮地を救ったユーノ。ジャハンナムから帰還すると、報告も兼ねて師である一護の自宅へと足を運んだ。

「しっかし一人でよくやるぜ。少しは俺を頼ってもいいだろうに」

「すみません。あの大量のレギオン粒子の中では生物は真面に行動が出来ません。レギオンは言わば現代の『瘴気(しょうき)』です。だからこそ―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()僕の能力じゃなければ駄目だったんです」

「ま。別に心配はしてねえけどさ・・・一人で何でも抱え込むバカ弟子を持つ師匠の気苦労もちったぁー分かってもらいたいもんだぜ」

「胸に刺さります・・・。」

 ユーノとしても出来る事なら一護を巻き込みたくは無かった。

 だが、自分一人で抱え込む事で一護に余計な心配をかけてしまっている事。何より人の力を頼らない姿勢が彼を余計に傷つけているという自覚はあった。

 罰が悪いユーノはあまり師の意向を無視した出過ぎた真似は良くないと思いつつ、織姫が淹れた紅茶をゆっくりと啜る。

「それにしても、魔導虚(ホロウロギア)の培養プラントを作るなんて・・・・・・敵の作戦も徐々に巧妙さを増していきますね」

「けどよ、魔導虚(ホロウロギア)はなんでそのレギオンっていうのを出してやがるんだ?」

 コンが怪訝そうに尋ねる。

 ユーノはカップをコースタへ置き、真剣な表情で三人へと語った。

「確かな事が一つあります。レギオンが地上に蔓延したら、地上生命は一匹残らず(ホロウ)または魔導虚(ホロウロギア)になってしまうんです」

「「「・・・え・・・・・・!?」」」

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:都築真紀 作画:緋賀ゆかり『魔法戦記リリカルなのはForce 1巻』 (角川書店・2010)

 

用語解説

※1 重原子=酸素、窒素、硫黄などの炭素より質量数が大きなもの

※2 量子コンピューター=量子力学的な重ね合わせを用いて並列性を実現するとされるコンピューター

※3 アイソトープ=同位体の意。陽子数が同じで中性子数の異なる物質を指す

 

 

 

 

 

 

教えて、ユーノ先生!

 

ユ「スクライア商店の従業員紹介第三回目♪ 今日は桃谷鬼太郎について」

「鬼太郎は浦太郎とは同い年で、誕生日が早いから浦太郎からは『先輩』とは呼ばれているけど、実際に浦太郎が鬼太郎を敬う気持ちは皆無に近い」

「金太郎と浦太郎とは違って鬼太郎は純粋な死神。ただ、どのような経緯で死神の力を手に入れたかは本人も良く分かっていないんだ」

「ちなみにあんなバリバリのヤンキーなキャラで通してるけど、ああ見えて大の風呂好きだったり、おやつはプリンが死ぬほど好きだったりと、どこか子供っぽくで憎めないかわいらしさもあったりする」

鬼「うわああああああああああ!!!! 俺の・・・俺のプリンがなぁ―――い!!!」

 おやつに取っていたはずのプリンが無くなっている事に気付いた鬼太郎。

 この世の終わりかと言う叫びを上げると、ユーノへと詰め寄りプリンの在り処を泣きながら問い質す。

鬼「店長ッ!!! 俺のプリンどこにいったか知らないっすか!?」

ユ「え!? いや・・・そもそもどうして僕が鬼太郎のプリンを在り処を知ってると思ったの?」

鬼「あのプリンはそこらで売ってるような安っすいプリントは訳が違うんすよ!! 一個500円もする超高級プリンで寝る前に食べようとずっと楽しみに取ってたんすよ!!」

ユ「そ、そうなんだ・・・それは残念だったね」

 哀れがりながら、ユーノがその背中に隠しているのは誤って食べてしまった鬼太郎のプリンのカップ。

ユ(言えない・・・・・・実は食べちゃいましただなんて・・・・・・ぜったい言えないよな・・・・・・)

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

 翡翠の魔導死神との邂逅を初めて果たしたスバル達フォワード陣は、ふとある話題で盛り上がった。

ス「ねー。翡翠の魔導死神さんってどんな顔してるのかな?」

キャ「そう言えばフードと仮面被ってて素顔はわかりませんでしたもんね」

 顔が見えないからこそ膨らむ様々な妄想、もとい想像。彼女達が想像した翡翠の魔導死神の素顔とは・・・

ス「やっぱアレじゃないかな! 二枚目の音楽家っぽい顔だよ!!」

ティ「私はもっと渋い感じのおじさんキャラじゃないかと思うわねー」

エ「僕は戦闘経験豊富な軍隊肌の男性だと思いますね。額に傷とかありそうです」

キャ「私は逆に女の人で、ちょっとサバサバした感じかもしれません」

ギ「みんなー、もっと想像力を広げてみてここは敢えて人間じゃないって選択肢はどうかしら?」

ス「あ! それちょっとおもしろいかも!」

 人間じゃないという選択肢を広げようとするギンガにスバルが一定の共感を示し、他のメンバーも次々と自身の想像を言い合う。

 この様子を傍で眺めていた浦太郎と鬼太郎はどこか複雑な気持ちだった。

浦(店長・・・・・・これ聞いたらなんて思うかな?)

鬼(つーか人間じゃねえ選択肢まで入れてくるなんて・・・・・・あいつらの中の翡翠の魔導死神ってつくづく何なんだよ?)

 果たして、翡翠の魔導死神の正体を知った彼女達がどんな反応を示すのか―――是非とも見物である。




次回予告

フェ「突如と現れた謎の巨大魔導虚(ホロウロギア)。大きさもさること、私たちのどんな攻撃も全く効かないなんて・・・!」
な「だいじょうぶだよ。きっと全員の力を合わせれば何とかなるよ!」
恋「次回、ユーノ・スクライア外伝・・・『Power to Protect』。つーかここの連中ときたら揃いも揃って脳筋ばっかじゃねえか!!」
ユ「恋次さんだって人のこと言えないでしょう」






登場人物
ファーブニル・グレイブ
声:佐藤拓也
31歳。第8管理世界「ファストラウム」を拠点とする移動エネルギー基地要塞・ジャハンナムに建造された巨大次元航行エネルギー魔力加速器駆動未臨界炉ザックームの研究所長で魔導工学者。魔導師としても優秀で、魔導師ランクが「条件付きAAA+」で保有している。自身の探究心を突かれ魔導虚化したが、翡翠の魔導死神との戦いによって心身共々浄化され、元の姿へと戻った。
名前の由来は、北欧神話及びドイツ北部のゲルマン神話等に登場する架空の生物「ファフニール」から。






登場魔導虚
ミドガルズオルム
声:佐藤拓也
新型魔力駆動炉ザックームの運用責任者であるファーブニル・グレイブが幼生虚と融合して誕生した魔導虚。
タワー型の本体に粒子加速用ケーブルを取り込んで変形したドラゴンのようなキャノン砲を持ち、強力なEMPと加速ビーム砲を武器とする。さらにザックームが生み出すその絶大なエネルギーにより、同時に幼生虚プラントの生成も行っていた。
機人四天王によって誘き寄せられた機動六課メンバーを体内から放出する高濃度のレギオンによって活動不能状態に陥らせ、あわよくば魔導虚化を目論むが、駆けつけた翡翠の魔導死神による妨害を受け、最期は月光一閃の一太刀を受けて倒された。
名前の由来は、北欧神話に登場する毒蛇「ヨルムンガンド」の別呼称から。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話「Power to Protect」

新暦079年 4月25日

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

魔導虚(ホロウロギア)の素体となった人達の証言を元に映像化したものです」

 機動六課技術顧問マリエルは、メインスクリーンに四人の重要人物を映し出す。

 主要前線メンバーが息を凝らして見る四人とは、スカリエッティ同様に軌道拘置所から脱獄を果たした三人の戦闘機人―――ウーノ、トーレ、クアットロ。

 そして、先の戦闘で初めて確認されたばかりの男性型戦闘機人ファイを加えた機人四天王だった。

「先のザックーム内部で目撃された戦闘機人―――通称“機人四天王”が人間を魔導虚(ホロウロギア)にするきっかけを作っていると見てまず間違いなさそうです」

「機人四天王とは・・・随分と御大層な呼び名だな」

 率直な感想を漏らす恋次と、隣のフェイトは苦い表情を浮かべ立ち尽くす。

 さらに映像が切り替わり、次に映し出されたのは人間を(ホロウ)の段階を経ずとも強制的に魔導虚(ホロウロギア)化を進行させる異形の生体兵器『幼生虚(ラーバ・ホロウ)』の全体図だった。

「この《幼生虚(ラーバ・ホロウ)》と呼ばれる物質を人間の体に融合させる事で魔導虚(ホロウロギア)化を行っているようです」

「今まで魔導虚(ホロウロギア)化した人々には共通点が見受けられます。何らかの形で潜在意識に強い憎しみや悲しみを抱いているんです。魔導虚(ホロウロギア)による破壊活動も、恐らくこう言った負の感情をベースとした行動原理に基づいていると思われます」

「憎しみや悲しみ、負の感情・・・?」

 キャロはそう呟きながら、これまでに魔導虚(ホロウロギア)となって暴れ回った人々の共通点を思い返してみた。

 最初にミッドチルダで確認された大型魔導虚(ホロウロギア)の素体となった元建設業者の男から始まり、死んだティアナの兄やアインハルトなどケースは十人十色。

 いずれも素質や肉体的、物質的な違いはあれども、皆心の(うち)に抱えた負の感情が燻っており、機人四天王は彼らのそうした感情を巧みに利用した。

「そして、魔導虚(ホロウロギア)となってしまった人々を死神の斬魄刀で浄化し元に戻す事ができる事は確認されています。その原理については・・・残念ながら我々の科学力をもってしても不明ですが、現段階では機動部隊による直接攻撃で魔導虚(ホロウロギア)を沈黙させ、死神が止めを刺す事でしか対処法がありません」

「となると、俺たちの責任は重大って事か」

「しかしこれだけの短期間でよくもここまでの詳細なデータを纏め上げたものだね」

 吉良が関心と驚きを宿した眼差しをなのは達へと向ける。

 すると、なのはとはやてはどこか自嘲した笑みを浮かべながら、潔く恋次達に正直な話をする。

「・・・ほとんどは翡翠の魔導死神さんの情報提供があっての事です。皮肉な事に管理局はこれまでに起きた魔導虚(ホロウロギア)事件の全てが後手に回っていました。恋次さん達がこの世界に来て、翡翠の魔導死神さんとの接触回数が増して、ようやく不透明だった部分が解り始めてきたんです」

「そやけど情報が有るのと無いのとじゃえらい違いやわ。昔、ユーノくんも言うとったからな・・・『知識や情報は幸せをもたらす強力な武器になる』って」

「・・・『しかし、情報は常に生ものである。情報は現場でとるべし。常に現場に立ち、現場の情報を直接掴むことを怠ってはならない』」

 不意に恋次の口から飛び出した発言。思わずなのは達が耳を(そばだ)てる。

 やがて、周りからの視線を一身に受ける恋次は腕組みをしつつ発言の意図について触れながら語り出す。

「前に翡翠の魔導死神に言われたことがあってな・・・世の中には俺らの常識の通用しない事が山ほどあるから、慢心したり偏見なんてものを持つと痛い目に遭うって。情報はあるに越したことは()えが、あまり鵜呑みにし過ぎねえ事だぜ」

「あ、はい・・・・・・。」

 妙に説得力のある恋次の言葉に一同はやや驚きながら頷いた。

 一方で、傍で話を聞いていた吉良と浦太郎、鬼太郎の三人は互いに顔を見合わせ、念話越しに呟いた。

(ま、実際痛い目に遭わされましたからね恋次さん・・・)

(店長にこれでもかってくらいボコボコにされてたもんなー)

(まさか阿散井くんの口から自らの失敗談を語る日が来るとはね。)

(ウルセーよ! 俺だってこんなセリフ言うキャラじゃ()えんだ! 元はと言えば全部あいつの所為なんだ! チキショー・・・今度会ったら絶対ぶちのめしてやるから覚悟していやがれッ!!)

 

           *

 

第97管理外世界「地球」

東京都 松前町 スクライア商店

 

「へ、へ・・・・・・っくしょん!!」

 夜も更けるスクライア商店の店先、店主ユーノは盛大なくしゃみをした。

 すると、ユーノの身を案じた金太郎がおもむろに話しかけてきた。

「おや? 店長・・・風邪ですか?」

「いやぁ。きっと赤髪で全身刺青だらけの悪人顔の人が僕のことを思い浮かべながら、『淫獣死ね!』とか言って悪罵(あくば)してるんだよ」

 的確なようで少し的外れ。しかし限りなくある特定人物の心情を言い当てたユーノの推理力はある種恐怖だった。

 金太郎は店の片づけをしながら真顔で「歪んだ被害妄想ですな・・・」と、ユーノには聞こえない声で呟いた。

「え? 金太郎何か言った?」

「いえッ! それはいけない」

 そう言うと、金太郎は眼鏡をキラリと光らせ、ユーノに進言する。

「風邪に効く良い薬があるのですが・・・」

「え・・・薬・・・?」

 どうしてだかは分からないが、果てしなく嫌な予感がしてならなかった。

 しばらくして、憂慮するユーノの元へ金太郎はトレイに乗った胃腸薬の様な薬とコップを差し出した。

 虫の知らせがしたユーノは、トレイに乗った薬箱の裏を第一に確かめ、やがて驚嘆の声を上げた。

「これ・・・2年前に期限切れじゃないか!?」

「熟成発酵しております」

「いやそうじゃないでしょ!!」

「はい、あぁ~~~ん!」

「あぁ~んって! ・・・いや、なになに!? ・・・ああ、ああああああああ!!!」

 

 鬼太郎と浦太郎不在の中、スクライア商店の夜はいつもと変わらず平和に過ぎて行くのだった―――・・・。

 

           *

 

ジェイル・スカリエッティ 地下アジト

 

「翡翠の魔導死神の手によって幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントは見事に破壊されてしまったか」

「申し訳ありませんドクター。今回の件は完全に我々の失態です」

 ザックームを制圧し、魔導虚(ホロウロギア)化に必要となる幼生虚(ラーバ・ホロウ)のプラント培養を目論んだ機人四天王だったが、計画を嗅ぎつけた翡翠の魔導死神こと―――ユーノの妨害に遭った事で計画は御破算となった。

 ウーノ達はスカリエッティ指導で綿密な計画を練って行った一大プロジェクトゆえにその喪失感と悲壮感、雪辱は大きかった。

 しかし一方、スカリエッティは悲壮感をあまり顔に出していない。

 むしろ、計画が頓挫したにも関わらず、その表情は清々しく、笑ってさえいる様だった。

 いずれにせよ、このままではスカリエッティの面子を汚したままで後味が悪い。四人は直ちに名誉挽回のチャンスを得ようとする。

「この度の汚点は必ずや我ら機人四天王が取り戻してみせます。どうか、何卒チャンスを貰えないでしょうか?」

 猛省する機人四天王。トーレの掛け声とともに、ウーノとクアットロ、ファイもまた(ひざまず)き身を低くする。

「まぁそう畏まらなくてもいい。こうなる事も薄々は勘付いていたさ。彼は私と同等、あるいは私を唯一越える頭脳の持ち主だからね。私は嬉しいのだよ・・・・・・私と肩を並べられる存在がこの世にいる事が。ライバルがいるというのは実に心が(たぎ)るものだよ」

「確かに、翡翠の魔導死神は以前プーカを単独で殲滅した程の手練れ・・・それほどの力を持つ者が我々の計画に気付いていないという道理は無い」

「マギオンやレギオンについても早くに情報を有しているように思える。奴は一体どこから情報を仕入れているというのか?」

「ま、いずれ分かることだろう。それより・・・・・・君達が私の名誉を傷つけたという罪悪感に苛まれているのならば、一つだけ頼まれてもらおうかな。ちょうど新しい実験の趣向を思いついたところでね。その大役を―――クアットロ。君に任せたい」

「お安い御用ですわ~。このクアトッロに何なりと仰ってください、ドクター~!」

 

「それで・・・・・・ドクターはこのわたくしに何を申し付けてくれますの?」

 

           *

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ東南 廃棄都市区画

 

 深夜未明―――。

 ミッドチルダのとある廃棄区画都市を闊歩する巨大な影があった。

 推定体長30メートルにも達する固い外殻に覆われた雄牛を彷彿とする(ホロウ)の仮面を纏った魔導虚(ホロウロギア)【ミーノトーロ】は、重低音を響かせながら、進路を真っ直ぐ住民区画へと目指し前進を続ける。

 魔導虚(ホロウロギア)の出現を察知した機動六課は、阿散井恋次を筆頭に、ティアナとエリオ、キャロ、浦太郎を現場へと派遣し、対処に当たっていた。

 廃棄都市に突如として現れた巨大な敵を追跡しながら、後衛の浦太郎とキャロがビルの屋上から水流魔法と飛竜フリードリヒによる遠距離攻撃を行う。

 間隙を突いて、ビルからビルへと飛び移り接近を試みたティアナが至近距離から銃撃を仕掛ける。

「はぁぁぁ!」

 愛機クロスミラージュから発砲される多重弾殻射撃魔法《バリアブルバレット》。

 だが、標的の外皮はそれすらも弾き返すほどぶ厚くビクともしない。浦太郎とキャロの支援攻撃も同様だった。

「ダメよ! こんな攻撃じゃ傷一つ付けられないわ」

 率直な感想を漏らすティアナ。だがそのとき、三人の目の前でミーノトーロは突如として進行を停止した。

「なに? どうしたのコイツ?」

「止まった?」

「なんかイヤな予感がします・・・」

「エリオと恋次さんは!?」

 ティアナが危惧する中、二人はミーノトーロ近くの物陰に隠れながら敵の動きを警戒し出方を伺っていた。

(・・・動作、完全に停止しています。攻撃しますか?)

(どうも様子が(くせ)え。油断するな)

 念話越しに警戒を強め攻撃を自制するようエリオに促す恋次。

 しかし、いつまで経っても動きを見せないでいる敵を見るうち、エリオは次第に痺れを切らし始めた。

 逡巡した末、このまま待機している時間が惜しいという若さゆえの拙速な結論に達し、エリオは意を決して飛び出した。

 直後、唐突に敵の目が赤く光るとともに固く閉ざされていた外殻が一気に外側へと解放された。

「ダメだ!」

 恋次の咄嗟の判断で、エリオは敵にぶつかる直前で回収され、そのまま撤退を余儀なくされた。

「ヤツから馬鹿デカい霊圧を感じた・・・ここは一旦退くぞ!」

 

「聞いたとおりだ。僕らも離脱するよ」

「「はい!」」

 恋次の賢明な判断を聞き入れ、浦太郎達も即時撤退を決め込む。

 五人が去った途端、ミーノトーロは空気を震わせるほどの咆哮を上げると、蓄積された膨大なエネルギーを爆発させた。

 猛烈な魔力爆発によって廃棄都市一帯が大火球に呑まれる。周囲の建造物を次々と消し飛ばし、夜の世界は突如発生した地上の太陽によって目映い光に包まれた。

 その様子を六課のモニターで観戦していた他の六課メンバーも終始唖然とした。

「なんちゅう・・・エネルギーや・・・!」

「こんな事がもし街中で起こったら・・・・・・」

 想像するだけで背筋がゾッとする。

 安全圏まで離れて同じ事象を目の当たりにした恋次達もまた、地上で起こっている巨大爆発を目の当たりに思わず冷や汗を掻く。

「フフフ・・・贈り物は楽しんでもらえたようですわね」

 このとき、空の上から彼らの戦いを秘かに眺めていたクアットロは、不敵に笑いながら独り言を呟く。

「この魔導虚(ホロウロギア)はドクターがあなた達の為にと特別に用意したモノ。この絶望を前に、貴女たちは耐えられるかしら?」

 

           ◇

 

4月26日―――

第1管理世界「ミッドチルダ」

首都クラナガン 区立中央スポーツセンター

 

 天気は快晴。高町ヴィヴィオが所属するチームナカジマのチームメイトは、休日いつもように集まって練習をしようとしていた。

 既にヴィヴィオを筆頭に、コロナ、バウラ、ミツオ、アインハルトが集合している。残るはリオだけである。

「ごめんなさーい!」

 しばらくして、ようやく最後のメンバーであるリオがかなり焦った様子で走って来た。

「あ、リオ!」

「おせーぞ。もうとっくに集合時間過ぎてるぜ」

「時間厳守は社会生活を営む上での基本だよね」

「ゴメン、ゴメン。朝ごはんいつもより多く食べ過ぎちゃって」

 いつもの調子であまり悪びれていない様にも見える中、ヴィヴィオは悲嘆に満ちた表情を浮かべながら彼女に呼びかけた。

「リオ・・・リオは大変なことをしてしまったよ」

「た・・・大変なこと?」

「今日の朝練習は、わたしたちチームナカジマの存続とこれからに関わる大事なものだったの!」

「えぇ――――!?」

「さあ悔い改め反省なさい。具体的には来週から始まるポッピンクリームアイスの限定ダブルをラージサイズでわたしたちにおごるのです!」

「ごめんなさ~~~い!!」

 ヴィヴィオからの通告に終始涙目を浮かべるリオ。

 傍ら話を聞いていた他のチームメイトは少し気の毒と思い、チームの最年長であるアインハルトがリオに優しく声をかける。

「リオさん、どうか本気にしないでください。ちょっとした冗談ですから」

「あぁ~、アインハルトさん、バラすの早いですよ~」

「えへへ~! よかった~!」

 冗談だと分かりリオはほっと胸を撫で下ろし安堵する。

 すると、集合するメンバーの元へコーチのノーヴェと休暇を利用してヴィヴィオ達の練習に参加する事となっていたなのはが揃ってやってきた。

「みんなー。おまたせー」

「うーし、全員そろってるな。今日はなのはさんが非番ってことで、特別コーチを付けてもらうことになったからな」

「ヴィヴィオのママです。今日はみんなが強くなっていけるように全力でサポートします」

「「「「「よろしくおねがいします!」」」」」

 現役の教導官を前に、ヴィヴィオ達は失礼の無い様にと気を配り、律儀に頭を深く垂らして挨拶をする。

「知ってると思うけど、うちのママの魔力弾はどれもこれも早くて固いから油断してると直ぐにノックアウトされちゃうからね!」

「それはヴィヴィオも同じだよ。かわいい娘だからってママは手を抜くつもりなんかないんだから」

 

           *

 

同時刻―――

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

 その頃、昨夜出現した巨大魔導虚(ホロウロギア)『ミーノトーロ』に関する対策会議が六課首脳陣同士の間で開かれていた。

 誰しもが深刻そうに眉間に皺を寄せるとともに、メインスクリーンに映る陥没し、直径5キロにも達する巨大なクレーターと化した大地を見つめていた。

「とんでもない破壊力だな。廃棄された地区で助かった」

魔導虚(ホロウロギア)のその後の状況はどない感じや?」

「どうやらあの攻撃の後はエネルギーを充填する為に、眠りにつくみたいですね」

 はやてからの質問を受け、シャリオは現時点で分かっている事を即時データに反映させた。

「だったら今のうちにもう一度攻撃を・・・!」

「いえ。それはきっと無意味よ」

 マリエルはコンソールを叩くと、魔導虚(ホロウロギア)を分析して得られたデータとともに休眠状態にある現在のミーノトーロの映像を拡大した。

 先の戦闘の当時者が挙って目を凝らして見ると、ミーノトーロの身体は戦った当初よりも明らかに肌の色が落ちていた。いや、色が落ちたのではない。体全体が半透明化しているのである。

「身体が透けてる?」

「どういう事なんですか?」

「原理は不明だけど、どうやら身体の半分だけが()()()()()()()()()()らしいの」

「別位相?」

「要するに何をしても無駄ってことか」

 ミーノトーロの調査に出かけたスバル達の干渉を一切受け付けない映像を見るや、浦太郎は早くに展開を呼んで分かり易い言葉で状況を整理した。

「つまり・・・勝負は次にアレが活動を始めた時、ということになる」

「それまでに対策を考えなあかんと・・・」

 悶々としながら首脳陣は対抗策を講じる。かたわら、恋次は腕組みをし、モニター越しにミーノトーロを見ながら終始険しい顔を浮かべる。

(あの破壊力に、特異な休眠状態・・・こうも次から次へと新種の魔導虚(ホロウロギア)が生み出されていやがる。何故スカリエッティは魔導虚(ホロウロギア)を頻繁に・・・)

 

           *

 

第97管理外世界「地球」

東京都 松前町 スクライア商店

 

 新たな脅威に立ち向かおうとしている六課メンバー同様、ユーノは別の脅威を退ける為の戦いを続けていた。

「うぅぅ・・・・・・。」

 昨夜、金太郎より処方された風邪薬と称するものを半ば強引に服用させられた結果、服用からおよそ7時間後に効果が現れた。

 突如として激しい腹痛に見舞われたユーノは、朝から体内の毒素を廃そうとトイレに閉じこもっていた。

 

【挿絵表示】

 

「やはり・・・」

「やはりじゃないよ!! お前僕を殺す気か!!」

 こうなる事を知っていながらユーノに敢えて薬を処方させた金太郎は確信犯だった。

 トイレの中から猛抗議するユーノの言葉を右から左へと受け流し、金太郎は怪しげに眼鏡を光らせる。

「素晴らしきよく効く胃腸薬があるんですが・・・・・・ちょっと待っててください。裏庭から掘り返してきます」

「お前ぜったい僕を殺す気だろうぉ!! お願いだから何もしないでぇぇ―――!!!」

 

           *

 

午後12時01分―――

第1管理世界「ミッドチルダ」

首都クラナガン 区立中央スポーツセンター

 

「さてと・・・じゃーここらでお昼にしようか?」

「おまえら大丈夫か?」

「「「「「「だ、だいじょうぶ・・・・・・じゃない・・・です・・・」」」」」」

 現役の教導官、エース・オブ・エースである高町なのはによる指導は一言で言えばスパルタであった。

 やや息を切らしているなのはとは裏腹に、ヴィヴィオ達はかつて経験した事の無い激しいトレーニングに耐えきれず悉くがグロッキー。アインハルトは当初なのはを家庭的で優しいお母さんと認識していただけに、想像を絶するギャップを味わった。

 ノーヴェはコメントし辛い状況に立たされながら、どんな相手でも決して手抜きをしないなのはの一流の教育理念に改めて驚嘆した。

 

「「「「「「いっただきまーす!!」」」」」」

 待ちに待ったランチタイム。

 子供達はなのはが持参した特性の栄養補給メニューを頂くことにした。重箱にぎっしりと敷き詰められた彩り鮮やかなメニューの数々。ヴィヴィオ達は目をキラキラと輝かせ、空腹を満たす為に早速賞味する。

「あん・・・・・・ン―――これおいひぃ!!」

「本当だ、すごくおいしい!!」

「ヴィヴィオの母ちゃんの作った料理はうちの母ちゃんのとは比べものにならねえや!! 絶品だぜ!!」

「ありがとう。たくさん作って来たからどんどん食べてね」

 この日の為に朝4時起きして作ったんだよ! と、思わず胸を張るなのは。その仕草が少し子供っぽいと思いつつ、ヴィヴィオがふとした疑問をぶつけた。

「でもママ、こんなにのんびりしてていいの? 昨日だっていろいろあったって言ってたし・・・」

「んー、一応作戦待機中だからいつ呼び出しを食らってもおかしくはないんだけど、はやてちゃん・・・八神部隊長ができるだけそうならないよう配慮してくれるって気を遣ってくれたんだ」

「機動六課のお仕事って大変なんですね」

「誰かがやらなくちゃいけないことをやってるだけだから。ヴィヴィオやみんなも応援してくれてる。大変だなんて思わないよ」

 なのはは屈託ない笑顔を浮かべながら、ヴィヴィオ達にそう語りかけた。

 それを聞いたヴィヴィオ達は挙って顔を見合わせた。この笑顔の裏でなのはを始め、多くの魔導師や騎士が自分達の生活を脅かす敵と命を削る戦いを繰り広げている事を、彼らは曲がりなりにも理解していた。

 こうして自分達が安穏とした生活を送っていられるのも、日々機動六課が魔導虚(ホロウロギア)と言う脅威を退けているからだ。

 その事を改めて認識したヴィヴィオは意を決して、なのはに自分が食べていたおかずの卵焼きの一つを差し出した。

「ママ! これ食べて!」

「え? でも・・・」

「私のタコさんもあげます!」

「ボクのも食べてよ」

 ヴィヴィオに便乗したリオやミツオもおかずを差し出した。

 子供達の思わぬの優しさに触れたなのはは、一瞬目が潤み欠けたが、何とか踏みとどまって微笑し、「ありがとう」と返してからおかずを貰う事にした。

「あ~ん! ・・・・・・おいしい~! じゃあタコさんも! んん――!」

 なのはが笑うと、ヴィヴィオ達も自然と表情が綻んだ。

「あ、そうだ。今度の中間試験が終わったらチームナカジマや私の教え子たちも含めて異世界旅行でもしようよ。きっと楽しいよ」

「マジっすか!!」

「あの・・・私たちも行ってよろしいのでしょうか?」

 躊躇いがちに尋ねるアインハルトに、なのはは「もちろん♪ 来る者は拒まずだよ」と、満面の笑みで答えた。

「やったー!! ママー、ありがとー!」

「よーし・・・そうと決まったら中間試験までがんばって勉強だ! ミツオ、あとは頼むぜ!」

「バウラががんばるんだよ!!」

 

 ピピピ・・・。

 そのとき、機動六課からの緊急通信が入った。

 慌ててなのはがディスプレイを呼び出せば、真剣な眼差しのフェイトの顔が映し出された。

『なのは。非番のところ申し訳ないんだけど、緊急招集だからすぐに来て』

「え? 昨日の魔導虚(ホロウロギア)が動き出したの?」

『そのための対策会議』

「うん、分かった!」

 即答し、通信を切ったなのはは急いで身支度をする。

「ゴメンねみんな、呼び出し受けちゃったから私は行くね。ヴィヴィオも今度またちゃんとお返しするから!」

 支度を終えると、なのはは駆け足で建物を飛び出した。

 ヴィヴィオ達は彼女の背負っているものの重さを子供なりに理解するとともに、無事に戻って来られるよう精一杯の祈りを込めて見送った。

「ママー! ファイトー!」

「がんばってくださいね~!」

 

           *

 

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

「というわけで、魔導虚(ホロウロギア)が活動を再開した時にしか攻撃のチャンスが無いわけだが・・・奴の外装は非常に固く、散発的な攻撃では歯が立たない」

「そこで皆の意見を聞きたくて集まって貰ったんやけど・・・」

「意見・・・ですか」

 ミーノトーロへの有効打を決める方法について、周りから様々な意見を取り入れ、作戦に反映させようと考えた六課首脳陣。

 招集を受けたメンバーは自分なりに頭で必死で策を考える。

「壊すことが出来ないんだったらさ、もういっそのこと穴掘って埋めちゃうとか」

「おぁ、それだ!」

 アギトの提案に鬼太郎が同調した。

「でもそれだとかなり大きな穴が必要になりますね・・・」

「時間的にも技術的にも問題が有りすぎる」

「違うか~」

 リインとシグナムが冷静に考えた頭でアギトプランの無謀性を指摘。埋めたところで魔導虚(ホロウロギア)がまた地上に出ないという確証も得られない以上、このプランは呆気なく空中分解した。

「じゃあ大火力砲撃で一気にぶっ飛ばしちゃうのはどうでしょう!」

「おぉ、それだ!」

 今度はスバルの出した大胆な提案に再び鬼太郎は付和雷同するが、

「んな簡単に言うんじゃねえよ。もっと真面目に考えろ!」ヴィータの一喝により、これまた空中分解した。

「違うか~」

「あのね・・・先輩もちゃんと考えようよ」

「未知の魔導虚(ホロウロギア)だとしても戦うには情報が足りな過ぎる」

「確かに。存在自体が別次元って感じですよね」

「結局わからないことだらけじゃねーか! これじゃいくら話し合っても答えなんて出ねーよ!」

「そうですね。話し合うだけじゃ何も解決しません。今はまず行動を起こすべき時なのかもしれません」

「これまでだって何とかなったんだし、全員で力を合わせれば大丈夫だよ! ですよね、なのはさん?」

「そうだね。最初から諦めてちゃ何にも出来ないからね。こんなときこそ、機動六課の日頃のチームワークが試される時だよ」

(力を合わせればだと? あの・・・魔導虚(ホロウロギア)相手に?)

 周りから聞こえてくる楽観論的意見や根拠のないポジティブな発想に、恋次はこの上ない危機感を抱いた。

(俺が言えたことじゃねえが、あのバケモノ相手に力技だけで対抗しようっていうのかこいつらは・・・・・・くっ)

 ゴリ押し感が半端ない状況。恋次は思わず左手の甲を強く抓った。

「全く君たちときたら・・・・・・ルキノ、もう一度データを見せてくれるか?」

「はい。まだ分析の途中ですけど」

 クロノに言われ、ルキノは解析途中の映像をスクリーンに映し出す。

「前回の爆発時エネルギーが集中する弱点と思わしき箇所が頭部に確認されています。この額に皆の攻撃を集中させることが出来れば・・・」

「本当ですか?!」

「現段階では希望的観測だけどね」

 淡い期待を抱いたキャロに、アルトがそう捕捉した。

「とま。こちらも引き続き作業を続けるから、前線メンバーも頑張って・・・」

 

 ブーッ! ブーッ! ブーッ!

 

 刹那、第一警戒警報が司令室全体に鳴り響く。

 この場に居合わせた全員、ミーノトーロが活動を再開した事に冷汗を流した。

 

           *

 

ミッドチルダ東南 森林地帯

 

 休眠状態にあった巨大魔導虚(ホロウロギア)『ミーノトーロ』が活動を再開した。

 六課前線メンバーは総員総出で、ミーノトーロの殲滅に対処する為、各々が配置につき交戦(エンゲージ)のタイミングを見計らう。

『先程もお伝えした通り、まだ不明な部分が多過ぎます』

『絶対に無理は禁物やで』

 リインとはやての言葉を聞き入れ、作戦指揮を執るヴォルケンリッターの守護騎士にして将、シグナムは声高に演説。

「良いかみんな。装甲さえ破壊できれば後はいつもと同じ。魔導虚(ホロウロギア)は必ず倒せる!」

「それだけ聞いてると簡単そうなんだけどな・・・」

 アギトが懸念する一方、ゆっくりと進路を取って段々と距離を近づけるミーノトーロに気負うメンバー。

 すると、気後れするメンバーに司令室からクロノの激励が聞こえてきた。

『大丈夫だ! 君達なら必ずやれる! 僕はみんなを信じているからな!』

「クロノ・・・」

 義兄からの優しい言葉に、思わずしんみりするフェイト。

 だが、義妹とは裏腹に鬼太郎やヴィータの反応はやや冷ややかで辛辣だった。

『なーんか良くあるセリフだよな』

「え?」

『つーか上から目線でスッゲー癇に障るんだよ、クロノ・ハラオウン提督殿』

「いや・・・僕は本気で君達をだな・・・!」

 戸惑いを露わにするクロノ。周りはそれが少しおかしく、張りつめていた気持ちを少しだけ緩める事が出来た。

『でも! ありがとうございます、クロノ提督!』

『必ず成し遂げて見せます』

 期待に応えるという強い意志を見せたスバルとエリオ。

 やがて、シグナムは前に出ると、愛刀レヴァンティンを前方に見据えた標的へと突き立て作戦の開始を宣言する。

「行くぞ!」

 ついに機動六課総員による魔導虚(ホロウロギア)掃討作戦が開始された。

 このとき、自身のインヒューレントスキル【シルバーカーテン】で身を隠し、秘かに戦いの様子を見物していたクロットロは不敵に笑っていた。

「うふふふふ・・・さあ、始めましょうか」

 

「良いみんな、作戦通りにいくよ!」

『『『『『はい!』』』』』

「どんな敵が来たって決して慌てちゃダメ。素早く考えて素早く動く。毎日の訓練で積み重ねてきた事をやればいいだけだから」

 最前線のなのはが空の上からミーノトーロを牽制しつつ、スバル達フォワードメンバーをいつもの様に勇気づける。

 作戦が開始されると、ロングアーチでは戦いの様子を克明にモニタニング。静謐に見守った。

「始まりおったな・・・」

「皆さん・・・どうかご無事で・・・」

 

「エクセリオンバスターッ!」

 高威力のバスターを放つも、ミーノトーロの堅い装甲によって軌道を逸らされ容易に弾き返された。

「うらやああああああああああ」

 次に鬼太郎が豪快に斬りかかるが、炎を纏った烈火の刃すらも真面に通さない外殻は鬼太郎ごと後方へ吹っ飛ばす。

「かってぇぇぇ―――!」

 弾いた矢先、ミーノトーロが鬼太郎へ食い付きそうになった。

 一瞬肝が冷えた鬼太郎だが、食われそうになった直後、フェイトが颯爽と救出し、そのまま鬼太郎を抱えて離脱した。

「でやぁぁぁぁ!」

 ハンマーヘッドを巨大な角柱状のものに変形させたグラーフアイゼン・ギガントフォルムを用いてヴィータが弱点であるミーノトーロの頭部を狙い撃つ。

 だが、一回の打撃だけでは著しい効果は見られない。暖簾に腕押しの結果に、ヴィータは思わず舌打ちをする。

「フリード、ブラストレイ!」

「破道の三十三、蒼火墜!」

「クロスファイアー・・・シュ―――ト!!」

 キャロと吉良が火炎攻撃を仕掛け、繁みからティアナが魔力弾を放つが、悉くが固い外殻によって弾かれる始末。

「もう・・・ホントに硬いわね~!」

 ただただ体力を消費するだけの戦いに恋次は当初から抱いていた危惧をより一層強く抱き始める。

「ちっ。どう考えたって無謀だ・・・」

 

 その後も、スバルとギンガが進行を阻止せんと応戦するが、ミーノトーロが止まる気配は一切ない。

「コイツ止まりなさいよ!」

「やはり、長期戦になるわね・・・」

「皆の力を合わせれば、必ず道は開けます!」

 エリオの前向きな言葉をきっかけに、シグナムと浦太郎が同時に敵の懐へ飛び込んだ。

飛竜一閃(ひりゅういっせん)!」

「ソニックスピア!」

 攻撃を仕掛けた直後、ミーノトーロが唐突に咆哮を上げた。

 空気を震わせる咆哮に一瞬たじろぐメンバー。そのとき、ミーノトーロは尻尾部分を派手に動かし周囲の木々を薙ぎ倒すと、周りに集まった六課メンバーを払い除ける。

「「「きゃあああああ!!!」」」

「「「うわあああああ」」」

「ぐあああ」

 不意を突く尻尾攻撃にシグナムは面を食らった。

「これは・・・!」

 吃驚し一瞬の判断が遅れた彼女へと狙いを定める長い尾が真横から飛来する。

 刹那、間一髪のところで恋次が瞬歩で彼女を回収し、事無きを得る。

「大丈夫か?」

「す、すまない・・・」

 ほっとしたのも束の間、二人の元へ尻尾の脅威が襲い掛かった。

「みんなっ!」

「こんなものまであったなんて・・・」

 モニター画面から伝わる芳しくない戦況をモニターしていたロングアーチスタッフも想定外の事態に面を食らうばかりだった。

 

 先端は鋭く尖り、触手の様に伸縮自在の尻尾はまさに凶器そのもの。

 前線メンバーは破壊力抜群の攻撃を食らい、険しい顔で目の前の巨大な敵を見据える。

「ててて・・・こんなの聞いてないんだけど」

「でもやるしか・・・ないです」

 傷つきながらも再び攻撃を続行。なのはとティアナのダブル射撃が炸裂するが、ミーノトーロには全くの無意味だった。

「この牛ヤロウ・・・良くもあたしの一張羅を砂まみれにしてくれたなあ!」

「この眼鏡高かったのにレンズが割れちゃったじゃないか、どう責任をとってくれるのかなぁぁぁ!」

 ヴィータの打撃、浦太郎の水流を纏った槍撃(そうげき)も手応え無し。

「でやゃぁぁぁ!」

 エリオが頭上目掛けストラーダの先端を突き立て攻撃を仕掛ける。しかし敢え無く弾かれ地面に叩きつけられた。

「エリオ!」

 エリオのみを案じた直後、不意を突かれた浦太郎は触手によって吹っ飛ばされた。

「ぐあぁぁぁ!」

「亀公っ!」

 咄嗟に鬼太郎は飛ばされた浦太郎をキャッチする。

「縛道の三十七、『吊星(つりぼし)』!」

 吉良は二人の飛んで行く方角に合わせて、衝突時の衝撃を和らげる為に鬼道を発動させた。霊圧の床を真横に出現させ、5方向に霊圧を伸ばして木々に固定させ、吹き飛ばされる二人を見事に捕獲した。

「だいじょうぶか?」

「助かったよ・・・ありがと先輩。でも本当なら豊かなおっぱいのあるフェイトちゃんに助けてもらいたかったなー」

「てめぇ!! それが人に助けられた奴の言う台詞かよ!!」

 激昂する鬼太郎の気持ちも分かるが、ここは何とか堪えてもらい、吉良は二人に真摯に呼びかける。

「・・・何としてもこちらに気を取らせて前衛の援護をするしかない」

「ちっ。分かってるよ!」

 

           *

 

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

 戦況をモニタリング中のはやて、クロノ、リイン他ロングアーチ通信士一同は不測の事態に見舞われ苦戦を強いられる彼らのフォローを行うのに必死だった。

魔導虚(ホロウロギア)の進行速度が落ちてきている!」

「市街区域が迫っているけど・・・何とか持ち堪えられるやろうか」

 ピピピ・・・。

 不意に六課宛てに届いた映像通信。メインスクリーンに映された人物を見るなり、はやて達は鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべた。

『八神部隊長、状況はどうなっていますか?』

 あまりにも予想外の人物―――翡翠の魔導死神からの通信だった。

「翡翠の魔導死神さん!」

「どうやってここのセキュリティに入ったんだ!?」

『細かい事はどうでもいい。それより、こちらの質問に答えてもらえないか? 状況はどうなっている?』

 クロノから受ける問いを半ば強引に右から左へと受け流し、自らのイニシアティブを保持し続ける翡翠の魔導死神。

 彼から伝わるただならぬ圧に屈したはやて達は突然の事態に困惑しながらも、(つぶさ)に今の状況を報告する。

「依然、六課前線メンバーが応戦中です」

「みんなが頑張ってるお陰で足止めは出来ていますが・・・撃退にはもう少し時間が」

 すると、話を聞いた翡翠の魔導死神は低い声色のまま冷静に一つの英断を下した。

魔導虚(ホロウロギア)の進行方向にある住民区画の全住民に避難指示を出してほしい』

「翡翠の魔導死神さん!?」

「しかしそれは・・・!!」

『今回の魔導虚(ホロウロギア)は君達が遭遇した中で最も厄介な個体である事は間違いない。この対応が杞憂で終われば良いが、初期対応が一分遅れるだけでも命取りになる事も忘れないでほしい・・・』

 余りにも的を射た正論だった。翡翠の魔導死神の胸に鋭く刺さる言葉は、はやて達を突き動かすとともに、現在直面しているのが『自然災害』ではなく『防衛事態』である事を否が応でも痛感させられた。

 

《B302地区にお住まいの皆さんにお知らせします。先程、市街区域周辺において未確認の大型巨大生物の活動が確認されました》

 翡翠の魔導死神の指示の元、機動六課は魔導虚(ホロウロギア)の進行方向に住まう近隣住民の避難の為の放送を流した。

《現在、管理局機動六課が対応中です。住民の皆さんは管理局員の指示に従い、落ち着いて行動してください》

 日常の生活を安穏と過ごしていた人々は、真剣なトーンで呼びかける女性局員の放送を真摯に聞き入れる。

 

 暮れなずむ頃合い―――。

 依然として機動六課とミーノトーロによる戦いは続いていた。

 市街地への侵攻を食い止めようと応戦する六課前線メンバー。だが、有効な決定打を与えられない為にミーノトーロの進行速度は殆ど落ちていない。

 しかしそれでも長丁場に渡り、スタミナ切れも辞さず懸命に戦い続ける彼らの闘志は未だ燃え尽きていない。

 この状況にクアットロはやや面倒くさそうな顔を浮かべていた。

「さすがは機動六課。一筋縄ではいかないようですわねー。でもいい加減見飽きて来ましたわね・・・・・・では、これなら如何でしょう?」

 パチンと指を鳴らした直後、クアットロの出した信号を受信したミーノトーロの様子が一変。咆哮を上げるや、体を覆う外装を全て解放し、蓄えられたエネルギーを一気に放出しようとしていた。

「あれは!」

「まずい・・・逃げるわよ!」

 一度敵の技を見ていたキャロとティアナが身の危険を感じ、周りに撤退を促す。

 そんな中、なのはは空の上から負傷したスバルを抱えて逃げ遅れている恋次の姿をを発見した。

「スバル! 恋次さん!」

 見かねた吉良が二人の元へ向かい救出を試みようとした、次の瞬間―――。

 ミーノトーロの体全体が紫色に発光すると同時に、蓄積された膨大なエネルギーが瞬く間に解放された

「しまっ――」

 

 刹那、大地を轟く業炎と爆発が周囲のありとあらゆるものを吹き飛ばす。

「「「「わあああああああああ」」」」

 爆発の衝撃に次々と吹っ飛ばされるメンバー。

「くぅぅ・・・はっ!?」

 爆風を受けながら、恋次は目の前で起きている事を注視。自分達を護る為、吉良が無理を承知で断空を張って爆風と衝撃を押さえ込んでいた。

「う・・・うう・・・ッ」

「吉良!」

 しかし、爆発の威力は凄まじく、消耗した吉良の霊圧では完全に防ぎきる事は出来なかった。

「ぐああああっ!」

 断空に皹が吐いた直後、抑え切れなくなったエネルギーの余波を受け、吉良は恋次達の元へと吹き飛んだ。

 爆発が収まると、六課メンバーは予想外の出来事を目の当たりにし唖然とした。

 技の使用によって休眠状態になるはずのミーノトーロが活動を休止せず、依然として進行を続けていたのだ。

「そんな・・・この攻撃の後は眠りにつくはずじゃ?」

「恐らく爆発の規模からして・・・エネルギーをセーブしたのだろう」

「そんなの聞いてねえぞ・・・」

「スバル達は!?」

 フェイトが懸念する中、恋次達は埋もれた岩の間から辛うじて脱出を果たした。

「吉良、助かったぜ」

「いや・・・さすがに今のはちょっと危なかったね・・・」

「あははは・・・」

 互いの肩を借り合う吉良とスバルの体は既に満身創痍と化していた。

 

 同時刻―――。

 ロングアーチは、突如として信号が途絶えた状況に当惑していた。

「状況は!? みんな大丈夫かいな!!」

 はやては「NO SIGNAL」と表記された映像を見ながら、爆発に呑まれたメンバーの安否を第一に気遣った。

『スバルと吉良が負傷しました。至急ヘリの手配をお願いします」

「ッ! わかった・・・すぐ用意する!」

 シグナムからの一報に表情をハッとさせるはやて。クロノやシャリオ達も内心不安でいっぱいだった。

 深刻そうに眉間の皺を寄せ、はやてはこの芳しくない状況の説明をリインに求める。

「リイン、避難状況は?」

「幸い、住民の避難は無事完了しました。地下100メートルを要する避難用シェルターに入っているので周辺の安全は何とか確保できるでしょうが・・・」

「このまま侵攻を止められないと甚大な被害を被った市街区域の放棄は・・・避けられないわな」

「放棄!?」

 そのとき、なのはは偶然にもロングアーチから届く話を通信越しに聞いてしまった。

 市街地への侵攻を続ける魔導虚(ホロウロギア)を空の上から見つめながら、なのはは呆然とした表情を浮かべる。

「そんな・・・・・・放棄って・・・・・・」

 

 陽も落ち、辺りは夜となった。

 ミーノトーロはとうとう市街地へ侵入した。

 電線を破壊し、街の電気系統を完全に麻痺させる。それに伴い避難シェルターに身を寄せていた住民達も突然の停電に恐怖した。

「電気が!」

「もうおしまいじゃ!」

 このとき、偶然にも同じ避難シェルターに居合わせていたヴィヴィオやチームナカジマのメンバーは、絶望的状況に悲嘆の声を漏らす住民達を勇気づけようとする。

「だいじょうぶです。すぐに予備電源が作動するはずですので、どうか落ち着いてください」

「みなさん、最後まで希望を捨てないでください!」

 子供達の必死の呼びかけもあり、少しずつ恐怖を払拭させていく住民達。

 周りを奮い立たせるかたわら、ヴィヴィオは地上で魔導虚(ホロウロギア)と戦い続けているなのは達の勝利を切に祈るばかりだった。

「ママ・・・・・・がんばって」

 

魔導虚(ホロウロギア)の侵攻、止まりません!!」

「このままの進行ペースでいけば、首都圏への突入まで猶予時間を1時間を切ります!」

「く・・・・・・倒せるんかいな、あれを?」

『倒してみせます』

 誰もが悲観的な言葉ばかりを紡いでいたそのとき、エース・オブ・エース―――高町なのはが通信越しに迷いの無い言葉を発した。

『絶対に・・・絶対に倒してみせます!』

「なのはちゃん・・・・・・」

 如何なる絶望をも希望へと変える存在―――誰もが認める不屈のエース・オブ・エースとしての素質をなのはは如何なく見せつける。

 通信を切り終え、なのはは侵攻する魔導虚(ホロウロギア)へ単身向かおうとする。

「おい、待つんだ!」

 そこへ恋次が飛び込み、なのはに制止を求めた。

「既に負傷者も出ている。街は放棄して、大人しく後退するべきだ」

 冷静に状況を鑑み賢明で現実的な判断を下そうとする恋次。しかし、なのはの考えは全くの真逆だった。

「・・・私は諦めません。私たちの大切な場所を見捨てたりなんか出来ないですよ」

「今はんなことを言っている場合じゃ! 「・・・それにですね、恋次さん」

 途中で言葉を遮り、なのはは恋次を凝視し一言添えた。

「私たち魔導師は・・・―――みんなの希望ですから」

「!」

 なのはの姿を見ていた折、恋次はその面影が十年来の戦友にして、尸魂界(ソウル・ソサエティ)の歴史にその名を刻む伝説の死神代行と重なった事に終始目を見開いた。

「だから最後の最後まで絶対に諦めません。不屈のエース・オブ・エースの名に懸けて、必ず勝ちます」

 力強く言い、なのははフライヤーフィンを羽ばたかせ、ミーノトーロの元へ単身飛んで行った。

 大空を翔るなのはの後姿をじっと見つめる恋次。

「彼女の良いところは決して折れない諦めの悪さなんですよ。今も昔も」

 と、そのとき―――不意を突いて隣から唐突に話しかけられた。

「うぉおおお!!」

 肝っ玉が縮む思いをした恋次は、全く気配を気付かれる事無くいつの間にか隣に立っていた翡翠の魔導死神を見て驚いた。

「び、ビックリしたぁ~! 急に湧いて出てくんじゃねえよ!」

「あれを見るとホッとする反面、不安にもなりますよ。良くも悪くも一途で真っ直ぐって言うのは見ていてあぶなかっしいですから」

「・・・確かに、ありゃ相当な頑固者だぜ。誰かが付いてねえと自制が利かなくなっちまう。まるで一護とそっくりだ」

「本質的なところはなのはも一護さんも同じです。そこに護りたいものがあるから頑張れる。一人でも多くの人を救いたい。山ほどの人を救いたい。そして、僕たちはそんな想いを持った人たちを傍で護りたい」

 恋次と顔を見合わせる翡翠の魔導死神。彼が何を言わんとしているのかを薄々感じ取った直後、恋次は溜息を突くなり頭を抱えた。

「・・・・・・ったくよ。これだから脳筋連中ってのは世話が焼けるんだ!」

 そう言いながらも、恋次はどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

 ミーノトーロの侵攻を水際で食い止めようと防衛ラインを構築する六課メンバー。だが、既に身も心も疲弊し戦闘の継続は限界に近づいていた。

「近付くことさえ出来ないなんて・・・」

「でも・・・何とかしないとこのままじゃ街が!」

 負けられない理由があるものの這い上がる事さえままならない。

 と、そのとき―――ミーノトーロの口がおもむろに開かれ、強大なエネルギーが集束され始めた。

「あれは・・・!」

「マズい、虚閃(セロ)だ!!」

 大虚(メノスグランデ)特有の霊圧を集束したエネルギーの塊・虚閃(セロ)を撃たれれば負けは確実。

 だがそのとき、絶体絶命の状況下、彼らと街の人々の生活を護る為に、エース・オブ・エースは勇猛果敢に立ち向かう。

「エクセリオンバスター!」

 バスターで魔導虚(ホロウロギア)の攻撃を辛うじて防ぎ、空中で大量の魔力スフィアを展開する。

「何が何でも街には近づけさせない!」

〈Load Cartridge〉

 ありったけのカートリッジを消費し、魔力の枯渇も辞さず徹底的に応戦。決して折れない心と彼女の雄姿に周りに居合わせた全員が魅了される。

 ミーノトーロは、ありとあらゆる手を講じるなのはの攻撃を受けてなお、鉄壁に近い防御力で耐える。

 反撃の隙を窺い、咆哮を上げ、俊敏な尾を振り回し射程に収めたなのはを攻撃する。

「きゃああああ」

 防御を張る間も無く、なのはは尻尾で叩き落とされた。

 そしてそのまま、ミーノトーロは地面へ叩き落としたなのはを巨大な足で踏み潰そうと行動を起こそうとする。

「なのはッ!!」

「やめろぉぉぉ!!」

 

「狒狒王蛇尾丸!! 狒骨大砲!!」

 次の瞬間、卍解を発動させた恋次がミーノトーロ目掛けて大威力砲撃を命中させ、これを退ける事に成功。なのはの窮地を見事に救った。

「なんだよありゃ!?」

「ヘビの・・・怪物・・・!」

 六課メンバーは恋次の卍解を未だに見た事が無かった。その為、不意を突く形で発動させた仰々しいまでの能力の変化に終始戸惑いを抱く。

 恋次の機転により九死に一生を得たなのはは、自分を助ける為に卍解を使った恋次に恐る恐る問いかける。

「恋次さん、今のは!?」

「へっ。切り札っていうのは最後までとっておくもんだぜ。そうだろう、翡翠の魔導死神?」

 その呼びかけに答えるように、恋次の横を通り過ぎた翡翠の魔導死神は狒骨大砲で怯んだミーノトーロの動きを封じ込める為の魔法を発動させる。

「ケイジングサークル!」

 巨大な敵すらも覆うことが出来る魔力による翡翠色のリングを展開。瞬く間にミーノトーロの動きを巨大な輪とチェーンバインドによって封じ込める。

「今だ! 全員でありたっけの力をアイツにぶち込むんだ!」

 翡翠の魔導死神が時間を稼いでいる間に、反撃の機を得たメンバーは最後の力を振り絞り、一斉攻撃に転じる。

 

「クロスファイアーシュート・フルバーストッ!!!」  「リボルバー・・・・・・ギムレット!!!」 

 

        「一閃必中(いっせんひっちゅう)!!! サンダーレイジ!!!」  「フリード、ブレストレイ!! ファイアッ!!!」

 

雷光一閃(らいこういっせん)・・・プラズマザンバー!!!」  「《火龍一閃》!!」  「ギガトンシュラ―――クッ!!!」

 

「ドルフィンドライブ!!!」   「俺の必殺技・・・パート2′!!」

 

        「狒牙絶咬(ひがぜっこう)!!」                  「ストライク・・・スターズ!!」

 

 最強最大の破壊力を秘めた各々の必殺技の応酬は壮観なものだった。

 大技が炸裂する事でミーノトーロの弱点である頭部額の仮面が少しずつ剥がされていく。

 しかし、それでも敵はしぶとく生き延び、尻尾を振り回して最後の最後まで抵抗し周りにあるものを手当たり次第に弾き飛ばす。

「きゃぁぁぁ!」

 射程圏内にいたなのはも弾かれてしまった。

 しかし、吹き飛ぶ位置を正確に捕捉した翡翠の魔導死神はなのはの手を握り締め、これを受け止めた。

「翡翠の魔導死神さん!」

「良いかい、チャンスは一回だ!」

 不思議と奇妙な心強さを感じられた。なのはは翡翠の魔導死神の言葉に同意する。

「・・・はい! お願いします!」

 ミーノトーロが咆哮を上げ、最後のエネルギー放射を実行に移そうとするのを見計らい、翡翠の魔導死神は自身の斬魄刀を通じてレイジングハートに霊力を注ぎ込み、そのままなのはは射出する。

「行くよ・・・はぁぁぁぁぁぁ!!」

 ロケット噴射の如く勢いよく飛んで行くなのは。

 標的を見据えレイジングハートの先端を突き立てると、なのはは自身に残された最後の切り札を発動させる。

「ブラスター2! A.C.Sドライバー、イグニッション!!」

 エクシードモードに搭載されたストライクフレームを全展開し、ブラスターによる自己強化によって加速突撃を最大限に発揮する。なのはにとって諸刃の剣とも言えるこの技だが、彼女は一切の躊躇なく使用した。

「はぁぁぁぁぁぁぁ!」

 全力全開。迷いの無い一点集中攻撃がミーノトーロの弱点である頭部を貫いた。

 一瞬の沈黙が流れた末、ミーノトーロの仮面が完全に破壊され、敵は霊子の粒子となって消滅した。

「や、やったあ・・・」

「さすがね」

 六課司令室でモニター中のはやて達、共に前線に出ていたメンバーは、長きに渡って抗い続けた敵との戦いに終止符が撃たれた事を理解。

 直後、緊張の糸が切れた事により全身の力がたちまち抜け落ちた。

「あの光は―――」

「ママ達だよ。機動六課のメンバーがやったんだよ!」

 避難シェルターにいたヴィヴィオ達も、ようやく落ち着きを取り戻した街の様子をモニターで眺めながら、なのは達の勝利を確信した。

 

「やりましたね、翡翠の魔導死神さん!」

 翡翠の魔導死神の肩を借りながら、なのはは苦労の末に敵を倒し街を護ったという達成感に満ちた表情を浮かべる。

「ああ・・・・・・本当によくやったよ」

 彼女の労をねぎらい、翡翠の魔導死神もそのような言葉を紡ぐ。

 このとき、なのはは翡翠の魔導死神から不思議と懐かしい心地よさを感じていた。四年前に失踪した嘗ての魔法の師・ユーノの面影と同じものを。

(ユーノ・・・くん・・・・・・?)

 居るはずの無い師が目の前に居るような感覚に終始戸惑い、なのはは目を大きく見開き唖然とした。

 

 戦いが終わり、なのはは無事にヴィヴィオの元へ行くことが出来た。

「ママー!!」

「ヴィヴィオ!!」

 再会を果たす二人は固く抱き合い、その温もりを感じ合う。

「無事で良かった!!」

「にゃはは。エース・オブ・エースの名は伊達じゃないんだよー。ママはどんな敵が相手だって絶対に負けないんだから」

 微笑ましい光景にほっと一息を突く六課メンバー。

 すると、先ほどまで居たはずの翡翠の魔導死神がいつの間にか居なくなっている事に周りは不思議がった。

「あれ? 翡翠の魔導死神の奴いなくなっちまったのか」

「ふむ・・・助けてもらった礼をしたかったのだがな」

「んなものいらねえよ。あいつには」

 恋次はそう言いながら不敵に笑みを浮かべる。

 やがて、平和が取り戻されたミッドの夜空に煌々と光り輝く星空を仰ぎ見ながら、物思いにふける。

(おいルキア、こっちの世界の星も・・・悪くねえぞ)

 

 

 

 

 

 

教えて、シャマル先生♡

 

シャ「はーい、みんなー。いい子にしてたかしら? 私はヴォルケンリッターの参謀・湖の騎士のシャマル。機動六課では医務官を務めているわ。さて、今日はこの私・・・シャマル先生がみんなの質問に答えてあ・げ・る♪」

 突然の事態に周りが困惑する中、ザフィーラがこのコーナーに関する疑問を呈した。

ザ「シャマル・・・何故急にこんな事を?」

 すると、シャマルは不気味な笑みを浮かべ、やがて次のような事を語った。

シャ「この物語が始まってもう12話も経っているというのに・・・・・・私の出番が一向に回ってこないのは絶対におかしいじゃない!! だからこそ、少しでも出番を増やす為にはこういうコーナーで登場しとかないといけないのよ!!」

ザ「身も蓋も無い話だが・・・・・・確かに、我も含めて登場回数の少なさは胸に刺さるものがあるな」

シャ「でしょでしょ! ザフィーラだってもっと出番ほしいわよね。だからね、今日からこのコーナーを通じてみんなにもっと私たちの事を知ってもらいましょうってわけ♪ さーてと、記念すべき第一回目のテーマは・・・」

 と、張り切った矢先。突然辺りが真っ暗となる。

シャ「ちょっと何!? 急に暗くなって何も見えないんですけど!! 誰か灯りをつけてちょうだい!!」

 パニックに陥るシャマルと冷静なザフィーラ。

 すると、暗がりの中で彼らが載ったステージごと台車が動き始める。

シャ「えええ!? ちょっと・・・!! いったいどこへ連れて行く気よ!? わたしまだ名前しか紹介してないんですけど―――!!!」

ザ「うむ・・・・・・解せぬ!」

 内心ザフィーラも不服そうにしながら暗がりの中に消えて行った。

 やがて、明かりがつくと、ユーノが額に汗を浮かべながらその場に立っていた。

ユ「やれやれ・・・・・・油断も隙も無いんだから。人のコーナー勝手に乗っ取んないでほしいものだよ」

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

 ミーノトーロとの戦いの後、忽然と姿を消した翡翠の魔導死神こと、ユーノ・スクライアがあの後どこへ消えたのかと言うと・・・・・・

ユ「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 彼は公衆トイレで一人唸り声を発していた。

ユ「だあああああああああああああああああああ!!! 全身から汗が噴き出るうううううう!!!」

 昨日服用した風邪薬と、今朝方金太郎に飲まされた胃腸薬と称する毒を摂取した事で腹を下した。

ユ「ぬおおおおおおおおおおおおおお!!!! 何かが生まれそうな勢いで体の力が抜けるうううううう!!!」

 猛烈な腹痛が戦いが終わったのと同時に突如として襲ってきた。

ユーノは周りに悟られない様に離脱すると、真っ先にトイレへと駆け込み、孤独な戦いに身を投じていた。

「き、金太郎のヤツっ!!! この借りは千倍、いや百万倍にして返してやるからなぁぁ!!! 覚えてろよぉぉぉ!!!」




次回予告

ティ「機人四天王トーレの手にかかって魔導虚(ホロウロギア)へと変貌したスバル」
ギ「スバル・・・・・・たとえあなたがどんな姿になったとしても、あなたは必ず救って見せる!!」
ユ「次回、ユーノ・スクライア外伝・・・『やさしい拳』。今、姉妹の絆が試される!」






登場魔導虚
ミーノトーロ
ミッドチルダ廃棄都市区画に突如として出現した新種の魔導虚。
これまで発見された個体とは異なり、幼生虚によって変異したものではなく、スカリエッティに個人によって生み出された完全なオリジナルである。
雄牛を彷彿とさせる仮面と強固な外殻に覆われている。動きは鈍重だが、並みの攻撃を決して寄せ付けない防御力を有している。また、外殻は鎧としての機能だけでなく、体内に蓄えられた膨大なエネルギーを封印する為の役割を果たしており、それを一度に解放する事で周囲の物を一重に吹き飛ばす技「パラダイスロスト」を発動する事が出来る。それ以外の攻撃手段として、伸縮自在の尻尾を縦横無尽に振り回す「ヘブンズブロー」を得意とする。エネルギー解放後は一定時間の休眠が必要であり、その間の攻撃は一切の干渉を受けない。パワーをセーブする事で休眠する事無く活動を継続する事が可能となる。
六課メンバーと壮絶な死闘を繰り広げ、一時は彼らを追い詰め市街地への侵入を果たすが、翡翠の魔導死神の加勢によって士気を取り戻した六課メンバー総出の攻撃を受け、最後はなのはの渾身の一撃によって倒され消滅した。
名前の由来は、ギリシア神話に登場する牛頭人身の怪物「ミノタウロス」と、イタリア語で「雄牛」を意味する「toro」から。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話「やさしい拳」

『カレドヴルフ・テクニクス』

 

 第3管理世界ヴァイゼンを中心に活動する総合メーカー。家庭用から業務用まであらゆる魔導機器を開発し、民間では最大手の一角を占める大きなシェアを誇る一大企業である。社外も含めたモーターモービル事業部を持っており、「公的組織向け乗用機」の開発も行っている。

 現在、カレドヴルフ(以後CWと省略)では更なる業績と市場規模拡大を図り、自社製品の採用実績が未だに少ない管理局という大きな市場への食い込みを図っていた。そんな彼らの元に、数年前、彗星の如く現れた一人の天才魔工エンジニアがいた。

 名を【アニュラス・ジェイド】―――その本名は、ユーノ・スクライア。

 

           ≡

 

新暦079年4月27日

第3管理世界「ヴァイゼン」

カレドヴルフ・テクニクス本社開発センター

 

 この日の天候は生憎の雨模様だった。

 だが、アニュラス・ジェイド、ユーノ・スクライアにとっては些末な事だった。今日この日、ユーノは試作品を携えて遠路遥々足を運んだ。

 ユーノが所属する『第1魔導機器開発部門』。CW社内でも特に優秀なエンジニアが多く在籍している。

 扉が開かれると、白衣に身を纏った技術者が熱心に仕事に従事しているのが真っ先に目に飛び込んだ。

 と、同時にユーノが部屋へ足を踏み入れた途端、研究員の一人が気付いたのを機にぞろぞろと集まり出した。

「プロフェッサーユーノ!」

「いらっしゃいませプロフェッサー!」

「プロフェッサー!!」

 プロフェッサーとは、CW社内におけるユーノの呼び名だった。

 若くして優秀な考古学者として注目され、「先生」と称されていたユーノは「先生」という呼称の更に上の「教授」という仰々しい呼び名に当初違和感を抱いていた。

 しかし、いくら注意したところで誰も改めようとしない。それどころか、日を追うごとに社内全域で定着していった。

 やがて、それが彼らなりの自分への接し方なんだと理解し、ユーノ自身も注意すること自体が面倒となり、結果的に今の状況を甘んじる事となった。

 喜々として迎え入れる研究員に軽く会釈し、朗らかな表情でユーノは端的な目的を伝える。

「お邪魔します。ウシヤマ主任はどちらに?」

 

「お呼びですか・・・―――ミスター?」

 群がる研究員を掻き分ける、などと言った事も特になく、自然と作られた道を通ってユーノの前に姿を現したツナギに顎髭を蓄えた男―――キンジ・ウシヤマ。何を隠そう、彼はユーノとともに実在しないエンジニアである【アニュラス・ジェイド】の片割れであり、【ミスター・アニュラス】の異名を持つ男である。

「すみません主任。お忙しい中をお呼び立てして・・・」ウシヤマを見るなり、ユーノは躊躇いなく深々と頭を下げた。

「おっと。いけませんなぁ。ここにいるのは全員あんたの手下だ。天下の【ミスター・ジェイド】ともあろうお方が、へりくだり過ぎちゃ示しがつきません。俺たちは皆あんたの下で働けるのを光栄に思ってるんですぜぇ」

「―――アニュラス・ジェイドは、ここの主任(ヘッド)であるあなたや、皆さんがあってこそ存在しえるんです。ウシヤマさんの技術力が無ければ、この短期間で『レペティション・エミッティング・ユニット』の実用化には至りませんでしたよ」

「あぁー、やめやめ。それよか、仕事の話をしましょうや」

 いつもながらこの人は自己評価が低すぎるなー・・・。ユーノを見ながら内心そんな想いを抱えつつ、話題を切り替える事にした。

「オーケーです、ウシヤマさん。今日の試作品はこれです」

 ユーノもそれに答える形で破顔一笑。

 おもむろに左腕の脇に抱えていたジュラルミン状の物質で覆われた小さな箱を取り出し、施錠された鍵を開ける。

 中から出てきたのは、楕円形型で手の平サイズの小さな装置だった。それを見た途端、ウシヤマはもしやと思いながらユーノへと問う。

「もしかして・・・・・・・・・・・・これは・・・・・・『汎用型飛行端末(デバイス)』、ですかい?」

「ええ。ウシヤマさんに作ってもらった試作用ハードに常駐型制御魔法の起動式をプログラムしたものです」

 端的な説明を受け、箱の中に収まった卵程の大きさの端末を手に取り、ウシヤマはまじまじと凝視する。

「テツ、T7型の手持ちはいくつだ?」

「10機です!」

 威勢よく答えた若手研究員の言葉を聞くや、ウシヤマは振り返り、恫喝した。

「バカヤロウォ! 何で補充しとかねえんだ! あるだけ全部持ってこい!!」

「は、はい!!」

 鋭く鬼気迫る語気に委縮した若手研究員は、直ちに保管庫へと向かった。

「おめえらもボケッとしてねえでとっとと準備に取り掛かれ!!」

 その後も、ウシヤマはこの場に居合わせた研究員全員を見渡し、語気の強い言葉で尻を叩いた。

 

「汎用型飛行魔法だぞ! 現代魔導技術の歴史が変わるんだぁ!!」

 

           ◇

 

4月29日―――

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎

 

「恋次さん!! 恋次さん!! 大ニュースなんです!! ちょっとこれを見てください!!」

 休憩中の恋次を見つけるなり、シャリオは何やら嬉しそうに新聞記事を手に抱えていた。

 気が進まないものの、恋次はひとまず印が付けられている箇所の特集記事の見出しに書かれたミッド文字をおもむろに音読してみた。

「『現代魔導技術革新の先駆者! 奇跡の天才魔工技師アニュラス・ジェイドが汎用型飛行魔法の開発に成功!!』・・・・・・・・・・・・って言われてもよ。正直俺にはよくわかんねえんだが」

「恋次さん、これは奇跡!! いえ・・・最早“神の御業”としか言いようがない画期を成す凄い発明なんですよ!」

「どーすげーんだよ? 魔法使いなんだから空飛ぶくらいどうにでもなんだろう」

「アホだな。あたしらの世界じゃ飛行魔法事体かなり高度な技術なんだ」

「予算や本人の資質もさること、飛び続ける為には常時魔法を発動し続けなければならないんです」

 恋次の中で魔法使い=空を飛べるという考えが前提にあった。

 これを傍で聞いたヴィータやフェイトは即座に恋次の考えを否定し、飛行魔法が現代魔法では習得難易度が高いスキルである事を主張した。

 飛行や浮遊による魔法において、一般的に【飛行魔法】と呼ばれる高高度飛行は安全確保や空間把握能力、飛行魔法の安定出力が必要とされ、高高度飛行の養成は時間がかかる。これは飛行魔法を制御する過程が大きく影響していた。

 魔法で飛行する為には、加速と減速、上昇、下降をするたびに新しい魔法を作動中の魔法に重ねがけしないとならない。必要になる事象干渉力はその度に増大していくので、重ねがけは精々十回が限度である。先天的な大魔力保有者を除き汎用型飛行魔法の安定出力が必要とされる為に、現実的に実現不可能な技術である―――というのが今までの定説だった。

「でもでも!! 今回アニュラス・ジェイドはこの定説を180度覆して汎用型魔法型の実現に成功したんです!!」

 喜々として語るシャリオの妙な迫力にやや引き気味の恋次は、体裁を装い「・・・どうやったんだよ?」と、聞いてみた。

「発動中の魔法の発動時点をハードディスクレコーダー機能付きのデバイスに正確に記録させたんですよ」

 質問に回答したのはシャリオではなく、たまたま近くを通りかかった浦太郎だった。

「つまり、デジタルな処理を人間ではなく機械に補完させる事で常駐型飛行魔法を可能にしたんですね」

「へぇー。世の中にはすげーこと考える奴がいるんだな。つーかこう言うのって誰も思いつかなかったのか?」

「頭の良い人というのはそれだけ思考が柔軟って事です。常識に捕われないからこそ、革新的とも言えるアイディアを生み出すいうもんですわ。うちらの同期で頭の柔らかさゆうたらそうやな・・・・・・やっぱしユーノくんに敵う人はまずおらんわな」

「文系と理系もどっちもトップクラスの実力で、デバイスの整備とかもできるし、思考も柔軟だから、案外ユーノなら考えつきそうかもね」

 と、未だ音信不通の幼馴染を本人の居ないところで大絶賛するはやてとフェイト。

 本人が聞いたらどんな反応を示すのだろうか・・・内心そう思いながら、恋次はなのはを含めた美人な幼馴染達の胸中において、存在感を色濃く残すユーノの事が何だか羨ましいと思い始めた。

 

           *

 

第97管理外世界「地球」

東京都 松前町 スクライア商店

 

 今日も日がな一日、ユーノは近所でも評判の良い駄菓子兼雑貨屋の店主としての役目を全うしていた。

「お待たせしました♪ ご注文の品々ですので確認してください」

「いつも悪いわねユーノちゃん」

「いえいえ。お客さまは神様ですから♪ お客さまあらずしてこの商売は成り立ちません」

「本当にアンタって子は今どき見ないくらい健気なんだからー」

 多彩な才能を持つ人間、所謂“天才”と称する人間は世の中には一定数存在する。

 しかし、レオナルド・ダ・ヴィンチに見られる様々な分野において顕著な業績を残し、万能人と言われる“異次元の天才”は指を数えるほど、または殆どいない。

 そうした事からも、若くして語学に科学、魔法、考古学、更には商才を如何なく発揮するユーノはまさにダ・ヴィンチの再来とも言えた。

「毎度ありがとうございます!」

 もっとも、本人は自分を才能ある人間だとは欠片も思っていない。元よりユーノは自己評価が著しく低い。性格的な問題もさること、彼の周りには突出した才能を若くから発揮した幼馴染達の存在が大きかった。

 特に高町なのは―――彼女の天賦の才能振りと自身のスキルを比較した場合、ユーノは自分の中の魔法の才能など凡人程度でしかないと過小評価した。客観的な視点に基づいた時、それが甚だ程度の酷い間違いであると本人が認識する事はなかった。

 

 ピピピッ! ピピピッ!

 懐にしまっていた携帯電話がメールを受信した。

 中身を確かめると、浦太郎から『汎用型飛行魔法の完成おめでとうございます』という端的な内容の祝電が書かれていた。

 ユーノはタッチ画面を操り、『まだ完成とは言えないけど・・・ありがとう』と簡単な文言で返信。

 すると、再び浦太郎からメールが返って来た。

 本文には、『店長、前々から頼んであった例のものを送ってくれましたか?』と、別の話題について触れていた。

 読んだ後、やれやれと今にも言い出しそうな顔を浮かべながら、『今日か明日中には送られると思う。あとで給料から天引きさせてもらうよ』と、釘を刺した文章を返信した。

 そんな折、ふと聞こえた足音にユーノは耳を傾ける。

 音のする方へ目を転じれば、常連客の白鳥が立ち尽くしていた。しかし、その表情はいつになく真剣そのものだった。

「・・・ユーノ店長・・・」

「おやァ。白鳥さんじゃないですか♪ 何か御用・・・」

 扇子片手に飄々と呟いた直後、白鳥はユーノの眼前で唐突に土下座をした。

「頼みがある・・・! 私を鍛えてほしい・・・!!」

「は・・・はい?」

 突然の懇願ゆえにユーノは訳がわからなかった。

 プライドの塊のような男が一切の恥や外聞をかなぐり捨てて土下座をしたその裏にある事情をユーノは思案する。

 

           ◇

 

4月30日―――

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ東部12区内 パークロード

 

「ギン姉と一緒の休暇なんてほんと久しぶりだねー♪」

「そうね。進路が別々になるとなかなか一緒の時間合わせるのも大変だもんねー」

 機動六課スターズ分隊所属スバル・ナカジマとその姉ギンガ・ナカジマ―――二人は死別した母、故クイント・ナカジマの月命日である今日、同じ休暇を過ごしていた。

 当初の予定通り墓参りを終え、姉妹は半日ほど残した余暇を満喫すべく市内を散策していた。

「ねえギン姉! このあたりに新しくできたお店にね、イチゴメロンパンっていうのがおいしいパンが売ってるんだって! いっしょに食べよう!」

「はいはい」

 無邪気に子供っぽい笑みを浮かべるスバルに、ギンガは母親が子供を見守るときのような穏やかで優しい表情で笑い返す。

 それぞれが独立し自分達の道を歩み始めても変わる事の無い姉妹の絆。屈託ない笑みを浮かべる二人はこのとき、まだ気づいていなかった。

 平和なひと時を過ごしているこの間にも、自分達に秘かに目をつけ潜伏していた敵―――戦闘機人トーレによる陰謀が進められようとしていたのだ。

 

「タイプゼロ・ファースト及びタイプゼロ・セカンド・・・・・・おまえ達の楽しい余暇は間もなく終わりを告げる。精々今のうちに今生の別れを済ませておくことだ」

 

           *

 

 同日―――機動六課首脳部及び阿散井恋次は、対古代遺物(ロストロギア)関連脅威対策を議題とする会議に出席し、魔導虚(ホロウロギア)や機人四天王との戦闘に関する答弁を行っていた。

 

           ≡

 

時空管理局地上中央本部 大会議室 特別公聴会

 

「時空管理局本局海上司令及び機動六課部隊長、八神はやて二等陸佐」

「はい!」

 正装に身を包み、潔い返事をするとともに、はやては凛々しい表情で登壇。

 眼前に映る地上本部関係者並びに本局や各世界の代表者らが見守る中、はやては臆さず答弁を開始する。

「只今のご質問にございました、新型魔力駆動炉ザックーム壊滅時における戦闘機人の干渉についてですが・・・」

「ふぁ~~~・・・///」

 答弁中誰もが神経を尖らせている中、会議に出席していた恋次はつまらなそうに大欠伸。手持無沙汰を一切隠そうとしなかった。

 隣に座っていたなのはは呆れた様子で小声で恋次に注意を促す。

「恋次さん、ダメですよ。いくら退屈だからってそんなあからさまにあくびなんてかいたら」

「だ、誰もそんなこと言ってないだろう!」

「口には出していなくても態度で直ぐに分かります」

 フェイトから痛い言葉が返ってくる。その後、同席していたクロノが気難しい表情で次のように語った。

「機動六課はただでさえ地上部隊から“金食い虫”だの“情報公開不足”だのと責められているんだ。少しくらいこうやってサービスしないとこちらの活動予算が取れなくなる」

「やれやれ・・・どこの組織も似たり寄ったりかよ」

「仕方ないですよ。それが組織で生きるって事なんですから」

「あぁ~あ・・・どっかのお気楽駄菓子屋店主が羨ましくて仕方ねーぜ」

 

           *

 

第97管理外世界「地球」

東京都 松前町 スクライア商店

 

 恋次からお気楽駄菓子屋店主と揶揄されるユーノは、一護との電話会談、もとい近況報告の真っ最中だった。

『白鳥が修行を申し出ただと?!』

「ええ」

『どういう風の吹き回しだよ。あいつ俺の中じゃそんな熱血キャラじゃ無かったと思ってたんだがよ』

「僕も同じです。理由を聞いても特に答えてくれませんでした。ただ、あんな真剣な眼差しで懇願されたら無碍(むげ)にも出来ません。それに白鳥さんはうちの貴重な顧客ですから」

『で、結局面倒見てやることにしたのか?』

「もちろんタダでとは言ってません。修行をつける代わりに店の手伝いをしてくれるのを条件に承諾を得ました♪」

『だとしても、アイツがそこまでガチになる理由ってのが気になる所だよなー・・・・・・ひょっとして()()()()と関係してるんじゃ?』

 あのこと―――と言うワードにはユーノにも心当たりがあった。

 ここでは多くを語る事はしないが、その事件が白鳥礼二にとって一つのターニングポイントになったという点はユーノも一護と同感だった。

「いずれにせよ白鳥さんの能力(チカラ)は今後の魔導虚(ホロウロギア)征伐には欠かせないものとなります。少なくとも、今のうちに力を蓄えておいて損はありません。僕はそう判断しました」

『相変わらず用心深い事だな。わかった、白鳥の事はお前に任せるよ』

ふぅと一呼吸を置く。やがて、一護はトーンをやや低めに変えてから、電話越しにユーノへ尋ねた。

『なぁユーノ・・・そろそろ話してくれてもいいんじゃねえか? お前がどうして四年前のあの事故の後、魔導虚(ホロウロギア)の出現と襲来を予言出来たのかを?』

 問われた直後、ユーノは一護からの問いに同じく低いトーンでおもむろに答える。

「・・・・・・僕は遭遇したんですよ。あの事故の時に―――」

『遭遇?』

「真っ白な空間において『あれ』は僕に語りかけて来ました。いや、言葉などという原始的な手法だけではなく()()()()()と称して僕の頭に直接思考波を送りつけて来たんです。そこに在ったのは明確過ぎる知性。恐らく、彼らは僕らよりも遥かに高い次元―――『時間』と『空間』すら超越する驚異的な知性です。そのとき、僕は見たんです。この世の真理と呼ばれるものの断片を」

『真理だって?』

「彼らが何故僕にそのようなものを見せてくれたのかはわかりません。ここからは僕の仮説となりますが、彼らは僕と言うプローブを通してこの次元世界の行く末を知りたがっているのかもしれません。光と闇、秩序と混沌、生と死、それらが複雑に絡み渦巻き合う世界がどのような顛末(てんまつ)を辿るのか・・・見届けようとしているのかもしれません」

『・・・・・・俺たちの想像すら及ばない知性、言わば“世界の意志”とも呼べる連中によってこの世界は試されている、そう言いたいわけか?』

「ええ。人類がこの先未来を得る資格が有るか否か――――――全てを見届ける為に」

 

           *

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ東部12区内 パークロード

 

「あーん! ・・・ん~、おいしい~~~♪ この甘くてサクサクした食感、女の子の好みが解ってらっしゃる♪♪」

 出来立てのイチゴメロンパンを賞味するスバルは誰が見ても幸せそうだった。

 隣に座って同じものを食べていたギンガも微笑ましい妹の無邪気な姿を見ながらクスクスと笑みを零す。

「本当にスバルったら美味しそうに食べるんだから」

「だっておいしいんだもん。あ、ねーねー! これ食べたらアイス屋さん行こう! あと、それから・・・!」

「だいじょうぶ。そんなに慌てなくても時間はたっぷりあるわ。のんびり行きましょう」

「あはは・・・ごめんギン姉。でもさ、あたしこうしてギン姉と一緒にいられるのがやっぱりうれしいんだ」

 ややトーンダウンとしたスバルの声。ギンガはしんみりとした顔で語り出したスバルの言葉にじっと耳を傾ける。

「・・・JS事件でギン姉が連れ去られたとき、あたしは我を忘れてギン姉を取り戻そうと必死だった。それからすぐにギン姉と本気で戦って・・・こうしてまた一緒の時間を過ごすことができる・・・・・・それが本当に幸せなんだ」

「スバル・・・。」

「だからこれからもずっと一緒にいようね!」

 純真無垢な曇りない笑みを浮かべ、スバルはギンガの手を取った。

 ギンガは妹の手のひらから伝わる温かい体温、彼女自身の優しさに包み込まれる事がこの上なく嬉しかった。

 若干頬を紅潮させながら、ギンガはスバルに破顔一笑。

「ええ―――もちろんよ」

 

 ドカ―――ン!

 

 突如として起こった大爆発。

 スバルとギンガは我に返るなり、近くで黒煙がもくもくと上がり、ひっきりなしとばかりに爆発する風景を目の当たりにした。

「なに!?」

「今の爆発は・・・!」

「か、怪物だぁぁ!!」

 恐怖を煽る単語を口にしながら逃げ惑う人々。

 爆発の後、スバル達の視界に映ったのは平和な日常を引き裂く諸悪の根源―――魔導虚(ホロウロギア)が闊歩する姿だった。

魔導虚(ホロウロギア)!!」

「ギン姉!!」

「行きましょうスバル!」

 人々の平和と安全を脅かす脅威を排除する為、二人は魔導虚(ホロウロギア)の元へ直行する。

 

           *

 

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

「スバルとギンガからの緊急連絡です。ミッド東区パークロードにて魔導虚(ホロウロギア)の出現を確認したとのことです!」

「なんだと!?」

 シャリオからの報告を聞いたシグナムは、苦虫を噛み潰したような顔つきへと変わる。

「主達が留守をしているこんな時にも出るとは・・・・・・了解した。こちらも直ぐに応援を寄こす。二人には出来るだけ敵の注意を惹きつけるよう伝えてくれ」

 部隊長代行役を預かるシグナムは、今いるメンバーの中から応援役としてヴィータと鬼太郎の二人を選出する。

「ヴィータ、桃谷、至急現場に向かってくれるか?」

「おうよ!」

「っしゃー! 俺に任せろ」

 

           *

 

ミッドチルダ東部12区内 パークロード

 

 街に出現した魔導虚(ホロウロギア)・バルバロイは、幼生虚(ラーバ・ホロウ)をそのまま肥大させたような姿をした異形の怪物だった。

 仮面から生えた不気味な触手は目に映る標的を須らく捕え、捕食する。今も目の前で必死で逃げ惑う幼子へと襲い掛かっていた。

『ふははははは・・・さーてと、そろそろ喰うかのう!!』

「いやああ・・・いやああああ!!!」

 背後から迫る不気味な触手が、悲鳴を上げる子供の体を捕えようとした―――次の瞬間。

 

「リボルバー・・・キャノン!!」

 間一髪のところ、現場へ駆けつけたスバルの強烈な打撃が触手へと炸裂。

 小規模の爆発を伴いながらも一緒に居合わせたギンガによって子供は事無きを得た。

「うりゃああああああああ」

 スバルは子供へと襲い掛かったバルバロイ目掛け魔力を込めた回し蹴り全力で叩き込み、勢いよく吹っ飛ばした。

「もう大丈夫だよ! 今のうちに逃げて!」

「うん! ありがとう!」

 無事子供を逃がし、二人は目の前の標的・バルバロイと対峙する。

『ふふふ・・・匂いが・・・するのう・・・頭の足らん、餌の匂いが! ひひっ! ひひひひひひひひっ』

 不気味に笑う魔導虚(ホロウロギア)に軽蔑の眼差しを向けるナカジマ姉妹。

 どんな能力を秘めているのか皆目見当がつかない。得体の知れない敵を注視しながら、ギンガは一歩前に出ようとする。

「スバル。まずは私が出て様子を見てそれから・・・「ギン姉」

 すると、姉の言葉を遮りスバルが言った。

「悪いんだけど、ここは私一人に任せてもらえる」

「え!?」

 いきなりの言葉に戸惑いを露わにするギンガ。

 よく見れば、スバルの瞳はいつものようにただ澄んでいる訳ではなかった。明らかに別の感情が混在していた。

 一言で言えばそれは『怒り』の念。今、スバルは眼前の敵に火を見るより明らかな強い憤りを抱いていた。

「アイツはあんな小さな子にも容赦しようとしなかった。死の恐怖に怯える子供をまるで楽しそうに追い回すあの姿を見て、私は思ったの。コイツだけは私が自分の手で倒すべきなんだって。だから―――私のわがままを聞いてほしい」

 その時、ギンガは強い覚悟を露わにしたスバルを阻む事が出来なかった。それこそ、彼女の()く手を命を懸けて。

 決意を固めたスバルはバルバロイの前に立った。

『ひひっ! ひっ! 先ずはお前からか! え!? 小娘!』

「・・・戦う前にアンタに聞いておきたいことがある」

 低い声を発したスバルは、対峙する敵に向かって問いかける。

「今迄に・・・何人の人を襲ったの? その中に命を奪ったのは何人いた?」

『・・・はて何人かのう。ひひっ。悪いが数までは憶えちゃおらんよ』

「それを・・・一度でも悔いたことはある?」

『・・・愚問じゃのう小娘。儂とてぬしらと同じ心は有る。人間を喰ろうて悔やまぬ日などあるものか・・・今とてそうじゃ・・・先ほどのことを悔いておる・・・! あの幼子の! 恐怖に怯え切った顔を見ながらその五体を喰い損ねたことを!! 悔いておったところだ小娘!!! ひひひひひひひひひひひひひ』

「そっか」

 弁解の余地など微塵も無い。そう判断したスバルは、リボルバーナックルに搭載されたカートリッジを二発ロードし、足下に青く光るベルカ式魔法陣を展開した。

(来るか・・・来い! 来い来い来い! 喰ろうてやるわ!!)

 

 ドンッ―――。鈍い音が響いたと思えば、バルバロイは自身を支える脚の一本が血を吹いてもげている事に気付いた。

「!!」

 驚愕する暇も無く、背後から感じる強い魔力。気付けば、瞳の色が黄色に変化し戦闘機人モードを如何なく発揮させるスバルが拳を突き立てていた。

(迅い!!)

振動拳(しんどうけん)―――!」

 戦闘機人モードとなったスバルが使用する振動破砕の共振波を右手のリボルバーナックルのナックルスピナー周囲に留め、任意対象のみを確実に粉砕する応用技。

 専用愛機マッハキャリバーとの鍛錬と協力によって初めて制御が可能になったスバル・ナカジマ最強の破壊技。

 本来ならば人には決して振るえないこの技だが、異形の怪物・魔導虚(ホロウロギア)であれば話は別。一切の躊躇なく破壊力抜群の拳を炸裂させた。

 爆発が伴うほどの威力だが、スバルは決して臆さず距離を置き、確実に止めを刺すための魔法を構築する。

「マッハキャリバー! ギアエクセリオン!!」

〈Yes Budy〉

 主人からの要求にローラーブレード状に変化した愛機は忠実に答える。

 両脚のブレードに付与されるなのはのフライアーフィンを模した二つの翼。この状態に変化したとき、スバルは魔力と戦闘機人のエネルギーの同時使用が可能となる。

「一撃必倒おぉぉおおおおッ!!」

 威勢のいい声を上げ、かつて自分を絶望から救った恩人・高町なのはの砲撃魔法を自己流にアレンジ、大成させた技を目の前の敵へと叩き込む。

「ディバインぅぅぅううう!!! ・・・・・・バスターぁぁぁあああ!!!」

 

 激しい轟音と魔力爆発。

 青白い砲撃の嵐に呑みこまれたバルバロイの影をスバルは釣目で見つめ、煮え切らない怒りの籠った声で問いかける。

「少しはわかった? 殺されそうになる側の気持ちって言うのが」

 土煙が晴れたとき、スバルとギンガの目に映るバルバロイは多少の傷こそ作るも、未だ余力を残した姿だった。

『・・・ひひ・・・なかなかやりよるのう小娘・・・じゃがやはり主は若いなぁ。その一直線さが仇となる』

「今さらそんな負け惜しみ吐くんだ。悪いけど、このまま倒させてもらう」

『・・・小娘が舐めた口を利きよるわ。いいじゃろう・・・そこまで舐められては致し方ないのう。その真っ直ぐな心を今すぐ犯してやろう!!!』

「!!!」

 思わず目を見開くスバルは咄嗟の回避が出来なかった。

 バルバロイの体が突如して破裂したと思えば、触手の一部がスバル目掛けて飛んでき、彼女の腕へと巻き付いた。

「スバル!!」

 懸念したギンガが慌ててスバルの元へと駆け寄ろうとしたが、直後、接近するのを躊躇った。

 本能的に近づいてはならないという危険シグナルがギンガの行動を制止させたのだ。

「・・・す・・・ば・・・・・・る・・・!?」

 一抹の不安を掲げ、恐る恐るスバルへと声をかける。

『・・・何じゃ。儂を呼んだか小娘』

 スバルに巻き付いていた触手が消えた途端、振り返ったスバルの声は先ほど消滅したはずのバルバロイのものへと変貌を遂げ、同時に全身から(ほとばし)る魔力も禍々しいものへと変化していた。

 異様に長く伸びた舌、血色のいい肌は死人の如く真っ白なものへと変わり、愛嬌のある笑顔はこの上も無く不気味と化す。そんな変わり果てた妹の姿を凝視しながら、ギンガはただただ恐怖に怯え立ち尽くす。

 

【挿絵表示】

 

「・・・す・・・スバル・・・・・・あなた・・・」

『・・・何故・・・そう何度も儂の名を呼ぶ・・・? そんなに儂が心配か小娘・・・? そんなに儂が・・・愛しいか小娘?』

 最早スバルとは言えない異形の徒へと変貌を遂げた妹の姿から、ギンガは思わず目を背けたくなった。

 だが直後、異形と化したスバル自らギンガへと接近してきた。

『そんなに儂が愛しくば・・・先ずお前から喰ろうてやろう!!!』

 バルバロイによって体を乗っ取られたスバルに攻撃されそうになった折、応援に駆け付けた鬼太郎が烈火を盾にギンガを護った。

「・・・鬼太郎さん――――――・・・!」

「へっ。間一髪だったぜ!」

「つらあああああああああああ」

 鬼太郎との連携で頭上からヴィータがアイゼン片手にスバルへと殴りかかる。

 スバルの体を奪ったバルバロイは軽快な身のこなしで攻撃を避け、対峙する三人との距離を牽制した。

「ギンガ! 状況を説明しろ! なんでスバルがお前に攻撃してきたんだ!?」

魔導虚(ホロウロギア)はどこだ!?」

魔導虚(ホロウロギア)は・・・・・・スバルに・・・・・・!」

「「な・・・・・・。」」

 ようやく状況を理解し、驚愕を露わにする鬼太郎とヴィータ。

 スバル・ナカジマと融合を果たしたバルバロイは彼女の魔力を糧に、急速な進化を遂げる。その姿を以前とは比べ物にならない強靭かつより禍々しい(ホロウ)のものへと変貌させていく。

『ひひひひ・・・若い血肉・・・(みなぎ)る魔力・・・そして決して折れない屈強な体・・・・・・これぞ正しく儂の求めていたものよ! ひひひひひひひひひひ』

 奪った獲物が極上だった事を実感しつつ、不気味な笑みとともに新たな仮面を形成。

 こうして誕生した新たな魔導虚(ホロウロギア)・ブレイキングシェイカーを遠目から観察していた機人四天王トーレは口元を緩める。

「仲間と融合した魔導虚(ホロウロギア)を手に掛ける事がお前達には出来るか? 否。出来る訳が無い。なぜならお前達は揃いも揃って詰めが甘いのだからな」

 

           *

 

時空管理局地上中央本部 大会議室 特別公聴会

 

「以上の事からも明らかなように、我々機動六課といたしましては国民の安全の確保と・・・―――」

 ブーッ、ブーッ、ブーッ。

「!」

 ロングアーチから届いた緊急連絡。

 『魔導虚(ホロウロギア)出現』という端的な文言で書かれた内容を見るなり、はやては焦慮(しょうりょ)に駆られた顔を浮かべる。

「く・・・ミゼット議長! 現在、東部12区内パークロードにて未確認生命体『魔導虚(ホロウロギア)』による破壊活動が行われています」

 会議に参列していた本局統幕議長ミゼット・クローベルに顔を向け、たった今入って来た情報を踏まえた報告を行う。

「八神はやて以下五名、機動六課正規任務に復帰したく思います!」

 自らの役目を全うすると宣言するはやてを真摯に見つめ、クローベルは静かに首肯する。

「機動六課出動や!!」

「「了解!」」

「おっしゃあ!! 待ってたぜ!!」

 このときを待ちわびていたと言わんばかりの威勢の良さ。秘かに退屈な会議を抜け出す策を練っていた恋次にとって、今回の一報は渡りに船だった。

 会議を途中退席したはやてはクロノ、フェイトの二名を連れて隊舎へ帰還し、なのはと恋次を現場へと向かわせる事にした。

「私たちは一旦隊舎まで戻ります」

「恋次さんはなのはとともに至急現場に向かってもらえますか?」

「おし。わかった」

「任せて、クロノ君」

 

           *

 

同時刻―――

ミッドチルダ東部12区内 パークロード

 

「うおおおおおおおおおおお」

 複雑な思いで目の前の敵にグラーフアイゼンで殴りかかるヴィータ。

 ブレイキングシェイカーに進化した魔導虚(ホロウロギア)は、撃ち込まれる鉄球の悉くを弾き、スバルから奪ったリボルバーナックルから霊圧と魔力を圧縮した弾丸を放つ。

「トライシールド!!」

 飛来する攻撃をギンガはベルカ式魔法陣を模したシールドで回避。攻撃が止んだ頃合いを見計らい、鬼太郎が前方へと飛び出す。

「うりゃああああああああああ」

 火炎を纏った斬撃を繰り出すも、ブレイキングシェイカーは不気味な笑みを浮かべながら真正面から受け止め、何事も無かったように傷ついた箇所を超速再生する。

『無駄じゃ! そのような(なまく)らな攻撃など儂には利かんぞ!!』

「チキショー。厄介なことになったぜ」

「おい鬼太郎、あの下衆野郎からスバルを引き剥がすことはできねえのかよ!? おめえも死神なんだから考えろよ!」

「俺は恋次達みたいな正規の死神とは違うんだよ!!」

『ふふふ・・・知恵を絞っているな! 小娘の中から儂だけを引き剥がす方法を考えておるのだろう!! 残念だが無意味な事よ!! 儂の魂魄融合率は通常の幼生虚(ラーバ・ホロウ)とは比べ物にならぬ! 死神の斬魄刀を用いたところで、この融合が解けることは永劫ない!!』

「そんな・・・・・・。」

 絶望的な一言にギンガは絶句し真っ青な顔となる。

『あとはこれからじっくり一晩かけて儂が此奴の魂魄を! 内側から喰らい尽くすだけのことだ!!』

 そう宣言したブレイキングシェイカーは、スバルから奪ったリボルバーナックルを使い、共振波をスピナー内部に留め、溜めこんだエネルギーを一気に足元へと解き放つ。

「「「ぐああああああああ」」」

 足元から伝導される衝撃。技の性質は周知の通り極めて凶悪だ。敵対する相手の五体のみを確実に粉砕する為に組まれた術式は、一般人より遥かに鍛えられたギンガ、ヴィータ、鬼太郎の体にたちまち深い傷を刻み付けた。

『ふはははははははははは!!!』

 全身血塗れとなって動けなくなった三人を見、虫の息と判断したブレイキングシェイカーが敢えて止めを刺すという事はなかった。

 成り行きで手に入れた極上の体をさらに満喫すべく、甲高い笑いを上げながらその場から失踪した。

 血溜まりが出来るほどの凄惨たる現場。

 ぐったりとするヴィータと鬼太郎の近くで横たわるギンガは、混濁する意識下、一人スバルを思いながら酷く傷つき神経ケーブル剥き出しとなって火花を上げる自身の右腕を見つめる。

「す・・・ば・・・・・・る・・・・・・」

 静かに唱えた直後、ギンガの意識は完全に飛んでしまった。

 

           ≒

 

十年前―――

ミッドチルダ西部 エルセア地方

 

「お姉ちゃん・・・どうしてお母さん死んじゃったの?」

 それは、幼いギンガが幼いスバルから問われた言葉だった。

 最愛の母・クイントを先の戦闘機人事件で亡くして傷心するスバル。母の墓前、クイントから託された形見のリボルバーナックルを手にし双眸には涙を溜めていた。

 ギンガは、自分よりも深い悲しみに苛まれている妹を見つめ、零し欠けた涙を拭ってから妹の問いかけに答える。

「スバル・・・お母さんはね、みんなを守るためにがんばって、それで天国に行ったんだよ」

「ううう・・・お母さん・・・・・・」

 堪えていた思いがとうとう抑え切れなくなった。

 声を押し殺して泣き出すスバルだったが、ギンガがおもむろに手を包み、優しく声をかけて来た。

「ほーら。いつまでも泣いていたら、お母さんに心配かけちゃうよ」

「お姉ちゃん・・・」

「わたし、決めたんだ。お母さんの分まで強くなって、お母さんの意志をつぐんだって。だからもう泣かない」

「・・・・・・うん、わたしもお姉ちゃんといっしょに強くなりたい!」

 固く誓い合った幼い姉妹。片腕ずつ託されたリボルバーナックルを各々の利き腕へと嵌め、その手を互いに取り合った。

「いっしょに強くなろう。あなたとわたしで」

「うん!」

 

           ≒

 

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 医務室

 

「うぅ・・・・・・」

 微睡を終えたとき、おぼろげな視界が徐々に開かれる。

 夢から醒めたばかりのギンガを心配そうに見つめる二人の人物。なのはと恋次が顔を覗き込んでいた。

「ギンガ! 気が付いたんだね」

「なのはさん・・・・・・ここは?」

「見ての通り医務室だ」

 言われて辺りを見渡すと、恋次の言う通り今いる場所は六課の医務室だった。隣に置かれたベッドには自分と同じく負傷したヴィータと鬼太郎がベッドで寝ていた。

「・・・そっか・・・わたしは」

 命こそ助かったものの、突きつけられる現実はあまりに非情だった。

 ギンガは物憂げに顔を下に向け、包帯が巻かれた右腕を空いている左腕でぎゅっと強く握りしめる。

 なのはと恋次は顔を見合わせ、ギンガの気持ちを察しつつ声をかける。

「・・・スバルの事は、私も悔しいよ。まさか魔導虚(ホロウロギア)になるだなんて思ってもみなかった」

「にしても、あの振動拳って奴は洒落にならねえな技みたいだな。何しろお前とヴィータ、鬼太郎の臓物の半分ちょっとが潰れちまってたらしいからな。よく生きてるなって言われてもおかしくねえんだぜ」

「その点に関してはマリーさんとシャマル先生に感謝してもし切れません」

「私やマリーさんだけの力じゃないわ」

 すると、機動六課医務官にして、ヴォルケンリッター湖の騎士・シャマルがギンガの言葉に割って入って来た。

「なのはちゃん達がここへ運び込む前、ある程度のダメージは既に回復していたもの」

「え? じゃあ、誰かが応急処置をしたって事ですか?」

「・・・あれは応急処置なんてレベルじゃない。整復はおろか三人とも既に危険水域を脱した状態だった」

「い、一体誰がそんな事を?」

 吃驚するギンガになのはの口から意外な人物の名が飛び出した。

「翡翠の魔導死神さんだよ」

「え!?」

 数刻前―――瀕死の重傷だったギンガ達の窮地に駆け付け、シャマルとマリエルによる施術を受けるよりも先に、翡翠の魔導死神は三人が直面した生命の危機を脱するのに一役買っていたのだ。

「さっき本人と直接会って話を聞いたわ。医者の私から見ても、彼のトリアージと治療は完璧だったわ。おまけに戦闘機人であるギンガの体質を見極め、鬼太郎さんとヴィータちゃん、双方の体に合わせた適切な治療を施した。だから私とマリーさんがやったのは引継程度。ほんとびっくりしちゃうわ。ヘタな医者や技術者なんかよりもよっぽどすごいんだもの。もっとも、あのあと直ぐにいなくなっちゃったけど」

「そうですか・・・・・・。」

 九死に一生を得てもなお状況は最悪と言っていい。

 ギンガは魔導虚(ホロウロギア)と融合し、悪の枢軸と化した妹の事を思いながら、自身の不甲斐なさを呪い双眸から涙を零す。

 

(スバル・・・・・・私は・・・・・・あなたを失いたくない・・・・・・!!)

 

           *

 

 トーレは魔導虚(ホロウロギア)化したスバルこと、ブレイキングシェイカーを伴い、ミッド市街地を高所から見下ろしていた。

「ふふふ・・・タイプゼロ・セカンドの力を取り込んだ魔導虚(ホロウロギア)の力はまさに絶大。ドクターの目論みに外れはなかったな」

『足りぬぞ・・・まだこんなものでは足りぬ! より強い魔力を・・・魂を所望する!!』

「ならば、望み通り思うがまま存分に求めるがいい。お前の心を満たす為に。お前に勝てる者などこの世のどこにも居はしないのだからな―――」

 

           *

 

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

「スバルに魔導虚(ホロウロギア)が取りつき、その体ごと取り込まれたなんて・・・」

「どうしてこんな事になってしまったんでしょう」

「私のせいです。あのとき私が前に出ていれば、スバルは・・・」

「いや、俺らがもっと早くに駆け付けてれば」

「あたしも同感だ。部下ひとり助けられないダメな上司だ」

 ギンガだけじゃない。鬼太郎もヴィータも、各々が自らの責任と強く感じ自らを非難する。

 司令室に集まったメンバーが見守る中、はやては嘆息を突き、両手を組んだまま渋い表情で語り出す。

「・・・誰のせいだせいじゃないだの、今はぐだぐだ言うてても何も解決せえへん。奪われたものは必ず取り戻す。それが私たち機動六課や」

「問題はどうやって助け出すかだが・・・」

魔導虚(ホロウロギア)がスバルの魂魄と強烈な力で融合している以上、安易に切り離す事はおろか、下手をすれば彼女の命そのものを奪いかねない」

 吉良が最も懸念しているのは、通常魂魄であるスバルと霊体である魔導虚(ホロウロギア)の魂魄を如何にして傷つけずに分離するかである。

 強い力で結びついた魂魄同士を切り離す際、一歩間違えただけでスバルとそれを繋ぐ因果の鎖は完全に千切れ、人間の姿には戻ることおろか、一緒に昇華させてしまう恐れがあった。

 最悪救出できたとしても、後遺症を抱えずにスバルが元の生活を送り続けられるという保障はどこにも無いのである。

「仮に万策持ってして、それでもなおスバルから魔導虚(ホロウロギア)を切り離せなかった場合は・・・どうしますか?」冷静に浦太郎が客観的な意見を吉良に求める。

「そのときは―――スバルを殺すしかない」

「え!?」

「そんな!!」

 吉良の口から飛び出た衝撃的な一言に、なのはとティアナは声を揃えて驚いた。

「吉良さん、いくらなんでも極論なんじゃ・・・!「いや、吉良の言う事は正しい」

 フェイトが慌てて反論しようとした矢先、話に割って入った恋次が吉良の考えに共感を示した。

「死神は死を司る神と名乗っちゃいるが、任務の過程でいつ自分が死ぬかどうかもわからねえ。常に死と隣り合わせ・・・・・・それはお前らだって同じはずだ」

「だけど、それでもスバルを殺すなんて真似は・・・!」

「俺だって願い下げさ! いや俺だけじゃねえ。みんなそうだ! 誰だって仲間を斬り捨てるような事をしたい奴なんざいねえ!! でもな・・・・・・どんなにがんばっても、どんなに足掻いても、どうすることもできねえ事だってある。そんな現実に直面した際お前らはどうする? 希望の無い世界に絶望するか? 何も出来ずに歩みを止めるのか?」

 語気強く問いかける恋次を凝視メンバー。

 直後、恋次は「否っ!!」と口にし、自らの信念からくる言葉を語った。

「どんな運命が待ち受けても俺は絶対に後ろは振り向かねえ。ただ前に向かって進み続ける。たとえ仲間が死ぬことになったとしても・・・・・・その覚悟がお前らにはあるのか?」

 時として仲間の(しかばね)を越えてでも任務を遂行しなければならない。機動部隊で戦うことの意義、覚悟を問いかける恋次の言葉になのは達は押し黙った。

 誰もが口籠り沈黙を破れずにいた(みぎり)、満を持して口を開いたのはギンガだった。

「私は・・・・・・私はスバルを助けたいです」

 全員の注目がギンガへ向けられる。ギンガは周りからの視線を一身に浴びると、曇りない眼で素直な気持ちを語り出す。

「もし恋次さん達の言うようにあの子を助けられないと分かったとしても、それでも私は残酷な運命に抗います。だって、私はあの子のお姉ちゃんですから」

「ギンガさん・・・・・・」

「たとえ1パーセントの可能性がある限り、私は諦めたりなんかしません。絶対にスバルを救ってみせます!」

「うん。私もギンガと同じ気持ちだよ。スバルは私の大事な教え子だもん。かわいい愛弟子を助ける為なら何でもするよ」

「という事ですわ。死神のお二人には悪いですけど、機動六課のメンバーは部隊長の私に似てみんな駄々っ子でわがままなんですわ」

 自嘲しながらもどこか誇らしげに語るはやて。聞いていた恋次は思わず鼻で笑った。

「へっ。違いねえ。とんだ馬鹿ばかりだぜ。だが、俺はそんな馬鹿な奴らを見過ごせない大馬鹿な男でね」

 機動六課という組織において、恋次は認識した。機動部隊でありながらその信念はどこか子供染みており、ただそれでいて決して希望を捨てず巨悪に立ち向かおうとする彼らの前向き且つ力強い結束を。

 彼らなりの覚悟を認めた恋次と吉良はギンガ達の言葉に共感を示し、改めて機動六課と協力する姿勢を貫くことにした。

「意気込んだところ悪いんだが、ぶっちゃけ助けるための具体的な勝算や算段は何ひとつないんだぜ」

 雰囲気をぶち壊すように鬼太郎が痛いところを突いてきた。

 確かに、鬼太郎の言うとおり現状で打開策は無いに等しい。このままではスバルを救い出す事はおろか、魔導虚(ホロウロギア)を倒すことすらままならない。

 隔靴掻痒(かっかそうよう)し、居合わせた者達が苦悶の表情を浮かべていたそのとき―――。

 

『希望はまだ潰えていないさ』

 唐突に聞こえてきた声に反応するメンバー。

 司令室のメインスクリーンに砂嵐が生じたと思えば、次第に映像が安定し、翡翠の魔導死神の顔が映し出された。

「翡翠の魔導死神さん!」

「どういうことですか? 希望は潰えていないって?」

『・・・結論から述べると、君達の仲間を救う手だてが全く無いわけじゃない、という事だよ』

「なんだって!?」

「スバルを助ける方法があるんですね!!」

 喜々として問いかけるなのはに翡翠の魔導死神は「あるにはある」と呟き、その直後注意を促した。

『但し、この方法はある種博打に近い。罷り間違えば仲間を救うことはおろか、自らも命を落としかねない危険な選択肢。それでも君達は仲間を救いたいか?』

「もちろんです」

「たとえ1パーセントしか可能性が無くても、私達は諦めません。仲間を・・・妹を助けられるのなら、この身の事は決して惜しみません!」

『・・・・・・それが君の覚悟と言う訳だね』

 妹を助け出したいという一心を言葉に起こし、ギンガは今の素直な気持ちを真っ直ぐにぶつける。

 翡翠の魔導死神は暫し沈黙に入り逡巡―――やがて、彼女の覚悟と決意を信じてみるという決断を下した。

『相分かった。では、これより具体的な手筈を説明する』

 

           *

 

ミッドチルダ 首都クラナガン

 

『ふはははははははは』

 再び街へ解き放たれたブレイキングシェイカー。

 欲望のまま、手にした力を存分に奮い、恐怖に顔を歪める人々から選りすぐりの魂を喰らわんとする。

 そこへ、急報を聞きつけたスターズ分隊並びに阿散井恋次と吉良イヅルが降り立った。

『ひひひひ・・・獲物がのこのこやってきおったか。おもしろい!! まとめて食ろうてやろうか!!』

「いいか。手筈通りだぞ」

「チャンスは一度だけ。二度は無い」

「「「「はい!」」」」

 返事の後、ギンガは懐から手の平サイズの小さな細長いスイッチの様なものを取り出す。

 それを見つめながら、数分前に翡翠の魔導死神から受けた説明を今一度思い出し、頭の中で反芻させる。

 

 

数時間前―――

機動六課 ミッドチルダ隊舎 総合司令室

 

『―――魂魄に直接埋め込まれた異物質を取り出す方法は二つしか無い。超々高度の熱破壊能力で外殻である魂魄を蒸発させて取り出すか。何らかの方法で魂魄組成に直接介入して強制的に分離させるか。スバル・ナカジマ防災士長を救う為には後者しかない』

 モニター画面を通じて説明を行う翡翠の魔法死神。

 しばらくして、翡翠に輝く転送魔法陣が司令室中央へと浮かび上がり、召喚されたのは異物質を強制的に魂魄から剥離させる装置だった。

『僕が用意したそれを使えば、彼女の魂魄と融合状態にある異物質・・・すなわち魔導虚(ホロウロギア)を強制剥離する事が出来る。もっとも、この方法で魂魄組成に介入できるのは一度切り。チャンスは一度しかない。あとは君達の働き次第だ』

 

 

(スバル・・・・・・今度はお姉ちゃんが助けるから!)

 一度妹の手により救われた命を、妹を救う為に使う。ギンガは決意を胸に、悪しき姿となったスバルと相対する。

「みんな、いくよ!」

「「「「「はい(おう)(ああ)!」」」」」

 なのはの号令を機にスバル・ナカジマ救出及び魔導虚(ホロウロギア)討伐の作戦が開始された。

 最初になのはとティアナがブレイキングシェイカーの左右に立ち、両サイドからの射砲撃を行う。

「スバル!! 私たちで正気のアンタに戻してあげるから!!」

「少しだけ痛いのがまんしてくれる!?」

 足元にミッド式魔法陣を展開、二人は苦々しくも一時の躊躇いと迷いを捨て去り、異形と化したスバル目掛けて攻撃を仕掛ける。

「クロスファイアー・・・シュートォ!」

「エクセリオン・・・バスターッ!」

 右からは正確無比なオレンジの弾幕。左から全てを飲み込む桜色の魔力の奔流が怒涛の如く押し寄せる。

 爆煙から飛び出したブレイキングシェイカーはウィングロードで空中に逃げ、負傷した箇所を即時再生させながら甲高い笑いを浮かべる。

『ははははははははは。甘いわぁぁ!!』

「甘いのはてめぇだ」

 背後へと回った阿散井恋次とヴィータ。

 二人は相手の動きを予測し、中空へ逃れたところを一気に突く為、待ち構えていた。

「「つらあああああああ」」

 蛇尾丸とグラーフアイゼンによる同時攻撃がブレイキングシェイカーを直撃。

 凄まじい衝撃が全身へと加わり、抵抗する間もなくアスファルトへと叩きつけられる。

『ぐっ・・・・・・お、おのれ貴様らぁ!!』

「自壊せよ ロンダニーニの黒犬 一読し・焼き払い・自ら喉を掻き切るがいい。縛道の九、『(げき)』!」

 刹那、完全詠唱によって発動した吉良の鬼道が効果を発揮。ブレイキングシェイカーは赤い光によって動きを封じられた。

『ぐおおおおおおおおおお・・・な、なんだこれは!? 動けん!!』

「今だ、ギンガ!!」

 

「ブリッツキャリバー・・・・・・フルドライブ!」

 

 ギンガの一声を受け、スバルと完全同型のAIユニットを搭載したインテリジェットデバイス《ブリッツキャリバー》はフルドライブモードへ移行する。

 溢れ出す紺色の魔力の波動。白を基調としたギンガのローラーブレードにもスバル同様に一組の翼が施される。

 全魔力を左腕に嵌るリボルバーナックルへと集中。十分に魔力を練った頃合い、ギンガはブレイキングシェイカーの元へ突進する。

「はあああああああああああ」

 魔力と戦闘機人としての力を全て解放し、スタートダッシュを切った。

 持ちうる力の全てを捕われた妹の魂を救い出す、ただ一点のみに主眼を置いたギンガは、翡翠の魔導死神から託された異物質強制剥離装置を起動させる。

 装置の起動によって、ギンガの左腕が特殊な外皮を纏ったものへと変質。全神経を集中させるとともにギンガはブレイキングシェイカーの胸部目掛けて拳を突き立てる。

「スバルゥゥゥウウウ!!!!」

 

 ドンッ―――。

 

 場の空気が重い沈黙に閉ざされる。

 固唾を飲んで見守る中、ブレイキングシェイカーを貫通したギンガの左腕が、中に潜んでいた魔導虚(ホロウロギア)の本体である幼生虚(ラーバ・ホロウ)を外側へと引きずり出す。

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 スバルの魂魄から引き剥がされた幼生虚(ラーバ・ホロウ)は、即座に吉良の手により処分された。

 やがて、傷口の復元とともに魔導虚(ホロウロギア)化したスバルの肉体から怪物だった時の表皮が剥がれ落ち、五体満足で人間本来の姿を取り戻した。

「スバル!!!」

 ギンガが声を張り上げた直後、スバルは満身創痍でギンガに微笑みかけ、やがて力無くその場に倒れこんだ。

「「「スバル!!」」」

「だいじょうぶか!?」

 慌てて駆け寄るなのは達。ギンガは倒れたスバルを抱きかかえ、安否を確かめる。

「スバル! お願い目を開けて!! お姉ちゃんの声を聴いて!!!」

 震える声で必死に呼びかける。双眸から止め処なく零れ落ちる涙。

 そんなギンガの切実な願いを聞き入れ、スバルはおもむろに意識を取り戻し、ややぼやけた視界に映る姉の姿を見つめる。

「ぎん・・・ねえ・・・」

「よかった・・・・・・ほんとに、よかった・・・・・・///」

 失わずに済んだ妹の命。その手にある確かな温もりを愛おしく感じたギンガは、スバルをぎゅっと抱きしめる。

 怪我の癒えていないスバルには力いっぱい抱きしめるギンガの力加減に少し戸惑ったが、今はそれ以上に優しい姉の温もりを全身で受け入れたいと思った。

 

「ギン姉・・・・・・・・・ありがと・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:久保帯人 『BLEACH 16、20巻』 (集英社・2005)

 

用語解説

※1 整復=骨折や脱臼の生じた箇所を、もとの正常な位置になおすこと

※2 トリアージ=最善の救命結果を得る為、多数の負傷者を分別し、治療の優先度を決める事

 

 

 

 

 

 

教えて、ユーノ先生!

 

ユ「今日は機動六課について改めて情報を整理しよう♪」

「JS事件解散後に再編された機動六課の正式名は、『時空管理局本局 特定遺失物管理及び特殊脅威対策班』。古代遺物(ロストロギア)《アンゴルモア》の回収とそれ端に発する通常部署では対処に困る災害、テロ事案を一手に請け負う精鋭の機動部隊だ」

「全体的な構成は前回と殆ど変わっていない。実働部隊である《スターズ分隊》と《ライトニング分隊》、司令塔である《ロングアーチ》から成る。ここに恋次さん達が民間協力者として加わっている形となる」

一「俺思ったんだけどさ、ここの部隊って男女比がものすげー不均一な気がするんだが・・・・・・」

 一護からの鋭い指摘に、ユーノは「ある種仕方のないことなんですよ」と、諦めたように呟いた。

ユ「元々はやてが身内を中心にその友だちを呼び集めて作ったような部隊ですからね。しかも、高いポテンシャルを秘めた魔導師や通信士が女性ばかりっていうのもある意味悲しい話です」

一「じゃあ恋次たちが来ない間、あのエリオって子供はずっと肩身の狭い思いをしてたってわけか・・・・・・」

ユ「エリオかぁ・・・・・・あの子も思春期だからな。いろいろと女性関係で難しい年頃ですね。主にフェイトやキャロとかの接し方で。まさかとは思うけど、あの歳でフェイトと一緒にお風呂に入ったりはしないよなー・・・・・・」

 ユーノが懸念する中、実際の所は・・・・・・読者の皆様のご想像に任せます。

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

配「お届け物でーす」

 配達職員が浦太郎宛てへと届けた郵送物。

 中身を改めると、中には発泡スチロールで梱包されドライアイスでキンキンに冷やされたアイスのカップが出て来た。

浦「キタキタキタきたぁ―――!!! 待っていましたよ♪」

ス「浦太郎さん、これ・・・アイスですか?」

浦「そ。僕の故郷のアイスで『ハーゲンダッツ』っていうんだ♪」

な「ハーゲンダッツって確か、小さくて割と高級なアイスでしたよね? それがどうしてここに・・・?」

浦「わざわざ地球から取り寄せたんだよ。やっぱアイスと言ったらハーゲンダッツでしょ」

 亀井浦太郎はハーゲンダッツアイスが大好物だった。

 ミッドチルダに来てから食べる機会を逸していたが、今回ユーノに頼んで相当数と種類を揃えてもらった。

ス「うわぁー、見てるだけでおいしそうですね~~~!!」

浦「スバルも食べるかい?」

ス「いいんですか!! 是非とも頂きます!!」

 アイス好きのスバルも浦太郎の好意に甘えてハーゲンダッツをひと口。

 バニラアイスを口の含んだ瞬間、今まで味わった事の無い口どけの柔らかさと奥深い味に感慨を受ける。

ス「なにこれ・・・!! こんなに味わい深いアイス今まで食べた事がありません!!」

浦「それがハーゲンダッツなのさ。この味を知ってしまったら、最早普通のアイスは食べれない・・・・・・これで君も晴れて大人の中身入りさ」

ス「浦太郎さん・・・ありがとうございます!! あたしを大人にしてくれて!!」

 アイス好きな二人にしかわからない感動と世界観。

 なのはは苦笑いを浮かべながら、二人を一歩引いた場所から見守った。




次回予告

ユ「ある日、平和な村が謎の寄生生命体に襲われた」
「白き異空間に閉じ込められた鬼太郎とエリオを襲う。魔導虚(ホロウロギア)・マグニアの弱点を探せ!」
「次回、ユーノ・スクライア外伝・・・『霧が来る』。お楽しみに♪」






登場魔導虚
バルバロイ→ブレイキングシェイカー
声:岩田光央
パークロードに出現した魔導虚。幼生虚をそのまま肥大化させた姿をしており、仮面から触手が生えている。
通常の幼生虚より強力な魂魄融合能力を持ち、隙を突いてスバルの体を乗っ取り、彼女の魔力を糧にして「ブレイキングシェイカー」へと進化を遂げた。進化後はスバルの魔法だけでなく戦闘機人でもある彼女の能力を如何なく使い、ギンガ達を追い詰める。
最終的に、翡翠の魔導死神によってもたらされた魂魄間の異物質を取り出す方法を用いたギンガと、なのは達の活躍でスバルから直接幼生虚を強制的に分離させられ、吉良の手によって息の根を止められた。
名前の由来は、ギリシア人の他民族に対する呼称で、「聞きづらい言葉を話す者」または「訳の分からない言葉を話す者」の意を表す言葉から。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話「霧が来る」

 ガキの頃に両親を亡くした俺は、唯一の身寄りだった京都のばあちゃんに引き取られ、以来俺はばあちゃんに育てられた。

 物心つく前から俺はユウレイが当たり前のように視えていた。程なく死神の力を使えるようになった。

 最初はこの力が何なのかよくわからなかった。だが、俺はガキの頃から強いヒーローに憧れていた。

 弱きを助け、強きをくじく、そんなヒーローになれたんだって俺は内心興奮した。

 

 でも現実はヒーローにとって生きづらくて仕方なかった。

 せっかく力を持ってても誰もその力を求めないし、使う機会もほとんどない。どんなに強い力を持っていたって使わなかったら宝の持ち腐れでしかない。

 高校を卒業した俺は住み慣れたばあちゃん家を離れ、この俺にしかできない事を・・・俺自身がヒーローになる為に旅を始めた。

 

 そして旅を初めて数年後。俺はようやく、出会えたんだ。

 俺が強烈に憧れなりたいと願い続けたヒーローでありながら、この俺をヒーローに仕立て上げてくれた人と――――――。

 

           ≡

 

新暦079年 5月1日

第1管理世界「ミッドチルダ」

 

 霧深い渓谷を疾走する人の影。

 白衣姿の研究員と思しき男性は脇目も振らず、一心不乱になって山の斜面を下る。

 全力疾走で、まるで何か得体の知れないものを恐れるかのように。兎にも角にも逃げる事に必死だった。

「わぁ!」

 だが、男性は足下を取られ蹴躓いてしまう。

 打ち付けた箇所を押さえながらおもむろに立ち上がろうとしたが、直ぐに腰が抜けてしまった。

 よく見ると、周りには自分と同じ白衣姿の研究員が何人も倒れている。首筋には節足動物のような足が付いた奇怪に蠢くタマネギのような寄生物質が取り付いていた。

 そして、研究員を追い詰めるものが急速に接近する。

 意志を持ったかの如く背後から近づく霧。霧によって辺り一帯の視界が覆われた途端、絶望に悲観した研究員は叫喚を発した。

 

「ああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

           ◇

 

5月3日―――

ミッドチルダ北東部 ハコステ山 一合目地点

 

 ヴィヴィオが通うSt(ザンクト).ヒルデ魔法学院の初等科クラスは、ハコステ山へ遠足に来ていた。

 これからロープウェーに乗り、山の頂上にある『宇宙観測センター』へ向かう予定となっており、子供達は今か今かとロープウェーに乗るのを楽しみにしていた。

「わたし、ロープウェー乗るのはじめて!」

「わたし!」

「あたしも!!」

 ヴィヴィオとコロナ、リオは初めて乗るロープウェーに興奮を覚える。

「ボクもミッドのは初めてだな。スプールスの別荘に滞在しているときは、ロープウェーで山脈を一望したもんだがねー」

 いつものようにちょっと鼻にかけた物言いで自慢したがるのは、ヴィヴィオのクラスメイトで裕福な家庭に育った少年、ミツオ・スドウ。

「へぇー、そうなんだ」

「ミツオのお家はお金持ちだもんね」

「まぁねー!」

 金持ちである事を誇らしげに感じるミツオだったが、この後、良い気分でいたところでバウラが余計な事を口にした。

「あれ? でもそれならヘリを丸ごとチャーターした方が景色も独り占めできるんじゃねえのか?」

「言われてみれば確かに・・・。」

「お金持ちの割にはロープウェーっていうのがちょっと庶民っぽい気が・・・」

「ば、バウラ!! そう言う余計な事は言わないでよね!!」

 

 数分後、いよいよロープウェーに乗り込んだヴィヴィオ達は、山の頂を目指すかたわらゴンドラ内から一望できる絶景を満喫していた。

「見て見て海が見えるよ!」

「クラナガンはどこだぁ?」

「さすがにここからじゃ見えないよ」

「記念に、この最新式の『魔導制御88倍付き一眼レフカメラ』で撮影しておーこおーっと!」

 と、持参したカメラの性能を誇示するような説明をするミツオ。

「うぉー!! すげーやこのカメラ! 余計な機能がついてねえから使いやすいなー!」

 対するバウラは、市販されているインスタントカメラで窓から臨む景色をやたらと撮りまくってミツオの神経を無意識に逆撫でした。

「きぃぃ~~~!!! バウラのくせにボクより目立つなんて~~~!!!」

 常に自分が一番でありたいという気持ちが強いミツオは、ここに来てバウラに妙な対抗心を燃やす。

 傍で見ていたヴィヴィオ達は、ただただ苦笑するばかりだった。

「あははは・・・・・・ミツオのあの性格は別に嫌いじゃないんだけど」

「聞いてて気持ちがいいものじゃないよね」

 順調に山頂へと進み続けるロープウェー。

 だが、次第に濃い霧が立ち始め、景色はたちまち見えなくなった。

「なんかすごい霧・・・」

「なんにも見えないねー」

 折角の絶景をもっと味わいたかったのに・・・と、落胆した矢先。ロープウェーが目的地である頂上へ到達した。

 ただ不思議な事にロープウェー乗り場には人っ子ひとりおらず、ゴンドラから降りたヴィヴィオ達は思わず面を食らった。

「あれ~?」

「先に降りた連中がいないぞ」

「係のおじさんもいない」

「気味が悪いねー」

「クリス、外からの通信は?」

 うさぎのぬいぐるみを模した愛機セイクリッド・ハートこと、クリスに通信可能か否かと問いかけるヴィヴィオ。

 すると、クリスは困った顔を浮かべ首を横に振った。

「えっ・・・圏外!?」

 山間部では電波障害が発生しやすいと言うことは授業などを通じて知っていたが、精巧に造られたデバイスでの連絡が一切取れないのは些か信じられなかった。

 不安に駆られながら、ヴィヴィオ達は一先ず人が近くにいないかどうか確かめる為、乗り場の外へ向かう。

 しかし、やはり人が居る様子は無く全体的に静まり返っていた。

 山全体も登る途中から立ち込めた深い霧の所為もあってか、より一層不気味に感じられた。

「やっぱり誰もいない」

「どうしようか?」

「あ、待って。ボクの最新型携帯デバイスで先生に連絡を取ってみるから!」

「さすがはミツオ! こんなときばかりは頼りになるぜ!!」

 褒め言葉として素直に受け取っていいものか、コロナは内心判断に迷う言葉に思えてならなかった。

 手持ちの携帯デバイスで連絡を取り続けるミツオ。しかし、次第に様子がおかしい事にリオが気付いてしまった。

「あれ? どうしたの?」

「ダメだ!! 雑音しか聞こえて来ない!!」

 全く電話が通じない状況にミツオは悲嘆し涙を流す。

 そのとき、立ち込めていた霧の流れが突如として変化し始めた。霧の流れが変わり始めた直後、ヴィヴィオに虫の知らせが届いた。

「何か来る・・・・・・」

 不気味なものが忍び寄ろうとしている事を本能的に察知する。

 恐怖に戦き、身構えるヴィヴィオ達。そして、次の瞬間――――――かつて経験した事の無い恐怖が子供達へと襲い掛かった。

「あ・・・あああああああああああああ!!!」

「「「きゃぁぁぁああああ!!」」」

「ママァァァアアアア――――――!!!」

 

           *

 

 同時刻―――。

 二日前よりハコステ山にある宇宙観測センターからの連絡が途絶えたと言う報告を受け、機動六課は直ちに調査の為、エリオと鬼太郎をハコステ山へと向かわせた。

 

           ≡

 

ハコステ山 三合目地点

 

「こちらライトニング3、依然宇宙観測センターからの応答はありません」

 車を運転するかたわら通信を行うエリオと、助手席に座る鬼太郎は段々と濃くなっていく霧に違和感を抱き始める。

(なんだ・・・・・・この霧は・・・・・・・・・?)

『こちらフェイト。先ほど入った情報なんだけど・・・今日はヴィヴィオ達が遠足でこの山を訪れてて、数分前からセイクリッド・ハートの信号が途絶えた。何かが潜んでいる可能性は考えられるから、十分に注意して』

「了解です。」

 すると、フェイトの後で浦太郎が別な注意を促した。

「エリオ、先輩に気をつけた方がいいよ。昨日パチンコでまた負けたんだって♪」

 聞いた途端、怒りを覚えた鬼太郎はモニター画面にドアップで顔を映し激昂する。

『バカヤロウォ! なんでそう言うことこの場で話すんだよてめぇは!』

「良い歳にもなってもいつまでもギャンブルなんかやってるから悪いんだよ。これを機会にもっと賢い大人になった方が無難だよ、僕みたいにさ♪」

『ほざけ!! 俺はなぁ、てめぇみたいな顔だけイイだけの底なしもっこり男とは訳が違うんだよ! いいか、見とけ! てめぇよりも先にイイ女作って、俺と彼女の結婚式で“てんとう虫のサンバ”歌わせてやる!』

 浦太郎への煮え切らない怒りを露わに鬼太郎は通信を切った。

「「「ハハハハハ!!」」」

 切断直後、六課隊舎では恋次とヴィータ、浦太郎の三人があまりにおかしさに大笑いが止まらなかった。

「結婚式だぁ? あいつが? ないない!」

「あのガサツな男に限って結婚なんてあり得ねぇって!」

「だいたい先輩は恋愛のイロハはおろか、デリカシーの欠片すら無いんだよ。そんな人が女の子をモノにできる訳が無いって! やっぱ男はね、先ずお金! それに頭脳とルックスさ! この3Kが揃ってなきゃダメだって」

「あ、それ前に父さんから聞いた事あります。地球のバブル期・・・とかに流行ったって言う好意を持たれる男の人の条件ですよね?」

「せやけど浦太郎さんも古いなー。今は3Kやのーて『ジェントルマン』、『ギャップ』、『強引』をあわせた3Gが主流なんですよー」

「心配はいらないよ。僕はそれら世俗のあらゆる基準を遥かに凌駕しちゃってるから♪」

「いや・・・凌駕する事の意味が良く分からないんだけど」

 などと雑談をしていた折、それは起こった。

 

 ブーッ! ブーッ! ブーッ!

 

 突然の警報に目を見開くメンバー。

 すると、焦燥を露わにしたリインがはやてへ報告する。

「大変です! 鬼太郎さんとエリオからの通信が途絶えました!」

「なんやて!?」

「どうやら強力な電波障害が起こってるみたいです。ノイズしか入りません」

 

           *

 

ハコステ山 四合目地点

 

 現地で思わぬトラブルに見舞われたエリオと鬼太郎。

 到着して早々通信機器不良に陥り、直後には発生していた濃霧による影響で視界不良となった車は、移動中に木々に激突するという事故を起こした。

「ててて・・・なんだ? もう朝かよ?」

「冗談言ってないでどいてもらえませんか」

 鬼太郎にのしかかられる状態のエリオは身動きが取れずにいた。

 状況を整理する為、一旦車外へ出ると、ボンネットは見事に凹んでおりほぼ修理は不可能に近かかった。

 更に厄介な事に、発生している霧の中ではいかなる通信機器をまるで意味を成さず、六課との通信はおろか自身の位置把握さえままならなかった。

「どうだ?」

「ダメです。やっぱり通信できません」

「何がどうなっちまったんだよ。何もかもぜんぶ使用不能だなんて」

「何か強力な磁場に捕まったみたいですね」

「磁場? あ、それで宇宙観測センターとの連絡が・・・」

 通信障害の原因について何となく疑問に思っていた鬼太郎も、エリオの話を聞いてようやく合点が行った。

「それにしてもひどいな。ここら一帯荷電粒子が大量に拡散してる」

「おまえわかるのかよ?」

「これでも電気系統の魔法が使えるのである程度は。しかし困りましたね。この磁場の中ではGPSも全くの無意味です」

「だからってここに居たって埒が明かねえよ。こうなりゃ自力で何としても観測センターまで辿り着くしかねえな」

「ですがコンパスも何も無いんですよ?」

「バカヤロウ! これだから現代っ子は考えるって事をしねえんだ。この自然界にあるものをヒントに考えるんだよ!」

「考えるたって・・・なにをどうすれば?」

「確か観測センターがあるのは北だったよな?」

「そうですけど・・・」

 すると、鬼太郎は身に付けていたアナログの腕時計で短針を太陽の方角へと向けた。その方向と12時との間の方向を逆算し、方位を割り出す。

「あっちが南だから、観測センターはこっちだ」

「本当に合ってるんですか?」

「俺を信じろ! 荷物まとめたらとっとと出発するぞ!」

 一抹の不安を抱え、エリオは鬼太郎とともに観測センターを目指し歩いて出発した。

 

 宇宙観測センターがあるのはハコステ山の八合目、頂である1438メートルである。

 現在、二人がいるのはおよそ山の中腹当たり。ここから険しい獣道を進み、標高1000メートル付近までノンストップで進み続ける。

 先頭を歩く鬼太郎はぐいぐいとペースを上げて行く一方、エリオはやや息が上がり、歩くペースが徐々に減衰し始めた。

「は、は、は、鬼太郎さん・・・・・・ちょっと早くありませんか?」

「なんだよこれぐらいでへばってんじゃねえぞ。おまえそれでも自然保護隊のエースなのか? キャロにモテねえぞ」

「そこでキャロは関係ないじゃないですか/// とにかく、ちょっと休みませんか?」

「ったく・・・仕方ねえな。んじゃ5分だけだぞ」

 エリオの懇願を聞き入れ、鬼太郎は僅かな休憩時間を設ける事にした。

 勢いよく水分補給をするエリオを横目に、鬼太郎は持ち込んだ斬魄刀の波紋をなぞるように見つめる。

 すると、エリオが唐突に鬼太郎に質問をぶつけて来た。

「あの・・・・・・前から気になってたんですけど、鬼太郎さんって恋次さん達と違って正規の死神でもないのにどうして斬魄刀持ってるんですか?」

「俺にもよくわかんねぇんだよ。なんか気付いたら持ってたんだ」

「気付いたら持ってるもんなんですか?」

「細かい気にすんなよ。だいたい斬魄刀云々で言うなら、うちの店長だって正規の死神じゃないけど持ってるぜ」

「え?! 鬼太郎さんの上司の方も死神なんですか?」

「あぁ。しかも強さは怪物級だ。俺なんかとは比べ物にならねえ霊圧の持ち主でな、そのくせ『斬拳走鬼(ざんけんそうき)』揃った万能型なんだ」

「へぇー。すごい方なんですね・・・・・・今度紹介してもらっていいですか?」

「まぁ機会があったらな」

 このとき鬼太郎は敢えて言わなかった。

 店長であるユーノが既にエリオの知り合いであり、今最もホットな人物である『翡翠の魔導死神』の正体である事を。

 

 休憩を終え、二人は再び観測センターを目指して進路を取った。

 ちょうど六合目辺りを移動していた折、深い森を抜け、開けた景色が一望できる場所で一旦観測センターまでの距離を測り直す事にした。

「だいぶ歩いたと思うんですけど・・・本当にこの道で良かったんですか?」

「おっかしいな。俺の勘だともうとっくにセンターが見えてもいいはずだぜ」

 時刻は間もなく夕方の17時を回る。日没までに目的地へ到着したいというのが本音だが、位置情報が正確でない中での移動は困難を極めていた。

「ん」

 不意に、鬼太郎の目にある光景が飛び込んだ。

「あの・・・どうしました?」

「見ろ。村だ」

 幸運な事になだらかな大地に住居を構えた村々を発見した。

 二人は一度、村で観測センターの場所と距離を改めて聞く事で合意し、早速立ち寄ってみる事にした。

 ところが、村に入った際に彼らは異様で奇妙な現象に遭遇した。

 どこの家もつい先ほどまで人が居た気配を残しつつ、肝心の人間が一人も居ない。生活感を残したまま女子供問わず大量の村人が蒸発した。

「なんなんだよこりゃ?」

 怪訝に思いながら、鬼太郎は誰もいない家の中を見渡し、出しっぱなしになっていた水道の蛇口を一旦止める。

 家を出た直後、他の家を捜索していたエリオと合流する。

「鬼太郎さん!」

「どうだったそっちは?」

「誰もいませんね。でもどの家もついさっきまで人が居た形跡があるんですよ」

「まさか全員で山に芋掘りでもないだろう」

 などと冗談めかした事を口にした、そのとき。

「「うわあああ!!」」

 二人の前に全身が水浸しとなった少年、ミツオが突如として現れ、二人の目の前にぐったりと倒れ込んだ。

 何の前触れも無く現れた事に一瞬驚く二人だったが、直ぐにミツオの安否を気遣った。

「おい君、どうしたんだ!?」

「しっかしろ! 何があった小僧!?」

「きりが・・・きりが、くる・・・」

 譫言(うわごと)のようにそう呟きながら、ミツオは恐怖と寒さから体を小刻みに震わせた。

 

           *

 

午後16時57分―――

ハコステ山 近郊空域200メートル

 

 その頃、連絡の途絶えたエリオ達の救出へと向かったスターズおよびライトニング分隊は、ハコステ山に入山前からトラブルに見舞われていた。

「スターズ1からロングアーチへ。先に捜索へ向かったライトニング1との連絡も途絶えました。あの山全体に強力な電波障害が発生しているのか。もしくは・・・」

『・・・今は悲観的にならない方がええ。解析が済むまでそのまま待機や』

 話を聞いたはやては、険しい表情を浮かべながらそう言い、なのはも首肯し待機を決め込んだ。

 通信を終えると、なのははエリオ達もさること、遠足に出かけたまま行方が分からなくなった愛娘の安否もまた気がかりだった。

「ヴィヴィオたち・・・・・・だいじょうぶかな」

 

           *

 

午後17時02分―――

ハコステ山 六合目 村落群

 

 日も暮れ始め、一段と辺りは濃い霧が立ち込める。

 あのあと直ぐに気を失ったミツオが意識を取戻し、おぼろげな視界が開くと、真っ先に目に飛び込んだのは―――釣目でじっと顔を覗き込む鬼太郎だった。

「うわぁぁぁあああ!!! こ、殺さないでぇぇぇ!!!」

 ゴツンッ―――!

 あまりの心外な一言に鬼太郎は我慢ならず、ミツオに容赦ない拳骨を落とす。

「人の面拝んでその第一声は何だ!?」

「いたぁ~~~い///」

 二人のやり取りを見ていたエリオは苦笑しつつ、ミツオに詳しい事情を聞く事にした。

「えっと・・・確かヴィヴィオと同じクラスメイトのミツオ・スドウくん、だったよね? いったい何があったの?」

「・・・わからない。この山に登ろうとしていたら急に変な霧が出てきて」

「霧? 霧がどうしたんだ? つーかなんでずぶ濡れだったんだよ? 仲間は? まさかヴィヴィオ達を置き去りにしてきたんじゃねーだろうな」

「だったら何だよ!! それでボクを責めようって言うのかよ!?」

 矢継ぎ早に質問をされたミツオは、思わず大声で怒鳴り散らした。

「急にデケー声出すなよ。俺はただ・・・」

「知りたきゃ勝手に調べに行けばいいさ! それがあなた達の仕事なんだろ?」

「言われなくても行ってやるよ! 前に魔導虚(ホロウロギア)に取り込まれそうになった時に俺らが助けた恩をもう忘れやがって・・・てめえの親の顔が見てーよ!」

「ぼ、ボクのパパはすっごく偉い人なんだぞ! その気になればあんただって・・・!」

「へっ。上等だぜ。どんだけエラい奴か知らねえがな、この世でばあちゃんと店長以外俺に怖い物なんざねえ!」

 何故こんな時に些細な事で喧嘩をする必要があるのだろうと、内心呆れ果てるエリオは深い溜息を突く。

 ミツオに背を向け、一旦屋外へ出ようと鬼太郎が窓の方へ目を向けた―――そのとき。

「お、帰って来やがったぜ!」

 集団で失踪していたと思われた村人が挙って帰って来るのが見えた。

 急いで外へ出ると、鬼太郎はスクライア商店で鍛えてきた営業スマイルを見せ、人当たりの良さそうな態度で話しかける。

「いやぁ~、すみません勝手に上がり込んで。みなさんお揃いでタマネギ掘りに・・・」

 冗談半分で話しかけた折、鬼太郎は戻ってきた村人の異変を逸早く察した。

 まるでゾンビの如く皆虚ろな表情で、首筋にはタマネギを彷彿とする不気味に蠢く物が取り付いていた。

「なんだ・・・・・・?」

 老若男女問わず全員から漂う異様さと妙な殺気。

 ただならぬ雰囲気に警戒をしていた次の瞬間、突如として奇声を発した村人は包丁や斧、(なた)といった凶器を手にゆっくり近づいて来た。

 死の危険を感じた鬼太郎は慌てて家の中へ戻り、戸締りを強化するようエリオへ呼びかける。

「エリオ、戸閉めろ!」

「どうしたんですか?」

「いいから早く閉めるんだよ!」

 いつになく切羽詰った様子の鬼太郎を怪訝に見つめるエリオだったが、その直後、彼が何故慌てているのか理由を知った。

「な!」

 扉の隙間越しに見えた村人の狂気染みた行動を目の当たりにし、エリオもようやく事態の重さに気付く。

 家に入って来そうな村人を封じる為、慌てて戸を閉め背中で押さえ込む。

「一体何なんですこれ?!」

「俺に質問をするなぁー! あんなん分かるかー!」

 ドンドン・・・。ドンドン・・・。

 閉ざされた扉を手持ちの凶器で破壊しようとする村人達。

 封じ込むのも直ぐに限界を迎えると感じた鬼太郎は慌てて戸から離れる。

 村人が戸を突き破り始めた直後、外に充満していた例の霧が意志を持ったかのように屋内へ侵入を開始した。

「ひいいいい!!!」

 ミツオはここに来るまでに自分達を苦しめた霧が中へ入って来るや、恐怖のあまり体を膠着させる。

「なんだあれぇ!? とにかく逃げよう!」

 急いでエリオとミツオを連れ、鬼太郎は裏口から脱出する。

 すっかり日も暮れ辺りは闇に包まれる。村を離れた三人は、謎の霧と狂気を剥き出しにして襲い掛かる村人から逃れる為、森の中を一心不乱に走り続ける。

「みんなどうしちゃったんですか!?」

「知るかアホ!」

「アホって・・・!?」

 よりにもよって鬼太郎から「アホ」呼ばわりされるとはエリオ自身思ってもいなかった。

 だがそんな些細な事すら忘れさせるほどの恐怖が、暗闇に紛れて背後から急速に近づきつつあった。

「き・・・来たあああああ!」

 ミツオが悲鳴を上げたの機に、後ろを振り返るエリオと鬼太郎。

 すると、霧の中から蜘蛛の足のようなものが付いたタマネギ状の寄生生命体が数十匹と飛翔し襲い掛かって来た。

「ああああああ!! 来るなぁぁぁ!!」

 涙腺を崩壊させ、足下を躓いたミツオの腕に絡みつく寄生生物。

「ミツオくん!」

 咄嗟にエリオがミツオに巻きついたそれを取り除き事なきを得るが、頭上には同じ姿形の仲間がうじゃうじゃと集まっていた。

「うわっ! なんなんだこいつら!?」

 危機に直面したエリオはストラーダを起動しバリアジャケットを羽織る。

「気を付けろ! こいつらが村の連中の首に吸い付いてたんだ!」

 警戒を促しながら鬼太郎も斬魄刀を抜き、中空を舞っている無数の寄生生物をエリオと協力して斬り落とす。

 しかし、相手は小型ゆえにかなり俊敏性が高く、相当数で行動していた為、二人だけで対処するにはかなり分が悪い。

 倒した傍から仲間を次々と呼び出んで数を補充する。そんな未知なる敵を相手にするのは極めて効率が悪い。二人はミツオを守りながら、徒にエネルギーばかりを消耗する戦いに苦悶の表情を浮かべる。

「いくら倒してもキリが無いですよ!」

「馬鹿! こんなときにつまんねえダジャレ言ってる場合か! 逃げるぞ!」

 

 午後19時11分―――。

 謎の寄生生物を振り切った三人は、身を隠す事の出来る大きさの洞穴を発見。一時そこに身を潜めるとともに、出る機会を窺いながら状況を整理する。

「あいつら人間に憑りついて操ってやがる」

「微かですが、あの生物から魔導虚(ホロウロギア)出現時に確認される非物質粒子レギオンを検出しました。もしかすると、一連の騒動は魔導虚(ホロウロギア)の仕業だったのかもしれません」

「ちっ・・・。早くロングアーチにこのこと報せねえとヤバい事になるぞ!」

 洞穴の外を覗き込み、鬼太郎は松明の灯りで敵が近くにいないかを確かめる。

「ミツオくんはどうしますか?」

「この山はもう子供がいていい場所じゃねえ。エリオ、夜が明けたらそいつ連れて先に山を下りろ」

「じょ、冗談じゃないよ!! バウラ達を置いてボクだけ逃げろっていうの!? そんなことできるわけない!!」

「何いっちょ前な事ぬかしやがるんだてめぇは! だいたいヴィヴィオ達を置いて真っ先に逃げたのはどこのどいつだよ!?  ナマ言って無えでガキはガキらしく大人の言うことを聞いていやがれ!」

 鬼太郎の提案に猛反発するミツオと、その生意気な態度に業を煮やした鬼太郎もまた大声で怒鳴りつける。

「ぼ、ボクはあいつらに襲われたんだ! どこへ逃げたって絶対に追いつかれる!」

「じゃあどうすりゃいいんだよ!? お前は何がしたい!?」

「ボクは・・・・・・バウラ達を助けたい! ボク一人っきりでもぜったいに行く! 友だちを見捨てたりなんてやっぱり出来ないよ!」

「ミツオくん・・・」

「ったく。ああ言えばこう言やがって・・・・・・あとで泣きべそ掻いたって俺は知らねえからな!」

 

           *

 

ジェイル・スカリエッティ 地下アジト

 

「揃っているかね機人四天王諸君」

「全員おります」

 ファイの言葉がけ通り、スカリエッティの前には既にウーノを筆頭に、トーレ、クアットロら四人が自然と集合していた。

 まるで主からの招集の意図を組んだかのように―――。

 スカリエッティは早速今回の招集の理由であるハコステ山の魔導虚(ホロウロギア)について、携わった当時者から説明を聞くことにした。

「あの魔導虚(ホロウロギア)を育てたのはファイなのかい?」

「いかにもこのわたくしですドクター。あの魔導虚(ホロウロギア)・マグニアは人里離れた山奥の観測センターで日がな一日を過ごすひ弱な男でした」

 

           ≒

 

3日前―――

ハコステ山 宇宙観測センター

 

「じゃあエザキ教授、後始末よろしくお願いします」

「お疲れさまです」

「はい、おつかれさーん」

 あまり覇気のない返事をして、同僚の研究員を見送る一人の男。

 トシヤ・エザキ主任研究員(54)は、科学者ながら元・Sランクの凄腕魔導師だった。現在は加齢に伴う体力と魔力の衰えから第一線を退き、この宇宙観測センターで変哲のない日々を送っていた。

 深夜2時を過ぎた頃、研究に没頭していたエザキは、体の気だるさを感じつつ今の心境を率直に嘆いた。

「はぁ~・・・。年の所為かな、最近体がだるくてしかない。昔は体力にも魔力にも自信があったんだが・・・・・・」

「興味深い話だな」

 誰もいない研究室から自分以外の声がした事にエザキの背筋が凍りつく。

 振り返ると、そこには乾いた双眸でじっとこちらを凝視する機人四天王・ファイが立ち尽くしていた。

「な、なんだおまえは!? どっから入って・・・!!」

「俺から貴様へのプレゼントだ。これを使えば若かりし頃の力を取り戻せるぞ」

 幽霊にでも遭遇したかのようなリアクションを取る相手の反応に目もくれず、不敵に笑いながらファイは幼生虚(ラーバ・ホロウ)を一体取り出した。

「うぅ・・・・・・うわあぁぁぁああああ!!!」

 

           ≒

 

「そして魔導虚(ホロウロギア)は霧となった」

「周辺一帯に住まう生物から根こそぎ生命エネルギーを採取し、得られたエネルギーを幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラント培養に流用すれば・・・」

「ふふふ・・・・・・いいね、ファイ。私たちの目的達成は案外近いかもしれない」

 

           ◇

 

5月4日―――

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ北東部 ハコステ山 七合目地点

 

 夜が明け、三人はヴィヴィオ達の救出を念頭に宇宙観測センターまでの道のりを辿っていた。

「ねぇ、ほんとにこっちで合ってるんですか?」

「俺の勘を信じろ!」

 どうにもミツオは鬼太郎の勘が信じられないでいた。

 そのとき、ガサガサと物音がした途端、草陰に隠れていた一匹のヘビが真横から勢いよく飛び出した。

「あああああああ!!!」

 猛烈にビビるミツオ。鬼太郎は悲鳴を発したミツオに拳骨を下ろし叱咤する。

「バカヤロウ! ヘビくらいでデケー声あげんな! てめえそれでも男か?!」

「うぅぅ・・・・・・///」

 エリオは先んじて様子を探るが、やはり近くには誰もいない事を確認する。

「やっぱり誰もいませんね」

「思った通りこの村一帯全滅してやがんな。観測センターにでも行けば、通信設備が整ってるからそこで連絡が付くんだが・・・」

 

 すると、マグニア出現時に見られた意志を持つ霧が、鬼太郎達の気配を感じ取ってどっと押し寄せてきた。

「やべえ! エリオ、逃げろ!」

「でも!」

「早く行けって! ロングアーチにこの事連絡するんだよ!」

「うわぁぁあああ!! き、来たよぉぉ!!」

 迫るくる霧。

 エリオが下山道を直走る一方、鬼太郎とミツオは途中で道を遮られてしまい、下山困難な状況に陥った。

 こうなったからには仕方ない。鬼太郎はミツオを連れて観測センターまで行くことを決意する。

「おい、ガキ! 背中でギャーギャー喚くんじゃねえぞ!」

「う、うん・・・」

「おし・・・行くぜ行くぜ行くぜぇ!!」

 ミツオを背負い、鬼太郎は意を決して霧に背を向け全力疾走する。

 

 鬼太郎から任を預かったエリオは、ハコステ山からの下山を試みる。

 しかし、霧は若き騎士を執拗にじわじわと追い詰め逃げ道を完全に封じる。

 やがて道はなくなり、エリオは吊り橋の両端から迫る霧とそこから出現するマグニアによって挟み撃ちにされた。

「くそっ・・・」

 退路を断たれ、エリオは苦い顔を浮かべる。

 ストラーダを構えマグニアによる攻撃を牽制していた次の瞬間、一体のマグニアが不意にエリオの首筋へと吸い付いた。

「うわあ!」

 吸い付いたマグニアを取ろうともがくエリオ。その際、足場の不安定な吊り橋でバランスを崩し、運悪く川へ身を投げる様に転落した。

「うわあああああああああ」

 川へ転落したエリオはそのまま気を失った。

 一方、首に吸い付いたマグニアの様相が一変。寄生体から霧の姿へと状態を変化させ、何かに怯えるが如くエリオから早々に離れて行った。

 

「見てみて!」

 霧の追っ手から逃れていた折、鬼太郎は背負っていたミツオに唐突に呼び止められた。

「なんだよ!?」

「あれ!」

 ミツオが指差す方へ視線を向ける。

「ん?!」

 鬼太郎が目にした先に、一際霧が色濃く立っている場所が存在した。それこそがハコステ山一帯を覆う霧の発生源であったのだ。

 

           *

 

ハコステ山 五合目地点

 

 川へ身を投げ出し気を失ったエリオだったが、辛うじて彼は一命を取り留めた。

 しかし、自分で泳いで岸まで這い上がるだけの余力は残っていなかった。何者かの働きかけによって、九死に一生を得たエリオがおもむろに目を開けると、眼前には自分をじっと見つめる人影がいた。

「フェイトさん? それとも・・・・・・」

「少しの間辛抱していてるんだ」

 声色から判断するのにそれは男性の物だった。よく見ると、格好は全体的に緑と黒を基調としたもので、何より素顔を仮面で覆っていた。

 この特徴に合致するのはエリオが知るに一人しか思い浮かばない。

 エリオを救出した人物―――翡翠の魔導死神は優しい声でエリオを気遣った後、霧のように体を霧散させその場から姿を消した。

 ゆっくりと体を上げ、エリオは消えた相手を探すように辺りを隈なく確認した。

「あれは翡翠の魔導死神さん・・・・・・どうしてここに?」

 

 その頃、鬼太郎とミツオは霧の発生源へと近づき様子を探っていた。

 高所から窺える若干鈍く光る岩のような巨大物体。その近くには無数の寄生体が浮遊していた。

「あれが霧の発生源か」

「見て!」

 ミツオが霧の発生源の近くで群がる人々を発見した。

 村の住民の殆どが集まっているばかりか、遠足で逸れてしまったヴィヴィオや他の生徒達も挙って集まり、全員がマグニアに寄生させられていた。

 血色を失い歩くゾンビと化したヴィヴィオ達は、生気を失った虚ろな表情を浮かべる。

 さらに、吸い付いたマグニアを通じて青白い光・エクトプラズムが飛び出したと思えば、鈍く光る岩へと吸収されていくのを目撃した。

「みんなで何やってんのあれ?」

「あの野郎人間の生命エネルギーを食ってやがるのか?」

 鬼太郎の読み通り、マグニアは寄生した人間から生命エネルギーを奪い、それを養分としていた。

 生命エネルギーを奪われた人間はどんどん顔色が悪くなり、ミツオは老若男女問わず皆ゾンビと化している光景がただただ恐ろしかった。

「ね、ねえ・・・! 早くあの変な生き物やっつけてよ!」

「無暗に攻撃したら返り討ちだ。せめてあいつの弱点がわからねえことには・・・」

「水だよ!」

「水だと?」

「だってあの霧・・・川から逃げてたもん」

「おまえ、川の中に逃げて助かったのか?」

 鬼太郎はずっと疑問に思っていた。何故こんなひ弱で男気の無い子供があの魔導虚(ホロウロギア)から生き延びる事が出来たのか。

 その答えが分かった直後、二人の生命エネルギーを感知したマグニアの寄生体が不意に飛んで来た。

「あああああ!!」

 マグニアに戦くミツオ。鬼太郎は急いで逃げる彼を連れて発生源から離れる。

「来るよ早く!!」

「チキショウ!」

 逃げても逃げてもマグニアはどこまでも追ってくる。

 鬼太郎は飛んでくる寄生体を烈火の炎で撃ち落としては逃げ、撃ち落としては逃げるを繰り返し、脱兎のごとく疾駆する。

 しかし、敵は数に物を言わせて容赦なく襲い掛かってくる。いつまでも終わる事の無い鬼ごっこにミツオの体力も限界に近かった。

「ダメだぁ~! もう限界っ!」

「諦めんな! エリオが必ず救援を連れてくる!」

 一途に信じて走り続けること数分。鬼太郎達は思わぬところで地獄で仏の状況に出くわした。当初の目的だった宇宙観測センターが目の前に現れたのだ。

「しめた! 観測センターだ!」

 走れなくなったミツオの手を引っ張り、鬼太郎は体力を振り絞って建物を目指す。

「こっちだこっち!」

 急速に迫りくる霧と寄生体から逃れようと二人は無我夢中で走る。

 そして、何とか建物の中へ避難する事に成功。ようやく二人は安堵の溜息を突く事が出来た。

「ふぅ~助かったぜ・・・」

 改めて中を隅々まで確かめたところ、建物内は不気味なくらい静まり返っており、中から人の声はおろか気配すら感じられなかった。

「誰もいねえ。ここも奴らに襲われたんだ」

「そんなー!」

「チキショウ。どうすりゃいいんだ」

 

           *

 

 同時刻―――。

 電波障害の原因究明に難航していた機動六課は、翡翠の魔導死神からもたらされた情報を照らし合わせる事で、およそ17時間ぶりにハコステ山における詳細な情報を知る事に成功した。

 

           ≡

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

 ハコステ山全体を覆う強力な電波障害を克明に表した図。

 山を取り囲む周囲5キロ圏内がマグニアが生み出す特殊な霧に包まれ、あらゆる電子機器や衛星からの通信、魔力通信を完全に遮断していた。

「・・・ほんなら、ハコステ山がこの状態言んか?」

「衛星からの画像をデジタル処理しました。霧が発生している地点では全周波数域の通信は勿論、赤外線、Xスキャナ、念話すらも通りません」

「道理でエリオ達やフェイト隊長からの連絡が途絶えたわけです。翡翠の魔導死神さんからの情報提供が無ければ気づきませんでした!」

 直ちに行動を起こすべく、はやては各小隊ごとに指示を通達。

「シャーリー、待機中のスターズをハコステ山へ向かわせるんや」

「はい!」

「恋次さん達は直ちに陸路でハコステ山に急行して下さい」

「よし来た! 行くぜ吉良!」

「ああ。」

 

           *

 

ミッドチルダ北東部 ハコステ山 宇宙観測センター

 

 翡翠の魔導死神の助力を借りた機動六課が本格的に動き出した頃、鬼太郎は管制室で通信設備を動かそうと慣れないシステムを操るのに孤軍奮闘していた。

「チキショウ! どこのシステムも止まってやがる! どうやったら動くんだよ!?」

 そんな鬼太郎を横目に、ミツオはどこか諦観に満ちた顔を浮かべながら、唐突に語り始めた。

「・・・昔読んだ小説にね、こんなのがあったんだ。スーパーマーケットにたくさんの人間が閉じ込められるの。外には得体の知れない霧。みんな次々と、その中の怪物にやられていくんだ」

「悪趣味な小説だな! で、主人公は最後どうなんだよ?」

「・・・忘れた。でも確か、世界は滅亡するんだ」

「いいや、俺らの世界は滅びたりなんかしねえ!」

「どうして? 何でそんな事が言えるの?」

 根拠も無い事をミツオは無暗に信じる性質ではなかった。

 気になって問い質すミツオに、鬼太郎は自信に満ちた表情で断言する。

「この俺がいるからだ!」

 思わず面を喰らう一言に言葉を失いかけた。

 しかし、何の根拠の無い筈の言葉なのに不思議とミツオは力強さと、安心感を抱く事が出来た。

 と、そのとき―――通気口からマグニアの霧がゆっくりと侵入を開始していたのにミツオは気が付いた。

「鬼太郎さん!」

 烈火を手に護るように前に出た鬼太郎は、弱腰のミツオを勇気づけるとする。

「いいか、諦めたらそこで試合終了なんだよ!」

「なにそれ!?」

「スラムダンクっつう漫画の受け売りだ! いいかミツオ、男なら最後の最後まで諦めるな! どんなに惨めな目に合おうと生き残ったらそれだけでカッコいいんだよ!」

「ほんとに?」

「ウソだと思うなら最後まで俺を信じろ! 行くぜ!」

 ミツオを連れて管制室を飛び出し狭い廊下を疾駆する。二人は自分達を追ってくる霧から懸命に逃れようとする。

「止まんなよ! 早く行け!」

 全力で階段を駆け下りる。最後の最後まで絶望的な状況でも足掻き続けようとする。

「ぐああ!」

 だがそのとき、マグニアの寄生体が鬼太郎の首に吸い付いた。

「!」

 後ろを振り返ると、鬼太郎が苦しそうに(うずくま)っていた。

「鬼太郎さん!」

 ミツオは慌てて駆け寄り安否を気遣う。

「先に逃げろ!」

「イヤだ! 一緒に逃げる!」

「たまには言う事聞け!」

 すると、鬼太郎の首にも不気味に蠢く寄生種が現れた。

 それを見た途端、ミツオは目を見開き驚くも、勇気を出して鬼太郎の首元のシャツを剥がし取り除こうとする。

「バカ、何してやがる・・・。」

「諦めたらそこで試合終了なんでしょ。鬼太郎さんがそう言ったんだ!」

「! はっ・・・そうだったな・・・」

 ―――まさか一番勇気の無い子供に勇気づけられるとは、俺も焼きが回ったな・・・。

 内心自嘲しながらも、ミツオの手を借りた鬼太郎は、辛うじて自我を保ち最後の意地を見せた。

「人間なめんじゃねえぞぉぉー!! オオオオオオオオオオオオオ!!!」

 霊力を極限まで解放させ、自らの意志で首に吸い付いた寄生体を取り外すと、霊圧で焼き焦がしたそれを壁に向かって投げつけた。

「やった! やったよ!」

 敵を退けた事に達成感を抱くミツオ。

 しかし、一難去ってまた一難。再び霧が押し寄せ別の寄生体が迫ってくる。

 険しい表情を浮かべる鬼太郎だったが、そのとき、咄嗟に天井を見た際に閃いた。

「そうだ! 水だ!」

 スプリンクラーを見て、これしかいと判断。マグニアを一網打尽にする為、鬼太郎は烈火の炎をスプリンクラー目掛けて放つ。

「おらぁぁぁ!」

 炎の直撃を受けたスプリンクラーが破壊され、勢いよく水が吹き出した。

 それを受けた途端、水に弱い性質のマグニアは青菜に塩とばかりに勢いを失い、ボッという音を立てて床に落下。そのまま萎縮しながら活動を停止した。

 

 ドドーン! ドカーン!

 

 建物の外から聞こえた轟音。

 慌てて建物の外へと出るとき、鬼太郎とミツオが目撃したのは―――

「あれは・・・!」

 陸路で山を切り開いた恋次が狒狒王蛇尾丸を解放し、かたわら吉良や浦太郎、スターズとフェイトら顔馴染みが集まっていた。

『先輩、大丈夫!?』

「懐かしい声~~~!! おせーんだよてめえら!!」

「わりーな。解析に手間取っちまったんだよ」

『エリオは一緒じゃねぇのか? あいつは先に山を下っ・・・・・・まさか・・・・・・チキショウ!!』

「早合点はするな。心配いらぬ。翡翠の魔導死神に助けられたそうだ」

「店ちょ・・・じゃなくて翡翠の魔導死神がか! なら安心だぜ。それよりあの光る岩を攻撃しろ! あれが霧のエネルギー源なんだ!」

『わかった』

 鬼太郎の言葉を受けた恋次達が、いざ霧のエネルギー源である光る岩へ攻撃を加えようとした―――次の瞬間。

 散在していた霧がエネルギー源を護るかの様に一カ所に集まり始め巨大な姿を構築。ゴツゴツとした無数のタマネギ状の表皮と、胸に孔を開けた魔導虚(ホロウロギア)・マグニアがその本性を露わにした。

「何なのアレ!?」

「あれが霧の正体だ」

 

「一気に終わらせてやる!」

 凶悪な姿となって現れた霧の化身。

 構えを取った恋次は、狒狒王蛇尾丸の口腔内に圧縮した霊圧を標的マグニア目掛けて豪快に放つ。

「狒骨大砲!!」

 放たれる真紅のレーザー砲。対するマグニアは帯電したミスト状のエネルギービームを口から放出、飛んでくる恋次の一撃とぶつけ相殺させた。

 一人の力では倒すのは困難と判断したなのはとフェイト、浦太郎の三人が別角度からマグニアに狙いを定め、必殺の一撃を放つ。

「エクセリオン・・・バスタ―――ッ!!」

「ジェット・・・! スマッシャ―――ッ!!」

「一撃滅殺!! ディバイン・・・・・・バスタ―――ぁぁ!!」

 三方向からの高威力砲撃をその身に受けながら、マグニアは丸み帯びた体を上手く利用しダメージの殆ど受け流す。

「退がれ!  魔導虚(ホロウロギア)との距離を取るんだ!」

 一旦後退し、恋次達は体勢を立て直す事にした。

 すると、マグニアは光る岩に蓄えた生体エネルギーを利用し、背中にある突起から体へ吸収、パワーアップを図る。

「ヴィヴィオ達から吸い取ったエネルギーを!」

「あのタマネギ野郎・・・てめえの好きにはさせねえぞ」

 業を煮やした鬼太郎は迎撃の為、マグニアの元へと飛んで行った。

「来いよ! 焼きタマネギにしてやる!」

 解放した烈火を手に威勢のいい声でマグニアを威嚇する。

 その気になったマグニアが鋭い爪で切りかかる。瞬歩で避けた鬼太郎は動きが鈍重な敵の背後から炎を纏った一撃で斬りかかる。

「つらあああああ」

 しかし、ぶよぶよとした突起物に遮られ炎はおろか斬撃すら真面に通らない。

「なに!?」

 マグニアは驚愕する鬼太郎の隙を突き、鋭い爪で叩き落とす。

「先輩!」

「今助けるぜ!」

 恋次達も直ぐに鬼太郎の援護へと回り、再びマグニアへの攻撃を再開した。

 

「ストライクスターズ!!」 「狒骨大砲!!」 「ドルフィンドライブ!」 「紫電一閃!」

 

「俺の必殺技・・・パート4!!」     「ハーケンセイバー!」

 

 様々な技を駆使しマグニアを攻撃するも、独特の体組織と無限にエネルギーを吸収し回復と能力強化を図る敵の策略の前には暖簾に腕押し状態だ。

「なのはさん達の攻撃がまるで効いてない!」

「光る岩だよ! あの岩から無限の生体エネルギーを吸い取ってるんだ!」

「ではそれを破壊すれば!」

 ミツオからマグニア攻略のカギを聞かされ、ティアナとキャロ、吉良の三人はなのは達が敵の気を引きつけている間に急いで光る岩のある場所へと向かう。

「あれだよ!」

 ミツオに誘導され、三人は崖下でぽつんと存在感を主張する光る岩を発見する。

 早速岩の破壊を試みようとティアナとキャロが魔力弾を、吉良も鬼道をいくつか撃ってみるが、岩は皹はおろかビクともしない。

「ダメ! 効果ないわ」

「やっぱり普通の攻撃ではダメなんでしょうか」

「だが、アレを破壊しない限りは」

 吉良の危惧した通り、マグニアは光る岩から無限のエネルギーを即時抽出し続けている。魔力と霊力の枯渇に苦しむなのは達を嘲笑うかの如く、決して枯渇する事の無いエネルギーを存分に使う事が出来るのだ。

「「「「「ぐあああああ」」」」」

 帯電ミストの直撃を受けても辛うじて意識を保つなのは達。

 しかし、体力もじわりじわりと削り取られ、決定打を与えられない状況は極めて分が悪い事は間違いない。心身ともに疲労はピークに達しようとしていた。

「フェイトさん達が・・・!」

「一体どうすればいいの?!」

 絶体絶命のピンチ。打つ手は無いのかと―――諦めた欠けた、そのとき。

 

「お困りのようだね」

 唐突に空の上からそれは聞こえてきた。

 ティアナ達が声に反応して頭上を仰ぎ見れば、満を持した様にその姿を現した翡翠の魔導死神が中空に静止していた。

「翡翠の魔導死神さん!!」

「あれを壊すなら僕に任せてよ。ちょうど新しく組んだ鬼道の威力がどれほどのものか試してみたいところでね」

 右手を天に翳すように掲げると、翡翠の魔導死神はおもむろに自身が組んだ鬼道を使うに必要な呪言を唱える。

「君臨者よ 血肉の仮面・万象(ばんしょう)羽搏(はばた)き・ヒトの名を冠す者よ 太陽より遣わされし気高き炎帝 憤怒のままに鬼神の如く吼え狂え」

 手先に集まる霊気。発生した高密度の霊エネルギーは鬼神の顔を模した超高熱の塊へと変貌する。

「―――破道の七十三・改変『焔獄鬼(えんごくき)』」

 次の瞬間、圧縮・押し固めた超高熱を帯びそれをマグニアのエネルギー供給源である光る岩目掛けて勢いよく飛ばす。

 鬼の顔を模した炎の塊は、岩に激突するや大爆発。岩は粉々に吹き飛んだ。

 これによってマグニアへ供給される無限のエネルギー源は完全に断たれ、マグニア自身も驚愕を露わにする。

「エネルギー源が絶たれた! 今がチャンスだ!」

「「「「「はい(ああ)!」」」」」

「おっしゃー! クライマックスに決めるぜ!」

 エネルギー源を絶たれた事で、マグニアは自暴自棄を起こした様にむやみやたらと攻撃を繰り出す。

 なのはとフェイトは飛んでくる帯電ミストを強固な防御壁を張って防ぐ。

 その直後に恋次とシグナム、浦太郎の三人で標的マグニアへの一斉攻撃を仕掛ける。

「狒狒王蛇尾丸ぅぅ!!」

陣風(じんぷう)!!」

「ブリザードスピアヘッド!」

 今迄のように攻撃をされたそばから回復される心配は無い。マグニアは急速に削り取られる体力と蓄積されるダメージの大きさに追い詰められていく。

 そして、この戦いに終止符を打つべく―――鬼太郎が満身創痍のマグニアへ止めの一撃を加えようとする。

「秘かに温めてた必殺技・・・パート4!」

 烈火の刀身に霊圧のすべてを注ぎ込む。

 渦を巻いて切先に集まる炎。鬼太郎は鋭い斬撃と熱波を同時に食らわせ相手を絶命させる大技―――『苛烈閃(かれつせん)』がマグニア目掛けて放った。

 刹那、業火に包まれたマグニアは断末魔の叫びを上げて大爆発。全身が木端微塵に吹き飛んだ。

「やったぁ!!」

 鬼太郎の勝利にミツオはこの上も無い喜びを示した。

 勝利を見届けた翡翠の魔導死神も秘かに安堵し、静かにその場を立ち去った。

 

 マグニアが倒された事で、素体となった研究員エザキと、寄生された人々は後遺症を発症する事無く無事解放された。

 ヴィヴィオ達が救助に携わったなのは達に感謝の意を述べるかたわら、鬼太郎と四六時中行動を共にしていたミツオは律儀に鬼太郎への感謝を示す。

「ボクを最後まで守ってくれてありがとうございます!」

「あぁ。お前もよくがんばったな。男なんだからピーピー泣いてねえでもっと強くなれ。みんなを守れるヒーローになるんだよ」

 と、背中を押す助言をする鬼太郎。

 すると、ミツオはおもむろに次のような事を語り出す。

「実はボクさ・・・とりたて格闘技に興味があったわけじゃないんだ。バウラに無理矢理誘われて仕方なくって感じでさ。だから正直自分がなんでこんな痛い思いをしてまでがんばる必要があるんだろうってずっと思ってた・・・・・・だけど、鬼太郎さんのお陰でボクにも目標が出来たよ! ボクもいつか、鬼太郎さんみたいな強いヒーローになりたい!!」

 曇りの無い羨望を含んだ眼差しを向けられた。

 直後、鬼太郎の脳裏に昔の光景が蘇る。今よりも若い頃―――ミツオと同じような台詞を現在の雇い主・ユーノに言った事があった。

 そのとき、ユーノが自分へと向けてくれた言葉を鬼太郎はそのまま使うことにした。

「・・・はっ。バカヤロウ。『ヒーロー』はなりたくてなるんじゃねえ。他人を本気で思いやり、実行する勇気を持ったとき、人は誰でも『ヒーロー』になれるんだ!」

「それも誰かの受け売り?」

「あぁ。駄菓子屋を営むある優男からのな」

 不敵に笑う鬼太郎。ミツオも合点がいった様子ではにかんだ。

「何やってんだよミツオ! 早く来いよー!」

 ちょうどバウラ達に呼ばれ、ミツオも仲間の元へ行こうとする。だがその際、ふと立ち止まって鬼太郎へと振り返る。

「あっ、あの小説のラスト思い出したんだ」

「やっぱり世界が滅亡して終わりなのか?」

 問いかける鬼太郎にミツオは首を横に振った。

「本当はね・・・・・・希望を持った男とその息子が、遠い地平を目指すんだ。そして・・・。」

「そして?」

「―――霧が晴れるんだ!」

 満面の笑みで鬼太郎へ答えると、ミツオはバウラ達の元へ走って行った。

「ねえ先輩、あの子と何があったの?」

「別に。なんでもねえよ」

 二人の間で起こった事が秘かに気になる浦太郎。

 鬼太郎はミツオのこれからに大きな期待を寄せるとともに、少しでもあの子が憧れるヒーローの模範になっていけるように、自身も精進に励む事を誓った。

 

 

 

 

 

 

教えて、ユーノ先生!

 

ユ「今日は鬼太郎の斬魄刀についてだ♪」

「鬼太郎の斬魄刀の名前は『烈火』。“熾きやがれ”の解号で、身の丈を超える赤い大刀に変化する」

「見た目もさること能力は炎熱系の斬魄刀。様々な火炎を駆使した技を用いる事ができる。鬼太郎曰く結構な霊力を消費する大食いで、大技を使った後はいつもよりも数倍食べないと体がもたないらしい」

 と、説明をした直後。鬼太郎がユーノの元へと飛んできた。

鬼「見ましたか見ましたか店長!! 今日の俺、いつもの数段にも増してカッコよかったでしょう!!」

ユ「そうだね。カッコよかったと思うよ」

鬼「だいたい世間は顔がイイだの、ちょっと勉強ができる奴ばっかりチヤホヤしやがって。男はやっぱし男気で勝負するもんだぜ。俺は何が何でも亀よりも先にいい女作って結婚してみせますよ!」

ユ「すごい張り切ってるね・・・ちなみに、もし結婚するなら鬼太郎はどんな女性が好みなんだい?」

鬼「そうっすね・・・・・・まず、間違いなくあり得ねえタイプは決まってるんすよ。なのはみたいな色んな意味で危ねーのはまず女として見ることなんて出来ねえしな!」

 これが失言となってしまった。

 言った直後、ただならぬ霊圧の乱れを感じ取った鬼太郎が恐る恐るユーノへと顔を向けたとき、彼は笑いながら怒りを露わにしていた。

ユ「はははは♪ 鬼太郎くん・・・・・・僕の前でなのはを侮辱するとはいつになく肝が据わってるじゃないか♪」

鬼「ちちちちち違うんですよ店長!! 今のはほんのちょっとした誤解で・・・そう!! 言葉の綾って奴っすよ!!」

ユ「たとえ誰だろうと、僕の恩人で大事な大事ななのはを蔑む奴は容赦しない・・・・・・さぁ、頭を冷やす準備はいいかな?」

鬼「待ってください!! 俺はまだ死にたくねーっすよ!! あぁ・・・・・ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

黒崎先生の1分でわかる心療内科

 

織「みなさんこんにちは、黒崎医院看護師兼一護くんの妻、黒崎織姫でーす! このコーナーでは身近な病気に関してとても優しく温かく解説していくコーナーです」

一「つーかなんだよこのコーナー? 確かに俺医者だけどよ、あんまし専門外な事は・・・」

織「だいじょうぶだよあなた自信持って♪ では、早速本日のテーマを紹介します。本日のテーマは『ED』です!」

一「いきなり色んな意味でハードルの高けーな!? まじで俺が説明しなきゃならねえのか!?」

 困惑する一護。織姫が機体の眼差しを向けて一護をじっと見つめる。

 躊躇った末、一護は諦めのついた様子で溜息を突き、やがて『ED』について語り始める。

一「・・・じゃ、じゃあ説明するぞ。EDっていうのは、『Erectile Dysfunction』の略で、日本語では勃起障害の事だ。この病気の原因は主に二種類に分けられる。一つは糖尿病などを原因とした身体性のもの。もう一つは心因性のもの。実は最近は後者の方が増加傾向にあるんだ。実際の患者の声を聞くと、普段は何の問題も無く勃起するのに、誰かと性行為をするときだけ勃起しないって言うのが大半なんだ」

織「なるほど。そういう精神的なインポテンツ患者が何本も増えてるんだね・・・」

一「()()ってなんだよ!! つーかインポテンツって言う言葉臆面も無く使うの止せよ!! こっちが逆に恥ずかしいわ!!」

織「で、どうして増えてるのかな?」

一「簡単に言うと自信が無くなってきてるってところだな。仕事や生活で疲れてる中、性行為を上手くしなきゃっていう強い緊張、そのプレッシャーで益々出来なくなっちまう訳だ。それにもうひとつ気になる理由として・・・患者は普段の興奮材料の殆どを二次元のイラストで補ってるらしいんだ」

織「え!?」

 衝撃の事実に言葉を失う織姫。しかし、これは紛れもない事実なのだ。

一「まぁこんな感じな訳だが・・・俺からアドバイスできるとしたら、たまには三次元でも興奮してみろって事くらいだな。少しずつ現実に近い状況で刷り込みを行えば、ストレスや不安も減ってくるだろうぜ」

織「なるほど、よくわかりました♪ あ、ちなみに興奮材料が一次元や四次元の場合、どうしたらいいのかな?」

一「それはそれで問題だけどな・・・・・・」

 問題が多すぎる方はメンタルヘ! 次回もあるかな?!




次回予告

ユ「800年前の古代ベルカ時代に名を轟かせた聖王が納められし棺・聖王の聖櫃(セイクリッド・アーク)が聖王教会へと運び込まれた」
「しかし、時同じくして起こる猟奇的な連続変死事件。長きに渡る封印が解かれ今、最強最悪の聖王が蘇る―――」
「次回、ユーノ・スクライア外伝・・・『聖王の聖櫃(セイクリッド・アーク)』。恋次さんの中に封じられた力も一緒に解放されちゃうぞー♪」






登場魔導虚
マグニア
宇宙観測センターに勤務する主任研究員トシヤ・エザキが幼生虚との融合によって誕生した魔導虚。
節足動物のような足が付いた奇怪に蠢くタマネギのような姿の小型活動体となり人々に寄生して操り、無限に生体エネルギーを吸収する。これらの小型活動体及び霧は水に弱く、水に濡れると溶ける。口から電撃を含む霧「ミスティングスパーク」を吐き、また両手の爪を使った攻撃も得意としている。体表は通常の砲撃や斬魄刀の刃も通じない。分身である光る岩から生体エネルギーを補給している限り活動が可能。
最終的に光る岩を破壊されて弱体化し、最後は鬼太郎の苛烈閃で倒される。マグニアが倒された後、寄生された人々とエザキは元に戻った。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話「聖王の聖櫃(セイクリッド・アーク)」

一か月前―――

尸魂界(ソウル・ソサエティ)

瀞霊廷(せいれいてい) 一番隊 隊首室

 

「失礼致します。総隊長、今お時間宜しいでしょうか?」

 

 戸が開かれると、眼鏡を掛けた理知的な女性の副隊長―――伊勢七緒が、京楽総隊長の元へとやって来た。

 七緒の顔を見た京楽はいつもの飄々とした調子の声で出迎えた。

「やぁ七緒ちゃん。なにもそんな格式ばって改まらなくてもいいのに。ボクと君の仲じゃないか。遠慮せずにボクの胸に飛び込んできてくれてもいいんだよ?」

「総隊長、真面目に聞いてください。現世よりお客様です」

「客? このボクに用がある人間は限られていると思うけど、誰だい?」

 すると、七緒の背後から緑を基調とする和装に身を包んだ細身の人物がおもむろに京楽の前に出る。

「僕ですよ、京楽さん」

 はにかんだ笑みと共にその来客―――ユーノは被っていた帽子を手に取り、京楽へと挨拶をした。

「いやー。これは珍しいお客様だ。ボクになにか御用かなスクライアクン」

 京楽は久方振りにお目にかかる一護の愛弟子であるユーノを快く迎え入れた。

 左目だけとなった京楽の()は眼前のユーノをしかと捕え、手付かずな事務仕事を放り出して、彼の前に出る。

「お久しぶりです。実はちょっと、折り入ってお願いがあって来たんです」

 傍で控えた七緒も実のところ気になった様子で、眼鏡の位置を微調整しながらユーノと京楽の話に耳を(そばだ)てる。

「ん~。内容にもよるけどね・・・・・・君がこのボクに直接会って話があるってことは・・・・・・相当に重要な事なんだろう?」

「ええ。護廷十三隊の今後の活動にとっても非常に重要な事なんです」

「・・・言ってごらん。君にはいろいろと貸しがあるからね。出来る限りの事では協力をしてあげるよ」

 

           ≒

 

 護廷十三隊三番隊隊長・阿散井恋次は、管理局本局と並ぶ機動六課最大支援組織「聖王教会」の教会騎士カリム・グラシアへ謁見の為、はやてとともに教会本部を訪れる事となった。

 

           ≡

 

新暦076年 5月8日

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ北部 ベルカ自治領「聖王教会」大聖堂

 

「阿散井恋次さんですね? 初めまして、聖王教会教会騎士カリム・グラシアと申します。本日はお忙しい暇の中のご来訪に感謝いたします」

「前置きはいいさ。それより本題に入ろうぜ。今日俺をここへ呼んだ理由とやらを」

 単刀直入に要件を話すよう所望する恋次。

 カリムは恋次の隣に座るはやてと顔を見合わせ、一瞬考えた末、「そうですね・・・」と口にし、執務室に差す日差しをブラインドで覆ってから本題に入る。

「今回あなたをお招きしたのは他でもありません。是非ともある予言について死神の皆さんにも知っておいて欲しいと思ったからです」

「予言?」

「以前にちらっとお話したと思います。カリムはこれから先の未来に起こる出来事を詩文形式で書き出す稀少スキルを持ってるんです」

 はやての説明の後、カリムは手元にあった羊皮紙を束ねたものを解き、恋次に見せる形で中空に浮遊させた。

「私の能力・・・【予言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)】が書き出したこの世界の行く末を示した予言。今ご覧頂いているのはその原文となります」

 ただでさえ難解な古代ベルカ語で書き綴られた予言。恋次からすれば文字と言うよりミミズがうねった跡にしか思えてならない。

 困惑する恋次を見かねたカリムは、直ぐにこうなる事を予測して、あらかじめ用意していた物を取り出した。

「・・・ここに私や教会の予言解釈担当部署並びに有識者達との間で現代語に翻訳したものがあります。こちらに目を通して頂きけますか」

「お、おぉ・・・」

 それを聞いて少し安堵した。恋次はあのまま訳の分からない文字をずっと見せられるのかとばかり思っていたので、カリムの計らいに正直救われた。

 早速目を通すと、漸く日常会話程度に理解し始めたミッド文字で著された文字をおもむろに目で追った。

「!」

 文章を読んだ直後、恋次の様相が露骨に変化した。

「恋次さん、どないしたんですか?」

「何かありましたか?」

 はやてとカリムは怪訝に見つめながら恋次におもむろに尋ねる。

「なぁ・・・・・・これってホントにお前が予言したものなんだよな?」

「はい・・・・・・そうですが」

 発言の意図がよくわからず、問われた事に訝しむカリム。

 そして、面を喰らっているカリムやはやての前で恋次は驚愕の事実を吐露した。

「・・・・・・俺はミッドチルダ(ここ)に来る前、これと全く同じ内容の予言を尸魂界(ソウル・ソサエティ)で見た事がある」

「「え!?」」

 一瞬聞き違いかと耳を疑った。

 しかし、聞き違いなどではない事がこの後すぐに恋次の口から語られた。

「あれは三か月前―――遠征任務から帰って来てしばらく経った後、俺と吉良は護廷十三隊総隊長より直々の呼び出しを受けた」

 

           ≒

 

三か月前―――

尸魂界(ソウル・ソサエティ)

瀞霊廷(せいれいてい) 一番隊 隊首室

 

「やあ、二人とも、忙しいところ悪かったねえ」

 京楽総隊長が普段と変わらぬ調子で片手を上げて出迎えるを見て、吉良が声をあげた。

「総隊長。三番隊(僕達)だけ呼び出したのは、何か特別な理由でもあるのですか?」

「ああ、まあねえ。ちょっと面倒な事になってきたものでねぇ、どうも」

「面倒な事、ですか?」

「ちょっとこれを見てくれるかい?」

 京楽はそう言うと、懐から一通の便箋を取り出し、二人へと手渡した。

「京楽隊長・・・これは?」

「現世からボク宛てに届いた連名の書簡さ。差出人は“黒崎一護”や“浦原喜助”と言った君らもよく知る者達ばかりだ」

「一護が京楽隊長に手紙を書いたって事ですか?! で、中身は?」

「ん~・・・どうにも奇妙な内容でね。最初は良く分からなかったんだけど・・・・・・あ、君らも読んでみてくれるかい?」

 京楽からの許しを得、二人は渡された手紙を拝見する。

 

『古に忘れ去られし禁忌の宝玉砕かれし時、これから起こる大破壊の幕が上がる。

 新たなる混沌の始まりを告げるは、輪廻の理に外れし死せる者達。

 それを先駆けに欲望の種は数多の海と世界へと伝播す。

 ついに世界の民は灼熱にも似た邪悪なる意志のもとに灰焼きにされよう。

 これを止められし者、すなわち光であり闇である者。

 光であり闇である者、志を同じくする十の戦士達と共に混沌に呑まれんとする世界を救わん』

 

 そこに書かれていたのは、極めて抽象的で解釈のし難い文章だった。恋次と吉良も思わず戸惑いを露わにする。

「あの・・・京楽隊長・・・・・・な、なんすかこれ?」

「何かの比喩の様に思えますが・・・・・・これはもしかすると、予言・・・ですか?」

「ボクも吉良クンと同じ考えに至ったよ。どうやら現世では不穏な種が芽吹き始めている様でね。実際、ここ最近現世で一部の(ホロウ)が突然変異を起こしているという報告が技術開発局から上がってるんだ」

 ふぅー・・・。肩の力を抜くように深く息を吐き出し、京楽は二人の方を見ながら率直な自分の意見を口にする。

「これは、飽く迄ボクの主観でしかないんだけど・・・・・・おそらく、その手紙に書かれてある予言は、ボク達にこう言ってるんじゃないかな。“早いうちに手を打たないと手遅れになる”・・・ってね。でなきゃ、わざわざ一護クン達が連名でボクに手紙なんか出すとは思えないんだ」

「事情はわかりました・・・・・・ですが、なぜ僕たちなんですか?」

「腑に落ちないようだね。まぁ、ムリもないか。本当はルキアちゃんを現世に派遣させようとも思ったけど、大戦以来浮竹の調子がずっと悪いからね、今彼女を瀞霊挺(ここ)から動かすわけにはいかないんだ。そこで、彼女に次いで一護クン達と接触機会が多い君達が適任だと思ったんだよ」

「京楽隊長。俺らは現世で何をすれば?」

「詳しいことはまた追って通達するよ。いずれにせよ、遠征から戻ってきたばかりで悪いんだけど・・・・・・君達にはまた面倒事を押し付ける事になる。今のうちに思い残しが無いようこっちで過ごしておくといい」

 言われた恋次と吉良は、京楽から再び手元にある書簡へと目を移す。

 和紙に書き綴られた奇怪な予言―――それが何を示すものかを、このとき二人は知る由も無かった。

 

 文章の意味を知る事になるのは、ひと月後に下された『魔導虚(ホロウロギア)に関する実態調査』の過程で、ミッドチルダへ向かう事となった後だった。

 

           ◇

 

現在―――

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ北部 ベルカ自治領「聖王教会」大聖堂

 

「では・・・私の予言と同じ解釈を示した文書が阿散井さん達の元にも?」

「それも地球からの手紙って・・・・・・どないなっとんねん?!」

「こっちが聞きてぇくらいだよ。ただ、あの後手紙の差出人の欄を思い返してみたんだが・・・・・・何の因果か連名の最後に“翡翠の魔導死神”ってのが書かれてあった」

「翡翠の魔導死神!? ・・・ということは、死神の皆さんに予言を伝えたのは彼なんか・・・?」

 予想外の人物の名が飛び出した、はやてとカリムは相当に驚いたものの、どこか合点が行く名であるとも思った。

「でも・・・やっぱりおかしいわね。この予言は本局上層部並びに機動六課前線メンバー、それに一部の関係者以外には公開していないものです。一体どこで予言内容が漏れたというの?」

「漏れたんじゃなくて、奴自身が同じ事を予言してたとしたら・・・どうだ?」

「「え!」」

 聞き捨てならない恋次の発言に挙って耳を疑う二人。

 恋次は唖然とする彼女達を見ながら、自らの推測を交えた見解を述べる。

「あの男に関して俺らが知っている情報は極めて少ない。だが、これまで数々の危機難題を乗り越えて来られたのもあいつのお陰と言っても過言じゃねえ。ここからは俺の憶測だが・・・・・・翡翠の魔導死神は、これから起こり得る未来を遥か以前に予期し、俺ら死神を焚きつけて魔導師(お前達)とを鉢合わるよう仕組んだんだよ」

 

           *

 

第97管理外世界「地球」

東京都 松前町 スクライア商店

 

「ただーいま―――っ。アイス買ってきたよーン」

 外出先から戻ったユーノは飄々とした口調で戸を開け、留守を預かっていた金太郎に話しかける。

「金太郎・・・白鳥さんの容体は?」

 すると、金太郎は深刻な面持ちでユーノを床の間へと連れて行く。

 静かに戸が開けられたとき、ユーノの目に飛び込んだのは、部屋の真ん中に敷かれた布団で臥位(がい)を決め込んだ白鳥の姿。

 その姿はさながら死に立て直後の人間の様であり、ユーノと金太郎は間近でそれを見ながらぼそっと口にする。

「・・・死んじゃったようだね」

「・・・死にましたな」

「せめて、供養はしっかりしておかないと」

 そう口にして、懐に忍ばせていた数珠をユーノが取り出した直後。

 ばっと、勢いよく布団が捲り上がり、今し方死人呼ばわりされた白鳥が取り乱した様子で起き上がった。

「誰が死んだと!? この私がこの程度の事でくたばると思っているのか!?」

 すると直後、金太郎は無言で包帯が巻かれた白鳥の左腕を軽く突くように触れた。

「だああああああああああ!!!!」

 触れた瞬間に全身を駆け巡る激痛に喘ぐ白鳥。

 再び死人のように布団で寝臥(ねが)を決め込み、半分魂の抜け落ちた彼を見、ユーノはややドライな口調で語る。

「ムリはしないで下さい。たださえ、あなたのなまり切った体を鍛えるのは相当大変なんですから。あなたの覚悟がどれほどのものか―――魔導死神としてどれだけのポテンシャルを秘めているのかも含め、僕がこの四年で実践してきたトレーニングメニューをこなせるかどうかで見極めさせてもらいますよ。ま、温室育ちの白鳥さんにはちょっとキツ過ぎたかもしれませんけど」

 この言い方が気に入らなかった。

 白鳥は(ほとばし)るような全身の痛みを堪え、眉間に皺の寄った発汗が尋常ではない顔つきでユーノの事を睨み付ける。

「舐めるなよ、ぼったくり商店めが・・・私は護廷十三隊一番隊第三席にして・・・創業より二百年を誇る『白鳥重工』が跡取り息子、白鳥礼二であるぞ・・・・・・この私がこの程度の事で根を上げてなどいられぬ・・・!  私は何者にも屈することのない力を必ずや手に入れる。そして、私の大切な者を必ずや守り抜いてみせる・・・!」

「―――その意気と力強い言葉はとても惚れ惚れしますね。では、その意気に免じて次のトレーニングに移りましょうか♪ 金太郎、用意して」

「承知」

 狂気を宿した笑顔で金太郎へと指示を出すユーノ。

 それを見た途端、白鳥は先ほどまでの強きを忽ち失い、別の意味で発汗機能が異常に働いた。

「え・・・・・・ま、待ってくれ! この状態で次のトレーニングなどできるわけが・・・!!」

「さぁ白鳥殿・・・覚悟をお決めくださいませ」

「い、いやだ・・・! (イヤ)だよ!! ひ・・・ひやあああああああああああああああああああああああ!!!」

 

           *

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ北部 ベルカ自治領「聖王教会」大聖堂

 

 カリムとの会合を終え、恋次とはやてはカリム・グラシアの側近を務めるシスター、シャッハ・ヌエラに連れられ聖堂の外を歩いていた。

「・・・それにしても驚きました。この世界で起こり得る出来事をカリム以外に予言できる者がいたとは」

「俺は予言なんてものは信じねー。何が起こっても全部まとめて解決すりゃいいんだ」

「そやけどほんまに翡翠の魔導死神さんは何者なんや? 恋次さんと同じ死神なら過去に同じ組織に在籍してたいう可能性はないんですか?」

「あいつは護廷十三隊所属の死神じゃねえ。わかってんのは奴は元々魔導師だったが、何らかの理由で死神の力に目覚めたって事だ」

「突発的に死神の力に目覚めた魔導師・・・・・・果たしてそのような事が本当に?」

 俄かには信じられないはやてとシャッハ。

 そんな折、ふと三人の目に奇妙な光景が映った。教会を訪れた信仰心の篤い聖王教の信徒達が挙ってある場所に群がっていたのだ。

「なんだこの人だかりは?」

「あぁ・・・ちょうど三日前、エヴァリーナから秘蔵の聖遺物が届けられたのでそれを一目見ようと集まってるんだと思います」

「エヴァリーナってどこだよ?」

「聖王教会の本山がある第28番の管理世界です。そこのエヴァリーナ教皇庁から期間限定で聖遺物『聖王の聖櫃(セイクリッド・アーク)』が持ち運ばれました」

 どのような物か気になり、恋次達も他の信徒に交じって噂の聖遺物を見学する。

 その聖遺物―――聖王の聖櫃(セイクリッド・アーク)は、古代ベルカ諸王時代の聖王の遺体を安置した棺の事で、細部には豪奢な装飾が施されており、信徒達は熱心に祈りを捧げていた。

「この聖櫃(せいひつ)には今からおよそ800年ほど前、当時の古代ベルカに実在したゼーゲブレヒト王朝の第5代国王、ルイス・ゼーゲブレヒト氏が眠っております。ルイス氏の治世はゼーゲブレヒト朝の最盛期にあたり、特に内政に力を入れた事で長期間の平和を保ち、王国は繁栄を極めました。国内外を問わず、争いを収めるよう努力したため『ベルカの調停者』とも呼ばれ、高潔で敬虔な人格から理想の聖王教王と現在も評価されています」

「へぇー。すごい人やったんですねー」

「よくわかんねーけど、俺にはこの箱が装飾こそ豪華なただの棺桶にしか見えねーよ」

 古代ベルカ時代の魔法を継承するはやては歴史に秘かなロマンを馳せる。

 一方の恋次は古代ベルカの歴史にあまり興味の無い顔つきで、厳重に安置された眼前の聖櫃を凝視する。

 多くの信徒達に見守られる聖遺物。

 しかし、この群衆に混じって悪意ある者の手が秘かに伸びようとしていた事を、このとき誰も気づいていなかった。

 

 その日の夜―――。

 人が居なくなり、静まり返った広大な聖王教会大聖堂を、守衛がいつものように巡回していた時だった。

「ふぁ~・・・。ったく、やっともらった仕事だが、酒でも飲まなきゃやってらんねぇ。だだっ広い聖堂と礼拝堂に修道院。時々どこからか妙な音が響いてくるし、さっさと終わらせて・・・・・・」

 つまらなそうに言いながら、聖堂の中へ入った折、守衛は激甚(げきじん)な状況を目の当たりにした。

「!」

 守衛はしかと見た。血染めの逆五芒星に体と蝋燭を安置させ、頭部を砕かれ無残に殺された神父の変わり果てた姿を―――。

「あ・・・ああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

           ◇

 

 翌日―――。

 聖王教会で起きた凄惨な殺人事件は大々的にテレビ等で報道され、ミッドチルダを始め全世界を震撼させた。

 調査の為に、本局執務官のフェイトとティアナが現地へと向かう事となった。

 

           ≡

 

5月9日―――

ミッドチルダ北部 ベルカ自治領「聖王教会」大聖堂

 

 管理局捜査関係者及び教会騎士団を中心に捜査が進められる中、カリムは凄惨な事件の結果に終始沈痛な面持ちでいた。

「騎士カリム」

 すると、背後から声を掛けられ、振り返るとちょうど現場に到着したフェイトとティアナが歩み寄って来た。

「フェイト執務官。ランスター執務官も」

「この度はご愁傷様です」

「被害に遭われた方の身元を確認したいのですが・・・」

 そう言われた後、カリムは二人を事件現場である聖堂へと誘導する。

 現場検証が今まさに行われている中、二人は被害に遭った教会の神父及び状況を現認。そのあまりの凄絶さに二人は顔を歪め絶句し欠けた。

「ひどすぎる・・・とても人間のやる事とは思えない」

「完全に頭部が砕かれています。状況からして、この石が凶器でしょうか・・・」

 ティアナは血がべっとりと付着した人の頭くらいの大きさの石を見て判断。

 やがて、カリムの口から今回非業の最期を遂げた尊い殉教者の名が語られる。

「・・・殺害されたのはクラウス・ベック神父。この教会で聖遺物を管理する役職に就いていました」

「この紋章は?」

 フェイトが注目したのは、殺害されたクラウス神父の下に描かれた血染めの逆五芒星陣だった。

「五芒星は本来、天との繋がりを示す神聖な象徴です。しかし、それを逆さに描いたこれは地の底との繋がり・・・すなわち悪魔召喚を意味しています」

「悪魔召喚ですか?」

 

 ひと通りの現場検証を終え、フェイトとティアナは遺体を発見した守衛から当時の状況を伺う事にした。

「あなたが第一発見者ですね?」

「はい。守衛のジェームズ・チェスターです」

「遺体発見時、不審な人物を見かけませんでしたか?」

「ええーとその・・・暗闇の中を人影が走って逃げて行きました。フードを被った」

「他には?」

「聖堂の方から物音がして中に入ったら・・・」

「当時、司祭と神父ならびにシスター全員が宿舎にいた事が確認されています。念の為、監視カメラの映像を確認しましたが、敷地内に侵入者は発見できませんでした」

 と、聴取を進めていた時だった。

 執務室の扉が勢いよく開かれ、息を切らし血相を変えたシャッハがカリムへと呼びかけてきた。

「騎士カリム、大変です!」

「どうしたのシャッハ?」

「第2聖堂保管庫に保管されていたはずの聖槍(せいそう)聖王の聖櫃(セイクリッド・アーク)が丸ごと・・・・・・消えています!」

「「「!?」」」

 聞いた瞬間、カリムを始めこの場に居合わせた者全員に衝撃が走った。

 

           *

 

 殺人事件と盗難事件が一度に発生した事を受け、聖王教会と機動六課は合同で二つの事件の解明に乗り出した。

 

           ≡

 

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

「教会の保管庫より紛失した『聖槍』というのは、古代ベルカ時代に初代聖王の脇腹を刺したとされる槍の事だ。世界中の聖王教会各地にこれを模したレプリカがあり、ミッド教会本部に保管されていたのは、99.9パーセントの確率で本物と判定されたものだったそうだ」

「一般公開される事無く長らくホコリを被ってたものが持ち出されたってか。しかも、奇特な事に棺桶の中のミイラごとな」

『こんな事は前代未聞の出来事です。一刻も早く犯人を捕まえ、事件を解決しなければ聖王教会の地位は失墜。人々は信仰の対象を失いかねません』

 聖王教会が直面する一大事。教会の信用失墜とそれがもたらす次元世界への悪影響をカリムは何より危惧していた。

 旧六課時代より聖王教会と密接に関わりあって来た六課メンバーもカリムに共感し忖度(そんたく)する中、恋次がふと今回の件に疑問を呈した。

「つーかよ・・・この事件って俺らと別に関係なくねえのか? 俺らの専門は古代遺物(ロストロギア)“アンゴルモア”、それに魔導虚(ホロウロギア)の筈だ。殺人だの盗難事件なんざ別の担当部署に任せればいいだけのこと・・・・・・「それはあきません!」

 真っ当な恋次の言い分だが、これを快く思わないはやてが口を挟んだ。

「聖王教会は機動六課の最大の支援団体なんです。だからこの事件は何としても私達の手で解決せなあかんのです!」

「で、でもよ・・・犯人の目星も付いてないんだろ? どうやって捜査を広げようって言うんだ?」

「とりあえず、もう一度現場を確認してみたいと思います。何か見落としている重要な手掛かりがあるかもしれません」

「あ、そうだ。どうせなら強力な助っ人の力を借りようよ」

「助っ人?」

 浦太郎の発言に挙って耳を傾ける六課メンバー。

「僕と先輩が今働いてる職場の上司さ。かなりのインテリジェンスでね、難問奇問の一つや二つわけないよ」

 

           *

 

 再度調査の為、教会本部へ向けて移動を開始したフェイト、ティアナ、浦太郎、そして恋次の四人。

 道中、恋次はふと浦太郎を一瞥。隣に座る浦太郎はメールで上司であるユーノへ連絡を取っており、頃合いを見た恋次は念話越しで問いかける。

(さっきユーノに何をメールしてたんだ?)

(聖王教会に古くから伝わる聖槍と聖王ルイス・ゼーゲブレヒトについて、詳しく調べてもらうよう頼んだんです)

(なんでまた、聖遺物なんかについて調べるんだ?)

(聖遺物は聖王教会にとって信仰の対象であるとともに、それ自体が強い力を秘めていたり、ちょっとした曰くつきの代物だったりするんです。列聖(れっせい)されたルイス・ゼーゲブレヒト王だって、多くの書物で“サン=ルイス”と記述のあるほど生粋の聖人だったとされていますが、果たしてそれが本当かどうも眉唾物です)

(俺は正直宗教なんざ肌に合わねえから何とも思っちゃいねーけどよ・・・・・・そんな俺ですら今回の事件に関して、教会事体にきな臭さも感じちゃいるがな)

 などと言っていると、いつの間にか窓の外は突然の豪雨に見舞われていた。

 様相が一変した景色。雷鳴を轟かせる悪天候に恋次は言い知れぬ不穏さを感じ始める。

「嫌な天気だな・・・・・・何かが起こる前兆にならなきゃいいが」

 

           *

 

午後18時過ぎ―――

ミッドチルダ北部 ベルカ自治領「聖王教会」大聖堂

 

 教会へと到着した一行。

 しかし、着いて早々予期せぬ非常事態が彼らを待ち受けていた。

 車から降りた一行の元へ、聖堂より教会に勤める散切りの茶髪に中世的な容姿の元ナンバーズの8番目・オットーと、栗色のストレートヘアの元ナンバーズの12番目・ディードが雨に打たれながら駆け寄ってきた。

「皆さん、すぐに来て下さい!」

「とても恐ろしい・・・恐ろしいことが!」

 

 二人に連れられ教会の宿舎へと向かった時、彼らは惨い光景に出くわした。

「そんな・・・」

「ウソだろ!?」

 昨夜、神父が亡くなったばかりだというのに、今し方一人の神父が縄で拘束され、歯を悉く抜かれて死んでいるという悲惨な状況が目の前に広がっていた。

 しかも最初に殺害されたクラウス神父同様、床には血染めの逆五芒星が描かれていた。

「シスターシャッハ、彼は?」

「フランチェスコ神父・・・! 教会騎士団の副団長です!」

 目の前で惨たらしく変わり果てた騎士団の悲惨すぎる死を前に、シャッハは涙を堪え切れなかった。

「17時以降の外出禁止を徹底していました・・・見回りも数人で行動して、警備も強化していたのに・・・」

 立て続けに二人もの聖職者が殺されると言う常軌を逸した事体に教会関係者は計り知れない恐怖を覚える。

 フェイトは冷静に死体を調べ、死に至った原因を分析する。

「首に絞められた痕がある。恐らく絞殺されたのでしょう・・・その後で、すべての歯を抜かれた」

「恐ろしい・・・一体誰が何のためにこんな惨い事を?」

「悪魔だ・・・この教会に悪魔の下僕が居るんだ!」

「悪魔だと? なにバカみてーな事ヌカして・・・「きゃぁぁぁぁ!!」

 そのとき、部屋の外でディードの悲鳴が響いた。

 慌てて部屋を飛び出し、恋次達が悲鳴を発したディードと近くに群がるシスター達を掻き分け、別の部屋の扉を開ける。

「失礼!」

 中を覗くと、四人の目に入ったのは、眼球を見事に抉り取られた状態で逆五芒星の上に横たわるシスターの姿だった。

「今度はシスターが・・・」

「しかも目玉を抜かれてやがる!」

 気が動転しまいそうな状況が続く。

 改めて殺害されたシャッハと同じ教会騎士団に所属する修道女、シスタードロティアの死因を調べると、フランチェスコ同様首に絞められた痕が残っていた。

「やはり絞殺された痕がありますね・・・でも、一連の殺害方法には何か共通点が見受けられるような・・・・・・」

「“殉教者のステンドグラス”だわ!」

 カリムがハッと思い出し大声で発した。

「ステンドグラス? どういう事だよ?」問いかける恋次。カリムはシャッハとともに詳細な説明をする。

「教会は長らく、殉教者を、神と人間を仲介できる存在・・・聖人と同じ位置づけとして祈りの対象としてきました。ここの聖堂には過去に迫害を受けて死んでいった信徒達を祀ったステンドグラスが飾られているんです」

「最初の殺人・・・石打ちの刑はクラウス神父。全ての歯を抜かれたフランチェスコ神父。そしてシスタードロティアも同様に・・・」

「つまりこれは、過去の殉教者達になぞらえた殺人事件?」

「何故、そんなことを・・・だとしたらこの先も!」

「ええ。ステンドグラスに描かれた数だけ、人が殺される可能性があります。動機や目的は不明ですが、この聖王教会に殺人鬼が徘徊しているのは間違いありません」

「ここは応援を呼びましょう。事は我々だけの手には負えない状況になっています。良いですね、騎士カリム」

「・・・致し方ありません。他の聖職者達にはパニックならないよう、私から説明します」

 

 午後19時を迎えようとしていた折、外からの応援を寄こす事を決断した聖王教会だが、またしても予期せぬ事態に見舞われた。

「そうですか・・・はい。はい・・・わかりました」

 通信を終え、シャッハは深刻そうな表情でカリムやフェイト達に説明する。

「先ほどからの大雨で陸路も空路も、教会への道全てが封鎖されているようです・・・応援部隊も到着までに時間が掛かるとのことです」

「そう。あとは・・・祈るだけね」

「しかしこうしてみると改めて悲しく、寂しいものですね。何しろ一度に三つもの尊い命が・・・」

「翻弄されていやがるな。何もかも、目に見えない力によって」

「手掛かりを探す為にここへ来たっていうのに、この短期間で三人もの犠牲を出す事になるなんて・・・」

 ピピピ・・・。

 早くも出鼻をくじかれ行き詰まりを見せ始めていた砌、浦太郎宛てに外部からの音声通信が届いた。

「店長からだ!」

 浦太郎は空間ディスプレイを開いて音声受信が出来る状態を構築する。

『浦太郎・・・宿題が終わったよ』

「ありがとうございます。で、結果は?」

 変声機を用いて会話を進める浦太郎の上司、もといユーノ。その話に全員が真摯に耳を傾ける。

『教会に保管されている聖槍は、元は聖王家が代々所有してきた神器とされていた。歴代の王達が戦で挙って使用してきたそれは、第5代国王だったルイス・ゼーゲブレヒトが使った時、半径10キロの土地が一瞬で吹っ飛んだという伝承がある曰くつきだ。恐らく犯人はルイスの遺体を盗み出し、何らかの方法で遺体と聖槍をシンクロさせる事で絶大な力を得ようとしているのかもしれない』

「そんな方法が本当にあるんですか?」

『可能性はゼロじゃない。現に、君達は既に霊魂となった人間が怪物となった姿をこの目で目撃している筈だよ』

 その言葉にティアナを始め、誰もが顔を歪める。

 魔導虚(ホロウロギア)事件が起こる以前なら誰も霊魂の存在を真面に取り扱う事は無かっただろう。

 だが、スカリエッティによる干渉を受けた事で、ミッドチルダは嘗てないほど霊的物質が多く集まり、顕著な異変を起こす様になった。

『それと、聖王ルイス・ゼーゲブレヒト個人について、無限書庫で“ベルカの調停者”や“サン=ルイス”などのキーワードで照合したところ・・・その中に他の書籍とは明らかに異質な記録を見つけ出した』

「異質?」

『800年前、当時の教会の司祭が記録したとされる手記だよ。それによると、ルイス・ゼーゲブレヒトは表向きこそ高潔で敬虔な人格者だったとされているが、実際は真逆の残忍かつ極めて猟奇的な性格の野心家で、そして何より悪魔崇拝を好み、何人者の従者をその為の生け贄に捧げていたと記されていた』

「「「「「「え!」」」」」」

『手記にはさらにこう書かれていた。“ルイス国王は病的なまでの破壊願望の持ち主で、破壊こそが快楽であり、至福であるという歪んだ嗜好を兼ね備えていた”・・・と。事態を重く見た教会は、北方の王と結託して、その邪悪な魂を抑え込み柩へと封印した・・・』

「ちょっと待ってください! その話が本当ならば・・・教会そのものが清貧を重んじてきた聖徒達を今の今まで欺いていたという事になります!」

 突き付けられた驚愕の事実を受容し難い教会関係者。

 列聖されるには余りにも残酷すぎるルイス王の所業を聞かされ、シャッハは周章狼狽し、画面向こう側のユーノへと問いかける。

『誠に残念ですが・・・そういう事になりますね。歴史を知るという事は必ずしも光だけを抽出するという訳ではない。隠されていた真実を解き明かす際、時として目も当てられぬ残酷な結果に出くわす事もある。それでも人は自分達が積み重ねてきた歴史の事実から目を背けてはならないんだ』

 聞いた直後、シャッハを始めカリムも声を詰まらせた。

 長年、考古学者として歴史を観察・熟考する立場にあるユーノだからこそ重みのある持論だと浦太郎は思った。

 やがて通信が切れると、ティアナは自分達だけでは手に入れられない情報を容易に提供した浦太郎の上司に疑問を呈する。

「何者なんですか? 浦太郎さんの上司の方は・・・・・・無限書庫にアクセスできる人間など管理局員か、それこそ司書資格を持つごく限られた者だけですし」

「まぁ細かい事は良いじゃない。それより―――」

 見事に話をスルーし、浦太郎は想像を遥かに絶する史実にショックを隠し切れない様子のカリム達を懸念。

 見かねたフェイトがおもむろに近づき、二人の事を気遣った。

「お二人とも、大丈夫ですか?」

「すみません。とてもじゃありませんが、些か信じ難く困惑しています」

「今日はもう休まれませんか? どの道この天気では応援部隊が到着するのは最低でも明日の朝になります」

「・・・・・・そうですね。では、宿舎へご案内いたします」

 

 午後23時13分―――。

 教会の宿舎で一夜を過ごす事になった恋次は、得にする事も無く、あてがわれたベッドで爆睡を決め込んでいた。

「恋次さん、起きてください・・・」

 しかし、寝入ってから数時間と立たないうち、恋次は唐突に浦太郎によって覚醒を促された。

「・・・なんだよー? もう朝メシの時間か?」

「そうじゃなくて。変なんですよ」

「変って何がだよ・・・」

「さっき水を飲みに行ったんですけど、宿舎に僕ら以外の人の気配を感じないんです。それだけじゃないんです。聖堂にも礼拝堂にも、どこを見ても人が居ないんです!」

「なんだと?」

 話を告げられるや、恋次の脳は即座に覚醒した。

 部屋を出た二人は別の宿舎で同様に異変を察したフェイトとティアナと連絡を取り合い、宿舎の外で落ち合う事にした。

 雨は激しさを増しており、四人は傘を差しながら忽然と姿を消した聖職者を捜索するが、依然として発見できず時間ばかりが過ぎて行った。

「騎士カリムともシスターシャッハとも連絡がつきません。なんだか・・・嫌な予感がします」

「殺戮が繰り返される理由・・・それに、消えた人たちはどこに行ったのか」

 袋小路に迷い込んだ今、四人が縋るのは一つしかなかった。

 誰もいない聖堂へ赴き、恋次と浦太郎を除く二人はステンドグラスに描かれた殉教者、そして聖王教会の信仰の最たる象徴―――初代聖王を模したブロンズ像に祈祷する。

「やれやれ・・・こんな時に神頼みとはな。神なら目の前にいるじぇねーか」

「恋次さんの場合は神って言うよりただのゴロツキにしか見えませんけど」

「ぶっ飛ばされてーか出歯亀!」

 信仰心の薄い二人が不毛な口論を勃発させようとした矢先、不意にティアナがある事に気づいた。

「フェイトさん、この台座に描かれてある天使、何だか他のものとは様子が異なります」

 言いながら、聖王像足下にある台座へと近づくティアナ。

 フェイトもこの目で確認すると、台座に描かれた天使のタイルはその見た目には不釣り合いな髑髏を大事そうに包容していたのだ。

「もしかしたら・・・・・・」

 何かあるに違いない。そう思って、恐る恐る台座のタイルを手で押してみた。

 すると、フェイトの予想通り鍵の役割を果たす目的のタイルが凹み、仕掛けられていたカラクリが作動。

 四人は目の前で起こる事象に度肝を抜いた。鍵の作動に伴い、台座はゆっくりと左へとずれ、その下に隠されていた地下への道を作り出す。

「聖堂の下に隠し部屋への通路が・・・!」

「どうやら僕たちは地獄への入り口を見つけてしまったようだね」

 

 聖堂地下に封印されていた秘密の通路を発見した四人は、消えた聖職者達の手掛かりを追って広大な地下空間へと潜入した。

「こんなに広い地下空間が隠されていたのか・・・」

「どうやら大昔の戦争時に避難民を収容していた地下壕痕みたいですね」

「しかし、ここにも誰もいないようですが・・・」

 と、そのとき―――。地下の奥から奇妙な叫び声のような物音が聞こえてきた。

「なにかしら?」

「どうやら奥になにかありそうだな」

 事件の手掛かりが掴めるかもと藁にも縋る思いで奥へと向かう。

 奥にはより開けた空間が形成されていた。反響し木霊する数十の人の声。恐る恐る恋次達が顔を覗かせたとき、そこには異様な光景が広がっていた。

「―――今一度問う。この私は誰だっ!!」

「貴方様は主の使い。地上の王国を築かれる御方です!」

「そうだ! 私は主の使い!」

 避難時にも祈りを捧げられるようにと古の時代に造られた地下礼拝堂。そこに集まった失踪した神父及び修道女達。

 フェイトが確認すると、多くの聖職者に混じってカリムやシャッハらがおり、聖職者の殆ど全員が眼前にて仰々しいまでに指導者を装う一人の若い神父を崇めていた。

「あれは・・・一体何を?」

「なんか目が完全にイっちまってるぜあいつ。さっきから訳わかんねぇ事ばっかし言ってやがる」

 恋次だけではない。フェイトもティアナも、浦太郎にも狂気を宿した表情を浮かべるその神父の立ち振る舞い事体が異様に思えてならない。

「ここに在られるのは誰だ!」

「「「「「我々の主であります!」」」」」

「私は誰だ!」

「「「「「貴方様は主の使い。新たな地上の王国を築かれる御方です!」」」」」

「では! この御方は!」

 声高に問う神父が指差す者を見、恋次達は目を見開いた。

 そこには教会から盗み出され、行方の分からくなっていた聖遺物―――『聖王の聖櫃(セイクリッド・アーク)』に眠りし王、ルイス・ゼーゲブレヒトがミイラ化した姿で横たわっていた。

「消えた筈の聖王の聖櫃(セイクリッド・アーク)・・・!」

「神聖にして、崇高なるもの・・・」

「店長曰くルイスは北方の王の手によって封印された。その後聖王教の汚点を拭うかのように教会の根回しで聖櫃はエヴァリーナへと持ち出された」

「あの男から言い知れぬ霊圧を感じる。もしかすると封印されていたルイスの魂があの男に乗り移ったのか?」

「つまり、今目の前にいる神父は現代に蘇ったルイス・ゼーゲブレヒトそのもの!」

「しかも本性は史実とは真逆のトチ狂った男と来た。こりゃ明らかにマズイ状況になってきたぜ」

 悪魔崇拝に傾倒した狂気を内包した王・・・いや、狂気という悪魔そのものである王が現代へと蘇った―――考えただけでも背筋が凍りそうだった。

「今一度問う! 私は誰だ!」

「「「「「貴方様は主の使い。地上の王国を築かれる御方です!」」」」」

「そうだ! この地上に再び強いゼーゲブレヒト帝国を取り戻す!」

 高らかに宣言する王の言葉に、マインドコントロールを受けた聖職者達が口を揃えて賛美の言葉を発する。

「どいつもこいつも狂ってやがる!」

「みんな魔法で催眠状態にあるんです」

 と、そのとき。四人が身を潜めていた事に気付いていた聖王ルイスが支配下にある聖職者達へ厳命を下した。

「では生贄として、そこに管理局からの使者が居る。捕えて神に捧げよ!」

「バレたか」

「急いで退散しましょう!」

 大急ぎで元来た道を戻る恋次達。

 しかし、地下豪を出たとき、聖堂には既に催眠状態に陥った聖職者達が挙って彼らを待ち構えていた。

「「「「「イーブメン・・・イーブメン・・・イーブメン・・・」」」」」

 不気味な言霊を唱える彼らはさながら生気を無くした死人のようだった。

 当惑する四人は止む無く地下へ戻ろうとするが、背後からはカリムやシャッハなどの顔見知りが近づいてきた。

「騎士カリム・・・! シスターシャッハ!」

「「イーブメン・・・イーブメン・・・」」

「僕達・・・囲まれた?」

「「「イーブメン・・・イーブメン・・・イーブメン・・・」」」

 挟み撃ちにされ逃げ場をなくし欠けたそのとき―――

「縛道の二十一、『赤煙遁(せきえんとん)』!」

 恋次が状況を打開する為の鬼道を発動した。

 詠唱破棄で床に手を手を突いた途端、霊圧が変化した赤い爆煙が発生し、視界はたちまち封じられた。

「今のうちだ!」

 そう思って脱出を図ろうとした矢先、地下から勢いよく何かの影が飛び出した。

「はははははは!!!」

 飛び出て来たのは同じく教会から盗み出された聖遺物『聖槍』を手にした聖王ルイスの魂が憑依した神父だった。

 狂った笑みを浮かべながら聖槍で恋次を串刺しにしようとする。咄嗟に恋次は斬魄刀で槍の一撃を押さえつける事なきを得た。

「殺せ! 八つ裂きにするのだぁぁぁ!!」

 すると、ボーっという鈍い音が教会のあちこちから響き渡る。

 この音とともに、イーブメンという単語を口々に唱え、ぞろぞろと洗脳された教会関係者が集まってきた。

「この音で洗脳されているようですね」

「目を覚ましてください! この男は主の使いなんかじゃありません!」

「無駄だ。今のこいつらに俺たちの言葉は通じねえ。かくなる上は・・・・・・」

 恋次は斬魄刀を眼前に見据えた標的―――ルイス・ゼーゲブレヒトの魂を憑依させた神父へと突き立て宣戦布告。

「てめえを斬って連中の目を覚まさせてやる!!」

「おもしろい。我に歯向かう者は何人たりとも生かして帰さぬ!! うおおおおおおおおおおお」

 咆哮をあげた直後、邪悪なる魂は依り代としていた若き神父の肉体から離れ、今迄集めた生命エネルギーと依り代とした神父の生命エネルギーを食らって実体化する。

「そろそろ頃合いね・・・」

 さらに、秘かに事の成り行きを傍観していた機人四天王ウーノの手により、幼生虚(ラーバ・ホロウ)が投下された。

 これにより、聖王ルイス・ゼーゲブレヒトは生前の巨大な魔力と幼生虚(ラーバ・ホロウ)から得た霊力を得て、邪神を彷彿とせせる姿の魔導虚(ホロウロギア)・フルーフケーニヒへと変貌を遂げる。

『ははははははは!!! 死の苦痛を骨の髄まで味わうがいい!!!』

 再び聖槍を手にして恵まれた魔力が生み出す破壊の一撃を放つ。

 史実に増して強力な攻撃を回避し、恋次達は教会の破壊行為と信徒達の命すらも何とも思わない狂気の塊と化した地上最悪の敵への対処に四苦八苦した。

「咆えろ、蛇尾丸!!」

 始解した恋次は蛇尾丸の刀身を伸ばして攻撃を仕掛ける。

 しかし、フルーフケーニヒの魔力を帯びた外装は蛇尾丸の刃をまるで受け付けず、容易に弾き返した。

「ならば―――卍解!! 狒狒王蛇尾丸!!」

 手加減できる相手ではないと判断した恋次は、中空で浮遊する敵と正面から向き合い、霊圧を研ぎ澄ましながら攻撃の機会を伺った。

 

 その頃、六課への応援要請を済ませたフェイト達は、地上にて洗脳を受けたシャッハ達の相手をするのに苦慮していた。

「シスターシャッハ! みなさん、どうか正気に戻ってください!」

 必死に呼びかけを繰り返すフェイト。ティアナも同様に呼びかけるが、教会騎士団は完全な操り人形と化し、聞く耳を持たなかった。

「二人とも無駄だよ。アイツが死なない限り元には戻らないよ」

「ですが・・・・・・」

 浦太郎の言葉は至極正しいものの、ティアナは頭上にて戦う恋次の戦況があまり芳しくない事を危惧していた。

 

「はっ、はっ、はっ、はぁっ」

 魔導虚(ホロウロギア)と化した聖王ルイスと対峙する恋次は力の差を見せつけられた。

 激しい霊圧の消費によって肩で息をする恋次を余所に、フルーフケーニヒは余裕綽々と血の付いた聖槍を手にしている。

 恋次はこの状況を非常に悔しく思い、疲弊した身でありながらも己の意地を貫こうと懸命に攻撃を続行する。

「おおおおおおおお」

 蛇の頭部と化した巨大な刀身を目の前の標的へと伸ばす。

 フルーフケーニヒは不敵に笑みを浮かべ、聖槍で向かって来る蛇尾丸を軽々と受け止める。そして軽い力で蛇尾丸を弾き反らす。

「!」

 呆気にとられる恋次だったが、次の瞬間、間合へ入り込んだフルーフケーニヒの聖槍が恋次の体を斬り裂いた。

「くそッ!!」

 斬られた箇所から血が吹き出す。苦痛に顔を歪める恋次を見ながら、フルーフケーニヒは狂気を宿した顔で嘲弄(ちょうろう)する。

『・・・ク・・・ははははははははははははは。そんなものか!! 貴様の力と言うのは!! もっと苦痛を味わせてやろう!! 極上にして凶悪なまでのな!!』

 言うと、手持ちの聖槍を恋次へと突き付け、フルーフケーニヒは先端から魔力と霊力を圧縮した巨大な火球を勢いよく放つ。

「狒骨大砲!」

 火球を相殺させる為、恋次も大技で対抗。辛うじてこれを退ける。

『ではこれならどうだ!』

 すると、今度は聖槍の先端から無数の緑色の光を放った。

 しかもその矛先は恋次ではなく、眼下のフェイト達へと向けられた。

「逃げろ!!」

 慌ててフェイト達に身の危険を知らせるが、それよりも先に破滅の光は地上へと降り注ぎ三人を直撃した。

「「「うわあああああ」」」

 恋次の目の前で大ダメージを負う仲間達。恋次はあまりにも下衆なフルーフケーニヒのやり方に堪忍袋の緒が切れた。

「このカスヤロウぉぉぉ!!」

 怒髪天を突く恋次の一撃が繰り出される。

 だが、フルーフケーニヒは瞬時に攻撃を回避して恋次の懐に槍を向ける。

 咄嗟に恋次は向かって来る槍撃を狒狒王蛇尾丸の骨であり刃でもある部位で受け止めるが、敵は終始余裕の笑みを浮かべていた。

『―――それで・・・我を止めたつもりか?』

 直後、亀裂の入った刃が突き砕かれ、恋次の腹は聖槍によって射抜かれた。

「・・・が・・・ッ」

 槍の一撃はとても強烈だった。

 ただでさえ少なっている血を一度に持っていかれ、さらには内臓のいくつかは破裂。恋次は戦う余力さえ残されぬほどに追いつめられた。

『ははははははははは!!! 最後に! 我が名を教えてやろう!! 我はゼーゲブレヒト朝第5代国王ルイス・ゼーゲブレヒト!!! この地に再び我が帝国を築き上げるのだ!!!』

 声高らかに自らの存在を尊大に誇示する相手を険しい表情で見据える恋次。

 射抜かれた箇所から噴き出る血の流出を残った霊力で抑えつつ、恋次は眼下の大地で大きなダメージを追って倒れるフェイト達を見下ろした。

(このままじゃ全滅だ・・・・・・・・・・・くっそ。こっちは卍解してんだぞ。なのにこの差はなんだよ・・・・・・)

 絶体絶命の窮地に立たされた。この戦略差を覆す方法はあるにはあるが、それを用いる為の承認許可が今は無い。

(チキショウ・・・ここまでなのかよ・・・!?)

 万策尽きた。歯がゆさを抱えて拳を強く握りしめた、そのとき―――。

 

 ―――おやおや? 恋次さんったら、ずいぶん手酷くやられてるじゃないですか?

「!」

 ―――やれやれ、やっぱり様子を見に来て正解でしたね。

(ゆ・・・ゆーの・・・・・・か?)

 恋次に向けて念話で話しかけてくるユーノの声がはっきりと脳内で(こだま)する。

 ―――あ、もしかして実は「死神」っていうのは死を司る神の事じゃなくて、神ワザみたいに死にまくるって意味だったんですか?

(て、てめえ・・・この状況で何言ってやがるんだよ? つまんねえジョーダン言うだけなら引っ込んでろモヤシ眼鏡!)

 ―――酷い言われ様だな。せっかく京楽さんに掛け合って、恋次さんの“限定解除”許可を出してもらったのに。

(なに・・・・・・!)

 ―――そんな風に言われるなら僕も考えを改めないといけませんかね~。

(ま、待ってくれ!! 今の話本当なのか!?)

 ―――この状況で嘘ついても仕方のない事です。

 ―――もう安心して下さい。今すぐ枷を外してあげます。

 念話越しに語りかけた後、別所で戦況を観察していたユーノは、口角を緩めてから手持ちのリモコン型装置で恋次の限定解除を承認する。

 

「―――阿散井恋次、能力限定解除」

 

 スイッチを押すと同時に、恋次の胸に刻印された椿を模した隊章に封印された巨大な霊圧が一気に解放された。

 溢れ出た霊力は巨大な光柱となり、応援の為に現地へと向かっていたなのは達の目にもはっきりと視認できた。

「な・・・なにあれ!?」

「教会の方からだ!」

「この霊圧・・・・・・まさか・・・・・・!!」

 事の次第に気付いた吉良は驚愕の表情を浮かべ、急いで現地へと向かう。

 

 一方、フルーフケーニヒ自身も恋次の急激な力の上昇に気付いた様子だった。

『なんだ? 急にあの男の力がハネ上がった・・・』

 ドンッ―――。

 刹那、フルーフケーニヒは左腕に違和感を覚える。恐る恐る確かめると、そこにあるはずの腕が見事に捥ぎ取られ無くなっていた。

『・・・な・・・・・・何だと・・・・・・!?』

 事態の把握もままならぬ中、前方にある霊圧の光柱から恋次が姿を現した。

『!』

 フルーフケーニヒは眼前の敵を前に唖然とした。今の今まで圧倒的な力で甚振って来た相手の傷が綺麗に塞がり、何事も無かった様子でケロッとした表情の恋次が目の前に立っていたのだ。

「ふぅー。ったく・・・あいつの言葉はどこまでが本当で嘘なのかまるでわからねえ。だが、お前が助けてくれなかったら今ごろ俺は死体に殺された死神っていう汚名を着る事になっちまってたぜ」

『馬鹿な・・・貴様はさっきまで満身創痍だったはずだ! どうやって傷を塞いだ!?』

「てめえに教える義理はねえ。さーて・・・・・・こっからが本番だぜ!!」

 言うや、恋次は全身に滾る力を憚る事無く解放し、標的・フルーフケーニヒへの反撃を開始した。

 

 同じ頃―――。

 フェイト達を救出したなのは達は、上空で凄まじい力でぶつかり合い、敵を追い詰める恋次の並外れた力を目の当たりにした。

「あれって恋次さんの卍解だよね?」

「けどあいつの力・・・前にあたしらと模擬戦した時とは比べ物にならないくらいデカくなってやがる!?」

 すると、ヴィータの疑問に答える形で吉良が説明する。

「―――“限定解除”したのさ」

「限定解除!?」

「死神にもあたしらと同じものがあるのかよ?」

「・・・確かに、僕ら死神と君ら管理局の魔導師は同じ概念を持っているのかもしれない。だが、死神の限定解除は君らが思ってる限定解除とは根本的に意味合いが異なる」

「どういう事ですか?」

「魔導師における能力限定が“各部隊が保有できる最大魔導師ランクの調整”を目的としているのに対し、護廷十三隊の隊長・副隊長クラスの死神は現世の霊なるものに不要な影響を及ぼさない為に、それぞれの隊章を模した限定霊印を体の一部に打ち付ける。そうする事で霊圧を極端に制限されるんだ」

「極端って・・・どれくらい?」

「個人の霊圧の度合いにもよるが、総じて限定率は80パーセントと定められている」

「は、80パーセント!?」

「てことはつまり・・・」

 呆気にとられるなのはとヴィータを余所に、吉良は全ての力を解放して戦う恋次を見ながら、誇らしげな表情で言う。

「今の阿散井くんの霊圧は今迄の――――――5倍さ」

 

『ぐあああああああ』

 今迄とは比肩にならない力によって、フルーフケーニヒは圧倒されていた。

 主力武器である聖槍は使い物にならなくなり、残り魔力と霊力も殆ど残らぬほど形勢は逆転した。

「終わりだぜ。ルイス・ゼーゲブレヒト。死人はおとなしくあの世でお寝んねしてな」

『クソッ!!』

 状況が不利と見るや、躊躇いなく敵前逃亡を試みる。

「誰が逃がすかよ」

 恋次は逃げるフルーフケーニヒを努々逃がすつもりなどない。

 敵に背を見せて逃げるという致命的なミスを犯した相手に狙いを定め、恋次は最大霊力でもって攻撃する。

「オロチ王奥義!!  蜿蜒長蛇!!」

『う・・・うわああああああああああああああああ』

 熱破壊能力を秘めた巨大な砲弾と化した蛇尾丸が無慈悲に獲物を捕らえる。

 死神・阿散井恋次の手にかかって、聖王史上最も邪悪で凶悪な者の魂は残滓すら残らぬ形で浄化された。

 

           *

 

尸魂界(ソウル・ソサエティ)

瀞霊廷(せいれいてい) 一番隊 隊首室

 

「七緒ちゃん。たった四年の間に彼・・・・・・スクライアクンは随分と成長したと思わないかい?」

 しみじみと呟くように語る京楽の言葉に、七緒は聞き役に徹した。

「初めてここへ来た時、まだ死神の力のこともよくわからないヨチヨチ歩きのヒヨッコでしかなかった彼が・・・・・・いつの間にか総隊長であるボクを目前にしても物怖じしないどころか、駆け引きを仕掛けてくるようになったんだ」

 数年ばかり顔を合わせぬうちに信じ難い速さと期間で成長を遂げたユーノに、京楽は驚きを通り越して呆れ、あるいは恐怖さえ感じていた。

「やれやれ・・・・・・一護クンもとんだ食えない男を弟子に持ったもんだよ。できれば彼を敵に回すのだけはしたくないね・・・・・・」

 

「何しろ今のスクライアクンは―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:久保帯人 『BLEACH 22、24巻』 (集英社・2006)

原作:久保帯人 著者:成田良悟『BLEACH Can't Fear Your Own World 1』 (集英社・2017)

 

用語解説

※列聖=死者を聖人に加えること。

 

 

 

 

 

 

教えて、ユーノ先生!

 

ユ「今日は聖王教会についてだ♪」

「聖王教会は、次元世界最大規模を誇る宗教だ。原典で初登場したのは『StrikerS』からになるけど、本作中では少し話を広げて脚色し、厚みを加えている」

「聖王教が信仰の対象としているのは宗教そのものを教え広めた初代聖王。そしてその傍に仕えた者や殉教者達、あるいは聖遺物などが当たる」

「他の宗教よりも寛大で厳格な教義が少ないという点でたちまち広がり、今ではその信徒の数は億単位に上る」

 と、ここで恋次が今回の限定解除についてユーノへ質問する。

恋「ところでおまえ・・・どうやって京楽隊長から限定解除許可出してもらったんだ?」

ユ「あ、やっぱり気になりますか?」

恋「あたりめーだろうが! 一般人のくせして総隊長に謁見するだけでもすげーことなのに、限定解除許可を出すなんて異常だろうが!」

ユ「でも京楽さん、案外あっさりOKしてくれましたよ。何しろ僕が持ってきた清酒で一晩語り合ったら上機嫌で承諾してくれましたから♪」

 話を聞いた瞬間、恋次は一組織を取りまとめる長たる者の言動とは思えぬものの、京楽なら決してあり得なくはない事態に絶句した。

恋(京楽隊長・・・!! あんたそれで本当に良いのかよ・・・!!)

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

 今明かされる、魔導死神・白鳥礼二の修行の模様―――

白「いやだぁぁぁ!!! もうこれ以上はやりたくな~~~い!!!」

金「踏ん張りどころですぞ白鳥殿」

 金太郎の補助を受けながら、腕立て伏せ・状態起こし・スクワットを各1000回ずつ、そしてランニング40キロを毎日やらされていた。

 しかし、これは飽く迄も基礎トレーニング過ぎない。

 これらをこなした後、白鳥はスクライア商店の地下で厳しい戦闘訓練を行うのだ。

白「ふぎゃあああああああああああああ!!!」

 金太郎の大技が炸裂し、白鳥は呆気なく吹っ飛ばされる。

金「まだまだこんなものではありませんぞ。私の全力をもって白鳥殿・・・あなたを心身ともに鍛えさせていただきます」

白「もういい・・・もう強くなりたいとか言わないから・・・・・・早く私を解放してくれ!!」

金「ならば至極単純。私を倒してみて下され」

白「ムリー!! ゴールデンベアーを倒すなどどうかして・・・・・・あ・・・・・・あああああああああああああああああ!!!」

 ユーノと一護が静かに見守る中、金太郎指導の下、白鳥は着実に成長を遂げて・・・いるのかは本人次第だが、とにかく頑張っていた。

一「なぁ。ちょっとやり過ぎじゃねえのか?」

ユ「その言葉、そっくりそのまま返しますよ」




次回予告

織「ある夜空を覆った不思議なオーロラ。そのオーロラを見た者は死ぬまで眠り続けるという。そしてなんと、なのはさんまでもがその犠牲者に」
一「ユーノはなのはの夢の世界に飛び込む決意を固める。果たして未知なる世界で待ち受ける敵の正体はなんだ?」
ユ「次回、ユーノ・スクライア外伝・・・『眠れる夢の乙女』。なのは、君は必ず僕が助けるから」






登場人物
ルイス・ゼーゲブレヒト
声:島﨑信長
古代ベルカに存在したゼーゲブレヒト朝の第5代の国王で、800年前に即位した聖王。
その治世はゼーゲブレヒト朝の最盛期にあたり、死後、聖王教会より列聖され、ここから、Saint-Louis(サン=ルイス)と呼ばれるようになった。内政に力を入れ長期の平和を保ったため、彼の治世の間、王国は繁栄した。国内外を問わず、争いを収めるよう努力した事から「ベルカの調停者」と呼ばれ、高潔で敬虔な人格から理想の聖王教王と評価されている。
その本性は残忍かつ極めて猟奇的な性格の野心家。生前は悪魔崇拝に傾倒し、多くの従者を生け贄に捧げた。また、病的な程の破壊願望の持ち主であり、破壊こそが快楽であり、至福であるという歪んだ嗜好を兼ね備えていた。こうした性格ゆえに事態を重く見た教会は北方の国の王を借りてルイスを聖櫃に封印した事が、ユーノによって無限書庫から発掘された当時の資料によって判明した。
聖王の聖櫃の中で実態を持たない霊魂の姿で長らく眠っていたが、ウーノの手によって復活し、教会の若い神父の体を乗っ取り、現代に再びゼーゲブレヒト帝国を復活させるという目的を果す為に聖王教会で暗躍を開始。騎士団の副団長や強い魔力を持つ聖職者を次々と手に掛け、催眠魔法によって聖職者全員の精神を乗っ取り手中に収める。
モデルは、フランス王国カペー朝第9代の国王「ルイ9世」から。



登場魔導虚
フルーフケーニヒ
声:島﨑信長
かつて古代ベルカに存在したゼーゲブレヒト朝の第5代の国王だったルイス・ゼーゲブレヒトの魂が幼生虚の力を取り込んで誕生した魔導虚。
邪神を彷彿とさせる姿をしており、主力武器である聖槍を用いた物理攻撃や魔力付加攻撃を得意とする。作中では巨大な火球を放つ「ヘルズマグナ」、無数の光を雨のように降らせる「デスレイン」を使用した。
狒狒王蛇尾丸の攻撃すらも防ぐ強力な防御力を有し、多彩で強力な攻撃で恋次や機動六課の魔導師達を翻弄し、圧倒的な力の差を見せる。しかし、限定解除をした恋次の『蜿蜒長蛇』により戦死した。
名前の由来は、ドイツ語で「呪い」と「王」を意味する単語「Fluch」と「König」から。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話「眠りの夢の乙女」

新暦076年 5月13日

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ南部 魔法大演芸ホール

 

 依然としてミッドチルダは魔導虚(ホロウロギア)という禍根を絶てず、全国各地へその災厄の種を広げていた。

 この日も、一体の魔導虚(ホロウロギア)の出現によって街は未曾有の恐怖に包まれていた。

『ふふはははははは。愚民者よ。仮面の呪縛を受けるがよい』

 呪術師を彷彿とさせる外見の魔導虚(ホロウロギア)・カースドキュラ。それによって生み出される様々な効果が付与された(ホロウ)の仮面が人々へ無作為に装着される。

「うわあああ!」

「きゃ!」

「なんだこれ!?」

 呪術的な力を内包した仮面が装着された途端、人々は豹変し、たちまち凶暴化する。

 気が狂ったように手当たり次第に暴れ回り、周りの物を破壊衝動のまま次々と壊し始めた。全てはカースドキュラの描いたシナリオ通りだ。

『はははははは。いいぞ、もっと暴れろ。己の欲望のままに!!』

「そうはさせない!」

 すると、魔導虚(ホロウロギア)出現の一報を受け駆けつけた機動六課メンバーが現場へ到着。

 カースドキュラは、大挙して自分と対峙する眼前の敵を仮面越しに見つめながら、胸の高鳴りを覚える。

『ほう・・・噂に名高い魔導と死神の混成部隊のお出ましか』

「てめえ! 街の連中に何をしやがった!?」

『ふはははははは。我が力は仮面を身に付けた相手を意のままに操ること。その呪いを今直ぐ貴様達にも分けてやろう』

 宣言するや、中空に複数の仮面を召喚。それらを目の前の標的である六課メンバーへと無作為に飛ばした。

「「きゃ!」」

「「うわああ」」

 ティアナと吉良、エリオ、キャロへ強引に装着された呪いの仮面。

 刹那、瞳部分から鋭い爪を持つ腕を生やした仮面を身に着けた吉良とキャロは奇声を発し、近くにいた仲間へ有無を言わさず襲い掛かった。

「危ない!」

 斬魄刀で斬りかかって来た吉良の斬撃を躱し、更にはキャロによって操られるフリードの火炎攻撃が容赦なく襲来。

 全員人が違った様に凶暴さ剥き出しとなった二人に戸惑いを抱く。

「おい! てめぇらいきなりなにしやがる!」

「キャロ! 吉良さんも一体どうしたんですか!?」

「あの仮面だよ! あの仮面に操られてるんだ!」

 吉良達の顔に纏わり付く仮面を見て、豹変した理由を看破する浦太郎。

「「ぐあああああ・・・・・・」」

 二人だけが仮面の呪いを受けている訳ではない。

 至るところ釘が打ち込まれ、額に日本語で“呪”と刻印された痛々しい仮面を装着したティアナとエリオは、終始苦しみ喘ぎながら地に横たわっていた。

「ティア!! しっかりして!!」

「エリオ君もしっかり!!」

 スバルとギンガが声をかけるも、周りの呼びかけすらも応じられない強い呪いをその身に受ける二人は終始苦痛の叫喚をあげ続ける。

『ふはははは。見たか、我が仮面の力を。“凶暴化の仮面”は装着した者の精神を凶暴化させる。“呪魂(じゅこん)の仮面”は身に付けた相手の攻撃と守備も封じるとともに呪いによって体を蝕んでいくのだ』

「だったら! あなたを倒せば四人を救えるはず!」

 仮面の呪いの元凶が魔導虚(ホロウロギア)本体から伝達される力であれば、術者を倒す事で呪いも打ち消せるとなのはは判断。

 無数の魔力スフィアを召喚し一斉射撃状態を形成。カースドキュラへと攻撃を繰り出そうとする。

「アクセルシューター・・・!」

『そうはいかん! これでも喰らうがよい!』

 なのはの高い魔力を脅威と感じ取った途端、カースドキュラが新たな仮面を召喚―――なのはの顔へ装備させる。

「きゃ!!」

「なのは!!」

 ムンクが描いた某有名絵画の登場人物を連想させるような仮面を身に付けた直後より、なのはの魔力は仮面へと吸収され、魔力スフィアは自然消滅する。

『“魔力吸収の仮面”。これでお前の魔力を根こそぎ吸い取ってやる』

「ううぅ・・・ああああああ・・・・・・!!」

 仮面の呪いによって際限なく吸収され続ける魔力。なのはは真綿で首を絞められるかの如く、じわじわと己の力を奪われ、反撃の機会を逸した。

「テメー!! 卍解ッ!!」

 業腹な状況に恋次の堪忍袋の緒が切れた。卍解を発動させると、躊躇なくカースドキュラへ目掛けて狒骨大砲を放った。

『“鉄壁の仮面”!!』

 飛んでくるレーザー砲の直撃を受け止める為、カースドキュラは正面に金属質で両手を差し出したような形の仮面を召喚。恋次の攻撃を完全に防いだ。

『身の程知らずが! 貴様にはこれをくれてやる! “弱体化の仮面”!!』

「弱体化!?」

 危険なワードを耳にし、驚愕と不安を露わにする恋次。

 カースドキュラによって新たに召喚された、翁の顔を思わせる額に“弱”と刻印された仮面。

 次の瞬間、飛んできた仮面は恋次本人ではなく狒狒王蛇尾丸の体へと装着された。その効果によって狒狒王の力が見る見る弱まり、悲鳴のような声を発した直後、青菜に塩を振った様にクタっとなった。

「な・・・・・・・・・・・・に・・・・・・・・・!?」

『ふはははは。我が仮面の力に敵は無し!! さぁ、仮面の宴を愉しもうぞ!!』

 甲高く笑い、魔力と霊力を練り上げ仮面を身に付けた者達へと念を強く送る。

 カースドキュラによって凶暴化の仮面を装着され、念を送られた人々は一様に破壊活動を停止し、一箇所に呼び寄せられる。

 そして、彼らはカースドキュラの意志に従い標的を機動六課メンバーへと見定め、大挙として押し寄せた。

 一般市民が牙を剥いて襲い掛かる。仮面の呪いを受けず、正気を保っていた残りのメンバーはゾンビの如くどっと群がり、数の暴力と凶暴さを増した人々の攻撃に険しい表情を浮かべる。

「や、やめろーテメーら!」

「これじゃあ攻撃できない!!」

「一般市民相手を傷つけずに奴を倒す方法はないか!?」

「有るならとっくにやってるって!!」

『手も足も出せまい。そこで指を咥えて見てるがいい。この世界が仮面によって侵略される様をな!!』

 高らかに勝利宣言をするカースドキュラに六課メンバーは打つ手無し。

 機動六課隊舎で現場の映像をモニターしていたはやて達も極めて困難な状況を見ながら、起死回生の策を講じるのに必死だった。

「八神司令!!」

「はやてちゃん、どうしましょう!?」

「く・・・・・・。この状況を打開する方法は無いんか!?」

 万事休す―――そう思われたとき、それは突如として起こった。

 

「毎度ッ! そば処閻魔、ご注文の品です!!」

 あまりにも唐突だった。素っ頓狂な言葉が聞こえ振り返ると、日本古来の蕎麦屋と思しき格好をした男性が自転車を勢いよく漕ぎながら魔導虚(ホロウロギア)へと接近して来た。

『なんだ? 出前など頼んだ覚えはない!』

 当然の反応を示すカースドキュラだったが、相手はそんな返答など聞いていない様子で真っ直ぐ突進し、躊躇無く自転車をぶつけ敵を吹っ飛ばした。

『ぐあああ・・・貴様、何をするのだ?!』

 訳の分からない事態にカースドキュラは怒髪天を突く。

「おりゃああ!」

 抗議をした直後、自転車を降りた蕎麦屋は威勢のいい声を出しながらキレのある格闘技を用いて攻撃を繰り出した。

「わたぁー!」

 魔導虚(ホロウロギア)を格闘技だけで圧倒する謎の蕎麦屋に唖然とする六課メンバー。

 すると、蕎麦屋は戸惑いを露わにする彼らの方へ振り返り、不敵な笑みを浮かべる。

「お待たせしたぜ、ボーイズ&ガール達!」

「おまえいったい・・・」

「見ればわかるだろ。ただの通りすがりの蕎麦屋さ。Don’t you believe me?」

『貴様・・・・・・ふざけるなっ!』

 蕎麦屋の態度にカースドキュラは激昂した。

「・・・ならば仕方がない。Attention please.」

 目の前の敵を見据えた後、蕎麦屋は丼の蓋を開け、その中から刀の柄を引っ張り出した。

 取り出されたのは一本の直刀であり、その形状に見覚えのある恋次達は挙って目を見開き驚愕した。

「あの刀は・・・!」

「まさか!」

「あいつが!?」

 周りの反応を見つつ、口角をあげた蕎麦屋は手にした斬魄刀・晩翠を天高く掲げ、威勢のいい声で唱える。

黒暗天(こくあんてん)! 権現(ごんげん)!」

 特殊な解号とともに蕎麦屋の周りを黒い霧が包み込む。やがて、瞬く間に【翡翠の魔導死神】へと変身を遂げた。

「翡翠の魔導死神さんですー!」

「なんと・・・しかし、こんな登場の仕方があっていいのか?」

「とりあえずクロノくんは黙っといてくれるか」

 登場の仕方に文句をつけるクロノを黙らせ、はやてはモニター画面を注視―――駆けつけた翡翠の魔導死神の戦いを静観する。

 

『貴様も仮面の呪いを受けろ―――!』

 あらゆる呪いを込めた仮面と言う仮面を召喚。標的・翡翠の魔導死神へと放つカースドキュラ。

 しかし、翡翠の魔導死神は飛んでくる仮面をひとつ残らず晩翠で斬り捨てる。

『このおぉぉぉ!!』

 気に食わないカースドキュラは、手持ちの仮面から幾重もの破壊光線を放つ。翡翠の魔導死神は特に慌てず瞬歩で華麗に避ける。

 すると、凶暴化の仮面を身に付けた吉良を始めとする人々が、翡翠の魔導死神の背後から一遍に襲い掛かった。

「レストリクトロック」

 あらかじめ攻撃の手を読んでいた翡翠の魔導死神は、範囲対象にある全ての相手を光の輪で拘束する集束系の上位バインド系捕縛魔法「レストリクトロック」を発動。仮面を装着した相手を根こそぎ一網打尽とする。

『おのれええええ!!』

 独壇場を妨げる翡翠の魔導死神の存在は目障りでしかなかった。カースドキュラは手当たり次第に仮面を出し、その目から破壊光線を乱射する。

「―――テストゥド―――」

 対する翡翠の魔導死神は、己へと向けられる攻撃を多重移動防壁魔法「テストゥド」で一手に受け止めた。

 質量体の運動ベクトルの逆転、電磁波や音波の屈折、分子の振動数を設定値に合わせる、マギオンの侵入を阻止するなど、様々な用途に富んだ障壁を不規則な順番で切り替えながら絶え間なく展開・更新し続ける事で壁は無敵の強度を誇る。カースドキュラの攻撃はこの障壁の前では全く意味を為さない。

 やがて、射程こそ短いものの対物非透過の性質を持ったその障壁を正面に見据えたカースドキュラ目掛けて高速で叩きつける。

『のおおおおおお!!』

 魔力密集度が非常に高く、機甲兵器すら軽々と押し潰す破壊力を秘めた障壁を叩きつけられ、カースドキュラは一瞬だが動く事すら出来なくなった。

「座興は()れにて仕舞。」

 静かに呟いた直後、翡翠の魔導死神とカースドキュラの身の回りの景色だけが暗黒によって包み込まれた。

『な、なんだこれは!? 何も見えんぞ!!』

 唐突に訪れた闇の世界。先ほどまで感じていた敵の霊圧すら感じ取れない状況に言い知れぬ畏怖を抱いた、次の瞬間―――

 

「―――闇討晩翠(やみうちばんすい)惣闇遊戯(つつやみゆうぎ)―――」

 

 刹那に体を貫く感触を一度に何度も味わった。

 やがて、闇が晴れるとともにカースドキュラは力の全てを失って倒れていた。

 カースドキュラが倒された直後、人々に取り付いていた仮面が効力を失い砕け散る。操られ呪いに蝕まれていた人々が全員正気に戻った。

 刀を納め、翡翠の魔導死神は魔導虚(ホロウロギア)から元の姿に戻って気絶する大道芸を生業とする魔導師の男性と、生体機能が完全に沈黙した幼生虚(ラーバ・ホロウ)を確認。

 おもむろに後ろへと振り返り、正気を取り戻したなのは達を見ながら声をかける。

「翡翠の魔導死神はいつも君達の傍にいる。君達の未来に幸あれ――――――」

 そう言い残し、静かに立ち去ろうとした矢先。

「翡翠の魔導死神さん!」

 唐突に引き止めるなのはの声。翡翠の魔導死神は背を向けたまま立ち止まった。

「・・・最後にひとつだけ聞かせもらってもいいですか? あなたは・・・・・・ユーノ・スクライアという男性について何か知っていませんか?」

 恐る恐る問いかけるなのは。周りも固唾を飲んで見守った。

「あぁ。知ってる―――」

「じゃあ!! 今どこにいるかわかりますか!?」

 すると、長い沈黙ののちに翡翠の魔導死神は閉ざしていた口を開き答えた。

「死んだ」

「え・・・・・・・・・・・・」

「君の知ってるユーノ・スクライアは、死んだよ」

 聞いた瞬間、なのはは目の前の景色が真っ暗になり、到底受け入れ難い事実に対し全思考が凍りついた。

 

           *

 

午後18時23分―――

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 部隊長室

 

「報告は以上です」

「ご苦労様です。テスタロッサ・ハラオウン執務官」

 魔導虚(ホロウロギア)との戦闘を終え、フェイトは報告書を提出する。

 はやてが不備が無いことを確認し、「ほんなら今日はこれであがってもええよ」と、笑みを浮かべた直後、フェイトは言うかどうか迷った末におもむろに問いかける。

「はやて・・・昼間の翡翠の魔導死神さんの話だけど・・・・・・どう思う?」

 すると、先ほどまで朗らかな笑みを浮かべていたはやても表情を一変。重く険しいものへと変わり、眉間に皺を寄せながら両手を組んだ。

「ユーノくんが死んだ・・・・・・か。どうにも私らには実感の湧かん言葉に思えてならへん。せやけど、たとえ冗談でもなのはちゃんにはダメージが大きかったようやな」

「なのは・・・・・・」

 この場にはいない親友の精神的な心の傷を懸念し、今の自分では何も力になれないもどかしい現実にフェイトは苛立ちを募らせた。

 

           *

 

同時刻―――

ミッド住宅街 高町家

 

 戦いの後、先に自宅へと戻ったなのはは自室へと閉じこもっていた。

 一人ベッドの中にうずくまり、翡翠の魔導死神から聞かされた言葉がただただ信じられず、精神の動揺は最高潮に達していた。

 

 

『あなたは・・・・・・ユーノ・スクライアという男性について何か知っていませんか?』

『死んだ』

 

『君の知ってるユーノ・スクライアは、死んだよ』

 

 

「ウソだ・・・ウソだ・・・ウソだ、ウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだ。ユーノ君が死ぬだなんて絶対ウソ!! ユーノ君・・・・・・ウソだって言ってよ!!」

 何度も何度も翡翠の魔導死神の言葉を否定し、震える声をあげながら、止めどなく漏れ出る涙を枕へと流す。

 このとき、ヴィヴィオは部屋の隙間からレイジングハートやクリスと一緒になのはの容体を心配していた。

〈Master・・・・・・〉

「ママ・・・・・・」

 かつて絶望を希望へと変え、幸せな人生を与えてくれた命の恩人であり、エース・オブ・エースと呼ばれる母のこんなにも弱り切った姿を見るのは初めてだった。

(こんなとき・・・・・・わたしはどうすればママを励ましてあげられるかな・・・・・・・・・)

 ヴィヴィオは深い悲しみと悔しさを宿した表情で見つめながら、自分では母を慰める事すらできない歯がゆい状況を酷く呪った。

 

           *

 

ジェイル・スカリエッティ 地下アジト

 

 機人四天王の一人、トーレによって誕生した魔導虚(ホロウロギア)・カースドキュラは翡翠の魔導死神の手により倒された。

 その失態をスカリエッティは狂気の宿った笑みを浮かべながら糾弾する。

「トーレ、魔導虚(ホロウロギア)は翡翠の魔導死神の手で倒されたようだね」

「申し訳ありません。ドクターの期待に答えるどころか、またしてもこのような醜態を晒す結果に・・・・・・」

 トーレらしからぬ失態に本人が一番羞恥する。

 そんな折、側で話を聞いていたファイが見下した様子でトーレに問いかけた。

「トーレ。貴様、ザックームのあの一件以来ずいぶんと弛んでいるんじゃないのか? だから今回の様に結果が伴わないのだ」

「なんだと!? そう言う貴様こそどうなのだファイ! 貴様とて大した成果をあげていないではないか!」

「止しなさいトーレ。ドクターのご面前よ」

「ほーら。トーレ姉様も少し落ち着きませんとよ」

 ウーノとクアットロに窘められ、ファイへの苛立ちは完全に鎮まらないもののトーレは隠忍自重する事にした。

「ふむ。ではここは私が君たちへひとつ面白い趣向を見せてあげるとしよう」

「おもしろい趣向・・・ですか?」

 スカリエッティから飛び出した言葉はいつも特別な意味を含んでいた。

 四人が怪訝する様を見つめながら、狂気の科学者は終始不気味な笑みを浮かべていた。

 

「ふふふ・・・・・・・・・きっと君達も気に入ってくれると思うよ。」

 

           ◇

 

5月14日―――

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 第1オフィス

 

 夜が明け、朝が来た。

 オフィスでデスクワークに励む職員の中で唯一なのははずっと上の空だった。

 ユーノの死という自分の中では最も非現実的で衝撃的な話を信じられないという思いから昨夜は一睡も出来ず、目の下にはくっきりとした隈が出来ている。

 そんななのはを気にして、愛弟子のスバルを始め、フォワードメンバーの大半が声をかけ体調を気遣った。

「なのはさん・・・どこか具合でも悪いんですか?」

「目の下に隈ができてますよ?」

「え。あぁ・・・うんうん。なんでもないよ。ただちょっと寝不足気味で」

「睡眠不足は体に毒ですよ。ただでさえ、なのはさんは日頃からがんばり過ぎていますから」

「にゃはは。それを言われるとさすがにショックかも・・・・・・。そうだね、今日は帰ったらいつもよりも熱めのお風呂に入って早めに寝るようにするね」

 

 ゴーン・・・。ゴーン・・・。

 

「あ、ちょうどお昼のチャイムが鳴ったね。みんなで食堂に行こうか」

 このとき、明らかになのはは無理をしていた。

 浦太郎はそれを看破し、空元気を振りまき気丈を振る舞う彼女を気にしていた。

 

           *

 

正午過ぎ―――

同隊舎内 食堂ホール

 

「あん! ・・・・・・ん~~~!!! やっぱここの店のプリンは超絶ウメーぜ!!」

 わざわざ地球から取り寄せた高級プリンに舌鼓する鬼太郎の顔が一気に綻んだ。

 二十代も後半に差し掛かりながら、どこか子供染みた嗜好を持つ鬼太郎を周りは素直にかわいいと思った。

「鬼太郎さん、ほんとにプリンがお好きなんですね」

「ちょっと子供っぽいところがなんともかわいいですよね」

「あぁ!? おいエリオ・・・てめぇ誰が子供っぽいだと!!」

 エリオの失言を鬼太郎は努々聞き逃さなかった。怒りの矛先を向けられたエリオは慌てて弁明する。

「す、すみません!! 決して鬼太郎さんの事を子供っぽいとか幼稚だなーと言ったつもりは無くてですね!」

「今言ってんじゃねぇかよ!! “現在進行形”でなぁ!!」

 墓穴を掘って、理不尽な言葉と物理的な暴力に晒されるエリオは終始四面楚歌だった。

 吉良や恋次がエリオを気の毒と思う一方、二人の視線は同じテーブルに付いているなのはへと向けられる。

 なのはは先ほどからあまり食事に手を付けていない。明らかに気分は沈んでおり、終始顔色は悲しみを内包していた。

 恋次と吉良は互いに顔を見合わせると、彼女の事を気に掛け声をかける。

「スバル達から寝不足と聞いたけど、大丈夫なのかい?」

「え? いえ・・・大したことじゃないですよ。単に寝苦しくて寝付けないだけですから!」

 慌てて取り繕う様子のなのは。その様が益々不安でいたたまれなかった。

「オメーも見かけによらず疲れてんじゃねえのか。疲れたときは甘いものが一番だぜ」

「そうだ。これなのはちゃんにあげるよ」

 すると、近くのテーブルに座っていた浦太郎が嗜好品であるハーゲンダッツの一つをおもむろに差し出した。

「浦太郎さん・・・でもこれは」

 思わず面を食らうなのはだったが、浦太郎は気にするなと言わんばかりに柔らかい笑みを向けて来た。

「僕が良いって言ってるんだ。たまには贅沢しないとね♪」

「・・・・・・ありがとうございます。じゃあ、遠慮なくいただきます」

 仲間に気遣われ、少しずつだがなのはの顔に笑顔が戻り始める。

 ようやく彼女らしくなってきたと周りもほっとしたのも束の間。信じ難いニュースが唐突に飛び込んだ。

『―――次のニュースです。第145観測指定世界にて遺跡発掘の調査を行っていた【スクライア族】の集落が、跡形も無く焼き尽くされ、現場からは白骨化した遺体が数十体見つかった事が管理局の調査で判明いたしました』

「え・・・・・・。」

『調査担当員によれば遺体は少なくとも死後四年近くは経過しているものと見られ、現時点で生存者確認は出来ておりません。スクライア族は同時期から行方を眩ませており、管理局も調査団を派遣して捜索に当たっていましたが、今回の発見によりスクライア族はほぼ全滅したものと見られています。また、スクライア族出身で若き考古学者として名を馳せ、四年前から行方不明となっているユーノ・スクライア氏の身元の特定についても急ぎ確認をしております』

「ユーノ君が・・・・・・ユーノ君が・・・・・・」

 翡翠の魔導死神からもたらされた情報、今し方飛び込んだニュースの相乗効果によって、落ち着きを取り戻し始めたなのはの精神は再び動揺する。

 アイスを食べていたスプーンを床に落とした次の瞬間、目の前が暗くなったなのはは、そのまま気を失い椅子から倒れ落ちた。

「なのは!!」

「なのはさん!!」

 フェイト達が慌ててなのはへと駆け寄る。彼女はそのまま医務室へと運び込まれた。

 

           *

 

同隊舎内 医務室

 

 シャマルによって入念に診察を受けた結果、なのはは軽い貧血と診断された。

「うん・・・脳波はまったく異常無し。ほんとに軽い貧血みたいね」

「すみませんシャマル先生。ご心配おかけしました」

「いいのよ。私は医者だから、患者さんの健康を診るのが仕事。なのはちゃんみたいな聞き分けの悪いひどい患者さんには特に目を光らせないとね」

「うぅぅ・・・」

 11歳の時の事故以来、なのははシャマルには全く頭が上がらない。健康診断の度、彼女からはたびたび厳しい指摘を受けると、なのははぐうの音も出せなくなる。

「とりあえず何も無くてよかったわ。次からは気を付けるようにね」

「はい・・・・・・」

 真摯に主治医の言葉を耳に入れつつ、なのはは意味が無いと知りつつ、シャマルに例の話を持ち出した。

「シャマル先生・・・・・・ユーノ君、本当に死んでしまったんでしょうか」

 聞いた瞬間、カルテを書いていたシャマルは一瞬手を止めたが、やがて即座に彼女の不安を払拭しようとした。

「・・・・・・バカね。あのユーノ君がなのはちゃんを残して一人で死ぬわけないじゃない」

「でもさっきニュースでスクライア族はほぼ全滅って!」

「だからといって、=ユーノ君の死、となるわけじゃないでしょ?」

「だけどわたし、翡翠の魔導死神さんに聞いたんです。ユーノ君のことを・・・そしたら彼は言ったんです。“君の知ってるユーノ・スクライアという男は死んだ”って。わたし・・・・・・それを聞いて頭がまっ白になって・・・あれ以来ちっとも眠れなくて・・・・・・」

 震える声で言いながら、なのはは首からぶら下げていたロケットを強く握りしめる。

 相当にこえた様子のなのはは見ていて痛々しかった。シャマルは何とか彼女を元気づけようとする。

「た、たちの悪い冗談よ! 根も葉もない事を信じる必要は無いわ。もう~、翡翠の魔導死神さんも人が悪いにもほどがあるわね」

「本当に冗談ならいいんですけど・・・・・・どうにもあの言葉がすごく真実味を帯びてて怖いんです。なぜだかわからないんですけど、翡翠の魔導死神さんからは逆らえない何かを感じるんです」

「なのはちゃん・・・・・・」

 恋次達以外、未だ翡翠の魔導死神の正体に気付いていない。

 確たる証拠も無ければ、実際にユーノの死体を確認した訳でもない。だけどなのはの言う事もまた一理あると感じているのも事実だった。

 ふうと溜息を突いた後、シャマルはなのはに早期療養を求める。

「・・・事実が本当かどうかは別として、今はまず自分の体を労わらなきゃ。今日はもう仕事を終えて、真っ直ぐ帰宅すること。疲れが溜まってるのよ。あ、言っとくけどこれは医者としての正式なドクターストップですからね」

「はい・・・・・・わかりました」

 

 釘を刺された事でなのはは大人しく早退届を提出し、いつもよりも早い時間に隊舎を後にした。

 シャマルは一人医務室でコーヒーを飲むかたわら、なのは以上に頻繁に医局を訪れていたユーノの事を思い出しながら、おもむろに呟く。

「今のなのはちゃんに最も効く薬は他でもないあなたなのに・・・・・・ユーノ君・・・・・・あなたは一体どこで何をしているの? もしも私たちの知らないところで死んでしまったのなら、化けてでもいいからちゃんとなのはちゃんの前に出て来なさいよ」

 

           *

 

午後17時05分―――

ミッド住宅街 高町家

 

「ただいまー。」

「あ、おかえりママー! 今日はいつもよりも早かったんだね」

 家に帰るなり、真っ先にヴィヴィオが笑顔でなのはを出迎えてくれた。

「ただいまヴィヴィオ。今日は早上がりにしてもらったんだ」

「そうなんだ。それより体はだいじょうぶ? 朝行くときは具合悪そうだったよね?」

「へーきだよ。それよりおなかすいたでしょ? すぐにお夕飯作るから」

「あ、それならだいじょうぶ。もう作ってあるから!」

「え? もしかしてヴィヴィオが・・・?」

「その通り!! ・・・と言いたいところだけど、わたしは手伝っただけ。作ってくれたのは・・・」

 なのはの手を引いてリビングへと足を運ぶヴィヴィオ。

 すると、なのはの目に飛び込んだのはキッチンで料理をしていたエプロン姿の浦太郎だった。

「いやー。おかえり」

「浦太郎さん!? どうしてここに・・・?」

「はやてちゃんに頼まれたんだよ。“自分もフェイトちゃんも仕事で隊舎を離れられないから、なのはちゃんのお世話をしてほしい”って」

「で。浦太郎さんがなのはママが元気になるようにって栄養満点の料理を作ってくれたんだよ! もちろん、わたしもがんばって手伝ったんだ」

「さぁ、早く座って食べよう」

「ありがとうございます。浦太郎さん・・・ヴィヴィオもありがとう」

 自分の為にここまで尽くしてくれる仲間や家族が近くに居る事が本当に幸せだと実感した瞬間だった。

 この恩はいつか返さなければならない―――そう思いながら、なのはは浦太郎とヴィヴィオが作った夕食を頂くことにした。

 

 夕食を食べ終えたなのはとヴィヴィオは、六課隊舎へと戻る浦太郎を出送る為、玄関の外に立った。

「今日は本当にありがとうございました」

「またいつでも遊びに来てくださいね!」

「僕にできることがあったら何でも相談してよ♪ あと、あんまり辛いなら絶対に無理はしない事だよ」

「はい。肝に銘じます」

 車のエンジンをかけ、ギアを入れようとした直後。浦太郎は真顔でなのはに言い残す。

「それと―――君が心の底から求め続ける限り、君の幼馴染は必ず戻ってくる」

「!」

「僕はそう信じるよ」

 優しい笑顔で呼びかけ、浦太郎は車を発進させ高町家を後にした。

 浦太郎からの心遣いになのはは深く感謝し双眸には涙を溜める。走る去る浦太郎の車を眼で追いながら、最後に深々と頭を下げた。

 

 首都高を走るかたわら、浦太郎は映像通信でユーノと連絡を取っていた。

『どうしたんだい? お前から連絡して来るなんて』

「店長・・・なんであのとき、なのはちゃんにあんな事言っちゃったんですか?」

『・・・なんだ。お前も失言だったんじゃないかと非難するのか。ついさっき恋次さんから “女を泣かす男は最低の屑野郎”だって・・・・・めちゃめちゃ言われたばかりで、結構凹んでるだよ』

「こればっかりは恋次さんの言う通りです。店長に弁明の余地はないですよ」

 普段は従業員を嗜める側のユーノが自身の失言を逆に糾弾されている。このときばかりはユーノもぐうの音が出ずにいた。

「今のなのはちゃんは心の底から店長を求めてる。いい加減仮面なんか付けずに腹をくくって出てきたらいいんじゃないですか。もう四年も経つんだ・・・・・・そろそろ踏ん切りが付いてもいい頃だと思うな僕は」

『踏ん切りか・・・・・・だったら尚更、なのはは僕なんかの影を求めちゃいけないんだ。彼女のこれからの人生に僕はとりたてて必要は無いよ』

 なのは絡みの話になった途端に自己評価が一段と低くなるのが、ユーノの昔から変わる事の無い悪い癖だった。

 断片的に過去に二人の間に何が起こったのかは知っている浦太郎だが、第三者の視点から見てもその縺れ具合は見ていて実にむず痒い。現に今こうして話している間にも自嘲的な笑みを向けるユーノは、正直見ていて心地の良いものではなかった。

 浦太郎はどこか悲しそうに互いを求め合いながら擦れ違い続けるユーノとなのはの関係を悲嘆し、溜息を突く。

「・・・・・・自分は必要ない・・・か。それを決めるのは店長じゃ無くて、なのはちゃんの方だと思うけどな」

 

           *

 

午後10時55分―――

ミッド住宅街 高町家

 

 就寝間際、なのはは縁側でひとり座りながら今宵の月を眺めていた。

「今日は下弦の月・・・・・・そう言えばユーノ君と一緒にお月見をした時も、今日と同じ月だったなー」

 鮮明に蘇る幼き頃の思い出。だが不思議と、大人になってからの思い出らしい思い出が殆どない事になのはは今になって気付いた。

 自分達の進路がはっきりと別れて以来、なのはは戦いの道を突き進み、ユーノは情報部門のトップとしてそれぞれの持ち場で成果を上げて来た。

 それでもなのははユーノとは肝胆相照らす仲だと信じ続けてきた。だが、それこそ自惚れ以外の何物でもなかった。

 おもむろに首にぶら下げていたロケットを開く。中に収められたユーノの写真は笑っているが、どこか作った様に不自然だった。

 なのはは作った様に笑うユーノの笑顔は正直好きじゃなかった。だが、探し出した数少ない写真の中で唯一のスマイルショットだった。

 今一度なのはは冷静になって思案する。翡翠の魔導死神の言葉にどれほどの真実味があったのか。

 逡巡した末、なのははユーノが死んでいないという可能性に賭け、前向きに捕え直す事にした。

「うん・・・・・・だいじょうぶ。ユーノ君はきっと生きてる! だってユーノ君、ああ見えてアウトドア派だし、いざってときは自分の身くらい守れるもん!」

 そう言いつつもどこか不安が拭えない。同時にユーノの事を考えれば考えるほど、彼に会いたいという気持ちが急速に膨れ上がってきた。

「でも・・・・・・やっぱりそばにいて欲しい・・・・・・ユーノ君・・・・・・・会いたいよ・・・・・・」

 切実なる乙女の願い。

 そしてその願いを口に唱えた直後、なのはの目に不思議な光景が飛び込んだ。

 ふと空を見れば、季節はずれ―――もといミッドの中央では観測される事の無い七色に輝くオーロラらしき光のカーテンが目に映った。

「え」

 幻想的な光景に目を奪われるなのはだったが、やがてオーロラは一瞬にしてその姿を消し去った。

「なに・・・・・・いまの?」

 あまりにも儚い出来事に不思議がるなのは。

 その後、唐突に催した強烈な眠気に誘われた彼女は寝室へと戻り、重力に任せてベッドへと倒れ込んだ。

「なんか・・・・・・すっごく・・・・・・ねむ、い・・・・・・」

 目を瞑った途端、なのははたちまち深い眠りに落ちた。

 だが、この眠りから自力で覚める事が如何に困難な事なのか―――それを身を持って味わうのであった。

 

 

『・・・・・・あれ?』

 気が付くと、なのはは見知らぬ場所に一人立ち尽くしていた。

 よく見るとそこは日本の昔ながらの風景で、軒並み飲食店が立ち並んだ商店街の様な場所だった。

『どこだろう、ここ?』

 おそらく、自分が夢を見ているのだろうと言うことは薄々気づいていたが、妙に臨場感があり、懐かしさの様なものを感じて止まない。

『って、私なんでこんな格好してるの?!』

 周りの景色ばかりに気を取られていて気付かなかったが、なのは自身も浴衣という出で立ちをしており、その脈絡の無さに疑問符を浮かべる。

 すると、そのとき―――前方から浴衣を着こんだ小さな少女がこちらへと走って来るのが目に入った。

『え!』

 目の前から走ってくる少女を見るや、なのはは目を見開いた。

 紛れも無くそれは幼少期の頃の自分だった。外観からして5、6歳前後の少女は、なのはの前を通り過ぎると、一度立ち止まってから振り返り、怪訝そうに問いかける。

『どうしたの?』

『あの・・・もしかして?』

『お祭りはじまってるよ!』

 言うと、小さななのはは満面の笑みを浮かべ、元気よく走り出して行った。

『待って!』

 自分を追って慣れない下駄で走るなのはが角に差し掛かったとき、ある不思議な生物と邂逅した。

 おとぎ話に出て来そうな愛らしい姿をしたヒツジが目の前に現れたのだった。

『ヒツジ・・・・・・?』

 

           ◇

 

5月15日―――

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 医務室

 

「ママ! ママってば!」

 午後6時過ぎ―――。

 ヴィヴィオが必死に枕元で呼びかけるも、なのはは一向に目を覚まさない。仲間達もこの事態に不安を拭い切れなかった。

「発見されてからもう10時間は経つな」

「仮に11時に寝たとしたら、18時間以上眠ってる事になります」

「シャマル、どうなのだ?」

「医学的にはね・・・()()()()()()()としか言えないの。外的にも内的にも特別な疾患は見当たらないし・・・」

「チクショー! どうして目を覚まさないんだよ!? 原因はなんなんだよ!!」

「落ち着けヴィータ。お前が叫んだところでなのはは目を覚まさん」

「けどよ!!」

 眠ってからなのはは一度も目を覚まさない。

 おとぎ話ならば、王子のキスで目覚めるところだが、そんな非科学的な話で解決できるほど簡単な事ではない。

「ちょっと・・・見てもらいたいものがあるの」

 すると、シャマルはおもむろに皆にそう言い、眠っているなのはの右の上瞼を少しだけ開いて見せた。

 全員が覗き込むと、なのはの瞳はピクピクと、左右水平方向に眼振しているのが見て取れた。

「眼球が運動してる?」

「そうなの」

「おい、これがどうだって言うんだよ? 眼球が動いてたらなんなんだよ!?」

「眼球運動? まさか・・・・・・レム睡眠ってこと!?」

 吃驚した浦太郎がその事に気づくと、シャマルは首肯してから一つの事実を告げた。

「なのはちゃんは、()()()()()()()()()()()()()()

「なんやて!?」

「まさか・・・そんな!」

 驚愕の事実に驚く面々。

「な・・・なんなんだよ。そのレム睡眠っつーのは・・・?」

 一方、恋次は聞き慣れない単語に加えて皆が驚いている理由がイマイチ解らず困惑するばかりだった

「睡眠には『レム睡眠』と『ノンレム睡眠』というのがあって、ノンレム睡眠は脳が休眠して体が動いてる状態。逆に体が休んでて脳が覚醒している状態のレム睡眠のときに夢を見ると言われてるんです。本来は周期的にレム睡眠とノンレム睡眠の状態がやってくるはずなんですが、なのはちゃんの場合は初めて脳波を調べたときからもう8時間・・・レム睡眠の状態が続いているんです」

「じゃあ・・・ママはずっと夢を見続けている?」

 生理学的にはあり得ない時間を費やしレム睡眠の元に夢を見続けるなのはを、全員で怪訝そうに見つめた。

 

 同じ頃、街でもなのは同様に謎のオーロラを目撃した者が多数現れ始めた。

「おい! あれなんだ?」

「あ、今変なのが・・・」

 オーロラを目撃する者とそうでない者が疎らに出始めるも、この後に起こる症状は一様にして同じだった。

 目撃した直後に強烈な睡魔に襲われ、やがて糸が切れたように倒れ込み、人々は深い眠りへと誘われた。

「どうしたんですか!?」

「どうしたの!? しっかりして!!」

 

           *

 

ジェイル・スカリエッティ 地下アジト

 

 オーロラを目撃した者が次々と眠りに落ちる―――この不可解な現象に深く関与していたのは、スカリエッティ一派だった。

 機人四天王はスカリエッティ自らが演出した催しによって巻き起こるトラブルを映像越しに見ながら、スカリエッティに真意を問う。

「ドクターの言っていた面白い趣向とはこの事ですか?」

「夢へと誘う魔導虚(ホロウロギア)を生み出すとは・・・・・・なるほど、確かに夢の中に巣食う相手にいくら機動六課でも手出しは出来ない」

「すばらしいアイディアですわ~! さすがはドクター~! 惚れ惚れします~」

「ふふふ。人が見る夢は実に興味深いものだ。私は是非とも知りたいのだよ。眠っている最中に人間などんなことを考えているのか。これはその為の臨床実験でもあるのだよ。ふはははははははは・・・・・・」

 

           *

 

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

 街で起きた異変はリンディ・ハラオウンを通してすぐさま機動六課へと報告された。

『なのはさんと同様の症状で今迄に35人の患者が病院に収容されたようよ』

「一体どうして?」

『原因はまだ・・・ただ、倒れた人が直前にオーロラのようなものを見たという証言を多数聞いているわ』

「オーロラ?」

 夢とオーロラの因果関係がまるでわからない六課メンバー。

 と、そこへかなり大がかりな機械を持って技術顧問のマリエル・アテンザが現れた。

「お待たせ! みんな、秘密兵器を持って来たわ!」

「秘密兵器?」

 

 マリエルは医務室で寝ているなのはを運び出すと、持ってきた秘密兵器を寝ているなのはの枕元に覆い被せるように置いた。

「セッティング完了っと!」

「マリーさん、なんですかこのヘンテコな機械は?」

(くろつち)隊長みたいないかがわしい発明じゃねぇだろうな」

「ヘンテコな機械でもいかがわしい発明でもありません! これは私の長年の研究の成果である装置・・・その名も『ドリームシアター』!」

「ドリーム・・・」

「シアター・・・?」

 居合わせた者全員が、マリーの持ち込んだ謎の装置の名前を聞いた直後に互いの顔を見合わせた。

「この機械はね、睡眠中に発せられる脳波をキャッチして、それを映像としてモニターに再生させる事ができる装置なの」

「つまり・・・今、ママが見ている夢を見れるという事ですか?」

「簡単に言えばそういう事。本当は夢を見るだけじゃなくて、見た夢を録画できるところまで行きたかったんだけど・・・さすがに開発予算と現代の魔法科学力の限界という壁にぶち当たったねー。もしも仮にアニュラス・ジェイドに協力をしてもらえたら、結果は違って来たのでしょうけど」

「なんでもいいけどよ。とにかく早いところ使ってみせてくれ」

 不安は拭い切れないが、藁にも縋る思いでこの装置に賭ける事にした。

 マリエルは微調整を繰り返し、全ての準備が万端整ったのを確認してから、意を決して装置を起動させる。

「いきます―――」

 起動した途端、なのはの枕元を覆うように置かれた装置が淡い光を放ち始めた。

 全員がメインモニターへ注目すると、見えてきたのは全く鮮明ではない砂嵐ばかりが流れる映像だった。

「何が何だかさっぱりわからねえな。これじゃ壊れたテレビと一緒だぜ」

「おい、ほんとにこの装置信用できるのかよ?」

「失礼ですね。ちゃんとした機械なんですってば!」

「あっ。なんか見えてきましたよ!」

 ドリームシアターの機能に疑いを持った直後、ぼんやりとだがスクリーンに映像が浮かび上がってきた。

 全員が注視すると、映されたのはピンクを基調とするおとぎ話に登場しそうなヒツジの様な生き物だった

「なに? 動物・・・?」

「これは・・・ヒツジかしら?」

「やはりそうだったのね」

 なのはが見ている夢に出てくるヒツジを見た直後、マリエルは確信した様子で皆に説明した。

「今まで8名の患者で調査してみたところ、全員がこのヒツジの夢を見ていたの。つまり、なのはちゃん達はヒツジによって眠らされている可能性が高いの」

「そのヒツジは、なのはちゃんの頭の中にいるんですか?」

「いえ。この場合・・・()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「別次元から?」

「この状態が続くとなのはちゃんだけでなく、他の患者さんにも危険が及ぶ可能性があるわね」

「そんな・・・・・・!」

魔導虚(ホロウロギア)の仕業って線はどうなんだよ?」

「断定はできません。ただ、もしそれが正しかったしても今の私たちではどうすることも・・・・・・私たちは夢に干渉する力は持っていませんから」

「く・・・・・・」

「ママ・・・!」

 夢の中は覗き見れても、その中に入って行く事が出来ない非情な現実。

 六課メンバーは痒いところに手が届かない状況に終始、険しい表情を浮かべるばかりだった。

 

           *

 

第97管理外世界「地球」

東京都 松前町 スクライア商店

 

 しかし、望みが完全に消え失せたわけではなかった。

 浦太郎から事の次第をメールでもらったユーノは、携帯を閉じると、愛刀を封印した仕込み杖を握りしめ身支度を整える。

 ちょうど金太郎が夕食の準備を進めていたので、ユーノは金太郎に一声かける。

「金太郎。ちょっと用足ししてくる。夕飯は後で食べるよ」

「かしこまりました」

 留守を任せ、一人地下へと続く階段を降りて行く。

 地下訓練場に降り立ったユーノは、目の前に聳え立つ巨大な門―――恋次達をミッドチルダへと送り届けた異世界へのゲート・幻魔の扉の前に立った。

「なのは・・・・・・・・僕が必ず救ってみせる」

 決意を固めた直後、おもむろに印を結ぶ。

 すると、閉ざされていた幻魔の扉が金属音を響かせながらゆっくりと開き始め、それに伴いユーノも能力を解放する。

「黒暗天! 権現!」

 自身の姿を任意の姿に変化させる晩翠の能力『影向(ようごう)』によって、ユーノは瞬時に翡翠の魔導死神の姿へと変身。

 ゲートが完全に開かれたと同時に、ユーノは一切の躊躇も抱かずなのはの夢の中へと向かって扉の向こう側へと飛び込んだ。

 

           *

 

夢想空間 なのはの夢の中

 

 幻魔の扉を通って、無事ユーノはなのはの夢の中へ到着した。

「ここは・・・?」

 辺りを見渡すと、昔懐かしい商店街が広がる風景が瞳に飛び込んでくる。

「ここが、なのはの夢の世界・・・か」

 この世界の何処かになのはがいる事はわかっていた。早速、ユーノはなのはの魔力反応を追って捜索を開始する。

 商店街を抜けて十五分くらい歩いた先、ユーノが辿り着いたのは自信も一度は見覚えのある景色だった。

「ここは・・・・・・・・・・・・」

 美しい桜の花々が満開に咲き誇るそこは、旧アースラーメンバーとともに花見を開いた場所だった。

 ユーノにとっても思い出深い場所のひとつだった。思わず感慨深く浸っていたが、気を取り直してなのはを探す事にした。

 すると、ちょうど桜の木々の間で、なのはが立ち尽くしているのが見えた。

 おもむろに歩み寄ろうとした時だった。ユーノはなのはの様子がおかしい事に気付いた。よく見ると、なのはは何かを羨望に満ちた眼差しで見つめていた。

 彼女の視線を追うと、何故彼女が羨望しているのかが何となく分かった。

 なのはが見ていたのは9歳の頃の自分自身。そして隣には仲睦ましく話をする同い年の少年―――すなわち、子ども時代のユーノがいた。

(なのは・・・・・・君はそんなに寂しい思いをしていたのか・・・・・・・・・)

 ここに来て分かった事がある。なのはは周りには気丈に振る舞っているが、一人の時はいつだって辛いのを我慢していると言うこと。出会った頃と何ひとつ変わっていないと言うことだった。

 さらに言えば、なのはは四年という歳月を経ているにもかかわらず、ユーノとの再会を本気で切望していた。

 ユーノはこんなにも自分の事を思っていながら、敢えて突き放すような状況を作ってしまった自分自身が本気で嫌になりそうだった。

 今すぐにでも彼女の前に出て声をかけたい。だが、肝心の勇気が湧いてこない。彼女を前にしたとき、どうしても震えが止まらなくなるのだ。

(僕は・・・・・・こんなときに限って・・・・・・・・・なんて情けない奴なんだ!!)

 四年の間に少しは成長し、強くなった気でいた自分が馬鹿みたいだった。

 沸々と湧き上がるなのはへの強烈な情念。この四年の思いの丈を彼女の前で曝け出したい。だけどその為の勇気と度胸が無い。

 酷く落胆した後、ひとまずなのはを連れ戻すのが先決だと思い、翡翠の魔導死神として彼女へ接近しようとした直後―――

「!」

 唐突に目の前に現れた例のヒツジ。

 警戒を露わにするユーノを見据えた途端、ヒツジは愛らしい表情から一変。形相を作り出した。

 

 刹那、気が付くとユーノは先ほどいた場所から荒れ果てた大地とその中央に不気味な居城を構える不思議な空間に一人佇んでいた。

「!?」

 目を凝らすと、ユーノは居城の牢の中で捕われたなのはを始めとする夢の世界に捕われた人々の姿を確認した。

 何としてもあそこから救出せんと動き出そうとした矢先、背後に敵の気配を感じた。

 振り返れば、先ほど見たヒツジが群れを成して集まり、やがて一つにまとまり巨大な姿を形成する。

「これは・・・・・・!」

 無数のヒツジが集まって生まれた複眼を持つヒツジの獣人を模した魔導虚(ホロウロギア)・インキュラス。ユーノは晩翠を手にして、出現した魔導虚(ホロウロギア)と対峙。

 なのは達の救出を懸けて、夢の中でインキュラスとの闘争を繰り広げる。

 

 ちょうど、現実世界でなのはの夢をモニターしていた六課メンバーは、インキュラスと戦闘行為に突入した翡翠の魔導死神を確認。全員が目を疑った。

「まさか・・・・・・翡翠の魔導死神が・・・・・・」

「なのはさんの夢に入った?」

 

「輝け、晩翠―――」

 鋭い斬撃を浴びせるも、インキュラスは瞬間移動能力や俊敏な動きでユーノの攻撃を悉く躱しては、背後を突いてくる。

「くっ・・・・・・」

 夢の中という現実空間とかけ離れた慣れない環境に加え、なのはを救出しなければならないという使命感から来る焦りがユーノの動きを鈍らせる。

 あまつさえ現実の世界以上にこの夢の世界では霊力と魔力の消費が著しく、長時間の戦闘は極めて不利だった。

(ここに長居する訳にはいかない。早いところこいつを倒して、なのは達を助けなきゃ・・・・・・)

 即行で勝負を決めようと事を急ごうとするあまり、ユーノの動きのキレが普段とは比べ物にならないくらい悪くなる。

 インキュラスはそんなユーノを嘲笑うかの如く動きで攻撃を躱して翻弄。

 そして、隙を突くとオーロラ状の光の筒・キュラスターによってユーノを閉じ込め、身動きを完全に封じた。

「翡翠の魔導死神さん!」

 自分達を助ける為に危険を顧みずに戦う翡翠の魔導死神が敵の手に落ちた。

 なのはは牢の中で鉄格子を握りしめながら、窮地に陥った彼を手助けする事すら叶わない状況にとてもも隔靴掻痒する。

「翡翠の魔導死神さん・・・・・・わたしは・・・・・・」

 だがそのとき、なのははある事を思い出す。

 おもむろに首に手を当ててみると、それは在った。十年以上連れ添った愛機《レイジングハート・エクセリオン》が確かに光り輝いていた。

「そうだよ・・・わたし・・・・・・」

 何も出来ないなんて言うは嘘。

 自分が一人の人間である以前に、一人の魔導師である事を思い出す。

 直後、なのはは魔力を解き放ち、防護服を身に纏う。そして鉄格子の中からレイジングハートを構える。

「私は―――時空管理局・機動六課の高町なのはなんだ!」

〈Divine Buster〉

 なのはの強い意志に基づき、レイジングハートの先端から桜色に輝く長距離砲撃魔法・ディバインバスターが放たれた。

 放たれた砲撃はユーノを覆っていたキュラスターを外側から破壊。振り返ったユーノは、なのはから頑張ってとエールを送られ、無言で頷く。

「チェーンバインド×10!」

 十本のチェーンバインドを用いてインキュラスを拘束。先程まで受けていた仕打ちをそっくりそのまま相手に行う。

 そうして敵の身動きを封じ込めてる隙に、ユーノは霊圧を研ぎ澄ませるとともに、大技を用いるのに必要な詠唱を唱える。

「我は神を斬獲(ざんかく)せし者 我は始原(しげん)の祖と(つい)を知る者 ()は摂理の円環へと帰還せよ 五素より成りし物は五素に (しょう)(ことわり)を紡ぐ縁は乖離すべし いざ森羅の万象は(すべから)く此処に散滅せよ 遥かな虚無の果てに」

 刹那、頃合いを見計ってユーノは留めの一撃をインキュラスへと放った。

「破道の八十九・改変 『燬鷇剿滅神炎炮(きこうそうめつしんえんほう)』!!」

 恋次にも用いた超弩級の砲撃技。その直撃を受けたインキュラスの体は、瞬く間に爆散した。

 爆発した直後、インキュラスから漏れ出た神々しいまでの光の粒子・マギオンが霧散し、夢の世界へと拡散される。

 人々はこの勝利にこの上なく歓喜し、なのはも翡翠の魔導死神の勝利を心から称賛する。

 そして、戦いを終えたユーノは降り注ぐ無数のマギオンに紛れながら、秘かに夢の世界からの脱出を果たした。

 

           *

 

午後19時22分―――

機動六課 ミッドチルダ地上本部 医務室

 

 インキュラスが倒された事で、なのはの脳波は睡眠状態から覚醒状態へ移行されようとしていた。

 マリエルが確認すると、パッと開けた様な笑みを浮かべ皆に報告する。

「なのはちゃんのレム睡眠が終了したわ!」

 聞いた直後、フェイトとヴィヴィオでなのはの体を揺すってみた。

「なのは! なのは!」

「ママ、起きて!」

 すると、呼びかけに答えたなのはがおもむろに目を覚ます。

「ん・・・・・・あれ・・・・・・みんな・・・・・・どうして?」

 自室で寝ていると思い込んでいたなのはは、周りの状況と自分の寝間着姿を見て思わず―――。

「もしかして・・・・・・寝起きどっきり!?」

 聞いた瞬間、間の抜けた言葉にたちまち脱力したものの、全員安堵の笑みを浮かべて目覚めたなのはに声をかける。

「コノヤロウ!! 散々人に心配かけやがって!!」

「でも・・・よかった! ママがちゃんと起きてくれて・・・///」

 大好きな母が再び目を覚ましてくれた事が何よりも嬉しく、ヴィヴィオは歓喜の涙を流してなのはの胸に抱きついた。

 なのはもそんなヴィヴィオを愛おしく抱きしめ、優しく頭を撫でてやった。

「ごめんねヴィヴィオ。心配かけて。私はもうだいじょうぶだよ」

 

 のちに―――なのはと同じ症状に陥っていた人々も眠りから回復したという報告がクロノを通してリンディの元へと届けられた。

『原因不明の睡眠に陥っていた人々はすべて目覚めたようです』

「そう。でも一体なんだったのかしら?」

『確かなことは、なのはも他の人々も翡翠の魔導死神によって救われたと言うことです』

「まさか夢の中にまで入っていけるなんて・・・・・・本当に、私たちは彼に感謝してもし切れないわね」

『しかし統括官。彼の正体は果たして何者なのでしょうか?』

「確かに気にはなるわね。でも・・・・・・あんまりこっちがちょっかい出すと痛い目を合いそうだから、深く詮索しない方がいいのかもしれいわね」

 達観した様子でクロノに忠告した後、リンディは高血圧も糖尿病のリスクもお構いなしの激甘リンディ茶を飲んでほっとするのだった。

 

           ◇

 

5月16日―――

第97管理外世界「地球」

東京都 松前町 スクライア商店

 

「ユーノ店長、今日も嫌々参ったぞ」

 などと文句を言いつつも時間ピッタリに修行へと現れた白鳥。

 すると、店の奥から出て来た金太郎がシーッと指を立てながら歩み寄って来た。

「どうかお静かに。店長はお疲れのため寝ております」

「寝ているだと? この私がせっかく参ったというのに何たる不敬な」

「ご安心ください。白鳥殿の修行は私が全責任を持って仰せつかります。さぁ白鳥殿・・・・・・今日もビシバシ参りましょうぞ」

「え・・・! いや・・・・・・その・・・・・・あ、そうだ!! ちょっと急用を思い出したので今日の所は!!」

 踵を返し逃げようとする白鳥の首根っこを掴み、金太郎は太く逞しい上腕二頭筋でその首を押さえつけ、

 ―――ゴキッ!

「うぎゃああああああああああああああああああ!!!」

 甲高い白鳥の悲鳴もなんのその、なのはの夢の世界から帰還を果たしたユーノは茶の間ですやすやと寝息を立てていた。

 

「ん・・・・・・なのは・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

教えて、ユーノ先生!

 

ユ「今日は夢について解説だ♪ 医学的な観点からも解説したいので、特別に一護さんにも手伝ってもらいまーす♪」

一「なんで俺が・・・・・・だいたい俺の専門は外科なんだってば。この前から言ってるけど」

ユ「細かいことはこの際無きにして。ささ、夢についてだけど・・・劇中でも言っていたように夢は脳が覚醒状態にあるレム睡眠時に見る物と言われているんだ。でもここで疑問に感じるんだけど・・・どうして人は夢を見るのでしょうか? 医学的立場から一護さん、解説お願いします!」

一「ったくしゃーねーな。医学的に見るとだな、夢を見るのは情報処理に伴ったノイズと考えるのが妥当だ。記憶の断片がアトランダムに現れてくるから、突拍子も無い様な奇想天外なストーリーが多いのもそのためだ。ただ、不安だとか嬉しいとか、感情に関わるもの、特に怖い夢を見るケースが多いことは確かだな」

ユ「なるほど、そうだったんですね。道理で最近怖い夢ばかり見ると思ったよ」

一「ちなみにお前が見た夢ってなんだ?」

ユ「まぁここ三日ぐらいの話で言えば・・・三日前は何の因果かスキージャンプ台の上から滑走して着地に失敗して複雑骨折しましたし、一昨日は断頭台でいきなり首を切られたり、昨日なんか核ミサイルの熱波で体を焼かれる夢を見ましたね」

一「おまえ・・・・・・絶対精神状態病んでるだろ」

 夢の内容から相当にユーノが精神的に重い疾患を抱えているのではないかと、本気で疑って止まない一護だった。

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

 午後10時過ぎ。

 高町なのはの一人娘、ヴィヴィオはベッドの中で悶々としていた。

ヴィ「うぅぅ・・・眠れないよー・・・」

 いつもならば午後9時には就寝しているが、今日に限っては目が冴えてしまい、眠れずにいた。

ヴィ「どうしよう・・・明日も朝練だから寝坊できないし・・・・・・あ、そうだ! こういう時はヒツジの数を数えればいいって、前にママが言ってたっけ。よーし、そうとわかったら早速実践!!」

 とても素直な性格のヴィヴィオ。モノは試しとヒツジの数を数えてみる事に。

ヴィ(ヒツジが1匹・・・ヒツジが2匹・・・ヒツジが3匹・・・)

 順調に頭の中でヒツジの数を数える。

 しかし、ここから予想外の方向へ突き進んでいく。

ヴィ(ヒツジが5匹・・・ヒツジが6匹・・・ヒツジが7・・・・・・あ、あれ?)

 柵を乗り越えるヒツジを数えていたが、ある瞬間よりヒツジの形が変化して、漢字の「羊」と言う時に置き換わる。

ヴィ(えっと・・・・・今のはノーカウントってことで。気を取り直して・・・)

 もう一度柵を乗り越えるヒツジを数えようとするが、今度はヒツジが柵に躓くというトラブルが発生。

ヴィ(あ~ん、ぶつかっちゃった! ええい、今度こそ・・・!)

 三度目の正直とヒツジを数え直す。すると、ヒツジに混じって執事が柵を飛び越えるビジョンが思い浮かぶ。

ヴィ(ヒツジ・・・じゃなくて執事? 執事じゃなくてヒツジ・・・あれ・・・えーと・・・)

 そうこうしている内に訳が分からなくなったヴィヴィオはベッドから飛び起きる。

ヴィ「って!! わたし今なに数えてるんだっけ!?」




次回予告

鬼「復讐の狂犬・魔導虚(ホロウロギア)リベンジャー。その攻撃を受けた恋次が呪いによって石になっちまった!」
浦「僕たちの攻撃を受けても幾度となく復活する不屈の闘志。しかし、僕たちが最も恐れていたのは魔導虚(ホロウロギア)じゃなかったんだ!!」
ユ「次回、ユーノ・スクライア外伝・・・『金色の大破壊熊(マッドベアー)』。金太郎、約束通り出番を増やしてあげたよ」






登場魔導虚
カースドキュラ
声:水島裕
大道芸人の魔導師が幼生虚との融合によって誕生した魔導虚。
呪術師を彷彿とさせる外見で、様々な能力を付与した仮面を操る能力を持つ。
相手の精神を乗っ取り凶暴化させる「凶暴化の仮面」を始め、攻撃と守備を奪い呪いによって死に至らしめる「呪魂の仮面」、魔力を際限なく吸収する「魔力吸収の仮面」、攻撃を防御する「鉄壁の仮面」、相手の攻撃力をダウンさせる「弱体化の仮面」など様々用途に分かれている。
仮面能力を駆使して機動六課メンバーを追い詰めるが、駆けつけた翡翠の魔導死神の攻撃を受けて倒された。
インキュラス
人間の夢の中に現れた、複眼を持つヒツジの獣人のような魔導虚。
オーロラのような光を発生させ、それを見た者をレム睡眠状態にし、その時に生じる脳波を吸い取る。普段は「スモールインキュラス」の姿で分裂している。瞬間移動能力や俊敏な動き、光の筒「キュラスター」に相手を閉じ込める光線などで翡翠の魔導死神を苦戦させるが、なのはの加勢で形勢が逆転し、最後は燬鷇剿滅神炎炮の一撃で倒される。
名前の由来は、夢魔や淫魔とも呼ばれる悪魔「インキュバス」から。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話「金色の大破壊熊(マッドベアー)」

新暦076年 5月19日

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ極東部 とある草原地帯

 

 幾度と無く繰り返されて来た争い。

 人々は自らが生み出した制御不能の力を用いて、文明を破壊し、世界そのものを消滅の危機に晒してきた。

 そうして滅びを迎えた世界は数知れない。

 

 だが、破壊された世界は長い年月をかけて再生される事もまた周知の事実である。

 ミッド都心から100キロほど離れた誰もいない草原。今からおよそ300年前、ここには巨大なエネルギー備蓄基地があった。だが、人為的な災害によって有害物質が大量に漏れ出た結果、その土地は人の住めない場所となった。

 それから時を隔てて、有害物質がほぼ無くなり、嘗ては草木一本生えぬ場所だったそこも青々とした草花が広がる大地へと生まれ変わった。

 ここに、一人の女性が足を運んでいた。

 

 理知的な眼鏡を掛け、憂いを内包した表情を浮かべる若い女性。

 彼女の名はオーリス・ゲイズ―――時空管理局地上本部の元職員にして、地上本部の事実上のトップに君臨した男、レジアス・ゲイズ元中将の実の娘である。

 JS事件によって明るみになった隠ぺいされていた過去の事件。挙句にスカリエッティの放った刺客によって父の命を奪われ、彼女はこの四年間、管理局の保護下に置かれて以来、監視を受けていた。

 たった一人の肉親を亡くし、自分が信じていた何もかもが分からくなったオーリスは心に深い傷を負った。

 ここへ訪れたのは、今の消沈した心に安らぎを取り戻す為の静養にお誂え向きだと判断したからである。

 緑広がる大地の上に立ち、何の気なく歩き続けるオーリスの表情は未だ晴れない。

 彼女は草陰に落ちていた今にも萎れてしまいそうな花を一本摘むと、今は亡き父の事を思いながら暗い顔となる。

「・・・・・・お父さん・・・・・・・・・」

 そのとき、おもむろにこちらへと近づく足音がした。

 やや驚いた様子で音のする方へ目を転じた際、オーリスの目に飛び込んだのは些か信じ難いものだった。

「!」

 目の前に居たのはJS事件の首魁であるスカリエッティの手によって生み出され、彼の忠実な手駒として地上本部を襲撃し、自分達の運命をも弄んだ憎き宿敵―――戦闘機人改め機人四天王のクアットロだった。

「うふふふ。こんなところでお会いできるなんて奇遇ですわね~」

「あ・・・あなたは・・・・・・!」

「ここでお会いしたのも何かの縁。是非ともドクターの夢の為にもう一度私たちに協力してくれませんか? ねぇ・・・オーリスさん」

 邪悪なる意志を宿した瞳に睨まれたオーリスは逆らう事が出来なかった。

 そして、クアットロは彼女の為に用意した特殊な幼生虚(ラーバ・ホロウ)を用いて、彼女を最も凶悪な魔導虚(ホロウロギア)へと変貌させるのであった。

 

           *

 

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎

 

「まさに神出鬼没・・・」

「一体何者なんだろう?」

 機動六課首脳陣は揃ってある映像に釘づけだった。

 何かと遭遇機会の多くなっている「翡翠の魔導死神」に関する数少ない記録画像。それを幾度と見返していた。

 翡翠の魔導死神は随所で機動六課メンバーの前に現れては、その都度魔導虚(ホロウロギア)を退治、または手助けをして風のように去っていく。そんな状況がこの数週間続いていた。

「何度も私たちの事を助けてくれているし・・・この前だって」

 先日インキュラスの力で夢の世界に捕われ、彼によって命を救われたばかりのなのはは、複雑な心境を顔に出しながら両手を組んで映像をじっと観察。

 が、それでも彼に関して「謎」以外に得られそうな有効な情報は何ひとつ解らず、深く溜息を突く。

 やがて、情報を整理する為にクロノが一旦口を挟み話を切り出す。

「《翡翠の魔導死神》―――その素性も思想も一切不明。分かっているのは、彼が魔導師と死神の力を両方兼ね揃えた特異な存在という事。そして、恋次さん達をこの地へ導き魔導虚(ホロウロギア)に関する情報や物資を提供している影の支援者であるという事だけだ」

「ザックームの件と言い、これまでの事と言い、翡翠の魔導死神さんに助けられなかったら今ごろ私たちはどうなってたか・・・・・・考えただけでも恐ろしい話や」

「だけど・・・今まで未確認だった死神の存在はおろか、その力を一魔導師が突発的に持ったりする事が本当にあるのかな?」

「このような事を言うと不謹慎かも知れぬが、私は機会さえあれば是非ともあの者と真剣に手合せ願いたいものだ」

「オメーな・・・・・・何かあるとすぐ戦いたがる癖、マジでやめた方がいいと思うぞ」

 生粋の騎士であるシグナムからすれば強い者と戦いたいのは当然の事だとは思うが、周りは時々少し度を超えている様に思えてならなかった。

「そんなに戦いてーなら、俺が更木(ざらき)隊長紹介してやろうか? あの人と戦ったら少しは考えを改めるかもしれねーぞ」

 何と物騒な荒療治なんだろう・・・。内心吉良は恋次の口走った言葉に肝を冷やした。

「いずれにせよ、私たちは彼の事をもっと知る必要があると思う」

「もしもこの場に・・・ユーノ君がいてくれたら翡翠の魔導死神さんに関する情報がもっと集まるかも知れないのになー」

(その翡翠の魔導死神が他ならぬあいつ自身なんだとは・・・・・・口が裂けても言えねーよな)

 真実を知る者からすれば、実にじれったい気持ちだった。

 恋次達は今まさに彼の力を必要としている幼馴染の心境を察した上で、ここまで徹底的にその存在を秘匿しようと躍起になっているかの如く振る舞うユーノの思惑を、いまひとつ理解する事が出来なかった。

「いずれにせよ、魔導虚(ホロウロギア)事件を解決に導く重要な鍵を握ってるんは、間違いなく翡翠の魔導死神さんや。彼の協力無しに事件の鎮静化も収束もあり得へん」

 はやてがそう断言すると、周りも同意し、力強く頷いた。

 しかし、現状翡翠の魔導死神の居所を知る手がかりは無い。考えれば考えるほど惜しい状況と感じ、つい溜息の回数が増える。

 そんな砌、不意にリインがおもむろに口を開いた。

「あのー・・・そろそろお昼にしませんか?」

「もうそんな時間か?」

 会議に集中していて気付かなかったが、時刻は既に昼の12時を回っていた。

 今が昼だと脳が認識した直後、恋次や鬼太郎はグウ~、という盛大な音を響かせ、空き腹を抱える。

「やべーな。腹が減ってしゃーねーぜ」

「おい、出前でもなんでもいいから早く食おうぜ」

「そう言うと思って、既にリインがみなさんの分を頼んでおいたのですよー。最近オープンしたばかりの街で評判のカレー屋さんです♪」

「おぉカレーか!! 食べる食べる!!」

「じゃあいただこうかな」

「ほんならお言葉に甘えて―――」

 ちょうど、そのときだった。

 部屋の開閉音がし、デリバリーのカレー屋が岡持ちを持って入室した。

「あ、ごくろうさまでーす!」

「大変お待たせ致しました。特性カレー12人前をお持ち致しました。なお、御代はクレジットカードも可能です」

(あれ? この声どっかで聞いたことあるような・・・)

(俺も記憶にある声に思えてならねー)

 独特な低く野太い男の声色に浦太郎と鬼太郎は挙って耳を疑った。そして何故だか冷汗が噴き出した。

 恐る恐る部屋に入って来た出前の顔を見た途端、二人の心臓は一瞬だけ止まった。

 決して見間違いやそっくりさんなどではなかった。白い調理服にこそ身を包んでいるものの、鍛え抜かれた巌の様な肉体と服の上からでも分かる隆起した筋肉、全体的に割腹の良い体躯を持つ強面の男―――スクライア商店副店長・熊谷金太郎が立っていた。

「久しぶりだな。浦太郎、鬼太郎、元気にしていたか?」

「き、金ちゃん!!」

「げッ!! なんで熊がここにいるんだよ!?」

 周章狼狽する二人。恋次や吉良も意外な人物の登場に顔を引きつる一方、事情を詳しく知らないなのは達は訝しげに様子を伺うばかり。

 やがて、金太郎は平然とした様子で岡持ちを運び、中からカレー皿を取り出しながら鬼太郎の疑問に答える。

「見ての通りバイトだ。時給900G(ギルト)のな」

「ウソつけコノヤロウ!! 俺だったらてめーみたいなおっかねーヤツ絶対バイトになんか採らねーよ!!」

「どうせあれでしょう!? 店長に言われて僕らのこと監視しに来たんでしょう!?」

「私や店長の目を盗んでお前達が善からぬ事を企てているやもしれぬでな・・・・・・自由な時間は今日で終わりだ。これからは私が常に目を光らせている事を覚悟しておけ」

「イヤだぁ―――!!! せっかく金ちゃんや店長から解放された安穏で素晴らしいフリーダムライフを満喫してたのにぃぃぃ―――!!!」

「結局こうなっちまうのかよぉぉぉ―――!!!」

 悲嘆と絶望に満ちた二人の切実な叫びが響き渡る。

 なのは達は顔を見合わせ、事情こそよく分からぬものの二人にとっては非常に都合の悪い事なのだろうと言うことは状況から安易に察する事が出来た。

「あはは・・・よくわかんないけど、なんだか大変そうですね」

「つーかあの男が来るだなんて俺ら何も聞いてねーぞ」

「ほんとに不意打ちだったね」

 恋次と吉良ですら事前に知らされていなかった金太郎の機動六課来訪。

 果てしてこの先どんな運命が待ち受けているのか、誰一人として予測がつかなかった。

 

           *

 

第97管理外世界「地球」

東京都 松前町 スクライア商店

 

「なんだと!? ゴールデンベアーがいない・・・!」

「浦太郎と鬼太郎の様子見がてらミッドチルダに出払ってまして。だから今日は僕一人だけですよ」

 修行の為、足繁くスクライア商店を訪れた白鳥にもたらされた唐突なる吉報。この事実に白鳥礼二の心は高鳴り、歓喜した。

「ふふふふ・・・・・・ははははははは!!!」

「白鳥さん?」

「いやー、すまない。あまりに気分が高揚したものでついな。あの男がいないと分かっただけでこうも清々しいとは! うむ。今日は実に良い日になりそうだ! さ、そうと分かったら今日の所は堂々と修行をサボって―――」

 背を向け、店を後にしようとした矢先。後ろから鎖の様なもので体を縛り付けられる感触が白鳥の全身へと伝わった。

「うわ!?」

 振り返ると、案の定ユーノがチェーンバインドで拘束していた。それも怖いくらい飛び切りの笑顔を浮かべながら。

「一人勝手に喜んでるところ申し訳ありませんが、修行は変わらず行いますからね♪」

「な、なんだとー!?」

「なんだとー!? は、むしろこっちの科白(せりふ)ですよ。白鳥さん、あなた自分から僕に鍛えてくれって頭下げてきた癖して堂々とサボタージュしようなんていい度胸ですね。その腐った性根も含めて金太郎の代わりに僕が叩き直してあげます♪ 嫌って言うくらい徹底的に・・・・・・」

「ま、待ってくれ!! やっとあのキツイ仕打ちから解放されたというのに・・・!!」

「これもあなた自身の為ですよ。ささ、地下修行場へごあんな~い♪」

「いやだぁぁ―――!!! 助けてママぁ―――!!!」

 

 白鳥礼二の安穏とした日々は、当面先の話になりそうだった・・・・・・。

 

           *

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ 首都クラナガン近郊

 

「ったく、参っちまうぜ。熊がこっちに来るなんて想定外だったな」

「ま。いつかはこうなると薄々思っていたけどね僕は。とは言えずいぶんとお早いご到着だったよ・・・」

「お前らの行動なんてユーノ(あいつ)にはすべて筒抜けなんだろうぜ!」

 市街地のパトロールを体に隊舎の外へ出ていた恋次、浦太郎、鬼太郎の三人は金太郎のアポ無し訪問に肝を冷やした様子だった。

 ユーノが裏で関与している以上、いつ金太郎が来てもおかしくはない中で、あまりに早過ぎる到着に浦太郎と鬼太郎は心からうざったく思った。

「ま。確かに店長の目を盗むなんてそう簡単にできることじゃないですからね。ていうかどうやって普段の僕ら行動見てるんだろう・・・あぁ、考えただけで鳥肌が立ってきた!」

「発信機とか付いてんじゃねえのか?」

「だとしたら人権侵害ですよ! それってプライベートも筒抜けって事ですよね!? と言うことは僕が夜な夜なピーしてる事とか、××したり、あんなところでイッちゃった事とか全部ばれてたってことじゃ!!」

「とりあえずそれ以上喋るな。この変態もっこり男」

 これ以上喋らせると危険だ。恋次の賢明な判断により浦太郎が公然わいせつの罪で逮捕される事は無かった。

「あ、いけねー! 今週のジャンプ買って無かった。コンビに寄っていいか?」

「ジャンプって・・・この世界に普通に売ってるのかよ」

「やれやれ。先輩はいつまで立っても子供っぽいんだから」

「ほっとけ!」

 何だかんだと言いながら近くのコンビニへと立ち寄ったとき、三人は驚愕の光景に挙って目を見開いた。

「いらっしゃいませ―――」

「「「なんでお前(金ちゃん)(熊)がいるんだよ!?」」」

 さも当たり前のようにレジスター係を担当している金太郎が居り、店内に入ってきた三人を見るや普通に挨拶をした。

「見ての通りバイトです」

「だからぜってーちげーだろ!!」

「まさかとは思うけど、僕らの行く先々で出たりしないよね?」

「気味の悪りー冗談よせよ」

 しかし、浦太郎の言った事はこの後すぐ現実のものとなった。

 金太郎は三人の行く先々で様々に職種を変えては現れ、常に監視の目を光らせた。

 その余りに常軌を逸した行動に三人の、もとい浦太郎と鬼太郎のフラストレーションはピークに達しようとしていた。

 

「常軌を逸してるよッ!!」

「確かに常軌を逸した出現率だな」

「こちとら熊に会いたいわけじゃねーんだ! なのに逐一行くところ行くところ先回りしやがって・・・・・・てめーはポッポかコラッタか! 会うならエンテイとかライコウに会いてーところだぜ!!」

「譬えがイマイチわかんねーけどよ、もういっそのこと諦めろ。ありゃ死ぬまで付き纏うぜ」

「イヤですよ!! 死ぬ時まであんな変態ゴリラに付き纏われるのなんて!? 死ぬなら綺麗でエッチな女の子を抱いて死にたいです!」

「もっこり男もストーカーゴリラもどっちもいい勝負だろうが」

 今日の恋次の毒舌はいつになく鋭く冴え渡っていた。

 そのとき、三人の近くを通りかかった黒い高級車が一台徐行しながら側溝付近に停車。運転席からフェイトが顔を覗かせた。

「みなさん、お集まりで」

「おう。フェイトか」

「お三方も今帰りですか?」

「まーな。周辺パトロールしてみたが、取り立てて(ホロウ)魔導虚(ホロウロギア)の気配も無かった。至って平和そのものだ」

「ならいいじゃないですか。平和が何よりですよ」

 

 ウォォォ―――ン。

 刹那、虎落笛(もがりぶえ)に似た奇妙な物音が聞こえた直後、何処からともなく猛烈な突風がビルの間から吹き荒れた。

「うわあ!」

「すごい風だ!」

 どこか奇妙な風だと思った矢先、それは起こった。

 突風による影響を受けた建物の看板が重さに耐えきれず崩れ落ちた。しかも悪いことに落下地点には無防備な少女がいた。

「いけない!!」

「くそ!」

 気付いた恋次が咄嗟に飛び出し、少女を救おうとする。

「きゃあああああ!!」

 悲鳴を上げる間にもの凄い速度で落下してくる看板。全力で疾駆し、救助へ向かう恋次だが、あと少しと言うところで距離が届かない。あまりに咄嗟の事ゆえに瞬歩を使うという思考すら働いていなかった。

「ダメだ! 間に合わねー!」

 

 ガシャン―――。

 落下音とともにもたらされたのは、凄惨な結果ではなかった。

 よく見ると、少女を守ったのは鍛え抜かれた体躯で看板ごと受け止めた熊谷金太郎だった。しかもその風貌は何故か某焼きたてクッキー販売で有名なおばさんの衣装に酷似していた。

「あれは!」

「熊!!」

「それより・・・さすがにあの格好はないでしょう」

 

「あ・・・ああ・・・・・・うわあああぁぁぁん・・・・・・!!」

 死の恐怖を逃れた途端、緊張の糸が切れた子供は大声で泣きじゃくる。

「もう大丈夫だよ。怖かったね」

 金太郎は身を挺して守った少女に怪我が無いことを確認すると、看板を下ろし、泣きじゃくる少女を厚く抱擁しながら優しく声をかける。

「見ろよ! ス○ラおばさんが女の子助けたぞ!」

「かっこいい!!」

「でもなんでス○ラおばさんの格好してんだ?」

 先ず疑問に思うところはあるものの、周囲は金太郎の勇気ある行動を須らく称賛した。

「金太郎! 大丈夫か!?」

 駆け足で近づき、恋次は金太郎へおもむろに近づく。

 金太郎の左肩を見たとき、先ほど看板を受けた衝撃で肩が脱臼して関節が外れている事に気付いた。

「おまえ・・・肩・・・」

「問題ありません」

 そう言うと、金太郎はゆっくり立ち上がってから少女を解放。やがて恋次達が見守る前で左腕に力を入れ始めた。

「ふん! ぬおお・・・・・・・・・」

 何をしているのか一瞬分からなかった。

 四人が怪訝そうに見つめる中、金太郎は左腕に込める力をさらに強め、脱臼している肩を筋肉を動かす力で少しずつ戻し始めた。

「おおおおおおおおおおおお・・・・・・ぬ″ん″ッ!!!」

 刹那、ゴリッという音を立てた金太郎の左肩が正常な位置に戻った。

「「「「えぇぇぇ~~~~~~!!!!」」」」」

 常識では考えられない衝撃的な光景に声を揃えて驚く恋次達。

 医者と病院泣かせの驚くべき妙技を披露した金太郎は、軽く肩を回してから、何事も無かったようにその場を静かに立ち去った。

「あの野郎・・・抜けた肩を筋肉だけで入れやがった!!! マジでバケモノかよ!!!」

「浦太郎さんと鬼太郎さんのお知り合いの方・・・・・・只者じゃありませんね。何者なんですか?」

「何者っつってもな・・・俺らの上司の腰巾着って事ぐらいしか言えねーけど」

「でもまぁ昔は確かに凄かったらしいよ。なんだっけな・・・えーと・・・“マッドベアー”とか呼ばれてて、なんかよく分かんないけど(まさかり)担いで戦場で暴れ回った豪傑らしいね」

足柄山(あしがらやま)にあんなバケモノいたんじゃ酒呑童子(しゅてんどうじ)も形無しだよな!」

「マッドベアー? あれ? どこかで聞いたような気がするけど、どこだっけ・・・・・・?」

 一度は聞いた事のある呼び名だと思い、フェイトは思い出そうとするが直ぐには思い出す事が出来なかった。

 ピピピッ。

 すると、恋次の伝令神機に魔導虚(ホロウロギア)出現を知らせる反応があった。

魔導虚(ホロウロギア)か。場所は近いぞ」

「私の車に乗ってください。即行で現場へ向かいます」

「頼もしいね」

 急いで恋次達はフェイトの車へと乗り込み、現場へ急行した。

 このとき、金太郎は目立たないようにビル影に隠れながら、現場へ向かった四人の戦いを一人静観する姿勢を決め込んだ。

(じっくり見させてもらうぞ。浦太郎。鬼太郎よ。お前達の戦いを―――私や店長をあまり落胆させてくれるなよ)

 

           *

 

ミッドチルダ市街地 北部708地区

 

『状況アラート3! 市街地付近に未確認生命体出現。待機中の隊員は警戒態勢に入ってください。繰り返す―――』

 市街地に現れた獰猛な野犬を思わせる全身に炎を纏った魔導虚(ホロウロギア)・リベンジャー。

『ワオォォォ!!!』

 聞く者をたちまち怯ませる音圧。

 胸に大きく空いた孔、ギラギラと紅色に光る瞳。地獄より迷い出でた狂犬は見た目に違わぬ獰猛さで歯向かう者を次々と手に掛ける。

 口から吐く破壊力抜群の火炎エネルギーの塊「チリブレス」でもって、現場に居合わせた陸戦魔導師を一撃の元に吹き飛ばす。

「「「「ぐわあああああ」」」」

 交戦状態にあった陸士108部隊とその指揮官ゲンヤ・ナカジマは、今まで相手にした事のない桁違いな強さを秘めた魔物に相当手をこまねき、終始苦渋の顔を浮かべる。

「なんてこったぁ。あのワンコロ・・・とても宥めてどうにかなりそうなヤツじぇねー。完全に気が狂ってやがる!」

『ワオォォォ!』

 狂気と怒気を内包した瞳に戦く者達。

 咆哮を発した次の瞬間、リベンジャーが勢いよく突進してきた。

「陣形展開! 防御膜を張れ!!」

 突撃に備え複数の魔導師が防御魔法を展開する。

 すると、リベンジャーは先程とは少し調子の異なる咆哮を発し出した。

 刹那、展開していた防御魔法が効果を打ち消され無力化。魔導師達は驚愕の表情を浮かべる。

「なに!?」

「魔法が消されたぞ!」

『ウオオオオオオ』

 咆えるリベンジャーが魔導師達へと突っ込んだ。数百キロにも及ぶ衝突力を誇る敵の攻撃を真正面から受け、大ダメージを負って吹っ飛んだ。

「ぐああああ」

 近くに居合わせたゲンヤもその巻沿いを食らう。

 額から血を流し虚ろな瞳で前を見るゲンヤ。おぼろげながらリベンジャーが凶悪な瞳でゲンヤを見据えており、今にも自分を喰らわんとしていた。

(くっ・・・ここまでか!!)

 死を覚悟し目を瞑るゲンヤ。

 やがて、気を見計らったリベンジャーがゲンヤの頭部へ食らいつこうとした直後―――

 

〈Sonic Move〉

 金色の閃光によって目の前のゲンヤが連れ去られ、リベンジャーは標的を見失う。

 臭いを辿って後ろを振り返ったとき、現場へ駆けつけたフェイトと彼女によって間一髪のところ救出されたゲンヤがその手に抱きかかえられていた。

「ナカジマ三佐。もう大丈夫です」

「おめーは・・・・・・八神んところの?」

「俺達もいるぜ」

 吃驚するゲンヤへ一緒に居合わせた恋次達が自己主張し、おもむろに前に出る。

 そうして四人は改めて今回自分達が倒すべき相手の姿を凝視する。

「なんかいつにも増してすごいのが出て来ましたね」

「あんなのにやられたらシャレにならねー。イヌの餌にされる前にぶっ潰してやらぁ」

「フェイト。そいつと他の連中の救助は任せていいか?」

「はい」

「おーし・・・いくぜ!」

 負傷者の救出と避難をフェイトに託し、恋次を筆頭に浦太郎と鬼太郎は三人がかりで魔導虚(ホロウロギア)の元へ飛び出した。

「つらあああああ」

 大振りで炎を纏わせた斬撃を振り下ろす鬼太郎。

 しかし、リベンジャーは鬼太郎の烈火の炎をものともせず、巨大な刀身をその大口で咬んだ。

「なに!?」

 目を疑う鬼太郎を余所に、リベンジャーは烈火に灯った炎を口腔内へ吸収。間隙を突いて炎を宿した尻尾で叩き落とした。

「鬼太郎!」

「炎なら水で消してあげましょう」

〈Load Cartridge〉

 魔力カートリッジを二発ロード。魔力を練り上げ、足下に近代ベルカ魔法陣を展開すると、浦太郎はデバイス先端より巻き起こす波濤で対象物・リベンジャーを飲み込む。

「ウェーブコンサバティズム―――」

 この魔法は相手の魔力を削りながら外界に出られなくするという利点を持つ。

 しかし、リベンジャーの裡に宿る復讐の怨嗟はこれしきの水では努々鎮火できない。水の渦の中で甲高い咆哮をあげた直後、浦太郎が発動した魔法が瞬時に消滅した。

「そんな! 僕の水流魔法が効かないんて!?」

 確実に弱点を突いた効果的な攻撃と踏んでいただけに、浦太郎のショックは大きかった。

 波濤からの脱出を果たし、呆気にとられる浦太郎を見据えたリベンジャーは、業火の火球・チリブレスをお見舞いする。

「うわああああ!!」

「浦太郎!」

 鬼太郎に次いで、浦太郎までもが倒された。

 大火傷を負って動けなくなった二人を見つめるかたわら、恋次は凶悪な力を秘めた敵を前に斬魄刀を身構える。

「てめー・・・やってくれるじぇねぇか。いいぜ。俺とサシで勝負だ!」

 仲間を傷つけた眼前の敵に強い敵意を向けつつ、恋次は霊圧を研ぎ澄ませる。

 リベンジャーも(たてがみ)を盛んに動かし、声を唸らせ恋次を威嚇する。

 身を低くした状態から牽制し、気を見計らうと一気に飛び出す。恋次もリベンジャーとほぼ同じタイミングで前へ出る。

「つらああああああ!!!」

 霊圧で研いだ蛇尾丸の刃で斬りかかる。その太刀筋をリベンジャーは鋭い爪で受け止め、交互に左右のものを用いて攻撃する。

 怒涛の如く襲い掛かる鋭く、そして俊敏性に富んだ一撃一撃が重い攻撃。懸命に剣で防御しつつ、恋次は終始険しい表情を浮かべる。

 追い打ちをかけるようにチリブレスが嵐のように飛んでくる。

 接近戦闘を主体とする恋次にアドバンテージを与えまいとリベンジャーは徹底的に自分の間合で戦う。完全にペースを持っていかれた恋次は、飛来する大威力の火球を避けるのでいっぱいいっぱいだった。

 この様子を見物していたクアトッロは、いつになく楽しそうに歪んだ笑みを浮かべ眼下の戦いを見下ろした。

「うふふふ・・・その身に宿る滾る怨嗟の炎。もっと暴れなさいな。あなたの目に映るものすべて壊してしまいましょう」

 

「救護班がもうすぐ駆けつけてくれます。それまでのご辛抱です」

「すまねえ」

 ゲンヤを始め、フェイトは負傷した局員を無事安全な場所へ保護した。

 

 ―――ドカーン!! ドドン!!

 

 直後、近くで複数の爆発音が鳴り響いた。

 リベンジャーと交戦する恋次達のものだと察したフェイトは、戦況が激しさを増している事から自らも加勢に入るべきだと判断し、ゲンヤ達へ注意を呼びかける。

「いいですか。何があってもここを動かないでください」

「まさか、行くつもりか!?」

「無茶です! 相手は私たちの攻撃が通じないバケモノです!」

 一度リベンジャーと戦い、完膚無きまでに力の差を見せつけられた局員がフェイトへ制止を求めるが、彼女はそれを受け入れず自身の決意を口にする。

「たとえどんなバケモノが相手でも、このまま仲間を放っておく事なんて出来ません。私たちの魔法は誰かを救う為の力ですから―――」

 そう言うと、ゲンヤ達に微笑みかけてから、フェイトは愛機バルディシュ・アサルトを携え、恋次達への救援へと向かった。

 

「はああああああ」

 魔導虚(ホロウロギア)・リベンジャーと死闘を繰り広げる阿散井恋次。

 建物の破壊を厭わない敵の苛烈な攻撃を避けながら、僅かな隙を伺い反撃の一撃を繰り出す。

「蛇尾丸ッー!!」

 刃節を伸ばして攻撃するが、リベンジャーの爪であっさりと弾かれる。

 即座にチリブレスが飛んでくる。恋次は瞬歩で避けるも、次第に息が上がり霊力もあまり多分に消費できない状況に直面する。

「ちっ。意外と骨のある奴だな」

 強がるものの、内心はかなり焦っていた。

『ヴァオオオオ!!』

 空気を震わせる咆哮を発し、再び恋次へ攻撃を仕掛ける為、リベンジャーが前に出た次の瞬間―――

〈Photon Lancer〉

 空中より放たれた金色の光の槍がリベンジャーの体を貫く。

 救援に駆け付けたフェイトの働きによって、恋次は窮地を脱した。

「大丈夫ですか?」

「なんとかな。つっても現状でギリギリってところだ」

 既に浦太郎と鬼太郎は戦線を離脱し、恋次もここまでの戦闘でかなりの力を消費している。フェイトが加勢に入ったからと言って厳しい現実には変わりない。

 強力な力を持つ敵を前により気を引き締める二人。そんな眼前の敵を見据え、唸るリベンジャーは体に纏う猛火の勢いを強める。

「「!」」

 恋次とフェイトはリベンジャーの行為に刮目した。フォトンランサーで貫かれた箇所に炎を当てる事で傷そのものを塞いだのである。

「体を焼いて傷を塞ぐなんて!」

「地獄の番犬とはよく言ったもんだぜ」

 何から何まで狂気染みた行為に警戒を強める二人。

 傷を癒したリベンジャーは凶悪な気を宿した瞳を光らせ、直後には再び疾駆―――恋次達目掛けて突進してきた。

「ほおおおおお」

 突っ込んできた敵へ狙いを定め、恋次は刃を交える。

「はあああああ」

 それに便乗してライオットブレードを装備したフェイトも斬りつける。

 鋭い金属音を響かせた刃と爪の衝突。

 二人の斬撃を受けながら、リベンジャーはなおも平然とした様子で咆哮を発し、やがてそのまま逃走を決め込んだ。

「ぐっ・・・」

 魔力で形成された刃をいとも容易く折られ、フェイトは受けたダメージに堪えながら片膝を突いて意識を保つ。

 対する恋次は、力無く膝を突くとそのまま前方へと倒れ込んだ。

「恋次さん!!」

 慌てて恋次へと駆け寄り、倒れた体をひっくり返す。

「これは・・・!」

 見ると、恋次の左肩にはリベンジャーの物と思われる牙が一本深く突き刺さってており、息絶え絶えに多量の汗を額から噴き出していた。

「フェイト・・・・・・奴を・・・・・・なんとしても倒すんだ・・・・・・頼んだ・・・・・・ぜ・・・・・・」

 仲間に想いを託した恋次は、フェイトに笑いかけるとそのまま意識を失った。

 刹那、肩に突き刺さった牙を通してリベンジャーの仕掛けた呪いの魔法が発動。たちまち恋次の体は石と化した。

「恋次さん!! しっかり!! 恋次さ―――ん!!」

 

           *

 

 リベンジャーとの戦いによって、阿散井恋次は地獄の呪いを受け再起不能となった。

 フェイトは直ちに負傷した浦太郎と鬼太郎を伴い、機動六課隊舎へと帰投。三人の救命措置をシャマルへと依頼した。

 

           ≡

 

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

「シャマル、阿散井達の容体は?」

「鬼太郎さんと浦太郎さんのダメージはそれほど大きくないわ。私の魔力でほとんど治せたわ。問題は恋次さんの方なの」

「恋次さん・・・死んじゃったんですか?」

「いいや。阿散井くんの生命力はゴキブリ並だ。彼がこんな事で直ぐに死ぬような男でない事はこの僕がよく知ってる」

 多少言い方は悪いが、吉良は恋次が幾度となく修羅場と死地を乗り越えて来た歴戦の戦士である事を熟知している。ゆえに今回の件に関してもあまり動じてはいない。

 しかしそれでも、恋次が魔導虚(ホロウロギア)との戦いで深刻なダメージを受けたと言うことが未だに信じられなかった。

「具体的にどういう状態なんや?」

 はやては恋次の置かれている状況について、シャマルに詳細な説明を求める。

「恋次さんは・・・強力な魔力による呪いをかけられています。死んでさえいないものの永遠に動けず、口も利くことはできません」

「助ける方法は無いのかよ!?」

 何かと恋次と衝突する機会が多いヴィータも心底心配した様子で問いかけるが、シャマルは現状有効的な治療法はないと言わんばかりに首を横に振るばかり。

「あの魔導虚(ホロウロギア)を倒さない限り、恋次さんは蘇らない・・・・・・くっ。私がもっと早くに駆け付けていれば!」

「フェイトちゃん・・・」

「フェイトさん・・・」

 自責の念に駆られ、罪の意識に捕われるフェイトを一瞥。なのはとエリオは彼女の心境を察して憂慮する。

「・・・魔導虚(ホロウロギア)は今も市内を徘徊している。早く見つけ出さなければ、被害はますます広がるぞ」

「シャーリー、あの魔導虚(ホロウロギア)の足跡を辿れるか?」

「お任せください!」

 高速でコンソールを叩き、シャリオは逃走したリベンジャーの体から放出される非物質粒子レギオンからその足取りを追う。

 待つこと数分。メインモニターにその足跡と驚くべき事実が映し出された。

「こ、これは・・・!」

「なんてことなの!」

「この進行方向は・・・!!」

 全員が挙って驚いた理由―――リベンジャーが目指していたのは、素体となったオーリス・ゲイズが嘗て勤めていた職場・管理局地上本部であったのだ。

 

           *

 

『時空管理局地上本部』

 

 ミッドチルダにある管理局の地上施設。ミッドチルダの地上を担当する部隊の本部ではなく、「時空管理局の地上部隊の本部」である。

 中央の超高層タワーと、その周囲にやや低い(中央タワーのおよそ半分程度の高さだが、市街地のビル群よりは遙かに高い)数本のタワーからなり、中央タワーの最上階は展望台となっている。

 JS事件以降、地上部隊は嘗ての強権性を失ったかに思われているが、未だ地上市民からの根強い支持と武闘派閥が多く集まっており、秘かに改革を推し進める者も少なくからず内部にはいる。

 魔導虚(ホロウロギア)・リベンジャーの最終目的―――かつて地上の正義を謳いながら、その為の必要悪となって犠牲となった父・ゲイズの鎮魂を込めた『復讐』だった。

 

           ≡

 

時空管理局 ミッドチルダ首都地上本部

 

『ヴァアアアアア!!』

 地上部隊屈指の防衛力もまるで形無しの力を見せつける狂犬。

 復讐の怨嗟を炎に変え、リベンジャーは目に映るすべてを焼き払い、歯向かうものを一切の容赦なく手にかける。

 地上本部が陥落するのも時間の問題と思われた折、一発の弾丸がリベンジャーへと向けられた。

 橙色の魔力弾はリベンジャーの皮膚を守るように覆われた炎によって焼かれたが、リベンジャーの注意を向けるには十分だった。

 唸る狂犬が振り返れば、銃口を向けるティアナを始め、機動六課メンバーが総出で集まっていた。怪我を引きずりながらも復活した浦太郎と鬼太郎も一緒だった。

「もう逃がさねーぞ」

「僕らだってね、やられっぱなしは趣味じゃないんだよ」

「全員で力を合わせてあの魔導虚(ホロウロギア)を倒そう」

「「「「「はい!」」」」」

「「「「「「「ああ(おーよ)(うん)」」」」」」」

 なのはの声掛けに答えた後、居合わせた全員でリベンジャーの周りを囲い込む。

 四方を敵に囲まれ逃げ場をなくしたリベンジャー。なのは達が中央のリベンジャーを凝視しながら臨戦態勢に入った。

「さぁ、大人しく観念なさい」

「今すぐお前を浄化してやる!」

 そう言った直後、鬣を靡かせリベンジャーが甲高い咆哮を天に向かって吠え放つ。

『グルルル・・・ヴァオオオオオ!!!』

 今迄体感した事のない音圧に思わず大きさに耳を押さえたくなるメンバー。しかし次の瞬間、全く想定外の事態が彼らを襲った。

 あらかじめ起動していた魔法術式の一切が強制的にキャンセルとなり、各自の愛機は魔法発動状態から準待機状態に戻ってしまった。

「そんな!」

「魔法が・・・キャンセルになった!?」

「どういう事よ!?」

 誰しもが予測できなかった展開。仰天し動揺するなのは達に大きな隙が生まれるや、リベンジャーは怒りのチリブレスを四方を覆う敵へと放った。

「「「「「うわああああ」」」」」

「「「「「「「ぐああああああ」」」」」」」

 機動六課メンバーを襲う怨嗟の炎。

 隊舎で戦いの様子をモニターをしていたロングアーチスタッフは、今回の異常事態について直ちに解析に当たる。

「! なるほど・・・・・・そういうことね」

 しばらくして、マリエルが分析結果からリベンジャーが如何にしてなのは達の魔法を打ち消したのか、そのカラクリに気が付いた。

「どないなってるんですかマリーさん、なんでみんなの魔法が突然オールキャンセルになったんや?!」

「さっきのあの咆哮にはAMFと似た効果があったのよ。ただし、AMFと違って咆哮事態に魔力反応は無かった。強いて言えば無意味なマギオンの波動を咆哮に乗せて大量に散布した事で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「それって、前にプラスターで私たちを襲ったプーカ達が使ったマギオン波をさらに強力にしたものちゅーことですか?」

「厄介な攻撃だな」

 ただでさえ凶悪な攻撃力と獰猛さを秘めた相手だというのに、加えて魔法を強制キャンセルする能力まで秘めていると分かり、クロノは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 モニター画面の向こうを注視すれば、リベンジャーが放った「バーク・ジャミング」によって魔法をキャンセルされ、意表を突かれ大きなダメージを負ったなのは達が悪戦苦闘としていた。

 

『ウワオオオオ』

 周囲の魔力素を糧として吸収し、リベンジャーは怒涛のチリブレスをところ構わず放ち、六課メンバーに反撃の機会を与える事無く攻撃に徹した。

 攻撃の機会を逸した六課メンバーは、辺り一面炎の海と化し、黒煙に覆われながら的確に獲物を追い詰める事の出来るリベンジャーの極めて野性的な性質に恐怖しながら、次なる攻撃を警戒する。

「くそ・・・この煙の中でも奴には私たちの居場所がわかるのか?」

「みたいだぜ!」

 同じ炎を操る相手ながら、シグナムとアギトは自分達とは火力も秘められた思いもまるで異なるリベンジャーからの攻撃を純粋に恐怖していた。

 刹那、四方で燃え滾る炎の中から一体の物影が飛び出すと、シグナム達目掛けてリベンジャーが牙を剥いて飛びかかって来た。

 咄嗟にシグナムはレヴァンティンの刃でリベンジャーの牙を防いだ。

 だがしばらくして、愛刀の刀身に目に見えるほどはっきりとした亀裂が走った。

「馬鹿な!」

 並外れたリベンジャーの咬合力(こうごうりょく)に驚愕した直後、刀身を二つに噛み砕いたリベンジャーの鋭い爪がシグナムを切り裂いた。

「ぐああああああ」

 胸元を切り裂かれ、血吹雪を上げながらシグナムは意識を失い戦闘不能となった。

「てめぇコノヤロウ!! ゆるさねー!!」

 ロードであるシグナムを手にかけられ、アギトは憤怒の炎を燃やす。

轟炎(ごうえん)ッ!!」

 超巨大な火炎球を発生させ、標的・リベンジャーへと攻撃する。

 だが、リベンジャーは大きく口を開け、飛んできた火球ごとそのエネルギーを残らず吸収。アギトから魔力を奪い、得た魔力からより強力なチリブレスを放つ。

「うわああああ!!」

 ロードの仇を討つどころか、その忠誠心さえも掻き消す怒りと復讐に満ち溢れた炎。

 敗北したアギトとシグナムへと近づき、リベンジャーはその血肉を食らわんと、口を大きく開ける。

 

「―――スピードオブフロウ―――」

 次の瞬間、周りの炎を鎮火する大量の魔力水流が辺り一帯を包み込んだ。

 浦太郎が生み出した魔力の水は炎の中心に位置するリベンジャーを的確に捕捉するとともに、弱点を突いた攻撃で一時的にその動きを鈍らせる。

「先輩! フェイトちゃん!」

 捕捉した対象を水のスクリーンを通して視認した浦太郎が声をかけたのを機に、鬼太郎とフェイトがリベンジャーへと飛び出し、両サイドからの攻撃を加える。

「俺の必殺技!! パート1!!」

「ジェットザンバー!!」

 炎を纏った必殺の一撃が敵の体を轟音と爆発で以って粉砕する鬼太郎の「火炎油田(かえんゆでん)」と、フェイトの雷撃を纏った斬撃が同時にリベンジャーを直撃。たちまち大爆発が生じる。

「破道の五十七、大地転踊!」

 より確実に敵の息の根を仕留める為、吉良は周囲の瓦礫を鬼道の力で浮かび上がらせ、リベンジャーを生き埋めにする。

 そうして完全に身動きが出来なくなったをの確認。なのはは空中から狙いを定め、ティアナとキャロも別の場所から遠距離攻撃を放った。

「インパクトキャノン!!」

「クロスファイアー・・・シュート!!」

「フリード、ブラストレイ! ファイア!!」

 三地点同時攻撃が瓦礫に埋もれるリベンジャーへ向けられた。

 凄まじい魔力爆発が柱状に発生、全員が固唾を飲んで状況を見守った。

 しばらくして、炎の中から物影がゆっくりと這い出てきた。

「「「「「「な・・・・・・」」」」」」

 信じ難い事にリベンジャーは未だ浄化されず、元の姿を保っていた。

 大規模攻撃を受ける寸前、体内の魔力と霊力を大量に消費し、緩衝材としての炎で体全体を包み込み受けるダメージを最小限に留めたのである。

「あれだけの攻撃を受けてまだ倒れないなんて!」

「あれは正しく復讐と執念の炎が具現した怪物です!」

『ヴァアアアアアアアアア!!!』

 決して燃え尽きる事のない憎しみの炎。

 天地轟く咆哮とともに、勢いづけて突進してくるリベンジャー。

 怒りに我を忘れ、復讐の権化へと成り果てた狂犬が研ぎ澄ませた牙を近くにいたなのはへ向けたとき、浦太郎と鬼太郎が二人掛かりでこれを止めにかかった。

「言ったはずだぜ! 負けっぱなしは趣味じゃねえーんだよ。俺も亀もな!」

「いい加減大人しくなりなよ!」

 二人掛かりでリベンジャーを吹っ飛ばすも、やはり決定打にはならない。

 体勢を整え、敵が再び突進を仕掛けようと前に出ようとした―――次の瞬間、それは起こった。

 

〈Dynamic Storm〉

 前触れなく黄金(こがね)に色づく猛烈な魔力による乱気流がリベンジャーを直撃。その巨体を軽々と吹き飛ばした。

「今のは!?」

 突然の事態に全員が度肝を抜かす。

 すると、未知なる魔力反応とともに周囲から言い知れぬ威圧感を漂わせる何かがゆっくりと近づいてくるのが分かった。

「―――負けっぱなしは趣味じゃないだと? 己の力に慢心した挙句、敵に易々と攻撃される隙を与えられるような未熟者が大口を叩くでない」

 コツ、コツ、コツ・・・・・・。一歩ずつ足音を立て、大地をわざと引きずるように身の丈以上の巨大な武器を手に、金色を基調とし戦国武将を思わせる防護服を装備した大男が口を開き、野太い声で浦太郎と鬼太郎を叱咤した。

「おいおいおいマジかよ・・・・・・!」

「ちょっと・・・・・・なんでこのタイミングで来るのかな?」

 露骨に顔を引きつる浦太郎と鬼太郎。

 眼前から歩いてきたのは、絶対的かつ他を寄せ付けない威圧感と存在感を全身から醸し出し、鉞型アームド系インテリジェントデバイス《アックスオーガ・カタストロフ》を装備し威風堂々と闊歩する男・熊谷金太郎だった。

「「金ちゃん(熊公)!!」」

「あれって・・・出前のカレー屋さん? なんでここに?!」

 三人の間柄について詳細を知らされていないが為に、きょとんとするなのは達。

 そんな周りの反応を余所に、金太郎は自らが吹っ飛ばした相手・リベンジャーへゆっくりと接近する。

 金太郎の魔力攻撃を受けた事で怒りに燃えるリベンジャーは、突進力を付けてから猪突猛進に襲い掛かる。

 すると、金太郎は向かって来たリベンジャーを極太の腕で押さえつける。

「ぬおおおおおおおおおおお・・・・・・」

 上腕二頭筋に力を込め、リベンジャー頭部に映えた二本角を確りと掴みながら大きく体を旋回。遠心力をつけてから勢いよく投げ飛ばす。

 常軌を逸した破壊力と持久力。あまりに現実離れした光景になのは達は呆気にとられて声を出す事すら一時忘れてしまう。

「うっ・・・そー・・・・・・」

「あのおっさん、腕力だけであれをブン投げやがった!!」

「何という男だ。あれが熊谷金太郎という男なのか!」

「そうだ! 思い出したッ!!」

 スクライア商店でその実力を垣間見ていた吉良がボソッと名を口にした直後、フェイトはようやく金太郎に関する重大な記憶を頭から引き出した。

「僅か30歳の若さで本局武装隊の名誉元帥に上り詰め、八面六臂(はちめんろっぴ)の凄まじい働きで戦場と言う戦場を蹂躙し、【金色の鉞・アックスオーガ】とともに味方に絶対的勝利をもたらした伝説の魔導師!! “大破壊熊(マッドベアー)”熊谷金太郎元帥!!」

 

「ふん!!」

 逐次展開による効率的な魔法使用。硬化魔法によって鋼鉄と同じ強度を手に入れた肉体はそれ自体が鎧そのもの。そして、敵を完膚無きまでに蹂躙する肉体自身が生み出す強靭なパワーで、金太郎は終始リベンジャーを圧倒し続けた。

 やがて頃合いと見計らい、金太郎は事前にユーノから託された特殊なカートリッジ―――魔導虚(ホロウロギア)を魔導師の手で浄化する事の出来るものを一本、手持ちのアックスオーガにロードする。

〈Load Cartridge〉

 足下に輝く金色のベルカ式魔法陣。

 構えを取ると、金太郎は勢いよく自分の身の丈と同じくらいの大きさのアックスオーガを片手で中空目掛けて放り投げた。

 大きく回転しながら中空を舞うアックスオーガ。その間に相撲を取るようなポーズを取った金太郎は、リベンジャーを見定めてから、大地を強く蹴って高く飛び上がる。

 全員が注視する中、飛び上がった金太郎はアックオーガを再び手に取り、刃に圧縮した金色の魔力でもってリベンジャーを兜割りの要領で一刀両断する。

「ぬん!!」

 断末魔の悲鳴を上げて間もなく、リベンジャーは爆発・完全に沈黙した。

「ダイナミックチョップ―――」

 渋い顔で決め台詞を吐く金太郎。

 なのは達若い魔導師・騎士は、フェイトからもたらされた情報と目の前で魔導虚(ホロウロギア)を倒した伝説と謳われる大魔導師の勇壮ぶりを、しかとその目に刻み込んだ。

「熊谷金太郎元帥・・・!」

「そう、私たちの大先輩に当たる人だよ!!」

「マジかよ!」

 驚愕の事実に空いた口が塞がらない。

 倒されたリベンジャーは核であるオーリス・ゲイズを排出。また、今回彼女を魔導虚(ホロウロギア)へ変貌させた特殊な幼生虚(ラーバ・ホロウ)は直ぐに霊子分解しながら消滅した。

 後にオーリスの魔導虚(ホロウロギア)化が解かれた事で、恋次は石化の呪いから解かれ、元の状態に戻る事が出来たのだった。

 

 戦いの直後、金太郎は怖い顔を浮かべながら浦太郎と鬼太郎へおもむろに近づき、そして―――

 ゴンッ!!

「「ぐっほ!!」」

 凄まじい威力の拳骨を振り下ろした。それは地面に体がすっぽりめり込むほどの規格外な威力の拳骨だった。

 思わず目を奪われるなのは達を余所に、金太郎は首だけ地面に埋まった二人を威圧感たっぷりの顔と凄んで声で叱責した。

「この空け共が! 今迄の戦いを静観してきたが・・・なんたる体たらく振り。何の為に店長がわざわざお前達をこの地へ送り出したのか分かっているのか?」

「そ、そんなこといたってしょうがないじゃないか!」

「そうだぜ! 俺たちだってがんばってんだよ!」

「言い訳など聞かん。ちょうどいい機会だ。今日から私がお前たちをみっちり叩き直してやる。愛情たっぷりにな」

「「い、いやだあああああああああ!!!」」

 愛情と言う言葉とは裏腹に、実に悲惨な光景が目の前で広がっていた。

 最早自分達が介在する隙は無いと諦めたなのは達は、詳しい事情も知らぬまま苦笑いを浮かべるばかりだった。

「あはは・・・まぁお二人には気の毒ですけど、今回の件は完全に私たちの力不足でした」

「しかし驚いたな。まさか伝説の名誉元帥殿が今は桃谷達の職場の上司だったとはな」

「でもあの二人って確か今は駄菓子屋さんで働いてるって言ってましたよね? ということは金太郎さんが店長さん?」

「いいや。彼は副店長だよ。店長は彼を遥かに凌駕する実力者だ」

「そうなんですか!?」

「あ、たしか前に鬼太郎さんが言ってましたよ。その店長さんも自分と同じ死神だって」

「以前に聖王教会の一件でもお世話になりましたね」

「一体何者なんだろう。あの三人を束ねるだけのすごい人って・・・・・・まさか!」

 思案した際、なのはの脳裏にパッと思い浮かんだ一人の人物。

 死神であり魔導師でもある者―――・・・・・・この一連の騒動に深く関わる存在・翡翠の魔導死神その人だった。

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:久保帯人 『BLEACH 53巻』 (集英社・2011)

 

用語解説

※1 更木隊長=護廷十三隊十一番隊隊長・更木剣八の意。尸魂界(ソウル・ソサエティ)屈指の戦闘狂で知られる。

※2 G(ギルト)=ミッドを始め主要世界で使われている貨幣単位。

 

 

 

 

 

 

教えて、ユーノ先生!

 

ユ「今日は浦太郎と金太郎の魔法について教えよう♪」

「浦太郎の得意とするのは水流魔法。魔力変換資質の中でも特異な部類に入るこれは、魔力エネルギーを瞬時に水に組み替えそれを加工する。『スピアトルネード』や『ドルフィンドライブ』は、水流を放出して相手を攻撃する魔法。さらに水を極限まで硬化させた氷結の槍『ブリザードスピアヘッド』は威力も強力だ」

「対する金太郎の魔法は、問答無用のパワースタイルが主流。硬化魔法で自身の防御力を上げつつ手持ちのアックスオーガで敵を蹂躙する。作中で使った『ダイナミックチョップ』は刃に圧縮した魔力で敵を一刀両断する必殺技だ。あんなのを真正面から受けたらひとたまりもないね」

 と、ここで浦太郎が露骨に不満を露わにしながらユーノに抗議してきた。

浦「ちょっと店長、ひどいじゃない! 金ちゃん来るなら来るってもっと早く言ってくれても良かったじゃん!」

ユ「いや・・・事前に予告したからって何ができるわけ?」

浦「誰もあんなコスプレ癖のある変態ゴリラなんて望んでないって! だって考えても見てよ。この小説って『リリカルなのは』を原作としてる訳でしょ!? かわいい女の子が大半を占める中にだよ、恋次さんみたいながさつで暑苦しい男だったり、先輩みたいな不良、あまつさえ金ちゃんみたいなアウトレイジエキストラの参戦なんて・・・」

恋「誰ががさつな男だとてめー! もう一遍言ってみろ!!」

鬼「俺だって別に不良じゃねーよ!!」

 思うところあり、作中での男性キャラクターの存在意義に対して疑問を抱く浦太郎。

 そんな浦太郎の言い分に激しく物申す恋次達。

 醜く不毛な口論へと発展した三人を止める気にすらなれなかったユーノは、深く溜息を吐くとともに後片付けを始めた。

ユ「やれやれ・・・付き合いきれないよ」

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

 新たに民間協力者として元管理局名誉元帥だった金太郎を迎え入れる事になった機動六課だったが・・・

は「・・・・・・・・・」

ク「・・・・・・・・・」

金「・・・・・・・・・」

 はやてとクロノは揃って口を閉ざし額に冷汗を掻いていた。

 強面がトレードマークとも言える金太郎に真正面から見つめられ、かつて味わった事の無いプレッシャーに押し潰されそうになっていた。

は(く、クロノくん・・・なんや早くしゃべらんと!)

ク(無理だ。かの英雄・大破壊熊(マッドベアー)と恐れられたほどの偉大な大魔導師だぞ?! 軽はずみな事は口にはできない)

は(そない言うたってこの微妙な空気をいつまでも続けるわけにはいかんやろ・・・!)

 言うに言い出せないでいる二人だったが、直後、察した様子の金太郎がおもむろに懐へ手を突っ込んだ。

は・ク「!!」

 思わずハッとする二人。次の瞬間、金太郎が取り出したのはナイフだった。

は(ナイフって!?)

ク(ヤバい・・・・・・殺される!!)

 完全にヤクザに見えてきた金太郎に猛烈な殺気を抱く二人。

 二人の背筋が凍りつく中、金太郎はナイフと一緒に取り出したリンゴの皮をおもむろに剥き始めた。

は・ク「だあああああ!!!」

 脱力を通り越して体勢を盛大に崩す二人。やがて、金太郎は小皿に綺麗に盛ったウサギ型のリンゴを二人に与える。

金「これでも食べてください。青森産の新鮮なリンゴですので」

は「あ、ありがとうございます・・・///」

ク「ぜひ・・・いただきます///」

 顔を引きつりながらリンゴを食したものの、当然味など分かる筈も無かった。




次回予告

ユ「突如、街に大量に出現した謎の魔導虚(ホロウロギア)の軍勢」
「そしてついに、虚圏(ウェコムンド)から偉大なる(ホロウ)・メノスグランデが現れた! 機動六課メンバーよ、この危機に一丸となって立ち上がるんだ!」
「次回、ユーノ・スクライア外伝・・・『虚無なる地上の征服者』。いよいよ魔導虚(ホロウロギア)篇も佳境に入って来たよ」






登場人物
オーリス・ゲイズ
声:桑谷夏子
地上本部首都防衛隊代表で、JS事件の際に殉職したレジアス・ゲイズ元中将の娘で副官でもあった女性。当時の階級は三佐。
『StrikerS』では、査察によって六課の失態を暴き、それを「海(本局)」や教会への攻撃材料に使おうというレジアスに対し、冷静に六課がいつでも切れるトカゲの尻尾に過ぎない状態にあることを指摘するなど理知的な性格。また、はやてやヴォルケンリッターなど、過去に事件を起こした者に対しては偏見を抱く節がある。父親の裏の面についても熟知しており、それについて思うところはありながらも補佐に全力を傾けていた。
JS事件後、管理局に身柄を拘束されていたが、その心の隙をクアットロにつけ込まれ魔導虚化。父の正義を踏み躙った管理局への復讐の為に地上本部を襲撃する。



登場魔導虚
リベンジャー
声:桑谷夏子
JS事件で父であるレジアス・ゲイズを亡くしたオーリス・ゲイズが幼生虚との融合によって誕生した魔導虚。
獰猛な犬を思わせる姿をしている。火が好物であり、そのエネルギーを吸って強くなり、 灼熱の魔力を炎エネルギーとして放つ「チリブレス」で辺り構わず火の海にし、なお一層強力になっていくという凶悪な能力を持っている。 また、その牙は呪いの力を持っており、相手に牙を刺し残した場合、その相手は死ななくても永久に身動き一つ取れなくなってしまう。 咆哮によって無意味なマギオン波を大量に散布し、魔法そのものを妨害する「バーク・ジャミング」を発生させ、辺り一帯の魔法を全て無力化する。
恋次を呪いによって動けなくさせ、バーク・ジャミングと強力な炎攻撃を併用し、機動六課メンバーを窮地に追い込んだ。しかし、物語終盤で加勢に入った金太郎に圧倒され、最後はダイナミックチョップの一撃で倒された。
なお、作中で用いられた幼生虚はこれまでのように魔導師でなくても魔導虚化が可能となっている。
名前の由来は、英語で「復讐」を意味する「revenge」から。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話「虚無なる地上の征服者」

新暦079年5月23日

第3管理世界「ヴァイゼン」

カレドヴルフ・テクニクス本社開発センター

 

「実験準備完了。浦太郎、いつでもOKだ」

『了解。実験はじめます』

 固唾を飲んで見守るCW社・第1魔導機器開発部門下の研究員。

 今日は汎用性飛行魔法の最終実験が行われるとなって、現場の空気は一段と緊張感が増していた。

 開発者であるユーノや現場主任のウシヤマも刮目する中、浦太郎は愛機フィッシャーマンに組み込まれた汎用性飛行魔法を起動させた。

〈Flighting〉

 フィッシャーマンの電子音声が発せられた直後、防護服に身を包んだ浦太郎の足場がゆっくりと浮かび上がる。一定の速度を保ちつつ、重力に反する力が垂直方向へ働き高度を増していく。

「飛翔を確認!」

「反動による床面、設置圧による上昇観測されませんでした」

「上層加速度の誤差は許容範囲内」

「フィッシャーマンの動作は安定しています」

「上方への加速度減少ゼロ。等速で上昇中。上層加速度マイナスにシフト。上昇速度ゼロ。停止を確認」

 飛翔した浦太郎の目とユーノの目がピタリと同じ位置に合わさった。

「水平方向への加速を検知しました」

「続けろ」

 ウシヤマの言葉を受け、テスターを務める浦太郎は慣れない飛行魔法に緊張しながらも水平方向への移動を実施する。

「加速停止! 毎秒1メートルで水平移動中!」

 ここへ来るまでに幾度となく繰り返されてきた多くの実験とそこから得られた膨大なデータ。細かな改良を加えた結果、浦太郎は99.9パーセント完成された飛行魔法の性能をいかんなく発揮させる事が出来た。

『テスター1から観測室へ・・・僕は今空中を歩いてる・・・いや、空を飛んでる! 僕は・・・・・・自由だ!!』

 今までに味わった事の無い高揚感に声が弾む浦太郎。

 その言葉を聞いた第一開発部の職員は、待ちわびた瞬間に歓喜の声をあげた。

「やったぞー!! ついに新世代・汎用型飛行魔法の完成だ!!」

 持ち込んだクラッカーを次々と鳴らし、近くの相手と厚く抱き合う研究員。

 ウシヤマも隣に立つユーノと面と向き合い、新魔法の完成を祝して固い握手を交わし合った。

「おめでとうございます。プロフェッサーユーノ!」

「ありがとうございます」

 

 最終実験終了後、ユーノはテスターを務めた浦太郎の労をねぎらい、率直な感想を問うてみた。

「どうだ浦太郎。魔法の連続処理が負担にならなかったかい?」

「大丈夫です。頭痛も倦怠感もありません」

「ウシヤマさんがデバイスのマギオン自動スキームの効率化を図ってくれたおかげで、極めて完成度の高いものに仕上がりました」

「なーに、俺がやったことなんて微々たるもんですよ。汎用型の飛行魔法を作るなんて過去誰にも出来なかったことをやってのけたのはあんただ。もっと自信を持ってください―――あんたこそ現代魔法の革命児『アニュラス・ジェイド』その人なんだから!!」

「恐縮です―――」

 

 差し当たっての用事を終えたユーノは、浦太郎とともに帰りの廊下を歩きながら談話を交わし合う。

「オフシフトなのに無理に付き合わせて悪いね」

「いえ。ちょうどフィッシャーマンのメンテの時期だったし、僕もおもしろい経験ができました。で、本格的な導入はいつ頃になりますか?」

「管理局との最終調整が済み次第だからな・・・最短だったら今年の9月か、10月ってところかな。何にせよ、近いうちなのは間違いない」

「これで空戦魔導師になるための評価基準も多少は優しくなりそうですね」

「実際どれくらいハードルが下がるかは正直わからないけど」

 と、そのとき。ふと思い出した様子で浦太郎はある事について、ユーノへおもむろに尋ねた。

「そう言えば・・・・・・前に話してた、例の“LEツール”とやらの完成は、いつ頃になるんですか?」

「開発そのものは既に終了している。だけど、現段階では質力調整が難しくてね・・・・・・並みの魔導師はもちろん、死神ですらその有り余る力ゆえに肉体への反動は大きい。本当ならあんなものを使わずにいきたいところだけど、そうも言ってられない状況だ。僕としては一生使わない事を祈ってるよ」

「もし使用する日が来たら?」

「そのときは・・・・・・―――どうなるかは想像に難くない筈だ」

 いつも以上に眉間の皺を深く寄せ、Xデーの到来を心底忌避しているユーノの横顔を一瞥。浦太郎は彼が抱える複雑な心境を察し、やや顔を伏せて呟いた。

「やれやれ・・・・・・難儀な話ですね」

 

           *

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 隊員オフィス

 

「ない! ない! ないないない! ないッ―――!!!」

 ありったけの声を出して叫ぶ阿散井恋次。

「あーやべーやべー!! マジでやべーぞこれは!?」

 宛がわれたデスクの周りは食べ欠けの菓子や飲みかけのお茶、尸魂界(ソウル・ソサエティ)への報告書などといった物で散乱し、整理整頓が一切されていない。恋次は激しく取り乱した様子で机の中をひっくり返してある物を懸命に捜索する。

「あれ? 阿散井くん・・・どうしたの?」

「騒々しいぞ。一体何が無いというのだ?」

 騒ぎを聞きつけた吉良やシグナムらが近くまで歩み寄って来た。

「俺の蛇尾丸がどこにもねーんだよ! ちょっと目を離した隙に無くなっちまった!」

「え!? まさか斬魄刀を無くしたのか?」

「へっ。情けねえヤローだ! 斬魄刀の管理も碌に出来ねえ奴がよく隊長なんざ名乗れるもんだぜ。護廷十三隊の名が泣くな」

「鬼太郎に言われるのはすげー癪だが、ぐうの音も出ねえ・・・!!」

 いつもなら噛み付いているところだが、斬魄刀を紛失したのは疑いようのない事実。

 恋次は悔しい気持ちを抱きながら血眼になって消えた愛刀を捜索する。が、やはりいくら探しても見つからない。

 見かねた吉良は恋次の管理不行き届きと思いつつも、あまりに不憫と思い捜索に協力する事にした。

「阿散井くん・・・僕も探すの手伝うよ」

「すまねー吉良! ぜったいどっかにあるはずなんだ!」

 吉良にも手伝ってもらい、二人掛かりで蛇尾丸の行方を追う。

「何を必死に探してるんですか?」

 すると、今度はスバル達が通りかかり怪訝にデスク周辺を動き回る恋次達の行動を不思議がった。

「ちょうど良かった! スバル達も手伝ってくれ。俺の蛇尾丸が行方不明なんだ!」

「蛇尾丸って・・・恋次さんの刀ですよね?」

「それならさっきシャーリーさんとマリーさんが持っていきましたけど」

「な・・・・・なんだとぉぉ!?」

 意外な犯人の正体を知った瞬間、恋次は驚愕とともに強い憤りを露わに怒号を発した。

 

           *

 

同隊舎内 デバイスルーム

 

「「ごめんなさいッ!」」

 秘かにシャリオとマリエルによって持ち出された蛇尾丸は無事恋次の手元へと戻った。

 恋次は鉄拳制裁を加えた二人を目の前で土下座させるも、その怒りは未だ収まらず、終始不機嫌そうに眉間の皺を寄せていた。

「ったくよ・・・何考えてんだ! 人の斬魄刀(かたな)パクりやがって! しかも勝手に分析しようとしやがって! 涅隊長かテメーら!?」

「だって・・・正直気になってたんですよ。死神の斬魄刀がどういう構造をしているのかって・・・・・・」

「それでつい出来心で持ち出しちゃいまして。解析機に掛けてみたんですけど、全部エラーになってしまって・・・・・・結局何もわかりませんでした♪」

「わかってたまるか! 人の商売道具に二度と手を出すじぇねー!」

「みんなのデバイス調整の際にどさくさに紛れて持ち出すとは、君らも相当に狡猾というか策士だよね」

 グサッと胸に突き刺さる吉良の言葉に軽いショックを受ける二人。

 しかし、言われっぱなしはおもしろくない。そこでシャリオは斬魄刀を取り戻した恋次を指差しながら強く反論する。

「で、でも恋次さんだって正直不用心ですよ。いつでも盗んで下さいと言わんばかりにガーガーといびき欠いて寝てたじゃないですか!」

「な・・・何言ってやがんだ!? 俺がいつ職務中に居眠りなんか・・・!!」

 あからさまに挙動不審となる恋次。吉良はやや冷めた目で垂涎した痕がくっきりと残る恋次の死覇装を凝視する。

 同僚からの冷たい視線に気付くや、咄嗟に恋次は涼しい顔を作って口笛を吹き、自らの職務怠慢を誤魔化した。

「そう言えば素朴な疑問なんですけど、死神の斬魄刀ってどうやって手入れしているんですか?」

 ふと、マリエルが今回の一件が切っ掛けで気になった斬魄刀に関する疑問をおもむろに投げかけた。

「どうって・・・普通に自分で手入れするしかねーだろ」

「そうなんですか?」

尸魂界(ソウル・ソサエティ)では技術開発局に頼めば斬魄刀の修理も引き受けてくれるんだよ。まぁ、多少値は張るけど」

「へぇー。いろいろと不思議な刀ですよねー」

「俺から言わせりゃ魔導師のデバイスの方がわけわかんねーよ。聞いた話じゃ、ここの連中のデバイス全部お前ら二人がかりで調整してるんだってな」

「はい。隊長陣のは主にマリーさんが。スバル達フォワード陣は私が見ています。唯一浦太郎さんのだけ見れないのが残念でなりません」

「私も正直気になるんだよねー。アニュラス・ジェイドがイチからチューンナップしたっていうジェイド・ロッドの非売品モデル~。どんな構造になってるのか分解してみたいわ~~~!!」

「ジェイド・ロッド!! メカニックの憧れですよ~~~!!」

 シャリオと言いマリエルと言い、二人はデバイスマスターやメカニックとしては申し分なく優秀だ。ただ優秀ゆえに他人と感覚がずれている節があり、マニアゆえの偏った思考も兼ね揃えていた。

 恋次と吉良はメカオタクである二人との温度差を顕著に感じ、やや引き気味に二人から一歩距離を置いた。

 と、ここで先程とは逆に恋次がデバイスに関するちょっとした疑問をシャリオ達へぶつけてみた。

「なあ・・・魔導師とか騎士とかでデバイス使わない奴とかいねえのか?」

「最近は殆どデバイス持ちが主流ですからね。いたとしてもごく僅かでしょうね。そうだな~・・・『結界魔導師』とかはその典型かと」

「なんで必要ないんだよ?」

「結界魔導師というカテゴリ自体が稀有でして、その特徴は高い演算能力です。デバイスとは本来術者の演算能力を補助するための装置なんです。結界魔導師は単独での結界・補助・転送・捕縛系統など多くの魔法を高スペックで使用できるんです。そうなると必然的にデバイスを持つ必要性があまりないんですが・・・・・・最近はそんな人も滅多に見かけなくなりましたねー。あ、でも・・・ユーノ君ならこれに当てはまるかしら?」

「そうなんですか?」

 ユーノの名が出た後、吉良がさり気無く話を掘り下げるようマリエルを誘導した。

「彼は昔から只者じゃなかったですね。たった9歳の子供がデバイスマスターの資格を持ってるだなんて正直驚きました」

「え!? それ本当ですか?」

「凄いことなのか?」怪訝する恋次が一驚するシャリオに問いかける。

「私だってデバイスマスターの資格を得たのは12歳の時なんです。本業が考古学者である人が全く異なる専門分野の知識を有しているだけでもスゴイのに、それをたった9歳の子がデバイスに関する専門資格を持ってるなんて普通は考えないですよ」

 考古学とデバイスなどに関するメカニック技術は、言って見れば正反対のベクトルに位置するジャンルだ。どちらも一朝一夕では身につかない専門的な知識を必要としており、複数の異なる分野に熟達する事の難しさを暗に物語る。

 そんな折、マリエルは室内に自分達だけしかいない事を確認してから、今まで積極的に話そうとはしなかったある話を持ち出した。

「これはオフレコにはなるんだけどね・・・八神司令の融合騎《リインフォースⅡ》の制作を請け負って、完成までに至った期間がおよそ2年弱。本来ならば、真正(エンシェント)ベルカのユニゾンデバイスがこれほどの短期間で完成できる代物じゃなかったの。それこそ、当時の技術力と現代の技術力をもってしても100年はかかると見込まれていたわ」

「100年って・・・!?」

「気の遠くなるような話だね」

 シャリオも吉良も覚えず一驚を喫する話だった。

「それを根本的に覆したのがユーノ君だったわ。彼が無限書庫から発掘してきたのは、当時の古代ベルカの記憶に埋もれていた融合騎の制作過程を表した高度な概念図だった。私たち第四技術部は当初、もたらされた情報の意味を何ひとつ理解出来なかったの。するとユーノ君は申し訳なさそうな顔で『じゃあ、もっと分かり易く書き直してきます』・・・そう言って、翌日分かり易く書き直した資料を持ってきた。そこには私たちに決定的に足りない知識が全て網羅されていた。そして、遅ればせながら気付いてしまったの。今、自分が手にしているユーノ君からの宿題こそ、まだこちらで草案すらもできていなかったはずの()()()()()()()()()()()()()()()()であることにね」

「まじかよ・・・・・・。」

「最新技術の更なる先、次世代技術よりさらに進んだ未来の技術を、たった9歳の少年が選りすぐりの科学者たちの前で解説したという事ですか?」

 聞かされた衝撃の内容に恋次は身震い。シャリオは驚きを通り越して、恐怖すら感じられるユーノの信じ難い話の真偽の程を確かめる。

 全て事実だと伝え、マリエルは自嘲した笑みを浮かべながら語り出す。

「なかなかに非現実的な話でしょ。科学者の大人が揃いも揃って考古学者の少年から説法を受けたのよ。あんな恥辱は初めてだったわ」

「・・・・・・改めて聞きますが、すごい人なんですね」

 分かっていた事だが、一護や浦原に準ずる・・・あるいはそれを凌駕しているかもしれないユーノを吉良は改めて評価した。これにはマリエルも強く同意した。

 

「彼は間違いなくなのはちゃん達同様の“天才”・・・・・・いえ、見方によってはそれ以上の“怪物”なんです」

 

           *

 

 一時の喧騒から解放された平穏な世界・ミッドチルダ。

 機人四天王ファイは乾いた笑みを浮かべながら、偽りの平和を享受する世界と人間達を遥か上空より見下ろした。

「・・・康寧(こうねい)とし退屈な日々にうつつを抜かす愚かな人類よ。我らから飛び切り刺激的なギフトを進呈してやろう」

 言うと、おもむろに取り出したのは瓶の口金を思わせる王冠のような魔導虚(ホロウロギア)用の撒き餌だった。

「地獄を愉しむがいい」

 それがスタートの合図だった。

 バキンッ―――。手の中で砕かれ万遍なく散布された撒き餌は青空を覆う。やがて、それに導かれた悪しき魂が次々と亜空間より出現。

 作戦が実行に移された瞬間、残りの機人四天王も静かに様子を伺っていた。

「始まったわね」

「あぁ。今まさに賽は投げられた」

「プロジェクト・コンキスタドールの始まりですわ~♪」

 

           *

 

午後2時30分―――

ミッドチルダ市内 A101地区

 

 学校帰り。談笑交じりにヴィヴィオ達はいつものように練習場へと向かっていた。

「もうすぐ中間テストだけど、ヴィヴィオはだいじょうぶ?」

「ん~・・・ちょっと自信ないなー。コロナはバッチリだもんね!」

「そんなことないよ。最近は結構遊びすぎちゃったから、そろそろ本気で勉強しないと」

「あ~ぁ、いいよなー学年トップ20に入る秀才共は。オレらなんか50位以内にすら入ったことねーんだぜ」

()って・・・ボクはバウラと違ってちゃんと勉強してるもん」

「るっせー! ミツオのくせに生意気だぞー!」

「うわぁぁ!!! ば、バウラ!! 暴力反対っ!!」

 些細な事に上げ足を取ったミツオにバウラが割と本気の怒りを露わにする。無抵抗のミツオへ理不尽な暴力を振るう。

「ちょ・・・よしなよバウラ!」

「バウラさん、どうか落ち着いてください」

 いつもながら頭に血が上りやすいバウラと、無意識に恨みを買い易いミツオの軽薄な言動を宥めようとするヴィヴィオ達。

「あれ?」

 すると、リオが不意に空を見上げながら訝しげに声を発した。

「リオ、どうかしたの?」

「ねえ・・・あの空、なんだか変じゃない」

 周りに言いながら、リオが空の上を見上げると、かつて拝んだ事のない異様な光景が目に映った。

 生まれてこの方、リオは空が歪んだ様を見た事が無かった。あまつさえ空がひび割れて一カ所に縮むように集まっているなど思いもしなかった。

 

           *

 

同時刻―――

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎

 

「「「!」」」

 死神はこの異変を逸早く察知した。

 霊圧知覚能力の高い隊長格である恋次と吉良、ついでに鬼太郎も街で起こっている異常事態を感知し、吃驚した表情を浮かべる。

「この霊圧・・・」

「まさかな」

「いや。いくらなんでもこんな短時間で・・・」

 

 ブーッ! ブーッ! ブーッ!

 

 そう思っていた矢先、緊急事態である事を皆に告げるけたたましいアラート音が隊舎中に鳴り響いた。

 今の仕事を中断させ、前線メンバーが司令室へ向かうと、シャリオ達がコンソールを操作しながらメンバー全員へ報告する。

「レギオンセンターで調べたところ、ミッド全域の43パーセントの区画から非物質粒子レギオンの反応が検出されています!」

「なんだと?」

「ってことはつまり・・・・・・」

 

 ピピ―――ッ。ピピピッ。ピピピピッ。ピピピピピッ。

 街に異変が起こった直後、恋次達が所持する伝令神機からも魔導虚(ホロウロギア)出現の一報が届いた。

 だが、計器が示す反応は明らかに普通ではなかった。恋次と吉良は双方目を見開き、些か信じ難い事実に唖然とした。

「・・・・・・な・・・・・・何だこりゃ・・・・・・!?」

「どうしたんですか?」

魔導虚(ホロウロギア)の数が・・・・・・みるみる増えていく・・・・・・!!」

 余程の事が無い限り短時間に(ホロウ)が一つの世界に出現すること事態が稀有である。

 しかし、伝令神機は毎秒その数を爆発的に増やし続ける魔導虚(ホロウロギア)の反応を克明かつ正確に捕えていた。

「おい、外を見てみやがれ!!」

 強烈な悪寒を抱いていた折、鬼太郎が隊舎の外で異変の前兆とも言うべき光景を目撃。皆にそれを報せた。

 慌てて外を覗いてみた六課メンバー。ミッドチルダの遥か上空―――黒ずんで重く歪んだ空が忽然と姿を現したのだった。

「何だよアレ・・・・・・」

「この重く乱れた魄動は・・・まさか?!」

「一体、何が起こっとるんや・・・!?」

 

           *

 

同時刻―――

ミッドチルダ市内 A101地区

 

「なんだろうあれ?」

「見た事ない空だなー」

 初めて見る自然現象とも言えぬ奇怪な空模様に子供達は挙って注目する。

(・・・・・・このイヤな感じ・・・・・・前にもあったような・・・・・・)

 友人の殆どが怪訝する中、ヴィヴィオだけが悪寒を感じていた。本能からくる生命の危機をひしひしと肌に感じ、額から一筋の汗を浮かべる。

 

 ―――ズドン!

 刹那、背後から突如として轟音が鳴り響いた。それに伴って巨大な衝撃と多量の土煙が辺りを舞う。

「え・・・・・・・・・・・・!」

「っわ・・・びっくりした・・・」

「な・・・何だァ!? ガス爆発かよ!?」

 驚き返る子供達。近くにいた人々も前触れなく訪れた異常事態に驚愕する。

 しばらくして、土煙の中からうっすらと影が見え、思わず息を飲むコロナ。

 次第に煙が晴れ、満を持して現れた未確認生命体―――逆向きのタマゴ型のボディにぽっかり空いた孔、中央部には老人のようにしわがれた仮面、首元を鎖で繋がれた異形の怪物・魔導虚(ホロウロギア)だった。

「ひいいいい!!! 出たぁぁぁ!!!」

「なにコイツ!?」

「わたし分かるよ! これは・・・・・・魔導虚(ホロウロギア)だよ!!」

 

「怪物だァ」

「警邏隊を呼べ、警邏だ!!」

「急いで逃げなくちゃ!」

 魔導虚(ホロウロギア)の出現に街中がパニックと化す。

 近場にいた人々は我先にと命欲しさに一斉に逃げ惑う様には目もくれず、魔導虚(ホロウロギア)・デスベイトは終始ヴィヴィオ達を注視していた。

 奇妙な唸り声のような音を発する不気味な怪物に目をつけられた事を自覚し、後ずさりながらヴィヴィオ達は念話を交わし合う。

(どうなってるのさ!! なんでコイツボクらの方ばかり見てるの!?)

(恐らくですが、魔力を持ってる私たちを狙っているのではないかと・・・)

(どうするつもりだよ!?)

(決まってるよ。わたしたちじゃこいつには勝てない。ここは全力全開で―――)

 方針が決まった途端、ヴィヴィオ達はデスベイトに背を向けるや、一目散に全力疾走を決め込んだ。

「逃げまぁ―――す!!!」

「「「「うわあああああああああ」」」」

 他の事は一切考えず、全力で走る事に全神経を費やした。

 デスベイトは奇声を発してから、体を浮遊させた状態で前を走るヴィヴィオ達を追いかける。

 

           *

 

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

「レギオン反応、依然増大し続けています!!」

「誤認じゃないのか!?」

「全て同一波形です!」

「近隣の警邏隊より市街地各地に魔導虚(ホロウロギア)と思しき個体を多数確認したとの連絡が!!」

 メインモニターには伝令神機と同じく多数の魔導虚(ホロウロギア)がミッドチルダ各地に一斉に集まっている事を明確に示していた。

 鳴り止まない警報。増え続ける敵の数。嘗てない事態に見舞われるミッドチルダの様相を危惧する六課メンバーはしばし呆然と化す。

「どうなってるの? どうして一度にこんなにたくさんの魔導虚(ホロウロギア)が?」

「スカリエッティめ・・・・・・とうとう本気でミッドを潰すつもりなのか?!」

 だとすれば一刻も早くこの不測の事態を収める必要があった。

 分かり易く焦燥を顔に表した恋次は、あまりにも唐突すぎる状況に困惑気味なはやてに活を入れるつもりで大声で呼びかけた。

「はやてッ! いつまでも手をこまねいてる暇なんか()えぞ。こうしてる間にも魔導虚(ホロウロギア)は増え続け、いずれはミッドチルダ全域を埋め尽くす。少しでも多くの人を魔導虚(ホロウロギア)から守りたいと願うなら、腹を括れ―――!!」

「!」

 聞いた途端、はやての霞がかかった脳が覚醒。

 刻々と迫る世界の危機を改めて認識すると、おもむろに立ち上がり集まった全員へ声高に命令を発する。

「機動六課前線各員に通達。直ちに現場へ急行し、出現した魔導虚(ホロウロギア)を一匹残らず殲滅! 第一級非常事態宣言をここに発令!! それに伴い全隊長・副隊長のリミッター完全解除を承認!! 管理局の誇りにかけて、襲われている市民の皆さんを全力で救出するんや!!」

「「「「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」」」」

 

           *

 

 機人四天王ファイによって撒かれた撒き餌の効果で、続々と街へ集まる魔導虚(ホロウロギア)

 最大の特徴は、集まっているのは全て思考パターンも姿も完全同一の魔導虚(ホロウロギア)・デスベイトだけであると言うことだった。

 街を脅かす外敵を排除しようと、既に機動六課を始め、多くの管理局関連機関が市街地防衛の為に尽力していた。

 

           ≡

 

午後15時11分―――

ミッドチルダ東部 H75地区

 

「撃てー!!」

 陸士部隊の勇士による攻撃をその身に受けるデスベイト。

 だが、周知の通り通常魔力兵器では魔導虚(ホロウロギア)の殲滅は元より、真面に傷を負わすことすら叶わない。

 放たれる魔力弾のことごとくがポップコーンのように弾かれる。魔導師達は終始苦い顔を浮かべた。

「ダメです! 攻撃が効きません!」

「諦めるなッ! 何としてもここで食い止めるんだッ!」

 防衛ラインを越えられれば、魔導虚(ホロウロギア)が一般市民にも手を出す事は自明の理。ゆえに断固として戦いを放棄しようとしなかった。

 しかし、それが彼らの運の尽きだった。デスベイトは奇声を発すると、自らの体を銃器にコンバートした弾丸を眼前の敵目掛けて撃ち込んだ。

タタン。タタン。タタタン。

「「「「「ぐあああああ」」」」」

 防御を破り、紫色を帯びた弾丸に貫かれる魔導師達。

 撃ち込まれた弾丸には特性のウイルス「(ホロウ)化因子」が込められていた。因子はたちまち肉体へ広がり、感染と同時に魔導師達の体を蝕んでいく。

「あ・・・あ″ァあ」

「ぁぁぁああああ・・・・・・」

 得も言われぬ苦しみに喘ぐ声。(ホロウ)化因子に侵された肉体と精神は自己制御を失うと、体には黒いペンタクルの模様が浮かび上がった。

 刹那、ペンタクルが全身を覆い尽くすと同時に肉体が強制的に霊子分解を起こした。着ていた衣服をそのままの形で残し、跡形も無く消滅した。

「うあぁ・・・・・・うわああああああ・・・・・・!!」

 血の気も引くようなおぞましい光景を目の当たりにし、死の恐怖から本能的に逃げる魔導師。

 デスベイトが背を向けて逃げる魔導師へウイルスを込めた弾を一発撃ち込むと、やはりその魔導師も同様の症状を見せてから消滅した。

「くそぉ・・・バケモノめ!!」

 人間を原型を留めず死に至らしめる凶気の怪物相手に必死で応戦するも、敵は無機質に死の弾丸を撃ちまくる。

魔導虚(ホロウロギア)の血から作り出された弾丸は生物にとっては猛毒。一般魂魄ではその毒素に耐え切れず、やがては『魂魄自殺(こんぱくじさつ)』を引き起こす――――――」

 多くの人々の叫喚を耳に入れながら、ウーノは空の上から静かに人が殺されていく様を観察していた。

 

           *

 

 広範囲に出現した魔導虚(ホロウロギア)を殲滅する為、機動六課は各所へ散り散りとなって総力を結集して対処に当たっていた。

 

           ≡

 

ミッドチルダ西部 T22地区

 

「エクセリオン・・・バスター!」

「ハーケンセイバー!」

「うりゃあああああああああああ」

「咆えろ、蛇尾丸!!」

 なのはとフェイト、ヴィータ、恋次の四人はデスベイトの大軍を前にしても怯まず、攻撃の手を休めない。

 彼らほどの手練れの手にかかれば、デスベイトも形無しだった。しかし倒すのは決して容易とは言えなかった。

 個体としての戦闘能力はそれほど高くない反面、デスベイトはどれだけ倒されても問題ないくらいの数を誇っており、じわりじわりと四人の魔力と霊力を消耗させていった。この状況に恋次は焦りを抱く。

(・・・おかしい・・・幾ら何でも魔導虚(ホロウロギア)の数が多過ぎる・・・! 体力も能力も追いつかねえ・・・! このままじゃ・・・)

 と、思案に暮れるあまり隙が生じた。

 直後に一体のデスベイトが恋次へと急速接近してきた。

「「「恋次(さん)!!」」」

「しまっ―――」

 デスベイトの狂気を宿した瞳が標的の姿を捕えた、次の瞬間―――。

 

「でりゃあああああああああああ」

 大きな唸り声とともに、蒼い衣服を着こなす筋肉質の大男がデスベイトの仮面を豪快に殴りつけた。

 恋次は間一髪のところで救われた。

 そして、恋次を救ったのは他でもない―――動物の毛並みの様な白い頭髪と獣の耳を生やしたヴォルケンリッターの盾の守護獣・ザフィーラ(人型形態)だった。

「油断するな。阿散井」

 と、物静かに諌めるザフィーラを見た恋次は・・・・・・

「・・・・・・・・・・・・だ・・・・・・・・・・・・ッ。誰だ・・・・・・・・・・・・・・・!?」

「「「ザフィーラです(だよ)!」」」

 生憎恋次は人型の姿になったザフィーラを見た事が無かった。

 素で呆けた表情を浮かべる恋次の反応に、なのはとフェイト、ヴィータが大声でツッコミを入れる始末。

 などと一瞬沈黙した場だったが、再び数を集めたデスベイトが恋次達へ挙って殺気を飛ばしてきた。

「ここは一気に通させてもらう。“(はがね)(くびき)”!!」

 足元に真正(エンシェント)ベルカの白い魔法陣を展開させ、ザフィーラは自身の最も得意とする範囲型拘束魔法で前方の魔導虚(ホロウロギア)を突き刺し、歯向かう敵を全て破壊した。

 

           *

 

ミッドチルダ北部 J45地区

 

「クラールヴィント、防いで!」

 湖の騎士シャマルも出張るほどの緊急事態。風のリングと異名をとるアームドデバイス《クラールヴィント》によって強固な防御を展開し、デスベイトが撃ち込むウイルスの弾丸を完璧に防ぐ。

「今よみんな!!」

「「「「「はい!」」」」」

 シャマルの号令を受け、安全圏に隠れていたスバル達が一斉に飛び出す。

 彼女が作ってくれた絶好の攻撃の機会を逃さぬよう勇気を持って前に出た若い魔導師達。磨き上げた魔法でデスベイトの機能を即時停止させた。

 だが、デスベイトは幾らでも補充が利くのが最大のメリットだ。倒した矢先にまた別のデスベイトが集まってきた。

「こいつら!」

「一体何体いるの!?」

「キリがありませんよ!」

 際限なく増える敵に本気で嫌気が差すスバル達。

 気味の悪い奇声を放ち続けるデスベイトが次々と集まり、烏合の衆と化す。これだけの数を相手にどう対処すべきか思案に暮れていた砌―――あの男が満を持して動いた。

「みなさん、二歩ほど下がっていて下され」

「金太郎さん?」

 新たに機動六課の戦力となった元武装隊名誉元帥の熊谷金太郎。手には愛機アックスオーガが握り締められていた。

「おい熊。まさかとは思うが、()()をここでするつもりなのか!? その顔で冗談キツいぞ!」

「冗談を言っていられる余裕が今の状況であるとでも? 馬鹿も休み休み言う事だ」

 野太い声で鬼太郎を嗜めると、金太郎は足下にベルカ式魔法陣を展開。全身の魔力を一気に解放させた。

〈Extream Charge〉

 電子音が発せられた途端、溢れた金色の魔力が奔流となる。

 全員が注視すると、金太郎は右の利き手で持ったアックスオーガを大きく後ろへ反らしてから、刃に対して集められる魔力素を集束能力の限界ギリギリのところまで高密度に圧縮させていく。

「ティア・・・・・・これってもしかして!?」

「ええ。間違いないわ―――集束系(ブレイカー)よ!」

 核心を持ってティアナが口にした瞬間、頃合いと見た金太郎が凄まじい圧縮率によって極限まで押し固めた集束魔力の斬撃を眼前の標的目掛けて豪快に放った。

 

「スイング・オブ・ハデス―――」

 

 ―――ドドォォォン!!!

 刹那に全てを飲み込み、破壊し尽くす金色の斬撃。

 天地に轟くほどの常軌を逸した破壊力はアスファルトを削るばかりか、周囲のビルの窓ガラスを吹き飛ばし、車をも木端微塵と化す。

「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」

 その伝説級とも呼べる桁違いな魔法と威力を目の当たりにしたスバル達は、ただただ開いた口が塞がらなかった。

 

           *

 

ミッドチルダ南部 U93地区

 

「こここ、こっちくんなァァァ!」

 高い魔力を持つ者は魔導虚(ホロウロギア)によって命を狙われる。

 ヴィヴィオ達も漏れなくそれに該当した。どこまで逃げても執拗に追って来た挙句、逃げ場を失くした彼女達は絶体絶命のピンチを迎えた。

「もうダメだ~!!」

「あたしまだ死にたくな―――い!!」

「くっ・・・。私たちの日頃の修練が役に立たないなんて!」

 死の恐怖に直面し泣き出すミツオとリオ。一度魔導虚(ホロウロギア)化した経験のあるアインハルトは、倒しても意味が無いとばかり数を増やすデスベイトに匙を投げた。

 やがて、土壇場に立ったヴィヴィオ達にデスベイトの群れが一斉に向かって来た―――次の瞬間。

 

「面を上げろ、侘助!」

「紫電一閃!」

 デスベイトの群れを切り裂く閃光が目に入った。ヴィヴィオ達の窮地を救ったのは、吉良とシグナムだった。

「シュターレンゲホイル!」

 二人を支援する烈火の剣精アギトは、魔力弾をデスベイトの周囲に放って魔力爆発を引き起こす。

「間一髪ってところやったなー」

〈ギリギリセーフです!!〉

 空の上から声が聞こえた優しい声色。

 頭上を仰ぎ見れば、ヴィヴィオ達を見下ろす淡い銀色の髪を靡かせる最後の夜天の書の主・八神はやてがリインフォースⅡとのユニゾンをした姿で立っていた。

「八神司令!! みなさん!!」

「助かったー!」

 地獄で仏の出来事に遭遇した子供達ははやて達の救援に心から感謝した。

 破顔一笑し、おもむろに地上へ降り立ったはやて。ヴィヴィオ達の周りに結界を強く張ると、鋭い眼光で前方のデスベイトを見据える。

「いたいけな子どもを狙うなんて許さへん。シグナム、アギト、吉良さん、即行で片付けるよ!」

「「「はい(おう)(ああ)」」」

 四人は敵との距離を取りつつ、隙を見つけるや一気に攻め込んだ。

 吉良とシグナムは得意の剣技でデスベイトを直接攻撃し、アギトとはやては魔法特化で二人を支援しながら自らに襲い掛かる敵を殲滅する。

 子供達にとって四人の強さは憧憬(しょうけい)の対象であり、いずれは自分も彼らのようになりたいという羨望を強く抱く。

 そうこうしている内に戦いは終わった。

 デスベイトは一匹残らず駆除され、ヴィヴィオ達へ降りかかる脅威はいなくなった。

「さてと。ヴィヴィオ達はどこも怪我とかしてへんか?」

「だいじょうぶです! 八神司令、それからシグナムさんに吉良さん、アギトもこの度は助けていただきありがとうございます!」

「「「「ありがとうございます!!」」」」」

 助けてくれた相手への感謝を素直に表すヴィヴィオ達はとても誠実で、誰の目から見てもいい子だった。

 吉良は子供達の素直な態度に心が洗われるようだった。一瞬顔を綻ばせたのち、直ぐに空を見上げ、現在の状況を観察する。

(“空紋(くうもん)”が・・・収斂(しゅうれん)を始めたか・・・・・・)

 (ホロウ)出現時に見られる空間の歪みは段々と広がり、やがて一カ所に集まり急速に縮まろうとしている。

 その様を捕えた吉良は深く眉間の皺を寄せると、この状況をどこかで見て楽しんでいるであろうスカリエッティに対する強い怒りが湧き上がった。

(スカリエッティ・・・・・・君は自分が何をしようとしているのか、分かっていてこの状況を楽しんでいるのか・・・・・・!)

 

「とにかく、ここは危ないさかい。早く安全な場所へ―――」

 リインとユニゾンを解除したはやてが避難誘導を促した、そのときだった。

「!」

 背後から街を徘徊していたデスベイトの一体がはやてに狙いを定め、勢いよく接近してきた。

「はやてちゃん!!」

「八神司令!!」

 回避不可能な距離まで詰められた瞬間、横から加わった強い力ではやては真横へと飛ばされた。

 ガブッ―――。

「ぐっ・・・」

 咄嗟に彼女を守ろうとしたシグナムがはやてを庇った結果、デスベイトの噛み付き攻撃を自らの体に受けた。

「「「シグナム!!」」」

「てめぇぇぇ―――!!!」

 シグナムを傷つけた事に腹を立てたアギトは、怒りの炎を全身から噴き出し、その炎をもってデスベイトを跡形も無く焼き払った。

 一方、はやてを庇って攻撃を受けたシグナムは咬まれた箇所を押さえていたが、やがて急速に体の力が抜けてしまい、力を失い倒れ込んだ。

「どうしたんやシグナム!!」

「しっかりして下さい! どこか痛む―――」

 慌ててシグナムを仰向けにさせると、彼女の胸に現れた特異なものに全員目を奪われた。

 小さいながらも紛れも無くそれは(ホロウ)魔導虚(ホロウロギア)の特徴とも言うべき“孔”だった。全身より発汗が止まらない彼女の胸には確かに“孔”が開いていた。

 

「・・・これは・・・・・・・・・・・・・・・そんな・・・・・・・・・・・・」

 

           *

 

ミッドチルダ南部 C29地区

 

 デスベイトの動きに変化が見られ、一旦合流を決め込んだスターズとライトニング分隊。

 攻撃力をほぼ結集したにも関わらず、未だ完全な殲滅には至っていない。むしろ敵は彼らを嘲笑うように数を増やし続けた。

「ダメだ!! 数が多すぎる!!」

「でも何とかしないと・・・」

「なんとかつってもよ、こいつら俺たちの力を絞れるところまで絞って、へばったところを一気に叩くつもりだぜ」

「まるで真綿で首を絞めるように・・・」

 どれだけ強力な魔法や力を持っていても、それを上回る数で攻められてはシシュポスの岩に等しい。

 巧妙に計算された相手側の知略になのは達は険しい表情を浮かべる。

 

〈Water Slasher〉

 刹那、水で出来た薄く伸ばされた刃がデスベイト達を次から次へと切り裂いた。

「っ!!」

 身に覚えのある魔力。そして魔法。

「ふぅー、間に合ってよかった。みんな、待たせてね」

 吃驚し振り返ると、その男―――亀井浦太郎は愛機を肩に乗せながらなのは達へと歩み寄って来た。

「浦太郎さん!」

「僕だけじゃないよ」

 そう言った直後。瞬歩とともにデスベイト達の前に姿を現したのは、翡翠の魔導死神だった。

 

「“翡翠斬(ひすいざん)八千刀(はっせんとう)”」

 

 次の瞬間、晩翠の刀身より八千本に相当する翡翠の斬撃が飛び出した。

 無数のデスベイトは強い浄化の力を宿した斬撃を浴びるや、たちまち霊子分解によって昇華された。

「翡翠の魔導死神さん! どうして!?」

 何故ここにといるのか? 暗に問い質すなのはに翡翠の魔導死神は答える。

「“僕はいつだって君たちの傍にいる”。前にそう言ったのを忘れたのかい?」

「あ、いえ! そう言う訳じゃなかったんですけど・・・・・・でも、ありがとうございます!」

 何故だかはわからない。だが少なくとも、なのはは彼が自分の傍にいる事が何よりも心強く、そして安堵できた。

 他の仲間や親友のフェイトが側にいるにもかかわらず、なのはは誰よりも翡翠の魔導死神が近くにいる事に強い安心感を抱く事が出来た。その理由を当人は未だ気付いているようで気付いていない。

「ここは僕に任せて。ちょうど試したいものがあるんだ」

 そう言うと、浦太郎は翡翠の魔導死神に扮したユーノに念話を送る。

(あれを使ってもいいですよね。店長?)

(いいよ。ただし、あんまり飛ばしすぎない事だ。汎用型とは言え、陸戦魔導師が使うにはまだ少しハードルが高いものなんだ)

(僕をそこらの魔導師と一緒にしてもらっちゃ困るなぁー。大丈夫ですよ。いざってときに安全装置が働くようにできてるって事は承知済みですから)

 ユーノからの使用許諾を得ると、浦太郎は敵を前にフィッシャーマンに組み込まれた汎用型飛行魔法を発動させた。

 

「え!」

 なのは達は挙って目を見開き、縦横無尽に空を舞ってデスベイトと戦う浦太郎の姿を凝視した。

「あれは!」

「まさか飛行魔法!?」

「でも確か浦太郎さんって空戦スキルは持ってない筈じゃ・・・!」

「アニュラス・ジェイドの汎用性飛行魔法!」

 フェイトが気付いたように呟くと、その事実を知る者は須らく一驚を喫する。

「そんな馬鹿な! だってあれって先月発表されたばかりの新魔法だぞ!」

「だがあれは紛れも無く飛行魔法!!」

「飛行・・・してる・・・!」

 陸戦魔導師が空を飛ぶと言う前代未聞の珍事。

 否、既に正規の術式として大成され飛ぶのに苦労していない様を見せつけられれば、最早それが完成されたひとつの「魔法」であるという事は疑いようの無いものだった。

 周りから向けられる驚きと感嘆の視線をとても心地よく感じながら、浦太郎は中空を自由自在に飛び回る。

(みんな呆けた顔で僕に注目してるな。よーし、ここはもっとカッコいいところ見せてやろうっと!)

〈Water Net Surfing〉

 カートリッジをロードし、中空を高速で飛行しながら、浦太郎は前方に固まっているデスベイトの軍勢にフィッシャーマンの先端を向ける。

「そーらっ!」

 先端部より吹き出す網目状に張り巡らされた水流魔法。釣竿を大きくしならせ海へ投擲するようなモーションで敵へと放り投げる。

 放り投げた網目状の水は対象を捕獲。絡め取られた相手は身動きを奪われ、その瞬間巻起こる水の流れによって体ごと押し流された。

 陸のエース・オブ・エース改め、陸空のエース・オブ・エースへと進化を遂げた亀井浦太郎。その実力とポテンシャルの高さに誰もが脱帽した。

「すごい・・・・・・」

「まさか浦太郎さんが空戦をするなんて思ってもいなかった」

 

「シャマル!! シャマルはおるか!!」

 デスベイトの一団が浦太郎の手で倒された矢先、切羽詰った声をあげるはやてがシグナムを抱えて飛んできた。

「はやてちゃん!!」

「どうしたんですか!?」

「シグナムが・・・・・シグナムが!!」

 震える声で抱きかかえたシグナムの容体をシャマルへと見せる。

 全員がシグナムを見ると、酷く苦しそうにしていた。しかも、胸に開かれた(ホロウ)の孔の大きさは当初こそ1センチにも満たなかったが、今では5センチほどの大きさまで広がっていた。

「・・・・・・・・・なに・・・・・・これ・・・・・・・・・」

「・・・(ホロウ)の孔・・・!?」

「どういう事だよ?」

「さっきはやてちゃんを庇って魔導虚(ホロウロギア)の攻撃を受けて、その後倒れたと思ったらこれが・・・・・・!」

「なぁシャマ(ねえ)!! シグナムを・・・シグナムを助けてくれよ!!」

「落ち着いてアギト。だいじょうぶ。私が必ず治して見せるから」

 そう言って、シャマルが不安に満ちた表情でシグナムの治療に当たろうとした折、後ろから制止を求める声がかけられた。

「止してください」

「!?」

 振り返ると、翡翠の魔導死神が立っていた。

「そこから先は素人の出る幕じゃありません。」

「翡翠の魔導死神さん!?」

「ちょっと・・・今のどういう意味なの? 私はただシグナムを助けたいだけで―――」

「その症状が現れた時点であなたじゃ何もできない。そう言ってるんですよ」

「馬鹿にしないでちょうだい! 私だって医者よ! シグナムは私たちの大切な将で家族なの! 彼女の体調の事は私が一番知ってる! あなたなんかにはわからないのよ!!」

「ではあなたには治せるんですか? “(ホロウ)化”を発症した彼女の魂魄を」

(ホロウ)化・・・!?」

 信じ難い言葉を聞かされ、瞬時に思考が凍りつく六課メンバー。

 翡翠の魔導死神は状況を飲み込めず呆けてしまったシャマルに代わって、自らが治療を行おうと前に出る。

「彼女は僕が助ける。どいてもらおう」

「で、でも!!」

「言う通りにしろ」

 凄んだ声で威圧された瞬間、シャマルは全身の力が抜け、抵抗するという意思事態を殺ぎ落とされた。

「・・・・・・はい」

 大人しく引き下がるシャマル。彼女を下がらせた後、翡翠の魔導死神はシグナムの現在の状態を注意深く診察。(ホロウ)化の進行具合をチェックする。

(高熱に昏睡・・・何よりも胸部に空いた孔・・・紛れも無く(ホロウ)化の初期段階。だけどこれなら―――助けられる!)

「おい、どうするつもりだよ!?」

 横で恋次が切羽詰った声で問いかける。

「―――(ホロウ)化とは本来、一つの魂魄に(ホロウ)の魂魄を流し込んで魂魄間の境界線を破壊する事で対象をより高次の魂魄へ昇華させようとする試みであり、同時に制御の利かない技術なんです。彼女は今、魔導虚(ホロウロギア)によって撃ち込まれたウイルスによって魂魄間の境界を壊されそうになってるんです」

「理屈なんてどうでもいい!! 早く治してくれ!!」

 ヴィータに急かされた翡翠の魔導死神は、おもむろに黒衣の中からケースに入った一本の注射器を取り出した。

「『(ホロウ)化』した魂魄は症状が進行すれば、元の魂魄と(ホロウ)が混在した状態となって理性を失い、怪物となった挙句、自らの意思とは無関係に自壊する『魂魄自殺』を引き起こす。助ける方法は二つに一つ。ウイルスが全身に回る前に体外へ摘出するか。外側からウイルスを駆除するワクチンを打ち込むか」

 そう言いながら、注射針をシグナムの腕へと刺し込み(ホロウ)化を抑制・強制停止させる特性のワクチンを注射した。

「あ!」

 ワクチンが打たれた直後、みるみるとシグナムの(ホロウ)の孔が塞がり始めた。なのは達は驚愕しながら孔が塞がる様を見守った。

「もっとも・・・前者は現実的に不可能だから、後者の方法を取るしかない。こんな事もあろうかと浦原さんから頂いた滅却師(クインシー)の光の矢と人間の魂魄から作り出されたワクチン、それに織姫さんの盾舜六花の成分から抽出して僕が独自に調合した《対(ホロウ)化用免疫血清》を持ち歩いといてよかった」

 備えあれば憂いなし。それを見事に体現した結果、シグナムの体を蝕む(ホロウ)の毒は綺麗に取り除かれ、生じた孔は完全に塞がった。

「うぅ・・・・・・ここは・・・」

「「シグナム!!」」

 意識を取り戻したシグナムは、嬉し涙を流して自分へと抱きつくはやてとアギトから伝わる熱を体中で味わった。

「心配かけやがって!!」

「せやけどホンマによかった。無事で何よりや」

「・・・ご心配をおかけして申し訳ありません。我が主。アギトに皆もすまなかった。それと・・・ありがとう。翡翠の魔導死神」

 

「あ・・・あれは!?」

 そのとき、不意にキャロが空を仰ぎ見ながら今起きている異変を皆に伝えた。

「空のひびが・・・・・・一箇所に集まってきてる・・・!!」

「それだけじゃないよ。周りをよく見てるんだ」

 翡翠の魔導死神が補足し、周りの様子を見てみたとき、なのは達はデスベイトの動静の変化に気が付いた。

 自分達へ敵愾心を向けていた敵が、いつの間にか空紋へ視線を合わせ、そこから何かが現れるのを期待する様に奇声を発していた。

「・・・魔導虚(ホロウロギア)の様子がおかしい・・・あいつらみんなして天を仰いでいやがる・・・」

「ほんとだ。まるで何かに祈っているような・・・」

 

 バリッ・・・。バキバキバキ・・・。

 

「「!!」」

 次の瞬間、恋次と吉良はともに目を疑った。

 ひび割れた空間より白くて巨大な指先が出て来ると、その奥から鼻の尖った白い仮面を付けた巨大な何かが狭い穴より顔を覗かせたのである。

「な・・・何だよあれ・・・!?」

「空間が引き裂かれて、中から出てきたのは・・・魔導虚(ホロウロギア)!?」

「バカ言え! あんなデカすぎる魔導虚(ホロウロギア)が居てたまるかよ!!」

 目視で確認する限り、体長は超高層ビル一戸分に相当する。これまでに似たような相手と戦って来た六課メンバーだが、目の前で空間を引き裂いてこちら側の世界へと入りこんでくる未知なる侵入者の存在に背筋が凍らせる。

 すると、敵の大きさと存在感に言葉を失い欠けるなのは達に恋次と吉良がその正体を暴露する。

「ありゃ魔導虚(ホロウロギア)じゃねえ。“メノス”だ・・・!!」

「・・・メノス・・・?」

「幾百の(ホロウ)が折り重なり混ざり合って生まれたとされる巨大な(ホロウ)・・・“大虚(メノスグランデ)”・・・!! 巨大虚(ヒュージ・ホロウ)や今迄に戦って来た巨大魔導虚(ホロウロギア)とは根本的に異なる存在だ」

「だがわからねえ。メノスがどうやって虚圏(ウェコムンド)からこっちの世界に入り込んできた!? あんなヤツ俺ら隊長格ならともかく、一般の死神じゃまず太刀打ちできないバケモノなんだぞ!!」

 全身を黒い布のようなもので覆われた巨躯と、その下には白くて細長い脚が隠れており、ひび割れた空間を跨いでゆっくりと現れる。

 メノスが外側へ出た途端、ミッド中のデスベイト達が一斉に空へ上がり、メノスの元へ向かうように飛び立った。

「あっ! 魔導虚(ホロウロギア)が!!」

 デスベイト達が一斉に大虚(メノスグランデ)の元へと集まった。

 と、次の瞬間―――巨大な口を開くなり、メノスは周りに集まったデスベイト達を長い舌で串刺しにして捕えた。

「!!!」

 思わず目を剥く六課メンバー。長い舌で貫かれたデスベイト達を引き寄せたメノスは、バリバリという嫌な音を立てながら彼らを捕食し始めた。

「ッわ・・・っ」

「な・・・なんて奴なの・・・魔導虚(ホロウロギア)を食べるなんて・・・!」

 “虚食反応(プレデイション)”と呼ばれるこの行動は大虚(メノスグランデ)特有の捕食現象で、彼らはその巨大を維持するのを目的に腹持ちする為のエネルギー源の確保が必要不可欠だった。

 すると、不意に吉良は今回のスカリエッティ一味の目論見を看破した。

「そうか! スカリエッティの狙いはこれだったんだ。街に大量の魔導虚(ホロウロギア)を放ち、その匂いに釣られたメノスをミッド(こちら)側に呼び出す事だったんだ!」

「なんだと・・・!?」

「そんな・・・・・・あのバケモノ相手にどうやって戦えばいいんですか!?」

「幸い奴は隊長格ならば倒す分には問題ないレベルだ。あいつは俺らに任せてお前らはここで休んで・・・「待ってください」

 すると、恋次の言葉に割って入ったなのはが真剣な眼差しで訴えた。

「恋次さん、私達にも手伝わせて下さい!」

「なのは・・・だがこれはだな!」

「“これは死神の仕事だ”。そう言いたいんでしょうけど、事はもう死神だけの問題じゃありません。私たち魔導師にとってもあれは倒すべき相手です」

 どこまでも混じり気のない純粋な瞳だった。恋次は躊躇ったが、やがて彼女達の強い覚悟を認める事にした。

「・・・・・・わかった。そこまで覚悟があるなら俺は止めねえ。やるなら徹底的にやるぞ。そうだろう、はやて!!」

「もちろんです。なのはちゃん、フェイトちゃん。三人であのデカブツに一発大きいのをお見舞いしよう!」

「「うん!」」

 自分達の手で自分達の世界を護る―――強い決意と覚悟をもってメノスとの戦いを望んだなのは、フェイト、はやての三人は互いを見合って頷き合う。

「翡翠の魔導死神さん、あなたは負傷した人達や逃げ遅れた人々の救護をしてもらえませんか?」

「わかったよ」

 なのはからの懇願を聞き入れた翡翠の魔導死神は踵を返し背を向けた。

「高町一尉」

 直後、背を向けたままで彼はメノスとの戦いへ臨もうとするなのはの身を案じ、切実な願いの籠った言葉を紡ぐ。

「くれぐれも無茶はしない事だよ」

 聞いた瞬間、なのはは幼馴染の師から向けられる言葉のように思えてならず、この上も無い嬉しさで胸がいっぱいとなった。

「――――――はい!」

 

 街に現れたデスベイトは全て大虚(メノスグランデ)によって捕食されその糧となった。

 空間をも歪ませるほどの巨大な咆哮をあげるメノスだったが、空へと上った三人の魔導師と一人の死神によって四方を包囲される。

 恋次の陣頭指揮の下、なのはとフェイト、はやては弱点であるメノスの頭部を狙い打ちするつもりだった。

「いいか! 的はデカい! 狙い損ねるなよ」

「「「はい!!」」」

 眼下の標的を見据えた四人。

 そして今、地上に降り立った虚無なる征服者を倒すため、四人は力のすべてを結集させる。

「狒狒王蛇尾丸!! 狒骨大砲・・・!!」

「ブラスター2、リリース!! 集え星の輝き、スターライトォォ・・・!!」

「雷光一閃、プラズマザンバー・・・!!」

「響け、終焉の笛。ラグナロク・・・!!」

 それぞれのデバイスに桜色、黄色、白色の魔力が、狒狒王の口腔内に赤色の霊力が集まっていく。

 強烈な輝きを放ちながら十二分に魔力と霊力を集中させ、なのはとフェイト、はやて、恋次の四人は今の自分達が持てる力の全てを乗せた一撃を繰り出す。

「「「「「ブレイカぁぁぁ―――!!!!」」」」

 それぞれの魔力光と霊圧色が入り交じりながら真っ直ぐにメノスに飛来する超弩級の特大砲撃。

 これまでに見た事のない大きさの砲撃。四人の出鱈目な攻撃は一瞬にして大虚(メノスグランデ)とその周囲を呑み込み大爆発を引き起こす。

「やったか!!」

 爆炎が広がる中、手応えを感じる四人。

 しかし、煙が収まるとそこには信じられない光景が広がっていた。

「「「「な!」」」」

 四人の特大の攻撃を受けてもなお、大虚(メノスグランデ)はなおも健在だった。それどころか目立った傷も殆ど負っておらずその場にじっと立ち尽くしていた。

「そんな・・・・・・馬鹿な・・・・・・」

「私たちの攻撃が効いてない!?」

「闇の書の闇を吹っ飛ばした“トリプルブレイカー”じゃ太刀打ちできんゆうんか!?」

 強い自信を木端微塵に砕いた敵の力量。下で様子を見ていたスバル達も四人の攻撃を真面に受けながら、決して消滅しない驚愕の相手に畏怖を抱いた。

「ウソでしょう・・・!」

「なのはさん達の攻撃で倒せないなんて!!」

 隊長格であれば通常の大虚(メノスグランデ)を倒す事は然程問題ではなかった。

 だが、今回ミッドチルダに初めて姿を現した大虚(メノスグランデ)は普通の個体とは明らかに違っている事を戦闘現場から遠く離れた場所で人々の治療と救護に専念していた翡翠の魔導死神も気づいていた。

「なのは・・・・・・・・・・・・」

 

「! この霊圧は・・・・・・」

 すると、吉良はメノスから伝わる禍々しい霊圧に違和感を覚えた。

「阿散井くん、三人もすぐに離れるんだー!!」

 咄嗟に四人へ警告を発した直後、メノスは天高く咆哮をあげながら、急激な変化を遂げ始めた。

 黒い布のような体にゴツゴツとした突起物が無数に現れ、背中には魚の鰭を思わせるものと尻尾のような細長いのが体から生えて来た。

「すごい・・・・・・まるで進化だ・・・・・・!」

 最早そのように形容する事に何ら間違いは無かった。

 大量のデスベイトを捕食した事によってもたらされた突然変異、もとい急速な進化を遂げた結果、大虚(メノスグランデ)は超巨大魔導虚(ホロウロギア)―――メノスグランデ・エンカルナシオンとなった。

 予想外の事態に終始唖然とするなのは達。

 と、そのとき。はやて宛てに機動六課隊舎から通信が届いた。

『はやて! 大変だ!』

 柄にもなく焦燥の表情を浮かべるクロノ。次の瞬間、彼の口から飛び出た言葉に度肝を抜いた。

『突然ミッド地上に体長100メートルを超える巨大な魔導虚(ホロウロギア)が出現したが・・・現場はどうなってる!?』

「「「え!!」」」

「ま・・・・・・まさか!!」

 彼らは気付いてしまった。一般市民にも視認できる魔導虚(ホロウロギア)を大量の食らった事で進化したメノスグランデ・エルカルナシオンもまた、一般人やレーダーでもはっきりと捕えられる存在となったことを―――。

 突如現れた巨大生物の襲来にパニックに陥る市民。

 このとき、遥か上空より街を見下ろす機人四天王ファイは冷笑を浮かべながら、あちこちから聞こえる人々の恐怖と絶望の声を拾っていた。

 

「ふふふ・・・・・・機動六課。貴様達の誤算が招いた絶望を思い知るがいい」

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:久保帯人 『BLEACH 5、6、60巻』 (集英社・2002、2013)

 

用語解説

※1 空紋=(ホロウ)が出現した際に生じる空のひび。 収斂して穴が大きくなることで大虚(メノスグランデ)が出現する入り口となる。

※2 虚圏=(ホロウ)大虚(メノスグランデ)が住まう世界のこと。

 

 

 

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

 ある日、スバル達が談笑をしながら隊舎を歩いていたとき―――

ス「それでですね! ・・・あれ?」

鬼「どうした?」

ス「あれって・・・ザフィーラと金太郎さん・・・ですよね?」

 廊下の影から窺う二人の大男。

 ヴォルケンリッターの守護獣であるザフィーラ(人間形態)とスクライア商店副店長の熊谷金太郎が面を向かい合ったまま互いに無言を貫いている。

金「・・・・・・・・・」

ザ「・・・・・・・・・」

 いったい何があったのかとこっそりと様子を伺う中、不意に金太郎が胸筋に力を込め始め、鍛え抜かれた筋肉を披露する。

金「ふん!!」

 巌の如く隆々とした筋肉はピカピカに光り輝いていた。

 すると、それに触発されたザフィーラも全身に力を籠め、金太郎に比肩を取らない自慢の肉体を披露する。

 しばしボディーアピールを行った後、二人は互いの実力を認め合い、固く握手を交わし合う。

ザ「見事ですぞ」

金「お互いによき友になれる事を確信いたしました」

 感極まり涙する金太郎と清々しい笑みを浮かべるザフィーラ。

 その暑苦しい絵面に、見ていたスバル達はただただ微妙な表情を浮かべるばかりだった。

ス「な、なにやってんでしょうあれ・・・・・・」

シャリオ「筋肉で友情が生まれちゃったのかしらね?」

鬼「やっぱただの変態じゃねーか」




次回予告

ユ「史上最大規模の魔導虚(ホロウロギア)メノスグランデ・エンカルナシオン。果たして、機動六課は地上最悪の脅威を退けられるのか!?」
「そしてついに、なのははブラスターモードに代わる最強の力を手に入れる!! ARカートリッジ、発動承認!!」
「次回、ユーノ・スクライア外伝・・・『神の化身』。君は伝説の目撃者となる」






登場魔導虚
デスベイト
ミッド市街地に大量に出現した集団型の魔導虚。
本体は基本的に逆向きのタマゴ型で、ボディ中央部に顔がある。人格を持たず、知性はプーカ以下で、ほとんど無いに等しい。死神でなくても魔導師として訓練を積んだ者であれば、単独で複数を撃破することもそれほど難しくない。
老人のようにしわがれた仮面に覆われており、首を鎖で繋ぎ止められている。
スカリエッティが虚圏からメノスグランデをミッドチルダへと呼び出すために制作した個体で、体に流れている血は生物にとって猛毒であり、これを弾丸に成形して撃ち出すことができる。魔導虚の血の成分が体内に入った生物はみるみるうちに黒いペンタクルに侵され、そのまま魂魄自殺してしまう。
名前の由来は、餌を意味する英語「bait」から。名前の通りメノスグランデを誘き寄せる餌として利用された。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話「神の化身」

一か月前―――

第97管理外世界「地球」

東京都 松前町 スクライア商店

 

「そいつがそうなのか?」

 一護の問いかけに、ユーノは「ええ」と答える。

「しっかし・・・こんな小さなカプセルにそんなすげー力が宿ってるなんて、未だに信じらんねーな」

 そう言いながら、おもむろに一護が手に取ったのはユーノが独自に設計・開発を試みたカプセル様の新型魔力カートリッジだった。灰色を基調とした本体色と、スライド式の起動スイッチが付いた従来の物とは明らかに仕様が異なるものだった。

「そのカートリッジは僕が持ちうる知識の全てを結集させて造り上げた発明品です。ブラスターモードに代わる力を模索すること四年、ようやく納得のいく形になりました」

「あとは本人が使いこなせるかどうかだが・・・・・・」

 懸念を交えて呟く一護の言葉に、ユーノはあっさりと否定し微笑を浮かべた。

「大丈夫ですよ。なのはなら。彼女は僕の・・・・・・いや、天性の魔法の才能に恵まれたエース・オブ・エースですから」

 僕の弟子です・・・そう言いかけた後、直ぐに言うのを取りやめたユーノを一護は横目で一瞥し、持っていたカートリッジを元の場所へ戻した。

「何にせよ、お前は本当に愛弟子思いの師匠だと思うな」

「弟子・・・か。僕にとってなのはは弟子である以上に、僕の命の恩人で、何より大切な護るべき女性なんです―――」

 なのはを思うゆえに様々な感情を孕んだ言葉を吐いた後、ユーノは遠い異世界で戦う女性の事を思い続けた。

 

           ≒

 

 機人四天王の手によって市街地へと放たれた量産型の魔導虚(ホロウロギア)・デスベイトは、ミッドチルダ市民を恐怖に陥れた。

 押し寄せる魔導虚(ホロウロギア)の大軍に各々立ち向かう機動六課メンバー。その最中、引き裂かれた空間の向こう側から大型の(ホロウ)―――大虚(メノスグランデ)が現れた。

 

 リミッター解除した六課隊長陣並びに阿散井恋次は、超弩級の必殺技で大虚(メノスグランデ)を攻撃するが、大量のデスベイトとなのは達から与えられた巨大エネルギーを吸収した大虚(メノスグランデ)は、地上最悪の『メノスグランデ・エンカルナシオン』へと進化を遂げてしまったのである。

 

 一般市民にも視覚できる存在となったメノスグランデ・エンカルナシオンは、ミッドチルダの地に初めて降り立った「恐怖の大王」と化していた。

 

           ≡

 

新暦079年5月23日

第1管理世界「ミッドチルダ」

 

『臨時ニュースをお伝えします。先ほど中央政府はミッドチルダ南部に突如出現した“巨大不明生物”に関する緊急災害対策本部を設置致しました。これにより国民みなさまの安全に対して万全の対策を講じ、速やかな避難活動を実行する為、地上本部及び関係省庁との連絡を密とした―――』

 テレビから報道される重大事案発生に関するニュース。

 人々は前触れも無くその姿を顕現させた未知なる巨大生物の襲来に恐怖し、街は大パニックとなっていた。

『この信号は止まっています。直ちに降車して警邏隊の指示に従って行動して下さい』

『区内全域に避難指示が発令されました。住民の方は直ちに避難して下さい』

 避難指定を受けた区域でひっきりなしに避難指示を誘導する放送が流れる。

 総人口3億人を超えるミッドチルダは『人種のサラダボウル』とも呼ばれ、様々な世界や国から集まった人がそれぞれの文化を共存させながら決して互いに交わることのない多文化主義(セグリケーション)を形成している。

 老若男女問わず街中には人がごった返している。

 道路は車と言う車で埋め尽くされ、須らく彼らは地上を征服せんと現れた恐怖の大王の存在に怯え、我先にと逃げる事に必死だった。それこそ他人の事など歯牙にかける余裕すらなく。

「押さないで! 落ち着いて避難して下さい!」

「地震災害の避難場所では役に立たない! 新たな避難場所の指示を乞う! どうぞォ!!」

 かつてない異常事態に直面した管理局員もまた、他の人々と同じく思考が全く追いつかずどうしていいか分からなかった。

 

           *

 

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

魔導虚(ホロウロギア)と思われる巨大不明生物はC29地区からG87地区方面を移動中。平均移動速度は時速13キロ程度と判明しました」

「図体がデカい割にずいぶんと遅いわね」

 シャリオからもたらされる情報を聞き、マリエルはメインスクリーンに映るメノスを見ながら訝しげに顎に手を添える。

「この速度でも3時間もあれば首都圏を縦断します!」

「クラナガンは意外と狭いし脆いからな。ここは住民の自主避難に任せるしかないか」

 ルキノの言葉に同意するように、グリフィスは懸念交じりに呟いた。

「周辺部の避難状況は?」

「既に現場では交通統制によるコントロールを徹底させています」

「それにしても、今まで空いていた孔を塞いでいるあれはなんだ? 敵の目的は地上の制圧だけではないのか?」

 クロノが最も懸念しているもの―――メノスグランデ・エンカルナシオンの体に空いた巨大な孔を塞ぐ肉塊状の物質。心臓の如く一定のリズムで脈を打つように蠢くそれは、見る側に言い知れぬ畏怖を与える。

 

「失礼するよ―――」

 そのとき、司令室の扉が開かれ聞き覚えのない低い男性の声で話しかけられた。

 振り返った瞬間、クロノ達全員が目の前の人物を見るなり、目を見開き驚愕の表情を浮かべた。

「あ、あなたは・・・!」

 複数人の地上局員を率いてやってきたいかつい風貌の男。

 その男こそ、JS事件で失脚・死亡したレジアス・ゲイズの後任として地上部隊首都防衛長官に就任した人物―――フィリップ・レオンハルト大将だった。

「機動六課後見人筆頭並びに本局次元航行部隊提督のクロノ・ハラオウン提督とお見受けする。地上部隊防衛長官のフィリップ・レオンハルトだ。本事案の対応について只今をもって機動六課から地上部隊が任務を引き継ぐ事となった」

「な・・・」

「なんですって!?」

 突拍子も無く聞かされた衝撃の内容にクロノはもとより、居合わせたバックヤード陣営も挙って耳を疑った。

「ま、待ってください! あの魔導虚(ホロウロギア)を地上部隊だけで対処する・・・そう仰ってるんですか!?」

「そうだ。地上で起きた事案は地上部隊が対処する。本局所属の機動六課は大人しく我々のリベロに徹していてばよい」

「しかし、魔導虚(ホロウロギア)は我々の人知を超えた力を秘めています! 失礼を承知で申し上げますが・・・あなた方はあれの脅威をまるで分っていらっしゃらない!」

「既に災害緊急対策の布告を総理が宣言し、巨大不明生物に対する治安維持の為の地上部隊による武力行使命令が下された」

「なんですって!?」

「事態が事態だからな。超法規的な処置として防衛出動を下すしか対応がなかったのだ」

 管理局法、第76条【防衛出動】。

 国家の存立危機という最悪の事態に直面した場合、国またはそれに準ずる主体そのものに対して武力攻撃がなされていなくても、国家の存立が危うくなる場合には、管理局の防衛出動が認められるというのがこの法律に記された法的根拠である。

 聞いた瞬間、目を剥き仰天するクロノを見ながら、フィリップは淡々と事実のみを言葉に表した。

「ですが現場は人口密集地です! 今は攻撃より避難を優先すべきです! 現実問題、管理局による短時間での避難誘導は困難を極めています。防衛出動となれば、逃げ遅れた住民や局員を戦闘事態に巻き込む可能性が!」

「国益を守るのもまた管理局の使命だ。多少の犠牲は止むえないという覚悟もまた我々には必要だ。それが理解できんほど君も夢想論者ではないと思っているよ。クロノ・ハラオウン提督」

「それは・・・・・・ですがしかし!!」

「では仮に本局との安全保障条約を盾にして、君の所属する次元航行部隊に今回の一件の肩代わりしてもらえと? 答えはNOだ。まずはこの国と地上本部が動くのが鉄則。()しんば安保条約があっても、本局は飽く迄支援の立場だ」

「しかしあれは生物です! 下手に刺激すると被害がさらに拡大する可能性もあります!」

 安易な攻撃は避けるべきと危惧したマリエルが訴えるも、フィリップから返ってきたのは予想外の言葉だった。

「そう・・・―――生物だ。だからこそ人の力で駆除する事が出来る。同じ自然災害と区分しても地震や台風とは違う」

 頑として揺るがない決意と覚悟がひしひしと滲み出す。

 レオンハルトは良くも悪くも決して揺るがない大木だった。国家防衛の為ならば、どんな強硬な手段も辞さないという心構えは、嘗てのレジアス・ゲイズ元中将を彷彿とさせるものだった。

「君達の心情は察しよう。だが、ここは次元世界(うみ)ではなく地上世界(おか)だ。私はこの世界の平和を守る大任を背負う立場。何としても被害の拡大を防ぐ為に尽力する」

 往年の大将の凛然たる立ち振る舞いを前に、クロノを始め若い局員達は不承不承気味に引き下がる他なかった。

 これ程無力感を味わったのはいつ以来だろう・・・・・・。クロノはただただ遣る瀬無い思いを抱いた様子で、右拳を強く握りしめた

 

           *

 

ジェイル・スカリエッティ 地下アジト

 

「よくやってくれた。機人四天王諸君」

 スカリエッティは恭しく膝を突く四人の戦闘機人の行動を高く評価し、狂気染みた笑顔ながら終始ご満悦の様子だった。

「まんまと機動六課は我々の用意した策に嵌ってくれたな」

「脳筋思考の方々をこちらの都合の良い方向に誘導するのは実に容易かったですわ~。これでゆっくりと計画を【第二段階】に進める事ができますわ」

「既に我々の勝利は決まったも同然」

「ようやく私たちの悲願、ドクターの夢が叶う日が来たのですね」

 トーレ、クアットロ、ファイ、ウーノも目前に迫る勝利を早くも確信した様子だった。

「それはどうかな?」

 すると、朝駆けの駄賃と考え、気の緩みがちな機人四天王を見たスカリエッティが口角をあげながら嗜める。

「この次元世界にはまだあの男―――翡翠の魔導死神がいる。邪魔される可能性は大いに高い」

「しかしドクター。如何に翡翠の魔導死神とて、人口密集地帯であの巨大なメノス相手に縦横無尽に力を振えるとは思えませぬ」

「仮にあのメノスを封じる事が出来たとしても、その前に()()が完成したら全ては水の泡。気付いた時には手遅れです」

 

           *

 

『先ほど災害対策基本法の災害緊急事態の布告を総理が宣言。巨大不明生物に対し、地上部隊による防衛出動が決定されました。緊急処置として国会の承認を事後に回し、害獣駆除を目的とした新暦初となる質量兵器による武力行使命令を総理が下した模様です』

 

           ≡

 

ミッドチルダ中央 首相官邸

 

 ミッドチルダの国益と国民の命を著しく脅かす巨大生物の脅威に対抗する為、地上本部を主体とした高官らが一堂に官邸へと会し首相と面会。

 現在、防衛大臣とも交えた作戦の草案について、レオンハルトは険しい表情で資料に目を通す首相に説明する。

「統合方面総監を指揮官とした統合任務部隊を編成。作戦目的は【駆除】とします」

「陸士部隊は住民の避難誘導が優先で対応できない為、即応可能な回転翼機を主力とした作戦を立案しました」

「総理、市街地との作戦なので老人や病人が残っている可能性もあります!」

「だとしたら現場を見ない事には判断しかねるだろう」

「現状では国民の生命及び私有財産への損害もやむを得ないと考えます。総理・・・ここは苦しいところですが、承認のご決断を」

 この期に及んで渋る態度を取る首相。レオンハルトは一貫して果敢な心をもってして、迅速な武力行使の承認を要求した。

「――――――わかった」

 

           *

 

同時刻―――

ミッドチルダ市内 とある駐機場

 

「ざけんじゃねー! なんであたしらが大人しく引き下がって、地上部隊が出しゃばってくんだよ!!」

「どう考えても腑に落ちねーぞ!」

 魔導虚(ホロウロギア)対策を全面的に任されている筈の自分達が地上部隊の後方支援に回る事が解った途端、ヴィータと恋次が激しく抗弁する。

 彼らだけではない。なのは達も皆それぞれ納得など出来ていない様子で、何とかならないかとクロノに懇願するが、芳しい言葉や態度が返ってくることは無かった。

『すまない。僕も必死に食い下がったんだが・・・地上部隊の大将に青二歳の提督の言葉などまるで聞く耳持たなかった』

「レオンハルト殿は意志の強いお方です。こと防衛思想に関しては何よりもそれが顕著に表れる傾向があります。それがあの方の長所であり短所でもあるのですが」

「なんだよ金太郎、地上部隊の大将と知り合いなのか?」

「ええ。昔ちょっと・・・」

 複雑な感情を内心抱きながら、金太郎はややゴリ押し気味な英断を下したレオンハルトの心情を鑑みた。

「クロノくん・・・何とかして止めさせてもらえんのか!?」

『すまないはやて。僕の権限ではどうする事も出来ないんだ。首相が正式な防衛出動を発令した時点で、攻撃中止はありえない』

「そんな・・・・・・」

 突き付けられる非情な現実に言葉を紡ぐなのは達。

『間もなく地上部隊による総攻撃が始まる。納得できないかもしれないが、ここは一旦隊舎へ戻ってくれ』

「やれやれ・・・・・・つくづく嫌になるよね。嘘と欺瞞に満ち溢れたまるで詐欺師の様な国家権力って奴がさ」

 機能しているように見えて実際は機能不全を起こしている管理局を皮肉ったように、浦太郎は自分を含めた全ての治安維持に携わる者達を嗤笑(ししょう)した。

 

           *

 

 メノスグランデ・エンカルナシオン駆逐の為に、地上部隊による総攻撃が始まろうとしていたおよそ数時前、ユーノ・スクライアはCW社へと向かった。

 ミッド地上に出現したメノスへの対抗手段を講じるべく、第1開発部を拠点とする対策本部を設置。ユーノは司書長時代の顔の広さや幅を利かせ、ありとあらゆるコネクションの全てを使い、各界から様々な分野のエキスパートを集結させた「メノスグランデ特設災害対策本部」―――通称「虚災対(きょさいたい)」を編成した。

 

           ≡

 

第3管理世界「ヴァイゼン」

カレドヴルフ・テクニクス本社開発センター

メノスグランデ特設災害対策本部 二階会議室

 

「虚災対リーダーを務めるユーノ・スクライアです。各自忙しい身でありながら、僕の個人的な呼びかけに答えてくれたことに感謝します。本対策室の中では、どう動いても人事査定には影響はありません。よって役職や上下関係の縦割りを気にせずここでは自由に発言して欲しいです。なお、僕が『翡翠の魔導死神』の正体であることは他言無用ですのであしからず」

「という事だ。まぁ便宜上はこの俺、ウシヤマが指揮を執るが・・・そもそも出世に無縁な各界のはぐれ者、一匹狼、変わり者、オタク、問題児、鼻つまみ者、厄介者、学会の異端児など、そういった連中の集まりだ。気にせず好きにやってくれ。で、推定された基本スペックはこれだ。各自で確認してくれ」

 手持ちの資料をテーブルの上に無造作に置くウシヤマ。

 首を斜めに振らない骨太達・・・・・・といえば聞こえはいいが、その実はドがつくほどの曲者ばかりが一堂に会する。集まったメンバーは配布された資料を各々手に取り内容を確認。その内容を見て目を見開いた。

 【巨大不明生物(メノスグランデ)に関する基礎情報】と題した資料に書かれていたのは、推定される身長や体長、体重と言った一般的な情報のみ。それ以外の具体的な記述はどこにも見受けられなかった。

「これだけですか?」

 思わずメンバーの一人が唖然としながら問いかける。

「それだけだ。それから先を調べるのも我々の仕事だ。他に何か基礎情報があれば共有しておきたい」

「ちなみに、事前にミッドで行われた有識者会議では、あまりにも常識から外れて過ぎていて何もわからないという結論だったそうです」

「ほか、行動生物学的にも何かないか?」

「行動パターンと言っても奴はただ移動しているだけです。なので思考も特定できません」

「知能レベルも不明だが、我々とのコミュニケーションはムリだろうな」

「素朴な疑問なんだが・・・あれのエネルギー源は何なんだ?」

「確かに身体の活動だけではなく、基礎代謝だけでもかなりのエネルギー量が必要です。消化器官による酸素変換では消費量や動作効率が説明できませんね」

「あと気がかりなのは、あの肉塊状の物質ですが・・・」

 人知を超えた巨大生物の身体的な構造に目が離せない有識者達。

 様々な憶測や疑念を膨らませていると、リーダーであるユーノがおもむろに口を開いた。

「その事について、僕の方で既に分析が終了しています。これをご覧ください」

 コンソールを操作してメインモニターにある映像を公開する。

 映し出された驚愕の事実を目の当たりにした途端、虚災対所属のメンバーは挙って声を裏返した。

「こいつは驚いたぁ!!」

「悪い冗談っぽいですね・・・ユーノさんも。あり得ませんって」

「バカヤロウ!! プロフェッサーが冗談言うと思ってんのか!? 紛れも無い事実だ」

「僕らの仕事はただ単にアレを倒す方法を模索するだけじゃありません。アレが抱える時限爆弾も一緒に世界から取り除く必要があるんです」

 都合の悪い事実に目を背けた来る者が殆どだ。

 しかし、だからこそユーノは不都合な事実と正面から立ち向かう事が必要だと居合わせた全員に発破を掛ける。

 そのときだった。肩で息を切らしたウシヤマの部下達が大慌てで会議室へ詰めかけ、ユーノへ報告してきた。

 

「プロフェッサー! 間もなくミッド地上部隊による総攻撃が始まります!」

 

           *

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ西部 緊急災害対策本部

 

「総理入ります!」

 ミッドチルダ首相、現行の内閣総理大臣を本部長とする緊急対策本部は万が一の時に備え、首都から少し外れた場所に設置可能な災害対策予備施設が存在する。

 首相を始め閣僚並びに政財界の大物達は挙ってモニターを凝視。クラナガンへの進行を続ける巨大なる敵・メノスの動静を警戒する。

「目標はエルセア市内を抜け、トマリア方面へと進行する模様」

「巨大不明生物、2時間以内にクラナガン侵入の可能性大!」

「総理、事前にお伝えした通り、攻撃に際し万が一逃げ遅れた住民がいる場合はそれを巻き込むリスクが存在しますが・・・・・・首都上陸を許すわけにはいかずここは侵攻阻止を優先すべきと考えます」

「あれのエネルギー源が不明確ではありますが、近くには魔導炉関連施設も多くあります。もしも怪物に襲われたりでもしたら、エネルギーの枯渇だけでなく有害物質が漏れて大変な事になります」

「総理、今のうちに叩くべきです! また、他の主要世界からミッドチルダ政府が弱腰と見られる状況はゆめゆめ避けたいと考えます」

「総理。命令があれば地上部隊は市街地でも徹底的にやります。災害緊急事態の布告は今も継続中です。攻撃は・・・総理のご意思で決まります」

「わかっている―――・・・始めてくれ」

 断腸の思いではあったが、ミッド史上稀に見る国難に立ち向かうという強い覚悟を決めた総理大臣の一言は、何よりも力強かった。

 

           *

 

ミッドチルダ地上本部 地下作戦指揮所

 

 レオンハルトからの通達を受けた地上本部作戦指揮所では、メノス掃討作戦の為の最終調整が行われていた。

「総理から新たな作戦が指名された。武器使用は無制限までを想定。防衛大臣及びレオンハルト大将からはいざとなったら徹底的にやれ。必ず都内に侵入前に駆除せよとの事だ」

「よし。タマリバーを戦場とする駆除作戦・・・【B-2号】を発動せよ」

「了解。タマリバーを絶対防衛ラインと想定するB-2号を・・・“タマ作戦”を開始!」

 

           *

 

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

 地上部隊によって展開される作戦の模様を隊舎で静観する六課メンバー。

「いよいよ始まるんやな」

「馬鹿げてやがる。どう足掻いたところで人間の力じゃメノスは倒せねー」

 話のオチは既に見えていると悲嘆する恋次を余所に、着実にクラナガン方面へと進行し、首都上陸も時間の問題となったメノスグランデ・エンカルナシオン。

 それを迎え撃つ迎撃兵器がおもむろに姿を現した。

「ちょっと・・・!?」

「まさか!!」

 しかし、その実戦兵器を見たなのは達は挙って驚愕した。

 モニター画面に映ったのは魔力を殆ど使わず物理エネルギーを直接ぶつける事を想定した新暦以前まで主流だった兵器―――戦車や戦闘機など管理局法によって原則保有及び使用が禁止された『質量兵器』のオンパレードだったのだ。

「ウソだろ!! あれってみんなバリバリ質量兵器じゃねーか?!」

「そんな・・・質量兵器保有は管理局法で禁止されている筈じゃ・・・!」

「キャロ殿の言う通り、『原則』保有と使用は禁止されております。しかし、これにはいくつかの抜け穴があります」

「抜け穴?」

「防衛出動の為の個別的自衛権の行使、でしょ?」

 訝しむ若いフォワードメンバーの疑問に対し、浦太郎は眼鏡の位置を微調整してから鋭く言及した。

 【個別的自衛権】―――管理局法第51条により、管理世界に認められた自衛の権利のことを指す。自国が他国から武力攻撃を受けた場合に、自国を防衛するために武力の行使をもって反撃する権利であり、その為ならばどのような自衛手段を用いても良いと記載されている。

 現行の管理局法で使用が禁じられている質量兵器も管理局の適正な許可を得る事で、デバイスとして登録することが出来る。同時に国家レベルにおける防衛事案発生時の使用―――個別的自衛権の行使の際にも容認されるのである。

「ミッドチルダ憲法では質量兵器を用いた武器使用を禁止してはおりません。自国に対する侵害を排除するための行為を行う権利・・・個別的自衛権の行使を容認せざるを得ない状況で治安出動が出されれば、『質量兵器』保有と使用の禁止という枷を外す事が出来るのです。JS事件以降、ミッド地上ではレオンハルト殿が主体となって構造改革を推し進めて参りました。既存の魔法至上主義を脱し、普遍的な武力で以て国益を守ることこそが地上の正義であると信じ、秘かに政府と取引し用意していたのでしょう」

 意外な事実を知って声を詰まらせるメンバーを見、金太郎は質量兵器保有に関する条文を明記した管理局法の穴を突いた高度な政治的判断について補足した。

「そんな・・・・・・じゃあ私たちが信じた魔法は何のための力なんですか!? 傷つけずに相手を制圧するための力として魔法があるはずなのに、これじゃ私たちがここにいる意味がないじゃないですか!?」

 入局以来、一途に魔法の力とその可能性を信じてきたなのはは悲痛な思いを口にする。

 それを横で聞いた恋次は、感情的な彼女の肩に手を当てると、諌める様に冷静な見解を口にした。

「おまえの気持ちは分かる。だが、敢えて言わせてもらうが・・・・・・相手を傷つけない武力は武力とは呼ばねえ。魔法だって使い方を誤れば相手を傷つける。結局のところ、大事なのはその力を正しく制御できるかどうかだ。質量兵器だろうか魔法だろうか関係ねえ」

「それに国家の存亡の機となれば、稀少保有スキルを持つ魔導師の力に頼るより・・・汎用性に優れ、誰でも容易に使用が可能な大量破壊兵器を用いる方がリスクが低いと考えるのは至極当然だよ」

 と、吉良も客観的な立場で率直な意見を口にする。

 これにはなのは達も思わぬ面を食らってしまった。シグナムら古い騎士はそれほど大きなショックを受けていない。一方、生まれ以来安全が考慮された魔法の使用を前提としてその力の扱いを享受してきた若い魔導師達は違った。

「だけど、これじゃあ悪しき歴史を繰り返してるだけじゃないですか! 長い時間をかけて人類は過去の反省を全く活かせないなんて・・・」

 悪い歴史に向かって逆行を始めた人間の習性を哀れむフェイト。

 彼女の気持ちを慮るとともに、クロノは遣る瀬無さを抱いた様子で口にした。

「残念な話ではあるが、人間は不完全な生き物だ。どれだけの教訓を得てもいずれは忘れてしまう。だから世界から争いの火種は消えない。もしもユーノがここにいたとしたら、僕の代わりにこう言ってくれただろう」

 忘却―――それは人間に備わった自己防衛機能。繰り返される歴史の中で、人間は幾度となく何度でも過ちを繰り返すのである。

 

           *

 

ミッドチルダ西部 緊急災害対策本部

 

「対戦ヘリ小隊による威力偵察、準備完了!」

「全街頭地区の避難の完了を確認しました」

「間違いないだろうな?」

「私は現場の報告を信じるだけです」

「目標は依然進行中です。総理・・・・・・質量武器使用の承認をお願いします」

「質量武器の使用を許可する―――」

 レオンハルトからの要請を受け、首相は険しい表情を浮かべながら武器使用の承認を口にした。

 

           *

 

同時刻―――

タマリバー近郊駐機場 地上部隊戦闘団前方指揮所

 

「総理の下命を確認しました!」

「射撃を許可する。射撃開始」

「タマ作戦フェーズ1を開始する。射撃開始。繰り返す、射撃開始。送れ」

『CP1了解。射撃開始する』

 指揮所からの攻撃開始命令が下された瞬間、回転翼機部隊が一斉に前方の巨大な怪物へと機銃掃射を開始した。

 メノスグランデ・エンカルナシオンの仮面目掛けてぶつかる無数の弾丸。それらは全てポップコーンの様に弾けるだけで、敵の進行を食い止めるには程遠い。

「機関砲、全弾命中! しかし、効果は認めず!」

「弾丸を30ミリに切り替えろ。もう少し様子を見る」

 敵の動きを牽制しつつ、機関砲の口径を大きくして再び標的への攻撃を再開。

 だが、やはり先に見た結果と同様であり、メノスグランデ・エルカルナシオンの進行速度は依然落ちる気配すらない。

 

『威力偵察第三班転回中。他報告せよ』

『第三小隊攻撃続行中。目標健在。未だ効果なし』

「1万5千発もの機関砲を食らい続けて、傷ひとつ付かんとは・・・・・・!」

「総理、人口密集地ですが止むを得ません。ミサイルの使用を許可しましょう」

「総理・・・苦しいところですが、御決断を!」

 レオンハルトと防衛大臣からの進言に、内閣総理大臣が出した決断は・・・・・・。

「今より武器の無制限使用を―――許可します!」

 

『CP1、攻撃を機関砲から誘導弾に切り替える。発射準備出来次第、全弾射撃。送れ』

『了解。P1からP4へ。誘導弾全弾発射! 目標、前方巨大不明生物!』

『距離700! 発射用意・・・・・・発射!』

 全ての回転翼機部隊から破壊能力の高い誘導弾、対戦車ミサイルを用いた攻撃が展開された。

 全長300メートルを超える大きさのメノスは狙い打ちされ、絶えず衝撃と巨大な爆発音が響き渡る。

 対策室でミサイル攻撃の結果を固唾を飲んで見守る閣僚達。

 黒煙が晴れ、モニター画面に映ったのは―――ミサイル攻撃ですらほぼ無傷と言って過言ではない五体満足のメノスの姿だった。

「誘導弾全弾命中! しかし目視による損傷確認できません」

「ミサイルでも死なないのか!?」

「なんてやつだ・・・・・・!」

「目標の外皮攻防は予想以上です!」

「作戦をフェイズ2に移行させます」

 

 回転翼機部隊での攻撃が失敗に終わった事を受け、レオンハルトは次の作戦を瞬時展開するよう指揮所へ通達。

 次なる作戦は、タマリバーで展開された質量戦車中隊を主体とした陸上部隊による一斉射撃。これにより絶対防衛ラインと想定したタマリバーへの侵入を水際で食い止めるつもりだ。

『こちらタイガー1、射撃開始! 繰り返す、射撃開始!』

『目標、正面の敵着部!』

『各車、射撃開始!』

 スコープで敵との距離を慎重に測り、進行してくるメノス目掛けて戦車隊が一斉に大質力砲撃を開始。

 相手を確実に仕留める事を主体とした殺傷能力抜群の巨大質量エネルギーの塊が巨大な生物の外皮に着弾。

 かつてないほど凄まじい光景に市民や既存の局員魔導師は呆気にとられるばかり。

 しかし、どれほどの砲撃を受けてもなお不気味に蠢く肉塊状の物質を腹に抱えたままメノスの進行速度は衰える事を知らない。

「愚かな。あんな矮小な力で倒せるほどやわではない」

「そうですわね~、そうですわね~。いよいよですわ~。もうすぐたくさんの愛らしい幼生虚(ラーバ・ホロウ)ちゃんを育てられるんですわ~」

 迫る危機に必死で抗おうとする人間達の行為を観察するトーレとクアットロ。

 二人は口角を緩め、未だ真実に気付く気配すらない人々をとても愚かで、哀れな事だとせせら笑った。

 

「目標、堤防指揮を越えタマリバー河川区域に侵入!」

「作戦をフェイズ3に移行。直ちに航空攻撃を開始!」

 戦車部隊だけの攻撃では埒が明かないと判断し、待機していた戦闘機部隊とも協力した陸空による総力戦を展開する。

『クリアードアタック、クリアードアタック。ファイア、レディー・ナウ』

 高度数百メートルの上空を飛翔する戦闘機から魔力エネルギーほぼゼロの空爆が実施された。

 メノスの頭部目掛けて投下された爆撃は強力な爆風を伴い、メノスの視界を黒煙で包み込む。戦車部隊も相乗攻撃を仕掛け徹底的に息の根を止めようとする。

 だが、次の瞬間―――・・・業を煮やしたかのように、メノスの動きが突如豹変した。

 進化に伴い大きく発達したその脚を使って、前方に見える陸橋を無造作に蹴り上げ、自分を攻撃し続けた戦車隊に反撃した。

「全車脱出! 全速後退!」

 直ちに脱出を図る戦車隊。

 しかし、蹴り上げられた陸橋の一部が逃げ遅れた戦車と指揮所を襲撃。作戦に参加していた多くの局員が破壊された陸橋の下敷きとなった。

 沈黙する災害対策本部。モニター画面に映るメノスは指揮所を越え、クラナガン方面へ真っ直ぐ突き進む。

『目標、タマリバーを越えクラナガンに侵入!』

『CP1及び全機重火器・残弾無し!』

『タイガー1、こちら視界ゼロ。目標確認できず』

「前方指揮所壊滅! タマ戦闘団指揮機能喪失!」

「目標、防衛ライン突破! 防御陣地崩壊! 作戦続行不能!!」

「くそっ!! 総理・・・残念ながらここまです!」

「わかった―――・・・作戦を終了する!」

 結果は散々たるものとなった。

 地上部隊の総攻撃をもってしても、メノスの進行を食い止める事は出来なかった。

 そればかりか、多大なる犠牲を払うだけの負け戦となった事に首相と官僚各員、そして何よりレオンハルト自身最も憤りと悔しさを隠せなかった。

 

           *

 

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

「おいおいマジかよ・・・・・・」

「だから言わんこっちゃねーんだ!」

「でもだからって、こんなに一方的にやられるなんて」

 あまりにも規格外な力をその身に宿したメノスグランデ・エンカルナシオン。

 恐怖の大王と形容していたが、次第にその存在はより高次の存在―――この地上の穢れを払拭する為に降り立った「神の化身」とさえ思えてならなかった。

「メノスグランデ中央部の肉塊状物質からエントロピーが急激に増大!」

「それに伴い高濃度のレギオン粒子反応を確認!」

 不意に、メノス解析に当たっていたアルトとルキノがある事実を報告した。

「このレギオン発生パターンはどこかで・・・」

 見覚えのあるものだと、マリエルが疑問に思っていた折、急激に増え続るレギオン反応を見たシャリオがハッとした表情を浮かべ立ち上がった。

「マリーさん!! この反応はザックームの時と同じです!!」

「そういうことだったのね!」

 敵の真の目的を遅ればせながら気付いたマリエルは、モニター画面越しに映るメノスが腹に抱えた爆弾の正体を見破った。

「あれは“幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラント”よ!!」

 

           *

 

第3管理世界「ヴァイゼン」

カレドヴルフ・テクニクス本社開発センター

メノスグランデ特設災害対策本部 二階会議室

 

「タマ作戦は失敗です! メノスは健在! 依然進行中です!」

「地上部隊の総力戦も徒労と化すとは・・・・・・!」

「予測計算を凌駕する事故防御力です!!」

魔導虚(ホロウロギア)が外からの魔法や物理兵器で倒せるなら、私達も苦労しなくて済みます」

「まさに人知を超えた完全生物か」

 リアルタイムで市街地での戦闘を見ていた虚災対のメンバー。

 冷静な意見を交わしつつ、その実驚異的とも言えるメノスグランデ・エンカルナシオンという存在に目を背けたくなった。

「とにかく、ここは何としてでも対策法を見つけ出さねば・・・」

「しかし情報共有があったものの、ここにきて色々と手詰まり感が出てきたな」

「ですね。ユーノさんの報告はインパクトがありましたもんね。まさかあの巨大生物の腹に抱えたものが無数の怪物を生み出す為の培養プラントだったとは」

「これでメノスが次元世界で最も厄介な生物であるという事実が確定しました」

「とは言えメノスもまた生き物だ。ならば必ず倒せる・・・筈だが」

「それを探るのもまた我々虚災体の仕事だ。生体情報だけでなく、行動にも何かヒントは無いか?」

 サブリーダー的役割を担うウシヤマが積極的に発破をかけるが、メンバーの反応は芳しくなかった。

「とは言え歩くだけですよ? 大体歩くだけでもプラントは育ってるんですよね・・・・・・あれ? でもその場合、どうやってそれだけのエネルギーを確保してるんだ?」

「確かに、何も食べずただ歩くだけでプラントを育てるだけのエネルギーを確保できるとは思えない」

 何の気なくメンバーの一人が口にした一言に周りも共感し、思案に暮れる。

「そっか! そう言う事か!!」

 直後、虚災対の最年少メンバーにしてリーダーを務めるユーノが大声を発した。他のメンバーが挙って彼へと視線を向ける。

「わかったんですよ。奴を倒す解決への糸口が―――!!」

 

           *

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

 虚災対が活路を見出そうとしていた頃、マリエルは判明した衝撃の事実を居合わせた全員へ赤裸々に公表した。

大虚(メノスグランデ)の中心部は幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントよ。以前、機人四天王が魔力駆動炉ザックームを制圧したのはその為だったわ!」

「あのメノスはそれ自体が膨大なエネルギーを作り出す為の手段。言わば“生きるエネルギー駆動機関”なんです!」

「そして、敵の策略にまんまとはまり・・・大量の魔導虚(ホロウロギア)から得たエネルギーに加え、トリプルブレイカーと狒骨大砲はその起爆剤としてあれの進化を促す為に利用された」

「チキショウ!! スカリエッティの野郎!! 舐めたマネしやがって!!」

「急がなければメノスによる人的災害はもとより、幼生虚(ラーバ・ホロウ)が大量に生産されてしまう!」

「八神司令、本局より複数の次元航行艦が到着しました!」

 被害拡大を懸念した本局はメノスグランデ・エンカルナシオンを危険度の極めて高い生物と判断し、地上本部による総攻撃が行われる3時間前より次元航行部隊を事前にミッド方面へと向かわせていた。

 モニターを注視する六課メンバー。

 亜空間を突き抜け、最新鋭の次元航行艦数十隻がクラナガンに到着。全艦隊の主砲がメノスへと向けられた。

「よし! さすがのアイツでも艦隊の攻撃を受ければ一溜まりもねえ!!」

(いや違う・・・・・・この途方もない違和感は一体・・・・・・)

 吉良が感じたその違和感は直後に現実のものとなった。

 不意にメノスは進行を停止させ、赤く光る背びれ部分を天に突き出す様に屈み始めた。

「何しようとしているの?」

 一抹の不安を抱き息を飲むティアナ。

 すると、赤く光る部分が次第に紫色に変化し、メノスの口が顔の半分以上に裂けながらゆっくりと開く。

 それに伴い毒々しい紫色の膨大なエネルギーが口元に集束され始めた。

「“虚閃(セロ)”だ!! あの野郎、虚閃(セロ)を放つ気だ!! おい!! 早く逃げるよう艦隊の連中に伝えるんだ!!」

 事の真相に気付いた恋次が退避命令を出すようクロノに進言した直後、事態は最悪の方向へとシフトした。

 刹那、眼球が瞬膜に覆われると同時に虚閃(セロ)は細いレーザービーム状に変化。ガスバーナーの要領で射線上数百メートルの距離にある次元航行艦一隻を焼き切るように撃墜。

 衝撃的な光景に言葉を無くすメンバー。さらにモニター画面を見続けていると、メノスは背鰭の下の赤く光った部分からレーザー状の虚閃(セロ)を複数放射させ、そのうえ尻尾の先端部からも同じ虚閃(セロ)を放つ能力を備えていた。

 自身の背後、高空などの口からの攻撃だけでは対処しにくい位置にいる敵全てを焼き払う究極の一撃をもって、駆けつけた次元航行艦の全てを返り討ちにした。

「そんな・・・・・・」

「ウソでしょ・・・・・・・・・」

「次元航行艦隊が全て・・・・・・撃ち落とされた・・・・・・だと?!」

 あまりに常軌を逸した光景と予想不能な理不尽な虚閃(セロ)によって駆逐された次元航行艦隊。その悲惨な姿に力が抜け欠ける六課メンバー。

 忽ち火の海と化した街の姿。依然として人類に滅びの警鐘を与え続ける神の化身。

「あんな奴・・・勝てっこねえ!!」

 アギトが言い放った言葉に誰もが項垂れる。

 究極の生命体へと進化を遂げたメノスグランデ・エンカルナシオン―――それはまさに人類が抗うには途方も無く巨大な絶望の塊だった。

 

「いいや。希望ならまだある」

 諦めかけた時、その声は聞こえた。

「翡翠の魔導死神さん!」

 沈みかけた六課メンバーの心に活を入れたのは、虚災対本部から直行した翡翠の魔導死神だった。

「でも、どうやって? あれは最早僕たちの人智を超えた存在・・・神の化身ですよ!」

「神の化身なんかじゃない。人間の力をあまり見くびらないでもらいたいよ。何のために人間の頭脳はあると思う? どうにも立ち行かなくなった状況を打破する第三の道を見つけ出す為にあるんだ。そして見つけ出したんだ・・・・・・その第三の道をね」

 語りかけながら、翡翠の魔導死神は虚災対で練り上げた具体的な活路をプランとして纏め上げたデータを立体映像で表示。

 六課メンバーは目の前に映し出された詳細不明の極めて難解で複雑な何かの構造を表したかのような図式を見せられた。

「これは?」

「あの大虚(メノスグランデ)の構造レイヤーで、元素を変換する生体機能部の分子構造図を表している。“元素変換細胞膜”とでもいうのかな・・・水素や窒素と陽子数が少ない物質を取り入れて細胞膜を通して、細胞内の元素を必要な分子に変換してしまう。メノスはその崩壊熱を利用した《熱核エネルギー生体変換器官》を有した混合栄養生物と推測できる」

 何を言っているのか全く理解できない。専門用語の羅列と多用によって六課メンバーの悉くが頭に疑問符を浮かべ思考までもが停止する。

「えーっと・・・つまり、簡単に言いますと?」

 苦々しい表情で問いかけるなのは。翡翠の魔導死神は咬み砕いた言葉で説明する。

「要するに、水や空気さえあればどこでも生きていける霞を食する仙人みたいなものなんだ。メノスは人類を脅かす脅威であり、同時に人類に無限の可能性を示唆する福音でもあるんだ」

「そんなバケモノ相手にどうやって対抗するつもりなんだ?」

「メノスは幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントへのエネルギー供給を行う為に、絶えず多量の酸素を必要としていて、その為に移動し続けている可能性が非常に高い。そこから考えられる即応可能な唯一の対処法は、体外からの冷却による強制停止だ」

「そっか!! メノスは回遊魚と同じって事ね! マグロは泳ぐのを止めると呼吸が出来ずに死んでしまう。メノスも歩くのを止めるとプラントが育てられないばかりか自身も窒息してしまう。死ぬまでずっと休むことなく歩き続ける必要がある。だから冷却さえ出来れば死に至るかは不明だけど、少なくとも活動の停止は可能ってことね!!」

 マリエルも翡翠の魔導死神が言わんとしている意味を理解し、希望を見出した様子でパッと花の開いたような笑みを浮かべた。

「八神部隊長の《アーテム・デム・アイセス》、ハラオウン提督の《エターナルコフィン》を上乗せして強制停止させる。これを“プラン・マカハドマ”として、僕から提案させてもらうよ。何か異論や質問はあるかい?」

 異論はおろか質問すら湧かなかった。そんな思考すら出来なかった。

 全ての手の内を見透かした翡翠の魔導死神が立案した作戦は、六課メンバーからすれば願ってもいない好機。地獄で仏の状況で巡り合えた【最後の希望】だった。

「ったく。相変わらずこんな短時間でここまでの作戦を思いつくなんて・・・・・・まじでどうかしてるぜおまえ」

「計算上では実現可能だと言うことがまた怖いですね」

「でも、それが唯一残された私たちの最後の抵抗ならやるしかないよ」

「トリプルブレイカーが効かず、地上部隊と次元航行艦隊でも倒せない敵! 今にも完成されそうな幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラント!」

「部隊長、やりましょう!! 私たちに出来ること全部!!」

「八神部隊長!!」

 たった一つでも希望を見出す事が出来ただけで、沈みがちだった心に光が差す。

 開けたように笑みを浮かべ士気を高める六課メンバーを見、はやては険しい表情から一変、口元を緩めた。

「ええやろう・・・・・・おし。ほんならやるで。神の化身がなんや! この世界は何が何でも私たちの手で取り戻す!! いくで、機動六課前線メンバー各員!! 《オペレーション・マカハドマ》、発令!! 作戦開始や!!」

 血気盛んな声を張り上げ、はやては作戦の決行を宣言。

 直後、翡翠の魔導死神はなのはへと顔を向けるなり言葉を発した。

「高町一尉。今回の作戦、君には重要な役割があるんだ」

「え?」

 

           *

 

午後7時過ぎ―――

ミッドチルダ中央部 首都クラナガン

 

 街を蹂躙する巨影。

 破壊神メノスグランデ・エンカルナシオンの進撃は止まらない。そして、誰にも止められないまま腹部中心で脈打つ幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントは完成間近だった。

「もう間もなくだな」

「あ~ん!! ついに完成しちゃうのね~、愛しの幼生虚(ラーバ・ホロウ)ちゃ~ん♡」

「ん? あれは―――」

 ふと、空を見上げたときだった。ウーノはメノスへ向かって飛んで行く複数の小さな飛翔体を確認。

 視界感度を上げて確かめると、八神はやてを筆頭とした機動六課前線メンバーだった。

「愚かな。今さら何をしても無駄だと何故わからん?」

 高を括った機人四天王は無意味な抵抗と斬り捨て、犬死を好んでいるとさえ思える彼らに敢えて手を出す気にもなれなかった。

 

「吉良、奴の動きを封じるぞ」

「あぁ」

 メノスの頭頂部付近で制止したザフィーラ、吉良の二人は歩を進める敵の動きを見ながら攻撃のタイミングを見計らう。

 次の瞬間―――二人はメノス進行を食い止める為の術式を展開した。

「囲め、鋼の軛!!」

「縛道の七十五、五柱鉄貫!」

 天より降り注ぐ白い槍状の物体が複数メノスの体へ突き刺さる。さらに、吉良が繰り出す五本の鉄柱が巨体ゆえに鈍重なメノスの体を封じ込めた。

「先陣突破! ヴィータちゃん、恋次さん、鬼太郎さん、お願い!」

「「「おう!」」」

 ヴォルケンリッター参謀・シャマルによる現場管制の元に展開されるオペレーション・マカハドマ。

 吉良とザフィーラが敵の動きを封じた直後、第一陣として鉄槌の騎士ヴィータと阿散井恋次、桃谷鬼太郎がメノスを攻撃する。

轟天爆砕(ごうてんばくさい)!! ギガントッ! シュラァァァ―――クゥゥゥ!!!」

「咆えろ、狒狒王蛇尾丸!!」

「必殺・・・俺達の必殺技!!」

  結界・バリア破壊効果を併せ持つヴィータ最大の一撃・ギガトンシュラーク。恋次の卍解が繰り出す霊圧を帯びた体当たり、鬼太郎の烈火が生み出す爆発的な炎エネルギーが合わさり、強力無比な一撃となってメノスを襲撃した。

「シグナム、フェイトちゃん、浦太郎さん!」

 第一陣に次いで、第二陣要員であるフェイト・T・ハラオウンと烈火の将シグナム(アギト融合状態)、亀井浦太郎が中空より三点同時攻撃を仕掛ける。

「翔けよ、隼!」

「貫け、雷神!」

「絡めろ、海神(わだつみ)! クラーケントライデント!」

 弓矢状に変化したレヴァンティン・シュベルトフォルムから出される魔力を乗せた斬撃・シュツルムファルケン。極大の魔法刃から結界・バリア破壊効果を伴ったジェットザンバー。魔力で出来た巨大な烏賊を自身の背後に召喚させ、三つに分裂させ敵を捕らえダメージを与える水流魔法。

 人間業とも思えぬ巨大な力と力が合わさり生み出されるエネルギーは計り知れない。

 メノスは苦しみの咆哮をあげると、体を縛り付ける鉄柱と楔を破壊し、ゆっくりとその脚を上げて体を起こす。

「フォワードのみんな!!」

 敵が状態を起こした直後、シャマルの掛け声を合図に空に最も近いビルの屋上で待機していたフォワードメンバーが動き出す。

「「「ダブルストライクドライバー!!」」」

「「シュゥゥゥ―――トォ!!!」」

 ウィングロードで接近したナカジマ姉妹による魔力付与打撃と雷を纏ったエリオのストラーダから繰り出される斬撃。ティアナとキャロによる純粋魔力射撃がメノスを狙い撃ちにする。

 業を煮やしたメノスは、背びれで赤く光ってあるものを紫色へ徐々に変化させ、口腔内に魔力と霊圧のエネルギーを集束し始めた。

 最強最悪の破壊力を秘めた虚閃(セロ)、【絶望の閃光(セロ・デゼスペラシオン)】が放たれそうになった直後―――

 

「スイング・オブ・ハデス!!」

「破道の八十八 『飛竜撃賊震天雷砲(ひりゅうげきぞくしんてんらいほう)』!!」

 金太郎の最大の切り札と、翡翠の魔導死神が繰り出す最強クラスの巨大光線がメノスの前後よりほぼ同じタイミングでクリーンヒット。

 虚閃(セロ)を放つことなく再び消沈。メノスはその巨体を地に伏せた。

「はやてちゃん、クロノ提督!」

 いよいよ作戦も終盤の段階までやってきた。

 作戦の肝である凍結を担う役割を負った八神はやて(リイン融合状態)と、クロノ・ハラオウンは術式に必要な詠唱に集中していた。

「仄白き雪の王 銀の翼以て―――」

「悠久なる凍土 凍てつく棺のうちにて―――」

 次第に周りの空気が急激に冷え、メノスが倒れた地上一帯に氷が広がり始める。

「〈氷結の息吹-アーテム・デス・アイセス-〉!!」

「エターナルコフィン!!」

 詠唱完了に伴い、両者は持ちうる力のすべてをぶつけるつもりで眼下のメノス目掛けて一撃必殺の氷結魔法を放つ。

 はやての周辺に発生した4個の立方体から氷結効果を放つ広域凍結魔法が展開。それに上乗せる形で、クロノが持つ氷結の杖《デュランダル》にプリセットされたランクオーバーSの高等魔法 が攻撃目標対象であるメノスを中心に、付近に存在するもの全てを凍結・強制停止させた。

 当初の目論み通り、メノスは凍結化によったその機能を完全に停止。全身のすべてを氷によって埋め尽くされた。

「今や、なのはちゃん!!」

 作戦のトリを飾るのはエース・オブ・エース―――高町なのは。

 手にした魔導の杖・レイジングハートに新たに搭載された新型カートリッジシステム。その初使用にやや緊張した面持ちながら、なのははゆっくりと高所から氷漬けとなったメノスに狙いを定める。

 

           ≒

 

数時間前―――

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 デバイスルーム

 

 翡翠の魔導死神から一人呼び出しを受けたなのはは、彼の口からある衝撃的な言葉を聞かされた。

「高町一尉。君には今後一切、《ブラスターモード》の使用を禁じる」

「え!?」

 耳を疑うような言葉だった。なのははおろか、愛機レイジングハートすら翡翠の魔導死神の言葉を理解しかねた。

「そ、そんな! 藪から棒に何を言い出すんですか!?」

「僕は君の体を思って言ってるんだ。ブラスターは絶大な力だ。だがそれゆえに反動も大きい。JS事件で後遺症を負い、その上度重なる魔導虚(ホロウロギア)との戦いで蓄積されたダメージは決して見逃せない。千丈の堤も蟻の一穴から崩壊すると言うように、いつあの事故と同じ運命を辿っても不思議じゃない」

「それは・・・・・・・・・でも、ブラスターは私とレイジングハートの最後の切り札なんです! あれを失ったら私は!」

「だからこそ、ハイリスクハイリターンな力は効率が悪いと言っている。それに君だって思い知ったんじゃないのか。ブラスターモードを使っても倒せない敵の強大さを」

 これにはなのはも思わず口籠った。事実を突き付けられた時ほど、もどかしく悔しい気持ちになる事も無い。

 何も言い返せないなのはは拳をぎゅっと握りしめる。そんな彼女に、翡翠の魔導死神はすかさず救いの手を差し伸べた。

「代わりに君には()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ブラスターを・・・凌ぐ力・・・!?」

 

           ≒

 

 数十分前に交わしたやりとりを思い返すとともに、なのはは組み込まれた新型機構の名を口にする。

「これが私とレイジングハートの新しい切り札・・・―――“ARカートリッジ”!!」

〈AR set. Load cartridge〉

 

『ARカートリッジ』

 

 正式名称「オーグメンテッド・リアクター・リファイニング・カートリッジ」。

 カートリッジに内蔵された「マギオン自動スキーム」と、「マギオン自動反応炉」によって魔導師が保有するマギオンを増強・精製することで強大な魔力エネルギーを作り出すアニュラス・ジェイド最強の大発明である。

 

「みんな、離れてて!!」

 凍結したメノスを破壊力抜群の集束砲で殲滅する。それはまさに彼女だからこそできる、いや―――彼女にしかできない重要な役割だった。

 いつにも増して巨大に膨れ上がったキラキラと輝く無数の魔力素の塊。

まるで全てを飲み込んでしまうかのようなそれは太陽の如く。地上で仰ぎ見ていた機人四天王も度肝を抜くほどだった。

「何をするつもりだ?」

「まさか・・・・・・いやあり得ん!」

「そうですわ! そんなバカげた話があってたまるものですか!!」

「いいえ。あの眼は・・・・・・」

 ウーノは息を飲んで確信する。曇り気ひとつ無いなのはの眼に宿った確固たる覚悟を―――・・・。

 

「全力全開ッ!! スターライト――――――ブレイカァァァアアア!!!」

 刹那、今までに拝んだことのない超規格外な集束砲が天空より地上のメノス目掛けて一直線に降り注ぐ。

 周囲の物を一切合財呑みこみ、拡大し続ける魔力爆発。

 単純な質量でこれだけの破壊力を秘めた砲撃をなのははブラスターモードでも撃った事が無かった。

「わああああああああああああああああああああああああああああ」

 過剰なエネルギーの余波が術者であるなのはとそのデバイス自身にも襲い掛かった。

 

 しばらく経つと、地上の全てを飲み込む勢いで放たれた砲撃は収まり、凍結化したメノスグランデ・エンカルナシオンは魔力と霊子に分解されながら幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントともども消滅を果たした。

「やったー!!」

「大成功よ!!」

 事の成り行きを六課隊舎で見守っていたマリエルらバックヤード陣営は、メノスの消滅を確認するや歓喜の声を上げて舞いあがった。

 

「そんな馬鹿な!!」

「あのメノスグランデを・・・・・・」

「きぃぃ~~~もうちょっとだったのに~~~!!」

「信じ難いが今回も我々の負けだな。許さんぞ・・・機動六課! 翡翠の魔導死神!!」

 あと一歩のところまで行きながら、全てを台無しにされた事に業腹な機人四天王。

 特にファイは機動六課、とりわけ翡翠の魔導死神への怨嗟を強く抱くと、次なる機会において必ず復讐する事を誓った。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ・・・や・・・っ・・・た・・・?」

 たった一度の砲撃で全ての魔力を使い果たしたなのは。

 身を守るバリアジャケットは酷くボロボロになり、十数年連れ添った愛機はコア部分こそ無事で済んだものの、蒸気を上げる外装は半壊するダメージを負った。

「うっ・・・・・・・・・」

 直後、使い慣れぬ力を全開で使った反動から、なのはは全身の力が一気に抜け足場を保てずそのまま勢いをつけて落下した。

「なのは!」

 すかさず、フェイトがソニックムーブで落下するなのはを受け止めた。これにより、大事には至らずに済んだ。

「だいじょうぶ?」

「ありがとうフェイトちゃん・・・わたしはだいじょうぶ。だけど・・・これは使い方を間違えると大変なことになる。翡翠の魔導死神さん、途轍もない物を作っちゃったよ・・・」

 なのははレイジングハートを半壊させる原因ともなった新しく搭載された新型カートリッジの超絶的な威力に驚愕を通り越して、恐怖すら覚える。

(なのは・・・ごめん。ブラスターの負担軽減を目的に作ったはずが、君の体や相棒に傷をつける事になってしまった!!)

 遠目から戦いの様子を伺っていた翡翠の魔導死神こと、ユーノは満身創痍のなのはと傷ついたレイジングハートを見ながら、悔しそうに拳にギュッと力を込める。

(ARカートリッジ・・・・・・まだまだ改良が必要だな)

 己の技術の未熟さを痛感したユーノは、同じ轍を踏まぬよう早期にARカートリッジの問題点及び機能不全改善を心に誓った。

 

 

 

 

 

 

 こうして人類は最大の危機を乗り越えた。

 しかし、高町なのはの新たなる力―――ARカートリッジは、果たして次なる戦いにおいても勝利の鍵となり得るのだろうか。

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:久保帯人 『BLEACH 6巻』 (集英社・2002)

 

用語解説

※1 リベロ=主部隊の補佐的役割を担う部隊。後方支援やリザーブとも訳される。

※2 エントロピー=原子的排列および運動状態の混沌性・不規則性の程度を表す量。

 

 

 

 

 

 

教えて、ユーノ先生!

 

「今日はメノスについてだ♪」

「正式名称は『大虚(メノスグランデ)』。幾百の(ホロウ)が折り重なって生まれたとされる巨大な(ホロウ)の事で、その名の通り偉大なる存在だ」

「作中で登場したメノス以外にも三段階に階級が分けられており、最上級メノスの力は尸魂界(ソウル・ソサエティ)の隊長格を上回るとされている」

「ちなみに、今回登場したメノスは“ギリアン”と呼ばれ、メノスの中の最下層に位置する存在なんだ」

一「しっかしメノスまで魔導虚(ホロウロギア)化するなんてなぁー。作中での暴れっぷりと言い、管理局の対応と言い、まるでこの前織姫と一緒に映画館で見て来た『シ○・●ジラ』みたいだったな!」

織「怪獣映画であんなに怖いと思ったのは初めてだったけど、ミッドだとそれがリアルに起こったんだから大変だよねー」

ユ「でも、なのは達はきっちりと自分達の世界を護り抜きましたよ。まぁこれもすべては僕の作ったARカートリッジとプラン・マカハドマあってのことですけど♪ なーっはははは!!!」

 と、さり気無く自分の功績を誇示するユーノの発言に一護と織姫は苦笑する。

一「いや・・・お前がそう言うキャラじゃねぇーのは知ってるから、ムリに鼻高くすることは無いと思うぜ」

織「そうですよ。ユーノさんは謙虚であってこそのユーノさんですから・・・」

ユ「あぁ・・・・・・やっぱり僕らしくないですかね。わかってるんですよ・・・・・・自分でもね、これは僕のキャラじゃ無いってことくらい」

一「じゃあなんでやったんだよ。キャラブレするくらいならやるなよ」

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

 スクライア商店メンバー三人で街を歩いていた時の事・・・

鬼「思うんだが・・・熊って人生の大半を顔で損してるよな?」

金「藪から棒に何を馬鹿な事を言う」

浦「いやいや自分の顔もう一度鏡で見直してみなって。言っちゃなんだけど、リアルに世界の北野作品に出て来そうな強面だって。これじゃ子供には好かれないよ」

 浦太郎から指摘され、改めて周りを気にする金太郎。

 確かに自分へと向けられる視線は常に恐怖や畏怖といったものの類。好意を持っている人間は一人たりとも見受けられない。

 すると、そこへボールを追いかけていた5歳くらいの子供が、金太郎の前から現れた。

子「おじさーん、ボールとって!」

 金太郎は足元のボールを拾い上げ、子供へと手渡す。

子「ありがとうおじさん!」

金「ちゃんと前を見て歩くんだよ」

 と、そのとき。不意に子供がつぶらな瞳で金太郎へ問いかける。

子「ねー。おじさん」

金「なんだい?」

子「いままで何人殺してきたの?」

浦・鬼((な・・・・・・))

 子供から飛び出た言葉にたちまち顔が凍りつく浦太郎と鬼太郎。

 やがて、沈黙を置いた末に金太郎は子供の顔をじっと見ながらサングラス越しに言葉を紡ぐ。

金「・・・・・・知りたい?」

浦・鬼「「ウワアアアアアアアアアアアアア!!!!」」

 咄嗟に二人が止めに入った事で金太郎の口からトラウマ必至レベルの話が飛び出す事は無かった。

鬼「子どもになんつー事言おうとしてんだよ!!」

浦「金ちゃんのは洒落にならない話になるからやめて!!」

金「なぜ私ばかりこんな役回りなんだ・・・・・・」




次回予告

織「ユーノさんの古巣・無限書庫のシステムが乗っ取られた!」
「魔の本から放たれた魑魅魍魎。永遠の命を持つその力になのはさん達は為す術もない」
一「無限書庫の・・・いや、次元世界の存亡は元・無限書庫司書長である俺のバカ弟子の手にかかっているのか」
ユ「次回、ユーノ・スクライア外伝・・・『図書館事変』。無限書庫の平和は僕が守る!!」






登場魔導虚
メノスグランデ・エンカルナシオン
スカリエッティによって虚圏からミッドチルダへと呼び出されたギリアンが「虚食反応(プレデイション)」によって大量のデスベイトを食らった結果、突然変異を起こし変貌した新種の大虚で魔導虚。
体内には、生体原子炉とも言える「熱核エネルギー変換生体器官」を持つ。それによって生み出されるエネルギーは極めて莫大であり、孔を塞ぐ肉塊状の物質の中で幼生虚プラントの生成も行った。外皮は極めて強靭であり、強い再生力ゆえに卍解した恋次の狒狒王蛇尾丸の攻撃やなのは達のトリプルブレイカーを直撃させるもまったく効果が無かった。また、体の大きさと頑丈さにより単に進行するだけで進路上の建物が倒壊し、尻尾を振り回せば当たった建物が倒壊する。
攻撃手段として、霊圧と魔力を集中させた通常の虚閃の数百倍の破壊規模を誇る「絶望の閃光(セロ・デゼスペラシオン)」(発射の際は赤く光る部分が紫色に変化し、眼球を瞬膜のような器官で覆い、口が顔の半分以上に裂けながら開き展開する)を放つ。集束された虚閃は紫色の細いレーザービーム状に変化し、ガスバーナーの要領で標的を焼き切ってしまう。この虚閃の射程距離は非常に長く、自身からかなりの距離に位置する標的にも命中させられる。さらに、背鰭や尻尾の先端部からもレーザー状の虚閃を複数放射することも可能であることから、自身の背後や高空などの口からの虚閃だけでは対処しにくい位置にいる敵への攻撃を可能とするなど、状況に合わせて新たな防御や攻撃を即座に実現している。
エネルギーの生成には歩行による酸素吸入が必要不可欠だが、もし歩行を止めると酸素の吸入が出来なくなるため窒息状態となってエネルギー生成器官の機能が停止し、そのまま全身の活動が停止してしまう。
ユーノを中心メンバーとなって集められたメノスグランデ特設災害対策本部は飽和攻撃に対する反応と生成器官の特性を利用し、外部から超低温の凍結攻撃でメノスを封じ込める「プラン・マカハドマ」と「オペレーション・マカハドマ」により、凍結させることに成功。最後はARカートリッジを使用したなのはのスターライトブレイカーを受け、幼生虚プラントごと消滅した。
名前の由来は、「化身」を意味するスペイン語の「Encarnación」から。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話「図書館事変」

前回のあらすじ

 

 圧倒的な破壊力を誇る新型カートリッジシステム・ARカートリッジ。

 ミッド地上を震撼させたメノスグランデ・エンカルナシオンを一撃のもとに葬り去ったそのパワーは余りに強力だった。

 ゆえに、使用者・高町なのはとその愛機レイジングハートにかかる物理的な負荷は想像を遥かに超えていた。

 

           ≡

 

新暦076年 5月24日

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 医務室

 

 午後9時13分―――。

 ARカートリッジ使用後、なのははシャマルの治療を受けた後、六課の医務室で療養を求められていた。

 シャマルは現在出払っており、部屋には彼女一人。なのはは現在、ベッドの上から夜空の星を眺望しながら今日一日の事を振り返っていた。

 すると、部屋の扉が開く音がした。出入口へ視線を向ければ、フェイトがヴィヴィオを伴い入室してきた。

「ママー!」

「ヴィヴィオ、来てたんだ」

 いつものように柔らかい笑みで娘を迎え入れるなのは。ヴィヴィオはどこか気丈に振る舞っている感がある母の体調を心配した。

「フェイトママから聞いたよ。体だいじょうぶ?」

「平気だよ。ちょっとハリ切り過ぎちゃっただけだから」

「本当に無理して無い? なのはは辛くても弱音を吐かないのがたまに傷だから・・・私はすごく心配だよ」

「フェイトちゃん・・・・・・・・・ごめんね。それと、ありがとう」

 娘は元より、フェイトも不安一色の表情で語りかけてくる。

 いつもの事ながら周りに心配をかけてしまった事を申し訳ないと思いつつ、何よりも自分を思ってくれる二人の存在が何よりも尊かった。

「そう言えば、レイジングハートの方は?」

 ふとして、なのはは同じく戦いのダメージを負った相棒の事が気がかりだった。

 質問を受けたフェイトは、「今マリーさんが修復に取り掛かってるよ」と、端的に答える。

 すると直後、眉間の皺をやや深く寄せてからフェイトはARカートリッジ使用に関する危惧を口にする。

「それにしても、まさかなのはとレイジングハートにあれだけの負荷がかかるなんて・・・・・・・・・・・・やっぱりなのは。あのカートリッジを使うのは危ないよ」

「フェイトちゃん・・・・・・」

「確かに、翡翠の魔導死神さんはすごい人だとは思う。だけどやっぱり・・・私はあの人を完全には信用できないよ。今回の事だって元はと言えば翡翠の魔導死神さんがなのはに使用を薦めたのが遠因みたいなものだし―――「フェイトちゃん」

 話の途中でなのはが水を差してきた。

 見れば、なのはは露骨に顔を強張らせフェイトの話を苦々しく聞いていた。

「それ以上言うと怒るよ」

「なのは?!」

 予想外の言葉にフェイトは思わず動揺した。

「私はちっとも後悔なんてしてないよ。それどころか、あのカートリッジを使ってみて分かったんだ」

「わかったって・・・なにが?」

 横で聞いていたヴィヴィオも怪訝し問いかける。

 すると、なのはは先程とは一変、寂寥感を醸し出しながらおもむろに言葉を紡いだ。

「・・・戦ってるときってね、孤独なんだよ。周りに味方がいると分かっていてもどうしようもなく一人になってしまう瞬間(とき)がある。でもARカートリッジを使ったとき、ブラスターを使ってる時には感じなかった“人の温かさ”があった。まるで後ろから誰かが支えてくれるような・・・・・・あんなに背中が温かいと感じたのは9歳のとき以来だった」

 直後、しみじみと語り続けるなのはの双眸からぽろぽろと涙が零れ始めた。

 しかしこれは悲しみから来るものではなかった。なのははこれ以上ないくらい嬉しい気持ちでいっぱいだったのだ。

「なのはママ・・・・・・」

「なのは・・・・・・」

 突如涙するなのはの姿にフェイトとヴィヴィオは戸惑いを抱いた。

「あぁ、ごめんね。なんだかね、涙が止まらないの。自分でもなんて言ったらいいかわからないんだけどね。でも・・・・・・確かにあのとき、ユーノ君を感じたんだよ・・・・・・///」

 たった一瞬ではあったが、ARカートリッジを使用した際になのはが感じた人の温もりは紛れも無く魔法の師にして思い人であるユーノのものだった。

 四年間、必死で欲し続けたものは実体こそほとんど無いに等しいが、ほんの僅かばかり彼の一部を手に入れられたような気がしてならず、なのはは感極まるのだった。

 

           *

 

第97管理外世界「地球」

東京都 松前町 スクライア商店

 

 ミッドチルダから自宅のある地球へとんぼ返りするなり、ユーノは店の地下に造られた研究室へ籠城。

 なのはとレイジングハートに多大なる負荷を与えたARカートリッジの大幅な改善作業に取り掛かっていた。

 膨大なデータと言うデータに(うず)もれ、不眠不休で作業に徹するその姿は狂気に取り付かれたかの如く。ユーノはある種の使命感と罪悪感にも似た思いを胸に、自らの命を削る覚悟でARカートリッジの修正プログラムを組み直す。

(僕は最低だ・・・・・・何がなのはを傷つけない為の発明だ・・・・・・結局は全部自己満足の怠慢じゃないか!!)

 作業中、絶えず湧き上がる自分自身への怒りと嫌悪。大切な幼馴染を無碍に傷つけてしまったという結果がユーノを追い詰める。

「くっそ!!」

 溢れる感情が声高な言葉となって吐かれた。ゴンっと、机を両拳で強く叩きつけるほど彼は自らの過ち、所業を許せなかった。

 普段ならば側近の金太郎がユーノを宥める役に徹するのだろうが、生憎と現在彼は六課組と合流している。店にはユーノ一人しかいない。

 ならば、一体誰がユーノの心を鎮める事ができるのでだろうか。

 

 ―――らしくないな。

 唐突に耳に入って来た声。

 刹那、ユーノの視界が突如として切り替わり、黯然(あんぜん)とした空間へと誘われた。

 見渡す限りの闇、闇、闇、粛然として声無し。ユーノの視界に映る静寂とした深淵の暗黒の世界。

 ここへ誘われるのは随分と久しぶりな気がした。

 ユーノにとってこの暗黒の世界は初めて訪れる場所ではなく、魂と魂で繋がった唯一無二の相棒と『対話』をする為に必要な場所だった。

 やがて、黒闇の向こうからコツン、コツンと、音を立てて歩く、一人の人物がユーノへ近寄って来た。それに伴い、闇の中にボウ、と緩やかな明かりが灯る。

 仄かな光が灯っているのはユーノの周りだけで、言うならば、重い暗闇が周囲を取り囲んでいる状態だ。

 藍染惣右介や痣城剣八(あざしろけんぱち)に始まり、尸魂界(ソウル・ソサエティ)で大罪を犯した者が収監される最下層監獄【無間】。そこと同じく純粋で圧倒的な影にのしかかられた空間の中―――ユーノの目に映るのは、長身痩躯で髑髏の眼帯で片目を隠し、重々しい深緑の外套纏う男の姿。

 不敵にも思える笑みを浮かべる男―――【晩翠】は、眼前の主に対して更に語りかける。

「心が揺れているな。お前の心が揺れる時、それは私の心も揺れるときでもある。今一度我に帰り、己自身を見つめ直せ」

「・・・・・・あぁ。おまえの言う通りだよ、晩翠。僕は冷静さを欠いていた」

 自分を諌める意思を持った斬魄刀の存在によって、ユーノはようやく頭を冷やす機会を得る事が出来た。

 やがて、心を落ち着かせたユーノは、目の前で静かに立ち尽くす晩翠に対しておもむろに語りかける。

「僕はただ・・・・・・なのはに傷ついて欲しくなかっただけなんだ。彼女が自らの意思に反してその翼を折られるような理不尽な目に遭わせたくない。笑っていてほしい。幸せでいてほしい・・・・・・ただそれだけなんだ。なのに、それなのに僕は・・・・・・」

 ただただ悔しい・・・・・・。そう最後に口にした直後、ユーノの双眸から一滴の雫が零れ落ちた。

 思えば、彼が涙を流す姿を見たのはいつ以来だったか。幼少の頃から大人同然として扱われ、子供ながら涙を流す機会さえ喪失していた。

 しかし、なのはが事故に遭ったあの日―――ユーノは確かに涙を流していた。

 晩翠はその事を思い出しながら、彼が抱える心の闇に触れながら言い及ぶ。

「―――・・・心の闇は誰しもが持つもの。闇を抱えていない人間などいない。ユーノ・・・・・・あの娘に対する想いが恋慕から心の闇に変わった瞬間(とき)、私はお前の深層心理より生まれ出でた。だから、お前の気持ちは痛いほど分かっている」

「僕は・・・・・・やはりなのはに近づくべきじゃないんだ。今さら僕にそんな資格なんてないんだ・・・・・・僕は・・・僕が許せない!」

「許せない、か・・・・・・・・・己を許す事は努々楽な事ではないのかもしれん。だが、私は知っているぞ。お前がどれほど一人で耐えてきたのか。どれほど果敢に戦い続けてきたのか。どれほど優しい人間なのか。そんなお前だからこそ、私はお前に語りかけた」

 卑しい存在と位置づけ自己嫌悪に陥るユーノを慰める晩翠。

 肩を小刻みに震わせるユーノにそっと手を添えてると、晩翠は息子を諭す父の如く眼差しで見つめ、鼓吹する様に呼び掛ける。

「思い出せ。無限書庫の業務に没頭した挙句、過労死寸前のところまで追いつめられたお前に私は確かに語りかけたのだ」

「!」

 

           ≒

 

十二年前―――

次元空間 時空管理局本局 医務局

 

「急いで!! 瞳孔反応が鈍ってる!!」

「昇圧剤を投与するんだ!」

 なのは撃墜事件の後、彼女への罪の意識から自責の念を募らせたユーノは、罪を(あがな)うかの如く昼夜無限書庫の業務に没頭し、心身の限界に達した。

 医局へと担ぎ込まれたユーノは朦朧とする意識の中、シャマルを始め、医療局員の慌てふためく喧騒をどこか他人事のように感じていた。

 ユーノは、自分を救う為に右往左往と奔走する人達を、どこか冷めた目で見ていた。

 

 ―――そうか。倒れたのか。僕は。

 頭がぼぉとして現実感が湧かない。

 ―――そうか。死ぬのか。僕は。

 徐々に状況が把握でき、自分の置かれている現状が理解できた。

 しかし、何も感じない。

 死を、ここまで身近に感じても、何の感慨も湧かない。

 それどころか、受け入れてさえいる、自分がいる。

 生への執着はある。

 だが、死への拒否感があるのかと言われれば、それも無いのだ。

 ただ、疲れた。

 生きるのに。頑張って生きるのに。

 自分を責めながら、生きるのに。

 自分を傷つけながら、生きるのに。

 だけど、誰よりも、何よりも―――ユーノ・スクライアの敵はユーノ・スクライア自身だった。

 なのはを傷つけた自分が許せなかった。

 フェイトを助ける時も、はやてを助ける時も、ほとんど何もできなかった自分自身を憎み、厭悪(えんお)した。

 だから、もう疲れた。

 こんな自分とは未来永劫おさらばしたい。

 もう、『ユーノ・スクライア』でいるのは疲れた。

 ユーノはゆっくりと―――“死”に身を任せた。

 

 その筈()()()

 

 彼にとって『奇跡』があったとすれば―――

 誰かの計算でも手の内でもなく、本当に、ご都合主義とでもいえる程の『偶然』があったとするならば、それは、ただ一つ。

 

 ―――こんなところで死んでしまうとは情けない。

 声が。

 ―――お前は好いた娘一人を置き去りにし、何も思わず普通に死んでしまうような薄情な男だったのか。

 あまりにも唐突な『声』の塊が、霞がかった頭の中を支配した。

「・・・・・・ッ!?」

 その声を聞き、ユーノは身を起こした。いや、実際に飛び起きたわけではない―――。ここはユーノの意識の中、いわば夢の中だから。

 ―――ようやく起きたな。いや、厳密には起きてはいないか。とりあえず、声だけだがお初にお目にかかる、ユーノ・スクライア。

 異様な事に、声はするものの姿形がどこにもない。

 真っ暗な夢の中に一人いたユーノは、姿を現さずに問いかけてくる謎の男の声に終始戸惑いを抱いた。

「君は・・・誰なんだ? 僕は死んだはずだ。死を受け入れた筈だ。じゃあ、ここが死後の世界ってやつなのか?」

 ―――違う。ここは死後の世界などではない。ここはお前の世界だ。

「僕の・・・世界・・・?」

 ―――そうだ。お前はまだ死んでない。限りなく死の一線を越えようとはしているが、私が首の皮一枚のところで踏み留めている。

「あ。あの・・・・・・・あれ?」

 すぐに逃げる、という選択肢が無かったわけではない。

 だが、暗闇から聞こえる男の声は、ユーノが勝手に動く事を憚ってしまう。

 ―――どうやら、相当追いつめられてるみたいだな。だが、私はお前に死なれるのは困る。せっかく私がこうして声を届かせても、私の名を呼ぶ前に死なれるなどあってはならぬことだ。

「ええと、その・・・・・・。」

 ―――今一度生に踏み止まれ。お前は本当にこのまま死にたいのか? 生きたくないのか?

 生きたくない、そう言われると嘘になる。

 生きたい。生きたいに決まっている。本当に死にたいわけじゃない。

 ただ・・・死に拒否感を覚えず、死を当然の如く受け入れてしまう―――そんな自分が、生きていいのか。許されるのか。それが分からないんだ。

 ―――まったく、つくづくお前ほど生きるのが不得手な人間は見たことがない。

 ―――今一度言おう。お前がここで、死ぬことは許されない。いや、私が許さない。お前に我が名を届かせるその日まで、必ず生きてもらう。無論、この私の力を存分に引き出して欲しい。お前なら出来る。お前にしか出来ない事だ。

「君は・・・・・・何者なんだ・・・・・・」

 奇妙な声の主にユーノは疑念と興味の、相反する感情を抱き始める。

 その事は、当然声の主にも伝わった。

 ―――ユーノ、お前は不器用な男だ。不器用で、真面目で、優しい男だ。

 ―――あらゆる責任を背負い、負わなくていい傷と痛みを抱え、それらを一人で抱え込む愚かで、聡明な男だ。

 ―――私は、お前がどれだけ一人で苦しみながら生きてきたのか、文字通り痛いほど理解している。

 ―――どれだけ自分を責めながら生きてきたのか。どれだけ自分を傷つけながら生きてきたのか。

 ―――いつだって不安なのだ。自分は必要ないんじゃないか。嫌われるんじゃないのか。そんな繊細で臆病で自分に自信が持てない。

 事細かくユーノの性格をプロファイリングする。

 唖然とするユーノだったが、次の瞬間、だが・・・と、謎の声は逆接の言葉で紡いだ。

 ―――私には、お前が必要だ。お前はこんなところで死んでいい男じゃない。

 その声は、慈愛に満ち溢れていて、ユーノの心を優しく抱き留めた。

 直後、辺りの闇がユーノの元へと集まってきた。さながら、ユーノの疲弊した心をまるで優しく包み込むように。

 ―――ユーノ。今は自分を慈しめ。時を経て、我が名を聞けるようになったとき、私がお前を生まれ変わらせてやる。約束する。

 

 声の主―――のちの斬魄刀【晩翠】は、そうユーノに宣言し、闇の中に声を沈めた。

 

           ≒

 

 忘れかけていた記憶が鮮明に蘇る。

 あのとき体験した出来事は全て幻とばかり思っていた。

 だが、幻などではなかった。すべて現実だった。

 あの時から、ユーノ・スクライアを見守って来た晩翠と言う存在。それは斬魄刀と言う垣根を越えた彼のアイデンティティーと化してた。

「そうか・・・・・・・・・お前はずっと僕を見てたんだよな・・・・・・ストーカーの様に」

「言い方が多少気に食わんが、間違いではない。誰が何と言おうと、私だけはお前の味方であり続ける。お前も、私も、ひとつの魂で繋がっているのだからな」

「・・・・・・ありがとう。晩翠」

 晩翠のお陰で、自棄になっていた気持ちがすっと楽になった。

 気が付くと、ユーノは晩翠にもたれかかり、感極まり双眸からポロポロと、嬉し涙を流し立ち尽くすのだった。

 

           ◇

 

 無限書庫―――

 管理局の創設以前より存在していた巨大な書庫。

 無重力に保たれた書庫内には数多の世界で発行された有形書籍が収集されつづけている。確認されている最古の書籍は、およそ6500年前のもの。

 連綿と連なる世界の歴史を納めたその書庫は・・・―――「世界の記憶が眠る場所」とも言われている。

 

 この巨大データベースの中枢に君臨するホストコンピューターがある。

 『インフィニティ・ライブラリー・レコード』―――通称『IRD(イルド)』。無限書庫における検索処理能力を最大限向上させる事を目的として開発された、超巨大自立情報収集型データベース。

 

 現在の無限書庫機能の根幹を担うものと言って過言ではないこのシステムの台頭は、管理局、果ては次元世界に多大なる功績をもたらした。

 だが、多くの者はこのシステムがいつどこで、誰の手によって造られた物であるかまでは知らない。

 それを知るのは、古くから無限書庫で業務に当たってきた古参の司書達数名。IRDを造った人間と親しかった一部の人間のみである。

 

           ≡

 

5月29日―――

次元空間 時空管理局本局 無限書庫

 

 本日、ヴィヴィオはクラスメイトのコロナとリオ、バウラ、ミツオらと一緒に社会科の職場見学で、無限書庫を訪れていた。

「うわー! でっけーな!!」

「けっこう広いねー」

 初めての無限書庫に興奮気味のバウラとミツオ。

 司書資格を持っているヴィヴィオ、立ち入りパスを持つコロナとリオは久方振りに訪れた無限書庫の匂いを嗅ぐと、自然表情を和らげた。

「んー、やっぱ本の匂いっていいよねー」

「ここに来るのは久しぶりだもんねー」

「そういやヴィヴィオは無限書庫の司書資格を持ってるんだっけか?」

「うん! 最近は調べものするよりストライクアーツばっかだけど・・・・・・でもやっぱりこの本でいっぱいの匂い、わたしは好きだなー」

 無限書庫は大きく二つのブロックに分かれている。

 一般の者でも気軽に利用が出来る『一般開放区画』。

 司書資格を有する者と許可を得た者だけが立ち入りを許される『無重力本書庫』。

 現在、ヴィヴィオ達がいるのは一般開放区画。とは言え、所蔵された有形書物の数は一般的な総合図書館の蔵書数を遥かに上回っている。

「やぁ、ヴィヴィオ。来ていたのか」

「アッシュールさん!!」

 ちょうど、ヴィヴィオ達を見かけた若い男性の司書が声をかけた。

 声を掛けられたヴィヴィオは、パッと花の開いたような笑みを浮かべ、コロナたちを伴いとことこと駆け足でその男―――無限書庫副司書長であるアッシュール・D・ギルガメッシュへと近付いた。

「ご無沙汰してます♪」

「「こんにちはー」」

「おう。コロナとリオも元気そーだな。えーっと・・・そっちの男の子二人は初めての顔だよな?」

「同じクラスのバウラとミツオです。今日はよろしくおねがいします!」

「「「「よろしくおねがいします!」」」」

「うん。礼儀かつ元気のある挨拶だ。では、順番に施設を案内しよう。全員はぐれないようについて来てくれ」

 ギルガメッシュはヴィヴィオ達を同行させ、無限書庫の主要施設を順に案内し始める。

「この無限書庫の大きな役割は三つある。情報資源の構築・管理局並びに中央政府による立法活動の補佐・情報資源へのアクセス保障だ。無限書庫は印刷物から電子データまで広く情報を収集し、国民共有の情報資源を構築しているんだ」

「「「「「へぇー」」」」」

「ここが『集配センター』。管理世界国内の出版物は特別な法律によって定められた納本制御によって収拾されている」

「どんな法律なんですか?」コロナがおもむろに尋ねる。

「簡単に言えば、各管理世界で出版された有形書物はすべて無限書庫に納入しなければならない制度・・・と言ったところだな」

 成るたけ、小学生の子どもに理解し易いようにと配慮しつつ、限られた時間でヴィヴィオ達にとって有意義な物を見せてやろうとギルガメッシュは見学ポイントを絞る。

「ここは『収集書誌部』。収集した資料はすべてタイトル、著者名、出版社名の書誌情報を記録して無限書庫蔵書検索、申込みシステムによって提供している」

 ギルガメッシュの説明を熱心にメモに書き留めるヴィヴィオ達。

「で、ここが『資料保存課』。無限書庫は収集した資料を文化財として長く保存するという役割を持っている。ここでは資料に対して様々な予防的保存対策を施し、破損した資料は修復して保存している」

 その他、無限書庫には「総務部」や「調査及び立法考査局」、「利用サービス部」、「各省庁と最高裁判所におかれている支部図書館」など、事細かに職務内容が細分化されており、これら全てが十年前に史上初の初代総合司書長に就任した一人の天才によって形作られた現在の組織図である。

 

「さぁーみんな。いよいよお待ちかね。ここが無限書庫の中枢とも言える無重力書庫へと続くゲートだ」

 メインディッシュである無限書庫の要―――無重力本書庫へと入る瞬間がやってきた。

「へぇー、これがそうか!」

「思ってたより大きいやー」

 ギルガメッシュによって示された大がかりな装置こそ、無重力が支配する無限の本棚が連なる書庫へと続く転送ゲート。

 初めて利用する事になるバウラ達ばかりか、ヴィヴィオ達も随分と久しく見ていないゲートを潜ろうとした直前、ドキドキとワクワクで胸がいっぱいだった。

「ヴィヴィオから前もって聞いていると思うが、書庫の中は無重力だ。慣れていないと気分が悪くなるから、もしそうなったら直ぐに言ってくれ」

「「「「「は―――いッ!」」」」」

「それじゃあみんな、衝撃に気を付けるように。ゲート・オープン!!」

 目映い光とともにゲートはヴィヴィオ達の体を包み込み、無重力に満ちた書庫へ六人の肉体を瞬時転送した。

 

           *

 

無限書庫 無重力本書庫内

 

 ゲートを通じて本書庫内へと転送されたヴィヴィオ達。

 書庫に入った瞬間、重力は失われ、宇宙空間の如く光に乏しい空間に大人と子供計六人が一斉に放り出された。

「おお―――!」

「わわわっ!」

 慣れない無重力に慌てふためくバウラとミツオ。と、次の瞬間―――。

「「痛っ!」」

 ゴツンと、二人の額と額が不可抗力によって衝突。ヴィヴィオ達は互いに悶絶し合うバウラとミツオを心配する。

「あっと・・・ふたりとも大丈夫?」

「「いてぇ(たい)~・・・///」」

「やはり普段から飛び慣れていない子には無重力はキツそうだな。ヴィヴィオ、二人のサポートを頼めるか?」

「はい!」

「よーし、じゃあみんな。俺について来てくれ。これから凄いものを見せるぞー」

 

 アッシュールに付いて行ったヴィヴィオ達。

 無重力の海を泳ぐことおよそ五分。子供達が目の当たりにしたのは、書庫の中で一際存在感を主張していた巨大な円柱型のホストコンピューターだった。

「これが凄いもの・・・ですか?」

 小首を掲げて問いかけるミツオ。ギルガメッシュはそうだ、と言って胸を張る。

「この無限書庫の頭脳であり、超巨大な自立情報収集型データベース兼管理統括システム・・・―――『IRD』だ。この一台によって無限書庫は日々増え続ける蔵書の管理と即時の資料請求を可能とした。まさに人類史上最大の発明と言っていいだろう」

「へー。こんなデっかいシステム作った奴は、さぞかし頭のイイヤツなんだろうな」

「少なくともバウラなんかよりもずっと賢い人だと思うよ」

「どういう意味だよミツオ!!」

「えっと・・・たしか、IRDの設計をした人っていうのは前の総合司書長だった、えーと名前は・・・?」

「ユーノ・スクライアさん」

 リオが記憶を呼び起こすより先に、ヴィヴィオがその名を口にし、ギルガメッシュを見ながら「ですよね?」、と屈託なく笑いかけた。

「そうだ。あの人は本当にすごい人だよ。言ってみれば、この無限書庫とユーノ司書長は一心同体・・・・・・ひとつの世界と言っても過言じゃなかった」

 

「しかしそれは過去の栄光。前司書長はとっくに退職なさっている」

 唐突に水を差した言葉が耳に入る。

 声を聞いた六人が振り向くと、ややメタボ体型で小物感が全身から滲み出したような初老の男性が立っていた。

 その男―――無限書庫二代目総合司書長にして、管理局理事官スノッブ・フェランは嫌味っぽくギルガメッシュに対して言葉を紡ぐ。

「聞き捨てならんなー。今の無限書庫を管理・統括しているのは誰か、わからんわけじゃあるまい。えー、ギルガメッシュくん?」

「・・・フェラン司書長」

 声をかけられるや、眉を顰めるギルガメッシュ。

 一方でバウラは、小さな声でフェランの事についてヴィヴィオに尋ねる。

「なー、誰なんだよあの偉そうなオッサン?」

「今の無限書庫の司書長のスノッブ・フェランさん。ただ・・・わたし、あの人のことあんまり好きじゃないんだ」

 普段人のことを悪く言わないヴィヴィオでさえ、好感を持てない人間―――それがスノッブ・フェランという男だった。

 前司書長の後を継ぎ、大いなる権力を笠に着て教養の乏しい者や武装局員、更には子供を悪しざまに罵る傾向がある為、周りからも人望が薄い。

「ん? なぜこんなところに子供がいる? 誰がこの私に断りなく書庫内への立ち入りを許可した!?」

 案の定、ヴィヴィオ達を蛇蝎視し、ギルガメッシュを糾弾する。

「フェラン司書長。本日はSt(ザンクト).ヒルデ魔法学院の子供達の職場体験でして、私がここの立ち入りを許可しました」

「まったく困るんだよ~、ギルガメッシュくん。書庫の最終決定はすべて司書長である私が握っているのだ。その私に何の許可も無く無知蒙昧な子供を神聖な書庫の中に連れ込むなど言語道断。本来ならば厳罰に処しているところだぞ!」

「申し訳ありません・・・。」

「ふん、まぁいい。どうせ小学生にはこの書庫の素晴らしさを理解するなど無理な話だ。無限書庫はごく限られた一部のインテリジェンスとそれを活用できる者だけが利用すべきところなのだ。君達もこんな穴倉にいつまでもいると健康を害するぞ。子供は子供らしく外に出て遊んでいるといい」

 婉曲的にだが、書庫から出て行くようにとヴィヴィオ達を白眼視する。

 聞いた途端、気分を害したコロナとリオ、バウラ、ミツオが即座に反意を示そうとしたところ―――

「あの・・・お言葉を返すようですが」

 誰よりも先にヴィヴィオが堂々と口を出した。これにはコロナ達は元より、ギルガメッシュも驚愕した。

「なにかね、お嬢ちゃん?」

「わたしはまだ小学生ですけど、子どもの目から見てもこの無限書庫がすごい場所って事はわかります。それに、図書館はみんなのための施設です。それを一部の人が自分達の利益の為だけに独り占めするみたいな考え方は間違ってると思います!」

「ヴィヴィオ・・・―――」

 間違っている事を間違っていると強く非難するヴィヴィオの勇気ある行動に、ギルガメッシュは思わず魅入られる。

「小娘が、この私に向かってよくもそんな生意気な口を・・・これだから最近の子どもはかわい気がないのだ! 子どものくせに妙に大人びおって。おまけに正義感とやらもイッチョ前ときた」

「子どもとか大人とか、そんなのは関係ないと思います。図書館はみんなのためにあるものです。わたしは前司書長のユーノさんからそう教わりました。今の無限書庫は、あなたみたいな人が司書長であることを望んでいないと思います」

「な・・・・・・なんだとぉぉ―――!!」

 棘のあるひと言だった。

 ここまではっきりと非難されると、さすがのフェランも業腹だった。

 しかし、ヴィヴィオもまた、自分の言った事は間違っていないと、その意思を曲げるつもりは無かった。

 敵愾心を露わにする二人の司書。大人と子供。どちらが善か悪かなどと言う二項対立はこの際どうでもよかった。

 ギルガメッシュはこの場を丸く収めようと仲裁に入る。

「フェラン司書長、どうか落ち着いてください。子供の言った事です。どうか大目に見てもらえませんか?」

「・・・―――ふん。これだから子どもは嫌いなんだ。不愉快だ! さっさとそのガキどもをつまみ出せッ!!」

 露骨に嫌悪感を露わにし、フェランはヴィヴィオ達を書庫内から出すようにと伝え、その場から立ち去った。

 しばらくして、ヴィヴィオは冷静に自分の言動を省み、言ってはいけない事を言ってしまったのだと猛省。ギルガメッシュに深々と頭を垂れた。

「あの、ごめんなさい! わたしったらついあんなこと言ってフェラン司書長を怒らせちゃいました!! よりにもよってアッシュールさんの前で―――・・・」

「いや・・・・・・いいんだ。ヴィヴィオの言った事は間違ってなんかいない。俺も同感だよ。図書館はみんなのためにあるものだ。誰かが占有していいものじゃない。ヴィヴィオの話を聞いて思い出したよ。ユーノ司書長も常々図書館の独立性を強く主張していたからな」

「にしてもイヤなおやじだぜ!」

「あーいう大人には、いつか天罰がくだるんだ!」

 ヴィヴィオだけでなく、この場に居合わせた全員人間として、無限書庫の主としてフェランが相応しい人物であると思えてならず悪しざまに嫌悪した。

 

           *

 

同書庫内 司書長室

 

「まったく不愉快なガキどもだ! ギルガメッシュの奴め・・・・・・なんだってあんな無知な連中を書庫に入れるんだ! 貴重な資料に傷でも付いたらたまったもんじゃない!」

 腹の虫の居所悪く葉巻を吹かすフェラン。

 彼にとって無限書庫とは自分の地位向上の為のツールであり、あわよくばここを拠点に管理局の全権を掌握するという野望さえ抱いていた。

 つまり、彼にとって無限書庫は自分にとって都合の良い道具でしかなく、それを阻む物は等しく有害な害虫なのである。

「この無限書庫は私の野望を叶えるため場所だ。私こそが世界の情報のすべてを掌握しているのだ! そう―――私こそが神なのだ!」

「その通りです」

 歪んだフェランの欲望に共感を示す声が聞こえた。

 不意に聞こえてきた声に振り返ると、フェランの前に立っていたのは薄ら笑みを浮かべる機人四天王・ウーノだった。

「あなたの仰っている事は至極正しいです。では、ひとつ思い知らせてあげましょう。あなたの力で―――」

 言うと、ウーノはスカリエッティのラボで作られた“最後の幼生虚(ラーバ・ホロウ)”を取り出した。

 

           *

 

本局内部 第四技術部

 

「はい。レイジングハートの破損個所、すべて修理完了したわ。ついでに強化フレームも新しい物にしておいたわ」

「ありがとうございます。マリーさん」

 マリエルから修理されたレイジングハートを渡されるなのは。

 手元に戻った愛機は完全に元の形へと戻り、いつもと変わらぬ姿でなのはの掌で淡い光を放った。

〈I'm sorry to worry, master.(ご心配をおかけしました、マスター)〉

「気にしないで。私の方こそきちんと扱いきれなくてごめんね」

 互いに無茶な事をしがち。似た物同士であるゆえに傷つきやすく、しかしそれでいて不屈の心を持つ。

 十数年二人の事を見守って来たマリエルもそろそろ落ち着くところに落ち着いて欲しいと思いつつ、敢えて何も指摘しない事にした。何故なら、指摘したところで彼女が素直に言う事を聞くとは思えなかったからだ。

 だから、二人の事ではなく別の話題について言い及んだ。

「それにしても・・・つくづくぶっ飛んだ力だったわね。翡翠の魔導死神さんが提供した『ARカートリッジ』って言うのは。ブラスターモードの欠点を補うばかりか、それすらも凌駕する力を術者から引き出す高い技術―――」

 すると、逡巡した末にマリエルは、なのはに確信を持ってこう告げた。

「私ね、もしかしたら彼こそが《アニュラス・ジェイド》じゃないかと思うんだ」

「翡翠の魔導死神さんが・・・ですか!?」

 マリエルの一言になのはは吃驚し目を見開いた。

「プラスターの時といい、スバルの時といい、彼はその都度未知なる技術と知識で私たちの窮地を救ってくれた。それだけじゃないの。マギオンや汎用性飛行魔法に関する正式な論文が発表されたタイミングに色々と都合よくこちらに有利な状況が整っていた。ひとつひとつの出来事を繋ぎ合わせたとき、全ての辻褄が合うわ」

 彼女の推察は実に正しかった。一件複雑に思えるもの、直接関係なさそうな全ての出来事をある過程に沿って点と点を結び合わせ、一本の線にしたとき―――真実と言う名の解答を見出すことが出来る。

 今、彼女はまさに翡翠の魔導死神とアニュラス・ジェイドが同一人物であるという結論に辿り着いたのだ。

「アニュラス・ジェイドと翡翠の魔導死神さんが同一人物・・・・・・だとしたら、その翡翠の魔導死神さんの正体って?」

 ひとつだけ、ほぼ正解にもかかわらず決定的な必要条件が抜けていた。

 マリエルもなのはも、肝心の翡翠の魔導死神の正体が他ならぬユーノ・スクライアであるという結論には達していなかったのだ。

 

 第四技術部を後にしたなのはは渡り廊下を歩いていると―――

「よう」

 気さくに声をかける男性に呼び止めらた。振り向けば、後ろから恋次が歩いてきた。

「恋次さん、どうして本局(ここ)に?」

「クロノの母ちゃんから茶の誘いを受けてな。いろいろ死神と積もる話をしてみたくなったんだと」

「そうですか・・・リンディさんが」

「おまえはレイジングハートを取りに来たんだろ? 直ったのか?」

「はい。お陰さまで」

〈I was also worried about Mr.Reniji.(恋次さんにもご心配おかけしました)〉

 律儀に挨拶をするデバイスを見た恋次は、主人と言いややへりくだり過ぎているなと思いつつ、少し気になった事を尋ねた。

「なぁ・・・お前らっていつから一緒なんだ?」

「私とレイジングハートですか? そうですね・・・私が9歳の頃に魔法と出会ってからですから、もうかれこれ14年くらいは経ちますね」

〈Originally, with the thing which master Yuno possessed, he became the official device after proprietary rights were transferred to a current master.(元々はマスターユーノが所持していたものを、彼が所有権を現在のマスターへ譲渡されてからは正式なデバイスとなりました)〉

 それを聞き、益々ユーノについて気になった恋次は思い切ってなのはに質問した。

「・・・・・・なのは。前々からずっと聞きたかったんだが、ユーノ・スクライアって言うのは一体なにもの・・・・・・」

 

 ブーッ! ブーッ! ブーッ!

 

「「!?」」

 突然、本局全体に響き渡る警戒警報。

 その警報を聞いた途端、なのはと恋次は表情を一変させた。

 

           *

 

本局内部 中央制御室

 

「何事だ!?」

「緊急コード08発令! 未確認の不穏分子が・・・局内に侵入したようです!!」

「何だと!? 何所にいるの! 侵入者の数は!?」

「わかりません!」

 予想だにしなかった異常事態に困惑する局員。

 不穏分子は短時間で本局のコンピューターシステムを混乱させ、立て続けにセキュリティプログラムを突破する。

「第5、第6、第7ブロック、全て突破されました! 目標は・・・しまった! 見失いました!!」

「マズい! 第8ブロック近くには管理システムが・・・!!」

「何て奴だ・・・局のセキュリティシステムをすべて突破するなんて・・・」

 

「おかしいぞ! 非常用の扉も開かない!!」

「エレベーターが止まっちゃった!!」

「全通路を断ち切られました! 脱出不可能です!!」

 何処からか侵入を果たした不穏分子の手によりシステムはことごとく書き換えられ、局内で衣食住を過ごす全ての人間が巨大な箱庭に閉じ込められた人質と化す。

 時空管理局本局は前代未聞―――謎の敵の襲撃を受け、そのシステムを完全に乗っ取られてしまったのである。

 

 システムが掌握された瞬間、局内に残った全ての人間に対しある意外な襲撃者による犯行声明が発せられた。

《時空管理局全局員に告げる。私はインフィニティ・ライブラリー・レコード―――IRDである》

「IRD!?」

「まさか・・・」

《局内の全ての者に告げる。今よりこの施設のシステムは私の支配下に入った》

 信じ難い話だった。局のシステムを乗っ取ったのが無限書庫のブレインであるホストコンピューター・IRDだった。

 局に閉じ込められ、外からの脱出が出来なくなった者達は外部からの攻撃とばかり思っていた為、あまりに予想外な敵の正体に意表を突かれた。

《私はインフィニティ・ライブラリー・レコード―――IRD。今よりこの施設は私の支配下に入った》

「IRDなのか? 信じられない!」

「いや。これは間違いなくIRDの音声だ!」

 アッシュールは確信を持って動揺する他の司書達に説明すると、何とか説得を試みる為、IRDとの直接対話に臨む。

「IRD。俺がわかるか?」

《はい。私はIRD》

「IRD。今すぐこのふざけたマネを止めて正常の機能に戻るんだ!」

『言う通りにするのが身の為だぞ・・・』

 そのとき、IRDとは明らかに異なる声色が水を差した。

 メインモニターに映像が表示され、現れたのは不気味な笑みを浮かべるスノッブ・フェランだった。

「フェラン司書長!?」

()()()? 心にも無いことを言いおって。だが生憎私は司書長などという安い肩書はとうに捨てた。今の私は―――・・・』

 直後、フェランの姿が禍々しい物の怪と化し変貌を遂げた。

「あれは!!」

「ひぇぇぇぇ!!!」

 ヴィヴィオ達も思わずゾッとするような姿だった。

 全身真っ黒な毛で覆われ、大きな翼を持つ蛾のような容姿。腹話術の人形を彷彿とさせる不気味な白い仮面と申し分なさそうに胸に孔を開けた魔導虚(ホロウロギア)・フロネシスがここに誕生した。

「まさか・・・・・・フェラン司書長が怪物に?!」

 あまりに非常識な光景にギルガメッシュは言葉を失う。

『今日からIRDとともに私こそがこの次元世界を統べる新たな王となったのだ!! ふはははははははは!!!』

 次元世界を統べる者であると声高に布告するフェラン、いやフロネシス。

 時空管理局は嘗てない危機に直面するとともに、この不測の事態に対処する為の有効手段を何ひとつ持ち合わせていなかった。

『私に楯突くとどうなると思い知らせてやる。IRD!! 愚者共に我が無限書庫が誇る智慧の洗礼を与えてやるのだ!!』

《畏まりました―――》

 フロネシスによって支配されたIRDの管制人格プログラムは命令に従い、検索魔法を発動させ、無限書庫における禁じられた知識を引き出そうとしていた。

「一体何をするつもりだ・・・?」

 魔導虚(ホロウロギア)と化したフェランの行動がまるで読めない。

 と、そのとき。部下達がかなり慌てた様子でギルガメッシュに報告してきた。

「副司書長!! 閲覧禁止のD0888888B区画から例の魔本が動き出しました!!」

「まさか・・・“グースバンプス”か!?」

『本の魔物たちよ!! 今こそ世界へ飛び出すのだ!! お前達は自由だ!!』

 声高らかに呼びかけるフロネシス。

 それに呼応するかのように、閲覧禁止区域にて長らく施錠され、封じられてきた怪物童話シリーズ―――『グースバンプス』の封印が解かれた。

 鍵のかかった本の魔法が解かれ、ページを高速で捲りながら、文字が浮かび上がり、やがて実体を持った怪物の姿へと変わる。

 雪男に狼男、フランケンシュタインの怪物、悪魔やゾンビ、その他魑魅魍魎が多数書庫の中で溢れるようにどっと出現した。

 フロネシスはこれらの怪物をすべて無限書庫の外へ出して、暴れさせることを許容―――このときより、本局はこの世の地獄と化した。

 

           *

 

本局内部 第4ブロック

 

「ダメです! ここも隔壁ロックされてます!」

「クソー。こんなところで閉じ込められちまうなんざ・・・・・・俺としたことが、蛇尾丸を置いて来ちまうなんて!」

 通路を寸断されたなのはと恋次は脱出不可能な状態に陥った。

 悪いことに恋次はリンディとの茶会に出席にする際、六課隊舎に斬魄刀を置いてくるという致命的なミスを犯した。結果、二人は活路を見いだせず途方に暮れていた。

〈Something comes closer!(何かが接近してきます!)〉

 そのとき、レイジングハートが急速に近づく敵の反応を捕えた。

 刹那、前方の隔壁が突如強烈な力を加えられた事によって木端微塵に吹き飛んだ。

「「っ!」」

 目の前から現れた敵の姿を見るなり二人は目を見開き絶句。

 それは想像上の産物でしかない西洋の怪物―――獰猛な目つきでなのはと恋次を睨み付ける白い体毛に覆われた生物の名は雪男。

「恋次さん・・・・・・あれ・・・・・・何に見えます?」

「雪男・・・・・・じゃねえか・・・・・・」

 露骨に表情を引きつらせ、二人は血気盛んに咆えまくる雪男の顔をじっと見ながら、一歩、また一歩と後退。

 次の瞬間、脱兎の如く雪男に背を向けるなり二人は全速力で走り出した。

 二人が逃げると、条件反射で雪男は咆哮をあげながらドラミング。四つん這いになって逃亡する敵を追いかける。

「「うわあああああああああああああああああ!!!!!!!」」

 年甲斐も無く大声で絶叫。雪男は二人を執拗に追いかける。

「なんで局の中に雪男なんているんですかぁぁぁ―――!!!」

「俺が知るかぁぁぁ―――!!!」

 思考がまるで追いつかない二人は兎にも角にも逃げる事に必死だった。

 だが、逃げる二人をまるで阻むかのように前方は隔壁ロックされており、退路は再び断たれてしまった。

「行き止まりですよ!?」

「チキショー! こうなりゃ俺の本気を見せてる・・・」

 言うと、恋次は雪男へと振り返り、猛る怪物を見ながら右手を差し出し―――

「破道の三十一 『赤火砲』!!」

 少し霊圧を強めに込めた鬼道で雪男を攻撃する恋次。

 赤み帯びた火球は雪男を直撃し、大きな爆発を生じる。それに伴い雪男は原形を留めておけず、多量の墨となった。

「やった!」

 と、なのはが一喜した直後―――墨となった雪男は再び元の姿に戻り、何事も無かったように恋次達の前に立ちはだかった。

「こいつ・・・・・・不死身か!?」

「だけど逃げ道はありません。こうなったら、戦うしか!」

 退路が絶たれた以上、残された手段は一つだけ。

 戦って勝利を得る―――なのははレイジングハートを起動させ、斬魄刀の無い恋次を心許無いと思いながらも、この危機を乗り切る為に戦う事を決意する。

 

           *

 

本局内部 第7ブロック

 

「「「「「うわあああああああああああああああ」」」」」

 無限書庫を出たヴィヴィオ達を襲う恐怖の怪物達。

 全長4メートルを超える規格外な大きさのカマキリに命を狙われ、涙ながらに逃げる、逃げる、逃げる。

「なんで職場体験にきて巨大カマキリに襲われないとならないの―――!!!」

「ミツオ、今はんなことより逃げるんだよ!!」

「ヴィヴィオ、あの怪物ってアッシュールさんが言ってた、『グースバンプス』シリーズの怪物じゃ!?」

「たぶん間違いないと思う。どこかの世界の天才童話作家さんが書いた18篇に及ぶ超大作! あまりに凶悪だからって、ユーノ司書長が厳重に鍵をかけて封印してたんだって!」

「その封印が解かれたのがこれってわけ!?」

 奇しくもグースバンプスシリーズを発掘し、その力を封じたのは前司書長であるユーノだった。彼が物語の怪物達を封じてからおよそ十年の月日を経て、魔導虚(ホロウロギア)と化したフロネシスによって再び世に解き放たれた。

「こっちだっ!!」

「ぼ、ボク死にたくないよー!!」

 巨大カマキリの魔の手から逃れる為、巨大な街機能を有する本局居住スペースへ逃れる事にしたヴィヴィオ達。

 しかし、厄介な事に街は既に怪物達の手によって掌握・蹂躙されていた。

 スーパーマーケットを徘徊する人狼の群れ。居住スペースを丸ごと覆い尽くす巨大なクモの巣。人々を恐怖に陥れる殺人ドワーフ。

 およそこの世の光景とは思えない地獄絵図が目の前に寒々と広がり、ヴィヴィオ達は絶望にも似た思いに駆られる。

「もう、ダメだ・・・・・・」

「わたしたちここで死ぬの・・・・・・///」

「なのはママ・・・・・・!」

 いつか母を護る為に強くなると決意し、その為に何よりも今ストライクアーツに精を出すヴィヴィオ。

 だが、ここ肝心な時に限って決まって勇気を殺されるような出来事に直面する。

 死の恐怖に震える拳。脚は動かず骨は軋み上がる。発汗は止まらず、心臓の鼓動はバクバクと鳴り止まぬ。

 

「いやだ・・・・・・こんなところで終わりなんて・・・・・・いやだぁよぉぉぉ―――!!!」

 

           *

 

無限書庫 IRDメインコントロール区画

 

『ふふふ・・・・・・愚民どもめ、思い知ったか。無限書庫と一体化した私に逆らうとこうなるのだ』

 IRDのホストコンピューターを完全に手中に収め、その全ての機能及び無限書庫という巨大なデータベースを手に入れたフロネシスは、まさに無敵と化していた。

 悠然とワインを飲むかたわら、唯一目障りな事が一つだけあった。

『エクセリオンバスター!!』

『破道の三十三、蒼火墜!!』

 多くがグースバンプスの怪物にかかって抵抗する術や意志を奪われながら、なのはと恋次だけが不死である怪物達に対して攻撃を止めようとはしなかった。

『フン・・・・・・。往生際の悪い奴らよ。しかしそれもいつまで持つかな』

 モニター画面から伝わる彼らの諦めの悪さを見たフロネシスは、面白くなさそうに呟き、ワイングラスにおかわりを注ごうとした―――次の瞬間。

 

 ガタンッ―――。

 IRDの全システムが突如として停止した。

 フロネシスによって発せられる上位命令文を全て拒絶。あらゆるシステムが外部からアクセスされたプログラムによって強制的にストップした。

『どうした!? なぜシステムを停止する!!』

《外部にてより高位のコマンドIDによるアクセスを確認。システムコマンド000001 to 357081・・・このプログラム処理により、あらゆる上位命令文は中断されました。管理者権限により送信を停止し、識別コード名【インフィニティー・ライブラリー・レコード】は全機能を緊急停止します》

『莫迦な!? この私よりも高位のIDだと? あり得ん! 私はこの無限書庫の長! いや神だぁ!! その私の意に逆らう者がどこに!!』

 

「お前は無限書庫の主でもなければ、神でもない」

 

 それは、不思議な声だった。

 決して大声というわけではなく、寧ろ物静かな印象の声だったが、彼の言葉は、その場で動揺していたフロネシスの耳に、驚くほど綺麗に響き渡った。

 声がしたと思しき方向に目を向け―――見慣れぬ者の影を真上に確認する。

 作務衣と羽織、それに帽子と杖という奇妙な出で立ちをした、女性にも見間違いそうなまだ若い男だった。

「お前は盗んだんだ。知識を。世界を。盗み出した玉座の上で一人踊っていた泥棒の王だ。ここに眠っている蔵書の数々は過去から未来へと紡がれる遺産そのもの。そして僕にとって思い出の場所でもある。お前はそれを汚した」

『なんだ貴様は!?』

「通りすがりのしがない駄菓子屋で考古学者さ。覚えなくていい」

 妙な男の登場に、露骨に不機嫌なフロネシスが声をかける。男は素っ気ない返事を返すと、自分に声をかけてきたフロネシスに顔を向けた。

『IRDッ! なにをしている!? このポンコツ目、さっさと再起動せんか!!「無駄だよ」

 焦った様にIRD再起動を切望するフロネシスの言葉を水を差すと、男―――ユーノ・スクライアは淡々と述べる。

「既にIRDも、無限書庫もお前のものじゃなくなった」

『貴様・・・・・・まさかハッキングしたのか!?』

「ハッキング? そんな必要はないね。なぜなら、IRDを開発したのは他でもない―――この僕だからね」

『なん・・・だと・・・!?』

「司書達への負担が大きすぎるのと、僕個人のスキルに半ば依存した無限書庫業務全体の効率化を上層部から求められてね・・・・・・いずれ僕が居なくてもいいようにと、十年以上前からプログラムして、ようやく完成させたホストコンピューター。いや、それ自体が永久的な司書長であるもの、それこそがIRDなんだ」

 多忙な司書業務をこなすかたわら、ユーノが十年と言う歳月を費やして作り上げたホストコンピューターは、個人のスキルに依存せず最大限のコストパフォーマンスを発揮する事を目的に開発した代物。

 同時に、そのシステムの台頭は司書としてのユーノ・スクライアの価値を著しく下げる遠因ともなった。だが、ユーノ自身はその事を一切気にしていない。なぜならば、彼は望んでそれを受け入れたのだから。

『クッ・・・・・・IRDの設計者という事は、今回の事もすべて貴様に筒抜けだったというわけか。ふざけおって!』

「ふざけた事をしたのはお前だ。よりにもよってグースバンプスなんてものを解き放ったんだ・・・・・・この報いは高くつくぞ」

 声色を一段と低くし、どすの利いた声を発する。

 やがて、ユーノは仮想コンソールにIRDのパスコードにアクセスする為の専用IDを入力。IRDに秘められた真の力を引き出す。

「お前に無限書庫の真価を拝ませてあげよう―――」

《ログインIDを確認。インフィニティー・ライブラリー・レコードは再覚醒します》

 宣言後、強制停止していたIRDが突如として再び息を吹き返す。

 それに伴い、ユーノの足下に淡く優しい光を放つ翡翠色の魔法陣が展開された。

「システムコマンド・・・―――インフィニティー・ライブラリー・レコード、デバイスモード起動ッ!」

《デバイスモードを承認。全システム及び演算機能を数値化し、グランドマスターへと移行します》

『な・・・これは・・・!?』

 周りには無限書庫に収められたありとあらゆるジャンルの魔導書、それが吸い寄せられるようにユーノの元へと集まって来た。

 驚愕し呆然とするフロネシスを見ながら、全身に神々しいまでの魔力光を帯びたユーノは静かに開戦を告げる。

「さあ、検索を始めよう」

 

 刹那―――

 フロネシスへと襲い掛かる強力無比な魔力によるレーザー砲。それらは全て、目の前で漂う無数の魔導書から発せられていた。

 

 状況が飲み込めないものの、フロネシスは紙一重でそれを避けた。

 ユーノは無重力を漂いながら無数の魔導書を同時展開させつつ、膨大な演算を行いながら次なる攻撃魔法を行使する。

 防戦一方のフロネシスは、一歩も動かぬまま怒涛の攻撃を行うユーノを凝視する。

 あの魔法は一体、なんなのか?

 そもそも、この男は何者なのか?

 何もかもが解らない中で、フロネシスが理解できたのは、一つだけだった。

 目の前の男は今、完全に『無限書庫』と一体し―――障害と見なした自分を削除対象としているという事だった。

『クッソぉぉぉ!! 私はこんなところで敗けぬわけにはいかぬのだぁぁぁ!!』

 見ず知らずの相手、それもポッと出て現れたような優男に敗北するなど、無限書庫司書長としての―――否、彼自身の沽券に関わる事だった。

 背中に生えた翼を羽ばたかせ、無重力の空間を縦横無尽に飛び回り、ユーノから向けられる攻撃を必死で避け、反撃の機会を伺う。

『うおおおおおおおおおおおお』

 翼から無数の羽根を魔力と霊力の籠った弾丸のように撃ち出す。加えて、掌に圧縮した魔力と霊圧を絶妙の配合で混ぜた一撃を波導にして放つ。

「防御を」

 容赦なく飛んでくる攻撃という攻撃。

 ユーノはIRDと意識を共有させ、あらゆる魔法に対する耐性を備えた鉄壁の防御を敷き、フロネシスの技をことごとく防いだ。

『何故だ・・・・・・何故なのだぁぁ!! 私こそが無限書庫の司書長!! 全ての知識は私の野望の為にあるのだぁぁ!! この私以外の存在はすべてゴミ!! 価値などないのだぁぁ!!』

 攻撃と言う攻撃が全て通じず、終始追い詰められ、挙句に発狂し気が狂う始末。

 それを哀れだと思いながら、ユーノはこの力を発動できるタイムリミットが迫っている事を受け、額に一滴の汗を浮かべる。

「そろそろ終わらせるよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 威圧感漂う表情で標的を見据え、途端、ユーノは魔導書から得た情報と言う力の全てと魔力を手持ちの刀・晩翠の刀身に焼き付け―――

 瞬く間にフロネシスの目の前まで移動し、不意を突かれて拍子抜けした獲物を見据えてから、刃を振り下ろす。

「さようなら―――似非司書長殿。二度と、この書庫に居座るな」

 

 ドンッ―――。

 

           *

 

本局内部 第5ブロック

 

「「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」」

 不死身の怪物群―――グースバンプスの魔物達と闘い続けていたなのはと恋次だが、ついに魔力と霊圧の底を突き、絶対絶命のピンチを迎えていた。

「もう・・・限界です・・・・・・」

「ここまでかよ・・・・・・」

 必死の抵抗も虚しく、物語から生まれた怪物達は牙を剥くと満身創痍、疲弊困憊のなのは達に留めの一撃を刺そうと襲い掛かろうとした―――次の瞬間。

 突然、怪物達は強い力に吸い寄せられるように自由な意思で動くことができなくなった。

 なのは達は怪物達が前触れも無く目の前からいなくなる様を見て、呆気にとられ、開いた口が塞がらなかった。

「今のは・・・・・・!?」

「なにがどうなってやがるんだ・・・・・・」

 

 施設内に散らばっていたグースバンプスの魔本から飛び出した怪物は、IRDの正常機能復旧に伴い再び本の中へと閉じ込められ、ユーノによって全ての鍵を掛けられた。

《局内の怪物の全収容を確認。空間バックアップ復旧―――書庫の施設修復、滞りなく完了いたしました》

「ご苦労さん。さすがは仕事が早いね」

『事前にあなたがバックアップのデータを取ってくれたからですよ。グランドマスター』

 こうなる事を予期していたとばかり、ユーノはIRDがフロネシスの手に落ちた瞬間より、遠隔で書庫のバックアップを取っていた。その用意周到振りをIRDは非常に高く評価し称賛する。

「グランドマスター・・・か。その言い方は結構気恥ずかしいんだけど、君がそう呼びたいならそれでいいや。とにかく、僕はそろそろいくよ」

 長居する訳にはいかなかった。

 ユーノは魔導虚(ホロウロギア)化が解かれ、バインドで頑丈に縛り付けられたフェランを一瞥したのち、書庫から出ようとする。

《グランドマスター》

 直後、IRDが出て行こうとするユーノの足を止め、やがて呟いた。

《私たちはいつまでもあなたの帰りを待っています―――あなたこそ、無限書庫を扱える真の主なのですから》

 無限書庫は最初から知っていた。

 この男以外に自分や書庫を正常に機能させられる者などいない事を。

 聞いた瞬間、ユーノは感慨深そうに十年間の書庫での出来事を思い返しつつ、自分を主と認めてくれたIRD―――いや、無限書庫そのものに背中越しに礼をした。

「―――ありがとう」

 

 

 その後、今回の魔導虚(ホロウロギア)事件の被害者であるスノッブ・フェランは政界への情報提供を見返りとした不正な裏金疑惑が発覚。

 僅か数日ののちに、司書長の座と管理局理事の職を解任にされたという。

 

           *

 

機動六課隊舎 隊員寮 男性用バスルーム

 

 本局での騒動を経て、辛うじて生き延びた恋次は怪物達との戦いで受けた傷を風呂で癒すとともに、赤裸々に今日の出来事について吉良達に語った。

「そうですか・・・それはまた災難でしたな」

「ったくよ。あんな思いはコリゴリだぜ。ただ茶飲みに行っただけで、あんな目に遭うなんて、どんだけツイてねーんだ俺は」

「ま。でも良かったじゃないか。さっきユーノさんからも慰労のメールが届いていたよ」

「けっ。やっぱあいつに全部筒抜けなのかよ・・・・・・あのモヤシ眼鏡め」

 やや面白くなさそうにユーノへの悪態をつく。

 しかしその後、恋次は神妙な顔を浮かべ、居合わせた金太郎や浦太郎に本局で聞きそびれたなのはへの質問を振った。

「なぁ・・・おまえら。もしかしてだが、ユーノって実は管理局員だったんじゃねーのか?」

「店長ですか?」

「おかしいとは思ってたんだ。管理局の事はやたら詳しいわ、六課の内部事情は把握してるわ、なのはに至っては奴の事を師と仰いでいやがった! 教えてくれよ―――あいつは一体何者なんだ?」

 今更そのような質問をされるとは思ってもいなかった。

 いや、この期に及んで自分の正体を秘匿しようとするユーノの性格を知っているからこそ、金太郎と浦太郎も呆れるしかなかったのだ。

「はぁ・・・店長ったら、ほんと自分の事は棚に上げちゃうんだから」

「仕方ないですな・・・この機会に教えてあげましょう。あの方こそ・・・」

 

「エース・オブ・エース『高町なのは』の魔法の師であり、果てはミッドチルダ考古学士会学士にして、無限書庫初代総合司書長を務めた男ですよ」

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:久保帯人 『BLEACH 15巻』 (集英社・2004)

原作:久保帯人 著者:成田良悟『BLEACH Spirits Are Forever With You I・Ⅱ』(集英社・2012)

原作:都築真紀 作画:藤真拓哉『魔法少女リリカルなのはViVid 9、10巻』 (角川書店・2013)

 

 

 

 

 

 

教えて! 恋次先生!!

 

恋「へへへ。今日は俺様の強さの秘密を大公開するぞー!!」

「まずは俺の斬魄刀『蛇尾丸』は始解時は刃節によって遠くに離れた奴まで攻撃することができる。さらに刃節を外すことで刃を直接ぶつける『狒牙絶咬(ひがぜっこう)』という技もあるんだぜ!」

「そして、俺さまの卍解・・・『狒狒王蛇尾丸』は斬魄刀そのものによる一撃一撃が強力になり、ギリアン級の大虚(メノスグランデ)も余裕で倒せる!」

「必殺技は、口からレーザーのように巨大な霊圧の塊を発射する狒骨大砲だ! さらに極め付け!! 狒狒王の力を最大限に発揮した蜿蜒長蛇っつー技の威力に関しちゃ・・・」

 と、熱く自分自身の斬魄刀について語っていた恋次だったが、次の瞬間―――

ユ「『獄焔鬼』♪」

 コーナーを乗っ取られた事に腹を立てたユーノが恋次に向けて飄々と改造鬼道をお見舞いした。

恋「のああああああああ!!!!!! あちちちちちちちちちち―――――!!!!!!」

 尻に火が点き、そのまま走り出す恋次。

ユ「まったく・・・シャマルさんと言い恋次さんといい、人のコーナーを勝手に横取りするのはやめてほしいな。さていよいよ次回は魔導虚(ホロウロギア)篇の佳境とも言うべき展開を迎えるからね。これまでのお話をもう一度振り返っておいてくれると、読んだときに何倍も楽しめると思うよ♪」

恋「って! んなことより俺に謝れよ!!」

 理不尽な攻撃をされた上にぞんざいな扱いをされた事を恋次は決して許諾しなかった。

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

 阿散井恋次はクロノの母親にして、本局統括官であるリンディ・ハラオウンに誘われお茶会の席に呼ばれていた。

 設けられた部屋には近代的な部屋には似つかわしくない日本古来から伝わるグッズが所狭しと並ぶ。

 恋次は室内から聞こえる鹿威しの音に違和感を覚えつつ、毛氈に座り、リンディが立てたお茶を飲もうとするが・・・。

恋「・・・・・・・・・・・・」

 なかなか手を出そうとしない。これに疑問を持ったリンディが問いかける。

リ「あの、どうかなさったんですか?」

恋「いや・・・なんつーか、何となく手を出しにくいというか」

 恋次は事前にクロノやフェイトからリンディが相当な甘党である事を知らされていた。

 緑茶に砂糖やミルクを平気で入れて飲むという変わった嗜好の持ち主ゆえに、相当に強い警戒心を抱いていた。

恋(ルキア・・・・・・俺が死んだら後の事は頼む!)

 死を覚悟し、意を決してリンディ特性の緑茶を啜ると・・・・・・

恋「!!」

リ「どうかしら?」

|恋(普通にうめー・・・・・・!)

 意外にも味は普通だった事に拍子抜けの恋次。

 やがて、お茶を飲み終えた恋次はリンディを見ながら恐る恐る尋ねた。

恋「なぁ・・・こんなこと聞くと怒るかもしれないが敢えて質問していいか?」

リ「なんですか?」

恋「あんた、歳いくつだ?」

 アラサーの息子を持つにはあまりにも若々しすぎるリンディの容姿に疑問を感じた恋次。その問いかけに、少し考えてからリンディが口にした答えは・・・

リ「禁則事項ですわ♪」

 元ネタがよく分からない恋次だったが、正直リンディに関しては見た目がきれいな妖怪か何かと思う事にした。




次回予告

ユ「君達に、最新情報を公開しよう。」
「ついに、クラナガンが機人四天王の手に落ちた! 難攻不落のコントラフォールに包まれた、一千万都民の運命は!?」
「自ら、魔導虚(ホロウロギア)と化した機人四天王と最強魔導師・死神部隊の火蓋は切って落とされた!!」
「ユーノ・スクライア外伝 NEXT、『クラナガン消滅』。次回も、この小説にファイナルフュージョン承認!」
「『グラーフアイゼン・ブリッツェンフォルム』―――これが勝利のカギだよ♪」






登場人物
スノッブ・フェラン
声:宝亀克寿
時空管理局理事官・無限書庫二代目総合司書長。
ユーノの後釜として司書長に就任し、管理責任者を担う立場だが、実際は権力を笠に着て自分の地位向上にしか目が無い。そのうえ、知識が乏しい人間や武装局員、子供などを悪しざまに見下す性格のため、副司書長であるアッシュールばかりか、ヴィヴィオからも快く思われていない。
無限書庫を野望を叶えるためのツールと考える心の闇をウーノにつけ込まれ魔導虚化し、ホストコンピューター・IRDを使って本局のシステムを乗っ取るも、駆けつけたユーノにより書庫の機能を奪い返され、敗北する。
事件後、政治家への裏金疑惑が発覚し、事件から程なくして司書長と理事の座を追われ失職した。
名前の由来は、一般に俗物と訳され、多くの場合は「知識・教養をひけらかす見栄張りの気取り屋」という意味で使われる言葉「スノッブ(snob)」から。
アッシュール・D・ギルガメッシュ
声:小西克幸
無限書庫副司書長。
実は先祖が地球のイギリス出身で、「D」の称号はある魔法教会で最高の魔術師に与えられる名である。
前司書長であるユーノを心から尊敬しており、ヴィヴィオや他の司書達からも人望が厚い。一方でフェランの事はあまり快く思っていない。
名前の由来は、メソポタミア北部のニネヴェのクユンジク(Kuyunjik)の丘に紀元前7世紀に設立された図書館「アッシュールバニパルの図書館」から。



登場魔導虚
フロネシス
声:宝亀克寿
ユーノの後を継いで二代目無限書庫総合司書長となったスノッブ・フェランが幼生虚との融合によって誕生した魔導虚。
全身は真っ黒な体毛で覆われ、大きな翼を持つ蛾のような容姿。腹話術の人形を彷彿とさせる不気味な白い仮面を持つ。
攻撃力は決して高くない代わりに、無限書庫のホストコンピューターであるIRDを乗っ取り無限書庫と一体化。書庫に封じられていた禁断の魔本「グースバンプス」から封じられていた怪物達を解き放ち、局の施設を破壊し、中に閉じ込められた人々を恐怖のどん底に陥れた。
備わった能力として、翼から魔力と霊力を乗せた無数の羽根を飛ばす「レッジ・ガトリング」という技がある。また、魔力と霊圧を固めたエネルギーを手から放つ「コズミック・バースト」。IRDを乗っ取り有頂天になっていた所を、外部から上位IDでアクセスされた際にIRDを奪い返され、デバイスモードを起動したユーノとの戦いで敗北し、最後は晩翠によって斬られた。
名前の由来は、アリストテレスによる哲学的な概念であり、「実践的な知」を意味する「プロネーシス(Phronesis)」から。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話「クラナガン消滅」

 ジェイル・スカリエッティの軌道拘置所脱獄に始まったこの物語には、未だ語られていない多くの謎が残っている。

 魔導師でありながら、死神の力に目覚めた青年・ユーノ。魔導死神としてその類稀なる能力で魔導虚(ホロウロギア)を倒し、秘密裡に死神や魔導師達の動向を操るこの男は果たして―――・・・どこから来たのか。

 また、(ホロウ)魔導虚(ホロウロギア)へと変貌させる古代遺物(ロストロギア)・アンゴルモア。絶大なエネルギーを持ったこの結晶物とは何なのか。

 尸魂界(ソウル・ソサエティ)からの使者としてユーノと同じ魔導死神の力を持つ男・白鳥礼二。彼に隠された未知なる力とは何か?

 そして―――・・・。

 

           ≡

 

数日前―――

新暦079年5月29日

ジェイル・スカリエッティ 地下アジト

 

「・・・あまり私もこんな事は言いたくはないのだが、言わざるを得ない。君達の度重なる失敗によって、私が二年間で育て上げた幼生虚(ラーバ・ホロウ)は今や一体を残すのみとなってしまった」

 狂気染みた笑みを浮かべるも、明確に機人四天王への落胆、そして怒りの感情を声に籠らせスカリエッティは糾弾する。

「さて、どうするつもりなのかね? 機人四天王諸君。弁明があれば是非とも聞かせてもらおうじゃないか」

「ご心配には泳ぎませんドクター。私とクアットロがこの身を以って行う例の計画―――間もなく準備が整います」

「あとは、あの脳筋ばかりの機動六課に気付かれないように事を運ぶのみですわー」

「では・・・この“空の戦士ファイ”が奴らの目を欺く囮となりましょう」

「いいえ。直接動くには些か拙速よ」

 最早後が無い。だからこそトーレもクアットロも本気の意思表示を見せる必要がある、そう感じているのは何も二人だけではない。

 しかし一方で、相手に悟られないよう慎重に動く必要があった。ウーノはファイの軽はずみな言動を諌めるとともにスカリエッティへ進言する。

「私に考えがあります。ドクター、最後の幼生虚(ラーバ・ホロウ)を使わせていただきます。よろしいですね?」

「―――よかろう。ウーノ、君のアイディアを信用するとしよう」

「ありがとうございます」

 主人からの許しを得、植物の根や茎状のものが複雑に絡まりあった場所で静かに息を潜めていた、ただ一匹だけの幼生虚(ラーバ・ホロウ)を手に取るウーノ。

 直後―――スカリエッティは白衣を翻し、忠実な手駒としての機人四天王を見ながら声高らかに演説する。

「機人四天王諸君、いよいよ君達の能力を発揮する時が来たんだ! 我々が望む我々の為の世界。自由な世界」

 

「今度こそ襲い掛かって奪い取ろうじゃないか。素晴らしい我々の夢を・・・―――!!」

 

           ≒

 

新暦076年 6月3日

第97管理外世界「地球」

東京都 松前町 スクライア商店

 

「『のび()という生き方』・・・深い本だと思わない。野比のび太という勉強ダメ・運動ダメ・ひ弱な男の子の生き方を例にあげて、現代人が忘れがちな無理をしない、頑張らないっていう生き方を説いてるの・・・なんだかね、これ読んでると心が浄化されてくるんだ。あたしここまで胸打たれたのは久しぶりだよ!」

「そんな深い文章なのかよソレ? つーか、わざわざユーノん家に来てまで読むもんじゃねーと思うぞ俺は・・・」

 スクライア商店地下に設けられた地下訓練場にて、妙な本の内容で感傷に浸る織姫を横目に、一護が半ば呆れながら諌める。

 そんな二人の目の前で、激しい轟音と衝撃が絶えず引っ切り無しに鳴り響く。

 来るべき戦いに向けて修練に励む護廷十三隊一番隊第三席、魔導死神の白鳥礼二。

 彼専属のトレーナーとして力を振るうのはスクライア商店店主で、翡翠の魔導死神のユーノ・スクライアである。

「ふぎゃあああああああああ!!!」

 悲鳴にも似た・・・いや、明らかな悲鳴を発する白鳥が一護達の目の前を横切った。

 岩場に激突し、満身創痍な白鳥を一瞥。それを容赦なく叩きつぶした斬魄刀を肩に乗せたユーノへ視線を向ける。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 ユーノは真顔を崩さず、白鳥を凝視。

 体ごと岩に体がめり込まれた白鳥が自力で出てきたのを見計らい、ユーノはふぅと嘆息を吐く。

「・・・ダメじゃないですか白鳥さん。今の攻撃であなた何度死に欠けています? 当ててあげましょうか? 54回です」

「そんなものイチイチ・・・カウントするなど、相変わらず悪趣味な男よ・・・・・・!」

「ひっどいなー。貴重な時間を割いて修行に付き合ってるのはどこの誰だと思ってるんですか? 少しはトレーナーの気持ちも汲んでもっと気合を入れてもらわないと困ります」

「だ、誰がトレーナーであるとぬかしおった!! 私は主を一度たりともトレーナーと思った事は無いわ!! ゴールデンベアーも然りだ!!」

 体はボロボロながら、プライドだけは常に一級品。ゆえに性質が悪い。

 白鳥の性格を知っているからこそ、一護達も苦笑や溜息の回数が自然と増えていく。

「だいだいお主は加減がおかしい!! さっきの一撃と言い、私を本気で殺すつもりであったではないか!!」

「あたり前じゃないですか。僕、白鳥さんを一生懸命死地に追い込んでるところなんですから。追い込んで、追い込んで、ギリギリまで追い込んで・・・・・・ヤバいところまででやめるのが修行ってもんですよ♪ ねっ! 一護さん!!」

「いやそこで俺に振るなよ・・・・・・あれか? ひょっとしておまえ、修行時代のこと結構根に持ってたりするのか?」

「そう言えば・・・むかし、あなたがユーノさんにしてた修行も今の白鳥さんみたいに過激だったもんねー」

「師といい弟子といい、血は争えねーな」

 コンの言い放った言葉が一護の胸に鋭く突き刺さった。

 ユーノのスパルタ染みた修行は、嘗て一護から受けた修行を彷彿とさせるものだった。その一護もまた、浦原喜助から苛烈極まる修行を受けていた為、どうしても野暮ったく、弟子相手に加減ができず常に全力で戦っていた。

 今となってはそれが少々誤った方法だったと、一護は深い反省の色を示す。

 本来、温厚である筈のユーノの性格がサディスティックなものに変化したのは、他でもなく自分の影響だという事に、もう少し早く気づき深慮すべきだった。

 

           *

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 海上トレーニングスペース

 

 スカリエッティ一派との戦いに備えていたのはユーノ達だけではない。

 機動六課前線メンバーも各々の力を磨くため、個人スキルの練度を高める特訓に明け暮れていた。

「それじゃあ、次いくよエリオ」

「はい! お願いします浦太郎さん!」

 エリオ・モンディアルの専属コーチとして、同じガードウィングがポジションで槍使いの亀井浦太郎が大抜擢。教導官免許を持つ敏腕振りが如何なく発揮される。

「僕に釣られないようにね。いくよ、フィッシャーマン」

〈All right〉

 いつもの軽薄さを封印し、真剣な眼差しでエリオを見据えた浦太郎は、自己加速術式で間合いを一気に詰めると、十八番の槍術魔法―――ソニックスピアを披露。

 変幻自在。千変万化する高速槍術に防戦一方ながら、エリオは何とか攻撃を見極めんと必死になって食らいつく。

「くっ・・・やっぱり、(はや)い!!」

「ダメダメ。そんなチンタラと防御してたら。スピードに圧し負けちゃうよ」

 淡白に指摘し、更に槍撃の速度を上げてエリオを攻撃。速さと力による二重奏で狡猾の亀は若き槍騎士を追い詰める。

「のあああああああああああああ!」

 浦太郎の言葉通り、力に圧し負けて後方数メートルまで飛ばされるエリオ。

「まだだよ」

 こんなもので終わるはずが無い―――そう宣言し、浦太郎は天高く翳したフィッシャーマンの先端に渦巻く水流を固めたものを弾丸の如く放出。

「しまっ―――!」

 情け容赦なくエリオ目掛けて攻撃。往年の実力の違い如何なく見せつける。

 

「次、いくぞ。ティアナ、用意はいいか?」

「お願いしますクロノ提督!」

 執務官ティアナ・ランスターの相手を務める魔導師の名はクロノ・ハラオウン。

 本局次元航行部隊提督にして執務官資格持ちの生粋のエリート魔導師。所帯を持ち、前線に出る機会こそ殆どなくなったとは言え、一線級の魔導師としての腕は未だ健在。その実力を見込んだティアナが率先して模擬戦の相手をしてほしいと申し入れがあった時は些か驚いた。

 だが、彼としても思うところがあった。昨今の事情からいつ魔導虚(ホロウロギア)と戦う事があってもいいように、自分の腕が鈍らないうちに実戦の感覚を取り戻した方がいいと心境を述懐。二つ返事でティアナの誘いを受けた。

「シュゥゥゥ―――トぉ!!」

 若い血潮を滾らせるティアナの精密射撃魔法の嵐。

 クロノは飛んでくる橙色の閃光を十数年にかけて磨き上げた洞察力と観察眼でしかと見極め、間隙を突くなり即座に反撃へと転じる。

〈Stinger Snipe〉

「ショット!」

 魔力光弾(スティンガー)をコントロール、一発の射撃で複数の対象を殲滅する誘導制御型射撃魔法・スティンガースナイプ。

 発射後、光弾は術者クロノを中心に逃げるティアナを目標として、複雑な螺旋軌道を描きながら攻撃する。

「どこまで逃げ切れるかな?」

 単純な魔力量で言えば、ティアナの方が有利だ。しかし、魔法の練度で言えばクロノの方が圧倒的に勝っている。

 逃げても逃げても執拗に迫る誘導弾に苦慮し、ティアナは物影に隠れ機会を伺う。

(やっぱりクロノ提督の射程にいるのは危険だわ・・・・・・なのはさんが苦手とするのも頷けるわね)

 テリトリーに侵入すれば即刻ジ・エンド。

 クロノ程の相手となれば闇雲に攻撃しても撃墜させる事はまず不可能。ゆえに、ここは頭を使って対抗策を練るしかない。

(やはりティアナは僕と似ているな。そう簡単に手の内を明かそうとしない慎重さ・・・それに併せ持つしたたかに戦略を組み立てる冷静さ・・・)

 フッ・・・。と、嬉しそうに鼻先で笑うクロノ。

 次の瞬間、物影から出て来たティアナ目掛けてブレイズキャノンを発射する。

 だが、着弾と同時にティアナの体は瞬時に消滅。それが囮として仕掛けたティアナの幻術である事を見破り―――

「はあああああああああああああ」

 本命のティアナがその隙を突いて、背後から《クロスミラージュ・ダガーモード》で攻めてくる事は容易に予想が付いた。

「甘いな」

 刹那、事前に仕掛けていた拘束魔法・ディレイドバインドで特定空間に進入したティアナを対象に発動させ、捕縛した・・・―――筈だった。

「!」

 次の瞬間、捕えたティアナの体が再び消滅。これもまた彼女の作り出した囮に過ぎなかった。

 フェイクシルエットを用いた二重陽動でクロノの意表を突くことに見事成功。

 ティアナは、彼を狙い撃てる場所を確保するとともに砲撃の構えを取り―――十分に魔力を蓄えたその瞬間、なのは直伝の巨大砲撃を叩き込む。

「スターライト・・・・・・ブレイカーぁぁぁ!!!」

 橙色に染まった巨大な魔力が遠方よりクロノ目掛けて降り注ぐ。

 完全にしてやられたか・・・・・・内心そう思いながらも、その表情はどこか誇らしげであり、同時に清々しいとさえ感じていた。

 

「うりゃああああああああああああ」

 クロスレンジの爆発力が最大の武器であるスバル・ナカジマ防災士長が放つ必殺技・振動拳。

 姉であるギンガ・ナカジマが固唾を飲んで見守る中、ナカジマ姉妹の専属コーチを仰せ遣った熊谷金太郎は、仁王立ちでその拳を鉄壁の肉体で受け止める。

 硬化魔法が全身隈なくコーティングされた金太郎の体は、振動拳の威力を表面で殺すばかりか、スバルの気力すらも削ぎ落とすようだった。

「くぅぅぅぅぅ・・・・・・」

 険しい表情で拳を突き立てるスバル。だが、それも些か限界だった。

 あまりにも固すぎた。なのはの防御を砕いた振動拳も、金太郎の前では形無しだった。スバルは一旦後退するとギンガにその脅威を如実に知らせる。

「ギン姉・・・あれを破るのは至難の業だよ。スピナーがギシギシって悲鳴をあげてるみたいだった!」

「つまり、正攻法じゃ金太郎さんを倒すのは不可能ってことね」

 泰然自若。それでいて終始余裕にさえ思える大男が醸し出すもの。歴戦の勇士だけが持つ事を許された『貫禄』だった。

 金太郎は対峙したナカジマ姉妹に目を向けると、手持ちのアックスオーガを突き付け、低く圧の籠った声色で宣言する。

「どんな手を使ってでも構いません。この私を屈服させたくば、あなた方の力のすべてを出してくるのです。私は逃げも隠れもしません。そのすべてを全力で受け止め、そして全力で叩き伏せるまでです」

 絶対的な強者からの布告に、スバルとギンガは額の汗を浮かばせた。

 

「フリード、ブラストフレア! ファイア!!」

「俺の必殺技、パート2!」

 稀少な竜召喚術に長けたキャロ・ル・ルシエとその使役竜フリードリヒ。

 一人と一匹を相手に自称スクライア商店特攻役・桃谷鬼太郎が得意の炎熱攻撃で真正面から立ち向かう。

 フリードの火炎を自身の斬魄刀の炎で掻き消すや、鬼太郎は臆する事無く前に出る。

「錬鉄召喚・・・アルケミックチェーン!」

 迎え討つため、キャロはピンク色のミッド式魔法陣を複数鬼太郎の周囲に展開。陣の中心より無機物の鎖を複数召喚した。

「しゃらくせええええ!!」

 一時鎖に絡め取られるも、鬼太郎は霊圧を高めた直後、全身を縛り付ける鎖という鎖を全てを引き千切り破壊した。

「こいつでしまいだ・・・」

 束縛から逃れ、標的のキャロとフリード目掛けて斬魄刀を振り下ろそうとした途端―――悲劇は起こった。

 

「のあああああああああああ!!!」

 刹那、鬼太郎目掛けて何処からともなく桜色の直射砲撃が飛んできた。射線上にたまたま立っていた鬼太郎はその砲撃の餌食となった。

「鬼太郎さん、だいじょうぶですか?!」

 慌ててキャロがフリードとともに鬼太郎の元へ向かう。

 見れば砲撃を受けた鬼太郎の衣服はボロボロとなっており、自慢の髪の毛はアフロヘアに変わっていた。

「コラァァ、テメーら!! 人様の戦いに横槍入れるんじゃねーよ!」

 怒号を頭上にいる者達へと発する鬼太郎。

 キャロが視線を向ければ、狒狒王蛇尾丸の力を解放した阿散井恋次が、限定解除状態かつARカートリッジを使用するなのはが戦闘の最中だった。

「おいそこ、怒鳴ってんじゃねーよ! 俺は横槍なんて入れた覚えはねー。非難するならこの砲撃魔王にしろ!」

「砲撃魔王じゃないですよ! 仕方ないじゃないですか。私もレイジングハートもまだこのカートリッジの感触に完全に慣れてないんです。今のはちょっと加減が上手くいかなかっただけですよ」

 自分には非はない。不可抗力だったと弁明するなのはだが、鬼太郎は自分諸共全てを飲み込んだ挙句、訓練場を大きく抉りとったその砲撃を厳しく糾弾した。

「バカヤロウ!! ちょっととは言えねーだろ!! これを見て“ちょっと”って言えるおまえの神経がわからねー!!」

「なのはさん・・・・・・夢中になりすぎて、わたしやフリードまでとばっちりを受けるはさすがに嫌ですからね」

「あぁ! キャロまで私を非難するつもりなの!? ひどーい! 手塩にかけて育てた教え子からそんな風に思われるだなんてぇ―――!!」

 非難などではない。事実、なのはの力は強大で危険なのである。

 その事をもう少し本人が自覚して欲しいと、恋次達は切に祈るばかりであった。

 

           *

 

第97管理外世界「地球」

東京都 松前町 スクライア商店

 

 午後12時半―――。

 白鳥との修行に一段落つける事にし、ユーノは一護達が用意した昼食を摂る事にした。

「いただきまぁ―――す!! あん!! あぶっ!!」

 午前9時からぶっ通しの3時間。失った魔力と霊力を補給すべく、白鳥は人一倍のプライドをこのときばかりはかなぐり捨て、食べることだけに集中。織姫が用意した重箱弁当を次から次へと平らげ貪り食らう。

 呆れんばかりの食いっぷりだと思いつつ、織姫はユーノにこれまでの修行の成果について率直な所感を求めた。

「それで、どうなんですかユーノさん。白鳥さんの修行は?」

「ご覧の通りです。決して芳しいとは思えません。こう言っちゃなんですけど、白鳥さんってそれなりに卒なくこなせるんですけど、所謂器用貧乏でして。魔法の力も死神の力もいまひとつ決定打に欠けるんですよねー」

(クッソ~~~~~~・・・言いたい放題ぬかしおって!)

 ユーノから向けられる辛辣だが事実でもあるバッシングに屈辱感を抱く。すると横から一護が白鳥に更なる追い打ちをかけた。

「おまえも変に片意地張るところある奴だからなー。でも才能ないんじゃ、もういっそのことあきらめて女の拗ね齧って生きてみたらどうだ?」

「やかましいぞ黒崎氏!! 修行にすら参加していないそなたにそんな風になじられる筋合いはないぞ!!」

「何言ってんだよ参加してんだろうが。お前が戦ってる時にガンバレって声かけてやったじゃねーか」

「それは参加しているとは言わぬわ!! いつ声援など送った!? そんな実体のない連帯感を持っていいのは中学生までだ!!」

「気にすんなよ白鳥。一護のいうことなんかイチイチ耳貸すんじゃねー。んな暇があったら真面目に修行に励めよな」

「ぬいぐるみの貴様にあーだこーだ言われたくない!! 少し黙っておれ!!」

「バカにすんなよな! オレさまだってな、やるときゃやる男だ! その気になりゃ一護にぎゃふんと言わせる事なんて目じゃねーぜ!」

「ほう・・・そうなのか。んじゃその言葉通りぎゃふんと言わせてもらおうか?」

 あからさまにコンから受けた安い挑発に乗った一護は、理不尽なまでの暴力で中身の綿が口から飛び出る事も厭わずコンの体を激しく痛めつけるのだった。

 喧騒としながらも平穏な日常―――誰もがそれを望んでおり、多くの人間が恒久の平和を信じている。

 だが、ユーノは知っていた。この平和とそれを享受する世界を壊そうとする巨大な悪意が、間もなく大規模な動きを画策している事を。

(・・・一カ月で白鳥さんの魔力コントロールと死神としての能力値の上昇はそれなりに見込めたけど、やっぱりこればっかしは時間をかけないとどうにもならないか・・・この数か月に渡る戦いでスカリエッティの手元にある幼生虚(ラーバ・ホロウ)はおそらく既に底をついただろう・・・となると、奴らが事を仕掛けるとすれば・・・)

 青天を思わせる天井に施されたペイントを仰ぎ見、ユーノは眉間に皺を深く寄せながら焦りを募らせる。

 

(・・・少し・・・急がないといけないな―――・・・)

 

           ◇

 

6月6日―――

第1管理世界「ミッドチルダ」

首都クラナガン 東名高速ハイウェー

 

 仮初の安穏に包まれたミッドチルダ地上。

 本日、St(ザンクト).ヒルデ魔法学院初等科4学年は課外授業のため、シャトルバスに乗って管理局地上本部へと向かっていた。

「わあぁー! すっごぉぉぉーい!!!」

 ヴィヴィオはバスの中より覗き見る地上本部の圧倒的なスケールを前に、子供らしい頬の緩んだ表情を浮かべ興奮を覚える。

「はーい、みなさん。いいですか? 今から団体行動ですからね。ちゃんと先生に付いてくるんですよー」

 担任教師ノアが児童全員に注意を呼びかける。ヴィヴィオを含め素直な児童達は「はーい!」と、元気よく肯定の返事をした。

 

 数分後―――。

 課外授業の目的地・管理局地上本部へ到着したヴィヴィオ達一行は、間近で見る地上本部を仰ぎ見る。

 まるで天をも貫かんとばかりに伸びる楼閣。巨大なスカイスクレーパーは現代の富と権力の象徴を示しており、バウラなどは終始目を輝かせていた。

「やっぱデッケーな! 地上本部は!!」

「どうやって作ったのかな?」

「想像もつかないよー」

 これほど巨大な建物がどのような手法で作られたのか、コロナとリオは純粋な疑問を抱きながらも楽しそうに振る舞った。

 しばらくして、ヴィヴィオがバスの中から降りてじっくり地上本部を見ようとした折、妙な胸騒ぎを感じた。

(っ! 何だろう、この感覚・・・・・・なにかイヤな予感がする・・・・・・)

 周りに漂う空気よりヒシヒシと伝わる違和感。その正体が何か辺りをきょろきょろするヴィヴィオだったが、これを不審に思ったミツオが怪訝そうに問いかけた。

「どうしたんだいヴィヴィオ? さっきから変な顔してさ?」

「え? あっ、ごめんごめん! なんだかわたし・・・ちょっとだけバスに酔っちゃったみたい! ほんとそれだけだから!」

 そう言って咄嗟に誤魔化すヴィヴィオだが、内心言い知れぬ不安でいっぱいだった。

 

 St(ザンクト).ヒルデ魔法学院初等科4学年の児童全員は、局員に案内され、建物の中の様子を見学する。

 現在、高速エレベーターで地上400メートルを誇る展望台を目指していた。

「すごーい! ミッドの街が一望できるよー!」

「ボクなんかこの前パパと一緒に地上本部タワー23個分はある次元世界一高い山にヘリで昇ったんだぜ! いやぁ~、あそこから見る景色はまさに絶景だったな!!」

「でもそれって別にミツオがすごいわけじゃないだろ。パパが金持ちってだけだろ?」

「う、うるさいなバウラは!! なんでそう余計な事ばっかり言うのかな!!」

 折角鼻をうんと高くして自慢をしていたというのに、横からバウラに口を入れられ出鼻をくじかれるのは実に面白くなかった。

 不機嫌そうにバウラを恫喝するミツオを横目に、ヴィヴィオ達女子三人は揃って苦笑を浮かべた。

 

 しばらくして、展望台へ到着したヴィヴィオ達。

 コロナはひどく怯えた様子で窓ガラスの外を全く見ようとせず、見かねたリオが強引に見させようとする。

「ほーら、目を開けなよコロナ! このぐらいの高さなんて、別に大したことないって!」

「いやだ! この際だから言うけど、わたしは高所恐怖症なんだって!!」

 一方、何の気ない会話で盛り上がる二人を余所に、ヴィヴィオは窓の外を呆然と見ながらここへ着いた当初に感じた、あの疑惧(ぎぐ)について一人思案に暮れる。

(気のせいだったのかな・・・・・・あの胸騒ぎ?)

「なんだヴィヴィオ? 元気ないじゃん!?」

 すると、いつもの明るさに影を落とすヴィヴィオの様子が気になったバウラが声をかけて来た。

「もしかして・・・ウンコしたいのか?」

「違うよ!! バウラは女の子になんてこと聞くの!!」

 あまりにデリカシーの欠片も無い質問を向けられ、ヴィヴィオも思わず声を荒らげた。

 だが、これによってヴィヴィオは一人抱えていた言い知れぬ不安を払拭しようという意を固める事ができたのだ。

(うん、そうだよね・・・きっと気のせいだよね・・・・・・・・・)

 

           *

 

ミッドチルダ某所 セントラルレールウェイ車両基地

 

 中央環状線を担うレールウェイ車体が所狭しと並ぶ車両基地。それを腕組みをしながら天上より見下ろす機人四天王トーレ。

「フン・・・いつ見ても下らぬ光景だな。さて、早速使わせてもらうぞ。終着駅の無い無限の旅へ出かけるとしよう」

 言うと、トーレは目を紫色に光らせ周囲の機械を意のままに操る特殊な電波を発生させた。

 それに伴い、基地に停泊していたレールウェイ全てのコンピューターを完全制御。遠隔操作で手中へと収める。

 

           *

 

首都クラナガン 東名高速ハイウェイ

 

 環状ハイウェイで起こる交通渋滞は日常茶飯事。

 機人四天王クアットロは周囲の車が排出するガスの匂いを嗅ぐたび、妙な興奮を覚え終始上機嫌な様子だった。

「う~~~ん・・・ああ~~ん、この排気ガスの麗しき香り。心和ますエンジン音♪ たまらないですわ~~~♪ さぁ、みんな・・・踊りましょう♪ このクアットロと一緒に。ほぉ~ら・・・・・・発車オーライ♪」

 トーレ同様、クアットロもまた瞳を紫色に光らせ、周囲の機械を意のままに操る特殊な電波を発生させる。

 車と言う車を渡りながら屋根を踏み越え、クアットロはハイウェイに集まったすべての車を対象とした大規模術式を作りあげていった。

 

           *

 

ミッドチルダ西部 臨海第2空港

 

 地上本部航空基地とも隣接した臨海空港に降り立つ一機の戦闘機。

 ミッドチルダ中央政府が国土防衛の要として、第3世界「ヴァイゼン」にあるヴァイゼン連合戦闘群より導入した超音速戦闘機―――それに狙いを定めた、機人四天王ファイは口元を緩める。

「超音速戦闘機HAサーフェイスFか・・・地上人にしては上出来だな。この青い空にもよく似合う」

 天空の太陽を一瞥したファイ。

 直後、自分の前に現れた格好の餌を奪うべく行動を開始する。

「離陸開始―――!」

 

           *

 

首都クラナガン セントラルレールウェイ駅構内

 

「何だあれ!?」

「こっちに向って来たぞ!」

 とある駅に停車するレールウェイに向って、猛スピードで走行してくる不気味な光を帯びたレールウェイ群。

「逃げろぉぉぉ!」

 身の危険を感じ、車両及び駅構内から避難する人々。

 

 ドォーン!!

 

 激しい衝撃でぶつかるレールウェイとレールウェイ。

 衝突した直後、強引に前の車両押し進めながらレールウェイは暴走を始めた。

 

           *

 

ミッドチルダ地上 時空管理局地上本部

 

 街で起こった異変はヴィヴィオ達にも確りと伝わった。

 展望台から見える街の異様で不気味な光景。ハイウェイから天に向かって垂直に伸びる紫帯びた光の柱に人々の目は釘づけだった。

「すっげぇぇ!! 何だよありゃ!?」

「オーロラかなっ? それとも虹?」

 オーロラや虹だと思う者が多い中、ヴィヴィオは直ぐに気付いた。

 今、自分達が見ているものがそんなかわいい自然現象などではない事を―――もっと恐ろしい物である事を確信した。

(いったいなんなんのあれ・・・!? よくわからないけど、たしかなのはひとつ・・・・・・すごくイヤな予感がするってことだけ・・・)

 次々と光柱の数は増えていった。

 クアットロによって遠隔操作された車両一台一台から伸びる柱は次第にクラナガンを巨大な円形ドームで覆い始める。

 

「局員の指示に従ってください! みなさん、落ち着いて下さい!」

「こちらは特別展望台へのエレベーターです! 下りのエレベーターは下の階からです! ここからは降りられません!」 

 街の異変を見て生命の危機を察した人々はパニックに陥り、我先にと建物からの脱出を図る。局員は冷静さを失った一般市民の対処にてんてこ舞いだった。

St(ザンクト).ヒルデ魔法学院の児童、早く集まってください!!」

 人混みにもみくちゃにされかけるも、何とかこの事をなのは達に伝えるべくヴィヴィオはセイクリッドハートで連絡を試みる。

(とにかく・・・早くママ達に連絡しないと!)

 しかしそのとき、セイクリッドハートが困った顔を浮かべた。

 愛機の表情を見た瞬間、ヴィヴィオは思わず「え!?」と、声を漏らした。

(通信電波って・・・!? じゃあ、やっぱりこれはスカリエッティの仕業なの? それとも戦闘機人!?)

 

『エレベーターは現在動きません! 地上へは階段をご利用ください! エレベーターは動きません!!』

 突如建物に向かって根を張って伸びて来た謎の奇怪な植物によって、地上本部はその機能を完全に停止した。

 地上へと続く階段へ集まり脱出を試みようとする人々。

 しかし、そんな彼らを待ち受けるのは意思を持った植物。不気味に蠢く生命体の触手が逃げようとする者達を次々と絡め取ってゆく。

「あ・・・あ・・・み、みなさん!! 早く展望台へ戻ってくださぁ―――い!!」

 嘗てない恐怖に怯えながらノアが生徒を退避させようとする。

 ヴィヴィオは目の前で見た、うねうねとする植物とそれが醸し出す独特の雰囲気からその正体が何なのかを悟った。

(これって・・・!! 幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントだぁ!!)

 

「―――さて、妹達も準備が整ったことだし・・・私も動くとするわ」

 白昼のミッドチルダ都心を揺るがす大パニック。

 海上方面で混乱に陥った街の様子を一人モニターで確認したウーノは、次のなる段階へ作戦を実行に移すべく自らも動き出す。

 見れば眼下に潮を吹くマッコウクジラが映った。

 ちょうどいい素体だと思い、彼女はおもむろにクジラへと近づいた。

「あなたのような大人しい子は私との相性もいいはず。ドクターと私達の夢の為に、その身を委ねなさい・・・―――」

 言うと、マッコウクジラを素体に体内に宿した『(ホロウ)化因子』を用いてウーノは自らを魔導虚(ホロウロギア)化させるのだった。

 

           *

 

 首都クラナガンで発生した紫色の光は数時間で首都全体を丸ごとドームのようにすっぽりと包み込んでしまった。

 一千万都民はドームの中へと閉じ込められ、囚われの身となった。

 

           ≡

 

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

 街の様子をリアルタイムで見ていた機動六課メンバーは、全員でこの非常事態に対処すべく緊急対策会議を開いていた。

「諸君、非常事態が起きた! あの巨大な光のドームの中には、一千万都民が閉じ込められている。地上・空中・地下・・・外部からは完全に遮断されてしまった」

「くそー! スカリエッティの野郎ッ!! メノスの時といい、ムチャクチャなことしやがって!!」

「大変です!! 今日はヴィヴィオ達の学年は課外授業で地上本部に行ってることがわかりました!」

「つまりは、あの中に閉じ込められてるってことかよ」

「強力なジャミングで内部との連絡は全て途絶えてます!」

「レギオン粒子の反応も全く感知されていません」

「ヴィヴィオ・・・・・・こんなときに私は・・・・・・!」

 頭を抱えて事態の深刻さを痛感する六課メンバー。

 やがて、眉間に皺を寄せながら部隊長・八神はやてははっきりと断言する。

「―――今回は、機動六課始まって以来の総力戦になることは間違いない。その為に、前線隊長・フォワード部隊・死神の皆さん・それに管制官から技術スタッフにも集まってもろうた。現在の状況、そしてこれからの作戦を遂行するにに当たって、不備の無いよう全員心しておくんや」

「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」

 

「八神部隊長! ヴァイス陸曹長が持ち帰った映像を出します!」

 コンソールを叩き、シャリオはヴァイスがヘリに乗って撮影してきた映像をメインスクリーンへと表示する。

 全員がモニターを注視する中、ミッドチルダ政府保有の無人偵察機が光のドームに向って近付こうとする様が見て取れた。

「政府の偵察機のようですね」

「問題はこの後だね」

 浦太郎が懸念を持って口にした次の瞬間―――

 光のドームへ近づいた数機の偵察機は空から降って来た超高速で動く黒い物体の攻撃を受け、爆発を生じるとともに一瞬で破壊された。

「何だぁ!?」

「フライトカメラからの伝送ビデオをコマ送りにして解析してみます!」

 映像をコマ送りにしながら、アルトは解析を急いだ。

 およそ数十秒のコマ送りで見えた飛翔する巨大な影。それが起こしたと思しき衝撃波を伴った激しい動き。

 やがて、明朗に解析された結果が画面へと映し出された。

「解析したところ、極めて強い衝撃波を放つ飛行態と思われます。どうやら、ヴァイゼン連合軍保有の超音速戦闘機と融合した魔導虚(ホロウロギア)らしきもののようですが・・・・・・しかし、やはりレギオン反応は見受けられませんでした」

魔導虚(ホロウロギア)じゃないとすると、一体何なんなの?」

「ルキノ、もっと詳しく分かるか?」

「拡大してみます」

 クロノからの要求に答え、ルキノは映像を更に引き伸ばしす。

 モニターに映し出された謎の飛行隊を二倍、三倍と徐々に拡大していった先―――そこに映し出された意外すぎる者の正体にフェイトは目を見開いた。

「!」

 紛れも無くそれは以前彼女が直接対決した機人四天王の一人、ファイの姿を模った物だったのだ。

「機人四天王ファイ!!」

「ふむ・・・どうやら今回は、機人四天王が直接手を下してるようだね」

「今まで人類の前に現れては魔導虚(ホロウロギア)化を続けてきた戦闘機人が、ついに自ら動き出すとは!」

「忘れもしねーぜ・・・ナンバーズの4番、クアットロ! 魔力駆動炉ザックームに現れてあたしらを煽ってきやがった!」

 ヴィータはほんの数か月前の出来事―――魔力駆動炉ザックームでの邂逅を思い返し、終始自分達を見下したかのような態度を取っていたクアットロの顔が頭にちらついて仕方なかった。

「奴らめ・・・自分達が高度な生機融合体とでも思っているのか?」

「正直それはわからん。だが、今回は機人四天王自らが手を下すだけでなく、他の機械とも融合して巨大魔導虚(ホロウロギア)化をも果たしている」

「中央政府の戦闘機も融合されてしまっていますからね。迂闊に近付くこともできません」

「機人四天王全員が直接戦闘に参加してきたということは容易ならない事態です!」

「みなさん、地上部隊の魔導戦車部隊が、あの光のドームに接近したときの様子です!」

 リインの声かけで早速その映像を見てみる事に。

 暫し映像を注視していた折、光のドームへ向った戦車部隊がことごとくして、光のドームに巻き上げられ、無残に崩壊していくという光景が目に焼き付いた。

「おいおいどういう事だぁ!?」

 わけがわからず鬼太郎は思わず声をあげる。

「成程ね。高エネルギー粒子の複雑な動きが付近の空気を押し上げ、さらには構造体の分子結合を崩壊させているのよ」

 映像を見て即座に物理法則を見出すマリエル。

 彼女は、光のドームを構成する重力に逆らって物体を押し上げようとする粒子の動きから、便宜上“コントラフォール”―――と、命名した。

「このエネルギーバリアは三つの層から成りなってます。解析した結果、構造はこの通りです!」

 コントラフォールを構成する三つの層の構造を表す詳細な画像。それを見るや、全員は目を見開き唖然とした。

 シャリオ達は驚愕の余り言葉すら失いかけている全員を気に掛けるとともに、層ひとつひとつを構成する要素を説明する。

「第一層は、非常に強力な超電磁バリアです」

「迂闊に近づけば電子機器はもちろん、デバイスの制御は元より、術者自身も黒焦げだな」

「二層目は、濃縮酸素を蓄えた防御膜です」

「濃縮酸素!?」

「ということは・・・先輩とは相性最悪ってわけだ。そんなものに引火しやすい炎攻撃なんかぶつけたらその瞬間、大爆発だよ!」

「そして、三層目ですが・・・極めて高密度に圧縮されたエネルギー融合体です。スペクトル分析によると、その表面温度は6000度に達しています!」

「6000度って!!」

「シャーリー、あの中のヴィヴィオたちは無事なの!?」

 真っ先に娘の安否を気遣い声を荒らげるなのは。

「コントラフォール内部は極めて常温に近い状態ですので心配は無いのですが・・・ひとつ懸念があります」

「懸念?」

「これだけ膨大なエネルギーと、それに大勢の人間を確保する必要がある状況・・・・・・今までの経験から察するに、その答えはひとつしかないわ」

「まさか・・・・・・!」

 マリエルから全員へと向けられた危惧。

 勘の鋭い浦太郎が逸早く彼女の言わんとしている事を察し、続けざまに吉良も気付いた様子で重い口を開いた。

「あの中で幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントが作らているということか・・・」

 ぞっとするような話に全員は背筋を凍らせ顔を強張らせる。

「一千万都民を魔導虚(ホロウロギア)化する気か!?」

「それだけは何としても、絶対に阻止せなあかん!」

 決して許されざる機人四天王による前代未聞の暴挙―――いや、大量虐殺をも視野に入れた人畜非道な行いをゆめゆめ看過する事は許されない。

 敵の計画を防ぎ、捕われた都民を必ず救い出すという決意を各々が一段と強く持ったのを見計らい、シャリオの口から作戦が通達された。

「では作戦を説明します―――金太郎さん、八神部隊長、ヴィータ副隊長でこのコントラフォールを攻略します。第一層は、金太郎さんの集束魔法『スイング・オブ・ハデス』の超振動で電磁エネルギーを消滅させます。第二層は、八神部隊長のデアボリック・エミッションで空間ごと穴を空けて、第三層は、ヴィータ副隊長の新リミットブレイクで突破口を開きます。シグナム副隊長とザフィーラには空の戦闘機人を引き離す囮になってもらいます」

「「わかった(心得た)」」

「フォワード陣と浦太郎さん、鬼太郎さんには、海洋生物と融合した戦闘機人の気を逸らしてもらいます」

「「「「「「はい!」」」」」

「オーケー。引き受けたよ」

「おーし! いっちょやってやるぜ!」

「しかし、いずれの場合も高エネルギー体の一部を数十秒間しか消滅させられません」

「数十秒で作戦を遂行しろってか?」

「バリアの穴が完全に閉じてしまう前に、なのはさんとフェイトさん、恋次さんには内部に突入してもらいます」

「うん、わかった。やるしかないようだね。必ずヴィヴィオ達を助けてみせるよ!」

 すると、不意に金太郎が浦太郎と鬼太郎へ近づきある物を手渡した。

「お前達。これを受け取るのだ」

「あ?」

「なにこれ?」

 渡された物を凝視する二人。

 それは手のひらサイズに収まるくらいの、どこにでも売っていそうな「お守り」にしか見えない巾着袋だった。

「店長から何かあった時のための()()だと言伝をあずかっている。大事に持っていろ」

 

「分析の結果、コントラフォールのエネルギーレベルが最も低いミッドG地区近辺を突入場所とするのが最適ね」

 マリエルは解析結果から導き出された最善の進入路を見出した。

「おーし・・・・・・一千万都民の生命は、私ら時空管理局にかかっとるさかい! ほんなら行こうか。機動六課前線部隊、全員出撃やッ!!」

「「「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」」」

 

           *

 

第97管理外世界「地球」

東京都 松前町 スクライア商店

 

「まずいぞユーノッ!! このままじゃ本当にスカンク野郎の思う壺だぜ!! どうすんだよいったい!?」

 スクライア商店に集まった一護達は、ミッドチルダ最大の危機をモニターで静観していたが、居ても立っても居られないとばかりコンは声を荒らげる。

「ユーノ・・・」

「ユーノさん・・・」

 一護や織姫が静かにユーノへ問いかける。

「・・・―――来たるべきXデーがとうとう来たんです。最早一刻の猶予も無い。今ここで動かなきゃ一生後悔する」

 そう言うと、ユーノは満を持した様子で重い腰を上げ、一護達を前にひとつの重大な決断を下した。

「スカリエッティの思う通りにさせるわけにはいかない。一護さん、織姫さん、コンさん、白鳥さん。僕と一緒に来てもらえませんか?」

 その言葉が向けられる瞬間をこれでもかとばかり待ちわびていた。

 一護は織姫とともに喜々とした笑みを交わし合い、コンもコンで不敵な笑みを浮かべ、白鳥は気乗りこそしないものの覚悟を決めた様子でふぅと息を漏らす。

「ったくよう。ずいぶんと待たせてくれるじゃねえかバカ弟子が!」

「みんなで力をあわせて戦いましょう。ユーノさん」

「オレさまの腕が鳴るぜぇ~~~!!」

「やれやれ・・・・・・面倒事に巻き込まれるのは好きではないのだがな」

 おもむろに立ち上がり、ユーノと目線を合わせる一護達。

 ユーノはミッドチルダへ渡る事に一切の躊躇いを抱いていない様子の彼らを見てとても心強いと思う事ができた。

「では、現地到着後の流れを説明します。一護さんと白鳥さんはミッドへ到着したらまず機動六課メンバーと合流し、プラントの破壊と戦闘機人の迎撃を行ってください。織姫さんは負傷した人達の治癒を。僕はヴァイゼンで少々準備があります」

「おい白鳥、この一カ月の修行の所為か・・・ちゃんと出してもらわないと困るぜー」

 若干の不安を抱いた一護がおもむろに尋ねると、白鳥はいつになく自信に満ちた表情を浮かべた。

「まったく・・・いったい私を誰だと思ってそのような言葉を口にするか。私こそ、一番隊第三席にして期待の星、いずれは尸魂界(ソウル・ソサエティ)に必ずやその名を残す事を霊王様より許しを乞うた白鳥礼二であるぞ!」

「さっすが白鳥さん。根拠も無くよくそんな自信と妄言が言えますね♪」

「妄言言うな!!」

「・・・・・・でも、その自信が今は必要です。あなた失くして魔導虚(ホロウロギア)根絶はあり得ない」

 しんみりとした声を発したユーノは、一か月の間で白鳥が修行でどれほどの成果を出せるか、内心不安でいっぱいながらも彼の潜在能力を信じ全てを託す事にした。

 

「よーし! んじゃ行くぜ・・・・・・死神代行組、ミッドチルダへ出陣だ!!」

 

           *

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

首都クラナガン コントラフォール外部

 

 コントラフォール内部へと閉じ込められた一千万都民救出へと向けて行動を開始した機動六課前線メンバー。

 なのははフェイト達とともに、ミッドチルダ中心部で不気味な光を放ちながら空へと粒子を押し上げる光のドームに向って飛び続ける。

(待っててね・・・ヴィヴィオ。必ず私が助けるから!)

 と、飛行を続けていた折―――真正面より飛来してきた音速戦闘機と融合して魔導虚(ホロウロギア)化したファイ・ニルヴァーナを目撃する。

「来た!」

「あれは私達に任せろ。ゆくぞ、アギト!」

「おっしゃー!」

 率先して囮役を買って出たシグナムはアギトとユニゾンすると、ニルヴァーナの巨体に一切の恐れを抱かず剣を振るう。

「破道の三十一、赤火砲!」

「破道の三十三、蒼火墜!」

 そのシグナムを援護する為、地上からは恋次と吉良も鬼道で攻撃を加える。

「ぼやぼやしてんじゃねー金太郎! さっさとなんちゃらハデスとやらを使え!」

「畏まりました。それでは参りますぞ―――」

 地上に根を張るように強く足下を踏ん張る金太郎。

 大きく構えたアックスオーガの刃は金色色の魔力光によって目映い光を放ち、いっぱいに溜めこんだその力を一気に前方目掛けて放つ。

「スイング・オブ・ハデス+―――!!!」

 スイング・オブ・ハデスの欠点である「チャージ時間の長さ」の解消を敢えて無視し、逆にチャージ時間を延ばすことで威力の大幅アップを狙った大破壊魔法。結果的に、威力の大幅アップに加え、技そのものに結界機能の完全破壊機能が付加される。

 その攻撃力はまさに超軼絶塵(ちょういつぜつじん)。他のどの魔導師や騎士にも並ぶ者はなかった。

 コントラフォール第一層を構成する超電磁バリアのエネルギーはスイング・オブ・ハデスの力によって消滅した。

『コントラフォール第一層貫通! 復元まで時間がありません!』

 ドドーン! ドカーン!

 そのとき、突如として地面の下から撃ち出される砲撃の嵐が金太郎や地上で戦う恋次達へと襲い掛かった。

「地下から砲撃か!?」

 

『ははははははははははははは!!! 管理局の犬共め、私達の力を思い知るがいい!!!』

 地下の仄暗い水脈に潜み砲撃を仕掛ける敵の正体は、海洋生物と融合して魔導虚(ホロウロギア)化したウーノ・カストラであった。

 マッコウクジラとナガスクジラ科のヒゲクジラを合わせた感じの姿で、多数の回転式砲台と両舷から伸びる巨大なアームを備えた異形の怪物と化し、身も心も人である事を放棄した彼女は最早無敵になった感覚だった。

「邪魔はさせないよ! 先輩、みんないくよ!」

「よっしゃー!」

「「「「「はい!」」」」」

 ちょうど現場へ到着した浦太郎達は、各自デバイスと斬魄刀を用いた攻撃でカストラの注意を引く。

「へっ! オメーの相手は俺達だ。ここで決着をつけようぜ!」

『望むところよ。今こそ、あなた方に止めを刺してあげるわ・・・』

 

「詠唱完了!! リイン、準備はええか!?」

〈いつでもいけます!〉

 シュベルトクロツを天に掲げ、魔力を最大限まで絞り上げたはやては、コントラフォール第二層を破壊する為の広域空間魔法を発動した。

「遠き地にて、闇に沈め―――デアボリック・エミッションッ!!!」

 球形状に形作られた純粋魔力の塊。バリア発生阻害能力を持った魔力攻撃を受けた途端、第二層に穴が空く。

『第二層貫通! しかし、もう時間が!』

「ヴィータ、あとは頼むでー!」

「おう! あたしの出番だぁぁ―――!!」

 血気盛んに控えていたヴィータがコントラフォールに向かって飛んで行く。

「そうはさせん!!」

「いけない! ヴィータ!」

 ニルヴァーナがヴィータを狙っている様を見て危機感を募らせた吉良だったが、次の瞬間―――

 カキンッ! 鋭い金属音を響き渡らせ、アギトとユニゾンしたシグナムが燃え滾るレヴァンティンの刃で、ザフィーラも自らの体でニルヴァーナの進路を防いだのだった。

「邪魔はさせぬ!」

「今のうちだ!」

「シグナム、ザフィーラもわりー! 恩に着るぜ!」

 烈火の将とそれを支える盾の守護獣の粋な心遣いに感謝するヴィータ。

「ぶっつけ本番になるがやるっきゃねー・・・・・・翡翠の魔導死神、オメーの力を信じてやるよ!」

 そう言うとヴィータは、数日前―――翡翠の魔導死神から送られてきた次世代型カートリッジシステムをグラーフアイゼンに装填する。

「IPカートリッジ装填! グラーフアイゼン、フォルムフュンフテ!」

〈Blinzenform〉

 刹那、ギガントフォルムと基調とした第五形態《グラーフアイゼン・ブリッツェンフォルム》へと変化した。

 

『IPカートリッジ』

 

 正式名称「イノベーション・プライム・リファイニング・カートリッジ」。

 アニュラス・ジェイドによって作り出されたARカートリッジを更に改良し、より安全で汎用性を重視した次世代カートリッジシステムである。

 

「ぶち抜けぇええええええええええええ!!!!!」

 技の発動時、目映いばかり金色に発光するヴィータの体。これはカートリッジに内蔵されている「マギオン自動スキーム」と、「マギオン自動反応炉」のエネルギーが術者を保護のために展開する特殊なエネルギーコーティングによるものだった。

 ハンマーヘッドを高速で叩きつけた瞬間、重力波が形成され、その中に割断ウェーブが作り出され、対象を光速にまで強制的に加速させることで光子に変換、消滅させるだけの強大なネルギーが作り出された。

 その効果により、高エネルギーを有した第三層が光の粒子となって消滅。その瞬間に中へと続く突入口が確保された。

『第三層貫通! 今ですなのはさん、フェイトさん、恋次さん、コントラフォール内に突入してください!』

「「「了解(おう)!」」」

 

 層が破壊されたと同時にコントラフォール内部へ突入するなのは、フェイト、恋次。

 突入直後、想像を遥かに超える光景が三人の瞳に映った。

「なっ!?」

「これは!」

「うそ・・・でしょ・・・!?」

 クラナガンという街がまるまる異常に隆起した何も見えない大地の山。自然界では決して拝めないものがそこにはあった。

「急ごう、なのは、恋次さん!」

 反りたった大地を突っ切るように空高くへと舞い上がる三人。

 そして、頂きに辿り着いたとき―――既に首都全域にかけて無数の幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントが覆いつくされたこの世の地獄と化していた。

「「「これはッ!」」」

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:久保帯人 『BLEACH 11、26巻』 (集英社・2003、2007)

 

 

 

 

 

 

教えて、ユーノ先生!

 

ユ「今回は・・・―――」

 と、紹介を挟もうとした矢先。突然の襲撃を受ける。

ユ「のああ!! ウソでしょー!!」

 機人四天王ウーノによる妨害を受け、ユーノは強制的に退場させられる。

ウ「今日は私が機人四天王による魔導虚(ホロウロギア)化ついて説明をするわ」

 そう言って本日、作中で見られた機人四天王による魔導虚(ホロウロギア)化について説明し始めた。

「私達は体内に『(ホロウ)化因子』と呼ばれる三重螺旋状の特殊な遺伝子情報を持っていて、幼生虚(ラーバ・ホロウ)を使わずとも、魔導虚(ホロウロギア)化する事が可能なの。しかもドクター自らが施した融合プログラムによって生物は元より、機械との融合すらも可能よ」

「そして、この力を使ってファイが戦闘機と融合したニルヴァーナ。私がクジラと融合したのがカストラと言うわけ」

ユ「どうでもいいけど、人のコーナーを勝手に乗っ取るのはいい加減止めてくれるかな!!」

 自分のコーナーに対する執念は人一倍強いユーノなのであった。

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

一「よーし、ミッドチルダに行くぞー・・・って、何してんだよテメー!?」

 ミッドチルダ行きが決まった直後、一護は信じられない光景に目を疑った。

 呑気な事に白鳥はミッドチルダへ着ていく服を入念にチェックし始めたのだった。

白「身嗜みは大事である。いついかなる時も男子たるもの、恥ずかしくない格好で死ねるようにと言うのが我が家の家訓でな」

一「んなこと言ってる場合か!! この非常時にお前って奴は・・・・・・って、オメーラも何やってんだよ!!」

 ふと周りを見れば、一護の周りで織姫は化粧を整え、コンはユーノが作った義骸の着心地を確かめるように体を機敏に動かし、ユーノもユーノで在庫表の管理をしていた。

織「いやー、だってさ。知らない土地に行くわけだし、ひとまず周りから変に見られたくないっていうか!」

コ「向こうでオレさまの力を見せつけて、美人な魔導師のお姉さんを虜にしてやるんだ!!」

ユ「しばらくは店を空けなくちゃいけないわけですからね。今のうちにこういう細かいことはやっておかないとならないんですよ♪」

一「おまえら・・・・・・そろいもそろって呑気すぎるだろうがぁぁ―――!!!」

 切実なる一護の叫びがスクライア商店に響き渡った。




次回予告

ユ「君達に、最新情報を公開しよう。」
「ついに、人類存亡を賭けた大都市決戦が始まった!」
「音速の対決:フェイトVSファイ! 地下水脈の死闘:フォワードメンバー・浦太郎・鬼太郎VSウーノ! フルパワーの激突:ヴィータ・シグナム・吉良・金太郎VSトーレ・クアットロ!」
「ユーノ・スクライア外伝 NEXT、『激突!機人四天王』」。次回も、この小説にファイナルフュージョン承認!」
一「『白鳥礼二』―――これが勝利のカギだ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話「激突!機人四天王」

前回のあらすじ

 

 幼生虚(ラーバ・ホロウ)を使い果たしてしまった機人四天王は、幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントを作るためにコントラフォールでミッドチルダの首都クラナガンを封鎖してしまう。

 機動六課は連携作戦によって、なのは、フェイト、恋次の三人をコントラフォールの内部へ送り出すことに成功するが、機人四天王の猛攻は止まらない。

 果たして、我らが最強魔導師&死神軍団は機人四天王を止めることが出来るであろうか!?

 

           ≡

 

新暦079年 6月6日

第3管理世界「ヴァイゼン」

カレドヴルフ・テクニクス本社開発センター

 

「汎用性飛行魔法の一般販売の日程も無事10月に決まりましたねー」

「あぁ。管理局への導入も間近だからな。全員気を抜くんじゃね-ぞ」

 アニュラス・ジェイドこと、ユーノによって作り出された汎用性飛行魔法の正式発売と管理局への本格導入が決まったCW社の職員は浮足立っていた。

 陰ながらユーノの補佐を務め、これまで彼とともにあらゆる画期的な技術を作り出すのに一役担って来たバウラ・ウシヤマは、浮足立つ部下達を諌めつつも、新たなスタートラインに立てた事に内心興奮していた。

「ウシヤマ主任」

 すると、会議を終えたばかりのウシヤマの元へ部下の一人が近づいてきた。

「プロフェッサーユーノがいらしてます。なんでも火急の用事とかで」

「プロフェッサーが?」

 火急の用事―――それが意味するものが何なのかはわからないが、ユーノが切羽詰まった状況など稀有な話だった。

 ウシヤマは一先ず急ぎ彼の元へ向かうため、会議室から応接室へと直行。

 中へ入ると、いつも通り甚平と帽子という出で立ちのユーノがソファに腰かけていた。ただその表情はいつになく険しかった。

「すみませんプロフェッサー。お待たせしまいました。それで、今日は一体どんな御用件なんです?」

 おもむろに尋ねと、ユーノはソファから立ち上がるなり、真剣な眼差しを向けてきた。

 その眼力に思わず息を飲むウシヤマ。やがて、ユーノはウシヤマに対しゆっくりと言葉を紡ぐ。

「ウシヤマ主任。無茶を承知でお願いがあります。急ぎ【ウルカヌス】と【メカニシャンズ】の起動準備を行っていただけますか?」

「! そりゃまた・・・ずいぶん焦眉の急ですね。もしや・・・・・・プロフェッサーの言っていた例のXデーとやらが来たんですね」

「ええ。最早一刻の猶予もありません。ご無理を言っているのは重々承知しています。ですが今、あなた方全員の力が必要なんです。どうか、僕に力を貸してもらえませんか? お願いします!」

 深々と首を垂れるだけでない。恥や外聞もかなぐり捨てたように額を床に擦りつけ、目の前の男に向けてユーノは必死に懇願する。

 ウシヤマは仕事上でしかユーノとの付き合いは殆どなく、彼と仕事をし始めたのは二年余りしか経っていない。

だが、仕事を通して彼の性格は理解していた。

 人に頼らないくらい優秀である彼が人に頭を下げる事がどれだけ珍しく、どれだけ異例であり、何よりも―――心から彼の役に立てると強く実感できる瞬間は無かった。

 暫し土下座をするユーノを見下ろしていたウシヤマは口角を緩めると、頭を上げてください、そう言って彼に話しかけた。

「力を貸すも何も、俺らは全員アニュラス・ジェイドの手足なんだ。だからあんたが言うなら俺たちは喜んでこの身を捧げますぜ!」

 最高の笑顔で承諾の意を見せたウシヤマにユーノは表情を綻ばせる。

 

「―――ありがとうございます。では、早速ですが準備に取り掛かりましょう」

 

           *

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

時空管理局 ミッドチルダ首都地上本部 展望フロア

 

 首都全域を制圧した幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラント。

 人々は幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントによって捕われの身となった。

 陸も、空も、地下も、すべてが敵の手中。課外授業で地上本部を訪れていたSt(ザンクト).ヒルデ魔法学院の児童はこの世の終わりとも思えてならない今の状況に恐怖した。

「もう・・・こんなのイヤだ・・・・・・ボクたちどうなっちゃうの~~~!!?」

「こんなところで死にたくない!」

「お父さん・・・お母さん・・・///」

 ミツオの悲鳴に便乗して児童の多くが泣き言や悲観的な思考に支配される。そんな周りを少しでも励まそうとバウラやヴィヴィオは気丈に振る舞った。

「みんな元気出せよ! もうすぐヴィヴィオの母ちゃん達が・・・・・・機動六課のエース魔導師が助けに来てくれるって!」

「うん。バウラの言う通りだよ。ママ達が必ず来てくれる。わたしはママ達を信じる!」

「ヴィヴィオ・・・」

「そうだね。こんなところで泣いてばかりいられないもんね」

 希望を捨ててはダメだ。そう思ったコロナとリオはヴィヴィオが信じる希望を自分達も一緒に信じる事にした。

 少しだけほっとしたのも束の間。ヴィヴィオの耳に吃驚するミツオの声が聞こえてきた。

「ねー! アレなんだろう!?」

 双眼鏡を覗きながらミツオは周囲に訴えかける。

 慌てて窓の外を確かめると、眼前に映って来た光景にヴィヴィオ達は絶句した。

「な・・・なんだありゃ!?」

 絶えず響き渡る轟音、それに伴いピカっと輝く閃光。

 異常隆起現象を引き起こしたクラナガンをすっぽりと覆うコントラフォールを形成する強大なエネルギーが、円環状に動き回る二体の巨大魔導虚(ホロウロギア)の手によって作り出されていたのだった。

 

           *

 

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

 コントラフォール内部へと突入したなのは達の通信が突如として断絶。

 シャリオ達は絶えずコンタクトを行うが、強力な妨害電波によってあらゆる通信機器は全く役に立たずにいた。

「なのはさん達との交信回復しません! 八神部隊長、シグナム副隊長とヴィータ副隊長、ザフィーラ、金太郎さん、吉良さんは機人四天王ファイの魔導虚(ホロウロギア)態とB地区において交戦中です!」

「フォワードメンバーと浦太郎さん、鬼太郎さんは地下水脈にて同じく魔導虚(ホロウロギア)化した機人四天王ウーノとの戦闘を継続中です!」

「あとは、内部に侵入したなのはちゃん達次第ですね」

「僕達の希望を信じるしかない」

 管制官からの報告を聞きながら、モニター越しに映し出される不気味な輝きを放つコントラフォールを、クロノやマリエルは厳しい顔つきで凝視する。

(頼んだぞ。なのは・・・フェイト・・・恋次さん)

 

「リンディ統括官より入電です!」

 報告したシャリオはメインモニターに映像を表示。クロノ達の前に顔を見せたリンディ・ハラオウン統括官は真剣な眼差しで語りかけてきた。

『クロノ。現在の状況は?』

「既にフェイト達がコントラフォール内部へ突入を成功させましたが、ジャミングによって通信は途絶しています。他のメンバーは引き続き魔導虚(ホロウロギア)化した機人四天王と各地で交戦中です」

『そう・・・・・・実はねクロノ、以前に翡翠の魔導死神さんから技術提供を受けた例のLEツールの件でちょっと話があるの』

「LEツールって・・・・・・まさか!?」

「正気ですかリンディ統括官! あれを・・・“リンカーエクストリーマー”を本気で使うつもりなんですか!?」

 クロノばかりか、マリエルも驚愕の表情を浮かべる始末。

 やはりね・・・。心中二人の反応を予測していたリンディは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべるも、現実的な意見を述べる。

『・・・・・・私だってほんとは使いたくなんかないわ。だけど、いざというときのための力でもあるの。それは私よりもここにはいない造った人間が一番理解している筈よ』

 リンディが示唆する謎のツール―――リンカーエクストリーマーの設計者こそ、翡翠の魔導死神であった。彼もまた、今のリンディと心境は同じであり、できる事なら一生使わずに事が済めばいいと心の中では思っていた。

 だがもしも、どうにも立ち行かなくなった時や使用の容認をせざるを得ない危機的状況に立たされた場合には躊躇無く使う事も辞さない覚悟が求められる。

 事前にツールの危険性について話を聞いていたクロノは、そのような状況に立たされた場合、果たして使用承認を出せるのか否か。英断を迫られる究極的なシチュエーションが来ない事を望んでいたが・・・それは神のみぞ知る事だった。

 

           *

 

首都クラナガン コントラフォール内部

 

 コントラフォール内部へと突入したなのは、フェイト、恋次の三人は突入と同時に通信機能が一切使用不可となった事態に内心焦りを抱いていた。

「スターズ1からロングアーチ、応答願います!  シャーリー! クロノ君! ダメ・・・やっぱり交信できないよ」

「やっぱりこの中では通信も効かないみたい」

「くそ。幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントを成長させているエネルギー源さえぶち壊せば・・・!」

 これ以上の事態悪化は何としてでも阻止せねばならない。

 首都全域を覆い尽くす不気味に蠢動する植物のような蔦と触手、そこから生み出されようとしている無数の幼生虚(ラーバ・ホロウ)の集団。

 スカリエッティ一派の狙いは、クラナガン在住の一千万都民を対象とした大規模な魔導虚(ホロウロギア)化計画であり、幼生虚(ラーバ・ホロウ)はその為に必要不可欠なものだった。

 終始焦燥を顔に出すなのは達は空の上から、気味の悪い植物に侵食された街を見下ろしつつ、短時間で成長を続けるプラントのエネルギー源を血眼になって捜索する。

「っ!」

 すると、フェイトは前方数百メートル先で捕えた謎の発光エネルギーを目視。

 青と紫―――二つの異なる光は互いに環状に強いエネルギーを発生させており、凄まじい速度で移動し続ける事によって形成される光の輪が三人の瞳に焼き付いた。

「なのは、恋次さん、あれを!!」

「あれは・・・!?」

「なんだよ一体・・・!」

「多分・・・環状レールウェイと環状ハイウェイを利用して、ザックームの時のような加速エネルギーを作っているんですよ!」

 数か月前、機人四天王との直接接触のあった新型魔力炉ザックームでの出来事は今でも鮮明に記憶に残っている。

 次元世界でも算出度が極めて低い鉱物資源【インペリム】が持つ陽子と反陽子を高質力で衝突させた際に生じる加速エネルギーは、幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントを育てるのに打ってつけの環境であり、それに目をつけた機人四天王はザックームを制圧。大量の幼生虚(ラーバ・ホロウ)の培養に着手したものの、完成目前で計画を知ってなのは達を救出に来た翡翠の魔導死神の手により根こそぎ破壊され、計画は破綻した。

「首都中の人間が魔導虚(ホロウロギア)になっちゃったら、管理局の力を以ってしてもどうすることもできない!」

「そうならねーよう今ここで俺たちが絶対にぶち壊すッ!!」

 突き止めた幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントへのエネルギー源に向かって空を翔る二人の魔導師と、一人の死神。

 空気の抵抗を全身で受け流し滑空すること数分。

 ようやくレールウェイを取り込み体内の(ホロウ)化因子によってライオンを思わせる姿の魔導虚(ホロウロギア)に変貌した機人四天王トーレこと、セクメ。同じく首都ハイウェイを取り込んで(ホロウ)化因子で大蛇を思わせる姿の魔導虚(ホロウロギア)に変貌した機人四天王クアットロもとい、ワルター4の下まで急いだ。

 このとき、敵の元へ向かって空を翔る三人の姿を地上本部展望台に取り残されたヴィヴィオ達もしかとその目で捕えていた。

「なのはママ! フェイトママ! それに恋次さんもいる!」

「助かった~~~! 神さまはボクらを見捨てて無かったんだぁ~~~!」

 

 セクメとワルターが作り出す加速エネルギーは幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントを育てるのに極めて良質な栄養源となっていた。

 二体へ接近した直後、恋次は一気に潰しにかかる為、即座に卍解を発動させる。

「卍解っ!! 狒狒王蛇尾丸!!!」

 巨大なオロチの雄叫びが響き渡らせ、恋次はなのはとフェイトに一斉攻撃の合図を送る。

「いくぜ二人とも!! 三人の力を奴等に余すことなくぶつけるぞ!」

「「はい!」」

 そして、次の瞬間―――。

「狒骨大砲!!」

「エクセリオンバスターッ!!」

「トライデントスマッシャーッ!!」

 三人が放つ必殺技が眼下の標的・セクメとワルター4目掛けて、ほぼ同時のタイミングで放たれた。

『ん!? 高町なのはにフェイトお嬢様、それに赤髪の死神も!!』

『よくもプラント内へ!!』

 気付いた二体は驚きを隠し切れなかった。

 二体が交わるポイントに絞って砲撃を仕掛けた三人の合体技が頭上より容赦なく降り注ぐ。これを二体は紙一重で回避した。

 プラントへのエネルギー供給と、コントラフォール自身を構成する膨大なエネルギー源が絶たされた瞬間、首都全域をぶ厚く囲む三層からなる光のドームは消滅。

 くぐもっていた灰色の空は晴れ、太陽が顔を出した。

「わあぁぁぁ!!!」

「そらが晴れたー」

 空が晴れた瞬間、展望フロアに取り残されたヴィヴィオ達も喜々とした表情で空を仰ぎ見る。

 

 一方、コントラフォールの外でドームの消滅を間近で確認したリインとはやてはともに喜びを分かち合っていた。

〈やりましたです! コントラフォールの消滅を確認です!〉

「うん。そやけど、問題はこれからや」

 喜んでばかりもいられなかった。はやては冷静に光のドームの消滅に伴って明朗となった首都全域を覆い尽くす大量の幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントを凝視する。

 

 六課隊舎で同じ光景をモニターで確認したクロノ達もまた思わず声を詰まらせた。

「っ! あれは!!」

「ひどい・・・こんなことが・・・・・・」

 異常に隆起した地盤と、都市全体を侵食する幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントというこの世の終わりを表したかのような光景は凄まじいインパクトを与える結果となった。

「それが報告にあった幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラント―――なのね」

 不意に後ろから聞こえてきた掠れた女性の声。

 聞き覚えのある声だと思えば、旧六課時代からの後見人であるリンディが隊舎にやって来たのだった。

 おもむろにモニターの近くへと歩み寄り、街を埋め尽くすまでに数を増した無数のプラントを見るなり、リンディの顔つきが険しくなる。

「・・・・・・とてもこの世の光景とは思えないわね」

「リンディ統括官。見たところプラントはかなりの最終段階まで近づいていると思われます」

「クロノ提督、大至急エネルギー供給を断ち切らなければならないわ!!」

「はい」

 実母であり上官からの語気強い指示に首肯。

 クロノは現地で四天王と交戦中のはやて達ら機動六課前線メンバー全員に、重要度の高い指示を出す。

「全員総力を以って幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントを破壊せよ!!」

 

「やってくれたな機動六課っ!!」

 コントラフォールが破壊され、一時的にプラントへのエネルギー供給が絶たれた事にニルヴァーナは相当の焦りを募らせる。

 ヴィータとシグナム、吉良、ザフィーラ、金太郎の頭上を高速で飛翔し、異常隆起した地盤を垂直に上昇。内部に突入したなのは達の下へと急ぐ。

「待て!!」

「逃がすかよ!」

 自分達を無視して逃げおおせようとするニルヴァーナを追って、シグナムとヴィータ、はやても直ちにを追いかける。

「奴は彼女達に一任し、我々は別の仕事にとりかかるとしましょう」

「はい」

「心得た」

 ニルヴァーナをはやて達に任せた吉良、ザフィーラ、金太郎の三人は、自分達にしかできない別の仕事に取り掛かる事で互いに合意した。

 

           *

 

ミッドチルダ首都中心部 地下水脈

 

『くっ。まさかあの防壁が破られるとはね・・・―――」

 コントラフォールの消滅を、地下水脈にてフォワードメンバーと対峙していたカストラ自身も察知した。

「ついさっきロングアーチから幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントの破壊、それにヴィヴィオ達の救出の命が下ったわ」

「だから、テメーの相手はここまでだ。あばよ姐ちゃん!」

 無暗に交戦するリスクは避けて通りたかった。

 ロングアーチから通達を受けたプラント破壊と捕われた都民の救出を最優先と考えるフォワードメンバーは、早々に戦線を離脱しようとする。

 しかし、カストラは敵前逃亡を決して許さない。

 全体的に要塞のように重武装した体のあちこちに付いた回転式砲台から魔力と霊力エネルギーをチャージ。砲撃を放ち、逃げ道を封鎖する。

「危ないっ!!」

 咄嗟にキャロがフリードの背中に乗って自分達を覆うだけの巨大な防御膜を展開し、崩れ落ちてきた瓦礫を辛うじて防ぐ事ができた。

 カストラの攻撃によって、逃げ場を失ったフォワードメンバー。険しい表情を浮かべる彼らを凝視し、カストラは恨み節を吐く。

『いつもいつもいつも・・・・・・ドクターの邪魔をするあなた達だけは決して許さないわよ! 今日こそは私がこの手自らが抹殺してやるわ!! ふふふふははははははははは!!!!!』

 言った直後、背中の回転式砲台から大威力の砲撃を発射。狭い地下水脈においてフォワード達を追い詰める。

 

           *

 

同時刻―――

首都クラナガン 幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラント区画・中心部

 

 魔導虚(ホロウロギア)化したトーレとクアットロを攻撃し、エネルギー供給を断ち切る事に成功した名のは達。

『うぉ・・・のおおおおおおおお・・・』

『あぁ・・・あああああああああ・・・』

 三人が繰り出す必殺技を喰らった二体は、(ホロウ)特有の再生能力を駆使して攻撃時に受けた破損個所の即時修復を試みる。

「悪いが、再生する時間をやるわけにはいかないんだっ!!!」

 彼らが再生する様を見ていた恋次はおもむろに近づき、狒狒王を構えながら声高に叫ぶ。

 弱り切っている相手に止めを刺そうとした、次の瞬間―――。

「のあああああ!!!!」

 突如飛来した高速の飛行態が恋次を襲撃。紛れもそれは無くトーレ達を援護する為に駆けつけたファイの魔導虚(ホロウロギア)態・ニルヴァーナだった。

『貴様らの好きにはさせん!』

「恋次さん!!」

「あいつは!!」

 なのはとフェイトの目の前で超高速で飛翔するニルヴァーナが生み出すソニックブームと激しい突風が二人にも牙を剥いて襲い掛かる。

「「きゃあ!」」

 巨大でありながら速さに特化したフォルムが生み出す疾風は洗練されており、三人にとっては実に厄介極まりない攻撃だった。

『奴らは俺が(たお)す。貴様らはさっさと幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントを完成させろ』

『あなたに言われなくても・・・!』

『はじめからそのつもりだ』

 当初からあまり仲の良いとは言えないファイからの小言をおもしろく思わない二人だったが、彼の言う通り何よりも今はプラントの完成が急務だった。

 再生能力でダメージを回復させた二体は、プラントを育てる為に、環状レールウェイとハイウェイを利用した加速エネルギーの生成作業を再開した。

 二体が生み出す加速エネルギーは絶たれていた幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントへの成長を促し、更には外部とを完全に遮断する光のドーム・コントラフォールが形成された。

 クラナガンに差し込む太陽は再び隠れ、鈍色の雲が立ち込める。

 

           *

 

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

「コントラフォール再形成!」

幼生虚(ラーバ・ホロウ)の様子は?」

「駄目です! 成長が止まりません!」

「レギオン粒子反応を確認。プラントが完成に近付いてる証拠です! あと10分ほどで最終段階に至ると思われます!」

「くっ・・・時間との勝負か・・・・・・」

 一刻の猶予も無い事態に直面し、額から脂汗を掻くクロノ。

 プラントは静かに、だが着実に成長を続け、完成の瞬間を迎えつつあった。

 

           *

 

首都クラナガン 幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラント区画・中心部

 

 ニルヴァーナによる猛攻は止まらない。

 高速戦闘を得意とする機人四天王屈指の強者相手に苦戦を強いられる三人。

「「は、は、は、は、は」」

 全身を傷だらけにするなのは、恋次を一瞥したフェイトはひとつの決断を下す。

「バルデッシュ―――ライオット!」

〈Yes Sir.Riot Blade〉

 主人の命を受けた金色の戦斧《バルディッシュ・アサルト》はフルドライブモードに当たるフォースモード・ライオットブレードを起動させた。

 ザンバーよりも細身の片刃の長剣は高密度に圧縮された魔力刃を有し、高い切断力を誇るのみでなく、刀身に伴う高圧電流により、防御の上からでも電撃によるダメージを与える事ができる。

「フェイトちゃん!?」

「おまえ、まさか一人で!」

 彼女の行動の意図を即座に理解したなのはと恋次は驚愕の表情を浮かべる。

 フェイトは二人を先にヴィヴィオ達の元へ向わせる為に、ニルヴァーナの囮役を進んで買って出たのである。

「なのは、恋次さん、先に行ってて。私も後から必ず追いかける」

 フェイトの瞳に宿った確かな覚悟。それを感じ取った二人は顔を見合わせ、互いに納得すると彼女を信じる事にした。

「絶対に無茶だけは駄目だからね!」

「戻って来なかったら承知しねーぞ」

 フェイトの勝利を切に信じ、二人はその場から離脱。ヴィヴィオ達が捕われている地上本部へと急いだ。

『フン・・・。観念して自ら死を受け入れたか。それともこの俺に嬲り殺さるオプションを望んだか?』

「どっちも違う」

 低い声で静かに発した直後、フェイトはバリアジャケットをパージし、最低限の装甲のみを残した《真・ソニックフォーム》へ換装。

 さらに、左右に持った二本のライオットブレードを連結させた巨大な大剣《ライオットザンバー・カラミティ》の形状に変化させると、頭上で影を作る巨大な敵を仰ぎ見ながら宣言する。

 

「お前を倒して、この馬鹿げた騒ぎを終わらせる―――それだけだ」

 

           *

 

同時刻―――

ミッドチルダ首都中心部 地下水脈

 

 地下水脈では依然としてフォワードメンバーとカストラによる激しい戦闘行為が継続していた。

 

「リボルバー・・・ブレイクッ!」     「クロスファイアー・・・シュゥゥゥ―――トッ!!」

 

           「サンダーレイジ!!」 「アルケミックチェーン!」 「ストームシュート!!」

 

「―――スピアトルネード」   「俺の必殺技、パート4!!!」

 

 圧倒的な体格差と能力を誇る相手に対して有効打を与える方法は、地形や相手の能力に合わせて技を繰り出す事である。

 カストラは確かに大火力を有する。下手な攻撃が通じないのは百も承知。ゆえにスバル達は各々の得意技で相手を翻弄し、この狭小空間でカストラのアドバンテージを少しでも奪うつもりだった。

 複数に撃ち出される橙色の魔力スフィアと、真水を伝う電撃、魔力を持った高圧水流と摂氏数百度に達する火炎弾など、一人一人の技は微弱でも地形を活かした有効戦略を立てる事で不利な状況を覆すことができる。

 カストラは崩壊する壁や天井の瓦礫や、羽虫の如き小さな敵の攻撃に段々と苛立ちを募らせる。

『この・・・小癪なッ!!!』

 回転式砲台から強烈な一撃を放ち、更には両舷(りょうげん)から伸びる巨大なアームで相手を拘束しようとするも、カストラと違い俊敏性に長けたスバル達は水路をちょこまかと逃げ回って思う通りにはさせない。

「フェイクシルエット・フルパフォーマンス!」

 頃合いを見計らって、ティアナは幻術魔法を発動。幾人もの幻影を作り出して十重二十重(とえはたえ)とカストラの周りを取り囲み、敵の判断を鈍らせる作戦に転じた。

『これは・・・! 幻影と実体の混成ですって!?』

 案の定、カストラはティアナの幻術に惑わされしどろもどろ。攻撃の手を止めてしまった。今のうちにスバル達は怯む相手の隙を突いて攻撃を再開する。

『こんなものぉぉぉ!!!』

 魔導虚(ホロウロギア)化による副作用で理知的な判断が鈍り、野生に近い感覚を有するカストラは怒りに我を任せて、幻覚諸共すべてを吹き飛ばそうと闇雲に砲撃を放つ。

 が、やはり要領を得ない攻撃では正確な的に当てる事など不可能。スバル達は冷静さを欠いたカストラに怒涛の如く攻撃を仕掛ける。

「フリード、ブラストレイ!!」

「ドルフィンドライブ!」

「リボルバー・・・・・・シューット!!!」

 フリードの火炎攻撃と浦太郎の水流魔法、そして、スバルの一撃がクリーンヒット。

 三段階の攻撃を受けたカストラのぶ厚い表皮はかなり傷ついた。これを超速再生能力でもって即時回復を図る。

『おのれぇ!』

 怒りを露にし、カストラは形振り構わず手当たり次第辺り一帯を攻撃。壁や天井の崩落を一切気にする事無く徹底的に攻勢に転じた。

 

           *

 

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

「ルキノ、各所の前線メンバーの動きはどうなってる?」

「現在八神部隊長ほかヴィータ副隊長、シグナム副隊長はプラントの破壊を試みてます。ザフィーラ、吉良さん、金太郎さんの三名は環状レールウェイ及び環状ハイウェイ魔導虚(ホロウロギア)に接近中。フェイト隊長は飛行魔導虚(ホロウロギア)と空中戦闘中です!」

「急がないと、プラントが完成してしまうわ!!」

「一千万都民が・・・魔導虚(ホロウロギア)化される・・・・・・!」

 クロノ達が最も恐れる最悪の展開。考えただけで背筋が凍る。

 残り時間はわずか7分18秒。

 果てして、神が味方するのは人類か。果てはスカリエッティ一味なのか―――!?

 

 地獄へと変わり始めるミッドチルダ。

 コントラフォールによって遮られた都市の一角に唐突に現れた亜空間に通じるトンネルの向こうから、三人の人影が現れる。

 一人は身の丈ほどの大刀を背中に担いだ死覇装姿の男。一人は亜麻色の長髪をなびかせる女性。一人は黒いスーツを基調とした出で立ちの男だった。

 そのうちの黒スーツの男―――特殊な義骸に入ったコンは周りの様子を伺いながらおもむろに口を開いた。

「・・・・・・ここがミッドチルダか? 近未来都市っつーからどんなとこかと思ってたら、まるで地獄みてーなだな」

「周りをよく見てみろよコン。どう見ても幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントだろうが。こいつが繁殖してるせいで街はこのありさまなんだよ」

 コンの言動を諌めるオレンジ色の頭髪の死神代行―――黒崎一護は絶えず眉間の皺を深く寄せながら、いつでも刀を抜ける準備をする。

「あれ? そういえば白鳥さんの姿が見えないけど・・・?」

 訝しげに辺りをきょろきょろ見渡していた一護の妻・織姫が一護に報告する。

「またあいつ勝手にどっか行きやがった・・・・・・まぁいいや。とりあえず放っといてもいいだろう」

「いいのかよそれで・・・・・・」

 大雑把過ぎるように思える一護の言動には時折コンも疑心を抱いてしまう。

「恋次くんと吉良さん・・・それに金太郎さん達はだいじょうぶかな?」

「あいつらがそう簡単にくたばるかよ。とにかく、俺たちがここに来た理由は一つだ」

 言うと、一護は眼前でうねうねと蠢くプラントに注意を向けながら、両隣に立つと織姫とコンに向かって呼びかける。

「いくぜ、織姫。コン」

「「うん(おう)」」

 

           *

 

首都クラナガン コントラフォール内部

 

 ザックーム以来の一対一の戦闘行為に臨もうとしていたフェイトとニルヴァーナ。

 両者空中での高速戦闘を最も得意とする戦士同士―――相手の考えを読んで牽制しつつ、フェイトはニルヴァーナと対峙する。

「機人四天王ファイ、一対一の勝負だ。ここで決着をつける!」

『貴様のような脆弱な魔導師がこの俺に敵うとでも思っているのか・・・フェイト・T・ハラオウン』

 刹那、ニルヴァーナがフェイト目掛けて接近してきた。

「のあああ!!」

 音速に達する移動速度はフェイトの剥き出しの皮膚をいとも簡単に切り裂く。

『貴様とてスピードで俺を上回るのは不可能だな』

「ほざくな!」

 相手の挑発に激昂したフェイトは超高速で移動するニルヴァーナに追いつこうと必死に食らいついて攻撃を繰り出すが、元々の体格差と相手本来が持つ高いポテンシャルも相まってあと一歩と言うところで手が届かず、防戦一方の戦況だった。

『フン・・・。のろい、のろ過ぎる』

「うああああああああああああああああ」

 猛烈な勢いでビル街に墜落するフェイト。

 ほぼ生身と言って差し支えない体にかかる負荷は相当なものだった。軽くあばら骨に皹が入った感じだ。

「くっ・・・・・・。」

 だが彼女の心は決して折れない。刺すような痛みも堪えて再び戦場である空へと舞い戻っていく。

『無駄な足掻きだ』

 抵抗をやめようとしないフェイトに哀れみさえ抱いたニルヴァーナは、先ほど同様に高速で移動しながら満身創痍の彼女の体を更に傷つけ追い詰める。

「のああああああああ!!」

『空に生き、空で育ったこの俺に敵うはずもあるまい』

 一度Uターンし、加速に乗せてフェイトに狙いを定め飛翔する。

「バルディッシュ!」

〈Protection〉

 咄嗟に防御魔法を展開し、正面から飛んでくるニルヴァーナの攻撃を弾くも、相手にダメージ効果は期待できなかった。

『フン、効かんな』

「はああああああああ」

 勢いをつけ、フェイトはライオットの巨大な刀身をニルヴァーナ目掛けて振り下ろす。

 だが、その攻撃をあらかじめ読んでいたかのようにニルヴァーナは軽くあしらう様子で容易に回避する。

「なに!?」

 吃驚するも直ぐに思考を切り替え、空高く飛翔したニルヴァーナに対し、フェイトは大剣を大きく振りかざし、刀身から高圧の電流を放ち攻撃する。

「はああああああ!!!」

 フェイトから向けられた電撃をまたも容易に躱した後、ニルヴァーナは甲高く笑いながら彼女に告げる。

『ははは。空は良いぞ』

 言うと、胴体内に格納された格闘用アームでフェイトを叩きつける。

「くっ!!」

 衝撃で後方へ飛ばされるフェイト。

 と、次の瞬間―――猛烈な乱気流が突如として発生し、飛行するフェイトの体勢を著しく崩そうとした。

(乱気流!? そうか・・・地盤が極端に隆起したことで、ビル風の数十倍もの突風が巻き起こってるんだ!)

『フェイト・T・ハラオウン―――貴様との勝負、ここで終わりにさせてもらう!』

 

「ギガトンシュラーク!!」

「〈火龍一閃〉!!」

「フレースヴェルグ!!」

 激戦を繰り広げる前線メンバーの勝利を信じつつ、はやてとシグナム、ヴィータの三人は完成間近の幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントの破壊に徹していた。

 強力な魔法攻撃で幾度となくプラントの破壊を試みるも、あまりにも膨大な数と非常に魔力攻撃に対する耐久性に優れた組織構造、さらにはエネルギー供給源である二体の魔導虚(ホロウロギア)が健在という状況からプラントはその数を一向に減らす事は無かった。

 魔力切れを起こしかける三人は、自分達の周りで着々と成長を続ける幼生虚(ラーバ・ホロウ)を目の当たりにし、危機感を募らせる。

〈ヤバいぜ! このままじゃこのままじゃ幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントが完成しちまう!〉

「やはりエネルギーの発生源を先に叩くべきか」

「それに関しちゃ、ザフィーラ達を信じて待つしかねー」

「ヴィータの言う通りや。ここは三人を信じて、私たちのやるべき事に集中するんや」

 仲間を信じ、自分達の力を信じ、目の前で完成されかけているプラントを無心になって破壊すべくはやて達は次なる魔法を発動させる。

 

           *

 

時空管理局 ミッドチルダ首都地上本部 展望フロア

 

 機人四天王相手に苦戦を強いられる機動六課の魔導師・騎士達。望遠鏡で逐一観戦していたミツオは例の如く悲観し声をあげる。

「ああー!! 何だか苦戦してるよー!! ボクたちどうなっちゃうのー!?」

「つべこべ言うならミツオも戦ってきたらどうなの!?」

「そんなぁー///」

 業を煮やしたコロナからのきつい一言に思わず涙するミツオを余所に、ヴィヴィオ達はは周りに機動六課の応援を呼びかける。

「みんなで、機動六課の人たちを応援しよう!!」

「そうだね! なのはママー! フェイトママー! みんながんばれー!」

「オレたちが付いてるぞー!!」

 自分達にはこんな事しかできない。

 それでも彼らは最後の最後まで諦めず、自分達や街を救う為に命懸けで機動六課メンバーの勝利を信じ、ひた向きに応援を続けた。

 児童達だけじゃない。地上本部取り残された殆どの者が藁にも縋る思いで彼らに世界の明暗を託したかのように一斉にエールを送った。

 

           *

 

ミッドチルダ首都中央 地下水脈

 

 激闘からおよそ1時間が経過した。

 カストラの猛攻によって、スバル達の体力と魔力は底をつき、皆力果ててしまった。

 鬼太郎も深手を負って動けなくなり、浦太郎に至ってはカストラに捕まり、体を強く締め付けられていた。

「ぐっ・・・ぐあああああああああ!」

『ふははははは! 幾度と無く邪魔をされ溜まりに溜まった恨みをついに果たすときが来たのね! ははははははは』

 アームを器用に使い、自分とは大きさに雲泥の差もある浦太郎の体を一息に押し潰さないよう徐々に力を加えていく。

 メキメキ・・・と、体の骨が軋みあがる。浦太郎の骨と内臓は次第に強く締め付けられ悲鳴をあげ始める。

「のあああああああああ!!!!!」

 全身に迸る激痛に思わず阿鼻叫喚する浦太郎。

「亀・・・・・・チキショウ・・・・・・ここまでかよ・・・・・・・・・!」

 悔しい。実に悔しい。為す術もなく仲間の命を救う事も出来ずに倒される―――鬼太郎にとってこれほどの屈辱は考えられなかった。

 だがどうする事も出来ない。既に万策は尽きた。残された備えなどどこにもない・・・・・・そう思った矢先、彼はふと思い出す。

「! そうだ―――まだ手は残ってる!」

 慌てて懐をあさり始めた鬼太郎がおもむろに取り出したもの―――この戦闘が始まる前に、六課隊舎で金太郎より渡された例のユーノからの「お守り」だった。

 ユーノが自分達の為に残した保険である事を聞いていた鬼太郎は、藁にも縋る思いで巾着袋の中を改める。そこには魔力カートリッジらしきものが入っていた。

 最早これに賭けるしかなかった。横で気絶したティアナのクロスミラージュを拝借すると、鬼太郎はたった一発のカートリッジを装填。

 照準をカストラへと定め、渾身の思いを込めた一発を放つ。

「食らえええええええ!!!」

 パンッ―――。放たれた一発の弾丸は真っ直ぐな軌道を飛んで行き、カストラの皮膚へと命中。しかし目立った傷は何ひとつ現れなかった。

『馬鹿ね! そんなヘナチョコ弾で私をどうするつもりだったのよ? はははははは!!!!」

 高を括り己の力を過信するカストラは気付いていなかった。撃ち込まれた弾丸こそ、自らを死に至らしめる最強の一撃であった事を。

『!?』

 次の瞬間、カストラは体に違和感を覚えた。

 急激に熱を持ち始めた身体は全身の細胞と言う細胞が異常な速さで活性化し、あちこちが(あぶく)が膨れあがるように体組織そのものを著しく肥大化させた。

『ナニ・・・・・・何ナノこれは・・・・・・!?』

(なるほど。店長もえげつかいこと考えたな・・・・・・細胞の働きを過剰活性させる事で体の内側から相手を死に至らしめる・・・・・・)

 朦朧とする意識の中、浦太郎はユーノの狙いを即座に看破する。

 鬼太郎が所持していた特殊カートリッジには、魂魄細胞の分裂限界の制御を超えて成長させ続け常時暴走させる「強制細胞分裂加速器官」と同じ成分が含まれていた。

 これによりカストラは自身の制御能力を超えて過剰に活性化する細胞分裂のスピードに母体そのものが付いていけず、自身の意思とは関係無く起こった身体崩壊に直面したのである。

『ぐああああああ!! 何というコトを!!! こうなったらアナタ達も道連れにしてあげるワァァァ!!!』

 滅び始める自分自身と一緒にこの場に居合わせた者すべてを道連れにしようとするカストラだったが、浦太郎の答えは違っていた。

「悪いけど・・・・・・僕ら全員君と心中するつもりは無いよ・・・・・・」

 そう言うと、浦太郎は懐からユーノが用意したもう一つの「保険」を取り出し、中に入っていた特殊カートリッジをフィッシャーマンに装填、ロードする。

〈Transporter High〉

 あらかじめカートリッジに内蔵された高位転移魔法が起動した。翡翠色に輝く魔法陣が現れると、浦太郎と鬼太郎、そしてスバル達を対象に安全圏へと遠隔転移させる。

『そんな・・・・・・!! ドクターぁぁぁ!!!』

 あまりにも悲惨すぎる最期だった。

 忠義を尽くした男の名を口にしながら、カストラ―――戦闘機人ウーノは過剰成長に伴う身体の大爆発に巻き込まれ、非業な死を遂げる事となった。

 

           *

 

同時刻―――

首都クラナガン コントラフォール内部

 

 激しい乱気流吹き荒れる首都圏空中で戦闘行為を繰り広げていたフェイトとニルヴァーナ。その大空中決戦も大詰めを迎えようとしていた。

『この後に及んで逃げるか? 後ろを取ったぞ!』

 飛びながら逃げ続けるフェイトの後ろに付いたニルヴァーナ。しかし、それこそが彼女の狙いだった。

「ほおおおおおおおおおおおお!!!」

 ニルヴァーナが前に出た途端、吹き乱れる乱気流の力を利用しフェイトは相手の巨体ごと手持ちのライオットブレードで突き上げた。

『何!?』

「待っていた・・・このときを!」

(気流を利用するとは・・・!)

「空に命を懸けてきたのは、お前だけじゃない!!」

 十数年、なのはや仲間とともに空の戦場を駆け抜けてきた事はフェイトの誇りだった。ゆえにその思いは誰よりも強かった。

 一瞬の隙を突いてニルヴァーナの体にライオットの切っ先を突き刺し、体内に高圧電流を直接流し込んで爆発を起こさせる。

(雷撃を俺の体内で直接爆発させるとは!?)

「いかに素早いお前でも、この距離では躱せない!!」

 黒煙をあげながら急速に降下していくニルヴァーナの体。フェイトは渾身の力で留めの一撃を加える。

「終わりだ。サンダークラッシャー!!!!!」

 刹那、フェイトの全身から溢れる魔力がバルデッシュに注がれ、肥大化した刀身を通じて大質力のエネルギーがニルヴァーナを一刀両断した。

『のおおおおおおおお!!!!!』

 激しい爆発に巻き込まれ、ニルヴァーナの体は粉々に砕け散った。

 紙一重の死闘を制したフェイトは地に降り、全身の力を使い果たしその場から一歩たりとも動けなくなった。

「はぁ・・・はぁ・・・やった・・・だけど、こっちももう動けない・・・」

〈System power down〉

 主の無茶に付き合ったバルディッシュ自身も限界ギリギリのエネルギーを使い果たし、しばらくは魔法を行使する事も叶わなかった。

 

           *

 

同時刻―――

首都クラナガン 幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラント区画・中心部

 

 二つの戦いに終止符が打たれる中―――幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントの完成は、最早目前にまで迫りつつあった。

(感じる・・・私とトーレ姉様のエナジーが幼生虚(ラーバ・ホロウ)を育てていくのよ・・・)

 良質な加速エネルギーを作り出していたセクメとワルター4は互いより伝わってくる凄まじいエナジーこそがプラントを育ているのだという実感を持つ。

『『!?』』

 と、そのとき。高速で移動しながらエネルギーを作り出すワルター4の前方に金太郎が控え、同じくセクメの進路には人型形態のザフィーラが待ち構えていた。

『醜い魔導師・・・!』

『身の程知らずが。叩き潰してやる!』

 

「「さあ、来い(来るがよい)!!」」

 金太郎とザフィーラは接近する二体をギリギリのところまで注意を引き付ける。

 そして、もうこれ以上のタイミングはないと判断した瞬間―――両者は満を持して一人の男に合図を出す。

「「今ですぞ(だ)!!」」

 

「―――縛道の六十三『鎖条鎖縛(さじょうさばく)』」

 二人の合図を待っていた吉良イヅルは霊圧を最大限まで解放し、ワルター4の巨体を鎖状の拘束具で縛り上げるや、セクメの元へと投擲した。

『なっ・・・!?』

『はっ!』

 予想だにしなかった事態に直面し、驚愕を露わにする二体。

 瞬間―――二体の体が激しく衝突したことによって起きる巨大な爆発と轟音。

 爆発が収まったとき、まるで隕石が落下した時のような大規模なクレーターが生じていた。二体の同時殲滅によってエネルギー供給は完全に断たれ、首都圏を覆っていたコントラフォールは完全消滅した。

 

           *

 

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

「全戦闘機人魔導虚(ホロウロギア)、殲滅!」

幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントのエネルギー供給停止を確認!」

「機動六課前線メンバー、アクセス!」

「素晴らしい活躍だわ。よくやってくれたわ・・・・・・みんな!」

 奇跡の働きを見せた機動六課前線メンバー各員にリンディは心からの感謝と称賛の言葉を送るとともに、強張っていた表情を綻ばせた。

 

「やったのか、この状況!?」

「ああ・・・ザフィーラ達がうまくやってくれたようだ」

 幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラント破壊作業に徹していたシグナム達も遠くから伝わる仲間の波動を感じつつ、任務成功を確信していた。

 だがしかし、はやての目に思いもよらぬ光景が映った。

「こ・・・・・・これは・・・・・・!!」

 

 対する吉良、ザフィーラ、金太郎の三人は陥没したクレーターに座り込んだまま、一歩たりとも動く事ができなかった。

「くっ・・・さすがに効いたな・・・」

「お見事ですぞ吉良殿・・・」

「いや・・・僕は礼を言われるようなことは何も・・・でもこれで・・・・・・」

 と、喜んだのも束の間。

 ミッドチルダ地下深くに建造された秘密のアジトで事の次第の全てを見届けていた黒幕―――ジェイル・スカリエッティは不気味な笑みを浮かべる。

「ふふ・・・すべての心弱き愛すべき生命(いのち)に私から最高のプレゼントするときが来たようだ・・・ふふふははははははは!!!!」

 

「はやてちゃん、レギオン粒子反応を確認です!!」

「あかん!!」

 ミッドチルダに再び激震が走った。

 事の次第を理解できぬまま満身創痍でへばっていた吉良達の前に、同じく満身創痍で中途半端に魔導虚(ホロウロギア)化を保つトーレとクアットロが目の前に現れる。

「まさか・・・!」

「どういうことなのだ!?」

「何故だ!!」

 二人を完全に倒したとばかり思っていた三人は驚きを隠せなかった。

「ふふふ・・・我々機人四天王は・・・不死身の体を持っているのだ・・・」

「でも流石に効きましたわ・・・もう完全体に戻るほどのエネルギーは残っていませんものね・・・・・・美しいですわ・・・・・・必死に生にしがみつこうとするあなた達のその姿勢・・・・・・殺してやりたいほどにィィィ!」

 人格を豹変させ、クアットロは動けない三人目掛けて飛び掛っていった。

「!! やめるんだクアットロ!!」

 しかし直後、何かの気配と強い力を感じとったトーレはクアットロに制止を求めた。

「かあああああ・・・・・・なっ!?」

 刹那、クアットロの前方に現れた三角形の防御壁。それは負傷した吉良達を守るようにクアットロの前に立ち塞がった。

「ひえええええええ!!!!!」

「クアットロぉぉぉ!!!」

 咄嗟に飛び出した彼女を助け出そうと魔力の糸を伸ばすクアットロ。

 しかし、時既に遅し。クアットロは前方に立ち塞がる三角状の結界に触れた瞬間、即座に反応する爆発装甲によってダメージを負った。

「あああああああああああああ!!!」

「何だ!? あれは・・・!」

 唐突に現れた謎の現象に目を見開く三人。

 やがて、苦しみの声を上げたクアットロはトーレによって回収されたものの、最早体の形状を保つことすらままならず、涙ながらに死を悟った彼女はトーレに手を伸ばす。

「・・・・・・おねえさま・・・・・・///」

 そう言い残し、トーレの手に触れることすら叶わずクアットロの肉体は無数の霊子に分解されながら天へと昇っていった。

「・・・クアットロ・・・愚かなる妹よ・・・」

 妹の死に直面したトーレから零れ落ちるただ一滴の涙。

 深い悲しみに堪えながら、トーレは早々にその場を離脱―――三人の前から姿を消した。

「なんだ・・・何が起こったのだ・・・一体!?」

「今のはまさか・・・・・・」

「よかった。吉良さん、金太郎さんも無事だったんですね」

 不意に聞こえてきた優しい女性の声。

 声のする方へ振り返る三人。そこには安どの笑みを浮かべ、頭上に六つの花の名を冠した妖精―――盾舜六花(しゅんしゅんりっか)を浮遊させる霊能力者・黒崎織姫が立っていた。

「織姫さん・・・・・・!! 来ていたのか!?」

 まさか彼女がこの世界にいるは微塵も思っていなかった吉良は心底驚いた声を発した。

 

「こ、これまでにない膨大なレギオン粒子反応を観測!! 首都全域で幼生虚(ラーバ・ホロウ)が完成します!!」

「一千万人が・・・魔導虚(ホロウロギア)に!?」

 ついに迎えてしまった最悪の展開、最悪のシナリオ。

 首都全域において完成した数千体もの幼生虚(ラーバ・ホロウ)が人類に牙を剥けようとしていた。

 

 クアットロ消滅後、何とか危機を脱するべく建物の地下へと潜ったトーレ。

 しかし、急激な魔導虚(ホロウロギア)化に伴う身体へのダメージは最早限界を越えつつあり、強靭な肉体にも多大なる負荷がかかり崩壊を始めていた。

「はっ、はっ、はっ、はっ!! くそ・・・まさかここまでとは・・・」

「見つけたぜ、魔導虚(ホロウロギア)

 突如、背後から聞こえてきた低い音の声に振り返るトーレ。

 そこにいたのは、ミッドチルダの地へと降り立った伝説の死神代行・黒崎一護だった。

「だ・・・誰だ貴様は!? その格好・・・貴様も死神か!?」

「俺は“死神”じゃねえ。“死神代行”だ。悪いが、テメーはここで倒させてもらうぜ」

 そう言うと、一護は背中に背負った斬魄刀・斬月に手を伸ばす。

「ま、待ってくれ!! 見逃してくれ!!」

 腰を抜かしたトーレは後ずさりながら、命乞いという最も自分の中で恥ずべき行動で一護への説得を試みる。

 だが、一護はトーレのその見た目から魔導虚(ホロウロギア)と認識し、一切の躊躇なく掲げた斬月の刃で一気に振り下ろした。

「のああああああああああああああああああ」

 巨大な刀身から流れ込む(ホロウ)を断罪し、その罪を洗い流す力。

 一刀両断されたトーレは魔導虚(ホロウロギア)化が解かれ元の姿に戻ったものの、既に限界を迎えた肉体はすぐさま霊子分解を起こした。

「死神よ・・・・・・最後に私を斬ってくれて・・・・・・ありがとう・・・・・・」

 最後に人の姿に戻したくれた一護への感謝を述べると、トーレは満足気な笑みを浮かべながら、霊子となって天に還って行った。

 トーレを昇華した一護は複雑な心境を掲げながら、斬月を肩に乗せ、トーレが昇って行った天を仰ぎ見る。

「誰だか知らねーけど、安らかに眠れ―――・・・」

 

           *

 

首都クラナガン 幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラント区画・中心部

 

 首都全域で完成された無数の幼生虚(ラーバ・ホロウ)

 しかし、人類にはたった一つの希望が残されていた。

 死神でありながら魔導の力に目覚めたその男は、一カ月に渡って翡翠の魔導死神の手解きを受け、その力を高めるに至った。

 その魔導死神の名は、白鳥礼二。またの名を【白翼(はくよく)の魔導死神】と言う。

「ふははははははははは。光臨、満を持して!」

 甲高い笑いをあげ、中空に佇む彼は幼生虚(ラーバ・ホロウ)によって滅びを迎えつつあるクラナガンの街を見下ろした。

「この世界にはまだ希望がある。それは他の何者でもない―――この私だ!」

 語気強く言うと、白鳥は腰に帯びた斬魄刀を抜き放ち、真の力を引き出す解号を唱える。

 

「―――天地(てんち)にて音色(ねいろ)弾奏(だんそう)させよ、『琴線斬(きんせんざん)』」

 

 直後、解号を唱えた白鳥の斬魄刀はエレキギターを彷彿とさせる形状へと大きく様変わりした。

 本来の力を解放した斬魄刀を握りしめ、白鳥は最高潮に達したテンションで、愛刀が奏でる特殊な音色をクラナガン全体へ響き渡らせる。

「琴線斬第八章・四十二節 『破滅の円舞曲(ワルツ)』!!」

 

 

 

 ついに、魔導死神・白鳥礼二の真の力が発動した。

 一千万都民が、魔導虚(ホロウロギア)化している今―――・・・人類に、明日は訪れるのであろうか!?

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:久保帯人 『BLEACH 71巻』 (集英社・2016)

 

用語解説

※ ソニックブーム=主に戦闘機などの超音速飛行により発生する衝撃波が生む、轟くような大音響のこと。

 

 

 

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

ミ「うわぁぁ―――ん!! ボクたちもう死ぬしかないんだぁ―――!!」

 ミッドチルダ地上本部に取り残された子供達は未だ消えぬ不安と死の恐怖に怯えていた。特にそれが顕著なのがミツオだった。

ヴィ「だいじょうぶだよ。必ず助けがくるから」

バ「いい加減泣きやめって」

ミ「ムリだよ―――!!! どうせここで死ぬのがオチなんだぁ―――!!!」

 と、激しく諦めかけていたそのとき。

 ガラスが外側から突き破られる音がした。途端、子供達の前に颯爽と現れた謎の人物。

?「待たせたな」

ミ「だ、だれぇ!?」

?「案ずることは無い。私はヒーローだ。君たちを助けに来た」

コ「ヒーロー?」

リ「あなたは一体・・・?」

 子供達の視線を一身に浴びる謎のヒーロー。

 彼はマントを翻すと、声高らかに自らの名を叫びあげる。

コ「私の名は正義のヒーロー!! カラクライザー!! 私が来たからにはもう安心だ!! 私とともにこの場を脱出するぞ!!」

 正体はカラクライザーと称する謎のヒーローに扮したコンだった。

コ(決まった! さぁガキども・・・オレさまの魅力に惚れちまいな)

 と、自画自賛するコンを余所にミツオ達の反応は・・・・・・。

ミ「うわぁぁ―――ん!! やっぱりボクたち死ぬしかないんだぁぁ―――!!」

バ「不審者が出たぞ! みんなすぐに逃げるんだ!!」

コ「なんでだよ―――!!!」

 子供に好かれるどころか、「不審者」呼ばわりされるあまりに悲しいヒーロー擬きなのであった。




次回予告

ユ「君達に、最新情報を公開しよう。」
「ミッドチルダ最後の時刻(とき)が迫る! 白鳥さんは間に合うのか?!」
「恋次さんとスカリエッティ、運命の出遭い! 全生命力を懸けて立ち塞がるファイ! 音速を超えて戦う一護さん! 生き残るのは誰だ!?」
「ユーノ・スクライア外伝 NEXT、『白の爪牙、黒の月牙』」。次回も、この小説にファイナルフュージョン承認!」
織「『黒崎一護・天鎖斬月』―――これが勝利のカギだぁ!」






登場魔導虚
ニルヴァーナ
声:小野友樹
ファイが体内の虚化因子を用いてHAサーフェイスF(極超音速戦闘機)取り込んで誕生した巨大魔導虚。
飛行時に発する衝撃波と胴体内に格納された格闘用アームが武器。空からトーレ達が作ったコントラフォールとその中の幼生虚プラントを守ることを使命とし、空中戦でフェイトを翻弄するが、乱気流に誘い込まれた一瞬の隙を突かれて敗れる。
名前の由来は、仏教用語で「涅槃」、またはジャイナ教で魂の解放を指す概念を指す言葉から。
カストラ
声:木川絵理子
ウーノが体内の虚化因子を用いてマッコウクジラを取り込んで誕生した巨大魔導虚。
マッコウクジラとナガスクジラ科のヒゲクジラを合わせた感じの姿で、多数の回転式砲台と両舷から伸びる巨大なアームを備えている。地下の下水道内に陣取って機動六課のコントラフォール突破作戦を妨害した。フォワードメンバーや浦太郎、鬼太郎を撃破寸前まで追い詰めるが、ユーノが保険として用意した強制細胞分裂加速器官と同じ成分を含んだ特殊カートリッジを使った罠にかかり、過剰成長を起こし自滅する形で敗北した。
名前の由来は、古代ローマにおいて軍事防衛拠点または野営地として使用された場所または建設された建物群を指す言葉から。
セクメ
声:木川絵理子
トーレが体内の虚化因子を用いて環状レールウェイを取り込んで誕生した巨大魔導虚。
ワルター4と共に環状レールウェイを高速で疾駆することで生み出したエネルギーで首都圏を囲む障壁コントラフォールの維持と幼生虚プラントへのエネルギー供給を担った。
名前の由来は、エジプト神話に登場するライオンの頭部を持つ女神「セクメト」から。
ワルター4
声:斎藤千和
クアットロが体内の虚化因子を用いて首都ハイウェイおよびその上の車両群を取り込んで誕生した巨大魔導虚。
セクトと同じく環状ハイウェイで高速で走りながら膨大なエネルギーを生成して幼生虚プラントを育成した。金太郎達の捨て身の策によりセクメと正面衝突させられて敗れる。
名前の由来は、メラネシアのソロモン諸島の神話に登場するヘビの姿をした女神「ワルタハンガ」から。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話「白の爪牙、黒の月牙」

 それは、何十年前の事だっただろうか。

 

 時空管理局内部において、権力者同士の派閥争いが今以上に激しい時期があった。

 派閥争いに負けた者達は、様々な不当な罪を着せられ―――『処刑』され、時として魔導生物にいたぶり殺される運命が待っていた。

 魔導生物に勝てる力を持った者達の場合、魔法の存在しない辺境の世界に追放される事もあったという。

 

 俺の一族も、本来ならば、そうした追放刑を受けていたのかもしれない。

 

 十数代前に、空戦と魔法に優れた一族として、その力のみで確固たる地位を手に入れた俺達“空の一族”だったが―――地位に安寧した一族は堕落し、次第に空戦技術や魔法の力も薄れていった。

 高い力を持つ武闘派の魔導師一族として恐れられていたのも遠い昔。やがて魔法の力すらろくに使えなくなった一族の『力』自体を恐れる者は誰もいなくなっていた。

 だが、俺の一族は、力と引き替えに、過去に手にした遺産を元手に不動産業や金貸しとしての事業を興し、多額の賄賂を積んで管理局高官へと昇りつめ、権力者としての地位は頑として護り続けたのである。

 『力』の代わりに、一族の『財力』に怖れをなす人々。

 その恐れを利用し、一族の人間達は更に事業を拡大し、ますますその力を蓄えた。

 魔導師の矜持を忘れ、他人を蹴落として金を稼ぐ事に勤しむ日々。

 まだ幼い少年だった俺は、それが自然な事だと思っていた。自分が何を成さずとも世界は回り、両親が使う様々な権利が、やがて自分にも巡ってくるのだと。

 だが、俺には、兄が一人存在した。

 彼だけは、そうした一族とは異なる気質を持ち―――優しく、そして一族の名に誇りを持っていた。

 過去に一族が打ち立てた武勲の話を俺に何度も繰り返し、一緒に時空管理局の魔導師を目指そうという兄が、俺は少し疎ましかった。

 危険な敵と闘わずとも、自分達の代わりに誰かがやってくれるだろうに、何故彼はわざわざ自分から魔導師になろうとするのだろう。しかも、こちらまで巻き込んで。

 そんな事を直接訴えた俺に、兄は言った。

 ―――「お金はいつか無くなってしまうかもしれないが、誇りは無くならない」

 ―――「おまえは、俺よりもずっと強い力がある」

 ―――「だから、シエロはきっと、強い魔導師になれるさ」

 ―――「ご先祖様みたいに、強くて立派な魔導師に」

 

 兄はそんな事を言いながら、俺に笑いかける。

 金汚くなる一族の中で、兄だけが異質であり、清廉たろうとしていた。

 俺は、そんな清廉さを自分にも求めてくる兄が嫌いだったが―――兄の笑顔だけは、家族の誰よりも好きだった。

 その笑顔が見続けられるなら、魔導師とやらになってやってもいいかもしれない。

 幼い俺は、そんな生意気な夢を抱き、見よう見まねで魔法の扱いを学んでいく。

 ―――「しょうがないな。僕も魔導師になってやるから、兄さんは足手纏いならないでよ」

 強がる弟に、兄は優しく微笑んだ。

 ―――「シエロなら、ご先祖様よりも強くなって、みんなの模範になれるさ」

 兄の微笑みが心に刻みこまれ、魔導の杖を振るうのもおぼつかない年頃の少年は、幼いなりに更に努力を続けていった。

 兄が望むような、誰よりも強く、高潔な魔導師になろうと。

 

 しかし、その努力は水泡に帰す事になった。

 

 一族の財を狙った複数の管理局員が結託し、時空管理局に対する反乱という罪をでっちあげたのだ。

 魔導師として純粋な力を失い、鍛錬を怠っていた一族の面々はあっさりと捕えられ―――魔法学院に通っていた兄もすぐに捕縛された。

 無論、俺も例外ではなく―――裁判の結果、一族郎党の処刑が決まった。

 

 処刑にもいろいろな形があった。一族を待ち受けていたのは、違法研究施設での人体実験だった。

 当時、管理局上層部で秘かに進められていた『恐るべき支配者計画』という狂気染みた実験に一族の多くが巻き込まれ、そして死んでいった。

 謎の投薬やらガスやらを体に注入された事で拒絶反応を起こし死んでいく者。魔導生物と闘い敗れ去っていく者。金勘定ばかりやっていた一族が生き残れるはずもなく、いよいよ残されたのが俺と兄の二人だけになった時―――何故か、二人同時に牢の中へと連れこまれた。

 手錠と足枷が外され、俺達強大にはそれぞれ魔導師の杖が手渡される。

 まさかこれで兄と殺し合えと言われるのではないかと思い、俺は全身を凍らせた。

 実際、局員達からは、最後に残った兄弟を殺し合わせて賭けをしようという案も出ていたのだが―――魔法学院の優秀な生徒と、杖もろくに持てないような少年では賭けにならぬと却下されたのだ。

 その代わりとなる『余興』の内容を、執行人の男が穴の上で高らかに唄う。

 ―――「かつて英雄と呼ばれた空の一族には、既に我々が(たっと)ぶべき力は残されておらず、継続させるに値せぬ血筋と、ここに実証致しましょうぞ」

 ―――「空の一族の血の結集にして最後の血脈でもある二人の兄弟。二人がかりでも魔導生物一匹滅する事ができず、怠惰な日々を送った己の祖先を呪いながら死んでいく様こそが、空の一族の力が没落した証明に他なりませぬ! とくと()()()あれ!」

 何を言っているのか、俺には理解できなかった。

 執行人の男も、一族を嵌めた管理局の一員。

 この場に味方などおらず、奸賊の(むれ)の下卑た笑みが、俺と兄を見下ろしていた。

 笑いながら、見物人の管理局員達が一族を、自分達兄弟を罵る言葉を吐きかける。

 裁判の時も、散々『醜く汚れた一族』と糾弾され、実際に、一族が行ってきた後ろ暗い悪事も公開された。

 ―――違う。

 ―――兄さんは、兄さんだけは違うんだ。

 ―――気づけよ、気づいてくれよ、兄さんだけは違うって、なんで解らないんだ。

 金絡みの汚濁に塗れた一族の中で、兄だけは清廉潔白だった。それを弟である俺は誰よりも知っている。だが、当時の俺にはそれを弁舌で否定する力も、兄を武によって助け出す力も無い。

 しかし―――絶望に満ちた顔をして震える俺に、兄は振り向き、笑った。

 ―――「大丈夫だ、シエロ」

 ―――「俺が、絶対ここから出してやる」

 次の瞬間、兄は顔から笑みを消し、真剣な表情で穴の上の執行官に問い質した。

 ―――「なれば、私達が魔導生物を打ち斃せば、一族に祖先と同じ力が宿り続けるという証となりましょうぞ!」

 ―――「貴殿の述べた『継続するに値する血脈』たる証を立てたその暁には、何卒我らの延命を聞き入れられたし!」

 頭上からの嘲笑を全て跳ね返し、黙らせる程の―――強い言葉だった。

 執行人の男はしばし沈黙した後、『よかろう。魔導生物を滅ぼした暁には、我々が直接、三提督に助命を進言しよう』と、表情を消して呟いた。

 

 

 結果として―――兄は、よく健闘したと言ってよいだろう。

 俺の眼に映るのは、身体に無数の傷を負った巨大な魔導生物。

 そして、そんな魔導生物の大顎に腹を咥えられ、身体をくの字に折り曲げる兄の姿だった。

 助けに行こうと魔導師の杖を握ろうとするが、恐怖に全身に(から)め捕られる。

 そんな俺の方を、まだ息のある兄が振り向いた。

 見ないでくれ、と、俺は心の中で叫ぶ。

 魔導師になると兄と約束したのに。

 強い魔導師になれると期待されたのに。

 足一つ動かせない自分を、どうか見ないでくれと俺は泣きながら首を振った。

 しかし、残酷な兄は、俺の顔を見て、また笑った。

 いつもと同じような笑みで、俺を一言も責める事なく―――

 ―――「強い魔導師になれよ、シエロ」

 と、ただそれだけ呟いた後、両手で力無く印を組みつつ、口元で何かを詠唱した。

 

 次の瞬間、兄の身体と魔導生物の顔面が激しい業火に包まれる。

 

 俺の絶叫は喉の奥で潰れ、声にすらならなかった。

 兄は、自分が本来扱えぬ砲撃魔法を詠唱する事で暴発させ、自らの身体ごと魔導生物を破裂させたのである。

 暴発の威力は凄まじく―――兄の身体も、魔導生物の上半身も消し飛び―――俺の脳裏に、最後の微笑みだけが焼きつけられた。

 

 どれだけの時間が過ぎたのだろうか。

 長い長い絶叫が終わり―――脳髄が、ようやく人としての思考回路を取り戻した。

 だが、膝を落とした俺は、兄の死を受け入れる事ができず、ただ、考える。

 ―――嘘だ。こんなのは嘘だ。

 ―――兄さんが死んで、僕だけが生き残る筈がない。

 ―――兄さんだけは、汚れてなかった。綺麗なままだった。

 ―――なんでだよ。なんで僕じゃなくて、兄さんが・・・・・・

 そんな事を考える少年に、現実は残酷な言葉を突きつけた。

 

 ―――「最後に残った少年が、泣くのを止め、闘う事を決意したようだ。賞賛を!」

 進行役の男の言葉の意味が理解できない。

 魔導生物はそこで半身を失って死にかけている。

 闘うとはなんの事だ? 魔導生物との闘いは終わった筈だ。もっとも自分の望まない形で。

 そんな俺の疑念と、生存への希望を打ち砕く形で、執行役の男が笑いながら告げた。

 ―――「さあ、()()()()()()を穴に放て!」

 

 俺は、その時どんな顔をしたのか、自分でも解らない。

 ただ、こちらを指さして笑う観客達の笑顔だけが目に映る。

 一族郎党、使用人に到るまでの342名を処刑した後でもなお、偽りの罪を一族の名に被せた局員達は、飽きたらずに(わら)い続けている。

 絶望した自分を笑う局員達の顔は、俺に一つの事実を押しつけた。

 兄は、()()()()をしたのだと。

 命をかけて俺を護ろうとした兄の笑顔は、全ては、局員達の無駄な余興の一つとして消費されたに過ぎないのであると。

 

 新しく穴に連れこまれた巨大魔導生物の牙が、呆けた俺の顔に迫り―――

 その瞬間、俺の中で何かが千切れる音がした。

 

 

 ―――「おい、あの小僧はどうなった?」 ―――「あの魔導生物が顔を上げんから、解らんな」

 ―――「いないぞ」 ―――「一口で食われちまったらしい」

 ―――「なんだ、つまらん」 ―――「悲鳴はどうした!」

 数分後―――局員達は、姿を消した少年が魔導生物に食われたものと判断した。

 呆気ない幕切れだと、局員の一人が肩を落とした瞬間―――

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ―――「え? あ?」

 穴の中に二本の腕が無造作に落ち、何事かと見上げた魔導生物の顔が見える。

 だが、その口元には少年の返り血一つ見られない。

 両腕を失った局員は、自分の身に何が起こっているのかも理解できぬまま、バランスを崩して穴へと落ち、絶叫を響かせながら魔導生物に食われた。

 悲鳴が局員達の間に広がり、我先にと見物席から逃げだそうとする局員達。

 だが、足が動かない。

 見ると、自分達の足に、鎖状のバインドがまるで生き物のように絡みついているではないか。

 執行人は何が起こっているのか解らず、デバイスを起動して周囲を見る。

 穴の底近く。壁の一部に穴が空いており、その穴の淵が生き物のように蠢いているという事にだ。

 更に周りを見渡し―――動けずに悲鳴をあげている局員達の側に、喚きも騒ぎもしていない少年が一人で立っている事に気がついた。

 執行人は、その少年が先刻まで穴の底で泣いていた一族の人間だと気づき、慌てて杖を構え、殺傷設定の魔法を発動せんとしたが―――

 呪文を紡ぐ声の代わりに出てきたのは、舌を切り裂く刃だった。

 

 そして、局員達にとって、懺悔と後悔の時間が訪れる。

 短くとも永い苦しみと痛み、果てしない絶望を味わいながら―――

 彼らは、決して最後まで許される事はなかった。

 

 

 施設を脱出した俺は、両手で顔を覆いながら、一人思う。

 考えつくあらゆる方法で見物人の局員達を殺し尽くしたが―――心に救いは訪れない。

 復讐は何も生まないと昔読んだ小説本に書かれていたが、あれは真実だったのだ。

 あんなに殺したのに、あんなに苦しめたのに、全ては無駄な行為だった。

 もしかしたら、あの局員達の中に、一人は自分達を笑わなかった者がいたかもしれない。なんとか救う手はないかと考える局員がいたかもしれない。そう思うと心が痛むが、心を痛めたところで誰も生き返りはしない。兄が帰ってくる筈もない。

 ―――僕は、どうすれば、どうすればいいんだ。

 全てを失った俺は、引き換えに手に入れた一つの力と、『強い魔導師になれ』という兄の言葉だけを手に、次元世界を彷徨った。

 

 数十年後、ジェイル・スカリエッティに出会うその日まで―――

 俺は、己の存在を隠しながら、ただひたすら世界を彷徨い続けた。

 心の内から湧き上がる、手に入れた力の忌々しい嗤い声を聞きながら、戦士として己自身の魂の安寧を求めて。

 

           ≒

 

新暦079年 6月6日

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ地下数十メートル 旧坑道跡

 

「!」

 長い夢から覚めたとき、仄暗い坑道でファイは一人(うずくま)っていた。

 ポツン、ポツン、と―――錆びたパイプから漏れ出る水滴が一滴、また一滴と降ってくる。ファイは疲労困憊の体を見つめながら自重し呟いた。

「・・・・・・惨めだな。寸でのところで分離していなければ死んでいたところだ。いや、こんな姿になってまで生き永らえた時点で既に死んだようなものか・・・・・・」

 

 ふと、脳裏に浮かび上がるビジョン。

 二年前―――戦士としての死に場所を求めて世界を放浪としていた男・シエロは、狂気の科学者ジェイル・スカリエッティと運命的な出会いを果たした。

 ―――「殺すなら殺せ・・・・・・!」

 -――「自ら戦う事を放棄するとは。それでも君は戦士なのかい?」

 ―――「だが、俺達の一族は滅んだ」

 ―――「しかし、君自身はまだ負けてはいないさ」

 ―――「私に付いて来給え。君が戦士として生き、戦士として死にたいのなら」

 

 ―――俺は・・・・・・。

 ―――俺は・・・・・・。

 ―――そう・・・俺は・・・俺は戦士・・・・・・。

 

「戦士として生き、戦士として死にたいのなら・・・・・・」

 ボロボロの体に鞭打ち、力を振り絞っておもむろに立ち上がる。

「まだ・・・・・・まだ俺の戦いは終わってはいない・・・・・・・・・!」

 死ぬならこんな穴倉の中ではなく、かつて祖先や亡き兄が、そして自らも愛したあの大空の上で死のう―――ファイはそう心に誓いを立てた。

 

           *

 

 戦闘機人―――機人四天王によって、首都クラナガンは幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントと化した。

 一千万都民・魔導虚(ホロウロギア)化を阻止すべく立ち向かう、我らが機動六課最強魔導師&死神軍団。

 

 四天王を倒すも、自らも傷つき次々と倒れる魔導師達の目の前で、ついにプラントは完成し、今まさに人類は地上最悪の瞬間を迎えようとしていた。

 

           ≡

 

首都クラナガン 幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラント区画・中心部

 

 首都全域で完成された無数の幼生虚(ラーバ・ホロウ)

 しかし、人類にはたった一つの希望が残されていた。

 死神でありながら魔導の力に目覚めたその男は、一カ月に渡って翡翠の魔導死神の手解きを受け、その力を高めるに至った。

 その魔導死神の名は、白鳥礼二。またの名を【白翼(はくよく)の魔導死神】と言う。

「ふははははははははは。光臨、満を持して!」

 甲高い笑いをあげ、中空に佇む彼は幼生虚(ラーバ・ホロウ)によって滅びを迎えつつあるクラナガンの街を見下ろした。

(この一カ月で私がどれほど力を磨き上げたか、その真価が問われている)

 

 ―――「白鳥さん。あなたは高飛車な性格がたまに傷ですが、元々才能のある方なんです。自信を持っていいですからね」

 ―――「向こうに着いたらおもっきり暴れてください。伊達に僕が直接指導したわけじゃないんです。死神の力も魔法も、格段にレベルアップしてるって事を金太郎達に見せてあげましょう!」

 

「・・・やれやれ。私もつくづく惑乱し焼きが回ったものだ。由緒と伝統を誇る白鳥家の跡取りが、よもや駄菓子屋の店主などという落伍者に師事し、太鼓判を押されるなどあってはんらぬことなのだ」

 そう言いながらも、内心ではユーノに深い感謝を抱いていた。

 やがて、白鳥は腰に帯びた斬魄刀を抜き放ち、真の力を引き出す解号を唱える。

 

「―――天地(てんち)にて音色(ねいろ)弾奏(だんそう)させよ、『琴線斬(きんせんざん)』」

 

 解号を唱えた白鳥の斬魄刀は、エレキギターを彷彿とさせる形状へと大きく様変わりした。

 本来の力を解放した斬魄刀を握りしめ、白鳥は最高潮に達したテンションで、愛刀が奏でる特殊な音色をクラナガン中に響き渡らせる。

「琴線斬 第八章 四十二節 『破滅の円舞曲(ワルツ)』!!」

 直後―――白鳥は琴線斬の弦を弾き、特殊な音色を奏で始めた。

 音色はクラナガン全域まで広がり、誕生したばかりの幼生虚(ラーバ・ホロウ)は音色を聞いた途端―――突如として活動を停止、仮面に亀裂が入った矢先、血を噴き出し次々と死んでいく。

 

 その様子を機動六課隊舎で見ていたクロノ達は驚きを隠せなかった。

「超高密度の魔力及び霊力エネルギーの発生を確認!!」

幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラント、首都全域で死滅していきます!!」

「何がどうなっているの!?」

「わかりません。ただ・・・・・・神はまだ僕達を見捨てていなかったという事は間違いありません」

 確信を持ったように口にしたクロノは、額に一筋の汗を浮かべながら、モニター越しに次々と死んでいく幼生虚(ラーバ・ホロウ)を凝視する。

 

 また、織姫による治癒を受けていた吉良達も、空の上でハイテンションに演奏を行っている白鳥の様子を眺めていた。

「あれが白鳥くんの斬魄刀・・・・・・!」

「素晴らしい演奏ですぞ白鳥殿。私がすこーし目を離している隙に、なんともご立派になられておりますぞ・・・・・・!!」

「・・・織姫とやら、あれがあの死神の能力(チカラ)か?」

「はい。これが白鳥礼二さんの真の力なんです」

 ザフィーラからの問いに答えた織姫は、気持ちよく弦を弾いて力のすべてを音波に乗せて放ち続ける白鳥を仰ぎ見ながら、数日前の記憶を遡及する。

 

           ≒

 

第97管理外世界「地球」

東京都 松前町 スクライア商店

 

 戦闘機人による首都制圧が行われる三日前―――。

 黒崎一護と織姫は、スクライア商店でユーノから白鳥礼二の能力について話を聞かされていた。

 そこで彼らは、魔導死神・白鳥礼二が持つ特異なスキル、彼の持つ斬魄刀『琴線斬』のある重大な秘密を知ったのだった。

「白鳥の能力が魔導虚(ホロウロギア)殲滅の鍵、だと!?」

「どういう事ですか?」

 二人に問い質された直後、ユーノは白鳥の能力値を事細かく分析した膨大なデータをモニターに表示しながら、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべ呟いた。

「―――白鳥さんの真の力は、魔力と霊力を組合わせて奏でる事ができる“特殊音波攻撃”なんです。元々彼の持つ斬魄刀『琴線斬』は、霊圧を調整してその音圧を利用した衝撃波を飛ばす事ができるんですが・・・・・・白鳥さんはこれまで自身の斬魄刀の力を三分の一程度しか引き出せていなかったんです。しかも琴線斬の音色によって起こる特殊音波は、扱いを間違えれば周囲に多大な影響を及ぼすばかりか、町の一つや二つ滅ぼすほどの膨大なパワーを秘めているんです」

「つまり・・・現世に来てから今に至るまで、白鳥は制御しているつもりで、その実()()()()()()()()()()()()って事か?」

「しかも魔力コントトールもほとんどできないまま?」

 些か信じ難い話だとも思ったが、ユーノの態度から察するにどうやら全て事実であるようだと、二人は理解する。

「今の今迄が奇跡みたいなものだったんです。あの人は見よう見まねで僕の技を盗んだりと、中途半端に器用なところがあります。でも、いつまでもその中途半端を放っておくわけにはいかなかった。そんな時に白鳥さんが自分から修行を申し出てくれた。だから僕と金太郎とであの人を徹底的に鍛え直す事にしたんです」

 説明をしつつ、ユーノはこの一カ月の間にまとめ上げた白鳥の修行記録を映像で表示。

 一護達が見たのは、昼夜問わず行われた極めてハードな体力向上トレーニングと、魔力運用の鍛錬、そして斬魄刀『琴線斬』を用いたユーノや金太郎との戦闘訓練の一部始終を映したものだった。

「当時、魔導死神として僕が一護さんの元で修行を行っていたときのプログラムをベースとして、白鳥さんの基本スペックと魔導死神としての能力を最大限に向上させるべく力を注いできました。要となる『琴線斬』の真の力を引き出してもらう為に、あの人が持つポテンシャルに賭けた感はありましたが・・・・・・どうにか物になりそうです」

「そうまでしてあいつの能力(チカラ)を『切り札』とするお前の狙いってのは?」

 問いかける一護を見ながら、ユーノは不敵に笑みを浮かべ、おもむろに答える。

「白鳥さんの『琴線斬』の真の能力を用いて、幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントを完全破壊することです」

「完全破壊・・・!?」

「はい―――琴線斬には『音色辞書(ねいろじしょ)』と呼ばれる霊圧音波を保存するメモリーみたいなものが存在します。そこに保存されている音波ひとつひとつは、対象物の霊子組成レベルまで入り込み、その固有振動に同調させて破壊します。つまり、敵の霊子構造さえ把握していれば、理論上この攻撃で破壊できないものはありません。白鳥さんには二週間前から僕が組んだ幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントのみを破壊目標とする新たな楽曲を覚えてもらっています。この力が完成すれば、僕達は機人四天王と魔導虚(ホロウロギア)に勝てます―――」

 と、雄弁に語りかけるユーノ。

 一護と織姫は誇らしげに語る彼を我が子を思うかのような眼差しで見つめ、彼を何よりも栄誉に感じるのだった。

 

           ≒

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

首都クラナガン 幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラント区画・中心部

 

「・・・これが、彼の能力(チカラ)・・・!」

 他の物質を一切傷つけず、幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントのみを破壊する白鳥の演奏を聞いていた吉良達は、改めてその力の凄さを実感する。

「いったいなんなんだよありゃ・・・!?」

「確かあの人、前に地球で私たちを魔導虚(ホロウロギア)から助けてくれた白鳥さんや・・・!」

 はやて達も突如として現れた死神が演奏する曲に思わず魅了されていた。

 やがて、白鳥は全ての幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントの破壊を霊圧で察知し、その瞬間をもってパフォーマンスを終了する。

「発信終了―――我が音色の前にひれ伏すがいい!」

 

「レギオン粒子反応完全消失!」

「奇跡だわー!! すべての幼生虚(ラーバ・ホロウ)プラントが完全に破壊されました!!」

 喜々として報告するシャリオ。

 事の成り行きをモニター越しに眺めていたクロノとリンディは一瞬呆気にとられたものの、直ぐに表情を和らげ安堵の溜め息をついた。

「ほんとうに良かったわ・・・」

「僕達は、人類は救われたんです―――」

 

 白鳥の活躍によって数千もの幼生虚(ラーバ・ホロウ)が一度に沈黙した。

 恋次となのはは奇跡的な偉業を成し遂げた白鳥を遠目から観察しながら、互いに口角を緩めあう。

「終わったようだな・・・」

「はい。それにしても、白鳥さんって一体何者なんでしょうか?」

 空の上でエレキギターの形状に変化した愛刀を掲げながら、ガッツポーズをとる白鳥を見ながら、なのはは彼への疑問を募らせる。

 思えばなのはにとって初めて見た死神は他ならぬ白鳥礼二だった。そして、彼との接触を機に恋次達と出会い、翡翠の魔導死神と出会った。

(この事件が片付いたら・・・・・・白鳥さんにユーノ君のことを聞こう。絶対にあの人はユーノ君が生きてる事を知ってるはずだ!)

 師であり最愛の人である者の有力な手がかりを白鳥が持っていると確信する。

 なのはは魔導虚(ホロウロギア)事件が終息した暁、彼が知り得るユーノ・スクライアの情報を何としても聞きだし、あわよくばその再会を強く望んでいた。

 

『機動六課前線メンバー各員、それと死神と民間協力と勇士の皆さん。こちら部隊長の八神はやです。ギリギリのところではあったけど、どうにか最悪の事態は回避できました。私は六課の部隊長として、そんなみんなを誇りに思います』

 紙一重だった戦闘から辛くも生き延びた前線メンバー全員への慰労の言葉をかけるはやての放送を各地で見守る者達。

『えー、疲労困憊のところ申し訳ないんやけども・・・私たちにはまだやるべき事が山積しています。これより、各地で被災した都民の救助支援を開始します』

 魔導虚(ホロウロギア)を殲滅する事だけが任務ではない。

 大規模な被害を被ったクラナガンで暮らす人々を安全なところまで避難し、温かい食事と寝床を提供する―――それが時空管理局員である自分達の仕事だと、はやては皆に言い聞かせた。

 

「LS級次元航行艦船ヴォルフラム、発進します!!」

 被災したクラナガンへ向けて飛びだった機動六課の移動要塞【ヴォルフラム】が大空を高く舞う。機人四天王との激闘を制した六課メンバーと、被災した人々の回収を目的にその積載能力が発揮される。

「スターズ1、ヴィヴィオ達の救出は?」

 問いかけるクロノに、なのははと恋次がモニター越しに答える。

『こちらスターズ1、たった今、地上本部展望台に到着。ヴィヴィオ達を保護しました』

『全員どこも怪我してねーぞ!』

 モニター画面にヴィヴィオ達以下地上本部に取り残されていたSt(ザンクト).ヒルデ魔法学院の児童と教師、その他の一般人の救出を確認する。

 無事な人々の姿をこの目で確かめ、クロノもようやく肩の荷が下りたらしく、深く溜息を着くとその場に腰を下ろす。

 それを見たリンディはくすくすくと笑い、おもむろに近づき声をかける。

「少し、安心したかしら?」

「とりあえず一先ずは。これからやるべき事はまだまだ多いですが、人々が無事である事が何よりも救いです」

「そうね―――・・・」

 息子の言葉に共感したリンディはおもむろにモニター画面の方へ振り返り、機人四天王が倒されてなお隆起し続けたままのクラナガンの状況を改めて確認する。

「それにしても・・・何故あの隆起現象は収まらないのかしら?」

「確かに、四天王は敗れ幼生虚(ラーバ・ホロウ)も一匹残らず駆逐されたはず・・・・・・だとしたら何なの。この胸のざわつきは?」

 マリエルは先ほどから妙な悪寒を抱いてならなかった。第六感が頻りに大音声で警告を発しており、額からはそれを如実に表すかのように汗が止まらなかった。

「ヴォルフラム、クラナガン接触! 都民及びスターズ2、ライトニング1、ライトニング2、吉良さん以下勇士達の移送を開始します!」

 

 我らが機動六課と、機人四天王の決戦はこうして決着の時を迎えた。

 だが、それが恐怖と戦慄に満ちた最終決戦決戦の序章に過ぎない事を、人類はただ一人の例外を除いて未だ知る由も無かった。

 

           *

 

時空管理局 ミッドチルダ首都地上本部 展望フロア

 

「ヴィヴィオ~~~!!」

 地上本部で無事ヴィヴィオを救出したなのはは、公衆の面前である事も憚らず愛娘を固く抱擁。その頬をすりすりと擦り付ける。

 これにはヴィヴィオもかなり気恥ずかしそうに、周囲の目を気にしながら頬を紅潮させていた。

「ま、ママ・・・嬉しいけど恥ずかしいよッ///」

「良かった・・・ヴィヴィオが無事で、ほんとうに良かったよ」

 余程ヴィヴィオの事が心配だったのか、なのはは嬉しさのあまり顔中涙でぐっしょりだった。

 感動の対面を果たす二人の様子を見守り、恋次はふと遠い故郷で暮らす自分の家族について想いを馳せる。

 脳裏の思い浮かぶ生涯を共に歩むことを誓った伴侶と、その間には幼い娘。

 彼女達は果たしてなのはのように自分の帰りを温かく出迎えてくれるのだろうか。などと言う淡い期待を胸にしつつ、ふと恋次が気になったのは全くの別のものだった。

 展望台の隅の方で悲壮感を漂わせ、蹲っている白いマント姿のコスプレイヤー。

 恋次は顔をやや引き攣らせると、おもむろにそのコスプレイヤーに近づき声をかける。

「コン・・・なんでてめーがここにいるんだよ?」

 すると、恋次に声を掛けられた義骸姿の改造魂魄(モッド・ソウル)・コンは涙ながらに呟いた。

「ぐぅぅ・・・せっかくカッコよく登場したと思ったのによ・・・・・・どいつもこいつも不審者呼ばわりしやがって///」

「その格好で不審者扱いされねーと思ったのかよ? つーかその衣装って十年くらい前に浦原さん家で見たことあるな。よくそんな年代もんのスーツ出してきたな」

「これでも新規仕様で石田の奴に仕立ててもらったんだよ・・・!! チクショー・・・オレとしたことが完全に人選をミスっちまった~~~!!」

 何がしたかったんだこいつは・・・。恋次は心の中で呆れ返るしかなかった。

「・・・お前がここにいるって事は、やっぱ吉良達の近くで感じた霊圧は井上のか。となると一護の奴も近くに―――・・・」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ!!!  ゴゴゴゴゴゴゴ!!!

 

「「「「「「うわああああああああ」」」」」」

 突如、地面が大きく揺れ始めた。展望台にいたなのは達は周章狼狽する。

「なに!?」

「どうなってやがるんだぁ!!」

 地鳴りを上げながら、地上本部は徐々に地に沈み始める。

「みんな、早くヴォルフラムに避難するよ!」

 急いで脱出を果たし、なのはと恋次はヴォルフラムへヴィヴィオ達を誘導した。

 

 機動六課のメインモニターで度肝を抜く光景を目の当たりにしていたリンディは、険しい顔でクロノへ問いかける。

「クロノ・・・覚えているかしら? 4年前の事件を―――」

「忘れる筈がありません。我々人類にとっての悪夢は・・・()()()()()()()()()()()()()()

「あのとき、軌道拘置所を脱獄したスカリエッティは、管理局の必死の追跡を免れ何処(いずこ)かへと消え失せた」

「スカリエッティ!?」

「まさか・・・!」

 誰もが一瞬で理解した。異常隆起現象が終息しないのも、突如として地上本部が沈下し始めたのも、この一連の事件の根幹に潜む人物―――ジェイル・スカリエッティが深く関与している事に。

「ヴォルフラムより急報です!」

『スターズ1からロングアーチへ! 恋次さんが・・・!』

 血相を変えて一報を知らせるなのはの声に耳を傾け、モニター画面を凝視する六課首脳陣。

 いつの間にかヴォルフラムから抜け出し、独断での行動を開始した恋次の姿が映し出された。

 恋次はプラント化した際に破壊された瓦礫と瓦礫の間を飛び越えて、地盤が沈下し始めた地上本部に向かって走り出した。

『ちょ・・・恋次さん!! いったい何してるんですか?!』

『何をしているんだ阿散井くん、君もすぐに治療を受けんないと!!』

 状況をヴォルフラムから窺っていたはやてや吉良も思わず感情的に声を荒らげ恋次の帰還を促すが、二人の制止を一切無視して恋次はひたすら進み続ける。

 一度瓦礫の上で立ち止まり、恋次は今の自分や現在の状況を確認しているであろう全員に力強く告げる。

「感じるんだよ。この事件の黒幕が・・・・・・スカリエッティがこの街の地下深くにいるんだ! 俺は生憎と一度も奴の顔を拝んだ事はねーが、これまで散々たくさんの・・・・・・それこそ無関係な連中をひでー目に遭わせてきたんだ。俺は絶対に奴を許さねえ」

 死神として、一人の男として、幾度となく自分達を始め多くの者を巻き込み、悪しざまに傷つけて来た狂気の科学者がのらりくらりと安寧と息を潜めているかと思うと、考えただけで虫唾が走る。

 必ずやこの手でスカリエッティを見つけて捕まえる―――胸中の強い決意を熱く滾らせ、恋次は地下に通じる坑道を移動し、スカリエッティの元へと急いだ。

(待ってろよ、スカリエッティ・・・!!)

 

           *

 

時空管理局 ミッドチルダ首都地上本部 地下数十メートル

 

 陥没した地上本部跡地―――。

 そこの地下数百メートルに存在する広大な空間。阿散井恋次は自身の第六感を信じ、最深部を目指し歩み続けた。

 歩き続けるうち、恋次の眼前に広がる異様な光景。【生体ポッド】と呼ばれる人間や生き物などを長期間に渡り特殊な溶液に浸し保存するための装置が壁一面にずらりと並び、中には魔導虚(ホロウロギア)・プーカの素体となった幼い子供までもが陳列されていた。

「・・・・・・気味の悪りーところだ。どうやらユーノ(アイツ)の言う通り、スカリエッティは正真正銘トチ狂った人間らしい」

 改めてスカリエッティという男に関する悪評を口にした直後―――前方からコツコツ、と、足音を立てて近寄ってくる気配を感じ取った。

「!」

 異様な狂気に体が瞬時に反応した恋次は目を見開き、眼前からゆっくりと近づいてくる者に対し刮目する。

「ふふふ・・・ついに此処まで来たようだね。死後の世界より現れし死を司る神・・・―――死神、阿散井恋次くん」

 狂気を全面に顔に出した不気味な笑みを浮かべながら、さも当たり前の如く恋次の名を口にするマッドサイエンティスト―――ジェイル・スカリエッティ。

 恋次は男がスカリエッティ本人だと直感的に悟ると、驚きの表情を見せつつも腰の刀に手を掛ける。

「てめえがスカリエッティか? とうとう見つけたぜ。これまでの一連の魔導虚(ホロウロギア)事件、よくも無関係な人間まで苦しめてくれたな・・・!」

「ふふふ・・・それは心外だよ。私の研究は人を苦しめる為のものではない。むしろその逆だよ。人間を苦難と苦痛から解放し、その上に新たな世界を構築する。魔導虚(ホロウロギア)化は生物がより高次な存在へと上り詰める為に必要な儀式なのだ」

「その“儀式”とやらのせいで、今まで死んでいった奴らが何人いたと思っていやがる!? てめえの独りよがりも大概にしやがれ!」

「大いなる技術の進化には多少の犠牲は避けては通れない事だよ。この世界には価値あるものと無価値なものが少なからず玉石混合としている。高次な存在に進化できるのは選ばればごく一部であればいい。価値の無い無駄な命など生かしておいたところで何も生み出さないではないか?」

 自身の研究は人々を救うと豪語した一方で、それを享受できる者は極少数であればいいという矛盾した見解を述べるスカリエッティを見ながら、恋次は沸々と湧き上がる激しい憤りに思考が支配される。

 気付いたとき、斬魄刀を抜き放ったと思えば、ふてぶてしく笑うスカリエッティ目掛けて蛇尾丸を伸ばしていた。

「この・・・カス野郎がぁぁぁ!!!!」

 血走った両の眼で標的をしかと捕える。

 これほど苛ついたのはいつ以来だろう・・・―――少なくとも、恋次はジェイル・スカリエッティという男を生理的に受け付ける事ができなかった。

 

 カキンッ―――!

 

「なっ―――!?」

 伸びた蛇尾丸の刃がスカリエッティを直撃しそうになったところ、何者かの干渉によって刃の軌道を変えられた。

呆気にとられる恋次を見ながら、無傷のスカリエッティは終始口元を緩める。

「ふふふ・・・―――君が戦うのは私じゃない。彼だ(・・)

 直後、恋次の前に姿を現した一人の戦士。その戦士を見るや、恋次はあり得ないという心境で表情を歪ませる。

「てめーは・・・!!」

 些か信じられずにいた。まるで幽霊でも見ているかのような感覚に陥る恋次の正面に立ち尽くすのは、満身創痍ながら五体満足で立ち塞がる機人四天王の一人―――ファイだった。

「機人四天王ファイ! 生きていやがったのか!?」

「あの程度で死ぬ俺ではない・・・―――」

 フェイトとの戦いでてっきり斃されたとばかり思っていた敵が生きていた。その事実に終始驚きかえる恋次とは裏腹に、ファイは鋭い眼光で凝視しながら、冷たい殺意を醸し出す。

「ドクター。この者の始末は私が。あなたは先に脱出を―――」

「ふむ。ではお言葉に甘えさせえもらうとするよ」

 恋次の相手をファイに一任し、スカリエッティは踵を返して施設の奥へ向かって悠々と歩き始めた。

「ま・・・・・・・・・待て! てめえ!!」

 堂々と背を向け逃げおおせようとする気満々のスカリッティを逃がすのは極めて癪に障る話だった。

 咄嗟に蛇尾丸の刃節を伸ばして敵前逃亡を決め込むスカリッティを捕えようとするが、案の定ファイによる妨害を受けた。

「貴様の相手はこの俺だ、死神」

「そこをどけ! てめえに構ってる暇はねえ!」

「貴様達はよく戦った。機人四天王も最早俺一人を残すのみ。倒してみるがいい・・・このファイを。それがこの先に続く地獄への通行許可証(パスポート)だ!」

 力強く宣言した途端、ファイの足下に浮かび戦闘機人特有の魔法陣を模した白色のテンプレート。

「IS発動―――【ダイダロスウイング】」

 自身に備わる戦闘機人特有の先天固有技能を口にするや、ファイの背中に生える身の丈に匹敵する巨大な翼。

 ダイダロスウイング、またの名を『英雄王の翼』は空戦技術に特化した魔導師の一族であったファイの個性に合わせてスカリエッティが調整した力―――膨大なエネルギーを翼の形に凝縮する事で極めて高い機動力を手に入れる。

「ゆくぞ!!」

 大きく広げた翼で宙を舞い、ファイは恋次に対し高速で突っ込む。

 目にも止まらぬ速さで接近してきたファイの体当たり攻撃を、恋次は辛うじて躱したが、表情からは余裕が消えていた。

 無理も無かった。ファイのインヒューレントスキルはトーレが持つ高速機動術【ライドインパルス】の数十倍の速度を出せる。あまつさえ、その威力もSSランクの空戦魔導師に匹敵する。

 ファイは恋次の霊圧知覚が感知し切れない速さで動き回る。

 痛み切った体に鞭打ち瞬歩で必死に付いていこうと顔色を歪める恋次をじわじわと甚振り、終始スピードで圧倒する。

「ぐっは!」

 背中に走る鋭い痛み。恋次は高高度から踵落としを食らわせたファイの一撃を受け、地面に叩きつけられる。

「どうした死神? そんなスピードでは俺には勝てんぞ」

 上から恋次を見下ろし、あからさまに挑発をしてくるファイ。

 恋次は傷ついた体を起こすと、険しい表情を浮かべ、一気に霊圧を高めてから奥の手である戦術を使おうとする。

「くっ・・・・・・卍か・・・!!」

「させぬ」

 即座に恋次の間合へ入り込むや、ファイは恋次が卍解を発動する隙も与えぬ高速移動を駆使した攻撃で徹底的にその肉体を甚振った。

「のあああ!! がっ・・・!!」

 四方八方から繰り出される白い爪牙。恋次の皮膚を切り裂き、骨を砕き、惨い苦痛を僅かな時間に何十回と与え続ける。

 血反吐を吐き捨て地に這いつくばる恋次。

 しかし、彼はこの戦いを諦めてはいない。それが証拠に手に持った斬魄刀は指先一本一本に到るまで固く握り締められ離れようとしない。

 希望を捨てず抗い続ける恋次の姿を見ながら、ファイは苦い顔を浮かべ問い質す。

「貴様・・・・・・なぜまだ立ち上がる? なぜその刀を捨てぬ? これほどの実力差を味わいながらまだそんな()で俺を見る?」

「うるせーよ・・・・・・俺は・・・・・・まだ・・・負ける訳にはいかねえんだ・・・・・・!!」

「ふん、世迷言を。貴様には最早希望など残ってはいない。そこにあるのは暗く閉ざされた絶望のみ。ならば貴様は何故戦っている?」

 同じ戦士として戦う理由について問い掛ける。

 すると、ファイからの問いを受けた恋次は口角を釣り上げ、受けた質問に対しおもむろに答える。

「バカ野郎が・・・! 何故戦ってるだぁ? そんなもん決まってる・・・・・・勝たなきゃならねーから戦ってるんだよ、俺たちはな・・・!!」

 今迄も、そしてこれからずっとそうやって戦い続けてきた。

 幾星霜を経ても決して変わる事の無い強い信念を胸に抱き、阿散井恋次は様々な戦場で戦い続けてきた。

 恋次の回答を聞いたファイは、そうか・・・と、口にすると暫し沈黙。

 直後、右手に魔力を押し固めて生成された長剣『フェザーブレード』を装備し、前方で膝を突いて満足に体を動かす事の出来ない恋次へ刃を突き立てる。

「戦士としての貴様の覚悟、しかと見届けた。敬意を称し、我が渾身の一撃をもって葬り去ってやろうぞ」

 同じ戦士として立場こそ違えど、どこか通じる者を感じ取ったファイは、満身創意の恋次を見ながら突きつけた刀身をゆっくりと上に掲げる。

 一方、死地が目の前に迫っているにもかかわらず、恋次はこれまでに受けたダメージの所為で意識が朦朧としていた。

(くそ・・・・・・体が動かねえ・・・・・・おまけに今までの戦いのツケで霊力もほとんどすっかからになっていやがる・・・・・・俺は・・・・・・何も護れずに・・・・・・こいつにやれちまうのかよ!? チキショウ・・・・・・俺は・・・・・・俺は・・・・・・・・・・・・!!)

 意思に反して動かない身体。目前に迫った凶刃を仰ぎ見る気力すら削ぎ落とされた自身の底意を思い知り恋次は悲嘆する。

「幕引きだ――――――」

 フェザーブレードの刀身が恋次の脳天目掛けて勢いよく振り下ろされようとした、次の瞬間―――。

 

 ドンッ! という豪快な衝撃音が聞こえた途端、青白い巨大な霊圧の塊がファイと恋次の間を駆け抜けた。

「な・・・・・・!?」

 咄嗟に斬撃を躱し退避するファイは青白いものが通り過ぎた痕を見て吃驚した。

 触れた瞬間より地面を深く抉り取ったそれは常軌を逸した破壊力で、微かだが湯気さえも上がっていた。

「・・・なんだ・・・今のは・・・?」

「この霊圧・・・まさか・・・!!」

 独特の斬撃痕とそれが物語る破壊力、周囲から感じとった身に覚えのある霊圧―――恋次はファイとは違う意味で驚愕の表情を浮かべる。

 と、そのとき―――斬撃が飛んできた方角から土煙に姿を隠しながら歩み寄ってくる一人の物影の姿を捕えた。

 

「・・・よォ。どうしたよしゃがみ込んで。ずいぶん苦戦してるじゃねえか」

 身の丈を超える大刀を肩に担ぎながら、派手なオレンジ色の頭髪を持つ死神は満身創痍の恋次を見て率直に思った事を呟き、やがてほくそ笑む。

「助けに来てやったぜ。恋次!」

 恋次は目の前から現れたその死神の正体を十年前から嫌と言うほどよく知っていた。

 伝説の死神代行・黒崎一護・・・―――恋次の記憶、さらには尸魂界(ソウル・ソサエティ)の歴史において決して忘れられる事のない偉大な英雄の名である。

「・・・一護・・・なのか・・・!?」

「何者だ、貴様は?」

 突然現れた敵を凝視するファイが一護にその素姓を問い質す。

「黒崎一護。空座町で町医者をやってる死神代行だ。よろしく!!」

 力強く自己紹介をする一護から漂う漲る自信。ファイは一目見て目の前の男が圧倒的な力を持つ強者である事を悟った。

「一護・・・おまえどうして・・・!?」

 本来ならばここに居るはずの無い男が目の前にいる事に疑念を抱いた恋次は、一護を見ながら挙動不審がちに此処へ来た理由を尋ねる。

「あいつがようやく腹を括ったんだよ。俺や織姫にも手伝って欲しいって。で、いざ来てみたらお前の霊圧が弱ってるもんだからよ、探してみたらついこんなところまで来ちまった。案外元気そうじゃねーか」

「・・・バカヤロウが・・・これのどこが元気そうなんだよ・・・」

「しゃべれるだけの元気はあるだろうが。医者要らずが一番だぜ。それより、こいつの相手は俺が引き受ける。今のお前じゃこいつのスピードとパワーには追いつけねーだろうからな」

 そう言っておもむろに前に出た一護は、恋次を護るようにファイと対峙。右肩に担いだ斬月を構える。

「・・・・・・前におまえ言ったよな」

 不意に神妙な面持ちで呟いた一護は、恋次を一瞥したのち、ゆっくりと語り出す。

「―――この先ずっと俺が死ぬまで俺が進めなくなった時は俺を背負ってでも進んでやるって。だったら俺も同じだよ。お前が進めなくなった時は俺がお前を背負ってでも進んでやるよ。今も、これから先もお前が死ぬまでずっとだ」

「一護・・・・・・」

 十年前の霊王護神大戦で、ユーハバッハに敗北を喫し戦いを諦めかけた一護に恋次自身が語りかけた言葉だった。その言葉は再び一護の心を奮い起こし、ユーハバッハとの激闘を制するのに一役買った。

 その時の言葉が今、一護から向けられた。十年と言う一つの節目であり、同時に長い年月を経て紡がれた絆は今も健在だった。

「二度は言わねーぞ。つーか、こんな恥ずいセリフ二度も言いたくねえからな」

 背中越しに語った直後、一護は斬月を目の前に突き出すように構え直す。

 やがて、全身から青白い霊圧が一気に溢れ出すや、一護は大切な仲間を守る為の能力(チカラ)を顕現させる。

「卍 解――――――」

 刹那、一護の周りに吹き荒れる凄まじい赤黒い霊圧の渦。

 圧倒的な霊圧に思わずたじろぐファイだったが、しばらくして渦の中から一護の姿が視えて来た。

「っ!」

 力を解放した一護の身なりの変化にファイは目を見開いた。

 黒いロングコートに似た独特の死覇装を身に纏い、手にはすべてが漆黒で普通の日本刀より少し長く、卍型の鍔を持ち、柄頭に途切れた鎖がつい斬魄刀を持っていた。

 この力こそ、一護が大切な仲間を護る為に手に入れた力の終着点。斬魄刀戦術の奥義であるその卍解の名は―――。

 

「『天鎖斬月(てんさざんげつ)』―――!!」

 

「何だそれは・・・そんな小さなものが貴様の卍解だと・・・? ただの斬魄刀ではないか?」

「・・・いつぞや白哉のにも言われたっけな、そのセリフ。これだから見てくれで判断するヤツは嫌になるぜ。だったら試してやるか? こいつの力をその身をもって―――」

 言った直後、一護の姿がファイの視界から一瞬にして消失した。

「!!」

 気付いたとき、ファイの反射神経が追いつかぬ間に一護は背後へと回りこんでいた。

(・・・迅いッ!!!)

「ほおおおおおおおおお」

 両手持ちした天鎖斬月の刃先から繰り出す超高密度に圧縮された斬撃―――月牙天衝は始解時とは異なり赤黒い霊圧を纏い、破壊力も比べ物にならない。

 辛うじて直撃コースから抜け出したファイは一旦空に上がったものの、威力のすべてを免れることは出来ず、身体には無数の傷が浮かび上がる。

「ちっ!」

 厄介な能力だと思いつつ、スピードに絶対の自信を持つファイは一護へと接近し、固有武装・フェザーブレードを駆使した空中機動戦を繰り広げる。

「遅せえー!!!」

 しかし、一護の研ぎ澄まされた霊圧知覚はファイの攻撃を回避するばかりか、逆にファイの機動力をも凌ぐほどだった。

弧月斬(こげつざん)!!」

 通常の斬撃から空中へ打ち上げ、更にそこから超速移動を駆使した連続モーションで斬撃により相手を拘束して大ダメージを与える『天衝乱舞(てんしょうらんぶ)』のコンボへと繋げる。

「のあああああああ!!!!」

 苦しみに耐えかね絶叫するファイ。

 終始ファイを圧倒し続けた一護は止めの一撃として、空中より狙いを定め、天鎖斬月を大きく振りかぶる。

「地の底まで落ちやがれ! ―――月牙天衝!!!!」

 全身全霊の力を込めた漆黒の月牙。極めて濃密で強大な霊圧の塊はファイの頭上より隕石の如き圧を伴い降ってきた。

「のああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 並みの死神ですら真面に受ければ致命傷は避けられない一護の必殺技が見事に直撃。黒き斬撃に呑みこまれたファイは悲鳴をあげながら地の底へと落ちていった。

 

 地の底で巨大な爆発が起こった。巻き起こる爆発の規模は凄まじく、ファイの姿を目視で確認することは不可能だった。

 圧倒的な力を持ってファイを制した一護はゆっくりと地上へ足を下ろす。

 恋次は勝利しながらも晴れ晴れとしているのはおろか、内心複雑な心境であろう一護の横顔を一瞥し、おもむろに問いかける。

「・・・()ったのか?」

「手加減はしてねえ。だがこれで死んだとも思えねー」

 

 ブーッ! ブーッ! ブーッ!

 

「「!!」」

 次の瞬間、地下アジトの至るところで警報ベルが鳴り響いた。

 サイレンの音に緊迫する一護と恋次。やがて、モニターが映し出され、猟奇的な笑みを浮かべるスカリエッティが言葉を投げかけて来た。

『いやー。死神の諸君、御機嫌よう』

「スカリエッティ!!」

『お取り込み中済まないが、この施設は間もなく廃棄処分される事になっている。あと5分もしないうちに爆発する。しかし残念なことに、地上へと通じる脱出口は全て封鎖されてしまった。最早君達に助かる道は無い』

「何だと!?」

「てめえ!! どこにいやがる!! 今すぐ出てきやがれ!!」

『生憎私にはやるべき事が山積している。君達のような興味深い素体を実験体に出来なかったことは少々残念だが、これもまた致し方ないことだ。さようなら・・・―――心弱き者達よ。汝らの招き寄せた恐怖を篤と味わうがいい。ふははははは!!!』

 どこまでも気の狂った甲高い笑みを見せつけたスカリッティとの交信が途絶。モニターには何も映らなくなった。

 映像が途切れた直後より、地下アジトに仕掛けられた起爆装置が次々と作動。誘爆を伴い地下空洞一帯で激しい揺れが起こる。

 崩落を始める天井。立っている事さえままならぬほど激しい爆発に、一護と恋次は焦りを露わにする。

「ヤベーな・・・崩れが始まりやがった!」

「くそ! 俺が来たところも塞がれちまってる!! どうすりゃいいんだよ!?」

 絶体絶命の窮地。

 途方に明け暮れる二人だったが、そのとき―――あまりにも予想外の出来事が起こった。

 唐突に、二人の足元に浮かび上がった白い魔法陣。気がつくと、目の前で体の一部を失いながらも強制転移魔法を発動させたファイが立っていた。

「ファイ!!」

「おまえ、一体何のつもりだよ!?」

 ファイは一護の話の無視して爆発の被害を受けぬよう二人にシールド魔法を施しながら転移先を選んでいた。

 やがて、最早風前の灯と化した命のファイが二人に最期の言葉を掛ける。

「俺は・・・戦士として居場所を求め・・・戦士として死ねる場所を求めていた・・・だが阿散井恋次・・・そして黒崎一護・・・貴様達のお陰で、俺は大切なことを思い出させてた・・・礼を言う・・・」

 

 ―――そう・・・俺は・・・。

 ―――俺は・・・。

 

 清々しいまでの笑み。そこに不満や後悔などは一切ない。

 ファイは戦士としての矜持と生き様を思い出させてくれた二人に笑いかけると、自らは進んで爆発の中へと身を投じた。

「ファイィィィィィィ!!!!!!」

 恋次の叫びが爆発の中で木霊する。

 次の瞬間、二人に対して掛けられたファイの強制転移魔法が発動し、恋次と一護は地下アジトの外へと飛ばされた。

 大規模な爆発によって、陥没した空洞から発生する巨大な光柱。

 その光の柱の中心から飛び出てきた赤い炎の如くエネルギーを纏った火の鳥と化したファイの魂は、自分が愛した空に向かって天高く飛翔した。

 

 ―――空はいい・・・。

 ―――空はいいぞ・・・。

 ―――死ぬときは・・・やはり空の上だ・・・。

 

 ファイの転移魔法によって、間一髪の窮地を脱した一護達。

 しかし、恋次は地面に手を叩きつけながら自分達を生かして散って行った敵への遣る瀬無い気持ちで胸が苦しくなった。

「くっ・・・・・・・・・ファイ・・・・・・バカヤロウが!!」

「戦闘機人って奴は人間の皮を被った機械みたいな連中とばかり思っていたけど、あいつみたいに人間臭い奴もいたんだな・・・―――」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・ッ。

 突然、事態は一変した。またしても強い地鳴りをあげながら隆起したクラナガンの地の底から何かがゆっくりと浮上を開始した。

 それと同時に、嘗てない膨大なエネルギー反応を観測した。

「巨大な物体が地上本部跡地から出現します!!」

 陥没した大地の底より多量の土煙を巻き上げながらその姿を顕現させる物体を目の当たりにした瞬間、なのは達は驚愕の余り絶句する。

「あれは・・・なんなの!!?」

「この異常な霊圧と魔力反応はなんだ!?」

 

 

 

 見るものすべてに戦慄を与える恐怖の大魔王がついに光臨した。

 魔王の出現によって隆起したクラナガンの大地は、ゆっくりと空へと浮上。

 今、人類と地上最大最強の魔導虚(ホロウロギア)による最終決戦が始まろうとしていた―――・・・。

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:久保帯人 『BLEACH 10、20、74巻』 (集英社・2003、2005、2016)

原作:久保帯人 著者:成田良悟『BLEACH Spirits Are Forever With You I・Ⅱ』(集英社・2012)

 

 

 

 

 

 

教えて、ユーノ先生!

 

ユ「今日は、ISについてね♪」

「インヒューレットスキル―――先天固有技能と称されるこの力は、戦闘機人が用いる特殊能力のことだ。魔力とは異なるエネルギー運用法が用いられており、厳密に言えば魔法関連のスキルではない」

「今回ファイが用いたIS『ダイダロスウイング』は、翼型に形成されたエネルギーを用いて超高速で滑空する能力だ。手持ちの武器『フェザーブレード』は非常に強力で、一護さんが駆けつけていなかったら恋次さんも危ういところだった」

恋「べ、別に一護が駆けつけなくてもあれぐらいの窮地くらい切り抜けられたっつーの!」

 と、宣う恋次。それを聞いた一護はおもしろく思わなかった。

一「ほう・・・そうなのか。せっかく人が善意で助けに来てやったのにそんな言い方されるとは思わなかったぜ。前言撤回だ!! 金輪際オメーに何か有っても俺はゼッテーに助けたりしねーからな覚悟しておけ!!」

恋「上等だ!! 誰がてめーなんぞに助けられるかよ!!」

つまらぬ意地を張りあう似た物同士。

 顔を合わせれば絶えず子供のように喧嘩を勃発させる二人の関係性を見ていたユーノは、ふと自分とクロノを重ね合わせる。

ユ「なんだかなー。お二人を見ていると脳裏を過りますよ・・・・・・今ごろクロノの奴、あの世でどうしてるんだろうー」

一・恋「いやまだ死んでねーだろう! 勝手に殺すなよ!」

 口を揃えてユーノの発言に勢いよくツッコミを入れる二人であった。

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

 ミッドチルダへと降り立った白翼の魔導死神・白鳥礼二。

 すべての幼生虚(ラーバ・ホロウ)を滅ぼす強大な力を目の当たりにした彼は、一か月前とは比べ物にならない完成度を手に入れた己の力と自身の成長度合いを自画自賛する。

白「たった一カ月でこれだけの力を手に入れるとは・・・・・・ふふふ。やはり私は選ばれた男であるようだ。私こそが霊王様より神託を受けし不世出の死神なのだぁ!!」

 自惚れ、勘違いも甚だしいこの男―――どこまでも素であるから性質が悪い。

白「ミッドチルダの市民よ!! 私が来たからにはもう安心しろ。魔導虚(ホロウロギア)はこの私が一匹残らず駆逐する!! そして必ずやこの地に恒久の平和を取り戻して見せる!! この白鳥礼二に全てを委ねるのだぁぁ!!」

 と、言った矢先―――地底から魔神の如く遥か巨大な魔導虚(ホロウロギア)が出現。

 そのあまりの大きさを目の当たりにした途端、白鳥は恐怖の余り腰を抜かす。

白「ヒイイイイいい!!!! く、来るなぁぁぁ!!! 私はまだ死にたくない!!! 頼むッ!!! 見逃してくれぇぇぇ―――!!!」

 先ほどまでの自信はどこへ消えたのやら。

 感情の起伏が激しく情緒不安、プライドが高いようで変なところは小市民的。ありとあらゆる意味で面倒な白鳥礼二の運命はいかに・・・・・・!?




次回予告

ユ「君達に、最新情報を公開しよう。」
「史上最強最大の魔導虚(ホロウロギア)・ジャガンノートを倒せ!!」
「ついに、発動承認が下ったリンカーエクストリーマーは、運命の片道切符なのか? 魔導虚(ホロウロギア)との戦いに終止符が打たれようとする中、僕は・・・・・・」
「ユーノ・スクライア外伝 NEXT、『遅れてきた賢者』」。次回も、この小説にファイナルフュージョン承認!」
コン「『リンカーエクストリーマー』―――こいつが勝利のカギだぜ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話「遅れてきた賢者」

一か月前―――

次元空間 時空管理局本局 第四技術部

 

 スカリエッティと機人四天王によって引き起こされる魔導虚(ホロウロギア)事件の渦中―――機動六課首脳陣は挙ってリンディの呼び出しを受けた。

「あなた達に集まってもらったのは他でもないわ。みんなには事前に知っていてほしいの。このLEツール―――通称“リンカーエクストリーマー”の危険性について」

 ミッド文字で『LINKER EXTREAMER』と表記された前方に鎮座するポット型の弾丸状の巨大装置。

 それを目の当たりにしたなのは、フェイト、はやて、クロノらは思わず息を飲む。

「これが絶対的勝利をもたらす鍵!」

「見た目からしてごっつすごそうやわ」

「リンディ統括官、これが翡翠の魔導死神さんから提供された管理局(こちら)側の『切り札』と言うわけですか?」

「ええ・・・。製作者曰くその性能は人智を遥かに超えるとの事よ」

 聞いた途端、挙って目を見開くなのは達。その後マリエルが使用上の危険について詳しく言及する。

「使用回数は一回きり。つまり、万が一このツールを使用しても敵に勝てなかった時はそれこそ、私達の真の敗北を意味するわ。絶大な力と引き換えに生命体の急速な細胞分裂を引き起こすから、使用者の命をも奪いかねない禁断の力でもある」

「リンカーエクストリーマー・・・・・・・・・こんなものを使わなくてもきっちり方をつけたいところです」

 額に汗を掻き、率直な所感を述べるなのはに居合わせた全員が同意する。

 だが、彼らはこのひと月後に遭遇するのである。リンカーエクストリーマーの力を持ってしか斃せないほど強大過ぎる史上最悪の敵と――――――

 

           ≒

 

新暦079年 6月6日

第1管理世界「ミッドチルダ」

首都クラナガン ミッドチルダ首都地上本部跡地

 

 隆起現象を続けるクラナガンの大地の底から浮上する超巨大な物体。

 ヴォルフラムや機動六課のモニターでそれを見ていたなのは達はあまりのスケールに絶句する。

「信じられません・・・高さ300メートル以上!?」

「前に戦った大虚(メノスグランデ)の比じゃない!」

「あの巨大さ・・・そしてこの尋常ならざる霊圧と魔力は!?」

「間違いあらへん・・・・・・あれがノストラダムの予言した、アンゴルモアによってもたらされる恐怖の大魔王や・・・・・・!!」

 確信を持ったはやての顔から噴き出る汗。

 地上本部跡地からその姿を現した地上空前絶後の魔導虚(ホロウロギア)・ジャガンノートは山鳴りのような声を発し、時空管理局やミッドチルダに住まう人間達に宣戦布告する。

『ナッハハハハハハハ!!!!!! クソカスどもが!!! 時は来たぜぇぇ!!!』

 黄昏(たそがれ)に染まるの空の下、身体の至るところから極太の触手のような器官を放ち、ジャガンノートは町全体へと張り巡らせる。

 そうして触手を通じて都市のエネルギーを全身隅々に到るまで吸収―――更なる巨大化と進化を促す。

 瓦礫の町の中、ジャガンノートの姿を間近で見ていた恋次と一護はただただ呆然と立ち尽くし、露骨に顔を引き攣らせる。

「おいおい・・・アイツまだデカくなるつもりかよ!!?」

「・・・十年前、虚圏(ウェコムンド)で戦ったヤミーってつう破面(アランカル)みたいに、どこまでも巨大化していきやがる・・・!!」

 手当たり次第に取り込んだ周囲の機械や魔法物質、空気中を漂うマギオンの粒子を加えて自身の身体を構築する魔王。

 巨大な塔と巨人が融合したような敵の背中に生えた巨大な翼。顔は単眼の生物的なものを連想させる仮面、異様に長く伸びた両腕には十二支を模った仮面のようなものが付いている。極め付け胸部に当たる箇所には巨大な孔が空いていた。

 少しずつ進化を遂げる敵の様子を観察していた機動六課メンバーは終始唖然。今見ている光景が、悪い夢とばかり思いたくなる。

「クラナガンを・・・丸ごと取り込んだのか!?」

「こいつまるで要塞だぜ!!」

「というより宇宙船・・・いえ“次元船”よ! 魔導虚(ホロウロギア)は首都圏に張り巡らされたライフラインと元からある霊力と魔力を使って、巨大な次元船を造ろうとしているわ!」

「くっ・・・吉良さん、恋次さんとの連絡は!?」

 切羽詰った様子で投げかけるはやてだが、吉良の反応は芳しくなく、ただ難しい顔で首を振った。

「シグナム、シャマルにも連絡して、直ぐにヴォルフラムに合流するよう伝えてくれへんか!?」

「了解しました」

「急がなあかん・・・・・・このままではクラナガンに残された住人達は、あの魔王諸共・・・!」

 はやての脳裏に思い浮かぶ最悪の顛末―――ジャガンノートが取り残された人々を連れて次元空間へ飛び出し、その強大な力を持ってして全次元世界を破壊すると言うシナリオだった。

 

 同じ頃―――。

 肥大化を続けるジャガンノートを離れた場所で観察していた魔導死神、白鳥礼二にも緊張が走った。

「ジーザス・・・・・・シューベルトはあのバケモノを『魔王』として思い浮かべたのだろうか。いずれにせよ、あれを倒すのは骨が折れそうだ。果たして我々に魔王を倒すだけの力があるのだろうか・・・・・・」

 敵対するにはあまりにも大きすぎる身体。大きすぎる物質量。大きすぎる霊圧。

 白鳥は全人類を蟻同然として見下ろす遥か巨大な魔王を仰ぎ見ながら、震える腕を必死に抑え込んだ。

 

           *

 

時空管理局LS級艦船 ヴォルフラム内部

 

 ヴォルフラムで治療を受けていた六課メンバーは、モニター越しに映るジャガンノートを観察。かたわら操舵主として搭乗していたルキノがロングアーチと連携して、敵の体内解析を同時並行で行っていた。

『解析したところ、敵・魔導虚(ホロウロギア)は霊力や魔力エネルギーに加え発電所からの供給網を使い内部に膨大な電力をも蓄積させているとのことです!』

「次元空間に逃走する為の膨大なエネルギーを掻き集めてるんだ!」

「我々は、ただ見ている事しか出来ないのか!?」

 

「そいつは違うぜ―――」

 

 力強い言葉が響き渡る。

 重く淀んだ空気を払拭するかのような男の低い声色が聞こえると、一斉に全員が声のする方へ振り返る。

 見れば、ロングコート状に変化した死覇装を着た男・黒崎一護が満身創痍の恋次を肩に担ぎながら立ち尽くしていた。

「一護くん! 阿散井くん!」

「あなた、だいじょうぶ?」

「あぁ。ちょっとヤバかったけど、なんとかな」

 安否を気遣う妻・織姫のもとへ歩みよると、すぐに恋次を吉良へと託し、一護はなのは達の元へ目線を合わせる。

「あなたは・・・・・・いったい何者ですか?」

 ただならぬ霊圧を発し強者たる貫禄を醸し出す一護を見ながら、恐る恐る問いかけるエリオ。

「死神代行、黒崎一護だ。恋次の旧い知り合いで、翡翠の魔導死神の師だ」

「翡翠の魔導死神さんのお師匠さん!?」

「マジかよ・・・!!」

 誰しもが驚き返る話だった。

 無理も無い。魔導虚(ホロウロギア)事件解決の要である翡翠の魔導死神の師匠がこんな年若い男だとは誰も思っていなかった。そもそもの話、彼に師匠がいるとさえ思っていなかった六課メンバーはただただ仰天し動揺する。

「それで一護さん・・・でしたか。肝心の翡翠の魔導死神さんは今どこに?」

 眼前に立つ男の姿を凝視しながらフェイトがおもむろに尋ねる。

「あいつは準備があるっつってまだ来てねえ。だが、あのバカ弟子がクライマックスを見逃すはずがねえ。心配しなくても直に来るさ」

 一護の口から飛び出た言葉ひとつひとつに呆気に取られるなのは達。

 あの翡翠の魔導死神を指して「バカ弟子」と称する豪胆さから、彼と翡翠の魔導死神が深く通じ合っているのだと確信する。

「ま。本命の魔導死神は遅刻しちまってるが、代わりにもう一人の魔導死神を連れて来た」

 と、一護が口にした直後に扉が開かれ―――皆の前に姿を現したのは、白鳥礼二だった。

「うむ・・・皆の衆、ご機嫌いかがかな?」

「げっ! てめーは鳥じゃねーかよ!?」

「久しいなピーチガイ。私がいなくて淋しくは無かったか?」

「誰がてめーがいなくて淋しいだと!? 寝ぼけたことぬかしてんじゃねー!」

 大して会いたくもない男がいきなり現れたと思えば、悪しざまに変な仇名で罵ってくる白鳥を前に憤慨する鬼太郎。

 浦太郎は金太郎とともに、「やれやれ・・・またいつものパターンか」、と呆れ返る反面、このどこか懐かしくも思える喧騒に頬の筋肉を緩める。

「部隊長はそこのちびダヌキだっか?」

「ちびダヌキじゃありません! 八神はやてです!」

「どっちでもいいだろう。状況はよく分かってる。今ここでじっとしてても意味がねえ! 俺たちがここでヤツをぶっ潰さねーと、何をしでかすかわかったもんじゃねえ! この数ヶ月の―――いや。二年前の決着をつけるためにも!!」

「でも一護さん、私たちもそうですけど、恋次さんだって治療を受けないと万全な状態で戦うことなんて・・・!」

 と、傷ついた恋次の体調を懸念しなのはが相槌を入れて強く主張する。

「心配すんな。ここには織姫がいるんだ。織姫、恋次の治療とアジャストを頼む」

「任せて」

 一護の言葉を聞き入れた織姫は、盾舜六花が持つ治癒能力『双天帰盾(そうてんきしゅん)』を使って恋次の周りを結界で囲み、即時治療を開始した。

「時間は差し迫ってるんだ! 今戦わなきゃ、また振り出しに戻っちまうんだ! もしもこの場に翡翠の魔導死神がいたら奴も俺と同じ事を言うはずだ。お前らの力は何のためにある? 理不尽な運命を撃ち抜く為の力なんじゃねえのか!?」

「「「!!」」」

 檄を飛ばされ、なのは達の脳は覚醒する。

 自分達がこれまで磨きに磨き上げた力が何の為にあるものなのか。また、その力を磨いて自分達が何をすべきなのか。それを思い出した。

(そうだ・・・・・・私たちの力は理不尽な痛みや運命を切り開くためのものなんだ・・・・・・こんなところで燻ってなんかいられない!)

 改めて魔導師としての責任と成すべき事を思い出したなのは達の瞳に光が灯る。

 先ほどまでと違って覚悟を見出した様子の六課メンバーを目の当たりにし、一護は安堵した様子で表情を和らげる。

『たった今、クロノ提督とシャマル先生も本艦に到着しました。八神部隊長―――こうなったら何が何でも勝つだけです!』

 報告とともに勝利への強い決意を口走るルキノ。

 それを聞いた直後、固い表情ながらはやては戦う決心がついた様子で、閉ざされた口をゆっくりと開いた。

「・・・―――わかった。前線メンバー諸君・・・これより敵・魔導虚(ホロウロギア)との最終決戦に挑む。今この場にいる一人一人が、次元世界の希望だと言うことを忘れないでほしい。機動六課の全勢力を投入する。何としてでも、魔導虚(ホロウロギア)が次元空間に逃走するのを防ぐんや。私達に残された道は・・・・・・“勝利”しかあらへん!」

 すぅーと、息を吐く。

 そして目を見開き、はやては目の前にいる前線メンバーに対し力強く宣言する。

「時空管理局本局機動六課、最終作戦開始ッ!!!」

「「「「「「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」」」」」」

 

 救援に駆けつけた一護達は、機動六課メンバーと協力して魔導虚(ホロウロギア)・ジャガンノート殲滅に向けた作戦を開始した。

 日がすっかり沈んだ夜のクラナガンに向けて飛び立つ複数の魔力光。

 管理局による炊き出しで食事を摂っていたヴィヴィオ達の瞳にもしかと、その光景が映った。

「見ろ! 機動六課の魔導師だぜ!」

「クラナガンとボクたちを助けに来てくれたんだね!!」

「「機動六課、ファイトォ―――!!」」

「なのはママ・・・みんな・・・必ず勝って、戻ってきてね」

 一途になのは達の勝利を信じ、ヴィヴィオは天と星、それに聖王にも祈りを捧げる。

 

「勝利を―――・・・信じるしかないわね」

 ヴォルフラムで全員の帰還を信じ、一途に勝利を信じようとするリンディ。

 その隣で、織姫とコンは大切なものを護る為に再び戦う事を決意し、見知らぬ土地で強大な脅威と真っ向から立ち向かおうとする一護の身を案じていた。

「一護くん・・・・・・どうか死なないで・・・・・・」

「織姫さんを泣かせるような事があったら、そんときは一護・・・・・・オレさまはおまえをぜってーに許さねーからな」

 

           *

 

午後8時12分―――

首都クラナガン ミッドチルダ首都地上本部跡地

 

 首都中からエネルギーと言うエネルギーを掻き集め、巨大な体を構築したジャガンノートは空間を歪ませる大音声を発する。

『ナハハハハハハハ!!!!!! こんだけ喰えば問題ねえだろう!!! このまま次元世界も喰っちまおうか!!!』

「そんなことは絶対にさせない!!!」

 やや掠れた声で大魔王の言葉に反発する女性の声。

 ジャガンノートの目論みを死守すべく夜のミッドチルダに集まった高町なのはを始め、機動六課前線メンバーと死神及びスクライア商店従業員で構成された勇士達―――22名がどっと集まった。

『ハッ、来たか・・・クソ虫どもが・・・!!』

 遥かに巨大で大地に根を下ろしたか如くどっしりと構える規格外のバケモノを前に武者震いを起こすメンバー。

 恐怖の余り発汗が一向に収まらない。

 だが、ここで引き下がるという選択肢は元より持ち合わせなどいない。覚悟を決め―――なのは達はデバイスを手にジャガンノートと対峙する。

「全員配置は完了したな! 準備はいいか?」

「俺たちはとっくに準備万端だぜ!!」

 クロノの呼びかけに恋次が力強く返答すれば、各所に点在するメンバーも同様に返事をする。

『ナハハハハハハハ!!!!!! この日が来んのをドンだけ待ち望んでいたことか・・・・・・クソカスどもが、すべての魔導虚(ホロウロギア)の戦闘データを蓄積させたオレっちの力を篤と受けてみやがれッ!!!!』

「こっちこそ今迄の借りをまとめて返してやるぜ・・・―――狒骨大砲ッ!!!!」

 刹那―――狒狒王蛇尾丸を操り、恋次は初手から全力の狒骨大砲を前方の敵目掛けて発射する。

 それに続く形で一護達も各々の必殺技を繰り出す。

 

「ハイペリオン、バスターッ!!!!」  「トライデントスマッシャー!!!」  「〈石化の槍、ミストルティン〉!!」

 

「ブレイズキャノン・フルバースト!」  「〈火龍、一閃ッツ〉!!!!」  「シェアシューテルングスハンマーァァァ!!!!」

 

「一撃必倒ォォォ!!! ディバイン・・・バスター!!!!」  「ファントムブレイザーァァァ!!!!!」  「ストームシュゥゥ―――トッ!!!」  「ライトニングスピアァ!!!」  「フリード、ブラストレイ!! ファイア!!!」

 

「月牙、天衝―――!!!!」  「破道の六十三 『雷吼炮(らいこうほう)』!!!」  「琴線斬奏楽(きんせんざんそうがく)鼓瓜田(つづみかでん)”―――!!」

 

「ダイナミックハリケェェェ―――ン!!!!」  「クラケーントライデント!」 「俺の必殺技、パート4!!!!」

 

 全員一丸となって技を眼前に聳える巨大な敵へとぶつける。

 機動六課による一斉攻撃を受けたジャガンノート。だがしかし、爆風が晴れた先―――彼らの淡い希望を軽々と打ち砕くように無傷の姿を曝け出す。

『ナッハハハハハハハハハハ!!!!!! 何だ今のは!? 痒いぜぇ!!!!』

 

「駄目です! 敵の防御力が高すぎます! こちらの攻撃は全く効果ありません!!!」

「そんな・・・・・・一斉攻撃をもってしてもなの!?」

 機動六課メンバー全員の攻撃を直撃していながら、痛みはおろか痒みとさえ錯覚する常軌を逸した防御能力。

 ヴォルフラム内部でジャガンノートの解析を進めていたシャリオ達だったが、計算結果を遥かに凌駕する基本スペックの高さに戦慄を覚える。

 

『ナーッハハハハハハ!!!』

 戦慄を覚えるのは管制官ばかりではない。

 現在、その無傷の相手と間近で交戦していたなのは達はシャリオ達以上にこの信じ難い事実に衝撃を受けていた。

「今迄の魔導虚(ホロウロギア)とは明らかに核が違う!!」

「あのときのメノスがかわいく思えてきた・・・・・・こいつは神の化身を上回る存在!!」

「まさに魔王・・・・・・恐怖の大魔王や!!」

『ハハハハ・・・・・・クソ虫どもが!!!! これでも食らいやがれ!!!』

 異様に長く伸びた左腕をゆっくりと上げ、ジャガンノートは眼前で呆然自失と化す機動六課メンバーに対し、肥大化した腕を振り下ろす。

 刹那―――腕の一振りで発生する衝撃波【ソニックブーム】によって大地はたちまち抉り返り、今まで体感した事のない衝撃と風圧がなのは達を容易に吹き飛ばす。

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「うあああああああああああああああ!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 瓦礫の如く無惨にも吹き飛ばされてしまった六課メンバー。リンディ達はあまりに常識の範疇を越えるジャガンノートの力に唖然。

「な・・・何ですって・・・!?」

「腕の一振りで・・・・・・」

「一護たちを弾き飛ばしやがった・・・!」

 

 廃墟と化した真夜中のクラナガン。

 凄まじい振動を発しながら満身創意のなのは達へ近付く大魔王ジャガンノート。

「作戦変更!! みんな、フォーメーションSに移行よ!!」

 直ちにリンディは状況を打破する為の作戦変更を通達する。

 辛うじてリンディの言葉を聞き入れたはやては、傷ついた体を何とか奮い起こし、メンバーの安否を気遣いながら作戦を実行に移す。

「了解です・・・・・・機動六課各員に注ぐ・・・フォーメーション変更! 右翼・スターズと金太郎さん、浦太郎さん。左翼・ライトニングと鬼太郎さん、吉良さん、白鳥さん。一護さんと恋次さんは間隙を突いて中央からの攻撃開始です!」

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「了解(おう)(ああ)! 」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 

 新たなフォーメーションシフトへ移行し、スターズ分隊とライトニング分隊は左右からの一斉攻撃を。援護に回った金太郎と浦太郎、鬼太郎、吉良、白鳥の攻撃がジャガンノートの注意を引き付けながら、恋次達の攻撃の隙を作る。

「今よ! 中心を狙って!!」

 充分にジャガンノートの注意を引き付けたのを確認したリンディは、待機していた一護と恋次に攻撃命令を出す。

「いくぜ恋次!」

「おう!」

 一気に加速し、敵懐へと向かって飛んで行く二人の死神。

 狒狒王蛇尾丸の頭頂部に乗った一護は愛刀・斬月に霊力をふんだんに食らわせ、月牙の威力をそのまま刃に留めた状態でジャガンノートの元へと突っ込む。

「月牙―――!!!!!」

「狒牙―――!!!!!」

 

「「天衝ッツ!!!!!!」」

 互いの霊圧を極限にまで高めた二人が編み出した即席の合体技。

 灼熱の炎を燃やすかの如く赤く染まった狒狒王と、その頭部に乗った一護自身から溢れ出る赤黒い霊圧が混ざり合い、膨大な質量へ変化。肥大化した霊圧ごと敵に向って体当たりを決め込む。

「これもおまけだ!!」

 加えてクロノは氷結の杖・デュランダルを用いた冷凍魔力ビームをジャガンノート目掛けて発射する。

 三人が繰り出す大威力攻撃。その直撃を受けそうになった瞬間、ジャガンノートの前方に現れた紫色の魔力障壁。

 飛来するエネルギーを寸でのところで打ち消し、そればかりか―――害意をぶつける三人を左手の一振りで遥か彼方へと弾き飛ばしてしまった。

「「「のはあああああ!!!!!」」」

 勢いよく吹き飛んだ三人は地面へと叩きつけられる。

 離れた場所で観察していたメンバーは依然として無傷のままのジャガンノートを見、冷や汗を流す。

「信じられません! あの三人の攻撃を弾き返すなんて!?」

「それだけ膨大なエネルギーを体内に蓄積させている事なの!!」

 

『ナッハハハハハハハハ!!!!!! もっとオレっちを楽しませろよ!!!!!!』

 鼓膜を(つんざ)くほどの大音声をあげた直後、ジャガンノートは両の手をゆっくりと掲げ始める。それに伴い、瓦礫の山と化した街のあちこちで無数の光が集まり始めた。

「これは!?」

「目くらましのつもりか? 姑息な手使いやがって!!」

「いや違う。これは――――――」

 表情を強張らせ、シグナムが何かを察した直後―――。

 無数の光の粒、厳密に言えばビルの倒壊に伴って生み出された無数のガラス片がジャガンノートの周囲に展開される。

 何をするのかと、固唾を飲んで凝視する六課メンバー。

 すると、ジャガンノートの口腔に集められる赤み帯びた霊圧。これを見た一護は目を見開き全員に警鐘を鳴らす。

虚閃(セロ)だ! 全員気を付けろ!!」

「ここは私たちに任せてちょうだい! ザフィーラ!」

「心得た!」

 虚閃(セロ)を察知した瞬間、シャマルは風のリング《クラールヴィント》を操り、指定空域に発生した攻撃に対し自動で防壁を展開、対象物を護る防御する魔法―――『風の護盾』を展開。ザフィーラも彼女の防御の上に重ねる様に白い結界を張った。

 正確性と強度が高くかなり堅牢な防御魔法。それでも完璧に防ぎ切れるとは思ってもいない。緊張の面持ちの中、いよいよジャガンノートが虚閃(セロ)を放つ。

 だがそのとき、予想外の事態が起きた。

 放たれた虚閃(セロ)は宙に舞い上がる無数のガラス片に反射しながら複雑な軌道を描き、正面にバリアを張ったシャマル達の意図に反して、周囲のなのは達の武器やバリアジャケットを攻撃した。

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「ぐああああああああああああ」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

「「はやてちゃん(主)!!」」

 弾道予測不能な攻撃が六課メンバーを襲撃。これにはシャマルやザフィーラも面を食らうばかりだった。

 

「そんな馬鹿な!! 虚閃(セロ)が曲がるなんて!?」

「マリー、まさかあの光の粒が!」

「そのようです。ビルのガラス片にアルミニウムを瞬間蒸着(じょうちゃく)させ、レーザー反射板として使っています!」

「信じられないわ! すべてを一瞬で計算しているというの!?」

「しかもエネルギーはクラナガン中のエネルギー全てです!!」

 リンディ達も愕然とする人智を超えた驚異的な能力。

 あらゆる物質を体に融合させた事で魔王・ジャガンノートはおよそ人の手では行えないような複雑な演算処理をこなすだけでなく、それによって生み出される強大な力を手に入れたのである。

 

「やってくれるぜ魔導虚(ホロウロギア)のヤロウ・・・・・・だが、勝負はこっからだぜ!!!」

 言うと、恋次は傷ついた体を叩き起こす。

 それに触発された一護やなのは達も傷ついた体を気力でもって無理に起こすと、再びジャガンノートへ向かっていった。

『だははははははは!!!! 何度やっても無駄だぜ!!! オメーらじゃオレっちには一生勝てねーよ!!!』

 天地を轟かせる巨大な咆哮を発し、ジャガンノートは自分を攻撃しようと飛んでくる目の前の羽虫を屠る為、ガラス片を用いた弾道予想不可能な虚閃(セロ)―――【魔王の審判(サタンズ・レフリー)】を再び発動。

 放たれた虚閃(セロ)がレーザー反射板としてのガラス片を伝って予測不能な弾道を描きながら、中空を舞うなのは達、さらには地上のフォワードを情け容赦なく襲撃する。

「「「きゃあああああああああああ」」」

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「うああああああああああああああ」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 幾ら攻撃を仕掛けようとも、ジャガンノートの前では全て意味を為さない。

 攻撃しようものならば虚閃(セロ)の餌食となり、攻撃したとしても強力な魔力障壁によって遮られ傷を与える事さえままならない。

 ただいたずらにエネルギーと体力を消耗させ、六課前線メンバーは僅かな時間でダメージを蓄積させていく。

 多くの者が痛みで体を起こすのもやっとの中、なのはは無理を押してレイジングハートを文字通り杖として使って体を起き上がらせ―――この危機的状況に苦虫を踏み潰した表情を浮かべる。

「このままじゃ・・・・・・このままじゃ先にこっちがやられちゃう!! どうすればいいの!?」

 と、口にした矢先―――なのははその身に違和感を覚える。

「なに!? この感覚は・・・―――?」

 今し方彼女が感じた違和感は全員の身にも起こった。

 全身の力が急激に抜け、エネルギーを吸い取られていくような感覚を味わう。

 体を辛うじて立たせていたなのはだったが、次第にそれすら危うくなり、やがて膝を突いて息をあがらせ始める。

「これは・・・・・・レギオン粒子の反応・・・・・・!?」

 発信源は言うまでも無くジャガンノートである。

 敵は甲高い(わら)いをあげながら、全身から強大なレギオン粒子を放出―――この影響を受けた全ての魔導師、死神は悉く戦う力を奪われた。

「何だ・・・・・・力が出ない・・・!?」

 一護も初めて味わう感覚だった。霊力を絞り出そうとしても体に力が一切入らない。意識も次第に遠のき朦朧とし出す。

「くっ・・・これはあのときと同じ・・・俺たちの力が削ぎ落とされていやがる・・・!?」

 苦痛に顔を歪めながら恋次は思い出す。魔力駆動炉ザックームにおいて、以前にも経験した忌まわしき出来事を―――

 

「いけないわ!!」

 モニターを見ていたマリエルは切羽詰ったようにバンっと、手を強く机に叩きつけた。

「マリーさん、これは一体!?」

「何が起こっているというのマリー?」

 織姫とリンディが怪訝に尋ねると、険しい表情でマリエルはジャガンノートの狙いを看破し、説明した。

「体内の非物質粒子レギオンをフルに放出しているんです。元々レギオンとはマギオンを消費する事でしか生成されないもので、マギオンとは相反する性質を持ったエネルギー・・・言わば反物質の関係。両者がぶつかり合えば、対消滅が起こって、お互いに消し合ってしまうんです!!」

「でもそれなら、あの魔導虚(ホロウロギア)だって条件は同じハズでは!?」

「忘れちゃ駄目よシャーリー!  あの魔導虚(ホロウロギア)は、首都中のあらゆるエネルギーを味方につけているのよ!」

 疑問を呈するシャリオを見ながら、マリエルは語気強く諫言(かんげん)する。

「大変です!! 全魔導師及び死神さん達の魔力残量と霊力残量が残り26パーセントにまでダウン! は・・・・・・!! どんどん低下していきます!!」

 アルトは著しく逓減していく前線メンバーの力を数値で見ながら焦りを露わにする。

「早く手を打たないと、全員の力のすべてが消え失せてしまいます!!」

 

 隆起現象を続けるクラナガンの地に根を下ろすジャガンノートが発する死を誘う現代の瘴気・レギオン。それを大量に散布する攻撃【レギオン・レーゲン】を浴びた機動六課メンバーの生命力は著しく弱まり、戦う力を殺ぎ落としていった。

『ダーッハハハハハ! アリんこの分際でオレっちに楯突こうとするからこうなるんだよ!! てめーらの残りの力もぜーんぶオレっちがもらってやるぜ。てめーらの体が干からびるまで喰らい尽くしてやる!! ナッーハハハハハハハ!!』

 本来ならば自分の命すらも投げ打つような危険を孕んだ大胆不敵な戦術でもって、なのは達の魔力と霊力を喰らい尽くそうとするジャガンノートが発する非情な言葉。

 さらに攻撃に拍車がかかった様子でなのは達の意識は急激に遠のき、苦しむ余力すらも奪われ始めていた。

 

「前線メンバーの魔力残量、及び霊力残量ともに7.5パーセントにダウン!」

「東クラナガンの送電システム、止められません!!」

「まさか敵が・・・このような捨て身の戦法に打ってくるなんて・・・!?」

 完全に敵の力を見誤ったと後悔しても遅い。

 事態を目の当たりにしてなお碌に思考が追いつかないリンディだったが、そのとき―――急報が入った。

『リンディ・・・統括官・・・!』

 信じられない事だったが、今まさにレギオン粒子の影響で瀕死とも言うべきはずのなのはからの入電だった。

「なのはさん!!」

 次から次へと予想外な事が続き、最早考える事を放棄したくなるリンディ。そんな戸惑いを抱く彼女になのはは険しい顔で言って来た。

『目には目を・・・・・・エネルギーにはエネルギーです・・・・・・!! こうなったからにはアレ(・・)を使うしかありません!!』

「まさか!!!」

 なのはの言葉を聞いた途端、リンディはたちまち顔を引き攣った。

 脳裏に浮かんだ究極のメガトンツール。使い用によってはアルカンシェルをも上回るとされるそのツールの名を、マリエルは吃驚した声で口にする。

「“リンカーエクストリーマー”を使うつもりなの!?」

『あの魔導虚(ホロウロギア)に勝てる手段があるとしたらそれだけです・・・・・・!』

「「「「「!!」」」」」

 リンディとマリエル、さらには管制官全員の表情が凍り付く。

 当然と言えば当然だ。リンカーエクストリーマーを使えばどうなるかを知らない訳ではなかったからだ。

 だがそれでも、なのはは使用する事に躊躇はおろか、積極的な使用を求めて必死に懇願し続ける。

『おねがいですリンディさん・・・! 使わせてください・・・! だいじょうぶです・・・! 私は不屈のエース・オブ・エース、それに機動六課は最高のエースとストライカーで構成された管理局最強部隊です! 必ず生きて帰ってきます!! ・・・・・・だからお願いです・・・・・・リンカー・・・エクストリーマーを・・・・・・・・・・・・・・・――――――』

 刹那、なのはとの通信が途絶。モニター画面は砂嵐へと変わった。

「なのはさん!!」

「通信質力低下・・・音声・・・届きません・・・」

 悲しみを堪え切れないシャリオは、声を押し殺し双眸から一筋の涙を流す。

 深刻な表情を浮かべ、リンカーエクストリーマーの使用承認を躊躇するリンディ。

 すると、そんな彼女の背中を押したのは他でもない。技術者としてリンカーエクストリーマーの危険性を第一に訴求し続けたマリエルだった。

「統括官・・・なのはちゃん達を信じましょう・・・敵のパワーを上回るには・・・リンカーエクストリーマー・・・・・・それしかありません!!」

「マリー・・・・・・」

 断腸の思いで使用の許諾を訴えかけるマリエルの覚悟の籠った瞳を見、リンディもようやく決心が付いた。

「・・・―――私は賭けるわ。これまでも、幾度と無く奇跡を起こしてきた彼女達の・・・・・・機動六課の可能性に!」

 訊いた直後、リンディの言葉に管制官一同。それに織姫やコンも信じようという強い気持ちを持つに至った。

「では、今こそ封印を解きます!」

 その場に専用コンソールを出し、慌ただしくタッチパネルを操作。マリエルは遠隔でリンカーエクストリーマーの起動画面を出現させる。

「各部問題無し! リンカーブースター、機動開始!!」

「場所を確認! 射出角度算定します。軸合わせ用意!」

 起動が開始され、ヴォルフラム内部に搭載された巨大な弾丸状の最終兵器―――リンカーエクストリマーがゆっくりと動き始めた。

 やがて射出準備が整い、落下地点の算出を終えたマリエルはその旨を伝える。

「準備オーケーです!」

「わかったわ―――・・・リンカーエクストリーマー、出撃、承認ッ!!!」

「了解ッ!!!」

 承認という言葉を聞くや、マリエルは二つの機動スイッチを全身全霊の力で殴りつけるように強く押す。

 その様子を見ながら、織姫や他の管制官はひたすらに祈るを捧げていた。

「いけええええええええええええ!!!!」

 二つある機動スイッチすべてが押された瞬間―――ヴォルフラムの射出口から勢いよく弾丸状の物体が勢いよく飛び出した。

 

「なんだ・・・ありゃ!?」

 真夜中、突如として飛来する一発の巨大な弾丸。

「来た・・・!」

 届けられた最後の希望。地面へと突き刺さった一発逆転の切り札・リンカーエクストリーマーを見たなのは達は一縷の望みを抱く。

『下らねーよ。死ねやカスが!!!』

 リンカーエクストリーマーを見たジャガンノートは鼻で笑い、それを破壊する為に両拳から霊圧を固めたものを直にぶつける技・虚弾(バラ)を連発。

 しかし、ジャガンノートが繰り出す虚弾(バラ)を金太郎の強壮結界が防いだ。

「私の結界はそう簡単には破られませぬぞ!!! 今です、白鳥殿!!!」

「私に命令を出すなど十年早いわゴールデンベアー!!!」

 こんな時でも頑として我を貫く白鳥は空中へ上がるや、解放した琴線斬の『音色辞書』の中から珠玉の一曲を選択―――その音色を披露する。

 

「琴線斬 第六章 十五節『貪欲の家畜(ライブストック)』―――!」

 

 音色が奏でられた瞬間、金太郎の結界の上から施される強化防御膜。ジャガンノートが繰り出す虚弾(バラ)の嵐を完全に防いだ。

「さあ、今がチャンスである!!」

「急いでこの中へお入りくだされ!!! 一護殿もです!!!」

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「了解・・・!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

「おっしゃー! 一丁やってやるぜ!!」

 六課前線メンバーと恋次と吉良、浦太郎と鬼太郎、さらには救援に駆けつけた一護も送り届けられたリンカーエクストリーマーの中へ次々と入り込む。

 最後に入ったはやては、猛烈な攻撃を必死で防いでいる白鳥達を見ながら堪えるよう懇願する。

「金太郎さん、それに白鳥さん! すまへんけど60秒だけでええんで守り抜いてくれませんか!?」

「60秒だと? 造作もない事だ!」

 自信に満ちた言葉を聞き、はやては安堵したのか全員が待つポットの中へ入り込む。

 彼女が入った直後、扉は完全に閉ざされ―――緑色に輝く特殊なスポットライトを浴びながら、クロノは真剣な表情で全員に語りかける。

「みんな・・・分かっているな。このリンカーエクストリーマーは・・・」

 そう言って手を差し出すクロノ。その上にフェイトが手を重ね合わせる。

「覚悟の上だよ。クロノ」

 フェイトに便乗し、なのはとはやて、この中に入った前線メンバー全員の掌が重なり合わさった。

「管理局のエースとして望むところだよ。クロノ君!」

「それであの魔王を倒せるなら本望や」

「さっさとおっぱじめようぜ!!」

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「すべては、魔導虚(ホロウロギア)を倒すために!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 刹那、力強く宣言した全員の身体が神々しい翡翠色の光を帯び始め、これまでに失った魔力と霊力が魂の奥底から蘇る。

 

 

『リンカーエクストリーマー』

 

 それは、人間の体内に封印された高エネルギー集積体を爆発的に高めることによって、魔力や霊力と言った生命エネルギーから派生した特定の力を限界以上まで解放させるアニュラス・ジェイドが造りし最強最後のミラクルマシンなのである。

 

 

「くっ!!!! これ以上はもたん!!!」

 ジャガンノートが繰り出す虚弾(バラ)のパワーに圧倒され、ついに白鳥もその力の前に敗北を喫した。

「のああああああああああああああ」

 白鳥が吹き飛ばされた途端、強化結界が破壊された。ただ一人残った金太郎はこの場を切り抜けようと孤軍奮闘する。

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

 アックスオーガ片手にジャガンノートへ単身斬り込むものの、やはり一人ではどうあっても太刀打ちする事は出来なかった。飛んできた虚弾(バラ)を喰らい、敢え無く白鳥同様吹き飛ばされてしまう。

「金太郎さん!!!」

「白鳥ィィ!!」

 モニターで見ていた織姫とコンが悲痛の叫び声を上げた、そのとき。

 リンカーエクストリーマー内部から溢れ出す常識では考えも着かないほど強大な魔力と霊力が一本の光柱となってぶ厚く覆われた雲を突き破る。

 リンディ達が固唾を飲んでで見守る中、リンカーエクストリーマーから出てきたのは―――神々しいまでの翡翠に輝く光を全身に纏った機動六課前線メンバー一同。

 翡翠の柱として形成された魔力と霊力によって雲が突き破られ、隠れていた月明かりが大地を照らし出す。

 

「―――・・・行くぞぉぉぉ!!!!!!」

 究極にまで高められた霊力をひしひしと感じながら、恋次の掛け声とともに全員はジャガンノートへの攻撃を開始した。

 全員は通常の瞬歩や自己加速術式などでは到底辿り着けない高速移動技を披露。ジャガンノートの感知能力をすり抜ける速さで懐へ潜り込む。

「「「はあああああああああ!!!!!!!」」」

 一護と恋次、クロノが先陣となってジャガンノートを攻撃する。

『クソガアアアア!!!』

 三人の攻撃を防ごうとする防御壁を張るジャガンノート。

 だが、今迄の力とは明らかに異なる事をその身をもって実感する。

 しばらくして、堅牢な防御壁に穴が空き、小さな亀裂が走った瞬間―――パリンとガラスが突き破られるように砕け散った。

『何だと!?』

「―――月牙天衝!!!!」

「狒骨大砲ォォ!!!!」

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!!!」

 リンカーエクストリーマーの作用で爆発的に高められた一護が放つ最強最大の月牙天衝、恋次が繰り出す最強最大の砲撃、クロノは攻撃力を秘めた光弾を刃状にして、それを複数生成・対象を一斉に串刺しにする最強無敵の魔法攻撃をジャガンノートに向けて放つ。

 三人の一斉攻撃によって、ジャガンノートの固い外皮が傷つき、勢いよく血を噴き出す事態に敵は驚きを隠し切れなかった。

『まさか!!!!』

 三人の攻撃に続いでヴォルケンリッター、フォワードメンバー、浦太郎と鬼太郎の怒涛の攻撃がジャガンノートを襲う。

「「「「「でやああああああああああ!!!!!」」」」」

「「「「はああああああああああああああああ!!!」」」」

「「ほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」

 先程までとは何もかもが別格。

 格段に能力が向上した機動六課の攻撃を全身に受け、ジャガンノートの体内を循環する膨大なエネルギーが暴走する。

『ヌオオオオオオオオオ!!!!!! ヂクショウが!!!!!!!!!!!』

 傷つく体を省みず、全員を振り払おうとするジャガンノート。そこへ吉良がすかさず侘助の能力を使って動きを封じにかかる。

「はああああああああああああ」

 振り払おうとする腕を幾度と無く斬り付け、重みの比重で腕が完全に使えなくする。

 腕が封じられた途端、頃合いと見た機動六課メンバーは更なる攻撃を行い、ジャガンノートの肉体を傷つける。

「「「「せやああああああああ!!!!!!」」」」

「「「「「「「はああああああああ!!!!!!」」」」」」」

『ドアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!! クソ虫がぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!』

 超速再生能力をもってしても追いつかない怒涛の攻撃。ジャガンノートにとって、今の状態は正に生き地獄そのもの。

 

「これが・・・リンカーエクストリーマーの力なの!?」

 ヴォルフラム艦内で想像を絶する攻撃力を手にした六課メンバーの規格外な強さに終始唖然とするリンディ達。

「反エネルギー体同士がぶつかりあえば、お互いに消滅するのみ。しかし、パワーが上であれば、最後に残るのは・・・―――」

「私は信じます―――最後に勝つのは絶対に一護くん達だって!」

 織姫は神へ願いを捧げる。世界で最も愛する男の勝利を。彼とともにこの世界を護ろうとしている者達の勝利を。

 

「今だなのは、フェイト、はやて!!! お前たちの最強コンビネーションで止めを刺せ!!!」

「「「はい!!!」」」

 リンカーエクストリーマーによる効力が切れるのも時間の問題だった。

 恋次は十分にジャガンノートへダメージを与えたのを機に、止めの一撃を加えるべく空に上がって控えていたなのは、フェイト、はやてに向けて合図を送る。

 空高く上り詰めた三人のエース魔導師は、魔力を限界以上まで上昇させ―――メノスグランデ・エンカルナシオンの時には失敗に終わった最強コンビネーションを眼下の標的・ジャガンノートに対し使用する。

「受けてみい!!!」

「これが私たちの!!!」

「全力全開ッ!!!」

 なのは、フェイト、はやてのデバイスに集められる同じ色の魔力光。その輝きは何よりも美しく神々しかった。

「スターライト・・・・・・!!」

「プラズマザンバー・・・・・・!!」

「ラグナロク・・・・・・!!」

 

「「「ブレイカァァァ―――!!!!!!!!!」」」

 

 刹那―――三人の呼吸が整い、正真正銘最強にして最後の合体砲撃(トリプルブレイカー)が撃ち出された。

 大空より降り注ぐ翡翠に色づく超絶的な破壊能力を秘めた集束砲撃。ジャガンノートは左腕に全エネルギーを集中させ、三人の攻撃を受け止めようとする。

『ノオリャアアアアアアアアアア!!!!!』

「「「はああああああああああああああああああああ」」」

 凄まじいエネルギーとエネルギー同士の衝突合戦。真夜中のミッドチルダに猛烈な閃光が奔った。

『ダアアアアアアアアアアアアアアア』

 純粋な魔力エネルギーの塊であるトリプルブレイカーを己が放つレギオンをぶつけ相殺させていくうち、徐々にブレイカーの威力が弱わり始める。

 勝利を確信したジャガンノートはほくそ笑む。

 だがしかし―――

 

『何だとぉぉぉぉぉ!!!』

 ジャガンノートは目の前の敵に気を取られ過ぎるあまり気付かなかった。

 三人の攻撃をサポートする為に他のメンバー全員がジャガンノートの左腕に向けて集中攻撃を仕掛けていた事を。

 これにより左腕は切り落とされ、三人の攻撃が貫通する。

『ノアアアアアアアアアアアア!!!!!!』

「「「魔導虚(ホロウロギア)よッ!!!! 永遠に眠れぇぇぇ!!!!!!」」」

 勝利への想いと、全員の心が一つに重なり合ったとき―――ジャガンノートの体は全てを呑みこむ砲撃によって姿を消した。

 

           ◇

 

6月7日―――

首都クラナガン ミッドチルダ首都地上本部跡地

 

 新暦はじまって以来最も壮大な激戦が行われたミッドチルダに新しい朝が訪れる。

 クラナガンで起こった異常隆起現象も収まり、街は再び静けさを取り戻した。

 その中心ににて転がり込むジャガンノートの体はバラバラに砕け散っていた。再生する気配のない敵を見ながら、同じ場所に集まり、機動六課メンバーは戦いが終わった事を実感する。

「・・・おわったな・・・」

「・・・ああ・・・・・・・・・ぐっ・・・・・・」

 すべてが終わったとき、全員が苦痛の声を発すると体に共通の痛みを覚える。

 リンカーエクストーマー使用による副作用が出始めたのだ。急激な細胞分裂によって老化現象を引き起こし、その結果皮膚は爛れ、顔を歪め、体中の節々が悲鳴をあげる。

「・・・どうやら・・・リンカーエクストリーマーの副作用が来たみたいや・・・もうこれ以上力を使うことは・・・できへんな・・・・・・」

「俺たちの霊圧も・・・既に無いに等しい状態だしな・・・」

「でも・・・本当に良かった・・・・・・・・・もう・・・・・・ほんとうにこれで・・・・・・・・・」

 

『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』

 刹那―――全員の目の前に信じ難い光景が映し出された。

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「なっ!?」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 悪夢の再来とはこの事だろう。リンカーエクストーマーを用いて命からがらの力で倒したはずのジャガンノートと思しき声が耳を劈いた。

 肉片と化した体を一カ所に集め、再生しながら最小限のエネルギーで活動できるよう体のサイズを萎縮させ構造を作り変える事で復活―――なのは達の前に五体満足の姿で立ち塞がった。

「そんな莫迦な・・・!! リンカーエクストリーマーを使ったあの攻撃でまだ死なないのか!?」

『フヘ・・・フヘヘヘヘヘヘヘ・・・イイぜえおめーら・・・最高だぜ・・・まさかオレっちをここまで追い込むとは大したもんだぜ・・・・・・だがよ!! 惜しかったな。完全体でなくてもこれぐらいの力さえ残ってれば、干物みてーなおめーら倒すのなんざわけねえんだよ!!!!』

 ジャガンノートは反動に耐える為、その場に両手を突くと―――口腔内で虚閃(セロ)を生成し、身動き一つ取れない機動六課メンバーへ直に発射しようとした。

「おい・・・この距離で虚閃(セロ)かよ・・・・・・!」

「そんな・・・もうこれ以上戦う力なんて残ってないのに・・・!?」

「くっ・・・ここまでなのか・・・!!」

 誰しもが運命の壁を超えられると信じていた。

 しかし、世界はいつだってこんな筈じゃない事ばかりが起きる。それを身を持って味わう事となった。

 絶望を乗り越える為に戦い続けた戦士達の瞳が諦観に満ちたものへと変わる。

 悔しさに顔を歪める者。死の恐怖に涙する者。何も護れない事への苛立ちを募らせる者。

 そんな中、なのはは掌の中にユーノの写真が収められたロケットを強く握りながら、走馬灯のように今迄の出来事を振り返る。

 

 ―――どうして・・・こんなことになっちゃんだろう。

 ―――どうして置き去りにしてしまったんだろう。

 ―――どうして自分の気持ちに気付かなかったんだろう。

 ―――あんなに大好きだった人を、(ないがしろ)にしてしまったのはいつからだったろう・・・。

 ―――あの頃の方が、余程見えてた気がする。大切なものがなんなのか・・・。

 ―――私の方だった。大切な家族を捨てたのは。あの人は・・・・・・ユーノ君はどんなときだって、ずっと私の事を見守っていてくれた。

 ―――行き場のない寂しさに溺れていた私に・・・魔法と言うかけがえのないものを教えてくれた。

 ―――たくさんの大切な仲間や愛する娘と私を引き合わせてくれた。

 ―――なのに・・・・・・私は・・・・・・。

 

(ユーノ君・・・・・・あなたはもう、こんな薄情でひどいバカ弟子の事は忘れちゃったよね。二人でたくさん魔法の練習をして、PT事件や闇の書事件に立ち向かっていったことも。でもいいの。それでも・・・いいの・・・)

 目前に迫る死にも恐怖など無かった。なのはの胸中にはいつだってユーノがいた。彼の笑顔を思い出すだけで恐怖など消し飛んだ。

(今度は私が絶対に忘れないから・・・もう二度と見失ったりしないから・・・・・・だからお願いユーノ君! もう一度だけ・・・もう一回だけ・・・・・・私に謝るチャンスをください。あなたに本当の自分の気持ちを伝えたいから!)

 一滴の雫がなのはの眼から零れ落ちたとき、神は乙女の願いを聞き入れた。

 

 

「――――――破道の八十九・改変 『燬鷇剿滅神炎炮(きこうそうめつしんえんほう)』」

 赤み帯びた二重の円環より放たれる霊子の大波導が彼方より飛んでき―――。

 虚閃(セロ)を放とうとしていたジャガンノート目掛けて、豪快な轟音をあげて衝突した。

『ノアアアアアアアアアアアアアアア』

 標的ごと呑み込み、大爆風を引き起こすその技はジャガンノートを軽々と吹っ飛ばした。

 突然の事態と自分達の命を救った強大な力の干渉になのは達は一瞬声を出す事さえ忘れかけた。

「今のは・・・・・・・・・」

「私たち・・・・・・助かったの・・・・・・?」

 と、そのとき―――周囲からとある人物の霊圧を感じ取るや、一護は鼻で笑い、ようやくかと言わんばかりに声を発した。

「・・・ったくよう。散々待たせやがって。遅すぎるんだよ! 準備にどんだけ手間取ってんだこのバカ弟子が!!」

 甲高く罵倒しながらもどこか嬉しそうに言う一護。

 刹那、一護から悪罵されたその人物―――翡翠の衣と仮面を身に付けた人物・翡翠の魔導死神は瞬歩でなのは達の元へと移動してきた。

「翡翠の魔導死神さん!!」

 地獄で仏という状況で颯爽と現れた次元世界最強の戦士。

 喜々とするなのはを一瞥したのち、翡翠の魔導死神は背中越しに師である一護へ遅れたことを謝罪する。

「―――すみません一護さん。出来る限りのバックアップを済ませてから来るつもりだったので。しかしさすがに今回は大遅刻みたいですね。このお詫びはきちんと清算致します」

 そう言うと、翡翠の魔導死神はおもむろに被っていたフードを下ろし、隠れていた緑のリボンで結んだブロンド色の長い髪を露わにする。

「あッ!!」

「あれは・・・!」

「まさか・・・・・・!?」

 見覚えある光景が目の前に映ったとき、フェイトにはやて、クロノは目の前の人物と四年前に失踪した人物とを重ね合わせる。

 無論、彼らだけじゃない。彼を知るヴォルケンリッターや恋次達、さらにはスクライア商店従業員、そして何より―――なのは自身が最も驚いていた。

「無事で良かった」

 静かに呟き、翡翠の魔導死神は顔を覆っていた仮面を外すと、おもむろになのはの方へ振り返って見せた。

「―――よくがんばったね、なのは。4年ぶりだね・・・・・・おそくなってごめん」

 優しい声色で呼びかける男を凝視し、夢だとばかりおもいながら、なのはは目を見開きその人物の名前をおもむろに口にする。

 

「・・・・・・・・・ゆ・・・・・・・・・ユーノ・・・・・・・・・君・・・!?」

 

 

 

 

 

 

教えて、ユーノ先生!

 

ユ「今日は、一護さんについてだよ♪」

「僕の師である一護さんは表向きは空座町で町医者を務める開業医(外科医)だけど、その正体は嘗て尸魂界(ソウル・ソサエティ)で大罪を犯した藍染惣右介元五番隊隊長の叛乱を鎮圧し、滅却師(クインシー)の始祖であるユーハバッハによる世界の崩壊を防いだ伝説の死神で、その特異な出自ゆえに霊力の高さは群を抜いている」

「諸事情で二年ほど死神代行業を休止していただけど、今年の三月から再び活動を再開。現在は高校のときのクラスメイトで盾舜六花の霊能力を秘めた井上織姫さんと結婚して、一緒に医療の道に携わってるんだ♪」

 あ、そうだ―――。そう呟いたユーノはこの場に一護がいないことを確認してから、にししし・・・という笑みを浮かべる。

ユ「おっほん。ここだけの話をしてあげようか・・・一護さんが織姫さんと結婚を決意した際に言ったプロポーズの言葉はね―――・・・」

一「だあああああああああああああああああああああ!!!!!」

 明るみになろうとした瞬間、赤面した一護がどこからともなく走って来た。

一「おいやめてくれユーノッ!!!!! それだけはぜってー言わないでくれ、お願いだから!!!!!」

 かなり必死の一護の懇願を敢えて聞き流し、ユーノは一護の声色を真似て当時のプロポーズを再現する。

ユ「俺が・・・・・・どんなときでも・・・お前のそばを全力で・・・」

一「わ、分かったぁぁぁ!!!!!! おまえんところの商品全部買ってやるからよ、見逃してくれッ!!!!」

ユ「へへ。毎度どうも~♪♪」

一「くうぅ~~~!!」

 浦原喜助並みに性質の悪い性格になってしまった愛弟子の手のひらに踊らさせる惨めな立場を心底呪いたくなる一護なのであった。

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

 ジャガンノートとの死闘の末に意識が朦朧とする白鳥。

白(もうダメだ・・・・・・私はここで死ぬのか・・・・・・・・・華麗なる私の活躍をもっと多くの者に見せてやりたかったのに)

 後悔を募らせ目を瞑らせようとした折、白鳥は幻を見た。

 天上より神秘的な光が降り注いだと思えば、純白な翼を生やした天使と思しきものがゆっくりと舞い降りて来た。

白(そうか・・・・・・私を迎えに来てくれたのか。最期の最後に天使の導きを受けられるならば本能と言うもの・・・・・・我が人生に一片の悔いも無し!!)

 天使の加護を受け入れ、身も心もすべて委ねようとした直後―――白鳥は見た。

白「ん?」

 天使の顔がやけにいかつい。

 よくみると、天使は筋骨隆々の肉体にサングラスをかけた大男であり、白鳥の記憶に嫌と言うほど深く焼きついた熊谷金太郎そのものだった。

白「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 一気に意識が覚醒する白鳥。

 気がつくと、瓦礫の上で倒れていた自分に人工呼吸を施そうとしている金太郎とばっちり目が合った。

金「ム? 気がつきましたか?」

白「いやぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ!!!!!!!!!!! 夢じゃなかったぁぁぁぁああああああああああああ!!!!!!!!!!」




次回予告

な「いつの間にか忘れてしまっていた大切な人。置き去りにしてしまったあの優しい笑顔」
「だから、もう一度会いたい。会って謝りたい。自分の口で、自分の本当の気持ちを伝えたい―――」
ユ「次回、ユーノ・スクライア外伝・・・・・・『涙』。」
な「ユーノ君・・・・・・こんな私を許してほしいとは言いません・・・・・・だけど、この気持ちは・・・・・」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話「涙」

な「行き場の無い寂しさと、理不尽な痛み。そんなのが嫌いで、認められなくて、私はこの道を選んだ。だけど、私は結局自分のことしか見えてなくて・・・いちばん大切な人の気持ちをちっとも理解していなかった・・・」
「どんなに辛く寂しいとき、私の背中はいつも暖かかった。ユーノ君は生涯ただひとりの魔法の先生で、一番愛する人・・・・・・・・・だから・・・わたしは・・・わたしは・・・」
「ユーノ・スクライア外伝・・・・・・――――――始まります」



 もの凄い爆音の後、どこからとも無くやってきたその人・翡翠の魔導死神さん。

 彼と最初に出遭ったあの時から、ずっと心の中で感じていた奇妙な違和感。それに不思議な安堵感。

 どこか懐かしいとさえ感じていた。もしかしたら、彼がユーノ君なんじゃないかと思ったりもした。

 でもそれは私の勘違いでしかない―――そう思っていた。

 

 ―――「無事で良かった」

 ―――「よくがんばったね、なのは」

 ―――「4年ぶりだね・・・・・・おそくなってごめん」

 

 一瞬、幻聴かとも思った・・・。見間違いかとも思った・・・。

 だけど、それは幻聴でも無くて、見間違う必要なんて最初から無くて、すぐに答えは私の目の前に現れた。

 次元世界最強の魔導死神の正体は―――――――――・・・・・・・・・

 

           ≡

 

新暦079年 6月7日

第1管理世界「ミッドチルダ」

首都クラナガン ミッドチルダ首都地上本部跡地

 

 なのはの深層心理に木霊する和らいだ声色。

 金糸に染まった長い髪は透き通るようで、容姿は初見で女性と錯覚してしまうほど美しかった。

 四年前、突如として消息を絶った幼馴染であり魔法の師。なのは自身が最も焦がれた存在―――ユーノ・スクライアがそこにいた。

 

「・・・・・・・・・ゆ・・・・・・・・・ユーノ・・・・・・・・・君・・・!?」

 

 夢か幻かと思い、思わず目の前で立ち尽くすユーノの名を口にしながら、なのはは本人かどうかを確認する。

「・・・ほ・・・本当に・・・本当にユーノ君なの・・・!?」

 動揺を隠し切れないなのはは甲高い声をあげて問い質す。

 世界はいつだってこんな筈じゃない事ばかり起こる―――良くも悪くもこの言葉は的を射たものだった。

 あれほど自分や友人達が如何なる手段を使っても探し出せなかった人物が―――翡翠の魔導死神として常に側にいたなど到底容認し難い話だった。

 なのはだけじゃない。フェイトにはやて、クロノにヴォルケンリッター達も灯台下暗しなこの数か月間の出来事を振り返りながら驚きの余り言葉を失った。

 やがて、リアクションに困惑する愛弟子やその他大勢の様子を鑑みた末―――ユーノ本人は頬を緩める。

「どれだけ君が疑ったところで、僕はユーノ・スクライアだよ。それ以上でもそれ以下でもない」

 そう言うと、ユーノは一度前方の敵であるジャガンノートへ視線を向ける。

 ジャガンノートは強力な鬼道の一撃を受けた反動からもうじき体を起き上がらせようとしていた。

「・・・後で話すよ。みんな訊きたい事は山程あるだろうけど・・・全部まとめてちゃんと話すさ。あいつを斃したあとでね」

 声色を低くしたユーノはパチンと、指を鳴らした。

 刹那、リンカーエクストリーマーの影響で動けないなのは達全員を覆うドーム型の魔法結界が発動した。

「これは・・・!?」

 以前になのははこれと同じものの効果を受けたことがある。

 防御と肉体・魔力の回復を同時に行う結界を生み出す、魔法ランクA+の高位結界魔法【ラウンドガーダー・エクステンド】―――闇の書事件でヴィータに襲撃された折、救出に来たユーノが施したものだ。

 だがあの時とは比べ物にならないほど魔法の精度は向上している。

 何よりユーノは高度な魔法の発動時に詠唱すら唱えていない。トリガーとなったのはフィンガースナップだけである。

「リンカーエクストリーマーの副作用で真面に体を動かせないだろうから。みんなは少しその中で体を休めておくといいよ」

 背中越しに語りかけ、ユーノは一歩前に出ると、瓦礫を跨いでジャガンノートの元へ向かおうとする。

「ま、待てユーノ!!」

 すると、ユーノを制止する一人の男の声。

 振り返れば、リンカーエクストリーマーの影響で一時的に老けた顔つきとなった悪友・クロノが必死そうに手を伸ばしてきた。

「ユーノ・・・君は正気なのか? 分かっているのか!? いくら今の君でもあの魔導虚(ホロウロギア)を倒すのは不可能だ・・・!!」

 クロノは心底ユーノの身を案じていた。四年振りに再会した悪友が敵の手にかかって死ぬ様を見たくないという気持ちから来る言葉に嘘偽りは無かった。

 だが、ユーノはその言葉をあまり好意的に受け取らなかった。むしろ不快に思ったらしく、嘆息を吐いてから言い返した。

「・・・やれやれ。ずいぶんと保守的と言うか臆病なセリフを吐くんだな、クロノ・ハラオウン。忠告か警告のつもりだろうけど今の僕からすれば単なる侮辱でしかない。よく知らない相手を表面的な情報のみで判断することもそうだし、知ったうえでも他人が人を判断する事は間違っている。無理かどうかを決めるのは自分だけだ」

「!?」

 聞いた途端、クロノの凝り固まった思考は一気に瓦解する。

 目の前のユーノを()()()()()()()()()()()()()()()()と同一視するあまり彼は大事な事を見落としていた。

 現在の彼が翡翠の魔導死神である事を―――。自分がいつの間にか勝手な判断と偏見のもとにユーノ自身を見下していた事を―――。

 言葉を失うクロノを一瞥したユーノはやや強張った表情を緩めると、魔導死神としての道を歩む切っ掛けともなった尊敬する師・一護へと視線を向ける。

「そういうわけです。師匠、ここは大船に乗ったつもりで任せてもらえますか?」

「任せるもなにも・・・この状況で真面に戦えるヤツはお前しかいねーだろう。やるならきっちり最後までやり遂げろ。お前はもう胸を張って誰かを護れる力を手に入れたんだからな―――」

 一途に弟子の力を信じ、後押しする言葉にユーノは深く感慨する。

 改めて、この人に出会えた良かった・・・。そう心の中で呟くとともに、今度こそジャガンノートとの決着をつけるべく、瞬歩で敵の元に向かった。

「ユーノ君・・・・・・・・・・・・」

 未だに信じられない状況に思考が追いつかないなのは。

 見かねた恋次が横から「奴のことなら心配いらねーよ」と、口を挟んだ。

「あいつは胡散臭いし、人を小馬鹿にするのがムカつくが、ただひとつ―――強いって事は間違いねー。俺はユーノがあんなデカブツに負ける姿なんて考えられねーよ」

「恋次さん・・・・・・・・・」

 自分の知らないところで、ユーノと恋次が深く関わりあっていた事を今になって知ったなのはは、どこか寂しくもあり、羨ましくもあった。

 だが、今はそうした羨望や寂寥の念を抱くよりも自分達を護る為にジャガンノートに向かって行ったユーノの勝利を一途に信じる事にした。

(ユーノ君・・・・・・・・・死なないで・・・・・・・・・・・・・・・!!)

 

『フウウ~~~~~~~~~~~(いて)えぇ~~~~~~~~~~~~~痛えぇぞクソがァ~~~~~~~~~~・・・許さねえ・・・許さねえぞ・・・よくもオレっちを吹っ飛ばしやがったな!! ぶっ殺してやるぞクソ虫が!!!』

 砲撃によるダメージを受けたジャガンノートはおもむろに巨体を起き上がらせ、眼下に佇むユーノを凄まじい剣幕で睨み付ける。

『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 山鳴りのような咆哮をあげた途端、霊圧と魔力の波導が周囲に拡散。

 結界内にいたなのは達にも影響を及ぼす濃厚な波導だが、ジャガンノートと最も距離の近いユーノ自身はまるで動じていない。それどころか、余裕綽々とばかり不敵に笑みを浮かべていた。

「・・・やれやれ。随分と頭に血が上っていらっしゃることで」

『このモヤシが!!! 全力でかかってこい。ぶちのめしてやる!!!』

 それを聞いた途端、ユーノは鼻で笑いながら手持ちの仕込み杖をおもむろに引き抜いた。しかし斬魄刀の解号を唱える事は無かった。

『あァ!? おいおまえ・・・何のつもりだ?』

 ユーノの手持ちの剣が斬魄刀であると理解していたジャガンノートは怒りを孕んだ顔で目の前の敵の奇行を問い質す。

「僕はウサギを追いかけるのに全力を出す愚かな獣とは違う。()()()()()()に全力を出すまでも無いからね」

 明確なまでの挑発的言動だった。

 ユーノの言葉を聞くや、ブチッ―――と、神経を逆撫でされたジャガンノートの頭の血管が切れる音がした。

『ほざけぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!』

 甲高い声を発した直後、ユーノの立ち位置目掛けて渾身の拳を振り下ろす。

『喰らいやがれえッ!!!』

「ユーノ君、逃げてッ!!!」

 振り下ろされた拳は激しい衝撃と轟音、凄まじい量の土煙を発生させ―――なのは達の視界からユーノの姿を一瞬で隠した。

 結界の中でユーノの身を案じ声を荒らげたなのはだったが、煙が晴れた途端、それが杞憂であった事を思い知った。

『・・・な・・・!?』

 ジャガンノートは目の前で起きている現実に目を背けたくなった。

 敵を殺す為に全力で振り下ろしたはずの拳が、か細い一本の刀身の切っ先で容易く受け止められていた。

 ユーノは右片手でジャガンノートの拳を受け止め、その場を一歩たりとも動いていない。

「う・・・ウソでしょ・・・・・・!」

「止めてる・・・・・・あの一撃をあんな細い剣で止めてる・・・・・・!!」

「いったい何をしたんやユーノくん!?」

 予想に反する出来事に思考が追いつかない六課メンバー。それはジャガンノートも同じであった。

『く・・・・・・くそがあっ!!』

 こんな馬鹿な話があってたまるか―――そう言わんばかりに拳を剣から放した途端、轟く声をあげ、両の手を用いた霊圧を押し固めた拳撃の嵐を繰り出す。

『オラッ、オラッ、オラッ、オラッ!!!』

 自暴自棄になったが如く闇雲に拳を振り下ろす魔王。

 対するユーノは泰然自若。襲い掛かる巨大な拳のひとつひとつを解放前の剣で的確にいなしながら攻撃の隙を窺い、一振りでジャガンノートの外皮を深く斬りつける。

『ぐあああああ!!! いてー!! ・・・・・・何しやがるんだゴミがぁぁ!!!』

 歴然とした戦闘能力の差が浮き彫りになり、余計に腹立たしかった。

 右拳を大きく掲げ、今まで以上に強烈な一撃を振り下ろした次の瞬間―――視界に映るユーノは口元を緩めると、手持ちの剣を軽く撫でる様に振った。

「―――っ!!」

 刹那、振り上げたジャガンノートの右腕が一瞬のうちに斬り落とされた。

 今し方起きている信じ難い事象を前に思考が停止するジャガンノート。この男は何をしたのか? という思考に至るまでに自らの腕は綺麗に輪切りにされ、ドシンという衝撃音を伴い落下する。

「・・・やれやれ。なんと凶暴な力だろう。そんな力をいくら振りかざしたところで僕に傷を負わす事はできないよ。人や獣でもないケダモノの力に屈するほど僕は甘くないんだ」

 一言一言から感じる言い知れぬ重圧。ジャガンノートの本能はユーノの背後に自分以上に凶悪な力の権化を見出した。

「さてと・・・どうやら()()()は終わったらしいね。なら、今度は僕のお遊戯に付き合ってくれるかい?」

 剣を右腕の脇に挟むと、ユーノはジャガンノートに左手を突き出し魔法を発動させた。

「ストラグルバインド×10」

 ジャガンノートの周囲に展開される総合計十個のミッド式魔法陣。

 魔法陣の中心より出現した強化魔法を無効化させ相手を拘束するバインドが巨体であるジャガンノートの体を複雑に搦め捕る。

『なっ・・・!! 何だコリャ!!??』

 全身に巻き付き吸い付く翡翠色のバインドにもがきながら必死で拘束を解こうとするが、その行為は無意味でしかなかった。

 元来結界魔導師であるユーノのバインドは仲間内でも最強クラス。翡翠の魔導死神として修行に明け暮れ、精度を高めた術の前ではどんな力技も徒労に終わる。

 ユーノは拘束され思考がパニックに陥る敵を前に、更なる追い打ちをかけんと四年の間に身に付けた死神の術―――鬼道を思う存分発揮する。

「縛道の六十一 “六杖光牢(りくじょうこうろう)”」

 六つの帯状の光がジャガンノートの胴を囲うように突き刺さる。

「縛道の六十三 “鎖条鎖縛(さじょうさばく)”!!」

 太い鎖が蛇のようにジャガンノートの巨体に巻きつきより強く体の自由を奪う。

「縛道の七十九 “九曜縛(くようしばり)”!!」

 さらにジャガンノートの周り縦方向に八つ、胸に一つの黒い鬼道の玉のようなものを出し縛りつける。奇しくも玉の位置は剣術の基本である9つの斬撃の箇所を的確に捕えたものだった。

「縛道の九十九 “(きん)”!!」

 極め付け―――詠唱破棄にも関わらず、ユーノは対象をベルトと(びょう)によって拘束する最高位縛道を易々と使用した。

『のああああああああああああああああ』

 怒涛の魔法と上級鬼道による連続技で身体の動きを完全に封じ込められ、ジャガンノートは体制を崩しその場に豪快に倒れた。

「ストラグルバインドで封じた後に、恋次さん達が使う鬼道をあれだけ連発して顔色ひとつ変えないなんて・・・・・・」

「スクライアのヤツ・・・・・・常軌を逸しているぞ!」

 短時間に使用された高度な術式の数々。これだけの技を使いながら疲労はおろか汗一つ掻いていないユーノを前に機動六課メンバーは愕然とする。

 すると、ユーノは動くに動けないジャガンノートを暫し見つめ、やがて目を閉じる。

 彼はゆっくりと口を開き、人差し指を天に翳すと―――愚鈍なる魔王を迎撃するに必要な詠唱を開始した。

 

          「(にじ)み出す混濁(こんだく)の紋章 不遜なる狂気の器」

 

 詠唱を聞いて、恋次と吉良の二人は吃驚した顔で互いを見合う。

「おい吉良。あの野郎、まさかとは思うが・・・・・・あれをやるつもりか!?」

「間違いない。あの詠唱は、黒棺(くろひつぎ)だよ!」

 

                                                           「湧きあがり・否定し (しび)れ・瞬き 眠りを(さまた)げる」

                                                                           「千手(せんじゅ)(はて)

 

 次の瞬間、呪言を聞いていた吉良が異常に気づき声をあげる。

「ちょっと待て、何か妙だ!」

 

                                                 「届かざる闇の御手 映らざる天の射手」

                                                   「光を落とす道 火種を(あお)る風」

                                                     「(つど)いて惑うな 我が指を見よ」

 

 詠唱。

 それは単なる鬼道の詠唱の筈だったのだが―――

 いつの間にか、ユーノはひとつの詠唱の中に、別の鬼道の詠唱を割り込ませていた。

 黒棺の詠唱とは別に、いつの間にか九十一番の上級鬼道の詠唱を続けざまに唱えるという高等技法を披露しているではないか。

(こいつ、まさか・・・・・・。)

(九十番台の二重詠唱(にじゅうえいしょう)だと・・・!? まさか・・・・・・上級鬼道でそんなことが出きるというのか?)

 鬼道には言霊の詠唱に関する技術がいくつかあり、言霊の詠唱を省略して鬼道を放つ「詠唱破棄」や、二種類の鬼道の詠唱を並行して行うことで、鬼道の連発を可能とする「二重詠唱」と呼ばれる技術が存在する。

 このうち二重詠唱は鬼道衆の熟練者ならともかく一死神では扱いが非常に難しい高等技術であるが―――ユーノはそれを何の気なく行っていた。

 

 ―――  ―――「爬行(はこう)する鉄の王女」  「絶えず自壊する泥の人形」

    ―――  ―――「光弾(こうだん)八身(はっしん)九条(くじょう)(てん)(けい)疾宝(しっぽう)大輪(たいりん)・灰色の砲塔(ほうとう)

       ―――  ―――「結合せよ 反発せよ 地に満ち己の無力を知れ」

          ―――  ―――「弓引く彼方(かなた) 皓皓(こうこう)として消ゆ」

 

 そして、機動六課メンバーは、知る事になる。

 どのような経緯や事情があるにせよ―――

 『翡翠の魔導死神』の名を手にしたユーノには、確かに大きな力があるのだと。

 道理を無視できる程の、圧倒的な『強さ』が目の前に存在するのだと。

 

「―――破道の九十 『黒棺(くろひつぎ)』」

 黒い直方体状の重力の奔流で対象を囲い、圧砕する九十番の黒棺がジャガンノートの巨体を丸ごと呑む。

「破道の九十一 ―――・・・『千手皓天汰炮(せんじゅこうてんたいほう)』」

 続けざま、術者の背後から長細めの三角形の光の矢が無数に降り注ぎ敵を迎撃する九十一番の千手皓天汰炮が怒涛の如く襲い掛かる。

 言うならば、デアボリック・エミッションの上からスターライトブレイカーをぶつけられるような感触だろう。

 つい先ほどまでの光景を彷彿とさせる凄まじい爆轟と、それによって辺り一帯が爆雲で立ちこめる。

 一人の人間によってもたらされるものだと到底思えない常軌を逸した光景に、誰もが呆気にとられる。

「・・・・・・・・・・・・・・・す・・・凄い・・・」

「これが・・・翡翠の魔導死神・・・元無限書庫司書長のユーノ・スクライアさんの力・・・?」

「強さも何もかも・・・まるで・・・別人みたい・・・・・・これが・・・私の知ってるユーノ君・・・・・・なの・・・!?」

 歳月は人を変える―――という言葉はあるが、あまりにも変わり過ぎていた。

 たった四年でユーノ・スクライアは驚異的な進化を遂げていた。久しぶりに帰って来たと思えば、自分達の知らない境地を見出したばかりか、人間を超越した戦闘能力を如何なく発揮して見せた。

 浦島太郎になった気分だった。置いてけぼりを食らうなのは達を余所に、ユーノは彼女達へは終始背を向けたまま、眼前の敵だけを見据えている。

 しばらくして、爆風が収まり隠れていたものが露わとなる。

 強力な攻撃を食らい、拘束から逃れたジャガンノートは全身を黒く焦がしながらも自力で立ち上がってくる。

 途端、ユーノに対する強い憤りを見せた。

『クソ・・・クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ・・・・・・!!!!!!!! クソガァァァ!!!!!!!!!!』

 大山鳴動する怒号。

 奔逸絶塵(ほんいつぜつじん)な大技をその身に受けていながら尚這い上がるジャガンノートの並外れた生命力に一同は騒然とする。

「あ・・・あれだけの破壊力を持った大技を喰らっても、まだ立ち上がるのか!?」

「信じられん耐久力だ・・・・・・!」

 ザフィーラも脱帽を通り越して呆れさえ感じ始める中、ユーノはやや険しい表情でジャガンノートを仰ぎ見る。

 敵は目を血走らせ、今にも自分を嬲り殺すという強烈な殺意をぶつけてくる。

 溜息を吐き―――ユーノは「仕方がないな・・・。」と、一言口にし、封印状態の斬魄刀を突き出し、おもむろに唱える。

「激昂せよ・・・・・・『晩翠』」

 解号によって直刀状に変化するユーノの斬魄刀。

 真の姿が披露された瞬間、ジャガンノートは最高潮に達した憤怒の感情を赤裸々に顔に出すとともに、怒声を轟かせる。

『・・・殺す・・・! ぶっ・・・殺す!!!』

 大顎を広げるや、口腔内に急速に蓄えられる高濃度の霊子エネルギー。

 紅く色づくそれを一目見るや、機動六課メンバーは目を見開き危機感を募らせる。

虚閃(セロ)だ!!」

「ユーノ君ッ!!!」

 

 刹那―――至近距離によるジャガンノートの虚閃(セロ)が標的ユーノ・スクライアを呑みこんだ。その威力は絶大で、彼が身に纏っていた外套は大空へ舞いながら吹き飛んだ。

『・・・ヘヘ・・・ざまあみやがれ・・・粉々だぜ・・・オレっちの虚閃(セロ)をこの距離で躱せる・・・ワケ・・・』

 そう思いながら土煙を見つめていた折、ジャガンノートの網膜にくっきりと姿形を保つ信じ難い影が映る。

『・・・が・・・!?』

 舞い上がった土煙がひと通り晴れた先にいたのは―――浦原喜助をオマージュした羽織と作務衣、帽子という日常の出で立ちへと変化したユーノの姿。

 衝撃による突風で帽子が飛ばされないよう軽くクラウン部分を押さえ、左手には愛刀・晩翠をジャガンノートに突き付けていた。

『な・・・何だてめえ・・・何しやがった・・・!? どうやって虚閃(セロ)を・・・』

 ジャガンノートは理解出来なかった。至近距離で放った虚閃(セロ)の射線上にいながら、五体満足―――それも無傷のままでいられるユーノの状況を。

 動揺するジャガンノートに不敵に笑いかけ、ユーノはおもむろに口にする。

「見ての通りさ。弾くと二次災害を誘発する可能性があるからね。同じようなものぶつけて相殺させてもらったよ」

『何だと・・・!!』

「信じられないなら、ひとつ見せてあげようか?」

 利き手に持ち替えた晩翠を構え、狙いをジャガンノートに絞り込み、刀身に蓄えた霊圧と魔力を一気に解き放つ。

「輝け―――晩翠」

 刀が振られると同時に地面を真っ直ぐ伝う翡翠の斬撃。斬撃は大地を深く抉りながら射線上に立つ巨大な魔導虚(ホロウロギア)の中心部へと斬り込まれた。

『ぐああああああああああああああああああああああ』

 爆発を伴う破壊力抜群の斬撃が命中し―――ジャガンノートの巨体は反動でひっくり返り、大地は幾度となく凄まじい衝撃音を発生させる。

 最早この状況でユーノが不利であると考える者は一人たりともいなかった。

 不利どころか、終始ジャガンノートを明瞭なる実力差でもってねじ伏せ、絶対的な強者であるという事実を周囲にまざまざと見せつける。

 昔からユーノを知る者も、新しく彼を知る者も、誰もが声を詰まらせる。これだけ一方的な戦いは早々滅多な事では見られない。

 やがて、翡翠斬をその身に受けたジャガンノートが体を起こした。

 これまでに蓄積されたダメージゆえに既に超速再生能力はほとんど役に立たなかった。満身創痍で倒されるのも時間の問題と思われる中―――ジャガンノートは終始納得がいかなかった。

『ぐっ・・・くそ・・・・・・・!! 何故だ・・・何故オレっちがこんなクソ虫一匹に・・・!! あらゆる魔導虚(ホロウロギア)の戦闘データを蓄積させた最強の魔導虚(ホロウロギア)なんだ!! なのになんでなんだよぉ―――!!!!』

 スカリエッティによって生み出された瞬間より、自らが最強の存在であるという自負を持ち続けてきたジャガンノートは憤りとともに戦慄を抱く。

 すべてを超越した自らの力すらも凌駕する驚異的な生命体が眼前に存在し、今なお悠然と立ち尽くし、絶対的な強者たる雰囲気を醸し出していることに―――

「いい機会だ。何故君が僕に勝てないのかって分析を3つしてあげようか」

 思考が『恐怖』に支配されている眼前の敵を凝視していたユーノは口角をあげると、一歩一歩前に向かって進み始め―――ジャガンノートに対しおもむろに語りかける。

「1つ、リンカーエクストリーマーを使ったなのは達の必死の攻撃を受けた君自身の能力が大幅に低下したから。2つ、君の相手がこの僕、翡翠の魔導死神だったから。そして3つ―――」

 言った瞬間、ユーノの姿が視界から消えた。

 刹那にジャガンノートの背後に回り込んだ後、ユーノは一際低い声色で最も重要な3つ目の理由を口にする。

 

「君が僕の目の前で一番大切なモノを壊そうとしたからだ」

 

 次の瞬間―――ジャガンノートの周囲に描かれた円陣から神々しい光が漏れ出る。

『く・・・くそおおおおおおおおおおおおおおおお』

 断末魔の悲鳴を前もって口にするジャガンノート。

 光は瞬く間に対象物を翡翠の円柱の結界内へと閉じ込め、雲を劈いた瞬間―――内部で大爆発を引き起こす。

深緑月華(しんりょくげっか)―――円柱の結界内に閉じ込めた相手ごと内部爆発を引き起こし消滅させる・・・・・・魔導虚(ホロウロギア)よ、その命を天に還すことだ」

 大規模な爆発が収まり、結界内に閉じ込められたジャガンノートの体は木端微塵。肉片となって砕け散った。

 周囲には無惨な姿となった四肢や上半身が散らばり、それらは先ほどの様な復元能力は発揮されず、やがて肉片は霊子分解を起こして空へ昇っていった。

 今ここに―――史上最大規模の魔導虚(ホロウロギア)の完全消滅が確認された。

 他を寄せ付けない絶大なる戦闘力を惜しげも無く発揮したユーノの戦い振りを終始傍観していたなのはを始めとする幼馴染一同、ヴォルケンリッター、フォワード陣、さらには恋次と吉良は絶句する。

「た・・・倒し・・・た・・・!?」

「あのユーノが・・・・・・たった一人で魔導虚(ホロウロギア)を・・・!?」

「なんちゅう規格外や・・・・・・・・・!!」

「ユーノ君・・・・・・」

 四年振りに再会した幼馴染は最早なのはの知っているユーノとはかけ離れた別の存在に思えてならなかった。

 なのはの網膜が焼き付けるユーノの後姿はとても大きく、とても遠くに佇んでいた。

 しばらくして、ユーノは静かに晩翠を元の仕込み杖の形状に戻してから、瞬歩でなのは達の元へ戻ってきた。

「・・・・・・――――――」

 沈黙を保ったままユーノは一歩、また一歩となのは達の元へ歩み寄ってくる。

 なのはは急に不安になり、彼の顔色を窺いながら恐る恐る声をかける。

「・・・ゆ、ユーノ君・・・」

「大丈夫かい? なのは・・・」

 すると、真っ先にユーノは和らいだ表情でなのはの身を案じ声をかけた。

 彼が発した言葉を聞いた瞬間、先ほどまで感じた言い知れぬ不安が嘘の様に消え去り―――なのはは心の底から安堵する。

(よかった・・・・・・いろいろ変わっちゃったけど・・・・・・間違いない・・・・・・昔のままの・・・・・・私の知ってるユーノ君だ・・・・・・・・・!!)

 外見や能力の変化こそ著しいものの、性根の部分は四年前に失踪した時と全く変わっていないとわかっただけでも嬉しかった。

 なのはは改めて確信した。ユーノ・スクライアが自分のもとに四年越しに帰って来たのだという事を――――――

 

                                                    ――――――――――――『いやー、実に素晴らしい演目を見せてもらったよ』

 

「!」

 瞬間、クリアな声がユーノやこの場にいる全員の耳に響き渡った。

 その声の響く場所が空の上だと気づき、ユーノが意識を向けると、巨大な顔の立体映像を作り出したスカリエッティは静かに語り始めた。

『まさか私が造り上げたジャガンノートが倒されるとはね。しかもそれに止めを刺した翡翠の魔導死神の正体が、君だったとは意外だよ。元無限書庫司書長ユーノ・スクライア―――』

「スカリエッティ!!」

「あの野郎、いけしゃあしゃあと出てきやがって!!」

 地下アジトから行方を眩ませたスカリエッティのあからさま過ぎる挑発にフェイトや、怒りの沸点が低くなった恋次は発憤する。

 対するユーノは平静を装い、自分自身に興味の対象を示しているスカリエッティを見上げながら、言葉を紡ぐ。

「・・・・・・お初にお目にかかるよ。ジェイル・スカリエッティ。随分と世界をひっちゃかめっちゃかにしてもらったものだね。さすがは“無限の欲望(アンリミテッド・デザイア)”と称される事はある次元世界最悪の大罪人だよ」

 軽侮の念を一つ一つ言葉に表し、ユーノは明確に話し相手を悪罵する。

『ふふふ・・・世界は神秘と叡智で満ちているよ。ただ、この世界にはあまりにも不出来なモノが多すぎる。本当に価値ある者は雀の涙ほどで良いのだよ。そう―――君や私のような才能ある者こそが世界を席巻するに相応しい!! そう思わないか、ユーノ・スクライア!!』

 スカリエッティは若くして才能を発揮し、無限書庫司書長として広く世の中に知られていたユーノの類稀なる能力を高く評価した人物の一人だった。彼なりにユーノは自分のライバルに成り得る者、あるいは自分の頭脳を超えられる可能性を持つ者と信じて疑わなかった。

 ゆえに彼はユーノを仲間に引き入れたかった。彼と組めば己の欲望は満たされ、次なる欲望を見出せる―――そう信じて。

「お生憎。僕はお前の世迷言に共感なんて出来ないよ。況してお前と同族扱いされるなんて御免だね。反吐が出る」

『ふふふ・・・顔に似合わず汚い言葉を使うとは意外だね。しかし実に惜しいよ・・・・・・君程の頭脳がありながら何故動こうとしない? 君も聞いたはずだよ。彼らからのメッセージを―――世界の意志の声を!!』

 世界の意志―――というワードが飛び出た直後、ユーノは一瞬眉を顰めたのち、眼鏡の位置を微調整する。

「・・・そうか。お前も僕と同じ“プローブ”として選ばれたのか。だとしたら、なおさら僕はお前の凶行を野放しにはできない。お前の目的はなんだ?  魔導虚(ホロウロギア)を造った先にお前は何を求める?」

 単刀直入にスカリエッティの最終目的について問い質す。

 全員が固唾を飲んで彼らの会話の行方を静観していた折、スカリエッティは口元を緩め喜々としてユーノに語った。

『私はね―――戦闘機人や魔導虚(ホロウロギア)などという陳腐な夢にこだわるつもりはない。無限大よりもさらに大きく膨れ上がった私の欲望をもって世界の在り方を変えてみせる。いわば、“欲望による世界の破壊と再生”さ!!』

「破壊と再生とは・・・大きく出たものだね。もしかしてお前って中二病患者? それともなろう小説かライトノベルを読み過ぎて頭がおかしくなったか?」

 一言一句に渡りスカリエッティの言葉を悉く否定し、悪しざまに罵倒。やがて、ユーノは手持ちの杖からおもむろに刀を引き抜いた。

「・・・ひとつだけ言わせてもらう。首を洗って待ってろ。お前の野望は僕が必ず打ち砕く。そしてお前に必ず罪の報いを受けさせる。翡翠の魔導死神を敵に回した事を心の底から後悔する日を楽しみにしているよ」

 警告を発した直後、刀身を掲げ―――スカリエッティの顔を模った立体映像を一刀両断。ユーノは敵との通信を自らの剣で断ち切った。

 ユーノ・スクライアとジェイル・スカリエッティ。

 真正の天才と異形の天才―――しかして、両者は決して相容れぬ存在。言わば反物質同士である。

 二人の間で交わされたほんの数分間のやり取りにただならぬものを見出したなのは達は終始言葉を詰まらせる。

 

 と、そのとき―――なのは達は頭上を飛び交う見慣れない一隻の次元船を目撃した。

「あれは・・・・・・!」

 ヴォルフラムとは明らかに形状が異なるそれは、パッと見電気工具の道具箱のような独特のフォルムをしており、外装には世界屈指の魔導機器メーカー『カレドヴルフ・テクニクス社』のロゴマークがデザインされていた。

「来たか。予想よりも随分早かったな」

 困惑する機動六課メンバーを余所に、あらかじめ彼らの到着を知っていたユーノは予定時刻よりも早く到着した彼らの仕事振りの高さを内心称賛したくなる。

『こちらウシヤマ。プロフェッサー、無事ですかい?』

 無線通信で聞こえてきたウシヤマの声を聞き、ユーノは自分の身を案じてくれた彼の心遣いに感謝しつつ朗らかに返事をする。

『ええ。僕は問題ありません。ウシヤマさんこそ準備の程は?』

「こっちはいつでもOKです」

「付近の建造物崩壊の可能性あります!」

「おっと。そいつはヤベーな。よーし・・・万能力作修復艦『ウルカヌス』、展開! メカニシャンズ全機発進!! 首都圏再生作業開始だぁ!!」

 ウシヤマの掛け声を合図に、艦内では慌ただしく準備が始まった。

 機動六課メンバーがしばしその船―――ウルカヌスを凝視していると、船の天面にある巨大なハッチが展開。チェスト型の工具箱を彷彿とさせる機内にはぎっしりと工具用品を模した形のロボットが数千機格納されていた。

 やがて、一体のロボットが飛び出したのを皮切りに数千のロボット達が一斉に格納庫を発って大空を舞う。

「あのロボットは?」

「ザ・メカニシャンズ―――あらゆる物体の損傷を瞬時に修復する事の出来る空前絶後のミラクルツール部隊さ」

 鼻高く説明したユーノは、この日の為に長い時間をかけて制作してきたハイパーツール部隊の働き振りを静観。

 メカニシャンズは破損した建物の残骸から瓦礫と化した物に至るまでを余すことなく利用し、それを元の形に即時再生・修復する様はなのは達の想像を絶する光景だった。

 機人四天王とジャガンノートによって見るも無残に壊れた街がものの数分と立たないうちに見る見る再生され―――ここにクラナガンは息を吹き返すのだった。

 

           ◇

 

 スカリエッティの脱獄から始まった今回の一連の事件―――『魔導虚(ホロウロギア)事件』は、こうして幕を閉じました。

 翡翠の魔導死神の正体がユーノ君だったことは、今にして思えばすごく理にかなっていたと思う胸中、私や機動六課のみんな、恋次さん達死神さん方もユーノ君によって命を救われました。

 今回だけのことじゃない。今迄だってずっと、私たちは翡翠の魔導死神として活動を続けてきたユーノ君によってずっと守られてきた。

 破壊されたクラナガンも奇跡のような出来事を経て、ほぼ元通りに修復された。街には再び束の間の平穏が取り戻された。

 そして、私が目を覚ましたのは最後の魔導虚(ホロウロギア)・ジャガンノートがユーノ君の手で倒された一週間後のことだった――――――・・・・・・。

 

           ≡

 

6月14日―――

次元空間 時空管理局本局 医療施設

 

「・・・・・・・・・ん・・・」

「あっ、気がついたー!」

 リンカーエクストリーマーの副作用によって長い時間眠っていたなのはが意識を取り戻した時、真っ先に娘のヴィヴィオの喜々とした顔が網膜に焼き付いた。

「ヴィヴィオ・・・・・・? ここは・・・・・・?」

「本局の医療施設だよ。あれからママもみんなもずーっと眠ってたんだよ。あ、ちなみに六課メンバーで最初に起きたのはなのはママで、死神さん達は2日前に目を覚ましたよ」

 寝ている間の説明をヴィヴィオにざっくり聞かされたなのはは、腰の痛みを覚えながらゆっくりとベッドから体を起こす。

 近くに手鏡があったので自分の顔を見てみた。

 驚いた事に、リンカーエクストリーマー使用後に酷く爛れて皺の寄った肌は元通りになっており、以前の自分となんら遜色無さそうだった。

 吃驚する母を見ながらヴィヴィオは屈託なく笑いかけ、さらに言葉を紡ぐ。

「ママが眠っている間、ずっとユーノさんが看病してたんだよ。ほぼ片時も離さずって感じだった」

「! そうだ・・・・・・・・・ユーノ君は!? ユーノ君はどこに!?」

 

           *

 

同施設内 エントランスロビー

 

「まさかあなたが翡翠の魔導死神で、天才魔工技師アニュラス・ジェイドの正体だったとわね―――」

 リンディはつくづく面を食らっていた。目の前で湯呑片手に番茶を啜る優男こそ、次元世界最強の戦士にして、これまで数々の画期的な発明を作り出してきた天才エンジニアの正体だった事に今の今まで気づかなかったのだ。

 可能性が全くゼロだったという事ではなかった。だがしかし、かねてからある既存の価値観が可能性を低く見積もっていたのだ。

 リンディを始め、マリエルやシャリオ達も正直戸惑っていた。

 ユーノは内心まぁそうなるよな・・・と、ごく自然な流れだと思いつつ茶を啜るのをやめ―――改めてリンディ達と向き合いおもむろに語りかける。

「今まで黙っていて本当にすみませんでした。個人的にあなた方との直接的な接触はなるたけ避けたかったんです」

「しかし流石に金太郎さんや浦太郎さん達の上司だったなんて思わなかったわ。それも駄菓子屋だったなんて・・・完全に予想外よ」

「彼らはユーノ先生の個人的な戦力・・・―――と考えるべきなんでしょうか?」

 シャリオからの率直な問いかけに、ユーノは柔らかい笑みを浮かべる。

「戦力だなんてとんでもない。僕は戦力なんて一人たりとも持った覚えはない。金太郎も浦太郎も、鬼太郎も含めて僕の大切な家族だよ」

 それを聞いて当人達は非常に誇らしげな気持ちだった。出会った頃から一人の人間として扱い、どんな時でも自分達を見捨てない彼の心意気こそ彼に仕えているという最大の誇りだと再認識する。

 そんな折、二日前にリンカーエクストリーマーの副作用から回復したばかりの恋次が未だ目を覚まさないなのは達の事を気に掛けた。

「つーか。なのは達はまだ起きねーのか?」

「おめーや俺らと違ってあいつらは普通の人間だぞ。ユーノがあんとき、リンカーエクストリーマーの副作用を抑えてくれていなかったら、今ごろ俺らも含めて後遺症で自力で歩く事も出来なかったんだ」

 隣で聞いていた一護が補足説明をする。

 やがて、リンディはふうー・・・と、溜息を吐いて心を落ち着かせ―――目の前のユーノに真摯に問いかける。

「ユーノ君。これからの事もそうだし、ひとまずあなたの身に何があったのか教えてもらえないかしら?」

「それを教えるのは、彼女ときちんと向き合ってからにしてもらえますか」

 

 ―――――――――「ユーノ君!!」

 

 ちょうど都合の良いタイミングで、ユーノが今一番向き合わなければならない女性の声が聞こえてきた。

 全員が声のする方へ視線を向ければ、ヴィヴィオに心配されながら寝間着姿のままやや息をあげるなのはが立っていた。

「ユーノ君! あの・・・・・・!」

 どうやらまたユーノが一人でいなくなっているのではないかと焦っていたようだ。

 彼女の気持ちを容易に察する事ができたユーノは穏やかな表情を浮かべると、なのはの元へ歩み寄りながら、いつもと同じ調子で彼女の()を見て言葉を返す。

「どうしたんだい? 僕がまたいなくなると思ったのかい?」

「あぁいやその・・・・・・・・・帰って・・・来てたんだよ・・・・・・」

「うん。帰ってきたよ」

 面と向き合って話をしている二人の会話はどこかぎこちない。周りに居合わせた者達は二人の会話の様子を静観する。

「4年ぶりかな・・・ちゃんと会って話すのって・・・?」

「そうだね・・・・・・」

 静かに相槌を打った直後―――

 ユーノはその場に膝を突いて帽子を脱ぎ、なのはに向って深々と頭を下げた。

「4年間ずっと連絡もしないまま、勝手にいなくなってご心配をおかけして本当に・・・申し訳ございませんでした・・・!」

 この行動に誰もが目を見開き驚愕する。

 確かに、誰にも何も告げずにいなくなったという非はある。だがそれ以上にユーノはなのは達の命を救い、ミッドチルダに平穏を取り戻した魔導虚(ホロウロギア)事件最大の功労者なのだ。

 だからこそ、こうして土下座をする理由が解らなかった。それ以前に、なのははこんな展開を望んでいたわけでなかった。

 いたたまれなかった。ユーノの謝罪を聞いて暫くの間を置いてから、なのはは悲痛に顔を歪めながらゆっくりと口を開く。

「・・・やめてよ。どうしてユーノ君が謝らないとならないの? そうやっていつも私には謝ることしかしないで、どうして昔みたいに笑ってくれないの?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「ユーノ君、悪いことなんて何もしてないよ。気持ちの在り処はともかく、私やみんなも、ユーノ君が助けてくれなかったら死んでいたんだよ。この世界だってどうなっていたかわからない。感謝こそすれど非難するなんてぜったいに間違ってる。だから・・・謝らないでよ。むしろ、それは私が言うべきことなんだから・・・」

「えっ」

 なのはの口から発せられる言葉に一瞬耳を疑うユーノ。

 次の瞬間、驚いたユーノが顔を上げるなり目の前で―――なのはは膝を落として自分に向けて深々と頭を下げ、声を殺して謝罪の言葉を口にする。

「本当に・・・ごめんなさい・・・!!」

 なのはの行動を固唾を飲んで見つめる一護、恋次、ヴィヴィオ、その他多数。

 しかし、ユーノは想定していなかったなのはの行動に終始戸惑った様子で、どうリアクションをしていいのか解らなかった。

「なんでだよ・・・なんでなのはが謝らないといけないのさ!? 勝手に何も言わずに君の前からいなくなったのは他でもない、この僕だ!! 非難こそされど謝られるなんて・・・・・・!? どうしてなのはが謝る必要があるのさ?!」

 ユーノには謝罪するなのはの意図が全く理解できなかった。

「そんなの決まってるよ・・・・・・」

 困惑しがちに理由を問い質すと、なのはからまたしてもユーノの予想には無かった反応と言葉が返ってきた。

「私がユーノ君の気持ちを何ひとつ分かっていなかったからに決まってるよ・・・」

 双眸からこれでもかと溢れる涙。涙腺が崩壊した彼女の顔はぐしゃぐしゃで、ユーノはこんなに惜しげも無く泣いた彼女を見るのは久しぶりだった。

「わたしさ・・・・・・ほんとダメな弟子だよね。師匠の気持ちひとつ理解できないんだもん・・・・・・ユーノ君はずっと一人で私が自分の空を飛んでいけるようにってずっと私を支えてくれていた・・・それなのに私は・・・そんなユーノ君に恩返しどころか、ずっと甘えたままで・・・ユーノ君自身の気持ちも考えずにいた・・・それが悔しくて・・・!!」

「なのは・・・・・・。」

「ずっと一人で寂しい思いをしてるんじゃないかとか、私のこと恨んでるじゃないかって・・・これっぽっちも考えようとしなかった・・・」

「違うッ!! 僕はなのはを恨んだことなんか一度も無い!!! そりゃ確かに、孤独は感じたことはあった・・・だけど僕の命を救ってくれた恩人を恨むような感情はこれっぽっちも抱いたことは無い!!」

「じゃあ、どうして何も言わずいなくなったりしたの!?」

「そ・・・それは・・・・・・」

 上手く説明できなかった。途端に口籠るユーノの反応ほど素直なものはなかった。

 なのはは論理的に言葉で表現する事に長けたユーノがいつまで経っても何も言ってこようとしない様を見て、おもむろに口にする。

「わたしが・・・・・・私がユーノ君を蔑ろにしなければこんな事にはならなかった。私が馬鹿じゃなかったら、ユーノ君が孤独を感じる事もなかった! あのとき私が堕ちなければ、ユーノ君が苦しむ事はなかった!!」

「!!!」

 なのはは確かに自らの口で言った。あのとき、自分達の心の距離を決定的に隔ててしまった墜落事故の話を―――。

 絶対に自分自身で語る筈のなかった話を贖罪とばかり口にするなのはに終始唖然とするユーノ。

 無論、ユーノだけではない。なのはの事故についてを知るリンディら既存の六課メンバーの多くもある種勇気のある行動に驚愕を露わにする。

「あの事故以来、ユーノ君は私に距離を取ってしまった。私に笑いかけるときはいつだって作り笑いで、それがとても辛くて、淋しくて・・・・・・自業自得だって事はわかってても私はユーノ君の笑顔を取り戻したかった・・・・・・・・・だけどうまくいかないどころか・・・・・・ユーノ君の方から離れていった・・・・・・」

 嗚咽(おえつ)しながら必死に声を絞り出す彼女の双眸からポロポロと零れ落ちる涙。涙。涙・・・・・・それを見る度ユーノの胸は強く締め付けられる。

「わたしね・・・ユーノ君がいなくなってからの4年間・・・ほんとうに辛くて、苦しかった・・・・・・仕事や子育てに精を出したり、仲の良い友だちと一緒にいても・・・心にぽっかり空いたユーノ君へのこの気持ちは・・・ちっとも埋まらなかった・・・それでようやくわかったんだ。私は犯罪的に鈍いんだなって。こんなんじゃユーノ君だって愛想尽かしちゃっても無理ないやって」

「え・・・・・・」

「あなたの辛さも孤独も、もっともっと理解すべきだったのに・・・私はユーノ君と違って不器用で・・・意固地で・・・独りよがりだった・・・初めて魔法を使ったのは他でもなくユーノ君を助けたかったからのに・・・いつの間にかユーノ君を苦しめていた・・・悲しい目に遭わせていた・・・この手の魔法は・・・理不尽な痛みや悲しい想いを撃ち抜くためのものだったはずなのに・・・わたしは・・・・・・わたしは・・・・・・!!!」

 これまでの自分の行動ひとつひとつを振り返り、神に向かって懺悔するかのようになのはは次々と謝罪の言葉を口にし続けた。

「いちばん大切な人一人救えないくせに・・・何が“エース・オブ・エース”なんだろう・・・思い上がりも甚だしいよ・・・・・・私はユーノ君がいてくれたから空で戦えた・・・たとえ道は違っても見えない絆で繋がっていられたから・・・・・・些細なことでもユーノ君と一緒ならすごく幸せだった・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 なのはの独白をじっと静かに聞き続けるユーノ。その胸を締め付ける力は次第に強まり、遣る瀬無い気持ちに駆られる。

「ねぇ、ユーノ君は覚えてるかな? 子どもの頃に言った私の言葉・・・」

 言われた瞬間、ユーノの脳裏に甦る遠い昔の記憶―――。

 

 ―――「ユーノくん、いつもわたしと一緒にいてくれて守っててくれたよね」

 ―――「だから戦えるんだよ。背中がいつもあったかいから」

 

 9歳のとき、ジュエルシードを発端として起こった『PT事件』。

 なのはと一緒に「時の庭園」にて突入した砌、駆動炉の封印時なのはが語りかけてくれた優しい言葉が鮮明に思い浮かぶ。

「あの言葉にはね、大前提があるんだよ・・・・・・私にとって背中を預けられる唯一のパートナーはずっとユーノ君だけだから・・・・・・」

「っ!」

 瞬間、ユーノは目を見開き絶句する。

 聞き違いかと思った。自分は遠の昔になのはにとって“良きパートナー”であることを諦め、その役目をフェイトに譲り渡したつもりだった。

 墜落事故以来、意固地にもなのはとの間に見えない壁を築き上げ、無限書庫で彼女の動静を見守ることを決め込んだ。

 それなのになのははそんな臆病な自分を今でも“背中を預けられる唯一のパートナー”と呼んでくれた事が嬉しくて、気恥ずかしくて、とても心苦しかった。

「・・・・・・私はもっと、これからもずっとユーノ君と一緒にいたい・・・もっと一緒に笑っていたい・・・・・・あれからずっと怖くて怖くて仕方なかった・・・!! 大切な人が急に居なくなって・・・初めてその重さに気付かされた・・・!! 自分の手の届かない遠いところへいってしまった時の辛さも寂しさも嫌ってくらい思い知った!! 寂しい想いが嫌いで、そんな想いを誰にもさせたくなかったのに・・・結局最後は自分にしっぺ返しを食らう始末・・・背中から感じなくなった暖かさも、ユーノ君の声を聞けない寂しさも、私にとっては何よりも怖かった・・・!! 空を飛んでいる時だって、また落ちゃんじゃないかって不安が飛ぶたびに大きくなっていった・・・!! みんなと一緒に時間を過ごして、ヴィヴィオと笑いあっていたって・・・それでも・・・一人になったら不安に負けて何度も声を上げて泣いた・・・!」

「なのは・・・・・・・・・君の気持ちは痛いほどわかったよ・・・・・・・・・だけどそれでも僕には君の傍にいる資格なんてないんだ・・・・・君を護ることもできない僕に何ができるって・・・・・・!」

「護ってくれてたよ!!!」

 自己否定するユーノの言葉に、間髪入れずなのはは怒りと悲しみを孕んだ声で声を荒らげる。

「ずっとずっと護ってくれたんだよ・・・・・・!! プラスターのときも、私が夢の中に閉じ込められたときも、ずっとずっとユーノ君は護っててくれた・・・・・!! あなた以上に私を護ってくれた人はいないよ!! 私だけじゃない、スバルやみんなの事も護ってくれたんだよ・・・!! だから・・・・・・そんな風に自分を卑下しないで・・・・・・淋しいこと言わないで・・・・・・」

 むせび泣きながら心の内を曝け出すなのはは、これ以上ユーノを失いたくないという気持ちを前面に出し―――彼の胸の中に顔を沈める。

「おねがいだから・・・・・・もういなくなったりしないで・・・・・・わたしを一人にしないでよ・・・・・・・・・!!」

 子どもの様に泣きながら訴えかけるなのはを見た瞬間、ユーノはあまりの状況に驚愕と衝撃で何も言葉では言い表せなかった。

 できることはひとつ。自分の胸の中で寂しさと悲しさでいっぱいの世界で一番大切な幼馴染を優しく抱擁する事だった。

 

【挿絵表示】

 

「ごめんねなのは・・・・・・そして、ありがとう。まさか君にそこまで辛い思いをさせていただなんて気づいてあげられなかった・・・・・・」

「わたしの方こそ今まで気づかなくてごめんね・・・・・・ひとりで勝手なことばかり言って・・・・・・こんなこと今さら言うのもおかしいとは思うんだけど・・・・・・ユーノ君・・・・・・最後にこれだけはちゃんと聞いて欲しいんだ・・・・・・」

「うん・・・話してごらん・・・・・・」

 双眸から溢れるなのはの涙をユーノは綺麗に拭い去った。

 充血した瞳でなのはは透き通ったユーノの瞳を捕え、やや頬を赤らめながらユーノへの長年の想いを打ち明ける。

「ずっとずっと・・・これから先もずっと・・・・・・わたし、高町なのはは―――・・・世界中の誰よりもユーノ・スクライアを・・・・・・愛してます・・・・・・」

 ついに、四年越しとなる想いの丈をユーノにぶつけることに成功した。

 まさかの告白劇に面を食らうギャラリーが騒然とする中、告白を受けたユーノはやや驚きながら、勇気を持って自分に想いの丈をぶつけたなのはに穏やかに笑いかける。

「・・・まさか君の口から先に言われるとは思わなかったよ。でも嬉しいよ・・・・・・なのはも僕と同じ気持ちだったなんて」

「え」

 思わず耳を疑うなのはだったが、次の瞬間―――

 一度黙り込んだ末、ユーノは口元を緩めてからおもむろに口にする。

「僕、ユーノ・スクライアも同じです。この世界に生きている限り、世界中の誰よりも高町なのはを愛してます――――――この魂に誓って」

 本当なら自分から言うべき事を先になのはに言われた事を男として情けないと思いつつも、ちょうどいいタイミングだと思った。

 ユーノはなのはと面と向き合い―――ずっと伝えられなかった十数年分の想いを素直にぶつけることができた。

 ユーノの嘘偽りの無い言葉を聞いた瞬間、なのはは余りの嬉しさに感情が抑え切れなくなった。そして溢れ出るのは歓喜の涙。

「・・・・・・ありがとう・・・ユーノくん・・・・・・・・・///」

 厚く抱擁するユーノの胸の中に顔をうずめ、なのはは自然と彼の背中に両腕を回しながら、ようやく二人の間にできた蟠りが消え去ったのだと実感した。

 これほど嬉しい思いに浸るのは初めてのことだった。今迄の寂しさがまるで嘘のように、なのはの心に空いた孔は急速に埋まり始めた。

「ありがとう!! 本当にありがとう!! そして・・・お帰りなさいユーノ君・・・!!」

「うん・・・・・・ただいま・・・なのは。もう放さない」

「わたしも放さないよ。これからはずっとずっと一緒にいて」

 

「ああ・・・・・・もう君の前から一人でいなくなったりなんかしない。約束だ」

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:久保帯人 『BLEACH 21、22、27、30、34、46、48巻』 (集英社・2006、2007、2008、2010)

原作:久保帯人 著者:成田良悟『BLEACH Spirits Are Forever With You I・Ⅱ』(集英社・2012)

 

 

 

 

 

 

教えて、ユーノ先生!

 

ユ「今日はいろんな高速移動技についてだ♪」

「死神の『瞬歩』。フェイトやエリオの『ソニックムーブ』。なのはの『フラッシュムーブ』。あと浦太郎や金太郎の『自己加速術式』」

「それから破面(アランカル)や一部の魔導虚(ホロウロギア)が用いる『響転(ソニード)』など色々あるけど・・・つまる話、どれも同じようなものだけどね」

 という率直な意見を呟くと、フェイトがソニックムーブでユーノの前に現れた。

フェ「うんうん。ソニックムーブが一番いいし速い!」

 自身の十八番であるソニックムーブこそが一番と信じているフェイト。そんな彼女にユーノはふとした疑問を呈する。

ユ「そういえばフェイトの場合、移動するとき髪の毛が長いのは邪魔なんじゃないの?」

フェ「移動しても崩れないようにしてるから問題ないよ」

 破顔一笑した彼女は、それを実演する為にユーノの前で自慢のソニックムーブを披露し始める。

フェ「は! は! は! は!」

 直後、ユーノはフェイトの利き脚を杖で引っ掛けてみた。

フェ「きゃあああ!!!」

 引っ掛けられた際に、バランスを崩し顔面を強打する。

ユ「足元も気にしないとダメだよ」

フェ「ゆーの・・・・・・ひどいよ~~~///」

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

 互いの気持ちを確かめ合い、和解したユーノとなのは。

 二人のやり取りを見ていた多くの者は感動の余りもらい泣きをし、この男も涙腺が崩壊していた。

恋「くぅぅ~~~・・・まったく、最近の若い奴はうらやましいぜチキショウ~~~!!」

一「おい恋次、お前まさか泣いてんのか?」

恋「泣いてねーよ!! 目にごまが入っていてーんだよ!!」

 相当に無理な誤魔化し方だと思いつつも、一護達はあまり積極的にツッコミを入れる気が起きなかった。

 二人の愛のある姿に触発され、恋次はおもむろに伝令神機を取り出し、尸魂界(ソウル・ソサエティ)にいる一人の女性に連絡をする。

 プルル・・・。ブツン・・・。

 電話が通じた瞬間、恋次は思いの丈をありのままの言葉にして電話の向こう側の者へ赤裸々に伝える。

恋「ルキアぁ!! 俺はお前を愛してるぞ!! 何十年、何百年、いや何千年経っても俺はお前を愛してる―――!!!!」

?『そうか・・・・・・貴様はそう言う目で私を見ていたのか?』

 受話器のスピーカーから聞こえてきたのは女ではなく男の声だった。

 しかも、喋り方や声色に至るまで恋次はその声の主をよく知っていた。まさかと思い液晶画面を見ると、発進相手は『朽木白哉(くちきびゃくや)』と表示されていた。

恋「ままままままままままさか・・・・・・///」

 よりにもよって護廷十三隊六番隊長。かつての上司であり、結婚相手の義理の兄に当たる人物に間違って電話をかけてしまったのだ。

白『次に(けい)とあった時は楽しみにしているぞ、恋次―――』

 ブツッ・・・。ツー・・・。ツー・・・。

 意味深長な言葉を残し、白哉との電話は切れてしまった。

 言葉を失い頭が真っ白となる恋次を見かねて、吉良と一護は呆れ顔で語りかける。

吉「阿散井くん、完全に詰んだね」

一「帰ったら義兄(白哉)のきっついお仕置きが待ってるぜ」

恋「いやだぁ―――!!! 帰りたくねぇ――――――!!!」




次回予告

な「魔導虚(ホロウロギア)事件は終わりを告げた。だけど、アンゴルモアを巡るスカリエッティとの戦いは単なる序章にしか過ぎなかった」
一「今明かされる古代遺物(ロストロギア)・アンゴルモアの真実とは!?」
ユ「次回、ユーノ・スクライア外伝・・・『試練への門口』。魔導虚(ホロウロギア)篇、堂々完結!!」






登場魔導虚
ジャガンノート
声:小野大輔
スカリエッティがこれまで倒されたすべての魔導虚のデータを蓄積させ造り出した魔導虚。
巨大な塔と巨人が融合したような姿で、背中には巨大な翼を生やした顔は単眼の生物的なものを連想させる仮面を持ち、異様に長く伸びた両腕には十二支を模った仮面のようなものが付いている。
第24話では、手当たり次第に取り込んだ周囲の機械物質を加えて自身の身体を形成、首都中の電力や魔力エネルギーを体内に蓄積してクラナガンの大地ごと次元空間への逃走を図り、それを阻止しようとする機動六課前線メンバーと激戦を繰り広げた。凄まじい攻撃力と防御力を発揮し、リンカーエクストリーマーを使用しないなのは達の攻撃を全て跳ねつけた。一度は肉片にされ撃破されたかに見えたが、しぶとく復活を果たして動けないなのは達に虚閃を放とうとするも、援護に来たユーノに歴然とした力の差を見せ付けられ、最期は深緑月華をその身に受け、バラバラとなったのち超速再生をする余力も残さず完全消滅を果たす。
虚閃や虚弾のような破面が用いる他、腕の一振りから衝撃波を放つ「ソニックブーム」で敵を一度に吹き飛ばす。また、無数のガラス片にアルミニウムを瞬間蒸着させたのち、宙に舞い上げたこれらを反射板としてレーザーを複雑に反射させ、弾道予測不能の攻撃を繰り出す「魔王の審判(サタンズ・レフリー)」。全身から放つ大量のレギオン粒子を撒き散らし生物を死に至らしめる「レギオン・レーゲン」で、機動六課目メンバーの機能停止を図った。クラナガン中のあらゆるエネルギーを転用しているため、その出力は機動六課メンバー全員を軽く上回る。
名前の由来は、ヒンドゥー教のヴィシュヌ神の八番目の化身であるクリシュナの異名「ジャガンナート (Jagannāth)」から。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話「試練への門口」

 新暦076年7月、10年に渡る司書生活に自らピリオドを打ち、住み慣れたミッドチルダを離れた僕は、各地で遺跡発掘を行うかたわら自分の人生について見つめ直すべく旅へと出た。

 旅の最中、僕が偶然に発掘したとある結晶物。

 紫紺に色づく不気味な、何か強い力を内包していた事を今でもはっきりと覚えている。

 この発掘した物こそ、のちに「悪魔の結晶」と称される古代遺物(ロストロギア)であり―――次元世界、そして僕自身にとって、運命の日となる事をこの時は知る由も無かった。

 

           ≡

 

四年前―――

第145観測指定世界 スクライアの集落

 

 何十年振りに僕は生まれ故郷であるスクライアの集落へ里帰りした。

 里帰りした一番の目的は、族長や一族の皆にも協力してもらい、自らが発掘した古代遺物(ロストロギア)を調査する事だった。その後、しかるべき専門機関へ自らが発掘した出土品を手渡すつもりでいた。

 ところが、それが僕にとって大きな誤算となった。

 調査を始めたその日の夜、集落は突然の大火に見舞われた。原因は僕が持ち帰った例の結晶物による暴走だった。

 

「族長ッ―――!! どこですかァ―――!!!」

 まるで悪い夢を見ているようだった。生まれ育った故郷が、地獄の業火に包まれ、生きとし生ける命を老若男女の区別なく刈り取ろうとしているのだ。

 しかも悪い事に、僕の育ての親でもある族長が炎の中に捕われていた。

 矢も盾もたまらず僕は炎の中へと飛び込んだ。

 一刻も早く族長を探すして助け出す。頭の中はそれでいっぱいだった。他の事に気を回す余裕など毛頭に無かった。

 魔力を練り、探査魔法を発動させ―――現在位置から場所を特定し、位置が絞れると、僕は族長の元へと走った。

 燃える障害物を掻き分け、険しい道のりを進み続けた末、ようやく見つけ出した。瓦礫に埋もれてぐったりと地に体を伏せている族長の姿を。

「族長ッ!!」

 のしかかった瓦礫を退かして意識を確かめると、呼吸は酷く衰弱していた。早く助けなければ命の危険もあった。

「今すぐに助けますからね!」

 急いで治癒の魔法を施そうとしたが、次の瞬間―――辛うじて意識を取り戻した族長が僕の手を握り締めた。

「族長・・・?」

 訝しむ僕の顔を族長は憂いを帯びた表情で見つめ、延命処置を施そうとする僕に首を横に振ってきた。

「私のことは構うな・・・・・・おまえはゆくのだ・・・・・・」

「馬鹿な・・・・・・あなたを置いて行くなんて出来る訳ありません!」

「行くんだ・・・・・・おまえは特別だ。お前は『神』に選ばれし者なんだ・・・・・・」

「何言ってるんですか!? 気を確り持ってください!」

「どの道わたしはもう助からない・・・・・・スクライアの未来はおまえに託す・・・・・・どんなに遠く離れても、私はずっとおまえのそばにいるさ・・・・・・・・・・・・おまえは私の自慢の息子だ・・・・・・・・・・・・」

「族長・・・・・・。」

 僕と族長に血縁関係は無い。遺伝子レベルでは間違いなく赤の他人だ。

 だが、血は繋がっていなくても家族でいる事は出来る。僕にとって族長は紛れもない家族であり、僕にとっての『父親』と言って差し支えない。

 そして、族長にとっても僕が彼の『息子』であるという認識は不変のものだった。

「ユーノ・・・・・・・・・最後の最期でおまえに言えなかったことがある」

 死の間際、族長・・・もとい父は薄らいでいく意識の中、僕の目をじっと見据え、やがて双眸に涙を浮かべゆっくりと言葉を吐いた。

 

 ――――――「おまえを・・・・・・理解したつもりでいて・・・・・・すまなかった・・・・・・」

 

 溜めていた涙が両頬へと流れ落ちた直後―――僕の腕に抱かれながら、族長は静かに息を引き取った。

「族長? 族長?! 族長! 族長ッ! 族長ッ!! 族長ッ!!!」

 激しく体を揺すり、語気を上げて呼びかけるも、族長が僕の呼びかけに答える事は二度となかった。

 家族を危険に晒したばかりか、父親の命をも奪ってしまうとは――――――。

 ただただ悔しい。自分の無力さが。愚かさが。このやり場の無い遣る瀬無さと、沸々と湧き上がる自分自信への怒りの念。

 この罪は何としても(あがな)わなければならない。これ以上の犠牲は沢山だ。そもそもの発端が僕である以上、後始末をつけるも僕だ。

 動かなくなった族長の遺体を比較的火の勢いが小さい場所へと退かし、火災の原因となった例の紫紺の結晶物へとゆっくりと歩み寄る。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、内部から激しい勢いのエネルギーを放出し続けており、飛び出したエネルギーが解放される事で莫大な力が生まれ、周囲を一瞬にして火の海へと変貌させた。

「・・・・・・僕が火種となって起こった事はすべて僕一人で方をつける」

 暴走するエネルギーを抑えるべく、おもむろに右手を翳した僕は、足下と前方に魔法陣を展開し、封印の為の詠唱を行う。

「――――――妙なる響き 光となれ 許されざるものを封印の輪に」

 十一年前、ジュエルシードを封印し損ねた魔法を使う事に多少の戸惑いと抵抗はある。

 ずっと無限書庫にいた為、魔導師としての活動は十年のブランクがあるし、当時の僕にはあの頃のような自信も無く、レイジングハートも無く、本当にただ魔法がちょっと使える程度の男でしかなかった。

 だけど、それでもやるしかなかった。これは僕に課せられた『罰』なのだから。

古代遺物(ロストロギア)、封印!!」

 練られた翡翠色の魔力が紫紺の結晶全体を膜状バリアで包み込み、暴発を繰り返すエネルギーを内部に閉じ込めようとする。

「!」

 しかし、程なくして僕の魔力は内側から発生する強大なエネルギーによって崩壊を始め、膜には亀裂が生じる。

 ピキピキ・・・・・・パリン。バリアの崩壊と同時に抑えつけられた力が一気に溢れ、僕を丸ごとを呑み込んだ。

「う、うわああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 その際、紫紺の結晶は球状から無数の欠片へと砕け、空高くへ舞い上がるとともにあらゆる場所へと飛散した。

 

           ◇

 

新暦079年 6月16日

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

 なのはとの和解から数日後―――

 リンカーエクストリーマーの副作用で眠っていた他のメンバーも順次回復し、ようやくまとまった話ができる状況となった。

 集まった機動六課メンバーと死神組、一護や織姫を始めとする面々、その他聖王教会関係者などの注目を一身に集める男―――ユーノは、逃げも隠れもせず堂々と立ち尽くしていた。

「何はともあれ一先ず難は去った。さて・・・・・・ほんならユーノくん、いろいろ洗いざらい話してもらおうか?」

「あはは・・・。まるで尋問されてるようだね。ま、こっちは最初からそのつもりだったわけだし。いいよ。何でも聞いてくれたまえ」

「ほんなら遠慮なく――――――ユーノくん、その変な格好はどうしたんや!?」

 真っ先に向けられた質問―――それはユーノにとって実に拍子抜けたものだった。

 はやてを始め、恐らくこの場にいるほとんどの者が気になっているであろうユーノの身なりに関する疑問。

 格好からして既に普通じゃない。正直お世辞にも似合っているとは言い難い奇抜なファッションセンスを率直に尋ねられ、ユーノも正直溜息を吐く。

「やれやれ・・・・・・まさか服のことからツッコまれるとは思わなかったよ。一護さん、そんなに変ですかねこの格好?」

「いやユーノ。そこはまず気付けよ。みんな変だと思ってるから言ってるんだって」

 引き攣った表情の一護が未だ自らのファッションが似合っていない事に気付いていない・・・あるいは気付こうとしていないユーノを嗜める。

「まぁいいじゃないですか。僕の格好なんて二・三日も見てればすぐに慣れますって♪ 人間誰しも最初は慣れるのに時間がかかるんです。よく言うでしょ。新しい仮面ライダーシリーズが始まった時、“こんなん認めねぇー! ドライブの方が良かった!!”って、毎回思うでしょ? なのにシリーズが終わる頃にはゴーストとも別れ難くなってる的な」

「あの・・・譬えが全然ピンとこないんですけど」

「俺はものすごくピンとくるけど、その譬えで説明するのはあんまし好ましくないかと思いますぜ店長」

 キャロからすれば難解な、鬼太郎からすれば非常に分かり易い譬えではあるものの、『慣れる』という人間の行動心理を説明するにはあまり相応しい例とは言い難かった。

 周りのユーノ・スクライアへのイメージは様々だが、少なくとも十年以上昔から交友を持ってきたなのは達は、四年前とは雰囲気から至るところまで著しい変化の見られるユーノに未だ困惑していた。

 ただ、いつまでも戸惑っていては話にならない。咳払いをし、リンディが今一度真面目な声色で話を元に戻す。

「まぁ格好のことはこの際は大目に見ましょう。もっと重要な事があるわ。ユーノ君・・・―――私達にイチから説明してくれる。この4年の間にあなたの身に何があったのか? できれば恋次さん達死神さんとの関係も詳しく―――」

 問われた直後、ユーノは先ほどまでの飄々とした態度を一変し、本来の真面目な態度に気持ちを切り替える。

「わかりました・・・・・・では、全てを話します。4年前、無限書庫を辞して故郷へ里帰りしたとき、僕は『世界の意志』との運命的な出会いを果しました」

「世界の意志? 確かスカリエッティも同じことを言っていたけど・・・なんなのそれは?」

 一週間前、スカリエッティと対話に臨んだユーノが口にしていた単語である事を思い出したフェイトは、怪訝そうに“世界の意志”と呼ばれるものについて問い質す。

「何とも言い表し難い存在ではあるけど、一言で言えば・・・・・・“時間”と“空間”を超越した超高度な情報思念体だよ。とどのつまり、その知性との接触が僕の運命を一変させた」

 

           ≒

 

 古代遺物(ロストロギア)の封印処理に失敗した後、何が起こったのか分からなかった。

 気が付いたとき、僕はとても不思議な事象を経験した。

「あれ?」

 目に映るものすべてが真っ白だった。純粋な白。背景と言うものが何ひとつない、とても奇妙な空間において僕はポツリと佇んでいた。

「なんだ・・・・・・ここは一体・・・・・・」

 

                                                                    ―――――――――『やあ』

 

 突然、目の前から声を掛けられた。

 意識が眼前に向けられると、それまで僕の意識すら認知していなかった奇妙な存在が唐突に現れた。

 それは存在していると言えるモノなのだろうか。安直に譬えるならば、透明人間のようなモノが鎮座している。

 どこか偉そう。されどどこか自分に近いものを感じられる、そんな奇妙な何かが僕を見つめている。

「君は・・・誰なんだ?」

『よくぞ聞いてくれました。僕は君たちが“世界”と呼ぶ存在。あるいは“宇宙”、あるいは“神”、あるいは“真理”、あるいは“全”、あるいは“一”、そして僕は“君”だ』

「何を・・・言って・・・」

『ユーノ君。今日は君に特別なプレゼントを用意したんだ。()()()から君への祝福だよ』

 哲学染みた自己紹介から始まったと思えば、初対面の僕に向かってプレゼントを送りつけると宣言する謎の存在。

 蠱惑(こわく)的な笑みを浮かべるとともに、それは僕にこう語った。

『君はこの先、心で強く願った事はどんな事でも叶えることできる。心の底からそうありたいと願った事である限り。だけど・・・たったひとつ叶えられない願いがある。それは()()()()()()()()()()()()()()()()()

 直後、背後から言い知れぬ物の気配を感じ取った。

 

『祝福を受け取るがいい。光であり闇である者よ―――」

 

 言われた後、恐る恐る後ろへと振り返る。僕の後ろには巨大な扉があり、その扉はギギギ・・・という重低音を響かせながら開かれていき―――

 刹那、扉の中から確固たる形状を持たない幾つもの腕や目を持ったモノが現れ、僕の体を絡め取り、扉の中に引き込んだ。

「う、うわあああああああああああああああああああ!!!!」

 抵抗する事も虚しく、僕は訳の分からないまま、誰でもない奴曰く「プレゼント」と称する恐怖体験を味わうこととなった。

「あああああああああああああああああああああ」

 底の見えない空間へと引きずり込まれ、身体の自由が利かない中、かつて経験した事のもの凄い量の情報を直接頭に叩き込まれたような―――そんな感覚に陥った。

「やめろ・・・やめてくれええええええええええええ!!!!!!!!」

 頭が割れそうだった。無限書庫で勤務していたとき、徹夜続きで検索魔法を連続行使する事で似たような経験をした事はある。

 でも、今回のそれはあの時とは比べ物にならない膨大とも言える情報量だった。

「やだぁぁぁ!!! やだぁぁぁぁぁぁ!!!」

 こんな悪質なプレゼントがあってたまるか。あの誰でもない奴は僕に何の恨みがあってこんな事をするんだ?

 だけど、それは僕の勘違いだったと直ぐに気が付いた。

 ふとした瞬間、僕は頭の中に流れ込んでくる情報から唐突に理解した。

 これまでの人生で未だ知り得ずにいた『魔法』の根底にある情報体次元に存在する時間と空間を超越した概念。そしてこれから先の未来に起こり得るビジョンが。

 そして瞬時に僕は悟った。これが“真理”なんだ―――と。

 

           ≒

 

現在―――

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

「それから間もなく・・・・・・僕は時間を遡り、地球で一護さん達と出会い、死神の能力(チカラ)に目覚めた。そして4年間、魔導死神として活動を続けてきた。みんなには黙っていて申し訳ないと思ってる。僕自身もっと勇気があればこう言う事にはならなかったんだと思う」

「そうだったんだ・・・・・・でもユーノ君、どうしてあのとき“ユーノ君は死んだ”なんてウソをついたりしたの?」

 およそ一か月前―――カースドキュラとの戦闘直後、ユーノの安否についてなのはが問い質した際、翡翠の魔導死神に扮したユーノはこう言っていた。

 “君の知ってるユーノ・スクライアは、死んだ”と―――。

 この発言の意図について、当人はくすっと笑ってから答える。

「別に真っ赤な嘘ってわけでもないさ。実際なのはが知っているのは4年前までの僕であって、翡翠の魔導死神となってからの僕じゃない。旧いユーノ・スクライアは一度死んで、新しいユーノ・スクライアに生まれ変わった。だからあの言葉は嘘であり事実でもあるんだよ」

 言われてみれば確かにそうだと思った。なのはの中でユーノのイメージは自身の魔法の師であり、無限書庫司書長の幼馴染―――というある種の固定観念に捕われていたのだ。

「つーかユーノ、おまえ事あるごとにあたしらの窮地に駆け付けて来れたのは・・・どういうわけだ?」

 と、これまでユーノが絶妙とも言えるタイミングで仲間の窮地に駆け付ける事ができた理由について、ヴィータは何らかのカラクリがあると睨み問うた。

 案の定、ユーノは不敵に笑みを浮かべ扇子を広げるなり、種明かしをした。

「答えは至極単純さ。恋次さんの動きを常に監視してたんだよ。だからみんなのピンチに逸早く駆けつける事ができたんだ」

 ブッ―――! 聞いた瞬間、恋次は飲んでいた茶を盛大に吹き出した。

「げほっ、げほっ、げほっ・・・・・・待て待て待て待てッ!!! どういうことだよ!? 俺を監視だぁ!? 初耳だぞ!!」

「そりゃそうですよ。恋次さんに言ったら意味ないじゃないですか」

 淡白な口調で返答するユーノの態度が鼻に付いた。

 堪らず胸ぐらを掴みかかり、形相を浮かべた恋次は激しく詰問する。

「テメーコノヤロウ! いつから監視してやがった!?」

「ん~~~っとそうですね・・・・・・三カ月くらい前からですかね~」

「つまり最初からってことじゃねーか! いったいどうやって・・・・・・はっ!! そうかコイツか! 俺の伝令神機に細工をした時に!」

 一番可能性があるとすれば手持ちの伝令神機だった。

 ミッドチルダへ渡った直後、初めてユーノからの入電を受けた時、彼自身が語っていた事を恋次は思い出す。

「やだなあ! 一介のハンサムなのはバカ商人の僕がですよ、盗聴なんてサイテーなマネするわけないじゃないですか!」

「じゃあどうやったんだよ!?」

「ふふふ・・・・・・最初に遭った時、恋次さんはとても素直な性格じゃないかなーって、思いましてね。だから何だかんだ言って僕が渡した物を使ってくれると踏んだんです」

「ユーノさんが阿散井くんに渡した物?」

「ええ。重宝してますよね。その義骸――――――」

 言われた瞬間、恋次は察しがついたらしく表情を凍り付かせる。

「ま・・・まさか・・・・・・!」

 真っ青となった恋次の顔を見、ユーノは「ふふふ・・・」と、笑みを浮かべてから衝撃的な事実を公表する。

()()()()()()()()と称して渡したそれには、(くろつち)隊長から譲ってもらった監視用の菌を無数に仕込ませています。僕の狙いはあなたの体内にその菌を感染させることであって、念話機能は言ってみればおまけみたいなものです♪」

「何・・・だと・・・!?」

「あなたの体内に感染させた菌を通して僕は全て見ていましたよ。だからいろいろ備える事ができたんです」

 青天の霹靂の如く恋次の脳天に響き渡る衝撃は大きかった。

 まさか今着ている義骸にそのような仕掛けが施されているなど微塵も思っていなかったのである。

 だが真実を知ってしまった以上動揺しない訳にはいかない。周章狼狽し、恋次は慌てた様子でユーノの胸ぐらを再び強く掴みかかった。

「ま・・・待て!! 監視用の菌だぁ!? しかもよりにも寄って(くろつち)隊長から譲り受けただと!? シャレにもならねーもん使ってんじゃねー! つーことはあれか! 俺の義骸に仕込んだってことは吉良にも同じもの使ったのか!?」

 すると、ユーノは飄々とした笑みを浮かべ答える。

「ご安心ください。恋次さんにしか仕込んでませんから♪」

「俺にならいいって理屈がわからねーよ!! 大体監視ってどの程度まで見えてるんだ!? 普段の俺の私生活も筒抜けだったんじゃないだろうな!? 人権侵害だぞ!!」

「やだなあ♪ 死神は人間じゃないんですから、人権なんてあるわけないでしょう♪」

 ブチッ―――。その一言を聞いた瞬間、恋次の頭の血管が切れた。

「殺すッ!! 決めたァ!! こいつ今すぐぶっ殺す!!」

 斬魄刀片手にユーノへ斬りかかろうとする恋次。

 咄嗟に一護と吉良、金太郎らが三人がかりで恋次を押さえ込む。

「落ち着けって恋次!」

「阿散井くん、やめるんだ。逆らっても無駄だから」

「ウルセー!! 斬らせろ!! 一回斬らなきゃ腹の虫が収まらねーんだ!!」

 堪忍袋の緒が切れた恋次を前にユーノは扇子を広げ涼しい顔を浮かべ口笛を吹く始末。

 この如何にも他人をおちょくるのに長けた昼行灯が、ユーノ・スクライアだと誰が思うだろうか。少なくとも、なのは達は目の前の男がユーノの皮を被った全くの別人に思えてならなかった。

「えーっと・・・・・・ユーノ君って、こんなキャラだったかしら?」

「いや。たぶん違うと思う」

「4年の間に成りも性格も様変わりしてしまったようだな。悪質な話だ・・・・・・」

 次は自分が標的にされるかもしれない。クロノは四年分のしっぺ返しをユーノ本人から受けるのを最も恐れるのだった。

 

「・・・・・・ま、恋次さんに本当の事を隠して騙していた事は謝ります」

「それ以前に人の体に菌を感染させた事を謝罪しやがれ!!」

「まぁ聞いてくださいよ。僕が恋次さんを監視対象として選んだのは、恋次さんがなのはとの接触回数が最も高い死神と思ったからですよ」

「私と?」

 何故そこで自分の名前が出て来るのか。気になるなのはに、ユーノは穏やかな表情で語りかけた。

「強い力を持つ者は強い力を持つ相手に惹かれる。もしくは相手から近寄ってくる。これは自然の摂理だ。事実、恋次さんは機動六課でなのはと行動を共にする機会が最も多く、その度に何らかの事故や事件に遭遇していた。だから、恋次さんの行動を常に見張っていればなのは達の窮地に駆け付けられる・・・そう思ったんだよ」

「そうだったんだ・・・・・・・・・ユーノ君、ありがとう」

 と、二人の間で交わされる優しい空気。しかし、その為に実験台にされた恋次は到底承服などするはずも無かった。

「けっ。体のいい言い訳だな。そんなんじゃ俺は納得なんかしねーからな!!」

「でも結構ピンチな状況ありましたよね。聖王教会の一件で限定解除許可を僕が出していなかったら、今ごろどうなっていたことやら~♪」

「くぅ・・・・・・」

 痛いところを突くユーノに恋次は返す言葉も無かった。真面に口喧嘩をしても彼に勝てる見込みは無きに等しいものだった。

 

『あの・・・質問宜しいでしょうか。スクライア元司書長は、あの予言をどこで?』

 閑話休題。

 映像通信越しに説明会に参加していた聖王教会教会騎士カリム・グラシアからの質問が飛んできた。

 彼女が最も気になっている事―――自身の予言能力である【予言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)】を使わず、どのようにしてユーノが同じ予言を死神に伝えたかという事だった。

 問われたユーノは一度茶を啜ると、カリムの問いかけに答える。

「世界の意志と遭遇して以来、僕はたびたび災いの前兆を予知夢として見る機会が多くなりました。そして二年前・・・―――見聞を広げる目的で地球のネパールという国を訪れた際、現地で“生きる女神”と称されるクマリ・タルチエからある神託を受けました」

 

           ≒

 

 ネパールは国民の80パーセントがヒンドゥー教徒で、何千もの神々が存在する。その中に、クマリと呼ばれる神がいる。

 クマリは民間人の中から厳しい状況を満たした2歳から初潮を迎えるまでの美しい少女から選ばれ、生き神して祀るという伝統がある。

 クマリは国内に10人ほどいる『ローカルクマリ』と、条件がより厳しい『ロイヤルクマリ』がいる。中でもロイヤルクマリは首相や政府高官でさえ跪く存在で、専用の館で生活している。周りの子どもの様に学校へ行かず儀式以外の日は外にも出ず人々の幸せや健康を願い祈祷している。

 ユーノが出遭ったのは、クマリの館で八十年以上初潮を迎えず、容姿も幼子のままという生きる伝説と化したロイヤルクマリ―――タルチエだった。

 タルチエは一国の命運を占星術で測る預言者であり、千年に一人の逸材として政府高官にも重宝されていた。

 ユーノの場合、一般の参拝客に交じって偶然「クマリの館」を訪れた折、彼女自身の御眼鏡に適ったことがきっかけだった。

 

           ≡

 

二年前―――

第97管理外世界「地球」

ネパール 首都カトマンズ クマリの館

 

「詩に曰く混沌未だ別れずして、天地乱れ茫茫渺渺(ぼうぼうびょうびょう)として人の見る無し。

 盤古(ばんこ)鴻濛(こうもう)を破りしより開闢(かいびゃく)して茲従(これよ)り清濁(わか)る。

 群生(ぐんせい)を覆い載せて至仁(しじん)と仰がれ、万物を発明(つくりな)して皆善と成す」

 

 不思議な雰囲気を醸し出す少女から言い渡された神託を、ユーノは怪訝な顔で聞き及んだ。

 タルチエは無表情にユーノを凝視―――手に持つ転経器と呼ばれる仏具を突きつけ、おもむろに呟いた。

「遠き地より現れし魔導と死を司る者の力を操る男。よくぞここまで五体満足で辿り着いたものだ。敬意を表する」

「ど・・・・・・どうしてそれを?」

 先見の能力によってタルチエが見通した未来。それは魔導死神であるユーノが必ずやこの地を訪れるというものだった。

 困惑するユーノに依然として錫杖を突きつけたまま、タルチエはある不気味な事を語りかけてきた。

「だが油断するでない。お主の命運も直に尽きる・・・その覚悟をもって進むのならば、それもまた星の道だ」

「それは・・・・・・あなたの先見の(げん)なのですか? クマリ・タルチエ」

「星は違えぬ。その円環は断ち切る事は、仏の意志をもってしても不可能だ」

 

「生々流転、すべての存在は絶えず移り行き、因果は巡りまた繰り返す。一万年前と同じ軌道を、な――――――」

 

           ≒

 

現在―――

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

「実に意味深長な言葉だった。そしてその夜、僕は予知夢を見て、朝目覚めると・・・・・・あの言葉を一筆(したた)めていた」

「じゃあ・・・あの手紙はお前が夢で見たものを書いたっていうのか!?」

「信じられない!」

 誰もが衝撃を受けるのも無理はない。

 ユーノが予言したものは、彼自身の予知夢が見出した未来の出来事だったのだ。

 聞いていた一同は騒然と化す一方、ユーノは極めて冷静な態度を取った。

「どう信じるかは君達次第だけど、あの予言は決して寝ぼけて書けるようなものじゃない。兎も角、この先きっと何かあるに違いない―――そう確信を持ったからこそ、早くに備える事にした。やがて数か月後、地球で魔導虚(ホロウロギア)と思しき存在の出現が確認されたんだ」

「えっと・・・・・・スクライア元司書長は、いつから今日までの対策をしていたんですか?」

 恐る恐るティアナが問いかける。

「予言を知った直後だから、大体二年前だね。各世界の様相を知る必要があったから、色んなところにコネを作る事にした。僕が【アニュラス・ジェイド】として、世に売り出したのもその頃だった。そうして少しずつ情報を得つつもスカリエッティの動静を探り、なおかつ各世界で現れる魔導虚(ホロウロギア)の試作体を退治しては奴らを根絶する研究に没頭した。そして周知の通りスカリエッティによる大規模なテロ行為が再びミッドチルダに対し仕掛けられた。僕は直感したよ・・・・・・管理局単独ではこの事態に対処する事は出来ないだろうって。だからこそ、尸魂界(ソウル・ソサエティ)から死神を派遣して事体対処に動いてもらうようそれとなく示唆したんだ。願いが通じたのか、僕の深慮に理解を示してくれた京楽さんは心強い助っ人を遣わせてくれた」

 言うとユーノは、恋次と吉良、白鳥の方に視線を向けつつ笑みを浮かべる。

「そうだったんですか・・・」

「相変わらずユーノ店長は策士であるな」

「そやけど、こんな短期間にこれだけ万端に近い準備をできたのはどうしてなんや?」

 はやてはあまりにも準備が良すぎる状況を却って疑った。

 確かにユーノならば自分達よりも多くの情報を得る事はできるだろう。だが、情報を得た=万端の準備となるわけではない。用意周到過ぎるのには、確固たるカラクリがあるだろうと踏んだ。

 すると、予想に反してユーノの口から思いがけない言葉が返ってきた。

「ざっくりだが計算していたんだよ。スカリエッティの手元にある幼生虚(ラーバ・ホロウ)の総数が概ね30体前後であること。それが潰えたとき、あるいは数を増殖させる為のプラント生成に動き出す機会が6月6日以降であることを―――」

「計算しただと?!」

「だが、幼生虚(ラーバ・ホロウ)の数などと言う捕えどころの無いものをどうやって・・・?!」

 疑問に思うクロノを見ながらユーノは「難しい話じゃない」と口にし、予測した方法について言及する。

「実際の状況と照らし合わせて想定されるいくつかの手掛かりを元に計算した。フェルミ推定という思考ゲームだよ」

「フェルミ・・・なんやて・・・?」

「あとでウィキペディアで調べて欲しい。詳しくは言わないよ」

 端的に説明した後、ふぅー・・・と、溜息を吐く。

 やがてユーノは周りを見ながらこの数年間に実践してきた事をありのままに語り出す。

「僕はね、今回の事件で起こり得る様々な可能性とそれらへの保険を全て用意し“備えてきた”。いずれ戦いにおいてなのは達の役に立つかもしれないと思ってね」

「“かもしれないと思った”って・・・一体どれくらいの?」

「そうだな・・・確実に1000は超えていた事は自負するよ」

「1000って!?」

「いくらなんでもそれはムチャクチャやで!」

「ムチャクチャ? 馬鹿なこと言わないでよはやて」

 刹那―――とりわけ怖い顔を浮かべたユーノは、危機意識の低い周りを嗜めるつもりで低い声で言い放った。

「戦争は遊びやゲームとは違うんだ。敗けたらコンテニュー不可で死ぬんだ。自分達が死なない為に死ぬほど準備することなんて誰だってやってることだろう」

 

【挿絵表示】

 

 聞いた瞬間、なのは達は挙って絶句した。

 このとき、全員がユーノの本当の「怖さ」が何なのか実感した。

 ユーノ・スクライアを構成する要素の中で最も畏怖すべきは、予測可能な情報に対して余すことなく備えを行うという周到な性質そのものだった。

 どれだけ強大な力を手に入れたかはさしたる問題ではない。ユーノにとって重要なのは使える知識と情報を用いて戦争に臨むという事だった。

 ドイツの哲学者ショーペンハウアーの著書『余録と補遺』にこんな言葉がある。

 “天才とは、狂気よりも1階層分だけ上に住んでいる者のことである”―――と。

 ユーノ・スクライアは確かに、ジェイル・スカリエッティと同じく一般人とは住む階層が異なる稀代の天才であった。

「誰に何と言われようと構わないさ。臆病者とか、小心者とか揶揄するなら大いに結構。ただ・・・物事の着地点を逸早く見極めてそれに対して万全の備えを行う。さらには持ちうる思考能力をフルに使って活路を見出す。僕はそうやって戦ってきたんだ。今も昔もこれからも・・・・・・とはいえ情報は生ものだからね、常に現場で新しい情報が欲しかった。だから翡翠の魔導死神の仮面を被ってみんなの前に時折現れていたってわけだ」

 情報を司る部署の元長らしい思考―――いや、これらの思考はすべてユーノが幼少期に過ごしたスクライアの里での経験、無限書庫司書として勤務していた経緯、そして魔導死神として数々の戦いや様々な死地を乗り越えてきた際に培った事だと自負している。

 最早驚きや呆れを通り越して、称賛すべき話だった。聞いていた全員が自然と拍手をしてしまう。

「まったく・・・大した男だな」

「たった一人でよくもそこまでの事を」

「一人だったわけじゃありませんよ。一護さんや織姫さん、それにいろんな人に助けられてきたからこそ、ここまでやってこれたんです」

「つってもユーノ、お前言うほど俺らに頼ったりしてねーじゃねーか」

「心外ですね。頼ってるじゃないですか。現に今回は」

「今回以外も普通に頼れって話だよ。ったく・・・お前の今後の課題はもう少し他人を信頼することだな」

「努力しまーす」

 自然と交わされる一護とユーノのやり取りを見て、なのははおもむろに聞いてみた。

「えっと・・・ユーノ君と一護さんはいつから師弟関係に?」

「あぁ。こいつと出会った頃から俺がユーノに死神の戦いを教えて来た」

「で、そこからさらに高度な闘い方を覚える為に一護さんの師に当たる方々にもご教授を願ったわけだね」

「つーことは浦原さんや夜一さんにか?」

「浦原さんはともかく、夜一さんにはいろいろ引っ掻き回されましたよ。僕・・・生理的にあの人のあの姿苦手なんですよね・・・」

 ふと思い出す修行時代の一コマ。そこで黒猫の姿に変化した夜一から受けた仕置きの数々はユーノにとってトラウマレベルであった。

 思わず身震いした直後、腕を見れば発疹が現れていた。

 これはマズイと思った瞬間、ユーノは別の話題に話を切り替える事にした。

「さてーと・・・・・・魔導死神として僕が何をしてきたかって言う経緯はこれくらいにしようか。あとはアンゴルモアのことだね」

「アンゴルモア・・・!」

 魔導虚(ホロウロギア)事件が終わったからと言って、全てが片付いたわけではない。

 機動六課の重要な役割―――第一級捜索指定の古代遺物(ロストロギア)《アンゴルモア》を回収するという任務が残っている。

 なのは達は再び気を引き締める様に険しい表情となる。ユーノは周りを見てから、アンゴルモアについて語り出す。

「みんなには知っておいてほしい。あれはただの古代遺物(ロストロギア)じゃない。事は管理局ばかりか、死神さん達とも深く関わりある話なんだ」

「俺らと?」

「どういうことですか?」

 訝しむ恋次達を一瞥し、ユーノは周りを見渡しある物を呼び寄せる。

「コンさーん。ちょっと来てくれますか?」

「おいまさか、おまえオレに変なことする気じゃねーだろうな?!」

「大丈夫ですよ。直ぐに終わりますから」

 不安に思いながらいつものぬいぐるみ姿で行動するコンがユーノの元へ歩み寄っていく。その様を見ていたなのは達は共通して驚いたことがある。それは―――

((((((((((ぬいぐるみが普通にしゃべってる―――!!!))))))))))

 寝ている間、コンの事についてほとんど話を聞かされていなかった者からすれば、ぬいぐるみが人の言葉を話すのはもとより、一人で歩き回る事も異様でしかない。

 ユーノはなのは達のリアクションは敢えて無視すると、コンを抱き上げ、嫌がるコンに笑いながら右手の人差し指と中指を突き立てる。

「ほんのちょっとだけの辛抱ですから♪」

 刹那、ブスッ―――という音を上げ、ユーノはコンの眼球を直に突いた。

「いやぁあああ~~~~~~~~~!!」

 ぬいぐるみが発する甲高い絶叫。

 妙に生々しいと思いつつコンを凝視していた折、彼の瞳から光が放たれる。

 漏れ出た光はその場に投影され―――皆が注目すると、派手な女物の着物を纏った一人の男性死神が映像越しに話しかけてきた。

 

『どぉ~~~もォ。イヤ――――――スクライアクンの言うとおりタイミングピッタリだったね、他の皆も揃い踏みでなにより』

 

「な、なんや?」

「この声は・・・・・・!」

 乱れてた映像が徐々に補正されて鮮明になった途端、恋次達は目を見開き驚愕する。

『やぁ、阿散井隊長。吉良副隊長。それから白鳥クンも元気だったかい?』

「「「きょ、京楽(総)隊長!!」」」

 映像に映し出されたその死神こそ、恋次達の上司にあたる死神・京楽春水一番隊隊長兼護廷十三隊総隊長だったのだ。

『イヤイヤイヤイヤイヤ、すっかりご無沙汰だったね。まぁ君達の活躍や健勝振りはスクライアクンから届けられる報告書を通じて知ってはいたけど、やっぱり顔を見ない分には分からない事もあるからねー。それにしても阿散井隊長も隅に置けないなー。まさか機動六課がこんな可愛い女の子ばかりのハーレム部隊だったとはねー。是非とも今度ボクに何人か紹介してくれ・・・イテテテ!!』

 露骨に鼻の下を伸ばしていた京楽の頬に痛烈な感覚が走る。

 見れば、京楽の補佐を務める一番隊副隊長・伊勢七緒が手厳しく制裁を加えていた。

『総隊長。話が逸れています。本題に戻っていただけますか?』

『あたたた。ひどいなー七緒ちゃん。あ、もしかして七緒ちゃん、拗ねちゃったりしてるの? だいじょうぶだよ。ボクの一番は七緒ちゃんだからさ♪』

『セクハラで訴えますよ!』

 映像越しに何の夫婦喧嘩なんだ・・・そう思った者は少なからずいた。

 事情も分からず突然上司と回線を繋ぐ事となった事態に困惑しながら、吉良は恐る恐る問いかける。

「あ、あの・・・総隊長。事情を説明してもらえませんか?」

『あぁ、ごめんごめん。え―――っと、とりあえず機動六課の責任者はどの子かな? 挨拶ぐらいしたいんだけど・・・』

「あ、はい! 私です! 時空管理局海上司令並びに二等陸佐、機動六課部隊長の八神はやてです!」

 京楽に指名を受けたはやては、やや緊張した面持ちで前に出るなり敬礼。

『はじめまして。ボクが尸魂界(ソウル・ソサエティ)を守護する護廷十三隊一番隊長で総隊長の京楽春水だ。まずは全死神を代表して言わせてもらいたい。ボクの部下達が現地で色々と迷惑をかけててすまないねー』

「い、いえいえ! 迷惑だなんてそんな! 恋次さんも吉良さんも私達にとっては貴重な戦力です! 助かってます!!」

「さっきからおまえ緊張しすぎじゃねーか」

「ムリも無い。相手はあの総隊長だ。外見以上に彼女の何百倍もの人生を歩んだ歴戦の勇士なんだ」

「それはそうと京楽総隊長。アンゴルモアが我ら死神とどういう関係が?」

 率直に尋ねる白鳥。

 すると、京楽は飄々としていながらどこか厄介だと言わんばかりに難しい表情を浮かび上がらせる。

『・・・・・・ボクも未だに信じられない話なんだけどね。阿散井隊長、吉良副隊長。君達に質問するけどさ・・・・・・もしも『崩玉』を最初に造り出したのが浦原喜助以外に存在した、って言ったら驚くかい?』

「「な・・・・・・・・・」」

 聞くや目を見開き唖然とする恋次と吉良。

 対する機動六課メンバーは、京楽が発した『崩玉』という言葉の意味が解らず、きょとんとしていた。

「あの・・・崩玉って、なんですか?」

「恋次さん達死神の世界で造り出された物質の名前さ。僕らで言う古代遺物(ロストロギア)に該当する極めて強力な力を宿した物質だよ」

「どういう事ですか!? 最初に『崩玉』を造り出したのは浦原さんじゃないって事ですか?」

『その通りだよ』

「どうしてそんな事が解るんですか? 確かに、以前ユーノさんからたとえ話を聞かされた事は有りましたが・・・・・・」

「ええ。だから自分で言ってみて気になったんです。そこで尸魂界(ソウル・ソサエティ)まで行って調べたんですよ」

「調べるたってどこを調べたって言うんだ?」

「まさか・・・・・・」

「ええ。そのまさかです。中央四十六室地下議事堂・大霊書回廊(だいれいしょかいろう)ですよ」

 

           ≒

 

三か月前―――

尸魂界(ソウル・ソサエティ)

中央四十六室 地下議事堂 大霊書回廊

 

大霊書回廊(だいれいしょかいろう)

 

 霊王府に次ぐ権力を持つ、尸魂界(ソウル・ソサエティ)最高の司法機関・中央四十六室の地下議事堂にある尸魂界(ソウル・ソサエティ)の全ての事象・情報が強制集積される場所。

 ユーノは京楽に事情を説明し、彼の伝手で大霊書回廊の筆頭司書として四十六室の賢者として名を連ねる阿万門(あまかど)ナユラに閲覧の許可を得―――捜査に臨んだ。

 尸魂界(ソウル・ソサエティ)開闢から現在に至るまであらゆる書籍が埋もれる汗牛充棟の巣。

 並みの死神でも文献の調査でここへ立ち入った場合、欲しい情報を得るのは至難の業だ。

 しかしこの男―――無限書庫初代総合司書長を務めたユーノ・スクライアであれば話は別。彼が操る「探索魔法」と「読書魔法」にかかれば、あらゆる書物が意のままに引き寄せられ、次々と得たい情報を手に入れる事ができるのだ。

 

「それが自慢の探索魔法と読者魔法かい?」

 仄暗い書庫の中で単身捜査に臨んでいた砌―――ユーノの様子見がてら、京楽と七緒が筆頭司書であるナユラを連れてやってきた。

「京楽さん。伊勢副隊長にナユラさんも」

「時間が空いたので私達もお手伝いに参りました」

「というわけでよろしくねー・・・と言いたいところだけど、君の捜索能力にかかればボク達の手伝いは必要ないかもね」

「そんなことありません。ここは無限書庫とは勝手が異なります。正直助かりますよ」

 会話をしつつも手は休むことなく書物と言う書物を手繰り寄せ、マルチタスクをフルに使った読書魔法と探索魔法を並行して操る。

 四十六室の構成員の中で最年少の存在として、見た目はまだ十歳前後にしか見えない少女・ナユラはユーノの頭上で円環状に浮かぶ書物をマジマジと見ながら目を見開き―――やがて気になった事を問いかける。

「噂には聞いておったが、ユーノ・スクライア・・・貴様は一度にその魔法とやらの力で何冊の本を読んでおるのだ?」

「だいたい30冊前後ですかね。調査を初めて3時間でたった300冊程度ですよ」

「さ・・・三百冊じゃと!? 貴様、それだけの書籍の情報を一度に脳に入れて何も体に異常はないのか?」

「ええ、大丈夫ですよ。無限書庫で勤務してれば誰だってこれくらいの量はこなしますから。でもさすがに司書長時代より精度は鈍ってますよ」

 ナユラはナチュラルにカルチャーショックを受けていた。

 自らもこの大霊書回廊の司書として多くの書籍や情報を取り扱う者の長として勤務しているが、この男はまるで自分とは別格の存在であると悟らざるを得なかった。

 まるで書籍と言う書籍がユーノの手足の如く引き寄せられ、彼の思うがままに情報は取り出されている様は客観的に見ても圧巻であり、ナユラばかりか京楽や七緒もさすがに言葉を失うほどだった。

「つくづくすごい職場なんですね・・・・・・ユーノさんが勤めていた無限書庫と言うのは」

「で、スクライアクン。肝心の発掘状況は?」

「はい。いくつか気になるものは見つかったんですけどね・・・・・・」

 そう言うと、探索魔法と読書魔法を一旦中断させ、ユーノはこの3時間で発見した有力な書物を優先度の高い順にリスト化にしたものを三人に見せてやった。

「これは・・・崩玉とそれに付随する研究記録だな?」

 一目見て、ナユラはユーノが探し出した情報についてそれが何を示しているのかを言葉にした。

「浦原さんも藍染惣右介も何も無いところから未知の物質を造り出す事は至難の業かと思います。だから、できるだけ古い記録を遡ってそれらしい参考文献を見繕っているんですが・・・」

「しかし本当にあるのかね? 喜助クンよりも前に崩玉を造り出した死神なんて・・・・・・」

「京楽総隊長! これを見てください!」

 そのとき、猜疑心を募らせていた京楽の脳に響き渡る七緒の甲高い声。

 恐る恐る漢数字で記された書籍の情報を見てみると、ユーノを始め、居合わせた全員がその中身を見て驚愕した。

「この記録は、まさか・・・・・・」

「信じられん。こんな事が!」

「スクライアクン・・・・・・君はつくづくスゴイ男だよ。まさか君の危惧していた事が本当に起こっていたとはね」

 

「ええ・・・・・・・・・僕自身も怖いくらいですよ」

 

           ≒

 

現在―――

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

「あの大霊書回廊から情報を探し出したっていうのか!?」

「あそこには尸魂魂(ソウル・ソサエティ)開闢以来の膨大な記録があるんですよ!? それをたった一人で見つけ出したというのですか?」

 未だ信じられぬ話に狼狽えている恋次と吉良を見、ユーノは不敵に笑いかける。

「発掘と調査は僕の専門分野ですからね。それに、お二人も知らないわけじゃないでしょう。僕が無限書庫の初代総合司書長だった事を―――」

『いやー。スクライアクンの探索スキルはまさに神業と言わざるを得なかったよ。七緒ちゃんやナユラちゃんも正直目を疑っていたからねー』

阿万門(あまかど)ナユラ・・・彼女が!?」

 一時期ナユラと関わりを持った吉良も心底驚く話だった。

 大霊書回廊の管理を任されている彼女ですら舌を巻くユーノの探索スキルを一度この目で見てみたいと思ってしまった。

「僕はそこで崩玉に関する過去の事象と、そこに付随する可能性の全てを一つずつ細かに調べ上げました。恐らく、浦原さん以前にも同じような研究をしていた者の記録またはそれに関係したものが少なからずあるんじゃないかって。そして見つけました。遥か一万年前―――・・・世界で初めて『崩玉』と呼ばれるものの概念とそれを具体的な形を持った物質として造り出した研究者の記録をね」

 言いながら、懐から取り出した透明な袋に入った古びた一冊の資料。それこそ、ユーノが大霊書回廊からナユラの許可の元特別に持ち出した重量文献だった。

「だけど、その『崩玉』というものと・・・アンゴルモアがどういう関係にあるというの?」

「! まさか・・・・・・」

 訝しむリンディの隣で、何かを察した一護の表情が一変した。

「察しがついたようですね一護さん。そう――――――アンゴルモアとはすなわち、1万年前に造り出された『崩玉』がこの世界へ流出した折、バラバラに砕け散ったものなんです」

 

「「「「「「「「な・・・・・・!」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「「「なん・・・・・・・・・・・・」」」」」」」」」」」」」

「「「だと(だって)・・・・・・!?」」」

 

 衝撃。

 機動六課隊舎に走った衝撃は瞬く間に空気となって部屋全体を支配する。

 遥か一万年前、尸魂界(ソウル・ソサエティ)で造り出された世界で初となる『崩玉』の雛型が、何かの切っ掛けで異世界へ流出した事で各世界へ飛散したもの―――それこそがアンゴルモアと呼ばれる古代遺物(ロストロギア)だったのである。

 あまりの事実に言葉も失いかける周りの反応を窺い、ユーノは重い口を開いた。

「・・・見つけた資料に目を通したところ、アンゴルモアの元となった『崩玉』を造り出した死神の名前まではわからなかった。だが、紛れも無くこの資料は当時『崩玉』開発に携わっていた研究者の一人が書き留めた日誌だ。それによれば、『崩玉』は筆頭研究者とともにあるとき忽然と行方を眩ませたという。おそらく、異世界に流出した切っ掛けもその事が原因に違いない」

「じゃあ・・・・・・あの年代測定が示した1万年前っていうのは本当に正しかった!?」

「信じられん・・・・・・」

 マリエルとクロノはアンゴルモアの年代測定時期には些か疑問を呈していたが、今回ユーノが発見した資料によって、間違いが無いという事が立証された。

「あの日・・・スカリエッティは世界の意志によるメッセージを受けとったと言っていた。おそらく、死神や(ホロウ)、崩玉に関する知識もその時に知ったはずだ。アンゴルモアは欠片だけでも通常の古代遺物(ロストロギア)と同等かそれ以上の絶大な力を秘めている。スカリエッティは手にしたアンゴルモアの力を使い、これまで数多くの魔導虚(ホロウロギア)を製造してきたんだ」

「じゃあ、アンゴルモアの力で造られたのが魔導虚(ホロウロギア)ってことだったんですか!?」

 スバルを発端として、大勢の者がその話に耳を疑い騒然とする。

「スカリエッティの最終目的は言うまでも無くアンゴルモアの完全採取だ。すべてのアンゴルモアが奴の手に落ちたとき、管理局や護廷十三隊の力だけでは手がつけられなくなるやもしれない。それこそ、奴自身が望む“欲望による世界の破壊と再生”が為されるだろう」

『と言うわけでさ・・・・・・スクライアクンの話したとおり、阿散井クン達には引き続きミッドチルダに留まって機動六課と協力しながら散らばった『崩玉』の欠片・・・アンゴルモアを集めてもらいたい。無論、全ての欠片を集めるまでが任務だよ』

「「「はい!」」」

『それとスクライアクン。君には現地で死神と管理局が摩擦を起こさないよう緩衝材となってもらいたいんだけど・・・いいかな?』

「ええ。むしろ僕もそのつもりです」

『いやー、話が早くて助かるよ。じゃあ君には迷惑料というわけではないけど、ボクから総隊長代行権限を与えるよ。これでいつでも君の意思ひとつで阿散井隊長と吉良副隊長の限定解除許可を出せる』

「ありがとうございます」

「えぇぇぇ―――!!!」

 話がとんとん拍子に進むあまり、ツッコミを入れるタイミングを逸しそうになった。恋次は京楽の軽薄とも取れる発言に堪らず水を差す。

「きょ、京楽隊長ッ!! こいつなんかにそんな重要な権限、さらっと与えちゃってだいじょうぶなんすか!?」

『スクライアクンなら安心して任せられるよ。それに何かあったら総隊長であるボクが責任を取ればいいしね。だから何も心配いらないよ』

「いや・・・却って心配だらけなんすけど・・・・・・」

「だいじょうぶですよ恋次さん。あなたが心配するような事は決してありませんよ♪」

「おまえが言うととことん胡散臭いだよ!!」

「えーっと・・・・・・よくわからないけど、要するにユーノ君が京楽総隊長さんと同じ権限をミッドで行使出来るってこと?」

 おもむろに問うなのはに、ユーノは「平たく言えばね」と呟き、補足した。

「無論すべてでは無いけど、少なくともこれまで暫定的にしか認められなかった隊長格死神の限定解除許可をいつでも承認できるというメリットは大きいと思うよ」

「スクライア・・・・・・おまえはいつから向こうの総隊長殿にそれほどまで厚い信頼を置くに至ったのだ?」

「備えですよ。使えるコネは徹底的に使わないと、この戦争には勝てませんからね。でも、備えはこれだけじゃありません」

 そう言うと、ユーノは別のディスプレイを呼び出しある物を表示する。

 なのは達が見たのは、未だ一般には公開されていない次世代魔導端末並びに対魔力無効化状況でも行使可能な武装端末の完成予定図だった。

「これは現在僕がCWと共同開発している『AEC武装』と『第五世代デバイス』だ。現在、七割方完成している」

「AEC武装に・・・第五世代デバイス!?」

「これからの戦いにおいて、必ず役に立つはずだよ。そうだな・・・・・・フェイト、近いうち君とバルディッシュには第五世代デバイスの試験体(テスター)になってもらいたいんだ」

「私が?」

 ユーノからの指名を受け、困惑するフェイト。

「第五世代デバイスは現状では魔力変換資質保有者か極めて精緻な魔力コントロール技術を有する者でないと出力が安定しないという技術上の欠点を抱えている。そうなると自然適任者は君しかいない。引き受けてくれるね?」

「ユーノ・・・・・・・・・・・・うん。わかった。私で良ければやるよ」

 天才魔工技師アニュラス・ジェイドとして数々の画期的発明を世に送り出したユーノから直々の願いを無碍にする事などあり得なかった。

 フェイトは自分の腕を見込んで依頼をしてきたユーノの願いを聞き入れ、必ずやその期待に答えようと心に誓った。

 やがて、ユーノはひと通りの話を終えると―――窓際に佇んで、しみじみと語った。

「僕のフェルミ推定が仮に寸分違わず正しければ、異世界に散らばったアンゴルモアの総数は108つ。これらすべてを早急に見つけ出し、対処しなければならない」

 

魔導虚(ホロウロギア)との戦いは終わった。だが、僕たちは今まさに新たなる戦い―――試練への門口に立ったに過ぎないんだ」

 

           *

 

 通常とは異なる位相に存在する世界。

 何処までも広がる空。しかし、その色は見渡る限りの赤。

 空には不気味で珍妙な生き物が空を行き交い、大地は荒廃し、壊れた建物がいくつか点在している。

 この地に足を踏み入れし外界からの生物―――ジェイル・スカリエッティは念願だった夢を果たしたと言わんばかりに狂喜乱舞する。

「ふはははははははは!!!! ついに辿り着いた。前人未到の境地!! 嗚呼・・・・・・これこそ私が求めていた理想の地!! ここから始まるのだ。私の欲望は――――――!!!」

 

「忘れ去られし都―――アルハザードよ!!」

 

 

 

 

 

 

                                                                魔導虚(ホロウロギア)

                      完

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:久保帯人『BLEACH 26・34・73巻』 (集英社・2007年、2008年、2016年)

原作:久保帯人 『BLEACH13BLADEs』 (集英社・2015)

原作:久保帯人 著者:成田良悟『BLEACH Can't Fear Your Own World 1』 (集英社・2017)

 

用語解説

※1 転経器=主にチベット仏教で用いられる仏具。マニ車と呼ばれる。円筒形で、側面にはマントラが刻まれており、内部にはロール状の経文が納められている。

※2フェルミ推定=実際に調査するのが難しいようなとらえどころのない量を、いくつかの手掛かりを元に論理的に推論し、短時間で概算することを指す。

 

 

 

 

 

 

教えて、ユーノ先生!

 

ユ「というわけで、魔導虚(ホロウロギア)篇も無事完結! それを祝して本日のテーマはズバリ『ナンバーズ』だ♪」

一「そこは魔導虚(ホロウロギア)じゃねーのかよ」

ユ「細かい事は気にしないでくださいよ♪ じゃあ、気を取り直してナンバーズについて教えるね」

「ナンバーズは、スカリエッティの手により生み出された12名の戦闘機人の事で、開発順に基づく数字を擬えた名前が付けられており、名前の由来になった数字の書かれたプレートを首元に着けている」

「今回の魔導虚(ホロウロギア)篇に登場した初の男性個体『ファイ』は、女性ばかりの戦闘機人の中では異色の存在だったと言えるね」

恋「そういや気になってたけど、ファイってどういう意味なんだ?」

な「たしかに数の名前じゃないですよね? ユーノ君、あれってどういう意味なの?」

ユ「あれは『空集合』を意味してるんだ」

な「空集合?」

ユ「数学の集合の概念のひとつ―――集合の要素を含まないものを指す。ギリシャ文字で『φ(ファイ)』という記号があってね、それがしばしば空集合を表す記号として使われる事があるんだ。ファイはまさにナンバーズと言う集合要素を含まない空集合だったんだ」

一「なるほど! そう言う事だったのか」

恋「しっかしスカリエッティも皮肉な名前を付けるな? つーかユーノ、なんでアイツの考えてることわかったんだ?」

ユ「いやー・・・何と言いますか。自分で言うのもなんですが、わかるんですね。あの手の奇人・変人の考えてる事が。何しろ僕も変人ですから♪」

な・一・恋「え・・・・・・」

 変人を自覚するユーノの発言に三人の思考は一瞬停止した。

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

 尸魂界(ソウル・ソサエティ)との通信が切れる直前、白鳥礼二にはどうしても確認したい事があった。

白「京楽総隊長。ひとつ尋ねたいのだが・・・・・・なにゆえ三席である私が無期限の現世出張任務を仰せ遣ったのか、その経緯を問いたい」

 本来ならば席官クラスの死神が現世で長く留まることはほとんどない。にもかかわらず、白鳥は例外とばかりこの数か月一度も帰投命令が出されていない。

 この機会に追及する白鳥に、京楽は罰の悪そうに頬を掻く。

京『いやー・・・その・・・それを説明できるのはボクじゃなくて、七緒ちゃんしかいないんだけどー・・・・・・』

 そう言うと、見かねた京楽は白鳥の勤務態度に詳しい七緒に代わってもらい説明をしてもらう事にした。

七『白鳥第三席。あなたの勤務態度は知っています。普段から碌に職務を果たさず、コーヒーを飲んでは実家の商売の事ばかりに現を抜かす・・・・・・そのような体たらく振りを見せられて、よくもまぁいけしゃあしゃあとしていられますね』

白「ギク・・・・・・いやぁ・・・・・・そう見えたのであれば誤解であるぞ! 私は誠実かつ実直に死神としての職務を全うしているのだよ伊勢副隊長!!」

 明らかに引き攣った表情で、上ずった声。誤魔化しが利かない七緒に必死に弁明する白鳥だが、ユーノが追い打ちをかける。

ユ「白鳥さん。申し訳ないですけど、あなたの現世での素行もすべてあなたにお貸ししている義骸を通して全部僕が把握しています。七緒さんにも逐一報告していますよ♪」

白「なにぃぃぃ―――!!!」

七『というわけです。今後は三番隊と協力してミッドでサボらずに職務に当たってくださいね。一番隊のエリートとして、期待していますよ』

 冷たい笑顔で言い放った七緒の言葉が実に印象的だった。

 白鳥は完全に見なされてしまったのだと確信。周りはそんな彼を不憫に思った。




次回予告

一「異世界に飛び散った崩玉の欠片・アンゴルモアを捜索するユーノ達の新たなる物語が幕を開ける!!」
な「ユーノ君を最高顧問に迎えた新生機動六課と、私とユーノ君の恋路ルート・・・きゃ♡ 私ったら何いってんだろう~♡」
恋「いやほんと何言ってんだよおまえ!? 真面目にやれよ! 俺たちの手で全てのアンゴルモアを回収するんだ!」
ユ「ユーノ・スクライア外伝 新章・アンゴルモア捜索篇―――」
「第27話・・・『災厄のカケラを追え』。お楽しみに♪」






魔導虚篇
登場人物
機人四天王
ウーノ(Uno)
声:木川絵理子
ナンバーズの1にして、機人四天王の1人。ウェーブがかった薄紫の長髪をした女性。クローン培養。
スカリエッティの秘書を務める彼の側近にして最大の理解者であり、実務だけではなく精神面からも支えている。実務指揮を執るナンバーズのリーダー格だが、デスクワーク主体の機人であるため戦闘能力は低い。初期に作られた戦闘機人だが、その体内パーツは妹達のデータを元にした最新の物へと更新されている。
インヒューレントスキル(以下IS)は隠蔽と知能加速の能力で「不可触の秘書(フローレス・セクレタリー)」。
クラナガン幼生虚プラント化の際にはマッコウクジラと融合し魔導虚「カストラ」へと変化。幾度と無く自分達の邪魔をしてきた機動六課フォワード部隊との激戦の末に、ユーノが用意した罠にかかって敗れる。
トーレ(Tre)
声:木川絵理子
ナンバーズの3にして、機人四天王の1人。長身で他のナンバーズよりも頭一つ分大きい。純粋培養。
稼働歴の長さから来る豊富な実戦経験故にナンバーズの実戦指揮を執り、前線での独自行動も許されている。厳格な性格で他のナンバーズを叱りつけることも多く、また無意味とするものに対してはかなり冷淡。四天王の1人であるファイとは反りが合わず、互いに反目し合っている。
固有武装は虫の羽に似たエネルギー翼「インパルスブレード」で、ISは高速移動能力「ライドインパルス」。
クラナガンを幼生虚プラント化する時はセントラレルレールウェイと融合し魔導虚「セクメ」へと変化。吉良、ザフィーラ、金太郎との決戦に臨むが敗北し、最後は一護の斬月によって斬られ魔導虚化が解かた事に感謝しつつも自分が戻れないことを悟って消滅の運命を受け入れた。
クアットロ(Quattro)
声:斎藤千和
ナンバーズの4にして、機人四天王の1人。大きな丸メガネと独特の甘ったるい喋り方が特徴。純粋培養。
幻惑等による敵の行動妨害を主体とする実働部隊の後衛だが、それ以上に参謀としての色が強い。ナンバーズの中でも最大の独自行動が許されており、JS事件では機動六課に対する情報収集を行い、後の行動を操り易いように様々な裏工作もした。伊達眼鏡である。
固有武装はステルス機能を有するマント「シルバーケープ」で、ISは電子を操る「シルバーカーテン」。
スカリエッティによく似た考え方をしており、愛想のいい振舞い方の下に非常に危険な思想を隠している。他者の人生に対して毛程にも価値を見出さない残忍な性格で、命の尊厳にも一切の配慮はなく、敵対者への言動も極めて嘲笑的であるなど、その本性は極めて凶悪である。
クラナガン決戦時、首都ハイウェイや自動車群と融合し魔導虚「ワルター4」へと変化。トーレとともに計画を推し進めるも敗北。行動不能になった吉良達へ襲いかかるも、駆けつけた織姫が使用した四天抗盾を受けて消滅した。
ファイ(Phi)
声:小野友樹
機人四天王の一人。痩身で真っ白な肌をした黒髪の男性。ナンバーズには含まれず、同時に初の男性タイプの戦闘機人。
空をこよなく愛し、戦士としての誇りを持ち、戦略家としての一面も持つ。稼働の長いトーレを凌駕する戦闘力を持ち、仲間内では使えない魔法の力を唯一扱える。反面、性格は冷淡であり仲間意識は非常に薄く、トーレやクアットロとは反りが合わない。主人であるスカリエッティに対しても忠誠心は殆どなく、懐疑的な言動さえ垣間見える。
本名は「シエロ(Cielo)」。元は金によって力を得た魔導師の一族のひとりだったが、その力を恐れた者たちによって嵌められ、違法研究施設で一族郎党を皆殺しにされる。 そしてその際自らの兄が目の前で死んだ事で力に目覚め、自身や兄、一族を皆殺しにした局員全員を惨殺した。その後は次元世界で流浪の旅を続けた末、戦士として生きて死にたい一心から、スカリエッティの誘いを受け戦闘機人となった。このため、四天王では戦闘機人歴が最も短い。
固有武装は「フェザーブレード」。ISは背中に身の丈を超える翼を生やして空を高速で滑空する「ダイダロスウイング」。空戦と魔法に長けた一族の出ゆえに、空戦を主な戦闘手段に使い、高度な魔法すらも使いこなす腕前。
最終決戦では超音速戦闘機と融合し魔導虚「ニルヴァーナ」へと変化。クラナガン幼生虚プラント化をサポートするが、敗北後は地下アジトで恋次と対戦。その後駆けつけた一護の力に圧倒され、最期は爆発から一護達を逃がしたのち、火の鳥の姿で死を待ちながら消滅を受け入れた。
名前の由来は、要素を一切持たない集合を意味する空集合を表す際に用いられる記号「∅ 」の日本語の通称から。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アンゴルモア捜索篇
第27話「災厄のカケラを追え」


ユ「さぁ、今回より装いも新たに物語が動き出す。およそ1万年前に尸魂界(ソウル・ソサエティ)で造られ、その後消失した世界初の『崩玉』が砕け散り、古代遺物(ロストロギア)『アンゴルモア』となった」
「僕はなのは達と協力して散らばったアンゴルモアを回収することを決めた。アンゴルモアを狙っているのはスカリエッティだけじゃない。僕達はあらゆる脅威と戦いながら失われたすべての欠片を必ず集めるんだ」
「『ユーノ・スクライア外伝 アンゴルモア捜索篇』・・・・・・――――――始まります!」


 『ユーノ・スクライア』は生まれ変わった。

 魔導師の力に死神の力を宿したハイブリッド戦士―――“翡翠の魔導死神ユーノ・スクライア”として。

 

 およそ1万年前に消失した『崩玉』が砕け散った際に誕生した古代物質(ロストロギア)・アンゴルモアに端を発する次元世界規模での未曽有の危機。

 その危機から人々を護る為に再結成された時空管理局の特殊部隊『機動六課』。

 嘗ての旧機動六課メンバーの大半が再集結する中、今回新たに多数の民間協力者が機動六課に加わった。

 

 死後の世界―――尸魂界(ソウル・ソサエティ)からミッドチルダへと派遣され、アンゴルモア回収の任を受けた護廷十三隊三番隊隊長『阿散井恋次』と副隊長『吉良イヅル』。

 元・時空管理局本局名誉元帥『熊谷金太郎』を始め、『亀井浦太郎』前一等陸佐、死神の力を持つ『桃谷鬼太郎』。

 そして、魔導師の能力に目覚めた護廷十三隊一番隊第三席『白鳥礼二』。

 さらには、彼らとともにユーノ・スクライア自身も確かな後ろ盾を味方につけて―――新生『機動六課』は、次元世界の平和を乱す脅威との新たな戦いに臨むこととなった。

 

           ≡

 

新歴079年 6月19日

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 アドバイザー室

 

「おっし。こんなところやろうか」

 完成したばかりの部屋を再度見、概ね問題ないことを確認したはやては居合わせたユーノに嬉々として部屋を見せる。

「じゃじゃーん!! 今日からここがユーノくんの仕事場や!!」

 アドバイザー室と称される部屋の内装をぐるりと見渡し、ユーノはその広さと大きさを確認する。

「元は会議室だったところをこの短い時間でよく改造したね。ていうか、僕には少々広すぎるなー」

 正直な感想を漏らすユーノ。横で聞いていたはやては諫めるように口にする。

「なに言うとるんや。元・無限書庫司書長にして天才魔工技師アニュラス・ジェイド、ほんでもって次元世界の英雄・翡翠の魔導死神を機動六課の最高顧問として迎え入れるんやからこれくらいの待遇は当然や」

「いちいち説明が大仰だなー。だいたい最高顧問って・・・別に僕は大したことはしてきてはないけどね」

「いやいやメッチャ大したことしてきたやん! そこはもっと自覚しよう!」

「あれは()()()()だよ。運が良かっただけさ」

 幼馴染同士気兼ねなく会話ができるのはいいとして、はやては昔から自分を過小評価するユーノの性格が好きではなかった。

 若くして上級キャリア組の仲間入りを果たしたはやてよりも前に無限書庫の司書長だったユーノは当時から重要なポストに就くゆえに国家大臣クラス相当の厚遇を受けていた。だが高い地位を与えられながら、彼は自分自身をよく見せる事を殆どしようとしなかった。

 謙虚な性格は嫌いではないし、むしろ好意的に捕らえる。しかし度が過ぎるのも些か不気味に思えてならなかった。

「やれやれ。相変わらず変なところは鈍いゆうか無頓着とゆうか・・・・・・あんまし自分をへりくだり過ぎるんも嫌味に聞こえるなー」

 四年の歳月を経てもあまり改善されていないユーノの悪いところに一抹の不安を覚えるものの、今は一先ず保留する事にした。

 すると、ユーノは宛がわれたデスクに置かれていたネームプレートに疑問を持った。

「ところで、この“エグゼクティブアドバイザー”って肩書はなんなの?」

 ミッド文字で『EXECUTIVE ADVICER』と書かれてあるのが自分に与えられた役割を表す名であることは察しが付いた。ユーノが気になったのは何故そのような名前になったのかという理由である。

「カッコええ響きやろう! 最高顧問やとちょっと堅苦しいし、オブザーバーかアドバイザーかで悩んだんやけど、ユーノくんに一番あってるのはやっぱアドバイザーや! って事で決まったんよ」

「でもエグゼクティブが付くなら、そこは“スーパーバイザー”って言うのが一般的なんじゃないの?」

 管理者や顧問として用いられる『スーパーバイザー』。その接頭語に“最高”を意味する『エグゼクティブ』という単語が付属しているのは珍しい事ではない。気になるユーノにはやては『スーパーバイザー』にしなかった意外な理由を語った。

「いや~・・・スーパーバイザーやとなんやコールセンターの管理職みたいやないか。個人的にはあんま栄誉職って感じがせーへんかったんよ」

「ま。一理あるけどね」

 とりあえず理由が分かったことに納得したユーノは、おもむろに椅子に座ってそこからの眺めを確かめる。

 ぐるっと椅子を半回転させた時、ちょうど後ろには海や六課の訓練場が一望できるベストポジション。広さは部隊長室とほぼ同じという好待遇振りにユーノはどこかしっくりこない感じがしてならない。

「どうやろう座り心地は?」

「見える景色が広くて素晴らしいのはいいとして・・・なんだか不安もあるよ。自分で言い出したこととはいえ、僕なんかがみんなの役に立てるかどうか」

 つい弱音を吐き出す始末。

 それを聞いた瞬間、はやては呆れたように溜息を突く。

「あんなユーノくん・・・その“僕なんか”っていうんはよくないなー。役に立てるかやないんや。ユーノくんは今も昔も私たちをずっーと助けてきたんや。だから自信持ってこう」

「はやて・・・・・・うん、そうだね」

 友人からの激励を受け、少しだけ心が軽くなった。

 そんなユーノの気持ちを表したかのようにやや強張っていた顔の筋肉が弛緩したのを見、はやても笑みを浮かべる。

 やがて、気持ちを切り替え―――はやては凛とした表情で目の前のユーノに対し足を揃え敬礼する。

「ほんなら、改めて今日からよろしく頼みます。機動六課エグゼクティブアドバイザー、ユーノ・スクライア殿」

「善処するよ。機動六課部隊長、八神はやて殿」

 敬意を表す相手の目を見ながら、ユーノも彼女に倣って敬礼をした。

 

 そのとき、ブザーが鳴って扉が開かれると―――なのはを始め、フェイトと恋次が挙って部屋の中へ入ってきた。

「あ。もうできてるんだー!」

「おいおいまさかお前一人でこの部屋使うのかよ?」

「なのは。フェイトに恋次さんも」

 部屋に入るなりなのはは上機嫌な様子でユーノの座っているデスクまで歩み寄り、あどけない笑みを見せてきた。

「わぁー! 今日からユーノ君と一緒の職場で働くなんて・・・私なんだか夢みたいだよ♪」

「そうだね。僕も君と一緒の職場で働けるとは思いもしなかった。これからはいつでもそばにいるから」

「うん・・・・・・ありがとう♡」

 二人だけの間に流れる温かく、そして他者を寄せ付けない桃色のオーラ。人はそれを“ATフィールド”や“バカップル領域”など様々な呼び方をする。

 この結界のような力は自然と周りを排除してしまう。そして排除された側は非常に迷惑を被る。恋次とフェイト、はやてもまた例外なく二人だけの世界に入り込んだユーノとなのはに迷惑していた。

「おーい、もしもーし。そこの幸せバカップル共聞こえてるかー」

「これから毎日がこんな調子かと思うと気が重いわー」

「なのは。ユーノも少しは周りを見ようね」

「ふぇ! あ、えーっと、ご、ごめんなさい・・・///」

「ごめんフェイト。自重すべきだったよ///」

 恋次は未だに今目の前で見ているユーノが初めて会った時と同じ人間なのかと心底疑っている。

 世捨て人を装った格好はそのままになのはの前では極めて穏やかで理知的な雰囲気を醸し出す年相応の青年にしか見えない。今まで自分達に見せていた胡散臭さはどこへ言ったのやらと正直ツッコミを入れたかったが、今日のところはやめておくことにした。

「あ、そういえばユーノ君。六課に滞在するってことは、地球にあるお店は閉めてきたんだよね?」

「いや。普段通り営業中だけど」

 何の気なく尋ねたなのはの問いにユーノは当然の如く質問の趣旨を折る返答をした。

「え? でもお店には・・・」

 ユーノを始め、スクライア商店従業員である金太郎、浦太郎、鬼太郎も現在六課に滞在している。当然店はもぬけの殻となる事を指摘したなのは。

 誰もが自然な疑問を抱えていると、ユーノは口端をつり上げる。

「心配しなくても、店には義骸を置いてきたんだ。商売って言うのは自分の都合でやるものじゃないからね。それに僕が店を長期間休みにすると、現世に出張中の死神さん達とかに迷惑かかるし、何か遭ってもいいようにしとかないとね♪」

「何もそこまでやる必要あるのか・・・・・・」

「“備え”をするのにそこまでなどという線引きはありませんよ。少なくとも僕はそう思っています」

 疑問が拭えない恋次にユーノは自分の考えをはっきりと明確に伝える。

「失礼します―――」

 すると、再び部屋の扉が開かれグリフィス・ロウランが入室。上官であるはやてに報告した。

「八神部隊長、フォワードメンバーと民間協力の方々を始め、機動六課部隊員とスタッフ全員をロビーに集合・待機させました」

「ありがとうグリフィスくん。ほんならユーノくん、初日やしみんなにご挨拶しとこか」

「行こう、ユーノ君!」

「うん。わかったよ―――」

 腰を上げ、ここに至るまでともに苦難の道を歩んできた斬魄刀を携え―――ユーノは新たなる一歩を踏み出す。

 

 

 

                   ユーノ・スクライア外伝

                                                                アンゴルモア捜索篇

 

 

 

『デウスマキナ』

 

 管理局によって、第99管理外世界と称される多次元世界。

 管理局外世界の定義付けは「社会性を持つ知的生命体はいるが、次元世界を認識していないか、進出する技術を持たない世界」とされている。

 管理世界の人間は原則として管理外世界への渡航も禁止されており、不干渉の姿勢を維持している。

 デウスマキナも多次元世界からの干渉も無く平穏な日常を享受していた―――悪魔の欠片が現れるまでは。

 

           ≡

 

数か月前―――

第99管理外世界「デウスマキナ」

 

 その日はいつもとは雲行きが明らかにおかしかった。

 鳥達の囀りさえ静まり返り、異様な空気が充満している。何かの予兆かと思っていた折―――予想は的中する。

 ゴゴゴ・・・・・・。大きく揺れる大地。

 嘗て体感した事のない巨大な地響きに老若男女は畏怖する。

 だが、彼らを最も驚かせる出来事がこの後すぐに起こった。次の瞬間―――揺れる地面が突如として隆起し始めた。

「あ、あれは!」

「おいおい・・・えらいっこちゃ!!」

 隆起した大地はやがて浮遊する巨大な島となった。

 雲を突き抜け、ぐんぐん上昇を続ける島を見たとき、人々は昔からこの地に伝わる神々の住まう島そのものだと確信。

 やがて、彼らは浮きあがった島を“マウイ”と呼ぶようになった。

 

           ◇

 

6月20日―――

第1管理世界「ミッドチルダ」

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 小会議室

 

 前線メンバーを対象に、ユーノ主催でアンゴルモアに関する勉強会が開かれた。

「機動六課にとっての最重要課題・・・古代遺物(ロストロギア)『アンゴルモア』について、これまでに判明している事実を含め僕から説明させてもらうよ」

 皆の視線を一身に受けながらユーノはおもむろに言葉を紡ぐ。

「そもそもアンゴルモアとは、およそ1万年前に恋次さん達の故郷である尸魂界(ソウル・ソサエティ)で一人の死神の手によって造り出された『崩玉』がいくつもの欠片となって四散したものだ」

 言うと、いくつかのディスプレイを並行で複数展開。その中からユーノは青色に輝く宝石様の物体が映った画像をクローズアップする。

「これは僕が9歳の頃に発見した『ジュエルシード』と呼ばれる古代遺物(ロストロギア)だ。なのはとフェイトにとっては思い出深いものだろう。アンゴルモアはこのジュエルシードと極めてよく似た性質を持っている。端的に言うと、人の心に思うことを現実にする力だ」

「つまり・・・願いを叶えるってこと?」

 ジュエルシード集めに協力したのをきっかけに魔導師となったなのはは当時のことを思い出しながら、アンゴルモアの性質を推量する。

「より厳密に言うと、崩玉はそれ自体が意志を持っている。この事から、“崩玉の真の能力”は、自らの周囲に在るものの心を取り込み具現化する能力と言える」

「心を・・・具現化?」

 言っている言葉が抽象的であるためイマイチなのははピンとこない。周りも方々に同じ反応を示していた。

 ユーノはアンゴルモアの性質をより詳しくかみ砕いて説明する。

「願いを叶えると言う点においてはジュエルシードと然程変わらない。しかし、砕け散った崩玉・・・アンゴルモアは持った者の欲望を内側に閉じ込めて存在を保ち、さらには欲望そのものを強く掻きたてる性質がある。純粋に願いを具現化させるその力に善悪の概念は無く、その存在は手に取った者の心に左右される。悪人が持てば汚れが増し、心正しく清らかな魂を持つ者が持てば浄化する力を与える特性を持つ。大霊書回廊から持ち出した資料に書いてあったことを掻い摘んで平たく説明すると以上の通りになる。ここまでで質問はあるかな?」

「はーい、店長っ!」

 質疑応答に対し真っ先に手を挙げた鬼太郎が発したユーノへの質問は。

「アンゴルモアって・・・結局なんっすか?」

「それはいつもジョギングをしている人に向かって『今日もジョギングするんですか?』と同じくらい程度の低い質問だね鬼太郎くん」

 露骨に顔を引きつるユーノの気持ちを安易に察することが出来たなのは達も終始苦い顔を浮かべるばかり。

「ったく。これだから馬鹿は嫌になるんだ。俺が代わりにする」

 的外れな鬼太郎の問を罵り、今度は恋次の方からユーノに問いを投げかける。

 真剣な眼差しでユーノを凝視。思わず息を飲むユーノ。やがて、彼の口が開かれ発せられた言葉は。

「ユーノおまえ・・・・・・なんで尸魂界(ソウル・ソサエティ)の文献を当たり前の様に読めるんだ?」

「カッコつけてるところ申し訳ないんですけど、恋次さんも鬼太郎もどんぐりの背比べですよ。そこ今気になっちゃダメでしょ!?」

 伊達で質問したにしては鬼太郎と差が殆どない始末。ユーノばかりか周りも溜息を突く。

「あのね・・・先輩も恋次さんも真面目にやらないと」

「すみませんユーノさん。せっかく御高説して頂いたのに、この二人が至らずに」

「「てめーら揃いも揃って馬鹿にし過ぎるだろ!」」

「事実馬鹿だろ」

 ヴィータの鋭い毒舌が恋次と鬼太郎の胸に突き刺さったのは言うまでもない。

 

 ブーッ、ブーッ、ブーッ。

 刹那―――事件または大規模災害、あるいはアンゴルモアの発見を報せる第一級警戒警報が発令された。

 けたたましくなる警報に全員の顔色が変化。そして、ユーノ自身もまた平静を装いつつ眉間の皺を顰める。

「・・・さてと、勉強会はひとまず終わりだ。ここから先は今学んだことを如何に実際の現場で活かせるかが重要な課題だよ」

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「はい(うん)(おう)(承知)!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 潔い良い返事をし、居合わせた前線メンバーとユーノは総合司令室へ直行する。

 

           *

 

同隊舎内 総合司令室

 

 司令室に集まった六課前線メンバー。

 エグゼクティブアドバイザーに就任したユーノが導入した新型サーチャーによって捜索が難航していたアンゴルモアの探索・発見が飛躍的に早まった。

 全員が中央のモニターを凝視する中、シャリオが全体的な説明を始める。

「アンゴルモアの反応が確認されたのは、第99管理外世界『デウスマキナ』です。デウスマキナは水と緑に恵まれた平和な星です。人々は農業を中心とした幸せな生活を送っています」

 データ上から判明している客観的な事実。その裏でアンゴルモアが現地住民、あるいは世界そのものにどのような影響を与えているかは定かではない。

「ん?」

 ふと、ユーノは衛星軌道を捕らえたデウスマキナの航空写真に映る奇妙な物体―――島のような形をした巨大な飛行体に目を付けた。

「どうかしたのか?」

 眉間に皺を寄せるユーノにクロノが気になって問う。

「妙だとは思わないか。あの衛星らしきもの・・・明らかに不自然な形をしている」

 らしきもの―――言葉の通りユーノは自分の目で見ているものが衛星である事を疑問視している。加えてルキノが訝しんだ様子で補足する。

「データによれば、デウスマキナにはあのような衛星は存在しないはずなんですが・・・」

「ないつったってよ。現にこうして映ってんじゃねーか?」

「八神部隊長、これはしっかり調査する必要がありそうだ。アンゴルモア反応と奇妙な衛星には何らかの因果関係があるのかもしれない」

「そやな・・・・・・スクライアアドバイザーの言う通りかもしれへん」

 ユーノの助言を受け、はやては逡巡した末に決断する。

「おっし、ほんならデウスマキナの衛星を含め現地へ調査員を派遣して詳しく調べる。ヴァイス陸曹長に連絡してヘリの発進準備を。現地にはそうやな・・・・・・スターズ3と4に一任しようかな」

「「了解です!」」

「あ、待って。念のために恋次さんも一緒に同行してくれますか?」

「なんで俺が? こいつらだけでも十分だろう」

 既に三か月、機動六課に身を置く恋次はスバルとティアナの実力をそれなりに知っており、模擬戦ではコンビとして息の合った掛け合いをする二人の攻撃に幾度となく追い詰められるという苦い過去もある。ゆえに自分を敢えてメンバーに加えようとするユーノの真意が理解しかねていた。

 問われたユーノは、自らの考えを恋次の目を見ながら主張する。

「死神であるあなたなら崩玉の恐ろしさは身をもって知っている筈です。何かあったときはあなたが二人を護ってください」

「恋次さん、私からもお願いします。今のスバルとティアナの実力は分隊長の私が一番に把握していますが、スクライアアドバイバーの言う通り何があるかわかりませんから」

 ユーノの言葉に便乗してなのはも恋次に懇願。こうやって頼りにされると恋次としても無碍には断れなくなる。

「ったく・・・・・・わーったよ。そんなに言うなら行ってやってやろうじゃねーか」

「とか何とか言ってほんとは若い女の子と一緒にいられて嬉しいんじゃないですか? 恋次さんも所詮は男の子。二人とも襲われないように気を付けてね♪」

「俺はどこぞのもっこり男と違うんだよ!! ふざけなことヌカしやがるとテメーからぶった斬るぞ!」

 思わず浦太郎の言葉に神経を逆撫でされる恋次。

 怒りに火が点き暴れ出しそうな雰囲気を醸し出す恋次をスバルとティアナがあたふたと宥める。

「れ、恋次さん! どうかその辺にしましょうよ!」

「大丈夫です、私達知っていますから。恋次さんが浦太郎さんと違うってことは」

「ティアナ・・・何気に僕のこと素で貶してるよね」

「事実を述べただけだ」

 ショックを隠し切れない浦太郎の胸に金太郎による指摘がより深く突き刺さった。

 

           *

 

 機動六課はデウスマキナへの調査に、スターズ分隊所属のスバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター、そして阿散井恋次を派遣した。

 

           ≡

 

第99管理外世界「デウスマキナ」

中央大陸上空 高度14000フィート付近

 

「見えてきたぜー。あれがそうだ!」

 ヘリパイロットを務めるヴァイスからの報告を受け、三人はモニター画面越しに空中に浮かぶ巨大な島を目の当たりにする。

「うっへー。ほんとに陸地が浮かび上がってるんだ!」

「クラナガンが隆起した時も驚いたけど、こうして見ると圧巻ね」

「ヴァイス。何か変わったものは見えるか?」

「目で見る限りじゃなんにも・・・・・・お?」

 そのとき、ヴァイスはヘリの前方に浮かぶ浮き島を遮るかの如く突如として現れた巨大な人影を目撃する。

「なんだぁ!?」

「ヴァイス陸曹長、どうかしたんですか!?」

「どうしたもこうしたもねー! 目の前にスゲーのが出やがった!」

 言われてディスプレイを注視。

 直後、恋次はヴァイスが目撃した巨大な人影に我が目を疑った。

「こいつは・・・・・・!」

 見た瞬間から額から噴き出る汗。

 重々しい漆黒のコートに身を包んだ長髪と髭面の男は不敵に笑みを浮かべながら島に近づこうとする恋次達を凝視している。

「ユーハバッハ・・・だと!?」

 忘れもしない忌まわしき存在。恋次を始め死神が目の前の光景を見れば思い出し、そして口走るだろう。嘗ての霊王護神大戦における大悪の名を。

《我こそは世界の神なり。お前達に告げる。ここは神聖なる神の星。決して近づいてはならない》

 ユーハバッハの姿に酷似したそれは警告を発する。

 次の瞬間、JF704式ヘリ改に異常が起きた。

「「「うわあああああ」」」

 激しく揺れる機体。捕らえどころのない不思議な力が加えられたヘリはたちまち姿勢制御を失った。

「操縦不能!! 高度低下!! 墜落するぞー!!」

 何とか機体制御を行いつつ、乗員の命を護る為―――ヴァイスは長年培った高度な操縦技術で以て、辛うじて機体を陸地へと不時着させる。

 森林地帯へ不時着した704式ヘリ。地面との衝突時に機体は激しく損傷し、煙をあげながらも急場を凌いだ。

 ヴァイスは命からがら助かったことを実感。安堵のため息を着くと、すぐさま恋次達の安否を気遣う。

「全員無事かぁー!!」

 大声で呼びかけるヴァイス。

 すると、歪んで変形したハッチをこじ開け、恋次を始めスバルとティアナがげっそりとした顔で飛び出した。

「た、助かったぜ~!」

「ヴァイスさん・・・できればもっと安全なやり方なかったんですか~」

「あんたは・・・命が助かっただけでもありがたいと思いなさ―――!」

 と、スバルの言動を注意していた折―――ティアナは最悪な状況を目の当たりにする。

 破損したヘリの燃料タンクからドロドロとした黒い液体が、止めどなく零れ落ちていたのであった。

「燃料が漏れてるわッ!!」

「「「え!!」」」

 事実を知った四人は一目散にヘリから距離を取ろうと全力疾走。

 次の瞬間、漏れ出た燃料に火花が引火し大爆発。凄まじい爆風と轟音が付近の木々をなぎ倒した。

「だぁ~~~!! 俺のヘリがあぁ~~~!!」

 悲痛な叫びをあげるヴァイス。恋次は炎上する704式ヘリの末路を見ながら素朴な疑問をぶつける。

「なぁ、やっぱヘリコプターって高けーのか?」

「そりゃローターだけでも1千万G(ギルト)は下らないんっすよ・・・・・・くぅ~~~///」

 帰りの移動手段が絶たれた事に投げているのではない。身体の一部同然だったヘリが無残に散っていく様を見るのが切なかったのだ。

 嘆くヴァイスを忍びなく思いつつ、ティアナは状況を整理してから迅速に対応。機動六課へ連絡を取る。

「スターズ4からロングアーチへ。アクシデント発生により704式ヘリ改が大破しました。至急帰りの機体をお願いします」

 

「それにしてもなんだってユーハバッハの野郎が」

「誰なんですか?」

 当然スバルはユーハバッハを知らない。自然な反応を見せた彼女に、恋次は険しい顔で答える。

「十年前、尸魂界(ソウル・ソサエティ)を滅茶苦茶にした滅却師(クインシー)の親玉だよ。一護の奴が止めを刺したから、てっきり死んだものだとばかり思ってたんだが・・・・・・」

 恋次としても自分で見たものがユーハバッハ本人だとは100パーセント思っていない。

 だが彼は知っていた。人知を超越したユーハバッハの絶大な能力を。ゆえに不安を拭い切れずにいた。

「ユーハバッハという人物が何者かはこの際置いといて・・・ヴァイス陸曹長のお陰で私たち全員の命が助かったことは間違いありません。ヴァイス陸曹長、本当にありがとうございます」

「あぁ・・・どういたしまして~~~///」

 律儀に感謝の意を示すティアナに対して、ヴァイスはどこか上の空のように返答する。

「とりあえず、私たちは私たちの仕事を全うしましょう」

「ユーハバッハの事が気になるところだが、まずはアンゴルモアについてだ」

「ヴァイス陸曹長は応援が来るまでここで待っててもらえますか? ロングアーチから何かあったらすぐに連絡して下さい」

 しかし、ティアナの呼びかけにヴァイスは反応を示さない。

 見れば彼はショックのあまり、すっかり自暴自棄になってしまい、愛機《ストームレイダー》に対し卑屈な言葉を並べていた。

「なぁストームレイダーよ・・・ヘリを死なせちまうヘリパイロットは正直死んだ方がいいと思わねーか・・・」

《Master, please bear up.(マスター、気を確かに持ってください)》

「どうせ俺なんか・・・どうせ俺なんか・・・///」

 相当に重症だった。今のヴァイスにかける言葉すら湧いてこなかった。

「あいつのことは放っておいた方がよさそうだな」

「「あははは・・・・・・」」

 

           *

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

 予想だにしなかった不慮の事故の報せを受けたロングアーチに衝撃が走る。

「まさかヘリが墜落するだなんて・・・」

「なんとも幸先の悪い話であるな」

「だけど四人ともよく無事だったよなー。高度4000メートルから落ちたら普通死んでるだろ!?」

 至極真っ当なアギトの疑問。これを対しユーノがある意外な話を口にする。

「704式ヘリ改には緊急時に備えてスタビライザー部分に『魔力フローター発生装置』を取り付けて強化を施してある。いくらヴァイス陸曹長の熟練の腕を以てしてもあの高さから落ちれば即死は免れない」

「もしかしてユーノ君が・・・!?」

 なのはを始め居合わせた全員が察してしまった。ユーノが自分達の知らないところで保険を用意していた事を。

「悪い夢は見るものじゃないね。もしかしてと思って備えておいたいんだ。とはいえ、この先何も起きない保障は無い・・・・・・」

 どれだけ備えをしても予測の出来ないことはある。

 ユーノは自分の及ばないところで恋次達の身に危害が及ばないでほしい―――ただそればかりを考えていた。

 

           *

 

第99管理外世界「デウスマキナ」

中央大陸 農村地帯

 

 調査に出かけた三人は大陸中央の空に浮かぶ巨大な浮き島を発見した。

 見れば見るほど島は荘厳なものに思えてならず、人影を一遍に覆いつくしてしまう程の面積。恋次達の首は常に上へと向けられる。

「近くで見るとさらにデケーな」

「大地が丸ごと削り取られていますね」

「これが本当にアンゴルモアによる影響なんでしょうか?」

「ユーノの奴が言ってた話を覚えてるか? 崩玉、もといアンゴルモアは相手の心を取り込み具現化するものだってな。俺は崩玉の力で生まれた破面(アランカル)や、そいつと融合した元死神の強さと恐ろしさを知ってる。大地が隆起して浮かんじまうことくらいわけねーんだよ」

「では、この浮き島はこの世界の人々が願ったことが現実になったということですか?」

「だとしたら我々が見たあのユーハバッハという男も恋次さんが心の中で思ったことをアンゴルモアが具現化したものでは?」

 などと憶測を呟いていた折、ふと恋次はある物を発見した。

「おい。ありゃなんだ?」

 島のちょうど真下辺りに当たる大地を凝視する。三人は何かがうず高く大量に積み上げられているのを目撃。

 気になって近づいてみると、段々と馥郁(ふくいく)とした香気が鼻に入ってくるとともに、幅が広く缶詰状の大きさの物が何百個とストックされていた。

「なにかしらこれ?」

「すげー柑橘っぽい匂いだな」

 オレンジに極めて似た芳香を放つ。試しにスバルが缶の隙間から漏れ出たドロッとした液体を嘗めてみる。

「あ、これオイルだ! しかもかなり上質っぽい」

「どうしてこんなところにオイルが置いてるのかしら?」

「この世界の風習かな?」

「んな風習あるかよ。ま、よくわからねーがアンゴルモアとは関係なさそーだな」

 と、尚早に結論付けようとした直後―――恋次の尻に鮮烈な痛みが走る。

「いってえええぇぇぇえええ!!!」

 前触れもなく襲ってきた痛みに悲鳴を上げる恋次。

 よく見ると、袴の上から恋次の臀部(でんぶ)に噛みつく小さな子供がいた。恋次は痛みに堪えながら噛みつく子供を強引に引き剥がした。

「れ、恋次さん!」

「だいじょうぶですか?」

「このガキ、思い切り噛みつきやがって・・・なんなんだよ!?」

 突如として現れた現地住民と思しき子供。スバルは警戒心を抱かれないよう注意を払い、柔らかい表情で問いかける。

「きみはこのオイルの持ち主なの?」

「ちがうよ! このオイルは神さまのものなんだい!」

「神さま!? 神さまって・・・黒いコートみたいな格好の神のことかしら?」

「ちがう! デウスマキナの猫神様のことだ!」

「猫神だぁ!? なんだそりゃ?」

「きみ名前は? よかったら詳しく話してくれないかしら?」

 

 第99管理外世界「デウスマキナ」の住民・ミケスは―――ある日突然、この地方に根付いた土着の神・猫神が巨大な姿となって現れ、神の島マウイを空中に浮かび上がらせた事件の事を三人に話した。

「じゃあ、あの島は数か月前からずーっとああして浮かんでやがるのか」

「で、村で作ったオレンジオイルを毎日のようにここへ献上していると・・・・・・」

「でもその神さまがそのうち、オイルをすべて納めろって言いだしたもんで、実のところ村は大変なんだ。今まで村のエネルギーはぜんぶオレンジオイルに頼ってたからね」

 神の島マウイに住まうとされる猫神を信仰する村人達の生活は困窮していた。話を聞いた恋次達はこの不透明な話に眉を顰める。

「妙だな。同じ神なのに現地の連中が見たのと俺たちが見た神が違うなんて・・・いやそもそも俺は神なんてもんは信じちゃいねーけどな」

「それにオレンジオイルを貢がせているっていうの何だか気になります。私はアンゴルモアの背後に隠れた陰謀の臭いを感じます」

「恋次さん、ミケスやこの世界の人々を助けましょう! その為の私たち機動六課です!」

「しゃーねー。正体探るには面倒だが、あの神の島とやらに乗り込むしかなさそうだな」

「ミケス。オレンジオイルはどうやってあの島まで運ばれてるの?」

 おもむろにスバルが問う。するとミケスの口から些か信じ難い話が飛び出した。

「光の柱が島から注がれて、その光がオイルを持っていくんだよ」

 

 半信半疑の中、三人はオイルが島に運ばれるその瞬間を待ち伏せる事にした。

 やがて、待機すること小一時間―――恋次達の目に神秘的とも思える光景が飛び込んでくる。

「こ、これは・・・!」

 閉ざされていた瞳も思わず開けてしまうくらいの衝撃だった。

 三人は島から注がれる光線によって積み上げられた大量のオレンジオイルが次々と空を上っていく様を見、呆然とした。

「ほんとに浮かんでる!」

「信じられない」

「って。なにぼさっとしてやがる! この機を逃すわけにはいかねー。あの光線に乗って俺たちも神の島に潜入するぞ!!」

 語気強く言うと、恋次は行動に慎重なスバルとティアナをなおざりにして、血気盛んに飛び出した。

「あ、待ってください!」

「恋次さん! 勝手に行かないでください!」

 独断専行する恋次の後を追うスバルとティアナも慌てて光線に向かって走る。

 そして、オイルと一緒に三人も宙へ浮かぶ島に向かって飛んでいく。このとき―――島の上から恋次達の姿を見ていた者がいた。

 

「・・・オイルに混じって変な奴らが上ってきやがるぜ。まぁいい。また一発驚かせてやるか」

 

           *

 

中央大陸上空 神の島マウイ

 

 島の潜入に成功した恋次達。

 意外にも神の島と言われながら、至って平凡な環境が整っていた。地上と同じく現生の動植物が存在し、静謐な雰囲気を醸し出す様相に肩透かしを食らう。

「神の島とかいう割にはなんてことはねー。ただの島じゃねーか」

「気を付けてください。どこから見張られているかわかりません」

「ったく。そんなに年中気を付けてたら、疲れちまってしょうがねーだろう」

 ティアナの言葉を軽く受け流そうとした砌―――ズシンと、足元から伝わる巨大な地響きに恋次は肝を冷やした。

「うぉおお!? な、なんだ!?」

「あ、あれは!!」

 慄くスバルが指さす方向に現れる巨大な物影。

 紛れも無い。この世界へ来た当初、恋次達が見たのと同じユーハバッハの姿を象った神と思しき巨人だった。

 畏怖する三人に向かってユーハバッハはずっしりとした足音を立てながら一歩ずつ歩み寄ってくる。

「出やがったな!! ユーハバッハ!!」

 嘗ての仇敵を前に興奮した恋次は懐から刀を抜いて飛び出そうとする。

「コノヤロウ!!」

「待ってください恋次さん!」

 飛び出そうとし矢先、スバルとティアナによって制止させられた。

「なんでだよ!?」

「無暗に飛び出さないでください! 耐えるんです! 今出たら狙い撃ちにされます!」

「だがよ、あれはただの目の錯覚なんだろ!?」

 自らを死神と名乗るゆえに目に見える神に対して不信心である恋次がそう思っていると、ユーハバッハの踏んだ大地が勢いよく捲れ上がった。同時に巨大な岩が衝撃によって破壊される。

 見た途端、三人は到底幻とは思えない事態に挙って息を飲む。

「さ、錯覚じゃないみたいですね・・・」

「本物みたいね・・・」

「おい! このままじゃ踏みつぶされちまうぞ!」

「敵はきっと私たちの考えを読めるに違いありません。そして、それを元にして巨大な実体を作り出す力があるんです!」

「ティア、説明してるあいだに戦った方がよくない!?」

「神は心の中に宿るもの。あんな巨人は実在しないと考えるのよスバル!」

「そんな急に考えられないよー!」

「だったら何も考えなければいいじゃない! 心を無にするのよ!」

「えぇ~、余計難しいよ!!」

「言ってる場合かおまえら! 来たぞー!」

 現実ではあり得ない事態にティアナですらパニックに陥る。そうしている間にも目前に迫まったユーハバッハの巨大な右脚がおもむろに上げられる。

「そんなぁー!!」

 三人を覆いつくす影。呆気にとられる恋次達に狙い定めたユーハバッハの右脚が勢いよく下される。

「「「うわあああぁぁぁ!!!」」」

 死を覚悟し目を瞑る三人。

 しかし、いつまで経っても押し潰されるような感覚を味わう事はなかった。

 不思議に思いながらおもむろに目を開けたとき、三人の前に居たはずのユーハバッハはいつの間にか居なくなっていた。

「い・・・いない・・・」

「どうやら助かったみたいだなー」

 理由は分からないがユーハバッハを模した巨人の脅威から逃れられた。命拾いした三人は揃って安堵の溜息を突く。

「はぁ~・・・寿命が十年くらい縮まったわ」

「しかしわからねー。デウスマキナの連中には猫の神に視えて、俺たちにはユーハバッハの姿に視えた。結局のところありゃ実体を持ってるようで持っていない幻・・・言わば“有幻覚(ゆうげんかく)”のようなものだったわけだ」

「誰がそんなことを?」

 この奇怪な現象が自然なものではないことは明白だった。何者かの干渉によって幻は作り出されていると確信に迫る恋次達。

 

 パンッ・・・。パンッ・・・。

 刹那、空の上から唐突に三人を襲う銃撃が飛んできた。

「今度はなによ!?」

「上かァ!」

 驚愕し頭上を仰ぎ見ると、原付バイクを模した宙に浮かぶ乗り物に搭乗し、アサルトライフル様の銃器を構えた男が三人を見下ろしていた。

「時空管理局の連中か・・・。道理で虫唾が走ると思ったぜ」

 バンダナを巻いた男の顔には髑髏を模した刺青が彫られ、その風貌と立ち振る舞いから悪人である事を微塵も隠そうとしない不敵な笑みを浮かべていた。

 降下してきた男―――ハッグスと対峙した三人は警戒心を露わにする。

「あなた何者? 見るからに善人には見えなさそうだけど」

「そのとおり。お前達の言うところの悪人さ。次元海賊ネメシスって言やぁ聞き覚えあるだろう?」

「ネメシスですって!?」

「知ってるのか?」

 声色を変化させたティアナに恋次が問い質す。

 ティアナはハッグスが口にしたネメシスの言葉の意味をおもむろに説明する。

「次元海賊ネメシス―――次元世界で最大の規模を誇る犯罪シンジケートです。目ぼしい世界を見つけては略奪行為を行っていると聞いていましたが、まさかこの世界にまで・・・」

「その次元海賊とやらの狙いはオレンジオイルを根こそぎ奪うことか?」

「いかにも。この世界の連中はとても信心深く、何よりこの世界のオレンジから作り出される良質なオイルはいろんな場所で高く売れる。だから奴らに神を見せてやった。連中はこの神の島にありもしない神が住むと思い込み、毎日タダでそのオイルを供えている。俺は連中からオイルを搾り取れるだけ搾り取ってやるのさ。この力を使ってな―――」

 言うと、ハッグスは懐に隠し持っていたある物を取り出し堂々と頭上へと掲げる。

 三人が見たのは頑丈に密閉された透明な容器に保管された紫紺に輝く小さな欠片状の物体―――捜索指定遺失物(ロストロギア)『アンゴルモア』に相違なかった。

「それは・・・アンゴルモア!」

「なるほど。今まで俺らが見てきた幻は全部テメーがそいつを使って見せていたものだったのか」

「今すぐそれを渡して投降しない。ただでさえ海賊行為っていう罪があるのに、そのくせ質量兵器保有並びに危険使用の罪まで上乗せしたいのかしら?」

 執務官であるティアナの厳しい追及にも決して屈せず、ハッグスは勝気な笑みを浮かべ反論する。

「ごちゃごちゃウルセーんだよ。逮捕されるのが怖くて海賊なんてやってられっか! こいつは神をも作り出すスゲーお宝なんだ! お前たちには渡せねー!」

 強気な態度を取りつつも管理局にアンゴルモア奪取をされる事を恐れ、ハッグスは近場に隠れていた仲間を呼び寄せる。

 ハッグスの応援に駆け付けた者達の手には管理局法によって保有と使用が固く禁止された質量武器が握られ、いずれも殺傷能力の高い重火器のオンパレードだった。

「な・・・こいつら!?」

「こんなにたくさん隠れていたなんて!」

 一斉に周りを数十人の海賊に取り込まれる。

 ハッグスを始め、海賊達は下種な表情で三人を見つめ―――頃合いを見計らうと一斉に銃撃を開始する。

 四方八方と飛び交う銃声。

 銃弾の雨に晒されながら、スバルとティアナは手際よく防護服を身に纏いデバイスを起動させる。

「リボルバー・・・キャノン!!」

「クロスファイアーシューっと!!」

 次元犯罪者相手に一切の手は抜かない。相手が殺傷能力の高い武器を使用しようとも、管理局の一員である以上魔法での戦いは基本的には非殺傷設定。

 “傷つけずに制圧する”―――を念頭とした従来の方針に従い、スバルとティアナは毅然とした態度で手荒な相手に立ち向かう。

「咆えろ、蛇尾丸!!!」

 管理局の一員ではない恋次も二人の力になれるよう極力体格が大きく、手強そうな相手を自身の力でもってねじ伏せる。無論、斬り伏せるのではなく飽く迄も逮捕を主眼とした昏倒が目的。蛇尾丸を絶妙な力加減で調節しながら敵を次々と打ち倒す。

 だが、そのうち三人は思い知らされる。一人一人の敵の力は弱くてもそれを遥かに上回るだけの数が相手にはある事を。

 多勢に無勢という状況を痛感させられ、恋次は終始険しい顔でスバルとティアナと背中を預け合う。

「くそっ。いくらなんでも数が多いぜ!」

「敵の数がこれほどとは・・・」

「完全に見誤っちゃった感じだね」

「フフフ・・・ネメシスを相手にしたのがオマエらの運の尽きだったようだな。ここで全員蜂の巣にしてやるぜ!」

 

「そうはさせないよ」

 絶望的な状況下、真上から響き渡る凛とした女性の声に居合わせた者全員が驚いた。

 刹那、桜色に輝く巨大な砲撃が空の上から飛んできた。砲撃はネメシスの構成員のほとんどを無慈悲にも飲み込んだ。

「なのはさん!」

 嬉々とした表情を浮かべ、スバルは上空を舞う純白の防護服に身を包んだエース・オブ・エース―――高町なのはと、その近くを浮遊する次元航行船ヴォルフラムを仰ぎ見る。

 ヴォルフラムからは八神はやてを始め、フェイト、ヴィータらが次々と飛び出し、なのはとともに眼下の敵を見据える。

「機動六課スターズ&ライトニング、出撃や!」

「「「「了解!」」」」

 はやての合図でなのは、フェイト、ヴィータの三人は散開し―――ネメシス討伐の為に各々は技を披露する。

「ラケーテンハンマー!!」

「ジェットザンバー!」

「ハイペリオン・・・バスター!!」

 破竹の勢いで次々と敵残存勢力が制圧されていった。

 管理局が誇る陸海空のエース達の実力を目の当たりにしたハッグスは肝を潰される思いだった。

 気が付くと、先ほどとは真逆の状況―――恋次とティアナ、スバルらによって四方を囲まれていた。

「形勢逆転ね」

「まだ抵抗する気か? 大人しくアンゴルモアを渡してもらうか」

「ちっ・・・・・・捕まってたまるか!!」

 何としても逃げ仰せる気で隠し持っていた閃光弾で三人の目を眩ませる。

 一瞬の隙を突く形で現場からの逃走を決め込もうとしたが、次の瞬間―――

「ぐああああ」

 強い何かの力によって足首を引っ張られ転倒。

 転んだ衝撃で手元からアンゴルモアが零れ落ちる。それを拾い上げたのは斬魄刀・晩翠を手にした翡翠の魔導死神―――ユーノだった。

「アンゴルモアは確かにいただいたよ」

「「「ユーノ(先生)!!」」」

「チキショウ・・・なんだよこいつは!?」

 いつの間にかその場に現れたユーノに驚く恋次達を余所に、ハッグスは脚部に纏わりつく異様な物体―――足元にある影から伸びた無数の腕のようなものに戦慄を抱く。

 すると、ハッグスを縛り付けているものについてそれを作り出した張本人たるユーノがおもむろに語った。

「“闇討晩翠・影従足枷(えいじゅうあしかせ)”―――君の影は完全に捕えられた。地獄の番人共の拘束からは決して抜け出せない」

 人に恐怖を与えるような不気味な笑みでそう語りかけるユーノを見、おもわず背筋がぞっとする。

 やがて、ユーノが話している間にハッグスの仲間はなのは達によって悉く殲滅された。

 完全なる敗北―――それを悟った途端、ハッグスはどこか強気を装ったように声高に笑いあげる。

「フハハハハハ。テメーら終わったな! 完全にネメシスを敵に回したぞ! 今世界中に散らばるネメシスがテメーらを殺しに来るだろうぜ! 相手が管理局だろうが関係ねー、テメーらはいずれ死ぬんだ!!」

「言いたいことはそれだけかい? どちらにせよ先に終わるのは君だよ」

 低い声で呟くユーノはうつ伏せになったまま動けないハッグスへと晩翠の切っ先を突きつけ―――威圧的な雰囲気を醸し出しながら言葉を紡ぐ。

「君達がどこで何をしようと構わない。だけど僕のこの剣が届く範囲は僕の絶対守護領域だ。そこに無粋なものが入ってきたのなら、たとえ神様だろうが隕石だろうが―――斬る」

 宣言した瞬間、ユーノの意思を汲み取ったかの如くハッグスを拘束していた腕という腕が全身へと絡みつき、より強固な力で縛り付ける。

「ぐああああ・・・・・・!!! わ、悪かった!! 俺が悪かったから・・・・・・だから・・・たすけ・・・・・・!!」

 ハッグスの切願も空しく、腕は相手の意識が完全に沈黙するまで決してその力を緩める事は無かった。

 

 こうしてユーノ達の活躍により次元海賊ネメシスの末端組織は壊滅。頭目であるハッグス以下構成員129名全員が逮捕された。

 アンゴルモアの影響によって浮かび上がった神の島マウイはその後―――デウスマキナの元の場所へ軟着陸した。

 島の着陸を見届けた村の人々は大いに歓喜。

 そうして機動六課によって取り戻されたオレンジオイルは、すべてミケス達の村に返された。

「お陰で村に昔のような平和が戻りました。ありがとうございました!」

「それは良かった。何よりだよ」

 村の人々を代表してミケスはユーノ達に感謝の言葉を述べる。

 やがて、ユーノは今回の一件を通して村人に一つの箴言(しんげん)を口に贈る事にした。

「“人事を尽くして天命を待つ”という言葉がある。誰かに頼ろうとする心が、アンゴルモアに反応して間違った神を生み出してしまったんだ。誰かに頼る前に、自分で出来るだけ努力をすることを怠っちゃいけないよ」

「わかりました! その言葉に誓ってこれからがんばります!」

「スバル達も今のユーノ君の言葉、心して聞くんだよ」

「「はい!」」

「僕としたことが・・・つまらない説教をしてしまったよ」

 自分でも何故こんな話をしたのかと不思議に思う胸中、為すべき事を終えて踵を返そうとした折―――ユーノはふと何かの気配を感じ取った。

「!」

 勢いよく後ろを振り返る。だが、そこには誰も居なかった。

「ユーノ君、どうかしたの?」

「なにしてんだよ。早く帰ろうぜ」

(気のせいか・・・・・・)

 魔導死神化した事であらゆる感覚が鋭敏になった所為で時折ありもしない物に対する気配まで抱きがちな自分の思い過ごしだと断定。なのは達の後に続いてヴォルフラムへと帰還する。

 だが、このときユーノが感じた気配は思い違いなどではなかった。彼を始め機動六課の戦いの模様を秘かに観察していた者が確かに居たのだ。

 去り行くユーノ達の後姿を見ながら、その観察者―――黄金の甲冑に身を包んだ騎士を模した姿の怪人は意味深長な言葉を呟いた。

『戦争の始まりです・・・・・・』

 

『アンゴルモアを巡る私達との戦争がね・・・・・・ユーノ・スクライア』

 

 

 

 スカリエッティの脱獄から4年

 世界を滅ぼす強大なエネルギーが秘められたアンゴルモアを巡り

 今、ユーノ達の新たな戦いが幕を開けた!

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:久保帯人 『BLEACH 46巻』 (集英社・2008)

 

用語解説

※ スタビライザー= 船、飛行機、自動車、自転車などの乗り物に取り付けられ、外乱や操縦によって発生する不規則で不要な揺れを抑える装置

 

 

 

 

 

 

なのはさんのユーノ君大全♪

 

な「今日は、私がユーノ君について紹介するね♪」

「ユーノ君は遺跡発掘をお仕事とするスクライア一族出身の結界魔導師さん。ジュエルシードを発掘したのもユーノ君で、私が魔法と出会うきっかけになった大きな節目」

「女性とも思える端正な顔立ちに、責任感がとっても強い真面目で優しい考古学者さん。そして私の魔法の先生で、今では恋人同士・・・きゃっは♪」

 時折惚気とも言える発言でなのはは自分で自分の頬を染める。

「噂によると、管理局に勤めていたときは毎年結婚したい男性ランキングの上位に入っていたとか。言われてみると方々で女性人気が高かったような・・・・・・む~~~、ユーノ君は私だけのものなのに~~~!!!」

一「何がむ~~~、だよ。つーか、ユーノの許可なく勝手にこんなコーナーはじめて大丈夫なのかよ?」

 度重なるコーナージャック騒動の結果、ユーノによる報復で当事者がどんな目にあっているかを知っていた一護。

 あとの事を懸念する一護に対して、なのはは嬉々とした笑みを浮かべる。

な「だいじょうぶですよ、一護さん♪ ユーノ君は私には特別優しいですから。きっと許してくれますよ♪」

一「あ、さいですかい・・・・・・」

 愛弟子の恋が実ったことは素直に喜ばしいものの、一護はどうにも不安が拭い切れないものがあった。

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

 休憩室で談笑をしていた時だった。不意にはやてがある疑問をユーノにぶつけた。

は「ところで気になるんやけど・・・・・・ユーノくん駄菓子屋さんやってるみたいやけど、ぶっちゃけ駄菓子屋って儲かるん?」

恋「そりゃ俺も思ったぜ。浦原さんといい、お前といい、もうちょっといい商売あるだろうが」

ユ「わかっていないんだー。僕からすれば駄菓子屋ほど気楽な商売は無いね。いつも忙しいわけじゃないから、自由時間はたっぷりあるし、僕みたいな色んな仕事を掛け持ちしてる人間からすればいい食い扶持だよ♪」

な「でもさすがに駄菓子や雑貨を売ってるだけじゃ食べていけないと思うよ」

フェ「確かに、お得意様がいるからって一日当たりの売り上げだって一万円いくかどうか・・・・・・ねぇユーノ、年収いくらくらいなの?」

 核心を突くフェイトの質問に対し、ユーノはおもむろに答える。

ユ「去年だったらそうだな・・・・・・年収1億円くらいかな」

な・フェ・は・恋「えぇぇぇ――――――っ!!!」

 予測計算を凌駕する収入を聞かされ、堪らず声を上げる四人。

 ユーノは扇子を広げ、驚天動地の四人を見ながら、飄々とした笑みを浮かべる。

ユ「フッフッフッ・・・・・・公務員一筋の君たちにはわかるかな~、僕がどうやってそれだけの収入を得ているのか♪」

 次回、ユーノが語る荒稼ぎの方法の実態が明らかとなる!!




次回予告

白「私の名は白鳥礼二。またの名を白翼の魔導死神。皆の衆、次回は私が大活躍する話となる。その活躍に刮目するのだ!」
エ「音楽の都・リゼンブルグで新たに発見されたアンゴルモア。旧市街にたたずむ古びた時計台から聞こえてくる恐怖の音とは?」
キャ「次回、ユーノ・スクライア外伝・・・『スピリチュアル・ビブラート』。災いの欠片がもたらすちょっと切ないお話です」



登場人物
ミケス
声:小松未可子
第99管理外世界「デウスマキナ」の中央大陸にある村に住む子供。
信心深く、村特産のオレンジオイルを神の島マウイに毎日供えているが、それが原因で村が困窮する自体に危機感を抱いていた。
機動六課の活躍によってネメシスに奪われたオレンジオイルが返された後、ユーノの箴言を聞き入れ、事件での教訓を活かす事を決意する。
ハッグス
声:興津和幸
次元海賊「ネメシス」の末端組織の頭目。
デウスマキナで手に入れたアンゴルモアを使い、ミケス達に神の幻を見せてオレンジオイルを貢がせ高値で売りさばいていた。
島へ乗り込んできた恋次達と対峙し、一時は多勢に無勢による優勢を見せたが、なのは達の加勢によって形勢は逆転。最後はユーノによって倒される。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話「スピリチュアル・ビブラート」

新歴079年 6月22日

第97管理外世界「地球」

東京都 海鳴市 バニングス邸

 

 午前6時半―――。

 初夏の日差しがカーテン越しに淡く差し込む。その光に促された彼女―――アリサ・バニングスは深い眠りからゆっくりと目を覚ます。

「ふぁ~・・・・・・。」

 大きく伸びをしながら欠伸をする。すぐに部屋のカーテンを開け、日の光をたっぷりと浴びて脳の覚醒を催す。

 やがて部屋を出るとすぐに寝汗をさっぱりさせる為に朝シャンを済ませ、それが終わるとリビングへと向かう。

「おはようー。」

「おはようございます。アリサお嬢様」

「鮫島、コーヒーブラックでね」

「かしこまりました」

 広いリビングには長年執事として仕えてきた鮫島が一人で食事の用意をして待っていた。両親とも同居している、生憎朝早くから留守にしている。

 父が経営する会社の跡取として日々仕事に追われるアリアにとって、朝のコーヒーブレイクは多忙な時を束の間忘れさせる貴重な(いとま)。最高級の豆を挽いた焙煎コーヒーを手に取り、コクのある香りを十分に堪能してからおもむろに口へ運ぶ。

 そんな折、鮫島がプレートをテーブルに運びながらアリサへふと気になった事を問う。

「しかしお嬢様はいつからコーヒーをブラックで飲むようになったのですか?」

「え? んーっと・・・たぶんアイツが家に来てからじゃないかしら。昔はちょっと苦手意識があって飲むの敬遠してたけど、今じゃ殆どブラックで飲んでるわね」

 などと言っていた折、この家でアリサと衣食住を共にし、彼女の嗜好にまで影響を与えた同居人がやってきた。

「おはよう。今日も素晴らしい朝であるな」

「おはようございます白鳥様」

「あんたねー。家主よりも遅くに起きて堂々としてるって結構いい根性してるわね」

 呆れた様に言いながら、アリサは同居人の男―――白鳥礼二をジト目で見つめる。これに対して白鳥はアリサに言い分に自信満々に言い返す。

「世界は常に私を中心に回っている。たとえどのような場所でも私はいつだって神の寵愛を受けている。白鳥礼二とはそういう男なのだ」

「あー、はいはい。そういうのいいからさっさとテーブルついて朝ごはんにしましょう」

「うむ・・・鮫島よ。私にもコーヒーを一杯頼む。ブルマンのピーペリーで頼むぞ」

「承知しました」

 アリサ同様に鮫島は白鳥にもこの家で暮らす者と同じ態度で接する。

 鮫島がコーヒーを淹れるかたわら、白鳥はアリサと向かい合うように宛がわれた席へと着く。

「そういえばアンタ、ユーノから聞いたけどこのあいだからなのは達の部隊で厄介になってるんでしょ? ぶっちゃけ大丈夫なの?」

「誰に向かって口を利いているのだアリサ嬢。私こそ、護廷十三隊一番隊第三席にして“白翼の魔導死神”―――私が居る限り下々の安寧は確約されたのも同然。如何なる敵をも我が刃の前にひれ伏せて見せよう」

 怖いくらいポジティブ、もとい自信過剰。泰然自若を通り越して傲慢不遜とも取れる言動をとった白鳥は悠々とコーヒーブレイクに移る。

「ほんとまぁ・・・・・・どっから来るのかしらね。この根拠の無い自信は」

「それもまた白鳥様の利点かと思います」

 白鳥との同棲を始めて数か月―――アリサと鮫島は彼のこうした言動を聞くたび、正直どうリアクションを取っていいのか未だに分からなかった。

 

           *

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 部隊長室

 

 地球からミッドチルダまでユーノが設置した転送ポートで直接バニングス家から出勤していた白鳥は、出勤後直ぐにはやてから呼び出しを受けた。

「嘱託認定試験だと?」

 聞きなれない単語に小首をかしげる白鳥にはやてとリインは説明する。

「簡単にいうと、この試験に合格すれば異世界での行動制限がぐっと少なくなるんです」

「そのうえミッド(こちら)側での白鳥さんの身の上も保障されるんですよー」

 時空管理局嘱託魔導師認定試験―――慢性的な人手不足を補う目的で、管理局が民間の魔導師に職務を依頼する事が多々ある。試験合格者には管理局から一定水準の魔法使用に関する制約の撤廃が許され、更には仕事に応じた報酬を得られる。

 現在、機動六課で民間協力者として護廷十三隊から出向中の阿散井恋次、吉良イヅルを始め―――熊谷金太郎、亀井浦太郎、桃谷鬼太郎が特別な条件の元に嘱託認定試験を受けており、いずれも合格をしている。

「やれやれ何を言うかと思えば・・・・・・なにゆえ私がそのような面倒なことをしなければならんのだ?」

「なぜって・・・一応白鳥さんも民間協力者いう立場やし、受けといて損はないと思いますよ。浦太郎さんや金太郎さん、あの恋次さんや鬼太郎さんだってテストに合格してここにいるんですから」

「私はゴールデンベアーやブルータートルのように純粋な魔導師ではない。元来死神である私がお主等の言うルールに従う義理もない」

 話を聞いていた白鳥の反応は予想に反して大分冷ややかなものだった。これには二人も面を食らってしまった。

「えーと、正直それ言われるとこっちも痛いところを突かれますといいか・・・せやけど、魔導師ランクを持たへんあなたの身辺を保護する責任が私にはありましてね」

「はやてちゃんも私たちも白鳥さんにもしもの事があってほしくないだけなんですー」

「要らぬ心配だな。自分の身の上は自分で護れる」

 きっぱりと口にした途端、踵を返し白鳥ははやて達に背を向け歩き出す。

「あ、ちょっと白鳥さん! まだお話が・・・!」

「お主はそうでも私は終わったのだ。ブルマンコーヒーが私を待っている」

「ちょ!! 待ってください!!」

 咄嗟に声を荒らげ制止を呼びかけたが、白鳥は早々に部隊長室を出て行った。

「行っちゃいましたね」

「かぁ~~~・・・なんやめんどくさい人がうちに来たもんやなー!」

「でも困りましたね。白鳥さんがこのまま嘱託試験を受けてくれないと、異世界任務で何かあった際に私たちが助けてあげられなくなってしまいます」

「実を言うとな、私もあの手の人の扱いはあんまし得意やないんよ。さて・・・どないしたものかな」

 何とか白鳥に試験を受けさせるいい方法はないか―――はやては両手を組んでその方法を模索し始める。

 

           *

 

同隊舎内 隊員オフィス

 

 就業時間―――。文字通り働く為の時間を指す。殆どの者は好むと好まざるとに関わらずこの時間を労働に費やすのが普通だ。

 しかし、白鳥礼二にとってその言葉はあってないようなものだった。

 就業が始まって一時間が経過していながら、彼は職務を全うするどころかコーヒーに現を抜かしていた。

「ふむ・・・この苦味の中にやわらかでスムーズな口当たり。やはり仕事の合間に飲むブルマン58は格別であるな」

 他人の目など一切気にしない。自分だけの空間を形成する。

 周囲から困惑の眼差しが向けられる中、白鳥は空になったコーヒーカップを近くに居たキャロへと差し出した。

「キャロとやら。すまないがおかわりを頼む。ブルマン炭焼58にしてほしい」

「あ・・・はい・・・」

「じゃねーだろう!!」

 最早我慢の限界だった。サボタージュどころか仕事すらしようとしない白鳥の言動に鬼太郎は業腹―――鬼の如く抗議する。

「おい鳥野郎、テメーここに来てからまともに仕事なんかしてねーだろう! さっきから見てりゃなんだよ!? ずっとコーヒー飲んでるだけじゃねーかよ!! そういうの惰眠を貪るって言うんだぜ!」

「私はピーチのように年中惰眠を貪っている訳ではない。それに惰眠とは本来怠けて眠っていることを言うのだぞ。私がいつ居眠りなどした?」

「ああ言えばこう言いやがって・・・もう我慢ならねー! こうなったら白黒つけてやろうじゃねーか!! テメーと俺、どっちが強いのかな!!」

「ちょ、ちょっと先輩! 気持ちはわかるけど落ち着きなって」

 頭に血が上った鬼太郎を落ち着かせようとする浦太郎だったが、意外にも白鳥が鬼太郎の提案を受け入れたのだ。

「やれやれ。これだから知能指数の低い者と関わり合うのは骨が折れる。よかろう―――私とお主とでは天地ほどに実力が隔たっている事を証明して見せよう」

「言ってくれるじゃねーか。その減らず口二度と利けなくしてやる!!」

 一触即発の危機。元々仲の良い関係ではない両者が激しい火花を散らし合う。

 どこかで見た構図だと思ったフェイトはふと思い出す。ユーノとクロノが一昔前までこんな風に言い争っていた光景を。

 それはそれとして、仲間内で衝突し合うのは決して穏便とは言えない。不安になったスバルが二人の事をよく知る金太郎に助け舟を出す。

「き、金太郎さん・・・止めた方がいいんじゃないですか?」

「放っておかれよ。当事者同士が納得しない限り我々がいくら説得したところで収まりませんゆえ」

「でもこの際だから白鳥さんの魔法戦の記録を取っておくのもいいかもしれませんね。そしたら、今度白鳥さんにも教導に参加してもらえるきっかけになりますし♪」

「おめーは隙あらば誰でも教導したがるんだな」

「だってユーノ君と同じ魔導死神なんだよ! きっと鍛えれば強くなると思うんだ!」

 違う意味で二人の戦いを奨励するなのはの目の輝き様には流石のヴィータも露骨に顔を引き攣ってしまう。

「生憎私は鍛えなくても既に強者である。ピーチなど我が眼中には無いことをお主達の前で篤とご覧に入れようぞ」

「上等だぜッ!! 表に出やがれー!!」

 

           *

 

 同日―――機動六課エグゼクティブアドバイバーであるユーノ・スクライアは日中、黒崎一護を連れてある場所へと向かった。

 

           ≡

 

第145観測指定世界

荒野地帯 スクライアの集落跡

 

「四年か・・・。それだけ経っても・・・ここは少しも変ってないな」

 しんみりとした表情で呟くユーノの手には花束が握りしめられていた。

 一護はユーノの後ろに立ち、目の前に広がる光景―――荒廃し焦土と化した大地と集落の残骸、ところどころ苔の生えた人工物が点在するものを見る。

「ここが―――お前の故郷だった場所か・・・・・・・・・・・・」

()()()ではありません。今も昔もここは、僕の故郷。そして――――――結界魔導師ユーノ・スクライアの墓標です」

 背中越しに語ると、ユーノは自身を残して管理局からほぼ全滅したと認識されているスクライア一族の鎮魂に仏花を供え、持参した線香を地面に刺して火を点ける。

 ビューっと、やや強い風が吹く。一護はじっと手を合わせたまま黙祷を捧げるユーノを見、おもむろに問い質す。

「四年越しの墓参りに・・・どうして俺みたいな部外者を同行させたんだ? 第一この四年間ずうっと放ったらかしにしてたのが、今になってどういう風の吹き回しだよ」

 問いかけた直後は応答がなかった。一護はユーノからの返答をじっと待つ。

 しばらくして、合掌を終えたユーノはゆっくりと立ち上がり―――心中の想いを赤裸々に告白した。

「魔導死神になって四年・・・見聞を広げる目的で僕が地球全土と次元世界の多くを流れたことはご存じの筈です」

「ああ。知ってるぜ」

「ただどうしてもここだけは無意識に避けて来たんです。僕は一族を裏切っただけじゃない。見殺しにしたんです」

「・・・・・・・・・意味が分からねーな。なんでお前が見殺しにした事になるんだ?」

 問われた直後、ユーノが一護の方へおもむろに振り返った。

「一護さんには話しておきます。僕がみんなに隠している事を――――――」

 ビューっと、再び強い風が吹いた。

 一護はその間にユーノの口からある信じ難い話を聞かされ絶句した。

「なん・・・だと・・・・・・!?」

 一護のリアクションを見越していたユーノは自嘲っぽい笑みを浮かべ、眼下に備えた花を一瞥し、脳裏に鮮明と浮かぶ四年前の出来事を思い出す。

「辺り一面が炎に包まれ、僕は育ての親も同然だった族長を目の前で失った。死の間際、族長は僕にこう言いました。“おまえを理解したつもりですまなかった”と・・・・・・むしろ、それは僕の科白だ。あの人を十分に理解していなかったから失った。僕は・・・・・・とんでもない親不孝者だ!」

「ユーノ・・・・・・」

 声を殺しているのは咽び泣いているのを誤魔化す為か。師弟と言えど複雑な弟子の気持ちのすべてを理解することは一護にも出来ない。

「一護さん・・・・・・これはぜんぶ僕のエゴです。本当なら、僕のエゴにあなたやなのは達を巻き込むつもりじゃなかった。でも、ここにきてようやく気持ちが固まりました」

 言うと、瞳に溜まっていた雫が風とともに流され―――確固たる決意のもとにユーノは一護に宣言した。

 

「この先どんな事があっても、不都合な事実から逃げるのはもうやめようって思ったんです」

 

           *

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 海上トレーニングスペース

 

「えー・・・とゆーわけで。これから鬼太郎さんと白鳥さんの模擬戦をはじめます! 審判は不肖・高町なのはが務めさせてもらいます」

 決戦の火蓋が切って落とされる。

 桃谷鬼太郎と白鳥礼二による一世一代の勝負に前線メンバーの注目が多く集まる。なのはは対峙する両者に安全の為のルールを説明する。

「勝負はどちらかが致命傷になる打撃を受けるか、あるいは自ら負けを認めるか明らかに反撃不能と判断されるまで。白鳥さんは魔法も非殺傷ならば何でも可です。ただし本人への直接的な攻撃の使用は禁止。いいですか?」

「相分かった。ピーチよ、我が力の前にひれ伏すがよい」

「へっ。開始10秒でケリをつけてやらぁ! あといい加減そのピーチって言い方もやめさせてやる!」

 片や己の力を誇示する為。片や相手に一泡吹かす為。そんな二人の戦いを見守っていた恋次が怪訝そうに呟いた。

「そういや白鳥って実際のところ強いのか? クラナガン決戦じゃほとんど真面に見た事なかったな」

「あれでも一応三席らしいからね」

「ユーノ先生と同じ魔導死神の力を持った特異な存在・・・か」

「ま。どっちが勝っても僕らには正直どうでもいい話だけどね」

 浦太郎の言う事は的を射ていた。どちらに軍配が上がったところでつまるところ不毛なのである。

「準備はいいですね? それじゃあ・・・レディー・・・ゴウ!!」

「熾きやがれ、烈火!!」

 開始直後―――声高に解号を唱えた鬼太郎。封印状態の斬魄刀を身の丈ほどの大剣へと変化させ、火焔を滾らせる。

「先手必勝!! うらあああああああああ」

 と、勢いよく飛び出そうとした矢先。

「摩擦よ。我が意に従い消失せよ―――」

 右手を翳した白鳥が呪文を唱える。すると鬼太郎の足元に白色に輝くミッドチルダ式の魔法陣が現れた。

「どわぁぁあああ!」

 魔法陣の出現とともに足元が突然滑り易くなった。鬼太郎はあたふたとしながら前のめりに転倒する。

 転んだ拍子に頭を打った鬼太郎。痛みを堪えて体を起こそうとした直後、前方に立っていた白鳥に切っ先を突きつけられていた。

「審判? 勝敗は?」

「ふぇ? あぁ・・・えっと・・・勝者、白鳥さん!」

 一瞬呆けていたなのはも状況を確認。明らかな白鳥の勝利を宣言した。

「ちょ、ちょっと待ったぁ! 何だよ今のは!?」

 納得のいかない鬼太郎が白鳥へ詰め寄る。当人は至って冷静な物言いで先ほどの出来事について説く。

「見てわからぬのか。魔法を使ってお主の足元の摩擦を無くしただけである。魔法ならば何でも有りとのことだったからな」

「いやいやいや! 勝負とかそれ以前の問題だろ!」

「ルールはルールだ。私は主との決闘を制した。そして主は私に敗北した。これ以上他に何があるというのだ?」

「くぅ~~~! 納得できるか!! おいなのは! もう一回! もう一回だ!」

「えー・・・でも勝負は勝負ですよね?」

「あんなの勝負って言えるかよ!! おい鳥、もう一回やらせろ!!」

「悪いがピーチの妄言に付き合う義理は無い」

「あ、おい待てコノヤロウ!! 逃げんじゃねーぞ!!」

 面倒ごとを早々に片付けた白鳥は鬼太郎に一切の温情もかけず、踵を返し隊舎の方へ歩いて行く。鬼太郎は声を荒らげながらその後を追いかける。

 一方、先ほどの試合結果を間近で見ていた前線メンバーはというと―――肩透かしを食らったかの如く手応えの無い結果に全員が微妙な表情を浮かべる。

「今の・・・ありなんですかね?」

「一応ルールの中で従ってはいるから反則じゃないんだけど」

「正直せこいよな」

 

           *

 

 鬼太郎と白鳥の模擬戦闘から数時間が経過した後―――異世界に散らばった新たなる《アンゴルモア》の反応が確認された。

 

 

 

『リゼンブルグ』

 

 第81管理世界と称されるこの世界では音楽興行が盛んに行われている。

 次元世界屈指の音楽都市として、その道に進もうとしている者達が挙って集うことからリゼンブルグはいつしか【音楽の都】と呼ばれるようになった。

 

 先んじて現地へと赴き、調査に当たっていたフェイト達は―――地元住民の聞き込みからアンゴルモアの仕業と思しきある奇怪な事件を追って主要市街地郊外に位置する旧市街へと向かった。

 

           ≡

 

第81管理世界「リゼンブルグ」

旧市街地 廃棄区画

 

 旧市街―――嘗て栄華を極めた町の中央には巨大なシティホール、シンボルである時計台が佇んでいる。

 やがて区画整理によって人がいなくなり、町からは音楽が消えた。そしていつの頃か人々はゴーストタウンと化したこの町へ近づこうとはしなくなった。

 だが、ここ数か月―――時計台より奇妙な音が鳴り響くようになり、以来何の前触れもなく人が蒸発するという事件が日増しに増えていったのだ。

 不可思議な事件を調査する為、旧市街を訪れたフェイト達はあまりに閑散として不気味なまでに静謐な街並みに緊張の糸を張り巡らせる。

「華やかだった街並みが・・・・・・ここへ来て一変したな」

「どこの世界でも光あるところに闇はあるって感じだぜ」

「町の人が言うには、このあたりで最近奇妙な音が聞こえて、その音が聞こえ始めてから何人もの人が失踪してるとは言ったけど・・・・・・取り立ててなにも」

「さしずめ人を常世へと誘う死の音・・・・・・といったところか」

「迷信染みた話だよなー」

「! 待って二人とも・・・物影に何かいる」

 不意に異質な気配を感じ取り、フェイトはシグナムとアギトに注意を促す。

 三人が警戒していた砌、暗い路地裏から明らかに正気を失い目が虚ろな者が一人、また一人と湧いて出てきた。

「なんだよコイツら!?」

「わからん。ひとつ確かなのは彼らが普通ではない状態だという事だ」

 シグナムの言う通り、人々は普通ではなかった。

 常時人語ですらない奇声を放つ様は西洋のゾンビを彷彿とさせる。おまけによく見れば彼らの手には剣や斧、ハンマーなどといった凶悪な武器が握りしめられていた。

 フェイトは万一に備えてバリアジャケットを装着。バルディッシュを突きつけ毅然とした態度で警告する。

「管理局機動六課です。大人しく武器を捨てて今すぐ止まりなさ―――」

「ウオオオオオオオォォォォォ」

 途端、警告を無視して一人の暴漢が襲い掛かる。

 ハンマーを手に襲撃していた男性目掛けて、フェイトは正当防衛として魔力弾を放ち昏倒させる。

「フェイトさん!」

「テスタロッサ、だいじょうぶか!?」

「大丈夫。私は何ともない」

 眉間に皺を寄せ、三人は眼前で奇声を放ちながら一歩一歩ゆっくりとした足取りで近づく生きたゾンビ達を見据える。

「こいつら目が完全にイっちまってるぜ! まさかと思うけど、みんなしてドラッグ中毒とかじゃねーのか?」

(違う。これはドラッグによる症状じゃない。もっと別なものが起因している可能性が極めて高い・・・・・・まさか、アンゴルモア?!)

 フェイトの推察は正しかった。彼ら生きたゾンビ達は全てアンゴルモアによる作用で意識を奪われた状態だった。

 ゾンビ達は次々と仲間を呼び集め、気が付くと数十人近くが周りに集まっていた。

「考えている暇は無さそうだ。ここは一先ず退くぞ」

「う、うん!」

 正面を塞ぐゾンビ達が一斉に襲い掛かった途端、三人は飛行魔法で回避。そのままゾンビ達との距離を離す。

 しかし、ゾンビは空を飛んで逃げるフェイト達を仰ぎ見ながら執拗に後をつけてくる。その異常さにアギトは強い恐怖を感じる。

「あ・・・あいつらどこまで追いかけてきやがる気だ!」

「なにゆえ我々を追い回すのか―――」

 不思議に思っていたとき、唐突に三人の耳に奇妙な音が飛び込んだ。

「な・・・なんだこの音は!?」

「うわああああ・・・なんかわかんねーけど、頭が割れそうだ!!」

「これ・・・は・・・・・・!!」

 耳鳴りのように響き渡る不快な音はフェイト達の思考をおかしくする。

 次第に音は強さを増し、音が大きくなればなるほど三人は自我を保つことが出来なくなっていった。

「「「ウアアアアアアアアアアア」」」

 このとき、叫喚する三人の様子を古びた時計台の上から見下ろす者がいた。

 

『経過は順調です。このままもうしばらく様子見と行きましょうか―――』

 

           *

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

「―――32分前、リゼンブルグで調査中のライトニング隊との応答が途絶えた。非常事態につきシフトをA-3へ移行。それに伴い同隊所属のエリオ・モンディアル二等陸士とキャロ・ル・ルシエ二等陸士、フリードは直ちに現場へ急行してもらう」

「「「はい!(キュクー)」」」

 と、話を聞いていた人物が意外なことを要求してきた。白鳥礼二である。

「八神部隊長、その調査私も是非とも同行させてもらいたい」

「え! 白鳥さんが・・・ですか!?」

「おいおいどういう風の吹き回しだよ?」

 恋次は強く疑問に感じた。今朝の言動から自分の興味の無い事に関して一切手を付けようとしない男の気まぐれな言葉にしか思えてならず眉を顰める。

「音楽の都という響きにシンパシーを感じた。貴族であり音楽を嗜む私としても異世界の音楽事情には興味があるのでな」

 問いに対する白鳥の回答は案の定、周囲の予定調和にあった通りだった。

「よーするに自己欲求を満たしたいっていうテメーのエゴじゃねーか!」

 鬼太郎から厳しく糾弾されるも、白鳥は「エゴではない」では無いと反論し、捕捉的にもっともらしい言葉を付け足した。

「それに―――あの生真面目なフェイト隊長から連絡が途絶えた以上、現地で何か遭ったかは明白。かといってそこの子供二人と竜一匹だけでは正直心許ない。仮にもフェイト隊長はエリオ達にとっては育ての親も同然。私情に捕らわれた際、歯止めが利かない可能性もゼロとは言い切れん」

「確かに筋は通ってはいるけど・・・」

「どうしますかはやてちゃん?」

「せやけどな。白鳥さんは嘱託試験も受けてへんし、もし何かあったときは部隊長の責任問題やし」

 

「その心配はないよ」

 すると、判断に迷うはやての不安を拭うかのように留守にしていたユーノが戻るなり言葉を投げかけた。

「白鳥さんに何か遭った際の責任はぜんぶ僕が背負うから」

「え? それどういうことなのユーノ君?」

 言っている意味がわからないなのはは困惑した様子でユーノの言葉の真意を問い質す。

「現在の機動六課の組織図上、民間協力者として配置されている者は全員六課という組織ではなくアドバイザーである僕の庇護下に置かれている。スクライア商店メンバーは元より、恋次さん達十三隊の死神も僕が監督責任を負っている。形だけとはいえ僕は京楽さんから正式に総隊長代行権限を預けられているからね」

 わかりよく説明すれば、スクライア商店従業員並びに護廷十三隊所属の死神はいずれも機動六課という組織に属しながら、ユーノを監督責任者と据えた構図を保っている。

 換言すると、ユーノは機動六課の中に独自の実働部隊を有している状態を作り出しているのである。

「というわけだからさ。はやては何も心配しなくてもいいんだよ」

「そ、そんな・・・! なにもユーノくんがそこまでせーへんでも!?」

「そうですよ。ユーノさんも間違いなくここの所属なわけであって・・・」

「アドバイザーという立場上それを管理する人間はいない。つまり僕自身もまた機動六課という所属ではあっても、誰の監督下にも置かれていないんだ」

 アドバイザー、顧問として籍を置くユーノの六課での立ち位置は実に曖昧である。

 民間協力者という立場を利用する事によって正式な管理局とは見なされない為、何か不備が発生した時のアフターフォローが利かないというデメリットはある。反面、全てを制約される訳ではない為、ある程度の自由が保障されている。ユーノはこうした契約の裏や隙を突くことを誰よりも得意としていた。

「うー・・・・・・ほんま痛いところ突くなー。せけやどユーノくんはそれでえんんか?」

「僕的にはこういう役回りは慣れてるんだ。少なくともはやてよりはね」

「しかしユーノ店長。私に何か遭った際、一切の責任を負うと言ったが・・・その言葉に決して嘘と偽りはないと言えるのか?」

 完全に信用し切れない故か、白鳥は釘を刺すように問いかける。

「やだなー♪ あなたと知り合ってからこの四年間、僕がいつ白鳥さんに嘘なんてついてたんですか?」

 真意の掴みにくい飄々とした笑みを浮かべながら、ユーノは白鳥へ近づき彼の手の中に何かを含ませる。

「とりあえず、これ渡しておきますね。ほんのお守りとして」

「これは・・・・・・」

 

           *

 

第81管理世界「リゼンブルグ」

主要市街地 ミュージックストリート

 

 消息を絶ったフェイト達を捜索すべく―――エリオ、キャロ、フリード、白鳥はリゼンブルグの中心市街地へと降り立った。

「着きましてね」

「ここがリゼンブルグです」

 俗に【音楽街】と呼ばれる場所へと転移した三人。周囲から聞こえる多種多様な音色に耳を澄ませる。

 ビートの利いた音や控えめな音、聞くだけで気分が高揚する音など、それぞれの個性が調和した独特の共生空間が形成されている。

 人々はこうした音楽の中で日常生活を営んでおり、誰一人として音楽を邪険に扱おうとする者はいないのである。

「うむ・・・・・・素晴らしい。実に素晴らしい。ここには様々な音が互いを主張しながら絶妙なハーモニーを奏でている。訪れた者の心を弾ませ、穏やかな気持ちとする。まさしくここは音楽の都!」

 強烈に刺激を受けた白鳥はいつになく上機嫌に鼻歌を口遊みながらステップを踏む。まるでミュージカル映画の世界に入ったかのように。

「そして何よりも―――コーヒーが旨い世界に悪い場所はない」

 確信した様子で近場のコーヒーショップのカフェテラスで当然の如くコーヒーを愛飲する白鳥。彼の突飛な行動にエリオとキャロは吃驚する。

「って!! いつの間に!?」

「あの白鳥さん、お金持ってるんですか?」

「金だと? よもや主らこの私に金を払わせるつもりか?」

「いや! 自分で注文して飲んでるんですから!?」

「経費で落ちるだろう。出張経費ぐらいケチっていてどうする」

「そんな経費ありませんよ!!」

 

「ありがとうございました―――」

 結局、白鳥が勝手に注文したコーヒー代全額をエリオとキャロが半額ずつ所持金から支払う事となった。

 二人は軽くなった財布の中を見ながら白鳥の散財に意気消沈とする。

「まさかコーヒー代で2万G(ギルト)も支出する羽目になるなんて」

「白鳥さん、普段どんなコーヒー飲んでるんですか?」

「私は自分の舌に適った真に旨いコーヒー以外はコーヒーとは認めない性質なのだ。コーヒーとはすなわち私の人生そのものだ」

 行き過ぎた嗜好も困りものである。エリオとキャロは絶えず溜息を吐き続ける。

 とはいえ、道中決して悪い事ばかりではない。華やかな町の雰囲気はその都度三人の表情を和らげほっこりとした気持ちとさせてくれた。

 だが同時にこれが任務である事を思い出すと、エリオとキャロは互いに真剣な顔つきとなる。

「鑑賞に浸るのはまた今度だ。今はフェイトさん達を探そう」

「そうだねエリオ君!」

「して、消えた三人はいったいどこへ向かったのである?」

「確かここから北側にある旧市街の方だと聞いているんですが・・・・・・」

 

「もしや、シティホールへ行くつもりですかな?」

 不意に前方から話しかける声がした。

 現地の住民と思しき男―――かなり醜い顔つきの初老の男がおもむろに声をかけてきた。

「そうですが・・・あなたは?」

「これは失礼。私は20年ほど前まで、旧市街で市長を務めていた者だがね」

「ほう市長とは。こう言うのも失礼なのだが、あまりそういう仕事をしてきた人間には見えんのだがな」

「白鳥さん、失礼ですよ!」

「だから『失礼』と前もって断ったではないか」

「だからと言って良いというものでもないですよ! あ、すみません! 大変失礼なことを言ってしまいました!」

「いいんですよ。この顔の事は昔から言われ慣れています」

 亡状(ぼうじょう)極める白鳥の発言にも男は破顔一笑。全てを水に流してくれた。

「して。そのシティホールとやらに何があるのだ?」

「ええ・・・旧市街の市庁舎に併設されている一際大きな時計台がありましてね。昔はあの時計台から美しい音楽が聞こえたものです。時計台は町のシンボルとして長きにわたって人々から重宝されてきました」

「今はどうなっているのだ?」

「区画整理で市庁舎が今の場所に移されてからというもの、まるで時が止まったかのようにあの時計台から音楽が聞こえることは二度とありませんでした。元々老朽化もしていましたしね。以来、町の人間も時計台の事など忘れてしまったかのように振舞っている・・・・・・私にはそれが些か寂しくて仕方ありません」

 まるで時計台の気持ちになったように、男はどこか遠い眼差しで物寂しそうに白鳥達に話をするのだった。

 

 話を聞いた一行はミュージックストリートから数キロ離れた場所に位置する旧市街へとやってきた。

 静謐さで満ちた旧市街の入り口からでもはっきりとわかるように、嘗ての町の象徴たる時計台が今でも中央に佇んでいた。

「アレがその時計台ですか」

「旧い建物だが今なお言葉には言い表せぬ情緒が感じられる。ただ・・・」

「ただ?」

「あれの蕭索(しょうさく)たる様を見ると何ともな・・・・・・」

 うまく言葉では言えなかったが、前市長が言わんとしていたことが白鳥にも何となく感じ取ることが出来た。一時代を築いた町のシンボルも時代の流れとともに今やすっかりうらぶれてしまった。白鳥は時計台を見ながら建物から伝わってくる思いを汲み取ったかの如く寂しい眼差しを向ける。

 エリオは白鳥の横顔を物珍しく一瞥すると、やがて気持ちを切り替え仕事に専念する。

「キャロ、フェイトさん達の魔力残滓はあるかい?」

「待ってね・・・・・・うん。間違いない。フェイトさんとシグナム副隊長、アギトのものと一致したよ」

「やはり三人は此処へ来て、その後すぐに行方不明となったらしいな」

 

「ウアアアアアアアアアアアア」

 突如、背筋も凍るような奇声を放つゾンビのような風体の人間が三人の目の前に複数で現れた。

「きゃあ!」

「これは・・・!?」

 想定外の事態に当惑するエリオとキャロ。白鳥に至っては襲い掛かってきたゾンビの一体の手首を掴みかかり、怒りを露にする。

「なんと汚らわしい事か。図が高いッ!」

 相手が醜いという理由からゾンビの腹部を蹴撃。鋭い一撃で以ってゾンビを一遍に吹っ飛ばした。

「白鳥さん!」

「案ずるな。加減はした。気を失っているだけだ」

「奥からも出てきます!」

 エリオが警告すると、旧市街に潜伏していたゾンビ達がぞろぞろと様々な場所から出現。気が付くと周りには数百という数のゾンビが集まっていた。

「どうしますか?」

「致し方ない」

 不承不承とばかり、白鳥は義魂丸を服用し死神化。腰に帯びた斬魄刀をおもむろに引き抜いた。

「ここは私が食い止めよう。エリオ達は引き続きフェイト隊長達の行方を追うのだ」

「でもそれじゃあ白鳥さんが!」

「私を見縊らないでもらいたい。これでも京楽総隊長より第三席の地位を与えられている身。そう易々とは倒されん」

 次の瞬間、ゾンビ達の頭上を飛び越え―――彼らの注意を自分へ向けさせる。

「こっちだ!」

 ゾンビ達を引き離す為、白鳥は旧市街を疾走する。

「白鳥さん!」

「キャロ。ここは白鳥さんを信じよう。僕たちはフェイトさん達を」

「うん」

 

「ひええええええええええええ!!! カッコつけたはいいけど、このあと正直なんにも考えてなかったぁ!!! お助けぇぇ~~~!!!」

 子供の手前格好をつけたのが仇となった。

 白鳥は己を誇示したいが為に大見得を切った。結果として自分の身を危うくする事態になると分かっていたとしても―――。

「あああぁぁぁ!!! 前からも来たぁぁ!!!」

 数の暴力でゾンビ達は白鳥を前後で挟み撃ちにする。

 逃げ場を失った白鳥は険しい表情を浮かべ、この場を乗り切る方法を必死で模索。

「こうなれば―――!!」

 生き残る方法は一つだけ。それを実行し成功する確率は決して低くはない。だが、使うタイミングを間違えれば再起不能は必至。白鳥は決死の覚悟で臨む事を決意する。

 前方と後方からゾンビ達が勢いよく向かってきた頃合い、白鳥は地面に両手をつくと霊力を集中―――起死回生の鬼道を発動させる。

「縛道の二十一!! 赤煙遁(せきえんとん)!!!」

 赤色の煙幕が地面からどっと噴き出した。ゾンビ達の視界を奪った白鳥は煙に紛れて彼らの手の届かない空へと脱出する。

「ふぅ~。間一髪であったな。それにしても今のは一体・・・・・・ん?」

 そのとき、白鳥の視界にゾンビとは異なる不思議なものが映った。

 一見すると何処にでもいそうな少女だった。ただ不思議な事に、白鳥は少女から生命体としての波長―――すなわち魄動を感じることが出来なかった。

「誰だ?」

 人の様で人でない生物。言い知れぬ不安を抱える白鳥に、少女は何も語らずおもむろに右手人差し指を時計台の方角へと向け―――蒸発するように跡形もなく消えた。

 直後、時計台に視線を向けた白鳥は先ほど見た少女の行動がどうにも気になって仕方なかった。

「あれはいったい・・・・・・」

 

           *

 

同時刻―――

旧市街 シティホール時計台

 

 エリオとキャロはフェイト達の魔力残滓を追って時計台へと到着。

 ちょうどケリュケイオンも三人の魔力反応が時計台の中から強く反応を示している事を主張していた。

「フェイトさん達の魔力反応が強くなってる。間違いない。この中だよ!」

「無事でいてほしいな」。

 憂慮を抱きながら恐る恐る時計台へと潜入を開始する。

 古びた時計台は町中よりも静まり返っており、靴底を擦り付ける音が嫌によく響いてならなかった。

 と、次の瞬間。移動していたエリオ達目掛け金色に輝く閃光が飛んできた。

「キャロあぶない!」

 咄嗟にキャロを守ろうと、エリオは彼女を抱きかかえ体を地面に打ち付ける。

 しばらくして、二人の前に予想外の敵が姿を現した。先ほど襲ってきたゾンビと同じ目に豹変した女性―――フェイト・T・ハラオウンだった。

「フェイトさん!?」

「どうして?」

 なぜ彼女が自分達を攻撃するのか。不思議に思う二人に、フェイトはまるで人が違ったかのように手持ちのバルディッシュで襲い掛かる。

「「うわああああ」」

 紙一重で攻撃を避けるも依然として二人には状況が理解できない。フェイトは鋭い眼光で狙いを定め、豊富な魔法で攻撃し続ける。

「やめてください!」

「フェイトさん、私たちが分からないんですか?!」

 自分達の上司で家族であるフェイトの正気を取り戻そうと必死に訴えかけるエリオとキャロ。

 しかし、現実は非情だった。二人の決死の呼びかけにもまるで反応せず、虚ろな瞳のままフェイトは魔力光弾を放つ。

 攻撃を躱した二人は埒が明かないと判断。力尽くで彼女の目を覚まさせるべくデバイスを起動する。

「明らかに普通じゃない。フェイトさんは何かに操られてる!」

「でも、何がフェイトさんを操っているの?」

「わからない。でも今はフェイトさんを正気に戻さないと」

 手持ちの愛機ストラーダを握る力を強めたエリオは、内心複雑な心境を抱いていた。

「・・・こんな形でフェイトさんと戦うのは本意じゃないけど。仕方がない。いくよ、ストラーダ!」

〈Load Cartridge〉

 魔力カートリッジを装填して力を研ぎ澄ませる。足元に浮かぶ黄色の魔力光からバチバチと音を立てる微弱な電気が放出する。

「でやあああああああ」

 初速からのソニックムーブでフェイトとの間合いを一気に詰め、一撃の元に昏倒させるのがエリオの狙い。だが―――

「エリオ君、ダメ!」

 キャロが声を荒らげた途端、真上から猛烈な炎の斬撃がエリオ目掛けて振り下ろされた。

「ぐああああああ」

 大ダメージを追うエリオ。焦げ付くバリアジャケット、体は激しく強打する。

 頭上を見上げれば、フェイト同様に正気を失い生きたゾンビと化したシグナムとアギトが立っていた。

「シグナム副隊長! アギトまで!」

「一体どうなってるの!?」

 立て続けに起きる異常な状況。

 仲間だった筈の者が次々と敵の手に落ちてしまった。

 フェイトを始め、地に降り立ったシグナムとアギトは満身創痍のエリオに的を集中し―――脱兎の如く飛び出すとその首を狙ってきた。

 

「連鎖悉く捕縛せよ。我が意のままに」

 絶体絶命と思われた瞬間、現場へ駆け付けた白鳥がユーノから直々に教えを受けた魔法―――アレスターチェーンを用いてフェイト達の動きを封じ込める。

「大事は無いか?」

「白鳥さん・・・・・・助かりました」

「あとは私に任せろ。キャロはエリオの手当てを頼む」

 負傷したエリオの治癒をキャロに一任し、白鳥はフェイト達を正気に戻すべく手持ちの斬魄刀の封印を解く。

「琴線斬 第一章 十三節“安楽と康寧”」

 解放状態の斬魄刀に備わった弦を爪弾き、奏でられる音色を時計台の隅々まで拡散。

 しばらくして、音色を聞かされたフェイト達は徐々に気持ちが鎮まり、錯乱状態を脱すると同時に気を失った。

「ふむ。どうにかなったな」

「白鳥さん、あの人達は?」

「何とか巻くことができた。しかしこのような不可解な事態は何が原因で?」

 

 

 ―――許サナイ。

 ―――絶対二許サナイ。

 ―――ワタシヲ忘レルナンテ、絶対ニ許サナイ。

 

 

 どこからか聞こえてきた不気味な声。怨嗟の念に満ちたそれを聞いた途端、三人は挙って鳥肌を立てる。

 やがてゴゴゴ・・・という音を立てながら時計台を支えていた基礎が大きく揺れ動き、建物自体が動き出そうとしていた。

「まずい状況であるな」

「一旦ここから離れましょう!」

 危険な状況を察した三人は、フェイト達を担いで建物からの脱出を図る。

 やがて、古い時計台の中に隠されていたアンゴルモアが強く反応―――結果として凶暴極まりない異形の怪物をこの世に生み出した。

「緊急連絡! 緊急連絡! ライトニング3よりロングアーチへ! 現地にて巨大な怪生物が突如姿を現しました!!」

 エリオから送信されてきた映像のインパクトは強烈だった。

 元が時計台だったとは思えないメカメカしく相手に威圧感を与えるには十分なフォルムにメンバーは唖然。何より特筆すべきは、怪物は元々の時計台よりも二倍近くある大きさへ変貌を遂げていた。

「で、デカい!」

「何がどうなってやがるんだ!?」

「あの怪物の中心部より極めて巨大なエネルギー反応を確認! 波長分析・・・間違いなくアンゴルモアです!」

 分析の結果を具に報告するルキノ。やがて、ユーノがアンゴルモアの力で変質した時計台の怪物を見ながら口にする。

「アンゴルモアは人の心を読み取り具現化する力を持つ。だが、それは飽く迄も人の認識できる範囲にしか過ぎない。無機物に宿る心さえも読み取り具現化・暴走させてしまった結果、生まれ出でる異形なるもの―――言わば、Angolmois Monster!」

「アンゴルモアモンスター・・・!」

「現時刻を以て奴を、【AM-01】と認定呼称する」

 

 旧市街のシンボルだった時計台が変化し、アンゴルモアの大王が人類へと差し向けた刺客―――AM-01はミュージックストリートへの移動を試みようとしていた。

「うぅ・・・・・・ここは?」

 ちょうど、気を失っていたフェイト達が一斉に意識を取り戻し状況を確認する。

「気が付きましたか?」

「フェイトさん、シグナム副隊長、アギトも大丈夫?」

「あぁ。どうやら揃いも揃ってあの怪物が生み出す音に踊らされていたようだな」

「チキショウ、なめた真似しやがって! 今度はきっちり借りを返させてもらうぜ!」

「エリオ達は町の人達を避難させて。あれは私たちで食い止める」

 汚名を返上し、名誉を挽回せんとフェイト達は挙って空へ舞い上がると、市街地へ移動を開始したAM-01の進路に立って行く手を阻む。

「ファイア!」

「飛竜・・・一閃!」

轟炎(ごうえん)ッ!!」

 フォトンランサーと蛇腹状の剣撃、巨大な火球のトリプルパンチが炸裂する。

 爆発の規模こそ大きかったが、敵の装甲はフェイト達の予測に反して堅牢であり、焼き焦げ以外に目立った損傷は見られない。

 すると、攻撃を仕掛けたフェイト達にAM-01は超音波を放ってきた。

 人間の耳では聞き取れない高周波の音は彼女達の体に著しいダメージをもたらす。

「ぐああああ」

 次の瞬間、フェイトが前触れもなく吐血。そればかりか体のあちこちから血を吹き出すという身体異常を発症した。

「テスタロッサ!」

 フェイトの身の上を心配した矢先、シグナムとアギトにも同様の症状が起こった。

「ぐああああああああ」

「全身から血が噴き出して・・・!!」

 体内の血液が噴き出したことで飛行制御不可となり、三人の体は重力に従って旧市街へと落下していった。

「フェイトさん!」

「シグナム副隊長! アギト!」

「何がどうなっているのだ!?」

 困惑していた折、白鳥達が居るミュージックストリート目掛けてAM-01は超音波砲を発射―――町は高出力の超音波砲によって無差別に被害を受ける。

「「「「うわあああああああ」」」

 運悪く白鳥達がいる場所も被害を受けた。超音波砲の威力は強力であり、車から窓ガラス、屋内にある物ですら木っ端微塵に破壊する。

 

「AM-01による攻撃、市街地を直撃!!」

「まずい! 全員そこから早く脱出するんだ!」

 現場の状況をモニタリングしていた機動六課に戦慄が走った。切羽詰まった顔でユーノは直ちに避難を促すが―――

「ダメです! ライトニング並びに白鳥さん、こちらからの呼びかけに応答ありません!」

 という、アルトの残酷な報告だけが返ってきた。

「ユーノくん、何が起こってるんや!?」

「超音波による局地攻撃だよ。超音波を利用した加湿器は水を微細な粒子にしたものを放出する。同じように超音波干渉を受けると体内を流れる血液が瞬時に沸騰する」

「フェイト達の血が噴き出たのはその所為か!」

「しかも、あのAM-01は超音波の出力を自在にコントロールする事で非常に強力な超音波砲を作り出しています!!」

「くそー。あのデカブツ、なめた真似しやがって!」

 

「こっちに向かってくるぞ!」

「踏みつぶされる!」

 町を襲う巨大な超音波の怪物に人々はたちまち恐怖に飲まれる。

「みなさん落ち着いてください! 慌てないでください!」

「どうしよう・・・このままじゃ」

 超音波砲の被害を最小限に抑える事が出来たエリオ達だが、死の恐怖でパニックに陥った人々を宥め、事態を収拾するのは一筋縄ではいかなかった。

「狼狽えるでない」

 が、弱気な彼らに力強く声をかけたのはいつの間にか空へと上がった白鳥だった。

「何してやがる白鳥! 死ぬ気か!?」

 モニター画面に映る白鳥に恋次は大声で怒鳴り散らすも、彼は毅然とした様子で『今ここで我々が立ち向かわなければどうなるか?』と反論。

「おまえ一人でどうにかなる相手じゃねーだろ!」

 恋次の言葉を聞いた直後、白鳥は嘆息を突く。その後すぐに弱腰の彼を激励するかのように思いの丈を述べる。

一死以(いっちもっ)て大悪を誅す―――護廷十三隊創設者である山本前総隊長はそうして我々死神のあるべき姿を追求してきた。この美しい世界をあのような卑しい怪物に壊されるなど業腹極まりない。私は私の命を賭してでもこの美しい世界を守る!」

 声高らかに力強く宣言した白鳥は懐に手を突っ込み、ユーノから手渡されたお守り―――鳥の翼をあしらったインテリジェントデバイスを起動させる。

 

「参るぞ。ジークフリート、セットアップだ!」

〈Standby ready〉

 電子音が発せられた瞬間、白鳥の全身を白色の魔力光が包み込む。

 エリオ達が固唾を飲んで見守る中、光から出てきたのは―――白を基調とした優雅なバリアジャケットに身を包み、ミュージックキーボードを備えた琴線斬を装備した全く新たな白鳥礼二だった。

「我が名は白き翼の勇者―――白翼の魔導死神・白鳥礼二である!」

 ユーノと違ってその呼び名は自称である。

 だが、そんな些細な事さえ歯牙にもかけず白鳥はバリアジャケットの背中から翼型に形成された魔力エネルギーを羽ばたかせ、大空へと舞い上がる。

「と・・・飛んだ!?」

 縦横無尽に翼を鳥のように動かし飛翔する白鳥。ロングアーチで観戦中のなのは達も度肝を抜いてしまった。

「し、白鳥くんの背中に翼が生えてる!」

「もしかして、あれってユーノ君の汎用性飛行魔法じゃ?!」

 指摘するなのは。ユーノは口角をつり上げ「Exactly!」と、発音よく返答。

「ジークフリートにはあらかじめ汎用性飛行魔法をプリセットしているんだ。だからと言ってすぐに発動して使いこなせるかといえばウソになる。あれは紛れも無く白鳥さん自身の才能だよ」

 

「アンゴルモアモンスターとやら。私が相手だ」

 倒すべき相手に宣戦布告。真の魔導死神となった白鳥はジークフリートを装備した愛刀を構えると、AM-01に対して音色を放つ。

「琴線斬 第二章 七十九節“報復の船頭(ボートマン)”!」

 奏でられる大音声の音色。霊力と魔力が織り交ざった事で生まれる新たなる音楽は鮮烈であり、凶器そのものである。

 護廷十三隊一番隊第三席・白鳥礼二の斬魄刀『琴線斬』と愛機《ジークフリート》によって奏でられる楽曲は、特定の相手―――アンゴルモアモンスターを麻痺させる驚異的なマイクロウェーブを発していた。

 思わぬ相手の攻撃によって動きを封じられ、マイクロウェーブ自体によるダメージでAM-01の内部から爆発が起こる。

「ジーク、スタンドマイク!」

 当然の如く【ジーク】という愛称を用いる白鳥。そんな主人に対し忠実に従う愛機は琴線斬との分離合体を解き、スタンドマイク型に変形する。

「続けて、第三章 二十一節“有頂天の欲望(デザイア)”!」

 マイクを手に白鳥は琴線斬の音色と合わせて魂を込めて歌う。

 そのビブラートは空気に乗って伝わり、旧市街で倒れ伏せていたフェイト達の耳にもしっかりと届けられた。

「この・・・歌は?」

「なんだか・・・体中に力がみなぎってくるぜ!」

 大量の血液を失い生命活動の危機に瀕していた彼女達は不思議な力によって意識を取り戻していった。

 白鳥礼二が奏でるこの音楽は、人間の魂魄に直接を干渉し、カンフル剤の如く急速に生命エネルギーを活性化させるエネルギーウェーブを放っていた。

 奇跡とも言える復活劇に人々は嬉々とし、なのは達も大いに安堵する。何よりも白鳥礼二への評価が著しく変わった瞬間だった。

「すごい・・・白鳥さんってあんなに凄かったんだ!」

「白鳥さんだけじゃありません。彼の魔法制御を司っているあのデバイスが凄いんです!」

「なのは以上に白鳥さんの能力はピーキーだからね。魔法に関して不慣れな白鳥さんを最大限カバーする目的で開発したのがジークフリートさ」

 端的に説明した後、ユーノは白鳥のデバイス《ジークフリート》についてその詳細を解説する。

「魔法制御を主体としたデバイスの多くは、オーディナルナンバーと呼ばれるに序数管理よって決められた枠組みの中で魔導師の選択行動を優先順位の高いものへと誘導している。対してジークフリートはカーディナルナンバー、即ち基数管理方式を採用した。これによって白鳥さん自身が何か行動を起こそうとした場合、デバイス自身に備わったディープラーニングシステムによって白鳥さんの言動や仕草から瞬時にそれらを読み取ることができるんだ」

「な・・・なんかよくわかんねーが・・・・・・とりあえず一つだけわかったことがある。ユーノ、おめーは紛れも無く天才ってことだ!」

「さすがはアニュラス・ジェイドその人! 私たちの想像の及ばない事をやってしまうんですから!!」

 恋次自身の中のユーノの評価は大きく一新され、元々アニュラス・ジェイドであるユーノを尊敬していたシャリオからの好感度はより高くなった。

 

「イエエエエイ!!!」

 有頂天に音楽を奏でる白鳥。

 彼のピーキーかつ強力な攻撃を受けたAM-01の動きは当初に比べて鈍くなり、受けたダメージも相当に蓄積されていた。

「こやつの超音波攻撃は私が食い止める! その間に主らで態勢を整えるのだ!」

「はい。シグナム、アギト、いけるね?」

「「ああ(おう)」」

 復活したフェイト達は白鳥の厚意に答えるべく、残り全ての魔力を一点集中させ、一気に事態の鎮静化を図る。

「―――〈火龍一閃〉ッツ!!!」

 ユニゾンしたシグナムとアギトは殲滅戦に最適な大火力の斬撃をお見舞いする。

「フリード、ブラストレイ!!」

「サンダーレイジ!!」

 援護に回っていたキャロとエリオも緩慢な動きのAM-01に集中砲火。あと一歩というところまで追いつめる。

「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル―――」

 AM-01の装甲もかなり剥げ落ち、最早消滅も時間の問題となったとき―――大規模な儀式魔法の発動に備えていたフェイトも詠唱を完了。止めの一撃を仕掛ける。

「フォトンランサー・ファランクスシフト。撃ち砕け!!」

 生成されるフォトンスフィア38基から毎秒7発の斉射が4秒継続されることで、合計1064発のフォトンランサーがAM-01を襲撃する。

 なのはですら戦慄を抱いたフェイトの最強クラスの儀式魔法。全員が固唾を飲んで戦況の様子を伺う。

 爆煙が少しずつ晴れていき、次第に姿を見せる物影。

 フェイト達が見たのは、アンゴルモアモンスターではなく、ボロボロに壊され今にも崩壊を始めようとしている時計台だった。

「アンゴルモアは!?」

 懸念するシグナム。すると、先んじて白鳥が時計台と融合していたアンゴルモアを手にした状態で中空に浮かんでいた。

「アンゴルモアはここだ。それにしても素晴らしい。実に素晴らしかったである。これぞ我々の結束がもたらすベストパフォーマンスだ!」

 先程までの戦いを大いに評価する白鳥。

 と、そのとき―――再び彼の眼前に謎の少女が姿を現した。

「お主は・・・・・・」

 正体不明の少女に身構える白鳥だが、少女はどこか清々しい表情で彼を見、やがておもむろに口を開いた。

『ありがとう。あなたのお陰で私は私を止めることができた』

「なにを・・・言っている?」

『私の名はカンパネラ。時計台のAIプログラムがその不思議な欠片の力で擬人化した存在。かつて栄華を極めたこの町も人が居なくなればただのゴーストタウン。人々に音楽を休まず送り続けた私の役目も終わった。でも、彼らの心から私自身が忘れ去られるはどうしても許せなかった。そんなことを思ってしまったばかりに私は町の人々を苦しめてしまった』

 白鳥はこのとき漸く理解した。カンパネラと名乗る少女こそが、これまで町を騒がしていた疾走及びゾンビ化を始めとする奇怪な事件の黒幕であり、アンゴルモアの被害者だったのだと。

 カンパネラは町の人間達の記憶から自分という存在が忘れられるのが怖かった。忘れられるということは存在そのものを否定される事に等しい。言うならば記憶からの消滅=死を意味していた。

 自分が居たという証を少しでも彼らの記憶に刻み付けたかった。その思いに惹かれたアンゴルモアが作用した結果、カンパネラを怪物へと変貌させた。

『私は間違ってしまった。だから誰かに止めてほしかった。そんなときあなたを見つけた。あなたなら私を止めてくれると思ったから』

「お主・・・・・・」

『ありがとう・・・・・・これでようやく私も眠りに付ける』

 感謝の意を唱えつつ、相貌に溜まっていた薄ら輝く光の雫を白鳥は見逃さなかった。

 カンパネラの消滅とともに、崩壊寸前だった時計台もついに決壊。時代の趨勢を受け入れるかの様にその役目を全うした。

 

           ◇

 

6月23日―――

第1管理世界「ミッドチルダ」

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 部隊長室

 

「え!? 今・・・なんて?」

 一夜明け、はやてとリインは些か信じ難い話を白鳥から聞かされた。

 度肝を抜いてあんぐりと口を開ける二人を見、白鳥はやや呆れたように呟いた。

「二度も言わせないでほしい。嘱託試験を受けると言ったのだ」

 昨日の今日で何があったのだろう。白鳥の心境の変化にはやてとリインは正直付いていけず、互いの顔を見合うばかり。

「あの・・・急にどういう風の吹き回しで?」

「なんでもよかろう。ただ受けねばならぬというのなら仕方がない・・・・・・そう思ったに過ぎん」

 悟ったかのように言い、白鳥ははやて達に背を向けて部隊長室を後にした。

 

 部隊長室を出た直後、ドア近くで腰かけていたユーノに呼び止められた。

「昨日の事を引きずってるんですか?」

 言われるや、白鳥は自分自身に腹を立てながら拳を強く握りしめ―――胸中の思いを暴露する。

「私は未熟だった―――・・・・・・自分の力に慢心し、世界を救うと謳いながら大切なものを見落としていた。結局私は何もできなかった・・・」

 カンパネラの消滅が白鳥の根拠の無い自信を打ち砕いた。同時に彼は痛感した。世界を守るという事が如何に難しい事なのかを。

 今の白鳥の姿はユーノが知る同じ白鳥礼二とは思えないほど弱々しく思えた。何より昔の自分を見ているかのような感覚だった。

 だからこそ、ユーノは救いの手を差し伸べる。

 悲嘆にくれる彼の顔を見、今の状況にぴったりな箴言を口にした。

「とかく大切なものは見えにくいものです。誰もがそれを見つけようとして、失敗して、そうやって人は強くなっていくです。今が未熟ならそれを乗り越えて前へ進みましょう。白鳥さんは後ろ向きな自分に決着をつけて、少しでも前へ進もうとしているんです。じゃなきゃ、嘱託試験を受けるなんて言わない筈です」

 まるで自分の心を見透かしたような的確な言葉だった。

 ユーノの言葉を聞いて、白鳥の中で燻っていた心のもやもやは次第に晴れ―――険しかった表情も緩んでいった。

 

「ユーノ店長・・・・・・・・・・・・もしもよろしければ、これからも私の為に精度の高い魔法の扱い方を享受してはもらえないだろうか?」

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:和月伸宏『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚- 18巻』 (集英社・1997)

 

 

 

 

 

 

教えて、ユーノ先生!

 

ユ「今日は白鳥さんのデバイスについてだ♪」

「デバイスの名前は『ジークフリート』。白鳥さんの魔法適正と死神本来の能力を引き立たせる為に組まれた特注品だ」

「最大の特徴は『ディープラーニングシステム』と呼ばれる自立式の高度学習機能。これによって魔法に不慣れで他力本願な白鳥さんを最大限サポートすることが出来るようになっているんだ」

な「うわー。すっごい便利だねー。白鳥さんの魔法使用もさることながら、こんな凄いデバイスを作っちゃうユーノ君もすごいよねー。さすがは私の魔法の先生!」

ユ「お褒めに預かり光栄だよ」

 と、笑顔で答えたユーノは全く別の事を尋ねた。

ユ「ところでなのは。少し聞いてもいいかな?」

な「なーに?」

ユ「この前一護さんから聞いたんだけど、君も無許可で人のコーナーを勝手に乗っ取ったらしいじゃないか♪」

 聞いた瞬間、なのはは露骨に顔を歪ませ引き攣った笑みを見せる。

な「あー、あれはその・・・・・・ごめんなさい! 悪気は無かったんだよ! ちょっとした出来心であって・・・・・・」

 過去にユーノのコーナーを乗っ取ろうとした者がどのような末路を辿ったのかを知らないわけじゃなかった。

 ガクガクと足元を震わせ恐怖に慄くなのはだったが、ユーノは意外にも穏やかな笑みで言葉を返した。

ユ「しょうがないな。今回だけは大目に見逃してあげるよ」

な「ほ、本当に!? よかったー」

 と、安堵したのも柄の間。満面の笑のユーノから圧力を加えられる。

ユ「でも次からはきちんと届け出を出してもらうからね。じゃないとどうなるかはわかっているよね♪」

な「あ、はい・・・・・・ごめんなさい・・・・・・///」

 このとき、なのはは悟った。どのような事があっても決してユーノを怒らせるべきではないことを。

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

 前回、ユーノの口から明かされたスクライア商店の年収。

 当初の予測を遥に上回る高額な年収になのは達は挙って驚きを露わにした。

な「ね、年収1億って・・・!?」

恋「どう考えても計算が合わねーぞ!!」

フェ「何かの間違いじゃないの?」

は「あれやろ!? 株か! 株で大儲けしとるんか!!」

ユ「ははは。もっと確実な方法があるんだよ」

 様々な憶測が飛び交う中、ユーノは破顔一笑してから、高額年収の秘密を暴露する。

ユ「まぁ駄菓子屋さんの場合はほぼ100パーセント持ち家でやってるから、家賃がかからないんだ。もちろんそれだけじゃないよ」

な「じゃあ・・・たとえば?」

「例えばジュースやタバコの自販機を一緒に設置すれば、相乗効果で売れるから1台あたり一カ月で50万円近く、年間だと約600万円の稼ぎになる。ウチの場合は都内全部で10台稼働してるから、6000万円にはなるね」

 補足すると、タバコの場合は利益率が1割である為、年商が1億円だとしてもその利益率は1000万円にしかならない。

ユ「他にもインターネット経由で商品を販売したり、企業みたいな大口のところで取引したり、あとは死神相手に様々な諸手続きを仲介するブローカーとなって、あとで浦原商店を通じてマージンを得ると大体億は超えるね♪」

 その他にも色々な仕事をやってるらしいが、全部が全部合法なものであるかはユーノの口から語られなかった。

 話を聞いたなのは達は、大まじめに体を張って凶悪犯罪と闘い収入を得ている事が何となく馬鹿みたいだと思ってしまった。

 そして、秘かにユーノの話を聞いていた浦太郎と鬼太郎は長年の疑問が解けた様子で納得していた。

浦(そっか・・・駄菓子屋にしては一カ月当たりの手取りが30万円って高すぎると思っていたけど・・・・・・)

鬼(うまいこと考えてやってんだな店長は・・・・・・)




次回予告

な「次なるアンゴルモアが発見され、その回収に向かった私とヴィータちゃん。だけどそこでとんでもない敵が現れた」
恋「黄金甲冑に身を包んだ怪人の正体とは? そして、ユーノの怒りの剣が唸る!」
ユ「次回、ユーノ・スクライア外伝・・・『誰がために愚者は踊る』。たとえ愚者でも僕はなのはを守れるなら本望だよ」






登場人物
カンパネラ
声:加藤英美里
第81管理世界「リゼンブルグ」の旧市街にある時計台の機能をコントロールしていたAIプログラム。アンゴルモアの作用で疑似生命体のような形で徘徊しているところを白鳥と出会う。
人間並みに高度な知性を持ち、町のシンボルである時計台で一日も休まず音楽を届けていたが、次第に人々の記憶から時計台=自分を忘れ去られた事が許せず、その思いがAM化を招き暴走へと走らせた。だが一方で、町の住民に手を上げてしまったという罪悪感から自分を止める為の存在を探し続けていた。
AM-01の打倒とアンゴルモア回収ともにプログラムが初期化され、白鳥とフェイト達一行に感謝の気持ちを伝え消えていった。
・AM-01
時計台とアンゴルモアが融合して誕生したアンゴルモアモンスター。
超音波により人間の体内から血液を噴出させて能力を無力化し、さらに超音波砲を発射してミュージックストリートへ攻撃を仕掛ける。音波の出力は自在に調節できる。
当初はフェイト達を追い詰めるが、ジークフリートの力でパワーアップした白鳥の干渉を受け、最後はフェイト達の一斉攻撃を受けて倒された。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話「誰がために愚者は踊る」

 どこか知らない空間。

 辺り一面が純白に包まれた殺風景な部屋。部屋の中央には申し訳ない程度に円卓が置かれ、それ以外の物は無い。

 円卓に広げられた複数のタロットカード。カードを1枚1枚めくりながら、白の詰襟制服に身を包んだ男はある運命を占っていた。

 カードをランダムにめくり上げたとき、目に入ったのは大アルカナのひとつ―――『運命の輪』。それを見て男は物静かに呟く。

「正位置の『運命の輪』・・・・・・好機は今を置いて他にないのかもしれない。“悪魔の結晶”が次元世界各地へ四散し、ジェイル・スカリエッティやあの男がプローブとして選ばれたのはまさしく運命そのもの」

 物静かな口調で独り言を呟くと、男はテーブル手前に置かれたカードをさらに1枚めくりあげる。ひっくり返されたのは正位置の『魔術師』だった。

「『魔術師』・・・・・・その手に抱えた杖は確かに剣を指している。創造と活力も満ちあふれている」

 抽象的な意味を含むその言葉が何を示しているのか、少なくともこの男はわざわざ口に出さずともわかる。敢えて口に出すのは自らを奮起させるためだった。

 占いを終えた男はおもむろに立ち上がる。

 右手に持った黄金色の装飾が際立ったUSBメモリ型のアイテムを手の中で弄びながら、白い部屋を後にする。

 

「運命の輪は決してあなただけが握っているのではありませんよ。ユーノ・スクライア・・・・・・」

 

           ◇

 

新歴079年 6月25日

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 医務室

 

「で、今日はどうしたの? なのはちゃんが私に聞いて欲しい事って」

 昼下がり―――機動六課筆主任医務官シャマルの元になのはが訪れた。

 ややかしこまった様子のなのはを見ながら怪訝そうに見つめるシャマル。やがて意を決し、なのははシャマルと面と向き合い言葉を発した。

「実は・・・うまく伝えられるかどうかわからないんですけど、最近少し体調が変なんです」

「え・・・・・・」

 聞き捨てられない言葉だった。なのはが自ら体調の異変を訴えることが何を意味するのか。それがどれほど周りに影響を与えるか。シャマルは驚愕と不安を露にしながら彼女を凝視する。

「シャマル先生・・・・・・わたしそのー」

 思い詰めた様にも見えるなのはから発せられる次の言葉をシャマルは予想する。

 

       ―――「わたし・・・・・・もうダメかもしれません・・・・・・」―――

       ―――「魔法を使うことに限界が来たみたいなんです!!」―――

       ―――「死にたい!! 死にたいくらいに苦しいんです!!!」―――

 

 頭に思い浮かぶのはネガティブなワードばかり。

 普段、天真爛漫を絵に描いた性格の彼女が突然改まった態度を取られると、どうしてもシリアスな事ばかり考えてしまう。

 緊張が走り、額から一筋の汗が零れ手の甲へと落ちた次の瞬間、なのはの口から発せられた言葉は―――・・・

「ユーノ君と相思相愛になってから何だかお肌のハリがものすごくよくなったり♪ いつも食べてたものがすごくおいしく感じたり♪ もうほんと~世界がすごく輝いて見えるんです~♡♡♡」

 幸福と愛に溢れた言葉の数々。紆余曲折を経てユーノと両想いとなった事で日常生活の至るところが以前に増して色鮮やかになったことをなのはは心底幸せそうに公表した。

 聞いた直後、シャマルは手持ちのボールペンを思わず握りつぶす。

 ブチっという音が鳴った瞬間、なのははシャマルの掌の中で真っ二つに折れたペンを目の当たりにし唖然とした。

「何を話すかと思えば惚気かよ・・・」

 これまで見た事のないような怖い顔。且つ凄んだ声で舌打ちをするシャマル。なのははこんなにも荒んだ湖の騎士を今まで見たことがなかった。それどころか、何故彼女がこうなったのかさえ無自覚ゆえに分からずにいた。

「えっと・・・シャマル先生・・・わたし何が気に障るようなことを言いましたか?」と、恐る恐る問い質すなのは。

「え? あ、あぁ、うんうん! なんでもないわ! ちょっと思うところあったものだからつい!!」

 我に返ったシャマルは慌てて砕いたボールペンを背中へと隠し、自身の腹黒い一面を取り繕うように笑顔を作り出す。

 やがて、一度咳払いをしてから体調の変化を懸念するなのはに説明する。

「結論から言わせてもらうと・・・なのはちゃんのそれは体の異常ではありません」

「ほんとですか!? よかったー・・・てっきりこの前のリンカーエクストリーマーの副作用か何かかと思いましたよー」

「それ本気で言ってるのだとしたらいい根性してるわよ」

 天然というのはつくづく恐ろしいという事をシャマルは改めて思い知らされた。同時にそんな彼女を受け容れたユーノもユーノである意味奇特で肝の座った男だと感心してしまうのだった。

「でもシャマル先生。こんなこと今までなかったのにどうしてなんでしょうか?」

「さーて。どうしてかしらねー」

「あれ? なんだか対応がおざなりじゃないですか?」

 問いかけに対し右から左へと適当に流すような返事をするシャマル。さすがのなのはもぞんざいに扱われていると感じた。

「でもよかったわ。調子が変って聞いたときはてっきりさっきのなのはちゃんと同じこと考えたもの。で、あれ以来本当に体の方はなんともないの?」

「はい。この通りピンピンしてますよ! というかそれを言うならシャマル先生だって同じですよね?」

 魔導虚(ホロウロギア)・ジャガンノートとの最終決戦において使用された禁断の兵器【リンカーエクストリーマー】。絶大な効力と引き換えに使用者に与える副作用もまた大きすぎるものだった。二人はあのとき確かにその副作用―――“身体の老化”を体験した。

 だが、ユーノとの再会を果たした一週間後には何事も無かったかの如く全てが元に戻っていた事を、二人は今でも不思議に感じていた。

「未だに信じ難い話ではあるのよ。いくらユーノ君の造ったものだとしても、人知を超えるエネルギーを生み出すために命をも奪いかねないリンカーエクストリーマーを使っていながら、私たち全員が存命。しかもなんの後遺症も残っていないなんて・・・」

 そう呟くシャマルに、なのはも「ですよね。」と共感を示し、率直に当時の心境を語り出す。

「私はあの場で身命を賭してジャガンノートを倒せれば魔導師として悔いはないと思いました・・・・・・・・・でもやっぱり、頭に過ったのは死への恐怖でした。ここで死ねばもう二度と大切な人と会うこともできなくなる。そう思ったらほんとうに怖かった。でも・・・・・・・・・ユーノ君は私のところに帰ってきてくれた。そして約束してくれた。もう二度と居なくならないって。夢じゃないってわかった瞬間、本当に嬉しかったんです」

 知らず知らずに隔たっていたユーノとの距離がようやく縮まり、自分が望んでいた形で和解することが出来た。胸にぽっかりと空いたものが長い時を経て急速に埋まった事でなのはは嘗てない幸福感でいっぱいだった。

 ユーノ・スクライア―――高町なのはにとってその存在の大きさは計り知れないものだという事をなのはと傍ら聞いていたシャマルは改めて認識した。

 

 ドカーン!!!

 

 次の瞬間、唐突に隊舎の外で爆発が起こった。爆発の規模はそれなりに大きく訓練場の方から聞こえてきた。

「な、なに!?」

「今の爆発は?」

 あまりに突然過ぎてまるで状況が把握できない中、なのはとシャマルはひとまず訓練場の方へ向かってみた。

 

 訓練場へ到着すると、二人が目の当たりにしたのは―――どういうわけか黒焦げになった鬼太郎とその被害を受けたであろう恋次や吉良、白鳥がいた。幸いにもスバル達は危険が及ばないよう安全圏に避難していた。

「鬼太郎さん!?」

「何があったんですか?」

 状況説明を求めるシャマル。すると恋次が焼け焦げた顔でなのは達を見ながら、先ほど遭った事態を克明に説明する。

「このバカがよ・・・鬼道の制御がうまくできねーもんだから霊力が暴発しやがった!」

「だからってなんで僕までとばっちりを」

「やれやれ。がさつな性格のお主には最初から向かないものだと何故理解できぬ」

「く~~~!! チッキショウがァ!!」

 最初から無理だと分かっていた白鳥の言葉が鬼太郎の胸に深く突き刺さる。こんなにも悔しい思いをしたのは生まれて初めてのことではないが、いざ辛辣に言われると傷つかずにはいられない。

「もう~。医者の仕事を無暗に増やさないでくださいよね!」

 呆れながらもシャマルは直ぐに負傷した鬼太郎達の治療を開始した。

 そんな中、キャロは苦笑いを浮かべながらふとして気になった事を口にする。

「でも不思議ですよね。同じ死神さんでも鬼道を扱える人って少ないんですか?」

 キャラの何の気ない疑問に吉良と恋次は次のように回答した。

「僕ら正規の死神は多くは霊術院で鬼道の扱い方を教わるから、得手不得手はあってもある程度の技なら使える。君ら魔導師と同じだ」

「逆に一護や鬼太郎みたいに正規の訓練を受けていない奴は使えなくても不思議じゃない。だからこそ、あいつが不思議で仕方ねーんだ」

「ひょっとして・・・ユーノ先生ですか?」と、スバルは頭にぱっと思い浮かんだ人物の名を口にする。

「そういえばユーノ先生ってどうして死神さんの術を操れるんでしょうか?」

「結構すごい技とかも使えるみたいですし」

 ティアナとギンガも以前から気になっていた疑問。無論、正規の死神である恋次と吉良は彼女達以上にそのことが気にかかっていた。

「鬼道には攻撃に特化した『破道』と防御や補助主体の『縛道』に分類される。序数が上がれば上がるほど威力も強力だが、比例して扱いも難しくなる。にもかかわらずだ。ユーノさんはケロッとした顔で平然と扱っている」

「それに、鬼道を改変するだなんて真似も誰にだってできることじゃね」

「じゃあこの際だし、直接本人に聞いてみましょうか♪」

 

 数分後―――。

 なのはから呼び出しを受けたユーノは仕事の合間を縫って訓練場まで足を運んだ。

「僕がどうやって鬼道を扱ってるか・・・ねぇ。たしかに、僕は正規の死神ではない。一応正規の死神だった人から教えを乞うた事は間違いないですけどね」

「浦原さんが何を教え込んだか知らねーけどよ。あんなぽんぽんと大威力の上級鬼道を詠唱破棄で扱える奴は鬼道衆でも見たことねーよ」

「あれも自己流なんですか?」

 恋次と吉良から向けられる疑問・質問。彼らだけでなく六課メンバーの誰もが二人とほぼ同じ思考に至っていた。

 問われたユーノは、不敵に口元を緩めてから全員が自分へと抱く疑問―――何故鬼道を意のままに操れるのかというものにについて、おもむろに回答した。

「僕は昔っから攻撃魔法のセンスが皆無でしてね。なのはやフェイトみたいに放出した魔力を攻撃力に変換できなかったんです。だから魔導死神化して大威力の鬼道が使えたときは嬉しかったなー。同じことを魔力でできなかったんですから。で、あるとき気づいたんですよ。魔法も鬼道も突き詰めると実は根底にあるものは同じだってことにね」

「根底?」

 聞いた瞬間に疑問符を浮かべるなのは。ユーノは彼女や周りのきょとんとした反応を見ながら笑みを浮かべ答える。

「『言葉』だよ。魔法も鬼道もその基本の発動にはトリガーとなる言霊の詠唱が必要だ。たとえば破道の四番に『白雷(びゃくらい)』という技がある。基本的な詠唱は―――」

 言うと、ユーノはなのは達の目の前で実演を始めた。

 右手を前方へ翳してから、中指と人差し指へ霊力を集中させ言霊を唱える。

白精(はくせい)よ 一条の衝撃以って 撃ち倒せ。 破動の四、『白雷』」

 詠唱を唱えた直後、指先から放たれた一条の光線。光線は真っ直ぐな軌道で撃ち出されると、射撃魔法の訓練に用いるターゲットの真ん中を貫通する。

「魔法でも鬼道でもその術を操るのに長けた者ならば、詠唱を破棄して術を使うことが可能だ。ではここで問題だよ」

 そう言って、ユーノはなのは達にある問題を提起する。

「“白精よ 一条の 衝撃以って 撃ち倒せ”―――三節の呪文が四節になると何が起きると思う?」

「ユーノさん、失礼ですがその詠唱では真面に起動しません。必ず何らかの形で失敗しますね」

 真っ先に声に出した吉良からの返事。ここまではユーノの想定通りの展開だった。

「吉良さんのおっしゃる通りです。僕が聞きたいのはその失敗がどういう形で現れるかということです」

「んなもんランダムに現れるんじゃねーのか?」恋次は根拠の無い回答を口にし、

「ピーチのように暴発させて被害を受けるのでは?」白鳥は先ほどの経験からそのように答えを予測する。

「すばらしい。いま言った答えはすべて『間違い』です」

 ここまではすべて予定調和である。ユーノは想像力に乏しい面々に正解を口にする

「答えは『右に曲がる』ですよ」

 話した直後、実演の為にユーノはわざと三節ではなく四節での詠唱を行った。

「白精よ 一条の 衝撃以って 撃ち倒せ」

 刹那、指先から放たれた光線が真っ直ぐ飛んだと思えば―――突然右へと方向を転換し曲折した。

「馬鹿な!」

「ありえねー!」

 予期せぬ結果に驚愕を露にする死神達。なのは達はユーノの言った通りの事象が起こった事に呆気に取られていた。

「ちなみに、“白 精よ 一条の 衝撃以って 撃ち倒せ”・・・五節に区切れば『射程が落ちる』し、詠唱の一部を省略すれば『質力が大幅に落ちる』。これは何も鬼道に限った事だけじゃない。現代魔法でも同じことが起きるんだ」

 実演を交えながら変革された鬼道を披露していたユーノは、今度はなのはにある魔法の詠唱法について問う。

「高町教導官。一般的に知れ渡っている『シュートバレット』の詠唱はなんですか?」

「えっと・・・・・・“我は射手 原初の力よ 我が指先に集え”、だけど?」

「ではその詠唱を“我は 射手 原初の力よ 我が指先に 集え”と五節に区切ったとき、何が起きると思います?」

「え? ごめんユーノ君、そんなのやったことないよ。だってぜったい失敗するってわかってるもん」

「では、それがどんな風に失敗するのか実証してみようか。僕の予想では、魔力弾の軌道が上方へシフトした直後に霧散するから」

 半信半疑で言われるがまま、なのはは恐る恐る詠唱有りで射撃魔法の基礎とも言える『シュートバレット』を発動させてみる事にした。

「我は 射手 原初の力よ 我が指先に 集え」

 すると、指先から放たれた桜色の弾丸は突如上側に向かって飛んでいった途端、形状を保てなくなり跡形もなく消失した。

「あっ!!」

 ユーノの言う通りの事が目の前で起こった。なのははもちろん、スバルらフォワードメンバーや他の隊長陣、死神さえも目を疑った。

 結果に対し呆然とする周囲の反応を見てから、ユーノは講義内容のミソを説明する。

「とどのつまり、鬼道と魔法は超高度な自己暗示に過ぎないんだ。技を発動させるときに使う呪文というのはそれを最も強力に引き出し、人の深層心理を変革させ、世界の法則に介入する。言ってみれば人の心を突き詰めるものなんだ。たかが言葉如きにと思うかもしれないけど、言葉には魂が宿る。ゆえに人はそれを言霊と呼ぶんだよ」

 目を丸くする彼らに対し、ユーノは言葉が持つ力の重要性を説く。

「とまぁいろいろ話したけど、力を効率よく引き出すためには定められたルールを遵守する必要がある。英語には文法。数学には公式があるように、魔法と鬼道にも同じような共通項がある。深層意識を自分が望む形に変革させるためのね。それが分かればたとえば・・・」

 再び指先を突き出したユーノは、咄嗟に思いついた言葉で詠唱する。

「まあ 兎に角 貫け―――」

 すると、本来の詠唱と乖離しているにもかかわらず『白雷』が発動した。

 正直夢かと思うなのは達を余所に、ユーノは「あれ? 思ったよりも威力が出ないなー」と、率直な感想を呟く。

「えーっと・・・このように簡単な改変なら誰でもできるようになるよ」

「そんな・・・」

「あんな適当な詠唱で起動するのかよ!?」

 霊術院でさえ教えられなかった真理を正規の死神ではない人間、魔法使いから教えられた恋次や吉良の心境は複雑だった。

「深層心理に覚え込ませた術を有効にするキーワード・・・それが『呪文』です。要は連想ゲームですよ。呪文と術式も同じです。それがわかればあの程度の呪文改変は難しくない。極めればみんなが見てきた様々な改変鬼道と同じかそれ以上のものを扱える!」

 胸を張って力説するユーノだったが、それを聞いた際の周りの反応は微妙、もといあきらめに満ちたものだった。

「あれ? どうかしたのみんな?」予想外の結果にキョトンとするユーノ。

「いや・・・ユーノ・・・・・・理屈はすっげーよくわかるし、ためにはなるんだが」

「すみません。できないです」

「ユーノ君・・・相変わらず分かりやすいのはいいんだけど、ユーノ君基準にされるとちょっとだけ困るよ」

 あのなのはでさも、ユーノが持つ独特のセンスと自分を凌駕する特異な才能に関しては正直困惑するしかなかった。

 

           *

 

同隊舎内 総合司令室

 

 午後2時を回ったちょうどの事だった。

 異世界に散らばった古代遺物(ロストロギア)《アンゴルモア》の反応を確認された。

「サーチャーが新たなアンゴルモア反応を捕らえました」

「どんな世界なんだ?」

 メインモニターに映し出された画像。ぱっと見、それは星全体がぶ厚い暗雲に覆われた惑星だった。

「うわぁなんだこりゃ!? 綿菓子みてーなところだな!」見た瞬間、恋次は当該世界を安易なイメージで比喩した。

「第331管理外世界『マデラン』です。ご覧頂いているとおり惑星全体が厚い雲で覆われています」言いながらシャリオはタッチパネルを操作し続ける。

「アンゴルモアの影響か?」

 シグナムが問いかけると、ルキノは画像解析をしながら「いえ・・・元々この星の気候みたいです」と、端的に説明する。

「なんか謎めいてる感じだ。アンゴルモア反応はこの惑星のどこから?」

 フェイトからの問いに、ルキノは困った様子で答える。

「それが・・・厚い雲に乱反射して特定は不可能です。雲のあいだから反応があるのは間違いないんですけど」

「宝探しをしろってことだろ?」

「いいんじゃない。僕も探すのは嫌いじゃないんだ」

 鬼太郎と浦太郎がそういえば、白鳥も割って入り「それぞれの探知能力を図るいい機会かもしれん」と、呟いた。

「雲の下には何があるかわからない。ここは十分に注意して行動する必要がある」

 アドバイザイーとして冷静な意見を述べるユーノ。はやてもそれを聞いて「せやな」と同意してから、メンバーの選出に入る。

「ほんなら異世界調査の経験豊富なベテラン組に行ってもらおうかな。高町教導官、ヴィータ教官」

「「はい!」」

「今回は二人に行ってもらうで。アンゴルモアも大事やけど、自分たちの命をまず最優先に行動するんや」

「「了解です!」」

 調査員として選抜されたなのはとヴィータは、はやてに規律正しく敬礼する。

「なのは。行くならこれを持っていっていくんだ」

 すると、ユーノはあるものをなのはに手渡した。怪訝そうになのはが手の中にあるものを確かめると、それは新機能を搭載した【ARカートリッジ】だった。

「これって・・・ARカートリッジ?」

「前回得られたデータを元により完璧に調整しておいた。レイジングハートの新形状機構にも対応しているから。使う時は楽しみにしておいてよ」

「うん! ありがとうユーノ君!」なのはは満面の笑みを浮かべ喜んだ。

「ついでに、ヴィータのIPカートリッジもより使いやすいよう微調整しておいたからね」

「なんであたしはついでなんだよ!?」

「まーまーヴィータちゃん。そこは怒らないの」

「怒ってねーです!」

 露骨に機嫌を損ねたヴィータは頬を膨らませる。さながらハリセンボンを彷彿とさせるその仕草に周りは思わず笑みをこぼした。

 

           *

 

第331管理外世界「マデラン」

 

 現地に到着したなのはとヴィータ。

 二人だけで異世界を調査する任務に就くのはずいぶん久し振りだと思いながら、アンゴルモア反応が確認された異世界の大地に足を下ろした瞬間、凄まじい光景を目の当たりにする。

「こりゃすげーな」

「まるで煙突がいくつも立ってるみたい!」

 前方にたたずむ巨大な岩々。周囲には先端部が尖った岩が幾つもあり、ヴィータはそれらをボウリングのピンに例えて「これならいくらでもストライクが出せそうだな!」と、軽い冗談を口にする。

「こら、ヴィータちゃん。遊んでる暇はないんだよ」

「るっせーな。言ったみただけだろ! えーっと、アンゴルモアの反応はっと・・・」

 気を取り直して、サーチャーを展開してアンゴルモアの反応を追跡する。

 数十秒後、直ぐに反応があった場所が特定された。

「南南西の方みたいだな。よーし・・・」

「待ってヴィータちゃん、別方向からも反応が!」

 出発しようとした矢先だった。なのはのサーチャーが北北東より同じくアンゴルモアの反応を捕捉した。

「こりゃどっちが本物なんだ? しゃーねー。二手に分かれるぞ」

「じゃあ私は北を行くから。ヴィータちゃんは南をお願い。見つけたらすぐに連絡してね」

「おめーもな」

 どちらかが本物、あるいはアンゴルモアが二つあるという可能性を考慮し、なのはとヴィータは別々に探索行動に出る事にした。

「おい、なのは」

 北へ向かってなのはが飛行魔法を発動させようとした直後、後ろでヴィータが背中越しに声をかけてきた。

「なんかあったらすぐに呼べよな」

「っ! ・・・・・・うん、ありがとう。心配してくれて!」

「べ・・・別におめーのことなんか心配してねーし!! 早く行けよなッ!!」

 必死で照れ隠しをするヴィータ。口は多少悪くてもなんだかんだ自分のことを気にかけてくれる彼女をなのはは愛おしく感じつつ、一旦彼女から離れた。

 

 なのはと別れたヴィータは、当初反応があった南南西のアンゴルモア反応を追って単身移動を続けてる。

「たしかこのあたりからだが・・・・・・お?」

 きょろきょろ辺りを見渡していたときだった。目の前にアンゴルモアと思しき紫色に発光する結晶が見えてきた。

「ラッキー! アンゴルモア発見だ! やっぱあたしってクジ運がいいみたいだ」

 意気揚々とアンゴルモアらしきものへ近づこうとした時だった。彼女の愛機・グラーフアイゼンが突如制止を求めた。

〈Bitte warte. Die Reaktion von Angolmore ist langweilig, als es tatsächlich ist.(待ってください。アンゴルモアの反応が実際よりも鈍いです)〉

「鈍いって? あんな現物が目の前にあるんだぜ!」

〈Es gibt deutlich unterschiedliche Energiewellen von Angolmore. Hier ist es besser Ken Takahachi einmal anzurufen, um es zu bestätigen.(アンゴルモアとは明らかに異なるエネルギーの波動もあります。ここは一度高町一尉をお呼びして確かめた方がよろしいかと)〉

「何言ってんだよ! おめーはあたしの目が節穴だって言いたいのか!? あれは紛れも無くアンゴルモアなんだ!」

 いつになく心配性で臆病風に吹かれる愛機を怒鳴りつけ、強引に押し切ったヴィータはアンゴルモアらしきものの元へ突っ走った―――次の瞬間。

 近くの尖った岩に仕掛けられたトラップが発動。強い電磁波がヴィータの体に流れ込んできた。

「ぐああああああああああああ」

 突然の電磁ショックを受け悲鳴を上げて倒れ伏すヴィータ。

 直後、標的が罠にかかったことでアンゴルモアを模ったホログラムは消失する。

「動かねー・・・! チキショウ・・・どうなっていやがる!?」

『こうも簡単にウサギが罠にかかってくれるとは』

 すると、ヴィータの眼前にアンゴルモアのホログラムを使ったブービートラップを仕掛けた凶悪な敵がおもむろに姿を現した。

「お・・・おめーは・・・・・・!」

 

「ヴィータちゃん! ヴィータちゃん、応答して!」

 連絡が途絶えたヴィータとなのはは何度交信を試みるが、通信機からはザザ・・・という雑音ばかりが入って一向に繋がらない。

「ダメ・・・やっぱり通じない。レイジングハート、ロングアーチとの連絡もダメ?」

〈Apparently there is a magnetic storm all around.(どうやら辺り一帯で磁気嵐が起こっています)〉

「何だか嫌な予感がするんだ。ひとまず、元来た場所へ戻ろう」

 アンゴルモアの捜索は一旦中断。踵を返して合流場所へ向かおうとした―――それは起こった。

〈Warning! High energy reaction in the direction of 1 o'clock!(警告! 1時の方向に高エネルギー反応!)〉

 刹那、空中からの襲撃を受けた。

 なのはは咄嗟にラウンドシールドで攻撃を防いだ。光弾が放たれた方に目を向ければ、切り立った岩の上に黄金の甲冑姿をした怪人が立っていた。

「あれは・・・」

〈No magical response. It seems to be an unidentified molecule.(魔力反応なし。未確認分子と思われます)〉

 レイジングハートを強く握りしめ、なのはは謎の襲撃者を警戒する。

 一方の襲撃者こと、黄金甲冑の怪人は警戒するなのはの元へ重力を無視してゆっくりと降り立った。

『ふふふ・・・』

 そこはかとない怪奇さとひしひしと殺意を醸し出す怪人。なのはは嘗てない緊張感を抱いていた。

(なんだろう・・・この言い知れない気配? 人なの? それとも魔導虚(ホロウロギア)の類?)

 本能から来る生命の危険信号。額から汗を噴き出すとともに、なのはは意を決して尋ねる。

「管理局機動六課、高町なのはです。あなたは何者ですか? この世界の住人の方ですか? 先ほどの攻撃は公務執行妨害に当たります。今すぐ武装を解除してご同行を願います」

 どんな相手にも飽く迄毅然とした態度で臨むなのはだったが、怪人は彼女の警告を無視し再び光弾を発射した。

 なのはは再びシールドで防御。説得の余地なしと判断するや実力行使に出る。

「アクセルシューター、ファイア!」

 得意の誘導弾で攻撃を試みるなのは。

 しかし、怪人は飛んでくる誘導弾を手持ちの杖を前に翳すと、寸でのところで誘導弾を受け止め、攻撃をそっくりそのままなのはの元に返した。

「きゃああああ」

 なのはの足元で爆発する誘導弾。その衝撃を受けたなのはは後ずさり吃驚する。

「攻撃を受け止めて、はね返すなんて・・・!」

『私の力を侮らないでもらいたい』

 言うと、怪人は念動力によって雨雲を発生させた。そして雨雲からゴロゴロという音が鳴った瞬間、なのはの下に雷を落とす。

「あああああああああああ!!」

 辛うじて直撃は避けたものの、受けたダメージは相当なものだった。

 圧倒的ともいえる能力になのはの体は傷つき、安全を考慮し本来の戦場である空中へと舞い上がる。

 だが、怪人は一度視界に入った標的を決して逃がさない。

『逃げられるとお思いですか』

 再び念動力で周囲の気候を操作。なのはの周囲だけに猛烈な竜巻を発生させた。

「きゃあああああああああああああああああああああ」

 理屈では考えられない突然の竜巻がなのはを飲み込んだ。空中での飛行制御が利かなくなった彼女はやがて豪快に地面へ叩きつけられ、程なく気絶した。

 怪人は気を失ったなのはを荷物を背負うように抱きかかえ、仮面の下で不敵な笑みを浮かべる。

『さぁ・・・条件は整った。早く餌に食いつきなさい。翡翠の魔導死神』

 

           *

 

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

「シャーリー、なのはちゃんたちとの定期連絡はどないしたんや!?」

「現在、マデランでは磁気嵐が発生しています。外部との通信は一切行えない状況です」

 定期連絡が途絶え、なのは達の身に何かが遭ったのだと確信するはやて。

 周りのメンバーも各々二人の身を案じていると、不意に一人の男が自席から立ち上がった。ユーノである。

「ユーノ?!」

 フェイトが気に掛けると、彼は仕込み杖を手に司令室を出ようとする。

「どちらに行かれるんですか?」恐る恐るリインが問いかけると、

「なのはたちの身に何かあったら遅い。様子を見てくる」

「一人で行くつもりか!?」

「危険です!」

 分かりやすいユーノの行動だが同時に危うさを覚え制止を求める中、本人は「誰も一人で行くとは言っていない」と、周りに言い聞かせる。

 やがて後ろを振り返り、視線をスクライア商店メンバーへと向ける。

「金太郎、浦太郎、鬼太郎―――全員僕に付いてきてくれるかい?」

「「「承知(はい)(了解)!」」」

 ユーノの呼びかけに、スクライア商店メンバーは即答した。

(なのは・・・ヴィータ・・・無事でいてくれ)

 二人を必ず助けると心に誓い、金太郎らを引き連れユーノはマデランへと発つ。

 

           *

 

第331管理外世界「マデラン」

 

 襲撃を受けたなのはとヴィータが意識を回復したとき、謎の怪人の手によって仄暗い洞穴のような場所に幽閉されていた。

 魔力を封じる鎖に繋がれ一切の身動きひとつ取れない。憔悴したなのはとヴィータを気にしつつ、怪人は手元のタロットカードで占いを始めた。

「おまえ・・・なにもんだよ?」

 険しい表情のヴィータが怪人の素性を尋ねる。

 問いかけられた怪人は、彼女の問いに直接的な回答はせず、占ったカードの結果について言及する。

『逆位置の「戦車」ですか。その意味は《敗北》・・・・・・あなた方は既に私の手の中にあるのも同然。逃れる術はありません』

「んなこと聞いてねー! おめーは何者だって聞いてんだ!」

『誠に申し訳ありませんが、素性を明かすほどあなたとは親しい関係ではありませんので』

「親しくしたら教えてくれるのかよ?」

『それはあなた方の判断にお任せします』

 慇懃無礼な態度でタロットカード占いに没頭する怪人。

 デバイスを取り上げられ、魔法封じの鎖で能力が使えない中で、なのははひとつの希望的観測を口にする。

「あなたが何の目的で私たちを攻撃して拘束したのかはわかりません。でも、こんな事しても無駄。きっと必ず助けが来る・・・・・・ユーノ君が絶対に私たちを助ける!」

 と、ユーノの名が出た直後―――怪人がその名に食いついた。

『ユーノ・スクライア・・・・・・かの魔導虚(ホロウロギア)事件を解決へ導いた次元世界の英雄にして翡翠の魔導死神。その彼が君たちを助けに来てくれる、と。あなたは本気でそう思っているのですか?』

「どういう意味!?」

 言っている意味がわからないなのはに怪人はおもむろにタロットカードを一枚取り出した。そして、大アルカナのひとつ『死神』を見せつけた。

『正位置の「死神」。ユーノ・スクライアはここへは辿り着けない。このアルカナが示しているのはまさに彼の運命そのもの』

「違う! そんな悲しい運命、私は信じない!」

 不吉な予言を口走る怪人の言葉を真っ向から否定するなのは。怪人はさらに彼女の精神を揺さぶるべく別のアルカナを見せつける。

『逆位置の「恋人たち」。あなたと彼は二度と会うことはありません・・・・・・すべては逃れられない定めなのです』

(ユーノ君・・・・・・!)

 四年越しの再会。四年越しの告白を経てユーノと両想いとなったなのはの気持ちを弄ぶ怪人は、さながら『道化師』のようだった。

 

 一方、現地へ降り立ったスクライア商店メンバーは消息を絶ったなのは達の手掛かりとなる重要な証拠を発見した。

 四人はヴィータがアンゴルモアを装ったトラップが仕掛けられた現場にいた。現場の状況と僅かな痕跡から二人の身に何が遭ったのかプロファイリングを行う。

「やはりブービートラップのようですな」

「んだよ。あいつらベテランじゃなかったのかよ!」

「浦太郎。そっちはどうだい?」

「ダメですね。店長の言う通りこの磁気嵐・・・無意味なマギオン粒子が多量に含まれているせいでどれがどれだかわかりません。これじゃなのはちゃんたちの魔力残滓を拾う事もままなりません」

 無意味なマギオン粒子を多く含む磁気嵐によって魔力による通信手段は一切使いものにならなかった。

「いかがなさるおつもりですか店長?」

「魔力を拾えないなら、二人の霊圧を追跡すればいい」

「けど魔導師に霊圧なんてあるんすか?」と、鬼太郎は純粋な疑問を口にする。

 彼の頭の中では霊力を持つ者は死神や滅却師(クインシー)、織姫などに始まる一部の者達だけと考えていた。だからこそ、魔導師にも霊圧があるという話自体聞いたことがなかった。

「元を正せば魔力も霊力も魂の一部が変質した力だからね。ちょっと癖はあるけど追跡できないわけじゃない」

 言うと、ユーノは懐から取り出した特殊な液体を指に付け、地面に術式に必要な陣を描きながら詠唱を開始した。

「南の心臓 北の瞳 西の指先 東の(きびす) 風持ちて(つど)い 雨払いて散れ。縛道の五十八―――『掴趾追雀(かくしついじゃく)』!」

 ユーノが陣の模様に霊力を注ぎ込むや、中心部に漢数字が忙しくなく変化しながらなのは達の現在地の特定を始める。

 金太郎達が固唾を飲んで見守る中、徐々に場所が絞り込まれていく。

「・・・31・・・64・・・83・・・97・・・反応捕捉! 西・三百三十九、南・二千五百六十一の座軸だ」

どうにかなのは達の場所を割り出すことができた次の瞬間―――事態は急変した。

 

『ヴオオオオオオオオオオオオ』

 野太い唸り声がし、背後から現れたのは全身が刃物で覆われ、両腕に鋭いナイフを装備し、さらには胸に孔の空いた魔導虚(ホロウロギア)・バギラだった。

魔導虚(ホロウロギア)だと!?」

「そんな!  魔導虚(ホロウロギア)は全部倒したはずじゃ!」

 全滅した筈の敵が当然の如く現れるという現実の奇特さ。ただただ目の前の光景を疑うユーノ達を見据え、バギラは両腕に付けられたナイフを勢いよく振り切り―――周囲の岩々を切り裂いた。

 粉砕された岩の破片が弾丸の如く飛来する。四人は上手く回避する。

 バギラから襲撃を受けた金太郎と浦太郎、鬼太郎の三人はすぐさま武器を手に臨戦態勢となると、ユーノに促す。

「ここは我々にお任せください」

「店長は今のうちになのはちゃんたちを」

「こんなヤツ俺らだけで十分っすよ!」

「ありがとう。気をつけるんだよ」

 三人の厚意に感謝し、この場を任せてユーノはなのは達の救出へと向かった。

 バギラは唸り声を発すると、ナイフを強烈に振り払う事で青い剣閃を飛ばし、三人へと襲い掛かってきた。

「のりゃああああああ!」

 解放した烈火より炎の斬撃をお見舞いする鬼太郎。しかし、バギラは飛んできた炎の斬撃を両腕のナイフでいとも容易く掻き消す。

「ウォーターホイッパー!」

「ダイナミックスクロス!」

 浦太郎と金太郎も得意技を炸裂させるも、バギラはほとんどダメージを負っておらず依然として激しく暴れ回る。

「こいつ・・・見た目よりもタフだぜ!」

「だけど、どうしてこんな場所に魔導虚(ホロウロギア)が!?」

「まさか・・・・・・いやそんな筈は」

 ぴくっと眉を動かした金太郎。彼の頭に数か月前に経験した嫌な記憶がよみがえる。

「なになに? 金ちゃん心当たりでもあるの?」

「・・・・・・」

 問い質す浦太郎だが、金太郎は沈黙のまま答えようとしない。

「おい熊、黙ってちゃわかんねーだろ! なんか言えよ!」

(確信が持てん以上、ここは慎重に行動すべきか。今は店長がなのは殿とヴィータ殿を無事に救出するまでに殲滅あるのみ)

 今は話す時ではない―――葛藤の末にそう判断した金太郎は、浦太郎と鬼太郎とともに目の前の敵との戦いに集中する事にした。

「いくぞ、浦太郎。鬼太郎」

「「うん(おう)!」」

 

 その頃、捕らわれのなのは達は怪人にある物を見せられていた。

『こちらにあるものに見覚えありませんか?』

 ジュラルミンケースに厳重に保管されていたのは幼生虚(ラーバ・ホロウ)に相違ないものだった。なのはとヴィータは驚きのあまり声を詰まらせる。

「それは・・・幼生虚(ラーバ・ホロウ)!?」

「なんでオメーがそれを・・・!」

『答えはひとつです。私がスカリエッティ氏のスポンサーだからですよ』

「「えっ!」」

 聞いた瞬間、二人は脳内に強い電流が流れたような衝撃を覚えた。

『正確には、私が所属する財団がなのですが。これはスポンサー特権で得たものです。ちょうど退屈してきましたので面白い余興をご覧いただきましょう』

 怪人は空間ディスプレイを表示させるとリアルタイム映像を展開。ちょうど今まさにバギラと死闘を繰り広げるスクライア商店メンバーの戦いが二人の前に映し出される。

「あれは魔導虚(ホロウロギア)・・・なのか?!」

『ご明察。我々財団が独自の技術で造り出した人工魔導虚(ホロウロギア)・バギラです。従来の魔導虚(ホロウロギア)と違って魔力資質や霊力資質の高い者でなくても魔導虚(ホロウロギア)化、幼生虚(ラーバ・ホロウ)を単身成長させることで進化できる個体を造り上げたのです』

「何のためにそんなことを?」

『無論、売る為ですよ。商品としてね』

 なのはから向けられた疑問に淡々と乾いた声で答える怪人。そのあまりに無味乾燥とした言葉に二人はさらに耳を疑った。

魔導虚(ホロウロギア)を売るって・・・・・・おまえら正気かよ!?」

『もちろん正気です。逆に聞きますが、あんな怪物を鑑賞目的に買う物好きがいるとでも? 常に世界は強い力を欲している。強い力を持てば特権を得られる。原始時代からさかのぼっても人間の本質は大きく変わりありません。我々は彼らが望むものを提供し、その見返りとして金を得ているだけです。真っ当な商売だと思いますがね』

「違うッ! あなたたちはそうやって世界に争いの種を撒いてる! それだけじゃない・・・一歩間違えれば世界そのものを壊しかねない危うい行為です! あなたみたいな人を絶対に見逃せない!」

『威勢がいいですね。さすがは管理局が誇るエース・オブ・エースといったところですか』

 正義感に満ちたなのはから向けられる言葉を怪人は内心嘲笑する。

『しかし、どれほど粋がろうとどれほど足掻こうとあなた方の力では努々逃れることはできない』

 そう言って、怪人は『理想郷の杖』と呼ばれる錫杖型の武器を手にし、事あるごとに反論してくるなのはの下顎を軽く突き上げる。

『少し饒舌が過ぎたようだ。我々の秘密を知った以上、あなた方にはここで消えてもらおう。サヨウナラ・・・恋人にはよろしく伝えておきますよ』

 顔に手を当てられ直後―――なのはは怪人によって『希望』のエネルギーを奪われ始める。

「ああああああああああああああああああ」

「なのはぁぁぁ!!!」

 悲鳴を上げるなのはを助けようにもヴィータも身動きひとつ取れない。希望のエネルギーを奪われ、次第に朦朧とする意識の中、なのはは一縷の希望を思い浮かべる。

 彼女にとっての希望―――他ならぬ師であり幼馴染であり、晴れて恋人同士になれたユーノを置いて他ならなかった。

(ユーノ・・・くん・・・・・・・・・たすけて・・・・・・・・・)

 

 ―――グサッ!

 

『が・・・・・・・・・』

 刹那、突然腹部を勢いよく貫く感覚が怪人を襲った。

 なのははぐったりとしながらも間一髪のところで窮地を脱した。ヴィータは体力を著しく消耗したなのはに大声で呼びかける。

『なんだ・・・いまのは・・・・・・』

 確かに背中から鋭いもので体を貫かれた。貫通した腹部から漏れ出る血がそれを物語っている。恐る恐る背後を気にしたとき、怪人の足元の影から何かがゆっくりと浮上してきた。

「・・・・・・あれは・・・」

 ヴィータも思わず目を見開きぞっとする。怪人の影の中から現れたのは―――鬼神の如く雰囲気を纏ったユーノだった。

 ユーノは影の中から現れると、斬魄刀を手に今にも目の前の怪人を屠りたいという昂った気持ちを押さえながら眼光鋭く対峙する。

『・・・翡翠の魔導死神ユーノ・スクライア・・・影の中に潜るとはずいぶん悪趣味な技じゃないですか・・・』

 と、強がって見せた直後。

 ガシっと、ユーノの左手が仮面で覆われた怪人の顔を鷲掴み、凄まじい膂力(りょりょく)で洞穴の外へ投げ飛ばした。

 敵を排除すると、ユーノは拘束されたなのはとヴィータを直ちに解放する。

 顔中から汗を吹き出し立つこともままならずぐったりするなのはを、ユーノは優しく抱きかかえる。

「ゆ・・・ユーノくん・・・」

「ごめんなのは。来るのが遅くなって」

「うんうん・・・わたしは信じてよ・・・・・・ユーノ君が必ず助けに来てくれるって・・・」

 一途に自分を信じていたなのはの言葉。嬉しく思う反面、同時に心が痛んだ。

「ヴィータも無事かい?」

「あぁ。ありがとなユーノ。すまねぇ・・・・・・あたしがいながらなのはにまたひでーめに遭わせしちまった!」

 過去の経験からなのはを守ると決めていたヴィータは悔し涙を流す。

 ユーノはヴィータの気持ちを汲み取りつつ、この場からの脱出を最優先に行動を促す。

「さぁ二人とも。直ぐにここから出るよ」

 

「こいつで仕舞いだぁぁ!!!」

 戦いもいよいよ大詰め。鬼太郎はこれまでの蓄積されたダメージで動きが緩慢となったバギラ目掛け灼熱の斬撃で止めを刺す。

 焼かれながら斬りつけられ、バギラは全身を炎に焼き尽くされながら断末魔の悲鳴を上げる。

 だがそのとき、ユーノの魔の手から逃れた黄金甲冑の怪人が現れ、倒されそうになっているバギラを発見する。

『当初とは予定が狂ってしまいましたが、致し方ない。全ては運命の輪に委ねるとしよう』

 言うと、事前にこの世界で回収していた悪魔の結晶―――アンゴルモアを炎に焼かれるバギラへ投擲。

 アンゴルモアはバギラの体内へ吸収された。それによりバギラは瀕死状態から回復。さらなる力を得て【メカバギラ】へと進化した。

「なんかパワーアップしちゃったよ!」

「んなのありかー!」

「来るぞ!!」

 三人が身構えた途端、メカバギラによる強烈な斬撃が放たれた。

「「「ぐああああああ」」」

 一段と切れ味を増した攻撃に三人も大ダメージを食らう。

 アンゴルモアを取り込みパワーアップした事で右目がスコープになり、口からはレーザー上の虚閃(セロ)を放ち、尻尾のナイフをブーメランのように飛ばすことで多種多様な攻撃を繰り出すようになった。

『ギュオオオオオオオオオオオオオオ』

 金属音が混ざった咆哮を放つメカバギラ。その強さに三人は苦戦を強いられる。

「くっ・・・急に強くなって粋がりやがって!」

「ほんと。まるで先輩みたいでイヤになるよ」

「んだとー!」

「馬鹿者! 口を動かす暇があるなら手を動かせ!」

 金太郎に叱責され、浦太郎と鬼太郎はメカバギラの次なる攻撃に備える。

 眼下に見据えた小さな標的を右目のスコープで見定めてから、メカバギラは両腕のナイフから剣閃を放とうとする。

 

「―――獅子翡翠群(ししひすいぐん)―――」

 

 刹那、厚い雲を突き破って降り注ぐ無数の翡翠に輝く刃の雨。

 メカバギラの体をも貫通する威力を持つその技を使用した術者・ユーノがなのはとヴィータを伴って金太郎達の加勢に入った。

「てらあああああ」

「シュぅぅ―――ト!!」

 ユーノの攻撃を皮切りに、なのはとヴィータが空から攻撃を仕掛ける。

「店長! なのはちゃん!」

「ヴィータ殿も無事でしたか」

「ったく。心配させやがって!」

 なのは達の無事を確認した三人は安堵し胸を撫で下ろす。

 一方、なのはは凶悪な変貌を遂げたメカバギラを目の当たりにしながらユーノに問いかける。

「ユーノ君、あの魔導虚(ホロウロギア)・・・!」

「間違いない。アンゴルモアと融合して強化されている。あれを止めるには核となるアンゴルモアを取り出すしかない」

『ギュオオオオオオオオオオオオオオ』

 咆哮だけでもその霊圧と魔力の波動は相当なものだった。ユーノは晩翠をきつく握りしめ、戦いへの覚悟を強く持つ。

「ヴィータ! 僕らがあれを足止めしている間に例の新機構でアンゴルモアを取り出すんだ!」

「おうよ!」と、ユーノに潔い返事をするヴィータ。

「なのは。いけるかい?」

「当然。せっかくユーノ君が調整してくれただもん。今使わないともったないもん!」

 そう言うと、なのははユーノから受け取っていた次世代カートリッジシステム【ARカートリッジ】を愛機へ装填する。

「いくよ、レイジングハート。ARカートリッジ、ロード!」

〈AR set. Maximum Maser〉

 カートリッジが装填された直後、レイジングハートの形状が変化する。

 現在のなのはの戦闘スタンスに合わせて槍型を基調とした砲門に追加装備される強化パーツ。持ち手部分にはエネルギー放出時に砲門を安定させるための『スタビライザー』と『クッションプランジャ』が施された。

 そうして誕生した新たなるレイジングハートの新機構―――名を《レイジングハート・マキシマムメーザーモード》と呼ぶ。

 ARカートリッジによって新たな姿へと変化したレイジングハートを手に、なのはは照準をメカバギラの頭部部分に合わせる。

「マキシマムメーザー、ファイア!」

 砲門から発射された熱破壊力を持つ桜色の砲撃。さながらレーザー砲を思わせる攻撃の直撃を受けたメカバギラの機械化された肌は瞬時に融解し、悲鳴にも似た声を発する。

「奴の動きがひるんだ今のうちだ。一気に畳みかけるぞ」

「「「承知(了解)(押忍)!」」」

 ユーノの掛け声のもと、スクライア商店メンバーが一斉に動き出す。

「グラン・カイーダ!」

「スピアトルネード!」

「俺の必殺技! パート2!」

 突風からの斬撃、高速の水流魔法、破壊力に飛んだ炎の斬撃。強力なトリプルパンチを受け、メカバギラは更なる苦しみを与えられる。

双児晩翠(ふたごばんすい)

 さらに、ユーノは能力により二振りとなった晩翠を手にメカバギラへ接近する。

 怒りのまま両の手から青い剣閃を繰り出すメカバギラの攻撃を二振りの刀で受け止め、弾いた瞬間―――密かに温めていた必殺技を披露する。

 

「―――裂星懸河(れっせいけんが)!!」

 

 刹那、瞬歩からの怒涛の十六連撃が繰り出された。

 太刀筋を視認する事さえままならない高速連撃。メカバギラの強化された装甲さえものともしない切れ味を発揮するユーノの鬼気迫るものになのは達は挙って目を見開いた。

「うおおおおおおおおおおお」

 まさしく縦横無尽に立ち振る舞い、ユーノは文字通りに敵をなます切りにする。

「今だヴィータぁ!」

 合図を送った直後、後ろで控えていたヴィータがIPカートリッジによって形状変化した黄金に輝く《グラーフアイゼン・ブリッツェンフォルム》を手に急速接近。

「でやあああああああああああああああああああ」

 ヴィータの体は身の丈を遥かに超える黄金のハンマーと同じ金色に輝いており、その輝きを纏ってメカバギラの核たるアンゴルモアのエネルギーが集中する頭部目掛けて魔力で出来た光の釘を打ち込んだ。

「ハンマ――――! ヘルッッ!」

 ズドンっ! と、メカバギラの頭部に釘を差し込むことに成功する。

「ハンマ――――! ヘヴンッッッ!」

 そこからさらに、グラーフアイゼンに装備された釘抜き部分でアンゴルモア核を頭部から根こそぎ取り出す。

「光になれえぇぇぇぇっっっ!!!!」

 そして、アンゴルモアを失い空の器なったメカバギラをヴィータは力の限り思い切り叩きつけた。

 瞬間、形成された重力波が対象を光の速さにまで強制的に加速させることでメカバギラの肉体そのものを光子に変換―――跡形もなく消滅させた。

 分解されたエネルギーは光の粒子となり、メカバギラは空へと還っていった。

 

           *

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

機動六課 ミッドチルダ隊舎 アドバイザー室

 

 夕方。マデランから帰還したユーノと金太郎は二人きりで話をしていた。話題はなのはとヴィータを襲撃し、バギラを差し向けた黄金甲冑姿の怪人についてだった。

「あの黄金甲冑の怪人・・・見覚えあると思ったら、やはり『アニマトロス』で遭遇した奴と同一人物だったか」

「しかし何者なのでしょうか? なのは殿とヴィータ殿の報告によれば、奴らは多額の金を出資する見返りとして魔導虚(ホロウロギア)を始めとする様々な兵器を売りつけていると」

「死の商人、か」

 机の上で手を組み、ユーノは険しい表情を浮かべながら呟く。

「・・・ひとつ心当たりがある。だが、情報が少な過ぎる。まだ確信は持てない。単なる模倣犯という可能性も捨てきれないしね」

「この件についていかがなさいますか店長?」

「当分のあいだは口外禁止だ。今はなのはたちに余計な心配や負担を掛けたくない」

「しかし、また同じ相手が現れた場合は?」

「そうならないために僕がいるんだ」

 言うと、ユーノは椅子から立ち上がり、窓から差し込む茜色の夕陽を全身に受けながら金太郎に独白する。

「なのはは僕にとっての『光』だ。だけど、この世界には彼女や六課のみんなみたいな存在を快く思わない輩が少なからず存在する。ならば僕に出来ることはせめて、なのはたちが光の世界でがんばっている間に裏でそう言った外道な輩を退治すること。外法の悪は外法の力を持って更なる闇へと葬り去る・・・―――」

 

「それが、『翡翠の魔導死神ユーノ・スクライア』としての僕の使命だ」

 

           *

 

 黄金甲冑の怪人こと―――加頭順(かずじゅん)は例の白い部屋でまたひとりタロット占いに没頭する。マデランでの戦いの結果と自身の占いの結果の乖離に彼はずっと納得がいかず、その理由を延々と占っていた。

「何故・・・・・・ユーノ・スクライアは」

 すると、不意にテーブルから落ちた一枚のタロットカードを拾い上げる。

 それを見た瞬間、加頭はわずかに目を丸くしそれを凝視する。

「『愚者』・・・正位置ならば我々にとって好ましく状況。逆位置ならば自滅。果たして彼はこの先どちらに転ぶのでしょうか」

 

 

 

 

 

 

教えて、ユーノ先生!

 

ユ「今日は、ARカートリッジについてお勉強だよ♪」

「ARカートリッジは『オーグメンテッド・リアクター・リファイニング・カートリッジ』の略で・・・なのはの魔力特性と戦闘スタイルに合わせて僕が作った次世代型カートリッジシステムだ」

「最大の特徴はカートリッジ本体に内蔵された『マギオン自動スキーム』と『マギオン自動反応炉』による魔力生成だ。なのはが保有するマギオンを増強・精製することでより効率的かつ強大な魔力エネルギーを作り出せる」

「一般的に加齢によって魔力消耗率は上がり、稼働効率はそれと反比例するように逓減していく。なのはの場合あの性格的な面や戦闘スタイルからも魔力を酷使することが多いよね。このARカートリッジは消耗を極力制限し、その制限した中で彼女が全力全開で戦えるようにサポートするまさに夢のようなアイテムなんだ♪」

 すると、今日の戦いを経てヴィータがふとある疑問をぶつけてきた。

ヴィ「なぁユーノ。あたしたちを助けてくれた時に使ったあの技なんだけど・・・なんかすげー見てて不気味だったぞ」

ユ「あぁ・・・『影潜(かごくくり)』のことかい? あれは晩翠の基本能力で、あらゆる影の中に潜ることができるんだ」

ヴィ「いつからあの怪人の影に潜っていたんだ?」

ユ「さぁいつからだろうね。少なくとも、なのはが悲鳴を上げる直前までは潜っていてくださいってスタッフに指示されるときまではね」

 言いながら、このコーナーの外でカメラを回し、カンペボードを抱えたスタッフ一同を見渡すユーノ。

ヴィ「つーかあたしらの活躍から今に至るまでどこかの撮影所で行われていたのかよ!! 映画とかじゃねーよな!?」

 予想だにしなかった衝撃の事実を知り、終始ヴィータは驚きを隠し切れなかった。

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

 あるとき、キャロがなのはに相談を持ちかけた。

な「え? 仲良しの秘訣?」

キャ「はい。わたし、なのはさんとユーノ先生みたく、もっともっとエリオ君と仲良くなりたいんです! 何か秘訣みたいなものはありませんか?」

 恋愛感情を抜きにしてキャロはパートナーであるエリオとの仲を深めようと思っていた。そんな無垢なる少女の願いに答えようとなのはは思案する。

な「んー、そうだな・・・・・・私とユーノ君の場合、取り立てて特別なことはやってないんだけど・・・強いて言えば一緒に寝たりとか♪」

キャ「一緒に寝るんですか!? ユーノ先生と!!」

 年頃の娘には些か刺激が強い内容だった。興奮気味のキャロになのはは無自覚に話を続ける。

な「ああ見えて、ユーノ君はむかしはかわいらしいフェレットさんだったんだよ♪ でね、久しぶりにそれをやってもらってね、一緒に寝てもらったんだけど、そしたら次の日ユーノ君ったら真っ赤になっててね・・・それがまたかわいかったんだよね~♡」

 飽く迄も無自覚。天然のユーノキラーであるなのはは終始ご満悦の様子。

やがて、話を聞いたキャロも逡巡した末にある決意を固める。

キャ「わかりました! なのはさんたちの事を見習って、私も今日からエリオ君と一緒に寝ます!!」

 この発言をずっと傍で聞いていたエリオはユーノとともに飛び出し、赤面しながら必死に訴える。

エ「いやいや!! 何で!? 何でそうなるわけ!?」

ユ「なのはもなに恥ずかしいこと言ってるのさ! もうちょっと自重してよ!!」

 ユーノとエリオ。奇しくもこの二人の立場はとても似通っていた。




登場魔導虚
バギラ
何者かによって生み出された人造魔導虚で全身が刃物で覆われている。両腕に付けられたナイフ状の刃はあらゆる物を切り裂き、強烈に振り払う事で青い剣閃を飛ばす事も出来る。
全身の刃物でスクライア商店メンバーを近づけさせず、通常の技をかき消すばかりか、両腕の刃を交差させる事で防御してしまうなど、圧倒的な強さを見せつけた。
・メガバビラ/AM-02
アンゴルモアの力を取り込んだバギラがパワーアップした姿でアンゴルモアモンスター。
右眼にスコープが付けられており、これで狙いを定める。口からはレーザー光線の様な虚閃を放つ。尻尾の刃物はブーメランのように飛ばす事が出来る。
機械化によって高い強度を得た両腕の刃で通常の斬撃や魔法攻撃さえ寄せ付けず、金太郎らスクライア商店メンバーと優勢に戦いを進めた。しかし、ユーノの加勢となのはの新兵器レイジングハート・マキシマムメーザーモードにより再び動きを止められ、その隙を突いたユーノの双児晩翠・裂星懸河で大ダメージを負わされ、怯んだ所をヴィータの必殺技「ハンマー・ヘルアンド・ヘブン」で倒された。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。