骸の王達 (弥宵)
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山の翁

懲りずに新作を投稿していくスタイル(五体投地)


『ユグドラシル』。

 圧倒的なリアリティと自由なキャラメイク、多種多様な魔法や職業等の作り込み要素により大人気を博したDMMORPG。

 かつて栄華を誇ったこの世界の、十二年のサービスに終止符が打たれようとしていた。

 

「終わり、か……」

 

 そう呟いたのはギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の長、モモンガ。ギルドメンバーが次々に引退していく中最後まで『ユグドラシル』に留まり、拠点たるナザリック地下大墳墓の維持のため奔走してきた死の支配者(オーバーロード)である。

 つい先程ギルドメンバーの一人である古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)のヘロヘロがログアウトしていくのを見送ったモモンガは、形容し難い寂寥感に襲われていた。

 

「楽しかった……楽しかったんだ」

 

 全盛期の頃の仲間達との思い出に浸り、胸に空いた虚ろな穴を埋めようとするも、一向に成果は無い。

 

「くそっ……!」

 

 どうしようもないことだと、仕方がないことだと分かっていても、溢れ出る激情を抑える術は無い。

 

 ―――この場にいるのが彼一人ならば、の話であるが。

 

 

「案ずるな、我が盟友よ」

 

 

 新たに発せられたその声(CV:中田譲治)に、モモンガは勢い良く顔を上げる。

 

「山の翁さん……来てくれたんですね!」

 

「盟友にして盟主たる汝の誘いとあれば是非も無し。我は契約を違えはせぬ」

 

 山の翁。暗殺者(アサシン)の上位職である冠位暗殺者(グランドアサシン)を修得している唯一のプレイヤーであり、『アインズ・ウール・ゴウン』に最後まで残ったメンバーの一人である。

 またロールプレイガチ勢であり、一昔前に流行したゲームのキャラクターになりきって『ユグドラシル』をプレイしている。

 種族は死の騎士(デスナイト)の上位種の死の宣告者(フェイタルキラー)。骸骨かつ盾持ち剣士、そして致命傷をHP1で耐える(ガッツ持ち)という、彼のロールプレイには最適といえる種族だ。

 

 

「このナザリックにも、我等が世界にも、遂に晩鐘が響く刻が訪れたか」

 

「……ええ、そうですね。本当に、本当に残念です」

 

「たとえ世界が移ろおうとも、我等の友誼が綻ぶことはない。とはいえ、やはり一抹の寂寥は否めぬか」

 

 しばし二人で感傷に浸っていたが、残り時間も僅かということで玉座の間に移動することにした。

 

「セバスとプレアデス……折角ですし、連れて行きます?」

 

「我等が同胞と共に行くことに否やは無い。我が名を与えし者等もじきに現れよう」

 

「ああ、あの全員同じ名前の……確か、ハサン・サッバーハでしたっけ?」

 

「如何にも」

 

 山の翁が作成したNPCは三人いるが、その全員がハサン・サッバーハの名前を持つ。見た目も能力も全く異なるが、共通して暗殺者(アサシン)職業(クラス)を修得している。

 

「あ、来ましたね。じゃあ行きましょうか―――付き従え」

 

 背広にメイド服、黒装束の供を従える骸骨二人。傍から見るとかなり異様な光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 玉座の間にて。

『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を携えたモモンガは、有終の美を飾るため演説をすることにした。

 折角だから盛大にやろうということで、すぐに動かせる階層守護者やメイド達を可能な限り集めることにした。

 

「アルベド……なんで真なる無(ギンヌンガガプ)持ってるんだ?」

 

 守護者統括、アルベド。『大錬金術師』タブラ・スマラグディナが作成したNPCだ。召集完了まで少し時間があるため、モモンガは彼女の設定を覗いてみることにした。

 

「長っ…流石タブラさん。全部読む時間は無いな…………ん?」

 

 設定魔のタブラに尊敬と呆れを抱きつつ流し読みしていき、最後の一文を読んだモモンガの目が点になる。もちろん比喩だが。

 

「『ちなみにビッチである。』………えー」

 

 ギャップ萌えというか、サキュバスでこれだとむしろ普通なんじゃなかろうか。

 

「これはちょっとなあ……変えるか」

 

 なんとも微妙な気持ちになったモモンガは、最後だし許されるかな、とアルベドの設定を変更することにした。

 

「『モモンガを愛している。』………いや流石にこれは」

 

 でも他にいい案も無いし、時間もそんなに残ってないしこれでいいかなー、などとモモンガが自己弁護を繰り返していると。

 

 

「――愛に飢えているようだな、盟友よ」

 

「うぉわっ⁉︎やややや山の翁さんいつからそこに⁉︎」

 

「汝と共に玉座の間に入ったが」

 

「最初からじゃないですか!あんた気配遮断使っただろ絶対‼︎」

 

「……首を出せぃ‼︎」

 

「さては誤魔化す気無いなあんた‼︎」

 

 

 結局『ギルメンを愛している。』に落ち着いた。

 

 

 

 

 

 

 程なく召集をかけた面々が揃ったため、モモンガは演説を始めることにした。

 山の翁は玉座の隣に控えている。

 

「―――諸君。我々アインズ・ウール・ゴウンは今、未曾有の危機に直面している」

 

 魔王モードに入ったモモンガの口は流れるように言葉を紡ぐ。

 

「今やこのナザリックに残った至高の四十一人は、私と山の翁の二人のみ。残る三十九人は、此処とは異なる世界にて各々の敵と戦っている。

 我等の力の程は知っての通りだ。だが、此度の危機に限っては、仮に四十一人が揃っていたとしても対処は叶わなかったやもしれん。――即ち、世界そのものの崩壊だ」

 

 群衆がどよめいた、ような気がした。

 

「私はそれを唐突に知った。程なくしてこの世界の住人全てに知れ渡ったその情報に、ある者は悲嘆に暮れ、ある者は怒り狂った。もはやこの運命は揺るがない。そう理解していながら受け入れられぬ者がいた」

 

 モモンガの演説が熱を帯びていく。

 

「我等至高の四十一人が生を受けたのは、崩壊し終末を迎えた世界だった。我等は長らくそこで生きてきたが、その世界に不満を持つ者は多かった。そして、遂に我等はこの世界を見つけ、訪れ、歓喜に震えた。

 この世界には自然が、生命が、そしてナザリックがあった。我等が思い描いた理想が、此処にはあったのだ」

 

 どよめきに嗚咽が混じった、ような気がした。

 

「だが、それももう終わる。この世界は崩壊するのだ。至高の四十一人も、大部分が果てなき戦いに戻らざるを得なかった。もはやこのアインズ・ウール・ゴウンに存続の術は無い―――

 

 

 ―――本当にそうか?

 我等の絆とは、世界の崩壊ごときに壊される程度のものだったのか?ただ己の無力を嘆くことしかできずに、諦念と共に消失を待つ他ないというのか?

 

 

 

 ―――否!断じて否‼︎

 我等の絆は永久に不滅である!たとえ世界が滅ぼうとも、何人たりとも我等の征く道を阻むこと能わず!さあ、見せてやれ!我等がアインズ・ウール・ゴウンの力を!決して褪せることなきナザリックの栄光を‼︎」

 

 

 次の瞬間、歓声が爆発した。

 

 

『ナザリック万歳‼︎アインズ・ウール・ゴウン万歳‼︎』

 

『我等が主に絶対の忠誠を‼︎』

 

『アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ‼︎』

 

 

 

 

「「…………えっ?」」



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至高なる暗殺者

久々の更新。今後は感想にも返信していけるかと思います。


 割れんばかりの大歓声の中、モモンガはこの上なく困惑していた。

 

「えっ、ちょ、えっ?」

 

 この歓声を上げているのは、自我どころか声すら持たない筈のNPC達。時刻を確認すればとっくに日を跨いでいるわ、GMコールは効かないわ、ウインドウは開かないわ、もう訳がわからない。

 

「そ、そうだ、翁さんなら……!」

 

 どんな状況でもロールプレイを崩さない山の翁ならば、この意味不明な状況の中でも冷静に事を運べるのではないかと期待して、モモンガが彼を見遣ると。

 

「うぇえ……?」

 

(あ、これダメなやつだ)

 

 ロールプレイどころか精神年齢すら怪しかった。というかあの渋い声(CV:中田譲治)であんな声を出されると腹筋が死ぬ。腹筋無いけど。

 

「ぶふ、あ、く、えと、どうしよ――ふぅ」

 

 混乱と笑いの衝動に苛まれていたモモンガだったが、突如精神が落ち着きを取り戻す感覚に見舞われる。

 

(……アンデッドの精神異常無効化、か?)

 

 理由が何であれ、ある程度平静を取り戻したモモンガは改めて現状について考察する。

 

(GMコールもウインドウもダメ、NPCが動いている、表情が変化する、嗅覚がある、精神の鎮静化――これじゃあまるで)

 

 ゲームが現実化したかのようだ(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「そうだ、魔法はどうだ?」

 

 ふと思いついて、モモンガは〈伝言(メッセージ)〉を発動する。

 

『翁さん、聞こえますか?』

 

『え、なんですモモンガさ―――何事だ、盟友よ』

 

『あ、調子戻りましたね』

 

 ひとまず〈伝言(メッセージ)〉が無事に発動し、山の翁が落ち着きを取り戻したのでモモンガはホッとする。

 

『いや、どうもGMコールとか効かなくなってるみたいなんで、魔法はどうかなと思いまして』

 

『問題ないようだな』

 

『そうですね』

 

 魔法が使える、それはわかった。ではスキルはどうか。

 

『翁さん、ちょっと気配遮断使ってもらっていいですか?』

 

『請け負った』

 

 返答の直後、山の翁の姿が認識できなくなる。冠位暗殺者(グランドアサシン)による他とは一線を画する『気配遮断』は、索敵系のスキルを極めたプレイヤーでさえ彼が攻撃動作に移るまで認識できないほどの性能を誇る。

 

『こっちも問題なし、と』

 

『そのようだ』

 

 やはり『ユグドラシル』での能力は生きている。するとますます深まってくるのが、現状に対する疑問である。

 

『結局、何が起きてるんでしょう』

 

『取り急ぎ調査が必要であろうな』

 

 謎はいくらでも思い浮かぶ。だが、 まずは。

 

『翁さん、この状況どう思います?』

 

『不可思議――されど、ある種の理想とも言えよう』

 

『――そうですね。本当にそうだ』

 

 ナザリックのNPC達が、十二年間の思い出の結晶が、今こうして目の前で生命を得て動いている。これ程の幸福があるか。

 ゲームの現実化だか異世界転移だか知らないが、ナザリックと、ギルメンと、アインズ・ウール・ゴウンと共に在れるというのなら、クソッタレな現実(リアル)に戻されるより余程良い。

 

「っ、はは」

 

 NPC達は本気で笑い、本気で喜び、本気でナザリックを讃えている。それがモモンガにもわかった。裏切りや叛逆など考える必要はないだろう。

 

「ははははは」

 

 楽しかったあの日々を、もう一度。今度は永遠に。

 

「ははははははは‼︎」

 

 まずはこの喜びを、心ゆくまで噛みしめよう。

 

 

 俺達は、このギルド(アインズ・ウール・ゴウン)と共に生きていく。

 

 

 

 

 

 

 

「アルベド、セバス」

 

「お呼びでございましょうか、モモンガ様」

 

「何なりと」

 

 ようやく歓声が収まってきた頃、モモンガに名を呼ばれた二人はすぐさま馳せ参じ跪いた。

 

「現在、このナザリックは不測の事態に陥っている」

 

「「……!」」

 

 ナザリックと共に在る覚悟は決まった。ならば次にすべきは状況把握だ。不可解極まりない事態に直面しているのは間違いないのだから。

 

「アルベドは各階層守護者と共に、ナザリック内部に何らかの異変が起こっていないか調査せよ。セバスはプレアデス数名を伴いナザリック周辺の半径一キロを調査、知的生命体を発見した場合友好的に接しナザリックへ連れてこい。戦闘は控え、万一の場合はスクロールを用いてプレアデスを帰還させよ」

 

「「はっ」」

 

「どちらも一時間、いや二時間で作業を切り上げ第六階層の円形闘技場(アンフィテアトルム)に集合、調査結果を報告せよ。我々は今後の方針を協議した後、円形闘技場で少々実験を行う。ああ、アウラとマーレは我々への同行よりも調査を優先すること」

 

「はい、モモンガ様!」

 

「わ、わかりました」

 

 モモンガの命令に従い行動を起こす守護者達とメイド達を尻目に、山の翁も自身のNPCに指示を出した。

 

「百貌の」

 

「此処に」

 

「『妄想幻像(ザバーニーヤ)』を発動し、外周部の調査を援助せよ」

 

「直ちに」

 

 ハサン・サッバーハの一人、通称『百貌のハサン』は二重の影(ドッペルゲンガー)の亜種であり、自身の肉体を百分割しそれぞれを独自に動かすことができる。分割した肉体は相応にステータスが低下するものの、全員が気配遮断のスキルを有するため諜報には驚異的な能力を発揮する。力こそ八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)に劣るが、数の暴力と意識共有により群体としての能力は図抜けている。

 

「呪腕の、静謐の。八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)と共に我等の護衛の任につけ」

 

「「畏まりました、初代様」」

 

『呪腕のハサン』と『静謐のハサン』は正面戦闘では階層守護者に及ばないものの、暗殺者としての技量は一流である。護衛として傍に置いておけば、レベル100のプレイヤーにもそうそう遅れを取ることはない。

 

「だがその前に、我々二人で内密の話がある。それが済むまで部屋の前で待機せよ」

 

 そう言い残して、モモンガと山の翁はモモンガの私室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「さて、これからですが」

 

 モモンガの私室にて、二人の骸骨が密談を交わしている。この墳墓の最高支配者たる二人だが、会話の様子からは真剣さだけでなく気安さも感じられる。

 

「NPCの忠誠を疑うような真似はしたくありませんけど、それでもやっぱり念押しは必要だと思うんです」

 

「道理であるな。状況把握が最優先とはいえ、周囲との関係が不明瞭ではそれすら覚束ぬ」

 

「そこでですね、翁さん」

 

「ふむ」

 

「ちょっとデモンストレーションやってもらえません?」

 

「請け負った」

 

 山の翁は『アインズ・ウール・ゴウン』の中でも最上位の実力者であり、ギルド最強の『たっち・みー』と五分の戦績を誇る。ロールプレイ特化のネタビルド勢としてはユグドラシル最強かもしれない。

 その山の翁の実力をNPC達に見せておくことで、少しでも反乱の芽を摘んでおこうという訳だ。

 山の翁自身も乗り気であったためとんとん拍子に話はまとまり、円形闘技場で報告を受けた後にデモンストレーションを行うことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 命令からきっかり二時間後、第六階層の円形闘技場に各階層守護者及びプレアデス、セバス、ハサン達と二人の支配者が集い、報告が行われた。

 

「ナザリックに異常はなし、周囲は草原、対話が可能な生物はなし、脅威となり得る高レベルの存在もなし……ご苦労。状況は把握した」

 

「お役に立てたのならば何よりでございます」

 

 報告の後に行われたのは、階層守護者達による忠誠の儀。

 

 第一、第二、第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン。

 第五階層守護者、コキュートス。

 第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラとマーレ・ベロ・フィオーレ。

 第七階層守護者、デミウルゴス。

 階層守護者統括、アルベド。

 プレアデスやハサン達も同様に忠誠を誓う。

 

「大儀である」

 

 声を発したのは山の翁。

 

「信仰無き者に生きる世界無し。努々忘れるな。汝等がその忠誠(信仰)を失った時、我が剣はその首を断つであろう」

 

 山の翁の言葉に、守護者達は感動と恐怖に打ち震えた。そして、モモンガの次の言葉に、彼らの感動は極限にまで高まった。

 

「山の翁さんが言ったことは正しいが、無論そのようなことはあり得ないと私は確信している。お前達が我々と共に在ることを私は望む。その忠誠に感謝する」

 

「モ、モモンガ様……!」

 

 アウラやマーレの年少組は感極まって泣きだしている。他の守護者達も必死に涙を堪えており、嘘偽りないその姿にモモンガも若干もらい泣きしそうになった。同時に改めて確信する。彼らの忠誠は本物だ。

 

「ところで、これからちょっとした催し物を行う予定なのだが、観にくる気はないか?きっと見応えがあると思うが」

 

「催し物、ですか?」

 

「ああ。―――ちょっとした蹂躙劇だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 程なくして、円形闘技場はシモベ達で溢れかえった。

 

「おおぅ……予想以上に集まりましたね」

 

「我等が負う期待が、それだけ重いということであろう」

 

「ですね……じゃあ、盛大に行きましょうか」

 

 

 

 〈|根源の火精霊召喚《サモン・プライマル・ファイヤーエレメンタル》〉

 

 〈第十位階怪物召喚(サモン・モンスター・10th)

 

 〈上位アンデッド創造・青褪めた乗り手(ペイルライダー)

 

 〈中位アンデッド創造・死の騎士(デス・ナイト)

 

 〈中位アンデッド創造・切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)

 

 

 

 闘技場に大量のモンスターが解き放たれる。レベルは30程度から80以上まで幅広く、その総数は百近くに及ぶ。

 

「さあ、刮目せよ!これより始まるのは、『アインズ・ウール・ゴウン』最強の一角たる山の翁による圧倒的な蹂躙劇!その暴威を以て、我ら至高の四十一人の威光を知るがよい!」

 

 観客席から大歓声が沸き起こる。アウラやマーレ、シャルティアなどは席から身を乗り出して今か今かと開幕を待ち、コキュートスやデミウルゴスも興奮が抑えきれない様子だ。アルベドは淑女と呼ぶに相応しい微笑を浮かべているが、その内心では狂喜乱舞していた。

 

(ああ、至高の御方の凛々しき御姿を、この目で直に拝見できるなんて……くふー!アルベドは幸せ者でございます!)

 

 

 

 そして、犇くモンスターの前に、一つの“影”が現れた。

 

 

 

 それは人の形をしていたが、闇に覆われ中身を窺い知ることはできなかった。

 

 それが現れると同時に、どこからともなく鐘の音が聞こえてきた。

 

 それは、見紛うことなき“死”の象徴だった。

 

 

「―――昏々と屍晒せ……」

 

 “影”が手に持つ大剣を死の騎士に向けて振るう。その一撃で、死の騎士は力尽き地に伏した。

 

「えっ⁉︎」

 

「どうして……⁉︎」

 

「これは……!」

 

 その光景に、階層守護者達は驚愕の声を漏らす。

 死の騎士は『HPが0になる攻撃を一度だけ耐える』という特性を持っており、本来ならば一撃で倒すことは不可能であるからだ。

 

「あれこそが山の翁さんの戦闘だ。相手の特性も装備も関係なく、ただ等しく死を与える」

 

 階層守護者達の近くに移動していたモモンガが、その不可解な現象について解説する。

 

「翁さんのみが持つ冠位暗殺者(グランドアサシン)職業(クラス)には、『気配遮断』だけでなく『即死耐性貫通』『通常攻撃への即死付与』といった能力がある。翁さんが一度剣を振るえば、たとえアンデッドであろうと例外なく死が齎される」

 

「す、すごいです……!」

 

「ナント恐ロシク、強大ナ能力デアリマショウカ……マサニ神ノ御技!」

 

「これがあのたっち・みー様と並び最強と称される御方の実力……流石でございます」

 

 冠位暗殺者(グランドアサシン)の固有スキル『晩鐘』『境界にて』の効果により、山の翁の攻撃には極低確率で即死効果が付与される。また、その効果は耐性の有無に関わらず発動し、死の騎士(ガッツ持ち)すら一撃で屠ることが可能になる。

 その上、山の翁は『信仰の剣』『信仰の盾』といった神器級(ゴッズ)アイテムを装備することで即死発生確率を大幅に上昇させており、最終的には通常攻撃で(・・・・・)十パーセントの確率で(・・・・・・・・・・)即死が発生する(・・・・・・・)という訳のわからない性能に仕上がった。ギルメンからも『世界級(ワールド)アイテムもなしにこれとか頭おかしい』との意見が多数寄せられた。

 山の翁の全力戦闘を久々に見たモモンガも、『これはひどい』と改めて思った。

 

 そうしている間にも“影”は大剣を振るい、次々とモンスターを駆逐していく。気がつけば、残っているのは根源の火精霊一体のみとなっていた。

 

 

 どこからともなく響いていた鐘の音が、一際大きくなった。

 

「――神託は下った」

 

 “影”が纏っていた闇が根源の火精霊の周囲にまで広がり、遂にその姿を呑み込んだ。

 

「聞くがよい。晩鐘は汝の名を指し示した」

 

 濃密な死の気配が客席にまで及び、レベルの低いシモベ達が意識を手放した。

 

「告死の羽、首を断つか」

 

 レベル100の階層守護者達ですら震え上がるほどの殺気が放たれる。その場の全員が、もはや生きることを諦めた。

 

「―――〈死告天使(アズライール)〉」

 

 根源の火精霊は、跡形もなくこの世界から消失した。



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