落第騎士と一撃男【旧版】 (N瓦)
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【 Prologue 】
一撃男 / One Punch Man


物語のスタートは一輝君が赤狸さんに連れていかれる数日前です。

ぶっ飛び系のギャグ展開には持ち込まないつもりです。



(*)1.2.3話のサイタマの言い回しや展開など、違和感しかなかったので修正しました。(2017.10.7 土)




6月末のとある日。

とあるショッピングモールにて。

客は恐怖に顔をこわばらせていた。

 

 

 

 

「──オラァ!! 真ん中に集まれお前ら!!動くんじゃないぞ!!!!」

 

 

 

 

武装集団から逃げられなかった百人弱の客達が1階のひらけたフロアに集められ、銃を突きつけられながら囲まれていた。

武装集団とは即ち《解放軍》のことだ。

マシンガンなどにより武装した非伐刀者10人弱と、彼らを統括する《使徒》と呼ばれる伐刀者で構成された者達だ。

 

 

全ての客の顔は絶望に染まっている。

当然だ。

 

4月にも似たような《解放軍》によるショッピングモール占拠という事件は起きたという話はニュースでも扱われた。

その時は数人の学生騎士が居合わせた為に、大事には至らなかったという。

 

しかし今回はどうだ。

見渡す限り伐刀者らしき影は無い。

確かに学生も中にいるが、着ている制服が普通高校のもので『貪狼学園』『破軍学園』のものでは無い。

 

ここまで「人質の中に助けてくれる伐刀者(ヒーロー)はいない」と思わせる根拠があれば絶望してしまうのもやむをえないだろう。

 

 

さらに彼らを前に不審な動きをすれば撃たれる訳で。

 

「貴様、動くなと言っただろうがァァ!!!!」

 

銃弾の雨が降る。

 

「きゃぁぁああ!!」

「うぁぁあぁああ!!!」

 

密かに携帯を取り出し、警察に連絡しようとした男性は警告の意味も含めて撃ち抜かれる

 

 

───はずだった。

 

 

 

弾丸が打ち出された直後に1人の男が動き始める。

 

撃たれるはずだった男の前には誰かが立っていた。

 

発砲した《解放軍》に向けて、握られた拳からは煙が上がっている。

 

「な、あっ…、えっ?」

 

マシンガンから放たれた全ての弾丸を掴んだのだ。

その証拠に掌を広げると中から幾つもの銃弾が落ちてくる。

 

「……はぁ?」

 

男の神業を目にして《解放軍》の面々が唖然とする中、携帯を片手に忍ばせていた男性客に声をかける。

 

「大丈夫か?」

「あ、ありがとうございま…す。」

 

 

 

男にはその場にいる誰もが困惑する。

 

それは何故か。

撃たれたはずの男が無傷だったからだろうか?

それも理由の一つだろう。

 

他には何故か。

弾丸の悉くを片手で掴み取ったからだろうか?

 

それも然り。

 

しかしながらそれらを全て含め、その凄まじい行動をした"男の容姿"にほぼ全ての理由は帰結する。

 

余りに緊張感が皆無だった。

顔に恐怖一つ浮かべず、気の抜けた顔をしている。

そして何よりインパクトが強いのは───「ハゲ」である事と並びに着ている「Tシャツ」。

 

彼の頭には毛髪がただ一本も存在していない事だ。つるっ禿だ。

そして着ている服の胸には「○PPAI」とプリントされている。

 

そんな緊張感が皆無の男が人間離れした行為をしたのだ。

人質ですら唖然としたのに、《解放軍》が困惑しないわけがない。

 

しびれを切らした《使徒》は男に名前を聞いた。

 

「…何者ですか。」

「俺はサイタマだ。」

 

名をサイタマというらしい。

 

「埼玉?……ふざけているのか。」

「別にふざけてねぇけど…。」

「まあいいでしょう。貴方は伐刀者ですよね?」

「だったら何だ?」

「…どうやって素手で銃弾を──」

 

サイタマと名乗る男ははっきり言って怪物だ。

時間を稼いで、確実に人質を利用できる状況を作り出すために話を続けようとする。

しかしサイタマは手で制する。これ以上話を続けるな、と。

 

「あー、もう話長くなりそうだし、早くかかってくるなら来い。あと20分で近くのスーパーでタイムセール始まるんだ。構ってる暇はねぇ。」

 

曰く、今日は卵が格安になるらしい。

一人一パック60円。しかも、サイタマはある少年と待ち合わせする予定があると言っていた。

つまり2パック120円で手に入る計算になる。

これを逃さない手はない。

 

「…は?なんですか……それは。」

 

問答をスーパーのタイムセールだから早くしろ、などと半ギレされながら言われれば《解放軍》の怒りを買うに決まっている。

 

「もういい。お前ら、撃て。」

 

怒りと同時に半分呆れもあった《使徒》の指示で人質を取り囲んでいた武装非伐刀者も"彼"に向け一斉に射撃を開始する。

 

「「「きゃゃややぁぁああああ!!!!」」」

 

銃撃音と同時に人質が顔を全員が伏せ、フロアに悲鳴が轟く。

 

……しかし何秒も射撃が続く中、客が一人として傷を負っていないことに気づく。

人質の輪を挟んでサイタマと発砲者がいるのなら当然その線分上の人質は流れ弾を喰らう可能性はほぼ100%だろう。

それで尚、誰もが無傷。

 

これもまたサイタマのおかげだ。

人質の一人が勇気を持って伏せていた顔を上げると、再度衝撃の光景が目に入る。

 

「お前ら、客に当たれば危ないだろ。」

 

円を描き、人質を背にして取り囲むようにサイタマが()()()()()()

そしてその一人一人が銃弾を掴み取っている。

 

「なっ!?……お前、本当に何なんだ!?分身がお前の伐刀絶技か!!!!?」

「ただ反復横飛びしながら弾を手で掴んでるだけだ。」

「な、んだ、と…!?いや、それでも魔力放出で身体能力を上げたところで有り得ない!!」

 

確かに銃声の中「シュタタタタタタタ」と音が聞こえてくる。恐らく地面を蹴る音だ。

段々と分身が描く半径が広がり、発砲者に接近する──

 

「うわぁぁぁ!!!!く、来るなぁぁぁ!!!!」

 

幾十にも分身したあのやる気のない顔が迫ってくる様子を想像してくれ。

 

恐らくそれは大変な恐怖だっただろう。

しかしその恐怖を一心に叫んだ武装非伐刀者の嘆きは聞き届けられること無く、サイタマはただただそのまま通り過ぎた。

 

(本人曰く)反復横飛びをして、そのまますり抜けただけなのに。

それだけなのに威力は絶大。

 

(本人曰く)反復横飛びの余波だけで彼らの肉は割かれて骨は折れ、マシンガンは砕ける。

10人程いた武装非伐刀者は反撃はおろか立っていることさえ許されなかった。

残ったのは伐刀者である《使徒》のみ。

 

「残ったのはお前だけだな。」

 

《使徒》の目の前で仁王立ちをし、告げたその言葉は"死刑宣告"と同義だった。

《使徒》もそれが分かってるから命乞いを始めた。

 

「そ、そうだ!!!私の命を助ければ──」

「別に命まで奪う気はねぇよ。」

「な、なら私に危害を加えなければお前を名誉市民にして差しあげましょう!

どうですか!?魅力的じゃないですか!!?」

「なんだ典型的な捨て台詞は…。別に名誉市民なんていかにも怪しい市民権はいらねぇよ。俺が欲しいのは安定した生活だ。」

「ぐぬっ…話の通じない愚か者ですね…。し、…死ね!」

 

命乞いはもう通じない。

だったら活路を開くために、霊装を顕現させ"彼"に手加減無しで伐刀絶技を放つだけだ。

 

「《接触面爆発(パンチバースト)》!!」

 

《使徒》は思い切り右手で以て一切の防御を取らない"彼"の腹部を殴りつける。

すると大爆発が巻き起き、爆風の一部は人質の輪にまで吹き込む。

 

「うわぁぁ!!」

「す、すごい爆発だ!」

「なんだ!?」

「彼は大丈夫なのか!!!!?」

 

《使徒》である彼の伐刀絶技は、グローブ型の霊装で殴りつけるとその接触面で爆発を起こすことが出来るという代物だ。

もちろんグローブで防御するため自らにはダメージは、はね返ってこない。

 

「オラァ!!!!オラ!!!!

はははは、ひひ、はははは!!!!どうだ!どうだぁ!!!!」

 

人間離れしたことを何度もした謎の男。

そいつ相手なら保険をかけるべきだ。絶対な自信を持つ伐刀絶技で仕留めた方が安心できる。

 

顔、胸、腹……何度も何度もストレートを打ち込む。

十秒ほどパンチを打ち込んで巻き起こった爆発は数十回。未だ煙が舞っている。

 

「フゥフゥ……。十秒弱。私の提案を聞き入れなかったこの愚か者の全身は煮込んだ豚バラのように全身グズグズ。私を相手にしたのは些か悪手でし──」

 

 

 

 

スッ───。

 

 

 

 

すると煙の中から中指を曲げ、親指で押さえつけてデコピンの用意をした右手が唐突に突き出される。

 

「!?」

「この服、おれのお気に入りだったんだぞ。ふざけんな。」

 

煙が晴れると中にいるのは服が焼け焦げ、肌が少し煤けただけで、怪我を一つも負っていないサイタマの姿。

 

「な…んで…?」

 

サイタマに攻撃した時に魔力防御の検知が一切されなかったために《使徒》は勝利を確信した。

だからこそ疑問だった。

《解放軍》の下部組織と言っても彼は伐刀者。伐刀者ならば殴れるほど近距離ならば魔力防御の検知は普通にできる。

 

この男は己の肉体のみで伐刀絶技を全て防いだのだ。

 

 

「何…!?き、貴様はいったぁぁげぼふッッ!!!?」

 

 

《使徒》の質問が言い終わる前にデコピンが放たれ、先程の爆音以上の凄まじい音が轟く。

それは俗に言うデコピンとは程遠い。

 

その埒外なデコピンが直撃すると、衝撃で《使徒》である彼の体は数十mは軽く吹き飛び、柱に直撃する。

 

だがそれだけでは衝撃の完全なる吸収はされない。

 

地面に何度も跳ねて店を幾つも貫通して自動ドアを突き破って外へ飛び出す。

そこからさらにショッピングモールを包囲していた警察達がまるでボウリングのピンであるかのようにぶち当たる。

「ストライク!!」と叫びたくなるように、警察官が吹き飛んで《使徒》の運動エネルギーはようやく0になる。

 

 

「この服、着替えなきゃ行けないじゃねぇか。」

 

 

 

 

 

 

 

───後に助けられた客の1人がこう呟いたという。

 

 

「ヒ…ヒーローだ………!!」

 

 




ワンパンマン原作のサイタマと全く同じ人格ではなく、若干違います。
サイタマが落第騎士の世界に異世界転生したのではなく、このサイタマの生まれは落第騎士の世界ですので。


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【 七星剣舞祭 代表選抜戦 】
1.師匠


(*)セリフやら展開が雑すぎたので修正しました。
(2017.10.7 土)


サイタマが《解放軍》を制圧した時刻から数時間ほど遡る。

 

 

ここは『破軍学園』。

一輝とステラが剣術の稽古の途中に挟んだ休憩の時の事だ。

 

「ふぅ…。ステラ、お疲れ様。はい、水筒。」

「ありがと。」

 

ステラはタオルで汗を拭きながら水筒を受け取った。

 

「相変わらずイッキって相変わらずめちゃくちゃな反射神経してるわよね」

「はは。そんな事ないよ。僕なんか師匠(せんせい)に比べたらまだまだ未熟だよ。もっと身体能力を底上げしなきゃだめだ。」

「イッキって本当に自分に厳し……え、ちょっと待って!?」

「え、な、何?」

 

確かに今、一輝は聞き流してはいけないことを言った。

 

「イッキ今、なんて言った!?」

「身体能力を上げなきゃ魔力量が乏しい僕は七星剣舞祭で勝ち進んで行けないって」

 

ステラが聞きたかったのはそこではない。

 

「その前!! その………イッキ、さっき"先生"って言った?」

「あ、うん。確かに言ったよ。」

「イッキに師匠いたの!?」

「あ、あれ?言って無かったっけ?」

「初耳よっ!」

 

《落第騎士》黒鉄一輝に師匠がいた───────

それステラを驚かせるには充分な情報だった。

 

「今年は一回も会ってないけど、去年までは、『破軍学園』に来てからも月に一度は会っていたよ。

でも師匠って言っても僕が中学生の時に勝手に居候させて貰ってただけだよ?」

「そ、それでその師匠はどんな剣士なのよ。」

 

当然の疑問だ。

《剣技模倣》という経験から培った一輝が持つ最強の特技。

相手の剣技の根幹を掌握し、その剣がどこに辿り着くのか──つまり究極奥義の在り方まですべて暴き出す。

 

それが《剣技模倣》

 

今の一輝がその師匠から何を盗んだのか。

ステラはそれを知りたかった。

 

しかし、一輝からは返ってきたものは全くの的外れの解答だった。

 

 

「師匠は剣士じゃないよ。」

 

 

「え?…じゃあなんでイッキはその人の家に居候を?」

「……僕と師匠との間に決して超えることの出来ない壁を感じたから、かな。」

 

一輝が師匠に求めたのは『剣技』では無く、自らとの『壁』。実力の『溝』。

かつて感じた実力差は今はどうなのか。ステラは質問した。

 

「イッキは今でも勝てないと思う?」

「……かなり厳しいと思うよ。一太刀浴びせることができるかどうか……それほど強いよ。」

 

実力差が開いた伐刀者同士なら、確かに傷を負わずに終わる戦いもある。

だが昨年代表生の《狩人》や《加速中毒》を打ち倒した《落第騎士》が、一太刀浴びせることができれば万々歳だと言う。

一輝の師匠はそれほどの男なのだろう。

 

「………それは一度手合わせしてみたいわね。」

 

だからこそ、《紅蓮の皇女》は試合を望む。

 

そしてなんとも都合が良いことか。

 

「…実は今日会うんだ。」

「でも最近は会ってないって言ってなかった?」

「今日の朝、久しぶりにメールで呼ばれてね。戦いに行くから付いてこいって。」

「せ、"戦場"?」

 

 

一輝の真剣な顔に、ステラはゴクリと唾を飲み込む。

 

 

「…ふ、ふーん。それは期待していいのかしら?」

「"師匠に関しては"期待してもいいと思うよ。」

 

言葉を濁す一輝。

文字どおり、あくまで自らの師匠には期待しても良いという意味だ。

 

「よし!そうと決まったら私もその戦場に行くわ!

待ってなさい‼︎一輝のお師匠さん‼︎」

 

 

 

 

 

 

そして17時過ぎ。

 

 

「ちょっとイッキ!!!

これはどういうことか、し、ら〜〜〜〜!?」

 

スーパーの出口前で両手にレジ袋を携えたステラの声が響く。

 

「なんで皇女である私が卵パックを買うのをパしらされているのか教えてもらっていいかしら!!?」

「ま、待ってよステラ!」

「言い訳は聞かないわ、バカイッキ!」

「そ、そんなめちゃくちゃな……」

 

あまりに理不尽なステラの対応に一輝は困惑する。

しかしそれほどにステラは"戦場"に期待したいのだ。

───────ただし、一輝は一言も戦場という言葉を使っていなかったが。

 

「アタシの期待を返せ!!……はぁ、期待したアタシがバカだったわ。」

 

先程まで一輝とステラ、そして一輝の『師匠』の3人はスーパーで買い物をしていた。

「おひとり様1パック限定60円」という特売価格の卵パックを確保しようと戦っていたのだ。

 

もちろん満ち満ち溢れていたステラのやる気はへし折られた。

 

「これで当分は卵に困らないな。サンキュー、一輝。」

「いえ、むしろ久しぶりに師匠にお会いできて光栄です。」

「だからお前が勝手に住み始めただけで俺は弟子を取ったつもりは無いって……。」

 

『師匠』は一輝と超不機嫌なステラから卵パックが入ったレジ袋を受け取り、ステラに向き直る。

 

「おまえも流れで付き合わせて悪かったな。」

「…はじめまして、イッキのお師匠さん。アタシはステラ=ヴァーミリオンよ。」

 

その名前をどこかで聞いたことがあるからか、顎に手を当てながら思い出そうとする。

 

「ん?聞いたことのある名前だな…。…ダメだ。思い出せねぇ。」

 

当然、他人の名前などあまり覚えない彼はすぐには思い出すことはできない。

一輝がステラについて軽く説明をする。

 

「ステラはヴァーミリオン皇国の第二皇女で、留学して日本に来ているんです。」

「あー。そう言えば、前にテレビで見たわ。」

 

ヴァーミリオン皇国の第二皇女の来日というニュースは普通なら知ってるニュースだ。

そんな有名なニュースを知らない男にステラは少しばかりの疑問を抱いたため、一輝に小声で質問した。

 

「(ねぇ、イッキ。)」

「(何?)」

「(本当にこのハゲがイッキのお師匠さんなの?)」

「(あ、それは禁句──)」

 

「おい待て!俺だって禿げたくて禿げてる訳じゃねぇんだぞ!!」

 

この男に「ハゲ」「おじさん」は禁句なのだ。

 

「どんな地獄耳よ、アンタ。でも悪い意味で言ったわけじゃ無いわ。私の国もスキンヘッドは多いから、別に偏見とか無いわよ?」

「そうか……とりあえず俺は帰るわ。お前らありがとうな。じゃ。」

 

勝手に納得して帰ろうとする『師匠』をステラは引き留める。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!何、勝手に帰ろうとしてるのよ!!」

 

そのステラの怒号に一輝はビクンと身を震わせ、『師匠』は恐る恐る振り向く。

「自分が一体何をしたのだろう」と思いながら。

 

「……え、何?なんか用?」

「アンタ、皇女である私が先に自己紹介したってのに名乗らずに帰るって言うの!?」

「あ、ああ。それか。わりぃわりぃ。

俺はサイタマだ。」

 

 

一輝の『師匠』である男───────サイタマは今度こそ、と踵を返す。

 

「……んじゃ。」

「待てって言ってんでしょうが!!」

 

だがそれも問屋が卸さない。

 

「ちょ、ステラ!流石に炎はまずいよ!」

「止めないで、イッキ。こいつが悪いのよ!!」

 

怒りからステラの全身から炎が揺らめき、景色が揺らめく。当然周りに人だかりができる。

 

「うわ!!なんだお前、言われた通り自己紹介しただろ!

てか火はやめろ!卵が固まるじゃねぇか!」

「"戦場"なんて言って私を騙して、連れてこられたのはスーパー!?しかもあんたはすぐに帰ろうとするし、ふざけんじゃ無いわよ!!」

「……"戦場"?なんのことだ?」

 

ステラとの食い違いが生じているため、サイタマは一輝に説明を求める。

 

一輝が言うには、サイタマが彼に送ったメールの内容をステラが勘違いしてしまったらしいのだ。

サイタマが特売セールのことを戦いと表現し、そして一輝はそれを直接伝えてしまった。

だからステラはなんらかの"戦場"に行くものだと勘違いをし、一輝はその気になっているステラに訂正するタイミングを逃してしまったと言う。

 

つまり

 

「…じゃあおまえのせいじゃねぇか……。」

「ははは…すいません。」

 

頬をかきながら謝罪する一輝。

 

「でもあんなにやる気になってるステラを見てたら、スーパーの買い物に行くことだって言い出せなかったんですよ…。」

「うっ……そ、それは悪かったわね。

でも一輝だって悪いのよ?お師匠さんと戦いに行くなんて言うから勘違いしちゃったじゃないの。」

 

要は今回の件は八割方、一輝に落ち度があった。

だが彼もまだ17歳だ。こんなミスがあっても良いだろう。

 

サイタマは寛容に (というか、半分無関心に) このことは水に流した。

 

「帰って買ったもんを冷蔵庫に入れなきゃいけねぇから、まだ用事あんなら早く済ませてくれ。」

 

サイタマは普通の人には出来ないであろう「心底帰りたそうな表情」をしてステラを向く。

 

先程からのサイタマの言動を見て改めてステラは思う。

───────果たして、サイタマは一輝が言うほど強いのだろうか、と。

 

まずサイタマから魔力はほとんど感じられない。

魔力とは、即ち「世界への干渉力」。

「運命の大きさ」とも言い換えることができる。

その魔力の絶対量がサイタマは少ない。

おそらく一輝のその量と比べても、どんぐりの背比べのようなものだろう。

 

第二に、足捌きが素人同然なのだ。

武の達人たる黒鉄一輝が感じた実力の溝は、師匠が達人を超えた達人だったからこそ生まれたものだとステラは考えていた。

しかし、どうやらサイタマは武に通じていないように見えた。

 

そして単純に強さが匂わない。

───────ただし、それはサイタマが意図的に隠しているのではない。無意識的に内包しているだけであって、そのことは人外の洞察力を有する一輝のみが知る事だ。

 

だからステラは疑問に思う。

この男の何を一輝は盗もうとしたのか、と。

 

「ねぇ、イッキ。本当にサイタマは強いのよね?」

「…そうだね。サイタマ先生の強さの方向性は間違い無くステラのそれに似ている。参考にすべき所は絶対にあるよ。」

「ふーん。」

 

ステラはサイタマに向き直って宣言する。

「サイタマ。──────貴方に手合わせを申し込むわ!!」

 

見ただけで実力が測れないのなら手合わせすれば良い。

それだけのことだ。

 

「いや、いいです。」

「嫌じゃないの‼︎ やるって言ったらやるのよ‼︎」

「えぇ……めんどくせぇ。」

 

 

ここに サイタマ 対 ステラ=ヴァーミリオン の模擬戦の約束が (強引に) 取り付けられた。

 

 

 



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2.挑戦

(*)描写などの修正を大幅に加えました。(2017.10.8 日)


「アンタ、その格好で私と闘うつもり?」

 

制服姿のステラと対峙しているの男は「エーミンTシャツ」に半ズボン、そしてビーサン履きのサイタマだ。

 

サイタマがステラに強引に連れてこられたのは森に隣接した第1訓練場。

サイタマは念のため、卵パックは自宅に置いてからここに来た。

 

因みに、事前に話を聞きつけて観戦しに来たものはいない。

そもそも一輝とステラは誰にもこの話をしていない上に、サイタマが面倒だから人はいない方が良いと言っていた。いくら加賀美であっても、事後の情報収集が関の山だろう。

 

 

「別に特売も終わって暇になったからいいんだけどよ。ここって俺も使っていいのか?ここの学生でもOBでも何でもないぞ?」

「大丈夫よ。ここに在籍している私と闘うのなら、受付で許可さえ取れば問題無いわ。」

 

 

『破軍学園』の規則により、第1訓練場に限って受付さえすれば在校生と外部の伐刀者の模擬戦は可能なのだ。

別に市街地にある伐刀者専用のジムにも訓練場のようなものはあるのだが、そこは狭いのだ。

加えて使用料金も発生するため『破軍学園』に所属するステラにはあまりメリットは無い。

そのような理由で彼らは舞台に第1訓練場を選んだ。

 

 

「…本当に今日はめんどくせぇことに巻き込まれる1日だ。さっきはテロリストに巻き込まれるわ、今度は血気盛んな皇女様に絡まれるわ。」

「え、もしかして、さっきニュースで取り上げられてたテロを解決したのってアンタなの⁉︎」

「まぁな。」

 

ステラは先程、生徒手帳の携帯ニュースで見たのだ。

そのテロは大きく取り上げられていた。

 

「怪我人すら出さないで制圧した後、颯爽と立ち去った英雄(ヒーロー)って言われてるわよ?」

「颯爽……ってか、服も汚れてたしスーパーの特売に間に合わなそうだったから急いで家に着替えに行っただけだぞ…。話を誇張し過ぎだろ……。」

 

サイタマが右手をスッと上げて構える。

 

「てか、早く始めようぜ。」

 

一輝はサイタマの言葉に頷き、試合をはじめるように促す。

 

「それでは模擬戦を始めます。ステラとサイタマ先生は開始線についてください。」

 

 

両者ともに数m離れたところに引かれている開始線に立って向かい合い、それを確認して一輝が開始を宣言する──

 

 

「Let's GO AHEAD.」

 

 

同時に、()()()()霊装を顕現させる。

 

 

「傅きなさい───《妃竜の罪剣》!!」

 

 

だがサイタマは何もしない。

 

 

「…………どうしたの?霊装を展開しないのかしら?」

「俺は別にこのままでいいぜ。」

 

 

ステラは「剣士ではない」事しか情報を一輝から聞いていないため、その霊装が槍なのか銃なのか分からない。

ステラは相手の情報を事前に聞くことを良しとしない質だったからどんな霊装か分からないのは問題ではない。

 

問題なのは試合が始まっても霊装を展開する気配もない上に、ふざけたTシャツにビーチサンダルというサイタマの格好だ。

 

ステラは完全に舐められていると勘違いしたのだ。

 

 

「……いいわ。アンタがその気なら叩きのめしてやろうじゃないの‼︎」

 

(…あ、ステラが切れてる。)

 

「───ハァァァ!!!!」

 

 

魔力放出により身体能力を10倍にまではね上げてサイタマとの距離を一瞬で詰め、斬りかかる。

一度は頭に血が上ったものの、流石は一流の騎士であるステラだ。

沸騰した頭は瞬時に冷まして、刹那の間でもサイタマの次の動作を見極められるようにも集中する。

 

 

だが彼は直撃の瞬間まで《妃竜の罪剣》を見つめるのみで回避行動を取らずに──────

 

(もらった!)

 

ステラが強烈なダメージヒットを確信した瞬間、ステラの剣戟は回避をされた。

 

「なッ‼︎ (このタイミングで避けるっての⁉︎)」

 

それは常人の反射速度では有り得ない事であった。

 

サイタマが回避のために動き始めたのはそれこそ直撃の寸前。文字通り、まさに紙一重の瞬間。

その時になってからようやく全身の筋肉を稼働させ、《妃竜の罪剣》を避けたのだ。

それはあの《剣士殺し》が足元に及ばないほどの反射速度だった。

 

 

またステラは一輝の師匠であるサイタマの強さは全く把握していないが、何かしら規格外の能力を持っていると考えていた。

だからこそステラは短期決戦を理想とし、長期戦は危険が大きいと考えていた。

返す太刀でサイタマの胴をなぎ払おうと、下半身の伸び上がりも利用して剣を振るう。

この一撃を正面からまともに受けると、普通ならば余裕で十数m以上後ろへ吹き飛ばせるほどの威力だ。

一輝ならば圧倒的『技』を以って受け流す事ができるだろう。

しかしながらサイタマの辞書に"受け流す"という言葉は載っていないのだ。

 

サイタマがとった対応は単純にして究極。

 

 

「───なっ!?」

 

 

圧倒的『力』を以って、親指・人差し指・中指で刀身を掴んで、剣の速度を0にする。

 

それだけである。

 

もちろん《妃竜の罪剣》の熱や、ステラの圧倒的怪力など総合的に考えると普通ならばそんなことはできない。

 

ただ、残念ながらサイタマは普通ではないのだ。

 

 

(〜〜〜ッッッ!! 全く動かない!? 私が完璧にパワー負けしてる!?)

 

 

当然ながら単純なパワー勝負でもステラの圧倒的上を行く。

《妃竜の罪剣》を完全に固定され、進むも退くも出来なくなったステラ。

だが、彼女は剣士であると同時に伐刀者なのだ。

 

《妃竜の息吹》から摂氏3000度の炎を吹き出す。

サイタマに捕えられてから《妃竜の息吹》を発動させるまでわずか0.6秒。

彼の追撃は許さない算段だ。

 

 

「うわ、熱っ」

 

 

マグマよりも高熱のその火炎のために、サイタマはバックステップをして十数m下がる。

もちろんステラも同様に距離をとる。ここで勝負を決めに行くつもりなのだ。

 

(反射速度もパワーも規格外……か。イッキが弟子入りした理由も大体見えてきたわね。)

 

「危ねぇ…。着替えたばっかりの服がまーた燃えるところだった。今日は服を燃やす奴らと闘う災難な日だな。」

 

「……ピキピキッ(そしてアタシを煽る才能も規格外って訳ね!?)」

 

うっかりサイタマの本音が漏れてしまう。

だからこそ、ステラは今度こそ完全に切れた。

死ぬ思いで努力し、やっと手にしたこの能力が「服を燃やす能力」だと斬り捨てられれば頭に来るのは当然だ。

 

 

「……私のこの力が"服を燃やす能力"ですって?……いいわよ。本当に服を燃やすだけかどうか確かめてみればいいわ!!!!」

 

(あ。怒らせてしまった。)

 

「───蒼天を穿て、煉獄の焔。焼き尽せ!!《天壌焼き焦がす竜王の焔》────ッッッ!!!!」

 

 

ステラが叫ぶと同時に、《妃竜の罪剣》に全長50mにもなるだろう炎竜が宿る。

竜は訓練場の天井すら破壊して立ち昇る。

 

これこそがステラが持つ伐刀絶技で最も強力な範囲攻撃。

 

 

「おお。すげぇ。竜だ。」

 

 

だがサイタマが漏らした言葉はただの感嘆。

つまりは目の前まで迫った竜に警戒などしていない。

 

一方で当たってしまえば服は焼けてしまうし、サイタマは不用意な発言でステラを怒らせた事に若干の──────あくまでスズメの涙程度の申し訳なさも持っていた。

それに何より、今日は特価で卵を3パックも買えて気分が良かった。

 

 

(んー……流石に手を抜きすぎるのは一輝にもステラにも悪いか。)

 

 

────だから少しだけ本気(マジ)で相手をする事に決めた。

 

 

 

 

 

「 普通のパンチ 」

 

 

 

 

 

サイタマは向かってくる焔の竜に向かってただただ普通に拳を振るう。

本当に普通のパンチ。

素人が放つようなフォームから繰り出された、ただのパンチ。

 

 

「!?」

 

 

だが、そのパンチによる風圧だけで膨大な魔力により形成された焔の竜は消滅する──────。

 

ステラは驚愕の中、サイタマがいたところを視界に入れるも

 

 

「いない!?」

 

 

すでに遅かった。

サイタマはそこにはいなかった。

先程まで立っていた場所は()()()()()()()()()抉れていた。

 

同時に自身の真横をナニかが通り抜け、ステラの後ろに回り込む。

魔力放出などは一切検知できない、つまりただの身体能力頼りの高速移動。

 

にも関わらず、ステラはおろか審判である一輝ですら辛うじて視認できる速度。

 

 

もちろん彼らの動体視力を置き去りにして、ステラに回り込んだのはサイタマである。

ここでステラの本能は警笛を大音量で鳴らし始める。

 

 

"おまえ ヨケナケレバ シヌゾ" と。

 

 

だが無情にもステラの足は動かなかった。

 

その理由は若しかするとステラも人間という生物だからなのかもしれない。

人間は自身が直面したことの無い圧倒的かつ本物の恐怖を前にすると叫ぶでも逃げるでもなく、ただ立ち尽くしてしまう。

ステラもまた例外では、無い。

 

 

 

更には─────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かもしれない。

星の巡る運命の外側。その領域に住まう魔人と対峙したならば、その者は自らの『死』を具体的にイメージしてしまうという。

 

 

 

(───ヤバいッッッッ!?)

 

 

 

明確にステラの頭をよぎった『死』。

 

何とか振り向くとそこには拳を振り上げたサイタマの姿があった。

照明の逆光で顔は良く見えない。

 

ステラは確信した。

先ほどの本能の警告は完璧に正しかった。

 

そして理解する。

一輝の「手合わせすればすべて分かる」という言葉は的を得ていた。

サイタマが少しでも本気を出した上で自分と闘ったからこそステラはサイタマの異常性を理解した。

 

眼前に迫る()

直撃すれば間違いなくステラは死ぬ。

 

 

(あ、お母様と…お父様…だ……。)

 

 

過去の記憶がステラの脳内を駆け廻る。

 

 

(イッキ………………!!)

 

 

それはまさに走馬灯。

相対する事さえ許されない圧倒的な力を前に、ステラは己が生きてきた16年を一瞬のうちに回想する。

 

 

森羅万象を飲み込む『神の拳』が、スローモーションのように、コマ送りのようにステラに迫ってくる。

 

等しく人外。

 

才能の塊であるステラが、今後何年も何年も研鑽に努めてようやく到達できるような高みに巣食う怪物。

如何に魔力量が世界一、即ち『世界への干渉力』がこの世で最も大きな者だとしてもサイタマには届かない。

何年も先に、もしもステラが《覚醒》を経て《魔人》の領域に踏み込んだとしてもサイタマに触れることは許されないだろう。

 

サイタマは、分類上は確かに《魔人》だった。

しかしそんな生温い存在では無い。

 

───────言うなれば、《神》そのもの。

初めから『魔』を極めた『人間』程度が叶う相手では無いのだ。

 

それがサイタマ。

 

 

 

 

 

───────そのサイタマの拳をステラの眼前で停止し、パンチの余波で爆風が起きた。

 

 

「あ……。」

 

 

1度は確信してしまった自分に迫った死の運命が急速に遠ざかる。それがどれほどの安堵に繋がることだろうか。

《妃竜の罪剣》はステラの手から滑り落ち、へなりとその場に座り込んだ。

 

対してサイタマはステラの背後を見つめて焦った様子で叫ぶ。

 

 

「うわっやべぇ!!これはバレると不味いんじゃ……。……ここは逃げるか。」

「え?」

「ごめん、一輝。帰る!! 俺がやったって事は秘密にしておいてくれ!」

「さ、サイタマ先生!?」

「あ、後で稽古つけてやるから(棒)! じゃあな!」

 

実に清々しい笑みを浮かべ、後処理を一輝達に全てを丸投げしたサイタマは、大跳躍をして"空いた穴"から外へ消える。

 

何故そんなにサイタマは焦って帰ったかと言うと

 

 

「なによ………、これ。」

 

 

ステラの後方に答えがあった。

広がる光景にはステラは目を剥いて、震えた声でつぶやくしか無かった。

訓練場の壁にはまるで最初から壁がなかったかのような大穴が空いている。観客席ごと吹き飛んでいるのだ。さらに拳を振るった軌道上のその先にあったはずの森が消滅している。

残ったのは砂地。

これは全て、サイタマのパンチの風圧のみでこうなったものだ。

 

───────一体どれほどの速度で拳を振るえばこうなるのだろうか。

 

一輝は言った。ステラとサイタマは強さの方向性が近い、と。

その真意は恐らく絶対的強者として、暴力で相手を制圧する戦闘スタイル。

 

そして今なら一輝が弟子入りした意味も理解できる。

サイタマが保有する埒外の身体能力。

 

パンチの風圧だけで訓練場の壁を消し飛ばし、隣接する森が消滅するほどの「膂力」。

サンダル履きにも関わらず魔力放出もしないで、刹那の間に神速を以て後ろに回り込むほどの「脚力」。

 

一輝が騎士として戦う上で最も重きを置くのはやはり身体能力だ。

彼ほどの膂力などは不要だが、やはり規格外の身体能力の源を一輝は知りたかったのだろう。

 

審判をしていた一輝が歩み寄ってくる。

 

「……サイタマに殴られそうになった時……生まれて初めて走馬灯を見たわ……。」

「はは。僕も初めて相手された時は死を覚悟したよ。」

「…………イッキのお師匠さんって相当ヤバいわね。」

「うん。僕の目標の1人だよ。僕たちが突き進む騎士道、その強さの()()()にサイタマ先生は必ずいる。」

 

一輝は笑顔でステラに言い、手を差し伸べてくる。

ステラはその手を掴んで立ち上がり、改めてやる気を出す。

 

「ふふふ。そうね。

やってやろうじゃ無いの、サイ───────」

 

だがステラの言葉は最後まで続くことはなかった。

 

「おい、貴様等!!!!これは一体どういう事だ!!!!!」

 

別に訓練場にて模擬戦をした事はなにも悪くない。

しかしこれほどまでに広範囲に及ぶ破壊が行われれば、怒りを体現した新宮寺黒乃理事長が飛んでくるわけで。

 

「………黒鉄、ヴァーミリオン。貴様等、しっかりと説明してくれるんだろうな?」

 

こめかみに青筋をピキピキさせながら、極上の笑みを浮かべた元世界ランク3位を相手に言い逃れ出来るはずもなく。

 

「「…は、はい。もちろんです。」」

 

 




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3.陰謀

理事長室にて一輝とステラはあの破壊に至った経緯を聞かれた。

デスクには理事長である黒乃が腰掛け、来客用のソファーには西京寧音が座っている。

 

 

「全く。どれほど広範囲で森を消滅させたと思っている。私の能力があったからなんの問題なく元に戻ったものを。」

「「申し訳ありませんでした。」」

 

 

因みに人的被害は0だった。

訓練場と森の修復は時空操作が可能である黒乃が全て解決させた。

時空を操作し、破壊前まで時を巻き戻したため、結果的に見れば被害は無い。

 

サイタマに関してはステラは怒れる黒乃に恐れを感じたので壁をぶっ壊した事を洗いざらい吐いた。

もちろんサイタマの素性を知らない黒乃からはそれも問われた為、ステラは知りうる限りの話をした。

………不要な情報な上にサイタマも可哀想だが、彼がハゲている事も伝えられてしまった事もここに書き記しておこう。

 

 

「ふぅ。」

 

 

黒乃が吸ってたタバコをふかして、彼らに話を続ける。

 

 

「私がこうしてお前達に説教をしてるのは別に模擬戦をしたことに対してでは無い。」

 

 

それは当然だ。

彼らの行動は『破軍学園』が設定した規則に則ってのものだった。何の非も無い。

ただ黒乃が彼らに話をしている理由。

 

 

「私がお前達にこうやって話していたのは、単に私が教師でお前達が生徒だからだ。もし森ではなく寮の方向だったら大惨事だったぞ?」

 

 

そうなのだ。黒乃はもし森ではなく寮だったら。

そう考え、生徒の安全も考慮した上で発言しているのだ。

 

 

「だから次からはそいつと模擬戦をやりたいのなら私かそこにいる寧音に必ず一声かけろ。私達のどちらかがつきっきりなら模擬戦をやっても構わない。そうでもしないと心配で仕方が無い。」

「「分かりました。」」

「分かればいい。……ただ。」

 

黒乃は一輝へと向き直る。

 

 

「黒鉄。貴様は自分の師である彼の強さは分かってたんだよな?」

「はい。数度手合わせしたり、先生の活動を見ていた程度ですが…。」

「それなのに模擬戦の時に私に一言も言わなかった。お前が何か行動を起こしていればこの事態は防げていたんじゃないのか?」

「は、はい。そうです……。」

 

 

それもまた事実だ。

 

 

「そうだよな?そこはお前に非がある。」

 

 

黒乃はニヤリと笑って告げる。

 

 

「───だから貴様"ら"に罰を課す。」

「えぇ!?理事長先生、私もですか!?」

「当然だ、愚か者。お前達には我々、『破軍学園』が使用する合宿所の掃除を行ってもらう。出発は明日の朝だ。今日中に準備を終わらせておけ。丁度明日から選抜戦は2日間の休みに入る。お前達にも何の不都合も無い。」

 

 

七星剣舞祭本戦に備えて行われる強化合宿を行う奥多摩の合宿所の掃除。

それが彼らに課された罰だ。

 

 

「……いいか、拒否権は無いぞ?」

「「はひ………。」」

 

 

 

 

 

 

一輝とステラが理事長室を去った後、黒乃と寧音は部屋に残る。

 

 

「……黒鉄が一方的に押しかけて居候するほどの男、サイタマか。あそこまで壊したのなら謝って欲しいものだ。」

「黒坊が、『サイタマ先生は用事があるから帰って、申し訳ないと伝えておくよう言われてました〜。』なんて言ってたけどありゃ嘘っしょ。」

 

 

一輝はステラがサイタマの素性を吐いたものだから、少しでも師であるサイタマの立場を悪くしないために全く言っていないことを言ったように彼女らに伝えたのだ。

……もちろん黒乃と寧音は見破っていたのだが。

 

 

「それにしても………パンチの風圧だけで森が消滅?冗談じゃない。なぁ、寧音。サイタマという男は────」

「ああ。もしかすると《覚醒》に至ってるね。ま、そーだとしても風圧だけでアレはちょっと異常さね。」

 

 

《覚醒》とは、即ち《魔人》への到達。

《魔人》────それは星の巡る運命の環から外れ、自身の意思を世界に強く反映する者。己を極限まで高めて尚、運命を定める鎖すら引きちぎろうとする鋼鉄の信念を持つ伐刀者しか到達できない極地。

 

 

「やはり寧音もそう考えるか……。放し飼いの《魔人》か。」

「日本にはウチとじじいしかいないと思ってたけど…。ぜひ一目、見てみたいねぇ。」

 

 

黒乃と寧音はサイタマが《魔人》である可能性を考えていた。

振るった拳の風圧だけであそこまでの破壊ができる存在は彼女らは見た事も聞いた事も無かった。

何らかの伐刀絶技の使用も考えられたのだが、一輝曰くサイタマはFランクであるという。

 

「一輝曰く」と言うのは、伐刀者というのは自らの異能こそ生命線だ。

故に伐刀者として国家に登録されていても簡単には検索できないのだ。

学園の長である黒乃も例外では無い。

 

 

「そのハゲの事情を詳しく知っているのは黒坊だけかい?」

「うむ…そうだろうな。とりあえず黒鉄が奥多摩から帰って来た後、余裕が出来たら我々もサイタマとやらに会ってみよう。報告するのはその後でも構わん。」

 

 

サイタマが《魔人》という確証も無いのに報告するのはかえって混乱させるだけだろう。

 

 

「訓練場ぶっ壊したお礼もしたいしな。」

「おーおー。くーちゃん、怖いねぇ。」

 

 

彼女らはサイタマと実際に会ってみたい、と大きな興味を抱いていた。

会いに行く建前は「第1訓練場を壊したから」

本当の理由は「埒外の身体能力を持つ伐刀者に会ってみたいから」

 

一輝が合宿所から帰ってきてから、彼を仲介としてサイタマと連絡を取り合って会う算段であった。

 

 

 

 

 

 

 

────だが、黒鉄一輝が合宿所から帰ってくる事は無かった。

理由は明らかだった。『破軍学園』理事長である黒乃の元に魔導騎士連盟日本支部倫理委員会から「黒鉄一輝を査問会に招集した」という通知が来たのだ。

 

 

 

♧♧♧

 

 

 

それから約2週間が経過した。

奥多摩の合宿所へ行った一輝は一国の皇女であるステラ・ヴァーミリオンとのスキャンダルが問題視されて赤座守に連行された。

もちろんスキャンダルは倫理委員会のデッチ上げなのだが。

 

一輝は連日の査問会や食事に含まれた薬物の影響により身体に極度の疲労を抱えていた。

そんな中、代表選抜戦は魔導騎士連盟日本支部にて断行され、一輝は勝ち星を獲り続けていた。

七星剣舞祭代表になるためには1度の負けも許されないが、今まで一輝は勝ち続けていた。

なので、この点については何の問題も無い。

 

 

ただ問題なのは、今日行われる選抜戦最終戦。

 

カードは《落第騎士》対《雷切》

彼らの試合はテレビを通じて世界中に生中継され、更には一般に公開される段取りとなっていた。

 

 

"知らぬ"者から言えば「世紀の一戦の公開」

この一戦はテレビでも大々的に広告され、日本中が注目し始めた。

 

片やAランク騎士《紅蓮の皇女》を破った最弱(最強)のFランク。

片や七星剣王すら恐れた伐刀絶技、あまりに強烈故にその名が通り名となった七星剣舞祭昨年度ベスト4。

 

注目しない訳が無い。

 

 

 

反面、"知る"者から言わせるならこれは「《落第騎士》黒鉄一輝の公開処刑」に他ならなかった─────。

黒鉄一輝が全てを取り戻すための方法は勝利以外には無くなっていた。

 

 

 

♣♣♣

 

 

 

『破軍学園』第1訓練場。全訓練場の中でもっとも広いここで、《落第騎士》と《雷切》の試合が行われる。

報道ヘリやカメラなども数多く入っている。加えて、学生以外にも一般の観客も数多いた。

本来ならば一般客が来る事や、カメラが入る事すら容認されていない。

しかし今回の選抜戦は特例として扱われ、以上のような状況になっていた。

もちろんこの全てが連盟の圧力によるものだった。

 

 

 

♣♣♣

 

 

 

現在、試合開始時刻5分前。

 

観客席の一番高いところから見下ろす座席。

群衆の中に2人の女性と1人の老人、その真後ろの席に中年の小太りの男性が座っていた。

 

 

「所で、南郷先生はどうしてこちらに?」

「そりゃもちろん、愛弟子(刀華)の晴れ舞台だからに決まっとるわい。……ま、七星剣舞祭まで待っても良かったんじゃが相手が『黒鉄』の者となれば来ないわけには行かんじゃろう?」

 

 

並んで座っているのは新宮寺黒乃、西京寧音、南郷寅次郎の3人だ。

 

 

「んっふっふ。南郷先生は、かの大英雄・黒鉄龍馬氏と同じ時代を生きた生涯のライバルでしたからねぇ。」

 

 

後ろに座っているのは赤座守。

自らの欲のために黒鉄一輝を今の状況まで追い込んだ張本人だ。

 

 

「……しかしですね、南郷先生。今日はもしかすると試合は中止になってしまうかも知れませんよぅ?」

 

 

赤座のイヤラシイ笑みと共に伝えられた情報に黒乃が眉をピクリと動かす。

 

 

「……何?」

 

 

それとほぼ同時に場内アナウンスが会場に響いた。

「試合開始時刻になっても、黒鉄一輝が会場に未だ姿を現していない。そのため10分以内に到着しないならば彼が不戦敗になる」というもの。

これを聞いて、一輝が到着していないという事実を黒乃は赤座に問う。

 

 

「……確か、黒鉄の送迎は赤座委員長が行うという話ではありませんでしたか?」

「どうやら一輝クンとの間で連絡の行き違いがありまして、私が彼の下に行った時は既に彼の姿は無くてですねぇ。んっふっふ。まあ、彼も子供じゃないですし、途中で倒れたりしない限りは1人でも来れるんじゃないですかねぇ。」

(………この外道が。)

 

 

赤座に対して胸中で生まれる不快感に黒乃は拳を握りしめる。

 

 

 

 

 

しかし突然黒乃の手は緩められた。

何故か。

その理由を察したのは寧音と南郷の2人。

 

 

「くーちゃん。()()()がまさか……。」

「ああ。この会場に来る理由も充分にある。有り得るな。」

「なんじゃい、寧音と黒乃君は誰か分かっとるんか。」

「えぇ。2週間ほど前に少し心当たりある人物について聞きまして。冴え冴えとした剣気とはどこが違う『垂れ流しの強さ』だけでこれです。ならば恐らく私の予想と同一人物と考えてよろしいでしょう。」

 

 

この会話に唯一ついていけなかった赤座が彼らに質問を投げる。

 

 

「……なんの話をしているのですかぁ?」

「赤座委員長。あなたは気付かなかったのでしたか。たった今この会場(ここ)に足を踏み入れた化け物に。」

「くーちゃん、そりゃしょうがないよ。多分、気づけたのはウチら3人だけだぜ?」

 

 

一輝の事から一転。

彼らの話題は一般開放されたこの場に足を運んだある人物に移った。

 

その男の存在に気付けたのは寧音が推察した通り3人のみだった。

一流の騎士であるステラが間近にいても彼の強さを正確に読み取れなかった事を考慮すると、この場の全学生騎士が彼の強さの本質に気付けない事はしょうがないのかもしれない。

 

では、その男とは一体誰なのか。

 

 

「この会場にいるんなら、黒坊の試合が終わったあとに会えるかもしれないねぇ。」

 

 

そう。

 

彼らの話題の中心にいるその男は《落第騎士》黒鉄一輝の師。

一輝の試合を見に来たサイタマの事である。



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4.《無冠の剣王(アナザーワン)

選抜戦最終日の朝。

 

 

サイタマは歯磨きをしているとあるニュースが目に留まった。

それによると、どうやら一輝の試合が一般公開されるらしいのだ。

 

(へー。今日の試合は見れんのか。)

 

弟子にしてしまったのなら師匠にも責任が生じるもの。

 

(行こうかな。)

 

サイタマもそうを考えて一輝の試合を見に行く事に決める。

 

しかしサイタマには若干の違和感があった。

ステラと手合わせしたあの日、一輝からは七星剣舞祭代表に選ばれたら連絡をすると言われていた。

それに一輝の事だ。もし自分の試合が一般公開されるのなら、間違いなく見に来るよう連絡をしてくるはずなのだ。

 

 

(…ま、まあ一輝の事だし『俺を嫌ってるから呼ばなかった』…なんて事はないよな?…………無い、よな!?)

 

 

 

 

 

サイタマが会場に着いたのは試合開始時刻ぎりぎりであった。

着いたと同時になり始めたアナウンスを開始の合図だと勘違いして、サイタマが焦ったのは言うまでもないだろう。

 

 

(あっぶねぇ……。さっきのは一輝がまだ着いてないってアナウンスだったのか。結果オーライ、なんとか間に合った。)

 

 

食べていた風船ガムを膨らまながら通路に立って舞台を見下ろす。

 

 

(しっかし、あの一輝が遅刻か。)

 

 

何らかのトラブルがあって遅刻したのだろうが、サイタマは一輝は必ず到着すると思っていた。

1年間共に住んだ為、彼の誠実さはよく理解しているつもりだ。

そもそも一輝なら遅刻すらありえない事だとも考えていた。

 

すると聞き覚えのある声に呼びかけられる。

 

 

「───あ、サイタマ?」

「ぶっ!!」

 

 

いきなり声をかけられたものだから膨らましていた風船ガムが破けて顔にひっついてしまった。

 

 

「なんだ、お前か…。ビビったじゃねぇかよ。」

 

 

サイタマはブツブツと文句を言いながら、顔についた風船ガムを取る。

声をかけてきたのはステラだった。

 

 

 

 

 

 

サイタマはステラ達に連れられて一般客も数多くいる中、なんとか空いていた席を見つけて並んで座った。

ステラ達、というのは彼女は珠雫、加賀美と共にいたのだ。

 

 

「それで…ステラさん?彼は一体、誰なんですか?」

「こいつはサイタマ。イッキのお師匠さんよ。」

 

 

珠雫に問われ、ステラはサイタマが一輝の師であることを教える。

 

 

「こ、こ、ここ、このハゲで気の抜けたような顔をしている男がお兄様の師匠なのですか!?」

「えぇ!! 黒鉄先輩にお師匠さんいたんだ!……あ、私は加賀美です!よろしくお願いしますー!」

 

珠雫と加賀美がこのように対照的な対応をしたのはしょうがないことだ。

 

なぜなら一輝から聞いていた話と全く印象が違ったのだ。

実は珠雫はステラより先にサイタマという師匠の話を一輝から聞いていた。

一輝は「先生はとても強く、そして己の強さに絶対の自信を持っている。僕のあこがれの人だ。正直、とてもカッコイイよ。」と言っていた。

 

だが実際に見てみれば……

 

 

「何、ジロジロ見てんだ?」

「こっ……この人が…。」

「あ?」

 

 

風船ガムをクチャクチャかんで、片腕を背もたれに掛けて脚を組んで座っているような行儀の悪い男。

 

 

(───聞いていた話と全然違う!!!どういう事ですかお兄様!!)

 

 

少し泣きたい気分の珠雫であった。

 

 

「……ふぅ、取り乱してすいませんでした。黒鉄珠雫と申します。その節は兄がお世話になりました。」

「お、おう。お前が一輝の妹か。」

 

冷静さを取り戻した珠雫は自己紹介をし、加賀美が疑問に思っていたことをステラに問う。

 

「それでそれでステラちゃん。黒鉄先輩のお師匠さんってどれくらい強いの??」

「私がサイタマと手合わせした時に生まれて初めて走馬灯を見たって言えば分かるかしら。あんなに足に力が入らなかったのは生まれて初めてよ。」

「えぇ⁉︎」

 

Aランクの《紅蓮の皇女》が走馬灯を見るほどの実力をもつという事実に珠雫と加賀美は驚きを隠せていないようだった。

 

「…てか、俺の事は別にいいだろ。今から一輝の試合だぜ。

なんで一輝は遅刻なんかしてるんだ?あいつに限って有り得ねぇと思うんだけど。」

 

 

自分の話などどうでもよい、そんな風にサイタマはステラ達に質問をする。

ステラは一度、珠雫と顔を合わせる。

一輝が遅刻した…いや、赤座によって到着を遅らされたのは深い事情が関わっているため、その理由は気軽に言えないことなのだ。

 

 

「……サイタマってイッキと『黒鉄家』の事をなにか聞いたことあるかしら?」

「まぁそれなりに。……それと関係あんのか?」

「ステラさん。お兄様からある程度聞いていたのなら、言ってもよろしいと思います。」

「……そうね。」

 

 

ステラも珠雫も一輝本人から一切聞いていなかったのなら、この話はすべきではないと考えていた。

だが、ある程度聞いているのなら。

師匠という立場にいる彼には話しても問題がないと判断した。

 

 

「実は───」

 

 

 

 

 

 

「ふーん。その赤座って奴が色々とやってんのか。」

 

 

ステラと珠雫は説明を終えると、サイタマはそう言った。

 

 

「そうです。間違いなく中心となって動いてるのは赤座守です。」

「そいつはこの会場にいると思うか?」

「えぇ、恐らく。」

「写真とかあるか?」

「調べればすぐに出てきますよ………この人です。」

 

 

珠雫は生徒手帳で検索した赤座の写真をサイタマに見せた。

 

 

「………。」

 

 

その写真を見たサイタマは、視線を携帯から観客席に移して全体を見渡す。

すると数秒後、彼が座ってるところよりも高い丁度反対方向の席の方を指さした。

 

 

「あいつ?」

「え、誰がですか?」

「その赤座ってやつ、あそこに座ってるのじゃねーの?」

 

 

目を細めて見るが、ステラも珠雫も加賀美も肉眼では捉えられない。

例え方向が分かってても、一般客もごった返しになっている中から特定の人物を見つけ出すのは至難の業だ。

 

 

「あ…いたいた、ホントだよ!西京先生と理事長先生と一緒に座ってる!」

 

 

加賀美が持っていたカメラ越しに赤座の発見を伝えた。

サイタマが指さした方向にズームアップしたのだろう。

 

 

(写真で見ただけの男を一瞬でこの観衆の中から的確に見つけるだなんて……。)

 

 

珠雫がサイタマへ畏れを感じていると、アナウンスが鳴る。

それは、黒鉄一輝が到着して遂に試合が始まることを知らせるアナウンスだった。

 

 

 

 

 

『───ご来場の皆さま、長らくお待たせしました!!これより七星剣舞祭代表選抜戦最終試合を開始します!!』

 

会場のボルテージは一気に上がる。

 

『さぁ、赤ゲートより《雷切》が姿を現しました‼︎‼︎』

 

 

ピンと背筋を伸ばし、リングに姿を見せた《雷切》東堂刀華。

《落第騎士》が出てくる青ゲート、ただ1点を見つめるその姿はまさに威風堂々。

 

 

『そして青ゲートより姿を見せたのは、同じく19戦の全てを勝利で飾ってきた《落第騎士》黒鉄一輝選手!!』

 

 

一輝は青ゲートから出てくる。その足取りは確かなもので、凛とした背中はまさに普段の彼そのもの。

 

であるのに。

 

どこかいつもの黒鉄一輝と違う。

その顔つきはまさに「鬼」。

修羅だと言われれば、誰もが納得する。

そんな思いつめた顔つきだ。

一輝がいつもとは違う覚悟を持ってこの場に臨んでいる証だ。

 

 

 

両雄が対峙。

短く言葉を交わした後、霊装を展開する。

 

まるでリングで向かい合う両者の緊張感…そして剣気に飲み込まれて行くように、会場は静まり返る。

 

 

 

───いよいよ試合が始まる。

 

 

 

伝家の宝刀を以て栄光の道を駆け抜けて、輝き続ける綺羅星と。

 

剣に生き。剣を信じ。己を信じ。仲間と、そして最愛の恋人に背中を押されここまで辿り着いた修羅。

 

天下分け目の七星剣舞祭代表選抜戦 最終試合。

 

 

『七星剣舞祭代表。最後の枠を賭けた最後の戦いが今、始まります!!

 

Let's GO AHEAD!!!』

 

 

 

○●○●

 

 

───たった一刀の交錯。僅か一撃の錯綜。

 

 

彼らの決着は一瞬でついた。

 

一輝は開幕と同時に《一刀修羅》を発動。刀華を真正面から斬り捨てにかかる。

 

対して刀華は一輝を殺す覚悟すら持って《雷切》を振り抜いていた。

一輝が《雷切》の領域、即ちクロスレンジに足を踏み込んで決着を付けようという考えは即座にわかったためだ。

だからこそ己の誇りと信念と自信…そして「目の前の騎士を斬る」という意思を全てを乗せて放つ《雷切》。

 

この時点では明らかに《雷切》有利。

先に剣が相手に届くはずだったのは刀華だった。

 

 

ここで一輝は改めて悟る。

《雷切》東堂刀華を正面から斬り捨てるにはまだ、足りない────!!

 

《落第騎士》は知っている。

人より遥かに劣る自分がこの場で何をすれば勝てるのかを。

 

そして覚悟する。

五感の全てを放棄する。必要なのは力の集約だ。

五感も呼吸も全て投げ捨てる代わりに、己の全てを振り絞る。

 

一分も要らない。

一秒あれば充分だ───。

 

一輝は加速した時間の中で、そのまま《陰鉄》を振り抜いた。

 

交わったのはたった一合。

 

 

その一合により《陰鉄》は《鳴神》を破壊し、東堂刀華は敗れ去った。

持てる全ての力をたった一秒───いや、たった一刀にのせた《落第騎士》は真正面から《雷切》をねじ伏せた。

 

 

敗北した刀華の剣が軽かったかと問われるならば、断じて否だ。

両者ともに刹那に死力を尽くした最高の試合だった。

 

ただ、刀華の限界ギリギリまで引き出した《雷切》を前に、一輝はその限界すら乗り越えた。

一輝は刹那で進化した。

そこが勝敗の分かれ目であった。

 

 

もはやその領域は修羅道などという人が堕ちうる程度の場所ではない。

たった一振りに命をのせて放つ技。

 

名付けるならば───《一刀羅刹》

 

 

 

 

 

 

「イッキ!!」

 

 

《鳴神》が砕かれ、決着がついたその瞬間。

ステラが一輝の勝利を確信したその瞬間。

既に彼女は、一輝の元へと走り出していた。

 

 

「お、おい。大丈夫か?」

「うぅ……無事で……良かったよぉ………。」

 

 

珠雫は極限の緊張から解放されてその場にぺたりと座り込んだ。腰が抜けて動けないのだろう。《雷切》との試合経験のある珠雫だからこそわかる。この試合、一歩間違えれば一輝の首は飛んでいた。それほどに刀華は美しい抜刀を見せた。

 

サイタマは先ほど赤座がいたところを確認してから彼女らに振り返る。

 

 

「さてと、妹はお前に任せるぞ。」

「どこか行くんですか?」

「おう。…スーパーのタイムセールが始まるからな。帰る。」

「黒鉄先輩には会わないで帰っちゃうんですか?」

「あぁ。一輝にはよろしく言っておいてくれ。」

 

サイタマはそう言って、興奮が残る観客の中へ姿を消してしまった。

 

 

 

 

 

 

「ハァハァハァハァ………!!」

 

 

黒鉄一輝を騎士の道から追放しようとした張本人、赤座守は未だリングの中央に佇む一輝の元へ行くために青ゲートに向かっていた。

彼はステラになんとか支えられながら立っていたため、狙うとしたら今だ。

今なら黒鉄一輝を潰せる。自らの失敗を揉み消せる。

 

彼の頭にあるのはその事だけだ。

 

 

 

しかし彼がリングに到達できることは無かった。

 

 

「ハァハァ……んぐぅっ!?」

 

 

リングに向かうその途中。

青ゲートの入口に差し掛かった曲がり角で赤座は山のように重い何かにぶつかって、思わず尻もちをついた。

 

山の正体は男。その筋肉の質量から山と勘違いしたのだろう。

その男はじっとこちらを見つめるばかりで何も言わない。

だが、その目に何らかの感情が篭っているいることは明らかだ。

 

 

「な、なんだ貴様は!!」

「サイタマだ。」

 

 

赤座の前に立ちはだかったのはサイタマ。

彼はステラが走り出した直後に、赤座も席を立って走り出したのを確認していた。

 

 

「私の邪魔を…ハァハァ……するつもりか!!!?」

「お前こそあいつらの邪魔すんな。」

「わ、私は倫理委員会の委員長なんだぞ!!!!!」

「貴様のような誰だかしらんハゲが刃向かっていい存在じゃないんだ!! 」

「分かったらそこをどけぇぇええ!」

 

 

赤座はそう叫びながら手斧の霊装を展開。

そしてサイタマへ斬りかかり、サイタマの無防備な肩に斧が降りかかる。

 

だが。当然無傷。顔色一つ変えずに斧を受け止めた。

いや、顔色一つ変えずに、というのは語弊がある。

サイタマは目に宿っていた感情───即ち同情の色を深めて赤座を見つめる。

 

 

「なっ、なぜ効かない!?

………そ、そうだ!!私はこれから黒鉄一輝クンと決闘をしないといけないのです!!だからそこをどけ!!!!!男と男の────ッッッ!?!?!?」

 

 

 

「……哀しい奴だな。」

 

 

 

サイタマはそれ以上、赤座の言葉を聞こうともせずに拳を振り抜いた。

 

顔面に拳がめり込む。

赤座は声も出せないままに吹き飛んで、訓練場の壁という壁の全てを突き破る。

轟音と共に第一訓練場の外まで飛び出した彼が負った怪我は、iPSカプセルでも即座の完治は厳しいだろう。

 

 

「頑張ってたんだな、一輝。」

 

 

サイタマは赤座から視線を切った後、青ゲートのその奥にいる弟子がプロポーズを成就させた姿を見届けてその場から立ち去った。

 

 

○●○●

 

 

結局、その後に黒乃と寧音は会場でサイタマに会うことが出来なかった。

会場には多くの人がごった返していて、加えてサイタマが試合が終わってすぐにその場を立ち去ったのだからやむを得ないのかもしれない。

 

 

ただ、第一訓練場から数百m離れた場所に気絶した赤座守が転がっていた事はちょっとした騒ぎになった。

彼の顔面には明らかに拳がめり込んだ跡もあり、これはサイタマが一輝、ステラを思っての行動だったのだ、と黒乃と寧音は考えていた。

 

 

そして生中継の中でステラへのプロポーズを成就させた一輝は、直後に意識を失い、1週間も眠り続けた。

査問会での疲労、薬物の中毒症状、《一刀羅刹》の反動。

これらを考えると1週間眠り続けたのは当たり前なのかも知れない。

 

 

それほどの極限の中で彼は《雷切》に勝ったのだ。

 

 

全てを勝ち取ったのだ。

 

 

一輝は七星剣舞祭代表に選出され、そして選手団団長に任命された。

 

全国という舞台に歩を進め、黒鉄一輝の物語は新たな局面をむかえることとなる──────

 

 



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5.強化合宿

山形県、東北の名門『巨門学園』が保有する合宿所。

 

そこでは七星剣舞祭を前にして、『巨門学園』、そして『破軍学園』の代表選手は合同で強化合宿に臨んでいた。

 

何故『破軍学園』が奥多摩にある合宿所ではなく『巨門学園』との合同合宿に臨んでるかというと、それは奥多摩の合宿所は巨人についての騒動があったことに起因する。

未だ全貌が不明瞭なあの事件があったために、危険と判断して使用出来なかったのだ。

 

代表選手が響かせる数多の剣戟の中で《紅蓮の皇女》はサイタマと手合わせをしていた。

 

 

 

 

「今の攻撃はなかなか良かったぞ」

「ふん。余裕こいてられるのも今のうちよ。」

 

ステラは若干息を荒げながら、サイタマを見る。

そして──────獰猛な笑みを浮かべた。

 

彼女は強い伐刀者を求めて海を渡ってまで、日本へやって来たのだ。

そして目の前の敵は自身の遥か先に住まう怪物。彼女は今、日本に求めた存在と相対し、自ら望んだ場所に身を置いていた。

 

(最高じゃない…サイタマ。)

 

今の自分が手の届かないところにいるサイタマと戦う───それだけで《紅蓮の皇女》は幸せを感じていた。

 

 

ステラとサイタマはまさに剛力のぶつかり合い。

一輝が最高の「技」ならステラは最高の「力」。

そしてサイタマは究極の「暴力」。

技量の面ではステラの方が上だが、サイタマには技すら押しつぶす力を持っている。

先ほどから、紙一重で直撃は防げているものの、捌ききれずにサイタマの拳がステラを何度も襲っていたのがその証拠だ。

 

しかし、だからこそステラがサイタマに勝つのは接近戦以外ありえない。

 

力ではサイタマが圧倒的に格上。

ならば本当に細い一筋の勝利への道筋、それは技が介入できるクロスレンジにしかない。

 

 

「かかってこないのか?」

「まだよ!……蒼天を穿て煉獄の炎 焼き尽くせ‼︎《天壌焼き焦がす竜王の焔》────ッッッ!!!‼︎」

「おお」

 

ステラが放ったのは《天壌焼き焦がす竜王の焔》。彼女が持つ最大火力の範囲攻撃だ。

しかしサイタマがとった行動は正面突破。大地を焼き尽くす焔の竜をものともせずにくぐり抜ける。

 

「 お 」

 

だが、ステラにとって《天壌焼き焦がす竜王の焔》はサイタマへの目隠しでしかなかった。

サイタマがくぐり抜けたその瞬間、目の前にはステラがいた。

スピードを上乗せして剣を撃ち込もうとステラはサイタマへ走り込んでいた。

 

 

 

両者の間合いが交わる──。

 

 

サイタマはカウンター気味に右ストレートをステラに繰り出す。

 

(ここ!!)

 

だがサイタマのその行動はステラが予想していた可能性の1つだった。

サイタマの次の手をいくつも想定し、加えてステラ持ち前の身体能力を以ってステラはギリギリ左───つまりサイタマから見ると死角である右側───に回避する。

 

 

「ハァッッ!!!」

 

 

ステラは体を流すこと無く、がら空きのサイタマの右ボディへ《妃竜の罪剣》を叩き込む。

この攻撃は流石ステラとしか言えないほど素晴らしい返しだった。

 

第一にサイタマの右ストレートなど並の身体能力ならば、例え予測してたとしても躱すことすら叶わない。

第二に躱したとして、その勢いのままカウンターの一撃を胴に入れるのは体が流れてなかなか厳しい。サイタマのパンチを躱すというのはそれほどの速さで動くしかないのだから。

 

 

 

(もらった!!)

 

 

 

しかし───

 

 

 

(……え……?)

 

突然、ステラの視界が揺れ、同時にステラの視界からサイタマが凄まじい速度で遠ざかっていく。

 

───いや、これはサイタマが遠ざかっているのではない。

ステラが吹き飛ばされたのだ。

飛ばされる身でかろうじてサイタマを見ると、体をひねり、右肘を曲げていた。

 

つまりステラは顔面にエルボーを叩き込まれたのだ。死角から圧倒的な速度で剣を撃ち込もうとするステラへ、一瞬でエルボーを叩き込んだのだ。

 

 

 

 

派手な音を立ててステラは吹き飛ばされ、決着となった。

 

「いつつ……」

 

吹き飛ばされたステラのもとへ、刀華がタオルを渡しにきた。

 

「ステラさん、お疲れ様です。タオルどうぞ。」

「ありがとうございます、トーカさん。…………う〜〜っっ!!また負けた!!悔しいーー‼︎‼︎‼︎」

 

 

すでに合宿が始まって5日目が経過している。

 

ステラはサイタマと今回を含めて三度の手合わせをしていたが……全敗である。

サイタマにまともにダメージヒットを与えることすら叶わないのが現状だ。

 

ステラは刀華とも模擬戦をして全国レベルの試合感覚に身を馴染ませると同時に、自分の力を試していた。

サイタマと交互に模擬戦を繰り返し、刀華とは二勝一敗、サイタマとは零勝三敗と記録していた。

 

「おーい、大丈夫かー?」

「えぇ、大丈夫よ。」

 

サイタマに返答しながらステラは制服についた土をパンパンと払いながら立ち上がる。

 

 

そもそも何故、この合宿所サイタマがいるのか。

それは弟子である一輝が頼み込んだからだ。

元はと言えばステラと手合わせした後に「あとで一輝に稽古する」と言ってしまったのが原因なのだが。

その一言のために一輝はサイタマに頼み込み、外部ボランティアコーチとして合宿への同行を承諾させた。

もちろん理事長である黒乃の許可もある。

 

 

「それにしてもイッキは羨ましいわね。」

 

ステラは一輝に目をやると、《闘神》から何かを教わっているようだ。

 

「まさか、あの《闘神》とマンツーマンだなんて…」

「黒鉄君がA級リーグのプロ騎士を全員倒したのも驚きですが、だからって『巨門』がお師匠様を呼ぶだなんて思ってもいませんでしたよ」

 

 

 

────《闘神》南郷寅次郎

 

 

日本を戦勝国へと導いた英雄の名だ。

また彼は日本人で唯一人、世界最高峰のリーグである《闘神リーグ》を制覇した。

今では数え切れないほど多くの弟子をとり、その多くが伐刀者の世界で活躍している。刀華もその1人であり、また西京寧音も南郷が師である。

 

要は《サムライ・リョーマ》と共に、世界へと名を轟かせる伝説の男なのだ。

 

 

そんな南郷がこの合宿に来たのは……サイタマ同様にこれもまた一輝が原因だ。

『巨門学園』がコーチとして呼んだ国内リーグのプロ騎士三人を一輝が模擬戦で倒したのだ。

つまりこの合宿で一番強かったのは『破軍学園』が用意したボランティアコーチ、つまりサイタマであった。『巨門』にとっては素性のよく分からない男だ。

 

ならば『巨門』のメンツは立つはずもないだろう。

 

そこで取られた対処が───《闘神》南郷を特別コーチとして呼ぶことだった。

 

もちろん全員、肝を潰した。

当然だ。南郷はそれほどの知名度、実力の持ち主だ。知らないものなどいるはずもない。

 

ここにいる世間に疎すぎる男以外は。

 

 

(一輝と話してるあの爺さんは誰なんだ)

 

 

 

 

あの後、ステラの腹が鳴き止まず、そのまま夕食をとることとなった。

サイタマは一人で食堂で食べている。

当のステラは一輝とともに合宿所から10キロほど先にある商店街へと夕食がてらジョギングをしにいった。お腹が空いたと唸っていたのに底なしの体力だ。

 

ちなみにご飯を食べる時間/場所は各自自由だ。

伐刀者の能力は個人個人で違って、まさに十人十色。

スケジュールを決めて訓練するのはかえって非効率となる。

故にこの合宿は自由度の高いものとなっている。

決まっているのは起床時間と就寝時間くらいだろうか。

 

 

サイタマが黙々と夕食を食べていると、唐突にガヤガヤした食堂が一瞬で静まり静まり返る。

そこへサイタマの向かい側に老人が、その隣には刀華が腰を下ろした。

 

「ちょいと向かい失礼」

「ん?」

 

その場にいる全員の視線がその老人、そしてサイタマへ集まる。

 

「君がサイタマ君かのぉ?」

「……ん?」

 

ご飯を食べながらサイタマは見上げると、向かい側の椅子に座っていたのは南郷だった。

 

 

 

 

手始めに南郷はサイタマを見る。

サイタマのことは黒乃と寧音から軽くだけ聞いていた。

曰く、黒鉄一輝の師匠であると。

そして《魔人》の領域に踏み込んでる可能性が大きいと。

 

南郷は自身が《魔人》であるが故に、サイタマが同じ領域に踏み込んでいることを一目で見抜いた。

 

(……これは"本物"じゃのぉ。日本にワシと寧音以外にも《魔人》がおったとは。

もっとも、本人は無自覚なようじゃがの。)

 

そして刀華は南郷がサイタマと話したがっていたという旨を伝えた。

 

「すいません、サイタマさん。お師匠様がどうしてもサイタマさんに会いたいって。」

「刀華と……じいさん、誰だ?」

 

 

「じ、‼︎⁉︎」

 

 

刀華は驚きと憤りから声を上げた。

初対面で南郷のことを「じいさん」呼ばわりするのは失礼────いや、それ以前に《闘神》南郷を知らぬ日本人がこの世に存在していたとは思えなかった。

刀華からすると尊敬する師である南郷を愚弄するような、そんなふざけた発言に聞こえた。

 

「ひょっひょっひょ。ええよええよ。じいさんでも。なんの問題なかろうて。」

 

しかし南郷はサイタマの心拍音、体温などから本当に南郷のことを知らなかったからこその発言だったと気付いていた。

おそらく名前くらいは聞いたことあるだろうが、あまりに世間への興味関心が薄いサイタマは、《闘神》の顔までは分からなかったのだろう。

 

「わしは南郷っちゅーもんじゃ。よろしくたのむわい。サイタマ君はあの小僧の師なんじゃろ?」

「あー。………まぁ。師匠らしいことは何もしてねーけどな。」

「そうかのぉ?ワシにはあんたと小僧がいい関係に見えるんじゃがの。」

「そーか?

(そーいやこのじいさん、一輝となんかやってたな…)

じいさんから見て一輝はどうなんだ?」

「ひょっひょっ。弟子のことが気になるか。……アレは末恐ろしい小僧じゃよ。剣技だけならすでに龍馬を超えとる。」

 

そう。南郷と向き合って一本も打ち込ませないどころか、むしろ隙あらば剣を叩き込もうとしていた。

南郷ほどの実力者になると剣の間合い=死地といっても過言ではない。

にもかかわらず、一輝は少しも萎縮せずにむしろ南郷を開始線から一歩も動かすことすらさせなかった。

 

「じゃが……あの小僧はまだ若い。『剣士』として武を極めることばかりに目がいくと思っとった。」

 

南郷が言う通り、剣技だけなら確かに全盛期の黒鉄龍馬を超えていた。

しかし一輝はまだ17歳。だからこそ視野が狭い。

このままなら一輝は剣技の鍛錬のみをし続けて七星剣舞祭に臨んでいただろう。

一輝の実力ならそれでも十分だった。

しかしそこへ助言を与えた者がいたようだ。

 

「どうやらサイタマ君が一枚噛んどったらしいのぉ。君の言葉で『魔導騎士』として強くなる方向性もつかんだようじゃ。」

「え?黒鉄君がお師匠様から教わってたのって剣技のことじゃなかったんですか?」

 

刀華は一輝が南郷と何かやっていたのは剣の技についてだと思っていた。もちろんステラや他の代表生も同様に思っていた。

 

「ひょっひょ。あの小僧に剣技で教えることは何もなかろうて。」

 

一輝はとある剣技を一つ見ればその流派の根本─────つまりは理を理解し、さらに昇華させた剣を作り出す。

体術に至っては達人クラスと評するのも生ぬるい。

おそらく一輝なら対人の技である《抜き足》を対軍に使うことも可能だろう。そんな芸当ができるのは他には南郷と寧音くらいだ。

だからこそ剣術指南として南郷が一輝にできることは手合わせくらいのものである。

 

「黒鉄の小僧がワシに聞いてきたのは、"魔術の使い方"じゃ。」

 

そう。一輝が南郷に指南を受けたのは剣術ではなく、むしろ魔術。

無論、《闘神》南郷は体術のみならず魔力運用も世界最高級だ。当然ながら剣士として武を極めても、魔導騎士として魔力の運用を効率良くすることはできない。

 

「魔術……ですか?」

 

その答えが意外だった刀華は少し驚きながら聞き返す。

 

「あの小僧、魔力の使い方が効率悪すぎるんじゃよ。」

「あ…もしかして黒鉄君が《一刀修羅》を使うときの青い光って………」

 

(《一刀修羅》って一輝の切り札だっけか。…ん?待てよ?

つーことは、俺が一輝にしたあの一言がまともに役に立っちまったってことか?)

 

「それこそが小僧の魔力の無駄じゃ。あんなに漏れてしまってはあまりにも非効率じゃろうて。」

 

刀華が気づいた通り、《一刀修羅》を使った時に立ち上る蒼光こそが漏れた魔力の正体だった。

 

「サイタマ君が黒鉄のになにかしら言ったんじゃうな。小僧のあの態度から見るに、直球に言ったわけじゃないじゃろう?」

 

つまりサイタマはあえて曖昧な助言をし、一輝に自ら考えさせるように仕向けたと南郷は解釈していた。

そしてサイタマ本人は何と言ったか明確に覚えている。

 

「べ、別にそんなすげーこと言ってねぇから気にするなって‼︎ そうだ。それがいい‼︎」

「ひょっひょ。謙遜しなくてええんじゃぞ。」

 

サイタマは内心では汗ダラダラだ。

 

確かにサイタマは一輝に助言をした。

いや、助言ではない。

正確には一輝から選抜戦最終試合の感想を聞かれて答えただけだ。

それも適当に。

 

誤解がないように注釈をつけておく。

「適当に」とはあまり悪い意味では無い。

ご存知の通りサイタマは『武』に関することの一切は無知だ。

 

あの試合は、突っ込んだ一輝が途中で加速し、そして刀華より早く斬り伏せた……サイタマの目にはただそう映った。

いや、事実そうだったし、そこに小手先の技の介入など許されないほどの極地だった。

だがサイタマは、一輝が何らかの感想を求めてきたいうことは、そこに何かの技が介入したからだろうと思っていた。

その技が何か、全くわからなかった。

だからこそどんな感想を一輝に言うべきか全くわからず、しかしながら師匠としてかっこいい一言を言おうと試みたのだ。

 

サイタマは決して悪くない。

 

 

ダラダラに汗をかきながら刀華を横目で見ると期待した目でこちらを見ていた。

まるでサイタマが至高の師であるかのような。

「どんな素晴らしいことを言ったんだろう。」と期待している目だ。

……実は南郷自体はそこまで深い意味を持たず興味本位で質問しただけだっただが、そんなことサイタマは知る由もない。

 

一見、退路が断たれたように見えるが決してこの場から逃れられないというわけでも無い。

サイタマは強引に話を終わらせる作戦に出る。そうすれば追求される事もない。

 

 

「俺が一輝になんて言ったかなんて、別に知らなくていいだろ?」

 

 

南郷がピクリと動く。

だが相手が何か言う前に、サイタマは持ち前の反射神経を使って立ち上がり、言葉を続ける。

 

「それに一輝だって悩んでたんだぜ。その悩みを言うってのはあんまよくねぇことだろ。

弟子の悩みを一緒に背負うのも……師匠ってもんだ。」

 

この言い訳が通用したかどうか。

サイタマは二人を見ると、これ以上追求してくるわけではなさそうだった。

 

 

(危ねぇぇえ……これは完璧に決まった。)

 

 

だったらあとはこの場から逃げるだけだ。

 

そのままサイタマは安堵の表情で食堂を出た。

 

 



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幕間-01 『じょげん』

話の内容が、一輝とサイタマの師弟やりとりのみのものは「幕間」として扱って行こうと思います。




 

 

これは、サイタマが一輝に助言(?)をした時の話だ。

 

 

合宿1日目 夕食前

息を切らしながら、草木が全て吹き飛んだ地面に大の字で寝ている少年がいた。

 

「はぁはぁ……。」

 

《落第騎士》黒鉄一輝だ。

その隣にはサイタマが座っている。

 

一輝はサイタマと手合わせした後であった。ただし一分間限定で。

その一分と言う時間が、一輝がサイタマとまともに戦う事が許されると断じた最長時間だった。

 

「ありがとう…ございました。」

 

一輝は起き上がってサイタマを見る。

 

「先生。僕は強くなったと思いますか?」

「……さぁ。初めて会った時よりは強くなったんじゃねーの?」

 

手合わせの結果は一輝の惨敗だった。

だからと言って心が折れたわけではない。

一輝は今すぐサイタマに勝てるなどとは思い上がっていない。

今後何年、何十年と鍛錬したその先でようやくサイタマと対等に対峙できるものだと考えている。

 

「……確かに自分でも強くなっているという実感はあります。

でもステラは七星剣舞祭までに、まだまだレベルアップしてくると思います。どれくらい強くなるかは分かりませんが、僕はステラとの約束を果たさなければなりません。

そこで先生に相談………と言うよりお聞きしたい事があります。」

 

来るべき七星剣舞祭。

一輝はステラと七星の頂を巡る戦いをするのだと約束していた。

それに相応しくない実力しかなかったら…一輝はそれだけは嫌だった。

もちろん負ける気は微塵もない。

だが今現在、一気に頂を巡る戦いにふさわしい実力があればと聞かれれば……一輝は冷静に「否」と答えるだろう。

 

だからこそ自分より遥か高次元の領域に住まうサイタマに、手合わせやサイタマが見に来た刀華との選抜戦最終試合の感想を聞けたら、と一輝は思っていた。

そこから自分を高める糸口を今からでも見つけたかった。

 

「先生。僕と東堂さんとの試合、そしてこの手合わせの感想をぜひ教えてください。」

 

「………(なんだ、一輝悩んでんのか? ならここは師匠らしくビシッと決めるか……)

…………一輝、お前の剣は速くて、まぁなんだ。他にも1分だけ光るあれ、とにかく、青く光ってて最高に眩しかったぜ。(ダメだ何も思いつかねぇ。)」

 

「ッッ‼︎」

 

サイタマの言葉に一輝はハッとしたような顔をする。

 

(え?何⁉︎なんかヤベー事言っちゃった⁉︎)

 

一輝は顎に手を添えてブツブツ何か言っている。

 

そして立ち上がり、─────サイタマに礼をした。

 

「サイタマ先生‼︎」

「え?」

「ありがとうございました‼︎ これからもご指導 ご鞭撻のほどよろしくお願いします。」

「……お、おう。」

 

そうして一輝は踵を返し、軽い足どりで宿舎へ戻った。

まるでこれから待つ何かが楽しみな子供のような、そんな足取りで。

 

「……そんなに夕食が楽しみだったのか?」

 

困惑したサイタマを一人置き去りにして。

 

 

 

 

 

 

(そうか。僕がここから改善できるのは剣技じゃなくて魔力の方だったんだ。僕の視野が狭くなっていた証だ。僕もまだまだだ。)

 

代表選抜戦、そして今回の手合わせ。

サイタマは一輝の戦いを二度しか見ていない。合計してもその時間は65秒にも満たないだろう。

にも関わらず、一輝に修正すべき方向性を示した。

 

(流石はサイタマ先生だ。まったく……遠い背中だよ。)

 

サイタマへの畏敬の念を漏らすと同時に心からサイタマに感謝する。

サイタマの一言により《落第騎士》は七星剣舞祭までに自分がさらに強くなる確かなビジョンをつかんだ。

 

─────《一刀修羅》はもう一段階進化する。

 

その事実を前に一輝は子供のように喜んでいた。

彼は拳を握りしめ、思わず笑みをこぼした。

 

 

 



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6.暁


くっそ端折ってます。
ご容赦ください。




合宿も全行程が終了し、今は帰りのバスの中。

昼前に山形を出発したにも関わらず今は夕暮れだ。

長旅も終わり、学園への到着が近づいている。

ちなみに家が学園と近いサイタマも、つい先ほどまで乗っていた。

この合宿は各々が弱点を潰し、そして新たな課題を発見した有意義なものだった。

 

おしゃべりしたりお菓子を食べたり、和気藹々とした雰囲気の車内。

そんな中、肩を落としている者が一名。

 

「はぁぁぁぁ〜〜〜〜〜。……ううぅぅぅうう」

「元気だしなよ、ステラ。」

 

元気が無いのは《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオンだ。

 

「どったのステラちゃん。」

「お姫様、車酔いなの?」

 

葉暮姉妹が通路を挟んだ席からステラを心配して声をかけてくる。

彼女達は一輝と同じく『破軍』の代表を務めている実力のある学生騎士だ。

そんな彼女達に一輝は事情を説明する。

 

「どうやら東堂さんに勝ち越せなかったのが悔しいみたいです。」

「あ、そういえば何度も戦ってたな。戦績はどうだったんだ?」

「……二勝二敗。」

 

ステラは現時点では格上だと思っている刀華に合宿中に勝ち越して、七星剣舞祭への自信をつけたいと思っていたのだが。

結果は引き分け。

その上、ステラが悔しがっている原因はさらにある。

 

「そういえば、ステラはサイタマ先生と何回も模擬戦してたよね?」

「サイタマ先生?……………あー、あのハゲた人か。」

「あの人のことはよく分からなかったの。結局、一回もお話ししなかったの。」

 

サイタマは外部コーチとして参加したものの、一輝かステラにつきっきりで行動していた。

その為、その他の人から見れば「よく分からないハゲ」という印象だった。

 

「で、ステラちゃんがその さいたませんせ って奴と模擬戦をした結果はどうだったんだ?」

「…………………………四戦四敗。……まともに剣を当てることすらできなかったわ。」

「……えぇ‼︎Aランクのステラちゃんが歯が全く立たないほどあのハゲって強いのか⁉︎」

「それは驚きなの‼︎」

 

刀華との模擬戦の結果を答えるよりも長い沈黙の後にステラは答えた。

それほど積み重なった敗北は彼女に応えたのだ。

Aランク騎士としての確かな矜恃がズタボロになった気分だ。

サイタマとは合計四回の模擬戦を繰り返したが、結局サイタマを膝をつかせることはおろか傷つけることすら叶わなかった。

クロスレンジで剣を打ち込めたのもたった一度きりだった。

 

もともと勝てるとは思っていなかった。

不思議と、心のどこかで「サイタマには勝てない」と納得してしまっている自分がいた。

 

だからといって負けたことを悔しいと感じないのは違うだろう。

 

サイタマという世界屈指の実力者にボコボコにされ、ステラは自分の無力感を味わった。

 

「…でもイッキは三回手合わせして、何回もサイタマに剣を撃ち込んでたじゃない……。」

 

加えて、一輝がサイタマと模擬戦をした時に、サイタマへのヒット回数が0じゃなかった。

その事もステラに追い打ちをかけていた。

もちろん、勝敗を分けるような攻撃は一度もできなかったが。

 

「でも3.4回だけだよ?」

「1回と3.4回じゃ訳が違うわ!

……………………………………………………ああああぁぁぁあ‼︎‼︎‼︎‼︎

思い出しただけで、もっと悔しくなってきたわ!!」

 

ステラは立ち上がって拳を握り締める。

 

「じっとしてられるもんですか! イッキ‼︎」

 

そして一輝を見る。

 

「なに?」

「七星剣舞祭までまだまだ時間はあるわ!学園に着いたら特訓するわよ‼︎」

「!……ははは。うん、わかったよ。

それでこそステラだ。」

 

圧倒的悔しさも次に繋げて、それを糧に成長しようとする。

そんなところも一輝が愛している女性の魅力の一つだった。

 

しかし一輝は少しばかりの焦りを感じる。

ステラの眠るポテンシャルはあまりにも大きすぎるのだ。

まさに才能の金山。

掘れば掘るだけ眠った才能が目を覚ますかもしれない。

 

(……僕も負ける訳にはいかないな。)

 

もちろん一輝はステラに勝ちを譲る気は少しもなかった。

ステラを見て改めて気を引き締めたその時─────

 

「きゃぁぁぁ!」

「うわぁぁぁ!」

 

唐突にバスが急停止した。

乗車していた全員が慣性により、身を前に投げ出される。

 

「ど、どうしたの砕城君!」

 

真っ先に生徒会長である刀華が砕城に駆け寄り、急ブレーキの意図を問う。

 

「も、もしかして何か轢いちゃった⁉︎」

「いや…そうではないのだが……」

 

ゆっくりと震える指先でフロントガラスの先の光景を指差す。

指の先を見ると『破軍』のその校舎から黒煙が立ち上っている。

 

 

「あれは……学園ではないか?」

「─────え?」

 

 

黒煙立ち上る『破軍学園』を目の当たりにし、その場の全員が驚愕に目を見開いた。

 

 

ただ1人。自分の席を立とうともしなかった有栖院を除いて。

 

 

 

 

破軍学園を襲撃していたのは『暁学園』を名乗る集団だった。

 

彼らが言うには『暁学園』の目的は七星剣舞祭出場。

 

ただ、彼らは新設されて間も無く、あまりに無名すぎた。

そんな学園の参加など、実行委員会が認める訳がない。

そこで『暁学園』がとった行動は明快だ。

 

「…つまり『破軍』を壊滅させて自らの力量を示し、我々に成り代わって7校目として七星剣舞祭に出場するというわけね。」

「────流石は《雷切》。理解が速くて助かりますよ。」

 

飲み込みの早い刀華に《道化師》平賀冷泉は感嘆の言葉を漏らす。

しかし刀華には、"示し"を行ったからと言って七星剣舞祭に参加できるとは到底思えなかった。

 

「……そんなことがまかり通ると思ってるの?」

 

懐疑的な刀華に帰ってきたのは確信に満ちた肯定だった。

 

「フフフ……。ええ。私たちは必ず出場しますとも。必ずね。《騎士連盟》は我々の存在を認めざるを得ませんからね。」

 

曰く。歴史ある『破軍』を壊滅させた新勢力をみすみす見逃す、そんな事をしたらそれは敗走に他ならない。

だから実行委員会の母体である《騎士連盟》は必ず『暁』を認めるだろう、と。

その敗走は《騎士連盟》のブランドを揺るがしかねないだろうから。

 

ではそろそろ、非常に残念なことですがみなさんにはここで倒れていただきますよ。我々の踏み台としてね?」

 

説明をし終えた平賀は「破滅を受け入れるほか、道はない」と言わんばかりに通告し、両者の緊張は最高に達する。

 

「ここまで好き勝手コケにされて、『はい、そうですか。』って引きさがれる訳ないじゃない。やれるものならやってみなさい‼︎」

 

全員が己の霊装を顕現させ、自分達を滅ぼさんとする『暁』との全面衝突へと発展する。

 

「フフフ……ではいきますよ?」

 

火蓋が切って落とされようとしたその瞬間

 

『─────先輩!!!! アリスちゃんは他校のスパイです!! 気をつけてください!!!!!!!!』

 

強制通話モードにて、一輝の生徒手帳から大音量で加賀美の声が響く。

 

彼女からの警告は─────1歩遅かった。

 

既に全員が動き出し、

 

 

そして

 

 

「《影縫い》」

 

 

有栖院が─────『暁』全員の影を縫い付けた。

 

 

 

 

実は十分前ほど、それこそ黒煙立ち上る学園を発見した時に有栖院から全員へ説明があったのだ。

 

襲撃者たる『暁学園』の存在とその作戦。

そして有栖院の作戦を台無しにしたい意志。

 

その全てが彼の口から伝えられ────

 

そして奇襲は見事成功した。

 

有栖院の伐刀絶技はその性質上、奇襲を最も得意とする。

それを最大限生かした最高の攻撃と相成った。

 

 

 

 

「やぁぁああああぁぁ‼︎‼︎」

 

『破軍』の各々が、相対した相手を斬り伏せる。

身動きとることすら許されない状態からの致命打。

これはぐうの音も言わせない完全な勝利と言えるだろう。

皆が自身の刃に手応えを感じて安堵の息を漏らす。

 

そんな中、ただ1人。黒鉄一輝の表情はあまりにも硬かった。

 

(…………あり得ない……)

 

目の前に倒れ伏している兄である《風の剣帝》黒鉄王馬は間違いなく本物だった。

 

振る舞いも。

放つオーラも、

気迫も

声も何もかも。

 

 

だからこそあり得ない。

 

 

あの黒鉄王馬が自らの足元に無様に横たわることなど、例え天地がひっくり返ろうがあり得ない事なのだ。

 

(王馬兄さんがこんなにもあっけなく───)

 

そこまで考え、ふと先日のことを思い出す。

ステラと商店街へジョギングした時のことだ。

その時に出会った少年──────彼も『暁』のうちの1人であり、名を紫ノ宮天音という──の行動を思い出した。

 

その時に彼のとった行動、そして加賀美から貰った彼に関する情報。

 

全てを加味し、考慮した結果……一輝は一つの結論に到達した。

導かれたそれは一輝を戦慄させるには十分すぎるものだった。

 

(ッッッまずい!!!!!!)

 

つまりこれは────奇襲ですらなかったという事だ。

全ては予知された未来に起きた、想定範囲内の出来事だったのだ。

 

 

 

「気をつけてアリス‼︎ これは罠だァァ!!!」

 

 

 

 

「あ〜あ、残念だなぁ。もう少し早ければ避けられたかもしれないのにさ。」

「え、っ……え?」

 

一輝の警告は間に合わず、既にアリスの体には数多の剣が突き刺さっていた。

 

そしてその背後には、

 

切り倒したはずの紫ノ宮天音が両手に剣を持ち、そして満面の笑みで立っていた。

 

 

 

つい先ほど『破軍』の面々が斬り伏せた『暁』は全員が偽物だった。

 

見ると紫ノ宮以外の『暁』の面々も何もなかったはずの空間から現れる。

その中の一人。着衣がジーパンとエプロンだけの少女───《血濡れのダヴィンチ》サラ・ブラッドリリーの伐刀絶技《騙し絵》により加工された、ただの木偶を斬っただけだったのだ。

 

「アタシの芸術は本物より本物らしいってこと。」

「フフ…王馬君の能力で姿を隠していましたが、木偶を斬ったくらいで安堵する姿はとても滑稽でしたよ。フフフ。」

 

完全に想定外の出来事に驚く『破軍』の代表生を見て平賀は愉快な声を上げ、倒れた有栖院を担ぎあげる。

 

「それではあとは皆さんにお任せします。スポンサーの『可能な限り圧倒的な、議論の余地のないほどの壊滅』というオーダー通り、徹底的に叩き潰してくださいね。

ボクはこの裏切り者をヴァレンシュタイン先生の元へ連れていかなければならないので。

では。」

 

そして有栖院を連れたまま、ひとっ飛びで戦域を離脱する。

 

「っ待て!」

 

このままだと有栖院は連れていかれる。

おそらく────殺されるだろう。

珠雫の為にもその事態はなんとしてでも避けなければならない。

一輝は連れていかれる有栖院を追いかける。

もちろんこのままだったならば余裕で追いつけただろう。

 

黒鉄王馬が立ち塞がらなければ。

 

「っっ!!」

「散れ。」

 

容赦無く野太刀である霊装《龍爪》を振るってくる。

 

(まずいっ!このままだと《陰鉄》ごと叩き斬られる!)

 

王馬の強さの一つは1mを軽く超える《龍爪》を扱える怪力にある。

中途半端に剣を受け、このまま無理にでも突破しようとするならば霊装ごと叩き斬られる未来が一輝には見えた。

ならば全霊を以って受けに徹するしかないと体制を整えたとき、

 

「はぁぁああぁぁ!」

 

《龍爪》は炎を纏う黄金の剣によってその軌跡を阻まれた。

 

「ステラ!」

 

自分を守るように間に入ってきた彼女の名を叫ぶ。

ステラはそのまま王馬と鍔迫り合いをしながら一輝に告げる。

 

「イッキ、シズクがアリスを追いかけて行ったわ!」

 

一輝の視界の先に、全速力で平賀を追いかける珠雫の背中が見えた。

 

「コイツらシズクを素通りにした!多分先に罠があるのよ!1人で行かせたらまずいわ!!」

「分かった。ここは任せるよ!」

「ええ!こんな奴ら、全員ここで叩き潰してやるわよ!」

 

ステラの威勢のいい言葉に背中を押され、一輝は珠雫を全力で追いかける。

 

 

この時、実は一輝には躊躇いが生じていた。

「『暁』をこのままステラ達だけに任せていいものか」と。

《雷切》を始めとした生徒会役員や葉暮姉妹という代表生もいるため大丈夫か、そう考えたが─────

 

 

(多分、今のステラじゃ王馬兄さんには勝てない……)

 

 

一輝は兄のストイックさ、そして王馬の「強さ」以外に興味のかけらもないその性格のことをよく知っている。

 

姿を消してから6年。

どのように生き、どれほどの死線をくぐり抜け、どんな成長をして来たか。

一輝には分からない。

だが、そんな王馬の性格や、姿を消した当時の強さ、予測できる成長速度……どう考えても現時点ではステラより王馬の方が強い。

強者であるステラも刀華もいるが、王馬はそれ以上の傑物だ。

 

(……このままだと『破軍』は負ける)

 

一輝は冷静に現状を見極める。

 

かと言って自分が戻って加勢する可能性は皆無。

1人で有栖院を助けに行った珠雫の手助けをした方が良いのは自明だ。

一方で、何も対策を打たないと『破軍』の壊滅は逃れられない。

 

一輝は学園から続く坂を駆け下りながら、生徒手帳を取り出し、ある人へ電話をかける。

 

このままだとジリ貧だ。

ならば───助けて貰えばいい。

 

しかしながら寧音も黒乃も今は東京にはいない。KoKの手伝いのため大阪にいるだろう。

 

だとしたら一輝は誰に電話をかけているのだろうか─────

 

長いコール音の後に相手が電話に出る。

 

「……もしもし‼︎」

『んぁ。なんだ、一輝か?どーした?』

 

 

 

 

「ッッ─────‼︎⁉︎」

 

一輝の推測通り、ステラは王馬に力負けしていた。

《天壌焼き焦がす竜王の焔》と《月輪割り断つ天龍の大爪》。

圧倒的な光熱と暴風の衝突は全てを吹き飛ばし、万物を焼き払う嵐となって吹き荒れていた。

 

互いに拮抗していた最高火力の伐刀絶技。

 

だが、やがて《紅蓮の皇女》は押し込まれ始める。

規格外の膂力を自慢とするステラの両手に、感じたのことない圧力がかかる。

その圧力から足が地面にめり込み、亀裂が生じる。

サイタマに《天壌焼き焦がす竜王の焔》を打ち消されるのとは感触が全く違う。

サイタマの一撃は一瞬の元に炎の竜を消し去ってしまう。

だが、《風の剣帝》による少しずつ、しかし着実に《天壌焼き焦がす竜王の焔》を押し込んでくるこの感覚は、ステラが体験したことのないものだった。

 

そして拮抗は完全に崩れる。

 

《月輪割り断つ天龍の大爪》は炎の竜を砕き、そのまま勢い衰えずにステラの頭上に降りかかる。

 

(や、ば─────)

 

数瞬前まで全身で踏ん張っていたステラは回避行動に移れない。

 

そしてこの高次元の争いに付いていけるものは誰1人としていない。

学生騎士の中でも実力者であるこの場の全員が自分の身を守るのに必死だった。

それこそが灼熱と暴風の衝突の威力を物語っていた。

 

この一撃は避けられない。

 

 

 

 

 

今ここに《雷切》東堂刀華がいなかったならば、の話だが。

 

 

 

 

「ステラさん!」

 

刀華は伐刀絶技《疾風迅雷》を以って降り落ちる災害から紙一重でステラを救出した。

刀華はこの場にいる学生騎士の中で、この別次元の戦いにもついていく事の出来る唯一の伐刀者だった。

 

その災害が降り落ちた地面見ると、悉くが粉砕されていた。

《月輪割り断つ天龍の大爪》は校舎、訓練場……そして瓦礫すら粉々にしたのだ。

まるで龍の爪で全てをえぐられたかのように。

 

もし刀華がステラを助けなかったら──考えただけでもぞっとする。

そこでステラは助けてくれた刀華へ礼を言おうとしたが、

 

「ありがとう!助かったわトーカさ─────づっ⁉︎」

 

しかし途端にステラの声は詰まった。

刀華がステラへ直接電流を流し込んだからだ。

 

「どう、して…」

「ごめんなさいステラさん。でも、私と引き分ける程度の今の貴女では王馬さんには勝てない。」

 

何か言いたげな顔をするもステラの意識はブラックアウトした。

 

「桔梗さん!牡丹さん!」

「えっ⁉︎」「きゃあ!」

 

そして刀華は気絶したステラを葉暮姉妹へ投げつけ、彼女達はステラを受け止める。

 

「貴女達はステラさんを連れて逃げてください‼︎」

 

今この場で最も冷静な判断を下せたのは刀華だけだった。

先ほどまでは『暁学園』を蹴散らすことこそが最善手だった。

しかしステラが王馬に敗北した今、無策に挑むのは"最悪の結末"に繋がる可能性すらある。

つまり「『暁学園』が『破軍学園』に代わって、7校目として七星剣舞祭へ出場する」という事態に陥る可能性が、現実的なものになりつつあるということだ。

 

それを防ぐための最適解は七星剣舞祭代表生を守りきること。

 

「今ここで『破軍』の代表である貴女たちが敗北するようなことがあってはいけません!!」

 

刀華の冷静な指示を聞き、学園から逃げ出す葉暮姉妹────だが、『暁』は当然逃しはしまいと動く。

 

「逃すと思うか?」

 

言葉とともに王馬の後ろから風祭凛奈と多々良幽衣が飛び出し、三人を追いかける。

 

しかし『破軍』もそう簡単には追わせない。

 

「《マッハグリード》‼︎」

「《クレッシェンド・アックス》‼︎」

 

生徒会役員の二人がその前進を阻止する。

 

「追わせると思いますか?」

 

刀華は目の前の王馬を見て《鳴神》を構え直す。

彼女の横には親友である道徳原カナタが立っている。

 

「カナちゃん……」

 

彼女もまた『破軍』の代表。

しかし彼女はここに残り、刀華とともに戦う決意をしていた。

 

(……ありがとう。)

 

『暁』との二度目の衝突。

これが正真正銘の死線と成るだろう。

 

「やられっぱなしは破軍学園生徒会の名折れです。この借りは倍にして返しますよ!」

「「おうっ!!」」

 

皆を鼓舞し、未だ抵抗しようとする刀華らを見て王馬はつまらなそうに言い返す。

 

「かかってこい。決着が少し長引いただけの事だ。」

 

 

 

 

一方。

 

一輝と珠雫はしばらくバイクを走らせた後、『暁学園』に到着したのだが────

 

一輝が唐突に運転していたバイクを急停止させ、その勢いのまま珠雫はつんのめる。

幸い、珠雫の前には一輝がいたために放り出されることはなかった。

 

「お、お兄様⁉︎ どうしたんですか⁉︎」

 

珠雫は当然ながら驚きの声をあげる。

この急停車の理由を理解できなかったのだ。

しかしそれはしょうがないことなのかもしれない。

武人として未熟な珠雫は理解できなかったのだ。

 

今この瞬間、一輝と珠雫が『魔人の領地』へ踏み込んでしまったということに。

 

 

一輝はバイクを降りて、五臓六腑が押し潰されそうな重圧に耐えながらなんとか《陰鉄》を顕現させる。

 

絞め殺すような圧力を耐え、恐怖を押し殺して天を仰ぐ。

暁学園 本校舎。その屋上に"彼女"は佇んでいた。

 

即ち────純白の戦乙女。

 

「敵ッ⁉︎」

 

珠雫も《宵時雨》を顕現させて構えるが、一輝はそれを手で制する。

どうやら純白の戦乙女は珠雫に興味がないかのように一輝だけを見つめていた。

 

「……珠雫。アリスはこの中だね?」

「え、ぁ、はい。」

「なら先に行ってくれ。」

 

「一対一にこだわる必要は無い。」そう言おうとした珠雫だが、一輝の顔を見るとそのようなことはとても言えそうに無い。

一輝の顔はそれほどまでにこわばっていたからだ。

 

「それほどの、敵なのですか?」

 

珠雫は一輝の態度から相手の力量を読み取る。

その確認に肯定が帰ってきた。

 

「……まぁね。……それに急がないとアリスが間に合わなくなるかもしれない。ここまで来たんだ。珠雫はアリスを助けに行くんだ。」

「で、でも────」

「珠雫。頼む。」

 

それほどの敵だからこそ2人で戦うべきだろう、そう思ったがここまで言われれば珠雫も理解できた。

 

珠雫がここにいれば、一輝は彼女を守りきることができないのだ。

 

「……わかりました。ここはお兄様にお願いいたします。」

 

珠雫がこの場を一輝に任せ、一人校舎へと入っていく。

 

それを見届けた一輝は、その女性を見上げる。

 

(………仮にも学園を名乗るくらいだから先生役がいると思ったけど─────まさかここまでとは、ね。)

 

一輝は覚悟を決めて《陰鉄》を強く握りしめ、その女性へと話しかけた。

 

「……剣の道を志すものであれば貴女を知らない人はいません。

捕らえられることを諦められた世界最悪の犯罪者でありながら。

すべての剣の道の果て、その頂に立つ世界最強の剣士。

貴女こそが────《比翼》のエーデルワイスで間違いありませんね?」

 

「確かに。私こそが《比翼》です。」

 

《比翼》。

その名の通り彼女の剣はまさに一対の翼。

彼女を純白の天使に見間違えても仕方がないような、そんな神聖さすら併せ持っている。

 

《比翼》は一輝を見て怪訝な顔をして言葉を続ける。

 

「………しかし分かりませんね。

私が誰かを分かっていて尚、剣を抜くのですか?

私と貴方の力量差がわからない訳ではないでしょう。そうでなければあなたはそれほど怯えるはずもない。」

「……強がっていたつもりなんですがね。」

 

さらに続ける。

 

「それに……私は無闇に子供を傷つけることは望みません。初めから貴方も貴方の妹も殺すつもりはありません。ですが、もしも向かってくるのならば子供でも容赦はしません。

ここで貴方が倒れる事こそが、『破軍』で戦う者にとっても貴方の妹にとっても"最悪の結末"なのではないですか?」

 

(……全くその通りだ。)

 

一輝は『破軍学園』はステラ達に任せ、珠雫とともに有栖院を助けに来た。

だが、何をどう間違っても眼前の天使には一輝は勝てない。一輝は今から蝋の翼で太陽に飛び立とうとしているようなものなのだ。

 

目の前の女性は正真正銘『世界最強』。

 

今の一輝などと比べていい次元の相手ではない。

勝負にすらならないのは明確だ。

だからこそ《比翼》は引き返すチャンスを与えるために警告している。

 

しかし─────だからこそ。

一輝は逃げられない。

 

「…………貴女は一つ、間違ってますよ。」

「……………。」

 

《比翼》は無言で一輝の言葉を聞く。

 

「珠雫は僕にここを託しました。ならばそれを応えるのが僕の役目です。

それに…………僕は向こうの心配はなにもしていませんよ。」

 

半分笑みを浮かべながら話す一輝に《比翼》は疑問を覚える。

これは強がりからくる笑いではない。

本当に少したりとも心配していないのだろう。

 

 

「……それは、何故。」

 

 

《比翼》がその理由を問うと、自慢げに、軽く笑いながら一輝は答えた。

 

 

「だって今頃、僕の『最強の師匠』が駆けつけてくれているところですから。」

 

 

 

「……『最強』……………ですか。」

 

《比翼》を前にして『最強』という言葉を使う────この意味を一輝がわからない訳ではない。

だが、あえて使った。

一輝は自らの師を紛れもなく『最強』だと思っているから。

 

「それに、『世界最強の剣士』ともあろう貴女が剣を抜いた敵に戦意を問うとは意外ですね。」

 

《陰鉄》の切っ先を屋上に聳え立つ純白の天使へと突きつける。明確な戦意と共に。

 

「確かに、この問答は無用でしたね。」

 

それが皮切りとなる。

 

《比翼》は屋上から一輝の前へと舞い降り

 

その刹那、彼女を中心に剣気が爆裂する。

 

(〜〜ッッッ‼︎)

 

それに呼応して黒鉄一輝を構成する全てが彼に警告する。

 

─────逃げないと オマエ ここで シヌぞ、と。

 

 

だが一輝は歯を食いしばり、恐怖を押し留めて《比翼》へ向かい直す。

 

「我、頂にして終焉。一対の剣にて天地を分かつ者。我が名は《比翼》のエーデルワイス。」

 

もう《落第騎士》と《比翼》の激突は、誰にも止められない。

 

「少年よ。世界の広さを知りなさい。」

 

 

 

 

『暁』との戦いが行われていた『破軍学園』。

見れば立っているのは今や刀華のみ。

相対するのは無傷の《風の剣帝》黒鉄王馬。

他の生徒会役員は、全員倒されてしまった。

 

単純な実力差だったら刀華も既に倒されていただろう。

だったら何故、刀華はまだその足で立っているのだろうか。

彼女の伝家の宝刀《雷切》や、技を以ってその実力差を埋めていたのだろうか。

 

否。

 

その理由は、王馬が戦いが始まってから微塵も動いていなかったからだ。

刀華は何度も斬りつけたがその攻撃の全てを受け入れ、逆に霊装の顕現すらせずに一切攻撃していなかった。

無論、刀華は《雷切》も幾度となく放った。正面から。完璧に。

しかし結果はご覧の有様だ。

 

「そろそろ諦めたらどうだ?

俺とお前だと鍛え方に天地ほどの差がある。」

 

彼が少しも動いていないのは、"少しでも傷をつける事が出来れば戦ってやる"と彼が言ったからだった。

未だ刀華は王馬に傷一つつける事が出来ていない。

だから黒鉄王馬は動かない。

 

刀華も予想していなかっただろう。

ここまで実力差があったなんて。

こうなったら捨て身の一撃以外、王馬へダメージを与えることは叶わない。

そう断じた刀華は身を投じた。

 

 

「《建御雷神》───ッッッ!!」

 

 

《雷切》は東堂刀華は自分の前方に特殊な磁界を形成し、強烈な磁場が働くトンネルへ突っ込む。

王馬へ"傷を1つでも付ける"ための己の身すら犠牲とした、特攻以外の何物でもない攻撃だ。

 

異常な加速をした刀華が王馬と激突し、同時に多量の血が迸る。

 

─────ただしその血全てが刀華から出たものだが。

 

王馬に《鳴神》を突き立てた右腕や、《建御雷神》の反動による全身からの出血である。

対してまさに鉄壁の防御力を誇る《風の剣帝》は胸から多少の血が滲む程度。

あの《雷切》東堂刀華がここまでしても、ほぼノーダメージ。

 

しかし、それも納得できるような証拠が破れた服から覗かれる。

そこには数え切れないほどの傷、傷、傷、傷傷傷傷、傷傷傷傷傷傷傷傷傷傷…………

 

「貴方……表舞台から姿を消した後、何をしていたの……?」

 

対して王馬の答えは単純な拒絶。

 

「自分の事など語る趣味は無い。」

 

そしてその手に《龍爪》を顕現させ、告げる。

 

「こんなものでも傷といえば傷だ。約束通り相手をしてやろう。」

 

そう言うと《龍爪》を中心に暴風が吹き荒れる。

そう。

これこそが《紅蓮の皇女》最高火力の伐刀絶技、《天壌焼き焦がす竜王の焔》すら飲み込んだ王馬の伐刀絶技。

 

「《月輪割り断つ天龍の大爪》」

 

振り下ろされる竜巻の剣。

 

(みんな……ごめん……っっ!!!)

 

刀華は《建御雷神》により過電流を纏ったために、反動で1mmたりとも動けない。

 

暴風は彼女を飲み込み、無情にも意識を消し飛ばす

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───はずだった。

 

 

 

 

「………!」

 

 

王馬は見た。

《月輪割り断つ天龍の大爪》が刀華を切り裂く刹那。

"誰か"が超高速で視界をよぎったのだ。

その者が刀華を《月輪割り断つ天龍の大爪》から助け出した。

 

だが、一体誰が?

 

この場に動ける『破軍』の者など、もういないのに─────

 

 

 

王馬がゆっくり右を見ると

 

 

そこには刀華を抱えた男が立っていた。

 

 

汚れひとつない純白のマントを羽織る男だ。

風でなびくマントから黄色いスーツが見える。

 

背中を向けられているため、顔はよく分からない。

 

その男は横抱きにした刀華を、優しく地面に下ろす。

 

 

「……何なんだ、貴様は。」

 

 

その男を見て問わずにはいられなかった。

男が醸し出す不気味な、しかしながら確かに香る強者の匂い。

数多の死線をくぐり抜けてきた王馬はそれを嗅ぎ取っている。

 

王馬は直感で悟っていた。

"この男は王馬が今まで戦ってきた者とは訳が違う" と。

 

 

「俺か?」

 

 

その男はゆっくりと王馬に向き直る。

 

 

「─────俺は、趣味でヒーローをやっている者だ。」

 

 




果たしてこの男の正体とは⁉︎
次回乞うご期待!


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7.戦闘

発売された13巻を読みました。
相手が思ったより瞬殺されててびびった。けど次の14巻ですんなり行くとは思えない気がする。どうなるんだろう。すごく待ち遠しい。
そして買ったのはもちろん予約特典付き特装版‼︎
本当に9巻の決勝戦はアニメ化してほしい……。私はドラマcdなのに「終の秘剣 《追影》」のシーンで鳥肌立ちました………。




サイタマは家に帰り、ゲームの電源を入れたタイミングで携帯電話が鳴る。

ゲームをやろうとしていたサイタマは、出鼻をくじかれ半分面倒臭がりながら携帯を見る。発信者は弟子である一輝だった。

 

 

『…もしもし!』

「……なんだ、一輝か?」

『突然すみません。サイタマ先生、お願いがあります』

 

電話口からは切羽詰まった声が聞こえてくる。

 

「どうした?」

 

サイタマが事情を聞くと、『破軍学園』が襲撃され、彼らが七星剣舞祭に出場できなくなるかもしれないと説明された。

あまりにも突然の出来事でサイタマは何が何だかよく分からなかったが、一輝たちの救援が必要であることは理解できた。

 

「ふーん……で、俺はどうすりゃいいんだ?」

『先生には、どうか場を収めて欲しいです。

……多分、先生が普通に戦えば周りにも被害が出てしまうので』

 

サイタマが周りを気にせずに戦えば、『曉学園』なんて赤子の手をひねるように片付くだろう。

しかしその場には代表生がいるはずだ。その上、『破軍』は夏休み期間で生徒が多くはいないと言えども、全くいないわけではない。襲撃により倒され、動けなくなった者もいるはずだ。

サイタマが戦った時の周りへの被害などを考えた時、やはり場を納める程度に実力を抑えて戦うのが最善なのだろう。

実際、ステラと手合わせした時は訓練場の壁と森が消し飛び、一輝と手合わせした時も草木が消滅した。サイタマの過剰な戦力は校舎を土に還すだろう。

 

「まあ分かった」

 

本当はよく分かっていないが、必要だと言うのなら助けるだけだ。

 

『ほ、本当ですか?』

「おう。『破軍学園』に行けばいいんだろ?」

 

サイタマは電話を切って、家を出るために準備を始めた

 

 

 

 

───────それがサイタマが駆けつけた十数分前のことだ。

 

「……あ……サイタマ……さん」

「ああ。ゆっくり休んどけ」

 

王馬の《月輪割り断つ天龍の大爪》直撃寸前ギリギリに刀華を救い出したサイタマは、彼女を優しく地面に下ろす。刀華は極度の疲労と《建御雷神》の反動から意識を失ってしまった。

 

「…………何なんだ、貴様は?」

「俺か?」

 

そして現在。

サイタマは『暁学園』と対峙していた。

 

「俺は趣味でヒーローをやっているものだ」

 

いや、正確にはサイタマは彼らに囲まれていた。

ヒーローを自称する謎の男の登場に唖然としていた『暁』だったが、それでも彼らはプロなのだ。雇い主からのオーダーの遂行を盤石なものにするために最適な行動を選ぶ。

一瞬のうちに荒れ狂う竜巻から刀華を救い出したサイタマを警戒して即座に彼を取り囲んだ。

 

「ぷふふっ………あはははは!」

 

つい吹き出してしまったのは《過剰なる女神の寵愛》紫ノ宮天音。

一応警戒はしているが、天音にはサイタマがふざけているとしか見えなかった。

たかが趣味でヒーローをしていると名乗った男。そんな相手など、今『暁』に揃っている面子ならば片手間に屠れる。

そう思ってしまった。

 

「誰だか知んないけどさ、"お遊び"でヒーローやってるお兄さんが何の用かな?

僕たち忙しいんだよね」

「………お前らだってガキのくせにテロリストの真似事してるだろ」

「あはは。それは違うよ、お兄さん」

 

天音の言葉とともにサイタマの横から飛び出してきたのは《不転》多々良幽衣。

もちろん《地擦り蜈蚣》も顕現させている。

 

「アタイたちはオマエと違って、ごっこ遊びじゃ無くてプロっつーわけだ!」

 

完全な奇襲だ。

振り向いた瞬間、眼前まで飛びかかっていた多々良を見てサイタマは驚きから目を剥いた。

 

「お、おい、お前‼︎」

「ギギギ!! 驚いたところでもうオセェ!死ねェェ!」

 

全霊の悪意と殺意を持って、多々良はそのままチェーンソーを首へ振り下ろす。

 

 

だが考えてみてほしい。

この程度の攻撃でサイタマの意識が持っていかれるのなら、合宿にてステラはサイタマに勝つことが出来ただろう。

 

 

「………ハァ⁉︎」

 

一直線に首に向かっていったはずの《地擦り蜈蚣》は、その首にしっかりと堰き止められてしまった。

ほぼ完璧に決まった奇襲、チェーンソーの刃の回転数、振り下ろした速度。

魔力防御をしていないサイタマは、どれを取っても無傷でいられるはずがなかったのだ。

 

なのに。

 

「………お前、夏なのにそんなに着込んで暑くねぇのか?」

 

サイタマは全く痛がる素振りもせずに、多々良の服装にのみ興味を示した。つい先ほどサイタマが驚いたのは、断じて多々良の奇襲に対してでは無い。

 

時期は8月。気温は30度を超え、誰がどう見ても真夏だ。

なのに多々良はコートを着て、マフラーを首に巻き、そしてあろうことかエスキモー帽子すら被っていた。

どう考えても暑い。暑すぎる格好だ。

サイタマが驚いたのはそこだった。

 

「ちぃッ!テメェほんとに人間か、オイ!」

 

チェーンソー型の《地擦り蜈蚣》を首だけで止めてしまうなんてありえない。しかもサイタマは魔力防御の一切を発動していなかった。

その守りはそれこそ、人類として『進化』をするまでに至り、鉄壁の防御力を持っている黒鉄王馬クラスかそれ以上だ。

お遊びのヒーローごっこをしている男がまさかそこまでだとは多々良は予測していなかったのだ。

 

「それとな、間違ってることがあるぞ」

 

サイタマは多々良にデコピンをしようと指を添えた。多々良は未だ空中にいるため、即座に回避はできない。

最も、彼女はそのような攻撃は避ける必要すら無いのだが。

 

「あ?デコピン?……笑わせんじゃねェ!《完全反射》!」

 

『"デコピンで攻撃される"』

この言葉だけなら、確かに多々良は舐められているとしか感じられないだろう。

事実、普通の人間がデコピンをされたところで「おでこが少し痛い」で終わるだろう。

その上、多々良は全ての物理攻撃を弾き返すことが可能だ。弾丸すら『反射』させる彼女は"デコピン"程度では揺らぎはしない。

 

「俺の趣味も『本気』の趣味だ!」

「うぎァっっ!!!!!」

 

──────そのはずだが、多々良がその衝撃を跳ね返すことは叶わず、彼女は軽く吹き飛ばされてしまった。

 

『"サイタマに"デコピンで攻撃される』

先程の言葉に「サイタマに」という言葉が加わっただけなのに、こんなにも"デコピン"の破壊力が増すのだ。

 

予想外の結果に『暁』全員─────ただし、《風の剣帝》黒鉄王馬だけはサイタマから目を離さなかった───────が驚きの顔で多々良を見た。

誰もが彼女の能力を知っているからこそ驚いたのだ。

 

多々良はなんとか起き上がって、サイタマを睨みつける。

 

「ってぇな‼︎

アタイに何をした‼︎どうして《完全反射》が効いてねぇ!」

「んなもん知るか」

 

いよいよサイタマへの警戒度が最大限に引き上げられる。

『暁』には相手が破軍学園生徒会役員の時のような余裕は既に無い。

 

「………お兄さん、なんで僕たちの邪魔をするの?僕たちは誰も殺していない。それに、僕たちはプロ。これは仕事なんだよ」

「よくわからねぇけど、お前らがいるせいで俺の弟子が大会に出られなくなるらしいじゃねぇか。それが迷惑だ」

「弟子?『破軍』代表生にヒーロー志望の子なんていたっけか」

「………俺の弟子は誰だっていいだろ別に」

「ふーん。まぁそれもそうだね。僕たちにとってはそんなことはどうでもいい。

お兄さんが言うように確かに、『破軍』のみんなに成り代わって僕たちが代表になりたいのさ」

 

サイタマは無言で天音の言葉を聞く。

 

「それとね、僕たちの"依頼主"はきっとお兄さんの手には負えないような大物だよ。

だからさ、僕たちの邪魔はやめてくれないかな?」

 

天音は交渉するようにサイタマに告げる。

『暁学園』は部外者であるサイタマが関わる事にデメリットしかないぞ、と。

 

しかし彼の口から出た言葉は断固とした拒絶。

 

「断る」

 

ならば。『暁』が取るべき対応は一つ。

 

「そっか。仕方がないね。

───────実力でねじ伏せることにするよ」

 

実力行使で仕事を遂行する事だけだ。

それが開戦の合図と成った。

真っ先に飛び出してきたのは、好戦的な多々良幽衣。

 

「ギギギギ‼︎ そっちの方がわかりやすくてイイじゃねェか‼︎」

 

《地擦り蜈蚣》のエンジン全開でもう一度突っ込んでくる。

そして、サイタマが後ろを見ると巨大な黒いライオンがそびえていた。

 

「ふふふ、どうだ英雄よ。これが我が漆黒の魔獣『スフィンクス』だ!無限の闇を内包するその瞳に叡智と力を感じるであろう?」

「いや、別に感じねぇけど……」

「お嬢様は『ふっふっふー!どうだ、ヒーローさん!これがペットのスフィンクスだよ!可愛らしい黒い瞳だよね!』とおっしゃっております」

「……おお、確かに言われてみれば」

「おい、てめぇよそ見している暇はアンのかァ⁉︎」

 

凛奈と話しているうちに多々良が距離を詰め、攻撃をしてくる。

サイタマはそれをかわそうと一歩横へ動くが、

 

「あ?」

 

それは叶わなかった。

外部から加わったなんらかの力によってその場に留まることしか許されなかった。その理由は、サイタマの白く染まった足元を見るとわかった。

 

「───《色彩魔術》導きのシルクホワイト。貴方はもうその『白』から抜け出せない」

 

そう。

色の数だけの能力を保有し、その多彩な力から『禄存学園』では《万華鏡》と呼ばれていたサラ・ブラッドリリー。彼女の伐刀絶技によりサイタマは横へ動けなかったのだ。

彼女が操る『白』は行動範囲制限の能力。その色がサイタマの足元に直径1メートルほどの円のように丸く塗られていた。即ち、サラの能力はそこからサイタマが出ることを許さない。

 

そして無防備なサイタマに《地擦り蜈蚣》を打ち込んむ多々良。

 

「さっきのお返しだァ‼︎」

「『スフィンクス』!」

 

凛奈の言葉で、多々良とともにスフィンクスが攻撃をしかける。

猛獣の巨大な爪は大地をも抉り、また魔力で編まれたチェーンソーはコンクリートすら容易く引き裂く。しかしサイタマは円から出ることができない。

よって彼がとった行動は回避。

 

「おお、これおもしれぇぞ」

 

遊び感覚で猛攻を一度も体に当てることなくかわし続ける。時には跳び、時にはしゃがむ。

まるでゲームセンターで遊ぶような感覚で避けるサイタマを見て、先に痺れを切らしたのは多々良だ。

 

「おい、リンナァァ‼︎このハゲの動きを止めろ!!これじゃあ埒があかネェ!」

「言われなくても分かっているわ‼︎」

 

このままでもいつかは攻撃が当たるだろうが、それでは任務遂行が遅れるだろう。だから凛奈が従えているスフィンクスの伐刀絶技を使ってすぐにでも勝負を決める算段だ。

 

「知るがいい……邪神呪縛方により解放された獣王の闇の力を!!」

「……マジで何言ってんだ?」

「竦めェェ‼︎ 《獣王の威圧》───────ッッ!」

「オォォオおオォォオおおおぉおオォォオ!!!!!」

 

魔力でバックアップされたスフィンクスによる威圧は、あらゆる者の動きを止める。サラの伐刀絶技で行動範囲が狭くなっていたサイタマにこれをかわすことはできなかった。

 

「今だ、やるが良い!」

「アタイに命令するんじゃねぇ‼︎ 吹き飛べ、ハゲ‼︎」

 

動けていないサイタマの腹部に、力任せに振り抜かれた《地擦り蜈蚣》が襲いかかる。

 

「──────!!!?テメェなんなんだ、ハゲ‼︎その"重さ"は⁉︎」

 

だがサイタマを吹き飛ばすには至らなかった。

彼が持つ圧倒的な"質量"の前では、いくら魔力で強化したとはいえ、多々良の力は微々たるものだった。

 

そしてサイタマを怒らせる数少ないワードを多々良は先程から口にしてしまってた。

 

「さっきから聞いてりゃ……お前、ハゲハゲうるせぇ!」

 

サイタマは《獣王の威圧》の影響下にあり、身動きが取れないはずだった。

なのに難なく右手を上げて、もう一度多々良にデコピンを打ち込んだ。《完全反射》が間に合わないほどの速度で。

 

「〜〜〜っっがぁっ!」

 

『反射』の発動が間に合わなかった多々良は先程以上に吹き飛び、地面を転がった。

息はある。しかし、起き上がってこないため、気絶しているのか その衝撃によるダメージのため動けないのか、どちらかだろう。

 

「何⁉︎我が魔獣の咆哮から逃れたというのか⁉︎」

「つーか、お前もいつまで吠えてんだ」

「⁉︎」

 

サイタマはスフィンクスの頭上に飛び乗る。

そこは既に"『白』からの支配圏外"だ。

つまり、サイタマは涼しい顔で行動範囲制限を振り切って獣の頭に飛び乗ったのだ。

 

「こんなこと初めて……‼︎」

 

サイタマにとっては、初めからそんなもの制限でもなんでもなかったということだ。

少しばかり『白』の外に出る時に魔力的な干渉を受けるだけで、障害と言えるほどのものではなかったのだ。しかしそんなことサラにとっては初めての体験だった。

 

「ガァァアア‼︎」

 

スフィンクスは頭に乗ったサイタマを振り落とそうと、頭を振り回したり地面に叩きつけたりした。サイタマにとってなんの意味もないのだが。

 

「猫は猫らしくおすわりしてろ‼︎」

「ガァおおあぁっっ⁉︎」

 

スフィンクスの頭頂部にサイタマの強烈な右ストレートが突き刺さる。そのままスフィンクスは顔ごと地面にめり込み──────

 

「……ん?おすわりは犬だったか?」

 

────動かなくなった。

 

愛犬(愛獣?)を一撃で叩き潰された凛奈は、すぐにでもシャルロットをサイタマにぶつけて打ち倒そうとした。

 

「…最高級の闇の力を秘めたる僕、『スフィンクス』をよくも……。わが憤怒はマグマの如く煮え返り───────」

 

 

しかし言葉を最後まで言うことはできなかった。

 

今まで動かなかった《風の剣帝》がついに動き出したのだ。見ればサイタマに向かって歩を進めている。

 

「茶番は終わりだ、『ヒーロー』」

 

その言葉は皮肉の意を込めてか。

倒れたスフィンクスには目もくれず、サイタマの前に立つ。身長は王馬の方が大きいため、サイタマは少しばかり見上げている。

 

「…………。」

「なんだよ、ジロジロ見て」

 

このタイミングまで王馬が動かなかったのは理由がある。

 

感じられる魔力量から、明らかにFランクの男など、Aランクである《風の剣帝》がわざわざ手を出す必要はないと考えたからか?

否。

サイタマから感じた圧力に竦んだからだろうか?そして心に植え付けられた"圧倒的な暴力"というトラウマがフラッシュバックしたからか?

否。

 

寧ろ、その真逆。

王馬は誰がどう考えてもFランクであるサイタマに危機感を覚えてしまったのだ。それが何故かを確かめようと動かなかったのだ。

 

相手を前に動こうともしないのは、王馬らしからぬ行動だった。

他の『暁』メンバーが苦もなく目の前の男を倒したのなら。そうだったならばこの危機感は王馬の勘違いだったということで終わる。その確認の意味も含んでいた。

 

だが結果はサイタマの勝ちと見て、なんの不都合も無いだろう。凛奈がシャルロットをサイタマにぶつけたところで結果は揺らがなかったはずだ。

そして戦いを見て、王馬は《伐刀者》としてのサイタマについて1つのことがわかった。

 

───────そもそも《伐刀者》とは。

彼らは各々が何らかの『概念』を体現しているのだ。

例えばサイタマの目の前に立つ黒鉄王馬は『風』を操作する。

例えばKoK世界ランキング四位の騎士は『不屈』の概念そのものを纏っているという。

はたまた、幻想種たる『竜』という概念すら、その身に宿す者もいるかもしれない。

 

そんな中、『暁』の1人である多々良幽衣の保有する概念は『反射』。つまりあらゆる物理的衝撃を跳ね返し、切り札として持つ《伐刀絶技》により蓄積したダメージを因果ごと『反射』することさえ可能なのだ。

サイタマは、自らの『概念』をそこまで使いこなしている多々良を2度もデコピンで吹き飛ばしてみせた。

 

同様に、サラは様々な『概念』を色彩にのせて放つ。その一つ、導きのシルクホワイトがもつ概念は『行動範囲制限』。

そして凛奈が操る獣であるスフィンクスの咆哮も然り。威圧とともに、一時的にだが行動を停止させることが可能だ。

だが、サイタマはそれを難なく破ったのだ。《伐刀絶技》により制限されたはずの行動をしたのだ。

 

王馬が着目したのはまさにそこだった。

サイタマは他の伐刀者の『概念』からの干渉を許さず、されたとしてもそれを破壊する。

 

つまり彼が、伐刀者として体現するのは

───────『最強』という概念そのもの。

 

王馬が感じた危機感がその結論に至らせた。

 

Fランクながらも、《覚醒》により運命の鎖を引き裂いて生まれ落ちた極めて異常で、異質で、規格外な存在。

サイタマの神を宿す肉体の前では、森羅万象が無意味と成るだろう。

 

故に、『最強』

 

《暴君》に植え付けられた恐怖心は、七星剣舞祭本戦で当たるだろう"《落第騎士》という枷を外し、覚醒した"《紅蓮の皇女》を打ち破ることで克服するつもりだ。

それは今も変わらない。魔力量こそが運命の強さなのだ。

 

だが、サイタマと戦うことは克服の一助にはならないと誰が言えるだろうか。だからこそ、黒鉄王馬は挑むのだ。例え相手がFランクだろうと。

 

「お前、この中で一番強いんだろ?

他の奴らとは纏う雰囲気が違うからよ」

 

王馬は《龍爪》を顕現させる。

物理的距離 わずか50cm。

 

だが、それ以上に"実力的な"距離はかけ離れている。その背中が見えないほどに。

 

「………貴様こそ俺の期待を裏切るなよ、『ヒーロー』」

 

《最強の英雄》対《風の剣帝》の火蓋が今、切って落とされた───────

 

 

 

天音 ( 早く終わらないかなぁ )

 

 




伐刀者について勝手に解釈したんですけども大丈夫……ですよね。あんまり間違えてないはず、です。多分。


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8.東雲

その頃動きを見せていたのは『破軍』『暁』、そしてサイタマだけでは無い。能力を駆使して線路を駆け抜ける影が二つ。

 

「くっそー、ついてねぇなあ。こんな日に限って飛行機止まるなんてな!」

「ああ。全くだ」

 

KoK世界ランク三位《夜叉姫》こと西京寧音と、元三位《世界時計》新宮寺黒乃だ。彼女らはそれぞれ臨時講師、そして理事長として『破軍学園』に勤務していた。2人はそれぞれの用事で大阪に居たのだが、つい先程『破軍』襲撃の一報を受け、急いでとんぼ返りしているところなのだ。

本来、飛行機を使えたならそれが最速だったのだが、滑走路の異常を理由に運休。止むを得ず線路を"走って"移動しているところだった。

 

「飛行機が止まったのもこんな日だから、かもしれんがな」

 

彼女らは襲撃について何の情報ももっていなかった。しかし直感で分かってた。この襲撃の裏に"巨大な力"があることを。

その力が作用して飛行機を運休に追い込んだのでは────?

彼女達はそう思えて仕方がなかった。

 

「ま、どっちにしてもウチらが着けば分かることさね」

「ああ、そうだな。そのためにも─────」

 

一刻も早く。そう言おうとした瞬間。

 

「「──────────ッッ!」」

 

2人はまるで突風に殴りつけられたかのように立ち止まった。

 

「お、おいおいおい。今の、マジかよ‼︎」

「ああ……とんでもない奴が1人混じっているぞ………ッ!」

 

彼女らの足を止めたのは風ではなく───"剣気"。世界トップクラスの実力を持つ2人だから感じ取れたのだ。彼方にいるはずの《比翼》が放つ剣気を。喉に突きつけられたようなプレッシャーを。

結果、2人の額には尋常でないほどの冷や汗が滲み、足が震え、顔が蒼白になった。

2人は知らない事だが、この剣気とは《落第騎士》との開戦の証だ。

 

「不味い……彼女が興味を示すとしたら───黒鉄か!!……不味いぞ寧音‼︎」

「わ、分かってるって!」

 

顔を青くしながら再び走り出す2人。

 

───その途中で、《比翼》の剣気とは違う"圧"を一つ感じる。

 

「おい、くーちゃん。感じるか?」

「……ああ」

「もう1人、『怪物』がいるぜ……っ!」

 

《比翼》の他にも『怪物』と称するに相応しい男が混ざっていたのだ。

彼女の剣気が刺し殺すような鋭さならば、"彼"の場合は押し潰すような圧。

 

「恐らく敵では無いだろうが……万が一のことも覚悟はした方がいいだろうな」

 

《比翼》だけならまだ話は単純だった。しかし、どうやらその場に一輝が『最強の師匠』と呼ぶ"彼"─────即ち、サイタマが居合わせているようだ。

 

「黒鉄が呼んだのか……或いは」

「………それ以上先は想像したくねぇな」

 

《比翼》、それにサイタマが居合わせたのなら、何が起きているか全く予測がつかない。

 

もし、紛れもなく『世界最強』の剣士である彼女と、照魔鏡の如き洞察力を有する一輝に『最強』と言わせた彼が東京の地で激突したのなら。東京は確実に崩壊するだろう。

もし、サイタマが『暁学園』の1人だったならば。『破軍学園』襲撃は盤石なものになるだろう。寧音と黒乃が揃ったとしてもエーデルワイスを相手取ってかなり分の悪い闘いになるのに、そこにサイタマが敵として立ちはだかった時のことは考えたくはなかった。

 

想定しうる"最悪"は無数にあった。

 

「やはり急ぐ他あるまい」

 

黒乃と寧音は身体にかかる負担すら無視し、出しうる最高速にて東京へ向かった。

 

 

 

 

───少し、『黒鉄王馬』という男について話そう。

 

彼はAランクとしてこの星に生を受けた。

幼い時から周りの子供より強かった彼だが、ただAランクだったからという訳ではなかった。

皆が稽古を終えて道場から出ても、彼だけは1人、剣を振り続けていた。誰よりも『剣』を愛していた。

その動機は極めて純粋なものだった。

小さな大会で王馬が優勝したときに彼は褒められ、讃えられた。そのことが、1番を取れたことがただただ嬉しかった。『黒鉄王馬』の原点はそこにあるのだ。

そして思った。

 

この世界で自分が1番強くなれたのなら、それはどれほどのものなんだろう?────と。

 

小学生の時に日本一に輝いてから王馬は、日本は世界一を目指すにはあまりに狭すぎると感じた。故に世界へと飛び出し、自分が求めたものはそこにあった。

そこにあるのは純粋な『闘争』。

時には死と隣り合わせの戦場、時にはならず者の溜まり場である地下闘技場、時には強者が犇く剣術大会─────。

彼は楽しかった。当然だが負けることもあった。それでも闘いの中に身を置き、自らの成長を確かに感じられたのだ。

 

 

 

─────だが、王馬は出会ってしまった。『絶望』と呼べる存在に。王座に君臨する『暴君』に。

 

何をしても全く効かない。死にものぐるいの抵抗も無意味。文字通り"目の前の虫を屠る"程度にあしらわれ、幾ら泣き叫ぼうと手を緩めない。そんな存在。

《比翼》の助けがあったから良かったものの、もし彼女が来なかったら王馬の命はそこで果てていただろう。

 

王馬が真に強さを目指し始めたのはそこからだった。常識外れな圧力で体を押しつぶし続けたのだ。初めのうちは骨は砕け、内臓や筋肉は押し潰され、軋み、王馬の身体は崩壊を始めていた。

しかし────実に1500日に及ぶ日々が身を結び。黒鉄王馬は『異形』を手に入れた。彼の身体は『進化』したのだ。

 

 

そして今現在。王馬が相対するは、奇しくも同じく"人間の進化の可能性"を信じて1日も欠かさずトレーニングに励んだ男であった。

 

 

 

 

「…………」

 

 

王馬とサイタマが向かい合って静止すること数秒。

 

 

先に動いたのは───王馬だ。

一切の溜めをせずに《龍爪》を振るい、サイタマの胴を薙ごうとする。王馬の絶大な膂力と、彼の魔術により空気抵抗が0になった《龍爪》。ノーモーションから、その二つが組み合わさって放たれた太刀筋は常人の目には捉えられないだろう。

 

 

 

刹那の後に鳴り響く轟音。

それは、王馬の怪力にサイタマが吹き飛ばされたために出た音

 

 

 

 

ではなく。

 

 

 

 

むしろ、カウンターとして叩き込まれたサイタマの拳により王馬が吹き飛び、校舎に突っ込んだために鳴った音

 

 

 

 

でもなく。

 

 

 

 

「舐めるなよ、『ヒーロー』」

「おお……!(これはなんか、期待できそう‼︎)」

 

─────それはカウンターとして繰り出したサイタマのパンチと、王馬の剣戟。両者の攻撃が、同時に互いの身体に直撃したために鳴った音だった。

 

 

 

 

王馬が先に《龍爪》を振り始めて、後出しで動き始めたにも関わらずサイタマは王馬に攻撃───とは言っても、それは本当に軽く突き出した拳ではあったが───をした。《龍爪》が動き出してからサイタマに当たるまで、一瞬にも思えるようなこの短い時間で反応し、攻撃に転じたサイタマは流石である。

 

─────しかしここで評価するべきなのは、寧ろ王馬の方だ。王馬は"サイタマの拳を受けて尚、身体を残してサイタマに攻撃した"のだ。

確かにサイタマは一輝に頼まれている様に、かなり手を抜いてた。本気で拳を振り抜けば被害は敵だけでは済まない。

それでも。だとしてもサイタマの攻撃を耐えることが出来たのは偏に王馬の『異形』が為した結果なのだ。

 

もしかすると、現時点ではサイタマが今まで対峙した中でも王馬は最も強いかもしれない。"今の"ステラが耐えきれないような攻撃でも、王馬なら耐えられる。サイタマは手の抜き方が分からず、初手は余りに力を込めなさすぎたのだった。

 

そして王馬が耐えたことに期待を隠せないサイタマだった。

 

 

 

 

 

(こいつ……)

 

自らの一撃を何事もないかのように耐えたサイタマに王馬は驚愕を覚えたが、すぐにそれを忘れる。あくまで相手は怪物。Fランクにして、明らかに場違いな存在感をもつ相手なのだ。

 

「手を抜くな。そんな軽い拳が俺に効くものか」

「ああ、そうっぽいな」

「わかったら本気で来い。そうで無ければ何の意味もないのでな」

 

ここは野太刀が有利な距離。それを分かっているからこそ王馬は攻める。

 

「ゼアァァアアア!!!」

 

首、肩、胴────サイタマの各所を切り落とす勢いで斬りかかる。初撃を体で受けたサイタマに王馬は反撃の隙すら与えない。

この猛攻は、例え一輝ですら捌ききるのは至難の業だろう。それもそのはず。

これこそが侍局の時代から代々黒鉄家へ伝わってきた剣技の一つ、旭日一心流・烈の極み《天津風》。全百八撃から成るそれは思考過程を撤廃し、刀身を打ち込む角度・力の入れ具合・タイミングまでの全てを計算された上で放つ連続攻撃。

 

(力出しすぎると一輝に怒られるしなぁ……。

でも、そうしないとこいつはこいつで諦めなさそうだし)

 

だがサイタマは考え事をしながら《天津風》を受け続けてた。

本気を出せと言う王馬の望みを叶えなければ面倒臭そうだと感じたのだ。その一方で王馬との戦いは楽しいものになるだろうと予感していた。

だからサイタマは王馬の要望に応えることにした。

 

「まぁいいか」

「─────ッッ⁉︎」

「少し本気で行くぞ」

 

視界の揺れと同時に連撃は強制中断させられ、王馬は身動ぎながら数メートル後退した。

理由は明白。サイタマが《天津風》を体一つで受け止めながら王馬に拳を一つ叩き込んだのだ。反撃の余地のないはずの完璧な型だった《天津風》を退けて。

先ほどとは訳が違うその一撃は、まるで生命機能そのものが一時停止するような。そんな衝撃だった。

 

「………っぐぅっ(ま、不味い……追撃を避けなければ─────)」

 

だが目の前には────サイタマ。

間髪入れず王馬に追撃の拳が突き刺さり、

 

「─────ッ!!!!」

 

学園の校舎を大破させる勢いで校舎まで吹き飛んだ。

 

 

 

 

崩れた瓦礫に埋もれ、王馬は思う。

 

─────あの怪物は一体なんなんだ、と。

技術の介入を許さないような『純粋な強さ』を是とする王馬から見ても、サイタマは議論の余地がないほどに『本物』だった。

 

「…ぐッ…………ゲフッ……

(……だった2発でこのザマか………)」

 

王馬は血を吐き、そして自らの状況を考える。サイタマが少し本気を出しただけで、王馬の骨は数カ所砕け、もしかしたら内臓も損傷しているかも知れない。彼の『異形』を以ってしてもサイタマの一撃は身体をここまで破壊するのだ。

 

(まさかこれほどまでとはな……。)

 

相当強いとは思っていた。トラウマ克服の手助けにはなると思っていた。

だが、予想を遥かに超えて規格外すぎた。今まで戦ってきた強き伐刀者とは全くベクトルが違う強さ。武術と魔術、その他の全てが"無意味に思える"ほど圧倒的な強さをもつ存在。

 

─────それはまさに王馬が求めていた存在。

 

 

(ありがたい─────ッッ!!!)

 

 

王馬は過去を乗り越える為に、瓦礫を押しのけて立ち上がった。周りには未だ砂塵が舞う中で、王馬は自らの『覚悟』を解き放つ。

 

サイタマに勝つ為に─────

 

 

「《天龍具足》、解除」

 

 

 

 

「大丈夫?手を貸そうか?」

「っせぇ。別にいらねェよ」

 

王馬とサイタマが戦っている間に天音たちは気絶していた多々良を起こしていた。

 

「《不転》よ。デコピン二発程度で気を失うとは。白目を剥いた貴様の顔は……ククッ…なかなかに面白かったぞ?」

「アァ⁉︎うっせェな!」

 

頭を振り、文句を言いながら立ち上がる。

 

「どーなってんだ、あのハゲ。馬鹿力にも程があんぞ‼︎」

 

確かに《完全反射》を破る方法はある。ただ、それを行えば例外なく攻撃した手はへし折れ、使い物にならなくなるはず。しかしサイタマの指にはなんの損傷も見られない。

 

「まさかお兄さんがあんなに強いなんてね。

でもこのままだとステラちゃんに逃げられちゃいそうだから、王馬さんがお兄さんと戦ってる間に僕たちだけで捕まえに行こっか」

 

任務遂行のために、この場は王馬に任せて自分たちで逃げた日暮姉妹とステラを追いかけようという考えだ。

 

「うむ。それもまた一興。我が魔眼も共鳴しておる」

「お嬢様は『うん、それがいいと思うよー』とおっしゃっております」

 

なら、行こうか。天音がそう言おうとした瞬間。

 

─────ドゴォッ!!!

 

鳴動が聞こえ、彼らが振り向くと『破軍』の校舎の一つがガラガラと崩れ落ちていた。

 

「え…………?」

 

 

殴り飛ばしたであろうサイタマは舞う土煙を静観している。つまり吹き飛ばされたのは─────

 

「王馬さん……?」

 

瓦礫の山は未だ動かず。

 

あの《風の剣帝》がこうも容易くやられるはずがない。だが瓦礫は動かない。埋もれている王馬は負ったダメージから身動きが取れないのだろうか?

まさかの1発K.O.かと思われた矢先───

ガチャリ、と土煙の中の影が立ち上がった。

 

そして

 

『《天龍具足》、解除。』

 

王馬の声と共に土煙が"消えた"。

王馬を中心に引き起こった爆風と共に文字通り掻き消えたのだ。

いや爆風と表現することすら生温く、それはまさに空と共鳴する衝撃波だった。その衝撃は土煙を消し飛ばすだけに留まらず、校舎の窓ガラスや王馬の周りの瓦礫すら粉々に砕く。

 

「ん?なんだこれ」

 

サイタマは涼しい顔で耐えている。しかし見るからに強烈な威力を持つ衝撃波は『暁』へも襲いかかる。

その衝撃に対応するために、凛奈がシャルロットに命令をする。

 

「シャルロット!」

「了解いたしました、お嬢様。では皆様、私の後ろへ─────咲き乱れなさい《千弁楯花》ッッ‼︎」

 

凛奈の合図と共にメイドであるシャルロットが霊装を顕現させる。それは───1枚1枚が鉄をはるかに凌ぐ硬度を持つ『花弁』だ。それらが壁を形作るように舞い、そして衝撃波を見事防いだ。

 

「見事!」

「へー!凛奈ちゃんのメイドちゃん凄いね!」

「そうだろう?我が真なる盾であり矛こそシャルロットであるのだ!」

「……お嬢様、照れますよ」

 

立ち上がった王馬と、彼の視線の先に立つサイタマ。向かい合う龍と────神?

2人の戦いが気になり、つい目が向かってしまうが、彼らが今すべきなのはステラ達の追跡。

 

「捕まえにいかなくてイイのかよ?」

「うん。そうだね、行こっか」

 

そして彼らは逃げた代表生を捕まえに行こうと振り向いた。

 

すぐ後ろに立っていた夜叉に気付かずに。

 

 

 

 

『《天龍具足》解除』─────即ち、今の今まで肉体を拘束していた『枷』から自らを解放したのだ。

 

「今のはなかなか良かったぜ?」

「ほざけ、『ヒーロー』。それに、今のは攻撃ではない」

 

サイタマは拳を握りしめ、王馬は《龍爪》を構え直す。そして両者、刹那のうちに間合いを詰める。

 

サイタマ 対 《風の剣帝》 第二ラウンドが始まった。

 

「《風神結界》」

 

《風神結界》とは暴風の壁。近づくだけで皮膚が裂けるその結界だが───

 

「なんだそr………うおおお‼︎服が!」

 

サイタマはマントと上半身の服が破けただけで、彼の肉体は一切の傷を負っていない。

王馬のこの技だけで敗れた者も過去にはいた。それもそうだ。埒外な上昇気流により体の自由がきかなくなる上に、牙を持つその風は骨肉すらを抉る。

 

両者の間合いが交わり、そしてサイタマの拳が飛ぶ。

しかしその攻撃は先ほどまでの王馬を想定した速度。枷を外した王馬は、単純な身体能力だけで先ほどの数倍以上の速さで動くことができるのだ。それにより、王馬はサイタマの攻撃を掠めるように辛うじて躱す。

 

「チィッ……‼︎」

 

そのまま王馬は、一瞬だけ身体を大きく捻る。

 

「旭日一刀流・迅の極み───」

 

まるで背中を相手に見せるようなこの『溜め』から放たれる一撃は、速度のみならば《比翼》の領域に踏み込んだ剣技。

 

「────《天照》ッッ‼︎」

 

一度は避けたものの、サイタマの追撃を嫌った王馬は《天照》の溜めがベストよりも少し短かった。それでも速度は限りなく《比翼》の剣に近いものだったはずだ。

 

「なんだと…………っ⁉︎」

 

だがその剣はサイタマに打ち込まれることはなく。

 

「なかなか速ぇな」

 

初めてステラと手合わせした時のように、サイタマは指の力だけで剣の動きを押さえ込んだ。

 

(ありえ、ない………ッ、)

 

目の前の現実を見て、こんな事あり得ないと思えた。

 

一度受けると対処が相当困難な《天津風》を"身体で受けながら"カウンターの一撃を打ち込み。最速の一撃である《天照》すら、刀身を指だけで掴み取り。王馬の実力はサイタマという男に少しとして届いていなかったのだ。

 

サイタマが拳を振り上げ、逃げることができない王馬にパンチが突き刺さるのかと思われた。

 

 

だが。

 

「は…?」

 

サイタマは唐突に動きを止めて、横を見る。

すると天音達がそこにいた。

 

 

 

 

「うおっ、こいつら落ちてきた!」

 

「……ッッ!」

「うわぁあああ‼︎」

 

天音、サラ、凛奈、シャルロット、そして多々良が"地面と平行に落ちてきていた"。

即ち彼らにかかるのは横方向の重力。彼らを見たサイタマは《龍爪》を離した。

王馬とサイタマに向かって"落ちてきた"彼らは、2人の近くで横の重力が消える。すると地面に落ち、慣性からコンクリートをゴロゴロと転がった。

 

「ぐえっ!………いてて」

「お嬢様、お怪我は無いですか?」

「大丈夫だ、シャルロットよ」

 

突然落ちてきた彼らだが、何故『地面と平行に落下する』などという常識外れなことが現実に起きたのか。その理由は彼らが落ちてきた方向を見たら分かる。

 

「《夜叉姫》……次から次へと……ッ」

 

多々良が睨んだその先に《夜叉姫》と呼ばれた彼女────西京寧々と、その後ろに逃げたはずのステラを担いだ葉暮姉妹がいた。ここに駆けつける道中で保護したのだろう。

 

「……貴様か」

「おやおや。ずいぶん血だらけだねぇ、王馬ちゃん。大丈夫かい?」

「大きなお世話だ」

「なんだお前ら。知り合いなのか?」

「ん?………ああ、なるほど。(サイタマってのはこのハゲか。こりゃ確かに手に余る『化け物』だね)」

 

纏う風格から目の前のハゲをサイタマだと断定した寧々。サイタマが王馬をここまで負傷させたのだと理解し、その彼女に───敵意が突き刺さった。

 

「……どうしたよ、王馬ちゃん。そんなに戦意を剥き出しにして」

 

敵意を発していたのは《風の剣帝》黒鉄王馬。

 

「邪魔をするな《夜叉姫》」

「邪魔っつーのは、この馬鹿騒ぎのことかい?」

「いや、"そんなこと"では無い」

「?」

 

そう。強さの追求を第一とする王馬にとって、目の前の男に比べれば『暁』の任務など二の次だ。

 

「この男────」王馬はサイタマに《龍爪》の切っ先を突きつけ、「─────との闘いを邪魔するな、という事だ」

 

王馬にとってはいよいよ本気でサイタマと剣を交えようとしていた途端、寧々の邪魔が入ったのだ。憤りを覚えるのも仕方ない。

だが、寧々にとってそれは到底許可できるものではない。

 

「ダメさね。王馬ちゃんがそいつと闘い続けたら、どう考えてもここの校舎、ぶっ壊れんだろ?この学園の"先生"としちゃ、そりゃ見逃せないね」

「……そうか」

 

王馬は一度目を瞑り、そして見開くと寧々へさらに鋭い剣気をぶつける。

 

「ならば貴様が先だ、《夜叉姫》。

どうやら追おうとしていた奴らのことも連れてきてくれたらしい」

 

先に寧々を打ち倒せばサイタマとの戦いに邪魔が入らない上に、同時に代表生を捕まえる事ができる。

だが、寧々は現世界三位。王馬のその発言は彼女の勘に触るものがあった。

 

「‼︎………ははっ。ウチが先、ねぇ」

 

寧々が扇子で口元を隠し、瞬間────ピキリと空気が張り詰める。

 

「舐めんなよ、クソガキ」

「─────」

 

王馬を中心に彼女の伐刀絶技『地縛弾』がのしかかる。

 

「別に全員の遊び相手をしてやってもいいんだぜ?王馬ちゃん」

 

王馬にかかる重力がさらに強まり、彼の足首ほどまでが地面にめり込む。が、それで尚王馬は寧々へ敵意を放ち続けている。

《風の剣帝》と《夜叉姫》の衝突が免れることは出来ない─────

 

そう思った矢先、軽快な声が介入してきた。

 

「ストップストッーープ!待ってください!」

 

声の主は《道化師》平賀冷泉である。有栖院を《隻腕の剣聖》へ送り届けた後、伝令をするためにとんぼ返りで学園に戻ってきたのだ。

 

「みなさん、撤退してください」

「……なんだと?」

 

その言葉に王馬が怪訝な顔で反応する。サイタマとの闘いを邪魔する要因が次から次へと出てきたからだ。

だが、王馬がこの場に『暁』の一員として参加している以上、遵守しなければいけないものがある。

 

「この撤退はスポンサーの意向です」

「チッ……」

 

遵守すべきものとはスポンサーの考えであり、この撤退はスポンサーの意志。ならばそれに背く事は許されない。

王馬もそれは分かっている。そのため舌打を一つして、それ以上は何も言わずに《龍爪》を仕舞った。

 

「《夜叉姫》の方もそれで構いませんよね?」

 

平賀は寧々に一応確認を取る。

教師たる彼女が選んだ最適解は、もちろん彼らの撤退を認める事だった。

 

「……ウチが先生だったことに感謝しな、くそガキ共」

「ご理解感謝いたします。ではみなさん行きましょうか」

 

平賀は天音らを連れて門の方へ歩いていく。だが、王馬は1人その場から動かなかった。

 

「どうしました、王馬クン?」

「………『ヒーロー』」

「あ、なんだ?」

「貴様の名前を教えろ」

「サイタマだ」

「そうか。……サイタマ、か……。サイタマ」

「なんだよ、気持ち悪りぃな」

 

サイタマの名を噛みしめるように呼びかけた王馬は一度目を瞑り、彼に告げた。

 

「───いつか必ず、もう一度。本気で俺と戦え‼︎」

 

それはサイタマへの挑戦状。即ち止むを得ず中断した今日の続き。自分を超えるための試練。

だが未だ見たことの無い自らの本気が、どれほどのものかを分かっているサイタマは、それを誰彼かまわず出していいものではないと自覚している。

だから王馬との再戦にかなり厳しい条件をつけた。期待を込めて。

 

「おお。ただ、次戦う時まで、"一回も負けなかったら"いいぜ。そん時は本気で相手してやる」

「‼︎……フッ。分かった」

 

そして王馬は承諾する。

サイタマにとっても王馬との戦いは────少しの間だけだったが────かなり楽しかった。

 

「いいですか?王馬クン」

「ああ。(………俺の剣はあいつに届きすらしなかった。いつか必ず……貴様を超える)」

 

決意と共に待つ平賀達に追いつく王馬。

そして去っていく『暁学園』を見て、やっと過ぎ去る脅威に安堵から崩れ落ちる葉暮姉妹。

 

「あ、あああ……。やっと終わったのか?」

「そうさね。よく頑張ったよ」

「先生!……怖かったの……うわあああ」

 

泣きついてきた2人を抱きしめ、頭を撫でる寧々。いつ『暁』が追撃してくるかわからないまま逃げ続けた恐怖は想像を絶するものだったろう。寧々が彼女達を見つけ、声をかけた時に今と同じように泣き崩れた事は言うまでも無い。

 

(………俺はここにいていいのか?)

 

そんな生徒と教師のドラマが目の前で起きてるサイタマは場違い感を否めなかった。

 

 

 

 

 

 

─────余談ではあるがそう遠くない未来に起こる《風の剣帝》とサイタマの戦いにより、王馬は運命の最果てに至るのだが……それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

『暁学園』本校舎。

珠雫がヴァレンシュタインを撃破した頃、地上では銃を構えた《世界時計》と《比翼》が対峙していた。

 

「エーデルワイス……貴様ァァ─────!!」

 

《比翼》が放つプレッシャーを頼りに、最高速で『暁学園』本校舎に黒乃は辿り着いた。そして────既に黒鉄は全身から血を流し、彼女の近くに横たわっていた。それを見た黒乃が怒りのままに銃口をエーデルワイスに向けたところだった。

 

「────落ち着きなさい、《世界時計》」

「ッッ‼︎」

 

が、《比翼》の言葉と共に黒乃は心臓が握りつぶされたかのように身動きが取れなくなった。

エーデルワイスは《魔人》であり、黒乃は違う。故にエーデルワイスの剣気が現実のものとなり、黒乃は霊装を構えたまま動かさなかったのだ。黒乃もまたエーデルワイスには勝てないと、始まる前から理解しているから動けなかった。

 

「バケモノめ……」

「久しぶりにあったというのに大層なご挨拶ですね。安心しなさい。彼を殺してはいません」

「ほ、本当か⁉︎」

 

黒乃はその言葉を受けて黒鉄の元へ駆け寄り、しゃがみこんで息があることを確認する。確かに結果的に一輝は生きていたが、エーデルワイスはそのつもりは無かったようだ。

 

「生かすつもりは無かったんですけどね。彼には驚かされましたよ」

「どういう────ッ!!?」

 

真意を問おうとしゃがみながらエーデルワイスの顔を見ると、たった一筋の刀傷が薄くついていた。

 

「まさかそれはッ⁉︎」

「えぇ。これは彼に付けられたものですよ」

 

エーデルワイスは少し苦笑いを浮かべながら傷を指でなぞった。

 

「黒鉄がやったのか…………信じられん……」

 

たった一太刀。たった一つの傷だが、その価値は余りにもでかい。相手は有象無象とは訳が違う『世界最強』。そんな相手に元服してそこそこの少年の刃が届いたのだ。

 

もう一つ、エーデルワイスには気になったことがあった。

 

(それに……おそらく彼には私の剣が見えていた)

 

《比翼》の剣とは、即ち音の発生さえも置き去りにする神速の剣。それを対処しきるのは無理だったとしても、一輝は確かにその目で捉え、そして反応していた。

つまり彼女の剣と同等かそれ以上の速度の攻撃を以って、その動体視力を養っていたという事に他ならない。言いかえるのなら一輝を鍛えていたであろう彼の師匠の攻撃速度は、真実世界最速である《比翼》の領域に至っているという事。

 

(……一体どれほどの強さなのでしょうね)

 

そんな一輝の師匠へ興味を抱くエーデルワイス。一度手合わせしてみたいとも思いながら。───奇しくも彼らが巡り会うはわずか2週間程度後のことであるのだが。

 

「さて……」

 

エーデルワイスは音を立てずに校舎の屋上に飛び乗った。

 

「どこへ行く⁉︎」

「帰るのですよ。私は初めからこの一件の関係者ではありませんから。

─────ああ、それと。《世界時計》。クロガネが目を覚ましたら伝えて欲しいことがあります」

 

七星剣舞祭で待ち受けるであろう『天宮紫音』という試練を思って。

或いは黒鉄一輝という男の今後の成長を願って。

 

「『いつか好敵手として相見えることを望んでいます』と」

 

そう言って音も無く夕焼けの空に『世界最強の剣士』は消えていった。

 

 

 

 

こうして『破軍』襲撃事件は幕を下ろした。

 

 

だがこれは始まりに過ぎなかった─────

 

 

その日の夜には燃え上がる『破軍』の校舎の映像と共に、襲撃事件は大ニュースとして取り上げられた。この未曾有のテロ行為に、七星剣舞祭運営委員会は彼らの学生騎士資格剥奪も視野に入れた強力な追求を開始。誰もが、彼らは厳罰に処分されるものだと思っていた。

 

だが『暁学園』の理事長を名乗る男の登場により状況は一変する。

 

「素晴らしいだろう?驚いただろう?

これこそが連盟の犬である七星に変わって、日本の未来を担う新生『暁学園』‼︎」

 

その男の名前は───月影獏牙。日本国の最高責任者である現職の総理大臣。

 

「彼らは見事、『破軍学園』に対して強さを示してくれた」

 

そんな男は、日本国民が注目する責任追求の場で悪びれることもせずに言い放ったのだ。

『破軍学園』を襲撃した彼らは、実力を以って東堂刀華すら追い詰めた。代表生はもはや逃げ回ることしか選択肢が残っていなかった。サイタマという邪魔が入ったものの、当初の目的は八割方果たしたと言えるだろう。

だからこそ月影は彼らの強さを語った。

 

そして『暁学園』創設の目的を告げた。

まさに「暁」という名に相応しいその目的は。

 

「『暁学園』による七星剣舞祭制覇を以って、我々は国際魔導騎士連盟の支配から脱却し、────私は強き日本を取り戻す」

 



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9.目覚め

理事長先生のお部屋はアニメ第1話を想像していたいだければ……。




(ん……ここは)

 

『破軍学園』は騎士学校であり、いつ怪我人が出ていいように病棟が隣接している。

そのうちの一室で寝ていた少女が目を覚ます。暗くなった部屋で目覚めた彼女────東堂刀華は、窓から差し込む月明かりを手掛かりに自分がどこにいるか──即ち病室で寝ていたことに気付く。確認すると時刻は午後8:00過ぎ。

 

数秒、天井をぼんやりと見つめて────ふと生徒会の仲間と一輝、ステラ達の顔が頭をよぎった。

 

(そうだッ‼︎ 私たちは『暁学園』に……っっ)

 

あれから何日経過したか分からないが、とにかく状況を確認しなければならない。

みんなは大丈夫なのか?ステラたちの事を守りきることはできたのか?

考え始めたら居ても立っても居られなかった。刀華はベットから跳ね起きて病室から出た。

 

 

 

 

他の部屋にはまだ他の役員達が眠っていた。未だ攻撃を受けたダメージから回復していないのだろう。

幻想形態は身体的ダメージは受けないが、痛みと共に精神的なダメージを負う。例えば首を斬られれば意識はブラックアウトするし、腕を斬られると、場合によっては神経が断ち切られたと"錯覚"してそこから下は動かなくなることもある。

 

だったら何故、《月輪割り断つ天龍の大爪》という、あらゆるものを粉微塵にするような大技を食らった自分が1番先に目覚めたのだろうか。

そんな疑問も抱きながらまず一輝の寮部屋に向かった。

 

 

 

 

「はぁはぁ……っ(黒鉄君とステラさんはいない……)」

 

結論から言うと、部屋には誰もいなかった。チャイムを鳴らしても応答がなく、扉には鍵もかかっていた。

なぜ一輝の部屋に訪れたかというと、生徒会の皆が意識を未だ取り戻していないのならば、彼らの他にこの一件の顛末を知っているのは恐らく彼らであろうと思ったからだ。

 

(もしかして黒鉄君とステラさん達は『暁学園』にやられて─────)

 

代表生が捕らわれ、『暁』に敗北してしまったのだろうか。そんな最悪の結末が頭をよぎった刀華だが、その考えは捨てる。

第一に他の病室には一輝とステラはいなかったし、それに『暁』が代表生を全て捕らえるつもりならば貴徳原が病室にいるのはおかしいと思ったからだ。

 

「大丈夫……。きっとステラさん達は無事」

 

一度心に芽生えてしまった不安を振り払うように言葉に出し、頭を冷やして次に向かうべき場所を考え────

 

(なら……そうだ!理事長先生ならまだ学園にいるかもしれない‼︎)

 

その考えが思い浮かんだ時には刀華の足は既に動き始めていた。

 

 

 

 

理事長室に続く廊下を走り抜ける。夜の校舎は暗く、刀華にとって些か怖いものだったが今はそんなもので足踏みしている暇などなかった。

 

数分走ると、理事長室が見えてきた。部屋の電気は───

 

(ついてる!理事長先生は中にいる!)

 

扉の前に立ち、息を整える。部屋の中からは、何やら話し声が聞こえてくる。

 

「はぁはぁ………ふぅ。……失礼します」

 

扉をノックして中に入る。

 

「東堂さん……!」

 

そこには黒乃、黒鉄兄妹、そしてサイタマがいた。

 

 

 

 

(この方は確か……サイタマさん。何故ここに?)

 

合宿が終わりサイタマは別れた筈だが、こんな夜に理事長室にいる理由が分からなかった刀華だった。しかしそれよりもまず聞くことがあると、その疑問は棚に置いた。

 

「東堂、目が覚めたのか?」

「はい。それで…理事長先生。『暁学園』の襲撃の後、どうなったかを教えていただきたいのですが…」

「まあ焦るな、東堂。どうやら病室から飛んできたようだ。自分がどれくらい眠っていたかすら分かっていない訳ではあるまいな?」

「あっ……ええと……。すいません、分かりません」

「やはりな。今日が何日かすら確認しなかったのだな」

 

月影総理が発言したことにより、情報は今や拡散され、ネットに溢れているはず筈。なのに刀華は理事長室に入るなり、事の顛末を聞いてきた。つまり生徒手帳を見るほど余裕がない状況で走ってきたのだろう。

 

「彼の隣が空いているからそこに座って落ちつけ」

 

黒鉄兄妹が並んで座り、テーブルを挟んでサイタマが座っており、その隣の椅子が空いていた。そこに刀華は腰を下ろした。

 

「東堂さん、もう大丈夫なのですか?」

「えぇ。もう体は問題ありませんよ」

「王馬兄さんと戦ったって聞いた時はひやりとしましたよ」

 

王馬は向かい合った相手には容赦や情けはかけないような人間だから。例えそれが血縁兄弟であっても。

刀華は苦笑いをしながら一輝に返答する。

 

「まぁ結局、まともに傷すらつけられずに《月輪割り断つ天龍の大爪》でやられちゃったんですけどね」

「────いや、それは違うぞ」

「え?」

 

刀華の発言は黒乃によって否定され、彼女は驚きの声を上げる。

刀華は《月輪割り断つ天龍の大爪》を受けてからの記憶が無かった。だから王馬のその技を食らって意識を失ったのだと思っていたが……。

 

「まず、東堂。"今日の"午後5時過ぎに我々は《暁学園》に襲撃された。つまりお前はまだ二時間半しか寝ていないという事だ」

「えぇ⁉︎ 本当ですか⁉︎」

「ああ」

 

いよいよ、《月輪割り断つ天龍の大爪》を受けて尚、2時間で目が覚めた理由が分からなくなってきた。あれほどの技が直撃したならば、幻想形態だったとしても一週間近く眠ることになるだろう。

 

「だったら何故!」

「『《風の剣帝》の技を食らってそんなに早く目覚められたか』、だろう?」

「!……はい」

「そのことはサイタマ氏に礼を言うべきだ」

「サイタマ『氏』は辞めろって言っただろ、さっき……」

 

刀華は隣に座るサイタマを見た。

 

「それに、もし彼がいなければ『破軍』の七星剣舞祭出場はどうなっていたか分からなかったぞ」

 

 

 

 

刀華は黒乃と、そして一輝から説明を受けた。

 

《月輪割り断つ天龍の大爪》が当たる直前にサイタマが刀華を助け出した事。

サイタマが『暁学園』が逃げた葉暮姉妹を追いかけないように足止めした事。

そして───《風の剣帝》を一方的に追い詰めた事。

そこに、葉暮姉妹を保護した寧々が駆けつけて事態は収束した様だ。もしサイタマが駆けつけてこなかったら葉暮姉妹は『暁』に捕らわれていたかもしれない。それほど寧々が駆けつけたのはギリギリだったと言う。

 

因みに、刀華が気を失ったのは、恐らく加速により身体を破壊する様な《建御雷神》の反動が大きかったのだと説明した。

放つだけで気を失いかける欠陥技に加えて、《月輪割り断つ天龍の大爪》が当たる直前の極度の緊張が重なった事が原因だろうと、校医は言っていたらしい。刀華にとっては非常に情けないことではあったが。

だから、早く目覚めるのは必然だったといえるのだ。

 

それらを聞いた刀華は礼を言わずにはいられなかった。

 

「サイタマさん……ありがとうございました」

 

迫り来る暴風から自身を助けてくれたこともだが、『破軍』を危機から救ってくれた事に対して。

彼女は椅子から立ち上がり深々と頭を下げた。

 

「お、おい。礼なんて辞めろって。俺は一輝に呼ばれただけだし、それに結局校舎も一つぶっ壊したしな」

「……サイタマ先生って学園に来るたびに何か壊していきますよね」

「それは言うんじゃねぇ」

 

刀華はサイタマと会ったのは合宿が初めてだったが、一輝の口ぶりから学園を壊したのはどうやら初めてではないらしい。

 

「そこで、だ。」

 

黒乃が指をパチリと鳴らすと、空中に黒い画面が浮かび上がる。

 

「東堂にもこれは見せておきたい。ちょうどさっきまでこれを見ていたところなんだよ」

 

一輝が体力と傷を回復していた時間や、黒乃が事後処理・情報収集をしていたことにより、実は今の今まで襲撃の件についてあまり話をする事ができなかったのだ。

黒幕のことは黒鉄兄妹はニュースを見て知っていたが、その時に寝ていた刀華はもちろんそれを知らない。まずはそこからだと、黒乃は画面に映る動画を再生する。

 

「これを見てくれ。今晩のニュースの録画だ。数分程度の映像なのだがな」

 

その言葉とともに動画が流れ始めた。画面の中の男は囲み取材を受けている様だ。

 

「これは……月影総理ですか?」

 

その男とは月影獏牙。映像の始まりは、彼が首相官邸にて取材陣に質問されたところからだ。

 

『────総理!『暁学園』を名乗るテロリストが『破軍学園』を襲撃したことについて、総理大臣として何かありませんか⁉︎』

 

この未曾有のテロ行為に対するコメントを国の最高責任者として求められた月影。

しかし、まず彼は──それを否定した。

 

『……テロリスト?

いやいや。それは違うよ、君。彼らはれっきとした国立学園。そしてその理事長は───私が勤めている』

 

その一言で刀華は悟った。

 

「なっ⁉︎ まさか『暁』のバックにいたのは……!」

「そうだ、東堂。お前が気づいた通り、"国そのもの"だ。」

 

映像はまだ続く。

 

『つまり、総理はテロの加担者であると⁉︎』

『テロ行為では無いと言っているだろう?両校は "同意の上で試合を行い、『暁学園』は実力を示した" のだ』

 

理事長、即ち襲撃の裏にいたのは総理大臣たる月影。そしてあれは襲撃ではなくあくまで試合であると彼は主張した。

衝撃の発言を受けて取材陣がいくつも質問を飛ばし、月影は悪びれもせずに『暁』の強さと素晴らしさを語った。

 

『私が『暁学園』を設立した目的はただ一つ。これからの日本を担う『暁学園』による七星剣舞祭制覇を以って、我々は《連盟》から脱退するつもりだ。────そして私は強き日本を取り戻す』

 

その言葉を最後に画面はブラックアウトした。

 

「これで映像は終わりだ」

「……まさか……月影総理が…バックにいただなんて…」

「これは私の推測だが…恐らく『暁学園』は七星剣舞祭に出てくるぞ」

 

今後の反響がどうなるか大方予想はつく。月影獏牙という男は国民から絶大な支持を得ている。ならば黒を白にすらできるだろう。

 

"襲撃は誤報であり、あくまで試合だった"

"《連盟》から脱退することこそが正しい"

 

そんな考えが世間に広がるのも時間の問題だ。これからも《連盟》に所属し続けるのか、脱《連盟》か。意見は真っ二つに別れるだろう。

今から大人が動いたところで世間は止められない。例えサイタマが実力行使で『暁』を再起不可能に追い込んでも、世論は動き続けるのだ。だからこそ、その命運は七星剣舞祭にて優勝する者に委ねられた。

 

だが───

 

「けどよー、"そんなことは一輝たちに関係ねぇ"んだろ?」

「えぇ。僕も"そう"思います」

 

───大人の思惑など些事なもの。

サイタマと一輝はそう言っているのだ。七星剣舞祭の本来のあり方は、日本一の学生騎士を決めるところにある。

なんて事はない。《七星剣王》《天眼》《氷の微笑》《剣士殺し》────表の実力者に加え。《解放軍》たる裏社会の実力者も揃い踏みの第62回七星剣舞祭となるわけだ。

そこで優勝したならば、それこそ真の学生騎士日本一だろう。

 

「ふふっ。確かにそうですね。表も裏もひっくるめて黒鉄君が優勝したならば────それは誰も文句のつけようのない学生騎士の王者ですね」

 

刀華は一輝の意図を察し、そしてエールを送る。

 

「黒鉄君なら優勝できると信じています。私は応援する事しかできませんが、頑張ってください」

 

本来ならば、負けた者が勝った者へ激励の言葉を送るという感動の場面なのだろう。

 

「東堂、それは違うぞ。お前の意思次第で七星剣舞祭に出ることもできる」

「────え⁉︎」

 

刀華、今日2度目の驚愕の反応。彼女は『応援する事しかできない』という訳では無かった。

 

「実はな、有栖院と葉暮姉妹から七星剣舞祭出場の権利を譲渡したいという申し出があったんだ」

 

アリスは責任を感じての出場辞退。そして、葉暮姉妹は『暁』の強さを見て怖くなったのだという。

だが『破軍』代表枠に穴が空くのも事実。そこで彼らは権利の譲渡を考えたという訳だ。

 

「最も、それを受け取るか否かは───君達の意思次第だがな。さて、黒鉄珠雫」

「はい」

 

この部屋に入ってから一輝の隣にいるだけだった珠雫が返事をする。

 

「有栖院はお前に七星剣舞祭に出てもらいたいと考えているようだ。お前はこの一件で唯一の勝ち星を挙げた。しかも相手は《隻腕の剣聖》だ。誰も文句は言わん。……どうする?」

「喜んで参加させていただきます」

 

ノータイムで珠雫は返答した。事前にアリスから話は聞いていたのだろう。

 

「分かった。

そして東堂刀華。君は、葉暮姉妹から出場権を受け取ることができる」

 

刀華の冷静な判断で葉暮姉妹は『暁』の攻撃を受けずに済んだのだ。結果的に圧倒的恐怖に打ち負けたとしても、彼女の判断のおかげで助かった事には変わりない。葉暮姉妹の中ではそのことへの感謝が大きいのだ。

 

「どうする?東堂の意思次第で、君も参加できるよう調整するが」

「……っ」

 

いつもの彼女なら即決していた。『喜んで参加します』と。

『若葉の家』の想いを剣に宿し、伐刀者となった刀華だ。そして彼女は一流の騎士であり。自分を負かした《無冠の剣王》と再び公式の場で戦いたいと思うのも事実だ。

 

しかし今はすぐに返答できなかった。

泡沫禊が。貴徳原カナタが。兎丸恋々が。砕城雷が。

未だ目を覚まさない彼らが心配だった。それに泡沫が受けたダメージは深刻で、どうやら一週間程は目が覚めないという。刀華は、幼馴染であるそんな彼の現状を放って、七星剣舞祭に出場できるはずがなかった。

故に、『保留』という形をとった。

 

「………考えさせてください」

「ふむ……。今は考えることも多かろう。

しかしこちらの事情もあってだな。大変悪いのだが期限は明日の正午までだ。それを過ぎたら出場者変更はできない」

「…はい。それまでには必ずお答えします」

 

参加したい‼︎……けどそんな薄情なことをできるものか。仲間想いの刀華だけではその答えを出せるはずもなかった────。

 

さて。と、黒乃が話を区切った。

 

「本当ならばもう少し話をしていたいのだが……何分、夜も遅い。これではわざわざお越し頂いてるサイタマ氏に迷惑がかかってしまうな」

「俺は別にいいけどな」

 

『暁』襲撃の情報を更に共有すべきではあったが時刻は現在午後9時手前。刀華が広大な学園を走り回り、そして理事長室で話し込んでるうちに時間が経ったのだろう。

 

話にひと段落をつけた後に黒乃に言われて、ドアに1番近かった刀華から続いて部屋を出ようとしたところ。

 

「あぁ。1つ思い出した」

 

黒乃の声に足をとめた。

 

「黒鉄、ヴァーミリオンから伝言を一つ預かっている」

「ステラから、ですか?」

「あぁ。『七星剣舞祭まで寮に帰らない』と言っていた」

「そうですか…。分かりました」

「そして『私がいないからって珠雫を部屋に入れないように』とも言っていたぞ」

「お断りします」

「あはは…」

 

珠雫の即答に一輝は苦笑いで返す。

 

「それにしても…ステラさん、一週間も帰らないなんてどういうつもりなのでしょうね」

「────ステラにも色々思うところがあるんだ。きっと」

 

思い出されるのは、先ほど刀華達が医務室に運び込まれた時の彼女の姿。ベットに横たわる彼女達を見ながら、鬱血するほど手を握りしめていた。

 

────弱い事が……こんなにも辛いことだったなんて……っ

 

ステラの震えるその声を一輝は忘れない。

 

どこで何をしているかは話には聞いていた。七星剣舞祭まで奥多摩の合宿所に泊まり込みで特訓すると言っていた。またこの場に《夜叉姫》がいない事も考えれば────特訓相手が誰だかも自ずと導き出される。

今頃、彼女に頼み込んで奥多摩へ出発した頃だろう。善は急げとはよく言ったものだ。

ステラは挫折している暇すら要らない。敗北にクヨクヨしている時間があったならば、さらに強くなるための一手を打つ。それがステラ・ヴァーミリオンの魅力の一つだ。

 

そして一輝は信じていた。彼女がきっと殻を破ってくれるということを。

 



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幕間-02『しすこーん』

 

これは刀華と珠雫が部屋に戻り、一輝がサイタマを正門まで見送りに来た時の話だ。

 

 

 

 

サイタマは王馬との戦いについて一輝と話していた。

 

「なぁ、一輝。あいつって……」

「…サイタマ先生と戦ったのは確かに僕の兄です」

「あーやっぱりな。顔、なんか似てたもんな」

「そ、そうですか?」

 

兄と顔を似ていると言われて少し嬉しがる一輝。

一輝は黒鉄家から飛び出し、王馬もまた此方との関係を断ち切ったと言っていたものの、兄と似ていると言われれば何かと照れるのだろう。心のどこかで"家族との繋がり"を求めていた一輝なら尚更のこと。

 

「お前の兄さんも七星剣舞祭出るんだろ?」

「えぇ。『暁学園』代表として恐らく」

「……あいつ。一輝とステラよりも強いかもな」

 

王馬が2人と手合わせしたところは見ていない。だが、王馬と戦った感覚を思い出す。

 

────"少し本気で行くぞ"

一輝とステラは耐えきれないような攻撃を二度受けて尚、王馬は戦意をむき出しに立ち上がった。そして王馬の剣を受けた時。その一撃は膂力を自慢とするステラよりも強烈だった。

サイタマが思うに、耐久力も攻撃力も一輝達のそれを遥かに凌駕していた。故に一輝を心配するように『王馬の方が恐らく強い』とサイタマは言ったのだ。

 

「そう、ですね。僕は王馬兄さんより《伐刀者》として劣っていると思います」

(……珍しい。一輝が負けを認めた)

 

確かにそれは一輝も認める。

自分はFランク。方や兄である王馬は日本人学生騎士で唯一のAランク。《伐刀者》として一輝の方が格上だったならば、何ともおかしな話だ。

敗北を認めたともとれるその発言に、一輝"らしく無い"と違和感を感じたサイタマ。

だが、続く言葉からそれはあくまで譲歩の一言だったのだと気づく。

 

「────けれど。騎士として。剣士としてならば、僕だって王馬兄さんにだって譲れませんよ」

 

《伐刀者》としてのみの強さを議論するならば、それは架空の話だ。現にFランクの一輝はステラに勝っているのだ。勝敗を決定付けるのは《伐刀者》としての強さだけでは無いのだから。

一輝のことだ。例え王馬と戦うとしても負ける気などある筈もない。魔術の粗さを調整する期間だってまだまだある。

 

「……はは。一輝らしいぜ」

 

一輝は────無論、ステラも王馬も刀華も、誰だってそうだが─────いわば、死ぬほど負けず嫌いなのだ。

だからこそ。一輝は自分の半生をかけて磨き続けてきた『剣術』において、誰だろうと並び立つことを快く思わない。

それだけは絶対に譲れない。『剣の道』こそが黒鉄一輝の魂。────そう思えるように彼は努力を続けてきたのだ。

 

「あと一週間か……。あ。そーいや、特訓とかしなくていいのか?付き合うぞ?」

 

心強い申し出だが……一輝はそれを断った。

 

「いえ…この一週間は未熟な部分をひたすらに追い込もうかと考えています」

 

即ち、荒削りな魔術運用。あと一週間でどれほど仕上がるか分からないがやれる事は徹底してやるのだ。

サイタマと戦うのなら《一刀修羅》の使用は必要不可欠だ。本気のサイタマ相手にそれを使わないのならば戦いにすらならない。何しろサイタマは《比翼》と同格かそれ以上なのだ。

そんな状態で魔術の訓練をするならば中途半端になる。逆に魔術の訓練をしながらサイタマと戦うならば、逆にその特訓が中途半端になることもあるだろう。

だから一輝はサイタマの提案を断ったのだ。

 

 

加えて───

確かに受け取った『贈り物』をより完璧なものに近づけなければならないのだ。彼は『剣術』に……いや、正しく言うのなら『体術』に対して短期間での急成長の可能性を見出した──のだが。

それが如何なるものかは七星剣舞祭にて明らかになるだろう。

 

まだ誰も知らない。一輝しか知らない。よもや"彼女"と同じ剣技を扱える学生騎士がこの世にいようなどと。そんなこと、誰も思うはずがあるまい─────

 

 

「そうか。この一週間はお前と特訓すると思って予定空けてたんだけどな」

「うっ…すいません」

 

……この一週間のスケジュールが初めから白紙だったのか否かについての議論はこの際置いておこう。

 

「……ステラはどこにいるんだっけか」

「恐らく奥多摩で特訓していると思います」

「奥多摩か……確か東京の西の方だったよな?」

「そうです……よ……」

 

一輝はそこでサイタマが何を考えているか見抜いた。

 

「……ってまさかサイタマ先生、ステラの特訓に付き合ってくれるんですか⁉︎」

「あ、あぁ。…まぁ暇だしな」

(……西京先生に加えてサイタマ先生までステラに……)

 

寧音とサイタマという世界最強格の2人が付きっ切りで特訓するのだ。はっきり言おう。ステラの覚醒まで待った無しだ。

ステラはまだ自身の才能の『一合目』にも満たない。ならば世界レベルの刺激を受けたならば、『一合目』から駆け上ることだってできる。

 

(これは僕も相当追い込まないといけないな…)

 

ステラという最愛のライバルが、自らを更に高みへ連れて行ってくれることを改めて確信した一輝。彼は負けたく無いのだ。特にステラにだけは。

 

(……ッ!まさか、サイタマ先生……まさか僕のためでもあるのか⁉︎)

 

そこで察する。

一輝に特訓を断られたサイタマが何故ステラの特訓に付き合うと言い始めたのかを。

ステラが、強くなる環境にいることで一輝もまた、彼女の影響から相乗効果が期待できる。

恐らくサイタマはそう考えているのだ。

 

(なんという人なんだ…この人は)

 

サイタマの思慮深さに感激する一輝。ステラというライバルを強くし、さらに一輝も強くなるようにけしかける。師の鑑だ。

 

……ただ残念なことにが一つ。

一輝の深読みだったのだ。サイタマとてそこまで考えてはいなかった。

 

 

 

そこから少しだけ話しこんだ。一輝としては、やはり師であるサイタマとの時間は大切だ。

 

「今日は助けに来ていただき本当にありがとうございました」

「おう。ま、礼はいいって」

 

礼をした一輝が頭をあげるのを待ち、闘志を燃やす彼を見てサイタマは言う。

 

「七星剣舞祭……期待してるぜ?」

 

またそれに答えるように一輝も真剣な眼差しで。

 

 

「はい。────必ず七星の頂に立ちます」

 

 

確固たる誓い。決意に満ちた宣言。

 

そんな一輝の顔を見て安心したサイタマは踵を返した。

 

「じゃあ帰るわ。あと一週間、がんばれよ」

「……はいッ!」

 

 

サイタマは正門から外へ出た。

 

今日、サイタマがいなければ『破軍』の七星剣舞祭出場は無かったかもしれない。だからこそ一輝は彼への心からの感謝を込めて背中を見つめた。

 

 

 

 

 

そこで─────ふと。

 

「……そういや一輝」

「なんですか?」

 

サイタマは、ステラから一輝宛ての『私がいないからって珠雫を部屋に入れないこと』という伝言を思い出し、足を止めた。

 

「お前まさか妹と"そういう"関係って訳じゃ無いよな?」

「っっそ、そそ、そ、そそそそんな訳無いじゃ無いですかッ!!」

「まあやっぱそうだよな。一輝みてぇなやつがそんなことする訳ねぇよな」

「あははは……(言えない!僕のファーストキスが珠雫だったなんて言えない!)」

 

帰り際に不意をつかれたようなことを言われた一輝は、滝のように汗を流しながらサイタマを見送った。




サイタマが生んだ勘違いが一輝を強くさせる。


*2017.10.28 現在
お陰様で日刊ランキング一位になりました。
今後とも「落第騎士と一撃男」をよろしくお願いします。


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10.決意

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作者プロフ欄にURLあるんでそちらからもどうぞ。


『破軍』襲撃から一夜明けた朝。

東堂刀華は寮の部屋にて鼻歌交じりに朝食を作っていた。

 

「〜〜〜〜♪♪」

 

彼女は確かに天然でおっちょこちょいではあるが、女子力は高い。

料理に掃除、洗濯などの家事全般はほぼ完璧にこなすのだ。その中でも料理をしている間だけは何も考えない時間であり、気分転換としては最適であった。

 

「〜〜♪………はぁ」

 

気分転換───と言ったのは、刀華は昨日から悩んでいることがあったのだ。黒乃から聞かされた話のことである。

 

『暁学園』に挑んだ生徒会役員の仲間は皆、未だ目覚めないという。泡沫以外はダメージ量も多くないようなので夜中のうちに意識を取り戻すだろうが、彼だけは時間がかかるだろうとは黒乃は言っていた。

 

「剣舞祭に出たいなぁ……でもうたくんが心配だしなぁ………」

 

刀華はそのことが心配だった。刀華と泡沫の仲は、『いずれ目覚めるのだから、剣舞祭に出てもいいのに』などという次元ではないのだ。

未だ固まらない決意に揺さぶられながら朝食を作っている

 

と────生徒手帳の着信音が鳴る。

 

「ん?」

 

一旦火を止めて、ポケットから手帳を出すとメールが1通届いていた。どうやら差出人は一輝だった。

 

「……黒鉄君?どうしたんだろ」

 

こんな朝早くからメールを送ってくるなんていったい何事だ。そう思って内容を確認する。

画面には。

 

『生徒会の皆さんが意識を取り戻しました』

 

とあった。なんともタイムリーな内容か。

恐らく黒乃の言うように、夜のうちに意識を取り戻していたのだろう。

 

「っっ」

 

本来なら朝食を食べてから朝一で見舞いに行こうと考えていたのだが、この朗報を聞いてしまえばその順序の逆転だって自然と起こるだろう。

 

メールを確認した途端に作りかけの目玉焼きを放って刀華は病室へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

「─────カナちゃん!兎丸さん!砕城くん!」

 

勢いよく扉を開けると、中には目覚めた三人と部屋の隅には一輝がいた。

 

「おおーかいちょー」

「えぇ!?もう体は大丈夫なんですか!?」

 

どこからか持ってきたダンベルで筋トレをしていた恋々を見て、まず驚いた。

 

「大丈夫大丈夫ー。動かないと鈍っちゃうからねー」

「もう兎丸さん……心配したんですからね」

「そうは言ってもねぇー」

「其達は副会長と違い、ダメージは少ないと聞いた」

「そーそー。クロガネ君から教えてもらったんだよねー」

 

一輝は刀華が来るまえからこの病室にいたはずだ。彼から現状の全てを聞いていてもおかしくはない。

 

「それよりかいちょーの方は大丈夫なの?」

 

もちろん刀華が気絶していた事も聞いていたって何らおかしいことは無いのだ。

 

「かいちょーもなんか眠ってたんでしょ?《風の剣帝》にやられたの?」

「え、えぇ…。まあ私は自滅のようなものですから…」

「えぇー気になる!」

 

刀華と恋々が実に楽しそうに話している────と、カナタは一輝に目で"合図"をした。

 

(黒鉄さん。そろそろ)

 

彼はそれに頷き、そして刀華に病室から出る旨を伝える。

 

「…では僕は失礼します」

「! お早いですね」

 

ふと退室すると言われ、刀華は少し驚いた顔で振り返った。実際刀華が病室に来てから数分も経っていない。

 

「生徒会の皆さんのお邪魔になるでしょうし」

 

刀華は一輝の意も汲み、引き止めることはしなかった。

 

「そうですか…。あ、みんなのことを教えてくれてありがとうございました」

「礼には及びませんよ。東堂さんに少しでも早く知って欲しくて僕が勝手にやったことですから」

 

そのまま一輝は扉の前に移動して

 

「では失礼しました」

 

刀華に一礼して────一度カナタと目を合わせてから一輝は部屋を出た。

 

「えぇ、また……」

 

それを刀華は確認するとカナタ達と向き直ると、3人は真剣な顔付きに変わっていた。先程まで調子よく喋っていた恋々でさえそうだった。

 

「それで……カナちゃん?」

「……流石は会長。お見通しでしたか」

「あはは。バレバレだねー」

 

刀華はその魔術の特性上、相手の思考を読むことが出来る。今は眼鏡をかけていて十全に能力を行使できていないが、それでも相手の思考は少しなら読める。

 

「察しの通り────我々から少し、お話ししたいことがあります」

 

カナタは足踏みをしている刀華の背中を押すような。そんな話を始めた。

 

 

 

 

同日 数時間後─────奥多摩の山中。

 

「さぁて。お姫さんよ。とりあえずはこんなもんだけど……どうよ?」

「っっ…………最高よ」

「そうかいそうかい。そりゃ良かった」

 

ケタケタと笑う西京寧音と、彼女とは対照的に、地に伏したまま身動きが取れていないステラ・ヴァーミリオンだ。

 

何故彼女達が奥多摩の山にてこのようなことになっているかと言うと、ステラが寧音に頼んだことで始まった『特訓』に起因する。

そしてそれは、寧音が提示した条件────『特訓の相手をする代わりに何も教えないし、一方的にぼこぼこにするだけ』というものである─────の通りになっていた。

 

『んじゃ始めよっかね〜』

この言葉と同時にステラは速攻で寧音に技を叩き込もうと動いた瞬間───反撃一閃。ステラは寧音の強力な伐刀絶技にて吹き飛ばされていた。

それからというもの。寧音は一撃一撃が必殺に近い威力の技を出し続け、その上"ヒット&アウェイ"戦法を繰り返していた。

 

「何時間かぶっ続けでウチのこと追いかけてたけど、結局一発も当たらなかったねぇ」

 

彼女の言う通りだ。逃げる寧音に技をあてることはおろか、終いには《自縛弾》にて拘束され、身動きが取れなくなる始末。

ステラにかけていた重力が解かれ、彼女はぼろぼろな姿で寧音を睨みながら立ち上がった。

 

「いつつ…………お陰さまでね。でもね、まだ始まってちょっとしか経ってないのよ?そんなに余裕こいてていいのかしら?」

「おーおー。ステラちゃん怖いよぉ」

「ふん。今に見てなさい。ぎゃふんと言わせてやるんだから」

 

悔しさしかない。しかし今日は初日だ。その上、日はまだ高い。

寧音に対抗できるようになる時間はたっぷりある。そう、やる気を燃やしていたステラ。

 

「一日の特訓が終わるまでだったらいつでも受けて立つさね。休憩してる時に奇襲に来たっていい。ま、ウチはそんなことされたらやり返すけど」

「そもそもここから短期間で追い上げるって言うのに『休憩』なんていらないわよ」

 

(……思った通りこりゃステラちゃん、かなーり焦ってるねぇ。ふふ。これから五日間で気づいて欲しいものさね)

 

ここから駆け上がろうと奮起するステラを見て寧音はそんなも思いを抱く。

 

ステラは世界一の魔力量を持ち、即ち世界への干渉力も世界一であるのだ。

その者が謙虚であり続けてどうする。傲慢に、そして驕っていても良いではないか。いや、本来はそうあるべきなのだ。

決して敵を軽視し見下すことはせず、しかし自身が強者であると確かに自覚する。そんな在り方。

それこそ、寧音が思い描く『《紅蓮の皇女》の本当の姿』だ。

 

そんな風に考えていると木々の茂みからガサッと音がする。何かがそこにいるという事だ。

 

(─────ッッ!?)

 

寧音は一瞬で林の中から出てくる者が"誰か"は理解した。寧音はその男の雰囲気は知っていた。

それは理解したものの、「何故ここにいるのか」を理解出来ずに横を見てしまう。いや、大方察することは出来たが、驚きと共に振り返ったのだ。

 

ただ。そこに───隙ができてしまった。

 

「ネネ先生、隙アリよ!!」

 

ステラからは丁度木の死角となり、林から出てくる男に気づかなかった。

だから、ステラ程のものが寧音の隙を見逃すはずも無く。近距離にてステラは全力の《天壌焼き焦がす竜王の焔》を放った。

 

「お、おいおい!」

 

一方、まさか《天壌焼き焦がす竜王の焔》を打ち込まれると思ってもいなかった寧音は焦る。

技の対処自体はなんの訳もないのだ。だがその焦り故、何も考えず咄嗟に技を受け流してしまった。

 

彼が立っている方向へ。

 

「やべ!」

「受け流すなんて流石ね、ネネ先生っ!!」

「ちょ、やめろバカヤロッ!」

 

テンパる寧音を見て勝機ここにありと見たステラは更に追い打ちをかける。

未だ、彼に気づいていない。

寧音が《天壌焼き焦がす竜王の焔》の対処をしようとしたところに、追撃が邪魔になったとしてもステラは悪くない。しょうがないことだ。

 

「ちぃっ!」

 

自身の周りにもう1度強い重力をかけ、ステラごと竜を止めようとした刹那。

 

「きゃぁあ!! 何!?」

「────っ」

 

爆風により目の前のステラは吹き飛ばされた。

寧音は魔術にてなんとか踏みとどまったが、一撃の威力に畏怖していた。

 

(話にゃ聞いてたが……これか!!)

 

その一撃とは即ち、自分に向かって飛んでくる炎の竜を消し飛ばすために男が振った拳の余波。

 

「ゲホッゲホっ……な、なんでアンタがここにいるのよ!」

 

風で舞った土煙の中、ステラが見つめた先に立つ男とは────

 

「───サイタマ!!」

 

彼女たちの元へ着くなり、ステラ最高の大技を放たれて困惑するサイタマだった。

 

「いきなりなんなんだ……」

 

 

 

 

────サイタマを加え、地獄のような特訓をステラが再開させた時。

場所は戻って『破軍学園』。ルーティンである数十キロにおよぶ長距離走をこなし、一輝が学園に戻ってきたところだった。

 

「ふぅ……」

 

汗を拭きながら息を整えながら、彼はステラのことを思う。

 

(……今頃、先生と始めた頃だろうか)

 

寧音とサイタマという世界屈指の実力者を相手にするような、羨ましさすら感じる特訓をしているステラ。

だが、一輝は一輝でやるべき事はあるのだ。いずれ来る七星剣舞祭に向けて徹底した鍛錬を続けなければならない。

 

(さて。少し休んでから────)

 

休憩を入れてから、次は『彼女』の神技に少しでも近づくための訓練しようとした。

 

その時。正門に立つ少女の姿が目に入る。丸眼鏡に三つ編み、そして黄金色の綺麗な髪の毛。その凛とした立ち姿を、当然一輝は知っていた。

 

「……東堂さん」

 

その少女とは────《雷切》東堂刀華である。

 

「お疲れ様です、黒鉄くん」

「ありがとうございます。これは僕にとっての日課ですので」

 

刀華はジョグから帰ってくる一輝を待っていたのだ。

 

「黒鉄くんに言いたいことがあって、ここで貴方を待っていました」

 

それは伝えたいことがあったから。

 

「やはり……東堂さん。決めたんですね」

「はい」

 

彼女の顔を見れば一目瞭然だ。何を言わんとしているか、一輝にははっきり分かった。

 

 

 

 

一輝が去った病室で刀華の親友としてカナタは言った。

 

『私は刀華ちゃんに安心して七星剣舞祭に出て欲しいから。その為なら私は代表を辞退することだって厭わない』と。

 

刀華が決断する為なら、カナタは付きっきりで泡沫の看病をしても構わないと言ったのだ。

無論、泡沫とていつまでも意識不明な訳では無い。

しかしカナタのこの言葉は誇張では無いのだ。刀華はそれほどまでに泡沫を心配していた。刀華と彼に間にある絆は生易しいものでは無いのだから。

 

『刀華ちゃん……いえ、会長』

 

期待と希望と共にカナタは言葉を続けた。

 

『『破軍学園』の会長である貴方を。《雷切》東堂刀華を。もう一度全国の場で見せてください』

『!……』

 

ここまで背中を押されたのだ。これほどに仲間から思われているのだ。

 

『会長を剣舞祭で見たいのは、決して私達だけでは無いはずです』

 

その言葉に思い出されるのは『わかばの家』の子供たち。刀華の剣は孤児である彼らに与える"希望"も宿しているのだ。

孤児たちや生徒会の仲間、それだけではない。ほかの多くの想いを背負った刀華は

 

『……色々託されちゃったかな』

『え?』

『ううん。何でもないよ』

 

一度、目を閉じて。

 

『……カナちゃん、兎丸さん、砕城君。みんな………ありがとう…。』

 

揺れ動いていた彼女の気持ちは固まった。1人だったら、七星剣舞祭に出ていなかったかもしれない。

故に最高の仲間、最高の親友に感謝しながら。

 

『私は─────』

 

少女は決断した。

 

 

 

 

「─────黒鉄くん。私は七星剣舞祭に出ます」

 

 

 

その決意を一輝に告げ────同時に迸る剣気。

 

 

(ッッ……流石は東堂さんだ)

 

 

選抜戦にて立ち会った時に1度は受けたこの圧力。とは言え、かつて受けたよりも一層鋭い威圧に一輝は瞠目する。

これが『破軍学園』学内序列第一位。日本に名を轟かせる《雷切》なのだ。

 

昨日とはまるで"目"が違った。迷いを吹っ切ったようだ。

 

「黒鉄くん。……もし本戦で当たったなら。貴方だろうとステラさんだろうと、もう負けませんよ」

 

それは宣戦布告。

公式戦にて自分を負かした《落第騎士》にも。合宿にて2勝2敗と引き分けた《紅蓮の皇女》にも。絶対に勝つと彼女はそう言った。

 

だが、一輝も易易と受け入れる男ではない。

 

「それは僕も同じですよ」

 

刀華に歩み寄って、少し笑いながら手を差し出す。

 

「僕だって絶対に譲れません。……ステラとの約束だってありますから」

「ふふっ。それでこそ倒し甲斐があるというものです。もし当たったならば絶対にリベンジします、覚悟してくださいね」

 

刀華は差し出されたその手を握り返した。

 

 

 

 

それから数日。

参加者たちは皆、各々の思いを抱いて最後の一週間を過ごしていた。

 

全国の猛者共が鎬を削りる七星剣舞祭。

その全参加者31名によるトーナメントが開催目前となったその日、ついに公開された。

 

 

その中の一人の少年。公開されたトーナメント表を見て────黒鉄一輝は与えられた試練に笑う。

 

 

それはそれは苦笑いか。

 

或いは確かな自信から浮かべた笑みか。

 

 

初戦の相手を務めるのは、前年度七星剣舞祭にて準優勝『武曲学園』3年 城ヶ崎白夜。未来予知に迫る観察力の持ち主故に、彼が付けられた二つ名は《天眼》。

 

 

そして続く第二戦で立ちはだかるのは───王。

 

 

「全く…これは燃えるよ」

 

 

シードで上がってくるその男の名は

 

『武曲学園』3年 諸星雄大。

 

今この瞬間、紛れも無く日本の学生騎士の頂点に立つ《七星剣王》その人であった。

 

 

 

 

『史上最高の七星剣舞祭』

 

後に人々は口を揃えてそう言うこととなる第62回七星剣舞祭。

 

 

 

その開催はもう目の前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 七星剣舞祭 代表選抜戦 】編 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この1話に物足りなさを感じた方はどうかご容赦を。

そして、続く【七星剣舞祭】編を楽しみにお待ち下さい。


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【 七星剣舞祭 】
1.前夜


 

 

『────おおお!!!これが両者の未来予知にも迫る"先読み"の拮抗とでも言えば良いでしょうか!!?』

 

 

 

 

七星剣舞祭【Cブロック】1組目。

その試合は七星の頂を争うのにふさわしいものだった。

互いが互いの手を潰す。『後の先』というものがあるが、彼らの場合は『先の先』を取り続けていた。

それもそのはず。

 

「流石は白夜さん。なかなか先手は取らせていただけなさそうです……ねッ!!」

 

片や、戦闘中の相手の行動から思考回路のみならずアイデンティティすら文字通り掌握する《完全掌握》の使い手であり。

 

「ふふっ!君との攻防の全てが美しく見えるよ、黒鉄君ッッ!」

 

片や、過去の試合だけでなく、相手の趣味嗜好など日常生活に関わる部分までを精密に分析することで、相手の行動パターンを読み、そして未来すら予測できる《天眼》の持ち主であり。

 

その2人が戦えば、相手の『次の手』を潰し合う展開になるのは必然だった。

 

(黒鉄君……ここまで私が終局を読み切れなかったのは雄以来ですよ)

 

実は《天眼》ですら、多彩な技を持つ一輝の行動予測は二通りまでしか絞れなかった。

開始同時に速攻で《一刀羅刹》で決めてくるか、或いは二十四手目にて《一刀羅刹》を叩き込んでくるか。

しかし今となっては前者の可能性は絶たれた。待つのは二十四手目。

彼が見た棋譜は完成に近づきつつあった。

 

そして今は───二十二手目。

 

(次は……《蜃気狼》で右ですね!)

 

目の前の一輝を幻影だと断じた城ヶ崎は右にへ剣を振った。

 

これが二十三手目。

 

『おっと!?城ヶ崎選手目の前の黒鉄選手を無視して……いや違う!!そこに黒鉄選手がいました!!』

『これは…彼が持つ秘剣の一つ、《蜃気狼》ですね。普通ならば黒鉄選手は意表を突けていたでしょう。しかし城ヶ崎選手はその先を行っていたようです。これは流石としか言いようが無いかと』

 

解説が入る事でこの場の全員が再び理解した。この一戦は極めてレベルが高い、と。

 

「っ!」

 

《蜃気狼》を完全に看過された一輝は城ヶ崎の剣を受け止め、彼のすごさに改めて感服する。

また、観客も同様に《天眼》の凄まじさを知る。一輝が打った手の全てがまるで《天眼》が用意したシナリオ通りに進んでいるような。これが前年度二位。惜しくも『王の席』に一歩届かなかった実力者。

 

「そう簡単には白夜さんの予測は破れないようですね」

 

一輝は少し距離を取った。

仮に城ヶ崎の霊装が掠りでもすれば、《白い手》にて間違い無く一輝は場外に転移させられ、そしてカウント10が過ぎて負けるだろう。

迂闊な手は打てない。だが、このままだと間違いなく城ヶ崎に捕まることは明確だった。

 

ならばやることは一つ。

 

 

「────僕の『最弱/さいきょう』を以て、貴方の『未来予知/さいきょう』の先を行く」

 

 

その宣言で会場が沸く。試合を決めに行く時のみ、黒鉄一輝はこの台詞を使う。

つまりこの宣言が意味するのは────決着の時が近いということだ。

 

「ふふ。来なさい、黒鉄くん」

 

現状一輝にはその言葉の通り、最強の一手で《天眼》を打ち破る道しか残されていなかった。その他はすべて悪手。先読みされているだろう。

 

だったら真正面から打ち破れば良い。

 

一輝が深呼吸を一つすると、全身から蒼光が迸り────

 

「《一刀羅刹》────ッッ!」

 

目にも留まらぬ速さにて城ヶ崎に向かって突撃する。

 

普通ならば《一刀羅刹》で攻撃してくると分かっていても対処はまず不可能だ。あの《雷切》すら正面から破られている技なのだ。

 

(やはりここで来ましたか………っ!!)

 

ただ。

そのタイミングやら何やらが、《天眼》城ヶ崎白夜の想定の内だったならば話は別だ────

 

一輝が《天眼》が予知した通りの二十四手目を打ち終わると同時に、轟音と共に砂煙が舞う。

 

『うぁぁあーーー!!』

『きゃあぁあ!!!』

 

観客の悲鳴も聞こえ、この一瞬の出来事は実況の飯田ですら把握出来ていなかった。

 

『い……一体何が起きたのでしょうか!?』

 

やがて土煙が晴れ、中央に立つ影が誰のものかを確認した。

 

『り、リングに佇むのは────城ヶ崎選手だぁぁ!!!』

『よっしゃぁ!!!』

『《落第騎士》の今の技を捌いたんか……!』

『流石やー!シロぉーー!』

 

地元の学校に属する男があの一瞬で反撃した姿を目の当たりにしたのだ。観客が興奮を隠せないのも当然だ。

 

 

「う、嘘よ!お兄様……」

 

 

一方、一輝を応援していた珠雫はその事実を理解してしまい、目の前が真っ白になる。

《雷切》を下した時でさえ、リングの中央に立ち続けた一輝。

 

 

その彼は今、そこにはいなかった。

 

 

 

そこにいるのは城ヶ崎ただ一人。

 

 

 

《落第騎士》と《天眼》

 

両者の雌雄がここに決した────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新章 【 七星剣舞祭 】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話は七星剣舞祭開幕前日まで遡る。

 

 

 

 

時刻は午後五時過ぎ。

 

開催地・大阪は例年通りの盛り上がりを見せていた。

そんな活気ある街ゆく人々の中でひとり。夏らしいサンダルにアロハシャツという格好で、アーケードを歩く一段と目立つ『ハゲ』がいた。

 

「久しぶりにいい運動したな」

 

────サイタマ、大阪入り。

 

ステラとの特訓もキリのいいところで、寧音に大阪へ行くよう言われたサイタマ。

一輝の応援に確実に間に合わせるためには、遅くとも試合当日の朝には大阪に着く必要があった。それを見越して開幕前日である今日の昼過ぎにサイタマだけは切り上げるよう言われたのだが……

彼が『運動』と言うように、奥多摩から自分の足で走ってきたのだ。それもたった2時間弱で。

東京-大阪間をマラソンすることはサイタマにとってはただの『運動』であり、それほどきついことではない。

 

「腹へったな。……せっかく大阪来たことだしお好み焼きとかたこ焼きとか食いてぇな」

 

ただ、腹は減る。とりあえずホテル近くの商店街をぶらぶらしていたが、目ぼしい『お好み焼き屋』は見当たらず。

 

ちなみに、サイタマが泊まるホテルは『代表選手保護者用』に用意されたものだ。

代表選手の家族も当然観戦しにくるが、彼らが泊まるホテルもまた、代表選手同様に運営側から準備されていた。

一輝の家族は誰もそのホテルに泊まらないため、彼がサイタマへそこに泊まってもらうようお願いしたのだ。

 

(どうすっかなー)

 

どこのお好み焼き屋に行こうか迷っていると……聞き慣れた声がかかる。

 

「あれ……え、サイタマ先生ェ!?」

「ん?……あ。一輝」

 

振り向くとサイタマの弟子である黒鉄一輝が目を剥いていた。

 

 

 

 

「もう一玉頼んでいいか?」

「ええで、ぎょーさん食うてな。おーい、小梅ぇー!」

 

サイタマのリクエストに応え、諸星は妹である小梅を呼んで注文をとる。

 

サイタマと偶然出会った一輝達───他には珠雫、有栖院、そして刀華が共にいた────は、諸星に夜ご飯を誘われていたのだ。

一人でいるところに後ろから声がかかったのは二度目ではないと、サイタマはどこかデジャヴを感じたが……思い出せず、『まぁどうでもいいか』と忘れることにした。

 

「ここのお好み焼きうめぇな」

「せやろ?なんと言ってもウチのお好み焼きは日本一やからな!」

 

大阪らしいものを食べたいと思っていたサイタマとしても一輝達と『一番星』についていったことは都合が良かった。事実『一番星』のお好み焼きは極上だ。

 

「それにしても驚きましたよ。先生の話をしていた時にばったり会えたんですから」

「俺の話?」

 

サイタマが会ったのは、ちょうど一輝が諸星へ彼の話をしていた時のこと。

自身のことを話されていると聞き返したサイタマに答えたのは諸星だ。

 

「あんたが『バケモン』やっちゅー話や」

「……一輝、何を話したんだ?」

「あー、いやいや。ワイがそこのマスコミから話聞いとってな?そんで気になって黒鉄に聞いたっつー訳や」

 

史上最強のFランク学生騎士である《落第騎士》の師匠の話を八心から聞き、気になっていたのだ。

ただ。瞳の奥に『猛獣』を飼っている諸星はサイタマと実際に対面したことで、本当に彼が強いのか疑問に感じ始めた。

 

「でもな……アンタから匂わんのや。強さが」

「え?そーなん?でも《落第騎士》のお師匠さん、合宿でお姫さんのことボッコボコにしとったよ?」

 

お姫さんとは《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオンのことだ。

騎士に関心のある者なら誰でも知っているAランク騎士。目の前の男がその彼女を一方的に打ち負かしたことを、諸星は信じられなかった。

 

「感じんのや。アンタが強いっちゅー圧力を」

 

強者の香りならば一輝の方が醸している。

埒外の洞察力を持つ《落第騎士》ならば、師匠と呼ぶ男の実力を見誤ることは無いだろうが、諸星は疑惑と共に念押しとして質問を投げる。

 

「……なあ、黒鉄。お前の師匠は本当に強いんか?」

 

今までサイタマの強さを初見で見抜けたのは、《世界時計》《夜叉姫》《闘神》の3人だけだ。

いくら《七星剣王》と言えど未だ学生。恐らく、世界トップクラス級の実力者でないとサイタマの異質かつ純粋な強さに気付くことすらできないのだろう。

 

(俺がどうとか、どうでもいいだろ……まぁそれもどうでもいいか。……てか、やっぱここのお好み焼きうめぇ)

 

……そんな話は何処吹く風。サイタマは気にせずにお好み焼きを食べ続けていた。

もちろん、諸星の質問には一輝が答える。

 

「僕が出会ってきた中で、先生は『最強』です」

 

─────そう断言した。

 

「ほーう?」

 

そしてそこに噛み付いてきたのは八心だ。

 

「……それは《比翼》より強いっちゅーことなん?」

「!」

 

驚き、動揺する一輝を見て、八心は言葉を続けた。鎌をかけただけのつもりだったが、あながち聞いた噂はデマではなかったようだ。

 

「いやな?噂で聞いただけなんやけど…アンタが《比翼》と戦って勝ったって話聞いたんや。それホンマなん?」

「っ────」

「やっぱその反応!!噂はマジだったんか!?」

「えぇ!黒鉄、あの《比翼》に勝ったんか!!ホンマか、おい!?」

モグモグ(肥沃??……こいつらなんで農業の話してんだ?)

 

話を理解していないサイタマを他所に、諸星も驚愕と共に話に入ってきた。

しかし所詮、噂は噂でしかない。訂正すべきところがある。

 

「いやいやいやいや!ちょっと落ち着いてください!確かにエーデルワイスさんとは剣を交えましたが───」

「おいおい、それマジかい!!」

「だから落ち着いてくださいって!」

 

食い気味の諸星と八心を宥めてから噂を訂正した。

 

「確かに戦いましたが…目も当てられないような惨敗ですよ。情けで命を助けてもらったようなものです」

 

流石に《比翼》へ勝利したことはデマだったようで。

 

「ま、まぁそらそうよな。……でも戦って生き残っただけでもホンマ大ニュースやで!もし良ければ詳細教えてくれへんか?」

「ま、まぁ覚えている範囲でなら……」

 

しかしながら世界一の大剣豪との手合わせという超ビッグスクープは、記者として好奇心が沸く。

 

「……」

 

諸星も刀華も無言で一輝を見つめている。かの《比翼》との手合わせの内容は刀華も聞くのが初めてなのだ。

 

「……エーデルワイスさんの剣はなんとか見えたんですが……捌くのは無理でした。彼女の剣速、手数、一撃の重さ……どれもが常識を超えていました」

「《比翼》の剣が見えるだけでも凄いのですが…」

「僕は退いたらならば、首と胴が斬り落とされるのは分かっていたので………攻めに転じようとして────」

 

一輝は鮮烈に残っている《比翼》との死合いの記憶を掘り出す。

 

あの時。《一刀修羅》制限時間切れ限界ギリギリで一輝は────

 

 

「最後に、僕はエーデルワイスさんの剣技をなんとか『模倣/コピー』しました」

 

 

衝撃の事実に諸星と八心、刀華、そしてずっと静かだった珠雫ですら驚きの声を上げた。

 

「「は────ッ!?」」

「えッ!?」

「ほ、本当ですかお兄様!?」

 

「え、えぇ。まあ、その直後に《陰鉄》が砕かれて意識を失っちゃったんですけどね」

 

彼らが驚くのも理解出来る。

例え直後に斬り伏せられたとしても、彼は《比翼》の剣技を盗んだと言う。

ならば聞かねばならぬことが一つある。

 

「じゃ、じゃあ黒鉄くん、今《比翼》の剣を使えるん!?」

 

騎士として諸星と刀華はその答えにゴクリと唾を飲む。

一輝はその質問に────

 

 

「使えますよ」

 

 

肯定で答えた。

 

「大ニュースやぁぁぁぁあああ!!!!」

「落ち着いてくださいってば…」

「そんなん無理やろ!」

 

─────《落第騎士》は相手の剣技を『模倣/コピー』する。

それは周知の事実だが、まさか《比翼》の剣すら盗むだなんて誰が思うだろうか。

七星剣舞祭に出場する全選手にとって、それはもはや脅威でしかない。脅威でしかないのだが……一輝の目の前に座る男は違った。

 

「今年はシードって聞いて退屈やと思ったんやが……」

 

目の前の『猛獣』は、それに相応しい笑みを浮かべながら

 

「去年より楽しめそうやな」

 

《七星剣王》は殺気にすら等しい闘気を以て告げた。

 

「……黒鉄、このお好み焼きはワイの奢り。ライバルへの歓迎や」

「それは……大変嬉しいのですが、本当にいいんですか?」

「かまへん。わざわざ東京から来たモンから金巻き上げたらおふくろにしばかれるわ……それに、明日はシロとの試合やろ?」

 

確かに一輝は城ヶ崎との試合が、初日のスケジュールに組み込まれていた。

 

「敵に塩を送る訳ちゃうけど、美味いもん食って英気養って、明日から始まる七星剣舞祭で最高のコンディションで試合に臨んでくれや」

「───!」

 

つまり彼はこう言っているのだ。

完璧なコンディションで試合をし、一輝が城ヶ崎に勝てたらそれはそれで良し。城ヶ崎がその一輝を倒したならそれもそれで良し。

勝ち上がってきた強者を打ち負かすことで、自身の強さを示すことができる、と。

 

白夜の強さを諸星は良く知っている。彼が絶好調に向かうために何をするかも。そこに不要な手出しはできない。

ならば諸星が出来ることは、黒鉄一輝を最高のコンディションにすることだ。

 

「シロもそれを望んどったで?」

 

そしてそれは城ヶ崎も同様に望んだこと。

好調の《落第騎士》と戦ってこそより美しく、より完璧な棋譜が完成すると彼は言っていた。

 

「せっかくの最高の舞台での真剣勝負。自分にも相手にも遺恨は残しとうない。せやろ───《無冠の剣王》?」

「……そうですね」

 

侮られて当然のFランクに、前年度覇者も前年度二位も同様に全力で臨む事を期待してくれている。死力で試合に臨もうとしている。

それに応えなければ嘘だろう。

 

「明日、白夜さんに勝って、そして必ずこの恩はありったけの仇で返させていただきますよ」

 

《落第騎士》は感謝と共に宣言した。

 

必ず《天眼》を下し、諸星の前に立つと。

貰った恩を返す為に。

 

 

 

 

諸星の"個人的アフターケア"をしに来た薬師キリコも混ざり、その後一時間ほど話し込んだ。

サイタマも極上のお好み焼きを数玉食べられ、御満悦な様子であり。

その帰り道で

 

「……なぁ実は一個聞きそびれたことがあるんやけどいいやろか?」

「なんですか?」

 

八心がふと、質問をした。

 

「ウチが《比翼》の話出したばっかりに話題逸れたんやけど、アンタのお師匠さんの話聞いとらんのや」

 

八心が《比翼》の話を振ったのは、彼女とサイタマと比べた時だった。

無名のサイタマと、剣士の頂に住まうエーデルワイスなら、皆が食いつく話題はやはり後者だろう。

その場では彼女の話をして終わってしまったが────

 

「尚更気になるんや。アンタが《比翼》と戦ったのに、それでも師匠を『最強』って言うのが」

「そうですよお兄様。このハゲって本当に強いのですか?」

「おい…。さり気なく酷くねぇか?」

 

さらっと自らをハゲと言った珠雫に突っ込みを入れたサイタマ。そして一輝はそんな彼を『最強』と評した理由を語った。

 

「さっきは言いませんでしたが……実はエーデルワイスさんに、ほんの少しだけですが切傷をつけることが出来たんです」

「ぇッ、ちょ、まじか!!!」

 

途切れた記憶の最後で、一輝の《陰鉄》がエーデルワイスの頬を掠ったのは朧気に覚えている。

しかし、まさか頂点と戦っただけでなく一太刀浴びせていたとは。

 

「流石に驚いたわ……」

「まぁ重要なのはそこではないんですけどね」

「は、はぁ?《比翼》に剣を届かせたってのが大事じゃない?」

 

意味が分からなかった八心は問い返す。

 

「そうです。僕はサイタマ先生と会って三年が経ちますが……先生の"血"を見たことがありません」

「それはどういう…?」

「言った通りですよ。先生に手合わせしていただいた時も含めて、僕は先生が傷を負ったのを見たことが無いんです」

「え───」

 

即ち《比翼》に傷を付けた《落第騎士》でさえも、サイタマには"全く届かなかった"ということ。

 

(…この男が……!?)

「なんだよ」

「あ、あぁ。すまんすまん。何でもないわ……」

 

八心は目を剥いてサイタマを見た。気が抜けた顔で平凡そうな男が。

 

「……じゃあ、お師匠さんは《比翼》より強いっちゅーことなん?」

 

八心は、そう恐る恐る尋ね──

 

「エーデルワイスさんの本気もサイタマ先生の本気も、見たことは無いですからなんとも言えませんが……………同格かそれ以上……だと思います」

「………まじか………………」

 

先程から驚きすぎて、もはや声すら出なかった。八心にとっては無名のサイタマがかの《比翼》と同等だと言われるのは、もの凄い違和感がある。

 

しかし、刀華は違った。

 

(そう言えばサイタマさんのことはお師匠さんも、ものすごく褒めてたし…)

 

《闘神》がサイタマを絶賛していたのを思い出す。

 

『サイタマくんはとんだ傑物じゃ』

そして

『ありゃ下手したら寧音より強いかも知れんのぉ』

と南郷は言っていた。

 

サイタマは、南郷に連盟所属の魔道騎士の中でも三本の指に入る寧音よりも強いと評価されたのだ。故に、刀華はサイタマの異常な強さを理解出来ていた。

 

「にしても、サイタマさんと《比翼》が戦ってるとこ見てみたいわー」

「……多分それ、周りが壊滅してますよ…」

 

一輝はサイタマ対エーデルワイスを想像するものの、彼ら二人が衝突したならば、舞台となるその地は間違いなく崩壊するだろうと推測した。───彼の推測は間違ってないことはいずれ証明されることとなる。

 

と、そこで。

サイタマは自分の引き合いに出されているその人物に、ようやく関心を持った。

 

「……なぁ一輝。さっきから肥沃だの比翼だの言ってるけどよー、誰なんだそいつ?」

「エーデルワイスさんのことですか?」

 

一輝はサイタマに《比翼》という魔人のこと、また『暁』襲撃時に彼女と剣を交えたと教えた。サイタマから特定の人物について聞いてくるなんて珍しいと考えながら。

 

「───エーデルワイスさんは『世界最強の剣士』です」

「最強………か。そいつは俺くらい強いのか?」

「はい。僕はそう思います」

「……ふーん」

 

それにサイタマは気のない返事をするだけだった。

 

 

 

 

それから解散し、それぞれの帰路についた。サイタマはホテルへの帰り道で───《比翼》という人物のことを考えていた。

 

 

(俺と同じくらいか)

 

 

サイタマは自分と同等の者に出会ったことがなかった。《世界時計》も《夜叉姫》もサイタマが関心を持つには至らず。

しかし一輝がサイタマと同格と断じた剣士、《比翼》のエーデルワイス。

 

「闘ってみてぇな…そいつと」

 

サイタマは彼女に興味を持った。

 

あまりに強くなりすぎて、自身と釣り合う実力者と会えなかったサイタマ。

彼はそんな《比翼》というまだ見ぬ『最強』と相見える時のことが楽しみに思えた─────

 

 

 

 



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2.八尺瓊勾玉

翌日。七星剣舞祭は開会式を終え、学生騎士の祭典が遂に開幕。観客は興奮の中、初戦の開始を今か今かと待ち望んでいる。

 

『第62回七星剣舞祭がいよいよ始まります!!』

 

今年の七星剣舞祭初戦は例年より注目されているのだ。それもそのはず。

対戦カードが対戦カードなのだから。

 

『解説は私飯田、解説は牟呂渡プロでお届けします!』

『よろしくお願いします』

 

実況アナウンサーの飯田と、解説には国内KoKのA級リーグにて活躍する牟呂渡プロの挨拶だ。

 

『初戦開始を目の前に控え、会場の興奮は既に最高潮に達しているようです!!この一戦、牟呂渡プロはどう考えますか!?』

『……なんとも言えませんね』

『それは一体、どう言うことですか?』

 

今から始まる試合についてのコメントは難しいと牟呂渡は言ったため、飯田は不思議そうに聞き返す。

ただ牟呂渡がそう言ったのは確かな理由があるのだ。

 

『リトルの時、幾度も死闘を演じた二人ですが、方や昨年度ベスト8という実績を残してから一年が経ち、あれから更に強くなったでしょう。方や世界大会優勝の後に5年もの間、姿を消していたのです』

『…つまり両者の実力は共に未知数であると!?』

『えぇそうです。…しかし、確かに言えることがひとつあります。この一戦、初戦とは思えないようなレベルの高い試合になるでしょう』

『なるほど。それは楽しみです!!』

 

プロである牟呂渡ですらこの一戦の行方は分からないという。

すると、選手入場の準備が整ったと合図があった。

 

『ここで二人の騎士が準備を整えたようです!

日本が注目する七星剣舞祭。その初戦を務める選手達に登場していただいきましょう!!』

 

まずは青ゲートに巨大な影が見える。

 

『まずは青ゲートより……前年度ベスト8《鋼鉄の荒熊》加我恋司選手だァァ!』

 

「うおぉおおお!!!」

 

《鋼鉄の荒熊》で知られる北の名門『禄存学園』三年加我恋司だ。彼がリングに上ると観客から歓声が湧く。

 

『やっぱ加我でけぇぇ!!』

『そらそうや!マジもんの熊と同じくらいらしいからな!』

『押し潰せー!加我ーーー!!』

 

────すると加我は雄叫びと共に制服をを引きちぎって脱ぎ捨てた。

 

「うおぉおおおおお!!!!!」

 

『おぉーっと!?加我選手、これはどういうパフォーマンスだァ!?』

『恐らくやる気の表れかと。《固有霊装》はしばしば武器以外の形態を取りますが、彼の場合は腰に身につける───『廻し』です』

 

つまりあえて服を脱ぎ捨て、廻し一丁で試合に望むことが、気合いの表れなのだという。

すると、加我は左足を天高く上げ、深く四股を踏み───地が揺れた。

 

『すげぇ揺れ!!』

『うおっっ!リングが斜めに沈みおった!!』

 

一度は傾いたリングも、加我が左右の足で2度にわたり地面を叩きつけたことで水辺に戻った。だがリングは目測10cmは沈降しているようだ。

そして、彼の足元を見ると爆撃にもすら耐えうる特殊な材質で作られたリングに彼の足跡が。

 

『指の形がくっきり分かるほど、加我選手の足跡が刻まれている!牟呂渡プロ、これは一体!?』

 

それは力が集約されていたという証拠である。

 

『加我選手はただのパワー型ではないということですね。力が綺麗に集約されているのが見て取れます』

 

加我の気合の入ったパフォーマンスにより、会場はさらに盛り上がる。

─────ただそのパフォーマンスとは裏腹に、加我は真剣な瞳で赤ゲートのみを見つめていた。

 

『それでは赤ゲートからも登場していただきましょう!赤ゲートより入場するのは───』

 

飯田の言葉と共に赤ゲートにスポットライトに照らされ、和装の剣士が歩み出てくる。

 

「……………」

 

無言でリングに登るその男は、在り方だけで他者に圧力を与える。

世界大会優勝を成し遂げたにも関わらず、渇き故にその舞台から姿を消したのだ。その男の名は。

 

『────《風の剣帝》黒鉄王馬選手だぁぁ!!』

 

『なんやこの…剣気だけで人を切り裂きそうな…』

『これが日本の学生騎士唯一のAランク騎士……!!』

 

加我は自身に喝を入れるとともに、パフォーマンスのように四股を踏んだ。反対に王馬は静かに開始戦に向かって歩くだけ。

にも関わらず、その姿に観客は戦慄する。

 

『凄まじい闘気ですね、牟呂渡プロ!』

『えぇ。未知数とは言え、前評判通りのAランクに相応しい実力を持っていると思いますよ』

『さぁ期待が高まる中、両者が開始戦につきました!!』

 

七星剣舞祭初戦を飾るのは前年度ベスト8の《鋼鉄の荒熊》と。今まで姿を見せることは無かったAランク《風の剣帝》。

七星剣舞祭という場にふさわしいであろうこの二人の戦いは、決して見逃すことはできない。

 

「王馬ァ。久しぶりだべ。こうして向かい合うのは六年ぶりだべ」

 

王馬が開始戦に立つと、小学生の頃からの好敵手である彼に声をかけた。

 

「オラは嬉しいど!リトル優勝を最後に姿を消したもんだから、なかなかリベンジの機会が無ぐてそれが心残りだったがらよぉ」

「………」

 

一方、王馬は無言で返す。

 

「んだからオラはこの五年、オメェに勝つ為に積んできたど。再戦を待ち望んどった!───覚悟するべよ!」

「……そうか」

「がははは!相変わらず愛想のねぇ男だ!まあいいべ。すぐにでも、オメェの本気を引き出してやるど」

「できるといいな、恋司」

 

実に興味無さそうに王馬は加我を見つめる。それは王馬は彼のことを脅威とすら考えていなかったからだ。

今、彼の頭にあることはただ一つ。

───絶対に誰にも負けないという覚悟のみ。『最強』との再戦を果たすために。

 

『さて両者、出揃いました。二人は小学生の時以来の再戦です!大注目のこの一戦、一体どちらに軍配が上がるのか!?』

 

実況がさらに会場を盛り上げる中、審判は二人に霊装の権限を指示する。

 

「さぁ二人とも、固有霊装を展開して」

 

「がはは!オラはこの《廻し》こそ霊装だべ!オラは準備万端だぁ、審判さん!」

 

「来い《龍爪》」

瞬間、王馬の周りに暴風が吹き荒れ───そして王馬の手元に野太刀が現れた。

 

二人が霊装を展開したのを審判は確認して、実況席の飯田に合図をした。

 

『加我選手と黒鉄選手の準備も終わったようです!さぁ皆さんご唱和くださいッッ!!!』

 

飯田の言葉に揃えて、観客の全員が開始の言葉を叫んだ。

 

 

 

『─────Let's GO AHEAD!!!』

 

 

 

 

 

「やっぱお前の兄さんが勝つのか?」

「試合はまだ始まっていませんからなんとも言えませんが……恐らくは」

 

一輝とサイタマの二人が観客席前列に座っていた。

本来、珠雫達も隣に座る予定だったのだが、最前席近辺は有料座席。運良く買えたのが二枚分しかなかったのだ。(寧音に口利きしてもらったなんてことは無い)

それに一輝は初戦をサイタマと観戦するつもりだった。故に珠雫達には無理を言って、最前列を諦めてもらったのだ。

今頃『お兄様と2人っきり……羨ましい』などと宣っているだろう。

 

「あいつと戦う相手のことは良くわかんねぇんだけどよ、そいつが弱いって事なのか?」

「いえ、そういう訳では。ただ、王馬兄さんは────」

 

理由を説明しようとした時、飯田が試合開始の時を告げた。

 

『加我選手と黒鉄選手の準備が終わったようです!!』

 

「…っと。試合が始まるな。その話は試合中に聞かせてくれ」

「分かりました」

 

『それでは─────Let's GO AHEAD!!!』

 

一体化した会場が揺れるほど声を一つに皆が叫ぶ──

 

『うぉぉおおおぉぉぉ!!』

 

開始するや否や加我は、王馬へ走り込んだ。対して、王馬はその場から一切動かず仁王立ち。

 

『おぉーっと加我選手、開幕速攻だァァ!!!』

 

走りながら──彼の肌は光沢を持つ鋼に変化する。

《鉄塊変化》は、彼の巨体とそこから生まれる力強さを活かした戦闘スタイルにマッチする能力。《鋼鉄の荒熊》が魔術でも武術でも無い、"純粋な力"を持つと言われる由縁だ。

ただ、今年の加我は、去年よりもさらに手札を増やしてきた。

 

「なんかアイツ背中から生えてきてねぇか?」

「あれは……腕……ですか?」

 

サイタマが気づいたのは彼の背中の変化だ。肩甲骨付近に四つの盛り上がりが出来て───

 

「おぉすげぇ」

『こ、これはぁぁぁ!?』

『ガァァァアァァアアァァァ!!!!』

『なんとぉぉ!!加我選手に新たな腕が!?』

 

左右合計四本の腕が背中から生えてきたのだ。加我の変化に声を上げた実況と観客達。サイタマでさえ感嘆の声を上げる。

 

『なるほど……ただ硬化するのみならず、『鋼』の特性を活かして新たに腕を作り出したわけですね。これにより攻撃力、防御力共に"三倍以上"に跳ね上がるでしょう』

 

冷静な牟呂渡の解説を加我は肯定した。

 

『そうだべ、解説さん!!これは王馬を倒すために五年かけて編み出したオラの取っておき────《鉄塊・阿修羅像》!!』

 

彼の霊装《電電》の能力は肉体の鋼鉄化。加我は五年の努力は、自らの硬化のみならず、身体の整形すら可能にしたのだ。まるで鋼を溶接し、形作るように。

 

『王馬受け取れぇ!!これがオラの本気だべ!!』

 

未だ微塵も動かない王馬に向かって突進をする。それは相撲において『ぶちかまし』と呼ばれる類のものに近い。

また、その衝突音は人と人がぶつかる音ではなかった。

 

『────んんん痛烈ぅぅぅ!!!王馬選手、堪らず仰け反ったァ!』

『……そもそもの加我選手の体重、鋼鉄による強化された硬さ、そして巨体からは想像出来ない速度。それらから繰り出された今の一撃は、いくらAランク騎士と言えど、ダメージが大きいかと』

『なるほど!王馬選手がその場から動かなかったことは愚策であると!?』

『その通りです。見てください。その結果───王馬選手は追撃することが出来ていません』

 

リング中央を見ると王馬の体制は崩れ、加我の張り手に圧倒されているように見えた。

 

『ウォォオオオォ!!!オラオラオラオラオラァァアアァァ!!!!』

『凄いぞ、加我選手!!!ラッシュ、ラッシュ、ラッシュだァァァ!!!』

 

観客もその手数に驚いている。六本の腕から繰り出される張り手はあの《風の剣帝》ですら防ぎきるのは容易でないのだ───と。

 

ただ分かる者には違うように見えていた。

 

「なぁ一輝。お前の兄さんってやる気ねぇのか?」

 

サイタマのその言葉に一輝は苦笑いで返した。

 

「サイタマ先生にはそう見えましたか」

「いや、だってそうとしか見えねぇし…」

「目の前で起きていることこそ、僕が思う王馬兄さんの強みそのものです」

 

実は昨日、サイタマ達と別れてから王馬の襲撃にあったのだ。偶然忘れ物を届けに来た諸星の介入により、王馬に一太刀しか浴びせられなかったが───

 

「王馬兄さんの身体は『異形』なんです」

「あーなるほど (……異形?あいつの身体そんなに気持ち悪かったっけ)」

「防御力は人間が本来持つものとは乖離していました」

 

その身体一つで《雷切》を防ぎきり、そしてサイタマの拳を三度耐えたのだから。異常な防御力だと言われても納得が行く。

一輝が推測するに、"外部から何らかの力を加えることで"変質させたのだと言う。つまり副産物として埒外の膂力すら、彼は手に入れたと考えるのが自然である。

加圧の結果として生じた過剰な筋力も骨の強度も、何もかもが人外なのだから。

 

「確かに加我さんも純粋に強いです。───ただ、王馬兄さんは『人間』のそれを超えています」

 

 

 

 

加我の猛ラッシュを受けながら───黒鉄王馬は退屈さすら感じていた。

 

(……やはりこんなものか……)

 

加我の張り手は王馬にとって、"蚊"と同じようなもの。何一つとして決定打に至ることは有り得ないし、目障りでしかない。

サイタマと戦っていた時に感じた「高揚感」は微塵もない。加我の攻撃は、不敗を貫く覚悟を刺激することすらできない。

 

「……あの男の拳はこんなものでは無かった」

「───ッッ!?」

 

王馬が呟くと加我の顔は一瞬にして絶望に染まる。

 

開幕のぶちかましに始まり、雨あられのように王馬に降り注いだ超重力の張り手も完璧に決まっていたはず。間違いなく王馬の身体はリングへ崩れ落ちるものだと確信していた。

 

ただその一言はあまりに素っ気なさすぎた。

 

───── 一閃。

 

「───ッッッ!?!?」

 

気づけば───刹那の内に加我の三本の左腕は、胴体と泣き別れていた。

張り手をものともせずに低い大勢から振るわれた龍の大爪は、いとも容易く阿修羅の腕を斬り落とす。

 

そして《龍爪》が振るわれた衝撃により、加我はノックバックしてしまった。

だが加我は根っからのファイターであり、彼が制すべき距離はクロスレンジだ。

故に離れた事で生じた距離を保つなどという考えは無かった。

 

王馬から感じた寒気を雄叫びで振り払い、残る三本の右腕にて決死の猛攻を試みた。

 

「ガァアアァアアァアオオォォォォオオオォォ!!!」

 

だが─────。

 

急に王馬を中心に吹き荒れる暴風。

 

「──ヴッっ!!(……いぎが、……でぎねぇっっ!?)」

 

同時に酸素の強奪。

リング内の空気が王馬に向かって動く。

空気が奪われ、王馬に向かって吹き荒れる風に抗う手段もない加我。

彼はなんの抵抗もできず、無防備のまま王馬に引き寄せられる。

それはさながら風が生んだ『引力』。

 

「恋司……実に無駄な5年間だったな」

 

目の前の敵を確実に下すためなら、例えそれが過剰な一撃だったとしてもそれを辞さない。

 

王馬は周囲の空気を《龍爪》に結集させ、纏わせ、そして圧縮した。圧縮された空気は解放された時、それは爆弾にもなりうる。

 

───ならば、《竜爪》の込められた空気は、どれほどの"爆発"を生むのだろう?

 

それを察した牟呂渡が会場の魔道騎士に警告した。

 

『っっ!……衝撃に備えて魔力障壁の展開をしてください!!!!』

 

 

《風の剣帝》黒鉄王馬。

 

その手に握られた《龍爪》から放たれたその一撃の名は。

 

 

 

 

 

「《天崩す龍神の咆哮/ヤサカニノマガタマ》」

 

 

 

 

 

瞬間、まるで龍の咆哮が鳴り響いたかのように。

それが空と共鳴し、天が崩れ落ちてきたかのように。

 

 

世界が激震した────。

 

 

 

 

 




草薙があるんだから八尺瓊勾玉があってもいいじゃないか!
…サイタマと比較された加我さんかわいそ。


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3.龍

ガイルのss読んでたら更新遅くなりました。すいません。
ヒキタニ君とイチャイチャするいろはが可愛すぎて……もう……。雪ノ下と由比ヶ浜より、(比企谷とイチャイチャする)いろはが好きだ。

主人公とヒロインがいい感じにイチャイチャする甘〜いssが本当に好き
岡部×紅莉栖、そげぶ×御坂美琴、士郎×セイバー/遠坂とか

有名どころは2ちゃん投稿作品もpixivもハーメルンも全部読み漁ったから、喪失感凄いんだよなぁ。


 

《天崩す龍神の咆哮》

 

 

 

 

龍の唸り───即ち空震により生じた衝撃波が会場に響き渡った。

 

『っっきゃぁああぁーー!!』

『とんでもねぇッッッ!!』

 

観客席を襲った《天崩す龍神の咆哮》の余波は、魔力障壁が無ければ観客ごと会場を吹き飛ばしていたことだろう。

事実それがあったにも関わらず、ガラス等はとうに砕け散り、リングは原型を留めていなかった。

 

そんな混乱が止みそうになった時。

 

観客の誰かが叫んだ。

 

『う、うわぁぁああぁぁーーー!!!!』

 

王馬の足元を見れば───左半身が消し飛んだ加我恋司が血の池に浸かっているではないか。

 

『…嘘だろ、おい!?』

『殺しやがった!!あの野郎!』

 

天を崩壊させんとする一撃を、《鋼鉄の荒熊》の体は耐えきれなかったようで。残った三本の右腕で体を守ろうとしたものの左半身は見事に消し飛んだ。

生気を感じさせない虚ろな目でリングに転がっている加我。

 

そんな中、リングへ跳躍する影が一つ。

 

「───《時間凍結》!!」

 

この事態に早急に対応した──時空を自在に操る《世界時計》だ。

自身が持つ霊装の内の一丁、白銀の短銃《エンノイア》にて加我を流れている『時』を停止させた。

 

「担架をッッ!!早く彼を医務室へ運べッ!」

 

彼女の声に応じて、十数人のスタッフがリングだった場所に下りてくる。今となっては《天崩す龍神の咆哮》の衝撃で、まともな足場などそう無いが。

 

「私の能力が効いているうちに早く!!時を巻き戻せばまだ間に合う!」

 

加我の半身が消し飛んでからそれほど経っていない。そのタイミングで時間を停止させたため、時を巻き戻せるのだと黒乃は言う。

数十秒巻き戻れば加我の体は、左腕が欠損しただけの状態に戻る。そうなればカプセルでものの十数分治療すれば完治できるのだ。

 

迅速な対応をする救護班。

その様子を王馬は何も感じずにただ見つめていた。

 

(……駄目だな。こんな軽い一撃ではあの男には届きもしない……)

 

最高ランク騎士に相応しい圧倒的な実力の一端を見せつけたにも関わらず。

《風の剣帝》はあれほどに強烈だった《天崩す龍神の咆哮》すら『軽い』と断じたのだ。

 

担架に運ばれ退場したかつてのライバルに、一切の情も抱かないように視線を切り、踵を返す。

 

『な、なんということでしょう!?同じリーグを戦い抜いた戦友に、なんの情も抱いていないのかぁっっ!?』

 

もしこの技を使ったとしてもサイタマには効きもしないだろう。

ならば────更なる力を求めるだけだ。未だ届かない、『人間』を超えた高みに手を伸ばせばいいだけのこと。

 

『第62回七星剣舞祭初戦の勝者は黒鉄王馬選手だぁぁ!!な、なんという幕開けでしょうか!!?』

 

七星剣舞祭初戦。本来なら徒ならぬ興奮が会場を包み込むはずが。

こと今回においては、賞賛の拍手をする者すらおらず。

会場を包んだのは興奮ではなく、戦慄と恐怖。観客はリングから去る王馬を静かに見送るのみだった。

実力差は歴然だったのだ。あの一撃は誰がどう考えてもオーバーキルだ。命まで奪おうとするのは、あまりにも殺意の高い危険な行為では無いのか。

 

この試合結果に凍りつく会場の中────

 

拍手と共に彼を祝福する者が一名。

 

『この拍手は?……』

 

「……貴様か」

 

彼が入場した赤ゲートの上付近の席に座っていたサイタマだ。そこからリングの外へ出ようと歩いていた時、彼と丁度目が合う。

 

『拍手を送った彼は……一体誰でしょうか?王馬選手と知り合いのようですが』

『誰や、あのハゲ……』

『なんか《風の剣帝》と話してるぞ?』

 

観客たちは、見たことのない男が王馬に称賛を送っているのを見て困惑しているようだ。

だが、それは王馬のトドメの一撃の意味をわかってない者がこの会場に多くいたからこその困惑。

サイタマはその一撃の意味を分かっていた。

 

「お前があそこまでやったのは、ぜってぇアイツに勝ちたかったからだろ?」

 

加我は伐刀絶技を応用し、昇華させ、腕すら増やす使い手だったのだ。

王馬があまりに強すぎたために霞んで見えたが、《鋼鉄の荒熊》はかなりの実力者。

"手足を切り飛ばした程度"では決め手として足りない可能性も十二分にあった。

 

「アイツだって真剣だったもんな」

 

加我恋司という男は、《風の剣帝》を本気で打ち倒そうとしていた。本気で実力をつけてきた。

それに応えるために王馬はあえて圧倒的な勝利を収めたのだ。

 

「そーだろ?」

「……どうだかな」

「素直じゃねぇ奴だ」

 

サイタマの言葉を聞いた後、王馬は静寂に支配された会場を後にした。

 

 

 

 

王馬の試合後

 

会場は、王馬への批判が巻き起こっていた。曰くやりすぎだった、と。

先ほども言ったが、それは王馬という人間の本質・騎士としての心構えを見抜けない者の戯れ言だとも言える。

 

ただ《風の剣帝》対《鋼鉄の荒熊》はその結末こそショッキングだったが、確かにインパクトが強い試合だった訳で。

続く【Aブロック】の試合は彼らの試合ほど盛り上がらなかったのも事実だ。

 

 

 

 

会場が【Aブロック】初戦の話題で持ちきりのそのころ。

赤ゲートへ続く通路を王馬が、マスコミに囲まれながら歩いていた。

『かつての世界王者』『消えたAランク騎士』と呼ばれていた、そんな王馬にマスコミが食いつくのは当然だった。

 

『なぜあんな試合の終わらせ方をしたのか?』という質問は当然。他にも『今までどこで何をしていたのか』『なぜ『暁学園』に加担するのか?』など、五年ぶりに表舞台に姿を現した王馬に質問をぶつけ続けた。

 

王馬はそれら一切に対して無言で返し、通路を歩き続けていたのだが、その中でも唯一つ、足を止めた質問があった。

 

『最後に王馬選手とお話ししていた彼は一体?』

「────」

 

王馬は一瞬口を開いたものの

 

「………………」

 

結局、何も言わずにそのまま後にした。

ただマスコミは彼の反応から気づいた。正体不明のあの男は、黒鉄王馬を動かした何かを持っている事に。

 

 

 

 

第62回七星剣舞祭において名を馳せるのは、勝ち上がる《落第騎士》だけでは無かったようで。

 

 

彼の師たるサイタマもこの剣舞祭をきっかけに、さらに注目されることになる。

───もっとも、初めは『贋作』という被り物を借りることにはなるのだが。



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【没話】
没.教師と師匠


どーせリメイクするし、告知する意味も含めて、没って消した話を最後に上げようかな、と。5.強化合宿の前に入れる予定の話でした。

リメイク版について活動報告「連載について」をお読みください。今のところ1話だけ投稿してます。
こっちは、多分もう投稿しません。



結局、あの後黒乃と寧音は会場でサイタマに会うことが出来なかった。

会場には万単位で人がごった返していて、加えてサイタマが試合が終わってすぐにその場を立ち去ったのだからやむを得ないのかもしれない。

 

 

ただ、第一訓練場から飛んできたような軌跡を地面に描き、数百m離れた場所に赤座守が転がっていた事はちょっとした騒ぎになった。

彼の顔面には拳がめり込んだ跡もあり、これはサイタマの仕業だと彼女らは踏んでいた。

一輝とステラを思っての行動だったのだろうと推測できる。

 

 

また一輝はあの時、生中継されているにも関わらず大観衆の前で駆けつけたステラへのプロポーズを成就させた。

 

その直後に意識を失い、1週間も眠り続けた。

査問会での疲労、薬物の中毒症状、《一刀羅刹》の反動。

これらを考えると1週間眠り続けたのは当たり前なのかも知れない。

それほどの極限の中で彼は《雷切》に勝ったのだ。全てを勝ち取ったのだ。

黒鉄一輝は七星剣舞祭代表そして選手団団長に任命され、全国という舞台に歩を進めた。

 

 

最後に───

黒乃と寧音には1つ、やり残した事があった。

 

 

「任命式も終わったし、合宿始まるまで黒坊もウチらも暇なんじゃね?会いに行くなら今っしょ。」

 

 

 

 

 

 

「─────と、言う訳で理事長達を連れてきました。」

「……師匠からの命令だ。この際、お願いでもいい。後ろの2人を連れて帰れ。」

 

 

彼女らがやり残した事とはサイタマと会う、という事。

会場で会えなかった為に、一輝が連れてきた黒乃と寧音がサイタマの家に押しかけてきた。

一度はサイタマが『破軍学園』に来るよう一輝に言ってもらったのだが、サイタマはこれを断固拒否した。

行ったらまず間違いなく面倒な話をされるに違いないとサイタマが考えたからだ。

 

しかしそれでは埒があかない。

そうして決行された強引な押しかけ作戦。

 

 

「…じゃそういう訳で。」

 

 

そっと扉を閉めようとするサイタマを黒乃が止める。

折角、家の前まで来たのだ。何もしないで帰るわけにはいかない。

 

 

「待て。貴様は私の学園の訓練場を破壊しただろう。それも2度も。」

 

 

1度目はステラとの手合わせの時に観客席ごと吹き飛ばして大穴を開け。

2度目は赤座をぶん殴った時に。

 

 

「…………それ言われると弱い。」

「それに関して話がある。それでも私たちを中に入れないつもりか?」

「あー!分かったよ!入れ!入れればいいんだろ!」

 

 

理詰めでゴリ押しされ、半ばやさグレた感じで一輝らが家に入ることを許可したサイタマだった……。

 

 

───まず部屋に入っていきなり、電球の光がサイタマのつるつるの頭に反射しているのを見て寧音が吹き出した。

 

 

「はははははーーー!!!! ほんとにピッカピカにハゲるぜ、こいつ!!」

「(…なぁ、一輝。なんだこのガキは。なんで連れてきた。)」

「(あー…えーと。彼女はうちの講師です。)」

 

 

そのままサイタマの部屋に入った3人を床に座らせ、お茶をだす。

 

 

「部屋、せめーな。」

「文句言うなら帰れ。」

(案外、師匠と西京先生っていい組み合わせなんじゃ……。)

「で、俺が壊した壁の事だったっけ?」

「ああ、そうだな。」

「壁ぶっ壊したのはすまん。」

 

 

サイタマ黒乃に向き直って軽く頭を下げる。

彼だって少しくらいは悪いとは思っていた。

最も、素直に謝罪した理由の大半は謝ったらさっさと帰ってくれると思ったからなのだが。

 

 

「許しても良いが、条件が一つある。我々、『破軍学園』の強化合宿に同行してもらいたい。」

 

 

毎年、七星剣舞祭を前に『破軍学園』は強化合宿を行う。

それへの同行が黒乃が提示した条件。

 

『破軍学園』は今年こそ七星剣舞祭で優勝を狙うべく強化を図っている。

そもそも黒乃が理事長に就任したのはその一環だった。

そこへ外部コーチとしてサイタマが来るのなら鬼に金棒だ。

彼とまともに相対できるようになれば《七星剣王》になる事など、朝飯前だろう。

 

 

「それに…ヴァーミリオンと手合わせして逃げる時に黒鉄に稽古を付けるとかなんとか、言っていたんだろう?」

「い、言ってたような言ってないような…。言ってないよな、一輝!?」

「いえ、サイタマ先生は僕に稽古をつけてくれると仰ってました。」

「あ…そうすか。」

 

 

この場にサイタマの味方なんていなかった。

 

 

「黒鉄以外にもヴァーミリオンや他の代表生もいる。可能ならば彼らにも稽古を付けてくれるなら助かる。

サイタマには外部コーチという形で参加してほしい。送迎は我々のバスに乗ってもらって構わない。」

 

 

サイタマは知らない事だが、黒乃の能力で壁自体は即座に治るのだ。

被害は無い。だが、サイタマが壊したのは事実。

故にこの取り引きは初めから黒乃の勝ちが決まっていた。

 

 

(…確かに壁を壊したのは俺だ。許してもらう条件としては結構ゆるいんじゃないのか?)

「どうする?」

「…三食はつくのか?」

「無論。」

「参加するのに幾らかかる?」

「私から来るよう言ったんだぞ?金などかからないに決まっている。」

「よし…なら決定でいいぞ。」

 

 

即答。

 

 

「!…感謝する。」

「いやいや、元々は俺が壁をぶっ壊したのが悪いんだろ?」

「それもそうだな。」

 

 

ここにサイタマの合宿参加が決定した。

外部コーチという形で参加し、一輝以外にも稽古をつけてくれるそうだ。

………サイタマがまともな稽古を付けてくれるかどうかは置いておこう。

 

ちなみに三食付くかをなぜ聞いたかと言うと、丁度卵や野菜を切らしそうだったのだ。

このタイミングで三食付くような合宿に無料で行けるのなら…サイタマにとってもメリットはそれなりにある。

 

 

話がひと段落つくと、寧音がサイタマに質問した。

 

 

「……なぁ。1つ聞いてもいいか?」

「なんだ?」

 

 

寧音は扇子で口元をスッと隠し、サイタマに質問を投げかける。

 

 

「────アンタ、()()()()どーやって手に入れた?」

 

 

 

♣♣♣

 

 

 

サイタマの家から『破軍学園』まで帰ってきた彼ら。

黒乃と寧音は理事長室、一輝は寮の自室に、既に戻っていた。

 

 

「くーちゃん、どう思った?サイタマは。」

「ああ。思った通り、恐らく《魔人》だろうな。」

 

 

《魔人》は通常の伐刀者とは雰囲気が違う。

確かに彼は星の巡る運命の外側に身を置いていた。

それは数多くの《魔人》と面識のある黒乃と、本人が《魔人》である寧音だからこそできた判別法。

 

 

「それを踏まえて《覚醒》に至った経緯、くーちゃんは信じる?」

「にわかには信じられん…。だが嘘をついているようにも見えなかったのも事実だ。」

 

 

 

 

 

 

寧音が最後にした1つの質問。

サイタマの強さの秘密を問うたもの。

どうやら一輝はもともと知っていたらしいが、彼の回答は黒乃と寧音の思考を凍らせるには充分なものだった。

 

 

『俺がここまで強くなるまでに何をしたか、お前らも知りたいのか。』

『…黒坊は知ってるのかい?』

『えぇ。聞いたことはありますが…恐らく理事長と西京先生は信じられないと思いますよ……。』

『そんなにハードな稽古なのか?』

『勿論だ。』

 

 

サイタマは即答する。

 

 

『だが、このハードなメニューを毎日継続することが大切なんだ。普通の就活生だった俺は、3年間、このトレーニングを続けてここまで強くなった。』

(( たった3年で…《魔人》に至ったのか!?一体どうやって!!!? ))

 

 

サイタマは一拍置き、目を見開いて力強く答える───ッッ!!!

 

 

 

『腕立て伏せ100回!

上体起こし100回!

スクワット100回!

さらにランニング10km!これを毎日やる……!!!!』

 

 

 

『『……は?』』

 

 

 

『初めは死ぬほど辛かった。1日くらいは休もうかと魔が差した事もあった。

……だが俺は子供(ガキ)の頃から強いヒーローになりたかったんだ。それを叶えるためにはどんなに血反吐をぶちまけてもトレーニングを続けることが出来た。』

『ちょ、ちょっと待て。サイタマ、貴様は()()()()()()()()()()()()()()()のか!?』

『それだけ…だと?甘いんじゃないのか?』

(( このハゲ…………本気か!?本気で言ってんのか!!!? ))

『このハードな訓練を通して俺が変化に気付いたのは1年半後だった。俺はハゲていた。そして───強くなっていたんだ。』

 

 

サイタマは曰く

ハゲてしまうほど己を追い込むことで強くなったのだという。

 

それが寧音の問いに対する答えだった。

 

 

 

 

 

 

「本当にふざけているのかと思ったよ。」

「黒坊の方が百倍キツイメニューこなしてるっての。」

 

 

たった3年の訓練で《覚醒》するなんてほとんどありえない事だ。

《覚醒》の条件がいかに厳しいかは彼女らはよく知っている。

そんな黒乃だからこそ、彼女は一瞬の間にその過酷なトレーニングの想像を巡らせた。

 

だが蓋を開けてみれば一般的なトレーニングメニュー。

もっと言え一輝の方が何倍もハードなレーニングを何年間も続けていた。

 

それに…彼女らにはまだまだ疑問点が残っている。

 

 

「くーちゃんは"《魔人》になったら身体能力がめちゃくちゃ上がった"って話聞いたことあるかい?」

「…あるわけないだろう。それに、他にも私は気になったことがある。

お前はハゲと《覚醒》の間に相関があるなんて聞いたことあるか?」

「………あるわけねーだろ。」

 

 

寧音はやれやれと言った感じに肩を竦めて答える。

 

彼女らの疑問は今までの魔道騎士の歴史をなぞっての発言だ。

《魔人》に至ったからと言ってパンチの風圧だけで森まで消し飛ばせるはずがない。《覚醒》を経たところで普通の人間の肉体レベルが異常に向上するはずもない。

また、地球という星に生まれた数多くの《魔人》が《覚醒》に至ると同時にハゲたという前例も無い。

 

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

その仮説が黒乃の中に生まれたのも当然の事かもしれない。

 

 

サイタマは《魔人》であって《魔人》ではない───。

 

 

サイタマは何もかもが前代未聞。

彼は黒乃や寧音の常識の外側にいる存在だった。彼女らが解を導けるはずも無かった。

 

 

 

 

 

 



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