ロクでなし天才少女と禁忌教典 (“人”)
しおりを挟む

自称天才のわたしが学士生になったワケ

初めて原作を買ったのは第3巻が発売した頃だった。正直、絵に釣られて買った。
一巻を読んでなんか面白くて笑ったのでその後もどんどん買った。


じゃあなぜ今頃二次創作を書くのかって?……だって自分1人だけ書くのはなんか勇気出ないし、みんなが書くならいいかなって……。


駄文注意!


アルザーノ帝国魔術学院。

400年の歴史を持ち、帝国内で最高峰の魔術を学べると言われるこの学院に入学する生徒は、皆意識の高い者が多い。そしてそれはその父兄も同様。少なくとも、普通の教育機関とは違って、入学式の日にはしゃぎまくって大騒ぎをする親などいない、はずであった。

 

 

(いいぞいいぞ、さすがは私の愛娘!こんなに立派になっちゃって、おかーさん嬉しい!)

 

その厳粛な空気を全く読まず、パシャパシャと撮影する1人の妙齢の女性。真紅のドレスに身を包み、金色の髪と赤い瞳を持つその美女の顔は、まさしく親バカのそれであった。

入学式が始まる前だからまだいいものの、明らかにマナー違反である。明らかにその場で浮いており、周囲から嫌な注目を集めていた。その視線が語るのは、まさしく『はよ落ち着いて座れ』である。

 

そして、その母親のせいで同じく注目を集めるのは1人の女子生徒。艶のある長い黒髪と海のような蒼い瞳が特徴の美しい少女である。しかし母親の暴挙によるものか、その美貌は羞恥で赤く染まっていた。

 

(…なんでこんな公衆の面前でそんな恥ずかしい真似ができるのかしらこのバカ親は!)

 

そのバカ親は注目を集めていることにも気づかないのか、どんどん射影機を回す。結局その金髪の女性は、入学式まで撮影をやめなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———時は一年前に遡る。

 

「……なあ、リーナ。魔術学院に行ってみないか?」

 

「どうしたの、藪から棒に」

 

金髪の女性、セリカ=アルフォネアの突然の提案に、黒髪蒼眼の少女、リーナ=レーダスは怪訝そうに答えた。

 

「お前、ずっと家に引きこもってばっかりでほとんど外に出ないだろう。退屈じゃないか?」

 

「…まあ、確かに暇だけど。『働け』というのならそうするわ。兄様を見習って、ね」

 

「こんないい子に育ってくれて、お母さん嬉しい!でもダメだぞー。お前ほどの才能を活かす職に就くには、少なくとも魔術学院くらいは出てないとな!」

 

「わたしが学校に行く意味、あるのかしら…?」

 

リーナ=レーダスはセリカも認める天才である。史上最年少で第六階梯に至り、あらゆる魔術を使いこなす。とある事情からセリカによって匿われているため知名度こそないものの、魔術師としての実力ならば大陸有数、もしかするとセリカを除けばトップかもしれない逸材だ。

そんな彼女にとって、魔術学院は行く意味を見出せない場所だった。幼少の頃からセリカや義兄(グレン)に魔術を教わり、第六階梯にまで登りつめた彼女に、もはや魔術学院で学ぶものなどあるとは思えない。

 

しかし、そんな呟きを聞いてもセリカは機嫌が良くなるばかり。

 

「ところが、あるんだなーそれが!」

 

「例えば?」

 

「他の生徒と協力して行う授業や魔術の模擬戦では協調性を育むだけじゃなくて魔術師同士の連携を学ぶ場にもなるし、なにより私と会える!そう、学院でな!それにどうせ退屈なら、その時間を学院で過ごすのも悪くないだろう?」

 

リーナは考える。もしかしてこれは、なかなか悪くない誘いなのではないかと。

普段のリーナの生活は、セリカがいない間家事をしたり勉強をしたりする、恵まれている代わりに大して面白くもないものだ。『いくら家族とはいえタダでご飯食べているのも良心が咎めるし、そろそろ働きにでも出ようかしら?』と考えたのも一度や二度ではない。

そこでセリカの提案である。正直セリカの収入だけでお金には困っていないし、正直働く意義は薄い。ならば言われたように、学院に通うのも悪くないとリーナは考えた。

 

「…それもそうね。むしろ意固地になって行かない理由なんてないし、行ってみようかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———そんなわけで。

 

セリカに拾われた少女、リーナ=レーダスの学院生活が始まったのだ。

さて、セリカに言われるまま入学してしまった彼女だが、実は内心とても楽しみにしていた。なにせ生まれて初めての学生生活である。兄のグレンも通っていたというから、きっとそれなりには面白いところなのだろう。…そう、思っていた。

 

 

成績優秀でありながら授業態度の悪い生徒として講師陣に目をつけられるのは、それから数ヶ月後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私、システィーナ=フィーベルは今年アルザーノ帝国魔術学院に入学した新入生である。家族のルミアと一緒のクラスになって大喜びしたのも束の間、まさか同じクラスにこんな問題児がいるとは思いもしなかった。

 

 

隣の席で、手が霞むほどのスピードで羊皮紙(ノート)に書き込む少女。こっそり盗み見ると、なにやら難解な魔術式や図形がびっしりと書き込まれている。どう見ても学生レベルの術式ではない。どうやら授業の予習や復習ではなく、独学のようだ。

これが休み時間ならばまだ許されただろう。だが生憎と今は授業中。本来ならばしっかりと授業を受けなければならない時間だ。

 

 

 

 

 

 

————最初こそ、先生は注意をした。

 

「リーナ=レーダス。貴様、授業も聞かずに何をしている?」

 

一見して熱心にノートを取っているように見えるその姿に、しかし魔術講師ハーレイ=アストレイは騙されなかった。その授業で扱うのは魔術理論の基礎中の基礎で、そんな大量にノートを取る必要もなければ、黒板に書かれた板書も大したことはなかったからだ。

彼女はなんでもないかのように言った。

 

「何って、固有魔術の開発ですが?」

 

固有魔術(オリジナル)。それは術者の魔術特性などに合わせて個人で生み出す、その名の通り固有の魔術。だがそれは何かしらの一点において世に出回っている汎用魔術を上回らなければならない、とてつもなく生み出すのが面倒な代物だ。正直学生風情にまともなものを作れるとは思えないし、授業中にすることではない。

 

「今は授業中だ。そんな徒労に労力を使うより、授業に集中しろ、リーナ=レーダス」

 

 

 

 

 

 

—————そこでリーナは引き下がるべきだった。

 

この場における正当性において、どう考えてもハーレイの言うことの方が正しい。

しかしながら、リーナは社会不適合者である。つい最近までセリカやグレン以外の人間とほとんど接点のなかった彼女は、残念ながら集団行動ができなかった。極め付けに、魔術講師の怒りに火をつけてしまう。

 

 

「そのどう考えても眠くなる授業を受ける意味があると?それに、こんな基礎的で簡単なことをわざわざ分かりにくく説明する講義を受けるより、自分の勉強をした方が有意義だわ」

 

「……ほう?基礎的で簡単か。ならばこの私が開発した黒魔術の解説をしてもらおうか?なに、そう難しいことではない。少なくとも私の授業の内容を『簡単』と言えるほどの知識があれば、解明するのは容易いだろうな。その代わり、できなければこれからはきちんと私の授業を受けてもらおう、リーナ=レーダス」

 

売り言葉に買い言葉。

『絶対に無茶だ』、とその場にいたクラスメイトは思った。入学したばかりの生徒にやらせるのはいくらなんでも無茶だと。

 

そして、それがハーレイ=アストレイの狙い。彼は最初から、無理難題でリーナのプライドをへし折り、授業を受けさせることしか考えていなかった。

 

 

 

—————しかし。

 

「その言葉、忘れるんじゃないわよ?」

 

席を立ち、スタスタと黒板の方へ歩み寄る。

 

「……それで、その肝心の黒魔術は?」

 

「これだ。まあ、精々頑張るといい。……ククッ」

 

『どうやらこの先生、だいぶプライドが高くて大人気ないみたいね』、などとシスティーナは思った。

 

そして、渡されたノートを見つめること数秒。

リーナは唐突に白墨(チョーク)を持ち、黒板に書き込みを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…このように、この黒魔術は魔術関数を9つも使用しているせいで、詠唱に時間がかかり過ぎて実戦じゃまともに使用できない粗悪品であると判明しました〜」

 

「……くっ」

 

「確かにこの記述から分かるように、威力はかなりのものですが、そもそもこんな魔術を使うより既存の軍用魔術を使った方が早いですし、何よりこんな魔術よりもA級軍用魔術の方が威力・射程ともに優れています」

 

「ぐ………」

 

「正直無駄だらけの術式なので、ハー……ハーリー先生の遊び心溢れる作品と言えるでしょう」

 

 

煽る煽る。

ハーレイの魔術式を数秒で把握し、生徒の前で解説してみせたリーナ=レーダス。それだけならともかく、わざわざ魔術式の問題点を指摘してハーレイをおちょくり始めた。

 

尚、その場にいた生徒達は呆然としていた。未だに習っていない部分を解説してみせた事に対する驚きが半分と、短時間で複雑な術式を解析してみせたことに対する驚きが半分。そしてシスティーナやギイブルなどの優秀な生徒達は半ば自信を失っていた。

 

 

 

一応ハーレイの名誉のために補足しておくと、そもそもこの術式、本気で書き上げた訳ではない。酒を飲み過ぎて酔っ払い、ついつい「個人で詠唱する最高火力の魔術でも作ってみるか!」というようなノリで作り上げた代物である。リーナに腹が立って「解説してみろ」などと言ってしまったが、本来ならそっと机の奥底にでもしまっておくつもりだった黒歴史である。つまり、「どうせ入学したばかりの新入生なんぞに理解できる訳なかろう」などと侮ったのが運の尽きだった訳だ。

 

(おのれ、リーナ=レーダス……っ!)

 

 

 

「……さて、解説終わり。これで満足かしら、ええと、………ハーネス先生?」

 

「呼び名が違う!馬鹿にしているのか、リーナ=レーダスぅ!」

 

 

この一件以降、ハーレイを始めとする講師は、リーナの授業態度を半ば黙認するようになった。




魔術関数とか、戻り値がどうのとかっていう術式に関する設定がよく分からないので、とりあえずプログラミング言語みたいなもんかな、と思って書いてる。



設定の矛盾とかあったら教えて下さい。大きく書き直さなければならないもの以外は直しますので。





さーてこれ、需要あるかな?多分ないな!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

少女の悲嘆

評価、感想をお待ちしております。




「学院長!もう我慢がなりません!」

 

学院長室にてそう叫ぶのは、ハーレイ=アストレイ。第五階梯に至った若き天才魔術講師である。

 

「入学してから授業態度に問題のある生徒でしたが、ここ最近は特に酷い!何か処罰を与えるべきでは⁉︎」

 

「しかしのう……。別に授業の妨害をしている、という訳でもないんじゃろ?レポートの提出も試験もきちんとやっとるみたいじゃし…」

 

「邪魔にならないからといって授業を受けなくていい理由にはなりません!そもそも奴が授業を受けない癖に無駄に優秀過ぎるせいで他の生徒がやる気をなくしつつあるんですよ!」

 

新入生が入学してから数ヶ月、リーナ=レーダスはまともに授業を受けていなかった。しかしある日、いきなり無断欠席して以降は特に酷い。

まず、授業中にいきなりいなくなることが多くなった。以前までは授業を聞いていないにしてもちゃんと教室内にはいたのだが、ここ最近はいつの間にか授業中に姿が消えているのである。

そして、無断での遅刻や早退。試験やレポートの結果は完璧で、それ故に単位を落とすことにはなっていないものの、普通なら留年、下手をすれば退学になりかねないほどに授業の平常点を落としている。

 

「…まあ、そう言ってやるなよハーレイ。このくらいは許してやれ」

 

唐突に、学院長室に響く第三者の声。

 

「……セリカ=アルフォネア⁉︎いつの間に⁉︎」

 

「おお、セリカ君。相変わらず美人で羨ましいのう……」

 

セリカ=アルフォネア。長い時を若い姿のまま過ごす、大陸最高峰の魔術師。その彼女の存在感は学院の教授となった今でも健在だ。

しかし女王陛下を前にしても不遜な態度を改めないはずのその彼女は、学院長に頭を下げていた。

 

「……詳しくは言えんが、あの子には色々あってな。心の傷が癒えるまで、処罰は勘弁してやってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

—————兄が、無職になった。

 

それ自体は別に、リーナにとって大したことではない。確かに義兄(グレン)の仕事がなくなってしまったのは残念だが、それだけで彼女はこうも落ち込んだりはしない。

 

 

『へえ!君がグレン君の妹?可愛いー!』

 

今はもういない、姉のような存在だった彼女の声が脳裏に蘇る。

 

(…なんで、死んじゃったのよ?セラ…)

 

 

 

セラ=シルヴァース。グレンの同僚で、時折遊びに来た女性。あまり家を出なかったリーナにとっての、数少ない友人だった。

宮廷魔道士団の仕事が、常に死と隣り合わせの危険なものだということはリーナも分かっている。分かってはいるが、それで知人が死んで納得できるかどうかは別問題だ。

 

兄が無職になった理由も、きっとセラが亡くなったことと無関係ではないだろう。仕事を辞めてから数日、ずっと部屋から出てこなかったのだから。……今は部屋から出て、タダ飯を喰らってゴロゴロしているニートなダメ人間に成り果てているが。

 

それを責めることはリーナにはできない。時折会うだけのリーナでさえ、勉強に集中できなくなるほどの深い傷を負ったのだ。ずっと一緒にいた兄の傷は、想像を絶するほどに深いに違いない。

 

—————その一方で、どこか安堵している自分がいる事にも、リーナは気づいていた。

 

兄だって、仕事を続けていたらいつかセラのように殉職する日が来たかもしれない。そう考えると、やはり今の仕事は辞めて正解だったとも思うし、兄が生きている事を心底嬉しく思う。

 

(嫌な娘ね、わたし…)

 

慕っていた友人が亡くなったにも関わらず、『(グレン)がそうなるよりは良かった』などと考え、彼女は自己嫌悪に陥る。

 

リーナはいつも通り、授業の時間の大部分を誰もいない空き教室で過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次、リーナ=レーダスさん……は、いないようですね。困りました……」

 

午後の授業は、校庭で実技の演習だった。担当はヒューイ。内容は、『攻性呪文を的に当てる』という、基本的な内容だ。

しかし、残念ながらリーナは授業に来ていない。普通の授業ならば試験さえ受けていれば問題ないが、この演習はそもそも授業内の実技によって評価するものだ。当然ながら、授業内の点数が取れなければ単位を落とすしかない。

リーナは不真面目ではあるが、優秀な生徒だ。普段の座学は不真面目だが、試験のない演習はサボったことがない。ヒューイの担当するこの演習にいないのは今回が初めてだった。

 

(本来ならばこのまま捨て置くのですが……)

 

2組の担任であるヒューイは、当然ながらリーナがどれほど優れた魔術師なのかを知っている。たとえスパイの為に学院に派遣された(・・・・・・・・・・・・・・)とはいえ、講師としての仕事に手抜きをするつもりはないし、優秀な生徒がこのまま留年になるなど許容できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ルミア、いた?」

 

「ううん、こっちにはいなかったよ」

 

「じゃあ、教室にいるとすればあとはあの部屋ね」

 

実技の演習が早く終わったシスティーナとルミアは、ヒューイに頼まれて手分けしてリーナを探していた。

彼女の性格からして、他のクラスに混じって別の授業を受けている可能性は低い。よって、学院内にいるならば誰もいない空き教室にいるはずだというのが2人の考えだった。

 

最後の部屋の前に立つ。

ルミアがそっと扉を開けようとして……思い止まった。

 

「…ルミア?」

 

「システィ、その…。様子がおかしいの。中にはいるみたいなんだけど…」

 

端的な言葉で、『リーナはこの中にいるが、扉を開けるのが躊躇われる状態だ』という意味を察した。

音を立てないように、少しだけ扉を開ける。果たしてそこには、思った通りの人物がいた。………ただし、思いもよらない状態で。

 

「……セラ、セラ……うぅっ……せらぁ……」

 

————リーナは、蹲ったまま1人で泣いていた。

 

 

その姿に、システィーナは絶句する。

システィーナが抱くリーナの印象は、『ずば抜けて優秀で、誰とも関わろうとしない孤高な少女』だった。実際に彼女が誰かと話しているところを見たことはないし、その才能故に誰かの助けを必要としているようにも見えなかった。

 

(何が、あったの?)

 

まさか、いつも授業を抜け出しては1人で泣いていたのだろうか?そう考えると、システィーナの中の彼女のイメージがガラリと変わる。もはやシスティーナにとって、リーナは『誰とも関わろうとしない孤高な少女』ではなく、『誰にも心を開けない孤独な少女』になっていた。

 

(…どうしよう)

 

この光景を見てしまった後で、見て見ぬ振りをして今まで通りに過ごすことは簡単だ。だが、それをしてはならないとシスティーナは思う。確かに彼女は授業をまともに受けず、注意されれば仕返しとばかりに講師をコケにしておちょくるとんでもない生徒だが、決して人でなしではない。自分の才能に溺れず、常に努力し続けている事を彼女の机を盗み見たことのあるシスティーナはよく知っているのだ。そんな彼女が、1人で泣いている。それを見捨ててしまったら、人として大切なものを失うような気がした。

 

—————しかし一方で、理性が『早くここを離れるべきだ』と告げる。

 

彼女は不器用で意地っ張りだ。こんなところで1人で泣いているほどだし、自分の涙を絶対に見られたくないと考えているに違いない。あるいはそれは、自分も『意地っ張り』な性格をしているからこそ、システィーナによく分かることなのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

「お前たち、今は授業中だぞ?こんなところで何をしてるんだ?」

 

「「…ア、アルフォネア教授⁉︎」」

 

そんな時、なんとタイミングの悪いことか。いつの間にか、背後には1人の金髪の女性の姿が。

そして当然、声も潜めずに会話をすれば教室の中に聞こえてしまうわけで。

 

ガラリ、と。

明らかに今まで泣いていたことが窺えるほどに目元を赤くしたリーナが出てくる。

 

「「……………」」

 

「…あっ」(察し)

 

「…何を、しているの?」

 

硬直したシスティーナとルミア、直ちに状況を理解したセリカ、そして教室から出てきたリーナ。当然ながら、ルミアとシスティーナは何も言えない。まさか『泣いているのをこっそり覗いていました』、などと言えるはずもない。

しかし、そこで助け舟を出したのは、皮肉なことにこの状況の発端であるセリカだった。

 

「リーナ、ヒューイがお前を探していたぞ。今の時間は実技の演習じゃなかったか?」

 

「……そうだったかしら?なら早く行かないと。貴女たち2人は、それでわたしを探しにきてくれたのね。ありがとう。……見苦しい姿を見せて、ごめんなさい」

 

セリカの一言でこの状況を理解したのか、少しだけ申し訳なさそうにするリーナ。彼女はそのまま走り去って行った。

 

 

 

「…すまんな、余計な事をしたみたいで」

 

「いえ、そんな。とんでもないです。私もシスティも、どうすればいいかわかりませんでしたから」

 

リーナが走り去った後、セリカは2人を呼び止めた。そもそもルミアもシスティーナも演習は終わっている。戻ったところで自主練以外にやることもないし、この場に留まることに異議などなかった。

 

「………何か、あったんですか?彼女、泣いてたみたいでしたけど」

 

システィーナの問いに、しかしセリカは答えに詰まる。その様子は、まるで言ってもいいのかどうかを悩んでいるようだった。

 

「………色々事情があってな、詳しくは言えないんだが……。つい最近、その…。あいつの親友が亡くなったんだ。そいつはリーナにとって姉みたいな存在で、私が知る限り唯一の友達だった」

 

悩みに悩んで、結局答えを言ってしまう。

そしてその答えに、ルミアとシスティーナはある種の納得を得た。2人とも、心のどこかで気づいていたのだ。リーナの泣いている姿を覗き見た時から、大切な人を失ったのだ、ということに。

そして、自分だったらどうしよう、とシスティーナは考える。

 

(…もしもルミアがいなくなったりなんてしたら……私、立ち直れるの?)

 

そしてすぐに内心で『無理だ』と結論を出す。掛け替えのない家族で、今や姉妹同然になっているルミアがいなくなったら、きっと自分は生きていけない。もしかしたら絶望のあまり後を追うことすら考えるかもしれない。

 

「あいつには時間が必要なんだ。……その悲しみに折り合いをつけられるだけの時間が、な」




アニメ見てから原作を読み直すと、思ったよりもカットされた部分が多過ぎて愕然。…BDでシーン追加してくれないかなあ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

育まれる絆

今回は短め。

お気に入りが増えて、とても嬉しい。


「ねえリーナ、一緒にご飯食べに行かない?」

 

ルミアのその一言で、教室が僅かにざわつく。今まで誰も関わろうとせず、その才能と講師に対する不遜な態度故に避けられていたリーナ。別にルミアが声をかけるのは不思議ではない。むしろ天使のようなあの少女ならば、臆せずに昼食に誘うのは自然なことなのだが……やはり、何か違和感を拭えない。ならばなぜ入学直後ではなく、ある程度付き合う人間のコミュニティが定まりつつあるこの時期に誘い始めるのか。

 

「ええ、いいわ。システィーナも一緒なのでしょう?」

 

それに対するリーナは、快く誘いに乗った。

それに、クラスメイトたちは驚きを隠せない。いつも1人で過ごし、授業中は講師を見下してからかう(主にハーレイ)彼女が、まさかそんなに快く了承するとは思わなかったのだ。

そして同時に、とても気になる。基本的に誰とも会話しないが故に謎に包まれたリーナが、一体どのような会話をするのかを。特にカッシュをはじめとする好奇心旺盛な男子生徒たちは、密かに尾行をする算段を立てていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……昨日はごめんなさい。見たくもないものを見せてしまったわ」

 

「ううん、そんなことないよ。私たちの方こそごめんね?覗き見なんてしちゃって」

 

 

 

—————リーナは思ったよりも親しみやすい人間だった。

 

 

 

隣のルミアと向かい側のリーナの会話の様子を見て、システィーナの出した結論がそれだった。昨日のあの一件以降、彼女の中のリーナの凝り固まったイメージがどんどん崩れていく。

 

 

『あいつは今まで、ほとんど人と接してこなかった。だから多分、クラスメイトとどう話していいのか分からないんだ。もし嫌じゃなければ、お前たちの方から話しかけてやってくれないか?』

 

(アルフォネア教授はああ言っていたけど、こっちから話しかければきちんと話をしてくれるのね……)

 

そして、今まで妙な先入観を持って彼女と接してこなかったことに、システィーナは少しだけ後悔する。確かに彼女は講師をどこか見下しているような節が見られるが、だからと言ってクラスメイトまでそうだというわけではない。むしろ、授業中とは打って変わってきちんと話を聞いている。

 

 

——————これならば、ずっと気になっていたことにも答えてくれるかもしれない。

 

 

「ねえリーナ。あなた、固有魔術を作ってるって言っていたけど……」

 

ルミアとの会話が途切れたのを見計らって話しかける。

 

「…固有魔術?ああ、ハーレム先生の授業の時のアレね」

 

(……ハーレム先生?)

 

授業の度にリーナはハーレイ先生の呼び名を間違えておちょくっているが、まさか本人のいないところでも間違えるとは思わなかった。……いや、まさかとはおもうが、本当に覚えていないのだろうか?

 

システィーナがそんな疑念を抱いている間に、リーナは鞄から羊皮紙の束を取り出す。そこには複雑怪奇な図形や記号が細かい字でびっしりと並んでいた。

 

 

「……わぁっ!」

 

「……なに、これ?」

 

ルミアがその記述量に感動し、内容が分からずにシスティーナが呻く。

 

(なんなの、これ?記述されてる量も凄いけど、こんな魔術関数見たことない……)

 

 

「一応自分でも、なかなか良くできた術式だと思うわ。あとは呪文をできるだけ短くできるように改良を重ねるだけ……」

 

「ねえこれどうやったの⁉︎」

 

「きゃっ⁉︎」

 

じっと羊皮紙を見つめていたシスティーナが、突如リーナに飛びつく。他の席で食事をしていた学生の注目を集めるが、システィーナはそれどころではなかった。

 

「…こんな魔術関数、見たことないし……。一体、どうやって……?」

 

その呟きに、リーナは悪い笑みを浮かべる。

 

「…ふふ。教えて欲しい?」

 

その言葉に、コクコク頷くシスティーナ。

 

「……なら、放課後に教えてあげるわ。この学院の講師が、どれだけ的外れな授業をしているのかを含めて、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……凄かったね、システィ」

 

「うん。正直、リーナが普段真面目に授業を受けない理由に納得したわ。こう言っちゃ先生方に失礼だけど、確かにリーナの言う通り、的外れだと思うもの」

 

その日の晩、ルミアとシスティーナは放課後のリーナの説明に想いを馳せていた。

ハーレイの授業で術式の解説をしてみせた時にも思ったことだが、リーナの説明は筋が通っていてとても分かりやすい。ただ板書をして説明するのではなく、その式が何を意味しているのか、どのような理屈なのかを詳しく解説してくれる。そのおかげで、術式の構造が以前とは違う視点で見ることができるようになった。

 

 

「…それにしても、気になるね。リーナのお兄さん」

 

「そうね。……今は無職になってるって言っていたけど」

 

放課後の説明の途中で、事あるごとに『兄様ほどうまく説明できてないけれど、分かったかしら?』と確認していたリーナ。果たしてそれはただのブラコンによる補正なのか、それとも本当にリーナよりも解説がうまいのか……実際に会ってみなければ分からない事である。

 

「でも、結局あの固有魔術についてはよく分からなかったわね」

 

「仕方ないよ、システィ。今日説明してくれたのは初歩の初歩って言ってたし、きっと解説するのはとても時間がかかるんだよ」

 

「…でもせめて、どんな効果の魔術なのかくらい教えてくれてもいいのに……」

 

 

その拗ねたような呟きに、ルミアは苦笑い。

だが、これは大きな前進だ。今まで接していなかったクラスメイトと仲良くできて嬉しいと、ルミアは素直にそう思う。同時に思い出すのは、1人で泣いていたリーナの姿。

 

(…何か私たちに相談して欲しいって思うのは、私の我が儘なのかな?)

 

リーナと会話をしたのは今日が初めてだ。だからまだそれほど親しい、と言うわけではない。だが既に、ルミア達の中ではリーナはとても大きな存在になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しいわね、学生って」

 

「そうだろう、そうだろう!やっぱり行ってよかっただろう⁉︎」

 

「ええ。最初は思っていたよりも低レベルな授業とたかが道具に過ぎない魔術を神聖視している講師達、さらには私にも劣るくせにプライドだけは無駄に高い勘違いした連中に飽き飽きしていたところだけど、あの2人に会えたことはよかったと思うわ」

 

ある日の食卓で、リーナはセリカに学院での生活について話していた。

システィーナとルミアに初めて食事に誘われてから半月。今ではルミア、システィーナ、リーナの3人で食事をするのが日常となりつつある。人付き合いのよく分からないリーナにとって初めて話しかけてきてくれた2人の存在はとても有り難かったし、学院の生活の中で2人と話す時間が一番の楽しみだった。

 

「…しかし、そこまでリーナにディスられるとはな。これは学院の講師の入れ替えも検討しなければならんかな?」(チラッ)

 

そして、セリカはずっと無言で夕飯を食べているグレンを一瞥する。

 

「そうね。もっとまともで分かりやすい授業をしてくれる人材…もとい、人財がいればいいのだけれど」(チラッ)

 

リーナもグレンを一瞥。

 

「…………なんだよ?」

 

そして視線に耐えきれずにグレンが問うと、

 

「…そろそろお前も働けよ。学院の講師なんてどうだ?」

 

などとセリカは言う。

 

「嫌だね。俺はもう働かない!魔術なんて二度とごめんだ」

 

「駄目よ、セリカ。やる気もないうちに無理矢理働かせようなんて、兄様のためにもならないわ」

 

「よーしよしよし、よく分かってるなあリーナ!さすがは俺の妹!将来養ってくれ!」

 

リーナが味方に付き、勝ち誇るグレン。…だがしかし、リーナは無理矢理働かせるのが駄目だと言っただけであって、働かなくてもいいのだとは一言も言っていない。

 

「………お前には兄としてのプライドがないのか?」

 

「…餓死寸前にでもなれば、やる気も出るんじゃないかしら?」

 

「リーナも味方じゃなかった⁉︎」

 

ちなみに。

リーナのクラスの担任が失踪し、グレンが非常勤講師になるのはこの一年後である。




誤字脱字など御座いましたら、報告お願い致します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロクでなし魔術講師の来訪

4話目で原作主人公が登場。


「……遅い」

 

アルザーノ帝国魔術学院に入学して一年。リーナやシスティーナ、ルミア達は二学年に進級した。しかし、良い事ばかりではない。そのめでたい進級から数ヶ月後、唐突に2年2組の担任であるヒューイが学院を辞めてしまったのだ。

その枠を埋める為、学院は急遽セリカ=アルフォネア教授の推薦した非常勤講師を雇うことにしたらしいのだが——————。

 

「もう、授業開始時刻から20分よ⁉︎授業初日からどうしてこんなに遅刻するのよ!」

 

問題は、その非常勤講師が一向に姿を現さないことだった。

 

『今日からヒューイの代わりに、非常勤講師が来ることになっている。優秀な奴だから、期待してな』————そう、セリカは言った。

しかし、蓋を開けてみればどうか。初日の授業から20分もの遅刻。正直、期待はずれを通り越して驚いた。

 

「……何かあったのかな?」

 

ルミアが心配そうに呟く。確かに、これは普通ではない。もしや事故や事件に巻き込まれたのではないか?いや、むしろそうだとしか考えられない。

 

しかしシスティーナはそうは思わなかったようで、

 

「どんな理由があろうと、遅刻をするのは意識が低い証拠よ。来たら文句言ってやるんだから!」

 

などと憤る。

 

「ねえ、そう思うわよね、リーナ⁉︎」

 

すぐ隣の席にいるにも関わらず、一言も喋らないリーナに同意を求めるシスティーナ。それに対するリーナの返答は実に素っ気ない。

 

「……遅刻ならわたしもしているし、授業できればいいんじゃないかしら?」

 

 

 

—————その時である。

 

「…悪い悪い、遅くなったわ」

 

「…やっと来たのね!ちょっと貴方、今何時だと思ってるん……ですか…?」

 

途端、目を疑う。

入って来たのはとんでもない姿の男だった。左腕は包帯を巻いた上で首から吊るされ、頭には包帯。控えめに言って、満身創痍だった。そして何より、その風貌。

 

「…貴方、今朝の————」

 

ルミアとシスティーナがはっと息を呑んだところで、

 

「……兄様?」

 

リーナの驚きを孕んだ声音が教室に木霊した。

 

((………兄様?))

 

まさか、あの全身ズタボロの男が、普段からリーナが口にしているあの『兄』なのだろうか?……どうも聞いていたイメージとどこか違うような………?

 

そんな疑念の視線に気づかず、彼女はやってきた講師に慌てて駆け寄る。

 

「どうしたの兄様⁉︎あれだけ学院じゃ働かないって……いやそれより、その怪我は⁉︎昨日まで無傷だったのに、どうしてこんな痛ましい姿に⁉︎セリカお手製の服までボロボロにして……っ!」

 

リーナは今にも泣きそうだった。

 

そして男は答えた。曰く————。

 

遅刻ギリギリだと思って家を飛び出したら2人の学院の生徒と出くわし、すこしトラブルになって服がぐしょ濡れのボロボロに。結局時計がずれていただけで時間には余裕があったので急いで服を着替えようと思い、走って家に帰る途中で曲がり角から飛び出してきた馬車に轢かれ、骨折。仕方なく応急処置だけして学院に来た、ということらしい。とんでもなく災難な話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後リーナの治癒魔術によって全ての傷があっさり治った新任の講師は自己紹介を始めた。

 

「えー、グレン=レーダスです。これから一ヶ月間、微力ながらも皆さんの勉強のお手伝いをさせていただきます。………めんどくせーけど(ボソッ)」

 

最後の方は何を言っているのかわからなかったが、無難な自己紹介だった。……本人のやる気がなさそうなことを除けば。

ちなみに言っておくとこの男、最初は授業をする気などさらさらなかった。つい昨日まで、『適当に自習にでもしておくか』と考えていたくらいだ。そしてそのまま一ヶ月間ダラダラ過ごし、そのまま学院を辞めるつもりだった。

ところが困ったことに、昨晩、セリカからとんでもない事実を告げられた。

 

 

 

『ちなみにお前の赴任するクラスはリーナのいる2年2組な』

 

『……はっ?』

 

『いやー楽しみだなあ?リーナにはグレンが学院で働くことを伏せてあるし、私からのちょっとしたサプライズなんだが…。あいつ、きっと喜ぶぞ。何せお前のことをいつも友達に自慢しているくらいなんだからな。愛されてるな、お兄ちゃん!』

 

『…ふっざけんなああぁぁぁぁぁぁーーー⁉︎』

 

 

—————サボるわけにはいかなくなった。

 

リーナがグレンのことを学友に話しているということは、すなわち兄妹であることがすぐにバレる、ということで。

リーナのクラスを担当する、ということは、サボったりふざけたりなどすればリーナを失望させる、ということである。

 

そして、グレンの評判が悪ければその妹のリーナの評判にも影響する。

 

少々のトラブルで見捨てたり見下げ果てたりするような妹ではないが、期待されている以上応えないわけにはいくまい。ならばこそ、たとえ魔術がどれだけ嫌いであろうと授業だけはきちんとやらねばならない。絶対に。

 

—————というわけで。

 

「遅れてきてすまないと思ってるが、それはそれ。今から簡単な小テストをやりまーす」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

—————どうやら自分は幸運だったらしい、とシスティーナは思った。

 

 

確かに簡単だ。このくらいの難易度なら、十分もかからずに解けるだろう。ーーーリーナのおかげで(・・・・・・・・)

 

リーナと友達になって一年。この一年間、ルミアとシスティーナは放課後に毎日リーナに魔術を教わっていた。術式の構造、魔術の起動プロセス、呪文の即興改変。おかげで学生レベルの初歩的な魔術ならば、会話に用いるフレーズで起動できるようにもなった。

 

————そしてその教わったことの成果が、今一番発揮されている。

 

正直に言って、他の生徒には意味不明だろう、と思う。呪文をどれだけ効率よく覚え、使える魔術の数を増やすか。今までやってきた勉強とはそればかりで、魔術の原理や成り立ちについてはあまり学習していない。

 

(やっぱり、リーナのお兄さんなのね)

 

ならば期待できる。さて、その肝心のグレン先生はというと……

 

「ZZZ……」

 

教卓にもたれかかって眠りこけていた。

 

(………⁉︎まさか講師のくせに、居眠り?……いいえ、落ち着きなさいシスティーナ。あの人は今朝、とんでもない目にあったのだから、それできっと疲れているだけなのよ。断じて普段からだらけている、というわけではないわ!)

 

声を上げたいのを必死に抑える。今はテスト中。他の生徒のためにも、自分を抑えて静かにせねばならない。

 

 

 

 

そして、授業終了五分前になってグレンはむくりと起き上がった。

 

「じゃあそろそろ回収するぞー。まあ簡単だったし、みんなできてるだろ。……ああ、それと言い忘れてたが、これから1週間の間は全教科小テストな。お前らの実力も見ておきたいし、まあ基礎の確認ってことで」

 

その発言に、生徒達が絶望する。

 

(基礎の、基礎……?あれ、あんなの教科書に載ってたっけ?)

 

(………くっ……)

 

(マズイですわ、非常にマズイですわ!わたくしともあろうものがテストで赤点など……)

 

「あー、ちなみにこの小テストは成績には反映しない。……しないが、それはそれとして点数と順位は教室に貼り出すから、そのつもりで」

 

グレンはさらなる追い討ちをかけた。

 

 

 

そして、次の授業は錬金術。当然ながら、小テスト。

 

『あー、このテストは少し難しいかもしれんが…まあ、大丈夫だろ。基礎が分かってればいけるいける』

 

テスト開始前にグレンが言った言葉だ。

 

 

 

(……マズイですわ、非常にマズイですわっ)

 

 

ウェンディは涙目になっていた。羊皮紙に書かれているのは問題文と魔術式。

 

『問1 この術式はとある物質を錬成するためのものである。これについて、以下の問いに答えよ』

 

そしてその後に続くのは、文章の穴埋めや記述の問題。正直、わけがわからなかった。

 

そして、悩んでいる間に授業終了時刻となる。結局苦し紛れに書いたものの、ウェンディは納得のいく回答ができなかった。分かった部分もあったものの、点数は絶望的だろう。

 

 

 

 

 

「…ねえ、リーナ。他のみんなには教えなくていいの?なんか私たちだけって少し罪悪感が……」

 

その小テスト初日の放課後。リーナ達はいつも通り、空き教室に集まっていた。

システィーナの問いに、しかしリーナは微かに微笑んで答える。

 

「いいのよ。一度小テストで痛い目を見て、それから兄様の授業を受けた方が絶対効率的。今から教えたって付け焼き刃になるだけで、本人達のためにはならないもの」

 

「それに、」とリーナは続ける。

 

 

「わたしは魔術。ルミアは手芸。システィーナは魔導考古学。互いが各々の得意なものを教えあうって名目で集まってるんじゃない。わたし、タダ働きは御免よ」

 

 

ルミアもシスティーナも、ただ教えてもらっているばかりではない。それぞれが自分の得意なものを教えあい、高めあっている。そこへ第三者がただ施しを受けに乞食の如くやってくるなど、リーナには許せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、あっという間に1週間が過ぎ、一時限目の授業の前に教室内に大きな貼り紙がされた。

 

 

「はいちゅーもーく!これが1週間小テストをやった結果だが……正直、かなり酷かった。本当にこの学院、魔術のことなーんにも教えてくれないのな」

 

そこに貼り出された点数と順位を見て、ほとんどの生徒が顔を青ざめさせる。

 

「…でもリーナ、システィーナ、ルミア。この3人はダントツ。極めて優秀だ。特にリーナは満点、システィーナも一問ミスしただけだしな。ルミアも基礎は完璧にできてるって言って良い」

 

この3人は、座学において学年トップクラスの実力を持つ。それはクラス全員の総意だ。だが、まさかここまで他の生徒と差があるとは思っていなかった。

特にギイブルとウェンディの悔しさは人一倍だろう。2人ともシスティーナをライバル認定していたのだから。

 

 

 

「というわけで、今日はお前らに【ショック・ボルト】を教材にした魔術のド基礎を教えてやる。ま、興味ない奴は寝てな。さっき言った3人は理解できてる内容だから、別に受けなくても良いぞ」

 

 

しかし、当然ながら寝るような生徒はいない。皆小テストの結果で自身に危機感を抱いていた。

その場にいた面々にとって意外だったのは、あのリーナが自習を始めていないことだ。羊皮紙を広げ、羽根ペンを持ち、黒板に向かっている。彼女はグレンの言葉を一字一句聴き逃すまいと耳を澄ませていた。




アニメ最新話で、期待をバッサリ裏切られたのは俺だけじゃないはず。

……五巻までやるなら2クールにしてくれよ!省略しすぎなんじゃ!






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロクでなし達の日常

感想を下さった方、評価して下さった方ありがとうございます!おかげで思っていたよりも早く投稿できました!




小テストが終わり、本格的に授業が始まった日の翌朝。

 

 

「どうだ、なかなかすごいだろう⁉︎私の愛弟子!」

 

「……くっ」

 

「教員免許の無い、第三階梯の魔術師。1週間もの間小テストばかりやっていた時はどうなることかと思ったんじゃが、杞憂だったようじゃの」

 

「なにせ私の自慢の弟子だからな!」(強調)

 

セリカは学院長室にて、グレンの自慢をしていた。学院長はセリカの弟子自慢を聞き流しもせず、耳を傾けている。そしてその場に居合わせたハーレイはギリッと奥歯を噛み締めた。

 

(おのれ、グレン=レーダスめ……っ)

 

 

 

 

 

 

ハーレイの脳裏に浮かぶのは、グレンがやってきて4日目の昼のことだ。あの日、小テストばかりやっていてまともに授業をしないという噂を聞きつけたハーレイは、一言文句を言ってやろうと声を掛けた。

 

 

「おい、グレン=レーダス」

 

 

—————しかし、グレンは答えない。まるで何も聞こえていないかのようにすたすた歩く。

 

 

「おい、グレン=レーダス。聞いているのか?」

 

—————すたすた。

 

「おい、無視をするな!」

 

—————すたすた。

 

「……いい加減にこっちを向けーーーっ!グレン=レーダスぅぅぅーーー!」

 

その叫びでようやく気付いたのか、グレンが振り返る。その耳には、見慣れない魔道具が付いていた。

 

「…あ、何やら喧しいと思えば先輩講師のハーレムさんじゃないっすか。ちーっす!」

 

「ハーレイ!ハーレイ=アストレイだっ!全く、貴様と言いリーナ=レーダスといいーーー」

 

そこで、ふと思い当たる。

 

「……まさか貴様ら、兄妹か?」

 

「え?今更気付いたんすか?幾ら何でも鈍すぎでしょ。俺がやってきて何日経ってると思ってるんです?」

 

「ああそうだな‼︎人を小馬鹿にした態度といい名前を間違えることといいそっくりだ!なぜ気付かなかったのだ私はっ!」

 

すたすた。

 

「そもそも、—————っておい待て、どこへ行く!」

 

結局散々追いかけ回した挙句、ハーレイはグレンを見失い、再び声をかけることはできなかった。

 

 

 

 

 

(おのれ、グレン=レーダスめ…。いずれこの学院から追い出してやる……っ!)

 

決意を新たにしているハーレイをよそに、セリカの弟子自慢は続く。

 

「それでさあ、あいつったらリーナの前で良いカッコしたかったらしくてさあ。3日もかけて独学で錬成を成功させたんだよね。あの時私は悟ったね!魔術の腕はともかく、あの歳で独学で紫炎晶石の錬成を成功させるなんて、この子は間違いなく天才だって!」

 

「そういえばリーナ君とグレン君は兄妹じゃったの。…あんまり似とらんからうっかり忘れるが」

 

「義理の、だからな。グレンもリーナも、特殊な生い立ちでな。あまり詮索はしないでくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーナの羽根ペンが踊る。手記帳と羊皮紙に視認出来ないほどの猛スピードで文字や式が書き込まれる。

小テストの最終的な結果が貼り出された、その翌日。リーナは他の講師の授業では絶対に見せない勤勉さでグレンの授業を受けていた。

 

「……つーわけで、今日の授業では術式とそれを起動させるための呪文についておさらいしてみたわけだが、【ゲイル・ブロウ】や【ショック・ボルト】みたいな初等呪文一つとってみても、どれだけ緻密に計算されて作られたものか分かってもらえたと思う。まあ、魔力操作の感覚に優れたやつなら一節で詠唱できちまうし、そもそもショック・ボルトの呪文だって俺が学生だった頃と今とじゃ若干の違いがあるから、ぶっちゃけ術式を安全に呼び出せれば何でもいいっちゃ良いんだけどな————」

 

授業が最後の振り返りに入ったところで、羊皮紙への書き込みが終わる。しかし、手記帳への書き込みは依然として終わらない。

 

 

「…はい、じゃあ今日はここまで。あー疲れたー」

 

グレンがホッと息を吐くのと同時に、リーナの手も止まる。それを見たシスティーナは、普通にドン引きしていた。

 

(…ここまで、やるの?もう授業の内容がどうとか関係ないでしょこれ………)

 

リーナがいつもノートとして使っている羊皮紙にはグレンが書いた板書の内容が注釈付きで書かれている。それは良い。システィーナもよくやっていることだ。問題は、彼女が並行して書いていた手記帳の方だった。

 

(…まさか、グレン先生の台詞を一字一句変えることなくメモするなんて)

 

リーナの手記帳には、授業中の……否、教室に入ってきてからのグレンの台詞が一字一句違うことなく書き込まれていたのだ。昨日初めて見た時はシスティーナも自分の目を疑った。しかも時折、『ここでショック・ボルトを起動』だの『気怠げに』だの『ここでわたしを見た!』などの注釈まで付いている。リーナには悪いが、これは好きとか兄妹愛とかそういうのを通り越したよく分からない何かだ。正直に言って気狂いの類なのではないかと思っている。

 

というか、リーナがグレンに惚れ込む理由がシスティーナにはよく分からない。確かにグレンの授業は飽きないし分かりやすい。講師としては途轍もなく優秀だ。だが、彼本人は『初対面の時』に抱いた印象と変わらずロクでなし。しかし、リーナのグレンへの態度は、『兄妹だから』では済ませられない執着を感じる。ここまで惚れ込むからには、過去に何か大きな出来事があったはずだ。

 

 

「兄様、手伝うわ。こんな量の本と魔道具を1人で運ぶなんて、あまりにも非効率だもの」

 

「先生、私も手伝いますね?」

 

ボケッとシスティーナが考えている間に、リーナとルミアはいつの間にかグレンの側へ。

 

……なんだかそれは、あまり面白くなかった。

 

「…わ、私も手伝います。ルミアやリーナばかりに手伝わせるわけにもいきませんから」

 

勇気を出して、一歩前へ。そう、これは仕方なくだ。親友2人が手伝うと言っているのに自分だけがやらないのは不公平だからだ、とシスティーナは自分に言い聞かせた。

 

「お、じゃあこれ宜しく!」

 

そして、現実とは非情なものである。いや、非情なのはグレンと言うべきかもしれないが。

 

「お、重っ。なんで私だけ⁉︎」

 

見ると、ルミアは本3冊、リーナは魔道具一式。そしてなぜか自分だけが本9冊。……あまりにもこれは不公平ではなかろうか?

 

「ちょっとっ!なんで私だけこんな扱いなのよ!」

 

「リーナは妹。ルミアは可愛い。お前は生意気。以上」

 

「こんのバカ講師……っ!リーナからも何か言ってやって!」

 

「それはわたしよりも頼ってもらえたことの自慢かしら?……酷いわ」

 

「怒るところが違う⁉︎」

 

「あー手ぶらは楽だわー」

 

「あっ、ちょっと待ちなさい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんかいいな、こういうのも」

 

「おやおや、夕陽に向かって黄昏ちゃって。青春してるなぁ」

 

「うっせー、ほっとけ」

 

放課後。グレンとセリカは学院の屋上にいた。

グレンの授業は生徒達に大好評。『あのリーナが真面目に授業を受けている』という噂が広まり、学生どころか若い講師さえも見にくるほどだ。そのせいで半端な授業をする訳にもいかず、普段ならこの時間には家で授業の用意をしているのだが…。なぜか、今日はここでのんびりしたい気分だった。

 

「どうやら頑張ってるみたいじゃないか。安心したよ、私は。てっきりサボりまくった挙句に自らクビになろうとするかも、なんて考えていたくらいだからな」

 

「リーナの前でそんなことできるかっての。俺はあいつの兄貴だぞ」

 

「まったく、お前のそういうところは変わらないな。……ところで、耳に付けているそれは何だ?」

 

セリカが指摘したのは、グレンの右耳に付いている魔道具だ。耳の穴を塞ぐようにして付いているそれは、まるでアクセサリーのようにも見えるが…。

 

「…ん、ああこれか。盗聴器」

 

————空気が凍った。

 

「……今、なんて?」

 

「だから、盗聴器だよ盗聴器。いやー、本当は両耳に付けたかったんだけどさ、この間これ両方付けて歩いてたらユーレイ先輩の声にまったく気付かなくってさー。仕方がないから右耳だけにしておいた」

 

「《まあ・とにかく・爆ぜろ》」

 

「ぎゃああああーーーーッ⁉︎」

 

爆発。セリカが適当な三節詠唱で唱えた攻性魔術が、グレンたちのいる屋上を爆破する。

 

「……ってお前、いきなり何すんだ⁉︎危うく死ぬとこだったぞ!」

 

「黙れこの変態。そもそも誰を盗聴してるんだお前は?」

 

穏やかな先程までの雰囲気が一転。屋上がセリカの威圧に支配される。

グレンは悪びれもせず、臆することなく答えた。

 

「決まってるだろ。……リーナだよ。一年もかけて作ったってのに、結局同じ場所に通うんじゃ大して意味もない気がするんだけどな」

 

「……何の為に?」

 

「……決まってんだろ」

 

グレンはくわっと目を見開き、

 

「リーナに変な虫がついてないか確認する為だ!」

 

そう、宣った。

 

セリカはフッと微笑む。その顔はまるで聖母のよう。

 

「あのな、グレン。別にリーナに男ができたからって、あいつがお前の事を嫌うわけないだろ?不安なのは分かるが、別にそこまでしなくても……」

 

「なんか可哀想な奴見る目でこっち向くのやめろよ!…あと俺の授業があいつにどう思われてるのか確認する為でもある」

 

「……だからって魔道具まで作るか、普通?盗み聞きくらいならただの魔術でいいものを」

 

「馬鹿野郎!そんなことしたらマナ欠乏症で最悪あの世行きだチクチョーっ!」

 

「四六時中盗み聞きするつもりか⁉︎必死だな馬鹿弟子⁉︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたの、リーナ?さっきから様子が変だよ?」

 

「いや、何でもない……何でもないのよ……」

 

「やっぱり何か変ね……何がおかしいのかしら」

 

いつも通り放課後に、集まった3人。だがどういうわけか、リーナの様子がいつもと違った。いきなり赤くなったり、クスクス笑ったり。どう見てもいつもと違う。

 

 

————そして、彼女の耳には、見慣れない魔道具が付いていた。

 

 




取り敢えず、盗聴器について補足。普通の魔術でも盗聴は出来なくもないが、魔導器を使った方が消費マナという点で効率が良いというオリジナル設定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

喪失

…………。

どうしてこうなった………。

今回は日常なし。

ネタバレはしたくないので最低限の警告を。
展開次第で鬱になったり『こんなん読めるか!』と切れたり感想欄にクレームを入れたりする可能性のある人はブラウザバック推奨。


「ああああああぁぁーーッ!遅刻遅刻遅刻ーッ!」

 

ズダダダダっ、と擬音の付きそうなスピードで走るのはグレン=レーダス。最近学院にやってきた非常勤講師である。

 

 

(俺のバカヤロー!なんでセリカがいない事を忘れてんだよーーーッ!)

 

リーナはいつも早めに家を出ている。その為グレンと一緒に登校するということが滅多になく、今日も

 

「遅刻しないようにね、兄様」

 

とだけ言い残し、家を出てしまった。

実を言うとその時にグレンはリーナに起こされたのだが、当のグレンは寝ぼけており、適当に返事を済ませて二度寝したのである。

 

(くそっ!間に合えーーーッ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……遅いわね」

 

授業開始時刻からもう十分も経っている。だが、未だに担当講師のグレンが現れる様子がない。

 

「もしかして、今日が授業日だって知らないってことは、ないよね?」

 

「あり得るかも……」

 

本来、今日は講師達の魔術学会によって授業日ではない。しかし前担任のヒューイが突然辞めたことによって授業が遅れ、このクラスだけは補講のような形で授業を行うことになったのだ。

 

「そうだっ。リーナ、グレン先生は今朝どうだった?」

 

「寝ていたわよ?わたし、学院に来る前に色々外でやっているから、兄様と一緒に家を出ているわけじゃないけど…。少なくとも、わたしが家を出る時は寝ていたわ。念のため起こしたはずだけど」

 

「ルミアの仮説が真実味を帯びてきたッ⁉︎」

 

 

(本当に、どうしたのかしら?……こんな時に限って、盗聴器を忘れているし)

 

グレンは知らないことだが、リーナはこっそりグレンの盗聴器に細工を施した。

そもそも、グレンの盗聴器は、セリカとグレンの持つ通信用魔導器の仕組みをグレードダウンしたものだ。グレンがこっそりとリーナの制服の布地の中に仕込んだ超々小型の宝石から音声を受け取り、グレンの魔導器に一方的に伝達する。グレンが盗聴器を仕掛けたことはすぐに気付いたので、以前から作製していた(・・・・・・・・・・)盗聴用の魔導器とグレンの盗聴器をリンクさせ、グレンの盗聴器から音声を受け取り、リーナの盗聴器が受信できるように改造したのだ。おそらく彼はまだ気付いていないだろう。

だが、それもグレンが盗聴器を持っているからこそ使えるものだ。当然ながら、グレンがその魔導器を家に置き忘れでもしたら、彼の動向を知ることは出来なくなる。

 

それに、懸念するべきことはそれだけではない。

 

(首の後ろがチクチクする。こういう時って、いつも何か嫌なことが起こるのよね。頭上からシャンデリアが落ちてきたり、魔術戦の流れ弾に当たって死にかけたり………あれ、もしかしてわたしって不幸体質なのかしら?)

 

そして、その後すぐにその『嫌な予感』は的中した。

 

 

 

ガラッと、教室の扉が開く。

入ってきたのは、グレン————ではなく、見慣れない2人の男だった。2人とも黒い服に身を包んでいる。生徒達が抱いたのは、グレンではなかったことの落胆と、明らかに部外者であるはずの2人が入ってきたことによる困惑と不安。

 

「ちーすっ!他のクラスが休みの中、お勉強ごくろーさん!」

 

2人のうち軽薄そうな男の軽薄な挨拶に、生徒達の戸惑いが増す。

そして、いち早く復帰したシスティーナが叫ぶ。

 

「あなた達、何なんですか⁉︎ここは部外者立ち入り禁止ですよ‼︎それに警備の門番がいるはずですっ!」

 

答えたのはまたしても軽薄そうな男。もう一方の顔に傷のある男は一言も発しない。

 

「ああ、俺たち?今君達の先生お取込み中みたいだから、代わりに俺たちが来てやったってわけ。門番ならとっくの昔にくたばったよ?」

 

(兄様は足止めをくらい、その間にこの2人が来たってことかしら?)

 

リーナは1人、情報を整理する。……マナ・バイオリズムを整え、臨戦態勢になりながら。

 

「とにかく、今すぐに出て行って下さいっ!さもないと、気絶させて警備官に引き渡します!」

 

「…へえ?やってみれば?」

 

男の軽薄な態度は変わらない。……それが余裕の表れなのだと、システィーナは気づかなかった。

そして、リーナは男への警戒を最大限に高めた。

 

「では遠慮なくっ!《雷精の————」

 

「《ズドン》」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《穿て》」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

バジンッ、と空中で光が弾ける。

空中で起こった紫電の爆発に、システィーナはおろか一節で魔術を起動させた男すらも呆気にとられた。

システィーナは起きた現象が理解できず、そして男ーーージンはすぐにそれを理解した。

相殺された(・・・・・)のだ。あろうことか、銀髪の少女の隣にいた、黒髪蒼眼の少女に。

 

 

「バカなっ!【ライトニング・ピアス】の一節詠唱だと⁉︎貴様何者だ⁉︎」

 

「そんなに驚くことかしら?アンタだって一節で起動したじゃない」

 

 

C級軍用魔術、【ライトニング・ピアス】。見た目こそ【ショック・ボルト】に似ているものの、鋼鉄すらも容易く貫通する威力を持ち、魔術的防御のない一般人なら手足を掠めただけで即座に感電死させるほどの電流量を誇る。当然ながら、学生には教えてはならない代物だ。

そして、C級軍用魔術の一節詠唱。それを為しただけで超一流と称されてしまうほどの、超高等技術。

 

それをやってのけるほどの逸材が学生の中に紛れ込んでいたことは、彼らにとって想定外だった。———故に、一瞬だけ隙ができる。

「《閉ざせ》」

 

「……っ!」

 

一節で起動した結界魔術が、男2人を閉じ込める。

「さて、」とリーナは一息ついて、

 

「逃げなさい、今すぐに」

 

そう、クラスメイト達に告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…逃げろって……おいおい、あいつらは結界の中だろ?先生が来るまで待つんじゃ駄目なのか?」

 

そう疑問を抱いたのはカッシュだ。

確かに、リーナの構築した結界は完璧に見える。音も光も遮断する、これ程の完成度の断絶結界がそうそう破られるとは思えない。そもそも、なぜ『自分は残る』かのように言っているのか。

 

「駄目よ。この結界はあくまで即席。いくらわたしでも、あれ程の魔術師2人をいつまでも閉じ込めておくことはできない。もってあと五分、というところかしら?」

 

「……おいおい、マジかよ」

 

「さらに付け足すと、この結界が張られている間はわたしはここから動くことはできない。……もう分かるでしょう?この結界が破られる前に、あなた達は兄様をここに連れて来なければいけないの。わたしを含め、全員が無事に生き残るにはね」

 

沈黙は一瞬だった。

 

「分かったわ。私達が戻るまで待っていてね!」

 

「ええ。できれば手分けして兄様を探してくれると助かるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大した自信だな。俺たち2人を相手に、1人で戦うつもりか?」

 

それが、結界を破って出てきた男の第一声だった。今まで喋らなかった、顔に傷のある男。その男の周りには、魔術が付与された魔導器らしき剣が浮かんでいる。

 

「思ったよりも早く出てきたわね。簡単に破られる強度ではなかったはずだけど」

 

「こちらこそ想定外だ。まさかここで軍用魔術を使いこなす魔術師が出て来るとはな」

 

「あーあ、お嬢ちゃんのおかげで計画が台無しだわ。……でもかなりの上玉だし、この借りは後でたっぷり楽しんで返してもらうか」

 

部屋はすでに閉ざしてある。ロックの魔術と結界魔術の二重掛け。ここから出るには、どうしても術者であるリーナを殺さなければならない。

そして、相手は超一流の魔術師2人。しかも、見る限り思想的に殺人を厭わないタイプの外道。すなわち、ほぼ確実に彼女は殺される。

 

対するリーナは、魔術の腕だけならともかく、魔術戦の経験など無いに等しい。要するに、戦い慣れていない。

 

客観的に見て、絶望的な状況。だが、それでもリーナは不敵に笑う。

 

 

「覚悟しなさい。————最低でも1人は道連れにしてあげるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、お前らっ!無事だったか!」

 

グレンは廊下であっさりと見つかった。全身汗まみれなのを鑑みるに、よほど慌てて走っていたらしい。息も少し上がっている。

 

「先生‼︎一体今まで何してたんですかっ⁉︎大変だったんですよ⁉︎」

 

怒鳴り声とは裏腹に、システィーナの顔には安堵の表情が浮かんでいる。……それだけで、やはり『奴ら』が仕掛けて来たのだとグレンは理解した。

 

「仕方ねえだろ、俺だって襲われたんだからっ!……皆は無事か?」

 

「はい、大丈夫です。ここにいるのは私とシスティだけで、皆は先生を探すついでに助けを呼びに学院の外に出ているはずですから」

 

「……いや、それは無理だ」

 

グレン曰く、学院には結界が張られ、外部には出られないようになっているらしい。転送用の方陣もおそらくは潰されていることだろう。

 

「時間をかければ、リーナに結界を解除してもらえるだろうが……そんな時間もねえしな」

 

「……そうだ、リーナ!先生、今すぐに二組の教室に向かって下さい!今リーナは結界で『奴ら』を閉じ込めているせいで身動きが取れないんですっ!」

 

「……おい、嘘だろ?まさかあいつ、自分だけ残ったのか⁉︎」

 

 

魔術の腕だけを考えるのなら、リーナ=レーダスは世界有数と言っていい天才だ。だが、それが戦闘力に直結するわけではない。

どんなに腕っ節が強かろうが10年戦い続けた戦士には決して勝てないのと同じように、どんなに才能があっても経験がなければ魔術戦では勝てない。ましてやリーナは、一年前までほとんど家から出なかった。魔術戦の心得など、あるわけもない。

 

—————相手は天の智慧研究会。絶対にリーナを戦わせてはならない。

 

「くそっ!ならすぐに行かねえと…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その必要はない。奴なら既に始末した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ⁉︎」

 

いつの間にか、背後に男が立っていた。

ダークコートに、顔にある傷。そして、魔導器と思しき剣が五本、虚空に浮かんでいる。露出したその男の右腕は爛れ、肉を焼くような異臭が鼻を刺激した。

 

 

 

ーーーその顔も姿も、なんら気にならなかった。

 

ルミアもシスティーナも、その男の左手が引きずるものに目が釘付けになっていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

—————男が引きずっていたのは、制服姿の少女の形をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

システィーナの頭の中で、ガンガンと音が鳴る。まるで今立っている場所が崩れていくような不安感を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

—————その少女の姿をした『何か』は、凄惨の一言だった。身体中が血で真っ赤に染まり、刺し傷や切り傷だらけ。腹と胸に一つずつ、目に見えるくらいの風穴が空いている。………絶対に生きていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が回る。自分が今何をすべきか、何をしていたのかさえも思い出せなくなる。……猛烈な吐き気を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

——————陰で顔はよく見えない。ただ、艶やかな黒髪が印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

ドシャッ、と。男が無造作に、引きずっていたものを放り投げる。血に塗れたそれは、まるで壊れた人形のように床に転がった。

 

 

「……あ、……あ」

 

転がった床に血液がべっとりと付く。そして、今まで隠れていたその顔が露わになった。

 

 

「ああ、あ……」

 

 

 

—————血に濡れた、美しい面。その蒼い瞳は、もう何も映していない。

 

 

 

「ーーーーーーーーーッ‼︎」

 

 

 

廊下に、誰かの悲鳴が響き渡った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

抗う者

感想を下さった方、そしてお気に入り登録および評価を入れて下さった方、ありがとうございます!

……課題のレポートが多すぎて更新が遅れました。多分これ以降も更新が遅くなるかと思われます。


「……大した女だった。まさか宣言通りに道連れにするとはな」

 

 

そんな男の賞賛など、誰の耳にも入らない。

 

「…そ、んな」

 

ルミアが膝から(くずお)れる。彼女の脳裏には、リーナやシスティーナと共に過ごした一年が浮かんでは消えていく。

 

「嘘、だよね?ねえ、リーナ……」

 

 

『あら、本当に上手ね。わたしにも教えてくれないかしら?』

 

得意な手芸を初めて見せた時のリーナの微笑みが蘇る。

 

『…こんな感じ、かしら?』

 

『そうそう!初めてなのに上手だね、リーナ!』

 

教えて1時間で驚くほどに上達し、半ば1人でマフラーを完成させた彼女の嬉しそうな顔が眼に浮かぶ。

 

————浮かんだそれらを眼にすることはもうない。彼女は失われた。自分たちを逃すために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶望と悲嘆に苛まれるルミアの横を、よろよろとシスティーナが進む。足取りはふらつき、今にも倒れそうだった。

 

————その目を見れば、彼女が正気を失っているのは明らかで。

 

「……見間違い、よね?そうよ、リーナなわけない。だって、今もリーナはあの2人を閉じ込めて……」

 

それを確かめでもするかのように、彼女は床に転がったものに歩み寄る。そして、至近距離でその顔を確かめ————

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌あぁぁーーーッ⁉︎」

 

絶叫し、縋り付く。——————それで、鼓動も呼吸も完全に止まっているのだと嫌でも理解させられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…こちらの要求は一つだ。ルミア=ティンジェルを渡せ。そうすれば大人しく手を引くと約束しよう」

 

 

少女2人が打ちひしがれる中、男は構わず要求を突きつけ、グレンはリーナと、斃れた彼女に縋り付くシスティーナを背に庇うようにして前に出る。

 

—————手袋に仕込んであったスクロールを使用して拳を最大限強化。即座に臨戦態勢に入った。

 

白魔術を仕込んだスクロール。一年前ーーーグレンが宮廷魔導士団を辞めるおよそ一ヶ月前に、リーナがお守り代わりに作ってくれた、拳の耐久力と腕の筋肉を飛躍的に向上させる、一度しか使えない切り札。

 

 

「その戯言を信じろって?……ふざけんな。あいつを手に掛けた時点でお前は惨たらしく殺してやる」

 

男の要求に対するグレンの返事は、冷たい殺気。交渉決裂の宣告だった。

 

「…そうか。ならば力づくで連れていく。予定をこれ以上狂わせられるのも困るのでな」

 

その一言が、戦闘の引き金となった。

 

「《猛き雷帝よ・極光の閃槍以って————」

 

グレンによる問答無用の【ライトニング・ピアス】。だが、

 

「《霧散せり》っ!」

 

—————あまりにも遅い。その軍用魔術は、男————レイクの【トライ・バニッシュ】によって破られる。そして、即座に反撃。

 

「《吠えよ炎獅子》!」

 

レイクによる【ブレイズ・バースト】の一節詠唱による起動。それに構わず、グレンは迷わずダッシュ。

 

「……何ッ⁉︎」

 

レイクが異変に気付いたが、時既に遅し。

マナ・バイオリズムが一気にカオス状態になったことで剣の魔導器は動かせず、

 

「らあぁぁーっ!」

 

グレンの渾身の右ストレートが、レイクの横面に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだよ、これ?」

 

「…これは、骨、なのか?」

 

2組の生徒が教室に戻ってきた時、その場にあったのは地獄だった。

黒板は砕け、教卓はひっくり返り、机や椅子が散乱している。

 

 

—————極め付けに、壁や天井には血がこびり付き、床にはボロボロの白骨化した死体らしきものが倒れていた。

 

 

「……本当に、何があったんだ?」

 

どこを見渡してもリーナの姿はない。床に転がっている死体は服装からして侵入者の片割れだろうが、どうしてこんな状態になっているのかがわからない。

 

—————青白い炎を上げながら徐々に骨の形が崩れていくなど、いかなる魔術を用いたのか。ここまでボロボロになっていると、もはや死体などに抱くはずの忌避感や精神的なショックも感じられない。

 

知識のない学生にこの事態を理解するのは不可能だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……三流魔術師と侮ったことは謝罪しよう。まさか、こちらの魔術を封じる手段があったとはな」

 

完全に殺すつもり(・・・・・)で放った拳は、しかし相手を十数メートル吹き飛ばすだけに留まった。予め魔術で肉体を強化していたのだろう。

グレンの固有魔術、【愚者の世界】。愚者のアルカナに変換した魔術式を読み取ることで、一定効果領域内における魔術起動を完全封殺する絶技。グレンはその秘技によってレイクの【ブレイズ・バースト】を起動直前に封殺することで、隙を作るだけでなくマナ・バイオリズムを本人の認識以上に乱し、剣による迎撃をさせることなく懐に潜り込んだというわけだ。しかし、

 

(状況は最悪に近い。あれで死ぬどころか気絶すらしねえって、どんだけ用意周到なんだよ)

 

想定していた目論見通りには事は動かなかった。気絶でもしてくれればそこから死ぬまで嬲り殺しにでもできたが、意識がある以上そうもいかない。唯一良かった事といえば、ショックで動けそうにない少女2人と彼女(・・)の側から敵を引き離せた事くらいか。

 

 

 

「……おい、白猫‼︎聞こえるか、白猫⁉︎」

 

 

—————返事はない。

 

 

「ルミア!」

 

「…っ!はい、先生!」

 

返事があった。……ショックを受けたのは確からしいが、システィーナのように何も出来なくなる、という事態にはならなかったらしい。

 

「白猫とリーナを連れて後ろに下がれ!できるだけ遠くに、かつ俺を見失わないようにだ!」

 

「…はい!」

 

目の前で親友を失ってもなお気丈に振る舞えるのは強い精神力の為せる技か。ともあれ、今はそれで十分。

 

飛んでくる剣を躱す。斬撃を拳で逸らし、避けきれない場合でも急所にだけは当たらないように慎重に行動する。だが————

 

「どうやら貴様も魔術を使えないようだな」

 

「……ちっ」

 

————グレンも魔術を使えない。

 

魔術ばかりを鍛えてきた生粋の魔術師が相手ならば、【愚者の世界】は非常に有効だ。唯一の攻撃手段であり防御手段である魔術さえ封じれば、それで片がつく。

しかし、この男のように予め発動させた魔導器を持つ場合や、近接戦でグレンを圧倒する敵なら話は別だ。自分も魔術が使えない以上、どうしても相手の攻撃を生身で凌がなければならなくなる。

これが帝国宮廷魔導士時代ならば、まだ手はあった。愛用の銃『ペネトレイター』による狙撃や、ナイフを使った攻撃。だが非常勤とはいえ講師となった今、それらを持ち歩いているわけもない。

 

(魔術を使えば圧倒的にあちらが上、魔術を封じてもこっちが不利。……やべえ)

 

時間とともにグレンの身体に傷が増え、動きが鈍る。彼は少しずつ、だが確実に劣勢に立たされていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「システィ、ねえ、システィっ!しっかりしてよ!」

 

掛け替えのない家族であり、親友である少女に声を掛けるが、反応はない。

 

「ねえ、システィ‼︎」

 

「……ルミア?」

 

思い切り体を揺さぶったところで、ようやく自分が呼ばれている事に気付いたのか。システィーナはようやく弱々しい反応を返した。

 

「聞いて、システィ!ここに私たちがいたら、先生の邪魔になるの。だから、離れよう?少しでも遠くへ」

 

「……でも、リーナが…」

システィーナは、斃れた彼女の側を動こうとしない。虚ろな視線の先にあるのは、痛ましいリーナの身体。

 

(…………ッ。ひどいよ、こんな…)

 

システィーナに近づいた事で、ルミアにもリーナの状態がよりはっきりと見えるようになった。

身体中に刻まれた無数の切り傷と、大剣を何度も突き刺したかのようないくつもの大きな刺し傷。腹と胸に穿たれた、焦げた風穴。そして肌にこびりついた血。こんな細い身体にこれだけの傷を受けて、どれだけの苦痛を強いられたのか。ルミアには想像もできない。

 

(……謝って済む話じゃないけど、ごめんね…。私のせいで…)

 

敵の狙いがルミアだというのは、本人も分かっている。それがクラスメイトを巻き込み、さらには大切な親友の命を失う結果を引き起こしたことも。

それを理解した上でなお、ルミアは挫けない。その強い精神力故に、悲嘆と絶望に抗うことを余儀無くされていた。

 

—————だから、優先事項を見失わない。

 

今大切なのは、グレンの邪魔にならないこと。本来なら戦闘の支援ができるのが理想的だが、それはできない。

 

(…もしかしたらシスティならできるかもしれないけど)

 

システィーナは精神に強いショックを受けている。この状態ではうまくマナ・バイオリズムを整えられず、まともに援護はできないだろう。ルミアも同じ。ルミアは治癒系の白魔術は得意だが、援護するための黒魔術は不得手。これでは大した支援はできず、むしろ足手まといを増やすだけだ。

 

「……ごめんね」

 

心に走る痛みを堪え、ルミアは無理矢理システィーナとリーナを引きずり、後ろに下がる。……システィーナは全く抵抗を見せず、ただされるがまま。

触れたリーナの身体は、ぞっとするほど冷たかった。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

————【天罰】

このお話は、設定捏造、オリジナル設定、魔術の原理の捏造、ご都合主義などがございます。嫌な人はブラウザバック!






————レイクにとって、リーナという少女は恐るべき敵だった。

 

別に、始末するのに大した時間が掛かった訳でもない。寧ろ、数度の攻防で決着はついた。

 

————だが、それにはレイクとジンの2人がかりで、という前提がある。

 

呪文の即興改変により黒魔【ライトニング・ピアス】を高速で連射できるジンと、ジン以上の攻性魔術とボーン・ゴーレムの大量操作によって無尽蔵の波状攻撃が可能なレイク。寧ろ決着なら一瞬でつくべき状況だった。

 

————にも関わらず、彼女は短い時間とはいえ、2人と互角に渡り合った。

 

ジンの【ライトニング・ピアス】を防ぎつつ、結界を破壊しようとするゴーレムの対処をし、レイクの魔導器で切り裂いても魔術の行使は全く乱れることがなかった。魔術どころか体術すら用いて致命傷を避けていたようにも思える。そして隙を見て攻性魔術による攻撃。レイクもそれで腕に火傷を負った。

そんな攻防の最中、ジンの不意打ちによって胸に穴を穿たれ、彼女は呆気なく絶命した。————そしてその直後、突然ジンも死亡した。まるで心臓麻痺でも起こしたかのように。

これが偶然起こったことだと考えるほど、レイクは鈍くない。おそらく、自分の『死』をトリガーにした何らかの条件起動式の魔術が掛けてあったのだろう。その周到さ、自身の死すら勘定に入れた戦い方はどこか天の智慧研究会のメンバーに通じるところがあったようにすら思える。

 

————それに比べれば、この講師はまだまともな方だ。

 

初撃から殺す威力で殴り掛かり、さらには魔術を封じる手まで使ってきた時には驚いたが、所詮そこまでだ。相手もどうやら魔術を使えないようで、こちらの魔導器には素手で対応するしかない。ーーーチェックメイトだ。

 

「…これで終わりだ」

 

その声音には、自身の勝利を全く疑う響きがない。

だからこそ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ。————お前の負けだ」

 

 

 

 

 

 

 

—————その奇襲に全く気付くことができなかった。

 

 

 

 

 

「……何?」

 

気が付いた時には、右腕が肘あたりから消失していた。断面から散る紫電の火花と共に、思い出したように激痛が走る。

 

黒魔【ライトニング・ピアス】。それが遅延発動により詠唱なくして放たれたことに、レイクはすぐに気付く。そして、振り返った視線の先には、

 

 

「油断し過ぎよ。一度殺したからって無視していると痛い目をみるわ」

 

 

 

死んでいたはずの少女が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「油断し過ぎよ。一度殺したからって無視していると痛い目をみるわ」

 

「……リーナ?」

 

「……う、嘘……」

 

システィーナもルミアも呆然とするしかない。

 

————蘇生の余地など、無いはずだった。

 

身体中傷だらけで、心拍も呼吸も完全に停止していて、体温もなくなっていたはずの少女。どんな手を使おうとも決して蘇るはずのない少女が、いつの間にか起き上がって魔術を行使したのだ。………正直、心臓に悪い。

 

魔術による幻覚だった、ということもあり得ない。その証拠に、彼女の流した大量の血が、今でも肌にべっとりと残っている。胸や腹に空いていた風穴は綺麗になくなっているものの、身体中の刺し傷や切り傷はそのままだった。

 

 

「ごめんなさい、2人とも。心配をかけたわ。……兄様に刃物を向けた害獣を駆除した後、ゆっくり説明するから」

 

 

 

 

 

 

「……ふざけるな」

 

幽鬼のように呻き声を出したのはレイク。焦げた腕の断面を気にすることなく、彼は激昂した。

 

「ふざけるなよ……っ!なぜ生きている‼︎貴様は先程まで死体だっただろうがっ!」

 

「アンタには答える義理なんてないんだけど、そうね。固有魔術(オリジナル)、とだけ答えておこうかしら?」

 

「…魔術、だと⁉︎ふざけるなっ!たとえ固有魔術であったとしても、そんなデタラメがあるはずが———」

 

 

 

「さて」

 

 

レイクの言う事を完全に無視し、彼女は通達する。

 

「貴方にもう勝ち目はないわ。何か言い残すことはある?」

 

「……舐めているのか?片腕を失ったところで魔術の行使にはほとんど支障はない。満身創痍の貴様が加わったところで何ができるっ⁉︎」

 

確かに、満身創痍。残り少ない魔力は奇襲の【ライトニング・ピアス】で消費してしまい、立っているのもやっとの状態だ。そもそも、致命傷は塞がったとはいえ、全身の傷は未だに残っている。……誰がどう見ても、ボロボロの状態だった。

 

だが、

 

「何もする必要はないわ。……わたしの血に触れた時点で、貴方はもう終わっているもの」

 

—————ハッタリ、などではない。死の淵から蘇った少女は、ただただ事実を述べている。レイクはそう確信した。

 

「……何を、言って……」

 

「…じゃあ、逆に聞くけど、————」

 

リーナは一旦区切り、

 

「どうして、貴方の相方はわたしにトドメを刺した直後に亡くなったと思う?」

 

 

「……何?」

 

 

そう、よく考えればおかしな事だ。条件起動式によって呪殺されるのなら、前もって殺す対象に何かしらの細工をする必要があるはず。しかし、戦闘中にそんな様子はなかった。

 

————だが、そもそも細工など必要ないのだとしたら?

————自分がその呪殺の対象外などと、どうして言い切れる?

 

 

「【天罰】。あのチンピラ男の死因となったわたしの固有魔術の名よ。特定の条件に当てはまる対象に罰を与え、死滅させる。自動で発動するのはわたしが死んだその時だけで、他の条件ならば任意で『罰』を発動できる」

 

つまり、『自分の血に触れた敵である』という条件を満たすレイクはいつでも殺せる、とリーナは言った。

 

————それが事実ならば、とんだ怪物だ。

 

謎の蘇生魔術に、自身を殺傷した者を呪殺する固有魔術。これでは、敵は彼女を殺せない。たとえ世界中を敵に回しても、『殺される』限り敵の数は減っていくのだから。

 

恐るべき敵だ、と数十分前までは思っていたが、とんでもない。蓋を開けてみれば、恐ろしい天敵だった。

だが、後悔先に立たず。既に彼は己の運命を受け入れていた。

 

「さようなら」

 

全身に走る激痛を最後に、レイクの意識は消失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドシャッ、と音を立て、男が倒れる。そして力を失った剣が床に落ちた。

 

そして、立っているのは、死に瀕していたはずの少女、リーナ。彼女に真っ先に駆け寄るのは、兄のグレンだった。

 

 

「馬鹿野郎っ!お前、本当に心配したんだぞっ!なんであんな無茶したんだっ⁉︎」

 

「……やめて、兄様。傷に響くわ」

 

「あ、悪い……」

 

必死に摑みかかるグレンをどうにかして宥め、引き離すと、今度はシスティーナとルミアが駆け寄ってくる。

 

「リーナ、大丈夫なの⁉︎」

 

必死に抱きついてくるシスティーナに、リーナはとうとう限界を迎え————

 

 

「……全然大丈夫じゃないわ。そろそろ死ぬもの」

 

 

そのまま、出血多量で意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生っ!リーナは大丈夫なんですか⁉︎」

 

「とりあえず応急処置はした。あとはセリカが来ないとなんにもできん」

 

リーナが倒れた後、グレンは彼女を医務室に運び、ベッドに寝かせた。傷口を消毒し、丁寧に処置したあと、包帯を巻く。

 

————治癒魔術の効果は見込めない。少なくともあと3日はこのままだろう。

 

 

「…というかだな、白猫。いくらなんでもあの状態で抱きつくな。危ないから」

 

「……ごめんなさい」

 

「リーナがまた死んだりしなかったから良かったものの、下手したら【天罰】で即刻あの世行きだぞ?」

 

「そういえば、なんでリーナは無事だったんですか?………どう見ても助からない状態だったのに」

 

ルミアの疑問はシスティーナも抱いていたものだ。固有魔術、と彼女は言ったが、それは本当に真実なのだろうか?

 

「あいつの固有魔術、【天の福音】。【天罰】によって殺傷した相手の肉体を分解して魔力に変換し、その得た魔力で『生存情報』とやらに介入して自分の状態を『死』から『生』に書き換える魔術……らしい。俺にもよく分からん」

 

魔力とはすなわち生命力である。当然、死んだ人間に魔力などあろうはずもない。だから、蘇生のための魔力に、敵の身体を利用する。……合理的ではあるが、倫理的に見れば真っ黒だ。

 

「…それ、良いんですか?」

 

「駄目、と言いたいところだが……それでリーナが生き返るならむしろ推奨する。どうせ自分を殺した敵の死体だしな」

 

「絶対誰にも言うなよ」などとグレンが締め括ったところで、グレンの手首の魔導器が鳴った。セリカからの通信だ。

 

 

「…てめえセリカっ‼︎なんで今まで連絡取れなかったんだよ⁉︎こっちは大変だったんだぞ‼︎」

 

 

『すまない、今まで講演中だったんだ。……何があった?』

 

「【天の福音】が発動した」

 

それだけで事態を察したのか、セリカの態度が一変する。

 

『今すぐに帰る。少しだけ待っていろ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「酷いな、これは」

 

セリカは通信からほんの10分足らずでやってきた。転送方陣が使えない以上、交通手段は徒歩や馬車などに限られる。しかし、少なくとも4日かかる道のりをどうやって10分で踏破したのか。システィーナやルミアにはてんで分からない。

 

「……治りそうか?」

 

包帯を取り、傷を診察するセリカにグレンが問う。……リーナの怪我に関しては、セリカの方が詳しく分かるのだ。

 

「見た所、かなり危ない。致命傷は蘇生の際の白金術で塞がっているようだが、傷が深すぎる。内臓のいくつかもやられているぞ、これは」

 

セリカは懐から取り出した液体をガーゼに含ませ、傷口に押し当てる。染みるのか、リーナが「…うっ」と意識の無いまま呻いた。

 

「とりあえず治癒限界を脱出するまでは絶対安静だ。少なくともこのままじっとしていれば命に関わることはないだろ、……多分」

 

「……おいおい」

 

「多分」のフレーズにグレンが敏感に反応するが、セリカの険しい表情は変わらない。……それで、何の冗談も抜きに危険なのだと理解した。

 

「……そもそも、【天の福音】はあまりにも危うい状態で成り立っている固有魔術だ。死亡した原因を特定し、その死亡原因が発生する以前の肉体の情報を読み取って『福音』の発動時点での肉体との差分を割り出し、その差分を白金術によって文字通り傷口を塞ぐことで解消すると同時に、自身の状態を『死』から『生』に書き換える。それを死んで全く動かないはずの深層意識下で無理矢理やるわけだ」

 

「……ああ」

 

「…なら、そのプロセスの間で妨害を受けたらどうなると思う?」

 

————当然、魔術は失敗し、リーナは2度と生き返らなくなる。

 

「リーナが蘇生するまでにかなり時間がかかった、と言ったな。グレン?」

 

「…ああ、少なくとも20分以上は経っていたはずだ」

 

「以前リーナが蘇生するのにかかった時間は4分15秒前後。だが今回はその5倍近く掛かっている。おそらく、腹の傷のせいだろうな」

 

「腹の、傷?」

 

リーナの腹部には、おそらく剣の魔導器で付けられたであろう深い切り傷が刻まれている。

 

(…これが、時間の掛かった原因?)

 

すぐに違う、とグレンはその疑念を捨てた。致命傷に至らない傷程度では、あの固有魔術にとって何の問題もない。そのくらいには、グレンはリーナの蘇生能力を信頼していた。

 

「……胸と腹に、一つずつ。【ライトニング・ピアス】による穴が穿たれた形跡がある」

 

淡々と、セリカは言う。ーーーそれは敢えて落ち着いているように見せているのだと、その場にいる全員が理解した。

 

「見た所、胸の傷は【天の福音】が発動することになった要因。そして腹部の傷は、」

 

まるで言葉にするのが忌々しいとばかりに、セリカは怒りを滲ませた声音で告げた。

 

 

「———死んだ後に付けられたものだ」

 

 

 

 

 




レイクさんがかませになっている気がする。ジンは描写の無いまま死亡し、ヒューイ先生には誰も気づかない。書いている本人さえもさっきまで忘れていた。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戻ってきた日常

感想・評価・お気に入り追加ありがとうございます!おかげさまで一瞬だけランキングに載りました!


「……そ、んな、ことって……」

 

今日1日で、システィーナは様々な非日常を経験した。

テロリストに学院が襲われ、親友が死に、その親友が生き返って敵を殺した。普通の人間には、否ほとんどの人間には一生関わることがないであろうその事象の数々。

 

————学院が襲われた時、実はシスティーナは大して恐怖を感じなかった。

 

それは傲慢ではあるが、『リーナなら大丈夫』という信頼によるものだ。目の前で侵入者の軍用魔術を同じ魔術で相殺してのけた彼女ならば、結界で2人を閉じ込めておくことなど造作もないとその時は思っていた。

 

————そして、その親友(リーナ)が斃れた姿を見た時、システィーナは目の前が真っ暗になった。

 

こんなに容易く、人が死ぬとは思っていなかった。何もかもが分からなくなって、気がついた時にはリーナが生き返っていた。

 

————リーナの手で人が死んだ時は、何も感じなかった。

 

むしろ、大切な友人を殺した相手だ。まさしく自業自得だと思ったし、あのまま生き返らなかったら自分が後で復讐することも考えたかもしれない。

 

—————そして、今。斃れたリーナに【ライトニング・ピアス】の追撃があったと聞き、改めてリーナの死を見た時の恐怖が蘇る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【ライトニング・ピアス】は知っての通り、魔術的防御のないただの人間なら掠めただけで感電死する軍用魔術だ。当然、死亡したリーナに魔力なんてものはない。つまり……」

 

「………無防備な状態で、感電した?」

 

「だろうな。人が死ぬレベルの感電を受けて、よく蘇生できたものだと思ったよ。………本当に、よかった」

 

リーナが生き返れた事への喜びと、下手人に対する怒り。そして、彼女が失われる恐怖。セリカの声音には、様々な思いがこもっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、気を取り直して、だ。リーナの手当も終わった事だし、襲ってきたテロリストどもの残党を片付けに行くか」

 

「…えっ。まだいるんですか⁉︎」

 

てっきりこれで終わりだと思っていたシスティーナは、グレンの言葉に素っ頓狂な声を上げた。

 

「おそらくな。セリカは無理矢理結界を壊して学院に入ったみてえだが、そもそも俺達は外に出られない。転送法陣も潰されてるみたいだしな。なら、敵はどうやって出る算段だった?」

 

システィーナは考える。

 

(結界を壊す?……否。そもそもそれはアルフォネア教授だからこそできたのであって、そんなに容易な事じゃないはず。転送法陣は潰れているし、……あっ)

 

「まさか、転送法陣の転送先を書き換えて……?」

 

「おっ、冴えてるな白猫。多分その通りだ。書き換えには膨大な時間がかかる。恐らく、その時間稼ぎをする役目を負ってたのがあの2人だろ。……まあ、あくまで俺の推測だがな」

 

結界を壊したり、解除したりなどすれば、異変に気付いた外部の者が侵入してくるリスクもある。ならば、わざわざ結界を解いて捕まるリスクのある逃亡を選ぶよりは、多少時間をかけてでも転送法陣に設定された転送先を書き換える方が都合が良い、というわけだ。

 

—————もっとも、その時間稼ぎは失敗したわけだが。

 

 

「転送法陣のある場所は、確かあの塔だったか?」

 

「ああ。……つっても、本当にいるって確証はないんだけどな」

 

「実際に行ってみるしかないな。……私が行ってきてやろうか?」

 

確かに、敵の戦力が分からない以上、この中でもっとも戦闘力が高いセリカが行くのは理に適っている。だが、

 

「お前がいなくなったら、リーナの容体が急変した時対処できないだろ。俺が行く」

 

リーナの特殊な体質、体構造を理解しているのはセリカだけだ。ここでセリカが離れるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いえ、その必要はありませんよ。こちらから来ましたから」

 

 

「何っ⁉︎」

 

そこにいるはずの無い、第三者の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、その最後のテロリストがヒューイ先生だったのね」

 

「ああ。あっさりと負けを認めて投降したよ」

 

 

天の智慧研究会による事件から2日が経過し、現在。セリカの屋敷にて。ベッドに横たわりながら、リーナはセリカから今回の事件のあらましを聞いていた。

 

セリカ曰く、ヒューイは天の智慧研究会が送り込んでいたスパイだったらしい。それも、ルミアを連れ去る計画の為だけの使い捨ての駒。だが、学院で長く過ごす内に、生徒達が大切な存在になってしまった。———スパイであったにも関わらず。

 

 

 

『実際、リーナさんがやられた時は酷いショックを受けました。そして同時に、彼女が蘇って安堵した。……それで気付いたんです。私はいつの間にか、天の智慧研究会の命令よりも生徒の方を大切に思っていたことに。この計画が失敗したからといって、大して悔しくもありませんしね』

 

 

 

セリカやグレンの問いに、ヒューイは知っている事を隠す事なく全て話した。……もっとも、下っ端であるヒューイからは、天の智慧研究会についての重要な情報は得られなかったようだが。彼は今、軍に拘束され、取り調べを受けているらしい。

 

「…それにしても、驚いたわ。ルミアが王家から追放された元王女様で異能者だった、なんて」

 

「やっぱり、親近感を覚えるか?ルミアに対して」

 

「それはどっちの意味かしら?」

 

「どっちも、だ。……帝国の為に実の親から追放された記憶を持つルミアと、幼い頃に記憶を無くして封印されたお前。どちらが不幸なのかは分からんがな」

 

その言葉に、リーナはクスリ、と笑った。

 

「誰がどう聞いても、わたしの方が圧倒的に幸福ね。……親の顔なんてセリカ以外は知らないし、知らないが故に悲しみを覚えることもない。むしろこんな贅沢な生活をさせてもらえたのだから、わたしを捨てた親に感謝しているくらいよ?そのおかげで兄様にも出会えた」

 

「全く。嬉しい事を言ってくれるな、愛娘」

 

「ただの事実よ。……それで、その後は?」

 

「ああ、事件のあらましはこれで終わりだ。ただ、その後二組のクラスメイト達が医務室に押しかけて来てな。お前の包帯まみれの姿を見るなり大騒ぎだ」

 

「そうでしょうね。…全く、こんなに包帯巻かなくてもいいのに……」

 

「駄目だ。普通の人間なら治癒魔術を使えばすぐに治るが、お前の場合は治癒魔術が効きにくい。おまけに蘇生したばかりで今は治癒限界。しばらくの間は絶対安静な?」

 

「…ちなみに、どの程度?」

 

「自分1人で立ち上がるのは禁止。1人で出歩くのも禁止。魔術の行使も禁止」

 

「……それ、本気?」

 

「なあに、安心しろ!私が24時間つきっきりで看病してやる!」

 

—————セリカは、あまりにも過保護だった。

 

「ええと、セリカ?学院は?わたしのじゃなくて、貴女の」

 

「休むに決まってるだろ?こんなこともあろうかと有休を使わずにとっておいたんだ。いい機会だから、遠慮なく消化してやる!」

 

————それは、学院にとってかなりの痛手ではなかろうか?

 

正直なところ、リーナはセリカが学院で研究以外何をしているのかを知らない。グレンのように授業をしているわけでもないし、別に長期休んでもいいような気もするが………セリカの立場や能力から考えて、長期間いないのはマズイのでは?

 

しかし、セリカに真っ向から逆らえる人間など、そうそういるはずもない。考えるだけ無駄だろう。

 

「……ええと、じゃあお風呂とかは?」

 

「その傷で入れる訳ないだろ?……風呂の代わりに私特製の薬液に浸したタオルで身体の隅々まで清潔になるように丹念に拭いてやる。食事も私が手ずから食べさせてやるし、用を足したくなったら私が世話をしてやるから、安心して寝てな?」

 

「………………」

 

サーッと、リーナの顔から血の気が引く。

 

(……いくらなんでも、過保護過ぎるわよっ!そ、それに、下の世話って、相手がいくらセリカだからって、この歳で⁉︎)

 

そんなリーナの内心を読み取ったのか、セリカが「やれやれ」と言わんばかりにため息を吐いた。

 

「……あのな、リーナ?お前は怪我人なんだぞ?しかも、不安定な蘇生のせいで、重病人レベルでいつ死んでも不思議じゃないくらいの危ない患者だ。グレンに世話されるわけでもないし、同性の母親に介護レベルの看病をされるんだから、まだマシだろう?」

 

 

—————完全に正論だった。

 

リーナは抵抗を諦めた。むしろ本人がやってくれるというのだから、素直に従うべきだ。ここはひとつ、幼い頃に戻った気持ちで、甘えるのが吉だろう。

 

—————というわけで。

 

 

 

 

 

「お母さん、お水持ってきて〜♡」

 

滅多にしない猫なで声で、リーナはおねだりをした。

 

「あはは、いいぞー。全くリーナは素直で可愛いなあ!」

 

 

 

 

ガタンッ!

 

 

「「………⁉︎」」

 

 

そして、その直後に部屋の外から聞こえた物音。

 

(……誰?兄様?)

 

現在の時刻を考えると、確かに授業は終わっているので帰ってきてもおかしくない時間だが……。

嫌な予感がした。

 

 

『……あれ?なんだまだ入ってなかったのかよ。遠慮なく入っていいっていったろ?』

 

『……ちょ、先生⁉︎今はタイミングがーーー』

 

そんな会話が部屋の外から聞こえてくるや否や、ガチャリと扉が開き、

 

「よう、リーナ。具合はどうだ?」

 

「……あ、えーと、お邪魔します」

 

「…お邪魔します」

 

何やら暇つぶしに使えそうな本やら一口サイズにカットされた果物やらを持ってきたグレンと、お見舞いにきたと思しきシスティーナとルミアがやってきた。グレンはともかく、少女2人はなにやら気まずそうな顔をしている。

 

それで先ほどの会話を聞かれていたのだと察した。つまりは、人前では絶対にしない猫なで声も聞こえていた、ということで。

 

 

「………………」

 

リーナの顔がみるみる赤くなっていき、ついには『ボスッ』と枕に顔を思い切り埋めた。

 

 

「~~~~~~ッ⁉︎」

 

 

———————体勢をいきなり変えたことで傷に響き、激痛が走ったのは言うまでもないことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

白の天使

オリキャラを新たに加えてしまった。……いいよね?

評価ありがとうございます!おかげさまで、調整平均7.77というラッキーな数字に!


そして感想を下さった方。………すまない。もしかしたらこれからチートになるかもしれない。


「………痛い」

 

「そりゃそうだろ。あんだけ傷だらけになって、どうして痛くないなんて思ったんだ?」

 

既に天の智慧研究会による事件から2週間が経とうとしていた。セリカは宣言通り、24時間つきっきりで看病してくれたし、リーナ本人もおとなしく養生していたのだが…。

 

「……なんで前よりも治りが遅いのよ。セリカがこれだけやってるっていうのに…」

 

————本来ならば即座に全ての傷が癒えるであろうセリカの治癒魔術を以ってしても、リーナの傷はなかなか治らなかった。以前なら、治癒限界を脱しさえすれば半日ほど治癒魔術を掛ければ傷跡一つ残らなかったのに、今回は1週間以上もかかっている。治癒魔術を掛けては治癒限界に達し、またしばらく様子を見る。ここ最近はそれの繰り返しだ。

 

「まあ、そう言うなよ。本当ならお前、死んでたんだぞ?これに懲りたらもう、無茶な真似はするな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もうそろそろ、限界……でしょうね』

 

天空に浮かぶ島。そこに石造りの白いテーブルに白い椅子を置き、優雅に紅茶を飲む人影があった。白い髪に赤い瞳。白のワンピースに身を包んだ少女は、その美貌に悲嘆の表情を浮かべている。

 

『【天の福音】だって万能ではありません。人のまま蘇生できる回数には限りがあるというのに、まるで不死にでもなったかのようにあなたはその魔術を行使する。ーーーどうして気付かないの?『死』に対する恐怖が麻痺してきている時点で、精神が『わたし』に侵食されつつあることに』

 

それに答える者はいない。だから、これは彼女の独り言だ。

 

————『死』。それは本来、生きる者全てにいずれ訪れるもの。死因が何であれ、肉体が死を迎える際、その魂は激しい苦痛を味わう。たとえ生き返れるのだとしても、その苦痛は避けられない。

 

かつて、初めてリーナが『死』を体験した時。彼女は精神を壊しかけた。しばらくの間は情緒不安定になり、いきなり怒り出したり、泣き出したり、寝込んだりと、大変な有様だった。この浮島も嵐に見舞われ、天から落ちるのではと危惧したほどだ。

 

—————『もう死にたくない』。最後にそれを口にしたのは、果たしていつだったか。今はもう、死の際の『不安感を限界まで煮詰めたような苦痛』も感じなくなっているのだろう。

 

 

苦痛に慣れるのではなく、感じなくなる。それは人として生きる上で、あってはならない事だった。

 

 

『これはペナルティです。あなたが無茶をすると言うのなら、わたしはあなたの回復を妨げてでも、あなたを止める』

 

————リーナの傷の治りが遅いのは、リーナの『中』にいる『彼女』の仕業だった。

 

『あと一回。あと一回『福音』が発動したら、わたしはもうおとなしくなんてしていない。……自分の軽率な行動を後悔させてあげます』

 

 

リーナと同じ顔をした白い少女の決意は、怒りと優しさに満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、アルザーノ帝国魔術学院にて。

二年二組の教室では、グレンによる錬金術の解説が行われていた。

 

「…で、まあこんな感じに、この術式を使うとあら不思議!どんなに価値のない石ころでも、めちゃくちゃ本物に近い金塊のような何かに早変わりってわけだ!小遣い稼ぎに最適だぞ」

 

 

「「「おお〜〜」」」

 

「「えぇ………」」

 

感心3割、呆れ2割。そして無反応5割。このグレンの授業におけるとある錬金術に対する生徒の反応は微妙だった。何せ、興味を示しているのが3割しかいない(しかもその大部分が男子である)。『おかしいな、なんか間違ったかなー』などとグレンは思った。

 

 

「……あの、先生?」

 

「ん?なんだ、白猫?」

 

恐る恐る、システィーナが問う。

 

「…なんで最近の授業って、こんなのばっかりなんですか?」

 

そう。グレンの授業は相変わらず質が高く、非常に分かりやすいのだが、最近は割とロクでもない授業になりつつある。具体的には、やる気がなかったり、なんか本来のテーマと大して関わりのないテーマだったり、授業中に脱線したり、やる気がなかったり、やる気がなかったり。とにかくやる気がない。

 

(いや、なんとなく理由は想像できるんだけど……)

 

「なんでって言われてもな〜。リーナがいないんじゃ、ぶっちゃけ俺がきちんと授業する意味がないっていうか。やる気全然出ねえんだよなー」

 

「…いや、それは分かりますけど」

 

グレンが度を越したシスコンであるのは周知の事実である。リーナ本人は気づいていないが、リーナに告白しようとした男子生徒を不意打ちの【スリープ・サウンド】で無理矢理眠らせ、ラブレターを書こうものなら本人が受け取る前に男子生徒から奪い取り、ストーカーでもしようものなら問答無用の【ショック・ボルト】で制裁する。それが学院内で幾度か目撃され、リーナに好意を抱く者達から背中を狙われているのは有名な話だ。

 

「リーナ好き過ぎて頭の中がおかしなことになっているのは分かってますけど、もうちょっと真面目にやって下さい!……リーナに言いつけますよ?」

 

「ちょっとそれは酷くね⁉︎せめてあいつの前では良い先生でいたいという俺の願望を台無しにする気か⁉︎」

 

「じゃあ次の授業からは真面目にやって下さい」

 

グレンは知らないことだが、グレンが授業をしつつ片耳の魔導器でセリカの屋敷にいるリーナの様子を伺っている間、リーナはグレンの授業を盗聴しつつ遠見の魔術で盗み見している。つまり、リーナがいない間ロクでもない授業をしているのは本人にバレているのだ。

 

————もっとも、その事を知っている人間はこの場にはいない。システィーナの脅しは十分に有効だった。

 

「…しゃーねーな。久しぶりに本気出すか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……痛っ」

 

「せめて傷が完全に塞がるまでやめとけよ、リーナ。いくらお母さんでもそろそろ怒っちゃうぞ?」

 

「それはできないわ。兄様の授業を目と耳で事細かに捉え、記憶し、台詞と仕草を余すところなく記録する。これはわたしの生き甲斐の一つよ」

 

「…いやお前、盗聴してる途中でいきなり悶えたりするから傷に悪いだろ。……それにはっきり言って、そこまでするのは気持ち悪いを通り越して怖い」

 

「気持ち悪い⁉︎」

 

「ぶっちゃけ不気味」

 

「……いいえ、落ち着くのよリーナ。これは罠。セリカがわたしの身体を思ってわたしの趣味を取り上げようとする、愛に溢れたトラップ。兄様の行動を監、もとい見守るのはわたしの権利よ。なにもおかしなことはないわ」

 

必死に自分に言い聞かせるリーナに、セリカは一言。

 

「…何もかもがおかしいんだがな」

 

そもそも、身体の事を心配されているのが分かっているなら大人しくしていて欲しいものである。いくら当初に比べ回復してきているとはいえ、油断は厳禁。遠見の魔術程度でも使って欲しくない、というのがセリカの本音だった。

 

「というか、リーナ?騒いだらグレンにバレるんじゃないか?こっちの音もグレンに聞こえてるんだろ?」

 

「大丈夫よ。そこは抜かりないわ。……聞かれたくない時は、ダミーの音声が代わりに伝わるように改造しているから」

 

「なんという才能の無駄遣い……」

 

その技術力をもっとまともな事に使えないものか。『オーウェルと組ませたら面白そうなのにな』と、学院の面々が聞いたら発狂しそうなことをセリカは考えていた。

 

 

 

「次は小テストね。……なんだ、簡単じゃない。これなら安心して複製できるわ」

 

一体何の為にテストを複製するのか。復習などをするわけでもない。ただ、『兄の作った作品(・・)を残しておきたい』という理由だけで、彼女は小テストの問題を羊皮紙に書き写す。

 

セリカはリーナの手元を覗いた。

 

(……ほうほう。呪文の改変にマナ・バイオリズムの変動の仕方。各呪文の効果とその原理。割と基礎的だな)

 

そう、最初は思っていたのだが……。

 

(……ん?)

 

なんか、変な問題を見つけた。

 

『問15 以下の術式は、箱を施錠する施錠術式である。この鍵を解除する為の解錠呪文を割り出せ。』

 

そんな一文の下には、膨大なルーンやら数式やらが複雑に組み合わさった魔術式が。

 

(………これ、少し難しくないか?)

 

考えることおよそ1分。セリカにしてはかなり時間をかけて、ようやく正解の呪文を特定した。

別に、その術式になにか特別な方式などが用いられているわけではない。むしろ、使われている手法は教科書の応用だ。それが複雑怪奇に絡み合い、魔術の効果に関係のない無駄な部分さえも『重要な要素』であるかのように見せかける工夫がされている。これでは生徒たちは術式の本質を見破るのに苦労するだろう。見破れなければ、ミスリードされた間違いの答えが無数に生まれるだけだ。しかも、魔術式が複雑過ぎて、考えている途中で自分がどこまで辿ったのかも分からなくなる可能性がある。

このテストで試されるのは、魔術の才能というよりも、算術における短期記憶能力と、魔術式を全体的、あるいは局所的に正確に分析する能力。すなわち、単純な頭脳の明晰さ。ただ魔術を勉強した人間にはほとんど解けない、意地の悪い問題だった。

 

————どうやらグレンは、生徒に満点を取らせる気は無いらしい。

 

「〜〜〜♪」

 

そんなセリカの戦慄を他所に、リーナは書き写した小テストの問題を解く。基礎的な問題を容易く突破し、やがてセリカでさえ1分かかった問題に辿り着いた。

 

(……さて、何分かかる?)

 

普通の生徒にはまず解けまい。どんなに優秀な生徒でも、おそらく15分はかかる。400年魔術師をやっているセリカが1分かかった、というのはそれほど難易度が高いのだ。————もっとも、リーナは天才なので、おそらく3分くらいだろう。セリカはそう思っていた。

 

 

 

 

 

「……解けた」

 

「……⁉︎」

 

 

リーナが考え始めてから、およそ30秒。愛用の羽根ペンで羊皮紙に呪文を書き込む。

 

—————その紙面を見ると、確かに『ハーレム先輩のピンチな頭部防衛ライン』という失礼極まりない正解の解錠呪文が書かれていた。

 




ロクアカ二期を所望。本編の残りをじっくりやったり、短編のストーリーをOVA化してくれたらいいな。多分絶望的だけど。

……個人的には、アニメのロクアカは2巻までの内容と短編集のストーリーを1クールやるか、4巻までの内容を2クールかけてやると思っていたため、まさか飛ばしまくって5巻までやったことが衝撃だった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロクでなし魔術講師の本気宣言

評価・お気に入り登録ありがとうございます!

明日はとうとうBD発売日!特典小説に期待!……飛ばした分の追加シーン、あるといいな。



「……まさか、こんな短時間で解くとはな」

 

「……?だって簡単じゃない」

 

セリカが考え込んだ施錠術式をさらりと解読し、解錠呪文を割り出したリーナ。

 

「…………」

 

「たかが小テストだもの。これくらいなら解けるわ」

 

「………うちの娘、すごい」

 

セリカとリーナの導いた正解の呪文は同じ。つまり、リーナが間違えた、ということはあり得ない。

 

ーーーリーナ=レーダスは天才である。それは魔術の才能だけでなく、単純な思考能力においても適用されるというのか。十数年しか生きていない少女が、こと一分野とはいえ400年以上生きている魔術師を上回ったという事実はそれだけ衝撃的なことだ。

 

 

 

 

 

「……あら?他の生徒はともかく、システィーナまで手こずっているわね。難しく考え過ぎなんじゃないかしら?」

 

遠見の魔術で教室の様子を窺っていたリーナがボソリと呟く。

 

—————グレンの意地の悪い術式の書き方によって、その『難しく考えないこと』が既に難しいのだが、彼女はそれに気づかない。

 

 

一応補足しておくなら、リーナが解けた理由は何も『彼女の頭が良いから』という理由だけではない。無論、良いことは良いのだが、セリカが勘違いしているような、とんでもない明晰さなどリーナは持っていないのだ。

 

—————では、何故リーナはセリカでさえ手こずった問題を簡単に解けたのか?

 

その答えはただ一つ。『グレンが作ったから』に他ならない。

そもそも、幼い頃からリーナはグレンに魔術を教わっていた。時に意地の悪い問題を出されたこともある。その経験の積み重ねや、日頃の授業におけるグレンの観察によって、彼女はグレンの問題の出し方、傾向を把握しているため、『この問題はグレンがどんな意図で作成したのか』『どんな解き方がもっとも効率的か』を瞬時に理解できるのだ。

 

 

————それは言い換えれば、『とある一面において、リーナはグレンを誰よりも理解している』とも言える。

グレンのロクでなしな部分————例えば、こっそりギャンブルに行ったせいで今月がピンチなことももちろんリーナは知っている。そしてそれを必死に隠そうとしていることも。知った上で、何も言わない。グレンが危惧しているような、『兄離れ』は起こらないのだ、絶対に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほいほーい、それでは先週やった小テストの結果発表をしまーす」

 

「うわあぁぁ……」と、半ば嘆きに近い溜息が教室中に広がる。無理もない。グレンが「本気を出す」宣言をして行った抜き打ちの小テストは、クラスのほぼ全員が手も足も出なかったのだから。

 

「じゃじゃ〜ん!なんと、めでたい事に白猫は今回初めての満点です。おめでと〜う」

 

そんな中、満点をとった優等生が1人。誰であろう、システィーナ=フィーベルである。

 

「ま、まあ、今回は割と基礎的でしたし?このくらい当然です!」

 

「よかったね、システィ」

 

言葉に反して嬉しそうなシスティーナ。それをルミアは微笑ましそうに見つめている。

 

「…そしてなんと二位は3人。ルミアとウェンディ、そしてギイブル。同点だ」

 

「このくらい当然ですわ!」

 

「……フン」

 

ウェンディはどこか誇らしそうに、逆にギイブルは心なしか少し悔しそうにしている。ウェンディからすれば、以前痛い目を見た小テストを克服すべく努力した結果が出た形であり、ギイブルからすればシスティーナを追い抜く目標を達成できなかった。同じ点数であっても、目的が違う。態度の差はこれに起因するものだ。

別に、ウェンディはシスティーナをライバル視していないわけではない。「いつか絶対に追い抜いてやる」と思っている。しかし、それはまずいつもの3人が高得点をとる小テストで安定して点数が取れるくらいになってからだ。ウェンディにとって、そう思ってしまうくらいには以前の小テストの結果は酷かった。

 

 

 

「あ、あと言い忘れてたが、今回の小テストは成績に反映するから、そのつもりで」

 

 

「「「………な」」」

 

先程までの空気が、凍る。凍りつく。

 

 

 

 

 

「「「なにぃぃィィーーーーーーーッ⁉︎」」」

 

 

そして、一気に爆発した。

 

 

「おい、嘘だろ⁉︎嘘だと言ってくれよ、先生⁉︎」

 

「……これ、単位落ちたんじゃ……」

 

「ていうか良いのか、先生!これが成績に反映されるのだとしたら、リーナちゃんはどうするんだっ!」

 

ガヤガヤ騒ぐ男子生徒たち。リーナを引き合いに出してはいるが、どう見ても自分の成績保持の為に言っている。

 

「…良いんだよ、リーナは。あいつどうせ単位取るし。何週間休もうがテスト欠席だろうが、単位あげるし」

 

「それは贔屓だっ!」

 

「ええい、喧しい!文句あるならトップ取れやあっ!」

 

実際、リーナは問題ない。かなり危ないのは確かだが、先日の事件の解決に貢献した功績と、それによる負傷を癒すための休養であることが考慮され、彼女には特別措置が取られている。前期の期末試験で一定以上の点数が取れれば、リーナは全教科問題なしだ。

 

————もっとも、その措置もリーナが優秀であればこそだ。仮に並の生徒が同じ活躍をしたとしても、同じ待遇を受けられたとは考えにくい。そういう意味では、確かにリーナは贔屓されている、と言えるかもしれない。

 

 

 

余談だが、リーナの傷は大分良くなってきている。この調子なら、遅くとも来週には登校できるだろう。

 

————当然、今後も身体に負担を掛けるのは厳禁であるため、近々開催される魔術競技祭は欠席だが。

 

 

「……そういや、種目決めどうすっかなあ?」

 

グレンの呟きに、クラスメイト達が反応する。

 

「先生、リーナは?」

 

「…今回は無理だな。あいつ治癒魔術が効きにくい体質のせいで、まだ怪我が完治してねえんだ。学院に来られるようになってもしばらくの間、激しい運動は禁止だ」

 

「…うわあ、マジか」

 

「本当に大丈夫かよ、リーナちゃん」

 

「………心配ですが、アルフォネア教授の屋敷に押しかけるわけにもいきませんし…」

 

「主力のリーナちゃんがいないなんて…」

 

「今年は優勝を逃すかな」

口々に言う生徒達。

年に3回ある魔術競技祭。一回ごとに競技を行う学年は異なり、今回は二年次生の部だ。去年はとある一種目を除いた全ての競技にリーナは出場し、そして参加した全ての競技で優勝した。つまり、前回の魔術競技祭の主力はリーナであり、彼女が抜けたことで得点が大幅に下がるであろうことは想像に難くない。

 

「みんな、何を言ってるの!去年は毎回リーナに頼り切りだったんだから、今年は彼女の代わりに私達みんなで優勝するべきでしょ⁉︎」

 

「情けなくないの⁉︎」と声を上げるシスティーナ。システィーナからしてみれば、去年の魔術競技祭でリーナばかりに負担を掛けていたという事実がそもそもおかしなことであり、今年こそクラス全員の力で優勝するべきだと思っていた。

 

だが、システィーナと同じ考えの人間はこのクラスでは少数派だ。例年、各種目において、クラスの成績優秀者が出場するのが恒例。優勝を狙うのなら、成績下位の者を出場させるわけがない。

 

 

(……まあ、なんでもいいか。種目決めなんて、どうでも————)

 

 

 

 

 

『ねえセリカ、今年の魔術競技祭は?』

 

『駄目に決まってるだろ?大人しくしてな?』

 

『でも、うちのクラス大丈夫かしら?わたしがいないせいで優勝できないのは嫌よ』

 

『なあに、大丈夫だろ。グレンがなんとかしてくれるさ。お前のお兄ちゃんなんだからな!』

 

『そうよね。兄様がいるなら、わたしも安心して休養できるというものだわ』

 

 

片耳につけた魔導器から、そんな会話が聞こえてきた。

 

 

 

……………。

 

 

 

「よーしやってやらあ‼︎よく聞け皆の者ォッ!」

 

突然のグレンの豹変に、生徒達は目を丸くした。

 

「今回の魔術競技祭、勝ちにいくぞォッ!」

 

 

 

 

 

 

 

そんな経緯で、真面目に種目決めをする気になったグレン。普段の授業から分析した生徒達の特性に合わせ、あっさりと種目を決めていく。幸か不幸か、グレンは『全員が参加しなくてはならない』と思っている。リーナが全種目出場した事はもちろん知っているはずだが、張り切り過ぎているあまり完全に失念していた。

それに突っ込む生徒はいない。システィーナの『今年はみんなで優勝すべき』というセリフをグレンが汲んだのだと、生徒達は誤解していた。

 

グレンのやる気はマックスである。それこそ、生徒一人一人の力量を把握し、一対一の個別指導をするくらいに。

 

そして、いざ練習をしようと校庭に行ったところで、トラブルが起きた。

 

 

「ここは俺達1組の練習場所だっ!」

 

「2組だって練習すんだよっ!」

 

………場所取りで他のクラスと喧嘩。いい歳をして何をやっているのか。「子供かお前らは」と思ったが、グレンは口には出さなかった。

 

 

その後なんとか生徒達を仲裁し、『2組の練習人数が多いせいで練習場所が狭いのだ』という結論に至ったグレンは、当初の予定の半分のスペースを1組に譲ることを提案した。そもそも1組も練習さえできればよかったのか、あっさりと了承。何もかもうまくいき、万々歳————と、なるはずだった。

 

————だが、そこで口を挿んだのが1組の担任、ハーレイ=アストレイである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ちーすっ。ユーレイ先輩」

 

「ハーレイ‼︎ハーレイ=アストレイだっ!相変わらず私の名前を覚える気がないな、貴様は!……まあ良い。早く場所を空けろ。今年は私のクラスが優勝するのだからな」

 

「わー、熱血っすねー先輩(棒)。頑張って下さい!……ところで、場所空けるのってあの木の辺りまでで良いっすかね?」

 

相変わらず、グレンの応対は適当だ。果たして、その態度に腹を立てたのか。ハーレイは無茶苦茶なことを言い始めた。

 

「何を言っている。2組はこの中庭から出ていけ、と言っているのだよ」

 

「……いや、いくらなんでもそれは横暴ってもんでしょ」

 

『何言ってんだこいつ』とでも言いたそうな、呆れた表情を浮かべるグレン。

 

「何が横暴なものか。確かに、勝つ気のあるクラスならば、公平に練習場所を分ける事も考えよう。だが、貴様は勝つ気などないではないか。……役に立たん成績下位者を出場させ、リーナ=レーダスやシスティーナ=フィーベルなどの成績上位者を遊ばせているくらいなのだからな!」

 

(本当に何言ってんだこいつ……)

 

 

そう思い、ふと思い返す。………そういえば去年、リーナは全種目に出ていたな、と。

 

(あれ?ちょっと待てよ。……これもしかして、生徒使いまわしていいんじゃね?)

 

だが、今更撤回などできない。するつもりもない。仮にも自分が担任をしているクラスの生徒を「成績下位者」呼ばわりされて大人しく黙っているほど、グレンは腑抜けていなかった。

 

 

————そこへ、ハーレイがさらなる燃料を投下。

 

 

「そもそも、リーナ=レーダスは本当に療養しているのか?とうの昔に身体は治っているのに、サボっているわけではないだろうな?」

 

グレンは切れた。それこそ、今すぐ手袋を投げつけて決闘を申し込むと同時に【愚者の世界】で魔術を封じて格闘戦でフルボッコにしたいくらいに。

 

だが、すぐに思い直す。ここで暴力沙汰の問題を起こせば、良くて謹慎、普通に考えてクビだ。『自分が講師を辞めさせられてリーナが受けるショックと中傷』を無視するほど、彼は子供ではなかった。

 

 

「……半年分だ」

 

「は?」

 

「『俺のクラスが優勝する』に、給料半年分だ。この賭け、乗ります?先輩」

 

生徒達の間に衝撃が走る。いくらなんでも、それはやり過ぎだ、と。

 

 

ハーレイは考える。

 

(……給料半年分なぞ、いくらなんでもリスクが高過ぎる。負ける気はせんが、わざわざ付き合ってやる道理などない………)

 

ふと、視線を感じて振り返ると、そこには期待に満ちた眼差しでハーレイを見つめる1組の生徒達の姿が。

 

(…いや、駄目だダメだ!戸惑うなハーレイ=アストレイ。この賭けに乗るわけには……)

 

「あっれー、もしかしてせんぱぁい、自信ないんですかー?まさかとは思いますけど、まさかお金ないとかー?第五階梯なのにー?」

 

生徒達の期待の眼差しに揺らいだ決意が、グレンの煽りで決壊する。

 

「いいだろう!私も賭けてやる!給料半年分だ‼︎」

 

 




感想をお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

記憶の穴

この小説は捏造設定、オリジナル設定盛り盛りです。どうかご了承を。

評価・お気に入り登録、ありがとうございます。





BDは残念ながら追加シーンはなかった。その代わりに特典小説は面白かった。


「……すまんな。本当ならずっと一緒にいてやりたいんだが」

 

「心配性ね。もう普通に歩けるんだし、大丈夫なのに」

 

魔術競技祭当日。

セリカは競技祭中、貴賓席で女王陛下と相席することになっている。いくらセリカといえど、この国の最高権力者の誘いを断るわけにはいかなかった。

 

「何かあったらすぐに呼べよ。飛んで帰るから」

 

「流石にセリカの【私の世界】を使う場面は出てこないと思うけど」

 

セリカの固有魔術、【私の世界】。先の事件でリーナが【天の福音】を使用した際、セリカがごく僅かな時間で学院に来ることができたトリックの正体だ。時間に干渉するタイプの魔術の中で唯一、魔導第二法則に捕らわれず、止まった時間の中を動くことのできる、セリカの切り札。セリカはこの魔術を惜しみなく使い、リーナの元へ駆けつけたのだった。

 

「じゃあ、行ってくる」と言い残し、セリカは屋敷を後にする。部屋に残ったのは、リーナ1人。

 

(……さて)

 

これからのことを考える。

身体機能はほぼ回復。傷はまだ残っているが、大したものではない。おそらく一、二ヶ月ほど経てば傷跡も綺麗サッパリ無くなるはずだ。そして今日は魔術競技祭であると同時に、久しぶりの登校日。病み上がりで、今日は授業がないこともあって何時に行ってもいい事にはなっているが、なるべく早く行ってシスティーナやルミアと話したいというのがリーナの本音だった。

 

「……ッ!」

 

ベッドから降りて立ち上がろうとした時に、腹部に鋭い痛みが走った。巻いてある包帯に血が滲んだ様子もないので、傷が開いたわけではないだろう。痛みを無視してそのまま立つ。

 

寝巻きを脱ぎ、久しぶりの制服に身を包んだ。

 

(………本当、この制服のデザイン、もう少しなんとかならなかったのかしら?)

 

無駄に肌の露出の多い装い。どう考えても、この制服をデザインした人間は女好きの変態に違いない、とリーナは思った。成長期に外気に肌を晒す事によって外界のマナを取り入れ、内部マナを活性化させることで成長を促す———とこのデザインの理由について聞いたことがあるが、納得がいかない。絶対にこじつけだ、とリーナは考えている。

そもそも、そんなメリットよりもデメリットの方が明らかに大きい。グレン以外の異性に無意味に肌を見られることになるし、今のように包帯を巻いた状態なら無駄に注目を集めてしまうだろう。

 

これからどんな目で見られるのかと珍しく頭を悩ませながら、セリカの作ってくれた朝食を食べる。メニューは、パンとサラダ、そして卵の炒め物。リーナの味覚に合わせ、味付けは薄めになっていた。

以前よりも長い時間を掛けて食事を終え、食器を片付ける。自分の行動一つ一つが遅いことと、以前よりも疲れやすくなったことで、体力や筋力がかなり落ちていることを実感しつつ、登校の準備を始め、

 

 

 

————そしてそんな時、ピピピッ、と音がした。

 

 

 

「………?」

 

その音の発信源は、久しく使っていなかった通学鞄の中。漁ってみると、見覚えのない通信用の魔導器。明らかに、グレンやセリカと連絡を取る為に使っているものとは違うものだ。

 

 

(………どういうことかしら?)

 

 

別の人の物であるとは考えにくい。学院では自分の鞄は基本的に手の届く範囲か、誰も手を出せないロッカーに保管している。故に、誰かが自分の鞄と間違えて入れてしまった、という可能性は低い。

 

リーナの視線の先には、未だに光を明滅させる魔導器の宝石。どうやら相手はまだ、この魔導器の持ち主が出るのを待っているようだ。

 

警戒心よりも好奇心が勝り、その通信に出る。聞こえてきたのは、若い女の声。聞き覚えのない声だ。

 

『ようやく出たわね。待ちくたびれたわよ、リーナ』

 

「……あなたは誰?どうしてわたしの名前を知っているの?」

 

その問いに、相手は短くため息を吐いた。

 

『イヴ=イグナイト。この名前に聞き覚えはないかしら?』

 

「ないわ。……それが貴女の名前?」

 

その答えに、相手の女はがっかりしたような口調で話す。

 

『……記憶を封じたのね、アルテリーナ(・・・・・・)

 

ーーーアルテリーナ。

 

(……何?)

 

知っているはずの名前。グレンやセリカと同等、否それ以上に近しいはずの、その名前。

 

思い出せない。ーーーそれは果たして、誰の名前だったのか。

頭が痛い。

 

イヴと名乗った女は続ける。

 

『無意味なことよ。どうせ侵蝕は止まらない。……ねえ、聞いているのでしょう、天使様?』

 

侵蝕。————そう、侵蝕。確か自分は、その事について散々『彼女』に警告されなかったか?

 

 

(………『彼女』?)

 

 

そう、確か彼女は、天使だったはずだ。

 

————ふと、脳裏に浮かぶのは、白い髪と赤い瞳を持つ、超常の少女の姿。

 

そのイメージを最後に、リーナの意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「余計な真似をしてくれましたね。………そんなに死にたいのですか?」

 

『……その口調、アルテリーナかしら?やっぱり聞いていたのね』

 

リーナの意識を内側から(・・・・)強制的に封じ、表に出た少女の殺気に全く怯む事なく、イヴは続ける。

 

『どうしてあの子の記憶を封印したのかしら?おかげでこちらはとても迷惑したのよ?』

 

「貴様の都合など知った事ではありません。わたしはこの子の為にのみ行動する。……分かっているはずです。わたしがリーナの記憶を消した理由など」

 

『まさか、あなたのことを覚えているだけで(・・・・・・・・・・・・・・・)侵蝕が進むから、とでも言うつもりかしら?』

 

「わたしのことを覚えた状態で生活すれば、おそらくあと半年も保たない。そう判断しての行動だったのに、貴様はまたしても邪魔をした。………リーナを幾度も死なせたことといい、楽には殺しませんよ?」

 

通信器越しに殺気を向ける。しかし、イヴはクスクスと笑う。ーーー嗤う。

 

『それはただの八つ当たりにしかならないわ。リーナが任務で何度も死ぬ羽目になったのは彼女自身の力不足によるものでしょう?何度も蘇生した事によって侵蝕が進んだからといって、私に当たらないで欲しいわね。そもそも、』

 

『————あなたが記憶ごと戦闘経験を消したりしなければ、先の事件でリーナを死なせる事もなかった。違うかしら?』

 

その言葉は、白い少女の怒りに火をつけた。

 

「それを言うなら、そもそも貴様がリーナを宮廷魔導士団に組み込まなければこのような事態にはならなかった。『福音』だって、数回なら侵蝕は進まないはずだったのに!」

 

アルテリーナと呼ばれた『天使』は激昂する。その声には、あるいは何もできない自分への怒りも含まれていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

一年前、セラが死んだ後にイヴ=イグナイトはリーナ=レーダスに接触した。『殉職した宮廷魔導士の死亡状況を調べている少女がいる』、という噂を聞きつけ、出会ったのが彼女だった。

 

当然、事前にリーナについての情報は集めていた。学院に入学する前のデータは全く集まらなかったものの、学院での評価、講師たちの評判、生徒から見た彼女の印象など、集められる情報は全て揃えた。

 

そして、事前に情報を集めたにも関わらず、初対面で戦闘を仕掛けた際にイヴは驚愕した。

 

———魔術に関して、リーナ=レーダスは天才だった。それこそ、一対一で、正面から戦えばまず勝てない、と思わせるほどに。

 

『これは少し戦闘経験を積ませれば最強の即戦力になる』。イヴがそう考えるのは当然の帰結だろう。

 

———だが一方で、学生の身に過ぎないリーナを無理矢理宮廷魔導士にするのは不可能だ。

 

 

そこで、イヴは『餌』を用意した。

調査によると、彼女は授業中、兄の板書、台詞、仕草その全てを記録し、網羅しているのだという。正直に言って意味不明だったが、リーナが異常なまでにグレンに執着しているのは紛れも無い事実。よって、彼女の欲しがりそうな餌は自ずと見えてくる。

 

 

『もしも協力してくれたら、特務分室に所属していた時のグレンの記録を譲ってあげるわ。……そうね、任務一回につき一月分でどうかしら?』

 

ここでいう記録とは、グレンが始末した外道魔術師のリスト、その日何をしたかなどの報告書も含めている。イヴの申し出に、それまで乗り気でなかったリーナの顔色が変わった。

 

———それから、イヴの綱渡りの危険な生活が始まった。

 

なにせ、不足した戦力を補充するために学生を使おうというのだ。まさか自分が学生を餌で釣ったなどと知れたら、社会的に破滅する。そしてリーナに任せるのは危険度の高い任務ばかり。いくら無理矢理に、ではなく『本人から望んだ』形に収めたとはいえ、バレればイヴの未来は無い。

 

それでもなおリーナを訓練し、幾度も危険な任務に行かせたのは『人手がどうしても足りないから』だ。宮廷魔導士団の中でも特に魔術絡みの危険な任務を請け負う特務分室は、常に死の危険が付きまとう。当然、就職先の進路として選ぶ者は少なく、さらに任務で命を落とす者も多い。特務分室のメンバーは常に空席だらけだった。

 

———そんな時に、リーナ=レーダスという極上の駒がやってきた。

 

魔術の腕だけならば間違いなく特務分室で1、2を争い、戦闘経験を積めば間違いなくアルベルトに匹敵するエースとなり得る。将来正式に特務分室のメンバーになり得る事もあって、彼女をこのまま逃すわけにはいかなかった。

 

 

案の定、彼女は非常に優秀だった。家族であるグレンやセリカに見つかる事なくこっそり家を抜け出して訓練に参加し、帝国軍において『七星剣』と呼ばれる絶技をあっさりと習得。わずか3日でイヴが『任務に行かせても問題ない』と判断できるほどに成長したのだ。

 

———そして、その初任務でリーナはあっさりと命を落とした。

 

リーナが油断していたわけではない。想定よりも、敵の外道魔術師の実力が高く、また拠点に張り巡らされていた罠が非常に悪辣だったというだけだ。イヴにとって嬉しい誤算は、『リーナは殺しても生き返る』ことだった。

 

————遠見の魔術でその様子を見ていたイヴは、内心ほくそ笑んだ。

 

死んでも生き返るというのなら、任務の難易度や危険度を考える必要はなくなる。彼女ならば、アルベルトやリィエル、バーナードでも危険だと言われる任務でも、成功か失敗かを度外視すれば生きて帰ってくることはできるだろう。

 

———つまりは、使い捨て前提の偵察要員のような真似もできる、ということだ。

 

その非情な———アルベルトに言わせれば下衆な———イヴの考えによって、リーナは地獄のような任務を強いられることになった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天使との再会

すまない、相変わらずイタイ設定を盛ってしまって本当にすまない。





「……くそっ!」

 

————走る。ただひたすらに走る。

 

今日は魔術競技祭開催当日。来賓として女王陛下がいらっしゃる事もあり、本来ならばいつもより早く学院に着いていなければならない日だ。

 

————だがそれでも、妹の緊急事態に比べれば無視しても良い事柄であり、女王陛下か妹か選ばなければならないとすれば、グレンは迷う事なく後者を選ぶ。

 

幸い、まだ時間は大いにある。ゆっくり歩いて屋敷と学院を三回往復してもまだ余裕はあるだろう。

いつも使っている盗聴器から聞こえた不穏な会話に焦燥を感じながら、グレンは白魔【フィジカル・ブースト】で街路を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お喋りはどうやらここまでのようですね、イヴ=イグナイト」

 

『………どういう意味かしら?』

 

通信機の向こう側から少しだけ感じた焦りに、柄にもなく天使———アルテリーナはクスリと嘲笑を漏らす。

 

「安心してください。今のわたしでは、貴様を通信機越しに殺す、などという芸当はできません。今の力では、視界に入った者を殺すくらいのことしかできませんから」

 

『…………』

 

「ですが、気付いていましたか?………この子、いつも盗聴されているんですよ?他ならぬ最愛の兄に」

 

『…っ⁉︎』

 

通信機から、わずかに息を呑む声が聞こえた。————少しだけ、ほんの少しだけ溜飲が下がる。

 

イヴの反応にクスクス笑いながら、アルテリーナは告げる。

 

「この会話を聞いた過保護な彼は、大慌てでこちらに向かっています。……まあ、わたしとしてはこのままお喋りに興じていてもいいのですが。彼の目で、わたしが表に出ている状態で他ならぬ『イヴ=イグナイト』と口論をしているのを目撃する。さて、どうなるのでしょうね?」

 

唐突に通信が切れる。やっている事の割には小心者だったらしい。それが一体何を怖れているのか、は別として。

そもそもの話、盗聴されている時点でアウトなのだが。それでも通信を切るとは、その事が頭に残らないほど間抜けなのか、それとも分かっていてなお通信を切りたかったのか。————アルテリーナにはどちらでも良い事だが。

 

「さようなら、イヴ=イグナイト。……いつか家からも国からも疎まれ、孤独に苦しむ日々をどうぞお楽しみに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バァン、と音を立てて屋敷の扉が開く。目を向けると、案の定そこには汗まみれになったグレンの姿。数年前よりも成長し、しかし芯の変わらないその姿に、愛おしさと感慨がこみ上げてくる。

 

———内側から見ていたので知ってはいたが、やはり彼はこの娘を本当に大切にしてくれているらしい。

 

グレンが息を整えている間に、歓喜に打ち震える心を必死に抑え込む。………今すべきことを、彼女はきちんと弁えていた。

 

「お久しぶりです。お元気でしたか?」

 

その挨拶に、グレンはすぐに反応できない。

彼の目に映るのは、制服を纏い、所々に包帯を巻いた白髪赤目の少女の姿。あと8年以上は目にすることがないと思っていた、天使がそこにいた。

 

「お前、なんで……」

 

かなりの間を置き、ようやく口にするのはそんな短い問い。言葉足らずだったが、目の前にいる天使はその意味を正しく理解する。

 

「『なんで、表に出ているのか』と聞かれれば、こう答えるしかありません。『限界が近づきつつあるから』、と」

 

限界。

それが意味することは、グレンは言われなくても分かっていた。

 

「馬鹿なっ⁉︎想定なら、あと10年近くは保つはずだっただろ⁉︎」

 

「それはあくまでも『想定』。言ったはずですよ。この子の精神状態、『福音』の行使によってその期間は変化する、と。………もっとも、これほど急激に変化するのはあまりにも常軌を逸していると言えますが」

 

 

———固有魔術、【天の福音】。自身の死因を特定し、その死因による負傷を白金術で修復するとともに、『生存情報』を書き換えることで無理矢理死を乗り越える魔術。

 

これは、リーナが『生存情報の追加・変更』という特殊な魔術特性を持っていることに由来するが、この固有魔術はそれだけで成り立っているわけではない。

問題は、蘇生の際に使用される、白金術。

当然だが、たとえ『生存情報』を書き換え、死から蘇ったとしても、致命傷がそのままならば意味はない。蘇ってすぐにまた死ぬだけだ。だからこそ、その問題を解決する為に、白金術で周囲に存在する物質を生体分子に錬成し、自身の細胞を構築して傷口を塞ぐことで致命傷を埋めるというプロセスが存在する。

 

———だが、いくらリーナの演算能力を持ってしても、そこまで複雑な錬成はできない。

 

そもそもの話、よほど特殊な魔術特性、とりわけ錬金術系の魔術に特化した魔術師であっても、自身の細胞を瞬時に創造するなど不可能だ。物質の組成を組み替え、変更し、生体を構成する分子を錬成するので精一杯。その生体分子を数多く錬成し、損傷した箇所に合わせて細胞を作り上げて傷を治すなど、人間業ではない。

 

———そこで、リーナの中の天使、アルテリーナの能力が使われる。

 

この魔術の機能の一つは、リーナの中にいる『天使』の封印を緩め、アルテリーナから『自身の細胞を錬成する力』を借り受ける事だ。

当然、アルテリーナの封印は【天の福音】を使用する度に少しずつ脆弱になり、天使の力が生み出した細胞が肉体に馴染むことによって、リーナの身体に少しずつ天使の力が蓄積され、魂をも蝕んでいく。そしてアルテリーナの封印も、肉体に溜まる天使の力と内側にいるアルテリーナ双方の圧力に耐えかね、徐々に壊れていくのだ。

 

アルテリーナの言う『限界』とは、その封印が完全に破壊され、リーナの魂が天使の力に呑まれてしまう時点のことを指していた。

 

 

「…まさか、この前の事件か?俺がこいつを守れなかったことで、こんな……」

 

「それが原因ではありません。断言します」

 

そもそも、あの程度の負傷(・・・・・・・)ならば、大した悪影響は無い。封印が壊れていくと言っても、本当に少しずつなのだ。

 

「この子が目覚める前に、全てお話しします。この一年で、この子が人知れずどんな目に遭っていたのかを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

————正直に言って、グレンはアルテリーナについてよく知らない。

 

知っている事と言えば、リーナの魂に封じられたもう一つの魂である事と、彼女本人が『天使』を自称している事、そしてその『天使の力』がリーナに悪影響を及ぼす危険な代物だという事くらいだ。

 

———だが、彼女の言う事は信用できる。

 

言葉を交わしたのは数度。だが、その数回でその人となりは理解している。

常にリーナの事を思い、何をしてでも彼女を守る絶対的な守護者。———故に、リーナのことでこの天使が嘘をつく事などあり得なかった。

 

 

「………なんで、そんな事をっ⁉︎宮廷魔導士時代の俺の記録なんて、どうでも良いことだろうが!」

 

グレンは怒る。たかが過去の自分を知る為に(・・・・・・・・・・・・・)、帝国宮廷魔導士団の特務分室などに出入りしたリーナに。

その怒りに、しかしアルテリーナは微笑する。

 

「仕方がない事なんです。リーナは、どうしても貴方の過去を知りたかった。貴方に過去を思い出させる事なく、秘密裏に」

 

「……なんで」

 

「簡単な話です。彼女は貴方の苦しみを少しでも理解したかった。少しでも多く貴方を知って、彼女の思う『理想の妹』に少しでも近づきたかった。……結局の所、彼女は恐れているんです。いつか貴方が、遠く離れていってしまうことを。貴方がちょうど、リーナの兄離れを懸念しているように、ね」

 

「……………」

 

「……言っておきますが、これはもうリーナは覚えていないことです。侵蝕を抑える為にも、決して彼女の前で口にしないで下さい。思い出すきっかけになってしまうかもしれませんから」

 

「……ああ」

 

言うわけがない。正直、言ってやりたい事は山ほどあるが、それはリーナの身を案じてのことだ。そのお説教で侵蝕が進むなど、本末転倒。

 

———故に、文句を言うのはリーナではなく、イヴだ。

 

(……あのアマ、ふざけんじゃねえぞ)

 

 

セラの次はリーナを奪う気か?ふざけるな。

否、もう手遅れだ。話を聞く限りではリーナは既に48回も死んでいる。———短期間にそれだけ『福音』を使用したせいで、侵蝕がかなり進んでしまった。

 

一年前、イヴはジャティスとの戦いの折、セラとグレンを囮にした。厳しい戦況だったにも関わらず、アルベルトの援護をこちらに回さなかった。グレンの力不足は否めなかったものの、結果としてセラは命を落とす羽目になった。

 

———そして今度は、リーナを消耗前提の道具のように扱っている。

 

『生き返るから死なせても構わない』、などと本気で思っているのか。傷を受ける痛みも、敵に追い詰められる恐怖も他人となんら変わらないというのに。アルテリーナによると、『死』の際の喪失感を感じなくなっているらしいが、救いにはならない。むしろ、『人間として死に始めている』と考えるべきだと、リーナに瓜二つの天使は言う。

 

 

 

————味わわせなければならない、と思った。

 

プロの魔導士でも困難な任務に、実戦経験が乏しい状態で赴き、傷を受けた痛みと恐怖を感じながら殺される。それを48回繰り返した苦痛を、あの女に分からせなければならない。

 

———どうすれば良い?

 

神経に鋼線を刺して、【ショック・ボルト】を流し続ける?———生温い。

痛覚を過敏にするルーンを刻んだナイフで延々と斬りつけ続ける?———全然足りない。

 

そもそも、あの女をどう拘束する?

力が足りない。【愚者の世界】はあの女相手では相性が悪い。何かないか、何か————。

 

「言っておきますが、イヴには手出しをしないでくださいね。自分のせいで兄が犯罪者になるなど、それほど悲しいことはありませんから」

 

グレンの殺気を読み取ったのか、それとも表情に出ていたのか。『何もするな』とアルテリーナは釘を刺した。

 

「いずれ彼女はわたしが社会的に抹殺します。その代わりと言っては変ですが、これを」

 

アルテリーナが取り出したのは、見慣れない魔導器。……見た目からして、通信用だろうか。

 

「…これは」

 

「見ての通り、通信用の魔導器です。イヴがリーナに手渡した、任務連絡用のね」

 

「…っ!」

 

「またイヴが秘密裏に接触してこないとも限りませんから、持っていて下さい(・・・・・・・・)。そして絶対にリーナには触らせないように。今日の出来事も念の為記憶から消しますから、思い出させないようにして下さいね」

 

「ああ」

 

なんだかどんどん隠さなければならない事が増えるな、などとグレンは思うが、今更だ。数年前からずっと、記憶を封じられたリーナにはアルテリーナの事を隠してきたし、どうすればリーナの精神状態を安定させて侵蝕を抑え込む事が出来るか、セリカと共に色々と試してきた。

 

「……では、そろそろわたしは失礼します。この子のこと、これからもよろしくお願いしますね」

 

そう言い残し、天使は立ち去った。直ちに髪が漆黒に染まり、瞳が蒼色を取り戻す。

倒れ込んだリーナを、グレンはそっと抱きとめた。

 

 




………この作品、ルミアとシスティーナの出番少なくね?と、ふと思った。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【悪夢】

ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい。最近忙しくてストレスが溜まっていて頭がおかしくなったのか、なんか意味不明なグロなんだかホラーなんだかわからない話になってしまった。


読者からの反応が怖い。



と言うわけで、注意。
グロ系、ホラー系が苦手な人は、今すぐブラウザバック。どうせこの話を読まなくても(多分)これからの話にはついていけるはず……なので、前半は読み飛ばしましょう。

前半を読む人はお覚悟を。『何がホラーだよ、こんなのグロでもホラーでもねえよ、くだらねえ』と笑い飛ばせる人のみ読んで下さい。



……ところで、エロなければR18なくても大丈夫……ですよね?読む側の時はともかく、書く側になって見るとどのラインまでが大丈夫なのか分からなくなる……。後で投稿したことを後悔して消すかもしれない。



街は焼け、人は食われる。それはまさしく地獄絵図。

 

「《我が身は剣・我が手は刃ーーー」

 

呪文を紡ぎながら疾走する。敵の姿を注視しないように意識しながら、敵に向かって突き進む。ーーーその敵の姿を見れば、それだけで精神の均衡を失い、まともに魔術が使えなくなる。彼女はそれを理解していた。

 

「ーーー其は、全てを斬り裂くもの》!」

 

本来七節の呪文を三節にまで短縮して固有魔術を発動。両手首の周りに3つの方陣が並び、高速で回転する。手首より先に光の刃が形成された。

 

「はああぁぁっ!」

 

突撃。

形成された刃で敵を斬り裂き、体液を浴びる前に飛び退く。あとはそれの繰り返し。

 

「やめろ、やめてくれっ!ーーーひっ…」

 

「ぎゃああぁぁーーーっ!」という悲鳴と、「ブチブチ」という理性を蝕むほどの嫌な音が聞こえるが、無視する。ーーー意識したが最後、次に変わり果てるのは自分だ。絶対に意識してはならない。

 

(守らなきゃ……。あの2人だけでも、絶対に!)

 

数メートル離れた場所には、ルミアとシスティーナの姿。

だが、いくら奮戦しようとも、総計数千にも及び、なお増殖し続ける敵を全て足止めすることなどできない。討ち漏らした敵が「ギチギチ」と嫌な音を立てながら2人に殺到するが、

 

「《大いなる風よ》ーーー!」

 

ルミアによって強化されたシスティーナの風の魔術が、触れる前に敵を吹き飛ばす。胆力に長けたルミアは敵の姿を目にしてなお正気を保ってシスティーナに指示を出し、システィーナは目を瞑りながらその指示通りに魔術を行使。2人の長所を活かした、素晴らしいコンビネーションだ。

とはいえ、長くは保たない。長期戦によってシスティーナは息を切らし、もはやマナ欠乏症寸前。2人を生き残らせるためには、このまま戦闘を続けるわけにはいかない。

 

ーーーそして、見てしまった。建造物の屋上から飛び降り、死角から2人に襲い掛かる敵の姿を。

 

「…逃げなさいっ!」

 

2人に向かってなりふり構わず全力疾走。2人が異変に気づくのと、黒髪の少女が辿りつくのはほぼ同時。

 

「……ふっ!」

 

刃を消失させた左手で2人を突き飛ばし、もう片方の手に宿したままの刃で敵を両断。2人を逃すために回避が遅れ、体液が刃の無い左手に掛かった。

 

「〜〜〜〜〜ーーーっ⁉︎」

 

声にならない悲鳴が上がった。

体液の掛かった箇所から激痛が走り、じゅうじゅうと蒸気が発生する。即座に彼女は、左腕を刃で斬り落として飛び退いた。

 

「……え?あっ、え、リーナ?」

 

刹那の出来事で現状を把握していないのか、それとも敵の姿を僅かでも目にしてしまったが故の混乱か。システィーナは呆然と、左腕を犠牲にした少女の名を呟いた。

 

そして、斬り落とした腕から「ギチギチ」という音。その音を聞き、リーナは残った手で慌ててシスティーナの目を塞ぐ。

 

「……ひっ」

 

それを目にしたルミアが、彼女にしては珍しい怯えの表情を見せる。

吐き気を堪えつつ、リーナもそれ(・・)を目にした。

 

自分の切り離した腕が青黒く染まり、ブクブクと膨張。そして膨らんだ腕がぐちゅぐちゅと変形し、小型の『敵』になった。

 

ーーー敵の姿を、見てしまった。

 

全体的に鈍く光を反射する薄橙色の、まるで蜘蛛のようなシルエット。足は8本で、その先には五本の指。まるで人の腕を無理やり取り付けたかのような、グロテスクな形状。背中からは長い触手が一本生え、その先には白目と濁った黄金の瞳から成る眼球がぶら下がっている。そして口に当たる部分には人と同じ形状の歯が生え、口腔から人と同じ形の鮮やかなピンクに光る舌が覗いていた。

 

その瞳が、ギョロリとこちらを見る。

 

「あ、ああぁっ……」

 

目が、離せなくなった。あまりにも悍ましい、まるで『人のパーツをバラバラにして無理やり他の生物の形に組み立てた』かのような、その姿。

 

ーーー吐き気がする。

 

早く目を背けたい。なのに体が言うことを聞いてくれない。腰を抜かし、その場に崩れ落ちる。

 

ーーー助けて。

 

「リーナ、見ちゃダメ!早く逃げよう!……しっかりして、システィ⁉︎」

 

ルミアの声も、聞こえない。

 

ーーー怖い。

 

血の気が失せる。身体が寒い。冷や汗が止まらない。

 

ーーー助けて、◯◯◯◯

 

下半身に生暖かい感触。流れ出た液体が、タイルで舗装された街路に広がった。

 

「……あ」

 

いつの間にか、大小様々なその天敵に囲まれていた。もう、周囲の様子は見えない。見渡す限り、気持ちの悪い肌色。

 

 

「……いや、やめて、せめてシスティ達だけでも助けてえ……」

 

そのルミアの嘆願が、聞こえたのか否か。敵の集団がまず狙ったのは、ルミア。

ギチギチと音を立て、敵が殺到する。たちまちルミアの姿が見えなくなった。

 

「痛い、あああ、ああぁーーーっ⁉︎」

 

迸る悲鳴。ブチブチと音を立て、血と肉片が辺りに飛び散る。………飛んできた肉片が敵に生まれ変わるのが見えた。

 

「…痛、なんで、システィだけは助け……」

 

それっきり、ルミアの声は聞こえなくなった。

そして、しばらくぐちゅぐちゅと蠢いた後、まるで興味が失せたかのようにその場を離れる悍ましい天敵。……そこに残っていたのは、血溜まりの中に浮かぶ金と銀の糸くずのようなものと、白い硬質の残骸。

 

ーーー敵の集団が自分に襲い掛かるのは、その直後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、リーナ!大丈夫かっ⁉︎しっかりしろ⁉︎」

 

「……あれ、兄様?」

 

「リーナ、起きたか」

 

リーナは、辺りを見渡した。いつも見ている、何も変わらない景色。セリカの屋敷だ。

 

「…わたしは何をして……」

 

確か、朝食を食べ終え、制服に着替えたはずだ。だが、そこから何をしたのかがどうも思い出せない。そもそも自分はなぜ制服姿でベッドに寝ているのか。

 

「…お前、倒れてたんだよ。やっぱり今日は休んだ方がいいんじゃないか?」

 

「なんかとんでもない悪夢にうなされていたみたいだし」、とグレンは心配そうに付け足す。

 

「…?倒れた?」

 

確かに、途轍もなく恐ろしい夢を見ていたような気がする。冷や汗で寝巻きはびっしょりと濡れ、すこし身体も震えていた。

しかし、どうもそれだけではない気がする。何か大切な事を忘れているような気がするのだが、思い出そうとしても何も浮かんでこないのが現状だった。

 

(そもそも、兄様はどうしてここに……。いや、そういえば盗聴されてるんだったわね、わたし)

 

おそらく、いつものように盗聴していたらいきなり倒れたものだから、慌てて戻ってきたのだろう。ありがたいことだ。

 

その密かな感謝には気づかず、グレンは心配そうにこちらを見ている。このままでは本当に休みにされてしまいそうだった。

 

「大丈夫よ。いざとなったらクラスのみんなもいるし、何かあってもそうそう深刻なことにはならないでしょう」

 

「それにシスティーナとルミアの2人とも久しぶりに話したいわ」と、リーナは薄く微笑みながら言う。

療養中、システィーナとルミアの2人はよくお見舞いに来てくれたが、リーナの体調を気遣ってあまり長居はしなかった。しかも最近は魔術競技祭の準備などで忙しかったようで、あまり来てくれなかった。要するに、話し足りないのだ。

 

グレンもそれは分かっていたのか、あまり強く反対はしなかった。

 

(久しぶりの登校日、本当に楽しみだわ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーナ⁉︎大丈夫ですの⁉︎」

 

「ええ、問題ないわ。もう普通に歩けるもの」

 

「むしろまだ完治してないのかよ⁉︎本当に大丈夫か⁉︎」

 

「大丈夫よ。もう命に関わることはないもの」

 

「それって命に関わる傷だったって事だろ⁉︎」

 

「…ええと、それは」

 

「今更だけど、本当にありがとう!僕達が無事だったのは、リーナちゃんのおかげだよ‼︎」

 

「ええ、どういたしまして」

 

 

ーーーどうして、こうなったのか。

 

開会式が始まる前に余裕を持って学院に到着したリーナとグレン。敷地内に入り、魔術競技祭の会場に入る前にグレンと別れたリーナは、早速二組の集まる場所に向かったのだが、そこで騒ぎになった。

 

ーーー目的地に着いた途端、クラスメイトが押し寄せてきたのである。

 

自分がそこまで心配されていたという事実に、リーナは戸惑いを隠せない。

しかし、彼ら二組の生徒にしてみれば、リーナは先の事件で恐ろしいテロリストに勇敢に立ち向かっていった英雄であり、命の恩人だ。いくら事件前はシスティーナとルミア以外ほとんど交流がなかったとはいえ、皆の為に体を張り、しばらく学院に来られなくなるほどの重症を負ったともなれば心配もするというもの。実際、二組の生徒の大半は、(いくらグレンからリーナの容態を聞いているとはいえ)実際に目にするまで気が気でなかった。

 

しかしながら、リーナにはそれが分からない。学院に来るまでほとんど人と接してこなかったため、人の感情の機微に疎かったのだ。

生徒達に囲まれ、身動きも取れず、少し涙目になっていると、救いの女神が現れた。

 

「ほら、リーナが困ってるじゃない。病み上がりなんだから、無理させちゃ駄目でしょ」

 

「リーナも困ってるし、そろそろ放してあげよう?」

 

システィーナとルミア。ずっと会いたかった2人が、リーナをクラスメイトから救い出した。

 

 

 

 

 

 

 

クラスメイト達の輪から抜け出し、リーナ達三人は歩き回る。やがて人の少ない落ち着ける場所を見つけると、三人はそこへ座り込んだ。

 

「ありがとう、……助かったわ、本当に……」

 

「ええと、リーナ、大丈夫?」

 

息を切らすリーナに、心配そうに声をかけるシスティーナ。確かに歩いている途中で少し走りはしたものの、せいぜいが物陰に隠れる時くらいで、しかも小走り程度だ。現に、システィーナとルミアは息切れどころか、呼吸を乱してすらいない。

 

「……ええ、大丈夫よ。少し、疲れただけだから」

 

呼吸を整えながら答える。

 

(いくら何でも、虚弱過ぎよ、わたし)

 

以前はフェジテの街を二周ほど走り回っても平気だった筈だが、事件後のほとんどの時間をベッドの上で過ごした結果、今は歩き回るだけで疲労が滲む始末。一体どれだけ体力が落ちたのか、リーナは少し恐ろしくなった。

 

そして、その様子を見たルミアとシスティーナは、

 

((やっぱり、まだ休んでいた方が良かったんじゃ………))

 

と、内心で呟いた。

 

やがてリーナの呼吸が落ち着き、会話を始める3人。影から見守る複数のクラスメイト達の姿に、3人は気付かなかった。

 

 

 




ルミアちゃんに何の恨みがあるのかって?全く無い。むしろルミアちゃん推し。書いた時は頭がおかしくなっていたんだ、多分。


……読者からの反応が怖い。一気に評価が下がる自信がある。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

快進撃

時間がかかった割には少し短め。期末試験期間中なので許して下さい。

……前話の評判が良くてびっくり。投稿直後はお気に入り数が減ったものの、しばらく時間を置いてみればお気に入り数、評価共に上昇。……それは果たして、リョナ系の話が趣味の、つまりは自分と同じような好みを持つ人間が多かったのか、それともルミア様効果か。どちらにせよ、前の話は普通にセーフだったようで。


……つまり、もっと過激な描写になってもいいと?


こんな書き込みをして期待した方には申し訳ないが、今回の話は普通です、普通。


開催式が終わり、競技が進む。

去年活躍し、無敗の伝説的な記録を出したリーナが出場できないという話は、もはや学年中に知れ渡っている。従って、『今年こそは優勝する!』という意気込みは二年次生の総意であり、二組は万事休すかと思われたのだが。

 

「ロッドとカイの飛行競争が2位、セシルの魔術狙撃が四組と同率の1位、ウェンディの暗号解読に至ってはダントツの1位。…なんだ、余裕じゃない」

 

競技の結果を見て、リーナが思わず呟く。その呟きを聞いた他クラスの生徒は「偶然うまくいっただけのくせに…っ!」と悔しげに顔を歪め、それを聞いた二組の男子達はドヤ顔で「負け惜しみ、乙〜」と煽り、相手から益々冷静さを奪った。

 

「やりましたね、先生!……先生?どこか具合でも悪いんですか?」

 

「…いや、なんでもない」

 

心配そうなルミアの問いに、グレンはやや歯切れの悪い答えを返した。

滑り出しは好調。リーナがおらず、またクラスメイトほぼ全員が参加する唯一のクラスということもあり、二組は元々注目されていた。成績優秀者が複数の競技に参加することが恒例となりつつあるこの魔術競技祭において、誰もしようとはしなかった暴挙。「二組の新しい担任は何を考えているのか」「リーナが出られないからといって、まさか遊びに走ったのか?」などと陰で言われていたが故に、二組の平均的な生徒が他クラスの成績優秀者を打ち負かす光景は、二組のみならず、戦力外通告によって出場できなかった他クラスの生徒をも大いに盛り上がらせた。

飛行競争の競技において、グレンのロッドとカイに対する指示は、『ペースをうまく調整し、最後の最後まで余力を残し、かつ競技後には立ち上がることができないくらいに体力を使い尽くすこと』だ。

ただがむしゃらに速く飛行したのでは、コースの後半でガス欠を起こし、次々と他クラスに追い抜かれる羽目になる。かといって出し惜しみをすれば、余力を残せても上位には食い込めない可能性がある。よって、ペース配分を最優先としつつ、余裕があれば体力を使い尽くすように指導したのだが、思った以上にうまくいった。

 

そもそもの話、優秀な生徒を使い回す他クラスと違い、二組の生徒は後の競技のことを考える必要はない。後の競技の事を考え、常に余力を残さなければならない他クラスの生徒と、1つの競技しか担当しないが故に自分の競技に全力を出し、文字通り使い潰せる生徒。どちらが有利かは、もはや語るべくもない。

 

(しかも、後の競技であればあるほど、前の競技による疲労が蓄積され、ただでさえ節約しなければならない体力はどんどんすり減っていく………。魔術の腕云々以前の問題ね)

 

以前からリーナは思っていたが、この学院の講師の目は節穴なのではなかろうか?

兄に比べて的外れな、まるで『知識を暗記』させるかのような授業。さらには女子の破廉恥とも言える制服を平然と受け入れている、いやむしろ推奨しているその風紀。魔術の知識やら技能やらを重視するくせに、人として大切なものを放り捨てているような気さえしてくる。それとも、学院の講師達もこの制服が好きな変態なのだろうか?だとしたらあまりにも救われない。

 

(……そういえば、この学院の学院長。セリカに色目を使っているくらいには女好き、って聞いたことがあるわね)

 

それが事実なら、そもそものトップがダメ人間、と言うことになる。

これから先の学院生活を憂いながら、リーナは溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

————実を言うと、この二組の好成績は何もグレンの指導や選手となる生徒の選び出し以前に、生徒達の熱意にある。練習に行き詰まった男子生徒達に、グレンは「個人種目で好成績を出してクラスの優勝に貢献すれば、今年出られないリーナからの好感度が急上昇するぞー」と半ば投げやりに焚きつけたのだが、思っていた以上に効果があった。……正直なところ、リーナはシスティーナやルミア以外のクラスメイトとの接点は薄く、あまり関心がないような印象があるのでほとんど口から出まかせを言ったのだが……。

 

(……こうも効果があると、正直罪悪感がな)

 

リーナに対して過保護な彼にとっては珍しく。

後でこいつらに何か言ってやるようにリーナに伝えるか、と決意したグレンだった。

 

 

 

実際には、そんな下心ではなく、ただ単純に競技に出られないリーナのことを思い出して努力した生徒がほとんどであったのだが、グレンは知る由もなかった。

 

 

一方その頃。

 

「ハーレイ先生⁉︎しっかりして下さい!」

 

「…ダメだ、気を失っておられる」

 

「おのれ二組めっ!」

 

大騒ぎする一組の生徒に囲まれ、担任のハーレイ=アストレイは、「給料半年分がぁ……」とうわ言のように繰り返しながら気絶していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うえぇぇ、なんで、なんでなのよう…」

 

さめざめと泣きながら、リンゴジュースを煽る。アルコールが一切入っていないにも関わらず、側から見ればそれは完全に出来上がった酔っ払いの姿だ。

 

「…なんで盗聴なんかしてるのよう、グレンの馬鹿ぁ…」

 

宮廷魔導士団特務分室の保有する、室長の執務室にて。

大量の書類が山積みになった卓上に突っ伏しながら、特務分室室長・イヴ=イグナイトは荒れていた。

 

「……しかしな、イヴちゃん。いくらなんでもグレ坊の妹さんを無理矢理任務に行かせたのはやっぱりマズイ気がするんじゃが…」

 

その姿を見かねた特務分室執行官、ナンバー9《隠者》のバーナード=ジェスターがなんとか諌めようとするものの、

 

「…なによ。バーナードだって、顔写真見るなり『即採用!』なんて張り切っていたくせに」

 

「うぐ……」

 

全くもってその通りだったので、それ以上何も言えなかった。

その勢いに乗ってか、イヴは益々加速する。

 

「大体何よ、リーナを任務に行かせたのがそんなに悪い⁉︎確かに任務の難易度を深く考えずに何度も死なせる羽目になったのは完全に私が悪いし、捨て駒みたいに扱ったのは自分でもどうかと思うけど……それって私だけが悪いの⁉︎」

 

ヒステリックに喚き始めたイヴの姿を見て、バーナードは内心で『こりゃしばらくは収まらんの…』と呟いた。

通信先の『天使』が告げた『盗聴発言』に冷静さを失い、慌てて通信機を切ってしまってから、イヴはずっとこの調子だ。実際に会ってもいないのに勝手に『怒られた』ような気分になり、今まで溜め込んできた鬱憤をぶちまけている。

 

「仕方無いじゃない!部下の命は取り返しがつかないけど、あの娘は生き返るんだから!毎回部下の安否を気にしながら任務に行かせる私の気持ち考えたことある⁉︎大体、人手が少な過ぎるのよ!なんで毎度毎度無能な他の中央十室に人員を派遣しなくちゃならないわけ⁉︎」

 

特務分室以外にも、宮廷魔導士団には様々な部署が存在する。だが大抵の案件がその部署では対処できず、事ある毎に特務分室を頼ってくるのが現状だ。そのせいでただでさえ足りない人手が割かれてしまうのだから、イヴが『無能』と蔑むのも仕方のない事だろう。

 

「そもそも、グレンも甘すぎんのよ!何勝手に辞めてんのよ!アンタが辞めなきゃ人手の問題も少しはマシになってリーナに頼ることもなかったかもしれないのに!社会人なら一度就いた仕事に責任持ちなさいよ!」

 

だんだん愚痴の内容がグレンの悪口になってくる。

 

「目の前でセラが死んだ?だから何⁉︎そんなのこの仕事じゃ当たり前よ!アンタだけだとでも思ってるの⁉︎何も言わずに勝手にやめやがって……。甘えんなこの馬鹿あっ!」

 

リンゴジュースを飲み干し、思い切りグラスをぶん投げる。壁に高速でぶち当たり、甲高い音を立てて砕け散った。

 

「……ひえっ」

 

その光景をみたバーナードが思わず声を漏らす。イヴは完全にガチ切れしていた。一体どれだけのストレスを抱え込んでいるというのか。

 

(…まあ、確かに言われてみればイヴちゃん、どちらかというと被害者側じゃしのう)

 

イグナイト家からは私生児という理由で事あるごとにやっかみを受け、室長に就いたら今度は仕事に振り回され、更に他の部署に足を引っ張られる始末。朝早くから夜遅くまで会議だの任務だの報告書の作成だのに追われ、バーナードの知る限りプライベートな時間どころか睡眠時間さえ碌に取っていないだろう。むしろそこに優秀な人材となり得るリーナが現れたのだから、それについ手が出てしまうのも仕方のない事だ。……その手段や経緯、そして結果はまた別の話として。

 

(……儂らにも責任があるんじゃがのう)

 

何も考えずにひたすら突撃し、格上殺しをやってのける代償に器物破損で多大な出費を強いるリィエル。

有能ではあるが自分の能力を基準に物事を考え、任務を重要視し過ぎて碌に休みも取らず、そのせいで感覚が麻痺しているアルベルト。

そして、やる時はやるものの女が絡むと少し巫山戯る自分(バーナード)

 

思い返せば、ここにはまともな人材がほとんどいない。

 

宮廷魔導士団、特に特務分室は時折帝国の暗部とも言われる。その大きな理由の1つが、その労働環境にあることはもはや言うまでもないことだった。

 

 

 

 

 




すまない。本来ならイヴにヘイトを集めるつもりだったのに、ドラゴンマガジンの短編に感化されてしまって本当にすまない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

逃走

お察しの通り、やはり行き詰まり始めた。1ヶ月以上空いちゃったよ……。
原作最新刊ではこの作品で書いたことと矛盾する内容が登場したが……スルーしよっと。このまま突っ走る!




……どうして、こうなった。

 

順調に進んでいたはずの魔術競技祭。ルミアが精神防御の競技で優勝し、確実に総合優勝に向かっていた。その後のランチタイムでは、システィーナからのお裾分けを少しもらいつつ、システィーナ、ルミア、リーナの3人の会話を聞いていた。

 

 

 

———そして現在、魔術競技祭午後の部がそろそろ始まるというところで。

 

 

 

グレンは、リーナを抱きかかえつつ、ルミアと共にフェジテの街を走り回っていた。

 

「ちくしょう、しつこすぎるだろ⁉︎」

 

後ろを振り返ると、わずか20メトラ程後方には走って追ってくる王室親衛隊の面々が。白魔【フィジカル・ブースト】でグレンもルミアも加速しているにも関わらず、なかなか引き離せない。

 

「…兄様、そこの角を右に曲がった後、すぐに左に曲がって」

 

言われた通りに路地に入り込む。ここは建物が多い故に、慣れていなければ道に迷いやすい迷路のようなものだ。幼い頃からずっとフェジテで暮らしてきたリーナとグレンにとって、この街は庭のようなものだった。

 

 

『……くそっ、どこへ行った⁉︎』

 

『まだ遠くへは行っていないはずだ!手分けして探せ!』

 

そんな声が路地裏に響く。見つかるのは時間の問題だとグレンは悟った。

 

「しかし、なんでこんなことになってんだ?」

 

「それはわたしが聞きたいわ」

 

 

昼食後、競技の準備の為にシスティーナと別れたのがおよそ1時間前。まるでシスティーナがいなくなるのを見計らったかのように王室親衛隊が現れ、なぜか『大罪人』としてルミアとリーナの身柄を要求。それを拒否して目くらましを仕掛け逃走し、今に至る。

 

(…一体、何の冗談だ?女王陛下がこんな命令を出すとも思えんし……)

 

そもそも、王室親衛隊が妙に必死過ぎる。まるですぐにでも2人を捕獲しなければならないかのような雰囲気だ。

三年前、ルミアは表向き病死したことになり、王家から追放された。その理由はルミアが異能者であり、迫害される対象が王家の一員であることを知られる危険性を無視出来なかったからだ。

 

(まさか、王室親衛隊が勝手に動いている?ルミアの素性を知る一部の人間が暴走でもしてるのか?)

 

だがそうなると、今度はリーナが狙われる理由が分からない。

 

(…まさか、イヴがリーナを連れ戻そうと何らかの手を打った?)

 

そう思いつつ、いくら何でもそれはあり得ない、とグレンはその可能性を否定した。

 

(いくら特務分室の室長といえど、王室親衛隊を動かせる程の権力はねえ。それに奴なら、もっと確実かつ逃げ場のない手段を取ってくるはずだ…)

 

だが、だとしたら何故リーナが狙われるのか。本当に理由が分からない。まさか()()()()()()()()()()()()()()

 

リーナの素性は本人すら知らない。否、覚えていないと言うべきか。彼女の正体を知るのは自分とセリカのみ———。

 

「って、なんだ。最初からセリカに連絡すればいいんじゃねえか」

 

焦りすぎて冷静さを失っていたためか、そんな簡単な事も思いつかなかった。セリカならば女王陛下に進言して、この訳のわからない逃走劇を終わらせる事もできるだろう。善は急げ。見つかる前に事を済ませたい。手首の魔導器で通信魔術を起動し、セリカと連絡を取る。

 

………だが。

 

『すまない。私は何もできない』

 

「…は?」

 

協力を要請したグレンに対するセリカの返答は否だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セリカの役立たず宣言を、リーナを介して白い天使は聞いていた。

 

「正直、がっかりです。リーナの身の回りで最も強いはずのセリカでさえ手も足も出ないとは。それとも、ここは敵の周到さを評価するべきでしょうか?」

 

アルテリーナは、リーナ達の置かれた状況と、通信魔導器によるグレンとセリカの会話の内容から、女王陛下あるいは王室の重要人物の誰かが人質に取られている事を把握している。セリカが頑なに情報を漏らそうとしないのも、ルミアやリーナを必死に襲いかかってくる王室親衛隊の件もそれで辻褄が合ってしまうのだ。

 

ーーーそしてその黒幕は、高い確率で天の智慧研究会だ。そうでなければ、リーナが狙われる説明がつかない。

 

リーナの正確な情報は、アルテリーナ以外誰も知らない。グレンやセリカが把握しているのは、まだその一端に過ぎないのだ。ならば、以前学院で天の智慧研究会のメンバーが起こした事件の折に相手に知られたと考えるのが自然だろう。魔術を使えば遠距離から監視・盗聴する事も可能だ。おそらく敵の狙いはリーナの捕獲。事件の際に知られたならば彼女の不死性は向こうも意識しているからだ。

 

「ですが、みすみすこの娘を引き渡すわけにはいきません。そうするくらいならこの国を滅ぼした方がまだマシです」

 

 

実際の話。

別に何度リーナが死のうが、天使の力に彼女が呑まれようが実は大して問題はない。天使の力に呑まれようと、今の自我を獲得したリーナならば人格を損なう事はあり得ないからだ。否、あり得ないと信じている。故に短期的に見れば、リーナを犠牲にするイヴのあの作戦は合理的であったとさえ言える。

この場面を最低限の犠牲で済ませる策は、間違いなくリーナを囮にする事だ。彼女を囮にすれば時間を多く稼げる上に、敵の数もそれなりに減らせる。加減を誤れば人死にが出る恐れもあるが、アルテリーナにとってそれは些事だった。

 

「しかし、それではリーナの尊厳を無視してしまう」

 

グレンは彼女に危険が及ぶ事を決して許しはしないだろう。たとえ最終的には生き残るとしても、その過程でリーナが味わう苦痛を彼は絶対に無視しない。そうなるくらいなら、グレンは自分自身を囮にする。……たとえその選択が、3人全員が助かる可能性の低いものだったとしても。

 

———では、どうする?

 

どんな状況であれリーナを見捨てないのは彼の美徳。しかし、かと言ってリーナの為に他者を犠牲にする覚悟はない。否、学院の講師になってからはそもそも『犠牲にする』という思想そのものを捨てつつあるように思える。人間としては立派だが、リーナの『守護者』としては面白くない。リーナと同じく標的になっているルミアは言わずもがな。

 

————付け入る隙があるとすれば、『どのように人質を取られたか』の一点に尽きる。

 

「物理的に拘束されているだけ、のはずはないですね。何らかの魔術が仕掛けられているはず。とはいえ流石にリーナの『天罰』クラスの理不尽なトラップは無い、と考えていいでしょう。現代の人間にできることはたかが知れている。相手が現代人であると仮定するならば、……可能性として挙げられるのは条件起動式の呪殺具くらいでしょうか?」

 

これは推測でしかない。そもそも、この考え全てが的外れの可能性もある。

 

「呪殺具などの現代の魔術によるトラップならば、グレンがいるだけで事足りる。一応セリカの通信の内容とも辻褄は合いますね」

 

彼女は傍観者。暇潰しに推理紛いの事をしてみたはいいものの、それを彼らに教えることはない。『リーナの安定を望む』というアルテリーナの特性上、リーナの身に危険が及ぼうとも、大抵の場合は必要最低限の行動しかしないのが彼女だ。

 

————動くとすればそれは、手遅れ一歩手前になった時か。

 

思い出すのは怪物の群れ。人を喰らい、汚染し、犯して同族にする汚らわしい異形ども。

 

————あの光景だけは実現させまいと、彼女は心に誓っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしが囮になれば、うまく逃げられるわ」

 

「そんな、ダメだよ!だったら私が囮に…」

 

「そもそもお前、ロクに走れないだろ。そんなんでどうやって囮をするんだ?」

 

「………えーと、無理矢理?」

 

セリカに助けを求められない状況で、不毛な話し合いが進む。セリカによれば、グレンがセリカと女王陛下の前に出た時点で問題は解決するらしいが、それそのものの難易度が非常に高い。どう考えてもリーナが足手まといになっているのが現状だ。

 

「そもそも、セリカも兄様も過保護なのよ。無理矢理にでも運動しなくちゃいつまで経っても動けるようになんてならないし、実際リハビリが手緩かったせいで今の危機を脱却できないわけで」

 

「それは偏り過ぎだろ」

 

リーナの言いたいことはわかる。要するに、『もっとキツめのリハビリをしていれば回復も早くなって、今頃走り回っても問題なかった』とでも言いたいのだろう。しかし。

 

(……お前、分かってるのか?あれでも一応、生と死の境目をフラフラ歩いているような状態だったんだぞ?)

 

リーナは『手緩い』と評したが、それは単に苦痛や疲労が正常に感知できないくらいにボロボロだったというだけの話だ。普通の事故や負傷ではあり得ない症状が現れている。『完全な死からの復活』は不安定で、未だ解明されていない謎も多い。そのような状態で、一体誰が無茶なリハビリをさせられると思うのか。

 

 

「そもそもこうなったのはお前があの事件で無茶をしたからで……」

 

「いたぞ!こっちだ!」

 

「げ……」

 

時間切れ(タイムアップ)。見つかった。

退路を確保しようと、追っ手とは逆の方向を見る。———敵影はなし。

 

「走るぞ!」

 

「は、はい!」

 

グレンとルミアは再び【フィジカル・ブースト】で加速、と同時に。

 

「《目を瞑って》!」

 

グレンとルミアへの指示をそのまま呪文に即興改変し、リーナの黒魔【フラッシュ・ライト】が発動。追っ手の視界を一時的に奪うことに成功した。

 

 




1ヶ月間ダラダラ書いた為、もしかしたらこの作品内ですら矛盾があるかもしれない……。が、それはそれとして。


最新刊でも、やはりジャティスが持ってった。戦闘力を『強さ』と認めたりしていなかったり、どこか憎めないところがあるよね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

改竄

まだ待ってくれている方がいるのだと信じて、投稿。


走って、走って、走る。

 

「いたぞ、あそこだ!」

 

少女を腕に抱えたまま走る青年はその声を聞き、咄嗟に目の前の曲がり角を速度を維持したまま右に曲がる。

 

「やれ」

 

「……わかった」

 

青年のその一言で意図を察した、彼とともに並走する金髪の少女が走りながら手を後ろに向け、彼女の得意(特異)な魔術を使用する。

 

 

 

「《炎よ》!」

 

それと同時に、青年に抱えられた黒髪の少女が一節詠唱の魔術で爆炎を放つ。爆炎が発生すると同時に周囲の壁が水へ変わり、水は爆熱を受けて一気に沸騰。発生した湯煙が追っ手の視界を覆い尽くした。

 

 

周囲の状況が分からずに立ち止まるしかなかったその追っ手————王室親衛隊の一員は、相手の技能を即座に分析し始めていた。

 

(炎はまだ理解できる。あの抱えられた少女は、情報によるとかなりの使い手。この程度の炎を一節詠唱するくらいは不思議でも何でもない。……だが、あの水は何だ?錬金術?……だが、あれほどのデタラメな錬金術を標的が使うなど、初耳だぞ…⁉︎)

 

石の外壁が水に変化する錬金術など、聞いたことがない。あり得るとすれば固有魔術であろうが、元王女の標的がそんな魔術を使うなど初耳だった。

 

それに気づいたのは、王室親衛隊でもたった1人。もう少し彼が有能だったならば、それ(・・)に気がついたかもしれないが………生憎と、元王女を狙う罪悪感と女王陛下が人質に取られている焦り、そして何より普段魔術に触れていない経験不足から、彼は標的が入れ替わっていることに気づけなかった。

 

 

 

 

 

 

「今のところ、問題ないわね」

 

「ああ。俺達の仕事は時間稼ぎだ。あとはグレン達を信じる他ない」

 

「ん。よくわからないけど、このまま走る」

 

抱きかかえられているのは黒髪の少女、リーナ=レーダス。彼女を抱えて走るのはグレン————の姿をしたアルベルトであり、また彼に並走するのはルミアの姿をしたリィエル=レイフォードだ。

 

話は、およそ1時間前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何考えてんだ!殺す気か⁉︎」

 

「ん。…挨拶?」

 

グレンの怒りなぞどこ吹く風とでも言わんばかりに、青髪の少女リィエルは涼しい顔だ。そのやり取りを見て、リーナとルミアの2人は目を丸くする。当然だ。いきなり襲いかかってきた相手———それも(いくら加減したとはいえ)リーナの迎撃魔術を相殺してみせた男と共にいる少女と親しげに話していれば困惑もするというもの。

 

————————ふとリーナは、その2人組に既視感を覚えている自分に気づいた。

 

しかし、どこで出会ったのかが分からない。そう遠い昔ではなかった気がするのだが———

 

「リーナ、久しぶり」

 

少し思案に耽っていた間に、いつの間にか青髪の少女が目の前にいた。無表情のまま、リーナを見つめている。

 

「……久し、ぶり?」

 

呆然と呟くリーナ。

 

「…っ!やめろ、バカっ!」

 

それを見てグレンが慌ててリィエルを止めるが、彼女は事情を知らない。幼き心の純粋さ故に、彼女は地雷を踏み抜いた。

 

「…どうして?リーナも同じ()()()()()()()のはず。挨拶するのは当然」

 

その単語だけならば、問題はなかった。アルテリーナとて愚かではない。その程度のことで解けてしまうような封印は施してはいなかった。

だが、状況が悪い。封印された記憶に関わる人物が2人も目の前に現れた状況下で、さらにリーナがその同僚であるという言葉によって得てしまった認識は、彼女の記憶を刺激した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

警告。

記憶領域第25652222番にてエラーを確認。診断の結果、不正に凍結されたものと断定。

 

解凍開始————管理者『アルテリーナ』の申し立てにより解凍中止。

 

エラー解消の為、ワード『特務分室』とそれに関わる認識記憶を削除。エラー防止の為、庇護対象リストより未確認情報『リィエル=レイフォード』を削除。

 

 

◼️◼️◼️◼️型自律◼️◼️システム再診断———完了。

異常なし。————再起動

 

 

———アルテリーナの意図しなかった不具合が、人間の認識速度を遥かに上回るスピードで解消され、リーナの意識が戻る。リーナの方を向いたグレンが安堵したようにため息をつき、リィエルを取り押さえた。

 

リーナ自身、今自分に起きたことを把握しておらず、精々が『一瞬だけ呆けていた』程度の認識。傍目から見れば何の変化も無かったため、グレンやアルベルトもリーナには何も起きていないと認識しており。

 

ルミアだけが、リーナに対して違和感を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

リーナにある程度情報を伏せ、互いに自己紹介を済ませた後、今起きている問題をどう解決するかの検討を始めた。

とはいえ、取れる手段は多くない。あまり長時間走ることの出来ない今のリーナも標的に入っている以上、逃走は困難を極める。そこで、リィエルとアルベルトがグレンとルミアに姿を変え、リーナを抱えて囮になるという作戦になった(リーナを囮にする事にグレンとルミアは強い忌避感を表したが、アルベルトの実力と相手を欺ける可能性を鑑みて渋々引き下がった)。

 

セリカによれば、グレンが女王とセリカの前に現れた時点で解決の糸が掴めるのだという。この問題を解決さえすればルミアとリーナの安全が確保される以上、彼ら3人の仕事は出来るだけ多くの追っ手を引きつけ、時間を稼ぐことだ。

 

 

そして、今に至る。

あらゆる手を尽くして追っ手を撒き、予めリィエルの錬金術で作成しておいた鏡に向けてアルベルトは【ライトニング・ピアス】を行使。アルベルトら3人から数キロメトラ離れた場所に存在する鏡が電撃の槍を反射し、相手を決して殺さないよう、かつ着実にダメージが与えられるように綿密に計算され尽くした攻撃が命中する。

 

「……ちくしょう、今度はあっちか!」

 

「なんつう速さで移動したんだ、あいつら⁉︎」

 

「それより何故【トライ・レジスト】の効果が切れている⁉︎」

 

「…くそっ!予め結界を張っておいたのか!この場所に入った時点で無効化されているぞ!」

 

そう言って、鏡のある方に向かう追っ手。相手の視線が囮である鏡の方角へ向いている隙に移動し、その間にリーナはアルベルトに抱えられながら呪文を紡ぐ。

 

「《自壊せよ》」

 

その呪文とともに、囮の鏡が粉々に砕け散る。

かつてリーナが作り出した黒魔【セリフ・ディストラクションマーク】。壊したい対象に前もって方陣を刻み込み、呪文をトリガーにして自壊させる魔術。予め術式を対象に書き込む必要があり、また爆発させて周囲を巻き込むこともできない為に戦闘では使い物にならないが、こういう場合には役に立つ。

もしも囮にした鏡の場所に追っ手が辿り着いた場合、すぐにこの仕掛けの種は割れる。そして必然的に思い当たるだろう。「連中は高速で移動したのではなく、鏡を介して攻撃を行っていただけなのだ」、と。そこからさらに、3人が実は王室親衛隊の面々からそれほど離れた場所にいない事にも気がつくのは容易に想像できる。

故に鏡は破壊する。よく見なければ視界に入っても気づかないレベルの大きさの破片に変えてしまえば、このトリックは見抜けまい。

 

—————何事にも、思いがけないことはあるのね。

 

リーナは内心で呟く。

この術式【セルフ・ディストラクションマーク】は完全に趣味で作ったもの。強いて言うなら、手品やからくり屋敷を遠隔で操作する際に必要になる魔術の基礎として用意したに過ぎなかったものだ。『破壊する対象に術式を書き込む』という過程において、記述しなければならない内容は『どの程度の力を対象のどの部位にどのような割合で働かせるか』ということ。それ故に術式を何らかの形で簡略化する事も出来ず、予めスタンプのような形式にしておく事も出来ない、完全に戦闘には使えない代物だったのだ。

 

 

 

———————それが今、こうして役に立っている。

 

どんな魔術も使い方次第。それをリーナは改めて認識した。

 

 

(嫌な娘ね、わたし。昔よりも純粋さがなくなっている)

 

 

どんな魔術も使い方次第でその効果が変わる、ということは一見良いことに思えるかもしれない。人を殺傷する破壊魔術は老朽化した建物を壊すのに効率が良いし、考え方によっては他にも様々な使い道があるだろう。

 

————————けれどそれは、本来の使い方を変えればどんな魔術も人を殺し得る、ということだ。

 

(昔はこんなこと、思いつきもしなかったのに)

 

この黒魔【セルフ・ディストラクションマーク】ですら、人を殺せる武器になる。昔とは違い、この黒魔を利用した、『人を効率よく殺戮する戦法』を今の彼女は思いついていた。

 

———————そして驚くべきことに、この戦法にリーナは一切忌避感を抱いていない。否、思いつくだけでなく、実際に実行してもなお自分の心は乱されないだろう。そんな確信がリーナにはあった。

 

 

(昔はこんなはずじゃ、なかったのに…)

 

歪んだ精神性。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、知らない誰かに自分を改造されているような気持ち悪さ。

 

 

セリカは気にしないだろう。だが、愛する兄がそれを知ったら、どう思うだろうか。

悲しみ、怒ってくれるのならば良い。だが、

 

 

—————軽蔑されるのだけは耐えられない。

 

 

たかだか考え方、精神性。実際に行動に移さなければどのような猟奇的な思想も自由であるのと同様、リーナのそれも決して人に迷惑をかけるものではない。

 

 

——————だが潔癖症のリーナには、それが酷く許しがたい。

 

 

性悪説、という言葉がある。人は生まれながらにして悪であり、法や裁きによって行動を制限しなければ悪事を為してしまうという考えだ。

しかしリーナは、それが許容できない。人の悪事は法ではなく、良心によって咎められるべきだと彼女は考える。何よりそうでなければ、兄に合わせる顔がない。

 

 

——————殺された人間の周囲がどのようになるか、リーナは身をもって知っている。

 

 

人殺しに忌避感がなくなってしまうということは、あの悲劇を起こした外道と同類になってしまうということだ。ただそれを実行に移すか、そうでないかの違いのみ。

 

 

リーナは、自己嫌悪に沈んだ。この事件が解決されるまで、ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




時間がなかなか取れず、長期間に渡って執筆した結果、なんかこうなった。

最新刊を早く読みたい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 特務分室の初任務(閲覧注意)

やったぜ!お気に入りが増えてる!

暴力描写が苦手な人はブラウザバックをオススメする回。溜まったストレスを解消するべく何も考えずに書いた結果、こうなった。


……やっちまったなぁ。


「……はぁ……はぁ」

 

肩で息をしながら、リーナは影から前方の様子を伺う。薄暗いこの洋館は至る場所に罠が仕掛けており、探査魔術で慎重に進まなければたちまち影も形も残らなくなるくらい悪辣な場所だった。

 

(…なんで初の仕事がこんな出鱈目な任務なのよ?恨むわよ、イヴ……)

 

イヴに誘われ、『特務分室の兄の記録』を対価に協力を約束したのはつい最近の話だ。セリカが魔術学会などの用事で留守にしている時を見計らって引きこもりの義兄に(恐れ多くも)睡眠薬を盛り、監視の目がない状況を作り出してはコソコソと帝国軍の拠点へ足を運ぶ毎日。そのために昼は学院、夜は軍と寝る暇もない生活が続いていた。

 

 

(…頑張りなさい、わたし。無事に仕事を終わらせれば、兄様に近づけるわ)

 

彼の歩んだ修羅の道を知り、同じ仕事を経験する。義兄の心の痛みを知るには、同じ環境に身を置かねばならない。

 

 

——————この時の彼女は、その(グレン)でも困難な任務をやらされるなどとは、全く想定していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

リーナの初任務の内容は、『外道魔術師の捕縛および証拠品の取り押さえ』だ。違法な魔術触媒や薬を高く売り、そこで得た金で非人道的な実験や儀式を繰り返し、その儀式の過程で得られる魔術薬や触媒を売るというサイクルで生活する魔術師。どうやら人間を含む様々な動物を嬲り殺しにするような実験らしく、近隣の街でも被害者が出ており、また他の部署では対応できないがために特務分室に回ってきた案件らしい。

 

 

(よりにもよって、プロで解決できなかった事件がわたしの初任務って、おかしいでしょう?まさか特務分室以外の軍人様方が揃って無能であるわけでもないでしょうし)

 

もしもリーナの心の声をイヴが聞いていたとしても、彼女は決して否定しなかっただろう。もしかすると、「有能ならこんなに苦労してないわよ」と小言を付け加えたかもしれない。

 

本来ならば外道魔術師を先に捕縛し、あとで邪魔の入らないように証拠品を見つけたいところだったが、生憎と件の魔術師は行方知れず。先にその魔術師の住処にて証拠品を抑え、『戦力を割くに値すると上層部に知らしめること』が特務分室の方針。今回はあくまで『証拠品の発見』に注力し、後に他の部署の戦力をかき集めての捕縛だとイヴは言っていた。

 

(人の気配はなし。鍵もかかっていたし、やっぱり誰もいないのかしら?)

 

 

だからといって警戒を怠るつもりはない。罠を掻い潜りながら、慎重に歩を進めること1時間。

 

—————-リーナの目の前には、硬く閉ざされた鉄扉が。

 

(……大金庫、かしら?)

 

他の部屋の扉に比べ、明らかに「何かありますよ」とでも言いたげなその扉。扉の大きさや強度から、重要な資材が保管されているのは想像に難くない。

 

——————探査魔術を使用すると、扉の前にはいくつものトラップ。

 

間違いない。

周囲を警戒しつつ、罠の解除を試みる、と——————

 

 

「………————ッ‼︎」

 

悪寒。唐突に解除を中止し、後ろに跳ぶ。—————その直後、『ズガンッ‼︎』と気持ちの良い音を立てて頭上から落ちてきたギロチンが床に突き刺さった。

 

「………嘘でしょう?」

 

思わずそう呟いた。

落ちてきたギロチンは刃の根元まで床に埋まり、床には亀裂が走っている。明らかにギロチンの重さだけではこうはならない。恐らく、なんらかの魔術で落下速度を急激に上昇させているのだろう。あのまま罠に気を取られて回避するのが一瞬でも遅れていたら、真っ二つになるどころか身体が四散していたかもしれない。殺す気満々、油断なしの初見殺しだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「?……—————⁉︎」

 

 

 

 

————気がつくと、拘束された状態で座っていた。

 

 

本当に唐突に、なんの脈絡もなく。ギロチンを躱し、その威力に驚いた次の瞬間、椅子に座らされた状態で鎖で縛られていた。

当然ながら、魔術も封じられている。魔術的な仕掛けが施された鎖なのだとリーナは当たりをつけた。

 

(ねえ起きてる、アル?これはどういう状況?)

 

自分の内に住む白い天使に問いかけるも、反応はない。

 

(……まさか、精神系の魔術?それで気絶でもさせられた?)

 

内に住む天使、アルテリーナとリーナは精神的に繋がっている。しかし、何らかのきっかけで不意に気を失ったりするとその繋がりが途絶え、アルテリーナとの会話が出来なくなってしまうのだ。

リーナは精神系の魔術に対し強い耐性を持っているが、完全ではない。恐らくギロチンの威力に驚いた隙に気が緩んだのだろう、と推測するが————。

 

(わたしが、魔術の発動に気がつかなかった?そんな馬鹿な)

 

 

どれだけの素早さ、どれだけの練度なのか。もしも本当に精神に干渉する魔術でリーナを気絶させたのだとしたら、その腕前は学院のツェスト男爵に匹敵、あるいは凌駕する。

そして悪辣なトラップ。てっきり事前に仕組まれた大掛かりな罠はギロチンを喰らわせるための囮だと思っていたが、そのギロチンすらもまた囮。仮にリーナの意識が飛んだ魔術が精神系の白魔術だった場合、敵は幾重にも罠を仕掛ける周到さと卓越した魔術の腕、そして接近する気配にリーナが気付かないほどの体捌きを持っていることになる。

 

周囲を見渡すと、悍ましい景色が広がっていた。

まず、部屋の隅にいくつも存在するガラスケース。透明な円柱状の容器の中に浮かべられた臓器や脳には無数の電極が突き刺さり、一目で違法な人体実験の研究材料であることが伺える。

そして、壁に飾られた様々な道具。鋸、金槌、鎖のついた鉄球、ナイフ、その他多くの血に染まった刃物やら鈍器やらが無数に引っ掛けられていた。一目で拷問用であると判る。血を落とさないのは相手を怯えさせるためか。それともあえて手入れを怠り、切れ味を落とすことで苦痛を冗長させるためか。どちらにせよ碌な理由ではない。

 

(……本当に、恨むわよイヴ)

 

こうして捕らえられた以上、自分がどのような目に遭うのかは想像に難くない。部屋の景観を脳が認識するにつれて、リーナの全身に冷や汗が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

——————屋敷の主がやってきたのは、それからおよそ10分経った頃だった。

 

赤いドレスを着た、藍色の髪と金色の瞳の美女。纏う雰囲気はまさしく獲物を前にした肉食獣。

 

「ん?起きたか、侵入者」

 

残念ながら、アルテリーナとの繋がりが蘇らないまま時間だけが過ぎた。結局脱出の目処が立たないままタイムオーバー。まさに絶体絶命。

 

「そう身構えなくてもいい。問答無用で殺す、という事はしない。見たところお前は、軍の人間で相違ないな?」

 

返事はしない。相手が精神系の魔術の使い手ならば、気を抜いた瞬間に掌握される。故に沈黙。下手に情報を話して事態を悪化させてしまうよりも、アルテリーナが出られるようになるまでの時間を稼ぐことを彼女は選んだ。

その様子をみた女は、「やれやれ」とでも言いたげに肩を竦め、壁に掛けられた鉄球を手にし、そして。

 

 

 

 

「答えろよ」

 

 

 

「…おぐっ⁉︎」

 

 

 

 

一切の躊躇なくリーナの腹部に叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頑固だなぁ、小娘。壊れるくらいならさっさと話せば良かったものを」

 

 

部屋の中には凄惨な光景が広がっていた。

様々な拷問器具が使い捨てるように血に濡れて転がっており、拘束椅子の足元にはズタボロの少女が裸同然の状態で血の海に沈んでいる。

 

——————女は「さっさと話せば良かった」などと言ったが、それはいの一番に鉄球で内臓を破壊され、呼吸さえも困難になった少女には無理な話だ。むしろこの状態で息があることが不思議だと言えるだろう。

 

当の少女は既に瀕死。目からは生気が失せ、小声でブツブツと何かを呟いている。四肢は裂かれ骨は砕かれ、切り開かれた腹部からはぐちゃぐちゃに潰れた臓器らしきものや骨と思しき破片がはみ出ており、そこにはかつての美しい『リーナ=レーダス』の姿はどこにもなかった。

 

 

——————ああ、ゾクゾクする。

 

女は、異常者だった。「かつて美しかったもの」が破壊されて変わり果てた姿を見るのが趣味であり、その破壊の過程を楽しむことが生き甲斐。彼女にとって、魔術も人も、さらには自分自身すらも己が欲求を満たす為の道具に過ぎない。結局のところ、世間一般の外道魔術師達に倣って侵入者を捕らえるような真似をして情報を吐かせようとしたのも、単なる気まぐれでしかなかった。

 

 

「…ふむ、少しやり過ぎたか。あまりにも良い声で鳴くものだから手が止まらなくなってしまった」

 

苦痛を堪えきれずに漏れる悲鳴も、苦悶に歪むその表情も、元々備えていた美しい容姿も一級品。これ以上の逸材はなかなか手に入らない。足元に広がった、少女から流れ出た液体で靴が汚れるのも構わず、寄り添うようにして女は少女に近づく。

 

 

「………けて…」

 

「…ふむ?」

 

近づくと、少女の呟き声が聞こえた。聞き取ろうと、倒れた少女の口元に耳を近づける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…たす、けて、……にいさま………たすけて」

 

 

 

 

 

 

少女の嘆願。己が目的も思想も忘れ、ただただ救済を求める哀れな姿。

 

 

 

 

 

 

「—————あは」

 

 

それを見て、女は。

「あは、アハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハッ‼︎」

 

今までにないくらいの興奮と喜悦を覚えた。

 

「そうか、そうか!兄がいるのか!壊れてなお縋るということは、余程愛してるんだろうな⁉︎」

 

人は極限状態になると、自分の『芯』にしがみつくようになる。絶望的な戦いに身を投じた戦士が愛しい恋人を想って奇跡の生還を果たす物語など、まさしくその象徴。愛、依存、闘争心、プライド。その『芯』はその人間の人格と積み重ねてきた経験から成り、同時にあらゆる局面における行動の優先順位を決定する基準になり得る。

 

 

 

——————それを消し去り、真の絶望を味あわせた時、この壊れた娘はどのような反応をしてくれるのか。

 

——————想像するだけで、たまらない。

 

 

 

「あは、ならばお前の目の前でその兄を殺してやろう。生きるための『芯』を崩し、苦痛と恥辱の限りを刻み込み、私以外の何もかもが目に入らないようにしてやるっ‼︎」

 

 

———————この愛しい玩具を他の誰にも渡してなるものか。

 

そうと決まれば、早速行動だ。何はともあれ、まずは治療。この姿のままにしておきたいのは山々だが、流石に放置しては死んでしまう。死なない程度までに傷を癒し、また後で壊して楽しむとしよう。

 

治療のため、()()()()()()()()()()()()()()()()。そうしないと、()()()()()()()()()からだ。

 

 

 

 

 

 

———————それが、いけなかった。

 

誰が想像できるだろうか。この状態になってなお、この少女に抵抗する力があるなど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かはっ?」

 

女の力の抜けたわずかな悲鳴。自分の身に何が起こったのか、まるで理解できない。

女の視界に入るのは、自分の胸を貫通する少女の腕。

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ね」

 

その一言を聞くと同時に、女は呆気なく絶命した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……がほっ、げほっ、げぇ……」

 

喉の奥からせり上がってくる鮮血が止まらない。これはまずい、と天使(アルテリーナ)は焦った。

死んでも【天の福音】で蘇るだろうが、致命傷になり得る傷があまりにも多い為、魔力が足りるのかが不明だ。魂を侵食してしまうリスクを承知で天使の力を使い、付けられた傷を痕跡すら残さず『消した』。

露出した臓器は時間が巻き戻るかのように本来の形を取り戻した後に腹の中に収まり、切り開かれた傷も消えていく。砕けた骨も、ズタズタにされた筋肉も元の姿を取り戻す。

 

 

「……くぅ…」

 

身体を動かすと、あまりの激痛に呻き声が漏れた。全ての傷を癒しはしたが、それを神経が認識出来ていない。幻痛を堪え、無理やり立ち上がった。

 

足元には、散々この娘(リーナ)を痛めつけ、辱めた忌まわしい女の遺体が転がっている。

 

 

「……ゴミめ」

 

感情のままに遺体を思い切り蹴り飛ばした。軽々と飛んだそれは壁に叩きつけられ、衝撃で壁の道具が床に散乱する。

 

 

天使は止まらない。

 

遺体の側まで歩み寄り、その頭を踏みつける。

 

 

「……消えろ、消えろ、消えろっ!この子にこんな真似をして、綺麗に死ねると思うな‼︎」

 

ガンガンと何度も頭を踏みつけ、8回目で頭蓋が砕けた。頭に詰まっていたものが『びちゃり』と弾けるのを見て、少しだけ溜飲を下げる。

 

そう、少しだけ。

 

 

(わたしの声が聞こえますか、リーナ?)

 

(…………)

 

返事はなく、守るべき娘は壊れたまま、心を閉ざしている。もはや何を言っても聞こえはしないだろう。

 

 

「あとはわたしがやっておきますし、忌まわしい記憶は全て封じて見られないようにしてあげます。今は安心してお休みなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なんなの、これ?」

 

 

遠見の魔術で覗いていたイヴは、理解不能の事態を目の当たりにして震えていた。

まずは、部屋の前に仕掛けられていたトラップ。あのトラップで一度、リーナは死亡した。具体的には、ギロチンをかわした直後に背後の壁から飛び出した刃に首を刎ねられて即死した筈だった。

 

 

——————しかしその後、まるで時間が遡るかのように頭部が身体に戻り、蘇生した。

 

その時イヴは、驚きよりも安堵で胸中を満たした。しかしそこから、地獄のような光景を目にする事になる。

今回のターゲットである屋敷の主の女がリーナを拘束し、その後長時間に及ぶ虐待を行った。

 

傷ついていく体。目を覆いたくなるような拷問。美しい肌は裂かれ、血が飛び散り、女は歓喜し、少女が悲鳴を上げる。凶行はそれにとどまらず、屋敷の主人はナイフで彼女の腕の皮膚を剥いた後、白い骨がはっきりと見えるようにしてから金槌で叩き砕いた。

 

—————それからのことは、イヴはよく覚えていない。

 

あまりの衝撃に呆けてしまい、気がついたら髪を真っ白に染めたリーナが相手の頭を踏み砕いていた。その姿には、傷一つない。

 

もうどれが夢で何が現実なのか、イヴには判断が出来なくなっていた。しかし、分かったことが一つだけ。

 

 

 

—————彼女は死なない。

 

 

リーナが味わった苦痛から目をそらし、イヴはその事実を噛みしめる。彼女がリーナを使い潰すように決意するのに、さほど時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 




リーナさん、ごめんなさい。別にあなたに恨みがあるわけじゃないんだ。ただ、どうしても頭の中のイメージを文章化したらこうなってしまっただけで。大丈夫、本編では幸せにする予定だから(震え声)


もしも需要があるようなら、カットした虐待シーンを書くかも。……過激なのでR18で。
アンケートを取れないのがもどかしいが、それはそれ。お気に入りの増減、感想が好評かどうかで判断する。



というかこの話、大丈夫だろうか?運営から警告されない、かな?

(追記)お気に入り数が減り、また感想がないことからこの話は不評と判断します。よって、R18は無しの方向で。
リーナの身を案じ、悲しんでくれる心優しい読者さんが多くて嬉しい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日常に潜む影

何度か警告しているように、この作品はオリジナル要素(以下略

アンケートを取る為にユーザーページを公開するかどうか思案中。



————————結論から言うと、圧勝だった。

 

元々気合を入れ、順調に勝ち進んできた二組であったが、急遽担当講師のグレンが席を外し、その勢いが一気に衰える——————なんてことは、なかった。

理由は、グレン、ルミア、リーナと入れ替わるようにしてやってきた2人組の片割れが発した言葉。

 

「どうやらリーナが倒れたらしくてな。今グレンと、その付き添いでルミアが屋敷までリーナを運んでいる」

 

その台詞で、二組の面々に衝撃が走った。なるほど確かに、治癒魔術に長けたルミアがいた方が良い。そもそも彼女の出番は終わっているのだ。大切な友人が倒れた以上、魔術競技祭を抜け出してでも介抱したいと思うのは当然だろう。

 

「…大丈夫、なんですの?」

 

「大した事態にはなっていない。どうやら病み上がりの癖に無理した結果、疲れが出たようだ」

 

「…そうですの。良かった」

 

担当講師と入れ替わるようにしてやってきた男——————アルベルトの返答に、ほっとするウェンディ。

リーナの容体は聞いた。ならばやるべきことはただ一つ。

 

「皆、優勝するぞ!リーナちゃんを喜ばせてやるんだっ!」

 

「「「おおおおおぉぉぉーーーっ‼︎」」」

 

リーナへの想いを胸に抱き、彼らは勝利を誓う。

 

 

 

———————そして二組は優勝した。二位との差を大いに広げた、圧勝だった。

 

 

———————それが、およそ1週間前の出来事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———————どんな言い訳をしたのだろう、とリーナはずっと考えていた。

 

魔術競技祭での事件を無事に解決して、早1週間。病み上がりの癖に無茶して魔術を行使し、囮の役割を果たしたのは記憶に新しい。だがそれに反し、身体の方はすこぶる順調。あの事件以来、何故か回復力が異常に向上したらしく、今ではもうすっかり元通り。あのセリカも喜ぶより先に驚いていた。

 

—————————それは良い。健康であることに越したことはないのだから。

 

だから、気にするべきは久々に登校したクラスメイト達の反応だ。

教室に入るなり「本当に良くなったのか」「念の為に保健室に行った方がいいんじゃないか」などといった旨の言葉を掛けられ、しまいには「具合が悪いのに無茶してくる健気な子」というレッテルを貼られていた。

 

 

(…一体どうなってるのよ)

 

 

しまいには「無理をさせないように」近づくのを控えようという雰囲気まで蔓延する始末。

元々ルミアとシスティーナ以外のクラスメイトとはそれほど親しいというわけでもなかったが、こうも気を遣われ距離を置かれると寂しい。

 

(……ならば)

 

——————自分から歩み寄るしかない。

 

 

 

幸い、話し掛ける口実はある。「変に気を遣わなくて良い」などと言おうものなら、「やっぱり無理してる…」とでも取られかねないため、リーナは遠慮なく切り札を使う。

 

 

 

——————正直、不安はある。

 

当然だ。学院に通い始めるまで他者と接してこなかった彼女にとって、自分から話題を投げ掛けるという時点でそもそもハードルが高い。しかも話すのは、聞き方によっては自意識過剰とでも思われかねない内容だ。こういうのはシスティーナやルミア、カッシュなどのクラスの中心かつ話しやすい人物が行う事であって、断じて自分のような交友関係の狭い、さらには視野も狭い人間が言う事ではない。

 

 

 

——————だが、人は誠実な心と行動に信頼を寄せるもの。ならば、どんなに怖くとも恥ずかしくとも、やらなければならない。

 

リーナは少しだけ深呼吸し、席を立つ。注目が集まるのをジリジリと感じながら、黒板の前に立った。

 

—————緊張と変な焦りで背中が焼けるように熱くなる。

 

「みんな、聞いて!」

 

頭の中が真っ白になりながら、彼女は本心から己の言葉を伝えた。

 

「魔術競技祭、優勝おめでとう!そして———頑張ってくれてありがとう‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———成長したなあ。お母さん、本当に嬉しい……」

 

「…おい、何泣いてんだよセリカ……。このくらいで泣くなんてなぁ…」

 

「…グレン、お前だって人の事言えないだろ」

 

教室の外には、そんな少女の様子を見守る母と兄の姿があったとか。

 

さらに言うと、今は8時30分。すなわち一時限目の授業が始まる10分前である。当然、教室移動のあるクラスは大慌てで移動しており、時折教室を覗く2人に対し、奇異な視線が向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

—————天使は、その様子を中から見つめていた。

 

成長した、と思う。自分の心の内を曝け出すことがこの年頃の少女にとってどれだけ難しいことか。ましてや、孤高な雰囲気を持つリーナならば尚更。この行動は予想外。これほど素直に言葉に出すとは思ってもみなかった。

 

天使の目には、様々な生徒が映っている。歓喜するカッシュ、一見興味なさそうに本を読んでいても密かに口角が上がっているギイブル、リーナに抱きつくシスティーナと、それを微笑ましそうに見つめるルミア。

 

(…本当に、いいクラスですね)

 

彼が担当講師になったからこそ、このような居心地の良い空気が出来上がった。プライドの高いただの魔術師ではこうはなるまい。

 

—————()()()()も、そうだった。

 

この暖かい空間は、リーナにとってかけがえのない財産となることだろう。いずれ困難に直面した時、『守るべきもの』が多いほどより大きな力を発揮できる。1人では無理でも、このクラスの仲間となら、数多の困難にも立ち向かえるはずだ。

 

 

 

これから先のことは天使さえも分からない。平和な日々がいつまで続くのか。どんな困難が待ち受けているのか。確かなことは、試練を前に挫けてしまえば世界が滅びに向かうことのみ。

 

 

 

 

—————ふと、殺気を感じて、背後に向けて剣を振るった。

 

 

 

『グギャッ⁉︎』

 

「なんだ、まだ居たんですか。殺し尽くしたと思ったのですが」

 

 

リーナの精神世界たる、天空に舞う浮島。この場所はリーナの精神状態によって変化する。

 

 

——リーナが悲しめば雨が降る。

 

——リーナが怒れば雷が落ちる。

 

——リーナが喜べば花が咲き、

 

——リーナが絶望すれば浮島は墜落してただの島になる。

 

 

もっとも危惧するのは『島が砕け散ってしまう』ことだが、最近はその兆候はない。

 

 

 

 

———だが、天使にとっての聖域たるこの浮島に、不埒な侵入者が現れた。

 

 

 

見るのも悍ましい、グロテスクな体を持つその生物。まるで『人のパーツをバラバラにして無理やり他の生物の形に組み立てた』かのような、その姿。

 

 

———雨の日にカタツムリが出てくるように、或いは異常気象で季節外れの虫が大量に出てくるように。

 

———およそ一年前、本来ならば出てこないような不快な生物がこの浮島に発生した。

 

 

「最近は全く居なかったのに、どこに隠れていたんでしょうか?殺しても殺しても湧いてきて、知らない間にわたしの聖域を汚染する。ゴキブリのようですね、怪物」

 

 

 

 

「…その怪物を招いてしまったのは謝罪するけど、まずは話だけでも聞いては貰えないかしら?」

 

 

声がした。———ここにいてはならない者の声が。

 

 

「……アリスト、レーア?何故ここにあなたが?」

 

 

背後を振り返ると、そこにはいつの間にか見知った姿がある。

 

 

アリストレーアと呼ばれた少女————の姿をした天使は、アルテリーナの記憶に比べて途轍もなく酷い状態だった。かつて陽光を集めたかのような美しい金髪はくすみ、身体中傷だらけ。エメラルドの瞳も片方が潰れているようで、閉じた瞼から血が流れていた。そして何より、存在そのものが()()()()()()()

 

 

———ただ事、ではない。

 

 

「何があったのです」

 

「———私の器、レーアが死んだわ。奴らはどうやら、私たちを無理矢理制御しよう、と……」

 

 

ドシャ、とアリストレーアは前のめりに倒れる。だが彼女は口を止めない。

 

 

「……なんと、してでもリーナを守りなさい。人間だからといって甘く見ると、…痛い、目に…遭う、わ」

 

 

それだけ言って、彼女は跡形もなく消滅した。

 

 

「………人間が、狙ってる?」

 

アルテリーナは目の前の同胞の死に全く動揺しなかった。彼女が案ずるのは、リーナやグレン、セリカ、そしてその周囲の人間のみ。

 

 

「どういうことですか?」

 

 

そもそも、彼らに立ち塞がる敵は神々であるはずだった。断じて、()()()()()()()()()()()()ではない。

 

 

「……いいえ、侮るのはやめましょう。アリストレーアの死が無駄になる」

 

淡々と、情報を整理する。

敵は人間。恐らくは天使の力を悪用しようとする、組織的な企み。あの汚らわしい『怪物』にアリストレーアほどの存在が汚されていたことから、かなりの脅威となり得る敵だ。

 

……だが、それ以外の情報がない。それはすなわち、具体的な対抗策を講じることができないということだ。

 

————最悪の未来が脳裏によぎる。

 

「……もう、これしかない…?でも、そんなことをすれば…」

 

 

……この聖域に、雪が降る。

 

 

—————今、リーナはアルテリーナの存在を認識していない。記憶が呼び起こされることを危険視して、以前のように話しかける事もなくなっていた。

 

—————脅威から逃すにしろ、戦うに足る力を付けさせるにしろ、どの道アルテリーナはリーナに思い出してもらわなければならない。

 

………あの、恐ろしい数多の体験とともに。

 

 

果たして、耐え切れるだろうか?雪は必ず降る。吹雪にもなるかもしれない。おそらく天に浮かんでもいられなくなるだろう。

……島が無事に残る保証がどこにある?

 

 

(……失敗、でした)

 

 

—————過保護は成長を妨げると思い、止めなかった。

 

 

その結果がこれだ。思い出しただけで壊れかねないほどのトラウマを刻みつけ、それを封じる為に自分の事さえも忘れさせた。

 

(わたしが人間だったなら。……あるいは、その加減が分かったのでしょうか?)

 

 

どこからが過保護で、どこまでが助力になるのか。天使にはそれが分からなかったが故に、彼女の意思のままに行動させた。

自分には出来たはずだ。彼女を止める事も、或いはグレンやセリカにそれとなく伝える事も。考えれば考えるほど、自分に出来たはずの事が浮かんでは消えていく。

 

 

 

 

 

———リーナが全てを思い出すまで、あと2ヶ月。




リーナの変化は果たして成長の証か、それとも………





………キャラ崩壊か。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転入生

サブタイ詐欺。



お気に入り数が減ったのを見て、「ああ、やっぱり心優しい読者の皆様方はリーナが可愛いほのぼのをご所望なんだな」と悟り、書き始めた。


———そのはず、だった。


どうしてこうなった。


リーナが完全復帰した、その数日後。2年2組の教室に転入生がやって来た。

 

リィエル=レイフォード。(グレン)が特務分室に在籍していた頃の同僚。背は低く胸は小さく、またどこか常識を欠いた言動から幼子にも見える少女。その容姿はまるで妖精のように美しく、愛らしい。常に無表情であることもあって、まるで人形のようだ。転入早々、クラス中の注目を集めるのも致し方ない。

 

————正直、それは良いのだ。

 

問題は、『四六時中(グレン)について回っている』という事だ。幼い容姿、転入してからの『グレンは私の全て』宣言、さらにはハー……ハードボイルド先生への制裁。これでは、まるで。

 

————兄様の妹みたいじゃないっ!

 

冗談ではない。自分こそが彼の唯一にして絶対の妹。そのポジションを奪い去るなど、決して許せることではない—————と、そこまで考えてから、ふと気づく。

 

 

 

 

(あれ、……わたしって、もしかして妹らしくない?)

 

 

そもそも元来、妹の定義とは何だ?—————同じ親から、後に生まれた女の子の事だ。

 

だがしかし、それはアルフォネア家、もしくはレーダス家には当てはまらない。グレンもリーナも本当の親はおらず、家族は血の繋がりではなく絆のみによって成り立っている。

 

 

 

—————だが、それなら家族であっても『兄妹』ではないのでは?

 

 

 

 

 

 

—————家族であっても兄妹ではない?兄妹でないならどう呼ぶのが相応しいのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

—————……ふ、………夫婦、とか。

 

 

 

 

 

 

—————……馬鹿?

 

 

 

 

そもそもの話、血縁が無くとも世間一般に義理の兄妹というものは存在しているのでリーナの『妹の定義』には例外もあるのだが、迷走のために彼女は全く気づかない。

 

 

「…なあ、リーナちゃんの様子おかしくないか?」

 

「リィエルちゃんにグレン先生取られて妬いてんじゃないの?」

 

 

リーナの様子を伺うクラスメイトたちは、リーナの脳内で繰り広げられる頭の悪い自問自答など、知る由もない。

現在は授業の合間の休憩時間。クラス中から『大丈夫かこいつ?』とでも言いたげな視線が向けられるが、案の定リーナは気づかない。普段ならばシスティーナやルミアと会話しているところだが、あいにくと二人はグレンに頼まれてリィエルの相手をしている。結果として、異様な雰囲気を放つリーナには誰も近寄らず、彼女は悶々と無益な思索に耽るのだ。

 

 

 

(……考えれば考えるほど、わたしって何なのかしら?本当に兄様の妹?)

 

 

 

……誰も止めない結果、思考は徐々にネガティブな方向へ進む。

 

 

(今朝だってそう。兄様はなぜかあのリィエルって子をわたしから遠ざけようとするし、今だってシスティーナとルミアにはあの子の相手を頼む癖にわたしには何も言わない。……なんで仲間外れなのかしら?)

 

 

この心の声をグレンが聞いたなら、泣きながら謝罪して必死に弁明する事だろう。リーナを悲しませるのはグレンとしても本意ではないのだ。しかしながら、まさか声にも出さない言葉を聞くことができるはずもない。

 

リーナ=レーダスは天才である。魔術において発揮される高度な演算能力は普段の生活においても遺憾無く発揮されており、他者と会話をしながら兄の方から聞こえる微かな物音を聞き分けて『兄が今何をやっているのか』を完全に近いクオリティで推測することなど朝飯前だ。

 

————ではそのアホみたいな脳のリソースの全てを、思考と推理に費やすとどうなるか。

 

 

(……兄様には嫌われていない。それは間違いないはず)

 

 

 

—————妹の事になると血相を変えることは日頃の盗聴で分かっている。

 

 

 

(……では、本当の妹じゃないとか、そんなのは関係ない?『妹』として、兄様はわたしを愛してくれている?)

 

 

 

—————否定する根拠なし。日頃の言動から、それは疑う余地もない。

 

 

 

(じゃあ、今朝から仲間はずれにされていると感じるのはなぜ?)

 

 

 

————彼が連れてきた、リィエルという少女に自分だけ関われていないからだ。

 

 

 

————なぜかシスティーナとルミアは積極的に交友を深めようとしているのに。

 

 

 

————そしてなぜか、彼女たち2人もリィエルを自分から遠ざけようとしている節がある。

 

 

 

 

(……どうして、あの2人まで?)

 

 

————猛烈な、違和感。友達想いのあの2人が、訳もなく仲間外れにするとはとても思えない。

 

 

 

(では、訳があるとしたら?……友達想いなのに、ではなく。友達想い()()()こその行動だとするなら?)

 

その原因は、誰にある?

 

 

 

リィエル?……否。彼女は自分(リーナ)から遠ざけられているだけだ。自発的に避けているわけでもない。

 

 

 

(……じゃあ、わたし?)

 

 

原因は自分にあるのだろうか。だが、そんな心当たりなどなにも……。

 

 

(……いいえ)

 

 

 

—————リィエルと会ったのは、魔術競技祭の時の事件の時。その時、よく思い出せないが、何か(・・)があったはずなのだ。それに、今朝少しだけ顔を合わせた時。

 

 

 

「リーナ、覚えてないの?」

 

リィエルは、悲しげな顔でそう言った。『覚えてない』、すなわちリィエルと自分との間には、過去になんらかの理由で面識があったのだろうか。

 

 

 

 

 

—————ならば、説明がつく。

 

 

 

 

リィエルは、特務分室所属の軍人。当然、その生活は危険と隣り合わせ。それなのに面識があるということは、『自分がなんらかの事件に巻き込まれた』可能性が高い、ということだ。

 

 

特務分室に任される任務は、他の部署では太刀打ちできない、危険な外道魔術師の始末や対処が主なのだという。もしも特務分室が関わる事件に巻き込まれた結果、今の状態につながるとするならば。

 

 

 

 

 

 

(………わたし、何かされたの?)

 

 

 

リーナの魔術の知識には、善悪問わず様々なものがある。神聖な儀式の末に超常的存在を降臨させる召喚系のものから、動物の命を弄んで殺害し、呪詛を作り出すものまで、様々。

 

その中には、女子供を攫って拷問した後、人為的に作り出した怪物の苗床にするような外道魔術師もいるらしい、という情報もある。

 

 

 

 

なら。

 

 

もしも自分が、そんな目にいつの間にか遭っていて。

 

 

 

 

———精神の安定を保つ為に、意図的にセリカが記憶を消していて。

 

 

 

 

————万が一にも思い出さないよう、みんなが協力してその記憶に関わるものを遠ざけようとしていたなら?

 

 

 

 

……ゾクッと、背筋が凍った。

 

 

 

 

自分の知らない間に、何者かに何かをされていたかもしれないという恐怖。

 

 

 

 

 

(…いいえ、落ち着きなさい、わたし。拷問の跡も何もない。これはただの妄想。年頃の娘が陥りやすい症状よ。現にシスティーナだってこっそり小説を書いたりしているし、だいたいわたしがそんな壮絶な目に遭っていたなら兄様とかセリカが平然としているわけないでしょう!)

 

 

 

そもそも、事件に巻き込まれる経緯が想像できない。基本的に周りにはルミアやシスティーナがいるし、担任が変わってからは常日頃からグレンに盗聴されている。

 

 

もしも事件に関わることがあるとするならば、セリカやグレンの目を盗んで行動するしかないが……。

 

 

 

(まさかわたしがくだらない好奇心とかで自発的に外道魔術師に関わった、なんてこともないでしょうし、ええ。問題なし。オールクリアよ)

 

アルテリーナのことを忘れているが故に真実には至らないが、それでも短時間の思考でリーナは事実に近い推測を立てている。

 

 

フフフフフフ、と無理やり笑い、リーナは元気を出した。確証もない事に思考を費やすだけ無駄、と開き直ったのだ。

 

————自分がそんな目に遭っていないという確証もない事には目を逸らしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やべえよ、なんかいきなり笑い出したんだけど」

 

「転入生ちゃん抹殺計画でも思いついたのかな……?」

 

「…おい、やめろ。縁起でもないことを言うんじゃない」

 

「なんかあの子、最近情緒不安定すぎじゃない?」

 

「療養期間が長かったからストレス溜まってんだろ。そっとしておいてやれよ」

 

 

教室の中を覗きながら、ボソボソ話す他クラスの生徒達の存在に、リーナは最後まで気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、今日一日どうだったんだ?グレン」

 

放課後。学院の屋上には、セリカとグレンの姿があった。

 

「…特に問題はない、な」

 

「過保護すぎるんじゃないか?確かにあのリィエルって子がきっかけで記憶が蘇る可能性がないわけじゃないが……」

 

「…………」

 

グレンだって、分かっている。

学院で生活し、またリィエルが任務で同じクラスに在籍する以上、全く接点を持たないことなど不可能だ。そもそも、普段とは違う態度を見せれば、抱かなくていい疑いを抱かれる可能性もある。

 

 

だが。

それでもグレンは、何もせずにはいられなかった。

システィーナとルミアには心配を掛けぬように出来るだけ情報を伏せながらリィエルをリーナから遠ざけさせ、自分は盗聴器でリーナの様子を探りつつ、遠見の魔術で監視した。魔導器を用いていたとはいえ、流石に魔力の消費が激しかったものの、それでもグレンはリーナの様子を探り続けた。

 

 

「お前の気持ちは分かるよ、グレン。私だって気付かなかった者の1人だ。…あの子が自分の知らない間に酷い目に遭っていたなんて聞いて、平気なわけがない」

 

 

グレンはかつて、天使から特務分室の任務でリーナが48回も命を落としたことを聞いている。そしてその情報はセリカも共有済みだ。だから彼ら2人は、自分自身が腹立たしくて仕方がない。

 

————そしてそれ以上に、自分の知らない所で家族が失われるのを恐れていた。

 

 

「…なあ、グレン。数年前のことを覚えているか」

 

「……ああ」

 

忘れるわけがない。

 

 

「あの時以来、リーナは記憶を封印され、天使の事なんか完全に忘れたはずだった。……でも私は思うんだよ。もしかしたらあの子は、後になって天使の事を思い出したんじゃないかって」

 

「————な、に?」

 

グレンの認識が崩れる。

 

 

「考えてもみろ。あの子なら、たとえ認識を弄られていたとしても自分の魔術特性だけじゃ『福音』を使えない事に気付けるはずだ。なのに、自分が死亡する可能性のある任務に行った、ということは」

 

「……天使の事を思い出していた可能性が高い、ってことか?」

 

「確証はないがな」

 

————もっとも、思い出すのには相当な時間がかかった事だろう。既に『発動できる』固有魔術を、『なぜ使えるのか』というテーマに絞って理論検討するような真似は、いくらリーナでも短時間で済むとは思えない。

 

「そして仮に思い出していたとしたら……あの天使は私たちにそれを黙っていた挙句、再びあの子の記憶を封じた、という事だ」

 

「……っ!」

 

確証はないが、疑いはある。

あの天使(アルテリーナ)がリーナを大切に思っているのは間違いない。————だが、その価値観は人間とどこまで共有され得るものなのか。

 

「まあ、何度も言うようにこれは確証のない事だ。話が逸れたな」

 

「……そういえば、リィエルをリーナに近づけてもいいのかって話だったな」

 

結局、不安の種は『リィエルによってリーナの記憶が蘇らないか』というこの一点に尽きる。

 

「リィエル……あいつお馬鹿だからな。本当に大丈夫か?」

 

おそらく、訳を話しても半分も理解できないに違いない。

 

「もしも私の推測が正しかったのなら」

 

セリカは告げる。

 

「おそらく、リーナが記憶を取り戻しても、リーナ本人は無事だ。少なくとも命に関わることにはならないだろう。問題は……」

 

その後、セリカとグレンは1時間ほど議論を重ね。

そして、リィエルとリーナを引き離すのを止める事に決定した。




不穏な感じにしてしまって本当にすまない。


サブタイに反し、リィエルが全然出てこない件について。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

猛獣時々小動物

お気に入り登録、ありがとうございます!

さて、私が書きたいシーンに辿り着くまであと何話かかるか…。


『リィエルが、羨ましい』

 

分からない。

 

『「グレンの為に生きる」。その想いだけで、ここまで強くなれる。死ぬのを恐れてる様子もない』

 

……分からない。リーナだって、強いし、恐がってるように見えないのに。

 

『わたしは、違う。感じられなくなっているだけよ。……もう、手遅れ。兄様、悲しむわね』

 

………分からない。リーナが何を言っているか、分からない。

 

『…そう。じゃあ分からなくてもいいから、これだけは覚えておいて』

 

……?

 

『次に再会した時、もしもわたしがあなたを覚えてなかったら———』

 

……??

 

『———わたしに、過去の話をしないで。『今』のわたしは無理だけど、きっと『未来』のわたしは幸せになれるはずだから』

 

……何を、言ってるの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

————新たな転入生の噂は、瞬く間に学院中に広がった。

 

リィエル=レイフォード。見た目も雰囲気も、まるで人形のような少女。だが、噂の内容は見た目に反してえげつない。

 

『授業で剣を錬成して投げ飛ばし、的のゴーレムを粉々に吹き飛ばした』

 

『グレン先生に説教していたハーレイ先生に斬りかかり、ついでに学院の壁を吹き飛ばした』

 

『ハーレイ先生の頭髪が3割ほど犠牲になった』

 

などである。

 

これから述べるのは、その真相を伝えるエピソードだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《雷精の紫電よ》!《続く2射(ツヴァイ)》、《更なる3射(ドライ)》!」

 

システィーナの放った【ショック・ボルト】が、残りの三つの的を的確に撃ち抜いた。呪文の短縮改変と、学生の中でもトップレベルの魔力制御。実に鮮やかな手並みで、将来は宮廷魔導士団志望と言われても納得のいく実力だ。……彼女の志望は魔導考古学の研究者なのだが。

 

 

「やっぱすげーな、白猫。文句なしの満点だ。この距離で全弾命中はすげえぞ」

 

「ありがとうございます、先生」

 

上機嫌なシスティーナは、しかしハッとなってそっぽを向いた。

ルミアは6発中3発命中。ウェンディは魔術発動中にこけて4発命中。今のところ、全弾命中はシスティーナしかいない。

 

「次は、わたしね」

 

次は、リーナの番。復帰後初めての実技の授業だ。

周囲が固唾を飲んで見守る中、彼女は気楽に臨む。

 

「《紫電》———《六連》!」

 

詠唱呪文をアレンジし、【ショック・ボルト】を高速連射。予め連続発動する魔術を決めておき、威力と向きだけを発動時に指定する事で高速発動できる魔術。思考の速さと正確性を求められる技能だ。

結果は満点。生徒達の反応は驚くというよりも安堵した様子だった。

 

一方、リーナは。

 

「……60点といったところね。威力にバラつきがある。もっと安定してコントロールするには、術式のどこを変えれば…」

 

ゴーレムに近づき、的を凝視して唸っていた。

そもそも彼女にとって、今回は6()()()()()()()()高速発動魔術の検証の為の実験だった。5連射までは完璧にできる。だが6連射ともなると、一気にコントロールの難易度が上がるのだ。

 

———これは、魔術を起動する為の魔術。事前に詠唱を済ませて、ストックをしておく事のできない魔術師の為に作った魔術。6連射程度で失敗するようでは、汎用的に使われるようになるまでまだまだ。目標は、軍用魔術を10回まで連射できる魔術式だ。

 

そもそもの話、ただ連射したいのであれば事前詠唱した魔術のストックを溜めておき、後で連続起動すれば良い。マナ・バイオリズムを制御し、連射した後でカオス状態になるように調整すればリーナならば6連と言わず20連くらいはできる。だが、研究者とは常に追い求めるもの。既存の『個人の技量に依存した』方法ではなく、ある程度汎用的に使える方法を、リーナは生み出したかった。すなわち、その野望は『汎用魔術の開発』である。

 

 

 

「後がつかえてるから、考察は後でな」

 

研究者の顔を出したリーナを強引に引き剥がすと、次はリィエルの番、なのだが。

 

 

 

 

 

「《雷精よ・紫電の衝撃以って・打ち倒せ》」

 

 

 

 

リィエルの手から放たれた電撃が、…外れる。1発、2発、3発。全く当たる気配がない。

 

 

「…あれ?」

 

クラスメイト達は苦笑いし、システィーナとルミアは困惑する。

 

————てっきり魔術の腕が立つと思っていた二人は拍子抜け。

 

「…あいついつも剣で戦ってたからな。でもまさか、普通の魔術がここまでできないとは……」

 

 

 

グレンはかつての同僚、リィエルの戦闘を思い描く。

 

 

 

 

 

『私が先に突っ込む。……いやぁぁぁーーっ!』

 

『ん。よく分からないけど、斬る。————いやぁぁぁーーっ!』

 

『敵。全員斬る。………やあぁぁぁーーっ!』

 

 

 

 

(駄目だ、思い出す場面が突っ込むところしかねえ……)

 

まさしく猪突猛進。作戦は意味をなさず、彼女は任務の内容を理解せず。ただひたすらに剣を錬成し、斬り伏せ、突っ込む脳筋仕様。格上だろうと気合いで倒すのでお構いなし。セリカとは別のベクトルで理不尽な存在だった。

 

 

「…ねえ、グレン」

 

「ん?」

 

少し昔を思い出している間に、リィエルはグレンの裾を掴みながら眠たげな表情で見上げていた。

 

「これって、【ショック・ボルト】じゃなきゃダメなの?」

 

「いいや?ただ、学生がこの授業で使える魔術が【ショック・ボルト】くらいしかないってだけだ」

 

「…つまり、呪文はなんでも良い?」

 

「…ああ、まあそうなるな」

 

ただし、【ショック・ボルト】が使えないようでは他の魔術も期待できそうにないが。

 

「軍用魔術は使うなよ」

 

「ん、大丈夫」

 

他の生徒に聞こえないように耳元で囁いたグレンに、リィエルは自信満々の様子。ついでに、リィエルに近づいたグレンを見てリーナは面白くなさそうな様子だった。

 

自信満々の状態で、リィエルは詠唱する。

 

 

「《万象に希う・我が腕に・剛毅なる刃を》」

 

「「「……っ⁉︎」」」

 

クラス一同の胸中が驚きで満たされた。

ただの呪文の三節詠唱で、リィエルが大剣を錬成したのだ。———それも、かなりの強度を持つ鋼を。

 

「ちょ、おま、待てっ⁉︎」

 

グレンは焦る。あれはリィエルお得意の錬金術。遠距離の攻性呪文(アサルトスペル)で的を狙う授業で、何故大剣が出てくるのか。

 

 

 

「…あれ、は…?」

 

そして、リーナの驚きは皆のものと異なるものだった。

 

(わたしは、あの魔術を、……知っている?)

 

リーナの知識の中に、何故かあの魔術についての情報がある。しかし、どこでそれを知ったのかが分からない。本や資料ではなく、()()()()()はずだが、それが全く思い出せないのだ。

 

(……やっぱり、わたしとリィエルは昔から面識があった)

 

以前からの疑惑が、彼女の中で固まった。

 

 

————リィエルにグレンの制止は効かず、そのまま大剣を投擲。放たれた大剣は高速で回転しながらゴーレムに衝突。衝撃波で全ての的が破壊され、ついでに学院の校庭にクレーターを作り出した。まさしく惨劇。

 

「…6分の6」

 

クラスメイト達が呆然とし、あるいはドン引きする中、当の本人であるリィエルはドヤ顔だった。

 

これが、リィエルによるゴーレム吹っ飛ばし事件の真実。すなわち、噂は真である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グレン=レーダス、貴様また私の試料を勝手に使ったらしいな⁉︎何をしてくれる⁉︎」

 

「…あ、ハーレム先輩!ちわーすっ!」

 

グレンの軽口をハーレイは無視した。あるいは、訂正する余裕もないのか。

 

 

「あの試料、錬成するのにどれだけ手間と金がかかったと思っている⁉︎ただでさえ金銭的にキツイというのにっ!」

 

「あー、あれハードル先輩のだったんですか。放置してあったんでてっきり共用のものかと」

 

「貴様っ!ラベルを読め!私の名前が書いてあっただろう!」

 

 

いつも通りのやりとり。だが悲しいかな、実態は給料を半年分取られた挙句、せっかく錬成した材料を勝手に使われ、いよいよ後がない悲劇の被害者ハーレイ=アストレイと、生徒()の授業の為なら他人の資産の無断借用もやってのける鬼畜講師グレンの衝突である。ぶっちゃけ何もかもグレンが悪かった。

 

———ここまでで十分過ぎるほど可哀想なハーレイ=アストレイだが、今日はさらなる不幸が待っていた。

 

 

 

「もう我慢ならん!今日こそ決闘だ!白黒はっきりつけてやる‼︎」

 

「グレン、その人、敵?」

 

———そう。何を隠そう、人の話を聞かない猪突猛進娘がそこにいたのである。彼女の猪が如き直感は彼をグレンの敵だと認定し、臨戦態勢に入っていた。

しかしそれに、ハーレイは気付かない。いくら優秀とはいえ、彼は研究者。魔術による戦闘力が高くとも、学者であって戦士ではないのだ。

 

 

「…貴様が噂の転入生か。聞いたぞ。貴様、授業中の態度が随分と悪いらしいな」

 

 

 

ハーレイは至極真っ当な事を言っている。このような時でも教師として一生徒に説教するのは、まさしく学院講師の鑑と言っていい。だから一つ問題を挙げるとするなら、『相手が悪い』というその一点に尽きた。

 

リィエルはハーレイの高圧的な態度を『敵対』とみなし、説教を『威嚇行為』と認識した。故に————。

 

 

 

「……おい、待てリィエル。落ち着け」

 

「《万象に希う・我が腕に・剛毅なる刃を》」

 

やはりグレンの制止を聞かず、リィエルは大剣を錬成。

 

 

 

「やめろって言ってんだろおおおうっ⁉︎逃げて、ハーリー先輩早く逃げて⁉︎」

 

「剣⁉︎まさかこの精度で錬成をっ⁉︎」

 

「逃げろって言ってんだろーっ⁉︎」

 

 

 

 

 

結果。

その場にいたグレンの奮闘により、ハーレイは怪我こそしなかったものの髪をいくらか削られ、さらに監督責任でグレンは器物破損の分の弁償と減俸を背負わされる羽目になった。

 

すなわち、『ハーレイの髪が3割ほど犠牲になった』という部分には多少誇張があるものの、流れている噂の全てがほぼ真実である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。

そんな問題ばかり起こすリィエルではあるが、クラスでの評判はあまり悪くない。最初こそ錬金術による大剣錬成に驚き、多少不気味がっていたクラスの面々であるが、クラスの中心の三人娘により、現在はマスコット的な地位を得ている。

 

 

「ほら、リィエル。口元汚れてるよ」

 

「ん」

 

「…このいちごタルト、半分あげるわ。わたしには濃い味だから」

 

リィエルのマスコット性が発揮されるのが、昼食の時間である。

彼女の目の前には、いちごタルトが大量に積まれた皿。ルミアが甲斐甲斐しくリィエルの口周りを拭き、リーナは半分に切り分けた自分のタルトをリィエルに譲っていた。

当の本人は一心不乱にいちごタルトを頬張る。その姿、まるで小動物の如く。

 

「ほら、リィエル。いちごタルトばかり食べていないで、少しは野菜も食べないと」

 

システィーナが勧めるが、リィエルは聞いていない。いちごタルトに夢中なのか、はたまたタルト以外に興味がないのか。相変わらずの様子に、システィーナは溜息を吐いた。

 

「……子供に振り回される世の母親の気持ちが少しだけ分かった気がするわ」

 

「野菜を食べないなんて、勿体無い。身体に最も優しい食べ物なのに」

 

「…リーナはリーナで、味気無さそうな食事ね」

 

授業が眠くならないようにあまり食べないようにしているシスティーナが言えたことではないが、自分は家できちんと野菜を摂っている。リィエルはこの様子だと、学院以外の食事も野菜を摂ってなさそうだ。

 

一方リーナは栄養バランスに限っては完璧と言っていいかもしれない。皿の上には大量の野菜、炒めた卵とソーセージ。主食に小さなパンもついている。

しかしながら、野菜にはドレッシングがなく、ただの生野菜。おかずもシェフに頼んで、かなり薄味にしてもらっているらしい。

 

「味気ない、なんてことはないわ。むしろなんでみんなこんな味が濃いものを食べられるのか不思議なくらいよ」

 

聞くところによると、リーナは家でも薄味らしい。『味覚が鋭いのは健康面においても良いことだとは思うけど、外食の時などに困ったりしないのかしら』、などとシスティーナは思った。

 

 

「まるであそこは楽園(エデン)だな」

 

「ああ、ほのぼの。心が癒される…」

 

 

システィーナ、ルミア、リーナ、リィエル。この4人の光景は、昼食時の食堂の名物になりつつあった。




投稿前にチェックする度に誤字が見つかる…。
まだ残ってたら報告よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠征学修前

投稿する度にお気に入りが増えたり減ったりする今日この頃。

ほのぼの日常編()

誤字脱字などがあったらご指摘よろしくお願いします。


————守りたいもの全てを守れない時、あなたはどうしますか?

 

この問いに、彼は答えを持たない。それは美点であり、欠点。彼はどんな経験をしても、守るべき者全てを守ることを諦めることができない。

だがしかし、その問いに彼女は即答した。

 

『そんなの、守るものを選別すればいいじゃない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

————遠征学修。それは、アルザーノ帝国魔術学院が開設した必修講座。しかしながら自由時間が多く、『どうみても旅行だろ』とグレンは思っていた。

 

だが、しかし。その遠征先のリストを見て。

 

(これ一択じゃねえか)

 

 

どの研究所に見学しに行くのかは予めクラスごとに希望調査をするが、個々の要望、そして人気の偏りによってどうしても希望通りにはなりにくい。人気が出そうなのはカンターレの軍事魔導研究所とイテリアの魔導工学研究所か。

しかし、軍事魔導研究所は軍用魔術を扱うため、リーナの記憶に影響が出る可能性があり、却下。魔導工学研究所も同様で、最新技術を用いた魔導兵器などに出てきてもらっても困るので却下。残った候補の中で、唯一行くメリットがあるのがサイネリア島の『白金魔導研究所』だ。

 

(サイネリア島は今の時期でも十分に海水浴ができるはずだ。ならば…)

 

———当然、リーナも水着姿になる。

 

 

 

単純に妹の水着姿を見たい、という理由が5割。残り5割は、

 

 

 

(本当に傷跡一つ残ってないか確かめるっ‼︎)

 

 

グレンは、過保護だった。毎日毎日それとなくリーナの様子を伺い、その仕草、挙動から痛みを感じていないかどうかを分析し、着替える授業があればルミアにリーナの肌の様子を探るように頼み込む。シスコンを通り越して変質者、もう気持ち悪い領域に至っていた。

そして、水着。普段に比べて格段に露出度の上がる格好になれば、リーナの身体の滑らかな曲線美———ではなく、肌の様子を自分の目で観察することができる。

 

そんなわけで、彼は講師達が他の研究所の行き先を取り合う中、悠々と白金魔導研究所への切符を手にしたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……というわけで、行き先は『白金魔導研究所』に決定!文句ある奴はいるかっ⁉︎」

 

「「「異議なしっ!」」」

 

「「「………」」」

 

 

グレンからサイネリア島に行く事が決まって幸運を説明され舞い上がる男子達と、それにジト目を向ける女子達。正直、男子のテンションが高過ぎて女子はついていけなかった。

サイネリア島。一年中気温が比較的高く、今の季節でも十分に海水浴が可能なリゾートビーチ。ギイブルを除く男子達の目的は完全に自由時間の水着観賞となり、講義や研究所見学など二の次になっていた。

 

 

「このクラスの男子は、馬鹿の巣なの……?」

 

「…まあまあ、システィ。せっかくなんだし、思いっきり楽しもう?」

 

「……そういえば、海って行ったことないわね」

 

システィーナの呆れ声にルミアは苦笑し、リーナは初めて見る事になる海へ想いを馳せる。

リーナは、海を絵画や魔術を通したイメージしか目にした事がない。どのようなものかは分かっても、実際に行くのは初めてなのだ。

 

(噂によると、水は塩辛く、潮風は金属を腐食し、時折人食い鮫や巨大な触手を持つクラゲが出るというけど……どこまで本当かしら?)

 

水が塩辛い、というのは本当だろう。しかし、それ以外はどうにも疑わしい。

 

 

そんな事をリーナが考えている傍で、システィーナはグレンの意外さに驚いていた。

 

 

(…てっきり、リーナの前なら猫被っているかと思ったのに)

 

 

そう、彼はいつだって『リーナの前では』立派な講師をしていた。別に特別良い顔をするとか、無理やりカッコつけるとかそういう訳ではなく、『自分を偽らず、かつロクでなしな部分を自重して』授業をしていたように思う。

 

 

—————それがまさか、事ここにきて『水着ではっちゃける』とは。

 

 

(リーナの水着姿が見られるから、はしゃいでいるのかしら?)

 

それもあるかもしれない。だが、グレンならばむしろ妹の水着姿を決して他の男子どもには見せまいと奮闘するような気もする。

 

(……それとも、他に何かある?)

 

 

グレンが何を考えているのか、システィーナには分からない。だが、以前からリーナに関して妙に神経質になっているのは見て取れた。

 

 

 

(…まあ、あんな事が何度もあったのなら無理もないけど)

 

先の事件で、システィーナは親友の死を目の当たりにした。あの時の恐怖と絶望は、今も胸に深く刻まれている。正直あの日は頭がいっぱいいっぱいで、何があったのかさえ今ではおぼろげにしか思い出せない。

 

—————しかし、大事な事は覚えている。

 

 

大切な親友であるリーナが固有魔術によって蘇ったこと。その魔術は不安定で、生き返るのが奇跡のようなものであること。

……そして、おそらくはリーナは何度も死に追いやられていること。

 

セリカもグレンも明言はしていなかったが、あの時の会話の雰囲気からしてこのような事が一回や二回では済まないほど起きている事は簡単に察する事ができた。

そもそも『死』とは、平和な暮らしをしていれば最も遠い場所にあるべき概念だ。死は1人につき一回。決していつでも手の届く場所にあって良いようなものではない。それが何度もあったというのは、果たしてどんな生活を送っていたのか。

 

 

(しかも、学院に通い始めるまで全然家から出なかった、って話なのに)

 

 

だが、それを問い詰めることはシスティーナにはできない。たとえ親友でも、踏み越えてはいけないラインというものが存在する。そして、この話題はおそらくその一線を超えてしまう類のものだ。

 

 

 

 

 

————でも、それとは別にして、システィーナを深く苛む感情があった。

 

(……悔しい)

 

 

あの時、何も出来なかった自分。敵を前にして怯えきって動けなくなってしまう、その心の弱さ。そして、何の力にもなれない、ただ守られるしかない無力さ。それに対する怒りと悔恨が、未だに彼女の奥底に深く根付いている。

 

ルミアを守るため、リーナをこれ以上酷い目に合わせないために、システィーナは誰にも内緒で毎朝グレンに稽古を付けてもらっている。だが、まだまだ足りない。

システィーナは欲張りだった。本気で、今は自分よりも遥かに強いリーナを守れるくらいに強くなりたいと思っている。

 

 

…なぜなら、リーナは危ういから。

魔術の腕はこの学院の生徒どころか下手したら講師よりも強いのに、どうしても『儚い』というイメージがこびりついて消えない。少し叩いただけで、細かいガラス細工のように粉々になって消えてしまうのではないか、という嫌な想像が浮かんでしまう。

 

 

それは、初めて関わるきっかけになったあの時、幼子のように一人で泣いているのを見たからか。

それとも、前の事件で冷たくなっているのを目にしたからか。

あるいは、リーナ=レーダスという少女の雰囲気がそうさせているのか。

 

どんな理由にせよ、その儚さがシスティーナを焦らせる。『もっと早く、もっと強く』という想いが空回りし、身体がうまくついてこられないような、そんな焦燥。

 

 

————それは、よくも悪くも、リーナという少女がシスティーナに与えた大きな影響であり。

 

————システィーナもまた、心に小さくない闇を抱えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はっ⁉︎そういえば、わたし水着持ってない⁉︎」

 

遠征学習の前の日の晩になって、リーナは漸く気付いた。海に行ったことがなく、そもそも水遊びなどしない彼女は水着など持っていない。それを失念し、前の日の夜になってから気付くのはあまりにも遅かった。

 

「…こんな時間じゃ、どこのお店もやってないし」

 

ルミアに手芸を教わったリーナは、布と糸があれば取り敢えず水着らしきものを作ることができるが、それでも動きやすさや着心地を考えると十分とは言い難い。そもそもその材料さえ屋敷にあるのか疑わしい。

 

想像する。自分だけ水着がなく、砂浜でじっとクラスメイト達の遊ぶ様子を眺める自分を。

 

(……なんて、惨め!)

 

イメージするだけで悲しくなってくる光景だった。……こうしてはいられない。こういう時、頼れる存在がすぐ近くにいるではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなこともあろうかと、お母さんが水着を作っておいたぞ!」

 

「………………」

 

リーナが泣きつくや否や、セリカはドヤ顔で彼女を自室に案内した。 リーナはポカンと呆けて声も出なくなっている。目の前には、色とりどりのさまざまなタイプの水着を纏ったリーナ等身大の人形(マネキン)がおよそ20体ほども並んでいた。

 

「……なにこれ?」

 

「リーナ人形。よくできているだろ?」

 

確かに、よく出来ている。一緒に並べば、よほど近づかなければどれが本物でどれが人形か区別出来なくなりそうなくらいには。

 

———ふと、違和感を感じ、人形の顔に指を当ててみた。ふにっと指先が沈む、柔らかい感触。まるで自分の頬に触れているような安心感。

 

「……えぇ…?」

 

「フフフ、驚いただろう!このリーナ人形は全身を私がこの手で錬成した特殊素材で覆っていてな。リーナの肌に触れた感触さえも完全再現している!」

 

————才能の無駄遣い、とはこのことか。こうなると寧ろ水着よりも人形の方がメインになっている。

 

リーナはふと、『この人形が良からぬ輩に渡ったらどうなるのかしら』と考えた。……市場に出回らない類の薄い趣味本のネタにされるか、変態の手に渡ってとんでもないことに使われるのは確実だ。

 

「今は見た目と大きさと触った感触しか再現していないが、ゆくゆくは中身も………おっと、話が逸れたな」

 

「今何を言おうとしたの⁉︎」

 

『「中身」って、内臓よね…?』と声には出さず、恐る恐る心の中で呟く。まさか、何度も死ぬような目にあっているからと言って、その度に臓器まで隈なく調べられているのだろうか?———考えるのが恐ろしくなり、リーナは無理矢理思考を停止した。

 

自分の母親であるこの女性は、()()()()()()()()()()()()()()()、なぜかリーナの身体に度々執着するようになった。普段からの過剰なスキンシップも、おそらくはリーナの情報をあらゆる五感で取り入れたいからだ。側から見たら、娘想いというより、完全に変態なのだが、セリカが自重する事はない。

 

セリカ本人としては、なぜか異常な頻度でリーナが死にかけるので、何があっても対処できるようにしているだけなのだが、リーナはそれを知らない。そしてセリカ本人もまた、処分するリーナの服や下着をこっそり保管したり、それらをリーナ人形に着せて一緒に布団に入ったりするなどの行為に付随する変態性を全く自覚していなかった。

 

 

————セリカ=アルフォネア。実はリーナの周囲の人間の中で、最も心に深い闇を抱えている女である。

 

 

 

 

 

 

「さて、水着だったな。どれがいい?」

 

気を取り直し、ようやく二人は本題に入った。

 

「…どれがいいって、言われても」

 

どれも露出度が高いか、マニアックなデザインのものばかりだ。

一番目を引くのは、ワンピースのような紺色の水着。この場にあるものでは一番露出度が低いが、なぜかサイズが合っておらずぴちぴち。身体のラインが丸わかりで、しかも腹部には『りーな』と書かれた白い布が縫い付けてあり、完全に幼い子ども用の水着を無理矢理着せたような有様だった。

 

逆に露出度が高いのは黒い水着。……水着というか、上半身は胸の一番見えてはいけない所をギリギリ辛うじて隠しているような紐水着だ。こんなものを身につけていったならば、まずクラスメイト達にドン引きされ、少しの動作で見えてはいけない所まで見えそうになり、楽しい思い出が出来るとはとても思えない。そもそもなぜこんなふざけたものをセリカは用意しているのか。

 

「ああ、それはダメだ。……できればグレンと二人きりの時に着てくれ

 

「……?」

 

よく聞こえなかったが、どうやらこれは着せるつもりはないらしい。

 

「…もっとマトモなのはないの?」

 

「…ん?紐水着以外みんなマトモだろ?」

 

「何がよ⁉︎」

 

紐水着、子供用水着以外は全てビキニだった。フリルのようなものが付いていたり、パレオがあったりという相違点こそあるものの、全て共通でビキニ。

 

(忘れてた。…セリカも、あの変態学院の教授じゃない!)

 

リーナは唯一の母校のことを、『変態学院』と認識している。女子の制服が、明らかにおかしいからだ。…主に、露出度という点で。

その変態学院に勤務している以上、セリカもまたその歪んだ常識に染まっていることはもはや間違いない。

 

「リーナ、よく考えてみろ。水着なのに普段の制服と変わらない露出度じゃ意味がないと思わないか?」

 

「…確かに」

 

せっかくの水着なのだ。水中での活動のしやすさも考え、布地が少ない方が都合が良い、というのは理解できる。

そもそもの話、これら以外に水着がなく、さらには『セリカが作ってくれた』という時点で、リーナに着ないという選択はない。だが、それで喜んで着るのかどうかはまた別の話だ。

 

————そこでセリカは、トドメの一撃を繰り出した。

 

「ビキニを着ると、グレンが喜ぶぞ」

 

「——っ‼︎」

 

リーナから迷いが消えた。ちょろかった。

 

 

 

 

 

 




おかしいな。最初はほのぼの日常編を書こうとしていたのに、なぜか闇が潜んでるぞ。
…そして暴走した。なぜかセリカが勝手に暴走して、とんでもない変態に成り果てていたのだ!原作公認でメンヘラ呼ばわりされてるしね、今更一つや二つヘンテコリンな設定追加されても仕方ないよね(汗)


システィーナ→トラウマを刻み込まれ、心に闇を抱えるのを代償に原作よりも成長速度アップ。
ルミア→原作通りにする予定ではあるものの、今後どうなるのかは不明。
グレン→シスコン化。恋愛感情は(高い確率で)ない。
セリカ→変態(悪)化。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

“光”

今回は少し短め。ご存知の方もいるかもしれませんが、活動報告にてアンケート実施中です。


遠征学修当日。

二組は馬車で一晩かけてフェジテの南西にある港町『シーホーク』まで行き、そこで船の出航時刻まで生徒達は一時解散となった。

 

 

 

「……で?何の用だよ、アルベルト」

 

「久しいな、グレン。魔術競技祭の一件以来か」

 

解散後、なにやらリーナ達にちょっかいを出している軽薄男がいるかと思えば、変装をしたアルベルトだった。彼は任務のため、あらゆる場所、あらゆる状況に対応できるように変装技能をかなりの練度で極めている。実際、長い付き合いであるグレンも先程、一瞬彼の正体に気づかず、リーナに近づく不埒者としてオシオキをしようとした程だ。……本当に、なぜ芝居芸人ではなく宮廷魔導士をやっているのか分からない男である。

 

「…ああ、そうか。つまり、リィエルは囮。本命はお前なんだな?」

 

『魔術競技祭』というキーワードでルミアを連想し、グレンは正解に辿り着いた。

 

「ああ、ご名答だ。リィエルという杜撰な護衛を置くことで、攻撃側もある程度仕掛けやすくし、本命である俺が陰で動く。…もっとも、奴らにどの程度効果があるかは疑問だが」

 

「それでも、何もしないよりはマシ、か」

 

アルベルト曰く、これは軍の中でも一部しか知らない極秘任務、とのことだ。

 

「それで?俺の前に姿を現した理由は何だ?」

 

「………」

 

「この任務は誰にも知られない事で効果を発揮する。つまり、その肝は『味方すら欺く徹底した隠形』であるはずだろ?それを捨ててまで俺に接触した理由は何だ?」

 

任務に関しては一切妥協しないはずのアルベルトが、任務の確実性を削いでなお、グレンの前に姿を現した理由。

 

 

「警告だ。リィエルとリーナに気をつけろ」

 

「……何?」

 

あまりにも深刻な声音で、アルベルトは告げる。

 

「まずは、リィエル。あの女は危険だ。リィエルをあろうことかお前の妹に近づけるなど、俺には到底理解できん」

 

「…………」

 

 

 

 

「…そして、リーナ。奴が最も厄介だ」

 

「……は?」

 

 

リィエルは、まだ分かる。その生い立ち故の不安定さからくる暴走も、天の智慧研究会が接触する可能性も否めないからだ。……しかし、リーナを警戒する理由が分からない。

 

 

 

 

「あいつに、宮廷魔導士時代の事を思い出させるな。

……本性を現したが最後、お前も()()()()()

 

 

 

———もう、何がなんだか分からない。

グレンは、全く話について行けなくなっていた。

 

 

「おい待て、それは一体どういう意味——」

 

「さあな。ただ、警告はした。しくじるなよ、グレン」

 

 

———これ以上を語る気はないと、彼はその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、その頃。

 

「~~~~~~ッ⁉︎」

 

「リーナ、しっかり!ほら、お水!」

 

 

リーナは露店で買ったホットドッグの辛さで悶え苦しんでいた。慌ててシスティーナが水を飲ませる。

 

 

「…リーナ、どうしたの?病気?」

 

「あれは病気じゃないよ、リィエル」

 

リーナの様子を見たリィエルが首を傾げ、ルミアがリィエルの口元をナフキンで拭う。

露店で買ったホットドッグは、4人とも同じもののはずだった。味も至って普通であり、強いて言うならソーセージに多少の辛味があり、マスタードの辛味がやや強い。しかしそう大騒ぎするほどでもなく、リーナ以外の3人は既に完食している。

 

「……残り、私が食べようか?」

 

「いいえ、最後まで食べるわ」

 

まるで嫌いなものを必死になって食べようとする幼子と、それを見てつい甘やかしてしまう母親のような会話だが、涙目になりながら頑張って(特に食べなければならない理由もないのに)食べるリーナを見れば、システィーナの気持ちも分かる事だろう。

 

 

結局その後も一口食べるごとにコップの水を飲み干し、水を飲む度に増加する口内の痛みに耐えながらなんとか全て食べ終えた頃には、集合時刻5分前となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが……海!」

 

その後、特に大きなトラブルもなく、順調に出港した二組。初めて見た海にリーナが珍しくはしゃぎ、生徒達が周りの景色に見惚れる中、グレンはグロッキーになっていた。

 

「大丈夫ですか、先生?」

 

「……いや、マジ……無理……死ぬ」

 

ルミアの問いに弱々しく答える様子は、まるで半死人。いつ吐いてもおかしくなさそうな様子だ。普段ならばリーナが甲斐甲斐しく世話でもするのだろうが、生憎彼女はグレンの様子に気付かないほど海に見惚れ、システィーナはリーナが船から身を乗り出し過ぎて海に落ちないようにハラハラしながら見守る始末。必然的に、グレンの異変に気付いているのはいつもの4人の中ではルミアとリィエルの2人だけだった。

 

 

「あれ、何かしらシスティーナ!鯨……にしては小さいわよね⁉︎」

 

「イルカじゃないの?……珍しくテンションが高くてついていけないわ

 

 

船酔いに苦しみながら、グレンはリーナを観察する。彼女は珍しくはしゃいでいた。その様子はどこからどう見ても実年齢よりも少し幼い少女そのもので、とてもアルベルトの言うような危険な存在には見えない。

 

 

「どうかしたんですか、先生?」

 

「…んにゃ……なんでもねえよ」

 

 

アルベルトがどう言おうが、リーナはグレンにとっての唯一の可愛い妹だ。彼がどういう意味であんな警告をしたのかは分からないが、決してそこだけは否定してはならない。

本性?……リーナはああ見えて臆病で、甘えたがりで、だけど照れ屋だからクールに振る舞おうとしている、そんなどこにでもいるような女の子こそがリーナだ。彼にとってのリーナの本性は、すなわちいい歳になっても尚セリカに甘え、家族の身を案じる少女に過ぎない。

 

(そうだ…。何も間違っちゃいない。俺は今まで通り、あいつに接してやればいいじゃねえか)

 

グレンは開き直った。分からないのなら、別に無理に悩む必要はない。いつも通り、否いつも以上にリーナのことを気にかけ、見守ってやれば良いだけの話だ、と。

 

 

————実はリーナのことについてほとんど知らないことに、目を背けながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サイネリア島に着いたのは、その日の夕方頃だった。

 

「……凄いわっ!こんなに綺麗なのは、初めてっ!」

 

沈みかけようとする夕日は黄金に輝き、海面と砂浜を眩しく照らす。島の中心部は緑に溢れた渓谷。まさに自然の宝庫。

 

「…確かに、綺麗ね」

 

システィーナもこれほどまでに美しい景色はほとんど見た事がない。昔は滅多に家から出なかったリーナが小さな子供のように喜ぶのも無理はないだろう。

しかし、今日一日で、リィエルは違和感を覚えた。

 

「……あんなに笑うリーナ、初めて見た」

 

「確かに。リーナって基本、薄っすらと微笑むくらいであんなにはっきりと笑う事って少ないかも」

 

遠くからでも分かる、リーナのはしゃぎっぷり。辺りを見ると、いつもと様子の違うリーナに戸惑うクラスメイト達の姿。

ルミアはリーナと出会ってからのことを思い返す。不敵な笑みを浮かべたり、微笑んだりするところは何度も目にしたが、今日のような笑顔を見たのはないかもしれない。

 

「…それだけじゃない。学院にいる時のリーナは、楽しそう。昔は、ずっと辛そうだったのに」

 

「……昔?」

 

ルミアは、嫌な予感を覚えた。

以前、まだリィエルが転入したての頃、ルミアはシスティーナと協力して意図的にリィエルとリーナを遠ざけたことがある。それはグレンに頼まれたからだが、実のところ詳しい理由はルミアもシスティーナも聞かされていない。2人とも、「グレンがリーナのためにならないことをする訳がない」という信頼で行動したのだ。

だから、グレンが何を考えているのか分からないし、無理に聞き出す必要もないと思っている。リーナは親友だが、それでも隠さなければならないことはあるのだ。……ずっと隠し事をしてきたルミアには分かる。

 

————そして、リィエルの知るリーナの過去も、その『隠さなければならないこと』の一つだろう。

 

 

「どうして、リーナは覚えてないの?……まだ一年しか経ってないのに」

 

リィエルの声が少しだけ震えていた。事情は分からないが、確かに親しくしていた相手に忘れられていたら悲しくもなるだろう、とルミアは考えて。

 

(……覚えて、ない?)

 

以前、初めてリィエルに会ったあの事件のことを思い出した。そう、彼女は言っていた。『リーナは同じ特務分室の仲間』、と。

それは、つまり……。

 

(私って、嫌な子だな…)

 

ルミアは真実の一端に辿り着いた。

 

……だが、譲れない。

ここで考えても意味はない。だから、後でグレンに聞きに行こうとルミアは決めた。リーナが隠したがっているならば話は別だが、そうではない可能性が高い以上、全てを知っていそうなグレンに聞くしかないのだ。

 

 

(……聞いて、何ができるってわけじゃないけど……)

 

それでも、これからどうするべきなのか考えることはできる。

 

————ルミアは、ずっと苦しかった。守ってもらってばかりで、何もできない自分。その無力さに憤りを感じていたのは、他でもないルミア自身だ。

 

しかし初めて、誰かの力になれるかもしれない。そんな希望が、今まで掛かっていた影に光を差した。

 

 




アンケートの実施期間は一応今日から1週間としますが、実施期間外でも書いて頂いて構いません。……そもそもも、回答されるかどうかすら危ういですので……。
R18を書くなって?いきなり書きたくなるのだから仕方ない。

アンケートの回答がなかった場合は、今まで通り描きたいようにやります!

システィーナはリーナの保護者説。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

楽園

明けまして、おめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。






アンケートでR18の要望が出て、少し驚いた。取り敢えず、その事に関してまたアンケートを取りますね。


「それでは、作戦を開始する」

 

サイネリア島に到着し、宿泊する旅籠にて食事と入浴を済ませた二組一行。しかし就寝時間になったその時、旅籠本館と別館を挟む中庭に彼らの姿はあった。

彼らはカッシュ率いる二組男子。『我がクラスが誇る美少女達と一緒に遊ぶ』という使命の下、規則違反の危険を冒してまで『女子の部屋へこっそり遊びに行く』為だけに集まった猛者達である。

 

「まず、別館と本館をつなぐ回廊。これは流石に使えない。目撃される可能性が高すぎる……」

 

あまり成績が良いとは言えないカッシュだが、頭の回転そのものは悪くない。彼は魔術競技祭において、『咄嗟の状況判断に優れる』という理由で『決闘戦』のメンバーに選ばれた男なのだ。

その後も潜入ルートの確認をする一同。予め一部の女子生徒に協力してもらい、巡回ルートを確認している彼らには油断も慢心もなかった。

 

 

「俺、今夜は徹夜でリィエルちゃんと双六するんだっ!」

 

「俺はルミアちゃんとトランプだっ!」

 

「僕はこの機会にリンちゃんとたくさんお話しするんだっ」

 

「ウェンディ様に罵倒されたい……。素足で踏まれてパシられたい…」

 

「じゃあリーナちゃんは僕がもらっていきますねーっ!」

 

「…見える。グレン先生に捕まるお前の未来が見える」

 

「システィーナは…別にいいや。説教うるさいし、面倒だし」

 

「「「うんうん」」」

 

各々の願望を口にする勇者達。…しかし、システィーナはあんまりな扱いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の入り組んだ雑木林をプロの隠密部隊に匹敵するスピードで踏破する。カッシュはこの為だけに食事をサボってまで周辺の調査をしたのだが、その甲斐は十分にあったと言えるだろう。

 

 

———ただ、彼らの誤算があったとするならば。

 

 

「ば、馬鹿なっ⁉︎」

 

 

 

 

———彼が想定とは違い、真面目(ルート通り)に巡回など行っていなかったということ。ただそれだけである。

 

 

 

 

「なんであんたがここにいるんだ⁉︎グレン先生!」

 

林の中にぽっかり空いた円形状の広場にて待ち受けていたグレンは、その問いに仁王立ちしながら答えた。

 

「甘い。甘いぜ、お前ら。……お前らの考えてることくらい、この俺には最初からお見通しだぜ?なにせ———」

 

グレンは不敵な笑みを浮かべ、堂々と言った。

 

 

 

 

「俺がお前らだったら、このタイミング、このルートを使って、リーナの部屋に行くからなぁ‼︎」

 

 

 

「「「なんか違う⁉︎」」」

 

 

 

別に、完全に違う訳ではない。リーナも女子だし、間違ってはいないのだが……。それ以外の女子が抜けている。

 

 

 

「ま、そういうわけだ。部屋に戻れ、お前ら。うちのリーナとお近づきになりたいのは嫌というほどよく分かる………が、これでも一応兄貴なんでな」

 

 

 

(((…うわぁ………)))

 

ドヤ顔で宣うグレンに対し、男子生徒達の胸中は一致した。すなわち、

 

 

 

———身贔屓にも程がある!ここまでくると気持ち悪い!

 

 

自意識過剰ならぬ、妹意識過剰。

この男、リーナ以外の女子がまるで眼中にない。…教師という立場上、あったら問題なのだが。

確かに、リーナは可愛い。入学当時から外見の美しさ、可愛さで言えば二組の中でもルミア、システィーナ、リーナは抜きん出ていた。

 

 

 

———しかし、実際の『学院で恋人にしたい女子ランキング』では。

 

 

 

 

一位、ルミア=ティンジェル。

二位、リゼ=フィルマー。

三位、ウェンディ=ナーブレス。

 

 

ルミア以外は三位以内に入っていない。

システィーナはその内面の生真面目さ、融通の利かなさから付き合いにくく、『可愛いけど面倒くさい』『窮屈な思いをしそう』などというレッテルを貼られ、あまり人気がなく。

 

リーナに関しては、『付いてくる兄貴がいらねえ』という意見が多数寄せられた。告白はする前に察知されたグレンに阻まれ、ラブレターを渡そうものなら没収される。こうしてグレン本人による虫除けの結果、リーナは『可愛いけどモテない子』の仲間入りを果たしてしまったのだ。

 

無論、システィーナのように本人が原因ではない為、好意を寄せている男子が未だ一定数いるのだが。

 

 

 

 

そして、この勇敢なる男子生徒の中にも、所謂『リーナ派』なる猛者はいる。逆に言えば、グレンが阻むべきなのはその『リーナ派』だけなのだが、彼が素直に通してくれるとは思えない。

 

 

 

「なーに、心配すんな。こんなのいちいち学院に報告なんかしねーよ。見なかったことにしてやるさ。だから……」

 

グレンは背を向け、ひらひらと手を振った、その時だった。

 

「それはできないぜ、先生……」

 

カッシュが決意のこもった目で、グレンに言い放った。

 

「……なんだと?」

 

「男には退けない時がある……。俺たちにとっては今がそうなんだ」

 

 

そう、カッシュには使命がある。なんとしてもこの防壁を突破し、可愛い女の子とキャッキャウフフと遊ぶという使命が。それに、たとえその先に地獄(ゲヘナ)が待っているとしても、それを知ってなお『リーナ派』でい続ける勇猛なる友がいる。彼のためにも、絶対にここを乗り越えて楽園(エデン)へと至らなければならない。

 

 

「そうか、……お前たちは既に覚悟を決めた人間なんだな?」

 

 

 

ふっと笑い、グレンが構え。

それを見てカッシュ達も魔術戦の態勢となった。

 

 

「いくぜ先生っ‼︎妹愛の貯蔵は十分かーっ⁉︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……加勢に行こうかしら」

 

「やめておきなさい。馬鹿が感染(うつ)るわ」

 

そして、グレンと男子生徒達のやり取りを見る影が二つ。リーナとシスティーナだ。

2人とも入浴からまだ時間が経っていないのか、ネグリジェに包んだ肢体からはほんのりと湯気が立っている。こんな状態で飢えた肉食獣(馬鹿な男子ども)に見つかったりなどすれば、確実に面倒なことになるだろう。眼下で繰り広げられる茶番劇にシスティーナは呆れ、リーナはそのお馬鹿な茶番に割とシリアスになっていた。

 

———リーナ=レーダスは、グレンが絡むとアホになる。

 

別に勉強ができなくなるとか頭の回転が悪くなるとか、そういうわけではなく。

ただ単に、思考が通常とは異なる方向に一本化する。狭い視野がさらに狭くなる。

 

 

 

 

例えば、このように。

 

(…兄様、どうして【愚者の世界】を使わないのかしら?まさか、アルカナを置いてきた?)

 

【愚者の世界】は、グレンにとって宮廷魔導士時代に使い続けた切り札であり、暗殺道具である。いくら非殺傷系の魔術とはいえ、そんなものを自分の生徒相手に振るうのはグレンにとって非常に気が引けることなのだが————今のリーナにはそれが分からない。

 

 

 

眼下では、グレンと男子生徒達の戦闘が繰り広げられている。さすが元魔導士と言うべきか、素晴らしい身のこなしで生徒達の【ショック・ボルト】を避ける。逃げるというよりは踊るように舞い、バク転や宙返りさえも利用してアクロバティックに回避する。

 

 

「ハハハハハっ!当たらなければどうということはない!」

 

「くそっ‼︎なんだこの動き⁉︎」

 

「呪文の一節詠唱もできないって聞いてたのにっ!」

 

 

たとえ呪文の詠唱が苦手でも、弱いとは限らない。その貧弱な魔術の才で数々の修羅場を潜り抜けたグレンにとって、学生に過ぎない男子の攻撃を捌くなど、リーナの好感度を稼ぐ案を出すことに比べれば容易いことだった。

 

 

 

 

———故に、調子に乗ってしまったのが運の尽き。

 

グレンのアクロバティックな動きには、当然ながら危険が伴う。器械体操はマットと十分な広さを準備し、環境をきちんと整えてから行うべきなのだ。

 

 

 

 

……結論から言えば、ずっこけた。

 

 

先程まで順調だったのに、着地時に踏み付けた落ち葉がズルッと滑り、転倒。綺麗に受け身を取った為に怪我こそしなかったものの、学生とはいえ魔術師である彼らに晒すには致命的なまでの隙を生んでしまった。

そして、それを見たカッシュの判断は正確であり、無慈悲である。

 

 

「今だっ!《雷精の紫電よ》‼︎」

 

「ちょ、やば」

 

「「「《雷精の紫電よ》‼︎」」」

 

「ギャアアアアアっ⁉︎」

 

 

カッシュの詠唱を復唱。放たれた電撃の全てがグレンへと殺到する。————不幸中の幸いだったのは、一節詠唱に加えて生徒達が未熟であったため、全弾命中しても命の危険はないことか。

 

 

 

「…やっぱり、加勢しようかしら?」

 

「……あっ(リーナ派終了……)」

 

珍しくニッコリ笑顔のリーナ様は、大変お冠だった。

 

 

その後、リーナがグレンを助けに行ったのか、それともシスティーナが必死に抑えたのかは定かではないが、『リーナは怒らせると怖い』という認識が関係者に深く刻まれたことをここに記しておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、砂浜……っ!」

 

「ほら、システィ、リーナ、リィエル!早く入ろうよ!」

 

「ええ!」

 

「うん、今行く!」

 

翌日の昼からは、皆が待ち望んでいた海水浴となった。リーナは砂浜と海面のコントラストに惹かれ、ルミアは一足先に水に入り、システィーナはリィエルの手を引いてルミアの側まで走って行く。

 

「ああ、尊い……」

 

「…楽園(エデン)はここにあったのか…」

 

そして、水着姿の彼女らを含む女子生徒を見て感動に打ち震える男子。リィエル以外はビキニであり、普段よりもさらに露出が多いこともその感動を後押ししているのだろう。

 

ルミアは白と青のストライプのビキニ。同年代でもトップクラスに位置する戦闘力を有する胸部装甲と、それに反してほっそりとした腰つきが存分にビキニに活かされ、滑らかな白い肌が太陽に照らされて眩く輝く。

システィーナは花柄の白いビキニ。腰にはパレオが巻かれ、それが全体的にスレンダーなシスティーナのアクセントになっている。女性らしさという点ではルミアにやや劣るものの、その分彼女の肢体の清楚さが強調されていた。

リィエルはルミアやシスティーナとは違い、露出度の少ない学院の競泳用の水着であり、女性の艶かしさはあまり感じられない。しかし彼女の容姿が同じ学年の女子よりも幼い為、かえってそれが他と区別される魅力を放っている。

 

 

だが、その3人に全く見向きもしない男がここに1人。……言わずもがな、グレンである。

 

 

(……よし、背中側はチェック完了。小さな傷跡も肌荒れもないな)

 

喜ぶ、というよりは安堵する気持ちでグレンはリーナの様子を観察していた。

 

 

————彼女が身につけているのは、所々にフリルの付いた青いビキニ。システィーナやルミアよりも暗い色の青が、リーナの肌の白さをより強調している。

 

彼女の潔癖な性格を考えれば、ビキニなど恐らくは進んで着なかっただろう。恐らくはセリカの計らいだ。『セリカグッジョブ!』とグレンは内心で褒め称えた。

 

リーナは普段、家では味の薄いものばかり食べる。本人曰く、『舌が鋭いから』らしい。それ故に、彼女は常人よりも塩分や糖分の摂取量が少ない。

 

————それはすなわち、彼女は意図せずして常時ダイエット状態になっていることを意味している。

 

世の女性が聞けば、嫉妬のあまり発狂しかねない理不尽な体質。常人と異なり、糖質や塩分を抑えることが全く苦にならない彼女は、その食生活に全くストレスを感じないため、ダイエットにつきものである『リバウンド』など起ころうはずもなく。

 

結果として、リーナは抜群のプロポーションを獲得していた。

ルミアほどではないにせよそれなりに育った胸と、それに反してほっそりとしたウエスト。腕も脚もすらっと細く、その身体は全体的に細さと女性らしさを両立した曲線美を誇っている。さらに青い水着が、その美しさを邪魔せず、かつ可愛らしさを際立たせる役目を果たしていた。

 

グレンは遠見の魔術———黒魔【アキュレイト・スコープ】の指定座標を変更。リーナの正面の映像が映るように調節する。映るのは、笑顔で水遊びをするリーナのドアップ。水滴が彼女の身体の曲線に沿って流れ、白い肌が陽光で眩しく煌めいた。

 

(……セリカ、グッジョブ)

 

一瞬だけ本来の目的を忘れ、呆けたグレンだが、すぐに我を取り戻して観察を続行。異常は————なし。

 

 

(本当に完治か。……とりあえずは、安心だな)

 

 

水着が邪魔でまだ隅々まで調べられていないというのが本音だが、まさか無理矢理脱がすわけにはいかない。いくら心配でも、超えてはいけないラインは存在するのだ。

 

(……少し、寝るか)

 

安堵したためか、グレンは睡魔に襲われた。思えば普段から授業の準備だのリーナの周囲の監視だの、早朝からの白猫の特訓だのであまり眠れていなかったかもしれない。

特に眠気を遮るものもなく、暖かい陽光に誘われ、グレンはすぐに眠りに落ちた。

 

 




新年の元旦から水着回を出す。季節外れ感半端ない。



……すまない。語彙力が無いせいで、脳内の映像を文章化して提供できなくて本当にすまない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



お久しぶりです!

すまない。就活の準備とか期末試験の勉強とかでなかなか時間が取れなかった。気付いたら2週間以上経っていたよ…。


しばらく書いていないとクオリティが落ちるのは必然なので、ご容赦を。


「……殺す、殺すわ。アンタは今すぐ、わたしが殺す」

 

————殺意が、荒れ狂っていた。

 

少女の青い瞳は赤く染まり、制御しきれなかったマナが魔術式を経ずに稲妻に変わる。彼女に相対する敵は、無言のまま。

 

 

————やめろ、と言いたかった。

 

しかし、身体が動かない。呼吸どころか、心拍も停止している。意識が飛んでないのはただの奇跡。酸素がなくなり脳の機能が停止すれば、もう二度と目覚めることはないだろう。

 

 

(…それが、どうしたっ)

 

自分の身など、些細な事だ。見ろ、彼女を。血塗れになりながら、憎悪を振りまくその姿を。

内から湧き上がる(怒り)に耐えきれず、時間と共に皮膚が剥がれ、血が流れる。流した涙は即座に蒸発し、噴き出た血は塵に変わる。

————彼女の存在が、別の何かに塗り潰されていく。

 

少女の姿をした怪物は、本性を現した。

 

 

「—————————ッ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ッ⁉︎」

 

目を覚ますと、リーナの顔が目の前にあった。そして、自分が砂浜で居眠りしたのを思い出す。

 

「兄様、大丈夫?魘されてたみたいだけど」

 

心配そうな顔をするリーナを見て、グレンは先程までの動揺を無理矢理押し隠した。妹に無闇に心配を掛けることは、彼の本意ではないのだ。

 

(……つーか、近い)

 

眼福だが、同時に生き地獄。可愛い義妹が水着姿で至近距離にいるのは、あらゆる理由で心臓に悪い。

 

 

「あ、ああ…。少し悪い夢を見ただけだ」

 

「…なら、いいけど」

 

そう、ただの夢。世の中には未来の映像を夢で見る異能者もいると聞くが、少なくともグレンはそうではない。大方、アルベルトが余計なことを言ったせいであんな悪夢を見る羽目になったのだろう、とグレンは考えた。

 

…だが。

ただの夢なのに、妙にはっきりと記憶に残っている。感覚すらも朧げになる中、視界の中心に入っていた、怒り狂う少女は————

 

「…兄様?もしかして、具合が悪いんじゃ……」

 

「…いや、なんでもねーよ。昨日馬鹿どもの相手をして睡眠不足なのが祟っただけだ。で、何か用でもあるんじゃねーか?」

 

半ば強引に話題を逸らす。そうでもしないと、このまま話が先に進まなくなる気がした。

リーナはそんなグレンの様子に誤魔化す雰囲気を感じつつも、それ以上追及することはなかった。

 

「ええ。ビーチバレー、やらないかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…らあぁッ!」

 

グレンの渾身の一撃が炸裂し、ボールが砂浜に突き刺さる———寸前。

 

「ふっ!」

 

地面すれすれを滑空するように飛び出したリーナがボールを打ち上げ、

 

「はあぁッ!」

 

打ち上げられたボールをシスティーナが打つ。黒魔【フィジカル・ブースト】によって強化された身体能力によるスパイクが一直線に飛び出し、相手チームは為すすべもなく点を取られた。

 

 

「……………」

 

「これでもまだ、ハンデが足りないのかしら?」

 

そのリーナの挑発的な発言に、グレンは悔しげに顔を歪めた。

 

そう、ハンデ。

これは、魔術ありの変則バレー。当初こそ『魔術は攻性呪文でなければなんでもあり』で行っていたが、リーナとシスティーナ、リィエルがあまりにも強過ぎるため途中からチームを変え、『女子vs男子』のバレーに。しかしそれでも男子側(・・・)が全く敵わなかったため、仕方なくリーナとシスティーナの使える魔術を【フィジカル・ブースト】のみに限定したのだが、それでも勝てない。

 

総合的な身体能力で劣っている、というのは有り得ない。魔術抜きならば、確実に男子側が圧勝するだろう。身体能力に優れたカッシュやギイブル、そして元帝国宮廷魔導士のグレン。この3人がいれば、負ける事などまず有り得ない。

 

———しかしその結果をひっくり返すのが『魔術』。

たとえ身体能力を増強させるだけの【フィジカル・ブースト】であっても、その効力は魔術の実力に依存する。そして、システィーナ、リィエル、リーナは女子の中でも特にこの呪文に秀でた者たちであると同時に、それなりに体を鍛えているという共通点があった。男子が敵わないのも無理はないだろう。

 

 

(…だが、それがどうした!兄が妹に負けるわけには…!)

 

しかしグレンとしては、何がなんでも頼れる兄を演出したいところ。たとえ相手がアピールする対象であるリーナ本人でも、負けるわけにはいかないのだ。

 

その気持ちをを後押しするように、不可抗力で参加していたギイブルが叫ぶ。

 

「このままで良いんですか、先生!この体たらくで、何が男ですかっ!」

 

当初は「これは遊びで来たんじゃない」云々となかなか参加しようとしなかったギイブルだが、結局は成り行きで参加することになり、今では一番情熱を燃やしている。彼の中の男に火がついたのだろう。こういう情熱は、嫌いではない。

 

「…へっ。そうこなくっちゃなっ!」

 

何度やられようと、決して諦めない。その決意が、グレンの中で固まった。

 

 

————しかし。

 

(…なんだ?)

 

猛烈な違和感が、グレンを襲った。

 

(なんで、こいつらは悔しがらない?)

 

カッシュやロッド、カイといった男子連中。彼らは、あまり悔しがっていなかった。

 

(やる気がない…?いや、それはねえな。こういう体を動かすの、こいつら好きだし)

 

ならば、その原因は何だ。ふと、カッシュの目線を追うと————。

 

(…あ?)

 

山が、あった。それは、男子諸君を誘惑してやまない双丘。分かりやすく言うと胸である。

 

————その持ち主は、ルミア。

 

「あの、先生?」

 

ギイブルが訝しげに声を掛けるが、当然グレンには聞こえない。

グレンは他の男子の視線を追う。カッシュはルミアの胸部装甲にやられていたが、他の男子は様々な女子の双丘に目移りしまくっていた。

———ただし、リィエルとシスティーナは除いた、全ての女子に。

 

 

 

(ああ、なるほどなー。要するにこいつらは、うら若き乙女の胸部から放たれる精神系白魔術にやられてたってわけか)

 

今は水着。そして、ビーチバレーだ。海水浴の後で水滴の伝う肌と、バレーという激しい運動はさぞやその魅力を振るったことだろう。

なるほど、納得だ、などとグレンは頷き。そして。

 

 

 

 

「てめえらああっ!」

 

「やっべ、先生にバレた!逃げろ!」

 

「ああ、楽園がぁっ!」

 

「諦めろ!リーナちゃんが関わった時点で、こうなることは分かってただろ!」

 

グレンは激怒し、男子を追いかけ回す。その楽園を惜しむ声と、それを諌める声。サイネリア島全土を舞台とした、リアル鬼ごっこが始まる。

 

「……兄様、いきなりどうしたのかしら?」

 

「…さあ?」

 

 

残された女子は、わけも分からずにキョトンと首を傾げるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あなたが、リィエル=レイフォード?』

 

それは、彼女————リーナ=レーダスが特務分室にやってきて半月程経った頃だった。任務の前の小休憩中に、彼女が話しかけてきたのだ。

 

それまで全く接点のなかったわたしと彼女だが、不思議とすぐに打ち解けることができた。———今思えば、特務分室の中でグレンやアルベルトの次に親しかったかもしれない。

 

彼女との話題は、グレンのことばかり。リーナの話すグレンの日常はわたしの知らないことで、その代わりにわたしはリーナにグレンとの任務のことを話した。『兄様の幸福の為に環境を最適化する』とか『外道魔術師鏖殺計画』とか、リーナはわたしには分からないことを言ったりすることが度々あったけど、それでも心がポカポカする時間だった。

 

リーナは真夜中の任務にだけ参加した。だからわたしと話せるのは夜の時間の、任務前のほんの僅かな時間だけで、同じ任務に行った事は一度もない。いつか同じ戦場で戦いたいな、という思いが日に日に高くなっていった。

 

———なのに。

 

リーナは突然、姿を消した。グレンと同じように、あっさりと。

 

でも、この前の任務で再会できて、嬉しかった。なぜかわたしのことを覚えていないと知って、胸がじくじく痛んだけど、それでも、前と同じように会話ができる、と思って。

 

でも、以前ほど多くの会話はできていない。

システィーナとルミアが、なぜかわたしをリーナから引き離した。引き離されたのは『思い出してはならない』かららしいけど、よく分からない。

引き離されなくなった後も、リーナとたくさん話すことはなかった。リーナはあまりわたしに近づこうとしなかったし、わたしもまた、あまりリーナに関わろうとは思えなかった。……なんだか、リーナがわたしの知るリーナとは全然違う別人に思えて。

 

 

グレンもリーナも、みんなわたしから離れていく。

頭の悪いわたしは、どうすればいいのか分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夜は夜で、とても綺麗ね!」

 

「でしょ?ほら、システィも!早く早く!」

 

「…うう。やっぱり、不味いわよ」

 

夜。

旅籠の消灯時間過ぎの時間帯に、海岸に近づく4人の少女達の姿があった。言わずもがな、システィーナ、ルミア、リィエル、リーナの4人である。

物腰や普段の態度に反してやんちゃな面のあるルミアが夜の海を鑑賞する事を提案し、リーナがそれに賛同。リィエルも半ば成り行きでついて行き、規則違反を案じたシスティーナがそれを追う、という経緯で今に至る。

 

 

「もう、そんなこと言って。システィだって、見てみたいくせに。……ほら、もうリーナは遊んでるよ?」

 

「…え?あ……」

 

バッシャーン、という水の音と共に、リーナが海に飛び込んだ。いつの間に着替えたのか、その肢体は水着姿に包まれている。

 

それを見て、システィーナは諦めたようにため息を吐いた。

 

「……もう、しょうがないんだから」

 

それからのシスティーナに迷いはなかった。水着こそないが、全く水遊びができないわけではない。なるべく制服を濡らさないように気を付けながら海に近づいていく。

 

 

「ほら、リィエルも遊ぼう?」

 

「?…遊ぶ?」

 

「そう。例えば、こんな風に!」

 

ルミアはリィエルの手を引いて海に入ると、足元の水を勢いよく巻き上げた。突然の不意打ちに為すすべもなく、システィーナの全身がずぶ濡れになる。

 

「…ちょっ、ルミアっ⁉︎」

 

「…よく分からないけど、水をかければいいの?」

 

「これは、システィーナの分!」

 

リィエルがルミアに問う間に、リーナがルミアに攻撃。ルミアと同じように水を掬い上げ、見事システィーナの仇を討った。

 

「ちょっともう!びしょ濡れじゃない!」

 

「あははははははっ!」

 

 

 

 

 

————そんな少女達の姿を、見つめる人影が1人。

 

「…全く、持って来て良かったな、これ」

 

彼————グレンの手の中には、両手にすっぽり収まるくらいの黒い箱があった。かつてリーナが発明した、小型魔導射影機である。従来の射影機とは異なり、魔術師にしか使えないという欠点こそあるものの、どんな暗闇でも撮像可能であり、何より嵩張(かさば)らないという利点がある。

 

夜空には星が瞬き、海面はその星々の輝きを映し出す。その宝石箱のような光景の中には、無邪気にはしゃぐ4人の妖精たち。見ていて全く飽きない絵だ。

 

パシャ、と小さな音と共に、小型魔導射影機がその風景を撮像する。小さな音、そして何より光も何も出ないため、彼女たちの戯れを邪魔する心配はなかった。

 

———グレンは知らない。この機械が、グレンを盗撮する目的で開発されたという事を。

 

 

「本当に、良い絵だ」

 

男子たちを追い掛け回し、グレンの体はクタクタ。しかし彼女ら4人のこの光景を見ていると、その疲労も吹き飛ぶというもの。

 

彼は、4人が海から引き上げ、旅籠に帰るまでずっとその光景を見守り続けた。

 

 

 

 

 

 




……実は、忙しいのは就活の準備と期末試験の勉強のせいだけじゃないんだ。


俺が、ゆゆゆにハマってしまったからなんだ。今まで勉強とかの合間を縫って執筆してたけど、その時間がゆゆゆ の動画を見たりとか、ゆゆゆいの本編を進めたりしたせいでこんなに遅れたんだ。

本当にすまない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

破局の前兆

大変長らくお待たせしました。

お気に入り、増えてる⁉︎登録して下さった方、ありがとうございます‼︎やっぱり水着回は需要あるんだなっ!


(やべえ、眠っちまってたか)

 

グレンが目を覚ました時、既に真夜中になっていた。この時間では、旅籠に入れるかどうかも怪しい。……だが。

 

(それを補って余りあるもんを手に入れたしな)

 

手には4人娘が遊ぶ姿を保存した小型射影機がある。あの光景を肴に安酒を飲み、酔って眠ってしまっても後悔はなかった。

 

普段あまりテンションの上がらないリーナがはしゃぎ、任務しか知らなかったリィエルが遊ぶ景色。あのひと時は、何物にも勝る至宝だとグレンは思う。

 

(できれば、ずっとこのままなら良いんだが……)

 

それは不可能だろう、とグレンは考える。リィエルは特務分室のエース。すぐにルミアの護衛任務が終わるとは思わないが、それでも日常をいつまでも謳歌するわけにはいかないだろう。

 

 

「……グレン」

 

そんなことを考えていると、知らぬ間に目の前には青髪の小柄な少女、リィエルの姿。相変わらずの無表情で、何を考えているのかが読み取れない。……何も考えていないのかもしれないが。

 

「なんでここにいるんだ、リィエル」

 

「グレンが部屋にいなかったから、探しに来た」

 

(……なるほど、じゃあリーナ達はもう寝たのか)

 

リィエルの任務内容を知っている彼女達なら、リィエルがルミアから離れる前に止めるだろう。高い確率で、リーナ達は今頃夢の中だ。

 

 

「…今はルミアの護衛任務中だろ?」

 

「……ん。でも、グレンに会いたかったから」

 

それを二組の男子共が聞けば、軽く殺意が沸くことだろう。「うらやまけしからん」とグレンを追いかけ回すかもしれない。だが当のグレンは、未だに自分に依存している節のあるリィエルに不安を覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……痛っ」

 

首の後ろあたりに針で突かれたような痛みが走り、リーナは飛び起きた。現在の時刻を確認すると、寝付いてからまだ2時間ほどしか経っていない。部屋を見渡すと、隣のベッドでシスティーナとルミアがぐっすり眠っているのが見えた。

 

(……ああ、嫌だわ)

 

部屋を見渡して、足りないものがある。それはリィエルの姿。軍の人間なのだから、当然真夜中にも任務やすべき事があるのだとは思うが、それでも尚嫌な予感がなかなか消えてくれない。

 

————時折訪れる、首の後ろの痛み。それをリーナは、警告と捉えていた。

 

この痛みを感じたあと、必ず何かが起こる。経験上、最短で数秒後。最長でも4日後。それを感じたが最後、リーナは必ず不幸な目に遭う。

 

 

 

———例えば、すぐ側にあった建物の壁が老朽化で崩れ、倒れてくる。

 

———例えば、外道魔術師同士の戦闘に巻き込まれ、流れ弾が直撃する。

 

———例えば、螺子が緩んだシャンデリアが落ちてくる。

 

———例えば、戦場跡地の地下に埋まっていた爆弾の爆発に巻き込まれる。

 

———例えば、街中を暴走する馬に轢かれる。

 

 

 

 

これらの全てが、今までリーナが実際に経験した不幸であり、死である。そのどれもが事故に近い形であり、その中には一つとしてリーナ個人を狙うものなどなかった。

 

幼い頃に何度も死に瀕した結果、セリカはリーナの身を案じ、リーナを外に連れ出さないようになった。暖炉や照明、本棚など、屋敷の中にいても死亡事故の要因になり得るものは毎日点検し、時に魔術で強固に固定。万が一にでもリーナが外に出ないよう、外出時には屋敷の結界を強化し、扉も魔術的・物理的に頑丈に封鎖した。ほとんど監禁のようなものだが、それでも本当の母親のように身を案じてくれるセリカに、リーナは感謝しかなかったのだ。

 

幸い、学院に通うようになってからは死亡事故の頻度は極端に少なくなった。精々がテロに巻き込まれるくらいである。だが、どうしてその不幸が少なくなったのか、どうしてセリカはその事を知っていたかのように学院に行くように勧めたのかが分からない。

 

 

(……当時のわたしは、本当に愚かだったわね)

 

確かあの時は、『兄様を見習って働きに出る』と言ったのだったか。『セリカの言う通り暇だし、死んでもどうせ生き返る』とも考えていた気がする。

 

———今思えば、なんて愚かだったのだろう。『生き返るから、死んでも良い』など。

 

死ぬ羽目になるのは、とても痛い。苦しい。それでも我慢すれば良いと、そう思っていたのに。

————今は、自分が傷つく事で悲しむ人間が多くいる事を知っている。

 

セラが亡くなり、初めて身近にいる人間が失われる事の恐ろしさを知った。そして、その恐怖を自分が死に瀕する度にグレンやセリカが味わっているであろうことも。できれば、そんな思いを周りの人間、特にシスティーナやルミア達にはして欲しくない、とリーナは願う。

 

(……セリカに、感謝しないと)

 

学院に通い、システィーナやルミアという友人ができた。もしもあのまま閉じこもったままだったら、きっとセラの死に悲しみこそすれ、今のような感情を抱くことはなかっただろう。リーナはそれを自身の成長であると自覚していた。

 

(……でも、できるかしら?今までこの警告の後、死なずに済んだことはないのに)

 

どんなに万全に準備しても、警告の後は必ず死が訪れる。物理的、魔術的に備えたとしても、それを上回る苦難が必ずやってくるのだ。リーナ1人で対処するのは、不可能に等しい。

 

———誰かに相談する、という選択肢はない。迂闊に話してしまっては、リーナを庇おうとしてグレン達が死傷する可能性があるからだ。

 

 

 

リーナが全てを思い出すまで、あと1日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして夜が明け、翌日。グレン率いる二組は、サイネリア島の中心部に位置する白金魔導研究所に向けて歩き始めた。

一応舗装された道を歩いてはいるものの、皆が歩き慣れているフェジテの街の石畳とは異なり、元々存在した自然の起伏がはっきりと残っている。石の並びも雑然としていて、歩きにくいことこの上なかった。

しかも、それなりに長距離である。軍生活の長かったグレンや、田舎からやってきたカッシュ達などの例外を除き、都会暮らしの生徒達は息が上がっている。

 

「……はぁ、はぁ」

 

「…ルミア?大丈夫?」

 

「…大丈夫、…じゃないかも……。システィは、強いね」

 

「……結構きついけど、まあなんとか」

 

息も絶え絶えになりながら歩くルミアに比べ、システィーナはまだ少しだけ余裕がある。普段の拳闘を用いた鍛錬が効いているのかもしれないと、システィーナは思った。

 

「…それに、リーナほどじゃないわ」

 

システィーナとルミアの数歩先を歩くリーナは、息切れどころか汗ひとつかいていない。時折、「不意打ちを防ぐ障壁……でも、そうするとマナの消費が……」などとブツブツ独り言を呟いているが、それでも疲労した様子はない。

 

「……本当に、すごいね」

 

「あの子、この間までほとんど寝たきりみたいなものだったのに……。どうなってるのよ」

 

病み上がりとはとても思えないスタミナ。システィーナやルミアは知り得ないことだが、リーナは幼少期からセリカの屋敷で家事を続けてきた猛者である。主にあの広大な屋敷の掃除は、リーナの体力作りに大いに役立っていた。さらに部屋の中には、リーナの運動不足を解消する為の器具が揃っている。華奢でひ弱そうに見えるが、体力だけなら同年代の少年少女に決して負けないのだ。

 

———しかし、いくら体力があろうとも足場が悪いことには違いないわけで。

 

「…きゃっ⁉︎」

 

「ちょっと……⁉︎」

 

思考により足元が疎かになっていたリーナは、石に躓いた。そのまま前のめりに倒れる。リーナの視線の先、ちょうど彼女の頭がぶつかるであろう地面には岩と言って差し支えないような大きな石が、尖った先端を上に向けて待ち構えており———。

 

(…嘘。まさか、昨夜の警告って、こんな下らない死因なの……?)

 

 

 

そのまま呆気なく、リーナが絶命————することはなかった。

 

 

「……危なかった。全くもう!きちんと前を見て歩きなさいよ!」

 

「シス、ティーナ……」

 

まさしく間一髪。

リーナが倒れこむ瞬間、全身の疲労を無視して駆け寄ったシスティーナが、リーナを受け止めていた。

 

「考えごとをするのはいいけど、ちゃんと周りも見て……って、どうしたの?」

 

システィーナは説教をしようとして、ふとリーナの様子がおかしいことに気づいた。まるで心ここに在らずといったような、明らかにいつもと違う表情。

 

「…いいえ、何でもないわ。ありがとう、助けてくれて」

 

「そう?……リーナ、やっぱり具合でも悪いんじゃ……」

 

 

その時、『パチン』と小さな音が聞こえた。

 

「…触らないで」

 

音のした方を見ると、そこにはルミアの手を跳ね除けるリィエルの姿。

 

「……えっと、リィエル?」

 

「もうわたしに関わらないで!いらいらするから!」

 

普段無表情のリィエルが、珍しく怒りを露わにしてルミアを拒絶し、1人で前にずんずんと進んでしまった。そこに残るのは、なんとも形容しがたい気まずさと、戸惑い。

 

「…あの4人って、仲よかったよな?」

 

「何かあったのかしら?」

 

周りのクラスメイトも、困惑を隠せない。当事者であるルミア、システィーナ、リーナの3人もそれは同様で、どうしてリィエルがあんなに怒っているのか分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聞くところによると。

リィエルが機嫌を損ねたのは、昨晩兄がヘマをしたせいらしい。おそらくわたしが『警告』で目を覚ました時、彼女がいなかったことと無関係ではないわね。

 

(……わたし、薄情者ね)

 

今までわたしは、リィエルと深く関わろうとしなかった。もし関係を深めてしまったら、知りたくない、もしくは知ってはならない事を知る羽目になってしまうような、そんな予感がしたから。そのせいか、リィエルが理不尽に怒ってルミアから距離をとっても、さほどショックは受けなかった。……もしかしたら、これは。

 

(嫉妬、しているのかしら?)

 

リィエルがやってきたところで、わたしの居場所は失われない。新しく彼女の居場所ができるだけ。分かっている。

 

おそらく、小さい頃から屋敷から出なかった弊害。セラ以外にできた親友を取られたくないという、本来ならば幼子の時に通過していなければならない独占欲がわたしの心を蝕んでいる。自分でもなんて幼稚なのかと呆れてしまうけれど、仕方がない。寧ろ、そこまで入れ込むことのできる存在ができた事に喜ぶべきだと、わたしは開き直った。

 

 

不貞腐れたリィエルの事を頭の隅に置きつつ、同じ過ちを犯さないように足元に注意して歩く。やがて目の前に現れるのは、大自然に囲まれた石の建造物。あれが白金魔導研究所ね。

 

 

そこでわたしは、今まで考えないようにしていた事と直面することになるとは思ってもいなかった。

 

 




くっ……。せっかくアンケートとったのに、本編しか進められない…。

え?男子諸君への制裁?いつのまにかその痕跡すらも消えてるって?……彼らは何があったのか覚えていない。いいね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

露呈

2週間もかかって申し訳ない。……時間がなくて結構きつかったが、お気に入りの増加でモチベーションを保ちながら書いた。お気に入り登録してくれた方、本当にありがとうございます!


「ようこそ、白金魔導研究所へ!」

 

そう言って出迎えたのは、研究所所長であるバークス=ブラウモンだった。好々爺とした雰囲気で、人懐っこい笑みを浮かべている。

 

————その場にいる誰もが、彼が天の智慧研究会と繋がりのある外道魔術師であるということを知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………以上の根拠から、演算量の削減と呪文の短縮によるA級軍用魔術の個人での使用は理論上可能であると結論を出した。無論、深層意識野への多大な負荷や消費マナなどの課題は数多く存在するが、いずれ我が国の国防を担う一角となるであろう技術の開発に向けて大きな一歩を踏み出せたことは間違いない。————以上で、第六階梯・レナ=クレイフォルトが考案した『戦略軍用魔術軽量化技術』の研究発表を終わります。代理発表者は私、セリカ=アルフォネアでした」

 

セリカの述べた論理に、その場にいる魔術師達の反応は様々。拍手を送る者もいれば、首を捻って唸る者もいる。

 

「相変わらず見境ないですなあ、レナ=クレイフォルト」

 

「ですが、今まで発表したどの分野においても一定以上の成果を挙げていることも事実。……論理が分かりにくく、成果の共有が難しいという点が玉に瑕ではありますが」

 

レナ=クレイフォルト。

数年前から魔術に関連するあらゆる分野における研究で成果を出し続けている魔術師。最新の魔導工学、軍用魔術理論など、取り扱うテーマに拘りがなく、まるで『好奇心の赴くままに研究しました』とでも言わんばかりに論文を提出し続ける異端の魔術師。年齢不明も姿も不明であり、その名から女性ではないかと予想されるものの、そもそもその名前すら本名なのか疑わしい謎の人物である。

 

…正体を知るのは、代理発表者のセリカ=アルフォネアのみ。

 

当然ながら、セリカはその正体を明かそうとしない。そして、大陸最強である彼女に対し、情報の開示を強制することをできる者はいないため、レナ=クレイフォルトについての情報は一切公になっていなかった。

 

「……しかし、些か疑問ではありますな。魔術で他国に対し優位を取っている我がアルザーノ帝国に、果たして個人で使用できるA級軍用魔術などが本当に必要なのか」

 

「それを言うなら、2年前にレナ=クレイフォルトが発表した通信魔導器もそうでしょう。『魔導器が手元になくとも受信できる』など、一体何の役に立つのかと思っていましたが、世間的には好評のようだ」

 

通信用の魔導器は通常、アクセサリーの形態で常に身に付けているものだ。故に本来ならば『手元にない』、という状況はほとんどなく、新たな通信魔導器の必要性は皆無のように思われた。しかし———

 

「魔術無しで受信できる、というのは便利ですな。お陰でマナ欠乏症で魔術が使えない場合でも、相手側から通信魔術を起動してくれれば連絡を取ることができる」

 

「さらに、送信側に非常用のマナ貯蓄を用意していれば、魔術の素養のない一般人でも一分間に限り通信が可能……。用いられているマナの保存方式や条件起動式を用いた魔術の起動方式の複雑さを考えると、よくもまああれ程小型化する事ができたものです」

 

「その通信魔導器、噂によればあの宮廷魔導士団の軍備として採用されているとか」

 

「確かに、戦闘でマナが枯渇する危険性や、緊急の連絡手段の有用性を考えれば妥当なところでしょうな」

 

「今回の発表も、いずれ有用であると実感する時が来る事でしょう。……軍事用の魔術である以上、その時が来ない事が望ましいのは確かですがね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バークス=ブラウモンの計らいによって、普段は公開されていない研究施設を見せてもらえるようになった二組一行。しかし、クラスメイト全員が興奮する中、リーナだけは周囲を警戒していた。

 

———すなわち、いつ死ぬか分からない、と。

 

周りにあるのは大量の合成獣(キメラ)の実験体。全て頑丈なガラスケースの中に入っている。

 

(……さて、どう来るのかしら?)

 

あらゆる未来を想定する。

例えば、キメラが突然暴れ出し、ガラスケースから飛び出して襲いかかってくる。

例えば、ガラスケースが突然爆発し、破片を食らって命を落とす。

例えば、研究所の屋根が崩落し、圧死する。

 

考えればきりがないが、考えずにはいられない。

 

「そういえば、流石にここでもあの研究はやってなさそうね」

 

リーナが悪い妄想に取り憑かれていると、不意にシスティーナが話し始めた。

 

「あの研究って?」

 

「死者蘇生・復活に関する研究。帝国が立ち上げた一大魔術プロジェクトよ。名前は確か、ええと……」

 

ルミアの疑問になんとか答えようとするものの、肝心の計画名が思い出せないシスティーナ。彼女に助け舟を出したのは、同行していた研究所所長、バークス= ブラウモンだった。

 

「『Project : Revive Life』。よく勉強していらっしゃいますな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———本来、魔術を用いて死者を蘇生させることは不可能である。

魔術世界における『死の絶対不可逆性』。生物を構成する三要素である『マテリアル体』、『アストラル体』、『エーテル体』。生物が死んだ後、肉体たるマテリアル体は『自然の円環』へ回帰して土に還り、精神たるアストラル体は集合無意識の第八世界———通称『意識の海』———へ溶け消え、霊魂たるエーテル体は輪廻転生の円環によって次の命へと転生する。アストラル体、エーテル体が消失する以上、死した人間を復活させることは不可能。これが死の絶対不可逆性である。

 

故に、『Project : Revive Life』によって成されるのは、正確には蘇生ではなくコピーの作成だ。

 

「厳密な意味では、この計画によって蘇生させた人間は本人ではありません。しかし、周囲の人間にとってみれば、失われたはずの人間が、生前の記憶や人格、能力がそのままで戻ってくる。そういう意味での有用性が唱えられたのです」

 

すなわち、替えのきかない優秀な人材が死亡した際などに備える保険。人を『有用な道具』に貶めかねない禁忌。

バークスの説明で、ルミアは背筋に悪寒を感じた。その理由は、『Project : Revive Life』の倫理的問題だけではない。

 

(……リーナは?リーナの魔術はどうなの?)

 

原則、魔術による死者の蘇生は不可能。ならば、リーナはどうなのか。

確かに、リーナは以前となんら変わらないように見える。出会った時と同じ。……だが、それが見せかけだったとしたら?

記憶も人格も同じなら、周囲がそれを確認する術はない。もしかしたらリーナ本人ですら、自分が本人かどうか分からないのではないか?

 

 

ルミアの沈黙を勘違いしたのか、バークスは安心させるように語った。

 

「心配には及びません。このプロジェクトは既に頓挫しております。他ならぬルーン言語の欠陥によって」

 

ルーン言語の機能限界。ルーン言語のポテンシャル・スペックでは、生物を構成する三要素を一つに合成することは不可能だった。

それに加えて、エーテル体の代替品である『アルター・エーテル』を生成するには、多くの人間の犠牲が伴う。人の尊厳だけでなく、人命さえも脅かすこのプロジェクトは、まさしく禁忌と言うべき代物だった。

 

「……あの、本当にただの興味本位なんですけど、仮に犠牲者とかの問題が解決したとして、『Project : Revive Life』を成功させるには、他に何が必要なんでしょうか?」

 

「ルミア?」

 

ルミアの声音は、まるで誰かを蘇生させたいかのような切実さがこもっていた。

 

「……そうですなぁ。『Project : Rivive Life』を成功させる手段として考えられるのは、主に二つ。一つは、固有魔術です」

 

固有魔術は、個々人の魔術特性を強く反映させ、応用したもの。それは時として理論上不可能な術式をも為してしまうことがある。仮にこの『Project : Rivive Life』に特化した魔術特性を持つ人間がいれば、可能かもしれないとバークスは言う。

 

「……そしてもう一つは、ルーン語以上に『原初の音』に近い魔術言語を用いること。例えば、竜言語や天使言語などの、人間以外の存在が扱うとされる魔術言語ですな」

 

 

 

その後、研究所内の様々な施設を見学し、二組の面々は通常ならば決して見られないような様々な神秘を目撃した。見学が終了し、研究所を出た時には既に夕方。生徒達が宿舎に到着した頃には、すっかり日が落ちて暗くなっていた。

 

 

「ねえ、リィエル。もしよければ、今から私達と一緒に……」

 

「やだ」

 

取りつく島もないとは、こういうことか。

いつもの4人組は、普段の様子からは考えられないほどに異様な雰囲気となっていた。

リィエルは機嫌を損ねてシスティーナ達3人から距離を置き、リーナは何かを恐れているかのように周囲を時折見渡しながら殺気立っている。ルミアは『Project : Revive Life』の話を聞いた時から何かを思い詰めているように深刻な顔をしており、現状普段通りと言えるのはシスティーナ一人だけだ。

 

「…おい、いい加減にしろよ、リィエル」

 

グレンは流石に看過出来なかった。

リーナが何に恐れているのかも、ルミアが深刻そうな顔をしている理由も彼は知らない。本音では何もかも聞き出したい欲求はあるが、それはもう少しだけ時間が経ってからだ。……困難を自分で乗り切れるならばそれに越したことはないと彼は考えていた。

それよりも優先すべきはリィエルである。個人の心情は置いておくとして、このままでは確実にルミアの護衛任務に支障が出ると判断した。

 

「いったい一人でいつまで拗ねて……」

 

「うるさい!」

 

伸ばされたグレンの手を跳ね除け、走り去るリィエル。完全に手の施しようがなかった。

 

「……追いかけてあげて下さい、先生」

 

途方に暮れるグレンに、ルミアが声をかける。

 

「きっと私たちが行っても逆効果だと思いますから」

 

……恐らくは何かに思い悩んでいるであろう彼女は、仲違いをして尚リィエルを心配していた。

 

「分かった。悪いな。……ちょっとリィエルと話をしてくるわ」

 

 

 

 

 

 

————どうして、なのだろう。

リーナは自問する。どうして自分は、【天の福音】などという魔術を行使できるのか、と。

 

今回の研究所見学で、リーナは重大な空白に気づいてしまった。今までどのような原理で蘇生魔術を行使していたのかが分からない。自分の魔術特性だけじゃ、決して成し得ないはずなのに。

リーナの魔術特性は、『生存情報の追加・変更』。本来ならば、死に瀕したとしても生き返るだけ。致命傷は治らず、それ故に生き返ってからまた死ぬ羽目になる。それ故に、生き死にのループの苦しみを魔力が尽きるまで繰り返す羽目になるはずだ。……無論、一旦生命活動をやめた以上、大した魔力は残っていないだろうが。

 

(錬金術で細胞を構築して傷を埋める?……そんなの、それに特化した魔術特性がないと難しいはず)

 

そもそもの話、復活など不可能なのだ。エーテル体とアストラル体はすぐに消失する。故に、本当の意味での蘇生は本来ならば有り得ない。可能だとするならば、それは蘇生ではなくコピーの作成。どうして今まで気づかなかったのか、自分でも分からない。

 

(わたしが、コピー?……あはは、まさか)

 

信じられない。信じたくない。だがそれを確かめる術はない。なぜなら、たとえ偽物であったとしても、記憶と人格が本物と同一ならばその自覚が生まれようはずもないからだ。

 

自分が本物であるという前提で思考を進める。……そうしなければ、彼女の精神は耐えられなかった。

 

そして術式の成り立ちを思い出し、それが自分自身に暗示を掛ける類の記述が含まれている事に気づく。その瞬間、リーナの意識は暗転した。

 




ゆゆゆの二次創作執筆中(投稿するのかは不明)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。