無双の大英雄と駆ける外典 (草十郎)
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プロローグ

 ーー素に銀と鉄。

 ーー礎に石と契約の大公。

 ーー手向ける色は『黒』。

 

 広い空間に重なって響く複数の声。その全てに魔力が込められ言霊として作用している。

 総勢5人。彼らの目の前に存在する魔法陣に向かって唱えるは、これからの戦いを共に駆け抜けるサーヴァントを英霊の座から呼び出すための詠唱。

 

 ーー降り立つ風には壁を、四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。

 ーー閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 ーー繰り返す都度に五度、ただ満たされれる時を破却する。

 

 聖杯戦争。ただ一つの聖杯を巡って7人の魔術師(マスター)とそれぞれに召喚された7騎のサーヴァントが争う大規模な魔術儀式。

 戦争という名称が示す通り、その戦いは尋常でない場合が多い。何故ならば、召喚されしサーヴァント達はそれら全てが何らかの形で人類史に刻まれ、死後英霊として昇華された存在をクラスという型にはめた者達であるためだ。神代の存在などは生前よりも弱体化されている場合があるが、実在が確認されているような神秘が薄れた時代に活躍した者は、生前よりも遥かに強大な力を得るものが多い。

 そんな存在を7騎もこの世に現界せしめ、各々が願いを叶える為に争い合う。命など初めからかなぐり捨てた様なもの、これに参加しようなど正気の沙汰ではない。

 

 ーー告げる。

 ーー汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 ーー聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

 

 ならば、何故彼ら5人は同じ場所で同時にサーヴァントを召喚しようとしているのか。

 召喚を終えた直後から争える様? ーー違う。

 己が召喚したサーヴァントを互いに自慢する為? ーーこれも違う。

 共闘する事で強大な敵を打ち倒す為? ーー当たらずも遠からず。

 では、何故? ーーこれが、ただの聖杯戦争ではないからだ。

 

 ーー誓いをここに、我は常世全ての善と成る者、我は常世全ての悪を敷く者。

 ーー『されど汝はその目を混沌に曇らせ侍るべし、汝狂乱の檻に囚われし者、我はその鎖を手繰る者』。

 

 聖杯大戦。7騎のサーヴァントで争うのではなく、7騎のサーヴァントと7騎のサーヴァントが2つの陣営に分かれて戦う、戦争の枠を飛び越えた理解不能の大戦争。進行役たる裁定者のクラスが1騎、聖杯によって召喚されるとはいえそれがどれほどの抑止力となるのか。それがここ、ルーマニアの地で開催されようとしている。

 敵は『赤』の陣営、彼らは『黒』の陣営。

 それぞれが用意した触媒、いわゆる聖遺物を用いて自身と契約するサーヴァントを呼び出す為に、その手に宿りしマスターの証である3画の令呪を輝かせる。

 召喚を現在進行形で行なっている5人は、1人はゴルド・ムジーク・ユグドミレニア。やや肥満体の男。1人はフィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。車椅子に乗っているが見目麗しい少女。1人はカウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。フィオレの弟であり眼鏡をかけた未だ少年の面影が残る青年。1人はセレニケ・アイスコル・ユグドミレニア。こちらも眼鏡をかけているが生来の少々キツイ目は緩和されている様子はない。そして最後の1人はロシェ・フレイン・ユグドミレニア。少年の風貌をしているが澄んだ双眸からは知性の高さを伺わせるモノが感じられる。

 全てが同じ一族に連なる者であり、そして少し離れた位置から自身が召喚したサーヴァントと共に彼らを見守る存在、ダーニック・プレストーン・ユグドミレニア。彼こそが一族の長であり筆頭魔術師、政治工作の賜物であるが魔術協会において『冠位』に指定されたこともある人物だ。

 ダーニックが召喚したサーヴァント、クラスはランサー。玉座から見守るはヴラド三世、ここルーマニアにおいて抜群の知名度を誇りそれによる補正で全てのステータスが高ランクとなっており、並大抵のサーヴァントでは太刀打ちできない戦闘力を発揮することを可能としている。

 『黒』の陣営において既に王は存在する。ダーニックらが欲し、ゴルドらが応えたのは優秀な戦士を召喚すること。

 

 じきに詠唱が終わる。彼らが召喚するのは果たして望んだままのサーヴァントか、望んだ以下の亡霊か、それとも、望んだ以上の英雄か。

 

 ーー汝、三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ。

 ーー天秤の守り手よ!

 

 魔力の奔流が広大な室内を埋め尽くす。その膨大な魔力の放出にゴルドらは咄嗟に顔を庇うが、ダーニックとランサーは片時たりとも目を逸らさない。

 

「……来たか」

 

 思わず、といった風に呟くランサー。その口元は少し笑っている様にも見える。

 

「ええ、公王の麾下となる英霊たちです」

 

 ランサーのそれは誰に向けた言葉でもなかったが、気分の高揚したダーニックは滑らかな口調で応える。彼らのソレはまさに臣下と王の有様であったが、所詮は偽りのもの。ダーニックが必要だと感じた為にそう演じているに過ぎない。

 ダーニックはそのまま、召喚されたサーヴァントのクラス名を左から呼んでいく。

 

「キャスター」

 

 ロシェが召喚したのは、顔を覆い隠した金色の仮面が特徴的な異色な風体の男。真名、アヴィケブロン。

 

「ライダー」

 

 セレニケが召喚したのは、可憐な容貌が目を惹く軽鎧の少女(または少年)。真名、アストルフォ。

 

「バーサーカー」

 

 カウレスが召喚したのは、大きな槌を持ち額に角が付いている少女。真名、フランケンシュタイン。

 

「セイバー」

 

 ゴルドが召喚したのは、大きな剣を背中に背負う屈強な肉体の男。真名、ジークフリート。

 そしてーー。

 

「あ、アーチャー……なのか?」

 

 姿を現したその大男の放つ覇気と威圧感にやられ、思わず言葉に詰まるダーニック。

 そのあまりに強大な存在の顕現にマスター達は当然、召喚されたサーヴァント達も彼を見やり、固まる。

 

 フィオレが召喚した、大弓を手に持ち、何らかの織物を肩から羽織っている巌の巨人、彼こそが。

 古今無双の大英雄、全ての英霊の頂点に立つモノと言っても過言ではない存在。

 真名、ヘラクレス。

 

 彼が言葉を発そうとしたタイミングに合わせて他のサーヴァント達も視線を切り、口を開く。

 

『召喚の招きに従い参上した。我ら『黒』のサーヴァント。我らの運命は千界樹(ユグドミレニア)と共にあり、我らの剣は貴方がたの剣である』

 

 正史とは違う外典(アポクリファ)、これはそれから更にズレた物語。

 フィオレが用いた触媒、とあるケンタウロスを射抜いた大英雄の矢。ヒュドラの毒が塗られたソレで召喚されるのは射抜かれたケイローン(ケンタウロス)か射抜いたヘラクレス(大英雄)しかあり得ない。本来の世界線であれば召喚されるのはケイローンであった筈だが、何の因果か召喚されたのはヘラクレス。

 この違いが物語にどういった影響を与えるのか、知り得る者はまだいない。




漫画版基準でロシェも一緒に召喚させてます。
ケイローン先生の代わりにヘラクレス召喚してたらどうなってたのかなー、と思い立って書いた短編ですね。
どうなってたのかな、なんて言いつつ召喚までしか書いていないわけですが。
彼が召喚された際に皆が気圧されていた覇気はあれです。ネロ祭再びの時の高難易度イベVSヘラクレス戦の初手アーツ超ダウンデバフ「大英雄の覇気」とFakeで彼が召喚された時の周囲の反応が元ネタです。

続きはまた気が向いた時にでも。


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1話

「もしかして、いやもしかしなくても君の真名はヘラクレスなのかな!?」

 

 そう興奮したように発言するのはセレニケが召喚した可憐なるライダー、アストルフォ。

 同じ陣営に所属する以上、それぞれのサーヴァントの真名開示は事前に決められていた事、召喚を行なったマスター達が誰からそれを言うのかとアイコンタクトを送り合っていたところ真っ先に飛び出したのは理性蒸発のスキルによって本能のままの天真爛漫さを抑えられないライダーだった。

 まずは自身の名、次いでキャスター、バーサーカー、セイバーと聞いて回ったライダーは、セイバーの真名開示をマスターたるゴルド自身が拒否し、更には己のサーヴァントが口を開くことも禁止するというアクシデントがあったものの特に気にした様子もなくアーチャーの前に慌ただしく足を止めてこう聞いたのだ。

 彼の真名は流石のゴルドも気になったのか、セイバーの真名開示を拒否しそのまま部屋を出て行こうとしていた足を止めて青白い顔で佇む。

 

「ああ、私の真名はヘラクレスであっている。これから共に闘う仲だ。よろしく頼むぞライダー」

「やっぱり! やっぱりそうなんだ! ふわぁ凄いなぁ! まさかヘラクレスと一緒に戦える日が来るなんて! うん! よろしくねヘラクレス!」

 

 アーチャーは顔を赤くして鼻息荒くそう言うライダーに苦笑しつつも、一応自分の事はクラス名で呼ぶように。と注意を入れる。

 それに何度もコクコクと頷くも未だ興奮冷めやらぬ様子のライダー。ライダーほどとはいかないまでも、他のメンバーも大なり小なり衝撃を受けている。中でも最も大きな衝撃を受けたのはダーニックであった。

 

「ダーニックよ」

「はい、公王。驚くべき事に、彼の者は知名度による最大の補正を受けた公王のステータスを軒並み上回っております。まさか、全てのステータスがA以上とは……」

「ふっ、なに……ソレも彼の戦士がヘラクレスだというのなら納得である。生前の余に足りなかった唯一のモノ、即ち一騎当千の将。それがこれほど……今の余は生前ですら感じたことのない高揚感に包まれているぞ」

 

 その言葉に「はっ」と応えつつもダーニックは頭を回転させる。もし無事に聖杯大戦を終え、通常の聖杯戦争の形に戻した時、目下最大の敵となるのは間違いなくあのアーチャーであるだろう。味方である間はこれ以上なく頼もしいが、もし敵となった場合を考えると頭が痛くなる。

 

「ダーニック、今はそれ以上考えるな。目先の事以上を追いすぎると、足元をすくわれてしまうぞ」

「はっ、お心遣い感謝いたします」

 

 ランサーの言葉に恭しく頭を下げたダーニックは、ついっとゴルドを見る。部屋を出るタイミングを見失ったのか呆然と突っ立っているその姿に、気の毒なやつだ。とらしくない感想を抱くのだった。

 

 

 

 

 

 

「この聖杯大戦の緒戦……我が陣営の『黒』のセイバーと、これに相対した黄金の槍兵『赤』のランサーの戦いは貴方の目からはどのように見えましたか? アーチャー」

 

 夜通し行われたにも関わらず決着のつかなかった戦いを見届けたフィオレを含むマスター陣は自室にて休息を行うこととなった。その移動中、その身体の大きさと魔力の消費を抑える為に霊体化して背後に控えているアーチャーにフィオレは気になっていたことを素直に聞いた。

 

『どちらともに素晴らしい実力の戦士である事は間違いない。だが『赤』のランサーは多少の余裕を残していたように見えるな。ルーラーを狙った事といい赤の陣営は何かが怪しい。だが、まぁもし『赤』のランサーと戦う機会があったとしてもその事を踏まえておけば問題なく対処できる筈だ、マスター』

「ふふっ、頼もしいかぎりです。その時がきたら貴方が十全に戦えるようにしっかりと準備しておかないといけませんねっ」

 

 ふんすっと鼻を鳴らすフィオレを微笑ましく思いつつ、アーチャーは自身が感じたことをもう一言付け加える。

 

『フィオレ、恐らく『赤』のランサーは太陽神に連なる者の筈だ。あの苛烈にして灼熱の様に燃え滾る闘気は、生前対峙したアポロンと似た様に感じた』

「……それは本当ですか? 太陽神に連なる者であり黄金の鎧を持つとなると、彼のマハーバーラタの大英雄が思い浮かびますが……いえ、短絡的な結論はいけませんね」

 

 念の為、この事はおじ様にお伝えしておかなくては。と結論づけたフィオレだったが、直後にアーチャーから「既にランサーには伝えてある」と聞き多少膨れる。

 自身のサーヴァントであるのに自身に真っ先に報告してくれなかったことが少し気に入らなかったのだ。

 不機嫌になったマスターを宥めつつ歩いているとフィオレの部屋にたどり着く。何はともあれ先ずは休息を取らないと、いざという時に寝不足でボッーっとしていましたでは話にならない。

 アーチャーがそれを言うまでもなくフィオレも理解している為に、素直に部屋に入る。

 

「ではアーチャー、私は休息をとります。なにかあれば起こして下さい」

『了解した、しっかりと休んでくれフィオレ」

 

 はい、と返事をして扉を閉めるフィオレ。本来であれば部屋の中でマスターの護衛に徹するつもりであったが、今回に限っては部屋の前で待機する事となっている。アーチャー1人となり頭の整理をする為だ。

 召喚された後、それなりにフィオレと会話を重ねた結果、良好な関係が築けている。マスターとサーヴァントの関係としては合格点以上だろう。自身が召喚に応じた理由が「自身の力を求めたものに応える為」である事も話し、フィオレが叶えたい願望が「魔術回路のせいで動かない両足を、魔術回路をそのままに動くようにしたい」である事も聞き、それを叶える為に最善を尽くす事も誓った。だが、その後に知った事柄がアーチャーの心に引っかかりを生んでいる。

 ゴルド・ムジーク・ユグドミレニアが考案し、現状実施しているマスターの負担を少なくする為の魔力パス分割システム、その為に生み出され魔力を供給するためだけに存在するホムンクルス達。

 魔術の心得がない自身ではそれらを破壊したとしても、ただ無為に死んでいくホムンクルスの寿命をさらに縮めるだけであろう。それに今回の召喚においては、第一に何よりもフィオレを優先する事は既に誓っている。で、あるならば。

 もしも自我のない彼らに自我が芽生え、助けを乞うてきた時は必ず救う。そう決めた。

 自身の心にひとまずの決着をつけた無双の弓兵は引き続き周囲を警戒しつつ、大戦の次の場面を待つ。

 

 

 数時間後、マスターとそのサーヴァント達は再び一堂に会し中空に投影された映像を見ていた。

 画面内には大量のゴーレムの残骸と戦闘用ホムンクルスの死骸、その中心で好き放題に暴れまわる『赤』のセイバーとそのマスターがいた。

 

 

 

 

 

 

「ーーオラァッ!!」

 

 大量のゴーレムを次々と破壊するのは全身を鎧で包んだ剣兵。だがその戦い方は清廉なイメージのあるセイバーとは少し外れたものだった。

 殴る、蹴る、頭突き、挙げ句の果てには剣をぶん投げる。重要なのは敵を打破する事でありその過程はどうでもいいという信念が透けて見えるようだ。

 

「ほらよっと」

 

 セイバーが戦っているすぐ近くでは軽い調子で銃を乱射し、戦闘用ホムンクルスを次々と倒すマスターの姿があった。魔術師にしては珍しく近代兵器を惜しみなく使うその男の名は獅子劫界離。魔術協会が派遣したマスターの1人である。彼は死霊魔術師(ネクロマンサー)であり、先程から放っている弾丸もよく見れば人間の指であったり、爆弾も心臓を縫い合わせたものであるいわば戦闘特化の魔術師だ。

 

 調子を落とさないまま次々とゴーレムとホムンクルスを全て倒し、数分も経たないうちに戦闘が終了する。

 

「ーー終わったぞ、マスター」

「おう、ご苦労さん」

 

 その辺にあった石に腰掛けタバコを取り出す獅子劫、それを見たセイバーは「意外とやるじゃないか、ネクロマンサー」と兜のみ消しつつ純粋に感心したような声音で発言する。

 兜の下から現れたのは、鎧に見合わぬ可憐な容貌。だが不思議と違和感はない。

 

「一応ほどほどに修羅場は潜ってきてるんでな」

「はっ」

 

 程々に雑談を交わしつつ破壊したゴーレムの残骸を調べる獅子劫。使われている術式や、サーヴァントであるセイバーの攻撃を数合耐えた事により、現代の魔術師ではありえない強度のゴーレムである事で敵サーヴァントの中にゴーレム作成に特化しているものがいる事などを推測していく。

 セイバーが自身の実力に感心した風な獅子劫に渾身のドヤ顔を見せつけるなどのやり取りをしつつ調査を続けていくが、不意にセイバーの背筋を強烈な悪寒が襲う。

 

「マスターッ! 下がれ!!」

 

 獅子劫の襟首を引っ張って思い切り自身の後ろに匿うセイバー、先程消した兜も付ける。その直後、

 

「ーーづッ! ガァッ!!」

 

 ドゴォ!! と周囲一帯に響く物凄い音を立てつつ何とか飛来した何かを弾くセイバー。

 弾いた物体に目をやる前に、目の前で起こった事の驚愕に目を見開く。

 

「クソが、剣で弾いたってのに衝撃の余波だけで籠手がぶっ壊れてやがる」

「ゲホっゴホっ、な、なんだと!?」

 

 そのセイバーの発言に、突然引っ張られたせいでむせていた獅子劫も思わず大声をあげる。だが素早く思考を切り替えて体制を立て直しつつ、今セイバーが弾いた物体は恐らく矢だと検討をつけて素早くこの場から逃げる算段を立てる。

 

「マスター、敵は恐らくアーチャーだ。こんな馬鹿げた矢を放つ奴なんざ弓兵以外ありえねぇ」

「ああ、俺もそれに同意だ。次弾は?」

「わからん、何故か来る感じはしてねーな。出方を見てんのか、舐めてやがんのか」

「それは僥倖だ。さっさとずらかるぞ」

 

 セイバーが素直に納得するとは思わない獅子劫は撤退する為の理論武装を展開しようとするが、予想に反してセイバーは素直に頷く。

 

「ムカつくがそいつには賛成だ。今の一撃、認めたくないが……『黒』のアーチャーはトリスタン以上の弓の使い手だ。矢の方角に目を凝らしたが影も形も見えやしねぇ」

「セイバーでも見えないか、一体どれだけ離れたところから……いや、今は急いで逃げるぞ!」

 

 いつまでたっても追撃が来ない事に疑問を持ちつつ、念の為煙幕を張り、来る時に確認していた逃走ルートを走り出す。

 直後ーー。

 

「ーーちっ、クソ!」

 

 ドゴォ! と再び飛来した矢を弾くセイバー、先程纏い直した籠手が再び損壊している。

 続いて2撃、3撃と続く矢に対処を追われる、一撃一撃に全身全霊を持った攻撃を加えなければ弾くこともままならない威力に鎧が次々と損壊していく。

 

「マスター逃げろ! コイツ、何故かマスターをねらってねぇ! ムカつく野郎、だッ!」

 

 また一撃、次弾の到達時間が段々と早くなっているのがわかり、自分は足手まといだと判断した獅子劫は「悪い! 任せた!」と言葉を残して全速で戦場から離脱する。

 

「弓兵風情がッ! 調子に乗りやがって!」

 

 猛りながらも確実に攻撃を弾いていく。余波だけで鎧は既にボロボロであり、辺り一帯は見るも無残な状態となっている。

 マスターを逃がせれば後は何とでもなる、今まではマスターを狙った様子ではなかったがいつ標的が変更されるか分からない。精々気を引いてやるとしよう。

 セイバーは愛剣を両手で握り直し、迫る矢に一歩踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

「ハァッーーハァッーー」

 

 5分ほど迎撃し続けたセイバーは息を荒げて満身創痍の様子。絶え間なく迫る矢は一向に止む気配はない。

 ヒュゴッ! と再び迫ってきた一撃にタイミングを合わせて全力の一撃を加えようとする、が。

 

「なっ!? ぐがッ!!」

 

 右肩に直撃を受けたセイバーは大きく仰け反る。先程までの一撃と同じように迎撃しようとした身に何が起こったのか。答えは単純、空振り(・・・)。セイバーの邪剣は矢を空振り、素通りしてきたソレがかろうじて形を保っていた鎧を貫通して右肩を貫いたのだ。

 何故そうなったのか。セイバーは歴戦の英雄であり猛者である、どれ程の威力の一撃であろうと現に先程まで迎撃を続けていた。目測を誤ることなどありえない、はずだった。

 迫る。迫る。直撃を受けて既に片手でしか剣を持てなくなったセイバーに容赦なく迫る決死の矢。

 

「クソ、がッーーづぁああッ!」

 

 再び剣は空を切る。矢は左足に直撃。比較的形を保っていた腰と足の鎧が代わりに吹き飛んだおかげか、千切れ飛ぶような衝撃を受けたにも関わらず左足は原型を保っていた。

 だが、今の一振りで矢が素通りする理由は判明した。分かってみれば単純な話である。

 

「オレの…癖を…把握して……軌道を逸らしてやがったのか、ふざけたことしやがって……!」

 

 矢を迎撃するセイバーの技の癖を見抜き、矢を迎撃する際の剣の軌道を予測してそれに当たらないように、そしてセイバーが気付かないように微妙に軌道を逸らしていたのだ。

 まさに絶技、威力だけではなく技量まで超級とは恐れ入った。と絶体絶命な状況にも関わらず敵に賛辞を向けるセイバー。

 だが彼女も英霊、最優と謳われる剣のサーヴァントに3度も同じ手は通じぬ。次こそは確実に撃ち落としてやろう。

 剣を支えにボロボロの身体でそれでも不敵に笑う彼女に応じたかのように新たな矢が迫る。だがそれはただ一つの矢などではなく。

 見上げた光景に愕然としつつも、セイバーは諦めない。

 

「……使う、しかねえな。『我が麗しき(クラレント)ーー』」

『令呪をもって命じるーー』

 

 視界を覆う矢の雨、ボロボロの身体、宝具を解放したとしてまともにそれが振るえるかどうか。だが、解放せねば確実に死ぬ。ならば使わないという選択肢はないーー。

 とセイバーが意思を固めて宝具を解放する姿勢に入ると、頭に声が響いた。

 つい先程まで聞いていた筈だというのに随分と懐かしく感じる声に、思わず笑いを零す。

 

「へっ、やっとかよマスター、待ちわびたぞ!」

『俺の所に来い! セイバー!』

「……次こそは、必ず倒す! 首を洗って待ってやがれ『黒』のアーチャー!」

 

 宝具の解放を中断し、『黒』のアーチャーに宣戦布告をすると同時に消える『赤』のセイバー。その直後に、一帯に矢の雨が降り注いで更地へと変えて行く。

 

 

 

 

 

「ふっ、威勢が良い。待っているぞ『赤』のセイバー」

 

 宣戦布告をマスター経由で聞いた『黒』のアーチャーは、口角をわずかに上げて呟く。

 そのまま帰還するようにとのフィオレからの指示に従い、『赤』のセイバーがいた地から20kmほど離れた場所から退散するのだった。

 楽しみが一つ増えた、と喜びの感情を携えながら。

 




フィオレと契約したことで幸運値がAとなったヘラクレスさん

※誤字を修正しました。


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2話

 ランサーの「力の一端を見せて欲しい」という要望に応えて『赤』のセイバーを狙撃していたアーチャーはフィオレの指示に従いミレニア城塞に戻ると、入り口で待っていた彼女が笑みを浮かべて出迎えてくれる。

 

「お見事でした、アーチャー。伝承に違わぬ強さ、皆と同じく私もこの目に焼き付けました」

「賛辞はありがたく受け取ろう、フィオレ」

「ふふっ、ええ是非そうして下さい。ところで……先程の『赤』のセイバー、力量はどの程度のものだったでしょう」

 

 フィオレは車椅子を動かしてアーチャーに近づきつつ、そう訪ねた。

 

「ゴーレムとの戦闘から、最優の名に恥じぬ凄まじさは感じたのですが……貴方との戦闘ではいささか、その……」

 

 言いにくそうに口ごもるフィオレにアーチャーは続く言葉を察して口を開く。

 

「確かに、先程の戦闘は完全に有利がこちら側にある状態での事だから、いささか指標にはなりにくいな」

 

 ふむ、と思考するアーチャー。自身が見て取った限りの『赤』のセイバーの実力をフィオレにかいつまんで話す。

 

「実力でいうならば、現状ではこちら側のセイバーが最も近いか。だが、セイバー程の頑丈さはない故に真正面からぶつかったら一歩劣るだろう。できれば宝具を確認しておきたかったが……そこは『赤』のセイバーのマスターの迅速な判断によって叶わなかったな」

 

 なるほど、と頷くフィオレ。とそこでふいに思い出したかの様に続けた。

 

「そういえば先程ライダーが、アーチャーと話したい事があるから部屋に来て欲しい。と言っていましたよ?」

「そうか、すぐに向かうとしよう。マスターはこれからどうする?」

「私は礼装の調整の為に工房に向かおうと思っています、心配しなくとも大丈夫ですよ」

 

 了解した。と頷きつつ車椅子の取っ手をとるアーチャーにフィオレが「アーチャー?」と疑問符を浮かべる。

 

「なに、君の工房までのエスコートくらいは許していただきたいな、レディ」

 

 その言葉に一瞬ポカンとしたフィオレは思わず吹き出し、目尻に涙を多少浮かべ、「ええ、よろしくお願いします。アーチャー」と笑顔で答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ライダー、私に用とはなんだ?」

 

 アーチャーがライダーに与えられた私室の前まで来てそう声を掛けた次の瞬間、ドアが勢いよく開く。

 

「アーチャー! 待っていたよ、早く中へ入っておくれ!」

 

 早く早く! と急かすライダーの指示に従い素直に部屋に入ると、目に入ったのはベッドで横になり怯えた様子のホムンクルス。

 

「……意志を持っているな。ライダー、彼はどうした?」

「廊下で見つけて、助けを乞われたんだ。ボクはこの子をここから逃がしてあげたい、けどキャスターが探しているみたいでね。万が一を思うとアーチャーの協力を得たいなって」

 

 そのライダーのあっけらかんとした返答に1度首を縦に振ったアーチャーは、「協力はしよう。ここから逃げ出すまでの間、君をあらゆる災厄から守る事を誓う。しかし……」と続ける。

 

「しかし?」

「彼の生命は儚い、長くとも3年しか生きることは叶わないだろう。それでも、生きたいと願うか?」

「そんなもの当然に決まって……!」

 

 思わず声をあげた様子のライダーに「静かに」とソレを制するアーチャー。片膝をついて、ベッドから起き上がったホムンクルスと視線を出来るだけ合わせる。

 

「私は、彼に問いを投げている」

 

 アーチャーがそう言うが、未だに何かを言いたそうにしているライダーに内心で苦笑する。心が真っ直ぐで見ていて飽きない御仁だな、と。

 こちらを見つめるホムンクルスは、次第に口を開いた。

 

「……それでも、生き、たい」

 

 その答えに満足そうに頷くライダーを尻目にアーチャーは言葉を続ける。

 

「ならば、命の灯火が尽きる時に後悔しない様、生きていくという事を考え続けて欲しい」

 

 ただ無為に生きるだけでは、ここで死んでいく事と何も変わらない。と奇しくも彼は、別の世界線での、師であるケイローンと同じ結論を出す。

 しばらく固まった後、こくんと頷くホムンクルス。それを見たアーチャーは、ならば甘やかす訳にはいかないな、と更に言葉を重ねる。

 

「まずは歩く練習から始めるといい、君の足はあまりに柔らかい。私とライダーは部屋を出るが、鍵はかけておこう。仮にもサーヴァントの私室だ、無理に鍵をこじ開けようとする輩はいないだろう」

 

 いざ出立の時が来れば渡したい物がある、楽しみにしているといい。そう言ってそのまま部屋を出ていくアーチャーに慌てて続くライダー。

 ドアに鍵をかけると、ライダーは不満そうに頬を膨らませる。

 

「厳しいんだね」

「君が甘い分、均等は取れているだろう」

 

 それとも、君は何もできない彼をそのまま外に放り出すつもりだったか? と少し意地悪に言うアーチャー。

 

「むう、そういう訳じゃないけど……ところで、あの子に渡したい物って?」

 

 先程のアーチャーの発言に好奇心を刺激された様子のライダーはストレートに疑問を口にする。それを受けておもむろに右手を目の前に出すアーチャーに「?」と首を傾げるライダー。

 次の瞬間、手の平に出現する黄金の林檎。それを見たライダーは目を輝かせる。

 

「わ! それってもしかして?」

「ああ、ヘスペリデスの黄金の林檎だ。宝具の一つとしてのこれに不死を得るほどの効果はないが、食すだけで恐らく彼の寿命は人並み程度には伸びるだろう」

 

 続けて口を開こうとするライダーだったが、直後にアーチャーにフィオレから念話が入る。ライダーにも同じ様に念話が来たようだ。

 

「聞いた? アーチャー」

「ああ、『赤』が動いたか」

 

 すぐに玉座に向かおう、と彼らは移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 玉座にて話された事とは、現在『赤』のバーサーカーと思わしきサーヴァントがここミレニア城塞に向かってきている事、そしてこれを捕獲するという内容だった。

 その為に現在、各自が位置についている。捕獲が難航した際の援護と周囲一帯の警戒の為に城塞にて待機の任を受けたアーチャーは早速その役割を果たす。

 

「フィオレ、『赤』のバーサーカーの他に2騎こちらに接近しているサーヴァントがいるぞ」

「わかりました、おじ様の指示を仰ぎます」

 

 アーチャーは隣にいるフィオレにそう伝えると、すぐにダーニックに確認をとった様でアーチャーに顔を向ける。

 

「『赤』のバーサーカーの援護に来たのかもしれない、足止めはできるか? と聞かれましたので、可能だと返答しました。お願いできますか、アーチャー」

「請け負った」

 

 信頼に満ちたフィオレの目に応えるべく、了承の意を示すアーチャー。ついでに、と言葉を続ける。

 

「『赤』のセイバー戦では遠距離からの狙撃をしたので、今回は近接戦闘を行おうと思う。マスターには、近遠どちら共で私がどの程度戦えるか把握しておいて欲しい」

 

 その言葉にフィオレは静かに頷く。それを見届けたアーチャーは、その手に弓ではなく斧を出現させて森の中の『赤』のサーヴァントの気配を感じるところへと移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 しばらく森の中を移動すると、鎧に身を包み槍を構え佇んでいる緑髪のサーヴァントに対峙する。気配を極限まで薄くしている様だが、少し離れた位置にもう1騎サーヴァントもいるようだ。

 その気配は覚えのあるものだったが、アーチャーは好戦的な雰囲気を隠そうともしない目の前の『赤』のサーヴァントに意識を集中する。

 

「ーー甘く見たな、『黒』のサーヴァントめが。この『赤』のライダーを倒したくば総出で掛かってこなければ勝機はないぞ?」

 

 そう軽い調子で挑発する『赤』のライダーにアーチャーも声を掛ける。

 

「一目で彼我の実力差がわからぬ様では程度が知れるぞ『赤』のライダー、貴様と『赤』のアーチャーの相手はこの私、『黒』のアーチャー1人で十分だ」

「ハッ、弓兵が白兵戦とは……その言葉、後悔するなよ」

 

 挑発をし返されるとは思っていなかったのか、若干こめかみに青筋を浮かばせつつそう言うと戦う姿勢となるライダー。

 そのまま戦闘に入るかと思いきや、ふと動きを止める。

 

「いや、待て。潜んでいるもう1騎がなぜアーチャーだと分かる?」

「この気配には覚えがある、かの純潔の狩人、アタランテであれば弓兵のクラス以外での召喚はありえないだろう」

「と言う事はアンタ、ギリシャの英雄か。ならば多少は期待できそうだな」

 

 傲慢にも聞こえる言葉を発した直後、ライダーは神速をもってアーチャーに迫り戦闘が開始する。

 

 初撃、常軌を逸した戦闘能力を持つサーヴァントの中でも更に異色のその速度を存分に活かし心臓を狙った一突きを、容易くアーチャーの斧が防ぐ。

 だがライダーはそれだけでは終わらない、加速したまま四方八方から自慢の足と槍を用いた神速の連撃。その全てを容易く防ぐアーチャーだったが、その場から動くことができない。

 

「そらそらそらどうした『黒』のアーチャー! デカイ口を叩いていた割には動くこともままならぬか!」

 

 口ではそう発言しつつもライダーは違和感を感じている、自身の速度に翻弄されている様子はない。アーチャーはライダーの槍が届く直前、いやもう少し早いタイミングでまるで「そこに攻撃が来ることがわかっている」かの様に全てを危なげなく防いでいる。

 そこでようやくライダーは気付く、アーチャーの視線が一度たりとも自分から外れない(・・・・)。これはアーチャーがライダーの速度をものともしていないという意味。

 つまりアーチャーは、動けないのではなく、動かない。

 何故。ライダーの脳が警鐘を鳴らす。生前、勇者として戦場を駆けた時にすら経験した事がない事態に何かがおかしいと感じる。アーチャーはまるで、自分の一挙手一投足を観察(・・)しているかの様だ、と。

 

 しかし、そもそもライダーはあまりゴチャゴチャと考える事が得意ではない。アーチャーが何を企んでいようと真っ向から打破してやれば良い、そう結論づけると更に加速を強めようとする。

 だがその企みは、アーチャーが持っていた大斧の刃が迫る事で阻止され、驚愕しつつも慌てて避ける。

 

「見事な敏捷、見事な技量だ。だがそれらは最早見切った」

「なんッーー!」

 

 ライダーは言葉を続けられなかった。どこに動いても必ず目前に現れる大斧、一瞬にして入れ替わった攻防。先程とは打って変わり、攻めるのはアーチャー、避けるのはライダーとなっていた。

 得物を用いて防ぐという選択肢はない、そばで振るわれるだけで当たってすらいないというのに、破壊されていく環境から見て取れる大斧の破壊力を鑑みるにそれをすれば必ずや足を止める事となり、足を止めたならば仕留められてしまう。そう戦士としての直感が囁く。

 一度体勢を立て直そうと大きく後方に跳ぶライダー。アーチャーが追撃を仕掛けてくるのではないかと警戒したが、直後に『赤』のアーチャーから援護が入る。

 推定Aランクの威力の矢、それがほぼ同時に5本。

 それを『黒』のアーチャーは、驚くべき事に4本を大斧を持つ手とは反対の拳で撃ち落とし、1本を掴んで防いでいた。

 

「『赤』のライダーよ。未だ騎兵の本領は発揮しないのか? 確かに見上げた白兵能力だが、それだけではいささか物足りん」

 

 アーチャーの挑発じみた一言に、ライダーは口角を吊り上げる。

 

「弓兵でありながら近接戦においてオレを圧倒し、姐さんと知り合いであるという貴様の真名、おおよそだが予測がつく」

 

 気分が高揚している様子がありありと見て取れるライダーは、「今ここで我が戦車を出してしまえばそれこそ思うツボ」と続ける。

 

「乗り込む一瞬の隙をついて破壊されてしまうだろう、貴様にはそれができる」

「容易く轢き殺されてしまうかもしれんぞ?」

「抜かせ」

 

 軽い調子でいうアーチャーに鼻で笑うライダー、敵でありながら余程『黒』のアーチャーの実力を信頼している様だ。

 ライダーは話しながらも構えをより深くし、闘気をより鋭くしていく。

 

「師より伝え聞いたその実力、存分に味わわせてもらうぞ! 『黒』のアーチャー!」

 

 ライダーはその言葉と共に駆け出す、挑むはギリシャにいた男であれば誰もが一度は憧れ、目標とする最強の英雄ヘラクレス、相手にとって不足なし。




羅生門イベ、一年前はジャックちゃんにほぼ任せきりの周回だったけど、今だと色んな鯖で周回試せて楽しいっす

追記:ヘラクレスの斧はFGOのバサクレス第3再臨のモノです。この小説では、あの装備は召喚された際に、弓とかのようにデフォルトで持ってくるモノとしてます。

6/3追記:指摘して頂いた箇所を修正しました。


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3話

 眼前に広がる『赤』のライダーと『黒』のアーチャーの死闘。いや、ライダーと違い『黒』のアーチャーに決死の覚悟は感じない。言うなればこれは『赤』のライダーの挑戦。

 それは如何にも無謀な挑戦だと私には思えた。現に今、圧倒されているし私が所々で放つ援護射撃も特に気にした様子もなく対処されている。しかしとめようとしたとしてあの男は聞く耳を持たぬだろう。

 『赤』のライダーの真名、アキレウス。

 多くの英雄が存在したトロイア戦争において神々からの恩寵である武器防具、不死身の肉体、人類最速の脚などを存分に駆使して無双を誇り、どこで召喚されても最高の知名度補正を得る事ができる、いわば世界に己の名を刻んだ大英雄。

 なるほど、確かに強い。私も彼の人柄と実力には信頼を覚えている。例えどれだけ敵が強かろうと彼ならば踏破する事ができるだろう。多くのサーヴァントの中でもトップクラスに位置する事は間違いない。

 

 だが、私は知っていた。私を姐さんと呼んで尊重し、並み居る英霊のなかでも最強を豪語する『赤』のライダーをみてもブレることのなかった『最強』の存在。

 それが『黒』のアーチャー、真名はヘラクレス。英雄としての知名度はアキレウスと同等かそれを上回るだろう。生前の第一印象としては「格が違う」。アルゴー船に同乗した彼をみてそれでも尚、調子の良い口とヘラヘラとした顔を緩めない船長たるイアソンの態度には少し感心したほどだ。

 当時の世情に疎かった私ですら知っていたほどの大英雄、少しの間だけだったが共に旅をして彼の実力を見た評価は「最強、無敵、万能」。あまりに強すぎて近寄り難く感じた。

 つまり何が言いたいかというとーー。

 

「誰だ、あんな怪物を呼んだバカマスターは」

 

 つまりはそれが本音である。

 

 

 

 

 

「うおおおおぉぉぉッ!!」

 

 本能のままに吼える、全身が燃えるように熱い、身体中に傷が際限なく刻まれていき四肢も限界以上に酷使される。生前でもここまで必死になった事などなかっただろう。

 『赤』のバーサーカーは既に打ち果たされたそうだがそんな事はどうでもいい、今はただひたすら目の前の敵を打ち倒すことだけに思考を割く。

 

「おらァッ!」

 

 神速の刺突、今までよりも距離を置いて加速した力を乗せた必殺の一撃を放つライダー。対処される事は分かっている。

 なんとか攻撃と防御を潜り抜けて放った槍撃、それら全てはアーチャーのその頑強性に防がれた。もしや自身と同じように防御系の概念宝具を持っているのやもしれない、とも考えた。

 それら全てを踏まえた上で全力を込めた攻撃、大斧を用いて弾くのならばそれでもよし、謎の頑強性で防ぐのもよし、その一瞬の隙をついて『蒼天囲みし小世界(アキレウス・コスモス)』を取り出して真名解放を行い、避ける間も無く押し潰してやろう。そう考えていたのだ、しかしーー。

 

「ぬんッ!」

「ーーぶっーー!!」

 

 その思惑は、神の雷を思わせる一撃を持ってライダーの体と共に吹き飛ばされた。

 アーチャーはライダーの一撃を防いだのではなく、大斧の側面を持って受け流し、勢いに乗ったまま自身の体を通り過ぎようとするライダーの顔面を思い切り殴り抜いたのだ。

 意識が飛んでいる様子で、勢いよく木々をなぎ倒しながら受け身も取れずに飛ぶライダー。

 追撃を仕掛けようと足に力を込めるが、迫る数本の矢。全て急所を狙ったものであるが問題なく対処する。

 

「む」

 

 矢に一瞬の意識を割かれた間に消えたライダーの姿、そして凄まじい速度で戦場を離れる2騎のサーヴァントの気配を感じて動きを止めるアーチャー。

 

「『赤』のアーチャーか」

 

 『赤』のアーチャーが気絶した『赤』のライダーを回収して撤退したのだろう。

 

「相変わらず素晴らしい敏捷と腕だな、純潔の狩人よ。今回は持ってくる事は叶わなかったケリュネイアの牝鹿を思い出す。今度あいまみえた時こそは互いの弓の腕を競い合おうではないか」

 

 本人が聞けば全力で断りそうである物騒な言葉を呟きながらフィオレに念話を入れようとしたアーチャーだったが、ここより離れたミレニア城塞の東側、裏門がある辺りにライダーとホムンクルスの気配を感じ取る。が、彼らが進む先には『黒』のセイバーとそのマスターの存在も感じ取れる。

 

「そうか、この期に脱出を。ならば約束は守らねばな」

 

 今更ながらではあるが、魔力の消費を考え霊体化してそちらに向かうアーチャー。一応、フィオレにも念話で自身の今からの行動を伝える。

 

『マスター、戦闘は終了した。見ていただろうが2騎共に撤退した。が、『赤』のアーチャーの真名は分かった。恐らくではあるが『赤』のライダーも予想がつく』

『そうですか、何が起きているかはよくわからなかったのですが……ともかくお疲れ様でしたアーチャー。こちらに戻ってきている様ではないみたいですが、一体どちらへ?』

『ホムンクルスをライダーが連れて脱出した事は知っているか?』

『ええ、キャスターが探しているとかなんとか……。セイバーとゴルドおじ様を派遣した様ですのですぐに事態は収束するでしょう』

『私はあのホムンクルスを、あらゆる災厄から守ると誓ったのでな。今から少々その誓いを果たしてこようと思う』

 

 その言葉にしばし驚いた様に黙っていたフィオレだったが、多少戸惑いを含んだ声で返答する。

 

『貴方が誓ったというのであれば、それは何者も阻む事が出来ないモノでしょう』

『そうだな』

『何故、ホムンクルスにそこまでの肩入れをしているのかはわかりませんが……帰還した後に、細かな説明をしていただけるのですね?』

『あぁ、約束しよう』

『では、私が止める理由はありません。その行動を許可します、アーチャー』

 

 最後に『感謝する』と述べて念話を切るアーチャー。眼前に迫ったライダー達の場所では既にセイバーと鉢合わせてしまったようだ。

 幾つかの口論を重ねた後、セイバーにライダーを拘束する様命令するゴルド。

 その命令に従いセイバーが一歩踏み出した直後、出現させた弓で躊躇なく矢を放つアーチャー。それは十分に威力を抑えたものであるが、不意を突かれたセイバーの肩に突き刺さりその反動で足が止まる。同時にアーチャーが現場に到着する。

 

「アーチャー!」

 

 それを見たライダーが喜びに顔を輝かせ、嬉しそうに名を呼ぶ。

 しかし反対に自身のサーヴァントに攻撃を受けたゴルドは、何が起こったのかわからず少しの間固まり、それが解けると同時にヒステリックに叫び出す。

 

「ど、ど、どういうつもりだアーチャー! セイバーに攻撃を加えるとは貴様は我らを裏切るつもりか!!」

「黙れ」

 

 言葉と共に発せられた威圧感に思わずゴルドは怯み、彼をかばう様にセイバーが前に出る。

 だが、それを好機とアーチャーがセイバーに声を掛ける

 

「セイバー。貴殿はそれで良いのか? 我らは確かにサーヴァント、使い魔の身ではあるがそれは今を生きる者であるマスターの命令であればなんでも聞き入れていい、というものではないぞ」

 

 その言葉にセイバーは未だ沈黙を保ったままであるが、代わりとばかりにセイバーの背中に隠れたゴルドが声をあげる。

 

「そ、そうだ! 使い魔とはそういうものであろう! 所詮貴様らは私達に使役される道具にすぎんのだ!」

「私は黙れ、と言ったはずだ。魔術師(メイガス)

 

 視線をやり多少の殺気を込めた途端、顔を青ざめさせて腰が砕けたかの様に尻餅をつくゴルド。

 多少視線を下げた様子のセイバーにアーチャーは再び語りかける。

 

「英霊となり、生前の誇りは失ったか? その清廉なる闘気、貴殿は決して悪に寄った考え方をする存在でないことなどとうの昔に分かっている。なればこそもう一度問おう」

「それ、は……」

 

 遂にセイバーは口を開くが、アーチャーは畳み掛ける様に言葉を発する。

 背後ではライダーが真摯な顔でセイバーを見つめ、ホムンクルスはただ懸命に今の状況を理解しようと頭を働かせていた。

 

「貴殿は、それで良いのか? 意思が生まれた無垢なる存在である彼を、ただ生きたいと願う彼を、貴殿は見捨てるのか?」

 

 アーチャーが発言を終えると、セイバーは少し目を見開いて固まる。そして瞼を閉じて何かを考える様に多少俯くが、次第にゴルドへ向き直り己の考えを口に出した。

 

「マスター、どうか彼を見逃して欲しい」

「な!? セイバー、貴様何を……!?」

 

 怒りと驚愕、そして恐怖によって器用にも顔を青白く染めたまま赤くしてゆくゴルド。

 

「何故、私がコイツを見逃さねばならん! ふざけるな! 貴様は黙っていろセイバー!」

「オレは貴方の良心に訴えている。彼を見逃しても大した不利益にはなるまい」

 

 尚も口を閉じないセイバーの様子にいよいよゴルドの顔色は真っ赤に染まり、猛り狂ったまま感情に従って吠える。

 

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れェ!! たかだか使い魔風情が私に意見などするんじゃない!!」

 

 セイバーが「救う気がないのか?」と問いかけるとそんな事は当然だとばかりに叫びながらホムンクルスを攻撃しようと手を向けるゴルド。

 それを見て「そうか」と頷いたセイバーはゴルドの首を手刀で叩いて気絶させる。そして気を失って倒れこむマスターを支えて地面に寝かせるとアーチャーに向き直った。

 

「……すまない、アーチャー。手間を掛けた。おかげで、オレは道を誤らずに済んだ」

「別に構わない。君とマスターの関係は見ていて心苦しいモノでもあったからな」

 

 ところで、自身のマスターに手を上げた訳だが、そのマスターが起きた時にどう説明する気だ? とアーチャーが言うと、セイバーは苦虫を噛んだかのような表情を浮かべて「できる限りの手は尽くす、今度は会話を重ねてな」と今後の行動を語った。

 

 その後ゴルドを抱えてミレニア城塞に戻るセイバーを見送り、ライダーとホムンクルスに顔を向けるアーチャー。するとライダーが彼に飛んで抱き着いてきた。

 

「ありがとう! ありがとうアーチャー! 君がいなかったら彼は助からなかったかもしれない! やっぱり君に話しておいてよかったよ!」

「いやなに、どれも全て君が彼を救おうと行動した結果だ」

「それでもだ! あ、そういえば君は伝承だと男も女もイケる口だったよね! なんならボクを抱いてもいいよ!」

 

 その発言にアーチャーも思わず吹き出す。大変魅力的な提案だったが、そこは彼の紳士な理性が容易く打ち勝った。「遠慮しておこう」と口に出すとふと自分を見上げる視線に気づく。

 視線の方向を見ると、ホムンクルスがアーチャーをじっと見ていた。

 

「ありがとう、えっと、アーチャー」

「礼はいらない、君を守ると勝手に誓ったのは私だからな」

「あ、でも……」

「ふっ、早速過保護な保護者に似てきたな」

 

 その言葉に一瞬疑問符を浮かべたライダーは「あっ、ボクの事!?」と思わず口に出す。

 そのライダーの様子を見て戸惑うホムンクルスだったが、少し嬉しそうに頬を染める。

 

「ところで、これから先外の世界を生きるなら、名前が必要なんじゃないかな」

「あぁ、確かにな」

 

 唐突なライダーの提案だったが、アーチャーもそれは必要だと頷く。

 そしておもむろに考え出す2騎だったが、いまいち良い名前が思い浮かばない、するとホムンクルスがふと言葉を口にした。

 

「ハークは、どうだろう……ライダーから聞いた、貴方の真名から少しいただいた……」

「それは別に構わないのだが、ライダー……」

「ご、ごめんってば!」

 

 気を取り直すかのように「ごほん」と咳払いをすると「これで名前も決まったね!」と自身への非難の目をそらすライダー。そして「なら、いよいよお別れの時だ」と続ける。

 そしておもむろに自身の腰につけている剣を鞘ごと外すとハークに渡す。「これは……」と戸惑う様子のハークに「いいからいいから!」と明るく言った。

 

「持っててもどうせ使わないからさ、選別にあげるよ! ほら、アーチャーからも何か貰えるんだってさ!」

 

 しぶしぶといった様子で剣を受け取るハークに、アーチャーは黄金の林檎を手渡す。それを見て驚く様子のハークにアーチャーは効果を説明する。

 

「いつでも、君のタイミングでいいからこれを口にするといい。そうすれば君は人並みの寿命を得ることが可能となる筈だ」

「そんな、貴重な物をいただく訳には……」

「持っててもどうせ使わないからな。ああそれと、口にするのは一口でいい。宝具としての奇跡が発現するのは最初の一口だけだからな。後はどんな傷も回復する程の良い回復道具として使える」

 

 腐らないから適当に保管するだけでいいぞ。と説明を終えるアーチャーにじっとハークが目を合わせる、感謝の念が視線越しにでも分かるほどだ。

 英雄2人に背中を押されたハークはしっかりと地を踏みしめ歩き出す。2騎が見守るその背中には様々な不安と多くの希望が感じられた。

 

「じゃあね! ハーク! またいつか!」

 

 そう言ってぶんぶん手を振るライダーだったが、ハークは振り向かない。振り向けば、彼らの優しさに再び甘えそうになるから。

 

「息災でな、君の未来が幸運に恵まれるよう神に願っている」

 

 いや、オリュンポスの神に願うのは少々マズイな……。と改めて声をかけるアーチャー。

 

「君がこれから生きていく、この世界に祈っているよ」

 

 ライダーとアーチャーのその言葉を心に留めて、彼は進む。不思議と涙が浮かんでくるが何故かは分からない。この胸の痛みの正体も、世界を知れば分かるようになるのだろうか。

 段々と遠ざかっていくライダーの声を聞きながら涙を拭ったハークは、剣をしっかりと握って、黄金の林檎を一口齧った。

 

 彼の祝福に満ちた旅は、これから始まる。




いやね、フェルグスが両刀ならね、彼もいいんじゃないかなーって。
正直すまんかった。

ハーク君の名前は「ヘラクレス→ハーキュリーズ→ハーク」って感じで決まりました。



それと大変申し訳ないのですが、仕事が繁忙期に入った為著しく更新速度が落ちると思います。
書き始めた時期が悪かったです……つらみ。
気長にお待ちいただけると幸いです。


ハーク君が世界を旅する外伝が書きたい…。


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4話

 ハークを見送ったアーチャーとライダーは事の顛末を報告しに、ランサーとダーニックの待つ玉座の間へと来ていた。敵対する意思があるわけではないことを、誤解のないよう口頭で説明した方が良いというアーチャーの提案によるものだ。

 フィオレに仔細の説明をするという約束を交わしているアーチャーは、どうせ同じ内容を話すのなら、と全員に話そうという心つもりである。

 念話でそれを伝えた時のフィオレは少し不満そうにしていたが、すぐにそちらの方がずっと合理的だと判断し、他のマスターとサーヴァントに声をかけて集めている。

 

「と、いうわけだ。君に聞いた話も含めておいたが、訂正すべき箇所はないかライダー?」

「ううん! 全然ないよ、モーマンタイ。ボクが彼に助けを求められて、助けた。アーチャーにも協力してもらった。以上だね」

 

 ライダーのあっけらかんとした態度に明らかに苛立ちを覚えている様子のキャスター。だが声を上げる気配はない。これ以上余計な諍いは起こしたくないのだろう。

 なにやらあのホムンクルスは彼の宝具に必要な存在だったらしく、貴重な新たな戦力を確保できるチャンスを逃した事にダーニックを含むいくらかのマスターは困惑していた。

 彼らの思考では、ホムンクルスはあくまで道具。自我を持ったとして、道具を助けるという事の意味が分からなかったのだ。

 逆に、魔術師らしい精神性を持ちながら柔軟な思考をすることが出来るカウレスなどは、起きた事柄を素直に受け入れ、なるほどと頷いている。またフィオレも、流石にライダーの破天荒さには動揺していたが、アーチャーとそれなりに主従の絆を育んでいた故に彼の行動に納得の意を示していた。

 

「……そうか」

 

 一見憮然とした様子に見えるランサーだったが、その表情には多少の笑みが浮かんでいる。

 たかがホムンクルス一体を逃した事などどうということもない。確かに貴重な機会だったが、キャスターの宝具の件は代わりの効くものであり、それよりもセイバーとゴルドの主従関係に改善の兆しが見えた。仮にもセイバーはネーデルランドの竜殺し、ドイツの国民的英雄ジークフリート。彼ほどの英雄が、あまりにマスターに従順過ぎる態度はいささか危うく感じていたのだ。

 そして、助けたいモノを助けるというアーチャーとライダーの英雄らしい行動にも理解を示す。むしろ彼らの原典を鑑みればその行動は納得のいくものだった。英霊とは、英霊の座に登録された時点で存在が固定され成長のしないものであるからこそ、彼らの行動理念がサーヴァントとして召喚されたからといって変わることはない。

 と、ふいにダーニックが口を開く。

 

「王よ、ここミレニア城塞に接近するサーヴァントが1騎、おそらくルーラーかと」

「ふむ、分かった。予定通りこの玉座に招き入れるがいい」

 

 は、と了承したダーニックは踵を返し玉座を後にする。ルーラーを出迎えに行ったのだ。

 ダーニックとランサーはルーラーがユグドミレニア側に現れる事を予見しており、それを踏まえてあわよくば味方に引き込んでしまおうという魂胆だった。

 

「アーチャー、ライダー。余の近くで控えておいて貰いたい」

 

 目の前に立っていたアーチャーとライダーにそう言うと、他のサーヴァントとマスター達もそれに倣っていく。残念ながらセイバーはいない、あれから数時間が経過しているがゴルドが目覚めないためだ。故に彼のそばを離れるつもりのないセイバーは動く事ができない。

 そしてダーニックが道中に指示を出していたのか、戦闘用ホムンクルスも続々と玉座へと入ってくる。

 これに普段のランサーならば不機嫌な顔にでもなりそうなものだが、今回は王の威を示す事を優先してダーニックに許可を出しておいたのだ。

 

 数十分後、この玉座の間に接近してくるダーニックとルーラーの気配。

 不安そうなフィオレの横顔を見ながら、ダーニックとランサーの企みは上手くはいかないだろうな。とアーチャーは予感していた。そもそも彼らは前提を間違えている、と。

 

 

 

 

 

 

 ダンッとランサーが力強く玉座の肘掛を叩く。苛立ちを表す為だ。直後にこの苛立ちの原因ともいえる、目前に佇む金髪碧眼の鎧を着込んだ少女に猛る。

 

「望みがないだと? ふざけるな! 余は知っているぞ、ジャンヌダルク。何もかもに裏切られ、奪われ、非業の最期を遂げたお前に望みがないはずがなかろう!」

 

 激昂しているランサーの言葉もどこ吹く風とルーラー・ジャンヌダルクは顔色一つ変えずに淡々と答える。

 

「誰もが皆、私の最後を無念だと言います。復讐を、あるいは救われる事を望んでいるだろうと。ーーですが、私は、私が駆け抜けた人生に満足しています。故に、聖杯にかける望みはありません。あるとすれば……そうですね、この聖杯戦争が正しく調律されること。それのみです」

 

 そのルーラーの言葉にも納得した様子をみせず、苛立ちながら疑問をぶつけるランサーとルーラーのやり取りを見ながらアーチャーは多少なりとも感銘を受けていた。

 ルーラーは聖杯が召喚した裁定者、いわば聖杯戦争に対する抑止力。初めから私情など持ってはいまい、どのような餌をぶら下げて勧誘しようとも首を縦に降ることはないだろうとは思っていたが……よもやここまで精神が完成しているとは。

 ジャンヌダルクといえば、年若くして祖国フランスを救おうと立ち上がり、駆け抜け、そして年若いまま火刑に処され死んだというのが聖杯に与えられた知識にある。策謀に踊らされ、結論ありきの裁判にかけられ、救ったはずの祖国にも見捨てられ殺されたと。それほど理不尽な目にあっておきながら欠けら程の後悔も持ち合わせていないとは、ギリシャにはいないタイプの英雄であるな、とアーチャーは感想を抱く。

 既にランサーによる質疑は終わり、昨夜起こった出来事の説明も済んだようで「それでは」と部屋を出て行くルーラー。

 それを見送るとそれぞれが自然と解散しだす、ルーラーがいなくなったことでこの場に残る理由がなくなったからだ。

 カウレスと話している様子のフィオレに「すぐ戻る」と伝え、ルーラーの後を追うアーチャー。気配を辿ると、案内をしていたホムンクルスと共に裏門へと向かう後ろ姿に追いつく。気配遮断をしていたわけでもないので接近に気づいていたであろうルーラーは振り返ると首を少し傾げながら、アーチャーが口を開くよりも先んじて声をかける。

 

「どうかされましたか? 私に何か用事が?」

「脱走したホムンクルス、ハークのところに向かうのだろう? ならば一つ頼みたいことがあってな」

「む、何故それを……いえ、それよりもルーラーたる私に頼み事を? ……申し訳ありませんが、貴方方『黒』の陣営に利があるような事はしませんよ」

 

 例え力付くだとしても。と顔を強張らせるルーラーに少し苦笑しつつも、そんなつもりはないと前置きをしてから要件を告げるアーチャー。

 

「この裏門の先にあるのは彼が向かっていった山しかない。そして先程ハークが進んだ方角を聞いただろう? ならばそう連想するのは当然だ。……ハークの事だが、出来れば近くの教会辺りで一度保護してもらいたい。既に私達の手から飛んだ彼に対して少し過保護かもしれないが、ハークはまだこの世界のことを知らなすぎる。少しでも人と触れ合う機会が欲しい」

「それは構いませんが、そうするかどうかは実際に会ってみて、彼がどのような人物なのかを確認してからになります。一般人に危害を加えるような方だった場合は、『黒』の陣営の関係者として相応の処断をしなければなりませんから」

 

 律儀に細かな説明をするルーラーに、「ならば大丈夫だ、彼の人畜無害さは一目でわかるだろうからな」とアーチャーは迷いなく断言した。

 

「とにかく、そこを踏まえて頂けるのであれば了承します」

 

 その言葉を最後に森の奥へと消えていくルーラーから背を向け、ミレニア城塞へと戻るアーチャー。フィオレは既に部屋に戻ったようで、戻って来る際は直接自分の部屋に来て欲しいという内容の念話が入る。それに従い、まっすぐにフィオレの部屋へと向かう。

 

 

 

 

 

 

「『黒』のアーチャーはヘラクレス……ですか。間違いありませんね?」

 

 そう困ったように発言したのは赤いフード付きマントを神父服の上に羽織った少年、名をコトミネ・シロウ。アサシンのマスターであり、現在『赤』の陣営のサーヴァント達の前に顔を出す唯一のマスターでもある。

 その言葉に応えるように続けて『赤』のアーチャーが発言する。

 

「間違えるはずがないだろう、私は生前かの男を直接この目で見ている。それに帰還した時のライダーの様相は汝も知るところであろう」

 

 例え姿を偽っていたとしても、あのアキレウスをあそこまで容易く追い詰めることが出来る者など、私には奴以外考えられぬ。とアーチャーが言うとシロウはそばに控える『赤』のアサシン、セミラミスに声をかける。

 

「……どうしましょうか?」

「なさけない声を出すでない、それでも我が主人か」

 

 アサシンはそう自分のマスターを叱咤する。

 

「それにヘラクレスであるならば、我が宝具は切り札となりうるであろう。騙慢王の美酒(シクラ・ウシュム)でヒュドラの毒を生み出すことなど容易い」

「それは確かにそうなのですが、アレは限定的な状況でしか真価を発揮できないでしょう。その場面にどう誘導するかも考えなければいけませんね」

 

 シロウとアサシンが『黒』のアーチャーの対策を立てる為に思考を巡らせる。彼ほどの大英雄に事前に対策を立てるのとたてないのとでは今後の作戦に大きな影響が出る事は間違いないのでアーチャーの手柄は大きい。

 だがそれと同時にこちら側のライダーの真名、そして自身の真名もバレたはずだと言うことも既にアーチャーから聞いた。

 本来、1騎の真名と2騎の真名では等価交換とは言い難いのだが『黒』のアーチャーの場合はそれも例外だろう。

 ライダーの攻撃もその謎の頑強性に阻まれたようで、恐らくはネメアの獅子の裘の効果ではないかと検討をつけたがどうやらそれだけでは無いようだ。

 

「ライダーでは些か相性が悪いようですね……ならば、ランサーを当てますか? 彼の『黒』のセイバーともう一度戦いたいという意思は尊重してあげたかったのですが、どうにもそう悠長に言ってはいられなくなりました」

「そうさな、それがいいだろう。ライダーが劣るとは言わないが、あのランサーの黄金の鎧と神殺しの槍ならばどうにかなるやもしれぬ。そうと決まれば説明をせねばならんな、念話にてランサーを呼ぼう」

「すいません、お願いできますか」

 

 アサシンにお礼を言いつつ、最悪の状況を想定するシロウ。それは、ランサーをぶつけたとして『黒』のアーチャーがそれに応えるか。ライダーの不死性を突破できるものが『黒』のアーチャーしかいなかった時、ユグドミレニアは『黒』のアーチャーをライダーに当てるしかない。最も恐ろしいのが、『黒』のアーチャーにライダーとランサーを2騎共に抑えられた場合。

 もしそうなった場合は、計画が頓挫してしまうだろう。流石にそれはないと思いたいが、万が一を考えると……とシロウがブツブツと呟いていると突然後方で声があがる。

 

「シロウ、『黒』のアーチャーとは俺にやらせてくれ」

 

 振り返ると、そこには煮え滾る闘志を抑えきれずに漏れ出しているライダーがいた。全身に深い傷を追い、骨は折れ重傷という酷い有様だったのだが自身がかけた回復魔術はしっかりと機能したらしい事に安堵するシロウ。と、そこでちょうどランサーが現れる。

 

「何かあったか」

 

 いえ、とランサーに軽く返事をしてライダーを見つめなおすシロウ。そして自身を見るアサシンに軽いアイコンタクトを送るとライダーに向けて口を開く。

 

「わかりました、では『黒』のアーチャーに関してはライダーにお願いしたいと思います。今度はアーチャーの援護をつける事はありませんので悪しからず。それでも構いませんか?」

「構わねぇよ。姐さんの手を煩わせるまでもない、初めから戦車を全力全開で使う。そして今度こそ必ず踏破してみせる……!」

 

 そのライダーの言葉にわかりました、と了承するシロウ。一度はやられたとはいえ、ライダーもれっきとした大英雄。アーチャーに救われて撤退した事がよほど腹に据えかねているのか、二度も無様な姿を晒す事はしない。と誓いを立て、もう一度大きな壁へと挑戦しようとしている。シロウはその意思を尊重した、例えここでダメだと言ったところで意味がないことを理解しているからだ。

 

「ランサー、来て貰ったところ申し訳ないのですが、貴方に伝えようとした要件はなかったこととなってしまいましたので、事前の作戦通りにアーチャーと協力して『黒』のセイバーと『黒』のランサーの相手をお願いします」

「承知した」

 

 さて、と一息つくシロウ。ここで少し皆さんを驚かせたいと思います、と苦笑を浮かべる。それを見たライダーとアーチャーはどういう事だ? と疑問符を浮かべる。

 

「アサシン、お願いします」

「おうとも、我がマスターよ。皆の者、外を見るがいい」

 

 シロウの言葉に応える形でアサシンが言うと、各サーヴァントは首を傾げつつも移動し、外を見やる。するとそこには驚愕の光景が広がっていた。

 

「コイツ、ただの城じゃなかったってのかよ!」

「飛んでいる……のか?」

「…………!」

 

 三者三様に驚きを露わにした様子に満足しつつも、アサシンは視線を外し、気分が高揚しているシロウに口角を少し上げて目を細める。そのアサシンの視線に気づいたシロウは軽く咳払いをすると3騎のサーヴァントに説明する。

 

虚栄の空中庭園(ハンキングガーデンズ・オブ・バビロン)、アサシンの宝具であるこの城を用いて敵領土に攻め込む(・・・・)。それが作戦の第一段階です」

 

 そのシロウの言葉にライダーは快活に笑い、アーチャーは微笑を浮かべながら目を伏せ、ランサーは静かに戦意を高め始まる。

 決戦の時は近い。




書き終わって気付きました、『赤』のキャスター忘れてた。
ま、まぁ部屋に篭って執筆でもしてるんでしょうそういうことにしとこう。

ではまた来週(来週とは言ってない)。


Fake読み返してて改めて思ったんですが、ヒッポリュテちゃんあんな可愛らしい見た目してるのにヘラクレスに子作り迫ったとか興奮するんですけど。FGO実装はよ
自分を殺した相手なのにリスペクトしててアルケイデスに激怒してる理由が「大英雄ヘラクレスの誇り」が感じられないからとか……ヒロインかよ


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