"愛してる"の想いを (燕尾)
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番外編
お洒落をしましょう





どうもー燕尾です。
皆さん新生活はどうですか? 私は会社の研修に追われています。

今回は番外編ということで、書き上げました。


 

 

 

とある休日。某大型ショッピングモールのある一角にて――

 

「はい、春人くん。次はこれに着替えてね?」

 

「……わかった」

 

渡される服一式を受け取った俺はまた更衣室の中に消える。

服をいそいそと渡された服に着替える。

 

「――ことり」

 

着替えながら俺は外で着替えるのを待っていることりに声を掛ける。

 

「ん、なにかな?」

 

「ことりは楽しいのか、これ?」

 

「うん、とっても♪」

 

「……そうか――着替えたぞ」

 

どういっても変わらないであろうその答えに俺は諦めながらカーテンを開ける。

 

「わぁ――」

 

俺の姿を見てことりは満面の笑みを浮かべる。

 

「とっても似合ってるよ、春人くん!」

 

「そうか…それは良かった」

 

俺は苦笑いしながらちょっと疲れたように息を吐く。

どうしてこうなったかというと、つい先日のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音ノ木坂学院、アイドル研究部――

 

「ハルくん! 時が来ました!!」

 

「……いきなりどうした。というか、時ってなんだ、穂乃果?」

 

「皆の願いを叶える約束を果たす時です!」

 

「あ、ああ……あったな。そういえば」

 

「約束ってなんの話かしら?」

 

俺たちが話しているところで絵里が首を傾げる。

 

「そっか、絵里ちゃんはまだいなかった頃だから」

 

「実は――」

 

ことりが納得したところに海未が絵里に説明をする。

期末テストの勉強のときに赤点候補生や教える人たちのやる気を出すため、苦手科目で80点したら俺がなんでも願いを聞くと、そしてそれを見事にクリアしたことを。

ちなみに希の分も入っているということを絵里は知らなかったようだ。

 

「にこたちはともかく、どうして希まで?」

 

「にこの勉強を教えてたのが希だったんだ。俺たちじゃ三年生の数学を教えることは出来ないからな」

 

「なるほどね…確かに思い返すとその時期希がいなくなることが多くなってたわね。まさか勉強を教えていたとは思ってなかったわ」

 

「ちなみに、皆のお願い云々とか言い始めたのも希だ」

 

「違うよ。春人くんが自分で言ってたやん」

 

「……」

 

「どうしたん?」

 

「いや、人はこうもいけしゃあしゃあと嘘をつけるんだなと思ってな」

 

「ひどいなー。嘘なんて一つもあらへんよ」

 

白々しく言う希。その顔は面白がるような表情をしている。

 

「そう……」

 

そんな希とは違って、絵里はどこか羨ましそうに呟いた。

 

「絵里ちゃん? どうかしたの?」

 

「い、いえ、なんでもないわよ……?」

 

ことりが問いかけるも、絵里は首を横に振る。

だが、なんでもないという言葉からは遠くかけ離れた態度だ。

 

「――ははーん。私わかったわ」

 

「なんだ?」

 

「さては絵里、あんた羨ましいって思っているんでしょう?」

 

にこがそう言うと、絵里は明らかに肩を跳ね上げた。

 

「そ、そそんなわけないじゃない! 別に羨ましいなんてまったくこれっぽちも思ってないわよ!!」

 

「えりち、嘘はいかんよ?」

 

「希がそれを言う!?」

 

わちゃわちゃと言い合いをする仲良し三年生たちは置いておいて、俺は一年生たちに向く。

 

「凛や花陽、真姫も決まったのか?」

 

「ええ。一応は」

 

「ただ順番はまだ決まってないにゃ」

 

「私たちが一斉に言っても春人さんが大変だと思うから」

 

気遣いを見せる三人。そこでギャーギャー言い合っている三年生たちも少しは見習って欲しいところだ。

すると、くいっ、と隣に座っている穂乃果に袖を引っ張られた。

 

「ねえハルくん。絵里ちゃんになんかしてあげられないかな? 私たちだけお願い聞いてもらうっていうのも…」

 

「そうですね。少し不公平かもしれないですね」

 

「だから、別に気にしなくていいってば!」

 

強がる絵里。だけど、

 

「気にしなくても、いいから……」

 

チラリと俺のほうを気まずそうに見る。

それはどこか期待しているようでもあった。

 

――まったく。素直に言えば良いのに。

 

俺はポン、と絵里の頭に手を置いた。

 

「ちょ、ちょっと……」

 

「絵里は皆の練習を見てくれたし、手助けしてくれたからな」

 

うりうりと、彼女の頭を撫でる。

 

「そのお礼として、受け取ってくれ」

 

「も、もう…本当に良いのに……」

 

そういうが絵里は嬉しそうにする。まったく本当に素直じゃない。

そんな絵里を微笑ましく思っていると、

 

「――むぅ」

 

隣では穂乃果が頬を膨らませていた。

 

「? どうした穂乃果?」

 

「なんでもない!」

 

「なら、叩くのは止めてくれないか?」

 

ポコポコと叩いてくる穂乃果にため息を吐く。

 

「まあまあ! 絵里ちゃんは追々頼むことを考えてもらうとして――トップバッターはわたしです!」

 

「ことりか――なにをしたらいいんだ?」

 

「具体的なことは当日発表します。とりあえずは春人くん。今週のお休みは空いてるかな?」

 

「ああ。予定はないな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあそのお休みに――ことりとデートしてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………え?」

 

 

 

『は……?』

 

 

 

「ことりとデートしてください♪」

 

 

 

 

 

曇りのない笑顔で言うことりに、部室に驚愕の声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして約束の当日ことりの願い事を聞くと、一緒に服を見に行こうというものであった。

最初はことりの服を見に行くのかと思いきや、やってきたのは男物を専門に扱っているアパレルショップ。

 

そして、今に至っている。

 

「うんうん。なるほど~」

 

ことりは着替えた俺を見て頷き、なにか納得している。

 

「春人くんは背が高くて線が細いから、ズボンはこういう身体のラインがわかるようなものが似合うね」

 

「そうなのか」

 

「そうなんです!」

 

断言することり。だが俺は今着ているものにピンとこない、というか、慣れない感覚を受けていた。

 

「……」

 

「どうしたの、春人くん?」

 

慣れないものに無意識にそわそわしてしまったのだろう。ことりが首を傾げる。

 

「大体学校の制服ぐらいしか着ないから、服とかよく分からなくて。こういうのも今まで着たことないから、ちょっと落ち着かない」

 

「えっ……?」

 

買い物などは大抵学校帰りに済ませることが多く、休日もそんなに出掛けない。

だから私服も最低限のしか持ち合わせていない。

 

そもそもそんなに必要ではないと考えている。

今日着ているのはそんな数少ない私服の内の一つなのだが、かといって派手なものではなく、無地のTシャツに薄手の上着を羽織っているだけだ。

 

「そう、だったの……」

 

そんな俺の話しにプルプルと肩を震わせることり。

 

「ことり?」

 

 

「もったいない!」

 

 

「うおっ!?」

 

どうしたのかと心配したのだが、バッと顔を上げ、声を上げて迫って来ることり。

 

「春人くん格好良いのにお洒落しないなんて、もったいないよ!」

 

仰け反る俺にことりは強く言ってくる。

 

「い、いや…俺は別に……」

 

「駄目です! ことりが我慢できません!」

 

「頼むから我慢してくれないか?」

 

「春人くんは良い素材を使っているのにそれが全く活かされないお料理を許せますか!?」

 

「いや、それは残念に思うかもしれないけど――」

 

「それと同じです! 今の春人くんは制服を加えるだけという雑な料理をされているのです! これが許せると思いますか!?」

 

「わかった。わかったから取り敢えず落ち着いてくれ」

 

ここまでゴリ押してくることりも珍しい。

自分だけではなく、他人にも妥協を許さないあたり、ことりにとって服装関連は譲れない拘りがあるのだろう。

 

「……今日ここに来て正解でした」

 

その証拠にことりからは並々ならぬオーラが漂っている。

 

「これから、春人くんにお洒落というものを徹底的に教えます!」

 

俺は思わず息を呑む。ことりの目は冗談なしの本気の目をしていた。

 

「お、お手柔らかに、頼むよ……」

 

約束が約束だから断ることなど当然できるわけもなく、そう言うことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう…」

 

ことりの熱弁に押された後、ことりによる桜坂春人のファッションショーが開催された。

ファッションショーはことりが満足するまで続き、途中からはショップ店員複数人も交えてこともあり、さすがに少し疲れてしまった。

ちなみに選んでもらった服はいくつか購入し、そのうちのワンセットをことりの要望で着てこの後を過ごすことになった。

 

今は休憩で入った喫茶店にいる。

コーヒーを一口飲み、俺は息を吐いた。

 

「ご、ごめんね? わたし、周りが見えなくなってて……」

 

頼んだ紅茶に口つけたあと、申し訳なさそうに言うことり。

 

「謝らなくていい。今日は一日ことりに付き合う約束なんだから。ことりが楽しかったならそれでいいんだ」

 

「……」

 

「ちなみに、この後はどうするつもりだ?」

 

「……わたしもお洋服を見たいなって思ってた。できれば春人くんに選んで欲しいなって」

 

「さっきも言った通り、あまり詳しくはないぞ?」

 

「似合ってるかどうかとか、感想言ってくれるだけでもいいの」

 

男物ですらわからないのに、女物となるともっと分からなくなる。だが感想を言うだけなら、俺でも出来そうだ。

 

「それなら大丈夫だ。そろそろ行くか?」

 

お互い飲み物を飲み終えているので、そう提案して立ち上がろうとする。

 

「春人くん」

 

だが、俺の袖を掴んで引き止める。

 

「――春人くんは楽しい?」

 

問いかけてくることり。その瞳は不安に揺れていた。

 

「約束したから、その約束を守るために、義務感で付き合ってくれてるんじゃないかなって。さっきも振り回しちゃったし……」

 

恐らくさっきのことから、ことりは自分だけが楽しんでいるのではないかと思ってしまっているのだろう。

確かに願いとして一日彼女に付き合っているというのはその通りだ。だが、

 

「大丈夫だ。俺も楽しいから」

 

「本当…?」

 

「ああ、なんていうか…誰かとこうして服を見たりとか、選んでもらうとかしたことなかったから、そういうの含めて新鮮で楽しかった」

 

それでも慣れないことだから多少の疲れはある。しかしそれは許容範囲内だ。

 

「それにことりが楽しいって思ってくれているなら、俺も嬉しい。だから振り回してるとか気にしなくて良い」

 

「春人くん……」

 

「恥ずかしながら、デートというもの(こういうこと)にはとんと疎いんだ。だからことりが楽しいって思うことを、ことりのことを教えてほしい」

 

「……うん、わかった」

 

「それじゃあ、行こうか」

 

お互い立ち上がってカップを片付ける。

 

「春人くん、その、お願いがあるんだけど」

 

「ん、なんだ?」

 

ことりは恐る恐る手を差し出してきた。

 

「その、あの、手……繋ぎたいな」

 

その言葉に、俺は少し鼓動が高まる。

 

「ほ、ほら! 今日はデートだから! だったら手を繋いでもおかしくはないんじゃないかなーって」

 

恥ずかしさを誤魔化すように早口になることり。だがその勢いもだんだん尻すぼみしていき、

 

「……だめ、かな?」

 

上目遣いで、懇願するように言うことり。

そんな彼女の手を俺は取り、軽く握った。

 

「……今日はデートだからな」

 

「……っ、うんっ、ありがと!」

 

嬉しそうに手を握り返すことりに小さく笑みを返し、俺たちは喫茶店を後にして、デートの続きをするのだった。

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
というわけで、テストのときのお願いを聞いたお話でした。
残り八人の構想は、まったく決まっていません!

ではまた次回に



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アイドルを学ぼう



ども、燕尾です。
番外編二つ目は、タイトルからわかりますかね?





 

 

 

 

 

「遅いわよ春人!」

 

夏物のワンピースと羽織物を着て麦藁帽子を被った少女は少し怒り気味に言った。

 

「いや、にこが早すぎるだけだろう」

 

「男のクセに言い訳するのは見苦しいわよ、春人」

 

「言い訳もなにも――集合時間の15分前に着たんだぞ? 俺の前に来ていたにこが早いだけだ」

 

「あんたねぇ。そんなんじゃモテないわよ」

 

なんて言い草だ。いや、別にモテたいとかそういうのはないのだが。

 

「こういうときは女の子を待たせてしまったというところを気にしないといけないのよ」

 

「なら聞かせてもらうが、にこはいつ来たんだ?」

 

「今から15分前ね」

 

ということはにこは集合時間の30分前に来たことになる。さすがに早すぎるだろう。

俺が30分より前にここに来るためにはそれこそ集合時間の一時間ぐらい前に家を出なければならないというのに。だが――

 

「なによ、そんなじっと見つめて」

 

にこの家がどこにあるのかは分らないが、彼女は出かけるための準備をしっかりしてきたというのはこの姿を見れば分る。

穂乃果やことりたちから女の子の準備は時間が掛かるというのはよく聞かされてきた。それはにこも例外ではないだろう。しかしこうして30分前にここにきたということはかなり早起きをして準備したはずだ。

 

今日、この時間のために。

そこに対する姿勢というのは見習わないといけないだろう。なにより、

 

「にこはそこまではりきっていたんだな」

 

「な――」

 

彼女の顔が一瞬にして赤く染まる。

 

「べ、別に違うわよ! あんたを振り回せる機会なんて早々ないから、時間を無駄にしたくなかっただけ!」

 

「そうか」

 

「笑うな!!」

 

うがー、と噛み付いてくるにこ。それはまた誤魔化しているようで微笑ましく思ってしまう。

 

「ほら! せっかく早く来たんだからもう行くわよ!」

 

顔を見られたくないのか、にこはずんずんと先に進み始める。

俺は小さく笑って、顔を見ないようににこの隣に並ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

にことやってきたのは秋葉原。そこでは、

 

『みんなー! 今日は来てくれてありがとう!!』

 

中央のステージにやってきた少女三人に会場の人たち全員が沸きあがっていた。

 

『短い時間だけど目一杯楽しんで行ってねー!!』

 

 

『―――――!!!!!』

 

 

大きな歓声に俺は気おされてしまう。

 

「凄い盛り上がりだな」

 

「当たり前でしょう!」

 

にこもその盛り上がりの一部となっているように興奮しながら言う。

 

 

「――なんたって、A-RISEのライブなんだから!!」

 

 

秋葉原にやってきたのはスクールアイドルとして最も注目されている、A-RISEのライブの付き添いだった。

 

「ほら、あんたも盛り上がりなさい!!

 

「いや、俺は……こうして見ているだけでも十分楽しめているから」

 

それに盛り上がれと言われても、俺には難しい。こういうことには慣れていないのだから。

彼女たち(A-RISE)の楽しそうな姿や、にこやそのほかの観客たちの楽しそうな笑顔で俺の分まで賄って欲しい。

 

「……ま、楽しみ方は人それぞれだからいいわ」

 

少し不満げだが俺を尊重してくれるあたり、にこも成長していた。以前までの彼女であれば、無理やりにでもやらせようとしていただろう。

だがにこはそれだけを言ってA-RISEのライブに集中し始める。

 

『――――!!!!』

そしてサビに差し掛かるところでに観客と共に、大はしゃぎするにこ。

そんなにこに、俺はまた小さく笑ってステージ上の彼女たちを見るのだった。

 

 

 

 

 

「すごいライブだったな……」

 

A-RISEのライブが終わった後はなんとも言いえない高揚感があった。

 

「当たり前じゃない。A-RISEなんだから」

 

隣を歩いているにこはない胸を張ってそういった。それは別にいいのだが、

 

「…何でにこが威張っているんだ?」

 

「いいのよそんなことはどうでも! ほら、早くしなさい」

 

催促するにこ。行き先を知らない俺はただ彼女の後ろをついていく。

そしてやってきたのは長蛇の列の最後尾。

しかし俺たちが並んだ瞬間にも後ろにまた人が並び、列が伸びていく。

最終的に出来上がったのはとんでもない長蛇の列だった。

 

「これから何が起きるんだ?」

 

「もうすぐでわかるからおとなしくしてなさい」

 

にこの言葉通り、俺の疑問はすぐに解消された。

 

『今からA-RISEとの握手会を行います! 一人ずつお願いします!!』

 

ライブを運営していたスタッフの一声にまた沸きあがった。

ここまでくると凄いを通り越して恐いと思ってしまう。

 

「握手会って、本物のアイドルさながらだな……」

 

「まあ、A-RISEだから」

 

そう言うにこ。なんだか、その言葉で押し切ろうとしているように思えてくる。

確かにここまでの人気が出ているのならこういうことをやってもおかしくはないとは思うが、なんか釈然としない。

にこと他愛ない話をしながら順番を待つ。だが、そのときはすぐにやってきた。

 

「あの、これ!」

 

「……でかいな」

 

どこに仕舞っていたか分らない花束を手品のように取り出すにこに、俺は思わずそう言ってしまった。

というか、そんなでかい花束って逆に迷惑じゃないのか?

 

「いつも応援してます! これからも頑張ってください!!」

 

しかも目が血走っているし、まるで不審者にしか見えない。

 

「ありがとう。大切に飾らせてもらうわね」

 

だが興奮気味のにこをあのステージで見せたような笑顔で対応するA-RISEたち。

さすがというか、こういう手のものによく慣れている。

にこは握手して更にテンションが上がっている。

そんなにこに俺は苦笑いしながら、次の番の俺は手を差し出した。

 

「連れがすみません」

 

「いつものことだから大丈夫よ」

 

応対したのは、リーダーをしている綺羅つばさだった。

いつも、か。A-RISEの前ではいつもにこはあんな感じなのか。

 

「迷惑なんて思っていないわ。彼女から私たちも元気をもらっているもの。本人には内緒だけどね?」

 

口に人差し指を持ってウィンクする綺羅さん。その仕草はなかなか様になっていて、何より魅力的だった。

そしてなにより彼女の言葉に嘘はない。本心で言っているのが感じ取れた。

こういうところが人を惹きつけているのだろう。

 

「そんなにじっと見つめて、私に何かついてる?」

 

そういわれて、俺ははっとする。

 

「すみません。少し考え事をしてたので」

 

「あら、目の前にA-RISEがいるのに? 彼女さんのことでも考えてた?」

 

綺羅さんはどこか意地の悪いような笑みを浮かべるが、断じて違う。そもそもそんな彼女なんていないのだから。

急にそんなこと言うもんだから俺は少し面を食らってしまった。

 

「ごめんなさい。冗談が過ぎたわ」

 

俺の雰囲気を察してか、綺羅さんはからからと笑いながら謝る。

 

「それでどうだったかしら、今日のライブは? あなた初めてでしょう?」

 

「よく分かりましたね」

 

「あの人があなたを連れてきたのは今日が初めてですもの。それに、今まででもあなたぐらいだったから」

 

「なにがです?」

 

「――私たちのライブを静かに見ていた人は」

 

「…よく分かりましたね」

 

「ステージからよく見えるのよ。目立つ人は」

 

「すみません。盛り上がるとか、あまり得意ではないほうなので」

 

「それをライブをしていた本人の目の前で言うとか、あなたかなり肝が据わっているわね」

 

「嘘を言っても仕方がないので。でもそんな俺でもライブを楽しめたし、来てよかったと思っています。そこに嘘はありません」

 

「……なるほど。こういう人だから彼女たちからの信頼があるのね」

 

「? どうかしましたか?」

 

観察するように俺を見る彼女に問いかけるも、なんでもない、と首を横に振る。

 

「あなたの名前を聞いてもいいかしら?」

 

「…桜坂春人です」

 

唐突に名前を聞いて来る綺羅さんに俺はいいのかと思いつつも答えないのも失礼だろうと思い自分の名を口にする。

 

「それじゃあ春人君。またね(・・・)

 

「ええ。また機会があれば」

 

お互いしっかりと握手してから俺はその場を離れた。

 

 

 

 

 

「結構長かったわね」

 

「ああ…どうやら静かに見ていたのが目立ってたみたいでな。覚えられてたから少し話をしてた」

 

「そんな簡単に言うけどあんたそれ、かなり凄いことよ!?」

 

「そうなのか?」

 

「自覚していないところがまたムカつくわね…」

 

そんな理不尽なこと言われても困る。A-RISEの方から話しかけてきたところもあるのだから。

 

「まあ、いいわ。どうだったからしら、A-RISEのライブは」

 

「さっきも言ったが、凄かった」

 

「……それだけ?」

 

「そうだが…だめか?」

 

「全っ然だめね。ダメダメよ。0点ね」

 

……にこにとっての100点がどれだけできればいいのかわからないが、0点というのは辛口すぎるのではないだろうか。

 

「小さい子でももっとましな感想が出てくるわよ」

 

「そこまで言われるのは心外だ」

 

不満げにする俺に対し、にこははぁ、とため息を吐いた。

 

「これはまだまだ指導が必要ね」

 

「まだやるのか?」

 

「当然よ! 私たちのマネージャーが、スクールアイドルについてなにも知らないというのはありえないんだから!!」

 

「そ、そうか……」

 

迫るにこに俺は仰け反ってしまう。

 

「なら次はどこに行くんだ?」

 

首を傾げる俺ににこはまたない胸を張って、

 

「次に行くのは、スクールアイドルショップよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからは俺は最初に言われたとおり、にこに振り回された。

以前皆で行ったスクールアイドルショップや別なところにあるショップを数店舗巡り、更には秋葉原のメイド喫茶を数店舗連れてかれた。

そこではアイドルに関することや可愛いというのはどういうものか、またそれを実行するために必要な要素や心がけなどのにこの講義が行われた。

そしてそれらが終わったときにはかなり日が落ちていた。

 

「んー、久々に充実した日を過ごしたわー!」

 

「……そうか、それはよかったな」

 

満足したように伸びをするにことは対称的に、俺は少し疲れたように肩を落としていた。

そんな様子の俺ににこは、呆れたようにする。

 

「まったくだらしないわね。もう少し体力をつけた方がいいんじゃない?」

 

「俺の体力の問題じゃないだろう……!?」

 

にこの好きなものに対する時のポテンシャルが上がっているだけだ。

 

「これが勉強だったらにこはすぐにバテるだろう?」

 

「なによそれ!? てかあんたにとって私と過ごすことは私にとっての勉強だって言いたいの!?」

 

「そうじゃ――」

 

そうじゃない、と俺が否定しようとした瞬間、別の方から声が聞こえた。

 

 

 

「あら、聞きなれた大きな声が聞こえたと思ったらにこじゃない」

 

 

 

俺たちの間に入ってきたのはスーツ姿の女性。しかしその女性はどこかにこの面影があった。

 

「あ~おねーちゃんだ~」

 

「おねえちゃん!」

 

「お姉さま!!」

 

そしてその女性の影から飛び出してきたのは、三つの小さな影。

お姉さまと口を揃えて、にこによったのはこれまたにこをそのまま幼くしたような子供たち。

 

「ママ!? それに虎太郎、ここあ、こころまで!?」

 

驚愕するにこ。俺も突然のことに驚く。

しかし、俺が一番驚いたのはにこにママと呼ばれた目の前の女性だ。

 

「母、親……? 姉とかじゃなくてか?」

 

にこの年上であれば働いていてもおかしくはない。見た目的にも姉といっても違和感がないからついそう口に出してしまった。

 

「あらあら、嬉しいこと言ってくれるわね。彼氏さん」

 

「かれっ!?」

 

「……」

 

なんだかこの感じ久しぶりだ。やはりこの人も母親だ。

 

「はじめまして。にこの母親の加奈です。加奈と呼んで下さいね」

 

「丁寧にありがとうございます、加奈さん。桜坂春人です。すみませんが、俺は娘さんの彼氏ではありませんよ」

 

「そうよ変なこと言わないでよママ!! こいつが私の彼氏なんて――」

 

「あら、でもにこってこうして男の子と出かけるのって初めてのことじゃない。だからデートをしているのかなって」

 

「もー! そういうことは言わないでよ!!」

 

すごい。いつも強引に誤魔化して有耶無耶にしているにこがここまで一方的にさらされているのは初めてだ。

 

「こいつは私の僕なの! トップアイドルのにこについていながらアイドルについてなにも知らないから、今日はこいつにスクールアイドルがなんたるかというものを教えていたのよ!」

 

「僕って…いまどきそんな人なんていないだろうに」

 

スクールアイドルについて教えてもらっていたのはそうだが、にこの僕になった覚えはない。

こんな嘘、小さい子達でもすぐに分るはず――だと思っていたのだが。

 

「流石お姉さまです! 皆から愛されているのですね!!」

 

「さすがおねえちゃん、面倒見がいい!」

 

「しもべ~」

 

妹たちはキラキラした目で姉を見つめ、弟は僕を連呼しながら俺の袖を引っ張る。まったく姉の言うことを疑っていない。

恐らく今までこうして妹たちに言い続けてきたのだろう。それはあまり褒められたことではない。

 

「あらあら」

 

だが、加奈さんは面白おかしいというように笑う。

どうやらこの場には誰もにこの嘘を訂正する人はいないようだ。

 

「おい。にこ?」

 

この状況をどうするんだといわんばかりの俺に、にこは少し汗をたらして気まずそうにする。

 

「……悪かったとは思ってるわよ。でもお願い、合わせて」

 

そう言うのは姉として妹たちの手前、見栄を張り続けてきたからなのだろう。

この子達のにこに対する理想を俺が壊すのはさすがに忍びない。

 

「そうだな。君たちのお姉さんを色々手助けをしているよ」

 

「「「お~」」」

 

姉に憧れの眼差しを向ける弟妹たち。

 

「……あら」

 

それに対して、加奈さんは俺に意外そうな視線を向けてきた。

 

「なんですか?」

 

「いえ、ね」

 

首を傾げる俺に加奈さんは小さく笑う。

それはさっきまでの面白がるようなものではない、優しい笑みだった。

 

「にこのわがまま(見栄)に付き合ってくれるとは思っていなかったから」

 

「まあ、にこの立場もあるでしょうし。こういうのを俺が言うのは違いますから」

 

俺の言葉に加奈さんは、そう、と感心したように呟いた。

 

そして妹たちの対応をしていたにこに、加奈さんは笑顔で言った。

 

「いい人見つけたわね、にこ。手放しちゃ駄目よ?」

 

「だから、そういうのじゃないってば!」

 

「あら、そういうのって何かしら? お母さんはお友達として言っただけで、別にそういう意味で言ったんじゃないんだけれど?」

 

「うぐっ!?」

 

「なんだかんだ言いながらもにこも意識しているんじゃない」

 

「~~~~ッ!!」

 

加奈さんにからかわれて、言葉にならない声を発するにこ。

 

「皆で帰ってるんでしょ! 早く行くわよ!!」

 

「あら、春人くんと帰らなくていいの? 何なら送ってもらえば良いじゃない」

 

「必要ない! 今日はもう終わり、解散よ!! ほらあんたたちも行くわよ!!」

 

「「「はーい」」」

 

「ほら、ママも!!」

 

「ふふ…はいはい。それじゃあ春人くん。これからもにこと仲良くしてあげてね」

 

「はい。お気をつけて――それと、にこ」

 

母親の背を押すにこに俺は声を掛ける。

 

「なによ?」

 

「こういうのは初めてだったけど…経験できてよかったって思ってる。今日は色々と連れてくれてありがとう」

 

「……ふん、今日教えたことはちゃんと覚えておきなさいよ。それとこれで終わったとは思わないこと、いいわね?」

 

「ああ、わかった。気をつけてな」

 

「ええ。またね」

 

こうして、にこは家族の皆と岐路についていった。

 

 

 

 

 

「春人くん、いい子ね」

 

春人と別れて姿が完全に見えなくなった頃、隣を歩いているママがそう言った。

 

「大切にしなさいね。彼との繋がりを」

 

「……わかってるわよ。そのくらいは」

 

「できれば今度は彼氏として会わせてくれることを願うわ」

 

「だから、そんなんじゃないってば!!」

 

「今はそうじゃなくても、これから……ね?」

 

「もぉー!!」

 

私の声は夕暮れに染まった空に溶けていくのだった。

 

 

 







はい、ということで今回はにこでした。
彼女の場合はお願いを聞いてもらうというより、なんと言うか、振り回すことに極振りさせましたw


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いざ、ラーメン巡り




ども、燕尾です
もう一つのほうの更新ばかりしていたため、一ヶ月あいてしまいました。

今回も番外編ということで誰なのかは……わかりますよね?






 

 

 

 

 

「春人くーん!」

 

待ち合わせの駅前で元気に手をブンブン振って、俺を呼ぶ少女。

 

「早いな凛。待たせたか?」

 

「ううん! 凛もちょっと前に来たばっかりだから大丈夫だよ!」

 

待ち合わせの10分前には来たのだが、それよりも早く来ていた凛。

 

「ならよかったが…気を使ってないか?」

 

「もー、本当だってばー」

 

どうやら本当に待っていなかったらしく、呆れたように言われる。

 

「そ、そうか…悪い……」

 

「どうしたの、そんなに気にして?」

 

「いや、以前にこに注意されてな…」

 

以前にこと出かけたときに、どんなことであれ待たせるのは駄目だと言われたことの話をすると凛はああ、と納得した。

 

「にこちゃんの言うことは気にしちゃ駄目にゃ。気にするだけ無駄だもん」

 

――なんだか、先輩と後輩の垣根がなくなってから、凛のにこに対する扱いが結構雑になったような気がする。

 

まあ、にこもそれを受け入れている節があるからいいのだろうけど。

 

「そんなことよりも、早く集まったのなら早くいこうよ! 時間がもったいないにゃ!」

 

でもこういうところは似たもの同士というか、なんというか、なんだかんだでバランスが取れているのだろう。

 

「今日は春人くんに"ラーメン"の良さを教えてあげるにゃ!」

 

今回、凛が俺にやって欲しいということは一緒にラーメンを食べに行くというものだった。

ラーメンを食べたことが殆どないと話した俺に、もったいないと凛が声を上げた。

そして、

 

――じゃあ、春人くんには凛のラーメンめぐりに付き合ってもらうにゃ! それが凛からのお願いにゃ!!

 

半ば勢いのような形で彼女の願い事が決まったのだ。

本当にそれで良いのか? と聞いた俺に凛は問題ないにゃ、と断言した。

凛曰く、元々特別なことを頼むわけでもなく体を動かしに遊びに行こうというもので、一緒に何かをするということは変わらないから別に良いということだった。

 

「今日はラーメンを食べまくるにゃ!!」

 

そう言って張り切る凛に手を引かれながら俺たちは目的地へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

「まずはここ! ぽん田にゃ!!」

 

最初にやってきたのは秋葉原駅近くのラーメン店。

数年前までは別なところで営業していたのだが、秋葉原が発展することを見込んで移転したらしい。

俺たちはポン田の暖簾をくぐり、案内に従って席に座る。

 

「ここのおすすめは醤油ラーメンだよ春人くん! ここの醤油ラーメンを食べないで醤油ラーメンを語ることはできないにゃ!」

 

「じゃあ、その醤油ラーメンを頼んでみるよ」

 

「凛はトッピングにネギを追加するにゃ。大将っ、お願いするにゃ!!」

 

「あいよ、凛ちゃん!」

 

元気な注文に元気に答える店主。なんだか、友達とするようなやり取り。

 

「凛はよくこの店に来るのか?」

 

「うん、かよちんとよく来てるよ。ここのラーメンだけじゃなくてご飯も美味しいから!」

 

なるほど、お互いの好きなものが揃っているのか。

 

「凛ちゃんと花陽ちゃんは飽きずに毎回美味しそうに食べてくれるから、こっちも作り甲斐があるってもんよ」

 

話に入ってくる店主。

でもその気持ちはよく分かるかもしれない。合宿のときも、皆が美味しそうに食べてくれたのを見て、俺も同じように思ったから。

 

「美味しそうに食べてくれる女の子は魅力的ですよね。それも、ここのラーメンやご飯が美味しいからだと思いますけど」

 

「分っているなぁ、彼氏さんよぉ!!」

 

「にゃ!?」

 

彼氏、という単語に驚く凛だが店主はなにも気付かずに豪快に笑う。

 

「俺と凛は、そういう関係じゃないんですが…」

 

「照れるな照れるな! 俺はわかってるから!!」

 

なにもわかっておらず、ラーメンを両手に持ってやってくる店主に苦笑いしてしまう。

ここは無理に言わずそのまま過ごしたほうがいいだろう。

 

「ほら、おまちどう! 凛ちゃんはネギのトッピングとサービスで味玉追加、彼氏にはチャーシューの追加だ!!」

 

「にゃ、にゃあ~……」

 

「心遣い、ありがとうございます」

 

「なんのなんの気にすんな! じゃ、ごゆっくり!!」

 

そう言って、店主は他の客の分のラーメンに取り掛かる。

 

「……」

 

顔を赤らめて、下を向く凛は一向に箸を持たない。

 

「…恥ずかしいのは分るけど、ラーメンを食べないか?」

 

「う、うん……」

 

少し気まずくなりながらも俺たちはラーメンを食べる。

凛がすすめるだけあって、ラーメンは美味しかった。

 

 

 

 

 

ポン田を出た俺たちは次の場所へと向かう。

 

「ラーメン、美味しかったな。凛」

 

「……うん」

 

だが、凛はさっきのこともあってか俯いたままで会話一つ起こらない。最初の元気はどこへやら。

どうしたものか、と頭を掻く。

 

「ああいうのは冗談半分からかい半分って思っておけば大丈夫だろう。あまり気にしないほうが――」

 

「――春人くんは」

 

「ん…?」

 

話を遮って凛は俺を見つめる。

 

「り、凛とその、こ、恋人って言われて、ど、どう思った……?」

 

その問いかけにどういう意味を含んでいるのか、俺には分らない。

 

「そうだな…困りはした」

 

「そ、そうだよね! 凛と恋人なんて、困るよね!!」

 

自虐を交えて強く言う凛。それはどこかそうであって欲しいと願うような、そんな言い方。

 

だが――

 

「違う。凛と恋人なのが困るんじゃない」

 

「え…?」

 

「恋人じゃないのに周囲に言われる状況が困るっていうだけだ」

 

「えっと…何が違うの……?」

 

上手く伝わってない様子。なんて言えばいいのだろうか。

穂乃果の家でも、西木野病院でも、いろんなところでこういうことを言われてきたのだが、そうでもないのに周りで騒がれてしまうというのが少し困る。

 

「なにより、そんなの凛に失礼だろう?」

 

「そ、そんなっ、凛は、別に……」

 

指先をツンツンと合わせながら口篭る凛。それはどこか出会った頃の花陽を思い起こさせるような姿。

 

「春人くんは…凛と恋人になるのは、嫌じゃないの……?」

 

「凛と恋人になったら、色々起きそうで毎日が楽しそうだ」

 

「それって、凛が問題を起こしているってこと!?」

 

憤慨している凛に俺は明言を避けておく。

 

「凛と恋人なのが嫌だって言うほど凛のことを嫌っていない。凛はどうなんだ?」

 

「……凛も同じ。でも、やっぱり恋人はまだ分らないよ」

 

「分らないって言うのも俺も同じだよ。自分が分ってもいないのに、周りが勝手に盛り上がっているのにどう対処していいのか分らなくなる。困るっていうのはそういうことだ」

凛の頭に手を伸ばし、彼女の頭を撫でる。

 

「凛には凛にしかない女の子(・・・)としての魅力があるんだ。だから自分をそう貶めるな」

 

「……っ、春人くんはずるいよ……」

 

「ずるいって…どういうことだ?」

 

「なんでもないっ!」

 

なんでもなくはないような態度。今度は俺が凛のことが分からなくなってしまう。

 

「ほらっ、次行くにゃ!! 時間は待ってくれないにゃ!」

 

誤魔化すように、そして、先ほどまでの大人しさが嘘のように、凛は俺の手をぐいっと引っ張って次の場所へと連れて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぷ……少し、食べ過ぎた……」

 

俺はグロッキーになっていた。

 

「春人くんだらしないにゃ」

 

「いや、あれだけ店を巡って食べれば、殆どがそうなる…」

 

あれから、俺らはラーメン屋を巡りに巡った。

個人営業をしているラーメン店から、チェーン店、ファミレスのラーメンに果てにはカップラーメンまで、一生分のラーメンを食べたような気がする。

 

「むしろ凛が平気なのに驚いているよ、俺は」

 

「凛は普段から運動してるから!」

 

いや、運動してたとしても普通の人は食べられる量は限られている。

失礼だが、凛の燃費が悪いのだろう。

 

「春人くんも運動すれば同じになるよ! 今から身体動かしに行くっ?」

 

「遠慮しておく…ラーメンも、運動も……」

 

今から運動したらどうなるかなんて分りきっている。

 

「あ……」

 

さっきはだらしないと言っていたが、本気できつそうにしている俺に、凛が次第に不安そうな表情になっていく。

 

「え、えっと春人くん…大丈、夫……?」

 

「ああ…ちょっと休めば、大丈夫だ……だが悪いが今日はここまでにしてくれ……」

 

「うん。そうしたほうがよさそうだね」

 

ちょっと残念さも含んでいるような声色。

 

「もしかして、まだ他に廻るところがあったか?」

 

「う、ううん! さっきのところで最後だよ!」

 

「……」

 

気遣ってか、誤魔化すように言う凛。

そんな彼女に俺はため息を吐く。

 

「――残っているところはまた今度、な?」

 

「えっと…また付き合ってくれるの……?」

 

「今日みたいに一気にじゃないなら」

 

さすがに、苦しくなるほど廻るのは今回限りにして欲しい。だけど、そうじゃなければ拒否などしない。

 

「まあ、凛がよければの話だけど――」

 

「う、うん! 全然良い! また一緒に行きたい!」

 

前のめりになって声を上げる凛に俺は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまでで良いよ!」

 

「そうか。それじゃあ、気をつけてな」

 

「うん、今日はありがとね!」

 

「こちらこそ、今日は楽しかった」

 

「また今度、絶対行こうねっ! ラーメン巡り!!」

 

「ああ。約束する――それじゃあ、また学校で」

 

「うん! ばいばい!!」

 

私を家の近くまで送ってくれた春人くんの背が見えなくなるまで見つめる。

テストのご褒美として、一日中春人くんとしたラーメン巡りはとっても楽しかった。

店を廻りすぎて、春人くんの体調が崩れちゃったのはちょっと申し訳なかったけど。

 

でも、また一緒に凛のしたいことに付き合ってくれるって言ってくれたのはとっても嬉しかった。

それに、

 

 

――凛には凛にしかない女の子としての魅力があるんだ

 

 

――だから自分をそう貶めるな

 

 

「凛が、女の子……~~ッ!!」

 

顔が熱くなる。いや、顔だけじゃなくて全身が熱くなる。

今までいなかったことだ。私のことを女の子としてみてくれた人は。

 

言い方からして春人くんはなにも意識していなかった。ということは普段からそう思っていてくれてたってことになる。

だけど、

 

「ずるい…ずるいよ、春人くん……」

 

本当は私はそんなのじゃない。

なのに、そんな扱いをしてくれていることに、私はどうしたらいいのかわからなくなる。

 

「でも…嫌じゃなかった」

 

むしろ嬉しいって思う自分がいることに、驚いている。

ちょっと女の子と扱いしてくれたからって、こんな感情が沸くなんてちょろ過ぎやしないだろうか。

 

「まったく…本当に春人くんはたらしにゃ。穂乃果ちゃんがいるのに」

 

恨めしそうな私の、そんな呟きは空に溶けていく。

 

「今が夕方でよかった」

 

顔の紅さが誤魔化せる夕日に感謝しながら、私は帰路を歩いていくのだった。

 

 

 

 

 






あれ?
見返したら巡ったダイジェストすらない……

でもまあいいや! 凛ちゃんが春人二人でいるところを書きたかったから!




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夜空へ願う想い


ども、お久しぶりです。燕尾です

働ける喜びに震えております
働ける喜び、働ける喜び…ハタラケルヨロコビ

※サブタイ変更しました



 

身体の水分を奪う残暑の日。俺は有楽町の駅前で待っていた。

 

「こんにちは、春人くん。待たせてごめんな?」

 

挨拶と共に謝りながら来たのは希だ。

 

「いや、遅れて来たわけでもないし、いま来たばかりだから気にしないでいい」

 

時間は午前十時。決めた集合時間ピッタリだし、俺もその十分前ぐらいに来たから、待ってはいない。

 

「ならよかった――ほな、いこか」

 

俺たちは肩を並べて駅から出る。

 

「春人くんは、有楽町は初めて?」

 

「ああ。来たことがない。来る用もなかったから」

 

「あまりお出掛けしたりしないの?」

 

「用がある時ぐらいしか外に出ないな」

 

目的のものが売られている場所にまっすぐ向かい、手に入れたらそのまま帰る。これがいつものパターンだ。

 

「勿体ないなぁ。いろんな所にスピリチュアルパワーのスポットがあるのに」

 

「いや、それにあやかれるのは希ぐらいなものだろう」

 

そもそも、出歩いたところでそんなところがどこなのか分からない。

 

「そういうのは出歩いてるうちに自然に貰ってるもんなんよ?」

 

「そう言うってことは希も本当は分かってないってことか?」

 

「ふふ、残念。うちはちゃーんとわかってるよ」

 

怪しげな瞳で笑う希。しかしそれはますます疑わしくなるだけだ。

 

「疑ってるって目をしてるね」

 

「疑わしさしかないからな」

 

「本当のことなんやけどなぁ?」

 

希は意地悪をするような笑みを俺に向ける。

しかし、これ以上何か言ったところで希ははぐらかすだけだろう。

 

「そういえばうちで四人目やけど、慣れた? 皆とのデートは?」

 

そう俺が考えていたのを予想していたかのように希は話題を変える。しかも答えづらいような言い方で。

 

「春人くん大人気やもんな?」

 

「人気かどうかは置いといて、最初のことりのやつからみんな一緒に出掛けようっていう願いばかりになったからな…」

 

もっと放課後にどこかで思い切り遊びたいとか、なにかいいものを食べに行きたいとか、何か欲しいものがあるとか、時間的にもう少し短いような願いを聞いて欲しいというものだと思っていたのだが、結局皆、ことりの話を発端に休日1日にどこかに出掛けるというところで落ち着いたのだ。

 

それで良いのかと俺は思っていた。しかし、皆それで良いと言うのだからそれ以上は深くは言わなかった。が、

 

「このぐらいだったら、別に願いにしなくてもいいんだが…」

 

「分かってないね、春人くん。こういう時だからこそ一段と特別に感じるんや」

 

「そう、なのか?」

 

「うん。それになにより、一日中春人くんを独り占めできるって早々ないからね」

 

「独り占めって……」

 

でも言われてみれば、二人だけでどこかに出掛けるということはあまりしてなかったような気がする。

 

「まぁ、あまり深く考えないでええやん? ことりちゃんの言ってた通りに考えれば、春人くんもお得やない?」

 

「お得って…」

 

「じゃあ、振り回される対価」

 

「……もういい」

 

考えるのも阿保らしく思えてきた。

 

「それで、今日は何処に行くんだ?」

 

行きたいところなどは全部自分が考えると言って、今の今まで今日どこに行くとか、何をするとかは全く聞いていない。

 

「それは着いてからのお楽しみや」

 

「…少し不安なんだが?」

 

「それは流石に失礼やで?」

 

「……悪い」

 

希のイメージが占いとか、パワースポットとか、そっちに偏っているせいか、そんなイメージしか湧かなかったのだ。

まあ、占いでもパワースポットとかでも面白そうではあるが。

 

「もう…今日はそういうのじゃないから大丈夫だよ。だから、安心して付き合ってね?」

 

「ああ」

 

一抹の不安を抱えながらも、俺は希に着いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは…」

 

目的地についた俺は目の前の建物の看板を見る。

 

「コノカミナルプラネタリア有楽町や」

 

「プラネタリア――プラネタリウムか」

 

「うん、今日はここに来たかったんだ――春人くんは星のことは知ってる?」

 

「少しは。たまに星空を見てるうちに気になってな。まあうろ覚えが多いとだけど。そういう希はどうなんだ?」

 

そう言ってたね希に目を向けると彼女は少し大きく目を開いていた。

 

「どうしたんだ…?」

 

「いや、うちと理由が同じってことに少し驚いちゃって」

 

「そうなのか」

 

「うん。昔から夜空を見るのが好きだったの。それから星にも興味を持ったんだ」

 

「星占いとかからではなかったんだな」

 

「……そう思うその気持ちはわからなくはないけど、なんでも結びつければいいってものじゃないよ?」

 

「それは希の行動の結果だろう?」

 

「そろそろ春人くんにもわしわししようかな…?」

 

「やったところで希の喜ぶような感触や反応は得られないだろ」

 

「それはやってみないとわからない――でしょ!」

 

目の前から消えた希は俺の胸をがっしり押さえ、揉み始める。

 

「……」

 

「……」

 

 

少しくすぐったいぐらいで大きな反応はなくお互い無言で、

 

 

「………」

 

「………」

 

 

 

段々と希のわしわしするペースが落ちて、

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

やり始めてから十秒もしないうちに、希は俺から離れた。

 

お互いの間に流れる気まずい空気。

 

「……満足か?」

 

「う、うん…なんか、ごめんね?」

 

謝る希の顔は紅く染まっていた。

 

「それじゃあ、入場しようか」

 

「なんか、納得できないっ!」

 

希を置いて先に進む俺に希は叫ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暗いな」

 

「それはそうやん。明るかったら見えないんやから」

 

ちょっと不機嫌そうな希の声。さっきのやり取りでご機嫌を軽く損ねてしまったようだ。

 

「ほら、そんな気持ちで見たらせっかくの星空が霞んで見えるぞ?」

 

「誰のせいやと思ってるん?」

 

「希自身のせいだろ」

 

勝手に自爆してるだけ。俺に当たるのはお門違いだ。

 

「なんか春人くんって、うちに結構辛辣じゃないかな?」

 

「色々と、希には騙されたからな」

 

「そ、それは……うちも騙してた訳じゃないんよ? ただ…」

 

「ただ、なんだ?」

 

「ご、ごめんね……その、うちは……」

 

おろおろしながら謝る希。

滅多に見ないその姿に俺は小さく笑ってしまった。

しゅん、としている希の頭を撫でる。

 

「冗談だ。別に怒ってる訳でもないから安心しろ」

 

そう伝えると、驚きの表情から俺を睨むようなものに変わった。

 

「春人くん…うちをからかったね…」

 

「たまにはいいだろ。ほら、もうそろそろ始まるぞ」

 

「このことは、忘れへんからね」

 

「ああ、俺も覚えておくよ。希の慌ててた姿は」

 

「春人く――」

 

 

『ただいまからプラネタリウムの上映を始めます』

 

 

希の声と同時にアナウンスが入る。

流石に他の客に迷惑だと思ったのか、不承不承ながらも希は引き下がってくれた。ただ、

 

「本当に、後で、覚えておいてよ……」

 

ドスの利いた、エセ関西弁すらなくなった希の声に俺は少しやり過ぎてしまったと少し反省した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー! プラネタリウムよかったね!」

 

上映が終わり施設を出た希は身体を伸ばしながらそう言った。

 

「ああ。自然な星もいいけど、こういうのも悪くない」

 

普段は神田明神で見ているが、またここに来たいと思っている。

 

「そこは素直に誉める方がいいと思うよ」

 

しかし希には伝わらなかったらしく、苦笑いしていた。

 

「素直に誉めたつもりなんだが」

 

「そうなん? うーん、うちもまだまだやな……今度ハルくん検定があるのに」

 

「最後変な言葉が聞こえたぞ。なんだ、ハルくん検定って。いや、だいたい予想は着くが」

 

大方にこや凛がやり始めて穂乃果が命名したのだろう。

 

「春人くんもやってみたら? ハルくん検定」

 

「本人がやってどうする」

 

「本人だからこそわかってないこともあると思うんよ」

 

「そう言われるとなにも言い返せないが」

 

 

 

ちなみに――後日、皆に強制されて行った穂乃果作成ハルくん検定にて、最低点を叩き出したのはまた別の話である。

 

 

 

「この後はどうする?」

 

「デパートに行かへん? 見たいものもあるし、ある喫茶店で食べたいものもあるから」

 

「ああ。いいぞ」

 

「春人くん、さっきのお詫びとして奢ってね?」

 

「腹の中ではまだ燻っていたのか――わかった」

 

「決まり! それじゃあ、行こか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後デパートに着いてからは喫茶店でゆっくりとお茶をしたり、希の見たかったもの――夏服のセール品だったのだが、それを見たり、最後にはゲームコーナーに行ってレースゲームやクレーンゲーム、エアホッケーなどで遊んだ。

十分遊び尽くしてからデパートからでるともう日が落ちている時間となっていた。

 

「楽しい時間ってあっという間やなぁ」

 

「そうだな」

 

俺は満足気に伸びをする希に同意する。

本当に楽しい時間というのは早く感じてしまう。

 

「本当に、最近は毎日時間が経つのが早い」

 

「それは、春人くんもうちらといて楽しいって思ってくれてるってことでいいん?」

 

「ああ」

 

「それならよかった。本当はちょっと不安だったの。うちらが振り回してるような形になっちゃってるから、春人くんがどう思ってるのか少しわからなくて。それに、ほら、元々はうちが発端だったわけだし」

 

「まあ大変だったり疲れたりすることはあるが、充実してるし、楽しめてる――みんなそういうつもりで考えてきてくれているんだろう?」

 

「流石やね。気づいてたんだ」

 

流石に気づく。皆が俺のことも考えて計画立ててくれていたことは。そのきっかけを作ったのはことりだが。

 

「だから確認してるだろう。これでいいのかって?」

 

「うちらがそうしたいから、いいんだよ」

 

そう言われるとそれ以上はなにも言えない。

 

「それにね、これはうちらからのお礼でもあるんよ」

 

「お礼?」

 

そんな、わざわざお礼されるようなことはしてない。

 

「そう、お礼」

 

だけど希はもう一度肯定する。

 

「なぁ、春人くん」

 

理解が追い付かず頭を捻っている俺に希は話始める。

 

「うちな、穂乃果ちゃんとことりちゃんがすれ違って、ことりちゃんが海外に行く言うて、穂乃果ちゃんが自分を責めすぎてスクールアイドルをやめる言(ゆ)うたとき、正直不安やった。このままバラバラになって、終わってしまうんじゃないかって」

 

「……」

 

「うちらだけじゃない。みんなそんな不安を持ってた」

 

その話に俺はようやく頭が追い付いた。

 

「春人くんが、繋ぎ止めてくれたんよ――バラバラになりそうだったうちらを。だからねそのお礼をしようって決めたの」

 

微笑みながらそういう希。しかし、

 

「俺はなにもしてないぞ?」

 

「謙遜しすぎるのも、あまりよくないで?」

 

本当のことだ。俺はただ穂乃果に問いかけただけだ。答えは穂乃果自身が出したのだから。

 

「それに、穂乃果もことりも願いは同じだったんだ。ただ言葉にすることが出来なかっただけで、それを口にしてしまえばどのみち元に戻ってた」

 

「それがどれだけ難しいことか、春人くんは知ってる?」

 

知らないわけではない。素直になれない人を何人も見ているのだから。

その筆頭は真姫だが、あのときの穂乃果やことり、スクールアイドルを始めようとしていた花陽、μ'sに入る前のにこや絵里。それから、目の前にも。

まあそれでも、言うは易しというやつなのだろう。実際俺だって4月から一緒に居るようになっても言えないことはいくつもある。

 

「それでも悩んで、迷いながらも、みんな自分で一歩踏み出していった」

 

俺は希をまっすぐ見る。彼女の目はやはりというかまだ不安に揺れていた。

 

いや、不安と言うより恐れている(・・・・・)と言った方が正しいのだろう。必ず来てしまうものに、どうなるか分からないことに。

これが希が変わるきっかけになるかはわからない。彼女がどう思い、これからを過ごしていくのか俺には想像すらできない。だけど、

 

「――希もきっと大丈夫だろう」

 

漠然としながらもそれだけは思った。最終的には希の欲しかった答えが出て、新しい一歩を歩き出すと。

皆と過ごしていけば、きっとそうだと俺は信じている。

 

「……ねえ、春人くん」

 

希は、俺の手を取るって問いかける。

 

「来年も、その次の年も――私たち(・・・)は一緒に居られるかな」

 

「……」

 

その問いかけをどういう心情で言ったのかは俺にはわからない。希が満足するような答えが出てこないだろう。

俺が言えるのは、俺が思ったことだけ。

 

「うん。気を遣わないで、はっきり言って欲しいな」

 

「……ずっと一緒、て言うのは無理だろう。ことりのことがあったが、希たちだって分かってるだろ」

 

自分たちの進路。これからどういう道を進んでいくのか、希たち3年生は考えなければならない。どうなろうともそれぞれの道を歩んでいく。

目指すものが一緒ならまだ猶予はあるが、そうでなければこの高校生活が皆で過ごせる最後の時間になる。

 

「皆と過ごしたいから、なんて理由で自分の道を捻じ曲げようとするなら、それはただの依存だろう」

 

「そう、だよね……」

 

そう呟く希。

それはどこか落胆の声色が感じ取れた。

 

「ごめんな、変なこと聞いて」

 

だがそれも束の間、希はあえて明るい声で誤魔化すように言って、俺の手を放す。

 

「それじゃあ時間も時間やし帰ろうか、春人くん」

 

俺の前を歩き始める希。その姿は俺にはなにかを諦めたようなもの見えた。

 

「希」

 

そんな希を俺は呼び止める。

希はピタリと足を止めるが、俺のほうには向かなかった。

それでも関係なく、俺は希に向けて言葉を発する。

 

「確かにこれからもみんなで一緒っていうのは無理かもしれない」

 

さっきも言った通り、それぞれが別の道を歩んでいくのだ。どこかの場所で同じことをずっとできるなんて言うのは幻想に近い。しかし、

 

「たとえみんなの道が分かれたとしても、みんなで築き上げたものは、大切にしている限り消えたりしない」

 

「……」

 

「離ればなれになっても、繋がりは消えたりしない。だから、そう不安がることはない。ひた隠しにする必要もない。自分の思っていることを、自分の望みをみんなに伝えればいい」

 

「春人くん……」

 

「希のペースでいい。それを伝えてくれることをみんなはずっと待ってるから」

 

「……春人くんは、ずるいなぁ」

 

なんか最近そういわれることが多くなってるような気がする。別にそんなことしてなどいないというのに。

 

「無自覚でなにも分かってないのが、ずるいんよ?」

 

「そう言われても、困る。本当に分からないんだから」

 

「まあ、それが春人くんだもんね」

 

希は意地悪をするような笑みを俺に向ける。

 

「えいっ!」

 

「……っと、急に抱きつかないでくれ。危ないだろう」

 

「春人くん、これから夜ご飯食べに行こうよ」

 

「帰るんじゃなかったのか?」

 

「うん、予定変更。これから焼肉食べにいこ! うち、焼肉が好きなんよ」

 

「時間、遅くなるぞ?」

 

「うち一人暮らしだし大丈夫。それに今日一日、春人くんはうちに付き合う義務があります!」

 

「……」

 

そう言われてしまうと弱い。

まあ、どんな時間になっても俺が送ってやればいい話か。

 

「ふふ、それじゃあ行こっか?」

 

そう言いながら希はさらに俺に体を密着させる。

それはまるで恋人のように、どこか甘えるように。だけど、

 

「流石に歩きづらい」

 

「もー、ムードを壊さないの」

 

窘められるが、歩きづらいものは歩きづらい。それに、

 

「こんなことしなくても、みんな希のことを一人にしない」

 

「……っ」

 

「だから、ほら――」

 

俺は希を身体から引き剥がし、手を伸ばす。

 

「お手をどうぞ。寂しがり屋の希さん」

 

「……春人くんって、スピリチュアルパワーあるん?」

 

「そんなのはない。ただ希のことが分かっただけ」

 

スピリチュアルパワーは希の専売特許だろう。そんなホイホイだれもが使い始めたら大変だ。

 

「もう、本当に春人くんはずるいなあ」

 

恐る恐ると、恥ずかしがりながらも希は俺の手を取る。

俺たちは沈んでいく夕日を背に、手を握りながらゆっくりと歩いていくのだった。

 

 

 




いかがでしたでしょうか?

通勤時間にちょくちょく書いていたので、変なところがあったら教えていただけると幸いです。

ではまた次回に


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星に願いを



どうも、燕尾です。

通勤の合間を縫って書き上げました。






 

 

 

 

 

日が落ち、月の光が街を照らす頃、俺は西木野病院に来ていた。

隣にいる真姫は夜だというのに荷物をもって出掛ける格好をしている。

 

「それじゃあ春人くん。真姫を頼むわね?」

 

「はい」

 

彼女の母である真奈さんはそう言った後、俺に耳打ちをし始めた。

 

「もしあれだったら真姫をお持ち帰りしても良いわよ」

 

「あれってなんですか…それと前から言ってますけど、どうして真奈さんは自分の娘を差し出そうとするんですか」

 

真姫は俺たちやり取りを不思議そうに見ている。

 

「それはもう言ったはずよ? あなたなら真姫を任せられると思ってるから」

 

「……」

 

本当にこの人は――いや、この人たちは。

 

「私は本当にそう思ってるのよ?」

 

「なら余計に質が悪い」

 

「ふふ。良い報告を期待してるわ。ちゃんと避妊するのよ?」

 

「――ッ! 話を――」

 

「春人? ママといつまでも話してないで、いい加減行くわよ」

 

俺が言葉を返そうしたところで、少し頬を膨らました真姫が俺の腕を取る。

 

「あらあら、真姫ってば」

 

そんな真姫を見ながら真奈さんは三日月に描く口元を抑える。

 

「ほら、早く」

 

「わかった、わかったから引っ張らないでくれ」

 

「良い夜をー」

 

にやけながら手を降る真奈さんを軽く睨みながら、俺は真姫に引っ張られていく。

 

 

 

 

 

こんな時間に真姫と出掛けることになったのは、時を遡って今週初めの月曜日――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「春人、ちょっといいかしら?」

 

真姫が俺の元にやってきたのは昼休み、弁当を食べ終わって次の授業の準備をしつつ穂乃果たちと雑談していたときだった。

 

「珍しいな真姫。2年の教室に来るなんて」

 

それこそ出会った頃以来のような気がする。

 

「真姫ちゃん、ハルくんに用事?」

 

「ええ。そろそろ私もして(・・)もらおうと思って」

 

そう言う真姫に穂乃果、海未、ことりはああ、と納得する。が――

 

「そっか、もう真姫ちゃんの番なんだ」

 

「これで残りは私と穂乃果、絵里と花陽ですね」

 

『――ッ!?!?』

 

 

 

――する? するってまさか……!?

 

 

――まさか、全員と!?

 

 

――何てやつだ!

 

 

――まさかμ'sの皆、あいつに弱みを…!

 

 

――あり得る。だってあの桜坂だから

 

 

 

話の内容を知らない周りの連中は下らない想像をしてざわめきだした。

というか、まだ穂乃果たちがスクールアイドルを始めた頃のごたごたの話を信じているやつがいるのか。

 

呆れ返る俺に対して、穂乃果たちも気づかれないようにため息をはく。真姫に至ってはざわめきだした連中を睨んですらいる。

 

「……ここだと目立つわね。春人、いつもの場所(音楽室)に来てくれるかしら?」

 

その言葉に周りはさらに戸惑いの空気をだした。

1年生が、それも真姫のような子が2年生の教室の俺の元にやってくると当然目立つ。しかし、今それ以上に俺たちが――いや、俺が周囲から注目されているのはそういうことじゃないのだ。

下世話な話だから言明なんかしないが。

 

「わかった。そういうわけで三人とも、ちょっと行ってくるな」

 

「うん、いってらっしゃーい!」

 

「いってらっしゃい、春人くん」

 

「昼休みが終わるまえに戻ってきてくださいね」

 

笑顔で見送ってくれる穂乃果たちに微笑み返し、それから俺は三人にだけ聞こえるように顔を近づけた。

 

「――下らない勘違いをしている奴らがいるから、気を付けてくれ」

 

「うん、大丈夫。ハルくんに手出しはさせないから」

 

「――ん? いや。そうじゃなくてな?」

 

「こっちのことはわたしたちに任せて、真姫ちゃんのことに集中してあげて?」

 

「そうでなければ真姫に失礼ですから」

 

一歩も退きそうにない様子。

なんだか最近言う前に封じ込められているような気しかしない。だが、

 

「……そうだな。悪いが、よろしく頼む」

 

俺は素直に三人にお願いする。

最初こそは三人とも面を食らっていたが、

 

「うんっ!」

 

「任せてっ!」

 

「はいっ!」

 

力一杯頷いてくれるのだった。

 

 

 

 

 

「来たわね」

 

先に音楽室へと来ていた真姫はいつもの場所――ピアノの椅子に座っていた。

 

「真姫、わざわざ2年の教室に出向かなくたって、メッセージを送ってくれたらそれで済むんだが」

 

「私がどんな連絡をしようと私の勝手よ? それとも、私が春人に会いに教室に行くのは迷惑なの?」

 

「迷惑じゃない」

 

「なら良いじゃない」

 

機嫌良さそうに笑い、その感情を乗せるようにポロン、と鍵盤に指を掛けた。

 

「それで次は真姫の番だが、真姫は何をするんだ?」

 

「春人今週土曜日の"夜"は空いているかしら?」

 

「ああ、空いてる――」

 

――って、ちょっと待て。

 

言ってしまった直後、俺は気付いた。

 

「土曜日の夜……?」

 

「ええ、土曜日の夜。まあ昼ぐらいから付き合って貰うつもりだけど、メインは夜ね」

 

「……流石に内容次第だ。それと」

 

「パパとママの許可は貰ってるわ。二人とも、春人が居るなら構わないって」

 

「…」

 

なんというか、準備が良いことで。

あの二人が認めているということは変なことをするわけではないのだろう。まあそもそも真姫がふざけたことをしようと言う想像がつかないが。

 

「それで、一体何をするんだ?」

 

「私の趣味に付き合ってもらうわ」

 

「真姫の趣味?」

 

俺は首をかしげる。

今さらだが、真姫の趣味を俺は聞いたことがなかった。

 

「希から聞いたんだけど春人、あなた星について知ってるみたいね?」

 

その一言で真姫の趣味がなんなのか見当がついた。

確かに夜の時間にしか出来ないことだ。

 

「今週の土曜日――天体観測するわよ、春人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――という話が月曜日にして、今日がその日ということだ。

 

「悪いな。夕飯までご馳走になって」

 

「別に気にしなくて良いわよ、ママもパパも春人と食べたいって言ってたんだから」

 

真姫は俺の方を見ることなくそっぽ向いて、ぶっきらぼうに言う。

しかし、俺は真奈さんから聞いている。俺を呼んだのは真姫であることを。それを指摘すると怒られそうなので言わないで置くが。

 

「それで、どこで天体観測するんだ?」

 

「とある店の屋上よ」

 

「店の屋上?」

 

「ええ。その店の店長が天体観測好きで定期的に屋上で天体観測してるのだけど、折角だからって他の人も出入りできるように企画してるの」

 

「なるほど、上手いことするな」

 

同じ趣味を持った仲間になることができるし、店の宣伝にもなる。まあ、その店長とやらがどんな考えをしてるのか実際にはわからないが。

 

「そこは東京の中でもよく綺麗に見えるの」

 

街灯多い東京では星が綺麗に見える場所といえば大体キャンプ場や自然公園などの自然がある場所だ。周りに家がたたずんでいる中にある店で星が綺麗に見えるというのはなかなかに珍しい。

期待に少し胸が膨らむ。

 

「ふふ、期待に応えてくれるわよ。あの場所は」

 

俺の心を読んだように微笑む真姫に俺はちょっと恥ずかしくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、来たな真姫ちゃん!」

 

店に着いた俺たちを出迎えてきたのは体格のいい40代の男性だった。

 

「こんばんは店長。今日はありがとう」

 

「なんのなんの、気にすることはない! それに――」

 

店長の男性は俺をちらりと見て、にやりと笑った。

 

「真姫ちゃんが男を連れてくるからって滅多にしないお願いをしたんだ! 応えてやらなきゃ男が廃るってもんよ!」

 

「なっ――店長っ!?」

 

「……ちなみに、真姫はどんなお願いをしたんですか」

 

「ちょ、春人!?」

 

好奇心に負けて、慌てる真姫を脇に置いて俺は店長に問いかける。

 

「"連れてきたい人がいるの。その日だけは私とその人の二人だけにしてほしい"ってな」

 

「それだけでよく男だってわかりましたね」

 

「わかるにきまってるだろ、なんせ二人だけにして欲しいってまで言ってんだからよ――このくらい気づかなきゃこの周辺じゃ生き残れないぜ」

 

「いや、店の営業には関係ないでしょう。ここ――豆腐屋じゃないですか」

 

「豆腐屋でもなんでも、人に興味や関心を持たなかったら客といい関係を築くことはできない。すぐに愛想つかされて終わるってことだ」

 

なるほど、と俺は店長の言葉に納得する。

 

「とにかく、今日は真姫ちゃんと二人きりだ! ゆっくり楽しんでいってくれ、あんちゃん!」

 

俺にサムズアップする店長。しかし、

 

「……店長」

 

俺の後ろで顔を真っ赤にした真姫が、ドスの利いた声で言葉を発した。

 

「約束を守れない人がやっている店も愛想尽かされると思うのだけれど、それはどうなのかしらね……?」

 

「……」

 

「それと春人、貴方も分かってて聞いたわよね?」

 

「……」

 

真姫の矛先が俺にも向いた。余程聞かれたくなかったのか、その瞳は不機嫌と怒りに染まっている。

 

「ま、真姫ちゃん…少し落ち着け…? ちょっとしたお茶目な話じゃないか」

 

店長はそう言うが、それでも真姫は知られたくなかったのだろう。

 

「ふふ、ふふふふふ……!」

 

不気味な笑いをしながら俺たちに迫る真姫。

 

「二人とも――正座」

 

「星のことか?」

 

「春人、次はないわ」

 

「……悪かった」

 

年上の男たち、それも一人大人の男が高校一年生の女の子から説教を受けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「なあ真姫」

 

「…ふんっ」

 

そっぽを向きながら準備をする真姫に俺は小さくため息を吐いた。

屋上に案内されてからずっとこの調子だ。

 

「頼むからそろそろ機嫌直してくれないか」

 

「……」

 

「好奇心に負けて聞いたのは悪かったよ」

 

「好奇心は猫をも殺すのよ?」

 

「それを言われたら辛いが、真姫がわざわざ店長にお願いしてくれていたことが気になったんだ」

 

「私が言わなかったんだから考えなさいよ」

 

それに関しては真姫の気持ちを汲めなかった俺は謝るしかない。しかし、知った今だからこそ言えることもある。

 

「でも――ありがとな、真姫」

 

感謝の言葉を口にすると真姫は一瞬食らった顔をした。

 

「……別に私は私のしたいことをしただけ。今日は私のしたいことに付き合ってもらう日なんだから」

 

そう言う真姫だが、今日ここを貸し切ってくれたのは俺のことを気遣ってくれたのだろう。

恥ずかしそうに別な方をみてくるくると髪の毛をいじってるのがその証拠だ。

 

俺はちょうど良い高さにある真姫の頭を撫でた。

 

「ちょ、ちょっと! どうして頭撫でるのよ!」

 

「そう言う気分?」

 

「もう!!」

 

そんな話をしながら準備を終えた俺たちは目的の天体観測を始める。

季節ならではの天体の様子。その日に見せる遠くにある星たち。

夜空を眺めるのも良いが、こうして単体で見るのも悪くない。

 

「春人。これ見て」

 

すると真姫がなにかを見つけたようだ。

 

「ん――お…今日は月と土星が最接近してるのか。それに木星も見えるな」

 

「ええ、今日はラッキーだったわね」

 

「調べてなかったのか?」

 

「だって、分かってたら楽しくないじゃない」

 

「なるほど」

 

真姫は基本的に何が見えるかはその日の楽しみにしておきたいのだろう。

 

「まあ、流石に有名な物は調べてから行くけれど」

 

「楽しみ方は人それぞれだから良いだろう」

 

望遠鏡から目を離し、真姫の方を見る。すると彼女はシートの上で寝転がって空を見ていた。普段ではあまりお目にかかれない姿だ。

 

「春人」

 

名前だけを呼び、ぽんぽん、と横になることを催促する真姫。

断ることもなく、俺は真姫の隣で仰向けで寝転がる。

その直後地面に投げ出した俺の手を真姫は握ってきた。

 

「……真姫?」

 

いつもならこんなことをしない真姫に俺は彼女を見て首を傾げる。しかし、真姫はこっちを見ないで空を見続けている。

いま真姫は何を思ってこの星空を見ているのだろうか。

 

「ねえ、春人」

 

どれくらいの時間が経ったかはわからないが、静寂を真姫が破った。

 

「なんだ?」

 

聞き返す俺に真姫は少しの躊躇いをみせて見せてから意を決したように俺に向いた。そして、

 

 

 

「――皆には、言わないの?」

 

 

 

その瞬間、小さな風が俺たちの耳を切った。

どういう話かは聞かなくてもわかる。

 

「言わないといけないとは思っている」

 

「思っている、ね」

 

聡い真姫は俺のことを見透かすように俺の言葉を確認する。

 

「怖いの?」

 

「……」

 

「皆に知られてしまうのが、怖い?」

 

真っ直ぐな真姫の瞳は、俺に隠すことを許さなかった。

 

「知られるのは別に怖くはない。ただ――」

 

「ただ?」

 

「ただ、その時に皆を悲しませてしまうのが、怖い」

 

彼女たちはどんな顔をするのだろうか。それを想像してしまって、俺は言葉にするのを躊躇している。

 

「悲しんでくれるって思ってるのね」

 

「証明した人が俺のすぐ隣にいるからな」

 

珍しく茶化そうとした真姫に言葉を返すと彼女は恥ずかしそうに顔を赤く上気させた。

 

「……皆は俺のことを友達だって、仲間だって思ってくれてる。だからこそ怖いんだ。言って変わってしまうことが」

 

「そうは言っても、私たちは――」

 

「そうは言っても、だ。真姫だって気にしてるから今聞いてきたんだろう?」

 

「……」

 

言い返せないのか、真姫は黙ってしまう。

結局はそういうことだ。嫌が応にも意識もしてしまう、考えてしまうのだ。

当事者の俺だって考えるのだから、近くにいてくれる人が全く気にしないでいられるわけがない。

 

「実を言うとな? 引っ越すと言って、そのまま関係を断とうかとか、色々考えてたんだよ」

 

「……っ!」

 

密かに考えていたことに真姫は息を呑んだ。

戸惑いを見せる真姫に俺は苦笑いしながら言った。

 

「でもな、それはどこかで破綻してたと思うんだよ」

 

「どうして…?」

 

「単純な話、嘘や隠し事なんてほんの些細なことでバレるから」

 

それに、と付け加える。

 

「こんな厄介なものをもっている俺を受け入れてくれたのは西木野病院だけ。真姫の両親しかいなかったんだ」

 

俺は静かに目を閉じる。

瞼の裏に映るのはあのとき(・・・・)の光景。

 

「俺の居場所は、生きていける場所はここだけなんだよ」

 

小さく笑う俺に、真姫は複雑な表情を見せる。

 

「そう……」

 

だが、その顔とは裏腹に真姫の言葉はとても短かった。

その代わりにきゅっ、と手に力が込められる。

 

「……綺麗ね」

 

「ああ、そうだな」

 

そこからは言葉を交わすこともなく、ただ静かに星を眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとな真姫、今日は楽しかった。それじゃあ、また学校で」

 

「ええ。気を付けて帰ってね、春人」

 

私はその場にいて彼を見送る。

しっかりとした足取りで帰っていく彼の後ろ姿を見ているところで、さっきの言葉が頭の中を過る。

 

 

――俺の居場所は、生きていける場所はここだけなんだよ

 

 

あの時の春人の顔、笑っていたけれどどこか辛いのを隠そうとしているように、私には見えた。

 

「私の考えすぎなら良いのだけれど…ね」

 

完全に姿が消えて、家の中に入ろうとして振り向いたら、二人の人影が見えた。

 

「――お帰り」

 

「ママ? それにパパまで、寝てなかったの?」

 

「ああ。春人くんから連絡をもらってね」

 

送られてきたメールの画面を見せるパパ。

そこには帰る主旨と帰着時間が掛かれていた。

私は嬉しく思うより呆れた気持ちが先に出た。

 

「全く…人の心配より自分の心配しなさいよ、本当に」

 

この数週間、皆のやりたいことにずっと付き合っている春人。あまり休めていない上に病気のことで疲れもあっただろうに、文句1つも言わず、それどころか私たちに気を遣い、感謝の言葉すら口にしている。

 

「優しい子よね」

 

「……春人を優しいで片付けても良いのかしら?」

 

「ええ。本当に、優しい子…」

 

頷いたママはまるで自分の子供のように慈しんだように呟く。

今ママが何を考えているのか、私には分からなかった。ママが

何を思ってこんな表情をするのかが。

 

だけどそれも一瞬のこと、ママはニヤリと口を曲げて私に向いた。

 

「頑張ってゲットしてね、真姫」

 

「ぶっ――!?」

 

その一言に私は息を吐いた。

 

「何言ってるのよママ!?」

 

「あんな好青年そうはいないぞ、真姫?」

 

「パパまで、変なこと言わないで! 別に春人はそういうのじゃないから!」

 

「今はそうでなくてもこれからは、な?」

 

「ええ、どうなるかはわからないものよ?」

 

「もう! 二人ともいい加減にしてよね!?」

 

さっきまで考えていたことなんて吹き飛ばすような私の声は深夜の空に響くのだった。

 

 

 







いかがでしたでしょうか。
ではまた次回に~



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お家デート



ども、燕尾です。
今回は、誰でしょうねぇ?





 

 

 

 

「ん? なんだ、これ……?」

 

金曜日の朝――登校し、下駄箱から上履きを取ろうとしたとき、一通の封筒が入っていた。

 

「どうしたの、ハルくん?」

 

俺の声に気づいた穂乃果が上履きを履いてやってくる。

 

「いや、こんなのが入ってたんだ」

 

「そ、それは…!?」

 

穂乃果にそれを見せると、まるで信じられないようなものを見るような、驚愕の目に変わった。

 

「大丈夫か穂乃果? 様子が変わったが?」

 

「な、なんでもないよ!?」

 

いや、明らかになにかあったようにしか見えない。額からの汗が出ているし。

 

「と、とりあえず! 中身を確認しよ!」

 

「わかった、わかったから落ち着いてくれ、な?」

 

急かす穂乃果を宥めながら俺は封を開ける。中には多重に折られた一枚の紙。

俺は紙を広げて、内容に目を向ける。

 

「なになに――放課後、屋上で待つ。必ず一人で来られたし。他の人を連れてくるべからず」

 

「……」

 

なんだろうかこの手紙は。内容からして呼び出しの手紙なのだが。

無駄に武士口調の達筆をふるった字。

 

「この差出人は決闘でもしたいのか…どう思う、穂乃果?」

 

「どう思うって言われても……私が思ってたのと違うし…」

 

さっきまでものすごい慌てていた穂乃果も微妙な顔をしている。

 

「どうするの、ハルくん?」

 

「ん…呼ばれてるし、無視するのもな」

 

「え、行くの? 大丈夫?」

 

「まあ、大丈夫だろう」

 

俺はもう一度手紙を見つめる。

 

「なんとなく、差出人が誰なのかは分かったから――」

 

 

 

 

 

――それから放課後。俺は指定された時間に、屋上へと向かった。

 

いつもの練習場所である屋上。そこには九人の姿ではなく、ある一人だけが凛とした佇まいで校庭を眺めていた。

 

「急に呼び出してしまってすみません」

 

「いや、呼び出すのは別に構わない。だけど、もう少し呼び出し方を考えた方がいいぞ――海未」

 

「えっ!?」

 

呼び出した海未は俺の言ったことに本当ですか、と目を見開いていた。

 

「なんで驚くんだ」

 

むしろあれでいいって思ってることに、俺が驚きたいぐらいだ。

驚愕する海未に俺はついそう言ってしまう。

 

「あの書き方は間違いなく果たし状だ」

 

ため息を小さく吐く俺に、海未は顔を赤くしていく。

書いてある字に見覚えがあったから海未だとわかったが、他の人が受け取ったらまず無視されてただろう。

 

「うぅ、そんな……一晩中考えていたのに……」

 

がっくりと肩を落とす海未に俺は苦笑いを向けるしかない。

 

「まあ、海未の空回りは置いておいて」

 

「追い討ちをかけないでください!」

 

「わざわざ手紙で呼んだ用事はなんだ? 本当に決闘でもするのか?」

 

「……いま、それでもいいと思ってますよ」

 

「本題に戻ろうか」

 

流石にからかいすぎたか、海未の顔が凄いことになっている。俺は即座に話を修正した。

とはいっても、俺も大体どういう話かは予想がついていた。

 

「俺だけを呼び出したってことは、約束の内容が何か決まったのか?」

 

「ええ、その通りです。今回は私の番、ということになりました」

 

「わかった。それで、どうするんだ?」

 

「えっと、そ、その……」

 

問いかけると海未はどこか恥ずかしそうに、緊張したように俺をまっすぐ見つめる。

それから、俺は海未の口から彼女の願い事を聞かされるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。俺と海未は正座して向かい合っていた。

静寂の中、俺は海未のほうへと手を伸ばす。そして、

 

「王手」

 

パチン、といい音を鳴らし、そう宣言する。

 

「……参りました」

 

その俺の一手に負けを認めた海未が頭を下げる。

 

「いい勝負だった。負けるかと思った」

 

「それは嫌みですか?」

 

少し不機嫌そうに返す海未に俺は頷きながら将棋の駒をもとの配置に戻していく。

 

「そんなことない。気を抜いた一手を打てば、一気に負けてた」

 

「むぅ……もう一回勝負しましょう! 次こそは!!」

 

「その前に休憩しよう」

 

納得できないと言うかのように前のめりになる海未に俺は苦笑いして彼女を制止する。

今の手合わせで五回目だ。こんなに連続で勝負したら、流石に頭も疲れている。

 

「まだまだ時間はあるんだから、な?」

 

「……それもそうですね。私も少し頭を冷やした方が良さそうです。飲み物を用意してきますね」

 

「手伝う」

 

「大丈夫ですよ。それに春人はお客様なんですから、ゆっくりしてください」

 

これは、譲りそうになさそうだ。

 

「じゃあ、お言葉に甘えるよ」

 

はい、と嬉しそうに頷いて、海未は飲み物を準備する。

 

「今日も、いい天気だ」

 

縁側に移動してそこから外に向かって足を伸ばし、俺は空を仰ぎ呟やく。

いま俺は海未の家に来ていた。今日一日、海未に付き合う約束だからだ。

 

 

――は、ははは春人!

 

 

――ん。なんだ

 

 

――あ、明日土曜日に、わわっ、私の家に来てくれませんか!? お、おおおお家デート、しましょう!!

 

 

これが昨日、海未からあの屋上で言われた話だ。

ガチガチに緊張して、顔を真っ赤にしながらも頑張って言う海未の姿を俺は思い起こし、小さく微笑む。

 

しかも、お家デートという言葉はことり辺りにでも吹き込まれたのだろう。

そう考えればあの果たし状みたいな手紙も中身はさておき、呼び出し方としては定番だろう。

真面目な海未は家に呼ぶに当たる際の礼儀とでも言われてそれを信じ込んだのだろう。

 

「お待たせしました。こちらはお茶請けです。好きに食べてください――って、なに笑っているんですか? なにか面白いことでも?」

 

「いや、ちょっと思いだし笑いを――お茶ありがとう。頂きます」

 

正直に話せば、海未はまた慌てるか、頬を膨らまして不機嫌になるだろう。そんな海未も見たいがここは我慢しておく。

 

「……どうしてでしょう。春人がなにか良からぬことを考えてると、そう思ってしまうのですが」

 

「それは海未の思い違いだ」

 

「でしたら、ちゃんと私の顔を見ていってください! まったく、もう……」

 

結局、すねたように俺を睨みながらお茶に口をつける海未。

そして一息、溜息を吐いた。

 

「昨日といい、なんだか最近の春人は少しやんちゃになってきているような気がします」

 

「気のせいじゃないか?」

 

やんちゃっていうほどいたずらも何もしていないし、今も前も変わらないはずなのだが、海未は首を横に振る。

 

「いいえ。なんだか穂乃果やことりがいたずらするときにそっくりに、とまでは言いませんが、時々あの子たちと似た雰囲気を感じるようになりました――ああ、分かり易くなっていると言ったほうがいいですね」

 

「そう、か?」

 

問いかける俺に、海未は頷く。

 

「自分の変化は自分では気づかないものです。しかしその変化は春人にとってはいいことだと私は思いますし、私たちも春人が変わっていることを嬉しく思っています。心を開いてくれているという証拠ですから」

 

お茶をもうひと口付ける海未。

 

「正直、出会った頃から海のあの合宿の時まで、私から見た春人は心を閉ざして人を自分に近づけないようしているように見えて、何を考えているのかわからない人でした――あ、だからといって決して信用してなかったとかそういうことはありませんよ」

 

「そんな懐疑的な見方はしてないから安心してくれ」

 

出会った時の海未を思い出せば、信用できない人間と一緒にいることはないことぐらいわかっている。

海未はまっすぐ庭の塀のその先にある、青く広がる空を眺めながら言う。

 

「私たちに近いようで遙か先を一人で歩いている、傍に居るようで居ない、触れようにも触れることができない人でした」

 

「……」

 

「私たちは、あなたのことがよくわかっていませんでした。はっきり言うと、今だってわからないことのほうが多いのかもしれません」

 

それは俺も同じだ。この数週間、いろんな人と過ごしてまだまだわからないことだらけだった。

 

「ですが徐々に、少しずつではありますが、こうしてちゃんと隣に居てくれて――こうして触れることもできるようになりました」

 

俺の手の甲に自分の手を重ねる海未。彼女の温かさが、じんわりと溶けていく。

単なる手と手の触れ合いじゃない。俺と海未の、皆との心の触れ合いだ。

 

「わかりますか? これもあなたが自分の道を引き返してでも、私たちに近づいてくれたおかげなんですよ?」

 

そう言ってくれるのは嬉しいが、それは違う。俺のことを買いかぶりすぎだ。俺は最初から皆の前を歩いてなどいない。むしろ全くの逆。

 

「皆が俺に近づいて手を引いてくれたんだ。前に居たのは、皆の方だ」

 

俺はずっと立ち止まっていた。こんなもの(心紫紋病)に侵され、打つ手がないと知って、歩くのをやめた人間だ。

 

「もしもあの時、海未たちに出会わなければ俺は一人そこでそのままいた」

 

何もせず、しようとも思わず、そのまま朽ちていたに違いない。

 

「俺が変わったというのなら、そういうことだろう」

 

「春人…」

 

海未は心配そうに俺を見る。

 

「別に自分を卑下して言ってるわけじゃない。これが本当のことなんだ」

 

俺の言葉に沈黙する海未。それは出る言葉がないというようなものではなく、何か考えているようだ。

 

「どうした、海未?」

 

そう問いかけるも海未はなんでもありませんと答えて立ち上がる。

 

「さて、休憩もこの辺にしてそろそろもう一戦しませんか?」

 

「ああ。いいよ」

 

「今度こそは負けません! 春人も全力で相手してください!」

 

そこまで言われてしまったら手加減をするのも失礼に当たるというもの。

この後、日が落ちるまで適当に休憩を挟みながら将棋を指したが、俺が負けることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

将棋に一区切りを付け、海未は日課であるという勉強をしていた。

海未の要望で、俺は彼女の勉強を見ていた。

 

「海未、春人くん。夕飯の支度が終わりましたよ」

 

そんな中、俺たちを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「はい、いま行きます――春人」

 

「そうだな。この続きは食べ終わってからにしよう」

 

ノートを片付け、海未の案内でリビングへと通される。

そこには既に、海未の両親二人が待っていた。

 

「お父様、お母様、お待たせしました」

 

「お邪魔しています。今日は招いていただきましてありがとうございます」

 

「君が桜坂春人くんか――」

 

海未と一緒にやってきた俺を海未の父親は下から上まで見ながらそういった。だが、彼の目はあまり良い感情を持っていない。

俺は彼が言葉を続ける前に頭を下げた。

 

「はい、桜坂春人です。海未さんや彼女の幼馴染の皆さんと仲良くさせてもらっています。本日はご相伴に預からせていただきます」

 

「む……」

 

俺の動作を見て海未の父親は苦虫をかむような表情をする。

 

「……園田健勝だ」

 

「私はいらした時にご挨拶をしましたが、改めまして――園田香那実です。いつも娘がお世話になっています」

 

父親の健勝さんとは対照的に、静かな微笑みを向けてくる母親の香那実さん。

 

「春人くん。一つ聞きたいのだが――」

 

ずいっ、と顔を寄せてくる健勝さんに俺は軽くのけぞる。

 

「まあまあ、健勝さん。お話は食べながらでもできますし、冷めないうちにいただきましょう」

 

なにか問いかけようとしてきた健勝さんを遮る香那実さん。

 

「だが…」

 

しかしと食い下がる香那実さんの纏う雰囲気が変わった。

 

「健勝さんが聞きたいことは私の料理が冷めてもいいというほど聞かないといけない、重要なことなのですか?」

 

「ち、違うぞ! 香那実の料理が重要だ! さあ、海未も桜坂くんも座りなさい! 香那実の料理を食べようじゃないか!!」

 

対面しなくてもわかるほどの圧。かけられているわけでもないというのに俺も冷や汗を垂らす。これが海未の原点かと納得してしまう。ちらり、と海未に目配せをすると、彼女はいつものことというように、苦笑いをした。

先ほどまでの威厳な雰囲気から一変、さあさあと促してくる健勝さん。

 

「では――頂きます」

 

『頂きます』

 

健勝さんが手を合わせるのに続いて、俺たちも手を合わせる。

今日の園田家の夕食は秋刀魚の塩焼きにきのこの味噌汁、きゅうりの漬物に筑前煮――見事な和食だった。

そういえば、穂乃果の家で初めてお呼ばれしたときも同じような和食だった。結構和食の比率が高いのだろうか。まあ、家柄というのもあるとは思うが。

 

そんなどうでもいいことを考えながら、俺は箸をつける。

 

「――美味しい」

 

口に入れて飲み込んだ瞬間、自然とその言葉が口から漏れた。

 

「よかったわ。お口にあったみたいね」

 

香那実さんが嬉しそうに言う。

秋刀魚の塩焼きの塩加減は絶妙なバランスを保ち、旨みをしっかりと閉じ込めた焼き加減。きのこの味噌汁も具材に合うような出汁と味噌が使われている。

そして何より、一番美味しいと思うのは筑前煮だ。

 

それぞれの具材の色味や風味がこれ以上になく引き立てられ、味のバランスも見事にまとまっている。

 

「この筑前煮、もしかして具材ごとに煮込み時間を変えていますか?」

 

「あら、気付いてくれて嬉しいわ。ええ、その通りよ――それぞれの具にあった煮込み時間でしっかりと染み込ませた上で具の味引き出させるの。ただし、他の具の味を邪魔しないようにバランスも考えないといけないけれどね」

 

「なるほど…」

 

俺も数日分の筑前煮を作ることは多々あったが、ここまでのことは考えていなかった。具材の硬さをなくし、味を染み込ませるだけにとどまっていた。

 

「気付いてくれたのは春人くんがはじめてです。海未も健勝さんも美味しいとは言ってくれるけど、それ止まりですから」

 

『うっ……』

 

香那実さんの毒づきに海未と健勝さんは夕食どころか言葉も喉に詰まらせている。

 

「春人くんはお料理をしているのですか?」

 

「ええ。一人暮らしをしていますから、金銭的に考えて基本は自炊です。惣菜などで済ませることもありますけど」

 

「その年で自立しているのは立派なことですよ。それに春人くんとは話が合いそうで嬉しいわ。今度一緒にお料理してみたいですね」

 

「迷惑でないのならぜひ。教えていただくことが主になりそうですし、手伝い程度のことしかできないと思いますが」

 

「そんなこと気にしなくて大丈夫ですよ。それに私、息子と料理することに憧れがあるんですよ」

 

女の子の子供しかいない香那実さんにとっては男の子というのはかなり憧れがあるらしい。

すると、テンションが上がった香那実さんはとんでもないことを言いはじめた。

 

「――そうだ、うちに婿入りしないかしら?」

 

「「ぶっ――!?!?」」

 

健勝さんと海未が香那実さんの発言に噴出す。俺もリアクション取ることができずになんともいえない顔をしてしまう。

香那実さんは、穂乃果や真姫の母親の穂波さんや真奈さんのとはまた違ったタイプの人みたいだ。

 

「香那実!?」

 

「お母様!?」

 

ガタガタ、と慌てたように立ち上がる健勝さんと海未。

 

「二人とも、食事中ですよ?」

 

「「いやいやいやいや!」」

 

それ所じゃない、と二人は首を高速に振る。

 

「まだ海未には早いだろう!?」

 

「あら、将来を見据えるのは大切ですよ? それに春人くん、良いじゃないですか。誠実そうですし、器量も申し訳ないでしょうし、好青年じゃないですか」

 

どこにいってもこういう話は付き物らしい。俺は少し遠い目をしてしまう。

 

「海未だって春人くんのこと、嫌いではないのでしょう?」

 

「嫌いではないですが、そういう話ではありません!」

 

「私、春人くんが海未のお婿さんになってくれるのなら大歓迎ですよ?」

 

「お母様!!」

 

顔を真っ赤にして一喝する海未に、香那実さんは笑って受け流す。

もっと海未の家は落ち着いた食事をしているのかと思ったが、そうでもないようだ。賑やかで、温かい。

そんなことを思いながら俺は味噌汁をすするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――海未。ここ、また間違ってる」

 

「あ……」

 

夕食後俺たちはまた勉強の続きをしていた。しかし、海未はいまいち身が入っていないようだ。今やっているのは数学なのだが、計算ミスを繰り返している。

原因は言わずもがな。夕食時のことだろう。

 

「今日はここまでにしておこうか、頭を使いすぎだ」

 

午前中からずっと将棋をして、夕方から勉強。それにさっきのこともあわせて色々と疲れているだろう。

 

「……それもそうですね。すみません、私から頼んだのにこんな」

 

「気にしなくて良い。むしろ、海未には感謝してる。今日家に招いてくれたのは俺のこと考えてくれたからだろう? 久しぶりに、いつもの休日って感じがした」

 

「気付いていたのですね。ここ最近の春人は皆のことで忙しそうだったので、ゆっくりとした時間が必要だと思ったんです」

 

「でも、よかったのか? もっと自分のして欲しいことを言ってもよかったんだぞ?」

 

「それなら将棋の相手をしてもらいましたから十分です。μ'sの皆は将棋を指さないですし、お父様ともやりつくしてしまったので、別の相手が欲しかったんです」

 

「そうか。まあこれからは時間があれば相手するよ。勝ち逃げされるのは嫌だろう?」

 

「……言ってくれますね。今度指すときには、負かしてあげますよ」

 

挑発に乗ってくれたようで、笑みを浮かべているものの心の中では何かを燻らせている海未。

 

「楽しみにしてる――それじゃあ、そろそろお暇するよ」

 

時間も二十時半過ぎ。これ以上はさすがに迷惑にもなる。それに、

 

「……」

 

ずっと気配を消しながら、襖の隙間から俺を睨みつける健勝さん。彼の心を安心させるためにも帰ったほうがよさそうだ。

俺は彼女の部屋から出る。

玄関では海未だけでなく、香那実さんと健勝さんも見送りに来た。

 

「春人、今日はありがとうございました。私のわがままに付き合ってもらって」

 

「いや、こちらこそ。俺も今日は楽しかった。それと夕飯までご馳走になって、ありがとうございます」

 

「いいのよ、また来てくださいね。そのときは一緒にお料理しましょう」

 

「はい。そのときはよろしくお願いします」

 

「それから、次に会うときには良い報告を聞かせてくださいね?」

 

「お母様!」

 

夕食のときのことを掘り返された海未はまた顔を赤くする。俺は俺で苦笑いをするしかなかった。

 

「ほら、健勝さんも。お客様がお帰りですよ?」

 

「……」

 

香那実さんから促される健勝さん。しかし、彼は俺を見下ろすだけだった。

無言だが早く帰ってくれといわんばかりの態度。だが、それが娘を持つ父親の普通の反応だろう。むしろ俺は健勝さんの反応に安心している。

 

「もう…すみません、春人。こんな両親で」

 

「気にしなくていい――じゃあまた学校で、お邪魔しました」

 

「はい、また学校で。気をつけて帰ってくださいね?」

 

「ああ」

 

別れを告げて、俺は園田家を後にする。

 

「それにしても、また随分と凄い両親だったな。いろいろな意味で」

 

香那実さんも健勝さんも、穂乃果や真姫の両親と同じぐらい個性豊かだった。だが皆、子どものことを思い、彼女たちのために動いている。

 

「両親、か」

 

俺は一人小さく呟きながら月明かりだけが光源の夜道を一人歩くのだった。

 

 

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
さあ、残りは花陽、絵里、穂乃果の三人だけど、誰にしようかな?





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見える風景




ども。今月から来年3月まで週一日しか休みがない燕尾です

上司に「これから土日も出勤でめちゃくちゃ忙しいけど、週に一回は休みほしいよね……?」

――って、いやいやいやっ、めちゃくちゃ忙しくても週2日は欲しいわ!

日本人の悪いところだよね、複数の案件を持って日程とか空いてるところに詰め込んで、負担が大きいのは気にしないところ。

てかこれ、労働時間考えたらやばくない……? 残業とか合わせたら多分やばくなるわ。
金は入るけど(笑)

就活の時は完全週休二日制を謳ってたんですよ……?


さて…愚痴らせていただいたところで、番外編も残り穂乃果・絵里・花陽の三人…
今回は誰でしょうかね?




 

 

 

ある休日、俺は自宅最寄りの駅に呼ばれた。

 

集合の時間は午前9時30分。時間の10分前に到着し、彼女を待っていた。

しかし、呼んだ本人は待ち合わせ時間を過ぎても現れなかった。連絡の一つもない。

大丈夫だろうか、と俺は心配してしまう。

彼女の性格からして時間前には着いていると思っていた。遅れるなら連絡は入れるはずだ、と。それがないということは何かしらのトラブルに鉢合わせてしまった可能性が高い。

俺は電話をかけながら辺りを見渡し、あの子のことを探す。

 

するとその姿はすぐに見つかった。ただし――見知らぬ男たちと一緒に。

 

「ねぇ、いいじゃん。俺たちと遊ぼうよ」

 

「ですから…待ち合わせしている人がいるので……」

 

「じゃあ、その子も一緒にどう? 皆で遊べばきっと楽しくなるって!」

 

「今日は…二人だけの約束なので……」

 

「まあまあ、そう言わずにさ~」

 

「うぅ…ダレカタスケテェ……」

 

しつこい男たちに迫られている彼女の顔を見ると困り果てて、もはや泣きそうな顔をしている。だというのにそれが見えていないのか、それとも自分の都合のいいように考えているのか男たちは笑顔を浮かべながら絡んでいる。

俺はため息を吐いて、彼女たちのところに向かう。

 

「花陽」

 

「あ、はるとくん!」

 

俺に気づいた花陽は、すぐさま俺の後ろへと隠れる。

割って入られたと思ったのか、それが面白くなかったのか、男たちは不機嫌そうな目で俺を睨んだ。

 

「なにお前?」

 

「急に入ってきて、邪魔しないでくれる? いまその花陽ちゃんと遊びに行くところなんだから」

 

最初に見たときからわかっていたが、いかにもな台詞に俺はもう一度ため息を吐いた。

 

「花陽が困っていたのがわからないのか? それに邪魔していたのはあんたらの方」

 

ごめん、と俺は花陽に小さく言って彼女の肩を自分の体に寄せる。

 

「ぴゃ!?!?」

 

「俺たちは待ち合わせしていた。花陽もそう言ってただろう? わかるか? あんたらがしつこく絡んだ時間分、俺たちの時間が減ったんだ」

 

どうしてくれる、というように眼光をギラつかせると男たちは気まずいように怯んだ。

 

「わかったら、早くどこかに行け。二度と花陽に声をかけるな」

 

「……ちっ、いくぞ」

 

「わーったよ」

 

俺は男たちに忠告も含めて退散するように促すと、男たちは忌々しげに俺を一別して去っていった。

その二人の姿が見えなくなると、俺は三度目のため息を吐いた。

 

「大丈夫か、花陽? 悪い、早く助けられなくて」

 

「……」

 

「花陽?」

 

「………きゅう」

 

反応がない花陽を見ると、彼女は顔を真っ赤にして目を回していた。加えて頭の天辺からは蒸気が立ち上っていた。

 

「花陽…っ!? 大丈夫か……っ!?」

 

崩れ落ちそうになる花陽を支える。

夏も終わり間近で涼しくなってきているだというのに、彼女の身体は熱中症にでもなったかのように熱かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を回してしまった花陽を休ませるため、俺は彼女を抱え、休憩できる場所を探す。

しばらく歩いたところで、ちょうど木陰になっているベンチを見つけた俺はそこまで花陽を運んだ。

日が当たらないところで寝かせようとするが、ベンチにそのまま頭を置くのも不味いだろうと思った俺は彼女の頭を自分の太もも当たりに置く。

 

「ちょっと失礼……やっばり、まだ熱がこもってるな」

 

額に手を当てるとまだ熱かった。

俺はバッグから新品の水とハンカチを取り出す。

花陽に水が掛からないようにハンカチを濡らして絞り、彼女の額に乗せる。

 

「ん――」

 

乗せた直後、花陽の目はゆっくりと開いていく。どうやら濡れた布の感触で目を覚ましてしまったようだ。

 

「あ、れ――わたし――」

 

「気づいたようだな。大丈夫か、花陽?」

 

「はるとくん…? あれ、ここは……?」

 

意識がまだ覚醒していないのか、花陽はボーッとした声で言う。

 

「急に目を回して倒れそうになったんだ。覚えてるか?」

 

「わたし、ナンパに会っちゃって…それで…それから――それ、から……?」

 

自分の記憶を辿っていくうちにようやく認識できたようで、花陽の目が大きく開かれた。

 

「ははははははははるとくん――――――!?!?!?」

 

「ストップ」

 

「わぷっ!」

 

ものすごい勢いで起き上がろうとした花陽。俺はそれを彼女の額を押さえて阻止した。

 

「少し落ち着いてくれ。ほら深呼吸」

 

「すぅ…はぁ……」

 

何度か深呼吸をする花陽。

 

「あ、あの…はるとくん…これは……?」

 

気が落ち着いたのか、先程までの慌てぶりはないが、それでも困ったように聞いてくる花陽。

 

「流石にベンチにそのままってわけにもいかなかった。悪い」

 

「う、ううんっ、はるとくんが謝ることないよ! わたしの方こそ迷惑かけちゃってごめんね」

 

「気にしないでくれ。大事にならなくてよかった」

 

「う、うん…本当にごめんなさい」

 

「だから謝らなくていい」

 

「あう、ごめんね……あっ、ごめん…あれ、あれれ……?」

 

「――ふっ」

 

謝ることに謝ってしまい、さらに混乱する花陽に俺は思わず息が出てしまった。

 

「うぅ。穴があったら入りたい……」

 

「いや、いい。花陽の思ってることは伝わったから」

 

俺は彼女の頭を優しく撫でる。

身動きのとれない花陽は恥ずかしそうにも気持ち良さそうにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく休憩して調子が戻った花陽と一緒に今度こそ目的の場所へと向かう。

そして歩くこと20分くらい。トラブルはあったものの俺たちはようやく目的の場所に辿り着いた。

 

やってきたのは、都内にある自然公園だ。

見晴らしのいい大きな敷地の中では子供たちが絵顔を浮かべながら走り回り、元気のいい声が聞こえる。

子供たちだけではなく、家族で来ていたり、老人たちの姿が見えるから、ここは様々な憩いの場なのだろう。

 

「花陽。今日はここで何をするんだ?」

 

俺は花陽に問いかける。

 

俺は集合する場所と時間だけしか聞いておらず、今日どこで何をするか――というか、俺へのお願い事がなんなのか全く聞いていなかったからだ。

すると花陽は持ってきたバッグから二つのスケッチブックを見せてくる。

 

「えっと今日はね、ここではるとくんと一緒に絵を描きたいなって思ってたの」

 

「絵?」

 

「うん。わたし休みの日に出掛けて絵を描いたりしてるの。今日はせっかくだからはるとくんにも付き合ってほしいなぁって思って」

 

「そうか」

 

絵は学校の美術の時間にしか描いたことない。それもありきたりなものしか描くことしかしなかった。大丈夫だろうか?

少し考えてしまった俺を見て反応が薄いと思ったのか、花陽は少し申し訳なさそうな表情をした。

 

「ご、ごめんね? あまり面白くないよね?」

 

「いや、違う。花陽と絵を描くのがつまらないとか思ってない。ただ美術の授業でしか描くことがなかったから、上手くは出来なさそうって思ってな」

 

「大丈夫だよ、私もあまり上手じゃないから。それに――今日ははるとくんに、わたしのことを知って貰いたいなぁって…思って……」

 

最後の言葉に少し面を食らってしまう。

 

「わ、わたしなに言ってるんだろう!? 気にしないでっ!」

 

また慌てふためく花陽に、俺は小さく笑う。

 

「花陽」

 

「は、はいっ!!」

 

「今日は花陽のお願いを聞く日だ。遠慮することはない」

 

「あ……」

 

「だから、教えてくれないか? 絵のことも、花陽のことも」

 

「――う、うんっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回俺たちは風景を描くことにした。

せっかく一緒に来ているから別れることなくお互い隣にいる状態で、同じ風景を描くことになった。

ひとえに同じ風景といっても、人によって仕上がり方が違う。どこに注目するのか、どういう工夫を凝らすのかは千差万別。だからこそ同じ絵を描こうと花陽は言った。

 

「そういえば花陽はどうして絵を描き始めたんだ?」

 

筆の奔る音が聞こえるなか、俺は純粋な疑問を花陽に投げ掛ける。

 

「んー、特にこれと言った理由はないかな。ほら、小さい頃ってお絵かきしたりするよね? その延長みたいな感じで今も続いてるのかな」

 

「ああ、なるほど」

 

絵を描く楽しさというものを今でも有り続けている、そんなところなのだろう。

 

「はるとくんはなにか趣味とかあるのかな?」

 

そう言われて俺は考える。

しかし考えてみてもこれといった趣味は思い付かない。

 

「強いてあげれば、読書、かもな。前までの休日はほとんど本を読んでたな」

 

だがそれはなにかと言うと習慣みたいなものだ。やることがないなら本を読んで時間を潰すような。

 

「はるとくんはどんな本を読むの?」

 

「ジャンルは問わないな。文学に歴史、ホラーやミステリーに恋愛小説も読んだことある。雑学なんてものもあったな」

 

「色々なのを読んでるんだね」

 

「ああ、英和辞書や広辞苑も見てたときがあったな」

 

「じ、辞書…?」

 

「時間潰しでね。流石に広辞苑は全部読み切れなかったけど」

 

「それでも英和辞典は読み終わったんだね……」

 

驚愕に身を引く花陽に俺は苦笑いする。今言っている自分ですら、我ながら何をしていたのだろうと思ってしまっているのだから無理もない。

 

「でも最近はあまり読書はしてないな」

 

「えっ、どうして?」

 

「皆と居ることが多いから」

 

「あ、それは…その……ごめんね?」

 

「いや、謝らないでいい。それにさっきも言った通り、読書は時間潰しだったんだ。むしろ、今の方が有意義に思ってる」

 

時間の浪費でしかなかったものから、意味のあるものに変わった。皆が変えてくれた。

 

「俺も嬉しいよ。皆のことが知ることができて」

 

「……っ、もぅ、はるとくんはずるいよ……」

 

「最近皆にそう言われるんだけど、何がずるいんだ……?」

 

「はるとくんが自分で気づくまで教えないよ」

 

そっぽを向く花陽。それでは風景が見えないだろうに。

そんな様子で俺たちは時折会話を交えながら絵を描いていく。ちなみに、お互いの絵は完成してから見せる予定だ。

途中で見てしまうのはもったいないという俺たちの意見が一致したからだ。

 

「――うん、これで大丈夫かな」

 

「――こんな感じか」

 

それからも雑談をしながら描いていた俺たちは、まさかの同じタイミングで絵が完成した。

お互いキョトンとした顔で見合わせて、それから小さく笑う。

 

「それじゃあ、せーの、で見せ合いっこしよっか」

 

「ああ」

 

「いくよ――せーのっ」

 

花陽の合図で俺たちはお互いに描きあげたものを相手に見せる。

 

「わぁ……」

 

「ほう――」

 

俺たちはまたしても同時に、感嘆の声をあげた。

花陽の絵は広大な広場で駆け回っている子供たちや談笑している家族の様子、それから移って所々に咲いている花に焦点を当てていた。

人と自然を描いておきながらも、どちらがどちらかに負けて掠れているのではなく、両方に魅力が見えるバランスの良さ。

そして何より彼女の絵は人と自然の暖かさを感じる、花陽の人となりというものがしっかりと分かるような一枚だった。

 

「流石だな花陽。なんだか花陽らしい、優しい一枚だと思う」

 

「そ、そうかな? あはは…そこまで言われちゃうと何か照れちゃう、かな」

 

本当に照れているのか、嬉しそうにしながらも顔を赤らめている花陽。

 

「でも、はるとくんの絵も凄いよ!」

 

「ん、そうか…ただ、見えるものそのまま描いただけなんだけど」

 

俺からしてみれば忠実性というものはそれなりにあるかもしれないがその他はなにも感じない絵だ。

 

「そんなことないよ! この絵、私は凄く綺麗だと思うし、はるとくんらしさがあると思う」

 

「そんなこと――」

 

あるっ、と花陽は俺の言葉を遮って力強く言った。

 

「見えてる風景をここまで綺麗に描くのは、はるとくんが表面だけじゃなく中までしっかりと見ているからだと思う」

 

花陽の言っている意味があまり理解できない俺は首を傾げる。

 

「はるとくんは本当の姿を見てるの。この風景でも――人でも」

 

「そう、なのか?」

 

意識したこともないから、あまり自分では実感も湧かない。

だが、花陽はそうだよ、と頷いた。

 

「いつも本当のわたしたちを見てくれてるはるとくんだからできるんだよ」

 

「ん…ありがとう……」

 

そこまで言われてしまうと、なんだか俺も照れてしまう。

 

「それで、この絵はどうする? 花陽が持って帰るか?」

 

半ば強引に反らすように、絵の処遇の話をする。

すると花陽はさっにまでの勢いがなくなり、ちょっと気まずそうにする。

 

「えっとね、その…わがまま言ってもいい、かな?」

 

「ああ」

 

拒むことはしない。そういう日だし、なにより花陽がそう言うのだから。

 

「この絵、部室に置きたいなぁって……だめ、かな……?」

 

「……花陽がそうしたいなら。ただ、少し恥ずかしいな」

 

「大丈夫だよ。みんなもきっと綺麗だって思ってくれると思う」

 

そう言ってくれる花陽を信じ、俺は絵を花陽に渡す。

そしてあらかた道具を片付けた頃には昼の時間となっていた。

昼は花陽が作ってきてくれた弁当を一緒に食べた。

卵焼きにウインナー、唐揚げ、プチトマト、ブロッコリーなどなど、弁当のお手本というべきラインナップだった。しかし、

 

「これは…」

 

俺が驚いてしまうほど圧巻だったのがおにぎりだった。

二人では食べきれないと思ってしまうほどのおにぎりが弁当箱に詰められていた。

 

余ったら少し持ち帰らせて貰おうか、何て考えていたのだが、

 

「ふぅ、ごちそうさまでした♪」

 

2、3個食べた俺に対して、残り全てのおにぎりをお腹に納めた花陽に、俺は何も言わなかった。ただ、今度海未のお叱りが飛びそうだとは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後からどうするか、という話になったとき、花陽からあるお願いをされた。それは、

 

「描きたい絵があるから、ゆっくりしててほしいな」

 

というものだった。なら集中したいだろうから、席をはずすとという俺だったが、それは駄目と言われてしまった。

こういうこという花陽も珍しいが、俺は彼女のお願い通りその場で本を読むことにした。

しかし、気になる事がひとつ。

 

「花陽? 俺が邪魔になってないか?」

 

花陽は俺の方を向いて、筆を走らせているのだ。

しかし花陽は、

 

「大丈夫だから、気にしないでほしいな」

 

と言い張る彼女に俺は戸惑いながらもそれに従う。

移動の暇潰し用に持ってきた本を読みながら時間を過ごす。

そうしていると、くいっ、と小さな力で服を引っ張られた。

 

「ん?」

 

引っ張られた方を見ると、俺の袖を掴んでいるのは小さな女の子。

俺と花陽は突然現れた女の子にお互い顔を見合わせる。

 

「どうしたんだい?」

 

「……」

 

俺が問いかけると、女の子は暗い表情で俯いた。

それはどこか寂しそうで、何か訳ありのようだった。

周りを見渡すと、この子と同い年あたりの子供たちと目が合った。だが、その子供たちはこの女の子を嫌悪の目で一瞥しただけですぐに遊びに戻った。

それは花陽も気づいたようで、彼女はまるで自分がそうされたような悲しい顔をする。

 

「はるとくん…どうしたらいいかな……?」

 

「……ふむ。まあとりあえず花陽は、絵を描いてていい」

 

「え…でも……」

 

戸惑う花陽に俺は気にするなと言う。

 

「花陽も今描いている絵は完成させたいだろう? その間のこの子の相手は俺がするから。完成したら、三人で遊べばいい」

 

「…大丈夫?」

 

「ああ、大丈夫」

 

そういって、俺は女の子に向き合った。

 

「ごめんな、お姉ちゃんは少しやらないといけないことあるから、その間お兄ちゃんと遊ぼうか。何がしたい?」

 

できるだけ優しい声色で言うと、女の子はおずおずと一冊の本を俺に差し出してきた。

 

「絵本、読んでほしいの……」

 

「ああ、いいよ。こっちにおいで」

 

ポンポン、と隣においでとようやく女の子は表情を明るくさせた。しかし、

 

「……ん?」

 

胡坐をかいている間にすっぽりと収まる女の子。どうやら正面から見ることをご所望のようだ。

 

「まあ、いいか」

 

俺は絵本を開いて、俺は読み聞かせを始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「そこで王様は言いました――」

 

わたしははるとくんと突然来た小さな女の子を眺めながら筆を振るう。

 

――うん、いい絵になりそう

 

今日わたしははるとくんと一緒に絵を描きたいと言った。でも、わたしはスケッチブックの中に描かれた微笑むはるとくんとにっこりと笑顔を浮かべている女の子をなぞる。

わたしの、今日の本当の目的はこっち(はるとくんを描くこと)。自然なはるとくんの姿を描くことだった。

テストのご褒美として頼めたかもしれないけど、それだとはるとくんもモデルにされていることを考えて、自然ではなくなってしまうかもしれなかった。

 

…まあ、私がはるとくんの方を見ながら絵を描いていたから、結局はあまり意味がなかったけど。

 

しかしそれも、突如やってきた女の子によっていい方向に転がった。

本来ならこんなに年の離れている女の子が、見知らぬ高校生の男の子に近づくのは今の時代よくないことだ。

そしてわたしたちも女の子と遊ぼうかなんて言ってはいけなかった。

でもはるとくんは女の子の様子から何かに気づいて、あえてそう言ったのだろう。

 

相変わらず聡く、優しい人だなぁ。

 

そんなはるとくんの優しさに、女の子もすぐに彼に懐いた。

いや、もしかしたら初めから分かっていたのかもしれない。彼が大丈夫な人なのか、本能で気づいてたのかもしれない。そうじゃなければ、最初からはるとくんの袖を引かないだろう。

 

「ふふ、流石はるとくんだね」

 

はるとくんは女の子に頼まれて絵本の朗読をしている。

女の子は物語の世界に色々な表情を見せ、そんな女の子の反応を見てはるとくんは優しい笑みを浮かべる。二人の意識は完全に絵を描いているわたしから離れていた。

そしてその姿は私が描きたいものそのものだった。

 

このチャンスを逃がす手はない。

わたしは二人を眺めながら、絵を描いていくのだった。

 

 

 

 

 

「わぁ、たかーい!」

 

花陽の絵が完成したあとは三人で色々な遊びをした。鬼ごっこやかくれんぼに花冠や花の腕輪を作ったりなど――

やり尽くしたように思えた頃にはもう日がオレンジ色に染まる頃だった。

今俺は女の子――かよちゃんを肩車してあげている。最初の寂しそうな表情からは想像も出来なかったぐらい、かよちゃんははしゃいでいる。

 

「あまり暴れないでくれ、危ないから」

 

「はーい!」

 

「ふふ、そうしてるとまるでお父さんみたいだね、はるとくん」

 

こんな若い父親がいてたまるものか。

 

「せめて兄妹っていってくれ。それならいま隣にいる花陽はお母さんになるぞ」

 

「お、おかあさん!? で、でもはるとくんのお嫁さんなら嫌じゃないしそう言う生活に憧れがないわけでもないからあうあうあう…」

 

顔を真っ赤にさせ、慌て出す花陽。途中から小さな声で早口なものだから何を言っているのか分からなかった。

 

「お母さん…お父さん……」

 

しかし、俺たちの話を聞いたかよちゃんはお父さんという言葉に反応し、表情を暗くさせた。

 

「……かよちゃん? どうしたのかな?」

 

花陽が問いかけるけど、かよちゃんは俯いたままだった。

 

「ふむ……かよちゃん、一回降りようか」

 

俺は背を屈めてかよちゃんを降ろす。

不思議そうにするかよちゃんを見ておれは俺は花陽にアイコンタクトを送った。

俺の意図を察してくれた花陽は俺の隣からかよちゃんのとなりに移る。そして、

俺たちはかよちゃんの両手をそれぞれ握った。

 

「あ……」

 

「かよちゃんが話したくないならそれでいいけど、我慢はしなくてもいいんだ」

 

「……」

 

「かよちゃんが良かったら、かよちゃんが思ってることをお兄ちゃんたちに教えてくれないかい?」

 

しばらく黙っていたかよちゃんだったけどその口はやがて開かれ、

 

「あのね――」

 

俺たちはかよちゃんの話に耳を傾けた。

 

最近寝てる所に聞こえる喧嘩の声。

話の内容は分からないけど両親は怖い顔でお互い言い合っている。

彼女の前では笑顔でいるが、二人とも何処か疲れた顔をした作り笑い。

たまに外に遊びに連れてくれるけど、お母さん同士でお父さんの悪口を言い合い、かよちゃんに構うことがない。

だからといって一人で遊びにきても、同い年の子達から輪に入れて貰えないようだ。原因は、親の不仲が噂となってるということ。

 

かよちゃんの話を聞いた俺は顔をしかめた。だが、それをかよちゃんには見せない。

 

「どうしてわたしたちに声をかけたのかな?」

 

「お兄ちゃんたちは優しそうだったから」

 

「そうだったんだな…」

 

俺は佳代ちゃんの頭を優しくなでる。

 

「わたし…わたしは…ずっと寂しかった……これからも寂しいのかな……?」

 

今にも泣きそうなかよちゃん。しかし、

 

「それは俺にはわからないよ」

 

俺は迷わずそう言った。

 

「は、はるとくん!?」

 

驚愕する花陽を無視して俺はかよちゃんと目線を合わせた。

 

「かよちゃん―—かよちゃんは今のままでいたくないんだよな?」

 

「うん…」

 

頷くかよちゃん。その気持ちがあれば大丈夫だろう。

あとは勇気を出すだけだ。

 

「ならそれを伝えないと―—お父さんやお母さんたちにかよちゃんが見たことや思っていること、かよちゃんの気持ちを全部二人にぶつければいい」

 

「でも…」

 

「大丈夫だ。かよちゃんのお父さんやお母さんはかよちゃんのことは大切に想ってるはずだ」

 

「ほんとう……?」

 

不安げな様子を見せるかよちゃんに俺は自信をもって頷いた。

 

「ああ、かよちゃんはいい子だから。こんな子を大切に想わない親はいない」

 

彼女の前では気丈に振るっているのはそういう負の部分を彼女に見せないようにしているのだろう。なら、彼女のために変わるのだってできるはずだ。

 

「…お兄ちゃん、お姉ちゃん、お願いがあるの」

 

「なんだ?」

 

「なにかな?」

 

「一人だと怖いから…一緒に来て…ほしいの……」

 

ぎゅう、と俺と花陽の手を握るかよちゃん。俺たちはお互いの顔を見て、頷いた。

 

「ああ」

 

「いいよ。一緒に行こっか」

 

俺たちはかよちゃんの家までついていった。

俺はインターフォンを押し、家の人を呼び出す。

 

「―—はい」

 

扉を開き、現れたのは三十もいっていない若い女の人だった。

 

「あなたたち、どちら様でしょうか…どうしてうちのかよを……?」

 

不審そうにするのは母親だからだろう。だが、俺たちが何か言う前にかよちゃんが言った。

 

「今日はお兄ちゃんたちに遊んでもらったの」

 

「夕日も落ちてきたことですし、一人で帰らせるのは不安だったので送りに来ました」

 

「それは…うちの子がとんだ迷惑を…すみません……」

 

謝る母親。その顔は明らかに疲れているようだった。しかし、

 

「迷惑ではありませんし、あなたが謝るべきなのは俺たちじゃありません」

 

俺はそう言って、かよちゃんと母親のもとに行く。

 

「あなたが謝るべきなのは、かよちゃん、ですよ」

 

「それはどういう―—」

 

「寂しい―—かよちゃんは俺たちにそう言いました」

 

「!!」

 

母親言葉をさえぎっていった俺の話に彼女の顔が驚愕なものに変わった。

 

「いきなり現れた俺なんかに言われたくはないと思いますが、小さな子供でも俺たちが思っているより、よく周りが見えているものです。そしてため込んでしまいがちです」

 

その日に初めて会った、彼女からしたら大人のような人間にそれを吐露したというが何よりの証拠だ。

 

「それを理解したうえでかよちゃんの話を聞いてください」

 

かよちゃん、と彼女を促す。

不安そうにわが子を見つめる母親。

 

「おかあさん…」

 

かよちゃんの俺の手を握る強さが強くなった気がした。

 

「おかあさん…わたし…寂しかった」

 

「――ッ!!」

 

「ずっと寂しかった……お母さんやお父さんがわたしの前で本当の笑顔を見せてくれてないのが、二人がずっと怖い顔でお話してて、お母さんのお友達ともお父さんの悪口を言ってて、お父さんも帰ってこなくなってきてて…わたしも見てくれなくなって……」

 

声がだんだん震えてきているかよちゃん。

 

「お友達も、一緒に遊んでくれなくて…理由を聞いたら私とは遊ぶなって、親が言ってたからって……わたし、ずっと一人だった」

 

「……っ」

 

「どうして…わたしは一人なのかな…? わたしが悪いことしたから……? わたしが悪い子だったから、なのかな……?」

 

ポロポロと涙をこぼし始めるかよちゃん。

 

「お母さん……」

 

こぼれる感情をかよちゃんはもう止めることができなかった。

 

「お母さん…うぅ…わたし……ひぐっ…寂しいよ……っ!」

 

それが決定的な一言になった。

 

「かよ……っ!」

 

母親は我慢ならずに、涙を流しながらかよちゃんを抱きしめる。

 

「ごめん…ごめんねかよ……ずっと寂しい思いさせて…ごめんね……っ!!」

 

「お母さん…うぁ…うわあああああん――――――!!!!」

 

久しぶりの親の温もりに、かよちゃんは声をあげて泣いた。今までため込んでいた分をすべて流すように、かよちゃんは泣いた。

感情を吐露するかよちゃんに母親も大粒の涙を零しながらぎゅっと抱きしめてつづけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――本当に、ありがとうございました」

 

かよちゃんの母親は俺たちに頭を下げた。

 

「あなたたちがいなかったら、この子の気持ちに気づかないまま…家族として終わってました……」

 

「失礼ながら、これからはどうするつもりですか?」

 

「夫としっかり話し合います。この子のためにも。きちんと話し合って、もう一度やり直すつもりです」

 

「大丈夫ですか? そうは言っても簡単にやり直せるとは思いませんけど」

 

「ちょっ、はるとくん!? それはさすがに―—!?」

 

問いかける俺をとがめる花陽。しかし、いいんです、と母親は遮った。

 

「あなたが言うことももっともですし口だけなら簡単ですから。ですが今思い返せば夫と言い合っていたのも、仕事や家事、人間関係の疲れとかからのすれ違いでしたから。言い訳になってしまいますがお互いのことを思いやる余裕がなかったんです」

 

「あ…なるほど……」

 

花陽は納得したようにつぶやいたが、俺は実態を知らないので何とも言えない。

おそらくだが、結婚してからの生活ではよくあることなのだろう。

 

「もうこの子に寂しい思いはさせたくありませんし、それに私たちもお互いを大切にし合おうと誓った仲でしたから」

 

そう言ってかよちゃんを撫でる。かよちゃんは恐る恐る母親のほうを見るも目を腫らしながらも優しい笑みを自分に向けている彼女に、安心したような笑みをこぼした。

そんなかよちゃんを愛おしく見返す母親は、俺たちに向き直った。

 

「あの人もこの子の本音を聞けばきっと思い出してくれるはずです―—」

 

観測的希望のような言い方だが自信をもって言う母親に、俺たちが言うことも、聞くことももう何もなかった。

 

 

 

 

 

「よかったね。かよちゃんのところ、上手くいきそうで」

 

「ん…ああ。そうだな……」

 

帰り道、そういった私にはるとくんは頷く。

あれから私たちが帰ろうとしたとき、かよちゃんのお父さんが丁度帰ってきたのだ。

最初はお母さん同様に不審に思っていたのだが、お母さんとかよちゃん本人たちから話を聞いたお父さんは私たちに深く頭を下げたあと、家族二人にも頭を下げて抱擁し始めたのだ。お父さん自身、話を聞いて思い返すことがあったのだろう。

今までは佳代ちゃんとお母さんしか見てなかったけど、お父さんだって二人を大切に想っていなかったわけじゃないことがはっきりとわかった。

それだけでもう大丈夫だと、私たちも思えた。

 

最後にかよちゃんが別れたくないと言い始めたのは困ったけど、また会う約束をして、お父さんとお母さんに私たちの連絡先を教えて何とかなった。

 

「でも意外だった、かな?」

 

「何がだ?」

 

「はるとくんが、思い切りかよちゃんに肩入れしてたこと」

 

「……え?」

 

指摘するもきょとん、と何もわかってないような顔をするはるとくんに私も思わずえっ、と返してしまった。

 

「だって、かよちゃんをすごい優しく扱ってたし、かよちゃんのやりたいことなんでも受け入れてたし…」

 

「小さい子相手に断ることなんてできないだろう…!」

 

「それに、かよちゃんのご両親とはいえ初めて会う知らずの人にすごいズバズバ物を言ってったし」

 

「う……」

 

苦虫を噛み潰したような顔をするはるとくん。

彼の事が分かってきたから、この表情の意味も分かる。これは勢いでやってしまったという後悔と羞恥だ。

 

「そ、それより…!」

 

珍しくもはるとくんは慌てたように強引に話を変え始める。

よほど聞かれたくないのだろうと、わたしも素直に引っ込んだ。

 

「かよちゃんの相手をしててすっかり忘れてたけど、花陽は何を描いてたんだ?」

 

「えーとね、それは――」

 

普段見ない慌てたはるとくんの姿を見ることができて気分が高揚していたわたしは――

 

「内緒♪」

 

と誤魔化すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花陽と出掛けてから数日後の放課後。

俺はいつも通りスクールアイドル部の扉を開く。すると――

 

『……』

 

やってきた俺に対して、8つのジト目が向けられた。

 

「ど、どうしたんだ……?」

 

何かしてしまったのだろうかと戸惑う俺に、ジト目を向けながら穂乃果が一枚の用紙を見せてきた。

 

それを見た俺は固まった。

 

そこには笑みを浮かべる俺と以前出会った笑顔のかよちゃんの姿が描かれていたのだ。

唯一ジト目を向けなかった、この絵を描いた本人に目を向ける。

 

「うん、上手に出来たと思うんだ。どうかな?」

 

花陽は笑顔で問いかけてくる。

 

「いや、絵は上手いけど…まさか、あの時描いてたものはこれか…?」

 

見せられてようやく気づくのもバカな話だ。考えればかよちゃんと出会う前の花陽の様子を思い返せばそういう節があったことに気づくはずなのに。

 

『春人くん……』

 

『春人……』

 

「ハルくん……」

 

感情のない声で俺の名前を呼ぶ花陽以外の8人に、俺は悪いことはしてないはずなのに嫌な汗が垂れる。

 

『ロリコン』

 

「違う……!!」

 

ぴったりと声を揃えて言う皆に俺は声を荒げて否定した。

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
めちゃくちゃ長くなってしまったのは気にしないでくださいw
私の熱いパトスが迸った結果なので

それと私が失踪した場合は、察してくださいね…( ´∀` )
ではまた次回に


……さようなら


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月と星




ども、燕尾です

番外編残りは絵里と穂乃果、さあ、どっちだ!






 

 

 

 

 

――ピンポーン

 

 

 

インターフォンを押すと、はーい、という声が中から聞こえる。

 

「春人さん、おはようございます!!」

 

「おはよう、亜里沙ちゃん」

 

元気良く迎えてくれたのは今日呼んだ人の妹だった。

 

「絵里は、どうしてる?」

 

「ごめんなさい。お姉ちゃん今日ちょっと寝坊したみたいでまだ準備してます――あ、外で待たせるのも悪いので、入っちゃってください!」

 

「いや、ここで――って、靴は流石に脱がないと駄目だろ……!?」

 

ここで待たせて貰う、そう言おうとしたのだが亜里沙ちゃんに引っ張られて家の中に入ってしまう。

 

「春人さん、お姉ちゃんの準備が終わるまでゆっくりしてください! あ、いま飲み物用意しますね!」

 

「あ、ああ…ありがとう」

 

居間に通され、椅子に座らされた俺は少し戸惑いながらも亜里沙ちゃんに返す。

 

「~♪」

 

μ'sの歌を鼻で歌いながらご機嫌な様子で飲み物を準備している亜里沙ちゃん。

 

「どうぞ、春人さん!」

 

「ありがとう亜里沙ちゃん。いただきます」

 

亜里沙ちゃんが用意してくれた紅茶に口をつける。

すると亜里沙ちゃんはなにかを期待しているような目で俺を見つめていた。

 

「うん、美味しい」

 

その一言に亜里沙ちゃんの表情はぱぁ、とさらに明るくなった。

 

「紅茶は普段から亜里沙ちゃんが淹れてるのか?」

 

「用意できる方が用意してますね。わたしはまだ、お姉ちゃんの淹れたのには勝てませんけど」

 

亜里沙ちゃんの淹れたものでも十分美味しいと思うが、彼女は首を横に振った。

 

「いえ、お姉ちゃんが居れた紅茶はもっと美味しいんです。春人さんも飲めばわかりますよ」

 

「それじゃあ、今度絵里に淹れてもらおうとするよ」

 

「はいっ、その時はぜひまたうちに来てください!」

 

「ああ。二人がよければ」

 

「私はいつでも大丈夫ですよ。お姉ちゃんも同じだと思います!」

 

 

 

「――同じなのはそうだけれど、せめて私がいる時に話してほしいわね、亜里沙」

 

 

 

「絵里」

 

亜里沙ちゃんの頭にポンと手を置いて注意したのは、準備を終えた絵里だった。

 

「ごめんなさい。準備に手間取ってしまって」

 

「いや、気にしないでいいんだが――珍しいな、絵里が寝坊をするのは」

 

「そ、それは…えっと……」

 

あまり切り込んでほしくなかったのか、絵里が言い淀む。

 

「お姉ちゃんってば、今日春人さんとお出かけするのが楽しみで昨日の夜遅くまで服選びをしてたから――」

 

「あああああ亜里沙っ!?」

 

「むぐっ!?」

 

躊躇のかけらもなく暴露する亜里沙ちゃんの口をふさぐ絵里だが、時すでに遅く、大方の話は聞こえてしまった。

 

「……まぁ、寝不足でいるよりはいいだろう」

 

大体寝坊と言っても予定より30分ぐらい遅れている程度、思い切り時間が過ぎたというわけではない。

 

「だから亜里沙ちゃんを放そうか、絵里。亜里沙ちゃん苦しそうにしてるぞ」

 

「――ぷはっ! 苦しかった!! もう、お姉ちゃん!!」

 

「亜里沙がいけないんでしょう!?」

 

「私はただお姉ちゃんのかわいいところを春人さんに知って貰おうとひららけおねへひゃんひはいひはい(お姉ちゃん痛い痛い)――!!」

 

「おしゃべりなお口は少し懲らしめないといけないみたいね……!」

目の前で始まった姉妹喧嘩? を俺は苦笑いして見ながら紅茶を頂くのだった。

 

 

 

 

 

「もう…亜里沙ってば……」

 

「まあ落ち着け」

 

隣を歩いている絵里はぷりぷりと怒っていた。

俺は苦笑いしながら彼女を宥める。

 

「亜里沙ちゃんも悪気があった訳じゃないだろう?」

 

「それは、そうだけど…」

 

納得できないような、どこか不満げな様子を見せる絵里。

ここまで尾を引く絵里も珍しい。

 

「春人くん、随分と亜里沙の肩を持つのね」

 

納得しないその原因はどうやら俺にあったようだ。

 

「肩を持ってるつもりはないんだが……」

 

「なんだか春人くんって、穂乃果は置いておいて年下の女の子には甘い気がするのよね…花陽の絵の通り、やっぱりロリコンなのかしら」

 

「それは誤解だ……!!」

 

なんという言いがかり。別に俺は誰かを特別扱いしてなどいないし、断じてロリコンなどではない。

だが、絵里は疑惑の目を向けるのをやめない。

 

「……どうしたらその疑惑は晴れるんだ」

 

「――そうね。今日次第で認識が変わるかもしれないわね」

 

そう言いながら絵里の瞳が怪しく光る。

 

「……頼むから、無茶なことは言わないでくれよ」

 

そんな絵里に対して、俺はまだなにもしていないのに疲れたように言ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

「ここは…アクセサリーショップ?」

 

「ええ。その通り」

 

絵里についてやって来たのは、女の子が好んで身に付けそうなものが色々と置いてあるアクセサリーショップだった。

絵里は完成されたアクセサリーを見ながらも物色することはなく、いつも通りの道を歩くように進んでいく。

そして絵里が立ち止まったコーナーは装飾品の材料売場であった。

 

「私ね、アクセサリーやキルトを作るのが趣味なの」

 

「完成品じゃなくてか?」

 

「完成品もプロが作るだけあってお洒落で素敵なものがいっぱいあるのだけれどね」

 

自分でデザインして世界で1つだけのアクセサリーを作るのが楽しいと絵里は言う。

そこで俺はあることを思い出す。

 

「そういえばことりが言ってたな。絵里も衣装作りを手伝ってくれる、って。そういうことだったのか」

 

「ええ。装飾品とかは私も作ったりしてるのよ。元々好きだったのもあったから」

 

「なるほどな。今日はアクセサリー作りをしようってことか」

 

「その通りだけど、ただ作るのは面白くないじゃない? だから今回は――お互いに贈るアクセサリーを作らない?」

 

「互いに贈るアクセサリー?」

 

おうむ返しする俺に、そう、と絵里は笑顔でうなずいた。

 

「私は春人くんをイメージしたアクセサリーを、春人くんは私をイメージしたアクセサリーを、それぞれ作ってお互いにプレゼントするの」

 

「とは言っても、俺はアクセサリー作りは初めてなんだが」

 

「そこは私も教えるし、手伝えるところは手伝うわ」

 

「過程とはいえ、どんなアクセサリーを作ってるのか見てしまうのはつまらなくないか?」

 

「まあ、それはあまり気にしなくていいんじゃないかしら? 一緒の場所で作るのだし、こういうのは気持ちでしょう?」

 

「まあ…それもそうだな」

 

俺だけではどうしようもないことが出てくるだろう。それで意地張って失敗するより、素直に絵里に指導してもらって完成させる方が断然いい。

 

「それじゃあ材料を買いましょうか」

 

そして俺たちはそれぞれをイメージしたアクセサリーを想像しながら、材料を選んでいった。

 

 

 

材料を買ったあとは再び絵里の家に戻り、一息入れてからアクセサリー作りを始める。

 

「春人くんはステッチを使ったヘアゴムを作るのよね?」

 

「ああ。どうせなら身に付けられるものがいいと思ってな」

 

「結構難易度高いけれど大丈夫?」

 

「絵里に贈る物だから。頑張るさ」

 

「っ、そう…ありがとう……私も頑張るわ」

 

何故か顔を紅くさせる絵里。

 

「顔が紅いが、大丈夫か?」

 

「え、ええ! 大丈夫よ! 体調が悪いとかじゃないから気にしないでくれると助かるわ」

 

「そ、そうか…具合が悪くなったらちゃんと言ってくれ」

 

前のめりになる絵里に俺は思わずたじろぐ。

 

「……それじゃあ、基本的な作り方と道具の使い方の説明をするわね」

 

そして俺は絵里の教えと、ネットや絵里が持っている本を参考に絵里に贈るためのアクセサリーを作る。

 

ステッチは絵里をイメージしたデザインを再現するように一つ一つビーズを通し作り上げる。

ヘアゴムに使うものは絵里のイメージに加えて誕生石の模型など彼女に纏わるものをいくつか選んだ。この中から使うのは装飾の重さで頭や腕が疲れないように出きるだけ軽いもの。

そしてヘアゴムは使い心地が良くなるよう、歪にならないようにバランスを取りながら慎重に編み、丁寧に作り上げていく。

 

「……」

 

その最中に絵里の方に視線を向ける。絵里も真剣にアクセサリー作りを進めている。それを見た俺も彼女から手元のアクセサリーへと目を落とした。

 

「「……」」

 

お互い言葉を交わすのは俺が教えを請う時ぐらいで、ほとんど無言で時間が過ぎていく。

しかし、それが気まずいとかなにか話さなければという気に駆られることはなかった。

今さらそんな状態になるような仲でもなければ、互いにプレゼントする物だから適当なことは出来ないと集中していたというのもある。

 

それが良いのか悪いのか判断は出来ないが、俺も絵里も二人して予想以上に早くお互いに贈るアクセサリーが出来上がった。

 

「ふぅ……」

 

「お疲れさま。紅茶淹れてきたわ」

 

俺より早く出来上がった絵里はティーセットの準備をしてくれていた。

 

「亜里沙ちゃん絶賛の絵里の紅茶がこんなにも早く貰えるとは思わなかった」

 

昨日の今日どころか、数時間前の今になるとは俺も思ってなかった。

 

「もう、やめてよ。全然そんなことないんだから」

 

恥ずかしそうにする絵里。だが、俺の内心は少し楽しみにしたいるのも事実だ。

 

「無駄にハードルをあげるのは良くないわよ――はい、どうぞ」

 

「ありがとう」

 

俺は絵里からカップを受け取って早速口をつける。

 

「なるほど……確かに亜里沙ちゃんの言うとおりだ」

 

亜里沙ちゃんには悪いが、確かに絵里と亜里沙ちゃんに違いがあった。

絵里の方が風味の際立たせ方が上手く出来ているのだ。

それはお湯の温度や茶葉をつける時間、そして人の口に入るまでの時間がしっかりと構成されているのだ。

 

「亜里沙ちゃんが言ってた意味が分かったよ。本当に美味しい」

 

「二人とも本心で言ってるのは分かってるし、褒められて悪い気はしないのだけれど、これ以上は恥ずかしいから止めてちょうだい」

 

本人にそう言われてしまったので、紅茶の感想を言うのはそこまでにしておく。

 

「――さて、それじゃあお互い作ったアクセサリーのお披露目をしましょうか」

 

紅茶で一息ついた絵里が切り出す。

 

「まずは私からでいいかしら?」

 

「ああ」

 

俺が頷くと、絵里は机の中から作ったアクセサリーを取り出す。

それはとても綺麗に編み込まれたビーズのネックレスだった。

 

極小のビーズが一つ一つ細い糸に通されており、それを何本か用意してから編み込んで一本にしている。

ビーズを使用しているから一見きらびやかが強調されているように思うが、冷色と暗色を上手く組み合せて落ち着いた雰囲気を作り出していた。

そして装飾品は小さい金属の円板から三日月と星を型どった物を使用している。これが俺をイメージしたものなのだろう。

 

「どう、かしら……?」

 

若干不安そうにする絵里に俺は頭を掻いた。

 

「参ったな……」

 

そう言いながら俺は俺が作ったアクセサリーを絵里に見せる。

 

「あ……」

 

俺の言葉の意味が分かった絵里は小さな声を漏らした。

俺が作るものを絵里はもう知っている。しかしそれは完成品の話であって、その内容に関しては絵里は知らなかった。その結果出来たのが――

 

「ステッチが三日月と星の、ヘアゴム……」

 

絵里と同じモチーフの装飾のヘアゴムだった。

ゴムの部分はスカイブルーの中に薄目のピンクをいれて編み込み、ゴムの中央には絵里の誕生石である小さな赤いトルマリンの模型を添えた三日月と星とのステッチを付けている。

 

「まさかお互いイメージしたのが同じ物とは思わなかった」

 

俺も思わず苦笑いしてしまう。

 

「どうして、私のイメージが月と星だったの?」

 

絵里は俺のイメージの理由を聞いてくる。気になるところだったのだろう。俺も同じことを聞こうとしたのだからよく分かる。

 

しかし、俺はこのモチーフで作った理由も絵里と被っている気がした。

 

「――まず絵里はどちらかというと太陽の明るさじゃなくて、夜を照らす月の輝きの雰囲気だと思ったんだ」

 

「……」

 

「大人びてるっていうのか、3年生だからというのもあるが、力が漲るような元気な太陽じゃなくて静かに照らす綺麗な月だと思った」

 

「じゃあ、星は?」

 

「夜を静かに見守る月の傍の星は静けさとは反対に夜の中の無邪気さを考えた。絵里にも年相応の可愛らしさがあるから。ヘアゴムの色でスカイブルーの中に薄いピンクを要れたのもそれを考えた」

 

「……なんだか、こう、嬉しいのだけど少し恥ずかしいわね」

 

正直に言った俺の方がもっと恥ずかしい。

 

「それに、やっぱり同じだった。私も春人くんのイメージを月と星にしたのは貴方と同じような理由なの」

 

絵里はそう言いながら自分の作ったネックレスを撫でる。

 

「暗くて見えない夜道をまるで導くように照らしてくれるように、そして見守ってくれるように輝く月。星たちの輝きが一つ一つ違うように年相応のいくつもの魅力を持った人――それが私が思った春人くんのイメージだった」

 

本当に、俺と似たような理由だ。

 

「どうやら似た者同士らしいな、俺たちは」

 

そういえば、絵里がμ'sに入る前にも似ている部分があるを考えては否定してたことを思い出す。あの時の感覚は間違ってなかったようで、俺と絵里は通ずるものがあるらしい。

 

「似た者同士、ね…どこまでも私たちは同じみたい」

 

絵里もそれを感じ取っていたようだ。

 

「春人くん、後ろ向いて――ネックレス、つけてあげる」

 

絵里はネックレスを持って立ち上がった。俺は無言でそれに応える。

絵里の手で彼女の作ったネックレスが俺の胸元に飾られた。

 

「うん…よく似合ってる」

 

正面から見据えた絵里は笑みを浮かべて言う。

そして、彼女は自分の頭の後ろのシュシュに手をやり、髪を解いた。

綺麗な金色の髪が、輝きながら宙を舞う。

 

「ねえ春人くん…次はあなたが私に、そのヘアゴムをつけてくれないかしら?」

 

「……いいのか?」

 

俺は少し戸惑ってしまう。だが、絵里は微笑みを崩さない。

 

「私が頼んでいるの。あなたが作ったものを、あなたの手で私に身につけさせて――今日はそういう日でしょう?」

 

それを持ち出されたら俺は何も言えない。

 

「――わかった」

 

俺は頷いて絵里の後ろに廻り込み、彼女の髪を取る。

その瞬間に感じる柔らかくサラサラ触感とふわりと香るいい匂い。

それに俺は少しドキリとしながらも、彼女の髪をまとめてヘアゴムを通しいつもの髪形に整える。

 

「どう、かしら……?」

 

あえて見えやすくするように、下から覗き込むように上目遣いで問いかけてくる。

 

「ああ。よく似合ってる」

 

「ふふ。私と同じこと言ってる」

 

そう言われた俺は何となく気恥ずかしさを感じて目を反らす。

 

「――ありがとう、大切にするわ」

 

そんな俺に絵里は飛び切りの笑顔を向けてくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ふふっ」

 

私は頭の後ろについているヘアゴムを鏡で見て小さな声を漏らす。

 

「お姉ちゃん、嬉しそう?」

 

それを見た亜里沙は不思議そうに私を見る。

 

「春人さんと何かあったの?」

 

「んー、そうね…」

 

問いかける亜里沙に対して私は一瞬考えた(のち)

 

「あったけど内緒にしておくわ」

 

言わないでおくことにした。

えー、と不満げな声をあげる亜里沙だけど、私は今日のことを気付かれるまで私と春人くんの二人だけで共有することに決めた。

 

「教えてよ、お姉ちゃんー!」

 

「ふふ、だーめ♪ 亜里沙が気付いたら、ちゃんと答え合わせしてあげる」

 

声を上げる亜里沙に対して、私は笑みを浮かべながらそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絵里の家でアクセサリー製作をしてから数日後。

 

「さぁ、皆! 今日も気合い入れて練習するわよ!」

 

放課後の屋上に絵里の元気な声が今日も響く。

 

「おぉ~…絵里ちゃん今日も元気だ……」

 

その様子に若干戸惑うも穂乃果は頷く。

 

「ないよりかはいいけど、最近の絵里の練習メニューはすぐバテるのよ。もう少し考えてほしいわ」

 

にこはどこか呆れたように言う。

最近の絵里の練習は容赦ないというか、結構ハードなのだ。

 

「えりちは今日も張り切っとるなぁ。最近は生徒会の仕事も効率良く出来とるし」

 

「でもこの前までは――具体的に言えば先週まではだけど、こんな感じじゃなかったよね?」

 

「ええ。いつもの絵里というか、ここまでやる気に満ち溢れているような感じではありませんでした」

 

それぞれが考えているなか、その原因に気付きいた者がいた。

 

「先週までは、ね……」

 

「真姫ちゃん、何か分かったの?」

 

「何かもなにも、原因くらい考えれば分かることよ」

 

「勿体ぶらないで凛たちにも教えてよー」

 

凛に急かされた真姫は俺の方を見る。

その視線につられてか絵里以外の全員の目が俺に向かい、全員がどこか納得した様子を見せる。

 

「休みに何かあったとしか考えられないわよね? ねぇ、春人?」

 

「……」

 

「それに春人、何か首からぶら下げているようだけど、それはなにかしら?」

 

黙る俺にさらに追い討ちを掛けるように問いかけてくる真姫。

すると絵里以外の皆は顔を合わせて頷いた。

 

「ちょっと見せて!」

 

「お、おい…!」

 

その直後、すばやい動きで俺の首もとの"ネックレス"をあらわにさせる穂乃果。

 

「絵里ちゃん確保にゃー!」

 

「あ、ちょっとみんな……!?」

 

それから他の皆は、絵里に突撃し抱きついたりしながら彼女を拘束する。

 

「あー!」

 

そして絵里の変化を見つけた凛が声を上げる。

 

「絵里ちゃんの髪飾りが変わってる! しかも春人くんと同じようなアクセサリーの!!」

 

隠していたほどでもないことがどんどん明るみになっていく。

 

「なるほど、それでご機嫌だったんやね。えりち」

 

「別にそんなことないわよ。いつも通りのはずだったんだけど?」

 

「ダウトね」

 

「ダウトです。絵里」

 

「流石にそれは無理があるんじゃないかなぁ…?」

 

「私もそう思います」

 

首を横に振る真姫、海未、ことり、花陽から立て続けに突っ込みを食らう絵里。

 

「自覚ないのが一番重症よね。こっちから見たらあからさまだったてのに」

 

「うぐ……」

 

にこにとどめを刺された絵里は苦虫を噛み潰したような表情をする。それに関して言うと、俺はなにも擁護できない。

 

しかし絵里は絵里で大変そうだが、それよりも俺は自分の身を案じるべきだった。

 

「ハルくん……」

 

目の前の穂乃果からドスの利いた声が俺の耳を貫く。

 

「ハルくん…なんで絵里ちゃんとお揃いのアクセサリーを……?」

 

「穂乃果…少し落ち着いてくれ……」

 

「ハルくんと絵里ちゃんがちゃんと話してくれたら、落ち着くと思うよ…?」

 

「えっ…私もなの、穂乃果!?」

 

驚く絵里。だが――

 

「まあ、当然よね」

 

「ことりもその辺のお話は聞きたいなぁ?」

 

「うちも聞きたいわ」

 

「私もどういう経緯でそのようになったのか、じっくり聞かせて貰いましょう」

 

「凛も気になる!」

 

「私も、気になります……」

 

「まあ、別に私はなんでもいいけど」

 

練習のことなんてそっちのけで、俺と絵里は他の皆から囲われる。

この感じだと話したとしても皆が納得するかはまた別なのだろう。

 

 

「どうして…どうしてこうなるのよー!?」

 

 

横で叫ぶ絵里に応えることなくただただ、どうしたものかなぁ、と俺は空を仰ぐのだった。

 

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?

最後は穂乃果です!

次は穂乃果の話ともう一方の作品も更新しようと思います。
興味があればそちらもご覧ください。

ではでは~


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いざ、遊園地デート




ども、燕尾です

今回で番外編ラスト!
さあ、どの子かな?(最後って言っているのにすっとぼける人間)







 

 

 

 

 

「あっ、おーい! ハルくーん!!」

 

ぶんぶん、と大きくてを振り自分の居場所を知らせてくる。

 

「穂乃果」

 

「おはようハルくんっ、今日晴れて良かったね!」

 

「そうだな」

 

穂乃果は満面の笑みで空を仰ぐ。今日は暗い雲1つない快晴だった。

 

「絶好のお出かけ日和だよ!」

 

「それはそうだが穂乃果。穂乃果は今日ここに何時に着いた?」

 

「ふぇ? 8時だよ?」

 

「流石に早すぎだ」

 

俺は苦笑いしながら言った。

今の時刻は朝8時30分前。集合は9時の予定だったから時間通りに俺がやってきたとすると、穂乃果はここでもう30分待つことになっていた。

 

「だっていてもたっても居られなかったし、今日は私がハルくんを待ちたかったの!」

 

どういう心境でその行動に出たのかわからかないが、流石に30分待たせたとなるとこちらが申し訳なくなってしまう。

 

「それにハルくん、やっぱり30分前に来た」

 

俺を見つめながら穂乃果はそう言う。

 

「ハルくんだったら集合の30分前に来るかなーって、何となく思ってたの」

 

「ああ、にこに怒られてからは大体早めに来るようにしているが――穂乃果のことを考えたら30分前ぐらいにしようって思ったんだ」

 

それでも予想は大きく外れたが。まさか集合時間の一時間前に来ているとは思わなかった。

 

「というか、予想できていたのなら8時に来なくても良かったんじゃないか?」

 

「あはは、それもそうだったね」

 

それでも自分の行動に後悔などないというように笑う穂乃果。

 

「でも30分早く集まった分、30分多く遊べるって考えたら、お得じゃないかな?」

 

「そうだな。確かにお得かもしれない」

 

でしょ、と言いながら穂乃果は俺の手を取る。

 

「それじゃあ、行こっか――遊園地!!」

 

そして元気いっぱいの笑顔の穂乃果と目的の場所――遊園地へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

俺と穂乃果が遊園地に行くと決めたのは1週間前のこと。週一回の高坂家との夕飯にお邪魔したときのことだった。

 

「いただきます」

 

『いただきます』

 

 

食べる前の挨拶をした後、それぞれの前に並べられた料理に手をつける。

 

「どう、春人くん?」

 

「美味しいです。やっぱり敵いませんね、流石です」

 

「まあ長年やってるからね。でも春人くんも前より腕が上がってるわよ」

 

「ありがとうございます」

 

「うんうん、ハルくんの料理も凄く美味しいよ!」

 

「私もそう思いますよ。それにお母さんの言うとおり前より美味しくなってます。あ、前が美味しくなかったとかじゃなくてですよ?」

 

「ああ、ちゃんと分かってる。ありがとう穂乃果、雪穂ちゃん」

 

穂乃果の家で食事するとき、なにもしないのは居心地悪いということで手伝いを申し出た。最初こそは穂波さんのサポートだったのだが、ある日穂波さんからなにか一品作ってみて、と言われてから高坂家の食卓に俺の皿が乗るようになった。

 

「それに穂乃果も雪穂も春人くんがキッチンに立つようになってからは積極的に手伝うようになったから助かってるわ。普段もしてくれれば助かるのだけれど」

 

「う…」

 

「それは言っちゃダメなやつだよ。お母さん」

 

穂乃果と雪穂ちゃんは目を反らす。

穂波さんの言うとおり、俺が手伝うと言い出してからどういうわけかその日の2人は精力的に店の手伝いや料理の手伝いをするようになった。

ただ、他の日はあまりそうじゃないらしい。

 

「穂乃果たちも前より料理の技術は上がってきてるのだから続けてみてみればいいじゃない。それとも、先生(春人くん)がいないとやる気になれないのかしら?」

 

「それは……」

 

「うぅ……」

 

気まずそうにする二人。しかしそこは二人の母親というべきか、穂波さんはなにか考えているようだ。

 

「2人が頑張るって言ってくれたら、これを二人にあげるわ」

 

懐からなにかを見せる穂波さん。それを見た穂乃果と雪穂ちゃんは目を剥いた。

 

「そ、それは……っ!?」

 

「某テーマパークの優待チケット……!? なんでお母さんがそんなものを!?」

 

驚きを隠さない二人に穂波さんはただ怪しい笑みを浮かべている。

 

「お母さんの知り合いがね、使う場面がないからって譲ってくれたのよ」

 

「使わないからってよく譲ってくれたね…」

 

「滅多に手に入らないものなのに…」

 

そう言う穂乃果たちに穂波さんはこれ見よがしにその優待チケットとやらをゆらゆらと揺らす。

 

「どうする二人とも? これから頑張る? それとも――」

 

「「ぐっ……なんて卑怯な……」」

 

「まあ…卑怯かどうかは置いておいて、これからのためにも家事とかは慣れた方が良いと思う」

 

「「今は正論はいいの!!」」

 

「あ、ああ…悪い……」

 

二人に牙を向けられた俺は大人しく引き下がる。

 

「あなたたちね……春人くんの言うとおりでしょう」

 

葛藤する娘たちに頭が痛いという様子の穂波さんはため息を吐く。

 

「別に毎日やりなさいって言ってる訳じゃないわ。あなたたちも学校のこととか色々あるのだから。ただ春人くんが言ったように今後のために、少しずつ定期的にやっていくのは必要なことよ」

 

もう一度穂波さんから言われたその"正論"に穂乃果たちは沈黙する。

二人とも分かってはいるのだ。

あとは諭すように言った穂波さんの言葉を二人がきちんと受け止めるかどうかだ。

 

熟考の末、穂乃果と雪穂ちゃんはお互い顔を見合わせて小さく頷いてそして――

 

「――二人の頑張りに期待してるわ」

 

二人は穂波さんの手からチケットを取る。

 

「お友達でもなんでも、好きな人を誘って行きなさい。その分のお小遣いとかは多めにあげるから。あとそれ期限があるから期限までに使うこと。いい?」

 

「はーい。私は亜里沙を誘っていこうかなぁ。お姉ちゃんはどうするの?」

 

「私は……」

 

チラリと俺を見る穂乃果。それに気付いた雪穂ちゃんはハッとしてから席を立ち、俺の近くに寄る。

 

そして、見せつけるように俺の腕を取った。

 

「っ!!」

 

「春人さーん、遊園地私と行きませんかー?」

 

ニヤニヤと、まるで穂乃果を挑発するように猫撫で声で言い始める雪穂ちゃん。

 

「いや、亜里沙ちゃんと行くんじゃないのか?」

 

「亜里沙も考えてますけど、春人さんと行くのもいいかなって思うんですよー」

 

「……」

 

「春人さん、遊園地とか初めてとかでしょう? 初めての思い出を私と作りましょうよ」

 

更に密着させて雪穂ちゃんは囁く。

あからさまに悪い顔をしている雪穂ちゃん、これは完全に穂乃果をからかおうとしているのだろう。

 

 

 

だが、その刺激の仕方はよくなかったようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――雪穂」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに、お姉ちゃ――――ひっ!?」

 

穂乃果の方を見た雪穂ちゃんが小さな悲鳴を上げる。

 

「ほ、穂乃果……?」

 

ただならぬ雰囲気を放つ穂乃果に俺どころか穂波さんや信幸さんまで戸惑いの表情を見せる。

 

「雪穂。ハルくんから離れて」

 

「えっ、あ……」

 

「離れて」

 

「は、はいっ!!」

 

バッ、と俺の腕から身体を離し、俺からも離れる雪穂ちゃん。

それから彼女はピンと直立に姿勢を正す。

 

「雪穂」

 

「はいっ!」

 

「後で話があるから」

 

「分かりました、お姉さま!!」

 

逆らうことは許されないと雪穂ちゃんは本能で悟っているのか、殊勝な態度で穂乃果に返事をする。

 

「ハルくん」

 

すると、矛先がこちらにも向いた。

 

「ハルくんにも後で話があります」

 

「……ああ。わかった」

 

なんと言うのだろうか、今の穂乃果の背中には夜叉の顔が浮かんでいる気がした。確かにこれはなにも言わないでただただ頷いた方がいい。

夕飯を終えると、穂乃果は俺に待っててと言って雪穂ちゃんと共に穂乃果の部屋へと消えていった。

 

「ごめんね、春人くん。私も初めて知ったけれど、うちの子は大分嫉妬深いみたい」

 

残された俺に穂波さんから食後のお茶が差し出される。

 

「嫉妬、ですか……?」

 

「まさか、気付いていないのかい?」

 

信幸さんに問いかけられるも、俺は首を傾げる。

 

「…本気で分かってないみたいね、これは」

 

穂波さんは苦笑いする。

 

「俺と雪穂ちゃんが、なにか穂乃果を怒らせるようなことをしたんだと思ってたんですが…」

 

「その怒らせる原因がなにか、分かるかい?」

 

「雪穂ちゃんが穂乃果をからかっていたのを止めなかったから、ですか……?」

 

「……前途多難だな。これはこれでまだ安心できるのかもしれんが」

 

俺の回答に信幸さんも苦笑いした。

 

「あなた」

 

「わかっている。俺だって穂乃果を信用しているんだ。余計なことはしない」

 

二人は話がわかっているようだが、俺は首を傾げるばかりだ。

 

「あの…」

 

「いや、なんでもない。君は君の思うままに、あの子たちと居てやってくれ」

 

「は、はい…」

 

それからは話は変わり、俺のことについていくつか話を聞かれる。

勉強にμ'sのこと、また両親のことや普段は何をしているのか。そして――俺の爆弾(病気)について。

穂乃果から俺のことはある程度聞いていたらしい。

確信的なところは避けつつも答えられるところは答える。

 

「ハルくん」

 

そんな話をしばらくしていると、雪穂ちゃんとの話を終えた穂乃果が下りてきた。

穂乃果と一緒に下りてきた雪穂ちゃんは真っ青になって震えている。

どういう話をしたのか聞いたのだが、思い切り首を横に振る雪穂ちゃんに俺はそれ以上聞くのをやめた。

 

「ハルくん、穂乃果の部屋に来て」

 

そしてそれだけを言って上がっていく穂乃果。

 

「命の危機だったら迷わず逃げなさい、春人くん」

 

「無事を祈る」

 

「……生きて帰ってきてください」

 

まるで戦地へ送り出すように言う三人。

そんな三人に俺はため息を吐きながら穂乃果の後を追った。

 

 

 

 

 

「座って」

 

ぶっきらぼうに促す穂乃果。

俺は有無を言わずに指示された通り座る。

 

「……」

 

「……」

 

座ったは良いが、お互い無言のまま時間が過ぎる。

 

「穂乃果」

 

「なに?」

 

「その…何て言えばいいのか…悪い……」

 

「一体なにが悪いってハルくんは思ってるの?」

 

「いや、ほら…また穂乃果を怒らせるようなことをしたから」

 

「……ハルくんはいつもそうだよね」

 

「穂乃果?」

 

「ハルくんはなにも悪くないのに、いつも謝る」

 

「穂乃果が怒っているのは俺に原因があるからだろう?」

 

「違うよ。怒ってない」

 

それを言うのは無理があるだろう。表情や雰囲気からあからさまに怒っている。

しかしそれでも穂乃果は首を横に振る。

 

「私も自分でもよくわからないんだ。なんか胸の辺りがモヤモヤして、それが嫌な感情になって溜まっていって、ハルくんにぶつけちゃうの」

 

今の話からすると、穂乃果は恐らく感情のぶつけ所が分からないのだろう。

 

「嫌な女の子だよね、自分でもそう思うもん」

 

「穂乃果……」

 

「前にもね? 海未ちゃんに言われたことがあるの。感情をもっとコントロールしなさい、って」

 

「そう言うほどコントロールできてない訳じゃないだろう?」

 

普段からずっと誰彼構わずぶつけているところは見ていない。

頻度的には少ないはずだ。

 

「誰だって消化できない、どうしようもない感情が出ることだってあるだろ。だからそんなに気にしなくていいんじゃないか?」

 

「でも、いつもハルくんにあたってるんだよ? そんなことが続けばいつか穂乃果のこと嫌いになるかもしれない。それが私は怖いの」

 

負の感情をぶつけることはあまり良しとされない。自分も、相手もいい気分になるわけがないから。

だからといってその感情を溜め込んでいるのも良くはないから適度に発散したらいいと俺は思っているし、穂乃果にそういうのをぶつけられて困ることはあるが穂乃果を嫌いになることなんてない。

 

しかし穂乃果は安心できないのだろう。自分の嫌なところを見られ続ければいつかは離れてしまうのではないか、そう考えてている。

そんな彼女に大丈夫だと思わせるにはどうしたらいいのだろうか。少なくとも、言葉だけでは足りない。彼女を安心させるには信じられるような別のなにかが必要だ。

 

「穂乃果。ちょっとこっちに来てくれ」

 

「……? う、うん……」

 

穂乃果は指示された通り、俺の真正面に座る。

そして俺は穂乃果の頭を撫でた。それはいつも彼女にしていることだった。

 

「は、ハルくん……?」

 

戸惑う穂乃果だが俺は撫で続ける。安心させられるように、気持ちを乗せて。

 

「俺が穂乃果を嫌うことはない。でも、安心できないなら言ってくれ。俺にできるのはこれくらいしかないけれど、少しでも穂乃果のことを嫌っていないってことが伝わればいいって思う」

 

「……っ」

 

「だからあまり考えすぎなくてもいい。悪感情を無理して押さえなくたっていいんだ。穂乃果はありのままで居ていいんだ」

 

「……ハルくんは…ずるいよ……」

 

「皆して、なんでそんな言葉が出てくるんだ?」

 

何度目だろうか、それを言われるのは。

 

「だって、そんなこと言われたら――」

 

「言われたら?」

 

「――なんでもないっ!」

 

穂乃果は最後まで言わずに、勢いよく立ち上がった。

そして気合いを入れるように両頬を手で叩く。

 

 

 

「ハルくん!!」

 

 

 

「ん、どうした」

 

「ついに私の番が来ました!!」

 

「穂乃果の番――ああ、テストの」

 

 

「そうです!!」

 

勢いで言っている穂乃果は口調がおかしくなっている。

 

「何をするのか決まってるのか?」

 

「決まってました! だけど内容の変更をいま決めました!!」

 

そう言って穂乃果は自分のポケットから一枚のチケットを取り出す。それは夕食時にこれからの頑張りを約束したことで手に入れた遊園地のチケットだ。

 

「今週のお休みに、穂乃果と一緒にこの遊園地に来てくださいッ!!」

 

「ん、それは構わないが……でもそれなら雪穂ちゃんとか――」

 

「遊園地デートです! 私と、二人きりで、お願いします!!」

 

「あ、ああ…わかった……」

 

ずいっ、と迫る穂乃果に俺は仰け反りながら頷く。

 

「わかったが穂乃果、近い……」

 

「……っ、ご、ごめんっ」

 

目がグルグルしていた穂乃果は俺の言葉に自分の状況を把握したのか、顔を赤くさせる。

 

「とりあえず、今週の休みに遊園地な」

 

「う、うん…よろしくね――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういうやりとりがあり、今日という日を迎えた。

電車を乗り継ぎ、俺たちは目的の場所へと歩みを進める。

 

そして――

 

「着いたー!!」

 

手続きを終えて、園内に入った穂乃果は思いきり叫んだ。

 

「ハルくんハルくんっ! なにからいこうか!?」

 

「穂乃果が行きたいところでいい」

 

「もうっ、それじゃあ聞いている意味ないじゃん!」

 

「そう言われてもな…」

 

こういうところは初めて来るから、何があって何が楽しいのかよくわからない。

 

「だから穂乃果の楽しいって思うことを教えてくれないか?」

 

「……なんかハルくん、いつもそう言うよね」

 

適当なことは言っていないのだが、穂乃果からはジト目で返され、溜息を吐かれた。

 

「……悪い」

 

「ううん、ハルくんだもん。仕方ないよ」

 

その納得の仕方になんともいえない気分になっている俺の手を穂乃果は取る。

 

「じゃあ、少し園内を見て回ろうよ。それでハルくんが興味出たものに行かない?」

 

「いや、でも今日は穂乃果の――」

 

「優待券のおかげで待つこともないし、時間いっぱいあるから大丈夫だよ。今日は二人で楽しもう――ねっ?」

 

「……ああ、そうだな。穂乃果も、俺も、楽しい一日にしよう」

 

笑顔の穂乃果に俺は頷いて、穂乃果の手を握るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ、凄いね……! 穂乃果とハルくんがたくさんいるよっ!」

 

「鏡の奥に延々と自分が映ってるな。ここまで凄いとは思わなかった」

 

園内を巡っていたときに俺の目に付いたのは鏡の大迷宮と名づけられた迷路のアトラクション。合わせ鏡で構成された迷路は現実から乖離しているように見えた。

そこを進めばただの合わせ鏡のゾーンから、灯篭や様々な色のLEDを駆使して幻想的な世界の中にいるような合わせ鏡の迷路が作り出されていた。

 

「まるで穂乃果とハルくんだけしかいない世界みたいだね」

 

「確かに、二人だけしかいないように感じる」

 

ポツンと佇む俺たちの周りを見渡して見えるのは、無数の自分たちの姿と浮いている光だけ。

穂乃果の言う通り、二人だけの世界だった。

 

「もし私たちがこういう世界に取り残されたら、ハルくんはどうする?」

 

「出られないと分っているならなにもしない、と思う」

 

むしろ綺麗とさえ思ってしまう静かで幻想的な世界に、このままいても良いって思ってしまう。

 

「それに、穂乃果がいれば退屈はしないだろう」

 

「それって、穂乃果がいつも騒がしいってこと?」

 

「それはどうだろうな?」

 

「もうっ、ハルくん!」

 

頬を膨らませる穂乃果に、俺は小さく笑いながら冗談だと言う。

 

「穂乃果は意地悪なハルくんとは居たくないなあ」

 

「そうか」

 

くつくつと笑って先を進む俺に、穂乃果は何度も小突いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「意外と緊張するな……」

 

鏡の大迷宮を抜けて次にやってきたのは、穂乃果がこれだけは外せないといううちの一つ、遊園地名物のジェットコースター。

だんだんと上がっていくコースターに俺は少し緊張していた。

 

「大丈夫、楽しいから!」

 

「まあ、穂乃果が言うならそうなんだろうけど」

 

恐らくは俺が感じている頂上まで上がるまでのこの緊張感もジェットコースターの楽しみの一つなのだろう。

どんどん頂上へと向かっていくうちに、見える景色が広がっていく。

そして、頂点に着いて一瞬ふわっとした感覚の直後、

 

「――――っ!」

 

垂直に落下したコースターは一トップスピードまで跳ね上がり、加速の力が一気に身体にのしかかる。

 

「うわああああああ――――い!!!!」

 

高速で移動するコースターに穂乃果は楽しそうな声を上げる。

 

「ハルくーんっ!!」

 

「なんだっ!?」

 

風を切る音で大きな声で話しかけてくる穂乃果の声が小さくにしか聞こえない。俺も大きな声で返すが、聞こえているかどうかわからない。

 

「どうーーっ? 楽しいーー!?」

 

「そんなことわかるかっ!」

 

穂乃果は楽しそうにしながら聞いてくるが、初めて乗るジェットコースターが楽しいかどうかなんて考える余裕なんてない。ただいろいろと凄い。それだけだった。

もしかするとジェットコースターは何も考えずこの凄さを楽しむものなのかもしれない、とそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待てー! ハルくん!!」

 

「待てと言われて待つ奴はいない」

 

エンジン音を鳴らして背後を追いかけてくる穂乃果。

ジェットコースターの後に穂乃果が目をつけたのはゴーカートだった。

小さい子が乗るようなイメージがあるのだが、そういうわけでもないらしい。大人用の二人乗りの期待があったり、レースゲーム用の一人乗りもあった。さらにレースゲーム用は機体の性能や特徴なども一つ一つ違うものとなっており、レースゲームをより楽しめる仕様になっているようだ。

最初は二人乗りを考えていた穂乃果だったのだがレースゲームの話を聞くや否や、

 

 

――ハルくん、勝負しよう! 先にゴールした人が勝ち!!

 

――ん、いいぞ。

 

――あっ、そうだ。負けた人は勝った人の言うことを一つ聞くことにしようよ!

 

 

と、せっかくだからと勝負を申し込まれて、今その真っ只中だ。

 

「ふふ、追いついたよ! そしてじゃあねー!!」

 

並んできた穂乃果はスピードを上げて俺を抜き去っていく。だが、穂乃果は俺に並んだ理由を分っていないようだ。

 

「残念だが穂乃果、その先は――」

 

「えっ――あ、やばっ! うわあああああーー!?」

 

俺を追い抜くことに集中しすぎて目の前の急カーブに気付かず、見事にクラッシュする穂乃果。

そんな穂乃果を尻目に、俺は安全にカーブを曲がりきる。

 

「ゴール」

 

そして俺はそのままゴールした。

 

「ゴール……」

 

その直後に、穂乃果が遅れてゴールする。

 

「うぅ…負けちゃった……」

 

「あそこのカーブをちゃんと曲がっていれば分らなかったが、穂乃果が壁に向かってくれて助かった」

 

「あーハルくん笑ってるっ! 穂乃果のこと馬鹿だって思ってるんでしょ!」

 

「いや、そんなことは思ってない。ただあの時の慌てようは面白かった」

 

「もー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな感じでいくつかのアトラクションを楽しんだ俺たちは昼時の込む時間を避けるために早めに昼を食べることにした。

店は穂乃果が行きたいところがあるということで、俺も行きたいところがあるわけではないのでその店にすることにする。

 

「いらっしゃいませー! 二名様ですね!!」

 

店に入ると元気な店員に向かられる。

 

「あの、これをお願いします」

 

「はいっ、優待券のお客様ですね! ではこちらへどうぞ!」

 

持っている優待券を見せて案内されたのは見栄えの良い窓際の席だった。どうやら、この席は優待券を持っている人用の特別席らしい。

 

「こちらがメニューとなります。お水はただいまお持ちしますね」

 

「ありがとうございます」

 

渡されたメニューをパラパラとめくる。

基本は洋食が中心となってるが、和食や中華なども揃っていた。様々な人の好みを網羅しているのだろう。

 

「色々あるんだな……穂乃果はどうする?」

 

「……」

 

「穂乃果?」

 

「ふぇ!? な、なに……!?」

 

「いや、食い入るように見てたから。何を見てたんだ?」

 

「な、なんでもないよっ? なんでも!」

 

なんでもないようには見えない同様の仕方。何を見ていたのか覗き込もうとすると、穂乃果に手で押しとどめられる。

 

「お客様」

 

そんなやり取りをしていると、いつの間にか穂乃果の後ろに来ていた店員が声を掛けてくる。

 

「僭越ながらメニューにお困りでしたら――ただいま優待券の中でもカップル様限定特別ランチメニューがございますが、ぜひこちらのご利用をお勧めします」

 

「カップル限定特別メニュー? そんなの書いてあったのか?」

 

「そ、そうだったかなー? よく見てなかったから分らなかったよ」

 

穂乃果からチケットを受け取り、よく見てみると、指定の店でカップル限定の特別メニューが頼めるという記載があった。

 

「でも、俺たちは別にカップルじゃ――」

 

「ねね、ハルくん! せっかくだからこのカップル限定を頼んでみようよ!」

 

「え――?」

 

「カップル限定特別ランチメニューですね! かしこまりました!!」

 

俺が異論を挟む隙間もなく、店員はオーダーを確定させる。

そして、店員は驚くべきことを指示してきた。

 

「では、お客様にはカップルである証拠を見せてもらいます! お二人ともキスをお願い致します!!」

 

「は……!?」

 

「わ、わかりました!」

 

「おい、穂乃果――!?」

 

流れるように迫ってくる穂乃果にさすがの俺も戸惑いを隠せない。

 

「ハルくん…お願い……」

 

顔を紅潮させ、潤んだ瞳で俺を見つめる穂乃果。そんな彼女から俺は目を反らすことはできなかった。

 

「どきどき……」

 

脇に立つ店員はわざとらしく口にしながら興味津々で眺めてくる。どう考えても野次馬根性のようだった。

 

「ハルくん――」

 

穂乃果の顔がゆっくりと近づいてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、俺たちは店員の目の前でキスをした

 

 

 

 

 

ただし、俺から穂乃果の頬に、だ。

 

「――――ふぇ?」

 

すっとんきょうとした穂乃果の声が聞こえる。

 

「これでいいでしょうか?」

 

穂乃果から顔を背け、店員に問いかける。

 

「はいっ、とっても良いものを――じゃなくてカップルの証拠を見せてもらいました! とっても羨ましいあなたたちにカップル限定特別ランチメニューをご用意しますね!」

 

本音が駄々漏れしている店員は元気にオーダーを取って厨房へと引っ込んでいく。

 

「――はぁ」

 

なんだか昼御飯を頼んだだけなのに、どっと疲れてしまった。

 

「穂乃果」

 

「……」

 

穂乃果に声をかけるも彼女は自分の頬――キスされたところに軽く指を当ててボーッとしている。

 

「穂乃果」

 

「わっ、は、はい! なんでしょう!?」

 

もう一度声を掛けると穂乃果は驚いたように飛び退いた。

 

「いや、なんでしょうじゃなくて。どういうことだ、これは」

 

「え、っと…えーっと……あは、は……?」

 

誤魔化すように笑う穂乃果の頬を両手でつまみ引き伸ばす。

 

「はふくんっ、ひひゃいよー!?」

 

「穂乃果の頬は柔らかいな。ほら、もっちもっち――」

 

「ほへんなさひ! ゆるひてー!!」

 

しばらくの間俺は穂乃果の頬をこねくり回した。

 

 

 

 

 

「お待たせしましたー! カップル限定特別ランチです!!」

 

周りに聞こえるような声で運ばれてきた物は、なんというか、恥ずかしかったという一言に尽きた。

これでもかというほどカップルであるということを強調させた形の料理がコースのように出てきたのだ。

 

そのなかでも特に困ったのはデザートとドリンクだった。

デザートはパフェだったのだが、スプーンが1つしかついておらず、もう1つをお願いしても元々それが仕様だと言われてしまい、お互いに食べさせ合いながら完食させることになった。

 

そしてドリンクの方は――

 

「す、すごいね」

 

「……」

 

目の前に置かれた飲み物に俺たちは言葉がでなかった。

運ばれてきたドリンクのジュースはは1つの大きなカップに二人分の飲み物が入っていて、絡まり合いながらハートの形を作ったストローが刺さっていた。

 

これを飲むには二人とも顔を近づけなければならない。

どちらか一人が飲むにも量が多すぎるため、最終的には二人で一緒に飲むことになった。

 

「……」

 

「……」

 

お互いストローに口をつけてジュースを飲むが、顔が近くて二人して無言になっていた。

 

「ねぇママー。あそこのお兄ちゃんとお姉ちゃん一緒にジュース飲んでるー。仲良しさんなのかな?」

 

「ふふ、そうね。とっても仲良しさんね」

 

「くっ…あんな可愛い子と…見せつけやがって……!」

 

周りからの視線がグサグサと刺さり周囲を気にしてしまう。

いつもなら好き勝手言わせておけばいいも思っているのだが、今回はどういうわけかそう割りきれなかった。

 

「むぅ……」

 

そんな俺に目の前の穂乃果はどこか不満そうな表情を俺に向けてくる。

 

「どうした、穂乃果……?」

 

「ハルくん、余所見してる」

 

「いや、そう言われても」

 

「今はこっちに集中しようよ」

 

ジュースに集中したとしても目の前の穂乃果をどうしても意識してしまい、味もよくわからなくなってしまう。正直言えば今もそれほど大差はないのだが。

 

「せっかく頼んだんだから、ちゃんと味わないと勿体ないよ?」

 

「……まあ、それもそうだな」

 

俺はまた穂乃果に顔を近づけてストローを咥える。

 

「――♪」

 

不満そうな表情からいっぺん、ご機嫌なようすに変わる穂乃果を不思議に思いながらも、俺は穂乃果と一緒にジュースを飲むのだった。

 

 

 

 

 

午後からはまたアトラクションを廻ることになった。

午前に乗ってものとはまた別ジャンルのコースターや水上アトラクション、空中ブランコにシューティング、コーヒーカップにメリーゴーランドにお化け屋敷など――優待券の特権をフルに使い、俺たちは遊んだ。

そして気がつけば日は落ちて、綺麗な紅に染まっていた。

今日の締め括りに、と穂乃果の提案で俺たちはいま観覧車に乗っている。

 

「ありがとね」

 

静かに景色を眺めているところに穂乃果のそんな声が聞こえた。

 

「今日はすごい楽しかった」

 

「ああ。俺も遊園地で遊ぶなんて初めてだったが、楽しかった」

 

「そっか…それならよかった」

 

穂乃果は小さく微笑む。それはいつもの元気一杯のものではなく、どこか大人びたものだった。

 

「――――今日はね、私のお願いっていうのもあるけど、ハルくんへのお礼と謝罪でもあったんだ」

 

「お礼と…謝罪?」

 

「うん、お礼と謝罪。あのときの」

 

あのときというのは学園祭やことりの留学のときだろう。

薄々感づいてはいたし、お礼の話は希からもそう言われていたから今さら聞き返すまでもない。が、謝罪とはどういうわけなのだろうか?

 

「ほら、学園祭の前の日の夜に雨の中走りに行った私を止めようとしたハルくんを叩いたでしょ?」

 

「あ、ああ…そういえば……」

 

「忘れてたの?」

 

「いや、もう終わっていたと思ってた。それにあの時も言ったけど俺の言い方が悪かったからな」

 

「そんなことないよ。あのときの私は何もわかってなかった。一人で空回りして、ラブライブだけを見て、皆を見てなかった。自分勝手なことばかりして、本当に大切なことをわかっていたハルくんを叩いたの」

 

その結果があれだった、と穂乃果はどこか自虐的に言う。

 

「ハルくんがいなかったら、私たちは後悔したまま別れてた。本当の自分の気持ちに嘘をついてなにも言えないまま――」

 

「そんなこと――」

 

「あるよ。だってハルくんが気付かせてくれたんだもん」

 

俺の言葉を遮って、穂乃果は断言する。

 

「あのとき、どうしようもなくなっていた私に、病院を抜け出してまでハルくんは来てくれた。私から目を逸らさないでしっかりと見てくれた。だから私は自分の気持ちを出せた。仲直りすることができた」

 

「穂乃果――」

 

「私がこうしてまた皆といられるのはハルくんのおかげだよ。だから――」

 

穂乃果は真剣な眼差しで、頭を下げた。

 

「改めてありがとう――それと、ごめんなさい。ハルくんのこと叩いちゃって」

 

「……」

 

そういう穂乃果に俺は彼女に返す言葉を探す。

 

ここまでいう穂乃果に謙遜や否定で返すのは失礼だろう。俺が言うべき言葉は――

 

「えっと、その…なんだ……どう、いたしまして?」

 

「――――うん!!」

 

捻り出しても疑問系にしか言えなかった俺に、穂乃果は満面の笑みで安心したように頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「おかえりー、お姉ちゃん」

 

家のなかに入り、リビングへと向かうと雪穂がいた。

 

「ねね、どうだった? 春人さんとの遊園地」

 

興味津々というように聞いてくる雪穂に私は今日1日のことを思い返す。

 

ジェットコースターや鏡の迷宮、ゴーカートにお化け屋敷に観覧車に――そして、今日のお昼

 

「――ふふ」

 

私は自分の頬を撫でる。ハルくんが恥ずかしながらもしてくれた場所だ。

本当は私からするつもりだったのに、ハルくんからしてくれた。

状況が状況だからというのもある。それでも私は嬉しかった。

 

「お姉ちゃん、顔が緩んでるよ……」

 

「えっ? そうかな?」

 

「自覚ない!? もういいや、お姉ちゃんのその顔を見て今日がどうだったかよーくわかったから」

 

今日のことを思い出していた私は雪穂から呆れたような視線を受けるのだった。

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
調子に乗りすぎて12000字ぐらいまでいっていました(^ω^;)

話のつなぎ方がちょっと雑でもう少し勉強しなければならないと感じました まる





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本編
1.プロローグ



はじめましての人ははじめまして、燕尾です。

新しいの書いちゃいました。

もはや勢いです。






 

「やっほー、元気にしてたかな?」

 

大樹から桜が綺麗に咲いて花びらが舞い踊る春の季節、わたしこと高坂穂乃果はとある場所へとやって来た。

 

「今年もちゃんと皆で来たよ! ふふ、驚いた? まだまだ皆勤は続くよ!」

 

わたしの両隣に海未ちゃんとことりちゃん。そして絵里ちゃん、希ちゃん、にこちゃん、花陽ちゃん、凛ちゃん、真姫ちゃん――元μ'sのメンバー全員が一列に並んでいる。

この場所に来るのも今年で七年目だ。それぞれの道を歩み始めてバラバラになっても、今日だけはこうして皆が必ず集まる、特別な日。

 

「みんな、準備はいい?」

 

わたしがそう尋ねると皆は笑顔で頷いた。

 

「それじゃあ、いくよー? せーのっ!」

 

去年と同じく、わたしの合図で始まるーーわたしの大好きなあなたが好きな歌。

皆の声がちゃんと届いていると嬉しいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと~、お酒足りないわよ~!」

 

「にこっち、早々から飲み過ぎやで。明日舞台があるんとちゃうん?」

 

「いいのよ~! こんなときぐらいしか楽しみながら飲むことなんてできないんだから~。そういう希は全然減ってないじゃない!」

 

「明日も予約びっしり埋まっとるからな、二日酔いになるわけにはいかんのよ」

 

「今日くらいは忘れなさい! さぁ飲むわよ、希!」

 

「ちょっと勝手に注がんといて!?」

 

 

 

 

 

「ほえー、相変わらず絵里ちゃんはスタイルいいね~。この服も絵里ちゃんのための服って感じで良く似合ってるよ」

 

「そう? ありがと花陽。知ってる? この服をデザインしたのはことりなのよ」

 

「ええっ!? そうなの!? さすがことりちゃんだね!」

 

「そんなことないよ~。先輩からアドバイス貰いながら作ってたから」

 

「でも、ほとんどはことりが作ったのでしょ? 見たらわかるもの」

 

「うんうん! ずっとことりちゃんが作るところとか見てきたから花陽もわかるよ」

 

「えへへ、ありがとう。絵里ちゃん。花陽ちゃん。そう言ってもらえてことりも嬉しいな」

 

 

 

 

 

「さぁ、真姫ちゃん! 凛と勝負だにゃ~!」

 

「何でわたしがそんなこと……」

 

「負けるのが怖いのかにゃ~?」

 

「そんなわけないでしょ!? バカにしないで!」

 

「じゃあ、凛と勝負できるよね?」

 

「いいわよ! やってやるわよ! 後悔しないでよね!!」

 

「そうこなくっちゃ! じゃあいくにゃあ~、せーのっ」

 

「「叩いて被ってジャンケンポイ!!」」

 

 

 

 

 

桜の木の下で皆はおもいおもいに楽しく過ごしている。

桜を見ながらちびちびとお酒に口をつけているわたしにひとつの影が近寄ってくる。

 

「穂乃果。楽しめていますか?」

 

「海未ちゃん。うん、ちゃんと楽しんでるよ」

 

そうですか、と海未ちゃんはわたしの隣に腰を掛ける。

そして、乾杯、と二人で紙コップを軽く触れさせて、コップの中身を(あお)る。

ふー、っと同時に息を吐き何となくおかしくなって二人して顔を見合わせて笑う。

なんだか不思議な気分だ。こういう宴会では自分は元気に色々とやるはずなのだが、コレだけはこうして落ち着いているのだ。

 

「もう七年、ですか……あっという間ですね」

 

おもむろに海未ちゃんが呟いた。

 

「そうだね」

 

一言だけ返して訪れる沈黙。するとまた海未ちゃんが口を開いた。

 

「穂乃果」

 

海未ちゃんはわたしの名前を呼ぶ。

 

「なに? 海未ちゃん」

 

わたしは聞き返す。この後海未ちゃんが言おうとしている言葉はわかっている。

 

「あなたは春人のことが好きなのですか?」

 

そしてそれに対する言葉は(すで)に決まっていた。

 

「うん好きだよ。大好き。わたしははるくん――春人くんのことを愛してる」

 

わたしの答えに海未ちゃんは目を伏せる。今年の答えも変わらなかったことに残念に思っているのか、心配しているのかわたしにはわからない。だけど、例年通り海未ちゃんはそれ以上聞いてくることはなかった。

そんな彼女に対してわたしはいつも通り独り言のように言った。

 

「いつかはこの気持ちが一番じゃなくなるかもしれない。だけど、穂乃果はこの想いを抱いている今を大切にしたいんだ」

 

桜を見上げ、花びらの隙間から(あふ)れる日差しに向かって手を(かざ)す。すると薬指に()まっている指輪が光を反射させて輝いた。

 

「穂乃果……」

 

「今はるくんは何をしているんだろうね?」

 

光の眩しさに目を(つむ)る。そして思い起こされるのは彼と初めて出会ったあの日。

それは今日のように春の風が吹く暖かい日のことだった。

 

 





皆さん今日も一日お疲れ様です。

ではまた次回に、お休みなさい。


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2.出会い


どうも、燕尾です。

二話目です。





 

桜坂春人は桜の大樹を見上げている。

綺麗なピンク色の花びらがヒラヒラと舞い落ちる様を観賞していた。

 

(はかな)いな……」

 

ふと、無意識にそんな言葉が出る。

満開から数日もしないうちに散りゆく様はよく人の命や生き様に結びつけれることが多い。

短い期間に綺麗に咲き誇り、そして散っていく姿は儚くも美しいーーという感情を人の生きる道と重ね合わせているのだ。

人の一生は短く、だからこそどういう風に生きて、どういう風に終えるのかが重要となってくる。それは人生という物語(ストーリー)を作り上げたとき美しい物語だったと(ほこ)りながら死に()きたいという感情の表れ。そしてそれを見た読者(残されたもの)たちが儚く美しいと称する感想なのだ。

正直、俺は人間と桜を結びつけるのは人間の自己満足だと思っている。

 

「あと一年か……」

 

今日死にゆく桜の花が次に生まれるのは約一年後。その時の桜を俺は見ることができるのだろうか。

 

「……帰ろう」

 

感傷に(ひた)るのは俺の柄じゃない。そのままそこを通り過ぎて、家へと向かい始める。その直後、

 

「わあああ!? どいてどいてー!!」

 

響いた声に反応して後ろを見る。猛スピードで走ってくる少女がいた。そしてそのルート上には――俺。

普段なら避けるなんて造作もないことだ。しかし、このときの俺はぼけっとしていたせいで反応が遅れ、そして――少女と見事にぶつかった。

ぶつかった反動で息が吐き出されるも倒れるまでとはならない。しかし、華奢な少女はそうはいかなかった。

 

「――あぶない!」

 

少女は背中から地面へとダイビングしそうになっていた。俺は咄嗟に少女の手を取る。が、予想以上に少女のほうに状態が傾いていたため引き摺られるように俺も引っ張られてしまった。

 

「うお!?」

 

「うわあ!?」

 

ドッシャーン、とマンガのように二人揃って倒れる。

 

「痛~……あっ! ごめんなさい!! 大丈夫ですか!?」

 

「ああ、なんとか。そっちは?」

 

「あなたが引っ張ってくれたおかげで痛みはあまりなかったよ! ごめんなさい、わたしが余所見していたせいで……」

 

「いや……俺もぼさっとしていたのが悪かっ……た……」

 

「? どうしたんですか?」

 

歯切れが悪くなった俺を不思議に思ったのか少女が首を傾げる。言葉が途切れたその原因は体勢にあった。

少女の顔の真横に手を付いて覆いかぶさり、彼女の脚の間に俺の脚が納まっている。あたかも俺が少女を押し倒しているように見えるのだ。

 

「あ……」

 

少女も気がついたのか、あはは、と笑いながら顔を紅くしていた。

 

「悪い、すぐ退ける」

 

少女から退()いて立ち上がる。そして、少女に手を貸して立ち上がらせた。

 

「えへへ、ありがとね。それと改めて、ごめんなさい」

 

「三回も謝らなくても大丈夫だ。それより、怪我はあるか?」

 

「うん、君のおかげで無傷だよ!! 君は怪我とかない?」

 

「俺も――」

 

大丈夫――そう言おうとした瞬間、

 

「穂乃果から離れなさい! この悪漢!!」

 

強い衝撃を受け、体内の空気が無理やり外へと押し上げられる。

 

「海未ちゃん!?」

 

なにをされたか理解したときには空を見上げていた。そして、追撃のように竹刀が顔前に迫る。俺はそれを間一髪、両手で受け止めた。

 

「な、なんで止めるのですか!?」

 

海未と呼ばれた少女が怒りと戸惑いが入り混じったように叫ぶ。

 

「なんなんだ!? いきなり襲ってきやがって!」

 

「襲ったのはあなたでしょう!? 穂乃果に覆いかぶさるようにして……は、ははははは破廉恥です!!」

 

見られていたのか、しかも口ぶりからすると(おお)いかぶさる以前のことはまったく見ていないのだろう。面倒くさい。

 

「勘違いも(はなは)だしい。少し落ち着いてくれ」

 

「問答無用! あなたのような悪漢は私が成敗します!!」

 

竹刀を引き抜き、叫びながらもう一度振りかぶる海未少女。

聞く耳持たない少女に溜息をついてしまう。

俺は自分に当たる前に再び受け止め、海未少女に向かって竹刀を押し返す。掴んでいるものを唐突に自分の手元に寄せられると人間は反射的に押してしまい順方向では力が入らない。その瞬間を狙って、俺は竹刀を奪った。そして海未少女が怯んでいる間に、体勢を整える。

 

「くっ、竹刀がなくても……」

 

形勢が不利になっても立ち向かって来る姿勢は褒めるが、いい加減にしてほしい。

うんざりしていると、俺と海未少女の間にさっきの――穂乃果? という少女が俺を庇うように割り込んでくる。

 

「海未ちゃんストップストップ!」

 

「穂乃果……?」

 

穂乃果少女に止められた海未少女はとりあえず襲ってくるような体勢ではなくなった。だが、まだ敵愾心(てきがいしん)はまだ残っている。

 

「どういうことですか、なぜそこの悪漢を庇うのですか?」

 

今更だが悪漢って言う人、久しぶりに見た。

現実逃避するようにそんなことを考える。

 

「海未ちゃん誤解だから! この人はなにも悪くないから!!」

 

「……どういう意味ですか?」

 

射抜くような視線に怯える穂乃果少女。海未少女、君の知り合いは悪くないからそんな目しなくても。いや、俺も悪くないんだけど。

 

「そこの人は倒れそうになった穂乃果を助けてくれようとしただけだから、むしろ穂乃果がぶつかっちゃったのが悪いの!」

 

「えっ……?」

 

こうして、誤解は解けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に申し訳ございませんでした!!」

 

海未少女が頭を深々と下げる。

穂乃果少女が、経緯の説明をすること数分。状況を理解した海未少女が、次第に顔を紅くしていき説明が終わった直後、謝ってきたのだ。

 

「いや、誤解が解けたならそれでいいし、気にすることはない――といっても無理あるか」

 

話を要約すると、穂乃果少女が海未少女を怒らせて、追いかけられて逃げている最中に俺とぶつかってしまった――ということらしい。

元を辿れば自分も関係あっただなんて知れば、罪悪感の一つも覚えるだろう。まあ、大半は、たはは、と笑っているそこの穂乃果少女が悪いのだが。

 

「とにかく、なるべく気にしないようにな?」

 

「ほら海未ちゃん。この人もそういっているんだから、気にしないで、ね? それと穂乃果のことも許してくれると嬉しいな……?」

 

「ほ~の~かぁ~?」

 

「ひっ!?」

 

凄まじいオーラを纏い穂乃果少女ににじり寄る海未少女。ここから顔は見えないが、相当怖い顔をしているのだろう。穂乃果少女はしてはならない顔で怯えている。

 

「あなたが言える立場ですか!」

 

「いふぁい! いふぁいよふひひゃーん!」

 

むにょん、と、頬を引っ張られ涙目になっている穂乃果少女。なんとも微笑ましい光景なのだろうか。当の本人たちは笑い話じゃないのだろうけど。

ひとしきり制裁を加えた海未少女がその手を離した。そしてこちらを向くともう一度腰を折った。

 

「この度は私や穂乃果共々、あなたにはとんだ失礼をしました」

 

謝られるのはこれで何度目なのだろうか。さっきとは違う意味でうんざりする。というか、なんか疲れてきた。

 

「だから、俺は気にしていない――ああ、わかった。うん。確かに失礼なことされた。だけどきみたちは謝ってくれた」

 

だからこれでこの件は終わりだ。

そう言う俺に、二人は顔を背け、顔を合わせなくなった。よくよく見ると二人の耳が紅く染まっていた。

 

「あー、なんか、その、悪い……」

 

なぜか俺まで謝ってしまい、微妙な空気が場を支配する。

そんな空気を壊したのは一つの声だった。

 

「穂乃果ちゃーん、海未ちゃーん!」

 

二人の名前を呼びながらこちらへと走ってくる人影が一つ。

 

「あっ、ことりちゃーん!」

 

穂乃果少女がぶんぶんと手を大きく振る。それにあわせてことりと呼ばれた少女も笑顔で応じるが、体力がないのか若干辛そうだ。

俺たちのところへ辿り着くも、肩で息をしていた。

 

「はあ、はあ……もう、穂乃果ちゃんも海未ちゃんも急にいなくなっちゃうんだもん。ことり、あちこち探し回ったんだよ?」

 

ちょっと批難するような声色に二人ともバツが悪そうな顔をする。

 

「す、すみません、ことり。穂乃果の逃げ足が速かったもので」

 

「穂乃果のせいにしないでよ、海未ちゃん!?」

 

「穂乃果が逃げなければ済んだ話じゃないですか!?」

 

そしてそのまま言い合いに発展する穂乃果少女と海未少女。そんな二人に対して、ことり少女はニッコリと笑った。

 

「穂乃果ちゃん、海未ちゃん。喧嘩はほどほどにね♪」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「す、すみません……」

 

後ろに般若(はんにゃ)が出現しそうな黒いオーラを(まと)った雰囲気のことり少女に二人は顔を蒼くする。

うんうん、と満足そうに頷いたことり少女は俺のほうに顔を向けた。

 

「それで、あなたはどちら様ですか?」

 

「ことりちゃん! この人は……えっと……?」

 

俺のこと紹介しようとした穂乃果少女が言葉に詰まる。

無理もない。色々重なってまだ一度も名乗っていないのだから。

 

「そういえばちゃんとした自己紹介をしていませんでしたね……」

 

海未少女も気づいたのか溜息をつく。このぐだぐだな状況にことり少女はあはは、と苦笑いしていた。

すると穂乃果少女がパンッ、と手を叩いた。

 

「というわけで改めて自己紹介しようよ!」

 

穂乃果少女の提案に誰も否定はしなかった。そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしは高坂穂乃果! 今度から音ノ木坂学院二年生で、実家は和菓子店をやっているよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

元気いっぱい犬系少女――穂乃果少女こと高坂穂乃果。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は園田海未です。穂乃果と同じで今度から音ノ木坂学院二年生になります。剣道や弓道、日舞などの武道をやっています。よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

礼儀正しい大和撫子――海未少女こと園田海未。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしは南ことり。穂乃果ちゃんと海未ちゃんと同じ音ノ木坂学院二年生です。手芸が得意で好きなものはチーズケーキです。よろしくおねがいします♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふわふわ(なご)やか系女子――ことり少女こと南ことり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、桜坂春人。音ノ木坂学院二年だ。まあ、よろしく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺こと――桜坂春人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この三人との出会いは俺の物語(人生)に大きな変化をもたらす――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





いかがでしたでしょうか。

今日も一日お疲れ様でした。




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3.名前


どうも燕尾です。

6月3日に投稿すると思った? ふふふ……寝るまでが今日ですよ……

というわけで、三話目です。

最近、織田信奈の野望のアニメを見直しているのですが、いやあ、いいっすねぇ~ロリっ子たち。かわゆいです。





 

「春人くん、私たちと同じ学校だったんだ。全く気付かなかったよ!」

 

「クラスが違うからな。関わることもなかったんだろ」

 

女の子から名前呼びされるのに慣れてない俺はぶっきらぼうに返してしまう。

 

「高坂たちは――」

 

「穂乃果のことは穂乃果って呼んでいいよ!」

 

「いや、でも、いきなりそれは――」

 

「穂乃果って呼んでほしいな」

 

許可から要求に変わった。

あまり人とか変わらない俺にいきなり名前呼び、しかも女の子の名前を呼ぶのは(いささ)かハードルが高い。

そんな、迷っている俺を見て高坂はあからさまに落ち込んだ。

 

「えっと……嫌だったら、名前じゃなくても、大丈夫だよ……」

 

困ったように笑う高坂に、そうじゃない、と言った。

 

「別に嫌じゃない。ただ、こういうことは初めてだからちょっと戸惑っただけだ。だから、気にしないでくれ。穂乃果」

 

名前を呼ばれた高坂――ではなく穂乃果は、ぱぁぁ、とわかりやすいほど嬉しそうな笑顔になる。

 

「海未ちゃん、ことりちゃん! 名前で呼んでもらえたよ!」

 

子供のようにはしゃぐ穂乃果に園田と南は微笑ましいものを見るような笑顔を浮べていた。

 

「それで、穂乃果と園田と南は随分と仲が良いみたいだけど、幼馴染か何かか?」

 

「「……」」

 

「そうだよ。ことりちゃんとは幼稚園、海未ちゃんとは小学生の頃からの付き合いなんだ! 遊ぶようになってから今までずっと一緒だったよ」

 

穂乃果の話に、珍しいものだと感心してしまう。そこまで長い付き合いの間、疎遠になることだってあるものなのだが。

 

「まあ、園田や南も良い人そうだし。三人とも波長が会ったんだろうな」

 

「「……」」

 

「春人くん! その言い方だとなんか穂乃果は良い人じゃないみたいだよ!?」

 

「いや、そんなことは言ってないだろ? ただまあ、園田と南は穂乃果に苦労させられているんだろうなと……」

 

「酷い!? 穂乃果、苦労なんてかけていないよ! ね? 海未ちゃん、ことりちゃん――って、どうしたの、二人とも?」

 

二人の様子がおかしいことに気づいた穂乃果が首を傾げる。園田と南はちょっと膨れたように俺を見ていた。

 

「春人くん、名前呼びは穂乃果ちゃんだけなのかな?」

 

不機嫌をあらわにして言う南。園田も同じだったようで、そうですね、と頷いている。

 

「いや、こういうのって、相手の同意がないと呼べないものだろ。 特に女の子は男に名前呼ばれると嫌だと言う人が多いんじゃないのか?」

 

「でも、穂乃果ちゃんだけ名前でことりたちは苗字なのはおかしいと思います」

 

「それに私たちがそんなこと言うと思われているのなら心外ですね」

 

出会ったばっかりでまだお互いのこと知らないのだから、そこは勘弁してほしい。

だけど確かに園田と南の言う通り、三人一緒にいるのに穂乃果だけというのはおかしいか。

 

「それなら――海未にことり。そう呼ばせてもらっても大丈夫か?」

 

「はい、よろしくお願いします。春人」

 

「うん。そう呼んでほしいな。春人くん♪」

 

笑顔になる二人、それに釣られて俺も顔が緩む。

 

「むー……」

 

そして今度はその様子を黙って見ていた穂乃果が不機嫌そうにするのだった。

 

 





いかがでしたでしょうか。

実を言うと私――ロリだけでなく普通の成長した女の子も好きです(当たり前)。

では次回に。

評価するなら本心で投票してくれたら嬉しいです。感想は誤字脱字含め、何書いても構いません。




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4.友達


燕尾です。四話目です。





 

新年度が始まり、二年生となって最初の登校日。俺はクラス替えの掲示を見る。

周りでは今年も一緒だった、とか、違うクラスになった、とか騒いでいるなか、親しい友人もおらず、特に興味もなかった俺はクラスだけ確認して教室へと向かう。

二年生のクラスは二クラスある。ちなみに三年生は三クラス。そして、今年の一年生は話によると一クラスしかないらしい。

少子化の(あお)りを受けて、少し前に男子を取り入れて共学となった音ノ木坂学院。だが実りは少なく、こうして学年が下がっていくに連れてクラスが少なくなっている。このままだとおそらくは――

ふと頭にある考えが過ぎる。だが正直に言うと関係ない話だ。それに、俺が出来るのは未来を考えるのではなく、今を生きることだけ。

そう結論付けた俺は教室へとたどり着いた。

これから始まる二年生の学園生活に心を躍らせることもなく、中へと入る。その瞬間クラスの人達の視線がこちらへと集まる。だが、それは反射的な行動で、俺を確認したクラスメイトたちは元の会話へと戻る。

 

「あー! 春人くんだ!!」

 

その中でも俺の顔を見て声を上げた人間が一人。先日出会った高坂だった。その場には南と園田もいた。どうやら今年もあの三人は一緒のようだ。

おはようと挨拶し、自分の席へと向かう。その場所はなんと高坂の隣だった。

 

「穂乃果とお隣だね! よろしく、春人くん!!」

 

「ああ、よろしくな高坂。園田も南もよろしく」

 

 

 

 

 

「……高坂?」

 

「園田?」

 

「南……?」

 

 

 

 

 

新年度の無難な挨拶のはずなのに、三人は不機嫌そうな顔をする。むーっと睨んでくる原因は俺にあるみたいなのだが、よくわからない。

 

「春人くん? 穂乃果たちのことは名前で呼んでっていったよね……」

 

あ、と声を洩らしてしまう。そういえばそうだった。

初めて会ったときに名前で呼んでほしいといわれたのをつい忘れていた。

 

「やっぱり穂乃果たちの名前を呼びたくないんだね……」

 

不機嫌から一転、悲しげな顔をする高――穂乃果たち。俺は慌てて言い直した。

 

「呼びたくないわけじゃない。忘れてたんだ。悪いな、穂乃果、海未、ことり。改めてこれから一年よろしく」

 

「うん、ばっちりだよ! 春人くん!」

 

「はい、よろしくお願いしますね。春人」

 

「春人くん、よろしくね♪」

 

表情がコロコロ変わる三人。不機嫌そうな表情や悲しげな表情に嘘臭い感じもするのだが、そこは気にしない。

 

「まさか、四人みんな一緒のクラスになるなんて思わなかったよ!」

 

「ここまで(そろ)うのは珍しいですね」

 

「そうか? 俺からしてみたら三人がずっと一緒って言うのがすごいと思うんだが」

 

前聞いた話では穂乃果たち三人は小学校一年からずっと同じクラスだという。ということは今年で十年目。十年連続一緒というのは珍しいというより奇跡に近い。

 

「今年は春人くんもいるし学院生活が楽しくなりそうだよ」

 

なんの曇りもない穂乃果の言葉に笑顔で同意する海未やことり。そんな彼女らに少し照れくさかった俺は顔を背け、頬を掻く。

でも穂乃果の言う通り、俺の学院生活も去年と変わって少し楽しくなるだろうと感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後からは入学式で、生徒会など役職がある人達以外の在校生は午前までだ。

加えて、新年度の最初は授業らしい授業などしないので、クラスの顔合わせのような一日だった。

 

「さて……」

 

荷物をまとめ、教室を後にする。後ろから騒がしい声が聞こえるものの、特に気にしない。

 

「今日の夜はなにを作ろうか」

 

頭の中で今日の献立を考える。あれこれと考えているうちに玄関へと付いた。

 

「春人くん!!」

 

靴を履き替えて、校舎から出ようとしたところで呼び止められた。振り向けばそこには穂乃果がまたもや不機嫌そうに立っていた。

 

「え、えーと、どうした……? 何かあったのか?」

 

朝の名前の一件とは違い、今回はまったく心当たりのない俺は恐る恐る尋ねる。

 

「なんで先に行っちゃうの? 教室でも声をかけたのに……」

 

「えっ?」

 

まさか、さっきの声って穂乃果のだったのか……? しかも俺を呼んでいた……!?

 

「みんなで一緒に帰ろうと思って声かけたのに、春人くん、無視してすぐにいなくなっちゃってさ。穂乃果たちと帰るのが嫌なの?」

 

「わ、悪い。そういうわけじゃなかったんだ」

 

「じゃあ、どうして無視したの?」

 

責めるような穂乃果の視線に冷や汗が落ちる。下手なことを言えばさらに怒らせるのは必至だ。

ここは正直に言うしかない。

 

「俺は今まで誰かと一緒に、なんてなくて、いつも一人で過ごしていたんだ。だから人の声とかに疎くて、俺が呼ばれてるなんて思いもしなかった」

 

友人らしい友人もおらず、去年偶然聞いたクラスメイト達からの評価は"幽霊のような男子"だ。周りからしたら、気づけばいつの間にかいて、気づけばいつの間にか消えている、という認識だ。俺自身、自分から話しかけることも無ければ、誰かから話をかけられることもなかった。

周りと関わってこなかった俺にとってはいつも通りの平常運転なのだ。

 

「――なんてただの言い分けか。ごめんな、無視して」

 

穂乃果はなにも言わず、言葉の続きを待っていた。

 

「でも、わからないんだ。どういう風に付き合っていけばいいのか。誰かと過ごすことなんてなかったから。だから、本当に気を悪くする前に俺から――」

 

離れたほうがいいぞ、そう言おうとしたが、穂乃果に(さえぎ)られた。

 

「春人くん、それ以上言ったら本気で怒るよ?」

 

ギュッと俺の右手が穂乃果の両手に包まれる。彼女の柔らかさにどぎまぎしてしまう。

 

「ほ、穂乃果……?」

 

「春人くん。穂乃果は――ううん、穂乃果だけじゃない。海未ちゃんやことりちゃんも春人くんとは友達だと思ってた。そう思ってたのは穂乃果たちだけなのかな?」

 

「……」

 

まっすぐで何の恥じらいも持たずに言う穂乃果に返す言葉が出ない。

 

「まだ出会ってから少ししか経ってないけど私たちは春人くんの友達だよ」

 

やわらかな笑顔を浮べる穂乃果に、言われたことの無い言葉に胸が高鳴る。この子は本気でそう思ってくれている、そう感じた。

友人だと言ってくれる人がいるのはこんなにも嬉しいのか。

 

「ごめん、穂乃果。俺には友達がなんなのかよくわからない」

 

「春人くん……」

 

表情を歪ませる穂乃果。俺は余っている手で穂乃果の手に触れた。

 

「でも、穂乃果のおかげで少しは知ることが出来た。こんな俺だけど、これからは穂乃果たちの友達と言ってもいいか?」

 

最初はキョトンとしていたが、次第にパァァ、と彼女の表情が晴れる。

 

「うん、もちろんだよ!!」

 

笑顔の彼女に釣られて俺も微笑んだ。

優しい空気が流れる中、バックが落ちる音がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほ、穂乃果……春人……なにをしているのですか……?」

 

 

 

 

 

「わあ、穂乃果ちゃんも春人くんも大胆!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには顔を真っ赤にしている海未と、ニコニコしていることりがいた。

 

「こんな場所で二人して手を繋いでいるなんて、は、ははは破廉恥です!!」

 

海未の指摘に大分恥ずかしいことをしていたことに気づいた俺たちはバッ、と手を離す。

 

「う、海未ちゃん、落ち着いて! ね!?」

 

「穂乃果の言う通りだ、俺たちの話を――」

 

「二人ともそこに正座しなさい!!」

 

この後、下校時間がすぎて先生に怒られるまで海未のありがたい話が続いた。

こうして、俺に友人と呼べる人達が出来たのだった。

 

 





いかがでしたでしょうか?

ではまた次回にお会いしましょう。





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5.廃校


どうも、燕尾です。

五話目です。





 

穂乃果たちと友達になり、久しぶりの学校にも慣れてきたある日、全校生徒が体育館へと集められた。

何事かとざわめく生徒たち。それもそのはず、わざわざ今日の午前中の授業を急遽変更してまでのこの全校集会だからだ。

 

「一体なんの集まりなんだろう……」

 

「授業の予定を変更してまで集められているのですから余程のことでしょう」

 

「でも、お母さんはなにも言ってなかったけど……」

 

ことりは考えるように首をかしげる。

ことりと知り合って初めて知ったが、ことりの母親はこの音ノ木坂学院の理事長を務めている。

 

「理事の娘だからって学院の事情をおいそれ先に話すわけにはいかないんじゃないのか?」

 

でも娘を生徒として線引き出来てる辺り、ちゃんとした教育者なのは伺える。

 

「どんな話が出てくるのか……」

 

まあ、あまりいい話ではないのは確かだろう。

全校生徒が(そろ)い、南理事長が壇上に上がったところで先程までのざわめきが一気に消える。

 

「皆さん、こんにちは」

 

理事長の挨拶に、こんにちは、と生徒たちが返事する。

 

「今日は重大なお知らせをしなければならないということで午前の授業を変更し学院のすべての人に集まって貰いました」

 

重大な知らせという言葉に生徒たちはぼそぼそと言葉を交わし始めた。

 

「我が音ノ木坂学院は年々、生徒数が減少しています。三年生が三クラス、二年生が二クラス、一年生に至っては一クラスしかありません」

 

話の途中だが、俺はこれが何の知らせなのか、大方予想ついた。それは前々から思いついていたことでもあったからだ。

 

「この現状は理事会でも問題視され議論されてきました。重なる議論の末、理事会はひとつの結論を出しました」

 

南理事長の言葉にいつの間にか騒いでいた生徒たちの声は静まっていた。その静まりを確かめた南理事長は決定的な一言を言った。

 

「今後、生徒数の増加が認められないと理事会に判断された場合、来年度から生徒の募集を取り止め、音ノ木坂学院は廃校とします」

 

一瞬の静寂が場を支配したのち、彼方此方から声が上がる。まあ、当然だろう。

理事長の宣言に戸惑う者、無関心な者、混乱する者と生徒たちの反応は様々だった。そして、

 

「わ、私の輝かしい高校生活が~!?」

 

「穂乃果!?」

 

「穂乃果ちゃん!!」

 

全校生徒のなかで一番リアクションが大きかったであろう彼女は気を失った。

俺は混乱に乗じて穂乃果たちのところに行き、

 

「穂乃果はベストオブリアクションの称号を手に入れた」

 

「春人!? ふざけた事言っている場合ですか!?」

 

「冗談だ」

 

海未のツッコミを受け流しながら、俺は倒れた穂乃果の背と膝裏に手を添えて、一気に持ち上げる。

 

「なっ――!?」

 

「わぁ♪」

 

いわゆるお姫様抱っこの状態に、何故か海未が声にならない声を上げ、ことりは楽しそうなものを見る目をしている。

 

「海未、穂乃果を保健室に連れてくから先生に伝えてくれ。ことりは保健室まで付き添いを頼む。勝手がわからないから」

 

「は、はい」

 

「任せて、春人くん」

 

腕の中でうなされている穂乃果にため息を付きつつ、俺たちは保健室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先生に事情を説明して、保健室へとやってくる。

 

「ちょっと待ってて、いま鍵を開けちゃうから」

 

ことりがポケットから鍵を取り出す。なんでことりが鍵を持っているかというと、先日の委員会決めのときに彼女が保健委員になったからだ。それでも普通は養護教諭が持つはずなのだが、そこは理事長の娘。信頼度も高く、ある程度の融通が利いた。

まあ、理事長の娘といっても微々たるものでそのほとんどはことりの努力の賜物だろう。

中に入り、穂乃果をベッドに寝かせて、ひと息つく。

 

「目、覚まさないね。穂乃果ちゃん、学校がなくなるのがショックだったのかな」

 

「まあ、それもそうだけど。穂乃果の場合、勘違いして別の学校の編入試験を受けないといけないのに勉強どうしようって考えているんじゃないか?」

 

「ぐ、具体的だね。でも穂乃果ちゃんならありえるかも……」

 

あはは、と苦笑いすることり。

そう。ここ数日で学んだのだが、穂乃果ならズレている可能性がなくはないのだ。

 

「それで縋ってくる穂乃果を注意しつつも普段から勉強していればとか小言を言う海未」

 

「……ふふっ」

 

優しい笑い声を()らすことりに俺は首を捻る。

 

「どうした? 突然笑うなんて」

 

「春人くん、段々とわたしたちのことわかってきたのかなって思うと嬉しくて」

 

そういって微笑むことりに俺は気恥ずかしくなり、顔を背けてしまった。

 

「ふふ、いま春人くん、照れてるのかな?」

 

「……別に、照れてない」

 

「わたしたちも春人くんのこと大分わかってきたから、誤魔化してもわかるんです」

 

「……勘違いだ」

 

そうは言いつつも悔しそうな雰囲気が表情に出ていたのか俺に勝ち誇ったような笑みに変えることり。

だが、不思議と嫌ではなかった。むしろ嬉しく思う自分がいる。

そんな自分がおかしくて、俺もつい笑みを零した。

俺とことりはお互いの顔を見てはクスクスと笑う。

 

「ん……んぅー……?」

 

すると、ベッドで寝ていた穂乃果がもぞもぞと動き、そして、

 

「んー……あれ……? わたし……」

 

目を擦りながら起き上がる穂乃果。その様子を見てことりは一安心したように息を吐いた。

 

「起きたか、穂乃果」

 

「春人くん……? あれ? ここはどこ?」

 

「わたしは誰?」

 

「まさか、穂乃果記憶喪失になっちゃった!?」

 

さすが穂乃果、ノリがいい。だけど、自覚している記憶喪失なんてあるはずない。

 

「春人くん、冗談を言っている場合じゃないんじゃないかな?」

 

「……悪い」

 

笑顔で釘を刺してくることりに俺はすぐに謝った。彼女の笑顔が少しばかり怖い。

 

「まあ冗談はここまでにして、ここは保健室だ。気分が悪いとかあるか、穂乃果?」

 

「うん、調子はいいよ。でもなんで穂乃果は保健室で寝てたの?」

 

先ほどの出来事を本当に覚えていない穂乃果に少しばかり吃驚(びっくり)する。

 

「穂乃果ちゃん、さっき気を失っちゃったんだよ。覚えてないかな?」

 

ことりに教えられて思い出した穂乃果は、あっ、と声を出した。

 

「そうだ、穂乃果、学校が廃校になるって言う変な夢を見たんだ! そんなわけないのにね!!」

 

斜め上過ぎることを言い出した穂乃果に俺もことりも言葉を失う。

 

「夢ときたか……」

 

「穂乃果ちゃん……」

 

どこか残念なもの見るような雰囲気の俺たちに穂乃果が戸惑う。

 

「えっ? 違うの?」

 

「穂乃果、それは夢じゃなくて現実のことだ。さっき全校集会で廃校の知らせを理事長から伝えられた」

 

「え……えぇ―!?」

 

俺から伝えられた事実に穂乃果は大きな声で叫ぶのだった。

 

 





いかがでしたでしょうか。

ではまた次回にお会いしましょう。さようなら!




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6.廃校2


おひさしぶりどす

大学院の志望理由書やらゼミ発表の準備やらで全然更新できなかったです




 

 

 

「うぅー……どうしよー……まさか廃校が本当だったなんて……」

 

教室に戻ってきて穂乃果は頭を抱えていた。

保健室では最初、俺から伝えられた全校集会の内容を信じられなかった穂乃果だったが、教室までの道のりの途中の掲示板に張ってあった「廃校の知らせ」に一気に現実に引き戻された様子だった。

 

「仕方のないこととはいえ、少し残念ですね」

 

「お母さん、ここ数日思いつめた様子だったのはそういうことだったんだ」

 

海未とことりの言葉もどこか元気がない。

かくいう俺はそこまで落ち込んではいない。そもそも、この学校に想い入れみたいなのがないからだ。

 

「海未ちゃんやことりちゃんはまだいいよ……春人くんは……」

 

穂乃果が、二人をうらやましそうに(にら)む。(いわ)れのない不満をぶつけられた二人は戸惑っていた。俺にも意味ありげな視線を送ってきて俺の反応を待っている穂乃果。なにを聞きたいのか大体予想できた俺は穂乃果に向かって言い放った。

 

「……俺の成績は学年で十位以内だと言っておく」

 

「春人くんの裏切り者ー!!」

 

穂乃果は叫び、頭をわしゃわしゃと()(むし)った。話が見えてこない海未とことりはポカンとする。

 

「えっと、どういうことですか?」

 

「だって、海未ちゃんやことりちゃんはそこそこ成績いいし、編入試験とか楽勝じゃん! 私なんて、私なんて……うわーん! 勉強どうしよー!? 海未ちゃーん、助けてー!」

 

そう叫んで海未に(すが)る穂乃果に海未は呆れたような顔をする。穂乃果の勘違いに気づいたのだろう。ことりも気づいたのか、俺のほうを見てくる。

 

「落ち着きなさい穂乃果。学校がなくなるのは私たちが卒業した後のことですよ」

 

「えっ、そうなの?」

 

「そうだよ。いまの一年生が卒業してからだから、早くても三年後だね」

 

「ええ、ことりの言う通りです。だいたい、普段から勉強していればそんなに慌てることないでしょうに……」

 

「うっ……海未ちゃん、こんなときにお説教はやめてよぉ~」

 

涙目で海未の机にかじりついている穂乃果。そんな穂乃果に小言を言い続ける海未。

 

「本当に春人くんの言う通りになっちゃったね……」

 

「自分で言っておいてなんだが、まさかこうなるとは思わなかった」

 

保健室で話をしたことりと俺は苦笑いしてその光景を見ていた。

 

「春人くん、助けてー! 海未ちゃんが怖いよ~」

 

「お、おい。いきなりこっちにくるな……」

 

すると海未から逃げるように今度は俺に縋って服を掴んでくる穂乃果。ぐい、ぐい、と服を引っ張る穂乃果の手を離そうとするけど、決して穂乃果ははなそうとしなかった。

 

「穂乃果! 春人の服を掴むのをやめなさい!! 春人も穂乃果を甘やかすのはやめてください!!」

 

「俺は何もしていないんだが……!?」

 

とんだとばっちりを受ける俺。

この混沌とした状況は先生が来るまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休み、俺たちは中庭で昼食を取っていた。

 

「いやぁ~今日もパンが美味い!!」

 

編入試験の心配がなくなった穂乃果は、はむっ、と大きく口をあけて笑顔でパンをくわえる。

 

暢気(のんき)なものですね。太りますよ」

 

海未はジト目で注意する。穂乃果は女の子の中では食欲旺盛なほうで、いま食べているパンは二袋目だった。

 

「それにしても新年度始まってまだ少ししか経っていないのに廃校の知らせとは驚きましたね」

 

「まだ正式に廃校するって決まったわけじゃないけどな」

 

理事会が来年の生徒の増加が見込めないと判断したときだ。それでも、今の状況を(かんが)みれば学院がなくなるのは確実だろう。

 

「でも、正式に廃校が決まれば新しい一年生が入ってこないで二年生と三年生だけになるってことだよね」

 

「いまの一年生にはずっと後輩ができなくなりますね……」

 

「そっか……それはちょっと寂しいね……」

 

今いる後輩のことを考えた三人が沈んだ気持ちになっていた。

春の陽気よりも沈みこむような空気が場を支配している。そんな中二つの雑踏が近寄ってきた。

 

「ちょっといいかしら」

 

声をかけてきたのは女の子にしては身長が高めの金髪の少女だった。後ろには付き添いの少女もいた。

 

「誰?」

 

「知らないのですか!? 生徒会長と副会長ですよ!!」

 

「ああ、この人たちが……」

 

「春人くん、全く興味無いんだね」

 

ことりが苦笑いする。

興味がないと言えばないが、どちらかというと気にしていられなかったというのが正しい。

 

「面白い子やね」

 

副会長が本場にも似つかないエセ関西弁で俺を笑う。

 

「別にこの子に知られてなくても構わないわ。それより――南ことりさん、ちょっと聞きたいのだけれど」

 

「は、はい! なんでしょうか」

 

会長に直に指名されたことりが緊張した面持ちで返事する。

 

「貴女は今回のことについてなにも知らなかったのかしら?」

 

「今回のことというと、廃校のことですか?」

 

聞き返したことりに静かに頷いた会長。

会長の問いに対してことりは静かに首を横に振った。

 

「お母さんからは何も聞いていません。わたしも廃校のことは今日初めて知りました」

 

「そう……ならいいわ……」

 

確認のためだけに話しかけてきた会長はそれだけ言って立ち去ろうとする。

すると、穂乃果がいきなり立ち上がり、その背中に投げ掛けた。

 

「あの! 本当に学校、なくなっちゃうんですか!?」

 

生徒会長はピタリた足を止める。そして、瞬巡したのち振り返った。

 

「貴方たちには関係のないことよ」

 

冷たいとも捉えられる態度でそう言って今度こそ会長は去っていった。

会長に付き添っていた副会長は俺だけに見えるように口元に人差し指を当てる仕草を見せてウィンクして会長の後を追った。

 

「何も言わないで、か……」

 

「春人? なにか言いましたか?」

 

いや、何でもない、とごまかしつつ生徒会の二人が見えなくなるまでその背中を眺めていた。

 

 

 






いかがでしたでしょうか?

感想、評価、誤字脱字があればお気軽に書いてください。

ではまた次回に




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7.アピールポイント



どうも、燕尾です。

第七話です。
最近の趣味は「どうやったら二次元の世界に入り込めるか」を考えることです。




 

 

放課後、俺たちは学院のあちらこちらを歩き回っていた。というのも、

 

「そういえばことりちゃん、学校がなくなるのは早くても三年後って言っていたよね? という事は遅くなることってあるの?」

 

「うん、廃校が決まったわけじゃないの。来年度の入学希望者が定員を大きく下回っていたら、正式に廃校にするんだって」

 

「掲示板にも貼っているんだが、まあ、穂乃果は見ていないか」

 

あんな大々的に掲示されてあったにもかかわらず、編入だ、試験だ、なんだと騒いでいた彼女が気づいているわけがなかった。

 

「ということは入学希望者が集まれば廃校にはならないってことでしょ? つまり、この学校のいいところをアピールして生徒を集めればいいんだよ!!」

 

穂乃果の提案で音ノ木坂学院のアピールポイントを探すべく、まずは学院について知ろうということで学院を探索していた。ちなみに、俺は授業が終わった後帰ろうとしたのだが、

 

「授業終わったー!海未ちゃん、ことりちゃん、春人くん――あれ、春人くん? どこに行くの?」

 

「どこって、帰るだけだけど?」

 

こんな言い方はアレだが、学校がなくなろうが俺にはあまり関係ないのだ。しかし、

 

「なんで!? 学校がなくなっちゃうんだよ、春人くんも手伝ってよ!」

 

「春人、頼りにしていますよ」

 

「お願い春人くん! ことりたちに力を貸して!!」

 

三人から逃れるすべはなく俺は捕まり、手伝うことになった。

そして学院の各施設を廻って、自分たちで見て歩いて――その結果、

 

「音ノ木坂学院の良い所! まずはこの学院には歴史がある!」

 

「歴史ですか。確かに良い点の一つではありますね。他には?」

 

「他に? えーっと、えっと……伝統がある!!」

 

「それ、一緒じゃないか……」

 

結局一つしか思いつかなかったんだな、穂乃果。

 

「他にないのですか?」

 

海未の質問に対して穂乃果はうんうんと唸る。そして考えた末、

 

「ことりちゃん!」

 

「ええ!?」

 

「丸投げするのか……」

 

後を任されたことりが考え込む。

 

「ええっと、んーと、強いて言うなら……古くからあるってことかな」

 

その答えに俺たちはガクッと膝から崩れる。

 

「ことり……話を聞いてましたか?」

 

俺と穂乃果の気持ちを代弁する海未。ことりはことりで、首をかしげていた。

結局のところ、歩きに歩いて見つかったアピールポイントは"この学院は古くからある"だった。

 

「あ、でもわたし、少し調べて部活動でいいところを見つけてきたよ。とはいってもあんまり目立つものじゃなかったけど、ないよりかはマシかなって」

 

ことりが机の上に調べた紙を置く。俺たちは覗き込むように見た。

 

「なになに――珠算関東大会六位に合唱部地区予選奨励賞、ロボット部書類審査失格……最後のはプラスどころかマイナスじゃないか……」

 

散々な結果にげんなりしてしまう俺たち。

 

「そもそも、目立った成績を出してる部活があったらもう少し生徒が集まっているはずですからね……」

 

「やっぱりだめかー……私、この学校好きなんだけどな……」

 

しょんぼりと肩を落とす穂乃果。彼女の雰囲気に当てられて海未やことりも静まり返る。

 

「わたしも好きだよ、穂乃果ちゃん」

 

「普段は口にしませんが、私も好きです」

 

それぞれ"好き"を口にする三人。だが、気持ちだけではどうしようもない部分は必ずある。今日は(ろく)な打開策は見つからず、解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰りの道中、俺は一人考えていた。

 

 

――私、学校好きなんだけどな。

 

――わたしも好きだよ。

 

――普段は口にしませんが、私も好きです。

 

 

何の恥じらいもなくそういった穂乃果たち。たった一年ちょっと通っただけの彼女たちがそこまで言う理由はわからない。でも、そんな彼女らが俺には(まぶ)しく見えた。

彼女たちには未来を生きる時間がある。過去を振り返られる時間を作れる。未来を生きる時間があるものには未来のことを考えることが出来る。過去を振り返られる時間があるものは過去を良いものにしようとする事が出来る。

今を生き抜くだけの俺にはそれが出来ない。よって、彼女たちの気持ちはどうしようもなく理解出来ないのだ。

だけど、それでも――

 

「――手伝ってあげるか」

 

俺の小さな決意を聞いたのは茜色の空だけだった。

 

 






いかがでしたでしょうか?


結論から言うと「二次元の世界には入れない」ということがわかりました。

だけど私は諦めない!!



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8.スクールアイドル


どうも! どうもどうもどうも! 燕尾でございます!!

さて私は、いまドコで小説の更新をしているでしょうかっ?

というわけでとりあえず八話目です。


 

 

翌日、いつもの三人と落ち合う場所へといつも通りの時間で着く。

海未とことりはそこに居たのだが、穂乃果の姿が見えなかった。

 

「おはよう~海未ちゃん、春人くん。穂乃果ちゃん、先に行っててだって」

 

「また寝坊ですか……まったく……」

 

「まあまあ、あんまり言うとまた(ふく)れちゃうよ?」

 

「ことりは穂乃果に甘すぎます」

 

(あき)れるようにため息を吐く海未を(なだ)めることり。このやり取りはもうすでに何度か経験している。

 

「穂乃果が遅れるのは今に始まったことじゃないし、ギリギリでも間に合えば問題はないだろ? まあ、遅刻したらさすがに言わざるを得ないけど。だからあまりうるさく言うのはやめておけ。じゃないと海未が疲れるぞ?」

 

「それは……そうですけど……」

 

とは言っても、海未の気持ちはわからなくもない。みんなで一緒に登校したいのだろう。こうしていられるのも人生の中ではごく一部なのだ。

それでも今日穂乃果が来なかったのは別の理由だろうけど。

 

「たぶんUTXに行っているんだろうな……」

 

「? 何か言いましたか、春人?」

 

なんでもない――そう言いつつ、おそらくこれから起こるであろう事を思慮しながら登校する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその予感は当たり――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんなこれ見てこれ!」

 

昼休み。穂乃果が数冊の雑誌を持って俺たちを呼んだ。机の上に置かれた雑誌には何らかの衣装を着た女の子たちがポーズを決めている。

 

「アイドルだよアイドル!!」

 

バッ、と広げられた雑誌の中には表紙と同じような女の子の写真が載せられており、穂乃果は興奮気味に話す。

 

「こっちが大阪のスクールアイドル。で、こっちは福岡のスクールアイドルだよ。いまスクールアイドルが増えてて、このスクールアイドルが人気の学校は入学希望者が増えているんだって!」

 

穂乃果の話が見えてきた。つまりは、自分たちもスクールアイドルを始めようって言う話だろう。

海未も悟ったようで、穂乃果に気づかれないように教室から出て行く。

穂乃果もあんなに近くにいたのに自分の話で盛り上がってて海未がいなくなっていることに気づいていない。

 

「それで私、考えたんだ! 私たちも――ってあれ? 海未ちゃんは?」

 

ようやくいなくなったことに気づいた穂乃果は辺りを見回す。

俺は海未がいったほうを指差すと、穂乃果は後を追うように教室から出る。

 

「海未ちゃん! まだ話し終わってないよ!!」

 

「ッ!! わ、私はちょっと用事が……」

 

言い逃れにしては(つたな)すぎる、と思いつつも口は出さない。

 

「言い方法を思いついたんだから聞いてよー!!」

 

駄々(だだ)(こね)ねるように叫ぶ穂乃果に海未はため息をつく。

 

「……私たちでスクールアイドルをやるとか言い出すつもりでしょう?」

 

「なんでわかったの!? もしかして海未ちゃんエスパー?」

 

誰でもわかることだ。昨日の今日で雑誌まで取り出して力説していたらわからないはずがない。

 

「わかりますよ! あれだけあからさまなんですから!!」

 

「だったら話は早いね~。今から先生のところに行ってアイドル部を設立しよう!」

 

「お断りします」

 

肩を揉みながら言い寄る穂乃果に海未はきっぱりと切り捨てた。

 

「ええ!? なんで!? こんなに可愛いんだよ! こんなにキラキラしているんだよ!! こんなに可愛い衣装着られるんだよ!!!」

 

海未にこれでもかと雑誌を見せ付け強調する穂乃果。それに対し海未は苦渋を舐めた顔をしている。

 

「なんでもなにも、そんな思いつきで成功なんてしませんよ! だいたい、それでこの学校の入学希望者が増えると思っているんですか!?」

 

「えっと、それは……人気が出なきゃだけど……」

 

「その雑誌に乗っている人たちはプロのアイドルにも劣らないほど努力している人達です。穂乃果のように好奇心で始めたって上手くいくはずがないでしょう!!」

 

「う……」

 

「はっきり言います――スクールアイドルは無しです!!」

 

海未のペースに追い込まれた穂乃果はもはや何も言い返せない。

話し合いは終わりといわんばかりに、予鈴が鳴り響き、ここでの話は打ち切られたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、海未は部活。ことりは用事があるといってすぐ教室を出て行った。

いつもなら一人残った穂乃果と帰るのだが、その穂乃果の姿が見当たらない。

連絡送っても反応もなかった。

 

「しょうがないな……」

 

そうして俺は穂乃果を探しに校内探索に出る。

しばらく校内歩いていると陽の光が俺を射した。何事かと見ると。屋上の扉が開いていたのだ。そして何かを覗き込んでいる女子生徒が一人。あれは、

 

「なにをしているんだ、副会長」

 

「ふぇ!? あ、君は確か……」

 

「以前はどうも。で、なにを見ていたんだ」

 

副会長を軽く押し退けて扉の隙間からのぞいてみる。そこには俺の探し人がいた。

 

「こんなところにいたのか……ちょっと失礼」

 

「え、あ、ちょっと……!?」

 

混乱している副会長は置いて、俺は扉を開ける。

 

「なに黄昏(たそがれ)ているんだ、穂乃果」

 

「あ……春人くん……」

 

「似合わないことしてるな。元気だけが穂乃果の取り柄だろうに」

 

「酷い!? 穂乃果にだって他にも取り柄はあるよ!!」

 

まったくもー、と膨れてまた空を見上げる穂乃果に俺は軽く笑う。

 

「それで、海未に強く否定されて落ち込んでいたのか?」

 

「……うん、いいアイデアだと思ったんだけどなー」

 

海未の言っていることは正論だ。有名な人たちは血を吐くような思いで必死に努力し、わずかな可能性を(つか)み取っていまの地位がある。やるからには生半可ではいけない。

だが、それはやるときだ。始めるときの理由は関係ない。

 

だから、俺は――

 

「――俺もいいと思うけどな。スクールアイドル」

 

「え……?」

 

驚くものを見たような目でこちらを向く穂乃果。

 

「思いつきや好奇心、やりたいと思ったからやる――それのどこが悪いんだ?」

 

「春人くん……」

 

「穂乃果。お前はやってみたいって思っているんだろ? スクールアイドル」

 

「うん……やりたい。ことりちゃんと海未ちゃん、それと春人くんと……皆で一緒にやりたい……」

 

「俺はあんな衣装着て舞台に立てないぞ。というか立ちたくない」

 

それはわかってるよ! と穂乃果は声を上げる。その後、ふふ、と小さく笑った。

 

「アイドルの衣装を着た春人くん……あはは、可愛いかも……」

 

「気持ち悪い想像をするな……せめて男性アイドルの衣装にしてくれ」

 

「それはそれでカッコイイかも……」

 

早めに現実に引き返してやらないといけない。軽く咳払いをする俺。

 

「とにかく、スクールアイドルをやるなら俺は応援するぞ」

 

「……ありがと、春人くん」

 

俺たちは笑い合う。それじゃあ今日は帰るか、と言おうとしたとき、穂乃果が目を閉じて何かに耳を澄ませていた。

 

「穂乃果?」

 

「何か聞こえない?」

 

そういわれて俺も耳を澄ませる。するとどこからか何かが聞こえた。

 

「ピアノの音と声……誰か音楽室で歌っているのか?」

 

確か学院の規則では特別教室を使うときには許可が要るはず。歌っているのなら吹奏楽部ではない。

 

「行ってみよう、春人くん!」

 

穂乃果に手を引かれて、屋上を出る。

歌声とピアノの音は音楽室に近づくほど大きくなっている。そして、ドアの向こうには、

 

「――――♪」

 

楽しそうにピアノを弾き歌う赤髪の少女の姿。不覚にもその歌声に聞き入ってしまう。

 

「綺麗……」

 

「ああ、そうだな」

 

思わず洩れてしまったのだろう穂乃果の言葉に俺も同意した。

そして演奏が終わった瞬間、穂乃果が興奮したように拍手を送った。

 

「おいっ!?」

 

拍手する気持ちはわかるけど中の子にバレるだろう、穂乃果を止めようとしたのだがもうすでに遅く、

 

「ヴェェ!?」

 

弾き語りをしていた女の子が驚いたようにこっちを見る。だが、そんなのお構い無しに穂乃果は音楽室へと乗り込んだ。

 

「おい、穂乃果!」

 

彼女を追うように俺も音楽室へと入る。

 

「すごいすごい! 私、感動しちゃったよ!!」

 

「べ、別に……」

 

素直じゃないのか、女の子は目を逸らすように別のほうをを向く。

 

「歌、上手だね! ピアノも上手だね!! それに、アイドルみたいに可愛い!!」

 

「――っ!?」

 

赤髪の女の子は可愛いといわれ顔が真っ赤になるも、すぐに平静を装う。そんな彼女に穂乃果がいきなり切り出した。

 

「あの! いきなりなんだけど――あなた、アイドルやってみたいと思わない?」

 

「穂乃果、いくらなんでも突発過ぎるだろ……」

 

「だってだって! この子、可愛いし歌も上手だし。絶対輝けるもん!」

 

穂乃果に期待の眼差しで見つめられた赤髪の女の子は一瞬、ポカンとするが、次第に不機嫌そうな表情になった。

 

「なにそれ、意味わかんない」

 

そして、それだけを言って、音楽室から立ち去っていく。

 

「だよね、あははは……はぁ……」

 

穂乃果はガックリと肩を落とすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

校舎裏でまたもや黄昏る穂乃果。

 

「まあ、スクールアイドルとはいえ、皆が想像するのはプロアイドルと同じようなものだしな。無理という気持ちが大きいんだろう」

 

それが追い討ちだったようで、穂乃果は深くため息を吐いてしまう。

 

「やっぱり、無理なのかな……」

 

ここまで誰もかもに否定されると弱音の一つも吐いてしまうのはわかる。だからこそ俺は発破をかける。

 

「どうする、諦めるか?」

 

俺の言葉に穂乃果は即座に首を横に振って、立ち上がる。

 

「諦めない! だってやりたいんだもんスクールアイドル!」

 

「そうか」

 

「それに春人くんだって手伝ってくれるって言ったもん。穂乃果は一人じゃない!」

 

「……は? 手伝う? 俺が?」

 

思いがけない話に思わず聞き返してしまった。

 

「え、だって春人くん屋上で手伝ってくれるって言ってたよね?」

 

「それは応援するって言ったんだ! 手伝うとは――」

 

「――手伝ってくれないの?」

 

「……」

 

「春人くん……」

 

捨てられた子犬のように瞳を潤ませて俺を見上げる穂乃果。これはずるいと思う。だが、これに抗うことも出来ずに、

 

「……わかったよ、手伝う」

 

「ありがとう、春人くん!」

 

ぶっきらぼうにそう返した俺に穂乃果はパァ、と表情を明るくする。

 

「よーし、練習しよう! 春人くん、手拍子お願い!!」

 

「手拍子って、なにをするつもりなんだ?」

 

「ダンスの練習! こんな感じってイメージを掴むところから始めるんだ!!」

 

両手でぐっと拳を握る穂乃果に俺は笑みを零す。

 

「わかった。それじゃあ始めるか」

 

「うん!!」

 

そして、二人で練習を始める。しかし――

 

「ワン、ツー、スリー、フォー……」

 

「ワン、ツー、スリー――ってうわあ!?」

 

当たり前というか、穂乃果は途中で足を(もつ)れさせ尻餅をつく。

俺はそのたびに穂乃果に手を差し伸べる。

 

「大丈夫か? ほら――」

 

「うん、ありがとう春人くん。やっぱり難しいね」

 

「最初はそんなものだ。まだ続けるか?」

 

俺の問いかけに穂乃果はもちろん、と返す。

こうして練習をすること一時間、俺は二つの人影を見つける。その姿を見て俺は思わず笑ってしまった。

 

「ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シック――あう!!」

 

「少し休憩しよう、穂乃果。飲み物買ってくるよ」

 

「えっ、春人くん? あ……」

 

急に引っ張ってくれなくなった俺に疑問を持つ穂乃果。だが、俺が歩いた先にいた人物を見て声を洩らした。

俺は笑みを浮べたまま、後を引き継いだ。

 

「これから、穂乃果に手を差し伸べるのは二人だ。海未、ことり」

 

「はい……!」

 

「うん!」

 

俺と入れ替えで穂乃果の元に行く二人。

こうして一人からの始まりは三人からの始まりとなった。

 

 

 






いかがでしたでしょうか!

ではまた次回にお会いしましょう!!


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9.前途多難



燕尾です。

九話目です。





 

 

海未とことりが加わり、改めて四人でのスタートを切る俺達はアイドル部を作るために生徒会へと踏み込んだ。だが、

 

「アイドル部、ね……」

 

書類を見た会長が息を吐く。緊迫した空気が場を支配しているのか穂乃果たちも緊張気味だ。

 

「はい、私たち三人でアイドルをやりたいと思っています!」

 

「そこの彼は?」

 

「俺はおまけとでも思っていてくれ。やることはしっかりやるけど」

 

おまけじゃないよ! と声をあげて否定する穂乃果。そこはいま重要じゃないのでスルーする。

 

「なぜ、いま二年生の貴方たちがこの時期に創部しようとするのかしら?」

 

「それは、やってみたいと思ったからです。後、私たちが人気になれれば廃校も阻止できるかもしれないからです!」

 

穂乃果の返答に会長はそう、とだけ呟いて、再び書類に目を落とす。そして、

 

「残念だけど、部活創部には最低六人は必要なの。だからこれじゃ認めることができないわ」

 

規則を知らなかった三人は会長の言葉に落胆する。しかし、それだけではなかった。

 

「それに、仮に六人集めたとしてもアイドル部の設立は認めないわ」

 

唐突に言い放たれた宣言に俺達は目を()いた。

会長は"認めることができない"ではなく"認めない"と言ったのだ。

 

「どうしてですか!?」

 

当然納得のいかない穂乃果は問い詰める。会長は俺達全員に(にら)みを()かせる。

 

「スクールアイドルで廃校を阻止しよう、なんて活動は認めないわ」

 

成る程な、と俺は合点がいったが、穂乃果たちは会長の意図が分からず怪訝そうな表情だ。

 

「いい? 廃校を阻止するということは学院の名を背負うってことなの。スクールアイドルなんてお遊びに学院の名を負わせるわけにはいかない。むしろマイナスにしかならない。だから認めないわ」

 

そこまで言うのかと思うほどに会長は否定的だった。

 

「部活は生徒を集めるための手段じゃない。限られたなかでもっと有意義な時間の使い方を考えるべきよ」

 

会長に返す言葉がない穂乃果たち。ここは引いた方が良さそうだ。

 

「穂乃果、一旦下がるぞ。今日は分が悪い」

 

俺の提案に頷いた彼女たちは生徒会室から出ようとする。

 

「あれ? 春人くんは行かないの?」

 

「ああ、ちょっと個人的な用で。先に戻っててくれ」

 

「わかりました、ではまた後で、春人」

 

こうして一人残った俺は改めて会長と対峙する。

 

「それで、個人的な用って何かしら?」

 

「理由を聞きたい。穂乃果たちの活動を認めないわけを」

 

理由次第では今後この人とどう接するかが決まる

 

「それはいま言ったばかりじゃない。あの子達の――」

 

「そういうことじゃない、なんでスクールアイドル活動が"お遊び"なんだ? どうして会長は穂乃果たちの活動が学院にとってマイナスだと判断したんだ? 俺が知りたいのはそこだ」

 

プラスかマイナスかなんて蓋を開けてみなければわからない。つまりはそういうことだ。

 

「決まってるじゃない。スクールアイドルなんて無意味だからよ。伊達や酔狂で学院の名前を背負わすのを認めるとでも思う?」

 

価値観の違い――一言で言えばそれだ。会長と俺たちのものに対する見方が違う。

だが、それだけではない。会長の認めたくない本当の理由は別にある。その理由を彼女がここで語ることはなかった。

 

「もう少し、マシだと思っていたんだけどな」

 

「――それはどういう意味?」

 

言葉に怒気をはらませて問いかけてくる会長。しかし、ここで俺が丁寧に答える義理はない。

 

「知りたいなら自分で考えてくれ。答え合わせならしてやるから。それじゃ、失礼しました」

 

無言の会長と副会長を尻目に俺は生徒会室を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これからどうしよう……」

 

気落ちしたような声で穂乃果が洩らす。

 

「がっかりしないで、穂乃果ちゃんが悪いわけじゃないんだし……」

 

穂乃果を励ますことりもどこか元気がない。まあ、あそこまで否定されたのだから無理もないし、気持ちもわかる。

 

「でも、部活として認められないと講堂も借りられませんし、部室ももらえません。そうなると練習場所さえ……」

 

海未の言う通り、部活でない限り部室もないし、行動できる範囲に限りが出来てしまう。だが、

 

「あきらめるのは早いと思うが」

 

何も出来ないわけじゃない。今回はただ、生徒会に理解されなかっただけだ。

 

「そもそも、生徒会の許可なんて必要ないだろ」

 

「「「ええっ!?」」」

 

俺の言葉に三人は声を上げる。

 

「穂乃果たち"部活"をしたいんじゃない。"スクールアイドル"をしたいんだろう? だったらやりようはいくらでもある」

 

「春人くん、悪い顔してるよ……」

 

「失礼な」

 

随分なことを言う穂乃果に俺はムッとしてしまう。

 

「ですが一体、どうするのですか? 先ほども言いましたが、部活動でないと――」

 

「それがまず間違いだ。生徒なら誰だって講堂を借りられる。練習場所だって空いてる場所がどこかはあるはずだし、話し合いなら教室でだって出来る。いま部活にこだわる必要なんてない」

 

いずれは必要になってはくるけどな、と付け加える。しかし、人数も揃っていない今は考えても仕方のないことだ。

 

「だから生徒会にいまとやかく言われる筋合いはない。第一、生徒会は生徒が楽しい学院生活を送るためにサポートする組織だ。その生徒会が生徒を縛ってどうする」

 

「それは屁理屈というものでは……」

 

「屁理屈じゃない。しっかり道理に適っている。俺がいま言ったことはどこも校則に違反してないし」

 

講堂は借りられるし、許可の必要ないところや立ち入り禁止ではない場所なら誰がいつ使っても問題ない。

 

「確かにそうだけど……」

 

ことりと海未はどこか迷っている。だが、穂乃果は何か考え込んでいた。

 

「春人くん」

 

「なんだ?」

 

そして彼女は何か決意したように俺を真っ直ぐ見つめてくる。

 

「私たち、出来るかな? スクールアイドル」

 

確認のような彼女の問いかけに俺は頷いた。

 

「出来るかじゃない、やるんだろ?」

 

俺の言葉をかみ締めるように受け取った穂乃果は前を向いた。

 

「そうだね……うん! やろう、スクールアイドル!!」

 

こうして、前途多難なスクールアイドルの活動が始まる。

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?

ではまた次回にお会いしましょう




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10.やるべきこと



どうも燕尾です

10話目です。






 

 

 

「失礼します!」

 

翌日、俺たちは再び生徒会室へと乗り込んだ。

会長は俺たちの姿を見てあからさまに息を吐く。

 

「なに? 朝から。私たちも暇じゃないんだけど」

 

当たり前だが、明らかに会長は警戒していた。

 

「講堂の使用許可を貰いにきました!」

 

穂乃果の言う通り、今回俺たちが生徒会に来たのは講堂の使用許可、つまりはライブ場所の確保だ。

 

「部活に入っていない生徒でも空いていれば使えると生徒手帳にも書いてありましたので使わせてほしいなと思いまして」

 

海未が穂乃果のフォローに入る。これで素直に頷いてくれるならそれで良いのだが。

 

「講堂で何をするつもりなの?」

 

あまりいい反応ではなかった。昨日の今日では当たり前のことだ。

 

「それは……」

 

海未は言葉に()まる。

打ち合わせでは内容は伏せておいて場所を取るだけ取るつもりだったのだが、そう簡単にことは運ばない。

視線で海未が助けを求めてくる。俺は仕方がないと一息入れる。

本当は俺が前に出ることはよくないのだが、手助けをするぐらいなら問題はないだろう。

 

「俺たちは――」

 

「ライブをします!!」

 

俺の言葉を遮った穂乃果の宣言。生徒会室に静寂が訪れる。

昨日打ち合わせたことの話を全く聞いていなかった穂乃果に俺は頭を抱え、海未は唖然(あぜん)とし、ことりは苦笑いしていた。

 

「私たちは新入生歓迎会でライブをしたいと思ってます。その場所として講堂を使いたいんです!」

 

「ほ、穂乃果! まだやるとは決めてないんですよ!?」

 

「ええ!? やるよ! そのために来たんじゃん!!」

 

「まだ何一つ決まってないんだけど……」

 

生徒会の二人プラス俺をそっちのけで話し合う三人。痺れを切らした会長が口を挟む。

 

「本当にそんな状態で出来るの?」

 

「そ、それは……」

 

口ごもる穂乃果に、会長は追い討ちをかける。

 

「新入生歓迎会は遊びじゃないのよ」

 

完全に言い負かされている穂乃果たち。もともと彼女たちは口が回るほうじゃないから仕方が無い。俺がついてきたのもそのためだ。

 

「――別に遊んだって良いじゃないか」

 

俺の言葉で空気が変わる。

 

「どういうことよ」

 

会長が俺を睨んでくるが、俺は(ひる)むことなく続ける。

 

「せっかく数少ない新入生を歓迎しようっていうんだ。楽しくなかったら意味が無い。それに――花火を打ち上げるのも悪くないだろ」

 

「……花火の準備は生徒会が主導なのよ。あなたたちがやることじゃない」

 

「俺たちは講堂の使用の件について来たんだ。そもそも、俺たちは部活動じゃない。だから内容を会長にぐだぐだ文句言われる筋合いも無い」

 

「そういうことじゃ――」

 

「――まあまあ、えりち。そこまでにしとき」

 

食い下がってくる会長を止めたのは副会長だった。

 

「希……」

 

「そこの彼の言う通りや。部活じゃない彼女らに生徒会が内容をとやかく言う権利は無いと思うんやけど?」

 

「それは、そうだけど……」

 

「この場合は使えるか使えないか、それを答えるべきや」

 

副会長に諭されて、どこか悔しそうな表情をする会長。

そして、俺たちは講堂の使用する権利を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なのだが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちゃんと話したじゃないですか!! アイドルの話は()せておいて借りるだけ借りようと――」

 

昼前の中休み、海未は穂乃果に説教をしていた。穂乃果は顔を伏せておちこんでいるようだった。

 

「春人が上手く口添えしてくれたから良かったものの、あのままだったら認めてもらえなかったんですよ!?」

 

「ふぇ? なんで?」

 

「……パンを食べていたのか」

 

顔を上げた穂乃果の口元にはパンが見える。

落ち込んでいるのではなくただパンに齧り付いていただけだった。

 

「またパンですか?」

 

「うち和菓子屋だからね。パンが珍しいのは知ってるでしょ?」

 

「太りますよ、まったく……」

 

「そうだよね~」

 

まったく反省するそぶりも無いまま再びパンを食べる穂乃果。そんな彼女の隣に海未は腰をかける。

 

「とりあえず講堂を借りられたのはいいが、どうするつもりだ?」

 

座って落ち着いた二人に俺は問いかける。

 

「なにが~?」

 

俺の質問の意図がわかっていない穂乃果はキョトンと聞き返してきた。

 

「この後のことだ。穂乃果たちはまだ何も――」

 

「あ、お二人さん。こんなところにいたんだ!」

 

決めていないんだぞ、という俺の言葉は後ろからやってきた声に(はば)まれた。

後ろから声をかけてきたのは三人組の女子生徒だった。当然俺の知り合いではなく穂乃果たちの知り合いだ。

 

「誰だ?」

 

三人に聞こえない程度に小さく海未に聞く。彼女は知らなかった俺に驚きの目を向けた。

 

「クラスメイトですよ!?」

 

「そんなこと言われてもな……知らないのは仕方が無いだろう?」

 

「左からヒデコ、ミカ、フミコですよ」

 

「略してヒフミか」

 

「略さないでください!」

 

駄目か? と言う俺に海未はキッパリ、駄目です、と頷いた。

小声で話す俺たち二人を不思議そうに見つめる三人だったが、穂乃果に向き直った。

 

「それよりも、掲示板見たよ!」

 

「……掲示板?」

 

聞き覚えの無い単語に首を傾げる。海未も同じようで俺と海未は顔を見合わせた。

 

「スクールアイドル、始めるんだって?」

 

「海未ちゃんがやるなんて思わなかったけど」

 

三人の言葉に混乱する。

穂乃果たちがスクールアイドルをやることを知っているのは今のところ本人たちと、俺、生徒会長と副会長だけのはずだ。それ以外には告知もしていなかった。

それを知っているという事は、見たと言っていた掲示板に何かしらのものが貼り出されているということだ。

 

「掲示板になにか貼ったのですかっ?」

 

海未も同じことを思ったようで責めるように穂乃果に問い詰める。

 

「うん、ライブの告知!」

 

渋い顔の海未とは反対に穂乃果は満面の笑みで頷いた。曇りの無い笑みに対して、俺と海未は血の気が引く。

三人との会話を打ち切って海未は穂乃果の腕を掴み掲示板を確認しに行った。俺も後についていく。

 

「……」

 

掲示板を見たとき、俺は何も言葉が出なかった。そこには穂乃果が言ったとおりの言葉が書かれたポスターが。

 

「な、な……なにやっているんですかぁ!!」

 

色々な声が飛び交って騒がしい学校の廊下で海未の声が一番大きく響くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく。まだ何一つ決まっていないのに、穂乃果は見通しが甘すぎます!」

 

教室へと向かいながら本日二度目の小言を述べる海未。だが、今回ばかりは俺も海未に同意せざるを得ない。

 

「え~、ことりちゃんだっていいって言ってたよ?」

 

「どうしてそこで海未に聞かなかったんだ?」

 

そして、この現状の原因となったもう一人、ことりはというと――

 

「うーん、こうかな……」

 

ペンを握ってなにやらイラストブックに書き込んでいた。そして俺らが近づくと同時にこんなものかな、と満足そうに頷いた。

 

「ことり? なんですかそれは?」

 

「見て! これ、ステージ衣装考えてみたの!」

 

バッ、と見せてきたイラストブックにはことりが考えたステージ衣装を着た穂乃果の絵だった。

 

「おー、可愛い!」

 

「本当? このカーブのラインが難しいんだけど何とか作ってみようかと思ってるんだ」

 

ステージ衣装の話で盛り上がる二人とは対象に、海未は戸惑ったようにイラストを見ていた。

 

「海未ちゃんはどう思う?」

 

ことりから意見を求められた海未は手を震わせてイラストのある一部を指差した。

 

「ことり……? ここのすーっと伸びているものはなんですか?」

 

「足よ♪」

 

「ではこの短いスカートは……?」

 

「アイドルだもん♪」

 

ニッコリと即答することり。海未はイラストの衣装を自分が纏ったところを想像したのか、足をモジモジさせている。

そこまで恥ずかしがる必要は無いと俺は思っていた。海未もことり、穂乃果も別にスタイルが悪いわけじゃない。

 

「大丈夫だよ! 海未ちゃんの足はそんなに太くないから!!」

 

「人のこと言えるのですかっ? さっきまで間食のパンを食べていたあなたが!」

 

海未に指摘された穂乃果は自分の身体をペタペタと確認するように触れる。そして、

 

「よしっ、ダイエットだ!!」

 

「二人とも大丈夫だと思うけど……」

 

俺もことりと同意見なのだが、俺が言うのはおかしいと思い、口を()う。

 

「はぁ、他にも決めておかないといけないことがたくさんあるよね~」

 

「穂乃果の口からそんな言葉が出るとは思わなかった」

 

「失礼だよ、春人くん! 私だって色々考えているんだから」

 

さっきの掲示板の一件からして、穂乃果は行動が先に来るのだと思っていたが、どうやら違ったらしい。俺は試しに聞いてみる。

 

「じゃあ、まず何を決めるつもりだ?」

 

「えっと……サインでしょ? 街を歩くときの変装でしょ? それに――」

 

穂乃果はやっぱり穂乃果だった。考えるべきことがわかっていなかった。

 

「そんなものは必要ありません。他に決めることあるでしょう!」

 

「そうだね、それに今は何より――」

 

「何より?」

 

「――グループ名。決まってないし」

 

ことりの指摘に、俺たちは全員虚を突かれた。

そして、放課後――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~、なかなかいいのが思い浮かばないね……」

 

穂乃果が机にへばる。

午後の授業が終わってから図書室へと行き、グループ名を考えていたのだが、いいのが思いつかなかった。

 

「何かわたしたちに特徴があればいいんだけど」

 

「性格もなにもかもバラバラですからね、私たち」

 

「じゃあ、単純に三人の名前で"ほのかうみことり"とか?」

 

「……微妙だな。芸名みたいだぞ」

 

「じゃあじゃあ、海未ちゃんは海、ことりちゃんは空、穂乃果が陸で"陸・海・空"とか?」

 

「全然アイドルとは思えない……自衛隊じゃないんだぞ?」

 

「むー……じゃあ、春人くんは何か言いの思いつくの?」

 

「お、俺か……?」

 

不満げな唸りからの穂乃果の要求に俺は戸惑いを覚える。

 

「そうですね、春人の意見も聞きたいです」

 

「確かに、わたしも春人くんのネーミングセンスが気になる」

 

「ことり……!? それは関係ないんじゃないのか……!?」

 

「穂乃果の案を否定したんだから春人くんはきっといいグループ名があるはずだよね?」

 

「……」

 

いじけた声で、追い詰めてくる穂乃果。俺はしばらくの間考え込む。そして、たまたま頭に浮かんだものをそのまま言った。

 

「――小夜啼鳥(さよなきどり)、ナイチンゲールとか……」

 

「小夜啼鳥? ナイチンゲール……?」

 

穂乃果は聴いたことがないらしく、頭に疑問視を浮かべて首を傾げる。

 

「ヨーロッパなどに生息する鳥ですね、鳴く声が美しいことから"西洋の(うぐいす)"と呼ばれていますね」

 

「おお、いいんじゃないかなっ? 歌が綺麗なイメージのグループ名!」

 

なかなかの好感触に俺は少しほっとする。それに対して海未は少し苦い顔をした。

 

「ですが……」

 

「ん? どうしたの、海未ちゃん?」

 

「確かに綺麗な鳴き声を持つ鳥なのなのは間違いないのですが別名が確か……」

 

俺をちらちら見て、言いづらそうにする海未。ここで隠しても後々問題になるだろう。

 

「ナイチンゲール――小夜啼鳥は別名"墓場鳥"なんて呼ばれてる」

 

「墓場!? 駄目だよ! そんなの絶対駄目!!」

 

一転して否定された俺は少し残念に思ってしまった。

 

「その説明はいらなかったんじゃないのかな……?」

 

ことりの言う通りだが、海未が気づいていた以上どうしようもなかった話だ。

 

「はぁ~……どうしようっか、グループ名……」

 

結局話は振り出しに戻り、納得するものが出てこないまま行き詰ってしまう。

 

「もう少し頑張ってみましょう」

 

「そうはいっても私たちだけじゃ限界――って、そうだ!」

 

そこまで言って、穂乃果は何か閃いたのかおもむろに立ち上がった。

 

「穂乃果ちゃん、どこ行くの?」

 

「皆、私についてきて!」

 

穂乃果はペンを持って図書室から出て行った。言われるがまま穂乃果についていった先はポスターが貼ってある掲示板だった。

そして、穂乃果はポスターに何かを書き込み、その下に箱を置く。

 

「これでよし!」

 

満足げに頷く穂乃果。覗き込むと穂乃果が置いたのは投書箱だというのがわかる。

 

「……グループ名募集?」

 

「丸投げですか……」

 

ライブの告知の紙の下に書かれたグループ名募集。完全に人任せだった。

 

「こっちのほうが皆も興味もってくれそうじゃない?」

 

「まあ、そうかもしれないな」

 

頷く俺に、そうでしょ? と言わんばかりの表情をする穂乃果。

 

「さて、これでグループ名はいいとして――次は歌と踊りの練習だー!!」

 

穂乃果が気合の入った声を上げる。それに続いて、ことりと海未も頷いた。

まだまだやるべきことは多い。

 

 






いかがでしたでしょうか?

次回更新ははやくできたらいいなぁと思います。




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11.それぞれの関係



どうも燕尾です。

第十一話
どうぞ




 

 

 

「なかなか空いてる場所がないね……」

 

穂乃果が落胆したように言う。

歌と踊りの練習をするために穂乃果たちは場所の確保をしようと学院の色々な場所を捜し歩いたのだが、グラウンドや体育館、広場も部活や遊んでいる生徒で埋まっていた。

空き教室もあったのだが、鍵がかかっており――

 

「空き教室を使いたい? 一体何に使うんだ?」

 

「スクールアイドルの練習に……」

 

「お前らが、アイドル……ハッ……」

 

「は、鼻で笑った!?」

 

鍵を借りに職員室まで赴いたのだが、鼻で笑われる始末だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、ここしかなかったと」

 

そして、最終的にやってきたのは屋上だった。

 

「日陰もないし、雨が降ったら練習できないけど……贅沢は言ってられないよね」

 

「うん、でもここなら音も気にしなくて良いし、誰かに聞かれることもなさそうだね」

 

ことりや穂乃果の言う通りだ。練習できる場所があるだけ全然マシといえるだろう。それに、ライブ前に見られたら初めて観る楽しさも半減だ。

 

「よーし、頑張って練習しよう! まずは歌から!!」

 

「「はい!」」

 

意気込む三人だったがちょっと待ってほしい。穂乃果たちは大事なことを忘れている。

 

「練習するのは良いけど、穂乃果たちは何を歌うんだ?」

 

俺の一言で場がしんと静まり返った。

 

「えーと、曲は?」

 

「私は知りませんよ……」

 

「わたしも……」

 

始める前から早くも行き詰ってしまう、スクールアイドル活動だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「春人くん、この後時間あるかな? 穂乃果の家に来てほしいんだけど」

 

新たな問題が浮き彫りになったスクールアイドルについて話し合うため、俺は穂乃果に参加を求められる。

 

「別に構わないけど、一度家に帰らせてくれ」

 

「何か用事でもあるの?」

 

「まあ、少し。すぐ終わるから気にしないで先に行っててくれ」

 

「でも、春人くん。穂乃果ちゃんの家知らないんじゃ……?」

 

ことりの言葉に俺はあっ、と声を洩らす。するとそこで助け舟を出してくれたのは海未だった。

 

「でしたら、私が部活終わりに連れてきます。春人、面倒だとは思いますが学校まで戻ってきてくれますか?」

 

「ああ、わかった。それじゃあ、また」

 

「あ、春人くん――?」

 

そうしてそっけないような態度になってしまった俺を穂乃果たちは不思議そうに見つめていたのだが、今は答える時間が無い。

悪い、と心の中で謝りながら急ぎ足で俺は家へと帰るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだろう、春人くん。急ぎの用事だったのかな?」

 

だとしたら悪いことをしちゃったな、と少し反省する。

 

「大丈夫ですよ穂乃果。どうしても外せなかったら春人も断っていたでしょうし」

 

「そうだね。春人くんは無理なものは無理ってはっきり言う人だと思う。だから大丈夫じゃないかな?」

 

軽く落ち込む私をフォローしてくれたのは海未ちゃんとことりちゃんだった。

 

「それなら良いけど……」

 

それでも私は不安が拭えなかった。

春人くんがスクールアイドルの手伝いをしてくれたのは私が半ば強引に頼み込んだからだ。それを自覚していたからこそ、迷惑じゃないのかと考えてしまう。

 

「何か不安でもあるのですか、穂乃果?」

 

「うん……春人くんって結局なんでも引き受けてくれるから、無理しているんじゃないかなって」

 

一番最初にスクールアイドルの活動に賛成してくれた春人くん。そして応援するといってくれた彼に私は甘えているのではないのか。

 

「穂乃果ちゃんがそういうことを気にするなんて珍しいね」

 

「ことりちゃん、それどういう意味!?」

 

何気にひどいことを言ったことりちゃんに私は思わず声を上げる。

 

「確かにことりの言う通りですね。穂乃果、何か悪いものでも食べましたか?」

 

「海未ちゃんまで!? もう! 悪いものなんて私食べてないよ!」

 

からかってくる二人にムーッと頬を膨らませる。いくらなんでも失礼すぎる。

 

「ごめんね、穂乃果ちゃん……でも、本当にどうしたの?」

 

「うーん……」

 

ことりちゃんに聞かれて私は首を捻る。

なんでここまで春人くんのことを考えているのか、私も分からなかった。ただ、わがまま言い過ぎて春人くんに嫌われてしまうのではないのか、そう思うと不安で仕方が無かったのだ。

 

「わからないや……」

 

嫌われたくない。あの差し伸べてくれた手の温もりを失いたくない。

 

「穂乃果」

 

グルグルと悩んでいた私に海未ちゃんが落ち着いた声をかけてくれる。

 

「確かに春人は何でも引き受けてくれています。もしかしたら無理をしているのかもしれません」

 

「うん……」

 

「でしたら、私たちは春人に謝るよりも感謝するべきだと思います」

 

海未ちゃんの話に私は感謝? とポカンとしてしまう。そんな私に海未ちゃんは頷く。

 

「はい、大切なのは"気持ち"です。手伝ってくれる春人に感謝する。ですが、ただ思うだけではなくそれをちゃんと伝えることが重要だと私は思いますよ」

 

「そうだね。言葉にしないと何も伝わらないってわたしも思うな」

 

「気持ちを伝える……」

 

その言葉がストンと自分の中に落ちる。

春人くんの優しさを当たり前だと思ってはいけない。私たちはありがとうと彼に伝えるべきなんだ。

 

「ありがとう、海未ちゃん、ことりちゃん」

 

早速言葉にした私に海未ちゃんとことりちゃんは笑顔で頷いた。

 

「では、私は部活に出てから春人と向かいます」

 

「うん、また後でね。行こう、ことりちゃん!」

 

「わわ!? 待ってよ、穂乃果ちゃん!」

 

私は晴れた気持ちで帰路へとついたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海未の練習が終わる時間までに必要なことを終わらせて、再び学校へ行く。

校門前にはすでに練習を終えた海未が立っていて俺を待っていた。

 

「悪い、待たせたか」

 

「いえ、私もちょうど練習終えてきたところですから気にしないでください」

 

「そう言ってもらえると助かる、それじゃあ、案内頼めるか?」

 

「はい、では行きましょうか」

 

海未の後について穂乃果の家へと向かい始める。

 

「そういえば、春人に聞きたいことがあるんですが……」

 

「ん、どうした?」

 

その道中、海未がふと思い出したように口を開いた。

 

「その……春人はどう思っているのですか?」

 

「悪い、よく分からない。もう少し説明してくれないか」

 

質問の内容が抽象的過ぎてよく分からなかった。海未は何を聞きたいのだろうか。

 

「すみません、言葉が足りませんでしたね。春人は私たちを手伝ってくれますが、私たちがスクールアイドルやるということをどう思っていますか?」

 

「ああ、いいと思う」

 

「えっと、もう少し詳しくお願いします」

 

「そうだな、海未とは考え方が違うかもしれないが、俺は最初からスクールアイドルをやることに反対はしていなかった。穂乃果にも言ったけど、思いつきや好奇心、やりたいからやることは悪いことじゃない。確かに廃校を阻止するのは難しいけど決して駄目なわけじゃない」

 

こういうことは理屈じゃない、感情だ。理屈を捏ねてやらないというのもなにかの感情があるからだと思っている。

 

「穂乃果はやりたいって気持ちが根底にあった。だから俺は良いと思ったんだ」

 

「では、私たちの手伝いをしているのはどうして……?」

 

難しいことを聞いてくる海未。穂乃果に頼まれたから、というだけでは納得しないだろう。

 

「そうだな……見てみたかったというのが大きい、と思う。穂乃果が、これからどうなっていくのか、海未やことりたちがどうしていくのか。気を悪くするかもしれないけどな」

 

「そんなこと無いですよ。私たちは手伝ってもらっていますし。むしろ迷惑じゃないですか? 春人まで巻き込んで……」

 

俺は首を横に振った。

 

「迷惑じゃない。あの時、穂乃果がそう望んでたから、出来るだけ応えてやりたかった」

 

俺の話に海未がポカンとする。

結構恥ずかしいことを言ったことに自覚した俺は慌てて言葉を続ける。

 

「ま、まあ、俺に出来ることは知れているとは思うけど」

 

「そんなこと無いですよ、かなり助かっています!」

 

海未の強い言葉に俺は少し安心する。

 

「そうか、それならよかった」

 

「よかったのは私たちもです。特に穂乃果が気にしてましたからね」

 

なんで、穂乃果が? と聞こうとしたのだがどうやらタイムアップのようだった。

 

「ここです。穂乃果の家」

 

海未に連れられて来た穂乃果の家の扉には暖簾が垂れ下がっていた。

 

「和菓子屋……穂むら?」

 

暖簾の字を読み上げる。そういえば初めてであったとき実家は和菓子屋をやっているといっていたのを思い出す。

 

「じゃあ、入りましょう」

 

「ああ」

 

扉を開けて、こんばんわ、と入る海未の後に続いて俺も中に入る。

中には団子を食べていた女性が一人。その女性は慌てて手を拭く。

 

「あら、いらっしゃい海未ちゃん」

 

「こんばんは、穂乃果はいますか?」

 

「ええ、上にいるわよ――ってあら?」

 

俺の姿を確認した女性は不思議そうに俺を見つめる。そして、

 

「あらあら! もしかして、そちらの人は海未ちゃんの彼氏さんかしら?」

 

とんでもないことを言い始めた女性に俺は少し眉をひそめる。隣にいた海未はそういう話に耐性が無かったのか顔を真っ赤にして否定する。

 

「そそそそそんなわけ、あ、あああああるわけ無いじゃないぃですか!!」

 

「海未、少し落ち着け。すごいことになってるぞ」

 

もはや慌てすぎて言葉がおかしくなっていた。ショートしたロボットのようだ。

 

「えっと、音ノ木坂学院二年の桜坂春人です。海未さんの彼氏ではなく友人です」

 

「ご丁寧にどうも。穂乃果の母、高坂穂波です。ごめんなさいね、海未ちゃんが男の人を連れてくるなんて思わなかったからついからかっちゃって」

 

悪戯っぽい笑みを浮べる穂乃果の母親。どうやら穂乃果のフランクさは彼女から伝わったらしい。一緒にからかわれた海未はぶつぶつと何かを呟いている。

 

「ところで、海未ちゃんの彼氏じゃないならうちの娘のかしら? それともことりちゃん?」

 

どうしてもそういう話にもっていきたいのか、俺には困る話題を振ってくる。

 

「穂乃果さんともことりさんとも彼氏彼女の関係じゃないです」

 

「あら、そうなの? でもチャンスはあるのかしら?」

 

「友人として仲良くさせてもらってます」

 

「これはなかなかガードが固いわね……」

 

むむっ、と唸る穂乃果の母親。とにかくこれ以上やましいことも無いのに深追いされたくは無い。

 

「えっと、穂乃果、さんの部屋は二階ですか」

 

「ええ、向かって右側よ。ゆっくりしていってね。それともっと普通にしゃべって良いわよ。穂乃果さんなんて普段から言っていないでしょう? わたしのことも穂波でいいわよ」

 

「あ、はい……ありがとうございます、穂波さん。それじゃあ、お邪魔します。おい、海未?」

 

「彼氏、彼女、お付き合い……破廉恥です!!」

 

声を掛けても未だに自分の世界にいる海未の手を掴んで、俺は上がりこむ。

そして言われたとおり二階の向かって右側のノックしてから戸をあけると、

 

「練習お疲れ様~、もぐもぐ……」

 

「もぐもぐ、いらっしゃい、春人くん」

 

団子を頬張ってお茶をしていたことりと穂乃果の姿。

 

「穂乃果、ことり、ダイエットはどうしたんだ?」

 

「「ああ~!」」

 

二人はしまった! と言う表情でお互いを見合わせる。俺は思わずため息をついた。

 

「本当にダイエットするなら団子はそれで終わりにしておけ海未にばれたらことだぞ」

 

海未は穂波さんの言葉が余程効いたのか、未だに戻ってきていない。

穂乃果とことりは慌てて団子を片付ける。その最中、穂乃果がピタリと身体を止めた。

 

「……春人くん」

 

「どうした?」

 

低い声色で冷えた視線を送る穂乃果に、若干恐怖を感じながらも俺は聞き返す。

穂乃果の見る目は俺のある一点に集中していた。

 

「どうして、海未ちゃんと手を繋いでいるのかな……?」

 

あ、と声が出る。海未の状態のせいか、まったく意識していなかった。穂乃果は片付けそっちのけで俺に迫ってくる。

 

「なんで、海未ちゃんと、手を繋いでいたのか、説明してほしいなぁ」

 

「それは、穂波さんにからかわれて、どこか上の空だったから、危ないと思って……」

 

俺の話に穂乃果はへー、とか、ふーん、としか言わない。

睨まれる俺を助けてくれたのはことりだった。

 

「穂乃果ちゃんのお母さんになにを言われたの、春人くん?」

 

「入って早々、海未の彼氏かって聞かれた」

 

正直に話すとピシッ、と今度こそ空気が凍った。

 

「海未ちゃんの、彼氏? 春人くんが?」

 

わなわなと声を震わせてる穂乃果。普段の彼女からは見ることのできないほど穂乃果の顔は無表情だ。

 

「ああ。海未と一緒にいる俺を見て穂波さんが――」

 

「それで?」

 

「え?」

 

「それで春人くんはなんて答えたの?」

 

迫ってくる穂乃果に恐怖を感じて思わず目を逸らす。それがいらない勘違いを生むとも分からずに。

 

「えっと……」

 

「――!!」

 

穂乃果が、声にならない悲鳴を上げる。ことりも何故か、顔を紅くして俺と海未を驚いた目で見ていた。

 

「えぇ! 二人ともいつの間にそんな関係になってたの!?」

 

「そんな関係ってなんだことり?」

 

うーん、というか言わないか迷った素振りを見せ、ことりは口にする。

 

「恋人関係?」

 

「ぼふっ……」

 

思わず噴出しそうになる俺。なんでそんな結論が出るのかよく分からない。

 

「ほら、春人くん目を逸らしてたし……だから、図星だったのかなーって」

 

「目を逸らしたのはそうじゃない、穂乃果が少し怖かっただけだ」

 

「それじゃあ、なんて答えたの?」

 

「友人として仲良くさせてもらってるって言ったよ」

 

「そっか……穂乃果ちゃん、春人くんと海未ちゃんは恋人同士じゃないって」

 

無表情で立ち尽くしている穂乃果にことりが小さく耳打ちする。

 

「――はっ!? 私は一体……」

 

放心状態だった穂乃果が戻ってくる。それと同時に、場の温度が元に戻った。

 

「大丈夫か、穂乃果?」

 

「う、うん! 大丈夫!! それじゃあ、早速始めようか!!」

 

穂乃果は慌てた様子で団子を片付けてお茶を入れなおす。

俺は何も言うことができずただただ受け入れるのだった。

 

「春人が、恋人? 彼氏、私が彼女……」

 

「海未、いい加減戻ってこい……」

 

海未が正気に戻ったのはもう少し後のことだった。

 

 






いかがでしたでしょうか

ではまた次回にお会いしましょう。



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12.これから



どうも、燕尾です。

今日は夜にもう一話出来たら投稿したいと思います。





 

 

 

「それで、曲のほうはどうなりました?」

 

正気に戻った海未は穂乃果とことりの対面に座り、お茶で一息ついてから、改めて現状を聞く。

 

「うん、一年生の子にすっごく歌の上手い子がいるの。ピアノも上手で、きっと作曲も出来るんじゃないかなって。明日聞いてみようと思うんだ!」

 

歌とピアノが上手い一年生――音楽室で会ったあの赤毛の少女のことだろう。そういえば名前を聞くのを忘れていたと今更ながらに思い出す。

 

「もし、作曲をしてもらえるなら、作詞の方はなんとかなるよねって穂乃果ちゃんと話してたんだ」

 

「なんとか、ですか……」

 

心当たりの無い俺と海未は首を傾げる。それに対して、穂乃果とことりは顔を見合わせてねー、と頷いている。そして、テーブルから身を乗り出して二人は海未に迫った。

 

「な、なんですか!?」

 

何かを期待するような二人の瞳に戸惑う海未。そんな彼女に穂乃果が言った。

 

「海未ちゃんさぁ、中学のときポエムとか書いたこと……あったよね?」

 

「え゛っ!?」

 

穂乃果の告白に海未の顔が引き攣る。さらに、そこにことりが畳み掛ける。

 

「読ませてもらったことも、あったよねー?」

 

まあ、中学生は多感な時期だから、自分の気持ちや情景を文字に起こしたいときもあるに違いない、そういうことしても可笑しくは無いだろう。決して、面白いという分けではなく、俺の頬が緩んでいることなんてない。

笑顔の二人に嫌な予感がしたのか正座の状態で器用にずるずると後ろに下がる海未。そして、

 

「あっ、」

 

「逃げた!!」

 

バッ、と立ち上がり海未は穂乃果の部屋から逃走し始めた。その後を穂乃果とことりが追いかける。

 

「待って……海、未ちゃん……!」

 

「やめてください! 帰ります!!」

 

「やーん、海未ちゃーん」

 

「いいからいいから!」

 

「よくありません!!」

 

玄関付近で捕まったのか、ギャアギャアと騒がしい声が下から聞こえてくる。

そんな彼女らを尻目に俺は一人、ことりの淹れてくれたお茶に口をつけて、置いてある新作らしい団子に手をつける。

 

「うん、美味しい」

 

暢気にそんなこと呟いて一息ついて約数分、下から聞こえてくる騒がしい声が止んだ。その代わりに聞こえてくるのは階段を上がってくる三人の音。

 

「お帰り」

 

「ただいま~」

 

扉が開くと穂乃果とことりが連行するように海未の両脇を固めていた。二人から逃げ切れなかった海未はガックリと項垂れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お断りします」

 

再び腰を落ち着かせて、交渉の場へとついた早々、海未はスパッと言い切った。

 

「ええっ、なんでなんで!?」

 

「えー……」

 

「絶対に嫌です! 中学のときのだって、思い出したくないくらい恥ずかしいんですよ……」

 

「ほら、アイドルの恥は掻き捨てっていうじゃない」

 

「言いません!!」

 

それを言うなら"旅の恥"だろ。しかも、アイドルをやれば少なからず周りに覚えられるから恥も捨てられなくなるし。

 

「でも、私も衣装作るので精一杯だし……」

 

裁縫が得意だということりは衣装を担当することになる。

こういうのに関して一人に負担を掛けるのはあまりよくない。適材適所はあるが、いま出来なくても慣れの問題もあるし、負担はなるべく分散したほうがいいだろう。

 

「でしたら、穂乃果がいるじゃないですか。言い出したのは貴女なんですよ」

 

「いやぁ~、私は……」

 

海未に目を向けられて言い淀む穂乃果。

 

「無理だと思わない?」

 

「うっ、それは……」

 

ことりの一言に穂乃果が苦笑いを浮べ、海未も苦虫を噛み潰した表情をする。

なんのことかわからない俺はことりに聞いた。

 

「悪い、どういうことだ? だいたい穂乃果の詩的センスが壊滅的なんだろうとは思っているが」

 

「その言い方はちょっと酷いんじゃないかな、春人くんっ!?」

 

俺の言い分に抗議する穂乃果だが、話が進まないからスルーする。

 

「えっとね、穂乃果ちゃんの小学生の頃の話なんだけど――」

 

ことりの話によると、大方俺の予想は外れてなかったようだ。

国語の授業の時間に"おまんじゅう、うぐいすだんご、もうあきた"なんて堂々と発表するのは穂乃果くらいなものだろう。さすがだと思う。

 

「それなら、春人はどうなんですか?」

 

突然に海未の矛先が俺に向く。

 

「俺は穂乃果みたいに壊滅的じゃないと思っているが――」

 

「何でそこで穂乃果の名前を出すのっ!?」

 

「手伝いは出来ても、俺主体で歌詞を作るのは無理だ」

 

「まさかのスルー!?」

 

「少しは静かにしなさい、穂乃果」

 

「なんで怒られてるの、私!?」

 

穂乃果はからかい甲斐がある。彼女も彼女で乗ってきてくれることもあるので退屈はしない。

 

「春人くん、今は真面目に話そうね♪」

 

ことりの笑顔の脅しに、俺は、はい、と頷くことしかできなかった。

 

「それで、どうしてですか?」

 

「いま俺は一人暮らしなんだ。掃除や炊事、家のことをしながら歌詞を作るのは無理だ」

 

本当の理由はもっと別にあるのだが、ここで言う必要も無い。

 

「お願い、海未ちゃんしかいないの!」

 

「私たちも手伝うから、なにか基になるものだけでも!」

 

真剣に懇願する二人に先ほどまでの海未の意思が揺らぐ。そんな彼女に止めを刺したのはことりだった。

 

「海未ちゃん――」

 

グッ、と胸に手を当てて握り締める。目を伏せて、潤んだ瞳はどこか色香を感じる。そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おねがぁい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はうっ!?」

 

残響するようなことりの声で海未の心は完全に折れたようだ。

 

「……もう。ずるいですよ、ことり……」

 

そう言って肩を落とす海未。

 

「やったあ! 海未ちゃんならそう言ってくれるとおもったんだー!」

 

「よかったぁ~」

 

歌詞の担当が決まったことに穂乃果とことりは声をそろえて喜ぶ。

 

「ただし、条件があります」

 

「「条件?」」

 

首を傾げる二人に海未は頷いて立ち上がった。

 

「はい、ライブまでの練習メニューは、私が決めます」

 

「「練習メニュー?」」

 

またもや声をそろえて首を反対に捻る穂乃果とことり。

いや、そこは首を傾げちゃいけないだろう。

同じことを思った海未はため息をつき、ことりが持ってきたパソコンを開く。そして、動画サイトである動画を再生して、穂乃果とことりに見せるように画面を向けた。

その動画は、現在スクールアイドルとして絶大な人気を誇るA-RISEのPVだった。

 

「わかりますか? 楽しそうに歌っているようですが、ずっと動きっぱなしです」

 

画面の彼女たちは海未の言う通りとても楽しそう見える。だが、これは言い方を換えれば笑顔を絶やさず、息を切らすことなく歌って踊っているということだ。これを行うのには相当な体力が必要となってくる。

 

「「?」」

 

イメージしづらいのか首を曲げる二人。海未は仕方が無いと一度息を吐く。

 

「穂乃果、少し腕立て伏せしてもらえますか?」

 

「えっ?」

 

突然言われたものの穂乃果は海未の指示通り、腕立て伏せの体勢をとる。

 

「こう?」

 

「それで笑顔を作って」

 

「こーう?」

 

可愛らしい笑顔を浮べる穂乃果。

 

「そのまま腕立て伏せ、出来ますか?」

 

言われるがまま、笑顔を保ちながら身体を下げていく穂乃果。

最初こそは笑顔のままだったが、段々と顔が引き攣っていって、腕と身体がプルプルと震えだす。そして、

 

「ふぎゃ!」

 

耐えられなくなったのか体制が崩れ、穂乃果は顔面から床へダイブした。

 

「痛っ~!!」

 

顔を打ちつけた痛みにジタバタする穂乃果。

 

「無理だったら止めるとかしておけばよかっただろう……ちょっと見せてみろ」

 

俺はゴロゴロとしている穂乃果を受け止めて、前髪を上げて確認する。

打ちつけたデコと鼻先は赤くはなっていたものの、傷は無く、鼻血が出ているということもなかった。

 

「うん、大丈夫そうだな――まったく、穂乃果だって女の子なんだから少しは気をつけろよ」

 

そういいながら額を優しく撫でてやる。

 

「う、うん……ごめん、ね?」

 

「謝らなくていい。傷が無いなら何よりだ」

 

うん、と小さく頷いた穂乃果はすすす、と俺からそそくさと離れた。

 

「んん゛っ……とにかく、弓道部で鍛えている私はともかく、穂乃果とことりは楽しく歌えるだけの体力をつけなくてはなりません」

 

海未は俺を軽く睨みながら咳払いする。なんで睨まれたのかはよくわからない。

 

「そっか……アイドルって大変なんだね」

 

暢気に今更ながらなことを言うことり。アイドルに限らず、何かをするってことは基本的には大変だ。

だが、今日の話でこれからするべきことは決まった。

 

「はい、ですから――明日から体力づくりをはじめますよ!」

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?

ではまた。




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13.朝練習



どうも、燕尾です。

第十三話でっす。






 

 

 

 

 

次の日、早朝――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「はぁ、はぁ……」」

 

「あと少しだ頑張れ、穂乃果、ことり」

 

穂乃果とことりは息を上げながら神田明神の階段を()け上がってくる。

上りきった二人は限界といわんばかりに倒れ込んだ。

 

「はぁ、はぁ……き、きついよぉ……」

 

「もう足が動かない」

 

運動した後にいきなり止まるのは身体によくは無いのだが、二人の様子からすると少し動くのも厳しいようだ。

 

「二人とも、少し苦しいかもしれないが何度か大きく深呼吸するんだ」

 

俺の指示に二人は素直に従って深呼吸する。大きく動く胸元に少し目が行ってしまうが、すぐに視線を逸らす。

 

「海未、タイムは?」

 

誤魔化すようにタイムを計っていた海未に問いかける。こちらです、と差し出されたストップウォッチを見た俺は、

 

「……まあ、最初はそうだよな」

 

そう呟いた。階段の往復ダッシュなんてしたことの無い二人には見ての通り相当辛いのだろう。だが、これくらい出来なければこの先のことは夢のまた夢だ。

 

「これから朝と晩、ダンスと歌とは別に基礎体力をつける練習をしてもらいます」

 

海未の言葉に穂乃果とことりはバッと顔を上げた。

 

「一日に二回も!?」

 

「ふえぇ~!?」

 

悲鳴を上げる二人に海未は当然、と頷いた。

 

「ええ、やるからにはちゃんとしたライブをやります。そうじゃなければ生徒も集まりませんよ」

 

「海未の言う通りだ、穂乃果。スクールアイドルをやりたいって言っていたのは穂乃果だろう。俺は穂乃果がこれくらいで音を上げないって信じてる」

 

「う……その言い方は少し意地悪じゃないかな。春人くん」

 

「意地が悪くてもいい、これも手伝いの一つだ。それに……俺も見てみたいから、穂乃果たちのステージ」

 

そういって穂乃果に手を差し伸べる。穂乃果は少しポカンとしたあとに顔を背けて、

 

「……本当に春人くんはずるいよ」

 

と小さく呟いて俺の手を取った。その顔は若干赤く染まっていた。

 

「ほら、ことりも」

 

「ありがと、春人くん」

 

同じようにことりの手を取り、引っ張り上げる。

 

「よし、それじゃあもう一セット、行きましょう」

 

「うんっ、頑張らないとね!」

 

「よーしっ!」

 

気合十分のことりと穂乃果。

次のセットの準備運動をしているところで一つの足音が耳に入る。振り向けば巫女の姿をした女性がいた。

 

「君たち」

 

そう声を掛けてきた女の子の顔には見覚えがあった。

 

「副会長、さん?」

 

「その格好は……?」

 

疑問を呈す俺たちに副会長は小さく微笑んだ。

 

「ここでお手伝いしてるんや。神社はいろんな気が集まるスピリチュアルな場所やからね――四人とも、神社の階段使わせてもらっているんやから、御参りくらいしてき」

 

そう副会長に促されて、俺たちは拝殿前で一列に並ぶ。

 

「初ライブが上手くいきますように」

 

「「上手くいきますように」」

 

穂乃果の言葉に合わせて海未とことりが声に出して願う。

切実に願う三人を見て俺も二礼二拍手する。

 

 

――どうか願わくば、この少女たちの未来が、明るいものでありますように。

 

 

「――ふぅ」

 

願い終わった俺は瞳を開ける。最初に目に映ったのは顔を綻ばせた穂乃果たちの顔だった。

 

「……どうした?」

 

「いやー、随分と熱心に春人くんがお祈りしてたから」

 

怪訝そうにする俺に穂乃果が嬉しそうに言う。海未やことりも同じことを思ったのか無言で頷いていた。

 

「そこまで熱心なつもりは無かったんだけどな」

 

なんともいえない気恥ずかしさを覚えた俺は穂乃果たちから視線を逸らして、誤魔化す。

 

「そっか……」

 

それを真に受けた穂乃果は少ししょんぼりしたように見えた。その姿にどことなく罪悪感を感じてしまう。

 

「悪い、嘘ついた」

 

「えっ?」

 

「だから、願い事。こういうのは心から願ったほうがいいだろ? だから、長くなった」

 

「それじゃあ、春人くんもちゃんとお願いしてくれたんだ」

 

「それは、まあ……そうだな」

 

「ふふ、そっかそっか……」

 

一転して機嫌がよくなる穂乃果。なんか少しからかわれたような気がするが、喜んでいるなら特に気にしない。

 

「さて、御参りも済ませましたし、練習の続きをしましょう。春人、タイム計ってくれますか?」

 

「ああ、わかった」

 

海未は俺にストップウォッチを渡し、改めて三人はスタート位置について俺の合図でスタートを切った。

 

「あの三人、本気みたいやな」

 

彼女たちの姿が遠ざかってきたところで、巫女服姿の副会長が話しかけてきた。

 

「なんのようだ? 副会長」

 

「そんな邪険に扱わんといてーな。あの子たちの邪魔はせえへんよ」

 

思ったよりしかめっ面だったのか、副会長は困ったように笑った。この様子だと、彼女は穂乃果たちのスクールアイドルの活動に否定しているわけじゃなさそうだ。

 

「会長と一緒にいれば、あんたも同じだと思われても仕方が無いと思うが?」

 

「まあ、そういわれると苦しいんやけど。うちはえりちみたいに否定するつもりは無いで」

 

「えりち?」

 

誰だ、と首を傾げる俺に副会長は苦笑いした。

 

「音ノ木坂学院の生徒会長ことや。綾瀬絵里――えりちって呼んでいるん。ちなみにうちは東条希っちゅうんや」

 

「そうか」

 

「そうか、って……なんや寂しい反応やなぁ」

 

俺の反応に副会長はしょんぼりと肩を落とす。

聞いておいてなんなのだが、あの会長や副会長の名前なんかに興味など無かった。それより二人の名前より俺は気になることがあった。

 

「そういえば、副会――」

 

「希でええで?」

 

「東条――」

 

「希でええで?」

 

「……希、先輩に聞きたいことがある。あいつらのスクールアイドルの活動についてはどう思っているんだ?」

 

副会長――希先輩の押しに俺は負けながらも疑問に思っていることを聞いた。

廃校の知らせを受けた日、そして部活申請をした日の二回、俺たちと話をしたのは会長の綾瀬先輩だけだ。

 

「それに廃校の知らせを受けたあの昼休みのとき、去り際に希先輩は俺に"何も言うな"って合図していただろ。その行動の意味が俺にはわからない」

 

結局のところ、希先輩は何も語っていない。ただ、綾瀬先輩の後ろで見守っていただけで、どういう風に思っているのかがまったく見えなかった。

 

「そうやな……まあ、ほら、君とえりちが反りが合わなさそうだったっていうんが一つ」

 

それと、と小さく呟いて、少し考える希先輩。数分の後、纏まったのか彼女は口を開いた。

 

「もう一つは――うちはな、望みを叶えてあげたいんよ。えりちも、あの子らも」

 

その口調は優しさそのものだった。本心からそう思っていることが(うかが)える。だが、

 

「どっちつかずの理想論、だな」

 

「バッサリと斬り捨てるなぁ……」

 

はっきりといった俺に希先輩はまた苦笑いする。

どちらかを取れば、どちらかを捨てざるを得ない。世の中のすべてとまで言わなくても大半はそういう風に出来ている。それは俺が身をもって知っていた。

 

「意味が無いとは言わない。やらなかったらそれこそ望みが無いからな。だけど、やったところでほとんど失敗する。だから皆しようとはしない」

 

「……君は、上手くいかなかったんやね」

 

どうやら、この先輩は勘がいいようだ。俺はハァ、と息を吐く。

 

「まあ、な。理想を現実にするのはとても難しい。二つの理想を一緒に追いかけるならなおさらな。だから俺はあいつらの手伝いに専念する」

 

俺の言葉に希先輩は何かを悟ったように小さく微笑む。

 

「そういえば、君の名前をまだ聞いておらんかったな」

 

「……桜坂春人」

 

「春人くんやね。ほな、練習頑張って。あの子たちによろしゅう伝えといてな」

 

そして、希先輩は神社の奥へと戻っていった。少しだけ、希先輩の印象が自分の中で変わっていくのだった。

 

 

 






いかがでしたでしょうか?

いや~夏風邪って辛いですね。




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14.μ's



お久しぶりです。

第十四話を献上しました。





「すまないな、桜坂。本来はお前の仕事じゃないのに」

 

申し訳なさそうな声に俺は、いえ、と断った。

 

「これも乗りかかった船ですから……」

 

昼休み。俺は先生方の頼まれごとであちらこちら足を運んでいた。本来なら日直として職員室にクラスのノートを運ぶだけだったのだが、それが終わるやいなや次から次へと頼みごとが舞い込んできたのだ。

目上の人からの頼まれごとを当然断れるわけもなく、今日の昼休みがすべて潰れそうな勢いで頼まれた。本当なら日直の仕事が終わったら穂乃果たちと一年生の所に向かうはずだったのに、今は印刷室で授業の資料を印刷している。この作業を学生がやってもいいのだろうか、と疑問に思うも学年が違うため問題ないそうだ。

 

「それでも、社畜はこうやって形成されていくんでしょうね」

 

「社畜って……お前はまだ若いだろうに」

 

俺の小さな呟きに担任である山田先生は苦笑いを浮べる。山田先生は終始あれこれ押付けられていた俺を見ていて不憫(ふびん)にでも思ったのか途中から手伝ってくれていた。

 

「だが、確かにお前は将来苦労しそうなタイプだな」

 

意地の悪い笑みを浮べる先生に、特に反応するわけでもなく、

 

「そんな将来があるのなら、俺はどんな風になっているんでしょうね」

 

淡々と言う俺に、先生の表情が気まずいものに変わった。

 

「あー、なんだ、その……すまん」

 

「冗談です」

 

(たち)の悪い冗談だな、と先生は若干呆れた表情をする。

 

「俺はいまが楽しいので。それで十分です」

 

「珍しいな、桜坂からそんな言葉が聞けるなんて」

 

以外そうな顔をする先生に俺は少しムスッ、としてしまう。

 

「失礼ですね」

 

「ははっ、確かに。だが、今のお前は心なしか楽しそうな表情をよくするようになった。高坂たちと関わるようになってから特に、な」

 

「それは……」

 

「恥ずかしがることはない。それが普通だ。人は誰かと関わって輝いていく。一人だけの人生なんてつまらないだろう?」

 

「俺は一人でしたから、そう言われてもよくわからないです」

 

「今まではそうだったのかもしれない。だが、今ならわかるんじゃないのか? お前の周りにはあいつらがいるようになった。そして、お前はいい表情をするようになった」

 

「よく見ているんですね。普段は適当そうにしてるのに」

 

「そうじゃなかったら教師なんてやっていけないからな。物事はメリハリだよ」

 

俺の悪態にも、笑って受け流す先生。どうやら俺はこの人には勝てないようだ。

優しい目で見つめてくる先生に俺はふぅ、と一拍置いた。

 

「……俺にも、大切だと思えるものが出来ました」

 

「それはよかった。去年までのお前はなにもかも諦めたような目をしていたからな。少し心配だったんだ」

 

本当に敵わない、すべてお見通しのようだ。

 

「そういえば桜坂、お前はスクールアイドルの手伝いをしているんだったな。どうだ、活動のほうは?」

 

「あいつらを鼻で笑った先生も気になっているんですね」

 

そう言うと先生は苦いものを食べたような顔をした。どうやら意趣返しは成功したようだ。

 

「そうですね、難しいところです。生徒会長が否定的ですから」

 

「綾瀬が? それはまた面倒臭いことになったな」

 

隠すわけでもなく、遠慮するわけでもなく先生はそのまま言った。

 

「あいつは頭が固いところがあるからな、なかなか大変だろ?」

 

「ええ、なんか通ずることをやっていたんでしょうね。スクールアイドルを遊び事だって言って(かたく)なですよ」

 

「なるほど、綾瀬らしい」

 

「それ以外にもまだまだ決まってないことが多いですから、どうなるかはわからないです」

 

「そうか、まあ校則や犯罪を犯すようなことじゃなければ学校側は何もうるさいことは言わんから、好きにやるといいさ」

 

「ええ、言われなくてもそうさせてもらいます。別に綾瀬先輩もどうという事はないですからね」

 

「……無表情な顔と同じようになかなか怖いこと言うな、桜坂は」

 

「失礼ですね……どこも怖いところはないでしょう」

 

「その顔が怖いんだよ。少しは表情豊かになったが、高坂たち以外にも見せていくようにしたらどうだ?」

 

「そういわれても――俺のことは知っているでしょう? 誰も気づきませんよ」

 

「はぁ……その様子じゃ、まだまだ先は長そうだな」

 

自虐的な小さな笑みを浮べる俺に先生が頭が痛そうな顔してため息を吐いた。それと同時に授業資料の印刷が終わる。

 

「さて、早く終わらせましょう。じゃないと、先生だけじゃなくて穂乃果たちにも怒られますから」

 

そして、資料をまとめ先生のところに届けた頃、昼休み終了のチャイムがなった。

 

「桜坂」

 

「なんです――っと」

 

先生から放られたペットボトルを受け取る。

 

「お疲れさん、褒美だ。それと、最後に一つ――お前はまだ生きているんだ。幽霊じゃない」

 

じゃあな、と背中を向けてプラプラと手を振る先生に俺は一礼する。

 

「さて、穂乃果たちは上手くできただろうか」

 

教室に戻った後、大変だったんだよ、と膨れっ面の穂乃果に手を焼いたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、あの赤毛の子には断られて、会長からは逆効果だと……」

 

放課後、昼休みの顛末を軽くまとめた俺に穂乃果はガックリと項垂れた。

 

「うん……私、少し軽く考えすぎてたのかもしれない」

 

「なにをいまさら。それは分かりきっていたことだろう」

 

俺の言葉に、ええっ、そうなの!? と目を見開いて驚く穂乃果。俺はため息を吐く。

 

「それで?」

 

「えっ?」

 

「穂乃果は自分が軽く考えていたのに気づかされた。それで、穂乃果はどうしたいんだ? 諦めるのか、続けるのか、ほかの方法を探すのか」 

 

結局のところ、最終的にはそこに行き着く。断られようとも、否定されようとも、スクールアイドルをやるかやらないかの意思は穂乃果たちが決めるのだ。

 

「……」

 

穂乃果は今すぐ答えを出せないでいた。

 

「……春人くんはどうしたら言いと思う?」

 

ようやく出た言葉は俺への問いかけだった。

 

「穂乃果のやりたいようにやればいい」

 

「春人くんのちゃんとした意見が聞きたいんだけどなぁ――」

 

ほしい答えとは違うことに穂乃果は不満げに頬を膨らませるが、俺にはそれ以外言う事は出来ない。

 

「そんな顔されてもな……これは俺が決めることじゃないんだ」

 

「それは、そうだけど……」

 

「答えが出ないなら、一度ゆっくり考えてみればいい。そうするだけの時間はまだあるからな」

 

それじゃあ、戻るか、と校舎へと歩みを進めた俺の後を穂乃果は不承不承ながらも頷いてついてくる。

教室へと戻る道中、穂乃果がピタリと足を止めた。彼女の視線の先にあるのはライブの告知のポスターとグループ名募集の箱。

 

「どうした、穂乃果?」

 

穂乃果はじっと見つめたまま動かない。その顔には色々と複雑な感情が入り混じったような表情が浮かんでいた。

 

「――どう? 練習は」

 

どう言葉を掛けたものか、と考えているところに声が入ってきた。

振り返ればそこにはいつぞやの三人組――ヒデコ、フミコ、ミカが立っていた。

 

「えっ?」

 

「ライブ、何か手伝えることがあったら、言ってね」

 

「照明とか、お客さんの整理とか、音響とか色々やらなきゃいけないでしょ?」

 

戸惑っている穂乃果に矢継ぎ早に声が掛けられる。突然の申し出に穂乃果はポカンとしだした。

 

「え……えっ? ほんとに?」

 

「もちろん。だって穂乃果たち、学校のために頑張っているんだし。クラスの皆も応援しようって言ってるよ」

 

決して反対の人だけじゃない。こうして応援して、手伝うと言ってくれる人だっている。ただ、今まで話してきたのが否定的な人たちだけだった話なのだ。

 

「そうなんだ……」

 

「だから、頑張ってね!」

 

「うん、頑張るよ! ありがとう!!」

 

お互いに別れの挨拶を交わして、ヒフミたち三人は姿を消す。

 

「よかったな」

 

「……うん」

 

それからしばらく黙っていた穂乃果が募集箱を持って振り向いた。

 

「春人くん」

 

なんだ、と聞く俺に穂乃果は笑顔を浮べて言った。

 

「私頑張る、頑張るよ。だって、応援してくれる人たちがいるんだもん。それに海未ちゃんやことりちゃんがいるから」

 

「そうか」

 

ちゃんと見てくれる人がいる。支えてくれる人がいる。それは何よりの力になるだろう。

 

「それに……」

 

「ん、なんだ?」

 

穂乃果は上目遣いで俺を見てくる。そして一歩踏み出した。

ドキリ、としながらも俺は平然を装って穂乃果を見返す。

しばらく何も言わずに見つめあう俺たち。先に顔を崩したのは穂乃果だった。

 

「んふー、なんでもない」

 

よくわからない笑い声を洩らす穂乃果。すると、傾いた箱の中から音が聞こえた。

 

「あれ――?」

 

その音に気づいた穂乃果が箱を開ける。中を覗くとそこには一枚の折りたたまれた紙があった。

俺たちはまた顔を見合わせて、ことりと海未の元へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室にいた海未とことりはそれぞれ部活の準備や衣装の準備に取り掛かっていた。が、穂乃果の一声で、準備そっちのけで寄ってくる。

 

「それじゃあ、開くよ……」

 

緊張した面持ちで穂乃果が言う。彼女の周りに居る俺たちも真剣な表情で頷いた。

ペラッ、と開かれた紙を見るために俺たちはこぞって顔を寄せる。

髪の中心には女の子が書いたと髣髴させるような可愛らしい字で「μ's」と書かれていた。

 

「ユー……ズ?」

 

「穂乃果、最初の字は英字じゃない。ギリシャ文字だ」

 

「はい。読み方は……たぶん、"ミューズ"じゃないかと」

 

発音を効いた穂乃果はポン、と手を叩いた。自信満々の様子だったが、俺は次に穂乃果がなに言うのか大体予想できた。

 

「ああ、石鹸?」

 

「違います……」

 

「そもそもグループ名が石鹸の商品、って繋がりがないだろう」

 

予想通りの反応に俺も苦笑いしてしまう。海未やことりも若干呆れ気味だ。

俺たちの反応に不満を抱いた穂乃果が少しムスッとした。

 

「じゃあ、石鹸じゃないならなんなの?」

 

「おそらく、神話に出てくる女神からつけているのだと思います」

 

「俺もそうだと思う。ミューズっていうのはギリシャ神話に登場する女神たちだ。叙事詩のカリオペ、歴史のクレイオ、悲劇・挽歌のメルポネペ、抒情詩のエウテルペ、恋愛詩・独唱歌のエラト、合唱・舞踊のテルプシコラ、天文・占星ウラニア、喜劇・牧歌のタレイア、讃歌・物語のポリュヒュムニア――それぞれ定められた領域の芸術を司る九柱の女神たちを総称してミューズっていうんだ」

 

「……」

 

語源の説明のつもりだったのだが、穂乃果たちがポカンとしていた。

 

「あー、その……忘れてくれ」

 

俺はバツが悪くなったように目を逸らす。博識だという振る舞いのつもりはないのだが、つい長く話してしまった自分を軽く(いまし)める。

 

「いや、うん。まあ、ミューズは神話の女神ってだけだ。そういうことだ、うん」

 

少し慌てたようにまとめる俺を無表情で見つめる穂乃果。

 

「春人くん……」

 

「……なんだ?」

 

「すごい、物知りなんだね!」

 

一瞬の間が空いた後、穂乃果は目を輝かせて言った。

まったく予想していなかったことに今度は俺が呆気にとられる。

 

「あ、ああ……物知り、というか本で読んだことがあったから、覚えていたというか」

 

好奇心で詰め寄ってくる穂乃果に俺は海未とことりに視線で助けを求める。

だが、海未とことりはしどろもどろになっている俺を微笑ましく見ているだけだった。

 

「ねえねえ、もっと話し聞きたいな!」

 

何が琴線に触れたのかわからないが、興味心身の穂乃果の顔が近い。

俺は仰け反りながらも穂乃果の頭を抑える。

 

「落ち着け。それより……グループ名だろ?」

 

「おお、そうだった!」

 

ようやく穂乃果が離れる。心臓の鼓動が早く感じるがいつものものではない何か緊張したようなものだった。

 

「ことりちゃんと海未ちゃんはどう思う? わたしはいいと思うんだけど」

 

「いいと思う。わたしは好きだよ」

 

「はい。芸術を司る女神たち。私も合っていると思います」

 

同意を得た穂乃果はうん、と頷いた。

 

「よーし、今日から私たちはμ'sだ!」

 

こうして、俺たちは音ノ木坂学院のスクールアイドル"μ's"として活動を始めるのだった。

 

 






いかがでしたでしょうか?

次回更新頑張ります。



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15.発作



こちらの投稿は一ヶ月ぶりですね。申し訳ないです。
第十五話目です。





 

 

「……大丈夫か?」

 

「……」

 

「……」

 

くたりとしている穂乃果とことりに声をかけたが屍のように返事はなかった。

 

「取り敢えずこれでも飲んで水分補給しといた方がいい」

 

「ちょうだいっ!」

 

「ありがとう、春人くん!!」

 

「えっ……?」

 

差し入れとして持ってきたスポーツドリンクを取り出す。すると二人は腹を空かした動物のように飛び付いてきた。そうなると当然、

 

「うわっ!?」

 

「わっ!?」

 

「きゃ!?」

 

巻き込まれるように態勢が崩れる。

二人は覆い被さるように俺にのし掛かっている。正直この状態はまずい。そしてなにより――

 

「な、な、なぁ……!?」

 

後ろで顔を真っ赤にしつつも鬼の形相をしている海未が怖い。海未の背後から禍々しい気配が見えるほどだ。

 

「なにやってるんですか、春人!? は、ははは、ハレンチです!!」

 

「俺が(とが)められるのか……!」

 

海未の理不尽なお叱りは何度かあったのだが、未だに慣れない。それよりもまずはこの状況をどうにかしないと、女の子の柔らかさやら匂いやらで頭が沸騰しそうだ。

 

「穂乃果、ことり。早く退()いてほしい。この態勢は色々とまずい」

 

「あ、ご、ごめんね? 春人くん」

 

ことりは素直に俺の上から離れていく。次は穂乃果、かと思ったのだが、

 

「……」

 

穂乃果はジッと俺を見下ろしている。

 

「穂乃果?」

 

「……」

 

反応がない。ただただじっと俺を見つめている穂乃果。そして、理由はわからないが、俺の身体をスー、と指でなぞってきた。穂乃果の柔らかい指の感触は男女の違いを実感させる。

 

「なっ!?」

 

「わぁ!」

 

その光景を見ていた海未の顔がさらに赤くなり、ことりは興味津々と言ったように声をあげる。

 

「ん……穂乃果、くすぐったい」

 

「えっ? あ!」

 

ご、ごめん! と慌てて俺の上から離れていく。

自分の行動は無意識下だったのか、顔を真っ赤にして戸惑っている穂乃果。

 

「その、ごめんね?」

 

「いや、別に構わないんだが……どうしたんだ、いきなり」

 

「それはっ……えっと、内緒っ」

 

「そうか」

 

お互い、恥ずかしさでこれ以上言葉を交わすことはできない。俺と穂乃果の間に流れる微妙な沈黙。ちらちらと様子を見れば目が合ってまたさらに顔を伏せる。

 

「ん……ん゛ん゛!!」

 

そんなどうしようもない状況を打ち破ったのは一つの咳払い。その声の出所を見た俺と穂乃果は顔を蒼くした。

 

「春人、穂乃果」

 

俺たちの名を呼ぶ海未の声は恐ろしく低かった。ことりも今まで聞いたことのない幼馴染の声に怯えている。

 

「ファーストライブまでの時間はあと一ヶ月ちょっと……遊んでいる時間はありません、わかりますよね?」

 

「あ、ああ……」

 

「はい……」

 

「でしたら、一分一秒惜しいこの時期にあなたたちは何をしているのでしょうかねぇ……」

 

人は怒りが大きいほど笑う人が多いとよく言うが、海未の怒りはそれをとうに越えた般若の顔だった。

 

「「すみませんでしたっ」」

 

俺と穂乃果は直ちに頭を下げた。下手な言い訳をしようものなら制裁なんて生ぬるいことをされると感じるほどの気迫があった。

 

「まったく……ほら、トレーニングの続きをしますよ」

 

事なき事を得た俺たちは安堵の息を洩らしながら、海未の指導のもとトレーニングを始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の昼休み、俺は一つの紙を持って一年生の教室に来ていた。しかし、

 

「……いないみたいだな」

 

教室の中を覗いて見るが件の子が見つからない。教室の隅々まで見渡したのだが、やはり見つからない。

 

「あの、どうかしましたか?」

 

どうしたものかと、途方に暮れていたところに一人の女の子が声を掛けてくれた。

 

「ん?」

 

「ひっ……」

 

声につられて振り向いたのだが、声を掛けてくれた女の子は顔を見るなり急に(おび)えだしてしまった。

 

「ああ、驚かしてすまない。捕って喰うとかしないから、そんなに怯えないでくれると助かる」

 

少し傷つきながらもこれ以上怯えさせないように、安心させるように言うと女の子はすみません、と謝ってくる。

 

「その、先輩ですよね? 誰かに用事ですか?」

 

「ああ」

 

様子を伺うように問いかけてくる女の子に返事をしただけなのだが、ひぅ、と再び怯えられてしまう。

何もしていないはずなのにこの反応は悲しく思う。そんな表情が顔に出てしまったのか、女の子はさらに萎縮してしまった。

 

「す、すみませんすみません! 私、男の人がちょっと苦手で……本当にごめんなさい」

 

怒られている子供のように言葉が尻すぼみしていく。

 

「別に気を悪くしたわけじゃないから、気にしない――」

 

「かよちんになにしているにゃー!!」

 

フォローを入れようとしている途中、俺の横腹に衝撃が(はし)る。

完全に不意を突かれた俺は勢いよく背中から壁に衝突した。

 

「凛ちゃん!?」

 

凛、と呼ばれた少女はフシャー、と猫のように俺を威嚇している。

 

「げほっ、俺は、何もしてないんだが……」

 

「嘘をつくニャ! かよちんがすっごい困っていたニャ!」

 

痛む脇腹を押さえて抗議するが、凛という女の子は聞く耳を持たない。

 

「凛ちゃん、違うよ。これは私が……」

 

「かよちん、大丈夫ニャ。悪い人は凛が追っ払うニャ!」

 

最初に声を掛けてくれた、かよちん、という女の子が止めに入ってくれるも勘違いを駆け抜けている凛という少女には意味がなかった。

 

「なになに、どうしたの?」

 

「なんか、男の先輩が後輩の女の子を脅してお金を取ろうとしたらしいよ」

 

「うわ、最低……」

 

「男の風上にも置けねえな」

 

さらに悪いことに、騒ぎを聞きつけた野次馬たちが間違った形のざわめきを繰り広げていた。

 

「誰か先生呼んできて!」

 

「そこの男は俺たちが取り押さえておく!」

 

正義感に駆られた生徒たちがにじり寄ってくる。

 

「あ、あの……! 私の話を……!」

 

唯一事実を理解しているかよちんという少女は必死に弁明しようとしているのだが、周りの声にかき消されている。

もうこれではあの子を探すどころではないし、大勢のなかで先生に連行されれば弁明する機会はない。一度、騒ぎが収まるまで引いたほうがいいようだ。それに、さっきの飛び蹴りは俺の身体には重たすぎた。

 

「あっ、逃げた!」

 

「逃がすな、必ず捕まえろ!」

 

「はぁ、なんでこんなことになっているんだ……?」

 

痛む身体を引き摺って、俺は愚痴を零しながら逃げる。

上手く階段や曲がり角を使いつつ下級生たちを撒いていくが、予想以上にしつこかった。

 

「どこかに隠れていたほうがいいか」

 

俺は走った先にあった教室に飛び込む。その直後、追いかけていた男子生徒たちの声が過ぎ去っていった。

息を整えてはあ、と吐く俺に一つの視線が突き刺さる。

 

「……」

 

「あ……」

 

厳しい目を向けているその女の子は俺が捜していた赤髪の女の子だった。

女の子はピアノに座ったまま不機嫌そうに俺を見ている。多分歌っている最中に邪魔された、というところだろう。

 

「悪い、邪魔するつもりはなかったんだ」

 

「別に、私は何も言っていないのだけれど」

 

どう見てもその目は不審者を見る目だ。ただ、必要以上に騒ぐようなことはしないでいてくれた。

 

「あなた、高坂先輩と一緒にいた……」

 

「覚えてたのか」

 

「それは……あんな先輩と一緒にいる人でしたから」

 

あんな先輩、と呼ばれる穂乃果がちょっと不憫に思ってしまった。

 

「それで、ここに来たのはあなたも私に作曲してほしいって言うつもりですか?」

 

「ここに来たのは単なる偶然、って言っても信用できないか。まあ、実際頼むために探していたのは事実だ」

 

「そう、それなら出ていってくれる? 邪魔なのだけれど」

 

辛辣だな、と俺は思わず苦笑いしてしまう。

 

「悪いけど、昼休み終わるまでいさせてもらうと助かる。いろいろあって追われてる身なんだ」

 

「一体、なにをしたのよ……」

 

「実は俺は世界的有名な大泥棒で――」

 

「無表情で言っても意味ないじゃない、本当のことを言わないなら今すぐ音楽室から追い出すわよ」

 

軽い冗談のつもりだったのだが、赤髪の女の子には通じなかったようだ。

 

「君を探していたときに話しかけてきてくれた女の子がいたんだだが、その子、男が苦手だったらしくて怯えてたところに別の人が来て勘違いが広がっていった、ってところだ」

 

「なにそれ、馬鹿みたい」

 

女の子はばっさり言い捨てた。どうやらこの子は周りに左右されにくい子らしい。

 

「それで、そんなに苦しそうにしているのは何かされたからかしら?」

 

「脇腹に飛び蹴りがな……それと――」

 

そこまで言いかけて俺は胸を押さえつける。

逃げていたときはチクチクと針で突かれていたような痛みだったのだが、落ち着いて負担が一気にのしかかってきたのか刃物で刺されたような痛みに変わってくる。

それはやがて形容しがたいほどの痛みに変わることを俺は知っていた。

 

「はぁ……はぁ……ぐっ……」

 

「ちょっと、あなた!?」

 

変貌した俺の様子に慌てた少女が寄ってくる。が、俺は片腕でそれを制した。

痛みで暴れないように早くここから離れないといけない。

 

「だい、じょうぶ。めいわく、かけた」

 

俺は滝のような汗を流しながら教室を後にしようとする。しかし、それは許されなかった。ドアの目の前で壁にもたれ掛かる。

 

「あ、が……ああ……あああ! ぐ、あああ……!」

 

今すぐ握りつぶしたくなるほど、心臓が激しく収縮する。それはあの発作の始まり。こうなっては痛みが治まるまでどうしようもない。痛みを紛らわせるために俺は胸元に爪を立ててしまう。

 

「駄目よ!」

 

胸を押さえて掻き毟る俺を止めようと女の子が腕を押さえる。

 

「はな、れろ……あぶ……ない……が、ああ」

 

「しっかりしなさい、そんなことをしては駄目よ、息をちゃんと吸って! 浅く呼吸しちゃ――きゃあ!」

 

痛みで暴れる俺は彼女を振りほどいて飛ばしてしまう。倒れ込んだ赤髪の女の子の姿を視界の端で捕らえた俺は胸の痛みを逸らすように右腕に噛み付いて痛みを与える。

 

「ん゛ん゛ぐう゛う゛う゛……!!」

 

それでも、発作に勝ることはない。食い込むほどの力を胸に込める。

 

「ん゛ん゛ん゛ん゛、う゛、ぐぅぅっ!!」

 

ぐちゅり、と口の中に液体が入り込む。だが、それが自分の右腕から出た血なのだとは気づかない。

 

「ぐう゛う゛う゛う゛う゛――うう……う、んん……」

 

始まってから数分、ようやく峠を越えた。

右腕から口を離し、胸を押さえながら浅く息をする。

引っ掻いた傷や、食いちぎった腕がドクドク脈を打っているがいまそれを気にしてはいられない。

 

「はぁ、はぁ……けがは、ないか……わる、い、な……つきとばして……」

 

赤髪の女の子は突き飛ばしたときに押された腕を押さえながら、俺の様子をまさぐる。

 

「私の心配をしているしている場合じゃないでしょう! 自分の心配をしなさいよ!!」

 

「いい、んだ……いつものことだから……直に治まる」

 

「いつものこと?」

 

痛みが引いて深く呼吸ができるようになった俺は息を整える。

 

「昔から、心臓が弱くて……ふとした拍子に酷い動悸が起きるんだ」

 

実を言ってしまうと心臓が弱いなんてものじゃない。それでも、本当のことをことを教えるわけには行かない。

が、しかし――

 

「嘘」

 

赤髪の女の子はばっさりと言い切った。

 

「どれだけ心臓が弱くても自傷行為に至るほどの動悸が起きることはないわ。それは発作よ、あなた心臓に疾患があるのでしょう」

 

「……っ」

 

驚いた、まさか知識を持った人間がいるだなんて思わなかった。

 

「これでも私、大きい病院の娘なの。それに、将来病院を継ぐことになるから勉強のために色々とカルテとかを見させてもらえることがあるの。だからそれなりに知識もあるわ」

 

大きい病院――ここら辺で一番大きい病院といえば――

 

「――西木野、総合病院……か」

 

「ええ、私は西木野真姫。西木野総合病院の一人娘よ」

 

よりにもよって通っていた病院の娘の前で発作を起こしてしまったのか。今日はとんだ厄日だ。

思わず小さく息をついた俺に西木野さんはムッ、と眉をひそめた。

 

「なんでため息を吐くのよ」

 

「西木野さんの前で……言うのは失礼かもしれないが、今日はとことん運がないと思って」

 

「本当に失礼ね」

 

さらに眉間に皺を寄せる西木野さん。だけど、心の底から嫌悪しているわけではないようで、西木野さんは手を差し伸べてくる。

 

「ほら、保健室に行くわよ。動ける?」

 

「ああ、ありがとう」

 

周りを警戒しながら、西木野さんの手を借りて保健室へと向かう。

道中、俺はあつかましいと思いつつ、西木野さんに頼みごとをした。

 

「こんなこと頼むのもおかしいけど、このことは――」

 

「――わかってるわよ、誰にも言わないわ」

 

まともに話したのは今日が初めてなのだが、西木野さんの言葉は信用できる、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休みが終わり、教室に戻った俺はクラス全員の視線を集めた。

その原因はわかっている。一年生の教室でのことだろう。噂の広まりが早いな、と変に感心した。

さすがに穂乃果、海未、ことりは信じていないようだったが、俺を心配するような視線を送ってきている。俺は大丈夫、と視線を返す。

三人に誤解されていなければ他の人になんと思われても構わない。それに噂のおかげで、顔色の悪さは気づかれなかったようだ。

気まずい空気の中、午後の授業が終わり、ホームルームが終わって放課後になった直後、俺は担任の山田先生に呼ばれていた。

 

「どうしたんですか?」

 

「どうしたもなにもないだろう。お前いま、すごい噂になっているぞ」

 

まあ、そんなところだろうとは思っていた。

 

「下級生の女子にカツアゲ、脅迫をしようとした挙句にわいせつ未遂」

 

「とんでもない尾ひれがついてる……!?」

 

「お前がヘタレの小心者だとしてもさすがにこの噂はな」

 

「そこは善人とでもしておいてくださいよ」

 

山田先生は追い討ちをかけにきたのかと、疑いたくなってくる。

 

「まあ、お前の人となりは知っているつもりだからそんなことはしないのはわかっているが、一応確認はしておかないといけなくてな」

 

で、どうなんだ? と聴いてい来る山田先生。この人のこういう公平性は尊敬できるところだ。

 

「当然、根も葉もない噂ですよ」

 

「じゃあ、一年生の教室で何をしようとしていたんだ?」

 

「一年生で作曲が出来る子がいたから頼みに行こうとしてたんです、それで廊下から教室の中を伺っていると"かよちん"という女の子が声をかけてきて」

 

先生は頷きながら、それで、と続きを促してくる。

 

「俺は返事をしただけですけどその"かよちん"って子は男子が苦手らしくて怯え始めたんです。それを遠くにいた"凛"って女の子が勘違いをして俺に飛び蹴りをしてきたんです」

 

「かよちんに凛……小泉と星空だな」

 

二人の苗字は初耳だが、先生が言うには間違いなくあの二人だろう。

 

「で、その騒ぎを取り巻きで見ていた生徒たちの伝言ゲームとお前の逃走劇が始まったのか、まったく……面倒を起こしてくれる」

 

先生は深いため息をはく。

 

「……すみません」

 

「お前が悪いわけないだろう」

 

そう言って貰えるだけで幾分かは心が楽になる。

 

「事情はわかった、小泉と星空の二人にも事情を聞いているから。まあ、小泉が落ち着いて話しているなら星空の誤解もすぐ解けるだろう。噂は学院側で何とかしておく」

 

「ありがとうございます、じゃあ、俺はこれで」

 

立ち上がろうとする俺を、待て、と先生が留めてくる。

 

「なんですか?」

 

「なんですかじゃない、お前――発作起きたんだろう、大丈夫なのか?」

 

先生は右腕を見てそういった。やはり、この人はよく人を見ている。

 

「……ええ、まあ」

 

「顔色も悪かったし、さっき保健の養護教諭のやつから聞いたよ、右腕から血を流したお前が西木野に支えられながら来たってな。それもあったから心配していたんだよ」

 

西木野にバレたのか? と聴いてくる先生に俺は悩んだ。

 

「わからないです。核心までは知らないでしょうけど、なにせ西木野総合病院の娘ですから。調べられたら気づきますね。あれは」

 

「……今日は災難だな」

 

「ええ、俺もそう思ってました」

 

お互い、絶えない気苦労から目を逸らす。その直後、教室のドアがノックされる。

入っていいぞ、と先生が促すとドアが開く。そこに立っていたのは、小泉さんと星空さんの二人だった。だけどその表情は暗い。

彼女たち、特に俺にとび蹴りをした星空さんは特に落ち込んでいた。

 

「ほら、二人とも」

 

二人の後ろにいた――おそらく彼女たちの担任が二人に促した。

彼女たちは恐る恐るといったように、テーブルの前まで歩み寄る。そして、

 

「「すみませんでした……!!」」

 

二人は深々と頭を下げた。

 

「私たちのせいで、何もしていない先輩に変な噂が立ってしまって――」

 

「凛たちのせいで、周囲から誤解されるようなことになってしまって――」

 

「「本当に、すみませんでした!!」」

 

頭を下げたままの二人に俺は戸惑う。

 

「えっと、どうすればいいんですか、これ?」

 

「んなもんしらん、当事者の桜坂が収めるのが筋だろう?」

 

「ただただ面倒くさいだけでしょう、あんた」

 

尊敬できると思った途端、すぐこれだ。とにかく今は担任に文句を垂れている場合じゃない。

 

「別に俺はどうでも――」

 

そこまで言いかけて俺は気づいた。彼女たちの身体が震えていることに。

この子達は心の底から自分たちの行動を後悔して、謝りに来たのだ。それをぞんざいな言葉で片付けるのは失礼だろう。

俺は椅子から立ち上がり、二人の目の前に立った、

気配を感じ取ったのか、二人はさらに身を硬くした。だけど、どんな批難でも受け取る覚悟はできているようだった。

 

「二人とも――」

 

そういいながら、俺は両手を挙げる。彼女たちの担任は固唾を呑んでいたが、山田先生はニヤニヤしながら俺を見ていた。

そんな先生方を無視して、俺は丁度いい高さにある二人の頭に手を置いた。

 

「――!?」

 

「……っ!!」

 

そして、頭を優しく撫でる。二人の髪は柔らかく、さらさらしていた。思わず癖になりそうなほどだった。

 

「大丈夫だ。怒ってない」

 

ひとしきり二人の頭を堪能した俺はそっと手を離す。それと同時に二人は顔を上げる。その顔は涙を滲ませて堪えていた。

 

「でも、私たちのせいで……先輩は……」

 

「凛も、何も悪くないのに……先輩を……蹴っちゃって……」

 

「いい。今回は色々偶然と勘違いが重なっただけ。だから、こうして謝りに来たんだろ。俺はそれで十分だ。だから気にしないでくれ」

 

泣かせないように言ったのだけれど、二人の涙腺は崩壊していた。

 

「すみません、先輩、ごめんなさい……!!」

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……!!」

 

「いいんだ。俺は許してるから、後は二人が自分を許すようにしろ」

 

子供をあやすように、もう一度二人の頭にぽん、と手を置いてゆっくり撫でてやる。

二人が泣き止んだのはそれからしばらく後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、しばらく先生たちと話をした後、先生方の計らいで俺は小泉さんと星空さんと一緒に肩を並べて帰ることになった。

 

「桜坂先輩は嫌いな食べ物はないんですか?」

 

「これといったものはない……ああ、でも紫蘇だけはあまり口にしたくない。あの風味が苦手だ」

 

「へぇ、以外だにゃ~。じゃあ、反対に好きなものは何なのにゃ?」

 

「好き、というわけじゃないが、家だとよく煎餅を食べる」

 

「あれかにゃ? あの、縁側に座ってお茶を飲みながら煎餅食べてゆっくりしている、みたいな?」

 

「基本的にそんな感じだ」

 

「な、なんだか、お爺さんみたいですね」

 

「ん、まあそうなんだろうな。一人暮らしだから、時間を持て余すといつも本を読むか縁側でゆっくりしていることが多い」

 

「ええっ? 桜坂先輩、一人で暮らしているんですか?」

 

最初こそはお互いに緊張やさっきの空気を引き摺っていたのだが、時間が経つほど、それなりに会話が弾んだ。今では軽い身の上話をするほど、打ち解けられたような気がする。

 

「ああ、家庭の事情で。中学の頃から親とは別に暮らしてる」

 

「あっ……えっと……」

 

「気にしなくていい。仕方のないことだし、俺も割り切ってる。それに事情と言っても仕事の都合だから」

 

それでも時々、話が深くなって二人が気まずくなることもあるが、俺が話しているだけなのでフォローをする。

全部が本当のことではない。時折嘘も混ぜている。二人にはちょっとした罪悪感はあるが、正直に話すわけにもいかない。

 

「寂しくはないんですか?」

 

もし自分が同じ立場だったら、と想像したのか小泉さんは心配そうに問いかけてくる。

 

「寂しいとは思わない。時々家が広いと思ったことはあったけど、ただそれだけだ」

 

「そう、ですか」

 

小泉さんは複雑そうな顔をする。本当に気にしていないのだけど、聞いてしまった相手はそうもいかない見たいだ。

こういう表情をされるのは苦手だ。哀れみや同情ではないだけまだマシだが、気を使われるのは疲れてしまう。

 

「それより、小泉さんや星空さんは随分と仲がいいけど長い付き合いなのか?」

 

「そ、そうにゃ! 凛とかよちんは家が近くで小さい頃から一緒だったのにゃ」

 

露骨な話題逸らしに乗ってきてくれる星空さん。

内心助かったと思いながら彼女たちと帰路を共にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は放課後、もう一度音楽室に足を運んでいた。

ピアノの鍵盤の蓋を開け、ピーン、と一つ音を鳴らす。綺麗な音色が響く中、頭に浮かんだのは昼に出会ったあの先輩。

 

「そういえば、名前聞いてなかったわね……」

 

一方的に私が名乗っただけで、先輩の事を聞くのをすっかり忘れていた。

 

――いや、忘れていたわけじゃなかった。訊くに訊けなかっただけだ。あの光景を目の当たりにして。

 

「先輩、なんでもないって言っていたけれど」

 

先天性の心臓病でも、痛みを紛らわせるために自分を傷つけるほどの発作は聞いたことがない。もちろん後天性でもだ。

私の知識量はパパの半分以下もない、まだ高校入ったばかりの私が先輩の診断ができると思うほど思い上がってはいないし、そこまでの勉強もできていない。

 

――だが、知ろうとする努力はできる。

 

「今度パパに――って、あれ……」

 

荷物をまとめて立ち上がる私の目に、一つの紙切れが見えた。拾い上げると、小さな血痕が紙を染めていた。

 

「これ……」

 

あの先輩が持っていた紙だ。握り締められてぐしゃぐしゃになっているが間違いない。

開いてみると、そこに書かれていたのは歌詞だった。そこで、彼の本来の目的が作曲のお願いだったのだと思い出す。

 

「……」

 

私は書かれた歌詞に目を通す。

 

「いい詞ね……」

 

学生が書いたとは思えない。これから走り始める、ゴールの見えない暗闇を切り開いて前に進んでいくような、始まりを感じさせるような詩。

私は帰ろうとしていた足を止め、再びピアノの前に座る。そして、

 

「――♪」

 

頭に思いついたまま、詞に沿って弾き語る。

途中で止まることはない。不思議と次々フレーズが思い浮かぶ。まるで元々あったかのように。

 

――楽しい

 

私はいま、楽しく思っている。こうしてピアノを弾いて歌うことに、こうして、音楽に関わっていることに――

 

「――っ!!」

 

それに気づいた私は身体に力が入った。最後に置いた全ての指が鍵盤に食い込み、汚い音が鳴り響く。

 

「私……いま、何を……」

 

とっくに諦めていた。諦めていたつもりだった。なのに、それなのに――

 

「違う、私はちゃんと……しっかり断ち切ったはずよ……」

 

音楽に未練なんかない、進む道を決めたのだから。

言い聞かせるように呟く。私は言いようのない感覚に襲われた。

 

「……帰ろ」

 

重たい腰を上げて鞄に手を伸ばした瞬間、ドアの向こうから音が聞こえた。

一瞬見えた人の陰が誰のものなのか私にはすぐにわかった。そもそもこの時間に音楽室に来る人なんて私に用がある人以外誰もいないのだ。

 

「隠れても遅いわよ、高坂先輩」

 

「あはははは……ごめんね……」

 

バツが悪そうに入ってきた高坂先輩に私はため息をつく。

 

「ん? なんか疲れてる? 西木野さん」

 

思っていたより顔に出ていたのか私を見た高坂先輩はそんなことを言う。

 

「別に、疲れてなんか……それより、なんのようですか?」

 

「いやあ、やっぱりもう一度だけお願いしようと思って」

 

「しつこいですね」

 

嫌味をこめて言ったはずなのに高坂先輩はそうなんだよね、と笑っている。能天気な彼女に私はまたため息をついてしまう。

 

「私、ああいう曲聴かないから。聞くのはジャズとかクラシックとか」

 

「でも、まったく知らないわけじゃないよね?」

 

「は?」

 

「いや、だってさっき西木野さん、楽しそうに歌ってたでしょ? あれもオリジナル?」

 

「見ていたの!?」

 

私は明らかに動揺してしまった。よりにもよってこの先輩に見られていたなんて、穴があったら入りたい気分だ。

 

「あ、あれは周りがしつこく押してくるからどんなものか試してみただけで」

 

口から出るのは明らかな嘘。恥ずかしい自分を守る嘘で私は心を落ち着ける。

 

「そっか、それでどうだった?」

 

普通なら誰でもわかる嘘を高坂先輩は疑うことなく信じ込んだ。

 

「やっぱり私には合わないわ」

 

「へぇ~、どうして?」

 

「軽いからよ。なんか薄っぺらくて、遊んでいるみたいで……」

 

これは本心だ。周りの人たちがよく話題にするポップスの良さが私にはわからない。これで諦めてくれたらいいのだけれど、

 

「そうだよね!」

 

高坂先輩は私の否定を肯定した。

 

「私も思ってたんだよね。なんかこう、お祭りみたいにパァーっと盛り上がって、楽しく歌っていればいいのかなって」

 

「私が見てる限りそういう風に思います。だから――」

 

「でもっ……でもね? それって結構大変なことなの」

 

実感の込められた言葉。それに対してやったことのない私には返す言葉がなかった。

 

「ねえ、腕立て伏せできる?」

 

「な、なんでそんなこと」

 

「ん~? できないんだぁ~」

 

挑発する高坂先輩。普段なら歯牙にもかけないはずだけど、先輩の顔に腹が立った。

 

「できますよ、そのくらい!!」

 

挑発に乗ってしまった私は、ブレザーを脱いで床に手をついて足をピンと伸ばす。

 

「ほら、1、2、3……これでいいんでしょう!?」

 

半ばやけくそ気味に腕立て伏せを続ける。

 

「おお~! 私よりできてる!!」

 

感心している高坂先輩に私は余裕を見せる。

 

「当たり前よ、これでも私は――」

 

「じゃあ、そのまま笑顔でできる?」

 

すると、先輩は追加の指示を出してきた。

高坂先輩に(うなが)されるまま私は笑顔を作って腕立て伏せをしようとする。

 

「うっ――ううぅ…………」

 

が、いいようにできなかった。笑顔を意識すると腕立てがおろそかになり、腕立てを意識すると顔がおろそかになる。

 

「ね? アイドルって大変でしょ?」

 

「な、何の話よ!?」

 

思わず言ってしまったが、彼女が言いたいことはわかった。わかってしまった。

 

「はいこれ、歌詞」

 

「――っ、だから私は――」

 

「読むだけならいいでしょ? 今度聞きにくるから、そのとき駄目って言われたら諦めるよ」

 

手を伸ばして私に差し出してくる一つの紙。それは間違いなくさっき見たものと同じ内容だろう。

 

「……答えが変わることはないと思いますけど」

 

私はそういいながら、紙を受け取る。

 

「だったらそれでもいい。そのときはまた西木野さんの歌を聞かせてよ。私、西木野さんの歌とピアノに感動したから。だから西木野さんに作曲してもらいたいって思ったんだ」

 

それじゃあね、と高坂先輩は教室から出て行こうとする。出口まで行くと先輩はピタリと足を止め、私に振り向いた。

 

「そうだ! 私たち、毎日朝と夕方に神田明神の階段で練習してるから、よかったら遊びに来てよ」

 

そして今度こそ先輩は出て行った。

 

「はぁ、なんかドッと疲れたわ……」

 

先輩の足が遠くなったところで私は大きく息を吐いた。

私は高坂先輩から受け取った紙と、男子の先輩が落としていった紙を見比べる。

紙に書かれた内容は一緒でも一方は女の子らしい文字、一方は書道をやっているかのような達筆だった。

 

「高坂先輩は先輩が来たことは知らないでしょうね」

 

もし知っていたなら高坂先輩は来なかったはず。

本当に不思議な人たちだ。高坂先輩もあの先輩も。勝手なのか尊重しているのかわからない。

私は荷物を持って学校を出る。

高坂先輩から受け取った一つの紙――それが私なりの答えだったというのに気づくのはもう少し後のことだった。

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか? 
一万文字以上超えたのは久しぶりかもしれません。

ではまた次回にお会いしましょう!


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16.噂と嫌がらせ



どうも、燕尾です。

第十六話目です。






 

 

 

「……有名になったもんだな。俺も」

 

俺は歩きながら呟いた。もちろん嬉しいことなど一つもない皮肉だ。

昨日の騒ぎの一件が下級生から上級生へと伝わり、あの場にいた生徒たちが俺の顔を覚えていたのか、登校してきて早々に注目されていた。

視線を背に俺は一人で校舎へと入る。

穂乃果たちには昨日のうちに事情を連絡して噂が鳴りを潜めるまで大っぴらには関わらないようにしようと話をした。

もちろん三人は渋っていた。特に穂乃果は俺に電話で抗議してきた始末だ。

そんなことは気にしないと言ってくれた三人には感謝するが、少しとはいえ噂に敵意が込められてしまう以上、スクールアイドルとしてやっていこうとしている穂乃果たちの近くにいるのは最善ではない。

そのことを穂乃果に納得させるには大変だった。

 

『――そうだけど、春人くん!』

 

「だから、噂に影響されなくなる少しの間だけだ。先生方が説明をしてくれるからその間も短い」

 

『むぅ~』

 

「少しのだけの我慢だ、穂乃果。放課後の神社での練習には必ず顔を出すし、この埋め合わせもする」

 

『……わかったよ。でも、本当に少しの間だからね!』

 

「ああ」

 

昨日の穂乃果とのやり取りを思い出して自然と笑みがこぼれる。

こんな俺でも一緒にいてくれるのを是とする人ができた。

その人たちが味方でいてくれているだけで、周りからなんと言われようと平気でいられる。

疑心の視線を受けながら教室へとたどり着く。

この時間だと穂乃果たちはもう来ているはずだ。

ガラリ、とドアを開けると俺へと視線が集まる。その間、騒がしかったであろう教室の話し声が消える。

 

「……ほらあいつだよ」

 

「一年生の女子生徒を脅迫したっていう……」

 

「嫌がる女の子に迫って泣かしたらしいよ」

 

一瞬の静寂の後ヒソヒソと話し声があちらこちらで上がる。

やはりというか、間違った話が広がっていた。

心配そうに見てくる穂乃果やことり、海未を視線で制する。

自分の席に座ったとき、机のなかに数枚の紙折が入っていた。

開いて中を確認すると、そこには俺に対する罵詈雑言が書かれていた。

目だけを動かすと嫌悪感丸出しの目を向けた男女。恐らくこの手紙の差出人だろう。

 

「くだらないことをするもんだ」

 

小さく呟いたつもりだったのだが、周りが案外静かだったせいか俺の言葉が周囲にきこえていた。

俺の呟きが耳に入った差出人たちは顔をしかめる。

周りが俺の一挙手一動を見守っているなか、俺は手紙の両端を持ち、それを縦に引き裂いた。

クラスメートたちは俺の行動に驚いていた。

そのなかでも一番驚いていたのは送り主たちだった。

俺はそれを無視して屑となった紙をゴミ箱に捨てる。

 

「皆おはよう。ホームルーム始めるぞ」

 

直後、担任の山田先生が教室に入ってきた。

 

「ん? 桜坂。そんなところに立って何をしているんだ?」

 

先生が問いかけてくると、生徒たちに緊張が走った。俺の一言でこの後どうなるかを想像したからだろう。

 

「いえ、勉強で使ってた計算用紙が多くなったんで捨てていました」

 

「そうか。勉強熱心なのはいいがそういうのは家で処分するようにしろよ。とりあえず席にもどれ」

 

言われたとおり俺は席へと戻る。その間、先生が俺から目を離すことは一度もなかった。おそらく俺のついた嘘など見破っているのだろう。

 

「それじゃあ、今日の連絡事項だ――」

 

席に着いたところでホームルームが始まる。

授業のことや来月に行われる新歓のことやイベントの申請の話、委員会活動の連絡等々、特に変わったところは無いいつも通りの時間だ。

だが、あらかた連絡終わったところで、先生は俺をチラッと見る。それの行動に俺はすぐに気づいた。先生は一つ咳払いをする。

 

「――最後に、昨日ちょっとした騒ぎがあった。お前たちももう噂は知っているだろう」

 

その話にクラスの何人かが俺に気づかれないように見た。

 

「やれカツアゲだの、脅迫だの、痴漢だの、色々出回っているみたいだが、当事者たちに話を聞くとそんなことは一切ないことがわかった」

 

先生の話にクラスが騒がしくなる。雰囲気を察した先生はため息を吐いた。

 

「というか、それが本当なら加害者が暢気に学校なんか来られるわけないだろう。なあ?」

 

先生は全員を見渡す。勘違いした人や噂を信じ込んでいた人たちは気まずくなって俯きがちだった。先生の言う加害者が誰の事を指して言っていることなのか、このクラスでそれを理解できない生徒は誰一人としていなかった。

 

「まあ、そういうことだ。こういう話は学院側としてもいいものじゃないからな。あまり面倒ごとを増やさないでくれよ。以上、ホームルームは終わりだ」

 

言うだけ言い放って先生はさっさと教室から出て行った。

気まずい空気の中、ピリピリするような鋭い感覚が俺を襲う。

この調子だと、噂が収まるまでかなり時間が掛かりそうだ。

人は自分の都合のいい解釈をすることが多い。まして正義感を振りかざして排斥しようとしていた人間が真実を知ったところでそれを認めようとはしないのだ。

このあと降りかかるであろう面倒ごとに俺はため息をつくばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「信じられない! しかもなにさ、一緒に懲らしめようって!!」

 

穂乃果は膨れっ面で声を上げた。

 

「ええ、私もはらわたが煮えくり返る想いでした」

 

「うん、さすがにあれはひどいよね……」

 

普段穂乃果をたしなめる立場の海未やことりも今回は彼女に同意している。

放課後、今日は体力トレーニングということで神社へと向かっていた。

三人とはある程度時間を置いて学院から出て、待ち合わせ場所を決めてそこで落ち合う約束をしていた。ちょうど俺がついたところでそんなこと話していたので、

 

「何をそんなに怒っているんだ?」

 

「「春人くん(貴方)のことだよ(ですよ)!!」」

 

「あはは……」

 

何のことだかわからない俺は穂乃果たちに聞くのだが、穂乃果と海未が同時に叫び、首をかしげる俺にことりが苦笑いした。

 

「だって春人くん、悪いこと一つもしてないのにあんなことされてて!」

 

リスみたいに頬をパンパンに膨らました穂乃果の言葉にようやく何のことなのかがわかった。

 

「いや、穂乃果たちには関係ないことだろう。まさか何かされたのか?」

 

学校が始まってから一緒にいるところを知っている人間はいるだろう。もし、あの悪意が彼女たちに降りかかっているのなら対処しておかないといけない。

 

「春人くん。それ、本気で言っているの?」

 

だが、俺の心配は大きく外れていた。むしろ俺に対して怒っている雰囲気だ。

 

「?」

 

不思議に思っている俺に海未が呆れていた。

 

「どうやら、何もわからないようですね……」

 

「ねえ、春人くん。逆の立場を考えてみて?」

 

よく理解できていない俺に師事するようにことりが指を立てる。

 

「逆の立場?」

 

「そう。もしことりたちが噂で嫌がらせを受けていたとして……」

 

「……」

 

「お友達の春人くんはそれを見てどう思う?」

 

普段の俺なら、自分と関係ないからなんとも思わないというのだが、穂乃果たちがそういうことをされているのを想像したら胸の辺りがもやもやした。

 

「嫌……だな。なるほど、そういうことか」

 

「ええ、私も何度どうやって制裁を下そうか考えたことか」

 

「本当に、よく我慢してくれたな……」

 

海未の言葉に初めて出会ったときにされたことを思い出し、しみじみと言った。

 

「もう我慢の限界だよ!」

 

「まだ一日しか経っていないんだが……」

 

「そうは言っても実際見るに耐えないことばかりでしたよ。むしろ春人はどうしてそんなに落ち着いているのですか?」

 

傍から見られたらそう思われても仕方がない。それほど今日された嫌がらせは多かった。

 

「反応するときりがないからな。だから飽きるまで放っておくかどこかで一回徹底的に叩き潰すのが一番いい」

 

「どうしてかな、春人くんが一番怖い気がしちゃうよ」

 

複雑そうなことり。少し冗談が過ぎただろうか?

 

「……とにかく、心配してくれてありがとう。だけど俺は大丈夫だから三人はライブのことに集中してくれ。ほら、神社に着いたことだし、早速始めよう」

 

咳払いして練習を促す俺に納得のいかないような表情をする穂乃果たちだったが、最終的には何も言わず、練習を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習が終わり、春人くんと別れたあと、海未ちゃんとことりちゃんに私の家に来てもらっていた。

少し遅い時間だけど、私の話したいことがわかっている二人はついてきてくれた。

お茶で一息ついたところで海未ちゃんが話を切り出した。

 

「それで、話があるというのは春人のことですか」

 

私は頷く。春人くんの状況があまりにもよくない。

 

「うん、春人くんは放って置けばいいって言ってたけど、見ていられなくて」

 

今日一日、春人くんが受けた嫌がらせはそれほどのものだった。少なくとも私がされたらしばらくは立ち直れないほどだ。

それを流すのは人としての余裕なのか、それとも我慢しているだけなのかよくわからない。だけど、春人くんがあんなことされるのは絶対間違っている。

 

「そうだよね。このままだとむしろエスカレートしそうな感じかな」

 

「はい。どうにかしないととは思いますけど、当の本人がなにもしないようにしてますから、私たちが表立ってするのは何か違いますし」

 

海未ちゃんの言うとおり、春人くんが何もしないでって言ってる以上、私たちが動いちゃうと返って迷惑がかかるかもしれない。

 

「難しいですね……」

 

「なにもしないで、春人くんの取り巻く問題を解決する……そんな方法、あるのかな……?」

 

頭を悩ませる私たち。

本当に私たちにできることはなにもないのかな?

そこまで考えて私は気づいた。

 

「そうだ、なにもしなくていいんだ」

 

「穂乃果ちゃん……?」

 

「私たちはいつもどおりでいいんだよ!!」

 

私の言っていることがわかっていないことりちゃんと海未ちゃんはお互いに顔を見合わせている。

 

「あのね――」

 

思いついたことを二人に話す。二人とも認めてくれるように微笑んで頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、俺は困惑していた。

 

「おはよー、春人くん!」

 

「春人、おはようございます」

 

「おはよう春人くん、今日もいい天気だね」

 

穂乃果、海未、ことりの三人が挨拶してくる。そこはいつも集まっている場所から少し歩いた通学路の途中。

 

「えーと、三人とも? どうしたんだ?」

 

しばらくは別々で行くと決めたはずなのだが、どうしてこんなところで待っているのだろうか。

 

「どうしたって、いつも通り学校に行くだけだよ?」

 

「ええ、ちょっと話し込んでいただけですよ」

 

「でも、春人くんと会っちゃったってことは大分話しちゃってたみたいだね」

 

戸惑っている俺に穂乃果たちは普段どおりの調子で言ってくる。

 

「せっかく会ったんだからこのまま一緒に行こうよ、春人くん」

 

「そうですね」

 

「いや、でもな?」

 

話を進めていく穂乃果と海未に俺は待ったをかける。だが、

 

「会って挨拶までしたのにここから別々に行くのもおかしいとことりは思います。だから一緒にいこ?」

 

「ほら、早くしないと遅刻しちゃうよ! 行こう、春人くん!!」

 

穂乃果に連れて行かれるように手を引かれていく。その後ろには微笑みながらことりと海未がついてくる。

 

「ちょ、穂乃果……?」

 

「ん、なあに?」

 

振り返った穂乃果は笑顔だった。いつも一緒に登校しているときのようになにも意識していないいつもどおりの顔。

昨日からの変化はこれだけではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業前――

 

「春人くん次美術だよ、ことりと一緒に行きませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休み――

 

「春人、いつもの場所でお弁当食べましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後――

 

「春人くん、今日は屋上で練習するから! 掃除終わったら来てね!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

噂の前のように共に行動するようになった。当然、クラスの人間は奇異の目で見てきている。だけど、これが穂乃果たちが考えて出した結論なのだ。

干渉せず、だけども引くことはしない。あくまでも普段どおりの日常。

取っ掛かりは強引だったが、これからは気を使うことはしないと決めたのだろう。

 

「……」

 

「ふぅ――ん、どうしたの春人くん?」

 

練習の休憩中、俺の視線に気づいた穂乃果が不思議そうにする。

 

「いや、なんでもない」

 

そういった俺はどうだったのだろうか。鏡でしか見ることのできない自分はいったいどんな表情をしていたのだろうか。

 

「そっか、それでね春人くん――」

 

今後の心配なんて吹き飛ぶくらいの穂乃果たちは明るく、暖かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?

次もがんばって書き上げて更新します。




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17.曲



燕尾です。
他のタイトルと一緒に更新しました。興味があればぜひそちらも読んでください。






 

 

 

「桜坂さん、桜坂春人さん」

 

静かに人が流れていく中、俺の名前が呼ばれた。

 

「はい」

 

俺は案内に従うがまま一つの個室へと通される。

コンコン、と二回ノックをするとどうぞ、と中から返事が聞こえてくる。

失礼しますと言いながら入ると、そこには聴診器を首に掛け、白衣をまとった中年の男性が居座っていた。

 

「久しぶりだね、春人君。調子はどうだい?」

 

「お久しぶりです。特に変化はありません。いつも通りですよ――西木野先生」

 

俺の言葉に担当医である西木野先生はそうか、とだけ呟いた。

俺がいまいる場所は西木野総合病院の診察室で、なぜこんな所にいるかというと俺は月に一度、定期検診のために二日間病院に滞在しなければならないからだ。

 

「それでどうですか。検査の結果は?」

 

その二日目、検査結果が出たということで呼ばれたのだが、俺の問いかけに西木野先生は今までに見たことがない、少し難しい顔をしていた。

ここを見てくれ、とボードに張られた検査結果のグラフの一部を指す先生。

 

「少し値が上下して安定していないんだ。全体としては先月より下がっているからいいことではあるが、どういうことか少し気になってな」

 

それは今まで通ってきた俺も初めて見る結果だった。

 

「なるほど……」

 

だが、その値が上下している時期を見るとどこか納得できるところではあった。

 

「些細なことでもいい、何か心当たりがあるなら教えて欲しい」

 

俺の様子に察しがついた西木野先生は真剣に問う。

こんなことはありえないと思うのだが、心当たりがあるとするとただ一つだけ。

 

「もしかしたら……精神状態に左右されているのかもしれませんね」

 

「精神状態?」

 

「ええ。ここ数日、色々なことがありましたから。良いことや悪いこととか。俺の生活が少し変わったんです。あまりこういうのは参考にならないかもしれませんが」

 

精神論で治ったりするのであれば病院など必要はない、

そう思っていた俺に対して、そんなことはない、と西木野先生は首を横に振った。

 

「病は気から、という言葉もある。そういう小さな変化から治せるきっかけが作られていく。決して馬鹿にできたものじゃないんだ。もちろんそれだけに囚われてもいけないけどね」

 

色々な人を診てきたからこそのこの言葉なのだろう。説得力はあった。

 

「とりあえずこの様子だったら、少し薬の効果を押さえよう。人間と同じで、無理やり押さえ込もうとする分、鍛えられて強くなってしまうからね。少しの間つらいと思うけど大丈夫かい?」

 

「ええ、問題はありません。慣れていますし。それに」

 

 

――支えができましたから。

 

 

そういった俺を少し驚いたように見る西木野先生。だが、それも一瞬のことですぐに顔を綻ばせた。

 

「良い表情をするようになったな、春人君」

 

「前にも別の人に同じことを言われましたよ」

 

「冗談で言っているわけではないよ。きっとその生活の変化が良い影響をもたらしているようだね」

 

さて、と一区切りを打つように西木野先生は立ち上がる。

 

「二日間お疲れ様。何か聞きたいこととかあるかい?」

 

そう言われて俺は一つ思い出す。

 

「西木野先生に一つお願いがあるんです」

 

「お願い?」

 

ええ、と頷く。これはほかの先生方や看護師ではなく西木野先生にしか頼めないことだ。

 

「数日前先生の娘……真姫さんに会いました」

 

「真姫と? そういえば君も音ノ木坂学院の生徒だったな」

 

先生の顔つきが変わった。やはり娘のこととなると気になるのだろう。だが、浮ついた話などではない。

 

「はい、それで色々あって真姫さんの前で発作を起こしてしまったんです」

 

「そっちか……ああ、いやすまない。そういう意味で言ったわけではないんだ」

 

安心したように息を吐く西木野先生は慌てて取り繕う。まあ、娘を持つ父親としては当然の反応なので、気にしないでくださいとだけ言っておいた。

 

「それで、将来医療の道に進もうとしている真姫さんは時々病院のカルテを見ていると聞きました」

 

「っ!」

 

西木野先生に緊張の糸が奔る。

病院関係者や患者の家族などじゃなければカルテなんてものは本来、他人が見ることは許されないものだ。西木野さんは先生の家族ではあっても病院関係者ではない。

 

「そんな強張らなくても大丈夫ですよ。院長の娘として今後のために見ているのは周りも知っていることでしょうし。そこを責めるわけじゃないですから」

 

「なら、どうしてこの話を?」

 

「ここからが本題です。俺のカルテは絶対に見せないようにしてください。それと、真姫さんからなにか聞かれても俺だとわかることは何も話さないでください」

 

「だが、おそらく真姫は自力で調べるだろう。いまの時代、ネットにも色々と情報があるからな」

 

「真姫さんが自分で調べて知る分には仕方がないです。ですが、真姫さんにはまだ知られたくないんで」

 

これは勘なのだが、西木野さんとはこれから何度か顔を合わせることになりそうだと感じていた。限界はあるが、対策しておかないと早々に気づかれかねない。高校生が知るにはまだ重すぎる。知らないでいることが幸せなのだ。

西木野先生は色々考えた後、頷いてくれた。

 

「わかった、このことは真姫には言わないと、約束しよう」

 

「ありがとうございます。それじゃあ、失礼します」

 

「ああ、お大事に」

 

一礼して診療室を出て、薬を受け取り、先生に見送られたまま家路へとつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いまの……間違いないわよね?」

 

二人の姿を見た私はとっさに物陰に隠れていた。

勉強のために来ていたのに、まさかパパと以前会った先輩が病院で話しているなんて、思いもしなかった。

だが、どうやら先輩は帰る直前だったようだ。見つからずに済みそうだと、私は息を一つ吐く。そのとき、

 

「――このことは真姫に言わないと、約束しよう」

 

聞き逃すことのできない言葉が聞こえてきた。

 

「――私?」

 

聞き間違えではない。パパは確かに私の名前を出していた。先輩とどんな約束をしたのだろうか。いや十中八九、先輩自身のこと。先輩はパパに口止めしたのだろう。私に知られないために。

病院に来ているということは何かしら患っているということだ。少しばかり話したことがあるだけの私に知られたくないという気持ちはわかる。

だけど、こうも根回しして隠そうとすることにどことなく苛立ちを覚えてきた。

 

「でも、それは正しいのかもね」

 

でもその苛立ちは一瞬頭をよぎっただけで、行動自体は間違っていはいないと理解できる。実際、私は先輩のこと調べるためにパパを尋ねようと病院に来ていたのだから。

 

「パパに聞こうとしてもはぐらかされる。さて、どうしましょうか……」

 

私は先輩方がいなくなったのを確認して、あるところへと向かった。

 

しかし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ない……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が来ていたのはカルテが保管されている部屋。本当は病院関係者じゃなければ入ることができない場所。

この部屋に来て一時間。診察を受けている以上記録はあるはず。だが、いくら探しても先輩に関するものは見つからなかった。

 

「どういうこと……?」

 

さすがにおかしい。見つからないはずがない。だって、ここは病院に来た患者のすべての記録が保存されているところなのだから。

 

「意図的に隠している? いったい何のために……?」 

 

いくら知られたくないといってもここまでする意味がわからない。

 

「これは、いろいろと調べないといけなさそうね……あとあっちの作業も進めないと――」

 

やることはたくさんあって大変なのだけれど不思議と嫌だと思うことは一度もなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、一人の少女が教室へと入ってくる。

一学年の上の教室だというのにその少女は気にした様子もなく、堂々と進んでいく。その行き先は――俺の席。

 

「先輩、話があります。私と来てくれますか?」

 

場所が故に普段より丁寧な言葉遣いで同行を求めてくる。

周りがざわめく中、少女の視線は俺だけに注がれていた。

 

「に、西木野さん? 春人くんにお話って……」

 

「話は話です。それ以外には何もありません」

 

きっぱりと言う西木野さんに穂乃果は戸惑っていた。海未やことりも怪訝な視線を送っている。

いつも人目に付くことを嫌う西木野さんが、わざわざ教室まで尋ねてきたほどだ。おそらく重要なことなのだろう。

 

「わかった」

 

「春人くん!?」

 

穂乃果が驚いた目で俺を見る。

 

「それじゃあ、廊下で待ってます」

 

そして西木野さんは周りを一瞥することもなく教室から出て行く。

 

「春人くんどうして受けたの?」

 

「話だけなんだ。別にそこまで不安がることじゃないだろう?」

 

「それは、そうだけど……でも、でも!」

 

何をそんなに焦っているのかはわからないが、安心させるように大丈夫だと言う。

 

「西木野さんの様子から話すのは少しぐらいだろ。終わったらすぐに練習に向かうから」

 

唸る穂乃果をよしよしと撫でてやると、渋々だが引き下がってくれる。なんだか子犬を相手にしている気分だ。

 

「それじゃあ、また後で」

 

「はい」

 

「うん、穂乃果ちゃんの言うとおり、遅くならないようにね?」

 

「ああ」

 

海未とことりに穂乃果を任せ、支度を済まし俺も教室を出る。

 

「すまない、待たせたるようなことになって」

 

「気にしないでいいわよ、突然呼び出したのは私なんだから」

 

周りに人がいないからか、敬語をやめる西木野さん。別に警護でもため口でもどちらでもいいので気にはしないが。

 

「そう言ってもらえると助かる。それで、どこに行くんだ?」

 

「音楽室。あそこなら誰も近寄らないから」

 

西木野さんの後についていくような形で音楽室へと向かう。

掃除が終わった後の音楽室は誰もおらず、西木野さんの言うとおり誰かが来る気配もなかった。

 

「それで、話って何だ?」

 

穂乃果たちと約束した手前、早速本題に移る。

 

「少し聞きたいことがあるの、春人先輩……であってる?」

 

「そういえば俺からは名前を教えてなかったな。桜坂春人だ」

 

何度か顔を合わせていたというのに一方しか名前を知らなかったというのはなんともおかしな話だ。

 

「そう……なら先輩、以前西木野(うちの)病院にきてたわよね?」

 

西木野さんがそういった瞬間、いやな予感がした。二人きりで話したいといったのは俺への最大限の配慮と同時に逃げ場をなくすため。

 

「ああ、定期検診があるから。月に一回、二日間世話になっている」

 

「それは、心臓の検査?」

 

俺は頷く。もはや西木野さんに嘘は通用しない。ついたところでたちまち嘘だとわかってしまうだろう。

 

「そこは認めるのね」

 

西木野さんは一瞬だけ意外という顔をした。

だが、彼女の追撃は止まらなかった。

 

「なら聞きたいのだけれど、何で病院でパパに口止めを頼んだのかしら」

 

「!!」

 

「顔つきが変わったわね」

 

最悪だ。まさか、あのやり取りを聞かれていたとは思わなかった。これだと、知られたくないほどのものを抱えていると自分でいっているようなものだ。

 

「うちの病院に来ているのにあなたのカルテが一切見つからなかったわ。おそらくパパがわざと見つからないところに移したのでしょうね。私にはそこまでする理由が知りたいの」

 

真剣な眼差しで問いかけてくる西木野さん。他人に関心がないだろうと思っていた彼女の認識を改めなければならない。

 

「……俺は心臓に疾患がある」

 

今更知っていることを言われても俺の話に口を挟まないという姿勢で、西木野さんは頷いた。

 

「コレは俺が死ぬまで付き合わないといけない。心臓を移植しない限り、現代の医学じゃ誰も治せないものだ。もちろん西木野先生でもだ」

 

誰にも治せない、という言葉に西木野さんが苦い顔をする。その反応は仕方がない。発作の酷さを見た西木野さんならなおさらだ。

 

「それでだ。この学院でも俺が病持ちだというのは理事長と担任の教師、養護教諭の三人だけにしか知らせていない。そのとき西木野先生に来てもらって直接説明してもらった。どうしてだかわかるか?」

 

わからないこと前提に西木野さんに問う。当然、彼女はわからないと首を横に振った。

 

「俺のこの病気は他人に移ると広まっているからだ」

 

「っ!? どういうことなの!?」

 

西木野さんは狼狽した。それもそうだろう。そんなものを抱えている人間が学校なんかに来ていいはずがない。

そう思い至ったからこそ彼女は一瞬感情的になったものの、すぐに冷静さを取り戻してくれた。

 

「いえ、ごめんなさい。それならあなたがここにいるわけないわよね」

 

「ああ。実際他の人に移ることはない。それは不安がった人たちが遠ざけるために流れた嘘。だけど世間でこの病気にかかったと知られた人は隔離されていることが多い」

 

もうここまで言ったらわかるだろう? という俺に西木野さんは黙ってしまった。

 

「西木野さんが簡単に調べられる環境にいたし、知識もあるから俺は警戒していた。だから西木野先生にも口止めをお願いしたし、簡単には調べられないように頼んだ。今となっては無駄な努力だったが」

 

「そういうことだったのね……」

 

バツが悪そうな顔をする西木野さん。知らなかったとはいえ、罪悪感が芽生えてしまったのだろう。

 

「西木野さんが悪いことはない。不幸な偶然が重なっただけ、気にすることはない。ただ、このことは絶対に誰にも言わないでくれ」

 

「……もちろん、約束するわ。誰にも言わない」

 

病院の娘なら、情報の大切さはわかっているだろう。何より西木野さんなら言いふらさないでいてくれるだろう。

 

「話は終わりか?」

 

「ええ、時間を取らせて――って、ちょっと待ちなさい!!」

 

扉を開こうとする反対の手をがしっとつかまれる。やわらかい彼女の手に少し戸惑ってしまう。

西木野さんもやらかしたというような表情をした。

 

「ご、ごめんなさい」

 

「い、いや。それで、何かあったか?」

 

そう聞くとさっきまでの真面目な彼女から打って変わって恥ずかしそうに目をそらした。

そして、スカートのポケットから一枚のディスクを取り出して俺に差し出した。

 

「新手のラブレターか?」

 

「違うわよ!!」

 

真っ赤になって否定する西木野さん。ちょっとした冗談にも律儀に反応する彼女はすこしからかい甲斐がありそうだ。

 

「その、μ'sの曲……作ったの……」

 

「曲……?」

 

「だ、だから、スクールアイドルの曲!! 作ったからライブに使いなさい!!」

 

「あ、ああ曲か……って、曲っ?」

 

大声で言う西木野さんに最初は気づかなかったが、だんだんと理解が追いついた俺も大きい声が出てしまった。

 

「何で驚いているのよ、あなたたちが頼んだことでしょ!」

 

「まあ、それはそうだが……ん、あなたたち?」

 

「あ……」

 

やらかしたと言わんばかりに声を漏らす。

彼女の様子から恐らく俺が来たあと、穂乃果が来たのだろう。

 

「悪い。穂乃果が迷惑かけた」

 

「高坂先輩なのは決まっているのね、なんだかあの人が可哀想に思えてくるわ」

 

「逆に言うと穂乃果だけなんだ、行動力があるのは。ことりや海未だとこうはならない」

 

「ものは言い様ね」

 

手厳しい言葉だと思うが、そのとおりではある。

 

「とりあえず、ありがとう。あいつらも喜ぶ」

 

「お礼はいいわ。これは私のためにやったことだから」

 

髪をクルクルと指で回してそっぽを向く西木野さん。だが、その顔は少し紅く染まっていた。

 

「……そうか」

 

「ちょっと、なに笑っているのよ!」

 

「……笑ってないぞ?」

 

「笑っているわよ!!」

 

自分でも気づかないうちに頬が緩んでいたのだろう。西木野さんに指摘されて自分が笑っているのに始めて気づく。

 

「西木野さん」

 

「何かしら」

 

羞恥で頬を膨らませている西木野さんに俺はCDを向ける。

 

「ありがとう、きっといいライブができる」

 

「ええ。私が作ったのだからそうしてもらわないと困るわ」

 

上からものを言うさまはとことん素直じゃない。でもこれは西木野さんなりの応援なのだろう。

それじゃあ、とドアに手をかけたとき西木野さんは俺に釘を刺してくる。

 

「高坂先輩たちには私が作ったことは内緒しておきなさいよ」

 

どうしてだ、と問いかけたかったのだが、西木野さんの顔を見ればその理由はすぐにわかった。

 

「ああ、わかったよ」

 

「っ!!」

 

それだけを言って音楽室から出て行く。

だから笑わないでって言っているでしょ、という大きな声を背にして俺は神社へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅いよ、春人君!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――随分と時間がたってぷりぷりと怒る穂乃果を宥め賺すのに一苦労したのはまた別の話。

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
次回更新に向けてがんばります。




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18.始まりの曲と弱点克服



どうも、燕尾です。
第十八話目です。





 

 

 

「それじゃあ、入れるぞ」

 

「うん……」

 

μ'sと書かれたディスクがパソコンにのまれる。

昨日、西木野さんから受け取った穂乃果たちのための曲だ。

約束どおり、このディスクの出所に西木野さんのことは何も言わずに、適当にとごまかした。

パソコンにセットしたCDから音楽ファイルを選択して再生する。

流れ出したピアノの音。ついにお披露目のときが来た。

 

『――――♪』

 

伴奏から始まり、綺麗な一人の歌声が空へと溶けていく。それは当然ながら西木野さんの声だった。

 

「すごいね……」

 

「はい……」

 

「これが、私たちの最初の曲……」

 

集中して聞いていた三人の口から小さな呟きが漏れる。その言葉の根源にあるのはこの曲を作った人への賞賛だろう。

俺も三人と同様に、この曲に魅せられていた。

暗い暗い闇の中に光が降り注ぎ、新しく突き進む人たちに力を与えていくような、そんな感覚が感じられる。

これが穂乃果たちが歌う最初の歌。

これからスクールアイドルとして活動していく彼女たちにはぴったりの曲。

ディスクに付随されえていたメモの紙にはタイトルとテーマが書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

始まりの曲"START DASH!"と――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曲が終わり、静寂が再び訪れる。

俺も含めた全員がすぐに曲の感想が言うことができず、余韻に浸っていた。

その余韻を打ち消すかのようにパソコンから通知の音が鳴った。

画面を覗くと、以前登録したスクールアイドルのランキングサイトから通知が来ていた。

サイトに描かれていたのは"congratulations!"と"999位"の二つ。

登録したときはランキング外だったのだが、こうしてランクインしたということは誰かが投票してくれたということ。

確認してみると案の定、得票数のカウントが1あがっていた。

 

「票が、入った……」

 

「うん。誰かが入れてくれたんだよね」

 

「ええ、まだ何もできてないですけど、うれしいですね」

 

俺はその一票を誰が入れたものなのか見当が付いた。

クルクルと自分の髪の毛を巻いてそっぽを向いている姿が思い浮かぶ。

 

「本当に、素直じゃない」

 

「ん、どうしたの、春人くん?」

 

「いや、なんでもない。これからだな、穂乃果」

 

顔を向けると穂乃果はやる気のある笑顔でうんと頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからの日々は光の速さで駆けていった。

体力トレーニングも行いつつ、曲に合わせて振り付けを含めたダンス練習。ボイストレーニングに衣装作りにそのほか雑用。時間はいくらあっても足りなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

が、しかし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり私には無理です……」

 

ある日、海未が突然消えるようにいなくなったと思ったら、屋上の陽の当たらない場所で自分の膝を抱えてそういった。

 

「無理っていきなり……どうしたんだ」

 

「そうだよ、海未ちゃんなら大丈夫だよ!」

 

穂乃果が励ますと海未は顔を上げる。だが、その表情は弱々しかった。

 

「ええ、大丈夫なんですよ」

 

「なら、なにが無理なんだ?」

 

無理といったり、大丈夫だといったり、いまいち海未の言いたいことがわからない俺たちは困ったように顔を見合わせる。

 

「歌も踊りもこれまで練習していましたからできます。ですが……ですが、人前だということを考えると――」

 

そこで俺たちはようやく理解した。

 

「緊張しちゃう?」

 

核心を突くことりに、海未は無言で頷いた。

 

「そうだ、海未ちゃん。そういう時はお客さんを野菜だと思えってお母さんが言ってたよ!」

 

「お客さんを……野菜……」

 

穂乃果がよくある緊張をしないための方法を挙げると海未は少し思案する。

 

「わ、私に一人で歌えと!?」

 

何を想像したのか海未は壁にしがみついて怯え始めた。

 

「そこなの?」

 

さすがの穂乃果も思わずツッコミを入れていた。

 

「人前じゃなければ大丈夫だと思うんです、人前じゃなければ――!」

 

それだと何の意味もない。パフォーマンスは見てくれる人がいなければただの一人遊びと同じ。誰にだってできてしまうことだ。

 

「んー、困ったなぁ」

 

「でも海未ちゃんが辛いんだったら、何か考えないと」

 

だがことりの言うとおり、辛いのは我慢しろなんていってもうまくいくはずがない。どうにか海未が人に慣れる方法が必要だ。

 

「いろいろ考えるより、慣れちゃったほうが早いよ!」

 

穂乃果も同じことを思ったのか、うずくまっていた海未を無理やり引っ張り上げる。

 

「ほ、穂乃果……?」

 

「それじゃ、行こう?」

 

どこに行くのかと思ったが、答えはすぐにわかるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、ここでチラシを配ろうか!」

 

穂乃果がつれてきた場所は秋葉原の街中。放課後の時間や帰宅時間が近いせいなのか、たくさんの人が行き交っている。

 

「ひ、人が……たくさん……!!」

 

海未は生まれたての小鹿よろしくプルプルと震えていた。

 

「当たり前でしょ、そういうところを選んだんだから。ここで配ればライブの宣伝にもなるし、大きな声を出してればそのうち慣れてくるよ」

 

少し強引な気もしなくはないが、今の海未に必要なのは他人に怯えないことだろう。そういう意味ではいい方法ではある。

 

「お客さんは野菜……お客さんは野菜……お客さんは野菜……」

 

自分に暗示をかけるように何度もつぶやく海未。

 

「よし……――っ!?!?」

 

そして決心して一歩目を踏み出そうとした瞬間、その足が素早く引っ込んだ。

 

「ことりちゃんは大丈夫?」

 

「わたしは平気よ、でも――海未ちゃんが……」

 

「ん――って、海未ちゃん!?」

 

ことりが指差してようやく穂乃果が気づく。

 

「……あ、レアなのが出たみたいです」

 

そして海未は腰を落として日陰にあるガチャを引いていた。

 

「どんな想像をしたのか察しはつくが、海未、現実逃避している場合じゃないだろう」

 

「うぅ、春人ぉ~……」

 

よしよし、と頭を撫でてやると普段の海未からは想像できないような泣き声で(すが)ってきた。

やはり、海未にはハードルが高すぎたのだろう。

 

「いきなり街中は無理だと思っていた――穂乃果、場所を変えないか?」

 

「――そうだね、場所を変えよっか」

 

「何でそんな不機嫌そうなんだ」

 

別に不機嫌じゃないもん、とそっぽを向く穂乃果。明らかに不機嫌な態度だった。

 

「あはは……」

 

ただ一人、ことりだけはこの混沌とした状況を苦笑いしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所を移して次にやってきたのは音ノ木坂学院。俺たちは校門前にいた。

 

「ここなら平気でしょ?」

 

大分時間が経ち、校舎から出てくる生徒は少なめ。これなら海未でもできるだろう。

 

「まあ、ここなら……」

 

海未も自信はないようだがさっきのようにはならないと思っているようだ。

 

「それじゃあ、始めるよ――μ'sファーストライブやります、よろしくお願いします!」

 

海未を残して穂乃果とことりはビラ配りをはじめる。

 

「μ'sファーストライブ……よろしくお願いします……」

 

海未も勇気を出して目の前を通る生徒にビラを渡そうとするが、一瞥されることなく通り過ぎていく。

 

「ファーストライブ、お願いします……」

 

声をかける努力はしているが、恥ずかしさが勝るのか、声が小さくなってしまう。

差し出された女子生徒はジッと海未を見て、いらない、とはき捨てるように行って去っていった。

 

「海未ちゃん、そんなんじゃだめだよ!」

 

見かねた穂乃果がだめ出しに戻ってくる。

 

「穂乃果はお店の手伝いとかで慣れているからできるかもしれませんが、私は……」

 

「ことりちゃんはしっかりやっているよ?」

 

穂乃果が指差した先には、笑顔で大きな声でビラを配ることりの姿。

言い訳にならなかった海未は言葉に詰まる。そんな海未に穂乃果がさらに追い討ちをかけた。

 

「それ、なくなるまで止めちゃだめだよ?」

 

「なっ……そんなの無理です!」

 

無理、といった海未に対して穂乃果は意地の悪い笑顔を浮かべた。

 

「海未ちゃん……私が階段五往復できないって言ったときなんて言ったっけ?」

 

「う……」

 

「それじゃあ、頑張ってね」

 

そして再びビラ配りに戻っていく穂乃果。

 

「海未」

 

いままで、黙って見守っていた俺も少しアドバイスを与える。

 

「海未たちが今までやってきたことに自信が持てないのか?」

 

「春人……」

 

「海未がやっていることは自分で思うほど恥ずかしいものなのか?」

 

「そ、そんなことありませんっ!!」

 

大きな声で海未が否定する。ここで頷いたのなら今までの努力を全部否定するようなものだ。

 

「なら、もう大丈夫だな」

 

「もう、春人は意地が悪いです……」

 

頬を膨らました海未はどこか自棄(やけ)っぽさは残っているが大きな声でビラを配り始めた。だが、さっきまでよりは断然いい。

 

「ありがとね、春人くん」

 

「お礼されるようなことはしてない。海未が自分で前に進んでいったんだ」

 

「もう、素直じゃないなぁ」

 

俺が西木野さんに思っていたことをそっくりそのまま穂乃果に言われた。

俺と穂乃果は遠目から海未を眺める。

もう慣れたのか、海未は次々とビラを捌いていっていた。

 

「あのっ!」

 

すると、話しているところに声が割り込んでくる。

 

「あなたはこの前の!」

 

穂乃果が、喜んだ顔で対応する。どうやらどこかで知り合ったようだ。

俺は後ろで見ていたのだが、彼女はちらちらと俺を見てくる。このまま挨拶もなしにやり過ごすのも悪いだろう。

 

「小泉さん、この前以来だな」

 

「桜坂先輩。こんにちわ」

 

「っ!?」

 

「いまから帰りか。ずいぶんと残ってたんだな」

 

「はい、今日はいろんな所を見てきました。まだ回りきれてないところがあったので」

 

小泉さんは笑顔でそう言う。

 

「そうか、それでどうしたんだ?」

 

「あ、その、チラシもらえないかなって」

 

「ああ、そうだよな――穂乃果?」

 

なかなか渡さない穂乃果を見ると、じっと、俺のほうを見ていた。というより、睨んでいた。

 

「穂乃果?」

 

「あっ、うん、ごめんね!? はいこれ!!」

 

促されてようやく手渡す。その姿に俺も小泉さんも不思議に思っていた。

 

「ありがとうございます――ライブ、見に行きます」

 

「本当!?」

 

小泉さんの言葉で穂乃果は一変し、喜んだ顔をする。話が聞こえていたのかことりや海未も寄ってきた。

 

「来てくれるのっ?」

 

「では、一枚二枚といわずにこれを全部……」

 

「海未?」

 

残っているビラをまとめて渡そうとしていた海未の頭を軽く小突く。

 

「じょ、冗談ですよ……」

 

「冗談には聞こえなかったけどな」

 

やっぱり、完全とは行かなかったようだ。そんなやり取りをしていると、小泉さんが小さく笑った。

 

「ふふ、桜坂先輩と皆さん、仲が良いんですね。それじゃあ、失礼します」

 

「ああ、ありがとな。小泉さん」

 

「――っ」

 

小泉さんは一礼して帰路へついてく。

完全に姿が見えなくなった後、誰かに横腹を(ひね)られる。

 

「穂乃果、痛いんだが……?」

 

「春人くんの馬鹿」

 

そういって、穂乃果はビラ配りに戻る。

何でそう呼ばれたのかわからないまま問いかけることもできずに俺は終わるまで待ち続けていたのだった。

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?

これからもがんばります。



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19.反撃



どうも燕尾です。
十九話目、少し本編から外れます。




 

 

ファーストライブまで後数日に迫ってきたある日の放課後、俺はまた担任の山田先生に連れられて、空き教室へと来ていた。だが前回と違うのは、俺の両隣に穂乃果、ことり、海未、小泉さんに星空さんがいることだ。

 

「――まあ、大方こんなところです。すみません、迷惑はかりかけて」

 

「先生、春人くんは――」

 

勢いよく、声を上げる穂乃果を山田先生は手で制する。

 

「落ち着け高坂。私だって桜坂が悪いと思っちゃいない。悪いのは先にこいつに手を上げたやつらだ。それに関してはちゃんと信用できる証人もいるし証拠もあるからな」

 

「それでも、やり過ぎてしまったのは否めないですから」

 

まあそれはな、と担任の山田先生は頭を抱えて溜息を吐く。

 

「はぁ、どうしてうちの生徒は馬鹿どもしかいないんだ……」

 

「気持ちはわからなくはないですけど、教師がそれを言うのは駄目だと思いますよ」

 

俺は先生を宥めるように注意する。今はいないからいいものの、こんなことをほかの教師が聞いてたらさすがに洒落にならない。

 

「それに――」

 

「わかっている。私だって全員があいつらみたいな馬鹿だと思うほど落ちぶれちゃいない。あんなのはごく少数だ。だからこそ、そんなやつらに振り回される身にもなってみろっていう話しだ」

 

「まあ、騒ぎの元の俺が言うのもおかしいと思いますけど、お疲れ様です」

 

俺は頭を下げる。

こうして俺がまた呼ばれた発端はついさっきのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「春人くん、今日の練習なんだけど――」

 

いつも通り穂乃果たちと練習について話して屋上に向かっているときのこと。四人の男女が道を塞ぐように立ちはだかってきた。

集団の先頭に立っていたリーダのような男子は俺だけを睨んできている。

最初は誰だかわからなかったが、少し考えて気づいた。俺に嫌がらせをしてきたクラスの人間だ。他にも、それに加担した生徒たちもおり、中には初めてみるような顔もあった。穂乃果たちも気づいたのか、少し表情が崩れる。

 

「えっと、どうしたの?」

 

お互い無言で対立している中、一番最初に口を開いたのは穂乃果だった。

男子は先ほどとは変わって、笑顔で穂乃果の言葉に答えた。

 

「そこの彼に用事があるんだ。少し話したいことがあってね」

 

「申し訳ないのですが、春人は先約があるのでまた今度にしてもらえないでしょうか」

 

海未が一歩前に出る。声色は普段どおりで穏やかなのだが、拳を握り締めているところを見ると、かなり無理しているみたいだ。

 

「すぐに終わるから、そこを何とかできないかな?」

 

「ごめんなさい、わたしたちもあまり時間がないので……」

 

ことりがやんわりと断る。が、引き下がることはなかった。埒が明かないと思った俺はため息を吐いた。

 

「穂乃果、海未、ことり。行っていてくれ」

 

「えっ……でも……」

 

「その人たち曰くすぐ終わるらしいから、先に行って練習の準備とかしていたほうが時間を無駄にしないで済むだろ?」

 

「そうだけど……」

 

「ですが、この人たちは……」

 

三人は食い下がる。すぐに終わることではないのと、碌でもないことだとわかっているからだ。心配なのか不安そうな目をしている。

 

「春人くん……」

 

「大丈夫だ。すぐに終わらせる」

 

俺は穂乃果の頭を撫でる。そして穂乃果たちは素直に従ってくれて、また後で、と別の道から屋上へと向かっていった。

この集団も穂乃果たちには手を出さないつもりなのか、そのまま見送っていた。

 

「女子三人侍らせていいご身分だな」

 

穂乃果たちが見えなくなった途端に、嫌悪丸出しの視線を向けてくる男子。

 

「侍らしていない。友達と一緒にいるだけだ」

 

「はっ、どっからどう見ても侍らしているようにしか見えなかった。なぁ、みんなもそう思うだろう?」

 

男子が問いかけると、周りのやつらはそうだ、と叫んだり、頷いていたりしていた。

正直に言って下らない、本当に下らない。こんな茶番に付き合うつもりは俺には毛頭なかった。

 

「あんた等がどう思おうが俺たちには関係ない。用がないなら俺は行くぞ」

 

そのまま集団の横を通り過ぎようとしたのだが、

 

「おい」

 

「待て」

 

意地でも俺を通さないつもりらしく、周りの奴らが俺の両肩をつかんだ。

 

「抵抗しないほうが身のためだぞ。そいつらは柔道部の中でもかなり強いほうなんだ」

 

勝ち誇ったようにリーダーの男子が言う。自分で押さえに来ないところを見るに、この男子はそこまで力は強くないらしい。

俺は息を漏らして男に向き直る。

 

「それで、一体何のようだ。遊びに行くのならほかのやつを誘えばいいだろう」

 

「俺たちはお前と遊びたいんだよ、簡単な遊びだ。お前はただ黙ってついてくればいいだけ」

 

面倒だが、この集団を抜けていくのには無理がある。仮に抜けられたとしても、また同じことの繰り返しになるだろう。

 

「頃合か……」

 

「言っておくが、変なことはするなよ。万に一つお前が勝てることなんてないんだからな」

 

その自信はどこから来るのだろうか。リーダー格の男子は不敵に笑う。

そして俺はそのまま外へと連れ出される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の、間違いないよね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その様子を見た一人の少女があとをつけてきていることに誰も気づくこともなく――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が連れられたのは誰も来ないような校舎裏だった。

 

「おらっ!」

 

「痛っ――」

 

ついて早々、俺は壁に放り投げられる。背中からの衝撃で息が少し吐き出される。

 

「……手荒いな。なにする――」

 

「おい、やれ」

 

抗議をする暇もなく、リーダー格の男子の合図でバケツを振りかぶった女子が中身をぶちまけるように振る。

バシャン、と中身が俺を襲った。どうやら、どこかの水を汲んできていたようだ。話している途中だった俺は口の中まで水が入り込んできた。

 

「――げほっ、げほっ!」

 

喉の奥まで浸水してきた水で俺は(むせ)る。その様子がおかしかったのか、周りのやつらは声を上げて嗤っていた。

 

「酷いな……あんたらに恨みを買われるようなことはしてないはずなんだが」

 

その言葉を聞いた周囲は一瞬で沈黙した。

 

「お前、なに言ってんの?」

 

底冷えた声が届く。声だけでなく冷たい視線も周りから突き刺さる。

 

「あんた、教師に金を積んで、自分のしたことを揉み消そうとしていたでしょう?」

 

曲解にもほどがある。どうなったらあの話をそう捉えられるのかが俺にはわからない。

 

「カツアゲに脅迫にわいせつ、そんなことをしたお前がのうのうと学院に来ているのが俺たちは許せないんだよ」

 

だが、この人たちが自分たちに都合のいい解釈しているのだけはわかった。

 

「そんな事実は一切ない、ホームルームでも話があっただろう」

 

「だから、それはお前が先生を脅したんだろうが。裏は取れているんだ」

 

どんな裏を取ったというのだろうか。山田先生を脅した覚えは微塵もない。山田先生がほかの教師を脅したという線もないだろう。そこまでする理由もないし、そもそも職員会議でしっかり説明されているはず。ということは、ただの嘘だろう。

 

「そこまで勘違いを拗らせてるとむしろ感心――ぐっ……」

 

腹部に痛みが走る。どうやら話の途中で殴られたようだ。

 

「口には気をつけろよ犯罪者」

 

「げほっ……はぁ……こんなことして、よく言――がっ……!」

 

「罪には罰。俺たちはいま、罪人を裁いているだけさ」

 

「裁判官でもないただの学生が、何を言っているんだか。罪も、罰せられる理由も俺にはない。あんた等が勝手に作り上げただけだ。妄想は頭の中だけにしておけ」

 

「俺の父親は裁判官なんだよ」

 

「あんたはその子供だろう。親の七光りで威張り散らしていると碌なことないぞ」

 

「減らず口をする元気がまだあるようだな」

 

おいっ、とリーダーの男子が叫ぶ。

苛立ちが頂点に達したのか、ついに俺を引っ張っていった柔道部や男子たちが動き出す。

 

「いいだろう、二度と学院にこれないように徹底的に罰を与えてやるよ――やれ」

 

屈強そうな男子たちが俺へと迫る。一人が俺の体を脇から締め上げて、もう一人が思い切り顔を横殴りしてきた。

 

「……」

 

柔道部だけあって力は強かった。切れた口から血がこぼれる。

周りは薄汚く嗤っていた。どうやら無抵抗で殴られているのが可笑しいらしい。

 

 

だが、これで――全員が手を出してきた。

 

 

「おら、もう一発いけっ!」

 

興奮したリーダーらしき男子の指示でもう一度振りかぶる柔道部の男子生徒。だが、

 

「――ぐはっ!!」

 

『………………はっ?』

 

地面に伏したのは柔道部の男子の方だった。周囲の人間は何が起きたのかわからず、素っ頓狂な声を出す。

その間に、脇を固めている柔道部の男子を背中の上に上げて、そのまま背中から地面へと落とした。そして、怯んだ隙に足で相手のあごを蹴り飛ばす。

ピクピク痙攣している柔道部の二人に、リーダーの男子は戸惑いを隠せなかった。

 

「お、おい、何してんだよ。何でそこに寝転がってんだよ」

 

二人からの反応はない。男子の矛先が俺に向く。

 

「お、お前っ、一体なにをしたんだ!?」

 

俺は無言で歩みを進める。対照にリーダーの生徒は後ずさっていた。

唯一の女子生徒は腰が抜けたのか、その場にへたり込んでいた。

 

「いくら体を鍛えているようなやつでも、人間の構造的に弱い部分がある。そこを狙っただけだ」

 

「ひっ……」

 

一歩、また一歩と、リーダーとの距離が縮まっていく。

 

「う、うわあああああ!!」

 

無表情の俺の恐怖に絶えられなくなったのか、やけくそに殴りかかってきた。が、当然さっきの柔道部のより力も強くない男子は相手になるわけもなく、

 

「ぐへっ!?」

 

同じように顎を打ち抜いて、気を失わせる。

最後の一人になった女子生徒はもはや泣いていた。

じりじりと歩み寄ってくる俺に、女子生徒は声を震わす。

 

「や、やめて……私に――女の子に、手を上げるの?」

 

かろうじて出た言葉はどこまでも自分勝手なものだった。そんな人間に手加減など必要ない。

 

「あんたから先に手を出してきたんだろう。やってもいいのは仕返しを受ける覚悟のある人間だけだ」

 

「あの男子に言われてやったのことなの、私は悪くないっ!!」

 

(わら)いながら水をかけてきた癖に何を言っている。だったら最初から一緒にいなければよかっただろう」

 

どんどん退路を防がれていく女子生徒は、ガタガタ震えていた。

 

「いや……ごめんなさい。許して……」

 

「それは最初に言うべき言葉だったな。安心しろ――痛いのは最初だけだ」

 

女子生徒めがけて振りかぶる。そのとき――

 

「ダメ――!」

 

誰かが、叫びながら背中に抱きついてきた。

 

「春人くん、それ以上は駄目だよ!!」

 

しがみついて必死に声を上げているのは、穂乃果だった。

 

「放してくれ、穂乃果」

 

普段どおりの声で腰に回されている穂乃果の手にやさしく触れる。

 

「だめ、春人くんがやめるって言うまで絶対に放さない!!」

 

だが、頑なに離れようとせず、むしろ抱きつく力を強めてきた。

 

「……」

 

へたり込んでいる女子生徒に目を向けると、顔を歪ませて怯えている。まるで異形のものを見るような目で。

 

「お願い、春人くん……もう、やめてっ……!」

 

「……わかった」

 

穂乃果の泣きそうな懇願に力が抜けていく。自分では気づかないほど力が入っていたのか、やさしく触れていたと思っていた穂乃果の手に薄っすらと赤い自分の手の跡がついていた。

 

「ごめんな、痛かっただろう」

 

「ううん、私は大丈夫だよ」

 

今度こそ優しく穂乃果の手を擦る。それに対して穂乃果は安心したように答えた。

 

「穂乃果ちゃん、春人くん!」

 

「桜坂先輩! 大丈夫ですか!?」

 

その直後、ことりと、どういうわけか小泉さんが携帯を片手に駆け寄ってきた。

 

「先輩!」

 

「先生、こちらです!」

 

そして海未とことり、またなぜか星空さんが俺たちの担任の山田先生を引き連れてきた。

倒れ伏している男子生徒たちと、泣きじゃくっている女子生徒、そして俺の状態を見た山田先生は溜息をついて、

 

「この状況の説明はきちんとしてくれるんだろうな、桜坂?」

 

「――ええ、わかっています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてジャージに着替え、先生に連れられて、事情を説明して、今に至る。

 

「とりあえずこのことは理事長にも報告する。だから桜坂、お前明日は自宅待機だ」

 

「「「えっ――!?」」」

 

先生の判断に、穂乃果たちが目を見開く。

 

「この沙汰は追って連絡するから。今日のところは帰れ、もう時間も遅いしな」

 

「ちょっと、待ってください先生! 春人くんは悪いことしてないじゃないですか!?」

 

「その春人くんがどうして自宅待機なんですか!?」

 

「そうです、納得できません!!」

 

納得できなかった穂乃果たちは立ち上がってすぐさま山田先生に抗議する。

 

「あの……皆さん、落ち着いてください……!」

 

冷静でいた小泉さんが宥めようとするも、穂乃果たちの興奮は収まらない。

 

「小泉さんの言うとおりだ三人とも。こうなった以上は仕方がない。少し落ち着け」

 

「高坂はともかく南や園田までそこまで熱くなるとは、珍しいものを見た」

 

「そんなこと言っている場合では――」

 

わかっている、と先生は海未の言葉を遮る。

 

「お前たちの納得できない気持ちはわかる。だがな、学院側は最大限公平に事を判断しないといけないんだ。善悪関係なく問題を起こした生徒たちの対応が必要なんだよ」

 

「まあ、俺が手を出したのは間違いないからな」

 

「だったら、春人くんがあのまま暴力を受け続ければよかったっていうの!?」

 

身を乗り出して剣幕に迫ってくる穂乃果にさすがに仰け反ってしまう。

 

「だから落ち着け高坂」

 

先生の真剣な声色に穂乃果は押し黙る。

 

「最初に言ったとおり、私だって桜坂が悪いとは思ってない。だが、まだ学院側も全部の状況を理解したわけじゃない。判断してから処遇を決めるためには時間が必要になる。自宅待機といったのはその間に当事者たちがあれこれしないようにするためだ」

 

まあ、ただの高校生ができることはないと思うがな、と先生は付け足す。

 

「それに、俺も殴られたりしたから、そこには療養って意味も含まれている」

 

「でもそれって、都合のいい理由付けってやつなんじゃないんですか?」

 

感覚の鋭そうな星空さんが指摘する。その通りではあるのだが、それを言い出したらキリがない。

まあそれもある、と先生も認める。そして、一つの拍手を打った。

 

「とりあえずは明日、理事長を交えて詳しく話しをする。伸びているやつらもそろそろ目を覚ますだろうし、そいつらからも話を聞かないといけないからな。だからもう今日は帰れ。鉢合わせると面倒になる」

 

穂乃果たちは不満そうな顔をしているが、この場ではどうすることもできず、追い払われるように今日のところは解散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかしいよ、あんなの!」

 

帰り道、穂乃果がプリプリと怒っていた。

 

「いつまで怒っているんだ、穂乃果」

 

「だって……だってぇ――むう――!!」

 

頬をリスのようにパンパンに膨らませている穂乃果。顔とは対照的に気持ち本気でご立腹の様子だった。

こうなってはもうどうしようもないので取りあえず置いておく。それより俺には気になっていることがあった。

 

「そういえば、どうして練習に行かなかったんだ。そもそも、一体どうやってあの場所がわかった?」

 

責めているわけではない、単純な質問。あのとき穂乃果たちは屋上へと向かったはずだ。

 

「それは私がかよちんから連絡を受けたんです」

 

答えたのは星空さんだった。口調も以前とは違ってちゃんとした敬語だ。

俺は一年生二人の存在にも疑問に思っていた。どうして小泉さんや星空さんがいたのか。だがそれは、簡単なことだった。

 

「桜坂先輩がただならない雰囲気で連れて行かれるのを見て、後を付いて行ったんです。それで、校舎裏についた途端に乱暴されているところを見て、凛ちゃんに連絡したんです」

 

「最初は戸惑いましたけど、かよちんも何か怯えていましたし、ただ事じゃないって思って、急いで先生のところに行こうとしたところで高坂先輩たちと会ったんです」

 

そこからの説明は海未とことりが引き継いだ。

 

「私たちも、屋上には行かずに職員室に行こうとしていたんです。あの方たちが春人にまともな用事なんてあるはずないと感じていましたから」

 

「それで、海未ちゃんと星空さんに先生への連絡を頼んで、わたしと穂乃果ちゃんが校舎裏に向かったの」

 

「そういうことだったのか……」

 

どうして小泉さんがあの場にいて、星空さんが海未と一緒に先生を連れてきたのかようやくわかった。どうやら、とんでもなく迷惑をかけていたみたいだ。

なのに、小泉さんは申し訳ないように頭を下げる。

 

「ごめんなさい……私、怖くて、一人じゃ何もすることができなくて、出ていって先輩を助けることができなくて、でも、証拠だけでもって思って動画を撮っていたんです……ほんとうに、ごめんなさい……」

 

「いや、小泉さんが謝ることじゃない。自分の身を守るのは当たり前だろう? その上に証拠までとっていてくれたのだから、むしろ感謝するほどだ」

 

仮に小泉さんがあの場に出てきたとしても、危険になるだけ。彼女は正しい判断をしただけのこと。

 

「これに懲りて、少しは大人しくなってくれると有難いんだけどな」

 

「たぶん、手出しはもうしてこないんじゃないかな?」

 

「ええ、女子生徒もあれだけ怯えていましたし、大丈夫だと思いますよ」

 

ことりと海未が確信めいた口調で言う。

件の生徒たちは今頃目が覚めて、山田先生に問い詰められているだろう。

噂を嘘で補強して、人に危害を加えてきたやつらだ。きっと自分の都合のいいことも言うだろう。だが、事情をわかっている先生と証拠の動画がある以上、あの生徒たちには勝ち目はない。

 

「まあ、そうだろうな」

 

とりあえず、一段落着いたと息を吐きながら、彼女たちと肩を並べて帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、山田先生からの連絡で俺は二日間の停学を言い渡されるのだった。

 

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
こうして執筆していてわかるのですが、自分で話を作るというのは本当に難しいですね。
ライトノベルを書いている人や小説家さんは本当に尊敬します。

ではまた次回に




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20.正しい休日の過ごし方

どうも燕尾です。
20話目です。




私はそわそわしながら、居間でずっと待っていた。

時刻は夜の八時手前。特別な仕事がない限り、そろそろ仕事を終えて帰ってくる時間。

いつもなら、夕飯の下準備をして、あとは仕上げをするところまでの準備を終えている時間なのだが、今日は聞かなければいけないことがあるため、夕食はもう作り終えてしまっていた。冷めたときはレンジで温め直せばいい。

 

「お母さん、まだかな……」

 

待っている時間が長く感じる。いつもなら夕食の準備の途中で帰ってくることが多いから、もう帰ってきた、と思うのだが、こうも手持ち無沙汰だとこんなに待ち遠しく思ってしまうのか。

 

「――っ、帰ってきた!!」

 

外から家の車庫から車の音が聞こえてくる。私は、エプロンをはずして玄関へと向かう。

 

「ただいま――ふぅ、今日も疲れたわ……」

 

サラリーマンのような言い方はスルーして、私はお母さんへと詰め寄った。

 

「お母さん!」

 

「わっ――こ、ことり? どうしたのよ、そんな怖い顔して」

 

「どうしたもこうしたもないよっ! どういうことなのっ!?」

 

一瞬だけ何のことなのかわからないというようなお母さんだったが、すぐに得心したようだった。

 

「そう、聞いたのね。どういうことって言われてもそのままの意味よ」

 

「だから、どうして春人くんを停学にしたの!?」

 

「とりあえず着替えてからでいいかしら。家でいつまでもこの格好したくないわ。ちゃんと話はするから」

 

たしかに玄関では碌に話せないし、お母さんも仕事で疲れているだろう。

 

「……うん、今のうちにご飯の準備しておくね」

 

言葉とは裏腹に私は不満そうな顔をしていたのか、お母さんが苦笑いして部屋に行った。

その間に私は料理を温めなおす。

すべて温め終わると同じくらいに、お母さんがリビングへと戻ってきた。

 

「お待たせ」

 

「うん、こっちも丁度準備ができたところだよ」

 

「ありがとう」

 

そういいながらお母さんは冷蔵庫から缶を一つ取り出す。それを見た私はあれ、と意外に思った。

 

「珍しいね、お母さんがビールを飲むなんて」

 

「ええ。たまには、ね……それに少しお酒の力を頼ろうかと思うの」

 

それじゃあいただきましょうか、と座って手を合わせるお母さんに、私も同じように席につく。

 

「「いただきます」」

 

私たちはとりあえずお箸を伸ばす。いつもなら間に会話があるのだが、今日は黙々と食べ進めていた。

 

「んくっ、んくっ――はあ……うん。ご飯美味しいわ、ことり」

 

「うん、ありがと……」

 

言葉を交わしてもどこか素っ気ないようなものだった。いつ話してくれるのかを待っている私がどうしてもおざなりに返事をしてしまうのだ。

それに耐えかねたのか、お母さんが一つ溜息をはいた。

 

「それで――春人くんのことだったわよね」

 

お母さんは目を細めて缶を(あお)る。今日はいつにもましてペースが速い。

 

「どうして停学にしたかって話だったわよね――正直に言うと学院としての体裁のためよ」

 

「えっ……」

 

お母さんの言っている意味がわからない。春人くんは悪いことしていないのに、そんな勝手な都合で、処分を与えるというのか。

 

「学院側は常に公平じゃないといけないの。どちらか一方を悪いと決め付けるのは公平性に欠けるし、学院としてやってはいけないのよ」

 

そういって料理を口に運ぶお母さん。代わって、私は箸が止まっていた。

 

「そんなことのために、春人くんを停学にしたっていうの……」

 

「そんなことでも大切なことなのよ」

 

もう、我慢の限界だった――

 

「ふざけないでっ!!」

 

私は机を叩いて立ち上がっていた。

 

「春人くんは悪いことしていないんだよ!? ちゃんと事情だって話したし、証拠だってだしたでしょ!?」

 

「ええ、話は山田先生から聞いたし提出された動画も確認したわ」

 

「だったら――」

 

「だけど、桜坂くんも手を出した、そこが処分すべき場所になったのよ」

 

「そうしないと春人くんが危ないからだよ。下手したらもっとエスカレートしていたかもしれなかったから!」

 

「それでも桜坂くんは"被害者"で居るべきだった」

 

お母さんは何を言っているのだろうか? 被害者で居るべきだった?

 

「そんなのおかしいよ、春人くんは立派な"被害者"だったんだよ!」

 

「ならことり、男子生徒の三人の倒れた原因わかるかしら?」

 

突然のお母さんの質問に私は詰まる。私もきちんと現場や動画を見ていたわけじゃないから答えられない。ただ、春人くんが反撃しただけだという認識だった。

 

「それは、脳震盪(のうしんとう)を起こしたからよ」

 

脳震盪……言葉は聞いたことある。簡単な意味しかわからないけど、たしか脳が揺さぶられて動けなくなったり、気を失ったりすること――だったはず。

 

「大体はあっているわ。でもその知識が先行しているせいでよく軽く見られがちなのよ。脳震盪は一歩間違えれば身体障害とかの後遺症が起こりかねないの」

 

「そこまでは知らなかったけど、それって余程のことがない限り起こることないんじゃ――」

 

「でもそうなってもおかしくないことを桜坂くんはしたのよ」

 

「でも、それは……相手の自業自得だよ」

 

彼らが春人くんに暴力を振るわなかったら起こるはずのなかったことだ。自分の身を守るのが悪いことなら、一体何が正しいというのか。

 

「そうね、私もそこは否定しないわ。だけどさっきも言ったとおり、桜坂くんも非難されてしまうところを作ってしまったのよ」

 

もっと上手くやれたのではないか、逃げるとか、他にも方法があったのではないか、とそういっているのだ。

私はそれ以上何もいえなかった。言葉を紡ごうにも目の前の"お母さん(大人たち)"を説き伏せられる気がしなかった。

私が諦めてしまったのを感じ取ったのか、お母さんはふう、と息を吐いた。

 

「もちろんことりの言う通り、元凶は先に手を出した生徒たちだからこそ、桜坂くんを最低限の処分にしたのよ」

 

「えっ? それって……」

 

「それで全部丸く収まるのよ。一生徒を贔屓しないっていうのを親たちにもわからせるために。だから言ったでしょう――」

 

――学院の体裁のためだって

 

お母さんは悪い笑みを浮かべて再びビールに手を伸ばす。その真意を測りかねて、怒りが霧散していく。

 

「……ちなみに、先に春人くんに手を上げた人たちの処分はどうしたの?」

 

「取りあえずは二週間の停学ね。全員の親御さんを呼んで動画を見せて、事情と原因を告げたわ。そのときにヒスを起こした親や生徒もいるのだけれど、自分の非を認めさせるまで懇切丁寧に一からじっくりとお話して問いかけてあげたわ、ふふ、うふふ……」

 

一応聞いてみたのだが、お母さんは捲し立てるようにスラスラといいあげて、不気味に笑う。その様子が簡単に思い浮かんで怖くなった私はそうなんだ、としかいえなかった。

どうやら、お母さんもよほど腹に据えかねているらしい。

 

「まあ、桜坂くんには悪いと思っているわ。こっちの都合で二日間家で休ませてしまうのだもの。でも仕方のないことなのよ、これは"公平に判断した結果"だから。とりあえずはしっかり休んでほしいものだわ」

 

「お母さん……」

 

柔らかな顔をしてわざとらしく言うお母さんに、私も顔が緩む。

 

「あと明日は臨時で全校集会を開くことになっているから。今回のことは噂に尾ひれが付きすぎて起こったことだし、一度大々的に説明して、釘を指しておかないとね」

 

インパクトが大きければ、それだけ真実味が出てくる。いや、真実なのだけども。

それでも疑っている人に余地を与えることはなくなるだろう。

 

「それにしても驚いたわ」

 

いろいろ考えていたときに、お母さんが意外を口にした。よくわからない私は、何が、と聞き返す。

 

「桜坂くんのためにここまでことりが必死になっていたことよ」

 

「――っ!!」

 

お母さんの指摘に私は顔が真っ赤になる。それを見たお母さんはますます調子付く。

 

「うちの娘にもようやく春がやってきたのかしら」

 

「そ、そんなんじゃないよっ!?」

 

「いいのよ。お母さん、応援してるから」

 

「だから違うんだってば~~!!」

 

恥ずかしさを誤魔化すために叫んだ声が家中に響く。

でも心の中では素直に喜んでもいいのかな?

私はようやく一連の騒動に終止符が打たれたのだと、そう思うのだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

が、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう考えてもおかしいよ!! 海未ちゃんもことりちゃんもそう思うでしょ!?」

 

「ええ、これには私も納得できません!!」

 

「こうなったら、直接理事長のところに話を聞きに行こう!!」

 

「はい!!」

 

「ちょっと、海未ちゃん、穂乃果ちゃん。お、落ち着いて~~~!?」

 

次の朝、結果だけを知っている二人を抑えるのにすごく苦労するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふう。何もないとなると暇だな」

 

本を読み終えた俺はそれを傍らにおいて、呟く。

今日起きて朝ごはんを食べて、家事をし終えてから、かれこれ五冊ぐらいは読破していた。何かほかの事を、と探しても結局のところは本を読むことぐらいしかない。

 

「今日は暖かいな……」

 

天気もよく日差しが眩しい。まだ春ではあるが、着々と夏が近づいてきていることを感じさせるような気温だった。

だが、吹いてくる風は少し冷たかった。だが、それがまた心地よかった。俺は湯飲みに入れたお茶を啜り、庭に植えられている大きな木を見つめる。

それはずっと前からあった桜の木だった。おそらくこの家が建てられるまえから植えられていたものなのか、普通の桜の木と変わらないぐらい大きかった。

今は桜の花びらは散り、新しい緑が見えてきたところだ。なんだかんだでこうして桜を眺めていると気持ちが落ち着く。

一息入れて落ち着いたところで新しい本へと手を伸ばしたとき、ガラガラ、と家の戸が開けられる音がした。

 

「お邪魔するぞ。桜坂、いるか?」

 

出迎えるまでもなく勝手に上がりこんできたのは担任の教師。

 

「山田先生?」

 

「おう、ちゃんと――って、またお前はそこでボケーとしていたのか。相変わらず枯れているな」

 

山田先生は呆れたように見る。先生にはこの姿はお馴染みと化すほど何度も見られている。

 

「枯れているとは失礼な」

 

「縁側で外を見つめながらお茶を飲んでいるやつなんて、今時の若者じゃお前だけだろう」

 

「いいんですよ、こうしていると落ち着きますし。好きなんです。桜の木を見るのが」

 

「お前は爺さんか」

 

「まだ十六ですよ」

 

「その行動がすでに爺さんだろう。まったく……桜も散っているのに見ているのが好きだなんて物好きもお前だけだろうな」

 

そういいながら勝手に湯飲みを持ってきてお茶を注ぎ、俺の隣に座って静かに飲み始める先生。

 

「理事長からの伝言と侘びの品だ。こちらの都合ですまなかった、と」

 

手に持っていた紙袋をそのまま差し出してくる。俺は素直に受け取った。

 

「いえ、体を休めるにはいい機会だと思っていましたから。気にしないでください」

 

「そう言ってもらえるとこちらも助かる。桜坂には非がないというのに処分を与えるなんてことをしてしまったのだから罪悪感もあるのだよ。それに――高坂や園田を止めるのが大変だった」

 

「ああ……」

 

俺は先生の心中を察する。連絡を取った俺ですら宥めるのに苦労したのだから実際に対面していた先生はもっと大変だっただろう。

 

「お疲れ様です」

 

「まあ、家で理事長から話を聞いていた南がいてくれたからまだ何とかなったよ。あいつが高坂や園田の方だったらもっと大変だった」

 

「本当に、迷惑をかけました」

 

「いいんだ、そこに関してはあいつらの方が正しいからな。そうやって噛み付いてくるほどお前のことが大事だったんだろう」

 

「……」

 

「ん、なんだ桜坂。照れているのか?」

 

先生は俺の顔を見て意地の悪い表情をした。無言で顔をそらす俺に小さく笑う先生。

 

「最近はお前のいろいろな表情を見れて面白い」

 

「先生は意地が悪い」

 

「よく言われているよ」

 

俺の言葉は先生には通用しなかった。

 

「……それより、あのあとはどうなったんですか?」

 

「露骨に話をそらしたな」

 

「いいから教えてください」

 

やれやれ、という顔をする先生に少しいらっとする。だが、ここでさらに噛み付いても仕方がないので抑える。

 

「とりあえず臨時集会をした」

 

先生から聞いたのは想像もしていないことだった。まさかそこまで大事にするとは思わなかったからだ。

 

「私たち教師もそこまでするとは思わなかったよ。ただ、今回は噂も広がりすぎたり、停学騒ぎにもなったりしたからな。釘を刺すという意味でもいい機会だと思ってな」

 

「納得です。あの生徒たちの処分は?」

 

「とりあえず停学二週間に反省文と課題。反省文と課題を出さなかったら退学処分にするという脅しつきだ」

 

それは随分と重たい処罰だ。学生同士の喧嘩にしはやりすぎなのではないだろうか。しかも随分と偏りがある。俺は課題や反省文など課されていないのだ。

 

「本来はお前が被害届を出せば傷害事件として扱われるものだ。やり過ぎということはない――というか、桜坂……お前あいつらの心配しているのか?」

 

「また、顔に出ていたのか……いえ、あの生徒たちはどうでもいいんですよ。ただ、学院側にクレーム来ませんでしたか?」

 

「まあな。処罰の対象の生徒の親たちが生徒を引き連れて押し寄せてきたよ」

 

そうだろうな。いきなりではないものの自分の子供の話しか知らない親からすればどうしてだと思うだろう。

 

「だが理事長は小泉が撮影した動画を見せて、噂の真実をぶつけてあいつらの言い分を一から全部否定して逆に叱りつけていたよ。当事者たちじゃなかったお前たちがどうして偉そうに制裁だの口にするんだ……ってな。それを聞いて生徒も親もみんな黙ったよ」

 

「それは……言葉も出せないでしょうね」

 

理事長――ことりの母親も出させないつもりでことに及んだのだろう。

 

「とりあえずは、一段落したと考えていいんですね」

 

「ああ。臨時集会でも次にこんなことがあったら理由関係なく然るべき所に突き出すとも脅しておいたからな」

 

「それは学院としてやってはいけないと思いますけど」

 

「脅しにはやりすぎ程度が丁度いいんだよ」

 

わからなくはない。高校生という年頃はまだ子供といえるだろう。基本警察に恐怖を感じる。仮に、恐怖を感じないでいきがって行動を起こしたやつはそれこそお世話になるだろう。

 

「大人しくしていればそれで良し、嘘だと思った人間から先に潰れていく。そういうことですか、怖いですね。大人のすることは」

 

「それを理解している時点で君も十分大人だよ」

 

先生はお茶を一気に喉に通し、立ち上がる。

 

「さて、そろそろお暇する。桜坂、一応停学で扱われているからあまりぶらつくなよ」

 

「わかってますよ」

 

「ただ、お前も一人暮らしだから食材の調達とかもあるだろうし、たまには外食したりもしたくなるだろう。そのついでに神社とかで道草食って何かをしていたとしても学院側は関与できないから気をつけるように」

 

「好きにしていいという風に聞こえたのは気のせいですか?」

 

「その判断は任せるさ。考えられないお前じゃないだろう?」

 

俺の溜息が声とともに出る。最初から注意するつもりないくせによく言ったものだ。しかもご丁寧に今日の練習場所を告げていくとは。

じゃあな、と学院へと戻っていく先生に俺は頭を下げた。

 

「さて、行くか……」

 

そして、俺は上着に袖を通して外へと出て行くのだった。これは買い物なのだといない誰かに言い訳をして――

 

 




いかがでしたでしょうか。別作品も投稿しているので興味があればそちらも読んでみてください。

ではまた次回に。



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21.前日



どうも燕尾です。
二十一話目ですね。





 

 

「おはよう。穂乃果、海未、ことり」

 

「おはよっ、春人くん!」

 

「おはようございます、春人」

 

「おはよう、春人くん」

 

停学が期間が終わった日の朝。俺たちはいつもの集合場所で待ち合わせていた。いつもなら決まって穂乃果が最後なのだが、今日は俺が一番最後の到着だった。

 

「穂乃果が俺より早いなんて、今日は嵐でも来るのか?」

 

「みんなして酷くない!? 穂乃果が早く来るのがそんなにおかしいの!?」

 

犬のようにキャンキャン吠える穂乃果。

皆、という言葉に引っかかった俺はことりと海未を見る。俺の視線に二人は苦笑いしていた。

 

「今日一番最初に来たのは穂乃果だったんです。私が二番目だったんですけど来たときは目を疑いました」

 

「そんな言い方しなくても良いじゃん、悪いことしてるわけじゃないんだから!!」

 

「それはそうだが。なら、どうして今日は早いんだ?」

 

「えっ!? それは、その……」

 

穂乃果はあからさまに言葉に詰まる。指をつんつんとさせて顔を赤らめていた。

そんな穂乃果の顔を見たことりがにやりと笑った。そして彼女の耳元で小さく囁いた。

 

「穂乃果ちゃん。もしかして今日から堂々と春人くんと登校できるから嬉しくて早く来すぎちゃった……とか?」

 

「そ、そんなことないよ!? ぜんぜん違うから!!」

 

「やーん、穂乃果ちゃんってば、可愛いー♪」

 

先ほどよりも顔を赤くさせる穂乃果に、ことりが身悶える。俺と海未は不思議に思うばかりだ。

 

「結局のところ、穂乃果が早かった理由はなんだ?」

 

「えっとね、それは――」

 

「わあああ!? なんでもない、なんでもないから! ただいつもより早く目覚めちゃっただけだから、それだけだからぁ――!!」

 

「むぐぅ!? んんー! んぅ――!!」

 

話そうとしたことりを塞ぐ穂乃果。口どころか鼻まで塞がれたことりが苦しそうな声でバタバタする。

 

「穂乃果、ことりを放してやれ。苦しそうだ」

 

「――ぷはぁ!! もう、苦しいよ、穂乃果ちゃん!」

 

自力で穂乃果の手を引き剥がしたことりが抗議する。

 

「ことりちゃんが変なこというからでしょ!?」

 

「だって本当のことじゃない。春人くんと――」

 

「こ~と~り~ちゃ~ん~?」

 

「穂乃果ちゃん、ちょっと顔が怖いかな……」

 

笑顔で凄む穂乃果にことりが苦笑いしながら後ずさる。視線だけで、ごめんねと語りかけてくることり。

 

「まあ、穂乃果だって目が覚めることだってあるだろう。これが今日だけじゃなくて毎日できるようになればいいな」 

 

「えっ? それって、私と――」

 

 

 

「そうなれば時間に余裕もって登校できるだろ?」

 

 

 

「……」

 

「ほら、せっかく早く来たんだから遅刻しないように行く――って、穂乃果、痛い」

 

促しただけなのにいつもの膨れ面で俺の体を抓ってくる穂乃果。

 

「ふんだ! 春人くんの馬鹿!!」

 

わけもわからず立ち尽くす俺を放って穂乃果がズンズン先へと進んでいく。

 

「俺、気に触るようなことしたか?」

 

「あはは……したようなしてないような」

 

「春人はもう少し理解力を鍛えるべきですね」

 

ことりと海未に呆れられながらも一緒に登校するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以前より視線は少なくなったもののやはり停学を喰らった人物は注目を浴びる。

クラスでも手を出してきた生徒が同じクラスだったこともあり、俺だけこんなに早く登校していることを不思議に思っていた生徒もいた。

まだそれなりに日が経っていないこともあるせいか、担任の山田先生が来るまで、何度かこちらをちら見しては内緒話をする人間もいた。多少の邪推が飛び交うのは分かりきっていたことだ。だからいまさらどうということはないし、実害がない以上、俺から動くこともない。だが、裏ではいろいろな人が動いていてくれたのも事実。

そこで改めてお礼をしに、昼休み、俺は学院を回っていた。

 

まずは事態の鎮静化を図った学院側の理事長や山田先生。二人は、当然のことしたまでで君が悪いことはしていないのに何を謝る必要がある、といろいろ大変だったのに逆に気を使われてしまった。ここら辺はさすが大人というべきか、本当に頭が上がらない。

 

 

続けて小泉さんと星空さん。彼女たちは一部暴徒と化した一年生たちを抑えてくれていた。いや、抑えていたというより押さえ込んでいたというべきか。

一年生の間でも余程悪く伝わっていたのだろう。話を聞いて小泉さんが泣いてしまったとこを見ていた一年の目撃者が俺をもっと糾弾するべきだと、周りに風潮していたらしい。それに便乗して騒ぎ始めた生徒たちに、ついに小泉さんがキレたのだ。

星空さんいわく、あんなに怒った小泉さんは始めてで、すごく怖かった、とのことだった。この日から小泉さんはクラスの"女帝"として君臨し始めたらしい。

そのことを小泉さんに聞いてみると、彼女は苦笑いしていた。

 

「そんなつもりはなかったんですけどね、ただ必死に"説得"しただけですよ。皆も分かってくれたみたいですし、なにより――次はありませんからね」

 

「そ、そうか……」

 

以前本で読んだ"闇堕ち"とはこういうことを指すのだろうか。俺はありがとう以外なにも言えなかった。

 

 

あとは生徒会長と副会長。二人にもかなり迷惑をかけてしまっていたらしい。というのも、停学処分を喰らった生徒たちが俺を処罰しろと何度も生徒会室へと迫っていたというのだ。二人は先生から事情聞き、当事者の小泉さんから話しを聞いて、生徒会はなにもしないという姿勢を貫いたのだ。いざ挨拶しに行ったときは、

 

「正しい判断をしたまでよ。そもそも生徒が生徒を罰するなんて、できるはずないのだから」

 

「えりちは素直やないな~。そういいながら、三年生で悪口言っていた人を注意して周っていたやろ?」

 

「の、希! それ、どこで見たのよっ!?」

 

「えりちのことならなんでもお見通しや……まあ、そういうことや。うちらも噂は知っていたけどあの子らがいるのに君がそういう悲しませることせえへんって信じとったからな」

 

と、少しむず痒くもいたって普通の対応を受けた。

 

そういう周りからの支援もあって、以前のような無責任な誹謗中傷はほとんどなくなっており、実に平和な一日を過ごすことができた。

 

「まあ、本来はそれが普通のはずなんだがな……」

 

「どうかしたの、春人くん?」

 

隣を歩くことりが俺の呟きに反応する。

 

「いや、なんでもない」

 

「そう――それより、ごめんね? 一緒に来てもらっちゃって」

 

ガサリ、と紙袋が揺れる。今俺たちが手に持っているのは、明日の衣装だ。

店に頼んでいた衣装の仕上げが出来上がったということで、今日、受け取りに行っていたのだ。三人分ということで結構かさばるため、俺は荷物持ちとしてついてきていた。このあとは穂乃果の家でお披露目だ。

ただ――海未がなんと言うか、俺は少し不安に思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お邪魔します」

 

「お邪魔する」

 

穂乃果の部屋に入ると、穂乃果と海未がパソコンを食い入るように見ていた。

 

「あ、お疲れ~」

 

「お疲れ様です。二人とも」

 

「またA-RISEの動画を見ていたのか?」

 

二人が見ていたのは現在スクールアイドルのトップとも言えるA-RISEのプロモーションビデオだった。

 

「んー、やっぱり動きのキレが違うよね。どうしたらここまでできるんだろう」

 

こうかな、こんな感じなのかな、と彼女たちのポーズを真似する穂乃果。

少しでも彼女たちに近づこうと努力する気持ちは良いと思う。が、

 

「穂乃果、参考程度にするならともかく、彼女たちを目標にするのはよくない」

 

「ふぇ? どういうこと?」

 

「目標にしても意味はない、ということだ。穂乃果たちが彼女たちのようにやろうとしても無駄な努力というやつだ」

 

「それは、やってみないとわからないでしょう」

 

少し言葉が悪かったか、ムッとした海未が噛み付いてくる。

 

「悪い、説明が下手だった。なんて言えばいいか……穂乃果たちはA-RISEじゃない。彼女たちはどうすれば自分たちの魅力が発揮できるかを考えて、そういう風に練習してこういうパフォーマンスができているんだ。誰かが真似してできるようなことじゃない」

 

「そっか。たとえできたとしても、それは真似になっちゃうってことだよね」

 

理解力の早いことりは俺の言いたいことが分かったようだ。

 

「そういうことだ。穂乃果たちは彼女たちにはない自分たちなりの魅力がある。それを理解してどうやって伸ばしていくか、それを考えていかないといけない」

 

体運びや重心移動の仕方などの動き方は大いに参考するべきだと思うが、と付け足しておく。

 

「私たちの魅力を、引き出す……」

 

穂乃果は小さく呟いた。おそらく考えているのだろう、自分たちの魅力について。俺はほのかの頭に手を置いた。

 

「まあ、そこまで思いつめて考えるものじゃない。俺が言いたかったのは心構えの話だから」

 

「うん……」

 

「まだ実感がないもしれないが、いずれ分かってくる。慌てることはない」

 

そういいながら、俺は紙袋を持ち上げる。

 

「とりあえずは――ほら、明日の衣装を確認したらどうだ?」

 

紙袋を受け取った三人は自分の衣装を取り出す。

 

「可愛い! 本物のアイドルみたい!!」

 

「本当!? 本物ってわけにはいかないけど、なるべくそれに近く見えるようにしたつもり」

 

「すごい、すごいよ、ことりちゃん!!」

 

穂乃果とことりは興奮したように語っている。その中でただ一人、海未は固まっていた。

 

「さすがだよ、ことりちゃん!! ね、春人くんもそう思うよねっ?」

 

「わかったから、少し落ち着いてくれ」

 

衣装を押し付けて確認を迫ってくる穂乃果。さすがに男の俺がいろいろ触って確認するわけにはいかないので、両手で穂乃果を制す。

 

「手作りでここまでのクオリティーはすごいと思う。ことりの頑張りが分かる」

 

「ふふふ、ありがと穂乃果ちゃん、春人くん」

 

照れ笑いすることり。ただ、一つだけ言わせてもらうなら――

 

「――このスカートの丈はわざとやったのか、ことり?」

 

俺は海未を指差す。海未はプルプルと震えていた。

 

「ことり、これは一体どういうことですか?」

 

唖然としていた海未がようやく声を発する。が、それはことりを責めるものであった。

 

「私、言いましたよね? スカートは最低でも膝下だと」

 

「あっ……えーと……」

 

ことりが言葉に詰まる。

そう、ことりは海未から衣装についての条件を突きつけられていたのだ。スカートの丈は膝下で露出は少なめに、と。

だが、目の前にある衣装はそれらを一つも守っていなかった。

条件を忘れていたわけじゃない。海未を丸め込ませるにはこれしかないと思っての行動なのだろう。それにそもそものデザインは目の前にある衣装と瓜二つだ。そういう意味ではことりは忠実に再現しただけとも言える。

海未の言うことを聞くか否かは製作者のことり次第。それに気づいた海未は恨みがましくことりを睨んだ。

 

「でもほら、もう明日が本番だし、今からは直せないかなーなんて……」

 

「その手段に出るのは卑怯ですよっ!!」

 

「ぴぃ!?」

 

「仕方がないよ海未ちゃん、だってアイドルだもん!」

 

「アイドルだからといってスカートは短くだなんて規則はありません!!」

 

「海未――」

 

「春人は黙っていてください! これは私たちだけの話し合いですっ!!」

 

そう言われてはなにもいえなくなる。俺が舞台に上がるわけでもなく、まして着るわけでもないのだ。俺は大人しく引き下がる。代わりに穂乃果が一歩前に出た。

 

「それじゃあ、海未ちゃんはどうするの?」

 

「制服で出ます」

 

「海未ちゃん一人だけ制服で出るの?」

 

「それはっ……そ、そもそも二人が悪いんじゃないですかっ! 私に内緒で結託して……!」

 

「だって、いいものにしたかったんだもん。絶対に成功させたいんだもん」

 

穂乃果の心の底から出てきた言葉に海未が押し黙る。

 

「歌と曲を作って、踊りを覚えて、お揃いの可愛い衣装を着て、ステージに立つ……そのために今まで頑張ってきたんだもん。頑張ってよかったって、私はそう思いたいの!」

 

「……」

 

「ねぇ、海未ちゃん。短いスカートの衣装を着て、ステージに立つことは恥ずかしいことなのかな? 私たちは恥ずかしい思いをするために今まで練習してきたの?」

 

それは、いつかのビラ配りのときに俺が海未に聞いたときの問いと同じ。なんて答えていたか覚えている海未は当然肯定などできない。そうしてしまえば今までを全部否定するようなものだ。

 

「もう……穂乃果までそんなこと言うなんて、ずるいです……」

 

諦めにも似た言葉が出る。しかしそれは海未が決心した証だった。

 

「それじゃあ――!」

 

「わかりました。私だって恥じるために今までの練習をしてきたわけではありませんので」

 

そっぽを向く海未に穂乃果の顔が明るくなる。そして何か我慢できなくなったのか穂乃果は海未に抱きついた。

 

「ありがとう、海未ちゃん! 大好きっ!!」

 

「わっ!? もう……穂乃果、急に抱きつかないでください」

 

言葉とは裏腹に海未も嬉しそうにしていた。俺とことりも顔を綻ばせる。

 

「とりあえず、無事に明日を迎えられるな」

 

「そうだね。なんとかなって良かったかな。ふふ……」

 

そういうことりの笑みは、なんだかんだでこうなることを予想していたんじゃないかと感じさせる。

というより、最初からこのつもりだったのだろう。穂乃果とは違った強引がことりにはあると思う。

 

「そうだ、海未ちゃん、ことりちゃん、春人くんっ!!」

 

ひとしきり海未に頬ずりした穂乃果は何かを思い至ったように声を上げる。

 

「どうした?」

 

「今から神社に行こうっ!」

 

「神社?」

 

「うん! 明日の成功をお願いしに行くの!!」

 

「いいと思う。わたしも行きたいな」

 

「ええ、願掛けしておいて損はありませんしね」

 

満場一致ということで遅い時間だが、これから神社へと向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が落ち、明かりのない神社は暗い。当然そのぐらいの時間だと周囲には誰もおらず、神主やバイトの巫女たちも帰っていた。

足元に気をつけながら、月明かりを頼りに拝殿の前までやってくる。

三人は横一列で並び、それぞれ五円玉を投げ入れ二礼二拍手をする。

 

「緊張しませんように」

 

「みんなが楽しんでくれますように」

 

「どうかライブが成功――いや、大成功しますように!!」

 

それぞれあの日の朝練習のときのように切実に願う穂乃果たち。三人を月の光が照らしていた。俺はその背中を見守る。

願いを終えたのか、穂乃果たちは手を取り合って振り向く。

 

「いよいよ明日だな」

 

「うん」

 

力強く頷く三人。

どうやら俺がかけられる言葉は何もないようだ。今の穂乃果たちは励ます必要がないほどいい表情をしている。

俺は小さく笑い、空を仰ぐ。ここら辺は人工灯がないおかげで、晴れた日は空がよく澄んでいる。

 

「今日は星が綺麗だ――」

 

都合のいい解釈なのかもしれない。もしかしたら、自分勝手にそう願っているのかもしれない。だが、

 

 

 

 

 

満天の星空は穂乃果たちを祝福しているかのようだった。

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
次回更新も頑張ります。




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22.ファーストライブ


どうも燕尾です。
第二十二話、ファーストライブです!





 

 

――コン、コン

 

 

 

目の前の扉をノックすると中からどうぞ、という声とちょっと待ってください、と何やら慌てる声が聞こえてくる。

俺は最初の声に従って中へと足を踏み入れる。

 

「春人くん、来てくれたんだ!」

 

穂乃果がパタパタとよってくる。その姿に俺は言葉がでなかった。

ピンク色を基本としたベストと白いスカートの衣装。胸元や腰の大きなリボンやが一段と女の子らしさを引き出している。

色々と考えているが要するに、可愛い、の一言に尽きる。

 

「どう、かな?」

 

控えめにくるりと一回りする穂乃果。俺の感想はもちろん決まっていた。

 

「ああ、似合ってる。可愛い」

 

「……っ!! そ、そっか、えへへ……」

 

くしゃり、とはにかむ穂乃果。もっとはしゃぐように喜ぶのかと思ったのだが、どちらかというとしおらしかった。

 

「ふふふ、春人くん顔が赤いよ」

 

すると、ことりがニヤニヤしながらからかってくる。

 

「でもね、春人くん。穂乃果ちゃんばっかり見つめてないで、わたしたちも見てほしいな。ほら、海未ちゃんもいつまでも隠れてないで出てきて」

 

「こ、ことり、止めてください!? この姿を男性に見られるのは恥ずかしすぎます!!」

 

「そんなこといったって、ライブでは男の子女の子関係なく見られるんだよ? だから……ほらっ!」

 

着替え用のカーテンの奥で恥ずかしがっている海未をことりは無理矢理引っ張り出す。

あぁ!? と叫ぶ海未だったが、全然恥ずかしがるような所はないと思った。

穂乃果とは違い、ことりは緑、海未は青色をベースとした衣装だった。こうして三人が並んでいるのを見ていると本物のアイドルと対面しているように思えてしまう。

 

「ことりも海未も、よく似合ってる。恥ずかしがるようなことはないだろう」

 

「ふふ、ありがと。ほら、春人くんもこういっているんだから、自信持って海未ちゃん」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

内股で膝をもじもじさせている海未。その姿はなんと言うか、目のやりどころに困る。

まじまじと見るのも失礼だと思って目を逸らすと、穂乃果の顔が目の前にあった。その顔は少し怒り気味だった。

 

「うおっ!?」

 

「春人くん……海未ちゃんを見る目がエッチだった」

 

驚いている俺に穂乃果は不機嫌そうに指摘してくる。

 

「そんなことは」

 

「ないって言えるの?」

 

ジト目で見つめてくる穂乃果に俺は黙ってしまう。

 

「ないって、言えるの?」

 

「……脚が綺麗だなとは思った」

 

もう一度聞かれた俺は素直に答えた。

 

「春人っ!?」

 

海未の顔が真っ赤になる。正直に言った俺も少し恥ずかしかった。

俺と海未の間に微妙な空気が流れる。

 

「むー」

 

その間にいきなり穂乃果が割り込んできた。そして俺も見てくる目はさっきよりも鋭さを増していた。

 

「穂乃果、何でそんなに怒っているんだ?」

 

「なんでもない、春人くんの馬鹿! 本番近いからもう出て行って!!」

 

「あ、ああ」

 

ぐいぐいと背中を押して俺を追い出そうとする穂乃果。出入り口まで押された俺は振り返る。

 

「じゃあ三人とも、ライブ楽しみに」

 

――バタンッ!!

 

「……してるから」

 

言い終わる前に勢いよく閉められるドア。始まる前に応援しに来たはずなのだが、どこから間違えたのだろう。

しかし追い出された俺に、これ以上言葉をかけることはできない。

 

「とりあえず講堂に向かうか」

 

控え室から講堂へと向かう。その間にいろいろな部活がちらりと視界に入る。

だが、この学校の生徒数と同じように部員数がかなり少ない部活が多かった。だからこそどこの部活も部員獲得に向けて頑張っているのだろうけど。

 

「部活か……」

 

生徒会に行った日は部活の体裁は必要ないと言ったが、ファーストライブの後は話しておかないといけないだろう。そしてもし設立する場合はもう二人ほど人数を増やさないといけないことになる。

 

「まあそれを考えるのはライブの後だな」

 

目下重要なのは直前まで迫ってきているファーストライブだ。とは言っても俺にできることはないといえるけど。

 

「そうだ」

 

歩きながら携帯を取り出す。マナー違反だとは思うが、周りに人はいないから大丈夫だろう。

 

「さっきは何もいえなかったからな」

 

俺はメッセージを飛ばして、一人、ライブ会場へと歩みを進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果ちゃん、流石に春人くん追い出すのはやりすぎだったんじゃ……?」

 

外に追いやった春人くんの気配がなくなった後、私はことりちゃんに窘められる。

 

「だって、春人くんが海未ちゃんを……」

 

子供のような言い方だとは思う。それでもなんか嫌な気持ちになったのだ。

 

「ふふふ……もう、穂乃果ちゃん可愛いなあ。海未ちゃんに嫉妬して」

 

ことりちゃんが抱きついて軽く頬ずりしてくる。だが、

 

「嫉妬?」

 

思ってもいなかった言葉に私は首を傾げた。

 

「えっ? だって春人くんが見てくれないから怒っていたんじゃ……」

 

「もう少し感想を言ってくれたら嬉しかったけど……なんていえばいいのかな、海未ちゃんをエッチな目で見ていたのが嫌だったというか」

 

もっと自分を見てほしかったというのは確かにそうではあったが、せっかくのおそろいの衣装を着てこれからステージだというのに海未ちゃんが不純な目で見られたというのが悲しかった。

 

「えーっと……」

 

「ことり」

 

抱きつきながら困惑していることりちゃん。そんな彼女を海未ちゃんが引き剥がした。そして二人は私そっちのけで内緒話を始める。

 

「あまり突かないほうがよさそうです。穂乃果と春人の場合、変なこと言ったら恐らく拗れると思いますから」

 

「でも、穂乃果ちゃんは――」

 

「私たちは穂乃果でも春人でもありません。自然な成り行きが二人にとって一番だと思います」

 

「……そうだね、ごめん海未ちゃん。今のところは見守っておくよ」

 

「ええ、あの二人のためにもです」

 

しばらくして話が終わったのか、二人そろって私に笑顔を向けてきた。

 

「海未ちゃん、ことりちゃん?」

 

「ごめんね穂乃果ちゃん、変なこと言って」

 

「ううん、別にそれは大丈夫だけど……」

 

「大丈夫ですよ穂乃果。確かに恥ずかしかったですけど、春人ですし、その……き、綺麗って言ってもらって少し自信にもなりましたから」

 

「海未ちゃんがそう言うならいいけど」

 

よくわからない。二人は一体なにを話したんだろう。

 

「あのさ、二人とも――」

 

そういいかけたところで、ぴろりん、と私の携帯が鳴った。画面を確認すると、メッセージが来ていた。その差出人はさっき追い出してしまった春人くんからだった。

 

 

――頑張れ、何があっても俺は見届けるから。

 

 

「春人くん……」

 

顔文字も何もない短い一文。だけど春人くんらしくて、それが何より嬉しくて、さっきまでの嫌な気持ちなんて最初からなかったような気分になっていた。

 

「ライブ、頑張りましょうね。穂乃果、ことり」

 

「そうだね、今まで手伝ってくれた春人くんのためにも」

 

私の両端から携帯の画面を覗き込んできた海未ちゃんとことりちゃんの言葉に私は頷く。

それと同時にこんこん、とまたドアがノックされ、その向こうから声が聞こえた。

 

「穂乃果ちゃん、海未ちゃん、ことりちゃん。そろそろ時間だから舞台裏に来てー」

 

「あっ、はーい、いま行きます!」

 

「それじゃあ、行こっか」

 

「うん!」

 

私は気合を入れて、控え室からステージへと移動する。

 

 

 

 

 

「き、緊張します……」

 

ステージに立った途端、海未ちゃんがそんなことを言い出した。

いつもの私なら、いつまでそんなことをと言えるのだろうけど今回ばかりは同じ気持ちだった。

 

「こういうのって、始まる前が一番緊張するよね」

 

そんなこと言うことりちゃんはいつものようだったけど、ほんの少し笑顔がこわばっていた。気楽に言っていることりちゃんも本心ではやっぱり緊張しているということなのだろう。

私もここまで緊張することなんて思わなかった。今までと同じようになんとかなると考えていたのだが、そうではなかったようだ。こうしてステージに立っているだけで心臓の鼓動が早くなっていく。

今までやったことのないことに対する緊張、そして、失敗したらどうしようという不安やプレッシャー。それがステージで待つことによってより感じるようにのしかかってくる。

でもそれは海未ちゃんやことりちゃんだって一緒のはず、私だけではない。

 

――そう、私だけじゃない。海未ちゃんやことりちゃん、それに春人くんがいる。

 

そう思うだけでも少しは軽くなった気がする。そして私は両隣の海未ちゃんとことりちゃんの手をとる。

 

「私は一人じゃないんだ」

 

私の気持ちを汲み取ったのか、海未ちゃんとことりちゃんもさっきまでの堅い表情がすっと消えていった。

 

「そうですね、私たちは"μ's"ですから」

 

海未ちゃんが手を握ってきて、

 

「それに、見届けてくれる人がいる」

 

ことりちゃんが手を握ってくる。

 

春人くんがこの幕の向こうにいてくれる。

誰か一人でも欠けてしまったら実現しなかっただろう今日のこのライブ。私は精一杯楽しもうと心に誓う。

 

『スクールアイドル"μ's"のファーストライブがまもなく講堂にて開演します。ご覧になる方はぜひ来てください』

 

恐らく最後のアナウンス。この数分後には目の前にある幕が上がり、今までの努力を披露することになる。

 

「いよいよですね」

 

「うん、楽しもうね」

 

「私たちなら、大丈夫だよ」

 

三人お互いの顔を見て頷く。それだけで、もう緊張なんてものはどこかに吹き飛んでいった。

それから数分後、ブザーが鳴り、演幕が開いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、瞳が移す先には、誰もいなかった。

 

「――えっ……」

 

静かな講堂に私の声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

ライブを楽しみにしている。という言葉に嘘はない。しかし、今の俺は別な感情に内心を支配されていた。

開幕まであとちょっと。しかし、この講堂に集まっている観客は誰もいなかった。

チラシ配りや掲示板など、告知は十分していた。応援してくれていた人もいた。

 

「来るかどうかは気分次第だからな、とはいえ誰もこないとは思わなかった」

 

いま、ライブの手伝いを申し出てくれたヒフミたちが準備を終えてギリギリまで呼び込みをしている最中で来てくれる望みはそれだけ。

幕の向こうでは穂乃果たちがこの現状を知らないまま、観客がいることを期待して待機しているだろう。

そんな穂乃果たちがこの光景を見たとき、どうなるのだろう。絶望するだろうか、悲しみに暮れるのだろうか。

こんな現実を予想できないでいた穂乃果たちはなにを思う。そして、どうなってしまうのだろうか。

 

「本当に、神様って意地が悪いな」

 

神頼みなんていうのは所詮気休めだ。願いを叶えてくれるなんてことなど微塵も思ってはいない。だが、そう言わずにはいられなかった。

 

『スクールアイドル"μ's"のファーストライブがまもなく講堂にて開演します。ご覧になる方はぜひ来てください』

 

最後の告知が学校に響く。

 

誰か一人でも来てほしい――

 

そんな願いは叶わないまま時間だけが過ぎていき、開演の幕が上がる。

そして誰もいないという現実に、穂乃果たちは信じられないものを見るような目でただ立ち尽くしていた。

 

「えっ……」

 

現実を把握できない穂乃果から洩れた声が届く。そんな小さな声が聞こえるほど、この場は静寂に包まれていた。

急いで戻ってきたであろうヒフミトリオもこの現状を見て、そして講堂の外の様子を伝えるために申し訳なさそうに首を横に振った。

だけど何日も前から告知していて、この時間でこの結果ではもう誰も来ない。

 

「穂乃果、海未、ことり……」

 

俺はなにもしてやれない。それに俺が足掻いたってできることは何一つない。これは穂乃果たちが受け止めるべき現実、この後どうするかを決めるのも彼女たち自身。

 

 

 

 

 

「春人くん……」

 

 

 

 

 

なのに、どうして俺は穂乃果たちの目の前に立っているのだろうか。俺の言葉なんて、いまの穂乃果たちには必要ないはずだ。

どうして俺は前に出て行ったんだろうか。

俺を見つめてくる三人の瞳には涙が溜まっている。

 

「春人くん、ごめんね……」

 

ことりの謝罪の声が刺さる。

俺は三人のこんな泣き顔を見るために、手伝ってきたのか。

 

「春人がたくさん手伝ってくれたのに……」

 

海未の懺悔の声が響く。

半端な気持ちで、知り合ったから、友達だからといって穂乃果に手を差し伸べたのか。

 

「春人くん……」

 

俺は――

 

 

 

 

 

――こんな表情を見るために今まで一緒に過ごしてきたのか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やらないのか? ライブ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気づけば俺はそんなことを言っていた。

 

「俺は穂乃果たちのライブを楽しみにしていた」

 

建前もなにもない、ただの俺の我儘を、

 

「諦めるのか。まだ始まってすらいないのに」

 

穂乃果たちのことを微塵も思わない、自分勝手な考えを、

 

「俺は最後まで見届けるつもりだったんだが、穂乃果たちはなにも見せてはくれないのか?」

 

穂乃果たちの原動力(理由)としては戯言に等しい言葉を、俺は彼女たちに押し付けていた。

どんな気持ちかも知らないで何を勝手なことをと思うだろう。そう怒られても仕方がない。だが、それが俺の気持ちなのだ。俺はライブをすることを望んでいるのだ。

俺は一つの輪になるようにことりと海未の手を繋ぐ。

 

「どんなことがあっても、俺は三人を見ている。決して目を逸らしたりはしない、だから――最後までやりきるんだ。スクールアイドルというものを、見せてくれ」

 

俺の偽らざる本心。

それを穂乃果たちはしっかりと受け取ってくれたようだ。いつの間にか目に生気が戻っていた。

その瞬間、大きな音が出入り口から聞こえた。

 

「あ、あれ、ライブは……?」

 

あれ~? とそう言って席の最上段をウロウロしているのは小泉さんだった。

音もなにもない状況に、会場が間違えたか、もう既に終わって解散しているのかと勘違いしているようだった。

 

「小泉さん」

 

「あっ! あの、ライブは、もう終わっちゃいました……?」

 

壇上にいる俺を見て不安そうに尋ねる小泉さんに、俺は笑顔を浮かべて言った。

 

「いや、これから。今ちょっとエールを送っていたんだ。よければ前に来て一緒に見ないか?」

 

「はいっ、そうします!」

 

元気に頷いてくれる小泉さん。

俺は三人に向き直る。みんないい表情をしていた。

 

「それじゃあ、俺は戻る。最初は脇で見ようと思っていたんだが、この際だから最前列の真正面(特等席)で楽しませてもらう」

 

「春人くん、ごめんね」

 

「そこは、ありがとう、でいい。ことり」

 

「ふふっ、そうだね。ありがとう、春人くん」

 

「あなたにはずいぶんと手間をかけてしまいましたね。春人」

 

「それならしっかりとお返しをしてくれ。海未」

 

「はい、初ライブにして最高のライブをお送りしましょう」

 

「春人くん。ありがとう。私たち――頑張るよ」

 

「ああ……頑張れ、穂乃果。元気な笑顔を見せてくれ」

 

「――うんっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はステージから下がり、小泉さんの隣に腰をかける。

穂乃果たち三人はスタンバイし、そして――

 

 

 

 

 

「「「μ'sic、スタート!!!」」」

 

 

 

 

 

スクールアイドルとして最初の一足を踏み出した穂乃果たちの姿。

お世辞にも様になっているとは言い難い。さっきまで涙を流そうとしていた彼女らの目は赤くなって痛々しくも思えてしまう。

だが、今日の穂乃果たちはどんな人たちよりも輝いていて、魅力的だと俺は胸を張って答えられるだろう。

そして俺はこの日のあの子達の姿を死ぬまで忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「ありがとうございましたっ!!!」」」

 

手を繋いだ三人が深く頭を下げる。

俺や小泉さん、そして後から来た星空さんに、ヒフミトリオが拍手を送る。

しかし、それを裂くような足音が鳴り響いた。

その足音の持ち主は、生徒会長だった。

 

「これからどうするの」

 

生徒会長は今後の方針を聞いてくる。始まる前の穂乃果たちだったら、ここで打ち切るということを言っただろう。しかし、

 

「続けます!」

 

満足な顔をしていた穂乃果はそう言い切った。

 

「どうして? 今日のこれを見るに、続けても意味はないと思うのだけれど」

 

確かに今日のライブは成功とは言えない結果だった。まだまだ未熟なことだらけ。

だが、そんなことはどうでもいい。成功や失敗に意味を求めることこそが無意味だ。

 

「やりたいからです!」

 

そこに気づいている穂乃果は揺らがない。

 

「私いま、もっと歌いたい、踊りたいって思っているんです。こんな気持ち初めてで、やって良かったって、これからもやっていきたいって、そう思うんです!」

 

本当に大切なのは自分の気持ち。それは他人なんかが関与してはいけない聖域だ。

 

「もしかしたら、このまま誰も見てくれないかもしれない。誰も理解してくれないかもしれない。ぜんぜん応援してくれないかもしれない。でも、頑張って、すごい頑張って、今のこの気持ちを私は届けたい!」

 

それは穂乃果の望み。他の人からしたらただの自己満足とか言われてるかもしれない。押し付けだといわれても仕方ない――でも、それでいいんだ。

 

「私たちはまだまだですけど、いつか、いつか必ず――この講堂を満員にしてみせます!!」

 

穂乃果の本心が響き渡る。

 

「……そう」

 

生徒会長は息を吐くような声で呟いて踵を返す。

彼女が何を思っているのかはわからないが、去る前の表情からは彼女の気持ちが少し見えたような気がした。

 

「穂乃果、海未、ことり、とりあえずお疲れ――」

 

ひとまず落ち着いたところで労いの言葉をかけようとする。が、

 

「ハルくんっ!!」

 

「はっ?」

 

「穂乃果っ!?」

 

「穂乃果ちゃん!?」

 

言い終わる前に穂乃果がステージから座席にいる俺のほうへと飛び込んできた。

 

「おい、危ないだろう……!」

 

「ハルくん、ハルくん、ハルくん……!!」

 

なんとか受け止めた俺の抗議は穂乃果には聞こえていないようだった。

一体"ハルくん"ってなんなんだ。いや、それを抜きにしても何で抱きついて来るんだ。

 

「穂乃果――」

 

「……」

 

ひとまず離れてくれ、といいかけたところで俺は穂乃果が震えていることに気づいた。

俺は言いかけた言葉を引っ込めて、穂乃果の背中に手を回し、頭を撫でて、改めて労いの言葉を言う。

 

「お疲れ様、穂乃果。いいライブだった」

 

「うん、ありがと……ありがとね、ハルくん……!!」

 

人目も憚らず、声を上げて泣き始める穂乃果。

そして泣いている穂乃果に感化されたのか、我慢が出来なくなったのか、海未とことりも俺のところに飛びついて泣き始める。

小泉さんと星空さんに生暖かい目で見られながら、彼女たちが落ち着くまで、俺はあやし続けるのだった。

 

 

 

 

 





いかがでしたでしょうか?
別タイトルも更新していますので、そちらもぜひ呼んでみてください。

ではでは~。





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23.距離感

どうも、燕尾です。
第二十三話です。






「お待たせ、春人くん」

 

「すまないな、海未、ことり。わざわざ時間とってもらって」

 

「いえ、気にしないでください」

 

初ライブを終えてからのある日、俺はことりと海未に空き教室に来てもらっていた。ちなみに穂乃果は呼んでいない。というのも、

 

「それで、相談とはなんでしょうか? 春人」

 

「ああ、穂乃果のことでちょっとな」

 

これが穂乃果に関する相談だからだ。決して悪いことを相談するつもりは決してないんだが、本人がいては話すことはできない。

 

「穂乃果ちゃんのこと……ああ……」

 

「そういうことですか」

 

まだなにも言っていないというのに、二人はわかったような口ぶりをする。ということは気づいているということだ。

 

「わかっているなら話は早い。穂乃果に何があったかわからないか?」

 

「えーっと……それは……」

 

「なんといえばいいのでしょう……」

 

問いただすも、海未もことりも言葉を濁していた。

 

「少しでもわかっているなら話してほしい。俺も戸惑っているんだ、穂乃果の変化に」

 

その変化が訪れ始めたのは週初めからだった。

 

朝の登校では、

 

 

「おはよう、ハルくん!」

 

「あ、ああ……おはよう穂乃果、それじゃあ、揃ったことだし、学校に行くか」

 

「うん!」

 

左からことり、俺、穂乃果、海未の一列で並んで歩く。しかし、

 

「……穂乃果、その、近いんだけど?」

 

「えっ……あ、ごめんね……迷惑、かな?」

 

「いや、そこまで気にすることじゃないんだが、迷惑じゃないから、うん、まあ――大丈夫だ」

 

「――うん! ありがとっ、ハルくん!」

 

「……歩きづらい」

 

穂乃果が離れることはなくいつも以上に気を使う登校になったり。

 

また、昼休みでは――

 

 

「ハルくん、お昼食べよー!」

 

「ああ、いいぞ」

 

「じゃーん、どうかな? お弁当作ってみたんだ!」

 

「珍しいな、穂乃果がパン以外のものを持ってくるなんて」

 

「ふふん、たまにはね――そうだ、ちょっと味見してみてよ!」

 

「味見? それはいいけど、穂乃果の分が減るだろう?」

 

「それならハルくんの弁当も少し頂戴! 弁当のおかずの交換だね!」

 

穂乃果は一切れの卵焼きをとり、それを俺の口元へと持ってくる。

 

「はい、あーん!」

 

「えっ……?」

 

「ほら、ハルくん早く! あーん!」

 

「あ、あーん……」

 

「どう、美味しい、美味しい?」

 

「うん、美味しい」

 

「よかった! それじゃあ、ハルくんの卵焼き食べさせて! あーん!」

 

「え゛……」

 

「あーん、あーん!」

 

「わかった、わかったから、ほら、あーん」

 

「あーん……うん、ハルくんの美味しい!」

 

「そうか……それはよかった……」

 

弁当のおかず交換を迫られて食べさせあったり。

 

放課後、練習終わったころでは――

 

 

「ハルくーん! 一緒に帰ろ!」

 

「悪い、夕飯や明日の弁当の材料を買いに、この後スーパーに行く予定なんだ。だから今日は――」

 

「なら、穂乃果も一緒に行くよ!」

 

「いや、穂乃果の家はスーパーと逆のほう――」

 

「大丈夫だよ、私もお弁当の材料買いに行こうかなって思ってたから!」

 

「それじゃあ、一緒に行くか」

 

「うん! あ、それじゃあ、明日のお弁当また交換しよっ」

 

「あ、ああ。いいけど……」

 

「そうだ! せっかくだから、お互いに何か一つ一緒のもの作ってみようよ!」

 

買い物についてきたり、次の日の弁当の話をあわせてくる等々――

最近の穂乃果はなんと言えばいいのか、心も身体も距離が近いというか、俺に凄い懐いてきているのだ。感情表現も起伏が激しく、まるで子犬が尻尾を振ったりしているかのような状態だ。

それが悪いこととは言わない。仲良くなれて、色々な表情をみせてくれていると考えれば嬉しいことだ。

だが、これが普通の距離感なのかが、俺にはよくわからない。

いつの間にか呼び方も、春人くんからハルくんという、あだ名のような呼び方になっているし。

 

「基準があるとは思ってない。だけど、穂乃果のそれは少し行き過ぎているような気がする。そういうところで二人はどう思っているか聞きたい」

 

そう問いかける俺にことりと海未は気まずそうに顔を逸らした。

 

「春人くん、ちょっと待ってて! 海未ちゃん、こっち」

 

「ああ、わかった」

 

そしてことりは海未だけを連れて俺には聞こえないところまで離れてなにやら話している。

 

「どう思う? 海未ちゃん……なんか穂乃果ちゃんも春人くんも少しずれているから」

 

「基本二人とも鈍感ですからね。自分の気持ちに気づかないまま接している穂乃果に、春人も距離感を測りかねているというところでしょう」

 

「だよね……穂乃果ちゃん、初ライブを終えてから春人くんに対してスキンシップが増えてたもんね。しかもそれも無意識だから……」

 

「正直に言ってしまえば私たちにはどうしようもないことですよね」

 

「そうなんだよねぇ……まあ、とりあえずそれっぽいアドバイスを言って様子を見させたほうがいいんじゃないかな」

 

「ええ、私もそう思います」

 

相談が終わったのか、笑顔というより、しょうがないといった少し呆れ笑いのような二人が戻ってくる。

 

「春人くん、話し合った結果を発表します」

 

「お、お願いしま、す?」

 

「はい。それでは海未ちゃん、よろしくお願いします!」

 

人任せだった。ごほん、と軽く咳払いして一歩前に出る海未。

 

「えーっとですね。穂乃果のあの距離感は信頼しているという表れです。ですから基本的にはきにしないほうがいいです」

 

そうなのか、と聞き返す俺に海未は頷いた。

 

「春人も戸惑うことはあると思いますけど、拒むようなことはしないであげてください。穂乃果が行き過ぎたことをした場合は私たちも止めるので」

 

「そういうことなら、拒むことはないだろう。むしろ、嬉しい」

 

自然と頬が緩む。こうして誰かと信頼関係が築けているのは初めてだのことでもあるから。

 

「「――」」

 

そんな俺の顔をじっと見つめたままことりと海未は動かない。

 

「ん? どうしたんだ?」

 

「いえ! 何でもありませんよ!?」

 

そういいながらも二人はまた後ろを向いた。

 

「海未ちゃん」

 

「ええ。言わなくてもわかりますよことり。これは卑怯ですよね、それでいてなにもわかっていないんですから、困ったものです」

 

呆れた息を吐く二人に俺は首を傾げるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メンバー集めだよ、ハルくん!」

 

顔をずいっ、と近づけてくる穂乃果。あまりの近さに俺は思わず仰け反ってしまった。

 

「……穂乃果。取り敢えずは春人から離れなさい。それではまともに話が出来ませんよ?」

 

すかさず海未が穂乃果の襟首を掴み、俺から引き離してくれる。

 

「えへへ、ごめんごめん。早く知らせないとって思ったら、つい」

 

「いや、気にしないでくれ――それより、メンバー集め、するのか?」

 

「うん、いい候補がいるんだ!」

 

穂乃果の頭の中で浮かんでいる候補には俺も心当たりがある。恐らく思い浮かべている人物は一緒だろう。

 

「小泉さん、か?」

 

「そうだよ!」

 

穂乃果はすぐさま頷いた。確かにアイドル好きの小泉さんはもってこいの人材だ。だが、あの子は何というか、一筋縄ではいかないだろう。

それは穂乃果も分かっていたようで、少し表情が崩れた。

 

「でも今朝アルパカ小屋で会ったとき、思いきって勧誘してみたんだけど、いい返事は貰えなかったよ」

 

「そこですぐ、やります、なんて言えないだろう」

 

タイミングが悪すぎる。突然にも程がある。

しかし、これはタイミングばかりの問題でもない。小泉さんの性格も問題になっていくだろう。

 

「小泉さんはそのとき、何て言っていたんだ?」

 

ことりが、アルパカ小屋でのやり取りを思い出していく。

 

「えっーと、確か……私より西木野さんの方がいいと思う、って言ってたかな?」

 

そこで西木野さんを推してくる辺り、自分に対する自信の無さが伺える。

 

「小泉さんだって可愛いのにね」

 

「そういうことではないでしょう、穂乃果」

 

海未の言う通りだ。小泉さんは、願望はあれど加わろうとする勇気が出ずにそのまま諦めてしまうタイプ――もっとはっきり言えば、物怖じして、踏み出すことができない子だ。

しかしひとたび踏み出せば、愚直に突き進んでいくだろう。

俺たちは無理矢理手を引くことはできない。できても精々差し伸べる程度だ。その手を掴むか掴まないかはあくまで小泉さん次第。本人の意志がないとそのあとも上手くいく筈もない。

 

「どうしましょうか、春人?」

 

案を求めてくる三人。

正直、どうするもなにもない。だが、ここで手をこまねていても仕方がない。

 

「取り敢えず、初ライブの時みたいにポスターと、チラシを作ろうか」

 

まずは小泉さんだけではなく、全体に向けての告知が必要だ。

 

「それなら、元のイラストの文字を変えるだけで十分じゃないかな?」

 

「デザインはことりに任せる。この中で一番センスがあるのはことりだから」

 

「うんっ、任せて!」

 

やる気を見せることり。それに対して穂乃果と海未は少し不機嫌そうにしていた。

 

「春人くん……」

 

「どうした? そんなあからさまな顔して」

 

「なんか、穂乃果たちがセンス無いような言い方だね、ハルくん」

 

「そんなことは……」

 

「思ってないと言い切れるのですか、春人」

 

「……」

 

決して二人のセンスを疑ってことりに頼んだわけではない。衣装製作のためのイラストや初ライブのポスターを描いたことりだったからという、ただの偶然だ。

だが、改めて言われると少し考えてしまう。

この二人は絵心やセンスがあるのだろうか、と。

海未は作詞しているところから文才はあるが、絵に関してのセンスがまったくわからない。

穂乃果に至っては小さい頃の、"おまんじゅう、うぐいすだんご、もうあきた"の話を思い出すとセンス以前の話になる。

これらを総合すると――ことりに任せた方がいいだろう。

 

「ほら、皆でやるのも非効率だろ」

 

「ああっ、話逸らした! やっぱり無いって思ってたんだ!」

 

「そんなことはない。穂乃果や海未の絵を見たこと無いからことりに頼んだだけだ」

 

「なら、今の間で何を考えていたんですか」

 

「特に、なにも……」

 

海未の問いかけにまともに答えられなかった俺はしばらくの間、穂乃果と海未に冷たい目で見られるのだった。

 

 

 




いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に……




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24.花陽の悩み



どうも燕尾です。
一年生たち、どうしましょう……





 

 

 

私の小さい頃からの夢はアイドルになることだった。

ステージ上で可愛い衣装を身にまとって、楽しそうに歌って、それでいてキレのあるダンスを披露する彼女らをテレビで見た私はすごく憧れた。

いつかは私もこの人たちのように、アイドルになって、歌って踊りたいと思っていた。しかし、

 

「はぁ……」

 

授業中、私は誰にも聞こえないように息を吐いて、教科書の下においてある一枚の紙を見つめる。紙には可愛らしい三人の女の子の絵とメンバー募集中の文字。μ'sのメンバー募集のプリントだ。

μ'sはこの間出来たばかりの音ノ木坂学院のスクールアイドルで駆け出しのアイドルグループだ。

私は先日の新入生歓迎会でμ'sの初ライブを見に行った。

ステージで自分たちの曲を歌って踊る先輩方はとても活き活きしていて、どこか輝いて見えた。それと同時にわたしは羨ましいと思った。私もこんな風に出来たら、と。

だけど私はすぐに首を横に振った。

 

「無理だよね、こんなんじゃ……」

 

アイドルになりたいという願望はあるけど、私には絶望的に向いていなかった。人前に立つだけで緊張して、声が小さくなったり、動けなくなったりする。こんな私がアイドルなんて出来るはずがない。

 

「――さん、ここ読んでくれますか?」

 

「でも、それでも……いいなぁ……」

 

「小泉さん――?」

 

「あの先輩だったら、なんていうのかな……」

 

スクールアイドルの活動の手伝いをしているこの学校では数少ない男の人。失礼なことをしてしまった私にもすごく優しくしてくれたあの人は、なんと言うのだろう。

 

「小泉さん――!」

 

「は、はい!?」

 

大きな声で呼ばれた私は思わず起立してしまう。私を呼んだ先生は、少し苦笑いしていた

 

「授業には集中するようにね?」

 

「はい、すみません……」

 

私は顔を真っ赤にして返事する。

やりたい、でも出来ない――

そんな板挟みのような気持ちのせいで、私はこの後もぜんぜん授業に集中できないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、俺に相談しようと」

 

放課後、小泉さんから連絡を受けた俺は一年生の教室に赴いていた。

俺がやってきたことで小泉さんはまるで救世主を見るような目をしていたのだが、他の一年生たちは気まずさからか、ほとんどが居なくなってしまった。残っている一年生は特に気にもしていない人たちだけだ。

俺は椅子を持ってきて、面談のような感じに小泉さんの前に座った。

 

「無理を言ってすみません、先輩方の練習もあるというのに」

 

「こういうのも、先輩としての役目? らしいから。穂乃果たちもわかってくれてる。気にしないでいい」

 

俺が来たのは小泉さんが俺を指名したのもあったけど、これは穂乃果たちのお願いでもあったからだ。

――ハルくん、小泉さんの勧誘をお願い!

メールの内容を知って、自分たちに出来なかったことを俺に託してきたのだ。

とりあえず頷いてきたけれど、小泉さんの相談に乗るのはまだしも、勧誘するのは気が引けた。

とにかく、まずは小泉さんの相談を聞かずには始まらない。

 

「で、なにに悩んでいるんだ?」

 

「はい、実は――」

 

小泉さんがポツリと話し始めた。

昔からアイドルが好きで憧れていたこと。

穂乃果たちに勧誘されたときは断ってしまったけど、心の底ではやりたいって思っていることなど、いろいろなことを話す小泉さんに俺はただ黙って聞いていた。

 

「――私、小さい頃から人見知りや引っ込み思案が激しくて、こんな私がアイドルなんてって思っているんですけど、やっぱりやりたいとも思っていて……どうすればいいのかわからないんです」

 

「なるほど……ちなみに星空さんには相談したりしているのか?」

 

星空さんは小泉さんの幼馴染だ。今は陸上部に顔を出しに行っているらしい。

 

「凛ちゃんにはなにも言っていないんです。ですけどやっぱり私の考えていることはわかっているみたいで、陸上部に行く前は私を先輩方のところに連れて行こうとしてました」

 

「そのまま引っ張られて来てしまえば良かったのに、なんて言えないな」

 

話を聞いているのにそういうのは、無責任というやつだ。だが、今の小泉さんは誰かが引っ張らないと行動出来ないと思う。

 

「穂乃果たちが誘ったときは西木野さんを推していたらしいけど、それは何か意味があったのか?」

 

「それは……私より歌が上手でしたし、綺麗ですから」

 

だんだんと俺は小泉さんのことが理解できてきた。

 

「桜坂先輩が来る前にも凛ちゃんと話してて、誘ってみたんですけど、自分には衣装とか似合わないからって、断られちゃって……」

 

「そんなことないと思うけどな」

 

「ですよねっ!?」

 

興奮気味に前のめりになる小泉さん。俺は思わず仰け反ってしまった。

 

「小泉さん、近い」

 

「……」

 

一瞬呆けていたが声が聞こえた小泉さんは自分の状態を知って頬を赤らめて慌てて下がった。

 

「ご、ごめんなさい! 私……」

 

「いや、それはいいんだ。小泉さんと星空さんの仲の良さがわかっただけだから」

 

それよりも、と一区切りを打つ。だけどその後の言葉が見つからない。

 

「……なかなか難しいな」

 

「あ、あの……そこまで悩む必要はないですよ! 私がただウジウジしているだけですから……」

 

「自分じゃどうにもならないから、俺に連絡を送ったんだろう?」

 

「それは、そうですけど……」

 

「だったら一緒に悩むことぐらいする。解決までできなくても、少しでも道が開けるように考えるさ」

 

「桜坂先輩……」

 

結局のところ小泉さんは自分に自信がないということだ。他の人の魅力はいくらでも見つけられるが、自分の魅力は一つもないと考えているような人だろう。

それは言葉の節々にも感じられていた。穂乃果たちが誘ったときに西木野さんを推していたあたり、自分の自信のなさが伺える。

そしてその自信のなさが小泉さんの足を止めているのだろう。

 

「小泉さん」

 

「は、はい!」

 

考えがまとまった俺が小泉さんの名前を呼ぶと小泉さんは改めて姿勢を正した。

 

「海未ってアイドルっぽいと思った?」

 

「はい?」

 

予想もしなかったことだったのか、小泉さんは目をパチクリさせて聞き返してきた。

 

「だから園田海未。あの藍色の長い髪をした礼儀正しい女の子。海未を最初見たとき、アイドルらしいと思った?」

 

「えっと、それは、はい……」

 

「そうか――俺はそうは思わなかった」

 

俺の言葉に小泉さんはええっ、と驚いた。だが、

 

「正直に言うと海未だけじゃない。穂乃果もことりも、アイドルらしいなんて思わなかった」

 

小泉さんは唖然としていた。まさか俺がこんなことを言うとは思わなかったんだろう。

 

「そもそも穂乃果たちがアイドル活動を始めたのは、廃校を止めるためにいま人気のスクールアイドルをやればいいんじゃないか――って、興味を持った穂乃果が言い出したのが始まりだったんだ」

 

純粋に、アイドルが好きだから、という理由で始めたわけではない。あくまで人気にあやかった一つの手段だった。

 

「最初はそんな理由だったんだ。思いつきと興味。小泉さんのように好きだからとかじゃない」

 

「そうだったんですか……」

 

「ああ。だけど初ライブの日、続けても意味がないと思うって言った生徒会長に、穂乃果がなんて言ったか覚えているか?」

 

「え、えっと……」

 

「やりたいから、と、穂乃果は答えたんだ」

 

「あっ……」

 

声を漏らす小泉さん。どうやら思い出したようだ。

 

「小泉さんや途中から来た星空さん、俺のような手伝いしかいなかったライブだったけど、穂乃果たちはこのまま続けることを選んだんだ。ただやりたいから、続けたいから、というだけで」

 

廃校を阻止する、という理由は忘れてはいない。だけどそれがいつの間にか、副次的なものに変わっていた。

 

「いまはそれだけの理由なんだ。穂乃果たちがスクールアイドルをしているのは。だから、小泉さんも大丈夫だ」

 

「桜坂先輩……ありがとうございます……」

 

小泉さんは少し晴れたような顔をしていた。少しは役に立てただろうか。

 

「それじゃあ俺はこれで。小泉さんも気をつけて帰って。スクールアイドルやりたいと思ったらいつでも来てくれ。穂乃果たちも歓迎するから」

 

「あ、あの!」

 

そう言って立ち上がる俺を小泉さんは引きとどめる。

 

「どうした?」

 

「あの、その……今日はこの後どうされるんですか?」

 

「この後は家に帰るよ」

 

穂乃果たちには今日は練習に来ないで小泉さんの話に集中してあげてといわれていた。それに、今から行ってもほとんど手伝いする時間はない。

それを聞いた小泉さんはもじもじしながら小さい声で言った。

 

「それでしたら、あの……帰り、ご一緒してもいいですか?」

 

出会った頃のときには思うことができなかった言葉。最初は先生の計らいだったのだが、まさか小泉さんから言ってくるとは思わなかった。

 

「ああ、かまわない」

 

否定する用事もないので頷いた俺に、小泉さんは今日一番の笑顔を見せたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穂乃果たちには今日は帰るという旨をメールして自分の教室に置いてあるバッグを取って小泉さんのところに向かう。

戻ってきたとき、小泉さんは空き教室の前でしゃがんでいた。

 

「小泉さん?」

 

「うっひゃあああ――!?」

 

「っ!?」

 

その背中に声をかけると小泉さんは大声を上げて跳ね上がった。

何者かと振り返った小泉さんは俺の姿を見て安心したような息を吐いた。

 

「桜坂先輩でしたか……すみません、大きな声を出して」

 

「いや、こちらこそ急に声をかけてすまなかった。しゃがみこんでいたからつい」

 

「ほんとに気にしないでください。私が悪かっただけですから」

 

「いや、俺が――」

 

「いえ、私が……」

 

「「……」」

 

些細なことなはずなのにこうもこじれてしまうのか。

 

「……ふふっ」

 

「はは……」

 

お互いおかしくなって笑い出してしまった。

 

「もうどっちでもいいか」

 

「そうですね。なんだか、どちらも変わらない気がします」

 

小泉さんが譲らない性格をしているとは思わなかった。彼女の新しい一面を見たような気がする。

 

「それで、空き教室の前でなにをしていたんだ?」

 

「えっと、さっきまで西木野さんがここにいて、これを落としていったみたいなんです」

 

小泉さんが見せてくれたのは音ノ木坂学院の校章が入った手帳。

 

「西木野さんの生徒手帳……」

 

ここはμ'sの勧誘のプリント以外なにもない空き教室の前。西木野さんの生徒手帳がここに落ちていたということは間違いなくこのプリントをも見ていたということになる。少なからず興味を持っているというところだろう。

 

「どうしましょうか、先生に預けたほうがいいですよね?」

 

と、なれば――

 

「小泉さん、今からその生徒手帳を西木野さんの家に届けに行こうか」

 

「えっ? 桜坂先輩、西木野さんの家知っているんですか!?」

 

「ああ、西木野さんの父親が家族の主治医だった時があって、家族を待っているとき何度か家に呼ばれたことがあるんだ」

 

病院だと暇だろう、と言った西木野先生がまだ幼かった頃の俺を自宅まで連れてきてくれたことがあった。

まあ、話を聞かせたくなかった体のいい追い払いだったのだが。

 

「ご家族の方、病気だったんですか?」

 

小泉さんの表情が曇る。いけないことを訊いてしまったと思っているのだろう。だが、そんなことは一切ない。

 

「まぁ、な。今ではすっかり治ってどこかで頑張って仕事をしているんじゃないか?」

 

「連絡は取られていないんですか……?」

 

少し言葉を間違えたようで、余計な疑問を小泉さんに与えてしまった。

 

「……うちの親は基本的に放任主義なんだ。自分達が居なくなるかもしれないと思ったのか、最低限の家事とか料理とかは仕込まれたけどな。今は、向こうも仕事に専念したいだろうし、俺の自立という事でお互いに連絡はとってないんだ」

 

「そう、だったんですね……」

 

いくつかの疑問を持っていそうだったが、取り敢えずはこれで大丈夫だろう。

 

「話がそれたな。それで、どうする? 見つけたのは小泉さんだから小泉さんの意見に合わせる」

 

「そうですね……西木野さんも早く自分の手に戻ったほうが安心すると思いますから」

 

「決まりだな。遅くなる前に行こうか」

 

俺と小泉さんは一緒に西木野さんの家に向かうこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、すごい……桜坂先輩、おっきいです……」

 

「そのうち慣れると思う。だけど、やっぱり初めては緊張するか」

 

「はい。私、こんな大きいのを見るのは初めてで……」

 

「大丈夫、俺もしっかりするから。ほら、早くして。じゃないとなにも始まらないから」

 

小泉さんは頷いて手を伸ばす。ぷるぷると震えた手は黒い物に触れようとしていた。そして――

 

『はい、どちら様ですか?』

 

インターフォンを鳴らしてスピーカーから聞こえてくるのは女性の声。小泉さんは緊張した面持ちで答えた。

 

「あ、あのっ、西木野さんのクラスメイトの小泉花陽です。真姫さんにお届け物があって来ました!」

 

『わかりました、少し待っててください』

 

通話が切れてから数分、西木野さんの母親が出迎えてきた。

 

「こ、こんにちは、小泉花陽です。真姫さんの生徒手帳を届けに来ました」

 

「ありがとう、よく来てくれたわね。そちらの子は――あら、春人くん! 久しぶりね! 元気にしていた?」

 

「お久しぶりです真奈さん。この通り、問題はありません」

 

「そう、よかったわ。それより、やるじゃない。女の子と放課後デートなんて♪」

 

「で、でででででデートっ!?」

 

西木野さんの母親――真奈さんの茶々に小泉さんは顔を真っ赤にして叫んだ。

何だかこういうやり取りを穂乃果の母親、穂波さんと海未の三人でした覚えがある。母親というのは年頃の娘の恋愛事情を知りたがるものなのだろうか?

 

「違います。デートでしたら他の女の子の家に来ませんよ」

 

「んもうっ、つまらないわね――あ、だったらうちの真姫ちゃんはどう? ちょっと捻くれちゃってるところもあるけれど、根はいい子よ?」

 

「根はいい子、というのはわかりますけど、自分の娘を推すのは止めましょうよ……」

 

「あら、意外と真姫ちゃん高評価?」

 

「それよりも」

 

もう話が進まないから強引に進める。

 

「真姫さんの、落とし物を、届けに来ました」

 

「ああ。ごめんなさいね、ついはしゃいじゃって――せっかく来てくれたのだから上がっていって? お茶くらいご馳走するわ」

 

「そう言ってるけど、小泉さんはどうする?」

 

決定権を持つ小泉さんに顔を向けると、

 

「デート……恋人、先輩……年上の恋人……!?」

 

「ダメそうだな、これは……」

 

頭から湯気が出るほど熱を出している小泉さん。

 

「どうするんですか、これ……」

 

「えっと、ごめんなさい。冗談が過ぎたわ」

 

本気で謝ってくる真奈さんに俺は疲れたように息を吐き、西木野さんの家に上がらせてもらうのだった。

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか。ではまた次回にお会いいたしましょう。
ではでは~





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25.真姫の諦め



どうも燕尾です。
第二十五話目です。





 

 

 

「それじゃあ、真姫はいま病院のほうに顔出しているから、少し待っていてもらえるかしら?」

 

「わかりました」

 

客間に通された俺たちは西木野さんを待つ。

 

「小泉さん、落ち着いた?」

 

「はい、すみません。取り乱して……」

 

恋人云々の話で慌てていた小泉さんがようやく現実へと戻ってきた。それでも、今度は先ほどの恥ずかしさから顔は赤いままだが。

 

「まあ、仕方がない。ああいう話が苦手な人はいるからな」

 

各言う俺もその一人だ。あまり得意ではない。

小泉さんは困ったような微妙だという顔をした。

 

「そういうことではなかったんですけど……」

 

「ならどういうことなんだ?」

 

「それは、その……桜坂先輩ってずっとこんな感じなのかな……」

 

ずっとこんな感じって、よくわからない表現をする小泉さん。その目は、さっきとは違ってどこか死んだ魚のような目をしていた。

 

「こ、小泉さん、大丈夫か?」

 

「はい、大丈夫です……ただ、高坂先輩たちも大変なんだなぁ、って少し思っただけですから」

 

どうしてそこで穂乃果たちの名前が出たのか知らないが、恐らく少し呆れられたのだろう。あまり触れないほうがよさそうだ。

そうして紅茶を飲み、小泉さんと話をしながら待つこと数分、玄関から誰かが入ってくる音が響いてきた。

 

「ただいま――ママ、靴があったのだけれど誰かきているの?」

 

「あなたにお客さんよ」

 

私に? といいながら客間に来た西木野さんは俺たちの姿を見て固まった。

 

「こ、こんにちは……」

 

「こんにちは、西木野さん。お邪魔してる」

 

「な、な……何であなたたちが、家に……!?」

 

「こら真姫。そういう言い方をしないの。あなたのために来てくれたのよ?」

 

理由も知らない西木野さんにとっては驚いても無理はない。

 

「え、あ、その……ごめんなさい」

 

しかし、こうしてすぐに謝ることができる西木野さんはやはり真奈さんが言う通り、根はいい子だ。

 

「それじゃあ後は若い人たちに任せておいて、真姫。私は夕飯の支度をしてるから。何かあったら呼んで頂戴」

 

「あ、うん、わかった……」

 

状況が理解できていない西木野さんはそのままバッグを置いてソファに腰をかける。

 

「それで、何の用かしら」

 

自分で紅茶をいれ、一息ついた西木野さんが言う。俺は小泉さんに目配せをすると彼女は頷いて、バッグから生徒手帳を取り出して、西木野さんに手渡した。

 

「これ……」

 

「私の生徒手帳……どうしてあなたがこれを?」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

訝しそうな目つきで問いかけられた小泉さんは怯えたように謝った。

 

「いや、どうしてあなたが謝るのよ」

 

「問い詰めるような鋭い目でそう言われたら誰だって萎縮するだろう。西木野さん、蛇のような目をしているぞ」

 

「う゛っ……そんなつもりはないのだけれど……」

 

自覚がなかった西木野さん。それは普段から斜に構えてて素直にならない弊害なのではなかろうか。

 

「普段からの心がけじゃないか?」

 

「う、うるさいわね!」

 

西木野さんがキッ、と睨んできた。余計な一言したことに反省する。西木野さんは気まずそうに目を逸らす。

 

「その、ありがとう……わざわざ家まで届けてくれて」

 

「うん。それは大丈夫なんだけど、ちょっと聞きたいことがあるの」

 

聞きたいこと? と聞き返す西木野さんに小泉さんは頷いた。

 

「その生徒手帳が落ちてた場所のことなんだけど、西木野さん、μ'sのポスター、見てた、よね?」

 

「私が!? 知らないわ、人違いじゃないのっ……?」

 

明らかに動揺する西木野さん。それに冷や汗だろうか、少し頬に雫が浮き出ていた。

 

「でも、そこに生徒手帳が落ちてたんだ。あそこにはそのポスターしかないし……」

 

「あ、歩いている途中で落ちたのよ! きっとそう!」

 

往生際の悪い西木野さん。だが、白を切るには甘すぎる。俺は彼女のバックを指差した。

 

「なら西木野さん。そのバッグからはみ出てることりが描いた勧誘のプリントはどうしたんだ?」

 

「これはっ…違うの! 私は別に――」

 

誤魔化そうとした西木野さんは急に立ち上がった。しかし、

 

「――っ!! いったぁ……」

 

急に立ち上がった西木野さんは思い切り膝をぶつけてしまう。そしてそのままバランスを崩して、ソファを巻き込んで倒れこんでしまった。

 

「わわ、西木野さん!?」

 

「大丈夫か……?」

 

俺と小泉さんは西木野さんを起こして、ソファを立て直す。

 

「もう、あなたたちが変なことを言うから!」

 

「だったら変な言い訳しなければよかっただろうに」

 

「してない!」

 

「――ふふっ」

 

「そこ、笑わないの!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私がスクールアイドルに……?」

 

ズレた家具や絨毯を元に直して再び腰をかける俺たち。話が途切れたところで、小泉さんがもう一度切り出した。

 

「うん。西木野さん、放課後いつも音楽室で歌ってたよね? 私、その歌が聞きたくて、放課後いつも音楽室に行っていたの。西木野さんの歌、ずっと聴いていたいぐらい綺麗だったから」

 

「確かに、俺も最初に聞いたときはそう思ったな」

 

「ありがとう……」

 

面といわれて照れたのか、西木野さんは恥ずかしさを隠すように紅茶に口をつける。

 

「だからね、西木野さん――」

 

「だけど、それは無理よ」

 

小泉さんが言い終わる前に西木野さんは言った。

 

「無理って、どういうことだ?」

 

西木野さんは息を吐く。そのため息はどこか諦めにも似たようなもので、俺は違和感を感じた。

 

「だって、私の音楽は終わっているもの」

 

「悪い、よくわからないんだが?」

 

西木野さんは何が言いたいのだろうか。

 

「私、大学は医学部って決まっているのよ。だから私の音楽はもうここで終わっているってわけ」

 

その言葉を聞いた俺はなるほど、と頷く。しかし――

 

「――それがなんだ?」

 

自然とその言葉が出てきた。

 

「だから、大学は医学部だから――」

 

西木野さんは少しイラついたように同じことを言うが、俺が聞きたいのはそういうことじゃない。

 

「なら、どうして音楽室で歌を歌っている? どうしてまだピアノを弾いているんだ」

 

それなら、いましていることは何だというのだ。

 

「そんなの、息抜きとして……」

 

「毎日毎日、息抜きとして弾いているのか。それは余裕なことだな。その間に同じような大学を目指している人間はもっと勉強しているぞ」

 

ぐっ、と言葉に詰まる西木野さん。しかし、俺は言葉を紡ぐことを止めない。

結局西木野さんは諦め切れていないだけ。自分の気持ちに蓋をしているだけだ。

 

「終わっているって言う前に、そんな自分に言い訳を言い聞かせようとする前に、なにをした?」

 

「あの、桜坂先輩……!?」

 

小泉さんが止めようとするが、俺は止まらない。西木野さんは俯いて手をぎゅっと握り締めていた。

 

「――さい……」

 

「西木野さんは――」

 

「――うるさい!」

 

俺の言葉を遮るように顔を上げて叫んだ西木野さんは、怒りに顔を歪めていた。

 

「音楽をやめる、私は前からそう決めたのよ!」

 

「なら、どうして苦悶するような顔をしているんだ? それはまだ未練があるからじゃないのか?」

 

「あなたに私の何がわかるのよ! 碌に知りもしないで勝手なこと言わないでっ!!」

 

「そういうのなら教えてほしい。西木野さんはいままでどういうことをしてきたんだ?」

 

「それはっ……くっ……!」

 

何も答えられない西木野さん。

 

「そうやって何もしないで諦めるのは諦めとは言わない」

 

それはただの逃げ。背を向けているだけ。いまの西木野さんは無理やり目を背けようとしているだけだ。

 

「じゃあ、どうしたらいいって言うのよ!」

 

西木野さんから出る苦悩の言葉。それは彼女の底から出てきたものだった。

 

「西木野さんのやりたいようにやればいい。わがままを言ったっていいじゃないか」

 

「それはただの子供じゃない」

 

「俺たちは子供だよ」

 

親の金で高校に通って、ご飯を食べて、生活している。俺たちはまだ自立すらできないただの子供だ。

 

「将来のことを考えるのを悪いとはいわない。だが、そのために今を投げ打つのか? それで本当に後悔しないのか?」

 

「そんなこと言われても、わからないわよ……」

 

「なら自分がどうしたいのかよく考えて、その考えを自分の信頼できる人にだけでも打ち明けてみろ。勝手に自己完結して、なにもしないで諦めたようなことを言うな」

 

「っ!!」

 

「桜坂、先輩……」

 

「回り道をしたっていいじゃないか――君たちは高校生が一瞬だと思える時間がまだこの先にあるのだから」

 

話は終わりといわんばかりに俺は紅茶を飲み干して、自分の荷物を持ち、立ち上がる。

 

「さて、俺はお暇するよ。小泉さんはどうする?」

 

「わ、私も、もう帰ります。遅くなるとお母さんも心配すると思いますし」

 

「……玄関まで、見送るわ」

 

俺たちは真奈さんに挨拶をしてから西木野さんの家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西木野さんの家の帰り、日が落ち始めたということで桜坂先輩は私の家の近くまで送ると申し出てくれた。

せっかくの厚意を断るのも悪いと思った私は、お願いしますと頼んだ。それに聞きたいこともあった。

 

「あの、桜坂先輩」

 

「なんだ?」

 

肩を並べて帰るなか、私は先輩に問いかける。

 

「どうして、西木野さんにあんなことを言ったんですか?」

 

「どうして、か……」

 

関わったことは少ないけど、桜坂先輩があそこまで追い詰めるような言い方をするのは珍しかった。先輩は少し悩んだようにしてから口を開いた。

 

「正直に言えば西木野さんにイラついていたから、かな」

 

「イラついていた、ですか」

 

ああ、と先輩は頷いた。

 

「ああいう風に自分に言い聞かせて、他を受け入れようとしない態度をしていることに、なにもしようとしないことに俺は苛立っていたんだろうな。だから少しきつい言い方になったのかもしれない」

 

「そうだったんですか……」

 

西木野さんの家で桜坂先輩が言った話に、私は頭を横から殴られたような気分になった。

理由は単純。私にも当てはまっていたからだ。

自分はアイドルらしくないし似合わない、こんな自分じゃ無理と決め付けて、諦めていた。

μ'sの先輩方はどうだっただろう。歌も踊りも作詞も衣装作りも、始めてやることばかりのはずなのに、悩みながらも頑張って、前に進んでいた。その努力の結晶があの初ライブだ。ステージ上にいた先輩たちはとても魅力的だった。

だけどそれに比べて私はなにをしていたんだろうか。諦めの言葉ばかり口にして、どうにかしようと行動したことは一度もなかったのではないか。

 

「小泉さん、どうしたんだ?」

 

「えっ……わ、わわっ!?」

 

心配したように覗き込んだ先輩の顔がいつの間にか間近にあって、私はびっくりする。

 

「いえ、なんでもないです!」

 

ぶんぶんと手を振る私に先輩はそうか、と言って前を向く。

赤くなった顔、バレてないかな……

私は桜坂先輩と別れるまでのしばらく、先輩の顔を直視することがまったくできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまでで大丈夫ですよ」

 

小泉さんは俺より前に出て振り返る。

 

「そうか、ならここまでだな」

 

「はい、今日はありがとうございました。相談に乗ってくれたり、ついて来てくれたり、それに――買い物まで付き合ってもらって」

 

俺たちの手にはそれぞれの紙袋。帰っている途中で小泉さんが集めているアイドルグッズの新商銀の販売日だったことを思い出して、もののついでと、付き添いをしていたのだ。

 

「気にするな。後輩のためになったのなら俺も嬉しい」

 

俺はそういいながら紙袋を渡す。

 

「あの、桜坂先輩」

 

「なんだ?」

 

「その、また私が悩んだとき……付き合ってくれますか……?」

 

胸元をぎゅっと握り締めて、上目遣いで、懇願するような表所。それは不安な感情を表していた。

そんな後輩に俺ができることは一つだけ。

 

「ああ、いつでも」

 

「――ありがとうございます! それではまた!!」

 

そうして小泉さんは深く頭を下げてから、そのまま曲がり角で姿を消す。

最後に見せた彼女の表情はすこし、可愛いと思った。

 

「さて、俺も帰るか」

 

 

 

 

 

「ハルくん!!」

 

 

 

 

 

 

再び歩みを進めようとしたところで、誰かに呼び止められる。

振り返ると、練習後であろう穂乃果の姿。しかし、どういうわけか、若干頬を膨らませているように思える。

 

「穂乃果、練習お疲れ様」

 

「あ、うん、ありがとう――じゃなくて! 小泉さんとなにしてたの!?」

 

「なにって……相談を受けて、帰るときに小泉さんが買うものがあるっているから送るついでに買い物に付き合って、いま別れただけだが?」

 

「ずるい! 一緒に買い物だなんて! 穂乃果だってまだ一回もしていないのに!」

 

「そんなこといわれても困るんだが……」

 

「むぅ――!! 私だってハルくんと買い物したい!」

 

駄々を捏ねるような怒り方をしている穂乃果。どうしたものかと考えているとき、一つの案が浮かんだ。

 

「それなら穂乃果。今度穂乃果の買い物に付き合うが?」

 

それを聞いた穂乃果は一瞬にして顔を輝かせた。

 

「ほんとっ? 嘘じゃない!?」

 

「穂乃果が良いというのなら」

 

「もちろん、良いに決まっているよ!」

 

やったー、と両手を挙げて喜ぶ穂乃果。

 

「それじゃあ今度のお休みに、一緒にお出かけをしよう!」

 

「ああ。それじゃあ、帰ろうか」

 

「うん!!」

 

俺の手をとって歩き始める穂乃果。

休日にどこに行こうか、なにをしようかと笑顔で考えながら歩く穂乃果に俺はちょっと微笑ましく思いながら一緒に帰るのだった。

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
リアルの事情や現在スランプ気味により、次の更新は遅れるかもしれません。




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26.まきりんぱな



どうも燕尾です!
ラブライブ26話目です。






 

 

「取り敢えず一年生たちは様子を見た方がよさそうだ。小泉さんも、西木野さんも、俺たちが下手に出ると話が(こじ)れる」

 

「そっか……」

 

「仕方がありませんね、こればかりは」

 

「そうだね」

 

昨日の顛末を三人に話すと、全員難しそうな顔を浮かべる。

自分に自信が持てずに立ち止まっている小泉さん。それと素直になれず、自分を騙し続けている西木野さん。理由は違えど足を止め、自分自身の時が止まっている彼女たち。昨日それぞれから話を聞いた俺は結論を出す。

 

「まあ、待つしかないだろう」

 

これが二人に対しての俺の最終的な判断。

三人は納得はしても、懸念が残っている様子だった。

 

「でも、あまり時間がないと思うな。もう大体の一年生は部活を決めたりしてるし」

 

「そうですね。いくらいつでも歓迎といっても時間が経ち過ぎては入りづらくなるでしょう」

 

ことりと海未がその不安を口にする。

二人の言うとおりではある。だけど、もうそれは小泉さんや西木野さん次第だ。

もし本人たちの意思がないまま引き入れたとしても、その後の活動が上手く立ち行かなくなるのは目に見えている。相談に乗ろうが、説教を()れようが、結局は彼女たち自身が決めないといけないことなのだ。

 

「たぶん小泉さんも、西木野さんも、自分で決めなければいけないとわかっていると思う。やるにしてもやらないにしても、これ以上引き伸ばすことができないことも含めて」

 

「私たちがここで何をしようと意味はない、ということですか」

 

その通り、と俺は頷く。

 

「あとは天のみが知るなんとやら、というやつだな。というわけで――穂乃果」

 

俺は少し落ち込んでいる様子の穂乃果に釘を刺す。

 

「小泉さんや西木野さんに会っても勧誘をしたら駄目だぞ?」

 

確認の意をこめた俺の言葉に穂乃果は静かに頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

ため息を出すのはこれで何度目だろう。私は中庭にあるベンチに腰をかけながらそんなどうでもいいことを考えていた。

本当はこんな現実逃避をしていないでもっと目の前のことを考えなきゃいけないのに、つい余計なことで気を紛らわせようとしてしまう。私の悪い癖の一つだ。

 

「いつまでも悩んでいたら、駄目だよね……」

 

昨日先輩に相談に乗ってもらって日が明けてから、もう放課後まで進んでいた。例のごとく、授業には集中できず、何度も注意を受けてしまった。

心配した凛ちゃんが何度か声をかけてくれたのだが、それさえも聞き逃すほど、今日の私は上の空だった。

 

 

――やりたいからやるんだ。だから、小泉さんも大丈夫――

 

 

昨日の桜坂先輩の言葉が頭に響く。優しく、暖かい先輩の言葉が。

でも、それでも、それがあっても、不安は拭いきれなかった。私なんかがスクールアイドルなんて、と思ってしまう。そしてそんな自分にほとほと嫌気が差してくる。

 

「はぁ――」

 

 

 

 

 

「なに辛気臭いため息ばかりついているのよ」

 

 

 

 

 

「わっ――に、西木野さん!?」

 

後ろから声をかけてきたのは件のクラスメイト、西木野真姫さんだった。

 

「どうして、ここに……?」

 

「ちょ、ちょっとした散歩よ! 別にあなたを探していたとか、そういうわけじゃ絶対にないから!!」

 

「そ、そうなんだ……」

 

妙に紅潮した顔、そして焦ったような声。西木野さんは誤魔化しているようだったけど私を探していたのだろう。まともに話したのは昨日が初めてだったけど、なんとなくわかった。

 

「それで、何か用かな? 西木野さん」

 

「ヴぇ!? え、えっと、その……」

 

西木野さんは顔を赤く染めて、何かためらっていた。だけど自分のなかで決まったのか、まっすぐと私を見据える。

 

「行かないの? 先輩たちのところに」

 

「……っ」

 

そして西木野さんがはっきりと口にした。

 

「いつまでもこんなところで(こまね)いていてもなにも変わらないわ。それはあなたもわかっているのでしょう?」

 

「うん……」

 

そんなことはもうとっくにわかっていた。こんなところで悩んでいてもため息はいていてもどうにもならないことは。ここでため息を吐く前から知っていた。

それでも臆病な自分が邪魔をする。それでいいのか、上手に活動できるのかと頭のなかでささやいてくる。

未だに迷い続けている私に西木野さんははぁ、とため息をついた。そして――

 

 

 

 

 

「アーアーアーアーア――」

 

 

 

 

 

発音練習をするように声を出し始めた。

 

「ほら、あなたも――アーアーアーアーア――」

 

いきなりのことできょとんとしている私に西木野さんは一緒にと促してくる。

 

「あ、あーあーあー……」

 

「声が小さい! ほら立って、お腹から声を出して!!」

 

「は、はい!!」

 

私は急いで立ち上がる。そしてお腹に意識を集中する。

 

 

 

 

 

「「アーアーアーアーア―――」」

 

 

 

 

 

西木野さんの声と一緒に中庭に響く私の声。それは自分でも驚くぐらいしっかりと出ていた。

 

「はい、もう一度」

 

「「アーアーアーアーア―――」」

 

何度か声を出したあと、西木野さんは柔らかな微笑を浮かべながら、問いかけてくる。

 

「どう? 声を出すなんて簡単で――気持ちいでしょう?」

 

私も笑顔で頷き返した。

こんな堂々とボイストレーニングなんてしたことなかったから、新鮮だった。

 

「それじゃあ、もう一度――」

 

 

 

 

 

「あー! かよちんこんな所にいたー!!」

 

 

 

 

 

もう一度大きな声を出そうとしたところで大きな声が聞こえる。

私のところに駆け寄ってきたのは親友の凛ちゃんだ。どうやら凛ちゃんは教室からいなくなった私を探していたようで少し頬を膨らませていた。

 

「もう、放課後になってからすぐにいなくなったからどこに言ったか心配したんだよ?」

 

「ご、ごめんね、凛ちゃん。少し考え事してて……」

 

「ほら、先輩たちのところに行こう? 今日こそアイドルやりますって言わなきゃ!」

 

そう言って凛ちゃんは私の手をとって、先輩たちがいるであろう屋上へと引っ張ろうとする。

 

「ちょっと待ちなさい!」

 

その様子を見ていた西木野さんが凛ちゃんがとった反対の手を掴む。

 

「西木野さん、どうしてここに?」

 

今まで西木野さんがいたことに気づいていなかった凛ちゃん。そのことに西木野さんはむっ、とするも深くは追求せずに私の手を少し引っ張る。

 

「そんなに急かしても駄目よ。少し自信をつけてから行ったほうが良いわ」

 

「どうして西木野さんが凛たちの話に入ってくるの!」

 

威嚇するように語気を荒げる凛ちゃん。そんな彼女に西木野さんも明らかに敵対心をむき出しにした。

 

「私だって彼女のことは少し知ってるし、歌うならそうしたほうが良いって言っただけよ!」

 

「かよちんは迷ってばかりだから、パッと決めたほうがいいの! 現に今日までずっと悩みっぱなしで何一つ決められてなかったんだから!!」

 

「それはそうなんだけど、そこまではっきり言わないで欲しかったかな、凛ちゃん…」

 

「それでも、あなたが決めても仕方がないじゃない!」

 

「う~~!!」

 

「むっ――!」

 

二人は睨み合う。出会って数分もしないうちに険悪なムードに私はどうしたらいいのかわからずオロオロしてしまう。

 

「あの、二人とも? 喧嘩は――わっ!?」

 

「ほら行こうかよちん! 早くしないと先輩たちの練習時間が終わっちゃうよ!!」

 

ぐいぐいと、私の手を引っ張る凛ちゃん。

 

「待ちなさい! どうしても連れて行くというなら、わたしが連れて行くわ!!」

 

それに対抗して西木野さんも私の手を引く。

 

「何で西木野さんがくるのっ! 関係ないでしょ!」

 

「関係あるわ! 音楽のことなら私の方がアドバイスできるし、それに――μ'sの曲は私が作ったんだから!!」

 

「えっ!?」

 

私が驚いた声をあげると、西木野さんはやってしまった、というような顔をする。

 

「そうよ、彼女たちのファーストライブの曲を作ったのは私よ! だから関係ないことなんて何一つない!」

 

勢い余って口を滑らせてしまった西木野さんはヤケクソに言って、凛ちゃんと同じようにぐいぐい引っ張る。

 

「ちょっと、二人とも……!?」

 

二人を止めようと少し抵抗するも二人は言い争って止まらない。

 

「とにかく、凛がつれていくの!」

 

「いいえ、私が連れていくわ!」

 

「凛が!」

 

「私が!」

 

自分が、と主張する凛ちゃんと西木野さん。私はそのまま二人に引きずられていく。

 

「だ、だ……ダレカタスケテー!!!!」

 

私の意思はどこへやら。虚しい叫びが空に溶けていった。そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……一体何をしたんだ、小泉さん?」

 

「なにもしていません!!」

 

「警察に連絡……」

 

「しないでいいです!!」

 

両脇を固められた姿を見て警察に連絡しようとした桜坂先輩に私は声を荒げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だいたい事情はわかるけど、小泉さんをここへ連行してきて、一体どうしたんだ?」

 

二人に両腕をがっしり捕まれて項垂れている小泉さんは少し疲れ気味な様子で、二人が無理やり連れてきたのがわかる。

確認の意図も込めて俺は星空さんと西木野さんに問いかける。

 

「かよちんをスクールアイドルにしてください!!」

 

すると星空さんは大きな声でいった。

 

「かよちんは昔から、小さい頃からずっとアイドルに憧れていたんです! だからお願いします!!」

 

「そんなことはどうでもいいんです! この子、自覚がないだけでちゃんと歌唱力があって、アイドルだって問題なくやれるんです!!」

 

「どうでもいいってどういうことなのっ!!」

 

「そのままの意味よ!!」

 

「う~~っ!!」

 

「む――っ!」

 

小泉さんを挟んで睨みあう二人。

星空さんも西木野さんも小泉さんのことを想っての行動なのだろうけど、いかんせん肝心の小泉さんが置いてけぼりだ。

二人の喧嘩が本格的になろうとしたそのとき、

 

 

 

 

 

ぱんっ――!

 

 

 

 

 

屋上に一つの乾いた音が響いた。

 

「ハル、くん……?」

 

言い争っていた星空さんや西木野さんだけではなく、穂乃果と海未にことりと小泉さん、この場にいる全員が拍手を打った俺に目を向ける。

 

「小泉さん」

 

「は、はいっ!」

 

指名された小泉さんはピシッと背筋を伸ばす。そこまで畏まらなくてもいいのだけれど、今重要なのはそこじゃない。

 

「小泉さん――小泉さんはどうしたいんだ?」

 

「わ、私は……」

 

「いまさら何を迷っているのよ、絶対やったほうが良いわ。声を出すなんて簡単だったでしょ? 貴女なら出来る」

 

「西木野さんの言う通りだよ。ずっとやりたかったんでしょ、アイドル?」

 

二人は小泉さんの背中を押す。二人のそれは善意からきていることなのはわかる。

 

「私、は……」

 

だが、本当の意味で小泉さんが前に進めるようになるには、二人の善意が邪魔になる。

 

「西木野さん、星空さん。少し黙っていてくれ」

 

「「――っ!!」」

 

思いのほか低くなった声音に、二人は体を硬直させる。

俺は視線を小泉さんだけに絞り、同じように問いかける。

 

「小泉さん、もう一度聞く。小泉さんはどうしたい?」

 

「桜坂先輩……」

 

「まだ決めかねているなら満足するまで悩んでから来ても大丈夫だ。前にも言った通り、俺たちはいつでも待つつもりだから」

 

「……」

 

小泉さんは俯く。

 

「かよちん……」

 

「小泉さん……」

 

不安そうに小泉さんを見守る星空さんと西木野さん。

俺の質問から数分後、小泉さんは二人の顔を小泉さんは交互に見て、優しい笑顔を浮かべる。

 

「凛ちゃん、西木野さん。ありがとう」

 

そう言って小泉さんは一人前に出る。

 

「私――」

 

その顔はスクールアイドルをやると決めた時の穂乃果と同じ顔をしていた。

 

「私、小泉花陽といいます! 一年生で、人見知りで声も小さくて、背も小さくて、得意なものはなにもないですけど…でも、アイドルへの気持ちは誰にも負けません! だから、だからっ――私をμ'sのメンバーにしてくださいっ!!」

 

お願いします! と頭を下げる小泉さん。

ここまで煽っておいて無責任かもしれないが、小泉さんの加入の是非を決めるのは俺じゃない。

そのことをしっかりわかっていた穂乃果が、立ち上がり、小泉さんの正面に立つ。

 

「小泉さん――」

 

穂乃果はゆっくりと手を伸ばして、

 

「こちらこそ、よろしくっ!」

 

小泉さんの手をとる。

最初こそ何が起こったか分からない顔をしていた小泉さんは次第に理解が追いついて、瞳に涙が溜まり始める。

 

「~~~っ、よろしくお願いしますっ!!」

 

夕日を背に手を取り合う二人の少女。それは絵にしたいほど綺麗で、美しいと思えるほど俺の目には映っていた。

いや、この場にいる誰もがこの光景を目に焼き付けていた。

 

「かよちん、偉いよぉー……」

 

そして星空さんは自分自身で前に歩き始めた親友の姿を見て涙をためて、

 

「まったく、なに泣いているのよ……」

 

そういいながら、西木野さんも同じように瞳に光るものを映していた。

 

「そういう西木野さんも泣いているな」

 

「な、泣いてなんかいないわっ、見間違いよ!」

 

素直に認められないのはいつものこと。最近は西木野さんがどういう人物なのかわかり始めたから特に気にはしない。

 

「まあそれならいい。それで、二人はどうするんだ?」

 

「「えっ……?」」

 

「えっ、じゃないだろう。自分のこともあるのに引きずってまで小泉さんに入れ込んだんだ。もうそろそろ自分の気持ちもわかっているだろう?」

 

「「……」」

 

「それに――」

 

俺は後ろの海未とことりを見る。二人もそのつもりだったらしく既に星空さんと西木野さんに手を伸ばしていた。

星空さんと西木野さんはお互いを見合わせる。

 

「――メンバーは」

 

「まだまだ募集中です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、新たに三人のメンバーが加わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩!」

「桜坂せんぱーい!!」

「ちょっと、二人とも待ちなさいってば!」

 

「ん?」

 

朝練習のために神社に向かう途中、後ろから大きな声で呼ばれる。

振り向くと、走りながら大きく手を振るのは小泉さんと星空さん。そしてその後ろでため息をつきながら二人について走っている西木野さん。恐らく今日の朝練習に行くのに示し合わせたのだろう。

 

「おはようございます」

 

「先輩、おはようだにゃ!」

 

「……おはよう」

 

「ああ、おはよう、三人とも。朝練に行くのか?」

 

「はい、早速今日から参加します!」

 

「楽しみだにゃー」

 

「加入した以上やるだけよ」

 

それぞれの性格が滲み出たような返答をする三人。

 

「西木野さんは素直じゃないにゃ~、一番最初に集合場所に来ていたのは西木野さんだにゃ」

 

「そ、それは! あなたたちが遅かっただけよ!」

 

「私と凛ちゃんが集合場所に来たのは待ち合わせの十分以上前だったような……?」

 

「~~~っ!!」

 

顔を真っ赤にさせる西木野さん。

 

「まあいいじゃないか、やる気があるのは。格好悪いことではないだろう?」

 

「そうだよ西木野さん。私も楽しみだし、一緒に頑張ろう?」

 

「……そうね」

 

それでも、この表情を見て最初は地味な基礎トレーニングやランニングだなんていえないな。

 

「かよちん、西木野さん、早く行くにゃー!」

 

「凛ちゃん、ちょっと待って!? 行こう、西木野さん!」

 

小泉さんが西木野さんの手を引こうとする。だが、

 

「……」

 

西木野さんは立ち止まっていた。

 

「西木野さん? どうしたの?」

 

「えっと……」

 

首を傾げる小泉さんに西木野さんはくるくると自分の髪を弄ってそっぽを向く。

 

「これから私たちは一緒に活動していくのよね?」

 

「うん、そうだけど……?」

 

「……だったら、"西木野さん"だなんて他人行儀な呼び方はやめてほしいというか…その……私もあなたたちのことを名前で呼ぶから――花陽、凛」

 

自分から言うのが恥ずかしかったのか、治まりかけていた顔の赤らみがまた濃くなっていた。

そんな様子を見ていた小泉さんと星空さんは――

 

「――ちょっ、何で抱きついてくるのよ!?」

 

「真姫ちゃんかわいい!」

 

「真姫ちゃん、真姫ちゃーん!」

 

「放して、花陽、凛!」

 

小泉さんと星空さんに抱きつかれている西木野さんも言葉では拒否しているも、まんざらでもないようだった。だけど、

 

「小泉さん、星空さん、西木野さん。じゃれあうのは良いけど、そろそろ行かないと間に合わなくなるぞ」

 

「「「……」」」

 

促しただけなのに、三人はじっと俺を見つめてくる。

 

「? どうしたんだ?」

 

俺を放って輪を作る三人。

 

「ねぇ、私思ったんだけど――」

 

「うん、ちょうど私も思ってたかな?」

 

「かよちんも真姫ちゃんも凛と同じかにゃ?」

 

三人は頷いて俺に振り向く。そして、

 

「お、おいっ……?」

 

「行きましょう、春人さん!」

 

「ほら、ぼさっとしてないで、春人」

 

「じゃないと怒られちゃうよ、春人くん!」

 

小泉さんと西木野さんが前で俺の両手を引き、星空さんが後ろから背中を押してくる。

 

「小泉さん、西木野さん、星空さん――」

 

「真姫よ!」

 

「凛だにゃ!」

 

「花陽です!」

 

むすっと少し不機嫌な顔をしながら強調するように自分の名前をいう三人。要するにそういうことなのだろう。

 

「早く行くぞ――真姫、凛、花陽」

 

「「「はい!」」」

 

そうして俺は笑顔の三人と神社へと向かうのだった。

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
次回も更新頑張ります




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27.不審者



どうも、燕尾です。
とんでもないことをしでかしてしまいました。
申し訳ありません。




 

 

 

一年生が加入してから数日。彼女たちもスクールアイドルの活動に慣れてきたある日の朝。

 

「いっちに、さんし……」

 

「……」

 

朝練にいち早く来ていたことりが柔軟体操をしている。ちなみにほかは俺以外、誰もいない。穂乃果はいま向かっていると連絡があり、海未は今日は弓道部の朝練習。一年生組は少し遅れるかもという連絡が来た。とはいえ、本格的な朝練習の開始にはまだ時間があるから問題ない。それより、いま気になっているのはメンバーたちのことではなかった。

 

「ねえ、春人くん」

 

「…ことりも気づいてたか」

 

「うん…ここまでじっと見つめられていれば、ね?」

 

俺たちは視線を感じたほうへと顔を向ける。それに気づいた相手方はすぐに隠れるも、一瞬だけ黒い髪の毛の尾を引いているところが見えた。

 

「見られてる、んだよね? わたしたち」

 

「そうみたいだな。まあ、見ているだけなら実害もないし、放っておいていいんじゃないか?」

 

「それは、そうなんだけど…」

 

言い淀むことりの気持ちもわからないでもない。あそこまであからさまに観察されているとわかると気になってしょうがなくなる。

どうしたものかと、少し考えているところで境内の入り口あたりから元気な声が聞こえる。

 

「おはよー! ハルくん、ことりちゃーん!!」

 

「おはよう、穂乃果」

 

「おはよー穂乃果ちゃん」

 

「? どうしたの二人とも? なんか元気ないね?」

 

俺たちの不陰気が変わったことを察した穂乃果が首を傾げる。そんな穂乃果に俺は事情を説明する。

 

「誰かが私たちを――ファンの人かなっ?」

 

「それだったら隠れずに来るだろう?」

 

「シャイなんだよ、きっと!」

 

「ポジティブだな、その前向きさは本当に感心するよ、穂乃果」

 

頭を撫でてあげるとえへへ、と破顔させる穂乃果。

 

「……さりげなくイチャイチャしないで欲しいかな」

 

「ん、どうしたことり?」

 

「んーん、なんでもないよ。なんでも……」

 

そういいながら死んだ目をすることり。まったくわからない俺たちはそろって顔を見合わせる。

 

「とりあえず、そのファンの人はどこに居るの?」

 

「ファンではないけど、あそこの本殿の陰に隠れているよ」

 

「それだったら私行ってくるよ!」

 

気合を入れて向かっていく穂乃果に俺たちは虚を突かれる。

 

「えっ!? 穂乃果ちゃん、ちょっと待って!?」

 

「大丈夫大丈夫、パッと確認するだけだから!」

 

俺たちの制止も聞かず、穂乃果は足音を消しながら近づいていく。

 

「神妙にお縄につけー!!」

 

「それは違わないか、穂乃果?」

 

間違った声を上げ、穂乃果は勢いよく出る。しかし、

 

「うわっ!?」

 

何かに引っかかった穂乃果は前にツンのめる。

 

「とっ、とっと、うわあ!?」

 

顔から地面にダイブしようとしたが、ギリギリのところで穂乃果は手を地面について自分の身体を支える。

怪我するようなことにならなくて安心はするが、それだけでは終わらなかった。起き上がった穂乃果が誰かに弾かれた。

 

「穂乃果!」

 

「穂乃果ちゃん!」

 

そこまで強く弾かれてはいないのだが、穂乃果はピクリともしなかった。

抱きかかえると穂乃果はただ驚きで気を失っているだけだった。そのことに俺もことりも安心する。

すると、一つの雑踏が俺たちの前で止まった。

 

「アンタか、穂乃果に手を出したのは」

 

「……」

 

サングラスをかけ、マスクをして、全身を覆うようなコートを着ている明らかに怪しい女に目を向ける。

 

「朝からくだらないことが出来る暇人なのはわかるが、用があるなら早く言ってくれるか?」

 

「……認めない」

 

「は?」

 

「私はあんたたちを認めない! さっさと解散しなさい!!」

 

大きな声でそれを言って女は走り去っていった。

 

「春人くん…」

 

面といわれて少しショックだったのか、ことりの顔が少し曇る。

 

「気にするな。ただ覚えておいたほうがいい。極少数でもああいう人間もいることに」

 

好く人もいれば、嫌う人もいる。すべての人に受け入れられるものなんてないのだ。

 

「うん、そうだね」

 

そう頷くも朝練習の間ことりの顔が晴れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、今日も雨だよー! いつになったら止むの――!?」

 

空を覆う黒い雲を見て、穂乃果が駄々捏ねるように言う。そして怒りをぶつけるかのようにポテトを貪り食う。

 

「穂乃果、ストレスを食欲にぶつけると後が大変ですよ」

 

「毎日毎日降っているのに、何で晴れないのさ!」

 

「私に言われても……」

 

「練習する気満々だったのに」

 

「気持ちはわかるけど少し落ち着け穂乃果。八つ当たりはよくない」

 

「だって、だってぇ~むぅ~!!」

 

「俺の分のポテトも少しあげるから、落ち着けって」

 

俺がポテトを穂乃果のトレーに移そうとしたとき、穂乃果は口を開いた。

 

「あーん!」

 

「……わかったよ、ほら、あーん」

 

餌付けのように俺は穂乃果にポテトを食べさせる。自分の分も食べているはずなのに穂乃果は笑顔でおいしい、と食べ進める。

 

「…なんなの、この二人」

 

「そのうち慣れますよ」

 

呆れたように俺たちを見る真姫に海未が言う。

 

「二人とも、仲がいいのにゃ」

 

「それで済ませていいのかな…?」

 

真姫だけじゃない。花陽も、凛もどういうわけか驚いたように見ていた。

そんな一年生三人にことりも気にしないで、と治めていた。

 

「それより今日で三日連続か、厳しいな」

 

俺は穂乃果にポテトを与えながら息を吐いた。

 

「練習が出来ないのは辛いですね……」

 

「でも、こればっかりは仕方が無いよね」

 

そういう海未やことりも空の様子を見て眉をひそめる。

真姫、凛、花陽の一年生三人が加わってから二週間ぐらい経ったのだが、季節は梅雨入りの時期で雨が降っていることが多く、あまり練習できていないことが多かった。今日も雨が降ってしまい、練習できずに大手ファストフード店で時間を潰していた。

ことりの言う通り仕方のないこととはいえ、流石にここまで練習できなくなると少し問題だ。

 

「悪いな三人とも。まともな練習が出来なくて」

 

「別に気にしてないわ」

 

「天気がこれではしょうがないですよ」

 

「春人くんが謝ることじゃないにゃ」

 

気を使われているのか、そう言ってもらえて助かりはするが、ほんとうにどうしたものかと頭を悩ませる。

 

「とりあえず急いで練習場所を確保しないと梅雨明けまで満足に練習できない事態になるな……」

 

「えー、それは困るよ! せっかく一年生たちが入ってくれたのに!!」

 

「だからこうして考えているだろう、穂乃果も頑張って考えてくれ。このままだと嫌だろう?」

 

「うーん、誰かの家とか?」

 

「練習できるようなスペースないだろう……」

 

「春人、スポーツセンターとかはどうでしょう」

 

スポーツセンターか、確かにそこなら広さは問題ない。だが、

 

「一日二日のその場凌ぎの案としてならいいけど、何日もとなるとあそこも意外とお金が掛かるからな。衣装代とかも嵩んでいるから、出来れば金銭に負担をかけるようなことはしたくないが……最終手段としてとっておこうか」

 

それに時間的な問題もある、ああいうところは予約制なので他の人たちが先に入っていたら無駄足になってしまうこともある。

 

「学校で空いているところはないんですか、春人さん?」

 

「それは最初に探したことある。空き教室は鍵が閉まってて使えなかった」

 

空き教室は先生の許可がない限り使えない。その許可を得るためにはしっかりとした理由が必要だ。こんな言い方はよくないが、穂乃果たちのスクールアイドルの活動は個人でやっているような趣味みたいなものだ。そのために申し出ても撥ねられるのがオチだろう。

 

「他のスペースはどこも他の部活が――」

 

そこまで言って俺は止まった。

 

「春人くん、どうしたの?」

 

そうだ。部活であれば、空き教室も使えるだろう。以前断られたのは人数不足が主な原因だった。だがそれも一年生たちの加入でクリアしている。あとはあの生徒会長だが、そこは別にどうでもいい。

 

「春人くん?」

 

ことりが考え込む俺の顔を覗き込んでくる。

 

「いや今更だけど、部活申請、出来るよなって」

 

「部活申請……あっ!」

 

「出来ますね、申請」

 

「忘れてたよ。出来るじゃん、部活っ!!」

 

二年生三人もはっとする。穂乃果たちも部活のことを今まですっかり抜け落ちていたのがわかる。事情を知らない一年生は頭に疑問符を浮かべていた。

 

「忘れてたって…どういうことかにゃ?」

 

「いやぁ、メンバー集まったら安心しちゃって……」

 

「……この人たち駄目かも」

 

てへへ、と笑う穂乃果に呆れたようなため息をつく真姫。

 

「面目ないな。俺も部活の体裁は必要じゃないと考えていたから、失念していた」

 

ともあれ、部活の申請をして設立すれば部室や練習場所の確保は出来るだろう。

 

「というわけで明日、申請してくるよ!!」

 

「……ああ、そうだな」

 

「ん? ハルくん、どうしたの?」

 

「いや、少し気になることがあっただけだ、気にしないでくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その帰り、みんなと別れて一人で歩いている頃――

 

「……はあ」

 

俺はため息をついていた。原因は、俺から少し距離をとって後をついてくる一人の人物。

わざわざ遠回りや、何度か無駄に曲がっていたのだが、ぴったりとついてきているところから俺に何か用があるのは間違い。

それに誰なのかは大体予想はついていた。このまま家に帰ってもいいが、それだと何も進展がなくなるだろう。

 

「……」

 

俺はもう一度角を曲がる。

 

「――」

 

ついてきた女子は十分に警戒して俺の軌跡を辿り、角から姿を捉えようとする。が、そこには俺の姿はない。

 

「……いない、どこに行ったのかしら?」

 

「俺になんのようだ」

 

「っ!?!?」

 

バッと振り返った彼女の顔は驚きに染まる。さっきまで前にいた俺が、いきなり後ろにいたことに。

 

「さっきから人の後をこそこそとついてきて、他の人だと不審者として警察に連絡されていたぞ」

 

「な、何のことよ。別にあたしはアンタの後なんて――」

 

「さっきの店で穂乃果や海未のポテトを盗み食いしておいてなにを言う」

 

俺は隠し撮っていた画像を見せる。そこには仕切りの隙間から伸びている手を移していた。

 

「ちなみに、店から出るときにあんたの服装は確認している。無駄に言い逃れしようとするなよ」

 

「……っ」

 

「もう一度聞く、俺に――俺たちに何の用だ? 朝からこそこそと、いい加減うっとおしい」

 

「解散しなさいって言ったでしょ!」

 

「どうしてそれを俺に言うのかはまったく見当もつかないが、何であんたの言うことを聞かないといけない」

 

「あなたたちがスクールアイドルを貶しているからよ!」

 

俺はため息をつく。こういう、自分の価値観に合わないものは認めない、というような姿勢の人間はあまり好きじゃない。というより、嫌いな部類に入る。そういう意味ではあの生徒会長と同じな気がした。

 

「言いがかりも甚だしいな」

 

「歌もダンスも全然駄目、プロ意識が足りないわ。いい、あなたたちがしていることはアイドルへの冒涜、恥なのよ」

 

贔屓といわれるかもしれないが、この女が言うほど穂乃果たちは悪くはない。むしろ短い期間のなか、よくやっているほうだ。しかもまだ結成してから二ヶ月あまり。それで完璧さを求めるほうがおかしいだろう。

それにプロ意識ってなんだ。スクールアイドルにプロもアマチュアもあるのだろうか? 

本当の気持ちを隠して捲し立てる彼女に俺はため息が出た。

 

「はぁ……言いたいことはそれだけか?」

 

「それだけって、あんたね――!!」

 

「自分が出来なかったことを他人がやっているのを見てそんなに許せないか――アイドル研究部部長、矢澤にこ先輩」

 

「っ!? あんた、なんで…私のこと……」

 

「考えればわかるだろ。まだ広く知られていないグループにわざわざ朝から文句を言いに来るような人間なんて限られている」

 

それに部活申請しようとしているんだ。少し調べようと思っていただけだったが、パズルのピースがどんどん填まるように状況が繋がっていき、この人に辿り着いた。

 

「あんたはプロ意識だ、冒涜だ、恥だといっているけど、結局は妬みや僻みで言っているだけだろう」

 

「わ、私は、アイドルを知っている者として――」

 

「だからなんだ?」

 

俺は底冷えた声が出る。

 

「話にならない。結局あんたは八つ当たりしているだけだ。順調にやっている穂乃果たちに。そんな人間にどうして従わなければいけないんだ」

 

先輩は黙り込む。恐らくだが、自分でも何をしているのかはわかっているのだろう。

 

「あんたが認める認めないと勝手に喚くのはいいが、これ以上穂乃果たちの邪魔をするのならどうなるか――覚えておくことだ」

 

脅しのように釘をさした俺は背を向けて自分の家へと歩みを進める。

 

「ちょっと待ちなさい! まだ私は――!!」

 

後ろで大きな声を出している先輩を無視して、俺は帰るのだった。

 

 

 

 

 







お先に28を見てしまった人、大変申し訳ありませんでした。
えー、お詫びいたします。







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28.部活申請



えーと、再投稿です。
特に変わったところはありません。






 

 

次の日、今日も今日とて雨が降り注ぐなかの放課後、やはり部活の申請は一筋縄ではいかなかった。

俺、穂乃果、海未、ことりの四人は生徒会に申請書類を出しに行ったのだが、返ってきた返事はすべて否定の言葉だった。その内容は俺が予想したとおりのこと。

 

「アイドル研究部?」

 

首を傾げながら復唱する穂乃果に生徒会長は頷いた。

 

「ええ、この学校にはもうアイドルに関係する部活があります。生徒数が限られている今、同じような部活の設立はできないわ」

 

「生徒の数と部活の数は関係ないだろう。とってつけたような理由だ。もっと他にいいようはあるだろうに」

 

「……何かいいたいことでも?」

 

ぼそりと呟いた俺に生徒会長が睨む。俺はこれ見よがしに深くため息をついた。

 

「ならなぜ一人しかいない部活を野放しにしているんだ?」

 

「鋭いなぁ、春人くん」

 

中立の立場にいるような副会長の希先輩といえば生徒会長の隣でニコニコと笑みを浮かべているが、どこか苦笑いのようだった。

 

「えっ、一人? 六人必要じゃなかったの?」

 

「部活設立の申請は六人必要なんやけど、申請したあとは人数は関係あらへんのよ」

 

「だからこうして新しく設立しようとしている後輩たちは苦労するんだけどな」

 

「それなら別にあなたたちがアイドル研究部に入部したらいい話――」

 

「以前」

 

俺は生徒会長の言葉を遮って言った。

 

「ここのアイドル研究部の人間が俺に言ってきたよ。解散しろ、あんたたちなんか認めない――と。そんな人間が俺たちの入部を認めると思うか?」

 

「にこっち、そんなことを…いや、言うてたな」

 

希先輩が思わず頭を抱えていた。まさかいまここで自分たちの首を絞められるとは思っていなかったのだろう。

 

「いままでは問題なかったんだろ? なんせ入部を断る人なんていなかったんだ。だから設立した後のことは問題さえ起こさなければ何も問わないでいた」

 

すべての責任が生徒会にあるとは言わない。もともと部活管理の一部を担っているのは学院側が生徒会に頼んでいることだ。だが、関与している以上一端の責任はある。

 

「あんたらもわかっていたんだろう。気持ちの違いから一人になったあの三年(矢澤にこ)が部活を占有していることは」

 

「っ!?」

 

「春人くん、どうしてそれを知ってるん……?」

 

「信頼できる伝手があっただけ。それに調べるのは簡単だ」

 

俺の声がだんだんと低くなっていく。どんどんと、心が冷えていく。

 

「部活勧誘の期間にも募集もかけていない、活動実績もない――そもそも活動すらしていないような奴は許して穂乃果たちの活動は許さない? 人を馬鹿にするのも大概にしろ」

 

「「……」」

 

雰囲気に飲まれたのか、二人は黙る。

 

「わざわざここにきているのは穂乃果たちに誠意があって、しっかり筋を通して活動しようとしているからだ」

 

「春人くん、ちょっと落ち着こう……?」

 

「あんたらが認めようが認めまいがどうでもいい、それは個人の自由だ。だが、公私混同して下らない理由並べて穂乃果たちの邪魔をするなら――」

 

「春人、それ以上は」

 

「俺はあんたらを、つ――」

 

「――っ、ハルくんっ!!」

 

唐突に穂乃果に手を握られる。その瞬間、俺はハッとする。振り返ると、どこか咎めるような穂乃果たちの視線。

 

「……言い過ぎだよ、春人くん」

 

「穂乃果……」

 

「生徒会長たちがそういうのもなにか事情があると思う。それに、絶対駄目ってわけじゃないんだから私たちが頑張ってアイドル研究部の部長さんを説得したらいいんじゃないかな?」

 

「穂乃果の言う通りですよ、春人。いまここで文句を言っても仕方ありません」

 

「そうだよ春人くん、いまわたしたちが出来ることをしなくちゃ」

 

優しい笑みを浮かべて、諭すような口調で言う穂乃果たち。

本当に彼女たちには敵わない。人の裏を知らず愚かしいと思うほど優しく、眩しいくらいにまっすぐな三人。

 

「それじゃあ早速話してみようと思います! 失礼しました!!」

 

そう言って、唐突に俺の手を引く穂乃果。

 

「あっ、ちょっと、穂乃果?」

 

「ほら、早く行きますよ」

 

「海未、どうして背中をぐいぐい押すんだ?」

 

「膳は急げ、だよ春人くん」

 

「ことりまで…わかったから、そんなに押さないでくれ」

 

戸惑いながらも、俺は穂乃果たちに半ば強引に生徒会室から連れ出されるのだった。

 

 

 

 









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29.三年生の事情


どうも燕尾です。
29話です。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ……」

 

俺は壁にもたれかかり、荒くなった息を整える。

 

「薬を抑えているから効力は短いのはわかっているが、以前はもっと長かったはずなんだけどな」

 

それほど薬も効かなくなっているということなのだろう。だが、いま強力なのを使い始めるのは自殺行為だ。

 

「頑張らないとな……穂乃果たちには絶対に知られないように」

 

俺は飛び散った自分の血を片付けて、教室に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「放課後だ、ハルくーん!」

 

放課後、私はいつものようにハルくんのところへ行く。

もはやハルくんと一緒にいるのが当たり前のようになっていた。

以前の噂や停学騒ぎも、ほとんどが過去のこととして薄れているいま、クラスのみんなも一部を除いて気にしなくなった。

 

「ハルくん。これから――」

 

アイドル研究部のところに行こう、そう言おうとしたとき、ハルくんは私のほうを見ずに言い放った。

 

「悪い穂乃果、それに関しては俺は手伝えない」

 

「えっ……?」

 

「それと俺は少しの間、練習には顔を出せないから」

 

「どうして…?」

 

「学校にいる間なら相談には乗れるから。それじゃあ、また明日」

 

「あっ――」

 

挨拶をする間もなく、教室から出て行くハルくん。

普段のハルくんからはあまり想像できない淡々とした様子。でもそれは何度か合った。周りから見てみれば急ぎの用事があるようにしか見えないけど、私はそうは思えなかった。まるで遠ざけるような、拒絶するような態度が感じられた。

 

「春人、どうしたのでしょうか」

 

「なんか、急いでいるような感じだったけど…ちょっと違ったよね?」

 

「ええ、どこか突き放すようでしたね」

 

海未ちゃんやことりちゃんも違和感を感じたようだ。

 

「ハルくん、どうして何も言ってくれないんだろう」

 

「あまり詮索して欲しくないということでしょう。人には知られたくないことだってありますから」

 

「たぶんそうだよね。春人くんも事情はあるだろうし」

 

二人の言葉に胸が締め付けられたように痛む。

 

「もっとハルくんのこと知りたいのになぁ…」

 

私は少し頬を膨らませる。

もっとハルくんのことを知りたい、もう少し深く踏み込みたい。だけどそんなことしたら彼に嫌われそうで怖い。

二年生になってからハルくんと仲良くなれたけど、それでも私たちとハルくんの間には大きな差がある。何か見えない厚い壁があるような大きな隔たりが。

 

「こればかりは春人から言ってくれるまで待つしかないと思います」

 

「わたしたちは春人くんを信じて待とう? 穂乃果ちゃん」

 

宥めてくれる海未ちゃんとことりちゃん。だけど私の顔は晴れない。

 

「穂乃果、私たちにもやるべきことがあります。最近は春人に頼りきりでしたから、私たちも出来ることをしましょう」

 

「そうだよ穂乃果ちゃん。それにちゃんと出来たら春人くんが褒めてくれるかも?」

 

「!」

 

ことりちゃんの一言に私の身体はピクリと反応した。

ハルくんが、褒めてくれる…頭とか撫でてくれるのかな……?

 

 

 

 

 

――よく頑張ったな、穂乃果。

 

 

 

 

 

ハルくんの優しい手つきに暖かな微笑みが脳裏を過ぎる。それだけで顔がにやけてしまった。

 

「えへ、えへへへへ……ハルくんが、褒めてくれる。えへへ……」

 

「穂乃果、顔が一気にだらしなくなっていますよ」

 

海未ちゃんがなにやら呆れているような顔をしているけど。私はそれに気づかない。

 

「聞こえてないみたいだね…」

 

「まったく……これで気づいていないのですから、先が思いやられます」

 

「あはは、そうだね」

 

「よーし、そうと決まればさっそくみんなを集めて、アイドル研究部に突撃だ――!!」

 

「突撃してはいけませんよ!?」

 

海未ちゃんのツッコミを受けながら私はみんなに連絡を送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「春人くん」

 

穂乃果たちと別れた俺は急いで帰路に着こうとする。しかし、校門を出たあたりに後ろから声をかけられた。

 

「何の用だ副会長。急いでいるんだが」

 

「呼び方が前の方に戻ってるで。希って呼んでええんやで?」

 

「……何も用がないならこのまま帰らせてもらうぞ、希先輩。」

 

「少し話しせえへんか?」

 

「断る。俺には話すことも先輩の話を聞く義理もない」

 

「相変わらず辛辣やね」

 

「急いでいるって言っただろう」

 

それだからか、少しの焦りと苛立ちが滲み出る。

 

「――どうしても駄目かな」

 

そういう希先輩は普段のおちゃらけたような態度はなく、理由は違えど、俺と同じように焦りがあった。

 

「今じゃないといけないのか?」

 

「うん、いま話したい。そうじゃないと何も変えられないから。だから――お願い、春人くん」

 

俺は言葉に詰まる。

いつも使っている似非の関西方言がなくなるほど、希先輩は真剣で、本音を語ろうとしているのがわかる。

 

「……わかった」

 

向こうが少しとはいえ本当の姿を見せてきた以上、俺も突っぱねるわけにはいかない。

しかし今の俺にはここはもちろん、どこかで話ができるほど猶予はない。

仕方がないな、ここは――

 

「希先輩、ついてきて」

 

「えっ? あっ、うん……」

 

前を行く俺の後に続く希先輩。

道中は俺が本当に急いでいたのもあって、それを察していた希先輩も余計な口を挟まずについてきてくれた。

 

「は、春人くん…ここは?」

 

そして希先輩が口を開いたのは俺が話す場所として選んだところについてからだった。

戸惑っているところからして、大体もうわかっているのだろう。

 

「俺の家。汚くはないから、入って」

 

「う、うん。お邪魔します……」

 

俺は鍵を開けて、希先輩を居間へと通す。

こういう家は初めてなのか、腰を落ち着かせてからも希先輩は辺りを見回している。

 

「特に面白いものはないぞ?」

 

「あっ、ご、ごめんな? 男の子の家に入るの初めてやから、つい……」

 

いつもの余裕はどこへやら。借りてきた猫のように縮こまる希先輩。

 

「そういえば春人くん、ご両親は?」

 

「親は別なところで暮らしている。俺は今一人暮らしだ」

 

「寂しくはないん?」

 

「別に、なんてことはない――冷たい緑茶と熱い緑茶、どっちがいい?」

 

「つ、冷たいので」

 

「わかった。少し待ってて」

 

俺はお茶請けの煎餅と、飲み物を用意する。

 

「はい、よかったら煎餅もどうぞ」

 

「ありがとうな。いただくわ」

 

今更だが、こうなる事がわからなかったからといって女の子に出すものが煎餅って、あまり宜しくはないよな――洋菓子でも置いておこうか。いや、でももう来ることはないだろう。

そんなどうでもいいことを考えながら少し温めの水を用意して、引き出しから薬の入った箱を取り出す。

 

「……」

 

その箱は希先輩の視界に入る位置にある棚の引き出しに入っているので、当然、希先輩も気づいている。だが、希先輩はこちらを見ているものの何も言わない。こういうところは聡いというか、なんというか。

とりあえず俺は取り出した複数個の薬を口の中に放り込み、一気に水で流し込む。

 

「ふぅ…さて……」

 

そして希先輩の目の前に座り、住まいを正し、話を聞く姿勢をとる。

 

「希先輩、話しって言うのはなんだ?」

 

「にこっちやえりちのこと。それとうち――私がしようとしていること」

 

「正直、最後の以外話を聞く気になれないな」

 

「まああの二人と春人くん、今の状況だと相性良くなさそうやからね。でもな、決して悪い二人じゃないんよ。だから聞いて欲しいんや」

 

今の状況では、と、そう希先輩は言った。それに関しては俺も理解できていないわけではない。あの二人のその場の言葉をすべて鵜呑みになどしていなかった。

 

「とりあえず話を全部聞こう。それからだ、どうするかは」

 

兎にも角にも、話を聞かないとなにも始まらない。引き受けた以上余計なことは言わないで置こう。

 

「うん、まずはにこっちのことから話そうか――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に





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30.アイドル研究部、矢澤にこ



どうも、燕尾です。第三十話、です。






 

 

 

「……」

 

桜の木に生えている新緑から月明かりが洩れているのをボーっと見ていた俺は希先輩の話を思い返す。

 

「はぁ…やっぱり話、聞くんじゃ無かったな」

 

希先輩には悪いが、やっぱり話は聞かずに帰ってもらうべきだった。気分が重い。小さな後悔が押し寄せてくる。

 

「……はぁ。これからどうしようか」

 

希先輩の話を聞いただけだから実際本人たちがどう思っているのかは知らないが、大体希先輩の言ったとおりであっているのだろうと俺も話を聞いて、いままでを振り返って直感的にわかっていた。

だからといって俺になにが出来るというのか。こんな俺が出来ることなどないに等しいというのに。

 

 

――カードがそう言っているの。春人くんが、皆を繋げるって。

 

 

「そんなカード、俺は信じていないんだけどな……」

 

それに俺は"他人"を気にするほどお人好しじゃないし、そもそも穂乃果や海未、ことりが例外だっただけで、本来、人とかかわるつもりは無かった。

 

「変わってきたのかな、俺も」

 

いつだったか山田先生も言っていたな。穂乃果たちと出会ってからの俺は変わった、と。

そんな自覚は無いのだが、他から見たら違うのだろうか。

 

「……」

 

だんだん初夏が近づいて気温が高くなっているが、日が落ちるとまだ少し肌寒い。

 

「少し、話してみようか」

 

俺は立ち上がり、縁側への引き戸を閉めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハルく~ん……」

 

次の日の朝。しょんぼりした穂乃果が俺に寄ってくる。そして座っている俺の太ももに自分の頭を乗せてきた。

 

「……どうしたんだ、穂乃果は?」

 

穂乃果の頭を撫でてあげながら、説明してくれ、と海未とことりに視線を向けると二人とも困ったような笑顔を浮かべた。

 

「あはは…」

 

「実はその…昨日春人が帰った後、アイドル研究部を伺ったのですが……」

 

それだけで俺は穂乃果の様子に納得できた。

おおよそ、以前俺が言われたことを穂乃果たちも言われたのだろう。それで取り付く暇も無く帰されたか。

 

「ええ、アイドルを貶めているや恥とか言われまして……あ、矢澤にこ先輩というのですが、その方曰く、私たちはキャラ作りが出来ていないのがいけないと」

 

「……キャラ作り?」

 

まったくの予想外のところの話が出てきて、俺も眉が上がる。

 

「うん、その…アイドルはお客さんを楽しませるのが重要で、そこにはしっかりとしたキャラクターが必要だって」

 

「…そうなのか? まったくそんな事気にはしていながったけど。ちなみに――矢澤先輩はどんなキャラクターをしていたか聞いたりとかしたのか?」

 

「「「う゛っ!!」」」

 

三人は苦虫を噛み潰したよう表情をする。どうやら、聞いたみたいだ。

 

「え、ええっと、海未ちゃんよろしく」

 

「わ、私ですかっ!? どちらかというとああいうのはことりがやったほうが先輩に近いのではないでしょうか……?」

 

「元気いっぱいの穂乃果ちゃんのほうが、ことりはいいと思うなぁ」

 

いや、海未ちゃんが、ことりが、穂乃果ちゃんが、と延々と押し付けあっている三人。そんな三人に俺は告げた。

 

「それじゃあ、三人とも。やってみようか」

 

「「「えぇ!?」」」

 

「誰か一人がやるのは不公平みたいだから、皆でやって欲しい」

 

「春人くん、それはないんじゃないかな!?」

 

「春人、なんか意地の悪い笑顔をしていますよ!?」

 

「そんなことは、ない」

 

決してそんなことは無い。面白そうだから見てみたいとか、絶対、ない。

 

「今なら誰も見てないから、ほら」

 

「うわーん、ハルくんの鬼~!!」

 

そういいつつも、三人は並んで息を整えている。

そして――

 

 

「「「にっこにっこにー! あなたのハートににこにこにー! 笑顔を届ける矢澤にこにこ! にこにー、って覚えてらぶにこっ」」」

 

 

「………………」

 

何もいえなかった。笑うことも出来ず、あの先輩がそんなことを言っているのを想像したら俺に何か言うことはできなかった。

ただ、一つだけいうなれば、

 

「うん、三人とも。可愛かった」

 

そういうと、笑顔だった三人はだんだん顔を俯けて、身体を震わせる。

 

「ハルくんの――」

 

「春人くんの――」

 

「春人の――」

 

少しからかいすぎたのか、顔を上げて俺を睨む三人の目尻には小さな涙が溜まっており、

 

「「「馬鹿――!!!」」」

 

怒鳴り声が教室に響く。

それから、俺は三人の機嫌を取るのになかなか苦労するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかあんたから訪ねてくるとは思わなかったわ。どういうつもり?」

 

アイドル研究部の矢澤にこはお茶を飲みながら俺を睨んだ。どうやら歓迎はされていないようだ。

まあ、それはそうだろう。昨日穂乃果たちが来てから今日の俺だ。それに昨日はキャラ作りに対して凛が"寒い"といって矢澤先輩を怒らせてしまって追い出されたのだ。

 

「ちょっとした心境の変化、だな」

 

希先輩と話をしなければありえなかったこと。あの日の帰り道で一方的に言っていた手前、いいづらいのだが。

 

「まあ、なんというか――以前はすまなかった」

 

頭を下げる俺に、にこ先輩は目を見開いて驚いていた。

 

「ある程度わかったといえ、決め付けるのは良くなかった。だからそれをまず謝りに来た」

 

「あんた……」

 

「それから改めて、話をしたい。矢澤先輩がどう思っているのか。どうしたいのか」

 

「私には、何も話すことなんて無いわ」

 

「そうやって意地を張っても、必ず後悔する」

 

嘘で自分を守ろうとしても、今はそれでいいかもしれない。だけど、振り返ったときに無意味だったと感じてしまうだろう。

 

「先輩はまだまだ未来がある。軒並みな言葉かもしれないが、高校生活っていうのはその中でもほんの一瞬。そして青春っていう小説の主題みたいなものだ。それが後悔で締められるのは…悲しいと思う」

 

「あんたには関係ないことでしょ」

 

「本当にそれでいいのか? そう言って突っぱねて、受け入れないで、殻にこもって、何になるんだ?」

 

「……うるさい」

 

「自分を殺して周りに合わせろだなんて言っているわけじゃない。ただ、まったく目を向けようともしないのはもったいないだろう」

 

「うるさいって言っているでしょっ!!」

 

両手で机を叩いて、声を荒げ、立ち上がる矢澤先輩。

 

「わかってるのよ!! 自分が悪いことぐらい!!」

 

「……」

 

「それでも納得できなかった! 私は失敗したのにどうしてあいつらは上手くいるんだって!!」

 

一つの雫が、机にこぼれる。

 

「羨ましくて、眩しくて、でもそれが嫉ましくて、認めたくなかったのよ!!」

 

一言でいうと持てた者と持てなかった者の違い。厳しい言い方をすれば、失敗者の僻みや妬みといったところだ。

部員がいなくなって、独りになって、もういいんだと諦めかけたときに、穂乃果たちを目の当たりにした――してしまった。そして自分の中で鎮火しかけていた想いが再燃してまった。

だが穂乃果たちを信用することができず、自分を信用することができず、疑って、疑いつづけて、どんどん歪んでいった。

 

「もう、出て行って」

 

涙を隠そうとして、俺のほうとは反対の方向を向く矢澤先輩。

これ以上話したくないということなのだろう。

 

「わかった、俺も用事があるからお暇する。今日はあんたのことを知れてよかった。それじゃあ、また」

 

俺も先輩に背を向け、アイドル研究部から退出する。

それからしばらく歩いて、誰もいないことを確認した俺はズボンに手を突っ込む。

ポケットから携帯を取り出して、そのまま何もせず、スピーカー口に耳を当てた。

 

「それじゃあ、後は頼んだぞ――穂乃果」

 

『うん……わかった。ありがとうね、ハルくん』

 

「悪いな、本当は説得もしたかったんだけどな」

 

『十分ですよ。いつもあなたには助けられてますから。本当は私たちがやらないといけないことですのに』

 

「気にするな海未。俺が出来るのはこれぐらいしかないから。役に立てることはやっておくよ」

 

『本当にありがとうね、春人くん。これで少しは糸口が見えたと思う』

 

「そう言ってもらえると頑張った甲斐があったよ。それじゃあまた、いい報告が聞けることを祈ってる」

 

俺は電話を切る。

やれることはやったはずだ。後は穂乃果たちがどう上手くまとめるか。

 

「ただ、先輩には嫌われたかもな。もしそうなったら穂乃果たちには悪いが――」

 

「そんなことないで」

 

俺の独り言は最後までつむがれることは無かった。

 

「……希先輩」

 

何で最近の女の子たちは隠れていたり、後ろからつけてくるんだ? 流行っているのだろうか?

 

「にこっちは素直になれない子だけど、物事の良し悪しはちゃんとわかってるよ」

 

「そう言い切れるほど俺は矢澤先輩のことを知らないから」

 

「私の言葉は信用できない?」

 

「……はぁ、やりずらい」

 

「本人を目の前にその言い方は酷いなぁ…ふふっ」

 

俺の本音の前に希先輩は苦笑いする。だが希先輩もそれをどこか嬉しそうに受け取っていた。

そんな希先輩を俺は若干引いた目で見る。

 

「蔑ろにされると嬉しいのか。希先輩は俗に言うマゾヒストってやつなのか?」

 

「それは違うよ!?」

 

「まあ、人の性癖に口は出さないから――とりあえず俺は帰る」

 

「ちょ、ちょっと待って春人くん! 私はマゾなんかじゃないからぁー!!」

 

弁解しようと後を付いてくる希先輩を無視しながら、俺は帰路につく。

 

 

 

 

 

「そういえば春人くん。聞きたいことがあるんやけど」

 

どういうわけか俺の後ろを勝手についてきている希先輩は口を開く。

 

「なんだ? 言っておくけど昨日のあいつについては何も言わないぞ」

 

「……春人くんって、裏でカードとか使ってあらへんよね?」

 

何を言っているのだろうかこの先輩は、そんなもの持ってすらいない。

 

「希先輩みたいにインチキなことはしていない」

 

「うちだってインチキはしておらんよ!? あれだって純粋な結果や!」

 

「カードが告げてるって、怪しい広告業者でも言わないだろうに」

 

「タロットカードと怪しい業者を一緒にせんといて!?」

 

いや、何度か"カードが告げている"なんて聞いていればそう思うのは仕方の無いことだろう。

そして別れ際に――

 

「将来、希先輩はなんか変な宗教勧誘とかしてそうだな」

 

先輩の今後を心配しただけだったのだが、

 

「そんなことせえへんよ!!」

 

割と本気で希先輩に怒られるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日――

 

「ハルくん、ハルくん! いいこと思いついたの!!」

 

「いいこと?」

 

穂乃果は自信満々に頷いた。

 

「えーっとね、かくかくしかじか――」

 

「かゆかゆうまうま?」

 

「ふと思うのですが、春人もなかなかボケますよね……」

 

「そうだね…春人くんの意外な一面というか。でもいいことだと思う」

 

穂乃果からこれからどうするか、一連の話を聞いた俺も頷いた。

 

「うん、いいと思う。特に矢澤先輩のような人には効果的だな」

 

「だよねだよね!」

 

「でも、よく思いついたな?」

 

「それはね、昔同じようなことあったんだ!」

 

同じこと? と聞き返すと、唐突に慌て始めた人物がいた。

 

「ちょ、穂乃果!?」

 

海未のそんな姿を見て俺はなんとなくわかった。

 

「なるほどな、海未も真正面から輪に入れて欲しいと言えるタイプじゃないもんな」

 

「さすが春人くん、理解が早いね」

 

穂乃果やことりからあらかた話を聞く。あまり思い出したくないのか、海未は終始顔を紅くさせ俯いていた。

 

「うぅ~……」

 

「恥ずかしがることじゃない、いい思い出だろう? そのときに穂乃果やことりと出会ってなければどうなっていたと海未は考える?」

 

俺の問いかけに海未は少し迷っていた。

 

「……いまこうして穂乃果やことりと一緒にいるので、わかりません。ですがそう考えると、確かに春人の言う通り、いい思い出なのかもしれません」

 

もしもの、あったかもしれない、今となっては覆ることの無いどうでもいい話。だけど、それもちゃんとした一つの思い出だ。

 

「もちろん、海未と矢澤先輩は違う。穂乃果のやり方で絶対上手くいくとはいえないが、皆なら何とかできると思ってる。だから――頑張れ」

 

「うん!」

 

「はい、任せてください」

 

意気込む穂乃果や海未。それに対して、ことりは俺に疑問の視線を投げつけていた。

 

「――ねえ、春人くん? ちょっと聞きたいんだけど……」

 

「どうした、ことり?」

 

「春人くんはいつ練習に戻ってこれるのかな?」

 

「それは…まだわからない」

 

言葉を濁す。まさかここで言われると思わなかった俺は少し焦る。

 

「そう長くはならない。ただ、少なくとも今週中はいけないと思っていてくれ」

 

「春人くん、なにをしてるの?」

 

「少し用事が立て込んでいるだけだ。みんなが心配することは無い」

 

「そっか……」

 

少し突き放す言い方をしすぎただろうか、ことりは少し肩を落としながら引き下がる。

 

「ハルくん、穂乃果たちに出来ることは――」

 

「なにもない。そんなことより穂乃果たちは部活の件に集中しておくんだ」

 

「そんなことって……」

 

穂乃果が顔をしかめた。だが、こればかりは本当のことも言えないし、穂乃果たちができることはない。

 

「それじゃあ、俺は帰るから。いい結果を聞けるのを楽しみにしてるよ」

 

俺は三人の寂しげな視線から逃げるように、その場を離れるのだった。

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
もう、学校に行きたくないですね~




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31.自分の気持ち



どうも燕尾です。
31話目です。


 

 

いよいよ決行の日がやってきた。

先生に事情を話して、アイドル研究部のスペアキーを借り、にこ先輩が来る前に私たち六人は部室で待機していた。

 

「大丈夫かな…」

 

小さく呟いたのはにこ先輩を説得する作戦の成功の有無ではない。

 

「穂乃果。心配なのはわかりますが、しっかりしてください。この作戦の発起人はあなたで、春人にも頼まれたんですから」

 

そんな様子に気づいた海未ちゃんが私を窘める。

 

「でも春人くん、風邪だなんて…昨日はそんな素振りまったくなかったのに」

 

そう。ことりちゃんの言う通り、今日ハルくんは風邪でお休みしていた。

 

「春人先輩、大丈夫でしょうか?」

 

「そうだよね。こういったらあれですけど、先輩ってあまり丈夫そうには見えないから心配だにゃ」

 

「丈夫そうに見えないというか、儚い人というのでしょうか…なんというか、そんな雰囲気を纏っていていつの間にか居なくなりそうな気がして、私も心配です」

 

花陽ちゃんと凛ちゃんたち一年生もハルくんのことを案じていた。だけど、

 

「……」

 

真姫ちゃんだけは何か深刻そうな表情をしていた。

 

「真姫ちゃん、どうしたの?」

 

「……いや、なんでもないわ」

 

真姫ちゃんはそういったけど、その様子を私は訝しむ。何か知っているような、そんな気がした。

 

「皆さん、春人のことが心配なのはわかりますが、とりあえず今は目の前のことに集中しましょう」

 

だけど、それを詳しく問いかける前に海未ちゃんが一拍の手を打つ。それからタイミングを見計らったかのように、部室の扉の鍵が開けられた。

 

「……っ、お疲れ様です! 部長!!」

 

私はすぐに意識を切り替えて、大きな声でそういった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、お大事に――」

 

看護師さんに見送られて俺は外に出る。

 

「今日は結構時間が掛かったな」

 

午前中から行っていたのだが、混んでいたのもあって今は午後の四時を近く。

学校の授業が終わり、下校中の学生たちがちらちらと見える時間だった。

 

「ふぅ……」

 

外の湿った空気が入り込む。外は未だに雨が降っている。

傘をさして俺は家路へとついた。

 

「……」

 

こうして、最初から最後まで一人でいるのは久しぶりだ。最近はμ'sのみんなや希先輩と一緒にいることが多かったせいか、なんだか余計に静かに感じた。

 

「ちょっといいかしら」

 

しかしその静寂を裂くような声が後ろから掛かった。

振り向くと、女性にしては高い身長でくすみ一つない綺麗な金色の髪。そして日本人の特徴とは離れているスカイブルーの瞳を持ち、そこらへんの女優やアイドルより人気が出そうな整った顔。

 

「――生徒会長」

 

こんなところにいるとは思わなかった人がそこにいた。

 

「こんにちは、まだ学校が終わったばかりなのに私服で出歩いているってことは、今日はサボりかしら?」

 

怪しく思うような瞳で俺を射抜く。だが、それに対して大きく息を吐いた。

 

「……そう思うなら好きに思えばいい」

 

淡々と返す俺にそうじゃないと悟ったのか会長はごめんなさい、と素直に謝ってくる。

 

「冗談が過ぎたわ。病院――行ってたのよね」

 

俺は目を見開いた。どうして生徒会長が知っているだろうか。

 

「私もこっちのほうに用事があったのだけど、偶然あなたが病院から出てくるのを見かけたの」

 

「それで後を付いてきていたのか。随分と暇なんだな」

 

「そう思うのならそれでも構わないわ」

 

俺の皮肉は、俺がさっき言ったことをそのまま返された。まあ、お互い冗談とはわかってはいる。

 

「それで、呼び止めたのは何の用だ」

 

「すこし、話をしないかしら」

 

「……あんたもか」

 

「私も? どういうこと?」

 

「いや、こっちの話だ。だけど、俺は別に生徒会長の話を聞く理由もない」

 

「あなたに、聞きたいことがあるの。駄目かしら」

 

「……」

 

そうもう一度頼んでくる生徒会長の表情は以前の希先輩を髣髴とさせるような真面目な顔。

希先輩といい、どうして俺と話をしようなんていう人が出てくるのだろうか。

そう思っても断ることは俺にはもう出来なかった。

 

「――わかった。ついてきてくれ」

 

「ありがとう」

 

安心したのか一瞬だけ柔和な笑顔を浮かべた生徒会長は、いつも対面しているような仏頂面より魅力的に思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

パチクリと目を開いて家を眺める生徒会長。

 

「俺の家、誰もいないから大丈夫。入って」

 

「え、ええ……」

 

希先輩と同じような反応をする生徒会長がどこかおかしく感じる。もしかしたら女の子たちは皆こんな反応をするのだろうか。

 

「お、お邪魔します」

 

生徒会長を居間に通し、俺はお茶やお茶請けの用意をする。

 

「生徒会長、甘いものは食べられるか?」

 

まさか希先輩のときに一応、と考えていたことがこんなに早く使われるとは思わなかった。

 

「そんな、気を使わなくてもいいわ」

 

「そっちこそ遠慮しなくていい。俺が招いた客人なんだから」

 

そう言って生徒会長の席にお茶と洋菓子を置く。

 

「……以外だわ」

 

お客さんとして扱う俺に対し、無意識に会長は呟いていた。

 

「以外ってなんだ。あんたも希先輩と同じでぞんざいに扱われたいのか? マゾヒストなのか」

 

「違うわよっ――ただ、あなたは私のことを嫌っているか、どうでもいいように思っていると感じていたから…… 」

 

「嫌っているかは置いておくが――」

 

「置いておくのね」

 

「話の腰を折らないでくれ――少なくとも俺は会長のことをどうでもいいとは思っていない。それは赤の他人というやつだろう?」

 

穂乃果たちがμ'sを作るときに衝突したときから関係のない他人ではなくなった。

 

「そういう"他人"はどうでもいいけど、考えるべき"他人"はいる。会長や希先輩、矢澤先輩はその中だった。だから話したいというのならちゃんと話も聞くし、対応をする――そう思い始めただけだ」

 

「そう…なのね……」

 

俺に対して、少し戸惑いを感じている生徒会長。

俺も俺で、少し気恥ずかしさを覚える。

 

「少し話が過ぎたな。それで、会長の話っていうのはなんだ?」

 

その恥ずかしさを誤魔化しているのは恐らくバレているだろうけど、ここはそのまま行かせてもらう。

それをわかっているのか、会長は姿勢を改めて直した。

 

「それは、さっきも言ったけどあなたに聞きたいことがあったの」

 

「聞きたいこと?」

 

そのまま返す俺に会長は頷く。

 

「簡単なことよ――どうしてあなたは、あの子達を手伝っているの?」

 

「……」

 

俺は無言で続きを促す。

 

「スクールアイドルをやって廃校を阻止しようとするあの子達の考えはわかってるわ。だけど貴方だけは何を考えてあの子達と関わっているのか分からないの」

 

「俺も廃校になってほしくないからな」

 

「嘘よ。あの子たちほど必死に止めようとしていないもの。それに――貴方からは別の意図を感じる」

 

「感じる、って希先輩みたいな言い方だ」

 

「誤魔化そうとしないでちゃんと答えて」

 

徐々に追い詰められていく。この様子だと俺が話すまで終わらないのだろう。

 

「あの子たちが今どれだけ無謀なことをしているのかぐらい、頭の回るあなたなら分かっているはずよ」

 

会長の言う通りではある。穂乃果たちがしていることはとてつもなくゴールが長い。

 

「私からしたらスクールアイドルなんてお遊びで廃校を止められるとは思っていない」

 

「最初から思ってはいたが、お遊びとは随分な言い方だな」

 

「本当のことよ。スクールアイドルの頂点と言われてるA-RISEでさえ、私には遊びにしか見えない――人を魅せることは出来ないわ」

 

その発言の裏には絶対の自信。やはりというか、会長はなにか踊りや歌などの習い事を長期間積み重ねてきたのだろう。

 

「もう一度聞くわ、どうしてあなたはあの子たちの活動を手伝っているの?」

 

黙りこむ俺に生徒会長の眼差しが刺さる。その瞳は真剣で、頑なだ。

俺は一瞬も長い時のような沈黙を破る。

 

「やりたい、ということに理由をつけなければいけないのか? それは本当の気持ちじゃないだろう」

 

それは単なるやるべきことだ。そんなのは作業と同じだ。

 

「俺は穂乃果たちを手伝いたいと思ったからそうしている。支えたいと、彼女たちの行く末を見てみたいと思ったから側にいる」

 

「……」

 

「それは穂乃果やことり、海未だって同じだ。取っ掛かりは廃校を止めるだけだが、やりたいと思ったから今もスクールアイドルを続けている。それはファーストライブのときも言っていた。それに花陽や凛に真姫だって、やってみたいと感じたからこそ穂乃果たちの手を取った」

 

もしかしたら穂乃果たち中にはもう廃校という言葉はないのかもしれない。それほどまでに彼女たちはスクールアイドルに熱中し、活動している。

 

「理屈じゃないだろ、自分の気持ちは」

 

「でもそれは現実を見ていないのと同じことよ」

 

「現実しか見ない目標や夢に何の意味がある」

 

お互い睨み合う。どちらも自分の考えは譲らず、話は平行線になる。だがそれは、グループを立ち上げたときからわかっていたことだ。

曲げないところは俺も生徒会長も似ているのだろう。甚だ不本意だが。

 

「まあ、理解してもらおうとは思っていない。人の努力に目を向けようとしない人には理解できるとも思っていない」

 

だからだろう、無意識のうちにこんなに俺が突っかかってしまうのは。俺の言葉に生徒会長は明らかに顔をしかめた。

 

「会長、あんたはA-RISEや穂乃果たち――スクールアイドルをしている人間の何を見て遊びだと断言する? ダンスか? 歌か?」

 

俺からの問いかけに、生徒会長は答えない――答えられない。それはそうだ。なにしろ、この人は何も見ようとしていないのだから。

 

「お遊びに、練習や広報活動に学院生活の時間の大半をつぎ込むと思うのか? 人を魅せることは出来ない――そんな彼女たちを応援してくれている人たちは滑稽か?」

 

「それは」

 

「あんたはさぞかしすごい実力や実績を持っているんだろうな。だがそれは人を貶めたり否定するための道具じゃない」

 

俺は言葉を重ね、生徒会長を追い詰めていく。

 

「自分が何を言っているのかよく考えることだ」

 

その言葉を最後に、お互いが話しをすることはなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ここまででいいわ。後は近いから」

 

家の近くの交差点のところで私は彼に別れを告げる。

 

「そうか」

 

「問題ないのなら明日からちゃんと学校に来るように。それじゃあ――また」

 

「ああ、気をつけて」

 

歩いていく私に対して彼は足を止めてそういった。

そして、そのまま交差点を曲がろうとしたとき、私は目を見張った。

彼は私の姿が見えなくなるまで私を見送っていたのだ。

 

「どうして……」

 

不思議な人だ。今まで言い争っていた相手を招いて、きちんと対応して、家の近くまで送っていくと言い出したり、ちゃんと見送ったり。

彼からしたら私はあの子たちを邪魔する敵みたいなものだ。もっとぞんざいに扱われてもおかしくはなかった。

終始、彼の行動はあべこべだと感じた。だが、あるひとつのことを前提にしていればその行動にも説明は尽くし、自分の中でも納得できる。

 

「そういう人なのよね、彼は――」

 

短い時間ではあったが彼の人となりを少しでも知ることが出来て、わかったこと。

桜坂春人という人物は正直者で、常に正しくあろうとしていて、表面や言動にはあまり出ないが、優しい少年なのだ。

そういう人だから、あの子たちも彼を心から信頼しているのだろう。

だからこそ彼の言葉は重かった。私の考えなんて稚拙に思ってしまうほどまったく彼には響いていなかった。

 

「……まいったわね」

 

私は自然とそんな言葉が洩れる。

こんなこと知るぐらいだったら、ずっと知らないでいたままのほうがよかった。

 

「本当に、まいったわ」

 

月明かりが照らす夜道を、私は一人葛藤しながら歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、俺も帰るか」

 

生徒会長の姿が見えなくなったところで俺は来た道を引き返す。

そのとき携帯が振動した。

対話アプリの通知――穂乃果からだった。

画面には矢澤先輩を中心に七人が映った自撮り写真と先輩が加入したという報告が送られてる。

 

「……どうやら、上手くいったみたいだ」

 

穂乃果たちならできると信じていたけど、それでも心配ではあったから。俺は少し安堵する。

するとまた携帯が振動した。どうやら今度は、電話で報告みたいだ。

 

「――もしもし?」

 

「あ、もしもしハルくんっ? 写真、見てくれた!?」

 

「ああ、ちゃんと見た。よくやったな、穂乃果」

 

「上手くいってよかったよ。これもハルくんのおかげだね」

 

「俺は何もしてない。穂乃果たちが頑張って向き合った成果だ」

 

「えへへ、ありがとう……」

 

恥ずかしそうな声色。電話口でも照れているのが良くわかる。

 

「そういえば、穂乃果に言っておくことがあった」

 

「ん? なになに?」

 

「来週から俺も練習に顔を出すよ」

 

「ほんとっ!?」

 

いきなりの大きな声で電話から耳を離す。

 

「ああ、本当だ。今まで休んでいて悪かった」

 

「ううん、結果的にハルくんが来てくれるなら――」

 

と、そこまで言いかけた所で穂乃果は言葉を切った。

 

「そうだね、ハルくんは悪い子だ。何も言ってくれないから私すっごい心配したんだよ?」

 

そしてかけてくる言葉を180度変えた穂乃果は何か悪戯を覚えたようだった。

 

「まあ、何も言わずに休んでいたのは確かに良くなかったな」

 

「そんなハルくんには少し罰を受けてもらおうと思いいます」

 

「罰か…それも仕方ないな。甘んじて受けるよ」

 

「無茶振りじゃないから大丈夫!」

 

「穂乃果の話で無茶振りじゃなかったことが少ないから、少し心配だ」

 

「もう、そんなことないもん! そんなこというハルくんには本当に無茶振りしちゃうよ?」

 

「悪かった、それは勘弁してくれ」

 

俺は誰も見ていないところで手を上げる。

 

「それで、罰ってなんだ?」

 

すると、穂乃果は何故か得意げに笑う。

 

「ふふん、それはね――今週末、穂乃果とお出かけてをしてもらいます!」

 

「穂乃果と出かける…ああ、そういえば」

 

以前、穂乃果が花陽と買い物したことを羨ましがっていたことを思い出す。

 

「そんなことでいいのか? 別に罰なんて形にしなくてもいつでも付き合うぞ?」

 

「いいの! その代わり、ちゃんと付き合ってもらうからね?」

 

「もちろん」

 

「それじゃあ、時間とかは明日とかに伝えるね」

 

「ああ」

 

それからは今日のことを聞いた。矢澤先輩がどうだったか、それからの練習は何をしていたのか、穂乃果はこと細かく教えてくれた。

 

「ほのかー、ごはんよー!」

 

「わかったー!」

 

しばらく話しているうちに電話から小さい音で穂乃果を呼ぶ声が聞こえる。

 

「あらら、ご飯の時間になっちゃった」

 

「大分話していたから仕方ない。気にするな」

 

時間も忘れて、というのはこういうことを言うのだろう。しかも俺の場合は場所をも忘れていた。

 

「ほのかー、早く来なさーい!!」

 

「わかってるってばーっ……ごめんねハルくん、そろそろ切るね」

 

「ああ、また明日。遅刻するなよ?」

 

「うん! また明日!!」

 

元気な穂乃果の挨拶を最後に通話が切れる。

 

「……さて、俺も帰ろうか」

 

それから、俺はどこにも寄らず、家に帰るのだった。

 

 

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
次も頑張ります




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32.週末のある一幕




どうも、燕尾です。
ラブライブ第三十二話です。





 

 

 

「ねえねえ、君、いま一人なの?」

 

「暇しているなら私たちと一緒に遊びにいかない?」

 

週末の秋葉原――俺はいま、絶賛ナンパ中。ただし、それは俺から女の人へのものではなく、女の人から男の人へのいわゆる逆ナンといわれるやつだ。俺より二つか三つぐらい年上と思われる二人の女性。服装や雰囲気からして恐らく高校三年生、というよりも大学生だろう。

そんな彼女らに俺は軽く頭を下げる。

 

「すみません、いま人を待っていますので。その人と約束破るわけにはいきません」

 

「それって女の子?」

 

男友達であれば食い下がるような目をしている女性。

 

「はい――ちょうど来たみたいです」

 

だが、ちょうどいいタイミングで穂乃果の姿が見える。

 

「おーい、ハルくーん!」

 

遠くからブンブンと手を振って、元気に走ってくる穂乃果。

 

「穂乃果」

 

「もう来てたんだ、待たせちゃってごめんね?」

 

「俺もちょっと前に着いたばかりだ。穂乃果を待たせるのはなんか違うと思ったから」

 

「えへへ、そっか……嬉しいなぁ。ありがとね」

 

「気にしなくていい」

 

 

 

「「……」」

 

 

 

「あ……」

 

そんな俺たちのやり取りをじっと見つめている女性たち。ずっと見られていたのだと思うとなんだか急に恥ずかしくなってきた。

 

「ハルくん、この人たちは?」

 

俺しか見ていなかった穂乃果は女性二人の存在をするときょとんと首を傾げる。

 

「えっと、なんていうかその……」

 

どう説明したものかと思っていると、女性の一人があはは、と笑う。

 

「ちょっと彼に道を教えてもらってたんだ」

 

ね、と言う彼女にもう一人の女性はうんうん、と頷いた。さっきは俺のことを誘っていたのだが、穂乃果に対する配慮なのだろうか? ナンパをする人ってどこか強引で自分勝手な人が多いと思っていたから、意外だ。

 

「そうなんですか?」

 

「そうそう、あなたたちはこれからデートかな?」

 

「で、デート!?」

 

デート、という単語に過剰に反応する穂乃果。

 

「いえ、デートというわけでは……」

 

俺みたいな男とデートと勘違いされるのは穂乃果も嫌だろう、と思って言おうとした言葉は、途中で女性に肘で突っつかれて止められた。

 

「こらこら、いくら恥ずかしいからって男の人がそんなこと言っちゃ駄目だぞ? 彼女は大切にしないと」

 

「いえですから、彼女では――」

 

「だから、そういうことは言わないの」

 

その前にあんたらには人の話しをしっかりと聞いて欲しいと言いたい。

俺の咎めるような視線はどこ吹く風の二人。

 

「それじゃあ、私たちみたいなお邪魔虫はさっさと退散するかな。彼氏さん、お幸せにね?」

 

「彼女さんをしっかり繋ぎ止めておきなよ~?」

 

 

そう言って立ち去ろうとしたとき、一人が立ち止まり、何か穂乃果に耳打ちをする。

 

「ふぇ? なんですか?」

 

最初こそなんだろうというような表情をしていたが、次第にその顔は紅く染まっていった。

そして、最終的には成熟したトマトのように耳まで真っ赤になっていた。

 

「んじゃ、今度こそバイバイ~!」

 

「お邪魔しました~♪」

 

にっこりと笑いながら去っていく女性たち。

 

「「……」」

 

残された俺たちはなんとも言えない空気になっている。

 

「穂乃果、最後にあの女の人からなんて言われたんだ?」

 

そんな空気を少しでも換えようかと穂乃果に話を振ったのだが、

 

「内緒! ハルくんには絶対内緒だから!」

 

これ以上ないというぐらい顔を真っ赤にさせた穂乃果に、俺はもう何も言えなくなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人組みの女性たちと別れてから、俺たちは目的もなくアキバの街をただ散策していた。

 

「相変わらず人が多いねぇ~」

 

俺の手をとりながら隣を歩く穂乃果。彼女の手のぬくもりが俺の手に染み込んできて、暖かい。

 

「まぁ、最近の秋葉原は娯楽施設や店が色々と増えたからな」

 

俺も、振り払う理由などないのでそのまま受け入れながら答える。

昔みたいな電気街、というわけではなくなったのだろう。だがその分、人種が多くなったというか、色々な人が行き交っていた。

 

「ハルくんはどこか行きたいところはない?」

 

「特にないな」

 

「即答!? むぅ、せっかくのお出かけなのに」

 

「そういわれてもな。秋葉原であまり買い物はしないし、唯一買いに来る本もつい最近買ったばかりだから」

 

むむぅ、とちょっと不満げの穂乃果。

 

「そういう穂乃果はどこか行きたい所はないのか? 一応穂乃果が行きたいって言い出しただろ?」

 

「……」

 

そこで穂乃果は目を逸らした。どうやら彼女もあまり考えてはいなかったようで苦笑いする。

 

「あ、あはは……じ、実は、私もどこに行くかまでは考えていなかったんだよね」

 

そんなことだろうとは思っていた。誘ってきたときもどこか勢い任せに言っていたような雰囲気ではあったから。

 

「まあ、穂乃果だからな。仕方が無い」

 

「その言い方はちょっと傷つくよ!」

 

「冗談だ。半分は」

 

「半分!? それってもう半分は本気だってことだよね!?」

 

「それは内緒だ」

 

「もう、ハルくんの意地悪! そんなハルくんにはこうしちゃうんだから!」

 

穂乃果は手を放すと、今度は俺の腕を取ってギュッと抱きしめてくる。

穂乃果だってもう高校生。身体も成熟している年頃。そんなくっつき方されると意識しなくても体の柔らかさを感じてしまう。

 

「穂乃果。歩きづらいんだが」

 

不自然にならないように穂乃果に注意して、少しでも離れようとするが、それを感じ取った穂乃果はさらに抱く強さを強めてきた。

 

「こ、これは罰だから、ハルくんは受けるしかないんだよ!」

 

そういう穂乃果の顔は少し紅かった。彼女も彼女で少しなにか無理をしているみたいだ。

俺は絡めてくる穂乃果の腕を振りほどく。あっ、と小さく声を漏らす穂乃果それはどこか悲しさを含んでいた。だが気にせず、今度は俺から穂乃果の手を取って、キュッと握る。

 

「あっ――」

 

「こっちの方が穂乃果も無理をしなくていいだろ? それと――」

 

俺は穂乃果の頭を撫でる。

 

「俺は穂乃果の隣で歩いて話するだけでも楽しいし、嬉しいよ」

 

「……」

 

「穂乃果?」

 

「~~っ!! なんでもないよ、うん! 確かにこっちのほうがいい、かな……えへへ」

 

嬉しそうにはにかむ穂乃果に、俺の鼓動は少し早くなった。

 

「そうだね、今日は色々と見て廻りながらゆっくりしよっか!」

 

穂乃果は握り返して、楽しそうに俺の手を引くのだった。

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
穂乃果とのデートの内容は皆さんで補完してください。
ではまた次回に(・ω・)ノシ


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33.PVとリーダー


どうも、燕尾です
ラブライブ33話目ですよ。





 

 

アイドル研究部の部室で、俺は疲れたといわんばかりにため息を吐いた。

 

『桜坂春人――グループの発起人の一人にして、μ'sを身体的にも精神的にも支える支柱ともいうべき人物』

 

練習風景を眺める俺の横顔が画面に流れ、いつの間につけたナレーションが紹介し始める。

 

『普段は可でもなく不可でもなく、物静かで模範的な生活を送っている彼』

 

恐らく隠し撮りしたのだろう。教室での様子もばっちりと納められていた。

 

『硬く閉ざされた口や変化のない表情とは裏腹に、いつもメンバーのことを考えてくれる彼は彼女らの中でも信頼は厚い。彼をなくしてμ'sは成り立たないとまで言われている、大切な仲間である――』

 

そこで、ビデオが途切れた。

 

「で、これはなんだ?」

 

「なにって、部活の紹介PVやで?」

 

惚ける希先輩に俺はジト目を向ける。

 

「それはわかってる。この動画、授業中とかや穂乃果たちの姿も入ってる廊下から撮っているところを見ると隠し撮りだろう。と、いうことは――」

 

俺は希先輩から視線を穂乃果、海未、ことりに移す。

さらに変えて花陽、真姫、凛――そしてにこ先輩を見る。みんなは冷や汗をたらしながらそっぽを向いていて、俺と視線を合わせないようにしていた。

もはや隠す気のない部員(犯人たち)に俺は深くため息を吐いた。

 

「なんかたまに様子がおかしかったり、こそこそとやっていると思ったら…」

 

「だ、大丈夫だよハルくん! 穂乃果も隠し撮りされてたんだから!」

 

「私もですよ! 気づかないうちに撮られていたんですから!」

 

「ことりも、撮られてたから!」

 

「だから俺の姿も隠し撮ろうと…自分がやられたから、いいと思ったと」

 

「「「ごめんなさーい」」」

 

責めたてる俺に三人はようやく頭を下げた。

 

「まったく……にこ先輩はともかく花陽たちもこんなことに加担しているとは思わなかった」

 

「私ならともかくって何よ!?」

 

「あはは、すみません……」

 

「まぁまぁ春人くん。そう責めたらあかんよ。本当に必要なことやったし」

 

主犯格に言われると余計に腹立つが、言っていることは正しいからなんともいえない。

ただ、そう頭では理解できるが気持ちでは納得いかないものもある。

 

「隠し撮ってまでやったのはいいが、俺の紹介はいらないだろう」

 

「ええっ! どうして!?」

 

穂乃果が机を叩きながら立ち上がる。

 

「女の子七人に対して男一人の紹介って比率的にやらないほうがいいだろう。変な誤解を与えかねない」

 

「でも部のPVなのに部員の姿がなかったらおかしいやろ?」

 

「まぁそれはそうだが、表舞台で立つのは穂乃果たち七人なんだからわざわざ手伝いの俺を映すのは――」

 

「ハルくん、それ以上言ったらダメ」

 

穂乃果の真剣な声色に、俺は言いかけた言葉が消えた。

 

『…………』

 

静かな視線を感じて周りを見ると、皆は俺の言葉に悲しい目をしたり、不満や怒りを抱いているような顔をしていた。

 

「確かにハルくんはマネージャーみたいな位置にいるのかもしれないけど、ハルくんだってアイドル研究部の部員で、大切なμ'sの一人だよ。だから自分でそんなこと言わないで」

 

「だけど――」

 

「だけどもなにもありません。春人、あなたは立派なμ'sの仲間です」

 

「春人くんが支えてくれるおかげで私たちはいまこうして活動できてるんだよ?」

 

穂乃果に続いて有無を言わさない海未やことりに俺は戸惑う。

 

「春人くん。穂乃果ちゃんたちは君を仲間だと思ってる。それを否定するのは穂乃果ちゃんたちを否定するってことや。暗に君は仲間と認めないって言おうとしたんやで」

 

「それは…」

 

そんなことないとは口が裂けても言えないほど、俺は希先輩の言葉に思い知らされる。

俺は周りの反応を心配するばかりに、彼女らを蔑ろにしようとしていたのだ。

 

「……そうだな。失言だった、悪い」

 

「反省してる?」

 

「ああ、本当にごめん」

 

「いいよ、ハルくんだって心配してくれてたんだもん。だけどね、自分を下げるような言い方は駄目だよ?」

 

「わかった。今後気をつける」

 

笑顔で頷いた穂乃果はパン、と一つ拍手を打つ。

 

「それじゃあ皆、練習しようか!!」

 

穂乃果の号令で皆は一気に練習へと意識を傾ける。それはいまの俺にとっては好都合だった。わらわらと屋上へと向かって行く彼女たちの最後尾をついていく。

 

「――春人くん、顔が緩んでるで?」

 

「――ッ!!」

 

隣から悪戯を思いついたような意地悪な笑みで指摘してくる希先輩。

 

「……良かったな」

 

「うるさい、こっち見るな」

 

俺は顔を赤らめながら希先輩から顔を逸らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部活紹介PVを撮った後日、アイドル研究部は一つの議題を掲げていた。

 

「リーダー、ね…」

 

呟く俺に、最年長のにこ先輩は大仰に頷く。

 

「ええ。私が加わったときにすぐに考えるべきだったことよ。リーダーには誰が相応しいか」

 

「私は穂乃果ちゃんでいいと思うけど…」

 

ことりは穂乃果を押すのだが、にこ先輩は駄目、とばっさりと切り捨てた。

 

「今回の取材ではっきりとわかったでしょ。この子はまるでリーダには向いてないの」

 

「それはそうね」

 

興味なさそうに真姫が同意する。だが、それでも感じることはあるのだろう。

にこ先輩もなにをもって向いていないと言っているのはわからないがとりあえずはおとなしく聞いておく。

彼女らが練習をせず、こうして机を囲んで話しをしている発端は穂乃果の家にお邪魔した希先輩からだった。

 

 

 

――ウチ、前から思ってたんやけど…どうして穂乃果ちゃんがμ'sのリーダーなん?

 

 

 

穂乃果の行動を見た感じた希先輩の疑問から、にこ先輩が思っていたことを話し始めたのだ。

そして、にこ先輩がこんな話をし始めたのはもう一つ理由があった。

 

「これから撮影するPVだってあるのよ。だったら早めに決めないといけないわ」

 

「PV…ですか?」

 

海未が首を傾げる。PVの存在を知らないわけではなくPV自体俺たちは作ったことなかったので、自然と考えから外れていたことだ。

 

「リーダーが変われば必然的にセンターが変わるでしょ? 次のPVが新リーダーがセンター!」

 

「そうね」

 

真姫がくるくると髪を巻きながら適当に返す。どうやら同意しているのも適当らしい。

 

「それはわかりますけど、でも、誰がやるんですか?」

 

花陽の問いかけににこ先輩は立ち上がり、ホワイトボードに手を書ける。

くるりと裏返したホワイトボードには"リーダーの条件"という題名と、三つの項目が書かれてあった。恐らく昼休みにでも書いていたのだろう。

 

「リーダーとは! まず第一に誰よりも熱い情熱を持って皆を引っ張っていけること! 次に、精神的支柱になれるだけの懐の大きさを持った人間であること! そしてなによりメンバーから尊敬される存在であること! この条件をすべて備えたメンバーとなると――」

 

「――海未先輩かにゃ?」

 

「なんでやねんっ!」

 

自分ではなく、海未を推した凛にツッコミを入れるにこ先輩。恐らくに彼女は自分を推したかったのだろう。

 

「わ、私ですか!?」

 

「そうだよ、海未ちゃん! 向いてるかも、リーダー」

 

「――っ、穂乃果はそれでいいのですか!?」

 

「えっ? なんで?」

 

首を傾げる穂乃果に海未は勢いを削がれる。

 

「リーダの座を奪われようとしているのですよ?」

 

「ふぇ? それが?」

 

危機感、なんて言葉がまるで存在しない穂乃果に、海未は呆れた様子を隠さない。

 

「何も感じないのですか…?」

 

「だって、みんなでμ'sをやっていくのは一緒で、なにも変わらないでしょ?」

 

「ふっ、くく……」

 

堪えきれずに俺はくすくすと静かに笑う。顔を逸らしているため、誰にも見られてはいない。

 

「でも、センターじゃなくなるんですよ!?」

 

花陽の言葉に穂乃果のなかで色々とつながる。そして、色々思案したのち、皆が驚く言葉を放った。

 

「――まぁいっか!」

 

『えぇ――!?』

 

俺を除いた全員が声を上げる。俺も耐え切れずついに声を上げた。

 

「はは、さすが穂乃果だな」 

 

「へ? そうかな? えへへ…ありがと?」

 

頭をなでてあげると不思議そうにするも、穂乃果は気持ちよさそうに目を細める。

 

「笑い事ではありませんよ春人! 穂乃果も、それでいいのですか!?」

 

「うん。それじゃあリーダーは海未ちゃんで――」

 

「ま、待ってください! 私がリーダーなんて、その…無理ですよ……」

 

「面倒な人…」

 

真姫の辛辣な一言に海未は唸る。

 

「それじゃあ、ことり先輩はどうですか?」

 

穂乃果、海未と来て次はことりだ。だが、ことりは――

 

「副リーダーって感じだね」

 

凛がみんなが思っていたことを言った。ことりは先頭に立つより、一歩下がって支えるほうが力を発揮できる人間だ。

 

「だけど私たち一年生がリーダーっていうわけにもいかないしね…」

 

花陽の言葉に、俺は少し思案する。

半数以上が先輩となるとやはり一年生は肩身狭い思いをするようだ。それに、にこ先輩が言ったような新リーダーがセンターとなれば後輩である一年生たちはセンターになる可能性はやる気にかかわらずほぼゼロになってしまう。

そんな思考を覚ますように、にこ先輩が声を上げた。

 

「まったく、仕方ないわね!」

 

リーダーを誰にするか話し合いをしているなか、にこ先輩は立ち上がる。

 

「やっぱりわたしは穂乃果ちゃんがいいと思うなぁ~」

 

「仕方ないわねぇ!」

 

二度目――

 

「私は、海未先輩を説得したほうがいいと思うけれど」

 

しかしフリなのか、本当に聞いていないのか、皆はにこ先輩の声に耳を傾けていない。

 

「仕方ないわねぇー!」

 

三度目――

 

「投票がいいんじゃないかな~」

 

『しーかーたーなーいーわーね――!!』

 

四度目――

 

聞こえているはずの声に誰も反応することはなく、

 

「――で、どうするにゃ?」

 

「うーん、どうしよう……」

 

拡声器まで使ったのに無視して相談をし続ける下級生たちに不満そうな顔をするにこ先輩はある提案をするのだった。

 

 

 





いかがでしたでしょうか?
ではまた次の更新にて。




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34.リーダー決め三本勝負




どうも、燕尾です。
最近バイトの人が足りなくて困っておりまする。





 

にこ先輩の提案でやってきたのはカラオケだった。どうしてこんなところに来たのかというと先輩曰く――

 

「決められないのなら、勝負で決めるわよ!」

 

とのことだった。俺はあまり意味ないことだと思うが、とりあえずは見守っておく。しかし、

 

「カラオケ久しぶりだね」

 

「そうだね。高校一年生の頃に何回か行ったけど」

 

「かよちん、なに歌う?」

 

「私はやっぱりアイドルの曲かなぁ?」

 

「あんたら緊張感なさすぎ!!」

 

ふんわりとした空気をかもし出していた穂乃果たちに、にこ先輩のツッコミが入る。

 

「勝負、とっても、私はカラオケはあまり得意ではないのですが」

 

「私も特に歌うつもりはないわね」

 

困ったような恥ずかしがり屋の海未と、リーダーというものにとことん興味を持たない真姫。

 

「それならそれで結構。リーダーの権利が消失するだけだから」

 

だが、そんな二人ににこ先輩は発破をかける。

 

「そんな言い方しなくてもいいだろうに……海未、真姫。ここは一つ、みんなの仲を深める程度だと思って付き合ってあげてくれ」

 

「そ、そうですね。そう思うことにします…」

 

「まぁ春人がそういうなら、付き合ってあげてもいいわ」

 

「……なんで春人の時だけ素直なのよあんたたちは。まあいいわ、それじゃあ決まりね」

 

するとにこ先輩はなにやらメモ帳を取り出す。

 

「ふっふっふ、こんなときのために高得点の出やすい曲はリストアップ済み。これでリーダーの座を確実なものに――」

 

駄々洩(だだも)れしているぞ」

 

俺は呆れた目を向ける。こういうずるい事をしようとするから無視されるんだとなぜ気付かないのだろうか。

あとこの人は自分に自信があるようだが、穂乃果たちを甘く見すぎだ。それをいまから身をもって知ることになるだろう。彼女たちの今までの努力や元から持っていたポテンシャルというものを――

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 

海未が歌い終わり、採点結果が出る。

 

「海未ちゃん、93点! これで全員の点数が出たね」

 

「全員90点台、毎日レッスンしているものね」

 

順位で言うと一位が真姫の98点、二位が花陽の96点、三位がにこ先輩の94点、四位が海未の93点、五位が穂乃果の92点、六位が凛の91点、七位がことりの90点だ。

 

「……こいつら、化け物か!?」

 

今までのみんなの歌を聞いて点数を見たにこ先輩の顔はまさしく予想外、というようなものだった。

 

「化け物じゃない。ことりの言う通り毎日の頑張りの成果。当然の帰結だ」

 

「ぐぬぬ……」

 

「さて、まだ時間が余っているがどうする?」

 

悔しがっているにこ先輩はさておき、これからの方針を問う。だが、

 

「――ん? どうした、みんなしてこっち見て?」

 

全員が、俺のほうを注視していた。

 

「そういえばハルくん」

 

「まだ歌ってない人が」

 

「いるよねぇ?」

 

ジッと俺を見る穂乃果、海未、ことり。俺は逃げるように目を逸らす。しかし、

 

「春人さん」

 

「まさか歌わないってことは」

 

「ないわよね?」

 

花陽、凛、真姫が退路を塞ぐように笑みを浮かべていた。

 

「春人、観念してあんたも歌いなさい」

 

さらににこ先輩が意地の悪い顔で言う。どうやら最初から俺に逃げ場はなかったようだ。

 

「……みんなが知らない曲かもしれないが、それでいいなら、一つだけ」

 

俺は観念して、一つの曲を入れる。

メロディが流れてみんなの期待の視線を受ける中、俺は息を吸い込んだ。

 

「♪――……」

 

 

 

 

 

「……気恥ずかしい」

 

歌い終わり、みんなの拍手を請ける俺は顔を紅くしながら呟いた。

俺が歌ったのはベターだが、出会い、触れ合って、さまざまな問題に向き合い、そして終わりを迎えることが決まっていた男女の物語を綴ったような歌。

 

「とっても上手だったよ、ハルくん!」

 

「あ、ああ。ありがとう、穂乃果。上手く歌えたかどうかは自分じゃわからないけど」

 

「安心してください春人。十分上手く歌えていましたよ」

 

「そうだよ。点数だって、ほら――」

 

ことりが採点結果の画面を指す。そこには95点という結果が表示されていた。

 

「春人くんの声、すごくかっこよかったにゃー!」

 

「それになんだか安心するような歌声でした」

 

「まさかここまでとは…悔しいわね」

 

みんなからの評価に一応それなりに歌えたんだなと安堵する。

 

「カラオケに来たのは人生で初めてだったからちょっと不安だったが、よかった」

 

『えぇっ!?』

 

「春人、あんたカラオケに来たの初めてだったの!?」

 

「ああ。普段はこういうところには行かないし、歌だって家で口ずさむ程度だからな」

 

そんな俺の反応に、みんなは目を向ける。

 

「穂乃果たち以上にとんでもない怪物がここにいるわね…」

 

先輩とはいえ、少し失礼ではないだろうか? 

だがにこ先輩の感想に同感していたのか穂乃果たちもうんうん、と頷いていた。

 

「穂乃果、少し自信なくしちゃいそう…ハルくん、どうしてそんなに上手いのかな?」

 

「春人には最初からそれだけのポテンシャルがあったということですね。こんなこと言うのはどうかと思うのですが、ずるいと言わざるをえません」

 

「これでレッスン受けたらどれだけ成長するんだろうね、春人くんは…ちょっと嫉妬しちゃう」

 

「春人くん、うらやましいにゃ…」

 

「なんだか才能を見せ付けられているようで嫌な感じだわ」

 

「あ、あはは……」

 

苦笑いしている花陽以外、好き勝手言う五人。

 

「なんなのよあんたまで…なんであんたはそんなに歌が上手いのよ! しかも私より点数が上なのが余計に腹立つんだけど!!」

 

「そんなこと言われても、困るんだが…!?」

 

俺を睨み悔しそうに唸るにこ先輩に俺はどうしたものかと困り果てる。

 

「くぅ……次よ! ちょうど終わりの時間だし次に行くわよ!!」

 

にこ先輩の号令で俺たちは次の勝負の地へと赴くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次はダンス。今度は歌のときのように甘くはないわよ!」

 

カラオケ店を出てから俺たちが連れられたのは秋葉原にあるとあるゲームセンター。そしてそんな俺たちの目の前にある筐体は有名なリズムゲームだった。

 

「使用するのはこのアポカリプスモードエキストラ!」

 

テンション高く紹介するにこ先輩。だが、その場にいたのは俺と真姫、花陽に海未のみ。残りの穂乃果、ことり、凛はどこに行ったかというと――

 

「ことりちゃん、もう少し右!」

 

大きなアクリルケースの中を凝視して必死の様子で穂乃果が呼びかけ、

 

「ここかな、えい――」

 

その中に吊るされた鍵爪のクレーンをことりが操作して、

 

「ぬいぐるみが倒れた! そのまま落ちて――!」

 

凛がその様子を緊張した面持ちで眺めていた。

 

「「「やったあ!!!」」」

 

「だからあんたたちは少し緊張感を持てって言ってるでしょ!?」

 

クレーンゲームでぬいぐるみを取っていた三人に、にこ先輩のツッコミがまた入る。

 

「そういわれても、凛は運動は得意だけどダンスは苦手だからなぁ」

 

「これ、どうやるんだろう…」

 

「私も、こういうのには疎くて…」

 

凛の苦手意識はともかく、花陽や海未の不安げな声が聞こえる。

やったこともない人がいる中で、勝負をやるというのは公平性にかけると思う。

 

「くっくっく、プレイ経験ゼロの素人がやってもまともな点数がでるわけがない。カラオケのときは焦ったけどこれなら――ぎゃん!?」

 

俺は少し強めににこ先輩の頭にチョップを入れる。

 

「ちょ、なにすんのよ春人!?」

 

「どうしてそういうことしか思いつかないんだあんたは。そんなことばかりしていると、少ない人望が枯渇するぞ?」

 

「少ないって何よ!?」

 

「言ったほうがいいか?」

 

そう聞き返すとにこ先輩の表情は明らかに沈み、首を横に振った。

 

「まあせっかく来たのだから気分転換として、やってみるのもいいだろう」

 

「そうだね! せっかく来たんだからみんなで遊んでみようよ!」

 

そうして、全員がリズムゲームに挑戦する。その結果はというと、

 

「ん、見事に得意不得意が分かれたな」

 

俺はノートに目を落とす。

トップが運動神経抜群の凛でスコアランクがAA。次いで穂乃果、海未、にこ先輩のスコアランクA。ことりと真姫がスコアランクBと続いて、花陽がスコアランクC。

なんというか、申し訳ないが印象と、体育の成績を反映したような結果だった。

 

「面白かったね!」

 

「そうですね、私は全然出来ませんでしたけど、新鮮でした」

 

それでも満足そうに言うことりにみんなが頷く。

上手くできていなかった花陽も、わたわたしながらも楽しんでいたようだ。

 

「すごいな凛。このゲームは初めてって言っていなかったか?」

 

「あはは、なんか出来ちゃった!」

 

「ぐぬぬ……」

 

またもや悔しそうにするにこ先輩。

 

「それにしても、あまり差がついてないねぇ」

 

カラオケ・リズムゲームを合わせた結果を見ると凛の言う通り、みんなの成績に差はなかった。

 

「さて、どうするんだ先輩?」

 

「くぅ~…こうなったら最後の勝負に行くわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺たちがゲームセンターから出てやってきたのは電気街。

 

「歌と踊りで決着がつかないのなら、最後はオーラで決めるわ!」

 

「オーラ?」

 

首を傾げる穂乃果ににこ先輩は頷く。

 

「そう! アイドルとして一番必要といっても過言ではないものよ」

 

「そこまで言うのか」

 

「歌も下手、ダンスもいまいち、でも何故か人を惹きつけるアイドルがいる――それがオーラ! 人を惹きつけてやまない何かを持っているのよ!!」

 

言いたいことは分からなくもないが、俺が全部理解できることが出来なかった。

 

「わかります!!」

 

だが、それに同意したのは花陽だった。

 

「何故か放っておけないんですよね!」

 

「でも、そんなものをどうやって競うのですか?」

 

海未の言う通り、歌・ダンスと違ってこれからやろうとする勝負に明確な基準はない。それなのにどうやって勝負するのだろうか。

 

「ふっふっふ、これよ」

 

疑問を呈す俺たちににこ先輩は不適に笑い、いつ用意したのかそれぞれに一束の紙を渡してくる。

 

「ビラ配り、ね」

 

「ええ、オーラがあれば人は自然と寄ってくるもの。一時間でこのチラシを一番多く配ることが出来たものがオーラがある人間よ」

 

「今回はちょっと強引なような気が……」

 

そう言うことりをはじめ、大半が苦笑いする。

 

「でも、面白いからやろうよ。宣伝にもなるしさ!」

 

なんでも前向きに考えられるのは穂乃果のいいところだ。

 

「今度こそ、チラシ配りは得意中の得意…このにこスマイルで――!」

 

そして、また悪い顔をするにこ先輩。

 

「……はぁ、この先輩は本当に」

 

なんだかもう指摘するのも馬鹿馬鹿しくなってくる。いい加減、気付くべきじゃないだろうか?

とりあえず、俺は見守ることに徹する。

男の人を中心に、スクールアイドルが好きそうな人などを見つけたり、道行く人にみんなは声をかけてビラを配っていく。

ファーストライブのときにあれだけ怯えていた海未も慣れてきたのか、順調に配っていた。

だが、そんななかひときわ異彩を放っていたのが、言うまでもなくにこ先輩だった。

というのも、歩いている男性の前に回りこんで、

 

「にっこにっこにー! これ、お願いするにこ!」

 

媚びる? といったような笑顔でチラシを配るも、男性は一瞬変なものを見るような目で先輩を見て、チラシを受けず脇を通り過ぎる。

 

「――ッ!」

 

そんな男性の腕をにこ先輩は掴んでいた。

ぎりぎりと離れようとする男性と、放さないにこ先輩。俺はため息をついて、先輩の頭をチョップした。

 

「いったぁ!?」

 

頭を抑えるにこ先輩を放って俺はすみません、と男性に一礼する。その男性も驚いていたようだが、素直に受け入れてくれて今度こそ去っていった。

 

「春人! あんた何すんのよ!? せっかく受け取ってもらえそうだったのに!」

 

「あれは受け取ってもらえそうだったんじゃなくて、受け取らせようとしていたの間違いだ。押し付けはチラシ配りとは言わないだろう。次またそんなことしようとしたら、権限でにこ先輩は失格にする」

 

権限ってなによ!? と叫ぶにこ先輩を無視して俺はベンチに座る。

そんなトラブルがありつつ、見守ること十数分。

にこ先輩とは違った"異才"を放った人物が俺のところに来る。

 

「ことり、もう終わったのか?」

 

「う、うん。気付いたら無くなってて…」

 

「まあことりは雰囲気も柔らかいし、可愛いから、声かけられた人はみんな受け取ったんだろうな」

 

「ぴゃ!?」

 

「――っ、びっくりした。どうしたことり?」

 

突然素っ頓狂な声を上げることりに俺も驚く。

 

「どどどうしたって、春人くんが突然そんなこと言うからだよ!」

 

顔を紅くして、両頬を押さえることりに俺は首を傾げる。

 

「そんなこと?」

 

そう返すと、ことりは冷静になれたのか、妙に納得した表情をする。

 

「そっか…春人くんだもん。そうだよね、うん。」

 

「ん? どういうことだ、ことり?」

 

自分の中で完結したことりを俺は不思議に思うばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところ変わってアイドル研究部部室――

時間制限が切れるまでに配り終わったのは順番に穂乃果、凛、花陽の三人、配りきれなかったのは海未、真姫、にこ先輩だ。

海未や真姫はあとちょっとだったのだが、にこ先輩の結果は当然というか結構あまってしまった。

 

「おかしいわよ、このにこスマイルが通じないなんて…時代が変わったのね!?」

 

「変わっているのは時代じゃなくてあんただよ、先輩」

 

そんな俺の呟きはにこ先輩には聞こえていなかった。

 

「でも、結局みんな同じだったね」

 

「穂乃果の言う通りですね。ダンスの点数が低い花陽は歌の点数が良く、歌の点数が低いことりはチラシ配りの成績が良くて」

 

「総合したら多少の優劣はあってもほとんど変わらないのか。ふむ――」

 

「春人くん、どうしたの?」

 

「ん? ああ…ちょっと考え事」

 

考える俺に視線が集まる。

今日一日潰しておいてこんなこというのはどうかと思うが、この場でなんでもないというのも無理がある。

俺はそのまま思ったことを口にした。

 

「いや、そもそもリーダーって必要なのかと思ってな」

 

『ええっ!?』

 

俺の言葉に、一人を除いて驚くみんな。

ただ一人――隣に座る穂乃果だけは納得顔で頷いた。

 

「なるほど。ハルくんの言う通り、確かに無くてもいいかも」

 

「穂乃果ちゃん!?」

 

「春人もそうですが穂乃果、あなたも本気で言っているのですか!?」

 

俺と穂乃果は顔を見合わせて、同時に頷く。もう何も言わずとも、お互いが考えていることが分かっていた。

 

「うん、リーダなしでも全然平気だと思うよ。みんなそれで練習してきて、歌も歌ってきたんだし」

 

「ですが……」

 

「そうよ! リーダーなしのグループなんて聞いたこと無いわよ!」

 

「それに、センターはどうするのよ?」

 

任命されたリーダーが次のPV作成のときのセンターを飾る。そういう話で最初から勝負が行われてきた。

だが、センターはリーダーじゃなくとも誰でも出来る。そう、誰でもだ。

俺たちは根本から間違っていた――というかそういうことを考えもせず、思考を停止させていた。

 

「こんな言い方は良くないが、センターは誰だっていいだろう? 穂乃果に海未、ことりに花陽、真姫や凛、にこ先輩――センターは誰にでもできる」

 

「だからその誰かを決めようと――」

 

「だったら、全員がやってもいいんじゃないのか? どうしてセンターは一人だけと決め付けている?」

 

「それは…」

 

にこ先輩が口篭る。

言いたいことは分かっている。それが普通だからだ。グループのPV作成において、センターを一人決め、その人を中心に作り上げていくものが大半だからだ。

 

「そうはいってもどうやって全員でやるのよ?」

 

真姫の当たり前の問いに対して、穂乃果が説明を引き継いだ。

 

「順番に歌うんだよ!」

 

「順番?」

 

返すことりに穂乃果は首肯する。

 

「うん! 一人一人にスポット当てて、順番に歌っていくの! そういう曲って、出来ないかな?」

 

「まぁ、できないことないですが」

 

「作れないことはないわね」

 

作詞、作曲を担当している海未と真姫が頷く。

 

「ダンスはどうかな?」

 

「出来ると思う、今の七人なら!」

 

「出来たらとっても素敵だと思います!」

 

「凛も挑戦してみたい!」

 

ことりも頷き、花陽と凛も前向きな姿勢を示す。

 

「じゃあそうしようよ! みんなが歌って、みんながセンター!!」

 

「センターが一人だろうと全員だろうとμ'sの魅力は個人で作るのじゃなく、みんなで作っていく――そんなグループになれたらいいんじゃないか?」

 

俺と穂乃果の提案に、否定的な意見を持った人は誰一人といなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、本当にリーダーを決めなくてもいいのかな?」

 

PVの方針が決まってから練習のために屋上へ向かう最中、ことりがただの疑問として問いかける。

 

「――いえ、もう決まっていますよ」

 

海未――だけではなく、もうみんなが誰がリーダーかは自分の中で決めているだろう。

 

「不本意だけど」

 

その証拠に"不本意"なんて言葉を使っている真姫も穏やかな笑顔を浮かべている。

ことりもみんなの反応に、やっぱり、といったように頷いた。

みんなの視線は先行く少女ただ一人。

 

「なんにも囚われず、一番やりたいことや一番面白そうなことに怯まずまっすぐ向かっていく、それは穂乃果にしかないものかもしれません。それに――」

 

海未はどういうわけか俺のほうを見る。

 

「時に私たちの道を示してくれて、ときには支えて、見守ってくれる仲間だっているんです。だから私たちも安心して前に進むことが出来ます」

 

「……」

 

「少し素直ではないみたいですけどね」

 

気恥ずかしさから反応せず、あえて無言を貫いているというのがバレているせいか、からかうような、だけど純粋な笑みを浮かべるみんなに俺は視線を逸らす。

だが、誰にも合わせないようとしたその視線は穂乃果の視線とぶつかった。

 

「ハルくん、ありがとね」

 

しかしやっぱり、穂乃果たちを前に俺に逃げ場などありはしなかった。

 

「ああ…どういたしまして」

 

「うん!!」

 

満足げに頷く穂乃果の満開の笑顔に、もともと赤らんでいた俺の顔がさらに赤くなる。

恥ずかしい気持ちはある――だがそれが嫌だと、思うことは一切なかった。

 

 

 

 

 





いかがでしたでしょうか?

一年生組みの春人への呼び方を変えました。先輩呼びとどちらがいいでしょうか?
とりあえずこれ以前の話も気が向いたら修正していくつもりです。



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35.出場条件と立ちはだかる壁




どうも燕尾です。
学校だるい。





 

 

 

「皆さん大変です!!」

 

七人での活動が板についてきたある日のこと、花陽が勢いよく扉を開けて現れる。

走ってきたのか、花陽の肩は上下に揺れて、頬も紅く上気していた。

 

「どうしたの、花陽ちゃん?」

 

「大変なことが起こりました!」

 

穂乃果の問いかけるも花陽からは大変、と要領の得ない答えしか返ってこない。

 

「とりあえず落ち着いてくれ。ほら、水」

 

新しい飲み物や練習用のスポーツドリンクはまだ用意していなかったから、俺は自分のかばんから水を取り出す。

 

「えっ、ハルくん!?」

 

「あ、ありがとうございます、春人さん」

 

余程慌てていたのか、花陽は俺から受け取った水を勢いよく飲み干していく。

生き返りました、と深い息をはいて落ち着いた花陽とは対照的に今度は穂乃果が慌てだした。

 

「ハルくん! それ、ハルくんが飲んでた水だよね!?」

 

「ん、そうだけど?」

 

「どうして花陽ちゃんにあげちゃったの!?」

 

「どうしてといわれてもな…すぐに渡せそうだったのがその水だったからなんだが?」

 

「それはそうかもしれないけど! だって、それ…間接……」

 

慌てていた勢いはどこへやら。穂乃果の語尾がどんどん萎んでいった。

 

「? なにかいけないことしたのか?」

 

「いえ…春人がしたことは正しいのですが、その、渡したものが悪かったといいますか」

 

「あはは…さすが春人くんというか」

 

海未もことりも苦笑いしており、水を飲み干した花陽は顔を真っ赤にしていた。

 

「はうぅ~ご、ごめんなさい…」

 

「?? どうして謝るんだ花陽?」

 

「春人くん、すごいにゃ…何も分かってないにゃ」

 

「一種の才能よね、あそこまでだと」

 

「普通なら気づくでしょうに…」

 

凛、真姫、にこ先輩もどこかあきれた目を向けてくる。

 

「もー! ハルくんのバカバカバカー!」

 

「穂乃果痛い…」

 

「痛くしてるの! ハルくんの馬鹿!」

 

「一体なんなんだ…」

 

ポカポカと叩いてくる穂乃果を止めることもできず、俺はただただ困惑するばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで花陽、大変だ――って、一体何があったんだ?」

 

軽い一悶着が落ち着いたころ、俺は改めて問いかける。

 

「むぅ……むぅー! むぅ……」

 

穂乃果は未だにむくれているが、一応話を聞く姿勢をとっている。

そんな穂乃果の可愛らしい姿はさておいて、花陽の話に耳を傾ける。

 

「そうでした! 皆さん、大変です!!」

 

「ああ、それは分かったから何が大変なのか教えてくれ」

 

これでは堂々巡りだ。一向に話が進まなくなる。

 

「ラブライブです! ラブライブが開催されることになりました!!」

 

「ラブライブ?」

 

「ラブライブって何、花陽ちゃん?」

 

大半がラブライブという言葉に首を傾けている中、一番反応を示したのはにこ先輩だった。

 

「なんですって! それは本当なの、花陽!?」

 

「はい。間違いありません! さっき公式サイトが開かれましたので」

 

二人で盛り上がる花陽とにこ先輩。だけど俺を含めたほかの人間は何のことかさっぱりだった。

 

「あー、すまない二人とも。そのラブライブっていうのはなんなんだ?」

 

「知らないんですか!?」

 

「あんた知らないの!?」

 

二人揃って興奮した様子で迫ってくる。

 

「あ、ああ…聞いたことないからな…」

 

だが、大体は予想できる。恐らくスクールアイドルの大会みたいなものか、各地域のスクールアイドルが集まってパフォーマンスを配信する大型ライブみたいなものだろう。

 

「その認識でだいたい間違いないわ。ラブライブっていうのはスクールアイドルの大会よ」

 

「エントリーしたグループの中からランキングサイトで上位20位までのグループが出場してナンバーワンを決める、いわばスクールアイドルの甲子園みたいなものです!」

 

いつの間にか部室のパソコンを起動していた花陽がラブライブの公式サイトを見せてくる。そこには出場条件やエントリーなど事細かに書かれている。

 

「へぇ~」

 

「スクールアイドルは全国的にも人気になっていますから。そういう企画があってもおかしくはないですね」

 

「盛り上がること間違いなしにゃ!」

 

みんなが一つの画面を見ている中、普段の花陽からは想像できない勢いで色々とウィンドウを開いていく。

 

「今のアイドルランキング上位20組の中から、1位のA-RISEは当然出場として…2位、3位は――まさに夢のイベント、チケットの発売はいつでしょうか…」

 

スマホで初回特典を調べるなど恍惚の表情を浮かべてどこかへトリップしそうな花陽。そんな花陽に俺は引っかかる。そして、それは俺だけではなく――

 

「――って、花陽ちゃん。観に行くつもり?」

 

俺が思っていた疑問を穂乃果が花陽にぶつける。すると花陽は一瞬眼光を鋭く光らせて立ち上がった。

 

「当然ですっ、これは歴史に残る一大イベントですよ!! 絶対に逃せません!!」

 

ずい、と迫る花陽に対して穂乃果は身体を反らす。

 

「花陽ってアイドルのことになると変わるわよね」

 

「それほど好きだっていうことだろう。いいじゃないか」

 

「凛はこっちのかよちんも好きだよ?」

 

少し驚くときはあるが、悪いことなんて一つもない。真姫も同じで花陽の豹変っぷりは受け入れているようだ。

だが、

 

「花陽、観に行くだけでいいのか?」

 

「そうだよ花陽ちゃん。てっきり出場目指してがんばろー! って言うのかと思ってたけど」

 

俺と穂乃果の言葉に花陽は大きく後ろに退く。

 

「そ、そんな!? 私たちが出場なんて、恐れ多いです!!」

 

恐れ多いとまで言うのか。まあ、今までアイドルに憧れていただけあって気持ちは分からなくはないのだが。

 

「花陽、キャラ変わりすぎ」

 

「凛はこっちのかよちんも好きにゃー!」

 

ぶれない真姫と凛もある意味大物だと思う。

 

「でも、スクールアイドルやってるんだもん。目指してみるのも悪くないかも!」

 

「ていうか、目指さなきゃ駄目でしょことりちゃん!」

 

穂乃果やことりの言う通りだ。一つの目標として出場を目指すのは悪くないし、やるべきだろう。

 

「そうはいっても、現実は厳しいわよ?」

 

「ですね。先週見たときはとてもそんな大会に出場できる順位ではありませんでしたし」

 

「それはそうだが、なら、出場はしないのか?」

 

そう問いかけると、真姫と海未はムッと顔を顰める。

 

「そうは言ってないでしょ!」

 

「春人、言い方が意地悪です!」

 

「冗談だ。二人の言いたいことは分かっている。ただエントリーしなければ出場できることは絶対にないってことだ」

 

逆に言ったら、どれだけ厳しくても、低い順位からスタートしても、エントリーしたら出場の可能性はあるということ。なら、エントリーするほかはないだろう。

 

「それに海未、ランキングサイトを見てみろ。順位が更新されているはずだ」

 

海未がランキングサイトのページに移り、μ'sのページへと飛ぶ。

自分たちの順位を確認した海未は目を見張っていた。

 

「穂乃果、ことり! 大変です!」

 

近くにいた穂乃果とことりもパソコン画面を覗き込む。

 

「わっ、すごい!!」

 

「順位が上がってる!!」

 

二人の言葉に一年生たちも立ち上がり、皆してパソコン前に群がる。

 

「急上昇のピックアップスクールアイドルに選ばれてるよ!」

 

「前にアップした七人のPVの反応がよかったみたいだ」

 

PVの反応は概ね良好。コメントも応援してくれるものや可愛いといったもので、否定的なものはないほどだった。

 

「うわぁ! もしかして凛たち人気者!?」

 

人気者かどうかはさておき、皆の努力が実を結んできているのは事実。その変化はランキングだけではなかった。

 

「それだけじゃない。最近、学院まで足を運んでくる子がいるんだ」

 

「ん、どういうことハルくん?」

 

俺の話に穂乃果たちは首を傾げるも、それを聞いて納得したのが一人。

 

「なるほど、そのせいね…」

 

「真姫、もしかして?」

 

「ええ。以前校門で出待ちされてて…写真を撮ってほしいって」

 

『ええっ!?』

 

皆が驚く中、真姫は撮った写真を見せてくる。真姫の隣に移っているのは、中学生の女の子。俺はその子の顔に見覚えがあった。

 

「その子たちか」

 

「ハルくん、知ってるの!?」

 

「ああ。たぶん真姫が出てくる前に話しかけられてな。μ'sのこと聞かれたり、今日会えるか聞かれたり…どういうわけか、一緒に写真撮ってくれってせがまれた」

 

「ええっ!? どうしてハルくんが!?」

 

「そういわれても俺もわからない」

 

あのときはさすがの俺も困った。μ'sのページに俺の写真や紹介文はあげてあるが、そこまで見ているとは思っていなかった。

 

「そ、それでハルくん、この子たちと一緒に写真とったの?」

 

恐る恐る聞いてくる穂乃果に俺は頷いた。

 

「最初は断ったんだが……その、あまりにも落ち込んだ様子を見せられてな…」

 

「断るに断れなかったんだね。春人くん」

 

「ああ。さすがに無碍には出来なかった」

 

最初は関係ないと思って立ち去ろうとしたのだが、無愛想な態度とればμ'sのイメージが下がりかねないと考えて、了承した。

 

「ハルくん、ちょっとスマホ見せて!」

 

「なっ…おい、穂乃果っ!?」

 

俺の身体を弄って、ズボンから人のスマートフォンを取り出す。そして手馴れた手つきで操作する。

 

「ハルくん…こ、これ……」

 

わなわなと震える穂乃果の周りに皆が集まる。写真を見た皆は次々と俺にジト目を向けてきた。

 

「春人くん、これはさすがに……」

 

「春人さん、この写真は…」

 

「春人、不潔です」

 

「春人くん、これは駄目だと凛は思うにゃ」

 

「春人はロリコンだったのね」

 

「あんたがどうにかしなさい、春人」

 

口をそろえて皆が批判してくる。

確かに距離がすごく近いが、それは相手が寄ってきただけであって、そこまで言われるのは納得できない。

 

「しかもこの子たちだけではないみたいですね?」

 

次々と明らかになる写真。それを見ていくたびに皆の視線が冷ややかなものになっていく。

その中で、穂乃果の瞳だけは怒りに燃え上がっていた。

 

「ハルくん!」

 

「ど、どうした?」

 

「どうしてハルくんはもぉー! なんでもぉー! こうなのもぉー!!」

 

涙目で怒り、言葉が見つからないのか幼児退行したように責めて、ポカポカとまた叩いてくる穂乃果。

 

「言っていることがよく分からないんだが…頼むから落ち着いてくれ」

 

「ハルくんの馬鹿! この天然記念物ぅ!」

 

振り上げる手を掴んで拘束するが、いやいやと穂乃果が暴れる。

 

「暴れるなって…皆も見てないで助けてくれないか?」

 

助けを求めるも、周りは自業自得といわんばかりの目で穂乃果を止めようともしない。

結局、怒っているわけも分からずに穂乃果が落ち着くまで責め続けられるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラブライブに出場するには学校の許可が必要、ということで俺たちは全員揃って生徒会室に向かった。

 

「さて、生徒会室前まで来たはいいが……」

 

「結果は見えてると思うけど?」

 

ノックをためらう穂乃果に俺と真姫が言う。

 

「学校の許可? 認められないわ」

 

それにあわせて凛が生徒会長の物まねをする。少し似ていると思ってしまったのが少しだけ悔しい。

 

「うーん、今度こそ生徒を集められると思うんだけどなぁ…」

 

「そんなの、あの生徒会長には関係ないわよ。私たちのことを目の敵にしているのだから」

 

にこ先輩の言う通り、穂乃果たちが生徒を集めようとしていることは生徒会長には関係ないことだ。あの人は彼女たちがスクールアイドルをしているという事実だけで否定している。

 

「どうして私たちばかりなんでしょうか…?」

 

花陽のようにそこに疑問を持つのは当然のことだろう。何せ生徒会長は明確な理由も言わずに遊びだ素人だと言っているのだから。

 

「それは…もしかして! 校内での人気を私に取られることが怖くて――」

 

「それはないわ」

 

「ツッコミ早っ!?」

 

真姫がにこ先輩を別教室へと隔離する。

的外れもいいところ。まあそれはにこ先輩なりの冗談なのだろう。まったく笑えないが。

 

「もう、許可なんて取らずに勝手にエントリーしちゃえばいいんじゃない?」

 

「駄目だよ! エントリーの条件にちゃんと学校の許可をとることってあるもん」

 

「真姫、花陽の言う通りだ。何事も通す筋っていうものがある。それを欠けば自分たちの活動の正当性がなくなる」

 

「じゃあ、もう直接理事長のところに行くとか?」

 

「えっ? そんなことできるの?」

 

穂乃果の問いかけに海未は頷いた。

 

「ええ。原則部の要望は生徒会を通じてとありますが、理事長へ直接言いに行くのは禁止されてません」

 

「あくまでも生徒会はパイプ役だからな。確かにフィルターとしての一面はあるが、判断の大元は学院だ」

 

その生徒会――生徒会長が少しでも学院側に言わない可能性がある以上、理事長に訴えるのは有効な手段だ。

 

「でしょ? なんとかなるわよ、それにこっちには親族がいるんだし」

 

皆の視線がことりに集まる。当のことりはキョトンとしているが。

 

「ことりがいるからっていう理由で期待したらいけないんだが――とりあえず行ってみようか」

 

 

 

 

 

「うぅ…なんだか生徒会室より入りづらい緊張感が……」

 

「そんなこと言ってる場合?」

 

「分かってるよ! だけど…」

 

穂乃果の語尾がしぼんでいく。気持ちはわからないわけではない。

 

「まあ、立場が上の人のところに行くのはいつだって緊張するよな」

 

「そう! そうだよね! ハルくん分かってる!!」

 

「だからといっていつまでも目の前にい続けるわけにもいかないだろう」

 

「うわーん! ハルくんの鬼ー!」

 

「コントしてないで早くノックしなさいよ、穂乃果」

 

にこ先輩の催促に穂乃果は意を決して扉を叩こうとする。しかし、先に扉のほうが開いた。

 

「あれ? お揃いでどうしたん?」

 

「……」

 

出てきたのは希先輩と――生徒会長。

 

「タイミング悪」

 

にこ先輩がぼそっと呟く。確かに一番最悪なタイミングだ。

だが、やりようはいくらでもある。

 

「何の用ですか?」

 

高圧的な態度の生徒会長。

皆がたじろぐ中、俺は一歩前に出る。

 

「あんたには用はない、生徒会長。それはここに来ていること(生徒会室じゃない時点)でわかるだろう? そっちの用が終わったのなら通してくれ」

 

脇を通り抜けようとしたが、道を塞ぐように生徒会長が一歩前に出てきた。

 

「各部の理事長への申請は生徒会を通す決まりよ」

 

「原則はな。だが禁止されているわけでもない。それに、穂乃果たちを敵視している生徒会(あんた)がまともに機能しないことは分かりきっていることだろ」

 

「――そんなことないわ」

 

何をいまさら。一瞬詰まった上にあんたが言ってもそんな説得力ないだろう。

 

「あと別に俺らは申請をしに来たわけじゃない。理事長に話をしに来ただけだ。そこを通せ」

 

「それは詭弁よ、通すわけにはいかないわ」

 

呆れてものも言えない。あんたにその権限なんて一ミリたりともないというのに。あんたは王を守る近衛兵かなにかか?

俺はため息しか出なかった。すると、影からドアの叩く音が聞こえる。そこには、

 

「どうしたの?」

 

理事長が立っていた。

 

「お久しぶりです理事長。ここで話をするのもなんなので、中に入ってもよろしいでしょうか?」

 

「ええ。構わないわよ。たださすがに大人数ではいるのはやめてもらえるかしら?」

 

「――わかりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一年生たちを待機させて、二年生とにこ先輩で事情を説明する。だが、どういうわけかそこには生徒会の二人もついてきた。

 

「へぇ…ラブライブねぇ」

 

神妙な面持ちで頷く理事長。

 

「はい。ネットで全国的に中継されることになっています」

 

「もし出場できれば学校の名前を皆に知ってもらえると思うの」

 

思いつく限りの利点を話していく穂乃果たち。しかし、

 

「私は反対です」

 

そこで割って入ったのはやはり生徒会長だった。

 

「あんたの意見は――」

 

「春人くん、ストップ」

 

彼女を止めようとしたところで、俺が理事長に止められた。

 

「……すみません。差し出がましいことをしました」

 

俺はすぐに引き下がる。

 

「ふふ、理解が早くて助かるわ」

 

生徒会長の意見を聞くかどうかの判断は理事長がすること。どうやら、さっきのやり取り含めて少し感情的になっていたようだ。

 

「それで、絢瀬さんはどうして反対なのかしら?」

 

「理事長は、学校のために学校生活を犠牲にするようなことをすべきではないと仰いました。であれば――」

 

「そうね。確かにそういったわ――でも、エントリーするぐらいならいいんじゃないかしら?」

 

「本当ですか!?」

 

頷く理事長に穂乃果たちの表情が晴れる。それとは真逆に生徒会長の顔は焦りに変わった。

 

「ちょっと待ってください! どうして彼女たちの肩を持つんですか!?」

 

「別に肩は持っていないのだけれど――高坂さん」

 

「ふぇ? なんですか?」

 

「あなたはどうしてエントリーしたいのかしら?」

 

穂乃果からしたら唐突な質問だろう。だけど、俺はその意図を理解した。

 

「それは…ラブライブに出場できれば学校のこと知ってもらえそうですし、何よりスクールアイドルをしてますから目指してみたいなって思って――あと楽しそうですし!」

 

穂乃果の返答を聞いた理事長はくすりと笑う。

 

「そう。なら私から言うことは何もないわ」

 

とんとん拍子で進んでいくことに我慢ならなかったのか、生徒会長は前のめりになっていた。

 

「でしたら、私たちの活動も認めてください!」

 

「それは駄目」

 

生徒会長に対して即答する理事長。

 

「…意味が分かりません」

 

本当にわけが分からず、納得できないといった様子の生徒会長。

 

「そう? とっても簡単なことなのだけれど?」

 

それに対して理事長は軽く受け流している。

理事長の言う通り、本当に簡単なことだ。最大のヒントがいま目の前で出されたというのに、生徒会長が気付いていないだけ。

 

「あ、えりち…」

 

希先輩の制止も虚しく、生徒会長は無言で一礼して理事長室を出て行く。

 

「ふん、ざまあみろってのよ」

 

「にこ先輩。ハウス」

 

「ハウスって何よ、春人!?」

 

空気が読めない人間に俺はため息を吐いた。

 

「そうそう、ラブライブ出場への条件があります」

 

「え?」

 

「学生の本分は勉学。勉強が疎かになってはいけません――今度の期末試験で一人でも赤点を取るようなことがあったら、ラブライブへのエントリーは認めませんよ?」

 

最初こそは何のことだか分からなかった穂乃果だが、理事長の念押しに次第が分かったようで、顔を歪ませる。

 

「ま、まあ…赤点はないだろうから大丈夫…かと……」

 

娘のことりがそういうも、

 

「あれ……?」

 

壁に手をつきうな垂れる穂乃果。床に手と膝が落ちこの世の終わりのような顔をするにこ先輩。生徒会長が立ち去った拍子に開いたドアのところで崩れる凛に、ことりは地雷を踏んだような気まずさを感じていた。

 

「これは…いろいろと前途多難だな」

 

ラブライブ出場という壁の前に、テストという壁が立ちはだかるのだった。

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に…


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36.テスト勉強



どうも、燕尾です
第三十六話目です






 

「大変申し訳ありません」

 

「ません!」

 

穂乃果と凛が丁寧に頭を下げて謝罪する。そんな彼女らを――主に幼い頃から知っている穂乃果を海未は呆れたように見つめる。

 

「小学校の頃から知ってはいましたが、穂乃果……」

 

「す、数学だけだよ! ほら、小学校の頃から算数苦手だったでしょ!?」

 

穂乃果の言葉を信じるならそれだけで済んだといえる。だが、

 

7×4(しちし)?」

 

「にじゅう、ろく…?」

 

「……かなり重症ですね」

 

ボソッと花陽が出した九九すら間違える始末。音乃木坂学院のレベルで赤点候補というだけで問題だというのに、それ以前の問題だった。

 

「それでよく和菓子屋の手伝いが出来たな、穂乃果」

 

「だって! お金の計算はレジがやってくれるんだもん!!」

 

それでも、金銭のやり取りしている以上は分かっているものだと思うのだが。

 

「凛ちゃんは何が苦手なの?」

 

「英語! 凛は英語だけはどうしても肌に合わなくて…」

 

「た、確かに難しいよね」

 

「花陽、あまり凛を甘やかしたら駄目だ」

 

「酷いよ春人くん、難しいのは本当だもんっ! それに、凛たちは日本人なのにどうして外国の言葉を勉強しなくちゃいけないの!?」

 

「屁理屈はどうでもいいの!」

 

甘えた言葉に、真姫が我慢ならずに立ち上り、凛へと迫る。

 

「ま、真姫ちゃん怖いにゃ~……」

 

「これでテストが悪くてエントリーできなかったら恥ずかしすぎるわよ!!」

 

「そうだよね~……」

 

がっくり肩を落とす凛。真姫は頭が痛いというようにため息を吐く。

 

「やっと生徒会長を突破したっていうのに……!」

 

「ま、まったくその通りよ!」

 

すると、今まで黙っていたにこ先輩が言葉を発する。だが、先輩は後ろを向いたまま何かを読んでいるようだった。

 

「あ、赤点なんか絶対取っちゃ駄目よ…!」

 

皆の疑惑の視線がにこ先輩に刺さる。

 

「にこ先輩、成績は……?」

 

さっきから声が震えている時点で分かってはいるが、一応ことりが確認した。

 

「に、ににに、にこ? にに…にっこにっこにー、が赤点なんて、と、とと取るわけないでしょー!?」

 

「動揺しすぎです」

 

海未の指摘ににこ先輩も肩を落とす。

 

「とにかく! 私とことりと春人は穂乃果の、真姫と花陽は凛の勉強を見て、弱点教科を何とか底上げしていくことにします!」

 

「まぁ、それはそうだけど…にこ先輩は?」

 

真姫の疑問は最もだ。アイドル研究部で三年生はにこ先輩ただ一人。誰も教えられる人がいないのが現状だ。

 

「だから言っているでしょ!? にこは…」

 

「いい加減にしておけにこ先輩。言葉で言っても教科書逆さまに持っている時点でバレバレだ」

 

だけど本当に困ったことになった。このままではにこ先輩は一人でどうにかしないといけないことになる。それはあまりにも負ける可能性が高い賭けだ。

先輩の学力をどう底上げするかで悩んでいるところで、突如アイドル研究部の扉が開いた。

 

「――にこっちならうちに任せとき」

 

「希ッ!?」

 

ノックもせず勝手に入ってきたのは希先輩。だが、今回ばかりは救いだといえる。

 

「いいんですか?」

 

端的な穂乃果の問いに希先輩は頷く。だが、当の本人は――

 

「言ってるでしょ! にこは赤点の心配なんて――」

 

「希先輩」

 

「まかせとき」

 

往生際が悪く、変なプライドを振りかざす先輩に俺は希先輩に頼み、頷いた希先輩は構える。

そしてとんでもない速さでにこ先輩の背後を取り、彼女の胸あたりを鷲づかみする。

 

「ひぃ!?」

 

「嘘つくとワシワシするよ?」

 

「わかりました、教えてください」

 

「――はい、よろしい」

 

何はともあれ、本人のやる気は置いておいてこれでなんとかなりそうだ。

 

「よーし! これで準備は出来たね、明日から頑張ろう!!」

 

「おー!!」

 

エントリーのため気合が入っている穂乃果と凛。しかし、一つだけ見逃せない部分があった。

 

「今日からです」

 

「せっかく気合入れているのにどうして中途半端に逃げようとするんだ……」

 

海未と俺の指摘にがくり、とうな垂れる穂乃果と凛なのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

担当が決まったところで、穂乃果、凛、にこ先輩の弱点教科克服のための勉強が始まった――のだが、

 

 

 

 

 

「うぅ~これが毎日続くのかにゃ~……」

 

「当たり前でしょう」

 

「あっ! 白いごはんにゃ~!!」

 

「ええっ!? どこ!?」

 

「……騙されると思ってる?」

 

「はい、すみません……」

 

 

 

 

 

「ことりちゃん……」

 

「なに? あと一問よ、頑張って!」

 

「おやすみ」

 

「わっ! 穂乃果ちゃん!? 穂乃果ちゃ~ん!」

 

 

 

 

 

勉強し始めてから一時間もたっていないが、早くも集中力が切れ始めていた。

 

「まったく……」

 

海未は頭が痛いというように呟いた。

気持ちはわからなくない。俺もこんな状態で大丈夫なのかと少し不安になっている。

 

「ことり、春人、あとはお願いします。私は弓道部のほうへいかなければいけないので」

 

「わかった! ほら穂乃果ちゃん起きて~!」

 

「ああ…いってらっしゃい……」

 

荷物をまとめる海未。しかし、その視線はある方へ向いていて、釣られて俺も見る。

視線を向けた窓際ではにこ先輩と希先輩が勉強していた。

 

 

「わかった、わかったから……!」

 

「ふふ――じゃあ、次の問題の答えは?」

 

「え、えっとえーっと…に、にっこにっこにー……や、やめて! やめてぇ!? 悪かった私が悪かったから!」

 

「ふふふふふ……ふざけたらワシワシマックスやよ!」

 

 

 

 

 

「「はぁ……」」

 

この混沌とした状態に俺と海未は同時にため息を吐いた。

 

「これで本当に身につくのでしょうか……」

 

「信じてやらせるしかないだろう……」

 

 

 

「ごはん、ごはんはどこかな?」

 

「起きて~穂乃果ちゃん!」

 

「ふふふ、お仕置きしたるで~」

 

 

 

教える側も、教えられる側も、本当に不安しかない状況に俺と海未はもう一度、深くため息をつくのだった。

 

 

 






今回は短めです。
いかがでしたでしょうか?




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37.海未の悩みと課題



どうも燕尾です。
バイトの途中から失礼しています。
37話目、楽しんでいただけたら幸いです。





 

 

「……」

 

最近、海未の様子がおかしい。

だが、それは目に見えていた変化ではない。ごく小さな違和感から気付いた。

簡潔にいうと何かに悩んでいるようで、少し元気がない。

穂乃果の勉強見ているときも、上の空という状況が何度もあった。

なにかあったことは間違いない。そのなにかまではまったく分からないが、俺もそういう小さな変化には気付くようになっていた。

だが、海未の様子もさることながら、俺の心配は他にもあった。それは――

 

「すごい太陽だね…」

 

「夏、かぁ……」

 

昼休み。練習着を着た穂乃果、凛、にこ先輩の赤点候補者たちが屋上にいた――勉強の約束をすっぽかして。

 

「よーし、限界までいくわよー!」

 

にこ先輩の号令で大きく息を数三人。まあ大方、息抜きと称して練習がてら身体を動かしたかったのだろう。その気持ちを責めるわけではないが、少し立場というものを知っておいたほうが良いとは思った。

 

「――なにやってるん?」

 

「「「あ゛っ……」」」

 

入り口にいた希先輩の声に穂乃果たちは固まった。

 

「昼休みは部室で勉強って約束したやん?」

 

にじり寄る希先輩に三人は身を寄せ合って怯え始める。

 

「いいいいや! それは分かっているんですけど!」

 

「なんかちょっと身体を動かしたほうが頭にも良いかなぁって!」

 

「わ、私は二人に誘われただけよっ?」

 

「あ~! 嘘!! にこ先輩が最初に誘ってきたくせに!」

 

「そうだよ! 希先輩の目にビビッているようじゃアイドルは勤まらないとかなんとか言ってぇ~!!」

 

「デタラメ言うんじゃないわよ!」

 

醜く言い争う三人。だが、

 

 

「そう――」

 

 

「「「――っ!!」」」

 

「まあ誰でもいいやん、どうせ――皆一緒にお仕置きやから!」

 

「う、嘘……」

 

約束は約束。それを破る人には少しお灸や(しつけ)が必要だ。

 

「ふふふふふふふ……」

 

「「「う、うわああああああ!?」」」

 

そこから先は俺は何も見なかった。同性だけにしかできない方法でのお仕置きが希先輩の手で実行される。

 

「ま、あの三人は自業自得ということで――こんなところで何をしているんだ海未? 海未も屋上で気分転換か?」

 

「春人……」

 

俺を呼ぶ声はやはりどこか元気がない。俺は海未の隣に並んで、空を見上げる。

 

「――悩み事か?」

 

「やはり、気付いていましたか…」

 

海未は困ったような笑みを浮かべる。

 

「普通どおりに過ごしていたはずなのですが」

 

「あれでいつも通りに過ごしていたって言うなら、海未は賭け事の才能はないな」

 

「……それはあれですか、全部顔に出ているって言うことですか?」

 

むぅ、と頬を小さく膨らませる海未。だけど、それはまったく隠せていない海未が悪い。

 

「そういうことだ。何があったかは知らないが様子がおかしいことぐらいは分かる――友達だからな。一緒にいるようになって、それくらいは分かるようになった」

 

「――っ、そう、ですか……ありがとうございます…春人……」

 

「海未? 顔が赤いけど、大丈夫か?」

 

「い、いえ! 今日は暑いですから! ええ。暑いですからね…ええ……」

 

海未は落ち着くように深呼吸を何度か繰り返す。それから、落ち着いたタイミングを見計らって、俺は切り出した。

 

「それで、一体何があったんだ? 言いたくない事情なら無理には聞きださないが」

 

それこそ家庭の事情だったりしたら、俺が入り込む余地はない。

 

「そういう類の話ではないんですが、μ'sのことで少し……」

 

それなら相談には乗れるのだが、海未はいまの時点で話すかどうか、悩んでいた。

少なくとも俺は支える立場だから相談ぐらいなら問題ない。

そう言うと、それもそうですね、と海未はぽつりと話し始めた。

 

「話すと少し長くなるんですけど、その――この間、偶然に生徒会長と会いまして話をしたんです」

 

「生徒会長と?」

 

それだけを聞くとあらかた話の方向性は予想できるが、とりあえずは話に耳を傾ける。

 

「ええ。生徒会長の妹さんが音乃木坂学院に来ていて、会長を待っている間にμ'sのファーストライブやPVを見ながら待っていたんです。ですが、妹さんが見ていたファーストライブの映像がサイトにあげてないものまで映っていて」

 

なるほどな。PVはともかくファーストライブの映像を取っていたのは生徒会長だったのか。もっとも、あまりいい感情でサイトにアップしたわけではなさそうだが。

 

「そうですね。映像を挙げたのは私たちの歌やダンスじゃ人を魅了することは出来ないと知らしめるためだったらしいです」

 

「まだそんなこといっているのか、あの会長は。とんだ頑固者だ」

 

「春人も負けず劣らずなのではないですか?」

 

「……失礼な」

 

「ふふ、冗談です」

 

いたずらっ子のような笑みを浮かべる海未。それに対して俺は少し頬を膨らませていたのだろう。それを見た海未は微笑ましいようなものを見るような目をしていた

俺は話を戻すために一つ息を吐く。

 

「まあ大方その話は分かった。どうせA-RISEさえ素人同然、とか言い出したんだろう?」

 

「え、ええ……その通りなんですけど、どうして春人が知っているんですか?」

 

「二人で話しすることがあって、そのときに海未に言ったことと同じようなことを言っていたからだよ」

 

さすがにファーストライブの映像までは知らなかったが、良く考えれば映像として残せる人物は生徒会長か希先輩ぐらいなものだとわかる。

 

「それで、いまそういうということは海未は気付いたんだな。生徒会長がそこまでいう理由に」

 

そして、それが海未を悩ませている種なのだろう。

 

「……はい。副会長に問い詰めて、知りました――自分たちと生徒会長の差に」

 

生徒会長は、物心ついたときからバレエをしていたらしい。そして、その幼い年でも周りの人々を魅了するほどの実力を持っていた。

副会長から見せてもらった生徒会長のバレエをする姿は今の海未を追い込むほどのものだったらしい。

 

「いまの私たちは幼い頃の生徒会長にすら劣っている、そう思えてしまうほどの実力差がありました」

 

悔しそうにする海未。少なからずとも競い合いの世界に身を置く海未はそういう感情を持っていた。だが、

 

「そうか。だけど――それがなんだ?」

 

「えっ――?」

 

きょとんとする海未に俺は言う。

 

「俺からしたら会長の話なんてもう昔の話。あの人が昔からどんな実力を持っていようがどれだけ実績があろうが、それは海未たちを否定する根拠にはならない――してはいけないものだ。そもそも、経験の差でやめろというならこの世でスポーツする人なんてとっくに消えてるだろ」

 

「それは、詭弁というものじゃ…」

 

「じゃあ聞くが、幼い頃の生徒会長と比べて自分たちはまだまだの海未たちはこれからどうするつもりだ? 生徒会長の言葉を受け入れてここで辞めるのか?」

 

「そ、そんなつもりは毛頭ありません!!」

 

大きな声で、強く否定する海未。そんな彼女に俺は小さく笑みを浮かべる。

 

「なら、誰がなんと言おうと進んでいくしかないだろう? それに応援してくれている人がたくさんいることも事実だ。前にことりにも言ったけど、認めないって言う人間なんて一定数はいる。生徒会長もその一人、そんな人の実力だとか言葉とかを気にしていたらキリがないぞ?」

 

「それは、そうですけど…」

 

海未の表情は晴れない。どうやら納得は出来ないようだ。頭では分かっていても気持ちはそうもいかないのだろう。

そこで俺は一つ提案した。

 

「どうしても納得できないのなら――教えてもらうというのも一つの手だ」

 

「え?」

 

「何を意外そうにしているんだ。実力者に指導してもらうのは別に悪いことじゃないだろう?」

 

単純なこと。いまの自分に限界を感じるなら、誰かに教えてもらえばいい。勉強でも、ダンスでも、歌でもだ。

 

「上手くなりたい、もっと上を目指したい気持ちがあるのなら頼んでみるといい」

 

「それは、私の一存では決められませんよ…」

 

「もちろんわかっている。それに――いまはそれどころじゃないしな」

 

俺はチラリとみる。希先輩にお仕置きされた三人は少し頬を上気させて痙攣しながら倒れていた。

 

「それを考えるのは期末テストを乗り切った後だ。とりあえず、あの三人の学力を上げないとな」

 

「そうですね…いまは目の前のことに集中しましょう」

 

「それじゃあ連れて行くか」

 

「春人――」

 

穂乃果たちのところに行こうとしたところで呼び止められる。

振り向けば海未は少しは晴れたような表情をしていた。

 

「ありがとうございます。おかげで気が楽になりました」

 

「…ならよかった。海未は真面目だから、あまり一人で抱え込まないようにな」

 

「はい」

 

俺は小さく笑って、希先輩と三人で穂乃果たちを連行していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日のノルマはこれね!」

 

どさどさ、と大量の分厚い本を置く希先輩。

 

「「「鬼……」」」

 

恨みがましく呟く三人。

 

「あれ? まだワシワシが足りなかった?」

 

「「「まっさかぁー!!」」」

 

だが、希先輩の構えにすぐなんでもないように装う。

 

「それにしてもこんな量、この三人がこなせるとは思えないんだが…少し減らしたほうが身につくんじゃないか?」

 

「そ、そうだよね! ハルくんもそう思うよね!?」

 

ここぞとばかりに便乗する穂乃果。しかし希先輩は首を振った。

 

「甘いで春人くん。人間、極限にさらされてこそ本当の力を発揮するんや」

 

「どこぞの少年漫画の修行じゃないだろうに……とりあえず頑張れ、穂乃果」

 

「うわーん!!」

 

最初頃よりかはマシになってはいるが、それでもやはり苦手科目。モチベーションが上がらないのか三人のペンの進みは遅い。

 

「どうにかできないものか……」

 

「それならいい案があるで?」

 

悩んでいるところで希先輩が耳打ちしてくる。

 

「むっ――」

 

近づいた希先輩に穂乃果は眉を顰めていたが俺も希先輩も気付かない。

 

「いい? うちを信じて、うちの言う通りに喋ってな?」

 

「変なことじゃないよな?」

 

「春人くんがこの子たちの力になりたいって気持ちがあるなら、大丈夫やで」

 

ここまでにこ先輩の勉強を見てもらっていたこともある。俺は素直に頷いて希先輩の言葉を復唱した。

 

「穂乃果、凛、にこ先輩」

 

「ん? なにかな、ハルくん?」

 

不機嫌そうにする穂乃果に俺は希先輩から伝えられた言葉をありのまま言った。

 

「もし期末テストで苦手科目の点数が平均より上回っていたら、皆のお願いをひとつ何でも聞いてやる――って、おい……!?」

 

俺は希先輩に非難の目を向けるが、希先輩はニヤニヤと笑うだけだ。

 

「ハルくん、それホント!?」

 

「春人くん、いまなんでもって言った!?」

 

「マジっ? 春人が何でも願いを聞いてくれるのね!?」

 

一番最初に身を乗り出したのは、穂乃果だった。そしてそれに続いて、凛とにこ先輩も目に生気を宿らせる。

 

「いや、それは……」

 

言いよどむところで希先輩が追い討ちをかけてくる。

 

「あれ、春人くん? 男の子に二言があってええんか?」

 

この副会長、確実に面白がってやっているな。やっぱり、信じるべきではなかった。

今度何らかの形で仕返しをしようと決めたところで俺は息を吐く。

 

「……わかった。平均点を上回ることが出来たら、お願いを何でも一つきく。約束だ」

 

「「「やったー!!」」」

 

喜ぶ三人に俺は仕方がないと小さく笑う。そのとき、俺にいくつもの視線が突き刺さった。

その視線の原因は海未、ことり、真姫、花陽の四人。喜ぶ三人を尻目に、四人は俺をじっと見てくる。

 

「……どうしたんだ? 皆して……」

 

「春人くん、ことりたちには何もしてくれないの……?」

 

「え……?」

 

戸惑う俺に、ことりたちはさらに続ける。

 

「先輩方や凛だけ褒美があるだなんて不公平だと思わない?」

 

「不公平も何も、真姫たちが赤点取らないのは分かっていることだろう?」

 

「それでも、私たちだって穂乃果たちを指導しています。いわば労働です。労働には見合った対価というものが必要です」

 

「春人さん、私も頑張っています……ラブライブにエントリーできるように、凛ちゃんに頑張って勉強を教えてます」

 

四人の期待するような瞳に俺はたじろぐ。

キッ、と希先輩を睨むと、

 

「あ、うちもなにかご褒美欲しいなぁ?」

 

「あ、あんたなぁ……」

 

あろうことか希先輩も俺にせがんで来た。

 

「春人くん……おねがぁい!」

 

「期待してもいいのかしら、春人?」

 

「ふふ、お願いしますね? 春人」

 

「わ、私は、無理しなくてもいいですよ!?」

 

「……もういい」

 

俺は頭を抱える。ここまでくれば三人も八人も変わらないだろう。それだったら条件を皆が団結するものにしたほうがいいだろう。

 

「なら条件を変える。穂乃果、凛、にこ先輩の苦手教科の点数。そうだな、80点以上だったら皆の願いをそれぞれ一つずつ聞く――ただし、全員がクリアすること」

 

誰か一人でも下回ったらこの話は無し、という俺に赤点候補者たちは顔を引きつらせる。

 

「え゛っ……!?」

 

「は、はちじゅ……」

 

「そんなの、できるわけないわ!!」

 

穂乃果と凛が戸惑う中、にこ先輩が叫ぶ。

いまの穂乃果たちでは到底届かない。それこそこれから毎日、死ぬ気で取り組まなければ、苦手科目で80点は叶わない。

 

「やるまえから、諦めるのか? ならラブライブも諦めるんだな」

 

『――っ!!』

 

この場にいる全員が息を呑んだ。俺は続けて発破をかける。

 

「いまのμ'sの順位じゃ、20位以内にはいるのはできるわけない。それならラブライブに時間を割くよりもっと別の――」

 

「やってやろうじゃない!!」

 

俺の言葉を遮るように、手のひらをくるりと返してにこ先輩は宣言した。

 

「ただし、約束は守りなさい! 私たち三人が全員80点以上取ったらあんたは八人全員のお願いを何でも、それぞれ一つずつ聞く――それでいいわね?」

 

「ああ、約束する」

 

俺は即座に頷き返す。

これは俺なりの試練だ。どう潜り抜けるか見させてもらおう。

 

「よーし、頑張るぞ!!」

 

「かよちん、真姫ちゃん! お願いするにゃー!」

 

「あんたたち、絶対80点以上取るわよ!!」

 

とはいっても、この様子だともう俺の望むものは満たしているといってもいい。

 

「ふふっ……春人くんは優しいなぁ」

 

「……うるさい」

 

耳元で呟く希先輩に小さく返す。どうやら俺の意図はバレているようだ。だが――

 

 

「海未ちゃん、ことりちゃん! 今日からうちにお泊まりしない?」

 

「わたしはいいけど……」

 

「いきなりどうしたんですか、穂乃果?」

 

「勉強だよ! 80点取るための!!」

 

 

「かよちん、真姫ちゃん! 凛たちもお泊まりで勉強しよう!!」

 

「そうだね、私たちも頑張ろう!」

 

「まぁ、付き合ってあげるわよ」

 

 

「そうと決まればさっさとやるわよ! 希、しっかり教えてよね!」

 

「ふふっ……はいはい」

 

 

皆のやる気の表情をみていると、些細なことはあまり気にはならなかった。

 

「ハルくん、ハルくん!」

 

「なんだ、穂乃果?」

 

気力十分、という穂乃果。すると彼女はとんでもないことを言い出した。

 

「ハルくんも穂乃果の家でお泊まりしよう!」

 

「……いや、それはダメだろう」

 

即座に断ると、えーなんでー!? と文句を垂れる穂乃果。

吟味するまでもなく、俺が年頃の女の子の家に泊まるなんてダメに決まっている。

 

「だってハルくんにも勉強教えてほしいんだもん! ほら、ハルくん学年で10位以内だって言ってたから!」

 

「なら、学校でいいだろう?」

 

「それじゃあ、時間が短すぎるじゃん! もっとゆっくり教わりたいの!」

 

「……海未、ことり、助けてくれ」

 

さすがに助けを求めるが、二人は考える素振りをした後、

 

「いいんじゃないかな? 春人くんが穂乃果ちゃんの家に泊まっても」

 

「えっ、ことり?」

 

「ええ。私も春人が来てくれると大変助かりますし」

 

「海未まで…そういう問題じゃないだろう」

 

勉強へのモチベーションが上がったのはいいが、流石にそれは受け入れられない。

 

「これで俺が穂乃果たちと同性だったら普通に引き受けてたが、あいにくと俺は男だ。取り返しのつかないことになったらどうするんだ」

 

「ハルくんは、私たちに変なことするの?」

 

「いや、しないけどな……?」

 

「なら大丈夫だよ、私たちもハルくんは信用してるし!」

 

「そういう話じゃないだろう?」

 

あくまで体裁の話だが、考えなければいけないことだ。

 

「とにかく駄目なものは駄目。学校でならいくらでも付き合うから」

 

「えー……」

 

しゅん、と肩を落とす穂乃果。どうやら本気で落ち込んでるみたいだ。

それから上目遣いで俺を見上げる。

 

「……ハルくん」

 

「……」

 

小さな犬が飼い主に無言で懇願してきているようだ。

 

「駄目、かな……」

 

そんな泣きそうな表情をされると、俺が何かしてしまったような錯覚に陥ってしまう。しかし、俺は心を鬼にする。

 

「泊まりは駄目」

 

「そっか……」

 

しゅんとする穂乃果。もし彼女が犬だったとしたらその尻尾は力なく垂れているのだろう。

自分のうちに感じる居たたまれなさから、でも、と俺は続けた。

 

「穂乃果の両親が許可するなら、穂乃果たちが勉強している間は一緒にいよう」

 

穂乃果の顔が一気に笑顔になる。

 

「本当!? 嘘じゃないよね!?」

 

「ああ、本当だ。穂乃果の両親がいいと言うなら」

 

そういうが早いか、穂乃果は携帯で誰かにコールをかけた。

 

「あ、もしもしお母さん! 今日から家で海未ちゃんとことりちゃんとハルくんとでお泊まり勉強会するから! 大丈夫だよね!?」

 

さりげなく俺まで泊まる人数に数えられている。この一瞬で忘れたのか、それとも興奮で失念しているだけなのか、わからない。

 

「うん、うん――それじゃあ、よろしくね!」

 

「穂乃果……」

 

「大丈夫だってさ! これでハルくんも泊まれるよ!」

 

穂乃果は俺が言っていた言葉をちゃんと理解していたのだろうか。いや、理解していないだろう。もう、指摘するのも疲れてきた。

 

「まあ、いいか…疲れた」

 

「そういう割には微笑ましそうな目をしてるで?」

 

「あんたって、本当に穂乃果には甘いわね。まったく心を鬼に出来てないじゃない」

 

希先輩とにこ先輩、三年生二人の指摘に俺は顔を歪めるのだった。

 

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ではまた次回の更新にてお会いしましょう。
さよなら~




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38.勉強会


どうも、燕尾です。赤血球、血小板ちゃんかわええですなぁ~ 白血球はいい人(細胞)過ぎるぜ。

では三十八話目です。






 

「いらっしゃいませ~」

 

引き戸を開け、暖簾をくぐった先で明るい声に出迎えられる。

カウンターにいるのは赤みがかった茶髪の女の子。その雰囲気はどことなく穂乃果に似ていた。

妹だろうか、と思いながらも、俺は尋ねる。

 

「えーっと、穂乃果…さんはいますか?」

 

「お姉ちゃん?」

 

やはり、妹のようだ。よく似ている。

すると妹の女の子はなにかに気づいたようにあっ、と声を出した。

 

「桜坂春人さんですかっ? μ'sのマネージャーの!」

 

「そんな仰々しいものではないが、穂乃果…さんたちの手伝いをしている」

 

「楽な話し方で大丈夫ですよ、春人さん! あ、えっーと、私は穂乃果お姉ちゃんの妹の高坂雪穂ですっ。雪穂って呼んでください!」

 

「ああ、よろしく。雪穂ちゃん」

 

少し慌ただしいくらいの話し方にこの距離の詰め方。高坂姉妹の遺伝子なのだろうか?

 

「わぁ~……まさか春人さんに会えるなんて思いもしなかったぁ~」

 

この前の子達といい雪穂ちゃんもそうだが、どうして俺にまで憧れの眼差しを向けるのだろう。普通そこはスクールアイドルをしている皆に向けるものだろうに。

そう問いかけると雪穂ちゃんは意外そうな顔をする。

 

「知らないんですか? μ'sはもちろんですが、春人さんはうちの中学ですごい話題になっているんですよ!」

 

「俺が……どうして?」

 

「えーと、何て言えばいいんですかね? 一番初めからお姉ちゃんたちを支えて来た影の功労者みたいな、感じですね。それに春人さん、頼れるお兄さんって印象でかっこいいですから!」

 

「過大評価もいいところだな……」

 

「そんなことないですよ! それに一緒に写真写った子たち皆言ってましたよ――物静かだけど優しくて包容力のある人だったって!」

 

写真を撮るあの短時間でそこまで言われたのは初めてだ。

 

「……」

 

少し嬉しい気持ちもあるが、照れ臭い気持ちの方が大きい。

 

「あの、春人さん…お願いがあるんですけど……」

 

「ん、どうした?」

 

すると雪穂ちゃんはもじもじと控えめに言った。

 

「その、もしよかったら…私と写真撮ってもらえたらなぁって……だめ、ですか?」

 

その上目遣いはやはり穂乃果に似ている。この子も無自覚で距離を詰めるような子のようだ。

 

「わかった」

 

やった、とガッツポーズする雪穂ちゃんは年相応の少女で、少し微笑ましい。

 

「それで、どうやって写真を撮るんだ?」

 

この場には俺と雪穂ちゃんしかいない。厨房には母親の穂波さんがいるみたいだが、どうやら手が放せないようだ。

 

「春人さん、こっちこっち!」

 

携帯を持った雪穂ちゃんに呼ばれて彼女の近くに寄る。すると俺の腕を取り、ぐい、と自分の顔を俺の顔へと近づけた。

 

「雪穂ちゃん……近くないか?」

 

「こうじゃないと撮れませんから――嫌でしたか?」

 

「雪穂ちゃん。一つ聞きたいけど、その言い方わざとしていないか?」

 

「あは、バレましたか」

 

さすがに何度かやられていたら気付く。

 

「まあ、本当に嫌だったらすぐに離れてるから。雪穂ちゃんが嫌じゃないなら好きにするといい」

 

「……春人さんって、いつもそうなんですか?」

 

何のことを言っているのかわからない俺は首を傾げる。

 

「と、とりあえず撮りましょう! お、お願いします!!」

 

雪穂ちゃんは慌てながらもカメラを構える。が、その手はちょっと震えていた。

 

「どうしていきなり緊張しているんだ? ほら、もっと近づかないと雪穂ちゃんが見切れている」

 

今度は俺から雪穂ちゃんに近づく。

 

「これでいいのか?」

 

「ええ……それじゃあ、撮ります……」

 

先ほどの元気はどこへやら。静かになった空間にシャッター音が響く。

 

「あと二、三枚撮りますね?」

 

「ああ、分かった。後は俺が撮るから雪穂ちゃんは自然にしていてくれ。さっきから手が震えてすごいことになっているぞ」

 

どうして今の一枚が普通に取れたのか不思議に思うほど雪穂ちゃんの手がぶれている。

 

「えっと、お願い、します……」

 

俺は雪穂ちゃんから受け取りスマホを構える。

 

「それじゃあ、行くぞ?」

 

「はい……女は度胸…女は度胸……よしっ!!」

 

雪穂ちゃんは腕を抱く力を強め、笑顔を作ってピースする。

それから、俺たちは数枚写真を撮った。

 

「こんなものか? 確認してくれ」

 

「はいっ、大丈夫です!! ありがとうございました!!」

 

「雪穂ちゃんなら大丈夫だと思うが、他人に見せるのは良いけど、ばら撒くのはやめて欲しい」

 

「ええ、そこはしっかりしますので安心してください」

 

「それじゃあ、俺は穂乃果のところに行く。部屋にいるんだよな?」

 

「はい、そのはず……で…す……」

 

「雪穂ちゃん、大丈夫か? 顔が真っ青なんだが?」

 

いきなり顔を青くした雪穂ちゃんを心配していると、後ろから声が掛かってきた。

 

 

 

 

 

「――雪穂、ハルくん」

 

 

 

 

 

「ほ、穂乃果……?」

 

満面の笑みで問いかけてきた穂乃果。だが、その笑みがすごく威圧的で恐怖を覚える。

 

「どうしたんだ穂乃果、なんか、その…怖いんだが?」

 

「ハルくん、雪穂と一体なにをしていたのかな?」

 

「なにと言われても、一緒に写真をとってただけだが…」

 

「そっか。写真撮るだけであんなに近づいたんだ?」

 

「近づいたというか仕方ないというか、そうしないと写らないから」

 

「そ、そうだよお姉ちゃん! それ以外に何があるのさ!?」

 

俺や雪穂ちゃんが反論するも穂乃果の笑みは崩れない。

 

「まあ、百億歩譲って近づいたのはいいとして――どうして雪穂がハルくんの腕に抱きついていたのかな?」

 

百歩じゃないのかそこは、何てどうでもいいことを考えていたのだが、雪穂ちゃんは石像のように固まった。

 

「まあ、なんでもいいや。とりあえずは――雪穂」

 

「な、なにかな、お姉ちゃん?」

 

「少し、お話しよっか♪」

 

そういった穂乃果は練習で鍛えられた動きで雪穂ちゃんの首根っこを掴む。

 

「ええ!? ちょっと待ってお姉ちゃん! さすがにそれはないんじゃないの!? いや、放してぇぇぇ!!!!」

 

抵抗する雪穂ちゃんをものともせず、穂乃果は奥へと引っ込んでいった。

取り残された俺はどうしたらいいのか分からずにその場に立ち尽くす。

 

「ごめんなさいね。落ち着きのない騒がしい子たちで」

 

するとタイミングを見計らったように穂乃果と雪穂ちゃんの母親――穂波さんが顔を出してきた。

 

「元気なのは良いと思います」

 

「元気がありすぎて困ることが多いんだけどねぇ」

 

少し愚痴のような感じで言う穂波さんだったが、その顔は一つも嫌という雰囲気がなかった。

 

「言わずともわかっていると思いますけどそれが彼女たちの良いところだと、俺は思います」

 

「ふふ、優しいのね?」

 

そんなつもりはなく、思ったことを言った。ただそれだけだ。

 

「なるほど。最初に会ったときも感じたけど、これはなかなか難敵ね」

 

「?」

 

「なんでもないわ。とりあえず、海未ちゃんとことりちゃんも来ているから穂乃果と雪穂のことは気にせずに先に行ってて良いわよ」

 

「わかりました」

 

俺は奥で正座させられている雪穂ちゃんを尻目に、二階に上がっていった。

 

 

 

 

 

それから穂乃果が雪穂ちゃんとの話を終えてお菓子を持って戻ってきたのは十分後のことだった。

 

「……むぅ~」

 

俺の隣を陣取るように座った穂乃果はむくれた顔を俺に向けていた。なんだか最近、穂乃果の機嫌が悪くなることが多い。

俺を睨んでいるということはおそらく――ではなく間違いなく俺が穂乃果の機嫌を損ねているのだろう。

 

「穂乃果?」

 

「なに、ハルくん?」

 

「どうしてそんなに頬を膨らませているんだ?」

 

「少しは自分で考えてみたらどうかな」

 

言葉の節々に棘、どころか触れるものすべてを切り裂く刃になっている。

どうしたものかとことりと海未に視線を向けるも、

 

「あはは……」

 

「春人、今はそっとしておくのが一番かと」

 

苦笑いしながらも微笑ましいものを見るような目をしている。

二人はそういうが、穂乃果の不機嫌なオーラは早く何とかしたいものだ。この空気で勉強をしても身につくわけがない。

だが、このまま時間を無駄にするわけにもいかない。

とりあえず俺たちは本来の目的である穂乃果の学力増強のための勉強を始める。しかし、

 

「……うーん」

 

「穂乃果。分からないことがあったら――」

 

聞いてくれ、そう言おうとしたが、穂乃果はノートを前に差し出した。

 

「海未ちゃん。ここなんだけど、この計算が終わった後はどうすればいいのかな?」

 

「えっ? あ、ええっと、そこからはですね――」

 

教えを乞われた海未は戸惑いながらも、穂乃果に教鞭を取る。

 

「穂乃果――」

 

「ことりちゃん、ここの文章なんだけど」

 

「えーっと、そこはね?」

 

「……」

 

遮るように次はことりに質問する。これは、もしかしなくても――

 

「ほ――」

 

「海未ちゃん、ことりちゃん――」

 

穂乃果は俺のほうを見向きもせず、海未やことりと勉強を進めていく。

何度も話しかけようとしたのだがやっぱり、無視されている。俺がなにか穂乃果の機嫌を損ねるようなことをしたのだから仕方が無い。それにこういうのは慣れている。

慣れている、のだが――

 

「……」

 

どうしてだろうか、胸元にチクチクとした痛みが奔る。いつもの発作じゃない、薬は飲んできたから違うというのは分かる。

だとしたらこの痛みはなんだろうか? 

 

「穂乃果――ちょっと、手洗いを借りる」

 

「うん、階段下りて右手側だよ」

 

「ありがとう」

 

違うと分かっていても念のため、この場から離れる。

今もまだ、小さな針で刺されたような痛みが続いている。

穂乃果の部屋を離れても、俺にこの痛みの原因は分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果、さすがに今の態度は春人に悪いですよ」

 

春人くんがお手洗いに行くといって穂乃果の部屋からいなくなった途端、海未ちゃんから咎められた。

 

「うん。春人くん、すごく悲しい顔してた。さすがに可哀想だよ」

 

ことりちゃんからも非難の視線を向けられる。

 

「だって……」

 

私が反論しようとするもぴしゃりと海未ちゃんに遮られた。

 

「だってもなにもありません。下でなにがあったのかは知りませんが人の善意を無視するのは良くないです。まして春人にわがまま言って家にまで来てもらったのは穂乃果じゃないですか」

 

「それはそうだけど……」

 

どんどん語尾がしぼんでいく私に対して海未ちゃんは息を吐く。

 

「ことりの言う通り春人も悲しい表情でしたよ。辛かったでしょうね、たとえ自分が悪くてもそうじゃなくても穂乃果に――友達に何度も無視されたですから」

 

「――っ!!」

 

私はハッとする。そこで春人くんと出会ったばかりのことを思い出す。

一緒に帰ろうと言った私を無視して教室から出て行ったとき、私はどう思っていた? そのとき、春人くんになんて言っていた? どんな表情をしていた?

 

「感情が豊かなのは良いことですけど、少しはコントロールしなさい。無意識に人を傷つけないように」

 

「うん、ごめんなさい……」

 

「謝るのは私じゃありませんよ」

 

「そうだね……」

 

海未ちゃんの言う通り、謝るのは海未ちゃんじゃなくてハルくんにだ。

 

「ほら、穂乃果ちゃん。春人くんが戻ってきたみたいだよ?」

 

「え? ちょ、ことりちゃん!?」

 

「大丈夫。私がちょっと背中を押してしてあげる」

 

聞こえてくる足音を察したことりちゃんが私を引っ張ってドア前に固定する。ことりちゃんが何をしようとしているのか分かった私は慌てて抵抗する。

 

「ちょっと待ってことりちゃん――って、力強い!? ことりちゃん、これあぶな――」

 

言い切る前に部屋の戸が開けられた。その瞬間、

 

「ただいま」

 

「それぇ♪」

 

「わ、わわっ!? うわああああああ!?」

 

文字通り、私はことりちゃんに思い切り背中を押される。

 

「っと!?」

 

ハルくんはいきなりのことなのに、驚きながらもしっかりと私を受け止めてくれた。

 

「穂乃果、一体どうした……?」

 

「え、えっと…その、ごめん……」

 

私はギュッと腕に力を入れる。体が密着しているのもあって、ハルくんの暖かさを感じた。

 

「? どうして穂乃果が謝っているんだ?」

 

「だって、私さっきからハルくんに嫌な態度ばかり取ってたから……」

 

「それは俺が悪かったから、だろ?」

 

ハルくんは穏やかな声で言う。

 

「どうして穂乃果が、穂乃果の言うそういう態度を取っていたのか俺はまだわかってないんだ。だから俺の方こそ、ごめん」

 

ハルくんが優しい手つきで頭を撫でてくれる。

いつもそうだ。ハルくんは私のことを何でも受け入れてくれて、本当は穂乃果が悪いのにハルくんはいつもそれを許してくれる。

 

「ハルくん……」

 

お父さんと比べると細い身体。だけどやっぱり男の人だと感じるほどハルくんの身体は堅く、引き締まっていた。私はそっとハルくんの胸に顔を当てる。

ハルくんからは心の鼓動が聞こえる。そのリズムがすごく気持ちよくて、ハルくんを近くで感じられて私は何も考えられなくなってくる。だけど、

 

「悪いのは私だよ」

 

それもすぐのこと。私はハルくんから離れた。

 

「何も言わないでハルくんに当たっちゃって、それから無視して…無視されるのは辛いって知ってたのに、私はそれをしちゃったの」

 

言えば言うほど罪悪感が募る。でもそれは事実だ。

 

「だからハルくんが謝らないで。ハルくんは何も悪くないの。私のほうこそ、ごめんね?」

 

「穂乃果…」

 

戸惑うハルくんを私は自分から抱き寄せて、頭を撫でる。

 

「えっ…ほ、穂乃果……!?」

 

「本当にごめんね、ハルくん」

 

「……気にするな」

 

恥ずかしいのか顔をそらしながら言うハルくんに私は静かに微笑むのだった。

 

 

 

 





いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に~♪



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39.タイムリミット



ども、燕尾です。
停電生活は大変でした。
でもそれを経験したからこそ見えてくるものもあり、次回こういうことが起こっても慌てることなく生活できそうです。


 

 

 

「……まあ、こんなものか」

 

俺は返却されたテストを見て小さく呟いた。

赤点でないならそこまでテストの結果に興味はない俺はすぐにしまう。

 

「春人」

 

「春人くん」

 

「海未、ことり。テストお疲れ様」

 

お疲れ様です、お疲れ、と返す二人は笑顔だ。心配はしていなかったが二人も赤点ではなかったようだ。

 

「その様子だとテストの結果は大丈夫だったみたいだな」

 

「ええ。それどころか春人のおかげでいつもよりよかったぐらいです」

 

「春人くんから教わったところがばっちりテストに出たものね」

 

「それは二人の努力の結果だ」

 

俺が教えたのは最低限のことだけ。そこから理解を深め、問題が解けるようになったのは間違いなく二人の力だ。

 

「ふふ、相変わらず春人は照れ屋さんですね」

 

「かわいいなぁ、春人くんは」

 

「……本心なんだが」

 

別に照れてなどいない。それと可愛いは男に対しては褒め言葉ではないような気がする。

 

「それで春人くん、春人くんはテストの結果どうだったの?」

 

「ん? 可もなく不可もなくってところだな」

 

「国語95点、数学100点、化学94点、物理93点、日本史96点、世界史98点、英語92点――全部90点以上じゃないですか。これで可もなく不可もなくって、嫌味ですか?」

 

「人の答案を勝手に取り出すなよ……」

 

「しかも数学に至っては満点だよ……春人くんすごいね」

 

ケアレスミスの類いを除いて、間違えるということはその単元をちゃんと理解できていないということだ。逆に全部をしっかり理解していれば、誰だって満点は取れる。まあそれはあくまでそれは理論上のことであるが。

 

「学年10位以内の実力は伊達ではないということですね」

 

「ん……競争心と向上心を煽るのには最適だが、興味ない俺からしたら何だっていい」

 

「春人くんらしいね」

 

あはは、と苦笑いすることり。

 

「俺のことよりももっと重要な人たちがいるだろ? そろそろ集まっている時間だ」

 

「そうですね、では聞きに行きましょうか。皆の結果を」

 

「楽しみだね! 春人くんになにしてもらおっかな~?」

 

もうあの三人が約束したボーダーラインを越えていると確信したように言うことり。

俺はそうだといいなと思いつつ、二人の後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結果発表~!!」

 

ことりの号令にどんどんパフパフ~、とどこからか太鼓や管楽器の音がなる。祭りではないはずなのだが、何故か雰囲気が明るい。

 

「さて、ラブライブの出場と春人くんへのお願い権がかかったテストでしたが、その結果をみたいと思います♪ まずは――にこ先輩から!」

 

「ふっふっふ……驚きなさい! にこの高校生活史上最高得点!」

 

バン、と見せびらかした数学のテスト用紙にかかれている点数は――86点。

 

「にこ先輩すごいにゃ~!」

 

「やれば出来るじゃない」

 

「赤点候補だって言ってたのに、頑張ったんですね!」

 

「ふふん、にこにできないことなんてないのよ!」

 

一年生からの賞賛を受けて調子に乗るにこ先輩。

高校三年間で86点が最高なのか、と言いかけるがそれは純粋に喜んでるにこ先輩を前に今は無粋だろうと言葉を引っ込める。

 

「にこ先輩は赤点回避、80点越え、一人目クリアです! それじゃあ二人目は――凛ちゃん!」

 

「オッケー! 発表するにゃ~!!」

 

次に指名されたのは凛。凛の赤点候補の科目は英語だったが、その結果というと、

 

「じゃーん! 凛もクリアだにゃー!!」

 

凛の英語の点数は82点、赤点はもちろんのこと、俺が課した条件もクリアしている。

 

「これもかよちんと真姫ちゃんのおかげにゃー」

 

「ううん、凛ちゃんが頑張った成果だよ」

 

「まあ、あれだけ私や花陽が手伝ったんだから当然よね」

 

一年生たちも泊まりがけの勉強会などで相当頑張っていたようだ。

後の残りは一人――穂乃果の数学だ。

 

「それじゃあ、最後は穂乃果ちゃん! お願いします!」

 

「穂乃果先輩……」

 

「私たちの努力を無駄にしてないわよね……」

 

穂乃果が解答用紙を取り出すのを皆が固唾を呑んで見守る。

 

「私の結果は――これだよ!」

 

穂乃果が広げた数学の答案用紙の点数は80点――ギリギリだが、合格だ。

 

『やったぁー!!』

 

それを見たみんなは声を上げて喜ぶ。

俺も小さく拍手する。

 

「おめでとう、皆。俺が言うのもおかしいがまさか赤点ぐらいの学力から80点以上取るとは思わなかった」

 

「ふふん、これがにこたちの実力よ!!」

 

ここぞとばかりに調子に乗るにこ先輩。

 

「よく頑張ったな」

 

俺はそんなにこ先輩を無視して穂乃果と凛に笑顔を向ける。

 

「えへへ、これも海未ちゃんにことりちゃん、ハルくんのおかげだよ」

 

「私も、真姫ちゃんやかよちんが一緒に頑張ってくれたから。それに春人くんもいろいろ教えてくれたでしょ? あれ、すっごい助かったにゃ~!」

 

「ちょ、にこも十分頑張ったんだけど!? どうして二人のほうだけを向くのよ春人!」

 

「にこ先輩が、調子に乗ってたから…?」

 

「調子になんて乗ってないわよ! これがにこの実力――」

 

「なんていってるがどう思う? 希先輩」

 

「ごめんなさい九割方希のおかげです。だからワシワシだけは――!」

 

振り返って謝り倒すにこ先輩。だが、そこには誰もいなかった。

 

「あ、あれ…希は……?」

 

「いるわけないだろう。冗談だからな」

 

「は、春人…あんたって奴は――!!」

 

「だが――」

 

怒って掴みかかってくるにこ先輩。そこで俺はスマホの画面を見せる。そこには、希先輩とのメッセージのやり取りが記されていた。

 

 

――にこ先輩が80点以上取れたのは自分の実力だとふんぞり返っているぞ?

 

 

――これはワシワシMAX確定やね

 

 

「――確定事項らしいぞ」

 

「……春人には人の心ってものはないのかしら?」

 

「ある。なかったら最初からここにはいない」

 

「そういう意味じゃなーい! ワシワシは嫌――!!」

 

この後の地獄(ワシワシMAX)を想像して叫び震えるにこ先輩。

だがそれもつかの間、にこ先輩はすぐに気丈な姿勢をとった。

 

「ふ、ふん! でもこれであんたが言っていた条件はクリアしたわ! 私たち全員の言うことをあんたは聞かないといけないのよ!」

 

「ああ、そうだな」

 

「そうだなって、淡々としているわね」

 

別に無茶な要求は退ければ良いだけの話しだし、そもそも自分の許容範囲外の言うことを聞く人間なんていない。

 

「なんでも願いを聞くとは言わされた――言ったが、俺のできないことをいって無駄にするのも勿体ないだろう?」

 

ぐっ、と言葉に詰まる先輩。

 

「まあ、逃げも隠れもしないから自分のして欲しいことを良く考えていうことだ」

 

そういった瞬間、俺の背筋に悪寒が走った。

バッ、と振り返ると皆が怪しい笑みを浮かべていたのだ。

 

「ハルくんがお願いを聞いてくれる…ハルくんに何してもらおうっかなぁ…」

 

「ええ。今から楽しみですね」

 

「春人くんが何でも言うこと聞いてくれるって、そんな機会ないものね♪」

 

「わ、私の言うことを春人さんが…聞いてくれる……」

 

「なににしようかにゃ~? ねえ、春人くん?」

 

「ふふふ。覚悟しておいてね、春人?」

 

「……」

 

俺は何も言えなかった。これから振られるであろう皆の願い事を考えると、どんな無茶を言われるのか、俺には想像できなかった。

すると、メッセージを受信したのかスマホが振動する。画面を確認すると送り主は希先輩からで、

 

 

春人くん、ファイトやで――あ、うちのお願いもよろしく頼むな? 

 

 

「あの女……」

 

今度必ず仕返しする、絶対してやると、俺はスマホをギリギリと握りながらそう誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず願い事は各々考えて各自頼むということで、俺たちはテストの結果とラブライブにエントリーすることを報告しに理事長室へと向かった。そして、理事長室へと近づいたときに、部屋の中から大きな声が聞こえてきた。

 

「どういうことですかっ! 説明してください!!」

 

「ん、今の声……生徒会長か?」

 

「だよね、どうしたのかな?」

 

俺たちは顔を見合わせる。そして、気付かれないように静かに扉を少しだけ開ける。

 

「いま言ったことが全てです」

 

詰め寄る生徒会長に対して理事長は毅然として答えていた。だが、その表情はどこか悔やんでいるように思えた。

 

「ごめんなさいね。でもこれは決まったことなの」

 

決まったこと、ということはこの学校の進退についてだろう。そしてそれについて謝っているということは――

 

「音乃木坂学院は来年度の生徒募集を止め、廃校とします」

 

どうやら、時間はもう残されていなかったようだ。

 

「っ!!」

 

「おい、穂乃果!?」

 

理事長の言葉を聞いた穂乃果たちはノックも何もかも忘れて理事長室へと乗り込んだ。

 

「理事長、今の話し本当なんですか!? 本当に学校なくなっちゃうんですか!?」

 

「あなたたち!?」

 

咎める生徒会長を無視して穂乃果は理事長をじっと見つめる。すると理事長は息を吐きながら言った。

 

「本当よ」

 

「お母さん! そんなこと全然聞いてないよ!!」

 

「お願いします、もうちょっとだけ待ってください! あと一週間いや――あと二日で何とかしますから!!」

 

「落ち着け穂乃果」

 

「わわっ!?」

 

俺は穂乃果を引き剥がす。必死なのは良いが、もう少し冷静になれないものか。

 

「相手の話もしっかり聞け。それにあと二日でどうにかするのは無理だ」

 

「そんなのやってみないとわからないじゃん!」

 

「だから落ち着けって言ってるだろう。学院長たちが何もしていないのにいきなり廃校決定なんてするわけないだろう」

 

「春人くんの言う通りよ」

 

視線を向ける俺に理事長は頷いて苦笑いしていた。

 

「廃校にするのはオープンキャンパスの結果が悪かったらという話よ」

 

「オープンキャンパス?」

 

「一般の人に見学に来てもらうってこと?」

 

「一般って言っても中学生が主だけどな」

 

「ええ。見学に来た中学生たちにアンケートをとって、その結果が芳しくなかったら廃校にする――そう絢瀬さんにも説明してたの」

 

「なんだ……」

 

今すぐの決定じゃないことに安心する穂乃果。しかし、

 

「安心なんて出来ないわよ。オープンキャンパスは二週間後の日曜日――その結果が悪かったら本決まりってことよ」

 

生徒会長の言葉に穂乃果たちに緊張が奔る。すぐとはいえないまでも残りの時間が少ないこと、そして後がないことに動揺していた。

生徒会長が穂乃果と理事長の間に割り込む。

 

「理事長。オープンキャンパスのイベントの内容は生徒会で決めさせてもらいます」

 

「その結果は見えていると思うけどな…」

 

小さく呟いたというのに生徒会長には聞こえていたのか、睨まれるが俺はどこ吹く風で無関係な方向を向く。

そして相も変わらずの生徒会長にさすがの理事長も折れた。

 

「……止めても無駄みたいね」

 

というより、言葉の通り止めるのは無駄だと思っていたようだ。

 

「失礼します」

 

生徒会長は一礼してそのまま理事長室から出て行く。

 

「……いいんですか、あのままにして。碌なことにならないと思いますけど」

 

「そういうこと言わないの春人くん。絢瀬さんも学院のためにって必死に頑張ってくれているんだから」

 

その頑張りが一ミリたりとも学院のためになっていない、と言ってしまうとさらに窘められそうだ。

 

「言わなかっただけ褒めておきましょうか」

 

「自然に思考を読まないでください」

 

にっこりと笑いながら言う理事長に俺は少し恐怖するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後がないことを聞かされた穂乃果たちの練習はいつもより力が入っていた。

細かいところも念入りにチェックをして、皆の息を一つに、修正を重ねて作り上げていく。

 

「1・2・3・4・5・6・7・8――!」

 

今も新しい曲の通し練習をしている。海未の手拍子にほかの六人がそれぞれ合わして、最後のポーズを決める。

 

「――よしっ! うん、みんな完璧!」

 

「よかった。これならオープンキャンパスまでには間に合いそうだね!」

 

「でも、ほんとにライブなんて出来るの? 生徒会長に止められない?」

 

真姫の心配はもっともだが、その点については問題ない。

 

「真姫、オープンキャンパスのときには部活見学の時間があるんだ。だから生徒会長といえど止められることはない」

 

むしろそこで止めてしまえば印象が悪くなることぐらい生徒会長もわかっていはいるだろう。だから生徒会長別に脅威ではない。むしろ、いま心配なのは、

 

「うん。春人くんの言う通り、部活紹介の時間は必ずあるはずだからそこで歌を披露すれば――」

 

「――まだです」

 

ことりの言葉を遮り、皆の喜びを打ち消したのは海未だった。

 

「まだタイミングがズレています」

 

やはりというか、海未だけは現状に満足できていなかった。

原因は分かっている。生徒会長の話しだろう。

 

「海未ちゃん……わかった! もう一回やろう!!」

 

何も分からない穂乃果は少し戸惑うが、すぐに気合を入れる。

 

「それじゃあ、俺は飲み物を作ってくる」

 

「うん、ありがとハルくん」

 

一言断ってから俺は保冷バッグを持って屋上をから出る。

 

「海未。焦る気持ちも納得できないのも分かるが、何も言わずに押し付けるぐらいなら素直に話をしないと駄目だぞ」

 

「っ、わかっています……」

 

その際、海未に耳打ちしたのだが彼女は一瞬ハッとしたが、この様子だと次も――いくら練習を重ねても海未は認めないだろう。

それから俺は全員分の飲み物を作ってから戻ってくると、案の定少し不穏な雰囲気だった。

 

「何がいけないのよ、はっきり言って!」

 

海未に詰め寄っているのは真姫。そして何も知らない穂乃果たちは少し不安そうにしていた。俺は一度ため息を吐いて、パン、と手を叩く。

 

「ハルくん…?」

 

「ここまでにしよう、あまり根を詰めてもいけない。水分を取って柔軟して今日は終わりだ」

 

「ちょっと待って、まだ話を聞いてないんだけど」

 

食い下がる真姫を俺は宥める。

 

「まだ海未自身も自分で整理できてないところもあるんだ。後でしっかり話をするからいまは我慢してくれ」

 

しばらく真姫は俺と海未を見つめて、はぁ、とため息を吐いた。

 

「……仕方ないわね。ちゃんと教えなさいよ?」

 

「ありがとうな、真姫」

 

「ちょっ、子ども扱いしないでよ!」

 

よしよしと頭を撫でてあげていたら真姫に手を払われた。

これで喜ぶのは穂乃果ぐらいなのか?

 

「穂乃果、ちょっとこっちに来てくれ」

 

「ん、何かなハルく――わっ?!」

 

試しに穂乃果を呼んで頭を撫でる。穂乃果は最初こそ驚いていたもののすぐに受け入れてえへへ、とはにかんでくれた。

 

「うーん、穂乃果は喜んでくれるのにな…分からん」

 

「ハルくーん、くすぐったいよ~」

 

「ほんと、なんなのこの二人……くっつくなら早くくっつけばいいのに」

 

俺たち二人を見た真姫はげんなりして何か呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に、身体にお気をつけて~





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40.生徒会長への依頼



どうも、燕尾です。
40話まできました。




 

 

 

「生徒会長がバレエの元経験者…」

 

「そういうことだったんだ。だから生徒会長は…」

 

練習を切り上げて一年生とにこ先輩たちと別れたあと俺たちは穂乃果の家に集まって、そこで穂乃果とことりに今日のことの背景を話した。

 

「やっぱり気になるのか、海未?」

 

「はい……練習をするほど思い知らされるようで、さっきは皆に悪いことしました。何も言わずに」

 

「ううん。そこは気にしてないよ。海未ちゃんがそういうなら余程のことだったんでしょ?」

 

「わたしたちはその動画を見ていないけど海未ちゃんが嘘言うとは思ってないよ」

 

「穂乃果、ことり……」

 

幼馴染からの信頼に海未はちょっと感極まっていた。

 

「それより、春人くんは知っていたんだね? 生徒会長のこと」

 

「ああ。生徒会長とちょっとあって少し話をしたこともあったし、それにある程度予想はついていたから」

 

すると穂乃果の体がピクリと反応した。

 

「生徒会長とお話? それってもしかして二人きりで……?」

 

「ああ。偶然会ったときに生徒会長が話したいことがあるって言ってきたから――それがどうかしたか?」

 

問いかける俺に対して、穂乃果は不満そうにしていた。

 

「むうぅぅぅぅぅ……」

 

「穂乃果?」

 

「ハルくんって、なんか気がつけば女の子と二人きりっていうことが多いよね」

 

「そう、か? そんなことはないと思うが……」

 

穂乃果が言うほどそういう状況になっている気はしない。それになっているとしても別に特別な何かがあるわけでもなく、基本話して終わりだ。

 

「穂乃果ね、ハルくんはもう少し気をつけるべきだと思うの」

 

「…どういうことだ?」

 

何に気をつければいいのかわからない俺は問いかける。

 

「気をつけるべきだと思うの!」

 

意味が分からず首を傾げる俺に対して穂乃果は強く言ってくる。あまりにも剣幕に迫ってくるものだから俺は意味も分からないまま頷いてしまった。

 

「あ、ああ…気をつける……」

 

「「はぁ……」」

 

そんな俺たちの様子を見ていた海未とことりが少し疲れたようにため息を吐いていた。

 

「穂乃果、春人。いまは生徒会長の話をしましょう」

 

「そうだな、それでだ――海未はどうするべきだと思っている?」

 

「私は、生徒会長に教えてもらうのが一番だと、考えてます」

 

海未がそう言うと考えてなかったのか、穂乃果とことりは少なからず驚いていた。

 

「穂乃果、ことり。いまの話を聞いてどう思う?」

 

そう聞くも、二人とも少し迷っていた。決めかねているというところだ。

 

「ちょっとわからないかな。単純なことだと思うんだけど…」

 

「わたしはちょっと不安、かな。生徒会長さんは私たちにあまり良い感情を持ってないみたいだから…」

 

「別に海未の話しに頷いてもそうじゃなくても、穂乃果たちだけの意見で決定になるわけじゃない」

 

もう今は穂乃果、海未、ことりの三人だけのグループではない。

 

「とりあえず、ほかの皆にも連絡を取ろう」

 

三人は頷き、SNSアプリのグループ通話で他のμ'sのメンバーに連絡を取る。

そこで海未の悩んでいたこと、今日の練習に対する顛末を説明した。

そして、海未が提案していたことを伝えると、

 

『ええっ!? 生徒会長に!?』

 

みんな口をそろえて驚いていた。

 

「はい。思ったんです、私たちはまだまだだと」

 

海未の言葉にみんなが詰まる。彼女たちも上手くなりたいという向上心は持っている。だが、それだけではいまの海未が言う"壁"を越えることはできないことを理解している。

 

「でも、生徒会長さんって……」

 

「絶対凛たちのこと嫌ってるよね!」

 

「つーか嫉妬してるのよ。あたしたちに」

 

控えめに言った花陽に凛とにこ先輩が上乗せして言った。

 

「私も最初はそう思っていました。ですが、あの人の言うことも一理あるのは事実です。そして、いまの私たちでは彼女の言う"お遊び"から抜け出せることができません」

 

悩むように口を閉ざす三人。

 

「私は反対。潰されかねないわ」

 

沈黙したそのとき、いままで聞き手にまわっていた真姫がはっきりと反対の意を口にした。

 

「私も…生徒会長さん、ちょっと怖いです」

 

「凛も楽しくやりたいな~」

 

「別に要らないでしょ、三年生はにこだけで十分だし」

 

日本人とは不思議なもので、最初の意見に賛同する傾向がある。まあ、生徒会長への好感度がないというのも一つの原因ではあるが。

ともかく、にこ先輩はおいておいて、一年生たちの意見はことりと同じようだった。

 

「というかずっと黙っているけど、あんたはどう思っているのよ、春人」

 

すると、にこ先輩が俺に話を振ってくる。だが、それに対する答えは決まっている。

 

「皆の決定を尊重する」

 

「それじゃあなんの参考にもならないでしょうが!」

 

そう言われても困る。実際、俺が生徒会長から師事を受けるわけではない。そこで俺がなにかを言って彼女たちの意思を揺るがすのは無責任だろう。

 

「それはそうかもしれないけど、あなたの意見も知りたいな、春人くん?」

 

「春人、にこ先輩が言ったように参考として聞かせてください」

 

ことりと海未にそう言われた俺は頭を少し掻いた。

 

「俺は生徒会長に教わるのは有りだと思っている。前に海未には言ったが、上達するなら実力のある人間に教わるのが一番手っ取り早いからだ」

 

「そっか、そうだよね。そういうことだよね」

 

すると穂乃果がなにか答えを得たように小さく呟く。だがそれは俺を含め、皆には聞こえていなかった。

 

「ただ、花陽や真姫の不安も理解できる。確かに今の生徒会長がまともに指導してくれると信用できない」

 

今までの生徒会長の行動や言動を見ていれば、そう思うのはむしろ当然ともいえる。

 

「だが学院にはもうあとがない。それを理解している生徒会長が指導を引き受けたのなら、まともにやるだろう。そしてそれは必ず皆のいい経験にはなる――俺はそう思っている」

 

だから俺が考えているのは最初からあの生徒会長が引き受けるかそうじゃないかの二つだけだ。

 

「まあさっきも言った通り、俺は皆の決定に従う」

 

俺の考えを聞いた皆は考えていた。いや、迷っていたと言うべきか。俺が言ったのはメリットデメリットの観点からだからそうなっても仕方がない。

 

「やっぱり余計なことだったな。あまり深く考えずに皆が受けたいかそうじゃないかで――」

 

「――いいんじゃないかな?」

 

「えっ?」

 

言い終わる前に結論出した穂乃果に俺は呆気に取られる。

 

「穂乃果?」

 

「穂乃果ちゃん?」

 

隣にいた海未やことりも同じような表情をしている。

 

「話をまとめると、もっと上手くなりたいから教わるって話しでしょ?」

 

「ああ、そういうことだな」

 

「だったら私は賛成!」

 

「ちょっと待ちなさいよ! そんな単純なことじゃないでしょ!?」

 

「え? 違うんですか?」

 

純粋に聞き返す穂乃果に、にこ先輩は言葉に詰まる。だが、にこ先輩は引かなかった。

 

「よく考えなさい、あの生徒会長なのよ? 嫌な予感しかしないわ」

 

どうやら、彼女は意地でも生徒会長と関わりたくないようだ。

このままでは平行線――そう思ったとき、

 

「――でもわたしも…絵里先輩のダンスはちょっと見てみたいかも」

 

そう口にしたのはことりだった。

 

「分かります! 気になりますよね!!」

 

そしてそれに乗っかる花陽。まさかそんなことを思っていたなんて思いもしなかった。

 

「凛も、そこまで言われるとちょっと気になるかなぁ」

 

「別に私は気にならないけど?」

 

口ではそういう真姫だが、若干声のトーンが普段のものより違っていた。気になっていると見ていいだろう。

 

「それじゃあ、頼むだけ頼んでみよう! それで駄目だったらまた考えようよ!!」

 

穂乃果の言葉にほとんどが同意する。

 

「……どうなっても知らないわよ」

 

ただ一人、にこ先輩はだけは深くため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、善は急げとばかりに穂乃果、海未、ことりと俺で生徒会室へと赴いた。他の四人は曲がり廊下で様子をうががっている。そしていま俺たちの目の前には仏頂面の生徒会長と笑みを浮かべている希先輩の二人組。

 

「なんのようかしら」

 

相も変わらない態度の生徒会長。だが、そんな彼女を目の前にしても穂乃果は以前のように怯まなかった。

 

「生徒会長――いえ、絵里先輩にお願いがあって来ました!」

 

生徒会長ではなく、名前で言い直したのは穂乃果の一つの誠意だ。

 

「お願い?」

 

それを感じ取った生徒会長は少し困惑した様子を見せた。

 

「はい――私たちに、ダンスを教えてください!」

 

「――っ!」

 

それを聞いた生徒会長は海未の方に視線を向けた。

しかし海未はなにも言わず、真剣な眼差しで返す。

 

「私たち、いま以上にもっと上手くなりたいんです。でも私たちだけじゃ力不足で、どうしようもないんです」

 

穂乃果の馬鹿がつくほどの正直な言葉。しかしいま必要なのは建前や言い訳、意地を張ることよりも、弱さを認め、しっかりと頭を下げるという気持ちだ。

 

「だから絵里先輩の力を貸してください! 私たちに、ダンスを教えてください!!」

 

お願いします!! と勢いよく頭を下げる穂乃果。

 

「……」

 

黙ったままの生徒会長。彼女の視線は依然として海未を捉えていた。

恐らく前に海未と話したときのことで、なにか思うことでもあるのだろう。だがそれは、俺が知るよしのないことだ。そして、

 

「……わかったわ」

 

数十秒の沈黙を経て、生徒会長は了承した。

 

「っ、ほんとですか!?」

 

喜びで少し前のめりになっている穂乃果に対して生徒会長は頷く。

 

「ええ。あなたたちの活動は理解できないけど、人気があるのは間違いないみたいだから――引き受けます」

 

ありがとうございます、と頭を下げる穂乃果に生徒会長はただしと付け加える。

 

「やるからには私が許せる水準まで頑張ってもらうわよ、いい?」

 

「――はいっ!」

 

「話がまとまったところに水を差すようで悪いんやけど、ちょっとええ?」

 

「希、なにかしら?」

 

本当に水を差すタイミングで希先輩が口を開く。

この女、また何かたくらんでいるな。

俺に意味ありげな視線を送っているところからして、嫌な予感がする。

 

「えりちがこの子らにダンスを教えるのはええんやけど、生徒会もやることはあるんや。その穴をうちが埋めるにしても限界がある」

 

それらしい言葉を並べているが、希先輩の口元は少し緩んでいた。もっとも、それに気付いているのは俺だけみたいだが。

 

「そこでや、えりちが居ない間のお手伝いさんが欲しいんやけど……春人くん、お願いできるかな?」

 

『えっ!?』

 

穂乃果たち、だけでなく奥にいるほかの四人も揃って驚きの声を上げる。

 

「どうかな? 春人くん」

 

嫌な予感は当たって欲しくないときほど当たるものだ。俺は希先輩の真意を問うように睨みつけるが、彼女はただ俺の反応を待つばかり。

ここは俺が折れるべきだと感じ、深くため息を吐いた。

 

「……条件が一つ、練習の休憩時間に様子を見に行く時間をもらいたい」

 

「あまり長くなったら困るで?」

 

「時間は五分。教えてもらうからには生徒会長に任せるが、一回目の休憩の時間だけは指定させてほしい」

 

「うちはそれでええよ。えりちは?」

 

「ええ、構わないわ。ただ、そのときに私のやり方に対して口出しはしないでもらうわ」

 

「こっちは頼んでいる立場だ。しっかりやってくれるのなら、あんたのやり方に口出しはしないと約束する」

 

「ならいいわ。それじゃあ、皆着替えて屋上に集まって頂戴」

 

そう言って俺の脇を通って屋上へと向かう生徒会長。

 

「ハルくん……」

 

穂乃果が不安そうな顔をする。

いや、穂乃果だけではない。海未もことりも、真姫も凛も花陽も、にこ先輩も心配そうにしていた。

 

「どうして皆してそんな顔するんだ。俺がいなくても別に大丈夫だろう?」

 

もともと、俺は皆の補助をしているだけの人間だ。普段の練習も気付いたところだけ口に出しているだけで、後は飲み物とかの用意しかしていない。

そんな人間が一人いなくなったところで、皆がこんな表情する必要もないだろう。

 

「ほら、せっかく引き受けてくれた生徒会長の気が変わらないうちに早く着替えて屋上に行ってこい?」

 

「うん…ハルくんも頑張ってね?」

 

「ああ」

 

穂乃果に続くような形で皆が屋上へと向かう。

 

「ふふふ…皆から頼りにされているんやね、春人くんは」

 

「何が目的だ」

 

隣に立った希先輩に少しうんざりしたような息を吐く俺。すると先輩はわざとらしい困った笑みを浮かべた。

 

「人聞きの悪い。ただうちは本当に生徒会の仕事を手伝って欲しいだけなんよ?」

 

「それはその気持ち悪いにやけ面をどうにかしてから言う台詞だ」

 

「女の子に向かって気持ち悪いって酷くない!?」

 

「別に俺の良心は一ミリたりとも痛まないし、あんたに言っても酷いとは思わないから大丈夫だ」

 

そう突きつけると希先輩の顔が明らかに歪んだ。

 

「春人くん……お、怒ってるん?」

 

「もう過ぎたことだからな。そこはどうでもいいと思っている。ただ、あんたに対する配慮がなくなっただけだ」

 

「やっぱり怒ってるよね!? ごめんなぁ!? ごめん! 謝るから許して!?」

 

この先輩への自分の感情の消化のために、やり返しのつもりで縋りつく希先輩をしばらく放っておいてたら、

 

「ぐすっ…本当にごめんなさい……何でもするから、許して……」

 

本気で泣きそうだったので、許した。

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではまた次回にお会いしましょう!


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41.本当にやりたいこと


どうも、燕尾です。
別に書いているラブライブと内容が並んできました。





 

 

「希先輩、確認頼む」

 

「わかった、いま確認するわ」

 

俺はまとめた資料を希先輩に渡す。希先輩はパラパラと軽快に資料を流し読みをして、はんこを押した。

 

「さっきから流し見してるみたいだが、ちゃんと確認できているのか?」

 

さすがに不安になった俺は確認するが、速読が得意らしく何も問題はないらいしい。意外な特技だ。

 

「いやー、それにしても春人くんが手伝ってくれて助かったわ。書類の整理早いし、資料も正確だし」

 

「こんなに仕事を溜め込んでいたとは俺も思わなかった」

 

俺は次の書類を整理しながら呆れた声を出す。

 

「えりちは廃校を何とかしようと付っきりやったから、うちが優先順位の低いものを後回しにしていたんやよ」

 

だけどそれを何度もしているうちに積みあがったものはとんでもない量になってしまった、ということか。

 

「穂乃果も周りが見えないことがあるが、生徒会長はそれ以上みたいだな。やるべきことをしていないなんて本当に何しているんだ」

 

「そこは本当に悪いと思ってる。だけど、えりちにとってこの学校はそれほどまで思い入れの深い場所なんや」

 

「自分の祖母の後を追うことに執着しているだけなのにか?」

 

そういうと希先輩は口を噤んだ。

 

「本当にくだらない。俺からしてみれば哀れなものだ。あの生徒会長の行動は何一つ自分の気持ちがない」

 

「それは言い過ぎやで、誰かのために頑張るのは悪いことやないやろ」

 

「その誰かはいない人間のためだ」

 

「理由は人それぞれやろ」

 

確かにそう。理由なんて人それぞれ。だが、

 

「くだらない意地張って、自分の気持ちをひた隠して、それでこの学院の生徒会長だから自分がどうにかしないといけない? ふざけるな。あの女の自己満足のためにどうして周りが振り回されないといけないんだ」

 

生徒会長だからなんていっているが、一ミリたりとも生徒のことなんて顧みていない。

 

「あの生徒会長の行動は最初から独りよがりだ。そんな物の結末なんて目に見えている」

 

「なら、どうして今回えりちに教えてもらうことを止めなかったん?」

 

「穂乃果たちがそうすると自分たちで決めたからだ。だから俺がどう思おうと、生徒会長を疎もうと、俺はそれを止めることはない」

 

それは当然のこととして俺にはもう一つ別の理由があった。

 

「それに、これが生徒会長にとって最初で最後のチャンスだ」

 

「……」

 

目をパチクリさせる希先輩。

 

「生徒会長には選んでもらう。これからどうするのか」

 

このまま意地を張り続けるのか、それとも変わるのか。自分の気持ちに向き合って、正直になるのか。

彼女にとってはこれを逃したら二度とない機会。俺が今回止めなかったのは穂乃果たちのためなのはもちろん、甚だ不本意だが生徒会長のためでもあった。そして……

 

「そっか……」

 

ああ…だから嫌なんだ。この人に言うのは。考えていることが大抵バレてしまうから。

 

「ありがとうな、春人くん。うちの望みまで聞いてくれて」

 

「礼を言われる筋合いはないし、偶然そうなっただけだ。それに、あんたの望みなんて覚えていない」

 

「ふふふ…そういうことにしとくわ」

 

本当に、この人は苦手だ。

安心したような笑みを向けてくる希先輩に俺は淡々と仕事を片付けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日が経った。

俺も指定の休憩時間に五分だけ様子を見に行っていたが、穂乃果たちはもちろん、最初こそ不審に思っていたにこ先輩や真姫も今となっては穂乃果たちと同様に愚直に生徒会長の指示に従って練習していた。

とはいっても、話を聞けば、生徒会長からが来てからは柔軟しかしていないのだという。

聞いた限りでは俺も不信感はあるが、それに関しては俺が何も言うことはできない。そういう約束で生徒会長に一任しているのだ。

だから、俺がいまするべきことは口を出すことではなく、こうして希先輩と生徒会の仕事をすることだ。

 

「皆のことが心配?」

 

すると見透かしたように口にする希先輩。

 

「いや、穂乃果たちは上手くなれると信じてやっているんだ。それなのに俺が穂乃果たちを信じないでどうするんだ」

 

「そこにえりちはいないんやね?」

 

俺が生徒会長を信用するほど彼女と過ごした時間がない。それがないのは当然のことだ。

そんなことを話している途中で、突然携帯が鳴った。

画面を確認すると、電話をかけてきたのは練習中のはずの穂乃果だった。

 

「もしもし、どうした穂乃果?」

 

「ハルくん! 絵里先輩がいなくなっちゃった!!」

 

「いなくなった? どういうことだ?」

 

「その…話をしてたら、なにか考え事して、それで屋上から出て行っちゃったの」

 

事情がよく飲み込めないが、生徒会長がいなくなったことだけはわかった。

 

「分かった、俺たちのほうで探す。穂乃果たちは練習しててくれ」

 

「でも――」

 

「もう時間がないのは分かっているだろう? 必ず見つけるから、な?」

 

「うん……ハルくん、絵里先輩を見つけても責めないでね? 上手くいえないんだけど、絵里先輩もなんか悩んでいたみたいだから」

 

「わかってる。ずっと前からな」

 

「えっ? それって――」

 

「とりあえず俺に任せろ」

 

「う、うん…お願いね?」

 

「ああ――希先輩」

 

「うん、わかっとる」

 

電話を切って希先輩に目を向けると先輩は頷いた。

俺たちは仕事を切り上げて生徒会室から出る。

屋上から出ていったということは行く場所なんて限られてきている。生徒会室は俺たちがいるから絶対来ない。そうなると生徒会長の行く道はただ一つ。

そう考えれば彼女を見つけるのはそう難しくはないし、先回りして待ち伏せすることは容易に出来る。

ただ俺と生徒会長が出会うことがないのが望ましいが、俺の想像以上に生徒会長は頑固だったようだ。三年生の教室の引き戸がガラッと開けられる。

 

――希先輩まで振り切ってきたのか、本当に意地っ張りだな。

 

こうなると考えたことが当たり、生徒会長が本当に姿を見せてきたことに俺はため息をついた。

 

「あなた…どうして……」

 

「どうしても何も、俺はここに用事があっただけだ」

 

生徒会長は濡れた目をごしごしと拭い、気丈に振舞おうとする。

 

「何の用かしら?」

 

「別にあんたに用なんてない。ただ希先輩からここで待ってろと言われたからな。生徒会長こそいまは穂乃果たちと練習のはずだが、何しにここに来た? 教えるのに忘れ物も何もないだろう?」

 

「それはっ……」

 

「まあ、別にいいさ。あんたのやり方に口は出さない約束だからな――ただ、一つだけ聞きたいことはある」

 

「何かしら?」

 

「あんたはそれで本当に良いのか?」

 

その言葉に会長は目を見開いた。

 

「意地張って、意固地になって、それで逃げて……逃げたその先に何があるんだ? 自分の気持ちを隠して、一体何になるんだ?」

 

距離を詰める俺に対して、逃げるように後ずさる生徒会長。

 

「いや……」

 

酷く怯えたように小さくそう言う生徒会長。俺の瞳に映るその姿はもはや子供のようだった。

だが、俺はやめることはしない。全てを曝け出すまで追い詰める。

 

「これで良いんだと自分に言い訳をして、これが最善だと人に言い訳をして、自分を騙して、他人を騙して、目を逸らして、背を向け続けて」

 

「やめて……」

 

「なぁ、生徒会長。あんたは本当に何がしたいんだ?」

 

「もうやめてっ!!」

 

生徒会長は叫んでドンと俺の身体を突き飛ばす。

 

「私は…私は――!!」

 

そして怒りの形相で俺の胸倉を掴み凄む。

だがそれも一瞬のこと。すぐに勢いはなくなり、生徒会長はうな垂れた。

 

「もう、気付いているの。どうしてあの子たちが人気なのか、どうして理事長が私を認めてくれないのか、本当に自分がしたいことはなんなのか…もう全部分かってる」

 

「……」

 

「でも、今さら私が言うのは卑怯じゃない。散々あの子達に当たって、空回って、迷惑かけてきた私が、皆と一緒にスクールアイドルをしたいなんて、言えるわけない」

 

「はぁ…」

 

思わずもう一度ため息を吐いてしまった。

 

「生徒会長」

 

「なによっ――きゃ!?」

 

そして俺は生徒会長の胸倉を掴み返し、ずいっと顔を近づける。

 

「な、なに。なんなの!?」

 

戸惑う生徒会長に俺は意を決する。

 

「恥ずかしいから一度しか言わない。今回、穂乃果たちがあんたに教わるのを止めなかったのは穂乃果たちのためになると思ったからなのが1つ」

 

穂乃果たちのためになる。本来はそれをベースに動いていたが、今回ばかりは本当の理由が別にあった。

 

「だけど一番は生徒会長――あんたのためだ」

 

「……私のため?」

 

意を突かれたような小さな声を上げる生徒会長。俺は顔が赤くなるが、今さら止めることは出来ない。ここから先はもう勢いだ。

 

「気持ちも事情も、希先輩から聞いてもう全部知っていた。それに俺自身、見ていられなかった」

 

自分を偽り、諦めて、終わりを受け入れようとする生徒会長の姿は、見るに耐えなかった。

 

「で、でも…そんな素振り一度も」

 

見せるわけないだろう。もっとも、見せたところで気付かないと思っていたが、気付かれないようにはしていた。

そうしながら機を窺って、時がめぐってきて考え付いたのが今回だ。穂乃果たちの気持ちを知れば、この人が被っていた色々なものが剥がれ落ちると思っていた。

 

「あんたの本心を引き出そうと穂乃果たちの練習を見てもらうことにした。本当にやりたいことを、本当の自分の気持ちを認めてもらうために」

 

このどうしようもない頑固者を変えるためには何かしらのきっかけが必要だった。

 

「だから、絵里先輩(・・・・)

 

「っ!」

 

俺がこの人の名前を呼ぶのは今日が初めて。そしてこれが後まで続くか、元の役職呼びに戻るのかはこの人次第だ。

 

「μ'sに入らないか?」

 

俺は手を差し伸べる。絵里先輩はその手を見るが、まだ怖気づいていた。

 

「言ったでしょう! いまさら私がどの面下げてあの子達とスクールアイドルなんて…!」

 

「悪い思っているのなら謝ればいい。簡単なことだろう?」

 

「でもっ、私がアイドルなんておかしいでしょう!?」

 

「さっきも自分で言っていただろう。スクールアイドルをしたい、って。やりたいという気持ちがあるのならそれで十分だ。そこにおかしいも何もない。やることに理由なんてなくていい」

 

絵里先輩から出てくる言い訳を一つ一つ潰して、逃げ場をなくしていく。

 

「でも…でもっ……!」

 

考えが尽きたのか絵里先輩は俯いた。そして――

 

「春人、くん……」

 

おずおずと控え目に俺の名前を呼ぶ。

 

「言ってもいいの?」

 

「ああ」

 

「もう、我慢しなくていいの……?」

 

「ああ」

 

「私は、自分のしたいことをしていいの?」

 

「ああ」

 

そういうと、絵里先輩は震える手で俺の手を掴んだ。

 

「今さらこんなこというのは卑怯だと思う。でも…だけど……」

 

そして決壊するかのように涙を流しながら絵里先輩は自分の本心を叫ぶ。

 

「私、スクールアイドルがやりたいっ……私を、μ'sに入れてほしいっ!」

 

「ああ、もちろんだ」

 

俺は絵里先輩の手を引いて立ち上がらせる。

そして立ち上がった絵里先輩は袖で涙を拭いて、微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら、上手くいった見たいやね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すると、話がまとまったところにタイミングを見計らったかのように現れたのは希先輩だった。

 

「春人くんならどうにかしてくれると信じとったよ」

 

「その期待にこたえられて何よりだ。俺も恥ずかしい思いをしたまである」

 

本当は言いうつもりのなかったことまでベラベラとよく喋った。軽く死にたくなってくる。

そんな軽い鬱気分に浸っている俺を置いて、さっき言い合いをしていたであろう絵里先輩は気まずそうな顔をしていた。

 

「希……」

 

言うべきことがあるのに、言葉が出てこない。そんな感じの絵里先輩。

 

「絵里先輩」

 

一歩踏み出す勇気のない絵里先輩の背中を俺は押す。そして、困惑する絵里先輩に一言。

 

「悪いと思ったのなら、素直に謝ればいい。簡単なことだろう?」

 

「春人くん…」

 

さっき言ったことをそのまま言うと、絵里先輩は頷いて希先輩と向き合う。

 

「の、希……さっきはその…ごめんなさい。あなたが心配してくれていたのに、あんな言い方してしまって……」

 

「ううん。うちもえりちの悩みを知っててそう言ったんやから、お互い様や。うちこそごめんな?」

 

ともに謝る二人。この分ならこじれることもなく、丸く収まるだろう。

それよりも俺は希先輩に聞いておかなければいけないことがあった。

 

「希先輩。俺たちはこれから穂乃果たちのところへ行くが、あんたはどうする?」

 

「……」

 

「春人くん、それってどういう――?」

 

「絵里先輩だけじゃないってことだ。ずっと回りくどいやり方をして遠くから穂乃果たちを見ていた、素直じゃない人は」

 

俺は空いてる手を希先輩に出す。

 

「先輩もそろそろ、自分の本当の望みを言ってもいい頃だろう。あんただって自分の事を後回しにして色々頑張っていたんだ。それに――μ'sの名前をつけたのだってそういう(・・・・)つもりだったんだろう?」

 

「……いつから気付いていたん?」

 

「そういう意図があったのは最初から薄々気付いていた。それが希先輩だと確証得たのは俺の家で話したとき。あんな話されたら嫌でも気付く。先輩だって気付いて欲しいからそういう話をしたんじゃないのか?」

 

「春人くんには敵わんなぁ、全部お見通しやったというわけやな」

 

「どういうことなの?」

 

いまだ事情が理解できていない絵里先輩は首を傾げる。

 

「グループ名募集したときにμ'sと書いて投函したのは希先輩だ。そしてμ'sは芸術を司る九柱(・・)の女神たちの総称。つまり――」

 

「――九人そろったときに、道が開ける」

 

希先輩はお得意のタロットカードを出してそう言った。

 

「そうカードが言っていたんや」

 

「……呆れた」

 

そう口にする絵里先輩だったが、それは悪い意味ではないようだ。その証拠に、絵里先輩は笑っていた。

 

「それで、あんたはどうする?」

 

「答えはもう、決まっとるよ」

 

希先輩は空いている俺の手をそっと取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから時間は流れ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――みなさんこんにちわ! 私たちは音乃木坂学院のスクールアイドル、μ'sです!!」

 

オープンキャンパス当日。絵里先輩と希先輩を加えた九人が、中庭の特設ステージに立っていた。

 

「私たちはこの音乃木坂学院のことが、大好きです!」

 

穂乃果は中学生たち向けて自分の気持ちを言葉にする。

 

「この学校だから、このメンバーと出会い、この九人が揃ったんだと思います」

 

まるで運命かのように、集まった少女たち。それは本当に、この場所にいたからだと信じる気持ちにさせた。

 

「これからやる曲は私たちが九人になって初めて出来た曲です――私たちのスタートの曲です!」

 

穂乃果のその言葉にほかのメンバーも頷き、声をそろえた。

 

『聞いてください!!』

 

 

 

 

 

"僕らのLIVE 君とのLIFE"

 

 

 

 

 

「春人さん!」

 

みんなのステージを眺めていると、後ろのほうから声をかけられる。

振り返ると、そこには金髪の少女と一緒に雪穂ちゃんがいた。

 

「こんにちわ、雪穂ちゃん。オープンキャンパス、来ていたんだな」

 

「はい! UTXとは別にここも私の進学先になる可能性の一つですから。それに――」

 

雪穂ちゃんは金髪の少女に顔を向ける。するとその少女はおずおずと前に出た。

 

「こ、こんにちわ春人さん! 私、絢瀬亜里沙といいます!! 亜里沙って呼んで下さい!!」

 

「絢瀬……絵里先輩の妹か?」

 

「はい! その、お姉ちゃんがお世話になりました!!」

 

ガチガチに緊張しながらも頭を下げる亜里沙ちゃん。

 

「別に俺は何もしていない。ただ話しをしただけ。絵里先輩が変われたのは穂乃果たちや、希先輩がいたからだ」

 

「でも…いえ、春人さんもいたからこそお姉ちゃんは自分に素直になれたんだと思います。だから、ありがとうございました!」

 

そう信じてやまず、お礼を言ってくる亜里沙ちゃんに俺は気恥ずかしくなって顔をそらす。

 

「あっ、春人さん照れてる!」

 

珍しいものを見たように雪穂ちゃんが笑った。

 

「お姉ちゃんの言ったとおりです!」

 

それにつられて亜里沙ちゃんも笑顔になる。

ちょっと待て。お姉ちゃんの言った通りって、絵里先輩は何を言ったんだ?

 

「春人さんってあまり表情が変わらなくて分かり辛いけど、とっても優しい人で照れ屋だって!!」

 

「……」

 

本当に変わったものだな。前までは人を殺せるような目で俺を睨んでいたというのに。

というか妹に何を吹き込んでいるんだ、あの生徒会長は。

俺は恨みがましく絵里先輩に視線を向ける。だが――

 

「……まあ、いいか」

 

楽しそうに歌って踊る彼女を見て、俺はそんな気も失せた。

 

「ぷっ」

 

「あはっ」

 

その呟きが聞こえていたのか、いつの間にか両隣にいた雪穂ちゃんと亜里沙ちゃんが小さく笑い声を上げる。

ちらりと二人を見ると、彼女たちは俺の顔をジッと観察していた。

 

「わぷっ!」

 

「わわっ!?」

 

そんな彼女たちの頭を抑え、こちらへの視線を塞ぐ。

 

「ほら、せっかくここに来たんだからちゃんとステージを見ないと損だぞ」

 

「は、春人さん…ちょっ……」

 

「わ、わぁ~!」

 

ガシガシと少し乱暴に撫でる。右へ左へと頭を揺する俺に二人は驚いていたが、

 

「あははっ! 春人さんくすぐったいですよ」

 

「ふふふっ! 本当に照れ屋さんなんですね!」

 

それを受け入れて、おかしそうに笑う雪穂ちゃんと亜里沙ちゃん。

 

「まったく……」

 

そう呆れた声しかでないが、すぐにどうでもよくなる。

 

 

 

 

 

だって、この場には笑顔があふれていたのだから――

 

 

 

 

 

 

 





いかがでしたでしょうか
ではまた次回にお会いしましょう!




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42.メイドでバイト?



どうも、燕尾です。
42話です






 

 

 

「ハルくんハルくんハルくん! ビックニュースだよー!!」

 

オープンキャンパスのライブも好感触で終わり、次のことを考えながらいつもの日常を過ごしていたある日のこと。海未とことりを連れた穂乃果が大きな声を上げて思い切り俺へと突撃してきた。俺は勢いを殺しつつ穂乃果を受け止める。

 

「っと、穂乃果。危ない」

 

「そんなことよりハルくん、ビックニュースなんだよ!」

 

「ああ。何かあったのはわかったからとりあえず落ち着け?」

 

顔をずいっと近づけて興奮している穂乃果を宥める。普段ならここで窘める海未に視線を向けるが、彼女も今回はと言わんばかりに許容していた。それほど何か良いことがあったのだろう。だが、

 

「とりあえず場所を移そうか。すごい注目されてるから」

 

興奮冷め終わらない穂乃果と、その様子を苦笑いしていた海未とことりの四人でアイドル研究部の部室へと向かう。部室には既に花陽と凛がいていつも通り仲良く話していた。

 

「それで、何があったんだ?」

 

そう問いかけると、穂乃果は俺の手をとってブンブンと振った。

 

「あのねあのね! 廃校の決定が、延期になったんだ!」

 

「延期?」

 

首を傾げる俺に、花陽が説明してくれた。

 

「はい! オープンキャンパスのアンケートの結果、廃校の決定はもう少し様子を見てからとなったんです!!」

 

「来てくださった人も多く、そのアンケートの結果が良好だったらしいんです」

 

「見に来てくれた子たちが興味を持ってくれたの!」

 

それは確かに吉報だ。

だが、いいことはそれだけではなかったみたいだ。

 

「ふっふっふ、でも、それだけじゃないんだよ~?」

 

穂乃果は俺の手をとって部室の角にある扉の前へと連れて行く。

そして、いつも閉まっているその扉を穂乃果は勢いよく開けた。

 

「じゃじゃ~ん! 部室が広くなりました!!」

 

「ここは……更衣室、にしては広いな」

 

ロッカーと椅子がおいてあるだけのだだっ広い空間。そこがアイドル研究部に割り当てられたのだ。

ぐるぐるとはしゃぎながら椅子に座る穂乃果。

 

「ほら、ハルくんもこっちに来て座ろうよ!」

 

「ああ」

 

「いや~よかったねぇ~!」

 

俺の膝に頭を乗せてのんびりする穂乃果。

 

「まだ安心している場合じゃないわよ」

 

そんな終始浮かれていた穂乃果に一つの声が入る。それはいつの間にか入ってきていた絵里先輩だった。

 

「生徒がたくさん入ってこない限り、まだ廃校の可能性は残っているのだから、頑張らないと――」

 

至極当然のことを言う絵里先輩。だが、そんな絵里先輩の言葉を聴いて肩を震わせていた人物がいた。

 

「うぅ……」

 

「……えっ? う、海未?」

 

涙目になっていた海未に絵里先輩は戸惑っていた。

 

「嬉しいです! まともなこと言ってくれる人がやっと入ってくれました!!」

 

「ええっ!?」

 

感激のあまりに絵里先輩の手をとる海未。

 

「…それじゃあ凛たちがまともじゃないみたいなんだけど?」

 

凛の言う通り、裏を返せばそれは普段から他がまともじゃないといっているようなものだ。

 

「えっと、ほら、穂乃果とかはそうかもしれないけど、春人くんとかはまともじゃなかったの?」

 

この生徒会長も言うことは言うよな。ほら、凛がもっと不満げな顔しているぞ。

 

「……春人は穂乃果にとことん甘いんです。それはもう口から砂糖が出てしまうぐらいに、あまあまなんです!」

 

「別に俺は甘やかしてはいないんだが…」

 

「だったら穂乃果を自分の膝に乗せて頭を撫でるのはやめなさい!!」

 

「だそうだ穂乃果。そろそろどいてくれ」

 

「えぇ~…もう少しだけお願いハルくん! 後ちょっとで良いから!!」

 

「ん、じゃあ皆が来るまでな」

 

「えへへ~」

 

そういいながら髪を梳くと穂乃果が気持ちよさそうにする。

 

「流れるような甘やかし……自覚がないのって本当に恐ろしいわね」

 

俺たちを見た絵里先輩は小さく何かを呟いていた。

そんなやり取りをしている間に次々と人が集まってくる。

 

「ほな練習始めよか? いまにこっちと真姫ちゃんも来とったし」

 

希先輩の鶴の一声でみんなの意識が練習へ向く。しかし、

 

「あっ…ごめんなさい……わたしちょっと、今日はこれで……」

 

申し訳なさそうに言うのはことりだった。

 

「用事か?」

 

「うん、ちょっと立て込んでて…本当にごめんなさい!」

 

失礼します、と逃げるように出て行くことりそんな後姿を俺たちは不思議そうに眺める。。

 

「どうしたんだろ、ことりちゃん。最近早く帰るよね?」

 

「ああ…まあ、立て込んでいる用事らしいから仕方がないだろう。ほら、俺は飲み物作ってくるからそのうちに皆着替えて屋上に行っててくれ」

 

気にはなるが本人も知られたくなさそうにしているし、あえて踏み込むことでもないだろう。

そう結論付けて、俺はボトルを持って部室から出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絵里先輩という実力者が加わって、練習の効率や質がさらに上がり、いよいよ俺のやることはなくなってきた。そもそも最初からやることなんてほとんどないのだが。

いま俺がやっているのはドリンク作りと練習のアフターケア。それとランキングサイトのプロフィール更新とサイト管理だ。

 

「ハルくんハルくん、なに見ているの?」

 

すると練習が一段落着いて休憩に入ったのか、穂乃果が俺の肩に頭を乗せてPCを覗き込む。

 

「ん? ランキングサイトだ。ほら、μ'sの順位がまた上がっているぞ?」

 

「えっ……ああっ、本当だ! 50位!? すごーいっ!!」

 

「うっ……穂乃果もう少し声を落としてくれ……!」

 

「あ、ごめんねハルくん。でも50位だよ! 20位まで近づいてきたね!!」

 

「夢みたいです!」

 

ランキング上位を目指す期間はそれほど長くはないがまだある。この時点で50位ということは圏内狙える位置にはいるのだ。

 

「絵里先輩や希先輩が加わったことで女性ファンの方もついたみたいです」

 

「えっ?」

 

戸惑う絵里先輩に対して、穂乃果は確かにと頷く。

 

「背も高いし、脚も長いですし、美人だし――何より大人っぽい! さすが三年生!!」

 

「う…やめてよ……」

 

すると穂乃果は照れている絵里先輩の後ろに視線を向ける、その瞳に映っているのは同じ三年生のにこ先輩。

 

「……なに」

 

何か意味深な視線を向ける穂乃果を睨むにこ先輩。

 

「いえ、なんでも……」

 

慌てて取り繕う穂乃果ににこ先輩は苛立ちを隠さず鼻を鳴らす。

 

「でも、えりちもおっちょこちょいの所はあるんよ? この前なんてキーホルダーのチョコレートを本当に食べそうになってたりしてたし」

 

「ちょっと、希!」

 

それはおっちょこちょいなのだろうか、微妙なところであるが、絵里先輩の一面に皆がほっこりとしていた。

 

「でも――ここからが大変よ」

 

そんな和やかなムードを一変させたのは真姫だった。

 

「上に行けば行くほどファンもたくさんいる」

 

「そうだな。新規のファンを獲得するには限界がある。あまりこんなことは言いたくないが他のグループからファンを奪わないと、20位以内に入るのは厳しいだろう」

 

圏内を狙える位置にはいるが、そう易々と入れるわけではない。ラブライブへ出場するにはむしろここからが正念場というところだ。

 

「うーん、20位かぁ……」

 

「いまから短期間で順位を上げようとするなら、何か思い切ったことをする必要があるわね」

 

頭を捻り、案を捻出しようとする皆。だが、そんなすぐに思いつくわけがない。

 

「あまり悠長なことを言うつもりはないが、いま焦って変なことをするより、ゆっくり考えたほうが良いんじゃないか?」

 

「それはそうだけど…」

 

絵里先輩が困ったように言う。気持ちは分からなくはない。もどかしいのだろう。

 

「あんたたち」

 

するとにこ先輩が口を開く。

 

「順位を上げる方法は必要だけど――その前に、しなきゃいけないことがあるんじゃない?」

 

『?』

 

この場にいる全員が首を傾げる。

 

「やらないといけないことなんてありましたっけ?」

 

「あるわ! あんたたち分かってないの!?」

 

「分からんからもったいぶらずにさっさと教えてくれ」

 

「適当に言うんじゃないわよ春人!」

 

本当にこの先輩は面倒くさい。

 

「それで、結局なんなんだ?」

 

「ふふんそれはね――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あのー」

 

場所は移って秋葉原。穂乃果が眉を顰めながら隣のにこ先輩に声をかける。

 

「ものすごく暑いんですが…」

 

そりゃ当然だろうと、口には出さなかったが俺は思った。

いまの穂乃果たちはコートにマフラー、サングラスにマスクといった、現代の不審者でもこの季節にはしない格好をしていた。

 

「我慢しなさい! これがアイドルに生きる者の道よ!」

 

「いや、絶対違うだろう」

 

どう考えてもその結論にたどり着かない俺は思わず口に出した。

 

「有名人なら有名人らしく、街で紛れる格好ってものがあるの」

 

まあ、言わんとしていることは分からなくはない。だが、

 

「でも、これは紛れているのかしら……」

 

「いえ、逆に目立っているかと……」

 

絵里先輩の疑問や海未の結論は間違いない。紛れてもいなし、周りの人からはこんな集団がいる時点で怪しまれている。

 

「――っ、馬鹿馬鹿しい!!」

 

そう言ってマスクを外す真姫。そういうならどうしてその格好をしていたんだと言いたくはなったが、口にしたら恐らく睨まれるだろう。

 

「例えプライベートであっても、常に人に見られていることを意識する――トップアイドルを目指すなら当たり前よ!!」

 

「はぁ……」

 

にこ先輩の言うことが理解できなかった穂乃果は生返事を返す。

もうそろそろにこ先輩も満足しただろう。

 

「……コートとマフラー、サングラスを回収して近くのコインロッカーに入れてくる。皆、脱いで」

 

「ちょ、春人なに勝手に言ってんのよ! てか、なんであんたは普段どおりの格好なのよ!!」

 

「嫌だからに決まっているだろう。こんなアホみたいな格好」

 

「あ、あほ……!?」

 

絶句しているにこ先輩を置いて、俺はにこ先輩以外の人のコートやマフラー、サングラスを受け取る。

 

「それじゃあ、コインロッカーに置いてくる」

 

「どうして私のは回収しないのよ春人! ちょ、無視するなー!!」

 

叫ぶにこ先輩を放置して、俺は近場のコインロッカーへと向かった。

 

 

 

 

 

「ほわぁああああああ!」

 

荷物を置いて戻ってくるとある店の中から花陽の歓喜の叫びが聞こえてくる。

 

「かよちん! これA-RISEの!!」

 

「ほんとだよ! ポスターにマグカップに…ほわあああ!!」

 

あまりの嬉しさに興奮どころかトリップしかけている花陽。

 

「なんだこの店? 穂乃果は知ってるか?」

 

「ううん、私もよく分からない」

 

「あんたたち近くに住んでいるのに知らないの? ここは最近オープンしたスクールアイドル専門ショップよ!」

 

首をかしげている俺と穂乃果ににこ先輩の説明が入る。

 

「へぇ」

 

「こんなお店が…」

 

感心する真姫にものめずらしそうに概観を眺める絵里先輩。

 

「まあ、ラブライブが開催されるくらいやしね」

 

希先輩の言う通り、大会が開催されるようになるほどスクールアイドルが流行っているのだ。こういう店があってもおかしくはないだろう。

 

「とはいえ、まだアキバに数件あるくらいだけど」

 

こういう店がそこ中にあったらそれはそれで問題だとは思う。

そんなことを考えていると、ちょんちょんと背中を突かれる。

 

「ねえ見て見て春人くん。この缶バッジの子可愛いよー? まるでかよちん! そっくりだにゃー!!」

 

缶バッジを見せてくる凛。バッジに印刷された少女は花陽そっくりというか、花陽本人だった。

 

「ああ、確かにそっくりで可愛いな。だってこれ本人だからな」

 

「えっ…ええっ――!?」

 

凛はもう一度見て驚愕する。

 

「ちなみに、他の皆の分もあるみたいだぞ」

 

『ええっ!?』

 

俺が指差すその先にはμ'sのグッズが並べられたブースを見た全員が驚き、群がった。

 

「ううう海未ちゃん、こ、こここれ私たちだよ!?」

 

「おおお落ち着きなさい穂乃果!!」

 

そういう海未も全然落ち着いていなかった。

 

「みゅ、μ'sって書いてあるよ! 石鹸売ってるのかな!?」

 

「ななななんでアイドルショップで、せせ石鹸を売らなきゃいけないんです?」

 

その通りだが、かつて見たことのないほど海未もテンパっている。

それほど驚きが大きかったということだが、そろそろ落ち着いて欲しい。

 

「まさか私たちのものが置かれているなんて思わなかったわ」

 

絵里先輩と同じで俺もそこまで考えていなかった。しかし、

 

「こういう店ならそれほど不思議でもないだろう。以前から注目されていたこともあったからな」

 

「それでも、こういうのを見ると嬉しいものですね。勇気付けられます」

 

「そうみたいだな」

 

俺は喜ぶ皆を見てそう頷いた。

花陽や凛は目じりに涙をため、真姫は口元を緩ませて、にこ先輩にいたってはどこから取り出したか分からないカメラで自分の物を写真に収めて涙ぐんでいる。

そんな姿を見ているとここに来たのはよかったと思う。

 

「ねね、ハルくん」

 

すると穂乃果が俺の袖をくいくいっと引っ張った。

 

「ん、どうした穂乃果?」

 

「これ見て」

 

穂乃果が指差したのはある一枚の写真。そこに写っていたのは俺たちが良く知る人物だった。

 

「これ、ことりちゃんだよね?」

 

穂乃果の確認に俺は頷く。しかし、いつものことりとは違う部分があった

 

「ああ、間違いなくことりだな――メイド服着ているが」

 

そう。写真の中のことりはメイド服を着て可愛くポーズを決めていた。

 

「どうしてこんなところにことりちゃんの写真があるんだろう?」

 

穂乃果の疑問に俺は写真をよく見つめる。

テーブルや椅子が写っていることからどこかの室内で撮られたこと。そしてメイド服のことり。以上のことから導き出される結論は――

 

 

 

 

「すみません!!」

 

 

 

 

そこまで考えていたとき、聞きなれた声が聞こえる。他のみんなも同じようでその声がしたほうを向いていた。

声の聞こえた方向――店の入り口へと歩くと、写真と同じ格好をした(メイド服の)ことりが店員に直訴していた。

 

「あの、ここに私の写真が、生写真が置いてあるって聞いて――あれは駄目なんです! 今すぐなくしてください!!」

 

ことりが言う写真はさっき穂乃果が見つけた写真だろう。どうやら隠れて撮られたものだったらしい。そして撮った人間がこの店に流した、ということだろう。

だが、俺たちはそんなことよりも聞きたいことが山ほどあった。

 

「ことりちゃん?」

 

「――ピィ!?」

 

穂乃果が声をかけるとことりは身体を硬直させる。

 

「……ことり、なにをやっているのですか?」

 

見たことのない幼馴染の格好に海未も戸惑いを隠せずにそう問いかける。

しばらく黙ったままのことり。ここで素直に教えてくれればよかったのだが、ことりは誤魔化しに走った。

 

「コトリ? What!? ドナタデスカ?」

 

足元にあった殻のカプセルを両目に当てて外国人のまねをすることり。

 

「そんなもので騙される人間はいないと思うのだが――」

 

「はっ! 外国人!?」

 

「――前言撤回、いたみたいだな」

 

凛の素直さにはたまに心配になってしまう。後ろにいた絵里先輩もどこか呆れた目をしていた。

 

「ことりちゃん、だよね?」

 

「チガイマァス!」

 

穂乃果の問いかけにことりはそういうが凛以外には、もうとっくにバレている。

そんなことりが取る行動といえば唯一つ。

 

「ソレデハ、ゴキゲンヨー。ヨキニハカラエ、ミナノシュウ――……さらばっ!!」

 

「「ああっ! 逃げた!!」」

 

ゆっくり、ゆっくりとこの場から離れてそして一気に駆け出したことり。

その後を慌てて穂乃果と海未が追いかける。あっという間に幼馴染三人の姿が人ごみに紛れて見えなくなった。

 

「ど、どうしましょう……行ってしまいましたけど」

 

不安そうにしている花陽に俺は大丈夫だと言う。

 

「後で話を聞けば良いことだからな」

 

「まあ、普通に考えて明日も学校で会うものね」

 

「そういうことだ、それに――」

 

俺はこの場からいなくなったもう一人の存在を指摘する。

 

「スピリチュアルパワーで先回りしている先輩がいるみたいだし、穂乃果たちが振り切られたとしてもことりは捕まるだろうな」

 

「希、いつの間にいなくなって……」

 

親友の神出鬼没さにちょっと怯える絵里先輩。

 

「だから俺たちは連絡が来るまでどこかで時間を潰そうか」

 

そう言って俺たちはアイドルショップを後にしようとする。だが、その前にやることが一つ。

 

「あの、すみません」

 

「はい、なんでしょう――」

 

俺はさっきことりが抗議していた店員に問いかける。

 

「この写真、いくらしますか?」

 

「えーっと、そちらは2500円です」

 

2500円って…写真一枚でこの値段はないだろう。

俺は仕方ないとため息を吐いて、バッグから財布を取り出すのだった。

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に会いましょう




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43.変わるということ



どうも~燕尾です
四十三話です。






 

 

 

ことりがアイドルショップから逃げ始めて、希先輩から捕まえたという連絡が来るまでそう時間は掛からなかった。

いまはことりが働いているというメイド喫茶で、ことりから事情聴取をしていた。すると彼女の口から驚きの事実が告げられた。

 

「こ、ことり先輩が、このアキバで伝説のメイドといわれている――ミナリンスキーさんだったんですか!?」

 

「そうです……」

 

ことりはがっくりとうな垂れていた。

 

「ひどいよことりちゃん! どうして言ってくれなかったのさ!?」

 

「うぅ……」

 

穂乃果からの批難の言葉にことりは更に縮こまる。

 

「穂乃果、あまりことりを責めるのは――」

 

俺は穂乃果を止めに入った。流石に幼馴染とはいえ、話したくないものの一つや二つはあるのだ。そこを責めてはいけない。だが――

 

「そうと知ってたら、遊びに行ってジュースとかご馳走になってたのに!!」

 

「そこぉ!?」

 

花陽のツッコミと同時に俺も膝から崩れた。

さすが穂乃果というか怒るポイントがズレていた。

 

「流石に友達だからといってご馳走にはなれないだろ、穂乃果」

 

「ええっ、そうなの!? そんなぁ…こんなに美味しそうなのに……」

 

本気で落ち込む穂乃果。そんな穂乃果に俺はある提案をした。

 

「このぐらいだったら今度俺が奢ってあげるから、そんなに落ち込むな」

 

「ほんと、ハルくん!?」

 

頷く俺に穂乃果はやたー、とすぐに笑顔で立ち直る。

しかし、そこで待ったをかけたのは海未だった。

 

「春人。穂乃果を甘やかさないでください!」

 

「ん……? 別に甘やかしているつもりはないが……」

 

「本当に自覚ないんだね、春人くん」

 

「それに前もそうだったけど甘やかすまでの流れに一切隙がないのだから、驚きよね」

 

「希、絵里。よく覚えておきなさい。これが二人の日常よ!」

 

呆れたように俺たちを見ながら頷く二人。少し失礼ではないだろうか。まあ、それについては今は置いておく。

 

「話を戻して、ことり。あの店で売られていたものやそこに飾られてる写真は一体なんだ?」

 

「あ、私もそれは気になったわ。ことりさんの写真が何枚かあったけれど、これは…?」

 

どうやら絵里先輩も目に付いていたようだ。

 

「それは、店のイベントで歌わされて…写真、駄目だったのに……!」

 

なるほど、意図的に撮って貰ったものではなかったのか。まあ、店の人が店の中に限定して写真を撮って飾るならギリギリラインを超えてはいないと判断できなくもないが、客が隠れて撮って外に流したとなると、かなり悪質だ。

 

「なんだ。それじゃあ、私たちとは別でアイドルしてる訳じゃないんだね」

 

「うん、そういうつもりは全くないよ。本当にバイトだけ」

 

「ですが、どうしてメイド喫茶でバイトを……?」

 

「三人でμ'sを始めた頃に街で声を掛けられて…最初は断ったんだけど、その……」

 

そこで言い淀むことり。しかしその視線は自分の着ているメイド服を見ていた。それで俺は大体の見当がついた。

 

「メイド服が可愛いと思って二つ返事で頷いたんだな、ことり」

 

「う゛っ……はい、春人くんのおっしゃる通りです……」

 

再び頭を落とすことり。別に隠れてバイトしていることを責めていないのだからそんな申し訳なさそうな顔をしなくてもいいのだが。

 

「それに自分を変えるのに良いきっかけだなって思ったの」

 

「自分を変える良いきっかけ?」

 

自覚はないが自分の道をひたすら進んでいっているような穂乃果には実感がないのか、彼女は首を傾げていた。

 

「うん。わたしは穂乃果ちゃんや海未ちゃんと違って、なにもないから…」

 

なにもない、か。俺から見たら別にそんなことはないと思っている。だが、ことり自身が穂乃果や海未に対して何かを思っているのだろう。そこは幼馴染でずっと二人といたことりにしかわからないことだろう。

 

「穂乃果ちゃんみたいに皆を引っ張っていくこともできないし、海未ちゃんみたいにしっかりもしてない…」

 

「そんなことないよ! だってことりちゃん、歌もダンスも上手だよ!!」

 

「それに衣装だってことりがデザインから考えて、作ってくれているじゃないですか」

 

確かに。なにか個人特有のことをあげればことりだって穂乃果や海未に出来ないことをしている。

 

「少なくとも二年の中では一番まともよね」

 

真姫の悪気のない言葉に穂乃果や海未は微妙な顔をしている。だが、ことりは首を横に振る。

 

「ううん。わたしはただ、二人についていっているだけだから……」

 

穂乃果と海未と長年一緒にいたからこそ感じ始めた二人に対するコンプレックス。それはことりだけにしか知り得ないことである。

結局、俺たちは俯くことりに対して何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから小腹が空いたということで飲み物や食べ物を少し頼んで、雑談してから俺たちは店を出た。その際、ことりから学校ではバイトのことを内緒にして欲しいと頼まれた。どうやら、バイトをしていることを理事長――母親には言っていないらしい。

音乃木坂学院はバイトを禁止してはいないのだが、ことりは有名なメイドらしいからそれを知ったら男子生徒がクラスに殺到しかねないだろう。それに言いふらすことでもないので素直に俺たちは頷いて、ことりと別れた。

今は穂乃果と海未、絵里先輩と帰路をともにしている。

 

「でも意外だなぁ、ことりちゃんがそんなこと悩んでいたなんて」

 

「そうですね…私も言われてはじめて気付きました」

 

「近くにいるからこそわからないこともあるだろう。長く一緒にいるからこそ思うところもあるんだろうな」

 

「でも意外と皆そうなのかもしれないわね」

 

「まあ、本来はそうだな」

 

絵里に同意する俺に対し穂乃果や海未は理解できなかったのか、えっ、と返していた。

 

「自分のこと優れているなんて思っている人間はほとんどいないってこと。だから、努力するのよ」

 

「頑張って、成長して…それを見たほかの人も負けないようにとまた頑張って……そうやって人は前へと進んでいく。それを人は切磋琢磨というんだ」

 

「切磋琢磨…」

 

「たしかに、そうですね」

 

「いわゆるライバルみたいな関係なのかもしれないわね、友達って」

 

そういう絵里先輩に穂乃果と海未は顔を緩ませた。

 

「絵里先輩がμ'sに入ってくれて本当に良かったです!」

 

「――っ、なによ急に? 明日から練習メニュー軽くしてとか言わないでよ?」

 

「海未はともかく穂乃果は言いそうだな」

 

「ちょっとハルくん、そんなこと言わないよ!! ――でも、少し休み時間多くして欲しいなぁ」

 

「ふふふ、だ・め♪」

 

そんなー、と本気で残念がる穂乃果に俺たちは笑う。

そういうことを話しているうちに、絵里先輩との分かれ道へとたどり着いた。

 

「それじゃあ、また明日」

 

「はい、また明日です!」

 

「お疲れ様です!」

 

「また明日」

 

それぞれ別れの挨拶を交わし、俺たちは再び並んで歩く。

 

「ねえ、海未ちゃんは私のことを見てもっと頑張らなきゃって思ったことはある?」

 

別れてからすぐ、穂乃果がそんなことを海未に問いかけていた。すると海未は少し考える素振りをして、微笑んだ。

 

「ええ。数え切れないほどに」

 

「ええっ!? 海未ちゃん何をやっても私より上手じゃない! 私のどこでそう思うのっ?」

 

そんな実感がわかないのか内容を知りたいのか、すぐさま否定する穂乃果に海未は笑った。

 

「悔しいので内緒にしておきます。ことりと穂乃果は私の一番のライバルですから!」

 

負けず嫌いの海未らしいな。やはり、誰しもが思うことなのだろう。

俺はその関係でいられる三人が少し羨ましいと思った。

 

「ぶぅ…それじゃあハルくんはっ?」

 

「ん?」

 

「ハルくんはどう? 私や海未ちゃん、ことりちゃんの事を見てそう思う?」

 

「……それについては、俺には何も言えない」

 

「どうしてですか?」

 

俺は顔を見られたくなくて、二人より一歩多く前に出る。

 

「…俺はもう諦めた人間だから、だ」

 

そういって俺は空を見上げる。

 

「俺は変わることが怖かった。もし俺が今の状況から変れたと考えたときに、この先、どうしたらいいのかわからなくなった。だから俺は諦めた」

 

俺は前に進むことをやめた。だから俺が今回のことりを含め、穂乃果や海未、μ'sの皆に対して何かを言うことはできない。言う資格がないのだ。

 

「たぶんこの先、俺が頑張ろうと思うことはないだろうな」

 

「ハルくん……」

 

「春人……」

 

「そんな顔しないでくれ。変わらなかったからこそ良いこともあった」

 

良かったと思える物が目の前に表れている。

 

「? それって……」

 

「どういうことですか?」

 

「内緒だ」

 

俺はそのまま逃げるように歩いた。思ったことをそのまま口にするのは恥ずかしい。

 

「えぇー!? 教えてよ!」

 

「私も気になりますよ!!」

 

「海未だってさっき内緒だって言っていただろう? 俺も同じだ」

 

気になると言って迫ってくる二人から俺はするりと逃れる。

 

 

 

 

 

――変わらなかったからあのときに、あの場所で穂乃果たちと出会えた。

 

 

 

 

 

言葉にはしないがそれだけは間違いないのではないかと、そう思える。

俺は不満そうに追いかけてくる二人を見てそう微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は帰り道から戻り、ある場所へとやってきていた。

 

「えりち?」

 

巫女服姿の親友は神田明神の鳥居の階段前で箒を掃いていた。

 

「どうしたん、また戻ってくるなんて」

 

休憩に入った希と並んで私たちは秋葉原の街並みを眺める。

 

「ちょっと思いつたことがあって」

 

思いついたこと? と首を傾げる希に私はうなずいた。

 

「さっき街を歩いていて思ったの、次々新しいものを取り入れて毎日めまぐるしく変わっていく」

 

今までは周りを見渡す余裕がなかった私。だけどこうして改めてみると何気ない日常から色々なことに気付くことが出来た。

 

「この街はどんなものでも受け入れてくれる、一番相応しい場所なのかもしれないなって」

 

「相応しい場所?」

 

オープンキャンパスからもう随分と時間が経った。だから、ここで一つ大きなアピールをしよう。

 

「私たちの、ステージよ!!」

 

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に会いましょう!




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44.迷走



どうも、燕尾です。
44話目です。短めです。






「アキバでライブよ!」

 

ことりのバイトのことを知った次の日、皆が集まったところで絵里先輩がそんなことを言い出した。

 

「えっ、それって……!」

 

「路上ライブっ…?」

 

いち早く察して反応した穂乃果とことりに絵里先輩は正解と言う風に頷いた。

 

「アキバと言えばA-RISEのお膝元よ!?」

 

にこ先輩も少し戸惑っていた。気持ちは分からなくもないが、お膝元と言ってもアキバの全てにおいてA-RISEが先頭立っているわけではない。だからこそ、

 

「それだけに面白い!」

 

希先輩と見解が概ね一致したみたいだ。だからこそやる価値は十分にあるし、新しいことに挑戦するのはいいことだ。

 

「でも随分と大胆ね?」

 

しかし真姫の疑問は最もだ。μ'sに入る前までは慎重過ぎるのではないかと思うぐらい色々と考え込んでいたというのに。

 

「アキバはアイドルファンの聖地。だからこそあそこで認められるパフォーマンスが出来れば大きなアピールになると思うの!」

 

本当に人の変化というのは凄いと思う。本当にこの人が絵里先輩なのか疑ってしまうほどだ。

 

「……春人くん、いま何かよくないこと考えてない?」

 

「そんなことない」

 

「ならこっちを向いて言いなさい!!」

 

はてさて、なんのことやらさっぱりである。

 

「全く、もう……それで、皆はどうかしら?」

 

「良いと思います!」

 

「楽しそう!」

 

悩むことなく穂乃果とことりが同意する。

 

「しかし、すごい人では」

 

「人がいなかったらやる意味ないでしょ」

 

海未……人前が苦手なのは仕方がないがにこ先輩の言うとおり、見てくれる人がいるからこそのライブだろう。

 

「凛も賛成~!!」

 

「じゃ、じゃあ私も!!」

 

「……」

 

みんな賛同する中一人不安そうにする海未。

 

「じゃあ、早速日程を――」

 

「と、その前に」

 

行動に移そうとした穂乃果を絵里先輩が止める。

 

「今回の作詞はいつもと違ってアキバのことをよく知っている人に書いてもらうべきだと思うの」

 

理にはかなっているように思えるが、俺には絵里先輩の目的はもっと別のところにあるような気がした。そしてそれはすぐに答えが出た。

 

「――ことりさん、どう?」

 

「えっ、わたし!?」

 

戸惑うことりに俺は内心、なるほど、と思った。絵里先輩は昨日ことりが言っていたことが頭の中で引っかかり、こういうのを考えたのだろう。

 

「ええ。あの街でずっとアルバイトしてたんでしょう? きっとあそこで歌うのに相応しい歌詞を作れると思うの」

 

「――いいよ! すごくいい!!」

 

「やったほうが良いです。ことりならアキバに相応しい、いい歌詞が書けますよ!」

 

ことりが反応する前に穂乃果と海未が声を上げる。

 

「凛もことり先輩のあまあまな歌詞で歌いたいにゃー!」

 

「そ、そう……?」

 

「ちゃんといい歌詞書きなさいよ?」

 

「期待しているわ」

 

「頑張ってね!」

 

次々と激励の言葉がことりに送られる。しかし、

 

「う、うん……」

 

頷くことりはどこか無理しているような、何かを誤魔化しているような笑顔だ。

 

「ことり」

 

「な、何かな、春人くん?」

 

「初めての作詞なんだ。わからないことがあったら海未とかに話を聞いたりしたほうがいい。俺も協力するから」

 

「ありがと、春人くん。だけどせっかく任されたんだもん。頑張ってみるよ」

 

笑顔で気合を入れることり。

何を言っても揺るぎそうにない決意。そんな彼女の様子を見て、俺は少し不安に思った。

そしてその不安は見事に当たることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新しい曲の歌詞作り頼まれたことりは早速次の日から作詞に取り組んでいた。だが、ことりにとっても初めての作詞作業。そう簡単にはいかなかった。

放課後になってから教室で一人、ことりは考え込んでいた。

 

「チョコレートパフェ、おいしい……生地がパリパリのクレープ、食べたい……はちわれの猫、可愛い……五本指ソックス……気持ち良い……」

 

とりあえず思いついたことを書き起こしているのだろう。しかし、それが歌の詞につながることはない。

するとことりはうぅ、と呻いて、ついに涙目になりながら机に伏した。

 

「思いつかないよぉ――!!」

 

「「「……」」」

 

俺、穂乃果、海未の三人は頭を抱えることりを教室の外からバレないように見守っていた。

手助けしてあげたい気持ちはあるのだが、絵里先輩の狙いやことりの決意を知っている俺としてはここで出て行くわけにも行かない。

だから我慢して見守っている、のだが……

 

「ふわふわしたもの可愛いな、はいっ! 後はマカロンたくさん並べたら? カラフルでしーあーわーせ♪ るーるーるーるー……ぐすっ」

 

やっぱり無理だよぉ!! と叫ぶことり。

 

「苦戦しているようですね」

 

「うん……」

 

ことりの様子を見て穂乃果や海未もどうしたものかと、心配する。

 

「うぅ…穂乃果ちゃん、海未ちゃん……」

 

ことりの小さな声が、静かな教室では大きく聞こえた。

 

 

それからも、ことりは四六時中歌詞を考えていた。

 

 

 

 

 

英語の授業中も――

 

「南さん…南ことりさん!!」

 

「えっ、は、はいっ!?」

 

「ここの訳を答えてください」

 

「えーっと……」

 

「ことり、これ」

 

「ありがとう、春人くん……」

 

先生に大きな声で呼ばれるまで気付かないほどに、

 

 

 

 

 

体育の授業――

 

「ふぇ~…なに書いていいのかわかんないよ~」

 

「考えすぎだよ、海未ちゃんみたいにほわんほわんな感じで良いんじゃない?」

 

「それ、褒めてるんですか!?」

 

「褒めてるよ~!!」

 

体動かしているときも、

 

 

 

 

 

昼休み――

 

「う~ん…」

 

「ことりちゃん、昼休み終わっちゃうよ……?」

 

「う~ん……」

 

「ことり、箸は動いているけどなにもつかめてないぞ?」

 

「う~ん………」

 

「「「……」」」

 

ごはんを食べながらも、

 

 

 

 

 

午後の授業――

 

「ここでDが0なら重解を持ち、Dが0以下なら虚数解を持ちます、またこれからグラフの――」

 

カチ、カチ、カチ……

 

「すぅ…すぅ……」

 

「穂乃果、起きろ」

 

「むにゃむにゃ、もう食べられないよ…」

 

「……」

 

ベタな寝言を言うような眠気を誘う午後の授業中のときも、ことりはずっと歌詞を考えていた。

それでも、作詞のノートは埋まらない。

 

 

 

「南、ここんとこ気が抜けてるぞ? しっかりしろ」

 

「すみません……」

 

そして、ついには職員室に呼ばれて担任に注意されるほど、ことりは追い詰められていた。

「……はぁ」

 

教室に戻ってきたことりはノートを閉じてため息を吐く。

そんな友人の姿を見続けてついに我慢が出来なくなったのか、見守っていた穂乃果がいきなり飛び出した。

 

「あ、穂乃果…!」

 

「ことりちゃん!」

 

「穂乃果ちゃん!? それに海未ちゃんと春人くんも!?」

 

俺たちの姿を見て驚くことり。どうやらはじめて俺たちの存在を認識したようだ。

 

「ことりちゃん! 一人じゃ駄目ならみんなで考えよう――とっておきの方法で!!」

 

戸惑うことり。いや、戸惑っていたのはことりだけではなかった。

 

穂乃果以外の全員が穂乃果の言う"とっておきの方法"に首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 





いかがでしたでしょうか?
また次回をお楽しみください。ではでは~




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45.アキバでのライブ



どうもです。
寒くなりました、風邪引かないように気をつけてください。

では45話目です。


 

 

 

こんなところで何をしているのだろうか。

俺は鍋を振るいながらそう心の中で愚痴る。

 

「春人くん、そのオムライスが終わったら次ナポリタンお願い! その次はチョコレートパフェ!!」

 

「ハルくん! 追加でBLTサンドとカルボナーラ、それとイチゴパフェ!!」

 

「春人さん、カレーライスとチョコパンケーキにイチゴホイップサンド、お願いします!」

 

ことり、穂乃果、花陽から次々と入ってくる食べ物のオーダー。

 

「春人、ブレンドコーヒーにメロンクリームソーダをお願いします!」

 

「春人くん、イチゴミルクにメロンクリームソーダ入ったにゃ!」

 

「春人、コーラにりんごジュース、それとメロンクリームソーダオーダーよ!」

 

海未に凛、真姫から来る大量の飲み物のオーダー。というかメロンクリームソーダが多いな。

 

「春人、パフェとパンケーキはあたしに任せて、あんたはオムライスとパスタに集中しなさい」

 

「それならうちはBLTサンドとカレーを担当するで」

 

「私は飲み物を作って、ほかの皆とお客様にお出しするわね」

 

にこ先輩、希先輩、絵里先輩はすばやく仕事の分別をして、指揮を執る。

忙しなく動くμ'sのメンバーたち。、みんなはいま――メイド服をその身に纏っている。

活気あふれる中、入り口のドアベルが鳴り響く。

 

『お帰りなさいませ、ご主人様~!!』

 

そして新たに来店してきたご主人様(お客さん)方をことりを中心に出迎える。

そう。俺たちはいま、秋葉原にあるとあるメイド喫茶で働いているのだ。

ほんとうにどうして、こうなったのだろうか。俺は何度目か分からないため息を吐く。

こうなったことの原因は数日前のこと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませ、ご主人様♪」

 

「お帰りなさいませ、ご主人様!!」

 

「お帰りなさいませ、ご主人様……」

 

 

行き詰っていたことりを引っ張り出して、俺たちがやってきたのは秋葉原。

そして、いまいるのは秋葉原のとあるメイド喫茶――ことりが働いている喫茶店だ。

これが穂乃果の言うとっておきの方法だった。

 

「とっても可愛い! ばっちりだよ、二人とも!!」

 

興奮冷め止まぬようにことりが言う。

店員のことりはもちろん一緒にやってきた穂乃果と海未もメイド服を着て接客をしていた。

友達とはいえ、いきなり働かせるのは大丈夫なのかとことりに聞く。

 

「大丈夫。店長も快く二人を歓迎するって!」

 

どうやら話は通していたらしい。厨房から顔を出した店長がグッと親指を突き立てている。

 

「こんなことかと思いました……」

 

そんな中、海未が肩を落として呟いた。人前に出るのが苦手な海未にとって接客だけでも厳しいのに、プラスでメイド服を着ることになって精神的疲労が重なっているのだろう。

それでもスクールアイドルとしてライブを重ねていたのだから少しは大丈夫だと思っていたのだが、海未曰く、それとこれとはまた別の問題らしい。

 

「はあぁ……出来ればお客さんが来ないで欲しいです」

 

「こら、そんなこと滅多に言うもんじゃない」

 

海未の発言にさすがに注意する。

すると、そんな海未の気持ちとは裏腹にドアベルが鳴り響き、勢いよくドアが開かれた。

 

「にゃー!!」

 

そんな鳴き声とともに入って来たお客さんは猫娘の凛。

 

「遊びに来たよ!」

 

「春人さんもいたんですね」

 

その後ろには控え目に笑う花陽がいた。そして、凛と花陽だけではなく次々とμ'sのメンバーが入ってくる。

 

「アキバで歌う曲なら、アキバで考えるってことね」

 

「考えたじゃない。確かにこれならなにか思いつくかもしれないわね」

 

感心しながら入ってくる絵里先輩と真姫。

 

「ではでは、早速取材を――」

 

「やめなさい。店の許可も取らずに」

 

「あぁ! 春人くんカメラ返して!!」

 

入って早々レンズを穂乃果たちに向ける希先輩から俺はカメラを取り上げる。

 

「どうして、皆が!?」

 

「私が呼んだの、こうしたほうが早く慣れるでしょ?」

 

戸惑う海未に説明する穂乃果。

 

「そんなことより、さっさと接客しちょうだい」

 

「どこにもいないと思っていたら、案内される前に席に座っていたのかにこ先輩」

 

不遜な態度のにこ先輩に俺は呆れる。まあ、知り合いだからこそ取れる態度ともいえる。

 

「はーい、少々お待ちを――っと、その前に皆に見せたいものがあるんだ」

 

「見せたいもの?」

 

「見せたいものとはなんですか、穂乃果?」

 

そう問いかけると穂乃果は怪しい笑みを俺に向けてきた。

 

「ふっふっふ…それはお楽しみということで――ねっ、ことりちゃん!」

 

「うんっ!」

 

そう頷いて、穂乃果とことりは俺の両腕をとる。その行動に俺は嫌な予感がした。

 

「それじゃあ、行こっか。春人くん!」

 

「行くって、どこへだ?」

 

「ん? 更衣室だよ」

 

「春人くんにはあるものを着てもらいます!」

 

「……」

 

楽しそうにそう言う穂乃果とことりに俺はするりと抜け出し、逃げようとする。しかし、

 

「ふふふ、春人。逃げたら駄目ですよ?」

 

ある程度察した海未が退路を断ってくる。いや、海未だけじゃなかった。

 

「春人くん、男らしく行ったほうがいいわよ?」

 

期待したような目で言ってくる、絵里先輩に、

 

「ほら春人、さっさといってきなさい」

 

他人事だと思って適当言う、ちびっ子(にこ先輩)

 

「ちょ、誰がちびっ子よ!?」

 

どうして心の中を読み当てたのかはあえて問わない。

 

「春人くん、もう観念したほうがええで?」

 

楽しそうに希先輩がそういった瞬間、手のほうから、がしゃん、と音が鳴った。

 

「逃がさないよ。春人くん?」

 

仄暗い笑みを浮べたことりが俺の手にかけたのは手錠だった。それから、ことりはもう片方の輪を自分の手にかける。

 

「……どうしてこんなものがこの店にあるんだ、ことり?」

 

「それは、禁則事項です♪」

 

恐らく、食い逃げ犯などの不届き物を逃がさないためのものだろう。そう納得しよう、と心の中で誓う。言及するのは恐ろしく感じたからだ。

 

「ちなみに鍵は穂乃果ちゃんが持ってるから、逃げられないよ?」

 

「……」

 

心にトドメを刺された俺は素直にことりたちに従う。

俺は罪人のように更衣室へと連れられる。

 

「それじゃあ、はい、これ!」

 

そして、更衣室で錠を外され、渡されたのは一つの紙袋。

カーテンを閉められて、袋から中身を出す。

 

「……これは、本当に俺が着るのか?」

 

「もちろん!」

 

確認すると穂乃果から即答で返ってくる。俺は諦めて、渡された衣装を着る。

着替えが終わり、カーテンを開けると、二人からおおっ、と感嘆の声が洩れた。

 

「これはこれは…なかなか……」

 

「ばっちりだよ、春人くん!!」

 

「……そうか」

 

げんなりして小さく答える。俺はさっきまでの海未の気持ちがなんとなくわかったような気がしていた。

その後は髪の毛を弄られ、伊達眼鏡を掛けられるなど、身だしなみを整えられること十分――いろいろと教え込まれた俺は皆の前へと連れて行かれた。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

ことりに仕込まれたように、皆の前へ恭しく一礼する俺。

 

『…………』

 

余程おかしかったのか、そんな俺を彼女たちは呆然としていた。

 

「どうかなさいましたか、お嬢様方」

 

首を傾げる俺にみんなは顔を伏せた。

 

「どうかなさいましたかって、どうかしかないですよ……」

 

「破壊力ありすぎ……」

 

「春人くん、かっこいいにゃ…」

 

「はわわわわ~……!?!?」

 

「これは…すごいものを作り出したわね、穂乃果、ことり……」

 

「なんか、いけない扉が開きそうやね」

 

「ハラショー…」

 

「ふっふー、すごいでしょ! 執事ハルくん!!」

 

まるで自分のことのように自慢する穂乃果。

 

「まさかこんなことさせられるとは俺も思わなかった。本当によく店長も許可したな…」

 

「むしろやってほしいっていわれたの。新しいお店を開くために」

 

ことりから話を聞くとここの店長はアキバで執事喫茶を開こうとしているらしい。

だがまだ構想の段階でしかなく、実際にどういう反応をされるのかよく知らないのでその試験がしたかったようだ。

そこで白羽の矢が立てられたのが俺ということだった。

厨房からは店長が今度は俺に向けて親指を立てている。どうやらお眼鏡に適う反応が得られたらしい。やらされるこっちはたまったものではないが。

 

「で、もういいのなら着替えたいんだが……」

 

すると、ことりは何か言いづらそうな表情をする。

 

「えっとね、春人くんもしばらく働いてほしいみたい。女性客限定で」

 

「えっ……!?」

 

そこで驚きの声を漏らしたのは俺ではなく穂乃果だった。

 

「女性客限定って…ああ、まあそうか。男が執事に接客されても嬉しくはないか」

 

俺も疑問に思ったが、すぐに理解した。余程変なやつじゃない限り、執事喫茶に来る男性なんていないだろう。

 

「ちゃんと働いてくれた分のお給料も出すっていってるし、協力してほしいって」

 

正直言うと面倒くさいし、発作のこともある。だが、

 

「だめ、かな…春人くん……? わたしも春人くんと働いてみたいなって思うの」

 

どういうわけか分からないが、不安そうな顔をすることりのお願いを無碍にはできそうになかった。

 

「わかった。少しの期間なら、引き受ける」

 

「ほんと!?」

 

頷く俺にことりは良かった~と安堵の息を漏らしていた。だが、

 

「……」

 

バシッ、バシッ、と腰あたりが(はた)かれる。

 

「穂乃果?」

 

「……」

 

穂乃果からの無言の抗議に俺は戸惑う。そして、また叩かれる。

 

「どうしたんだ。穂乃果?」

 

「……そんなに女の人を接客したいの?」

 

「いや、そういうつもりじゃないが…」

 

見ず知らずの女性を接客することを望んでいるわけない。ただ、ことりにそうして欲しいと言われたから、ただそれだけなのだが、穂乃果はそう受け取らなかったようだ。

 

「むぅー!」

 

ことりや海未が止めるまで、俺は穂乃果から攻撃を受け続けた。

こうして、なんだかんだいいながら俺はメイド喫茶で執事として働くというわけのわからない状況に身をおくことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――それから最初は穂乃果、海未、ことりと俺の四人だけだったのだが、あれよあれよとμ's全員でメイド喫茶で働くことになっていた。

 

「いやぁ、大盛況だねぇ。店長としては嬉しい限りだよ」

 

いつの間にか隣に来ていた店長がにこやかに言ってくる。

 

「それはよかったですね。そんなこと言いに来ただけならこれ運んでください」

 

「それは君が運ぶべきよ。なんたって君目当ての女性がたくさんいるんだから」

 

「いま手が放せないのはわかっているでしょう」

 

慌ただしく動いているμ'sのメンバーたち。しっかりと役割分担をしているのだがそれでも追いついていない。

俺は絡んでくる店長に目も暮れずひたすらフライパンを振るい、料理を仕上げていく。

そんな俺の姿を店長はじっと見つめていた。

 

「ねえ、春人くん」

 

「無理です」

 

俺はなにも言わさずに断った。

 

「まだなにも言ってないのだけど?」

 

当然店長から不満の声が上がるが言わなくてもわかる。どうせ新しく開店させる執事喫茶で働いて欲しいと言うのだろう。

 

「条件はライブの場所として借りる代わりにそれまでの期間、新しい店のための試験データ集めとして働くことです」

 

それに、仮に働き始めたとしても一年も続けられないのはわかりきっている。いや、一年どころか半年も怪しいところだ。

 

「俺よりも集客率の良い人間なんて東京の街にいたら簡単に見つかるでしょう」

 

「いやいや、君以上の人を見つけるのはなかなか骨が折れるよ。だからこうして勧誘しているんじゃない」

 

「それは買い被りすぎです。いまお客さんが来ているのも期間限定の物珍しさで来ているだけで、新しく店を開店させたらこうはいかないでしょう」

 

「謙遜過ぎるのも考え物ね――そういう人間じゃないなら、どうしてμ'sの子達は君をこんなに信頼しているのか、考えたことはないのかしら……」

 

「なにかいいました?」

 

なんでもー、と作り上げたナポリタンをひょいっと持ってフロアへと出て行く店長。

すると店長と入れ替わりでことりがやってきた。

 

「春人くん追加――って、春人くん駄目だよ」

 

厨房に入ってくるなり、俺を注意することり。何のことかわからずに俺は首をかしげる。

 

「ここにいるときは笑顔じゃないと、ね?」

 

「笑顔って…ここは厨房なんだが……それに、俺の笑顔なんて誰も求めていないだろう?」

 

「そんなことないよ。それに確かにここは厨房だけど、そういう心構えが必要なの」

 

「ん、そうなのか」

 

そうなの、と笑顔で言うことり。こう言ってはいけないのだろうが、いつものことりとは違ってまるで別人のよう――いや、違う。

 

「なんだか、活き活きしているな。ことり」

 

そう、言い表すならこうなのだろう。別人じゃない。

ここで働く姿もことりの一部。ただ、俺たちが見たことない姿なだけだ。

 

「そうかな?」

 

「ああ。楽しそうにしている」

 

「うん、なんかね? この服を着ているとできるっていうか、この街に来ると不思議と勇気がもらえるから、かな?」

 

「勇気?」

 

「そう。もし思い切って自分を変えようとしても、この街ならきっと受け入れてくれる気がする、そんな気持ちにさせてくれるんだ。だから好きなの!」

 

「……」

 

ことりから紡がれる言葉。それはまるで純粋な気持ちを表したような詩のような言葉だった。

そして俺は気付いた。

 

「ことり、今の気持ちを歌に乗せみたらどうだ」

 

「えっ? いまのって……」

 

「いま言ったような好きだっていう気持ち。秋葉原の街にいて感じたこと、それを詞にしたらいいんじゃないか? とっても綺麗だった」

 

「……」

 

呆けることり。ジッと視線を向けられて、俺は最後に言った言葉に気付く。

 

「その…ただ俺がそう思っただけで、ことりが違うと思うなら、別に気にしなくていい……」

 

「え、えーっと! そうしてみるよ! うん! ありが、と……」

 

お互い顔が紅くなって俯く。なんだか気恥ずかしさが止まらない。

 

「「……」」

 

「――うぉっほん!!」

 

「「っ!!」」

 

すると気付かないうちに穂乃果が、間に割り込んできた。

 

「ハルくん、ことりちゃん、オーダーたくさんあるんだよ? それなのに――何をしているのかなぁ?」

 

笑顔の穂乃果が迫ってくる。そう、笑顔でだ。

 

「ほ、穂乃果?」

 

「ハルくん」

 

「な、なんだ?」

 

「……馬鹿」

 

そして笑顔のまま穂乃果はそう言って、作り上げた料理を持っていった。俺とことりはその背中を呆然と見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてライブ当日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

店のメイド服を衣装に、マイクを持つμ'sの皆。俺は窓から様子を窺う。

 

「どうやら、成功みたいね」

 

「あんたは忍び寄らないと気がすまないのか?」

 

またいつの間にか並び立っていた店長に俺は呆れたように言う。

 

「それに、まだ終わってないですよ」

 

「終わってなくてもこの光景を見たらわかるんじゃない?」

 

「……」

 

俺はもう一度外を見る。笑顔で歌う彼女たち、それを囲んでいる数え切れない多くの観客たちも笑顔で聞いている。これを見る限り、成功といってもいいのだろう。

安心すると同時に俺は余計なこと考えてしまった。あと、何回この光景を見られるのだろうか――と。

始め有るものは必ず終わり有り、という言葉がある。それは昔の中国のある著者が書いたもので、物事には必ず始まりと終わりがあるもの、と言ったものだ。

始まりはあのファーストライブ、いや、穂乃果たちと初めて出会ったとき。なら、終わりは、いつになるのだろうか。絵里先輩、希先輩、にこ先輩の卒業と同時だろうか。それとも―― 

 

「こらっ」

 

そんなことを考えている最中に店長から頬を突かれた。

 

「なに辛気くさい顔しているのさ、ことりちゃんにまた注意されるよ?」

 

「そんな顔してません」

 

「してたよ。あの子たちじゃない、もっと遠くの場所を見つめて、なにかを諦めたような、そんな顔」

 

「……」

 

山田先生もそうだが、どうして些細に思ったことをこうも読み取れるのか。

そこまでわかりやすい顔だったのだろうか、それとも単にこの人たちが鋭いだけなのだろうか。

 

「私はたまたま気づいただけだよ。そうだね、あとは一度わかってしまえば予測は立てやすいんだ。君みたいなタイプは」

 

いまもこうして読み取ってくるのを見ると本当に考えてしまう。そして俺は一つの結論に至った。

 

「年の――」

 

「なにかいったかな?」

 

「いえ、なんでもないです」

 

俺は即座に言葉を引っ込めた。いつの間にか握り拳を作っているのを見ると、全部言っていたら間違いなくその拳は放たれていただろう。

 

「まあいいわ。とりあえず、詳しいことまではわからないけど今を目一杯楽しみなさい。暗い顔した人生ほどつまらないものはないんだから、ね?」

 

そういいながら外に行ってこいといわんばかりに背中を押してくる店長。

 

「…そうですね」

 

一瞬呆けてしまうも、親指を立てる店長に俺は小さく笑う。

終わりは必ず来る。

それがいつになるかわからないからこそ今を精一杯楽しもう。

俺は店長の厚意に甘え、皆のいるところへと行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、そういえば――ことり」

 

「ん…なにかな春人くん?」

 

メイド喫茶でのライブを終え、片づけをしているとき俺あるものをことりに渡した。

 

「あ、これって……!」

 

「スクールアイドルのお店で売ってたことりちゃんの写真だ! どうしてハルくんが持ってるの!?」

 

後ろから覗いてきた穂乃果が俺が渡したものを言う。

 

「買っただけだ」

 

自分の写真を見たことりは驚きの表情をしていた。まあ、俺が持っていたなんて思ってもいなかったのだろう。

 

「店に出てた写真、回収したかったんだろう?」

 

「うん…それはそうだけど。買ったって、自分で言うのもおかしいけど結構高かったんじゃ……」

 

「裏に値段が張られてるね――え゛っ!? 2500円……!?」

 

写真の裏に張られてたプライスシールを見た穂乃果が変な声を上げていた。

 

「気にするな。それとこれから店に出回ってきたのは俺に連絡が来るようになってるから。そういうことがあったら伝える」

 

「いったいどうやって…」

 

「脅した」

 

「えっ!?」

 

「脅した」

 

「いや、聞き直したんじゃなくて驚いているんだけど!?」

 

なにしてるのハルくん!? と迫ってくる穂乃果。

 

「人の許可ない写真を勝手に販売しているんだ。訴えられた店という箔をつけたくないなら連絡しろ、みたいな具合に。これがその誓約書」

 

「そ、そこまでしていたんだ……」

 

ドン引く穂乃果。だが、こういうものの書類が一番重要なのだ。

俺の言葉が本気だと捉え、さすがにそこまでのリスクは負えない店も素直に連絡することを誓った。

こんなこといえば全てのスクールアイドルショップ自体が駄目になるのだが、彼女たちも自分たちのグッズが出ていることを喜んでいたようだから、そこはなにも言わなかった。

撮影して持ち込んだ人間を特定できればいいのだが、店に監視カメラなどがなかったためそこまでは出来なかった。

 

「そういうことであとは店で撮影の徹底したら、こういうことはほとんどなくなると思う」

 

「……どうしてそこまでしてくれたの?」

 

そう問いかけてくることりの表情は困惑しながらも真剣なものだった。

 

「ことりが本当に困っていたから、どうにかしたいと思った。ただ、それだけ」

 

ことりは友達だ。その友達が本当に困っていたのだから、俺に出来ることをしたのだ。

ことりは呆けながら手渡された写真を見つめている。

するとことりはなにか決意した面持ちで自分の写真を俺に差し出した。

 

「――これは春人くんが持ってて」

 

「えっ?」

 

戸惑う俺にことりはぐいっと押し付ける。

 

「はいっ」

 

「どうして俺に…? ことりだって嫌だから回収しようとしていたんだろう?」

 

「そうだけど春人くんがお金出して買ったものだし、あなたなら良いかなって――ううん。春人くんだから持ってて欲しいって、わたしがそう思ってるの」

 

だから、ね? お願い。と可愛らしい笑みで懇願してくることり。

 

「ああ、わかった…」

 

不思議には思うが、断る理由もない俺は頷いてことりから写真を受け取った。

 

「むぅ……」

 

そんな俺たちのやり取りを間近で見ていた穂乃果がなにか不満そうに唸る。

 

「ハルくん、ことりちゃんの写真そんなに欲しいんだ」

 

「どうしてそうなる…」

 

そんなこと一言も言っていない。ただあげると言われたからもらっただけだ奈のだが。

 

「欲しくなかったの……?」

 

どっちかを立てるとどっちかが立たない状態に俺は困る。だがそれよりも、

 

「……ことり、嘘泣きはやめてくれ」

 

「えへっ、バレちゃった♪」

 

目を手で覆ってないている仕草をしているが、口元が緩んでいるのだから誰だって気付く。

 

「でも、持ってて欲しいっているのは嘘じゃないよ」

 

そこまで疑っていないのだが、反応に困る言い方をしないで欲しい。

 

「うぅ……ことりちゃんだけずるいよ!」

 

何がずるいのか俺にはわからないが、穂乃果が怒っているのだけはわかる。

 

「あ、写真は肌身離さず持っててね♪」

 

追撃するかのように言ったことりに対して穂乃果の頬はさらに膨らむ。

 

「むぅー!! 今度穂乃果も写真撮る! というか今撮る!」

 

片づけをそっちのけで駄々を捏ね身を寄せて写真を撮ろうとしてくる穂乃果を持て余すのだった。

 

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?

年内に後一回は更新したいなぁ……(願望)
ではまた次回に~



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46.合宿へいこう



どうも燕尾です。
今年最後……というより、31日に更新なんだから問答無用で最後です。

年始はいつ更新しようか迷っています。
とりあえず56話目です。





 

 

 

「合宿だよ、ハルくん!!」

 

「……合宿?」

 

夏の日差しが眩しいと思うある日の放課後。外の気温に負けないぐらいの熱気で穂乃果は突然そう言った。

 

「うん! 真姫ちゃん家の別荘を泊まる場所にして合宿に行くの!」

 

俺からしたら急にどうしたのだろうとしか思えず、他の皆に説明を求める。

そこで答えてくれたのは海未だった。

 

「えっと、その…いま穂乃果が言った通り、合宿で海に行こうという話になりまして」

 

「ああ。あらかた理解できた。避暑もかねているんだな?」

 

季節は夏真っ只中。真夏の猛暑の中で屋上で練習するのはなかなか堪えるのだろう。そこで海で涼みながら強化練習を行うということか。

 

「うん。いいんじゃないか? 玉の息抜きもできるだろうし。行ってくるといい」

 

「何言ってんのよ。あんたも行くのよ?」

 

にこ先輩の言葉に俺は身体が止まった。

 

「何だって…?」

 

なんか変な幻聴が聞こえた俺はもう一度にこ先輩に尋ねる。

 

「だから、あんたも行くのよ」

 

「……Why」

 

「どうして英語なのかしら、春人くん?」

 

とっさに出てしまった反応に絵里先輩が苦笑いしていた。

いや、だがこれはそうなっても仕方がないだろう。

 

「穂乃果。どうして、俺が一緒に行くことになっているんだ……?」

 

「ふぇ? だってハルくんだってμ'sの一人だもん」

 

さも当然のように言う穂乃果。まあそうカウントされているのは喜ぶべきなのだろうが、重要なところはそこじゃない。

 

「この合宿は泊りがけなんだよな?」

 

「うん! さっきも言ったけどある海辺に真姫ちゃん家の別荘があるんだって!」

 

屈託のない笑顔で言う穂乃果に俺ははぁ、とため息を吐いた。

 

「穂乃果。俺は不参加だ」

 

『えぇー-ー!?!?』

 

穂乃果だけではなく、他の皆全員が声を上げた。いや、どうして皆まで驚いているんだ。

 

「ハルくん! どうして!?!?」

 

「どうしてもこうしても、さすがに男女1つの屋根で泊まりは駄目だろう」

 

PVの一件はまだしも、さすがに合宿まで一緒とは行くわけにはいかない。

 

「そんなこと誰も気にしてないよ?」

 

ね? という穂乃果に皆は頷いた。

 

「少しは気にしてくれよ……それなら皆の親は? 普通なら反対するところだろう。特に父親は」

 

「穂乃果の家は問題なかったよ? お母さんはハルくんに迷惑掛けないように頑張って言ってきたけど。お父さんは普段からあまり喋らないほうだけどお母さんと大体同じこと言ってた」

 

穂波さん、親父さん。いま絶賛迷惑を掛けられている最中です。それに穂乃果に何を吹き込んだのか少し怖く感じる。

 

「ことりのお母さんも認めてくれたよ? それに春人くんがいるなら安心だねって話してたし。お父さんはいま家にいないから…」

 

理事長…教育現場のトップに立つ人間がそれでいいのか。父親は、まあ仕方がない。

 

「私の家も問題ありませんでした。お父様が少し荒んでいましたけど、お母様が黙――説得しました」

 

いま黙らせたって言おうとしたな海未。海未の家では父親の権力は弱いようだ。父親ももっと頑張って欲かった。

 

「私も問題ありませんでした。それどころか……はわわわわぁ~~~!?」

 

途中で顔を紅くして叫ぶ花陽。一体君は両親から何を言われたんだ。

 

「凛も問題なかったにゃ。むしろきちんとお世話すること、って言われたにゃ」

 

お世話って……まさかペットのような説明をしたのか、凛?

 

「私の家も特に問題ないわ。二人とも、あなたの人柄をよく知っているもの」

 

真奈さんと先生からいつそこまでの信頼を勝ち取っていたのかは知らないけど、もっと考えて欲しい。

 

「にこの家は両親が共働きで普段からいないから、私の考えは尊重されてるし、その行動に対して責任は自分で持つようにって言われているわ」

 

「私も亜里沙と二人暮らしだから似たようなものね。それにもう高校三年生だからそれなりの責任と自由はあるわ」

 

「うちも同じ理由やな。えりちとは違って兄弟姉妹が居ないから一人暮らしやけど」

 

理屈はわかるが三年生たち。あんたたちが一番質が悪いぞ。考えなしなのか?

 

「ということで、皆オッケーです!」

 

「皆がオッケーでも、状況が良くない。年頃の女の子なら、もう少し警戒心を持て」

 

「ハルくんは私たちにひどいことするの?」

 

「……」

 

穂乃果の切り返しに俺は口を閉ざす。

そんなことする気は毛頭ないのだが、だからといって、泊りがけは無理がある。

 

「……せめて、別な宿泊施設はないのか?」

 

「ないわ」

 

あってほしいという願いをこめて真姫に視線を送ったのだが、真姫は考える素振りすらせずに、すぐに答えた。

 

「俺は――」

 

「駄目! ハルくんも参加するの!!」

 

もはや俺に意見を言わせないように穂乃果が手を取って声を上げる。

 

「春人くん、諦めたほうがいいんじゃないかな? こうなった穂乃果ちゃんは頑固だよ?」

 

「ことりの言う通りです春人。この状態の穂乃果が言うこと聞いた試しはありません」

 

「……」

 

「春人くん、諦めは肝心やで?」

 

「皆が大丈夫って言っているんだから、そんなに心配しなくてもいいんじゃないかしら?」

 

「ま、最初から行かないって選択肢はあんたにはないのよ」

 

「わ、私たちと一緒に、海に行きませんか?」

 

「春人くんがいなかったら楽しくないにゃー!」

 

「私はどっちでもいいけど、素直に頷いたほうがいいんじゃない?」

 

「……」

 

じっと俺を反応を見つめてくる皆。

そして、俺はもう一度ため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、ハルくーん!!」

 

宿泊用の荷物を持ち、集合場所の駅に着いたところで俺の姿を見つけた穂乃果がブンブンと手を振るってくる。

 

「俺が最後だったんだな。待たせて悪い」

 

既にμ'sの皆が揃っており、俺が一番最後の到着だった。

 

「気にしなくて大丈夫よ。遅刻したわけじゃないんだし」

 

絵里先輩の言う通り、俺が駅に着いたのは集合時間より十分前ぐらいの時間だ。そう考えると、結構早く皆が来ていることになる。

 

「皆楽しみで早く来たとか。まあ、それはないか」

 

冗談のつもりで言ったのだが、皆――海未や真姫、希先輩など普段から冷静でいそうな人たちも少し冷や汗をたらして顔を逸らしていた。

 

「別にそれを責めるつもりはないから大丈夫だ。普段行かないところに出かけるのは楽しいという気持ちはわかるから、だからそんな微妙な顔しないでくれ」

 

核心を突いてしまったことに気まずさを感じる俺。面倒くさいなどの負の感情を持っているとも思ってはいなかったが、まさか全員が当てはまるとも思っていなかった。

 

「そ、それじゃあ、出発しようか?」

 

「ちょっと待ってくれるかしら」

 

空気を換えようとしたところで絵里先輩から待ったの声が掛かる。

 

「どうしたんだ? 絵里先輩」

 

「出発する前に1つ、皆に提案があるの」

 

提案? と絵里先輩の言葉に希先輩以外の人間が首を捻る。

 

「そう。今後活動する上で重要になってくることよ」

 

「前々からうちらが思っていたことでもあるんよ」

 

「それで、その提案っていうのは何なんだ?」

 

すると絵里先輩は皆を見渡して言った。

 

「それは――先輩禁止よ!」

 

「ええっ! 先輩禁止!?」

 

穂乃果が驚きの声を上げる。いや、穂乃果だけでなくほかの皆も驚いていた。

それにしても先輩禁止って、一体どういうことだろうか。

 

「そう――先輩後輩はもちろん大事だけど、踊っているときそういうこと気にしちゃ駄目だから」

 

「そうですね。私も三年生にあわせてしまうこともありますし」

 

実感を持ったように言う海未だが、そこに抗議の声が上がる。

 

「そんな気使いまったく感じないんだけど?」

 

「それはにこ先輩が上級生って感じがないからにゃ」

 

にこ先輩が横目でそういうが、凛の一言が切り捨てた。

 

「上級生じゃなきゃなんなのよ!?」

 

そう問いかけられた凛はうーんとしばらく考えた後、

 

「後輩?」

 

笑顔で言い切る凛にほかが続いた。

 

「――っていうか子供?」

 

「――マスコットかと思ってたけど?」

 

「どういう扱いよ!?」

 

穂乃果と希先輩の追撃ににこ先輩はつっこみを入れる。

 

「そういうことで、じゃあ早速、今から始めるわよ――穂乃果!」

 

「は、はいっ。いいと思います! えっと、えーっと……絵里ちゃん!」

 

絵里先輩に指名された穂乃果は緊張した面持ちだったが、何とか言い切る。そして様子を窺う穂乃果に対して、絵里先輩は笑顔で頷いた。

 

「はぁ~緊張したぁ」

 

上手くいったことにほっとする穂乃果。

一人がやれば後はスムーズなものだった。

 

「それじゃあ凛も! こほん――ことり、ちゃん?」

 

「はい、よろしくね凛ちゃん。真姫ちゃんも」

 

「うぇ!?」

 

ことりからのキラーパスに真姫が動揺する。皆の視線が集まるが、真姫は顔を紅くしてそっぽを向いた。

 

「べ、別にわざわざ呼んだりするものじゃないでしょ!」

 

恥ずかしがっているのが丸分かりな真姫に皆が苦笑いする。

というか、これはもしかして俺もしないといけないのか?

 

「それじゃあ、うちは――春人くん」

 

すると希先輩から俺へと視線が注がれていた。やはりというか俺の考えていたことはばれていたみたいだ。

 

「やっぱり俺もやるのか…」

 

「当然。私たちだけ先輩呼びっていうのは寂しいわ」

 

そういう絵里先輩だが、その表情は意地悪なものになっていた。三年生たちが期待したように俺をじっと見る。どうやら俺には拒否権はないようだった。

 

「わかった――希、絵里、にこ」

 

『――ッ!』

 

「……なんで三人が照れているんだ」

 

顔を真っ赤にする絵里と希とにこに、俺も少し気恥ずかしくなる。

 

「ご、ごめんなさい! 男の人から呼び捨てって言うのも初めてだったから」

 

「なんか年下の男の子から呼び捨てされるのも、なんかむず痒いものなんやな…うん」

 

「ま、まったく、一人の男から呼び捨てだなんてファンに勘違いされるじゃない」

 

「だったら俺は先輩呼びでも――」

 

「「「それは駄目」」」

 

声をそろえて言う三人に俺は軽く息を吐いた。

 

「と、まあ、皆分かったところでこれから合宿へ出発します。では――部長の矢澤さんから、一言」

 

「ええっ!? にこ!?」

 

振られるとは思っていなかったにこが身体を強張らせた。

みんなの期待の眼差しがにこに集まる。

 

「え、えーっと…えっと……それじゃあ、しゅっぱーつ!!」

 

これから合宿へ行くとは思えないほど静まり返る空気。

 

「それだけ?」

 

誰しもが思っていたことを穂乃果が口に出した。

 

「し、仕方ないでしょ!? なにも考えてなかったんだから!!」

 

「にこにはがっかりだよ」

 

「だにゃ」

 

「うるさいうるさい! さっさと行くわよ!!」

 

やれやれと首を振る俺たちににこは声を荒げて改札を潜るのだった。

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
別タイトルでも言いましたが、希望があれば特別編も書こうかなと思います。

ではでは、よいお年を~


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47.海

どうも、燕尾です
年明け最初が2月半ばとは、遅くなったなぁ……

失踪はしてませんのであしからず。第47話です






電車を乗り継ぎ、移動すること約一時間半。俺たちは目的地である真姫の家の別荘までたどり着いた。

 

「うわー……」

 

「おっきい~……」

 

「広いにゃ~!」

 

「……そう? 別に普通だと思うけど?」

 

「それをいったら別荘を持っていない俺たちは普通じゃないことになるな」

 

「そ、そういう意味で言った訳じゃないわよ!?」

 

「わかってる」

 

冗談だという俺に真姫はぱしん、と軽く叩いてきた。

 

「全くもう……ほら、行くわよ」

 

『はーい』

 

前をゆく真姫の後ろをついていくμ's一行。だが、

 

「ぐぬぬぬぬ……!!」

 

ただ一人だけ、にこだけは悔しそうに唸っていた。

 

「どうして対抗心を燃やしているんだ、にこ?」

 

「別に! 何でもないわよ!!」

 

「どうして怒っているんだ……?」

 

ふんっ、と鼻をならして後を追うにこに俺は首を傾けるばかりだった。

 

 

 

 

 

集まったのはいいのだが、俺は少し迷う。

これはツッコミ待ちなのだろうか?

海未、ことり、花陽、真姫、絵里、希の6人はいつも見ている練習着に着替えていた。だが残りの三人――穂乃果、凛、にこは水着姿だった。

これは指摘するべきなのだろうかと思ったが、誰も気にしていない様子なのでここはあえてスルーしておくことにした。

 

「これがっ、この合宿での練習メニューです!」

 

ばん、と黒板に貼り付けられたメニュー表を叩くのは自信満々というような表情の海未だ。しかし、誰一人として賛同するものは居なかった。

 

「海未、一つ聞きたいんだが」

 

「なんですか、春人?」

 

「これからするのは練習やトレーニングで間違ってないよな……?」

 

「ええ、そうですよ?」

 

どうしてそんな当然のことを聞いてくるのだろうかという顔をする海未。だが、他からしたら俺の疑問はもっともだろうと視線で語っていた。

海未が組み立てた練習メニューは、いまからトライアスロンでもするのかと言いたくなるものだった。

 

「す、すごいびっしりだね……」

 

普段は上手く着地点を見つけてフォローすることができることりですら苦笑いしている。

 

「っていうか海は!?」

 

すると我慢ができなくなったのか穂乃果が叫んだ。しかしそんな穂乃果に対して海未はキョトンと首をかしげる。

 

「私ならここですが?」

 

「……ナイスぼけ」

 

それとも素で言っているのかもしれない。

 

「そうじゃなくて海だよ! 海水浴だよ!!」

 

「ああ、それならここにほら」

 

海未はメニューの一部を指す。そこには遠泳という文字が書かれていた。

 

「遠泳10㎞……」

 

「そのあとにランニング10㎞……!?」

 

穂乃果とにこが眼を剥く。確かにこの内容はいきなりはきついし、普段から積み重ねてやっている人向けだ。

それに、遠泳やランニングだけではない。ダンスの練習やボイストレーニング、精神統一など、寝る時間があるのかと心配になるほどみっちりと詰められていた。

 

……というか、精神統一はなんのためにあるのだろうか?

 

「最近、基礎体力をつける練習が減っていますからね」

 

「それは重要だけど、さすがに詰め込みすぎじゃないかしら……」

 

「大丈夫です! 熱いハートがあれば!!」

 

絵里がやんわりというが何のその。海未には通じない。

 

「熱いハートって…どっかの芸能人みたいだな」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないわよ。海未のやる気スイッチが変な方向に入っているわ。穂乃果、どうにかしなさい!」

 

「う、うんっ! 凛ちゃん!!」

 

「わかったにゃ!」

 

顔を合わせた凛は海未の手をとる。

 

「あー! 海未ちゃん、あそこ!!」

 

「えっ? 何ですか!?」

 

凛が指差す方向を眺める海未。しかし、その先には何もなくただきれいな青空が広がっている。

 

「何もないじゃないですか凛、一体何を見たんです――?」

 

問いかける海未。だがその隣にはもう凛の姿はなかった。

 

「今だあ――!」

 

「わー!!」

 

「かよちん、行くにゃー!」

 

「あ、待ってよぉ凛ちゃん!」

 

「さあ、行けー!!」

 

「ああっ! 貴女たちちょっとー!?」

 

気づいたときにはすでに遅し。海へと駆け出した穂乃果たちはあっという間に姿が遠のいた。

 

「まあ、仕方ないわね…」

 

そんなやり取りを見ていた絵里がしょうがないものを見るように苦笑いしていた。

 

「えっ……いいんですか絵里先輩――むぐっ」

 

「先輩、禁止」

 

絵里は海未の口元を人差し指で押さえる。

 

「す、すみません……」

 

「みんながフランクに接することに慣れないのは今までは部活の側面が強かったから、こうしてみんなで遊んだりする機会が少なかったからだと思うの。だからこういうのも先輩後輩の垣根を取る上では重要なことよ」

 

もちろん遊んでばかりじゃないけどね? と絵里はみんなを見ながらそう言う。

 

「さて、それじゃあ私たちも着替えていきましょうか!」

 

こうして、合宿最初の活動は"海水浴"となるのだった。

 

 

 

 

 

 

練習着が汚れてはいけないということで一度別荘に戻り、みんなは水着に着替えている。

俺は海に入るつもりは全くないのだが、海辺ということもあってそれにふさわしいものに着替える。

 

「ハルくん!!」

 

ちょうど半袖の薄手のパーカーに袖を通しているところで穂乃果が勢いよくやって来た。

 

「みんな着替え終わったよ!!」

 

ハルくんも早く行こう! という穂乃果に俺は少し焦った。

 

「ああ。だけどその前にノックぐらいはしてくれ」

 

「ふえっ?」

 

穂乃果は意味がわかっておらず、キョトンとしている。

 

「いや、何でもない。俺の都合だから」

 

俺は胸元を見られないように後ろを向いてパーカーのチャックを閉める。

 

「それじゃあ――」

 

行こうか、と言おうとしたとき、俺は言葉が出なかった。

穂乃果はさっきから水着でいたのだが、ほかの人が練習着の格好をしていたのもあって違和感しかなかった。だけどこうして改めてみると穂乃果の水着姿はよく似合っていた。

そんな彼女の水着は青と白のストライプに飾り付けの赤いリボン。穂乃果はオレンジ色というイメージがあったから意外でもあった。

 

「は、ハルくん…そんなじろじろ見られたら、照れちゃうよ……」

 

「わ、悪い…よく似合っていたから」

 

「そう…? 似合ってる、のかな……?」

 

「ああ。普段のイメージと違って可愛いと思う」

 

そういうと穂乃果は照れた表情から一変、少し不満そうな顔をする。

 

「むっ……それって普段の穂乃果が可愛くないってこと?」

 

「そうじゃない。穂乃果はオレンジ色を好んで選んでいると思ったから、水着もオレンジを基調としているのかと思っていただけ」

 

「ああ、そういう……せっかくの海だし、普段とは違う色もいいかなって。ハルくん的にはどっちのほうがよかったかな?」

 

穂乃果の問いかけに俺は少し困ってしまった。

今の水着はもちろん、穂乃果が考えているであろうオレンジ色が基調の水着も、両方似合うだろう。

 

「ん…どっちでもいいと思う」

 

「……なんか、投げやりになってない?」

 

「いや、穂乃果なら今の水着も別の水着も似合うだろうから。答えが出なかった」

 

「そ、そうなんだ。えへへ……ってそうじゃなくて! ハルくんの好みを聞いているの!」

 

「そう言われてもな……」

 

「それじゃあ、ちょっと考えてみて。今、穂乃果とハルくんは水着を買いにきています。それでこの水着と――こっちの水着を試着した私のどっちがいい?」

 

穂乃果はどこからか取り出したスマホで俺に水着を見せてくる。恐らくそれが買うかどうか迷ったものなのだろう。

俺は少し考えた後、スマホのほうを指を指した。

 

「それなら、こっちのほうがいい、のか?」

 

「そうなの? というか、なんで疑問系なのかな?」

 

「わからん。たぶん、普段一緒にいる穂乃果のカラーイメージが先行しているだけなのかもしれないからだと思う」

 

「そっか、ハルくんは普段の私のほうがいいんだ。そっかそっか」

 

「ああ。だけど今の穂乃果も十分可愛らしいと思ってる」

 

ただ、強いていうならば穂乃果らしいのが安心するのだろう。

 

「えへ、えへへ……正直に話してくれてありがと、ハルくん。それじゃあ、行こっか!」

 

「ああ、そうだな。皆のところに――ん?」

 

差し出された穂乃果の手を繋いで部屋を出ようとしたところで俺らは気付いた。

 

「絵里と海未?」

 

絵里と海未がドアの隙間から覗いていたのだ。

 

「あれっ、絵里ちゃんに海未ちゃん? どうしたの?」

 

「え、ええ。遅いと思って来たんだけど…」

 

絵里は苦笑いしながら海未に目をやる。

 

「まさかいちゃつきを見る羽目になるとは思いませんでしたね」

 

そんなことをいいながらため息を吐いた海未。

俺と穂乃果は二人の表情の意味がわからず、お互いに顔を見合わせて首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、こっちこっちー!!」

 

「早く行くにゃー!」

 

「凛ちゃん押さないで!?」

 

「わーい!」

 

「穂乃果ちゃん待ってー!」

 

「ほらほら、行くわよ!」

 

「あ、ちょっと待ってください!!」

 

「ふふふ、カメラチャンスやね」

 

にこを筆頭にμ'sの皆は海に入り水をかけあったり、ウォーターガンで撃ち合ったりと楽しそうに遊ぶ。ただ一人を除いて。

 

「真姫は行かなくていいのか?」

 

「私は興味ないもの」

 

小説に目を落としながら返答する真姫に俺はそうか、とだけ返事する。

 

「そういう春人こそ行かなくていいのかしら」

 

「俺は激しい運動がご法度――ってわけでもないが、いつ爆弾が爆発する(発作が起きる)かわからないからな。心拍数が上がることは控えている」

 

「それでよくこの合宿に来たわね? バレるかもしれないのに」

 

「俺を無理やり連れてきたうちの一人が何を言っている」

 

俺は一人でも反対意見が出たらこの合宿には参加しなかった。しかし、それは後の祭りというやつなのだろう。

皆と一つ屋根、というのは理由の一つなのだが、意地でも参加しないのというならば俺は本当()のことを言うべきだった。だが、俺はそれをしなかった。その理由も自分の中でちゃんと理解している。だから俺はこうしてここにいるのだ。

 

「まあ、心拍数が上昇するからといって発作が起こるというわけでもない。あくまで原因になりうる程度だ」

 

発作は外的要因から来るものもあるが、基本はいつ起こるかわからない。完全ランダムだ。だから俺が動くことを控えているのはただの保険みたいなものだ。

 

「ならゆっくりしていればいいんじゃない? そういうのも一つの形でしょ」

 

「それはそうなんだけどな。みんなで遊ぶのも楽しいと思うぞ。それに何より、そうは(真姫の言う通りに)させてくれないのが俺の友達――わぷっ」

 

そういった瞬間、俺の顔面に水が掛かってきた。

 

「あはは、ハルくん変な声上げてる!」

 

小さな水鉄砲を構える穂乃果が面白おかしく笑う。

 

「ハルくんも一緒に遊ぼうよ! ほらほら!!」

 

「わかったから引っ張らないでくれ――それじゃあ、俺も少し行ってくる」

 

「ええ。どうぞご自由に」

 

そうあっけからんという真姫に俺は苦笑いして穂乃果に引っ張られていく。

 

「おーい、春人くーん」

 

「春人、こっちです!」

 

「ハルトくんも一緒に遊びましょう!」

 

「春人くん! こっちこっち!!」

 

ことりに海未、花陽に凛が俺に手を振ってくる。それはいいのだが、俺は海に入るのを少しためらった。というのも、

 

「ほら、ハルくん。海に入るんだからパーカー脱いで脱いで!!」

 

そう、このパーカーを脱がなければいけないのだ。それはあまり、というより非常にまずいことだ。

 

「別に泳がないから脱がなくても大丈夫」

 

「でも、濡れたら大変だよ? そ・れ・に――」

 

穂乃果は瞳に妖しい瞳を光らせる。

 

「私たちだけハルくんに肌をさらしているのは不公平だと思うな! さあ、パーカーを脱ぐのだー!!」

 

「そういうのを理不尽って言うんだ。とにかく断る」

 

チャックに手を掛ける穂乃果の手首を掴む。普段ダンスや歌のためにトレーニングをしているとはいえ、そこは男と女。明らかな差がある。

しかし、穂乃果は不敵な笑みを崩さない。

 

「ふっふっふ、ハルくん。ハルくんは一つ忘れていることがあるよ」

 

「忘れていること?」

 

「この場にいない人たちのこと。その人たちはどこに行ったんだろうね?」

 

「……まさか」

 

俺は目だけを動かし、あたりを見渡す。視界に入るのは目の前にいる穂乃果、奥のほうにいることり、海未、花陽と凛だけ。真姫はパラソル下で本を読んでいるので、いない人間はあと三人――三年生たちだ。

そして、さっきまでいたのに今いないのなら可能性としてはただ一つ。俺は海に目を向けると海中に影ができていた。だが、気付いたときにはもう遅い。

 

「にこちゃん、絵里ちゃん、希ちゃん! 今だよ!!」

 

穂乃果の号令が出た瞬間、大きな音と共に水しぶきが上がる。そして、それと同時に背中に柔らかいものが当たる。

 

「希……!?」

 

「ごめんな、春人くん。うち、好奇心には勝てんかったよ……」

 

「申し訳ないようにいってるようだが、顔がにやけているぞ希」

 

両脇から拘束してくる希に俺は少しイラッとしながら返す。

 

「さあ、春人。覚悟しなさい!!」

 

「ふふふ、春人くん。せっかく海に着たんだから、ね?」

 

にこと絵里が両手をわきわきさせて俺に迫ってくる。あんたらおっさんか。

背中に希、腰付近にも穂乃果が抱きついきたせいで俺は身動きが取れない。無理やり引き剥がすこともできなくはないが乱暴になってしまう。さすがに穂乃果たち相手にそれは出来ない。つまり、詰みだった。

俺はなすすべなくパーカーを脱がされる。

 

「えっ!?」

 

「なに、これ……!?」

 

するとパーカーを脱がしたにこと絵里が驚愕の声を上げた。

それだけではない、遠目に見ていた真姫はチェアから立ち上がり驚いた顔をしていて、海未、ことり、凛、花陽は顔を白くしている。

 

「あれ? 絵里ちゃん、にこちゃんどうしたの?」

 

「みんなもそんな驚いて、何があったん?」

 

俺の胸元が見えない穂乃果と希は状況がわからず疑問符を浮かべている。だが拘束を解いて、俺の身体を見ると皆と同じように驚きの顔になる。

皆が見ているのは俺の左の胸元。そこには赤紫の痣が心臓付近を中心に広がっている。

 

「は、ハルくん…それ、なに……?」

 

穂乃果に問いかけられた俺は顔を逸らす。

 

「その胸の痣、どうしたの……?」

 

その指摘に俺は言葉をすぐに返すことが出来なかった。

 

「……」

 

「ハルくん……!」

 

真剣に迫ってくる穂乃果に、俺は観念したように息を吐く。

 

「これは、俺の心臓が弱い証拠だ」

 

「心臓が弱い…ハルくんが……病気、なの?」

 

病気、ということに頷くのはためらったが、ここまできたら言うほかない。

 

「ああ。俺は物心ついたときから心臓が弱く出来てしまった。この痣が出来る原因もよくわかっていない。そしてふとした拍子に発作が出る」

 

「では、春人がたまに練習に出なかったり、学校を休んだりしていたのは…」

 

「海未の想像通りだ。病院で検査があったり、発作が起きたりしていたからだ」

 

「なるほど…誰かのお見舞いもあるかもと思っていたけど、あのときに病院に行っていたのは春人くん自身ためだったのね」

 

「えりち、心当たりがあるん?」

 

「ええ。一度真姫の家の病院前で会ったことがあるの」

 

そういえば絵里とは彼女がμ'sに入る前に一度病院前で会っていた。状況が状況だったからどうして病院に来ているかまでは話さなかったが。

 

「……どうして、今まで教えてくれなかったの?」

 

悲しい目をして俺の両腕を掴む穂乃果。

 

「知られたならまだしもこんなもの()、自分から進んで教えることじゃないだろう」

 

「そうかもしれないけど――!」

 

少し怒り気味に反論しようとする穂乃果。だが、俺はそれを遮る。

 

「なら穂乃果に一つ聞く。これを知ったら穂乃果はどうしていた?」

 

「そ、それは……」

 

俺からの質問に穂乃果は答えを探す。しかしその答えを聞く前に俺は口を開いた。

 

「俺は気を使われたくなかった。疾患持ちだという認識で俺を見て欲しくはなかった。自然な俺を、ありのままのみんなで、接して欲しかった。だから教えなかった」

 

病院に行くと時折感じる同情の視線。俺の事情を知っている看護師たちのあの目が俺は嫌いだ。理屈はわかるつもりだが、上辺だけにしか感じられないのだ。

それを穂乃果たちから――友達なのだと初めて心を許していた人たちにそんな視線を向けられるのが怖かった。

 

「それだけのことだ。俺が黙っていたのは」

 

『……』

 

俺の話しに皆は声が出ないようだった。これは一度距離を置いたほうがよさそうだ。

 

「空気を悪くして悪い。一旦俺は別荘に戻る」

 

気まずい空気の中俺はその場から去ろうとする。だが――

 

「ハルくん!!」

 

「っ!?」

 

穂乃果に急に片腕を引っ張られてバランスを崩した俺は穂乃果を巻き込むように海の中にダイブした。

 

「穂乃果。なにを――」

 

俺の両頬をがっしり掴み、顔を近づけてくる穂乃果に、俺は息を呑む。

 

「馬鹿にしないでよ……!」

 

剣幕で詰め寄る穂乃果。こんな怒りを露にした表情を見るのは初めてだ。

 

「馬鹿になんてしていない。ただ俺は――」

 

「ううん、してるよ。ハルくんは今、穂乃果たちを馬鹿にするようなこと言ったんだよ」

 

「……?」

 

どういう意味か分からない俺は戸惑う。

 

「だってハルくんは穂乃果たちが病気のことを知ったら必ず同情するって決め付けているんだもん」

 

そんなことないなんていえなかった。

確かに俺は決め付けていた。ほかの人間がそうだったから、穂乃果たちも同じくそうなるのだろうと心のどこかで思っていた。

 

「確かに気を使わないなんてことは出来ないと思う。だって心配しちゃうから。だけどそれは悪いことなのかな?」

 

「それは……」

 

「ハルくんが――ううん、ハルくんだけじゃない。ことりちゃんでも海未ちゃんでも、他のみんなでも、苦しい思いをしているんだったら助けたい。辛い目にあっているんだったら支えたいって、私はそう思っちゃう」

 

そこで俺はようやく気付いた。穂乃果たちと他の人の差が。

彼女たちは良くも悪くも純粋で、底抜けに優しい。誰かを心から想える気持ちがあるのだ。

 

「話したくないことはあるのは仕方がないよ。だけど勝手にこうだって決め付けて、わかったつもりになって、話さないのはやめてよ。私たちを見くびらないでよ!」

 

「穂乃果……」

 

「たとえ病気だったとしても、ハルくんはハルくんだよ。いつも私たちを支えてくれて、見守ってくれて、手を差し伸べたりしてくれる、優しいハルくんだよ」

 

穂乃果は両手で俺の手を包み込むように取った。柔らかく、暖かな温もりが俺の手に伝わってくる。

 

「私も穂乃果と同じ気持ちですよ。春人」

 

海未が穂乃果の手の上から自分の手を重ねる。

 

「あなたが私たちに対してどこか壁を作っているのは薄々気付いてました。そしてそれにはなにか事情があるということも」

 

「海未…」

 

「言いづらいのはわかりますが、それでもやっぱり話してほしかったです。どんな事情でも、あなたと一緒にいたいという気持ちは変わりませんから」

 

「わたしもだよ。これまで春人くんは前にいてくれたけど、今度からはことりはあなたの横に並びたいな」

 

「ハルトくんももっと私たちに歩み寄ってほしいです。私たちばかりなのは、寂しいですから」

 

「春人くんは難しいことばかり考えすぎにゃ! もっと気楽に考えればいいとおもうよ!!」

 

「ほんと、この私をそこらの人と同じにしないでもらいたいわね」

 

「まあにこっちは小さいからね」

 

「ちょっと、どういう意味よ希!」

 

「春人くん。私たちも、あっちにいる真姫も、あなたを同情の目で見る人なんていないわ。あなたが私たちをしっかり見てくれたように、私たちもあなたをしっかり見ているの。だから大丈夫よ」

 

重なる皆の手に、紡がれる皆の言葉に、俺は言い表せないよく分からない感情が自分の中で渦巻く。しかしそれは決して嫌な感情ではなかった。

 

「……」

 

「ハルくん……?」

 

穂乃果が少し驚いたように俺の顔を覗き込む。その様子の意味がわからなく、俺は首を傾げる。

 

「春人くん、泣いているよ?」

 

ことりの指摘に俺は顔に手を触れる。すると海水ではない、温かな雫が頬を伝っていた。

 

「……ああ」

 

俺はまだ穂乃果たちを信じていなかった。

海未の言う通り、俺は皆に壁を作っていた。ずっと一緒にいながらも、心の奥底では気を許せていなかった。

そんな俺の皆に対する壁を穂乃果たちは崩してくれようとしている。それがたまらなく嬉しいのだろう。

 

「みっともないな。男なのに」

 

「そんなことないよハルくん。誰だって泣いちゃうときはあるよ。嬉しいって思うときは、特にね?」

 

「ああ。穂乃果の言う通りかもしれないな……」

 

俺はしばらく、涙が止まらなかった。

 

 

 




いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に~




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48.素直になれない人



どうも、燕尾です
48です





 

 

「……」

 

気持ちが落ち着いて、涙が止まった俺は居心地が悪かった。

 

「さっきのは忘れてくれ」

 

そう小さく呟くも、恥ずかしがっているのがわかっているからこそ、余計に皆の微笑みの視線は止まらない。

 

「ハルくん。可愛かったよ?」

 

「男に可愛いって褒め言葉じゃないな」

 

「いいじゃないですかたまには。そうじゃないと不公平ですし」

 

そういう海未だが、なにをもってして公平を決めているのかさっぱり理解できない。

 

「涙を見せた春人くんはいじらしくてたまらなかったわ!」

 

「絵里、それはさすがに酷すぎるぞ」

 

「ま、まあまあ! しんみりした話も終わったことだし、みんなでまた遊ぶにゃ! 凛は今度はビーチバレーがしたいな!」

 

空気換えの仕切りなおしと言わんばかりに凛がそんなことを提案する。しかし、これで終わりではない。

 

「その前に、まだ皆に言わないといけないことがある」

 

「言わないといけないこと?」

 

聞き返してくることりに俺は頷く。

 

俺の病気については大方言ったとおりだが、それでもまだ言えてないことはある。

 

「俺は…おれ、は……」

 

しかし、その先の言葉がでない。言ったら引き返せない決定的な一言の恐怖に、喉の奥が振るえた。

 

「俺は、あと――」

 

「無理しなくても大丈夫だよ」

 

そこまで言いかかったとき、優しい声色で穂乃果が遮った。

 

「ハルくんが話したくないなら無理して話さなくてもいいの」

 

「……だが」

 

「たぶんまだハルくんの中で私たちを信じられない気持ちもあると思う。だけどそれは私たちが時間を掛けて作り上げればいいと思う」

 

「そうですね。焦る必要はないと思います」

 

「それは、そうかもしれないが…」

 

「ならそれでいいの! でも、覚悟しておいてね? 今まで以上に楽しいことをしていくんだから、一緒に!!」

 

差し出される手。俺はその手にそっと自分の手を重ねる。

 

「うん! それじゃあ遊ぼっか!!」

 

穂乃果は満足そうに頷いて、俺の手を引く。

 

「真姫ちゃんもどうっ? 一緒にやらないビーチバレー?」

 

パラソルの前にいる真姫に声を掛ける穂乃果。だが、真姫は反応しない。どこか呆然としているようだった。

 

「まーきちゃーん!」

 

穂乃果がもう一度声を上げると、ハッとなってそっぽむいた。

 

「私はいいわ」

 

相も変わらない反応をしてからパラソルの元に戻って端末を操作する真姫に皆は苦笑いする。

それからはビーチバレーに水中サッカーなど日が傾くまで遊んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海水浴を十分堪能し、別荘に戻った俺たち。各々着替えてフロアで休んでいたところで夕飯の話しになった。

 

「買出し?」

 

夕食担当の一人であることりから必要なことが告げられる。

 

「うん、スーパーここからだとちょっと遠いから、誰かついてきてほしいな」

 

「それじゃあ、私行くよ!」

 

穂乃果が元気よく立候補したところで、一つの声が遮った。

 

「別に、私一人で行ってくるからいいわよ」

 

「え? 真姫ちゃんが?」

 

「私以外お店の場所わかる人いないでしょ」

 

確かにそうだ。この場の人間で店の場所がわかるのは真姫だけ。だから真姫が行くのは必然となるのだが、

 

「じゃあ、うちもお供する」

 

そこで真姫の付き添いを買って出たのは希だった。

 

「えっ…?」

 

「たまにはいいやろ? こういう組み合わせも」

 

「俺もついていく」

 

「春人も…どうしてよ?」

 

「荷物持ちは必要だろう。十人分の食料や飲み物を一人で持てるのか?」

 

「それは……」

 

「決まりやね」

 

反論できず、戸惑う真姫を置いて、話を進める希。

俺たち三人は薄手の上着を着て、別荘を出た。俺は並んでいる二人の後ろを歩き、二人の会話を静かに聴く。

 

「どういうつもり」

 

海岸沿いを歩いているところで真姫が希にそう問いかける。

 

「別に? 真姫ちゃんも面倒なタイプだなーって」

 

「……」

 

「本当はみんなと仲良くしたいのに、なかなか素直になれない」

 

「私は、普通にしてるだけで――」

 

真姫の言葉に希は足を止める。

 

「そうそう、そうやって素直になれないんよね?」

 

図星を突かれたのか、真姫はムッとした表情になる。

 

「っていうか、どうして私に絡むのっ?」

 

突っかかる真姫に希はわざとらしく考え込んだ様子を見せる。しかし次の瞬間、希の空気が変わった。

 

「ほっとけないのよ。よく知っているのよ、あなたにタイプを」

 

「……なにそれ」

 

「まっ、たまには無茶してもいいんやない? 合宿やし♪」

 

そう締めて、希は再び歩き始める。

 

――なんとなく

 

確証はないがその希が知っているという真姫と同じタイプの人間が誰なのか、俺はわかった。

それは真姫も感じ取っているのだろう。それ以上なにも言うことなく、歩みを進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

買い出しが終わった後は、ことりがすぐに料理を作り始めた。のだが、

 

「あーたたたたたたたたた! 春人、そっちのほうはどう!」

 

包丁の軽快な音と共ににこの声が飛んでくる。

 

「ああ、いまルーを入れたから混ぜながら煮込むだけ。後は皆の好みでガーリックバターライスを作るが、ニンニク抜いたほうがいいか?」

 

「花陽は白米がのほうがいいらしいから、花陽の分だけ作らなくていいわ。他は作っていいわよ。あっ、でもニンニクは少なめよ!」

 

「わかってる」

 

今は俺とにこがことりに変わって料理を進めていた。

 

「ごめんね。私が料理当番だったのに、もたもたしてたから……」

 

「気にしないでいい。にこが我慢できなかっただけだ」

 

「ちょっと、そんな言い方はないでしょう!」

 

ギャーギャー文句を言うにこだが、その手がとまることはない。

俺たちは互いの進行状況を確認しながら夕飯を作り上げていく。

 

「むぅ……」

 

そんな俺たちの姿を見て、どういうわけか穂乃果が頬を膨らませていた。

 

「どうしたの穂乃果ちゃん?」

 

「別に…なんでもないよ?」

 

「その顔はなんでもないって顔じゃないわよ」

 

真姫のツッコミが入るが、穂乃果はなんでもないと言い張る。

 

「別にハルくんと一緒に料理をして羨ましいとか、思ってないもん」

 

「羨ましいのね」

 

「やーん、穂乃果ちゃん可愛い!」

 

穂乃果に横から抱きつくことり。

 

「楽しそうにしているところ悪いが三人とも、そろそろできるから皿とか準備してくれ」

 

「はーい!」

 

「わかったわ」

 

俺の指示に素直に従ってくれることりと真姫。

 

「……うん」

 

「穂乃果?」

 

どこか納得いかないような表情の穂乃果に俺は声をかけるが、なんでもないとだけ言って穂乃果は皿を用意し始める。

 

 

 

 

 

『おおー……!!』

 

並べられた夕飯に皆の関心の声が上がる。

 

「花陽は、こっちだったな」

 

俺は白米を山盛りに盛った茶碗を花陽の前に置いた。

 

「はい! ありがとう、ハルトくん!!」

 

「なんで花陽だけお茶碗にごはんなの?」

 

「気にしないでください」

 

花陽の隣に座っている絵里が不思議そうに問いかけるが花陽は即答した。絵里は花陽が綺麗な白米が好きだというのを知らない。

 

「にこちゃんとハルくん、料理上手だったよね~」

 

「まあ、一人暮らしだと弁当や惣菜買ったりするより、作ったほうが安上がりだからな。自然としていくうちに慣れるものだ」

 

「ふふん♪」

 

得意げにない胸を張るにこ。だが、そんなにこに疑問をもった者がいた。

 

「あれ? でもにこちゃん、昼に料理なんかしたことないって言ってなかった?」

 

ことりの問いかけににこの顔が歪んだ。

 

「言ってたわよー? いつも料理人が作ってくれるって」

 

「う゛……」

 

さらに追い討ちをかけてくる真姫に、にこは身体を震わせる。

 

「そんなこと言っていたのか」

 

恐らくは真姫への対抗心だったのだろう。だがにこの胸と同じで、ない見栄は張るものではない。

 

「や、やーん! にこ、こんな重たいもの持てなーい!」

 

「馬鹿だろう」

 

「どストレートにいうんじゃないわよ春人!」

 

「い、いくらなんでもそれは無理がありすぎる気が……」

 

穂乃果のつっこみににこは我慢ならずに立ち上がる。

 

「これからのアイドルは料理の一つや二つ、作れないと生き残れないのよ!」

 

「開き直った!?」

 

「まあ、にこの虚言癖は今に始まったことでもないし、冷める前に食べようか」

 

「虚言癖までいうことないでしょうが!」

 

「いただきます」

 

『いただきまーす!!』

 

「話を聞けー!!!!」

 

地団太を踏むにこを尻目に皆は料理を食べ始める。

 

「おいしー! ハルくん、このカレーすっごく美味しいよ!!」

 

「そうか。それはよかった」

 

「コクがあって、美味しいです。こんなカレー食べたことないくらいですよ」

 

「大げさだ、海未」

 

「でも海未がそういうのもわかるほど本当に美味しいわ、春人くん。もしかしてりんごと蜂蜜を少し足した?」

 

「ああ。それとインスタントだが、コーヒーの粉を入れた」

 

「それで深みがあるように感じたのね」

 

納得する絵里に俺はよく分かるものだと感心する。きっと彼女も料理は得意な人なのだろう。

 

「サラダも美味しいにゃ!」

 

「にこっちはきっといいお嫁さんになれるで」

 

「サラダだけで評価されてもね…まあ、ありがと」

 

わいわいと色々と話しながら夕飯に舌鼓を打つ。

 

「……」

 

「どうしたの? 春人くん?」

 

隣に座っていたことりが黙った俺を不思議に思ったのか、顔を覗き込んで確認してくる。

 

「ん、たいしたことじゃない。俺は一人暮らしだから学校の昼以外は一人で食べるが、こう大勢で食卓囲むのも悪くはないって思ってな」

 

「……ふふっ、そうだね♪」

 

そうして、楽しい時間が過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 

「ふいー、食べた食べた~」

 

満足げにソファに寝転がる穂乃果。

 

「穂乃果、食べてすぐに横になると牛になりますよ」

 

「もおー、海未ちゃんお母さんみたい~」

 

そんな穂乃果を海未が窘めるも、穂乃果は文句を垂れながら足をパタパタさせる。

 

「穂乃果、横になるならせめて右半身を下にしたほうがいい。そうじゃないと身体に悪い」

 

「わかった~」

 

「春人のいうことは素直に聞くんですね」

 

「穂乃果だけに当てはまるものじゃないが、こういうときは駄目と禁止するより妥協案を出したほうが言うことを聞いてくれるぞ」

 

「まあ、それもそうですが……」

 

納得は出来ないのだろう。海未の気持ちもわからなくはないから俺もそれ以上は言わない。

 

「じゃあ、これから花火するにゃー!」

 

すると、海の時と同様に凛が唐突に提案する。

 

「その前に、ごはんの後片付けをしなきゃ駄目だよ」

 

花陽の言う通り、まずはこのテーブルの上のものを片付けるのが先だ。

 

「あ、それならわたしがやっておくよ」

 

「ことり?」

 

「ほら、夕飯の支度は私の仕事だったけど、なにも出来なかったから。後片付けぐらいは――」

 

「えっ…でも……」

 

「そういう不公平はよくないわ。みんなも、自分の食器は自分で片付けて!」

 

それに待ったを掛けた絵里は皆に片づけを促す。

 

「それに、花火より練習ですよ」

 

凛の提案の対抗として海未がそんなことを告げた。その言葉に対して、戸惑いに顔を歪めるにこ。

 

「これから……?」

 

「当たり前です。昼間あんなに遊んでしまったのですから」

 

「でも、そんな空気じゃないっていうか、特に穂乃果ちゃんはもう……」

 

チラリとことりは穂乃果に目を向ける。視線の先にいる穂乃果は猫のように身体を伸ばして、だらけていた。

 

「雪穂ーお茶まだー?」

 

「家ですかっ!」

 

さすがにこれは俺も擁護できない。でも、穂乃果の姿や皆の反応を見るとこれから練習というのもどうかと思う。

 

「じゃあ、これ片付けたら私は寝るわね」

 

すると食器を持って立ち上がった真姫が別の行動を取ろうとする。

 

「ええ!? 真姫ちゃんも一緒に花火やろうよ!」

 

そんな真姫に待ったを掛ける凛だが、それを認める海未ではない。

 

「いえ、練習があります」

 

「本気……?」

 

「そうにゃ! 今日はみんなで花火やろう?」

 

「そういうわけにはいきません!」

 

「むー…かよちんはどう思う?」

 

「えっ? わ、私は…お風呂に……」

 

「第三の意見を出してどうするのよ!?」

 

「雪穂ーお茶ー」

 

お茶ー、お茶ー、と皆の話そっちのけでお茶を連呼する穂乃果。

それぞれが自分の意見を通そうとして話がまとまらない。そんな状況に立ち上がった真姫は困惑したまま立ち尽くしている。

 

「それじゃあ、今日はもう寝ようか」

 

すると、いままで話を聞いていた希がそう結論付ける。

 

「みんな今日はたくさん遊んだから疲れたでしょ? 練習は明日の早朝から始めて、花火は明日の夜にやればいいんやない?」

 

折衷案を出す希に今まで言い争っていた海未と凛が納得する。

 

「そっか、そっちのほうがいいかも」

 

「確かに、練習もそちらのほうが効率がいいかも知れませんね」

 

「決定やね。それじゃあ、お風呂入って寝よか」

 

「それなら、食器はキッチンに運んだら水を張るだけでいい。後は俺がやっておく」

 

「えっ? でもそれはさっき……」

 

否定されたことをもう一度言う俺にことりが戸惑いながら言う。

 

「ひとりひとりやるのも時間が掛かるし、皆が風呂に入っている間にやっておく。そっちのほうが効率もいいだろう?」

 

「でも……」

 

それでもと食い下がろうとする絵里に、俺はいいんだ、と首を横に振った。

 

「明日は練習するんだろう? なら今は風呂でゆっくりして、ゆっくり寝て、万全の状態にしておいたほうがいい」

 

俺の言い分に反論する隙が見当たらないのか、絵里は迷っていた。

別に遠慮することはないのだが、こういうところで絵里は気を使ってしまうのだろう。それが悪いとはいわないが、もう少し簡単に考えればいいとは思う。

 

「……それじゃあ、春人くんお願いできる?」

 

「ああ、任せておけ。あと、その前に――」

 

俺はチラリと目を向ける。

 

「お茶ー、お茶ぁー」

 

「風呂入る前にお茶が飲みたい人は手を挙げてくれ」

 

俺は穂乃果を見ながら苦笑いしてそういうのだった。

 

 

 







いかがでしたでしょうかっ?
それでは次回へ参りましょうっ、アタッ○・チャ~○ス!






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49.遭遇




どうも、燕尾です。
四十九話目です。






 

 

 

俺は露天風呂で足を伸ばしてゆったりと寛ぐ。

食器を片付け、皆の入浴している間は持ってきた本を読みながら時間を潰し、全員帰ってきてから俺は浴場へと向かった。

 

「ふぅ…それにしても広いな……」

 

俺は湯につかりながら周りを見て一人呟いた。

こんな大きな露天風呂が別荘のもので年に数回しか使われないというのもなにかもったいないような気がする。

 

「はぁ…気持ち良いな……」

 

思わずそんなことが口に出てしまう。潮の香りと、心地良い風。いつまでも入っていられそうだ。

 

「露天風呂とか始めて入るけど、温泉旅館とか人気になる理由が少しわかるな…」

 

観光地や温泉街として売りに出しているところが繁盛しているのはこういうのも一つの理由となっているのだろう。

 

「ああ。ダメだ、これはいろいろとダメになる」

 

風呂に入ってから一時間ぐらいは経っている。いつまでもとは言ったが、そろそろ出ないと上せてしまいそうだ。

俺は勢いよく出て風呂の誘惑を振り切り、更衣室へと向かう。

ガラリと引き戸を開けると、そこには今いるはずのない人がいた。

 

「あっ……」

 

「………………穂乃、果……?」

 

忘れ物でもしたのか、穂乃果はある籠からオレンジ色の何かを取り出していた。そのオレンジ色のものが彼女の下着ということに気付くのもそう時間は掛からなかった。

俺は頭の中で状況を整理する。

忘れ物を取りに更衣室へ来た穂乃果、風呂から上がった俺、鉢合わせ。

当然、風呂に入っていた俺はタオルは持っているが一人と油断して肩にかけている状態――つまり全裸な訳で目の前の穂乃果に全てを晒している。

穂乃果も頭が付いてこないのかさっきから視線は俺の顔と、ある一点で上下に動いている。

 

「「――――っ!!!!」」

 

お互い声にならない悲鳴を上げて穂乃果は俺から体ごと反らし、俺は更衣室から慌てて出る。

 

「ごめん、ハルくん! 覗きに来たとかそう言うんじゃなくて、ええっと、忘れ物を、その…あの……あうあうあ……」

 

ドア越しに聞こえる穂乃果の声。しかし、明らかに言葉になっていなかった。

 

「わかった。何となく理由はわかったから取り合えず落ち着いてくれ、穂乃果」

 

パニックになっている穂乃果に冷静にと促す。

 

「ここは一回深呼吸だ。ほら吸って、吐いて…」

 

「スーハー…スーハー……」

 

「どうだ、少しは落ち着いたか?」

 

「う、うん…ごめん。取り乱しちゃって」

 

「いい。それより、早く忘れ物を回収して出ていってくれると助かる」

 

「うん…」

 

俺の促しに穂乃果は頷いて、がさごそと慌てたように取り出していく。

 

「ハルくん、全部回収し終わったから出てくね?」

 

「ああ、頼む」

 

ピシャリと更衣室の扉の音が鳴ったのを確認した俺はため息を吐きながら室内に入って身体を拭いてから着替える。

更衣室から出ると、穂乃果が正座しながら待っていた。

 

「このたびは粗相を犯してしまい大変申し訳ありませんでした。いかなる処罰も受ける覚悟でございます」

 

いつぞやのように三つ折指で深く頭を下げる穂乃果。前と違うところは椅子に座ってではなく地べたで土下座というところだ。

 

「いや、確認もせずに戻った俺も悪いから……」

 

「ううん、ハルくんは全然悪くないから! 穂乃果こそ忘れ物取りに来たって声掛けていればあんなこと…あんな、ことには……~~~~っ!!」

 

恐らくさっきの光景を思い出しているのか、穂乃果の顔がどんどん紅くなっていき、目をぐるぐるさせて、また音になっていないような声を上げている。

 

「恥ずかしいのは分かったから落ち着いてくれ」

 

「むしろどうしてハルくんは落ち着いていられるの!?」

 

「何て言うか自分より慌てている人を見ると自分は落ち着くからだな。たぶん」

 

もちろん最初は驚きもしたし、慌てもした。だけどそれ以上に穂乃果が混乱していたから俺はすぐに冷静になれた。

 

「……なんかずるいぁ」

 

「そう言われても困るんだが…」

 

すると不服そうにしていた穂乃果はそうだ、と何かを思い付いたように言って、ニヤリと俺を見る。

 

「えいっ!」

 

その直後、穂乃果は俺に飛び付いて腕を腰に回した。

 

「――っ、穂乃果……?」

 

「えへへ……」

 

彼女の行動の意図がわからず問いかけるが、穂乃果は笑い声だけを返してくる。それから穂乃果は俺の胸に耳を当ててきた。ふわりと漂ってくる彼女の甘い香りに俺は少し緊張する。

 

「やっぱりハルくんもドキドキしてるじゃん」

 

それはいきなり抱きつかれたら鼓動だって速くなる。だけどそんなことお構いなしに穂乃果は満足したように言う。

 

「穂乃果だけじゃなかったんだね」

 

「さっきのと今のとは違うんだけどな……」

 

安心したような気持ちになっている穂乃果に一応そう言うのだが、あまり気にした様子ではなかった。

 

「んふー、良いじゃん。お揃いだよ」

 

笑う穂乃果は腕の力を強めて更に密着してきた。

柔らかい胸の感触と共に感じる穂乃果の心の音。それは俺と同じくらい速かった。

 

「穂乃果、恥ずかしいならやめた方が良いと思う」

 

「いいの。それでも今は、こうしていたいから……」

 

「……そうか」

 

そう言ってはいるものの穂乃果の顔は離れるまで真っ赤だった。

ちなみに、この後一緒に戻ってきたことや雰囲気から勘付いた海未や絵里に問い詰められて、自爆した俺たちが説教を受けたのはまた別な話である。

 

 

 

 








短めです。ではまた次回に






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50.枕投げ




ども、燕尾です。
最近、安くて簡単な晩御飯のレシピを探しています。






 

 

 

 

 

寝る支度――とは言っても歯を磨いたり、明日の準備をするぐらいなのだが、それらを終えた皆はリビングで決められて敷かれた布団にそれぞれ位置取る。

そこまでは良いのだが……

 

「ハルくんはここだよ!」

 

穂乃果に手を引かれ連れられた場所は真ん中辺りに敷かれた布団だった。

 

「ちょっと待ってくれ。どうして俺もここで寝ることになっているんだ?」

 

「合宿だからね」

 

絵里がどや顔で言っているところ悪いのだが、それはまったく理由になってない。

 

「却下」

 

「ええっ! どうして!?」

 

即答した俺に穂乃果が驚きの声を上げる。どうしてって、あたりまえだ。

 

「質問を返すようだが、皆はどうして普通に受け入れているんだ」

 

「えっ? だってこの後は寝るだけだもん」

 

「穂乃果ちゃんの言う通り、何をするわけでもないし…」

 

「寝るだけですから、問題もなにもないと思いますよ?」

 

そう問いかけると、二年生たちは呆気からんとした表情で言う。そして三人に同調するように他の皆もうんうんと頷く。

 

「いや、だけどほら…あるだろう? 寝顔を見られるのが嫌だとか、普通に男がいるのが嫌だとか」

 

「そんなこと言うんだったら最初からあんたを連れてきていないわよ」

 

「それもそうかもしれないけどな…」

 

ここまで何もかも当たり前のようにされるとさすがに俺が考えすぎというより皆の感覚がおかしいのではないかと思う。

 

「春人くん、にこっちの言う通りもう今さらの話やで?」

 

「私たちは大丈夫って言っているのだから、大丈夫よ?」

 

それでも、女の子の中で眠るというのはいかがなものか。

色々と考え込んでいる俺。するとそんな俺の袖が、くいっ、と弱く引っ張られた。

 

「は、ハルくんと一緒に寝たいの…ダメ、かな……?」

 

不安そうな表情でまるで懇願するように言う穂乃果。そんな顔を見せられたら、強引にダメと言えなくなってくる。

 

「ハルくん…」

 

キュッと袖を掴む力を強めてくる。それには離れたくないというような気持ちが感じられた。

俺は小さく息を吐き、頷いた。

 

「わかった、俺もここで寝る」

 

「……っ、うん!!」

 

俺が折れると、花が咲いたように穂乃果は笑顔になる。

 

「やっぱり春人くんは穂乃果に甘いわね」

 

そんな俺の姿を見て絵里は苦笑いするのだった。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、電気消すわよ」

 

皆が布団に入ったのを確認したにこがリビングの電気を消す。

しん、となるリビング。寝ようとしているのだから当たり前といっては当たり前なのだが。ただ、暗くなったからといってすぐ眠くなるわけではない。

 

「ねぇ。ことりちゃん、ハルくん…」

 

「んぅ? どうしたの、穂乃果ちゃん?」

 

「なんだ、穂乃果…?」

 

声をかけてくる穂乃果に小さく返事をする。

 

「なんだか眠れなくて…えへへ」

 

「そうやって話してたらもっと眠れないわよ?」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

絵里に注意された穂乃果は慌てて謝る。

 

「海未を見なさい。もう寝ているわ」

 

「ほ~、本当だ」

 

穂乃果は少し起き上がって海未の顔を覗き込む。俺はそんなことしなかったが確かに海未ところからはもう小さな寝息が聞こえていた。

規則正しい生活を心がけている海未なら納得の寝付きの速さだ。

 

「穂乃果ちゃんも、割とよく眠れるほうだよね?」

 

確かに、穂乃果はいつでもどこでも寝るときは寝ている。

 

「それこそ時と場所を選ばすに寝ていることも多いな」

 

「それは余計だよっ――いやまあ実際そうだけど、そうじゃなくて、こういう時ってなんだかもったいないっていうか、せっかくのお泊りなのにって感じで…」

 

「気持ちはわからなくはないが、それで明日に支障でたらたぶん穂乃果は後悔すると思う」

 

「春人くんの言う通り、何度も言うけれど遊びに来ているわけじゃないのよ? 明日はしっかり練習するんだから、早く寝なさい」

 

「はーい」

 

穂乃果は素直に返事をしてから喋るのを止める。

しかし、数分後その代わりといえばおかしいのだがバリボリと何か咀嚼するような音がどこかから、というか隣から聞こえた。

 

「ちょっと、なんの音? ねえっ!?」

 

「凛じゃないにゃ~」

 

「私でもないですよ…?」

 

「誰か、電気をつけて!」

 

俺はため息を吐きながら枕元にあったリモコンに手を伸ばし証明をつける。

 

『ああ~っ!!』

 

音の発生源を特定した皆は声を上げる。

 

「やっぱり穂乃果か…」

 

「っ、――っ! ――――っ!!」

 

バレてビックリした穂乃果は食べていた煎餅が喉に詰まったのか胸を叩きながらなんとか胃に落とし込む。

 

「なにやってるの、穂乃果ちゃん…?」

 

「いや、えっと…何か食べたら寝られるかなって」

 

「だからといって寝る前に食べるのはよくないぞ…とりあえず没収」

 

「あぁ! ハルくん、返してよぉ!!」

 

あわあわと俺に手を伸ばすが、返すことは絶対しない。

 

「意地悪だよぉ~」

 

「…返してもいいけど、食べた分だけ明日の練習海未に厳しくしてもらうぞ?」

 

そういうとピタリと穂乃果はと待って伸ばしていた手を引っ込める。分かってくれた用で何よりだ。

 

「まったくうるさいわね~おとなしく寝られないの?」

 

そういって起き上がるにこ。しかし、

 

『……っ』

 

俺たちは言葉を失う。原因はにこの顔にあった。

 

「に、にこ…なに、それは……?」

 

「美容法だけど?」

 

は、ハラショー…、と顔面を引きつらせる絵里。うん。気持ちはわかる。

にこの顔は顔面パックに覆われて、所々に謎にキュウリが貼り付けられているのだ。いくら美容法とはいえその顔は誰が見ても引く。

 

「こ、怖い…!」

 

「うん……!!」

 

「誰が怖いのよ!!」

 

「いや、いきなりそんな化け物顔見せられたら誰だって怯える」

 

「化け物は言いすぎでしょ!? もういいからさっさと寝る――ふぎゃ!?」

 

にこが電気を消そうとリモコンを向けた瞬間、何かが飛来して彼女の顔面に当たった。

 

「真姫ちゃん何するのー!?」

 

「えっ!? 私はなにも……」

 

「あ、あんたねぇ…」

 

弁解しようとする真姫だったがそれを聞く前ににこの怒りの矛は完全に真姫へと向いていた。

まあ俺は希が投げているのをしっかり見ていたのだが、希に視線で釘を刺されたのでなにも言わない。

 

「いくらうるさいからって、そんなことしちゃ駄目、よっ!!」

 

「わっ!?」

 

希はもう一度にこに投げる――と思いきや、その枕は凛へと向かっていった。

 

「なにする、にゃ!!」

 

枕を防いだ凛は希に投げ返――さないで穂乃果へ投げつけた。

 

「わぷっ……よーし」

 

「うぇ!?」

 

見事顔面キャッチした穂乃果は真姫へと投げる。

 

「投げ返さないの?」

 

「あなたねぇ~――うぷっ!?」

 

わざとらしくそう問いかける希に文句を言おうとした真姫、しかしそれは別の方向から飛んできた枕によって塞がれた。

 

「……」

 

「ふふっ♪」

 

「もー!!」

 

悪戯成功といわんばかりの笑顔を浮かべる絵里。それに気付いた真姫はついに堪忍袋の緒が切れたのか声を上げた。

 

「いいわよっ! やってやろうじゃないっ!!」

 

枕を構えた真姫がその枕を思い切り投げ始める。

俺はこの騒ぎに嫌な予感を感じたので巻き込まれないようにキッチンへ移動して、飲み物の用意をしておく。

楽しそうに騒ぐ皆。飛び交う枕。それぞれが味方となり、ときには敵となり攻防していく中、そのときはついに起こった。

 

「ふぐっ!?」

 

『あっ!!?』

 

しまった、というような声が上がる。

皆が投げていた枕の一部が、唯一参加せずにおとなしく寝ていた海未に当たったのだ。

 

「……」

 

「あ、あの…大丈夫……?」

 

枕を掴み、幽鬼のようにゆらりと立ち上がった海未に問いかける穂乃果。

 

「……何事ですか」

 

普段の海未からは聞かないような低い声。寝起きだと思えばその程度なのだろうと思うが、あからさまに不機嫌さが混じった怒りの声。

 

「え、えっと…」

 

どう言い繕うか考えることりだが、悪いのは自分たちだというのは分かっているためそれ以上なにもいえなくなっている。

 

「どういうことですか……?」

 

「ち、ちがっ…狙って当てたわけじゃ……!」

 

「そ、そうだよ。そんなつもりは全然無かった――」

 

海未を巻き込むつもりは無かったと真姫と穂乃果が言うが、そういうことではない。

 

「明日、早朝から練習するといいましたよね……? それをこんな夜中に……ふふ、フフフフフ……!!」

 

「お、落ち着きなさい、海未」

 

「ことりちゃんこれまずいよね!?」

 

「うんっ…海未ちゃん寝てるときに起こされるとすごく機嫌が悪くなるから――」

 

その瞬間、ことりの言葉を遮るように轟音を上げた枕が飛んだ。

 

「あう゛っ!?」

 

「にこちゃんっ……!?」

 

勢いのある枕が顔面に当たりダウンしたにこを慌てて抱える凛だったが、悲しげに首を横に振った。

 

「もう駄目にゃ…手遅れにゃ……!!」

 

「ちょ、超音速枕……!?」

 

「ハラショー…」

 

一撃で眠りにつかせる(意識が飛ぶ)ほどの枕の威力に花陽と絵里は戦慄する。

 

「ふふ…覚悟は良いですか……?」

 

海未はこの場にいる全員、誰一人残らずに制裁を加えるつもりなのだろう。

 

「どうしよう穂乃果ちゃん!?」

 

「生き残るには戦うしか――ばふっ!?」

 

「ぴぃ!?」

 

為す術なく枕の餌食になった穂乃果の最期にことりは悲鳴を上げる。

 

「ごめん海未――うぶっ!?」

 

何とか反撃に出ようとした絵里もカウンターを食らってしまい、沈む。

海未は次のターゲットへ――凛と花陽に近寄る。

 

「凛ちゃん…」

 

「かよちん……」

 

恐怖に身を寄せひしめき合っている二人。自業自得とはいえあそこまで怯えているのを見るとさすがに助けないわけには行かないだろう。

 

「「助けてぇ――!!」」

 

「そこまで」

 

「っ、春人……っ!?」

 

「ハルトくん!」

 

枕を振り上げた海未の腕を掴み枕を取り上げる。予想だにしていなかったことに海未は一瞬とひるんだ。

 

「う゛っ!?」

 

それが隙となり、直後に横から飛んできた枕が海未の頭に当たって海未は倒れた。

 

「真姫ちゃん、希ちゃん!」

 

「…何とかなったようやね」

 

「はあ…まったく……」

 

「ため息ついているけど、元はといえば真姫ちゃんがはじめたにゃん!」

 

呆れたい気を吐く真姫に凛がつっこむ。

 

「違うわよ。あれは希が…」

 

真姫が弁解しようとするが希はどこ吹く風で、ニヤニヤしている。

 

「うちはなにも知らないけどねー?」

 

そう言いながら希は真姫に気付かれないように取った枕をうしろに隠す。

 

「あんたね~っ!」

 

「えいっ!」

 

「わぷっ!?」

 

噛み付く真姫に希は枕をぶつけた。

 

「――って何するのよ希っ!!」

 

「ようやく自然に言えるようになったやん? 名前」

 

「あっ……」

 

希に生き残った真姫以外の俺たちは静かに笑う。これならもう大丈夫そうだ。

 

「本当に面倒やな」

 

そういう希に真姫は顔を紅くする。

 

「べ、別に…そんなこと――頼んでなんかいないわよっ!!」

 

気恥ずかしさを誤魔化すかのように、真姫は希に枕を投げる。

 

「あははっ!」

 

枕に当たりながらも声を上げて笑う希。

 

「とりあえずは皆を布団に戻す。いくら夏とはいえこのまま寝るのは身体に悪い」

 

意識を失った――じゃなくて雑魚寝という形で寝てしまった人を抱える。

 

「あ、春人くん。わたしも手伝うよ」

 

「ありがとうことり、布団を整えてくれると助かる」

 

「わ、私も手伝うよ!」

 

ことりに加えて花陽も手伝いを買ってでてくれ、皆を元の位置に戻す。

 

「さて、一段落もしたことだ。寝る前に飲み物を飲みたい人は用意している――どうする?」

 

『飲みたいです!』

 

「ああ、わかった」

 

それから俺たちは一息ついてから電気を消して寝るのだった。

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか。
人生の夏休みpart lastが間もなく始まります。




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51.残りの時間



ども、燕尾です。
51話目です。






 

 

 

「……っ」

 

寝てから数時間経った頃、俺は自分の身体の異変に気付いて眠りから目が覚める。

 

「まさかっ…このタイミングで……っ」

 

心臓が収縮するような感覚にズキズキと痛む胸。瞬間的に分かる、これは発作だ。

今からでももう暴れそうになるだが、それは絶対にできない。

まだ皆が寝ているのだ。起こすようなことはしたくないし、何より起きてこれを見られるのは非常にまずい。

 

「あっ、ぐっ…うぅ……とにかく外に出ないと……」

 

なるべく音を立てないように、リビングを後にする。そして靴を履くことすらせずに俺は急いで外にでた。

 

「はぁっ…はぁっ…はぁっ……!」

 

それからはなるべく遠くに、声が聞こえないように、痛む胸を押さえながら走る。

 

「あぐっ!?」

 

しかしそれもすぐに限界を迎えた。俺は痛みが奔った拍子に躓いて地面に倒れこむ。

 

「ここならっ…まだ、大丈夫かっ………」

 

周りを見ればどこかの木々の中。ここなら誰も気付かないはず。

 

「もう、限界っ………! あ、ぐ…あぁ……あああああ――!!」

 

俺の声が木々の中に響いた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぅ…ん、ふぁ~……」

 

目が覚めた私はあくびをしたあと目を擦る。

枕投げをしたあとに床についてから、寝付くのはそう時間は掛からなかった。

時計を見れば朝の五時手前。私は周りを見渡した。

まだ皆寝ている、そう思っていたのだが、いない人が二人いた。

 

「――?」

 

どこに行ったのだろうか、ここには居ないということは手洗いや外に行っているのだろうけど。

 

「よいしょ…」

 

ぼんやりする頭で立ち上がり、私は外に出る。

そして海のほうに出ると水平線の向こう側にある朝日を眺めている希がいた。

 

「早起きは三文の徳。お日様からたーっぷりパワーをもらおっか」

 

やってきた私に気付いたのか希はそんなことを言い始めた。

 

「どういうつもり?」

 

「別に真姫ちゃんのためやないよ」

 

私が問いかけると希はそう言ってまた遠くを見つめる。

 

「海はいいよね。見てると大きい悩みだと思っていたことも小さく見える」

 

私は答えなかった。希にとって大きいか小さいかなんて分からないけど私だってそうだったように希にも悩みはあった。ただそれだけ。

 

「うちな、μ'sの皆が大好きなん。誰にも欠けてほしくない」

 

希からでた言葉に少し驚く私。まさかこのタイミングで彼女の本心が出てくるとは思っていもいなかったからだ。

 

「確かにμ'sは穂乃果ちゃんたちが作ったけど、うちもずっと見てきた。何かあるごとにアドバイスもしてきたつもり――それだけ思い入れがある」

 

それは今まで一歩下がって見てきた希の本当の気持ちの一部。それを聞けた私は少しほっとする。どうでもいいとか、嫌いだとかそんなネガティブなことを思っているとは微塵も思っていなかったけど、希が何を考えているのかはまったく分からなかったから。

 

「ちょっと喋りすぎちゃった。皆には内緒ね?」

 

すると希はまたいつもの様にふざけるような空気を作り出した。だけどそれは何かを誤魔化すように感じた。

 

「……面倒くさい人ね。希って」

 

ようやく私は気付いた。昨日の夕方に私に言ったことは希にもそのまま当てはまっていることに。本音を知ってほしいけど素直に言うこと出来ない、まさしく私に似ていた。

 

「あら、言われちゃった」

 

そう言いながらも笑う希に私も呆れたように笑う。

潮風が髪をなびかせるとき、私はどこかに行ったもう一人(春人)のことについて問う。

 

「そういえば希。話が変わるのだけれど、春人がどこに行ったか知らない分かる?」

 

話を変えて私はもう一人どこかに行った男の子のことを問う。

 

「春人くん? そういえばうちが起きたときからいなかったな。お手洗いと思ってうちは確認しないまま外にでたからようわからないかな」

 

「私も最初は手洗いかと思っていたんだけど、いなかったわ」

 

その事実に希も不思議だというような顔になる。

 

「ならうちと同じように散歩しに外に行った? でもうちより早くだと相当前になる……」

 

「――……ちなみに希は何時くらいにこっちに?」

 

「真姫ちゃんが来る二十分前くらい、かな……」

 

希が起きたのが大体四時半くらい。そのときから春人がいなかった。

目が覚めて散歩――時間的には早すぎるが、眠るためのウォーキングだといえばまだ良いわけにはなる。それだったらいいのだけど、私は別な可能性が頭に浮かんでいた。

 

 

――薬は飲んでいるが、いつ起こるかはわからない。

 

 

「まさか……っ!」

 

そう彼が言っていたを思い出すと余計にその可能性しか信じられなくなった。

 

「真姫ちゃん、春人くんがどこに行ったか分かったの?」

 

「希ッ! 今すぐ春人を探すわよ!!」

 

「えっ? ちょっと待って。きゅ、急にどうしたん!?」

 

希の手を引いて林の中に入ろうとする私を希は引き止める。だけど、いまはあの人のために一刻の猶予もない。だけど、説明はしておかないといけない。

 

「私の考えが正しければ――春人は発作を起こしているわ」

 

「発作って…心臓の疾患の、だよね?」

 

私は頷く。時間的には恐らくいまは発作はおさまっているのだろうけれど、倒れて動けない状態なのだろう。

 

「うちは春人くんの発作を起こしたところを見たことないけど、そんなにひどいものなん?」

 

酷いなんてものじゃない。自傷行為もあそこまでいったら命すら危うく見えてしまうほどだ。

 

「とにかく、早く春人を見つけないと」

 

「待って真姫ちゃん」

 

行こうとする私をまた引き止める希。

 

「焦れば焦るほど分からなくなるで。こういうときこそ慌てないで冷静に考えないと。それに――私たちだけじゃないんだから」

 

そういいながら希が指差した先には、皆の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

発作のせいで身体がだるくなった俺は起き上がることが出来ずに倒れたまま空を見上げて息を吐いた。

胸付近を中心とした身体から刻まれた数々の傷に溢れ出た血。血のせいで紅く染まった服。皆が起きる前にどうにかしないといけない。

とはいっても、今日は早朝から練習するといっていた。だとしたらもう起きて準備し始めてもおかしくはない。下手したら俺が居ないことに疑問を持って探しに来る可能性もある。さすがにこの状況を見られるのには抵抗がある。

気付かれないように別荘に戻り、傷を治療して何事もなく皆のところへ行く。

 

「無理だな…」

 

考えをまとめるのはいいものの無理な話だった。

 

「まあ、皆を起こすようなことをしなかっただけまだよかったとしておこう、かな」

 

「よくないわよ」

 

一人で完結していたら前からそんな声が聞こえる。顔を上げて確認するとそこには仁王立ちした赤毛の少女。

 

「……どうしてここにいるんだ、真姫」

 

「その言葉、そっくりそのまま返してあげるわ。春人」

 

あからさまに不機嫌になっているのがわかるため、俺はなにも言えなかった。

 

「もしかしなくても、皆気づいているのか?」

 

「私が話したから。いま皆は必死になってあなたを探しているところよ。見つけたことだし、皆に連絡するわ」

 

そう言って真姫は素早くグループチャットに打ち込む。そして返信が来たのか、真姫はわざとらしくあーあ、と呟いて俺の方をみた。とりあえず、俺に良くないことがあるようだ。

 

「覚悟しておいた方がいいわよ春人。特に誰かさんにはね」

 

それが穂乃果のことなのはすぐわかった。どう言えばいいのかいまから考えるのが大変そうだ。

 

「とりあえず、少しの治療道具は持ってきたから怪我の手当てするわよ」

 

そういいながら俺を木に寄りかからせさせる真姫。そして消毒液などをいくつかを取り出して、真姫はテキパキと俺の傷の手当てをしていく。

 

「ほら、上も脱ぎなさい」

 

「いや、それは……」

 

「脱・ぎ・な・さ・い」

 

迫ってくる真姫の迫力に負けた俺は素直に頷いて服を脱ぐ。男の肌に慣れていないのか真姫から少し息を飲んだ音が聞こえる。

 

「真姫、無理なら」

 

「無理じゃないわ。少し驚いただけ」

 

そういいながら真姫は手当てを進める。

 

「ねぇ、春人」

 

「なんだ?」

 

進めていくなかで真剣な声色で言葉を掛ける真姫に俺は軽く返す。

 

「あなたに、聞いておきたいことがあるの」

 

「あまりいい話じゃなさそうだな」

 

「ええ…こんな話をしないといけないほど理解したことに、少し後悔してもいるわ」

 

その言葉に俺はため息を吐いた。

予感はしていた。西木野先生の娘である真姫ならいずれ辿り着くことに。いくつかの心当たりから昨日海で見た痣が確信に変えたのだろう。

 

「初めてあなたに会ったときに見た症状で私は何の疾患かいくつかあたりをつけていた。だけど昨日この痣を見たとき、私の中で一つに絞られたわ」

 

「……」

 

「間違いであって欲しかった。こんなこと考えたくもなかった」

 

「真姫……」

 

「だけど、調べれば調べるほど間違いなくて……それは正しかった」

 

悲痛、そんな感情が真姫から感じられた。そしてそれに対して俺はなにも出来ない。

 

「春人、あなたは……っ」

 

震える真姫の声。もう今にも泣き出しそうな感じだった。

 

「春人、あなたに残された時間は……あとどれくらいなの!?」

 

「……」

 

「あなたの病名は心紫紋病(しんしもんびょう)。原因や心臓移植以外の治療法が未だにわからない、一度かかればあとは死を待つだけの不治の病――そうでしょ!」

 

真姫の声が響く。俺はしばらく黙っていた。

 

「……やっぱり気づいたんだな。やっぱり振り払ってでもこれ()を見せない方がよかったのかもしれないな」

 

ようやく口を開いた俺は静かにため息をついた。

 

「いずれは来ると思っていたことがこんなにも早く来るとは思いもしなかった」

 

「答えて、春人…答えなさいよ……」

 

もう伝う涙を隠すこともせずにすがり付くように寄りかかる真姫。

そんな彼女に嘘をつくことも誤魔化すこともなく俺は答えた。

 

「多く見積もっても、もう一年もない」

 

「嘘、でしょ……」

 

嘘なんかではない。真姫の父親である先生にも心臓移植しない限り来年の春を迎えられるかどうか、と言われている。

 

「せめて、もう一度だけ桜を見てから死にたいとは思うけど…まあ、厳しいだろうな」

 

「なんで…助かる道はまだあるじゃない……! 移植をして今を生きている人だっているわっ、あなただって……!!」

 

「いいんだよ、俺は。もういいんだ」

 

ここまで必死になってくれている真姫を見て俺は嬉しく思う。が、俺はそっと真姫を離した。

 

「俺はこの先の結末を受け止めているから。それに、俺のような人間より未来を開いていく意志がある人たちが生きていくべきだ」

 

「なによ、それ…どうして諦めているのよ……!!」

 

「諦めているんじゃない、受け入れているんだ」

 

「意味わかんない…一緒でしょう……」

 

そう、実際には変わらない。受け入れているといってもその実態は諦めていることと同義だ。

 

「まだ十数年しか生きていない人間(あなた)が、なに悟ったつもりでいるのよ!」

 

真姫は怒りをあらわにして俺にもう一度迫った。

 

「あなた私に言ったわよね…なにもしないで諦めるのは諦めとは言わないって。それは目を背けて逃げているだけだって! そう私に言ったあなたが目を逸らして、逃げてどうするのよ!!」

 

真姫から見たら、今の俺は逃げているように見えるのだろう。だが、

 

「手は尽くしたさ」

 

その言葉に真姫の怒気が一瞬で霧散した。

 

「心紫紋病を発病したのは小学校に上がる前。診断されてから俺は、十年近く足掻いてきた」

 

身体のあらゆるものをサンプルとして提供して、新薬や医療器具が研究開発されれば必ず治験を受けてきた。しかし、完全に解明されることはなかった。唯一進歩したことと言えば発作を少し抑える薬が出来たことぐらいだ。

 

「確かに進歩はしているから、いつかは治せる日が来るだろう。だけどその日を俺が迎えることはない。残念ながらそういうことだ」

 

色々と足掻いてきてこの結果なのだ。これが今の医学の限界なのだ。だから俺はこの考えを変えるつもりはない。

 

「だったら、その最期まで――……くっ!!」

 

真姫は何か言おうとしたのだが、それを言っても意味がないと思ったのか悔しそうに俯いた。

 

「ありがとう、真姫。そう言ってくれる優しさだけでも俺は嬉しい」

 

そんな真姫に俺は小さく笑って、頭を撫でる。

 

「だけどその優しさはこれからは(μ's)に向けてくれ」

 

「あなただってμ'sの一人よ」

 

いつもだったら嫌がる真姫が不承不承ながらに受け入れてくれることに、俺は安心する。

 

「も、もういいでしょ! 頭から手を放して!!」

 

ぱしん、と手を払う真姫。

 

「ほら、早く戻るわよ! 皆心配しているんだから!!」

 

真姫は俺の肩を担ぎ、別荘へと引き摺っていく。

別荘に戻れば中にも入らず、皆が心配そうに玄関前で待っていた。

 

「ハルくん!!」

 

着いた瞬間、俺の包帯姿を目にした穂乃果が飛びついてきた。

 

「――っ、穂乃果」

 

衝撃が傷に響き少し顔を歪めるが、何とか受け止める。すると穂乃果はポカポカと俺の胸を叩いてきた。力は弱いのだが、自分で抉った傷にちょうど当たって地味に痛い。

 

「穂乃果、痛い――」

 

そこで俺は穂乃果の異変に気付いた。

大粒の涙を浮かべ、睨んでくる穂乃果。その様子に俺は戸惑うばかりだ。

 

「急にいなくならないでよ…馬鹿…馬鹿ぁ……」

 

だが、泣きながら叩いてくる穂乃果に俺はすぐ気付いた。

 

「……ごめん」

 

頭を撫でながら謝る。だけど穂乃果は馬鹿というばかり。

しばらく俺はその言葉を受け入れ続けるのだった。

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか
ではまた次回に



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52.春人だけが居ない学校



どうも、燕尾です。
最近タイトルがまったく思いつかないです。





 

 

 

「――――っ!!」

 

ある日の朝、私は朝ごはんのパンを加えながら驚愕していた。

手にしているのはスマートフォン。その画面はスクールアイドルのランキングサイトを映している。

 

「す、すごい…!!」

 

妹の雪穂が私の横から覗き込みながら驚きの顔に染まっている。

こうしちゃいられない、と私はパンを飲み込んで急いで学校へ行く準備をした。

 

「行ってきまーす!」

 

身支度を済ませて私は元気よく家を出る。

急いで知らせたい私はダッシュで集合場所へと向かった。いつも待ち合わせている場所にはもうことりちゃん、海未ちゃんがいた。

 

「おはよう! 海未ちゃん、ことりちゃん――あれ? ハルくんは?」

 

「春人くんはまだだよ」

 

「珍しいですね、春人がこんなに遅いなんて」

 

ハルくんが居ないことに少し残念な気持ちになりながらも、それでも私は興奮冷めやまぬ勢いで言った。

 

「海未ちゃん、ことりちゃん! ランキングサイト見た!?」

 

二人も私と同じようで希望を見出したように頷いた。

 

「十九位だよ、十九位!! ラブライブに出場できるかもしれないんだよ!?」

 

ラブライブ…出場できればきっと学校もなくならない――!

 

「穂乃果ちゃん…!」

 

「穂乃果…!」

 

私たちは感極まって目じりに涙が溜まる。出場が決まったわけではないからまだ油断はできない。けど少しくらい浮かれたっていいよね。

 

「ラブライブだ…ラブライブだーー!!」

 

私は大きく叫んでこれからのために気合を入れ、気持ちを高ぶらせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハルくん…来てないんだ……」

 

学校に来てもハルくんの姿がなかった。そして彼が来ないまま先生が来てしまう。

私たちは出席を取っているなかヒソヒソとハルくんについて話をする。

心臓の病気を患っていることを知ってからもハルくんとは変わらない関係でいた。気遣うことや心配することはあってもそれは普通のことだからと納得してもらっている。

 

「春人、どうしたんでしょうか?」

 

「ちょっと心配だね」

 

検査入院の場合は事前に連絡をもらっている。だけど今日はなにも連絡なしで会えていないのだ。そのことによりいっそう不安が募る。

 

「桜坂以外は全員いるようだな」

 

「あの、先生…ハルくんは……?」

 

「なんだ高坂、あいつのことが気になるのか? お年頃だなぁ」

 

「そうじゃないです。それよりハルくんは休みなんですか?」

 

冗談に少しムッとしながらも返す私に先生はつまらなさそうにする。

 

「桜坂は風邪で欠席だ。体調次第では今週はこれないって連絡があった」

 

――嘘だ。

 

確証となるものはないけど私は直感でそう感じた。ことりちゃんと海未ちゃんも同じ考えのようだ。

そんな私たちを余所に、先生は連絡事項を伝えていく。

こうなったら、無理やりにでもハルくんのことを吐かせるべきか――

 

「以上だ――ああ、最後に高坂と園田と南。ホームルームが終わったら少し廊下に出ろ。伝えることがある」

 

「「「?」」」

 

そういう先生に私たちは顔を見合わせて首を傾げる。私たちが呼ばれるってことはスクールアイドル関連の話だとは思うけど。

でもちょうどよかった。ハルくんのことを問い詰めるのに他の人たちが聞かないようにしたほうがいい。周りはハルくんが病気だって知らないのだから。

私たちは先生の後について教室から出る。

 

「さて。お前たち三人を呼び出した理由(わけ)だが――桜坂についてだ」

 

先生の口から出たのはハルくんの名前だった。

 

「ハルくんについて…ハルくんに何かあったんですか!?」

 

「穂乃果ちゃん、落ち着いて……!」

 

「まずは先生の話が先ですよ!!」

 

掴み掛かりそうになった私を押さえ込んでくることりちゃんと海未ちゃん。

 

「これでお年頃じゃないって言っているのは無理があるだろうに……」

 

先生は私を見て小さく呟くが、何を言っているのはよく聞こえなかった。すると先生は小さくため息をついて言う。

 

「桜坂からお前たちは事情を知っていると連絡受けている。だからさっきは欠席だと濁したが…」

 

先生の次の言葉はさっきの私たちの直感が正しいことを証明した。

 

「あいつは西木野総合病院に入院した。今週来られないのはそういう理由だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

「春人くん、ため息つくと幸せが逃げるわよ?」

 

ベッドに横になっていると真奈さんが笑顔でそういいながら現れた。

 

「幸せがなんなのかわからないんでなんともいえないですね」

 

「またそういうことを言う…」

 

俺の言葉に一転して真奈さんは呆れた顔をした。

 

「皆といられている今は幸せじゃないのかしら?」

 

「……前言撤回しておきます」

 

「素直な子は好きよ」

 

よしよし、と頭を撫でてくる真奈さん。

 

「子ども扱いしないでくださいよ。それに好きの言葉は先生に言うべきものですよ」

 

「私からしたらあなたは子供で、あの人に贈るのは好きじゃなくて愛している、よ」

 

愛している、な。よくも臆面もなく言えるものだ。

 

「春人くんにはいないの? 好きな子――とまで言わなくても気になる子は」

 

そういわれて瞬間、俺の脳裏に穂乃果の姿が浮かぶ。だが俺はすぐに頭を横に振った。

 

「そんな人はいませんよ」

 

「あら。春人くんならモテるでしょうし、あなたの周りにいるのは可愛い子ばかりだから気になる子ぐらいはいると思ったのけれど」

 

そんな目で彼女らを見たことはないし、彼女らもそんな目で俺を見てはいないだろう。それに、そんな相手を俺が作れるわけがない。

 

「愛しているなんて言葉を俺が贈ったらそれはもう呪いです。真奈さんもよく分かっているでしょう?」

 

「……遠目に見たらそうなのかもしれないわね」

 

でも、と真奈さんは真剣な目で俺を見つめる。それは先程までのからかうようなものはない。

 

「決して呪いなんかじゃない。心から相手を想う言葉が呪いなわけがないわ」

 

「真奈さん…」

 

「あなたの境遇を考えればそういうことを思ってしまうのは仕方のないことなのかもしれない。でもそれを理由にしては駄目よ」

 

「……」

 

「受け入れるにしても断るにしても、ちゃんとあなたの気持ちを伝えること。じゃないと両方とも傷つくだけよ」

 

真奈さんの言う通りで、俺には否定する材料がない。しかし、

 

「……ここまで言われてなんですけど、そもそもそういう相手がまずいないんで」

 

「屁理屈が減らないのはこの口かな? ん? ん?」

 

「いひゃいです…すいはへん……」

 

頬を引っ張られ、凄んでくる真奈さんに俺は謝ることしかできない。

 

「まったく…」

 

「痛い……」

 

痛む頬を擦る俺を放置して、真奈さんは器具の準備をする。

 

「さて。お話はここまでにして、始めましょうか」

 

器具の準備を終えた真奈さんは俺の服を脱がし、俺の身体に色々とつないでいく。

 

「まさかまだ新薬の開発をしているなんて思いませんでした」

 

「当たり前でしょう。病気を治すのが私たちの仕事。それがたとえ治らないといわれてるものだとしても諦めるわけにはいかないの」

 

医療に従事する者としての信念。それだけではなく純粋に病に苦しむ人のためだとはっきりと感じられた。

 

「だから――あなたも諦めちゃ駄目よ」

 

「……っ」

 

なるほど、この母親(真奈さん)にしてあの(真姫)か。

 

「どうやらあなたのことを知ったようね」

 

「ええ、合宿のときに痣を見られて気付かれました」

 

「あの子ったら帰ってきてからずっと心紫紋病の資料を読み漁っていたわ。あなたを助けようと必死にね。真姫があんなに必死になっているのなんて久しぶりに見たわ」

 

余程あなたのことが大切なのね、とそう言いながらも苦笑いする真奈さん。その意味はよく分かっている。

高校生の真姫が今からどんなに足掻いたところで、どうすることもできない。それが現実だ。今の彼女は先が見通せていないだけ(現実を見ようとしていない)

 

「将来は有望そうですね。真奈さんも先生も安心じゃないですか?」

 

だからこそ俺は話を逸らした。真奈さんの手前、無駄だとも言い辛かった。

 

「ええ。たった一つを除いて真姫は安心ね。たった一つだけ――だから貰うなら今のうちよ?」

 

「だからなんで自分の娘を推すんですか」

 

「春人くんなら真姫を幸せにしてくれると思うから?」

 

どこでそんな信頼を得ているのか甚だ不思議だ。それに、その期待には応えられないのはこの人たちが良く知っている。

 

「俺と一緒になっても幸せにはなれませんよ」

 

「なら幸せにできるように頑張らないとね?」

 

そういいながら真奈さんは注射器を見せ付けてくる。

どうやらさっき言った通りまだまだ諦めさせてはくれないようだ――。

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に、ばいなら~





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53.行方の不安


ども燕尾です。
一ヶ月空いていたのはストックを作り続けていたからです(言い訳)






 

 

「どどどどどうしよー!?」

 

放課後。屋上で私は頭を抱えながら叫ぶ。

 

『……』

 

練習着に着替えた皆からお通夜ムードが漂っていた。と、いうのも――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったやったぁ!」

 

「部長! やりましたね、部長ぉー!!」

 

「茶道部、午後三時から一時間の講堂使用を許可します!」

 

「「やったぁー!!」」

 

目の前で喜ぶのは茶道部の部長と副部長。講堂の使用権を手に入れた二人は抱き合いながら喜んでいた。

そんな二人の姿を見ながら我らが部長にこちゃんは愚痴を言う。

 

「なんで講堂がくじ引きなわけ……?」

 

「昔から伝統らしくて…」

 

にこちゃんの愚痴に苦笑いでし返せない絵里ちゃん。

でもこれもルール。ハルくんがいつも言っているとおり、約束を守れなければ自分たちの活動の正当性がなくなってしまう。

 

「にこちゃん!」

 

エールを送る私ににこちゃんは緊張した面持ちで頷いた。

 

「見てなさい……!!」

 

「が、頑張ってください……」

 

気合が入りすぎてもはや威圧しているにこちゃんに担当の子達は少し怯えている。だが、それを止めるほど私たちも余裕がなかった。

 

「頼んだよ、にこちゃん!」

 

「講堂が使えるかどうかで、ライブのアピール度が大きく変わるわ!!」

 

私たちの期待を背負い、にこちゃんが抽選機を回した。皆が見守る中、ガラガラと音を立てて数回回された後玉が排出される。

 

その結果は――金色の玉ではなく、銀色。見事なハズレだった。

 

私たちは学園祭で講堂を使う権利を取ることができなかったのだ。

 

「残念! アイドル研究部、学園祭で講堂は使用できません!」

 

崩れ落ちている私たちを余所に、無常な宣言が伝えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今に至っている。

 

「だ、だってしょうがないじゃない! くじ引きで決まるなんて知らなかったんだから!!」

 

「あー! 開き直ったにゃ!!」

 

うるさい! と怒鳴るにこちゃんに肩を縮める凛ちゃん。

 

「うう…どうしてはずれちゃったのぉ!?」

 

「…まぁ、予想されたオチよね」

 

「にこっち、うち信じてたんよ……?」

 

「うるさいうるさいうるさーい!! 悪かったわよー!!」

 

地団駄踏んで叫ぶにこちゃん。くじ引きだからこればっかりは仕方がなく、にこちゃんを責めてもなにもならないのは分かっているけどそれでもハズレたことに落胆せずにはいられなかった。

 

「気持ちを切り替えましょう、講堂が使えない以上他の所でやるしかないわ。体育館もグラウンドも運動部が使ってるから、それ以外の場所ね」

 

「それは分かるのですが、どこで……」

 

講堂、体育館、グラウンドが使えないとなると場所なんてほとんどない。それでもできそうな場所を皆考える。

 

「部室、とか?」

 

にこちゃんの提案に私たちは一瞬想像する。だが…

 

「狭いよっ!」

 

「ぐぬぬ……」

 

九人でダンスすらできない部室では到底無理だ。

部室は却下。他にこの学校でできるところは――

 

「あっ! なら廊下とかはっ?」

 

「馬鹿丸出しね」

 

パッと浮かんだだけににこちゃんに即否定される。私も想像したらマーチングバンドのようにしかならなかった。

広い場所。皆が来そうな場所。アピールできそうな場所……いや、条件を絞ろう。

まずは広い場所が第一条件だ。広さがなければなにも出来ないのだから。そしてライブをするのに相応しい場所だ。

絵里ちゃんの言う通り、グラウンドや体育館は運動部が使っている。そのほかで広い場所は――

 

ここ(・・)はどうかな?」

 

気付けば私はそう言っていた。

 

『えっ?』

 

「ここに簡易ステージを作るの! ここならお客さんもたくさん入れるでしょ?」

 

「屋外ステージってこと?」

 

「確かに人はたくさん入れるけど……」

 

希ちゃんやことりちゃんが周りを見渡して確認しているけどそれだけじゃない。

 

「ここは私たちにとってすごく大事な場所。ライブをやるのに相応しいと思うんだ」

 

「でも、それならどうやって屋上にお客さんを呼ぶの?」

 

「確かに…ここならたまたま通りかかる、ということもないですし……」

 

絵里ちゃんと海未ちゃんはすぐさま心配を口にする。

 

「下手すると、一人も来なかったりして」

 

「ええっ!? それはちょっと……」

 

真姫ちゃんの言う通り、一人も来ないかもしれない。海未ちゃんの言う通り屋上はそういう場所だ。

でも、だからといってやめる理由にはならない。お客さんが来るかどうかは私たちの努力次第なのだから。

 

「大きな声で歌えばいいんだよ!」

 

「そんなことで簡単に解決できるものじゃないでしょ?」

 

「校舎の中や、外を歩いているお客さんが聞こえる声で歌うの。そうしたらきっと興味を持って見に来てくれるよ! えっと、駄目…かな……?」

 

振り返れば何一つ現実的じゃない意見に気付いた私は最終的に語尾が萎んで、不安げに皆を見る。

すると悩んでいる人がほとんどの中、絵里ちゃんだけがくすりと笑った。

 

「穂乃果らしいわ」

 

そう言う絵里ちゃんはどこか腑に落ちたようだった。

 

「でも、今までそうやって何とかしてきたのよね。μ'sってグループは」

 

私は照れ笑いする。今思えば絵里ちゃんの言う通り行き当たりばったりで、そのときそのときで何とか乗り切っていたような気がする。

でもそれでいいんだ。私たちができることを精一杯やればいいのだ。

 

「決まりよ! ライブはこの場所に、ステージを作って行いましょう!」

 

絵里ちゃんの一声で、学園祭ライブは屋上ステージに決まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新薬投与に検査など、一通り終わった頃には学校が終わっている時間に近づいていた。今は様子を見ながら安静にしている。

ただ病院というものはやることが終わったら暇なもので、俺は暇つぶしに本を読んでいた。

 

「ふぅ……ん?」

 

ちょうど読み終えたところで内線のコールが入ってきた。

 

「はい、桜坂です」

 

『桜坂さん。あなたに面会したいという方が来ているのですが、いかがしますか?』

 

「一応伺いますが、誰ですか?」

 

『えーっと…絢瀬絵里さん、東條希さん、それと真姫お嬢様のお三方です』

 

真姫は分かるが、絵里と希?

 

「面会します」

 

とりあえず、話しないことにはなにも分からないので面会の意を伝える。

 

『分かりました、お通しします』

 

内線が切れてから数分後、病室に絵里と希がやってきた。

 

「こんにちは、春人くん」

 

「お邪魔するで、春人くん」

 

「ああ。そこに椅子があるからそれに座ってくれ」

 

二人はそれぞれ椅子を引っ張り出し、腰を落ち着かせる。

 

「それで、一体どうしたんだ? こんなところに来て」

 

「どうしたもなにも、あなたが入院したって聞いたから心配してきたのよ?」

 

「みんなで押しかけるのも病院の迷惑になるから代表してうちらが来たんよ」

 

「大げさだ。入院と言ってもただの検査入院だぞ?」

 

「前の合宿で包帯まみれになったところを見たのに信用できるとでも思ってるん?」

 

希のどこか棘のある言葉と、厳しい目。

 

「それに春人くん、検査入院っていつも二日ほどで終わるって話じゃなかったかしら? 穂乃果たちが聞いた話だと今週はこれないような話だったみたいだけど、そこのところはどうなの?」

 

そして絵里の追加発言に俺は冷や汗が垂れる。

 

「春人くん、嘘ついてもカードで分かるよ?」

 

「どうせ後から分かるんだから今正直に答えなさい」

 

どう切り抜けようか考えていると二人から釘を刺され、退路が塞がっていく。

 

恐らく二人を上手く誤魔化しても、真姫が真奈さんから事情を聞けば伝わる。そうなればすぐにバレてしまうだろう。

なら絵里の言う通り余計な心配をさせないように今しっかりと説明した方がいいか。

 

「今回俺が入院したのは、治験のためだ」

 

「治験…?」

 

よく分かっていないのか、絵里は首を傾げている。

 

「新しい薬というのは本当に効果があるか、副作用でどういうことが起きるかしっかりと立証してからじゃないと世の中には出回らないものなんだ。だから人に使って確かめる実験をする、それが治験だ」

 

「春人くんを実験体にしているっていうの…?」

 

「極端に言えばそうなるが必要なことだからな。それに被験者からしたら治るかもしれない可能性の一つだから、そんな悪いものじゃない」

 

悪いものじゃない、と断言しなかったのは何が起こるかわからないからだ。治るかもしれないし、治らないで副作用に苦しむだけかもしれない。進行を遅らせられるかもしれないし、もしかしたら余計に悪化する場合もある。

 

「どうなるかは経過次第だから今回は一週間ぐらい様子を見ないといけないんだ。だから今すぐどうこうっていうものじゃない」

 

「そうだったのね…」

 

納得してもらって何よりだ。このまま気付かないで帰ってくれれば万々歳なのだが、そうはいかなかった。

 

「春人くん」

 

最初に勘付いたのが希だった。

 

「えっ、ちょ…希っ?」

 

絵里の戸惑いに目も暮れず、希は前に乗り出して俺の額に手を当てようとする。咄嗟のことに、俺は反射的に希の腕を掴んでしまった。

驚きと、納得と、気まずさの視線が入り混じる。

 

「やっぱり」

 

じっと見つめてくる希から目を逸らした瞬間、異変が起きた。

 

「――っ! ごほっ、ごほっ!!」

 

俺の中から何かこみ上げてこようとしてくるのだ。

 

「おええぇぇ――」

 

堰き止めることのできないものに俺はすぐ近くにあったゴミ箱に顔を突っ込んでモノを出す。

 

「春人くん!?」

 

突然のことに絵里は慌てるも、すぐに背中を擦ってトントンとゆっくりとしたリズムで軽く叩いてくれる。

ビチャビチャと撒き散らされる吐瀉物。もう出尽くしたと思ったのだが、まだ身体は出すことをご所望らしい。

 

「ごほっ、げほっ……うぇ……」

 

「大丈夫、桜坂くん?」

 

ようやく収まって来たところで看護婦がやってきた。どうやら希がナースコールを押したらしい。

 

「ええ、副作用ですので……紙コップに水を入れてもらえますか?」

 

はいこれ、と既に用意していたようですぐ渡された。俺はそれを受け取り洗面台へとよろよろと移動して口を何度かすすぐ。その間に看護婦は手馴れた手つきで吐瀉物を片付けていた。

 

「それじゃあ私はこれを片付けたらそのまま戻るから、何かあったらまた呼んでくださいね」

 

「はい…お騒がせしました……」

 

一礼しようとする俺の額を小突いて早くベッドに戻りなさいと促す。

しかし、俺はベッドに戻るのをためらった。

 

「「……」」

 

さっきから俺の様子をずっと見ていた人らがいるからだ。どうやら逃げることはできなさそうだ。

 

「えっと、その…驚かせて悪い」

 

目を逸らしながら謝る俺に二人は揃ってため息を吐いた。

 

「副作用なら仕方がないわよ」

 

「ちょっとビックリしたけどね」

 

理解ある二人で助かった。この二人じゃなかったらもっと大変だっただろう。

そんなことを思いながら、二人と途中から来た真姫の四人で今日のことについて話した。

主に月末にある学園祭で行うライブについてのこと。くじ引きでにこがハズレを引いて講堂が使えないこと。それでライブは練習場所である屋上に簡易ステージを作って行うこと。

 

「講堂の使用権がくじ引きだったって言うのは驚きだな。茶道部があの広い講堂で何を披露するんだ」

 

「まだ部活動が多かったときの名残らしいわ。講堂の使用について揉めに揉めたから、業を煮やした実行委員会がくじ引きにするって言い出したのが始まりね」

 

「そしてにこが見事にハズレを引くのは決まっていた未来だったと…」

 

「なに言っているのよ……まあ、予想されたオチではあったけど」

 

「にこっちはここぞというところでやらかす気質なんやろうね」

 

「……さすがににこが可哀想に思えてきたわね」

 

ここには居ないにこの言われように絵里がなんとも言えない顔をする。

 

「とりあえず、なんとかなるんだな」

 

「ええ。簡易ステージを作るのに色々と審査はあるけれど、ライブはできるわ」

 

ラブライブの出場をかけて最後の追い込みをそれぞれ掛けている中、ライブができないということは免れたのは本当によかった。

 

「こんなところからで申し訳ないけど、応援している」

 

「春人くんはしっかりと治療に専念してな」

 

そういう話をしているうちに面会時間の終わりがやってきた。

 

「私はまだ話したいことがあるから少し残るわ」

 

「それじゃあ私たちは帰りましょうか、希」

 

そういう真姫を残して病室から去ろうとしている絵里と希に俺は声をかける。

 

「あまり気負いすぎないように、な」

 

絵里と希は最初ビックリした様子を見せるも、頷いて帰っていく。

二人の姿が完全に見えなくなってから俺は真姫に向き直る。

 

「それで、話したいことってなんだ?」

 

「えっと、それは……」

 

問いかけると口篭る真姫。大方の予想はついているが、真姫から話すまで俺は待ちの姿勢でいる。

 

「その、調子は…どうなの?」

 

「変わらずだ。新薬の副作用で崩すときはあるけどな」

 

「そう…」

 

真姫は相槌を打ってそのまま黙り込む。最近の彼女はずっとこんな感じだ。

顔を合わせては気まずそうな顔をして、話そうとしてもなにも言葉が浮かんでこない。だから中身のない質問や話ばかりで会話がすぐ終わってしまう。

 

「真姫」

 

「なに?」

 

だから俺から切り出すことにした。

 

「無理はするな」

 

「……なんのことよ」

 

真姫は誤魔化そうとしているが隠し通せておらず、バレバレだ。

 

「ここ数日、碌に寝ていないんだろ」

 

目の下の隈がうっすらと見える。ファンデーションはしているのが分かるから、隠しきれないほど濃くなっているのだろう。

理由は言わずもがな、心紫紋病のことを遅くまで調べているから。真奈さんからも話は聞いてるから言い逃れはできない。

 

「俺は大丈夫だ」

 

「入院している人が大丈夫って言っても何の説得力もないわよ…」

 

「そういうことじゃない」

 

俺がどういうことを言っているのかは真姫も分かっているはずだ。

 

「知っているからといって真姫がどうにかしないといけない義務はない」

 

「……っ」

 

真姫は病院の院長(西木野先生)の娘ということもあって、穂乃果たちより俺の状況を正しく知っており、身近に資料がある環境下にいる。そうなれば真姫がこういう行動に出るのは予測できた。

 

「前にも言っただろ。俺はそういう気持ちでいてほしくない」

 

「違うわよ……」

 

「俺は皆の時間を奪いたくない。皆には前に進んでほしい。だから――」

 

「違う! そうじゃない!!」

 

大きな声で否定した真姫の言葉に俺の言葉が途切れる。

 

「私は貴方に救われた! あのとき貴方が私にちゃんと向き合って言ってくれたから私は本当の気持ちを知ることができたっ、前に進むことができたのよっ!!」

 

真姫が言っているのはμ'sに入る前のことだろう。そんな大層なことは言っていない。ただ上から目線で説教垂れただけなのだが、真姫はそうじゃなかった。

 

「私は春人に救われた。なのに、私は…私は貴方になにも返せないッ!!」

 

「そんなこと――」

 

気にしなくていいとそう言おうとしたが、真姫の顔を見たらいえなかった。

 

「私は春人に報いたい。それなのに、調べれば調べるほど、現実を知っていくほど私にはなにも出来ないって思い知らされて、それが悔しくて、情けなくて……」

 

それは真姫の本心だった。真姫は本当に俺に救われたと思い、次は自分が俺を救いたいと思ってくれていたのだ。

だけどそんな真姫の気持ちを現実は嘲笑うかのようにいとも容易く打ち破った。不治という壁を真姫はいち早く理解してしまった。しかしそれは決して諦めではない。

それにいくら調べられる環境下にあるといっても精々資料を読み漁ることが関の山で、できることのほうが少ないのだ。

 

「どうしてよ…どうしてなのよ……どうして私は……」

 

自分の不出来さを嘆き、崩れ落ちる真姫。

現実を知り、踏み込んでいくというのは覚悟が必要なことだ。この子はどれほどの覚悟で俺に向き合ってくれていたのだろうか。俺はそれを計り知ることができなかった。

だから俺は肩を震わせる真姫の頭に手を置いて、ゆっくり撫でた。

 

「それでいいんだ、真姫。まだ真姫は高校生だ。出来ないことが多いのは当たり前だ」

 

言うなれば真姫はまだ蕾の状態だ。花が咲くには養分(経験)や時間が足りないだけ。だがその気持ちがあれば、真姫はきっと綺麗な花を咲かすことができるだろう。

 

「悔しい想いが自分に努力をくれる、それは自分の成長の養分になる」

 

これからなのだ、真姫が成長していくのは。

 

「だから無理はしないでくれ。今は花になった人に任せていいんだ」

 

「春人…」

 

真姫は不安げに俺を見つめる。そこには本当にそれで良いのかというような気持ちが感じ取れる。そして、それを認めたくないというのも。

だがそこに一つの声が飛んできた。

 

「春人くんの言う通りだよ。真姫」

 

「パパ…それにママまで……」

 

病室に入ってきたのは西木野先生と真奈さんだった。

 

「私たちだって同じ気持ちになることがあるから真姫が焦る気持ちはよく分かる。だけど無理する姿を見るのは春人くんは望んでいないよ」

 

「でも、悠長にしていたら春人は……!」

 

「だからそれは真姫の役目じゃない」

 

「それは私たちの役目よ、真姫」

 

俺の言葉を引き継ぎ、真姫の肩に手を置く真奈さん。

 

「あなたはこれから。だから、いま無力感を感じることはないのよ」

 

「わたし、私は……――っ!?」

 

諦めの悪い真姫を俺は引き寄せる。

 

「ありがとう、真姫。もう十分だ」

 

「……っ、 ……っ!!」

 

何か言おうとしているが、まったく声になっていない。

 

「俺に報いたい、俺のために何かをしたいと言ってくれるのなら、これからも前に進んでいってくれ」

 

 

――それが俺の願いだから

 

 

真姫はなにも悪くない、これでいいんだと、俺の気持ちが伝わるように、優しく言う。

 

「春人……くっ…うぅ……うあぁ……」

 

しばらくの間、真姫は泣き続けていた。まるで自分の不甲斐なさを責めるように、懺悔するように――

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に




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54.迷走していく事態



ども、燕尾です
54話目です。





 

 

 

「すまない、春人くん。どうやら今回も……」

 

診察室に入って腰を落ち着けた俺が西木野先生から最初に聞いたのはある程度予想された言葉だった。

 

「謝らないでください。仕方のないことです」

 

本心でそういったのだが、西木野先生は少し顔を歪ませた。

 

「君は、怒らないのかい?」

 

「どうしてですか?」

 

「私たちは結局、君を苦しませてしかいない。君は私たちを責める権利だってある」

 

「責めても意味ないことですし、西木野先生たちが裏で苦労しているのも知っているので。それにエネルギーを使うことはしたくないですから」

 

「最初と最後が本音よね、それ」

 

話が聞こえていたのか、真奈さんが呆れた声いいながら診察室に入ってきた。

 

「そうすることで治るのならいくらだって責めてあげますよ? 新しい治療法ですし世界中で注目されること待ったなしです」

 

「これは手厳しいね」

 

「気にするなっていう話です。治験を受けることについての同意書は書いてますし、今後のためにあなた方もデータは欲しいでしょう?」

 

治験は"治療の実験"だ。実験はデータ取りが主だから症状の緩和や回復はあれば儲けもの程度に考えている。

 

「だからいいんですよ、あなた方が罪悪感を感じる必要はないんです」

 

「……君はもっと自分を大切にするべきだよ」

 

「……」

 

それを望んでいる(真姫のような)人がいることを春人くんも分かっているはずだ」

 

「……ええ」

 

「それがわかっているのなら、もう少し耳を傾けてもいいんじゃないかしら?」

 

「……そうですね」

 

歯切れが悪いわね、と真奈さんに苦笑いされる。

くすぐったいのだ。こういうことを言われることなんて今までほとんどなかったのだから。

 

「今になってこんなことを耳にする機会が多くなりました。そう望んでくれる人がいるんだって、あいつらのような人ばかりじゃないって、思うようになりました」

 

たどたどしい言葉で、俺は紡いでいく。

 

「以前まではもう頑張らないって思っていましたけど、今はもう少しだけ頑張ろうって思ってはいます。だから――」

 

「「!」」

 

「――よろしくお願いします」

 

俺は頭を下げる。これから苦労をかける二人に。そんな二人は驚いたように俺を見る。真奈さんにいたっては口を押さえて目尻に涙を浮かべている。

 

「ああ。全力を持って、君の治療をするよ」

 

そして真奈さんの気持ちを含めたように西木野先生はそう約束してくれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「春人」

 

退院手続きをして二人に見送られ、門の前まで歩いたところに居たのは海未だった。

 

「海未…? どうしてここに……?」

 

「春人の退院日が今日だと聞いていたので」

 

そう言う海未の表情は明らかに祝うものではなかった。それに気づいた俺は彼女が言い出す前に問いかける。

 

「何か相談したいことがありそうだな」

 

「はい、退院直後で申し訳ないのですが……」

 

「気にしなくていい。そうしないといけないほど海未も悩んでいるんだろう?」

 

「やはり、春人には敵いませんね…」

 

「ついてきてくれ」

 

話をするのなら家の方がしやすいので海未を連れて自宅へと向かう。

 

「春人、ここは……」

 

通算三度目ともなると説明するのも面倒臭く感じてしまうが海未は初めてだから仕方がない。

 

「俺の家。誰も居ないから入ってくれ」

 

「……」

 

鍵を開けて案内しているのだが海未はドアの前から動かない。

 

「海未?」

 

声をかけると海未はハッとした様子で慌て始める。

 

「す、すみません。男の人の家にお邪魔するのは初めてなもので…」

 

「別に変わった物なんてない。どこの家とも大差ない家だ」

 

そうは言うものの、海未にとっては"他人の男が住んでいる家"というのが頭の中にあるのだろう。ビクビクしたように家の中に入る。

 

「冷たいお茶でいいか?」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

俺は作り置きしていたお茶を注いでお菓子受けと共に海未に出す。

 

「好きに食べて」

 

「そんな、気を遣わなくてもいいですよ。それに…今は節制中ですし……」

 

恥ずかしそうにお腹周りを擦る海未。

 

「別に食べ過ぎなければなんでもないし、そもそも海未は綺麗だから気にするこないと思うけどな」

 

「なっ、なっ……!?」

 

普通に思ったことを言ったのだが、海未は沸騰するように顔を赤くした。

 

「何を言っているのです! 恥ずかしいことを言わないでください!!」

 

「恥ずかしいことなのか…?」

 

しっかり食べてしっかり運動しているのだから痩せ過ぎということもなく太っているというわけでもなく、健康的で綺麗だと思っていたが。

 

その話をすると海未は顔を赤くしたまま納得するも、

 

「お願いですから…春人はもう少し言動に気をつけてください……」

 

と、不思議なことを言われた。

それから海未は本題に入る合図のように咳払いをする。

 

「改めて――今日はありがとうございます」

 

「まあ、俺も一応μ'sのメンバーってことになっているからな」

 

「一応ではありませんよ、暦としたメンバーです――ですが、今はそう言えるようになっただけ良しとします」

 

「……それで、一体何があったんだ?」

 

恥ずかしさを誤魔化すように俺は本題を海未にぶつける。

 

「穂乃果と、ことりのことです」

 

海未は今おきていることについて正直に全部話した。

 

「学園祭のライブに向けての話は、絵里や希、真姫から聞いていると思います」

 

「ああ。講堂が使えないから屋上で簡易ステージを造ってライブをやるんだよな」

 

はい、と海未も頷いているから聞いた話に間違いはないようだ。そもそもあの三人(絵里・希・真姫)が間違った話をしてくるとも思ってはいなかったが。

大変だと思うのは普段の練習に加えてそのステージを造らなければならないというぐらいの認識だ。

だが、海未は首を横に振った。

 

「学園祭のライブでは新曲も作ることになっています」

 

「……それって、かなりハードなスケジュールになってないか?」

 

「はい。ですがラブライブ出場をかけて、どのグループも最後の追い込みを掛けています。講堂のことは運が悪かっただけですし、多少ハードになってもやり遂げようというのが私たちの意志でした」

 

なら一体何が、とそこで俺は最初の海未の言葉に振り返る。

 

――穂乃果とことりのことです。

 

それが思い起こされただけで俺はなんとなく想像できた。

 

「――穂乃果が暴走し始めているんだな? そしてことりもそれを止めようとしていないのか」

 

「さすがですね」

 

「前科があるからな、あの二人には」

 

だが、今回はもっと酷いようだ。

 

「ええ。穂乃果は向上心を持ちすぎて歯止めが利かなくなっているんです。ここ数日も夜遅くまでランニングや練習をしたり、徹夜して振り付けを考えてきたりと」

 

振り付けを変えることは言葉にしたら簡単だが、実際に行うとなると大変である。

振りから振りへの移動や全体とのバランス、全員の息の合わせ方、曲との合わせ方など、色々なことを考えなければいけなく、そしてそれをモノにしなければならないのだ。

 

「それに、休むということを許さなくなっているんです。自分にも他の人にも」

 

「!」

 

思っていたよりも大分酷いようだ。歯止めが利かない上に周りが見えなくなっている。今の穂乃果にはラブライブしか見えていないのだ。

 

「海未が分かっているのならことりだって分かっているはずだ。ならどうしてことりは止めようとしない」

 

「ことりは、ずっと上の空なんです」

 

「どういうことだ?」

 

さすがに意味が分からなかった俺は聞き返す。

 

「それは…」

 

そこで海未は言い淀んだ。これを言ってしまってもいいのか、そんな葛藤が見て取れた。

だがこのままでは話が進まないのがわかっていたのか、海未は決心したように口を開いた。

 

「ことりに、留学の話が来ているんです」

 

「……なるほどな」

 

あらかた話は理解できた。そしてそれに対することりの状況にも。

 

「迷っているのか。いろいろと」

 

「ええ。そしてもしものために穂乃果が後悔しないように、穂乃果の言うこと全てを受け入れているんです」

 

「ことりが返事するまでの期限は?」

 

「学園祭当日ですから、来週ですね。ですが今のことりの様子では…」

 

留学するにもしないにも結論を早めに出して気持ちを切り替えてくれるのが一番良いのだが、恐らくはギリギリまで引き伸ばすだろう。それは容易に想像できる。

あくまでも留学の話が来ているのはことりなのだ。俺たちが結論を促すことはできないし、するべきしないべきなんて言えない。

はぁ、と深くため息を吐く。考える限り状況は最悪だ。

問題に問題が重なって複雑になっている。

 

「ことりに関してはなにも言えない。留学の話はことりが自分で決めないといけないから」

 

「そう、ですか…」

 

「穂乃果も練習中は皆で納得させて強引に休憩させたりすることしかできない。夜は穂波さんや雪穂ちゃんに協力を仰ぐほかどうしようもないな」

 

「……ですよね」

 

海未も深い、本当に深いため息を吐いた。

 

「大した解決策を出せなくて悪い」

 

そういうと、海未はガバッと立ち上がり前のめりになる。

 

「春人が悪いのではありません! むしろ春人には感謝しているんですから!!」

 

「うん。そう言ってくれるのは嬉しいけど、落ち着いてくれ?」

 

シーンとなる居間。時計の秒針の音が響く。

 

「す、すみません…」

 

仰け反りながら言う俺に今の状況に気付いた海未は恥ずかしそうに正座する。

 

「とりあえず。学園祭までもう一週間もないが明日から学校には行けるから、まずは俺もことりのことは伏せつつ穂乃果と話してみる」

 

「春人の言うことでしたら私より聞く耳持ってくれるかもしれないですね」

 

「? どういうことだ?」

 

言葉の意味がわからない俺は問いかけるも海未は何でもありません、とはぐらかすだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穂乃果のことは海未から聞いていたが、どうやら俺の想像を上回っていた。

 

「ハルくん! もう大丈夫だよ!!」

 

休憩からまだ一分も経っていないというのに穂乃果は次の練習をしようとしていた。

 

「まだ駄目、休憩は十分。しっかり取ること」

 

「そんなに休憩したら体が鈍っちゃうよ!」

 

「鈍らない。どうしてもっていうなら軽く柔軟でもしてなさい」

 

「柔軟なんてしてる場合じゃないよ!」

 

加入当時の絵里が聞いたら確実に怒られるようなことを言う穂乃果。

 

「ライブまでもう時間がないんだよ!? 学校やラブライブ出場のために最っ高のライブにしないといけないんだよ!?」

 

「そうだな。その気持ちは大切だ」

 

「だったら――!」

 

「最高のライブにするためには万全の態勢で臨まないといけない。その中にはコンディションってものがあることぐらいわかるだろう?」

 

「そ、それは…」

 

「休憩も十分に取らないで誰かが怪我してしまったら? 体の調子を落としてしまったら? それでライブをやったとしてもそれは本当に"最高のライブ"だったって穂乃果は胸張って言えるのか?」

 

「……言えない」

 

「だったら、休もうな?」

 

「はーい……」

 

渋々、そして本当に不服そうだが穂乃果は座り込んで飲み物を勢いよく飲む。どうやら身体は水分を欲していたらしい。

その様子を見て俺はどうしたものかと頭を掻く。

今のように説得しつつなるべく、無理をさせないようにしていけば良い。

しかし、俺の目の届く範囲はできても他はそうはいかなかった。

家に帰れば、穂乃果は夜遅くまで走りこんだりしていた。

それについても俺は根回ししていたのだが、

 

『すみません春人さん。私やお母さんじゃ言うこと聞いてくれなくって、止めるのはできませんでした…春人さんの名前を出してようやく少し早く帰ってくるようになったぐらいです』

 

夜、雪穂ちゃんからの連絡で受けた報告は大体予想通りのものだった。

 

「いや、雪穂ちゃんが謝ることじゃない。むしろ迷惑掛けて悪い」

 

『そんな! 全然迷惑じゃないですし、春人さんの心配も分かってます! お姉ちゃんってば昔っから無理ばかりしますから』

 

でも、と雪穂ちゃんは続ける。

 

『"自分が誰よりも頑張ってライブを成功させるんだ"って、"自分がやるって言い出したんだから"って――そう言われちゃうと、私もお母さんも無理やり止めさせることはできませんでした、ごめんなさい……』

 

「だから雪穂ちゃんが謝らなくていいよ。雪穂ちゃんが穂乃果を応援したいって気持ちもわかるから」

 

雪穂ちゃんからの報告を聞いた後、それからは雪穂ちゃんの話に移った。音乃木坂の学園祭に来ること、廃校がなくなるのなら、音乃木坂学院を受けたいということなど。

 

『お母さんやお姉ちゃんには言ってないんですけどね。亜里沙も絵里さんには内緒で勉強を進めているようです』

 

「そうか。まあ、驚かせてあげるといいよ。雪穂ちゃんたちも受験勉強頑張って」

 

『はいっ――と言いたいんですけど、春人さんにお願いがあるんです』

 

「どうした?」

 

『その、時間があるときでいいので私と亜里沙に時々勉強を教えてくれませんか? 自分たちで勉強してはいるんですけど、やっぱり教えてもらったほうが捗るというか……』

 

駄目、ですか? と不安そうに問いかける雪穂ちゃん。

それに対して俺は断る理由もないので引き受けた。

 

「かまわない。二人の都合のいい時間を教えてくれ。それに合わせて勉強しよう」

 

『ありがとうございます!』

 

「教えるのはいいが手は一切抜かないからな?」

 

『お、お手柔らかにお願いします…』

 

冗談だと言い、時間も時間なので別れの挨拶を交わし、俺は電話を切る。

 

「さて、どうしたものか…」

 

俺がやることに雪穂ちゃんたちに勉強を教えることが増えたのは問題ではない。目下の問題は穂乃果のことだ。

 

「自分が言い出したから、自分が誰よりも頑張ってライブを成功させる、か……」

 

その気持ちを持つのは悪いことじゃない。先頭に立ってその姿を見せるのはいい。

だが、今の穂乃果は大切なことを見失っている。

 

「それに気付けばいいが…」

 

学園祭まで残りわずかとなった今、穂乃果が気付くことはないだろう。

ならば俺にできるのは学園祭を無事に向かえ、無事に終えるのを祈ることだけ。

そう都合の良いことを願いつつ俺は寝転がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、俺は分かっていた。この世には都合のいいことなんてほとんど存在しない。都合の悪いことだらけでどうしようもないことが溢れている、そういう風にできていることを。

そしてそれがこれから、彼女たちに襲い掛かることも――俺は微かに感じ取っているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
皆さん、生活習慣と不摂生には気をつけてください。
私は今それが原因で大変な目にあっていますのでw


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55.別つ気持ち



どうも、燕尾です
55話です





 

 

 

学園祭前日。

電話が鳴ったのはその日の夜のことだった。

ディスプレイを確認すると電話をかけてきたのは雪穂ちゃんだ。

俺は迷い無く電話に出る。

 

「もしもし、雪穂ちゃん?」

 

『こんな夜遅くにすみません春人さん! お姉ちゃんが――』

 

 

 

 

 

「……分かった、任せておいてくれ」

 

雪穂ちゃんから話を聞いた俺は頭を抱えながらそれを悟られないように言った。

 

『すみません…本当にお姉ちゃんが迷惑を……』

 

「だから雪穂ちゃんが謝ることじゃない。ちゃんと話を聞かせられていない俺が悪い」

 

「お姉ちゃんのこと、お願いします」

 

「ああ」

 

雪穂ちゃんとの通話を終えた俺は急いで外へ出る。

外は強い雨足が音を立てている。だというのに穂乃果は雪穂ちゃんの制止を振って走りに行ったというのだ。

傘を差して俺は穂乃果が現れるであろう場所へと走る。

そしてやってきたのは、神田明神だ。

 

ここに穂乃果はやってくる――そんな確信めいたものを俺は感じていた。

 

石段の頂上で俺は雨に打たれながら穂乃果を待つ。傘は走っていたときに襲ってきた強風で壊れていた。

俺が着いてから何分経ったかは分からない。十分、二十分――一時間までは経っていないだろうが、ようやく荒い息遣いと共に石段を踏んで上がってくる音が聞こえてきた。

 

ピンク色を基調としたレインパーカーを着た少女が駆け上がってくる。俺はそれが顔を見る前も無く穂乃果だと分かった。

 

「何をしている穂乃果」

 

「ハルくん…!? どうしてここに……!?」

 

穂乃果はいるとも思っていなかった俺に驚いていた。

俺がいることはどうでもいい。それよりも大事なことがある。

 

「何をしていたのか、それを答えてくれ穂乃果」

 

穂乃果が言わなくても雪穂ちゃんから聞いていたから分かっている。しかし、穂乃果に自覚をさせるために俺は問いかけた。

 

「それは……」

 

穂乃果は言い淀み、黙ってしまう。だが今回ばかりは容認できない。

 

「答えろ、穂乃果」

 

だから俺の口調が自然と強くなっていた。

 

「走ってた…」

 

雨の音に消えそうなほど小さな声で穂乃果は呟いた。小さい子供が親に怒られているときのような自信ないように答える。

うつむく穂乃果に俺は小さくため息を吐く。

いまさらやったことをなしにはできない。それをこの場で咎めるのも効率的ではない。今やるべきことは穂乃果を早く休ませることだ。

 

「帰るぞ」

 

それだけを言って彼女の手を取る。しかし、

 

「や、やだ……」

 

穂乃果は俺の手を拒絶する。

 

「本番は明日だからもう少し練習したい…!」

 

逃げるように走り去ろうとする穂乃果。そんな彼女の腕を俺はがっしり掴んだ。

 

「駄目だ」

 

「どうして!?」

 

はっきりと告げると穂乃果は振り返りながら声を荒げた。どうやら何もわかっていなかったようだった。

 

「明日本番なんだよ!? ラブライブの出場が掛かってて、廃校だって掛かっているのに、自分にできることをして何が駄目なの!?」

 

「前にも言ったはずだ。いいパフォーマンスをしたいのならコンディションにも気を使わないといけない。こんな雨の中走ったら体調を崩しかねないだろ」

 

「自分のことは自分が一番分かってるよ!」

 

「分かってないから、こうして止めているんだろ」

 

今の穂乃果は無理を前借しているようなものだ。そのツケは必ず来る。それが明日で無ければいいのだが、確実に無いとはいえない。

 

「明日が本番だからこそ、十分に休んで体調を整えて望んでほしいから今日は練習は少なめにした。それは俺だけじゃない。絵里だって言っていたし、他の皆も納得していただろ」

 

大半は穂乃果に休んでほしいという気持ちからなのだが、これでは皆の好意も無駄というものだ。

 

「私は違うよっ、本番だからこそじっとしてられない! 終わってから、まだやれてたなんて思いたくない! 後悔なんてしたくないもん!!」

 

穂乃果の言い分だって分からなくはない。だがそれは直前にまでやることではない。

 

「私が言い出したんだもん! スクールアイドルをやるって! だったら私が誰よりも頑張ってライブを成功させないといけないじゃん!」

 

雪穂ちゃんから聞いていた言葉。立派な志ではあるが穂乃果はやはり大事なことを見落としている。

 

「穂乃果」

 

だから――これだけは言いたくなかったが、言うしかなかった。

 

穂乃果一人(・・・・・)が頑張ったところで、何も変わりはしない意味なんてありはしない(・・・・・・・・・・・)

 

「ッッ!!」

 

穂乃果の表情が変わった。それは驚きと、悲しみと――怒りだった。

この意味が分かっていない穂乃果は俺に詰め寄る。

 

「ハルくん」

 

俺の名を読んだ次の瞬間、パァンと乾いた音が耳元で鳴り響いた。

 

「……」

 

頬にヒリヒリとした痛みが広がる。叩かれたと俺が気づいたのはそのときだった。

 

「どうして、そんなこと言うの……」

 

穂乃果の悲痛な声色が耳に入る。

 

「ハルくんにだけは、そんなこと言われたくなかった……!」

 

俺を睨みつけている穂乃果の目には涙が浮かんでいた。

 

「もうハルくんなんて知らない!!」

 

それだけを言い残して穂乃果は走り去っていく。

 

「穂乃果っ――」

 

反射的に彼女を追いかけようとしたとき、胸が痛んだ。

 

「――っ!! こんな、ときに――!」

 

息ができない。いつもより痛みが強い。まるで穂乃果を追いかけさせまいとするように締め付けが大きかった。あまりの痛みに俺はまだ発作が本格的に起こったわけではないのに倒れてしまう。

 

「くそっ……穂乃、果……!」

 

走り去ったほうを見ればもう穂乃果の姿は無い。そこにあるのは闇に覆われた空間だけ。

 

「ああ……あああああああああ――――――!!!!」

 

そしてその闇に溶けるように叫び声が消えていくだけだった。

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ではまた~




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56.学園祭



ども、一ヶ月あきました






 

 

「穂乃果ー! そろそろ起きなさい!」

 

お母さんの声が聞こえて瞼の裏に光を感じた私は目が覚める。

 

「今日は文化祭で早起きするんじゃなかったの?」

 

呆れたお母さんの声。

そうだ、今日は文化祭だ。ラブライブや学校の存続をかけた大切なライブがある。だけど、

 

「――くしゅん!」

 

なんだかボーっとする。思考がまとまらない。身体は熱いのになんだか寒気がする。

 

とりあえず起きないと――

 

「え……わっ!?」

 

体がふらついて座り込む。ベッドから数歩歩いただけで倦怠感が強まった。

 

「あれ……――っ!」

 

小さく呟いたところでようやく私は気付いた――風邪を引いてしまったのだと。

 

どうしよう……! どうしよう……!! 今日は大切な日なのに……!!

 

――でも、今日だけは休むわけにはいかない。

 

私は気合を振り絞って立ち上がり、学校へ行く準備をする。

朝ごはんもいつもはパンを二枚食べるけど全然喉が通らない。ゆっくり食べる私に対して雪穂が怪訝な顔をする。

 

「お姉ちゃん、まだ寝ぼけてるの? 今日はライブでしょ? しっかりしなよ」

 

「う、うん! 大丈夫だよ!」

 

私はいつも通り食べ進める。

苦しいけど、こんな状態お母さんや雪穂にバレるわけにはいかない。

 

できるだけいつも通りにしないと――

 

「……」

 

「いってきまーす!」

 

制服を着て、私は家を出る。何とかお母さんや雪穂の目は誤魔化せた。後は皆に気付かれないようにライブを成功させるだけ。

そう思っていたのだが、私の考えは早くも崩れ去りそうになった。

 

 

 

 

 

「穂乃果」

 

 

 

 

 

「は、ハルくん……」

 

家から角を曲がってからすぐに、ハルくんがいた。

 

「お、おはよう…ハルくん……」

 

昨日の今日で、私は目を合わせられなかった。

言い合いをしたからといって感情任せで頬をぶってしまった相手を目の前にどんな顔をしていればいいのかわからないのもある。だけど何より、ハルくんが言っていたことが全部こういうことが起きるかもしれないとちゃんと考えてくれていたからだというのに今さらになって気付いて、結局、気まずそうな挨拶しかできなかった。

 

ただ今ばかりはそれでもよかった。私の状態を知られるわけにはいかない。風邪を引いたなんて知られたらハルくんは絶対、どんなことしてでも私を止めるだろう。それだけは絶対に嫌だ。

私とハルくんは並んで、無言のまま学校へ向かう。

 

すぐ近くの信号を待っているところで私はハルくんをチラリと見る。いつも通りの様子のハルくん。まるで昨日のことはなんとも思っていないような、そんな様子。

 

「ハルくん…」

 

「なんだ?」

 

「どうして私の家の近くにいたの?」

 

それが納得いかなくて、私はつい問いかけてしまった。そんなの、普段の私ならわかっていたはずなのに。

ハルくんが私の目の前に立ち、目線を合わせる。

 

「――ひゃん!」

 

直後、額に冷たいものが触れて私は小さい悲鳴を上げる。

しまった、と思ったときにはもう遅かった。

 

「やっぱりな」

 

ハルくんの小さいため息が耳に入る。

 

「すごい熱。そんな状態で学校に行こうとしたのか?」

 

ハルくんの言葉は今の私には責めるようにしか聞こえなかった。

 

「穂乃果――」

 

「待って、お願い!! なにもしないで!!」

 

ハルくんの次の言葉を待たずに、私は傘を捨てて彼に縋った。

 

「私が悪いのはわかってる、でも今日は絶対に休みたくない! 絶対に無事に成功させるから!! だから――ごほっ、ごほっ!!」

 

興奮して咳が出てしまう。そんな私の背中をハルくんは雨に濡れないように傘を傾けて優しく擦ってくれた。

 

「落ち着け穂乃果。余計に身体に障るから」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 

もう謝ることしかできない。自分のしたことに後悔が募り、涙が出てしまう。

 

「今日のライブの意味も、それに掛ける穂乃果の気持ちだってわかってる。だけどこのままというわけにもいかない」

 

ハルくんはまるで親のように、私に聞かせるように言いながら涙を拭ってくれ、それからバッグからあるものを取り出した。

 

「だから、とりあえずはこれを飲め」

 

「ハルくん…これ……」

 

ハルくんが取り出したのは解熱剤だった。

 

「こうなった以上本当は止めるのが一番で、これ(・・)使わずに今日が終わればそれでよかったんだが、そうもいかないだろう」

 

ハルくんはわかっていたのだ、こうなることが。

いや、わかっていたわけじゃない。もしものことを考えて色々なものを用意していただけだ。

ハルくんから薬を受け取って飲んだ後、彼は一枚ジャンパーを取り出して、傘を私に持たせて屈んだ。

 

「とりあえずジャンパー羽織るんだ。誰にも気付かれないような場所まで背負っていくから」

 

私は素直に指示に従ってジャンパーを羽織り、ハルくんの背中に乗りかかる。

 

「しっかり捕まってろ。片方でしか支えられないから。それと恥ずかしいと思うが、我慢してくれ」

 

「ハルくんなら、大丈夫だよ。それに迷惑を掛けているのは…私なんだから……」

 

「そうか」

 

それだけ呟いてハルくんは傘を私から取って私が腕を回したのを確認した後、片腕で私を支えながら立ち上がる。

 

「それじゃあ、行くか」

 

「ハルくん、ごめんね……」

 

私は落ちないようにギュッと腕の力を強める。ハルくんの背中は温かかった。

背中だけじゃない。このジャンパーだってそう。それに今だって歩くときは振動がなるべく私に伝わらないようにゆっくりとしているし、私が濡れないように傘の位置も気にしながら持ってくれている。

考えれば今まで掛けてくれた言葉や、やってくれたこと、ハルくんがしてくれたこと全部が温かかった。

 

なのに私は、そのことに全然気付いてなかった。

 

「本当に、ごめんね……」

 

「とりあえず全部終わってから。短い時間だけど休んでおくんだ。幸い今日は少し遅れたって大丈夫だからな」

 

どこかぶっきら棒にも聞こえるであろうハルくんの声。まっすぐ前を向く彼の顔、感じる体温、心の音。

私はハルくんの全部に安心して、そのまま意識が落ちるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果、学校に着いたぞ」

 

「ん…んぅ……」

 

学校が目の前のところで穂乃果を起こす。穂乃果の意識が覚醒したところで地に下ろした。だが、

 

「――っと、大丈夫か?」

 

すぐにバランスを崩した俺の片腕にしがみつく穂乃果を支える。

 

「ごめん、校舎までこのままよりかかっていい?」

 

俺は頷いて片腕を抱いて寄りかかる彼女を傘で隠しながら学校へ入る。

校舎に入ればピッタリくっつかれているところを見られるわけにはいかず、一歩離れて歩く。

それでも近い距離なのだが、幸い周りは文化祭の熱に浮かれており、俺たちに視線が移ることはなかった。

屋上へ続く階段のところで止まり、穂乃果に問いかける。

 

「ここから先は一人になるが、大丈夫か?」

 

俺はこれから造った簡易ステージの最終点検をしなければならない。ここからは穂乃果がどうにかしないといけなくなる。

 

「うん…初めより調子はよくなってるから……」

 

確かにさっきよりかは良くなっているが、依然として顔は赤いままだ。

だが俺もやるべきことをしないとならず、ついていくわけにもいかない。そのまま部室へと向かう穂乃果を見送る。

穂乃果の姿が見えなくなったところで俺はトイレでジャージに着替え、屋上へと向かった。

 

「外のコンディションも最悪だな……」

 

簡易ステージの点検をしながら俺は一人愚痴る。雨は止むことを知らず、屋上に降り注いでいる。ライブまでに止めばいいのだが空の様子からしてその可能性も薄い。

雨に打たれながらも俺はステージと機材の点検を終える。事前に雨対策をしていたおかけで機材トラブルは起こらなさそうで少しほっとした。

 

「春人くん、お疲れ!!」

 

「そっちの方任せっきりでごめん!」

 

「ていうか、凄い濡れてるよ! これタオル、早く拭いて!!」

 

全部確認し終わった直後にやってきたのはヒデコ、フミコ、ミカのヒフミトリオ。

持ってきてくれたタオルで濡れた髪を拭いて、ジャージから制服に着替える。

 

「お疲れ、三人とも」

 

「お疲れ様なのは春人くんでしょ。ステージのチェックや機材のチェックを一人でやってたんだから」

 

「しかもこんな雨の中、合羽ぐらい使えばよかったのに」

 

ほらまだ濡れてる、と俺の頭をごしごしと拭くミカ。

なんだか子供のような扱いを受けているような感じがしてくすぐったい。

 

「そ、それで、ビラ配りの具合はどうだった?」

 

「ちょっと余っちゃったけど、大体の人は受け取ってくれたよ」

 

ね? と言うヒデコにフミコやミカは頷いた。

ヒデコが抱えていたビラの枚数は残り二十枚もないくらい。印刷したのが百枚だから八割以上は捌けている。その様子なら雨も気にしないで来てくれそうだ。

 

「春人くんはこれからどうするの? 皆のところに行くの?」

 

「いや、俺は一度傘を取りに行ってから屋上に行く」

 

「じゃあ、私たちと一緒にライブ見ない?」

 

フミコから誘われたが、俺はその申し出を断った。

 

「悪い。今日はステージ袖にいないといけない」

 

「えっ? でもライブ始まったらやることはないんじゃ……」

 

ヒデコの言うことは最もだ。俺が舞台袖にいる理由などない。

 

「この悪天候だから何が起きてもいいようにしておかないといけないんだ」

 

だから俺は天気を理由にしてその場を誤魔化すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外は大雨。どんよりとした黒い雨雲が空を埋め尽くし、天の光を遮っている。

 

「あー……あー……」

 

ライブ直前。雨に濡れないように傘をさしながら私は皆に聴こえないように最後の確認を行う。

 

「……よしっ」

 

喉の調子はのど飴のお陰でなんとかなった。私の声も傘に打ち付けられる雨の音がかき消してくれて、皆には気づかれていなかった。

そしてそのままライブの時間を迎える。

 

私たちは順番に登壇して皆の前に立った。

目の前にはたくさんの人。私たちのライブを楽しみにして、雨の中でも来てくれた人たちがいる。

依然として体調は優れない。だけどハルくんが応急処置してくれたのと、ライブという高揚が私の身体を誤魔化してくれた。

 

 

大丈夫…今まで何とかしてやって来たんだもん。今回だって、きっと……いや、絶対出来る!

 

 

私はぎゅっと痛いくらいに手を握る。

そして、ラブライブ出場を、この学校の廃校をかけた大事なライブが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

俺は舞台の脇から皆の姿を――いや、穂乃果の姿を見守っていた。

 

曲に合わせて踊る穂乃果。その動きは今まで練習してきたことを、努力してきたことを全部出していた。

今の穂乃果が体調を崩していると誰が想像できようか。そう思ってしまうほどに彼女は笑顔を絶やさず、楽しそうに歌い、踊っている。

一曲目が問題なく終わり、話を少し入れて二曲目――新曲の『No brand girls』に移る。

ここでも穂乃果は調子の悪さなど感じさせない動きを見せる。

 

ひょっとしたらこのままなにも起きず、ライブが終わるかもしれない。

いや、終わってほしい。周りが見えなくなっていた穂乃果だが、ライブを成功させようとしたその頑張りは疑いのない本物(もの)だ。

ならば報われてほしい。そんな祈りに似たような思いがあった。

 

しかし、それはただの祈りでしかなかった。

二曲目が終わったとき、俺は気づいた。穂乃果身体がふらつき、視線が定まっていないことに。

それがわかってからは一瞬だった。俺は傘を投げ捨て、ステージ上に駆け上がる。

 

「春人くん!?」

 

ステージ上で絵里の驚き声が上がる。その直後には観客たちのどよめきも沸き上がった。いきなり現れれば当然だ。だが、俺はそれに反応することなく倒れる穂乃果を支えた。

 

「穂乃果…? 穂乃果……!?」

 

「穂乃果ちゃん!?」

 

穂乃果が倒れるという状況に意識がいった皆はようやく事を理解できたのだろう。慌てて周りに寄ってくる。

 

「ハ…ル、くん……私、はまだ…」

 

弱々しく声を漏らす穂乃果。額に手をやると朝より熱かった。

 

「次の曲……せっかくここまで、来たのに……」

 

続きがやりたいという気持ちは強いほど伝わってくる。だが、穂乃果の身体はそれについてこない。

恐らく気力だけで何とかしていたのだろう。もうとっくに限界だったのだ。雨に打たれながらここまで出来たのがむしろ奇跡的とも言える。

俺はすぐさま着ていたジャンパーを脱いで穂乃果に被せる。

 

「よく頑張ったな、穂乃果。今はゆっくり休むんだ」

 

そう言いながら頭を撫でてやると穂乃果はゆっくりと目を閉じた。

 

「絵里、ライブは中止だ。皆に説明してくれ」

 

「でも……」

 

「早く」

 

「わ、わかったわ……」

 

絵里はトラブルのためライブは"一度中断"し、その後は放送にて伝えるという旨を観客たちに伝えた。そこには絵里の気持ちが表れていた。そこまでに口を出すことはしなかった。

 

「海未、皆を引き上げさせてくれ。雨に打たれ続けるのはよくない」

 

傘もなければ、彼女たちの衣装はそれなりの露出がある。このままだと穂乃果の次が出てもおかしくはない。

 

「は、はい…」

 

「ちょっと待ちなさい春人! 何勝手に決めてるのよ!!」

 

指示を出す俺に異を唱えたのはにこだった。

 

「まだライブは始まったばかりなのよ…!? それなのに中止って……!!」

 

「この状況が分からないのか? これ以上は続けられないって言っているんだ」

 

「そんなの分からないじゃない!! 少し時間をずらせばまた……!!」

 

まるで理解できていないにこ。いや、出来ていないのではなくしたくないからそう言うのだろう。

そんなにこに宥めたのは希だった。

 

「にこっち…穂乃果ちゃんはもう無理や……それに、周りも……」

 

体調を崩したままライブを行った上、本番で倒れるというトラブルを起こして、観客たちは俺たちに疑心の目を向けている。

どうしようもないことをはっきりと告げられたにこは悔しそうな顔を見せる。

 

「やりきれない気持ちがあるのはわかる。ただこうなってまで続けるということの意味を考えろ」

 

「あんたのそういうところ、たまに嫌いだわ」

 

「……それならそれでいい。とにかく、穂乃果を保健室に連れて行く」

 

周りの混乱が続く中俺は穂乃果を抱え、保健室へと向かうのだった。

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではまた




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57.今後

ども、燕尾です。
お久しぶりです。





 

文化祭が終わり次の週――

俺たちは未だに風邪で休んでいる穂乃果の見舞いに行くことにした。

彼女の家の戸を引き、暖簾(のれん)をくぐる。

 

「あら、いらっしゃい」

 

店番をしていたのは穂波さんだった。

 

「今日は何に――って言う雰囲気じゃなさそうね。どうしたの?」

 

俺たち全員の姿を見て察した穂波さんが問いかけてくる。

 

「穂乃果の見舞いに。それと穂波さんには話しておかないといけないと思ったんです。今回のことについて」

 

「……話を聞きましょうか」

 

聞いてくれる姿勢になった穂波さんに対し絵里が一歩前に出て説明した。

練習で怠った体調管理のこと。誰もが穂乃果の不調に気付かず無理をさせたことを。

 

「本当にすみませんでした!」

 

「あなたたち……」

 

頭を下げる絵里に穂波さんは真剣な表情で俺たちを見渡す。

 

「なに言っているの?」

 

だがそれも一瞬のこと、穂波さんは笑顔を浮かべていた。どんな叱責も受けるつもりでいたのだが、俺たちは呆気に取られてしまう。

 

「あの子がどうせできるできるって言って、全部背負い込んだんでしょ? 昔からずっとそうなんだから、あなたたちのせいじゃないってわかるわよ」

 

穂波さんは気を使わなくてもいいと言ってくれているのだろう。だが、ここで頷くほど俺たちの面の皮も厚くはなかった。

そんな俺たちに穂波さんが提案してくる。

 

「それより、あの子退屈しているみたいだから上がって」

 

「それは――」

 

「穂乃果ちゃん、ずっと熱が出たままだって」

 

熱が下がっていないのに押しかけても穂乃果も辛いはず。だがその心配はないようだ。

 

「一昨日から下がってきて今朝はもうすっかり元気よ」

 

穂波さんが言うのなら信じて大丈夫だろうと、俺たちはお邪魔することにした。しかし全員で行くのもということで一年生たちには待っててもらうことになった。

 

「穂乃果」

 

穂乃果の部屋にはいると穂乃果はベッドに座りながらプリンを食べていた。

 

「あっ、海未ちゃんことりちゃん!」

 

「よかった。起きられるようになったんだ」

 

「うん! 風邪だからプリン三個食べて良いって」

 

嬉しそうに言う穂乃果。いつもの姿に安心するが、暢気そうな穂乃果に呆れたい気を吐くにこ。

 

「心配して損したわ」

 

「お母さんの言う通りやね」

 

希も顔には出していなかったがやはり心配していたようで安堵の表情を浮かべている。

 

「それで、足はどうなの?」

 

「ん。少し挫いただけで、腫れが引いたら大丈夫だって」

 

ぷらぷらと包帯に巻かれた足を見せる穂乃果。動かせるということは軽い捻挫だったのだろう。この分ならそう遠くないうちにも治るだろう。

 

「それより、今回は本当にごめんね。せっかく最高のライブになりそうだったのに…」

 

沈んだ顔で謝る穂乃果。穂乃果も今回の結果は彼女自身凄い後悔していることがわかる。

 

「穂乃果のせいじゃないわ。私たちのせいよ」

 

絵里がそういうが、穂乃果は首を横に振る。

 

「でも」

 

自分を責めようとする穂乃果に絵里はバッグからあるものを取り出した。

 

「はい、穂乃果」

 

「これなに?」

 

絵里が渡したのは一枚のCD。

 

「真姫がリラックスできる曲をピアノで弾いてくれたわ。これ聞いてゆっくり休んで」

 

「わぁ…!」

 

嬉しそうな表情で穂乃果はCDを見つめる。

すると穂乃果はおもむろに立ち上がり窓を開けて、

 

「真姫ちゃん、ありがとー!!」

 

外にいる真姫に言葉を送り手をブンブンと振り始めた。

 

「ちょ、あんた何してるのよ!?」

 

「風邪引いてるのよ!?」

 

突飛な行動をし始めた穂乃果をにこと絵里が引き摺り下ろして窓を閉める。

今の行動で鼻が出てしまった穂乃果はティッシュで鼻をかむ。

 

「油断も隙もあったもんじゃないな」

 

きっと外では真姫が呆れているだろう。その様子が容易く想像できる。だが、元気な姿を見れば彼女たちも安心だろう。

 

「ほら、病み上がりなんだから無理しないで」

 

「あはは、ありがとー」

 

薄手の上着をかける海未に軽く微笑む穂乃果。

 

「ぶり返したら目も当てられないぞ?」

 

「ごめんごめん。でも、明日には学校に行けると思う」

 

「本当!?」

 

「うん! だからね――」

 

穂乃果は俺たちを見渡して言う。

 

「短いのでいいから、もう一度ライブ出来ないかなって」

 

その言葉に周りの表情に笑顔が消えていった。それに気付いていない穂乃果は言葉を続ける。

 

「ほら、ラブライブ出場グループ決定までまだ時間あるでしょ? なんていうか、埋め合わせって言うか――なにかできないかなって思って」

 

そういう穂乃果に皆が口を閉ざす。

 

「どうかな?」

 

「……穂乃果」

 

問いかけてくる穂乃果に、意を決したように絵里が口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラブライブには、出場しないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……?」

 

 

突然のことに小さい声を漏らす穂乃果。絵里から言われたことに理解が追いついていないのだろう。

 

「ど、どうして…」

 

「今回のことで理事長にも言われたの」

 

戸惑いを隠せない穂乃果に絵里はことの経緯を話す。

 

「無理をしすぎたんじゃないかって、こういう結果を招くためにアイドル活動をしていたのかって」

 

そういう気持ちなんてかけらもないことは誰もがわかっている。だが、結果を見てしまえばそういう風に責められるのは仕方の無いことだ。

 

「それで皆で相談してエントリーをやめたの。だからもう、ランキングにμ'sの名前は――ないわ」

 

「……そっか」

 

「私たちがいけなかったんです。穂乃果に無理をさせてしまったから」

 

俯く穂乃果に海未がフォローするが彼女はううん、と首を横に振った。

 

「違うよ。私ができるって調子に乗って……」

 

そういう穂乃果になにも言えなくなる海未。

 

「誰が悪いなんて言ってもしょうがないだろう。しいて言えば今回の事態は皆の責任だ」

 

「体調管理を怠って無理をした穂乃果も悪いし、それに気付かなかった私たちも悪かった」

 

「穂乃果ちゃん、春人くんとえりちの言う通りや」

 

希の言葉も届くことなく、俯いたままの穂乃果。

 

「今後どうするかは穂乃果が学校に来てからまた皆で話し合うことにしているわ。だから今は身体を休めて、元気になってちょうだい」

 

「うん、わかった……」

 

「それじゃあ、今日のところはお暇しましょうか」

 

絵里が立ち上がると、他のみんなも立ち上がる。だが、俺は座ったまま穂乃果をじっと見つめていた。

 

「春人くん? 帰らないの?」

 

「ん、ああ。個人的に穂乃果と話すことがあるから、皆は先に帰ってくれ」

 

「……そう、わかったわ。それじゃあ私たちは帰りましょうか」

 

そう言って立ち上がる絵里。そして、

 

「――後は任せるわね」

 

察してくれた絵里が最後に小さく耳打ちして皆を連れて先に穂乃果の家を後にする。

皆の気配がなくなって静まり返る穂乃果の部屋。部屋の主の穂乃果は皆が出て行く中でもずっと俯いたままだった。俺はそんな穂乃果に近寄り、彼女のベッドに腰をかける。

 

「穂乃果」

 

声を掛けるが穂乃果はなにも反応しない。

 

「大丈夫か?」

 

「……っ」

 

ピクリと身体がはねる穂乃果にもう一度問いかける。

 

「大丈夫か?」

 

「なん、で…」

 

「ん?」

 

「何でハルくんがそう言うの……」

 

穂乃果は顔を歪ませながら俺をに向く。

 

「私、ハルくんに心配される資格なんてないよ…」

 

「心配されるのに資格なんて必要ないだろう?」

 

「だってハルくんの言ってたことは全部正しかった……」

 

穂乃果が言っているのは学園祭前日の話のことだろう。

 

「今ならわかるよ。皆で頑張ってのμ'sなのに…一つになってライブを成功させるのが大切なのに…それなのに私…自分が頑張らなきゃって突っ走って、それにちゃんと気付いていたハルくんに怒って叩いて……」

 

「気にしなくて良い。言葉足らずだった俺が悪かったんだ」

 

「違うよ。ハルくんが酷いことなんて言わないもん。私はそんなことすらわからなくなってた」

 

「穂乃果……」

 

「――私が、全部駄目にしちゃった」

 

俺はもちろん、他のみんなだって誰一人として穂乃果が全部駄目にしたなんて思っていない。

俺だってあのときしっかりと穂乃果を止めて、次の機会を設けていればラブライブ出場取り辞めとはならなかったって思ってる。

反省する所は各々ある。全体的に判断が甘かったのだ。だが、

 

「私、のせいで…せっかく…ここまできたのに……最高のライブをしたかったのに……私が、最悪なのにしちゃった……」

 

それでも自分のせいだと吐露する穂乃果。そんな彼女の頭に手を乗せる。

優しく、ゆっくりと撫でてやると穂乃果は身体を震わせる。

 

「ハルくん……」

 

「失敗したと思うならこれから気をつけて、次に繋げていけばいい」

 

「う…あ……」

 

ポロポロと瞳に溜めた雫が零れ落ちていく。

 

「穂乃果が今することは――そうだな、全部吐き出すことだ。全部出してスッキリしたらまた頑張ればいい」

 

気持ちが吐き出せないままいるのが一番駄目なのだから。

 

「穂乃果が満足するまで俺が傍にいる。悲しい気持ちも悔しい気持ちも、俺が全部受け止めるから」

 

「あ、ああ……」

 

「だからもう我慢しなくていいんだ」

 

「ハル、くん…あ……うわああああああん!!」

 

穂乃果は我慢の限界が来たのかガバッと俺に抱きついてきた。

 

「あああああ! うわああああああん――!!」

 

涙を零す穂乃果をあやす様に俺は穂乃果の背に手を回す。

それから穂乃果は泣き続けた。自分の感情の全てを曝け出すように――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――それからしばらく経って、

 

「おねーちゃーん」

 

廊下から雪穂ちゃんの穂乃果を呼ぶ声が聞こえてくる。

穂乃果の反応がないことに雪穂ちゃんは業を煮やし、入ってきた。

 

「お姉ちゃん? って、春人さん!?」

 

皆と一緒に帰ったと思っていたのだろう。雪穂ちゃんは俺の姿を見て驚いていた。

 

「雪穂ちゃん。こんばんは」

 

「こ、こんばんは……じゃなくて! どうして春人さんが!? 他のみんなは!?」

 

「皆は帰った。俺は少し残って穂乃果と話してたんだ」

 

「そうだったんですか――って、もう! そうと知っていればこんなラフな格好で入らなかったのに」

 

「家にいるときぐらい寛ぎやすい格好は普通だろう」

 

「春人さん、乙女心は複雑なんです」

 

「そ、そうなのか。なんかごめん」

 

ずいっと顔を寄せてくる雪穂ちゃんに俺は仰け反りながら謝る。

 

「それで、お姉ちゃんは……」

 

「ああ。見ての通りだ」

 

俺はちらりと穂乃果を見る。

 

「もうお姉ちゃんったら……すみません春人さん。お姉ちゃんが迷惑を…」

 

「いや、気にしなくていい」

 

呆れた目を穂乃果に向ける雪穂ちゃんに俺はフォローする。

穂乃果は俺の膝の上ですぅすぅと寝息を立てて寝ていた。

泣き止んで、ある程度自分の感情に整理がついたのを確認した俺は帰ろうとしたのだが、目を腫らした穂乃果がまだそのままで居て欲しいといってきた。それでしばらくそのままにしていたらいつの間にか寝ていたのだ。

 

「ほらお姉ちゃん起きて! 春人さんが帰れないよ!!」

 

「ん~、もうあんこは飽きたってばぁ~」

 

揺する雪穂ちゃんに寝言で返す穂乃果。

 

「雪穂ちゃん、起こさなくていい」

 

「えっ、でも…」

 

「こっちを見てくれ」

 

「そっち? あ…もう、お姉ちゃんったら……」

 

俺の指差したところを見た雪穂はそういいながら苦笑いする。

穂乃果が俺の服をぎゅっと握っているのだ。

そんな穂乃果を無理矢理起こすのは忍びない。俺が居るだけでいいのならそれに越したことはない。

 

「雪穂、穂乃果は――って、あらあら♪」

 

そこに雪穂ちゃんに穂乃果を呼んでくるよう頼んだ穂波さんまでやってきた。

 

「随分と穂乃果に信頼されているのね、春人くん」

 

ニヤニヤと生暖かい視線を送ってくる穂波さん。

 

「これは信頼されているって思ってもいいものなんですか?」

 

ただ枕にされているだけのような気しかしない。

しかし穂波さんはもちろん、と自信満々に答えた。

 

「この子自身、今回のことは相当キていたみたいなのよ。寝ても覚めてもどうしようって言ってね」

 

「だとは、思ってました」

 

さっきの様子を見ればそんな状態になっていてもおかしくはないと思っていた。

自分のしたこと、それによって起こったことに落ち込まないほど穂乃果も鈍感ではない。

 

「その穂乃果がこんなに無防備で安心した寝顔を晒しているんですもの。あなたが穂乃果にとって大切な人になっているのは親から見たらすぐわかるわ」

 

そういう穂波さんは先程までのにやけた顔ではなく、穏やかな微笑みを浮かべている。

なんだかむず痒くなった俺は頬を掻きながら穂乃果に視線を向ける。

 

「んぅ、ハルくん……」

 

なんの夢を見ているのやら、穂乃果はぎゅっと俺を掴んで放さない。

 

「春人くん。今日はうちで夕ご飯食べていきなさい」

 

「えっ?」

 

離れようにも離れられない俺に穂波さんはそんな提案をしてきた。

 

「もう時間も遅いし、春人くん一人暮らしなんでしょう?」

 

「まあ、そうですけど…迷惑では……」

 

「全然迷惑なんかじゃないわ。それに――穂乃果が起きるまでまだかかるわよ?」

 

そう言って穂波さんは穂乃果に目を移す。

 

「むにゃ…お饅頭よりケーキがいい~」

 

「――どうする?」

 

和菓子家の娘としてどうかと思う寝言に俺は小さく笑いながら、穂波さんの提案を受けるのだった。

 

 

 





いかがでしたでしょうか?
亀更新でありますがお付き合いただ気ありがとうございます。


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58.高坂一家




ども、燕尾です
58話目です。





 

 

 

「ん、んぅ……」

 

目が覚めた私は身体を起こす。

目を擦り、まわりを見れば誰もおらず、部屋は電気が消されて薄暗かった。

 

「あれ…? どうして私こんな体勢で寝てたんだろう……」

 

枕とは正反対の向きを向いた、おかしな寝相をしていた。

 

「んー……」

 

私は考え込み、寝る前までのことを何とか思い出そうとする。

 

 

――ハルくん…まだ帰らないで

 

 

――もう少し、このままでいさせて

 

 

「――――ッ!!!」

 

私の顔が一気に赤くなる。

 

あんなに泣きじゃくった後に甘えた姿を見せてそれで無防備に寝ちゃうなんて……!

いくらなんでもそれはないよ私。しかも風邪引いてたからお風呂も満足に入れてなかったのに……今度どんな顔してハルくんに会えばいいの!?

 

「……シャワー浴びよ」

 

汗もかいてたから身体が結構ベトベトだし、それに頭を冷やすにはちょうどいいだろう。

着替えとタオルを持って洗面所へと向かう。

 

「お母さん、雪穂…私シャワー浴びるから~」

 

熱も下がったし、別に文句は言われないはずだ。だけど、

 

「あっ!! お姉ちゃんちょっと待――」

 

雪穂の制止を聞く前に私は洗面所の戸を引き開ける。すると――

 

「え……」

 

「…………………ふぇ?」

 

私は目をパチクリさせる。

私の目の前には肌色が広がっていた。

 

「ほの、か……」

 

「ハル、くん……?」

 

えっ? どうしてハルくんがいるんだろう。しかも裸で。

あ、そっか。私まだ熱があるんだ。だからハルくんの幻覚を見ちゃったんだ。それか妄想だよ、きっと。うん。

それにしても、ハルくんの身体……引き締まってて…格好いいなぁ……

 

「穂乃果…その…ジロジロ見られると困るんだが……」

 

「え? なんで?」

 

だってハルくんがうちのお風呂に入っているわけないじゃん。だからハルくんは私が見てる幻でしょ。こういうのは滅多にないんだから少しぐらいは――

 

「いや、幻とか妄想とかじゃなくて現実だ。だからとりあえず此処から出てくれると助かる」

 

「げん、じつ……? 本物の…ハルくん……?」

 

「ああ。本物だ」

 

あ…ああ……本物のハルくん……! 本物のハルくんが…裸で…目の前に……!?

 

「穂乃果!! あんた、何してるの!?」

 

すると洗面所にお母さんが怒号を上げながら入ってきた。

 

「お母さん! 本物の、本物のハルくんが、ここではだ、裸で――!?」

 

混乱している私はハルくんを指差しながらお母さんに詰め寄る。

 

「わかったから、とりあえずあんたはこっち来なさい!!」

 

私は何がなんだかわからない状態でお母さんに首根っこをつかまれながら洗面所から引き摺られていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変申し訳ありませんでした」

 

「お姉ちゃんの変態」

 

いつかの海での合宿を髣髴とさせるような土下座をしている穂乃果を見下すような目で見る雪穂ちゃん。

 

「まあ、そういわないでやってくれ雪穂ちゃん。穂乃果だってわざとじゃないんだから」

 

誰だってなんの話も聞いていないのに自分の家の風呂場に他人がいたら誰だって戸惑う。

 

「でも、春人さんの裸をじっと見てたのはどう説明させるんですか?」

 

「えっと…どうしてなんだ、穂乃果?」

 

「それは…幻覚だと思って……ならいいかなって……」

 

「……」

 

「やっぱり変態じゃん、お姉ちゃん」

 

さすがにそう言われてしまうと、フォローのしようがない。

 

「で、でも! ハルくんがいるなら教えてくれてもよかったじゃん!! どうして教えてくれなかったのさ!?」

 

「教える前にお姉ちゃんが開けちゃうからじゃん! 私は止めようとしたよ!」

 

「二人とも、少し落ち着け」

 

雪穂が、お姉ちゃんが、と俺の目の前で口げんかを始める二人。

俺は止めようとするが、二人の耳に届くはずもなく、

 

「大体お姉ちゃんはいつも――!!」

 

「そういう雪穂だって――!!」

 

ヒートアップする二人に俺は少し困る。だが、穂乃果と雪穂ちゃんの後ろから、一人の影が現れて――

 

「痛ったーい!!」

 

「痛ったー!?」

 

二人の頭に拳骨を落とした。

 

「五月蝿いわよ二人とも! 春人くんも困ってるじゃないの!」

 

「だって雪穂が!!」

 

「お姉ちゃんが!!」

 

「もう一発喰らいたいのかしら?」

 

拳骨を落とされた意味も分からず互いのせいにする二人に穂波さんは笑顔で拳を構えると穂乃果と雪穂ちゃんは顔を青くして顔を横に振った。これ以上続けると本気で怒られると悟ったのだろう。

 

「ごめんなさいね春人くん。騒がしい子達で」

 

「いえ、俺は大丈夫です」

 

「それより! どうしてハルくんがうちでお風呂に入っていたの!?」

 

なにも知らない穂乃果がそう言うと、穂波さんと雪穂ちゃんは呆れた視線を穂乃果に向けた。

 

「……」

 

俺も言ってもいいものかと迷っていると、穂乃果は俺たちの雰囲気を察したのか戸惑いの声を上げながら俺たちを見渡した。

 

「えっ、なに? どうしてみんな私を見てるの?」

 

「お姉ちゃん、なにも覚えてないの?」

 

「あんたが春人くんを掴んで離さない上に寝るから、春人くんも帰るに帰られなかったんじゃない」

 

「それは、覚えてるけど……」

 

「あんたが離れる頃にはもうすっかり日も暮れたからうちでご飯を食べるように誘ったのよ」

 

「でもどうしてお風呂に入ってたの?」

 

俺が風呂を使わせてもらった理由も、穂乃果にあるのだがこれを言うのは憚れる。だけど説明しなければ先に進まない。

俺は小さく息を吐いて言った

 

「それは……制服やズボンが、その…穂乃果の涙や鼻水やよだれで……」

 

「わぁ――――!!」

 

「んぐっ!?」

 

言葉の途中で穂乃果は遮るように声を上げて俺の口を押さえた。

 

「ハルくん! そういうことは言っちゃ駄目だよ!!」

 

「――ぷはっ! 聞いてきたのは穂乃果だろう……!?」

 

さすがに理不尽すぎやしないか。

 

「そういうことよ穂乃果。春人くんを汚したままで帰すわけにもいかないでしょう?」

 

「よく分かりました。本当にすみません」

 

また深々と頭を下げる穂乃果。そう殊勝な態度されるとこっちが困ってしまう。

 

「本当は泊まっていってもらおうと思ってたんだけど」

 

「さすがにそれはできませんよ」

 

年頃の娘がいる家に泊まれるわけがない。だが、

 

「泊まっていけばいいじゃないですか! 元はといえばお姉ちゃんが迷惑かけちゃったんですし、気にしなくて大丈夫ですよ!!」

 

雪穂ちゃんは泊まることに肯定的だ。

 

「いや、ですけど…ほら、お父さんとかは……」

 

「あら、お父さんもいいって言ってるわよ? 何なら春人くんとは一度話をしてみたいって言ってたし」

 

ねえ? と店の厨房に向かって問いかける穂波さん。すると穂乃果の父親であろう人が無言でぐっ、と親指を立てた。

外堀をどんどん埋められて俺の逃げ場がなくなっていく。

 

「それに服が乾くのも明日まで掛かるわよ?」

 

「う……」

 

「明日も学校ありますよね?」

 

「そうなんだけどな……」

 

此処まで推してくると断るのが逆に心苦しくなる。

そう思っていると、くいっと引っ張られる感覚が得られた。

 

「ハルくん…今日は、一緒にいて欲しい」

 

袖を掴んで小さく言う穂乃果。

俯いているがその横顔は、不安を帯びている。

 

「……」

 

俺は小さく息を吐いた。

穂乃果が満足するまでそばにいるといったのは俺だ。その言葉を嘘にしてしまうのはよくないだろう。

結局、高坂家の人々に押し切られるような形で俺は泊まっていくことになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ――」

 

『いただきます』

 

皆で手を合わせて食事の挨拶をする。

 

「春人くん、遠慮しないでいっぱい食べてね?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

高坂家の今日の夕飯は秋刀魚の塩焼きに肉じゃが、わかめと豆腐の味噌汁、白米という一般家庭を代表するような和風の献立だった。

 

最初は味噌汁から頂く。昆布ダシの風味と白味噌の濃すぎない上品な味だ。

秋刀魚の塩焼きの焼き加減もいい塩梅で、肉じゃがはジャガイモにしっかりと味が染み込んでおり、それでいて煮崩れせず実もホクホクしている。

 

料理は家庭ごとで味が変わっていく。俺が作ろうとしてもこうはならないだろう。

 

そして何より――

 

「それで今日学校でね――」

 

「へぇ…今そうなってるんだ――」

 

「……穂乃果、口に米粒ついているぞ」

 

「えっ、うそどこについてるのお父さん――」

 

こうして誰かと一緒に食卓を囲むことがなかった俺にとっては新鮮で楽しい時間だった。

 

「――春人くん? 箸があまり進んでないようだけど、美味しくなかったかしら……?」

 

すると箸の進みが遅かったことに気付いた穂波さんが少し苦笑いしながら問いかけてくる。

だが、俺はすぐに否定した。

 

「いえ、そうじゃないんです。穂波さんの料理美味しいです。ただ、こうして誰かと食卓を囲んで一緒に食べることがなかったですから……なんか、その、こういうのもいいなぁって思ってたんです」

 

「失礼なこと聞いちゃうかもしれないけれど、ご両親とかは?」

 

「両親は二人とも仕事で離れたところで暮らしてます」

 

「えっ? ハルくんって一人暮らししてるの!?」

 

「ん、言ったことなかったか?」

 

「聞いたことないよ!」

 

そう言われると穂乃果には今まで言ってなかったような気がする。言う機会もなかったというのもあると思うが。

 

「別に言う必要もなかったと思ってたから」

 

「春人さんってそういうところありますよね……ドライって言うか、自分のことをあまり話さないと言うか」

 

雪穂ちゃんの苦笑いの理由がわからずに俺は首をかしげる。

 

「春人くん、普段のご飯とかはどうしてるの?」

 

「自分で作ってます。自炊が一番安上がりですから」

 

それでも時間がないときや発作が起きたときは惣菜を買ったりとかしているが、基本的には2、3日持つようなものを作りおきしている。

 

「それじゃあ、家の掃除とかも?」

 

「ええ…自分でしてますけど」

 

一人暮らしなのに別の誰かが出来るわけない。

 

「偉いわね~、誰かさんたちに聞かせてあげたいわ~?」

 

ちらりと横目で娘二人を見る穂波さん。そこで俺は穂波さんの質問の意図を理解した。

穂波さんの視線を受けた穂乃果と雪穂ちゃんは冷や汗を滴ながら目を背けている。

 

「まあ、一人暮らししてない子達が家事をする機会なんてないのもわかってるけどね。私もそうだったから」

 

「じゃあハルくん引き合いにしてまで言わなくていいじゃん!!」

 

「そうだよ! それに私はお姉ちゃんと違って、自分の部屋は自分で片付けてるよ!」

 

「私だって自分で片付けてるよ!?」

 

ぎゃーぎゃーとまた口論を始める二人。

そんな二人を止めたのは穂波さんではなく、父親――信幸さんだった。

 

「……二人とも少し落ち着きなさい。春人くんが困っているぞ」

 

「「……はぅ」」

 

俺の存在に気づいた二人は同じ声で揃って顔を赤くして俯く。

 

「……」

 

それがなんだかおかしくて、

 

「ふ――はははっ」

 

俺はつい笑い声を漏らしていた。

 

『……』

 

「……あ」

 

その事に気づいたのは高坂家の皆の視線が集まっていることに気づいたときだった。

今度は俺が顔を赤くしてしまう。

 

「その、すみません……つい……」

 

「いいのよ気にしなくて。むしろ良いものを見させて貰ったわ」

 

「できれば忘れてください……」

 

「たぶん忘れませんよ。ね、お姉ちゃん?」

 

「うん、ハルくんが声だして笑ったのなんて初めてだもん」

 

「わざわざ言わなくていい……」

 

声を出して笑うなんてしてこなかったから自分でもビックリしている。

 

「……」

 

「どうしたんだ、穂波?」

 

「いいえ、ちょっとね――ねぇ、春人くん?」

 

「なんですか?」

 

気持ちを整えて返事をする俺に穂波さんはある提案をしてきた。

 

「これから、定期的にうちで夕御飯食べない?」

 

「は……?」

 

唐突な話に俺は思わず素で返してしまう。

 

「もちろん、春人くんが良ければの話よ?」

 

「いや、俺が良ければじゃないでしょう。流石にそれは迷惑――」

 

「私が提案してるんだから迷惑に思うわけないじゃない」

 

「それはそうだと思いますけど…」

 

「そうね、気後れするなら週一日とかでもいいから」

 

むしろ週に二、三回とかあったのか。いや、そんなことより。

 

「信幸さんはいいんですか?」

 

「俺から言うことは何も無い。唐突ではあるが穂波の提案にも何かの意味があるのだろうから」

 

「でも、穂乃果や雪穂ちゃんは――」

 

「私はいいと思います!」

 

「すっごくいいよお母さん! ナイス提案だね!!」

 

「……」

 

高坂家全員が賛成というある意味の四面楚歌。

確かに、穂波さんの提案には何かしらの意図があると思う。そうじゃなければ他人を自分の家の夕食になんて呼ばないだろう。

 

「本当に大丈夫なんですか?」

 

「もちろんよ、でなきゃこんなこと言わないわ。それに四人も五人も変わらないから」

 

「……分かりました。それじゃあ、お世話になります」

 

俺は箸を置いて頭を下げる。

若干、高坂家の人たちに流されているような気がしなくも無いが、ここまで言ってくれているのにそれを無碍にするのはよくは無いだろう。それに、

 

「やったね、お姉ちゃん!」

 

「うん!」

 

こんなに喜んでくれる人がいるのなら、それでも構わないと、そう思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてこうなった……」

 

仰向けでいる俺は誰にも聞こえない声でそう呟く。

 

「……」

 

「ん…すぅ……」

 

顔を向けると左は穂乃果、右は雪穂ちゃんが俺の腕を抱いて寝ていた。両方しっかりと固定されているため、寝返り打つこともできない。

俺はため息を吐きながらこうなった原因を考える。

 

そもそもの始まりは穂乃果の一言からだった。

 

 

 

 

 

「ハルくん、一緒に寝よー!」

 

「あらあら、穂乃果ってば大胆ね」

 

「……」

 

「おおおお姉ちゃん!? 急になに言い出してるの!?」

 

「何って一緒に寝ようって――」

 

何ごともないように言う穂乃果に、いやいやいやいや、と高速で手を振る雪穂ちゃん。

 

「駄目に決まってるでしょ!!」

 

「ええ! なんでさ!?」

 

驚きと抗議の声を上げる穂乃果に雪穂ちゃんは慌てたように言う。

 

「だってそんなのうらやま――じゃなくて、高校生なのに男子と女子が一緒に寝るなんて――」

 

「えっ? でも合宿のとき皆で一緒に寝たよ?」

 

あっけカランと合宿の話ををした穂乃果に、雪穂ちゃんだけじゃなく、穂波さんや信幸さんも止まった。

 

「まさか春人くんってば、平成の董卓なのかしら」

 

「違います……!」

 

とんでもないことを言う穂波さんにさすがに俺も黙っていられなかった。

 

「ちちちち違うって何が違うんですか!? μ'sの皆と寝たんですよね!!?」

 

それはそうなのだが言い方に悪意というか、語弊を招いてる。

 

「雪穂ちゃんが想像しているような変なことは何一つしていない」

 

「わ、わわ私は変な想像なんてしてません!」

 

うがー、と噛み付いてくる雪穂ちゃんだが顔が赤くなってるところから想像していたのだろう。

 

「布団並べて寝ただけなんだ。合宿の思い出っていうことで」

 

「やっぱり董卓じゃない。酒池肉林じゃない」

 

「……」

 

テンションが上がっている穂波さんに少し俺はイラついてしまう。

 

「……穂波、茶化すのは止めてあげなさい」

 

さすがに不憫に思ってくれたのか信幸さんが助け舟を入れてくれた。

 

「っていうかどうして雪穂はそんなに怒ってるのさ?」

 

「だって羨ましい……じゃなくて!! 年頃の男女が一緒に寝るのは常識的におかしいでしょ!?」

 

「ふぇ? う、うん…? そうなのかな、ハルくん……?」

 

「普通はな。だから俺も最初は断っただろう?」

 

まあ、結局根負けしたのだから説得力はないに等しいが。

 

「でももう一回一緒に寝たんだから大丈夫だよね?」

 

「あの合宿が特別だったって考えられないのか?」

 

「そう? 大丈夫だよ、だからハルくんはこっち! 実はお母さんに布団を用意してもらってるんだ!」

 

「お、おい…」

 

どうしてこういうときの準備はいいんだ。というか穂波さん、平成の董卓とか言う前に穂乃果に手を貸してるじゃないか。

腕を組み、俺を連れて行こうとする穂乃果。

 

「ぐぬぬぬぬ、うらやましい……」

 

「雪穂、本音が洩れすぎよ」

 

「う、ぐ……」

 

穂波さんに指摘された雪穂ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔をする。

そんな雪穂ちゃんに穂波さんは、あ、そうだ、とひらめいたように言った。

 

「――そんなに羨ましいのなら、雪穂も一緒に寝ればいいじゃない」

 

「はっ……?」

 

 

 

 

 

そして寝る前のひと悶着から雪穂も一緒に寝ればいいじゃない、という穂波さんの一言から穂乃果や雪穂ちゃんが乗り気になって、結局和室で川の字に布団を並べて、穂乃果、俺、雪穂ちゃんと真ん中に俺を挟んで寝ることになったのだ。

 

だが、

 

「寝られない……」

 

身動きがとれないということに窮屈さを感じて眠ることができなかった。それに穂乃果と雪穂ちゃん両方からいい香りと女の子の柔らかさが伝わってくる緊張も加わって、なおさら寝られない。

 

「んぅ…」

 

雪穂ちゃんがまた動いて今度は脚まで絡めてくる。

 

「ん、ハルくん…」

 

何気に寝相の悪い雪穂ちゃんを意外だと思っていると、穂乃果が俺の名前を呟いた。

 

「穂乃果?」

 

起こしてしまったのかと思ったがそうではなかったようで、穂乃果は雪穂ちゃんに対抗するように俺の腕を放して体に抱きついてきた。

俺は穂乃果の頭を撫でる。

 

「いい夢、見れるといいな」

 

安らぎに包まれたように眠る穂乃果を見て俺は小さく微笑む。

しかし、それはそれとして、

 

「……これ、寝られるんだろうか」

 

もはや二人の抱き枕状態に俺は半ば寝ることを諦めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、ハルくん…」

 

「穂乃果?」

 

「……」

 

「……いい夢を見れるといいな」

 

いきなり抱きついたのに優しく頭を撫でて、柔らかい笑みを向けてくれるハルくん。

そんな状況に私は今すごいドキドキしている。自分の心臓の音でハルくんに気づかれてしまうんじゃないかってぐらいドキドキしてしている。

一緒に寝ようって腕を取って布団に入ったのはいいけど、いざ暗い中でハルくんを意識すると沸騰するほど恥ずかしかった。

それに雪穂が抱きつくようにハルくんの脚に自分の脚を絡めたことにもやもやして対抗するように思いきって体に抱きついたのだが、女の子とは違う男の子の堅くて逞しい体の感触、鼻腔をくすぐるハルくんの匂いに私はだんだん変に気分になってきていた。

 

私はバレないようにちらりとハルくんを見る。

 

私や雪穂が抱きついているのもあるけどハルくんは寝ていると思っているのか身動ぎせずにじっとして天井を眺めていて、私が起きていることには気付いていない。だからちょっとずるいけど、私はもっとギュッとハルくんに密着した。

 

「……」

 

さっきより感じるハルくんの体温。

我ながら大胆なことしていると思うけど、今はこうしていたいという気持ちが勝っていた。

こうしてハルくんに抱きついていると安心する。不安な気持ちやが安らいでくる。ハルくんのそばにいたいという気持ちが強くなる。

数日前は、ハルくんを叩いておきながら都合が良いといわれてしまうかも知れない。今だって傍から見たら自分が安心するためにハルくんを利用しているように見えるのかもしれない。だけど今はこうしていることを許して欲しい。

 

私はハルくんからの安らぎに身をゆだねながら眠りにつくのだった。

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に





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59.見えない本心


ども、燕尾です。
59話目です。





 

 

「ふぁ……」

 

「眠そうね、春人くん。枕が替わると寝られない人だったのかしら?」

 

欠伸を噛み殺しているところに穂波さんがニヤニヤとしながら朝食を運んでくる。

眠れなかった原因をこの人がわからないはずない。俺は穂波さんに批難の意味を込めた視線を送る。

 

「ノリノリで布団を用意した上に、雪穂ちゃんまでけしかけたあなたが言いますか?」

 

「人聞きが悪いわ、私はただ娘の望みを叶えなてあげただけよ?」

 

「……たとえそうだとしても自分の娘を男と一緒に寝させるんですか?」

 

「娘たちが信頼している人だもの」

 

「……」

 

そう言われて悪い気はしない。だが、おかげでこっちは寝不足だ。

 

「意外だわ。春人くん、そういうのにまったく動じないと思ってたんだけど」

 

まずその考えが心外だ。こんな(病持ちの)俺だって一応男だ。なにも思わないほど枯れてはいない。

 

「穂乃果や雪穂のこと意識してたのね」

 

「年頃の可愛い女の子達に抱き付かれたら、そりゃ意識はしますよ」

 

だからこそいつも最初に断ったり、確認したりしているのだ。まあ、抱きつかれて意識したところで変なマネは絶対にしないが。

 

「うちの娘たちを可愛いって思ってくれてるのね」

 

「ええ」

 

他と比較することはできないしするつもりもないが、穂乃果も雪穂ちゃんも可憐な女の子だと思っている。

 

「そう――だって二人とも。良かったわね?」

 

「……は?」

 

意地の悪い笑みを浮かべながら俺の後ろに言う穂波さんに俺は固まった。

 

「「……」」

 

振り向けばそこには、顔を真っ赤にした穂乃果と雪穂ちゃんがプルプルと身体を震わせていた。

 

「嵌めましたね、穂波さん」

 

「あら、何のことかしら? 私とあなたが話をしていたところにこの子達がやってきただけよ」

 

恨みがましく睨む俺に穂波さんはどこ吹く風だ。

まあ確かにリビングで話をしていれば誰にだって聞こえる機会ができる。こんな場所で穂波さんの話に答えた俺も悪い。

 

「……忘れてくれ、二人とも」

 

恥ずかしさが急にこみ上げてきた俺はそういうが、

 

『絶対忘れないっ!!』

 

穂乃果と雪穂ちゃんは力強く断言するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、いってきまーす!」

 

「お母さん、行ってきます」

 

「お邪魔しました。行ってきます」

 

 

「いってらっしゃい。春人くん、ご飯食べるときだけじゃなくていつでもいらっしゃいね?」

 

見送ってくれた穂波さんと奥で仕込みをしている信幸さんに頭を下げて俺たちは登校する。

 

「それじゃあ私はこっちなので、春人さん、また」

 

「ああ。いってらっしゃい、雪穂ちゃん」

 

その途中で中学校との分かれ道で雪穂ちゃんと別れ、穂乃果と二人で肩を並べて歩く。

 

「……」

 

「……」

 

道中、いつもだったら他愛ない会話があるのだが、さっきのこともあって二人して口が回らなかった。

 

「穂乃果」

 

「ふぇ! 何!?」

 

「…いや、なんでもない」

 

「そ、そっか……」

 

再び訪れる静寂。

こういうときなんていえばいいのか、俺には考え付かなかった。

そうしてお互い無言のまま、学校の目の前にまでやってくる。

 

「……あ」

 

目の前の階段を上がっているところで、穂乃果は歩みを止めた。

穂乃果の視線はあるポスターに釘付けだった。

 

「A-RISEのポスターか?」

 

「うん……」

 

穂乃果が見ていたのは張り替えられたA-RISEのポスター。その下には大きくラブライブ決勝出場と書かれていた。

どうやら注目していたのはA-RISEだけじゃなかったようだ。

 

「穂乃果…」

 

「全然大丈夫――とまではいえないけど、切り替えないといけないのはわかってるよ」

 

「そうか」

 

すぐに気持ちを切り替えることができないのはわかっている。

ただそういうこと考えられているだけ、進歩している。それがわかれば俺はこれ以上穂乃果にいうことはない。

 

「いこっか、ハルくん」

 

「ああ」

 

歩みを進める穂乃果の後についていく俺。そんな俺たちに声がかかった。

 

「穂乃果、春人くん。おはよう」

 

「おはよう。穂乃果ちゃん、春人くん」

 

「相変わらず仲睦まじいことで」

 

「絵里ちゃん、希ちゃん、にこちゃん、おはよう」

 

「おはよう、三人とも」

 

「穂乃果ちゃん、風邪はすっかり治った見たいやね」

 

「うん! でもまあ、ぶり返したらいけないってことでお母さんには今日と明日部活出るのはやめなさいっていわれちゃったけど」

 

「それは穂乃果のお母様の言う通りよ。大事をとって損はないわ」

 

「それに、穂乃果は休んでた数日の授業の内容を取り戻さないといけないしな」

 

「う…それは言わないでよぅハルくん」

 

笑顔から一転げんなりとする穂乃果に、絵里たちは笑う。

 

「げんなりしてるところ悪いが、穂乃果。学校着いたら始めるからな?」

 

「え゛っ!?」

 

「朝と昼休みと放課後使わないと今の単元に追いつかないから」

 

「え…さ、さすがに嘘だよね……?」

 

「こんなことで嘘を言ってどうするんだ」

 

「あ…あ……」

 

俺の話が本当であると悟った穂乃果は後退りする。そして、

 

「せ、せめて放課後だけにして~!」

 

脱兎のごとく逃げ去っていった。

 

「……いいの? 追いかけなくて」

 

そう問いかけてくる絵里に俺は頷いた。

どうせ向かう先は一緒なのだ。それに朝や昼休みを逃げたところでその時間は放課後にまわる。

放課後にはやるという言質も取ったのだし、今追いかける必要もない。

 

「あんた、容赦ないわね」

 

三年生の中で勉強があまり得意ではないにこが戦慄していた。逆に絵里や希は普通のことと捉えているようで何とも言えない笑顔を浮かべている。

 

「必要なことだから。それに――」

 

俺は逃げる穂乃果の背中を見る。

 

「少しは気を紛らせることをさせないといけないからな」

 

『……』

 

俺の意図がわかった三人は少し心配そうに穂乃果に視線を向ける。

 

「春人くん、穂乃果は…」

 

「昨日ほどじゃない。でもそう簡単には割り切れないのは分かるだろう?」

 

「それはそうだけど…」

 

「ま、絵里の心配もわかるけど、今はまだ様子見でいいんじゃない? 何時までも気にしているようだったら、その時は希の出番ね」

 

「ふふふ、穂乃果ちゃんは期末テスト以来やね」

 

「手柔らかにしてやってくれ」

 

手をわきわきさせている希に、俺は呆れつつも苦笑いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハルくん! お昼一緒に食べよ!」

 

昼休み、穂乃果が昼ごはんを誘ってくる。

 

「今日は久々にパンなんだ!」

 

じゃーんと買ったパンを見せる穂乃果。だが、

 

「悪い穂乃果、人に呼ばれてるから今日は一緒に食べられないんだ」

 

「えっ、そうなんだ……」

 

「そんな顔しないでくれ。明日は一緒に食べよう」

 

「うん…」

 

「そんな顔したら春人に悪いですよ、穂乃果。今日は私たちだけで食べましょう」

 

穂乃果を宥める海未。彼女は穂乃果を連れて中庭に移動しようとする。

そして教室から出る際に海未は頼みます、といわんばかりの顔を俺に向けてきた。

どうやら俺が誰に呼ばれているかわかっているようだ。

 

「さて、俺も行くか」

 

自分の弁当を持って俺は指定された場所へと向かう。

呼ばれたのは校舎三階の一番角の空き教室。昔は使われていたであろう教室だ。

三階は三年生の教室と特別教室が並んでいるがその反対である此処周辺はクラスのための教室だけで今はなにもない。

俺を呼んだ人は誰にも聞かれたくない話をしようとしているのだろう。

 

教室の引き戸を引き、既に中に待っていた彼女と顔を合わせる。

 

「悪い、待たせたみたいだな。食べてても良かったんだけどな――ことり」

 

「ううん。呼び出したのはこっちだし、一緒に食べようって思ってたから気にしないで」

 

ことりは弁当と飲み物を机に置いたまま、キレイな姿勢で座っていた。

向かい合うように対面の椅子に座り、俺たちは弁当を広げる。

 

「「いただきます」」

 

両手を合わせ挨拶を済ませてから俺たちは弁当に手をつける。

俺とことりの間に和気藹々とした会話はなく、黙々と食べ続けている。

しかし、そんな沈黙を破ったのはことりだった。

 

「なにも聞かないんだね。どうして呼んだんだろう、とか、どうして穂乃果ちゃんたちは呼んでないんだろう、とか」

 

「ここに呼んでいる時点であまり人に聞かれたくない話なのは想像できる。それに――大体ことりが話そうとしている内容もわかってる」

 

「そっか、海未ちゃんが……」

 

「海未を責めないでやってくれ。ライブ前の状況に海未が一番困ってたんだ」

 

「……うん。海未ちゃんには凄い心配させちゃってたのはわかってたから」

 

「俺はことりの口からちゃんと話を聞きたかった。だからことりが話しても良いと思えるまで待っていた。今日呼んだってことはそういうことなんだろう?」

 

小さく頷くことり。だがその瞳は不安に揺れていた。

 

「あのね春人くん。わたし、留学するんだ」

 

俺はなにも言わずに、続きを促す。

 

「服飾の学校でね、ライブとかの衣装を見てオファーしてくれたの。それで二年間、海外で過ごすことになる」

 

それは海未から聞いた内容と同じだ。

 

「わたし、お洋服とか作ったりするのが好きで将来はそういう関係のお仕事がしたいって思ってたの」

 

職業の話は知らなかったが、ライブ衣装を楽しそうに作ってることりを見ればそういうことが好きなのはわかる。

 

「わたしの夢に近づくためには、留学はまたとないチャンスだって思った」

 

だけど、とことりは顔に影を落とす。そこからことりは黙ってしまった。

仕方ない、と俺は小さく息を吐いて言葉の続きを言った。

 

「穂乃果に相談できなくて、何一つ言ってないのを気にしているのか?」

 

「っ!」

 

そこで初めてことりは驚きの様子を見せる。

 

「学園祭が終わるまで、穂乃果からそういう話は一切聞かなかったからな。後はここ最近のことりの様子を見たらわかる」

 

「そっか……うん、春人くんの言う通りだよ」

 

「どうして穂乃果には言わなかったんだ?」

 

「言わなかったんじゃないよ、言えなかった……」

 

ことりはうな垂れる。

 

「ラブライブに向かって頑張る穂乃果ちゃんの邪魔なんてできなかった。だから終わるまで待とうって思ってのに、今度はあんなことになって、ますます言えなくなった」

 

本当はことりだっていち早く穂乃果に相談したかったのだろう。だが、ことりは穂乃果のことを慮りすぎてタイミングを失っていたのだ。

 

「だけど、それでも言わないといけなかった」

 

――厳しいことを言えば、言う勇気を持たなかったことり自身のせいでもある。

 

周りが見えていなかった穂乃果も悪い。だけど、それでも、とことりは言うべきだった。

 

「大事に思う気持ちや人の意思を汲むのを否定はしない。だけど、本当に大切なことまで言えなくなるのはその人を信頼してないのと同じになる」

 

「……それは」

 

「まあ、俺が言うのもおかしな話だけどな」

 

信頼していなかったのは俺だってそうだ。客観的に他人を見るからこそ自分のことも分かった。

 

「春人くんとわたしは違うよ。幼馴染なのに、誰よりも長く一緒に穂乃果ちゃんといたのに、わたしは言えなかった――ううん、わたしはずっと状況のせいにして言うのを避けてた」

 

そうだと俺も思う。だがそれはことりが自覚したならあえて口にすることもないだろう。

 

「これからどうするつもりなんだ?」

 

「穂乃果ちゃんに、ううん、穂乃果ちゃんだけじゃなくて皆に話しないと」

 

「そうか」

 

「うん。ありがとう、春人くん」

 

そう言いながら笑顔を向けることり。

だが――本当にそれだけだったのだろうか。幼馴染の穂乃果にいえなかったことがことりの一番の悩みだったのだろうか。

 

「あなたに相談してよかった」

 

俺は、皆と接するうちに大分彼女たちの色々なことがわかるようになった。

それこそ、ことりが今俺に向けている笑顔が(・・・・・・・・・・・・・・・)偽物だということぐらい(・・・・・・・・・・・)、すぐわかる。彼女はまだ何かを隠している。それについて俺は一つの考えが思い浮かんだ。

 

「ことり」

 

「ん? なにかな?」

 

「ことりは大丈夫なのか?」

 

「ッ!!」

 

その問いかけにことりの笑顔は一瞬で崩れ去った。そしてそれで俺は確信する。

 

「ことり」

 

「なに、かな…」

 

「ことりは、留学したいって思っているのか?」

 

「思ってる、よ……行きますって返事したんだもん」

 

「本当はそうは――」

 

「春人くん」

 

ことりはその先を言わせないとばかりに俺の言葉を遮る。

 

「これでよかったんだよ」

 

「……」

 

そこまで言われてしまうと俺もなにも言えない。

そして話は終わりというように、昼休みの終わりのチャイムが鳴る。

 

「わたし、戻るね」

 

ことりは急ぎ気味に弁当箱を片付け、教室から出て行く。

俺も弁当箱をまとめ、空き教室から戻るのだった。

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に…


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60.存続




ども、燕尾です
気は抜けないですが、院の修論が何とかなりそうでほっとしています。
ただ、やっぱりたまの息抜きは必要ですよね?
というわけで60話です。






 

 

 

放課後、俺は理事長室へと来ていた。

 

「これが現状なのね……」

 

目の前にいる理事長は書類を閉じてそう言う。

 

「はい。あと半年ぐらいになります」

 

淡々と言う俺に対し理事長はまさに悲痛、という様子だった。

 

「そう、なの……ごめんなさい。力になれなくて」

 

「理事長には――陽菜子さんには本当に感謝しています。この学院の理事長としても、俺の保護者代理人としても(・・・・・・・・・・)

 

陽菜子さんは入学する前、俺のためにいろいろと便宜を図ってくれた。

陽奈子さんがこの学院の理事長でなかったら、西木野先生の話をちゃんと聞かずに噂だけで判断していたら――そして、学校に行くことを拒んでいた俺をそれでもと無理矢理にでも引っ張らなかったら、俺はここにはいなかった。彼女には返しきれないほどの恩がある。

 

「陽菜子さんは力になってくれました。謝る必要なんてありませんよ」

 

「春人……」

 

「だから俯かなくていいんです。胸を張ってください。自分の信じたことを通してください」

 

「……そうね。嘆くのは、あなたにも失礼ね」

 

陽菜子さんはそう言って、やさしく微笑んだ。

 

「状況はわかったわ。私のお願いはただ一つ、後悔の無いように過ごしてちょうだい。私ができることは少ししかないけれど、あなたのためならどんなことでも惜しまないから」

 

「ありがとうございます」

 

「それと、二人きりのときは普通でいいのよ?」

 

「誰かに聞かれたらいけないので、学校ではこうします――それじゃあ、失礼します」

 

理事長室から出ようとしてドアに手を掛けたとき、俺はあることを思い出した。

 

「そういえば――廃校撤回、おめでとうございます」

 

俺の口からそんなことが出るとは思わなかったのか、驚く陽菜子さんを見てから俺は理事長室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室に置いていた荷物をまとめ、俺は屋上へと向かう。

その道中で掲示板に群がっている(μ's)を見つけた。

 

「あ! ハルくーん!!」

 

向こうも俺に気づいたみたいで、穂乃果が俺へ向かってダッシュしてくる。そして、思い切り飛びついてきた。

 

「やったよ! ついにやったんだよー!!」

 

「うおっ…!?」

 

何とか受け止める俺の首の後ろに穂乃果は腕を回す。

 

「音ノ木坂学院が存続するんだよ、ハルくん!!」

 

「え、あ、ああ……」

 

彼女の顔がものすごく近くに来て、少し緊張してしまう。

 

「もうっ、反応薄いよハルくん! もっと喜ぼうよ!!」

 

「そう言われてもな…」

 

俺の内心を知らずにちょっと膨れる穂乃果に対して、少し困ってしまう。存続することへの喜びよりも、思い切り抱き付かれて、それを皆にニヤニヤされながら見られているという状況への戸惑いのほうが大きい。

 

「嬉しいことやその気持ちを共有したい気持ちはわかる。けど穂乃果、とりあえず落ち着いて周りを見てくれ」

 

「うん? 周り――――あ」

 

『……』

 

今の今まで気付いていなかった穂乃果はここでようやく一緒にいた皆を認識する。

 

「いやいや、春人くん。ここは抱き返すのが礼儀ってもんやで?」

 

「そうね。そこは空気読みなさいよ春人」

 

「ニヤニヤしている筆頭の奴ら(希・にこ)に言われたくない」

 

からかう気満々の希とにこの二人に俺はため息を吐く。だが今はこんな二人に文句を言うより先に穂乃果に言うべきことがある。

 

「――おめでとう。穂乃果、よく頑張ったな」

 

「っ、うん! ありがとう、ハルくん!!」

 

頭をなでてあげると穂乃果は満面の笑みを浮かべる。

 

「皆も、おめでとう。お疲れ様」

 

「春人くんも、お疲れ様にゃ!」

 

「そういわれるほどなにかをした覚えはないんだけどな」

 

「そんなことないよ。ハルトくんが色々としてくれたから私たちも頑張れたんだよ?」

 

「花陽の言う通りよ。あなたが私たちを支えてくれたから私たちもここまでこれた」

 

真っ直ぐに言う花陽と絵里に俺は少しむず痒くなる。

 

「春人くん、照れてるにゃー」

 

「全く、少しは自覚しなさいよね」

 

「春人らしいと言えばらしいですが」

 

「もっとにこちゃんみたいにしてもバチは当たらないわよ?」

 

「それどういうことよ真姫!?」

 

にこのつっこみにみんなが笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんと!? 音ノ木坂学院、続くの!?」

 

帰り、絵里を待っていた亜里沙ちゃんに学校の存続を伝えると驚きながらもものすごい勢いで食いついた。

 

「ええ」

 

「嬉しい! やったやったー!!」

 

絵里が頷くと、亜里沙ちゃんはウサギのようにぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ。余程嬉しいのだろう。

 

「よかったね、亜里沙ちゃん」

 

「うん! 来年から、よろしくお願いします!!」

 

「まだ早いわよ亜里沙。それにはまず入試で合格しないといけないわね?」

 

頭を下げる亜里沙ちゃんに絵里は少し苦笑いする。

 

「うん、頑張る!」

 

意気込む亜里沙ちゃんの一方で穂乃果は肩を落とす。

 

「あーあ、うちの雪穂も受験するって言わないかな~?」

 

がっかりしている穂乃果。そういえば穂乃果は雪穂ちゃんの本人から言われたこともあって受験はUTX一本だけだと思い込んでいる。

 

「あっ、この前話したら迷ってるって言ってました」

 

「ほんと!?」

 

「はい! だから――」

 

頷く亜里沙ちゃんは俺の方に寄ってまた頭を下げる。

 

「春人さん! 雪穂共々、これからもよろしくお願いします!」

 

『……えっ?』

 

その瞬間、亜里沙ちゃん以外の時が止まった。

 

「あ、ああ。頑張ろうな、亜里沙ちゃん」

 

戸惑いながらも丁度いい高さの位置にある亜里沙ちゃんの頭をなでてあげると、彼女は気持ちよさそうに声を漏らす。

 

「どういうことなの、亜里沙?」

 

「時間があるとき春人さんに勉強を教えてもらってるの!」

 

「ちょっと、亜里沙ちゃん……?」

 

俺の記憶では内緒にしておこうという話だったはずなのだが、なんの迷いもなく事情をバラす亜里沙ちゃん。

 

「ハルくん? そんな話、聞いていなかったんだけど?」

 

「私も、その話は初耳ね?」

 

話を聞いて俺にジト目を向けてくる穂乃果と絵里。そしてなんとも言えない威圧を放っている穂乃果に冷や汗が垂れる。

 

「雪穂も一緒ですよ?」

 

「雪穂も!? 一言もそんなこといってなかったよ!?」

 

まあ、雪穂ちゃんも内緒にしようとしていたことに賛成していたから言わないのは当然だ。

 

「ハルくんもどうして教えてくれなかったのっ?」

 

「そうよ、教えてくれても良かったじゃない」

 

「口止めされてたから。穂乃果や絵里を驚かせたいって言う二人に」

 

成長した姿を姉たちに見せて驚かせたいという雪穂ちゃんと亜里沙ちゃんの願いを俺は叶えてあげようとしただけ。

 

「自分で暴露したけど、驚かせられたんだから成功としていいのか?」

 

「もう少し後に教えるつもりだったんだけど、口が滑っちゃいました。後で雪穂にも謝らないと」

 

てへっ、とわざとらしく笑う亜里沙ちゃん。確信犯な彼女に俺はため息が漏れてしまう。

 

「ちなみに勉強場所はどうしてるのかしら?」

 

「基本図書館だよ? あ! あとは春人さんのお家で見てもらってるんだ!」

 

亜里沙ちゃんの一言に、空気が凍った気がした。

 

「ハルくんの家……?」

 

「うんっ、図書館が埋まっているときとかに、春人さんのお家でやってるの! ねっ、春人さん!」

 

「あ、ああ。間違いないんだが……」

 

亜里沙ちゃんは事実をただ無垢に言っているだけなのだが、なぜか俺は言ってほしくない気持ちが強かった。

 

「そっか、そうなんだ……ふふ、ふふふふふ……」

 

口角を一杯に引き上げた笑みを作って俺を見る穂乃果。

 

「ことり…なんだか穂乃果が怖いんだが……?」

 

「……仕方がないんじゃないかな? だって女の子二人を自分のお家に引き込んだんだから」

 

そういうことりの声色もどこか不機嫌さが混じっていて、言葉にも棘があるようだった。

 

「まあ、春人くんが悪いってわけじゃないのだけれど、乙女心(感情)はそうはいかないみたいね。行ってくれなかったのは私だって不満なのよ?」

 

わけがわからない俺は最後の希望とばかりに絵里のほうを見るが、彼女は苦笑いするばかり。

 

「ハルくん、ちょっと話があるんだ…」

 

「……長くなりそうか?」

 

「それはハルくん次第かな?」

 

「わかった……」

 

今日は帰るのが遅くなりそうだ、そう思うのだった。

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に……




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61.留学



ども、燕尾です
皆さん今年はどうでしたか?
一年、お疲れ様でした。
(あ、お疲れ様という言葉が失礼だろ、とか言う返しはやめてくださいね笑)






 

音ノ木坂の存続が決まってからある日の放課後のこと。私はことりちゃんから空き教室に来て欲しいと連絡を受けた。

同じクラスなのだから直接言えばいいのに、メールが送られてきたのには何か理由でもあるのだろうか。

 

「ことりちゃん」

 

ことりちゃんはすでに来ていて、部活動で活気のあるグラウンドを眺めていた。

 

「呼び出してごめんね穂乃果ちゃん。二人きりで話したいことがあったから」

 

振り向いたことりちゃんはいつになく真剣な表情でそういった。

 

「話したいことがあるって書いてあったけど、なにかな?」

 

私が聞くととことりちゃんは大きく深呼吸をする。

 

 

「穂乃果ちゃん」

 

 

そして意を決した様子で口を開いた。

 

 

「わたしね、留学することになったの」

 

 

「えっ…留、学……?」

 

私は、何を言われたかわからなかった。いや、理解したくなかった。

 

「海外の、服飾関係のところでね? ライブの衣装を見て、作っているのが私だって知ってオファーをくれたの。こちらの専門学校で学ばないかって」

 

頭が真っ白になっている私に、ことりちゃんは説明する。そこで私もようやく理解が追いついてきた。

確かに、ことりちゃんの衣装はいつも凄かった。デザインもいつも曲のコンセプトにあった可愛いものだし、完成した衣装も解れやズレのない本職の人が作ったものと変わりのないような完成度だ。

ことりちゃんの作った衣装を知った人が関心を持つのはよく分かる。

 

 

だけど――

 

 

「いつからその話が……」

 

少なくともつい最近のことではないはず。

行くことを今言うのだから、留学のオファーが来たのがつい最近なわけがない。

 

「……ごめんなさい」

 

私の考えが正しいと言うようにことりちゃんが謝ってきた。

そんなことりちゃんに、私は少し怒りが湧いていた。

 

「どうして…どうして今まで教えてくれなかったの?」

 

「ごめんね、本当にごめんなさい……」

 

ことりちゃんは目を伏せて謝るばかりで理由を教えてくれない。

 

「理由を教えてよ…」

 

私がそういうと、ことりちゃんは震えた声で言った。

 

「本当は一番に聞いてもらいたかった。相談に乗ってもらいたかった。だけど私が弱いばかりに、ずっと言えなかった」

 

「どういうこと……?」

 

ことりちゃんの言っていることがわからず問いかけると、思いもしなかった答えが返ってきた。

 

「穂乃果ちゃんがライブに夢中だったから」

 

「あ……」

 

その瞬間、私の時間が止まった。

 

「ラブライブに向けて学園祭のライブを頑張る穂乃果ちゃんの邪魔をしたくなかった。だから終わってから言おうと思ったんだけど、穂乃果ちゃんが倒れちゃったからそれもできなかった」

 

そうだ。前までの私は誰かの話を聞くような状態じゃなかった。そんな私に水を指さないようにと、彼女は私のことを考えてくれて黙っていた。

「でもね、それは言い訳なの」

 

だけどことりちゃんが浮かべたのは自虐するような笑み。

 

「春人くんに言われたんだ。本当に大切なことなら、それでもって言わないといけなかったって。大切なことまで言えなくなるのはその人のことを信用しないのと一緒だって。わたしは、言い訳ばかりして穂乃果ちゃんのこと信頼してなかった。だから――」

 

 

 

だから――ごめんね……

 

 

 

「――っ」

 

私は息を呑んだ。

ことりちゃんは一筋の涙を流していた。

我慢しているんだろう。私に気を使わせないように、必死に堪えているのだろう。

 

「ごめん、ね。穂乃果ちゃん……」

 

「こ、とりちゃん……」

 

違う、本当に謝らなきゃいけないのは私だ。

周りをちゃんと見ていなかった。目先(ラブライブ)のことだけしか考えないで、皆(μ's)を、ことりちゃんのことを何一つ見ていなかった。

それなのに、自分勝手にことりちゃんを責めて、さらに彼女を傷つけてしまった。

 

「ごめんね穂乃果ちゃん。それと――さよなら」

 

別れの言葉を言ったことりちゃんはそれ以上涙を見せないように、教室を後にする。

一人残った私は呆然と立ち尽くしていた。

 

どうして気づかなかったんだろう。ことりちゃんが、こんなに苦しんでいたというのに。

 

どうして見てなかったのだろう。一緒に頑張る仲間だったのに。

 

私は――今まで何をしていたのだろうか。

 

どうすることもできない暗闇が、私を覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、来ているみたいだな」

 

「ねぇ春人。話があるっていわれてきたけど、一体なんの話かしら?」

 

にこが腕を組みながら、怪訝そうに問いかけてくる。

 

俺はμ'sの皆に話があるからと放課後に部室にくるように連絡を送った。その連絡ににこは俺自身の身体の話だと考えて、あまりいいものではないと思っているのだろう。

 

「それに穂乃果ちゃんとことりちゃんが来てないよ?」

 

花陽は穂乃果とことりの姿がないことに疑問を持っているようだが、それを含めた話だ。

今あの二人は別室で話しているはず。

 

「春人の話じゃないなら何の話? そんな改まった様子で」

 

面倒くさそうにする真姫だが、ちゃんと聞こうとしているあたり相変わらずの様子だ。

 

「ことりについて、話すことがあるんだ」

 

「ことりについての話? それをどうして春人くんが?」

 

絵里の疑問はもっともだ。本当はことりが自分で話すべきことだ。だが、

 

「穂乃果と二人で話をしたいからと、皆には俺から話して欲しいと頼まれたんだ」

 

「春人、まさか…」

 

ことりの事情をわかっている海未は察したようだ。俺が頷くと、海未は顔を伏せた。

 

「皆にとっては突然の話だが、ことりが留学することになった」

 

『えっ……』

 

「……」

 

「服飾の専門学校からオファーが来たんだ。ことりが作った衣装が向こうのお眼鏡に叶ったらしい」

 

事情が飲み込めない皆は戸惑いを隠せていない。

 

「来週には出発するとのことだ」

 

「ちょっと待ちなさい、そんな急に言われても困るわよ」

 

初めて聞かされた側として、にこの困惑はもっともな話。しかし、

 

「皆にとっては急な話だが、理解してくれとしか言いようがない」

 

そのことに関して俺に文句を言われても困る。俺は言伝てを頼まれただけなのだから。

ここまでは伝言役としての話。ここからは俺からの問いかけだ。

 

「それで皆に聞くが、これからどうする?」

 

「どうするって、どういうことよ?」

 

「ことりが抜けたら、少なからず活動に影響が出るだろう。このままμ'sとしてやっていくのか、それとも別な形で再出発するのか、それか――ここで終わるか」

 

「っ、どうして終わるって言葉が出てくるのよ!?」

 

「元々、μ'sは学校の存続を目的として結成されたんだ。その目的が達成された今、役目も終わったって言える」

 

ただそれは、最初の目的に照らし合わせた場合の話だ。

 

「もちろんスクールアイドル部として活動するならそれはそれで問題ない。だが、その場合はさっきもことりがいなくなる影響を考えないといけない」

 

「要するに――自分の身の振り方を考えた方がええ、ってことやね?」

 

「そういうことだな」

 

『……』

 

皆の反応は戸惑いそのものだった。まあ、急にこんな話をされたら無理もない。一度考える時間も必要だろう。

 

「話は以上だ。考える時間も必要だろうし、今日の練習は無しにしよう」

 

そういう俺に異を唱える人はおらず、そのままこの場は解散となり、みんなは教室から出て行く。

 

「春人……」

 

残った海未は沈んだ声で話しかけてきた。

 

「すみません。本当は私が言うべきでしたのに」

 

「気にしないでいい。頼まれたのが俺だったってだけだから」

 

本来はことりが自分から言わなければいけないこと。海未でも、俺でも、他の誰かが話すことではない。

 

「……私は、どうしたらよかったのでしょうか」

 

やはり海未は海未で悩んでいたようだ。

 

「ことりは、引き留めて欲しいように見えました」

 

「それは勘でしかないんじゃないのか」

 

「幼馴染だからこそわかることもあるんですよ」

 

俺に苦笑いで答える海未。幼馴染というのが俺にはいないから、よく分からない。

 

「ですが、ことりの将来を考えると引き止めることはできませんでした。あの子にとってこの留学は二度あるかないかのことだから。そう考えていたら、ことりになにも言えないまま、時間が過ぎてしまいました」

 

「海未――」

 

「わかってはいるんです。こんなの言い訳にしかならないと。私は引き留めることも送り出すこともせず、ただ静観していただけなんです」

 

「それは別に悪いことじゃないだろう」

 

「…正しいこととは言わないんですね」

 

「そうだな。そもそもこの話はことりが自分で決めないといけないことだった。行くも行かないも、最終的に決めるのはことりだ」

 

それに、遅かれ早かれこういう(進路)話はあるものだろう。それを大切な幼馴染と離れたくないからって決めていたらなにも出来なくなる。

 

「それは、そうですが……」

 

「まあただ、ことりの場合はその話が来るのが少し早すぎたとは思う」

 

漠然としか考えてなかったところに急に将来に繋がる話が来たら、誰だって困惑する。そういうことに関してどうしたらいいのかの知識がないのだから。

 

「だからことりの視野は目の前の"残りの高校生活"と"留学"しかなくて、その間でしか悩めなかった」

 

大学や専門学校とか、そのほかの可能性があったはずなのに。それを考える暇がないまま、ここまできてしまった。それについては仕方がないというほかない。

 

「海未が引き止めていい結果になった"かもしれない"。もしかしたら悪い結果になった"かもしれない"。送り出した場合だってそう。正解なんて蓋を開けなければわからないこと。だから、言わずに静観するのだってひとつの選択肢だから、海未が気にすることじゃないだろう」

 

「……違いますよ、春人。そんな考えではありません」

 

首をかしげる俺に海未は少し自虐が混じったような笑みを浮かべた。

 

「ただ責任を負いたくなかっただけなんです。私はただの臆病な卑怯者ですよ」

 

「海未、それは――」

 

それは違う、と否定しようと手を伸ばした瞬間、

 

 

 

 

 

「――――ッ!!!!」

 

 

 

 

 

心臓がドクン、と跳ねた。

 

嘘、だろ……こんなときに……

 

 

「く…あ……」

 

 

痛みに視界がゆがむ。胸を押さえてギュっと握り締めるも、痛みは強くなるばかり。

 

「春人……? 大丈夫ですか、なんだか様子が――」

 

豹変した俺の様子に、海未は慌てて俺を支えようとする。だが、

 

「離れろッ!!」

 

「!?」

 

強く言って目を向ける俺に、海未は怯む。

 

「わる、い……あぶないから…はなれ、てく…れ……」

 

「まさか、病気の症状が……!?」

 

「うぅあ……なんだ、この痛みは……!?」

 

以前より、より強い痛み。

 

「ぐ、うぅ……あぁ……」

 

「春人!!」

 

「だ、から、こっちに来るな……!」

 

「で、ですがっ」

 

海未から離れようと足を動かすが、平衡感覚がなくなって、縺れて倒れる。

 

「が、あ、がああああああああ――――――!!!!」

 

よりにもよってこんなタイミングで、見られたくない人の前で俺は声を上げてしまう。

 

「ああ……ああああああ!!」

 

「春、人……」

 

初めて見る海未は俺の豹変ぶりに立ち尽くしていた。

 

「あ、あ、う、があああ!!」

 

あまりの痛みに、胸を抉る様に爪を立てる。そのうち爪が皮膚を破って、シャツに血が滲み始める。

 

「っ、駄目ですっ、春人!!」

 

血を見て正気に戻った海未が俺の腕を取る。

 

「放、せ…はな、せぇ……!!」

 

「駄目です! 頑張ってください!! 自分を傷つけては――きゃあ!?」

 

しかしそこは男女の差。俺は海未をはじき飛ばしてしまう。

 

「くっ…春人!」

 

だが、海未は諦めず俺に飛びついて、今度は脇を固めるように正面から抱きしめてきた。

 

「だ、め、たの、む…はなれ…くれ……!」

 

「嫌です! 絶対離れません!!」

 

言葉の通り海未の意志は強く、さらにぎゅうっと力を強めてくる。

そんな海未の背に俺は手を掛けてしまう。

 

「うっ…春人……」

 

背中に指が食い込む痛みからか小さく呻く海未。

 

「あ、が…う、み……やめろっ……あぁああ!!」

 

「私なら大丈夫です…大丈夫ですから……」

 

涙目で微笑む海未に俺は歯を食いしばり、彼女を傷つけないように拳を握り締めて、床を殴る。

 

「んあ、ああああ……!!」

 

殴って、殴り続けて、痛みを誤魔化そうとする。

 

「頑張ってください、春人……!」

 

「あ…ああ……あああ……」

 

始まってから数分後――ようやく痛みが引いてきた。

 

「はぁ…はぁ…すぅ……はっ」

 

深呼吸をして息を整える。

 

「治まったみたいですね…」

 

「あ、ああ……海未は、大丈夫、か……?」

 

「はい、私は問題ありません。それより、私のことより自分の心配をしてください」

 

「俺は、いつものことだ……」

 

ただ、痛みがいつもより増していた。どうやら、俺が思っている以上に大分進んでいたらしい。

もらう薬もそろそろ強いのに変えないといけないようだ。

ただ、自分のこと考える前に。俺は海未の背中を撫でる。

 

「その…悪い……痛かっただろう……?」

 

「いえ。痛かったのは最初だけで、春人がすぐ手を除けてくれましたから。怪我もしていません」

 

それでも痛みを覚えたのは確かなようだ。

 

「今度から、こういうことはしないでくれ…」

 

「それはできません」

 

釘を刺す俺に、海未は即答する。

 

「自分を傷つけるぐらいなら、私を傷つけてください」

 

「冗談でも、そういうこと言うな」

 

「冗談でこんなこと言いませんよ」

 

ふざけているわけでもなく、海未は真面目な表情だ。

 

「あなたは私たちのために色々としてくれています。それと同じで私はあなたのためにしたいんです」

 

「海未……」

 

「貴方の力にならせてください」

 

お願いします、という彼女に俺ははぁ、と息を吐いてしまう。

 

「海未がそう言うのは、卑怯だ」

 

「そうじゃないと、貴方は受け入れてくれないのでしょう?」

 

そう小さく微笑む海未。そんな彼女に俺は少し悔しさを覚えた。

 

「なら早速だけど、お願いしてもいいか?」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「もう大丈夫だから、離れてくれると助かる」

 

少し嬉しそうしていた海未だったが、それをいった瞬間彼女の時が止まった。

海未が俺の上に乗った状態で抱き付いているから、俺は身動きがとれない。そしてお互いの顔が近く、正常になったいま、この状態は結構恥ずかしさがある。

海未も気づいたようで一気に顔が赤くなった。

 

「すすすすすすみません!!!!」

 

そして一瞬にして、俺から距離を取る。

 

「わ、私はなんて破廉恥なことを……!」

 

上気する頬を押さえてブンブンと頭を振る海未。

そんな彼女の制服に、血がついているのに気付いた。抱きついたときについてしまった俺の血だ。

俺は自分の鞄から着ていなかったカーディガンを取り出す。

 

「海未」

 

「は、はい! ななななんでしょう!?」

 

未だに取り乱している海未に俺はカーディガンをそっと羽織らせた。

 

「血で汚れてるから、とりあえずそれ着てくれ」

 

「え……」

 

俺に言われて正気に戻った海未は自分の姿に気付づく。

 

「そ、そうでした! 春人、治療しないと!」

 

それから俺の状態にも気付いた海未は俺の手を引いて慌てて部室から出ようとする。

 

「待ってくれ海未。別に保健室に行かなくても大丈夫だ」

 

「よくありません! 早く消毒などしないと――」

 

「落ち着け。道具とかは持っているって話だ」

 

鞄の中にある消毒液や、包帯などを見せると海未はようやく落ち着いてくれた。

 

「あ…そ、そうでしたか……すみません、早とちりを……」

 

「気にするな。とりあえず手当てしたいから部屋から出てくれるか?」

 

「わ、私も何か手伝いを――」

 

「上半身裸になるんだが……」

 

「す、すぐ出ます! 終わったら呼んでください!!」

 

顔をまた真っ赤にした海未はぴしゃり、と部室から出て行く。

 

「まだ混乱してるみたいだな――いつつ……」

 

暢気なことを呟きながら俺は一人傷口を消毒するのだった。

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
来年皆さんの一年が実りのあるものになるように祈っています。


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62.傷つく人、傷つけた人




ども、燕尾です。
修論締め切りと、修論発表が迫っています。







 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、なにも見てなかった。

 

本当に大切なことをわかっていなかった。

 

私の自分勝手な行動が、彼女を傷つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしは、向き合うことができなかった。

 

本心を打ち明けることができなかった。

 

わたしの臆病さが、彼女を傷つけた。

 

 

 

 

 

――どうしてこうなっちゃったんだろう

 

 

 

 

 

ずっと隣にいたのに

 

 

 

ずっと一緒にいたのに

 

 

 

 

 

ごめん……

 

 

 

ごめんね……

 

 

 

 

 

ごめんね――ことりちゃん

 

ごめんね――穂乃果ちゃん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうですか?」

 

発作が起こった次の日、俺は学校を休んで西木野総合病院へと来ていた。

真姫の父親で俺の主治医である西木野先生とそのサポートをしている真奈さんは揃って難しい顔をした。

 

「確かに春人君の言うとおり、段階(ステージ)が進んでいる」

 

「しかも予想していた日より大分早いわ」

 

「じゃあ、お願いできますか?」

 

そういう俺に西木野先生は困ったように頭を掻く。

 

「…前にも言ったことあるが、あの薬は遅延させる効果が強力な分、効力が切れたら病の進みも早くなるし、発作が起きたとき、痛みが飲まない人より強くなる」

 

「はい。わかってます」

 

今まで飲んでいたのは発作の痛みを和らげる抑制薬だ。しかし、想定していた時期より段階(ステージ)が早く上がってしまった。

 

進行を遅らせ続けるには飲み続けなければいけない。だが、飲めば飲むだけリスクは増加していく。遅延させる薬としてはあまりにも不出来なのだが、認可されている理由は単純にその効果が他のものより突出しているからだ。

それに手を出すということはもう後戻りはできない。途中でやめることは許されず、薬の効果は病の進行と共により強力にしなければならない。

 

しかし、俺に迷いはない。

 

「頑張ると決めましたから」

 

楽で短い時間と辛く長い時間――

どちらを取るかによって必要なものが変わってくる。

 

なら俺は後者を取ることにした。

 

「生きる理由ができたんです。ですから、お願いします」

 

「……わかった」

 

頭を下げる俺に、先生も決断してくれたようだ。

 

「君の意思を尊重するよ」

 

「ありがとうございます」

 

「ただ、投薬の周期が変わることになるから、念のため一週間入院してもらうよ」

 

「わかりました」

 

そこに文句などつけることはない。

 

「後は真奈に任せる。春人君のことよろしく」

 

「わかったわ」

 

そして先生は入院や投薬するにあたって必要な書類や、データを作成すると言って退出する。

 

「正直、驚いたわ」

 

先生の気配が完全になくなったと同時に、残った真奈さんからそんな言葉をかけられる。

何がですか? と問いかけると真奈さんは先生が座っていた椅子へと腰かける。

 

「あなたの変化に、よ。春人くん、今年に入ってから――正確には2年生になってからすごく変わったから。それまでは無気力だったというか、いつ消えてもおかしくない雰囲気を纏っていたもの」

 

「そう、ですね……前までは最後の時まで身を任せればいいと思ってました。自分の事だけど、どうでもよかったんです。いつ来るか分からないものに怯えていたって仕方がないだけですし」

 

それは終わりを待つだけの時間を悲観していた訳ではない。やることを全部やり、それでもどうしようもないことを受け入れていた。あとは待っていればいいだけだと思っていた。

 

そのつもりだった。だけど、

 

「見てみたくなったんです。皆のことを」

 

穂乃果や海未、ことりと出会って、皆に出会って、俺は彼女たちの行く末を見たくなった」

 

「皆は俺のことを知ってなお受け入れてくれて、それでも居て欲しいと願ってくれたんです」

 

それに西木野先生や真奈さんのような、俺のために頑張ってくれている人たちがいる、

そんな人たちのために俺もまたやれることをやろう、と、いつからかそう思うようになった。

 

「まだ終わるわけには行かなくなったんです。だから頑張らないと」

 

「…本当に変わったわ。もちろん良い方向にね」

 

「その分、先生や真奈さんには大変な思いをさせますけど」

 

「そんなのあなたに比べれば何てこと無いわよ。それに――」

 

真奈さんは目の前に立って、俺の頭に手を置いた。

 

「子供は遠慮なんかしないで存分に大人を頼ればいいの」

 

よしよし、と頭を撫でる真奈さん。

 

「流石にこの扱いは…くすぐったいです」

 

「でも払わないってことは、そういうことでしょ?」

 

髪を梳く真奈さんに俺は少し恥ずかしそうにしながらもそのままでいるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――コンコン

 

投薬を終えて、やることもなくなって本を読んでいたところで、戸を叩く音が聞こえた。

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

俺の声を聞き、そう言いながら入ってきたのは海未だった。

 

「春人、お加減はどうですか?」

 

「今は悪くない。まあ、だからといって良いとは言い難いかもしれないが――とりあえず、そこに椅子があるから座るといい。お茶もあるから、いま出す」

 

「いえ、気遣いなんてしなくて大丈夫です! すぐ帰ります!」

 

「何か話があるから来たんだろう?」

 

「い、いえ、本当に様子を見に来ただけですから」

 

あくまで誤魔化そうとする海未に俺はため息を吐く。

 

「そんな取り繕ったような酷い顔をして言われても説得力がないぞ」

 

「――ッ!!」

 

俺が指摘すると、海未は大きく顔を歪ませた。

 

「前にも言ったが、海未は賭け事の才能はないな」

 

「そう、みたいですね……」

 

前は少し膨れていた様子を見せていたのに、今はそんな素振りをすることもない海未。

そうする余裕すらないのだろう。

 

「何があったんだ?」

 

「……」

 

「大丈夫。今日はもう誰も来ないから」

 

「春人…」

 

「だから我慢しなくていい」

 

「春人…私……」

 

途切れ途切れになる海未の声。そのあとに小さな嗚咽が聞こえる。

 

「穂乃果を、叩いて…しまいました……」

 

「……そうか」

 

海未の言葉に過度な反応することなくそのまま受け入れる。

 

「あの子が…一人で抱え込んで、自分の気持ちに嘘をついて、皆を傷つけて、自分を傷つけていたんです。だから、私……」

 

叩いたであろう手を見つめる海未。その震える手に小さな雫が溜まり始めた。

 

「私、は…どうしたら……よかっ、たの、でしょう……」

 

海未から出る心の底からの救いを求めるような、懺悔するような声。

海未もまた、ことりや穂乃果のことで一人悩み、苦しんでいた。

 

「昔から変わらず…手を引いてもらわないとなにもできない…臆病者で、ただ怯えていただけ。穂乃果を責める資格なんてありませんでした…それなのに私は…穂乃果を傷つけたんです……」

 

なにもできなかったのにと海未は自分を責め続ける。そんなことはないはずなのに。

だが俺がそう言っても彼女には響かない。

 

「本当に…最低なのは……私です……」

 

身体を震わせて静かに涙を流す海未。

その小さな身体で背負ってきたものを全て流してしまうように、せき止めていたものが決壊するように、海未はすすり泣く。

俺には海未がどんな気持ちでいたのかまではわからない。しかし、今まで一緒にいた二人のために海未がどれだけ考えていたか、俺は知っている。

 

「――それでも、海未はやらないといけなかったんだろう?」

 

だから俺は、震えている海未の手をそっと取った。

 

「春、人……」

 

海未は顔を歪ませながら俺を見る。

 

「そうするしかなかったんだろう?」

 

海未は穂乃果を傷つけたかもしれない。だけどそれと同じだけ海未も傷ついている。穂乃果を傷つけることになっても、海未は間違いに気付いてほしかった。

 

「痛かったよな」

 

穂乃果も痛かったと思うが、叩いた海未の手だって痛かったはずだ。

 

「よく頑張ったな、海未」

 

俺はもう一つの手を海未の上に重ねて優しく擦る。

 

「は、ると……う、あ……ああああああ――――!!!!」

 

すると、海未は我慢の限界というように、俺の手に縋った。

 

「ごめんなさい穂乃果……! ごめんなさいっ……!!」

 

海未は声を上げて泣く。自分が傷つけてしまった穂乃果に謝りながら――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すみません。お見苦しいところを見せてしまって」

 

しばらくしてから気持ちが落ち着いた海未は涙を拭った。

 

「気にしないでいい」

 

負の感情を溜め込み続けるのはよくないし、あるときに発散させるのが一番なのだから。

 

それに――

 

「あの、それで…春人……」

 

「ん、どうした?」

 

「どうして、頭を撫で続けているんですか?」

 

「海未を落ち着かせるため?」

 

上目遣いで戸惑ったように言う海未に俺も疑問で返す。

 

「でしたら、もう大丈夫なのですが……」

 

「そうなのか? まだやっていた方が良いのかと思ってた」

 

そう言いながら俺は海未の頭を撫で続ける。

 

「春人…なんかこの状況を楽しんでいませんか……?」

 

「いや、楽しんではいない。さすがに泣いてる女の子の姿を楽しむ心は持ち合わせていないぞ。ただ、もう少しこの珍しさを味わいたいって思ってるぐらいだ」

 

「楽しんでいるじゃないですか!?」

 

「そんなことない。海未が我慢しないでくれたのが嬉しいだけ」

 

滅多に見せない姿を焼き付けようなんて微塵も思っていない。

 

「~~~っ、もう大丈夫です!!」

 

顔を真っ赤にさせた海未はバッと俺から距離をとる。

 

「まったく、春人はいじわるです……」

 

「本当にもう大丈夫みたいだな」

 

膨れる海未に俺は笑みを返す。今くらいのほうが海未らしい。

俺は一息吐いて佇まいを直し、海未に座るように促す。その雰囲気を感じ取ったのか、海未も、素直に椅子に座った。

 

「それじゃあ、改めて聞かせてくれるか? 今日何があったのか」

 

「はい…」

 

そして、海未から聞かされたのは予想だにしていなかったことだった。

 

「結論から言うと――μ'sの活動を休止することになりました」

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
この時期に、シリアスなお話を書くと自分の気持ちも落ち込んでしまうときがありますねw




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63.見えなかったもの




ども
燕尾です

63話目です。





 

 

 

放課後。私は誰と話すことも無く一人荷物をまとめる。

ことりちゃんは学校に来なくなった。留学の準備のためだ。

ハルくんは病気の治療で入院して来ていない。

教室には私と海未ちゃんだけなのだが、海未ちゃんとは口も聞けていない――いや、聞けるわけが無かった。

 

 

 

――あなたは最低です

 

 

 

海未ちゃんから言われた言葉が頭の中で反芻する。

屋上でスクールアイドルをやめると言った私に言い放たれた言葉。

あんな海未ちゃんは初めて見たかもしれない。怒ることや小言のように注意することはあったけど、あのときの海未ちゃんは私を見損なったような、軽蔑するような目をしていた。だけど、仕方がない。その通りなのだから。

自分勝手な行動してラブライブへの道を台無しにして、大切な人(ことりちゃん)を傷つけて、次のラブライブなんて目指せるわけなかった。

いや、最初から私は自分勝手だった。海未ちゃんやことりちゃん、ハルくんまで巻き込んでいたのだから。

 

「……帰ろう」

 

私は嫌な考えを振り切るように教室を出る。

 

「穂乃果~!」

 

靴を履き替えて校門まで歩いたところで、ヒデコちゃんに呼び止められた。

 

「久しぶりに一緒に帰ろう?」

 

「あ、うん。いいよ」

 

「あ、それと少し遊びに行かない? 放課後、空いてるんでしょ?」

 

「あっ!?」

 

「ちょっと、ヒデコ!」

 

「気にすることないじゃない。だって穂乃果は学校守るために頑張ったんだよ?」

 

止める二人だったが、ヒデコちゃんは止まることもなくあっけからんと言う。

 

「学校を守るためにスクールアイドルを始めて、目的を達成したからやめた。なにも気にすることない――ねっ?」

 

そう。最初は手段だった。学校を廃校からどうにかするための。だから存続が決まったのならやることもない――はずなのに、

 

「……そうだね」

 

私は一拍詰まってしまった。そして頷くもどこかでそれを否定したい自分がいる。

だけど、そんな考えはすぐに打ち消した。

 

「学校のみんな、感謝してるんだよ」

 

「うんうん!」

 

「μ's見てうちの学校知ったって人、結構いたんだよ!」

 

「…ありがとう」

 

そういう言葉をかけてくれただけでも少し気が軽くなったような気がする。私たちがしていたことは少なくとも間違いじゃないんだって。

 

「それじゃあ、行こっ!」

 

「…うんっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「調子はどうなの?」

 

病室にやってきた真姫が腕を組みながら問いかけてくる。

 

「ん、普通だな。発作以外、体調が悪くなることはない」

 

「それは普通って言うのかしら?」

 

「俺にとっては普通だから大丈夫だ」

 

それにどうしようもないことだからそう言われても困る。

 

「俺のことより、そっちは?」

 

「……μ'sの活動を休止したって言うのは」

 

「ああ、海未から聞いたよ。穂乃果のことも」

 

「そう…」

 

「それで、真姫はどうするんだ?」

 

「…決めかねているわ。どうしたらいいのかわからない、って言ったほうがいいかしら」

 

「他のみんなはどうするとかは聞いているのか?」

 

「花陽や凛、にこちゃんはアイドル活動を続けるみたい。海未は弓道部に行って、絵里や希は生徒会」

 

スクールアイドルをやる前の生活に戻ったようだ。

 

「真姫はどうしたい?」

 

「私は…」

 

真姫は一瞬悩んだが、意を決したように言った。

 

「そうね…私は、できるなら――皆といたい」

 

「……」

 

「μ'sは九人全員揃ってのμ'sだから」

 

「……そうか」

 

「何でそんな意外そうな顔するのよ!?」

 

「いや、あの真姫が正直にそんなこと言うなんて思ってなかったから」

 

ついこの間までは素直にすらなれてなかったというのに。

 

「人は変わるものだな」

 

「怒るわよ?」

 

ジト目で睨みつけてくる真姫。だが、俺は臆することもなく、彼女に手を伸ばす。

 

「成長したな、真姫」

 

「あ、ちょ、ちょっと、撫でないで、よ!」

 

フー、フー、と猫のように真姫は俺を威嚇する。少しやりすぎたか。

 

「もう! 一体なんなのよ!?」

 

真姫は羞恥と戸惑いで顔が真っ赤になりながら声を上げる。

 

「いや、真姫がそう言ってくれたことが嬉しくてな」

 

「パパみたいなこと言わないでよ、もう……」

 

真姫は呆れたように息を吐く。

そんな彼女を余所に俺は小さく呟いた。

 

「皆と居たい、か……」

 

「…何よ、まだ何か言いたいの?」

 

「そうじゃない」

 

目を鋭くする真姫に俺は首を横に振る。

 

「ことりも穂乃果も、真姫のように正直な気持ちをお互い言っていれば、こんなことにはならなかっただろうな」

 

「……そうかもしれないわね」

 

「でも、まだやり直せる」

 

「春人……」

 

「少なくとも二人とも、このまま別れることに納得してないだろう」

 

「だけど、どうするの? もうことりは学校来ていないわ。あなただって、来週まで入院でしょう? その間にことりは行ってしまうわ」

 

「時間はまだある。それにやりようなんていくらでもある」

 

「春人、あなた……」

 

俺は真姫をまっすぐ見据える。

 

「真姫、協力してくれ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあね~」

 

「うん、ばいばい。今日はありがとう」

 

日が落ち始めて空が夕暮れに染まり始めた頃、私は三人と別れ、自分の家へと足を進める。

駅前に差し掛かったところで、結構な人だかりができていた。

皆が見ているのは建物に埋め込まれている大きいスクリーン。

そこに映っているのは、A-RISEだった。彼女らの映像の下にwinnerと書かれていた。

 

「そっか、優勝したんだ……ラブライブ」

 

改めて彼女たちの凄さを実感する。

たくさんの人から応援されて、好かれて、そして彼女たちはそれに応えていて。

あのまま続けていけばきっと凄いアイドルになるんだろう。それを現実にできるほどの力を彼女たちは持っている。

 

私は再び歩き出す。

今度は誰も傷つけない、誰も悲しませないことをやりたい。

自分勝手にならずに済んで、でも楽しくて、たくさんの人を笑顔にするために頑張ることができて、

 

「――でもそんなもの、あるのかな……?」

 

そんなことを考えながら歩いていると、前のほうにあるものが見えた。

 

「神田明神……」

 

練習場所として使わせてもらっていた神社。ダンスの練習は屋上と半々だったけど、体力トレーニングの日はいつもここだった。

 

「……せっかくだし、お参りしようかな」

 

私は石段を上がっていく。鳥居が見えてきたところで見慣れた後姿が見えた。

 

「あ…」

 

向こうも気付いたみたいだけど、どこか気まずそうにしていた。

 

「凛ちゃん、花陽ちゃん」

 

「穂乃果ちゃん…」

 

練習着を着ている二人は息を切らしていた。たぶん石段を走っていたのだろう。

 

「練習、続けてるんだね」

 

「うん」

 

「――当たり前でしょ」

 

後ろから急に声を掛けてきたのはにこちゃんだった。にこちゃんも二人と一緒で練習着だった。

 

「スクールアイドル続けるんだから」

 

「えっ……?」

 

にこちゃんの言葉に私は戸惑う。μ'sの活動を休止したみたいだから、アイドル活動自体休止しているのだと思っていたけど、まさか続けているとは思っていなかった。

 

「悪い?」

 

「い、いや……」

 

機嫌悪そうに腕を組むにこちゃん。

 

「別にμ'sが休止したからってやっちゃいけない理由にはならないでしょ?」

 

「でも、なんで……」

 

「好きだから」

 

迷いなく、まっすぐな瞳をして言うにこちゃん。

 

「にこはアイドルが大好きなの」

 

にこちゃんは臆面もなく言う。

 

「みんなの前で歌って、ダンスして、みんなと一緒に盛り上がって、また明日から頑張ろうって気持ちにさせることができるアイドルが大好きなの!」

 

まっすぐなにこちゃんの気持ちに私は気圧される。

 

「穂乃果のようないい加減な"好き"とは違うの」

 

「違うっ、私だって――」

 

そう返したのは反射的だった。だが、

 

「どこが違うの?」

 

「っ」

 

「自分から辞めるって言ったのよ? やっても仕方ないって」

 

「……」

 

ただただ私が言ったことを返してきたにこちゃんに私はなにも言い返せない。

 

「ちょっと、にこちゃん…」

 

「ううん、いいの。凛ちゃん」

 

凛ちゃんがにこちゃんを咎めるけど、私はそれを止める。

 

「にこちゃんの言う通りだから」

 

自分から辞めると言って、μ'sを抜けた。スクールアイドルを辞めた。にこちゃんの言うことに間違いはない。

 

「練習、邪魔してごめんね」

 

私は神社を後にしようとする。

 

「穂乃果ちゃん!」

 

そんな私を花陽ちゃんが引きとめた。

 

「その、あのね…」

 

私が振り向くと、花陽ちゃんは言うかどうか迷った様子を見せるが、それでもというように笑顔を浮かべた。

 

「今度、私たちライブをやろうと思ってるの」

 

「三人でライブ……?」

 

「うん、だからね? もし良かったら――」

 

「穂乃果ちゃんが居たら絶対盛り上がるにゃ!」

 

「二人とも…どうして……」

 

「わからないの?」

 

戸惑う私に、にこちゃんが目を向けてくる。

 

「あんたが最初に始めて、二人を誘ったんでしょう? だったら、最初のライブくらい絶対来なさい。それがファーストライブに来てくれた二人への礼儀よ」

 

「にこちゃん……うん、わかったよ。見に行かせてもらうね」

 

私は三人に挨拶をして神社を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばにこちゃん、どうして凛たちが穂乃果ちゃんたちのファーストライブに行ったこと知ってるの?」

 

「そ、それは…」

 

「もしかしてにこちゃんも、あの場所に居たの?」

 

「ち、違うわよ! あんたたちが話してたことあったから知ってただけ!」

 

「にこちゃんには話したことないような気がするにゃ」

 

「そっ、そんなことはどうでもいいの! ほら、早く練習の続きするわよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰ってきた私はベッドに寝転がって天井を仰いでいた。

 

 

――好きだから

 

 

――穂乃果みたいな、適当な"好き"とは違うの

 

 

あのとき、にこちゃんの言葉を否定したのはほとんど反射だった。

私のスクールアイドルへの気持ちを全部否定されたのが嫌だった。

でも自分から辞めるって言ったのだからそう捉えられてもなにも文句は言えない。にこちゃんが正しかった。

 

「……」

 

「穂乃果~?」

 

ころん、と寝返りを打つと唐突に部屋の戸がノックされた。

 

「穂乃果、あなたにお客さんよ」

 

「お客さん…?」

 

「店の方で待ってるわ」

 

お母さんはそれだけを言って降りていく。私は首を傾げながらも下へと降りる。

 

「穂乃果」

 

本来居ないはずの人の姿に私は目を見開いた。

店のテーブル席にはハルくんがいたのだ。

 

「は、ハルくん…どうしてここに……入院してたんじゃ……」

 

「抜け出してきた」

 

「ぬ、抜けっ…!?」

 

それって結構マズイことじゃないだろうか?

しかし、ハルくんは小さく笑った。

 

「冗談だ。真姫には伝えてから、外に出てきた」

 

「病院の人たちには?」

 

「秘密にしてきた」

 

「それじゃあ一緒だよね!?」

 

「ちゃんと後で怒られるさ――それより、いま時間あるか?」

 

「今から…? え、えーっと……」

 

時間を見ると夜の七時前。外も大分暗くなってきている。

突然のことと、この時間帯ということにどうしていいか迷う。

 

「大丈夫よ」

 

だけど私が答えるより早く、お母さんが答えた。

 

「どうせなら今日はうちでご飯食べていく?」

 

「すみません。さすがに病院に戻らないといけないんで」

 

そういうハルくんにお母さんは少し残念そうにする。

 

「穂乃果、少し散歩しないか?」

 

「えっ、散歩…?」

 

「ああ。いわゆるちょっとしたお誘いだ」

 

突然のハルくんのお誘いに、私はキョトンとしてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お待たせ」

 

「ああ。それじゃあ、行こうか」

 

穂乃果の準備が終わって彼女の家を出た俺たちは、歩き始める。

 

「……」

 

穂乃果は気まずそうに俯いたまま前を見ないで歩いていた。

それは今の穂乃果の状況を如実に表しているようだった。

そんな穂乃果に俺はなにも言わず、ただ先導するように彼女の一歩前を歩く。

 

「ハルくん」

 

無言の時間が辛かったのか、俺の名前を呼ぶ穂乃果。

 

「ん?」

 

「どうして私の家に来たの? 病院まで抜け出して……」

 

もっともな質問が飛んでくる。俺の行動はあまり褒められたものじゃないことは穂乃果も理解しているのだろう。

 

「言った通りだ。ちょっとしたお誘い。俺も病院生活が退屈で外に出たかったから、誰かお供が欲しかった」

 

「ハルくん」

 

「たまにはいいだろう。細かいことを気にしないのは穂乃果の得意分野だろう?」

 

真面目に咎める穂乃果だが、俺は意にも介さない。

 

「ハルくんって、たまに――ううん、割りとズバズバと言うよね」

 

不服そうに、頬を膨らませる穂乃果。

 

「遠慮しないことを教えてくれたのは穂乃果たちだ――まあ、とりあえず今は俺のワガママに付き合ってくれ」

 

「……うん」

 

手を伸ばすと、恐る恐るといったように穂乃果は俺の手を取って隣に並ぶ。

 

「それで聞いてなかったけど、どこに行くの?」

 

「ん、それはな――」

 

手を繋いでしばらく歩いた俺たちが向かったのは――

 

「ハルくん、ここ……神社?」

 

「ああ。神田明神だ」

 

俺たちがやってきたのは神田明神。石段を上がって鳥居の端をくぐる。

拝殿ではお賽銭を投げ二礼二拍手一礼。特に願うことはないのだが、少し居座ることに対しての挨拶をしておく。

それが終わった後、俺たちは拝殿の階段に腰を落ち着かせる。

穂乃果はまだ顔を下げて地面を見つめている。

 

「穂乃果。見てみろ」

 

「見るって何を…?」

 

「空を見てみろ」

 

「空……?」

 

そう言って穂乃果はようやく顔を空へと向ける。

 

「――」

 

その瞬間、穂乃果の息を呑む音が聞こえた。

 

空にあるのは満天の星。そして、白銀に光る月。

ここだけが別世界のような、切り離されたような空間になっていた。

 

神田明神は灯がなく、街の光も届かないため、よく見える。

周りに誰もいない、俺と穂乃果だけの自然のプラネタリウムだ。

 

「綺麗だろ?」

 

「……うん。凄く綺麗」

 

穂乃果は呆然としながら星空を眺めていた。

 

「天気がいい日に、たまに来てるんだ。普通の人はこの暗闇を嫌って来ることないからこうしていつもこの夜空を独り占めしてる」

 

誰もが知っているような、秘密のスポット。矛盾しているようだが、細かいことはあまり気にしない。

 

「どうしてハルくんは、ここに来るの?」

 

「やっぱり一人で居るときに、変な雑音(ノイズ)とか聞こえるんだ」

 

「雑音?」

 

「簡単に言えば自分の身体のこととか、これからどうなっていくのだろうとか、変なことを考えるんだ」

 

――いつ終わりが来るか。そのときどうなるのか、とか。

 

ただ待つだけの時間にいつもまったく不安がないことはない。そういうときにこうして散歩に出てここに来る。

 

「ここに来てこうして眺めていると、そういう雑音だとか、変な考えがすうっと消えて、気が楽になるんだ」

 

「そんなところを、私に教えても良かったの……?」

 

「俺だけの場所じゃないからな。それに、穂乃果に見せたかったから」

 

「そう、なんだ……」

 

穂乃果を連れてきたのはそういうことだ。ここまで言えば彼女もそれを薄々気付いているだろう。

これ以上引っ張ることもないので、俺は本題に入る。

 

「穂乃果」

 

「なに……?」

 

俺は穂乃果の名前を言うが、顔は空に向けたままにしている。

 

「海未から話は聞いたよ」

 

「……っ」

 

「そう身構えなくてもいい。辞めたことを責めるわけじゃないから」

 

「じゃあ、何を言いにきたの」

 

穂乃果は不信そうに俺を見る。だが、俺は穂乃果に顔を向けない。独り言を言うように俺は続けた。

 

「海未、後悔していた」

 

「えっ……?」

 

「本当は穂乃果にあんなことをする資格なんてなかった。そう言っていた」

 

「ちが…海未ちゃんは……」

 

「本当に最低なのは私だって」

 

「違う! 海未ちゃんは間違ってない! 海未ちゃんが悪いことなんて一つもない!!」

 

穂乃果は声を荒げて否定した。

 

「全部私が悪いの! 私が勝手なことばかりして、全部壊して、人の気持ちも考えてなかった! 私がちゃんとことりちゃんと向き合っていれば、こんなことにはならなかった!!」

 

「だからμ'sも、スクールアイドルも辞めたのか?」

 

「そうだよ…」 

 

「自分が――なんて、そればかり言って何になるんだ」

 

「でも!」

 

「一人で抱え込んでもなにもならないのはわかるだろう。それに今の状況も知っているはずだ」

 

「じゃあ――それなら!!」

 

俺を押し倒して胸元を掴んでくる。

 

「それなら私は、どうしたらよかったの!? どうしたらいいの!?」

 

穂乃果の瞳から小さな雫が流れ落ちる。

 

「知ったときには、わかったときにはダメだった! 今さら何をしたってどうしようもない! 全部が遅かったんだよ!!」

 

溜め込んでいたものを全て流しだすように。

 

「教えてよ…もうわからないよ……」

 

心の底にある気持ちをぶつける穂乃果はがっくりとうな垂れた。

 

「私は…どうしたらいいの……どうしたら許してもらえるの……?」

 

今の穂乃果は自責の念に駆られている。親友のことりを蔑ろにした、皆で目指していたラブライブを諦めさせてしまったと。

 

本当は自分でもどうにかしようと考えたはずだ。でも覆せるだけの力を穂乃果は持っていなかった。

くしゃくしゃに顔を歪ませ、穂乃果は俺にすがるようにギュッと服を握る。

 

「……穂乃果」

 

そんな穂乃果の手を優しく剥がして、俺は手を取った。

 

「穂乃果はどうしたいんだ?」

 

自分で考えさせるように俺は言った。

 

「自分の気持ちに嘘をつかなくていい。我慢しなくていい。穂乃果の願いを、正直な気持ちを考えるんだ」

 

「私、は……」

 

穂乃果は下唇を噛みながら、なにかを我慢するような表情をしていた。だが――

 

 

 

「……私…嫌だよ……」

 

 

 

暫くしてから、そんな呻きのような小さい言葉が聞こえた。

 

「なにが嫌なんだ?」

 

「ことりちゃんと、サヨナラしたくない……μ'sも…まだ続けたい。みんなと一緒にやっていきたいよ……!」

 

「…そうか」

 

「やだ……嫌だよぉ……!」

 

そこからはもう穂乃果も我慢しなかった。

嫌だ、嫌だと子供のように泣きじゃくる。

 

「穂乃果」

 

俺は宥めるように穂乃果の頭を撫でる。

 

「ハルくん……」

 

「大丈夫だ」

 

濡れた瞳で見つめてくる穂乃果に俺はそう言った。

 

「遅いことなんてない。自分に素直になってどうしたいのか、ことりに、皆に伝えるんだ」

 

「うん…」

 

「怖がる必要はない。それさえすれば皆も受け入れてくれるはずだ」

 

穂乃果を受け入れられないほど皆の心は狭くはない。それは今まで過ごしてきた穂乃果が一番わかっているはずだ。

 

「穂乃果ならできるって、俺は信じている」

 

「うん…うん……!」

 

弱々しく、だけれどしっかりと決意を胸にして穂乃果は頷くのだった。

 

 

 

 

 

「ハルくん、お願いがあるの……」

 

手を繋ぎながらしばらく二人で夜空を見ていると、唐突に穂乃果が言った。

 

「なんだ?」

 

「ハルくんも一緒に来て欲しい」

 

「……」

 

俺は頭を掻く。

俺が一緒に行ってもなんにもならないし、あまり意味はないはずなのだが、穂乃果はそんなことない、と否定した。

 

「お願い…私のためだけじゃなくて、ことりちゃんのためにも、ハルくんには来て欲しい」

 

そのお願いは聞いてあげたいところなのだが、俺は首を横に振った。

 

「悪い。それはできない」

 

「えっ…どうして……?」

 

「たぶんもう病院から抜け出せないから」

 

「あっ…」

 

俺がここに来れたのは真姫の手助けと病院の営業が終わり手薄になっていたからだ。昼間に抜け出すことは無理だろう。

 

「そうだった! ハルくん! 病院!!」

 

穂乃果は思い出したように立ち上がった。

 

「病院に戻らなきゃ! ハルくん!!」

 

俺の腕を引っ張る。

 

「その前に穂乃果を――」

 

「私は後! ハルくんの病院が先だよ!!」

 

ずいっ、と凄む穂乃果に俺は仰け反りながら頷くことしかできなかった。

 

そして病院に戻ると、穂乃果は信幸さんに迎えに来てもらって帰り、俺は真姫と一緒に真奈さんに説教されるのだった。

 

 







いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に




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64.再出発



ども、燕尾です
お久しぶりです。





 

 

 

 

放課後、私は講堂のステージの真ん中に立っていた。

 

音が何一つ起きない空間で私は呼び出した人を待つ。

どれくらい経ったのかはわからない。来てくれるのかすらわからない。だけど、来てくれるまで私は待つつもりだった。

だけど私が思っていた以上に早く、講堂の扉が開かれた。

 

私がメールを送ったのは二人、だけど来たのはそうのうちの一人だけだった。

 

「ごめんね海未ちゃん。いきなり呼び出して」

 

「いえ…」

 

「ことりちゃんは?」

 

「…ことりは今日、日本を発つそうです」

 

「そっか…」

 

それなら来れるはずがない。

 

「どうしたんですか? こんなところに呼び出して」

 

「うん、話したいことがあるの」

 

そういうけど、こうして対面すると緊張した。もしかしたら受け入れてもらえないかもしれない。今さら何をって言われるかもしれない。そう考えると怖くなる。

 

「海未ちゃん…私ね……」

 

だけど私はもう迷わない。怖いけれど、それでいいんだと、言ってくれた人がいる。その人の言葉を信じて、私の思っていることをぶつけよう。

私は顔を上げて、海未ちゃんをまっすぐ見た。

 

「ここでファーストライブやって海未ちゃんとことりちゃんと歌ったときに思った。もっと歌いたいって、スクールアイドルやりたいって」

 

あのとき感じた楽しさと達成感。

それは何物にも変えがたいものとして私の中に残った。

 

「やめるって言ったけど、その気持ちは変わらなかった」

 

学校のために、ラブライブのために頑張ろうという気持ちはあった。だけど根本的なのはそういうことじゃない。

私は歌うのが好きだった。踊るのが好きだった。ただそれだけのことだったのだ。

 

「その気持ちは誰にも譲れなかった」

 

にこちゃんにいい加減といわれて、反射的に反発したのが全てだった。

最初から私の思いは変わらなかった。ただ、ことりちゃんのことやラブライブを理由にして、蓋をして、それでいいんだと思い込んでいただけだった。

 

でもそれは間違いだって、ハルくんに気付かされた。だから――

 

「だから――ごめんなさい!!」

 

私は頭を下げた。

 

「これからもきっと迷惑掛けると思う。夢中になって誰かが悩んでいるのに気付かなかったり、気合入り過ぎて空回りしちゃうかもしれない」

 

頭が悪くて、不器用で、でもそれがわかっていても変わることができない私。だけれど、

 

「でも、追いかけていたいの! 我儘かもしれないけど、私、スクールアイドルが大好きなの! また、迷惑かけちゃうかもしれないけど、それでも私やっていきたいの!!」

 

私の声が、講堂中に響いた。

 

だけど海未ちゃんはなにも言わない。

次の言葉を探すけど、結構勢いで言っていたこともあってこれ以上何を言えばいいのか考えられなかった。しかし、

 

「――ぷっ、ふふっ……!!」

 

お腹を押さえて笑うのを我慢しようとする海未ちゃん。いや、我慢できておらず、くすくすと笑っていた。

 

「どうして笑うの!? 私、真剣なのに!!」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

海未ちゃんは息を整える。

 

「はっきり言いますが――」

 

そして真面目な表情を私に向ける。

これから何を言われるかはわからない。だけど海未ちゃんの言葉を受け入れる準備はできている。

 

「――穂乃果には昔から迷惑掛けられっぱなしですよ?」

 

だけどそれから一変、海未ちゃんは笑顔を浮かべてそう言った。

 

「……えっ?」

 

思いもしなかった言葉に私は戸惑ってしまう。

そんな私を余所に海未ちゃんはステージに足を歩め始めた。

 

「ことりとはよく話してました。穂乃果と一緒に居るといつも大変なことになると」

 

そんなことはなしていたなんて私は知らない。というか少し失礼じゃないだろうか?

 

でも否定はできないとも思った。いま振り返っても、結構いろんなことが起きていたのだから。

 

「どんなに止めても、夢中になったらなにも聞こえてなくなって――スクールアイドルだってそうです。私は本気で嫌だったんですよ?」

 

そうだった。海未ちゃんは最初はスクールアイドルは無しだって言って嫌がっていた。今はノリノリでラブアローシューなんてやっているけれど、嫌がる海未ちゃんを無理やり引き込んだのは私だ。

 

「どうにかやめようとしましたし、穂乃果を恨んだりもしました」

 

確かに恨まれていたとしてもおかしくはない。だけど海未ちゃんは今は違うと言う。

 

「でもそれ以上に、穂乃果はいつも連れて行ってくれるんですよ――私やことりでは勇気がなくて行けないような、凄い所に」

 

「海未ちゃん…」

 

「私が怒ったのはことりの気持ちに気付かなかったからじゃなく、穂乃果が自分の気持ちに嘘をついていたのがわかったからです」

 

海未ちゃんは私のことなんて最初からわかっていた。蓋をして、逃げていたことなんかわかっていたのだ。

 

「穂乃果に振り回されるのはもう慣れっこなんです。そんなことじゃ今さら怒りません。だからその代わりに連れて行ってください――私たちの知らない世界に」

 

海未ちゃんは微笑みながらそういった。

 

「それが穂乃果の凄いところなんです。私やことり、他のみんなもそう思っていますよ」

 

「海未、ちゃん……」

 

私の瞳に涙が(にじ)む。

海未ちゃんが、そう思ってくれていたことが、受け入れてくれたことが嬉しくて。

 

そして海未ちゃんはステージへと上がってくる。

 

「……あの日、穂乃果がスクールアイドルを持ち出してからμ'sが結束されて、ここでやったファーストライブから私たちは走り始めました」

 

「…うん」

 

「だけど始めたのは私と穂乃果だけではありません。だから――」

 

海未ちゃんは私の背中をトン、と押した。

 

 

 

「さあ、ことりを迎えにいってください! あの子も待ってますよ!!」

 

 

 

「ええっ!? でもことりちゃんは…」

 

「あの子も同じです。引っ張ってもらいたいんです。ワガママ言ってほしいんです」

 

「ワガママ!?」

 

「ええ。有名なデザイナーに見込まれたのに残れなんて、そんなワガママをいえるのは、あなただけなんですから!」

 

「海未ちゃん……うん!!」

 

私は海未ちゃんに押されるがまま走り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく…あなたと真姫がこんなやんちゃをするなんて思いもしなかったわ」

 

器材を準備しながら真奈さんは呆れた声でそう言った。

 

「まあ、必要なことでしたから」

 

「どんなことが起きたら病院を抜け出さないといけないのかしら? ん?」

 

「いひゃいでふ……」

 

みにょーん、と真奈さんに頬を引っ張られる。

 

「まったく…あまり無茶をしないの。まだ安定していないんだから今の貴方はいつ何が起きるかわからない状態なのよ?」

 

すみません、と平謝りをする俺。

真奈さんがこうして注意しているのは俺のことを想ってのことだ。

 

そんな人を心配させるのは俺も本意ではない。だから、

 

「今度からはちゃんと連絡します」

 

「そういう問題じゃないってことぐらい、あなたならわかっているはずよね?」

 

しかし真奈さんの顔が迫って来る。

 

「真奈さん、怖いです……」

 

「外出禁止になっている理由を今さら教えないといけないほど、あなたは幼い子供じゃないわよね?」

 

「は、はい…」

 

笑顔で忠告された俺は冷や汗を垂らしながら頷く。恐らくこれは本気のものだ。

 

「それを忘れていないなら、あなたはどうしないといけないか――わかってるわよね?」

 

「おとなしく真奈さんたちの言うことを聞いて、お世話になることです」

 

「よろしい。それじゃあ、薬を打つからね」

 

「お願いします」

 

何とか怒られるのを回避した俺の腕に、針が通される。

 

「それにしても本当に驚いたわ。真姫もそうだけど、あなたが規律を破るなんて」

 

「自分の娘より驚くってどういうことですか」

 

「こういうことに対する柔軟性はあの子(真姫)よりないと思っていたから」

 

「……」

 

そういわれて俺はなんともいえない顔をしてしまった。

柔軟性は持ち合わせているつもりだったのだが、それは俺がそう思っていただけで、真奈さんからしたら本当に守るべき一線に対しては石どころか鉄並みの頭をしているというように見えたらしい。

 

「そんなあなたがこうして動いたっていうのも、μ's(みんな)のため?」

 

「そうですね…みんなのためと言えるとは思います」

 

 

「あら、気になる言い方」

 

皆のためにはなる。だけれど、それは遠まわしでしかない。それ以上に――

 

「傷ついて、傷つけて、その傷で苦しんでいる人たちに助けてほしいといわれたんです」

 

穂乃果やことり、海未の顔が脳裏に浮かぶ。

 

「俺に出来ることはほとんどないけど、それでも力になれたらって思ったんです」

 

「……そう」

 

真奈さんは以前と同じように俺の頭を撫でてきた。

 

「何でまた撫でるんですか……?」

 

「春人くんがこんなにいい子に育って、私嬉しいわ」

 

まるで本当の親のように慈愛に満ちた笑みを向けてくる真奈さんに俺はされるがまま撫でられ続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はぁ、はぁっ……!」

 

息が切れながらも、私は人を避けながら走る。

 

 

間に合え、間に合え――間に合って!!

このまま別れるなんて嫌だ。まだことりちゃんになにも伝えていないのだから。

 

 

「あぅっ――す、すみません!!」

 

ぶつかる人に謝りながら私はことりちゃんを探す。

 

 

お願いことりちゃん。まだ行かないで――

 

 

出発口を端から順に見ていく。そして、私はついにことりちゃんの姿を捉えた。

 

 

――居た! 居た! 間に合った!!

 

 

ことりちゃんは今まさに登場口へと入るために立ち上がっていた。

 

 

 

「――ことりちゃん!!」

 

 

 

私は彼女の手を掴んだ。

 

「――っ!?」

 

「はぁ…はぁ……ことりちゃん……!」

 

「穂乃果ちゃん……どうして……」

 

息を整える私の耳に驚愕と戸惑いの言葉が入る。

当たり前だ。今まさに発とうとしたところを来るはずのない人間に引きとどめられたのだから。

 

「ごめん、ことりちゃん!」

 

「穂乃果、ちゃん……」

 

「私、わかってなかった。目の前のことばかりに集中して、ことりちゃんが悩んでいることに。それなのに勝手なこと言って、ことりちゃんを傷つけた。本当にごめんなさい」

 

私はもう一度ちゃんと謝る。

そして、私は私の本当に望む気持ちをことりちゃんに告げる。

 

「これからも勝手なこと言って傷つけちゃうこともあると思う。迷惑掛けちゃうこともあると思う」

 

今こうして言っているのも勝手なことなのかもしれない。

 

「……」

 

「いつかは別々の道に進むときがくると思う。自分の夢のために、自分が望む道のために」

 

その日は必ず来るだろう。だけど、それでも今は、今だけは、

 

「私は――私はスクールアイドルをやりたい! みんなと一緒に、ことりちゃんと一緒に!」

 

それが私の望み、嘘偽りのない本心だった。

 

「ッ!!」

 

「だから行かないでっ!!」

 

私はギュッとことりちゃんを抱きしめる。

 

「……わたしの方こそ、ごめん」

 

震えた声が、聞こえた。

 

「わたし、ずっとわかってた。わかってたのに嘘ついてた……だからわたしのほうこそ、ごめんね……」

 

ことりちゃんも私を抱きしめ返してくれた。

そして私たちは人目も憚らず、お互いに"ごめん"と言いながら泣いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ん?」

 

本を読んでいるころで、携帯が振動した。

送られてきたのは一通の報せ。アプリを起動させ、確認する。

 

それを見た俺は、口角を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり、穂乃果、ことり――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学院のほうを向いて小さく呟く。

講堂の裏で撮ったのだろう。俺の手に持つ携帯には九人の姿が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
次に更新するときは社会人として更新することになります。




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65.近づいていく真実


ども、燕尾です。

いやー、番外編を描いていたら一年がたってましたねw
よほどの亀更新に自分でもびっくりです。

今回から本編に戻ります。







 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは私たちが初めて出会った場所だった。

 

 

「穂乃果」

 

 

そこで桜の木を眺めていたハルくんは私の名前を呼ぶ。

しかし、その様子はどこかおかしい。

 

「ハルくん?」

 

「ここで穂乃果と海未とことりと出会って、μ'sのみんなと出会って本当に良かった」

 

「どうしたの、急に?」

 

「みんなのおかけで、俺の人生は色づいた。灰色にしか見えなかった世界が鮮やかになった」

 

私の問いかけには答えずに、ハルくんは言葉を紡ぐ。

 

――まるで最後の別れのような言葉を。

 

そして、ハルくんは困ったように笑いながら言った。

 

「悪いな。もうさよならだ、穂乃果」

 

「――っ、なんでっ、どうして!?」

 

唐突のことに私は声を上げる。だけど、ハルくんは答えてくれない。

 

「俺の時間は終わった。だからいかないといけないんだ」

 

「意味分からないよ!? 時間ならたくさんあるよ! 私たちにはまだいっぱい――」

 

「ごめん」

 

そう言ってハルくんは申し訳なさを笑みで誤魔化して、私と反対の方へと歩き始める。

 

「待って、待ってよ! ハルくん!!」

 

だけどどれだけ手を伸ばしてもハルくんには届かない。

それどころかどんどん遠ざかって、桜の舞い散る道の奥へと消えていく。

 

「お願い、待ってよぉ! 私、もっと、ハルくんと――」

 

 

そこで私の意識は暗転した。

 

 

 

目を開けるとそこはいつもの部屋。

あの場所で彼と話しに行った跡なんてなにもない。

 

「……ハルくん」

 

電子音の音が響く中、私は彼の名前を呟く。

現実に戻されたはずなのに私の頬からは暖かいものが伝っていた。

 

まるでそれは現実なのだと言っているかのように。

 

「どうして、こんな夢…」

 

何度も私を呼んでいた雪穂が怒って入ってくるまで、私は動くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

「……穂乃果?」

 

「……」

 

問いかけるも無言で腕を抱き締めてくる穂乃果に、俺は少し戸惑っていた。

隣を歩いている海未やことりに目を向けるも、二人とも首を横に降った。

どうやら二人もこうなっている理由が分からないようだ。

 

俺は再び穂乃果に目を向ける。

 

「……」

 

穂乃果は絶対に離さないというように、俺の腕に力を込めている。そしてその表情は、かなりの不安が表れていた。

そんな顔をしているからか、最初はお小言を言おうとしていた海未も、不満そうにしていたことりも、様子を見守ってくれる方向で纏まってくれた。

 

だが、

 

「穂乃果、もう授業始まるぞ?」

 

「もうちょっとだけ、お願い」

 

授業始まるときも

 

「穂乃果、流石に食べづらいんだが」

 

「もうちょっと…」

 

昼御飯を食べるときも

 

「待て穂乃果、流石にトイレは駄目だ」

 

「もうちょっとだけ――」

 

「こればかりはもうちょっともなにもない。海未、ことり――頼む」

 

「はい――ほら穂乃果、行きますよ」

 

「穂乃果ちゃん、行こうねー?」

 

「ああっ! 待ってよー!」

 

トイレに行くときも穂乃果はピッタリとくっついて来ようとしてきた。

 

 

そして放課後――

 

 

「あんたたち、いい加減にしなさいよね!!」

 

ついに、というか当たり前なのだが、にこからの叱責が飛んだ。

 

「春人、あんた穂乃果を甘やかしすぎよ!」

 

正直俺に言われても困る。朝からずっと穂乃果がこの調子で俺も戸惑ってるのだから。

振りほどこうとしたら、今にも泣きそうな悲しい顔をされ、どこにも行かないでと言わんばかりに力を込めてくるのだ。

 

「これじゃあ、練習にならないわよ……」

 

頭が痛いというように頭を押さえるにこ。そんなにこを他所に穂乃果はぎゅっと俺に身を寄せる。

それを目の前にしたにこは額に青筋を立てた。

 

「あーもうっ、春人! あんた今日はもう帰りなさい!!」

 

「え…だが……」

 

「春人くん。にこの言うとおりにした方がいいわ。穂乃果のことは私たちが話を聞いておくから」

 

「だけど、本当にいいのか?」

 

「これ以上はにこっちが般若になるで?」

 

食い下がる俺に、希がにこの方を指差す。

にこからは気迫というか、見えるはずの無い憤怒のオーラを纏っているように見えた。

 

「わかった。それじゃあ、後は頼む。穂乃果、また明日な」

 

「は、ハルく――」

 

「はいはい、穂乃果はこっちよ。何があったか、話を聞かせてもらうわよ」

 

「そうですね。練習にまで支障が出るのは流石に目に余ります。事情をしっかり話して貰いますよ」

 

ずるずると絵里と海未に引きずられる穂乃果に祈りを捧げ、俺は屋上を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで穂乃果、一体なにがあったの?」

 

春人がいなくなってから私たちは穂乃果を囲んで話を聞く。

 

「それは、その……」

 

「朝からずっと春人に着きっぱなしで、頑なに離れようとしなかったのには理由があるんでしょう?」

 

「それに穂乃果ちゃん、ずっと春人くんを見ては不安そうな顔してたよ?」

 

「……」

 

「どんな理由でも私たちは怒りませんから、話してくれませんか?」

 

私は優しく諭すように、穂乃果と視線を合わせる。

 

「夢…」

 

すると穂乃果は消え入るような声でそう呟いた。

 

「夢?」

 

絵里が聞き返すと穂乃果は小さく頷いた。

 

「夢でハルくんが居なくなる夢を見ちゃったの」

 

なんだ夢か、とそう思えたのなら良かった。

 

しかし、穂乃果が語ったのはやけに現実味を帯びていて、まるで本当にそうなってしまうのではないかと感じてしまう内容だった。

 

「でも、それは夢なんでしょ?」

 

「うん…」

 

一通りの話を聞いて、答えを出したにこは大きく息を吐く。

 

「だったら気にしても仕方ないでしょうが。夢の内容が現実で起きたことあんたあるの?」

 

「確かに、凛も特大ラーメンのプールで泳ぐ夢を見たりしたけど、起きたことはないかなー?」

 

「私もすごくおっきいおにぎりが目の前に降って埋もれちゃった夢を見たりしたけど、実際にはないかな」

 

「それは流石に凛と花陽が特殊なだけじゃないかしら」

 

「でも、夢ってそういうものじゃないかなぁ?」

 

「確かに、突拍子の無いものが夢だよね」

 

「ことりや希の言う通りよ。春人がそんな素振りを見せたのならまだしも、夢なんて荒唐無稽のものなんだから不安になることなんて無いのよ」

 

にこの言っていることは正しい。夢で見たことが現実で起きることはまったく無い。だから気にしても仕方がないし、その内容に不安になることなんてない。

だけど、何故か私はそう思うことができなかった。

 

そしてほとんどがにこに納得しているなか、一人だけ穂乃果の夢の内容に驚愕している人がいた。

 

「真姫」

 

「っ!」

 

真姫は肩をビクリと上げて私に向く。その顔色はどことなく悪かった。

私は真姫のその反応を見て、確証を得た。

 

私たちの知らない春人のことを真姫は知っている。それも――決して良いとは言えないことを。

 

その確証は、私に考えたくもない結論へと導いてく。

 

「真姫、春人は――」

 

「……残念だけど、私はなにも知らないし、知ってたとしても春人の許可無しには話せない。病院の信用問題になるから」

 

私の言葉を遮ってそういうものの真姫はどこか平静を失い掛け ている様な表情をしていた。

それがもう答えに等しいと、私は思った。

 

「そうですか……なら真姫、ひとつだけ」

 

「なに?」

 

「春人のこと、一人で抱え込まないでくださいね」

 

「……っ!!」

 

その瞬間、真姫の顔が歪んだ。

それを見た私は、賭け事には向いていない、と以前春人に言われたことがこういうことなのだと、半ば現実逃避のように考えるのだった。

 

 

 




いかがでしたでしょうか?
今回は短めでした。

ではまた次回に


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66.様々な変化




どもども、燕尾です。

週六のお仕事は疲れるなぁ
休みが欲しいなぁ
一日中こうして書いていたいなぁ……

ではでは、66話目です





 

 

 

 

 

「夢、ね……」

 

夕方、練習が終わったであろうくらいの時間に海未から電話がきた。

内容は今日の練習と、それから朝からおかしかった穂乃果の様子についてのこと。

 

『あなたが居なくなる夢を見たそうで。それもかなりリアリティを感じてしまう内容だったから、もしかしたら春人が自分の前から居なくなるかもしれないと思っていたみたいです。今日ずっと春人に張り付いていたのはそういうことです』

 

「……」

 

『春人?』

 

「あ、ああ…悪い……とりあえず、穂乃果には明日俺からちゃんと言っておくよ」

 

思わず黙ってしまった俺は慌てて誤魔化す。

だがそんな雰囲気を感じ取ったのか、海未が問いかけてきた。

 

『春人、聞きたいことがあるのですが』

 

「なんだ?」

 

『夏の海での合宿で、初めてあなたが病気のことを教えてくれた時、無理して教えようとしてくれていたことがありましたよね?』

 

「ッ!」

 

まさか、という思いが頭の中を()ぎる。

 

「あの時何を言おうとしたのか、教えてはくれませんか?」

 

鼓動が早くなる。冷汗が止まらない。

海未の口調は真実を知りたいというより、自分の思っていることと事実を確認したいというようだった。

 

ということは、つまり――

 

「質問を返すようで悪いが、教える前に一つだけ教えてくれないか?」

 

『なんでしょうか?』

 

「それは、確認か?」

 

『……はい。確認です』

 

それを聞いた俺は確信した。間違いなく海未は真姫と同じく答えにたどり着いてしまったのだと。

 

「……なら、まず海未が確認したいことを教えてほしい」

 

『私の話を聞いて、誤魔化そうとしてませんか?』

 

最後の抵抗も、海未のその一言によって無に返ってしまう。

どうやらもう逃げることはできないようだ。

 

「海未の考えが合っていても間違っていても、誤魔化さないと約束する」

 

『では回りくどいのは嫌いなので、率直に確認します』

 

その言葉に納得した、海未は自分の考えを口にする。

 

 

 

『春人――あなたに残された時間はあとどれくらいなのですか?』

 

 

 

それは、真姫があの時に(海の合宿で)言ったこととまったく同じこと。

 

「いつ気が付いた?」

 

『今日です。とはいえ、薄々感じてはいました。あなたはどこか、自分の人生を諦めたような雰囲気や言動がありましたから、もしかして、と』

 

「その確証はどこで?」

 

「穂乃果の話を聞いて、過剰に反応をしていた人がいたので』

 

それだけで俺はすべてを理解した。

 

「真姫か」

 

「はい。ですが、あの子を責めないでください。私が真姫の様子から気付いただけなので」

 

もともと責めるつもりなんてない。いつかはバレてしまうことだと思っていたし。それに、真実を知らないとはいえ、ピンポイントでそうなる未来を語る穂乃果には誰だって驚く。

 

『普通なら考える余地もない穂乃果の夢の話に驚いていました。おそらく真姫は以前から、あなたの病気がどんなものかを知っていたのでしょう。でなければ辻褄が合いません』

 

知らなければ穂乃果に驚くこともない。驚くということは穂乃果の話を真実だと考えている。つまり、俺が居なくなることを分かっているということ。

そしてその反応を見せたのが他でもない、病院を営んでいるところの娘である真姫だからこそ海未はその確証を得たのだろう。

 

「もう一度聞きますが、春人――あなたの時間はあとどれくらいあるのですか?」

 

最初とは違い、どこか剣幕な雰囲気を纏った海未の声。

俺は嘘偽りなく、正直に答えた。

 

「そうだな…来年の2月半ば、3月までもつかどうか、だな」

 

『そう、ですか…』

 

「随分と落ち着いているな。真姫はこれを知った時、かなり取り乱してたけど」

 

『これでもかなり動揺していますよ。ただ平静を装っているだけです。あなたに余計な負担を掛けたくはありませんから……』

 

自分の気持ちを抑えてまで、俺のことを考えてくれている海未。

だけど、そうは言っても電話口の向こうからは漏れる声を我慢しようとしている息遣いが聞こえた。

 

『本当にもう…どうしようも、ないのですか……?』

 

「ああ。ドナーが見つかってようやくなんとかなるかもしれない。その程度だ」

 

『……っ』

 

だけどそれも奇跡に等しい。奇跡が起きなければ、俺は来年の3月から生きられない。

 

『……春人』

 

「なんだ?」

 

『思い出を、たくさん…作りましょうね……絶対に忘れない、楽しい思い出を、たくさん……』

 

その言葉に乗せられた感情を理解した俺は静かに瞳を閉じる。

 

「――ああ、そうだな。楽しい思い出を作ろう」

 

「っ、はい……っ」

 

「それじゃあまた学校で」

 

「はい…また、学校で……」

 

お互い挨拶を確認した俺はすぐに電話を切った。

おそらく海未もだいぶん我慢していただろうから。

 

「本当に、いい友達を持った」

 

夕日が落ち、暗くなった空に上がった銀色に輝く月を眺める。

 

「ありがとう、海未」

 

遠く離れてこの場にはいないけれど、俺は海未に向かってそう言うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――次の日

 

 

 

 

 

「ハルくん!!」

 

「穂乃果、おは――っと」

 

出会ってそうそう、挨拶もせずに飛び込んできた穂乃果を俺は受け止める。

 

「ハルくん、ハルくん、ハルくん……!」

 

俺の胸に顔をうずめながら安堵する穂乃果。

 

「おはよう、春人くん」

 

遅れてやってきたことりが穂乃果に苦笑いしながら挨拶をしてくる。さらにその後ろには、海未の姿もあった。

 

「おはよう、ことり。海未も、おはよう」

 

「おはようございます、春人」

 

いつも通りの笑みで挨拶を返してくれる海未。だけどその目じりは赤くなって、擦りすぎたのか、少し肌が荒れていた。

だけど俺は指摘しなかった。海未も指摘されるのを望んではいないだろうから。

 

「ほら、穂乃果。そろそろ離れてくれ、学校にいけない」

 

「もうちょっとだけ…」

 

「そういって昨日も離れてくれなかっただろう? 今日は帰るまで穂乃果と一緒だから、な?」

 

俺は不安を取り除くように、穂乃果の頭を優しく撫でる。

 

「うん、わかった…」

 

ようやくわかってくれたようで、穂乃果は俺の身体を放す。

 

「それじゃあ、朝練習に行こうか」

 

俺たちは4人並んで朝練へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし――

 

 

 

 

 

「で、春人――これは一体どういうことなのかしら?」

 

「……俺にも分からない」

 

朝練の場所である神田明神にて――にこが苛立ちを隠すことなく、仁王立ちで俺たちを睨む。

 

「昨日より悪化してるじゃないの!!」

 

そして牙を生やした鬼のように叫んだ。

 

「ことりに海未まで…一体どうしたのよ……?」

 

絵里も流石に頭が痛いというように手を押さえる。

今俺は左腕を穂乃果、右腕をことり、後ろの裾を海未に捕まれているという謎のトライアングルが作られているのだ。

 

最初は間違いなく穂乃果からだった。

 

隣を歩いているはずの穂乃果が徐々に体を近づけて、最終的には俺の腕を取り始めた。

するとそれを見たことりが穂乃果ちゃんだけずるいと言って頬を膨らませ、反対の腕を取ってきた。

 

普段ならすぐさま注意するはずの海未も、昨日の話が尾を引いているのか、離れたくないというように俺の制服の裾を掴み始めたのだ。

 

そうしてこの状況の出来上がりだ。

 

「春人、あんたいい加減にしなさいよ」

 

「なぜ俺が怒られる……?」

 

にこの怒り、というか説教の矛先を向けられて、俺は少し抗議する。

しかしにこはこれ見よがしに溜め息をはいて当たり前でしょ、とその抗議を一蹴した。

 

「あんた甘やかしすぎなのよ。何でもかんでも受け入れて――なに? このまま私たちをダメにするつもり?」

 

「いや、そんなつもりは毛頭ないんだが」

 

「自覚ないのが一番困るんだけど?」

 

にこの目がさらに鋭くなった。

 

「でもにこっちの言う通りやで、春人くん」

 

そこで苦笑いしながらも希も苦言を呈してくる。

 

「なんでも受け入れるのが優しさじゃないんよ。時にはちゃんと否定したり、叱ったりして、間違いを間違いだってちゃんと言うのが優しさなんやない?」

 

「……?」

 

「分からないって顔してるわね」

 

「真姫ちゃん、春人くんは本当に甘やかしてるって自覚がないんだにゃ。だから希ちゃんの言う"間違い"が分からないんだにゃ」

 

「私もそう思うかな。多分だけど、はるとくんは線引きするところを分かってないんじゃないかな?」

 

「……なんでそれが分かるんだ?」

 

そこまで分かりやすい反応はしてないはずなのに、凛と花陽に言い当てられる。

 

「そこからなの……?」

 

本気で呆れたにこの視線が俺に突き刺さる。

 

「まあ、穂乃果たちと出会う前は誰とも関わることなんて無かったからな。俺に判断を求められても困る」

 

「開き直って言い切るな!!」

 

「あたっ」

 

どこぞから取り出したスリッパで、俺の頭をスパーンと叩くにこ。流石にふざけてる場合じゃなかったようだ。

 

「はぁ…なにもしてないのにもう疲れたわ」

 

「その、なんか悪い…」

 

「そう思うのなら、あんたに引っ付いてるその引っ付き虫(穂乃果たち)を自分で剥がしなさい」

 

「そういうわけだから三人とも、そろそろ本当に離れてくれ」

 

俺がそう言うと、渋々ながらも三人は離れて準備し始める。

 

「……本当に、これはどうにかしないといけないわね」

 

「そうね。穂乃果たちはもちろん、春人くんにも人との接し方を少し教えないと。それに――」

 

言葉を切って絵里はちらりと穂乃果たちに目を移す。

 

「穂乃果たちにはやってほしいことがあるから、一度気を引き締めさせないと、ね?」

 

「そうやね」

 

絵里の話に同意する希。

どういう話か分からない俺は首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、練習前に俺は絵里と希から生徒会室に来るように呼ばれた。

 

「失礼します」

 

「来てくれてありがとう、春人くん。呼び出しちゃってごめんなさいね」

 

「別に良い。わざわざ一人ずつ呼び出してるのにも理由があるんだろう?」

 

俺が呼ばれる前、穂乃果、海未、ことりの三人がそれぞれ生徒会室に呼ばれていたのだ。個別に話がしたいというのにはすぐに分かった。

 

「察しが良いわね」

 

「その様子だとうちらが何言うかも大体分かってる?」

 

「まあ、この時期だと――次の生徒会の役員か」

 

確か、去年の今ごろに絵里たちが生徒会役員になっていた記憶がある

 

「さすがね。その通りよ」

 

「去年も同じ時期に生徒会の話があったのを覚えていただけだ。で、今それを俺に言うということは――」

 

問いかける俺に絵里は小さく頷いた。

 

「ええ。次の生徒会のメンバーの1人に春人くんを推薦したいの。どうかしら?」

 

冗談でもなく本気で言っているようで、絵里はじっと俺の目を見つめてくる。しかし、

 

「悪い。期待には応えられない」

 

俺は首を横に振った。

 

「…理由を聞いても良いかな? 春人くん」

 

「俺の身体のことで迷惑を掛けることが分かりきってるから」

 

隠すこともない理由をはっきりと言う。

 

「俺はこれからも入退院を繰り返す。そうなれば生徒会の仕事に支障が出る」

 

「それは穂乃果たちもちゃんと理解してくれると思うし、しっかりフォローもしてくれるわよ」

 

「フォローを前提として考えるのなら、やらない方がいいだろう? 二度手間も多くなるし、効率も悪い。それで大きな失敗をしたら目も当てられない」

 

「でも……」

 

「えりち」

 

食い下がる絵里を希が止める。

 

「一番重要なのは本人の意思やで」

 

「……そうね、ごめんなさい」

 

少し、いや大分落ち込んだ様子をみせる絵里に、俺も少し申し訳なく思う。

 

「信頼してそう言ってくれたのは素直に嬉しかった。だけど、ごめん」

 

「いいえ、正直に答えてくれてありがとう。さて、私たちの話はこれでおしまいにしてそろそろ練習に――」

 

「待ってくれ」

 

鞄を持ち上げてたとうとする二人を制止する。

 

「生徒会には入れないが、その変わりに提案があるんだが――」

 

 

 

 

 

「ええッ!? ハルくん、生徒会断ったの!?」

 

「ああ、俺のから――」

 

「なんで!?」

 

理由を告げる前に詰め寄ってくる穂乃果。そんな穂乃果の額を押して距離を取らせる。

 

「まず話を聞いてくれ」

 

「そうですよ、穂乃果。少し落ち着きなさい」

 

海未に窘められた穂乃果は不満そうに俺を見る。

 

「えっと、それでどうして断ったのかな、春人くん?」

 

ことりが気を取り直したように聞いてくれ、俺は理由を話す。

身体のこと、穂乃果たちの負担にならないようにしたいということを。

 

「そんなの、気にしなくて良いのに……」

 

話を聞いた穂乃果は少し悲しそうに落ち込んでいた。

 

「そうだよ春人くん。わたしたちは大丈夫だよ?」

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、悪いな」

 

「……」

 

苦笑いしている俺を、海未はじっと見つめてくる。

 

「……海未」

 

「は、はいっ!?」

 

何を考えているのかおおよそ見当がついた俺は彼女に耳打ちする。

 

「今はまだ検査入院とかだから、そんな顔しないでくれ」

 

「す、すみません…私……つい」

 

「いいんだ。ありがとう」

 

ぽんぽん、と俺は海未の頭を撫でる。

 

「……むぅ」

 

「むー……」

 

そんな俺たちを不満そうに両サイドから睨んでくる穂乃果とことり。

 

「はっ! 穂乃果、ことり!?」

 

「海未ちゃんだけずるいよ!」

 

「ことりもそう思います!」

 

「これはっ、別にそういうわけではないですよ!?」

 

詰め寄られた海未は助けて、と言わんばかりに俺に視線を送る。

 

「二人とも落ち着いてくれ」

 

海未と同じように穂乃果とことりの頭を撫でると、二人の顔が微かに緩み、矛を納めてくれた。

なんか子犬たちを相手にしているよう――いや、それ以上はやめておこう。

 

気を取り直して今後について口にする。

 

「生徒会には入らないけど、友達として手伝うことは出来るだろう」

 

「それって――!」

 

その意味を理解した穂乃果たちは顔を明るくさせる。

 

「ああ。担当するような仕事や表に出るようなことはできないが、その日の雑務とか、穂乃果たちの手伝いとかをしていく。そういう方向で絵里たちからは許可をもらった。それでどうでどうだ?」

 

「うん! ハルくん、ありがとう!!」

 

「ありがとう、春人くん!」

 

「――っと」

 

かばっ、と俺の腕に抱きつく穂乃果とことり。なんだか最近、この二人の距離がかなり近くなっているような気がする。

 

「ありがとうございます、春人」

 

いつもなら注意しそうな海未も受け入れているし、どうやら3人の俺に対する線引きがかなり変わってきているみたいだ。

それは俺も同じで、こうしてスキンシップを取ってくれることを嬉しく思って――

 

「……」

 

そこで俺の思考が一旦止まった。

俺は今何を考えていたのだろうか?

 

「ハルくん?」

 

近くにいる穂乃果が顔を見上げてくる。その瞬間、俺の中から言いしれない何かが込み上げてきた。

 

「――っ!」

 

「どうしたの、春人くん?」

 

穂乃果から顔を反らすと今度はことりの顔が近くに。

 

「い、いや、なんでもない…!」

 

「大丈夫ですか? 顔が赤いようですが……?」

 

二人の顔を見ないように前を向くと正面から海未が顔を近づけてくる。

 

「大丈夫…だいじょうぶ、ダイジョウブだから……一回みんな離れてくれないか? 頼む」

 

「「「……?」」」

 

懇願する俺に不思議そうにしながらも三人は俺から離れてくれた。

俺は深く息を吸って心を落ち着けようとする。しかし、(しん)の鼓動は早まるばかりだ。

 

経験からして発作ではないことはわかる。なら一体これはなんだというのだろうか。

 

「……なんか今日は暑いな」

 

夏も終わり、秋も近付いて涼しくなってきたというのに、俺は残暑のような暑さを感じるのだった。

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?

ではまた次回にお会いしましょう

さようなり~


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67.再び、ラブライブ



ども、燕尾です。
こちらの話はだいぶん空いてしまいましたね。






 

 

 

 

 

 

 

「音ノ木坂学院は入学希望者が予想を上回る結果となったため、来年度も生徒を募集することになりました」

 

凛として佇み、堂々たる姿で話す学院長に全校生徒が耳を傾ける。

 

「三年生は残りの学園生活を悔いのないように過ごし、実りのある毎日を送っていってもらえたらと思います。そして一年生、二年生はこれから入学してくる後輩たちのお手本となるよう気持ちを新たに前進していってください」

 

講堂の壇上で話す理事長に視線が集中しているなか――その裏では穂乃果が緊張した面持ちで構えていた。

 

「大丈夫か? 穂乃果」

 

「ウ、ウン。ダイジョブダョ。ダイジョウブ……」

 

「片言になってますよ…」

 

「大丈夫じゃなさそうだね…」

 

「生徒会長になってから壇上に立つのは初めてだから仕方ないだろう」

 

頑張れ、と緊張を解すように穂乃果の頭を撫でる。

 

「んー…♪」

 

「春人、穂乃果を甘やかさないでください」

 

「春人くん、駄目だよ?」

 

すると、気持ちよさそうにしている穂乃果の両隣にいる海未とことりから窘められた。

 

「ん、そうだった」

 

「あっ……」

 

俺は穂乃果の頭から手を放す。

寂しそうな顔をしている穂乃果に少しの罪悪感を感じるが、ぐっと我慢する。

 

以前、穂乃果以外のμ'sの皆から女の子との距離感の取り方講座を受けてから、それ以来こうしてみんなから指摘をもらうようになった。

 

「穂乃果。穂乃果の緊張は当たり前のものだ。だから最初からうまくやろうなんて思わなくていい。たどたどしくたって、躓いたっていいから、とにかく今日は最後まで伝えることを意識するんだ」

 

「ハルくん――うん、ありがとう」

 

 

『それでは次は、新生徒会長の挨拶です。よろしくお願いします』

 

 

穂乃果の緊張が少し和らいだようになったところで、司会からの指名が入る。

 

「いってらっしゃい。生徒会長」

 

「穂乃果、よろしくお願いします」

 

「頑張って! 穂乃果ちゃん!!」

 

 

「うん! 行ってきます!!」

 

さっきまでの緊張の表情とは打って変わって、元気よく穂乃果は壇上へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――だぁ! 疲れたぁ~~!」

 

そして放課後、穂乃果は生徒会の机に突っ伏した。

 

「お疲れ様、穂乃果ちゃん」

 

「お疲れ、穂乃果」

 

「やっぱり緊張しぱなっしだったよ~。生徒会長挨拶って、ライブとは全然違うね…」

「でも穂乃果ちゃんらしくてよかったと思うよ?」

 

当然のことを呟く穂乃果。だが、最初ということを考えれば乗り越えられただけでも十分だろう。しかし、

 

「どこがよかったんですか!!」

 

ことりのフォローを断じたのはやはりというか海未だった。

 

「せっかく前に四人で挨拶文まで考えたのに!!」

 

「……まあ、内容が飛んでしまったのだから仕方がないだろう」

 

「だよね!? 仕方ないよね!?」

 

「でも、それで開き直るのはダメだぞ?」

 

「うっ…すみません。はぁ……せっかく練習したのに……」

 

「とにかくっ!!」

 

海未は分厚い書類のフォルダーを四冊ほど穂乃果の目の前にドカッと置く。

 

「今日はこれを全部処理して帰ってくださいね」

 

「ええ!? こんなにっ!?」

 

「それとこれもです」

 

文句を垂れる穂乃果にさらに追い打ちをかける海未は穂乃果に紙を手渡す。

 

「なになに……食堂のカレーがまずい、アルパカが私に懐かない、文化祭に有名人を――ってこれなに?」

 

「生徒からの要望です」

 

なんというか、どうしようもない要望まで混じっているようだ。アルパカが懐かないって何なのだろうか。

 

「もうっ! 少しくらい手伝ってくれてもいいんじゃない!? 海未ちゃん副会長なんだし!!」

 

「もちろん、私はもう目を通しています!」

 

「じゃあ、やってよぉ!!」

 

じたばたと、まるで駄々をこねる子供のよう。だが、穂乃果はわかっていない。自分の置かれている状況が。

 

「仕事はそれだけじゃないんですよ。あっちには校内に溜まりに溜まった置き傘の処理、こっちはほったらかされた各クラブの活動記録のまとめ、向こうのロッカーの中には三年生から丸ごと引き継がれたファイルの処理があるんです!」

 

「うっ……」

 

「生徒会長である以上、誰よりもこの学校のことに詳しくないといけません!」

 

「でも、基本的に三人いるんだし、手分けしても――」

 

「ことりは穂乃果に甘すぎます!」

 

いつもの三人のやり取りに俺は苦笑いする。

 

「海未。海未の言うことももっともだが、ことり言うことも一理あるだろ」

 

「春人、あなたまで…!」

 

俺はファイルを取り、中身を少し見る。

 

「穂乃果に甘くしろとは言わない。だけど過程から結果まで、全部知っておく必要がないものだってあるだろう? そういうものを分担するのがいいんじゃないのか?」

 

「それは…そうですね……」

 

「まあ、それでも穂乃果の配分はかなり多くなりそうだけど。基本的には目を通すつもりでいてもらうのが一番だな」

 

「うう…生徒会長って大変なんだねぇ…」

 

 

「――わかってくれた?」

 

 

穂乃果の言葉に合わせるように入ってきたのは、元生徒会長の絵里だった。

 

「頑張ってるね、君たち」

 

「絵里ちゃん! 希ちゃんも!!」

 

「生徒会のほうは大丈夫? 挨拶、かなりつたない感じだったわよ」

 

「えへへ、ごめんなさい――それで、今日は?」

 

「特に用事はないけど、どうしてるかなって。自分が推薦した手前もあるし、心配で」

 

「明日からまた、ダンスレッスンもみっちりあるしね。それに――」

 

すると希はカードを取り出して怪しげに笑った。

 

「カードによると穂乃果ちゃん、生徒会長としてかなり苦労するみたいだしね」

 

「ええっ! そんなー!!」

 

苦労しない生徒会長なんていないとは思うが、希の言いたいことが分かった俺は黙っておく。

 

「だから、三人もフォローしたってね?」

 

「気にかけてくれてありがとう」

 

「いえいえ、困ったことがあればなんでも言って。いつでも手伝うから」

 

ついこの間まで生徒会の業務をしていた二人がそう言ってくれることにかなり心に余裕ができる。

おんぶに抱っこはしてはいけないが、アドバイスや手を貸してもらえるのであれば最適だといえるだろう。

 

「で――春人くんはなにしてるん?」

 

「ん? とりあえず分担する仕事の確認をしてる」

 

「パラパラ読んでいるけれど、それで内容把握できてるのかしら?」

 

「ああ、問題ない。内容と誰が適任かは頭に入っているから、あとで付箋張っておく」

 

そう言って、俺は次のファイルを開く。

そんな俺を皆は驚いたように見つめていた。

 

「春人くん、すごい……」

 

「そんな特技があったなんて、知りませんでした」

 

「……私よりハルくんが生徒会長になったほうがよかったんじゃないかなぁ?」

 

「冗談でもそういうことは言いうなよ、穂乃果」

 

呆れてしまう穂乃果の言い分に、俺はファイルをめくりながらため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

それから、絵里と希は勉強すると言って図書室へと行き、穂乃果は教室へ行った。どうやら生徒会室より教室の方が捗ると思うとのことらしい。

海未とことりも穂乃果のフォローのため、彼女について行った。

俺はこの分厚いファイルを抱えて外に出るわけにはいかなかったので生徒会室に残った。

 

「お疲れー」

 

そこへやってきたのはヒデコだった。

 

「ん、お疲れ。どうしたんだ? もう生徒会でやることはないと思うが?」

 

「いやー、静かなところで雑誌を読みたくて。ほら、教室は穂乃果たちが生徒会の仕事してるから、知らない振りしてそこで雑誌を読むのもね」

 

「ヒデコたちの今日やることは終わったんだから気にすることはないだろう。そこは穂乃果たちも気にしないと思うが」

 

「まあそれでも、ね――っと、ごめん。ここにいても邪魔になるだろうし別なところに行くね」

 

「別に気を遣わなくても大丈夫だ。それに、多少生徒会室を自由に使うのは役員の特権だろ」

 

「そう? ならお言葉に甘えて失礼しまーす」

 

そう言ってヒデコは座り雑誌を読み始めた。

そういえば、何気にヒデコとこうして二人きりになることはなかった。

チラリとヒデコを見ると彼女は黙々と雑誌を読んでいる。

話すこともないので、俺も引き続き仕事の振り分けを行う。

 

「……」

 

「――ふう、終わり。あと一つか」

 

「……」

 

三つあったファイルの二つ目の振り分けが終わり、どさっと置いて一息吐いたところで、ヒデコが此方を見ていることに気付いた。

 

「ん? どうした?」

 

「いやー、凄い手際だなぁって思って」

 

「別に慣れれば誰でも出来る」

 

「慣れたとしてもそこまで出来はしないと思うな」

 

実際に自分は出来てしまっているからなんとも言えない。

 

「ねね、最近はどう?」

 

「抽象的すぎるな……今は生徒会の話でゴタゴタしてるが明日からはまたライブに向けて練習を再開するつもりだ」

 

自分のなかで皆の調子の事を聞かれたのだと思って答えたのだが、ヒデコは違う違う、と首を振った。

 

「そうじゃなくて、春人くんと皆の関係だよ」

 

「……?」

 

何を聞いてきてるのか理解できない俺は疑問符を頭に浮かべた。

 

「ほら、μ'sの皆に囲まれながら数ヶ月過ごしてきて、こう――男女の仲とか、そういう話があるでしょ?」

 

「ない」

 

「……えっ?」

 

即答する俺にヒデコはキョトンとする。

 

「…えっ? ないの? ほんとに? これっぽちも……?」

 

「少なくともヒデコが考えているようなことはない。みんな俺に対して普通に接してくれてるから」

 

「えぇ~…そういう……」

 

するとヒデコは凄い困惑した表情を見せて、俺に背を向ける。

 

「でもちょっと待って…穂乃果はもちろん、ことりちゃんとか他の人も、少なくとも春人くんの言う普通の接し方以上の感情で接してるんだよねぇ――」

 

ボソボソと喋るヒデコに今度は俺が困惑する。

なにやら自分のなかで整理しているみたいだが、他人(ひと)の角度から見たら恐いことこの上ない。

 

「じゃ、じゃあさ、春人くんの中で特に気になってる女の子はいないの?」

 

「それは、どういう?」

 

「こう、1人で居るときでもなんとなーく頭の中に浮かんじゃう子というか、この子のために何かしてあげたいとか思う、そういう人」

 

「……」

 

そう言われて、思い浮かんだ人がいた。

 

――って、なに考えているんだ。俺は。

 

その考えを振り払うように顔を横に振った。

 

「おっ、その顔は居るって顔だね」

 

だが、ヒデコには伝わっていたようで興味津々の様子を見せてくる。

 

これは、面倒なことになる前に退散するべきだ。

 

この手の話はこちらから強引に終わらせなければいつまでも終わらないのは何度も経験済みだ。

俺は話を打ち切ろうと最後の一つのファイルを手にしようとした瞬間、生徒会室の扉が勢い良く開かれた。

 

『はぁ…はぁ……』

 

「あ、春人くん、お疲れにゃ~」

 

「……お疲れ。で、にこと花陽と真姫はなんで息を切らしているんだ?」

 

「ほ、穂乃果はっ……?」

 

にこは息を切らしながら問いかけてきた。どうやら穂乃果に用事があるらしい。

 

「穂乃果なら教室で生徒会の仕事するって言って行きましたよ? ね? 春人くん?」

 

「ああ。そうなんだが、穂乃果に用なら――」

 

「教室ねっ、分かったわ! 行くわよあんたたち!」

 

教室にいると言う情報を得た四人はまた慌ただしく教室へと向かっていった。

 

「……穂乃果に用なら携帯とかでどこにいるか聞けば良いだろうに」

 

というか、廊下を走るな。

俺は嘆息しながら自分の携帯を取り、連絡を取る。

 

『――もしもし、ハルくん? どうしたの?』

 

もちろん相手は穂乃果だ。

 

「穂乃果、今何処に居る?」

 

『中庭だよー。ちょっとお腹空いちゃって』

 

「ちょっと話すことがあるから今からそっち向かう。大丈夫か?」

 

『うん、大丈夫だよ。待ってるね――』

 

電話が切れたのを確認した俺は荷物をまとめて、席を立つ。

 

「という訳で、中庭に行ってくる。悪いが鍵は頼む」

 

「はいはーい。またね、春人くん」

 

ヒデコと別れの挨拶を交わし、俺は生徒会室を出る。

何だかんだでヒデコからの質問責めを回避できたことに安堵しながら。

 

 

 

「……なるほどねぇ。あれは時間の問題だわ」

 

 

 

一人生徒会室に残ったヒデコは生徒会室の外を見つめながらそんなことを呟いたが、当然俺には聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、今日もパンが美味いっ!」

 

穂乃果の元にやってきたさっきの四人。そのうち凛を除いた三人は息も絶え絶えだっだ。

 

「ぜぇ…ぜぇ…」

 

「はぁ…はぁ……少しは、じっとしてなさいよね……」

 

「もう、無理だよぉ……」

 

「穂乃果ちゃん探したんだよー?」

 

「?」

 

探されていたことなど知る由もない穂乃果は当然首をかしげていた。

 

「というか、どうして春人くんが私たちより先に居るのぉ……?」

 

「携帯で連絡して場所を聞いたからに決まってるだろう」

 

「……私たち、走り損じゃない」

 

「なんで…生徒会室で、言って…くれなかったのよっ……!」

 

「ならもっと落ち着いて行動してくれ。俺の話を聞く前に出ていったのはにこたちだろ」

 

俺の返しに悔しそうに唸るにこ。そんなにこたちに俺はため息を一つ吐いた。

 

「取り敢えず部室に行こう。三人は穂乃果がパンを食べてる間に息を整えようか」

 

穂乃果がパンを食べ、三人が息を整えたあと俺たちは他の皆も呼んで部室へと向かう。

 

そして、そこで四人から聞かされた話に驚愕した。

 

 

『もう一度、ラブライブっ!?』

 

 

「そう! A-RISEの優勝と大会の成功をもって終わった第一回ラブライブ、それがなんとなんと! 第二回大会が開催されることが、早くも決定したのです!!」

 

花陽はパソコンのモニターを指さした。

そこに、穂乃果以外の皆が集まる。

 

「今回は前回の大会規模を上回り、会場の広さも数倍、ネット配信のほかライブビューイングも計画されています!!」

 

「すごいわね」

 

「すごいってもんじゃないです――」

 

皆は花陽の説明とモニターに夢中になって穂乃果のことには気づいていないようだ。

 

「……穂乃果は見に行かなくていいのか?」

 

「うん」

 

穂乃果の様子に俺は少し疑問に思うも、穂乃果には自分なりの思いがあるのだろう。追及するつもりはなかった。

 

「お茶、飲むか?」

 

「うん、ありがとう」

 

俺は自分の分と穂乃果の分のお茶を淹れて、片方を穂乃果に差し出す。

その間も、皆は大会についての話をしていた。

 

本選は前回のようなランキング上位グループの出場ではなく、各地区予選の勝ち上がり方式を取ること。これにより、無名でもパフォーマンス次第では本選出場が可能なこと。

そして、俺たちはA-RISEに勝たなければいけないことなど。

 

「――って、穂乃果?」

 

打倒A-RISEと意気込みをしたところでようやく気付いた皆は、穂乃果に視線を向ける。

だが、そんな視線もお構いなしに穂乃果はお茶を啜り、一息吐いた。

その様子に皆は戸惑いながらも、穂乃果の言葉を待つ。

 

「出なくても良いんじゃないかな?」

 

『えっ……?』

 

「……ふむ」

 

穂乃果の言葉に、全員が固まった。

 

「ラブライブ、出なくても良いと思う」

 

お茶に口を付けて同じことを言った穂乃果に、皆は驚きの声をあげるのだった。

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?

ではまた次回に


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68.測れない真意




ども、燕尾です。
68話目です。





 

 

 

 

 

「ほ、穂乃果ちゃん…!?」

 

「今、なんと……?」

 

 

ラブライブに出なくてもいい――そう言った穂乃果に皆は驚き、身を寄せながら、穂乃果をまるであり得ないものを見るような目で見ていた。

 

「ほ~の~か~!!」

 

するといち早く再起動したにこが穂乃果に詰め寄り、その腕を取る。

 

「ちょっと来なさい!」

 

「わわっ、にこちゃん!?」

 

急に引っ張られて体勢を崩す穂乃果もお構い無しににこは部室の別室へと連れていく。

そして穂乃果を椅子に座らせて、彼女の目の前に姿鏡を設置した。

 

「えっと、なにこれ?」

 

何をされるのか理解できない穂乃果は戸惑った声を上げる。

 

「穂乃果、自分の顔がよく見えますか?」

 

「うん…見えます……」

 

「では、鏡の向こうの自分は何と言っていますか?」

 

「なにそれ……」

 

よくわからない話をされて、穂乃果は困惑の声をあげる。

 

「でも、穂乃果――」

 

「ラブライブ出ないって――」

 

「ありえないんだけど!!」

 

絵里、希、にこが続けさまに穂乃果へと畳みかける

 

「ラブライブよ、ラブライブ! スクールアイドルの憧れよ!? あんた、真っ先に出ようって言いそうなもんじゃない!!」

 

「そ、そう……?」

 

「なにかあったの?」

 

「いや、別に……」

 

「だったらなんで!」

 

「……ハルくーん」

 

いや、そこで俺に助けを求められても困る。

それに俺も穂乃果の真意は気になっているのだ。

 

「なぜ出なくてもいいと思うんです?」

 

「私は歌って踊って、みんなが幸せになれるならそれで――」

 

「今までラブライブを目標にしてきたじゃない! 違うの!?」

 

「それは…」

 

「穂乃果ちゃんらしくないよ!」

 

「挑戦してみても、いいんじゃないかな…?」

 

「あはは……」

 

凛と花陽の言葉にも、穂乃果はお茶を濁すだけ。

 

 

ぐぅ~

 

 

すると、話をする時間は終わりというように穂乃果の腹の虫が知らせてきた。

 

「そうだ! 明日からまたレッスン大変になるし、今日は寄り道していかない?」

 

そして穂乃果自身も、明後日のほうへと話を反らす。

 

「ほら、たまには息抜きも必要だよ、ね?」

 

ほらほら、と自然な様子だが強引に話を進める穂乃果に、海未やことりは心配そうに顔を見合わせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「春人、どう思いますか?」

 

寄り道でみんなでやってきたのは秋葉原。

クレープを頬張り、幸せそうな顔をする穂乃果を見ながら海未は抽象的に問いかけてくる。

 

「何を思ってそう言ってるのかは、俺にもわからない」

 

ただ、出たくないとかそういった後ろ向きな気持ちじゃないと思う。

部室で言ったようにラブライブに出ずともスクールアイドルの活動が出きるのならそれで満足と本当に思っているのか、それとも――尻込みしているのか。

 

「まあ、穂乃果の真意は追々考えるとして、今は寄り道を楽しんでもいいんじゃないか?」

 

「でも――」

 

「それにいざとなれば、穂乃果の尻を叩けばいいだろ。ただリーダーの言うことを聞くだけのグループじゃないはずだ、μ'sは」

 

「……それもそっか」

 

「ですね。もう少し様子を見て考えましょう」

 

「――海未ちゃん、ことりちゃん! ハルくーん! 次はあれ食べようよ!」

 

穂乃果の指す先はソフトクリーム屋。

 

「はい――って、ちょっと待ちなさい穂乃果! いくらなんでも食べすぎです!」

 

しれっとソフトクリーム屋に向かう穂乃果を慌てて止めにいく海未に、俺とことりは顔を見合わせてお互いに笑いながら着いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから俺たちはゲームセンターへ行った。

 

ゲームセンターに入るのは随分と久しぶりだ。それこそまだ絵里と希が入る前にリーダー決めを行おうとした以来だろう。

あのときとは違って純粋に遊びに来たのもあっていくつかのグループになって店内を回る。

 

「は、春人くん!」

 

数人に分かれて楽しんでいる中、一人椅子に座っていた俺のところにやってきたのはことりだった。

 

「どうした?」

 

「えっと、その、あの! あのね!?」

 

どういうわけか、緊張して焦っていることり。

 

「どうしたんだ? なにかトラブルか?」

 

「う、ううん! 違うの! そうじゃないよ!」

 

「じゃあ取り敢えず落ち着いてくれ。ほら、深呼吸」

 

スーハー、スーハーと深呼吸をしたあと、ことりはもう一息吐いて、俺をまっすぐ見つめる。

 

「春人くん、お願いがあるんだけど――ことりと一緒に、あれをやってください!」

 

そう声をあげてことりが指を指したのは、確かあれは…プリント倶楽部、だったか?

 

「ん…でも俺はあのやり方は知らないんだが?」

 

「ことりが知ってるから大丈夫だよ! だからね? ねっ?」

 

背中を押されて筐体へと連れられる。

 

「なるほど、証明写真の機械とほぼ同じなのか」

 

初めてみるが、基本は証明写真と同じようだ。それに音声案内もついているから、手間取ることはあってもわからなくなるわけではなさそうだ。

俺が機械への理解を深めている間に、ことりはさくさくと操作を進めていく。

 

 

それじゃあ、枠の中に入って! 写真を撮るよ! 10、9、8――

 

 

するとあっという間に、カウントダウンが始まった。

 

 

「春人くん! 写真撮るよ!」

 

「おっと……」

 

カウントダウンが始まると、ことりは俺の腕に抱きついてその身を寄せてくる。

 

「ことり、これは……」

 

「でも、こうしないと入らないから」

 

そう言うことりだが、画面を見る限りそんなことはない。スペースにはまだ全然余裕があった。

 

 

5、4――

 

 

「ことり」

 

「もう時間がないから、このままでいこう?」

 

そう言ってことりはギュッと力を強める。

さすがにことりのほうを見ているところを撮られるのもおかしいと思った俺はカメラに視線を向ける。

 

 

3、2、1――

 

 

そしてそのままカシャ、という音が何度か響く。

 

 

それじゃあ、最後の一枚だよ!

 

 

「――春人くん」

 

「ん――」

 

最後と宣言された直後、ことりに名前を呼ばれ、俺が反応する間もなく首に腕を回され、

 

 

――ちゅっ

 

 

「――っ!?」

 

 

頬に柔らかいものが当てられた。

 

そしてその瞬間を切り取った音が鳴る。

 

「……ことり」

 

「えへへ……」

 

どういうつもりだと、目で問いかける俺にことりはふにゃりと笑う。

そんな彼女に俺は溜息を吐いて、いつぞやの穂乃果にしたようにことりの頬を引っ張った。

 

「ひゃわ、はるほふん(春人くん)! ひはいよ(痛いよ)~!」

 

「ことりの頬も柔らかいな。ほら、もっちもっち――」

 

しばらくの間、俺はことりの頬をもっちもっちした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、春人くん。大切にするね」

 

「……ああ」

 

「――」

 

プリクラから出て、顔を赤くしながら印刷されたそれで口元を隠して笑顔でいることりちゃんと恥ずかしそうにしているハルくんの姿に私の心臓が跳ねる。

 

「穂乃果ちゃん、どうしたん?」

 

「う、ううんっ、何でもないよ!」

 

後ろから声をかけてきた希ちゃんに、私は慌てて誤魔化した。

 

「はいっ、ジュース!」

 

「う、うん…ありがとう」

 

ジュースを受け取った希ちゃんはそのまま皆のところへと向かっていく。

 

「……」

 

私はさっきまでいた二人の場所を眺めて、きゅっと自分の胸を掴んだ。

 

 

――苦しい

 

 

焦りや不安、言いようの無いモヤモヤが私の胸を締め付ける。

 

「私、どうしちゃったんだろう……」

 

自分でもわからないこの感情に私は戸惑うばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜――

 

 

にこと真姫が夜まで練習するというので、安全確保という意味も込めて俺は二人に付き合うことにした。

適度に練習をしてから、今は公園の広場で穂乃果以外の皆と電話している。

内容は言わずもがな、穂乃果についてだ。

 

『穂乃果もいろいろ考えて出なくていいって言ったんじゃないかしら』

 

穂乃果について話をしようと言った絵里が、自分の考えを口にする。

 

『いろいろ、ですか……』

 

『どうしちゃったんだろう、穂乃果ちゃん……』

 

『それは私にも分からないわ』

 

「らしくないわよね」

 

「あんたもね」

 

「ちょっと、真面目な話をしてるんだけど?」

 

にこは半目で真姫を睨む。

だが、真姫の言っていることもあながち間違っていないと俺も思う。

いつものにこならお構いなしに食って掛かると思っていたのだが、にこも自分なりに思うところがあるのだろう。

 

『でも、このままじゃ本当にラブライブ出ないってことも』

 

『それは寂しいなぁ…』

 

『――にこっちはどうしたい?』

 

「…私は」

 

希に問いかけられて、にこは少し悩んだ様子を見せるが自分の望み言葉にする。

 

「もちろん、ラブライブに出たい!」

 

にこがそう思うのは当然のことだろう。それに、その想いを持っているのはにこだけじゃない。

 

『生徒会長として、忙しくなってきたのも理由かもしれませんね』

 

『でも忙しいからやらないって、穂乃果ちゃんが思うはずないよ』

 

ことりの言う通り、穂乃果はそういう性格ではない。

 

『今のμ'sは皆で練習して、歌を披露する場もある。それで、十分ってことやろうか?』

 

部室で言っていた通り、それで満足しているのか。それとも、

 

「春人。あんたはどう思ってるのよ?」

 

今まで黙っていた俺はにこから問いかけられる。

 

「……もしかしたら、尻込みしているんじゃないかって思う」

 

『尻込み、ですか……?』

 

「どういういこと?」

 

「ほら、俺たち以前文化祭で失敗しただろう?」

 

その言葉に、皆が口を閉じる。

 

「また周りが見えなくなったらかもしれない、誰かを傷つけてしまうかもしれない。またそんなことになってしまうかもしれない。なら、そうなる可能性があるなら、出ないほうがいい――そう思っているのかもしれない」

 

『……』

 

「これは俺の想像だから、穂乃果がどう思っているのかは、穂乃果に聞かないとわからない」

 

「――なら、実際に聞いてみる他ないわね」

 

「あまり無茶しないようにな」

 

なにかをしようと決意した顔をしているにこに、俺はそう言うことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に~





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69.にこvs穂乃果



ども、燕尾です。

お久しぶりの69話です。






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

俺はフラフラと静かな廊下を溜息を吐きながら歩く。

その間にも身体が痛むのだが今ここで倒れるわけにはいかない。

 

「――失礼します」

 

なんとかたどり着いた保健室と書かれたルームプレートがあるドアを引いて俺は中に入る。

中にいた保健の先生は俺の姿を見るなり、あー、とすべてを察したように息を吐いた。

 

「ワイシャツの代えを用意するから、待ってて」

 

「ええ…お願いします……」

 

答えるのも億劫になっている俺はそのまま背中からベッドにダイブする。

 

「あ、ちょっと、血だらけの格好(・・・・・・・)でベッドに寝転がらない! まずは手当から!」

 

「すみません。いろいろと限界でして…」

 

先生の制止も聞くことなく、俺はワイシャツのボタンをはずす。

 

「もう…綺麗にするの大変なのよ――そんなに、酷くなったの?」

 

先生は俺を起こし傷の具合を見ながら、問いかけてきた。

 

「はい…以前までとは比べ物にならないくらいに。傷は自分の力の限界と考えるとこの程度でしょうけど、後の痛みと体力の消耗が……」

 

「この程度って言いってるけど、傷も相当深いわよ。ここで対処するのももう限界に近いわ。素直に病院に行ってくれたほうがいいんだけど」

 

「……あまり大ごとにはしたくないんで」

 

「そんな身体でよく言うわね。まったく、理事長から言われてなかったら強制的に病院送りにするのに」

 

その言葉を聞いて、俺は理事長に感謝する。あの人の口添えがなかったら本当に病院送りにされていたようだ。

 

「まあ、あと半年ほどしかないので、無理させてください」

 

「そういう言い方はやめなさい」

 

「すみません」

 

小突かれた俺は素直に謝る。確かに、今の言い方は卑怯な言い方だった。

 

「こっちでできる最大限のサポートはしっかりしてあげるから、言うことは聞きなさい。手当の限界が近いのも本当だし、私も意地悪で病院に送るとか言っているわけじゃないんだから」

 

「はい。わかりました」

 

「それと、次そんなこと言ったらあの子たちに全部バラすから。注意するように」

 

保健の先生のその警告に、俺はもう絶対に言わないと誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハルくん、大丈夫かな……?」

 

放課後、私は一人で生徒会の書類をまとめながら、ハルくんの心配をする。

 

 

――ハルくーん! 次の教室に行こう!

 

 

――悪い、先生に呼ばれたから、先に行っててくれ。

 

 

そう言って彼は3時間目前の休憩時間に教室から出ていった以来、そのあとの授業に戻ってこず、そのまま放課後になった。

担任の山田先生に聞いたところ、どうやら発作を起こしてしまったらしく、保健室で休んでいたらしい。

おそらくあのとき、私にああ言ったのは発作を見られないために咄嗟に出た嘘で、本当は誰にも見られない空き教室に行ったのだろう。

 

昼休みに海未ちゃんとことりちゃんの三人で保健室に行ったけど、保健の先生からは面会謝絶、とまるで病院のような対応をされ、会えないまま、放課後になってしまった。

 

「戻ってこなかったし、そもそも、どうしてハルくんは嘘をついたんだろう」

 

そこまで酷いものということなのだろうか。見たことないからわからない。

そもそも、私はハルくんがどんな病気なのかもわかっていない。

 

 

――もう少し、踏み込んでも大丈夫だろうか。

 

 

彼の助けになれるように。もし苦しい思いをしているハルくんを支えられるかもしれないのなら。

 

「よし。もう一度、ハルくんのところに――」

 

「――高坂さん」

 

決意して立ち上がったところに、声を掛けられる。

生徒会室の入り口には顧問の先生が立っていた。

 

「頼んでた資料、運んでくれた?」

 

「えっ? は、あっ――!!」

 

そういえば、頼まれていた。さっきまでその資料のまとめをしていたのに、ハルくんのことで頭がいっぱいになってすっかり忘れていた。

 

「急ぎじゃないけれど、よろしくお願いね」

 

「は、はい!」

 

そうだ。ハルくんのことは心配だけど、やらなきゃいけないことを放置するわけにはいかない。

 

「よいしょ、と…」

 

私はファイルを抱えて、頼まれたところに運びに生徒会室を出る。

 

「うんしょ、よいしょ……」

 

抱えすぎたかな。結構重たい。

 

落とさないようにバランスを取りながら運ぶ。

 

「――ねぇ、また"ラブライブ!" やるみたいだよ!」

 

「ほんとだ! μ'sの皆は出るのかな?」

 

「前は辞退しちゃったからねー。どうするんだろう?」

 

すると雑談しながら移動する女子生徒の声が聞こえた。

 

「……」

 

私は見えるようになった張られているポスターをぼーっと眺める。

そのポスターを見て私は昨日の夜のことを思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃーん」

 

「雪穂」

 

夜、部屋でボーっと空を眺めていたところに雪穂が入ってきた。

 

「見たよ、またラブライブやるんだって!」

 

「えっ、あ…う、うん……」

 

雪穂の言葉に私はどもりながら頷いてしまった。次の言葉が容易に想像できたから。

 

「もちろん、エントリーするんでしょ?」

 

「う、うーん……」

 

私はどうしたものかと一瞬悩んでしまったが、誤魔化すように頷いた。

 

「ん――まさか、出ないのっ!?」

 

だがさすが妹というか、その一瞬を見逃さなかった雪穂はすぐに声を上げる。

 

「あーん! やめてよ、雪穂までぇ~!!」

 

学校でも言われて、家でも言われて、私はちょっとうんざりしていた。

 

「出なよ。亜里沙もすっごい楽しみにしてたよ?」

 

駄々を捏ねるように足をバタバタさせる私に、雪穂はそれでもと促してくる。

楽しみにしてくれている人がいるのはわかる。出たいという人がいるのも。だけど、

 

「私は――」

 

「それにさ」

 

私の考えを言わせないように、雪穂は言葉を被せてきた。

 

「今度のラブライブの開催日、知ってる?」

 

そう問いかけられて、私は詰まった。

 

そういえば開催されるという話を聞いていただけで、いつやるのかまでは聞いていなかった。

首を振る私に、雪穂は小さく息を吐いた。

 

「――来年の三月、だよ」

 

「……」

 

「もう、言わなくてもわかるでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来年の三月の開催。その意味が分からないほど頭は悪くない。

 

でも、それでも――迷ってしまう。本当にいいのだろうか、と。またあの時のようなことにならないかと。

 

いろんな感情が混ざって、私は答えが出せずにいた。まるで、出口のない迷路に入り込んだかのように――

 

 

 

 

 

「穂乃果っ!!」

 

 

 

 

 

意識が彷徨い始めたところに、大きな声が私を引っ張りあげた。

 

「わっ!? に、にこちゃん……?」

 

急に大きな声で詰め寄ってきたのはにこちゃんだった。

にこちゃんは私をジッと見つめて――いや、睨んでいた。

なにか悪いことでもしてしまったのだろうか。また気づかないうちになにかやっちゃったのだろうか。

 

戸惑う私ににこちゃんはビシッと指を突き付け、そして、

 

「穂乃果、私と勝負しなさい!!」

 

「えっ、えぇ……?」

 

勝負を仕掛けられるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やってしまった……」

 

身体を起こした俺は頭を抱えて呟いた。

 

先生に手当てをしてもらって、ベッドで休み始めたのは3時間目の授業前。

今の時刻はなんと午後3時半過ぎ。もう放課後だった。

 

「先生」

 

「おはよう、ぐっすりだったわね」

 

「起こしてくださいよ。せめて昼休みぐらいには」

 

「なに言ってるの。何度か声をかけたに決まってるじゃない。それでも起きなかったのよ、あなた」

 

「……本当ですか?」

 

「こんなことで嘘は言わない」

 

先生の口ぶりからして本当に俺はずっと寝続けていたのだろう。

それほど身体が休息を求めていたということなのだろうか。

 

「あ、そうそう。昼休みに高坂さんたちが来たわよ。あなたのその姿(・・・)を見せないために会わせなかったけど」

 

「お気遣い、有難うございます」

 

今の俺は上半身裸の上に大層ご丁寧に、包帯を巻いている。そしてその包帯も血が滲んでいる。

こんな姿を三人に見られたら大変なことになっていただろう。

 

「三人ともかなり貴方のことを心配していたみたいだから、電話なりメッセージなりして安心させてあげなさい」

 

「はい、わかりました」

 

俺は新しいワイシャツに袖を通し、先生にもう一度お礼を言ってから保健室を後にする。

自分の荷物を取りに教室へと向かっていると、電話がかかってきた。

 

「もしもし」

 

『ようやく繋がって安心しました。春人、身体の方は大丈夫ですか?』

 

「ああ、心配かけて悪い。保健室でぐっすり寝てた。まさか放課後になってるとは思ってなかったよ」

 

『……本当に大丈夫なのですか?』

 

そう言う海未に、俺は少し頭を掻いた。もう大丈夫という言葉だけでは納得させられないのだろう。

 

「保健室に行く前は少し辛かったけど、今の今まで寝てたから。調子は問題ない。ただ、これからこういうことが多くなると思う」

 

『分かりました。皆へのフォローはしておきます』

 

「ありがとう」

 

『ただ――そう長くは隠せないと思います。今回のことで皆かなり疑問に思ってますから』

 

「ああ、分かってる」

 

これから段々と俺が海の合宿で話をしたことと、皆の理解にズレが出るだろう。

 

「そろそろ、俺も覚悟を決めないといけないな」

 

今までは皆の厚意に甘えていた。俺自身、関係が変わってしまうことを怖がり、話す覚悟が持てなかった。

だけど、そんな言い訳も終わりにしなければならない。

たとえ関係が歪になったとしても、疑念を抱かせ続けるのであれば俺は正直に話さなければならないだろう。

 

『春人』

 

「ん?」

 

『春人がどんな選択をしたとしても、私はあなたと一緒にいます。みんなも、それは変わらないと思いますよ』

 

「ああ。ありがとう、海未」

 

海未は俺がどう考えていたのか、どういう気持ちでいるのか、わかっていたのだろう。そんな海未の励ましに俺は口元を緩めた。

 

「――そういえば、今みんなはどこにいるんだ?」

 

俺の問いかけに海未はあっ、と小さく漏らした。

 

『今みんなで神田明神に向かっているんです』

 

「今日の練習はそこで?」

 

『いえそれが…練習ではなくてですね……穂乃果とにこが……』

 

「……?」

 

困っているように言う海未に俺は首を傾げて話を聞くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海未から聞いた場所へと向かうと、そこに皆がいた。

にこと穂乃果はジャージを着て、それ以外の皆は制服だった。

 

「あっ、春人くん! おーい、こっちだよー!!」

 

いち早く俺に気付いた凛がブンブンと大きくてを振る。

それに応えるように俺も軽く手を上げる。

 

「悪いみんな。待たせた」

 

「ううん、大丈夫だよ。それよりはるとくん、身体は大丈夫?」

 

「ああ。保健室で休ませてもらって、調子は良くなってる」

 

「それなら良いのだけど、放課後まで連絡が着かなかったから、心配したわ」

 

「それに保健の先生も春人くんに会わせてくれなかったから」

 

「心配かけて悪かった。先生は起きない俺に気を遣ってくれただけだから、あまり気にしないでくれ」

 

「……とんだ寝坊助ね、あんたは」

 

疑いの目を掛けてくるにこに俺は苦笑いで悪い、と謝る。

 

「それで、海未からは"穂乃果とにこが勝負することになった"って聞いたけど、なにをするんだ?」

 

「この石段を駆け上がって頂上に早く着いた方が勝ちよ」

 

「勝負の意図は?」

 

「私が勝ったら、ラブライブに出場するわ」

 

なるほど、だから出場することに消極的な穂乃果は戸惑っているのか。

 

「春人、口出し手出し無用よ」

 

「わかってる」

 

本気の目をしているにこに、俺は素直に頷く。

 

ぶつからなければ分からないこともある。にこは恐らく、穂乃果に知って貰いたいのだろう。今度のラブライブがにこにとってどういう意味があるのか。単なる憧れや目標で出場したいというわけではないことに。

 

「準備は良いかしら、穂乃果」

 

「う、うん……」

 

定位置に着いた二人はクラウチングスタートの体勢を取る。

 

「それじゃあ、よーい――」

 

そこまで言ったにこは唐突にスタートを切り、

 

「――えっ!?」

 

「どん!!」

 

その直後に勝負の火蓋が切って落とされた。

 

「ちょっ!」

 

驚愕しながらも穂乃果は駆け上がるにこの後を追う。

 

「にこちゃんずるい!!」

 

「ズルくたってなんだっていいのよ! 勝負はルールを決めるときから始まってんの! 悔しかったら追いついてみなさい!!」

 

相変わらずセコい手を使うにこには苦笑いしかできないが、今回ばかりは黙っておく。

にこにたきつけられた穂乃果はペースを上げて、にことの距離を縮める。

にこも穂乃果近づいてくるのを感じ取ったのか、負けじとさらにペースを速めた。

 

しかし――そんな走り方をしていたら足元が疎かになるのは当然で、今走っているのは平地ではなく階段だ。

 

「あっ――うわぁ!?」

 

段差に躓いてしまったにこはそのまま地面へとダイブした。

 

「っ、にこちゃん!!」

 

慌てて穂乃果はにこのもとへと駆け寄る。

 

「大丈夫?」

 

「え、ええ…何とか……」

 

「もう…ズルなんかするからだよ……」

 

「……うるさいわね。ズルでもいいのよ、ラブライブに出られれば」

 

因果応報と言えばそれまでだが、ズルをしてでもにこは穂乃果に勝ちたかった。その気持ちは否定できない。

そう言うにこに穂乃果は何て言えばいいのかわからず、戸惑っている。

 

「あ…雨……」

 

だがそれも束の間、落ちてきた水滴に気付いたことりが呟いた。

 

もともと天気が怪しかったのだが、本格的に雨が降ってきた。

俺は折り畳み傘を取り出して、二人のところに行く。

 

「二人とも、濡れると身体に良くない。勝負は終わりにして雨宿りしよう。にこ、立てるか?」

 

「ええ……」

 

不完全燃焼で終わってしまうことに納得はいかないだろうけど、このまま続けてもケガをしかねない。

俺は溜息を吐いた。

 

「二人とも、着替えた後に話がある。いいな?」

 

「……うん」

 

「…わかったわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて――」

 

神田明神の社務所を借りてジャージから制服に着替えて二人が戻ってきてから、俺は口を開いた。

 

「穂乃果。おおよそ察しはついているだろうけど、今度のラブライブについてだ」

 

「うん…」

 

「なにもにこだって今までのような、勢いだけでラブライブに出場したいって言っているわけじゃない」

 

「ちょっと、春人。私は今までも勢いだけで言っていたわけじゃないんだけれど?」

 

「まあ、そうだとしても。今までとは別の意識があるのは間違いじゃないだろう?」

 

「……」

 

にこは不機嫌そうに、顔を反らす。

ただ素直になれないだけなのだろうけど、どうしてそう言葉にすることを嫌がるのだろうか。

今更、そんな体裁を整えようなんて意味はないというのに。

 

「――そうね」

 

すると、絵里が認めるように頷いた。

 

「三月になれば私たちは卒業。こうしてみんなと一緒に居られるのはあと半年」

 

「それに、スクールアイドルでいられるのは在学中だけ」

 

「…そんな」

 

「別にすぐに卒業するわけじゃないわ。でも、ラブライブに出られるのは、今回が最後の機会なの」

 

「これを逃したら、もう……」

 

「本当はずっと続けていられたらって思う。実際卒業してからもプロを目指して続けている人もいる。でも私たち全員の、この先の道がプロのアイドルを目指すかと聞かれたら、そうじゃない。必ず自分が思う、自分自身の道を進んでいく。そういう意味でこの10人でラブライブに出られるのは今回しかないのよ」

 

「やっぱり、みんな……」

 

穂乃果も気づいていたようだ。しかし、その想いは三年生だけではない。

 

「私たちもそうだよ、穂乃果ちゃん。たとえ予選で落ちちゃったとしても、この10人で頑張った足跡を残したい」

 

「凛もそう思うにゃ」

 

「やってみても、いいんじゃない?」

 

花陽たちに言われても、穂乃果はやはり迷いが捨てきれないようだ。

 

「ことりちゃんは、どう思う?」

 

「わたしは穂乃果ちゃんが選ぶ道なら、どこへでも♪」

 

ことりのその言葉は、まるで自分で決めろというような叱咤激励のようだった。

 

「……」

 

穂乃果がそこまで迷うというのは、そういうことだろう。

俺はちらりと海未を見ると海未も気づいていたようで、しょうがないというように息を吐いた。

 

「また自分のせいでみんなに迷惑をかけてしまうのではと、心配しているのでしょう?」

 

「うっ……」

 

海未の指摘に穂乃果の肩が上がった。

 

「ラブライブに夢中になって、周りが見えなくなって、生徒会長として学校の皆に迷惑をかけるようなことはあってはいけない、と」

 

前は俺たちだけだった。だが生徒会長として、音ノ木坂学院の生徒代表としての顔を持った今度は俺たちだけじゃなく、もっと広い人たちにまで及んでしまう。

その想いが、穂乃果の足を止めていたのだろう。

 

「――全部バレバレだったんだね」

 

穂乃果も認めるように苦笑いした。

 

「前までは何も考えないでできたのに、今は何をやるべきかわからなくなってた」

 

「何も考えないのが穂乃果だったのに、成長したな」

 

「ハルくん、酷い!?」

 

ショックを受けたように顔を向ける穂乃果に、俺は小さく笑う。

 

「穂乃果のその迷いは間違っていない。それはちゃんと周りのことにも目を向けているっていうことなのだから」

 

だけど、と俺は穂乃果の頭を撫でる。

 

「周りを見すぎて気にしすぎて、それで自分を押し殺して、気後れするのは本末転倒だ」

 

「ハルくん…」

 

「迷惑をかけてしまっても、失敗しても、穂乃果の周りには何とかしてくれる仲間がいる。逆にこの中の誰かに何かあったら、穂乃果だってその人の力になるだろう?」

 

「……うん」

 

「そういうことだ。だから、自分が望むことを言ってもいいんだ」

 

「うん――ありがとう、ハルくん」

 

「それじゃあ改めて、穂乃果はどうしたいんだ?」

 

俺は穂乃果に問う。

さっきまでの顔とは違い、穂乃果の顔からは迷いが消えた。

 

「私…やっぱり出たいよ。一度夢見たんだもん。もう一度、ライブライブに出たい! 本当は――ものすごく出たいよ!!」

 

「……決まりだな」

 

「うん、やろう! 出ようラブライブ!!」

 

そう決意した穂乃果は雨の中、拝殿のほうへと向かっていく。

 

「穂乃果!?」

 

「穂乃果ちゃん!?」

 

戸惑う皆を置いて境内に立つ穂乃果は大きく息を吸い込み、そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雨、止め――――!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天へと大きく叫んだ。

その直後、俺たちは信じられないものを見る。

 

 

 

「嘘…」

 

「空が……」

 

「晴れて…」

 

 

 

雨が本当に止み、太陽の光が差し込んできたのだ。

 

「本当に晴れたっ! 人間その気になれば、なんだって出来るよ!!」

 

穂乃果自身も驚きながら、こっちに向く。

 

「ラブライブに出るだけなんてもったいないよ! この九人で残せる最高の結果を出そうよ――ラブライブで優勝を目指そうッ!!」

 

穂乃果のその言葉を、否定する人はいなかった。

 

ラブライブで優勝とは、大きく出たものだ。

 

だが奇跡といってもいい出来事が、ついさっき目の前で起きたのだ。

皆なら、きっとできるだろう。

そう確信めいたものが、俺の中に湧き上がる。

 

「穂乃果」

 

「うん?」

 

「頑張れ」

 

「うんっ!!」

 

穂乃果は満面の笑みで、大きく頷くのだった。

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか。

いやぁ…仕事も忙しくて、難産で、めちゃくちゃかかったなぁ……


ではまた次回に


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70.優勝を目指して



どうも、燕尾です。

とてつもなくお久しぶりです。
ほぼ一年ぶりですね。

この一年、仕事のあれこれであらゆるモチベーションでず、
何をする気も起きず、気分の浮き沈みが激しかった状態でした。
正直今もあまりモチベーションがわいてこない状態ですが、
地道に頑張りたいと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。





 

ラブライブで優勝することを目標として宣言した次の日。

俺たちにさっそく試練が与えられた。

 

 

「ラブライブ予選で発表できる曲は、今までで未発表のものに限られるそうです」

 

 

花陽からの情報に全員が驚きの声を上げる。

 

「どういうことなの!? 前はそんなことなかったじゃないっ。なんで急に変わったのよ!」

 

事情の説明を求めるにこ。

 

「参加希望のチームが予想以上に多く、中にはプロのアイドルのコピーをしている人たちもエントリーを希望しているらしくて」

 

「この段階で篩にかけるようってわけやね」

 

「これから一か月足らずで何とかしないと、ラブライブには出られないってことね」

 

「時間が少ないな。もっと早くに告知してくれればよかったんだが」

 

「ここまで規模がでかくなるなんて、きっと運営の人たちも思ってなかったんじゃないかな」

 

ことりの言う通り一か月という時間で新曲を作らないといけないというのは、運営側もかなり無茶を言っているのは分かっているはず。

だけどそうしなければいけないほど、前回の影響が大きかったのだろう。

 

「こうなったらば仕方がない!」

 

意識を切り替えようとしたところで、にこが声を上げる。

なにやらこの状況に適した秘策があるようだ。

 

「こんなこともあろうかと、私がこの前作詞した"にこにーにこちゃん"という詞に曲をつけて――」

 

「でも実際のところどうするん?」

 

「スルー!?」

 

「何とかしなきゃ!」

 

希にも穂乃果にも、とにかくスルーされたにこは不満そうにするもそれ以上何も言わなくなった。

 

「やることはただ一つ――極短期間で作るしかないわ」

 

真姫! と絵里は真姫に視線を送る。

 

「――もしかして?」

 

絵里の意図に気付いた真姫は苦笑いを浮かべた。

 

 

「ええ――合宿に行くわよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――数日後

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合宿を行うことが決まってから、とんとん拍子で準備が進み当日を迎えた――もちろん最初は不参加と言っていた俺も半ば強引に参加することになった。

電車に揺られること約1時間。真姫の家が所有する山の別荘の最寄り駅に到着する。

 

「わぁ…綺麗なところだね!」

 

「空気が澄んでるね」

 

皆がその情景に意識が奪われている中、俺は一つだけ違和感を感じた。

 

「何か、足りなくないか?」

 

「春人くん、何か忘れ物?」

 

「忘れ物じゃないが…何か不足しているような気がして――」

 

俺は周りを見渡す。するとその原因がすぐに分かった。

ことり、凛、花陽、真姫、希、にこ、絵里、海未――明らかに一人足りない。

 

「ことり、俺の荷物を頼む」

 

「ええっ! 春人くん、今戻ったら――!」

 

「大丈夫。皆は先に向かっていてくれ」

 

それだけを言って、俺は走って電車に乗り込む。

なんとか乗り込むとドアが閉じ、電車が走り出す。

 

間に合ったと、一息ついた直後に電話が鳴った。

 

『何しているのですか、春人!!』

 

電話に出ると、大きな怒声が電車に響く。

 

「悪い海未。説明している暇がなかった。目的地の場所は大方把握しているから皆は先に行ってくれて構わない」

 

俺の変わらない声色に冷静さを取り戻したのか、海未は一拍を置いて問いかけてくる。

 

「一体何があったというのですか?」

 

「そこに俺以外でいない人が誰なのかを見てくれ」

 

「はい? 全員いるはず――って、ああっ! 穂乃果っ!!」

 

そこでようやく気付いたようで、海未は大きく声を上げる。

 

「そういう事。幸い、一駅先はそう遠くないからそこで降りて戻るよ。電車やバスの時間がかかりそうだったらタクシー捕まえるから。先行っててくれ」

 

「でしたら、真姫の別荘の最寄りのバス停で落ち合いましょう。どのみち別荘まではタクシーではいけないでしょうし、そこからさきで迷ってしまうかもしれもせんから、ここは安全に全員合流してから真姫に案内してもらいましょう」

 

「わかった。じゃあ、最寄りのバス停で」

 

「はい、すみません春人。穂乃果のこと、よろしくお願いします」

 

海未との話し合いを終え、俺は先ほどまで座っていた車両まで歩く。

皆で座っていた付近まで行くと、おばあさんの隣で寝ている穂乃果の姿を見つけた。

人の気も知らないような穏やかな寝顔をしている穂乃果。

 

「穂乃果。起きてくれ」

 

「んぅ~…おやつは洋菓子がいい~」

 

「そう言っている場合じゃない。降りる駅が過ぎてるぞ」

 

「ん、んん……」

 

肩を揺らすとようやく起きたようで、眠気を覚ますように目をこする穂乃果。

 

「ようやく起きたか、穂乃果」

 

「おはよ~ハルくん…そろそろ駅に着くのかな~?」

 

寝起きでまだ状況把握できてない穂乃果に俺は真実を伝える。

 

「残念ながら、もう降りる駅はとっくに過ぎてる」

 

「………………え」

 

周りを見渡して固まる穂乃果に、俺は苦笑いするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たるみ過ぎですっ! 春人が気づいていなかったらどうなっていたか!!」

 

それから――一駅先で降りて直近のバスに乗り込んで皆と合流した穂乃果に海未からの叱責が飛んだ。

 

「だって、皆起こしてくれないんだもん! ひどいよっ!!」

 

穂乃果は自分が悪いと思いつつも、誰一人として気付かず起こしてくれなかったことに、涙目になりながら反論する。

 

「ごめんね。忘れ物確認するまで気づかなくて……」

 

「そもそも、昨日早く寝ていれば電車の中で寝ることもなかったはずです!」

 

「うぅ~!」

 

「まあ二人とも、言い合いもそこまでにしてそろそろ行かないか?」

 

「そうね。早く別荘に移動しましょう。今回は本当に時間がないんだから」

 

俺と絵里の仲裁に、二人とも振り上げたこぶしを下げてくれた。

 

「そうですね。時間もないことですし、行きましょうか」

 

よっこいしょ、と荷物を背負う海未に俺は目を剥いた。

 

「海未…その荷物は……?」

 

「山ですから」

 

「いや、確かに山中にあるけど、その荷物の量はなんだ?」

 

「山に行くのですからこのくらいは当然です。むしろ皆の方が軽装過ぎませんか? 山を舐めたら怖いんですよ?」

 

まあ万が一のことがあれば私がサポートしますが、と口にする海未。

まさかと思うが、登山と勘違いしていないだろうか。

 

「さあっ、行きましょう! 山が私たちを呼んでいますよ!!」

 

意気揚々と進みだす海未に何とも言えない表情をしてしまう俺たち。

中でも不安を抱えたいたのはにこだった。

 

「大丈夫かしら、あれ。海の合宿の時みたいに無茶言わなければいいんだけど」

 

「そうなったらさすがに俺も止める。それにみんなが言えば海未だってわかるだろう」

 

「だといいけどね」

 

意気揚々と進む海未の後に続きながら、俺たちは別荘へと向かう。

山の中にあった真姫の家が所有する別荘は海の別荘と同じくらいの規模でコテージのような作りをしていた。

 

「一軒家以上の大きさ…さすが西木野家だな」

 

「べ、別に大したことじゃないわよ…」

 

褒められて気恥ずかしいのか、そっぽを向きながら髪の毛をくるくるさせる真姫。

例のごとく、にこは悔しそうにしていたが、もはや誰も触れない。

 

「あっ! お金持ちの家でよく見るやつ!」

 

「こっちには暖炉があるにゃ! 初めて見るにゃー!」

 

別荘の中に入れば、さっそく猫のようにあちこちと見まわす穂乃果と凛。

他の皆も興味があるのかきょろきょろと見まわしている。

 

「暖炉つけてみたい!!」

 

「確かに! ここに火を――」

 

「着けないわよ」

 

言い切る前に断った真姫に穂乃果と凛はええー、と抗議の声を上げる。

 

「まだ寒くないし、それに――冬になる前に汚すとサンタさん(・・・・・)が入りにくくなるって、パパが言ってたの」

 

「パパ……」

 

「サンタ、さん……」

 

真姫の口から思いもよらない言葉が出たことに反芻する二人。

俺もまさかそんな話が出るとは思わなかったので、少し驚いていた。

 

「素敵だね、真姫ちゃん」

 

「優しいお父様ですね」

 

「毎年この煙突は私が綺麗にしていたの。去年まで(・・・・)サンタさんが来てくれなかったことはなかったんだから」

 

証拠に、と真紀は煙突の中を指さす。

そこにはthank youという文字と雪だるまやサンタが描かれていた。

 

「「……」」

 

呆然とする二人に真姫はふふん、と自慢するように髪をかき上げた。

 

「ぷぷっ――」

 

すると、どこかから笑う息が漏れた。

ちらりと見ると、にこが目に涙をためながら、爆笑するのをこらえていた。

 

「あんた……真姫が、サンタ……」

 

「――っ、にこちゃん!!」

 

「それはダメよ!!」

 

決して言ってはいけない言葉を言おうとしたにこに気付いた花陽と絵里がにこを押さえつける。

 

「痛い痛い!! なによ!」

 

「駄目だよ! それを言うのは重罪だよ!」

 

「そうにゃ!真姫ちゃんの人生を左右する一言になるにゃ!!」

 

「だって真姫よ!? あの真姫が――」

 

「だからダメぇ――!!」

 

ドタバタとにこを取り押さえる皆。

 

「…なんなの、一体?」

 

「いや、何でもない。真姫はそのままでいいんだ」

 

「ちょ…なんで頭を撫でるのよ、春人」

 

純真な真姫が可愛かったからとは絶対言えず、俺は優しく真姫の頭を撫で続けるのだった。

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか

皆さんも体調はお気を付けください。




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71.スランプとチーム分け




どうも、燕尾です。
お久しぶりです。ものすごいお久しぶりです。

ここ1~2年いろいろと調子を崩していましたが
こういう同人活動的なものを再開できるぐらいの回復ができました。

今は休憩期間中で次の仕事が決まったらどうなるかわかりませんが、
こうして物語を想像したりするのは好きなので続けていきたいと思います。


では71話目です






 

 

 

ちょっとした悶着と真姫の可愛らしい一面がわかった後、それぞれ準備を整えてラブライブに向けての行動に移した。

ことり、海未、真姫はそれぞれ衣装、作詞、作曲へ。それ以外のみんなはトレーニングとダンス練習を始める。

 

俺も最初こそトレーニングなどを手伝っていたが、ダンス練習となると意見を言うことはできるがそれ以上のことはできないので、コテージに戻って皆の休憩用のお茶を入れたりしていた。

 

 

 

「ことり。お茶入れてきたから、合間縫って一息入れてくれ」

 

「……うん、ありがとう春人くん。もう少ししたら休憩するから、そこに置いてもらえるかな……?」

 

「ああ、わかった。それじゃあ海未たちにも渡してくるから、またあとで」

 

「うん……」

 

「……?」

 

 

 

「海未。少し休憩したらどうだ? お茶入れてきた」

 

「ええ……ありがとうございます、春人……一区切りついたら休憩しますのでテーブルに置いていてもらえますか?」

 

「……ああ。わかった」

 

 

 

「真姫。調子はどうだ?」

 

「………まあ、そこそこね」

 

「そうか。お茶入れてきたから、少し休憩しないか?」

 

「私は後で休憩するわ」

 

「根を詰めすぎてもよくないぞ」

 

「わかっているわ。ちょうどいいところになったら休憩するから」

 

「それじゃあ俺は皆のところに行ってくるから、何かあったらすぐ声をかけてくれ」

 

「ええ、ありがとう」

 

「……大丈夫だろうか」

 

 

 

真姫がいた部屋から出た俺は心配になって呟いた。

 

「三人ともいつものノートや楽譜が真っ白だった」

 

一区切りやら、ちょうどいいところと言っていたがそれがいつになるのかわからないレベルだ。

俺の心配が、形になって表れるのにそう時間がかからなかったのはこの後のことだった。

 

 

 

 

 

「ん、みんなどうしたんだ? にこと凛に至ってはずぶ濡れじゃないか」

 

大広間に戻ったら、外で練習していたグループが戻ってきていた。

事情を問うと絵里が苦笑いしながら答えてくれた。

 

「ちょっとトラブルがあって、二人が川に落ちちゃったのよ」

 

「何があったら川に落ちるんだ――ほら、タオル」

 

二人にタオルを渡す。

 

「リスにリストバンドをとられたのよ。リスだけに」

 

「それで追いかけていたら先が崖になってて、その下に川があって落ちちゃったの」

 

「ボケ言っている場合か……下手したら死んでいただろう。それ」

 

「本当に、川があってよかったわ。春人くんの言う通り、怪我なんてものじゃ済まなかったもの」

 

無事だったからよかったものの、下に川がなかったら命だって危なかったはずだ。

その点に関しては奇跡というほかないだろう。

 

「とりあえず風呂に入って体温めるなりしないと、風邪をひく。俺は真姫に風呂の準備の仕方を聞いてくるから、その間に体拭いて着替えておけ」

 

「「は~い……」」

 

「ハルくん、私も行くよ! ちょっと三人の様子も見たいし」

 

「ああ。わかった」

 

俺は真姫の方に、穂乃果はことりと海未の部屋へとそれぞれ向かう。

 

「真姫、浴場の準備について聞きたいことがあるんだが――」

 

真姫のいる部屋の扉をノックするが、反応がない。

 

「真姫?」

 

もう一度ノックするも返事が返ってくることはなかった。

あまり褒められたことではないが、俺はゆっくりと扉を開ける。

 

「真姫、どうしたんだ――ん?」

 

部屋の中を確認したがそこに誰もおらず、その代わりに窓が開いて風が吹き込んでいた。

 

「どこに行ったんだ……?」

 

「――ハルくん、大変!! 三人が!!」

 

疑問に思っているところに慌てた様子で穂乃果がやってきた。

 

「外だよ、ハルくん!」

 

外? と首を傾げながらも窓の外を見てみると、

 

「「「はぁ……」」」

 

ことりと海未と真姫が膝を抱えてため息をついてたのだった。

 

 

 

 

 

 

『スランプ!?』

 

とりあえず、三人を中に呼んで事情を聴いた。

 

「まあ、そんなところだろうと思っていたけど」

 

「春人、あんたわかってたの?」

 

「さっきお茶を持って行ったときに三人ともノートとかが真っ白だったし、それになんか普段の迷いとは違う雰囲気だったからな。もしかしてとは思っていた――プレッシャーに思っているんじゃないか?」

 

「流石ですね…春人の言う通りです。気にしないようにして入るのですが……」

 

「うまくいかなくて、予選敗退したらどうしようって思うと…」

 

「ま、私はそんなの関係なく進んでたけどね」

 

「春人くんが三人ともノート真っ白だったって言ってたにゃ。ここに譜面あるけど真っ白にゃ」

 

「って、勝手に見ないで!!」

 

「見栄を張っても意味ないのは真姫もわかってるだろう」

 

「それはっ…まあ、そうだけど……」

 

言葉が尻すぼみしていき、俯く。

 

「うーん、やっぱり三人に任せきりっていうのもよくないかも」

 

「そうね。責任も大きくなるから、負担もかかるだろうし」

 

「じゃあ、みんなで意見出し合って話ながら曲を作っていけばいいんじゃない?」

 

「それでいいんじゃない? せっかく10人いるんだし――私としては、やっぱりにこにーにこちゃんに曲をつけて」

 

「なんだ、その頭の悪そうなのは」

 

「失礼ね! これはにこにーの可愛さを最大限発揮させる――」

 

「こんな感じで、みんなで話していたらいつまでも決まらないよ?」

 

「…そうね」

 

呆れたように言う希に苦笑いする絵里。

しかしそれもつかの間、絵里は何かひらめいたように表情を明るくさっせた。

 

「そうだ! みんなに提案があるんだけど――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、三班に分かれましょうか」

 

絵里の提案はいたって単純だった。

 

「ことりを中心に衣装を決める班と海未を中心に作詞をする班、そして真姫を中心に作曲をする班の三つよ」

 

別れた三つの班の内訳は、衣装チームがことり・穂乃果・花陽、作詞チームが海未・凛・希、作曲チームが真姫・絵里・にこだ。

ちなみに俺は、何かあった時のためにコテージで待機することになった。

 

「それじゃあ、ユニット作戦で曲作り頑張ろう!!」

 

『おー!!』

 

「……おー」

 

「おー」

 

穂乃果の鼓舞にみんなが拳を挙げたので俺も何となく挙げたのだが、

 

 

 

「……さすがにこれはどうなんだ?」

 

待機となった俺は特にできることもなく、ただ読書をしているだけとなっていた。

 

「やっぱり…何か手伝った方がいいのか?」

 

不安に駆られた俺は読んでいた本と閉じて、外に出る。

 

「あら、春人くん。どうしたのかしら?」

 

ちょうど同じくして、コテージの近くに立っていたテントの中から絵里が出てきた。

 

「絵里。いや、待機って言っていたけど、さすがに何もしないっていうのも居心地が悪くて。みんなの様子を見に何か手伝えることないか聞こうかと」

 

「そうだったのね。正直、私とにこができるようなことってあまりないのよね。真姫が気分転換や作曲に集中できるような環境づくりぐらいしか」

 

「それで十分じゃないか? 誰かがそばにいてくれたら真姫も安心感があると思う」

 

「そうね。真姫もまんざらでもない様子だったわ」

 

「だが、俺が手伝えることはなさそうだな」

 

「何かをするという意味では、こっちは今のところ大丈夫なのよね。ことりや海未の方に行ってみたらどうかしら?」

 

「ああ。そうしてみる。作曲、頑張って」

 

「ええ。ありがとう」

 

 

 

 

 

「あれ? はるとくん?」

 

「ん、花陽。それは?」

 

ことりたちがいるであろう方へ向かっている途中の森林で、花陽がかごに花を摘んでいた。

 

「今回の曲づくりのために何かヒントになるかなって思って。はるとくんこそ、どうしてここに?」

 

「みんなの様子を見ようと思って。待機と言えば聞こえはいいが、何もしてないのが気が引けてな」

 

「なるほど。それじゃあ、絵里ちゃんたちのところはもう行ったんだね」

 

「ああ。特に手伝えることはないから、次はこっちの方に来たんだが……どうやらもう終わってるみたいだな」

 

「うん。ちょうどことりちゃんたちのところに戻ろうとしてたとこなの」

 

この分だと、こっちも手伝えることはなさそうだ。

 

「はるとくん、ちょっとテントに寄って行ってほしいな。はるとくんが様子見に来てくれたらことりちゃんも喜ぶと思う」

 

「特にできることはないと思うが…」

 

「様子見に来てくれるだけでも、嬉しいものだよ」

 

「そういうものか」

 

うん、と頷いた花陽についていく形で、ことり達が張っているテントのところまでついていく。

 

「あ、春人くん! 花陽ちゃんもお帰り」

 

「ことり、お疲れ様。調子はどう?」

 

「うん、さっきよりは進んだかな? 今はちょっと休憩中。この空気が気持ちよくて」

 

目の前の川辺と周りは森林になっていて、ここはかなり自然を感じられる場所であった。

川のせせらぎに、草木の香り。ことりが言うようにこの自然の空気が何ともいえない気持ちよさがある。

 

「そういえば穂乃果は?」

 

「穂乃果ちゃんならテントの中で気持ちよさそうに寝てるよ」

 

「……そうか。まあ焦ってもいいことないから」

 

「はるとくん、苦笑いしてるよ」

 

「でも穂乃果ちゃんが寝ちゃうのもわかるかな? こう…私も眠気が……」

 

「確かに……気持ちよくて…寝ちゃいそう……」

 

「…ふふ。それじゃあ俺は戻るな?」

 

「春人くん、一緒にテントで寝ていく?」

 

「遠慮しておく」

 

「あっ――そんな逃げなくても――」

 

流石にそれはできるわけもなく、俺は引き込まれる前に逃げるように離れる。

 

最近のことりは何をしてくるかわからない時がある。それこそ穂乃果と同じような感じで、強引さが出てきたというか。

感覚としては穂乃果二人が二人に増えたようなものだ。

 

この前にこや絵里に苦言を呈されたので、少し気を付けないといけない。

 

 

 

――いい? いくら仲が良いとはいえ、距離感というものを少しは考えなさい。

 

 

――穂乃果たちが望んでいるから、その望むように、だけでは駄目よ。

 

 

 

二人に言われて、穂乃果とことり、それと海未の2年生以外の感覚を基準に距離感に関する問題を渡された。

結果は、まあ酷いものだったが。それでもそれなりの考え方というものを知ることはできた。

 

「行動に移せているかは別だけれど――ん?」

 

コテージに戻っている最中に、着信が入ってきた。

画面を見ると凛からの電話だった。

 

「もしもし――」

 

『春人くん、助けてぇー!!』

 

「――っ!」

 

突然の大声に耳が痛くなり、思わず電話口から頭を話した。

 

『春人くんっ!? 春人くん!! 聞こえてるっ!?』

 

「ちゃんと聞こえてるから、少し声の量を――」

 

『こっちはそれどころじゃないよ!! 今日はこんなのばっかりにゃー!!』

 

『凛ちゃん、ファイトやよ!』

 

『気を抜くと死にますよ、凛!!』

 

「……作詞のために、何をしているんだ?」

 

聞こえてくる希と海未の言葉に、俺は状況が想像できずついそう言ってしまう。

 

『凛だって聞きたいよ! なんで山登りしてるのか!!』

 

「……」

 

流石に言葉が出なかった。

そして助けてと言われたが、そこまで離れてしまっては俺もどうしようもない。

 

「……帰ったらラーメンに付き合うから、無事を祈る」

 

『春人くんの薄情者~!!』

 

凛の非難を受けながらも、俺は通話を切る。

テンションがおかしかったが、希もいるし、そこまで無茶はしないだろう。

 

日も落ちてきてオレンジ色になりかけている空を眺めながら、俺は凛の無事を一応祈っておく。

 

「結局、手伝えることはなかったな」

 

それもまたしょうがないと、俺は諦めつつコテージに戻り本を読みながら時間を過ごすのだった。

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?

エイプリルフール、嘘をつこうとして考えているうちに
一日が終わってしまった燕尾でした。




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