Fate/Avenger Order (アウトサイド)
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Fate/Avenger Order
セイバーアルトリア・オルタの場合、あるいは始まり


 もしも藤丸立花を属性で表すとしたら、混沌という言葉がふさわしいだろう。

 しかし、別段、彼は元々気性が荒いわけでも、またそれに準ずるような性格をしているわけではない。むしろ、彼は優しい人間、言い方を変えれば気安い人間である。

 笑えば華があり、泣けば心を痛め、己の信条に反することに怒り、その生涯を楽しんでいきている側の人間だった。だとするならば、なぜ彼を混沌と表すのか。

 

 結論から述べれば、彼のサーヴァントが原因だと言える。

 

 『人理継続保障機関・カルデア』に招かれた彼は、第一に生き残った人間だった。そして、戦うことを強いられた人間でもある。数合わせとして呼ばれ、魔術回路を起動したことさえない完全な「素人」。そんな人間である彼は、人理の救済という、およそ人間が背負うべきではない運命を背負うこととなった。

 

 むろん、心は折れた。摩耗し、粉砕され、絶望もした。そもそもが土台無理な話なのだ。カルデアの所長、オルガマリー・アースミレイト・アニムスフィアの死を目にした時点で、彼の心は恐怖していた。

 しかし、そんな彼を支えた存在があった。それは、サーヴァント。藤丸立花にとって、その存在は従者か、兵器か、友かと問われれば、苦もなく恥を感じることもなく、こう答える。

 

 『共犯者だ』と。

 

 これは、そんな凡人が歩む反逆の物語。彼は、反英霊に愛されていた。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

「…………召喚に応じ参上した。貴様が私のマスターという奴か?」

 

 初めてその少女を目にしたとき、立花の目に怯えがなかったといえば嘘になる。いや、正直に、それこそ恥も外聞もなく答えるのだとしたら、恐怖していた。特異点F、冬木の街での戦いを鮮明に覚えた立花としては、それは無理からぬことだといえよう。

 

「ふん、お前が私のマスターか。たいしたことはないな」

 

 召喚された少女、セイバーアルトリア・オルタは、立花を鼻で笑う。当然だ、英霊を召喚するなどという暴挙に出た時点で、一人の人間として多少の期待を孕むものだった。しかし、その期待は裏切られた。自分を召喚をした存在が、こんなものだと知ったとき、彼女は心から嘲笑した。

 

 だが、それに対する反応が意外だったのも事実だ。

 

「あ、ああ! 俺がお前のマスターだ! あ、これ、名刺です」

 

 どこの世界にサーヴァントに名刺を渡す馬鹿いると思う? もちろん、その名刺は即座に破り捨てた。同時に、本当にこんなマスターが人理を修復しようとするのか? と呆れを孕んだものだ。いっそのこと、自害をして契約を破棄してやろうかとも思ったが、あまりに哀れすぎてやめておいた。

 いま思えば、その思考そのものがらしくないと思う。

 

 しかし、次の日からだ。アルトリア・オルタが彼の色彩に染められ始めたのは。

 

「あっ、アルトリアさん、朝食できてるよ」

「おい、マスター、これはいったい何の真似だ? どうしてお前が私の好みを知っている?」

 

 アルトリアの前には、立花の言う通り、朝食が並んでいた。それも、なんの偶然かはわからないが、彼女の好みのジャンクフードが並んでいた。しかし、通常の人間にとっては、これは朝から重いと言える悪食だった。しかも、ピンポイントにアルトリアだけがこの朝食なのだから、返って気味が悪い。

 というか、なぜ立花がこの朝食を用意しているのだ。

 

「ああ、俺、もともとコックを目指していたんだ。まあ、カルデアに来たのは妹のいたずらではあったんだけど、まさかこんなところで特技が生かせるとは思わなかったよ」

 

 照れたように苦笑する立花ではあるが、それでは肝心のアルトリアの食の好みを知っているという理由にはならない。そして、もう一度そのことについて尋ねると。

 

「俺、少しぐらいなら見ただけで食べ物の好みを察せるんだよ。いうなら『直感(食)C』ってところかな?」

「なるほど、いまいち納得はできんが、それはわかったことにしておいてやる。で、それ以上の疑問だ。どうしてお前が私の朝食を作っている? いや、()()()()()? お前は昨日、私に恐怖していたはずだろう? 気でも触れたか?」

 

 アルトリアには不思議だった。昨日出会った時点で、すでに自分に怯えていた人間が、こうして自分のために料理をしていることが。自分とこうも平然と会話をしていることが。

 だが、それこそ立花は不思議そうな顔をしてこう言った。

 

「えっ、だって食事は楽しくなきゃ」

「――――ああそうか、お前はそういう馬鹿なのだな」

 

 今度は理解した。おそらく、この男は底抜けのお人よし――とまでも行かなくとも、馬鹿であることには違いないと。人理修復という、およそ人が背負うべきでない宿命を背負っていながらも、使うべきサーヴァントに怯えている。

 しかし、食事の上では何もかも平等なのだろう、この男にとって。

 

「もきゅっ」

 

 一口、彼が用意したというジャンクフードの王道、ハンバーガーを口にする。

 

「えっと、どうかな?」

 

 立花は期待と不安を目に宿しながら、そう訊ねてきた。

 

「及第点。食えなくはない。だが、余計な雑味がまだ多いな。いくらジャンクフードとはいえ、これでは目指すべきところが違う。ソースをバーベキューソースにして濃いめにしているのは、評価してやるが、パテが少し焼きすぎ――おい、聞いているのか?」

「あ、いや、そんなにきちんと評価してくれるとは思わなくて……」

 

 確かに少ししゃべりすぎた気もする。ゆえにもう一口食べる。もきゅもきゅと食べ進めると、ハンバーガーは完食していた。その間、立花はずっとアルトリアを見ていた。

 

「何を見ている? 鬱陶しいぞ、マスター」

「…………いや、なんでもない。ありがと、アルトリア」

 

 そういって、立花はアルトリアの席を離れていった。向かった先は例のシールダーの席のようだ。しかし、アルトリアにはなぜ礼を言われたのか、わからなかった。

 

「ふん、変な男だ」

 

 のちにアルトリアは、そのことに尋ねるが、それに立花はこう答える。『君の無表情なくせに、おいしそうに食べる姿が可愛くて見惚れていた』と。容赦なく殴ってやったのは、当然、照れだとかそういうことではない。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

 第一の特異点はフランスだった。敵は、ジャンヌダルク・オルタ。

 立花率いるマシュとアルトリア・オルタは、マスターである立花を守護しながら、はぐれサーヴァントたちとともにフランスを駆け巡った。

 

「クハハハッ、何? 何なの? そこの救世主様は、女の子の影に隠れて震えることしかできないの? 哀れね! 哀れを通り越して滑稽ですね! 無様で見てられない、今すぐ消してあげる!」

 

 魔術師として三流以下である立花にできることなど、ほとんどない。料理人として立花にできることなど、たかが知れている。だから、彼が守られていることなど、本来なら当然であった。どれほど無力に歯噛みしようとも、藤丸立花は無力である。

 

 それでも、震える足を殴りつけて。泣きそうになる頬をひっぱたいて。

 

 彼は立っている。

 

 心は間違いなく恐怖している。多くの死を目にして、平然としていられるほど、立花は強くない。自らを殺そうと襲い掛かってくるワイバーンや、巨大なファヴニールを前に、逃げ出さないことを自らでも不思議に感じるほどだ。

 それでも彼が人間の悪性を前に、立っているのは、ひとえに彼の感性がズレているせいだろう。

 

「お、おいしいって言われたんだ」

「あ?」

「ひっ! あ、いや――」

 

 小さな声で呟いた言葉に、ジャンヌダルク・オルタが反応した。それに怯えて口を閉じようとする立花の背を、アルトリアが乱暴にひっぱたいた。

 

「おい、マスター。一つだけ言っておいてやる。お前の感性は多少ズレている。しかし、それは間違いではない。だが、それをお前が誇らないことは間違いだ。お前がお前を誇れないでどうする」

「――――」

 

 アルトリアには意外だった。自分でもこんな言葉を、こんな軟弱な男に投げかけるほど甘くなったのかと呆れそうになった。

 

 しかしまあ、

 

(日頃のジャンクの礼としては十分だろう)

 

 どうやら、この愚か者はそれでやる気が出たようであるし。

 

「おいしいって言われたんだ。気まぐれだった。そんなつもりはなかった。所詮、小さなおにぎり一つだ。俺にはそれがたいしたものにも、たいした行為にも思えなかった。慰めだって怒鳴られるとすら思ってたんだ。でも、あの子は、あの子供は、本当に救われたような顔でおいしいって泣いてくれたんだよ」

 

 人理修復の最中、ましてジャンヌダルク・オルタの攻勢の中、住民を保護することは吉といえる選択肢ではない。もちろん、馬鹿ではあるが立花にもそれはわかっていた。だから、気まぐれだったという。そこにいて、立花のことを見ていたからという理由で、おにぎりを分けた。

 それが、青年の戦う理由になるとは夢にも思わず。

 

「俺には……正直、人理だとか世界だとかはわからない。でも、料理をふるまうことができなくなるのも、料理をふるまう相手がいないのも――俺はいやだから。だからここに立っているんだ」

 

 別段、大きな声ではなかった。戦いが起きている喧騒の中、その声が誰に届いたかはわからない。ただ一つ言えるのは、それを聞いてアルトリアも、マシュも負ける気がないということだ。

 

「おい、竜の魔女」

「何かしら、卑王。もしかして、今の戯言に心打たれてしまったのかしら?」

「ふっ、まさか。この馬鹿の言葉にそんなことを思うはずがないだろう。だがまあしかし、一つだけ確かなことを教えてやろう」

「へぇ、お優しいことで。それで? あんたは何を教えてくれるのかしら?」

「何、簡単なことだ。この馬鹿の作るジャンクは――存外うまいというだけだ」

 

 アルトリアは、聖剣を構える。それをジャンヌダルク・オルタは不愉快そうに眺めていた。立花は素直に驚いていた。アルトリアが立花の作る料理をこうして褒めてくれたのは、はじめてだったからだ。

 

「ア、アルトリア……さん……」

「呼び捨てで構わん。お前は頼りないし、弱い。料理人としての性質なのかは知らんが、どこか感覚がズレている。何より、卑屈を素で覚えているような男だが……いいだろう、先ほどの言葉。お前を私のコックとして認めてやるぞ、リツカ」

「――――わかった、アルトリア。これが終わったらジャンク祭りをしてやるよ」

「上等」

「ああ、イライラするわね! だったら全員まとめてターキーにしてあげるわよ!」

 

 こうして、アルトリア・オルタは、コックとして藤丸立花を認めた。最初の特異点の修復完了ということで、宣言通りカルデアはジャンクフード祭りが開かれたという。そんな彼女が立花をマスターとして認めるのは、もう少し先の話。




主人公 藤丸立花(男)

保有スキル

調理 C (普通にプロの料理人としてやっていけるレベル)
直感(食) C (他人の食の好みをなんとなく察することができる)
人たらし(悪) B (属性悪の心を開きやすくする。相乗効果あり)
人たらし(混沌) B (属性混沌に好かれやすくなる。相乗効果あり)
人たらし(女性) B (性別女性に好かれやすくなる。相乗効果あり)
人たらし (絆) A++ (三つのスキルの相乗効果により、対象サーヴァントの絆値の上昇速度が倍々化)
料理人 A- (料理人として性質特化。技術向上、恐怖緩和、料理に関すると精神耐性向上。人間的感性のズレ←デメリット)


更新速度は気まぐれによりますので、平気で長期間放置します。


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シールダーマシュ・キリエライトの場合、あるいは観察

 マシュ・キリエライトにとって、藤丸立花とは、不思議な存在であった。

 そもそも彼と最初に話したときからその感覚はあった。変わった人――というには、普通の人間だった。いきなりのことにテンパり、女性であるマシュと目を見て話すことが苦手で、男性であるドクターロマンや感性に惹かれるところのあるダヴィンチと仲がいい。

 

 こう言ってしまうと、マシュのことを苦手としているのかと思いそうだが、決してそうではない。むしろ、彼はマシュのことを大切な存在としてよく話しかけてくる。

 

「ねぇ、マシュ。今日は何が食べたい?」

 

 主に食べ物に関して、だが。

 ここでなんでもいいと言ってしまうのは簡単だ。そう言ったとしても、立花は苦も無く料理を作ってしまい、かつそれがおいしいときた。なにせ、本人の言葉が本当なら、なんとなくマシュの食べたいものを察することができるはずなのだから。

 

 しかし、彼はできる限りマシュにその日食べたいものを聞いてくる。

 

 これが立花なりのコミュニケーションの取り方だと気づくのに、時間はかからなかった。

 

「そうですね……あ、先輩の故郷、日本の家庭料理を食べてみたいです」

「日本の家庭料理か……ふむ、じゃあ天ぷらとかにしてみようかな。いい油を使えば、存外あっさりと食べられるしね」

 

 マシュからして立花は、料理がうまい。少なくとも、マスターという身でありながら、暇なときのカルデアの食事事情を任される程度には、おいしい。本来、人理修復のマスターというのは、休養と鍛錬の繰り返しなのだろうと思っていたが、立花にとっては料理が一番気が休まるとのことで、さしものロマンもあまり口出しをしてこない。

 というか、彼の料理のファンであるロマンは、できることなら立花の料理を食べたいとまでいう始末。

 

 そこに関しては、彼のサーヴァントであるアルトリア・オルタも同じ意見なのだろう。よほど手が空いていない場合を除き、彼女の食事の担当は立花だ。

 

(……別にうらやましいとか思ったりしません。先輩のバカ……)

 

 ちなみに、マシュは立花に大事にされているとは言ったが、そんなマシュから見ても立花は――いや、むしろアルトリアは立花に懐いている。

 

「ふむ、リツカ。おかわりを所望する」

 

 だいたい、アルトリアが食事をしているときは、立花が近くにいる。そしてせっせとおかわり分のごはんを追加していた。悪い言い方をすればどっちが召使なのかわからないが、本人はうれしそうなので注意することもできない。特に第一特異点を修復して以降、アルトリアのそれは顕著になった気がする。

 

(というか、お二人の距離がだいぶ近いような気が……)

 

 物理的なという意味なら、少し前まで立花はそれこそ召使のように、アルトリアのそばに立って眺めていた。それが今は正面に座って頬杖を突きながら幸せそうに眺めているのだ。なんというのだろう、あれが噂に聞く主夫という奴だろうか。

 

 最初、立花がアルトリアを召喚した際、カルデアでは一定レベルの警戒態勢に入っていた。立花が召喚したアルトリア・オルタは、アーサー王の反転した側面。性格は本来の清らかさを謳ったものとは逆に、彼女は暴君ともいうべき圧政をよしとする性格だった。

 

 属性としては間違いなく悪だ。彼女が反逆した場合、間違いなく人理修復は叶わずにカルデアは崩壊する。本来なら、自害させるべきだという打診もあった。

 

 しかし、立花は――。

 

『彼女、ジャンクフードが好きみたい。大味というか、悪食が好みだって』

 

 そんな彼女に料理をふるまった。当然のように、アルトリア・オルタを迎え入れた。なぜ彼女の好みがわかるのか、最初は不思議ではあったが、立花の料理人としてすごいところは、個々の好みを的確に当てて、かつそれらすべてを別々に作ることに抵抗がないことだ。

 例えば、鶏肉料理ならからあげを作りながら、棒棒鶏を作る――というように、もはや工程も何もまったく別物だというのに、食材がかぶってるならそんなに手間ではないと、全員分の献立を考えるのだ。

 

 藤丸立花をカテゴライズするなら、料理人という言葉ほどふさわしいものはない。彼は、料理という一面に関してはたとえ反英霊であっても妥協しない。

 

(プロ意識……とは違うんですよね)

 

 ダヴィンチ曰く、彼のそれは願望にも等しい当たり前の行為だという。それがどういうことなのか、理解するのに立花を観察する必要があった。しかし、料理をふるまう彼を見ていると、簡単に結論は出た。

 

 藤丸立花は、料理が好きで、それを食べてくれる人の笑顔は好きで、それで幸せになれる人間なのだ。ただそれだけだ。だから彼は、つい癖のようにいっぱい食べるアルトリアのそばにいてしまうのだろう。

 

 マシュは自分の二の腕、腹部に手をやる。

 

(デ、デミサーヴァントって太るんでしょうか……)

 

 いや、太る太らないの話を除いたとしても、アルトリアのようにあんなに食べることなどできない。というか、なんだあれは。どうしてあんなに華奢な体にあれほどの料理が入るのだ。

 

(ズルい)

 

 いっぱい食べられれば、立花は近くにいてくれる。そのうえ、立花の料理をたくさん食べることができるのに――というなんとも少女らしい感情に支配されるマシュであったが、そのとき、偶然アルトリアと目が合った。

 

「ふっ」

 

 鼻で笑われ、目で勝ち誇られた気がした。

 

「ふ、ふふふふふふ」

 

 思わずひきつった笑いを浮かべるマシュだったが、そこである考えに至った。

 

(そもそも私がアルトリアさんに遠慮する必要はありませんよね?)

 

 そうと決まれば、話は簡単だった。マシュはお盆を手に、席を立つ。向かう先はそう、立花のいる席だ。

 

「先輩、ここ、構いませんか?」

「ん? ああ、マシュか。大丈夫だよ。おかわりがほしかったらいってね」

「おい、待て。ここは私のテーブルだ。マシュマロサーヴァント、私に許可を取るべきだろう」

「いーえ、私は先輩の隣で食べたいんです! アルトリアさんには、許可をいただく必要はありません! というか、私はデミサーヴァントです!」

 

 ぷりぷりといった怒り具合に、さしものアルトリアも目が点となった。そして、次の瞬間には面白いというように、口角を上げた。

 

「ふっ、いいだろう、お前が私と食事をともにすることを許可する」

「むー、上から目線です」

「実際、私の方が上だ。悔しかったら宝具の真名を見つけるんだな」

 

 そういって食事を再開するアルトリア。なぜか攻勢に出たはずのマシュが軽くあしらわれた気がして、少し不機嫌になる。だが、立花の評価はむしろ逆だった。

 

「うんうん、二人が仲良くなったみたいでよかったよ」

「……どこをどう見たらそういう判断ができるのか……やはりお前の感性はわからん」

 

 今回ばかりはマシュも全面的にアルトリアに同意だ。今の話の流れで仲がいいなどと評されるとは、思いもよらなかった。むしろ、不服にすら感じる。

 だけど、立花が浮かべたのは笑顔だ。

 

「だって、マシュはアルトリアになんか遠慮してたし、アルトリアはそれを当然のことだって受け止めてた。でも、本当に嫌いな相手なら、食卓を囲むなんてことはできないはずだよ?」

「「…………」」

 

 これは1本取られたというか、なぜこの人はこと料理が絡むとここまで勘が働くのだろうか。確かにマシュもアルトリアも、嫌いな相手と食卓を囲むことなんて出来るほど、器用ではない。

 仲良くなるという言葉の定義は人それぞれだろうが、少なくともマシュの中には、アルトリアに対する敵愾心のようなものはない。

 

(あっ、どうして、私はアルトリアさんに遠慮しなくなったんだろう)

 

 答えは簡単だ。立花のせいだ。マシュが変わる前に、アルトリアを立花が変えた。彼女は本来、施しはおろか、群れることも許容できるような英霊ではないだろう。それが何故か、立花には心を開き始めている。

 

(ああ、やっぱり……)

 

 藤丸立花は、変わっているのだと思う。そして、間違いなくマシュ自身も変わり始めている。色彩を持たない純真、純情、純粋とも言うべき彼女もまた、藤丸立花の色彩に魅せられている。

 

「先輩、先輩はどうして料理が好きなんですか?」

「ん? んーと……そうだな、きっかけは妹かな。妹が俺の料理が好きでね。それから作るようになったよ」

「妹? ああ、そう言えばそんなことを言っていたな。妹がきっかけでカルデアに来たと」

 

 ちょっと待て。ナニソレ、私知らない。

 

「先輩は、妹さんがいらっしゃるんですか?」

「そ、擦れてるというか、へそ曲がりというか……まあ、ちょっとヤンチャな妹が1人ね。今回も妹がイタズラでカルデアに応募したのがたまたま数合わせとして通っただけなのよ」

 

 その癖、行くとなったときには「行くな」と駄々を捏ねていたのを覚えてるよ。そう語る立花の表情は、とても優しげで――そして愛おしかった。

 膝の上で拳を握り締める。マシュ・キリエライトに家族と呼べる人間は、便宜上いない。強いていうなら、ドクターが頼りない兄で、ダヴィンチが愉快な姉と言えるかもしれない。

 しかし、その2人は今もマシュのそばに居る。

 立花の本当の家族と違って……。

 

「リツカは、家族の仇を討とうなどとは考えないのか?」

「考えない」

 

 アルトリアの問いに、立花は不自然に思えるほど即答した。それも、否定という形で。

 

「そりゃ、俺の家族が死んだことに関しては、かなり腹が立ってるよ。でも、仇を討つとかは考えないかな」

「どうしてだ? お前は、復讐は何も生まないとでも言うのか?」

「いや、復讐は一つの権利だと思うくらいには、俺は寛容じゃないよ。復讐は生産の行為ではなく、清算……つまりは一つの終わり方だからね」

「じゃあ、どうしてお前は復讐心に駆られない? それでは、先程の言葉も薄っぺらく感じるぞ」

「当然さ、俺は薄っぺらい人間だ。何より……俺の家族は決してそれを望まない。復讐心での人理修復なんて、俺の家族は望まない。俺さ、全部片付いたら家族に聞かせるんだ。俺がお前達と歩んだこの物語を」

「それは……」

 

 ああ、そうか。この人は笑って未来を話せる人なんだ。どうしてだろう、そのことがどうしようもなく嬉しくて、この人が自分を誇りにさえ思ってくれていることに、涙さえ覚える。

 

「だから、この物語は復讐であってはならない。人理焼却なんてことをした相手に復讐なんぞしたってつまらないだろ? だから、これは反逆だ。どこぞの誰とも知らない神様染みた相手に、俺は反逆の物語を作る。だから、2人にもついてきて欲しいんだよ、ちっぽけな人間だけど、この物語を完遂するには、2人が必要だからさ」

 

 初めてだった。マシュ・キリエライトはおろか、誰かに立花がこうやって話をしてくれたのは。多分、これもまた食事の席だからできた話なのだろう。彼にとってここは敵のいない空間だから、彼はこうも堂々語ることが出来たのだろう。

 きっと、食事の時間が終わり、レイシフトをした先ではまた震えるのだろう。恐怖して、泣き言を言うのかもしれない。だけど、そうであってほしいと思う。泣き言も弱い姿ももっと見せてほしい。一人で背負わないでほしい。

 

 私は、あなたの盾はともにあるのだから。

 

「先輩、私、やりたいことができました。先輩の生まれ育った家に行って、妹さんに会ってみたいです。きっと、かわいらしい妹さんなんでしょうね」

「憎たらしいって言葉が似合いそうな子ではあるが、まあ確かに、マシュにはあってほしいかも」

「おい、そこに私を忘れるなよ? お前の最初の剣は私だ。盾はそこのシールダーに譲ってやったが、反逆の剣としてお前の物語には不可欠な存在だろう?」

「もちろん、アルトリアがいなかったら俺はヘコたれていただろうからね」

「ふんっ、当然だ。これからも存分にその身を蹴飛ばしてやる」

 

 アルトリアは笑う、立花が笑う、マシュも笑う。

 

(ああ、先輩、私わかりました。食事って、こんなにも楽しいんですね)

 

 こんな日常を、この人とともに歩きたいと思った。それが、私の願いです。




シールダー マシュ・キリエライト

初見の時点で、主人公を例の『先輩』呼びはしていたが、当初の好感度はさほど大きくはなかった。事実、第一印象もドクター・ロマンのような頼りなさげという印象だった。しかし、だからこそ彼の人間らしさに惹かれているのかもしれない。

主人公がどことなく感性がズレているのには気づいている。しかし、そこを魅力だと感じる程度には心を許している。

もっと頼ってほしい、もっと甘えてほしい、もっと支えたい。甘やかすことも、叱咤することもできる良妻系後輩ヒロイン。


セイバー アルトリア・ペンドラゴン・オルタ

初見の時点で、主人公に呆れすら感じていたのに、気が付けば餌付けされていた第一号。主人公のズレた感性に最初に気が付いた女性。その人間的なズレを笑って許容できるくらいには主人公を認めている。

主食はジャンクフードが大半を占めるが、最近、主人公の料理なら下手に繊細さを気取っているような料理でもない限り、家庭料理もたしなむようになった。主人公の料理スキル向上に一役買っている。

主人公を気に入った理由の一つとして、主人公の性質が大味気味であったのも理由に一つに挙げられる。英霊のような洗練された人間ではなく、如何にもな人間的な雑味を多分に含んだ上に、それにスパイスのような感性のズレが加わり、彼女のような英霊が主人公を認めるようになったといえる。
厳しくしながらも内心愉快そうに眺めている元ヤン系大食いヒロイン。


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アヴェンジャージャンヌダルク・オルタの場合、あるいは仲間

 カルデアに存在するサーヴァント、つまりは反英霊たちにとってほとんど暗黙の了解となっているのが、お互いを干渉しあわないということだ。もとより、彼らがこのカルデアに所属している理由は、藤丸立花の存在があるゆえにだ。

 例えば、ヘシアン・ロボ。そもそもがなぜカルデアに席を置いているのかもわからない復讐者。人類すべてに憎悪を抱いているような彼は、唯一、立花の作った彼専用の食事をたしなむ程度で、普段は彼専用の部屋に座して動かない。

 あるいは、ゴルゴーン。ほとんど英霊という枠組みから外れている彼女も、交流できるのは唯一立花だけだ。ほかにも巌窟王、酒呑童子、殺生院キアラ……下手をすれば、ここいるメンツだけで人理焼却が再発するのではないかと思うような面々である。

 素面で返すなら、いや、お前らなんでいんの? というところだろう。

 しかしそれゆえに、彼らはお互いに対してさして興味も持たず、仮に交流があるとしてもそれはすべて立花を通している。だが、何事にも例外はあるように、交流を持つサーヴァントもいる。

 

「おい、リツカ。今晩は空けておけ。部屋に行く」

「あら、残念ね、冷血女。私が先約なの。あなたは一人で枕でも相手に盛っていなさい」

「お二人とも下品ですよ。リツカ、私の部屋を空けておくので来てくださいね?」

「あ、アハハハ」

 

 訂正。これでは交流でなく、喧嘩だ。しかし、これはもはやカルデアの風物詩として化しているのだから、仕方ない。というか、普段ならば、ここにマシュも加わってしまうのが、いつものセットだ。

 

「み、見つけましたよ! アルトリアさん、ジャンヌさん、メドゥーサさん! 先輩を返してください!」

「来たわね、ドスケベサーヴァント!」

「マシュマロサーヴァントです! あ、いや、違った。デミサーヴァントです!」

「ついに正体を現したな、ドスケベサーヴァント!」

「だからデミサーヴァントですって! って、それはいいから先輩をどこに連れて行こうとしているんですか!」

「少しレイシフトに用がありまして。ええ、もちろん素材集めですよ? ちょっと魔力を集めに」

「アウトです! 断じてアウトです!」

 

 どうやら、いつもの光景へと戻っていったようだ。さて、ではこれがいつもの光景と言われるほどに当たり前になったときの話をしよう。話は第二特異点攻略前へと戻る。我らがカルデアは、第二特異点攻略へと向けて、新たなサーヴァントを召喚しようという話になった。

 これは、そこで招かれた二人の反英霊の話。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

「サーヴァント、アヴェンジャー。召喚に応じ、参上しました。……どうしました。その顔は。さ、契約書です」

「……物好きな人ですね。生贄がお望みでしたら、どうぞ自由に扱ってください」

「あっ、どうもご丁寧にありがとうございます。これ俺の名刺です。生贄……? あっ、ご飯ですね? 大丈夫ですよ。俺、コックなんで」

 

 これはなんという空間なのだろうか? 召喚されたのは、先の敵であったアヴェンジャージャンヌダルク・オルタ、そしてライダーメドゥーサ。そんな相手にさも当然のように名刺を渡し、食べたい料理を聞き出すマスター藤丸立花。

 ああほら、さしもの二人も困惑していた。

 

「おい、リツカ。貴様ふざけているのか?」

「そ、そうですよ、先輩! どうしてそんなに簡単に気安く――」

「どうして私のときには、怯えていたお前が、そこの魔女には普通の対応をしている!?」

「そこですか、アルトリアさん!? いや、確かにそうではありますけど……」

 

 そういえば、そうだ。アルトリアに怯えていたのは、特異点Fの際に敵として恐怖していたから。ならば、メドゥーサならまだしも、ジャンヌに恐怖を抱かないのは話がおかしい。あのジャンヌとこのジャンヌは別の存在ではあるが、間違いなく敵として存在していた少女の性質を持っているのは確かなのだから。

 

「ハッ、冷血女が吠えているわ。そんな人形みたいな顔しているから、マスターに怯えられるのではなくて?」

「よし、斬る」

「お、落ち着いてください、アルトリアさん! ダメです、ここで聖剣を抜くと周りに被害が出ます!」

 

 今にも切りかかりそうなアルトリアを抑えるマシュ。それを冷笑しているジャンヌ。メドゥーサは我関せずといった感じのまま傍観している。

 

「し、しかし先輩! 本当にどうしてジャンヌさんには怯えないんですか!? い、一応、この方も反英霊――っていうか、アルトリアさんもいい加減にしてださい!」

「え、えーっと、この人の食べ物の好みが可愛いというか……」

 

 立花がこぼした一言に、アルトリアはおろか、他の三人の動きも止まる。四人の女性から怪訝な目でジッと見つめられた立花は、戸惑いながらも言葉を続ける。

 

「ほ、ほら、ジャンヌダルク・オルタって一応、ジャンヌさんがベースだから食べ物の好みがフランスの牧歌的な田舎料理なのがギャップで可愛いというか……うん、正直可愛い」

 

 沈黙が下りた。

 具体的には、こいつ何を言っているんだといわんばかりの白い視線が、立花には投げかけられた。まさか、人間の食べ物の好みで異性を可愛いと判断するとは……いや、それ自体はギャップ萌えとしておかしな話ではないのだが、それ以上にこの男の目に反英霊であるジャンヌダルク・オルタが愛でる対象と映っている神経が理解できない。

 

「……ねぇ、この男、馬鹿なの?」

「せ、先輩は馬鹿じゃありませんよ! ただちょっとその……感性がズレているというか……」

「おかしな奴だとは思っていたが……いや、ある意味らしいと言えばらしいか」

「あ、うん、この反応は予想していたよ」

 

 もはや呆れられることに耐性を持っているのか、立花は苦笑するように頭をかいた。そこで、メドゥーサが自分に視線を向けているのに気が付いた。

 

「どうしたの、メドゥーサさん?」

「いえ、彼女の食の好みを把握しているということは……」

「? ああ、そういえば、メドゥーサさんの好みが日本の家庭料理なのは、聖杯戦争の記憶の残り香だったり――」

「あまり、人の思い出に干渉するのはよくないですよ?」

 

 立花ののど元に鎖につながれた杭のようなものを突き付ける。アルトリアとマシュは、一気に警戒態勢に入るが、立花は怯えも恐怖も出さず、堂々としていた。その光景には、ジャンヌやメドゥーサでさえ、意外に思っていた。反英霊とはいえ、人間の本質を見抜けないほどではない。

 二人は、この男が凡人だと思っていた。戦いにおいて何の役にも立たない臆病な人間だと。

 しかし、目の前にいる男は、メドゥーサより浴びせられる害意に動揺すらしない。

 

「うん、わかってる。俺がメドゥーサさんの思い出に勝てるかはわからない。でも、俺も料理人としてメドゥーサさんを料理で満足させるさ」

「あなたは……」

「じゃ、まずはご飯にしよう。多少親交を深めてからでも、レイシフトするのはまだ間に合うからね。マシュ、手伝って」

「わかりました」

 

 そう言って立花はマシュを連れて歩いて行った。残されたのは、立花に召喚されたサーヴァントだけである。ジャンヌは、立花の歩いて行った方向を見つめながら、アルトリアに訊ねる。

 

「あれ、どういう精神構造してんの? 普通じゃないわよ、あの男」

「まあ、おおよそお前の考えている通りであろうよ。リツカはもともとマスターには不向きな性格の持ち主だ。戦闘に役立つような魔術を使えるわけでもないし、誰かの上に立てるほどの器量があるわけでもない。ただ、料理に関するとあいつは途端に我を出す」

「料理……なにか特別な思い出でも?」

「いや、話を聞く限り、きっかけもそれ以降も極めて普通の理由だった。このカルデアには、ダヴィンチがいる。万能の天才である奴曰く、リツカは一つのことを究めることに向いているらしい。それがたまたま料理だったというだけだと」

「何それ? ああ、そういう平和とかいう奴を謳歌していたってことね。虫唾が走るわ」

 

 おそらく、立花が一つの道を究めるものは、なんでもよかったはずだ。スポーツでも、文学でも、音楽でも……そして、時代によっては殺しの技術だとしても。それが料理に向いているというのは、おそらくそれだけ幸せな平和な時間を過ごしていたということだ。

 ジャンヌは、竜の魔女はそれを想像してイラ立った。

 

「おい、どこにいく?」

「決まってるでしょ。あの男の料理とやらを食べてやるのよ。そうしてこう言うのです。心底不愉快な味だって、ね。そうしたら彼、いったいどんな顔をするのかしらね?」

 

 そうしてジャンヌダルク・オルタは、きわめて魔女らしいあくどい笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

「…………………………おいしい、じゃない」

 

 わずか二口目。まさしく即堕ち二コマのような鮮やかな展開で、ジャンヌはそう感想を口にした。

 

「え、なにこれ? だって、たかがジャガイモをふかしただけですよね、これ? なによ、その上にバターを乗せただけじゃない。なのに、なんでこんなにおいしいの?」

「温度や蒸気の量を調節したんだよ。よかったー、気に入ってくれた? ほかにもココットやマリネもあるよ」

「………………食べます」

 

 ジャンヌダルク・オルタ、食欲に完敗す。

 

「本当においしいです。味付けも、私好みのものになっています…………それはいいですが、セイバー? いくらなんでも食べ方に品がないといいますか……」

「うるはい、ごくっ。私は今、食べるのに忙しい話しかけるな」

「あ、あはは。アルトリアさんは、先輩をジャンヌさんに取られて拗ねてるみたいです」

「いやあの、あなたのそれ醤油じゃなくてソースですよ? あと、手が震えていますし」

 

 こんなことで人理修復は本当に大丈夫なのか、どことなく不安を覚えたメドゥーサは、改めて自分のマスターである立花を眺める。

 いたって普通の人間だ。そんな人間がアヴェンジャークラスであるジャンヌを目の前に、微笑んでいる。そしてそれを見るマシュとアルトリアは、少女らしい外見のまま、頬を膨らませていた。

 

(本当、大丈夫なのでしょうか……)

 

 そんな彼女が、藤丸立花という人間を知るのは、第二特異点攻略での話になる。



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ライダーメドゥーサの場合、あるいは理由

 第二特異点として訪れた場所は、古代ローマ。

 

 第二特異点攻略のための話は順調と言えば順調だった。皇帝ネロ・クラウディウスの元、ブーディカやラーマたちの援護を借り、歴代のローマ皇帝を相手にまさしく戦争を仕掛けた。第一の特異点の戦いの大きな違いと言えば、この戦いが戦争という形をしていたことだろう。

 

 第一の特異点は、ジャンヌダルク・オルタの復讐に抗うため、兵士たちが決起していた。ジャンヌが使っていたのは、ワイバーンであったし、サーヴァントたちが主な戦力であった。しかし、これは自国の中で起きた同じ国に暮らす人々が争いあう殺し合いだった。

 

 憤怒を振りかざす剣に、耳を塞ぎたくなった。

 

 憎悪を込めた槍に、目を逸らそうとした。

 

 悲嘆を込めた叫びに、胸が張り裂けそうだった。

 

 もうやめろ、もうやめてくれと叫んだこともある。だが、その言葉は戦場には届かず、己の中で反芻するのみ。まるで自分で自分に槍を突き刺すように、その嘆きさえも立花を蝕んだ。

 

「あら、もう折れるのですか?」

 

 ジャンヌが手にしていた剣には、血が付いている。ジャンヌだけじゃない。アルトリアにも、メドゥーサにも……そのことに嫌悪し、それを命令した自分に苛立ち、()()()()()に苛立つ自分にさえ、軽蔑する。もはや何が憎くて、何が嫌なのか――いや、決まっている。

 

 何もできない自分とこの運命を課した世界を心底から軽蔑している。

 

 そんな立花に、ジャンヌは言う。

 

「言っておきますが、あなたのソレは正しく間違っています。これ以上なく、ね」

「どうして? 俺は、臆病者だ」

「はい、そうです。それは正しい。本来なら、誰しもがそうあるべきなのです。己が傷つくことを恐れ、他者に刃を振るうことを恐れる。戦場において、そういう生き汚さを持つ人間こそがあるべき姿なのです。それを放棄してしまえば最後、そこにはおぞましい聖女のような人間が立つことになる。一応、言っておくわ。あんた、そういうのには遠く向いていないわよ」

「じゃあ、俺の何が間違っているのさ」

「簡単です。言ったでしょう? 正しく間違えている……と。マスター、あなたは自分のことを臆病者だと言いました。でも、あなたは立っていた。耳を塞ぐことも、目を逸らすことも、逃げることもせずに――あなたは戦場を見渡せる場所で、最後まで立っていたではありませんか。人は、そんな人間を臆病者だとは言いませんよ。あなたは確かに聖人とは程遠いでしょう。でも――私のマスターとして、そんな愚かな人間でありなさい」

 

 立花は、正直ジャンヌの話を半分も理解できなかっただろう。そして、ジャンヌもそれをわかっていて言ったはずだ。立花にとって、戦場を見ていたのは義務感だった。己の従者を戦わせ、そして普通の少女である後輩に守られながらいた立花は、どうしても目を離せなかった。

 

 しかし、それはともすればおかしな話だ。だってそうだろう? 藤丸立花は、目を離さずに戦場を眺めていたのだ。

 

 同じ戦場で、だ。

 

 戦場において安全な場所などない。奇襲、突撃、不運――あらゆる要素において、戦場はどこまでも戦場としか確立できない。だが、マシュに守られながらとはいえ、立花は最後まで戦場にいた。それはどうしてだろうか? 単純だ。

 

 三人のサーヴァントが、彼を中心に戦っていたからである。

 

 ネロは気づいた。ブーディカやスパルタクスさえも、彼女たちサーヴァントが、藤丸立花を守りながら戦っていることをわかっていた。皇帝ネロ・クラウディウスには不思議だった。どう考えても彼女たちは、“ああいう人間”が嫌いだと思っていたからだ。

 平均的で盲目的、半永久的に安泰な無痛無臭無害無安打無失点。反英霊にとって無難極まりない彼は、彼女たちが憎悪をもって嫌悪すべき存在だろう。ありきたりという最高級の幸せを邁進する立花の存在は、彼女たちが唾棄してもおかしくはない。

 

 だが、彼女たちはそれを是としなかった。

 

 ライダーのサーヴァントメドゥーサはネロにこう答える。

 

「確かに私たちにとって彼の存在は、苛立ちを覚えるようなものかもしれないですね。何も知らず、何も感じず、当たり前の幸せの中にあった彼に、私たちはそうしてもおかしくはないはずです。ですが、彼は逃げなかった。心を軋ませながらも、彼は最後まで立っていた。正直、おかしなマスターだとは思います。魔術師らしさの欠片もない。決して英雄足りえる存在ではない。だけど――」

 

 ああ……と、その言葉の先をネロは察した。

 

「確かにあやつは頑張っている」

 

 頑張る。この言葉の重さを知っているだろうか? 努力する、しつづける。己の甘さに停滞することなく、前へと進み続ける人間を彼女たちは拒まない。だって彼女たちも足掻く側の人間なのだから。

 アルトリアは国のため。ジャンヌは復讐のため。メドゥーサは姉妹のため。彼女たちの背負うものに形の差はあってもその思いはゆるぎなく、理不尽へと抗うことに変わりはない。彼女たちは反英霊だ。決して望まれた存在ではないだろう。

 

 だが、もしも。もしもの話だ。

 

 もしもこの人理をめぐる戦いの果てに――――いや、それは考えても仕方のないことだろう。メドゥーサはそう考え、苦悩する立花とそれを嘲笑うジャンヌを眺める。

 

「ねぇ、マスター。あなたいいわ。焼き殺してしまいたいくらいに()()。なるほど、あの血の通っていなさそうな冷血女が溺れるのも無理もないわね。人間大の器で、身の丈に合わない使命を背負い抗うあなたは、私たちにはその愚かさが“ちょうどいい”。心地よさすら感じます。もしも人理を救おうとする人間が、あの忌まわしい聖女のような女だったら、殺していたけど、あなたはいいです」

「目を爛々に輝かせていうことじゃないな。今にも宝具で焼き殺されそうだ」

「――――決めました。リツカ、あなたの最後は私に委ねなさい。人理を焼却したどこの誰とも知れぬ輩の生ぬるい炎では、あなたにはふさわしくない。あなたが折れたとき、あなたが壊れたとき、あなたが死ぬときに、私は傍であなたを焼きましょう」

 

 どうやら、ジャンヌは立花を気に入ったらしい。あの魔女らしいと言えば、魔女らしいのだろう。“信じる”という行為を何よりも邪悪にとらえる彼女にとって、この少年の反逆は心地いいはずだ。神も信じず、己も信じず、しかし理不尽の波に揉まれ苦しんでいる彼を傍で眺めていたい。そして、願わくばそんな彼を最後に楽にしてあげたい。

 邪悪と言えば、極めて邪悪だ。

 

 だが、まあ――――。

 

「では、私はそんなリツカの目を食らいましょう。あなたの見てきたものを知るその目は、私のものです」

 

 その気持ちがわかってしまうのは、メドゥーサもそういう側の存在だからだろう。勇者という存在を気に入り、弄る姉たちの気持ちが少しわかった気がする。確かにこういう存在は愚かで、愛おしく――食べてしまいたいような衝動に駆られる。

 

「いや、本当に食べてしまいましょうか……童貞を」

「あの、メドゥーサさん? それ、話が違うくない?」

 

 己の最後を幻視したのか、びくびくと小鹿のように震える立花が可愛い。

 

「アルトリアさん、先輩がピンチです。具体的には魔女と蛇に貞操を狙われています」

「ほっとけ、いずれそうなる。というか、私がもらう」

「……先輩は巨乳派ですよ?」

「!?!?!?!?!」

 

 清純派だと思っていた後輩が、自分の好みを把握していることに立花は動揺が隠せない。そして立花が巨乳派だと知ったアルトリアが、自分の胸部と他三名の胸部を見比べ、聖剣を手に――争いが始まった。

 

「お前たちのそのいらん脂肪をそぎ落としてやる!」

「やってみなさい! あんたのそのナイチチごと焼き払ってあげるわ!」

「残念ですが、セイバー、そんなことをしてもあなたの成長はありませんよ? サーヴァント的にも、あなたの逸話的にも」

「あ、私は先輩の盾ですのでおそばに」

「ありがとう――ってこの場合、お礼を言うのは正しいのかな? もともとマシュが原因だったような……」

 

 そうここまでは順調だった。いや、まだ耐えられていた。問題は、レフ・ライノールの出現と彼が召喚したアルテラというサーヴァントだった。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

「んだよ、アレ……」

 

 宝具を解放したアルテラのその無茶苦茶さに、唖然とする。あれは、アルトリアの聖剣の全解放にも勝るとも劣らない対軍を超えるクラスの威力だった。まさしく軍神という言葉が似合うようなそんな一撃。彼女はそのまま立花たちに見向きもせず、首都へと向かった。

 彼女ならば、首都陥落は時間の問題だ。そしてそれはローマ帝国の崩壊と人理の崩壊を意味する。

 

「あれを止めねば、余のローマの崩壊は免れぬのであろう?」

「ですが、私たちに可能でしょうか? 確かに、こちらにはアルトリアの聖剣やジャンヌさんの業火があるとはいえ、あれは少し群を抜いているような……」

「できぬか? 余はそうは思わぬよ。確信している。お前たちとともになら、このローマは救われると」

 

 立花には、ネロの言っている意味が分からない。勝てる? 確信? 救われる? 何をもってしてこの皇帝がこんな言葉を発するのか、正気さえ疑っている。

 ネロは続ける。世界は終わらない。ローマが残したものは芽吹き、形を変えて続いていくと。どうしてそんな言葉に皆がやる気を出しているのかわからない。神を、己を信じない立花にとって、そんな不明瞭な言葉はノイズと変わらない。

 

 一度考え始めれば、あとは泥沼だ。心にこびりついた悪しき不安が、立花を蝕む。そもそもどうして自分なんだと。そもそもどうしてこんなことをしているんだと。どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうして――考えても答えはない。誰も教えてくれない。

 偵察をした荊軻が言う。今ならまだ間に合うと。あとはお前たち次第だと。

 

 気が付けば、全員の目が立花に向かっていた。

 

「――あ」

 

 恐怖した。あとはお前の決断次第だというその目が、心底怖かった。

 期待を、救いを、決断を、戦いに挑もうとする英雄たち(異常者)のその目が、恐ろしくて仕方ない。

 

「ふざけるな」

 

 気が付けば、そんな言葉を発していた。

 

「何を求めている? 俺に何を言ってほしいんだ? 戦えと? あんなものに挑み、勝利しろと? ふざけるなよ!?」

 

 言葉は止まらない。

 

「お前たちはわかってんのかよ!? 下手すりゃ死ぬんだぞ!? 俺をお前たちみたいな英雄様と一緒にすんなよ!? 俺はただの人間だ! 家があって、家族がいて、友達がいて、学校に行ってただけのただの一般人なんだよ! それなのになんだ!? なんでお前たちはそんな目で見てんだよ!?」

 

 臆病者は震える。弱者は叫ぶ。それを見つめるのは、英雄たちの憐憫の視線だ。ネロが、ブーディカが、荊軻が――勇敢なる彼女たちは、その叫びの意味を理解して、この男がもう駄目なことを知る。彼女たちのどんな言葉もこの男を動かすには足りえないだろう。

 

 だから――――。

 

「それで? 言いたいことはそれだけですか、リツカ?」

 

 メドゥーサが訊ねた。

 

「それだけって俺は――――」

「だから、それだけかと聞いているんです。()()()()()と聞いているんです」

「何?」

 

 立花はメドゥーサを敵意をもって睨みつける。そんなもの、彼女に意味がないことは知っている。だが、自分の叫びがその程度だと切り捨てられて平気な人間ではなかった。

 

「リツカ、あなたが()()()()()()は、それだけでいいんですね? それは、あなたが戦う理由に比べて重きを置くべきものなのですか?」

「それは……」

「世界を救うために戦えなんて言いません。所詮、世界はその程度です。人の営みを守るために救えなんて言いません。所詮、誰とも知れぬ人間たちです」

「じゃあ、なんでだよ。俺はなんで戦わなくちゃいけないんだよ!?」

 

 立花にはわからない。わかるわけがない。だが、彼のサーヴァントは声を揃える。

 

「ふん、そんなものは決まっているだろう」

「馬鹿ね、決まってるでしょう」

「最初から決まっています」

 

「「「私たちがあなたの料理を食べるために!」」」

 

 この場にいるカルデア出身者以外の人間の目が点になった。しかし、観察をしていたマシュやロマンは同意するように頷いている。その意味がわからない立花は、その言葉の意味を訊ねた。

 

「あら、わかんない? 私たち、あなたの料理の虜なの」

「ああ、私たちはこんな面倒な人理修復をさっさと片づけて、お前の作る料理を食べたいんだ」

「まあぶっちゃけ、こちらで作る料理もいいですが、食材はカルデアの方が種類も豊富ですしね」

 

 人理修復をすべきカルデアのサーヴァントが、それをどうでもよさそうに食欲を優先させている。人理修復よりも帰ったときの食事を気にしている彼女たちは、なんかもう色々とダメな英霊であった。

 そして、そのことに喜びさえ感じてしまっている立花は、もっとダメなマスターなのだろう。

 

「ぷっ、くくっ、わ、わかったよ。そんなに言うなら帰ったら気合を入れて作ってやるから、覚悟しておけよ」

 

 こうして、第二特異点は攻略された。勝因は、食欲。のちにカルデアのマスター藤丸立花はこんな名言を残している。

 

 『今日の晩飯よりも優先させるべき世界なんざ滅んじまえ』とね。




アヴェンジャー ジャンヌダルク・オルタ

数少ない主人公の名刺をキチンと保管している根は真面目な子。初期は貶めるとまではいかなくとも、それなりに嫌がらせをしてやろうと召喚に応じたが、主人公の料理を食べて以来、そんな考えはなくなった模様。

立花の感性のズレを気に入っている。具体的には、俗物的な人間の悪い面と限界に挑もうとする人間の良い面とがうまい具合に配合されているため、ちょっと、いや普通に可愛い奴だと思うくらいには気に入っている。

口は悪いが頼られたら案外甘やかしたり、褒められると弱かったりするツンデレ系チョロイン。


ライダー メドゥーサ

最初はいろいろと不安には感じていたが、むしろそれを楽しむくらいには、主人公の行く先を見てみたいと思っている。デリカシーがあるのかないのか、主人公は反英霊たちの境遇にはあまり興味がないところも気に入る要因であり、一番お姉さんっぽいキャラ位置にいるため、主人公に甘えられやすいことを誇っている。

主人公の感性のズレに関しては、彼の魅力の一つだと断言するくらいには、理解している。むしろ、あれがないと萎えるとのこと。密かに主人公の貞操を狙っていたりとしているが、献身的な後輩のせいでなかなか実行には至れていない現状。もういっそのことほかのサーヴァントを誘って夜這いをかけようと同盟を画策している。

主人公の行く末を見守りながら、ときに厳しくときに優しくというのがコンセプトのお姉さん系女神ヒロイン。


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ライダーフランシス・ドレイクの場合、あるいは勘違い

 第二特異点攻略を達成したのもつかの間、立花たちは急きょ第三特異点である大航海時代へとレイシフトすることになった。とはいっても、立花は約束通り料理を披露したため、サーヴァントたちや職員の不満は少なかったのが、数少ない幸いだろう。

 

 第三特異点である封鎖終局四海オケアノスは、海を舞台にした冒険譚と言い換えてもいいかもしれない。少なくとも、珍しく、極めて異例なことに、立花の心が躍った旅だったと言っても過言ではないだろう。

 

 ――――最初だけは。

 

「すげぇ……すげぇよ! ははっ、まさしく大航海時代ってやつじゃねぇか!」

「本当にすごいです。先輩のテンションがレイシフトをして初めて上がっています。正直、かなりびっくりです。料理以外で先輩の心を動かすものがあったとは……」

「おそらく、彼も男の子という奴なのでしょう。同じ血生臭い戦いでも、わずかに冒険心が勝ることがあるのでは?」

「ホント、そういう意味だと男って馬鹿ね」

「いや、はじめて海を目にしたのか知らんが、お前もらしくなく頬肉が緩んでいるぞ」

 

 彼らが降り立った場所は、海賊船だった。しかし、立花にとって意外だったのは、そんな彼らの“気持ちよさ”である。そこらのチンピラと違い、どこか海の男というものを感じさせる彼らに、らしくもなく立花はすごいと思ってしまった。

 

 むろん、海賊というのはどこまでいっても海賊であり、犯罪集団である。それをわかったうえで、いや、むしろだからこそ立花は彼らをすごいと思ったのか知れない。立花はレイシフトした先で死ぬ人々を見た。そして、己のサーヴァントたちに手をかけさせたことも数多くあった。

 

 そんな苦悩を笑い飛ばすかのような彼らの生き方は、まさしく“賊”である。そして知っての通り、藤丸立花は“そういう輩”との相性が極めていい。決して上に立つ人間ではないにしろ、そんな彼を支えたい。そんな彼を見届けたい。そんな人間はよくいる。

 

 そして、海賊女王フランシス・ドレイクもまたその一人だった。

 

「いいかい、リツカ。アタシが一番嫌いなものはね、弱気で、悲観主義で、根性なしで、そのクセ根っからの善人みたいなチキン野郎だ。そして、お前は面白おかしなことに、その全部が()()()()()()()。お前はアタシの嫌いな人間だろうね」

「じゃあ、なんであなたは、俺に酒を注ぐんですか?」

 

 足と情報を求めて海賊島と呼ばれる場所に降り立った立花たち。そこには、“太陽を沈めた英雄”、“海賊女王”、“海の悪魔(エル・ドラゴ)”、そう呼ばれた彼女は、なんかすんごい大冒険の果てに崩壊しかけていた人理焼却をノリで解決した人物である。

 ちなみに、立花が料理を作らずにいた場合、意外とその大冒険には間に合っていたかもしれないのは、幸か不幸か。そんな彼女は、立花にその大冒険の末に手に入れた聖杯を器に、酒を注いでいる。

 

 ここは彼女の隠れ家。ドレイクの実力試しを乗り越えた一行は、酒と宴をもってして歓迎を受けていた。

 

「決まってるだろう? アタシがお前を気に入ったからさ、リツカ」

「それってかなり矛盾しているんじゃ……」

「ハハハハッ、面白いことをいうじゃないか! リツカ、お前は勘違いをしているよ? 好きと嫌いは正反対ってわけじゃないし、嫌いな要素全部満たした人間だろうと、嫌い続けるってのにも体力はいるもんさ。だってお前は、アタシの好きな人間の要素も多分に含んでいるからね!」

「意外ですよ、俺のどこをそんなに気に入ったんですか?」

()()()。お前は弱気だ。だけど、お前は覚悟ができる人間だ。お前は悲観主義だ。だけど、お前は諦めないことをできる人間だ。お前は根性なしだ。だけど、お前は頑張れる人間だ。お前は善人だ。だけど、お前は正義の味方じゃない――――ほらな、お前の嫌いなところでさえ、こんなに気に入ってるのに、そんなお前を好きにならないわけがない! ああそうさ、アタシはお前みたいな人間が大好きなんだよ!」

 

 勢いよくラム酒を煽るドレイク。その眼は爛々と獲物を見るような見る眼で、立花を見つめている。なんとなく、最近自分のサーヴァントたちが見せる眼に似ていると立花が感じたのは、偶然ではないだろう。

 

「くぅ~いいねぇ。なあ、リツカ、カルデアなんて抜け出してアタシと本気で世界一周でもしてみないかい?」

「それは、善処して考えるって言いませんでしたか?」

「でも、それは“嘘”だろう? だからアタシはもったいないと思ってるんだよ。あー、お前と海を廻る旅ってのは、それは楽しい冒険だろうね!」

「――――どうして。どうして会って間もない俺に、そんなにいえるんですか?」

 

 立花は己を信じない。この人理を廻る冒険の前に己を信じるという行為は、過信につながる。立花はそう考えてる。信じるのは、託すのはいつだって周りの人間がいるからだ。マシュがいる、アルトリアが、ジャンヌが、メドゥーサが、ロマンが、ダヴィンチが――己を信じない立花が戦えるのは、辛うじて周りに恵まれているからだ。

 しかし、それを聞いてドレイクは、目を細めて己を杯を見つめる。

 

「だからさ。リツカ、確かにアタシはお前個人を見たとき、ケツを蹴り上げでもして根性入れなおすかもしれなかったよ。だけど、お前の周りに目を向けたとき、そんな考えはなくなったね。お前の周りにいる奴らは、アタシよりもよっぽどな奴らだと思ってる。唯一、普通なのはあのマシュだけだろうね。ほかの三人は、“ヤバい”ね。そんな奴らがお前を見る目は、これ以上なく“面白かった”。お前は誇っていい。あの女たちは、お前が歩んできた道と経験を表している。だから、アタシはあいつらにそんな目をさせるお前を気に入ったんだ」

 

 何より、料理がうまいしねと、ドレイクは続けた。慣れないことを語ったというように、彼女はそのあと静かに酒を煽った。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

 そして、楽しい冒険の時間は終わる。ここからは、本当の試練の始まりであった。

 

「あークソッ! 我ながら馬鹿なこと考えたもんだよ!」

 

 エウリュアレを抱えて全力疾走する立花。その後ろでは、マシュやアルトリアたちが、ヘラクレスを相手にギリギリのタイミングで時間を稼いでいる。ただ逃げるだけなら、アタランテに任せれば済む話だが、今回の作戦の肝はつかず離れず、ヘラクレスに追いかけてもらう必要があった。

 マシュをアタランテが、アルトリアとジャンヌをメドゥーサが運び、繰り返しヘラクレスの足止めをする。このあとの戦いも考えて宝具の使用もなし。まさしく、全員にとっての一つの賭けだった。

 

「はぁ……はぁ……悪かったな。せっかくの妹との再会なのに、こんな危険な役回りさせて」

「あら、律儀なのね。でも、しゃべる暇があったら、走ることに集中なさい! その、変なところ触るのも、許してあげるから今はとにかく走りなさい!」

 

 では、ここで立花とエウリュアレについて語ろう。まず、立花は属性混沌であるエウリュアレとの相性は悪くない。そして、エウリュアレ自身も妹が懇意にしているマスターを気になる程度には、気にしていた。しかし、女神というのは本質を見抜くものである。

 つまり、即座に理解したのだ。このマスターの“面白さ”を。ほかにも気に入る要因はあった。アステリオスとも仲がよさそうだし、女神に対する敬う態度も上々である。

 そして、何より。そう、何よりも女神エウリュアレが立花を気に入る要因となったのは、彼の料理が供物として最上に近かったからだ。

 

 何もないだけの人間が、この作戦を立てたのだとしてもエウリュアレは了承はするだろう。しかし、立花の場合、勇者のような性質がないにも関わらず、“弄りがい”がある。そんな人間がこの作戦を立てて実行へと移した。彼女はらしくもなく、少し心を躍らせていたのかもしれない。

 

 女神とは、試練を与える側の存在だ。勇者を弄び、篭絡させる存在だ。特に彼女たち姉妹はそう言った性質が高い。そして、逆に思い通りならないことを嫌い、無条件で醜さを嫌う存在だ。

 しかし、気まぐれにも。極めて異例かつ異常なことに、彼女はこの試練を“楽しんでいた”。

 

「あのさっ、腕緩めて!」

「あら、女神の抱擁なんてなかなか受け取れるものじゃなくてよ?」

 

 この愚かな人間が必死こいて己を生かそうと懸命な姿を見せることに、悪くないと感じてしまったのだ。この遊びを続けられるのなら、己を賭け金(ベット)にしてもいいと思えるくらいには。

 

(本当、どうかしてるわね。ああでも、たまにはこういうのもいいのかしれないわ)

 

 女神は娯楽を求める。その楽しみ方の一つとして、こういうスリリングな遊びも悪くない。というか、第二特異点攻略での話を聞く限り(ステンノ)も気に入っているようだし。

 

(いっそ、姉妹(わたしたち)で篭絡させちゃいましょうか、この男)

 

 ああ、本当。久々に悪くない気分だ。

 女神は人を魅了する存在だ。だが、藤丸立花はそんな女神さえも気まぐれにお気に召す人間なのかもしれない。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

 勝負は決した。頼みの綱であるヘラクレスは滅され、ヘクトールも逝った。しかし、第三特異点、最後の戦いはこれからだった。

 

「ひっ、あっ、いやだ、からだとける!」

「聖杯よ。我が願望を叶える究極の器よ。顕現せよ。牢記せよ。これに至は七十二柱の魔神なり。さあ、序列三十。海魔フォルネウス。その力を以て、アナタの旅を終わらせなさい!」

 

 イアソンの肉が解け、体が崩れ、生まれ落ちたのは一つの柱。醜くも悍ましい魔神。

 

「これは――倒せるのか?」

 

 アタランテが呟いた。ああそうだ、本来なら誰しもがそう思うだろう。

 

 しかし、

 

「ハッ、なんだい。しっかりと弾が当たるじゃないか!」

「ええそうです、斬って燃えて貫ける。それならば、私たちに敗北はない! そうでしょう、リツカ! これが最後の戦い、気合を入れなさい!」

 

 サーヴァントたちが魔神とメディア・リリィを相手に襲い掛かる。攻撃は効いている。間違いなく、戦力としても立花たちが勝つのは明確だ。

 このとき、立花は思ってしまった。

 

(もしかして、勝てるんじゃないか?)

 

 そう思ってしまった。勝てる。成し遂げられる。世界を救える。七つのうち、三つの特異点を廻った。苦しい戦いではあったが、決して勝てないと思えるような戦いではなかった。

 この第三特異点もそうだ。ヘラクレスを相手に鬼ごっこをして生き残った。美しい女神から祝福(ベーゼ)を受け取った。

 

 もしかしたら、

 

 もしかして、

 

(俺は、自分を信じてもいいんじゃないか?)

 

 この物語を、ハッピーエンドで迎えることができるんじゃないか? そんな()()()を思ってしまった。決して英雄ではない少年はこのとき、そんな間違いを犯した。この特異点での冒険は、少年の自信をつけることに一役買ってしまった。

 

 ゆえ、少年は絶望をする。

 

 第三特異点は無事に修復された。物語は四つ目の特異点へと動く。

 

 

 

 そして、そこに彼の王が現れたとき――――少年は何を思うのだろうか?




 どこともわからぬ暗い監獄塔で、復讐鬼が笑った気がした。


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マスター藤丸立花の場合、あるいは絶望

 人間が人間の絶望を語るうえで必要なのは、対比だ。絶望とは己から生まれるものではなく、他者の存在、その境界線から生まれるべきものだと言える。

 大きな才能を前に、「嫉妬」を覚えたことは?
 麗しき異性を前に、「色欲」に溺れたことは?
 富と財宝を前に、「強欲」に囚われたことは?
 許されざる存在を前に、「憤怒」の感情を抱いたことは?
 悠久ともいえる平穏に、「怠惰」を貪ったことは?
 美酒美食を前に、「暴食」に食い散らかしたことは?

 そして、己を過信し、「傲慢」にも道を間違えたことはないか?

 なあ、マスター。お前はいったい、どれほどの大罪に身を犯した?


「……あの、ドクター、先輩は……まだ……」

 

 マシュの質問に、ロマンは首を横に振って否定の意を示した。二人の視線の先には、集中治療室のように隔離された部屋がある。その部屋の主の名は藤丸立花。第四特異点攻略の際に、心に絶望を患った人間だ。あの日以降、藤丸立花が目覚めることはなかった。

 

 いや、正確には一度だけ目覚めたことがある。

 

 半狂乱の状態で、とても会話ができるようなものではなく、最悪自害する恐れがあった。アルトリアの一撃によって気絶させ、精神安定剤の投与を施したものの、それっきりだった。

 

「ふんっ、情けないマスターだ」

 

 アルトリアはそう言っていた。だが、そこにはいつものような傲慢不遜な態度はなく、年相応の少女の弱弱しい姿で、覇気もなく強がっていたのを覚えている。ジャンヌはそんなアルトリアを叱咤するように、あえて彼女に喧嘩を吹っ掛けるようなことをしていた。

 

 むろん、そんなことをすればただでさえ相性のよくない二人の関係が悪化するのは目に見えていた。しかし、カルデアトップクラスの実力を持つ二人を止める術はなく、またそんな気力もマシュにはなかった。少なくとも怒りのぶつけどころにはなっているので、むしろあのままでいいとさえ思っていた。

 

 だが、そんなことをしていたのも最初の日だけだった。その日以降は、メドゥーサも加え、食事も睡眠もとらずに立花の様子を見ていた。もともと、サーヴァントである三人は、食事も睡眠も必要とはしない。しかし、精神のバランスを取るには必要な行為のはずだが、今の三人にはどういっても無駄だろう。

 

(ああ、どうして……)

 

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。マシュは意味もなくそんなことを思う。第四特異点の攻略は順調だった。だが、絶望は最後にやってきた。

 

「我は貴様らが目指す到達点。七十二柱の魔神を従え、玉座より人類を滅ぼすもの。名をソロモン。数多無象の英霊ども、その頂点に立つ七つの冠位の一角と知れ」

 

 ああ、絶望だとも。英霊という存在すらも届かぬ領域にいる彼の王は、グランドキャスターとしての霊器が存在している。レイシフトした先で出会った金時が、玉藻の前が、アンデルセンが、シェクスピアが――――強固な英霊たちがその身を砕かれていく。

 

「くっ、リツカ!」

 

 アルトリアが立花を守るために、

 

「ちぃ!」

 

 ジャンヌが立花を守るために、

 

「逃げて!」

 

 メドゥーサが立花を守るために、その身を砕かれた。

 

 藤丸立花を支えたのは、彼女たちサーヴァントだ。そして、幸運(悲運)なことに彼女たちがこれまでの戦いで死を受けたことはなかった。正規のサーヴァントは、カルデアへと帰るだけ済む。ただそれだけのはずだ。気まぐれにも魔術王は立花を見逃した。

 

 だが/

 

 立花は/

 

 彼女たちが本当に/

 

 大切(すき)で/

 

 だから/

 

「に、げて」

 

 壊れ/た/

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

「うわぁあああああああっ!」

 

 跳ね起きた。動悸の止まらない心臓を抑えるかのように、胸に手を当て、呼吸を整える。落ち着いたころ、周囲を見渡してみると、自分が見たこともない場所にいることがわかった。

 カビ臭く、湿っぽい。灰と埃にまみれているかのような印象を抱く、そんな牢獄。

 

「ここは……」

「目が覚めたか、マスター。いや、虚飾の罪よ」

 

 影がいた。男の影が。誰なのかもわからない影は、そこで見定めるように立花の前に立っていた。立花は、彼に似た印象を抱く存在を知ってい――ない?

 

「あ――れ?」

 

 今、何かを思い出そうとしていた。何かが脳裏を通り過ぎて行った気がしたが、しかし思い出せない。いや、思い出しくない――のか?

 

「あんたは、誰だ?」

 

 代わりに、口から問いが出た。影に対する問いだ。ここはどこで、お前は誰なのだと。

 

「異なことを訊ねるな、虚飾よ。では訊ねるが、そもそも()()()()()?」

「――――」

 

 ああ、そうだ。自分にはフジマルリツカが認識できない。己が己である証明も、己がフジマルリツカとして生きてきた意味も見いだせない。目の前にいる影の名を訊ねる以前の問題だ。自分のことすらわからないのなら、他者を気にする余裕などないはずだ。

 

 だから、

 

「俺は、誰だ?」

 

 フジマルリツカとしての記憶はある。経験もある。だが、それを自己のものとして認識できない。記憶にいる少女たちが、遠い存在に思える。フジマルリツカさえも、どこの物語の登場人物のようだ。あれは本当に自分なのだろうか? では、英霊に、反英霊たちにも愛されているアイツは――誰だ?

 

「そこまでだ、虚飾。来たぞ」

「ひっ」

 

 そこにいたのは、亡霊だ。恩讐を望み、生きる命を憎み貪る邪悪。

 そして、亡霊は立花を見つめていた。

 逃げなければ、逃げなければ死ぬ。そう確信させるには十分な敵意だった。

 

 だが、どこに?

 

「はは。落ち着け、虚飾よ。らしくないじゃないか。お前は頑張るのだろう? お前は、立ち上がるのだろう? それなのに、ここで逃げ出していいのか?」

「何言ってるんだ!? あれは俺じゃないだろうが!?」

「いいや、あれはお前だ。お前が見たものは、お前が知ってるものはお前のものだ」

 

 影の一撃で亡霊は消える。

 

「さて、では質問に答えよう。お前は聞いたな? ここはどこだと。ここは地獄。恩讐の彼方たるシャトー・ディフの名を有する監獄塔! そして、このオレは……英霊だ。お前のよく知るものの一端。この世の影たる呪いの一つだよ、虚飾」

「さっきから、その虚飾ってのはなんだよ……?」

「大罪が七つになる前、八つあったころの枢要罪の一つさ。今では傲慢と一緒くたにされているがな。そしてお前はその意味を知っているか?」

「虚栄心って言いたいのかよ? 見栄っ張りの文字通りの傲慢だと」

「いいや、違うさ。確かに虚飾はそういう意味だ。しかし、十四世紀以前の意味ではナルシズムはなかった。意味はシンプルにこうだ。futility、つまりは“無価値”という意味だ。お前の罪は傲慢ではない。その無価値なところだ」

 

 立花は拳を握りしめた。無価値、そう断じられたことに対し、怒りの感情を抱いたが――すぐにほどいた。なぜなら、男の言っていることは最もだからだ。立花に価値などない。少なくとも、ここにいる立花は敗者だ。壊れ、折れたものだ。

 

「ふん、拳を掲げることすらない……か。それならそれでいい。では、行くぞ」

「どこに?」

「そんなものは、決まっているだろう」

 

 影がほどけた。そこには、黒い外套を羽織った男がいた。

 

「お前の価値を見定めに、だ。俺はアヴェンジャー。お前と同じ抗ったものだ」

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

「これは……」

 

 監獄塔の廊下には、絵画が飾ってあった。そこには少女たちが映っていた。

 

「さあな、これがなんで、これがどういう意味なのかはオレにはわからんさ。いや、お前以外にわかる人間がいてたまるか」

 

 そういいながらアヴェンジャーは迷うことなく、先を進む。立花はときどき止まりながら絵を眺めていた。

 

 一枚目は、くすんだ金色の騎士王がジャンクフードを大きな口いっぱいに頬張っている。なんという表情だろう。普段は仏頂面を地で行くくせに、彼女はアイツの料理が大好きだった――はずだ。

 

 二枚目、聖処女と呼ばれた聖女。アイツの価値観からしてみれば、奉仕の心というのは変わったものではあったが、それでも同じ釜の飯を食った仲間としていつでも歓迎していた――はずだ。

 

「おい、何をしている。置いていくぞ」

 

 声がかかった。アヴェンジャーが随分先で立ち止まっていた。どうやら、長いことこの絵を眺めて時間を過ごしていたようだ。アヴェンジャーを追いかけるように立花も駆けた。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

「次は……また絵か……」

「どうやら、そのようだな。この監獄塔も本来の役割というものを失っている。あるはずのルールが崩壊し、大罪の制約すらない。残念だが、オレは先導することはできても解説はできない身だ。お前自身がその絵の意味を見いだせ」

 

 そういってアヴェンジャーは再び歩き出した。立花も同様、歩きながら絵を眺める。

 

 一枚目は、色素を失い、銀のような髪色をした魔女。その身を焦がすほどの憎しみを宿している彼女は、なんというか優しかった。ああそうだ、最近では、アイツに料理を習おうとしていた――はずだ。

 

 二枚目は、紫の髪と眼帯をした蛇。彼女は、自分の姉妹に会えたことをアイツに感謝していた。別に自分のおかげじゃないと謙遜するアイツの顔に、腹が立つ。そんなアイツを最後には抱きしめていた――はずだ。

 

 三枚目、赤い皇帝。何もかも豪快な彼女は、アイツの料理に舌鼓を打ちながら、大声で歌っていた。宴会が好きなのか、豪華なものが好きなのか、とにかくたくさん料理を作らされた――はずだ。

 

「女ばかりだな」

 

 さっきの廊下もそうだ。ほかにもアイドルを自称するスイーツ系女子やら、嘘が嫌いそうな大和撫子、フランス王妃――ここにも勝利の女王がいたりする。

 

「ははは。お前は女好きだったのかもな」

「知らない。それより、こんなことになんの意味があるんだ?」

「言ったはずだ。お前が見いだせと。でなければ、お前は終わるだろう」

 

 そうはいっても、立花にはわからないものはわからない。それでもアヴェンジャーは前へと進む。なんとなく、終わりが近づいている。そんな気がした。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

「これは……映像か?」

 

 監獄塔の壁に、小さなスクリーンが埋め込まれている。その一つ一つには、映像が流れていた。ここまで見てきた少女たちが映っているだけではなく、ケルトの英雄たち、影の国の女王、英雄王、鬼、侍、女神、獅子王、ハサン、海賊、殺人鬼、三蔵法師――本来、立花が知りえないはずの英雄たちが、みな映っていた。

 

 そして、その傍らに映っているのは――――。

 

「これが、藤丸立『香』」

 

 オレンジ色の髪をサイドテールにした快活そうな少女。彼女のそばにはいつも英霊たちがいた。復讐者も女神も、男も女も善悪関係なく、彼女のそばはいつも賑やかで楽しそうで――――それが心の奥底からうらやましいと思えてくる。

 

「藤丸立『花』の妹か……」

 

 奇妙なものだと思う。同じ読みの名前で、字が違う兄妹というのは。だが、ああと納得してしまうのも無理はない。そうだ、そういうことだったんだ。

 

「本当なら、“ここ”には彼女が来る予定だったんだ……」

 

 三流以下の魔術師の家系。そんな彼女は、カルデアに己の履歴書を送りつけて、そこで人理修復の戦いに臨む――はずだったんだ。彼女が、藤丸立『香』が、兄の履歴書を間違えて送らなければ――。

 

「封筒に入れてあったんだ。多分、アイツも興奮していたんだろうな。だから、アイツは間違えて藤丸立花の封筒をカルデアに送り付けた。そして、それが採用されて藤丸立花が行くことになった」

 

 次に流れているのは、立花の知らない映像。“転生者”である藤丸立香が持っていた記憶。彼女の前世の思い出。その中に一つのソーシャルゲームがあった。

 

 そのゲームの名前は――――。

 

『Fate/Grand Order』

 

 それがこの世界の名前だった。

 

 この世界は、徹頭徹尾最初から最後まで偽物(つくりもの)だった。




もしも自分の存在が“無価値”だと気づいたとき、あなたは立ち上がることができますか?
もしも己の歩んできた道が、最初の一手目から間違いだと気づいたとき、あなたはこの“ゲーム”を続けられますか?


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プレイヤー藤丸立香の場合、あるいは価値

絶望を救うのは希望だと、誰が決めた?
絶望の先にある絶望を超えてこそ、人は希望へと至るのだ。


 妹の話をしよう。なに、大したことはない。

 どこでもいて、どこにだっている、そんなごく普通の妹の話だ。

 

「ねぇねぇ、お兄ちゃん。あたしさ、大きくなったら救いたい人がいるんだ」

 

 小さいころ、妹はそんな話をしていた。立花が中学に上がるころにはやめていたが、今思えば小さいころに何度もしていたその話を忘れてしまったのは、少しだけ悲しいことなのだと思う。誰だって気にも留めないようなそんな物語を忘れてしまったのは、どうしてだろうとたまに思い出そうとして、できない。

 

「まずね、所長さんを救いたいんだ。本当は優しくて、きれいな人なのに、脆くて壊れてしまった人」

 

 その人を語る妹の目は、寂しげだった。その話を妹は、忘れないように、忘れてはいけないように噛みしめて話していた。妹の言う所長さんは、いわゆる不幸な少女だった。誰にも認められず、誰にも優しさを向けてもらえず、唯一信じたものにさえ裏切られ、最後は絶望の淵に命を落とした少女。

 

 子供のころの立花には、どうして妹がそんな悲しい話をするのかわからなかった。だけど、立花は決して妹を怖がることはなかった。まるで、ボタンを掛け違えたかのようにズレていた立花は、純粋に妹の話が好きだった。

 

 妹の話は続く。

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃんはさ、ジャンヌ・ダルクって知ってる?」

 

 最初は、フランスという外国の話だった。誰しもに崇められ、奉られ、運命に踊らされた少女の復讐(にせもの)の物語。そして、それに抗おうとする救済(ほんもの)の話。この話を聞いて思ったのは、どうしてその聖女様はそこまでするのだろうという疑問だ。

 

「ハハッ、そうだね。多分、普通に考えれば復讐するのが正しいと思うよ? でも、その人はそれ以上に正しくて清らかで、そしておかしかったんだと思う」

 

 妹は言う。正しすぎる人間は、いつだっておかしいのだと。人間が描く線はいつだって不規則で不格好で、醜く愚かしい。その中で一本のまっすぐな線があると目立ってしまって、気味悪がるのだと。どこかわかったような口調で妹は言った。

 じゃあ、復讐することが正しかったのだろうか?

 

「ううん、違うよ。どちらも正しかった。どちらも間違ってない。勝った負けたにかかわらず、二人はあるべきものに従い、生きたんだよ。その生き方を否定することなんて、神様にだってできやしないんだ。だってそうでしょ? 神様は生を知らず、死に至らない存在なんだから。自分の知らないものを否定しようだなんて、いくら神様でもひどいもん」

 

 妹は皮肉気に笑った。

 

「じゃあ、次のお話は赤い皇帝のお話だよ、お兄ちゃん」

 

 ローマ皇帝の話。幾代にも及ぶ帝国で、人の歴史の尊さを学ぶ話。妹は、浪漫を語っていた。

 

「ねぇ、お兄ちゃんは感動したことがある? 不意に胸打たれて、涙を流して、生きていてよかったーって肩を組んで叩き合って踊ったことある?」

 

 あるわけがない。小さな子供の生涯で、そんなことを経験するのは稀だと思うからだ。

 

「うん、あたしもないよ。でもさ、本当ならこうやってご飯食べて、歌を歌う、絵を描く、勉強をする。これってすごく素敵なことじゃない? 生きているだけで丸儲け! これはたぶん、世界で最高にいい言葉だよ!」

 

 そうなのだろうか? テレビのニュースをつければ、暗い話や未来に絶望する話が多い。子供が、大人が、貧困が、殺人が、戦争が――もしもその全部が本当なのならば、生きているというのは、悲しいことなのではないだろうか?

 

「うーん、お兄ちゃんはそう思うのか。じゃあ次の話にいこう!」

 

 次に語ったのは、とある海賊たちの話。略奪し、殺して、疎まれるそんな愚か者たちの話。だけど、妹はそんな人たちをまるでおとぎ話の勇者のように語っていた。おかげで、海の男というのが格好いいのだと思い込まされたものだ。

 

「ノンノン、お兄ちゃん、ここで格好いいのは海賊女王の方さ」

 

 そう、海賊女王。妹が好きな登場人物の一人だ。女性として、彼女の後悔のない生き方というのには、憧れを抱くそうだ。

 

「違うよ、お兄ちゃん。後悔のない生き方じゃなくて、後悔しても後悔した分だけ、頑張る人のお話だよ。やらずに後悔するくらいならやって後悔する。そして、最もいいのはやって後悔しないことだ――なんていうけど、それはあたしとしては少し違うと思うんだ。だって、やったってやらなくったって後悔はするんだよ。どんなハッピーエンドでも最上級のハッピーエンドには、どんな人間もたどり着かない。でも、大事なのはその後悔の受け止め方なんだ」

 

 それは妹の考え方だった。妹は、最初の後悔を一生背負っているんだといった。妹の背負う後悔の意味を当時も今も理解できないけど、それでも後悔している妹は胸を張ってこういうんだ。アタシはなんの後悔してないってね。

 

「それじゃ、次のお話だよ。次はなんと、ラスボスさんの登場なのだー!」

 

 妹の語るラスボス。彼の王は、なんというか、すごく怖い人だった。妹のおどろおどろしい話し方も相まって、涙目になっていたのを、妹に抱きしめられたのを覚えている。

 でも、どうしてその人は人類を滅ぼそうとしたんだろう。

 

「簡単だよ、あの人は人間ってやつが大好きなのさ!」

 

 人類悪。そういう存在である彼の王は、誰よりも人を愛しているのだという。だからこそ、人間をやり直そうとした。そんなことせずに、憎いなら終わらせてしまえばよかったのに、彼の王は続けようとした。どうしてなのだろうと思った。好きな料理でも食べ損ねたのかな?

 

「ははっ、お兄ちゃんらしいね。うん、案外そうなのかもね。どこかで食べた料理が忘れられなくて、でもその料理を作った人はもういなくて――だから悲しくなっちゃったのかもね!」

 

 妹は冗談めかして言っていたが、それが立花の料理人を目指すきっかけだったのかもしれない。妹が語ったそのラスボスに忘れられない料理を作ってあげるため、あるいは、そのラスボスを語る妹の目が寂しげだったからか。ラスボスにまで優しいとは、なんという妹だろうか。

 

「ああうん、お兄ちゃんにそういわれると照れちゃうなぁ、たはは。でも、違うよ。最初はあたし、ううん。()()()()()()、そのラスボスのことを倒そうと躍起になってたんだ。だって、ひどいことばっかり言うんだもん。でもね、もう少し、もう少しだけ話してみたかったんだ」

 

 そうして妹は再び語り始めた――それは、全部で七つの特異点を廻る物語。そして妹が本当に救いたかった人は――――

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

「おい、いつまで突っ立っているつもりだ」

「――――ハッ!」

 

 目の前には、アヴェンジャーがいた。訝し気な目で立花を見ている。周囲を慌てて見回す立花は、ここがいまだに監獄塔の中であることを確認した。

 

「先ほどからどうした、虚飾よ。様子がおかしいぞ」

「ああ……なあ、アヴェンジャー。一つ話をしてもいいか?」

「なんだ? 己の価値でも見つけたのか?」

「いいや、妹の話さ。どこにでもいる、どこにだっているそんな妹の話だ」

「ほう、聞かせて見せろ」

 

 アヴェンジャーは聞く体勢に入った。しかし、笑みを浮かべている時点でこいつは勘違いしている。立花が話そうとしているのは、()()()()()()ではない。

 

「まず、妹のバストサイズについて教えよう」

「――――――は? いや、待て虚飾、それは――」

「いいから聞け。まず、妹のバストサイズはCカップだ。しかし、もう高校生だというのに、いまだに成長が著しく、すでにDカップに到達しそうな勢いなんだ」

「いや、だから待てと言って――」

「次は下着の好みだ。あのバカはなんなのかは知らんが、とにかく兄を誘惑するために大胆な下着を着用する。しかも常時臨戦態勢であると言わんばかりの勝負下着仕様だ」

「おい、聞け――」

「しまいにはあの妹、兄が部活がなくて早く帰宅した際に、シャワーを浴びたあと全裸で体をふきながら廊下を移動していてな。そのときのアイツの赤面っぷりと言ったらほかにはないほどだ。極めつけはその際に目に入ったんだが、アイツ実は毛が生えていないいわゆるパイパ――――」

「待てっつってんだろうが、馬鹿アニキーッ!」

「まさかのドロップキック!? どぐほぉぉぉぉぉっ!?」

 

 額に手を当て天を仰ぐアヴェンジャー、その付近から唐突に現れた少女は、飛び出してきた勢いのまま、立花にドロップキックを浴びせる。オレンジ色の髪を靡かせた少女は、立花の妹、立香だった。

 

「おい、不肖の我が妹よ……あの勢いでのドロップキックは殺人級だと思うんだが、そのあたりどうお考えで?」

「ちっ、死に損なったか」

「おい、腐れ妹。殴るぞ?」

「誰が腐れだ!? あたしは腐女子なんて属性ない!」

「性根が腐ってるっつってんだよ!」

「んだとっ!? メンタルが一般ピーポーなアニキに言われる筋合いはないぞ!」

「うるせぇっ、なんだ転生者って二次創作か!?」

「そうですー、あたしがここにいる時点で、この世界は誰かが書き記している二次創作の一つなんですー、ばーかばーか!」

 

 舌を出してのあっかんべーポーズ。子供かと思うようなポーズではあったが、かわいらしい妹には似合ってしまうのが腹立たしい。

 

「いや、それはアニキがシスコンなだけだから」

「心を読むな。まあ、それはいい」

 

 事実だしな。

 

「それで、なんでお前はここにいるわけ? 俺、己の価値を見いだせって、そっちのアヴェンジャーに言われてんだけど」

 

 立花はアヴェンジャーを指さす。アヴェンジャーはもはやこれ以上語るつもりはないのか、そっぽを向いて葉巻を吸っていた。

 

「ああうん、だからその価値だっけ? それを示すためにあたしがいるんだよ」

「なんだ? お前が俺の価値を証明してくれんのかよ? 本物のお前が」

 

 毒を突くような言葉になってしまったが、それは事実だ。ここにいる立花は偽物で、立香が本物。これはそういう物語のはずだった。

 

「ああ、それ? アニキ、それ前提から間違えてるよ?」

「何? いやだって、お前が本当ならカルデアに来るはずだったんじゃ……」

「うん、だけど、それはあたしという存在があるから起きるべき可能性だったんであって、もともとこの世界にはあたしがいないんだから、それは成立しないんじゃないかな?」

「――――おい、立香。お前、何をするつもりだ?」

 

 妹が笑っていた。どうしてここにいるのかもわからない妹が、一人で笑っていた。

 

「だからさ、本物(ニセモノ)がいることで偽物(ホンモノ)が逆転しちゃってるんだよ。本来、存在するのは藤丸立花だけであって藤丸立香は存在しない。でもさ、ここでいう藤丸立花(主人公)は、()()()()()のことなんだよ」

「ちょっと待て、さっきから何を言って――――立香? お前、体が透けて――」

 

 徐々にだった。目を見て話していた立花は気づくのが遅れたが、立香の足元が透けて消えていた。久しぶりに名前を呼ぶことができた妹は、立花を『お兄ちゃん』と呼ぶ妹は、存在が薄れつつあった。

 

「あはははっ、もうわかってるでしょ? お兄ちゃんの価値を取り戻すには、お兄ちゃんの価値を奪ったあたしが消えなくちゃいけないんだ、この世界からね。ねぇ、知ってる? お兄ちゃんは本当はすげぇ奴なんだぜ? 女の子のために世界だって救っちゃうホンモノのヒーローなんだよ?」

「やめろ、待ってくれ!」

「あたしの自慢で、あたしが育てた『藤丸立花』。ほら、あたしって結構なゲーマーなんだよね。だから課金はそんなにできなかったけど、でも、絆はみんなと紡いでいったんだ。だから、大事にしてあげてよね」

「救うんじゃなかったのかよ! 救いたい人がいたんじゃなかったのかよ!?」

「……そうだね、だからそれはお兄ちゃんの役目なんだ。藤丸立香(プレイヤー)じゃない藤丸立花(ヒーロー)の役目だろ? だから、頑張れよ。応援してるぜ、お兄ちゃん。んで、大好きだ! 愛してるぜ、あたしの最っ高っに格好いい主人公!」

 

 そうして、妹は笑って消えた。

 

「話は終わったか? これでお前の価値は元に戻った。あとは帰るだけだ」

「――――ざけるな。ふざけるなっ! 何が元に戻っただ! 妹を犠牲にしてのうのうと生きてる奴なんざ、アニキでもなんでもねぇ! ただのクズ野郎じゃねぇか! それでも生きろって言うのか! そうしてでも世界は救わなきゃならねぇものなのかよ!」

 

 アヴェンジャーの胸倉をつかむ。納得がいかなかった。いくはずがなかった。

 だが、アヴェンジャーはその非力な腕を振りほどいた。

 

「ふんっ、お前がどう思おうと勝手だが、お前の妹とやらが残した言葉を教えてやる」

「言葉?」

「お前は昔、妹の話を聞いて、こう思ったそうだな。生きることは悲しいことだと。そんなお前に向けた言葉だ」

 

 アヴェンジャーはらしくもなく、天に指を振りかざしてそう告げた。妹が兄に残した言葉を。それはどこかで聞いたことのあるヒーローの言葉。胸を張り、くじけず、恐れず、前に進む、そんな希望を背負うヒーローを好きな妹が一番口にしていた言葉だった。

 

「『墓穴掘っても掘りぬけて、突き抜けたのならオレ(オマエ)の勝ち!』」

 

 藤丸立花が意識を失って八日目、彼は目を覚ました。胡乱な目をしていた彼は、その意識をはっきりさせると職員やサーヴァントの腕を振り切り、召喚の部屋へと急行。そこで召喚されたアヴェンジャー巌窟王と殴り合いの大喧嘩をしたという。

 

 喧嘩の原因は、のちに正座をして説教を受けながら、ふてくされた彼がこう言ったという。

 

『妹は奴には渡さん』と。



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キャスターダヴィンチの場合、あるいは消失

大切な誰かがいるあなたへ。
大切なものを両手いっぱいに抱えてしまっているあなたへ。
その中の一つがなくなったとき、あなたは気づくことができますか?


 ダヴィンチちゃんは激怒した。

 彼の邪智暴虐のクソったれマスターをボッコボコにしてやらんがため、拘束した。

 

「さあ、説明してもらおうじゃないか? ああそうさ、見ての通り私は怒ってるよ? なんせ、君は八日間もの間、意識を失い、その上最後にはバイタルも低下して本当にヤバいんじゃないかと思ったんだ。いやー、ホント万能の天才と言われたダヴィンチちゃんもらしくなく焦ったものさ。そして目が覚めた時には、職員みんなで喜んだよ? で、それの上で聞こうか、立花くん。オマエ、自分が何したかわかる?」

 

 もう一度言おう、ダヴィンチちゃんは激怒している。それこそ、半ば口調が崩壊してしまうレベルで、キャラがなんだと言わんばかりに激怒している。ああそうだとも、ダヴィンチだけじゃない。職員も、ロマンも、サーヴァントたちも青筋を浮かべて怒っている。

 いや、ごくごく一部の人間は、内心でダヴィンチの険相にちょっと怯えてはいるが、この場にいる人間に共通していることはみんな怒っているということだ。

 

 目が覚めたのはいい。それは最上の結果だった。

 しかし、目が覚めたとたんに挨拶もなしに駆けだして召喚。そして召喚されたサーヴァントと殴り合うなどという愚行は、いくらなんでも許容範囲外だった。

 

「おい、そこの馬鹿マスターが正座をするのはいい。だが、なぜ俺まで説教を食らわねばならない」

「黙れ、巌窟王。オマエが立花くんとどういう関係なのかはこれから聞く。それまで一緒に正座をしていろ」

「あの、ダヴィンチ女史? そろそろキャラが違う――あ、いや、すみません」

 

 勇気を出してダヴィンチのキャラ崩壊を防ごうとした一般職員。しかし、彼女の眼力に気おされ、口をつぐんだ。普段怒らない人が怒ると怖い。

 

「いや、あの、本当すみませんでした」

 

 ちなみに、立花の精神は感性はズレがあるものの、基本的に一般ピーポーと相違はない。つまり、さすがのこの怒られ方には涙目だし、反省もしている。しかし、それはダヴィンチたちにとっては当然のことで、それ以上に求めているのは、先の行動の説明だ。

 

「それはいい。それ以上に、さっさと説明をしてくれ」

「あーうーん、少し待ってくださいね。なあ、どう説明すればいいんだ?」

「知るか。言っておくが、オレはお前が何をして何を思ったのか知らん。オレはあの女に頼まれた以上のことは知らないからな」

「ちっ、役に立たないな」

「お前、死ぬか?」

「おい、それ以上ふざけるなら、私も怒るぞ?」

 

 もう怒ってるじゃん。そう言いたい気持ちを抑え、立花は諦めてあったことそのものを説明することにした。妹のこと、この世界のこと、“価値”というものについて。

 その話を聞いた人間の反応は様々だ。

 

 そんな馬鹿なと信じられないもの。ありえないと頭を抱えるもの。何かを思案するもの。

 

 そして、ダヴィンチは三つ目の思案する人間だった。

 

「信じられない?」

「いや、話自体は信じる要素がないわけじゃない。この世界がゲームコンテンツだろうと、別に驚きはしないさ。まあ、腹立たしい気持ちはあるけどね」

「腹立たしい? どうしてさ?」

「簡単さ、ゲームというのは、それが成立するために登場人物が決まっている。つまりそれは、その人間たちさえ存在すれば、世界は成立するということになる。それ以外の人間は、いてもいなくても構わないモブキャラクターだ。だが、知っての通りこのカルデアはおろか、世界に必要ではない人間というのは存在しない。一人一人に物語が存在し、それぞれが主人公であるべきなんだ。だが、もしも君の妹の言葉が正しいのなら、それは間違いであるかのように思えてね。そう思った自分と、そう思わせたその話に怒りを感じない方がおかしいだろう?」

 

 ああそうだ。この世界は本来、六十億を超える人間が存在している。その世界がたった十数人やそこら人間だけで成立している? 笑わせるな。世界はゲームのように簡単にはいかないし、世界はゲームのようなシステマティックじゃない。

 

「だから、私はこう考える。ここは元はゲームの世界として存在していた世界をモデルにした確固たる世界の一つだってね。物語の世界が実在するというのは、魔術世界に座する人間じゃなくても考えそうなことだ。決しておかしなことじゃない。ただそうだな……気になる点は、その“価値”についての話だ」

「それはつまり、俺の妹が消えて俺が価値を取り戻したって話ですか?」

「ああそうさ、その話はおかしいだろう。人間の価値は一つじゃない。例えば、君がマスターとしての価値を妹さんに奪われていたとする。だが、事実として君はここにマスターとして存在している。ならば、そこにはまた別のマスターとしての価値が存在しているということだ。私には、それがわからない。妹さんが消えたところで、君の価値が大きく変動するとは思えないし、そして価値が出たからと言って、だからなんだという話だ。仮にこれが魔術的な話だとしよう。君に価値が存在しないという大罪を背負っている。それ故になにがしかの制限が起きていたとする。確かに、それならば妹さんが価値を与えたということに意義はあるが……立花くん、体には何か変調はあるかい?」

「え、いや別に大した変化はありませんけど」

 

 立花は、己の体を再確認してみるが、特に目新しい変化は起きていなかった。それは周囲の人間からしても同じなのか、誰も意見してこない。

 

「そう、一応君の体調や魔術回路も調べてみたが、以前と変化はない。だからこそ、私には妹さんがどうしてそんな行動に出たのか、そしてどういう結果が起こったのかがわからないんだ」

「俺があの監獄塔を脱出するため……とかじゃ説明はつきませんかね?」

「それも考えた。だが、さっきも言った通り、君には君だけの確かな価値がある。それは妹さんだろうが、誰だろうが、決して代わりにはできないものだ。つまり、そもそも人間における“無価値”という表現が私にはわからない。そこらへん、巌窟王はどう思う?」

「お前の言っていることは間違いではないだろう。虚飾はあくまで他人の価値観における判断だ。お前たちがこのマスターに価値の認めている時点で、本来ならそれは成立しない」

「じゃあ、なんでお前は俺を虚飾なんて呼んでいたんだ?」

「言ったはずだ。俺はお前の妹に言われた以上のことは知らないと。だが、確かにおかしな話ではある。というより、あの“罪”はお前のものというよりはむしろ別の人間の罪をお前が肩代わりしていたようにも思える」

 

 ますますわからない。この場にいる人間には、判断がつかない話だった。おそらく、この話の真相を知っているのは、妹である立香だけだ。新たな疑問に頭を悩ませている中、ダヴィンチは一つの結論を出す。

 

「よし、考えるのをやめよう」

「っておい、それいいんですか?」

「いいも何も、それは今やるべきことじゃない。いつか考えなければならないことだが、少なくともそれは今じゃない。今私たちがやるべきなのは、ここ数日間における疲労の回復だ。次の特異点に向けて。私たちが全員が体を休めなければいけない」

 

 それは当然のことだった。なんせ、八日間の時間を誰しもが気を張り、祈っていたのだから。それは相当のストレスと疲労になっているはずだ。

 

「わかりました。じゃあ、寝てただけの俺がいうのもなんですが、皆さんも休みましょう」

「ああ、それがいいだろう。ああ、それと立花くん、君には一つだけ言っておかなければいけないことがある」

 

 そういうと、ダヴィンチだけじゃなく、すべての職員が背筋を伸ばし、佇まいを治す。そして次の瞬間、全員が頭を下げた。

 

「すまなかった。そして、ありがとう」

「え、いや、なんの話ですか? 今回、謝るべきなのは俺でしょう?」

「確かに君も謝るべきだが、それは君が起きてからの行動についてだ。私たちが言っているのは、これまでの君の活躍と君の負担についてだ。君は最後のマスターだ。だから、頑張らなければいけない。そう思わせて、君にとっての大きな負担になっていた。本来、我々のような大人こそが責任を持つべきなのを、君に大きな重圧を背負わせ、無茶をさせていた。今のこれは、その結果だろう」

「ちょっ、ちょっと待ってください! 俺は知ってますよ! ダヴィンチちゃんやドクター、職員の方、一人がどれほど寝ずに頑張っているのか。どれほど責任を感じているのか。俺だけじゃないんですよ。俺だけの物語や頑張りじゃないんです。ここまでこれたのも、これから頑張れるのも、皆さんがいてくれるからなんです。だから、もう謝らないでください。一度謝ってもらったならそれで十分なんです。だから、もう休みましょう。俺たちはみんな疲れている。ダヴィンチちゃんの言う通りです。今回のこれは、みんな疲れた」

「そう……か。いや、その通りかもしれないな。これ以上の謝罪はまた君に余計な負担をかける行為だった。ありがとう」

 

 そうこれでいい。今のカルデアなら、大丈夫なはずだ。

 しかし、立花には一つだけ気になっていることがあった。

 

「あの、マシュはどこですか? 俺、ここにきてからマシュの顔を見てないんですけど?」

 

 そう、立花の大切な後輩がいないのだ。

 てっきり、いの一番に怒って、泣いて、喜んでくれそうな彼女の姿が見当たらない。

 

「ん? 立花くん、いったい何を言っているんだ?」

 

 ダヴィンチは不思議そうな顔をした。いや、ダヴィンチはおろか、全スタッフ、職員がそんな顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マシュっていったい、誰のことだい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――え?」

 

 聞き間違いだと思った。いや、そうあってほしいと思った。だが、それに対する反応は、全員の困惑である。本当に、ダヴィンチの言葉が総意とでもいうように、全員が首を傾げていた。

 

「え、いや、ちょっと待ってください。マシュですよ? マシュ・キリエライト。俺の後輩……いや、実際に後輩なのかはわかりませんが、俺を慕って俺についてきてくれた女の子です」

「あ、いや、言い方が悪かった。確かにマシュ・キリエライトのことは知っている」

 

 じゃあ、なんでそんな他人行儀な呼び方をするんだ?

 

「だが、それでもわからないんだよ、立花くん」

 

 なんで、そんな顔をしているんだ?

 

「だって、彼女は最初の特異点。特異点Fでレフに殺されていたじゃないか?」

 

 それは、どういう意味だ?

 

「待ってください。マシュです。俺の相棒で、シールダーのデミサーヴァントですよ?」

「いやいや、それこそ待ってくれ。君の相棒は別にいるだろう?」

「それって誰のこと――――」

 

 誰だ? 俺の後輩じゃない相棒って。

 

「リツカ!」

 

 抱きしめられた。背後から、大切なものを扱うような手つきで、そして、もう離さないと言わんばかりに力強く。その人は、女性だった。銀色の髪をして、涙を浮かべて立花の存在を喜んでくれている。

 

「よかった。本当に、よかった!」

 

 ああ、どうしてあなたがここにいるんですか?

 どうして泣いているんですか? おかしいじゃないですか。

 だってあなたは――――。

 

「オルガマリー……所長……」

 

 死んだはずじゃないですか。




監獄塔の中、あるべきはずの彼女の絵だけが存在していなかった。


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リーダーオルガマリー・アースミレイト・アニムスフィアの場合、あるいは甘い夢

優しい言葉は甘くとろけるよう。
だけど、そんな優しい夢さえも人は拒む。


 まず、藤丸立香の言葉通り、カルデア全体に休暇の命令が出された。当然だ。全員が心身ともに疲弊している状態にあった。しかし、それは藤丸立香の抱える問題が先送りにされただけという悲しい決断だった。

 時間がたてば回復する。今は記憶が混濁しているだけ。

 

 それが、人理修復を目的としたカルデアの答えだった。

 

 だって、そうだろう? 誰だって()()()()()()()()()()割く時間なんて、どこにもないんだから。

 

「あっ、ダメじゃないリツカ、ちゃんと食べなきゃ!」

「…………所長」

 

 立花はマイルームから出ることを禁じられた。部屋の中には長い紐や鋭利なものは存在していない。精神状態の不安から自殺を懸念されているのだ。

 これじゃあまるで、精神病患者の病室だ。そう思った立花を責めることはできないだろう。

 

「はい、リンゴ。あなたみたいに器用には切れなかったけど、おいしさは保証するわよ?」

「うん、ありがと。おととっ」

「あっ、ほら気を付けてね? 八日間もの間、寝たきりだったんだから、急に動くのはよくないわよ。ふふっ、私が食べさせてあげる」

 

 オルガマリーは、そう言ってリンゴの切れ端をフォークに差すと、立花の口へと運んだ。立花もおとなしくそのリンゴをかじる。

 

「……おいしい」

「よかった! たくさん食べて、あなたの料理を早く食べたいわ」

 

 立花の世話係を買って出たのは、オルガマリー自身だった。曰く、今の立花を放っておけないとのこと。ロマンたちドクターも記憶を刺激するのにいいかもしれないと言って許可を出した。それは、一つの医療行為としても正しいだろう。

 

 事実、彼女は立花が考えているより、ずっとずっと――――優しかったのだから。

 

 オルガマリーは献身的だった。立花を支え、癒し、回復へと向かわせるにはこれ以上ないと言える存在だろう。そう、それこそ、立花が間違っているんじゃないかと思わせるほどに。

 

 本当にマシュ・キリエライトは存在したのか?

 おかしいのは自分なのか?

 オルガマリーは、救えたんじゃないか?

 

 そう思い込みそうになる度に、オルガマリーは立花の心を優しく甘く心を溶かしていく。

 

「ねえ、リツカ。人理修復が終わったら、その……私に仕えない?」

 

 ああ、やめてくれ。そんな目で、そんな顔で俺を見ないでくれ。立花は、何度かオルガマリーを拒絶するように、そんなことを言ったことがある。だが、それが無駄なことだと気づいてからはもうしていない。だって、彼女にはわからないのだから。

 

 立花が言ってることも、立花がマシュなんて女の子と冒険していたことも。

 

 オルガマリー自身が死んでいるということも。

 

 彼女はおろか、立花以外にはわからない。そして、わからないがゆえに、誰しもが彼女の話をする。食堂に行ったとき、ふと誰かがやってきたとき。まるで、大事な仲間を、上司を、戦友を誇るように、誰もがオルガマリーの話をする。

 

『俺は、オルガマリー所長が発破をかけてくれたから頑張れた』

『私は、オルガマリー所長に励ましてもらった』

『俺は、オルガマリー所長がいるから頑張れてるんだ』

『僕は』

『俺は』

『私は』――――そんな話をたくさんした気がする。

 

 それは、立花のサーヴァントにも言えることだった。

 

 アルトリアはこう言った。オルガマリーは立花のために頑張ってきたのだと。

 ジャンヌは言った。悔しいけど、あんたたちは嫌いじゃないと。

 メドゥーサは言った。オルガマリーには幸せになってほしいと。

 

 まるで、彼女を知らない立花を責め立てるように、誰しもがオルガマリーを慕っていた。多分、それは本当なのだろう。本当に大切な人だからこそ、歯がゆいのだろう。悔しいのだろう。困惑しているのだろう。どうしようもなく、思い出してほしいのだろう。

 だから、彼らはしつこく立花に話しかけてくる。

 

 ドクター・ロマンは、藤丸立花の記憶を取り戻そうと頑張っていた。

 ダヴィンチは、念のため、マシュ・キリエライトの記録を探そうとしていた。

 アルトリアは、立花を慮るオルガマリーに遠慮して訓練に誘わなかった。

 ジャンヌは、オルガマリーと立花の仲を認めていた。

 メドゥーサは、オルガマリーだけの幸せを願っていた。

 職員は、立花にオルガマリーのことを思い出させようとして話していた。

 

 ああ、そういえば、あれからどれほどマシュの話をすることができただろうか?

 

(あ――れ? マシュってどんな子だっけ?)

 

 ふとした拍子に、忘れそうになってしまう。このカルデアには、彼女が存在していたという記録は一切残っていない。自分の記憶だけが頼りなのに、そんな記憶さえも正しいものなのかわからなくて、ここにいることが、ここにマシュがいないことがどうしようもなく怖い。

 

 だけど、そんなとき、

 

「大丈夫! 大丈夫だから……」

 

 オルガマリーは、幼子をあやすかのように、立花を抱きしめる。どうしてだろう。どうして、この人はこんなにも優しくしてくれるんだろうか? そう訊ねた。すると、彼女は顔を赤らめながらこう言った。

 

「あ、あなたが私を認めてくれたからでしょ」

 

 ああ、そうだった。彼女は、いや彼女こそが愛情に飢えている人間だった。立花にはわからないが、彼女が見てきた立花との冒険を知りたくなった。

 だから、寝る前だけじゃなく、彼女には一日、思い出を語ってもらっている。

 

「――で、私がアルトリアに言ったのよ。そしたらジャンヌが火に油を注ぐようなことを言ってね」

 

 彼女の語る思い出は、美しかった。色彩にあふれていた。

 

「ああそうそう、あのとき食べた料理、私気に入ったから今度作ってみるわね。その、食べて……くれる?」

 

 胸が痛くなるくらいに、泣きそうになるくらいに、彼女はその物語を誇らしげに語っていた。

 

「そういえば、あのときのリツカ、とってもおかしかったわ」

 

 彼女の愛情が伝わってきて。彼女のぬくもりが愛おしくて。それで泣いて、また慰めてもらっていた。そんなことを何度も繰り返した気がする。そのたびに彼女は、「もうやめようか?」と訊ねてくるが、立花は絵本をねだるように彼女の思い出を何度もせがんだ。

 だって、仕方ないじゃないか。彼女が語る思い出は、俺が、藤丸立花がマシュ・キリエライトと一緒に歩んできた思い出そのものなんだから。

 

 ときどき、わからなくなる。

 ときどき、どうでもよくなる。

 

 人理修復? マシュ・キリエライト? 藤丸立香? そんなことがどうでもよく思えてくる。だって、オルガマリーがいる。彼女がいてくれれば、それでいいとさえ思えてくる。この甘い毒に、とろけるような夢に、心の奥底まで浸っていたくなる。

 

(ああ、もういいんじゃないか?)

 

 だって、頑張ったじゃないか。頑張ってきたじゃないか。これからも頑張るんだ。だったら、少しくらいこの世界に甘えても――――。

 

「っと、いい時間ね。それじゃ、リツカ。おやすみ――」

「いか――ないでください」

 

 

 立花は、オルガマリーを後ろから優しく抱きしめた。彼女は、それを振りほどくことなく、受け入れてくれた。

 

「どうしたの? また、眠れないの?」

「違う。違うんだ」

 

 脳裏に少女がチラつく。薄紫の髪で、メガネをかけた後輩の笑顔が。

 

「所長、俺、俺――――あなたのことが――!」

 

 先輩と呼ぶ声が聞こえる。

 

「うん」

「本当に、好きで!」

 

 ああ、どうしてだろうか? 涙があふれてくる。胸が引き裂かれるような痛みが走る。つっかえて、何度も嚙みそうになって、それでもいいたいことがあった。

 

「大好きで! 大切なんです!」

「――――うん」

「だから――――!」

 

 そう、大切なんだ。小さい時間だけど、思い出に負けないくらいに嬉しかったんだ。救いたい人、救えなかった人が生きていてくれて。

 

 だから――――。

 

「だから、俺と一緒に――――!」

 

 言え。

 

「俺と一緒に――――!」

 

 言ってしまえ。

 

「世界を救って――――!」

 

 言え! 言ってしまえ!

 

「一緒に生きて――――」

 

 言え――――。

 

「駄目よ。私はあなたとは生きられない」

 

 ないよなぁ。この人なら。

 

 わかっていたさ。この人なら、言わせてくれないことなんて。

 

「ありがとう、フジマル。私の夢に付き合ってくれて。でも、もう大丈夫よ、私」

 

 ドクター・ロマンは、藤丸立花の記憶を取り戻そうと頑張っていた。違う。

 ダヴィンチは、念のため、マシュ・キリエライトの記録を探そうとしていた。違う。

 アルトリアは、立花を慮るオルガマリーに遠慮して訓練に誘わなかった。違う。

 ジャンヌは、オルガマリーと立花の仲を認めていた。違う。

 メドゥーサは、オルガマリーだけの幸せを願っていた。違う。

 職員は、立花にオルガマリーのことを思い出させようとして話していた。違う。

 

 ドクターは立花を信じていた。だから、思い出させようとしていたのは、自分たちの記憶。

 ダヴィンチは違和感を感じていた。だから、本気でマシュ・キリエライトの記録を探していた。

 アルトリアは直感していた。だから、マシュじゃないオルガマリーとの訓練を避けていた。

 ジャンヌは信じていなかった。だから、一時の優しい夢を与えていた。

 メドゥーサは願っていた。だから、立花の、オルガマリーの――マシュの幸せを願っていた。

 職員は忘れたくなかった。だから、忘れないようにオルガマリーの話を立花を通して自分に何度も刻んでいた。

 

 立花は知っていた。みんながわかっていることを知っていた。だから一日中、彼女のそばにいた。

 

 オルガマリーは気づいていた。

 

「だって、あなた、私のことを名前で呼んでくれなかったじゃない」

 

 彼女の記憶にある立花は、オルガマリーのことを愛称で『オルガ』と呼んでいた。ありきたりだけど、彼が呼んでくれるだけで暖かい気持ちになれた。誰も、誰もがわかっていた。この世界が、この夢に終わりが来ることを。だから、だから立花は離せなかった。

 

 この優しい少女のことが、本当に大切だったから。

 

「でも、フジマル。甘い夢はもうおしまいよ。私は死んでいる。レフに裏切られて殺されたの」

 

 わかっていたのに、それでも優しくしてくれたこの人が大切だったから。本当は弱いのに、強がって涙をこらえているこの人のことが、大好きだから。

 

「さあ、助けに行くわよ。あなたの大切な相棒を。あなたの愛した女の子を」

 

 ドクターは言っていた。新しい特異点が見つかったと。

 

「でも、その前に私の最後のわがままをお願い。最後に――あなたの料理を食べさせて」

 

 特異点の名は、孤高忘却空域ヘヴン。時代指定なし。場所は、マチュピチュ上空三千メートルにできた大きな結界の中だった。




最後に彼女と一緒に食べた料理の味は、少しだけしょっぱかった。


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アヴェンジャーマシュ・キリエライト・オルタの場合、あるいは願い

バイバイは悲しいから、こう言うんだ。
またねって。


 例えばの話をしよう。本来のあるべき正史。つまりは原作において、マシュ・キリエライトは魔術王ソロモンの言葉を否定することができなかった。

 それはそうだ。彼女の命は儚いもの。無菌室の中で育てられ、空さえも知らずに育てられた彼女に、生に対する価値など見いだせるはずもなかった。

 じゃあ、今回の話をしよう。本来の歴史において、そんな魔術王の考えを最初に彼女に否定してあげたのは誰だ? 生きるってことのすばらしさを自然と教えることができたのは、誰だ?

 

 じゃあ、そいつは今まで何をしていた?

 

「だから、遅かったんですよ、先輩。何もかもが」

 

 答えは簡単だ。絶望していた。もう嫌になるくらい、逃げだしていた。

 だったら、仕方ないじゃないか。

 

 先輩(あなた)だって、逃げ出したんだから。

 

「ね、先輩。だから私は、魔術王に縋ったんです」

 

 少女がいた。上空三千メートル。本来なら人が生きることなどできないはずの領域に、少女は聖杯で結界を作っていた。何もかもを拒むように、しかし、彼女は二人の人間だけを通した。ほかの四人。サーヴァントに関しては中に入れることさえなく、ただその二人を目の前に呼んだ。

 

 少女の髪は鮮やかな朱色に染まっていた。紫陽花のような薄紫色はなく、夕焼けのような色に変わっていた。少女の目は黄金に変わっていた。世界を希望と期待で満たしてた優しい瞳ではなく、人間を見下すようなそんな攻撃的で悲しい眼差しをしていた。

 

 少女の盾は変わっていた。大切な人を守るための盾は、己さえも傷つけかねないほどの鋭い刃が張り巡らされた武器に変わっていた。

 

 少女は、優しいはずの少女は変わっていた。

 

「どうして、来ちゃったんだろう。先輩、本当にどうしてでしょうか? 来なくてよかったのに、そのまま甘い夢に溶かされて人理ごと――――死んじゃえばよかったのに」

 

 そうは思いませんか? 相棒のオルガマリーさん。

 

「ふざけっ、ないでっ! この馬鹿の相棒はあんたでしょう、マシュ!」

 

 オルガマリーの恰好は、以前のマシュと同じシールダーだ。本来、彼女が持つべきはずの盾をオルガマリーがかざしている。一見すると、マシュと相違はないはずだ。だが、彼女の持っている記憶も経験ももとはマシュのものであり、彼女自身は戦ったことがない。

 イメージにどうしても体がついていっていない。

 

「あははっ! そうかもしれませんね! ああでも、こんな無様な姿、私だったら恥ずかしくてみせられませんよ、ねっ!」

「ぐぅっ!」

 

 マシュは盾を振りかざす。刃のついた悲しい盾を。

 オルガマリーは盾でそれを防ぐ。大型の盾だ。力量に差はあれど、それ自体は傷つけるには及ばない。だが、マシュは違う。

 

 己を傷つけるようにさえ生えている刃は、マシュが盾を振るうたびに自分自身を傷つけていた。

 

「くっ、いい加減にしなさい、マシュ! あんた、もう腕がボロボロじゃない!」

「だからなんなんですか!? それで優位に立っていると思ったら、大間違いですよ!」

 

 違う。そうじゃないんだ。どうしてお前は自分を傷つけることを厭わないんだ。優位だとか、勝ちたいとかじゃないんだ。優しいお前がそんなことをしているのが、どうしても悲しいんだよ。

 

「つぅっ、痛っ!」

「だから言ってるでしょう! あまり調子に乗ったことを言うと――――殺しますよ」

 

 マシュの殺意は本物だった。だから、だんだんとオルガマリーの体を傷つけていく。その間も、自分の体を傷つけながら。

 そんな光景を様々と見せつけられた。

 

「ハァ……ハァ……ハァッ……」

「…………無様ですね。もう立っているのもやっとじゃないですか」

 

 先に限界が来たのはオルガマリーだ。それは当然の結果だと言えるだろう。どうしようもなく、彼女ではマシュには勝てない。当然だ。彼女は、マシュに勝ちに来たんじゃない。彼女を救いに来たんだから。だが、そんなきれいごとさえもマシュは切り捨てる。

 

「ああもう、イライラしますねっ!」

「うっ、ぐっ!」

 

 オルガマリーは防ぐことで精一杯だ。マシュはそんなオルガマリーを嘲笑うかのように、執拗にその盾を狙い続ける。

 

「ほらほらっ! どうしたんですかっ!? 反撃しないんですか!?」

 

 ああもう、やめてくれ。

 

「アハハハハハハッ!」

 

 頼むから。

 

「死ね」

 

 それ以上、

 

「それ以上、自分を傷つけるのはやめなさい、マシュ」

「ぐっ!」

 

 オルガマリーがやったことは単純だ。盾を()()()()()。そして、それを防ぐために盾をかざしたマシュの横から、その顔をぶん殴った。むろん、刃で自分の腕が傷つくことを厭わずに。

 戦闘経験がないとはいえ、腕力はマシュと同じだ。そこを殴られたマシュは、己を傷つける盾を放り投げるほかなかった。そのままだったら、最悪自分の盾に殺されていただろう。

 

「ハッ、接近戦ですか? いいですよ、やってやろうじゃないですか!」

「ああそうね。まずはそのわからず屋のドタマ勝ち割ってやるくらいじゃないと、ダメみたいね!」

 

 そこからは殴り合いだった。キャットファイトなんて言葉があるが、あれは猫の喧嘩なんかじゃない。あれは、女の意地と意地のぶつかり合いだった。すでに傷ついている腕で、二人は拳を振りかざしあう。

 

「なんでっ、来たんですか!?」

 

 マシュが腕を振りかざす。血しぶきが舞った。

 

「あんたを助けるためよ!」

 

 オルガマリーが防ぐ。その血が顔についた。

 

「望んでませんよ、そんなこと!」

「だったら、なんで私たちを招いたの!」

「二人を殺すためです!」

「嘘ね! あなたがそんなことできるわけないでしょうが!」

 

 ああそうだ。できるわけがないんだ。

 

「できます! やるんだ! 人の命は儚いもの。人間は死を克服できないんだったら、その恐怖を捨てるべきだったんです! 私にはそれができる! 私には、あなたたちを殺せる!」

「ふっざっけんじゃないわよ! 死を克服? 恐怖を捨てるべき? そんなの、生きてるって言わないでしょうが!」

「いいんですよ! 生きていなくて! 死なないなら、選択肢はたくさんあるんですから!」

「死なない世界なんて、クソくらえだわ! 終わりがあるから頑張れる! 終わりがあるから人は続いていくんでしょうが!」

「終わりがあるから頑張れる? ふざけるな! 終わりたくないんだ! 終わらせたくないんだ! 私は、私は――――」

 

 先輩と最後まで旅を続けたかった。

 

「でも、ダメなんですよ! この体が言ってるんです! お前の命はあとわずかだって、もう頑張れないんだって! だったら、託すしかないじゃないですか! あなたみたいに! 生きるべき人間に!」

 

 それが彼女の願いだった。優しい彼女の本当の願いだった。

 大好きな人に、救いたかった人に世界を託して、自分の代わりをしてもらうことだった。儚い自分ではなく、確かな命を持っている人に。

 

 だが、オルガマリーはそんな甘えを許さない。

 

「いい加減にしなさい!」

 

 ヘッドバット。つまりは頭突き。目と目をガンつけ合わせて、対面で語る。

 

「いい!? 私はね、死んでるのよ! もういないの! そんな人間にあんたの大事なもの全部託すだなんて! 馬鹿げているにもほどがあるでしょうが!」

「――にが、何が悪い!」

 

 ヘッドバット。拳を振り上げることすらできない彼女たちの唯一意地を張れる攻撃。

 

「私だって、そんなことをしたくはなかった! でも、あなたならいいと思えたんですよ! 弱いくせに意地っ張りで、寂しがり屋のくせに強情なあなたになら! 先輩が泣いて助けたかったって本気で後悔していたあなたには!」

「そうじゃないでしょ! 誰だってダメなのよ! あんたのやるべきこと、やりたいこと、やってきたことは! 全部あんたのもんでしょうが!」

 

 ヘッドバット。鼻から血だって出ている。顔だって腫れている。無様で不格好で、美しい少女たちの願い。優しい少女たちの最後になるはずの願い。

 

「――んで、なんでいうこと聞いてくれないんですか!」

「そんな顔して、そんな目をして、そんな盾をかざそうが見え見えなのよ! あんた、いい加減自分のやさしさに気づきなさいよ! 自分のこと、少しは大切にしてあげてよ!」

「それは私のセリフだ! あなただって、あの幸せな夢に囚われていればよかった! そうすれば、全部解決したでしょう! 私なんかいなくっても、私の代わりができたでしょう! あなたは、どうして辛い現実に立ち向かおうとするんですか!」

「あ、の、ねぇ! 私はね! リツカのことが大好きなのよ!」

 

 言い切った。恥じることなく、誇りさえもって、彼女はその言葉を発した。一瞬、マシュの動きが止まった。その隙にオルガマリーは、マシュを押し倒し、馬乗りになった。

 

「偽りの記憶だとか、もう死んでいるとか、所詮夢だとか、そんなことがどうでもよくなるくらいに! 私は、私のために泣いてくれたあいつが! 私を支えようとしてくれたあいつが! 私を救いたいと最後まで悩んでくれたあいつが! 大好きになっちゃったのよ!」

「――――じゃあ、じゃあどうして!」

「あいつが、あんたしか見てないからに決まってるじゃない!」

 

 彼女は言う。残酷なことを言う。だけど、それを言えるのは彼女だから。もう、終わってしまっている彼女だからこそ、そんなことを言う。

 

「あいつはね! あんたのことを一日も忘れないようにしていた! 不安なときも、本当に忘れそうになるときも! それでもあんたのことを考えて考えて考えて! 絶対に離さないんだって! 救うんだって頑張っていたのよ! アタシが惚れたのはね、大切な人のために頑張れる藤丸立花だったのよ!」

 

 彼女が好きになった少年は、好きな人がいた。好きな人が別の好きな人のことを考える。だけど、その姿が素敵に思えてしまった。だってそうでしょう? 離れていてもお互いを思いあえる。そんな恋は、そんなロマンティックな恋は、彼女の憧れだったんだから。

 

「あんただって本当はわかってたんでしょう!? だからリツカの思い出は消さなかった! 消せなかった! だって、あいつは私を犠牲にしてでもあんたを選ぶって! そう思っていたんでしょう!」

「ちがっ、私は――」

「違わないわよ! あんたはあたしと同じだ! 誰かに認めてもらいたかっただけだ! 儚い命だけど、最後まで付き合えないかもしれないけど! それでも私はあなたの隣にいていいですかって。そんなことを考えてただけの普通の女の子だ!」

 

 だから、オルガマリーは言う。己の痛みを食いしばって、それでも目の前にいる優しい女の子を救いたいがために、好きな人が幸せになってくれますようにと願いを込めて。

 

「もう一度言うわよ。私はリツカのことが、あんたなんかよりね。ずっとずっと好きなんだから!」

「――――違う。私の方が、私の方が――――!」

 

 少女はその先の言葉を戸惑う。だって、言ってしまったら最後、認めてしまうことになるから。でもさ、だから言っただろう、マシュ。目の前にいるその女はさ、そんな甘えを許さないんだぜ? 俺たちが考えてるより、ずっとずっと強くて優しい。そんな女なんだぜ。

 

「言いなさいよ! あんたの気持ちを! あんたの願いを! あんたのやりたいことを! それが言えないんだったら、リツカは私がもらっちゃうから!」

「いや」

「キスだってするわよ! 手だって繋ぐし、料理だってする!」

「いや」

「一緒にお風呂だって入って、いっぱいイチャイチャして!」

「いやだ」

「セックスだってするんだから、子供だって作っちゃうんだから!」

「いやだよぉ」

「結婚だってして、幸せになってやるんだから! あんたが羨ましがるくらい、本当に本気で、幸せになってやるんだからぁ!」

「いやだ! 私は、私だって先輩のことが好きなんだから! アルトリアさんに料理を食べさせてるときだって、ジャンヌさんに弄られてるときだって、メドゥーサさんに相談してるときだって、ずっとずっと! 私は先輩のことが好きだったんだから! あなたなんかに、私の先輩は渡さないんだっ!」

 

 言った。

 

「そう、それでいいのよ。マシュ、馬鹿な子、優しい子」

 

 終わった。

 

「あんたみたいな子が幸せにならなくてどうするのよ?」

 

 夢が覚める。

 

「でも、だったらその言葉、信じるからね」

 

 物語が終わる。

 

「私の大好きな人、私たちが好きになった人。最後まで、お願いね」

 

 オルガマリーが消える。

 

「でも、そうね。今ならあなたの気持ちがわかるわ。誰かに託したい気持ち。だから、あなたに託すわね」

 

 世界が修正される。

 

「私が生きるはずだった残りの人生。死んでしまった私に残された最後の夢。聖杯よ、私は願うわ。この子に、一生分の幸せが訪れるように。天寿ってやつを全うできるように。私の存在(いのち)、全部をあなたに」

 

 ああ、どうしてだろう。どうして俺はこんなにも無力なんだろう。最初から最後まで見ていることしかできなくて、最後は傷ついた彼女たち二人を抱きしめることしかできないなんて。

 

「馬鹿ね、それでいいのよ。だって、それがあんたらしさじゃない。ちゃんと最後まで、私を救いたいと願っていた優しいあんたの」

 

 オルガマリーは笑う。幸せそうに。

 

「リツカ、私ね。すっごく幸せだったわ。マシュの思い出には勝てないけど、短い時間で本当に幸せだったわ。あなたと生きて、あなたと過ごせて、あなたみたいな人が人理を救ってくれる人で」

 

 立花は泣く。幸せそうに。

 

「だから、これが終わったら涙を拭きなさい。そして、みんなのいるカルデアに帰ったら、マシュにこう言ってあげて」

 

 その瞬間、世界がほどけた。だけど、彼女が最後に口にした言葉は覚えている。

 マシュが目覚める。その周囲には、ドクターが、ダヴィンチが、職員が、アルトリアが、ジャンヌが、メドゥーサが、巌窟王だっていた。

 そして、みんなで声をそろえて言うんだ。泣きたい気持ちを、うれしい気持ちに変えて。

 

『おかえり、マシュ』

 

 ってね。




帰ってきた少女の髪には、少しだけ銀色が混ざっていた。


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アヴェンジャー巌窟王の場合、あるいは日常

疲れたろ? まあ、ゆっくりしてけや。


「先輩」

 

 マシュが帰ってきた。それはたぶん、すごく素敵なことだ。

 

「せーんぱい」

 

 うん、いや、大丈夫。まだ大丈夫。俺は強い子負けない子。

 

「うふふっ、先輩」

 

 いや、あの、ちょっ、えっ、えーっと。

 

「大好きですよ、先輩」

 

 本当、どうしてこうなってしまったのだろう。いや、本当に。マシュの姿は、オルタ化したまま、髪の一部に銀色が残された。それがオルガマリーとの夢を語る上での欠かせない絆になる。オルタ化したと言ってもマシュはマシュ。優しい少女のまま――だと思っていた職員たちは驚かされた。

 

 マシュが立花にものすごく積極的なのだ。

 

 大好きなどという言葉は日常茶飯事で、体を触れ合わせるスキンシップも増えた。そんなマシュの変わりように、ドクター・ロマン(三十路童貞)は、「マシュが淫乱な女の子に!?」なんてムンクの叫びみたいな顔で驚いていた。ああ、ちなみにそんなセリフをほざきやがった童貞は、女性陣からキツいお説教を受けることとなってしまったが、同情の余地はないだろう。

 

 今の女性陣の対応を知る限り、女性陣はこの変化を歓迎していた。なんせ、職員のなかにマシュの恋を応援していなかったものはいない。確かに以前のマシュからしてみれば、過剰な対応かもしれないが、恋する乙女はこれくらい普通だということを何度言われた。

 

 ちなみに、研究職系についていた野郎で、女性に幻想を抱いていたような連中は、軒並み撃沈していた気がする。それを見て女性陣はまた、女をなめるなと言って笑っていたようだ。これでカルデアの男女の力関係がわかったような気がした。

 

 しかし、そんなマシュの変化を複雑そうに眺める人たちがいる。

 

「ムー……」

「どうした魔女? そんなフグのような顔をして」

「っるっさいわねー、別にいいでしょ、なんでも」

 

 立花のサーヴァントたちだ。第四特異点を乗り越えはしたものの、それ以降特に出番もなく、そのほとんどがマスターである立花の中で物語が完結していることに不満を感じている。唯一、どこ吹く風なのは巌窟王くらいなものだろう。

 中でもそれが顕著だったのは、意外なことにジャンヌダルク・オルタだった。アルトリアは、もとよりだからなんだと引くつもりはない。そういうところは、圧政をよしとする王の性質が現れている気がする。メドゥーサは、もとより二人の幸せを願っている側の英霊だ。せいぜい、ちょっと摘まませてもらえればいいと思っている。

 だが、ジャンヌはもとは村娘だ。特に聖女と呼ばれたジャンヌ以上に、復讐者であるジャンヌダルク・オルタはその人間的な性質が強い。

 

 つまり、なんとなーく気に食わないというか……まあ、本人は絶対に認めないだろうが、ようするに嫉妬である。彼女の復讐心と比べれば、それこそ村娘のような可愛い感情だ。

 

「ふんっ、なんですか帰ってきてからずっと二人でいちゃいちゃして……いくら大変だったとはいえ、それには私たちも付き合ってあげたのだから、もう少しこう……労いというものですね……」

「嫉妬か?」

「違うわよっ!」

 

 嫉妬である。

 

「あーもう、イライラします……」

 

 とはいいつつも、彼女も彼女なりに理解はしている。彼女は“信じる”ということを邪悪だと捉えているが、気に入るものは気に入るくらいの情はある。少なくともマシュに関していえば、あの聖女様とは比較にならないほどに随分マシだと思っている。

 以前の無垢なマシュに関してもそうだが、今の“人間らしさ”を全面的に出している人間的な彼女のような性質の持ち主は嫌いではない。以前との違いといえば、自分の感情の名前を把握しているかいないかであって、ジャンヌからしてみれば、この変化さえも可愛いものだと思っている。

 

 思っているのだが……。

 

「せーんぱい」

「あの、マシュさん? 腕に、その、マシュのマシュマロの部分が当たっているといいますか……」

「せっかくだから食べちゃいますか? マシュマロ、きっととっても甘くて……柔らかいですよ、先輩」

 

 視界の端で、そうあからさまにイチャつかれると普通に腹が立つのは万国は愚か、全世界共通である。

 

(そう、そうよ。これは嫉妬なんかじゃないわ。怒りよ。あからさまに砂糖が吐きたくなるような光景見せつけられて、腹が立っているだけなのよ! だからちょっと、そこ私と代わりなさいよ!)

 

 いや、だからそれが嫉妬なんだって。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

「もきゅもきゅっ」

「おい、卑王。貴様何をしている?」

「ごきゅっ、巌窟王、見てわからないのか? 食事をしているんだ」

「いや、それは見てわかる。オレが言いたいのは、その圧倒的なまでの量のことだ」

 

 巌窟王は引いている。小柄な少女とも言うべきアルトリアが、一つのテーブルを埋め尽くすほどに存在するデカ盛り料理をガツガツと食らっていることに、見ているだけで満腹になりそうになるほどドン引いている。

 

「ふんっ、あの馬鹿が何日も料理を作らなかったから、我慢していたが、もう限界だ。とにかく食う」

 

 ああ、ストレスによる過食症か……。巌窟王はそんなことを思った。何せ、アルトリアの食事の仕方と言えば、立花とマシュがイチャイチャしているのを、睨みながらがっつき食らうというマナーもあったものではない食べ方だからだ。

 

「それはマスターが作った料理か?」

「……………………いや、あいつは一応、今は療養中だ。さすがに私から作ってくれというのは憚れる。だから、その、電子レンジでチンするタイプのもの並べて……」

 

 巌窟王は涙をこらえた。これがあの騎士王と呼ばれた少女の側面だとでも言うのか。なんだこの哀愁をそそる食事風景は。下手な独り身の三十路女性より悲惨な気がする。だって、気に入った男が他の女の子とイチャついているのをエネルギーに変えて食事をしているんだぞ? もはや、慰めの言葉すら思い浮かばない。

 

「まあ、その、なんだ。おいしいか?」

「………………貴様に優しくされると鳥肌が立つな」

 

 恩讐の業火で焼き尽くしてやろうか、この女!? のど元まで出かかった言葉を何とか堪えた。大丈夫だ。こっちが大人になれ。こいつを相手にするのはおそらく、同じ土俵に立っている馬鹿の所業だろう。ああ、そうとも、こんな状況でこの女に喧嘩を売るような奴など――――。

 

「あら、冷血女が寂しい食事をしているわ? 何それ、冷凍食品? いやねー、これだから料理のできない女は」

「よし、今すぐ斬る、斬り捨てる」

 

 ああそういえばいたなぁ、そんな馬鹿が!

 

「おい、待て。こんな食堂で聖剣と業火を出すな」

「っるさいわね、陰険男は黙ってなさい!」

「そうだ、いい年して中二病を患っている患者には用はない!」

 

 よし、燃やそう。

 

「貴様ら覚悟しろ、その身その魂まで焼き尽くしてやる」

「だから、そういうところが中二病なのよ。もう少し大人になりなさいな」

「第一、冷暖房完備とは、カルデア内で外套を着るな、暑苦しい。そうまでしてアイデンティティを確立したいのか、この中二病は」

「……………………そういえば貴様ら、少し太ったか?」

「「!?!?!!?!?!?」」

 

 なんだ? サーヴァントは太らない? 知っているとも。だが、それとこれとは別だ。ああむろん、中二病と言われたからと言って挑発をしているわけではない。巌窟王は、こんな脳内桃色な馬鹿に付き合えるほど、子供ではないのだ。

 

「な、なななななに言ってるの? さ、サーヴァントが太るとかありえないです!」

「そうだ! 第一、私はもともと食べても太らない体質だ! なんせ、聖剣を抜いたからな!」

「………………なにそれ、あんたそれズルくない?」

「いや、ズルいもなにも、貴様の言う通り、サーヴァントは太らない……いや待て、おい貴様まさか……」

「――――――知ってる? あいつの料理って、女神系サーヴァントが求めるくらいおいしいのよ。そして、最近なんか料理の質自体が上がってる気がするのよね。具体的には、霊基に干渉しそうなレベルで。ねぇ、霊基そのものの私たちがそれを食べたら――――どうなるのかしら?」

 

 いや、ちょっと待て。いくらあのマスターの料理スキルが向上の一途を辿っているとはいえ、魔術の深淵の一つたる英霊の霊基に干渉するなんて……。しかし、ジャンヌの顔はどこか遠い空を眺めていた。そういえば、昨日、たまたま女子更衣室の前を通ったときに、悲鳴が聞こえたような……。

 

「増えたんだな!? 増えたんだな、貴様!?」

「いや、まだ大丈夫。ちょっとよ、たかが五百グラムくらいなら……」

「なんだ、驚かせるな。誤差の範囲内じゃないか」

「あんた、女子の体重なめてんの? 五百グラムあれば、コンクリに足が埋まっちゃうじゃない!」

「どんな五百グラムだ! そしてどんなメンタルしているんだよ、貴様!」

「一般的な女性はこんなものなのよ、男女!」

 

 あーだこーだとぴーちくぱーちく怒鳴り散らす馬鹿二人を見て、なんとなく遠くに来た気持ちになった巌窟王は、その場を去る。なんというか、非常に馬鹿らしくなったのだ。いや、というか、あの二人はきっと馬鹿なのだろう。喧嘩するほど馬鹿らしいとは、よく言ったものだ。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

「おい、貴様何をしている?」

「ああ、巌窟王。いえ、リツカとマシュの記録をしておこうかと」

 

 関わりたくない。関わらない方がいいと思いつつも、念のために声をかけておいたのは、メドゥーサだった。そしてその直感は当たっていた。メドゥーサは壁の隅から、盗撮をするようにリツカとマシュの映像を撮っていた。…………いや、完全に盗撮だった。

 

「どうしました、巌窟王? 頭を抱えていますが、打ちましたか?」

「頭を打ったのは貴様らの方だろうが。どうして、揃いも揃って馬鹿ばかりなんだ」

「? よくわかりませんが、人を馬鹿にするのはいけませんよ?」

 

 いや、どう考えても馬鹿の所業だろう、それは。

 

「貴様、それを撮って一体どうするつもりだ?」

「おかしなことを聞きますね。思い出を記録残すのは、将来見たいときに見つめなおすためでしょう?」

 

 案外、まともな理由のようだった。なるほど、彼女もこのカルデアで変わった反英霊の一人なのだろう。

 

「それに、これってとっておけば、いざというときに脅迫……いえ、寝とり案件に使えそうで」

「よーし、今すぐそのカメラを処分しろ」

 

 ギルティだった。これ以上なく、というか訂正の必要すらないほどの有罪案件だった。

 

「貴様はあの二人の仲を引き裂きたいのか?」

「いえまさか、そういうプレイに使えるだろうなと思っただけです。それこそ、意外ですよ、巌窟王。あなたはあの二人の幸せを願っているのですか?」

「――――――オレはオレを呼んだから来ただけだ。それ以上、余計な干渉をするつもりはない」

 

 あのマスターには、正確にはその妹にはお互いに借りがある。それを放棄するのが面倒なだけで、それ以上でもそれ以下でもない。だが、目の前の女は別の勘違いをしたようだ。

 

「なるほど、今はやりのツンデレという奴ですか」

「なんだ? 貴様らは全員、死にたいのか?」

 

 本当、なんでこんな奴らが人理修復を行おうとしているのだ。

 

「あっ、ここにいましたか、二人とも。今日は久々に先輩が料理を作ってくれるそうなので、一緒に食べませんか?」

「いいですね、彼の料理は本当に久々です。腕が落ちてないか、一緒に確かめましょう、マシュ」

「はい! あっ、もちろん、エドモンさんも来てくださいね?」

「――――――どうせ言っても聞かないのだろう? あのマスターは」

「はい、先輩は料理に関しては手は抜きません!」

 

 どうやら一番期待しているのはマシュのようで、早く早くとせがんでいる。

 

「くっ、大丈夫よ、このあとちゃんと運動すれば!」

「うぷっ、さすがにあの量は厳しかったか……? いや、だがリツカの料理は別腹だ。どうせあいつのことだ。胃にいい料理を振舞ってくれるはず!」

 

 巌窟王は見た。英霊も何も変わらず、女も男も老いたのも若いのも、誰しもが立花の料理を楽しみにしている光景を。これが、本来のあるべきカルデアの姿。

 

 ああそういえば…………。

 

(オレがマスターの料理を食べるのは、初めてだったな)

 

 まあ、たまにはこういうのもいいだろう。




次の日、女性陣にとって体重計は悲鳴の元だということを知った。




アヴェンジャー マシュ・キリエライト・オルタ

いっぱい悩んで、たくさん反省して、そうしてたどり着いた結論は、好きな人と本気で向き合おうという真剣な思い。都合がいいと言われても、卑怯だと罵られてもいい。だって、この気持ちにはもう嘘がつけないんだ。だから、少女は本気の恋をする。きっと、嫉妬もするだろうし、喧嘩もするかもしれないけど、それは彼女の成長の証だと信じて。

託してくれた人の思いだけじゃない。私がしたいからそうするんだ。

だから、先輩。私は先輩が大好きです!


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アサシン酒吞童子の場合、あるいは花見

飲めや騒げや歌えや踊れ。
ここは地獄か? そうだ、ここが地獄だ。


「おかあさん、すごくおいしいよ!」

「汝、汝! この食べ物はなんというのだ?」

「ああ、これは柿ピーって言ってね……」

「あははっ、なんや楽しいわぁ」

「……ウ゛ゥ」

「ハッハッハッ、こいつぁゴールデンだぜ!」

 

 ああ、なんという光景だろうか。立花たちは、新たに発見した特異点を探しに日本の京都へとレイシフトをしたはずだった――――のだが…………。

 

「うむ、花見を肴に酒盛りというのも粋だな」

「あら、冷血女に粋なんてものが理解できたのかしら?」

「言ってろ、さすがにこの席で喧嘩する気はない」

「まあ、それには同意ね」

 

 桜の下、カルデアのメンバー。そして、新しくカルデアメンバーにやってきたジャック・ザ・リッパーとフランケンシュタインも加え、そこに現地で出会った坂田金時、酒呑童子、茨木童子たちとともに酒を飲んでいる。むろん、マスターである藤丸立花も参加している。

 と言っても、今回はジャックや茨木の相手をしているため、念のために酒は飲んでいない。

 

「それでですね、先輩が所長と私を抱きしめてくれて――――」

「あの、マシュ? その話はすでに四回目ですよ?」

「おい、誰だこの娘に酒を勧めたのは!? 明らかに目が座ってるぞ!」

 

 訂正。真に相手をするべきなのは、この場にいる全員であったか……。別段、英霊ということもあり、その多くが酒にはある程度の耐性を持っている。しかし、どうやらマシュは酒に強くなかったようで、頬を薄く紅に染めてメドゥーサと巌窟王に絡んでいた。

 

「うぅ……せんぱぁい、めどぅーささんがいぢめるぅ。私の先輩の話をきいてくれませぇん……」

「いや、だからあなたが話しかけているのが私で、あなたが寄りかかっているのも私なんですが!? 巌窟王!? 何を逃げようとしているんですか! 逃がさない、逃がしませんとも!」

「くっ、離せ! どうしてオレがこんなアホな飲み会に付き合わねばならない!」

「まぁまぁ、そこの色っぽいおにぃさんもそういいなはんなや。今回の件、ぜぇんぶこのマスターさんのおかげなんやろ?」

「だからと言って、特異点修正前の桜が散るのがもったいないから、酒でも飲もうとか言う神経が理解できんのだ!」

 

 それを聞いて立花はアハハと苦笑をする。その提案を上げたのが自分だったからだ。この花見には新しく入ったジャックとフランとの親交も兼ねているのだが、実情としてこの桜を前に花見もせずに散らせるのがもったいないと感じたのも事実である。

 

「いやぁ、それにしてもあんさんが作る料理は格別おすなぁ……これ食べたくてうちを解放した茨木の気持ちもわかるわぁ」

「であろう、酒吞! こやつの料理を前にして戦うなど、料理に埃を被せるようなもの! 吾の目と鼻に狂いはないのだ! アッハッハッハッハッハッ!」

「…………まあ、ええやろ。調子づくんが茨木やし」

 

 変に調子づいて失敗するのも茨木だけどね……なんて、第一印象より彼女の性格を察していた立花は、そんなことを思う。最近、料理の好みから派生して第一印象で性格すら当てられるようになってきた立花。むろん、料理関係に比べれば精度は下がるが、なかなかに人外に近づいている。

 

「というか、リツカのやつ、ついに料理のみで特異点を解決したな……」

「いや、これは特例でしょーが。こんなことが続いたら私たちがお役御免になります」

「だが、曲がりなりにも願望機を使っていた茨木のやつを料理だけでここまで大人しくしたってのは、まさしく大将らしいゴールデンなやり方だぜ?」

 

 立花がやったことは簡単だった。茨木童子が待ち構えていた門の前で、彼女を目にした料理人としての直感により、カルデアから持ってきた料理だけではなく、その場でできる料理を作り上げ、彼女を大人しくさせた。その流れで酒吞童子を起こし、そしてこの宴会である。

 今回、サーヴァントたちの活躍と言えば、酔っぱらった京人を相手にしただけで、特に語ることはない。それを不満に思うかどうかは当人たち次第だが、少なくとも立花は何事もなく解決ができてよかったと思っている。

 

「しかし、うまい! うまいぞ!」

「うん、おいしいね!」

「言っとくけど、こいつの料理はサーヴァントだろうが、問答無用で霊器を幸せ太りさせるからね」

「いや、というか、聖剣で成長が止まった私にすら干渉するとかどういうわけだ。しかも、魔力を使えば変換されて消費されるんだぞ、この謎エネルギー。もはや、私にはわけがわからん…………あれ、料理ってなんだっけ?」

「ひゅぅ……そいつぁ、まるでドーピングだな」

「人の料理を変な薬と一緒にしないでほしいなぁ……」

 

 だがまあ、金時の言いたい気持ちもわからないではない。もはや、立花の料理は一種の魔術礼装のような役割すらはたしている。というのも、料理を食べ終わったサーヴァントたちの調子がいいのだ。気の持ちようと言われたらそれまでなのだが、歴戦の英雄たちの言葉なので、決して冗談ではないのだろう。

 …………ここ最近では、対反英霊の鎮静効果があるのではないかと疑っているものもいるが、それはまたべつの話だろう。

 

「……アァ!」

「ん、フランもおいしいかい? よかったぁ!」

 

 料理に関していえば、フランの言葉さえわかるようになってきている。いや、これに関しては出会った当初より料理が絡まなくても察していた節はあったのでなんとも言えないが。

 

「ほらほら、ジャックもそんなに慌てなくてもいいから。口拭くよー」

「んぅん、ありがと、おかあさん!」

 

 ジャックでさえこの様子だ。当初、その在り方ゆえにカルデア内で警戒されていたジャックだったが、デザート一つで手なずけていた。

 

「それにしても珍しいわね。あんたにしてはゆっくり食べているじゃない」

「私は食べるのは好きだが、酒も飲める。今は酒がメインになっているだけだ」

「いや、あんたは何がメインでもがっつくでしょうが……」

「それはリツカの料理がうまいのが悪い。というか、もはやうまいとかおいしいとかの次元ではないぞ、これは。さっきは冗談で言ったが、本当に変な薬が入っていないだろうな」

 

 ほう、このサーヴァントめは今おかしなことを言ったな。人が丹精込めて作り、愛情を注いだ料理を愚弄したか? よろしい、ならば戦争だ。

 

「………………アルトリア、今晩のごはん半分ね」

「えいやちょ待て悪い冗談だいや冗談ですらないマスターを疑うなど言語道断本当にすまなかっただから許せいや許してくださいお願いします」

「……さすがに引くわー」

 

 ちょっと本気で涙目になって立花の背中に縋りついている姿は、情けなさを通り越して呆れすら浮かんでくる。というか、立花の提案したご飯半分という判断もかなり譲歩しているはずなのに、この必死さである。さすがのジャンヌもこの女に関わりたくないというように、顔を引きつらせていた。

 

「そういえば、酒吞童子さん」

「なんや? ああ、それと酒吞って呼び捨てでええよぉ。あんさんなら、まあそれくらいはな」

「ん、じゃあさ、酒吞――――完全に無視してたけど、そろそろ金時に物理的に絡むのやめたげて……」

「…………なあ、大将、それはもっと早くに言うべきじゃねぇか? ほら、お前もいい加減どけよ」

「あぁん、いけずやなぁ……せっかく飲んどった酒が零れてまうやろ?」

 

 酒吞童子は、金時に淫靡に見えるレベルで体を絡ませて座っていた。正直、それでは食べずらいだろうし、飲みずらいはずだ。ああ、それ以上の他意はないとも。決してこれ以上は本気で目の毒になりかねないのと、大の男である金時のグラサン越しの目が死に始めたからとかそういうんではない。

 そうさ、坂田金時が異性に対し、そんな純朴な少年のようなメンタルをしているはずがないのだ。童貞である立花すらこのアルトリアの胸部装甲が当たっても顔を赤らめる程度で、ものすごくドキドキして、なんかこうお酒を飲んで血色がよくなったように見えるアルトリアの色気に当てられているとかそんなことはない。

 

「なぁー、リツカー、さっきの言葉は冗談なのだろう?」

「あ、うん、冗談だからそろそろ背中から離れてもらえると」

「ちょっと、あんた何デレデレしてんのよ?」

「ウァー」

 

 ちなみに今の状態は、幼子であるジャックを胡坐をかいた足の上に座らせ、背中には涙目のアルトリアが抱き着き、右手にはそんなアルトリアに対抗してくっつき始めたジャンヌがいて、左手にはもっと構ってと言いたげなフランがいる。

 

 あれ、なにこの状況。楽園かな?

 

「……? おかあさん、お尻になにか当たってるよ?」

 

 訂正、地獄でした。あっ、ヤバい背後にいるアルトリアと右手にいるジャンヌの攻勢が変わった。あからさまに体をこすりつけてなんかこう、色々とヤバい。あの、ジャックちゃん? お尻に違和感があるにしてもその、こすりつけるのはいけないよ? フラン、よくもわかってないのに真似するのはアカン。

 

「ふふっ、どうしたリツカ? 息が荒いぞ?」

「そうねー、いったいどうしてそんなに顔を赤くしてるのかしら?」

「ひぅぅぅ……」

 

 アルトリアとジャンヌが分かっていないふりをして、耳を甘噛みし、背後から胸を押し当てる。

 

「あらぁ? あそこもお盛んやね。ほなら、うちらも」

「ちょぉおっ!? 大将ちょっと助け――」

 

 酒吞童子が面白がって、金時相手に攻勢を復活させる。

 

「ふふっ、せんぱぁい、ここですか? ここがいいんですか?」

「ちょっ、んっ、くぅっ、マシュ!? あなたなんでこんなにうまいんですか!?」

 

 マシュとメドゥーサが百合百合な絡みをしている。

 

 そのすべてに翻弄される者どもを見て、完全に部外者と化した巌窟王は一人こう思う。

 

「だから、オレは嫌だと言ったんだ……お前らが酒を飲むと碌なことにならないはずがないだろうに」

「「「わかったから、さっさと助けてー!」」」

 

 帰ったらコーヒーを飲もう。そんなことを思いながら巌窟王は、桜の下で馬鹿どもの救出を開始した。しかし、修復を終えたあとのカルデアに酒吞童子が召喚され、再び頭を悩ませる巌窟王の姿が見られたとか……。




とりあえず、保護者を代表してダヴィンチちゃんにみんなして怒られました。


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バーサーカーナイチンゲールの場合、あるいは覚醒

死んでも忘れるな、俺も覚えてるからよ。


 第五特異点は、アメリカ大陸を舞台とした英雄たちの戦争である。特にこの戦争に参加したのが、ケルト陣営の英雄たちだというのだから、頭が痛い。難易度としては、第四特異点以前よりも大きく跳ね上がっていたと言える。戦力を増強していたカルデアでなければ、突破は不可能だったとは、今でも思う。

 

 立花にとってこの特異点は、文字通りの地獄だった。アメリカ対ケルトのような構図が誕生し、負傷者は跡が断たなかった。何より、この特異点には彼女、ナイチンゲールがいたからだ。彼女の苛烈さを前に、立花は常に怯えていたと言っても過言ではないだろう。

 

 しかし、彼のサーヴァントたちはその意見に対し、噛みつくようにこう異議を唱えたい。

 

 いや、お前もあの女と変わんねぇだろ、と。むしろ、お前覚醒したじゃねぇか。

 

「ミスタリツカ!」

「わかってる! それとミスタはいらねぇよ!」

 

 野戦病院。ここは死屍累々としたけが人や死にかけの人間がやってくる。そこには、汗や血、砂埃のような煩わしい匂いが立ち込め、生へと縋ろうとする人間の呻き声が漏れていた。そんな場所に立花はいた。ここを指揮しているのは、ナイチンゲール。

 歴史上に実在した偉人でありながら、その苛烈さゆえにバーサーカークラスとしてある英雄だ。そんな彼女を相手に、立花は遠慮無用な口調で話す。

 

「っし、持ってくぞ! さあ、出来立てのスープだ!」

 

 ここで立花がやっていることはいつもと変わらない。いや、いつも以上に料理を作っていた。具材は豆を中心としたとても質素なスープ。それを彼はけが人たちに配っていく。

 

「うぅ……」

「さあ、飲みな」

 

 立花は、起き上がれないけが人を相手にそのスープを飲ませる。それだけでけが人の顔に生気が戻った気がした。

 

「リツカ! 一人の患者にあまり時間をかけないでください!」

「っるせぇ! お前にとっちゃ患者でも俺にとっちゃ客だ! スープ一杯客一人にだって全力を尽くす!」

「それだと救える患者が減る!」

「俺の料理舐めんなよ、ナイチンゲール! ここにいるけが人ども全員に飯を貪らせてやらぁ!」

 

 苛烈、狂気、そんな言葉が支配するような空間で、二人は中心となっていた。ナイチンゲールは患者を救うために、立花はそんなことより飯を食わせるために。

 

「ねぇ、あれ誰? どうしてこんなことになってんのかしら?」

「ふんっ、ダヴィンチ曰く、ナイチンゲールに()()()()()らしい。もとよりあいつはそういう気質があったのか、その体現者ともいえるあの女に触れ、覚醒でもしたんだろうとな」

 

 迷惑な話だと、ジャンヌは思う。いやまあ、この状況で怯えやら恐怖やらに支配されるような人間よりマシかもしれないが、それでも狂化の入っているあの女と相性がいいと思われると、そのサーヴァントとしては止めようがない。別に本当に狂化が入っているわけではないので、目的を忘れるようなことはないが、それでもその目的を見失わない程度には、ここで料理を与える気でいるのだろう。

 

「ていうか、どうしてアヴェンジャークラスの私がこんなことをしなきゃいけないのかしら? 全部燃やせばいいのに」

「言うな。私だってこれは性に合わん」

 

 立花が連れているサーヴァントは全員、反英霊だ。特異点にレイシフトできる人数は限られているため、全員ではないが、それでも変わりはない。今回は古参のアルトリア、ジャンヌ、メドゥーサに加え、ジャックとフラン、そして恒常のマシュがいる。

 …………巌窟王がいないことに不安を感じるのは、我ながらおかしな感覚だと思う。

 

「まあ、そんなことをしたらあの女に殺されそうだけど」

「ほう、お前はあの女に恐怖すると?」

「いや、恐怖というより、嫌悪ね。私、あの女嫌いです」

「同意だ」

 

 あの女が有しているのは、人としての強さ。強靭で、揺るがず、惑わず、一直線で狂っていると思わざるを得ないほどの情熱と信念。あの女との対話は無意味に等しい。あの女が投げかけている言葉は、すべて自分へと向かっている。そもそも会話のキャッチボールをしていないのだ。

 彼女の性質は彼女自身で完結している。彼女の信念を理解できない相手は殴る。彼女の意に反する相手も殴る。彼女は理解者も同意も求めはしないだろう。彼女は極端な話、自分のやりたいことを自分だけでやり遂げようとする人間だ。

 それが当たり前で、それに違和感すら抱かないはずだ。

 

 だからこそ、それに面と向かって話す立花の存在は稀有な存在だろう。彼は、決して妥協しない。彼は、覚悟さえ持てば、腕がもげようと足がちぎれようと頑張れる人間だ。それを普通だと取るか異端だと取るかは自由であるが、立花のサーヴァント、あるいはもしもここに英雄王がいたらこう思うはずだ。

 

 藤丸立花は、古来人間が持つべき人間力を有しているにすぎないのだと。人が英雄へと至り、目的を持ち、毎日を生き抜く、誰しもが持ちえたはずのそんな力。それがようやく芽を出したに過ぎないのだと。

 

 ナイチンゲールは狂っている。だが、誰もそれを間違いだと指摘できる人間はいないはずだ。なぜなら、彼女は個人の私情を抜きに考えれば、至極正しいのだから。あるべき医療と幸福、人間の生命活動を大きな声をもって発した、ただそれだけなのだ。

 人間において正しさというのは、どこまでも変わらない。正しさを変えるのは、環境と社会だ。そして、その正しさに惹かれるのはまた同じ馬鹿だけだ。

 

「安心してください、あなたの命を奪ってでも私はあなたの命を救います」

「てめぇら、この味、死んでも覚えていろよ! お前たちを思い、お前たちのために作ったこの料理をな!」

 

 奪ってでも命を救おうとする看護婦と死んでも忘れさせないと料理を振舞う料理人。それはたぶん、人の至るべき一つの境地だ。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

「リツカ、あなたの料理は不思議なものです」

 

 ナイチンゲールは語る。絶望的な状況、助からないかもしれない怪我、どうすることもできない絶望感に苛まれていた患者が、立花の料理を口にし、もう一度食べたいと涙を流し、力を取り戻した光景を。

 今も自分の手の中にある何の変哲もない豆のスープを口にし、湧き上がってくる感情を、ナイチンゲールは語る。

 

「この料理は、おいしいという言葉以外では語れません。しかし、同時においしいという言葉だけでは足りないほどの感情が廻ります。喜び……あるいは、幸せと呼ぶのでしょうか?」

 

 人間には三大欲求がある食欲、性欲、睡眠欲。そのうちの食欲を、立花が作る料理は、十全に満たすことができる。なにせ、ナイチンゲールの知るところではないが、立花の料理は女神さえも認め、その味を求めるほどの一級品なのだ。

 女神に対する供物としては最上、ナイチンゲールに言わせるなら、患者を救う上での薬にもなり、サーヴァントたちからは不思議と力の宿る謎料理だと認識されている。

 

 だが、それも立花からすれば、大したことのない評価だった。

 

「なあ、ナイチンゲール、お前の夢はなんだ?」

「私はこの世界から病原、細菌、怪我というものを滅菌したい。あなたの見た通り、戦時下における野戦病院とは、まさしく地獄です。私はそれを知った。知ってしまった。そしてそのすべてを救いたいと思ってしまったのです」

「そうか」

「リツカ、あなたの夢はなんです?」

「俺は、小さいころに妹に料理を振舞ったことがある。母親の見様見真似だ。そんな大したもんじゃないし、特別おいしい見た目をしているわけでも、味自体びっくりするほどのことでもなかった。でもさ、妹はそれを笑顔で口にして、『おいしい』って言ったんだ。ああそうさ、そうなんだよ。特別な料理でなくたって、人は笑ってくれるし、人は幸せになれる。じゃあ、もっとおいしい料理だったらどうなる? ナイチンゲール、俺はさ、うまい飯作って、そいつに精いっぱいの愛情込めて、それで人を幸せにしたいんだよ」

 

 人間にとって、思い出というのは大切だ。それは味や料理にだって同じことがいえるだろう。どこかの誰かが作ったあの味をいつまでも覚えてくれているような人がいてくれたっていいはずだ。家族の、故郷の、愛しい人の、あの日あの場所で食べた思い出というのは、存外、印象的だったりもする。

 

 もしもの話だ。もしも、自分の作った料理を誰かが覚えてくれていて、もう一度食べたいと言ってくれたら、それはたぶん、すごく幸せなことだと思う。

 

「なあ、ナイチンゲール、世界から病気や怪我はなくなんないぞ?」

「リツカ、人は料理だけでは幸せにはなれませんよ?」

「だけど」

「ええ」

 

 

「「間違いじゃないんだ」」

 

 

 そう、決して間違った願いではない。人を救うことは偽善か? 人の幸福を願うことは傲慢か? だが、その願いはきっと美しいはずだ。

 

 人を一人救った。誰かが言った。お前が一人救っている間に、誰かが死んだと。

 

 では、訊ねる。お前は何をしていた? 誰かが誰かを救っている間に、お前は何をしていた? お前の言うことは決して間違いではなく、これ以上なく正しい弾劾の声だ。それは正当な権利だ。理解できる。理解できるがゆえに聞く。お前には、何ができた? 何かできたはずだ。

 

 そう、何かできたんだ。何かをしたかったんだ。人を救うとか、幸福とかそんな話をする前に、できることとやりたいことがしっかりあった。

 そして、この二人にとってそれは救護と料理であったというそれだけの話だ。

 

 あったのはきっかけで、それ以降は思いだった。

 

「今日、あんたが救った人に感謝されたよ。助けてくれてありがとうだってさ」

 

「今日、あなたが作った料理を食べた人が泣いていました。絶対に忘れないと」

 

「今日、俺が作った料理を食べてくれた女がいたんだ。そいつ、性格キツいくせに笑うと可愛いんだぜ?」

 

「今日、私の治療の手伝いをしてくれた人がいました。その人、臆病なくせにとっても一生懸命でしたよ」

 

 知ってる。一番近くで見ていた。たぶん、ほかの人じゃわからないかもしれないけど、その人はずっとそうしてきたんだから。きっと、これからもそうして生きていくんだろうから。それを見ることはきっと叶わないんだろうけど、覚えていよう。

 

 自分と同じような馬鹿な夢を見ていた若者がいたことを。

 

 そして、第五特異点は、そんな若者たちに救われたのだった。




少女は、盾の本質を失くし、復讐者としてそこにある。
ならば、これも一つの反逆譚。誰よりも穢れなき騎士と称された、彼、あるいはそれを託された彼女の物語。
白いキャンパスには、色彩が彩られている。
最初は同じだった。どちらも価値なき命を与えられた。
彼は捨てられ、彼女はデザインされた。

ならば、彼女が反逆すべき相手は一つだろう。

さあ、女神様とやらに喧嘩を売りに行こうじゃないか。


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ランサー獅子王の場合、あるいは成長

曲がって捻じれた道も、殴って戻すのが男の喧嘩道。
ならば、歪んで捻じれていようともに添い遂げるのが、女の花道か。


 第六特異点が誰にとっての試練かと尋ねれば、カルデアにいたメンバーは誰しもがこう口をそろえる。あの特異点、あの物語は間違いなくマシュから始まっている、と。

 

 誰よりも純真な心を持っていたはずの彼女は、折れて曲がり、歪な形を持っている。

 

 結論から言えば、マシュ・キリエライトの霊器であるギャラハッドは、そんな彼女だからこそいまだにその霊器を託していると言っても過言ではない。誰よりも穢れなき騎士とまで称された彼が、なぜ歪んでしまった存在である彼女とともにあるのか、それを紐解いていこう。

 

「先輩、ありがとうございます」

「ん、何が?」

「いえ、私がギャラハッドのデミサーヴァントだと知って、失望しないでくれて」

 

 サーヴァントであるシャーロック・ホームズの協力を得て、マシュは自身に力を貸してくれている英霊の真名を知ることができた。しかし、その事実に最もショックを受けていたのは彼女自身だった。自分の弱さゆえに、その在り方までも歪められてしまった英霊になんと詫びればいいのか……彼女はずっとそのことばかりを考えていた。

 なんせ、相手はかの騎士だ。アーサー王伝説、あるいは聖杯伝説において、聖杯を見つけ、最も穢れなき騎士として天に召された英雄。その名を汚してしまったと、マシュはそう考えていた。

 

 だが、マスターである立花の反応は違った。

 

 彼は、いつもと変わらず、いつものようにマシュに接している。あのとき、マシュがアヴェンジャークラスに身を落としたときと同じように、マシュをそのまま受け止めてくれている。それがマシュには不思議だったのだろう。だから、彼女は不思議に顔で訊ねた。

 

「どうしてですか? どうして先輩は、こんな私に優しくしてくれるんです? 私は、一度はあなたを裏切り、そして私に力を貸してくれるかの騎士すら汚してしまった……アルトリアさんもそうです。彼女も私の霊器には気づいていたはずなんです。でも、いつもと変わりませんでした」

 

 この場にいない円卓の王、アルトリア・ペンドラゴンは、マシュを受け入れていた。だが、彼女が気づかないはずがないだろう。それはどうしてか、マシュにはわからない。

 立花は頬を搔きながら、その質問に答える。

 

「んー、そういうの考えたことはないからなー」

「考えたことがない? そんなはずはないです。普通、裏切られたら疑念の心が残るはずでは?」

「マシュー、それを言うなら俺はマシュに裏切られても信じ続けた男だよ? それなのに今更疑ってどうすんのさ?」

 

 立花は子犬を撫でるように、マシュの頭をなでる。

 

「ん、先輩、私今真剣な話を――」

「真剣さ。そうだなー、俺にはギャラハッドの気持ちまではわからないけど、まあ、マシュに力を貸す理由はわかるよ?」

「ほ、本当ですか!? 教えてください! それを知らなければ、私は前に進めません!」

「マシュが可愛いから」

 

 絶対零度、まさかマシュ自身もこんな視線を愛しの先輩へと向けることになるとは思わなかっただろう。しかし、よりによって出した答えが可愛いなどという俗物的なものだとは思わなかったのだ。さすがのマシュでも、これはお怒りである。

 

「先輩、もう一度言いますね? 私、真剣に聞いているんです」

「ああ、俺も真剣だって言ったろ? 別に俺が言ってることは何も容姿を褒めているわけじゃない。マシュの生き方は尊くて可愛いって言いたいのさ」

「生き方?」

「ああ、まるで小鹿の成長を見てるみたいだよ。えっちらほっちら不格好に歩いて、ようやく立ち上がったかと思うと支えてあげないといけなくて――――でも、伝わるんだ。まっすぐな生き方が。歩き方は慣れないまま、ふらふらって感じで時折甘い道に誘われるけど、マシュの一生懸命さには関係ない。道が逸れようと、歪んだ砂利道だろうとマシュはマシュだから――――マシュは、自分が変わったなんて思ってるかもしれないけど、違うよ。マシュは歩き方が変わっただけで、マシュ自身は何も変わってない。俺は、そんなマシュは可愛いくて仕方がないんだ」

 

 マシュ・キリエライトの人間として活動した時間は、とても短い。しっかりしているように見えて、抜けているし、どこか大人びているように見えて、少女未満な感性だって持っている。人間としていまだ不安定な彼女、だけど――――彼女は人間としてとても魅力的だと立花は語る。

 

「ねぇ、マシュ、人間のいう正しさってなんだと思う?」

「…………信じること……でしょうか?」

「マシュらしい答えだね。でも、俺はこう思うんだ。人間の正しさなんて生きること以上のものはないって」

「ですが、それは獣の考え方です。生きていればいい、それでは悪事も許容してしまいます」

「それは()()()()。だって、悪くない人間なんていないし、悪いことをしない人間なんていない。そうだね、例えばジャンヌさん。彼女は聖処女とまで謳われた人だ。マシュは彼女が正しいと思う?」

「正しすぎるくらいには」

「うん、そうだね。彼女は正しすぎるくらい正しい。でも、そんな彼女も人を殺したことがあるんだぜ? 彼女の指導によって多くの人が幸福にも、不幸にもなった。それはどう思う?」

「それは……」

 

 それは、仕方のないことだ思う。彼女がいなければ、幸福を掴めなかった人は多いだろうし、何より、特異点に刻まれ、現代まで語り継がれるほどに彼女はのちの世に大きな影響を与えている。だが、そのために何かしらの犠牲があったのも事実だろう。

 

「マシュ、俺たち人間に生きること以上の正しさはない。だけど、それで重要になるのはどう生きるかなんだ。人間にできるのは選ぶこと。やることができるし、やらないことができる。耐えることも、叫ぶこともできる。獣は感情には素直だ。楽しいと思ったら止まらないんだよ。だって仕方ないさ、楽しいんだから。でも、俺たちは楽しいことを楽しまないことができる」

「楽しむことを楽しまない……それには、どういった意味があるんですか?」

「人を殺さないことができる」

「――――ッ!?」

「人殺しは快楽だよ。憎悪は甘美だし、他人の不幸は蜜の味だ。だから、獣が染まってしまったら終わる。だけど、人は違う。いや、違うべきなんだ。人間は自分の醜さを許容しなければいけない。だけど、獣はそれを否定する。己が正しく、己がすべてだと語る。でも、それだけじゃダメなんだ。面の皮はぎ取ったって、醜さは隠せないさ」

 

 それはなんという試練だろうか。誰だって己を醜さを否定したいはずだ。しかし、立花はそれを人の強さだとも弱さだとも語る。そして、それがマシュの強さだと。

 

「だからマシュはすごいんだ。マシュは選んでここにいる。一緒に俺と戦ってくれる。裏切った? 違うんだよ。あれは俺とマシュの初めての喧嘩だ。まあ、いいとこは全部所長に取られちゃったけど、でもそういうのもいいと思うんだ。言いたいことがあったら言って、秘密にしたいことがあったら秘密にして。でも、それでも一緒にいたいんだよ、俺は」

「――――私もです。私も、先輩と一緒にいたいです」

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

「醜いな、その盾は。いや、醜いのはお前自身か?」

「くっ」

 

 ランサー獅子王は、目の前に現れた醜悪なる少女をそう断定する。彼女は女神だ。その魂の本質を見抜く。目の前の少女は、かの騎士の盾を担いながらもそれを歪め、醜くそこにあった。獅子王は、人が好きだ。だが、そこには好ましい人間と好ましくない人間がいる。

 そして、少女は彼女にとって害悪にも等しい醜さだった。

 

「人間。この場に唯一いる人の子よ。なぜその少女を隣に立たせる? その少女は歪んでいる。その盾を持つ資格などないほどに汚れている。それをわからないわけではないはずだ」

 

 獅子王には不思議だった。少女の隣に立つ少年は、少女がふさわしくないほどに合格点を上げられる。彼は英雄にはなれない。だが、彼は人間として美しいものを持っている。ここで失うのはもったいなくはあるが、だからこそ、彼が少女を支えていることが理解できない。

 

「感性の違いだろうな。俺は生粋の日本人でね。わびさびっつー歪みが好きなんだよ」

 

 脂汗。獅子王のプレッシャーは、サーヴァントたちを縫い付けるほどだ。唯一、人間というカテゴリーであるはずの立花は、ひきつった笑みを浮かべてそう答えを返した。

 

「なるほど、確かにそれなら納得だ。私は女神で、お前は人間。だからこその違いだろう。ならば、私がその醜さを許容できないのも重々承知なのだろう?」

「冗談を言うな、お前が許容できないのは女神だからじゃない。お前が何よりも歪んでいるからなんだよ! 俺はお前の醜さが許容できない! 何もかも諦めたような人形みたいな面で、悟ったように見下しているお前の醜さをだ!」

「ほう、私を醜いというか、人間」

 

 獅子王は目を細める。

 

「ああ、お前は無垢だ。真っ白でまっさらで、そんな純粋な悪に見える」

「私が悪か……では、そこな娘はなんだ? 歪み折れ、染まっているその娘はどうだ? 私には、その娘が醜悪に見える。おぞましいほどに、嫌悪する」

「あのさ、獅子王。それは女神としての言葉か? それとも私情か?」

「――――私情だろうな。私には、その盾が歪んでいる事実が許容できない。その盾は高潔なものだ。その盾は無垢なものだ。ああそうだ、私はそこの娘がその盾をかざしている事実に耐えられない。だから、消えろ。お前にその盾を持つ資格はない」

 

 獅子王は、聖槍をかざす。星を繋ぎ止める嵐の錨。その真実は塔であり、宝具のなかでも最上位の一つに数えられるであろう対城宝具――その一撃は、この場にいる一人の少女にしか防ぐことができない。

 

「マシュ!」

「はい、防ぎます! 防いでみせます! 私が、無垢な(シールダー)ではなく、歪んでしまった(アヴェンジャー)が!」

「やってみせろ!」

 

 聖槍が振られる。マシュの霊器の真名は、ギャラハッド。しかし、彼女は本来あるべきだった宝具を使うことはできない。歪んでしまった彼女は、その純粋な宝具を使用することはできない。彼女はアヴェンジャー。ならば、その盾の刃は飾りではない。

 

「それは全ての疵の始まり、それは綻び去った彼方の理想――狂い貪れ、『歪み捻じれたかつての城(ディストーテッド・キャメロット)』」

 

 刃だ。盾に仕掛けられた刃が聖槍の一撃に向かい、食らいつくように飛び出た。

 

「そんなもので――――何?」

 

 歪む。歪む。歪む――刃はまるで嵐のように突き立つ一撃に触れ、それを次々に狂わせていく。そして、その矛先は跳ね返ったように獅子王へと向かう。

 

「ふんっ」

 

 獅子王は、自身の放った一撃を同様にしてかき消す。だが、そこで動きは止まる。彼女は訊ねなければならないからだ。この宝具の意味を。

 

「おい、小娘。これはどういうことだ?」

「ジャンヌ・オルタさんは贋作です。聖杯によって願われたあるかもしれない、あるいはあるべきだった可能性を願った末の存在。そして、本来、ギャラハッドの霊器にはアヴェンジャーのクラスは適応しません。だけど、歪めることはできます。私も魔術王が歪めただけのただの贋作なんです。かの騎士は何よりも穢れなき騎士として今もあります。だけど――誰よりも穢れがない? それだけで穢れる可能性は十分でしょう?」

 

 ギャラハッドは望まれて生まれた存在ではなかった。ギャラハッドは、ランスロット卿とペレス王の娘エレインの子供。エレインは魔法によってランスロット卿を騙して結婚し、ギャラハッドが産まれた。しかし、エレインは正気に戻ったランスロットにより捨てられ、ギャラハッドは修道院に預けられた。

 

 そんな過去を持つ人間が、すべての可能性において穢れなき存在であるはずがないだろう?

 

「では、貴様は!?」

「はい、ギャラハッドはマーリンの予言通りの才能を有し、円卓へと迎えられました。だけど、憎いんです。円卓が! 円卓(そんなもの)があるから! だから、歪ませた。いいえ、彼は最初から歪んでいた。それがアヴェンジャーとして存在するギャラハッドの霊器です! 来い、獅子王! 我が名はマシュ・キリエライト! マスター藤丸立花とともにある反逆者だ!」

 

 マシュ・キリエライトオルタの能力は、円卓特攻。彼女は、決して弱くない。普通の少女を卒業した彼女は、人間として大きな一歩を踏み出したのだ。そんな彼女の意思は、ベディヴィエールとともに獅子王を砕き、第六特異点を修復した。




フォーウ。

どこか、遠い世界で獣の鳴き声が響いたような気がした。
ここではない、遠いどこかで……。


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ビーストティアマトの場合、あるいは真価

空を見上げたとき、あなたのもとに星は見えますか?


「まず、結論から言ってやろう、カルデアのマスターよ。貴様が抱えている疑問は真実のものだ。貴様が思っていることは、決して揺らぐことはない事実として貴様の前に立ちふさがるだろう」

 

 第七特異点にて、賢王ギルガメッシュはカルデアの、あるいは人類最後の希望である藤丸立花を前にそう答えた。満開の星空、地母神ティアマトとの最後の戦いへと挑まんとする中、彼はどうしようもない疑問を抱える立花へと答えを告げる。

 

「貴様は、決して魔術王には勝てん」

「――――」

 

 賢王は告げた、残酷な事実を。立花が心の中に抱えていた疑問に対し、()()を示す。

 

「確かに貴様は奇特な存在だ。よくぞここまでやってきたものだと、我から一つの賛美をくれてやる。それは伏して受け取っていい事実だろう。だが、貴様自身が理解している通り、今のままではどうひっくり返しても魔術王に勝てない。最悪――いや、それこそ当然、魔術王に一撃をくれることも、その姿も目にすることもなく貴様は、敗北する」

「どうしてそう思うのですか?」

「言ったはずだ。()()()()()()()()()()()()()()、と」

 

 そう、立花は理解している。いや、そもそも第四特異点で魔術王の姿を目にしたときから、ずっと思い続けていた。藤丸立花では、決して魔術王ソロモンには勝てない。勝てるはずがないのだと。まるで、世界がそう運命づけているかのように。

 本能ではない。魂、もしくは遺伝子レベルでそう存在に刻まれてるかのように、立花は己の敗北を確信していた。

 

 第五特異点で出会った、自分の同類、ナイチンゲールの言葉を思い出す。

 

 『リツカ、人は料理だけでは幸せにはなれませんよ?』と、彼女は言っていた。立花はナイチンゲールのように狂化が施されているわけではない。だから、理解できる。理解している。人間には欲がある。それは決して食事だけでは満たされないし、ましてすべての人間を幸せにすることなどできない。

 

 理解したうえで、藤丸立花は料理を振舞う。今日もそうだ。わずかに生き延びたウルクの人々を、食事を提供することで癒した。本来なら、彼は戦いに備えて少しでも休みを取るべきだっただろう。ラフムたちとの連戦、宝具の連続使用。肉体的にも、精神的にも、彼は常人では耐えられないほどの疲労と痛みを抱えていたはずだ。

 

 だが、それでも立花は料理を振舞った。

 

 絶望を、悲哀を、苦痛を伴ったウルクの人々を一人の料理人として救わんがために。

 

 藤丸立花は人間として弱い。

 

 例えば、竜の魔女に戦いの意を示したことがある。例えば、破壊の化身に立ち向かったことがある。例えば、ヘラクレスを相手に逃げ回ったことがある。例えば、魔術王を前に絶望したことがある。例えば――――どんな例えばを重ねたところで、藤丸立花は普通の人間だった。

 

 

 ごく普通の少女であるマシュ・キリエライト・オルタに悲しい思いをさせた。

 寂しがり屋なオルガマリーを泣かせてしまった。

 

 気高い騎士王のアルトリア・ペンドラゴン・オルタに縋った。

 贋作の少女であるジャンヌダルク・オルタに慰められた。

 優しい蛇だったメドゥーサに心配をかけた。

 

 恩讐の炎を持つ巌窟王に叱咤された。

 

 無垢な殺人鬼であるジャック・ザ・リッパーに助けられた。

 人造少女であるフランケンシュタインに抱きしめられた。

 鬼女である酒吞童子に愚痴を零した。

 

 万能の天才、レオナルド・ダヴィンチに怒られた。

 お人よしでしかないドクターロマンに支えられた――――――。

 

 そして、藤丸立香(大切な家族)を犠牲にした。ここまでどうして、どうやって戦ってきたのか、それすら朧気になる中、立花は歩いてきた。一人では何もできなかった。立花は、それすらも誇らしい。だって、彼はいつかこう語りたいのだ。

 

 自分の周りに人たちは、出会った人々の本当にスゴいのだと。

 

 そうさ、立花の周りにいる人たちは、立花よりもずっと強かった。もしも、もしもここにいたのが妹であったのならば、人理なんてものはゲーム感覚で救済できていたのかもしれない。英霊たちを従え、苦難を笑い、絶望を砕き、人々を笑顔に変える。妹は、それができる人間だ。

 

 そう、俺には価値なんて――――。

 

「リツカ、一つ言い忘れていたことがある」

「――なんでしょうか?」

 

 不意に名前を呼ばれた。思えば、賢王にそう呼ばれたのは、はじめてだった。

 

「貴様の作る料理はうまいな」

「――――」

 

 今、なんて――――。

 

「うまいと言ったのだ。我は様々な料理を口にしてきた。料理は財だ。ゆえに、そのすべては我のものである――そう思っていたのだがな。その中でも貴様の作る料理は格別であった」

 

 思い出す。これまでの人々の顔を。

 

「貴様は己に価値がないと、そう思っているのだろう。自分じゃなければ、もっとほかの誰かであったなら、世界は確実に救うことができたはずだと」

 

 フランスでおにぎりをあげた子供がいた。

 

「それは事実だ。世界は、貴様ではない誰かの手によって救われる。当然だ、貴様に英雄たる才はない」

 

 ローマで豪勢な料理を振舞った。

 

「だが、貴様もわかっているはずだ」

 

 海で海賊たちと歌いながら食べた。

 

「しかし、これまで人理を修復してきたのは、誰でもない貴様自身だ。ほかの人間でもできた。もっとうまくやれた。だが、ここにいるのは貴様だ。貴様しかいない」

 

 アメリカで多くの人に感謝された。

 

「リツカ、貴様の通った道は茨だ。痛く険しく、苦難の道だ。だが、振り返れ。貴様が通った道には茨しかなかったのか?」

 

 砂漠で食材を分けた。山郷で料理を振舞った。だから乗り越えられた。

 

「答えろ、貴様は何を見てきた」

 

 ここで、ウルクで多くの人に、そしてこの偉大なる王に。

 

「俺は、俺はっ! 人々の笑顔を見ました! 俺の料理で、笑ってくれる人がいました!」

「では、それはほかの人間にできることか?」

 

 涙が出る。止まらない。今、自分がうまく言えている自信がない。でも、胸を張るんだ。

 

「いいえ! 俺の料理はっ! 俺にしか作れないから!」

「そうだ、貴様は貴様にしかできないことを成し遂げたのだ。ほかの誰でもない、藤丸立花だからこそ、これまでの人理は救われてきた。貴様は、それを誇っていい。何もできなったわけではない。貴様は、人理を修復するなんて雑事などでは届かぬ、最も自負すべきことを成したのだ」

「はい!」

「では、これで最後だ。貴様は言われたはずだな、星を集めよと。それが魔術王に勝つ術だと。だが、貴様の器ではそれは叶わない。貴様の見上げる夜空に、満天の星は見えないだろう。いくら一等星が見えようと、魔術王には勝てない。だが、貴様は忘れてはならないことがある」

 

 賢王は、まるで諦めるなというように、その言葉を告げた。思えば、この夜の出来事は彼なりの激励だったのだろう。そのことに感謝しつつ、最後に言われた言葉を思い出す。

 

「空を見上げねば、星は見えぬよ」

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

 ティアマトが来る。翼を生やした災厄が、世界を滅ぼすためにやってくる。生ある限り、滅びを迎えないティアマトは、生の存在しない冥界へと落とし、決戦となる――――はずだった。

 

「リツカ。許す、もう一度申してみよ」

「はい、ティアマトに俺の料理を振るわせてください」

 

 さしものギルガメッシュも頭を抱えた。昨日の今日で、変な自信でもつけさせてしまったのかと、しばし悩み、その真意を問う。

 

「それはどういう意味だ? 貴様の料理を振舞ったとしてどうなる?」

「マシュに聞きました。ビーストⅡであるティアマトの理は『回帰』です。再び地球の生態系を塗り替えすべての母に返り咲かんとするために、すべてを滅ぼそうとしています」

「そうだ、そこでどうして料理につながる?」

「俺の料理でティアマトの『回帰』の理の理由、つまりは飢えた母性を満足させます。これから先、どれほど人類が進化を遂げたところで決して届かぬ至福の頂を振舞い、ティアマトを終わらせます」

 

 ここで思い出してほしい。今のギルガメッシュは、賢王ではあるが、その本質は暴君である。己が民を救わんがためにその力を賢者のごとく振舞う英雄としてあるが、その本質までは変わらない。

 

 まあ、つまりなんだ。

 

「面白い」

 

 そう口に出してしまうほどに興味があった。王は娯楽が好きだ。それは、賢王であろうと暴君であろうと、王という役目を担うものが飢えるもののひとつである。例えば、()()()()()()()()()()よりも世界の救済を賭け金(ベット)するという大博打の話に乗りたくなるくらいには。

 

「しかし、勝算はどこにある? 貴様の料理(本気)に世界の命運を任せられるだけの可能性はあるのか?」

 

 しかし、これは娯楽ではない。盤面のない戦だ。ならばこそ、簡単に乗ることはできない。しかし、ギルガメッシュは気づいている。()()()()()()()()()()()()。それはつまり、自分にとって立花の挑戦は一つの選択肢の中に組み込まれているのだと。

 決して英雄ではないこの男に、一つの期待を寄せているのだと。

 

「俺の料理で笑ってくれた人々がいます。それが俺の勝算です。愛に飢えた母親を満足させる料理、必ずや振舞いましょう。だから、お願いです。俺に料理を作らせてください」

 

 立花が伏して願い乞う。それをどれほど眺めていただろうか? ギルガメッシュの中で一つの答えが出た。

 

「リツカ、貴様はなぜ料理を振舞おうと思った?」

 

 世界を救うためか? ウルクを守るためか? あるいは、自身の挑戦か? しかし、立花の答えにならない答えはこうだった。

 

「泣いてる人がいます。だったら、俺にできるのは料理を振舞うことだけです。俺は英雄でも、まっとうな魔術師でもない。俺は、藤丸立花。どこにだっている幸福を調理することのできる料理人です」

 

 それが、藤丸立花の人理を廻る戦いの中で出した答えだった。

 

「いいだろう、貴様の言う至福の頂とやらを振舞う相手が、地母神である不敬は許す。ただし、必ずや満足させてみせろ。この地、ウルクで貴様の“価値”を輝かせろ!」

「はい!」

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

 ティアマトに嗅覚らしきものはない。まして、そもそもティアマトは食事を必要としない存在であり、創世の神である。だからこそ、ティアマトはその自身の本能の中に生まれた感情に戸惑いを浮かべた。ティアマトの中にあるのは、『回帰』という本能だけのはずだった。

 

 だが、何度理解しようとしてもわからない感情が生まれてくる。

 

 視線、あるいは存在を把握するためのもので探る。ティアマトの見つけたソレは、天駆けるペガサスの背に乗っていた。

 

 見つけた。

 

 ティアマトは、いまだに理解できぬ本能に差し迫る感情を押し殺そうと、その正体を探る。

 

 人間だ。愛しの我が子、かつて自分を裏切った旧き存在。しかし、忘れえぬ愛おしい存在でもあった。人間は、サーヴァントの背に片手でしがみつきながら、ナニカを持っていた。

 

 それだ。ティアマトが惹かれているのは、その手に持っているものだ。ティアマトの謎の感情が、膨れ上がる。いつしか進路はウルクではなく、そのナニカに向かっていた。

 

「ビンゴ! ここまではオーケー!」

「何がオーケーですか!? ラフムの群れを躱して飛ぶ苦労があなたにわかりますかっ!?」

「頑張れ、騎乗スキルA+に加えて俺の料理でペガサスちゃん、パワーアップ!」

「あとでベッドに来なさい、リツカ!」

 

 何かを喚ていている。だが、そんなことはどうでもいい。この感情はなんだ? なぜ、自分はアレを求めている。まるで、かつて母だったころを思い出させるようなこの感情はなんだ!?

 

「ちょぉぉおぉっ、ラフム巻き込みながら来てるぅぅぅ!?」

「あなた、どれだけ本気出したんですか!? もはや供物や人柱の域を超えた神性特攻ですよ!?」

「創世の女神であるティアマト向けに作ったからな! 半神半人であるギルガメッシュ王やイシュタル様たちですら、よだれ垂らしてたしね! 純粋すぎるくらいに神様なティアマトには、もはや例えようのない料理だ!」

「もはやそれ、料理超えてません!? っ!? あの巨体でさらに加速するのですか!? リツカ、準備を!」

「おう!」

 

 寄越せ、寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!

 

「怖っ!? なんか、めっちゃ怖っ!」

「今更です! というか、リツカ!? ティアマトの口は胃袋につながっているのですか!? 味覚は!? いや、そもそもあれは本当に口なのですか!?」

「知るかぁぁぁっ!?」

 

 人間が、そのナニカを投げつけた。

 

 ――――――――――――――――――――ッ!?

 

 その瞬間、自身のなかにある本能が、ナニカに塗りつぶされた。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

 昔、妹が言っていた。死を知らない神様に生を語る権限はないと。ティアマトもそうだ。逆説的に彼女が作った生命がいる限り、その存在は死を迎えない。事実、彼女は虚数世界の中に閉じ込められていただけだった。しかし、ならばこそ逆のことがいえるのではないだろうか?

 

 死を知らない神様に生を語る権限はない。だが、生きるものはみないつか死ぬ。死なない神様も、生きてさえいれば殺すことができるのではないのかと。

 

 つまり、立花のやったことは簡単だ。

 

「あー、みんな。一応紹介しておくわ。この子が新しくカルデアに加わったサーヴァント、クラスはアヴェンジャー。ティアマトちゃんです」

「Ah--------?」

 

 創世の神に料理で己の生を実感させ、存在ごと生まれなおさせた。生を感じた瞬間こそ、新しいティアマトの誕生だったのだ。

 

 とりあえず、ギルガメッシュ王が爆笑しすぎて危うく笑い死にするところだったとは言っておこう。




できるとかできないとかじゃないんだよ。
なんかこう……できちゃったんだ。


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ドクターロマニの場合、あるいは真実

主人公だからこそ、救えないものがある。


 お人よしであるドクターロマニにとって、藤丸立花がどういう存在かと言えば、カルデア内における同性で一番の親友だと迷うことなく答える。ちなみに、異性なのか同性なのかわからないダヴィンチは、性別の壁を越えた無二の親友である。

 

 なぜロマンはそんなことを言うのか。結論は簡単だ。彼とロマンは似ていた。第三特異点には、ドレイク船長はこうロマンのことを評した。『弱気で、悲観主義で、根性なしで、そのクセ根っからの善人みたいなチキン野郎だ』と。そしてマシュもそれが的確な評価だと納得していた。

 

 そんなロマンに立花は似ているのだ。二人を大きく違わせるものがあるとするなら、それは前線で戦うものと本部で指示を出す人間かの違いだろう。事実、ドレイクは立花のことを同じように評価していた。しかし、それはロマンと違い、すべてが当てはまったうえでそれを受け入れさせることのできる人間性の持ち主だった。

 

「そうだね、ボクは君のそういうところが羨ましいんだ。君はボクと似た方向性の人間でありながら、ボクよりもずっと高いところを歩いている」

「そうでもないと思うけど? 俺からしてみれば、ロマンの責任能力の方がすごいと思うけどね」

 

 最終決戦の前日。明日に備えて自室に戻ったサーヴァント……なんているわけがない。この場には、疲労のある普通の人間である職員たちもいる。立花が滋養強壮の料理を作ったおかげか、多少の無茶も一時間も寝れば回復するほどなのだから、今日はみんなで飲んでいた。

 

「ボクのは大したことないさ。たとえボクに大きな責任があったとしても、それを取らなくちゃいけない相手は、人理を修復しない限り存在しない。実質、ボクには責任なんてあってないようなもんさ。もっと言えば、立花くんのせいにできる」

「ひどいなぁー、そんなロマンには酒のつまみはあげられない――――」

「どんな責任も負う覚悟で臨んでいるよ!」

「ほい、チータラ。伏して崇めよ!」

「ははぁ! ありがたく頂戴いたします!」

「「プッ、クハハハハハッ!」」

 

 ああ、そうだとも彼とロマンは似ている。

 

 人類最後のマスター。世界を救う力を持つものとそれを一番に支えなければならないもの。どちらを失っても成り立つことのないこの物語はもうすぐ終焉を迎えようとしている。最後は、いや、これを最後にさせないためにも二人はゆっくりと語り合いたかった。

 

「立花くんはすごいなぁ……いや、もうすごいとかそんなレベルじゃないけど、ティアマトをサーヴァントにするなんて何それ? 相変わらず、無茶苦茶だなぁ」

「それに関しては、もはや聞き飽きたし、説明もできないよ」

「いや、言わせてもらうよ! そもそもボクは反対だったんだよ!? うまくいったからよかったものの、そもそも何が起きるか確証もない状態で、マスターである君はメドゥーサとともに飛んで行ったんだ! いくらなんでも無茶、ううん、無理が過ぎる!」

 

 酒が回ってきたのか、ロマンは大きな声でそう告げる。しずしずと周りにいた人間たちが退散しつつも、様子を眺めている。ロマンの言っていることは、職員とサーヴァントの総意である。もともとヘラクレスと鬼ごっこをやったりしていた立花ではあったが、今回協力できたのは、移動手段であるメドゥーサと飛行能力が備わっているイシュタルくらいのものだ。

 

「ていうか、君も悪い! いくら感覚でものをいう人間だからって、毎回説明が少なすぎるんだ! 理解しようとするボクたちと理解できずにサポートするサーヴァントたちの気持ちも考えてくれ!」

 

 うんうん、と職員はおろか、サーヴァントたちですら頷いている。というより、この立花という男に対しての不満は大いにある。

 

 例えば、ある職員。サーヴァントたちに指示を飛ばすのはいいけど、最近、自分らいる?ってくらい戦術に長けてきてますよね? いや、別に英雄クラスではないんですけど、サーヴァントの扱いがうまくなってます。ついでに、最近、立花くんお手製ケーキを盗み食いする輩がいるので、対処よろ。

 

 例えば、あるサーヴァント。最近、先輩がモテ期に来てるのか、女性陣のアタックがものすごいです。いえ、それはいいんです。むしろ、私たちで陥落させることで先輩を囲いましょう! しかし、それを邪魔する輩がいるので困っています。あと、最近、ジャックちゃんやフランちゃんに要らぬ性知識を教えた輩は誰ですか? 串刺しますよ?

 

 例えば、ある職員。あの、最近ジャックちゃんやフランちゃんにいろんなことを尋ねられるの。たまーにジャンヌちゃんも参加するんだけど、そのたびに酒吞童子ちゃんが要らない性知識、というか私も知らないようなもはや官能小説の朗読会みたいなことになって困ってるの。立花くん、なにかあったらごめんね? あ、それと言い忘れたけど、たまにジャックちゃんがお腹空かせてケーキを盗み食いしちゃってるので、ちゃんと叱ってあげること。いい?

 

 例えば、あるサーヴァント。おい、英雄色を好むだかなんだか知らないが、いくらなんでもいい加減、お前のサーヴァントの女たちを制御しろ。普通に思いを告げるのはいい。いや、むしろ告白を全員が済ませているからと言って、夜這いや不埒な姿で特攻するのは本気でやめろ。男性職員の目に毒、というか、オレの精神安定の邪魔だ。そもそも誰だ? オレがこいつと同性だからと言って隣の部屋に置いた奴、責任者出てこい!

 

「ほらね! みんないっぱい不満を抱えているんだよ!?」

「いや、不満の中だけでいくらか解決する話あっただろ。とりあえず、ジャック、お尻ぺんぺんしてあげるから、こっち来なさい」

「――――も、もしかして、えすえむ羞恥プレイ?」

「しゅーてーん!?」

「あははははっ、ほな堪忍なぁ。うちまでもお尻を叩かれとうないもん。でも、あんさんはみんなの前でするんが好きなんえ?」

「先輩、それなら私が!?」

「マシュ!? ここで脱ぐな! っていうか、誰だよ、マシュに酒飲ませた奴!?」

「ふんっ、いつかの借りをここで返す」

「てめぇか、巌窟王!? お前、覚えとけよ!?」

「ああもう、うっさいわね! あんたも酒飲みなさいよ!」

「ちょっ、これ度数キツ!? ジャンヌ、お前、酔ってね?」

「おい、リツカ、おかわりだ」

「アルトリアさーん! マイペースにハイペースで食事しないで助けて!」

「そういえばリツカ? ティアマトとの決戦で一番支えになった私のお願いきいてくれないんですか? 今日もベッドは空いていますよ?」

「それ今言うことかな!?」

「ヴゥー……♪」

「la-------♪」

「やべぇ、カルデア内のフランとティアの癒しがすごい」

「君たち? あんまり騒ぐようだったら、私が説教するからね?」

 

 職員もサーヴァントも一緒くたになって笑っている。これが普通の魔術師ならばこうはいかないだろう。確かに立花の言葉通り、世界を救うことは他の誰かができるのかもしれない。でも、ロマンは、彼がこの世界最後のマスターであったことを嬉しく思う。

 

 たぶん、カルデア内での喧嘩ランキングナンバーワンは、アルトリアとジャンヌを抜いて立花とロマンだろう。アルトリアとジャンヌは、相性が悪いだけの話だが、立花とロマンは違う。自分たちを唯一、対等に愚痴を言いあい、喧嘩しあえる人間だと理解している。

 

 藤丸立花もロマニ・アーキマンも強い人間ではない。だが、どちらも組織で最重要ともいえる立ち位置に収まっている。とくにロマンの場合、組織のトップであり、職員たちの絶望やストレスを救い上げる役目もある。立花はサーヴァントたちに縋るが、それは決して対等な立場ではない。

 

 サーヴァントたちは甘やかす。それでいい。大丈夫。ありがとう、と。

 

 だが、立花に対してロマンの態度は違う。それはだめだ。危ない。ごめんね、と。

 

 ロマンは、サーヴァントたちのように、決して藤丸立花を()()()()()()が得意ではなかった。それはだめだということは、別の案を考えなければいけないということ。危ないということは、安全を手にするために時間をかけなければいけないこと。ごめんねは、そんな彼に結局は危ないことをさせていたこと。

 

 だから、いつも喧嘩になる。無茶をした立花に、無理をするロマンが、何度か胸倉を掴みあったことがある。お互いの主張はいつもこうだ。

 

 もっと信じろと立花は言う。心配させるなとロマンが言う。

 

 もっと休めと立花が言う。まだ頑張れるとロマンが言う。

 

 そんな喧嘩は、サーヴァントたちが止めに入るまで続く。小さく、しかし大きな役目を担う組織で喧嘩や仲たがいはご法度だ。だから、最後は止められてふてくされて、ダヴィンチに怒られて、気が付けば泣いていた。職員も、サーヴァントがいるにも関わらず、子供の喧嘩のあとのように大きな声で泣いていた。

 

 組織の中で喧嘩はご法度だ。だから、感情をさらけ出す。胸のうちを叫ぶ。君が心配なんだと、お前が心配なんだと。気が付けば、肩を組んでお互いの愚痴を吐いてた。

 

 君もさぁ――お前もさぁ――ごめんね――ありがとう――なんて言って、泣いて疲れていた二人はそのまま寝てしまうことが多かった。ちなみにこのとき、ロマンは二徹半をしていた。それも、休息時間が短いままでだ。久しぶりの快眠の支えは、睡眠を必要としないサーヴァントであるダヴィンチと普段、ローテーションを組んだり、ロマンに愚痴や相談を零している職員だった。

 

 もしかしたら、二人は謙遜をするかもしれないが、職員たちは二人に心から感謝している。というより、しないはずがなかった。少なくともこのカルデアが今に至るのに必要だったのは、優れたマスターでも優れた指令塔でもなかった。

 

 このカルデアに必要だったのは、うまい飯を作って、真摯に相談に向き合ってくれるような普通の人間だ。

 

 立花の作る料理はうまかった。ロマンの頑張りは格好良かった。立花に人の愚痴を聞いて支えになってやることなんてできない、彼は支えてもらいながらも進む側の人間だ。ロマンにおいしい料理は作れない、彼はおいしいと笑顔で言ってあげる側の人間だ。

 

 だからここまでこれた。ほかの誰でもない、ここにいる人たちの一人にだって代わりはいないのだと胸を母張って言える。

 

 そうさ、だから――――。

 

「立花くん、最後に余計なおせっかいをいいかな?」

「なんだ? 急に改まって?」

「たぶん、ボクたちじゃ魔術王に勝てないと思うんだ。今回、ティアマトが加わったことで戦力や戦略の幅は増えた。でも、それでもピースが足りない。決定的な何かが欠けている――――いや、逆だ。()()()()()()()()()()が揃っている気がする」

「だろうな」

「それでも君は行くんだね?」

「ああ、向こうでみんなに食べてもらうようの弁当を作っとくさ」

「――――いつからだい? いつから、君はこうなることを確信していたんだ?」

「たぶん、俺がこの世界に転生した(生まれた)ときから。藤丸立香(主人公)が妹で、その妹が間違えて履歴書送って、そんで俺がここに来た。でも、本当の主人公だと思っていた妹も実は転生者だった。そして、その妹が言ったんだ。この世界の主人公は紛れもなく俺だと」

 

 つまり、これは原作(本編)ではなく、最初から転生者としてこの世界で生きる藤丸立花の二次創作(物語)が舞台だった。

 

 『Fate/Grand Order』というソーシャルゲームをもとに誰かが書いた二次創作。それはたぶん、転生者として主人公になった藤丸立花の敗北の物語。つまり、この世界はどこかの誰かが書きなぐった人類敗北の物語。

 

 そうさ、藤丸立花(主人公)の敗北は最初から決まっていた。どれほど頑張っても、妹というイレギュラーの存在により、本当にただの凡人であった藤丸立花が料理を覚え、監獄塔を脱出し、奇跡的にも七つの特異点を超えることがあったとしても、世界(物語)敗北(ソレ)を決定づけていた。

 

 藤丸立香がいたことで、藤丸立花は料理人を目指し、ここには妹が来る世界線(ルート)になるはずだった。だが、世界は物語が簡単に歪むことを是としなかった。()()()()()()()()で妹は兄の履歴書を送り、来るはずだった妹の代わりに兄が来た。だが、それは物語が元の形へと戻っただけだったのだ。

 

 転生者である兄は知っていた。主人公である妹がカルデアに行って、世界を救うであろうことを。

 転生者である妹は知っていた。主人公である兄がカルデアに行って、人理修復という地獄を味わい、敗北することを。

 転生者である兄は勘違いしていた。自分こそが人理を救う主人公(転生者)なのだと。

 転生者である妹は勘違いしていた。自分こそが兄を救う主人公(転生者)なのだと。

 

 

 でも、ホンモノである兄は、ホンモノであるがゆえに世界を救えない。

 だから、ニセモノである妹は、世界を救えたはずのニセモノは、ニセモノであったがゆえに兄すら救えなかった。

 

 

 空を見上げる。満天の星空には遠く、世界を闇が包んでいた。

 

 監獄塔に見た妹の思い出の中にその作品はあった。

 

 タイトルは――――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『Fate/Avenger Order』。

 

 

 数多のマスターに屠られたゲーティアを弔うために用意された物語だった。これはその転生者藤丸立香の敗北する二次創作をもとにした彼を救うための三次創作。




――――じゃあ、行ってきます。
――――フォウ!


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グランドマスターフジマルリツカの場合、あるいは英雄

廻る物語のその果ての、
青く輝く小さな惑星の、
小さな少年と小さな少女の大きな話。
語りつくせば、陽がまた昇る。

吐いた嘘は簡単なもの。
だけど、その嘘のために費やしたものは――――。


 藤丸立香にとって、藤丸立花とはどういう存在を言うのだろう。

 彼女が彼の名前を目にしたのは、偶然だ。生前、彼女は女子高生という立場だった。タイプムーンのことは知っている。別にそのブランドのゲームをプレイしたわけではなかったが、アニメを見たり、その作品のネタや同人絵を見ているという程度のファンだった。

 

 事実、最初にFGOをプレイしたときは、ガチャ確率だとか、システムの使いづらさ、周回システム――――まあ、不満はそれなりにあった。ただまあ、なんというのだろうか。ゲームとしてはそれほどの魅力は感じなかったはずだ。

 

 だけど、()()()()()()()()でしかなかったにも関わらず、藤丸立香は魅了された。女子高生という身分ゆえに、課金はそうできなかったが、持ち前の幸運値(リアルラック)で割とレアなサーヴァントとは持っていたし、何より総プレイ時間はそれなりのものだったはずだ。

 

 その中でも、藤丸立香が気に入ったのは、アヴェンジャーを始めとする反英霊たちの存在。女子高生でありながら、男主人公というのに憧れ、プレイヤーキャラクターは男性。名前は、『藤丸立花』。といっても、これは原作主人公の名前が発表されたあとで、もじったものだ。

 

「でも、あたしにとってのその藤丸立花は、自分の分身だったんだ」

 

 マスターレベルはもちろん、当時のカンスト。終局特異点だってクリアした理由は、絆レベルの高さゆえ。よくもまあ、花のJKがそこまで時間を使ったものだと、今でも思う。だが、彼女は偶然、別の藤丸立花を目撃する。

 

「二次創作小説、しかも短編集があったんだ。その主人公の名前があたしの主人公と同じ名前の藤丸立花。だから、読んだんだよ。当時は、終局特異点をクリアしたばかりでその手の二次創作が増えていたからね」

 

 でも、内容は彼女が思っていたものとは違った。当時、ラスボスである魔神王あるいは、人王ゲーティアは物語のキャラクターの一人として人気があった。奇しくも立香もその一人だ。

 

「当時は思ったよー。彼に手を差し伸べることのできる選択肢はなかったのかなって。もちろん、そんな選択肢はストーリー的にあっていいはずがないけど。でも、二次創作っていうのは、言ってしまえば何でもありだからね。死んだキャラクターを助けたいがためにそのための物語を作るってのは、おかしな話じゃなかった」

 

 そして、その二次創作小説もある意味同じで、まったく別物だった。その小説は、人類悪という存在であった彼の願いを叶えるための小説だった。

 

「簡単に言うと、難易度が高いんだ。といっても、原作と大きな違いがあるわけじゃない。その小説のすごいところは、原作では乗り越えられたはずのイベントの描写で、主人公に大きな衝撃を与えたんだ。剣を手に取った人を前にしたとき、罵声、怒号、血しぶきに殺意。一つ一つに主人公の心象風景を描いて、壊しに行っていた」

 

 ちなみにその小説、評価はそれほどついておらず、ついていた評価も低評価がままあった。だが、それも仕方のないことだと思う。だって、その主人公の周りには正しい英霊ばかりで、凡人転生者である彼は、そんな英霊たちに劣等感を覚え、徐々に道具のような扱いをしていった。

 

 この小説の低評価のポイントはそれだ。

 

 主人公の立場とガワだけを被った無能転生者が、喚き散らして気が狂い、ファンにとってそんな主人公なんかよりも大切な英霊たちを道具として扱う。彼は、物語のなかでも外でも嫌われていた。

 

「あたしが育てた藤丸立花とは正反対だね。絆を紡いだ藤丸立花と絆を拒んだ藤丸立花。同じ名前なのに、こうも違うのかって、そう思ったよ」

 

 そして、その小説はゲーティアに捧げるため、何度もイフとしてこう締めくくられる。

 

 彼は誰にも愛されず、理解もされず、助けられることも、守られることもなく、非業の死を遂げました。ちゃんちゃん、と。それが特異点の数だけ存在した。つまり、彼はどんなことをしても、どんな偶然でうまくいったとしても必ず死ぬのだ。

 

 死に続けるのだ。

 

「まあでも、内容はそんなんだけど、文章技術とかは結構やり手だったんじゃないかな? もちろん、アマチュアとしてはだけど、でも描写が上手だからこそ、その内容が残酷に思えたんだ」

 

 この物語には、一切の救いがなかった。まるで、ゲーティアを倒した恨みをぶつけているかのように、とにかく残酷だった。だがまあ、実際がそんな深い理由じゃなかった。ただ趣味と得意な分野が重なったというだけの、作者の娯楽だった。

 

「だけど、あたしには衝撃だった。で、思っちゃったわけ。あたしの主人公になにやらかしてくれんだ、われぇ!? ってね。いや、もちろんそんなメッセージを本気で送ったわけじゃないよ? 思っただけ。いや、冗談だからそんな怯えないでよ」

 

 しかし、立香にできることなどない。作者に感想で抗議を行うなんて、マナー違反できるわけがないし、そもそもが見当違いの怒りだ。結局、その日はそのまま眠りについた。

 

「で、気が付いたらあたしはこの世界に、藤丸立香として転生していたわけ。いやー、最初は驚いたよ? なんせ、転生。しかも藤丸立香って、もろFGOの主人公だからね。でも、それ以上に衝撃だったのは、あたしの兄に藤丸立花がいたこと」

 

 彼を知ったとき、どちらの藤丸立花なのか、確証が持てなかった。だって、彼は普通の人間だった。どこにでもいる普通の兄だった。当たり前だ、どちらであったとしても藤丸立花は最初は、普通の立場の人間なのだから。だからこそ、助けたいと思った。

 

「でも、やり方がわからなかった。しょーじき、八方塞がりの四肢縛り。もう動きようがないっていうか、動いたところで何が起こるってわけでもなかったからさー」

 

 でも、その変化は突然だった。

 

「お兄ちゃんがさ、料理を作り始めたんだよねー」

 

 あとで聞くと、自分が原因だったようだが、ともかく立花は料理を始めた。

 

「いや、めっちゃ困惑だよ。だって、あたしの知る藤丸立花は料理が得意とか考えたことないもん。お前はどこのエミヤだってね。でも、当然だよね? だって、お兄ちゃんは藤丸立花だってだけで、物語の登場人物じゃないのさ」

 

 つまり、兄は兄なのだ。この世界がどういう仕組みで、どうして自分がここにいるのかはわからなかったけど、それでもこの世界がそんな兄を苦しめるようにできていることは、確信していた。『人理継続保障機関・カルデア』という組織の存在が、そう思わざるを得なかった。

 兄は英雄ではない。普通の人間だ。だから、彼は人理修復の旅を完遂することができない。彼にそんな強さは存在しない。だから、少女は兄を魔術から遠ざけ、そのまま料理の道を歩むのだろうと思っていた。

 

「ん? じゃあ、どうしてお兄ちゃんをカルデアに()()()()()()()送ったのかって? いやー、あたしも最初は自分が行こうと思ったよ? だけど、何度やっても無理だったんだ。そう、この世界の仕組みである“死に続ける”という呪いにはあたしじゃ勝てなかった」

 

 約七百万回。“この世界の主人公”として挑んだ戦いに、藤丸立香が死んだ回数だ。藤丸立香は転生者だ。だが、都合のいいチートありきの神様転生ではなく、普通の少女()()()。だが、決して弱い人間ではない。もしも藤丸立香が主人公であったのなら、人理は修復されるはずだった。

 しかし、世界はこの物語の主人公という役割を彼女に押し付け、その在り方を縛った。

 

 『Fate/Avenger Order』の主人公は、負け続ける運命にある。一度負けたらやり直し、それを死ぬほどに繰り返した。どれほど英雄としての格を上げていったとしても、藤丸立香には人理を修復することは叶わなかった。

 

「今のあたしはお兄ちゃんと比べたら、それこそ英霊と人間との差くらいあるけどさ。でも、あたし一人じゃ無理なんだよね。どれほど彼ら彼女たちと絆を紡いでも、まるで歯車がズレるかのように負け続ける。てんでうまくいかない」

 

 そもそも、彼女は最初の特異点Fをクリアするまでに三桁は死んだ。まるで、お前の役目だというように彼女は殺され続け、死に続け、生き続けた。

 

「絶望しなかったのかって? うーん、そこはあたしが藤丸立香だからかな? それともあたしだからなのか、まあ、ぶっちゃけやられるたびになにくそーって感じでやってた。そりゃ死ぬたびにやり直すっていうのは、まあ心が折れそうになるけど、そのたび同じ人間なのに違う表情が見えるから、あたしなりに楽しんでいたよ?」

 

 ――――だって、人間は生きることが一番正しいんだから。

 

「まあでも、さすがに七百万回も死んだらいい加減、ちょぉっと厳しいかなーなんて思うもんさ。で、思いついたわけ。そうだ、お兄ちゃんに任せてみようってね。だって、お兄ちゃんは藤丸立花なんだ。この作品の主人公の名前でもあるけど、あたしの育てた主人公の名前でもある。決して英雄ではないけど、たぶん、あたしがやるよりも可能性はあるんじゃないかなーって」

 

 そうしたらうまくいった。なんの対処もできずにはじめは死んでいた立香に対し、立花はあっさりと特異点Fを始めとする物語を進んでいった。この時点で、立香は気づいたことがある。

 

「不思議でしょ? 本来、負け続ける運命のお兄ちゃんが、どうして勝てるのか。答えは、簡単だよ。一番最後で絶望させるためさ」

 

 それは、『Fate/Avenger Order』の中で最終回に当たる話だ。その話は、それまでの展開とは違い、なんの問題もなく攻略されていく特異点だったが、最後の最後にあっさりと絶望を起こすという展開だった。

 

「さて、もうそろそろいいでしょ? いい加減、物語の外側ってのには飽き飽きしてたんだ」

 

 少女は立ち上がる。その足元には白いリスのような小動物がいた。

 

 

 

 ――――じゃあ、行ってきます。

 ――――フォウ!

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

 もしも本来の物語において、魔術王がカルデアに勝利する方法があるとしたら、なんだと思う? 答えは簡単だ。七つの特異点を乗り越えてきたカルデアを、決戦の場において敵として判断することだ。ただの敵ではない。己の目的を成就するうえで大きな障害となるであろう、断絶すべき存在。

 

 ゆえに、魔術王はカルデアを招き寄せた。

 

 場所は、冠位時間神殿ソロモン。魔術王の拠城である固有結界、時間と隔絶した虚数空間に存在する工房で、生前におけるソロモン王の魔術回路を基盤にして作られた小宇宙。その結界の強度を()()()()()()。ともすれば、大きな差には見えないだろう。

 事実、魔術王にとっては、気まぐれにさえ思えていたのかもしれない。カルデアを、己の領域の中で終わらせる。そのために少しだけ、結界の“厚み”を増しただけだ。

 

 だが、それは――――。

 

「ふんっ、こんなものか」

 

 カルデアにとって絶望を意味する。マシュが、アルトリアが、ジャンヌ、メドゥーサ、巌窟王、酒吞童子。マスターである藤丸立花とともにいた彼ら英霊は、血に伏せている。辛うじて息はある。だが、その霊器はボロボロだ。

 

「なんて、数です、か……」

 

 復元、回復、再生。そのどれでもない。この空間すべてが敵だった。火力が足りない。英霊が足りない。何もかもが足りず、何もできない。フラウロスを何度も倒し、そのたびに摩耗する霊器の維持で、英霊たちは限界だった。

 

「我ら魔神柱七十二柱を相手に、よくぞここまで持ったと賛美をくれてやる。ああそうだ、その生き汚さ、醜さこそがお前たち生命の在り方だったな。心底から反吐が出る」

 

 そう、何もかもが足りなかった。もしも、もしもの話だ。ここにこれまで出会った英霊たちが集うような奇跡があったら、結果は違ったのかもしれない。だが、そんな奇跡は起きない。彼らとの絆や縁は細く、儚い一度のものだ。

 本来なら、縁を頼りに彼らは来てくれただろう。それがあるべき物語だった。しかし、魔術王はわずかばかり結界の強度を上げた。それだけでこの惨状だ。とびっきりの絶望にはほど遠い。まるで、お前などその程度だというように、蟻を踏み潰すようなお手軽な絶望だ。

 

「……流星雨、見えなかったなぁ……もしかしたら――なんて希望に縋ってみんなの分のお弁当用意しておいたんだけど」

「――我らには貴様の言葉の意味は理解できぬよ、人類最後のマスター。()()()()食事程度にそれほどまでの感情を揺らし、貪る。ああ、なんとも醜悪だ。人を料理で救う? 笑顔がみたい、幸福を感じられる? どれほどのまやかしに囚われれば気が済むのか」

 

 そうさ、たかがか食事だ。人生のうちに何度も起こりうる取るに足らない行動の一つ。鼻で笑い、息を吹きかければ飛びそうなほどの行為に過ぎない。

 

 ――でも。

 

「俺の料理ってなんかすごいらしいんだ」

「確かに貴様のソレは異常だ。千里眼を有する我らにすら理解の及ばぬ領域にある。だが、それがどうした? まさか、我らがそれを口にすれば何か変わるとでも? 笑わせるな、貴様は英雄でもなんでもない。ただの愚図だ。何もできない」

「じゃあさ、どうして俺の料理がこうなったかわかる?」

「何?」

「確かに藤丸立花は、取るに足らない存在だ。なのに、どうして俺の料理なんてものがこんなにも特殊なんだと思う?」

「…………」

 

 それは誰もが疑問に思っていたことだった。しかし、そこに答えを持つものなどいない。当の本人ですら、理解していない――と思っていた。

 

「一つ、俺たちが吐いてる“嘘”を教えよう。お前が知ってるかはわからんが、俺たち兄妹は揃いも揃って転生者だ。しかし、そこにはチート特典なんてものは存在しない。だけど、俺の料理はまさしくチートのそれだ。それには簡単な理由があった」

「ほう、あの女は危険だと思っていたが、まさか転生者などという眉唾な存在だとはな。しかし、それ以上に貴様の意味不明な料理にまっとうな理由があるとは思いもよらなんだ。で、それはなんだ?」

「簡単さ。ガキのころから“あの”妹相手に飯食わせてんだ。腕立て伏せ百回、上体起こし百回、スクワット百回、そしてランニング十キロを毎日やる妹に、()()作ってりゃそりゃうまくなるさ。なんせ、愛情が籠ってますから」

 

 反転、復讐者、鬼――英霊すべてが人類の味方をするわけではない。人類史には、どうしても存在することになる悪役たち。しかし、彼らは自らを召喚したたった一人の凡人を支えることとなる。

 反英霊に愛された青年は、『共犯者』たちとともに七つの特異点を駆けた。

 

 これは、美麗な英雄譚ではない。ちっぽけな人間と復讐者たちが織りなした小さな反逆史。

 あるいは、反英霊たちを餌付けした料理人の物語。

 

 ――――食を制するものは、英霊を制する。

 

「知ってるか? 転生者一人いるだけで、物語ってのはずいぶん形を変えるんだぜ? それこそ、敗北を塗り替えるほどにな」

「――――もういい、死ぬがいい。我らの貴様に対する興味は失せた。ここで芥と化せ!」

「先輩!?」

 

 ――――ガキィッ!

 

「――――まったく、だらしがないわよ、マシュ」

 

 盾があった。いつだか見慣れていた盾。それをかざしている少女がいた。

 

 だが、マシュではない。白銀の髪を持ったその少女は――――。

 

「しょ、所長!?」

「久しぶりね、マシュ。どうやら私が上げた命は無駄遣いしていないようね、感心感心」

「え、いや、どうしてオルガマリー所長が!? 死んだはずでは!?」

「ええ、死んだわよ? でも、とてつもなく無茶苦茶で嫌な女にたたき起こされたのよ。それと――私だけじゃないわよ?」

 

 空を見上げる。いや、見上げざるを得ない。そこにあるのは、闇を引き裂くような流星――――だけではない。人理を滅ぼすような光帯でもない。

 そこには、流星の光すら包み込むような眩い光を放つ日輪があった。

 

 流星が落ちた――――。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

「ふむ、君が倒れるとは意外だな。どうだ? 手を貸してやろうか?」

「――――ふんっ、今回だけ借りてやる」

 

 赤い外套を背負った男。

 

「ちょっと意外でした。あなたのその頑張り。でも、すごく誇らしいですよ」

「――――るっさいわね、姉面しないでくれるかしら?」

 

 聖なる旗をはためかせる聖処女。

 

「あらあら、駄妹のくせにデカイ図体で寝転がるのは、邪魔よ?」

「ほら、さっさと立ち上がりなさい。それとも、ここでおねんねする?」

「――――いいえ! 私も彼のサーヴァントですから!」

 

 容姿のよく似た見るも麗しき二人の女神。

 

「おや、だらしがない。そんな恰好で寝ていては風邪をひきますよ?」

「――――安心しろ、さっさと終わらせてコーヒーで体を温めるつもりだ」

 

 平和を願った少年。

 

「おい、おいおいお前さんにしちゃ珍しい。ここで満足してんのか?」

「――――はっ、童がいいよるわ。ええで、乗ってやろうやないの」

 

 快活でゴールデンな男。

 

 いや、それだけではない。流星は降りやまず、幾人もの英霊たちを召喚する。

 

「なぜだ!? どうやって我らの領域を超えてきた!?」

 

 フラウロスは憤慨する。納得ができない。理解できない。彼らと藤丸立花をつなぐ縁は微弱なもの。どうしてこうなったのか、オルガマリーの存在だってそうだ。彼女は存在を託して死んだはずだ。だが、彼女はたたき起こされたと言った。誰だ? どういった存在がそれを可能とする。

 

「何を驚いているの? 天の光は全て星。陽はまた昇る。太陽だって星の一つなんだ。だから、お兄ちゃんが集めるのは満天の星空じゃない。世界で一番光輝く妹さ! だって、太陽の下にだって、星はあるんだから!」

「フォウ!」

 

 少女と獣が立っている。笑顔を浮かべて、少年へと手を差し伸べた。

 

「さあ、サーヴァント、グランドマスターフジマルリツカ、参上! じゃあ、例によって定型文で行くぜ、お兄ちゃん!」

 

 

 

 

 

 ――――――問おう、あなたがあたしの共犯者(マスター)か?




グランドマスター フジマルリツカ(女)

主人公としてではなく、サーヴァントという存在になれば勝てんじゃね? という理由から約七百万回もの間死に続け、イレギュラークラスとして存在する妹。一度、物語の外に逃げるため、キャスパリーグとともに虚数世界へと潜んでいた。なぜ最初からいなかったのかという理由については、意表をついて勝率を上げるため。
あとはほぼ兄を信じていた。
マスターレベルは、すでに英霊並みのものと化している。
グランドとついているが、あくまで呼称であり、冠位クラスとは関係がない。

彼と彼女が吐いた嘘は簡単なもの。
とっくに兄妹だけの関係なんて、卒業している。

保有スキル

・グランドマスター EX
 自身の出会ったすべての英霊と契約を結ぶことのできる魔力保有者の証。約七百万回、マスターとして死んだゆえに紡ぎに紡がれた不屈の物語から発生したスキルであり、彼女を彼女たらしめるものの一つ。

・憑依顕現 EX
 オルガマリーのように、本来ならあるべきはずではなかったデミサーヴァントを英霊との対話により、顕現させる能力。死を幾度も超えたがゆえのネクロマンス能力であり、英霊が望んでくれるのであれば、オルガマリーのような座に登録されていない死者との融合召喚も可能。
 つまり、生きた人間、死んだ人間に問わず、英霊の許可があればデミサーヴァントに変えることができる。

・不撓不屈 A+
 折れず曲がらず歪まない精神性。自身に対するすべての弱体効果を著しく激減させる。

・敗衄弱者 A-
 負けに負け続けたがゆえの負け癖。己を“主人公”という役に収めた場合、必ずと言っていいほど敗北する。つまり、マスターとしては最弱の存在。ただし、自身が別途で契約を結んで、正式なサーヴァントとしてあるならば無問題。

・一撃必殺 B-
 腕立て伏せ百回、上体起こし百回、スクワット百回、そしてランニング十キロを毎日やった結果身についた能力。一定レベル以下のエネミーは、一撃で倒すことができる。


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Fate/Avenger Orderの場合、あるいは終幕

もはや、思考は放棄した。
ならば、この物語に常識は要らず。
むろん、理解する必要はない。
さらば、悲劇の世界。
ゆえに、語って砕けよ。
そして、幕は閉じられる。

終わり終わった終わる物語。


「駄妹」

「何、愚兄」

 

 兄と妹が対峙する。互いのその瞳には、確かに敵対の意思が見て取れた。兄は静かに拳を握り、妹はそれを余裕の体で眺めている。

 

「俺はお前のことをすごい奴だ、大した奴だとは思っていた。だが、同時忘れていたよ。馬鹿なやつだっていう事実をな」

「それはこっちのセリフだよ、アニキ。あたしだって、アニキのことは認めていたさ。ああ、だって肉親で、同じ立場で、そんでもってあたしの愛した男なんだから」

 

 妹は兄に愛をささやく。うっとりと、しかし情熱的に。だが、その目に映る炎は愛情だけではない。怒りだ。まるで、英雄が理不尽を前に憤慨するように、愛を語る妹は()()()()()。だが、それを言わせるならば、兄も同様だった。

 

「俺もお前のことは好きだ。なんせ、血は繋がっている状態ではあるが、お互い転生者で、まして今やマスターとサーヴァントの関係だ。ぶっちゃけるなら、魔力供給くらいどんと来いくらいには思っている」

 

 おい、この兄妹、まさかの愛の告白し始めたぞ。周りのサーヴァントたち(主に女性サーヴァント)がザワめく中、兄妹は歩み始める。

 

「嬉しいよ、アニキ。あたしが死に続けた七百万回の冒険は、無駄じゃなかったんだね」

「悪かったな。曲がりなりにも兄貴なのに、お前にばかり地獄を見せて」

「別に大したことじゃないさ。ぶっちゃけ、型月の中でも藤丸立香は凡庸系に思えるけど、魔術王とか相手に啖呵を切るとかもはや人間じゃないと思ってるから」

 

 それは密かに自分のことを人外系ヒロインだと思っているということだろうか? 周りのサーヴァントたち(主に男性サーヴァント)が揃って額を抑えた。正直、英霊の中にはプレイボーイや一級フラグ建築士もいるが、彼女は決して靡かないし、恋愛対象にもならない。

 

 なんせ、兄を救うためだけに生き続け、死に続けた少女だ。英霊という立場に収まった今でも、彼女は進化し続けている。彼女が旅を続けていた中で、大英雄ヘラクレスと殴り合ったり、女王スカサハの修行に参加したり、賢王ギルガメッシュに講義を受けていたというのは、彼女のサーヴァントたちの中ではもはや伝説と化している。

 

 ああ、ちなみにメイヴからも何かしらの講義を受けていたらしいが、それはサーヴァントたちの間では触れてはいけない禁則事項と化している。具体的には、一度座に帰りかけた黒髭の犠牲によって……。

 

「でも、ありがとな。お前のおかげで俺はここまでこれた」

「ごめんね、一方的に任せることになっちゃって」

「構いやしないさ。というか、よく俺を信じられたな。俺の料理は最初、人間の域を出ていなかったはずなんだが」

 

 つまり、お前も自分の料理は人外のものだと? いや、わかるよ。だって、お前のサーヴァントたち、なんか聖杯使ったみたいに霊器が上がってるんだもん。妹のサーヴァントたち? 修行(物理)で同じくらい霊器上がっていますけど何か?

 

「あー、それね。うーん、身もふたもない話だけどさ。あたしやアニキが異常なのって転生者だからなんだよね。もちろん、チート特典はないよ。だけど、あたしたちにとってこの世界(FGO)は創作物。世界には上下関係があるんだ。創作物はあくまで現実があるからこそ生まれる。魂の根幹が、あたしたちは一つ上なのさ。それこそ、神様(クリエイター)登場人物(キャラクター)くらいにはね」

 

 転生者としてスポットが当たった。その時点で、この世界の人間とは一線を画す存在なのだと妹は語る。なるほど、それなら納得はできなくとも、理解は及ぶ。特に妹の精神性の強さは、彼女が二次創作の転生者である兄に対し、三次創作としての転生者であるがゆえ、魂のレベルが二段階上なのだろう。

 

「でもさ、それとこれとは別だよな、アニキ」

「ああ、俺もこいつは譲れないなぁ」

 

 そして、兄と妹は向き合う。

 

 お互い、拳を握り、そして――――。

 

「「なんで」」

 

 一歩。

 

「「なんで、お前(アニキ)は」」

 

 振りかぶり。

 

「ゲーティア(ティアマト)をサーヴァントにしてんだよぉぉぉっ!?」

 

 互いの隣にいる美少女と美少年を指さした。

 

「いやいや、おかしいって絶対! なんで人王ゲーティアがショタになってんの? さっきの最終決戦の間に何があったんだよ!? ていうか、その子なんで涙目でお前にしがみついてんだよ!?」

「それはこっちのセリフだぁぁっ! なんでティアマトマッマがアニキのサーヴァントになってんだよ!? しかも何!? なんで腕組み敷いて懐いてんの!?」

「死なない存在だって言うから、料理食わせたら、生まれ変わったんだよ!」

「残数無量大数くらいありそうだから、殴り続けて英霊に堕ちるまで霊器削りまくったんだよ!」

 

「「言ってる意味が分かんねぇんだよ!?」」

 

 おい、お互いに自分の胸に手を当ててみなさい。それでも同じことが言えるなら、殴ってでも目を覚まさせてやろう。安心しろ、霊器を上げまくったサーヴァントたちなら余裕で――――え、そしたら料理作んない? あ、拳鳴らさないでください。

 

「てめぇ、美少年ならショタギルとか、アストルフォとか、アレキサンダーとかいるじゃねぇか!? こっちは姉属性はいても母属性無しなんだぞ!? 頼光さんとブーディカさんとか、シコリティ高すぎんだろ!?」

「ふざけるな!? アニキなんて、持ってる鯖ほぼ高レアじゃないか! 一週目からほぼ、あたしなんて、マシュオンリーだったんだぞ!?」

「え、そっちにもマシュいんの?」

「もちろん、こっちのマシュもあたしの可愛い後輩――――そっちのマシュが髪の毛染めてカラコンしてるぅぅ!? 何それ、イメチェン!? マシュ、不良になっちゃったの!?」

「あ、私は今シールダーではなく、アヴェンジャーですので……」

 

 そして、サーヴァントとしてのクラスが違うため、色違いのマシュ二人が並んでいる状態である。

 

「なんだよ、それ!? あと、所長を捕まえたときにも思ったけど、なんで所長がシールダーとしての適性持ってんのさ!? あたしんとこの所長、スキル使って強引にデミサーヴァントにしたら、キャスタークラスで猫耳つけた変態的な衣装のサキュバスみたいになってんだぞ!? メロメロ甘風とか撃てんだからな!? お前、英霊じゃなくて露出狂だろってな!? 実際、英霊の真名が仙狸(せんり)だしな!?」

「ちょっと、それはあんたが、霊衣をこれで確定させたせいでしょうが!? なんで、あたしだけ霊器上がるたびに、服の露出が異常なのよ!? ちょっと、そっちのあたしの服交換しなさいよ!」

「嫌よ! ちょっ、こっちによらないでよ、変態!」

 

 艶やかな黒髪で和装の女性、しかも猫耳。しかし、その露出度と言ったら、間違いなく変態である。しかし、そこにはむしろ初心さが見え隠れしており――控えめに言って下半身に刺激的である。男性陣への視線が厳しくなったので、眺めるのはここまでにしよう。

 

「ていうか、なんでお前、このメンツ揃えて負けたの?」

「あたしが英霊になったのは、最近だよ! シャドーヘラクレス殴り殺したのだって、最近だ! それまではひたすら地道な特訓続きだわ! スキル使えるようになるまで、仲良くなっても負けて終わりだったわ! グランドマスターのスキルが発現してセーブとロードのできると知って号泣したけどな!」

「それで宝具じゃねぇのかよ……」

「アニキの料理だって宝具じゃねぇだろ? そもそも、あたしの宝具である『神の振るった賽はこの手に(デウスエクスマキナ)』は主人公としてしか発動できないんだよ」

 

 ちなみに、妹の宝具は英霊としての宝具ではなく、転生者としての宝具であり、彼女が登録されている座もこの世界のものより高次のものである。

 そのため、その効果というのが――――。

 

「霊器の格をちょっと爆上げして冠位クラスと同等くらいになるんだ。ちなみに、この世界で使うと死ぬ」

「何それ、ワケワカメ」

 

 ちなみにもっとわけがわからない兄妹のサーヴァントたちは、すでに理解を放棄している。本来なら、そんな宝具、世界から存在ごと抹消されそうなものだが、魂はより高次元の世界のものであるため、せいぜいこの世界は主人公縛りをするしかなかったのだ。

 

「じゃあ、なんで今回は勝てたんだよ」

()()()()()()、ただ負けなかっただけさ。負け続ける運命の中、あたしたちは初めて負けなかった。伏線がないのが伏線なんだ。だから、アニキも転生者であることを最後まで隠してたんでしょ? あたしたちは、神の視点(読者)を騙くらかすくらいじゃないと、不意をつけなかった。例えば、あたしが最初から参加して、この子が本気を出していたら確実に負けていた。しかも、負けてやり直しがきくのは今回の主人公役であるお兄ちゃんだけ。一手目から間違えたら、その先も負け続けるんだ。だから、あたしは物語に対して急な存在として、最後の番狂わせとして参加するしかなかったんだ」

「で、その結果がそれか」

 

 人王ゲーティア・リリィとでもいうべきか。精神性も幼く、妹に何を語られたのかは知らないが、懐いている様子だった。いまだに涙目ではあるものの、妹にべったりである。

 

「そ、ゲーティアも死なず、人理を修復する。一見勝ちのように見えるけど、これはただ爆弾を抱えただけ。それこそ、今度は下手したら寝首を掻かれそうなほどのね。実際、魔神柱が何体かこの空間から逃げたっぽい。もしかしたら人理焼却の再燃だね」

 

 そういった妹は、ゲーティアの金の髪をなでる。人王はまんざらでもない様子でそれを受け入れた。

 

「つまり、俺たちの役目はこいつらがビーストとして復活しないために、なんとかするってことか?」

「さあねー、今後のことについては全くと言っていいほど考えてないんだよねー。一応、システムとカルデアは存在するから英霊たちのこともあるし――――」

 

「「ま、なんとかなるでしょ」」

 

 さしもの英霊たちもこの意見には笑った。兄も妹も同じように笑った。

 

「そういや、アニキ、弁当は?」

「もってきてはいるけど、ここで食うのはなぁ……カルデアで食おうぜ」

「おう!」

 

 こうして、兄妹の長い旅路は終わった。

 

 さあ、お腹が減った。

 ご飯を食おう。なぁに、ちょっと作る量が増えただけさ。

 いつもと同じ、愛情込めた料理を作って、酒を飲み交そう。




その結果、現存する女性サーヴァントたち(一部別性)との大恋愛という調理場に立たされることになった藤丸立花であったが、それもまたおいしい物語なのだろう。

「では、その極上の味、いつか食してみたいものですね、ふふっ」

どこか遠くで、淫靡な女の声が聞こえた気がした。


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Fate/Cooking Order
アヴェンジャージャンヌダルク・オルタの場合、あるいは姉気分


おなかがへった。
さあ、楽しい楽しい食事の時間だ。
でも、メインディッシュにはまだ早いかな?


「ねぇ、ちょっとサーヴァントが増えすぎじゃないかしら?」

 

 ジャンヌダルク・オルタは、マスターである藤丸立『花』の部屋でそう切り出した。そこには、ジャンヌダルク・オルタ以外にも彼の古参サーヴァントであるアルトリア・オルタとメドゥーサがいた。ちなみに、処女系ビッチな某後輩系サーヴァントはここにはいない。

 

 アヴェンジャー・マシュは現在、純情系後輩なシールダー・マシュ、清姫やマリーとともに午後のお茶会の最中である。なお、本来ならそこには立花の姿があったはずのだが、“あの”ジャンヌダルク・オルタが割と真剣な表情をして相談があると言い、古参メンバーをマスターの部屋に集めたのだ。

 

 そして、ジャンヌオルタのその言葉に激しい同意を示したのは、アルトリア・オルタだった。

 

「うむ、マスター、そもそもここは我らのカルデアだ。そのくせ、このカルデアの多くを闊歩しているのは、お前の妹、藤丸立『香』のサーヴァントたち……これは由々しき事態だと言わざるを得ないな。というかあれだ。白ならまだしも青だとか赤だとか、多すぎだろう私が」

「いや、アルトリアさん、それヒロインXさんのセリフだからね。キャラ取んないであげて」

「いえ、それを言うなら私もランサーだとか果てにはアヴェンジャーとかいるんですけど。というか、ランサーの私が彼女をマスターだというのはわかりますが、どうしてアヴェンジャーの私がリツカをマスターだと言っているので? 彼女、結局最終局面いませんでしたよね? むしろ、召喚されたの人理修復が終わってからですし」

「あー、あれね……皆がどんちゃん騒ぎしている中、この馬鹿が勢い余って召喚したのよね。どうしてかしら? 同じアヴェンジャークラスなせいか、彼女に関わる気は毛頭一切合切ないというのに、少しだけ親近感がわいてくるるんですよね……」

 

 それ、あんたらが素直じゃないせいだろう。この場にいるものはそう思ったが、言ったところで認めないのがジャンヌオルタだということを知っている三人は、大人しくほほえましいものを見る目というか、可愛い馬鹿を見るような目で彼女を見ていた。

 

「まあともかく、私として腹立たしいのは、このカルデアにあの聖女様がいることです! というか、何かしらあの女!? どうしてお互い無視しあえばいいものを、わざわざ干渉してくるのかしら!? しかも姉面で! 姉面で!」

「そう重要なことでもないだろうに、わざわざ二回も言うな、魔女。というか、そのあたりの理由は大体想像がつくだろう? 大方、あっちの妹マスターの方に影響を受けているのだろう。あの女はポジティブというか、色々と私たちとは真逆の立ち位置だからな」

「彼女、生粋の英雄気質ですからねぇ……サーヴァントの一人や二人に変化をもたらしても不思議ではないでしょう」

 

 まるで藤丸立香が人外のように話す三人だったが、そうはいいつつも彼女たちのマスターである藤丸立花も人外具合ではそれなりのものだろう。何せ、この場にいる彼女たちを含め、巌窟王や酒呑童子や茨木童子、ジャック・ザ・リッパーに果てはティアマトに変革をもたらしたのはほかならぬ彼である。

 彼が彼女たちに与えたのは、主に料理。胃袋を掴んだのだ。ついでに、女性サーヴァントに関していえば恋心(ハート)も掴まれていたりするが、深く考えると論争が巻き起こりそうなので、ここでは割愛する。

 

「いや、百歩、いいえ、永劫歩譲ったとしてもこの私に姉面はないでしょう!?」

「永劫歩譲るって、貴様どれだけ懐が広い……いや、むしろこの場合は狭いのか?」

「どっちでもいいわな。つーか、俺個人的にはジャンヌさんの方が姉な印象あるんだけど」

「はぁっ!? あんたまで何言ってんの!? 馬鹿なの? 死ぬの?」

 

 どうやら、ジャンヌオルタはルーラー・ジャンヌに姉面をされていることが気に食わないらしい。しかし、そういうところが妹気質なことをこのサーヴァントは知らない。仮にあのルーラーがオルタに姉面をされたしてもほほえましい表情で見守るのだろう。

 

「……いいでしょう。そこまでいうのであれば、私がいかに姉であるのかをとことん教えてあげようじゃない!」

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 ここは食堂。主にサーヴァントたちがくつろいでいる憩いの場となっている場所だ。ここにいないサーヴァントと言えば、だいたい引きこもってるか修行しているかくらいだろう。ちなみに、立花の反英霊属性持ちのサーヴァントのほとんどは引きこもっている。

 そして、そんな憩いの場に立花とルーラー・ジャンヌの姿があった。

 

「…………あの、お兄さんマスターさん。どうして私はここに呼ばれたんですか?」

「うーん、なんだかよくわかんないんだけど、ジャンヌオルタが意固地になっているというか……あと、ジャンヌさん。お兄さんマスターさんって呼びづらいだろうから、もっとフランクな感じでいいよ」

「では、お兄さんでお願いしますね」

 

 そっちを選ぶのか……いやまあ、彼女にとってのマスターと言えば、妹である立香のことになる。だが、だからと言ってお兄さん呼びはどうかと思う立花であった。

 

「なぁに、喜んでんのよ、馬鹿マスターさん」

「えぇっと、オルタ? その恰好は――?」

 

 二人の前に現れたオルタは、エプロンを着けてお玉を片手に立っていた。あまりにも見慣れない姿に、ジャンヌは目を疑った。

 

「見たら分かるでしょ? 料理を振舞うのよ」

「誰が?」

「私が」

「誰に?」

「あなた方に決まっているでしょう?」

「…………あの、オルタ、宝具じゃ料理はできないんですよ? 黒こげになっちゃうんですよ?」

「普段、あんたが私をどういう目で見ているのかわかりました……いいでしょう! この、ジャンヌダルク・オルタが、本気を見せるときは今! 心して待っていなさい!」

 

 意気揚々というか、自信満々にキッチンへと向かうオルタ。それをジャンヌは、不安そうな表情で見送ることとなった。

 

「あ、あの、お兄さん? 大丈夫なんですか?」

「え、何が?」

「いや、何がって……彼女に料理なんて――――」

「できるけど、あいつ」

「――――――――え?」

 

 驚愕の事実。いまだに理解しえない情報ワードに、ジャンヌは硬直した。逆に立花と言えば、そんな反応を見せたジャンヌのことを不思議そうに見ていた。

 

「ほ、本当なんですか?」

 

 ジャンヌ、震え声である。

 

「えっ、いやいや! ジャンヌさんも料理くらい作れるでしょ?」

「…………」

 

 ジャンヌは、そっと目を逸らした。その行動は言葉以上に物を言った。

 

「いや、作れないことはないんです……でも、マスターの元だとエミヤさんとか、ブーディカさんなどがいて、その、作る必要がなくて……正直、今は人に振舞えるほどのものが作れるかというと……」

「えっと、うちのオルタは俺が直伝してるんだけど……」

 

 発端は、彼の女性サーヴァントたちの『太りたくない!』という声がきっかけである。立花の作る料理は、もはや神秘の域にまで達し、英霊すらも霊器ごと大きくする。そのため、食べれば食べるほどに体重は増加するのだ。しかし、魔力を発散させることで問題は解決していたのだが、とうとう需要と供給のバランスがおかしくなってい来たのだった。

 

 つまり、おいしいので食べるけど、だんだん発散が追いつかない。

 

 理由? 立花のごはんを食べ続けるからだよ。

 

 そこで、彼女たちが思いついたのが、自分たちで作ろうということだった。

 

 そもそも食わなければ解決する? 一目見るだけそのサーヴァントの心身の状態を、食欲に関するものから察するマスターが一緒にいるのにか? 食べたいときに、食べたいものをさっと作ってくれるレベルのクッキングマスターのもとでは、それは無理な話だった。

 というか、そもそも食の楽しさを知ってしまった今では、すでに遅かった。

 

 しかし、ここでいくつか問題が発生する。

 

「飯を作れだと? 私は食べること専門だ」

「うちもやねぇ……ていうか、鬼であるうちには、そんな器用なこと期待せんといてや」

「言っておくが、オレにも期待をするな」

「同意だな。そもそも、私は外に出たくはない」

 

 初めから作る気がないもの。

 

「キャハハッ、おかーさん! これ楽しいよー!」

「ウゥッ……でき……ない」

「Aa……」

 

 致命的なレベルで料理に不向きなもの。

 

 結局、彼のサーヴァントで料理を習い始めたのは、マシュ、オルガ、メドゥーサ、そしてジャンヌオルタだった。おかげで、立花自身も料理を教えるという楽しさも知ることができた。

 

 その結果、

 

「はい、できたわよ」

「――――おい、しいです」

 

 ジャンヌは、立花の料理が神がかっているというは知っていた。事実、女神系サーヴァントや王様系サーヴァントですら、彼の料理にはうなるものがある。しかし、これは――――この料理が自分の側面が作ったものだと言うのか……。

 

 この日、ジャンヌオルタは一日中全力の姉面を晒し、それをどこか悔しそうな顔で見つめるジャンヌという、極めて珍しい姿が見られたという。

 しかし、その後、ジャンヌ本人に加え、エミヤや頼光も加わった料理ガチ勢の参戦により、藤丸立花の料理教室は大きな賑わいを見せ、先輩であるジャンヌオルタも教える立ち位置になって、開催されることとなったのは、ちょっとしたスパイスだろう。

 

「こんな、こんなはずでは……」

 

 加えて言うと、立花陣営のサーヴァントは、マシュを除き、ほぼコミュ障である。

 なぜだか、まったくもって関係のないカルデア唯一の風紀委員の巌窟王が苦労を被ったのは、もはや言うまでもない。



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アヴェンジャー巌窟王の場合、あるいはバレンタイン

さて、では食前酒代わりにこちらを。
まずは一口、淹れ立てのコーヒーはいかがでしょうか?
むろん、苦みが苦手なあなたには、砂糖壺とミルクポッドを添えて。


 カルデアにおいて唯一の風紀委員である巌窟王の朝は早い。非常時に最もマスターの警護に回れるように、彼の部屋は立花の隣に設置してある――のではない。立花の隣に巌窟王の部屋がある理由は、そんなもっともらしいこととは別にあった。

 

「おい、マスター! 朝だ、早く起床を――」

 

 さて、おかしいことが起きている。まず、ここはマスターである藤丸立花のマイルームであり、ここにいるのは立花だけであるはずだ。しかし、現実から目を逸らしてはいけない。そう、例えば立花の眠るベッドが異様な膨らむ方をしているなんてことあるはずが――――。

 

「ん、んぅ? ふわぁ……なんだ、巌窟王。もう起床の時間か?」

「ああ、そうだな。――――さて、騎士王。なぜここにいる?」

 

 安心しろ、巌窟王はいつだってクールガイなのだ。紳士なのだ。だから、いつまでたってもマスターの部屋への侵入癖がなくならないこの馬鹿を前に冷静でいられるのだ。

 

「んくっ、こらっ、立花。寝ぼけているからと言って、胸を揉むな」

「よし、今から貴様らの目を覚ましてやろう。ああ、気にするな。ちょっと焦げるだけだ」

 

 そう、巌窟王がマスターの隣に部屋を持っているのは、いまだにギリギリ童貞を貫き通しているこの馬鹿の初めてを虎視眈々と狙う雌豹どもから警護するためである。警護の依頼はマスターの妹様である立香の依頼であり、半ば拳で脅されかけたため、泣く泣くやっている。

 なお、当の妹様は、清姫を抱き枕に就寝するという心臓に毛が生えているとかそういうレベルではないお方なのである。

 

 ――――――改めて考えるだけで色々と頭痛がするのでやめておこう。

 

 これは、神域へと届かんとするマスター二人がいるカルデアで、なぜだか人一倍苦労を被っている風紀委員の話である。

 

「いいからオレの安寧のため、今すぐ出ていけぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 キャラ崩壊? 今更、このカルデアに常識なんてないのよ。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

 巌窟王は、カルデアの喫煙スペースで煙草をふかしていた。近年の禁煙化運動からもわかるように、カルデアは基本的には禁煙である。しかし、カルデアの職員にも喫煙家はいるということもあり、いくつか喫煙スペースというのは作られていた。

 

 そして、色々な苦労が重なっている巌窟王は、当然ストレス発散に煙草を吸う。普段なら、自室で吸うだけで済んだのだが、今朝の戦闘のせいで自分の部屋まで少し被害を受けてしまい、大人しくここで煙草を吸っているというのが、現在の状態であった。

 

「クッ、胃が、胃が痛い……」

「アハハッ、モンモンは大変だねぇー」

 

 巌窟王。つまりは、エドモン・ダンテスのことをモンモンなどという呼び方をする命知らずは、このカルデアに唯一一人。藤丸立香その人だけである。

 この妹様、腹正しいことに面倒ごとは押し付けてくるくせに、そのアフターケアだけは忘れないのである。さすが妹様、もはや『さすいも』状態である。

 

 まあ、巌窟王にとっては厄介ごとと相違ないところになるが。

 

「他人事のように言うが、もとは貴様の依頼――脅しのせいだぞ」

「えー、あたしはシャドーボクシングを見せただけなんだけどなー」

「物理的に大気が軋むような拳を振るうな……」

「ふぇ、でもこれくらいやんないと、ヘラクレスとのスパークリングはついてけないよ?」

 

 そもそも前提条件からして頭のおかしい話だった。

 

「で、オレはいつまでこのわけのわからん仕事を続けねばならんのだ? 貴様が何を憂慮しているのか知らんが、とっとと奪うでも食らうでも、あの男に行動を起こせばいいだろう?」

「んー? いやー、それはダメだよ。それじゃあ、納得できないね」

「納得?」

 

 立香は、多くの死を乗り越えて生き死に続けた彼女は、その思いを語る。あるいは、その重いを騙るとでもいうべきだろうか?

 

「いやさ、別にあたしとしてはお兄ちゃんがどこの誰と幸せになろうと、あるいはどこの誰かに不幸にされようと、それはお兄ちゃんが選んだことなんだから、仕方がないと思ってるんだ。特に恋愛においてはねー。自分の選択で他人のことまで責任を持たなきゃいけないんだよ、恋愛ってやつは」

 

「ま、わかりやすくいうならお兄ちゃん自身の選択にゆだねられるってことだね。そういう意味では、みんな偉いもんだよ。マシュも、オルガも、アルトリアも、ジャンヌも――誰しもがお兄ちゃんの選択を待っている。本当に本気で耐え忍んでいる」

 

「モンモンはさ、あたしがカルデアで、お兄ちゃんとの接触を控えてるのはわかってるよね? それはそういう意味なんだ。今あたしがお兄ちゃんに会うのは、得策じゃないかなー。なんたってあたしは――お兄ちゃんをあいしちゃってるからね。人類最後のマスターだとかそういうことをどうでもよくなって、兄一人を救うために死に続け、生き続けたあたしが、殺し続けたあたしが――あいしてるからね」

 

 例えるなら、清姫はどうだろうか? 惚れた男に、絆された男に裏切られ、その身とともに焦がし尽くした彼女なら理解できるのだろうか? 重い思いの想い。形容しがたい感情の波に、理性という脆い薄壁で耐えているこの少女の中身を。

 狂えたのなら、あるいは、狂っていたのなら――少女は人類悪などというものを超えていただろう。愛も悪も善も始まりも終わりもない、そんな存在に。

 

 人類悪というのは、人がいて初めて成立する。人がいなければ存在しえず、人により始まり、人を終わらせるためにある概念だ。

 

 だが、この少女はおそらく――。

 

「ああうん、今のあたしは大丈夫だよ? そりゃそうさ、あたしは藤丸立花の妹なんだから」

「――――もしも、人類最強、人類最弱、人類最悪、人類最終……そんな言葉があるのだとするなら貴様にふさわしい言葉が思いついた」

 

 ――――人類最哀。

 

 そんな言葉を思いついた。そんなひどい言葉を。むろん、巌窟王がそれを言葉にすることはない。

 たぶん、この少女は誰でもよかったのだ。誰でもよくて、誰かを欲していて、それがたまたま藤丸立花だったのだろう。

 

 それもそうだ。

 

 誰も知らないのだから。

 

 誰も、最初の藤丸立香を知らない。

 

 気が付けば、彼女は拳を振るい、言葉を叫び、傷ついていた。とっくの昔に手遅れだったのだろう。あるいは、藤丸立花が始まるよりもずっと以前から、少女は壊れていたのだろう。壊れ方がよかったのだ。粉々になった破片がうまく、それでも歪に、かろうじて形になることができた。

 

「貴様は……愚かだな」

「何? 慰めてくれるの?」

「いや……それで? 貴様はマスターのどんな選択なら納得できるというんだ?」

「〝全部〟だよ。歩みも停滞も、逃避も――お兄ちゃんの選択ならすべて受け入れる。だから、あたしは待っている。でも、そろそろ大丈夫じゃないかな? お兄ちゃんはあたしと違う。あたしと違うまま、強くなっていっている。だから――――」

 

 騒がしい音が聞こえてきた。姦しくも、暖かい、そんな響き。

 

「――――んで、あんたは侵入癖なおんないのよ!?」

「ふんっ、王の特権という奴だ」

「いやいや、先輩相手に王様振んないでください!」

「ふむ、セイバー。それ、多数参加はありですか?」

「あの、メドゥーサ? それ、本人の目の前でする話じゃないと思うんだ」

「言っとくけど、そろそろ元局長として止めてあげてもいいんだからね?」

 

 藤丸立花がいた。少年の周囲には、いつも誰かがいる。それは藤丸立香にも言えることだろう。少女だって慕われている、敬われている。でも、それでも少女が欲したものは少女なのだろう。少年を見つめる少女の目に見える羨望は、恋慕は、信頼は、あらゆる感情がそれを示していた。

 

 だが、一つだけ少女がしている勘違いを訂正しなければならない。

 

「なあ」

 

「何?」

 

「お前は――――()()()()()()

 

「―――――」

 

 唖然とする少女。その瞳は、何も理解していない。

 だが、それでいいのだと思う。そうあるべきなのだとも思う。

 

「ねぇ、それってどういう……?」

「さあ……な。だが、これで〝あのとき〟の借りは返した」

 

 巌窟王はそういうと、背を向けて歩みだす。

 

「ダメ」

 

 少女は、そのマントの裾を掴んだ。その手は震え、顔はうつむいていた。さながら、雨に打たれる子犬のようだ。いつかの世界で、いつかどこかで見たような……そんな印象を抱かざるを得ない、そんな弱弱しい少女の姿だった。

 

「ちゃんと話してよ」

「何をだ?」

「そんなの、わかんないよ。でも、あたしのわからないことを、あなたは知っている」

「気のせいだろう」

「違う。違うよ」

 

 駄々をこねる子供のようだった。自分の脈絡のない言葉が伝わなくて嘆く、幼子のようだ。

 

「ねぇ……置いていかないでよぉ……」

「…………」

「あたし、頑張ったんだよ……?」

「…………」

「頑張って、頑張って、頑張ったんだから……」

「…………ああ、そうだな。お前は頑張った」

「……うん……うん…………ありがと、モンモン……」

「……ふん」

 

 話をしよう。とある少女と、そんな彼女を支えた始まりの復讐者の話を。

 

 なに、そう何行を言葉を重ねる必要はない。多くの言葉を語る必要だってないのだから。

 

 彼女が歩んだ生と死の目の前では、ページ一枚にも劣る戯言の過ぎない。

 

 ゆえに、たった一言でこう締めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハッピーバレンタイン。恋人たちに祝福を。




すべての人を救うことなんてできない。
たとえそれが、主人公であっても。あるいは兄であったとして。
でも、そんなあなたを救いたいと思っていた人は存外、傍にいた。
人は、誰に知られずとも救われている。

これは、そんなよくある『恋物語』に過ぎない。

あれだ、恋だの愛だのは、嘘か真か――あなたが思っている以上の奇跡をその身に起こすのだよ。


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