プリモベル (しらてぃあま)
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プロローグ:黒と白

オリ主の脳内CVは 朴璐美 さんでお楽しみ下さい。



大きなロッキングチェアに深く腰掛け、家の窓から見える黒いスモッグが掛かった暗い景色を眺めながら、机の端に追いやられすっかり冷めきったカフェオレを口に運ぶ。

 

「うっ………やっぱりブラックにしとけば良かった」

 

 

深く沈んだ腰を今更起こすのは少々気だるく感じるも、飲むなら美味しく頂きたい。

 

 

いつも肌身離さず身に着けている黒のネックレスを撫で、最愛の者から送られて来た手紙を読み返す。

 

「22日…………いよいよか」

 

部屋にあるPCの電源を点け、己の今日まで過ごしてきた多くの出来事に思いを馳せる―――

 

 

 

 

例えば自分の暮らしている世界が、強烈な有害放射線や化学的有毒物質等の大気汚染が蔓延っており、〝とある対策〟を取らなければ確実に生存不可能な環境下にあるとしたら……どう思うだろう?

ちなみに〝とある対策〟と言うのは、頭部全体を一切の隙間なく覆うガスマスクとやたらと重量のある分厚い防護服をこれまた一切の隙間なく着込んでいる状態で居る事。

もしくは、ガスマスクや防護服の様な対策が取れた状態にある建物に居る事だ。

何の対策も取れず問答無用で死ぬ世界でないだけ、大半の人は何百歩譲っても…いや何万歩譲っても「最低の世界だ」と感じる事は間違いないと思う。

 

非常に残念な事だが、そんなクソみたいな世界は実在する。

 

 西暦2138年

 

私……… 〝希与(キヨ)〟が居るこの世界はとてつもなく荒んでいた。

きっかけは人間同士の戦争。

 

大気は人間たちの争いによって有毒物で汚染され、まともに呼吸すら出来なくなった。

凡ゆる動物達は死滅し、大地も水も干上がり草木すら枯れ、黒と灰色に染まった生命の息吹を全く感じることがない今の世界を誕生させた。

 

荒んでいるのはそれだけに留まらない。

人間社会には、富裕層・一般層・貧民層という明確な弱肉強食の格差が存在し、その摂理が齎す輪廻が荒んだ世界を更に後退させ続け、確実に絶滅の歩みを進めてしまっている。

 

富裕層は巨大企業が莫大な資金力で富豪や企業幹部の住める場所、"良質なアーコロジー"という唯一生命がまともに活動できる超巨大な施設を建設したが、そこでこの期に及んで更に増幅する欲望が富裕層同士の争いに発展しては、また一人また一人と無駄に生命を消していく。

資金力は眼前の欲望を満たす為にしか使われず、現状を解決してより良い未来へ繋げよう――なんていうのは存在しない。

 

貧民層は放射能や有毒物の影響を直に受け、安全な呼吸すら出来ない無法の地で生命の奪い合いの最中に存在し、瞬きの合間には目の前で誰かが死んでいる。

極限の弱肉強食の環境下である。

 

富裕層ほど権利も資金力もない一般層達は、良質ではなくとも安全なアーコロジーで当たり前の衣食住が得られる生活を確保する為に一生懸命に働く。

それも身を粉にするくらいのレベルが基本だが、稼げば稼いだ分だけちょっとした贅沢を味わえる事は可能である。

 

一見して一般層はマシだと感じるもしれないが、全くもってそんな事はない。

精神的にも物質的にも共食いを続けている人々が周りに存在している限り、何の影響も受けずにいられる訳がない。

人、時間……何の切っ掛けが元で何時どう転ぶかは誰にも分からない。

一般層達はいつ崩れるかも分からない危険な足場に立っているも同義だ。

 

大袈裟な比喩でもなく、富裕層だろうが一般層だろうが貧民層だろうが…… この世界に生まれてしまった以上、結末は全て同じ。

このままでは間違いなく人類は近いうちに絶滅すると断言出来る。

 

 

こう言い切れてしまうのも、私は凡ゆる格差間での生活を経験をするという、山あり谷ありな稀有な人生を送ってきたからだ。

貧民層、富裕層、一般層 という流れだ。

 

私はおそらく貧民層の生まれで……まぁ一口に貧民層出身と言えど、その中でも最底辺に位置する奴隷群区の出身だと思う。それも物心が付き始めた10歳にも満たない幼少の時だ。

気が付けば、私の身の回りには家族も友達も居らず、既に独り身だった。

 

奴隷群区では法律なんてモノは微塵も存在しない。

人身売買・殺人・人間同士の共食い・死体遺棄etc――挙げればキリがないが、そんな事が当たり前に起きている。

私はそんな所に両親の借金のアテにでもするべく売られた。もしくは子ども一人の面倒も見れない程の金銭難に陥って捨てられたか。本当の理由は分からないしどっちでもいいし知りたいとも思わない。

何にせよ真っ当なものじゃない容のは確かである。

 

奴隷だった幼少期、生きていく為に死という恐怖と隣り合わせの危険な環境下で一生懸命に働いていた。

 

私と同じ奴隷を売買目的で訪れる富裕層達に対して、彼らの身に付けている衣服や靴が汚れない様に、色々な汚物で汚染された歩道を整備する仕事をしていた。

仕事と言っても、当然奴隷達に企業や奴隷商人からお金が支払われて雇用されている訳ではないので、まともなものでは一切ない。

富裕層から拾われる事を目的にした自発的行為――要するに只のボランティア活動である。

従業員はなんと1名。私のみだ。

当初は10人くらいは居たのだが、いつの間にか1人になっていた。

別に嫌われてハブられたとか、すき好んでボッチロードを求めたとかそういう事ではない……と思っている。

 

これにはちゃんとした理由がある。

そもそも死と隣り合わせの環境というのは、何も大気汚染を始めとする有毒物質等のせいだけじゃない。人体に溜まった有毒物はお金さえあれば特殊治療でほぼ完治が出来るので問題ないのだ。

 

奴隷群区にも色々なエリアがあるが、その中でもここは人身売買を専門とする場所であり、このエリアでは人を食べ物の様にしか見ていない大勢の人間達が蔓延っていた為だ。

何よりも先ずそれらから生き延びなければならないという環境があった。

 

人身売買を取り扱い管理する奴隷商人としても、己の生命線となる商売の安全の為に当初は奴隷達に命じて無理にでも仕事をさせようとしていたが、人喰い共の数が許容範囲を超える程に増加したのだろう、あっという間に管理不能に陥っていた。

その時は、まさかそんな事になっているとは知らず1人になっても商人を見かけなくなっても、私は特に違和感も感じずそのままボランティア活動を続けていた。

というかやるしかなかった。

何せ味方0人の10歳にも満たない非力な自分の身を守る術はこれしかない。

 

同族である人間から喰べられるかもしれない恐怖と毎日付き合う感覚ときたら、今思い返しても凄まじいものであるが、同時にそんな風に成り果ててしまうのも無理もない事だと思っている。

全ての生ある存在が生命維持を続ける為には、大まかに言えば水分と栄養を体内に取り入れる事。

ここでのその源は有毒物で汚染された雨水を啜り、栄養補給といえば富裕層の気まぐれによって得られる食べ物の僅かな食い残しを漁るという手段しかなかった。

しかももっと深く掘り下げて言えば、汚染された雨水を飲み続けていると全身の骨が段々と溶けていくし、脳細胞を著しく破壊させてしまうのである。

水を飲まねば死ぬが、飲んでも死ぬ。喰べられるモノは―――狂って当たり前だ。

 

私が無事だったのは、歩道のゴミを地中に埋めようと奥深く掘っていたら、穴の周りからポタポタと綺麗な水が溢れてきているのを発見したからだ。

砂や小石や炭などを使えば、汚染水でもそれなりに濾過出来るという事にかなり早い段階で気がつけたのは本当に暁光だった。

 

加えてこのエリアを管理する奴隷商人が人喰い共に襲われて死亡していた事を知れたのも大きい。おかげで商人が貯めていた膨大な数の食料品が野晒し状態になったのだ。

当然の如く、そこでは我先にと食料を盗んで行く者や奪い合う者と酷い有様となる。

私も奴らと同じ様に盗み出したが、人の群がらない最低品質の食料品から率先して盗っていった。この時代の一般的な食料品と言えば栄養補給用の流動食であるが、その中でも最低品質の食料というのはもっと酷い。

 

暫く放置された使用済みの油の中に異臭を放つ腐った残飯をぶち込んだ粘体物……といった感じだ。ハッキリ言って口に入れた瞬間吐き出したくなる程に不味い。

だからこそ誰も捕りたがらない。

それでも最低限の栄養は摂れる。せっせとゴミ埋めの為に作った幾つもの穴を秘密の隠し場所としても利用し、暫くの間飢えを凌いだ。

 

そんな過酷な環境下で生活をしていると、生物というのは希に生きる為に自然と潜在能力が引き出される事もあるらしい。

そして私もその恩恵に運良く与った。

 

私の場合は『身体能力』と『観察能力』だろう。

 

『身体能力』に関しては、初めて数人の人喰い共から襲われたのが切っ掛けだ。

歩道整備の最中、背後から獣のような唸り声が聞こえ振り向けば、虚ろな表情をした数人から突如ぶん殴られた。

何の反応も出来ずに地に倒れた私の首元を握り締めてくる奴や、体中噛みついてくるのもいた。

殴られた衝撃だとか、呼吸が出来ない苦しさだとか、体中の肉を噛み千切られる様な痛みだとか……滅茶苦茶に思考が混同する中で、

ただ"死にたくない、死んでたまるか"という思いが強く湧き上がっていた。

 

こんな絶望の世界に生まれていながら、今も今までも死に抵抗して生きようとしている自分がいる事に気が付いた瞬間、心臓から体中の筋肉が張り上がる感覚がした。

もはや奇声に近い大声を上げて、我武者羅に手足をバタつかせて暴れた。

そのおかげで歩道整備の為に使っていた小さな鉄の棒が偶然武器になった。

硬くなった土地を日々削っていた鉄の棒は先が尖がり鋭くなっており、それが首を絞めていた人の頭蓋に容易く突き刺ささった。

その人は糸が切れた様に私に力なく覆いかぶさって、己の顔と視界が大量の血に真っ赤に染まっていった。

そこで一度意識が途切れた。

 

どれほど時間が経過していたのかは分からないが、ふいに妙な甘い香りが鼻を抜けて、何となく自分に向けられている視線を感じてそこで初めて意識が戻った。

顔を動かし捉えた視界には、まるで原型を留めていない無残な血みどろの肉塊がそこら中に転がっていた。

無心でその光景をしばらく眺めたあと、未だに僅かに香る心地良い甘い匂いを楽しむように何度も深呼吸をした。

ジクジクと痛む血みどろとなった手を意味もなく握っては開くを繰り返した。

自分が殺人をした事への罪悪感は微塵もなく、じんわりと湧き上がってくる生き延びた事への高揚感と安心感に浸り身体を震わせながら、暗雲が篭る空を見上げて喜びの雄叫びを上げた。

 

その後も何度か襲われる事はあったが、その度に全く同様に肉塊を作っては生き延びる事ができていた。

3度目くらいからは身体が慣れてきたのか、意識が途切れる事はなくなり、自分の意思で身体を動かせるようになっていった。

それからは、より効果的な力の使い方を学習し、さらに『身体能力』を向上させる事ができた。

 

『観察能力』に関しては『身体能力』を身につけていった延長線として身についた能力だ。

より安全に確実に人食い共から身を守る備えの一環として、その人間を観察し大方の性格や特徴や習性というものを把握して動くことで、自分に掛かる危険を大きく回避出来るという事が分かったからだ。

 

そして『観察能力』は富裕層の人間相手にも有効だった。

気に入られる言動や行為を観察して覚え、それぞれに演じ分けをする事で気まぐれの食べ滓に高い頻度で恵まれた上に、ゴミ同然にしか思われないはずの奴隷である自分の存在を記憶させる事が出来たと思って良いだろう。

何せ数日後には富裕層に拾われた。

大きなリムジンのトランクの中で、以前初めて襲撃された後に嗅いだ事の有るあの妙な甘い匂いを堪能しながら

『過酷な生存競争を完全に勝ち抜いてやったぞ』と心の底から喜びを噛み締めていた。

 

それから主の住まいである大きな屋敷に運ばれると、〝D・アテル〟の文字が刻まれた名札を首に付けられ、そのまま直ぐに見た目の美しいメイドに手を引かれ風呂場に通された。

そのメイドは、色んな汚物で汚れた私の身体を嫌な顔一つせず、綺麗なお湯をたっぷりと使って優しく丁寧に洗い流してくれた。

おかげで常に生死の緊張感を持ち続けていた体はホクホクに解れきり、心地良い眠気を味あわせてくれた。

そしてツギハギだらけではあるが衣服を着せて貰った。

今まで全裸が標準だった事を考えると、思わずニッコリと口角が持ち上がった。

更には放射能汚染を取り除く高額な治療まで施してくれた。

 

優しい介助の中で暖かいお湯で綺麗になっていく身体と、人としての最低限の尊厳とも言える衣服に加え、放射脳汚染の治療――……数々の施しにあの時は産まれて初めて誰かから優しくされるという経験に、本当に嬉しくて暫く泣きじゃくっていたものだ。

 

何せ放射汚染された身体を持つという事は、奴隷の証である。

それを浄化してくれた屋敷の主の存在に忠誠心を抱くのは必然だった。

 

主様が下さった優愛の力で、晴れて立派に生物として幸せに生きていける――

 

当時はそんな事を思っていたが、実態はそんなものではないと、すぐに理解させられた。

 

メイドと共に主の居る居間へと向かった先では、〝 S 〟や〝 A、B 〟と文字が刻まれた、名札を首につけた同年代位から成人しているであろう美しい女性達がこちらを向いて大勢立っていた。

特に S の人達は皆飛びきり綺麗だった。

予想だにしない光景に一瞬困惑したが、笑顔の主様をチラリと見て、自分以外にもその優しさを施して下さった者達なのだろうと解釈していた。

彼女達は全員が一様に、体の血色もかなりよく健康的な事が伺え、幸せそうにニコニコと微笑んでいたからだ。

 

しっかり櫛を通された綺麗な髪と、麗しい面持ちに似合う様に、着用している服装も如何にも高級品であり、とても妖艶な雰囲気を醸し出していた。

再びトランクの中でも嗅いだあの妙な甘い香りが彼女達の居る方向から漂い、私の呼吸は不思議と荒くなっていた。

そんな私を見てか、ややつり目な美しいブルーアイと桃色の髪が特徴的な同年代くらいの〝フェル〟という文字だけが刻まれた名札を付けた子が私に近づき、細く綺麗な指でいきなり私の頬を撫でながら『楽しみね』と耳元で小さく囁いてきた。

どうやらあの香りの発信源はフェルという女の子からだったという事を知ったその瞬間、

全身に未知の感覚がゾクゾクと走り抜けて、訳も分からず下腹部辺りが妙に熱くなっていた。

 

得体の知れない感覚に戸惑い首を傾げていたら、

私の背後の通路から C や自分と同じ D の名札がつけた子らが数名出てきた。

彼女らは S、A、B とは対照的で、体はやせ細り、髪もボサボサで虚ろ気味な表情をしていた。

生気を感じられない悲壮感を漂わせ、衣服も私と同じツギハギだらけのモノだった。

 

嫌な予感がして、つい自分の髪にゆっくりと手を伸ばした。

 

それと同時に、

主様からこの屋敷でのルールや在り方などを大まかに教えられた。

 

私の見た目もCやDの彼女らと同じだった。

 

 

名札に刻まれている S~D の頭文字には意味がある事を理解し、

私の知るものとはかなり異質な精神的弱肉強食の世界が形成されており、明確な上下関係が存在している事も理解した。

 

血の気が引いて、吐きそうになったが、それでも『生き抜いてやる』という思いだけは変わらず在り続けた。

 

その後は主の望む召使いとしての役目をこなしていく為に様々な分野を勉強した。

『観察能力』も精一杯活用しながら、とにかく一生懸命に努力した。

 

文字を覚え、表情の作り方や凡ゆる手管を覚え、とにかく一生懸命に働いた。

時には顔を背けて逃げ出したくなる汚らわしい奉仕を幾度となく強要させられたりもしたが、私はそれがさも極上の喜びであるかの様な態度と表情でそれらに応えていった。

奉仕を拒否したり嫌悪感を少しでも出せば、主によってランクを下げられていく事になる。

そして最終的には E の名札をつけられるからだ。

そうなってしまえば、卑下た表情をして痛々しい鉄製の道具を持った数人の男達によって小部屋に引きずられていき、夜な夜な甲高い悲鳴を響かせるだけだ。

大抵は2~3日もすると何も聞こえなくなるが、連れてかれて二度と姿を見なくなった彼女達の結末を想像するのは難かしくない。

 

努力の甲斐あって、1年もしない内にCランクにまであがる事が出来た。

Sランクの人達が『よく頑張ったね』と滅茶苦茶褒めてくれたのにはかなり驚いた。

意外と言ってはアレだが、Sランクの人の大半は優しい人ばかりだった。

その中でも、いきなり私の耳元で囁いてきたあのフェルという子は特に優しかった。

優しいと言っても、何も誰にでも分け隔てないものではなく、必死に生きる為の努力ができる者に対してのみだ。

逆にその部分は十分に信用するに値するプラスなモノと言える。

只々優しいだけというのは裏の部分があるのではないかと勘ぐれるからだ。

フェルは非常に頭も良く口も達者で仕事も完璧にこなす。とても強かな人で、弱音も一切吐かない。

彼女は私達召使にとって、希望の光を照らす女神的な存在だ。

主からも一番気に入れられていて、かなりの高待遇っぷり。

主と複数の専属侍女たち意外は誰も入れない大きな私室を持っていて、なんなら主の取り扱う商売にまで意見出来る程だ。

 

Bランクまで行けば、一日一回お腹一杯食べられる権利を得られる様になると、また耳元でウィスパーボイスでこっそりと教えてくれた事もあった。

その時は思わず涎が垂れた……きちゃない。

ある時は『身体能力』が通じないこの環境に不安と恐怖とで耐え切れなくなってかなり気を病んでしまっていた時、的確な言葉で慰めてくれた。

ある時は友達だと思っていた人に、私が主に対して悪感情を持っていると根も葉もない噂話を流され、過激な奉仕に体中を痛めて苦しみ悲しんでいる時、誰よりも親身になって介抱してくれた。

初めての給金と休暇に浮かれ仕事を疎かにして他の人達に迷惑を掛け、主から罰として降格を言い渡された時には、鬼の形相をして駆けつけたフェルが私の頬を平手打ちして、自ら罰を処すと名乗り私室へ連れ出した。

その時は一日中この屋敷で生きる上での大事な心構を言葉と物理で叩き込まれ、体中鞭打ちだらけになったがそのおかげで降格処分は免れた。

 

フェルはどんな時でも、いつもいつも私を助けてくれた。

 

6年目にして漸くAランクになった時には、私は無意識の内にじ~っと無言でフェルの前に立っていた。

そんな訳の分からない行動をしてしまったのに、フェルは周りに視線を動かしたあと、

『ご褒美』と言って頬っぺにチューしてくれた。

 

ついその場で、フェルの肩をがっしりと掴むと、無抵抗な様子のフェルの頬にキスをし返した。

それでも嬉しそうに『ありがとう』と言ってくれたフェルの事が心底大好きになっていた。

チラりと視界に映ったフェルが身につけている黒いネックレスに何気なく触れながら、

 

『Sランクになったら……フェルは、私にナニをしてくれる?』

 

って聞いたら、一瞬物凄く驚いた様な表情をした後、とんでもねぇ色っぽいトーンで

『な い しょ♥』って満面の笑顔で言われた瞬間、私の聖なる(性癖)が開かれた記念すべき日である。

ちなみに記念日は6月9日だ。

 

それからはまさに破竹の勢いだった。

A~Sランクは、主へのご奉仕というのは基本的に担当日が割り振られており、それに添って行うのだが、フェルを筆頭ととして、Sランク達の心強い助力のおかげで、自分から積極的にご奉仕を願い出させてくれて沢山ポイントを稼げた。

主の屋敷では、濃い褐色肌である私は珍しいからそれを武器にしなさいとアドバイスをもらい、日々の美容意識と相まって、主には頻繁に呼ばれるようになった。

経理や商売関係の仕事では、数学を扱うのは苦手でかなり時間を食っていたが、多忙な中でも僅かな時間の合間に手伝ってくれた。

 

気が付けば、1年後にはSランクになれてしまった。

 

直ぐにでもフェルのところへ行きたかったが、ご奉仕とやるべき仕事を疎かにする訳にもいかず、最後まできちんと全ての事を終わらせる頃には、もう日付は変わっていた。

予定していた記念すべき日よりも一日ズレてしまった事は私にとって大きな誤算だった。

本来は昨日でフェルがわざわざ休暇を私に合わせて取ってくれていたのだが、それを無駄にさせてしまった。

多忙なフェルの休暇はかなり貴重なのである。

あのポイント稼ぎの努力が裏目に出てしまった容だ。

 

先ずその事を謝まりにフェルの私室へ行ったのだが、

私から何か言う前に、

 

『それくらい見越してる』

 

とだけ告げて、ややつり目に似合うニヒルな愛嬌ある可愛らしい笑顔を浮かべながら、私の指に指を絡ませると部屋へ入れてくれた。

さすがのフェルだった。フェルの休暇もすでに今日に調整されていた。

 

部屋に入ったあとは、手はしっかり繋いだままにベッドに並んで腰掛け、

普段できなかったお互いの好きな衣服類やアクセサリー、香水やヘアスタイルについて等の他愛もない様な簡単な自己紹介的な事を話しはじめた。

これだけでも、心から幸せを感じられた。好きな人の事についてドンドン知る事が出来る二人の仲だけの特別な時間だ。

 

この屋敷に来る前の今までの出来事なんかについても話した。

私的に、かなり気になっていた事――フェルが私にだけ向けてくれる優しさの理由についても触れた。

様々な話題はあったが、終始和気あいあいと話していた。

 

そして衝撃の事実が発覚した。

私がこの屋敷に来れたのはどうやらフェルのおかげであり、私を買ったのもフェルの意思だった。

 

数年前、フェルは護衛の者と一緒に新しい奴隷を買いに来ていたが、当時は危険地帯であった事もあり、散見程度で済ませて帰る予定だった。

しかし担当の奴隷商人が居らずボディーガードマン達に捜索させた結果、奴隷商人と思われる食い散らかされた死体があったと報告を受けたが、歯をガチガチと鳴らしながら異様に怯える彼らに違和感を覚え、問うてみればバケモノが居ると口々にするだけ。

至急屋敷に戻る事にしたが、その帰路には車が通れない程の大量の屍がそこら中に転がっており、敢無く進路上の死体を処理させる事になる。

フェルにしてみれば、怖いという感情よりも興味の方が尽きず、自分も車内からそのバケモノとやらを探したらしい。

そしてそのバケモノはすぐに見つけられた。

屍の上に立ち、その者のものだったと思われる体の一部を片手に、

空に向かって鋭い眼光を向けて咆哮する1人の少女――

 

が居たのだと私の鼻先を人差し指でちょんと突ついてきた。

そこで一目惚れしたと伝えられた時は、嬉しいとは思いつつも、頭の片隅では疑問符が浮かんでいた。

大の大人がそんなに怯えるほどの血濡れのバケモノを相手に、なぜ好意を抱けるのか解らなかったからだ。

 

それに一目惚れと言うわりには、私はフェルが人目につかないとこで普段から色んな女の子と平気で口づけしまくったり、普通にその子らと致してたりするのを知っていた。

一体全体どういうことなんだ!と問いただそうとしたが、

顔を真っ紅に染めて素で物凄く恥ずかしそうに部屋の照明を小さくし始めるフェルを見て……

なんかもう細かい事はどうでもよくなった。

 

 

少しの間 無言で見つめ合い、お互いの愛を確かめるようにゆっくりと深いキスを交わした。

 

長い接吻は、舌と舌の間に光る透明の糸を伸ばしてから漸くひと呼吸を置かれた。

 

口から、脳へ、全身へ――フェルからの強い愛情を感じられた。

同時に、途方もない依存性の様な何かを求められていることも感じた。

ハッキリとは掴めなかったが、それらの想いには微塵も不快感もなく、只々多幸感に溢れた。

 

どんな容であれ、こんなにも深い愛を持って私を必要としてくれるなら――

 

『フェル、私に名前を付けて欲しい。私の身も心も命も、全てをあげよう』

 

壊れたロボットみたいな可笑しな言い草だが、これがフェルの前でだけ出せる私の素の態度だ。

幼少期の過酷な生活の影響だと思うが、本来は無表情で無口なのだ。

私の告白にフェルは呆けた様に固まったあと、次第に顔を歪ませポロポロと大粒の涙を流しながら抱きついた。

暫く嗚咽混じりで泣き震える背中に両手を回して、私はこの想いを愛する人へ染み込ませる様に包み込んだ。

 

希与(キヨ)〟希望を与え齎す存在

 

胸元で私に命名してくれたフェルの顔を上げさせ、より一層熱くキスをした。

物欲しそうにトロンと恍惚とした表情をするフェルを抱き上げ、ベッドへと優しくはせた。

耳元で愛を囁き、少しずつ露になる美しい真っ白な柔肌へキスをすると、その度に返事とばかりにビクビクと全身で可愛い反応を見せてくれた。

その光景に微笑みを浮かべ、一糸纏わぬその身の下へ下へゆっくりと手を這わせた。

キヨと呼び荒い呼吸を繰り返し、濡れた私の指を咥えながら欲求するフェルが愛おしくて堪らなかった。

一心同体となれる至高の喜びに、二人同時に少しの間だけ瞼を閉じた。

そして心ゆくまで肌を重ねた………  あの時は最高でした。

 

 

事後、フェルには夢がある事を教えてくれた。

それは途方もなく壮大な夢で、今はまだ詳しくは教えられないと言われてしまったが、信用出来ないからとかではなく、私の為であるらしいが未だに詳しくは教えて貰っていない。

そしてその夢には、私という存在が必要不可欠なのだと。

この期に及んで秘密を抱える事を許してくれるのなら、どうか私に協力して欲しいと懇願された。

 

もちろん、私は快諾した。

 

フェルには命を救って貰っている身だし、何より私の存在はフェルの為にある。

懇願なんてしなくとも、言ってくれれば私はどんな事だろうと力になってみせる。

例えそれで死ぬことになっても良い。何なら今この場で死ねと言われても迷う事なく自害する。

 

そう伝えたら、私の腕に頭を置いたまま、フェルが普段から身につけているものと同じ菱形の碧色の鉱石がはめ込まれた黒いネックレスを渡された。

肌身離さず、何があっても決して外さない様にと言われたが、フェルからの贈り物だ。言われる前からそのつもりだったので、即座に装着した。

あの時、不思議と胸の奥からフェルとの深い繋がりを得た感覚がして、何気なくフェルの方を見たら外見が変わっていたのには驚いた。

 

そんな私の様子を見て何を思ったのか、グイッと体を強く密着させると笑顔を浮かべながら幾つか秘密を教えてくれた。

フェルは屋敷に来るよりもずっとずっと前、己の意思で自分の体の成長を止めているとの事だ。同い年くらいだと思っていたが、フェルの年齢は他の誰よりもかなり年上らしい。

身長も私より小さくて150cmもないし、時おり見られる幼気な雰囲気に妹みたいだとも感じた事もあったから意外だと言ったら、満更でもなさそうに照れていたのは可愛かった。

ちょっとした仕草や反応が愛しくてムラムラしてたらもう1戦許してくれた………

 

あの時は最高でした。

 

 

それからは屋敷で2年間くらいフェルの〝夢への計画〟の為の協力に勤しんだ。

次の段階に移る時期になってきたから、この屋敷から出て行ってやって欲しい事があると頼まれ、数ヶ月間は会えないと言われた時は嫌われたのかと思って奇声を上げて大泣きしてしまった。

何にツボったのか終始笑いながら『やっぱりまだ子どもね』とか言われてしまったが、ベッドに連行してたっぷり〝OHANASHI〟して嫌われていない事だけは確かめさせて貰った。

それと、せめて3ヶ月に1回はフェルと会える様にする事だけは体で約束させてやった。

 

次の計画の内容としては、一先ず私が一般層の元で安定した生活を確保する事だった。

その為の支援はしっかりしてくれる。

今後は手紙を使った連絡手段を取り、その都度手紙の内容に書いてある指示に添って動く事となった。

 

 

 

―――それから、約2年。22日。

フェルの計画に従い、今まで一般層の一般企業の元で生計を建てて暮らしていた。

 

そして今日はフェルの夢への計画を実行に移す時である。

 

「思い返せば長い道のりだったな……」

 

準備の整ったPCに手を伸ばし、ユグドラシルを起動する。

 

「漸く叶うぞ フェル」

 

 




最後までは読んで頂けた方、または途中でやめた方も、ありがとうございます。

文章での感情表現が難しくて、書いていて何度もやり直しました。
プロローグは2部構成となっております。
面白い作品内容になっていたら良いなと思います。


さて、オリ主の特徴が大まかに分かっt……伝わっていると良いのですが、なかなか百合な人物となりました。

次回は プロローグ:出会い を予定しております。


ぜひ、ご期待くださいませ!


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プロローグ:出会い

読者の皆様、こんにちは こんばんは。

今回は漸くナザリックの方々が登場します。


時期を見計らって、長文or短文 的なアンケートの実施する予定です。




ユグドラシル内のヘルヘイムのグレンデラ沼地には、全十階層の広大なフィールドから成るナザリック地下大墳墓がある。

 

其処は42名の仲間であるプレイヤーと共に、時間もお金も労力も注ぎ込んで作り上げた、アインズ・ウール・ゴウンのギルド拠点となっている。

 

そのギルドの42名分の座席が並ぶ円卓の間では、豪奢な黒ローブに身を包んだ一体の骸骨と体中の節々に黒鱗を纏う竜人が座していた。

 

 

 

 

 

 

その異形の名は『ドラゴン』

 

個体差は様々であるが、どれも強靭な巨体を持ち有毒物の大半を無効化する

巨大な躯体が一歩大地を踏み込めば地は割れ大自然の暴風を巻き起こす

巨体でありながら、天空を力強く優雅に飛び舞い雲を裂き天候を操作する

天地を統べるその力は、生ある万象の王として君臨する資格を持つ

 

「こ……これにしよ…ひひ」

 

ドラゴンをみた私は自分でも分かってしまう位に、普段無表情な口元をニヤニヤと歪ませながらドラゴンを選択して細やかなキャラクタークリエイトを施していった。

 

所要時間およそ4時間――

 

「ん~~~!でっきたぁ!」

 

トイレに行きたい気持ちも抑え、自信の憧れなどを拘り抜いて注ぎ込み作り上げた第二の自分。

背丈は約180cmを超えており、鍛えられた筋肉に肌はリアルの自分と同じ褐色。

ちなみに身長がやけに高いのは自分がチb…小さいのを気にしているからだ。

フェルと仲良くなってからというもの、一向に伸びなくなった。

 

 いやほら、強くてカッコいい女性といえばやっぱり高身長ってのがいいじゃん?

 それに体が大きいとナニかと都合が良いし ……どう良いかはご想像に任せる

 

鎖骨辺りまで伸びる黒に近い赤色の髪は端々にクセ毛が表われ、女性らしい綺麗な髪形というよりは少し男勝りな雰囲気だ。

かつて資料で見た崇高な志を貫こうと生きた武将達の様に、甘さを微塵も感じさせないキレのある鋭い眼光と、未熟な心を容赦しない射抜く様な瞳。

"への字"の厳しげな口元も相まって全体的に覇王感がある。

それに加えて天地を統べるドラゴンらしく、耳元から口元に向けて長く伸びる岩を削って作った彫刻品のような質感の湾曲した鋭利な焦げ茶色の角に、両手足は体の中心部に複雑に辿り広がるように強靭な龍の黒鱗に覆われている躯体。

そして背後には、装美な模様が刻まれた大きな翼としなやかに伸びる頑丈そうな長尾。

 

「ちょっとゴテゴテしすぎか? ……まぁいいか」

 

初期装備を選択してキャラクター作成を決定する。

 

「よし」

 

渾身の力作に小さくガッツポーズをしつつ、キャラクターネームを思考する。

 

"メヘナ"

 

「フスーー……フスー……」

 

いち早く第二の自分を味わってみたい気持ちが駆けて、興奮のしすぎから過呼吸で若干酸欠気味になる。

というか既に少しクラクラしていた。

 

「おぇっ……」

 

パソコンが新世界を映し出すべく読み込むのを待機している時間がかなり長く感じる。

 

「ッ~~まだか?」

 

そして画面が暗転する、――いよいよだ。

 

 

「――お ぁ」

 

視点が切り替わった途端、もはや興奮を通り越して言葉にもならなかった。

 

 

透き通った綺麗な蒼色の水の世界が広がる湖や海。

 

そして水の世界と同じ様な美しい蒼空には、翼を大きくはためかせ自由に滑空する生物達。

 

潤った大地が碧に輝く膨大な量の植物を生い茂らせ、そこには捷やかな肉体を存分に動かして駆ける生物達。

 

自然と一体化した様な神秘的な造りの建造物の数々。

 

 

パクパクと口を半開きにしながら、ただただ唖然と眺めていた。

例え画面越しの現実ではない物だと分かっていたとしても、その幻想的光景に私はしばらく涙した。

 

そんな体験をした私は当然の様にユグドラシルの世界に没頭した。

もっと沢山の景色をみていった。

もっと沢山の生物をみていった。

もっと沢山の建物をみていった。

その日は時間も忘れてとにかく夢中で遊んで、気が付けば出勤時間10分前まで一睡もせずにぶっ通し状態になっていた。

幸い会社までの移動時間は徒歩で約5分も要らないので、身体能力に任せて全力疾走して余裕で間に合いはしたが、それからは会社に支障を出さない範囲で遊ぶようには気をつけている。

気をつけてはいるが、やはり広大すぎる世界、溢れる大自然、時折見かける謎の神秘的な建造物、様々なモンスターや動物達――

こんな素晴らしい物に魅せられては中々難しいもの。

 

来る日も来る日も、ユグドラシルというゲームを十分に楽しみ満足していた――。

 

 

しかし次第に雲行きが変わっていった。

 

「一般的と言われるゲームとしての楽しみ方ではないかもしれないけど、私はこれでいい、これがいいって思ってたけど……」

 

生きていくということには必ず壁が存在する。

またその壁の容は様々。

 

このゲームにも砕けて言ってしまえばレベルというシステムを始め、様々な強力なアイテムや装備品による『差』という壁がある。

自分にとってこの壁はゲームだからといって楽観視できる事ではなく、この差を埋めなければ自身のしたい楽しみ方、つまりはこのユグドラシルというゲームでの生活が非常に難しくなっていくのだと、ここ最近で強く痛感させられていた。

 

だがこうなってしまったのは自業自得であるとは思っている。

何せ、このユグドラシルにおいては極端に戦闘を嫌う為、『差』を埋める為の行為を殆ど行えていないのだ。

一番最初の場所と言われる村やダンジョン等の初期エリア、要はチュートリアルとして存在する土地周辺に滞在し続け、戦闘の必要のないクエストや付近の探索をするだけである。

その辺に生えている植物とか寝ている動物を何時間も眺めていたり、川に流れる大量の水に手を突っ込んで棒立ちしていたりとか、当たり前だがそんな事をしていれば他者との差は開き続けるばかり。

 

 ……私だって分かっているよ?

 「なんだそれ」ってなるのが大半だと自覚してる

 けどそれら全てが新鮮で心洗われるというか、救われていく感覚がするんだよね

 壁に直面していても、わざわざこんな素敵な世界で争い合いをしてまで自分のレベル上げとか、装備品を満たして差を埋めていこうとする感覚はどうしても好きになれない……

 だってさ、現実と似た醜い争い事をユグドラシルにまで再現する事になるんだよ?

 そんなの本当に馬鹿げてる

 

こんな風に思うのも〝PK〟というプレイヤーがプレイヤーを襲う行為が横行されており、そのPKをするプレイヤー層の9割近くが人間種である事実を知ってしまったのが大きな理由だった。

仮想世界にまで現実の絶望の悲劇を繰り返す所業には、見かけるたび出くわすたびに愚かものがと思ってしまう。

自分を卑下しゲラゲラと嘲笑いながら殺しにくる存在に、悲しい気持ちや何故か強い使命感の様なものを掻き立てられる感覚を味わっても、決して仕返しなんてせず出来るだけ他プレイヤーを避けていた。

 

しかしそんな私のユグドラシルライフは、どうやら壁ばかりでもなかった。

ある日何気なく閲覧していたユグドラシルの攻略サイトで気になる情報を入手した日から転機が訪れる。

 

それは『サーバーチャットシステムを利用して、どこでも転移魔法が込められたアイテムを他プレイヤーから買い取る事で、一切戦闘もする事なく別大陸にも行くことができる様になる』というもの。

 

「…知識は金なりとは正に……」

 

ここで言う〝あのクエスト〟とはこのチュートリアルのエリアに居る様々なモンスターを沢山狩り、ボスの討伐をして次のフィールドに行けるようにするクエストの事である。

これをクリアすると数多の未知を体験するというユグドラシルの醍醐味体験のスタートラインに初めて立つ事ができ、この引きこもり状態を打破する糸口になるのだがこれは色々な意味で嫌だったので何が何でも却下していた。

 

「やるべき事は分かってる……だがさすがにな…」

 

思いもよらない容で『壁』を打破できるチャンスのはずなのだが、当の私はずっと迷っていた。

 

まず手始めとして課金アイテムでサーバーチャットを使い、プレイヤーに向けてチャットを発信して相手にこちらへ直接来て貰うのだが、

 

「相場よりやや高値で要望……集まりはするだろうがリスクが高いな」

 

有名なゲームなだけに様々な人間がプレイしている。

善良な人間のプレイヤーも居れば悪質な人間のプレイヤーだって当然居る訳だ。

 

「色々不安なところはあるけど、フェルにももうちょっと頑張ってって言われたしなぁ」

 

【一番最初の村で転移魔法アイテムを相場より高値で買取ります】

簡易な情報がサーバーチャットに流れた。

 

「ふ~ぃ、これでいっか。なんとかなるでしょ」

 

数分と経たず個人間専用チャットにログが流れる。

 

【最初の村という事は初心者の方ですよね?】

「お、おおぉ。きたきた」

 

【相場より安く販売しますよ!】

「……うん?高値で買うって言ってんのに安くするとかどういうこと?」

 

【はい、そうですが。その前に】

【初心者の方が自分じゃ入手出来ないアイテムを買おうとするのを見ると何だか微笑ましくて、差し支えなければですがどうですか?】

 

「なるほど?やたら押しが強いが……さほど強制感はない。これくらいなら案外大丈夫かな。ちょっと話して掘り下げてみて……ダメそうならお断りって事で」

 

【そうでしたか。一先ず商談させて下さい。すみませんが訳あって動けない状態ですので、移動費用はこちらで一部負担しますのでこちらに移動をお願いします。集合地点は――】

一通りの会話を終え、村のセーフハウスで待機している事を伝えてチャットウィンドウを閉じる。

 

「うーん……。チャットの感じは優し気だしそう問題はなさそうだけど、見えない相手っていうのがどうしても不安だわ」

 

他プレイヤーとの初コミュニケーションが上手く取れた事には素直に喜んでいたが、他人と関わりを持つという不安要素は拭い切れない。

モヤモヤと悩んでいると、頭上に"ニッコリアイコン"を浮かべた取引相手が到着した。

 

 

 

 

「――本当にありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそありがとうございます」

 

流れは随分順調だった。

今のところ私が心配していた様な問題事は何一つ起きていない。

むしろ順調すぎる。

実は取引相手から今回の転移魔法のアイテムをかなり格安の値段で販売して貰い、"余り物"という最低等級のポーションではあるが、3桁に及ぶ個数をただでサービスしてくれていた。

 

「ところでメヘナさんは、どうしてここで取引の募集を?そのレベル帯なら一つ先のフィールドの大都市にでも行けば、露天販売している人からででも難なく買えたと思うんですが」

 

このご尤もな質問に対しての返答は幾つか用意してあったが、先ほどからこの人と会話をしてる感じ非常に誠実そうな人柄だと伺えた。

バカ正直に話してみるのもいいかもしれないが、出会ったばかりの他人にいきなりアイテムの無償サービス何てどうにも信用しきれない。

かと言って変に作り話で説明したところで直ぐにボロは出るし何よりこのままでは話が進まない。

「仕方ないから」と自分に言い訳をしながら、この人から感じる誠実さを信じてみる事にした。

 

「戦闘が凄く嫌いなので、関所を通るクエストもクリアしていないんです」

「な、なるほど。訳ありとはそういう事ですか」

 

何の捻りもないド直球な応え方だったが、どうやらこれで良かったみたいだ。

 

「……今更ですが、こちらの勝手な都合なのにお手数おかけしてすみませんでした」

「え!いやいや、そんなに畏まらなくても。寧ろ、チュートリアルエリアでそれだけ長く遊べられているメヘナさんの感性に素直に感動しているくらいです。どれくらいここに居られてたのですか?」

「えと…あんまりハッキリとは覚えてないですが、たぶん1、2ヶ月くらいだと思います」

「おお、それは凄いですね。私だったら堪え性がないものですぐに飽きて移動してるでしょうが、」

 

本当にこの人は誠実な人の様だ。

相手を上手に気遣いながら、自然と別の話題に持っていくのは十分な教養ある人でないと出来ない業だと思う。

 やるじゃなぁいと褒めてやりたいところよ

 だってこのクエストの最高推奨レベルって10なんだよね。ボスだって私みたいなのでも数発叩いたら倒せるっていうのはなんとなく気がついてたし……

 そしてあなたの肩に乗ってる白いモフモフが気になってしょうがない

 

「その白いの……何ですか?」

「ん?」

「肩にいる可愛いのです…」

「あーこれはペットですね。自分の行動に反応して動いたり喋ったりしてくれる面白いアイテムですよ。あと冒険のサポートもしてくれる優れものです」

「なにそれ凄い!」

「え……?」

「……あ」

 

 アーーッ!ヤーメテェ!

 つい素で反応しちゃったけどそんな素で反応し返さないで!

 恥ずかしいいい!

 

「よ、良かったらこれが貰える獲得チケットも余りまくってるんですけど……要ります?」

「い、いや!さすがにもう頂けないですよ!それに何でこんなくれるんですか……初対面なのに」

「あぁ、すみません!いきなりこんなに無償サービス何てされたら変に思いますよね」

 

 う、うん。怪しいです

 そうやって私を油断させて良い様に扱うつもりなんでしょう!

 騙されたりなんてしない!

 

「景気が良いとか、ですかね?」

「まぁ確かに景気が悪い訳ではないですが、ただ単純に景気の羽振りに関係なくこちらとしても有難い商売相手となって欲しいという考えあっての行動だと、そう思って下さって構いません。ただ、気を悪くさせてしまったら申し訳ないです」

 

 そうきたか……

 確かに筋の通る話でもあるし悪気のある行為じゃないんだろうけどさ

 このままだと私が勝手にそんな事されたら困りますとでも言っているようなものじゃん!感じ悪すぎないかわたし……

 せっかく気を利かしてくれているのに、フォローを入れておかないと今後の為の確立された貴重な商売相手を逃してしまう事になる

 でも正直タダ程怖いモノはないがそのモフモフちゃんはめっちゃ欲しい

 いちいち自分に反応してくれるんでしょ?しかも喋るし

 最高だと思うの

 

「そんな事はないです!私の方こそポーションを頂いておいて不躾な発言でした、すみません……こういう取引が初めての試みだったのでつい」

「あいえ、気にしないで下さい」

 

 よ…よーし、ひとまず難は逃れたがまだ安心は出来ない

 この人の"気にしないで下さい"のセリフだとどちらの意味でなのか分かりにくい

 初心者の私としては勿論、こういう駆け引きが可能な真っ当な商売人を逃すなんて有り得ない

 あなたと今後ともご贔屓にして貰いたいという明確な意思を伝えておくべきよ!

 

「ありがとうございます。不束者ですが、今後もご贔屓にして頂ければ幸いです。差し支えなかったら、是非ともモフモフちゃんも頂きます……はい」

「そんなに改まらなくても、お望みとあらば差し上げます。何度も言いますが余り物ですしね。何にせよ、こちらこそぜひ宜しくお願いしたいですよ」

 

 な、なんか……さっきから調子狂う

その気さくな感じで"ニッコリアイコン"を浮かべてまで快諾してくれるとちょっと……

 ホントさっきの不躾発言と言い、密かな疑いの視線を向けている事と言い、真面目に申し訳なくなってくるじゃないのよ!アイコンもどうやって出すのよ!!

 

「私自身、あなたの様な真面目な人との縁作りが個人的に好きなのもあってついお節介を。あはは……商売人としては未熟者ですよね」

 

 あ、あぁ~~ぁ~心が痛いぃぃ!

 こやつ!

 悪魔であの無償サービスは個人的なお節介だから、商売とは関係ないモノだと?!

 私が真面目な性質の人間だから、こういう言葉や思いを無下に出来ないだろう?

 という自然な流れが出来上がったではないか

 すかさずフォローを!

 

「あ、あの!また私のお金が貯まったら取引のお願いをするかもしれませんがいいですか?当たり前ですが、今度はきちんと代金をお支払いします!色つけて!」

「いやいや、普通で良いですよ?何だか愉快な方ですね。反応が面白いです」

「どうも……。あ、そういえば――」

 

至れり尽せりな状態に自分から提案を持ちかけるという調子付いたことをしてしまったが、そんな図々しい態度にも即答で良い返事をしてくれる気前の良さや、吹き出しアイコンのやり方を丁寧に教えてくれたりと、既に初めの不安感など消えてしまっていた。

 

 ……私はチョロくない

 

「こうやってやるんですね!エ、エヘヘ…楽しい」

「それは良かったです。それとメヘナさん、フレンド登録でもしませんか?」

「フレンド登録?」

「はい、登録するとマップ場に分かりやすく表示されるのでお互い今後見つけやすいという利点もあって、何かと便利になりますよ。もしかしたらいずれパーティーを組んで遊ぶ、なんて事もあるかもしれませんし」

「な、なるほど!そ、それは良い…ですね。ぜひお願いします です!」

 

生まれて初めて他人から優しく接せられ続けたおかげで、自分だけドギマギしながら普段人前では出ないような嬉しい感情の声色が溢れ出ていた。

それも変な笑みが止まらない程に。

 

 ごめんなさい私が不審人物です

 

「では、私はそろそろ。新天地でも頑張ってください。また何処かでお会いしましょう」

「はい!また!お気をつけて~~!」

 

初めてのフレンドを見送り、相手の姿が見えなくなったのを確認し終えると、

 

「……~~~っやったぁぁぁ!さすがカルマ値+500!」

 

誰も居ない自室で両の握りこぶしを掲げ、大声で歓喜を露にした。

欲しかったアイテムが手に入った喜びよりも、初めて仲良くなったプレイヤーが出来たことが心から嬉しかった。

 

「やばい!なんかいつもと違う楽しいって感覚!」

 

プレイヤー感でのコミュニケーションを取る楽しみ方もあるんだと、心から実感した瞬間だった。

 

「ほーー……」

 

少しの間知恵熱でも起こしたかのように口元を緩ませ賢者タイム。

 

 ――ハッ!

 

「よ、よーし!さっそくやってみなきゃだけど……。使うの躊躇うよ、消えちゃうんでしょコレ」

 

思い出となってしまったアイテムを使用してしまうことを惜しみながら、当初の目的を遂行する為に転移魔法のアイテムを使用した。

 

-セーフエリアでは使用できません-

 

「あ、村じゃ使えないってことかな?初めてだからよく分かんない」

 

システムメッセージの表記に習い、村のセーフエリアから外に出て再びアイテムを使用したが、同じ反応しか示さなかった。

 

「あっれー!やっぱりあの人に使い方を聞いておけばよかったかな。んー……」

 

先のフレンドに助けを求める事も考えたが気が引けた。

冷静になった今思えば、悪魔で自分とはただの商売相手としてフレンドになったのだ。相手の性格上から気さくに答えを教えてくれる事は十分ありえる話だが、それが要らぬ世話になるのは間違いない。

 

「これくらいは自分で何とかしないとね」

 

気持ちを切り替え、自分のゲーム知識が一般的プレイヤーより乏しいのは重々自覚している事もあり、再びユグドラシルプレイヤーが有志で設立した攻略情報サイトを参考に使用を試みたが、結果は何一つも進捗がなかった。

 

「だーー……。何がいけないんだろう?特に制限が有ったりするとは載せられてないし。ここに来てまたチュートリアル村の引きこもり弊害が出るなんて」

 

しばらくアイテムの使用に四苦八苦する最中、マップ画面に4人のプレイヤーが点在する情報が表示された。

 

「えぇ?タイミング悪いよ……一度中断。戻って考え直そう」

 

この状況において厄介事の種に成りかねない危険を侵せるはずもなく。

プレイヤーの点在地が遠くにある内に、何時もの如く人との関わりを避けるためセーフエリアへと移動を開始した。

 

「――え?」

 

しかし私の判断は遅すぎた。

マップを閉じて、画面が暗転するその極僅かな時間。

正に一瞬にしてエネミー対象と表示された4人のプレイヤーが自分を囲んでいた。

 

「うっそ……」

 

卑下ついた嘲笑い声を発しながら近づいてくるレベル100と表示されたプレイヤーが4人。最悪のタイミングと最悪の相手。

 

なぜ今になって?

なぜ私が?

 

様々な疑問が激しく浮かびあがる。

一番心当たりがあるのは、やはりサーバーチャットに呼びかけた取引募集のせいだ。

気付かない間に懸念していた要らぬプレイヤーの方も呼び寄せていたのだろう。

そうでなければ完全な初心者用のフィールドにレベル100のプレイヤーがわざわざ4人もピンポイントで自分の処へ来る理由が他にあるとは思えない。

 

PKをされるのは勿論嫌だが、思い出が詰まったアイテムを他人に奪われたりするのはもっと嫌だった。

普段遭遇するPKとは全く次元が違うこの状況に打開策が一切浮かばない。

逃走を図ったところでそれが可能なのか?

相手は圧倒的『差』のあるプレイヤー達だ。

自分より下のレベル帯のプレイヤーにだって簡単にやられてしまうのに、ただセーフエリアまで走って逃げる何てことが出来る可能性は皆無。

かと言ってレベル100のプレイヤーを4人もぶっ倒すなんて事は夢物語でしかない。完全な詰みの状態であった。

今まで数多くPKをされてきたが、カンストプレイヤーに出くわすのは初めてであり、どの様な手段を用いれば現状を打破出来るのか皆目検討もつかず、半ばパニック状態に陥っていた。

 

「こいつの反応マジうけるわ」

「異形種が…キモいんだよ」

「おもろ、動画撮っとこうぜ」

 

このアイテムだけは絶対に奪われたくない。

奪われるくらいなら自分でさっさと使って逃げてしまいたい。

しかしこれは何故か使えない。

 

「あぁもう!なんで!」

 

得体の知れない初めての感覚に目頭が歪み、耐え難い苦しみを紛らわせるように歯を食いしばった。

初めてユグドラシルで出来た人との友情の証。

初めて自分の命以外で守りたいと思える思い出。

それらが無残にも奪われ壊されると思うと、胸が締め付けられて堪らなく苦しくなった。

 

「皆さん、どうですか?」

「おっすー」

「おせーよ」

 

突如、この秩序の乱れた現場に不相応な声色で話掛けてくる人物が現れた。

気さくさと優しさを感じる聞き覚えのある声。

"エネミー対象"と表示されたもう1人のプレイヤーは、私を囲む4人のプレイヤーと談笑し始めていた。

 

「あなたは……」

「あ、メヘナさん。先ほどはどうも」

「……っ」

 

私は絶句した。

私の知る大事な思い出を作らせてくれた友達の声のトーンが、まるで別人だった。

よくPKをしてくるプレイヤーが放つ卑下付いた感じのモノと同じ。

 

「本当にあなたの反応は傑作でしたよ」

「どういう……」

「どうと言われても…困りましたね。最初に真面目な方との縁作りが好きだって言ったじゃないですか」

「意味が…分からないです」

「あぁ、すみません。付け加えるのを忘れていました。僕はそういうのを滅茶苦茶にするのが好きなんです」

「……なる…ほど」

 

私のところへいきなりこんな最低最悪な奴らが現れた理由が分かった気がした。

要らぬ欲を出して、人間と関わる選択をした時から間違っていた。

 

「勝手に信用していく様ときたら、過去最高です」

 

私は今までPKという直接的な行為をしてくるプレイヤーにしか出会っていない。

皮肉な話、出来る限り危険を避け続けてきた結果が裏目にでたのだ。

経験不足から成る考え方によって、もっと悪質な行為が有る事を知る事が出来なかった。

 

「ああぁぁ………」

 

今になって『過去』の記憶が鮮明に脳裏に浮かぶ。

結局自分は現実世界に其処ら中に存在する、自ら悲劇を作りに行く様な有象無象の人間の一人でしかなかった。

並みの人間より『人間観察能力』や『身体能力』に優れていても、見えない人間を相手にまんまとこの有様。

ずっと恐れていた現状の環境に溺れてしまうという事が現実になってしまった瞬間だった。

 

 ……人にどうこうと言えた身分じゃない

 私も愚かな人間の内の一人だね……これは当然の結果かな

 

そんな思考を巡らせ、その場にゆっくりと尻餅をついて力なく頭を地に向けて垂らした。

 

それが合図かの様に、ジワジワとなぶり殺すように弄ばれ始めた。

HP数値が無くなりかければ無償で貰ったポーションで無理やり回復をさせられ、また痛めつけられる。

ポーションが無くなるまで何度も繰り返された。

思い出であったはずのアイテムは全て彼らに利用され、初めて作ったお気に入りの装備も破壊された。

その時の私の反応を見て指差して笑う者、罵声を浴びせてくる者、滑稽な姿を録画し始める者――。

 

「うわ…こいつ泣いてるぜ」

「なんだこれ おもろ」

「いやぁさいこうだわぁ」

「あはは。彼女、いいでしょう。あの時も笑いを堪えるのが大変でした」

「どおりでいつもよりチャットが変だと思ったわ。草生えまくってたし」

 

時に、言葉というのは直接的な行為よりよっぽど人を傷つける事がある。

執拗に人の心を弄び傷つけるこれは、心の壁に容易く穴を開け容赦なく破壊していく残酷な行為だ。

真っ当な感性を持つ人間なら、トラウマを植え付けられてもう二度とゲームに関わろうとはしないだろう。

しかし自分にとってどんなに酷な苦しみを感じても、嫌なことから逃げられる最良の場所はこの仮想世界しかないと改めて思うだけだった。

私は現実世界がもっと酷な世界だと知っている。

 

「あ?なに見てんだお前」

「んだコイツ」

 

そうは思っていても、一切表に出した事はないつもりだがそれらを壊していく人々に対して想う事はある。

現実に叶うはずのない恐ろしく悍ましい思考だ。

本当はこんな感情を持つべきではないと自覚はしている。

 

 ……もし一つ――

 

「ぶっ殺してやろうか、あんたら」

「なんだコイツ!」

 

 この心情を消すことが出来るものがあるとしたら

 黒と灰色に染まった絶望の現実世界においても存在するかは分からないけど

 

「キモッ!」

 

 きっといつか、私の在り方を変えてしまう程の力を持った大きな希望となるそんざ――……ん?

 

「モンスター?!」

「やべっ モロにくらっちまった!」

「うるさいよ、こっちは腸が煮えくり返ってんのよ」

 

【ぶくぶく茶釜様にパーティー招待されました】

 

「大丈夫、大丈夫だから。もう大丈夫だからね」

「…あ……ぇ?」

 

一体今何が起こっているのか全く分からないが、目の前に居る卑猥な形をした桃色の粘体がどういうプレイヤーなのかだけは直感で理解できた。

根拠など一欠片もないが、こんな唐突に見ず知らずの赤の他人に対して投げかけられた言葉が、私のボロボロにされていた心の傷を癒してくれるのを感じてしまった。

心の底からの嘘偽りない真心の言葉……とても可愛らしい声だった。

 

 

 

 

状況は激化していた。

いきり立った卑猥なアレが、相手の攻撃を避ける、盾で弾く、防ぐ凄まじい攻防を見せていたが多数に無勢。

 

「ぬうぅ……」

 

しばらく経過した戦闘は徐々に押されてきているようだった。

その最中、粘体は私に投げかけた時の感じとは真逆の低音のあるドスの効いた声色で叫んだ。

 

「愚弟!命令、モモンガさんとたっちみーさんに救援呼んでこい」

「た、たっちみー?!」

「お、おい!このキモいのって……」

 

粘体は唸りながらも私を庇うように戦い続けてくれた。

打たれても打たれても決して私より後ろに退かず、本気で戦う者の姿だった。

その鮮烈な戦闘の光景に、初めてユグドラシルをプレイした時の感動とも違う、生命に満ち溢れた生物達や、神秘的な景色を作り出す山々と水の世界や幻想的な建造物を見た時の感動とも違う……幼少期に一度だけ体感した事がある、不思議で不気味な高揚感を感じ得ていた。

訳も分からず、自分も何かしなければいけないという気持ちに染まっていくこの感覚は、今この状況に何が必要なのかを考えさせた。

 

「見物とか…無理」

 

今更になってパーティー招待のメッセージを受けとり、初のパーティープレイに挑む。

 

「おっ?!」

 

私が出した答えは、単純に参戦してしまう事だった。

それが逆に邪魔になったり足手まといの種に繋がってしまうだろう安直な考えかもしれないが、直感で敢えてそうする方が良いと思い至ってしまった。

というかとにかく体を動かしたくて仕方がなかった。

咄嗟に自身のスキルを大急ぎで探りだす。

 

ライト・ヒーリング/軽傷治癒

クイック・マーチ/足早

 

「こんな支援しか出来ませんが、微妙なアイテムなら沢山あります!」

「ありがと!っしゃぁまだいけるでぇー!」

「あいつ…!」

「さっさと殺れ!」

 

私が動いたことによってターゲットが自分に集中し、後衛から光の矢が放たれる。

これは予測していた。

相手の動きに合わせて行動に移ろうとしたが、

 

「はいプレゼント!」

 

粘体が私より先んじて、放たれた光の矢を触手の先に持つ小型の盾で相手にそのまま剛速で弾き返してしまった。

 

「ぶっ?!」

「雑魚はほっとけって!」

 

間髪入れず粘体はスキルを発動した。

 

タウント/脅威上昇

 

私に向けられていたターゲット表示が消える。

その代わり、粘体のステータスバーに敵のターゲットが表示された。

おそらく、強制的に敵全体を自身に集中させるものだろう。

 

「ふひひ、ざまーみろ!」

「クソ!」

「早く処理しねぇとやばいのが来るぞ…!」

 

共に戦ってくれる粘体の一連の動きを見て、何となくだがカウンターなどの相手の攻撃を利用した攻撃手段が最も有効打の様に思えた。

 

「……よし!」

 

私は日課のクエストで集めたアイテムをクラススキルで調合し粘体に使用する。

生命力持続回復のアイテムと、ダメージ反射の威力上昇効果が得られる物だが、アイテム等級が低すぎて果たして有効足り得るかどうかは不明だ。

 

「おぉ!いいねそれ!」

「は、ほひ!」

 

激しい攻防の中でありながら一言一句反応してくれる事に嬉しさを感じつつ、自分にもアイテムを使用して予備の装備を装着する。

お気に入りの装備は破壊されてしまったので、変わりにただの木製槍だ。

私が直接相手に介入出来るレベルの戦闘ではないが、やはり自らも戦わずにはいられなかった。

 

「少しでも、とにかく隙をつくれれば……良いな」

 

"こんなのに負けたくない"

そんな気持ちが膨らんで、今まで移動用にしか使ったことがなかった戦闘用の種族専用スキルを発動した。

 

???/次の攻撃の威力3倍・動作2倍・防御値マイナス80%

 

粘体に気を取られている集団に向けて、クリエイトに時間を掛けた自慢の龍の足で慣れた土地を力強く蹴り、粘体の背後に溶け込むようにして敵中のど真ん中に向けて捨て身の踏み込みを行った。

 

「うおっ!」

「は?!」

 

これはただ単に突っ込んでいる訳ではなく、一つの賭けだった。

先ほど粘体が自身にターゲットを向けさせるスキルを使用してからというもの、私に対しては一切攻撃を行わなくなったのが気にかかっていた。

レベル100とレベル25とでは圧倒的差があるのだし、少しくらい私が避けられない様な攻撃を仕掛けてさっさと潰そうとすればいいはずだ。

粘体にターゲットを強制的に向けさせる状態というのは、単に粘体の反撃を警戒して何もしてこないのか、もしくは文字通り強制化の効果によって私に攻撃が当てられないかのどちらかと予想した。

であればこれを確かめ、最大限利用する必要があった。

それも飛びっきりの大胆な方法で。

 

「バーカ!こっち向きなさいよ変態ども!えっと……このハゲ!あとデブ!」

「あぁ?!邪魔なんだよ!」

 

敵の後衛がスキルを発動し、私目掛けて極大の業火の塊が放たれた。

しかし攻撃は当たることなく突然霧散した。

 

「クソ!」

「そいつに打っても無駄打ちで意味がないですよ!先にあのキモいのを最優先でやるんです!」

 

どうやら考えは的中したようだ。

 

「ナイスー!メヘナさーん♪」

「ど、どうも!」

 

誤算があったとすれば私を騙したクソ野郎が焦っているのが見れて良い気味な事だ。

良い気味だが、あいつの言っていた事は正しい。

攻撃が通じないなら、通じるように私を守ってくれている粘体さんを先に始末すればいいだけだ。

そうすれば彼らはこの戦況を打破できてしまう。

 

「粘体さん、後どれくらい掛かりそうですか?」

 

そうさせない為には、私が加勢する少し前に粘体さんは誰かに助けを呼んでいた事を考慮しなくてはいけない。

彼らの反応からして、この不利を簡単に覆せてしまう強力なプレイヤーだと予想している。

危険な賭けに出てまで確かめたかったのも、その人たちが到着するまでの時間稼ぎが出来るかを判断する為であった。

こんなレベル25のちんちくりんが加勢してちょっかいを出したところで、至極僅かな間しか力になれないのが歯がゆいところだが。

 

「愚弟がもう同じフィールドには来てるから、もうすぐだと思う。だから安心して、大丈夫だから。絶対守るよ」

「は……はい」

 

 本当に何の根拠もないけど……この人の声は、心底安心する

 まだ行ける、まだ大丈夫だと勇気付けられる

 

「それなら、私でも頑張れそうです」

 

 来るまでの時間、たかがゲームだとしても命懸けで戦ったあの時みたいに思い切り集中しよう

 こんな奴らに絶対負けたくない

 昔みたいに、少しくらい痛い目に遭わせてやりたい

 私は幼少期から究極の負けず嫌いなんだ

 

 

 

 

メヘナは唐突に攻勢に出た。

敵の後衛に向かって土煙を巻き上げながら踏み込み、勢いと共に繰り出される槍を使った渾身の突きが放たれる。

咄嗟に敵の後衛がスキルを発動する。

 

「あらら、どうぞ自爆してください!」

 

そのスキルはカウンター。

 

この時のプレイヤーの行動は正しかった。

カウンターであれば攻撃として認識されない事を知っていた。

当初メヘナが発動してきたスキルは、ユグドラシルを長く遊び続けてきた彼にとって未だかつて一度も見ることが出来なかったモノであった。

それによる焦りで気が付けず、反応が遅れたが今は違う。

何の夢を見たのか、あろう事か圧倒的差のある自分に対して攻撃行為を行った。

二度もまんまと自分に騙された愚か者に制裁を加える最高のチャンスに、彼は完璧なタイミングでカウンタースキルを発動した。

 

しかし――彼、彼らもまた愚か者であった。

 

この[DMMO RPG ユグドラシル]というゲームには、人体の神経系に電子プラグを差込み、人間が持つ外界を感知する為の五感の内の触覚・嗅覚・味覚を除いた『能力』がキャラクターに投影される。

つまり、それ以外で"個人"が持ち合わせている能力も反映される事から、ゲームという造られた仮想空間上のキャラクターであっても一人一人に絶大な違いが出るケースが稀にある。

一番の違いをこのゲームで言うなれば『身体能力』に対する感性的能力だろう。

 

そして、メヘナ――小方希代がどういう『身体能力』を持った人間であるか。

 

彼女は幼少の身の頃から自分と大きな『差』を持つ存在に対して、身体能力と人間観察能力を活用して生死の極限世界を生き抜いてきた。

その世界の渦中において開花された力、幼少の身で大の大人数十人を容易に殺害出来てしまう能力がこのユグドラシルの仮想世界に表れた場合に、果たして一体どの様な事が起こるのかは誰一人も知らない。

 

「――メヘナさん!」

 

槍の先端が魔法で生み出された大型の盾に触れ、容赦なくカウンターが発動された。

 

その刹那、メヘナは槍を手放し身体を真横に瞬速で回転させ、踏み込みよって前進する勢いを完全に封殺した。

 

「――は?」

 

完璧なタイミングで発動したはずのカウンターは槍のみを吹き飛ばす容で終わり、盾は虚しくも大きく空を切った。

 

「え……うそ……なにそれ」

 

カウンターというのは相手の攻撃に合わせて寸分の狂いなく発動させる事で、自分のHPを減らすことなく相手に倍加した致命的ダメージを負わせる事ができる。

しかし失敗すればその代償として大きすぎる隙を相手に曝け出すハメになる。

カウンターのカウンター、これが起きてしまえば相手は最早ただの的である。

 

間髪の間もなくガラ空きになった正面側、顔面目掛けて強靭な龍の手が鷲掴み、視界を妨げた。

 

「ぶわっ!」

 

同時に、大地は天空からの極光に照らされた。

 

「う、上だ!」

「もう来てるぞ…!」

「愚弟おそい!」

 

空かさず粘体は一日に一度しか使えないとっておきのスキルを発動する。

 

メス・タウント/脅威最上昇+攻撃・防御・敏捷低下+スタン効果

 

こんな美味しい隙を粘体は確実に逃さない。

 

「あああ!どけやぁぁ!!」

 

視界を塞ぐ手を振り払おうとするが、粘体のスキル効果によって鈍速だ。

メヘナは掴んだ相手の頭部を起点に自分の体を天高く浮かせ容易く躱し、そのまま敵の前衛に降り立つと、肩を静かに揺らしながら近づいていった。

 

「んな、なんなんだよおまえ!」

 

メヘナは無言のまま拳を繰り出した。

 

「うあっ?!」

「ひぃっ…!」

 

これは直接的ダメージを与える事を目的とした攻撃ではなく、人間は未知の脅威を見た時、晒された時、本能的に自己防衛に働く作用を利用した只のブラフであった。

 

「な、何をしているんですか!逃げますよ!」

 

仲間の声に咄嗟に伏せてしまった顔を上げ、視界が捉えた光景は、

 

「あ…あぁ…」

 

蒼い空を後ろに赤いマントと大翼をなびかせるバードマンから放たれる極太の光線。

 

「外すなよ愚弟!」

「全部は無理っす!」

「えー……」

 

降り注いだ光線は敵数人に振り注ぎ、プレイヤーを霧散させた――。

 

 

先ほどまで激しかった戦場に静寂が訪れ、地に降りたバードマンが辺りを警戒していた。

 

「あんくらい当てろよ、ねぇ。逃げられてんじゃん」

「す、すんません!」

「愚弟よ、謝って済むならたっちさんは要らんで?」

「勘弁してください…。てかあの人誰?」

「――……後で言う」

「……うい」

 

粘体の濁した返答にバードマンはそれ以上詮索しなかった。

こういう妙な間のある返答をする時は決まってかなり不機嫌な時だからだ。

ゲーム以外でも勿論のこと、このバードマンは常日頃からぶくぶく茶釜の弟として姉の言動というもの見てきており、ゲームというフィルター越しであっても喋り方一つで姉の不機嫌な理由も把握できる。

そして姉がこれから地べたに大の字でぶっ倒れている見知らぬプレイヤーに何をするのかも。

 

「いってら。俺はあの二人に連絡いれとくわ」

「りょーかい、んじゃね」

 

姉は弟に軽く触手を振りながら、メヘナへ労わりの言葉を投げかける。

 

「おつかれ、補助とか良かったよ!ありがとね~」

「………」

 

メヘナは言葉を発しなかった。

何故なのかは大いに理解できる。

彼女がどういうタイプの人間で、その心身に何が起きたのかを大方知っているからだ。

 

「大丈夫?」

「………」

 

周囲の静寂さから僅かに聞こえたすすり泣く声に、ぶくぶく茶釜は己を責めていた。

 

「…無理はしないでね」

 

メヘナがあそこまで精神的に追い詰められたのは自分のせいでもあると自覚しているからだった。

 

「……ぁえと…あ、あり………ありが「待って、メヘナさん」…え?」

 

だからこそ、その言葉を言われてしまう前に伝えなければならない。

自分が彼女にした事と、彼女の心を救うための言葉を。

 

「あのさ、あたしね。あなたに謝る事があるんだ」

 

 

 

 

あの取引相手に裏切られた時の事を思い出すと喉の奥に力が入るだけで、何も言葉が出なかった。

真横で優しく声を掛けてくれる粘体さんの存在が居たたまれなくて堪らない。

助けてくれた恩人――ぶくぶく茶釜さんが自分を気遣ってくれているのは分かっている。恩人相手に寝そべったまま何も言わないのはモラルに欠けている事も重々承知だ。

 

ぶくぶく茶釜さんと自分との関係性はどうであれ、助けてくれた事に間違いはないし、偶々自分の運が良くなくて、質の悪い人間に巡りあっただけなのかもしれない。

人とコミュニケーションを取る事の楽しさがあるのも分かっているつもりだ。

 

「ぁえと…」

 

『大丈夫、大丈夫だから。もう大丈夫だからね』

だからあの時の言葉は凄く嬉しかったし、しっかりと覚えている。

ぶくぶく茶釜さんが自分を助けてくれた事、今の状況を見ればあれは嘘でもなんでもないのだ。

 

「あ、あり………」

 

もう結果がどう転んでも構わなかった。

この言葉だけでも伝えたい。

 

 ……頑張れ私

 

「待ってメヘナさん」

「え?」

「あのさ、あたしね。あなたに謝る事があるんだ」

「……はい?!」

 

 ガバッ! みたいな効果音が聞こえてきそうな物凄い勢いで体を起こしてしまった

 ちょっと恥ずかしい。

 まさか謝まられるとは微塵も思わなかったんです!

 

「何で謝るんですか!」

「あのね、実は――」

 

かなり急で驚いたが、それからぶくぶく茶釜さんは解りやすく補足も付け加えながら話てくれた。

まず、私が取引をサーバーチャットで発言した時から物珍しさに何気なく見に来ていたらしい。

物珍しさと言われてどういう事か訪ねてみれば、ごく一般的に転移魔法のアイテムというのは頻繁に使用する機会がある消耗品な事から、チュートリアルさえ終わってしまえば何処に行こうが何処に居ようが幾らでも入手出来てしまう品物らしい。

つまり、普通に考えれば当然チュートリアル何て終わらせているはずのレベル25の私が、わざわざ課金アイテムでサーバーチャットを使ってまでチュートリアルの初期エリアで転移魔法のアイテムを買いたいという取引募集をするのは不自然な話だったのだ。

物珍しいと言われれば聞こえは良いが、私がやっていた事は誰が見てもただの怪しい商売でしかなかった。

 

そして実際に見に来てみれば、カルマ値-500のプレイヤーと取引をしていたのを発見し、

"訳が分からないよ"状態に陥ってしばらく監視していたという。

私がプレイヤーの情報を見た際にカルマ値は+500だったと説明したが、あれは偽装なのだと教えてくれた。

カルマ値を偽装しているプレイヤーとレベル25なのに初期エリアで悠々と取引をする二人。

確かにこれは訳が分からないよ状態だ。

 

さらには1人で現れたのにパーティーを組んでいる事も偽装しており、辺りを調べてみれば潜伏中のカルマ値-500のプレイヤーを4人も発見したのだと。

そこで初めてあの状態の意味を理解し始め、すぐに警告なりと手助けを出したかったが、事が起きてもいない段階で動いて難癖を付けられると厄介であったからだというのも納得できた。

 

ではいざ事が起きてからはどうだったのか。

それはぶくぶく茶釜さんが加入するギルドが有名処である事から、あまり軽率な行動が出来ない状態であったのと、5対2という状況で安全に助けられるかの見込みがかなり低く、共倒れになるという最悪の事態を危惧して結果的にはそのまま暫く眺めていただけだったのだという。

 

「――本当にごめんなさい」

「い、いえそんな全然!不利な状況に身を投じて、今こうやって助けて貰った私が居ます!ぶくぶく茶釜さんには何も悪いことなんてないです!」

 

 色々と事情を聞いた上でハッキリと言うが、これは嘘偽りなど全くない私の本心だ

 なぜかって?

 もし自分がぶくぶく茶釜さんの立場ならどうだ?

 私ならPKをされているプレイヤーを見かけた時、関わりたくないという気持ちで逃げていただろう。今までだってずっとそうしてきた

 もしぶくぶく茶釜さんの話に嘘があったとしても、助けて貰ったという事実がある限り私が怒りや悲しみを感じるなんて以ての外だね

 それにぶくぶく茶釜さんには感謝の気持ちは勿論のこと、尊敬の念すらある

 この話だって、わざわざ自分から切り出して話さなければ私には分からなかった事だし

 

突然妙な例え話をさせて貰うが、自分を善人だと思っている人間程偽善者になっている事に気がついていないケースが多々ある。

言うなれば、誰かの為にと思っていても自然と自分の非や不利益を受け入れず行動しているという事……私もその人間の一人だ。

 

かといってそれが悪いと言いたい訳ではないのだが、ただ私がこの人の事を本当の意味での善人だから尊敬している。

 

「あなたの事はなにも悪いだなんて思いません。だから、謝らないで下さい」

 

 そんな意味を込めてぶくぶく茶釜さんの謝罪をお断りしてやった。当然だね

 こういう仁義に厚そうな方が私みたいなのに気を遣わせるなんてさせたら、この人が損しちゃうよ

 

「そっか…。何かアレだね、こういう話しをしといて言うのもなんだけどメヘナさんってすぐ騙されたりするタイプ?」

「え゛っ……」

 

 真面目な話をしていたかと思えば、唐突に心の傷を鈍器で抉られた気分にされました

 別にそれで不快にはならないけど……ドストレートすぎて何か新たな扉を開きそうデス

 

「あいや、深い意味はないんだけどさ。人が良いって言えば聞こえが良いかもだけど……こう、うん」

「は…はぁ……」

「そういえばさっきの戦い凄かったね!全然初心者のレベル25の動きとは思えないくらいカッコよかったよ~!」

 

私が言うのも何だが、ぶくぶく茶釜さんは少し変わり者だと思った。

自分のキャラクターの見た目を卑猥なアレみたいなのにしてるのもそうだが、裏表がない人物というべきか。接しているだけで少しずつ気持ちが軽くなっていく所や、ゲームのキャラクターなのにコロコロと変化する雰囲気が伝わってきて、簡単に喜怒哀楽が分かる部分に不思議な包容力を感じられる。

 

「あ、あるぇは……ぶっ、ぶくぶく茶釜さんを見ていたら体を動かしたくなったというか」

「ふ~ん、なるほど?メヘナさんってけっこー脳筋なの?あとぶくぶく茶釜っていうと長いから茶釜ちゃんでいいよっ」

「で、では茶釜ちゃ……さん。その、のーきん?とは?」

「んっと、戦いが好きで好きでしかたねぇ!オラわくわくすっぞ!みたいな感じ?」

「ぶふ」

「笑ってんじゃねーぞ愚弟」

「ハイ。でも確かにメヘナさんの動きはヤバかったなぁ。サブアカウントとか?」

「いえ……そんな…全然。鳥人間さんもご冗談を…アハハ」

「と、鳥人間だと……」

「謙遜しなくていいのに~。メヘナちゃんリアルで何か武術的なのやってそう」

「や、ややややってませんよ?!普通の会社員で家では引きこもりでゲームばかりしてます!はい!絶対に!」

「え~~……うそーん」

 

そして先ほどから不意に核心を突いてくる様な発言に変な汗が止まらない。全く悪意を感じないから全く予測が点かなくて焦る焦る。

これについては決して迂闊に教える事は出来ない内情だ。

私はこのゲームには独特なシステムの影響が色濃く出る場合があるのは、幾度ものPKに遭遇した事から薄々気がついていた。

あの圧倒的差のある5人組PKプレイヤーに大立ち回り出来たのもそのお陰だと思っている。勿論、茶釜さんの存在があっての結果だが。

だが私はあんな行動を封印してユグドラシルライフを満喫したいのだ。極力身バレする危険は避けたい。

すぐに別の話題に移した。

 

「そういえば、鳥人間さんのお名前をまだお伺いしていませんでした。あなたも助けてくれたのにすみません」

「せめてカッコよくバードマンと呼んでくださいよ……。なんかそれだとアホっぽいんで!」

「イイじゃん別に、アホなんだし。それよりメヘナちゃんって何歳?趣味は?」

「ひでぇ……」

 

 何だろう、ぶくぶく茶釜さんが私とバードマンさんとで話すときの温度差が極端に激しくて可哀想な気がする……でも何故だか微笑ましい感じ

 

「えっと……それは」

「色々知りたい!気になる!私生活とか好きな下着の色とか」

「し、下着ですか!」

 

 ちょっと訂正しよう!

 変な質問があった!

 あ、でもこの質問のシチュエーションちょっと憧れてた

 なんかガールズトー……ガールズって言える年齢ではないけど女の子同士の会話みたいだからね

 そしてこの質問には是非ともこう答えたい

 私の好きな日本の古い時代の下着、そう"アレ"だ!!!!

 

「"湯文字(ゆもじ)"なので、緋色ですかね」

「ぶっふぉっ!?!」

「え?湯文字って何。紐パン?てか何で愚弟は吹いてんの?」

「オレハノーコメントデス」

「あ、あれ?ご存知ないですか?」

「知らないなぁ。でも緋色って聞くとオバハンのパンツみたい」

「オバハン!?何てことを!かの有名な戦国時代でも着けられていた下着ですよ!」

「へー……クサs…じゃない、すごそー…」

 

 あ、これ全然興味持ってくれてない

 オバサンのパンツみたいとか、臭そうとか……か、悲しい

 理想の女子トークが木っ端微塵だよ!

 

「い、今のは全部冗談ですので……」

「そうそうメヘナちゃん」

 

 わぁ凄い全然聞いてくれてない!!

 

【ぶくぶく茶釜様からフレンド招待が送られました】

「これ、よろしく!」

「あ……」

「ダメかな…?」

 

一瞬、あの時の嫌な事が頭に浮かんで空白の時間が流れた。

でもそれは至極僅かな時間だ。

あなたのそんな悲しそうな声は聞きたくない。

 

「いえ」

 

【フレンド登録を受理しました】

「宜しくお願いします、茶釜ちゃん」

「こちらこそよろしくね!メーちゃん!」

「あの時は助けてくれてありがとう」

「どういたしまして♪」

 

一連の他愛ない話とやり取りに華を咲かせた中で、どんどん茶釜ちゃんに惹かれていった。

優しさも感じる反面、毒っ気も有りながら悪気を感じない2面性だとか。

簡単に言えば茶釜ちゃんの事が好きになっていた。

信じる信じないは別として、もっとこの人の事を知りたい、仲良くなりたいと思えていた。

素直な心持ちで楽しむことが出来るこの時間を与えてくれるこの人は、私にとって生涯で初めて出会うであろうくらいの魅力的な存在かもしれない。

 

「あのぉ~姉貴よ、そろそろセーフハウスには移動しようぜ。20分は長すぎる」

 

どうやら本当にしばらく話し込んでいたらしい。

夢中になってもう一人の私を助けてくれた……えーっと、バードマンさんの存在が頭から抜けていた。

 

【モモンガ様がパーティーに参加しました】

【たっち・みー様がパーティーに参加しました】

 

失礼な事を考えていると、緩む私の心に喝を入れるかの様に新たな二人のプレイヤーが駆けつけてきた。

 

「いた!茶釜さん!」

 

豪勢なローブに身を包み、漆黒のオーラを纏う巨大な躯体の骸骨と

 

「たっちさん周囲の確認を!」

 

背後に表示される"正義降臨"の文字と肩に掛かる真紅のマントが特徴的な白銀鎧の聖騎士だった。

 

「もう済ませました」

「デスヨネー」

 

 

 

 

「なるほど…そんな事があったんですか。何にせよ無事でよかったですよ。でも、次からは気をつけてください。特に茶釜さん」

 

私達は最寄りのセーフゾーンに集い、5人揃った所で改めて自己紹介を行い、事情説明は茶釜ちゃんがしてくれた。

この如何にも歴戦の猛者感のある二人のプレイヤーは、『アインズ・ウール・ゴウン』というユグドラシルでは超有名なギルドのギルドマスターであるモモンガさんと、そのギルドメンバーである たっち・みーさんだ。

 

「へ~い…でもメーちゃんが…」

「いや姉貴の言いたいことは分かるけど、さすがにモモンガさんとたっちみーさんも一緒にって言われた時は何事かと思って急遽でお願いして来てくれたんだからな?」

「露天取引中にペロロンチーノさんから怒涛の助けてチャットが来た時は驚きましたよね」

「私はモモンガさんの慌て方にも驚きましたがね…」

「取引って…ご多忙の中なのに!ご、ご迷惑をおかけしましス!すみまん!……あ」

 

 す、すみまん?!

 すみまんってなんだろううぅぅアァァァ!

 

このアインズ・ウール・ゴウンというギルドの事はユグドラシルの攻略サイトの至る部分で見た事があった。

余りの書き込みの量に嫌でもこの名前が端々に出てくる程だ。

有名ギルドと言ってもただ規模がデカいとか大所帯っていう意味合いの有名ではなく、普通とは全く異質で次元の違う有名ギルドなのだ。

詳細は省くが、一言で纏めるなら『やべぇ奴ら』だ。

 

そして私以外の4人がそのギルドメンバーであったという事と二重にも迷惑をかけてしまった事への罪悪感も手伝い、私はかなり緊張して常時挙動不審だった。

 

「アー ゴホンッ……それにしても何て悪質なプレイヤーだ。恐らくはここ最近耳に聞く性質(たち)の悪いプレイヤーの仕業だろう。…許せないな」

 

白銀鎧の聖騎士、たっち・みーさんが怒気を込めて呟く。

然りげ無くフォローを入れてくれるたっち・みーさんからは紳士オーラが滲み出ていた。

 

 ふぅ…素敵、でも奥さんいるんですって

 

「えぇ、そうですね。ここら一帯は新規向けのフィールドなのに、わざわざ出向いてまでそんな事を……なんて奴らだ」

 

一方こちらに逐わす魔王様は先ほどからかなりご立腹のご様子。

非常に恐ろし気な雰囲気ではあるが、カッコいいの方が先に発つ感じだった。

 

 素敵、あらやだ独身ですって

 

「まぁまぁ落ち着いてモモンガお兄ちゃん☆」

「頑張ります。――ちょっとだけ」

「うんうん。冷静に穏便にね~」

「じゃあ冷静に穏便に話し合いでもしときます」

「あ、いいすねそれ」

 

こっそり茶釜ちゃんが教えてくれたが、アインズ・ウール・ゴウンは悪名高くてPKも平気でするギルドではあるけど、あいつらみたいな最低な事はしないんだとか。

モモンガさんは過去に私と似た嫌な経験をした事もあって、大義なき非人道的な行為を原則厳禁としているらしい。

但し、ギルドメンバーに手を出したプレイヤーには問答無用で全力を以て叩き潰す事がモットーのようだ。

後日とある骨と鳥のプレイヤーの手によって、とある5人組の人間種族が消息不明になっても

"気にしないでね"って念を押されて言われたのがちょっと怖かった。

 

「本当に皆さんありがとうございます。助けてくれた上に壊された装備品まで直してくれて……」

「気にしないでください。私たちは修理に必要な素材を渡しただけですし。それに、これは大事なギルドメンバーを守ってくれたお礼です」

「キャー!大事な人だなんて…モモンガお兄ちゃんから告白されちゃった☆どうしよ~メーちゃん?」

「えぇ…?」

「してませんし違います」

「はい」

「アハハ…」

 

モモンガさんの茶釜ちゃんの悪ノリを軽くあしらう姿と言動を見ていると凄く打ち砕けた感じの仲の良さというか、何だか少しヤキモチしてしまった。

 

「――フム」

 

そんな私の心情を読み取ってなのかは分からないが、モモンガさんは私をジッと見つめていた。

 

「な、何か…?」

「あぁ、すみません。少し気になる事がありまして、もしかしたら皆も思っている事だとは思うのですが」

「モモンガさんも相変わらずですね。でもそれは私も気になっていましたし、是非とも知りたいところです」

「そんなにですか」

 

少しだけ考えてみたが、こんな有名人達が気になる事が何なのかは予想が付かない。

レベル25のへっぽこが気に掛けさせる事なんてないと思うのだが、何の気なくお尋ねしてみる事にした。

 

「ん~…なんでしょう?」

「それはメヘナさんの……あいや、止めておきましょうか。下手するとゲームだけの話で収まりそうにありませんからね」

 

 ……あ、終わった

 

「さすがモモンガさん、あたしもそうするべきだと思うよ。メーちゃんもそれが良いでしょ?」

「あびゃ…ぶえ…へへ」

「メ、メーちゃん?」

「メヘナさん?」

 

レベル25のへっぽこが一体何をしたのか。

改めて気がつかされ、焦りすぎて思考が崩壊した。

 

「あぶぶぶぶぶ」

「助けてモモンガお兄ちゃん!メーちゃんがバグった!」

「え、えぇ!?助けてって……た、助けてたっちさんんん!!」

「これは……オホンッ。メヘナさん自身言われて気がついてしまって動揺しているパターンでしょう」

「……!」

「あ、止まった」

 

私は"はいそうです"とばかりに黙って激しく頷いて答えた。

 

「お、おぉ」

「安心して下さいメヘナさん。質問しといて何ですが、答えたくなかったら答えなければいいだけですから」

「うんうん。それにメーちゃんの事情はもうあたしらから聞くことはしないよ」

「はい……すみません。そうして頂けると助かります」

「メヘナさんってお茶目っつうか、面白い人だよな。ウブい」

「愚弟の癖に分かってるじゃないか。褒めてつかわす」

「クソ……上から目線が腹立つ…」

 

アインズ・ウール・ゴウンの皆さんはとても親切な方達ばかりだ。

茶釜ちゃん然り、モモンガさんもたっちみーさんもペロロンチーノさんも、少し会話した限りでは全く嫌な印象を受けない。

とても攻略サイトの掲示板に散々な酷い様子の書き込みをされている張本人達とは思えなかった。

恐らく、悪名高い理由なんかもアインズ・ウール・ゴウンのモットーなどから生じる因果から逆恨みを買っているだけだろうと思った。

 

「ねね、モモンガさん。市場に行ってたんなら今からナザリックに帰るんだよね?」

「そうですね。仕入れたアイテムの実験をしたいので」

「それならメーちゃんも一緒に連れて行っちゃダメ?」

「わ、私もですか!?」

「またえらく唐突ですね…」

 

 私もそう思う

 相変わらず茶釜ちゃんは唐突に話を振ってきたりする

 でもそういう突拍子もないところが好き

 何かまるで私を無条件で信用してくれているからだって錯覚させられるんだもん

 

「話聞いて分かってくれてるとは思うんだけど、メーちゃんって未知なる新発見みたいなのが好きなんだよ。それで友達としても個人的にも色々体験させてあげたいんだぁ。だからぁ~モモンガお兄ちゃぁん、おねが~い♪」

 

 錯覚なんかじゃなかった?

 あぁ、茶釜ちゃんってば……天然の女たらしね

 猫撫で声で頼むところもあざと可愛いし…ハァ、ホント好き

 気持ち悪くても自重しませんよ!

 

「ふむ……まぁそういう事なら良しとします。でも事前に言っておきますが見るだけですよ?茶釜さんの狙いは別にあると見てますので」

「チ……勘の良い骸骨は嫌いだよ。塩まくぞ」

「やっぱりですか…あと塩は撒かないでください」

「狙い?」

「姉貴は遠まわしにメヘナさんをギルドに入れてって頼んでるって事ですよ」

「ギルドって…茶釜ちゃんが私を!?」

「当たり前でしょー。ギルドの皆とも合わせて一緒に遊びたいのさぁ」

「あ、ありがとうだけど……」

「もしかして嫌だった?」

「違うよ!ただ私が入っても絶対力になれないし……あいやその、貢献的な意味での話ですけど。何にせよ急に加入するっていうのは色々と問題が出るんじゃないかと心配なんです」

 

狂喜乱舞しそうな程嬉しいが、それでも私が加入した事が切っ掛けでギルドマスターのモモンガさんを困らせてしまう様な事は受け入れられない。

何かしらの団体を管理する役職の存在というのは個人の主張や意向を素直に認める事が出来ない立場にあるもの。

複数の意思が交差する団体環境で無闇にそれをすれば当然個人同士の意思が衝突し、均衡が崩れてしまう可能性が非常に高い。

もしそうなってしまえば、アインズ・ウール・ゴウンがこれまで築き上げた大事な思い出や縁の繋がりを私を推薦した茶釜ちゃんのせいで破壊した――何て話になりかねない。

きっとモモンガさんはギルドメンバーの事を大事に思うからこそ、茶釜ちゃんの意向を汲んであげたい自分の気持ちと、ギルドマスターとしての役割とで葛藤して渋い反応をしているのだろう。

 

「ぬぅぅ……」

「ごめんなさい、茶釜ちゃん。せっかく申し出してくれたのに」

「ぐすん。良いんだよ…。素直に諦めるよ。ぐすんぐすん」

「あぁぁ…泣かないで茶釜ちゃん!一緒に遊ぶことだけなら出来るんだよ?」

 

そう、同じギルドに入れなくても、自分の事そっちのけにでもして茶釜ちゃんと遊ぶ時間を最優先で作る様にすればいいのだ。

その為にも頑張って強くなって、まともに一緒に遊べられる様にしていかないといけない訳だが、私がいつまでも嫌な事から逃げてばかりではそれは実現出来ない。

ここまで来たら、覚悟を決めなければならないだろう。

 

「私頑張って強くなるから!ね!」

「まぁまぁ二人とも、その判断は早計ですよ」

 

しかし私の覚悟とは逆に、たっちみーさんの見解は違っているようだった。

 

「早計…と言いますと?」

「肝心なのはギルドメンバーにメヘナさんが加入する事の重要性を掲示して、しっかり納得させる事が出来ればいいんです」

「なるほど?」

「そうでしょう?モモンガさん」

「仰る通りです。たっちみーさんがそう言うって事は何か策が?」

「勿論。ではまず、メヘナさんに今から私が全部ゲームに関連する事で幾つか質問等をします。当たり前ですがリアル事情とは一切関係ありません。聞いても大丈夫ですか?」

「は、はい!」

「ありがとうございます。ちなみに返答するしないも自由ですが、メヘナさんがどれだけ答えられるかによって茶釜さんの願いが叶うかどうかに大きく影響します。それも頭に入れておいて下さい」

「分かりました。そういう事なら任せてください!」

「嬉しい返事ですね。ではまず一つ目、メヘナさんが今回のPKプレイヤー相手に使ったスキルは種族専用スキルでしたね?」

「はい、そうです」

「そのスキルを発動した時、相手はどんな反応をしていましたか?」

「えっと……うーん…たぶん、驚いていた…?様な気がします」

「驚いていた、ですか。次に二つ目、種族名について教えてくれますか?」

「あれ?私のステータスとかってもう皆さんにはお見せしたと思うんですが」

「確かに見せてもらいました。ですがある一点の情報だけ見れなかったんですよ」

「ん、ん……?見せたのに見れなかった?」

「あー、そっか。たっちみーさん、メーちゃんは完全な初心者さんだと思って説明してあげて」

「もしかして茶釜ちゃん…私ってここでもチュートリアル村の引きこもり弊害が?」

「うん。バッコリと!」

「ハァァ…すみません、たっちみーさん」

「いえ、こちらこそ失礼しました。そういう事なら一旦モモンガさんにお任せしてしまいますかな。説明上手ですし」

「デスヨネ、分かってましたよ……。えーそれではこのゲームのシステム面から説明しましょうか」

「お願いします!」

 

曰く、基本的に同じギルド所属やパーティーメンバー以外のキャラクター情報は、スキルやアイテム等を使う事で初めて詳細まで知る事が出来るシステムとされており、もし別の手段で知ろうとする場合は直接本人から教えて貰うか、或いは他に知っている人から聞かないと分からないものらしい。

だがそうだと分かったところで新たに不明な点が出てきた。

私は既にここに居る皆にキャラクター情報については教えている。

それなのに分からないと言うのは不可思議である。

 

「――つまり、改めてたっちみーさんが私の種族名について聞いた理由は、その種族に原因があるんですね?」

「まさしくそうです。少し前の話に遡りますが、私達がメヘナさんの事について気になる事がある、と言っていましたよね」

「はい」

「あれは基本システムに伴なっていない現象が発生していると思ったからです。メヘナさんが行ったあの大立ち回りな事が可能なのはこのゲームの開発スタッフとか運営だとかのそっちの人であるか、もしくはこのゲーム特有のゲームシステムを無視するかの様な、急に出てくる特別な何かを持っている人なんですよ。所謂ゲームバランスブレイカーですね」

「…その何かって……」

「あ、ここでいう特別な何かっていうのは身バレ云々の話じゃないですよ」

「そそうです…よね!」

 

このモモンガさんの言い草から、暗に私がその事について焦ってたのはお見通しだったと分かってしまった。

同時にこの人達の親切な配慮と優しさが感じられて、凄く暖かい気持ちになれるギルドはそうそう無いのではと思えた。

変に包み隠す様な事をしなくても、ここならば皆寛大に受け入れてくれるのではないかという期待が膨らんでくるのだ。

茶釜ちゃんの気持ちに答えたいのも一番だが、個人的にもこのアインズ・ウール・ゴウンに入ってみたい気持ちが強く芽生え始めていた。

 

「よーし…!それじゃあとりあえずは情報を全部言って伝えるようにした方がいいですかね!」

「嬉しい進言ですが、ここだと都合が悪いのでそれはナザリックに帰ってからしましょう。ギルドメンバーの説得もこれだけネタがあれば後で大丈夫だと思います」

「っしゃぁ!さすがモモンガあんちゃんやでぇ!」

「なんで関西弁なんだ。てか方針は分かったんだけどさ、たっちさん質問の続きいいんすか?」

「問題なしですよ。モモンガさんの口ぶりだと私のやらんとしていた事は察しているでしょうから」

「そりゃあんな質問の仕方してたら誰でも分かっちゃいますよ。ハッハッハ」

「とか言ってるけど結構前から分かってたっしょ。これだからムッツリわ」

「やかましいですよペロロンチーノ君」

「私もペロロンチーノさんと同意見です」

「くっ………メ、メヘナさん。仲間がプレイヤーから攻撃を受けています。助けてくれますか?」

「へっ!?」

 

トントン拍子に話が進み呆けてしまっていたが、この言葉にはドキリと心臓が大きく高鳴った。

 

「PK…ということですよね」

「えっ?まぁ…メンタル的な意味で言えば……そうですね」

「もちろん、助け……あ…」

 

自分が今まで行ってきた事が脳裏に過ぎり、言い淀んでしまった。

何の躊躇もなく、己が意思で自ら身を投げ打ってでも助けに入れるのかと考えた時、どうにも今の自己保身優先な自分の考え方では、それは余りにも安直で無責任な返答になると感じた。

参戦したあの時も、助けたいとか守りたいという考えからではなく、不思議な高揚感からただ闇雲に力になりたいという自己心から来るものだった。

こんな偽善者の塊の私が自分以外の人の為の力になんて成れる訳がないと思ったのだ。

 

「ど…どうしました?」

「………」

 

先程からこの話の流れを汲むに、もしかしたら本当に私はアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーとなるかもしれない。

これは非常に嬉しい事だ。

しかしだ、しかしそうなった時にこのままでは茶釜ちゃんどころか仲間を一人も守れないし大切にだって当然出来ない。

そんな事が在っていい訳がないとは思うが、私には仲間を守るというのが具体的にどういう事なのか知らない上、その術も現状持ち合わせていない。

 

「……それについてはすぐに答えられないです」

 

だったらどうするべきなのか。

こんな私にも出来ることと言えば何か。

 

「ちょあの、メヘナさん?」

「仲間を守る術もその方法も知らないから、今は答えられないんです」

 

きっとこれだと思う。

至極簡単で至極難しい事。

 

「なので!しっかり勉強して、沢山強くなってから答えます!」

 

仲間の為に力に成れる存在に自分を変えればいいのではないだろうか。

 

「「「………」」」

 

しかし必死に絞り出した答えに誰も反応してくれず、静寂が訪れる。

 

「あっ……」

 

そして察した。これは失態を犯した可能性があると。

私の発言は捉え方によっては"それまでは助けられません、知りません"と言っているとも受け取れる。

深く考えすぎかもしれないが、あの件から自分の人間観察能力に自信を失っていた私は、一先ず謝罪するべきだと判断した。

 

「ごめんなさい。失言でしたか?」

「メーちゃん、謝ることとか何もないよ?アレはモモンガさんのただの悪ノリみたいなものだったんだからさ」

「悪ノリ…そうなんですか?」

「そうだよ~。皆ちょっとビックリして黙っちゃっただけだから、もっと気軽な感じで大丈夫!」

「モモンガさんも他意があった訳ではありませんからね」

「ギルドメンバーの癖が強すぎて、メヘナさんの反応の新鮮味につい俺も妙なテンションに」

「良い意味で、改めてメヘナさんが面白い人だってのを再認識したくらいっすよね」

「そういうのを聞いて安心しました……」

「さて、話は一旦これくらいにして、もう移動しましょうか」

「はい!」

「んだね~」

 

やはり私の人間観察能力は機能していないらしい。

命の危険が脅かされる事が随分少なくなった現在の環境に馴染んできているおかげで、昔に比べてその能力の有効度は低くなっているのもあるだろうが、

仮想世界上の人間―― ゲームのキャラクター相手には、より活かされる機会が少ないようだ。

これが良い事なのか悪い事なのかは一概に言えないが、アインズ・ウール・ゴウンの人達を前にはあまり関係ないのかもしれない。

私の中でギルドに加入したいという気持ちが、一層強い意思で目標と生っていく。

 

「モモンガさん、一つお伺いしたいのですが」

「ん?なんでしょう?」

「ナザリックというとアインズウールゴウンの皆さんのお家ですよね?」

「ええ。正確にはナザリック地下大墳墓です」

「おおおぉぉ……!」

「メーちゃんなんか嬉しそうだね?」

「はい!そりゃもう大いに!」

 

そして同時にこんな素晴らしいギルドメンバー達が作り上げたギルドホームなるモノに俄然興味が沸いていた。

そこに今から行けるのだと思うと興奮して堪らなかった。

 

「くぅ~!ナザリック地下大墳墓!名の通り地下に広大に作られていて、ユグドラシルにとってまさに伝説的場所なんですよね?!至高の41人と言われる精鋭プレイヤー達が作り上げた魔王の城!そんじょそこらのフィールドや建造物なんかより、めちゃくちゃ見てみたいのは当たり前でふぃる!」

「なんか恥ずい」

「それどこで聞いたの……」

「魔王の城…あながち間違いではないですね」

「……ほぅ…」

 

興奮して少し噛んでしまったが、かの件の恩もあるし度々迷惑をかけてしまった事もある。

この後に待ち受けるギルドメンバーへの説得という展開については深く考えず、そこで自分のありのままを曝け出した上で納得して貰う様にするのも良いかもしれないと、流れに身を任せてしまう事にした。

 

「ククク……」

「うーわ、これ絶対スイッチ入ったよな」

「あーらら…メーちゃん押しちゃったね?」

「私は何だかメヘナさんの無鉄砲さが眩しく見えるよ」

「…?どういう事です?」

「ふはははは…!クハアハハハ!」

「ヒッ!?」

 

 え、ちょなんですのォ!?

 ほ、骨が!近づく……

 

「メーちゃんって結構運がない星の人なのかな。微笑ましいけど」

「壊れるモモンガさん久々にみたなぁ」

「彼は……疲れてるんだよ」

 

 笑いながら骨が近づいてくるううぅぅ!

 

「メヘナさん!!」

「…ち、ちか…い……」

「存分に見ていって下さい!ウチのギルドホームに入場するには異形種限定の社会人である事が条件でして、そこのところメヘナさんは見た目的には竜人に近いですが種族表記は異形種の者なので大丈夫です。私もギルドマスターとして歓迎できますし、良いですよね?ね?いいよねェ!?」

「わ、私に向かってそんな同意を求められても!ちゃ、茶釜ちゃん助け……」

「ん~……あ、そだ」

 

モモンガさんの豹変ぶりと皆の様子から察するに、どうやら私はモモンガさんがぶっ壊れる起爆装置に触れてしまったようだった。

勿論そんなぶっ壊れのモモンガさんを元に戻す方法は知らないので、私の愛人である茶釜ちゃん(※自称)に助太刀を求めたのだが、

 

【あ・き・ら・め・ろ】

 

無慈悲な一言と、無駄に可愛いアイコンが添えられたチャットが個人間専用チャットに送られてきたのだった。

 

「そんなーーぁ!?」

 

流れに身を任せた結果、私はそのままモモンガさんに気押しされるがまま"ゲート"とかいう暗黒世界に引きずらて行くのだった――。

 

 

 

 

ナザリック地下大墳墓を(引きずられながら)見学した数日後、

私は正式にアインズ・ウール・ゴウンに加入する事となった。

 

愛人の茶釜ちゃん(※公認)が自ら進んで強い推薦をしてくれていた事もあるが、実際にギルドメンバーさん達と関わってみて心底笑い合える事もあったり、私が今まで行けなかった未開の地にも何度も一緒に行ってくれたりと――

本当に楽しいと思える出来事を沢山通して、

茶釜ちゃん・モモンガさん・たっちさん・ベロロンさん以外の人たちにも寛大に受け入れて貰った事で実現したのだと思っている。

 

あと加入してからたっちさんに聞いた話だが、モモンガさん曰く私が持つとある種族と、その種族スキルが大きな決め手となったらしい。

なんでも、世界のアイテムがどうとか。一つしかないんだったかな?

加入出来た喜びでハッキリ覚えてない。

 

ギルドに加入してからというもの、私一人では今まで決して味わえなかった仲間達との冒険は最高の時間となったいたのさ!

 

 

 

いや……なっていた

 

 

 

――そんな最高の仲間たちと共に沢山の冒険をしていた。

楽しくて、楽しくてしかたがなかった。

毎日が輝いていた。

厳しい仕事も現実世界の絶望も、茶釜ちゃんともリアルでも遊んだり出来る仲となったていたし、大切な仲間たちが居れば全く気にならなくなっていた。

 

 

 

 

 

現実の世界に絶望し、目を逸らすように始めた

 

 DMMO RPG ユグドラシルオンライン

 

 

素晴らしい世界観に圧倒されながら、一時期は没頭して遊びまくった

 

そんな中で、心の荒んだ人間たちによって、また絶望を味わった

 

だが救われた、アインズ・ウール・ゴウンによって

 

心から親友と呼べる存在もできた

 

愉快で個性豊富な、楽しい大事な仲間もできた

 

もはやそのゲームは、人生の軸……私の心の拠り所になった

 

所謂、世間でいうところのゲーム廃人と言われるくらいに

 

 

 

 

だけど…また絶望を味わうこととなってしまった

 

現実世界の絶望から、心の荒んだ人間たちの手によって

 

 

 

楽しかった…本当に楽しかった……

 

 

 

もう二度と一緒に他愛もないような話に花を咲かせて、皆と笑い合えることもできなくなった

 

もう二度と一緒に冒険をして、皆と思い出を共有することもできなくなった

 

もう二度と皆の為に力になることができなくなった

 

もう二度と私を一番大事にしてくれた茶釜ちゃんと遊ぶこともできなくなった

 

 

 

 

 これだから……  私の心の奥底にあ る想いが

 

 黒く、悍ましいモノが  消えない

 

 もし許され るな ら

 

 

 この手で 世界を 均衡 を 悪あ る 人間

 

 

 …………

 

 

 ………

 

 

 ……

 

 

 

 

 

1人の哀れな人間はボロボロにされた血濡れの体を引きずり、

大粒の血の混じる涙を流しながら

 

 

茶釜ちゃん、モモンガさん、ごめんなさい

もう二度と、一緒に遊ぶことができなくなった

襲われて…死にかけてて……でも一言だけでも伝えたくて……

今まで、本当にありがとう

 

さようなら

 

 

 

大事な親友と、大事な仲間たちから一生の別れを告げ

 

この世界での命に終わりを迎えた

 

 

 



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第1章:紡ぎ始まる

読者の方々、こんにちは こんばんは。

漸くメインヒロインのモモンガさんを登場させれましたが、当作品のモモンガさんは本作より大分ネガティブ思考です。

ぜひ、お楽しみください!



「ほんと…綺麗だなぁ 一日中だって見ていられる」

 

豪奢な漆黒のローブに身を包んだ巨躯の骨――モモンガは、己が魔法で生み出したロッキングチェアに腰掛け、底深くまで透明な美しい広大な湖を黄昏に眺めていた。

 

「この感動を皆とも共有したいが――」

 

脳裏に浮かばせるは、ギルド アインズ・ウール・ゴウンとナザリック地下大墳墓での数多の輝かしい思い出の記憶と、それ等を自ら手放してしまった最期の日の時のこと。

 

「けど…… このままじゃまだダメだ。もっと頑張らないと」

 

人にはそれぞれ価値観というものがあり、何が大事で何を優先とするのかは変わってくる。

ゲームで例えるならば、

ゲームの金銭や時間を大事にするよりも、現実を優先する者。

現実の金銭や時間を大事にするよりも、ゲームを優先する者。

他にも多種あるだろうが、モモンガは後者だ。

家族も居ない独りの家。毎日ただキツイ仕事をして帰って眠るだけの虚しさ。流動食ばかりの不味い飯。

満たされぬ現実の日々に、価値を見出す事が出来なかった。

 

「モモンガ様、おやつをお持ちしました。今日は餡子餅ですよ」

「お、良いな。しかもつぶ餡だ」

「お飲み物は何にしますか?」

「んー…濃いめの緑茶だな。暖かいので頼む」

 

そんな無価値感を忘れさせてくれたのは、オンラインゲームのユグドラシルで出会った聖騎士の存在と、そこから始まった喜怒哀楽の思い出が詰まったギルドの創設期、それらの過程で得られた何よりも大切な仲間達だった。

しかし、ゲームよりも優先するべきものが現実の世界にこそ在った41人の仲間達は、様々な理由を元に1人――また1人と引退していき、モモンガを置いて姿を消していった。

そんな彼等に、せめて最後くらいは戻って来て欲しいと、サービス終了の告知がされた数日後にはメールを送信してみてはいたが、最後の時までその願いが届く事はなかった。

 

皆で造り上げたナザリック地下大墳墓じゃなかったのか?

どうして簡単に捨てる事が出来るんだ?

 

ジクジクと湧き出る報われない悲壮感や裏切られた怒りの気持ちは、モモンガの心を蝕み苦しませた。

 

「ふふ。幸せそうに食べて……モモンガ様、最近は何だか悪い憑き物でも取れたのかの様な感じですね」

「え?そ、そうか?」

「はい、とても明るく元気になったと思います!魔法のお勉強の時も物凄く熱心に取り組んでおられましたし、何か良い事でも有ったのですか?」

「んーむ……特にこれと言ったものは浮かばんが、強いて言えば何時も美味しいおやつを食べれて幸せ気分だな」

「そうでしたか。それは良かったです。頑張った甲斐がありましたね!」

「だな。しかし憑き物が取れた…ねぇ……思えばこの世界に転移してから2年近くか?色々と忙しなく経験してきたものだ」

 

とはいえ、そういった苦心も長くは続かなかった。

環境が変わり時を経て、様々な経験や出会いを我が身で味わい、次第に己の物事の価値観や考え方に変化を齎した。

 

「そうですね。やり甲斐は非常にありますが、何処で何をするにしても問題事だらけで、大変な毎日です」

「ああ、本当にな。おかげで私もまだまだ未熟者だと強く実感するよ」

 

これまで仲間に対して胸中に在った暗い心の有り様が、如何に稚拙で荒唐無稽な事だったかと思い知らされた。

 

「そうなのですか…?私にはモモンガ様が未熟者だなんてとても思えないのですが」

「あー……自分で話を広げておいてなんだが少々言い辛いな」

 

単純な話、凡ゆる生物達は生きる為には様々な方法を用い、衣食住を確立しなければ生きていけぬ。

至極当然の理を蔑ろにしてまで娯楽に労を費やそうものなら、破滅を迎える。

これくらいの事は物心ついた子どもでも少し教えれば理解できる。

 

「あ、ごめんなさい!言難いのでしたらご無理には…」

「いや大丈夫だ。それにこれはいい機会だ、この際にハッキリお前には私が一体どういう者なのか教えてしまおう」

「と言いますと…?」

 

だが自分は仲間の事を大事だと言いながら、その仲間に対して何をしていた?

多かれ少なかれ度合いはあれど、破滅の危険を負ってでも自分の娯楽の犠牲になれと要求し、あまつさえそれが叶わなければ嫌だ嫌だと喚いていた。

 

「お前――ポミグは私のことをどんな人物だと捉えている?」

「えと…私にとってモモンガ様は我が母と同じ様に凡ゆる事において超越した力を持つ、偉大なる御方です。そしてとっても優しいお父様と思っております」

「おと……ぇ ウォッホン!そ、そうか。

「………以上だ。この話終わり。とりあえずお茶のお代わりが欲しい。キンキンに冷えたやつ」

「は、はあ… 分かりました」

 

二人は同じ椅子に腰掛け、太陽が沈み始め金と紅が入り混じった空景色になるまで、暫くの間を談笑しながら優雅な時を過ごした。

 

今から約1年程前、隣に座るNPCの母親とこの異世界の住人によって、ナザリック地下大墳墓から異世界転移を果たした。

 

 

「どう話すかな…… あーシャルティアも少し知っていたが、お前は…ポミグはリアルの世界については知っているのだったな?」

「存じております。大気は人間たちの争いによって有毒物で汚染され、まともに呼吸すら出来ず、凡ゆる動物達は死滅し大地は水も干上がり草木すら枯れ、黒と灰色に染まった生命の息吹を全く感じられない荒廃した世界であると」

「………かなり詳しいな?驚いたぞ」

「御母様から教わりました。リアルの世界は無価値だと、よく愚痴を吐いておりましたので」

「メヘナさんか、なるほどな。それでだ、この世界と前の世界とでは随分と環境が違うだろう?」

「そうですね。まるっきり正反対で、まるで光と影のようです」

 

 

 

「御母様達のせいでこの世界に来る事になって。あんな状況では、選択を考える余裕すらもありませんでした」

「ああ… 確かにアレはなぁ。後になって事情は聞いたが、もっと賢いやり方が有っただろうとは思うな」

「御母様の事は尊敬していますが、アレは余りにも無責任です……やはり一度私から話しを!」

「待て待て。どうあれ結局は私が自ら乗った話しだ。責任というなら私にもある。この期に及んで兎や角言うつもりは一切ない」

「で、ですが………」

「まぁ聞け。この異世界に来てから約1年近くか?その間色々と考える事があったんだ。偶然の産物とはいえ今となっては寧ろ良い経験になったと思っているのだ」

 

幸か不幸か、自ら別れを遂げて異世界にやってきた事で、今まで経験し得なかった日々を過ごしてきた。

その経験が少しずつ自分の考え方に変化を齎し、客観的かつ冷静に分析する様になっていた。

 

「おかげで私はもっと我が儘なやり方をしなくては駄目だと学べた」

 

 

 

 

モモンガはロッキングチェアから立ち上がると、悲し気な表情で俯いたNPCをゆっくりと抱き上げた。

 

「わっ…」

「ポミグは、この景色が価値あるものに見えるか?」

 

指を刺した夕日に差し掛かった空は金と紅が入り混じり、その灯りの熱が体の奥に染み込んで沸々と力が漲る感覚がした。

 

「……はいっ!とても美しく非常に価値あるものに見えます!」

「ふふふ そうか。ならば、この景色を仲間達とも共有したくはないか?」

 

「私はその無価値な世界との鎖を断ち切ってやろうと考えている」

 

 

 

「無価値なモノに縛られ、価値あるモノに目を向けられなくなるなど、もう二度と合ってたまるか」

 

 

サービス終了の1年前にギルドに加入したものの、碌な会話もした事がない謎の多いメヘナと、メヘナの妻というフェルと名乗る者達によって異世界転移という超常現象を果たし、ナザリックも失ってしまった。

しかし

 

「……デミウルゴスさんを偵察に行かせたのも、その思いが合っての事だったのですね」

「察しが良いな、その通りだ。この世界がどんなモノなのかまだ分からないが、いずれはこの手で、誰もが虜になる様な価値ある楽園の世界にして見せる」

 

「正直なところ、最初の頃は誰も来てくれなかった嘗ての仲間達に対して嘆きや怒りの気持ちを持っていた。どうしてそんな簡単に捨てる事が出来るんだー!とか、皆で造り上げたナザリック地下大墳墓だろー!とかだな」

「………」

「だがその考えは少々浅はかだと考える様になってな。詳細は省くが、私もお前の母親も含めてリアルという世界で生活をしなければ、ナザリックで生きていく事も出来ない事情があった。リアルの世界は、空気は危険な有毒物質で汚染されまともに呼吸する事すらままならず、

 

そしてモモンガの隣で悲し気な表情で俯くNPCの幼い女の子の母親も、その41人の仲間達と同様だ。

 

 

 

 

 

 




最後まで読んで頂いた方、途中でやめた方もありがとうございます!
第1章、今回は少し短めに纏めてみましたが如何でしたか?

読みやすく工夫してみたつもりですが、内容がイマイチ分からなかったりしそうな場合には、また長文にして解説もしっかり取り入れながら書いていってみたいと思います。

そして、謝罪しなければならないことがあります。
次回から、次章の展開告知は中止させて頂こうと思います。
大変申し訳ありません。

誠に勝手ではありますが、どうかご了承下さいますよう宜しくお願い致します。


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第2章:原因不明

こんにちは こんばんは しらたまです。
わずか二日で読者数が4桁を超え、さらにはお気にり登録者も2桁という状態に舞い上がり、我が家のそこらじゅうにお漏らしをしていく黒猫にキャットフードではなく腐ったヨーグルトを食べさせてしまいました。
その後黒猫は私のベッドで見事な極大のアレを置いていきました。

そんな話は置いときまして…読者の皆様方、本当にありがとうございます!
正直な話を申しますと、1週間で読者数が2桁いけば嬉しいなぁ~なんて、当初は思っておりました。
仕事の合間に、休日の暇つぶしに…どのようなかたちであれ、時間を使ってこの作品に触れ、見て頂いたという事が本当に嬉しいです。
より一層、皆様方に楽しんで頂ける作品を作っていけるよう努力していきます。

今後とも、宜しくお願い致します!

さて、第2章の始まりですが、今回は検証も兼ねて会話パート多めです。

お楽しみ下さい!




アルベドの脳裏に何度目かの悪夢が蘇る

 

アルベド達NPCはナザリックから少しずつ居なくなっていく至高の御方々をその目で見てきた。

それと同時に、悲しげで寂しそうな姿を重ねていくモモンガをずっと見てきた。

そんな経験をしてきた彼らは常に恐れていた。

ずっと独りで残り続けて下さるモモンガ様でさえも、居なくなってしまうのではないか。

という恐怖を。

 

 

常に恐怖に怯えながら過ごしていたある日、モモンガ様はかつての友の二人、ぶくぶく茶釜様と

ペロロンチーノ様を連れて戻って下さった。

モモンガ様は実に上機嫌で、健やかに笑っておられた。

その光景をみた瞬間、全身から歓喜の念が湧き上がった。

喜びに打ち震えた。

他の何事もどうでも良いと思えた。

この時間さえあればいいのだと。

 

おかえりなさいませ

 

一言だけでもこの気持ちを乗せて伝えたかった。

だがそれでも、決して至高の御方々の貴重な時間を邪魔してはならないと必死に堪えた。

その時間さえも勿体無いと思えたから。

ただこの目にその光景を眺め、心の奥底へ焼き付けていられるだけで図り得ない幸福感を味わえていた……しかしその幸福の時間は束の間の一時だった。

 

モモンガ様とペロロンチーノ様の言い争いを目撃してしまった。

モモンガ様を独り置いて消えていた癖に……ペロロンチーノはモモンガ様の襟首を締め上げた。

奴を…止めようとした。この胸の怒りを以てして。

 

…………

 

だが出来なかった。

この私の怒りが、あの子を悲しませてしまうと思い至ってしまった。

私にはそれだけは出来ない。出来るはずもない。

御方々を止めなければ……しかしどうすれば?

 

そう思っていた矢先、気が付けば争いに直様終止符を打ち、何やら崇高なる志を更にその御胸に刻まれたご様子。

やはり思考の御方々は素晴らしい。

 

不敬な感情を働かせた無礼をお許し下さい

この身果てるとしても、全ての至高の御方々に何処までもお側に付き従います

 

我々如きが思考の御方々に対して物言いなど、決して有ってはならないと改めさせられ、この言葉を何度も心の中で復唱した。

至高なる志に習い、私も志新たとし今度こそお力になる為に。

私もあの子も……我々全ての下々にとって、大事な御方はモモンガ様だけではない。

 

 

 

――世界の終わりと共にアインズ・ウール・ゴウンは終焉する

 

 

 

一瞬にして視界が真っ黒に染まった。

足元にポッカリと穴が空いた。

果ての無い暗黒の奈落の底へと、ゆっくりと落ちていく感覚がした。

 

アインズ・ウール・ゴウンが終焉するはずもないのに、あの様な事を仰せになられたのは何故か。

簡単な事……今まで何一つお力に成れなかった我々の事を、至高の御方々がお供を許すはずもない。

我々に存在価値があるのだと、何時から愚かな錯覚を抱いていたのか。

 

 

 

――私たちは決してお前たちを忘れはしない。永遠に語り継ぐ

 

 

 

壮絶な覚悟と意思がこもった言霊が、我々の魂に届いた。

私の真っ黒だった視界が一気に晴れた。

アインズ・ウール・ゴウンの終焉は真実であった。

しかし悲観という感情など我々には有り得ない。

 

我々を創造して下さった至高の御方々に決して忘れることはないとまで言われた。

これ以上の喜びはないだろう。

 

 

 きっと………ないはずだ……きっと…

 いや…今この時だけは心から祝おう

 アインズ・ウール・ゴウンへ、ナザリック地下大墳墓へ、全ての至高の御方々へ

 

 万歳……

 

 

 せめて一度だけでも、お役に立ちとう御座いました……母と一緒に――

 

 

 

 

 さようなら……俺の全て、ユグドラシルとナザリック地下大墳墓、そしてアインズウールゴウン

 ここで過ごした輝かしい時、数多の思い出と出来事と、大事な仲間たちを絶対に忘れはしない

 

「今この時を持って、アインズウールゴウンが永遠の不滅となる誓いの日とする!喝采せよ!!万歳!!!」

 

鈴木 悟

俺は最後の時とともに全ての仲間たちへそう誓いの言葉を言い、終わりを迎えた。

 

「「「「ナザリック地下大墳墓、アインズ・ウール・ゴウン万歳!!!」」」」

 

 

――はずだった。

 

王座の下から、大事な仲間達が作り上げた子ども達による盛大な喝采が聞こえてきた。

それはもはや怒号に等しかった。

 

「「「え?」」」

 

思わず、両隣にいる仲間と一緒に素っ気ない声を発してしまった。

 

こんな反応をするのも当然だ。

ユグドラシルにはNPCに音声機能はない。

絶対に起こりうるはずのない事が起きた。

 

「…………」

 

今も繰り返し続けて起きている現象に理解が追いつかず唖然としていたが、それは長くは続かなかった。

突然自身の精神が安定化され、奇妙な程に冷静な思考に至った。

それによって、ある可能性が脳裏に浮ぶ。

それはサービス終了の延期。

 

サーバーダウンもされない原因は恐らくそれにある。

すぐにコンソールを開いて確認を試みた。

 

「あれ…コンソールが開かない」

「あたしのもダメだ!何も出ない」

「姉貴のもか…」

 

姉弟も同じくコンソールを開こうとしたが、何も起こらなかった。

その光景にドス黒い憤怒が湧き上がった。

 

「ど……どういうことだぁぁ!」

 

ギルド武器で床を大きく打ち付け、怒りの咆哮を上げた。

 

途端に辺りが静まり返るが、最早気にしていられない。

もし運営側のミスや事前告知もないせいで、最後の最後で大事な仲間達の為に届けたかった想いが無残にも台無しにさせられたのだと思うと怒りを禁じ得なかった。

 

「クソ…クソが!いったい……何なんだ……いや…」

 

しかしその怒りも、徐々に沈静化されていった。

奇妙な感覚を覚えつつも、自分の怒りに振り回されていては何の進展も得られない上に意味がないと冷静さを取り戻し、悪態を吐きながらも静かに王座へ腰掛け直した。

 

「モモンガさん、GMコールもログアウトも…できないですね」

「やはりそうですか……」

 

だが問題は積もりゆくばかりだった。

 

この様なゲームシステムに関連したエラー等が発生した場合には"GMコール"を使って直接ゲームの運営管理者に解決して貰う事になっているのだが、それはコンソールが開ける事が前提だ。この仮想世界からログアウトするのも同じ事。

今の置かれている状況というのは八方塞がりであり、運営が自主的に気がついて問題解決してくれるまで待機するしかない。

 

しかしそんな淡い助けには期待していないし、素直に待つつもりもなかった。

ギルドマスターとして、鈴木悟としても、ずっと不安気にしている大事な仲間をそのままにしておけない。

不安要素を1秒でも早く取り除いてあげたいのだ。

 

 コンソールが開かない理由はなんだ?

 3人の内1人だけがエラーで開かなくなるというなら分からなくもないが、3人同時に同じ現象が起きている事を考慮するとプレイヤー側の問題ではない可能性はかなり高い

 だとすればやはり運営側に何か問題があったか

 

「――ン―ガ様― モ――ガ様」

 

 いや、そもそもこれはエラーなのか?

 NPCに音声機能はないはずなのに、急にあんな大声で拍手喝采していたのはエラーじゃない気がする……ならまさかのアップデート何て事は、さすがにないか

 

「モモ――様」

 

 ……いいや有り得るぞ!

 ここの運営ならやりかねない。そうだ、これも突発的な音声機能の追加によるエラーだ!

 

「ちょ、ちょっとモモンガさん!」

「うぉっ!」

 

茶釜は思考の海に浸かるモモンガの裾を引っ張っり、声のする方へ強引に振り向かせた。

 

「モモンガ様!如何なされましたか!?」

「……!」

 

声にもならず驚愕する。

振り向く先にはタブラさんが作った1体のNPC、アルベドが目の前で自分に話しかけていた。

 

「モモンガ様、どうされたのですか……?」

 

だが話しかけられていた事に驚いているのではなかった。

豊かな両胸が腕で持ち上がり、"心配そうな表情"で問いかけてきた事だ。

 

「っ …GMコールが効かないようだ」

「大変申し訳ありません…私ではGMコールについてお答えする事が出来ません」

 

またも突如として精神が沈静化されていくその現象に戸惑いながらも、威厳のある声色で応えた。

そしてその沈静化によって、冷静にしっかりとアルベドの表情を目で追いかける事が出来た。

 

 音声機能の追加によるエラーだ…?

 じゃあこの表情の細やかな変化はなんだって言うんだ

 口元もしっかり動かして喋って、む、胸もう、うご!うごいて!

 こんなのまるで……まるで生きている様じゃないか!?

 ……あ、また沈静化した

 

「よい…アルベド。少し下がれ」

「失礼致しました!」

 

 全く理解が追いつかないが何が起きているのかは分かる……

 突然のゲームシステム機能面の停止

 NPC達の生きている様な繊細な表情の変化に、それに合わせた声色の変化

 ………冗談だろ?そんなことあり得るのか!?

 とにかく確かめるべきだ……その為にはまずは情報収集だけど命令は――

 コマンドも使えないのか!?ええい!

 

「セバス、隠密能力に優れた配下と共にナザリックを出て周囲1キロ以内を捜索しろ。会話が出来る者を見つけ次第、敵対的行動を誘発しないよう穏便にここまで連れてこい。ただし、相手が攻撃してきた場合は全力で撤退せよ。念の為に転移の魔法が込められたこの羊皮紙を渡しておこう」

「はっ!畏まりました、モモンガ様。すぐに出立致します」

 

セバスと呼ばれた執事は、洗練された見事な美しい動作で羊皮紙を丁寧に受け取り、戦闘用メイドのプレアデス達を連れて王座の間を出て行った。

 

 成功だ……

 コンソールやコマンドを用いなくても、NPC達とは会話で命令を出せる

 やはりアップデートだとかエラーなんていう事じゃない

 この現象はもっと異質なモノだ

 

モモンガは茶釜とペロロンチーノに小声で話しかける。

 

「二人とも大丈夫です。俺に任せてください。何が起きているのか分からなくて不安でしょうが、NPC達は会話を通して指示や命令を出せるみたいです。まずはこうやって少しずつでも謎の現象を解明していく事に専念しましょう」

「あ、ありがとうモモンガさん…。そうだね、そう考えるとちょっと落ち着いてきたかも!」

「モモンガさんかっけぇ…抱いて」

「それは気持ち悪いので却下です」

「冗談すよ……」

 

姉弟の不安感を少しでも軽減させるつもりで一声掛けたが、二人の何時もの調子を取り戻した態度に自分まで安心感を得られた。

 

「ふぅ~…。さて、お前たちは――」

 

気持ちを持ち直し、階層守護者を始めとするNPC達へ次々と指示を下していった。

指示を受けた者たちは臣下の礼を取り動き出す。

 

「残すはアルベドだが、お前はここに残れ」

「畏まりました!モモンガ様、全て仰せのままに!」

 

なぜか酷く落ち着きがないアルベドは、目元に涙を浮かべ勢いよく頭を下げた。

その光景に胸が詰まった。

 

「ア、アルベドよ。どうしたのだ」

「泣いてるの?…アルベドこっちおいで」

「はっ!只今!」

「落ち着いて、あなたの様子を見ていると胸が…心が苦しいよ」

 

茶釜は黒い空間に触手を突っ込みハンカチを取り出すと、アルベドの眼前まで近寄り優しく問い掛けながら目元を拭ってやった。

 

「何かあったの?」

「お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません!さらには至高の御方のお心を苦しませてしまう始末…」

「そういうことはないよ!あたし達はあなたの事が心配だよ。どうしたのか教えて?」

「私め何ぞになんという勿体無きお言葉を…」

「っとと…!本当に大丈夫かよ」

 

力なくフラフラとし始めるアルベドへ、ペロロンチーノが咄嗟に肩を掴んで体を支えてやったが、至高の御方に自分の体を支えさせるという失態を冒したアルベドの表情は途端に青ざめていった。

 

「…も!?申し訳ありません!」

「いやマジで大丈夫だって!気にせず先に話してくれよ、な?」

「………」

 

そしてアルベドは黙ったまま俯いてしまった。

 

「……私達は信用に値しないか?」

「そっ…!その様な事は決して有り得ません!」

「ならば、申してみよ」

「畏まり…ました」

 

モモンガは姉弟とアルベドの一連のやり取りから、今も起き続けている謎の現象について答えが出始めていた。

その事から、NPCに対して信用だどうだのと心情に纏わる質問を投げかけたとしても、真っ当な反応が返ってくる事を半ば確信していた。

 

「では、失礼を重々承知で申し上げます」

 

モモンガのひと押しによってアルベドはついに話し始めたが、その表情はまるで罪人の告白の様だった。

 

「モモンガ様がアインズ・ウール・ゴウンが終わると仰られ、至高の御方々から今まで全く役に立つ事も出来なかった私たち全ての下々の者に対して、決して忘れぬと誓いを立てて下さった時、これ以上ない喜びを感じておりました」

「……喜び、か」

「はい……ですが私は、先ほどからどこかお困りの様子の至高の御方々に、せめて最後はお役に立ちたいとお声を掛けさせて頂きましたが、結局何も力になることは出来ませんでした!」

「「「………」」」

 

モモンガはゆっくりと王座から立ち上がる。

 

「私は、私は守護者統括として…いえ、ナザリックに住まう者として………失格…です」

 

そして絶望的表情で顔を伏せたアルベドを、優しく懐へ抱き寄せた。

 

「モッモモォホッォ!…モモンガ様?!」

 

こんな痛ましい表情をする大切な仲間たちの子を見るに耐えれなかった。

 

「アルベド…苦しかったであろう、辛かったであろう……すまなかった」

「あ……ぅ…」

「お前に何も悪いことなどないのだ」

 

モモンガは抱き寄せたアルベドの頭を何度も何度も慈愛を込めて撫で続けた。

 

「私たちはお前の全てを許す」

「ぅ…うぅう…う!」

 

至高の御方から生まれて初めて体に触れてもらい、強く救われている感覚。

その触れた逞しい体とその優しい寛大な御心に、体の底から感情の渦が湧き上がる。

 

アルベドは耐え切れず、大粒の涙を流しながら大きな声を上げて泣いた。

 

 

終わりを迎えると言われたこの日の少し前、突如としてお戻りになられた私の造物主、タブラ・スマラグディナ様に、お前にはモモンガの心を少しでも報いて助けてあげて欲しいと言われ"モモンガを愛している"という設定を付け加えられ、今日までモモンガ様だけを想い生きてきた。

だが、何も力になることは出来ずに居た。

その事に、更に自分の心が黒く染まっていくのを感じていた。

そんな中、私たちを見放す事なく居続けて下さったモモンガ様に新しく付け加えられていた私の大切な設定を消された。

 

私の存在理由がなくなった。私の生きている意味がなくなった。

あの子を含め、モモンガ様の御心を報いる事も出来ない私になんの価値もない。

 

それでも、決して忘れないと言って救って下さった。

最後まで何も役に立てない私を優しく抱きしめ、慈愛を感じる御手で何度も頭を撫でられながら

全てを許すと言って下さったモモンガ様と至高の御方々。

 

 私は……私は………

 

「どうすればよろしいのでしょうか……。お許し頂けたとしていても、それでも私が何も力になることが出来ていない事に変わりはありません!」

「いやいや。そんなことないし、これから役に立って貰うから大丈夫だって」

 

モモンガの懐から顔を上げたアルベドの表情は苦痛に歪み、血を吐くように発せられたアルベドの重たい言葉に、思わずペロロンチーノも救いの言葉を投げかけた。

 

「これから…?どういう意味でしょうか」

「まぁまぁ、とりあえず一旦落ち着いて聞いてくれよ?じゃないと解決になんないからさ」

「あ…申し訳ありません」

「いいって。えーっとまず、俺たちは今原因不明の事態にあっているんだよ」

「原因不明の事態……」

「ああ、そこでアルベドにその原因究明に手を貸して欲しいって思ってたところなんだよ」

「うんうん。終わりが来ると思っていたんだけど何も起きないの。だからどうしてなんだろう、おかしいなって」

「至高の御方々が頭を悩ませる程の事……となると、私くし達では到底理解など出来る事ではない…なるほど。ですから先ほどからあのようなご様子でしたのですね」

 

彼女の設定の中には、ナザリックの全NPCと比べても随一の頭脳を持つという内容がある。

ペロロンチーノのフォローと茶釜が大雑把に現状を伝えるだけで、様々な事を汲み取り理解を示し、僅かな光明を得たアルベドの表情は大きく和らいでいた。

 

「ね!モモンガお兄ちゃん!」

 

その変化を逃さぬよう、場を和ます為に茶釜が有無を言わさぬ雰囲気で同意を求めた。

 

「えぇ…そうですね。聞いたかアルベド、我々にはお前が必要なのだ。一度もお前が要らないと思ったことなどない」

 

アルベドを体から離し、赤く泣き腫らした瞳を見つめその意思を伝えた。

 

「モモンガ様…ぶくぶく茶釜様…ペロロンチーノ様…」

 

アルベドは泣き顔を一生懸命戻すように、意志の篭った金色の瞳を力強く輝かせた。

 

「畏まりました、このアルベドにお任せ下さい。我が命にかけて今度こそお力になると約束致します!」

「だがあまり気張らなくてよいぞ。そして命までかける必要はない。幸せいっぱいに生きてこそ、我々の力になり続けるのだと思い誓って欲しい。これは命令ではない、願いだと受け取ってくれ」

 

力みすぎる志を和らげるように、肩にポンと手を置いて優しく諭した。

 

「…っ!分かりました。今この時をもって、幸せに生きて至高の御方々の力になり続けると誓います!」

 

先ほどとは変わって朗らかな美しい満面の笑顔となったアルベドを視認して、至高の3人は安堵する。

 

「ふふ…。さて、さっそくだがアルベド。お前を除く全ての配下の忠誠心を知りたい」

「あ~確かになぁ」

「特に役職に就いてる子たちでしょ?」

 

モモンガの発言に対して姉弟は直様理解を示した。

 

「ええ。この現状を打破するのに配下たちの忠誠心に偽りがあっては今後の行動に大きく差し支えるでしょう。信用していない訳ではないんですが、万が一があってからでは取り返しがつきませんからね」

「そこでアルベドに協力して貰うわけだね?」

「その通りです。という訳でアルベd……えっ」

「ほわあぁぁ……」

 

しかし当のアルベドは背中の黒い大きな羽をピーンと伸ばし、体をプルプルと震わせて撫でと至高の御言葉を堪能していた。

 

「……オホンッ」

「―ハッ!!なるほど…。畏れながら申し上げますが、主にぶくぶく茶釜様とペロロンチーノ様への忠誠心をご心配されているのですか?」

「そ、その通りだ。アルベドはもう分かってくれたであろうが、友たちは皆決してお前たちを捨てた訳ではない。リアルの世界においてどうしてもやるべき事があった故に戻ってこれなかったのだ。これらは全てはお前たちを守るためにだ。だがその理由を他の者たちにまで伝えてない以上はどうなるか分からない。だからこそ重視すべき内容なのだ」

「私たちを守るために……その様な事実が」

「理由について詳しい事はまだ言えないが、事態が落ち着いた時に伝えようとは思っている。但しこれについてはあくまで予定だ」

「畏まりました。それでは、私はどのように行動致しましょうか」

「うむ。今セバスにナザリック周囲一帯の地表を捜索させているから、戻り次第指示を出そう。セバスが戻ってくれば、この原因不明の事態について思いあたる事が明確になるかもしれんのでな」

「なんと…!もう原因が分かるかもしれないのですか!さすがは至高の御方々!」

 

これまでのやり取りから、この原因不明の事態が起きている原因についてはほぼ答えが出ている。

こんな体験をしなければ、例え友が言った言葉でも信じなかったかもしれないが、

"仮想が現実となった"という事だ。

滅茶苦茶な話だとは思うが、そう考えれば合点できる部分が余りにも多い。

 

「モモンガさん、アルベドからめっちゃ良い匂いがするんすけど……変じゃないすか。惚れそうなんだけど」

「いや、もう強ち可笑しな事ではないですよ。ペロロンチーノさんも本当は薄々気づき始めてるんじゃないですか?仮想が現実となったって。それから変な事言わないで下さいセクハラです」

 

ユグドラシルというゲームでは人間の触覚・味覚・嗅覚を刺激する様な事は法律によって難く禁止されているのは誰もが知る事だが、もしも法を犯した場合は即刻アカウントの永久停止を処される。

アルベドをつい勢いで抱きしめてしまったが、その時にペロロンチーノの言う良い匂いがしたのを感じていた。

それに豊かな柔らかい胸の感触も。

 

「さーせん…てかそんなセリフをモモンガさんから聞かされると、自分の考えている事が確信に変わりそうですよ」

「そう考える方が辻褄があうと思いません?」

「まぁ……そうなんすけど」

「ねぇねぇ、そういえばモモンガさんアルベドを抱きしめたときシレッと胸堪能してたよね。どうだった?ねぇどうだった?」

「……っ…!」

 

突然茶釜から爆弾発言が投下される。

その茶釜の言葉に反応して顔を耳まで真っ赤にして恥ずかしそうに俯くアルベドであった。

 

「だよな!いや確かに羨ましかったけど今そこ関係ない……だ…ろ っあぁ!」

「このタイミングでそれ言います?普通…。えぇと…察したと思いますが、本来なら風営法に引っかかってすぐに消さ…じゃない、アカウントをバンされますよね。そして強制的にログアウトするはずなんですが、何も起きていません。ここまで言えば嫌でも分かりますよね?」

「なん……だと……ってことはお触りし放題……フオォォ」

 

ブツブツと呟きながら、あらぬ方向で別の意味で驚愕しているペロロンチーノは放ってモモンガは話を進める。

 

「とにかくその可能性がかなり現実味をおびてきているという事です」

 

突然のゲームシステム関連の停止と、NPC達の生きている様な繊細の表情の変化に強い感情の波動。

そして人間の外界を感知する為の機能の五感刺激によって発生する、風営法違反による強制的ログアウトをする反応が一切ない点。

3人がこれらを合わせて考えた結果導き出した答えは、自分達は『仮想が現実となった』状態にあるという事だ。

 

「不思議とそう言われて違和感も不自然さも今じゃ感じないんだよね~…。さもそれが当たり前かのような感覚だし」

「憶測の範囲なので断定は出来ませんが、今はセバスの帰りを待ちましょう。それから今後の事について会議を開きます。何にせよ行動あるのみです」

「おっけ~賛成。それならモモンガさん、アイテムやスキルの確認なんかもしといたほうがいいんじゃない?」

「ふむ、確かにそうですね。スキルについては後回しにして、先にアイテムの確認だけでもしますか」

「はーい」

 

茶釜の提案は実に的を得ていた。

先の"仮想が現実になった"というのが事実であれば、当然ゲームの仕様やシステム面に変化があっても何ら不思議ではない。

茶釜がアルベドの頬の涙をハンカチで拭き取る際にも極自然に行われた事で違和感を感じなかったが、その際に桃色の触手が突如出現した黒い空間に消えていた。

ゲームであれば通常コンソールかショートカットなどを用いる動作があるが、それが一切なかった。

であれば、何か問題が起きた際いつものゲーム感覚で動いてしまっては致命的な結果を招く事に繋がる危険性がある。

事前に準備や動作の確認をして慣らしておく必要があったのだ。

 

「う~~む」

 

そしてやはりコンソールは開かなかった。

しかし『アイテムボックス』というモノに意識を向けて空中に手を差し出すと黒い空間が生まれた。

 

「なるほど」

 

これで一つ学習出来た。

確実に仕様やシステム面も変化している。

他にも様々と調査したいが今は余裕がない。手短に出来る範囲から正確に処理していく事にした。

 

「何があったかな……」

 

空間に手を突っ込むと膨大な数のアイテム情報が頭に送り込まれてくる。

 

 うげっ!これはもしかして……!

 

「すまん、少しでいいからアルベドも手伝ってくれないか…」

 

そう言ってドサドサと山積みにされていくアイテム郡。

 

「はい!仰せのままに!」

「うわっ…それ、相変わらずだねぇモモンガさん」

「ハハハ……捨てられなくってつい」

 

コレクター魂を持つモモンガは自分にとってどんなに不必要なアイテムでも、どんどんアイテムボックスにしまって収集していく癖がある。そのせいで膨大な数のアイテム量となっていた。

おかげでアルベドがずっと付きっきりでモモンガの手伝いをしていた。

 

今更だが自分が散らかした物を女性に手伝わせるのは悪い気がして、時折アルベドを気にかけて顔色を伺うも、見るたびに眩しすぎる笑顔を返されて諦めた。

 

簡単に確認を済ませたものから整理し片付けていくという作業の途中で、ペロロンチーノの独り言が耳に入ってきた。

チラリと視線を向けると、

 

「合法…合法…お触り…お触り…ハァハァ…」

 

両膝をついて王座の間の天井を仰ぎながら、妄想の世界に入っている気色悪いバードマンが視界に入った。

 

「ペロロンチーノ様は何をなさっておられるのでしょう?」

「……アルベド、あれはな。その、アレなんだ。気にしなくていいぞ」

「そうそう、アレだから。放置してていいよ。アレだからね」

「は、はぁ……アレでございますか」

 

3人とも見なかった事にして作業を再開する。

 

 

 

「――これくらいかな…やっと終わった」

「ホントすっごい量だなぁそれ。次からは真面目に整理しようね?」

「精進します…」

「もー…それ治す気ないでしょ」

「そ、それにしてもアルベドも助かったぞ!しかし結局最後まで手伝わせて悪かったな」

「いえいえ!その様な事は微塵も思いません!むしろお役に立てて光栄の極みにございます♪」

「そう……ですか」

 

 笑顔が眩しすぎる……

 

アイテムの確認が終わって一息ついていた頃、王座の間の扉からノック音と渋い男性の声が聞こえた。

 

「モモンガ様、失礼致します。セバスにございます。ナザリック周辺の捜索が終わったのでご報告に上がりました」

「む、セバスか」

「セバス……!」

 

アルベドは急いで至高の御方々を守るためにと、動き出す。

至高の御方々から自分を除くNPC達の忠誠心について懸念し、警戒していると伝えられたからだ。

当然至高の御方々には劣るが、ナザリック内の全NPC達の中で防御面に関しては最強と自負しており、至高の御方の盾となって時間稼ぎをする余裕くらいは作れると思っている。

しかし決して油断などしない、至高の御方々との誓いをした。

その誓い決して破る訳にはいかない。

最大の注意を払い、幾つかのスキルを発動させたところでモモンガに止められた。

 

「アルベド、お前はここで待機だ。茶釜さん、入れてあげてください」

「あいよ~」

 

いくら、アルベドが全NPC中防御系最強だっとしても、万が一があってはいけない。

代わりに茶釜に扉を開けてもらう事になった。

茶釜は防御系に特化したユグドラシルでは有名なガチプレイヤーだ。粘体のくせにカチンコチン。

Lv100のプレイヤーが数人束になってかかってきても平気で耐えられる。

 

「いい?お手本を見せたげるからよっくみてなさ~い」

 

しかし、途端にアルベドは全力で不安な表情になる。

 

「しかしぶくぶく茶釜様…!」

 

アルベドは返事をするだけでそれ以上は何も言えなかった。

至高の御方から、自らお手本を見せてやろうと言われたのだ。

最早黙って見ておくという選択しか取れなかった。

もしそれ以上何か言おうものなら、不粋を通り越して不敬に応る。

 

茶釜はその場から触手を伸ばして扉全体に密着させ、ほんの僅かに振動させた。

その僅かな振動は王座の間一帯に巡り、ビリビリと静かな唸りを上げた。

 

「うん。大丈夫、セバス1人だけで仕掛けとかもなにもないね」

「そ、そんな……まさか」

「いいよセバス、入っといで~」

「はい。畏まりました」

 

セバスは額に汗を滲ませながら、本当に何もない事を確認させるように扉をわざと大きく開いて入室した。

 

「目の前で至高の御方の神業を拝見することができるとは…誠に畏れいります!」

「そんな大袈裟なー」

「………」

 

アルベドは口を開けて唖然とした。

自分の身を危険に晒して動こうとした愚かな己と違って、ぶくぶく茶釜は十分に余裕の取れる安全な距離から動くという瞬時の判断を下した。

それにも驚いたが何より実際に視認した訳でもなく、スキルを使用した訳でもない状態でありながら、ただその場から触手を伸ばし振動という方法で相手の情報を見事に看破してしまったのだ。

 

「さすがは至高の御方…次元が……違います」

「えっ?そ、そう?ありがとー?」

 

そして余裕すぎるこの態度には、尊敬と畏怖に近い念が更に高められてしまう他なかった。

 

「ささ、アルベドこっちおいで~♪」

 

茶釜は体を揺らしながら、手招きならぬ触手招きでアルベドを自分より後ろ側に立たせ、メッセージを起動した。

 

{ね、大丈夫だったでしょ♪}

{ぶくぶく茶釜様…!本当に素晴らしいお手並みでした!ですが…その、この立ち位置では何か起きたときに至高の御方々の為にすぐに盾になれません!}

{いいのいいの~わざとこうしたんだから。それにさっきも言ったでしょ?幸せに生きてて欲しいって}

{その事についてですが…考えたくもない話になりますが、もし至高の御方々の命に関わるような大事になった後で幸せに生き続ける事など出来ません!}

{う~ん…、ねぇアルベド。モモンガさんもあたしも愚弟も、というか皆そうだけど、あなた達はみんなが作り上げた大切な子供たちのような存在だと思ってるんだよね}

{大切な…子供…}

{そう。例えばだけどアルベドが…そうだな、モモンガさんと結婚してその間に子供が生まれたと考えてみて}

{モモンガ様と私の子供……}

{その子供たちがお互いに争って傷つけあって命を落とそうとしてる。どう思う?}

{…それは!……とてつもなく嫌です…そんなところなんて、見たくありません…}

{でしょ?そんな悲しい事は絶対に起きて欲しくないよね。例え自分が死ぬような事があっても防ぎたいと思えるよね?}

{……はい}

{そんな風にあたし達は子供たち皆が、幸せに生きてくれさえすればそれでいいんだって思ってるんだよ。だからね、願うは次から絶対に子供の自分が盾になって死のうだなんて考えないで欲しいってこと。自分の命を犠牲にしてまで守るべき時は……アルベド、あなたが母親となった時にしなさい}

{はい……分かりました。この事はしっかりと心に刻みます!ぶくぶく茶釜様、本当にありがとうございます!!}

{うんうん♪分かってくれて良かったぁ。他の子たちとも仲良くね!}

{畏まりました。お任せ下さい!}

 

「…―――以上が捜索の結果報告です、モモンガ様」

 

アルベドとのメッセージでの大事な会話を終えて一安心したのもつかの間、

 

「ご苦労であった、セバス。下がっていいぞ」

「お疲れさんっセバス。分かりやすい説明だったよ」

 

いつの間にか妄想の世界から脱していたペロロンチーノもセバスへと労いの言葉を送っていた。

 

 うわやっべ話終わっちゃってるっしょこれ!全然聞いてなかったんだが?!

 

アルベドとメッセージで夢中で話し込んでいたおかげで、モモンガ達の会話を全く聞いていなかった茶釜はめちゃくちゃ焦っていた。

 

 もし、聞いてませんでした☆なんて言ったら、いくら温厚なモモンガさんでもこんな時にはさすがに激怒だわ!どうしよ……

 

脳と体をぶるんぶるんフル回転させてどうしようか考えていると、突然メッセージが飛んできた。

 

{茶釜さん…さっきから何やってんですか。ものすごい卑猥な動きしてますけど}

 

モモンガからであった。

 

{げっ!あ、え?ナニってる?今?}

{アンタ何言ってんだ!?}

{いいえ何でもございません}

{…それより、どう思いますか?これってやっぱり考えられる結果はもう一つしかないような気がしますよね}

{そうでございますね。お腹も空きますね}

{え?お腹?…話を聞いた今だからこんな言い方できますけど、俺はアンデットなので食欲も睡眠欲もないからわかんないです…いやそうじゃなくてさっきの話ですよ、茶釜さんはどう思いますか?}

{あー…うん。アンデット?……大変だね?}

{あ、はい}

{………}

{………茶釜さん}

{なぁに~?モモンガお兄ちゃぁん☆}

{話聞いてなかったんですか}

{はい。すみません}

{はぁ~詳しい事は後で会議の時に教えますので、今のところは軽く聞き流す程度で良いですから聞くだけはしていてください}

{はーい…ごめんなさい~……}

 

「さて、この事態の原因は分かった。恐らくナザリック地下大墳墓は未開の地へと転移した。変な話、そのおかげで我々は終わりを迎えることはなくなったという事だ」

「ですね。俺もそうとしか思えない」

「しかしこれからどうするか……」

「あの、モモンガ様……」

「なんだ?何か案でもあるのか?」

「いえ、そうではなく…先ほど終わりを迎える事はなくなったと仰られましたよね?」

「………あぁ」

「では、もう至高の御方々が消えてしまう恐怖を味わうことはないのですか?」

 

モモンガはアルベドからのこの質問が来るであろう事をある程度予測していた。

元々サービス終了によって今まで築き上げてきたアインズ・ウール・ゴウンのナザリック地下大墳墓の栄光が形として消えてしまうからと、彼らNPCにあんな大々的に誓いの日を伝えてしまった訳だが、それが急遽そうじゃなくなります何てなったら、一体どういう事なのかと聞きたくなるのが普通だろう。

加えてアルベドが打ち明けてくれた胸の内を考慮すれば、自分達創造主が居なくなる恐怖への憂いが表に出てくるのも必然的である。

 

「……すまない、それは今のところ断言出来ない」

「どうしてですか…?」

 

だが、この問いに対して肯定的には答えられない。

 

「アルベド、お前なら分かっているはずだ。異世界に降り立った私達にとって、これから何が起こるかは分からない。何一つ根拠のない保証なき言動は無責任にもほどがあるからな」

 

ここはもうユグドラシルのゲーム世界ではなく、未知に溢れた異界の現実世界だ。

万が一の極端な話だが、もしも自分や仲間が死亡する様な事態に遭った時に、今後のアインズ・ウール・ゴウンやナザリック地下大墳墓がどうなるか等解らない。

 

「それでも大丈夫だと言って欲しいと言ったら……不敬、でしょうか?」

「不敬などとは思わないが…」

「至高なる御方々、アルベド様に申したい事が御座います。少しのお時間を頂けないでしょうか」

 

先ほどの報告を終えて、王座の下で待機していたセバスが突如口を開いた。

 

「あたしはおっけーだけど、何言うの?」

「それって説得の為だろ?セバス」

「勿論で御座います」

「ふむ、なるほどな」

 

モモンガはセバスのこの発言に対して、忠誠心を知る良い機会なのではないかと思考する。

セバスは今のところ命令に忠実に従い、有意義な情報を持って帰ってきたりと良い働きをしてくれているが、それだけでは信用するに足る決定打に欠けていた。

アルベドの様に己の心情を語ってくれれば分かりやすいが、そうするには会話内容を上手に誘導する必要がある。

 

「そうだな、ならば条件を設ける。お前が嘘偽りなき本音の言葉を以て発言するならば許可しよう……どういう意味か分かるか?」

「こ、心得ました。このセバス、命に懸けて真の心でお話致します!」

 

セバスは深々と頭を下げ、臣下の礼をとった。

 

「良いだろう。では話してみよ」

「ははぁっ!」

 

 よーし、あとは二人の会話の流れを聞いて判断するってところかな

 けど……は~~、あの脅しみたいな言い方はやっぱり良くないよなぁ

 他にもやり方はあっただろうけど、あんまり悠長にしてる時間も余裕もないんだ

 ここはセバスに頑張って貰うしかない

 

たっちみーの子どもに脅しを掛ける様で申し訳ない気持ちも当然あるが、まるで誘導尋問である。

しかし、ギルドを管理する者として絶対に把握しておかなければならない事項なのも確かだ。

これらを粗末に扱い、仲間に万が一の事が起きてしまう様な事は許されるはずもないと、存在しないはずの胃を痛めながら己を説得するモモンガであった。

 

「アルベド様、我々は至高の御方々の手によって創造された身、この命を以てしてお役に立てる事こそが無上の喜びです。あなたもそうですね?」

「ええ、私くしもそう思っているわ」

「であれば、己の気持ちを優先して至高の御方を困らせるなど有り得ないと思いませんか」

 

 これはアルベドからも同じ様な事を聞いたが、セバスも一緒なのか

 セバスから慕いの言葉が聞けて安心は安心なんだけど、NPC達は皆こういう考え方でいるって思うと逆にこっちが怖気づきそうだよ……

 これは忠誠心が高すぎた場合の事も考えないといけないな、NPC達の意識改革も施しておくべきだ

 大事な仲間の子ども達が、自分らの為に無闇に命を落とそうとするなんて堪ったもんじゃないぞ……ついさっき脅した俺がいるけどな

 

「そうね。でもその考え方は時に間違いなる事もあるのだと気づいたの」

 

 は?間違いだと……?どういうことだ?

 

「何故そうだとお考えに?」

「セバス、私くし達下々の者は本当にそうあれとだけ創られたと思っているの?そう教えられたの?」

「……私はあの至高の御方との話を聞いてそうだと考えております」

「なるほど、セバスの言いたい事はよく分かったわ。でもいい?よく聞きなさい。私くし達は至高の御方にとって大事な子どもであり、幸せを一杯に感じて生きて欲しいとお望みなのよ」

 

 あぁ、そういうことか

 一瞬アルベドの忠誠心に偽りがあるのかと思ってヒヤッとしたけど、アルベドは俺が言った事をしっかりと理解してくれているから違うと言ったのか

 あの一言だけでああまで深く理解を示してくれるなんてさすが守護者統括だ

 ……それにしても何か引っかかるな

 

「しかしアルベド様、それはあなたの勝手な幻想になるのでは?」

「なんですって?」

「それこそ至高の御方にそうあれと教えられたのですか?」

「それは……」

「はーいセバス君ストーップ!」

 

不意に大袈裟な動作で茶釜が止めに入った。

 

「そいでちょっと、モモンガさん耳借りるよ」

 

そそっかしい茶釜の言動に理解が追いつかなかったが、自分の知る普段の茶釜とは違う只ならぬ雰囲気を感じ取り、ヒソヒソと話始める茶釜の発言に耳を傾ける。

 

「な、なんですか突然……」

「さっき"アルベドには"私らの気持ちとか考え方の事の話で教えたけどさ……ほら。"アルベドには"ね?」

 

妙に気優しく労わるように肩をポンポンと叩かれながら言われたその一言で、

 

「…………」

 

モモンガは自分が盛大すぎる"やらかし"をしている事に気がついた。

 

 やらかしたあああぁぁぁ!!!

 てか茶釜さん意外とこういうの鋭いなオイィ!!

 いや俺がバカなだけなのか?!

 セバスには俺達の考えとか教えてないんだから、二人の考え方に差異が出てくるのは当たり前の事だろ!!

 何がセバスの忠誠心を知るだよ!

 アルベドとセバスでは忠誠心を図る為のそもそもの前提が違うじゃないか!

 

「あああぁぁ…!!申し訳御座いません!せっかく頂いた貴重な活躍の機会を台無しにしてしまうだなんて……やはり私は…!!」

「まぁ待て待てアルベドくん、まずは深呼吸でもするんだ。いいか?ひっひっふー…だ。さぁ一緒に~」

 

 ほれみろ!!

 アルベドが過大な忠誠心発揮して変に自責の念に苦し始めたぞ!

 ペロロンチーノも何か妙な事言ってるし、どうすんのコレ!

 

非情にも事態は良からぬ方向へ転がって行き、大口を開けたまま壮絶なる内心の独り悶着を繰り広げる最中――

 

『ゴンッ!!』

 

「……え?」

 

打撃音と共にペロロンチーノが王座の間の壁端まで吹っ飛んでいった。

呆気に取られながらも視線を巡らせば、

 

「アホ!女の子にそういう事いうな!死に…殴られたいの?」

「いやもう殴ってるから!めっちゃ痛ぇから!ユグドラシルの時とは違うんだぞ姉貴!」

「変な事言うからでしょ?」

「イヤイヤイヤ!場を和ませようと冗談で言っただけなんだからもうちょっと手加減しろよ!イッテー!…それにアルベドは女の"子"って言える感じでもないだろ…アレだあれ、淑女っていうんだよ。そうやってすぐ暴力で片付けるから異性に振り向いて貰えねぇんだ、アルベドを見習いやがれ……」

「あ?今なんつった?」

「ちょ!ご、ごごごごめんなさい言いすぎました反省してます許してェ!いやっ許してください姉上殿!!!」

 

姉弟の面白漫才ヨロシク、高速土下座で床に鳥頭を擦り付けながら許しを請い始めるペロロンチーノと、お叱りを飛ばす茶釜がいた。

 

「ふふふふ」

 

しかしそんな光景にモモンガは実に愉快そうに笑みをこぼした。

 

「はははははは!」

 

妙な精神の沈静化も吹き飛ばして高らかに笑い続けた。

 

「モモンガ様……ふふふ…うふふふ」

 

モモンガの朗らかな笑いに釣られ、アルベドも笑う。

 

「面白いな、アルベド。私の最高の友たちであり、仲間だ。実に愉快だろう」

「はい、モモンガ様。とても愉快な至高の御方です!」

「はははは!やはり二人はこうでなくてはな!」

「ちょ…笑ってないで助けてモモンガたん!」

「それは無理ですね。TPOを弁えれない変態は黙って粛清されましょう」

 

再び笑顔を取り戻したアルベドとその場の空気も手伝い、容赦のなさすぎる返答をするモモンガであった。

 

「即答!?男の友情を忘れたんですかああぁぁぁ!あと、変態って酷くない!?」

 

そんなものは知りませんとばかりに手を振って茶釜によってボコボコにされていくのを見送る。

現実は非常である。

 

「アルベド、自分責める様な事はしないでくれ。今のは私のせいでもあるし…そうだな、立派な淑女は笑顔が似合うらしいぞ。お前の素敵な笑顔を見せて私達を喜ばせて欲しい」

「そうそう!特にアルベドはすっごい綺麗なんだから笑ってるほうが絶対良い!」

 

モモンガの意見に同意しながら、見事なまでに粛清されてもはやピクリとも動かないグッタリとしたペロロンチーノを引きずる茶釜が戻ってきた。

 

「は、はい…。お手を煩わせてばかりで申し訳ないです…」

 

顔を少し赤くして恥ずかしそうに答える様子は、1人の美しい女性にしか見えなかった。

 

「大丈夫大丈夫!話しそれたけどモモンガさん。セバスの報告にあった話の続きを聞かせてよっ、と」

 

茶釜はポイッと王座の下に弟を放り投げ、アルベドとのやり取りで聞き逃した重要な会話を促す。

 

「分かりました。と…その前にセバス、先にペロロンチーノさんを回復してやってくれ」

「はっ!仰せのままに」

 

セバスは手際よくポーションを使いペロロンチーノを復活させると、モモンガは頃合を見計らって続きを促した――。

 

それから2時間近くの話し合いの末、セバスが偵察によって得た情報を改めてその場全員に共有させた。

偵察の結果内容としては、かつてナザリック地下大墳墓が建っていた沼地はなく、周囲には植物が生い茂っており、様々な動物たちが見られる広々とした大地とのことだ。

 

「茶釜さん、この事から思うことは何かありましたか?」

「ん~…そうだね。やっぱりあたしも二人と同じで異世界への転移…って感じかな」

「やはりそうですか」

 

 ……確定だな

 茶釜さんもペロロンチーノさんも俺と全く同じ事を感じている

 仮想が現実となり、異世界へ転移したので間違いない

 

また、創造主達のNPC達に対する考え方や感じ方云々に関する事も含め、セバスへの忠誠心については懸念する様な事は何もなかったと判断する事ができた。

あの事をセバスに伝えた時の反応ときたらキャラ崩壊も散々に、号泣しながら「慈悲深く愛おしき御方々よ~!」とか叫び散らして酷い有様であった。

加えて自分達が創造したNPCに対しての考え方や今後のアインズ・ウール・ゴウンで活動する全てのNPCを始めとする者達の立場や意識の在り方等を明確にさせていくという方針が決定し、ここに居るアルベドとセバス以外のNPC達等についてはあくまで創造主達の判断で自主的に説明していく運びとなった。

 

「この件は一先ずこれでいいですが、例の話に戻しましょう」

「うん…。今はそっちに集中したい」

「……だな」

「アルベドにセバスよ、もう一度私たちに説明してくれ」

 

しかし創造主達にとっては、驚愕せざるを得ない新たな最注視とする事項が浮き建ってしまっていた。

 

「畏まりました……」

「大変畏れながら申しあげます……」

 

切っ掛けはセバスがモモンガの命令でアルベドとの対話の中で発した"あの至高の御方との話を聞いて"の言葉について訪ねた時だ。

これについて注意深く話を掘り下げた結果、二人とも過去にメヘナから度々語りかけられていた記憶が存在しており、他の創造主達の記憶もある様だった。

だがメヘナについては他の創造主達の記憶とは幾点か異なる反応を示した。

まず、人間種に対する想像を絶する強い憎悪の感情……これについては皆納得できるが、もう一点が大問題だった。

あの"誓いの日"を皆と共に声高らかに祝した時を境に、メヘナの記憶を想起するだけでまるで今も何処かに存在しているかの様な感覚の後、不思議と体の奥から力が漲ってくるのだという事。

当初この話を聞いた際の第一印象としてはNPC達の精神的な昂ぶりか何かが起因している可能性があるのではと捉えていた。

何せこの二人のNPCを見る限りでは、妄信と言っても過言ではない程の強烈な忠誠心がある。

それにメヘナはもう亡き人だ。

しかし異世界転移という非現実的な事象が現実となってしまった現在において、通常では到底考えられない様な超常現象的な事が起きても何ら不可思議なことではないのも確かである。

それこそ、メヘナはこの世界に転生している何ていう奇跡もだ。

 

「これから……どうするの?」

「無理すんなよ…」

 

茶釜の普段の活気づいた雰囲気は鳴りを潜め、小突けば倒れてしまいそうな程弱々しかった。

姉を優しくさするペロロンチーノの姿には、過去に一度だけ見たあの忘れられない光景をモモンガに思い出させた。

そんな思い出と今の仲間達の姿を見て、モモンガは決心する。

あの時一番悲しんでいた茶釜に対して何もしてあげられなかった自己中心的な過去の自分とは違う――今度こそ必ず守ると。

次こそは本当の意味で大切な友を守る自分がいる。だから安心して欲しいと。

 

「それについては今ここで決定できない事象ですが、後ほどしっかりと作戦を練って考えましょう。俺だってここまできたら全身全霊を注いでやりますよ」

 

そんな決心を伝えるかの様に姉弟の傍に寄り添い、今できる自分なりの最大の励ましの言葉を送った。

 

「……はは、あたしも野郎二人がだらしなくならないように頑張らないとね!」

「あんがとなモモンガさん。俺も出来ることは一生懸命やっていくよ」

 

少しの間はあったが、茶釜もペロロンチーノも快くその決心に応えてくれた。

 

 仮想が現実となり、ユグドラシルの世界から異世界へと転移したアインズ・ウール・ゴウンのナザリック地下大墳墓か……

 ぶっ飛んだ話だけど俺はこれで良かったと思っている

 色々と気になる事は多々あるけれど、未開の地である以上はかなり慎重に事を進めないといけないだろうな。早急に対処するべき課題が山積みだ

 致命的情報不足と異世界という未開の土地

 だがそれが何だ

 俺がやるべき事は皆を必ず守り……奇跡を探す

 大切な仲間を失うのも、このナザリックが消えてしまう何て事も……

 もう絶対に二度と許しはしない

 

「私はこれから茶釜さんとペロロンチーノさんの3人で大事な会議をするが、アルベドよ、お前にも参加して欲しい」

「わ、わわ私がですか!?その会議というのは、ギルド会議の事を指すのではありませんか……!本来は至高の御方々しか参加する事ができないはずです!」

「そのとおりだ。お前が創られたNPCという立場だから気まずいのだろう事も分かるぞ。しかし私たちはお前のことをかつての仲間達と同じくらい大事な存在だと思っている。加えて、守護者統括としても優れた才覚を持つお前に頼りたいのだ」

 

ただの平社員であるモモンガは、人を使い纏めたりする所業について自信がなかった。

先ほどもやらかしをしたばかりだ。

だが守護者統括の役職に就くアルベドならば自分では思いもつかない良案を提示してくれると期待した。

 

「そこまで私の事を想って下さるのですか…。至高の御方々の深遠なるお考えに到底近づけるとは思えませんが、守護者統括としての事ならばある程度は…力になれるかもと愚考致します」

「よろしい。セバスはナザリックの警戒レベルを最大限に引き上げて、階層守護者達に事前に指示した作業が終わり次第、闘技場に待機しておくよう伝えろ」

「はっ!畏まりました。それからモモンガ様、お渡しして頂いた羊皮紙ですが使用するような事態がなかったのでお返し致します」

「あー……いや、それはお前にやろう。今回の働きの褒美だ、自由に使うがよい」

「なっ!しかしこれはモモンガ様の貴重なアイテムです、受け取れるはずもありません!」

「ふむ…」

 

 貴重と言われてもな…まぁ確かにユグドラシルのように大抵の羊皮紙は無限に使うことが出来た時とは違う

 まだこの異世界の事はナザリックの周辺1キロ以内の地理でしか把握しきれていないんだ

 再びユグドラシルと同じアイテムが手に入る保証など何処にもない

 今後がどうなるかは分からないが、こういう所からキチンとしていかないとな

 

 そうでしょ――……メヘナさん

 

「その羊皮紙の使用を全てお前に委ねる。今後の活躍にも期待させてくれないか?」

「……畏まりました、モモンガ様。心から感謝申し上げます!」

 

執事は深々と感謝の気持ちを伝えるように臣下の礼を取り王座の間を後にした。

 

「では、私たちも行動に移りますか」

「おしきたっ」

「頑張ろうねっアルベド」

「はい!頑張ります!」

 

アルベドを含めた3人と共に円卓の間へ移動してギルド会議を開き、今後の予定と目標を慎重に練り上げていった。

 

彼らは各々が想う大事なモノを守るため、数多の試練が待ち受けるであろう異世界の地へと動き始める。

 

 




最後まで読んで頂いた方、途中でやめた方も目を通して下さってありがとうございます!
第2章:原因不明 いかがでしたでしょうか。

NPC達を含めたギルドメンバーの皆で会話をさせたりするのは、書いていてとても楽しかったです。


さて、とうとう異世界での物語が本格的に始動しますね。
次の投稿は2017年6月15日までにしたいと思います。

ぜひ、お楽しみください!


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第3章:前兆 Part.1

こんにちは こんばんは 白玉です。

第2章ではさらに多くの方々に読んで頂いていました。
読者の皆様方、誠にありがとうございます!


皆様、如何お過ごしでしょうか。蒸し暑いジメジメとした季節となりましたので、気が滅入りますね。
私はオーバーロード:アニメ版2期の放送が待ち遠しくて、1期円盤を何度も何度も繰り返し見返して衝動を抑える日々が続いております。

さて、第3章は、蒼の薔薇の物語となります。

お楽しみください!


リ・エスティーゼ王国の大都市の一つ、エ・ランテル城塞都市。

王国領の他の大都市に比べて、隣国のバハルス帝国とスレイン法国の領土に面しているエ・ランテルは、物資や金銭など様々な物々が行交っており、非常に栄えた主要都市となっている。

 

そのエ・ランテルにある最高級宿の黄金の輝き亭の一室では、あらゆる冒険者達の憧れの存在、アダマンタイト級の凄腕冒険者〝蒼の薔薇〟の2人が、買い物に出かけた仲間の帰りを待っていた。

 

「なあ… 俺ぁもう限界だぜ。体に力が入らねぇ」

 

筋肉隆々の立派な体躯に紫の鎧を着用した、一見では男にしか見えない女戦士ガガラーンが、気怠げに天井を見ながら何度目かのため息を吐く。

 

「お前も読書でもして気を紛らわせたらどうだ。一冊くらいなら貸してやるぞ」

 

真紅のマントに全身を包み、白い仮面をつけた小柄な吸血鬼イビルアイは、本を片手に頬杖を付いたまま応えた。

 

「あー…いや遠慮しとく。読書は別に嫌いじゃないけどよ、魔道書は専門外だ」

「だろうな。という事で、今お前が他に出来ることは黙って待つのみだ。分かったら静かにしててくれ」

「んだよイビルアイ、冷てぇな」

「皆で食べに行こうと言い出したのはお前だろ。」

「そうだけどよ、備品の買い出しでまさかここまで遅くなるとは思わねぇよ。この調子じゃ今頃売り切れに… の心配はないか」

「ああ、帰ってきたみたいだな」

 

コンコン

 

「私よ、入るわね?」

「おかえり。いいぞ」

 

扉を開き静かな足取りで入室するのは、魔剣キリネイラムを背負い、ブロンドの髪と緑色に輝く瞳が特徴的な美女ラキュースと、露出度の高い衣装をした双子の女忍者ティアとティナだ。

 

「ごめんね二人とも、お待たせ」

「「ただいま」」

「おうっ!さっさと例の店に行こうぜぇ」

 

仲間の帰りに、ようやく胃を満たせると元気になるガガーランだったが、仲間の悩まし気な神妙な表情を見て、それも束の間のひと時となる。

 

「……お前ら何かあったのか?」

「まあね…説明するわ。でもその前にイビルアイ、あれをお願い」

 

ラキュースは眉間に皺を寄せながら口元を指先でなぞり、横目で合図を送る。

この合図がある時は、決まって内密に話をする時に使われる。

 

「ああ、分かった」

 

イビルアイから魔力が放たれ、室内に盗聴を防ぐ為の特殊な効果が適応される。

防音対策が施された最高級の宿であれど、同じ建物内に居る限り完全とは言えない。万が一他の部屋に優れた冒険者が宿泊していた場合、微細な音でさえ聞き取られる可能性がある。

情報漏洩に対策するのは冒険者として基本だ。

 

「出来た。いいぞっ」

 

魔法が適応された事を確認し席に着くと、改めて話を再開した。

 

「それで、どうしたんだ?」

「えっと…買物の帰り道に、ラナーから送られてきた使者に呼び止められて書簡を渡されたんだけど……その内容がちょっと変というか何というかね」

 

そう言って鞄から木筒を取り出すと、中に入っていた紙を机に広げて見せた。

 

「見てよこれ、どう思う?」

 

そこには、早急に竜王国の調査をして欲しいと記載されていた。

 

「……確かに理解し難いな。これは本物なのか?」

「貴族連中の嫌がらせの線は?」

「大丈夫。筆跡の感じからしてラナー本人の直筆。王家の直印もある」

「嫌がらせだとしても得になるとは思えない」

 

 

「なんだと?竜王国には最近2週間前までは3つもあったんだぞ、1つしかないって…冗談だろ?」

「本当よ。受付の人に直接聞いたけど、あっという間にランクを上げた凄腕の黒ずくめなミスリル級冒険者2人が、私たちが戻る一日前に終わらせたんだって」

「はぁ?」

「おかしい、ミスリルは格下」

「移動だけで数日かかる」

「……それは確かな情報なのか?私たちが一つ遂行するのに数十日もかかる様な難度の依頼だぞ?しかもそれをたった2週間の内に2つも終わらせるなんて有り得ない。まだ同級の朱の雫かオリハルコン級の数チーム…もしくは大規模で編成したミスリル級チームとかなら分からなくもないが…本当にミスリル級の2人だとは思えない。それに、朱の雫は依頼で聖王国の近くまで出ているから無理だ。そもそも急速にランクを上げていった凄腕といえど、ミスリル級だぞ、私たちアダマンタイト級程ではないだろう……」

 

彼女らが疑問を抱くのも当然だった。

数多く存在するシルバーランク以下の一般的な冒険者であれば、このように自分たちのランクに見合った受諾できる依頼が全くない様な事態になるのは珍しくない事なのだが、彼女たち蒼の薔薇は最高ランクに位置するアダマンタイト級冒険者だ。

そんな最高位の冒険者が、一つ依頼を遂行するのに数十日と費やす事になる程の難度がある依頼は、そもそも蒼の薔薇か朱の雫以外の2チームしか出来る者が居ない為になくなることがない。

だが先の2人のミスリル級冒険者は彼女たちより二つ格下――。

言うなれば、アダマンタイト級とミスリル級では天と地の差がある。だからこそミスリル級が2週間で2つも終わらせられるなど有り得ないことだと思ったのだ。

 

「みんな落ち着いて。確かに有り得ない話しだと思うけど、それについては王国の衛兵や領民達の噂を耳にして情報を集めてきたわ。まぁそれで遅くなったのだけど」

「噂?」

「さすが鬼ボス」

「頼れる女」

「それで、その情報というのは?」

「ある旅人達が関係しているの」

「旅人?ワーカーか?」

「いいえ。え~と、そうね。まず順を追って説明するわ」

ラキュースは真剣な眼差しで、ゆっくりとまるで絵本の物語を聞かせるように話していく。だが、その口から発せられる内容は驚くべきものだった。

「ある日…半年くらい前ね。王国領土の辺境にあるカルネ村という小さな村が、大量の盗賊の集団によって大虐殺が行われた。……皆殺しだったそうよ。小さな子供たちまでね」

 

―バリンッ!

 

「なに…?」

 

ガガーランはそういった下賎な輩が起こす問題事などは、心底から嫌う性格である為に、手に持っていた酒瓶を握り砕いて怒りを露にする。

 

「…まだ続きがあるけど、お願いだから落ち着いて聞いてね?」

「手、血だらけ」

「はよふけ」

「大丈夫か?」

 

イビルアイがすぐに布切れで血を拭ってやる。

 

「っと。すまねぇ…」

「だけどね、その盗賊の集団はある通りすがりの旅人達によって逆に皆殺しにされた。しかも旅人達はかすり傷すら一切ない完全な無傷だったとか」

「無傷ってよ……そいつぁマジか?」

 

止血を終えたガガーランは自分の手のひらを神妙な顔つきで見つめていた。

 

「マジよ。しかもそれだけじゃないの、今度は死んだはずのカルネ村の住人の子ども数人が、一瞬にして息を吹き返したのだと聞いたわ。その、旅人達の手によって」

「ふん、なんなんだそれは…馬鹿げてる」

 

イビルアイはその一言で、もはや領民達の風の噂で広まっていく上で自然と内容が盛り上がってしまう御伽話だと頭の中で切り替えた。

なぜなら、自分が何百年と生きてきた中でそんな事を聞いたことも見たことも、ましてや体験した事もなかったからだ。

 

「ちょっと……そんな言い方しなくてもいいじゃない」

「こういう御伽話は嫌いなんだ。現実を見ろ」

「はぁ…まぁありえないって思うわよね、普通は。イビルアイが言うように本当に御伽話みたいな話だもの。死者の蘇生なんてそんな簡単に出来るものじゃない。色々と道具や魔法陣なんかの準備もいるし、蘇生される者にも条件があったりするからね」

「仮にそれが事実だとして、第一に王国領土内でそんな凄腕の奴らが事件後の半年間もの間ただの旅人で居られるとでも思うのか?」

「確かにお偉いさんらが黙りってのは不自然な話だぜ」

「そういう意見が出るのも至極当然の事ね。私だって最初は信じられなかったけど、でもこの話は実際にその場に居合わせたていたという、かの名高き王国戦士長ガゼフ・ストロノーフさんとあの忌まわしき陽光聖典達からの発言なんですって」

「「―――!?」」

「みんなも当然分かってるとは思うけど、ガゼフさんは嘘を言うような人間じゃないわ。なんで陽光聖典までそこに居合わせていて、どの様な経緯でとかまでは知ることは出来なかったけれど、私はこれが決してただの噂話なんかじゃないって胸を張って言えるわ」

「クソ……しかし陽光聖典まで絡んでいるとはな」

「その旅人達は遠い異国の住人らしくて、王国の領地で起きた問題である以上は、万が一国同士の争いに発端しないようにとエ・ランテルでガゼフさんのツテですぐにカッパー級冒険者として登録をしたそうよ」

「なるほど、異国人か。まぁ筋の通る話には見えるがよ」

「その旅人が長旅でお金に困っていた事も理由のようだけどね?後、おかしな点を上げるとすれば、やっぱり陽光聖典が何も口出ししてこなかったところね」

「だな、そこが引っかかる。やっぱりキナ臭ぇ」

「とりあえず陽光聖典については色々と気になる点があるけれど、一先ず放っておきましょう。事が大きくなってない以上は不用意に首を突っ込む必要もないわ」

「とりあえず姫さんに話くらいは通しといた方がいいんじぇねぇか?」

「えぇ、勿論ラナーにはそうするつもりよ。内容がアレだから内密にはなるけど」

 

ラキュースから告げられた話の内容は、多々信じ難いものではあったものの、ガゼフ・ストロノーフと陽光聖典の関わり。そして姫――王国のラナー王女にも話を通す事を宣言された事で、嫌でも只の御伽話などではないと認めざるを得なくなる。

 

「異国人は貧乏人か~、でも心は富裕人ってね」

「よくある設定」

 

しかしそこへ忍者の双子が茶化を入れる。

 

「何よ…今まで偉く静かにしてると思ったら、さっきの話聞いてた?ガゼフさんや陽光聖典なんかも絡んでるのよ?」

「鬼ボス、もっと冷静に考えよう」

「悪魔で噂話。私達が直接見た訳じゃない」

「た、確かにそうだけど…」

 

忍者として冷静な思考で、より現実的に客観的に言動するのが双子だ。いくら大事な仲間のリーダーが言う言葉であっても全て鵜呑みにはしない。ラキュースの性格上、主観性が高い話の内容になっている可能性があるからだ。

 

「ふむ。一理あるな」

 

その双子の意見にイビルアイも同意を示す。

 

「う~…――ハッ!」

 

図星を突かれて気落ちするも、突然何かを悟らせるように口元をニヤニヤと歪ませ、意味ありげに再び話始める。

 

「ねぇ筋肉?」

「お、おう?」

「そ~んな事をやってのけた元旅人がはたしてカッパー級冒険者のままで同じ都市にいるかしらね~~?」

「どういうこった?」

「……というか何でラキュースは楽しそうなんだ」

 

何時もの凛とした雰囲気の面影が消えているお茶目なリーダーに呆れつつも、イビルアイは懸念すべき事象を頭に浮かべていた。

 

 もし本当に居るのだとすれば、とんでもない事態だぞ。ラキュース

 集落を丸々一つ壊滅させられるともなれば盗賊の集団は恐らく20人近くか……

 そんな奴らを無傷で討ち払い、死者を魔法陣や道具も使用せず一瞬にして蘇生させる事が出来る存在なんて、かの13英雄ですら出来なかった事だ

 もしかするとそいつら…いや、その方々は――

 

「彼ら通りすがりの旅人は黒ずくめの2人組ですって。しかも今はミスリル級冒険者で、つい昨日このエ・レエブルで依頼を終えたらしいわよ?」

「ヒョエッ。これは夢これは夢」

「もうすぐお花畑」

「ふっふ~ん。もう分かったでしょう?この事態の原因は彼らであり、真実よ!」

「ただのミスリル級なんかじゃねぇってことか。ハッ、おもしれぇ!そんな奴らに会って勝負してみてえもんだな」

「さすが脳筋」

「頭がガガーラン」

 

そんな話は聞きたくなかった――何て思えるような不穏な情報がイビルアイの耳に入っていく。

 

「……あ…ちょ、ちょっと待ってくれラキュース!」

「あらぁ?イビルアイったらさっきまで反対してた癖に、やっぱり興味あるんじゃない」

「アイちゃんツンデレ」

「だがそれがいい」

「うるさいぞ!」

「ドウドウ。落ち着けよちっこいの」

 

興奮するイビルアイを宥めるガガーランの分厚い手が、背中に触れる。

決して仲間に口に出さないが、これが結構効いて彼女は好きなのだった。

 

「チッ……。奴らは一日前に終わらせたと言っていたが、もうここには居ないのか?」

「ええ。彼らは依頼の報告を終えてすぐにエ・ランテルに向かったそうよ。エ・ランテルにある共同墓地に出現した大量のアンデットの討伐に向かったとか」

「はあ?!ヤベぇじゃねえか!大丈夫なのかよ!」

「んー…確かにどうにかしないとなんだけど…」

「おい……普通は一大事だぞ、なんだその落ち着きようは……」

 

イビルアイはなぜか余裕のあるラキュースの態度に違和感を感じた。

普段のラキュースなら、ここで呑気に話してないでさっさと行動を開始しているはずだ。

 

「勘違いしないでね?私だって滅茶苦茶まずい事だっていうのは分かってるわよ。けど何ていうか、まるで何事もなかったみたいにさっさと片付けて来るんじゃないかなって。そういう確信感を持っちゃっててね」

 

ラキュースは自分でも変だと思うくらい、奇妙な安心感をもっていた。

何せまだ皆には教えていない更に驚くべき情報があるからだ。

 

「どういう事かよく分かんねぇがそれは一旦置いといて、オレ達も応援に行くべきだろ」

「……ところでその2人の特徴とかは?名前とか呼び名はないのか?」

 

イビルアイとしては、ただちょっとした知識欲の一環も踏まえての質問をしただけだったのだが、

 

「現地で連携をとる際に、少しでも情報共有でき「よくぞ聞いてくれたわ!イビルアイ!!」」

 

これが地雷だった。

突然両目をカッと見開き、鼻息を荒くして興奮し始めるラキュースはもう止められない。

 

「あ、リーダーがイカれた」

「例のアレ」

「始まったか……」

 

あちゃぁ… と片手で顔を覆いながら横目でイビルアイを見つめるガガーラン。

 

「え…ラキュ「ふふふふふ」……このタイミングで?」

 

一同は不安になる。

ラキュースは英雄譚などが大好きである。

御伽話の世界のような出来事にも夢中で何時間もお喋りしちゃえるくらい乙女なのだ。

 

「聞いた話では成人男性二人組よ。1人はモモンという名前で身長約2m程。かなり高身長ね。頭からつま先まで立派な黒の鎧で全身を覆ってる。あ、それと中身は絶対イケメンよ。肩には真紅の煌びやかなマント。背中にはその大きな身の丈を軽く超える巨大なソードを2本持つ戦士。とんでもない怪力ね…ヤダ…凄い。もう1人はロチーノという名前で、身長はモモンより少し低め。左手と右足の片方だけ黒の鎧をつけていて、もう片方の手足には黒の衣服に金色に輝く見事な刺繍が施された衣装を身につけてる。いいセンスよね、中身は絶対イケメンだわ。それと手には見たこともない材質の頑丈そうな大きな弓と純白の刀を持つ……。どんな職業なのかは分からないけど恐らく弓術士ね。―――ふ…どうかしら?」

 

まるで魔法の呪文かのような早口で言い終えてなぜかドヤ顔のラキュース。

 

「まぁ、随分とご立派な妄想…じゃない、装備だな。金がないんじゃなかったのか?」

 

ガガーランが面倒臭そうに椅子にもたれ掛かって酒を飲みながら答える。

 

「ショタじゃない。却下」

「女ですらない。却下」

 

まるでどうでもいいと言わんばかりにチェスで遊び始める双子忍者。

 

「………ん?終わった?」

 

イビルアイに至っては爪の手入れをしていて、聞いてすらいなかった。

 

「ちょっと何よその反応!まだ続きがあるんだから!」

 

仲間の酸っぱい反応に、途端に不機嫌な表情になる。

 

「ここも重要なんだからちゃんと聞いて!」

 

顔を赤くしてバンッと机を叩く。完全に乙女ラキュースちゃんである。

 

「大丈夫だ乙女リーダー。ちゃんと聞いてるよ、さぁ続きを聞かせてくれ」

 

椅子にきちんと座りなおしてガガーランが続きを促す。

 

「誰が乙女リーダーよ!えっと…何とその2人――第5位階魔法まで行使出来るらしいわ」

「「「「…………」」」」

 

ピタッと各々の動作が停止する。

 

「ふっ……どうかしらん?」

 

仲間達の確かな反応を視認して満足感一杯にまたしてもドヤ顔をするラキュースであった。

 

「いや…さすがにそれはいくらなんでも噂話の中で膨張した内容だろ。あれだ、そろそろ白馬に乗った王子様でも出てくるんじゃねぇか」

「ウワッ筋肉に乙女がうつった」

「筋肉乙女」

「違うもん!」

 

血気迫る勢いでガガーランに顔を詰め寄らせて叫ぶ。

 

「なぁラキュース、ガガーランの言うとおり、それはあくまで噂話から仕入れた情報なんだろう?だったら、自分達の目で見た物でもない限りは断定出来ない内容が多すぎるし、今は白馬の王子様でも良いから様子見としよう、な?」

 

もはや誰が聞いても本当に御伽話のような情報の数々に、イビルアイが冷静になるように説得する。

自分の勝手な妄想が入り込んでいる辺り説得力がないという始末だった。

 

「だから違うもん……本当だもん……!うぅ…!」

 

仲間達にすら信じて貰えずとうとう涙ぐんでしまう。

 

「イビルアイが泣かした」

「さいてー」

「ご、ごめんラキュース!泣かないで!」

 

まさか泣かれるとは思いもしなかったイビルアイは慌ててラキュースの背中をさすって謝る。

見るに堪えないリーダーの様子に励ましの言葉を送る優しい(おんな)ガガーラン。

 

「なあに、安心しろラキュース。奴らは1年…いや、もう半年もしない内に俺たちと同じアダマンタイトになるかもしれないぜ?」

 

自分の武器を握り締めて強く焦がれるように呟く。その瞳は好敵手でも見つけた時の獰猛な物だった。

 

「そ、そうなの…?」

「ああそうだ。今もエ・ランテルに大量発生したアンデットの集団を討伐すべく向かったんだろう?軽く片付けてオリハルコン級にでも昇格されて……すぐに一緒に肩を並べて仕事をする日も来るかもしれねぇ。第5位階云々はまずは置いといたとしても、俺たちが手こずる依頼を一気に片付けちまった事実はあるしな」

「そっか……そうよね!会える、かなぁ?」

「筋肉の勘は当たる」

「預言者ガガーラン」

 

双子も息を合わせて、親指を立ててエールを送る。

 

「さぁコイツらもこう言ってるし、その2人にいずれ出会う時に依頼の一つ今も早く終わらせられませんじゃ先輩として情けない。だからラキュース、あいつらに負けないようにまだ残っているあの高難度の依頼をササッと片付けてやろう。だからもう泣かないでくれ……オネガイダカラ」

 

イビルアイはリーダーをしっかりと立ち直らせるように強い意思を込めて優しく語りかける。

 

「うん…うん」

 

ラキュースは懐から布を取り出して涙で濡れた自分の顔を拭い、励ましてくれる大事な仲間達の為にも、深呼吸を一つ。

 

「ふぅ~…――よしっ!」

 

力強く意識を切り替える。

 

「はは、その意気だ」

「鬼ボス、おかえり」

「鬼乙女、萌えた」

 

いつもの希望に満ちた雰囲気を発するラキュースをみて安心する一同。

 

「さぁ!仕度を済ませて依頼の一つなんぞ堂々と終わらせてやるぞ」

 

イビルアイは椅子から立ち上がり、仮面を深く被りなおす。

それを合図かのように蒼の薔薇5人は足早に酒場を出て、アイテムの補充や装備の確認を済ませてから、意気揚々とエ・レエブルを出ていく―――。

 

 

 

 

向かった先はエ・ランテルではなく、アゼルリシア山脈の一つだ。

依頼内容は最近急激にモンスターの活動が見られなくなった原因についての調査である。

エ・ランテルの墓地に大量発生したアンデッドの件に関しては、既にミスリル級冒険者とゴールド級冒険者の数チームを大規模で派遣されていた為、組合からこちらを優先して欲しいと頼まれた為だ。

 

「―――事前にあった報告書からはモンスターの活動が見られない、と書いてあったけれど。これは……」

「ああ、モンスターだけじゃねぇ」

「動物もいない」

「蟲もいない」

「不気味だな。確かに明らかな異常事態だ」

「こっちを優先されたのも納得ね……。さて、きっちり調査をする必要があるわね。何が起こるか分からないわ、スキルによる警戒体制、ティア、ティナ 頼んだわよ」

「「了解鬼ボス」」

 

登山し始めてから約5日目だが、既に初日から蒼の薔薇はある奇妙な点に気がついた。

アゼルリシア山脈は様々な動物や蟲、そして危険なモンスター達が多数生息しているのにも関わらず、その生命の影が全く見られなかったのだ。

経過する日数と共に警戒態勢を強めて登っていくが、登れど登れど一向に変化がない。

ラキュースは地図を取り出し、額から汗を滴らせながら現在地を確認する。

 

「やっぱりこんなのおかしいわ。今私たちがいる場所は山小人(ドワーフ)達の王国にかなり近い場所なのよ……それなのに何もいる気配を感じられない何てどういう事よ」

「何かとんでもねぇ事が起きてるのは確かだな。それと意気込んでいつもより少し多めに荷物を持ってきたはいいがよ、こう何もないまま登り続けるのはちとあぶねぇぞ」

 

大きな鞄を背負ったガガーランが一つ懸念している事を告げる。

 

「同感だ。いつ何が起こるか分からないこの状況の中、登山で消費した体力のままでは問題が起きた時にしっかり対処できるかどうか分からない。随分と高い標高まで来たんだし、何処かでしっかりと休息を取るべきだ」

 

イビルアイは吸血鬼によるアンデットの特殊効果で疲労を感じないが、仲間達の足取りが随分悪くなって疲弊している事に気付いていた。

 

「鬼ボス、これ以上は危険」

「近くに洞窟がある」

「そうね、そこで一度休憩して体制を整えましょうか。えーっと、地図を見る限りではここから少し北東に下山したところにドワーフの古い採掘場跡地の洞窟があるわね。そこなら比較的安全……いえ、マシかもね。兎に角移動しましょうか」

「あいよっ」

 

蒼の薔薇は警戒体制を最大に維持したまま、数十分ほど掛けて慎重に進んでいくと、目的の洞窟に到着した。

 

「あ、ここが地図にあった場所ね…ってあら、入り口付近は意外と具合がいいわね。良かったわ…」

「ああ、こいつぁいいな。ここなら確かにマシに休めるぜ」

 

入り口は一見して見通しが良く、高度な技術力を持つドワーフの採掘場跡地なだけあって古くとも地盤もしっかりと固まっており、一時的な休息を得る場所としては正に持ってこいの状態だった。

イビルアイを除く特に疲弊を抱えた4人は最大の警戒状態を僅かに緩め、洞窟に足を踏み入れていった。

 

「まて!ほんの僅かだが血の匂いがする!」

「え!…わわっ!」

 

その結果、緊急事態への発見に遅れが生じてしまったが、

イビルアイが吸血鬼として敏感に反応し、先頭に居たラキュースの肩を掴んで勢いよく引き戻した。

 

「あった、少し奥に古い血痕が数か所。そのまま続いてる」

「奥側から肉の腐臭もする。何かの布の端切れも見つけた」

 

イビルアイのアクションに即座に呼応したのは双子忍者だった。

いち早く痕跡に当たりを付け、警戒するべき箇所を的確に絞っていく。

 

「くそっ!ここにきて先客がいるようだな」

 

ガガーランが仲間を守るように前に立ち、自慢の武器の戦槌(ウォーピック)をしっかりと握りなおし戦闘態勢へと切り替わる。

 

「かなり拙いぞ。この洞窟、思ったよりも奥側は荒れている」

「なら、私達の出番」

「無敵の忍者」

「ティア、ティナ。先に洞窟内の安全確認をお願い。でも無理だけはしないのよ」

 

双子はコクリと頷きスキルを発動させると、洞窟の奥へと姿を消した。

忍者である彼女らは隠密系、看破系に特化した優れた能力を得ているため、率先してこういった安全確認を行うように担当されている。

油断は一切許されない大事な役目であり、真っ先に危険に遭遇する可能性もある命懸けの行為だ。

 

「こちらも動くわよ。ガガーランは荷物を置いて、もしもの時にすぐに踏み込めるように完全な体制を用意しておいて。イビルアイは洞窟内だから比較的威力の低い魔法で迎撃の準備。私は治癒魔法の詠唱を終わらせておく」

「おしきた、まかせろ」

「了解だ」

 

ラキュースはリーダーらしく仲間へ冷静に的確な指示を送り、それぞれ一切無駄のない素早い行動で準備を済ませていく。

 

そして最大限の警戒態勢を再び維持し、双子が戻ってくるのを今か今かと待ち続けた――。

 

とてつもなく長い時間が経過しているように感じる程に、何時になく時間が掛かりすぎている――。

 

普段なら既に戻ってきていても良い頃合いのはずなのに――。

 

しかしまだ戻らない――。

 

遅い――遅い――……遅い。

 

「なあっおかしくないか?なんでまだ……」

「落ち着いて。まだアラームの音が聞こえてこないから大丈夫なはずよ」

「しかし遅すぎるぞ。あの二人ならもう戻ってきていていいはずだ。さすがに何かあったと思うべきじゃないか。もう30分以上は掛かってるぞ」

「もう少しだけ待って!ティアとティナを信じなきゃ……」

 

普段の彼女達であるならばもっと余裕を持って落ち着いて対処していただろうが、登山中にずっと味わっている不可解な現象に精神をすり減らされ、さらにはそんな危険の渦中に仲間を向かわせたのだ。疲労、焦り、不安――限界を迎えていた。

 

―――ドンッ!!

 

「「「!?」」」

 

突然の衝撃音と、洞窟全体が揺れる振動。

 

「やっぱりこいつは普通じゃねぇ……!俺は行くぞ、あとコイツを持ってな」

 

ガガーランは肉体強化スキルを発動させながらラキュースに向けて胸元から紐がついた豪華な刺繍が施されている紫色の布袋を渡す。

 

「これはガゼフのおっさんから貰ったお守りみてぇなもんだ。ソイツは俺の身に何かあった時に教えてくれる便利な代物だよ」

「ちょっとガガーラン!」

 

ラキュースが縁起でもない事をしでかす仲間を止めようとするが、ガガーランが先に口を開いた。

 

「やめろ!わかるだろ、ラキュースは唯一チームで蘇生魔法が扱える立派なヤツだ。イビルアイは転移の魔法も扱える。例えティアとティナと俺がヤられたとしても何とかなるだろ」

 

ガガーランの決意の篭った瞳に、

 

「………分かったわ」

 

ラキュースは諦めた。

この骨まで筋肉で出来た馬鹿はもう説得しても無駄だろうと。

 

「ラキュース!」

「いいのイビルアイ。ガガーランが言ってる事は正しいから……だけど」

 

今度はラキュースがガガーランを睨み付けながら言い放つ。

 

「もし死んだりなんてしたら、今度は私が呪い殺してやるわ」

 

ガガーランはラキュースの言葉にポカーンと口を開けて呆けた表情をしたかと思うと、突然笑い始めた。

 

「アッハッハッハッ!!」

「な、何笑ってんのよ!」

 

何が可笑しいのか理解できずに悲痛な形相になるラキュース。

 

「そんな顔をしてくるなよ!なぁラキュースよ。おまえさん、いつ俺が死ぬなんて言ったよ?俺はあいつらを迎えにいくってだけだぜ」

「あんた……」

「ガハハハ!そういうこった!んじゃ後は頼んだぜ!」

 

ガガーランは全速力で洞窟の中へ駆け込み、あっという間に暗闇へと消えていった。

 

「なんなのよもう…アホ。みんなして」

 

ラキュースは目に涙を溜めながらも、どこか嬉しそうな雰囲気を出して悪態を付く。

 

「ラキュース、あのどうしようもないやつの言った通り私達は準備万端にして帰りを待とう。安心して暖でも取りながら休憩してくれ」

「ええ。そうね…そうするわ」

 

イビルアイはラキュースの為にガガーランの鞄から薪を取り出し、魔法で火をつけてやった。

 

 ありがとう…みんな。あなた達は最高の仲間よ

 

ラキュースはイビルアイが用意してくれた焚き火で暖を取りながら、頭の中で何度も何度も感謝の念を送り続けた。

 

 

 

 

 




最後まで読んで頂いた方、途中でやめた方も、目を通して下さってありがとうございます!

第3章、如何でしたでしょうか。

今回はかなりリズムよく書けました。




そろそろオリ主のキャラクター情報を公開しようかと予定しておりますが、物語の途中で何度か変更することもあるかと思いますが、何卒ご了承下さいませ。

さて、次回は第3章の続きとなりますので、蒼の薔薇がしばらく登場すると思います。


お楽しみ下さい!


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キャラクター紹介

こんにちは こんばんは しらてぃあまです。

多くの読者の皆様、今回も目を通して頂きまして、ありがとうございます!

第3章の続編に入る前に、プロローグから告知しておりましたオリ主のキャラクター紹介をさせて頂きます!

アインズ・ウール・ゴウン加入後のものですね。
更に今回はオリ主が創造したNPCの紹介も致します。

そして、重要な部分のネタバレを含まないように物語が進行していくにつれてキャラクター紹介部分に追加等を施していきます。
追加時には物語の後書き部分に記載していくように致します。

また、独自設定が多分に含まれている為、原作にはない内容がありますが、
ご了承下さい。


メヘナ(異形種) Mehqna

創世の始原の真祖竜(ツァラトゥストラ)

 

◆趣味

新しい発見の旅

自然鑑賞

 

◆役職

アインズ・ウール・ゴウン 至高の42人の1人

ナザリック地下大墳墓副管理者

(死亡後も役職は変更されていない)

 

◆住居

ナザリック地下大墳墓

ぶくぶく茶釜の自室

 

◆アライメント(カルマ値)

-中立:000

 

◆種族レベル

-ドラゴン:Lv15

-竜人:Lv10

-調停竜:Lv15

-ツァラトゥストラ:LvMAX

フェルが金に物を言わせて運営会社に用意させたもの。

 

◆クラスレベル

-コック:Lv5

-クラフター:Lv5

-ドルイド:Lv5

-テイマー:Lv5

-ウォーロード:Lv5

-ドクター:Lv5

-ゴッドハンド:Lv5

-パーフェクト・ファイター:Lv5

-マスター・バトル・クレリック:Lv5

-ワールド・エンペラー:Lv5

-ウロボロス:Lv10

 

種族Lv合計:Lv40 + クラスLv合計:Lv60

総合計:Lv100

 

◆能力値(最大値100※一部除く)

-HP:40

-MP:70

-物理攻撃:40

-物理防御:40

-素早さ:90

-魔法攻撃:35

-魔法防御:40

-総合耐性:60

-特殊:100+(課金)+(称号)=???

 

◆代表特殊スキル

-上位ドラゴン作成:1日2回まで使用可 Lv45のランダム属性でドラゴンを創造する

-中位ドラゴン作成:1日6回まで使用可 Lv30の防御力の高いドラゴンを創造する

-下位ドラゴン作成:1日9回まで使用可 Lv15の攻撃力の高いドラゴンを創造する

-陽王のオーラ(プリモベルオーラ):自身が放つオーラに触れた相手のアライメント属性によって異なる効果を与える

 善/極善の場合:攻撃系ステータスを毎分0.5%上昇(最大値10%) HPを毎秒1%回復(最大値15%)

 悪/極悪の場合:防御系ステータスを毎分1%上昇(最大値5%) MPを毎秒0.5%回復(最大値15%)

 中立の場合:体力完全回復・幸運上昇

-陽王の器(プリモベルアーク):状態異常完全無効・反射

-調停者の審判:次の攻撃の威力3倍+動作2倍+防御値マイナス90%

-ウロボロス・アルケドキルク:自身のHPを50%消費して次の効果を得る

攻撃成功時相手のHPを吸収し、自身のHP上限を超えて蓄える事が出来る

攻撃失敗時自身の全属性耐性と防御系50%低下 消費したHPは戻らない

-陽竜の祝福:竜に関係する全ての事象・生命・物体を探知する。

-調停の目:???

-調停の手:???

-祖竜の陽殻:陽の光を浴びると体力が継続回復する・全能力が極微量で上昇し続ける。上限無し

-祖竜の咆哮:1日に3回使用可。

-天地創世:3日に1回使用可。自身に有利な地形を創る。

-世喰:1週間に1回使用可。エリア一帯を

 

-ツァラトゥストラの教え:???

※自身には反映されず、一ヶ月に一度しか使えない。

 

◆基本特殊能力・代表特殊能力

-クリティカルヒット無効

-精神作用安定化

-飲食不要

-HP自動回復力上昇

-光と火属性エリアでの能力値上昇Ⅳ

-闇属性攻撃脆弱Ⅵ

-闇属性エリアでの能力値ペナルティⅣ

 

-竜族への最上位耐性 あらゆる竜に関係する物理攻撃・魔法攻撃・特殊スキル・アイテムの効果を90%軽減する

-即死無効

-吸収反射

-無属性ダメージ吸収

 

◆メヘナのお気に入り基本魔法・代表魔法

-シースルー:看破

-フリーダム:自由

-フライ:飛行

-マス・フライ:全体飛行

-メッセージ:伝言

-テレポーテーション:転移

-カモフラージュ:溶け込み

-スロー:鈍足

-ビースト・テール・エンチャント:獣の尻尾付与

-ビースト・イヤー・エンチャント:獣の耳付与

-ビースト・ハンド・フット・エンチャント:獣の手足付与

-ハイ・クイック・マーチ:上位移動速度上昇

-クリーン:清潔

-スリープ:睡眠

-アラーム:警報

-アース・バインド:大地の束縛

-クリエイト・フレーバー:調味料創造

-クリエイト・オール・フード:食材創造

-クリエイト・ナベ・オブ・ダーク:闇鍋創造(全ての種族が食す事が可能※味は感じる事ができないため不明)

-プリザベイション:保存

-コンティニュアル・ライト:永続光

-グレート・フローティング・ボード:上位浮遊板創造

-リモート・ビューイング:遠隔視

-クレヤボヤンス:遠視

-ロケート・オブジェクト:物体発見

-チャームスピーシーズ:全種族魅了

-サモン・ビースト:獣召喚 LV50固定

-サモン・ヴァーミン:蟲召喚 LV30固定

-ライト・ヒーリング:軽傷治療

-ミドル・キュアウーンズ:中傷治療

-ヒール:バッドステータス解除 重傷治療

-リザレクション:蘇生

-リジェネート:生命力持続回復

-リーンフォース・ストレングス:筋力増加

-リーンフォース・ボディ:防御増加

-リーンフォース・デクスタリティ:敏捷増加

-パラノーマル・イントゥイション:超常直感

-グレーター・レジスタンス:上位抵抗力強化

-ハイ・インドミタビリティ:上位不屈

-センサーブースト:感知増幅

-カウンター・ディテクト:探知対策

 

-パーフェクティオ・ラック:最上位幸運上昇

-グレーターハードニング:上位硬化

-ロー・マジックブースト:下位魔力増加

-ハイ・ペネート・アップ:上位抵抗突破力上昇

-ロー・グレーター・マジックシールド:中位魔法盾

-シールドブレイク:貫通

-スパチサラス・ノヴァ:対象一帯に物理/魔法属性大爆発

-クリエイト・グレーター・アイテム:上位道具創造

-ブレイク・グレーター・アイテム:上位道具破壊

-コントロール・ウェザー:天候操作

 

◆解説

Lv100でありながら、一部のステータス以外はLv40相当しかない数値であり、同レベル帯のプレイヤーやエネミーから一撃でやられてしまう事も多々あった模様。

更にはネタスキルやネタ魔法が豊富でアインズ・ウール・ゴウンのメンバー内でも最弱と他プレイヤーから馬鹿にされている。

強力なスキル等を上手に使用すれば、かなり限定的条件でのみLv100が相手でもしっかり戦えるようになるとギルドメンバーからは言われているが、特殊な構成で非常に扱いが難しい上、戦闘を嫌う性格が重なりそれらが活かされた事はほとんどない。

またウルベルトからメヘナ自身の安全の為にも多くの特殊スキルに関しての使用を控えさせていた事から本領発揮出来るに至っておらず、ギルドメンバーの大半がメヘナのプレイスキルを下の下レベルと認識している。

ちなみにメヘナが知り合ったアインズ・ウール・ゴウンの初期メンバーである、ぶくぶく茶釜、モモンガ、ペロロンチーノ、たっち・みーしか知らない事だが、ワールドボスを単独で撃破してしまったり、単独で高難易度ダンジョンを制覇するという偉業を成し遂げる過去を持つ。

 

その現場に一緒に居たプレイヤースキルでは圧倒的強者とも言えるモモンガとワールドチャンピオンの称号を持つたっち・みー曰く、本人がその気になればどれほど強いのか実際は未知数であり、モモンガからはとても中の人が人間とは思えない挙動ぶりから一体何者なのかと密かな興味を抱かれている。

しかしモモンガの性格上直接お伺い出来るはずもなく、実際はメヘナの正しい素性についてはぶくぶく茶釜しか知らないままである。

 

◆見た目

こちらは Koba 様より手掛けて下さいました!!

本当にありがとうございます!!

 

【挿絵表示】

 

 

 

◆創造NPC

-キャラクターネーム:ポミグ

 

◆使用武器

装備するのも攻撃も一切できないが、とある事件以来メヘナと(なぜか)ペロロンチーノの手によって作られた超絶★強力な指輪と防具を身につけている。

 

◆アライメント(カルマ値)

-極善:500

 

◆種族レベル

-ビースト:Lv10

-ビーストフェアリー:Lv5

-フェアリークイーン:Lv5

 

◆クラスレベル

-獣人:Lv5

-コック:Lv5

-ドルイド:Lv5

-フェアリーサマナー:Lv5

-吟遊詩人:Lv5

-薬剤師:Lv5

 

種族Lv合計:Lv20 + クラスLv合計:Lv30

総合計:Lv50

 

◆能力値

-HP:40

-MP:100+装備=160

-物理攻撃:0

-物理防御:40+装備=80

-素早さ:35

-魔法攻撃:0

-魔法防御:50+装備=90

-総合耐性:30+装備=99

-特殊:50+装備+メヘナのバフ=125

 

◆代表特殊スキル

-ブレス・オブ・デウスティターニア:危険度の低いルートを案内する妖精の女王を召喚し、特殊パッシブスキルと連動するとそのパッシブスキルの効果が上昇する。

 

◆代表特殊パッシブスキル

-カーマ・アッセス・ニンファ:近づく者に癒しの効果を与える。

自分以外のパーティーメンバーに第6位階までのバッドステータスを解除する効果と、HP/MPを持続的に回復させる。

 

◆解説

メヘナが創造した唯一のNPCで、"我が娘、マジ天使"の度合いが高すぎてイロイロあったので、アインズウールゴウンのNPCとしての正式な役職は与えられておらず、ぶくぶく茶釜とたっち・みー、そしてモモンガの粋な計らいによって特殊な位置就けになっている。

要するにバカ親の特別扱いが原因。

主にメヘナとギルドメンバーへの補助や観賞用として創られた獣人であるが、着せ替えさせたり風営法の引っかからない範囲で数多の手段を用いてヤりたい放題にさせられていた。

※メヘナとしては母親気分での愛情表現である

 

容姿は、肌は色白。常にブレス・オブ・デウスティターニアで召喚した妖精の女神を頭に乗せており、人で言う耳の部位にモフモフな獣耳とお尻の辺りから獣尾が生えている。

白金色のロングヘアに後頭部辺りで2本の細く束ねた編み髪に大きなリボンが特徴的。

若干垂れ下がった優しそうな目元で、瞳は薄い緑色。

いつも微笑んでいるような口元とピンク色の唇。

身長は140cmほどで小さな体型ながら豊満な乳房を持つ。

基本衣服は白の可憐なフリルが付いたブラウスに青色のミニスカートと蝶の羽根の刺繍が施されたモコモコの茶ロングコートを着用しており、創造主のメヘナから太陽に関係するバフや特殊スキルを貰うと超強化され、見た目が変化する。

 

性格は非常に温厚で生真面目なしっかり者。知能もかなり高い。

だが傍に創造主のメヘナが居ないと寂しさのあまりダメな子になってしまう節があるという設定を持つ。

獣、蟲、妖精と会話をする事もでき、その妖精を介して植物とも会話が可能。

俗に言う獣人巨乳ロリというコアな属性で、これを見たペロロンチーノが発狂した。

 

ちなみにギルドメンバーからはポミ姫と呼ばれ、癒しとして可愛がられていた。




最後まで読んで下さった方、または途中でやめた方も、ここまで目を通して下さってありがとうございます!

沢山の方々に読んで頂きまして、本当に嬉しい日々が続いてはいます。
ですが、その分自分の文章力のなさが露呈していく始末で、良い作品を製作できるよう心掛けて努力をしてはいますが、進歩が乏しく皆様には不快な気持ちを与えてしまう事もでてきました。
お気に入り登録や感想コメントや評価をして下さる方々に対して非常に申し訳ない気持ちで、本当に悔しいです。

出来る限りの事は精一杯実践していき、自分の未熟な部分を治していくようこれからも努力していきます。
どうか皆様、これからも暖かい目で見守って頂けたら幸いです。

今後とも宜しくお願い致します!


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第3章:前兆 Part.2

こんにちは こんばんは 一回くらいミスなくきちんと投稿したい!という甘い目標を立てて足掻いております、しらてぃあまです。
そして投稿が大変遅くなりまして申し訳ありません。
多忙な日が続いて、全然手が付けられませんでした。

その分、そこそこ長い内容となっておりま…いるといいなと思います。

オリ主やNPCの情報を公開して、どんな反応になるか不安感で一杯な日々を過ごしております。
ちょっとした気分転換に最近は晩酌の肴にタコわさを食べているのですが、鼻づまりなのでほとんど山葵である意味がないと気がつきました。でも美味しくてやめられないです。

さて、今回は第3章の続編となります。

ぜひ、お楽しみ下さい!


「どこだ、どこに居る!いつもなら何か目印でも残してるはずなんだが…」

 

ガガーランは泥濘んだ洞窟内を警戒など無用とばかりに全力で駆けていた。

先に入った双子忍者の元へいち早く到着したいという彼女の行動は――

 

「―うぉっ!」

 

暗闇による視界不良の環境が妨げる。

疲弊した肉体と精神状態から引き起こる低下した注意力が、容易く泥濘に足をつまずかせ片膝を

地に付かせた。

 

「ち、暗すぎて全然みえねぇ。こんな調子じゃ先が思いやられるな…はぁ」

 

傍から聞けば、彼女のこの言葉は珍しく弱音にも捉えられただろう。

急がなければならない事情があるにせよ、暗い場所へ灯りも持たず走り回っていては本末転倒だと、初歩的な失態を犯したアダマンタイト級冒険者として、自身の不甲斐なさに苛立ちを押し殺そうとした発言だ。

精神を落ち着かせ、これ以上冷静さを失わない為にゆっくりとした動作で立ち上がり、膝に付いた異物感のする泥を拭い払う。

 

「ふぅー」

 

そして一度だけ大きく深呼吸をした事で、美事立て治す事に成功する。

 

「…よし」

 

再び奥へと前進するが、暗闇にも数秒とかからず目を慣らし先ほどとは違って足取りも軽い。間もなく僅かに灯された洞窟の壁を視界に捉える事が出来た。

 

「ひでぇ臭いが強くなってやがる…あそこが怪しいな?」

 

明るみの先を鋭く睨み、戦槌を握り直す。

接敵する可能性は高い、集中力を高めゆっくりと足場に注意しながら進んでいけば、異変は起きた。

 

―――アアアアァァ

 

聞き覚えのある女性の悲鳴が洞窟内に響く。

 

「ッ……!」

 

高鳴る心臓の鼓動と嫌な予感、早まる足取りを精一杯抑えつつ、明るみの元までたどり着く。

そこには横幅役30cm程度、小柄な人間であれば1人ギリギリ入れるくらいの狭く深い穴があった。

 

「もうここしかアテはねぇが通れねぇな。ぶっ壊せばいいだけだが…まずは―」

 

すぐに行動に起こさず、自身の装備や道具を再確認する。

この下に仲間が居た場合に下手に動けば巻きぞいになったり、万が一仲間が負傷していた際の早急な手当が出来るか等の懸念をした為だ。

 

「問題ないな、よし待ってろ!」

 

そして覗き込んだ穴の先には、力なく棒立ちする仲間の――

 

「―ティナ!?」

「………」

 

血に染まった背中が視界に映った。

その背に向かって大声で呼びかけるが返答はなく、無言で顔を伏せたまま微動だにしない。

 

「おい!どうした!」

 

嫌な予感は的中した。

仲間からもよく言われた事だ、筋肉の勘は当たるんだと。

 

「ちくしょう!……拙いな、こうしちゃいられねぇ」

 

呼吸を整え、全身の筋肉を総動員して仲間が巻き添えにならないように下穴めがけて戦槌で横殴りする。

 

「オルァアアアアアアアア!待ってろおおおおお!!」

 

怒涛の勢いで横幅が30cmほどの小さかった穴を3mほどに壊し広げ、すぐにティナの元へ駆け寄った。

 

「ティナ!ティナ!しっかりしろ!」

 

まるで夢遊病でも起きているかのような仲間の有様に、激しく肩を掴んで揺さぶり治そうとする。

 

「あー…ガガーランだ……あれ、どうしようか」

 

まるで全てを諦めたかのような雰囲気を発しながら、僅かに微笑む横顔には涙が溢れていた。

 

「お、おい……」

 

ガガーランはティナの顔を見て驚愕する。

普段から無表情で笑顔なんて見せたことがないティナの表情に涙。

ガガーランの精神は更に削られる。

 

「いったいどうしたんだよ!」

「………あれ、見て」

 

ティナはユラユラと、とある箇所へ人差し指を向けていく。その指を追うように視線を移す。

 

「うそ…だろ……」

 

その先には見たくなかった光景と…受け入れたくない現実があった。

 

「ティア……おまえ…」

 

地面を血で濡らし、ピクリとも動かない倒れた仲間の姿。

その近くには、得体の知れない"獣"が横たわっていた。ティアと同じように血だらけだった。

違う点を上げるとすれば、微かな呼吸音を立てて生きているということ。

 

「コイツか…コイツのせいか!てめぇは……殺してやる!!」

 

モンスターの頭部めがけて、殺意を込めて勢いよく戦槌を振り下ろす。

 

 

 

------------------------------------

 

 

 

「誰か 誰かぁ……ぅ…ぐ」

 

震える声と何処からか滴る水音が、狭い空間に響く。

 

そこは、とある最奥の洞窟内。

暗闇のはずの洞窟は、その声の主が頭に乗せている存在が光源となって薄暗く辺りを照らしていた。

 

「痛い…よぉ 帰りたいよぉ……」

 

声の主は、ある一冊の本に日々記入しながら誰にも真似出来ないような事を続けている。

しかしそれが何日目かは明確ではない。

 

薄暗く不気味な洞窟の中でズルズルと地を這いながら、孤独の場所から出る為の日課。

しかし、その日課は成果が全く上がらない。

1歩進んでは2歩下がる―…その繰り返しを何日も続けている。

 

―腹部から滴る水音が響く。

 

たぶん10日目

今日も成果が上がらないです

全身の感覚がなくなってきましたが、出口らしき縦穴を見つけました

動かなくなる前に、挑んでみます

 

―鈍い音が響く。

 

たぶん11日目

無茶をしました。滑り落ちて左足を骨折しました

今日はダメでした。明日はもっと頑張りたいです

 

―濁音が響く。

 

たぶん12日目

腐敗してた右腕がなくなりました。痛みはありません

良くない傾向です。少し休憩して体力の回復をします

 

―水音が響く。

 

たぶん13日目

 

 

「助け……て」

 

声の主の信念はとても強い。

どれだけ悲観できる状態であっても、絶対に諦める事はしない。

 

「ハァ……ハァ……グッ ゲホッ…ゴボッ!」

 

だが、今日の日課も成果が出ない。

赤黒い血液を吐き出し地へ倒れこむ。

 

「………」

 

声の主――

彼女は朦朧とする意識の中であの輝かしい日々を脳裏に浮かばせ、

己の心の弱さを振り払うように目を閉じ祈る。

 

どこか満足気で幸せそうな雰囲気を漂わせて、悲壮な者の体から力が抜けていく。

彼女の信念は強い。

すぐに次の日課に備え、今も休息の眠りに就こうとしている――。

 

 

―――。

 

 

――。

 

 

だが、次の日課が訪れる事はなかった。

容赦なく現実と事実が打ちつける。

現実は非情だ。

 

 

 

不可解な呼吸音が聞こえる。

 

「クンカクンカ スースーハァハァ」

 

非情の現実を見る為に、僅かに目を開けた。

そこには眼前でヨダレを垂らし

 

「ふひひ 美味しそう」

 

恐ろしい言葉を発しながら、イヤラシイ目つきで覗き込む人間の顔が視界にあった。

 

 

 

------------------------------------

 

 

 

―――すんすん

 

静かに鼻を鳴らすのは、洞窟内の安全確認をしているティアとティナの双子忍者だ。

 

『腐臭が濃くなってる。鼻がうまく効かない。でも一つ別の臭いは感じる』

『血痕もまだ続いてる。足場も泥濘んで悪い。忍術、しっかり使ってこう』

 

洞窟の入口付近で既に何者かが居るであろう事を予測していた双子は、先に感づかれ先手を打たれてしまう危険性をなくす為、一般的な人間が普通に会話をするような速度で手話を用いて会話をしていた。

 

『賛成。影潜み で接近』

『了解。目印も置いとく』

 

目標との距離がかなり近くなっており、更にスキルを使用する。

影に溶け込むように視認での確認を不可能の状態にさせ、慎重に腐臭元と血痕を辿り歩みを進めた。

 

『あそこだけ明るい』

『怪しさてんこもり』

 

次第に僅かに淡い光が洞窟内を照らしているのが見えたが、何者かの生物らしく声にピタリと歩みを止めさせられた。

 

「ぅ――う ぁ―」

『何か聞こえる。呻き声?』

『やっぱり何か居た』

 

何者かが居る事が確定され、危険度が跳ね上がる。

 

『よく聞こえない』

『もう少し近づこう』

 

距離を縮めれば、細身の双子が一人ずつであれば難として入れるほどの小さな穴を発見した。

 

『目標はこの下しかない。どうする?』

『チラ見しにいこう。ヤバくなったらすぐ逃走で』

「たすけ……て」

 

不意に耳に入ってきた予想外な言葉によって一瞬身を固くし、またしても次の展開の中断を余儀なくされる。

 

『今の聞いた?助けてと』

『聞こえた。バレた訳じゃ…ない?』

「ハァ……ハァ……グッゲホッ…ゴボッ!」

 

ビチャビチャと口から何かを吐き出す音色が不気味に……静かに響いた。

 

『……濃い血の臭い。あの吐き方、普通じゃない』

『あれは負傷者?一度、情報整理するべき』

 

手の指を曲げ、今まで得た情報を再確認していく。

 

『不可解な現象、腐臭、血痕、負傷による吐血』

『そして助けを呼んでた』

 

アゼルリシア山脈の調査の依頼で山を登り始めてからずっと感じている不可解な現象と、洞窟入口付近にまで漂う腐臭と血痕を残し、負傷した身で助けを呼ぶ行為をする存在。

これらを合わせて思考した時、双子の脳には一つの可能性が浮上した。

 

『おそらく今回の件の関係者。あの状態の理由とは?』

『加害者か被害者か…。なんにせよ』

 

双子は目線を合わせる。

 

『『まだ情報が必要』』

 

コクリと頷き、帰りを待つ仲間の為にもと意を決し行動を開始する。

忍者の高い技術力を駆使し、地を滑るように無音で急斜面の小さな穴を少しずつ降りていけば、得体の知れなかった存在の全貌が見えていった。

 

――あらぬ方向に曲がり、土で汚れた人型の幼さを感じさせる痩せ気味の小さな素足……力なく投げ出された様なそれは、何処か強い孤独感を感じさせた。

赤みがかった黒の布地に腹部周辺に黄色い斑模様が入った、ワンピースのような服を着た小さな体――いや、服のあの模様は己の血と膿で汚しているだけだ。

入り組んだ深い洞窟でありながら、入口付近まで届く程の腐臭はおそらく腹部を負傷した事で感染し、その部位を腐らせていたからだ。

縦穴の直ぐ近くに落ちている干し肉の様になった腕はこの者のだろう。片方の肘が失われている。

その腕の残骸の付近には夥しい量の血痕と、無数の赤い小さな手形が付着していた。

おそらく、この重症の最中歩き回り出口を探していたのかもしれない。

そんな事をしては今頃、指先に力を込める動作すら儘ならないはずだ。

大量に失われた血液を始めピクピクと小刻みに痙攣をする様を見る限り、もうあのまま放っておけば確実に命は助からない。

 

そして頭部が見えた。

所々に黄色が掛かった赤く見える長髪はバサバサで、やはりと言うべきか…幼い顔つきは痩せこけており、唇は乾ききっていたが――

何故か幸せに満ち足りた表情をしていた。

その無垢で弱々しい微笑からは、今まで感じた事のない不思議な感覚。

まるで我が子の様な愛おしさすら感じられてしまった。

他人を前に情に流されるようでは忍者として失格だとは思うが、

それ以上に最早この子が悪有る存在のソレだとは到底考えられなかった。

 

双子はこれらの凄惨たる光景から、治療を施す事もせずこんなにも酷い状態になるまでに至った理由の一端を察した。

この得体の知れなかった存在は治療を施さなかったのではなく"出来なかった"のではないかと。

なにせ10歳にも満たないであろう幼い子どもだった。

 

「「………」」

 

双子は再び顔を見合わせ、一瞬の思考に浸る。

もし蒼の薔薇のリーダー、ラキュースがこの光景を見たのなら迷わず助けの手を差し伸べたに違いない。情に厚いガガーランもきっとそうするだろう。

しかし忍者である双子は客観的かつ冷静な視点で物事を捉え分析するもの。

この場に至り一見した限り、この子は不明瞭な点が多余りにも多く、貴重な情報源になるのだとしても関われば要らぬ厄介事の種……あの子どもには関わりを避けるべきだと忍者としての思考はそう訴えていた。

被害者である可能性が高いのも解るが、それ以上に不用意に関わりを持ってしまえば仲間の命を危険に晒してしまう結果に繋がり兼ねない。

どう考えてもリスクが大きすぎる。

 

「ふひひ 美味しそう」

 

ティナは横たわる子どもの眼前で盛大に鼻息を荒くしている相方を尻目に、一先ずこちらが加害者になりうる事案だけは避けねばと気を改める。

 

「やめろ、屍喰の趣味でもあるのか」

「失礼な。ただペロペロするだけだよ」

「そういうのいいから……私達のやるべき事を済ませて戻ろう」

 

ティナは内心、残念だがそもそもこの子の命を救うのは不可能だという判断を下している。

実際に救いの手を差し伸べ、ポーション等の治療を行ったとしても、脆弱で不規則な呼吸と肉体の損傷度合いからそう捉えるしかなかった。

何より延命できたとしても、死への恐怖と苦痛に耐えさせながら情報を抜き出すなど……あまりにも惨い仕打ちだ。

今自分たちに出来る事は、この子がこれ以上苦しむ事がないよう無慈悲な暗殺者イジャニーヤとしてこの場で命を刈り取り、本来の依頼の目的を遂行するため死体から情報を得るという手段を取って済ませればいい。

 

「辺りは大丈夫、何もない……あとは」

 

付近を軽く見渡し警戒を済ませ、スキル影縫いを解くと

 

「――……おやすみ」

 

慈悲と少しの懺悔の念を持って、ティナは子どもへ手を伸ばした。

 

「た、食べないで!」

 

しかし明らかな瀕死の重症、というより最早死体だと思っていたその小さな躯体が自ら体を起こし、言葉を発した。

 

「……は? いや……え?」

 

今までの職業柄も手伝って、死という事に関して日々直面して生きてきた中でこんな体験をしたのは初めてだった。

歯をガチガチと鳴らして怯える様子にこの子がより一層被害者側なのだと感じるのと、自ら体を動かす事が出来る生命力に予想の一切を反している現状に只々呆けるしかなかった。

 

「いいや食べる。性的に」

 

この事実に現在進行形で変態しているティアは残念ながら気がついてる様に見えなかったが、非常に不本意ながら相方のこの不穏な言動のお陰で我を取り戻す事が出来た。

 

「やめい!」

 

ティナは相方の後頭部を平手で叩き、心地良い鳴りと共に暴走を止める。

 

「この変態」

 

冗談は抜きでこちらが加害者になるなど有ってはならないのだ。ラキュースに酷く叱られる事は火を見るより明らかである。

 

「ん、なに?」

「マジか……そんな反応するな」

 

何故叩かれたのか分からないと言わんばかりの表情で振り向いたティアを退がらせ、

 

「その子は被害者なんだから、安全に保護する」

 

今も酷く怯える子どもの足元まで近寄り、目線が合わせやすいように姿勢を低くして優しく話しかけた。

 

「っ…その黒いの――」

 

間近に近づいた事によって、ティナはその子から新たな不可解な点を視認する。

見るからに栄養不足でやつれた小さな片手が抑える腹部の辺りから、黒い霧が僅かに滲み出ていた。

 

「いや…えーっと、私は青の薔薇だ」

 

だがあえてその事には触れず、すぐに言葉を変えた。今優先すべき事はこうではない。

信じられない事だが、常識外の生命力でこの子はまだ生きている。

ならば先ほど行おうとしたこの場で命を奪うというのは中止だ。

 

「蒼の薔薇……?それが、貴方のお名前なのですか?」

「ん?私達の事を知らないのか?」

「はい……」

 

つい詮索したくなる衝動に駆られるが、必死に押さえ込んだ。

少し話すだけで謎が積もり重なっていく。

 

「そっか……。蒼の薔薇っていうのは簡単に言うと君みたいな子を助ける人の集まりの事。だから安心していい」

「助けて……下さるのですか?」

 

"助ける"という言葉に反応したのか、子どもは怯えていた表情を急激に和らげた。

痩せこけた頬が痛ましく見える反面、瞳は嬉色に輝き始めていく。

 

「「うん」」

 

そんな微笑ましい表情に、つい決め手とばかりに双子らしく息を揃え握り拳に親指を立てたグッドサインを送ってやった。

その最中、ティアはティナの背に謝罪の念を送り続けていた。

 

 

 青の薔薇はこの子を、我が子を助ける そうであれ

 

 

自分が幾ら特有の性癖が反応して変態してしまっているといっても、そんな事以上にこの子と関わる事への危険性は当然理解できている。

だが訳も解らずこの言葉が心に駆け巡り浸透し心地よく支配されていく感覚を、この子を一目見た時から感じていた。

 

この奇妙な事象に対して本来ならば魔法やスキルによる"魅了"系の類で精神支配されている可能性を考慮し、早急にこの状態を打開するべく動くべきだった。

しかし双子らしく息ピッタリと応じてしまったあの瞬間に、その感覚に完全に飲み込まれた。

その時点で、相方も知らず知らずの内に自分と同じ様な感覚に陥ってしまっている事に気がついた。

それこそ最初はこうなる前にこの子どもを見捨てて去るか、最悪殺してしまうか……止めようとはしていたが、それが出来なかった自分を許して欲しかった。

 

「良かった…良かったぁ… 本当にありがとうござ…い――」

 

子どもの怯えの表情が完全に消え失せたと同時に、体を支える糸が切れたかの様な急激な脱力によって背から後ろに倒れていく。

 

「ヤバ!」

 

ティナは咄嗟に後頭部が強打するのを防ぐため、自身が血や膿で汚れるのも構わず体と頭に手を滑り込ませて支えてやった。

 

「……凄い熱」

「ティナめ、うらやまけしからん」

「ぅ…う …す、すみま…せん。あなたの…服が……」

「気にしない。それよりまず君の治癒をする」

 

ティナはそう言って身につけていたポーチから小枝を取り出して火を灯すと、己の武器であるクナイをその火で炙り始めた。

 

「あれ、やるんだね」

「それ以外ない、手伝って」

「当然。んじゃあ――」

 

冒険者達は自身や味方が負傷した際に、時には小枝や小石など周りにあるもので簡易的な即席の治療を施す術を用いて延命させる事があるが、ある時からここ数年で青の薔薇の双子忍者はその技術力を飛躍的に上昇させる事に成功した。

複雑に骨折した部位が綺麗に治る様にしたり、例え胴体から離れた手足であっても負傷の度合いにもよるが接合させる事も可能。ティナがクナイを炙っているのはその一環だ。

この子の場合は、まず使い物にならない腐肉の部位を削ぎ落とし、次に熱した鉄を切り口の肉に当てて熱消毒を行う。そうする事で切り口に蓋をする事が出来る上にこれ以上の感染を防ぐ事も可能となる。

この処置は尋常ではない激痛を伴い、生命力のない者はショック死する危険性もあるが、幸いな事に意識が朦朧としている点や並ならぬ生命力を持つこの子ならば成功の確率は高いと診ていた。

地に転がる胴体から離れた腕は惨たらしいが、明らかに使い物にならないので諦めるしかない。

仮に無理やり縫い付けたところで、今度はその腕から細菌が全身を侵食してしまうし、何よりあの状態では回復の見込みは皆無。接合する事にメリットの欠片もない。

腹部は外観から見た限りでの様子だと、臓器に触れる繊細な作業を要する事も考えられる為、本格的な施術は後回しにした。

代わりに膿を綺麗に拭き取って魔法で綺麗にした布を当てる簡易的な処置を取る。

何よりもまずは、これ以上の感染症を極力防ぐ事が大事だ。

 

「これ、使っちゃおう。とっておきのやつ」

 

ティアは小さな鞄から緑色の液体が入った薄汚い質素な小瓶を取り出した。

子どものこの重症度からポーションでは効果など殆ど意味をなさないはずだが、このポーションは世に一切知れ渡っていない極めて珍しい一品だった。

 

「まさか例の?」

「そ、あの家のだよ。盗ん…借りてきた」

「なるほど、確かに良い効果が見込めるかも。ナイス、ティア」

「ハァハァ 私の出番。飲ませてやる」

 

そしてティアはなぜか自分の口にポーションを注ぎ始めた。

傍から見れば唐突な嫌がらせ行為である。

 

「?…バカなの?」

「ゴボゴボ ゴボボゴボ」

 

何を言っているか分からなかったがすぐに察せた。

ティアはポーションを半量ほど口に含み、残りをティナに手渡した。

 

「いや分かるよ?確かに正しい方法だけど……正しくない」

「オゴボオッォ!…オェ……ボゴ」

 

ティアは鼻から僅かにポーションを吹き出して涙目になりながらも、そのままガッシリと両手で子どもの両肩を掴み。

 

「ひぁ…!? ぃ いゃ!」

 

弱々しく嫌がる幼い女の子に強引に口元まで顔を寄せ、

 

「――んぅぅぅ!!」

 

無理やり唇を重ねた――ヤりたい放題である。

しかも無駄にやたらと長い接吻時間であった。

 

「さいっていだなもう…」

 

 後で鬼ボスにチクろう…それがいい

 

酷すぎる相方の有り様にティナは強く決心する。

 

「ふぅ…、幼女汁は美味」

「はぁ、治療の続き……するよ」

 

ティナは手に持っていた…いや持たされていたポーションを地面に置き、色んな液体で汚れた彼女の顔を布で拭いてやった。

綺麗な色白の肌が露になる。

 

「あ、ありがとうございます……お優しいのですね」

「ありがとっ…それより君、これ咥えてて」

 

ティナは子どもから小さな微笑みを向けられ、それによって生まれた心の痛みと微かな躊躇を押し殺しながら布束を咥えさせると、

 

「かなりの荒治療になる。頑張って耐えろ」

 

赤く灯る高熱のクナイを細い腕に刺した――。

 

 

 

 

「……よし、終わった」

「お疲れティナ、良い手際だった」

「どうも。でも私よりこの子に言うべき。本当によくやった」

 

ティナの膝上で横たわる子どもの治療は無事成功した。

正に完璧な手術だったのだが、その治療の最中で双子は三つの点で驚きを受けた。

そしてそれらに合わせて様々な疑問も浮上していた。

 

「凄い子、色んな意味で。表情がエロかったのも…グフ」

「一言多い…けど本当に言葉通り耐えてのけるとは思わなかった」

 

一点は先の治療法は大の大人でも激痛に耐えられず叫び声を上げてしまうのが普通だが、この子どもは布束を食いしばったまま最後まで唸り声の一つも発さなかった事。

汗だくではあったが、治療前と同様に微笑みを向けてくる余裕には目を見張った。

 

「それにこのポーションも凄い即効性。熱がかなり引いてる、というかもうほぼないと言ってもいい……けどこれって、ここまで効くモノだったっけ?」

「本当にありがとうございます!とっても楽になりました」

「ふ。私の唾液成分のおかげ」

「あーはいはい凄い凄い」

 

二点目はティアが無理やり飲ませたポーションの効力だ。

感染症の進行度を急激に和らげられたのか、子どもの体調は見るからに安定化していった。

今ではあれだけ苦しそうにしていたのが信じられない程に、ハッキリとした表情と口調で会話もできているのだが、このポーションの効果だけでここまでの効力を発揮したのだとは考え難かった。

実のところ、過去にティナも蒼の薔薇として高難度の依頼を遂行している最中にこのポーションを使用された事があるが、体感的にそこまでの効力はなかったと記憶していた。

その時の自分の状態が危篤状態だっただけに朧げで不確かな記憶にはなるが、回復した後に実際に私達に使用した製作者でもある張本人からこのポーションについての確かな情報だけは聞き存じている。

負傷箇所を治癒する様な効果は一切ない変わりに、これ1本で数多の種類の毒物に対してのみ効力を発揮するというかなりの異質な物であり、

"この世界に現存する既存の製作技術力では絶対に同じものは作れない"

という事。

 

三点目はもう一つの感染部位であった腹部について。

綺麗な布で丁寧に膿を拭き取ると症状がよく診てとれ、予想外にも傷口は1センチもない程の小さな傷である事が分かったが、同時にこの程度の傷でこの腐敗の度合いは通常では考えられない進行度である事から、真っ先に毒針による影響を疑った。

というのも、双子忍者にとってはこの傷の付き方と腐敗の症状には馴染みがあった。

双子は忍者という職業柄から頻繁に毒物を扱う機会があり、その活用法として多用するのが毒針を使った吹き矢だ。

傷跡の付き方と毒による二次効果の出方が、忍者が対象物に毒針を使用した時の状態と酷似しているのだ。

だが腹部から出続けていた謎の黒い霧はその傷口の穴から吹き出てきている点を考慮すると、毒針によるモノだけというよりかは魔法による呪いの類を受けている可能性もあるのが更に謎だ。

 

「さて、そろそろ戻らないとだけど」

「さすがに長居だしね」

「戻る…?ここから出して頂けるのですか?」

「もちろん、でも少し待って欲しい」

「あ、はい!ありがとうございます!」

 

華が咲いた様な満点の笑顔での返事。

 

 ヤベ……マジ可愛い

 

一瞬変態な相方の方へグラつきかけるもグッと堪え、最早元気と言っても差し支えなさそうな雰囲気の子どもの具合を見計い、双子は次の行動を決めるべく手話を用いながら計画を練り始めた。

 

『この容態なら背負ってでも楽に連れて帰れるだろうけど、気掛かりな事が多すぎる』

『どうせどっかの忍び所属の手先だとか考えてるんでしょ』

『……分かってるなら何でそんな平気な素振りなんだ』

『ティナの申し分は重々理解してる。でもこの子がそういうのだとは思えない』

「?」

 

敢えて手話を使う理由には相方と内密に確認を取りたい項目、様々な疑問についてがあるからだ。

子どもは突然眼前で始まる不思議な手の動作を首を傾げ見つめるが、表情は安心しきっていた。

どんな反応をされるか分からない若干の不安から、双子はチラチラと横目で様子を伺いつつも続けた。

 

『じゃあ、あの黒い霧はなんだと思う?』

『分からない。あそこだけ他の箇所とは違って変化がないのも不気味』

『だね。背負う事には何ら嫌気はないけど、霧に触れて良いものなのかは気になる。そしてつい最近どこかで同じ様なのを見た気がする』

『髪で隠しているけど、顔に似た症状を持つ奴が居たのは覚えてる』

『お、誰?』

『帝国四騎士の1人、レイナース・ロックブルズ』

『あいつか。黒い霧や血こそ出てはないけど瘴気の感覚は確かに似てる……やっぱりあの霧は呪いの類かな?』

『階位の高い高度な呪いを受けて付けられたという噂の事も考えると、そう思うのが妥当』

『だとしたらやっぱり尚更の事あの傷跡が気になる。あたかも忍びの攻撃を受けたみたいな…あの毒は忍びの特殊ルートでしか手に入らないものなのに』

『只の奇跡的な偶然だと思う』

『何故そう言い切れる?』

『ほらよく見て、超絶美幼女だよ。巨乳。良い匂い。悪い子であるはずがない』

「………」

 

ティナは頭痛を感じ始めていた。

重要な確認の最中に――というよりここに来てからというもの常時邪念がありまともな会話が成立していない。

任務に支障をきたしているレベルにまでなっている今、決してこれ以上は軽視できるものではなくなっていた。

当たり前に時と場合を弁える事すら出来ていないこのままでは、最悪双方の信頼どころか絆すらも失われかねない。

 

「ティア、いいかげ「私のこの腹部の傷に似たような症状の方が居るのですか?」」

 

双子だけの時が止まったかのようにピタリと手の動きが停止し、途端にティナの雰囲気がピリピリとした殺意ある剣呑なものへと変わる。

 

「今なんと言った?」

「え…あ…」

「ティナ、落ち着け」

「これが落ち着いてられるか!やっぱりこいつは危険すぎる!」

 

ティナはこの発言だけは流せなかった。

 

「な…何か癇に障るような事を……?」

 

自分の懐に体を預ける子どもが小刻みに震えているのが直に伝わり、

双子の瞳の奥を覗き込むように見つめてくる表情は出会った直後の怯えきったものへと染まっていた。

 

「……あぁもう!何なんだお前は…!」

 

詮索して今すぐに問い詰めてやりたいという衝動が湧きはする。

 

「意味が…分からない」

 

しかし急激に消沈されていく。

訳も分からないこの感覚を繰り返し、やがてはまるで自分が悪いことをしてる気分に陥る。

 

「お前という存在の全てが理解不能だ……なのに」

「私は…その……貴方様の触れてはならない部分に触れてしまったのですよね?何か大事な部分に…だからお怒り「もういい」……え?」

 

怯えていながらも、真っ直ぐにこちらを見つめてくる瞳にはとても強い謝罪の念が込められている様に見えた。

その事が余計に罪悪感に苛まれる。

 

「もういい…今のは忘れろ」

「………ごめんなさい」

 

謎は深まるばかりだった。

そもそも第一にこんな幼い子どもが独り危険なアゼルリシア山脈の洞窟に負傷した身で潜んでいた事自体が不可解極まる。

アダマンタイト級冒険者である自分達ですら、例えモンスター等の危険な生物達が居ようと居なかろうとこの斜面の険しい山道を登るだけでも大きな体力を消耗し、休息を充分に取ることが必須になるのに……今自分の懐にいるこの子は幼子だ。

通常瀕死の重傷と呼べる身の状態でありながら危険を感じれば自分で体を動かせ、先ほど行った過酷な治療にも耐えうる明らかな並外れた生命力。

そして忍びの毒針を受けたかの様な傷跡と帝国の幹部連中ですら解読出来得なかった手話の内容を、青の薔薇を知らないと言った人間が一度見ただけで正確に言い当てる。

果たしてこれが只の子どもだと言えるのだろうか。

 

「胸糞わる……吐きそう」

 

今更だが、どう考えてもこの子の存在は危険すぎる。

自分達だけでなく青の薔薇にもその危険が降り注ぐとなれば堪ったものではない。

 

「ティナ大丈夫?ねぇねぇいまどんな気持ち?ねぇどんな気持ち?」

「……ティアが何でそんなユルユルなのかも合わせて最悪の気分だからもう帰りたい」

「そっか」

「そっかって……」

 

何者なのか、何処から来たのか、どうやって来たのか、何があったのか?

様々な方面で皆目検討を突けないが、何にせよこの子がアゼルリシア山脈で起こっている不可解な現象について関わっている可能性は確定だと言える。

 

「はぁ……よし分かった。こうする」

「なに?」

 

青の薔薇としても任務の為にも連行しなければならない事に変わりはない。

よって少し趣向を変えて対応を試みる事にした。

 

「君、いくつか答えて。嫌なら何も言わなくていい。こっちもそれ相応の対応をするだけ」

「……分かりました」

 

怖がらせないように優し気な声色で語り掛けたが、文字に起こせば不穏な内容のもの。ティナの意図を察したのか、途端に子どもの顔つきが緊張の色に強張った。

 

「なるほどね。偉く冷静なやり方になった、まだ物騒だけど」

「これで普通……ティアがおかしいだけ」

 

ティアの意味不明な対応に対して文句を言いながらも、何気なくソッと子どもの頭に手を置いた。

 

「ゎ……」

「…あ」

 

しかし何故そこまでしたのか自分でも理解できず戸惑ってしまう。

 

「ご、ごめん」

 

血や土などの汚れでベタベタとしていたが、ずっと触れていたくなる不思議な心地良さと癒しを感じ、謝罪しつつも頭からはその手を離さなかった。

 

「ティナずるい」

「おだまり。今から君を私達の仲間のところへ連れて行きたい。君について色々と聞きたい事が山ほどあるのと、保護するべき対象だと思っているから。どう?」

 

この質問は遠まわしの簡単な取り調べである。

答え方によって今後の扱い方をある程度決めることが可能になるのだ。

単に拒否する様な返事をすれば、自然と子どもがこの状況で隠し立てする理由はないはずであり、裏があることは確実。

逆に同意だけしてしまう様ならば、この後にこの子から発せられる言動全てが嘘で出来上がった話になっている可能性が出てくる。

どちらに寄っても疑りの視線として見ることには変わりはないが、これは仕方がないだろう。現状と見比べた際に一つとして真実味がない。

 

「貴方様方のお仲間様の所に行くことは従います。そして私について聞きたい事に関しては今すぐには全てお答えできません。理由は話しても理解が難しい内容になるかもしれないからです。でも少しずつ時期や状況を見計らって必ず全てをお答えしていく容に致しますが、内容によってはお答え出来るモノもあるかと思います。なので気になった事は何でもご質問して下されば……そうして頂けると幸いです」

「な、なる…ほど。そか…わかった。うん」

 

予想外に差し込めない結果となった。

やはり完全に意図を全て掴んだ上での返答内容だ。不覚ながらも驚かされる。

見た目通りの年相応な知能力だとも思わない方がいい。

このまま妙な駆け引きを続けようとしては逆に悪手になりうる可能性がでてきた。

 

「ならこれは?その腹部の傷は何故ついたのか、どうして黒い霧が出ているのか」

「ずっと出てるしね」

 

そんな悠長に言葉を交えている時間もなく、駆け引きがダメならと率直な質問を投げかけてみたが、

 

「これは、この山へ来た時に黒色のドラゴンと青白色のドラゴンに襲われたんです。その際に受けた攻撃で呪いを掛けられたんです」

 

これが大失敗だった。

 

「ドラ団子がなんて?」

「だ、団子…?えと、ドラゴンに……その、何と言いますか…お話をしようとして」

「「???」」

「えと……それで怒られて、急に襲われてしまって……あ、あれ?あの…」

 

双子は完全に脳死状態になっていた。

 

「「…………」」

 

理由は至極簡単な事である。

ただ只ぶっ飛びすぎた話の内容に完全についていけなかった。

 

「大丈夫……ですか?」

「……っ、いやごめんちょっと夢みてt…って!?」

 

双子の様子に心配したのか、気が付けばいつの間にか体を起こした子どもが双子の眼前まで近寄ってこちらを覗き込んでいた。

 

「ふおっおおおぉぉぉなにそれ!?」

 

しかもその子の頭上に謎の小人を載せて。

 

「♦・*:.♫.。*゚¨」

 

花弁で創られたかのような綺麗なドレスを身に付け、蝶のような半透明の羽を背中に持ち、金色の王冠を被っている手のひらサイズの小さな人型の者。

 

「あ!ぅ…ごめんなさい。叩かないで……」

「・*:.*゚&¨゚゚#・*!!」

 

その小人は不思議な音色を響かせ、子どもの頭を極小の手を使ってポコポコと叩いていた。叩く箇所から美しいキラキラした雫を零し、洞窟を一層明るく照らしていた。

 

「お おぉぉぉ」

「あはー…き、綺麗だね、えーと…妖精?」

 

ティアは相も変わらず咄嗟に近づいて鼻息を荒くして見ているが、一方のティナは自棄になっていた。

ただでさえ謎だらけで不安材料が多いというのに、理解も全く追いつかぬまま次々と増えていくのだ。

最早開き直り状態で、何でもこいよの精神だ。こうでも思わなければ身が持つはずない。

 

「はい!この子は妖精のティタです。私の友達です!」

 

その妖精を頭に乗せ、自慢気に答える様は子ども特有の微笑ましいものだった。

 

「友達…なるほど……良いね」

「最高 触っていい?」

「えっ…どちらをですか…?」

「りょうほ「無視していい」―チッ」

「あの、先ほどの話なのですが」

「いや待った!後でいい…君が言っていた通り説明されても頭に入らない」

 

自ら話そうとしてくれる意識は嬉しいが、今は勘弁して欲しかった。

確かに最初に返事を貰った時の"理解が難しい"という点は正しくその通りだった。

現実逃避さながら、目の前がチカチカして来てこれではティアに続いて自分まで真面に任務を遂行できなくなるところであった。

 

「分かりました。答えられる内容なら何時でも応えますので、気が向いたらお気軽に申してくださいね」

「う、うん。考えておく……」

「なら君の名前は?」

 

意外にも、ティアは気の利いた会話を持ちかけた。さすがに変態もそろそろ落ち着いた頃だろう。

 

「あぁすみません!自己紹介もまだでしたものね。私はポミグといいます!」

「ポミグ……ね。赤い私がティナ」

「ハァハァ 今ポミグちゃんが付けてる指輪もお揃いにして結婚しよう」

 

全然違っていた。ティアは気の利いたなんて類の良いモノではなかった。

 

「えっ!結婚はちょっと…」

「そこは律儀に答えなくていい……それから青くて気持ち悪いのがティア。見て分かると思うけど双子。というか指輪してるの?」

 

自分が言えた事ではないかもしれないが、この相方はここまで変態な奴だったのかと認識を改めた。

 

「はい、これは…私のお母様が作って下さったんです」

 

大事に、とても大事そうに胸に押し込む様に抱えらた左手の薬指には、未だかつて一度も見たことがない正体不明の禍々しい碧色の宝石が施された指輪が装着されていた。

その碧色の宝石からは僅かに白金色の粒子が溢れ出ていた。

 

「母親が…作っただって……?本当に何者なんだポミグ」

「それはいいって」

「あーうん…。相当なやつだ……一体なんの材質だろ?見たことがない」

「そうだね。ポミグちゃんの前屈みの時の谷間がね」

「………」

 

輝き具合やただならぬ未知の力を感じるこの指輪は金貨数万枚に相当――いや、

国宝級のマジックアイテムになる高価な物に違いない。

こんな物を子どもに与える事ができ、ましてや作り出してしまうという母親の存在が嫌でも気に掛かる。

 

「凄いですよね!……今はもう…居ない……ですが」

 

知りたい気持ちはあれど、少々気が引けてしまった。

それに教えて貰ったところで理解できない可能性は高いが、やはり少しでも情報は入手したいところである。

 

「ポミグ、君はどこの国の出なんだ?」

「しつこいってティナ」

「分かってる。でも一つでも知っておきたい」

「……アインズ・ウール・ゴウンという国です。ご存知ですか?」

 

反省の色も全くないくらいに再び思い切って質問を投げかけてみたが、これは功を成した。

 

「アインズウールゴウン……いや、知らない」

「そうですか……」

 

知らないとは答えたが、聞いたことがない訳ではなかった。

しかしそれがどこでなのか思い出せないのが不甲斐ないところである。

 

「どの辺りにある?」

「ごめんなさい。それはまだ言えません」

「フラれてやんの。自業自得」

 

もう少し、あと少しでも情報が欲しかったが空振り。それでも戻ってからの目的が一つできたのは喜べる収穫だった。あと相方がウザい。

 

「そう。いや、不躾に質問して悪かった」

「いえ、かまいません」

 

ジッと指輪を見つめるポミグの身体は小さく震えていた。

その指輪に一つの雫が零れおちたのが視界に入る。

 

「大切なものなんだね」

「とても、とても大切なものです」

 

そして嗚咽混じりに泣き始めてしまった。

 

「お母様…お母様……」

「「………」」

 

今も多くの謎で包まれているポミグの態度から一つ理解できた事がある。

ポミグは母親と遥か遠くまで、永遠の離れ離れになってしまった哀れな1人の子どもでもあった。

指輪を抱えるこの子が金銭的価値よりも人の気持ちや愛情などを大事にし、人を騙したり嘘を付いたりする様な人柄ではないことと自然と受け取れてしまう。

こんな風に思うのも、荒んだ人々の心で汚れた王国を見てきているからだろうか。

命よりも金、命よりも権力や地位と……そんな理屈で出来上がった国。

財力権力地位――大人だけでなく子どもですら力を持つ欲に汚れた人間達で溢れている。

それらを時には命懸けで助けている自分達からすれば、この子の反応からは新鮮味と暖かく慈悲深い愛情を感じた。

 

「それはお揃いには出来ないね」

「すみません、ティアさん」

 

謎に包まれたポミグ存在の事に関して、これ以上詮索する気はティナにはもう無くなっていた。

複雑な事情があるのだろう。今はそれで良いのだと済ませる事にした。

 

「もういい加減戻らないとヤバい。皆を待たせてる」

「次は私と同じクナイのアクセサリーでリベンジしよう」

「おい」

「チェ…了解」

「ところでこのポーションはどこで手に入れたのですか?物凄く美味しかったです」

「そうだね。ポミグ汁は美味しかったね」

「さっきからホントうるさいティア。あー…美味しいって、あんな渋い苦い臭いの三拍子揃った物が?」

「はい!豊穣な大地の恵みの懐かしい様な味がして最高です!」

「へ~…欲しいならもう半分残ってるし上げる」

「あ、ありがとうございます!」

「片手じゃ難しいね。また飲ませてあげよう ブヒ」

 

突然ティアが四つん這いでにじり寄り、あろう事かポーションを持ったポミグに抱き着いた。

 

「じ、自分で飲みま――っあ!」

「ちょ、バカティア!」

 

ポミグは焦って蓋を閉じようとして手を滑らせ、謎の黒い霧が出続けていた腹部に零してしまう。

 

「さっさと離れ――「あぎっ?!ぁぁあがっぁ……!」」

「♫・*:..。♦*゚」

 

ポミグは突如勢いよく藻掻き苦しみ始め、頭上に乗せていた妖精が慌てて飛び退く。

彼女が苦しむ原因はすぐに分かった。

 

「うあっ!まさか…呪いが掛かった箇所!」

「どうして今ポーションが反応しているんだ!飲んだ時はなにも……!」

 

沸騰したお湯がゴボゴボと沸き立つようにして、ポーションが零れ掛かった腹部は衣服越しに血と黒煙を噴き出し泡立っていた。

 

「いいからティナ抑えて!」

「そんなの分かってる!」

 

咄嗟に暴れるポミグを背中から羽交い締めで押さえ付けようとしたが凄まじい力にティナの身体も一緒に軽々と動かされる。

 

「やっぱりこの子…!」

「何とか止めて!」

「あ゛ぁ゛…!あ゛ ぎぃぃぃぃ!!」

 

余程の激痛なのだろう、顔色は紫色に染まり真っ赤に充血させた瞳からは血涙が滲んでいた。

 

「服を…!ポーションが染み込んだ服を裂いた方がいい!」

「分かった!」

「は、はやく!」

 

衣服にティアが持つクナイの先端が触れた瞬間、

 

「ッ…?!ふっ、ふ…く……に…武器は…だ……めぇっ!」

 

――ドン!!

 

とてつもない衝撃波がティアの体を"く"の字にさせ豪速で壁に叩きつけ洞窟全体が揺れ響く。

 

「なっぁ!?」

 

ティナに羽交い締めにしようとされていたポミグは暴れていた身体を止め、凄まじい量の白金色の粒子が出ている片手を吹き飛ばされた方向に向けていた。

 

「あ……あぁぁあ!!」

 

ティナは瞬きの間にポミグの上に股がり、両手で凄まじい怒気と殺気が込められたクナイの先端を喉元に突きつけた。

 

「なんで…なんで!やっぱりおまえ……!」

 

ティナの行動は必然的だった。

 

「ぅ…あ ぁ」

「♦・:*:~|^!」

 

妖精が慌ただしくティナのクナイに飛びつき、光の粒子で作り出した小型の剣をポミグに差し向け、手を×型にクロスさせる行為を何度も繰り返した。

 

「どけ!」

 

何かを訴えたかったのだろうが、ティナにそれを気にかける余裕などなかった。

好意で助けた相手に大切な仲間を傷つけられて平常で居られない。

 

「ぐっ…!な なんで」

 

しかし自分の思いに反する様に身体は震え、得物を握る手の力が抜け、

 

「こ、殺す!殺して…やりたいのに!」

 

荒れ狂う胸騒ぎで行動に移せず、果てしなく悲しい気持ちに染められていく。

 

「どうして……」

「ご…ごめ ガッ …んあ ゴボッ!」

 

口から吐き出されたポミグの血液がティナの手を染め顔を汚し、

 

「良い んです 私を……」

 

ティナの手に小さな左手が添えられ、ポミグの喉元へと力強く導かれていく。

 

「私を 殺して…も いいん ですよ」

 

この子に触れる度感じていた、あの底知れぬ愛情と優しい手。

 

「ティナさ…んの 大切な…人を……傷つけ て ごめ…んな さい」

 

閉じた瞳から流れる血と涙が頬を伝い線を残す。

 

「……ま…まて」

 

痛みに耐える様に精一杯の笑顔を浮かべながら、鋭利なクナイの先端が喉に深く刺さり込んでいく。

 

「やめ…て」

 

本能と心が悲鳴をあげるも抵抗すること叶わず――

 

「あ――ぃ―と――ぅ」

 

妖精が淡い残光を置いて姿を消すと共に、ポミグはか細い言葉を発しその喉を貫いた。

 

 

 

 

「――嘘だ……」

 

力なく落ちていく小さな手を、水を掬う様に丁寧に受け止めた。

心が深い悲しみと強い喪失感に染まっていくのを感じた。

 

「なんで……あんな微笑みを向けて」

 

ただ少し会話をしたくらいの接点しかない他人相手に涙が止まらない。

 

「ああぁ……」

 

――いや違う。

これはこの子どもに殺された大切な仲間であるティアへの涙だ。あの衝撃の威力で無事な訳がない

怒りを感じなければいけないはずだ。殺意を持たなければいけないはずだ。

 

「ポミグ……ちゃん」

 

それなのにそんな負の感情は全く沸き上がらない。

 

「あれ?私への涙じゃないの?」

「……うぇ?」

 

咄嗟に声のする方へ首を動かす。

 

「ちょっとショック」

「な、ななな……!ティ、ティア?!」

 

振り向く先に土埃やかすり傷すらない白金色の粒子を身に纏う相方の姿があった。

 

「私はこの通りギンギン、大丈夫――」

 

 

――勝手に死んだとばかり思い込んでいた相方のティアの身に何が起こったのかは本人から聞いたが、何故か若干嬉しそうなのが理解不能だった。

 

「自分でも死んだと思った。実際身体中がグチャグチャになって死にかけて…いややっぱり死んでた。あ、でもグチャグチャになった感覚があったから死んでないのか」

「そこの拘りはいい…何にせよホントよく生きてたね……」

「たぶんこの指輪の力が関係してる」

「………私もそう思う」

 

双子が指輪の力だと判断したのは、ティアが身に纏っていた白金色の粒子には何度か見覚えがあったからだ。

ポミグが身につけていた碧色の宝石から溢れ出ていた白金色の粒子と、ティアが吹き飛ばされた際にポミグの片手に纏っていた粒子、そしてティアが纏っていたモノは全く同じ物である可能性。

つまり身体だけでなく衣類まで綺麗に修復されて無傷で生還することが出来たのはおそらくあの指輪の効力によるもの。

 

「ねぇティア、けどそれなら…」

「ん?」

「それならこの子はなぜ?」

 

もし本当にあの指輪に人を生き返らせてしまえる程の力があるのなら、なぜ重症の身の自分に使わず、一切の迷いなくただの他人であるティアの為に使ったのか。

 

「私には分からない……」

「この子の母親への愛情だよ、ティナ」

「………」

 

戯言を言うなと一瞬思ったが、ティアの言う愛情という単語からポミグが大事そうに抱えていたあの指輪は、亡くなった母親から作って貰った物だと言っていたのを思い出した。

 

「愛情か……」

 

自分に使わなかった理由は、単に彼女にとってその指輪が己の命よりも大切な形見だからかもしれない。

それが分かったところで余計に理解できないのが、そんなに大切な物をティアの命を救う為に使った事。

相方が無事であったというのであれば、詫びるにせよ死で償うまでの事をしなくてよかったはずなのに――。

 

「何なんだ…この子は。結局最後まで……何もかも意味がわからない」

「分かってるくせに。ショタ好きさんは素直じゃない」

「うるさい」

 

未だ涙は止まらない。

死に際に放った"ありがとう"という言葉が心に焼き付いて重くのし掛かる。

 

「もう、二度とやらない」

「当たり前だバカアホドチクショウ」

 

そもそもティアがあんな行動をしなければここまでの取り返しのつかない悲惨な事態にはならなかった。

惨事の切っ掛けを作った主犯者ティアに対して、ポミグが自分の命を代償に治癒まで行ってくれた多大な恩はどうするつもりなのかと問い詰めてやりたい。

だがあれだけ変態する程惚れた本人なら罪は重々自覚しているはずだ。

謝るべき人間も感謝の言葉を言うべき人間も全てこちら側なのに、何も伝える事はできない。

本来なら手術した後の時の様な元気そうな姿で返してあげるべきだったのに、もうこの子にしてあげられる唯一の事は、遺体を丁寧に埋葬するくらいだ。

ただしこんな暗闇の孤独な洞窟ではしない。

せめて、あの華が咲いた様な愛らしい満点の笑顔が似合うように、陽の当たる景色の綺麗な場所にしてあげたい。

 

「連れて帰る」

 

いつまでもメソメソしている余裕は有り得ない。さっさと次の行動に移り仲間の元へ前進あるのみだ。

 

「……これは、邪魔」

 

片腕がなくなっていたり、片足は支え棒を施してやったものの折れ曲がっている痕跡があったり、腹部には呪いの跡。重ねてクナイが喉に深く突き刺さった状態。

これでは風が悪すぎる。

 

「惨い有様……こんな風にしたやつは何処のどいつだ」

 

取り除こうと手を伸ばしたが相方に静止を求められた。

 

「ティナ待った!」

「なに?」

「そのままの方が…血がほら」

「あぁね。なるほど」

 

確かにここで抜いてしまえばポミグが血濡れとなってしまう。これ以上この子を汚すのは心から頂けない事だ。

刺さりっぱなしというのも気が重いが、自分達への罪の戒めには丁度いいかもしれない。

そんな事を考えながら遺体となったポミグを抱えたのだが、ここで再び問題が発生した。

 

「……ポミグ、何日も飲食できてなかったんだろうね。軽すぎ……るぇ?」

「ティナ?」

「あれ?なんだ……?なんか…」

 

それはそれはもう大問題だった。

 

「あ、言わなかったっけ?」

「ポミ……え……」

 

背中越しに伝わる微かな何かの鼓動があった。

 

「ごめん、ティナに声かける前に真っ先に生命の安否を確かめておいた」

「…………」

「ポミグちゃん生きてるよ」

 

重大すぎる事実を先に教えてくれなかった相方に冗談は一切抜きでブチギレそうになったがそんなことはもうこの際どうでもいい。この子から命の鼓動を感じた。

かつてない敏捷な動作でポミグを降ろし、瞬速膝枕で胸元に耳を当てた。

 

「い、生きてるんですけど?喉に刃物がぶっ刺さってるのに生きてるんですけど?」

 

全くもって信じられない事だがポミグは驚く程に強い心音を放っていた。

グルグルと頭の混乱が増し増しと加速していく最中で、改めてポミグの身体全体を見回す。

今は鳴りを潜めているものの腹部から謎の黒い霧が出続けている事やら、肉体の一部が欠損している事やら、見た目に反して怪力であった事などなど――。

加えて喉にかけて貫通したクナイが刺さる状態でも生きていられる点以外は、とてつもなく愛らしい素敵な幼い女の子にしか見えなかった。

自分よりも大きな胸の膨らみはこの際置いておこう。

 

「……そういえば一緒にいた妖精が何か伝えようとしてた」

「なんて?」

「光の剣みたいなのを出して、手をこう…何回もクロスしてた」

「どういうこと?」

「憶測…この子に何かしら危害を加える事で発動するスキルでもあったのだと思う……いやさすがに違うか、腕の腐肉を削ぎ落とした時は何もなかった。あぁ…ダメだ、頭がうまく回らない」

「大丈夫、分かるよ。その可能性があっても不思議じゃない」

 

ティナだけでなく、ティアも謎だらけの彼女を見てきた事で客観的に見れば突拍子もない解釈と思える発言も納得せざるを得なかった。

 

「他に異常は何もない。ここにあるのは重傷で意識のないこの子だけ。謎解きは後でいい」

「今度こそこの子を連れて皆のとこまで戻ろう」

「賛成。ここは私がはこ「ティアには何もさせない」…任せた」

 

ティナは再び背中が黒煙や血に触れるのも構わず、ポミグをゆっくりと慎重に背負ってやった。

 

「…行こう」

「うん」

 

仲間達のもとへ移動するため急斜面の小さな穴へ近寄り見上げたところで、新たな焦りの種がある事が発覚する。

 

「くそ…次から次へと…どう上まで運ぶ?」

 

ここに入ってくる際には、忍者として卓越した技術力を用いて難として通れた。

背負って上がる事自体に問題はないが、穴の面積が狭すぎて重症の子どもを下手に動かすことが出来ない。

 

「ゼェ…ゼェ…クッ」

「ティ、ティア?」

 

焦りは忍者として冷静な判断力を欠落させる。良案を目まぐるしく思考させようとするも、自分の後ろに居た相方の苦しそうな荒い呼吸音に中断させられた。

 

「スーハースーハー」

「大丈夫?」

「ポミグちゃん、いいかほり」

「は?」

 

先ほどの事もあり心配して声を掛けてやったというのに、その相方はポミグのお尻に顔面を埋めて激しく匂いを嗅いでいた。

"二度としない"の発言は何処へいったのやらだ。

こんな奴と双子である事に、生まれて初めて極僅かな嫌気を感じてしまった。

 

「……だめだこいつ」

「早くお持ち帰り」

「どうしよう」

 

足場の悪い狭い穴を引きずって登るのは当然無理として、この狭い穴を爆薬でも使えば大きくすることだけは出来るだろうが洞窟内が崩れてしまう事態も有り得る。

かと言って周りを削って広げていくのは時間がかかり過ぎ。

どうにも困難な状況だった。

 

「まずいな……」

 

ポミグの生命力が常識とは桁外れているのは重々承知だが、それでも不安と焦りは積もる。

 

――ポポン

 

「ぶわっ?!」

 

背負ったまま思考していると、突然背後から小さな音が聞こえた。

ティナは一瞬の出来事に身動きをする間もなく呆然と立ち尽くす。

 

「目になんか入った…いたい」

 

しかしティナの背後からポミグのお尻にセクハラをしていたティアは、その変化を直に受けていた。良い罰である。

 

「こ…こんどはなに!ねぇ!もう色々キレそうなんだけど!!」

「ホ、ホワッ……」

 

ティアが声を震わせながら答える。

 

「だからなに!?」

「ホアアアアアア! 一片の悔いなし ガクッ」

 

油断大敵も過ぎたもの。

大声で叫び右手を天に向けて掲げ鼻血を吹き出して大袈裟にうつ伏せで倒れこんだ。

 

「……おい」

「モゴモゴモゴモ」

「ちゃんと喋ろ、ぶっころがすぞ」

「……」

 

顔面が地に付く体勢のティアは言葉ではなく手話で答え始めた。

 

『ポミグちゃんを見たらわかる』

「こんな時にコイツは……」

 

堪忍袋の尾が限界だがポミグの生命にこれ以上何かあろうモノなら精神的に耐えられなかった。

一欠けらも頼りにならない相方のせいで、わざわざ自分でポミグを下ろし確認を行った。

 

「――これマジ?」

 

体に一見で異常だと分かる程の信じられないものが付いていた。

 

「獣の耳…」

「耳も!?あ、尻尾もあるよ。おー、ふかふか」

「尻尾……み、見せて」

 

真剣な表情で前屈みさせてお尻の辺りを覗き込むと、ムチムチした肉付きのお尻が身に付ける下着からはみ出るふわふわの獣尾が見えた。

 

「……マジだ」

「きもてぃー」

 

ティナからのケモミミ発言に匍匐前進で近寄り尾を堪能し始めるティアもそうだが、女の子のお尻を眺めるティナも傍から見れば双子とも幼い女の子にセクハラをするただの変態忍者であった。

そして残念な事に双子の変態度は加速する。

 

ビリッ

 

「あっ」

「ブッ!ブゲェァッ!! グハッ」

 

口と鼻から血を盛大に噴射して気絶するティア。

 

「大事な装甲が……幼気な女の子の大事な装甲が…」

 

下着が尾で圧迫していたことで破れ弾け、恥部がさらけ出されたのを眺めるティナ。

 

「あー………あー」

 

ゆっくりと立ち上がり、色々な意味で酷い惨状となっている光景にようやく気がついたティナは、暫く放心状態になる。

 

 早く戻らんと… いやでもこのまま戻ったら… やばいね

 なんか涙出てきた。あー…どうしよ…どうしよ…どうし――

 

「――ア!―ティ――ナ!  しっかりしろ!」

 

 思考の海に浸かる最中、突然自分の名を呼び激しく揺さぶられ意識が戻る。

 

「あー…ガガーランだ」

 

 そうだ この頼れる仲間なら何とかしてくれるかもしれない

 なんか穴も大きくなってるし 

 とりあえず 難だったらもう全部ティアのせいにしよう 実際そうだし

 それがいい この子に嫌われたくないし

 ふっ 我ながら良い考え

 というかいつ来た

 

「あれ、どうしようか」

 

ヤケクソな気持ちで指差す。

 

「ティナ……?なにをだ…よ………おい… うそ…だろ……」

 

 ビックリするだろ ドン引きだろ

 これ 全部ティアがやったんだぜ

 さぁ 気づけ

 

「ティア……おまえ…」

 

 いいぞ さすが筋肉

 出来が違う

 何も言わなくても察せられるいい(おんな)

 

「コイツか…。コイツのせいか…」

 

 よし ここまできたらもう大丈夫

 後はラキュースにチクって私が褒められるだけ 完璧だ

 計画どおり

 

「てめぇは、殺してやる」

 

 ん?なんか違う

 

異様な殺意と殺害宣言。

そしてポミグに向けて勢いよく振り下ろされるガガーランの戦槌が見えた。

 

 あ やっぱダメだった

 

ティナは一瞬にしてスキルを発動して戦槌を弾き返した。

 

「なっ…! 何すん「それはこっちのセリフ」……は?」

 

殺されたと思っていたティアの死体から突然声が発せられ、視線を移すせばムクリと起き上がりジト目でガガーランを見つめるいつものティアの姿があった。

顔面は血だらけだが。

 

「ないわー マジないわー。可愛い幼女を殺そうとするとかないわー」

「あ、あ…?どうなってやがんだよ…」

「いいから、ガガーランはその子を抱えて」

「いやでもよ…こいつモンス「「おだまり」」お おう」

「この子は確かに獣人。人間じゃない。でも助けるべき対象」

「わかったらはよして」

「連れて帰んのか?」

「「当たり前」」

 

双子から同時に鋭く睨まれ、渋々従う。

 

「あとで…教える」

 

酷く疲れた様子のティナから何か深い事情を察する。

 

「あいよ」

 

ガガーランはポミグをお姫様抱っこで持ち上げ、広くなった穴を軽々と登っていった。

 

 

「――そうか…殺そうとした俺が言うのもなんだがよ。確かにこの獣人が悪いやつだとは思えなくなったな。人間じゃないとしてもこの傷は気の毒だぜ…」

 

帰路でガガーランには全ての経緯を打ち明けたが、やはりガガーランも同じ心境に至った様だ。謎だらけであろうとこの子が起こした行動は不信感を打ち消す。

これならば仲間のところへ安全に連れて行けるだろう。

 

「うん。鬼ボスにもだけど、まずはイビルアイに早く診せたい」

「早急な治療が必要」

「まっ、これからやる事に関して俺らじゃ専門外だ。あいつらなら何とかしてくれるだろーさね」

 

だがまだ安心は出来ない。

 

「光だ」

「急ごう」

「さぁあと少しだポミグとやら、もうひと踏ん張りだぜ」

 

三人はポミグを連れて、仲間が待つ洞窟の入口へと足速に移動した。

 

 

 

 




最後まで読んで下さった方、または途中でやめた方も、ここまで目を通して頂きましてありがとうございます!

会話パートが多くなりましたが、いかがでしたか?
出来る限り分かりやすいように書いたつもりです。

★次回更新日について重要なお知らせ★

今後上げていく予定だった書き溜めの数十章分の物語の内容に大きな矛盾が出ていることが発覚し、話の辻褄が合うように修正していく為長期のお時間を頂きます。
また、リアル事情の方でも多忙な時期になったりと、重ねて次回更新が年内はおろか、1~2年は出来ません。

ですが失踪だけは致しませんので、ご安心して頂ければ幸いです。
証拠と言ってはなんですが、現在上げている各章の内容を定期的に少しずつ手を加えていきます。
これには、上記に記載しました通り話の辻褄があうようにする為ですね。

長くなりましたが、寛大なお心でお待ちして頂ければ幸いに御座います。
今後とも、どうか宜しくお願い致します!


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第4章:始動

オーバーロード大好きな読者の皆様、大変お久しぶりでございます。
3年越しのしらてぃあまです(遠い目)。

世間では天災やコロナの影響、はたまた別件でも大変苦しい日々を過ごされてきているかと思いますが、皆様は如何お過ごしでしょうか?、
私は今もご存あられる事が幸せだと噛み締めている今日この頃です。

さて、この3年間は前回投稿した後書きに記載した通り、合間を見つけては執筆・修正を繰り返し、ようやく今回投稿するに至る事ができました。
これも全て、応援のメッセージを送って頂けた方や次章投稿を楽しみにしていて下さった方々のおかげです。
本当にありがとうございます!

相も変わらずですが、先に次回投稿日についてお伝えする事が御座います。
書き貯めは十分にあり、それらも修正が追いついてきている事もあるので、次回投稿日は大方1~3ヶ月後、最高でも年明け…くらいになるかと思います。
初めてこちらの作品に目を通して頂いた方も、以前から読んで下さっている方も、これから何卒宜しくお願い致します!


それでは、大変お待たせ致しました。
この章では前回の話の続きからとなっております……が!
会話パートがかなり多めなので、早い展開で読めると思うんですが中身が薄くなったりしてないか心配です……。ご感想など送っていただけると本当に本当に助かります。

で、では!是非お楽しみ下さいませ!



「――おいっ」

「んー……」

 

イビルアイは乙女の夢の世界を堪能している蒼の薔薇のリーダーを揺さぶり起こそうとしていた。

 

「ぁん… やだ…王子様イケメン…ムニャムニャ」

「勘弁してくれ……」

 

だが彼女の眠りは深いようだ。

意味深な寝言を発しながら、衣服が開けるのも構わず大胆に寝返りをうつ。

 

「はぁ~… 休憩しろとは言ったがまさかぐっすり眠るとはな。まぁ……当然か」

 

このアゼルリシア山脈に訪れる前日、ラキュースは一睡もしていなかった。

というのも、ラキュースに例の黒ずくめの二人組についての酷い桃色の妄想話やらを朝まで延々と聞かされていたのだ。

 

「さて」

 

イビルイアは一向に目覚める気配がないラキュースの眼前まで近寄り、

 

「……くくく」

 

不敵な笑みを携えて鼻と口を塞いだ。

陰湿的だがあのノロケ話を無理やり聞かせられるハメになった事への小さな仕返しだった。

 

待つこと数十秒――。

 

「んーーー!」

「ふん。やっとか」

 

夢の世界から抜け出したラキュースは、寝ぼけ眼を擦りつつ辺りに視線を流した。

 

「……寝てたのは謝るけど普通に起こして――」

 

そこには洞窟内の安全確認に入ってくれた無傷の双子忍者と、

 

「「鬼ボス、おはよう」」

「ティア、ティナ!無事だったのね!」

「「当然の結果」」

 

仮面を外したイビルアイが自分を囲う様に位置していた。

 

「あれ……ガガーランは…」

「安心しろ。あそこで見張りをしてくれている」

 

少し離れた洞窟の出入り口付近でガガーランは大きな鞄を漁っていた。

 

「おはようさん」

「みんな……もう気疲れするくらい本当に心配したわよ!」

「寝てただろう」

「う……」

 

ラキュースは言葉とは裏腹に、変わりない様子の双子を見て心底安心していた。

 

「かなり大事は有ったみたいだがな。血だらけになってたこいつらを見たときは力が抜けちまったよ。お、あったあった」

 

ガガーランは鞄から大きな干し肉を取り出し、意味ありげに苦笑いを浮かべていた。

 

「同感だ」

「血だらけって……そ、そうなの?」

「ぃゃん」

「照れる」

「でも今は全然そんな風には見えないんだけど」

 

ラキュースに瞳を細くしてジロジロと見つめられた双子の反応が通常通りな点と、外傷の痕跡も一切ない外観に頭を捻る。

 

「それは私が説明しよう。と、その前に突然だがラキュースに紹介するべき子がいる」

「え、ちょっと待ってどういうこと?仲間が血だらけになってた事よりも前に説明なの?」

「まぁ落ち着いてくれ。解り易い説明には順序がいるものだろう?」

 

大事な仲間が血濡れだった事よりも優先するべきだと言われては途端に不安になる。

改めて辺りを見渡すが仲間の4人以外は他に何も見当たらず、雨が降り注いでいる点以外に変わりはい様子だった。

 

「誰も居ないけど……」

「ん?あぁ、すまない。私の後ろにいる」

 

何故か白々しい態度で大げさに胸を張るイビルアイの背後から、垂れた毛むくじゃらの獣耳が僅かに見えた。

 

「もしかして動物を見つけたの!?」

 

勢いよくバタバタと身を乗り出し、四つん這いでイビルアイに詰め寄る。

 

「ひっ……!」

「あっ、ポミ……!」

 

しかしラキュースが追いかけた獣は、

 

「鬼ボス今日は白パン」

「四つん這い…パンツ…う……頭が…」

「おぉヨシヨシ怖かったな」

 

ガガーランの背後に獣尾の影を残して一瞬で隠れてしまった。

 

「あ、あれ?」

 

ラキュースがここまでの反応をするのは、どこぞのレズビアン忍者と違って特別可笑しな事でもなく、アゼルリシア山脈で一切見る事が出来なかった生命を発見したという事は、例えただの動物であれ重要な情報を握る鍵となる可能性もあるのだ。

 

「なんだその動きは……」

 

眼前で行われた奇天烈な動きに動揺しつつ、ラキュースの肩に手を置いて押し戻す。

 

「も~……なんで勿体振るのよ」

「はぁ…そういうのじゃない。そして頼むから落ち着け。話が進まないだろう」

「鬼ボス、私達の事より優先したい理由はもっと重大」

「覚悟したほうがいい、色んな意味で」

 

イビルアイだけでなく、ティアとティナからも真剣な表情で諭されてしまう。

これ以上の勝手な詮索は大事な仲間達からの信頼関係を壊す事になりかねない雰囲気だった。

 

「ごめんなさい……」

 

愚かな失態を犯した事に頭を下げて、素直に謝罪した。

 

「いやいいさ。とりあえずガガーランの方を見てみろラキュース」

「どういう事かすぐ分かる」

「その後説明する」

「分かったわ」

 

ラキュースは気持ちを引き締めてガガーランの方へ向き直る。

そこには先ほどチラリと見えた獣耳と獣尾の存在は只の動物の姿はなく、ガガーランの膝下に座って和気藹々と会話する、頭上に小さな小人を乗せた獣人の女の子がいた。

 

「それは何のお肉なんですか?凄く美味しそうです……」

「こいつぁモンスターの肉を塩漬けして干したもんだよ。硬ぇしバサバサしてるし臭いが、コレが美味ぇんだ。病み付きになる味ってやつだな。食うか?」

 

2kg程はあるだろうか。ガガーランはかなり大きなその肉を頬張りつつ、獣尾をパタパタと振って物欲しそうにする獣人の子に分け与えてやった。

 

「わぁ~……ありがとうございます!骨付きだなんて…凄く嬉しいです!」

 

心から喜んでいる様子の獣人の子の笑顔に、ガガーランは白金色の美しい長髪に手を置いて実に愉快そうな笑顔を浮かべた。

 

「骨付きを嬉しがるたぁ分かってんな!この骨まで食べるのが最高なんだ」

「はい!それでは、頂きます」

 

片掌を眼前に運び指先を綺麗に伸ばした謎の動作をした後、鋭い八重歯を覗かせながら骨付き肉に勢いよくカブリつく。

お腹を空かせていたのだろうか、数秒足らずであの大きな肉を骨ごとあっという間に完食した。

 

「はっはっは、凄いな」

 

見ていて気持ちのいい食べっぷりに、ついつい手心を加えたくなるのがガガーランの性分だ。

 

「もう1本い――」

 

しかしその気持ちは霧散する。

獣人の子は瞳を閉じ、食す前に行ったのと同じ動作をしながら暫くの間深く頭を下げ続けていた。

 

「……こりゃぁ、なんとも美しいな」

 

その姿はとても儚く神々しさを感じさせ、まるで生命に対して究極の感謝の意思を示しているかの様だった。

 

「ご馳走様でした」

 

行為が終わると同時に、獣人の子はガガーランへ満点の華が咲いたような笑顔を向けた。

 

「……いい子だ。お前さんの家族、母親が見つかるといいな」

 

ガガーランは再び女の子の頭に手を置いて優しく撫でる。

 

「――はいっ」

 

獣人の子はその手に頭を擦りつけ気持ちよさそうにガガーランの懐へ沈むと、

安心したのか、直ぐに小さな寝息をたて始めた。

間髪入れずガガーランはラキュース達へアイコンタクトを飛ばす。

 

「すまないなラキュース。紹介がきちんと出来なかった」

「ううん…私のせいよ、気にしないで。私に教えるのにあんな遠まわしな事をしたのは気を遣ってくれてたんでしょ?ほら…色々と見た目がすごいし……」

「そ、そうだな…タブン。さて、怪我の事も気になるだろうが、まずはあの子…ポーについてだ」

「ポー?ポーちゃんって言うの?」

「少し違う。正確にはポミグ」

「ポーは愛称」

「なるほど」

「イビルアイ、初っ端から説明下手」

「……言ったな?その言葉よーく覚えとけよ主犯者め!」

「え、主犯?」

「アーー!アッアーー!」

 

ギャーギャーと言い争いを始める二人を尻目に、変わりにティナが説明し始めた。

 

「鬼ボス、私が教える」

「え、えぇ。頼むわ」

「まずポーちゃんの右腕が無いのとお腹の黒い霧。あれは黒色のドラゴンと青白いドラゴンの二匹の襲撃に遭ってつけられたと言っていた。青白いのはここらを住処としているフロストドラゴンの仕業だと予想してる。黒い方のはたぶん突然変異種で、こいつが黒い霧を…呪いをかけたんだと思う」

「ぇ――」

 

いきなりドラゴンの名前が出てくるとは思いもせずラキュースは絶句する。

過去に青の薔薇は王国から遠く離れた土地での任務中に突如現れた体長1メートル程の小さなドラゴンに遭遇し、任務同伴していたプラチナ級冒険者数人と協力して数時間に及ぶ激戦を強いられ、辛くも撃退に成功したという経験がある。

 

「嫌な事を思い出しちゃった……」

「うん、皆も鬼ボスみたいな反応だった。私は特にあのゲロ不味いポーションの事を思い出したよ」

「そんな事もあったわね…ティナったらあんな容態なのに吐き捨てるんだもの。あの時は呆れたわ」

 

しかし被害は甚大、青の薔薇に最低最悪の歴史を刻んだ日だ。

巨体でありながら俊敏な飛行も得意とし、強靭な鱗を持っている事が最大の脅威だと思い込み、個体のサイズ感から侮っていたのが仇となった。

協力してくれたプラチナ級冒険者は全滅。最高位のアダマンタイト級冒険者である自分達ですらも半壊させられたのだ。

 

「……私達はあの例の家の住人が居たから助かった。でもポーちゃんは誰の手を借りる事もなく単独で生き延びていた」

 

あれ以来ドラゴンは肉体の大小関係なく国家規模で対処するのが適正なのだと身を持って思い知らされた訳だが、そんなドラゴンを相手にどうやってたった一人で生還する事が出来たのか――。

 

「つまりあの子は……とんでもなく強いのね?」

 

少し考えるだけで分かる。

単純に1人でドラゴンと戦えるだけの力を有しているからだ。

 

「察しがいい。ポーちゃんはああ見えて魔力関連だけならイビルアイよりも遥かに強い…いや天と地の差以上がある。攻撃系の魔法やスキルは一切使えないみたいだけど、鬼ボスより圧倒的に豊富な種類の優れた治癒魔法も行使できる」

「もう既に頭がパンクしそうよ……それじゃまるで十三英雄並みじゃない」

「うーん…残念。全然違う。十三英雄なんか目じゃない……もっとこう、神様みたいな感じ」

「はい?」

「イビルアイがそう言ってた。この世界の歴史史上類のない魔力の持ち主だって」

「………」

「まぁ今でこそ微弱な魔力量だけど、魔力を蓄えられる器の底が全く見えないらしいから間違いないみたい」

 

ラキュースはティナから淡々と発せられる言葉にまたも絶句させらる。最早まだ夢から覚めていないとでも思い込みたくなっていた。

 

「ちょ、ちょっと待って?で、でもよ?そんな超越した力があるならなぜ呪いの一つ治療してないの?とんでもない強さのドラゴンの呪いだとか?」

「したくなかったから」

「……からかってるの?」

「そう思われて当然だとは思うけど違うからね……。んーもうちょっと分かりやすくしよう。例えば、もし鬼ボスがこのアゼルリシア山脈で生死に関わる重症を負ったとする。なお、治療する為の魔力は呪詛の類によって魔力回復が見込めず、低位の治癒魔法が1回分しか発動できない。さぁ、ラキュースならどうする?」

「またかなり回りくどい言い回しをするわね。それにえらく含みのある言い方」

「仕方がない。ポミグという存在は今後の私達の行動指針にも大きく関わってくる問題。あの子の事をより深く理解しておかないと鬼ボスも絶対後悔するハメになる」

「そう……よね。話を聞く限りじゃ神様レベルなんでしょ…」

 

ティナの言う事が本当に事実ならば、青の薔薇の今後にまで影響があると言うのは大いに納得できる。

 

「えーっと…どうするも何も…うーん……私なら、低位の治癒魔法じゃ深手は治せないし、一時的に延命しても魔力の回復が出来ない状態なら呪いの解除も無理、あとは時間の問題ね。誰かが助けに来てくれるという奇跡にでも賭けるしかない……あの子がその状況に陥っていたと?」

「少し正解。」

「そう…どおりで私に治癒魔法を頼まない訳ね。はぁ……あの子がどういう心の持ち主なのかも薄々分かってきたわ」

「おー、さすが鬼ボス。そういう所に気付けるところが好き」

「あ、ありがとう……ゴホン。いやほら、規格外の魔力量であり治癒魔法も豊富に扱えるって事は本来であれば解呪自体は難なく出来て当然なはず。でもしたくないという事は、あの子にとって自分の解呪よりも優先するべき理由があるからなんでしょ?」

「そういうこと。ポーちゃんの頭上に居るティタっていう妖精が居たからだよ」

「というと?」

「あの妖精が存在して居られるのはポーちゃん本人の魔力量に依存する。ポーちゃんはティタの事を友達だと言っていた……だから居なくなってしまうのは嫌だったって」

「……胸の詰まる話ね。でもポミグちゃん今は元気そうに見えるんだけど?」

「それはイビルアイ曰く呪詛の効果というのは大抵何か一点に特化したものらしく、私達が洞窟でポーちゃんにポーションを使った時に効果はあったって教えたら、いきりなり私の静止も聞かないで試しにだって言って普通のポーションを飲ませたらあんな感じに元気になった」

「ポーションは呪いの効果の対象外だったのかしら……まぁ、効いたのなら良かったわ」

「その辺についてはまだよく分かってないけど、鬼ボスはこれまでの話でどう思った?」

「大分ポミグちゃんの事が見えてきたけど、端的に言えば問題だらけ。蒼の薔薇の今後に関わる理由も十分にわかったわ……下手すれば国家間の話になる」

「うん、正解」

 

ティナのお陰で大方の現状を把握できた。

ポミグはこのアゼルリシア山脈で発生している不可解な現象に何らかの容で関わっており、依頼内容の原因調査の対象ともなるポミグを情報源として依頼主である王国の下へ差し出さなければならないが、これがそう簡単な話ではない。

ポミグが普通の人間の幼子であれば、この件に関わっていようと不運にも巻き込まれた人間として王国管理下の元に保護し、情報提供をするだけで済ませられる。

しかしポミグは獣人だ。それも一体で国家規模戦力に匹敵するドラゴン二匹に単騎で相手取る事もできる異業種だ。

例え冒険者が国家に直接関与されない職業であってもそんな獣人を保護したと知られれば、人類の為と称して人間にも人外に対しても過激な行動を取る法国が黙ってはいない。

国家間の戦争に発展しかねない危険な状況だという事だ。

 

「鬼ボス、これからどうするべきだと思う?」

「申し訳ないけど、今すぐには打開策は浮かばないわ…正直まだ理解が追い付いてない部分がいっぱいあるんだもの」

 

決して冒険者が介入出来る事案ではなく、蒼の薔薇としてはとんでもない爆弾を抱えてしまったようなものだった。

 

「分かった。何にせよ私達は鬼ボスの指針に合わせたいし、もう少しポーちゃんについての話を掘り下げていこう」

「まだあるのね……でも大丈夫よ、続けて」

「ありがと」

 

上手く事を進めるには、先ずは仲間達と親友を介して慎重に対処しなければならいだろう。

 

「そろそろ話はついたか?」

「あら」

「おはようございます」

 

気が付けば眠りから覚めたポミグをお姫様抱っこしたガガーランと、

 

「こっちは片付いたぞ。色々な……」

「酷い…アイちゃんが私を無理やり…グスン」

 

言い争いを終えてゲッソリとしたイビルアイと内股で気色悪い動きをしたティアがこちらへ歩み寄っていた。

 

「粗方ね。それにしても偉く懐かれてるわね。ずっと抱えてたの?」

「まぁな。こう懐かれると妙な気分だ」

「ちょっと…変な気起こさないでよ?」

「んな訳あるか。なぁ、ポーよ」

「はい!ガガーランさんは落ち着きます」

「ギャー!私の嫁が寝取られた!筋肉が唆した!」

「ラキュース、ティアはもう手遅れだ。捨てていこう」

「私も賛成。主犯者に慈悲などない」

「そういえばさっきも主犯者どうの言ってたけど、ティアが何かしたの?」

「?!」

「なあラキュース、そんな事よりポーの身の上話を聞いとくれよ。この子がここに来たそもそもの理由ってなんかのは知ってるか?」

 

再び話があらぬ方向に逸れかけたがガガーランが修正する。

 

「いいえ、私も気になってたから聞こうと思ってたし丁度ティナが話そうとしてくれていたところよ」

「そうか。それなら皆も揃っている事だし丁度いい」

 

ガガーランはポミグを抱えたまま、ドカリとあぐらをかいて座り込んだ。

 

「その前に、なぁポーよ……俺らから話しても大丈夫か?自分から何度も話すのも辛いだろ……怪我人だし出来るだけ無理はさせたくねぇんだ」

「暖かい御心遣い…凄く嬉しいです。では、ガガーランさんの御言葉に甘えます…」

「あぁ任せとけ。とにかく今はゆっくりしてな」

「はい…ありがとうございます」

 

そう言うと、ポミグはギュッとガガーランの手を掴んで大きな懐に顔を潜り込ませた。

それが合図かの様に、蒼の薔薇の5人はきちんと向かい合いこれからの話に気を引き締め直した。

 

「……何か深い事情があるのね」

「かなりな…」

「ここから更に情報量が多くなる。頑張って鬼ボス」

 

当初洞窟の入口へと戻った双子とガガーランの3人は、イビルアイにポミグの容態を早急に診てもらう為にも眠るラキュースを放ったらかしにして事を進めていた。

何故ならイビルアイはアンデッドで100年以上の長い年月を過ごしてきており、その期間の大半を魔法開発に費やしている魔法のスペシャリストなのだ。

だから治癒魔法が使えるラキュースよりも魔法に関しては圧倒的に知識量が多いイビルアイに頼った。

イビルアイも初めこそ唐突の事に随分と動揺していたが、双子に血気迫る様な勢いで説き伏され、渋々ながらもしっかりと対応をしてくれた。

おかげでポミグの容態はかなり回復し、少し落ち着いたところで改めて事の経緯の説明とポミグ本人からの事情聴取を行った。

その結果ポミグがここに至った理由とポミグに纏わる大まかな情報を掴めていた。

 

「ポーはな、死んだはずの母親を探してるんだ」

「なんですって?」

「でも母親の気配を感じて、このアルゼリシア山脈に来ていたんだって」

「そこでドラゴンの襲撃に遭いこの洞窟に潜んでいた。ということだね」

「なるほど……それなら確かに納得のいく理由だわ。けれどその…不躾な質問だけど、亡くなったはずのお母さんの気配を感じたというのはどういう事なのかしら。気に掛かるわ」

「それらについてはラキュース、あまり悠長にしていたくないから私から早急に内容を纏めて話したい」

「分かったわ。いよいよ話の核心部分ね?」

「あぁ、ティナがある程度は教えてくれただろうがその今までの話が霞むくらいの衝撃を受けるぞ。私も最初この内容を聞き知った時は怖くなったくらいだからな、心して聞いて欲しい」

「そんなになの……それを聞いて既に怖いんだけど」

「なーに、聞いた後は全てに納得がいって落ち着けるさ」

 

アンデッドのイビルアイはある種、蒼の薔薇のメンバー内でも一番人生経験が豊富だ。

ラキュースが生まれるよりもずっと前に存在していた英雄譚として語り継がれているこの世界のかつての英雄、十三英雄と一緒に冒険をしていた過去もある程だ。

当然彼らと共に冒険をした仲ともなれば、数多くの苦難や苦境も体験している。

ティナから聞いた話でさえ事の重大性に驚愕していたばかりというのに、更にそんなイビルアイが恐怖を覚える程ともなれば只事ではないのだろう。

 

「いいわ…望むところよ。どんと来なさい」

 

ラキュースは覚悟を決め、強い緊張感とともに生きる伝説とも言えるイビルアイの言葉に耳を傾けた。

 

「よし、なら先ず…ポーはアインズ・ウール・ゴウンという大国出身だ。しかもその国の姫君でもある。つまりポーの母親は王女だ。ここまではどういう事か理解できるか?」

「なん……とか…ね。ようするにポーちゃんが獣人の姫様という事は、そのアインズ・ウール・ゴウンという大国の者達は皆獣人か…異業種から成る国。更にはポーちゃんがその幼さであれだけの力――神様級レベルともなれば必然と母親の力はもっと……眩暈がしてきた…」

「さすがだな…私はもっと狼狽えたぞ。とまぁそれはいいとしてその解釈で正解だ。次にポーが身に着けている指輪を見れば――いや、後でいいが私の見立てでは最低でもそれ1個で国同士で戦争が始まっても何らおかしくない、というか絶対そうなる」

「そこまで言われると……反って見る気が失せるわ…。でもアインズ・ウール・ゴウンの国家規模が如何ほどなものなのかも分かるわね」

「惜しいな。"最低でも"と言っただろう、ハッキリ言って国家規模の枠組みじゃ収まらない。誇張でも何でもなく世界戦争が起きてもおかしくないんだ」

「なによ………それ……」

「何せポーから聞いた話だと、自分が把握しているだけでも指輪には超位魔法が少なくとも2種類は込められているらしいからな。魔力さえ蓄えれば永久に使える生命蘇生とか生命創造とかそんなんだ……しかもその指輪はポーの母親が作ったものだとさ」

「……もうそんなんじゃまるっきり神様ね。話の内容は理解できるけど次元が違いすぎて理解できない……あ、あれ?なんか頭おかしくなってきた…」

「そんなところに申し訳ないがその通りだ」

「――へッ?磯の香り?」

「何を言ってるんだ…。ポーの母親は始原の祖竜という竜神だそうだ。色々踏まえて考えれば、名の通り全ての竜族の頂点にたつ様なヤバい存在だと思って間違いないだろうが、なら王や王子は?その側近達は?…私が恐ろしくなったっていう理由が分かるだろ?」

「…………ハハ…アハハハハハ……ハハ」

 

大事な話だし皆の為にも と何度も崩壊しかける理性を何とか堪えていたラキュースだったが、イビルアイの容赦のない返答に完全に自我の糸を切断されてしまうのであった。

無理もない事である。

 

「鬼ボスもやっぱり壊れた。まぁ誰だってそうなって当たり前」

「アイちゃん容赦ない」

「予想はしてたが、こうなると結局時間が掛かってるんだよなぁ…」

「ん…すまん。やっぱりちょっと流れが速かったな?とりあえず叩き起こすか」

 

人智を超えた力をもつポミグという姫とその母親である竜神の王女と関わりを持ってしまった蒼の薔薇。

いくら自分達が最高峰の強さのアダマンタイト級冒険者で様々な強力なモンスターの討伐を行ってきた猛者でも限度がある。

ましてや異業種の国家と言えども、一つの国が相手というのも問題だ。

更には国として真っ当に成り立っている事が、ポミグの非常に教養高い話し方や素行や身なりなどから伺えるのも厄介である。

財力・武力・知力の何もかもが人間の国家を遥かに超越している尋常ではない規模の異業種の大国、アインズ・ウール・ゴウンという聞いた事もない未知なる国。

普通に考えれば、この件は冒険者という身分どころか人間が扱える枠を完全に超えてしまっている。

しかし蒼の薔薇は普通では考えられないような行動を平気でする。

伊達に変人の集まる集団でアダマンタイト級冒険者として生きてきていないのだ。

それこそ、アインズ・ウール・ゴウンという変人の集まるギルドの様に。

 

「おいラキュース、二度も眠り耽るつもりか。さっさと現実に戻ってこい」

「――イダッ――ちょ、おきt……やめっ――ぶゅっ…」

 

再び容赦のないイビルアイの攻撃がベチベチとラキュースの頬を引っ叩く。

 

「おーい起きろーラキュースちゃん起きろー」

「ちょ―…おき、起きてるってばやめて!!」

「ならさっさとこの後の事をどうするか決めてくれ」

「言われなくてもそれについてはもう決まってるわよバカ」

「ハイハイ。それで、どういう方針か教えて貰おうか。さぞ私達が納得の行く内容なんだろうな」

「当然よ。という事でポーちゃん!ちょっといいかしら?」

 

そう言ってラキュースは意気揚々とポミグのもとへ駆け寄ったのだが、

 

「……はい、何でしょうか」

「あら?ちょっとポーちゃんったら…」

 

獣耳は萎れ、獣尾はダラリと垂れ下がり随分と元気のない様子だった。

 

「そんな辛そうな顔して…」

「どこかまた傷が痛みだしたのか?」

「いえ……」

「俺らが話始めて途中くらいからずっとこうなんだよ」

「どうしたのかしら……」

「あー…賢いポーちゃんの事だから、きっと変な事考えてる」

「私達の置かれてる状況がアレだからね。たぶん命を狙われるんじゃないか、とか?」

「えぇ…まさか本当にそんな事を考えてるの?ポーちゃん」

「はい……その通りです。でも本当にそうなってしまうのなら、私はこの場で命を絶ちますから……ご安心して下さい。そうすれば何も被害は出ませんよね?」

 

ポミグから発せられた信じられない言葉に、蒼の薔薇は沈黙を続けた。

 

「…………」

 

ポミグは基本的に人間という存在は傲慢で浅薄な欲望に満ちた危険な生物だが、至高の御方々の様な崇高な志と優しさや愛を持った者も居り、そして己を救ってくれる善なる者を決して傷つけるような事があってはならないと教えられていた。

自分を創造してくれた愛する母の為にも、ナザリック地下大墳墓に住まう者として言い教えを破る事があってはならないのだ――。

 

「そんな簡単気に言ってさ、ポーちゃん…あなたさっきから自分がどんな表情してるか分かってる?」

「…ぇ……私……の?」

 

そうあってはならない――はずだ。

 

「そうよ。ほら手を出して、自分の顔に当てて聞いてみなさい」

「………なみ…泣いて…?」

「こっちへいらっしゃいポーちゃん、抱っこしちゃう」

「あ……ぇ はい…」

「ねぇ、お母さんの事は好き?」

「だいすき……です。とっても、とっても…」

「どんなところが好き?」

「……優しく、撫でてくれるところ…です。おか…お母様は い、いつも話かけて……くれ…て……」

「会いたい?」

「あ……ぁ 会いたい………です。会い たい…お母様に…お母様に会いたい……!」

「じゃあ、死ぬなんて言ったら…ダメでしょ。お母さんを探して、それで…沢山撫でてもらって、沢山お話しするのよ」

「で で……もぉっ…!そうしないと……貴方様方が!」

「もう、まだそんな事言って…お母さんがその言葉を聞いたら悲しんじゃうわよ?賢いポーちゃんなら分かるわよね」

「…………お母様も…私の事が大好き……だから?」

「本当に賢い子ね…。それで、お互い大好きなのにあなただけ死のうとしてたら変でしょ?だいたいポーちゃんが私達を気にしてる事なんて正直私達からしたら だから何だ上等よ、かかってきなさい だわ」

「………」

 

そのはず――なのに。

 

「ラキュースの言う通りだぜポーよ、最初から俺らはそんなんだ。色々と難しい事もあるがよ、母親に会わせてやんのがとりあえずの目標だよな。それまで一緒に居ればどうにかなんだろ。こちとら色々経験積んでんだ、任しとけぇ」

 

ガガーランはさも当然の事であるかのように、平然とその危険性を理解した上で自分たちで保護をすると言い放った。

 

「そうだな。幸い我が妹は普通の子に見えるよう獣耳や獣尾をスキルで隠蔽ができるようだ。これなら連れ添っても見た目の問題はない。そして私と同等の力…難度を有しているが加減すれば能力面もぶっちゃけ余裕で隠せる。一緒に旅をするのにも決して差し支えならない」

「確実にかなりの戦力になる。てか我が妹って何」

 

再びイビルアイは胸を張って、誇らしげに答えた。

 

「吟遊詩人としても補助に特化した能力は助かるぜ。今まで以上にすげぇ事ができそうだ」

「それにイビルアイが居ないと呪いの件が心配。あとポーちゃんは私の嫁」

「それもあるが、一番は我が妹を放っておくとか考えられないからな」

「ねえ、我が妹って何。イビルアイは言いたいだけでしょそれ」

「ほらね。私達はあなたのお母さんが見つかるまでここに居る蒼の薔薇だけの秘密にしておけば良いのよ。つまり細かいことは見つかってから色々考えればいいわ。ともあれメンバーが急に増える事になるから、ラナーに…私の親友に相談した上で堂々と活動出来るようにして貰うけど。もちろん、冒険者としての仕事も一緒にして欲しいっていうのはポーちゃんがそれでも良いのなら、だけどね」

「皆様はどこまで…どうしてそんなに。人外である私を……」

「至極簡単な事よ。種族どうのこうのは関係ないわ。"ポーちゃんが困っている、だから助けるの"」

 

……何故見ず知らずの異業種である自分の命を救い、心優しい言葉を投げかけながら度々慈愛に溢れた懐へと抱きしめ、更には誰かの命を救う事に己の命を掛ける事すら厭わないのか――やっと理解する事ができた。

 

かつて自分に教えてくれた至高の御方の一人、

たっち・みー様が常日頃から掲げていた崇高な大義の言。

 

誰かが困っていたら、助けるのは当たり前

 

母が教えてくれた至高の御方々と同じ様な崇高なる志と優しい愛を持つ善なる者達だからだ。

 

――死にたくない また会いたい

 

だから蒼の薔薇は、

心の奥底に秘めてずっと堪えていたこの想いを諭し出し、助けてくれた。

 

「こーれーでーもー!まーだ駄々を言うようなら私がポーちゃんをイタズラしちゃうわよ?ふふっ」

 

ラキュースの暖かい懐に抱かれたまま、体を震わせて胸に高鳴る熱い気持ちを必死に押さえていた。

 

「これもなんかの縁ってやつさね。その幼さでそんだけ強ぇんだ、母親がどんだけつえぇのかも興味が沸いててむしろこっちから会いてぇよ」

 

未知の強大な存在に対して挑むように勇猛な顔つきになる。

 

「ガガ…筋肉はまたそれか、忙しいやつだなお前は。まぁ私的には大事な我が妹は放っておけるわけがない」

 

それに対して呆れた表情ながらも、嬉しそうなイビルアイ。

 

「ねえ、さっきからイビルアイの妹アピールがしつこいんだけど。私の愛人なのに、ね!ポーちゃん」

「むしむし。ポーちゃんは誰にも渡さない、ね!ポーちゃん」

 

グッドサインで応じる双子。

 

「こういう事よ。皆あなたが大事なのよ。ほら、だから一緒に行かない?」

「はい…!はい…!行きます、一緒に…どこまでも行きます!」

 

そしてポミグは震え掠れる声で叫ぶようにして答えた。

 

「頼りにしてんぞ、ちっこいの2号!」

「宜しくな、我が妹」

「また歌聞かせて」

「喘ぎ声混じりで」

「ありがとうございます…ありがとうござ…うぇ…ございます!」

「うん、こちらこそありがとう。これから宜しくね ポーちゃん」

 

ラキュースはそう言うと、再び優しく包み込んだ。

 

「う…うああぁぁ……ぅ!」

 

ポミグは縋り付くようにで思いきり泣いた。

必ずこの大事な仲間を守り抜くと誓って。

 

「いい子いい子…ふふ、よしよし」

「ウチのオチビさん2号も泣き虫なんだな、ガッハッハ!マジで姉妹か?」

「黙れ筋肉塊(にくだるま)。だが姉妹だと認めた事は褒めてやる」

「ふーん。でもお姉さんは身長も無ければ乳もない」

「妹より劣る姉。プププー」

「う…うあああぁぁぁぁん!!ラキュースゥゥゥ!」

 

辛辣すぎる言葉にポミグと同じようにしてラキュースに飛びつくイビルアイだった。

 

「ちょ、ちょっと重いぃ!」

 

小さい二人分の重量ではあるが、勢いよく飛びつかれてバランスを保てず人垣が崩れ落ちる。

 

「ティア、今なら合法」

「ナイスティナ。イッてくる」

 

更に双子が加わり、途端に秘密の花園が出来上がる。

 

「あーあー、とりあえずこの山を一旦降りようぜ。それからイチャついてくれ。程々にな」

 

ガガーランはさっさと支度を済ませていた。

 

 

 

 

――アゼルリシア山脈を降りた数日後、ポミグは獣人の正体を隠しグミと名を改め王国の王女ラナーの計らいの元に蒼の薔薇のアダマンタイト級冒険者メンバーとして正式に加入した。

アゼルリシア山脈の調査の件に関しては長期観察区域と指定され、当分の間は保留要件とされたが咎める者は少なかった。

 

その理由の一つとして強いていうなれば、ひとえにグミ自身の性格の良さだといえる。

自分より階級の低い冒険者や民衆に対しても非常に礼儀正しく笑顔を絶やさない。

困っている人が居れば優しい言葉と暖かい手が無償で差し伸べられ、丁寧に救いあげていくのだ。

 

 

 

しかしこのグミの行動は、日増しに汚れた人間の心を一層歪ませてもいた。

 

太陽が照らされている時、月は顔を出さない。

月が顔を出す時、太陽は―――。

 

 

 

 




書いていて思ったのですが、個人的に双子忍者のやり取りって書き易い……。
イジりやすいし、会話テンポも繋ぎやすいので助かってます。

★アイちゃん事イビルアイとポミグについての補足★
アイちゃんがポミグの事を我が妹呼びしてたのは、妖精のティタを復活させる為の魔力が足りず悲しんでいたポミグに魔力を注いであげた事が切っ掛けです。
大喜びしたポミグが感極まって「お姉さんありがとう!」なんて言っちゃったからその気になっちゃった……的な感じです。
アイちゃん可愛い。……よね?


そして次章は皆大好きナザリックサイドの内容となります。
しかもデミえも…デミウルゴスさん。
気長にお待ち下さいませ!


ポロリもあるよ。


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