IS:ボンド (田中ジョージア州)
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日常風景

インフィニットストラトスの主人公織村一夏視点で始まります。
一部キャラ改変が含まれます。


「ーであるからして………」

3限目の授業。

入学から数日でやや慣れた授業進行。

空調の効いた涼しい教室。

(あぁ〜眠い。)

もう眠い。凄く眠い。ものっそい眠い。

 

織斑一夏 眠いです

 

最初は見開いていた瞼は重くなり視界もぼやけてきた。

聞き漏らすまいと立てていた耳も、今では入ってくる情報は右から左へと受け流している。

右手は既に脱力し、握りしめていたシャーペンは既にノートに転がっている。

せめて頭は上げておこうと左手を添えた事を今では後悔している 。

完全に寝る姿勢だわこれ スッゲエ寝やすいもん

頭は上がってるお陰で教師には俺の学徒として不適合な状態は知られていないが、どの道時間の問題だろう。

(ああ〜千冬姉からは今日は絶対寝るなって言われたんだけど……Zzz

 

 

 

はっ‼︎

いかん‼︎つい船を漕ぎ始めていた。

危ない危ない、さもなければ即あの第六天魔王の如き暴君から比叡山や長島もかくやというような目も当てられない罰が与えらr

「誰が戦国武将か、うつけ者が。」

 

()()()()()()()

 

「うげぇぇ⁉︎」

天地逆転 青天の霹靂 思わず跳び起き立ち上がる。

そのせいで教室中から視線を集めるハメになったがそんな事は些細なこと。

俺の意識の全ては目の前の教員に向けられているのだから。

「ち、千冬姉…」

 

スパーン!!

 

「懲りんなお前は、織村先生だ。」

「織斑先生、これは…違うんです‼︎ちょっと旅立ちそうになっただけで、すぐ下車しましたから‼︎」

「?なんの話だ。」

「ふぇ?」

「私は何か不適切な表現をされている気がしたので教師として修正したまでだが。」

「………」

どうやら眠りこけていた事はバレていないようだが、正直それが教師として正しい姿かどうかは甚だ疑問であります先生。

しかし口に出すと怖いので言葉にはしない。

「いつまでつっ立っている、さっさと座れ。」

織斑先生の言葉で俺は矢継ぎ早に席に着いた。

それでまた注目を集めたがそんな事は些細なこと。

今の俺はまさに桃源郷もかくやの幸せを感じているのだから、口角も自然と上がっていく。

「…気味が悪いやつだな。

さて、何処まで話したか……授業に戻る‼︎」

結局その日は全く授業の内容は入ってこなかった。

 

「さ〜て昼メシなんにしようか箒?」

「いや献立は良いのだが、お前大丈夫か?」

ん?なにがだ。

「いや…やっぱり良い。」

そう呟くと幼馴染の箒はさっさとトレイを取りに行ってしまった。

余程空腹に耐えかねていたんだろう、俺もそうだし。

「織斑君そんな所にいると他の人の邪魔だよ?」

おっと、どうやら少し考え過ぎていたようだ。

昼時の食堂は恐らく学園で最も人が多く集まる場所だ、そんな所でいつまでも佇んでいると確かに迷惑だ。

「ああごめん高町さん直ぐ退くよ。」

栗色の髪をサイドテールにした女性。

最近親しくなった4組の高町なのはさんに道を譲る。

高町さんはクラス対抗戦で何かとお世話になった人だ。

当時訓練に追われていた俺を見かね、敵クラスの代表のはずである俺の訓練に付き合ってくれた。

「ありがとう。 行こ、簪ちゃん 本音ちゃん。」

高町さんの付き添いの4組クラス代表の更識簪さん、1組の『のほほんさん』こと布仏本音さんが其々続く。

「さて、俺もメシにするか。」

気を取り直しトレイを取りに行くとこれ又最近知り合った面子が目に入った。

「ふー、ふー、」

「あのさぁ巧クン…なんでアンタ猫舌の癖にラーメンなんて頼むのよ。

ふーふー鬱陶しいんだけど?」

「うっせえ。なに食おうが俺の勝手だ。」

同じ席に向かい合う形で同じ料理を食べているふた組の男女。

文句を言っている小柄でツインテールの少女は俺の中学の頃の友人である中国出身の凰鈴音だ。

鈴に憎まれ口を叩くのは茶髪がかった髪を肩口まで伸ばし、仏頂面をたたえた男…そう男だ。

つい数日前に隣の2組に転入して来たこの世に二人しかいないISの男性適合者。

乾巧

当時は相当な震撼だったが、尖った刃物の様な彼の性格のお陰もあり数日で沈静化した。

今では2組では鈴くらいしか関わらず、1組の子が1人仲が良いだけだ。

「失礼。ちょっと宜しいかしら?」

「あ、すいません。」

いかん、また立ち止まっていた。

直ぐさま道を開けてその女生徒に譲る。

(あっ噂をすれば。)

絹のような綺麗な金髪。

彫りの深い端正な顔立ち、透き通るような青い瞳。

ロングスカート状に改造した制服。

イギリス代表候補生であり今言った乾巧と唯一親しくしている1組の人間。

セシリア・オルコットである。

オルコットさんが2人に近づくと先程まで憎まれ口を叩き合っていた2人が見るからに和らいだ表情に変わる。

遠目から見ても目立つ美人だ、同じ席にいればどれだけ華やかだろう。

高町さんが優等生としてみんなを纏めるのならば、オルコットさんはその場に居るだけで場の空気を高揚させる。

「いつ見ても凄いなあそこは……」

改めて感心する。

「一夏‼︎いつまで待たせる気だ‼︎」

「あっやべ、悪い箒。今行く。」

俺は今度こそ昼食を食べた。

 

 

 




初めまして田中ジョージア州です。
ハーメルン初投稿でクロスオーバー物という分不相応全開のうつけ者です。
趣味垂れ流しで爆走しますので、どうぞ生暖かい目で応援して下さい

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前準備
原作開始前 1 織斑千冬の遭遇


よく続き読もうなんて思ったね?田中ジョージア州です。
今回は千冬さんの話となります。また一夏以外の描写には三人視点を用いることにしました。
改変を多用する作品なのでできる限り原作に似せたいと思います。


ーーお前の家族は私だけだ。

 

 

いつの頃だったか、弟に対してそんなことを言った。

そう言いたかったのではない、そうとしか分からなかっただけだ。

物心ついた時には親は居なかった。そう弟は認識している。

だから姉に尋ねた。

姉なら知っている、姉ならば顔が分かる、姉ならば彼等の事を解っている。

不安と期待の入り混じった表情で自身を見上げる弟に対し、千冬は全く予想外の思いを抱いていた。

 

(私も知りたい)

 

姉は両親の事を微塵も知らなかった。

覚えはある、共に遊んだこと、家事を手伝ったこと。

褒められたことも叱られたことも確かにあった。

だが思い出せない。

同時期の他の記憶、友達との楽しい思い出は今も摩耗しながらも残っている。

なのに家族との思い出は弟以外は全てカケラも引っかからない。

 

「家族とは一番大切なものだ。」

 

彼女自身確信していること、弟の一夏は自分が愛情を注ぐ唯一の存在だ。

彼についての記憶は最も強く精彩なものだ。

記憶とは大切なものから記憶していく、なのに大切なはずの家族である両親の記憶はない。

彼女の精神はその疑問を追求するよりも解決することを選んだ。

 

 

思い出せないということはそれは大切ではないという事、彼等は家族ではないからだ。

 

そうして織斑千冬は両親についての思考を一切切り捨てた。

彼女にとっての家族は織村一夏 唯1人なのだ。

 

 

 

腕時計はちょうど10時を示したところ

 

「………」

 

懐かしい、煩わしい。

相反せずとも混じり合いにくい思いを抱きながら、織斑千冬は久しぶりの家族が待つ自宅への道に着いていた。

受験シーズンも近くなり会場の手配や問題の作成などに追われながら普通なら帰れるわけが無いのだが、気の利く同僚に試験官の肩代わりを受け、時間が空いたのだ。

心の中で同僚の、この春副担任として自分とクラスを受け持つ彼女に対して礼を告げ脚を速める。

弟はどんな反応をするだろう。

日の高い内に帰ったことなどいつぶりだろう、きっと驚く。

久しぶりにあいつの料理に舌鼓をうって、常に貯蔵してくれている酒を昼間からかっ喰らい、小言を言ってくる弟をからかう。

うん良い。

楽しそうだ。

きっと強い思い出になる。

千冬はこれからの一家団欒の光景を思い浮かべ、軽く笑みを浮かべる。

彼女の人となりを正しく理解していなければ見逃してしまうほどの小さな違いだったが。

 

「うん?」

 

ふと、高揚していて見逃すところだったが職業柄目に入ってきた。

自分の進行方向の先に佇むコンビニ。

平日の駐車場には地理的な影響もありガランとしており、他ではよく見かける屯する若者も見えない。

 

1人を除いて。

 

男はポツンと佇んでいた。

特に気を引く服装でも無い、容姿も絶世だの讃えられるほどのものでも無し。

なのになぜこんなに違和感を覚えるのだろう。

千冬は帰りのことなぞ忘れその男に視線をやった。

茶の長髪、目つきは鋭く…見ればまだ若い。

十代後半程、高校に通っていてもおかしく無い年の頃。

これはいかん。そう思った千冬はその少年に近づく。

本当はもっと別の要因があったのだが今の彼女は義務感に溢れておりついぞ気付かなかった。

 

「きみ、」

 

声をかけると弾かれたように此方に向く少年。

 

……目つき悪いなこいつ

 

「少しいいかな。

きみ年は?学校はどうしたんだ?ここで何をしている。」

 

「あ?…あぁ……ん?」

 

少年は質問には一切答えず代わりに、しきりに疑問形を漏らすのみだった。

若干癪に感じながらも辛抱して続ける。

 

「名前を聞いてもいいか?」

 

いきなり踏み込んだ質問だと思うが、どうやら状況理解が追いついていないらしい少年には丁度良いかもしれない。

 

「乾巧」

 

思いの外アッサリと答えてくれたことに拍子抜けしながらも状況は進展した。

 

「乾君だな。

私は織斑だ。教師をやっている。」

 

軽い自己紹介に乾は小さく頭を頷かせる。

わりと礼儀正しいところがあるもんだ、そんな事を思いながらも千冬は乾と話を進めた。

 

「学校へは行ってないだと?」

 

「はい、そもそも通ってません。

中学卒業が最後っす。」

 

どうやらこの少年、高校へはそもそもにして入学すらしていないらしい。

乾によるとこれまではアルバイトで食いつないでいたらしい。

 

「何というか…親御さんはどうしている?」

 

「死にました。」

 

更なる衝撃。

家出少年だと思っていたが、彼の親は2人とも既にこの世を去っているようだ。

 

(同じか、私たちと。)

 

妙な親しみを覚えながらも余り誉められるような共通点でも無いため軽く流す。

 

「火事が原因で、高校へは資金面で問題あったんで辞めたんす。」

 

「バイトして野宿して、んで暇なんで色々旅してて。」

 

そう言うと乾は後ろを指す。

コンビニの角の部分にオフロードタイプのバイクが止められていた。

なるほど位置的に見えなかったが、彼は屯していた訳ではなく立派な客だったようだ。

 

「そうか、偉いな。」

 

純粋にそう思う。

「呼び止めて済まなかったな、少ないがお詫びだ。」

 

そう言うとポケットから財布を取り出し5000円ほど手渡す。

それと同じくメモとペンを取り出し走らせる。

 

「それから私の連絡先と勤め先だ。

なにか合ったら頼りなさい。」

 

乾は相変わらず仏頂面のまま小さく頭を頷かせている。

愛嬌のない奴だと苦笑しつつも彼の肩をばんばんと叩く。

 

「頑張れよ。」

 

激励。

こんな事しか出来ないが、せめてやらなければ済まない。

頷く乾に微笑みかけながらその場を後にしようとし………

 

 

自動ドアの開閉音。

振り向くとコンビニの中からスーツ姿の男性が見えた。

どうやら乾以外の客らしい。

割と繁盛してるんだなと思うと ふと、

様子が変だ。

男性は何故か自動ドアの前から動こうとしない。じっと佇んだまま此方を見つめている。

変だ。見れば見る程男性の相貌は余りにも生気に欠けすぎていた。

まるで動く死体。

そこまで考えて千冬は更なる異変に気付く。

コンビニが営業中だという事は当然店員などどうしても人の気配がする筈なのだ。

だというのに店内は明かりが全て消えており、営業している様子にはみえない。

そして男性が佇んでいるお陰で開きっ放しの自動ドア。その向こうのレジ。

 

店員がいない

 

 

「巧くん、少し下がっていろ。」

 

何か言おうとする巧を無視し、無理やり自分の後ろへ下がらせる。

男性が遂に歩き出した。

 

「! 退がれ‼︎」

 

危険だ。

巧に激を飛ばし自分も下がろうとしたところで。

男性が変わった。

 

 

「な、に、?」

 

異様な光景だった。

男性だったものがそこに立っている。

背丈は2メートル以上。

体色は灰色でほかの色は無し。

人型で頭からは角を生やしていた。

 

「鬼?」

 

鬼が動く。

ゴウッと音が聞こえそうな急加速。

棒立ちの状態から予備動作も一切無しの文字通り瞬間移動のような猛ダッシュ。

かつて世界の舞台でISの瞬時加速(イグニッションブースト)を用いた奇襲や突撃を肌で体感して来た千冬ですらそれだけで精一杯だった。

 

「逃げろ‼︎」

 

自分の後ろの少年の肩か胸を渾身の力で突き飛ばした。

次の瞬間千冬の身体は宙に浮いた。

 

「がああぁぁぁ⁉︎ぐ、かはぁ‼︎」

 

ピンで貼られた蝶。

鬼の巨大な手で肩口ごと首を鷲掴みにされた千冬は経験したことの無い苦痛を味わった。

窒息ー

そんなこと等生易しい。

鬼は驚異的な膂力で千冬の首を肩の骨ごと砕く勢いで締め上げた。

反撃など考える暇もない。

眼は絞られ、なんとか引き剥がそうと両手をかけるも巨岩の如き腕は小揺るぎともしない。

 

「あ、がっ……‼︎」

 

メキメキ………

 

薄れる意識の中自分の骨が軋む音が聴こえてくる。

ーあぁ死ぬのかー

やたらと冷静になった頭でそれを受け入れた千冬は少しだけ瞼を開いた。

何時もよりだいぶ高い目線からの景色は意外と悪く無かった。

 

(今年から担任教師……割と楽しみにしてたんだがな………山田先生済まない、折角気を利かせてくれたのにな……巧くん……彼はしっかり逃げただろうか?

彼はちゃんと生きねばならない。)

 

首から下が途端に冷えてくる。

腕がダラリと落ちる。

 

「い………ち…夏」

 

死の間際だからだろうか、

 

 

Complete(完成)

 

 

何時もより鮮明に聴こえ

 

(赤……いや、紅か)

 

何時もより美麗に、映えて見えた。

 

浮遊感の内千冬の身体は投げ出された。

 

「がッ‼︎……っ……はぁ‼︎がはっごほっ……」

 

急な解放に混乱しつつも、未だ激痛走る喉と肩を抑え新鮮な空気を貪る。

なにが起きた?

酸素を途絶されたことで未だ回らぬ頭を巡らせ鬼を睨む。

紅が居た。

角があるという点では鬼と同じだが、鬼と違いその質感は人目で人工物である事が解った。

紅の戦士は無手で鬼と睨み合っていた。ついで、

鬼が燃えた。

地味な体色とは対照的に艶やかな青い炎を上げ、次の瞬間にはあの屈強な巨体が嘘のように崩れ落ちた。

比喩ではなく本当に灰のように、ぱらぱらと宙に舞いながら。

死んだ。

 

「はあ、はあ。」

 

ようやく落ち着いてきた千冬に戦士は、目も向けようともせずに自身のベルトからデバイスを取り外し何か操作をする。

再び眩ゆいばかりの紅が戦士を包み込んだ。

それは一瞬のことで直ぐさま光は収まり人影が見え……

 

「巧くん⁉︎」

 

戦士の居た場所には代わりに自分が先程逃がそうとした少年が立って居た。

 

「………」

 

千冬の驚愕にも乾巧は相変わらず必要以上反応しなかった。




第2話は千冬さんとたっくんの出会いのシーンです。
自分ではたっぷり5,000字以上書いたつもりなんですが、まだ3600字しか使ってないことに驚愕。
スマホで打ってるんですが、イマイチもたもたしてしまう……

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原作開始前 2 ねぇこーじぃ〜たっ、たぁくうん♪(美声)

たっくん目線での千冬さんとの邂逅
タイトルはアレです。



あの〜アレです、ほらアレのこと。
アソコのような感じでありつつ、でもソレコレに染まらないココみたいな強固で確かなモノを持ったもの…………


持てない。

成りたいものが

手に入れたいものが

したい事も

やってやりたい事も

目的、意義、高揚、夢。

 

乾巧にとって一切が他人事であり遠い存在である。

幼き巧が最初にその事に気付いたのは些細な事、クリスマスの事だ。

4歳頃のこと、大人しく手のかからない子供であった乾巧に両親は大きなプレゼントを用意して上げた。

人気マスコットの巨大なヌイグルミ。

自分の身の丈程の人気キャラクターを見たとき巧は大変驚いた。

両親はそれを見て目を合わせて微笑んだが巧が驚きを感じたのは、両親の粋なサプライズに心打たれた訳でも、大好きなキャラクターに興奮したからでもない。

疑問。

 

『なぜ自分はプレゼントなど貰うのだろう』

 

プレゼントの意味は知っている。

クリスマスプレゼントという習わしも幼心に認知していた。

しかし、結びつかない。

それと自分がプレゼントを貰うことの関連を巧は付けることができなかった。

それが親の愛情だということも本能的に感じいっていた。

 

 

喜べない。

 

欲しくない。

嬉しくない。

必要ない。

乾巧は産まれながら、なにも求めなかった。

 

月日は流れ巧はついに求めることを見つけた。

夢を見つけた。

その夢は彼の歳で語るには少々照れ臭い内容だったが、巧はその夢を誇りに思っていた。

夢の達成は険しい。

しかし巧には長い旅生活の中で出会った大切とも言える間柄達がいた。

巧は夢への邁進を続けた。

 

邁進の中、巧は身体を酷使した。

残りの人生の全てをその夢につぎ込んだ。

身体は日々重くなり倦怠感と怠惰感が自身を取り巻くようになっても、巧は構わなかった。

長生きしようとは思わなかったし出来るとも思わなかった。

巧は夢の実現に只々勤めた。

 

 

 

 

 

気づけば別世界

 

「んだよここ。」

 

そう毒づく巧は取り敢えず辺りを見渡す。

どうやらそれなりに都会のようだ。

 

「下町ってところか…」

 

所々に点在する看板や広告からして日本で間違いないらしい。

しかし、そのどれもが巧には違和感に感じた。

合わない

目に入る情景の全てに言いようのない嫌悪感を感じる。

どれだけ高画質な映像でも本物ではないように、この光景のなに1つ現実味を感じられない。

もしかしたら合っていないのは自分かもしれない。

そう思わせるほど、巧は驚くほどここに合っていなかった。

解らない。

解らないのだが、「変な場所だな。」

それだけは解った。

巧は一旦嫌悪感を心の奥にしまって附近を探索し始める。

ちょうど近くにコンビニを発見した。

巧はズボンのポケットを弄り財布を取り出す。

残金を確認しコンビニへと歩み寄る。

割とガランとしていた。

見ると日は丁度真上に差し掛かろうという時、繁盛してないんだな。

そう判断し中へと入ろうと駐車場を堂々真っ直ぐ突っ切って。

目に入る。

丁度コンビニの角の辺りに止められていて見えなかったが、此処まで来てその全貌が確認できた。

 

「おっ?」

 

思わず間の抜けた声を出してしまう。

銀を基調としたオフロード式の中型自動二輪車。

市販のものでは中々お目にかかれない控えめながら特徴的なデザイン。

その上で、荷台に取り付けられた此方は明らかに市販のバイク用品の種類。

どれも見覚えがある。

 

というか、アレは俺のバイクだ。

正式名称SV-555 V オートバジン 旅の途中紆余曲折あり巧の愛車となった車両だ。

巧はその場で固まりオートバジンに目を向ける。

間違い無い、巧は目の前のバイクが自分のものだと確信する。

なぜなら他の景色と違いこいつからは違和感を感じない、寧ろ懐かしさすら感じる。

何故こんな所にあるのかは知らないが地獄に仏、早速貰って行こう。

早速近づこうとしたところで、

 

「きみ、」

 

心臓が跳ね上がった。

咄嗟に後ろを振り向くと黒いスーツを着た切れ長の目の女性がこちらを睨んでいた。

バイクの事もあり少したじろぐ巧、しかし女は眼前の男が盗みを働こうとしたと勘違いした訳では無いらしい。

どうやら昼間からこんな場所にウロついている自分を不審がっているらしく、非行少年と見なされたらしい。

 

「きみ年は?学校はどうしたんだ?」

 

矢継ぎ早に駆り出される質問に巧はさてどう返したものかと思案する。

まさか別世界から来ましたなどと言う訳にもいくまい。

 

(つーか本当に別世界なのか?)

 

だんまりのままの巧に女性は明らかに不満を明らかににさせる。

 

「あ?…あぁ……ん?」

 

慌ててなにか口から出そうとするが、説明どころか単語にもならない。

巧が抱く違和感が音を成したようなものだった。

すると見かねた女性が取り敢えず状況の説明は諦め名前を尋ねて来た。

普段なら初対面でなにを馴れ馴れしいと思うところだが、周り全てが不確かで軽く不安を覚えていた巧に取ってハッキリと分かる情報は返って安心する。

 

「乾巧」

 

よって乾巧は普段ならまずしないくらい素直に質問に答えた。

女性は織斑といい、どうやら教師をしているらしい。

初めての人間ということもあり、巧は若干心を許していた。

普段なら知り合いにもしないであろう身の上話を切り出していた、無論前の世界での話だ。

 

「ーー色々旅してて。」

 

さりげなく後ろのバイクは自分のものだと主張する事も忘れない。

 

「偉いな」

 

「………」

 

思わず口を噤む。

こうまで真正面から褒められたことなど珍しかった為照れてしまった。

ついで手渡された現金もメモ書きも照れ隠しとして受け取った。

 

「頑張れよ」

 

ばんばんと肩をかなり力強く叩きながら織斑はそう告げる。

少々名残惜しい気もするが、早く国道かどこかへ出て辺りの事を調べなければならない。

心の中で礼を言い別れようとした時。

 

突如悪寒がほとばしった。

懐かしい。

吐き気がするほど慣れ親しんだ嫌悪感。

目眩がするほど知っている

自分の人生の半分近くの年月で、慣れている。

肌に染み付いた感覚がコンビニから漂って来る。

自動ドアを隔てた向こう側から死の雰囲気が香って来る。

居る。

次の瞬間、恐らく半歩ほど足を進めるだけでドアが開く程の至近距離。

 

「なあ……!」

 

未だ異変に気づかない織斑に対し、危険を伝えようとした時には遅かった。

 

開いたドアから現れた男を見て巧は確信した。

開く前の状態では未だ定かに無かった考えだったが、今ここでハッキリと解った。

 

こいつはオルフェノクだ

 

常人でも一目で判別できる異様性は確かに巧も自覚している。

されども彼がこの結論に達っせた要因はそんな一般人的なものではない。

先のオートバジンに感じたものよりもさらに強く。

この男から感じる身近さ、それが巧に確信させた。

惚けている場合ではない直ぐさま織斑を避難させねばならない。

 

「巧くん、少し下がっていろ。」

 

「⁉︎ 馬鹿……」

 

肩を掴まれ後ろへと無理やり押し出される。

思わず飛び出た罵倒の言葉も聞き入れず、完全に背後に下げられてしまった。

本人にしてみれば見るからに不審者である男から未成年である巧を守ろうとした教師としての行動なのだろうが、相手が悪い。

スーツの男は痩せ型でそれ程威圧感は感じないが、オルフェノクに見ための容姿など意味を成さない。

男が遂にこちらに近づこうと脚を動かそうとする、巧も咄嗟に前にでようとするが。

 

「退がれ‼︎」

 

再び押さえつけられる。

そうこうしている内、男に変化が見えた。

無表情な顔に影のような紋様が浮かび上がったのだ。

 

「‼︎ おい、本当に……」

 

言い切る前に男が変わる。

170㎝そこそこだった体は2メートルを超える巨体に。

腕は成人男性の腰ほどの太さになり、特徴的なものは頭から真っ直ぐと伸びる角。

驚く織斑の後ろで巧は既に分析を始めていた。

角があるということは牛か鹿の特徴を持つオルフェノクか?

いや、巧は首を振る。

腕から伸びる三角の流線型の突起物、アレは四足獣を基調としたには不自然だ。

アレはヒレ。

どうやら相手は海洋生物を基調としたオルフェノクらしい。

そこまで至ってから鯨の一種である一角の力を受け継いだオルフェノク、ナーホアルオルフェノクが突進してきた。

200近いであろう重量も、オルフェノクの筋肉密度は易々とその鈍重な巨体を加速せしめる。

動体視力には人並み以上のものを持つ巧ですら、オルフェノクである事を知って身構えていなければとても追えない。

織斑を抱いて…いや間に合わない、サイドステップと同時に思いっきり引っ叩いて避けさせる。

然し又してもトラブル発生。

 

「逃げろ‼︎」

 

なんと巧ですら反射ギリギリのスピードに目の前の女教師は対応し、巧を力いっぱいに突き飛ばしたのだ。

サイドステップの体勢に入り重心が少なくなっていたのと、織斑の力が思いの外強過ぎた為思いっきりすっ転んでしまう。

そして巧を避難させる引き換えに織斑はナーホアルオルフェノクに捕まってしまう。

脚をバタつかせ必死にもがき苦しむも容赦なく締め上げられる織斑を前に選択の余地は無かった。

腰の痛みも構わずオートバジンの方へと駆け寄り、備え付けられたケースを慣れた手際で開錠する。

非常事態にも無駄な力みやミスは一切なく平常時のようにスムーズ。

取り出されたのはベルト。

装飾品としては無骨すぎる見た目に、実用品とするには些か巨大過ぎる品物を巧はこれも慣れた手つきで装着する。

同時にベルトと共に取り出された二つ折り式の携帯電話を開き、右手に持ちコードを入力する。

 

 

ー5-5-5-

 

Enter

 

Standing by(準備完了)

 

音声ガイダンスと独特の待機音が鳴り響く。

もちろん戸惑わず一度ベルトに目を落とし正しく形態移行しているか確認すると、携帯を閉じ腕を天へと掲げる。

 

「変身」

 

決して大きくはないが、確かな強さを感じさせる声で一言、そして勢いよく、正確にベルトの挿入口に携帯を指し90°横に倒した。

 

Complete(完了)

 

最後の音声ガイダンスを告げ、ベルトを中心にエネルギーが集中し巧の全身へと光の管として流動する。

眩いばかりのフォトンの輝き、巧の体を粒子レベルで輝きが覆い尽くす。

自らの身体の異変を確認すると巧はナーホアルオルフェノクへと駆け出す。

既に織斑の首の骨はあと数瞬、刹那の内に折られてしまう。

巧はそれより速かった。

ナーホアルオルフェノクが見せた急加速よりももっと、紅い残像を出しナーホアルオルフェノクの腹に蹴りを叩き込んだ。

 

ドゴン!!

 

爆薬でも使用したかのような轟音を響かせ、巧の蹴りはナーホアルオルフェノクの厚い筋肉層を易々と貫通したのち内臓まで破壊した。

無理やり解放され抵抗も出来ずアスファルトに落下した織斑も気にせず、ナーホアルオルフェノクを油断なく見つめる。

不意に

ナーホアルオルフェノクが傷を始めとして燃え始めた。死の瞬間だ。

巧は少し睨みつけナーホアルオルフェノクの身体が灰となり崩れるのを見届けるとベルトから携帯を外し変身を解除する。

光と共にさっきまでの超人的な力も霧散する。

 

「巧くん⁉︎」

 

驚愕という風に声を荒げる織斑に目を向け別状はないと確認すると、巧は空を見上げこれから来るであろう面倒ごとに眉を顰めた。




間を開けての投稿となってしまいました。

特に新しい描写はなくあくまで別視点という事で纏めました。
千冬さんとたっくんの邂逅はここで一区切りし、次は別のキャラを描こうと思います。

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原作開始前 3 篠ノ之束の人生観

原作キャラ通しの出会いその二


何処かの地域。

地図には載っていない、衛星からも見えないように大気を誤魔化している。

地形も弄ってどう動いても絶対に中心にはたどり着けないつくりになっており、ジャングルの何処かにある数メートル程の何も無い広場。

そこから数十メートル地下には巨大な空間がありそこに存在する建造物、命名『我輩は猫である』恐らく原作者が知ったら冬のアラスカ以上に冷えた目で睨まれるだろう、そこに篠ノ之束はいる。

紫の長髪に機械式のうさ耳カチューシャ、本人は不思議の国のアリスをモチーフにしたらしいドレスは同じく紫づくしで目に悪い。

辺りにはジャンクフードが四散し食べカスが散らばって、古い落語家がみれば「ぞろっぺえや」と口にしそう。

「London Bridge is broken down♪Broken down♪broken

down♪London Bridge is broken down…えと、ふんーふんふん……」

間延びする声で何1つ恥ずかしむそぶりなく、何故か『ロンドン橋落ちた』を原語で熱唱する。がうろ覚えらしく途中であやふやとなる。

歌えないことが解ると今度は途端に黙り込み真剣な眼差しでコンソールに向かう。

「足長おじさん…」

足長おじさん。

束にとっては親友と妹と親友の弟と同じくらい印象深い人物だ。

中学時代に初めて出会い、束の人生を一変させた人間。

「これでもう思い通りにはさせないっ」

歯ぎしりをさせながら束は足長おじさんに対して嫌悪を露わにした。

 

こう見えても科学者であり発明家の束は兼ねてから物作りに没頭していた。

そんな彼女が10年前に開発した、彼女自身の中でも最高傑作であるマルチフォーム•スーツ「IS」自分で言うのもアレだが画期的な代物だった。

本来の目的は勿論、あらゆる分野での活躍が見込める。

しかし束は当初これの発表を戸惑っていた。

なにせ基本コンセプトからして現在の粒子物理学では説明のつかないオーバースペックなISだ。

まだ中学生でしかない自分が世間に公表したところでまともに取り合ってくれるとは思わなかった。

 

まだ試作段階の代物だし、いっそ家族にも内緒で自己完結で終わらそうかとも思った。

そんな中現れたのが足長おじさんだ。

「もったいないことをするもんじゃ無い。

はなから理解されない事を恐れてどうする?」

彼は優しい口調で束を説教した。

「大丈夫、きみの発明は素晴らしい。」

自然とそう思ってしまう魔性の声だった。

束は一念発起し学会に発表する事を誓った。

学会の手配は足長おじさんがしてくれ、束はオーバースペックなISをなんとか理解して貰えるよう必死に慣れない論文を制作した。

 

結果は束の発表は殆どマトモに取り合われてはくれなかった。

原因はやはり規格外さと若過ぎる発表者。

一部の学者は真剣な束の様子に真面目に応えようとしてくれたが、既存の常識を覆すISを理解するには束の説明は拙すぎた。

結局ISの理論を完全には理解出来ず、机上の空論が言い渡された。

「ーだが、その熱意は立派だ。これからも頑張りなさい。」

最後 落ち込む束に学者の1人がそう言った。

わからなかったくせに…そんな想いがなかった訳ではないが、一礼し学会を後にした。

 

「机上の空論かぁ、でもまだ実用段階にないしなぁ。」

乾いた笑みを浮かべ悔しさを誤魔化すようにISの欠点を並べ、

「うっさい!!無能!!」

 

理解はしていた。

いつだって彼女の周りは彼女のことを理解出来なかった。

彼女の才能を疎み、妬みから嫌がらせをされた事や暗黙の了解として誰も自分と会話しようとしなかった。

「だから嫌だって言ったのに……」

「それは悪かったね。でも決めたのは君だよ束。」

背後からの声に恨ましげに振り向き睨む。

足長おじさんはあの時と同じ優しい笑顔を浮かべていたが今の表情からは安らぎなど覚えはしない。

束は憎々しげに足長おじさんを凶弾した。

「お前のせいで恥をかいた‼︎

あの爺さん達が束さんになんて言ったか解る⁉︎

『新しいことに挑戦するのは若者の特権だ。だが、基礎的に君はまだまだ科学者として未熟過ぎる』五月蝿い‼︎束さんの何百分の1だって理解出来なかった癖に、あんな奴らに……」

烈火の如く怒り、冷水をかけられたように哀しむ束を、暫し顎に手を当て興味深げに観察した足長おじさんは、

「事実じゃないかい?」

「⁉︎」

極当たり前のように言ってのけた。

驚愕する束に苦笑しつつ手を広げ、だってそうじゃないかと続ける。

「工学では君には遠く及ばないが、それでも科学者として君は実に不安定だ。」

「科学とは今の君の手には負えない事など星の数ほどある。」

芝居掛かった言葉で束の張った心の防御線に入りいってくる。

「君は間違いなく歴史に名を残すだろう才能だ。

しかし、それでもかつての人が定めた人の疆域外をいくことは出来ない。」

「君は既存の技術を超越したと感じているようだが私に言わせれば、やはり結局は既存のモノに則っているに過ぎない。

その老人達の言う通り……」

 

 

 

まだまだだ

 

 

遂に息がかかるまでの距離にまで近づいた足長おじさんは束の耳元でそう呟いた。

思わず退きバランスを崩して尻餅をついてしまった束は暫し呆気に取られていたが、直ぐに立ち上がり足長おじさんを押し離す。

「とにかく、これから貴方に関わることは無いから。さよなら」

そう言い放ち足早に自宅へと歩を進める。

理由は分からないが何か途轍もなく得体の知れないものを目の前の男から感じたからだ。

足長おじさんはその様子を咎めようとせず、おもむろに右手を掲げる。

そしてパチンと指を鳴らした。

 

どごぉっ!!

 

突如束の真横の壁が爆ぜる。

「きゃっ⁉︎」

再び勢いで尻餅をついてしまう。

それでも今度はキチンと跳ね起き、ついで飛来した破片から身を躱しポッカリと空いた穴を睨む。

「なっ、怪物…⁉︎」

 

破砕された鉄筋コンクリートの壁から、甲殻類の如き巨大なグラブを両腕に備えた襲撃者、マンティスシュリンプオルフェノクが飛び出てくる。

急な人外の生物の出現という事態に、ついで渡来した豪腕に対しての反応が遅れてしまい肩口を殴られる。

「あぐぅ⁉︎」

咄嗟のバックステップでコンマ数ミリの直撃で防ぐ、それだけでも束の未成熟の肉体は吹き飛んでしまう。

反対の壁に叩きつけられ肺から空気が吐き出される。

「おいおいシャコ君、彼女はこれから我々と世界を席巻する同士の親友だぞ。怪我はさせないでくれたまえ。」

マンティスシュリンプオルフェノクを諌めながら足長おじさんが束に手を差し伸べる。

混乱した意識の中で束はあるフレーズだけが鮮明に流れる。

「し…ん、友?」

酸素が欠乏している中でも篠ノ之束の思考力は些かの衰えも見せない、直ぐさま最有力な結論を導き出す。

「ちーちゃん…っ⁉︎」

その同士が誰かは知らないが少なくとも自分と親友関係にある人間など彼女の思いつく限り1人しか居ない。

「ああ、織斑千冬君だ。きみにとっては家族以外で親しい数少ない他人だそうだね。」

狼藉する束に口角を釣り上げ答える。

織村千冬、束にとっては妹と両親以外で唯一親しい間柄とも言える存在 親友、その千冬が危機に瀕しているかもしれないというのだ。

血液が沸騰するかのような激情を覚える。

烈火の如き怒りの矛先を向けられても足長おじさんは涼しげな顔で、絶望を告げる。

「千冬君の近辺にはここにいる怪物君と同種の仲間がいる。

なあに安心したまえ。」

再び束は凍りつく。

今しがた自分を殴り飛ばしたこの灰色の怪人と同じ力を持った奴が親友にも差し金られているという事実に顔面蒼白する。

そんな束に相変わらずの笑みを絶やさず足長おじさんが続ける。

「手出しは一切してはならないと厳重に言って聞かせている。そもそも我々と織斑千冬との間に関係性が出来ることを我々は望んで居ない。」

「その方が彼女のようなタイプには丁度良いだろうからね。」

そこでだ。拒む束の肩を掴み、起こしあげ言った。

「これからきみには世界一の有名人になって貰う。

最強の兵器ISの生みの親としてね。」

「IS……?」

「そう、これから我々は世界の主要な先進国、途上国に対して同時クラッキングを行い弾道ミサイルを日本目掛けて撃たせる。」

「なっ…‼︎」

「それを全てきみが開発したISを装着した織斑千冬に撃墜して欲しいんだよ。」

あまりに突拍子もなく飛び出したトンデモスケールの計画にさしもの束も思考が停止する。

「無論ミサイル発射に我々が関与した事は織斑千冬には内緒だぞ?

上手くごまかしてくれたまえ。」

 

「飲めない場合は、いま彼女を監視させている怪物に彼女を殺させる。」

選択肢などはなから無かった。

こうして束は俗に言う『白騎士事件』を千冬と共謀で引き起こし、ISは瞬く間に世界に広がった。

束も一躍時の人となり、世界中から羨望を向けられる事となった。

しかし数年で束は突如表舞台から姿を消した。

 

理由はやはり足長おじさん達の捜索。

 

白騎士事件を境にぱったりと自分の前から姿を消した足長おじさんの動向を、束はこの10年の月日に渡り掴もうと奔走して居た。

アレだけの事をしておいて何故?

あの日あの男から感じた途轍もなく良くないモノ。このまま放って置くわけにはいかなかった。

 

先進国をはじめ世界中の国と地域で彼等についての所在を調べた。

紛争地帯から人の住めない危険地帯など、時には宇宙にも手を伸ばした。ISは元々宇宙での活動を前提に作ったもの、そこから予想したのだが、どれも空振りだった。

しかし掴めたものもある。

ここ10年の内に世界各地で規模は小さいが異常な磁場の乱れを確認した。

いずれの場所も束が訪れた際には既に何も無かったが、微量のエネルギー粒子と近くの人里で『灰色の怪物』についての噂が広まっていた。

怪物については間違いなく奴らだが、新しく見つけたエネルギー粒子は全く未知のものだった。

力学的エネルギーとも科学的エネルギーとも説明がつかない。科学者としては興味深いものだったが、優先はあくまでも足長おじさん。

調べていく内にその未知のエネルギーが磁場の乱れとともに量を増していく事を確認した束は、そのエネルギーに解明の可能性を感じ、重点的に調べた。

そして遂に数週間前、世界各地で起こる磁場の乱れを人工的に引き起こす理論を構築。つい昨日その装置のテスト含めての完成にこぎつけたのだ。

 

「座標の指定は出来た〜っと、あとはスイッチ押すだけだけど………あの怪物が出たらさしもの束さんでもきつくない?きつくない?

ダイジョーブです‼︎ ちゃんと無人機ゴーレム量産してます‼︎逆にぶっ飛ばしてやります‼︎」

1人で盛り上がりながらコンソールをたたく束。

テンションがやや可笑しいが、彼女はこれで平常運転。

「これで遂に憎っくき足長おじさんに一泡吹かせられまーす♪」

「それでは……あ、ポチッとな。」

陽気なテンションのまま、掲げた指先でコンソールを叩く。

装置が独特過ぎる起動音を上げて煙を上げ、何故か勢いよく縮んだり伸びたりする。

制作者が微動打にしない以上そういう仕様なのだろう。

そして指定した座標、ラボの頭上にある空き地の磁場が乱れ始める。

それを確認した束は勢いよく握りこぶしを突き上げながら、自身もまた外へ行く。勿論護衛のゴーレム達も連れ立って。

 

束が着いた時には既に磁場の乱れは肉眼で確認できるほどになっていた。束がその中心地を凝視すると段々と人型が形成されていく。

「ゴーレム‼︎」

束の号令で即座に武装を展開する量産ゴーレム達。

見つめる束の額に冷や汗が滲む。やはり何時もより緊張をしているらしい。

しかし漸く磁場の乱れが収まりシルエットの全容が見えた時にはその強張りは霧散した。

 

現れたのは身の丈2メートルを超える人外の化け物ではなく、白を基調にしたスーツに身を包み、栗色の髪をサイドテールにした少女だった。

「それは大変だね…あれ?フェイトちゃん? え、何ここ。あれ、六課は?もう取り壊されちゃったのかな、すっかりジャングルに…………エェ⁉︎ なんで⁉︎ どういう事⁉︎ why‼︎」

 

カオス。

少女は束やゴーレムには目もくれず状況を理解できずに喚いている。

これがもし彼女の普段見ている部下達に見られたらさぞかし驚愕を受けるだろう狼狽えっぷりだが、生憎束は少女の事など知らない。

取り敢えず、ゴーレムに武装を解除させ少女に近づく。

「ねえ、」

まずは意思の疎通、最初予想していた怪物とくらべれば容易だろう。

「はい?あっ、人……」

漸くこちらに気づく少女。まだ混乱は止まないが、少しは落ち着いたらしい。

束は瞬間満面の笑みを浮かべる。

対人関係、協調性に難ありと小学生頃、通知簿に再三書かれ親を困らせた束だが、24歳にもなると其れなりのコミニュケーション法も取れる。

「こんにちは〜」

「あっ、どうもこんにちは…」

返答できる事は確認できた。後は相手の正体。

「初めまして、私は篠ノ之束で〜す。あなたのお名前なんて〜の?」

「えっ、名前ですか?」

 

遂に第2の邂逅。

これが、この世界の根幹を大きく変質させた瞬間だという事に束も他の人間達も誰も気づいていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「高町なのはです」




束さんと我らがなのはさんとの邂逅。

いきなり過去編に突入して間延びしてしまいました、すいません。
足長おじさんについてはまた触れます。多分次回には名前も出します。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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原作開始前 4 はやて「リイン⁉︎」ノーヴェ「チンク姉⁉︎」セシリア•ラウラ「はい?」

リインはともかくチンクは本当に似てるね。


自己紹介を済ませた2人は今、広場にてお茶会を開いていた。

 

ゴーレムに持って来させた、またもや紫づくしのテーブルと椅子の上にはどこから取り寄せたのか、形の良い高級そうなケーキが並んでいる。

意外と上品に食を進める束と遠慮がちに食べる、いまだ困惑の色が見えるなのは。

「えっと、つまりここは異世界だと…」

「うん。」

束のざっくりとした説明に未だ慣れずともすっかり冷静さを取り戻したなのはは頭を巡らす。

(異世界って、もうジュエルシード超えてたりして…兎に角情報を聞き出さないとかな。)

「篠ノ之さんが私をここに呼んだとして、なんでそんな事をしたんですか?」

簡潔な質問には簡潔な答えが。ひとまずケーキを平らげた束は一言で言い表した。

 

「ん〜〜〜復讐?みたいな。」

 

「復讐?」

「うん、まあややこしいんだけどね。合ってるとしたらそれかな?」

そんなふわふわした理由で呼び出されたのかと思ったが、口には出さず続けさせる。束は次のケーキに手をつけながらなんとなしといった感じで話を続けた。

 

 

 

豪勢なお茶会も終わりを告げ、ゴーレムがその禍々しいクローを用い、絶妙な力加減で食器を片している。

完全に落ち着きを取り戻したなのはは紅茶(ゴーレムがまたもや器用に入れてくれた)を口に含む。

甘みは僅かにだけ感じる。ケーキの後にはちょうど良い按梅だ。リラックスした頭で束の語った記憶を纏める。

「その足長おじさんは一旦置いておくとして取り敢えずその『灰色の怪物』についてですが、私の世界では聞いたことが無いですね。」

束は磁場の乱れが生じた地域で灰色の怪物の目撃情報が確認された事から、怪物はなのはの世界からやって来た。と仮説づけたが、なのはも怪物達については初耳だった。

管理外世界には、もっと巨大な生物もいるが人型の生物については思い当たらない。

(ガリューみたいなのは違うだろうしな……)

思案しながらも、結論が出せないと判断すると直ぐにこの案件は胸の奥にしまう。

「では、未知のエネルギーについて具体的に教えて貰えます?」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ラボ『我輩は猫である』

 

束はコンソールを操作しモニターを数種映し出し、其々に異なるデータを表示させる。無論すべて未知のエネルギーを調べたものだ。

宙に浮かぶ数々のグラフとして視覚化されたエネルギーを見ながらなのはは顎に手をやる。

「ヘスの方式とかも当て嵌まんないし、本当に未知のエネルギーだよ。」

お手上げというように首を傾げる束を横目で見ながらなのはは困ったように腕を組む。

そんななのはに自らもまた目の端で捉えていた束が問いかける。

「やっぱり覚えない?」

少々期待はずれに思いながら、しかし勝手に自分が呼び出した為文句は言わない束に、言葉を選びながらなのはが答える。

「束さん、魔法って信じます?」

「…はぁ?」

思いっきり怪訝な表情で返された。

 

「なるほどねぇ…これが所謂、魔力って奴なのね。」

「信じて貰えます?」

「有るものは否定しない‼︎それが科学者‼︎」

最初こそ怪訝に思われたが、説明すると驚くほど真摯に受け止めてくれた。本人の言う通り、実際に存在しているからしょうがないのだろう。それでも小声で「でもやっぱ信じられんわ……」と言うのも確かに聞こえた。

 

「でもなのはちゃん、困っちゃわない?」

不意に束。

「だって大気中の魔力吸って魔法使うんでしょ?この世界じゃ魔法使えるの?」

「そうですね、元々魔力は人体にとっては異物ですから、体内での生成も基本的に出来ません。」

疑問に答えながら、束の分析力に舌を巻くなのは。

二、三簡単に説明しただけだというのに、もう魔法行使の仕組みについて独自に結論を出しているとは。

人格には多少難があるが科学者としては一流らしい。

それにしても確かに束の言う通り、大気中に魔力素が無ければ魔法使いの命たるリンカーコアも役に立たない。協力するしないは置いといても復讐するにしても力はいるだろうと首を傾げる。すると。

 

『Master』

「ん、なんか言った?」

謎の声に驚く束。なぜ忘れていたんだと慌てて服の中から取り出す。

ペンダント状にしたひとつまみ程の大きさをした、丸く綺麗な赤をした宝石。

「なに?レイジングハート」

彼女にとっては10年来の仲である、インテリジェントデバイス、レイジングハートが己が主に提案する。

『この場で試して見ては如何でしょう。』

解釈の必要なしの至極単純な提案。困っている時だからこそ最も役立つ。

「そうだね、流石レイジングハート。」

『恐縮です。』

あくまでも事務的な回答しかしないレイジングハート。だがなのはは少しも癪には思わない。機械と人間の間の絆が確かにあった。

 

「なのはちゃん、それなに?……あのさ、無視しなi「束さん‼︎」……君なかなか失礼なとこあるよね?」

「ちょっとひかりますね。」

「光る?なにが?」

聞き返してくる束を無視し、なのははレイジングハートを掲げる。

 

《Standby ready》

主の意思を受け取り、レイジングハートが答える

 

「レイジングハート、セットアップ‼︎」

 

告げたのは呪文。

魔法行使において言葉は単にプロセス。

複雑な魔力の結合や実際の魔法への移行、様々な系統の魔法に対してスムーズな対応ができる為の手段に過ぎない。

だからこそなのはは呪文の1つ1つに意味を抱いている。

特にこの変身には、

 

 

束はそれ程気が長いわけではない。

二回も自分の事を無視された時点で既に切れかけていた。それに加え理由が文法的に訳のわからない提案とくれば、もう我慢する気もない。一つ文句でも言ってやろうと思いながらなのはへと向き直り、

 

なのはが光った。

「うおっ眩し‼︎」

公言通り、本当に桜色の発光をして見せた自称魔法使いに束は目を覆いつつ、心に芽生えはじめる興味心を認め始めた。

そして光が収まり現れた、何故かコスチュームチェンジを果たしたなのはに、無意識の内に口に出していた。

「すっごい……」

 

展開し終わったバリアジャケットを見ながら、通常時より鋭敏に感じる魔力の動きに確信をつかむ。使える。

さっと手を軽く払う。なのはの魔力色と同様の桜色の光球が手の動きと共に気泡のごとく無数に現れ、弾け、魔力が霧散する。

デバイスを介する必要もない、しかし形を指定する上でそれなりに腕が必要なこの技をなのはが選んだ理由は、確認。

新たな世界での自分の戦力確認。簡単だが、人の手が入らなければなし得ないこの現象が出来たということは、自分がこの異世界でも問題なく魔法行使が出来るという証左。

ふう、と胸を撫で下ろす。これで一つの懸念が消え去った。『面倒ごとは出来るときにやれ』常に教導の上で心掛けている事の一つだ。

「大丈夫みたいです。魔法、使えます。」

今度こそいつもの、温かい優しい笑顔でなのはは言った。そんな笑顔を束はぼーっと見つめていた。

 

なんだ、この子は?

今まで出会ってきた誰とも会わない。異世界から来たと言えばそうだが、それにしてもこの新鮮さはなんと説明しようか。

(知りたい)浮かぶは探求、されど原動にあるは未知への周知化ではなく。このどこまでも温かい。これに惹かれたから。束は人生で初めて他人に最初から好意を抱いた。

変革とは目に見えるものだけとは限らない。

異世界からの訪問者『高町なのは』はこの世のキーマンである篠ノ之束の心境に確かな変化をもたらした。

これは正史とは違う物語。

 

 

次号 IS:ボンド 【改史】 始動

 

 

 

 

 

 

「そう言えば足長おじさんってどんな人何ですか?」

「ん? あぁ、そうだねぇ…なにぶん他のインパクトが強すぎたし………あっ‼︎ そう言えばあだ名みたいなの捨て台詞に言ってたっけ、」

 

「たしか……」

 

 

 

 

『あぁ、別れる前せめて呼び名でも教えよう……私のことは………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《アンリミテッドデザイア》

 

 

 

無限の欲望とでも呼んでくれたまえ

 










次回から原作開始となります。
無限の欲望…一体なにリードなんだ!?(すッとぼけ
それとヘスの方式ですが、竹内力学だとかぶっつり学やらで使う、熱エネルギーをグラフ化出来る式だそうな。作者はどちらもからっきしなんで、知ってる人からしたら「おま、これ違うやん。」「そもそも勘違いしとるぞ」かも知れませんお許しを。
これからもどうぞ見守ってください‼︎ 誤字脱字あればご指摘を、

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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介入
1話 一夏入学


ついに原作開始となります。
これまでよく拙い文章に耐えた、ご苦労。 これからもずっと拙い文章だが、応援よろしく。


織斑一夏15歳。只今もっぱら緊張中。

「どうしてこうなった……」

思わずぼやいてしまったが、今はそれに恥じるよりぼやきたくなるこの状況を分かってくれる理解者が欲しい。というのも現在進行形で動物園のパンダ状態にされているのだ。観客は全員女、そこいらの私立校とは広さも設備も高級な教室、SF映画に出て来そうな机も全く目に入らない。教室に在籍する瞳の数だけ注目されるある種の責め苦に、そんなことまで全く気が回らない。

「どうしてこうなっちまったんだよ…」

再度、魂の底からの発言と共に机に突っ伏す。視線はそれでも緩まなかった。

 

IS学園

現在、世界でその権威を振るっているパワードスーツ、インフィニット•ストラトス。この学園ではISに纏わる様々な用途に対応出来る未来の人材を育成する事が目的とされている。

年を追うごとに受験者の数は増え、今では世界中から若き才能が集ってくる。海外展開する学園の試験場も、間に合わない程だ。倍率もえらい事えらいこと、教員も給料高いらしいし良いな〜程度にしか思っていなかった俺が間違っても入学出来るところではないのだ。

それなのになぜ俺がここにいるのかというと……まあ、かなり情けない話でね。

 

まあはっきり言うとね、試験会場間違って別の学校の試験受けちゃたんだ。

ハハハ、えっ受けない?受けなくても笑っときたい気分なんだよボケ。

ごめんボケは言い過ぎた。

 

兎に角おれが本来受けるはずだった『あいえつ』と『あいえす』の響きが似てたせいと会場案内をしていた女性が忙しさからか、俺の顔をシッカリと見ずに通してしまった所為で、えっ人のせいにするな?

じゃあこの生き苦しさは誰にぶつければ良いんだよバカ。息じゃないぞ、生きだぞ。

ごめんおれの自業自得です。ごめんなさい。

 

そんなわけで案内された通りに進んで入った部屋に足を踏み入れたんだが、そこで見たものの衝撃は差し迫った試験時間の事など頭から吹き飛ばしていた。

「IS…だよな、これ」

パワードスーツという位置づけだが、腕や足など本当に人体とは最小限の接点しか持たないISは、それ単体で置かれるとなにか味気がない。

 

何もない部屋にポツリと鎮座する姿を見て、少し興味が湧いた。なにせ世界でも500足らずしかない。しかもその中でも一般人が滅多に触る事なんて、それこそ下手すりゃこの試験くらいだ。

 

触って見たい。

 

この部屋に着くまでの通路で誰とも会わなかった事も手伝い、俺の足は自然と向かっていた。近くで見ると鎮座したISは意外に小さく、これが今世界で一番強い兵器と言われても信じられなかった。小学生の頃、地域民との交流の名目で校庭に止められた自衛隊の移動用の車両の重厚さと比べるとさらに信じられなくなる。「これが空を飛ぶんだよな。」

 

そう呟きながら細部を覗き込む。兵器と聞くとどうしてもコードとかボタンがブワーっとあるのかと思ったがISにはそんなもの一切ない。ただ金属の流線が外も内も続いている。

そこで辞めとけば良かった。

しかし興奮した俺に今更そんな抑えが効くわけもなく「手触りは如何だろうか?」なんて提案に抗う術はなかった。

ピカッ

ISに触れた途端先程まで物言わぬ姿だった機械が急に反応した。

 

「へっ?」

 

訳も解らず光に包まれた俺が光が収まった時に見たのは何時もより若干高くなった視点だった。混乱する俺の耳にドタバタと複数人の足音が届く。

後になって自分がここに相応しくない人間を通したと気づいた案内役の女性が、他のスタッフと共に慌ただしく部屋に走りこんで来た。

 

「きみ、こんな所入っちゃダメよ‼︎……エェっ⁉︎」

イヤ、入れたのアンタじゃん…そう言おうとした俺はおやっと思う。

女性達の様子が変だ。なにか信じられないものを目に映したような顔をしている。どうかしたのかと聞こうとした俺より早く、スタッフの1人が口にした言葉が俺の思考を貫いた。

「男が…ISを動かしてる‼︎」

……。

…………。

………………。

「ふぇ?」

そうして直ぐさま俺は精密検査としてその日1日、病院だか研究施設なんだかよく解らないところに放り込まれクタクタになりながら、しかし大人は待ってくれず。矢継ぎ早にIS学園への入学が決まった。しかも日本政府直々の決定だそうな。

 

 

「きみ春からここで生活してね。んじゃ」( ̄Д ̄)ノ

「ウェェェェェェェェェ⁉︎」Σ(0w0)

 

 

政府のお偉いさんに一言で済まされた時の衝撃といったらもう、疲れも吹っ飛ぶ大絶叫だった。

そして現在に至る。

相変わらず見られる視線の量は変わらず。しかし人間すごいもの、最初に比べれば幾分かマシになった。周りの環境に合わせて進化する。近代の文明の中でもこういう形で生命としての素晴らしさを体感できるのだから案外ここも悪くないかもしれない。

 

ハハハハ…えっ現実逃避するな?うるせぇアホ。

 

ガララッ

「おはようございます。」

するとここで救世主。ようやくショートホームルームの為に担任の先生が入って来た。緑色のショートにまとめた髪をした女教師。背は成人女性としては低く、大きな瞳とメガネ、そして幼い顔立ちも含めて教師と言うよりは普通に生徒として横の席に座っていても違和感がない。泣かれそうなので言わないが。

 

「初めまして〜今日から1年間みんなといっしょに勉強します‼︎山田真耶(やまだまや)です。みんな〜ヨロシクね。」

 

やっぱり子供っぽい。唯一大人の要素があるとすれば先程から動くたびになにかとボヨンボヨンと揺れるたわわに実った二つの女性の母性の象徴。

見た目と相待って非常にミスマッチ感が否めない。そんな考えなど知らず、山田先生はショートホームルームを進めていった。しかし肌に刺さる注目の視線は一向に止まず、俺はずっと気を張りっぱなしであった。

みんなは先生のお話はキチンと集中して聞こうね。

 

「……むらくん…織斑君‼︎」

急に耳をつんざく高い声。ずっと視線から耐えるため外界と神経を切り離していた俺にとってはダメージも大きく、思いっきりビックリする。目を向けるとすぐ目の前には目に涙を溜めた山田先生がオドオドしながら此方に謝罪してきた。

「ご、ごめんね。驚いちゃったかな?あのね、今自己紹介で…『あ』から始まって今は『お』りむら君なんだけど、自己紹介してるくれるかな?

ごめんね、ごめんね。」

今にも泣き出しそうな悲痛な表情で俺に頭を下げてくる山田先生に慌てる。

 

具体的に言えば頭を下げる振動で揺れ動く二つの母性に。

「い、良いですよ。すいません、すぐしますね。」

 

「ほんとう?大丈夫?怒ってない?」

 

「怒ってないですから大丈夫です。」

泣きそうな山田先生を必死にあやす。あれ、立場逆転してない?とも思ったが、取り敢えず自己紹介に移るため立ち上がる。一斉に視線も向くが、これは当たり前なので気にしない。

 

「初めまして…………」

 

 

 

(あかん、詰まった。)

トラブル発生。イキナリ言葉が出てこないという失態。自己紹介ってこんなに難しいものなんだー。やっべ、本当に真っ白でなにもでてこねーぞ。どうする一夏!?

 

必死に回らない頭で思案するもパニックになるだけでなにも出てこない。絶対絶命のその時だった。

(千冬姉…)

浮かんだのは俺のたった1人の家族。いつも俺の為に夜遅くまで働いてくれた自慢の姉。

姉の評価には、弟の俺の行動は常に影響してきた。

そうだ。千冬姉の名誉のためにもこんな所で躓けない‼︎

途端クリアになってくる頭、俺のこの発言に千冬姉の名誉がかかっている。失敗する訳にはいかない。

だから見ててくれ千冬姉。俺の‼︎自己紹介‼︎

 

 

 

「オ、オオ、オリムライチカデス。ヨロ、ヨロシク」ギクシャク

 

…………………。

ごめん千冬姉、無理だった。

辺りから投げかけられるえっ、それだけ?オーラ。うんそれだけだよ。

「以上です。」

ズコッ

一斉に転げ落ちる生徒たち。ノリいいな。思わず先程の失態も忘れて感心してしまう。そんな俺の頭目掛けて突如衝撃がはしる。

「うげぇ⁉︎」

あまりの威力につい、変な声が飛び出てしまう。一体なんだ?衝撃を受けた場所を抑えながら見上げると、そこには女性物の黒のスーツに黒のストッキングそして黒の長髪を後ろで纏めた真っ黒な。エンディング曲とともにゆっくりと延々歩いてそうなくらい真っ黒な人物が。この人は‼︎

 

「ち、ちふy……ブラック!!!」

スパーン

「違う。嬉しいが違う。」

 

そういえば世代的にどストライクだっけ千冬姉。

再び俺の後頭部に手に持つ出席簿での一撃を叩き込んだ姉は、呆れたように俺に向けて冷たい眼差しを向けてきた。

「自己紹介もまともに出来んのかお前は。」

「ち、千冬ね……」

言い終わらない内に再び振り降ろされる出席簿(鉄槌)。三度机に顔を叩きつける事となる。

 

「織斑先生だ。ああ、山田君、クラスへの挨拶を押し付けて済まなかったな。」

「い、いえ会議はもう済まれたんですね。」

 

さっきまでとは打って変わって顔を赤くして千冬姉こと織斑先生を見る山田先生。代わりに壇上に立った織村先生は凛とした声を威勢よく張り上げた。

 

「諸君 私が担任の織斑千冬だ。」

 

あっ山田先生が担任じゃなかったんだ。副担任かな?

「私の仕事は若干十五歳を十六歳までの1年で使い物になるまで育てる事だ。私の言う事は よく聞き よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。逆らってもいいが私の言う事は聞け ーーーーーいいな」

 

うわぁお斬新

 

軍の訓練学校で教官がいうような台詞だ。まあ確かにISの指導ということに限っては訓練学校のようなものだが、それにしたって言い方がある。

 

つい最近まで中学生だった少女達にこれはきつiー『キャアアアァァァァァ!!!!!!!!』ぐわあああああ!!!?

 

「本物の千冬様‼︎」

「私 お姉様に憧れてこの学園に来たんです!北九州から!」

「私は埼玉!」

「千冬様にご指導頂けるなんて嬉しいです!」

「私…お姉様のためなら死ねます!」

 

教室中前後左右から同時に発せられた同発音の、所謂黄色い声は箱型の教室に使用された特殊素材の壁や天井に跳ね返り俺を襲った。続いて各々が其々別のセリフを目の前の憧れの人に述べる。単発単発が融合しまくりさながらマシンガン、要するに聞き取れない。そして俺と違い慣れていらっしゃるのか教室中からの好意を受けても少し顔をしかめる程度で済ます織斑先生。

 

「まったく、毎度よくここまで馬鹿が集まるものだ。」

 

確かにあの人こういうノリは苦手だった。それにしてもなんの仕事か言ってくれなかったけどまさかIS学園の教師だったとは、

 

イキナリの女子校生活で動転していたが、予期せぬ身内の登場に俺の精神は少し養われた。

 

そして続いて来た通常授業にすべて奪われた。入学式に授業なんかやるなよ……

 

 

 

「ちょっといいか?」

遂に来た!これまで遠巻きに眺められていたが、ここに檻はない。そう今の俺は触れ合い小屋の小動物、休み時間になれば来ると思っていたぜ。だが舐めるな!名も知らぬ女子生徒。お前がどんな美人だろうと微動打にせずにクールに乗り切っていじられキャラのポジション回避してやる‼︎

「あれ、箒?」

「ここでは目立つ、廊下に来てくれ。」

 

廊下ー

少しは視線も減るかと思ったがそうでもない。これから3年もこんな感じだったら俺ノイローゼになりそう。唯一の救いはクラスメートに幼馴染がいたことかぁ、あ、そういえば。

 

「剣道の全国大会で優勝したんだってな。おめでとう。」

このまえ小さくだが新聞に載っていたのを見た。懐かしさと誇らしさで覚えていたんだ。

 

「な、なぜそんな事をお前が知っている。」

「新聞で見たんだよ。」

できれば試合が観たかったけどな。

「な、なぜ新聞なんぞ読んでいる!」

ええ……ダメなの?

 

なぜか箒さんの機嫌が悪くなっていく。ここは話題を変えよう。どうやら箒にとって新聞はNGワードらしいのでそれ以外の話題を

 

「久しぶり6年ぶりだな。すぐ箒だってわかったぞ?」

 

うんこれだ。というかこっちを言うべきだったな。さりげにご機嫌取りも忘れない。久し振りに会った友達に覚えられているのは誰でも嬉しいだろう。

 

「む、よく覚えているものだな」

「そりゃ幼馴染のことは忘れないだろう」

 

結構強烈なキャラしてるしな。箒は久し振りの再会に照れているようで顔が赤くなっている。

こいつもこんな可愛い一面見せられるようになったんだな。しかし、すぐに視線を厳しくして

 

「私もすぐお前だとわかったぞ!!」

同じ答え。

でも嬉しくない、てか恐い‼︎

なんで睨むのこの人⁉︎

 

千冬姉ほどではないまでも鋭い目付きに圧倒される。さっきまでの視線の方がまだマシだった。誰か助けて〜

キーンコーンカーンコーン

ありがとうチャイムさん!

 

その後なんとかその場を切り抜けた俺は次の時間。事前に配られていたISの参考書を古い電話帳と間違えて捨ててしまった事でまたちふ…織斑先生から雷が落とされた。

 

そして迎えたホームルーム。しかしこの学園は俺を休ませてはくれないらしい。クラス代表という言わば委員長のような役職だが、それを決めるための自薦推薦を始めた所、事もあろうか真っ先に俺が推薦されたのだ。慌てて取り消そうとしたが織斑先生は聞き入れてくれず、このままでは更に神経を減らしてしまう。しかし流れ的に自薦は期待できない。ここは誰かに恨まれようとも此方から推薦をしなければ、箒!あかん、凄い睨んでくる。どうしよう、実は殆どクラスの子の名前覚えてないんだよなぁ…

 

このままじゃ決まっちまう。

 

「他に推薦する者はいないか?………決まりか。」

 

ええい、一か八か。

俺は勢いよく立ち上がり、集まる視線にも今回ばかりは負けずクルリと後ろを向いて勢いよく指を突き刺した。

 

「きみを推薦する‼︎」

当てられた子がキョトンとするのを構わず次のフェイズに移る。

 

「お嬢さん、お名前は?」

「織斑…お前、推薦する相手の名前も知らなかったのか。さすがにそんな適当な推薦は…「勘違いしないで下さい先生。僕が聞いているのは下の名前ですよ。」なに?」

 

そう!これぞかつて日本国の首相である田中角栄が使用した人心掌握術。知らない相手に対して少なくとも苗字は知っている素振りを見せ、彼は部下達の信頼を勝ち取ったのだ。

「もう一度聞きます、貴方の名前…ファーストネームを教えて下さい。」

どうだ⁉︎

………………………。

………………………………。

………………………………………。

………………………………………………。

………………………………………………………。

………………………………………………………………。

………………………………………………………………………。

………………………………………………………………………………。

……………………………………………………………………………………。

「…セシリアです。」

おっしゃ来たー‼︎

「先生!セシリアを推薦します‼︎」

「……まあ良いだろう。いいかオルコット?」

「構いませんわ。」

乗り切ったー‼︎つい呼び捨てで呼んでしまったが助かったー。後はジャンケンか何かで決まるだろう。そこで勝てば……

 

「ではどちらがクラス代表になるか模擬戦で決めるとしよう。」

「え?」

 

は?模擬戦?

 

「ここはISの操作技術を学ぶところだ。良い訓練にもなるだろう。」

 

いやいや、そりゃ筋は通ってるでしょうけど。

 

「勝者が決定権を得る。文句はないな?」

ギロリ

うわっこわ。

箒とは比べものにならない鋭い眼光を向けられては言い返せない。だが、可能性はゼロではない。この子だってISに乗るのは入試が初めてなんだ。知識では負けるかもしれないがそこは気合でカバー‼︎そう意気込んでいると急にニヤニヤと含み笑いをした織斑先生が俺に告げてくる。

 

「良かったな織斑、代表候補生とやり合える機会なんてなかなか無いぞ?」

……(この描写しつこくてごめんね)ふぇ?

「代表、え?」

「なんだ知ってたんじゃないのか?オルコットはイギリスの国家代表候補生で、女子では唯一入試で教官を倒している。無論運で勝ったお前と違って実力でな。」

 

 

つまり……俺は振り返ってオルコットさんを見る。あっよく見たらスゲェ美人。

 

 

 

「オルコットさんって…メチャつよ?」

オルコットさんは艶やかな笑みを浮かべて、

「まあ、それなりには?」

あぁ俺終わった。

 

 




インフィニット・ストラトス本編の開始です。
一人称と三人称を使うので一夏の心境と他の文で「あぁこう思ってたんだ。」と思われるように頑張っていきたいです。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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2話 特訓

今作品で恐らく最大のキャラ改変をされたであろう、セシリアさんとのバトルです。
オルコッ党の人はごめんね?


「それでは今日の予定はここまで。各自、部活動に励むように。それ以外の者も部屋で寝るのは許すが、夕食はキチンと取れよ。」

解散の号令とともに速やかに下校していく生徒たち、本当に訓練学校だなこりゃ。

 

「それと織斑。」

 

流れに任せて俺も帰ろうかと思ったが、その前に織斑先生から声掛けがかかる。返事を上げ目の前まで行くと、途端表情を崩して肩に手を置いて来て。

 

「負けるのも経験だ。」

 

おいおい、もう負け確定してませんか?

すると俺の不満を感じたのか織斑先生はいつもの目付きに戻り真剣に告げて来た。

 

「正直に言うぞ。私の見た限りでは、お前の勝率は0.1……あるかないかだ。」

随分ぶっちゃけた勝率だ。地味に傷ついた。

「0.1有りゃ充分だ。」

 

思わず強気になって言い返してしまったが、事実として俺は諦める気はない。それに武術も嗜むアンタが常に言っていたことじゃないか。

 

「『勝負事に、絶対はない』だろ?」

 

それっきり織斑先生は何も言わなくなった。俺は礼を告げてみんなと遅ればせながら下校していった。部屋で寝るためでは無い。勝つために。

 

「………」

元気よく校舎から走り出して行った弟を窓から認めながら、千冬は誰も居なくなった教室の壁にもたれかかる。先程は弟の意趣返しに思わず返す言葉を無くしてしまったが、あの場でハッキリ伝えるべきだったか。

 

「その主義を含めても『0.1%』としか言えないんだよ、一夏。」

 

ブリュンヒルデとして世界の頂点に達した千冬だからこそ断言できる『セシリア•オルコットの異常性』教員しか知らない情報ではあるから仕方ないが、入試の際セシリアの相手を務めた教官は決して弱かった訳ではない。

むしろ相手が現役の代表候補生だということで、こちらは元国家代表になった経験のある。つまり学園屈指の実力者で迎え撃ったのだ。セシリアはその上で教官を叩きのめして見せた。教官側は量産機を使用するとはいえ、その結果に他の教員含め千冬でさえ戦慄した。

 

「使用するISこそ、実証機レベルだが……あいつでも無理か。」

 

ふと、故あって面倒を見てやった。海の向こうの直弟子を思い出す。本人の技量はまだ未熟だが、ISの方は強力。特に一対一の戦闘では無類のアドバンテージを得るが、さてどうか。

 

「…ふっ」

考えても仕方はない、戦うのはあいつなのだ。本人が諦めていないというのにそこを外野がごちゃごちゃ言える事ではない。千冬は口角を僅かに上げ、もう視線の先から消えてしまった弟を見つめながら。

「まあせいぜい一太刀くらい浴びせられるように、楽しみにしているぞ?」

 

 

 

「どうしよう。」

俺は呆れた顔で白飯を口に放り込む幼馴染に、情けなくも泣きついていた。

 

「知らん、お前の完全な自業自得だ。男なら潔く当たって砕けてこい。」

「そこをどうか!砕けないようになんとか!」

 

机に肘をつき顔の前で手を合わせ、必死に頭を下げる。しかし箒はそんな俺に対して相変わらず無言で食を進ませている。ううっ大見得切った手前千冬姉にはもう聞きにくいし、山田先生に聞いてみようか…

『解りました。折角だから織斑先生も参加してもらって一緒に教えましょう。』ダメだ多分こうなる。

 

他の生徒は相手が代表候補生だと知ってみんな断った。

そんなに代表候補生って凄いのかな?俺、正直代表候補生なんて知らなかったけど。ーと、そんな場合じゃない。

兎に角オルコットさんがメチャクチャ強いってことはわかっている。ISの強さは起動時間の長さに比例するらしいし、たった20分程度の俺が立ち向かうにはまず対策が必要だ。そのためにもまずはISに理解が高い熟練者から教えをこう必要がある。そのため片っ端に聞いて回ってるんだが1人も捕まらない。このままじゃ対決以前に訓練もマトモにできない。どうしたものかと頭を抱える俺を見かねたのか、味噌汁を啜った箒がやや乱暴に告げた。

 

「熟練者が必要なら同学年より上級生に頼んだ方が相応しいんじゃ無いのか?」

「あっ。」

「バカか なぜ気付かなんだ。呆れ果てた、先に帰る。」

 

そう言い残し、箒は食器を片付け部屋に帰っていった。部活後の汗を流しに行ったんだろう。

「上級生か…うし、サンキュー箒!」

お礼は無視されたが、良い助言を頂いた。早々に料理を片付け、早速上級生探しに食堂を飛び出した。

 

「えーっと1025号室……あった。」

漸く部屋を探し終えた俺は簡素ながら高級そうな造りのノブを回し、部屋に入る。

 

「あれ、箒?」

 

まず飛び込んできたのは寝間着姿の箒が奥のベットで寛いでいるところだった。箒も俺に気付き振り向く。まだ、不機嫌そうだ。

 

「放課後はともかく夕食後1時間以上経っても相部屋の者が来ないと思っていたからもしやと思ったが、お前か。」

 

なんだか、心底嫌そうな顔でそう言われる。俺って6年会わない内にだいぶ嫌われたんだな…

 

「なんだ、相部屋って箒の事だったのか。」

 

なんとかフレンドリーに話しかけようと口を開くが言葉がいけなかった。

 

「なんだ…だと?不満か。」

 

「いやいやいやいや滅相も!嬉しいよ。女子校で、しかも相部屋だっていうから緊張してて。見知った相手で安心した。」

「ん………そういうことにしといてやろう。」

 

ふいっと後ろを向かれてしまうがお陰で難は逃れた。これからずっとこの空気を味わうなら、知らなくても他の子の方がマシだったかな?

 

「そういえば、お前。指導者は見つけられたのか?」

 

すっかり元の声のトーンで言ってきた箒に安心しながら俺は自身満々で答える。

 

「おう!聞いて驚け。なんとこの学園の生徒会で、その会長に教えて貰える事になったんだ!」

 

「なに?会長直々にか。」

さすがの箒も驚いたようでベットから起き上がる。

俺も正直信じられないが、片っ端から上級生に頼んで回ってると偶々その会長さんにぶち当たり、そしてアッサリ承諾してくれたという事だ。経緯を話すと途端に怪訝そうな顔をして。

 

「大丈夫なのかその会長。会長といえば色々忙しいのではないか?信用出来るのか?」

 

なんと失礼な、そう思ったが実際俺もそう思っている。

了承した時もなんだか楽しそうにはしゃいであんまり威厳は見えなかった。

しかしそんな事今更言える訳がない。対決までもう一週間しか無いんだ。

 

おーっし‼︎

「寝る‼︎お休み箒、電気消しといて。」

 

色々と消耗した体を休ませるため俺は制服のまま空いているベットに倒れこむ。疲れ切った体はフカフカのマットに身を投じた瞬間、一気に脱力する。程なくして俺は夢の世界へ旅立った。

 

「あ、おい……着替えるくらいしろ。」

声に出した苦言はもう届いておらず隣のベットからは規則的な呼吸音が聞こえてくる。つくづく呆れた奴だとひとりごちる箒も、しかしその顔は和らいだ笑顔だった。

久し振りに再開した想い人は少し変わっていて幻滅したりしたが、こうして改めてふれ合うとやはり自分が惚れた男だと確信する。

口では色々と言うが決して諦めようとしない不屈の闘志と貫き通す信念は決して霞んではいない。

 

「まったく うつ伏せは体に負担をかけるぞ、明日に備えるんじゃなかったのか?」

しようのない奴だ。

 

箒は眠る一夏を起こさないように優しく、自分の体に預けさせるように一夏の体を返させる。仰向けに変わった一夏に部屋の備え付けの毛布を掛けてやり電気を消し、自分もベットに戻り、不意に一夏の方へ顔を向ける。

 

「お休み、一夏。」

暗闇で箒には見えなかったがそう告げられた時の想い人の顔は安らかなものに変わっていた。

 

 

 

ーー翌朝

「おはよう箒。」

 

「おはよう、よく眠れたか?」

 

もうバッチリだぜ!そう告げる俺に箒は変わらずキリリとした表情で、

 

「ならシャワーでも浴びて来い。昨日は臭ったぞ。」

 

え、マジ⁉︎

クンクンと制服の匂いを嗅ぐ俺を尻目に箒はサッサと朝食へと出かけた。…相変わらず冷たい。

 

「……いや、違うか。」

 

俺はベットに載せてある畳んだ毛布を見る。昨日そのまま寝た俺に対して箒がかけてくれたんだろう。なんだかんだ言ってキチンと気遣いを焼いてくれるいい奴だ。結婚したらさぞ良妻に成るだろうな…ま、鬼嫁かな?

思わず笑いを零す俺はふと時計を見上げる。少し余裕がない。サッサとシャワーを浴びて合流するか。

 

「ん〜この鮭うまいな、焼き加減なんか絶妙だ。」

 

「……この程度で良ければ、私が毎日ーー。」

 

「ん、なんて?」

 

「いや、なんでもない。」

 

?変な奴。

 

それにしてもうまい。料理を嗜む者としてここの料理人たちには個人的にお話がしたい。昨日の洋食も中々だったし、学食なんて低コストが望まれるものなのに、よくここまでクオリティを上げられるもんだ。食に対する信念が感じられる。

 

「…………」

 

「この程度で良ければ、私が毎日お前の為に作ってやろうか?」

 

思わずキッカケがあった為途中まで出かかったが辞めた箒は、自分の軽率さを諌める。軽はずみにも程がある。この朴念仁相手にこの程度のムードとセリフではそのまま軽く受け止められて終いだ。どうせ食事を単に作ってくれるだけにされる。一夏に理解させるためにはまず恋愛感情が存在する所から意識させねば何十回告白しようが意味はない。そこまで至って落ち込む。やはり、一夏に自分に対しての恋愛感情はない。単なる友達としか見なされていない。

だが、それでも良い。

元より好きになったのはこちらだ。振り向かせるのも惚れた自分の義務。篠ノ之箒は新たに決意を決める。

 

ーー放課後

「よっしゃ来た放課後!」

「特訓か?」

 

尋ねる箒に肯定し俺はアリーナへと走る。対決までもう6日を切っている。今更過ぎるとも思わなくないが何もせずやられるだけなんて男が廃る。更衣室でISスーツへ着替え、アリーナへと飛び出した俺を待っていたのは。

 

「はーい、早いわね一夏くん。時間に拘る所はお姉さんポイント高いぞ。」

 

何かの金属で出来ているらしい扇子に感心という単語を二つづつ書いたものを見せびらかす、更識楯無さんが日本の量産機『打鉄』を纏って待っていた。この人が俺のコーチ。他の上級生の話じゃ学園最強との事。

 

「じゃあ一夏くんの打鉄はそこにあるから装着して。」

 

「はい!」

 

こうして俺の特訓が始まった。

俺が始めたのは基本の積み重ね。更識さんの話では基本が出来ていなければそもそも勝負にもならないとの事。小学生の頃毎日100回の素振りを箒としていたからそれは俺も理解できる。しかしいかんせん時間が足りない。その100回の素振りをしようにもそれだけで6日なんて直ぐ終わってしまう。相手は基本なんてとっくに叩き込んで、更に高度な操縦だってできるんだ。そもそもスパルタな千冬姉だって半月のメニューで俺たち生徒に教えてるのに、やはり技術以上に時間が足りな過ぎる。

 

「でも、泣き言言ってる暇なんてない。」

 

通常メニューでは間に合わないとの事で、俺は更識さんに頼み込んでかなり無茶なハードスケジュールを組んでもらった。ISスーツを通して得た俺のデータから割り出した、取り敢えず授業に支障が出ない程度の無茶。本当はこれでもまだ足りないのだが、これ以上は更識さんが協力してくれないので仕方ない。俺は毎日の放課後を就寝時間まで特訓に費やした。更識さんが用事で抜ける分は彼女が事前に作ってくれた訓練メニューを渡された。

 

「この6日はナノマシンを通してずっときみの体はチェックしてるから、メニューにない無茶な特訓したらその時点で私は協力しないからね?」

 

去り際にそう釘を刺されて。

そのお陰で授業の最中に居眠りをする事もなく、少し体はだるかったがそれもキチンと睡眠を取れば翌朝には消えていた。そして最終日に俺は更識さんに呼び出されて、そこで空間ディスプレイにあるものを見せられた。

 

「これがセシリアちゃんのIS『ブルー・ティアーズ』よ。」

 

目の前に映し出される明日戦う敵の纏う武器。主武装はビットと呼ばれるセシリアの思考をトレースして動くイギリスで試験中の、所謂無人の護衛機だ。他にも後付け装備のライフルと小型のナイフ。後者は取り敢えず付けてるだけだろうって俺は思った。更識さんも同じようで。

 

「スナイパーライフルの『スターライトmkⅢ』はビット以上の威力のレーザー砲。そしてこの『インターセプター』だけど……これは警戒する必要は少ないわ。」

 

更識さんは扇子を開く。「思惑」と書かれていた。どういう事だ?

 

「さっきも言ったようにブルー・ティアーズは実験機。

イギリス政府が欲しいのはあくまでも自立型のビットのデータよ。当然プログラムされた特訓もビット操作が主でしょうね。近接訓練なんて触りくらいしかしてないでしょう。」

 

成る程。だから政府の「思惑」なのか。

 

俺が顎に手を当てふむふむしてると、更識さんはいつものおちゃらけたトーンの声で扇子をとじながら。

 

「というわけで作戦!名付けて「当たって砕けちまえよYou」作戦よ‼︎」

………

 

何だろう…つい最近おんなじ台詞を幼馴染から言われたような。そんな俺の冷たい目線もしらこく受け流し、更識さんが腰に手を当てる。

 

「ちょっと、ちゃんとした作戦よ?勝機もあるわ。」

 

ほんとーかなー

 

「まず、明日の試合では近接ブレードだけを使いなさい。」

 

爆弾発言

 

「ちょちょちょ!それじゃあ、蜂の巣じゃあ無いですか⁉︎相手は遠距離型で!それに近接が苦手だから絶対近づいて来ないだろうし…「そこが味噌よ」

 

いい、一夏くん?とずいっと顔を近づけられる。なぜか千冬姉が浮かんだ。

 

「きみ、セシリアちゃんと射撃対決して勝てると思う?」

 

にべもなく首をよこに振る。打鉄の装備では火力も飛距離も叶わないし、何より俺の腕がオルコットさんには到底及ばない。

 

「そう、確かにブレード一本で特攻したら。十中八九蜂の巣ね。」

 

かっこわる〜い。と耳元で囁かれ、そうなった訳では無いのにグッと心に刺さる。頭に俺の不甲斐ない結果を笑うクラスメートの姿が浮かぶ

 

「打鉄のサブマシンガンではブルー・ティアーズには叶わない。でもそれでも一発か二発くらいなら被弾させる事も出来るでしょうね。堅実な作戦よ。

観戦に来るだろう女の子達も「それなら仕方ない」って納得するだろうし。」

 

でも、更識さんは続ける。

 

「遠距離じゃ絶対勝てないわ。勝ち目が有るのは唯一…」

 

近距離だけだ。

 

解っている。俺とオルコットさんの間にはそれだけ差があるんだ。この作戦だって逆に言えばそれぐらいしか勝ち目がないという証。99.9%負け。そして負ければどれだけ必死に戦っても誰も俺の健闘を讃えてはくれない。

破れかぶれな戦法で順当に負けた馬鹿な男として笑われる。

そう思うと途端に身震いに襲われる。全寮制の生活でこれから3年間そんな扱いをされるかもしれないと思うと怖くなって来る。

 

「怖くなった?」

 

更識さんが聞いて来る。優しく笑うとだけどね?と続けて言った。

 

「一夏くんはどんなものが欲しいの?

「良い戦い」?

それとも「勝利」?」

 

ハッとする。

 

そうだ。俺が特訓を続けて来たのは何も負けるのを見越して、恥のかからない戦いぶりをするためじゃない。原因はしょうもない俺の自業自得だったが、

 

男が

 

一度決めたことを

 

投げ出してたまるか

 

「更識さん」

 

「もう、6日間の中でしょ?楯無って呼んで〜」

 

最後まで飄々とした人だ

 

「楯無さん。解りました、それで行きます。

俺、勝ちます‼︎」

 

それを聞いて楯無はバッと勢いよく扇子を開く「待ってました‼︎」と書いてある。

 

「よし!よく言った。さすが男の子。私の役目はもう終わったけど、当日はモニターで観戦してるから。頑張ってね。」

 

満面の笑みでウィンクを返して来る楯無さんに勢い良くお礼を言って、俺は踵を返して明日の準備を始めた。

 

おっしゃー!代表候補生かなんか知らないけど、一泡吹かせてやるぜ。




原作より早めの登場の楯無さん。
まさかの鈴にゃん越え!次回はセシリアとの対決を描きます。
IS組だけで話が進んでいますが、リリなのと555はもう少しお待ち下さい

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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3話 激突!クラス代表戦

代表候補生のセシリアの実力はあの千冬が一目置くほど。
特訓を積んだとは言え今の一夏との戦力差は覆し難い。そこで楯無は一夏に自滅覚悟の作戦を提案する。
周りの評価を気にして中々踏み込めない一夏を楯無は焚き付けヤル気にさせた。
遂にセシリア・オルコットの実力があらわになる。果たして一夏の刃は届くのか⁉︎



パチリ

 

眠りの世界からの下車を果たした一夏はベットから降り窓を開け、未だ肌寒い空気と水平線から顔を出した太陽を浴び体内時間をリセットさせる。

 

「おい、着替えの途中だ。冷える」

 

不意に声がした方向を向くと、仕切りを隔てた向こうからルームメイトの声が聞こえる。イカン。対決の前に大事な幼馴染に風邪を引かせてしまう。慌てて窓をピシャリと閉めた一夏に幼馴染の箒は何時もの歳離れした凛々しい声で語りかける。

 

「今日はいつにも増して早いな。まだ鍛錬に行く前だ。一緒に行くか?」

 

言い終わると仕切りを隔てた向こうから道着に着替えた箒が現れる。久し振りに見るその姿は6年前に見た時よりも精錬さが醸されていた。この6年、1日も欠かさず鍛錬に勤しんでいたのだろう。あの時はまだ自分が上だったが、今はもう叶わないだろう。付いて行ったらきっと邪魔になる。不甲斐ない同門の姿に叱咤されるかもしれない。

 

「ああ、わかった。」

 

それでも今日は行く気が湧いた。

 

寝間着から簡素なジャージをタンスから引っ張り出し着直した一夏は、箒と共に春の香りが漂う寒空の下を歩いた。

 

 

 

 

 

ーー道場

 

静かな道場内に響く、しなる竹の打撃音。高く軽い音がその軽量さを物語っている。ドタドタと走り回り横薙ぎに突撃する一夏に対し、箒はすり足でその攻撃範囲から素早く身を引き、後の先で逆に一夏の手元を打ち据える。

 

「小手!」

 

凛と澄んだ声と共に一際高い竹刀の音が響く。勝負はたったの二手で終わりを告げた。互いに直り礼をした所で箒が一言。

 

「弱い。」

 

罵倒の言葉はただし暴言の類ではなかった。一夏自身最も理解していること、弱くなった。

 

「明らかに一年以上剣を握っていないな?」

 

厳しい口調の箒に一夏は面の中で目を伏せる。

 

「中学では何部に所属していた。」

 

「帰宅部!三年連続皆勤賞だ。」

 

パン!

 

床に打ち据えられた竹刀に肩を飛び上がらせる。そのまま竹刀を床に置き両手で慣れたように面の後ろの紐を解いていく箒。恐る恐る一夏が顔を上げた時にはもう箒は面を外しこちらを見据えていた。先ほどよりも強くはっきりとした眼差しに一夏は蛇に睨まれたカエルのように固まってしまう。箒は決して目を逸らさず質問を続ける。

 

「引っ越したのちは何故剣を取らなかった。」

 

「おじさんの道場がなくなったし近くに道場もなかったし、何より千冬姉がそのまま働きに出ちゃったし……」

 

「千冬さんがいなかったからやらなかったのか?」

 

「いや、…うん。俺にとって剣道を始めた理由は千冬姉がそうしてたからだし。」

 

「あの人がやらなくなれば自分も辞めたということか?」

 

「あぁ、そういう事だ。」

 

一息。呼吸を小さくした箒は最後にと付け足す。

 

「お前にとって剣とはその程度のものだったのか?」

 

答えを待つ箒に対して一夏は謝罪を述べるしか出来なかった。

 

 

 

そうか。お前にとってはその程度か。

 

謝罪を繰り返す一夏に対して箒は呟くように心で思う。

 

一夏はこの質問を自分の不甲斐なさに憤慨していると思っているが、実際は違う。確かに6年前より格段に弱体化したかつての同門に憤りを覚えたのは確かだ。しかしそれよりも箒は一夏にとっての剣の道が存外軽いものだということに悲しみを覚えていた。

 

 

 

自分にとって剣道は想い人との唯一の共通点であり、一夏は剣士としての目標でもあった。別れた6年、1日も休まず鍛錬を続けたのも剣士としてあの背中に追いつきたかったからであり。遠く離れた想い人との繋がりを切りたくなかったからだった。

 

しかしその想いを抱いていた相手にとってはそうではなく。実質一夏は剣道に対しての拘りも未練も全く抱いてはおらず、それは謝罪を繰り返し述べる今の姿から見ても明らかだ。

 

なにより。

 

これで新ためて、織村一夏が()()()()()()()()()()()()()()()ことが解ったことが更に箒には辛かった。好きな人との繋がりを切りたくなかった自分に対して、一夏は躊躇いもなくその事を行なった。また会える。その時はまた遊ぼうと友達に対しての想いと共に。

 

 

 

(分かってはいたが応えるな、これは。)

 

目の前で謝罪を続ける一夏を目にしてそうじゃないと思う。違うお前は悪くない。これは私の勝手な想いだ。実るかどうかわからないしお前が幸せになるかどうかも分からない。完全な自己満足だ。だがそれでも…

 

私は頭を下げたままの一夏に対して上げるように言った。恐る恐るという風に私の表情を伺う一夏はまだ申し訳なさそうにしている。

 

まったく…つくづく嫌いになれない奴だ。

 

「今日が対決の日だったな。」

 

突然の話題に目を丸くさせる一夏に構わず告げる。

 

「勝てよ。」

 

こう言えば良い。他は兎も角お前の事だ。こう言われればどんな状況に置いてもこう返す。大きく、威勢の良い猛る声で。

 

 

 

「ああ、任せとけ‼︎」

 

やはり、お前はあの時から変わってないんだな。

 

「ならサッサと部屋に戻って眠って来い、起こしてやる。」

 

「ほんとか!サンキュ箒。実はこの時間帯つらくて。」

 

そう言って意気揚々と道着を片付けるこいつを見ると不思議と抱いていた感情も霧散する。安心した。こいつは紛れもなく織村一夏だ。

 

走り出していく背中はあの時とまるで変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

よーし、二度寝だ。二度寝だ〜

 

「一夏!」

 

びくっ

 

「はいぃ!」

 

なに⁉︎また怒られる⁉︎恐る恐る振り向くと箒は厳しい表情のまま、

 

「出る時は一礼だ。」

 

あっそうだった。いけね、6年振りだとこんな基本的な事も忘れんのか。道場に振り返り姿勢を正す。重要なのは見た目の良さより感謝の気持ち。武に対する真摯な気持ちが重要なんだと千冬姉から教わった。今はしなくなった武に対して感謝の気持ちと。

 

激励をしてくれた箒に対しての精一杯の感謝。

 

「よし。」

 

お許しを貰った、さて二度寝するか。俺は走って部屋に戻った。軽くシャワーを浴びて寝間着に戻ってベットに戻る。見てろよ箒。続きの感謝は勝ってするからな。

 

 

 

 

 

ーーアリーナ格納庫

 

 

 

 

 

「織斑くん!織斑くん!」

 

慌ただしく駆け込んでくる副担任の山田真耶。相変わらず壮観な眺めだなぁと大きく揺れ動く二つの母性に目を奪われる一夏だったが、直ぐに収めて何事かを問う。

 

「織斑くんの専用機ついに届きました。」

 

朗報到来。しかし感じるは静かな安堵。只でさえ実力の差が開いているのに、機体のスペック差まで加われば勝ち目はゼロに近い。実は朝からそのことが気がかりだった一夏はやっと届いた専用機に取り敢えずの安堵をした。

 

「織斑、早く入って見ろ時間が押している。」

 

既に対戦予定時間は過ぎている。地上でISを展開しているセシリアをこれ以上待たせるわけにはいかない。急かされるように格納庫へ入る。

 

白がいた。

 

「織斑くんの専用機『白式』です。」

 

かつて見た生まれて始めてのIS。やはり人が乗っていないと何処か寂しい印象があるが、この機体からはそれと同時に何処か確かな頼もしさを感じる。思わず惚ける一夏に千冬からの激が飛ぶ。

 

「サッサとしろ不戦敗になりたいか。」

 

慌てて装着を始める一夏。千冬の指示を頼りにしながら白式に身を任す途端。体感的にあの時以上の密度の情報が流れ込んでくる。しかし不快感はない。何処か安らぎにも似た感覚に自然と高揚感が沸いてくる。格納庫の先から見える青空に、今直ぐ飛び出して行きたくなってくる。

 

「時間がない。フォーマルとフィッティングはやりながら済ませ。」

 

千冬の言葉を頷きで返し、応援に来てくれた箒に目を向ける。不安そうな顔で自分を見上げる箒に不思議と心の高揚が丁度よくおさまる。

 

「箒。」

 

「な、なんだ。」

 

上手くは言い表せ無いが、いや続きは行動で示す。今言うことは。

 

「行ってくる。」

 

簡素で良い。

 

「ああ、勝って来い。」

 

簡素には簡素で。こういう時の箒とは最高に話が合う。

 

晴れやかな気分のまま一夏は白式のスラスターを吹かせて空へと飛び立つ。あっという間に差を詰めてあわや激突という距離でふわりと柔らかすぎる急制動を掛けて危なげなく着地する。両者の距離は1メートルを切っていた。

 

「中々良い機体を選んで参ったのね。良い加速と制動力ですわ。」

 

「それはどうも。………」

 

話を切り上げたのでは無く急なだんまりを決め込む一夏にセシリアは不審がる。

 

「どうなさったの?」

 

「悪かったなって…俺の我儘でこんな大袈裟な事態になっちゃって。」

 

こうしてここに立っているが、セシリアは決して自ら選んで立っている訳では無い。自分の勝手な申し立てでここに付き合わされている事に一夏は負い目を感じていた。しかしセシリアは穏やかに笑って。

 

「構いません。それより準備は良くって?」

 

「ありがとう。俺は良いぜ、オルコットさんは?」

 

「誰かさんのお陰でたっぷりと準備時間を頂きましたので。」

 

皮肉とともにセシリアを中心にブルー・ティアーズから四つの飛行体が飛び出す。ビットだ。

 

「号令はこれで宜しいかしら?」

 

にこやかな笑顔とともに白式からアラートが鳴る。ビットに溜まるエネルギーを探知したのだ。後数秒で襲いくるレーザーに対し冷や汗を流しながら一夏は不敵に答える。

 

「ああ、来い‼︎」

 

 

 

()()

 

 

 

四つのビットの内一つから発射されたレーザーに対し一夏は事前に白式のセンサーから予測し前へと飛び出す事で対応した。コンマ数秒後、まさに来光。襲い来る青い光線は先に飛び出していた功が奏し右肩の装甲を掠めるだけに済んだ。

 

「おおおおお!」

 

雄叫びをあげながら白式唯一の装備である近接ブレードを振り被る。しかし相手は代表候補生。レーザーを交わしての突進など軽く反応し、上空へと飛び立ち一夏の初撃は空を切る。

 

再び来光。

 

コンマ数秒で上空から残りのビット全てによる集中狙撃が一夏を襲う。完全に出鼻を挫かれた一夏は、しかしそれでもシールドエネルギーを削りながら突進を繰り返す。身をよじることすらせず、近接ブレードを盾にただ突貫を続ける一夏にセシリアの表情が強張る。直ぐにビットによる射撃を止め、新たに展開したライフル。スターライトmkⅢを手に、後方へと移動しながらの引き撃ちに戦法が変わる。突進を続ける一夏はビットよりも高威力のレーザーを何とかブレードで捌きながら一つの単語が頭をよぎる。

 

 

 

 

 

ーー校舎内 生徒会室

 

(バレた)

 

アリーナから離れた校舎、その中の部屋の一つである生徒会室。そこで戦闘の様子をモニターで観戦していた現生徒会長、更識楯無はそう判断する。防御を捨てただ愚直な直線攻撃を仕掛ける一夏の姿は作戦を提案した自分から見ても、悪いが無様だ。しかし対戦相手のセシリアはその真意が自暴に寄るところでは無いと気づいたようだ。接近戦を不得手とする自分に対し格闘戦で勝負する。単純だが、確かな根拠がある戦法だということは今必死に一夏の突進からスラスター全開で逃げているブルー・ティアーズの姿からも明らかだ。

 

「まずい展開になりましたね。」

 

そう楯無に告げるのは共に生徒会のメンバーである会計担当 布仏虚である。

 

「織斑君の唯一の勝機は接近してからの格闘戦ですが、こうなってはその前にシールドエネルギーが底を尽きます。素早い判断力は流石候補生レベルですね。」

 

虚の言葉通り、素晴らしいのはセシリアの状況判断。一夏の狙いを短いやり取りで見抜き対抗策を講じて来る。やはり機体性能以前の能力差は大きい。しかし楯無は不敵に笑って『甘い』と描かれた扇子を開く。

 

「でも情報が渡ったのは一夏くんだけじゃないわ。逆にこの素早い判断で一夏くんに弱みを流してしまった。」

 

 

 

 

 

ーーアリーナ

 

「やっぱり、ビットのながら運転は出来ないんだな!」

 

短い攻防でこちらの意図を見抜き、直ぐに潰して来たその判断力には舌を巻いたが、これではっきりした。

 

 

 

セシリアはビットを使用している時は他の行動が出来ない。

 

 

 

ーー生徒会室

 

楯無から聞かされた話に虚は成る程と相槌を打つ。

 

「人間の脳では複数の物事を同時並列で行うことは困難を極める。ISが元来『思考力』というものに重点的に補助を回しているからこそ出来るとはいえ、矢張りビット兵器には人間の処理能力に限界が生じる。」

 

その通りと描かれた扇子を広げ、楯無は代わりに説明する。

 

「だから一夏くんの狙いが解ってもビットではなくライフルを使った。ビット四機の並列操作にはスラスターを動かすだけの余力も残らないのよ。」

 

そして、と笑みを湛えて続ける。

 

「多方向からのビットと違い、威力は高いながらも一方向からしか撃てないライフルでは被弾率も変わって来る。」

 

モニターの中では一夏が飛来するレーザーを紙一重で交わし、ブレードで弾きながら突っ込む姿が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーアリーナ

 

先ほどよりも高威力に成った光速の攻撃にも一夏は寧ろ余裕を抱いていた。

 

(避けやすい、今までのと比べたら格段に!)

 

四方八方を飛び交いながら射撃が出来るビットと比べれば、ライフルのレーザーなど角度も数も敵ではない。そして、好機はまだあった。

 

(白式の方が速い。)

 

ここまで来て漸く一夏にもセシリアを上回るものが生まれた。白式の性能は一夏の想像以上だった。このまま行けば間も無く射程距離に捉える。そして遂にブレードを届かせうる距離へと近づく。

 

 

 

ーーアリーナ格納庫

 

「凄いですね織斑くん。代表候補生相手に善戦してます。」

 

モニターを見ながら感心する真耶。こちらも一連の攻防を理解した上での感想だ。それに対し千冬はある一点を見つめ。

 

「…浮かれてはおらん様だな。彼奴にしては珍しい。」

 

「浮かれてる?」

 

聞き返す真耶に千冬は説明する。

 

「彼奴の癖でな。浮かれている時は左の両の手を開いたり握ったりを繰り返す。その時は大抵ミスをする。」

 

「さすが、ご姉弟ですね。」

 

真耶の感嘆の声を受けながらも千冬は厳しい表情でモニターを凝視する。何か嫌な予感がしていた。

 

 

 

ーーアリーナ

 

あと2メートル

 

 

 

あと1メートル

 

 

 

あと30センチ

 

 

 

来た‼︎射程距離‼︎

 

 

 

「うおおりゃぁぁぁ!!!」

 

腹から声を飛び出させ勢いそのままブレードを振るう。

 

「つっー!」

 

箇所は脚部。火花を散らしながら高速域で大きくふらつくブルー・ティアーズに観戦していたクラスメート達が湧き立つ。

 

「うわ、やった!」

 

「ほんとに当てちゃったよブレード。」

 

「もしかするとイケるんじゃない⁉︎」

 

「うん!ビットは動きながらだと使えな………」

 

不意に静まる歓声。そこに広がったのは『蒼』

 

展開したビットを四機フル活用しながら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()だった。

 

 

 

ーー生徒会室

 

「まさか⁉︎」

 

モニターに広がる光景に思わず叫んでしまう虚に、冷や汗をながしながら楯無が答える。手に持つ扇子には大きく『⁉︎』と描かれていた。

 

「あの子の頭ん中どうなってんのよ。実は悪の秘密結社に改造されて知能指数600の天才になってるとか?」

 

「あの人は改造される前から知能指数600です。お嬢様。」

 

軽口を叩く楯無を諌める虚。しかし呼び名がお嬢様となってしまう辺り、未だ混乱が冷めやらないようだ。そして、

 

「一夏くん!」

 

楯無が悲鳴を上げる。モニターには遂に白式を中心に上がる大爆発が映っていた。

 

 

 

 

 

ーー格納庫

 

「一夏!!」

 

モニター越しに声を張り上げる箒に他の2人も目を向ける。悲痛な面持ちの箒は爆炎を上げる白式に思わず飛び出そうとし、

 

「待て‼︎」

 

彼女の担任が止める。思わず立場も忘れて睨みつける箒に、静かに落ち着けと告げる。

 

「機体に救われたな。」

 

どういう意味だ?

 

釣られるようにモニターを見返す箒は一つの変化に気付く。

 

「白式が……変わった?」

 

 

 

ーーアリーナ

 

体が軽い。力がどこまでも湧いて来る。こいつとなら宇宙空間(どこまでも)飛んで行ける。

 

 

 

「まさか一次移行(ファーストシフト)?あなた、今まで初期設定の機体で戦ってましたの?」

 

さすがに驚きの声を漏らすセシリア。一夏は新たに変更された武器欄を見るとそこには思いもよらぬ名前が入っていた。

 

 

 

雪片弐型(ゆきひらにがた)

 

 

 

織斑千冬がかつてブリュンヒルデに輝いた際に使っていた彼女の愛刀。成る程通りで近接ブレード一本しかないわけだ。

 

「俺は世界一すばらしい姉を持ったよ。」

 

「なんのことですの?」

 

急に語り掛ける一夏に訳が分からないという風に返すセシリア。

 

「千冬姉の名誉の為絶対負けられないって話さ!!」

 

一気に飛び出す一夏にセシリアの顔つきが変わる。

 

「さきほどよりも速い……!」

 

ビットを操作して迎撃するも、更に加速した白式は逆にビットを破壊しながらセシリアに突っ込む。頼みのビットが破壊されても少しも気に留めず。瞬間、ブルー・ティアーズの腰部が迫り出し二門の方が一夏を狙う。

 

「お生憎様。ブルー・ティアーズは四機ではなくってよ?」

 

今度のビットはレーザーではなく実弾。速度は劣るが誘導性能を持った追尾弾が白式を攻め立てる。しかし、

 

「しゃらくさぁい!!」

 

通じない。全て切り落とした一夏は最後の切り札瞬時加速(イグニッションブースト)を使用してセシリアに突っ込む。構えようとしたライフルを切り裂き、遂に達した格闘戦。

 

「終わりだぁぁぁぁ!!!!」

 

絶頂の高揚感。

 

絶対の時間。

 

あらゆる感覚が鋭敏になり、景色がゆっくりと流れるのを一夏は極限の精神状態の中感じた。雪片弐型がセシリアに吸い込まれていくのを認め、彼の意識は袈裟斬りに切り裂かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周知の状況、しかしそれを認められたものは限られた者しかいなかった。

 

 

 

箒はそれを辛うじて捉えていた。剣道全国大会優勝者の動体視力と反射神経がその全容を認めさせた。ただ体は大分後に反応した。

 

 

 

教員2人は暫しの間、声も出せなかった。目の前で起こったことに思考が追いつかなかった。唯一千冬だけがそれに正しく感想を抱いた。あり得ないと。

 

 

 

虚は状況の説明を求めようと自分の主人を見て、驚愕する。新しい扇子を取り出す間も無く目を見開いて硬直する学園最強の姿に。

 

 

 

 

 

事は単純。一夏は切られたのだ。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

『勝者セシリア・オルコット』

 

誰も上げない歓声の代わりに静かにアナウンスが勝敗を告げていた。




セシリアvs一夏これにて終了です。
場面切り替えでのバトル描写如何でしたか?読み辛かった方はいないでしょうか。
ては次回。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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4話 ハーメルン特別付録 徹底解剖!セシリアの秘密

準備は足りなかったが。
およそ最高の指導者と周りの後押し、更に強力な機体に武器を手にした一夏の刃は呆気なく退けられた。

一夏「強すぎる……」


ーーアリーナ

 

肩口からバッサリと切られた。

 

あまりの衝撃に絶対防御が作動しまだ余裕があったシールドエネルギーは大幅に削られ、更には雪片弐型の単一仕様能力『零落白夜』の影響もあり白式のシールドエネルギーはゼロとなる。

そして、シールドバリアーをも貫通する衝撃を受け一夏の意識は消失。それにより異常を感知した白式は強制的にISを解除させたのだ。

 

アリーナ内から悲鳴が上がる。数10メートルの上空からの自由落下に見る者の背筋が凍る。

 

「ーっと。」

 

原因の発端であるセシリアが難なく受け止めた事で最悪の事態は回避される。観客も安堵の息を吐き出す。未だ意識をなくしたままの一夏を両手でしっかりと抱え、静かに地面へ着地したセシリアは美しい微笑を湛えながら。

どよめきが冷めやらぬアリーナ内の空気を感じながらぬけぬけと言い放った。

「ナイスファイト。」

 

 

ーー生徒会室

驚天動地。

 

そう描かれた扇子を開きながら楯無は額の冷たい汗をハンカチで拭った。

 

「凄い試合でしたね。」

 

重苦しい空気に嫌がったのか虚が口を開く。尚も黙ったままの楯無に、無理矢理笑顔を作って明るく続ける。

 

「でも、織斑君も健闘しましたよ。会長の作戦をシッカリ敢行して、後一歩の所まで追い詰めたんですから。」

「そうね、一夏くんは良くやったわ。」

 

返ってきた言葉は、だけど暗く。

 

「それでも負けたのは、私のせいよ。」

思いもよらぬ内容に混乱する虚。なおも低いトーンで続ける楯無。

 

「私が立てた作戦が悪かった。指導した私の責任だわ。」

 

「そ……」

 

そんなこと、と告げようとした虚に対して、それも許さず自分の不手際を否定しない。

 

「インターセプターを危険性が低いと判断して、近接ブレードでの一撃必殺を選ばせたのは私よ。完璧に私の指導ミスだわ。」

 

何を言っても聞き入れない。

こんな時の楯無は何を言っても無駄だという事が長年の付き合いの虚は理解していた。

もう彼女に自分を責めるなと提言しても意味はないだろう。

ならばもうこの話題を言及する必要はない。虚はいつの間にか用意した紅茶をティーカップに注ぎ楯無に差し出した。驚く楯無に虚はいつもの事務的な口調で話しかける。

 

「では、状況を飲み込めない私めに何故そんなに驚いていらっしゃるのか教えて頂けますか?会長。」

 

常と変わらぬ様子にフッと笑い、注がれた紅茶に口をつける。口内に広がる優しい風味に心が落ち着く。すっかりいつもの調子に戻った楯無が新しい扇子を開く。よくお聞きと描いてあった。

 

「まずセシリアちゃんがブレードで切られる瞬間。インターセプターを展開して逆に切り捨てた。までは理解してるわね。」

 

肯定する虚を認め、でもねと続ける。

 

「あり得ないのよ。普通に考えたら。」

「あり得ない?」

 

理解できない虚に今度こそ楯無はその胸の内を明かした。

 

 

「あり得ないとは一体どうあり得ないのですか?」

 

繰り返し問いただしてくる虚ちゃんに、私はもう一度彼女が淹れてくれた紅茶を口に含む。私の時々の気分に合わせて調整してくれる味は高ぶる感情を収めてくれる。

 

「まずISの練度が稼働時間に比例するのは虚ちゃんも知ってるわよね。」

 

コクリと頷く虚ちゃんに私は説明を続ける。

 

「でも知っての通りブルーティアーズは実証機。しかも機能の大半をビット制御に占められているメチャクチャ偏った機体。兵器としては些か問題ありな欠陥機よ。」

 

なんでイギリスはこんな偏った機体作ろうとしたのかしら?まあ、その為の実証機なんでしょうけど。

 

「そんな訳で訓練も恐らくビット制御に大半を奪われていた筈よ。それこそインターセプターどころか、セシリアちゃんの一番の強みである狙撃の訓練も削るくらい。」

 

通常、数に限りがある専用機を持たされる人間はISの開発、研究を行う企業に属しているテスターか、国から選ばれた代表またはその候補生だけ。

企業ならばモノによってはまだ自由度があるかもしれないけど、国はそうもいかない。

ISは所持こそ四六時中認められてるわ。専用機は操縦者とともに自ら進化していくものだから。

でもあくまでも所有権は国、セシリアちゃんの場合はイギリス政府ね。政府からの許可を得なければ装着どころか一部の機能すら制限される。そしてビットのデータ収集が目的のイギリス政府が後付け装備のナイフ一本のための時間を与えるわけも無い。

そもそもナイフだって只でさえ偏った機体が他のコンペ機体に勝てるように取り敢えず繕っただけでしょうけど。セシリアちゃんのインターセプターの練度はビットと得意分野のライフルと比べて、機体と同じくかなり偏ってた事でしょうね。

 

「少し待ってください。」

 

そこまで話を進めて虚ちゃんから待ったが掛かった。眼鏡をクイッと掛け直し、尋ねてくる。

 

「それならなぜあの試合。オルコットさんはあそこまで迅速な展開が出来たのでしょう?」

 

問題はそこ。私もなんでそれが可能となったのか実は確信を持てた訳ではない。これからそれを聞くところだ。隣にいる学年主席の()()()所属の先輩に。

 

「ねえ、虚ちゃん。試合中ISのこと『思考力を補助する』って言ってたけど、もっと正確に言えない?」

 

「…例えば?」

「もっとこう補助っていうか、 全幅の信頼っていうか。重要なものっていうか……」

 

う〜ん。なんて言うのかしら。

 

「起動キー?」

「そう!そんな感じよ、さっすが虚ちゃん!」

「有難う御座います。抱きつかないで下さい。」

 

頭を鷲掴みにされて引き離される。もっと優しくしてくれても良いのに。でも虚ちゃんは冷たく早く進めて下さいと睨んでくる。わかったわよ〜。

「ISって起動も動くのも武器を展開するにも何をするにもイメージが大事になってくるでしょ?」

 

私の問いかけに間を置かず即答で肯定する虚ちゃんに頼もしく思いながら質問を続ける。

 

「武器を早く呼び出すためには、より強固なイメージを思い描く必要がある。そのためにも武器の展開の速さはその武器の練度が比例してくる。」

 

「その通りです。ISの展開事態は慣れれば誰でも比較的上達し易いですが、物体を呼び出すという行為にはより具体的なイメージが大切と成ります。」

 

私の質問の合否を判断しながら更に詳しい説明をしてくれた。

 

「その武器の特性から、重さ質感に至るまで。だからこそ武器の展開速度と練度の差は比例する。IS操縦者の強さは起動時間の長さに比例するという考えもそこから来ています。」

 

へー、そうだったんだ。生徒会長やってて知らなかったなんて言えないけど「まさか知らなかった訳じゃ…」ううん⁉︎知ってる!知ってる!

 

まあいいかそれでこれがどう気になるんですか?」

そこが話の肝よ。そろそろ焦らさず教えてあげましょう。

 

「そのイメージだけど。元々ナイフに強いイメージがあれば練度が不充分でも速い展開が可能にならない?」

 

私の話にレンズの奥の目を大きくさせその後顎に手を当ててそのまま少ししたら、ナイフではありませんが……。来た。

 

「何年か前に城南大学で脳科学を研究している…初老の男性教授が似たような実験をしたと論文で発表していたかと。かなり大掛かりな実験で、当時もニュースで一時期話題になっていたので覚えていました。」

 

虚ちゃんが言うにはなんでもその教授のやった実験とはIS適正がある女性を六人集めて三人ずつチーム分けをする。

片方のチームは普通の主婦や学生、そしてもう片方には現役の自衛官やどこでコネを待ったのか、海外で傭兵経験のある人間等で構成。

それぞれ同じ時間帯、ISの訓練をしてもらい基本武装である近接ブレードや銃器を展開して貰った。

勿論予め武装に制限を待たせたISでだ。

ちなみに両チームとも事前に装備の写真を見てもらう。

 

「すると結果は普段から銃器に触れる機会の多い後者のチームの方が、展開の時間が大幅に短いという結果が出ました。教授はこの結果を受け、更に規模の大きな実験を行うためIS委員会に協力を仰ぎましたが、断られたそうです。」

 

まあ、そうよね。世界に467しかないISを使うにしては少しインパクトが弱いわ。それでですね、と少々顔を曇らせて虚ちゃんが続ける。

「その時の委員会側の対応が粗雑だったと教授側が苦言を漏らして、後の記者会見にて女尊男卑を引き合いに出しての批判を言った事で、またそれも反響を呼びまして……」

苦笑いをしながらの説明に私も軽く苦笑しながらも、重要な事実は別にあるので置いておく。私は再度虚ちゃんに告げる。

 

「つまりそもそも()()()()()()()に具体的なイメージを元々持っていれば、たとえ訓練時間が足りなくともセシリアちゃんはインターセプターをライフルに負けない程速く展開する事も可能ってわけよ。」

私の言いたい事はこれ。あの子が練度の高いビットやライフルの展開にも劣らない速度で練度の低いインターセプターを展開出来るのは、ナイフに対して訓練時間に匹敵するほどの強固なイメージを持っていたから。これならばあの異常性にも説明がつくわ。

「ですけど……一体どうしてそこまで強固なイメージを。」

「………」

考えついた事は一つある。あまり認めたくない事だけど。

「さっきの実験の事だけど。そもそも二つのチームの違いは何?」

「え、それは武装そのものに対する練度…ですか?」

「どうして練度に差が出来たのかしら?」

「それはやはり、常日ごろから武器に触れているからで…あっ。」

そこまで言った所で思わず口の前に手を持ってきて隠す。

「そう。日頃から触れてるからよ。」

少し、だけど見るからに顔を青ざめさせる虚ちゃん。無理も無いわね。私も恐怖こそ感じないけど得体の知れなさを覚えるもの。

「恐らくセシリアちゃんは日常的にナイフに触れ合っている。触れ合いといってもただ触ったりするだけじゃなく、ちゃんとした近接ナイフの訓練を。」

そうでなければあんな場面で、咄嗟にナイフでの反撃が出来るわけない。学園最強と謳われる私の目から見てもあれはかなりの練度を感じさせた。

「あのレベルまでは1、2年で出来る事じゃないわ。恐らく5年かそれ以上。ISと出会う前からそんな生活を繰り返してきたんでしょうね。」

考えてみればナイフ技術に限らず。あの子は狙撃の腕もビットによる並列処理能力も他の、学園にいる代表候補生と比べて飛び抜けていた。恐らくそれらももっと昔から、それこそ小学生低学年程度の段階から戦闘に関するあらゆる訓練を日常的に続けていたんだわ。

 

戦慄したように虚ちゃんは何故と呟く。私もそう思う。

「……あの子。イギリスでは貴族の家柄の、本物のお嬢様らしいわね。」

「はい。といっても両親は幼少期に事故死。今は彼女が実質的な当主です。なにかあったとすればその辺りでしょうが……」

俯く虚ちゃんに、私はスッカリ冷めてしまった紅茶を喉に掻っ込む。モニター先のアリーナでは優雅な振る舞いで観客の声援に応えるセシリアちゃんの姿がある。セシリア•オルコット……今年は本当に大変な子達揃いね。

 

 

ーー1年1組教室

 

負けちまった。

文句のつけようのない完敗だ。しかも目ぇ回して担架で担ぎ出されるわ本当に良いとこなし。幸いクラスメートはみんな健闘を讃えてくれたが、これで俺のクラス代表が決まっちまった…

あの後勝者特権を手にしたオルコットさんは当然、代表を辞退。俺が1組のクラス代表に無事収まってしまったわけだ。

一応理由としてオルコットさんは

「織斑君のガッツと一所懸命な姿勢に感服いたしました。このクラスの代表は彼にこそ相応しいものとわたくしは判断した次第ですわ。」

 

とまあ素敵な演説にクラスメートのテンションもMAX。その流れに乗せられて「俺に任せとけー!!」なんて言った自分も馬鹿だった。

そして今はクラス代表決定を祝してのパーティが開かれているが、居心地が悪い。その理由は横にいる幼馴染の所為で。

 

「おまえの所為だ。」

 

はい、済みません…

 

飲み物のジュースを片手に、俺は料理の代わりにお叱りを受け取る。

 

「試合内容は仕方ないとして、流れに乗せられあまつさえあのような勢いだけの蒙昧を高々と……同門として恥ずかしい。」

 

「仰る通りで…」

 

本当にその通りです はい。

主役のパーティで小さくなる俺は側から見れば無様だったろう。すると、パーティを楽しむ声とは毛色の違う声が俺に掛けられる。

 

「こんにちは新聞部の黛薫子と言います。」

 

リボンの色を見ると2年生のようだ。大方唯一の男性操縦者の取材に来たってところか。

黛さんはまさに好奇心と探究心の塊のような人でオルコットさんとのツーショット写真が欲しいと申し出て来た。

正直自分を負かした相手と仲良く撮られるのは少し思う所がある。しかし肝心のオルコットさんが了承したので敗者の俺も聞かないわけにはいかなかった。

結果としてはパーティテンションで写り込んで来たみんなのお陰で台無しになったが。そうしてパーティも終焉に近づいた時だった。

「織斑君。」

不意にこれまでずっと自分からは話さなかったオルコットさんが、俺にだけ聞こえる音量で声をかけて来た。なんだ?人目を気にするような人では無いという事はさっきの堂々とした演説姿で明らかだし、残るは知られたく無い事。

……

………

告白か。

 

(いやいやいやいやいやいや!なんでそうなんだよ⁉︎高校生か‼︎)

高校生だけど。

 

こんな美人さんが俺に…改めて言うと傷付くけど、無様に負けた俺にそんな事を言う筈ないだろう。となると、うーんダメだ思い付かない。ええい!こんな場合は兎に角フレンドリーだ。友好的に振る舞えば取り敢えず間違いは起こらないだろう。

 

「一夏でいいよ。オルコットさん」

「でしたら一夏さん。」

 

優しい微笑みを向けてくる。本当に美人だよなぁ、箒もべっぴんさんだけどオルコットさんは更に上かもしれない。

 

「こんなお話聞いた事有りませんこと?」

 

お話?それが内緒で聞きたい内容か。不思議がるおれの顔がオルコットさんのその綺麗な蒼眼にまんま写り込む。ちょっ近ぇ

 

「何処にでもある与太話ですわ。こんな楽しげな雰囲気を壊してしまうので声を上げる訳にはいきませんが、よろしくて?」

「ああ、構わないよ。聞かせてくれよ。」

 

そこまで言われると興味が沸いてくる。オルコットさんはでは、と続ける。

 

「人間いつか命は尽きてしまうものでしょう?」

 

それはそうだが、もしかしてそれが言いたいことか?

しかしオルコットさんの話にはつづきがあるようで。

 

「死んでしまった人間は二度とその体を動かして愛する者達に微笑みかけてはくれない。哀しむ家族に惜しまれ炎でその身を灰にしてしまう。」

 

劇団女優のように綺麗で透き通る声で演じるように、グラスを持ってない手をそれだけで引き込まれる魅力で動かす。

 

「この国では輪廻転生として命が回り続けていると言われますが、もしかしたら元の肉体に戻って来てしまうこともあるかもしれませんわね。」

 

そこまで告げてオルコットさんは一度話を区切って先に表現した。火葬を切り出す。

 

「炎とは暖かいものと思われますけど、私は命の暖かさだと思いますの。」

「あの炎の明るい色合いこそが命の色だと私は思います。そしてその色は暖炉で薪を燃やしているよりも火葬をしている方が色鮮やかになる。」

 

ぶっ。

 

思わずジュースを吹き出す。な、なんて話に切り出すんだこの人は。しかしさながら炎のように熱の入ったオルコットさんは止まらない。

 

「燃やしている人間に僅かに残った命の色は、炎に流れ込みそれを更に鮮やかにさせる。残された灰は単なる不燃焼物ではなく、命の色が抜け落ちたから………と思ってるのだけれど。ゴメンあそばせ、食事時の話題にするべきでは無かったでしょうか?」

 

もう遅いよ。

でも、面白いこと考えるんだなぁ。

絶世の美女ってのは何処か変わってるって聞いた事があるけど、オルコットさんもそうらしい。感心するがどうやら彼女の持論はもう少しだけあるらしい。再び輪廻転成に戻る。

 

「同じ肉体に戻ってしまった彼らは悲劇でしょうね。だって元の身体はすでに灰になってしまったのですから。」

 

確かに、可哀想だ。せめてカエルの姿でも生きていてほしい。

 

「ですから蘇った彼らに色はない。体色は全て灰色に染まってしまった。鮮やかに燃える命の色は全て炎に吸い取られてしまい、残った彼らの身体は命宿らぬ灰だけ、それは最早死んでいると同じではないかしら?」

 

成る程。「だから彼等は生者を殺す。」……ん?

 

「殺して燃やす。命の炎を。彼等が上げる炎は暖かい赤ではなく、冷たい青。命の暖かさをそのまま冷やして生者を殺してしまう。何より恐ろしいのはそうして死んだ生者もまた灰として蘇る事。生きていた時の暖かみを失ってしまった彼等はもう人ではない。熱を求めてただ奪う。けれども彼等はその熱を感じられず、青い炎は冷たいまま。

()()()()()()()()()

 

そう言ったと思うとオルコットさんはグラスに注がれたジュースを流し込む。プロの朗読会のような姿に終盤はすっかり聞き入ってしまったが。

………………どういう事だろう。

 

「ポエム」

 

「はい?」

「私、ハマりっぽいんですの。最近夢中になっていますのよ?」

 

ぱあっとさっきまでの艶やかな印象とは一転。年相応の無邪気さを見せるオルコットさんに俺は安心する。

 

「あ、ああポエムか。ビックリした急に豹変するんだもの。でもすごく良かったよ。俺そういうの分かんないけどカッコよかった。」

 

「嬉しいですわ。ありがとう一夏さん。」

 

お礼を言う顔は可愛らしいもの。少し不安だったが、仲良くなれそうだ。

 

 

 

ーー

飲み干したグラスをテーブルに置いたセシリアに一夏は再度。ポエムの披露を頼む。顔を赤らめ遠慮するセシリアだったが、せがむ一夏に遂に折れ。最後だけと念を押して自作のポエムを話し出す。

 

ーー卑屈な男は鷹に憧れる。自分に届かない舞台を避けるよう常に下を向いている。いつかもっと上だけを目指して飛んで行ける事を夢見て。

ーー男は燃える。色を吸われて色を失い倒れ込む。冷たく変わった男の色は灰色へ。

ーー男の背中には羽があった。遂に男は鷹になったのだ。しかし男が見るのは上ではない。男は愛する妻の、色を奪う。我が家に帰り、我が子の目を見てこう答える。「やったぞ。父さん遂に鷹になった」娘に父はそう語る。

 

拍手で讃える一夏に照れて赤くなった頰を隠しながら笑うセシリア。

「凄いな、えっと…特に発想が斬新だよ。どうやって考えつくんだ?」

必死に通ぶって見せる一夏に微笑ましくなったセシリアが微笑む。楽しかったパーティが終わり、片付け、皆寮へと戻っていく。ルームメイトとともに戻っていく後ろ姿を眺めながらセシリアは微笑みを浮かべる。

 

「ノンフィクションですから。」

 

 

 

 

 

 

 

『見てくれセシリア!父さん遂に鷹になったんだ!」

あの時からセシリアオルコットはある目的のため邁進している。普通の少女の生活を犠牲にしながら。

 

ホークオルフェノク(鷹になった父親)を殺すため。




セシリアの改変。
父親がオルフェノクへと覚醒し、母親を殺してしまった事が変更点です。拙いポエムに気を削がれたらごめんね?
次回から鈴にゃん登場で一気に明るくなります。他の主人公2人も出す予定です。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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5話 幼馴染襲来

更新が安定しないけどそれでも楽しみにしている変わり者諸君。ついに鈴にゃん及びなのは巧が原作介入します。


「ねえ、聞いた?2組に転入生が入ってくるんだって。」

 

朝からそんな話で持ちきりだ。普通そういう類は生徒は知り得ないだろうに、女子というのはどうしてこうも噂ごとには手が早いのだろうかと胸中でつぶやきながら、一夏は何度目かとなるクラスメートからの持ちかけ話を聞いていた。

 

(箒ですら俺より早く知ってたしなぁ。)

 

うんざり聞かされたためかなり情報を仕入れた一夏は背後の2組に意識を向けながら転入生の中国出身という情報に、少し黄昏ていた。

 

(あいつ、どうしてるかな。)

 

……………

 

「頼んだよ!織斑くん!」

 

「ん、ああ。」

 

急に現実に引き戻された一夏はなんとか話を合わせる事に成功する。つい聞き逃してしまったがどうやらクラス代表対抗戦を指して激励しているらしい。あぁそんな事もあったなと、今更ながらクラス代表という立場に後悔が溢れてくる。そんな気持ちも知らず級友たちは一夏に期待の言葉を投げかける。

 

「お願いね。スイーツ券のために!」

 

「スイーツ券の事頼んだよ!」

 

「スイーツ券!」

 

下心が丸見えだったが。取り敢えず素直に受け取っておく。

 

「今の所専用機持ちは1組と4組だけだもんね。」

 

1人の生徒の言葉にそうだったのかと薄いsurpriseに思考を回す。思いの外少ないと落胆したら今度は希少ならこんな物なのかと疑考(ぎこう)する。と、

 

「その情報古いよ。」

 

深い思考を打ち切る程の衝撃。クラス中からの視線を集めながらも物怖じせずに不敵に笑って見せる少女。思わず固まる。

 

(似合ってねえ………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チュルチュルチュル チー、チー、

 

まだ肌寒いが季節の変化は確かに訪れている。鮮やかな鶯色を体に湛えた目白が実らぬ染井吉野から鳴く。時代は変われども春を告げる声は今も昔も彼が勤めている。

 

訪れた

 

昨日の国賓扱いの航空経路で日本へと足を運んだばかりの凰鈴音(ファンリンイン)は噛みしめる。

 

「待ってなさい一夏。」

 

一年。両親の離婚も相まって精神的にも弱っていた彼女の支えの一つとなっていた今回の来日。心を寄せる少年がIS学園に入ったとのニュースを受けた中国政府の思惑で予想より早くなったが、これでまた会える。軽い足取りは少ない荷物だからでは無いだろう。政府の護衛兼監視役の黒服の男性2人の取り敢えずの労いの言葉を当たり障りなく流し学園に続くモノレールに乗る。学園は国際的に独立、不可侵を認められているため中国政府でもあからさまに手を出す事は出来ない。窮屈な空気を脱した事で少しだけ笑みを浮かべるが、一緒に出勤する一般教師と端に見える二つの制服。恐らく自分と同じ転入目的だろうと鈴音は奥の席に近づく。大人はもう疲れた。モノレールは対面式の座席で丁度2人は向き合うように座っていてどうやら会話もしているらしい。よし混ぜてもらおう。

 

「あれ?」

 

長い緊張感から解放され少し注意力が無くなってきたせいで重要性が正しく認識できなかったが、鈴音は今あり得ないものを見ている。自分から向かって右の席に座るのは栗色の髪をサイドテールにした少女。落ち着いた雰囲気を出しているが顔は可愛い。そして左側の席に座るのは手入れもした無さそうなぼさっとした髪を肩口まで伸ばした少年。目つきの鋭い、いや悪い顔をしている。

 

「おはよう。横良い?」

 

「あ、どうぞ。」

 

笑みを浮かべ、丁寧にしかし他人行儀に成らない程度の仕草で隣を譲る少女。少年も目だけ追う。少女のとなりに座った鈴音はにこやかに自己紹介へと移る。

 

「アンタ達転入生よね?私もよ!中国から来たの。凰鈴音よよろしく。」

 

「あぁ、初めまして高町なのはです。よろしくお願いします。」

 

「……乾巧です。」

 

おなじ学園とはいえ初対面での躊躇いなしの自己紹介に少し反応が遅れながらも答えるなのはと、それなりに間を開けながらも巧が続く。しかし鈴音からすれば不服がある。2人の名前を確認した後文句で答える。

 

「高町さんに乾くん? ちょっと他人行儀すぎ…同じ1年なんだからもっと砕けて良いよ。」

 

2人の制服の、学年を表す色を見て告げる。

 

「そうだね。ごめんねそうするよ。」

 

「ん」

 

2人ともそれに答える。鈴音は満足したように深く座り直す。

 

「2人ともビクつき過ぎよー。挨拶くらい素ですれば良いじゃん。乾くんなんかどう見ても敬語キャラじゃないし。」

 

あはは、と笑うなのはに少しだけむすりとしながら巧もそうかいとだけ口にする。

 

本来なら2人共。手合いは違うがもう少し砕けた会話を普段はするのだが今回は少々勝手が違う。

 

まずなのはは単純に慣れていないだけ。管理局で社会人として働くなのはにとって初対面の人間の殆どが仕事関係。対人トラブルを避けるため年下にも一応敬語で話しかける習慣が身に付き、真面目ななのはは生活面でも影響を受けた。

 

対する巧も啓太郎の先祖代々から続く西洋洗濯舗菊池で接客業をそれなりの時間してきたためそれなりの受け答えは出来る。しかしなのはと違い不向きなことに対しては不真面目なため本来なら年下の学生なんぞに敬語を使う事はないのだが、異世界の学校生活を前に少しだけ動揺してしまった。

 

 

 

「あれ、そう言えば。」

 

鈴音が思い出したように立ち上がり。

 

 

 

「なんで男がいんのよ⁉︎」

 

(今更かい)

 

響く声に構わずシャウトする鈴音に思わず車両内の全胸中が重なる。

 

同伴する教師達数人も座席から少しずり落ちたり、かけている眼鏡を半分ズレさせたり、肩と首をがっくし落としたりでリアクションを示している。

 

生徒と比べて派手さは無いが、その実高度なテクニックがある。流石に社会の荒波を生きる先輩方だ、何事もなかったのように日常に戻る教師陣を見てなのはと巧は感心する。

 

「俺がIS動かせっからだよ。」

 

「はあ?………そう。」

 

冷めた様子で最小限の説明だけで済ます巧に鈴音も無理やり納得させられる。心機一転でまあいいかと鈴音

 

「私のことは名前でいいよ。」

 

「じゃあ私もなのはで。」

 

「………ちっ」

 

即答するなのはのせいで巧が目立つ。

 

「好きに呼べ。」

 

ぶっきらぼうに巧が答える。鈴音は気にした様子もなくうん、と元気よく答える。

 

「なのはさんに巧クンで良いよね?」

 

別に呼び捨てでも良いのに、鈴音の性格を鑑みて不思議に思うなのは。しかしその原因は15歳から見て達観し過ぎる2人に呼び捨てが相応しく無いと鈴音が本能で判断したからであった。

 

「そういえばお前日本語上手いんだな。」

 

切り出す時は迷いなく会話を持ちかける巧に、意外に思いながらも包み隠さず鈴音が返す。

 

「私ね。中国の北の方の出なんだけどこんな見た目だから昔から日本人見たいってからかわれてね。」

 

どうやら一見可愛いらしい彼女の容姿がまるでコンプレックスになるような経験をしたと言うらしい。生憎中国の習慣に疎い2人には理由は分からないし大抵の一般人と同じく家康タイプのなのはは態々人の恥部について言及する気は無い。

 

「なんでだよ。」

 

だから巧が聞く。元から切り出したのは相手だ。このまま黙って月日が流れた時再び聞けるとは限らない。モヤモヤしたままは気分が良く無い。

 

「あのね。」

 

 

 

ベルクマンの法則というものを聞いたことがないだろうか。解りやすく言えば人は北へ行くと大きくなるというもの。山東省ともなれば欧米諸国と肩を並べる平均身長。そのせいか北方では背の低い者を日本人とみなす習慣があり(南方人が増えてきたため今ではステレオタイプだが)。オマケとして茶髪という珍しい地毛に鈴音という日本人的な名前も手伝い幼少期と中学3年の頃は周りの同学年から揶揄われたらしい。

 

「それで逆に興味持っちゃってね。ISも出てきたから日本語勉強してみようかって思ったの。」

 

鈴音の話に感心するなのは。普通ならそのまま嫌いになっても可笑しくないだろうに大したものだ。鈴音の話は雪崩式に展開が変わる。

 

「お父さんが料理屋なんだけど昔日本で留学経験があって日本でも開こうかって話になって家族揃って移住したの。」

 

北方ー山東省とも近い繁華街の一角。そこに鈴音の両親は料理店を営んでいた。扱う料理は日本でもお馴染みの中国四大料理の一つである山東料理を中心とした伝統的な料理屋だが、試験的に他国の主食文化を中国人好みに改良したものを出していた。特に力を入れていたのは膠東料理と相性の良い日本食だ。心機一転して日本に開業する事を決め家族での移住を決意。娘と同じく行動力と即決力の持ち主だった。

 

「三年くらいかな。繁盛はしてたわ。常連もいたし、近くに中学校があったから新規の客も心配なかった……でもね。」

 

目線を落とす鈴音に2人はなんとなくだが悟る。商売ごとが得意な訳ではないが根を下ろして三年後に帰国した理由は商売(そっち)ではない。

 

 

 

大きな変化にはそれに伴う振れ幅も自然と大きくなるもの。人間ただ順風満帆な人生なんて送れるもんじゃない。

 

離婚。あれほど昂ぶっていた熱意は見る影もなく。鈴音は親権を母親に移し帰国。父親とはもう長いこと会っていないらしい。

 

「ゴメン、なんか話ズレまくっちゃった。そんでね!1年間猛勉強して代表候補生になったのよ。どう?割と自慢なんだけど。」

 

「………」

 

つらくないの?

 

一瞬浮かぶ思いをなのはは打ち消す。滅多だ。鈴音自身がその言葉を求めない以上それは優しさではなく只の図々しさだ。なのはは平常時に友人に対してするような普通の笑顔で。

 

「1年で⁉︎すごいね鈴ちゃん。ねえ、巧君。」

 

「おう、だな。」

 

学園にモノレールが着く短い間。着けばクラスは別になってしまうが、それが惜しくなるほど充実した時間だった。

 

 

 

ーーー

 

「2組にも専用機持ちが来たから簡単にはいかないよ。」

 

目の前には一夏がいる。あの頃より丸みが消えた顔付きをしているがずっと覗き込んでいた目と同じだ。

 

「鈴…」

 

久しぶりの呼び名。漸く聞けたあの優しい声だ。

 

「なにかっこうつけてるんだ?似合わないぞ。」

 

「な、なんてこと言うのよアンタは!」

 

一夏の無神経な発言に時は自分がカッとなり言い返す。あの頃には感じなかった懐かしさの渡来に鈴音は一夏に分からないように笑みを浮かべる。

 

途端にあっ、と一夏。

 

スパーン

 

「ミャウ⁉︎」

 

頭蓋が砕かれるかのような剛撃。まさか、驚くように上を見上げる。

 

「千冬さん⁉︎」

 

「織斑先生と呼べ。それとドア前に立つな邪魔だ。」

 

一年前と変わらない社交性もあったもんじゃない鋭い目つきがこれまた懐かしい。慌てて2組へ戻りながら、ずっと待ち望んだ再開を果たしたんだと自覚する。

 

「えへへ。」

 

思わずこみ上げてくる微笑を隠そうとせずに鈴音は笑った。

 

 

 

 




随分待たせたわりには今までと比べて文字数落ち込んですません。
近く。原作開始後のイベントで大きく改変を入れる予定です。

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6話 充電アダプタが細いとなんか不安になる

今回は巧となのはを中心にキャラの掘り下げを行います。


ーー昼時 食堂

 

今朝は急にかつての幼馴染の到来に驚いた一夏は、箒と同伴で食堂へと足を運んだ。その道中は箒から鈴音との関係を尋ねられ説明していた。

 

「お前がファースト幼馴染なら鈴はセカンド幼馴染ってとこだな。」

冗談を交えながらの説明にふむと真剣な顔付きをしながら箒はひとりごちる。

 

「一番か……だが幼馴染というステータスは失った訳か。」

 

箒からしてみればキャラ被りしている上、どうやら相手とは同じ胸中らしいため冷や冷やモノなのだが、勿論一夏からすれば思ってもみない反応なので照れながら。

 

「ステータスって、俺と幼馴染なんてなんの得になるんだ?」

「むっ。お前には理解出来んのか。」

 

全然、と即答の一夏に無表情ながら内心ではかなり傷ついた箒。小さく「いつかは…」と決意を固める。

 

食堂へと着いた一夏はトレイを取り列に並ぶ。そこまで混んでいた訳ではないが、今日は何故かいつもより空腹だ。中々進まぬ列にソワソワと視線を揺らす一夏の姿に箒が苦言を漏らす。

 

「見っとも無いぞ一夏。」

 

「だって、腹減ったんだもん。」

 

「もう直ぐだ。我慢しろ。」

 

「へ〜い。」

 

漸く回って来た順番。食券を渡し料理を受け取る。IS学園の食堂は食券を購入してそこから厨房で調理を始めるためタイムロスが少ない。食堂のおばちゃんからカツカレーライスを受け取る。腕のトレイから至近距離で漂ってくる食欲を唆る匂いに益々腹の虫が鳴く。

 

「はぁー、もうくたくただぜ。早く食おうぜ箒。」

「分かった分かった。」

 

急かす一夏に適当に相槌を打ちながら、目線は空いている席を探す箒。すると。

 

「ん?」

「どうした?……おっ?」

 

何かに気づく箒が気になり見てみると。

昼食だろうラーメンをテーブルに置いて、もっとくたくたになって机に突っ伏している鈴音が居た。

隣にはそんな事など気にする事もなく料理を黙々と食べる、転入生乾巧の姿。鈴音と同時に二組に越して来た2人目の男性操縦者だ。そして

 

「オルコットさんか?」

 

遠目でも輝く、ノロケでも何でもなく本当に映える。イギリスの代表候補生セシリア・オルコットの姿がそこにはあった。三者とも現在絶賛注目の的である。なぜ同席しているのかは謎だがどうにも近寄り難い。

 

「なんか知らんが離れて座ろうか箒。」

「あ、あぁ。」

 

そして離れた位置に空いている席を見つけ、早口で料理を掻き込み教室に戻る二人だった。

 

 

疲れた。

代表候補生になる過程でもそうはなかった疲労感が体を襲う。モノレールで知り合った巧が二組に入ると解った時は嬉しかったがその面倒を自分が見てやると、丁度席も隣になったことで謎の義務感に駆られ口にしてしまった事を鈴音は後悔している。

 

巧は無茶苦茶。むちゃくちゃ無愛想だった。モノレール時はそうでもなかったが、人が増え集団生活が始まった途端それは顔を出した。

まず古今東西の共通。転校生への質問責めだが、これに巧はすべての質問を無表情、全無視という友好もあったものではないコミュニケーション法をご披露なされクラスを引かせる。更には見学に来た先輩生徒の積極的なアプローチがお気にめさなかったようで、鋭い目に皺を寄せて

 

「うっとい。お前とお近づきなんかなりたくねぇんだよブス。」

 

と上下関係(年は巧が上)と現在の一般認識である女尊男卑を構わない台詞であわや乱闘沙汰寸前に、極め付けがISの実習訓練の時だ。

動かせるといってもぎこちない動作で女子なら間違いなく入試の段階で落とされている巧。いよいよ候補生の自分の出番だと張り切り一般生徒とは色違いの赤の入ったピンクのISスーツを着て指導をしていた。かなりハードな要求だったが巧も気を許した鈴音相手には文句は言わず必死に応えようとし、鈴音も熱が入りかなり接近していたから必然ともいえるのだが。

 

急な浮遊感とブラックアウト。

 

許容を超えた要求に応えようとブンブンと腕を振り回していた時、同じく熱が入り普通より近づいていたことでその射程内に入ってしまい結果的にだが。ISの剛腕で思いっきりぶん殴られる形となった鈴音は放物線を描き地面に激突。すっ飛んできた担当教員によって授業は一時中断状態となる。それがトドメとなり今こうして好物のラーメンを運んで来たは良いがこうして力尽きているわけだ。ちなみに巧はというと同席するセシリアとの会話に勤しみコッチに構いすらしない。

 

……………この野郎

 

「では巧くんは日本中を旅しているのですね。」

 

「そんな大したもんじゃねぇよ。」

 

セシリアの感嘆を受け流しながら黙々と料理を口に運ぶ巧。同じクラスですらもう自分を犬猿し始めているというのにまさか隣のクラスから外人が昼食を同席したいと頼み込んでくるとは驚きだ。しかもこれまでのまるで珍獣を見るかのような扱いをしてくる女達に比べてセシリアの態度は実に淑女的だ。余計な事を聞いてこない彼女に巧もすっかり気を許し、セシリアも巧の落ち着きある(ただの面倒臭がり)振る舞いが好みに合うらしく。仲が深まるのに時間はかからなかった。

 

「ちょっとアンタ…」

「あ?生きてたのか。」

 

このやろぉうぅ……

 

「少しは申し訳無さそうにできないの?」

 

ギリギリと歯ぎしりをさせながら恨めしげに体中の痛みを訴える、が。

 

「わざとじゃねえよ、それに勝手にお前が当たりに来たんだろ。お前の不注意だ。」

「うぐっ」

 

事の大きさから考えれば白状にも程がある態度だが正論である。

 

「まあ鈴さんも、大事にならずに良かったではありませんの。」

素敵な笑顔で言いくさりおったこの女。

 

「まあセシリアがそう言うんなら良いけど。」

 

この英国淑女を前にはどうもその手の感情はなりを潜める。

 

「水をたっぷりと飲んで休めば治りますわ。」

 

「アンタの国の医療機関ってそんなに大雑把なの?」

 

「大丈夫ですわ。Everything will be fine!(全て上手くいく!)」

『keep calm and carry on』平静を保ち,継続せよ.第二次世界大戦前に作られたスローガンだ。これのせいかは知らぬが少なくとも目の前のイギリス人は偉いポジティブ思考らしい。

 

「………ま、いっか。」

 

他人に厳しく知人にはベラボーに甘いのが中国人だ。この程度の文化の違いは笑って流そう。

 

「まっ、このままじゃ冷めちゃうし食べるか。」

 

とラーメンを啜る。うむ、次第点

 

 

 

「な、なのはさん。」

不意に名前が呼ばれる。

先程から幾度となくこうして名前を呼ばれている。しかしその割には呼ぶ相手はいつまで経ってもどこか緊張したようで落ち着きがない。先ほどの言葉が詰まりかけた呼びもまだ良い方だ。噛んだり間違えたりはもう数えきれない。

 

(ヴィータちゃんの方がマシかな?)

 

彼女には名前を覚えて貰う事が苦労だったが此方は平静を保って貰うのが苦労しそうだ。

 

「なに、簪ちゃん。」

 

少しも不満など抱かずなのはは簪に返す。対する水色の髪が内巻きになっている、眼鏡型のディスプレイをかけた女子。4組のクラス代表『更識簪』は肩を跳ね上がらせ少し照れたように「あの、あの!」と口ごもる。

 

「いっしょに……食事、食べ、あ、。」

「うんいいよ。一緒に食べよう。」

 

屈託のない笑顔に先ほどの緊張で真っ赤になった顔がすっかり明るくなる。

「はい!」

元気良く返す簪がまるで小動物のようで微笑ましくなのはも笑みが深まる。

 

なのはのクラス入りは特に波乱を出さずに実に優等生的に終わった。受け答えも愛想良く既にクラスの大多数がなのはに好意的な気持ちを抱いている。簪はそんななのはの目に自然と入ってきた。クラスの大半がなのはの周りに集まり、その他の生徒も其々のグループに分かれるか昼寝をしたり本を読んだりで時間を潰す中、彼女だけなにやら内職に勤しんでいるようで目立った。近くの生徒に聞いてみると彼女はこのクラスの代表で専用機持ちの日本の候補生だというのだ。しかし彼女の開発される予定だった専用機は一夏の白式にスタッフを回され未完成状態のまま頓挫。残りを彼女が独力で作業を進めているのだがどうにも上手くいかないらしい。束ですら長い年月をかけても未だに未完成だというのだから一高校生に成し遂げられるとは、彼女には悪いがなのはも思えなかった。

 

どうにも放って置けなかった。

 

「こんにちは。」

 

ビクッと肩を跳ねさせる。

意外そうに顔を上げるとおっとりとした雰囲気を醸し出す可愛らしい造形が映る。少女、更識簪はどこか怯えたような気弱な表情でなのはを伺う。その様子に少しいきなり過ぎたかと反省しながらなのはは持ち前の優しい笑顔を向ける。

 

「ごめんね。びっくりした?私の事分かる?」

 

まずは謝罪。それから自分の名を聞く。簪が固まったままあうあうと口を開くのを見ると再度微笑みながら。

 

「なのは。高町なのはです。宜しくね。」

 

はっきりとした語句で改めて名乗る。簪はしばし呆然としていたが何故か顔を赤らめる。不審がるなのはがどうしたのかと聞こうとした時。

「更識簪です!宜しくお願いします。」

 

今度はなのはが驚く番だった。簪は先ほどの挙動不審が嘘のようにハキハキしながら答える。その姿になのはだけでなく簪を知るクラスメートまでも驚く。しかし簪はそんな周りの目など気にせず。

 

「あの、さ、さ、更ら、識じゃなく、…そ、その。簪ってよよよ。」

 

「簪ちゃんだね?私はなのはで良いよ。」

 

「は、はい!」

 

これがなのはと簪の出会いだ。

 

「ここの食堂のお料理美味しいね。お店みたいだよ。」

 

「予算は全て日本一国持ちとはいえ先進国の国家プロジェクトですからね。設備も他の学校とは段違いなのも無理ありません。」

 

漸く饒舌に話せるようになった簪の説明に成る程と相槌を打つ。

 

(話すとこんな感じの子なんだ。)

 

胸中で思いながら食事を進める。ふと、目に入れる目的。IS学園(ここへ)来た理由である頼み事。世界初の男性のIS適合者 織斑一夏。幼馴染と食事を楽しむ彼を横目で確認しながら再び料理を口に運ぶ。

 

 

 

 

「なのはちゃん………IS学園に行ってくれない?」

 

か細く、伺うような束に付き合いの短いなのはは違和感に感じる。だとすれば横でなのはのティーカップを片している銀髪の少女。クロエ・クロニクルの驚きはもっともだった。

 

「どうなさったのですか束様。」

 

クロエの問いを受けなのはに向かって、やはり暗いトーンで束が答える。

 

「スカリエッティの狙いが解ったかもしれない。」

 

ジェイル・スカリエッティ

事件後の調査で浮き彫りになった管理局の闇。スカリエッティもその一つであった。無限の欲望(アンリミテッドデザイア)の名称を冠した管理局の最重要計画。古代ベルカの発達した文明ですら持て余した史上最強の質量兵器『聖王のゆりかご』の発掘と運用を目的とした人造生命体。それが足長おじさんの正体だった。ここにきて明らかとなった敵の名称に束にも変化が出来たらしい。

 

「束さんね。最近ちょっとまいってたみたいなんだ。それで今まで気づかなかったんだけど。」

 

家族と縁を切り世界から孤立しただスカリエッティの所在だけを10年も調べてきた。精神が異常をきたしても不思議ではない。なのはにより10年来の怨敵の名を聞かされて束の精神にも一区切りついたようである。

 

「スカリエッティが白騎士事件の発端なのは間違いないんだけど、何処までほんとのことなのかなぁって。」

「?どういう事ですか。」

 

なのはの疑問に束は、彼女には珍しいほど丁寧に人に教える。

 

「まず2341発のミサイルをハッキングして発射させるって時点でおかしいんだ。」

 

束によるとミサイルだけでなく全ての軍事システムは原則としてネットへの繋がりを途絶している。即ち外部との関わりをシャットアウトしているためそもそもハッキング、クラッキングは不可能なのだ。

 

「それにミサイルの発射とかは最終的にはボタンだとか鍵だとかで物理的なものだからますます難解になるし、内部協力者がいたとして2000発分の軍事施設に潜りこませておくのは少し現実的じゃない。」

 

説明されればされる程実現見のない夢物語に思える。

しかしとなのはは顎に手を当てる。事実として10年前に日本は巡行、弾道ミサイルの危機に襲われているのだ。スカリエッティは確かにミサイル発射が可能だった。うんうんと唸ってみるが結果は芳しくならない。そもそも敵として相対した際もスカリエッティとは直接に会った事がないのだ。モニター越しの狂気だけではスカリエッティの思考を読むには限界がある。

 

「正直今でもあまり納得出来ないんだけど。」

 

自信なさげに頰を掻く束に再度注目する。

 

「スカリエッティはハッキングとかなしでもミサイル発射が可能だった。」

 

続けて束は言う。

 

「正確にはそれが出来る地位にいたって考えなんだけど、どうかな?」

 

地位にいた。

 

ミサイル発射を命じられる程の高い地位にあの狂人は席を置いていたというのが束の考えだ。

光明が差し込む。これまでの流れの中で初めて核心に近づいた気がした。

 

「それなら調べても浮かび上がらない理由も分かる。束さんでもある一定ライン超えた施設は調べられないし。世界中の軍事施設に命令が出来るなら自然とそういう場所にいるからね。」

 

途端息を吐き出し束が呆れたように笑う。

 

「それにしても比喩なしの世界征服だね。ただの変態だと思ったら割とステレオタイプな悪役なんだね。スカリエッティって。」

 

なんか気が削がれちゃったよ、と笑う束。そのまま話が終わってしまいそうなのでなのはが思わず切り出す。

 

「であの、スカリエッティの狙いって何なんですか?」

 

「んあ?……あそうだ、それそれ。」

 

あれだけ深刻な表情をして置きながらアッサリと忘れてみせる束の胆力に改めて苦笑する。束は今度こそ真剣な表情に戻りたどり着いた結論を語る。

 

「まあステレオタイプとか言ってみたけど…本来なら凄いことなんだよね。世界征服って。もう求めるもの全部手に入ったも同然。一生好きな事して生きていけるってくらい。」

 

確かにと相打つなのはに頷きながらじゃあ、と

 

「それでなんで隠れるんだと思う?」

 

地位も名声も、と言葉が昔からあるがその最たる位置であろうスカリエッティが今いる地位。しかしその効力は表舞台に立たなければ発揮されない。ミッドチルダでの事件からして自己顕示欲の強いスカリエッティがなぜ10年前から一度も姿を出さないのか。

 

「多分あいつにとって重要な要素がまだ残ってるんだと思う。」

 

そう語る束はそれを確かめるように邂逅する。

 

「あいつが表に出て来たのは後にも先にもちーちゃんが関わったあの時だけ。ちーちゃんっていうこの世界の改変の要素が現れた瞬間だけ。」

 

歯ぎしりをしながら束は改めてなのはに尋ねる。

 

「なのはちゃん、IS学園に行ってくれない。」

 

怒りも伴い今度こそハッキリとした口調。

 

「あいつの狙いは多分『人』この世界の常識を覆すような存在。多分あいつはそれが現れて初めて出てくる。」

 

沈黙が少し

 

「ちーちゃんの弟 織斑一夏君。その子がもう直ぐIS学園に入るらしいの。世界で初めてISを動かせる男性として。」

 

「ISは女性にしか動かせない。」その常識を覆せる人物。世界に改変を引き起こせる人物。確かにスカリエッティがもう一度現れるとしたらそこしかない。

すると今まで口を出さなかったクロエが一言。

 

「そして一夏様の身をなのは様に守って頂く訳で御座いますね?」

 

なのはの戦力は束も理解しているつもりだ。彼女が最大の脅威としている灰色の怪人もなのはなら単騎での戦闘。引いては撃破も可能だろう。親友の弟を守って貰うのにこれ以上の逸材はいない。

 

「お願いなのはちゃん。いっくんを守って。」

懇願する束に。

 

 

しかしなのはは未だに能面で。

 

 

「全部ですか?」

 

キョトンとするクロエと言葉を詰まらせる束。

 

 

 

 

 

「本当にそれだけなんですか?束さんが怒っている理由。」

………………

フッと聞こえる音。観念したように束が改めて頭を下げる。

 

 

 

 

ーー食堂

一夏は余程空腹で悩まされていたのか大盛りのカレーを口へ放り込んでいく。それを行儀が悪いと諌める一人の少女。なのはが目を細める。

 

 

『束さんね、妹がいるんだ。箒ちゃんっていうの。』

 

この手で掴める手を何としても掴むため。

 

『今年からIS学園に入学するらしいんだけどさ……』

 

その手が届かぬ所にも、飛んでいけるため。

 

『お願い。なのはちゃん。』

 

懐に仕舞う相棒が微かに光る。

 

『箒ちゃんを守ってあげて』

 

 

 

頭に心に響く声。

《必ず成し遂げましょうマスター》

頷く代わりに決意を新たにする。届かぬ手を取るために

 

この力(魔法)を手にしたのだから




会話が長くなると途端に文がチープになっていく。
なにかの呪いか……⁉︎(単なる力不足です)

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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7話 セカンド怒る

鈴の告白を一夏が履き違えたシーンです。
元のストーリーで間違えるのもまあ、無理ないかなと思ってしまったのでキャラに代弁させています。
「改悪すな」という方はどうぞお許し下さい。


++食堂++

 

あっと声を上げたのはカロリー摂取により消耗したエネルギーを取り戻した鈴音だ。そこまで大きな声量では無かったが不意に飛び出たため巧とセシリアは何事かと目を向ける。一方の鈴音はよほど大事な事なのか二人の視線も気にせず、直ぐに頭を抑え落ち込む。

 

「忘れてたー。」

 

やっちゃったーとぼやく鈴音に二人は目を合わせて不思議がる。相変わらず落ち込んだままの姿がなにやら聞く気を失わせてきた。セシリアがどうしたものかと思案していると不意に巧が目を合わせて来た。

 

「?」

 

首を傾げて答えてみせると彼は次に鈴音へと目を振る。それを二度繰り返すと目を伏せ残った料理に手を付け始める。

 

「あぁ」

 

理解したように自分に聞こえる程度の声量で納得するセシリア。少々顰めたような笑顔を浮かべ意を決して鈴音へ声をかけた。

 

「どうなさいましたの?」

 

「一夏誘うの忘れた〜」

 

そう言えば彼女は一夏と恋仲になりたいのだったなと思い出し納得する。要するに織斑一夏と食事を同席することで親しみを増やし、如何にか発展するのを狙っていたのだろう。確かに鈴音は幼馴染とはいえ1年のブランクがある。他の生徒と比べ圧倒的なアドバンテージがあるだろうが、それでも恋する乙女からすれば周り全てが女子という環境を安心させるには足りないようだ。本当に落ち込んでいる鈴音はさっきよりも弱々しそうに見える。巧は大して感じないようだがセシリアは平穏な調和が望ましく思う。柔らかい声で俯く鈴音に語りかける。

 

「一夏さんの事が好きですものね。」

 

それに鈴音も反応を示す。机に突っ伏すのを止めセシリアに向かい身を乗り出し。

 

ガシッ!!

 

胸ぐらを掴んだ。

 

かなりの力で引き寄せられ困惑するセシリアに鈴音は食堂中に響き渡る程の怒号で

 

「なんでアンタ一夏の事『一夏』って呼んでんのよ⁉︎」

 

「えっ……あっ。」

 

やらかした

 

不安で精神が揺れ動いている今の鈴音にセシリアの名前呼びはその不安をモロにぶっ叩いた。今のセシリアは鈴音の中ではさながら『人の恋路を邪魔する不届き者』のレッテルを貼られている。なんとか言い繕おうとするが興奮した鈴音は聞き入れず胸ぐらを掴んだまま前後に揺らす。

 

「どうゆうことよ!どうゆうことよ!どうゆうことよ!どうゆうことよ!どうゆうことよ!どうゆうことよ!」

 

「落ち着いて下さいまし鈴にゃん。」

 

「鈴にゃん言うなぁぁ‼︎」

 

馬の耳に念仏。少し意味は違うがそんなことわざが浮かんでくるほど今の鈴音は聞く耳持たずだった。セシリアはなんとか腕力で押さえつけるが箍が外れたらしい鈴音の膂力は小柄とは思えないほどであり暴れる彼女の打撃を捌くだけで腕が痺れてくる。

 

「巧くん!」

 

堪らず助けを求めるセシリア。元はと言えば巧が面倒臭がって起こった事だ。

 

「たくっ…」

 

憎まれ口を叩きながらも平らげた料理を横にズラし、おもむろな仕草でテーブルに備え付けで置かれてある醤油差しを手に取る。そして…

 

 

 

ぷしゅっ

 

 

 

「ギャァァァ!!!!?目が‼︎目がァ⁉︎」

 

目元を抑えゴロゴロと食堂の床を転げ回って悶える鈴音。うわあ…という声が食堂中から上がった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「落ち着きましたか?」

 

尋ねるセシリアにすっかり意気消沈した鈴音が答える。

 

「うん…ごめんセシリア。

 

あと醤油スッゴイ染みた。」

 

「今度ああなったらまたしてやるからな。」

 

なんの悪びれる様子もない巧に、もはや恨めしさよりも尊敬の念が芽生えてくる。

 

「私は一夏さんには友人以上の感情は抱いておりません故ご安心を。」

 

にっこりと微笑んでみせるセシリアに再度謝り鈴音は本題を切り出す。

 

「実はこの昼食の時に二人きりになれたらさり気無く聞こうとしてた事があったの…」

 

聞きたい事?繰り返すセシリアにうんと頷き鈴音は恥ずかしがったみたいに顔を赤く染めずっと誰にも打ち明けなかった胸の内を語る。

 

 

 

あれは2年前の時。

 

時刻はもう暮れ。他に人のいない教室で鈴音は同じ制服の一夏に対し、一大決心をしようとしていた。そばに立つ一夏は窓の外の紅色に染まりつつある街並みをほうっと見流しており気付かないが今の彼女の顔は夕日にも劣らぬ程の真っ赤に染まっていた。

 

「い、一夏!」

 

「ん、なんだよ鈴」

 

遂にこちらへ向いた。

 

もう後戻りは出来ない。

 

すうっと深呼吸一つ。

 

さっきまで緊張で心臓が破裂しそうだったのが嘘みたいに落ち着いている。そして鈴音は口を開けた。

 

「アンタうちの店どう思う?」

 

 

ちがう

 

 

(私のヘタレ…)

 

完全に途切れた。もう脈なしだ。

 

「良いよな。安いし美味いし、毎日通えるぜ。」

 

質問の答えに屈託のない笑顔で一夏はそう言った。求めていたものとは大分違うが仕方ないと思い諦めよう。これはこれで嬉しい言葉だ。チェーン店と違い常連客が売り上げの中心である定食屋にはこれ以上ない賞賛だ。

 

「そう、毎日来ても……まいにち?」

 

脳裏にさながら電流が走ったかのような衝撃を覚えた。勝利のイマジネーションが見えた‼︎

 

「そ、そんなに毎日食べたいんだったら……」

 

バクバクと心臓が再び鳴り響く。自分のか細い声などかき消されてしまうかのような錯覚に陥る。もし一夏に届いていなかったら、そう思うと涙が溢れそうになる。

 

しかし

 

 

 

「なんだよ?毎日食べたいんだったら、なんだって?」

 

届いていた。その事実で鈴音は完全に吹っ切れた。

 

「だから!(うち)に来なくても、酢豚くらいなら私が毎日作ってあげるって言ってるのよ‼︎」

 

言えた!遂にやった!一夏に告白出来た‼︎

 

喜びに胸が高まる中すこし冷静になった事でおやっと思ってしまった。

 

(そういえば私料理下手だった。)

 

これはぬけている。折角毎日彼に酢豚を作ってやれても、恐らく彼なら文句は言わないだろうがそれでも美味い方が良い。そこまで至って鈴音は直ぐに告白を修正する事にした。してしまった。

 

 

「上手くなったらね。」

 

「本当か?それは助かる!」

 

先程と()()()()()()()()()喜ぶ一夏だったが鈴音は達成感からもう一夏に気を向けてはいなかった。

 

 

以上の出来事で鈴音は一夏に告白したと思い。一夏は鈴音から料理の成果を見せて貰えると思った。

 

 

ーーーーーーーー現在 食堂

 

 

「ーーて訳なの。えへへ」

 

自分と彼しか知らない秘密の約束を話してしまい鈴音は顔を真っ赤に染めてもじもじと身悶えている。そんな恋する乙女をすごく冷めた目で見る巧とセシリア。鈴音もそれに気づいたらしく頰をむっと膨らませて抗議を上げる。

 

「なによその顔!言いたい事があるならハッキリ言いなさいよ!」

 

「………」

 

それに無言のまま、セシリアは醤油差しを取り。

 

 

 

ぷしゅっ

 

 

 

「ギャァァァ!!!!?目が‼︎目がァ⁉︎」

 

 

 

のたうち回る鈴音を見下ろす。色を感じさせない冷たい瞳だった。

 

「このおばかさんが……」

 

 

 

 

 

 

 

一通り生徒もバラけ(逃げて)ガランとしてきた食堂で落ち着いた鈴音は驚愕に身を立たせる。

 

「勘違いですって⁉︎」

 

うんうんと二人してそれを肯定する姿に鈴音は返す刃を失ってしまう。

 

「そもそもなんで『毎日味噌汁を』的な告白の仕方するんだよ。昭和か。今時わかんねぇだろ。」

 

「そそ、そんなことないもん!」

 

巧からのそもそもの前提全否定に必死に反論する。

 

「私は生憎その言葉遊びは知りませんが、「言葉遊び…っ」少なくとも妙に洒落た言い回しは墓穴だと思いますわ。」

 

良いですこと?と続けてセシリアのターン。

 

「人というのは持って生まれた身の丈が必ずあるもの。下手にそれを超えるとかえって不自然になってしまいます。鈴さんの告白の仕方も正にそれ。

 

いくら洒落た体を装っても貧乏人は貧乏人ですわ。」

 

「び、貧乏人……」

 

辛辣過ぎる言葉に完全に意気消沈して座り込んでしまう。しかしそう言われてみればだが、確かに少し不自然だったかも。

 

「多分あいつ酢豚を奢って貰えるとしか思ってないぞ。」

 

「そもそも恋愛対象とすら見ていませんもの。違い有りませんわね。」

 

「そ…んなぁ。」

 

くったり

 

それがトドメとなり完全に沈黙してしまう鈴音。そんな様子にお互い顔を見合わせてやれやれと両手を上げる。

 

虚し過ぎる空気の中チャイムだけが響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

「……どうすれば良い?」

 

弱々しく、目に涙を満たしながら見上げる鈴音にセシリアは溜息一つし優しく鈴音の頭に手を置く。

 

「取り敢えず教室に戻りましょう。大丈夫、まだチャンスはありますわ。」

 

美笑を湛えながら幼子をあやすように優しく撫でる。鈴音は少し撫でられた後突然立ち上がる。目元はまだ赤く腫れているがいつもの勝気な強い瞳でいつもの周りの目を気にしない大きな声で決意する。

 

「よし!寮で覚えてなさい一夏!早く教室戻るわよアンタら!」

 

現金な奴だと巧がぼやけば、可愛らしいとセシリアが微笑む。先導する鈴音の後に二人も続く。

 

結局鈴音と巧は3時間目には間に合わず先生のお叱りを受け、何故かセシリアは間に合っていた。

 

 

ーー学生寮 1025号室

 

「という訳で部屋変わって?」

 

「断る。」

 

急に押しかけて来た鈴音の頼みを箒はにべもなく断る。箒が一夏と同部屋だと聞きつけた鈴音は早速部屋を変えて貰うよう直談判しに来て、現在即行却下されていた。見事なまでの玉砕っぷりだが鈴音はめげずにあくまでもフレンドリーに話しかける。

 

「いやぁ、篠ノ之さんも男と一つ屋根の下なんて困るでしょ。だから私が変わって上げるよ。」

 

「心遣いどうも、だが結構だ。織斑君とは旧知の仲なのでな。」

 

しかし箒はまったく譲らない。さりげに一夏との関係を持ち出し諦めさせようとする。無論鈴音とて引かない旧知の仲は自分もそうだ。睨み合う両者、一夏には二人の間に火花が走っているのを見た。なにやら恐ろしくなった一夏は自分に飛び火して来ないように部屋の奥へ逃げる。

 

「じゃあ一夏決めなさい!」

 

捕まった

 

「ウェェェ‼︎俺⁉︎」

 

「そうだなお前が決めるのが筋だろう。」

 

「ルラギッタンディスカ⁉︎」

 

一夏の必死の抗議も聞き入れて貰えず板挟みにされる一夏。なぜこうも厄介ごとに巻き込まれるのだろうかと嘆きながらなんとか二人を言いくるめようとする。

 

「………ジャンケンとか?」

 

おもむろに竹刀を取り出す箒とISを部分展開させて構える鈴音に顔を真っ青にさせる。

 

「わわ分かった!真面目にするって!」

 

なんとか抑える事が出来たが、おそらく次間違えれば容赦無く攻撃されるだろう。冷や汗が顎までつたう。呼吸を整え精神を落ち着かせる。暫しの時間。突然キッと目を開く一夏に二人も緊張する。

 

そして、

 

「やっぱ先生に言わないと駄目だろ。」

 

真面目過ぎる答えだった。

 

肩を滑らせる二人。だが一夏の言う通りここで彼が首を縦に振っても鈴音が正式に1025号室に入ることは出来ないのだからしょうがない。はあっと溜息一つ吐き、鈴音はISを解除させて持って来たボストンバックを肩に担ぎ踵を返す。そしてドア近くで振り返り。

 

「ところでさ一夏。約束覚えてる?」

 

なに?と箒が一夏に睨みを効かせる。一方の一夏は少し思案した後ポンと手を打つ。

 

「あれか?鈴の料理の腕が上がったら、毎日酢豚をーー」

 

覚えていてくれた。それだけで気持ちが昂ぶる。

 

しかし、

 

「奢ってくれる?って奴か。」

 

「……」

 

言われたこととはいえ矢張り心に来る。思わず込み上げて来るものを抑える。

 

「どうした?もしかして違ったか?」

 

心配した一夏が声をかける。箒は鈴音の様子を見て何かを察したように目を細める。

 

「ううん、平気。……」

 

答える言葉に力は感じられない。

 

 

ーー

 

平気じゃないわよ……馬鹿。

 

あり得ないわよ。女の子との約束ちゃんと覚えないなんて、犬に噛まれて死んじゃえ!

 

……セシリアと巧くんの呆れた顔が浮かんで来る。本当は私がいざって時に曖昧なのが悪いんだ。二人には洒落だって言ったけど本当は直接言うのが怖くてわざとあんな風に言った。断られるのが怖くて。

 

ふと篠ノ之さんを見上げる。篠ノ之さんはただ私を無表情で見つめるだけだけど私にはこう聞こえた。

 

「やめておけ」

 

情けないが従ってしまいそうになる。多分あの子はとっくに覚悟が出来てるんだ。告白する覚悟も振られるかもしれない覚悟も。

 

私はない。

 

もし一夏が告白を正しく認識して、その上で()()()()。多分私は耐えられない。このままドアを開いて逃げちゃった方が良いかもしれない。

 

『チャンスはありますわ』

 

古された言葉だけど凄く心に響いたセシリアの応援。

 

…………

 

そうよ

 

なんのために日本まで来たと思ってんのよ

 

なに今更ビビってんのよ

 

こちとら中国人、気迫の強さが美徳よ!

 

 

 

「一夏!」

 

「はい⁉︎ゴメンなさい!」

 

 

もう逃げない

 

 

 

「クラス対抗戦。覚悟しときなさいよ。ボコボコにしてやるんだから!」

 

キョトンとなる一夏と箒。しかし直ぐにあいつは明るい笑顔を浮かべて。

 

「おう、正々堂々と戦おうぜ。」

 

 

ーー

 

ドアを蹴り開け飛び出していく鈴を見送る。

 

急に落ち込んだと思えば今度は急に元気になりやがって、久し振りの幼馴染に距離感掴みかねてるのかな?箒はどう思う?

 

「なあ、やっぱ約束なんだと思うんだけど……俺、もしかして間違って覚えてたか?」

 

箒は直ぐに応えてくれた。

 

「私が考えるべき事ではない。お前の問題だ。」

 

うーん相変わらず堅物だ。まあその通りなんだけど、やっぱ自分で考えるしかないか。

 

「取り敢えず特訓だ!もう負けたりしたくないしな。」

 

オルコットさんと同じ代表候補生である鈴。弱いハズがないしな。

 

「また生徒会長に教わるのか?」

 

「いや、流石にそう何度も世話はかけられないからな。」

 

なんだかんだ言ってちゃんと忙しかった楯無さんにこれ以上迷惑はかけられないしな。でも俺の今の知識と経験では一人で特訓しても大した成果はないだろうから………あっそうだ。

 

「箒。お願いして良いか?」

 

「む、私か。」

 

箒はIS学園に入るくらいだから勿論きちんと勉強している。剣道も強いから体もしっかりしてるし適任だ。その主旨を伝えると

 

「体がしっかり……なにを言う。」

 

少し顔を赤くしながら言われた。あっ女の子にはまずかったか。どうしようかと思ってたら箒から声がかけられ。

 

「仕方ない。だが期待はするな。」

 

どうやら受けてくれるみたいだ。

 

「よっしゃ、ありがと箒。」

 

特訓コーチもできたしあとは俺の努力次第だ。俺は来たる対抗戦に向けて闘志を燃やした。

 

 




少しづつ改変しながらのストーリー展開。
もう直ぐIS学園でのビッグイベントが始まります。
そこで最大の改変をしようと思っておりますので僭越ながら楽しみにして頂ければ幸いです。

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8話 頼って良いんだよ?

なぜかなのはに懐く簪の悩み。
それはどうやら中々深いものらしく………

「正しいかどうかは判らない。だけど放って置けない!」



春の陽気が高まってきた4組教室でなのははいつも通り懐いてくる簪と簪の親友である1組の布仏本音と談笑していた。

 

「じゃあなのはちゃんのお家喫茶店さんなんだ〜。」

 

「うん、翠屋って言うんだ。」

 

独特のリズムで言葉を発する本音はこれまでに会わなかったタイプの人間だ。ちなみにあだ名はのほほんさん。うーんピッタリだ。男女問わず好かれる性格だろう。

 

(でも、なんでだろう…)

 

常に笑顔を絶やさない本音だが、なぜか引っかかる。無邪気に描かれた向こう側にそれとは無縁の計算性を感じる

 

「なのはさん?」

 

簪の声に引き戻される。急に黙り込んだなのはを本気で心配しているのか不安そうな顔を向けてくる。

 

「ううん、なんでもないよ。」

 

直ぐに笑顔を向け安心させる。やはり秘め事をするとどうしても顔に出てしまう。はやてならばもっと上手くやれるのだろうかと、来年には本部へ転属となる友人の顔を懐かしむ。

 

(そういえばこの世界とミッドじゃ時期の流れが違うんだよね。)

 

束達のいる世界はもう入学シーズンも過ぎているが、なのはの世界ではまだ先の話だ。しかしそれでも月日の流れの速度は凡そ同じらしく、レイジングハートのミッド基準の内部時計との誤差は無い。

 

(……これから3年間、大丈夫かなぁ)

 

一抹の不安を覚える高町なのはーもう直ぐ20歳。

 

「そういえばかんちゃん。もう直ぐクラス対抗戦だけど、専用機できた?」

 

本音のなんとなしの尋ねに表情を曇らせる簪。矢張りまだ完成してはいないらしい。俯きげの簪は何処か悔しそうに歯を食いしばる。途端に気が悪くなり普段はマイペースの本音も心地悪そうにしている。これはいけないとなのはが声をかける。

 

「1人で作ってるんだよね?」

 

「…はい。」

 

小さく呟く簪は未だに俯いたまま。そんな彼女をなのはは頰に両手を添えてゆっくりと上げさせる。温厚ななのはらしからぬ強引な手段に簪も驚いた顔になる。なのはは何時もより厳しい表情で

 

「本音ちゃん。」

 

「ふぇ⁉︎はい!」

 

不意を突かれた形となり狼狽える本音になのはは至って真剣な表情を佇ませながら。

 

「整備科に案内して。」

 

 

ーー整備科

 

空調設備の効いた校内とは違いつんっとダイレクトに鼻にくるオイルの匂い。IS学園整備科へと3人は足を運んだ。

 

「初めまして高町さん。本音の姉の虚と申します。」

 

出迎えてくれたのはピシリとした背筋にキチッとした身なりをした上級生。布仏虚だ。妹とは似ても似つかぬ虚は下級生のなのはにも丁寧な口調と仕草で挨拶をする。珍しいタイプだがなのはは動転よりも感心を抱いた。しかしそれは憧憬と言うよりは老婆心のもので。

 

(若いのにしっかりしてるな〜この子。)

 

高町なのはーもう直ぐ20歳。正直隠し通せる気がしない。

 

 

「なのはさん…どういう事ですか。」

 

文句を言いたげな、実際に有るのだろう簪が不機嫌そうにそう呻く。対してなのははやはり厳しい表情のまま。

 

「ハッキリ言うね。このままだと絶対間に合わないよ。」

 

曇らせるというより泣き出しそうな顔になる簪にもなのはは動じない。代わりに冷静に事となりを見る虚に視線を移す。向けられる意見の意に虚も反応し目を向ける。

 

「ですよね布仏さん。」

 

「はい。かんー更識さんの専用機のデータはこの子を通して理解してます。」

 

本音に目を向けながら率直な考えを述べる虚。驚きと非難が篭った目を本音に向け、直ぐになのはが「私が頼んだの」と切り出す。またも驚く簪になのはが視線を切り返す。

 

「簪ちゃん。ちょっと気負い過ぎじゃないかな?」

 

本当は簪から思いを吐露するのを待つつもりだったが時期がそうしてくれなかった。

 

「1人で頑張るのってすごく偉いことだけど、それと周りを頼らないことは別じゃないかな。」

 

元々簪は専用機の完成に着手する以前から人を避ける傾向にあったと本音を通してなのはは知っていた。その時点では世話焼きが過ぎると思い口は出さなかったが、クラス対抗戦を控えてもまだ1人の姿勢を崩さない簪にいい加減傍観に区切りを付ける事にした。

 

「簪ちゃんがしようとしている事は、多分このまま1人だと最後まで行かないよ。」

 

やや残酷とも言えるなのはの叫弾に簪も我観できずに批判する。

 

「そんなこと…!なのはさんには関係ないじゃないですか⁉︎」

 

『そんなこと無い』言おうとしたが途中で詰まる。簪自身心の奥底で何度も渡来した思い。それをなのはは敏感に感じていた。あくまでも落ち着いて返答を選ぶ。

 

「うん、私には関係ないよ。全部簪ちゃんの問題だもん。」

 

温度差の違う会話にペースを掴めないまま簪は黙ってしまう。

 

「これからも1人で作業を進めるとしてもし、最後まで完成しなかったらどうするの?」

 

最後まで、すなわち卒業。その言葉が恐いくらいリアルに感じて思わず固まってしまう。

 

「簪ちゃんは今は日本の代表候補生でいられるけど、もしIS学園の庇護から出てもまだ専用機の完成が出来てなければ……」

 

沈黙。くるりと虚に振り向く。

 

「すいません、どうなるんですか?」

 

『……』

 

ため息一つ。虚が代わって続ける。

 

「専用機の没収が適当ね。」

 

それに顔を引きつらせる簪。虚は当然というように続ける。

 

「専用機は量産機とは違う。

絶対数もそうですがそれ以上に中身(スペック)が違う。

出来る事ならより有益なデータを提供してくれる操縦者に使って欲しいのは当然です。」

 

そして、少し嫌そうな表情をしながらも虚は厳しく言い放つ。

 

「専用機を失うという事は候補生を剥奪される事と同義。そして、恐らく二度とチャンスは巡っては来ない。」

 

つらつらと端的に流暢に並べられる予想。それが簪には恐ろしかった。今まで自分が積み重ねてきた、彼女にとっては更識簪という人間の存在意義全てに他ならないIS操縦者としての地位。それが簡単に、無慈悲に奪われるという現実がとても恐ろしい。

 

「かんちゃん……」

 

「……」

 

顔を青ざめさせる簪を見て親友である本音や、言った虚本人ですら胸を痛める。2人とも彼女の努力を幼い頃より見守ってきたからこそ感じる境地、だからこそ掛けるモノ(言葉)が見つからない。

熱気を含んだ整備科の空気が更に重く不快になっていく。

 

パン!

 

誰も声を上げられない中、不意に弾けるナニカが鼓膜を叩いた。

釣られてそちらを見やると両の手を合わしたなのはが何時もの優しい笑顔で見ていた。驚く3人になのはがどこか申し訳なさそうにする。

 

「御免なさい、なんか暗くなっちゃったね。」

 

軽く頭を下げながら「にゃはは」と笑う。

呆気に取られる皆になのはは慌てて取り繕う。

主にダメージの大きい簪を重点的にやっぱり1人で成し遂げようとした気概は偉いと頭を撫でる。さっきと別人の様な姿に簪は首を傾げる。

 

「……ご、ごめんね?本当、虐める気は無かったんだけど。」

 

「ただ、このままだと簪ちゃん。背負いこんだまま潰れちゃうと思ったし……」

 

心の底から済まなそうにするなのは。

 

「なにより勿体無いじゃん?」

 

なにが?となる簪が再度首を傾げる。前になのはは言う。

 

「専用機が出来ないままだと。簪ちゃん本当に凄いのに。」

 

「専用機の完成が遅れた分だけ誰にもその凄い所見せられないなんて。」

 

「がんばってきたのに勿体無いじゃん。」

 

なのははいかに勿体無いか多彩な表情と手振りで一生懸命伝えようとする。そんななのはを見ていると確かにそう思えてくる。

 

確かに勿体無い。

姉に対抗しての1人での制作だったが、それが返って自分の落ち度として捉えられてしまっている。

それが解ると途端に自分が変な所で意地を張っていると馬鹿らしくなってきた。

 

「そう、ですね。勿体無いですよね。」

 

「うんうん。」

 

顎に手を添えながら相打つ簪に嬉しそうに頷くなのは。

よしっと気合を入れる簪。

 

「虚さん!」

 

「⁉︎……なんです更識さん。」

 

突然のことで思わず簪様と呼んでしまいそうになるのを何とか抑える。

 

「お願いします!」

 

勢いよく頭を下げながら懇願する簪。

本音は目を丸くさせる。

なのははう〜んと喉を鳴らす。

虚は少し頭を抑えながら言う。

 

「それはつまり、専用機の制作を手伝ってほしいと?」

 

「はい!」

 

なんの捻りもなくどストレートに頷く。もう少し捻ってくれと内心でそう思いながら虚は優しく微笑む。

 

「良いですよ。」

 

というか最初から頼ってくれても全然構わなかった。姉へのコンプレックスがいつしか1人で何でもしなければならないと簪に確信させていた。

 

それから簪は虚を含めた整備科の先輩達と作業を進めた。元々日本が誇る一流企業主導のプロジェクトだったこともあり基礎はしっかりしていたし、簪の1人での作業も無駄では無かった。完成までそう掛からないと笑顔で近況報告をする簪になのはは一安心した。

専用機の完成もそうだが何より笑顔が見れるようになったのか良い。

 

「じゃあ行ってきます。今日は稼働テストなんです。」

 

放課後のチャイムと共に嬉しそうに教室を後にする簪を確認しながらなのはも教室を出る。行き交う級友や諸先輩方に挨拶をしながらその足は上へと向かう。階段を昇るにつれ人が居なくなっていく。いつしか1人も見えなくなった時階段の突き当たりに扉が現れた。屋上の扉だ。

ガチャリとノブを回す。基本的にIS学園の屋上は開けている。

屋上の共有スペースに足を運んだなのははポケットに隠したレイジングハートを起動させる。

魔力で育成した普通の目には見えない弾が辺り一帯を捜索し始める。そして人影がいない事を確認したなのはは反対のポケットから一つの端末を取り出す。なのはが普段使うタッチパネル式の携帯に比べ、かなり簡単な造りだ。なのはは端末に記録されている唯一の連絡先に電話をかける。

 

ーー

 

ーーー

 

2コール。

 

「もすもすひねもす〜はーい!みんなのアイドル、篠ノ之束さんだよー!」

 

ーー

 

ーーー

 

2しーん

 

「……ごめん。返事して?」

 

「束さん、もう24歳なんですから。」

 

「ごめんて!悪かったって!そこ抉らないでくれる⁉︎」

 

「あ、一応気にしてたんですね。」

 

「人に言われるとね。んで、何の用?」

 

そうだったとなのはは束に同じく近況報告をする。

 

「簪ちゃんの専用機、完成しそうです。」

 

嬉しさを伝えるように感情込めて話すなのはに束はあまり興味なさげにふ〜んと嘯く。実際興味ない。

 

「あの子?この前から言ってたシスコンの子?

あ、コンはコンプレックスのコンね。」

 

「はい。整備科の子達と協力して造ってるそうなんです。」

 

「へー、ま、元々財閥お抱えの企業が完成直前まで造ってた奴だし、元が良いからね。学生でも造れるんじゃない?」

 

適当に言ってみたが、実際簪の専用機の完成度は高い。性能は第2世代から毛が生えた程度だがボルト一つケーブル一本まで精巧に造られた良い仕事だ。流石に一流企業を名乗るだけはあると束もなのはから送られてきたデータを見て思った。

 

だからこそ束は苛立っていた。

自分は親友の弟と最愛の妹を守って欲しくて危険を冒してまで保護者としてなのはをIS学園に入学させる手続きを踏んだ。身元がないなのはに一から十まで手間とそれなりの金を掛けている。

本来なら赤の他人にしてやる義理はない。

なのに当の本人は妹を見張るどころかまたもや赤の他人に世話を焼いていた。

流石の束も転入生を箒と同じクラスにすることまでは出来なかったのだ。違うクラスで妹と自分の人生にはまるで干渉してこない、彼女の観点から見れば石ころと同義の人間になのはが時間を掛けている事がご立腹だった。

 

「でも本当に嬉しいのはあの子が本当の意味で笑ってくれた事なんです。」

 

ノイズ混じりの声越しからでもバッチリ伝わってくる幸せオーラが少し煩わしい。束も少し声に込めて返す。

 

「当たり前じゃん。」

 

えっとなるなのはに続けて話す。

 

「勝手な見栄張りで造って欲しくないんだよ。」

 

「ISは私が夢込めて造った物なんだから、凡人とはいえ最低限そこは守ってくれなきゃイラっと来るんだよ。」

 

特に想いを込めた訳でもなく淡々と零される吐露。最後に束はなのはに尋ねる。

 

「その子本当に笑ってたの?」

 

肯定するなのはに束はなんの感慨もなく。

 

「なら良し。」

 

 

ーーーー屋上

無論言いたい事はそれだけ()ではなかった。この十数日で掴んだ一通りの状況を束に報告するためだった。その中でも一番報告しておくべき事があった。

 

「乾巧だっけ?」

 

滅多な事で他人の名前を覚えない束が記憶していた高町なのは後の第2のイレギュラー。

 

「調べて見たけど戸籍は無かったね。全国の監視カメラからも顔認証で割り出して見たけどこの1ヶ月辺り以前は確認出来なかったよ。」

 

今から数日前張り込んでいたIS学園の情報網に突然飛び込んでいた男。調べてみるとどうやら千冬が推薦している事が分かった。徹底的に洗い出した束だが、巧に関する情報はまるで出てこなかった。精々変わったバイクを所有している事くらい。

なのはは学園では届かない束の手を補うため巧の監視も兼任していた。

 

「巧君は今イギリスと中国の代表候補生の2人と仲が良いみたいです。」

 

「……巧()()?」

 

「結構いい子ですよ?」

 

「はぁ……そのまま監視続行。もちろん警護もね。」

 

後半に力を入れてそう告げる。なのはの力を疑う訳ではないがなんだか不安になってきた。

 

「ゴーレム突っ込ませようかな……。」

 

「もししたら、バスターしますよ?」

 

電話越しに釘を刺される束。口頭とは言えバスターを知っている束は途端に底冷えしてくる。兎に角!と念を押す束

 

「最優先はいっくんと箒ちゃんの警護だからね!ちゃんとしてよ‼︎」

 

「分かってます。ちゃんと守ります。」

 

すっかり真面目な口調で決めるなのはに調子を狂わされながら何処か不思議な居心地を感じる束。それを振り払うように切り出す。

 

「あと一週間でクラス対抗戦だっけ?」

 

「はい、これから一夏君の訓練に付き合う約束です。」

 

なのはの言葉に驚くと共に感心する。なんだかんだ言ってキチンとやる事はやっていたようだ。ちゃっかり一夏との関係も持っている事に感心を覚える。

 

「クラス対抗戦か。」

 

全校生徒参加のトーナメント戦と比べれば劣るが一大イベントの一つだ。スカリエッティが仕掛けてくるかも知れない。だとすればなんとか先手をとりたいが。思案する束に一つの結論が浮かんでくる。

邪魔される前に邪魔してやるというのはどうだろうか。意外と効果的かもしれない。そう思っていると。

 

「ゴーレム突っ込ませたら………」

 

ブレイカーしますからね

 

「……はい。」

 




かなり日を開けてしまいました。

簪の悩みの解決ですが、少々強引になってしまいました。
なのはさんは本音から色々と事情を聞き一通りの事は知っています。
取り敢えず少し角が取れた簪ですがまだ一夏の出番は残しています。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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9話 決戦‼︎そして乱入‼︎ なのは「…」束「⁉︎」ビクッ

鈴にゃんとワンサマーの戦闘シーン!ですが描写はあまりありません。


ーーアリーナ ピット

訪れた。

こうしてピットに立ってみるとそれがより強く感じられる。一夏は今既に上空にて待機している鈴音の姿を見ながら以前(セシリア戦)以上の緊張感を覚えていた。

 

「あれで殴られたら痛そうだ。」

 

鈴音の専用機、甲龍(シェンロン)を眺めながらそう独り言ちる。白式と同じく近接格闘型だと聞いているがこうして見ると白式より強そうだ。今更ながら何故自分がクラス代表になっているんだか疑問に思えてくる。

 

「セシリア、今からでも代わってくれない?」

 

この数日の間で特訓に付き合ってくれて仲良くなったセシリアにクラス代表の座を譲れないか割と本気で検討する。

 

「お断りいたしますわ。」

即答で却下された。

「今更なにをぬかす。決まった事だ腹をくくれ。」

 

担任にも却下され残された希望も打ち砕かれる。

仕方ない。ここまで来て逃げられないと覚悟を決め、改めて千冬に聞く。

 

「織斑先生。俺の勝率どのくらいですか?」

 

あの時とは逆に一夏の方から千冬に尋ねる。

普段から厳しい千冬だが生徒から教えを請われればもちろん返す。直ぐに正確な結論を導き出す。

 

「五割だ。」

「そんなに?」

 

セシリアと比べれば同じ代表候補生相手なのにえらく上がっている。嬉しさより先に困惑する一夏に千冬はにべもなく説明する。

 

「白式の性能もあるが、お前もそれだけ成長しているという事だ。選択肢さえ違えなければ肉迫出来る。」

 

他にも鈴音が一年足らずで候補生になった事で一夏との経験差がセシリア時より無いことがある。

 

(それ以上にあいつ(セシリア)が異常すぎるのが最大の要因なんだが、まあ今言う必要は無いだろう。)

 

今は少しでも教え子の緊張をほぐしてやる事が重要。肉迫出来ると言ったがそれでも理想通りにいけばである。実力ではまだまだ一夏の方が格下なのだ。精神を整えられずに勝てる試合では無い事は千冬も重々承知していた。

 

「そっか。よし!行ってくるよ。」

 

その甲斐あってなんとか気長に振る舞えるようになった一夏はピットに集結した仲間たちにそう告げて勢いよく飛び出して行った。

 

「おい。特別に特等席で見せてやる。」

 

千冬の粋な計らいでセシリアと箒はアリーナの電気系統やその他一連の操作盤を有する管理室。数人の教員と少ないが生徒も各々席に着いてコンソールと睨めっこをしている。滅多に入れない空間に緊張する箒に興味深げに眺めるセシリア。千冬はその中の一席に座る副担任の山田真耶に尋ねる。

 

「なにか異常はありませんか山田先生。」

 

眼鏡をくいっと上げて真耶が答える。

 

「はい。大丈夫ですよ。いつでも始められます。」

 

うむと了解する千冬だがふと連れて来た生徒2人を見て尋ねる。

 

「高町はどうした?」

 

この数日の間に急に一夏と親しくなった4組の転入生。専用機持ちでは無いらしいが実に的確な指示を飛ばすのを一度だけ目にし千冬も記憶に深かった。未だ緊張する箒に代わりセシリアが答える。

 

「なのはさんなら一般席に行きましたわ。」

 

どうやら普通に一般席で観戦するらしい。少し気になりながらもそうかと返す千冬は改めて対戦の開始を宣言させた。

 

 

ーーアリーナ内 ピット

 

開始の合図と共に激突する両者。

 

雪片を構えながらいつも通りの特攻を仕掛ける一夏。セシリア戦よりも更に洗練した動きでの斬撃を鈴音は双天牙月(そうてんがげつ)と呼ばれる巨大な二刀の青龍刀で迎撃する。

日本刀をそのままIS用に換装した雪片弍型に対して青龍刀を模しながら元の特質とは違い巨大差を活かした鈍器のような双天牙月は甲龍の出力も加わり一撃必殺の威力となっている。

 

苦戦しながらなんとか応戦する一夏にピット内で残って観戦するなのははうんと頷く。

 

「そうそう離れず打ち合って。離れたら勝ち目ないよ。」

 

自分と箒達の作戦通りに動く一夏に及第点をあげる。

横にいるクロエが尋ねる。

 

「勝てそうですか?」

 

「気合いで負けてないよ。いけるいける。」

 

意外と体育会系な返答をするなのはにそうですかとだけ返し自身もまた試合を観戦する。

 

ゴーレムを突入させることを却下された束が苦肉の策で採用したクロエのIS学園への潜入。生体同期型のIS『黒鍵』を使用しなのはの助けも借りて難なく学園に侵入したクロエは現在黒鍵の単一仕様能力(ワンオフアビリティー)ワールド・パージを使用しなのはと自分の姿を消している。

 

「レイハさんはどうですか?」

 

『経験の差で凰鈴音がやや有利かと』

 

レイジングハートは事務的に返答する。ちなみにクロエはレイジングハートの事は敬意を込めてレイハさんと呼んでいる。

 

「いっくん結構上達してるなぁ。」

 

この場に居ない第三者の声が聞こえて来る。クロエを通して送られて来る映像となのはのサーチャーのデータによって観戦している束がなのはに与えた端末から呟く。

 

「束さんはどっちが勝つと思いますか。」

 

主人に聞けないクロエに代わりなのはが聞く。

 

「性能なら白式が上だけど相性的に押されてるね。操縦者もそれなりだし厳しいかな。」

 

意外と贔屓目なしの大人な回答をする束。白式は束が開発した(厳密には受け継いだ)機体だ。性能も他の第3世代とは桁外れに高い。だがそれでも天地の差ではない。こうして相性と戦法そして操縦者の技量でどうとでも勝敗は変わってしまう事を束は理解していた。

 

するとアリーナ内で動きがあった。

 

不意にスラスター全開で離れた鈴音、それを追う一夏が突然空中で何かに轢かれたように跳ね飛んだのだ。純粋に驚くクロエと苦虫を噛んだ表情のなのはそれに束はモニターを通して独り言ちる。

 

「衝撃砲……完成してたんだ。」

 

空間に圧力をかけ砲身自体を生成して不可視の弾丸を撃ち出す甲龍の中距離武装『龍砲』。

不可視の弾丸。自分も子供の頃作ろうとして結局難航して飽きてしまった武器を10数年後に大国が威信をかけて開発した事になにやら不思議な感覚を覚える。

 

「第3世代の専用機の情報はある程度一般公開されてる筈ですけど、束さん知らなかったんですか?」

 

自分の子供とも言えるISの開発成果を束が知らなかった事になのはが尋ねる。

 

「うん、めんどいし。いちいち見るの。」

 

適当に答える束は本当に面倒くさそうだ。なのはは再度アリーナに目をやる。正直二転三転の可能性は少ないと言わざるを得ないがそれでも期待は変わらない。

 

 

ーーアリーナ

「よく躱すわね。ハイパーセンサーにも感知は困難な筈なんだけど。」

「この一週間シゴかれまくったんでな。危険回避能力が上がってんのさ!」

普段滅多に使わない単語がスッと出て来る。

 

大分刷り込まれてるなぁ……

 

なのはさん主導の元、セシリアのビットを避けまくる訓練を続けたお陰で回避の初期行動の練度はかなり上がったらしい。

 

それでも鈴の龍砲は見えない。

 

これに対し事前に情報を入手していたセシリアから話を聞いたなのはさんが建てた作戦。

『目隠し作戦』が役に立った。

 

文字通り目隠ししてビットを避けるという訓練だ。四方から飛び交うビームに何度気絶しそうになったか…しかもあの人訓練中も優しく、笑顔を絶やさないんだがそれが凄く怖かった。でもそのお陰で認識外からの攻撃も本能が勝手にヤバイと感じて身体が避けられるようになった。

流石にこうして距離を詰めようとルートを限定すると何発か当たっちまうが被弾率は少ない。

距離を詰められ見るからにイラついている鈴に対し俺はあくまでも冷静に切り札のタイミングを狙う。鈴は知らないだろう瞬時加速での零落白夜の使用を。

 

 

ーー選手控え室前

空中に浮かぶデバイスのモニターを見ながら簪は待機状態の打鉄弍式を握り締める。実は先程から何度も動悸が激しくなったりしている。自分の専用機が完成した事はもうクラス全員が知っている。初めて見る一夏の試合も注目だがそれと同じくらい4組の面々が注目しているのだ。対人経験がさほど優れていない簪は今までの自分の態度も後悔し、もしかしての世界にある侮蔑に恐怖していた。

 

「大丈夫。大丈夫。なのはさんも言ってくれた。」

 

2週間程前に転入して来た少女。急に話しかけられる形になってもなのはの易しい雰囲気は簪に気を許させた。話してみるともっと許した。

今ではすっかり尊敬の念すら抱いている。そんな彼女の言葉が簪の小さい自尊心を膨らませる。勇気を与えてくれる。

最後に深呼吸だけするとさっきまではちきれんばかりに動いていた鼓動は落ち着いていた。よしっと小さく気合を入れ控え室に戻ろうとした時。

 

「おい。」

 

「ひゃう⁉︎」

再び跳ねる。

振り向くと目に入る猛獣のような眼差し。小動物のように震える簪をまるで意に返さずズンズンと歩み寄る。

 

「観客席ってどこだ。」

 

「ひうっ……え、えっと。」

 

よく見ると有名人だ。向こうは面識は無いだろうがこの2週間クラスでも騒ぎまくられ耳に入っており、食堂や寮で何度か見て覚えている。

名前も自然と頭に入って来た。

 

「い、乾……くん?」

 

簪に名前を呼ばれ少し不機嫌そうになる巧。

改めて自分の有名っぷりを目の当たりにし苛立つ。本来なら観客席なんていう人の集中する所自体煩わしいのにその過半数から奇奇の目をチラチラと向けられて爆発した巧はこうして辺りを散歩して、見事に迷ってしまい偶然精神統一中の簪を見つけたという訳だ。

流石にこのまま終了後も迷ったままだと大目玉を食らうと思った巧はなんとか道案内を見つけ、その上で今度は迷わない範囲でぶらぶらしようとしていた。

 

しかし巧の鋭い目つき(+いい歳して迷子という事実に対する苛立ち)を受けすっかり萎縮してしまった簪はなにも答えられない。それがまた巧をイラつかせ威圧が強くなるといった悪循環を作っていた。

「………」

遂に我慢の限界を迎えた巧はあろうことか簪の胸倉を掴みあげてしまう。

 

「ひっ…!」

 

無論そんな事をされては恐怖も倍増。目尻に涙まで溜めながら簪は震える。しかし巧はとっとと事を済ませるつもりらしく早口で話す。

 

「観客席まで案内しろ。しなかったら酷いぞ?」

 

最大限の凄みを見せ無理矢理実行させる。

声も出さずこくこくっと必死に頷く簪に良しとし、離してやる。解放された簪は顔を青ざめたまま巧を案内した。

 

「……」

不味いよなアレ。

 

震えたまま前を進む簪に今更ながら罪悪感を感じる。話し下手で不器用な事を除けばお人好しな巧は、素直に「すまない」と声には出せずに後ろをついて行く。

暗い空気のまま観客席への道を進む2人。すると、

 

「ちょっと待ったー‼︎」

轟く声はどこからか。

 

辺りを見渡す2人はふとガタガタと揺れる天井のダクトの一部が目に入る。不審がる2人の目に反応したのかそのダクトの一部が外れて中から人影が落ちて来た。人影はくるりと一回転すると綺麗に着地してポーズを決める。

 

「学園の平和を守るため…日夜忍んで悪を見る。」

人影の従者が聞けば恐らく「ただのサボりです」と冷たく言うだろう。

 

人影はそのまま高らかに宣言する。

 

「我こそは、学園最強!眉目秀麗!みんなのお姉さん!」

かなり図々しい。それにかっこ悪い。

 

「楯無お姉さん!悪い子はお仕置きだぞ?」

「成敗」と書かれた愛用の文字付き扇子で口元を隠しながら、楯無お姉さんなる者はここ一番のウィンクをした。

 

 

 

…………………

……………………………………

見ていて恥ずかしくなる巧ともっと恥ずかしくなる簪。

 

 

 

「私が来たからにはもう安心よ簪ちゃん!」

 

(名指しで呼ぶな!)

 

より一層赤くなる顔。

 

しかし楯無お姉さんーーもとい更識楯無は身軽な身のこなしで簪を抱き上げ巧から離脱する。そして白い目を向ける巧に、割と本気で殺意を飛ばす。

 

「やってくれたわね…この不良。よくも私の可愛い簪ちゃんに恐い思いをさせたわね。」

 

真剣に怒っている姉の姿に抱えられながら少し、今度は違う意味で赤面する簪。

巧はそんな簪を眺めながら楯無に言う。

 

「観客席知らねぇ?」

 

ビキリと青筋を立てる楯無。

 

「観客席知らねぇ?……じゃないわよ!」

 

矢継ぎ早に巧を非難する。

 

「あなた自分がなにをしたか解ってんの⁉︎」

 

楯無としてはよりにもよって自分が唯一愛情を注ぐ家族を泣かされたとあって今にも巧の喉元にナイフを突き立てそうになっている。

 

しかし

 

「道を聞いていた。」

 

巧は謝罪をしない。

巧もその事は悪いと思ってはいるがそれでも原因は極度にビビり過ぎな簪の態度が自分を苛つかせた所為。八つ当たり云々ではなく巧なりにキチンと根拠のある理由づけをした上で今回の件は簪も悪いのだ。

 

「いい度胸ね……。」

 

無論それで納得する楯無ではない。さらに鋭く目を尖らせ巧を睨む。巧もそれに答えてガンを飛ばす。

 

一触即発

 

 

そんな中不意に簪が気づく。

「あれ?」

出しっ放しだった観戦モニター。カメラは上空で猛スピードで格闘戦を仕掛ける一夏を追うように斜め下から見上げる形になっている。

ふと。

空が煌めいた気がした。

 

 

 

ーーーーIS学園 アリーナ

ズドン‼︎

 

轟音が鳴り響いた。

 

砕かれた遮断シールドが太陽光を反射しながら舞っている。エネルギーの循環を失ったシールドは細かい物から消えて行く。

 

土煙が上がっている。

 

数メートルの高さと範囲に舞い上がるIS運用を想定した硬い土壌が衝撃の剛を物語っている。微細に破砕された土が太陽から中心地を隠している。

 

混乱が伝染していく。

 

 

 

ーー管理室

早い段階で平静を取り戻したのはココだった。

 

生徒、来賓の安全装置を管理するここに席を置く人間達は誰よりも早く動いていた。千冬の号令をキッカケに猛スピードでコンソールを叩き状況と自動安全装置の無事起動を確認するとともに館内アナウンスを流す。

自ら余剰戦力と判断した教員数名が生徒の避難へと走り、数少ない配置生徒もおびまず自分の役目を果たすため奔走する。

彼女達のモチベーションを上げるのは矢張りブリュンヒルデの存在。

的確に指示を飛ばす千冬に安全装置の操作と衝撃地点の解析を同時並列で行う真耶は全幅の信頼を置く。

だからこそ解析が終わった画像を前面の巨大ディスプレイに映し出した時、その指示が確かに止まった事に驚愕した。

 

 

 

ーー選手控え室前

楯無の反応も早かった。

自称するだけのことはあり、学園の危機かもしれない事態の発生に彼女の怒りはスイッチを切るように容易く切り替わった。

 

「見せて。」

 

言うが早いか簪のデバイスを引ったくり画面を凝視すると次の瞬間には飛び出したダクトへと入って行った。

 

「観客席には行かないで控え室で待ってなさい。直ぐに先生が来るから。」

 

それだけ言い残すとそのままダクトの中へ消えて行った。何が起きたのか分からないまま不安だけが簪を襲う。そんな彼女の肩を巧はポンと叩いた。

 

驚く簪に巧は言った。

「取り敢えず控え室行こうぜ。」

 

 

ーーピット

選手にもしもの事が有った時のための避難経路として基本ピットへの道はシャッターが降りないようになっている。生でこの目に映る映像に混乱しながらも解析を試みるクロエの横でなのはは通信デバイスで束と連絡を取っていた。

 

 

底冷えするような冷たい声で。

「束さん?」

ニッコリと全く笑ってない笑顔を向ける。

 

「違う‼︎違います‼︎束さん知らないよぉ‼︎」

 

必死に冤罪を主張する束の通信を一頻り聞いた結果、どうやら本当に知らないらしい束を一先ず置いて、なのははデバイスをクロエに預けレイジングハートを構える。

 

 

 

ーーーーーーーー

のそりと蠢く。

視界が晴れ露わとなったソレを見て皆が驚く。その中で4人が特に反応を示す。

千冬は目を見開いて固まる。驚愕と生徒への心配が同時に訪れる。

束は10年来の邂逅に身を震わせながらも矢張りと納得する。

セシリアは仇の同胞の到来を黙って見つめ。

巧は面倒くさそうに舌打ちをした。

 

身の丈は2メートルを超え。

四肢は直立。人間と同じ。

各所にある突起物は攻撃性に溢れ。身体を覆う鱗は魚というより蜥蜴に見える。

『ラッキークローバー』

上級オルフェノクだけで組織されたスマートブレインと対等関係の四つ葉の強者達。

その中において、かつて形態変化と蘇生能力で三度巧と仲間達に挑んだ男。

J(ジェイ)と呼ばれるその男が怪人体として二度目の生を受けた姿にソレは奇しくもかぶっていた。

襲撃者

アリゲーターオルフェノクは上空の一夏の一点を見上げゴキリと首をならした。

 

 

 

 

 




アリゲーターオルフェノク「乱入者はゴーレムだと思った?残念!オルフェノクちゃんでした。」
次回へ続きます。


それとアニメ版で更識簪役を演じられた三森すずこさんがウルトラマンジードにて御出演されます。
名前はレムだとか……リゼロが浮かぶ俺は正常だ。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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10話 襲撃者

初夏のまだまだ涼しかったあの日が懐かしい……








IS学園が誇る防空レーダー範囲の遥か上空からの自由落下にもアリゲーターオルフェノクは着地の衝撃によるダメージなどまるで感じさせない。奇襲の瞬時加速の出鼻が挫かれ唖然とする一夏へと白く濁った双眼を向ける。

 

なんだ?

 

突如アリーナの遮断シールドを突き破り地面に大穴を開けた謎の侵入者に誰1人として説明が付かなかった。

 

ーー管理室

ようやく晴れた土煙の奥から現れた異形にオペレーターの面々も息を飲む。コンソールから指が離れる。図面や画面から目を離し注目した。思考が護るべき生徒から離れた。

釈明を上げれば彼女達が無能なわけではない。

まるでセオリーにないアリーナ破りという掟破りの暴挙だけでも混乱に足るものも彼女達はそれでも冷静に対処していた。

 

()()

 

容易い原因の特定。選択肢の極狭感。アリーナの遮断シールドを物理的に破れるとなればソレ即ちISだと。誰もがそう結論付けたからこそ、全会一致の周知の事実だからこそ予想外の展開にも対応出来たのだ。実際オルフェノクの存在を知っていた千冬やセシリアですら本能的にISによる襲撃だと断定していた。

 

ISとはそれ程重要であり。

オルフェノクとはそれ程()()だったのだ。

現れたのは予想の範疇を突き抜けた未知。

 

それもその筈。

 

そもそも彼女達が生涯賭けようが本来なら消して目撃出来ない異世界の存在。感知不能の境界の向こう側ですら未知の対象であった循環逆流の進化物。この世界の常識では例え人類史の終わり間際でも槍玉に挙げられることは無いだろう存在がよりにもよって襲撃という形で我が身を晒したのだ。

 

驚く

 

 

ーー

「先輩……アレってなんですか……?」

 

浮かばない解決策に刻々と危険に晒される取り残された生徒達という事実に真耶の教師としての自尊心は揺らぐ。

 

「I…S?」

「というか人間じゃ無い?」

「怪物……」

 

学園の誇る精鋭達がうわ言に頼る。

 

それは千冬も同じく。違ったのは正しい解答を持っていた事。

 

「なぜ学園にオルフェノクが……」

 

弱ったように消え入りそうな声。しかしそれが幸いし他の教師陣には聞かれなかった。事前に巧からの説明でオルフェノクという名称だけは知っていた千冬は同時にその脅威も知っていた。

直ぐに混乱するオペレーター陣に檄を飛ばす。

 

「状況確認!」

 

ハッとしたようにオペレーター達が動き出す。千冬は立て続けに指示を投げる。

 

「客席に取り残された生徒の避難を最優先に行動!教師部隊はアリーナ内に突入!対象の撃退。場合によっては破壊も視野に入れろ。山田君!」

 

「はい!」

 

二言目に返事をする真耶には完全に怖れの色はない。

 

「織斑と凰に開放回線(オープンチャネル)。」

 

「はい!」

 

再び奔走するオペレーター達を前に箒は画面に映る上空を煽るアリゲーターオルフェノクに何かを感じる。画面外の景色に先程までの想い人の奮闘が重なる。

 

「一夏っ…!」

 

アリゲーターオルフェノクの狙いを感覚的に確信した箒は管理室を飛び出す。職務に専念する千冬達は誰1人として気づかない中セシリアだけがそれを一瞥し、自身も管理室を後にする。

 

 

ーーアリーナ

なんなんだアレ……

 

「ちょっと、なによアレ⁉︎」

 

隣を見ると鈴もおんなじ気持ちらしい。しかし、本当になんだアイツ。見るからにISとは違うようだし……

 

「ん?なんだなんだ⁉︎」

 

なんだこれ?おれ変な操作したか。すると鈴が呆れたように言う。

 

「オープンチャネルよ早く出なさい。」

「早く!」

 

「はいぃ!」

 

オフになっていたオープンチャネルを開くと千冬姉の声が聞こえてきた。

 

『織斑!凰!無事か⁉︎』

「ち、千冬姉!」

 

『織斑せん……いや良い。直ぐにピットに離脱しろ近い位置でいい!』

 

つまり逃げろって事らしい。

もちろんおれも不安でいっぱいだが、それ以上にシャッターの向こう側の観客席に意識が行く。

クラスのみんな他の同学年の子たち先輩たち全員が逃げられたとはとても思えない。もしこいつが観客席に狙いを定めたら……

 

「一夏!なにボーっとしてんの⁉︎」

 

鈴の叱咤で正気に戻る。ダメだこんな体たらくじゃあ真っ先にやられちまう。おれがみんなを守るんだ。

 

「鈴!先に行ってろ!」

 

白式のスラスターを吹かせ侵入者に突っ込ませる。

 

 

ーーピット

 

「はあ⁉︎」

 

呻くのは束の声。クロエを通して送られてくる映像に目を疑う。

 

「にゃはは……」

 

クロエのデバイスから聞こえてくる束の狼狽も無理なき事だと思いなのはは額を押さえたくなる。この数日で彼の性格は一通り理解したつもりだ。恐らく客席への被害を避けるためだろうが、正直褒められた行為ではない。オープンチャネルはこちらでも傍受しているため会話の内容はなのはも聞いている。あそこは千冬の言う通りにするべきだ。

 

ーー吾輩は猫である

空中モニタに映し出される特攻シーンに暫し悶える束。コンマ少しして。

 

「ーー!…ま、いっくんらしいかぁ。」

 

ころっと態度を変えた束はしかし依然厳しい評価を崩さない。

 

「白式本来の出力に急降下での衝撃をプラスしての零落白夜。ISじゃないから意味ないけどゴーレムの耐久値程度なら楽に振り切っちゃうだろうね。」

 

行動は評価出来ないが手段としては充分効果的だ。灰色の怪人相手にも充分太刀打ち出来るだろう。

束の思惑どおり出鼻を挫かれたアリゲーターオルフェノクは完全に面を食らったようで防ぐことも避けることも出来ずに肩口から勢いそのまま袈裟斬りにされる。

金属音と共に火花が散った。

そう、火花だ。

狼狽する一夏を一瞥し束は憎らしげに毒づく。

 

「かったいねぇ。」

 

 

ーー

弾かれる刃。

双天牙月より細身といえどもISの武装。一夏の身の丈を超える大刀は白式のポテンシャルを活かした猛加速と重力というおよそ生物が受けうる最大級の恩恵を受け凄まじい威力を誇る一撃と化した。数値にすれば数トンクラスの文字通り必殺の斬撃はしかしアリゲーターオルフェノクの肩に触れた途端アッサリと跳ね返された。

 

「なっ!」

驚愕に固まる一夏。

 

アリゲーターオルフェノクにはそれで充分。

 

振り抜かれた剛腕が白式の肩付近の有翼にぶち込まれる。先の突撃宜しく思い切り吹き飛び、なんとかアリーナの壁に激突する直前で鈴音に受け止められる。

 

「一夏!ーーっんのバカ!何やってんのよ⁉︎」

 

一夏の無事を確認するも同時に込み上げる怒りをぶつける。対する一夏は未だ困惑した表情で無傷で佇むアリゲーターオルフェノクを見やる。

 

完璧に捉えた筈だった。

 

振り下ろされた雪片の威力は自分が一番理解している。シールドエネルギーが存在しないため零落白夜は役には立たないとはいえそれでも量産機程度ならば零落白夜無しでも戦闘不能に追いやれる威力だった筈だ。それが肌に触れた途端アッサリと弾かれた。

 

あり得ない。

 

そんな想いでハイパーセンサーを通して見ても直撃した肩には血の一滴どころか僅かな傷一つない。どれだけ耐久値が高かろうとあの激突でこの現状は幾ら何でも理不尽過ぎる。

 

「何しやがったアイツ……」

 

ハイパーセンサーですら判別不能の超高速。

手か頭突きかは知らないが目の前の侵入者はあのインパクトの刹那雪片の攻撃をなんらかの手段で阻止したのだ。

いざとなれば迎撃も出来たろうに。どこか馬鹿にされたように感じ一夏は悔しがる。

 

もう一度雪片を構えたところで鈴音から引っ叩かれる。

「イテェ⁉︎」

 

雪片が手から離れて粒子化する。頭を押さえながら一夏が悶える。しかし鈴音はそんな程度で許しはしない。無理矢理立たせてこちらに向かせるとマシンガンのように罵倒する。

 

「バカ!アホ!ボケ!デク!クズ!あんぽんたん!うど!脳足りん!単細胞!ミジンコ並みの単細胞!心配かけさすだけはギネス級ね。この唐変木の大バカヤロウ‼︎」

「ミ、ミジンコは多細胞生物だぞ…それになんで唐変木なんて……」

 

「うっさいダボ!」

 

もう一発。

 

「グヘェ⁉︎」

 

追い打ちでさらに頭が揺れる。一頻り殴った後で鈴音が口を開く。

 

「いい⁉︎アンタも気付いてると思うけど。アイツはさっきの攻撃をどうやったかハイパーセンサーにも捉えられない速度で弾いた。つまりその気になれば殺せるってことよ。なのになんでまた突っ込もうとしてんのよ!」

 

怒鳴る鈴音に一夏はなんとか反論しようとする。

 

「だ、だって悔しいじゃないか。」

「悔しいなら殺されても良いわけ⁉︎」

「ご、ごめんなさい。」

 

漸く謝った一夏だったが鈴音は再度溜息をつきトントンと耳を指す。咄嗟に似たようにすると。

 

 

 

『この馬鹿者が‼︎』

 

鬼教師からも怒号が響く。

スッカリ固まる一夏に千冬は込み上げる怒りを抑えて指示を飛ばす。

 

『直ぐにピットに逃げろ!生徒の避難は教員に任せておけ。』

 

続けるように鈴音が繋がる。

 

「分かったでしょ。アンタの出番はこれでお終い。」

 

それでも思うところは無かった訳では無いがこれ以上我儘を押し通す程一夏も命知らずではない。直ぐに頷く。無論相手も許してはくれない。

 

ゴウッ

 

ここに来てアリゲーターオルフェノクが初めて動き出す。

ナーホアルオルフェノクと同じくノーモーションからのフル加速。しかしその速度は前者の遥か上を行く。一歩一歩踏みしめるごとに硬いはずのアリーナの土が砕かれ陥没する。

 

一瞬で距離を詰めると一夏の頭を掴む。

その前に白式のスラスターが一夏の体を上昇させる。

上空へと飛び上がった一夏は続いて並んだ代表候補生の冷静な判断を聞く。

 

「こりゃ、ピットまで降りて行くのは無理っぽいわね…」

 

最高速ならば甲龍と白式の方が遥か上だが、アリーナの範囲の狭さではその7割も出せない。しかもアリゲーターオルフェノクもそれを理解しているのかピットとの位置関係を意識した位置取りをされておりそれでも上回る速度でも逃走は困難。地上に降りた途端あの剛腕が打ち込まれる状況が容易く頭に浮かぶ。

 

「クソっ、ガタイのわりに速いな。」

 

毒づく一夏は再び雪片を取り出し覚悟を決める。しかし鈴音は尚も冷静だ。

 

「だから態々付き合おうとすんなっての。」

 

嗜めた後にこの戦闘で初めて笑みを見せる。

 

「確かに逃げるのは無理になったけど助からなくなった訳じゃ無いでしょ?」

 

試すように笑う鈴音に一夏は首をかしげる。

 

「それってつまり……やっぱ戦うって事か。」

 

「もう一発殴ろうか?ここで待っとくに決まってるじゃない。」

 

一瞬青筋を立てた鈴音の説明に一夏は面食らう。どういう事か理解できない一夏に今度はプライベートチャネルで千冬から通信が飛ぶ。

 

『奴は飛べない。教師部隊が来るまでずっと飛んでいろということだ。』

漸く理解した一夏は成る程と相打つ。

 

今までカウンターや不意打ち気味に攻撃して来たアリゲーターオルフェノクだが、思えばそれは全てこちらが向こうの射程内に入ったから。自分は先程まで攻撃されない事に舐められていたと感じていたが本当はしないのではなく出来なかったのだと分かった。

 

そうと分かれば言う通りにしよう。

 

幸いシールドエネルギーが尽きてもISは使用可能。燃費が悪いISだがホバリングだけするぶんには教師部隊が突入するまで充分持つ。万事揃った所で後のことは任せれば良い。少し後ろ髪を引かれるが一夏とて命知らずでは無いのだ。

 

ーー

不味い

 

ホバリングを始めた二機を見上げアリゲーターオルフェノクは内心で毒づく。

最初の雪片での一撃の際決められれば良かったのだがまさかの突撃に不意を突かれて攻撃を弾くだけに留まってしまった。向こうの出力がこちらを上回っている事は先程のダッシュを躱された事で理解済み。なんとかピットへの離脱を防ぐことは出来たがこのままあの上空で待機されれば彼の脚力ではあの高所への攻撃は不可能。このまま攻めあぐねて教師部隊に突入されれば敗色は濃厚。さしものオルフェノクといえども複数のISを相手にするのは分が悪い。

………

 

少しの思案の内アリゲーターオルフェノクはその巨体を丸めた。

 

相性が悪い上あまり情報は露呈したくはなかったがそうも言っていられない。アリゲーターオルフェノクは全身に力を流動させ自らの進化の恩恵を晒し出した。

 

ーー

跳んだ

 

2メートルを越すアリゲーターオルフェノクの急な跳躍とその高さに一同は一瞬固まる。予想を上回る侵略高度に次いで到来した一撃に反応が遅れた。

 

「がっ!」

「ぎゃん!」

 

2人纏めて叩き落される。

通常時の許容を超える衝撃に絶対防御が発動しシールドエネルギーが大幅に削られる。稼いでいた高度のお陰でなんとか地面への激突は免れる。再び距離を取る2人の目にアリゲーターオルフェノクの全容が明らかにされる。

 

「尻尾か?」

「尻尾ね。痛つつ…」

 

殴られた箇所を摩りつつ鈴音が答え一夏もより確かな確信を持って理解する。遅れて着地したアリゲーターオルフェノクの背後から伸びる生物的に揺れ動く長いナニカ。所謂『尻尾』を生やしたアリゲーターオルフェノクがそこに居た。

 

「そうか、雪片を弾いたのもアレか。」

 

一夏がそう悟る。

 

雪片を弾かれたカラクリだ。

恐らくインパクトの瞬間あの尻尾を出現させ雪片の一撃を防いだのだ。腕に反撃の集中を向けていたため気づかなかった。

しかしこれで頭上の利がなくなってしまった。これからあの健脚から逃げつつ有利と思われた空中にも気を払わなければならないのだ。

緊張に身を包ませ強張る一夏。

 

勢いに乗せてラッシュをかけるタイプである彼にとって相手にペースを握られることは死活問題だ。いざとなれば無理矢理にでも主導権を握る必要が…

 

「無いわよバカ。」

 

「ぐえっ」

 

首根っこを引っ掴み勢いよく上に推進する鈴音。

 

「鈴……」

 

多少恨めしげに目を向けるも鈴音は少しも答えず冷静にアリゲーターオルフェノクを見下ろす。アリゲーターオルフェノクは先程までと違い積極的に追随して来る。尻尾を地面に叩きつけ跳躍しながら。狭い空間もあり徐々にその距離は詰まってくる。

 

「……」

 

逃げ切れない。

 

 

とっさに判断した鈴音は一夏に早口で話かける。

 

「一夏。最悪な事二つだけ言うわ。」

 

えっとなる一夏に鈴音は苦虫を潰したような表情で言う。

 

「先ずこのままだとアンタのIS、エネルギー不足になるわ。私のは燃費が良いからまだ行けるけど。」

 

ハッとしてモニタを表示させる。シールドエネルギーとは別のもっと根本的なエネルギー。白式の稼働限界時間はもう後数分程度を示していた。

 

「だったらどの道闘わないといけないじゃないか!」

もしこのままエネルギーが無くなればあの剛腕から逃げる術は無い。生身であの人知外の力を受けるとなると一夏とて遠慮する。

しかし続く言葉がそれを飲み込ませる。

「ま、それしか出来なくなったしね。」

「二つ目。」

「助けが来なくなったわ。」

 

なぜと聞く前に空が覆われた事に気付く。

思えば当然のことだった。

アリゲーターオルフェノクは先の通り飛行能力は皆無。尻尾による跳躍があるとはいえ所詮地に足の着いたもの、IS学園の防空レーダー範囲外の高度からのダイブなど不可能。ならばそれを可能にする移動手段がある筈。

 

形は縦に長くカプセル型。青を基調とした装甲に金色の目玉のような物体を取り付けている。それだけなのに何故か宙を浮くそれは次々とピットへと殺到していた。

 

『ガジェットドローンI型』

 

天才科学者ジェイル・スカリエッティが作成した対魔導師用自立型無人兵器。作成者本人からの評価は低いものの学習システムと小柄な体躯から見えない多彩な武装。物量による戦闘能力は高く機動六課も何度も煮え湯を飲まされた機体が学園内に進入している。

唖然とする一夏に鈴音は再び言う。

 

「さっき急に現れた。光学迷彩でも使われてたのか全然気がつかなかったわ。」

 

「多分救援の教師達も足止め食らってるでしょうね。」

 

にやっと何時もの勝気な笑顔が浮かぶ。

 

「というわけで先に逃げなさい。私が押さえとくから。」

「んな!」

 

何言ってんだというセリフは一睨みで潰される。

 

「わかんない?邪魔なのよアンタ。」

 

幼馴染からハッキリと言い渡される戦力外通告。頭を殴られたような衝撃を覚える。

 

「ピットはもう無理っぽいけどアイツがブチ破ったお陰で今空は空いてるわ。ピットがああなった以上もうあそこからしか出られない。アイツのジャンプじゃあそこまでは届かないようだし。」

 

アリゲーターオルフェノクの攻撃を受けた上で鈴音が分析し分かったことだ。

 

「だったらお前も一緒に出れるだろう!なんで……」

 

悲痛な面持ちに少し鈴音も表情を和らげる。想い人からのそんな顔に場違いながら和んでしまった。

 

「まあ、代表候補生としての義務っていうのかしら?一応軍属みたいなもんだし私。ピットはそのまま学園に繋がってるからあの青豆軍団が生徒襲ったりするかもだし。」

 

「なによりアイツだってそこを通る。それだけは何としても阻止しないと。だからーー」

 

逃げなさいー

 

ーー

「ーっ!」

 

まだなのか。

ISを動かせても、専用機を手に入れても。

俺は誰も守れないのか。

 

「惨めか?」

 

響く声が聞こえてくる。

 

低い声。

 

心の扉の隙間からくぐってこちらに侵略して来る震える声。

 

該当者は1人だけ。

俺は奴を見る。

 

「なんなんだお前…なんでみんなを襲う⁉︎」

 

奴は抑揚の付けない喋り方で答える。

 

「お前だけだ。」

 

そう言うやつの目は本当に俺しか写していなかった

 

「織斑一夏を狙うだけ。織斑一夏を殺すだけ。

他はどうでもいい。」

「随分好かれてるじゃないアンタ。」

 

鈴が俺の前に出る。

 

「させないわよ化けもん。一夏、行きなさい。」

背中越しだが鈴の言葉には今の俺が入り込む余地なんてまったくないほど強く、そして俺は途轍もなく弱かった。

奴の言う通り惨めだ。

 

「く…そぉ」

どうしようもなくどうしようもない。

そんな中。

 

《Bind》

 

 

 

「っ…初めてだが……」

 

 

 

 

「ディバィィィン………」

 

 

 

強く。

 

 

 

「これが……」

 

 

 

どんな絶望の中にも折れないだろう不屈の闘志。

 

 

 

 

 

「バスタアアァァァ!!!!」

 

 

その意思の強さを示しているように力強い。桜色の光が濁流となって奴を飲み込んだ。

 

 

 

ーーアリーナ

 

先進国の国家予算を投じて出来たIS学園が誇る第1アリーナは数分程度でその活気を失っていた。

観客席や来賓のための特別席には分厚いシャッターが外界を遮断している。音も漏れぬその向こう側では取り残された生徒がいる。教師部隊がその救援に向かいその道中に突如現れたガジェットドローンとの戦闘をしている。彼女達がいたピットにも集中的にガジェットドローンの大群が向かって来たから間違いない。

恐らく阿鼻叫喚だろう無音のこちら側から想いを向けるも今はそれだけ。

 

「……」

届かなかった。

その事実。

直ぐに駆けつけられなかった。

その事実。

全てを受け入れ次に進む。今はまだ向かえない。ここで止めなければ間違いなく2人死ぬ。

 

粉塵の中からゆらりと立ち上がる影が見える。

 

「……これが魔法か。」

庇った尻尾が焼け焦げ所々朽ちながらもアリゲーターオルフェノクは健在だった。

 

こいつを倒さねば(殺さねば)ならない。

 

ナチュラルに浮かんで来る苦渋の決断にもなのはは迷わない。そこには確かな強さが見えていた。

 

「行くよレイジングハート。」

《Yes master》

 

代打だ。

 




変な時間に投稿。
もう直ぐ用事が出来るので少し投稿が滞ります。

誤字脱字。アドバイス、叱責と暇があればどうぞ感想欄へGO

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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11話 乱入者

みんな〜長らくお待たせ〜
えっ待ってない?そんなに人居ないだろ?
そんなこと言うなよ…(´・ω・`)

久しぶりで二転三転する場面展開。
ちょっと整合性を欠いているかもしれませんが続きです。


ーー管理室

 

アリゲーターオルフェノクが一夏達と交戦を始めて数分した後の事だった。

 

 

 

アリーナとの接続が途切れた。

 

 

 

映像が途切れ管理していたアリーナの安全装置等のシステムが急に手元から離れた。

 

「なにっ…⁉︎」

 

最初は単純に驚く。その後から戦慄が走る。

 

「状況確認!なにが起きた⁉︎」

 

立て続けに起きる混乱の要素にも千冬は精一杯の事務的要求を求める。しかし流石にオペレーター達も今度こそはまいってしまう。唯一真耶だけがそれに直ぐに応えたが。

 

「わ、わかりません!急にこちらからのアクセスを受け付けなくなって……。」

 

聞くからに混乱している。他のオペレーターもなんとか復旧に全力を注いでいるがこれで実質的に千冬達は戦力外となってしまう。

 

「大変です!」

 

歯軋りを隠さない千冬にオペレーターの1人が固定電話を片手に叫ぶ。

 

「アリーナ内部の至る所に謎の敵性勢力を確認、教員部隊と交戦中。」

 

今度こそ手を止めて驚く一同。

 

千冬と同期の教師である彼女はなんとか外部との連絡を取ろうとしてアリーナ内に一つあるこことは別の簡易的な管理人室へと連絡を取ろうとしており、そして繋がった途端雇われの初老の男性駐在人から怒鳴るようにこの状況を告げられたのだ。

 

「敵性勢力は無人の飛行体。数は不明。機体からはジャミングらしき強い電波が発せられておりISのチャネルも使用不能とのことです。」

 

彼女の場合は有線電話を使用していたためジャミングの影響を受けなかったため知り得た情報だ。

 

「それじゃあ生徒達の救援は⁉︎」

 

悲鳴をあげるように真耶が叫ぶ。

 

「駐在さんからの情報は以上です。今は管理室に立て籠もり護衛の教員が1人交戦中。」

 

IS学園はその重要性から守衛や駐在人にはもしものために武器の携帯が義務付けられている。

 

しかし武器といっても警棒が精々。対人用にしても拳銃の類は持ち合わせていない。極め付けに彼らは戦闘のプロという訳ではない。一応民間の警備会社から雇い入れてはいるが武装を積んだ兵器に太刀打ちできる術はない。今回の場合のように護衛に1人人員を割いただけだ。

 

しかし彼には悪いが今重要なのはハッキリと安否の確認が取れる駐在人ではなく未だに客席に閉じ込められている生徒達だ。駐在人の情報から考えても最悪まだ生徒の元へ到着していない可能性がある。千冬は絶望的な状況にも新たに入った明確な情報により少し冷めた頭でさっきの教師に言う。

 

「有線は繋がるんですね?」

 

はいと頷く教師を確認し指示を飛ばす。

 

「ホットラインを使用。警察か自衛隊に応援を求めてくれ。」

 

千冬の命令に真耶は少しして

 

「時間がかかり過ぎます。」

 

千冬の案はアリゲーターオルフェノクの襲撃時に誰もが頭によぎりそして一蹴したものだ。

 

国際的な立場を持つIS学園は日本の領海内に在るが実質的に独立国としての扱いを受けている。ホットラインが存在していることもそれが絡んでいる。それはIS学園の現在の世界情勢において重要性を示すと共に今の案を真耶が渋る原因でもあった。

 

千冬の策は日本政府がIS学園に干渉する事を大前提とする。

 

半ば有名無実化しているとはいえ国際規約で定められた不可侵を踏み越えることを意味している策だ。

 

それが武力介入だとすれば尚更。立場上最終的には受け入れられるだろうがそれなりの時を要する筈だ。たとえそれが10分経たずだとしても命の危機にその時間は致命的すぎる。

 

しかし既に選択の余地はとうに無くなっている。

 

「私が交渉に出る。少しでも確率は上げておきたい。」

 

ブリュンヒルデの名を出すとまで言う千冬に真耶も諦めホットラインを繋ぐ。

 

千冬はふうっと息を吐き気を集中させる。と、

 

「あ、あの。織斑先生…」

 

おずおずといった感じで千冬に話しかけるのは数少ない生徒のうちの1人。リボンの色から見て3年生だろう。

 

「悪いが他の教師に言ってくれるか。」

 

少々ぶっきらぼうかと思うが仕方ない、これから一国を相手に交渉をするのだ恨むならタイミングを恨んでほしい。しかし生徒はでもと食い下がる。

 

「織斑先生が連れてきたんですよね?」

 

「?なんの話だ。」

 

流石に気になったので話させる。

 

なにか嫌な気がした。

 

 

 

「金髪と黒髪の一年生…いつの間にか居なくなってて。」

 

背筋が凍るのを感じた。

 

 

ーーピット内

 

クロエの黒鍵を中継させ管理室のシステムにハッキングしアリーナの映像を落とさせた束は空中モニタに映像を写させ急に飛び出して行ったなのはの姿を確認する。

 

「写ってない……な。」

 

そこにバリアジャケットを着込んだなのはの姿が写っていないことを認めると取り敢えず安堵する。

 

この時点で千冬になのはの異世界人としての正体を知られることは事態がより混雑化してしまう。

 

それは好ましくないと判断した束はなのはが突入する前に既にクロエに命じて侵入していたIS学園のシステムを通じ監視カメラの映像を切ったのだ。と同時に発見した謎の無人機(ガジェットドローン)の存在が現在の束の興味の対象となっている。

 

自分の発明家としてのベクトルとは違う機構を用いているであろうガジェットドローンに束は暫し全ての事を忘れそうになる。恐らくの余地もなくこれはスカリエッティという土台が入ったモノだと束は確信した。

 

やはりの響きがより強く頭に響いた。

 

「ジャミングか……解除してやる事も出来るんだけど。」

 

その気になれない最後の躓きの石は矢張り秘匿性の霧散の危険性。ジャミングの解除をしてやれば千冬に勘ぐられる確率が上がる。スカリエッティに付け狙われる可能性が少しでもある以上束は動く気が起きなかった。

 

「……」

 

束は不意に取り残されたらしい生徒の事が頭に浮かび無言になる。

 

篠ノ之束は基本的に自分が認めたモノ以外には関心を全く示さない。しかしそれは必ずしも冷酷さに繋がるとは限らない。彼女とて自分の愛妹と同い年程の少女達の生命の危機を前に思うところが無いわけではないのだ。それでも踏み込めない。

 

ここで親友の危機を取るほどの域にこの360人は至って居ないのだ。

 

暫しの時間の内 束がふうっと息を吐く。

 

「考えてみれば箒ちゃんも危ないんだし、解除しなきゃダメか。」

 

そう言って束はクロエに指示を飛ばしジャミング解除の準備を始めさせる。それは飽くまでも箒を念頭に置いた結論だったがそれに入るまでの過程となったのは紛れもなく、束にとってはなんの思入れもない無名の少女達だった。

 

 

ーーアリーナ

 

 

杖状デバイスに形状を変えたレイジングハートを構え高速機動補助魔法のアクセルフィンを自身に掛け宙に浮かぶなのはは静かにアリゲーターオルフェノクへ視線を向け思案する。

 

硬い。それも生半な硬度ではない。

 

なのはが放ったディバインバスターは管理局の思想に反して対物理設定にしてあった。一切の手加減なしに放つなのはの砲撃魔法は立派な兵器だ。しかしISのビーム兵器と遜色ない攻撃にも関わらずアリゲーターオルフェノクのダメージは軽微。

 

(表皮が硬すぎて魔力自体に対しての耐性が出来てる。こいつには私の砲撃魔法よりスバルの打撃の方が効くかも。)

 

分析しながらなのはは自分の勝率を弾きだす。

 

正直高くはない。

 

そもそも一対一に向いているとは言えないなのは。それでも空戦魔導師としての強みで本来なら充分勝機があるのだが今回は条件が悪かった。

 

一夏と鈴音、この両名を護衛しなくてはならないのだがこれがなのはの足を引っ張る。

 

まず2人を気遣い全力が出せない。

 

はやてほどではなくとも彼女の攻撃魔法で高威力なものはそれなりに広範囲に被害を及ぼす。先ほど放ったディバインバスターは2人に危害を加えない範囲内での最大火力だった。つまり現在のなのはではアリゲーターオルフェノクを倒す手立てはない。

 

そしてアリゲーターオルフェノクの実力が予想より高かった事。

 

上級には届かずとも中の上程度のポテンシャルに加え場馴れを思わせる佇まいには今の所隙は認められない。バインドからの不意打ちですら咄嗟に尻尾を身代わりにし、今もなのはが攻撃を手加減しなければならないことを即座に見抜き2人から一定の距離にいる。

 

その距離10メートルほど。

 

2人自身からの攻撃にも気を配った故だろうやや離れた位置取りは、しかしアリゲーターオルフェノクの脚力を持ってすればなのはよりも速く縮められる。それがなのはの動きをさらに制限していた。

 

人質救出では後手に回らざるを得ないとはいえアリゲーターオルフェノクの戦運びの巧さはなのはを上回っていた。戦技教導官としては悔しいものがあるが認めなければならない。

 

 

「………」

 

ダメだ浮かばない。

 

この状況下で2人を救出する策が無い。

 

表情こそ変えなかったが高町なのはの胸中は焦りに占められていた。

 

永遠に続くかとも思えた膠着状態を先に破ったのは爆音とともに飛び出したアリゲーターオルフェノクの突進だった。

 

傷を負いながら未だに健在な尻尾を地面に叩きつけ反動でなのはに向かって飛び出す。空中で回転しながら振り下ろす尻尾の一撃をなのははバリアタイプの防御魔法プロテクションEXで防ぐ。10年前から格段に上がった練度により精製されたプロテクションは奇襲の一撃を易々と防いでみせる。

 

「ーっ!」

 

一瞬顔を僅かに歪めながらもアリゲーターオルフェノクを撥ね返す。くるりと事も無げに元の位置に着地してみせたアリゲーターオルフェノクを睨みつつ頭の中で戦術を組み立てる。そして意識を外さぬまま周囲を見渡す。

 

両目に映るのはアリゲーターオルフェノクと未だに動く事のできない一夏達。

 

不意に念話が繋がる。

 

《AMFですmaster》

 

レイジングハートの指摘にコクリと相打つなのは。彼女の居たピットとは別方向のピットに数機程のガジェットドローンが浮遊している。

 

(アンチマギリングフィールド…新型か。)

 

プロテクションを発動させ実際に攻撃を受けるまでまったく気づかなかった。より対魔導師用に特化させた改良型のAMFだ。

 

幸い元より低いのか敢えて抑えているのか、出力は大したほどではないため支障は出ないがこれで益々不利になった。

 

再度身を屈めるアリゲーターオルフェノクに身を固めながらなのはは逆転の策のために頭を巡らせる。

 

そしてアリゲーターオルフェノクは二度目の跳躍をした。

 

 

ーー選手控え室

 

束の前に既に教師達の手によって差し止められ映らないアリーナの映像画面を見上げながら退屈そうにパイプ椅子に座る巧と、彼から少し離れた位置で腰掛ける簪はこの騒動に不安を感じていた。

 

相変わらず映らないデバイスの映像に巧を気にしながら溜息を吐く。

 

ーーアニメでも見よう

 

「なあ。」

 

ーーまたか

 

「な、なに?」

 

若干怯えながら今度は出来るだけ速く返答する。賢い彼女は巧の機嫌を損ねた理由が分かっていた。

 

「さっきの水色の髪の女。アンタの姉さんか?」

 

楯無の事だ。

 

「うん、私のお姉ちゃん……なにか?」

 

「いや。……」

 

……………………………………………………………

 

「あの。」

 

「なんもない。」

 

「あ、そう。」

 

お互い口下手なため話が進まない。

 

陰鬱な空気となる室内。

 

それでも不思議と簪は不快に思わなかった。

 

無論性格的には巧は苦手な部類だが会話のし易さに限って言えばなのはよりも合っていたのだ。

 

やがて簪は自然と自分の名前を巧に告げていた。

 

「私、更識簪。」

 

「更識……」

 

復唱するように巧が続ける。

 

「俺は」

 

「知ってる。乾巧でしょ?」

 

有名人だ。

 

呼ばれた名前に巧は不満げに溜息を吐いた。

 

ーー

 

他の場所と違いほんわかとした柔らかい雰囲気を出しながら、巧の意識は再来した()()()()へと向けられていた。

 

モニターの映像では土埃で見えなかったが巧は間違いなくオルフェノクの強襲だと確信していた。

 

無論直ぐにアリーナへ駆けつけようとしたのだが場所が悪かった。

 

対オルフェノク武装であるファイズギア一式は入学以来ある場所、オートバジンに備え付けたままになっている。

 

それにそもそも自分は道に迷っていたのだ。アリーナどころか駐車場すら分からない。それにこの状況で簪を危険地帯に巻き込む事も気が引けたためこうして一緒に待機している。

 

あの女の言う通りなのは癪だが巧に選択肢は無かった。

 

現在巧は苛ついている。

 

安全のため簪に付いているがもし教師が救助に来た場合はその教師に預けてあとは自力で急行するつもりでいた。

 

しかし待てども教師は一向に来ない。

 

流石に遅すぎる。不安になってくる巧は無理やりそれを押し殺す。

 

もしかしたらISでオルフェノクを鎮圧しようとしているのかもしれない。案外自分の出番も要らないのかもしれない。

 

「少し出てみるか。」

 

居ても立っても居られないので巧は扉を開けようとドアノブに手を伸ばした。

 

「乾君ダメだよ。」

 

簪が慌てて止めようと席を立つ。構わずノブを回そうとすると不意に耳に聞き慣れた動音が入った。

 

 

オートバジンのエンジン音だ。

 

 

「あいつ。」

 

しかめっ面をしながら簪の制止も聞かずドアを開ける。目の前に銀色のバイクが居た。

 

正確には轟音を轟かせながら正面の壁含めて根こそぎ()()()()()()()愛車が巧の目に入る。

 

「わ、なんの音……え⁉︎何コレ!」

 

簪も驚いているようだ。特に壁の方に。

 

右手中指にはめている待機状態の打鉄二式を構えるのを手で制し巧は丁度良かったとオートバジンを叩く。

 

「おい、助けはいいからこいつ頼んだぞ。」

 

(こいつ)を親指で刺す持ち主にバイクは何も答えない。

 

構わず後部座席にくくりつけているアタッシュケースを取り出す巧に簪は右手に手を掛けながら恐る恐る近づく。

 

「い、乾君?」

 

混乱している簪を見て巧はあっとなる。

 

アリーナの場所をまだ聞いて居なかった。

 

「アリーナってどこ。」

 

「えっ…そこの通路から階段登れば案内板有るけど。」

 

意外に単純な内容だったことになんだと思いながら巧は礼を言って駆け足で出て行く。

 

ーー

 

「サンキュ、じゃな。」

 

と言ってあの子は私の言った通りに出て右に直ぐの階段へと走っていった。

 

「え、えっちょっと待ってよ⁉︎」

 

慌てて乾君の後を追う。

 

さっきの爆発が侵入者によるものなのは何と無く解っていた。専用機のない彼では直ぐにやられてしまう。

 

一応代表候補生なので止めないと。下手すれば専用機と候補生の名を剥奪されてしまう。

 

しかし、

 

《Battle mode》

 

男の人の声が聞こえたかと思うと目の前の不法侵入および器物損壊バイクがブワッと急に起き上がった。

 

私は

 

「わっ」

 

となり尻餅をついてしまう。

 

「痛っ」

 

傷害罪も追加だ。

 

私に気にせずそのバイクは変形を続けやがて2メートル超えの銀色の鉄人となった。

 

 

「………」

 

ピロロロと顔のバイザーを光が走った。

 

乾君大丈夫かなぁ……

 

 

ーー

 

先に飛び出して行った教員と級友のことがふと浮かぶ。ふと浮かんで二度と思い至ることはなかった。

 

改造したロングスカートから伸びる長い脚が規則正しく床を踏む。

 

妖しくしかし艶かしくない程度の絶妙な魅力を出す、齢らしからぬ動作を自然と晒しながらセシリアオルコットは人気のない廊下を進む。

 

日常生活には充分だろうが緊急自体には彼女の立ち振る舞いは少々優雅すぎた。怨敵の同胞とこれから死闘を繰り広げようというのにこの道中それとは関係ない事ばかりが頭をよぎる。

 

最近になって漸くルームメイトが浪費は美徳ということに理解を示してくれたこと

 

先週改善するように求めた食堂で出されるサンドウィッチのパンが未だフワフワだったこと

 

鈴音がいつにも増して張り切ってアリーナで特訓しているのを見かけ何故か一緒に参加させられたこと

 

ふと巧が犬みたいに思えてきてつい頭を撫でたところ一部で変な噂が流れて巧に頭をはたかれたこと

 

 

終始日常の雰囲気で廊下を進みながら途中から現れた謎の飛行物体。ガジェットドローンを部分展開したビットで片っ端から撃ち落とす。魔力弾を除けば薄い装甲しかない防御域はスポーツ用に出力を抑えたビームでも易々と貫けた。

未だ突入直前で疎らなガジェットドローン達は姿を晒した瞬間ビットの餌食となっていった。

世界最強の兵器を力を見せつけながらもセシリアに優越感は無い。むしろ次々と現れる無人機達の物量に感心する。

 

「キリが無いわね。矢張り時代は『安価』『無人』ですわね。ISはコストも燃費も悪いんですもの。」

 

戦争には使えないと呟きながらも壁を突き破って現れたガジェットドローンのカメラ部分を正確に撃ち抜く。

 

「粒子変換のメカニズムが特定されればISも完全にお役御免ですわね。」

 

今の一般思想とはかけ離れた持論を持ち出しながらも着々とセシリアは現場へと近づいて行く。

流石にそこまで行けばガジェットドローンの突撃も激化してきたがセシリアは豪雨のように襲いくる無人機達をビットと新たに展開したスターライトmkⅢの並列射撃で撃ち抜く。

 

やって来た者から残骸になっていく風景を英国淑女は優雅に進んで行く。

 

そして遂に。

 

 

ーーアリーナ

 

管理局が誇るミッドのエースオブエースはそう呼ばれる所以の大半をアリゲーターオルフェノクの戦法に潰されていた。

 

次々と繰り出される近接攻撃の数は未だ止むことなく。組んず解れつ、一定の線を保ったまま一方的に攻撃をプロテクションで防いでいる。

 

なんとか反撃のためにバリアバーストを頼っているがどうやら存在を知られているらしくバースト瞬間にはもう体勢を持ち直して再び攻勢に転じて来るアリゲーターオルフェノクになのはは攻められずにいた。

 

「………っ。」

 

顔を歪める。

 

ダメージからでは無い。

 

一向に人質救助に迎えない自身への歯痒さゆえだ。

 

攻撃の密度とガジェットドローンの影響もあり魔力弾の生成も困難となっているのもそれを加速させた。

 

しかしこのままのんびりしている訳にもいかないのが事実。

 

今一夏と鈴音は現状把握のために状況が一番理解出来ているこのアリーナ内が安全と判断して残っている。

 

実際ガジェットドローンがどの程度広がっているのか分からない上一番危険とされるアリゲーターオルフェノクはなのはが抑えているため、このまま燃費節約のため留まって救援を待つというのは悪くなかった。

 

しかしそれもなのはがアリゲーターオルフェノクを打倒出来ればの話。

 

実力的には充分可能なため手間取っている事が焦燥感を抱かせた。

 

「………」

 

一切の声も漏らさずに淡々と攻撃を続けるアリゲーターオルフェノク。しかしその胸中は余裕とは逆のものだった。

 

目の前の魔導師は情報として仕入れていたものを参考にして組み立てた仮想敵より強い。

 

威力に限れば予想より大分下だったが判断力においては彼の予想を遥かに超えていた。先程から怒涛に攻めているが肝心な所にセーフティを敷かれこれ以上を踏ませない。

 

こちらを阻む壁をより堅実にしながら冷静に両の目で自分を分析している。

「自分の戦力では目の前の敵は妥当出来ない」そう判断するも攻撃の手は緩めない。

出来る出来ないは兎も角アリゲーターオルフェノクに選択の余地はない。

今はガジェットドローンが抑えているとはいえ救援部隊が来れば彼の生死は決まる。

一夏の殺害が出来ない以上ここに留まっている道理は彼には無い。

 

早期決着。

 

長引く流れに逆らいながらの思考に両者は落ち着く。

生存するため攻勢に転じ続けるアリゲーターオルフェノクと生存させるために起死回生を見出そうとするなのは。

 

地面を蹴る音、肉を叩きつける音、障壁が弾く金属音にも似た甲高い音。

 

限定された音程だけがアリーナ内に響き渡る。

 

動きながらに停滞したと誰もが共感した。

 

そんな中。

 

 

モノアイを貫かれたガジェットドローンの耳障りな崩壊音がビットから聞こえた。

全員振り返る。そして見る。

 

琥珀のような透き通った金色の髪。

ビットに蔓延るガジェットドローンを全機破壊したセシリアオルコットが今まで見たことのないくらいの恐い顔をしてアリゲーターオルフェノクを睨みつける。

 

「覚悟なさい。」

 

受け手によって違う開口一番。

 

一夏はそのまま素直に恐ろしく感じ。

 

鈴音は少なくない間柄を傷つけられた事への怒りと受け取り。

 

なのははより黒いナニカを勘ぐり。

 

アリゲーターオルフェノクはより正確にそれが憎悪の種類だと気づいた。

 

 

 

反転反転する混乱の舞台。

漸く終焉に近づいてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょろコットさんが少しキャラ立ちすぎかしら?
次辺りで一応決着をつける予定です。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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12話 好きな人へは伝えたい

初の一万字超え。
ますます場面転換でグダグダしていますが完結です。


「覚悟なさい。」

 

この場には場違いな声だと一瞬思ってしまった。

 

救援に駆けつけてくれたと思うセシリアはなのはさんと怪物のどこか泥臭さを感じる激闘と比べて優雅過ぎたからだ。違和感が体を駆け巡りさっきまでの不甲斐なさも忘れて俺はセシリアの方をISのハイパーセンサーを活用して見た。

 

ハイパーセンサーの恩恵でよく見えるセシリアの表情は実に恐ろしかった。別に怒っていたわけでは無い。ただ怪物を見つめる。それだけなのに動作の簡単さからは想像できない程の大量の黒いナニカを感じた。

 

怖い。

 

今朝まで俺の健闘を幼馴染と一緒に応援してくれた友人だとはとても思えなかった。

 

そんな俺の心境など知らずにセシリアはブルー・ティアーズを今度こそ完全に展開して怪物に襲いかかった。

 

 

 

 

 

ーー

 

セシリアが加わった事で拮抗していた状況は完全に引っくり返った。空へと飛び上がったセシリアはアリゲーターオルフェノクが間を詰めるより速くビットを飛ばし四方八方から囲むようにビームを撃った。

 

一夏戦で見せた動きとは比べものにならないくらい速く、アリゲーターオルフェノクに無数の青い閃光が襲い来る。

 

アリゲーターオルフェノクはそれを最低限の動きで装甲の厚い部位で受ける。衝撃がモロに体にくるがこの程度はオルフェノクの外骨格の前には文字通り水鉄砲レベルだ。問題は次。

 

「ディバインバスター‼︎」

 

上空から到来する桜色の光は最初の段階より明らかに威力が違う。受けられないと判断したアリゲーターオルフェノクは直撃点から離脱する。轟音を響かせながら硬い地面を穿つディバインバスター。しかしそこにアリゲーターオルフェノクの姿はない。数メートル離れた地点で再びファイティングポーズを決める異形の怪物に上空から撃ったなのははやはりとする。改めて見ても信じられない加速だ。なんの動力もない、筋力だけで叩き出したその猛ダッシュは加速だけでいえばフェイトと比べても見劣りしない。またそれにきちんと付いてこれる肉体も驚きだ。束からも聞いてはいたが彼らの身体能力の高さと肉体の強靭さになのはは驚愕する。生物としての差。人類では到達し得ない頂きにある。

 

しかし。

 

「ディバインシューター!」

 

新たに放った弾丸は計八つ。

 

砲撃魔法ばかりが取り上げられるがこちらも9歳の頃より特訓してきた射撃魔法の発展系。威力や弾速は劣るが術者が技の行使中も動けるという利点が有る。セシリアのビットと協力しアリゲーターオルフェノクを追い立てる。アリゲーターオルフェノクはそれを縦へ横へと飛び跳ねて交わす。空中で尻尾や体を上手く使い落下の軌道を変える。重力を物ともしない四次元殺法もオルフェノクの身体能力の高さゆえだ。しかしなのはの思惑からは逃れられない。アリゲーターオルフェノクを引き離した所でなのはは本来の目的である一夏と鈴音の救出に向かう。

 

「2人とも平気?」

 

「な、なのはさん。」

 

未だに混乱が冷めないらしい一夏。といってもそれはオルフェノクの事とは別のことらしく。

 

「その格好どうしたんだよ……」

 

年齢的に少し心に引っかかるなのはのバリアジャケット姿に一夏は生死の境を経験しても尚気になっていた。

 

「後で話すよ。それよりピットへ待機して!」

 

なのはのそれなりに切羽詰まった気迫に押され一夏は白式の残存エネルギーを確認する。前に、

 

「あっ、」

 

待機状態に戻った白式に一夏は間抜けに声を漏らす。高低差で当然落ちてくる一夏をなのはは咄嗟に受け止めた。お姫様抱っこで。

 

「仕方ないね。鈴音ちゃんは平気?」

 

「え、ええ平気だけど。そ、そ、それ……」

 

何故か顔を赤らめる鈴音。彼女からしてみれば好きな男が変な魔女っ子コスの女にお姫様抱っこをされているという状況。こっちはこっちでかなり大問題なのだがなのはには関係ない。ならついて来てと一言言うと直ぐさま飛行魔法で浮かび上がる。腕の中の一夏がいきなり重力から切り離されかなり混乱して騒いでいたが生憎あまり親切にしてやれる事態ではない。ピットへと誘導したなのはは一夏を優しく下ろしついでやって来た鈴音を確認すると驚くクロエに声をかける。

 

「この子たちよろしくね!クロエちゃん。」

 

そう、ガジェットドローンの総数が不明な以上より安全な所をと思い自分達がいたピットへと誘導したのだ。部外者の存在に益々混乱する2人を尻目になのはは3人に対してシールドを張る。セシリアにいつまでも任せて置くわけにはいかない。

 

「じゃあ直ぐに帰ってくるから。」

 

言うが早いかなのはは再びアリーナへと戻っていった。

 

暫しの沈黙の間クロエは困ってしまう。すると思わぬ人物から助け舟が出た。

 

「ハロハローいっくん。久し振り〜平気だった?」

 

「た、束様?」

 

不干渉を望んでいた束からの通信にクロエは驚く。それは一夏も同じで数年ぶりの幼馴染の声に驚きを露わにする。

 

「束さん?なんで束さん?」

 

混乱続きのIS学園一年生。それを納めたのも幼馴染であった。

 

「ああ、もう!なにがどうなってんのよ!取り敢えずアンタ説明しなさいよ!」

 

通信の声の主。即ち束に対し鈴音が叫ぶ。

 

「鈴音ちゃんだっけ?いいよ。」

 

アッサリとした返答に彼女の人となりを知る一夏は驚く。人の名前を覚えていることも驚きだが鈴音の傍若無人とも取れる命令口調に極めて大人な対応ができる人種だっただろうか。

 

「初めまして。いっくんは久し振り。私は篠ノ之束です。」

 

おわり〜と最低限しか話さない面倒臭がりは間違いなく彼女だ。

 

鈴音は篠ノ之束という言葉に驚く。

 

「篠ノ之束って、ISの生みの親の?」

 

「そそ。よろしく。」

 

やはり変だ。良識ある大人からすれば素っ気なさすぎるが篠ノ之束に限って言えば可笑しすぎる。そもそも()()()なんて言わない。他人にはとことん興味を持たない彼女が少なくとも社交性を感じさせる言葉を語るなんて一夏からすれば驚天動地だ。束はクロエを通して送られるそんな一夏にラボで苦笑し通信を一時的に切って一言。

 

「束さんも成長するんだよ。いっくん?」

 

 

 

ーー

 

実況席を背にしたアリゲーターオルフェノクは既に一夏達から大分離された。再び戦闘に参加したなのはの火力が加わりアリゲーターオルフェノクは明らかに劣勢に立たされた。人質が消えたことでフルに力を使えるようになったなのははまさに砲台だった。数秒の間をおいて特大の砲撃魔法が自身を襲いさらに彼女の常套手段、バインドがアリゲーターオルフェノクの四肢を捉えようとする。オルフェノクの膂力を持ってすれば次の射撃が来る前に引きちぎって離脱するのは容易だがそれを防ぐためセシリアのビットが殺到する。集中して放たれるレーザーが硬い外骨格の上からアリゲーターオルフェノクを束縛する。ブルー・ティアーズの武装では本来アリゲーターオルフェノクには太刀打ち出来ないがそこはブリュンヒルデやヴァルキリークラスの力を誇るセシリア。なのはの性質を瞬時に見抜き柔軟に対応してアリゲーターオルフェノクを追い詰める。その手腕にはなのはですら驚嘆する。

 

(この子凄いな。実力もそうだけどキチンと周りが見えてる。そういう意味ではティアナ以上かな。)

 

教え子をつい引き合いに出してしまうほどセシリアの戦法は理に叶っていた。そんなことを考えているとそのセシリアが近づいて来る。それでもビットは正確に操作出来ている所は流石だ。セシリアはなのはの格好に特になにも言わず提案を持ちかけてきた。

 

「なのはさん。少し聞きたいことがあるので出来れば奴は生きたまま無力化してほしいのですけど。」

 

「え、別に構わないけど。」

 

なのはとて不要な殺生は好まない。一夏達が離脱した今アリゲーターオルフェノクの命を絶つ気はない。それになのはも彼には色々と聞きたい事があった。

 

 

 

それが一瞬の隙。

 

なのはの意識が一瞬。とても落ち度とまでは認識できない程の本当に一瞬。

 

アリゲーターオルフェノクはここ一番の底力を発揮した。ディバインバスターの直撃で砕けて転がったアリーナの石。それをアリゲーターオルフェノクは手頃に取りそれを投擲しようとしたのだ。

 

ピットに待機した一夏に向かって。

 

「っ、けど。」

 

無駄だとなのはは断じた。

 

一夏達に張ったシールドはそれこそ今のようにアリゲーターオルフェノクの攻撃力を想定して調整している。

 

プロテクションと比べれば劣るものの、砕けて物質同士の繋がりがさらに脆くなった石ころ程度で破れる代物ではない。セシリアも同感らしく最後の足掻きとして見つめる。

 

しかし彼女達は再び見誤る。

 

 

 

ーー

 

力を入れる。

 

一般的には筋肉をフル稼働する前の準備期間として用いられる。バネを押し込むように筋肉を張り詰め一気に解放する。ここぞという時に使用する生物の知恵だ。

 

オルフェノクの場合も大まか同じ概念だがこれは違う。

 

溜め込むのは筋肉ではなく()

 

オルフェノクの元来である進化という力。

 

游泳体を一時解除して一点に集中する。

 

流動させて一点に貯め伝染させる。

 

 

 

変化は直ぐに訪れた。

 

手に持つ弾の感触が変わる。

 

力を込めれば直ぐにでも砕けてとても投げられなかった頼りない石ころがより強固に性質を変える。適当に選んだだけありとても適しているとは言えなかった形が投げやすく(ふさわしく)なる。

 

オルフェノクの力を与えられ文字通り砲弾と化した石ころをアリゲーターオルフェノクは力の限り投擲した。

 

 

 

 

 

ーー

 

『Master、飛礫(つぶて)の形が変わりました。』

 

相棒の言葉で事の異常さに気づいたなのはは、しかし直ぐに行動を起こす。

 

「シュート!」

 

先程まで待機させておいたアクセルシューターを一つ全速で飛礫へとぶつける。

 

弾丸以上の威力を誇る魔力弾はなのはの練度の高さもあり寸分違わず飛礫に命中し砕ける。

 

()()()()()()

 

変化した飛礫の硬度はアクセルシューターを上回っていたのだ。

 

とたんになのはに焦りが起こる。

 

「セシリアちゃん!」

 

叫ぶ前に彼女は撃っていた。

 

彼女の幅広い戦技の中でも特に得意分野である狙撃。スターライトmkⅢによる遠距離狙撃はみごとに弾を直撃した……が。

 

「ちっ…」

 

彼女には珍しい舌打ちも今は後回しだ。

 

飛礫はレーザーを掻い潜り一夏の脳天を正確に狙い飛ぶ。今からではとても間に合わない。なのはは背筋が冷えるのを感じた。

 

 

 

どんっ!!

 

 

 

石飛礫では考えられない衝撃がシールドを襲う。

 

暫しの拮抗の後両者は同時に弾け飛ぶ。

 

なのはの願いが効いたのかシールドはその身を砕かれても尚守りし者としての責務を果たした。

 

 

 

アリゲーターオルフェノクが再び石を拾った。

 

 

 

 

 

ーーピット

 

「きゃっ⁉︎」

 

鈴音が軽く声を上げる。

 

なのはのシールドは優秀であった。

 

想定外の一点集中にも庇護者を守り抜いたのだ。しかし強襲の手は緩まない。ハイパーセンサーを用いずともハッキリと確認できる。別段なのは達の追撃を交わすならば鈴音やクロエでも構わない筈だが、当初の予定に引きずられているのかアリゲーターオルフェノクの色の無い瞳はハッキリと自分を映していた。今一度投擲の姿勢を見せるアリゲーターオルフェノクはその傷ついた身体と反し一夏にはこれまで以上に強大に見えた。

 

「一夏様!」

 

クロエが咄嗟に前へ出ようとする。しかし間に合わない。黒鍵の展開より速くアリゲーターオルフェノクは一夏を殺す。鈴音が甲龍を展開しようとするが長い戦いは如何に燃費の良い甲龍とてISの弊害からは逃れられなくしていた。エネルギー不足によりもたつく。桜色の帯がアリゲーターオルフェノクに巻きつく。なのはがこれ以上はさせぬとバインドを展開したのだ。漸く止まった強撃も本当に少しであった。箍の外れたオルフェノクの腕力はなのはの強固なバインドをも一瞬で引きちぎってみせた。シューターでは威力が足りない。同じ理由でセシリアも無力。砲撃には時が足りなすぎる。

 

 

 

間に合わない。

 

 

 

 

ーー

 

ーーー

 

ーーーー

 

ーーーーー

 

ーーーーーー

 

ーーーーーーー

 

ーーーーーーーー

 

ーーーーーーーーー

 

ーーーーーーーーーー

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いちかああああああああああああ!!!!!!!」

 

 

 

大声。

 

スピーカー越しで思いっきり叫んでいるらしく音割れが鼓膜を揺する。そうそう体験しないレベルの騒音でも彼らは不快にはならなかった。最低でも1週間。最高で15年。聞き慣れたという事実が声の主を特定させた。

 

 

 

「箒?」

 

「箒ちゃん!」

 

 

 

特に親しい2人が声を出し出どころを見やる。役割上アリーナの全貌を見られるように設計された場所。実況席のマイクを拝借した篠ノ之箒がそこに居た。そして一同の驚きの中一番近くにいたソイツが視線を向ける。

 

 

 

ーー丁度良い

 

 

 

飛礫の方向をなのはに変え投擲する。無論その程度彼女には通用しないすぐさまバリアを張り砕く。その時間の間を突き。

 

アリゲーターオルフェノクは非情にも突撃する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーSide 『キャラ』『地』

 

 

 

ー走る

 

千冬さんにはなにも言わずに出て行ってしまったが後で謝ろう。

 

ー走る

 

直ぐに先に避難誘導に当たっていた先生に見つかり怒鳴られる。

 

ー出される手を跳ね除ける

 

ー普段は決してしない不良的行動に自分でも驚く

 

「すいません!」

 

取り敢えず叫んでみたが後でこっ酷く怒られるだろう。

 

ー見つける

 

急に飛び出してきた。

 

ーガジェットドローンだ

 

ーモノアイで観察する

 

気味が悪くなったけれども行かなくては。

 

ー怯えながらも移動を開始する

 

ー付いてくる

 

「来るな!」

 

構わず付いて来る錠剤オバケに私は叫ぶ。

 

ー叫んで走る

 

兎に角一夏が見える所へ行かないと。

 

ー追いかけて来るだけで何もしない

 

そこまで速く飛べないのかどんどん遠ざかって行く。

 

ー安堵

 

「わっ」

 

ーぶつかる

 

恐らく実況席に居た生徒達だろうすまないと言う暇もなく走り去って行く。

 

ー痛みに耐えて歩き出す

 

「はあ、はあ。」

 

痛い。

 

一歩一歩歩く事に鈍く痛む。

 

何処か変に痛めたらしい。

 

ー長い時間を掛けて到着

 

慌てて逃げ出したのか椅子が倒れ机の上に有ったんだろう紙コップが床に転がって居た。

 

ー最初からそんな機能は無いため窓はそのままだ

 

シャッターが作動して居なかった。

 

誤作動かな。

 

ー恐る恐る覗き込む

 

またあのオバケがいるかもしれない。

 

ー予想はずれ

 

ーアリゲーターオルフェノクが見える

 

「化け物?」

 

なんだアレは。

 

それより一夏はなぜISを着ていない。

 

ーエネルギーが完全に切れてしまった

 

ーアリゲーターオルフェノクがシールドを破った

 

ー一夏の生身の体が曝け出される

 

やつはまた石を投げようとしている。

 

彼奴はまた一夏に手を出そうとしている。

 

ここからではどうしようも出来ない。

 

ー青ざめた顔色で辺りを見回す

 

ーふとマイクが眼に入った

 

これだ。

 

ー切れたままの息で思いっきり叫ぶ

 

 

 

 

 

 

 

ーー

 

箒の決死の思いはアリゲーターオルフェノクの注意を一夏から逸らす形となった。見事、彼女の目的は達成されたのだ。ただ問題があったとすれば彼女が自身のことを勘定に入れていなかった事とアリゲーターオルフェノクにとってもはや一夏は本来ならば価値が無くなっていたという事。当初の目的では彼も織斑一夏の殺害が目的ではあったがそれ以上に彼は生還を重視した。そして一夏殺害の計画はなのはが加わった時点で破綻してしまった。AMFを解除されさらにセシリアまで加わり人質を取り戻されてしまった彼がそれでも一夏を狙った理由は単にたまたまというものだ。だからこそ閉鎖された空間でのいきなりの第三者の登場というイレギュラーにも誰よりも速く対応していた。舞い降りて来た生存の活路をアリゲーターオルフェノクは逃さなかった。

 

ブンッと風切り音を鳴らしながら変化させた飛礫を最も厄介ななのはに対して投げつける。無論その程度でエースオブエースが落ちることはない。右手にバリアを張り受け止める。投擲の腕力とバリアの強度により容易く粉々に砕けただの石へと戻る。

 

それで充分。

 

地を蹴り実況席へと飛び上がる。穴には届かずともあの程度の高さ、オルフェノクの脚力を持ってすれば二歩で足りる。

 

学園の見取り図は全て頭に叩き込んである。あの女を人質に取り残るガジェットドローンを寄せ集めて逃走する。まだ奴らには人間としての顔は知られていない。その後は用意したアパートでほとぼりが冷めるまで隠れていよう。女は用済みになればデメリットしかない。仲間に迎え入れるのも有りだが裏切らないとも限らない。殺そう。

 

これからの目論見を頭で組み立てながらアリゲーターオルフェノクは閉められた強化シャッターへと四肢を掛けようとする。

 

 

 

 

 

ーー実況席

 

アリゲーターオルフェノクが自身に狙いを定めた事に気付いた箒は自身の思い違いに気付き恐怖した。直ぐに逃げようと出口に走ろうとしたが視線にずっと映って離れない。一夏の顔。

 

「なんてザマだ」と最初は場違いと感じながらもそう思った。全てを諦め理不尽に身を任せた表情。彼は自分は事なかれ主義だと言うが箒は初めてあった時からそういうどうしようもない事にこそ、いの一番に立ち向かって行く人間だと尊敬していたし、心から好いていた。そんな一夏があんな顔をしていて見逃せる程

 

自分の想いは軽くない。

 

「男なら…」

 

マイクに対してもう一度向かう。

 

理性では逃げろと叫んでいるが………………………ではない。

 

本能で想い理性でそれを言語化して箒は話す。

 

「男ならっ

 

そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!」

 

出来るだけ彼に恥ずかしくないような凛とした姿で箒は語る。

 

 

 

 

 

ーーピット

 

「箒!!」

 

あの馬鹿っ!なんで逃げねぇんだよ⁉︎

 

奴は今にもシャッターに足を掛けんとしている。ダメだ!やめろ!

 

「一夏!」

 

鈴の声が聞こえて足が止まる。鈴、それから『クロエちゃん』なる女の子が二人掛かりで止めている。何してんだよ⁉︎

 

「ばっ、箒!箒‼︎」

 

「ほうきちゃぁん‼︎」

 

通信越しで束さんが叫ぶ。セシリアもビット、なのはさんが杖を構えるが間に合わない。俺が行かないといけないのに。

 

 

 

「一夏ーー」

 

名を呼ばれる。箒は優しく笑いかけている。

 

 

 

 

 

 

 

「生きてくれ」

 

 

 

 

 

……っ

 

なんだよそれ、

 

 

 

俺の心配してる場合じゃねえだろ。

 

 

 

お前が生きてくれないと駄目だろうが。

 

 

 

「箒‼︎」

 

 

 

 

 

奴はついに箒を覆い隠した。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー1

 

 

 

ーー0

 

 

 

ーー3

 

 

 

 

 

Enter

 

 

 

 

 

《Single mode》

 

 

 

 

 

 

 

それを目にした時は信じられなかった。

 

あの狂った学者や幽霊達の情報でも、同胞達ですら聞かされなかった。

 

興奮状態で鋭敏になった五感とそれでも冷静な頭が己の種族の叡智の結晶の一つを突きつける男と。その男の顔をかつて見た情報から引き出させた。

 

 

 

男の引き金と共に飛び出した光弾がアリゲーターオルフェノクの胸に直撃した。火花が散り体制を崩して背中から落下したアリゲーターオルフェノクは受け身も取れない程驚愕していた。刀剣などの物理的な攻撃とも魔力弾による攻撃ともビームのようなエネルギー攻撃とも違う。目を見やるとオルフェノクの硬い外骨格が一部的に朽ちている。

 

「フォトン、ブラッドだと……⁉︎」

 

オルフェノクに対して最も効果を発揮する攻撃。

 

通常は単にエネルギーとしての姿だがオルフェノクに対しては体を蝕む毒物になる。取り扱いが非常に難しくもしエネルギーが高まりすぎ暴発すればオルフェノク以外にも有害な物質となるためベルト以外ではまず使用されていない。その上現在では2本目のベルトは破壊され初期型と最後機のみとなった。あれは最新型の方だ。

 

嵌められた。

 

ここまで来て漸く自分の求められた立ち位置を理解した。

 

威力偵察だ。テストだ。自分は捨て駒だったのだ。

 

「ふざけやがって……」

 

易々と死んでたまるか。ゆらりと立ち上がり実況席を見上げる。

 

ーー

 

 

 

「い、乾?……くん」

 

箒はまさかという風に巧を見る。巧の腰にはまずお目にかかれないような形状とサイズをしたベルトが光っておりそれが何ともこの場に似つかわしくない。巧は箒に眉間に皺を寄せながら言った。

 

「さっさと逃げろ。」

 

そして巧はフォンブラスターの一撃で完全に砕けてしまった窓から顔を乗り出させる。下ではアリゲーターオルフェノクが爪を構えながら此方を睨みつけているが余程不機嫌なのかその目に怒りが入っている事を長い経験から何となく知った巧はなにをと憤慨する。

 

「上等だ。面倒くせぇ事に付き合わさせやがって。」

 

憎まれ口を叩く巧は何時もとなにも変わらない。ファイズフォンを戻してコードを入力する。

 

「変身!」

 

閉じたファイズフォンをベルトの窪みに入れ倒した。

 

《Complete》

 

紅い閃光がアリーナを包み晴れた頃にはファイズへと身を変えた巧が居た。アリゲーターオルフェノクが雄叫びを上げて飛びかかると同時にファイズも実況席から飛び降り蹴りかかった。

 

 

 

 

 

ーー

 

胸中を驚愕が巡る。

 

突如現れた2人目の男性操縦者が見たこともない姿に変わり戦闘を始めた事に全員が驚く。

 

ーー

 

「IS……?」

 

「いえ、フルスキンとも違う……全く別のパワードスーツ?」

 

ISに詳しくないなのはにセシリアが訂正しながら観察する。

 

「アレなんだよ鈴。」

 

「知らないわよ!専用機じゃ無いの⁉︎」

 

率直な一夏の問いに鈴音が叫ぶ。

 

「束様…アレは。」

 

「あんなの作った覚えない。」

 

クロエの困惑に束はハッキリと関係を否定する。

 

数瞬の中漸くなのはが箒の救援に頭が回った事でこのどよめきは取り敢えず落ち着く。なのはが箒を抱きかかえて再びピットへ戻って来て再度飛び出していった所で既に謎のマスクマンと怪物の肉弾戦は優勢が決まりだしていた。

 

 

 

 

 

ーー

 

アリゲーターオルフェノクが振りかぶる。右腕を大きく腰まで回して180度以上の巻き込みを使う。爪を出し軌道が丸わかりの超大振りでファイズに振り下ろした。素人目から見てもなってない動きだがオルフェノクの肉体から繰り出されるとなると意味合いは変わる。実際観戦していた一夏には今の一連の無駄な動作は文字通り目にも止まらなかったし、なのはですら攻撃の軌道を正しく理解するのに一瞬の間を要した。剛腕の遥か上。予想外内でも許容不能な威力。バリアジャケットや絶対防御などそのまま五本の空白を作られてしまいそうな攻撃が無防備なファイズの胸元に叩きつけられる。壮絶な火の花が咲きわたる。あまりの威力が地面にまで伝わり陥没する。しかし心臓まで抉り出しそうな一撃にもファイズの胸部装甲フルメタルラングには微かな傷しか付かない。

 

『ソルメタル』

 

スマートブレインが開発したこの特殊金属はヌープ硬度9000を誇るダイヤモンドに限りなく近い硬度を持つと発表されている。ライダー達の装甲に使われるそれらは更に実戦用に改良を加えられたものであり特にカイザやオートバジンに使用されるソルメタル228ともなれば単一元素では最も硬い物体だろう。柔軟性を重視しているとはいえファイズもそれに漏れずアリゲーターオルフェノクの硬い爪とコンマ数㎟に圧縮された数トンクラスの衝撃からも装着者を護った。そして渾身の打撃が通じず驚愕する敵をファイズが逃すはずもなく。

 

「らあっ!」

 

右のボディブローをアリゲーターオルフェノクの腹部に叩き込む。2.5tを基調としたファイズの拳は硬い表皮と筋肉層の盾を貫き脂肪層のクッションを突破し内臓に衝撃を伝え、勢い余ってそのまま数メートルまでアリゲーターオルフェノクを吹き飛ばした。

 

しかしそこは生物上で最も優れた進化。地面に叩きつけられながらもダメージを感じさせずに立ち上がり再びファイズに飛びかかる。ファイズはもう一度拳を叩き込もうと構え待つ。あくまでも冷静なファイズにアリゲーターオルフェノクは感謝した。

 

そのまま動くな

 

アリゲーターオルフェノクは回転する。空中で姿勢の効かないままそれを筋力とバネで強引に前へと体を回らせる。恐るべき滞空時間と回転率にファイズも面を食らった。このまま拳を突き出しても回転で流されそのままボディプレスの要領で攻撃を食らうのは自分だろう。ファイズは思案はしない。頭で考える前に体が次の動作を敢行するのだ。ファイズは腕を広げ腰を下げた。ファイズの体は受け止める事を決断した。アリゲーターオルフェノクは2度笑う。

 

回転しながらオルフェノクの力を解放したアリゲーターオルフェノクは長い尻尾を生やし游泳体の姿に変わる。そして回転そのままアリゲーターオルフェノクは自身で最も硬い部分をファイズの頭蓋に叩き込もうとした。思案して戦わないファイズの体はその脅威を判断できない。そして、

 

 

 

インパクト!

 

 

 

先よりも高く上がった土煙が2人を隠す中アリゲーターオルフェノクは自分の勝利を確信した。如何に強固を誇るソルメタルといえども落下と遠心力に付与されたあの一撃は防ぎきれない。確かな感触を尻尾に覚えながら

 

 

 

アリゲーターオルフェノクは回った。

 

煙が晴れた時圧倒されっぱなしの一同が見たものはアリゲーターオルフェノクの尻尾を掴みながらジャイアントスイングさながら振り回すファイズの姿だった。

 

 

 

ーー

 

乾巧は戦いの素人だ。特に喧嘩慣れしている訳でもないし格闘技を習っている訳でもない。それは長い期間オルフェノクと死闘を続けた後でも変わらない。それでも巧が性能的に格上相手に渡り合えたという事実にはファイズになるという行為が起因している。ファイズは確かに思案しない。思考→行動のプロセスに伴うタイムロスを排除して戦いが出来るのだ。だがそれではあわやの危険まで見逃してしまう。しかしファイズにはそれが無い。考えず戦っていてもそういう事にはしっかりと意識を向けられる。何故そんな事か出来るのか、それは巧が()()()()からだ。

 

巧はファイズとして戦っている時、自分がまるで別人になったと感じる。どれだけ怒っていても変身してファイズになってしまうと今までの怒りがスッと引いていく。正確には頭と体が切り離された感覚で動けるのだ。まるで脳と体で別々に分担して行動が出来るような感じで巧は戦っている。だからこそ巧はファイズが体を勝手に動かしている間もそれ以外に頭が回す事が出来た。

 

例えば回転する敵の形状が微妙に変化した事を。

 

分業する特殊な戦闘スタイルによってより高められた脳の判断力が隠された敵の思惑を看破し体が反応した。

 

直撃の瞬間ファイズは姿勢をずらし尻尾の一撃を肩と両手で抱きかかえるように受け止め衝撃を逃した。あまりの威力に今度はダメージを負うがその結果アリゲーターオルフェノクの秘策を破る事が出来たのだ。

 

ーー

 

目を回されその上投げ飛ばされたアリゲーターオルフェノクは上か下かも分からないまま地面に頭から落ちた。あまりのダメージに游泳体が解除される。ヨロけながらなんとか立ち上がる姿に異常なまでの回復力が認められるが堅牢な鎧はひび割れ見る影はない。一方のファイズは受けた肩を回している以外特に損傷は見受けられない。ファイズ含めて全員が決着を予見した。ファイズは肩で息をするアリゲーターオルフェノクに言う。

 

「おい、もう諦めろ。別に殺したい訳じゃない。」

 

もうオルフェノク化を保っているだけでも辛いはずだ。基本的にはお人好しである巧にはトドメを刺す意味は無かった。ここでアリゲーターオルフェノクが降参しそのままIS学園を去るのならばファイズは見逃す。その旨を伝える。

 

それでも足掻こうと爪を構えるアリゲーターオルフェノクに箒を預けて来たなのはが続けて言う。

 

「あなたにはもう勝ち目は有りません。武装とガジェットドローン達を解除して投降すれば私も彼も危害は加えません。」

 

懇願するようにしかし厳しく言い放つ。その空気感が巧にも伝わる。悲痛な面持ちに見えるが決して甘くない。恐らく抗議を挙げて立ち向かおうものなら間違いなくなのはは今度こそ全力で命を断ちに行くだろうと感じた。それはアリゲーターオルフェノクにも充分伝わった筈だ。大きすぎる代償に降伏してくるかどうかはしかし思えなかった。

 

 

 

沈黙

 

 

 

果たしてアリゲーターオルフェノクは四肢を地面に4本全て付ける。外向きに出した脚と膝を曲げ本物のワニのように地面に腹がくっつきそうなほど姿勢を低くさせる。

 

 

 

ーーピット

 

「土下座……?」

 

ーー

 

ピットで見ている其々が謝罪や服従と受け取る。しかしなのはと巧にはそんな思いは過ぎらない。寧ろ更に濃厚な意欲が張り詰めている。疑う余地なくこれがアリゲーターオルフェノクにとっての最強の切り札。彼は徹底抗戦の道を選んだと理解した。

 

ギリリと。

 

なのはがレイジングハートを握りしめる。何故の想いが冴え渡る。それを寸断するのは義務感。彼はそれを選択したのだ。なら自分はそれに返答するのみ。向ける掌はしかしすんでで乱入者が入る。

 

「途中から言い出してきて勝手に決めんな。退がってろよ。」

 

振り返る仮面の中は読めない。

 

「巧君…私は別に平気だよ。きみこそ……」

 

今一度游泳体になる。

 

「勘違いすんなお前の為じゃねえ。」

 

何言ってんだと巧。再度退がっていろと今度は無理矢理突き飛ばす。強化された腕力で簡単に体が浮かぶがなのはは危なげなく着地する。

 

「お前の為じゃねえ。」

 

もう一度言った巧にアリゲーターオルフェノクは疾走した。

 

 

 

爆音!

 

 

 

決着は直ぐに着いた。

 

 

 

 

 

ーー

 

四足歩行から進化した人間は、当然二足の方が速く走れる。人型の四肢を持つオルフェノクもそれは同じく、勿論人間よりは速いがそれでも非効率だ。

 

アリゲーターオルフェノクは俊足(はや)かった

 

四足の爬虫類の如く体を横にくねらせながら地を蹴る。骨格と長さが適していないため足は殆ど地を踏めておらず、手も掴めていなかった。無茶な移動法で脚が縺れる。空気抵抗など気にせず全力で無茶苦茶に悶える。ぶつかる腕、翻筋斗(もんどり)打ちそうになりながらも

 

片腕で。

 

掌で。

 

指で。

 

爪で。

 

地面を掴んで飛び掛かる。攻撃手段は見たまんま。恐らく彼の脳裏に爪や尻尾での攻撃など無いだろう。一番最初にファイズに届いた部位を手段(それ)にする。命の全てをかけたアリゲーターオルフェノクという生命体の行為は決して見栄えするものでは無かった。

 

生物の動きとして有り得ない関節の動き方、ハッキリ言って気持ち悪い動き方を見ても彼らの神経はごく自然な想いである筈のそれを恥だとした。

 

敬意の念。

 

同じ生物として抱かねばならぬ事だと違和感なく彼らは受け入れた。決して綺麗でも無いその突撃が見ている者にはとても崇高な行為だと感じた。

 

 

 

10メートルは有った距離が既に1メートル切った。

 

 

 

ーー

 

 

 

速い。

 

思案してからでは間に合わない。かといって体で動いたからどうにでもなる一撃では無いだろう。迎撃しようにも受け止めようにも今度は威力が違いすぎる。下手な攻撃ではそのまま持っていかれ、下手な受けではそのままやられてしまう。アリゲーターオルフェノクの最後の切り札はファイズの装甲を持ってしても脅威だった。通常手段では話にならない。巧は瞬時に思考を巡らせる。

 

残り5メートル

 

斬撃技(スパークルカット)

 

オートバジンが居なければ使えない。

 

殴殺(グランインパクト)

 

ファイズショットを取り出す暇がない。そもそもメモリーを挿入している暇すらない。同上の理由から蹴り技も無理だ。

 

残り1メートル

 

ならばーーー

 

ファイズは上体を仰け反らせる。

 

残り30センチ

 

アリゲーターオルフェノクの口がばかっと開く。極限状態で新たな進化の力が開花したのだ。アリゲーターオルフェノクは鋭い牙でファイズの頭を狙う。

 

残り15センチ

 

反りを戻して振る。

 

残り1センチ

 

牙を突き立てる。

 

残りーーー

 

 

 

ドゴン!!

 

 

 

 

 

ーー

 

数十メートル離れたピットからの観戦者達には2人が抱き合っているように見えただろう超至近距離。なのはに頼まれ一夏達の護衛のためISを纏うセシリアだけがファイズのぶっ飛んだ行為を正しく認識した。

 

「H、Headbutt……(頭突き)」

 

 

 

インパクトの瞬間の少し前。

 

ファイズは自身の額をアリゲーターオルフェノクの頭蓋に思いっきり叩きつけた。

 

直撃のもっとも威力が伝わる瞬間をそらされたアリゲーターオルフェノクは無防備にその一撃を貰ってしまった。

 

牙はへし折られ游泳体も解除される。

 

脳が潰されヨロヨロと後退をする。

 

それでも立っていた。

 

治癒力の全てを回しよろめく足を踏ん張らせ再度突っ込もうとする。

 

恐らく既に人間としての命は途絶えたのだろう今のアリゲーターオルフェノクを支えているのは持ち主を失ったオルフェノクの力だった。

 

そんなアリゲーターオルフェノクをファイズは見つめながら右腰に付けられたサーチライトを取り外す。

 

ファイズフォンからミッションメモリーを取り外しサーチライト式のポインタ射出機『SB-555 L ファイズポインター』にはめ込む。

 

《Ready》

 

先端が伸び戦闘モードへと移行したファイズポインターをファイズは右脹脛の外側付近のホルスターにはめ込む。

 

中腰姿勢となり力を抜きダラける。

 

そしてメモリーが外れて少し物足りなくなったファイズフォンを開きEnterボタンを押した。

 

 

 

《Exceed Charge》

 

 

 

これまで聞いてきたファイズの電子音でもそれは一際力を感じさせる音声だった。

 

ベルトを元に紅のフォトンブラッドが目に見える程の濃度でファイズのフォトンストリームを辿っていく。ベルトから腰へ、腰から太腿へ、太腿から脹脛へ、そしてファイズポインターの先端へとフォトンブラッドが収束されていく。充填音と共にキラリと先端が光る。

 

完了だ。

 

ファイズは再び立ち上がると全力で走り出す。

 

100メートル5.8秒の俊足で大地を踏みしめアリゲーターオルフェノクの手前3メートルの所で跳んだ。

 

空中で一回転、軌道を修正しながら両足を突き出す。するとー

 

 

 

バシュッー

 

 

 

ポインターから射出された一筋の紅い線がアリゲーターオルフェノクの手前で円錐状に展開される。

 

アリゲーターオルフェノクももがくがポインターに拘束され動けない。

 

そしてファイズは落下のエネルギーを加えながら光り輝く右足を突き出す。

 

 

 

必殺の蹴り技。クリムゾンスマッシュがアリゲーターオルフェノクの体を貫いた。

 

 

 

自らも高濃度のフォトンブラッドと化しアリゲーターオルフェノクの体を突き抜け後方に着地したファイズは右手首をカシャリと鳴らした。

 

残留したフォトンブラッドがφの文字を浮かばせたと同時にアリゲーターオルフェノクの体が青い炎を上げあの巨躯が灰となる。

 

それを肌で感じながらファイズはベルトからファイズフォンを取り外し解除キーを押す。

 

鎧が解除され元の不機嫌そうな巧が現れる。

 

暫し静寂がアリーナを包んでいた。

 

「巧君。話聞かせて貰えるかな。」

 

後ろから尋ねるなのははまだバリアジャケット姿だ。巧は少し考えて、

 

「上に連れてってくれ。」

 

上というのは実況席の事だろう。なのはは理由を聞かず巧を連れて行った。ガラスが散乱していたため注意しながら巧を降ろす。そして自身もバリアジャケットを解除して制服に戻り振り返ると巧はサッサと退出しようとしていた。

 

「ちょっとちょっと、どこ行くの?」

 

慌てて止めようとするなのはに構わず巧はズンズンと実況席から消える。

 

「待ってよ。」

 

『Master戻って。急速接近する反応多数感知。教師陣が来ます。』

 

追いかけようとするなのはだが急にレイジングハートからの念話で不味いとなる。

 

もしクロエが見つかってしまえば厄介ごとになる。惜しいが巧は諦めよう。バリアジャケットを再度展開し猛スピードでピットへと戻る。一夏達は急に戻って来たなのはに驚くがなのははクロエを抱えると一夏達に一言

 

「内緒にしててね。後で説明するから。」

 

そしてクロエを連れてアリゲーターオルフェノクが開けた穴から出て行った。残された一夏と鈴音と箒はポカンとし、ISを解除したセシリアは金髪をさらりと搔き上げ灰となったアリゲーターオルフェノクを見る。灰は穴から吹き込んだ風により巻き上げられ空に消えた。間も無く教師陣が到着した頃には巧もなのはもオルフェノクも全て消えていた。

 

 

 

 

 

ーービル街

 

 

 

高層ビルが立ち並ぶ。

 

天に一番近い一本のビルの一室に2人の男女が居た。テーブルと椅子以外に家具のない質素な部屋だ。テーブルにはワインと二人分のワイングラスが置かれており女がそれをグラスに注ぐ。

 

 

 

 

 

「作戦失敗ですわね博士。今野さんは死亡ーガジェットドローンも全部破壊された上織斑一夏は殺さずじまい。」

 

ワインを傾かせた後、胸元を強調させたドレスに身を包んだ女は男に話しかける。博士と呼ばれた白衣の男は椅子に腰掛けたまま黙ったままだ。そしておもむろにグラスに手を伸ばし言った。

 

「言ったはずだよ雨女。これはあくまで威力偵察なんだ。彼らと私はこの世界の事を知らないんだ。主役がどれほどのものか知りたいだろう。」

 

にやけながらグラスに口を付ける。女はやや呆れながら話を続ける。

 

「その呼び方はやめて頂けるかしら。それにその妙に洒落た言い回しも良いとは言えないわね。彼は確かに今世界から注目されているけど……」

 

女は男のやけに芝居掛かった言い回しの数々が苦手だった。何処かズレている所も理由の一つだ。確かに女から見ても一夏の存在は興味深いものだったが彼が死んだ所で世界は明日も回り続ける。ISがたとえ無くなってもこの世界は問題なく進み続けるのだから。

 

「……なにか愉快なことでも?博士。」

 

クスクスと男が笑う。

 

癪に触った訳ではないがいい気はしない女が尋ねる。すると男は益々にやけた顔で謝罪をした。

 

「いや、済まない。きみを馬鹿にした訳ではないんだ。」

 

そう言うが女にはどう見ても馬鹿にされたとしか映らない。これ以上付き合っていても仕方がないと女はワインを口に含んで無視をする。しかし男はまるで意に返さず愉快な声色で言う。

 

「きみの言う通り彼が死んでもこの世は回る。しかしISは止まるんだ。」

 

 

「ISの稼働理由は織斑一夏の生死とリンクしているって言うの。」

 

「いや全く?」

 

「………」

 

言うことが理解できない。仕方なく観念して男に向き直る。

 

 

 

「きみ達には理解できないだろうが外から来た我々にはわかる。織斑一夏が死んだ時、この世は終わるんだ。」

 

「あなたが言う『特異点と基準』というやつに関係しているの?」

 

その通りと男は満足そうに言う。子供のように生き生きとした顔で女に語りかける。

 

「それらは時間とともに変化する。数ヶ月前姉の方が入って来た仲間に危うく殺されそうになったが実を言うと我々的には特に構わなかったんだよ。彼女と世界の繋がりは10年前に既に終わっているからね。」

 

「そして今回は新たに入って来た2人と我々の介入によって改変された要素のテストだ。特に改変の方はデータもなにも無いからね。」

 

改変。女は覚えがあった。

 

「父親殺しのお嬢さん?私もガジェットドローンからの映像で見ていたけど可愛らしいお顔の割にエゲツない子よね。もう少し早く生まれていたら第一回のブリュンヒルデの行方も変わっていたかもしれないわ。」

 

同じIS操縦者として女はセシリアを高く評価していた。それこそ同年代なら千冬にすら並び立つ程に。

 

「もっとも大きな改変だからね彼女は、どうしても見ておきたかった。」

 

グラスを傾け中のワインを飲み干す。

 

「それにしてもライダーシステムというものは本当に素晴らしいな!」

 

そう言う表情はおもちゃを与えられた子供のようだった。男の嬉しそうな姿に女は冷めた目を向ける。

 

「ISの粒子変換の技術とワンオフアビリティも興味深いものがあったが魔法と似通っていた。しかしこちらは想定外だ!」

 

「身体能力の強化という単純な用途だがクオリティが違う!ボディスーツというコンパクトな外骨格でしかも粒子変換の技術を搭載しながら戦闘機人を超えるスペックを装着者に与える。しかも装着者のステータスに依存せず些細な後遺症に目を瞑れば誰でも使用できるのだから兵器としてこれ程優れたモノも無いだろう。」

 

椅子から立ち上がり割れるグラスにも気にせず熱弁する男は狂気を感じさせた。女はその狂気にも平然とワインを傾ける。

 

「魔法、IS、そしてライダーシステム、異なる技術体系らが今こうして我らの前に揃った。ISについては10年の月日で大方理解できた…スマートブレインの協力もある……これらを統合させそして……」

 

ぶつぶつと顎に手を当て独りごちる男は、暫くして女に向き直る。飛び切りの狂った笑みだ。

 

「スコール。面白いことになるぞ。」

 

男の問いにこちらも飲み干したワインをこちらはキチンとテーブルに置いたスコールは男を見る。

 

「私は貴方がちゃんと仕事をこなしてくれるなら好きにしてくれて構いませんわ。スカリエッティ博士?」

 

嗜められたスカリエッティは尚もニヤリと笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ファイズに興味津々なスカさん。
セシリアさんの実力がどんどんうなぎのぼりに成っていっているような……

次回は後日談的な形です。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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13話 戦い終わって

最近文字数が伸びてきたのは良いが内容が下がってないか心配な今日この頃


全て終わった。

 

アリーナ襲撃事件は死者0、怪我を負ったものも軽症で済み観客席に閉じ込められていた生徒達も無事救出。遮断シールドを破り突撃して来た謎の侵入者は学園側の方針で嘘の情報が発表された。その内容は『たまたま宇宙から落下してきたスペースデブリが、たまたま大気圏で燃え尽きず、たまたまIS学園のアリーナの、たまたまクラス対抗戦時に落ちてきた。』というものだった。流石に突拍子も無さすぎるとSHRで話す各クラスの教師達は怪訝を示したが、人間、本気で「そうだ!」と言われれば案外信じるもの。一部の目撃していた生徒にも箝口令が敷かれ教師達の迫真の演技で1日たった現在では既に生徒の間にそう定着している。昼休み時間の今はその話で持ちきりとなっている。ここ職員室でも取り敢えず安堵して張り詰めた空気をほぐし何時もの日常が戻り始めていた。

 

乾巧はその中を歩いていた。

 

目に入った教師に場所を聞き指を指された部屋に入っていく。生徒指導室と描かれたそこに脇目も振らず入っていく巧に職員室の大半から注目が寄っていく。そんな彼女らを煩わしく思いながら巧はこの目線から外れたい一心で速い刻みでノックする。その思いが通じたのかドアの向こうの人物は比較的早くドアを開いてくれた。内開きのドアから現れたその人物の姿を見て職員室に軽い戦慄が走る。黒のスーツにタイトスカート、黒のストッキングに当然黒い髪と目、黒づくしのその若い女教師は巧の顔を見るなり一言。

 

「乾か、入れ。」

 

IS学園の顔とも言える1年1組の担任教師、織斑千冬は徹夜で若干熊が入って二割り増しとなった眼光で巧を中に入れる。巧はそれを受け無言で入っていきドアをやや乱暴に閉めた。バタンという音が弾け、室内がピリピリとして来る。一体あの2人目の男性操縦者はなにを仕出かしやがったんだ?そんな思いもドア一つ隔たれただけの向こうに態々入っていくほどの勇気は徹夜か寝不足で疲れ切った今の彼女達には無かった。

 

 

 

 

 

ーー生徒指導室

 

質素な机と迎え合わせの椅子、それから後は棚と資料で構成された空間で2人の目付きが悪い人が向かい合っている。巧が向かいの席に座った途端千冬はガラガラとなってよりドスの効いた声で話す。

 

「昨日の一件、お前の知っている事を話せ。」

 

巧は箝口令が敷かれた生徒の1人だった。保護された場所こそアリーナと離れた選手控え室だったが、それは言うなれば襲撃の際動こうと思えば自由に動けた人物になる。実際同席していた簪は巧が途中で確かに退出していたと述べている。教員による取り調べの結果、結局巧はちょっと外の様子を見て来ようと思ったとしか言わずに昨日は打ち切られた。しかしファイズを知る千冬によって昼休み開始時に呼び出され今に至る訳だ。巧は千冬の威圧もどこ吹く風で黙っている。無論そんな生意気な生徒に合わせて優しく言い直す程、千冬は甘くないわけで。

 

「耳が腐ったか?答えろと私は聞いてるんだがな。」

 

より一層おっかない口調で巧を睨みつける。しかし巧は構わず横の棚の脇に置かれてある急須に目を付けた。そして横の湯のみも確認すると千冬に構わずそれらを取った。ズシリと急須から重みを感じる、中身が入っている証拠だ。しかも急須に触ってみるとどうやら冷めていると来たもんだから巧は早速湯のみに注ぐ。丁度いい頃合いになって急須を自分の近くに置き茶を喉に流し込む。すーっと渇いた喉に通っていく冷たい感覚に巧は機嫌を良くする。再度お茶を注ごうと急須を持ち上げたところで千冬。

 

「なにをしている。」

 

「飲んでる。」

 

見ればわかる。

千冬は青筋を立てながら……ため息を吐き、もう一つの湯のみを棚から取って巧に差し出した。

 

「昨日から飲んでない。私にもくれ。」

 

巧は千冬の湯のみに注いでやった。千冬は注がれたお茶をぐいっと勢いよく流し込む。少し口内に残して噛み締め、それから飲み込んだ。そして暫くして長い息を吐いたと思うと熊を湛えた目でもう一度巧を見た。

 

「すまない。少しイライラしていた。」

「話してくれ巧くん。」

 

巧は2度目のお茶を飲んでから話した。

 

 

 

 

 

ーー食堂

 

早くも決めたお気に入りの定食を席に持って来たなのはは何時もの簪の他に新顔が1人、共に食べていた。

 

「簪ちゃん専用機完成おめでと〜。」

 

簪と同じ水色の髪を外ハネで赤い瞳をした女生徒が上機嫌で簪に絡む。絡まれる簪は何とも微妙な表情をしている。

 

「なのはちゃんもありがとね、この子あんまり人に弱みとか話さないから苦労したでしょう?」

 

「感謝」と書かれた無地の扇子を開く。

 

「いえ、どうも。」

 

当たり障りの無い言葉で答えるなのは。そんななのはに簪がなにやら助けを求めるような目を向けてくる。しかし彼女の一つ違いの姉、更識楯無はそんな事知ったか知らずか簪に抱きつく。

 

「活躍の場は台無しになっちゃったけど宇宙の悪戯なら仕方ないわね?あ、そうだ聞いてなのはちゃん!簪ちゃんね、あの試合の中でチンピラに絡まれてたのよ。酷いでしょ⁉︎」

 

今は貴方に絡まれてるけどね。の思いとは別にして初耳だ。見るからに怪訝な表情で楯無の胸に抱かれている簪に今度はなのはが聞く。

 

「どういう事?話してくれる?」

 

優しさと少しの義務感を内包しながらなのはは簪に真意を問う。楯無もこれに関しては真面目なのかうんうんと何度も頷いている。2人ぶんの目を受けながら簪は少し低いトーンで口を開いた。

 

「別に絡まれてた訳じゃ、道を聞かれただけです。」

 

うそ。と楯無が叫ぶ。

 

「じゃあなんで泣いてたのよ⁉︎お姉さん見てたのよ。」

 

泣いていたという単語でなのはも少しギョッとする。しかし楯無は嘘を付いている様子では無かった。今度は楯無に聞く。

 

「詳しく聞かせてもらえます?先輩。」

 

「もう、みずくさいー。なのはちゃんなら特別に楯無で良いわよ?」

 

「じゃあ楯無さん。」

 

「よしきた。」

 

束とは別ベクトルで我が道を行く楯無もなのはからすれば子供のする事だ。教育者として個性の一つとして受け止めるなのはは構わずその先を聞き出す。

 

「私がダクトから見た時にはもうそのチンピラが簪ちゃんの胸倉を掴みあげてたのよ。」

 

ダクトとはなんだろうとは思ったがそれが彼女の個性なんだろうと納得する。

 

「簪ちゃん、本当?」

 

楯無の話を聞いた上で簪に確認を取る。簪はコクリとだけ頷く。

 

「でもそのダクトはキチンと閉じられてたから出れなくて、ゴメンね簪ちゃん。」

 

楯無は申し訳なさそうな顔を見せる。簪は特に答えないが楯無はそれで良いのか続ける。

 

「それで簪ちゃんを前に立たせて行っちゃうから慌てて追いかけてって、それで開きそうなダクトをぶっこw、開けて助けたのよ。」

 

なにを言いかけたのかわからないが人間少し噛む事もあるだろうと納得する。

 

「忘れもしないわ。顔が青ざめるを通り越して赤くなるまで怯えた簪ちゃんの顔‼︎」

 

「恥ずかしかっただけ。」

 

「それを悪びれもせずあたかも被害者ヅラして私を睨んで来たあのチンピラ‼︎」

 

「良い歳して恥を忍ばない痴態を無理矢理見せられたという点においては立派な被害者。」

 

さっきから姉と妹で意見が食い違い過ぎる様を見せられながらなのはは冷静に情報を組み立てていく。そんなやり取りの末遂に姉妹喧嘩が始まった。

 

「なによ!さっきからあのチンピラの肩持って!」

 

「別に、主観の情報を述べているだけ。」

 

「どうして!おねーさんなにかいけないことした?直すから言って。」

 

「落ち度の方向を行動だと仮定しても現在の人類の叡智では不可能。」

 

「そんなに⁉︎」

 

「人格形成には基盤があると言われてるけどお姉ちゃんの場合はそこから間違い。」

 

「姉の存在、全否定⁉︎」

 

ギャーギャーと叫ぶ(楯無が)2人に年相応な無邪気さを感じ微笑ましく思うなのは。しかしここは食堂、公共の場所だ。当然他の生徒や教師だっている。微笑ましいと見ていたがこれ以上はいけない。なにより2人の仲が悪くなってしまう。まあまあと2人の間に体を入れ手で制す。

 

「2人とも落ち着いて。他の人にも迷惑だし。」

 

「妹と学園の平和、どっちが大事だと思ってんの⁉︎」

 

「生徒会長としてどうかと思いますそれ。」

 

興奮状態の楯無をなんとか宥める。やはり楯無が突っかかっていた事が発端だったため楯無が黙ると収まった。ジュースを飲む簪は至って冷静だ。しかしだからといって彼女にはお咎めなしという訳にはいかない。たとえ周りの迷惑になっていなくとも姉妹の関係を悪化させる原因となる。

 

「簪ちゃん。お姉さんきみの事が心配なんだよ。大好きなんだ。」

 

冷静な相手は逆に興奮した相手より自分の非を認めにくい。興奮した方はその場の怒りが収まれば自分の非を認めるが、冷静な方は既に倫理的、理論的に結論を出しているからだ。下手にお前が悪いと言えば反感を買うことになると分かっているなのはは敢えて悪いとは触れず、楯無への印象を変えることにした。

 

「……分かっています。」

 

簪がジュースを弄りながら答える。不貞腐れてはいたが要するに楯無の事を嫌っている訳では無いらしい。それが分かり安堵するなのは。最悪の結末は回避しているようだ。しかし、と引っかかる。やはりどこか、確かにしこりが存在するようで簪の態度は変わらない。一時的な苛立ちなら既に収まっていても良いのだが、矢張り複雑な関係だ。ゆっくりと解消していけばいいと判断したなのはは取り敢えず置いておく。今は簪とチンピラの話だ。

 

「まず最初から聞かせて?簪ちゃんが思う最初からで、チンピラさんの事。」

 

どっちみちチンピラの行為は立派な問題行為だ。簪が良くてもその子の為にならないとなのはは簪に聞いた。

 

「チンピラ……」

 

ふと、簪の逸らされた目が急に冷めた気がした。

 

「なのはさんまでそんなこと……」

 

えっとなるなのはに簪が目を向ける。明らかに怒りが入っていた。何のことだか分からず混乱するなのはと簪の合理主義的な性格を知っている楯無は揃って驚く。

 

「違います……!あの子は、乾君はチンピラじゃない!」

 

今度こそ驚くなのは。

 

「乾……、巧君?」

 

「簪ちゃんの胸倉掴んだチンピラって乾巧君なの?」

 

信じられないという気持ちで思うがままの言葉で聞く。

 

「またチンピラ……っ」

 

「あ、いやこれは…」

 

別に悪気があった訳では無かった。確かに仲の良い簪についてだという事もありなにも込み上げてこなかった訳では無かったが、なのはは会ってもいない人間の陰口を叩く事はしない。ただ巧の名を知らなかったからと場を和ませる為そう言っただけだったのだが、それが簪には琴線に触れた。

 

(楯無ちゃんに対しての壁はこれだったんだ。)

 

納得したなのは。簪が抱いていたしこりとは姉への劣等感からではなく楯無が巧のことを悪く言ったためだったのだ。慌てて誤解を解こうとしたが簪は途中まで食べた料理をお盆に乗せて。

 

「ご馳走様でした。」

 

そのまま立ってしまった。

 

 

 

 

 

ーー屋上

 

箒と鈴がお弁当と中華を奢ってくれ、すっかり親しくなったセシリアとともに談笑をする。最近は良くここに集まる。多分なぜかと聞かれれば俺は秘密と答えるだろう。実際クラス対抗戦に備えて特訓していた時は俺がうっかり秘策を食堂で、しかも普通のトーンで話してしまい近くの生徒に聞かれてしまった事があった。あの時は1組の子だったから内緒にしてくれたけどあれ以来見兼ねた箒の提案でなにか秘密の事をした後はこうして屋上で飯を食うことにしている。IS学園は態々家庭科室に行かなくとも寮の部屋に最新のシステムキッチンを備えているという凄い所。しかし同時に食堂のクオリティも凄い所なので殆どの生徒がただの物置き場として使っているらしい。ましてこんな歩く所に来る人は滅多に居ないので秘密の話には打ってつけなのである。そして今日もその秘密の話をしていた。

 

「箝口令はよろしいので?」

 

サンドウィッチを作ってきたセシリアがキチンと飲み込んでからそう言ってくる。

 

昨日駆けつけた教員たちの中に千冬姉の姿があった。

 

『一夏!凰!無事か⁉︎』

 

他のISを纏った教員達に先駆けいの一番に走って来る千冬姉はピットに着くと俺の肩を掴む。あの時と同じ、滅多に見ない必死なこの人の顔。違うとすれば今回は鈴もその対象という事。初めて見る顔に鈴も戸惑っている。そして俺が大丈夫だと伝えると本当に安心したように「そうか」と言った。

 

その直ぐ後だ。

 

俺があの怪物の事を話すと少し固まって一言だけ「この事はここに居る人間以外には黙っておけ」とだけ言ってその後だった………

 

 

 

 

 

 

「私、優等生で通っておりましたのに。」

 

 

「今までで一番痛い打撃だった……」

 

不服そうにするセシリアとまだ痛むのか頭を撫でる箒を見て俺は苦笑し鈴が自業自得だと笑う。

 

 

あの後セシリアと箒は千冬姉に雷を落とされていた。特に箒は専用機持ちでは無いのに危険地帯に飛び出し、しかも自ら囮になるようなあのマイクアピールだ(アリーナ全体に響き渡っていたらしく教師も知っていた)。千冬姉、避難誘導中に飛び出して行った所を目撃したらしい教師、それから後から来た山田先生に其々お叱りと千冬姉からは拳骨が下された。アレは怪物よりも威力有ったんじゃ無いかと思う。箒は鈴のイジりに自嘲気味にそうだなと答える。

 

「何より山田先生のが一番堪えた。」

 

……そうだな。

 

今までなんだかんだと我慢できていた山田先生が本気で泣いてたんだもんな。アレは俺も見ていて辛かった。箒に抱きついて涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら何度もよかった、よかった、ってんだもん。改めて思い出すと箒、いや俺もだよな。いろんな人にとんでもない心配かけてたんだなと今更ながらに後悔する。

 

「……ああ、もう。なにしんみりしちゃってんのよアンタ達。」

 

会話の止まった一瞬が息苦しかったのか鈴が箸を俺たちに突き付ける。行儀悪いぞ。

 

「折角生きてご飯にありつけてんだから、もっと喜びなさいよ。」

 

そう言って鈴は大口で酢豚を頬張ってみせた。頬っぺたをパンパンに膨らませている鈴を見るとなんだか可愛らしくて不思議と笑いが全員から溢れた。

 

「なによ。なんか文句あんの?」

 

不機嫌そうな口調だが得意げな笑顔で話す。セシリアとは違い口の中のものをモゴモゴさせながら。それにセシリアが顔を顰める。

 

「鈴さん……まったく。」

 

なにかを言いかけたセシリア、だがもう一度サンドウィッチを小さく噛み切る。正反対の2人が益々可笑しくてもう一度箒と一緒に吹き出してしまう。

 

「なに笑ってんのよアンタら。」

 

「見世物ではありませんことよ?」

 

またしても正反対。鈴が頬っぺを膨らませて、セシリアがキチンと飲み込んで、ここまで極端になるのも珍しい。

 

「極端ではなく当たり前の礼節ですわ。」

 

「それと時間通りに行動するのもね。」

 

きっぱり言い切った鈴に我に帰るとすっかり時間が過ぎてしまった。えっマジかよ。殆ど食ってねえぞ!

 

慌てる俺と箒に大口で平らげた鈴とマイペースに片したセシリアが弁当箱を持って立ち上がる。

 

「私ら先戻るからアンタらも早く食べないと織斑先生に怒られるわよ?」

 

なんだかんだ言って相性の良いらしい2人はそのまま教室に戻っていった。残された俺らは何とか飯を口に放り込み、チャイム前に教室に戻る事が出来た。

 

結局一番話したかった事は出来なかったな。

 

 

 

 

ーー生徒指導室

 

千冬は公私を切り替える時には敬称を変える。数週間ぶりに見る織斑千冬の教師としてではない顔に巧は緊張をほぐす。千冬はそうとう眠いのか目元を押さえたまま重い瞼を細めている。少しするとこちらに向き直りふっと笑う。

 

「心配するな、仕事はしゃんとするさ。」

 

千冬は再び湯のみを今度は自分で注いで飲み干す。そして真剣な顔に戻る。

 

「それで、オルフェノクは倒したんだな。」

「ああ。」

 

巧が語った内容は本当に短く「オルフェノクが現れそれを倒した」以上の事は語らなかった。なのはについても、特に理由が有った訳でも無いが優先度が低いと判断した。だから今の段階で千冬はなのはの事を知らない。彼女が魔導師を知るのはもう少し先の話。

 

 

 

「……すまない。」

 

危険を肩代わりしてもらう形となった事への謝罪と

 

「ありがとう。」

 

生徒と弟を救ってくれた事を教師として姉として礼を言う。それだけ言って千冬は取り敢えずを良しとした。礼だけして生徒指導室から出ようとした巧に千冬が待てをかける。振り向く巧にポイっと袋を投げ渡す。学園の売店で売っているサンドイッチだ。

 

「今から食堂に行っても間に合うまい。自分用に買っていたものだ。育ち盛りには少ないだろうがそれで我慢してくれ。」

 

目を丸くする巧に千冬は笑って言った。

 

「時間を潰させたのは私だからな、気にするな。」

 

有り難い。巧は再度礼をして指導室から出て行った。同時に教員たちから注目を浴びる。中には心配して声をかけてくれる教師もいたが巧は気にするなとだけ伝えて教室に貰ったサンドイッチを持って戻って行った。

 

 

 

 

ーー1年4組

 

結局簪の機嫌は直らず終いだった。教室に着いてもそっぽを向かれたままでそんな簪になのはも必要以上な事は何も話しかけない。瞬間的な感情の爆発で、一時的なものだと思ったからだ。今はこちらから要らぬ世話をかけず簪自身に反省をしてもらう事にして、やはり原因はなのはの失言だ。これを解消するためにもいつか乾巧に会って当時の事を聞く事は絶対必要な事である。

 

(アリーナの事も有るし、一夏君たちにも説明の機会を設けないと。束さんとも調整して、今まで通り護衛もしないと。忙しくなるなぁ。)

 

内心そうなりながらもキチンと予定を組み立てていくなのは。じきに来たチャイムと先生により一時中断されてしまうがそれでも纏まった計画を頭の隅にしまい、授業に集中した。

 

 

 

 

 

ーー吾輩は猫である

 

怪奇。

 

なのはがちゃっかり持って来たアリゲーターオルフェノクの灰を鑑定しながら天災 篠ノ之束は抱く。

 

「如何ですか束様。」

 

クロエが運んで来た紅茶を振り向かずに引っ掴み口に流し込む。

 

「おいしいよクーちゃん!」

 

そのまま抱きつく。いつものスキンシップ。束はそのままのテンションでうーんと唸ってみせた。そしてもう一回モニタに目を向け言ってのける。

 

「灰だね。」

 

見たまんまだった。クロエが真意を測りかねた顔をするとすかさず束が補足を入れる。

 

「正確には灰が一番近かった。」

 

「つまり厳密には違うと?」

 

しかしまたもうーんと唸る束。

 

「灰ってのは草木、動物を燃やして残ったものの事だけど。クーちゃん、灰の主成分って知ってる?」

 

思ってもみない質問にクロエは面食らいながらも束の問いかけなら全力で応える。しかし人には分野というものがある。どうやらクロエの得意分野に灰関連の事は含まれていなかったようで、申し訳なさそうに頭を下げるクロエを撫でながら束が口を開く。

 

「カリウムとカルシウム。あとはマグネシウムとか燃えても気体にならない金属類が灰の主成分だよ。」

 

束は微笑みながら元素を口にする。

 

「普通の人間は灰にはなにも残っていない燃えカスだと思っているみたいだど、灰はあくまで火で変化しなかった物が残っただけで、灰も利用価値があるんだよ?」

 

科学者として言わせてもらえば灰は立派な化学物質だ。手軽に手に入る事で古来から利用されて来たキチンとした化学物質なのだがそれは別の機会にでも話す。束はでもと付けたし機械の上に置かれたアリゲーターオルフェノクの灰をひとつまみする。

 

「これにはなにも検出されなかった。」

 

人差し指と親指をゆっくりと回すように擦り合わせる。サラサラと細かい粒が落ちていく。

 

「生物なら必ず出来るはずのミネラルも、僅かな貴金属もなに一つこの体積の中には含まれていない。この粒子の一つ一つに該当する元素が存在しないんだ。」

 

生憎主人と違い科学、化学に疎いクロエには事の重大さを正しく理解できなかった。束はそんなクロエに愛しさを抱きながら出来るだけ分かりやすく説明した。

 

「要するに凡人が言うように本当に残りカスって事だよ。」

 

「分かりました。有難う御座います束様。」

 

浅く丁寧にこうべを垂れるクロエ。そんなクロエを抱き締めながら束は深まる謎に科学者として冷静にしていた。

 

そもそも存在事態が生物学として有り得ない彼ら灰色の怪人達。そっち方面は専門ではないがそれでも奴らの身体能力と外皮硬度、そして形態を変化させる力に炎を上げて灰になるというSFチックな最期は異常だ。なのはとの戦闘を見てもより生物外じみたという印象が深まるだけだった。そしてなのはにマークさせていた巧が変身したあの強化服。現物を調べなければどうとも言えないが、なのはの魔法同様この世界の技術体系とは異なるもので構成されたものだろう。恐らく奴ら(灰色の怪人)に関連したものだと束は確信していた。他に手がかりがない以上彼にコンタクトを取れればと束は思案する。親友とその弟と妹の関係で出来るなら静かに事を運びたいが相手の事情を考えて行動するという事に未だ不慣れな束はなにも考えつかない。(過程)が尽きれば(結果)になるが今の彼女には答えとなる灰が出てこない。永遠の炎だ。

 

 

 

『とぉきぃをー超え刻まれた、かーなぁしーみの記憶〜♪』

 

急に流れる場違いなメロディに束の機械仕掛けのうさ耳が上下する。

 

「あ、この着信音は…」

 

束はポケットから携帯を取り出し着信に出る。一つの連絡先しか持たないその携帯は束のお手製だ。

 

「なぁになのはちゃん。」

 

もすもすひねもすは止めたらしい。電話の向こうのなのはは困ったように言った。

 

「実は簪ちゃんに嫌われちゃって……」

 

「……なのはちゃん。これさ、この携帯さ、そういう日常生活レベルのこと報告させるために渡したんじゃないんだけどさ。」

 

珍しくまともな事を言う。

 

「?」

 

それに対しなのはは少し間を置いて直ぐにケロッとした口調で言った。

 

「知ってます。」

 

「喧嘩売ってる?今束さん神経張り詰めててさ、ちょっとそういう冗談聞き流せない精神状態なんだけど。」

 

青筋を立てながら携帯を握る力を強める。音声越しにも分かる怒りの感情をなのはに向ける。なのはは少しも怯む様子は無い。

 

「私の問題ですから気にしなくて結構です。」

 

じゃあ言うな。

 

優しく気にしないでと言える明るさは普通はプラス要素だが今回はマイナスだ。

 

「それでその解決の為には巧君と話し合う必要が有るんですけど、ついでにアリーナの事も聞いておきましょうか?」

 

だから知らねぇっつの……ん、ちょっと待て。

 

「なのはちゃん、誰と話すって?」

 

「巧君です。」

 

 

 

 

 

「なんでやねん⁉︎」

 

厳密にはもっと別のことが言いたかったが取り敢えず叫んどいた。

 

 

 

 

 

ーー放課後 屋上

 

『丁度良かったよ。私も話したいことが有ったから、それも踏まえて予定作っといて。場所は束さんがなんとかするから。」

 

「分かりました。話しときます。」

 

それだけ伝えて私は取り敢えず通信を切る。それにしても束さんが来るなんて、よっぽど気になったんだろうな。伝えることは伝えたので私はすっかり定位置となった放課後の屋上から出ようと魔力で作ったサーチャーを解除してドアノブを回し、

 

回った。

 

「え、」

 

誰かが向かい側に居る。私は外開きだった筈のドアから慌てて離れる。退がって直ぐにドアが勢いよく開け放たれた。

 

「痛。」

 

避けきれず顔を庇った右手に鉄製の扉が容赦なく当たる。それ程のものでは無かったが思わず大きい声が出る。

 

 

 

 

 

ーー放課後 屋上扉前

 

「痛。」

 

ガツンと扉が止まって女の声が聞こえる。どうやら向こうに居たみたいだ。俺と同じ理由かは知らないがともかく悪いことをしてしまった。昼間やはり足りなくて放課後に売店で買ったパン。早く食べたかったからかなり勢い付けて開けたからな。空いた隙間から屋上に出てその女性に声をかける。

 

「すいません。」

 

「あ、大丈夫です。」

 

横で髪をくくった女は同級生。そして何処かで見たことがある。昨日オルフェノクと戦ってた変なISに乗ってた女だ。

 

「魔女っ子か。」

 

「たく…え、魔女っ子?」

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

放課後になると生徒は当然バラける。要因は変われども授業が終わりHRが終わり、鞄を持って校舎を出れば皆そこに一瞬でもパアッとした開放感を感じる。直ぐに別の感情や用事に流されてしまう事も珍しく無いだろうがそのままのテンションが続く事も有る。その少女も正にそれであり同級生の薄茶色のミディアムカットで前髪を右に流し、頭に帽子を浅く被った少女に慣れくっ付く。少女自慢の美しい金色の長髪が親友の左顔にふぁさっと被さる。しかし親友は嫌がる様子は無く無言で少女の好きにさせている。一頻りじゃれついた後で少女は口を開く。

 

「どう?なのはちゃんと巧くんの日程。聴けた?」

 

親友は顔を向けず校舎の屋上の方は文字通り聞き耳を立てながら言う。

 

「次の日曜日だそうです。」

 

親友は少し間を開け帽子を取る。少女はそれを聞いてわっと明るくなる。

 

「日曜?どこどこ!場所どこ!」

 

テンションの高い少女に構わず自分のペースで親友は教える。

 

「篠ノ之博士が用意するって言ってました。」

 

少女は益々にやける。

 

「そっか、日曜日だったらお母さんも一緒に聞けるよね?」

 

「私がいれば別に現地で聞かなくても良いと思いますが。」

 

「駄目だよ。ちゃんと自分の目で見ないと、為にならないんだよ。」

 

「伝えておきます。」

 

親友の言葉にうんと頷き少女は跳ねる。

 

「じゃあ私達も準備しなくちゃねーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リニス!」

 

「そうね、アリシア。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おまけ 次回予告集

IS編

「待ちに待った帰省日!なにしよっか?」
「ねえねえ、それより聞いた?2人目の男が4組の女子とその日2人で出かけるんだって!」
「えぇ!それってデート⁉︎」
「こうしちゃいられないわ主役通しの婚約!見逃せないわね。」
「え、主役って織斑くんじゃないの?」
『だって…ねえ。』
「次回、『秘密の会談』
影が薄くても負けるな!フレー、フレー、お、り、む、ら、」


リリカルなのはStrikerS編

窮地を救った謎の仮面の姿
深まる謎に対する疑惑
これで全て取りさらわれる事はない
それでも
次回 魔法少女リリカルなのはStrikerS、第14話
『秘密の会談』
テイク、オフ!


仮面ライダーファイズ編

Open your eyes for the next φ's

「驚いた」
「こっちのセリフだ」

「初めまして、乾巧くん」

「オルフェノク?」

「どう母さん?」
「興味深いわね」


最後に出てきた3年生の2人組は当初から予定していました。
キャラ増やしてストーリー破綻しないか今更ながら不安になってきましたが頑張ります。
次章、統合編が始まります。

応援、叱咤激励、大歓迎

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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統合
14話 秘密の会談


映画トランスフォーマーを視聴後。
アメコミ的なマンネリなヒーロー物ストーリーとツッコミどころ満載な展開でしたが勢いと格好良さで押し切ってスッキリな気持ちで劇場から出してくれるのがアメリカ映画の良いところですね。
それとシンゴジラを見た後だと日米で核兵器に対する価値観は違うんだなぁと、フィクションですがだからこそそういったものが表れやすいのが映画だと思っています。


日曜日

 

IS学園では自由行動が認められる日だ。多種多様な国と地域から集まる少女達だが過ごし方はそう変わらない。たまの休みに市街地に繰り出そうと朝イチで外出届け出を出して私服で、制服でモノレールに乗り込む者。そのまま冷房の効いた自室で疲れた体を癒す者。部活に入っている者の中には空いた時間を有効活用しようと部活動に励む者も居た。教員も寮の責任者や用事を持つ者以外は今日は休み。みんな様々な方法で英気を養って居た。凰鈴音は前者の過ごし方にするようだ。外出届け出を事務に提出し、年頃にしては少々気遣いの度外視された機能性重視の私服に身を包み、誰よりも早くモノレールに乗り込む。発車までのしばらくの間に手荷物をもう一度確認する。ボストンバッグ一つでどこへでも行けると豪語する鈴音だが流石に年頃。手ブラでは楽しめない。それでも有るのはズボンの左右や服の胸ポケットに突っ込まれた紙幣・小銭のみなのが彼女らしい。アナウンスが今乗っているモノレールの発車時刻を再度告げている。手動のボタン式の扉がプシュッと開いた。

 

「おはよ。」

 

「おう。」

 

巧と軽く挨拶を交わしそして巧は4席構成の車内で鈴音の2人席の隣の2人席に腰掛けた。

 

「出かけるのか。」

 

「ええ、朝から取り敢えず飲食店巡り。一度してみたかったのよ。」

 

「今することなのか?」

 

「今しないことなの?」

 

「別に。」

 

「でしょ。」

 

アナウンスが発進を告げる。モノレールが静かに動き出した。

 

「それにしてもちょっと驚いた。アンタって早起きできんだ。」

 

「できるに決まってんだろ。それにそれはこっちのセリフだ。」

 

なんとなしに冷やかしてみたがシッカリと反応を返す。こういう所は年頃だ。

 

「ねえ、巧クンはどっか行くの。」

 

流れる景色を見ながら残り数分の道中でそんな事を聞く。同じような姿勢で巧が応える。

 

「高町と待ち合わせしてる。」

 

ガバッと鈴音が巧に向き直る。目を見開いて静かな車内に響く声で言った。

 

「デート?」

 

「に見えるか。」

 

嫌そうに巧が返す。どうやらデートでは無いらしい。少なくとも巧はそう思っていない。

 

「魔女っ子の事と俺の知ってる情報をトレードする場を設ける。」

 

アリーナ襲撃事件の事だと直ぐにわかった。そうだったと鈴音がもう一席近く身を乗り出す。

 

「アンタ変な格好になってたわね。あの怪物の事知ってんの?」

 

「ああ。」

 

アッサリと答える内容にこっちの心境までアッサリしてしまう。感情で動く鈴音からすればイマイチ乗り切れずに珍しく冷静に突っかかる。

 

「教えてくれるんでしょうね。」

 

巧は無言だ。

 

「セシリアあれからなんか怖いのよ。」

 

目を向ける。

 

「アンタ昨日から呼び出し食らって居なかったから知らないでしょうけど、あの子アンタに会いたがってたような気がした。」

 

「気がした?」

 

こくりと頷く鈴音。

 

「千冬さんから巧クンは今日は相手出来ないって言われたら引き下がったけど、なんかね。怒ってたような気がしたの。」

 

野生的な鈴音の感性はセシリアのごく自然な振る舞いに感じた怒りのようなものに底知れない不安を抱いていた。知り合って1週間程度だが鋭い鈴音はキチンと彼女に純粋なものを感じ取っていた。セシリアは良い子だ。そんな彼女が抱くどす黒い理由を彼女は知りたかった。そしてそうならない状況に憤りを感じていた。巧はそんな鈴音を暫し見つめる。モノレールはあと少しで本土へと到着する。正直今それは話せない。時間が足りないのもあるが今話すのも何か違う気がした。

 

「分かった。いつか話す。」

 

「……絶対よ。」

 

「分かってる。」

 

モノレールが減速を始めアナウンスが到着を知らせた。

 

 

 

 

 

ーー

 

モノレール乗り場を降りた2人だがここで早くも行き先に違いが出る。巧は一般の出口ではなく駐車場の方へと足を運んだ。

 

「バイクで来てんだよ。」

 

「へえ。」

 

興味を惹かれた。まだ時間がある鈴音はそのまま巧に着いて行く。教師や来賓の為にIS学園行きのモノレール乗り場には大きめな駐車場が設けられており自転車やバイク用の駐車場も有る。巧のバイクはその中の奥の方で鎮座していた。

 

「へえ、カッコいいじゃん。」

 

曇らない銀色の光を放つオフロードバイクに巧は跨る。ヘルメットを被りキックスターターを踏みこむ。雄々しいエンジン音が鳴り閉鎖された空間に響いた。巧は2回ほど軽く吹かし久しぶりの調子を確認する。

 

「出口まで送るぞ。」

 

「さんきゅ。」

 

言うが早いか鈴音はヘルメットも被らず後ろに飛び乗る。巧はローギアのままゆっくりと駐車場内を走った。

 

ーー出口

 

「どうせなら最初の店まで送ってほしかったけど。」

 

「ヘルメ一つしか無いんだ。道路はダメだ。」

 

交通量が少ないとはいえ流石にそれは不味い。見つかった場合一番困るのは巧だ。鈴音も冗談で言っていたようで直ぐに笑って自分の足で歩道を歩いて行った。巧はもう一度見渡し発進した。

 

 

 

 

 

ーー待ち合わせ場所

 

ビル群の景色から民家そして種を蒔き終えた田を通り学園からそれなりに離れたところにある緑豊かな公園。数十キロに渡る森林群や再開発を免れた緩やかな川が今日も綺麗に太陽光を反射している。町からだいぶ離れているのと遊具が少ないという点、さらに道路も少なく交通の弁が悪いことで普段からあまり人は寄り付かない。再開発を免れた所もコストの割に利点が少なかったからだ。だが手入れは行き届いており巧は気に入った。バイクを停め取り敢えず近くのベンチに腰を下ろした。

 

「………」

 

こうして邪魔されない静かな空間に身を任せるのが巧は好きだった。もうこのまま一日が過ぎてもいい気がした。自分以外の音がしない空気を楽しみながらも暫くして感じた人の気配に遂に巧は自分の時間が終わったのだと残念がった。

 

入口の方から1人の女性が歩いて来る。巧を見つけるとこちらへと足を進める。そして目の前まで来るとニコリと微笑みかけてきた。表面だけ取り繕った、何を考えているのか分かったもんじゃ無い、女の笑みはそんな種類のものだった。

 

「初めまして、乾巧くん」

 

黒髪を肩甲骨まで伸ばした女は若く中々の美人だったが黒縁の眼鏡とオシャレを感じさせない服装に身を包ませている為かなり地味だった。街中に紛れれば5秒で視界から消えてしまいそうなその女はフルネームで巧を呼ぶ。

 

「誰。」

 

怪訝に言うが女はそのまま変わらぬ笑顔で続ける。

 

「なのはちゃんはもう来てるよ。」

 

どうやらこの女、なのはの関係者のようだ。そういえばと巧は昨日のやり取りを思い出す。待ち合わせ場所も時刻も全てなのはが提示していた。言われるがまま来てみたがなにやら想像以上に手の込んだ事をしているらしい。

 

「こっち。」

 

女は悩む巧を急かすように手招きをして注意書きを貼られた立ち入り禁止の扉を躊躇なく開いた。一瞬ギョッとする巧に構わず女は扉の向こうへ消えて行った。仕方なく巧もついていく。

 

管理人用に作られただろう部屋は公園に比べて手入れが滞っていた。どうやら見えるところだけ掃除しておくタイプのようだ。埃がかった部屋を抜けてもう一つの部屋に女は入る。

 

「いらっしゃい巧君。ごめんねこんな遠くに呼び出して。」

 

先程と比べて小綺麗に纏まった家具の中でプレーンなプラスティック製のテーブルを中央に置かれ、高町なのははその向こうの椅子に腰掛けていた。なのはは直ぐに立ち上がり部屋のポットを使用し巧にお茶を出した。湯気がもくもくと上がり巧が顔を顰める。なのはは次に巧の分の椅子を出しそして女の分の椅子を自分の隣に置いた。

 

「ありがとうございます束さん。素敵な場所ですねここ。」

 

女は束というらしい。束は別にと素っ気なく答えさっさと椅子に座った。3人が座ったところでなのはが改めて巧に向き直る。

 

「えーっと、なにから話そうか。取り敢えず………おはよう。」

 

束とは違う本物の笑顔でなのはが笑う。

 

「おはよ。」

 

答える巧になのはは人懐っこい笑みを絶やさずに

 

「まず自己紹介だね。」

 

「私は高町なのは 19歳です。」

 

「……マジか。」

 

驚いた。

 

どうやらこの少女年齢詐称をしているらしい。そういえば幼顔ではあったがどうも雰囲気的に同年代かそれ以上と接している感じがして不思議だった。あれは本当に年上だったからだったのだ。

 

「それから職業は……」

 

なのはは少し間を開けそして照れたように

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔法少女です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……マジか。」

 

ドン引きだ

 

 

 

 

 

 

 

ーー

 

なのはの告白。

 

状況進展のためにそれなりの覚悟を抱いて口にしたのは良かったがどうやら予想以上の衝撃だったらしく、正面を見れば冷ややかな目を向けられており隣を見れば変装をした、自分をこの世界に招待した女性が頬杖をつきながらアッチを向いて肩を震わせている。

 

「えーーー……」

 

いたたまれなくなったなのはは取り敢えず茶を啜った。

 

あっ美味しい

 

「………」

 

しーんと静まる空気と刺さる視線が痛い。

 

(とにかくジーッとしててもドーにもならない。私が行動しないと!)

 

「にゃ、にゃはは…ビックリした?正確に言うと魔導師って言って、分かりやすく言えば魔法使いかな。まあ、兎に角……」

 

「変態ってことだろ。」

 

ぐさっ

 

「あうっ」

 

撃ち落とされたエースオブエースが机に突っ伏した所で束が遂に吹き出した。

 

ーー

 

ーーーー

 

ーーーーーー

 

「あー笑った。笑ったらあっつい、もうコレいらん。」

 

漸く収まった束がカツラを投げ捨てた。紫色の長い髪の束がばさっと現れる。

 

「ああ、束さん折角の変装なのに。」

 

いつもの快活さが鳴りを潜めたなのはが注意する。しかし束は巧しか居ないんだから良いだろうと返して悪びれない。

 

「それに束さんの趣味じゃないの。」

 

(そりゃ貴方の趣味で合わせたら目立って仕様がないんだもん。)

 

仮面を脱ぎ捨てた束は漸く本物の表情で巧を見やった。人の価値に興味の有る無し以上の判断基準を持たない人物。天災篠ノ之束の本来の姿で巧を観察する。

 

「名前は聞いたよね?乾巧くん。篠ノ之束です。」

 

特に抑揚を付けずに淡々と単語を連ねる束。なのはがそれを見てあちゃーと頭を抱える。

 

「3日前のアリーナを襲撃した怪物についてきみが知っている事を全て話しなさい。こっちもそれ相応の情報は開示するよ。それと、一応フレンドリーにはするつもりだけど優しくするつもりは無いから。それだけ。」

 

「なのはちゃん後お願い。」

 

早々にバトンタッチした束は椅子に斜めに腰掛けて足を組みまた頬杖をついた。呆気に取られる巧になのはが一言謝り束を咎める。

 

「束さんもう少しフレンドリーに…」

 

「した。」

 

「もう、」

 

呆れたようになのはが再度ごめんを口にする。

 

一応言っておくとこれは束なりの気遣いだ。口下手な自分では交渉ごとには向かないと判断した上で最低限の事だけ話してなのはに譲った。

 

しかしその気遣いもなのは自体は分かってはいるが肝心の巧には単に愛想のない奴にしか写っていない。

 

何時もより二割り増しの眼光でそっぽを向く束を睨んでくる。

 

「取り敢えず、私から話すね?」

 

空気を読んだなのはが仲裁し漸く本来の目的に入った。

 

 

 

 

 

ー少女説明中

 

 

 

 

 

「てことで、私はこの世界とは別の世界の人間なの。」

 

取り敢えず束の言う通りでは無いが包み隠さず全部の情報を開示したなのは。異世界の話題はもう少し時期を見るべきかとも思ったが下手に隠すとこれから協力して貰うのにトラブルが起きるかもしれない。話すときは全てだ。そのお陰でそれなりの時間と情報量になってしまったが持ち前の要領と巧の物分かりの良さのお陰で問題なく伝わっているようだ。巧は取り敢えず自分なりに噛み砕いて解釈し終わると冷めた茶を口に含みそして口を開く。

 

「あの時の姿はISじゃなくて魔法少女としての姿だってことか?」

 

「バリアジャケットって言うの。後ごめん、少女って付けるのやめて。」

 

再び肩を震わせる束に一つ睨みを効かせ気を取り直してなのはは巧に番を譲った。

 

「次は巧君の番だよ。あの灰色の怪人の事と巧君が変身した姿について教えてくれる?」

 

灰色の怪人。

 

今までどの管理外世界でも遭遇したことがなかった未知の生物。人型ながらなのはの砲撃にも耐える肉体の強靭さは大型の魔法生物にすら勝るやもしれないものだ。そして独自とはいえ門外漢な魔力を解析した束ですら解明出来ない彼らの身体の構成。手詰まり感が出てきた中で巧の存在は魅力的とも言える新要素だった。巧が座り疲れたのか姿勢を変える。

 

「いいぜ。」

 

緊張が走る。束ですらさっきまでと比べると頬杖を付きながらだが真面目に集中している。一挙手一投足を逃すまいと冷静にその両の目を巧に向けている。珍しい束の表情になのはまでも緊張してきた。巧はそんな中、少し間を開けて自身の持つ事実を2人に語った。

 

 

 

 

 

ーー森林

 

管理人室から程ない距離に位置する緑の憩い場。そこにある一株の木。その枝先に軽やかに乗る1人の少女。リニスは学園の時は着けていた帽子を取り耳を露出させている。そのお陰でよく聞こえる管理人室の音声を魔法でここからまた少し離れた広場のベンチに腰掛ける主人に中継していた。送られてくる音声に対して逐一思考を巡らせる母親に魔力が無いため状況を知れないアリシアが少し頰を膨らませて声をかける。

 

「どう母さん?」

 

母親は漸く娘の気分を損ねてしまったことに気づき一旦思考を後回しにして娘に構う。

 

「興味深いわね。」

 

やや紫がかった黒髪が風に揺られる。

 

「まさかあの時のお嬢ちゃんが管理局のストライカークラスになるなんてね。」

 

純粋に娘の友人の成長に賞賛の想いを寄せる。もう1人の娘は実際に会ったことは無いため実感は持てない。

 

「どんな子だったの?」

 

母親は当時を思い出しながらアリシアに語る。

 

「んー、少し話しただけど。ちょっと頑固っぽくて。」

 

出会いが出会いだったためどうしてもそんな感想が前面に出てしまう。

 

でも、と付け加えプレシアはアリシアに微笑みかける。

 

「いい子よ。」

 

 

 

 

 

ーー管理人室

 

オルフェノクー

 

それが巧の口から語られた灰色の怪人の正体だった。心の奥でずっと固まっていた氷がやっと溶けたような清涼感に頭がスッとする。そして次いで放たれた衝撃が彼女達の理解をダイレクトに揺らす。

 

 

 

「死人が蘇る……っ?」

 

 

 

死を迎えた人間が極低確率で覚醒した異形の姿。それこそがオルフェノクなのだ。

 

「なんか詩人だの神、天使だっけか?神話から取って付けた名前らしい。」

 

そう言う巧の顔は至極どうでも良さそうである。彼にとっては名前についてなど道端のアスファルトに生じたひび割れと変わらないのだ。埋めれば消えるがそうするのも忘れてしまうほど有って当たり前の当然の事。巧にとってオルフェノクとは最早日常と呼べるレベルの付き合いなのだろう。

 

「趣味の悪い……」

 

沈黙を破るように呟くのは束。似合っていない。ポエムの趣味は無いが詩人が才能と想像力豊かな人間のことを指すのは知っているし、天使など恐らくこの世で最も神秘の塊だろう。それがあんな派手でも地味でも無い色の概念すらなくした燃えカス。そんな代物が自分を今まで煩わせていたのかと思うと苛立ちが産まれる。

 

「で、弱点は無いの。」

 

一刻も早くこの世から消してやりたい。そんな想いが入った問いに巧はガリガリと頭をかいて、持ってきたアタッシュケースをテーブルに置く。ゴトリと重量感がある音に安い造りのテーブルが頼りなく感じる。巧は慣れた手つきで使い古された感のあるケースを解錠して中をなのは達に晒した。

 

「これって……」

 

なのはがあっと声を上げる。変身した巧の腰に付けられていたベルトだ。変身を解除しても消えなかった所から予想していたがこうして出されてこのベルトが巧にとってのデバイスだと確信した。ケースの中にはベルトの他にライトやカメラらしきものが鎮座しており巧はその中から蓋に取り付けられていた紙の冊子を手に取り目の前に出してきた。

 

「ほれ、取説。」

 

「説明書あるんだ。」

 

「『SMART BRAIN』…へえ、随分挑戦的じゃないこの会社。」

 

言いながら巧から引ったくった取説に束は目を通し始める。ベルトの解析は束に任せるとしてなのはは巧に専念することに決めた。

 

「それで巧君の事について聞きたいんだけど……出身はどの世界?」

 

オルフェノクの関係者である以上巧も異世界人である可能性は高い。束となのはだけでは情報を集めるのにもそろそろ限界が来ていた。新たな協力者がなのは達には必要である。

 

「分かってるよ。俺も気になるしな。」

 

なのはの言わんとする事を感じ取ったか鬱陶しげながらも好意的な協力の意思を出す巧。

 

良好。

 

幸先の良いスタート。

 

なのになにか。

 

ーー

 

(なんだろう……)

 

気分が悪い。

 

判別するならば罪悪感に似た感情が駆け巡る。巧を自分達の都合に巻き込ませてしまっているような…いや、実際に巻き込んでいるのだ。今更ながらにこれで良いのかと疑問が過ぎる。

 

暫く黙った後なのはは真っ直ぐと巧を見て言った。

 

「……ごめんね。」

 

一言。そして、

 

「ありがとう。」

 

心から出た笑顔。

 

不意を打たれた形となった巧はイキナリの素敵笑顔に固まる。「なんだよ気持ち悪りぃ」と気を狂わされた巧はガシガシと頭を搔いた。

 

そんな様子になのはは新たに決意する。

 

(頑張ろう。)

 

敢えて具体案を出さないのは精神的な決意だから、漠然としたモノを自分に課し続けることは容易では無いがなのははだからこそそれを選んだ。

 

トラブルが重なった為一時は延期となった今期初となるIS学園の外出許可はこうして終わった。

 

 

 

 

 

ーー

 

「はいこれ返す。」

 

「おう。」

 

束から読み終わった取り扱い説明書投げ渡され受け取った巧はアタッシュケースに戻す。管理人室から出た所で一風暖かい南風が吹く。春の感覚も慣れた一同がそれに浸っている中その少女は上から降って来た。

 

「こんにちは皆さん。」

 

地上数メートルの高さの木から猫のように軽く着地して見せたリニスは開口一番に礼儀正しく頭を下げた。あれっとなのはが首を傾げる。

 

「どこかで、お会いしました?」

 

なのはの言葉にリニスは苦笑しながら更に後ろの2人に対して声をかける。

 

「プレシアー、やはり私ではピンと来ないそうです!良い機会ですからたまには面倒ごとは自分でして下さーい!」

 

その言い草に文句を言いながら現れた2人になのはは目を見開いて驚いた。

 

 

 

 

 

ーー

 

「あん?」

 

「なに?」

 

懐疑的な視線をそれぞれ違う方向に向ける束と巧。束は自分が用意した秘密の会合場所に感知しない存在が居る事に対して嫌悪感を抱いた。彼女たちが自分に構わず極めてマイペースに事を進めるのも自尊心の高い束には神経を逆なでする事だった。巧の方は同じくリニス達がここに居る事を問題視していたが批判の目を向ける相手はなのはの方。秘密の場所と言ってこんな遠いところに連れて来た癖にこれは詐欺と言っていい。睨みを効かせる巧だが当のなのははまったく気づかない。

 

「ファイトちゃ…違う、それに…」

 

一言で言い表せば驚いていた。新たに登場した2人組の容姿が彼女を情動させる。

 

『Master。落ち着いて。』

 

「あ、うん。ありがとうレイジングハート。」

 

いち早く主人の心拍数の跳ね上がりを感知したレイジングハートがなのはを落ち着かせる。取り敢えず冷静に成れたなのはにプレシアは微笑む。

 

「相変わらず良いインテリジェントデバイスね。」

 

プレシアはあの頃と変わらないなんなら少し若返ったようであった。大魔導師は自分に怪訝な目を向ける巧と束に対しニッコリと笑ってみせるとかしこまって挨拶をした。

 

「初めまして篠ノ之束さん乾巧くん。研究職をやっております、プレシア・テスタロッサです。」

 

続いて元気一杯な金髪の少女と猫女がそれぞれ頭を下げた。

 

「娘のアリシア・テスタロッサです。IS学園の三年生で君たちの先輩だよ。」

 

「家政婦をしておりますリニスです。同じく三年生です。」

 

 

 

無作為に施行された改変の要素達は自ら安定を望むべく今統合される。

 

 

 

IS:ボンド 統合編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




簡単な設定。

公園
IS学園に通じる大都市から数10キロ離れた森林地帯と隣接した小さな町。
そこのマンションが所有する公開公園。
広大な土地を持つ広場だったが維持費の問題で放置され今では人間の使用スペースは限られ一見綺麗にまとまっているように見えるが単なる偶然。
土地の価値も下がり国も再開発が難しいため引き取りたがらずマンション側も手放したがっていた所を束が買い取った。
ゴーレムとクロエの管理のお陰で取り敢えず道に飛び出す植物は処理し散歩コースとしては使えるようになっている。


ファイズドライバーのケース
ファイズドライバー
ファイズフォン
ファイズショット
ファイズポインターが収納できる。
強固な作りでオルフェノクに殴られても平気。
取り扱い説明書は日本語の他に英語、中国語、ハングル文字で記されている。


モノレール
IS学園と日本本土を繋ぐ唯一の陸路。
車両は二種類存在し、
対面式のロングシートと電車に対して横向きに取り付けられ通路を開けて二席づつの転換クロスシートの車両をそれぞれ使っている。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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15話 「私のお父さんは鷹をやっています。1年1組セシリアオルコット」

今作の最大の被害者?であるセシリアのオリジナルストーリーです。
少し短め。
またワンサマーの影が薄くなる。


一夏「解せぬ」


セシリアにとって母親は正に自分の理想像だった。貴族の当主と企業の社長の二足のわらじを履きながら家族を愛しなんでも優秀にこなせる母はセシリアにとって自慢の母親だった。

 

ヨーロッパに古くからある貴族。オルコット家はイギリスがまだ連合国になる前から存在する本物のイングランド貴族の家柄だった。年月を重ねるごとに少なくなっていく歴史ある貴族達の中で柔軟にニーズに対応して来た一族だった。ヨーロッパの貴族は領主の面が強い。影響力のある貴族とは土地を持っている家の事である。経済面で領主制を続けられなくなったりや革命期以降の様々な荒波によって没落していく中でオルコット家はその都度柔軟に対応して生き残って来た。セシリアの母は爵位持ちながら企業の社長として御家発展のために行動しオルコット家は見事発展した。そんななか婿養子としてやって来た父と結婚する事となる。父の家もオルコット家に並び立てる立派な家柄だったがこちらは柔軟性がなかった。いわゆる没落貴族な父をオルコット家は婿養子として迎え入れる。それは歴史ある名家の名を途絶えさせたくないという単なる親切心と柔軟に変わっていくオルコット家を見て貴族としての本質まで変わってしまうのではないかという焦りが含まれていたのかもしれない。ともかくセシリアの先祖達の決定を父は受けたが立場の弱い婿養子を彼は負い目に感じていた。

 

やがて産まれたセシリアの物心がついた頃には夫婦の仲は定着していた。母に対して父は卑屈に振舞った。婿養子としての立場の弱さからだろう。そんな父を幼いセシリアは母と比べて情けなく思っていたがそれでも父の事は好きだった。一番は母だが卑屈ながらも母と比べて父はセシリアに甘かった。没落しても貴族としての地位は本物だった父は人脈が広くよくセシリアを貴族仲間達のところへ連れて行った。みんな没落貴族でセシリアの思い描く貴族像とは正反対でよく酒を飲んだり仲間同士で喧嘩したりかと思えば仲良くサッカーで遊んだりしていた。家の危機にもポジティブ思考で自由主義な彼らは貴族としての品格こそ欠けていたがそれ以上に魅力的な人間だとセシリアは感じた。普段の卑屈さを感じさせない父に誘われセシリアも混ざって一緒に泥だらけになるまで遊んでうちへ帰って家政婦達に父と一緒に怒られているのを母は遠巻きに見て微笑んでいた。母も結局は没落貴族達と同じタイプの人間だったのだ。

 

父はよくセシリアに語った。

 

「父さんは鷹に成りたいんだ。」

 

耳にタコが出来るほど父は熱心だった。鷹は自分で母が鷲なのだと言う。父の話だと鷹と鷲は生物学的には同じらしく大きさで判別するらしい。そして鷹より鷲は身体が大きい。

正に自分と母さんみたいだろうと父は笑った。

セシリアはそれで良いのと尋ねた。鷲に屈して鷹に妥協しているみたいでかっこ悪いとセシリアは不満を述べた。しかし父はそれを一笑に付しそれは違うんだなと首を傾げるセシリアの頭を撫でながらこう続けた。

確かに鷹は鷲より小さいがその心は違う。

小さい体でも彼らの飛ぶ姿は鷲と比べても遜色ない気高さがある。かつて北アメリカの雄大な空を縦横無尽に飛び回るオオタカが父の憧れの鷹像だった。

首を傾げるセシリアに笑いながら弱くても頑張ればいいんだと濁した父にやっぱり情けなく思いながらも優しい父をセシリアは愛した。

 

その日は珍しく休みを取れた母が父に旅行に行かないかと誘った。結婚当初から既に巨大企業となっていた会社の経営が忙しかった事と貴族としての色々な問題から新婚旅行が出来なかった2人。母なりに夫婦の仲を深めようと思っての行動。父は難色を示したが母の想いをくんだセシリアの説得とオルコット家使用人一同の激励で遂に重い腰を上げた。娘はともかく使用人達からの粋な行為に父も苦笑しつつ母に頷いた。娘の話し相手に歳も近かったメイド見習いの少女を当てて家の事を使用人と会社の事を信頼できる秘書に任せてその日のうちに2人は高級寝台列車で旅立った。

 

列車が原因不明の事故を起こしたとの報せが届いたのは翌朝の事だった。

 

世話役のチェルシーから青ざめた顔で事故の報せを語られた時、セシリアのナニカが崩れた。セシリアは一日中部屋に篭って出てこなかった。仲の良いチェルシーすら入れずにずっと枕を濡らした。用を足す時以外は食事も入浴も睡眠すら取らずにずっと泣いていた。3日目の夜、涙も枯れ果てた頃セシリアは部屋から出てきた。

 

真っ先に見つけたのは寝ずの番をしていた1人の若いメイドだった。

 

三日三晩飲まず食わずの筈のセシリアの肌は血色が良く母譲りの金髪はボサボサどころか更に美しさを増しまるで絹の如くきめ細かに光沢を持っていた。そしてセシリアは以前と何も変わらない幼くも美麗な笑顔でメイドに尋ねた。

 

「ごめんなさい、夕食をいいかしら?」

 

絵画でしか拝めない女神のような美しさだった。

 

痩せ我慢をしていると嘆いた使用人達はセシリアのために好物を振る舞った。イギリスらしい素材の味で全てが決まるシンプルな料理だ。ローストビーフにキッパー、普段は食べさせてもらえないファストフードなどを上品に平らげたセシリアは3日ぶりの入浴をして寝巻きに着替えていつも通り敷地内の散歩に出かけた。普段は暇な父親と一緒に出かけていたこの散歩も今ではセシリア1人だけだ。セシリアはいつも通り玄関まで赴きそこから家へと帰ろうとしところで、

 

扉が開いた。

 

振り向くセシリアが見たのは死んだ筈の父親だった。

 

「お父様?」

 

「ああそうだ。」

 

父はいつもと変わらぬ笑顔でセシリアに話しかける。

 

父は旅行に着て行った似合わない高級スーツに身を包み恐らく事故現場から歩いてきたのか靴は泥まみれでスーツも汚れていた。そして身体のあちこちから灰が零れ落ちている。

 

「お母様は?」

 

「ああ、お母様は残念だったよ。」

 

悲しむ父にセシリアは自分が大好きだった母が居なくなったことを感じ取った。父はポケットに手を突っ込むと拳一杯の灰をセシリアに差し出す。両手を出して父の手から灰を受け取る。見た目よりもズシリと重く手が下がる。しかし直ぐ重みが消えていった。すーっと内包されていた最後の力が闇夜の天へと消えていった。

 

「父さんはずっと母さんのことを鷲だと思っていたが、母さんは鷲にはなれなかったんだ。」

 

父の言っていることは分からなかったが自分の小さな両手に収まるこの灰の塊がかつての大好きな母だと分かった。セシリアは再度父を見上げる。

 

「見てくれセシリア!父さん遂に鷹になったんだ!」

 

父は鷹になっていた。

 

かつて感銘を受けたオオタカのようなモノクロ模様の羽根を広げ次の瞬間にはフワリとホークオルフェノクは空高く雲の上まで飛んで行った。羽ばたきで手の中に残った灰が宙に四散した。セシリアは1人になった。

 

 

 

 

 

ーー

 

家に戻ったセシリアは真っ先にベッドに潜り込んだ。使用人が交換してくれた新品のシーツに身を包みこれまでの疲労が一気に押し寄せてくる。眠りに落ちる寸前にセシリアは次に目を覚ました時の事を思った。母が居なくなった以上オルコット家の当主は婿養子の父になった筈だが父はもう居ない。これからは自分がオルコット家を切り盛りしていかなければならない。母の会社も同様だ。ここまでオルコット家が発展できたのは会社のお陰だ。一刻も早く力を身につける事が急務だ。歴史ある名家と今や国内屈指の巨大企業の財産を狙う輩は多い。偉大な母の残した遺産は何としても護らなければならない。

 

そして最後にセシリアはこう決意した。

 

「あの男を殺さねばならない」

 

母の仇と娘としての責務がある。最後にそれだけ思ってセシリアは眠りについた。

 

ーー

 

朝時間通りに起きてきたセシリアを見て使用人達は驚いた。それは母親が常に憮然として見せていた当主としての顔と同じだった。セシリアは困惑する使用人達の前で高々と宣言した。

 

「オルコット家現当主はこれよりこのセシリア・オルコットがつぎます。」

 

セシリアはその一言だけで使用人達の心を掴んだ。

 

その日から彼女はオルコット家と会社の経営を立て直すため寝る間を惜しんで努力した。優秀な母の遺伝子を受け継いだ彼女は母親以上に優秀な経営者だった。あまりの学習能力と日に日に増していく思慮深さに最初は訝しげだった会社の重役達もたちまちセシリアを次期社長として本気で育て上げた。

一方ホークオルフェノク打倒の準備も同時進行で進めていた。

およそ学べる武術の全てとおよそ手に入る武器の使用方を少ない時間で続けた。なかでも力を入れたのは狙撃だ。

ホークオルフェノクは空を飛ぶ。

羽を持つ敵に一番効果的な武器だった。

父の猟銃を持ち出して射撃の練習をした。貴族達の嗜みとして今は廃れた鷹狩りのための猟銃であり父もよくこれを持って鷹狩りに赴いていたが父は鷹は撃たずに銃を構えて悠々と飛ぶ鷹を追っていくだけだった。

 

空への進化を捨てた人間が鉄砲で鳥を撃ち落とす行為はナンセンスだと父は言った。気高く飛ぶ鷹をずっと見失わずに眺めていると普通では知れない鷹の気持ちが分かってくる。地上に生きる者として空を飛ぶ鷹の気持ちを盗み取る事が父にとっての鷹狩りだった。

無論セシリアに鷹の気持ちは分からない。それに鷹はホークオルフェノクと同じ姿だ。仮想敵としては最高の相手だった。セシリアは鷹を撃ち続けた。銃を手足のように操れるようになり認識外の景色まで擬似的に360度頭に思い浮かぶ事が出来るようにまでなった時セシリアは既に世界的に話題となっていたISに目をつけた。

ホークオルフェノクは強い。

あんな進化の仕方はオルコット家貯蔵の本を全てひっくり返しても出てこなかった。我が身一つでは心許ない。何より空を飛んで直ぐにあしらわれてしまう。セシリアには翼が必要だった。数年も経てばセシリアは爵位を継承しオルコット家の正式な当主になり母の会社のCEOを務め母親と同じわらじを履きそして母ですら成し遂げられなかったISのイギリス国家代表候補生へと登りつめた。

 

専用機のブルー・ティアーズが試験機レベルだと聞いた時はがっかりしたがこれから数年以上は世話になる相棒だ。セシリアは数日でブルー・ティアーズの性能を全て引き出せるようになりティアーズ開発陣達は専用機の開発競争に勝ったと確信し歓喜した。しかしセシリアはそれで満足しない。ブルー・ティアーズの武装がナイフ一つ残っていることを知ると彼女はオルコットの人脈を使いインターセプターと全く同じナイフを作ってもらい何時ものトレーニングに組み込んだ。近接ナイフの扱いは既に覚えていたため簡単だった。やがてブルー・ティアーズ兵器の最終段階であるBT偏光制御射撃(フレキシブル)を獲得した時オルフェノクの情報が入ってきた。オルコットの力は海外にすら伸びていた。世界各地で謎のエネルギー現象とそれに伴い灰色の怪人の目撃情報の存在を知った時セシリアはホークオルフェノクの同族達だと気付いた。オルフェノクへの進化はこの世界にとって今まで地球が到来してきた一つの時代の移り変わりでこれを機に世界に広がるとセシリアは考えていた。今後オルフェノクの存在は世界中で起こるだろう。それが適応というものとして在るべき姿だ。先ずは彼らのいずれかとコンタクトを取る必要がある。数が少ない彼らはきっと徒党を組む。その中にホークオルフェノクが居る。IS学園に入学する前には既にセシリアには今後の10年先までのビジョンが見えていた。細かく大胆にそして周到に練られた計画が彼女の頭にあった。

 

しかし復讐の鬼となってもセシリア・オルコットという女の凄さは失われなかった。

 

セシリアが他の復讐鬼と違うのはキチンと学園での青春を楽しもうという思いも計画に盛り込まれていた事だろう。生前の母と父が望んでいた幸せになって欲しいという願い。それを無駄にして復讐で人生を終えて仕舞えば2人が悲しむ。セシリアは本当に全てを完璧にこなした。爵位付きの貴族としての振る舞いと企業のトップとしての振る舞いと代表候補生としての振る舞いと年頃の少女としての振る舞いも全てがセシリア・オルコットとして完璧に心に同居させて過ごしていた。人が普通に持つ喜怒哀楽の顔のようにセシリアにとってはそれが当たり前だった。

 

そして全てを備えた上でセシリアは復讐鬼として目的のために動いた。

 

 

 

 

 

ーーIS学園

 

自室で勉学に励むセシリアは並列で今週分の会社との国際ミーティングで話す会社の指針と問題解決を纏めていた。特に今期は社長の自分が遠く離れた日本に3年も滞在するという事で予測していたとはいえバタバタしていた。

 

(取り敢えず秘書と重役の方々に任せておけば大丈夫でしょう。)

 

ブレる事なく毅然と振る舞うことがトップとしての在るべき姿だと知っているセシリアは慌てない。ミーティングまでの時間を身についた時間感覚で確認しこれまでの数週間を思い起こしていた。その中でも友人達の事は真っ先に思い浮かぶ。

 

一夏は少し無鉄砲な所があるけど思いやりがある初めての友人だ。

 

箒の『武士』のような凜とした立ち振る舞いは正に大和撫子然として綺麗だ。

 

巧は一層落ち着いており口は悪いが優しい人間だし。

 

鈴音は一番の親友で彼女の猫のような可愛らしさはセシリアにとって憧れだった。

 

ー素晴らしい友人たちだー

 

セシリアは頰を緩ませて思った。そうこうしているとミーティングの時間に差し迫った。セシリアは佇まいを正しルームメイトに一言静かにして欲しいと詫びを入れる。頷くルームメイト。寮住まいの人間ならこの時間帯はミーティングだと既に入学前に学園側に宣告して知らされているため静かになる。セシリアは礼を言い空間ディスプレイを表示させイギリス屈指の巨大企業のトップとしての顔になった。

 

簡潔として人の心を掴む言葉選びをする15歳の少女はすでに一夏と並んで1学年達の中心的存在になっていた。

 

しかし彼女達の誰もセシリアの持っているあと一つの顔を見抜く事は出来ない。

 

復讐鬼としてのセシリア・オルコットは未だ姿を隠していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オリジナル設定としてオルコット家について描きました。
セシリアの母親と父親の名前は不明という事なのであえて出していません。

母親は正に完璧人間で仕事人です。家のことはもっぱら父親が担当していました。と言っても殆ど使用人がやってくれるので父親は貴族同士の交流とか一応当主として結婚前は家の管理をしていましたがオルコット家では殆ど仕事は有りません。
大体遊んでました。
その事から妻に対しての負い目を感じたり卑屈に振舞ったりしてましたが、いい女なのは確かで愛してはいたようです。
娘のセシリアには偽りなく愛情を向けていた。

オルコット家の使用人達は母親が新しいタイプの貴族だからか結構シャレの効く連中。

父親の友人達は今の当主のセシリアの恩義で救済されています。みんな父親を死んだものとして悲しんでいます。

またセシリアは偏光射撃が既に使えます。
どんどんチート化するセシリアさん。

応援よろしくお願いします。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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16話 3人目の男子

キュウレンジャー&エグゼイド!
マジで今年の当たり映画だわ!
堅実なストーリーでまさに『納得』が相応しい映画でした。

お盆で遅れましたが16話更新!
みんな大好きシャルルちゃんの入学だぞ〜
ですがその前に改変要素を1つ入れます。




みんな久しぶり、織斑一夏だぜ。

最近になってようやく延期になっていた外出が許されたんで珍しく家に帰ってみた。予想通り埃まみれの自宅の掃除をして、そして出てくる懐かしい品で気を奪われてるとあっという間に1日が終わってしまった。我ながらもっと良い休みの使い方をした方が良いと思う。しかし自宅をずっと放ったらかしにしておくわけにもいかない。この事は千冬姉とよく話しておく必要がある。

まあそれは置いておいて日曜日の今日は有意義な時間を過ごそうという訳だ。俺は前日に連絡しておいた中学時代の友人の元へ訪れていた。中学時代の友達で定食屋の息子であるそいつの家のインターホンを押す。少ししてガラッと戸を開けて1人の女性が出て来た。淡い赤の髪を後ろに纏めて、女性は俺を見るなりあらっと声を漏らした。

 

「一夏くんじゃない。久しぶりねぇ。」

 

五反田蓮さん、俺の悪友五反田弾の母親で五反田食堂の看板娘だ。

 

「お久しぶりですおばさん。弾くん居ますか?」

 

「やめてよ、お久しぶりなんてかしこまらなくて。弾なら今部屋にいるから勝手に上がってって。」

 

おばさんと話しているとなんだか中学時代に巻き戻ったようだ。おばさんが全然変わってないのもある。思わず俺はこの人がいつも自称していた『28から年をとっていない』を思い出した。

おばさんは再びあらっと声を漏らし俺の後ろを見るなり、

 

「ところでその後ろの人って

 

 

ガールフレンド?」

 

「違います。な?」

 

「……ああ。」

 

箒はいつもの仏頂面で答えた。

 

 

ーー

ガチャガチャとスティックが鳴る。ISがこの世に登場してから娯楽にも変化が訪れた。例えば俺たちがプレイしているこの据え置き型テレビゲーム。第一回から今まで開催されたモンドグロッソの大会で登場した各国の専用機が使用できる対戦ゲームだ。他にもシューティング、レースゲームなどのジャンルも出ているがそのジャンルの既存の人気作などが強くこの対戦ゲーム程ヒットは出て居ない。節操なく出てきているのは人気もそうだがやはりISというのは画期的でまだ未知数のコンテンツなのだ。

 

「無双ゲーなんかも出たらしいぜ、俺は知らねえけど。」

 

画面から目を逸らさず弾が言う。

 

「へえ、人気なかったのか?」

 

「他の人気ゲームに押されて売り上げが振るわなかったらしい。」

 

俺の問いに横でコントローラーを俺たちより大切に扱う箒が答える。

うおっ強え箒。

普通モンドグロッソの対戦は2人で固定でこのゲームもそれに準拠して基本は2人専用だがゲーム会社も商売でやっている。発売したばかりでより多くのユーザーに好まれたいから今みたいに3人対戦だったり4人対戦が可能。通信対戦ならもっと大人数も可能で他にもミニゲームや自分がモンドグロッソ大会に出場するストーリーモードもある。

うおっ弾にやられた。

因みに弾の家でやってるので当然このゲームは弾の私物。もちろんやり込んでいる弾が強い強い。しかもこいつ箒には手を出さずに俺ばっかり狙ってくる。女に優しい所をアピールすると共に俺が女子校で数ヶ月暮らしている事に嫉妬しているらしい(多分こっちが本音)。お前も経験してみれば俺の苦労が分かるさ。

しかし箒はこういう女だからって手加減されるのは嫌いなイメージがあったんだけど今のところ好意に甘えて俺を集中攻撃してくる。お陰で俺の残機だけえらい減っていく。すると箒は俺にだけ聞こえる音量で答える。

 

「私がこのゲームで弱いのは事実だからな。彼の好意に怒りを覚えるのは身の程知らずだ。」

 

か、かっこいい…っ!

 

何この人惚れそうだわ。なんか俺の周りの女子って俺より男前な子が多いと思うの。箒は武士だしセシリアはパーフェクト超人だし鈴はサバサバしてて小さいことは気にしないし。もしかして俺って一番女々しい? ガーン……バキッ『キャアア‼︎』 あっ。

 

「しゃあ!一夏死んだ。」

 

しまったああぁぁ!!!

俺を倒して、多分女子との初めての共同作業という事もあってご機嫌の弾。余裕そうに箒に向き直り、

 

「どうする篠ノ之さん?このまま辞めて他のミニゲームする?レースゲームならそこまで力量差関係ないけど。」

 

この野郎、弾の奴。余裕ぶっこいて調子のいいこと言いやがって、ええい箒、やっちまえ!

しかし箒は構うことなく。

 

「いや、勝負事は途中で投げ出さない主義なんだ。五反田君も手加減する必要は無いから最後までやろう。」

 

あ、姉貴っ!

なんてかっこいいんだ箒の姉貴!

 

「どうだ!どうだ!俺の幼馴染はよく出来ているだろう?お前にはやらん!」

 

「くっこいつ、負けたくせに。」

 

「お前にはやらんか……ふふっ。」

 

そして昼過ぎまで俺たちはゲームをプレイした。相変わらず対戦モードでボコボコにされる俺と箒だが中々楽しく時間も忘れて夢中になる。流石に家の人が休憩を挟むように言ってきた。

 

「お兄、お昼できたよ。」

 

蹴破るように勢いよく弾の部屋のドアを開けた蘭はまだ夏には早いというのに極めて薄着でいる。しかし蘭さんや、ズボンのチャックまで開けるのはどうかと思うぞ。案の定弾が文句を言う。俺も久し振りの再会に挨拶をかける。

 

「よお蘭。」

 

「一夏さん?」

 

俺を見つけた蘭は急に目を丸くさせ次に下を、多分今のラフな部屋着姿を見て慌てて壁に隠れた。

 

「来てたんですか。」

 

ヒョッコリと顔だけ出して笑顔で向けてくる蘭はやっぱり妹みたいで可愛い。しかしいつも顔を合わせる弾には見慣れたものらしく動じず文句を言う。

 

「お前な、客が来てんだからそのだらし無い服やめろよ。」

 

むっと蘭が顔を歪める。

 

「ちょっとお兄、人が来るなんて言ってないよ。」

 

弾がそうだっけと首をかしげる。

 

「もう、それよりお昼出来たから食堂に降りて来てよ。一夏さんの分もありますからねーってあれ、もう1人いる?」

 

混乱しながらもばたばたと走っていく蘭を見て俺たちもゲーム機を片し始めた。

 

 

ーー食堂

準備中で貸切状態の食堂で俺たちは4人がけの席で昼食が届くのを待っている。少ししたら白のワンピースに着替えた蘭が器用に3つお盆を持ってやって来た。いつも食堂で出すメニューの1つだ。

 

「いただきます。」

 

流石に料理で商売しているだけあって絶品だ。IS学園の食堂の規模も凄かったがやはり学校と料理屋では食事にかける手間やコストに差が出来るらしい。箒も満足そうに頬張っている。俺は隣にずっと立っている蘭が気になった。

 

「蘭も食べないの?」

 

「あ、私はもう済ませました。」

 

蘭は明るい笑顔でそう言う。そうか、久し振りに兄妹と食べてみたかったんだけどな。俺はあと1つ気になった事も聞いてみた。

 

「ところで粧し込んだみたいだけどどっか出かけるのか?」

 

蘭はさっきよりは驚いたようにあ、と言ってから次に困ったようにいいえと小さく呟いた。なんか変な感じだなと思ったんでここはいっそからかってやろうかと思い。

 

「分かった!彼氏だろ?」

 

すると蘭はハッキリと違いますと前のめりになって答えて来た。急な豹変に俺も驚く。蘭は直ぐハッとなりゴメンなさいと言うとお盆で顔を隠して厨房へと消えて行った。どうやら俺はおふざけには向かないタイプの人間らしい。

 

「お前な、学校でもそんな感じな訳?」

 

弾が呆れたように俺に聞いてくる。わざとやっていると思われるくらい変だったのか?

 

「ああ、こんな感じだ。」

 

「あやっぱり。」

 

箒が代わりに答える。そこまで変だったのか、気づいていたなら幼馴染として言って欲しかった。笑う弾に文句を言いながら俺は蘭について聞いてみた。他愛の無い『好きな人は出来た?』って話題を振ると弾は見るからに馬鹿にしたような顔をしてくる。

 

「はあ?マジで言ってんなら尊敬するよお前。」

 

弾はお茶を一口飲んでから再度呆れたように言った。

 

「中一からずっとお前一筋だっつうの。」

 

マジかよ。

驚く俺はだってと若干真剣味も混ぜて反論する。

 

「いや、小6の時ならまだしももう蘭も高校だろ。」

 

そりゃ昔はよく家で遊んだりしたから一番身近な身内以外の異性ということで憧れられてた自覚はあった。しかし蘭ももう年頃の女子だ。しかも俺と違って頭の出来もいいから既に進学先も決まっている。俺じゃあ逆立ちしても入れない超一流校だ。俺みたいな馬鹿といるよりいい男は居るさと弾に言ったところで飯の続きに入る。やっぱ焼き魚の火加減が絶妙だよな。

 

「そう思うなら本人に言ったらどうだ。」

 

えっとなり横を見ると箒が俺の目を真っ直ぐと見ていた。箒の竹刀のように一本芯の入った強い目に俺は思わずたじろいでしまう。

 

「本当にそう思って居るならばさっさと蘭さんに言ってやった方が良い。」

 

「ずっと叶わぬ恋を追っていくんだ、早々に切り捨ててやった方が彼女の為だ。」

 

箒はそう言う。横では弾がウンウンと頷いている。

 

「そうだぞ。お前は少し女に節操がなさ過ぎだ。」

 

なんかこいつの説教は純粋に腹がたつな。

 

「今まで何人の告白した少女たちがこいつの無神経な返答に沈んでいったか。」

 

おい、人聞きが悪いぞ。

 

「お前は親友の妹ですら無残に捨てていくのか、このひとでなし!」

 

「おいお前後で表出ろ。」

 

弾を窘めると今度は箒が言ってくる。

 

「一夏、惚れさせた責任だ。」

 

 

ーー厨房

蘭への説明を口実に2人から食器の片付けを命じられた一夏が厨房に観にいくと蘭は直ぐ見つかった。厨房の洗い場で頭から水を浴びていたのだ。一瞬ギョッとしたが食器の片付けに丁度邪魔なので声をかけた。

 

「一夏さん?」

 

一夏の声に気づいた蘭はばっと顔を上げる。勢いよく動いたものなので被っていた水が思いっきり辺りに飛び散ってしまった。幸い下ごしらえをした鍋類などは被害が無かったがそれでも後で軽い掃除が必要だろう。ワンピースまで濡らした蘭はあわあわと狼狽えて顔を赤くさせる。

 

「やっちまったな。」

 

苦笑いをしながら取り敢えず食器だけ洗い場に置いた。一夏は懐からハンカチを取り出し蘭に差し出す。慌てながらすいませんとありがとうございますを混雑させて受け取った蘭は若干赤みを増して拭き始めた。ここまで取り乱すとは思わなかった一夏は飛び散った水滴を見ながらなあと蘭に声をかける。

 

「はいなんですか。」

 

こんな状態でも愛想よく笑顔で明るく答える蘭を見てうっと思う。さっきの弾の言葉が頭に強調された。

五反田蘭は一夏の事が好きだ。

にこやかな相手だが気まずい雰囲気に暫し固まりながらやがて一夏はすうっと息を吸い込む。

 

「蘭。」

 

「はい!」

 

「俺の事好きか?」

 

「はい?」

 

ぴたっと止まる蘭の笑顔に一夏はやっぱり自分は真剣な話も向いていないと後悔した。

 

 

ーー食堂

 

「あのさ、篠ノ之さん。」

 

「なにかな。」

 

一夏が蘭の誤解を解きに行った暇な間、先に耐えきれなくなったのは弾だった。変わらぬ真っ直ぐな目を向ける箒に弾は改めて箒の美貌に緊張する。咳払いをして笑って尋ねる。

 

「篠ノ之さんってさ、ぶっちゃけ一夏の事どう思ってるんすかね。」

 

箒は変わらず目を背けないままじっと黙りその間弾は目も外せずドキドキとしていた。しかし一度整理を付けるとハッキリと口を開くのは姉譲りだ。

 

「愛している。」

 

ぶっと吹き出す弾。流石に急すぎたかと目を外さず反省する箒。咳き込んだ弾は暫し息を整えると再び目を合わせて。

 

「愛してるの?」

 

「愛している。」

 

今度は吹き出さずに代わりにハハッと乾いた笑いが漏れる。緊張がほぐれたのかいつもの調子を取り戻した弾は人の良い笑顔で箒に言う。

 

「あいつモテるなー。やっぱ学校でもそんな感じなの。」

 

「どんな感じかは説明しづらいが、まあ想像通りだ。」

 

かーっと額にペシンと手を当てる弾。乗ってきたのか段々と普段通りの自然な会話になっていく。

 

「実はさ今凰鈴音って奴がそっちにいるんだけどさ。」

 

「ああ鈴なら私もよく話す。」

 

「へえ、社交性高えからなあいつ。じゃああいつが一夏の事が好きってのも知ってる?」

 

「ああ、お互いアプローチをしているが見事に空回りだ。」

 

「あはは。」

 

「おい、笑うことは無いだろう。」

 

今日知り合ったとは思えない意気投合を見せる2人。別段相性が良いわけでも性格が似ているわけでも無いが話題が一夏ならそれだけで成り立つ所が彼の人望という訳だろう。

 

「五反田君は良いのか。」

 

「なにが?」

 

「蘭さんが一夏を好きな以上、私と彼女は恋敵ということになる。」

 

胸の内を吐露する箒には罪悪感にも似た感情があった。

 

「思ったことを告げてやれと焚きつけた私に兄として思う所が有るんじゃないか?」

 

「正直言って私は一夏がいなくなった瞬間きみに殴られるかとも思った。またそれもしょうがないと思っている。」

 

普段から邪険にされているがそれでもたった1人の妹だ。弾もそれ相応に大切に思っている。しかし弾は箒の心配を見当違いだと笑った。

 

「恋に関しちゃあ俺がとやかく言う事じゃ無いしさ。もう直ぐあいつも高校生になるから良い機会だとも思ってる。」

 

箒の男気に苦笑しながら最初に感じた取っつきにくい印象はどうした事か萎んでいくのを認めながら弾はここからでは見えない厨房へと目を向ける。

 

「結局はあいつが決める問題だからな。」

 

 

ーー厨房

止まった時間。

目の前には表情をなくした蘭がまるでビデオの一時停止のように止まっている。髪から滴り落ちる水がまるで蘭の感情のように一滴落ちるごとに蘭の顔から表情が無くなっていく。

一夏の問いかけに対して固まりながらも肯定したその言葉。一夏の言葉足らずの質問に対して蘭がついに実った恋だと勘違いして告白をしてもそれは仕方のない事だった。それに対して一夏が彼女の意にそぐわない解答をしてもそれは責められない事だった。

 

「ゴメン蘭、お前とは付き合えない。」

 

佇む蘭の目から涙が流れる。溢れ出る感情がそのまま目からも流れ出していく。表情を無くした顔のまま泣き続ける蘭に一夏はなにも言えなかった。

 

 

ーー

日が暮れてきた。そろそろIS学園に戻らないといけない時間帯だ。俺たちは五反田食堂の前で見送りをしてくれる弾に手を振って帰路へと着いた。箒は相変わらず寡黙でなにも話してはくれなかったが俺の問いかけには口を聞いてくれた。

 

「箒、あれで良かったと思うか?」

 

「なにがだ。」

 

「蘭泣かせちゃった事。」

 

ああっと箒がその事かと思い出したように声を上げる。箒はこちらに目を向けずそのまま歩きながら言った。

 

「知らん、良いんじゃないか。」

 

「んな簡単に言うなよ。」

 

曲がりなりにもお前が言った事なんだからなと俺は内心思いながら蘭の姿を思い出し後悔する。あの後蘭は食器を洗って片付けたら直ぐに部屋に戻って行ってしまった。ちなみに弾も俺が蘭を泣かせた事は知っている。しかし弾は俺を咎めることはしなかった。

 

「このまま諦めてくれたら俺も一々友達のお前に気を使わなくて良くなるんだけどな。」

 

と至って短絡的に捉えていた。

 

「泣かせといてアレだけど、なんか弾も冷たくないか。お前も。」

 

思わず自分の非も棚に上げてしまうがこれはどうかと思う。しかし箒は平気なもんで、

 

「私は兎も角、五反田君は兄として見守るつもりなんだろう。」

 

一見冷たく見える対応も本人の意思を尊重するという兄心だと箒はみているらしい。

 

「それにお前は別に蘭さんの恋心に答える責任は無い。正直に言ったお前になんら罪は無い。」

 

そう言われても目の前で涙を流す蘭の姿を思い出すとやっぱり気が引けてしまう。俺が悩んでいると最後のだめ押しか箒がこちらに向き直りハッキリと告げた。

 

「お前は必要以上に人の悩みに干渉したがる癖がある。それで助かる人間がいるのも確かだ。」

 

「だが今回はお前が行っても逆効果だ。フラれた相手に元気を出せと言われても出せるものか。」

 

箒の言葉はズバズバと俺の心に刺さっていく。

 

「いいか一夏、お前は理不尽な不幸が大嫌いだが。」

 

 

「お前の行動も時としてそれ(理不尽)に繋がるという事を知っておけ。」

 

夕暮れ時に放たれたその言葉がその日はずっと頭から離れなかった。

 

 

ーー

ーーーー

ーーーーーー

 

「今日は皆さんにビッグニュースがあります。」

 

教卓の前でこのクラスの副担任こと山田真耶がいつも通りほんわかとした笑顔で休み明けの生徒たちを癒す。

 

「やまや元気だね。」

 

「まーやん今日も可愛いよ。」

 

「まややん休み中彼氏出来た?」

 

数人の声と共にクラスメートから笑いが起こる。真耶は困っているが決して馬鹿にしているわけでは無い。4分の1年の月日で彼女たちなりに教師として真耶に親しみを込めての愛称だ。真耶もそれを分かっているため余程のことでは怒らないが、やはり教師として友人のような扱いには思う所が有るらしく注意を諭したりしているが

 

「あの、先生に対してそれはちょっと。」

 

「いいじゃんまやまや。」

 

「まやまや?」

 

「いいじゃんやまヤンマ。」

 

「トンボみたいですね。」

 

ツッコミながらも生徒たちとの馴れ合いに楽しく感じてきたのかちょっと笑顔だ。痺れを切らした千冬が声を上げる。

 

「静かに。転校生を紹介する。」

 

ざわっとクラスがどよめく。真耶がそうだったとポンと手を叩く。

 

「はい、フランスからの転校生です。入ってきてください。」

 

扉の向こうにいる転校生を呼ぶ。ガラッと扉が開いてIS学園の制服に身を包んだ生徒が入ってくる。転校生は向けられる目線に対して少しくすぐったそうにしながら教卓の横に立った。空間ディスプレイが転校生の名前を映し出す。

 

「シャルル・デュノアです。みんなよろしくね。」

 

金髪を後ろで束ねた少年は爽やかな笑顔で答えた。

 

その日一番の悲鳴が沸いた。

 

「君が織斑くん?よろしくね。」

 

 

ーー2組

 

「うっさいわね。」

 

「うっさいな。」

 

隣から聞こえてくる黄色い声に眉を挟める2人。空気を察した教員が転校生によるものだと説明した。

 

「え、転校生って男なの?」

 

2組からその日一番の悲鳴が沸いた。

 

「ま、女子じゃないだけ良いか。」

 

「それで良いのか。」

 

 

ーー4組

 

「うるさいですね。」

 

「何かあったのかな。」

 

簪の言った通り立て続けに起きた黄色い声は気になる。巧との会談の中で簪とのトラブルの一部始終を説明させる事に成功。情報を得たなのはは再度簪と楯無に巧を交えて仲直りの場を設けた。完全にわだかまりが解消されたわけでは無いが、特に楯無に関しては巧のぶっきらぼうな態度に腹を立て新たなわだかまりが出現してしまったが取り敢えず再度謝った巧のお陰でこっちは比較的良好な関係に戻った。

 

「ああ、1組の転校生が原因ね。」

 

4組の担任が笑って理由を説明した。

 

「え、転校生って男なの?」

 

4組からその日一番の悲鳴が沸いた。

 

 

ーー3年1組

 

「単純ねIS学園って…」

 

「なんか言った?リニス。」

 

自慢の耳を使って様子を伺っていたリニスは突如響いた奇声に痛む耳のせいでやや苛立ちげに言い放つ。アリシアが聞き直すもリニスは「これ以上耳は酷使しない」と言って両耳を塞いでしまった。

 

IS学園は今日も平和である。

 

 

 




五反田店に箒を入れました。これからの展開で弾たちはどうしても出しにくいのでメインヒロインとの絡みを入れました。
箒と弾の焚きつけで蘭に現状での恋愛感情を抱いていない事を一夏が正直に告白しました。蘭のファンの方はゴメンね。
それと前々回の会談でテスタロッサ家族とのその後を描かずすっ飛ばしたみたいに成りましたが、別に大した事はしていませんので蛇足と判断し割愛しました。
因みに何したねんというと、

1プレシアが驚くなのはを尻目に束に連絡先を渡す。
2また会おう。テスタロッサはクールに去るぜ。
3なのはが正気に戻る。

であっという間に帰りました。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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17話 17話 17話 17話 ………タイトル思いつかなかった訳じゃ無いんだからね⁉︎

微妙に改変、改変の日々。




任された

 

 

 

 

 

「ねえ、織斑くん。」

 

爽やかスマイルのデュノア君の世話を俺が担当する事になった。それはまだ良い。転校してきて右も左も分からない時期だ。それが男なら尚更だろう。

 

「一夏でいいよ。」

 

「じゃあボクもシャルルで。」

 

同じ男としてアドバイスしないとな。

 

「次は移動教室だから早く行こうぜ。」

 

俺はシャルルの手を掴み引っ張った。早くしないと織斑先生から雷が落とされる。イキナリで驚いたのかシャルルも戸惑うが急いだ方が良いのは何も遅刻しないためじゃ無い。

 

「あ、居たわ。転校生よ。」

 

「織斑君と一緒よ。」

 

「ものども出合え出合え!」

 

これだ。

 

SHRと一時限目の間の自由な時間に各クラスから男性操縦者を一目見ようと1組に殺到する人混みに一時期は大変な目に遭ったものだったが今は大分落ち着いていた。人の噂も75日と言うが話題も同じこと。お陰で最近は快適に過ごせていたがここでもう1つ話題のタネが遠くフランスから3人目の男性操縦者という形で輸入されて来た。無論この学園の生徒たちがそれを見逃す筈が無くこうして俺は何ヶ月ぶりの人の壁に挟まれているのだ。

 

「え、なになになにか騒動でも起きたの?」

 

気づいていないのか頭にハテナを浮かべるシャルルに俺は以前の混乱していた自分を重ねた。ああ懐かしい新入生の初々しさや。まあシャルルは転校生だけど、そんな訂正を頭の中で入れていると1人の女生徒の声で一斉に壁がこっちへと押し寄せてくる。驚いて固まるシャルルの手をひっ掴み空いている通路へと逃げた。

 

「え、え、なになに。どうなってるの。」

 

まだ分からないのか。流石に鈍過ぎやしないか?

 

「なんでって今のところ俺たちだけだろ。男でISを動かせるのは、みんな珍しがってるんだよ。」

 

「あっそっか。そうだよね。」

 

やっと理解したらしいシャルルは俺と歩幅を合わせて走る。幸い校舎の構造上アリーナへと続く道には生徒の手もまだ回っていなかったためなんとか学友たちに出くわさずに逃げ果せた。

 

 

 

 

 

ーーアリーナ

 

走って来た甲斐あってか時間的にも余裕、とは言えず。そこそこ広いIS学園の実習は走って漸く間に合うようなものだ。急いでISスーツに着替え始める一夏は顔を赤らめて手で顔を覆うシャルルに不思議がる。

 

「どうした?早く着替えないと間に合わないぜ。」

 

「うん、向こう向いててくれないかな。」

 

「ん、ああ、いや俺も同性だからって好き好んで着替えを見る趣味は無いけどな。」

 

恥ずかしがるシャルルに一夏は人それぞれという事で納得し自分の作業に戻った。それでも気になったので再び後ろに向き直るといつの間にかISスーツに着替えたシャルルがまだ恥ずかしそうにこちらの終わりを待っていた。

 

「早いな。」

 

なにかコツがあるのかと聞き出そうとしたが差し迫った時間がそうはさせてくれなかった。ISスーツを急いで着込みシャルルとともに全力疾走でアリーナ内に入った一夏は怒りの雷をなんとか回避する事に成功する。

 

ーー

 

「スペースデブリの衝突跡は修繕が済んで間もない。また穴を開けた奴は自力で戻してもらう。」

 

久しぶりの実習にモチベーションが上がる生徒達に釘をさす形となったが千冬としては久しぶりだからこそ怪我を避けるため要らぬ緊張を解いたのだ。セレモニー的な掴みの後で千冬は早速彼女達にIS操縦の1つの目標である飛行を見せる事にした。未だぎこちない彼女達だがここでISの特徴である飛行を見せる事でこれから先の自分達の目標をしっかりと芯のあるもので構成して欲しいという気持ちからだ。しかし問題がある。

 

(山田先生……まだか。)

 

副担任である真耶に披露してもらおうと訓練機を取りに行かせたのだが生憎まだ手こずっているようである。教師とはいえ兵器であるISの運用は充分な手続きが必要。勿論事前にその手の事は済ませてあるがそれでも10分かそこらで終わる事では無い。しょうがないとした千冬はふと自分の受け持つ1組の専用機持ち達が視界に入った。

 

(オルコットとデュノアなら問題は無いか。しかしデュノアは今日来たばかりでまだ緊張しているだろう。それに今のこの子達にオルコットの練度は現実味が足りんか…到達点をオルコットとしてその過程に実力の近しいだろう織斑を当てる。)

 

楯無に訓練を受けたのなら基本的な飛行訓練もしているだろう。彼女はああ見えてそういう所のケアはしっかりとしている。考えをまとめた千冬は並んだ列の最後尾まで充分聞こえるくらいの声で言った。

 

「織斑とオルコット。お前らにやって貰う。前に出ろ。」

 

教師がやるのだと予想していたセシリアとただ単に自分が当てられるとは思わなかった一夏は一瞬反応しながら返事を上げ前に出た。他の生徒も千冬の指示で移動する。

 

「ISを展開してみろ。」

 

千冬の指示に2人はほぼ同時に思考プロセスに入り展開。しかし、

 

「まだまだだな織斑。熟練したIS乗りなら展開に1秒とかからんぞ。」

 

やはり差が出る。別に一夏の展開スピードは遅い事はない。無論千冬からして見ればそうだがこの時期にしてはまずまずだ。それでも千冬はこれも目標を高く設定してもらいたいという思いから敢えてこう言った。叱咤といっても軽い口調だったため一夏もショックは受けなかった。1秒未満という単語の凄さに不思議な高揚感のようなものを受けていた。

 

「飛べ。」

 

言葉とともに先ずセシリア、では無く汚名挽回のように気合を入れ直した一夏が真っ先に飛び出していた。百式のスペックも相成りセシリアを置いて空へと飛び上がる。その速さに生徒達はおおっと声を上げ、千冬は眉を顰めた。通信機を使い百式に呼びかける。

 

「おい、オルコットを置いていくな。スペックでは百式の方が上だぞ。」

 

「あ、はい。」

 

スピードを緩めた百式に漸く追いついたブルー・ティアーズを纏うセシリアはやや苦笑気味に一夏に言う。

 

「一夏さん。張り切るのは良いのですがレディを置いていかれるのはスマートでは無くってよ?」

 

「わ、悪いセシリア。」

 

窘められた形となるが次いで入った急降下からの停止の指示で会話は終わる。

 

「これは少々難しいので私が先に行きますわ。よく見ていて下さいまし。」

 

「停止に失敗しても私が受け止めてさしあげますわ。」

 

言うが早いかセシリアは微笑を湛えたまま機体を下へ、一夏に見やすいように向け一気に降りた。ハラハラする同級生達の視線を他所にフワリとまるで羽のように静かに止まって見せる。機械であるのにまるで生きているかのような優しい停止。これには生徒の一部で拍手が湧く。

 

「受け止められるのはカッコ悪いぜ。」

 

一夏もセシリアと同じ軌道で急降下に入る。

 

 

 

ーー

 

「あっ」

 

漏らしたのは誰か。確信した実力者達は思った。

 

『これアカン』

 

ーー

 

「やべ……

 

 

 

ズドーン!!

 

 

 

上がる土煙に唖然とする一同の中でファーストが思わず呟いた。

 

「馬鹿者が…」

 

 

 

 

 

ーー

 

「あいててて…」

 

あまりの衝撃に絶対防御が発動。庇いきれなかった衝撃に頭がぼんやりする。どうやら生きてはいるようだ。痺れて感覚の薄れた体のダルさに耐えながらなんとか顔を上げてボヤける視線で辺りを確認する。

 

と、ここで自分が浮遊感にあるということを取り戻してきた感覚で不思議に思う。

 

はて、自分は地面に倒れているはずだ。なのになんだろうこれは。

 

どんどん戻ってくる感覚がこの浮遊感が浮くというよりも支えによって生じている現象だと分からせると。

 

 

 

「大丈夫でして?」

 

1つ気品のある声が聞こえてくる。通信機越しではない生の声が疑問として一夏の判断力を一気に戻させた。

 

「セシリア?」

 

見上げた先に映る端整な顔立ちに最後の「ん?」が思考の回復を妨げる。地面から離れた自分の四肢。仰向けで見上げるセシリアの顔。地面に衝突という分かっている事態からは有り得ない状況に中々正気に戻れない一夏に1つのワードが浮かぶのと駆け付けた千冬と箒、鈴音がその光景を見たのはほぼ同時だった。

 

 

 

煙が晴れた先にある光景に一同一瞬止まる。そこにはISを展開したまま()()()()()()()()()()()()()()()()姿()があった。

 

固まった3人に比べ一夏は慌てた。良い歳して女の子にお姫様抱っこをされるという痴態。しかも姉と幼馴染含めた級友達の目の前で晒される事態の直面に一夏の自尊心は全力でセシリアの腕の中でもがかせた。しかしセシリアは絶妙なバランス加減で一夏をコントロール。少し眉にくっと力を入れ一夏を見る。

 

「ダメですわよ暴れては。絶対防御が働いたとはいえ脳にダメージがあるやも知れません。」

 

「分かった分かった分かったって。せめて降ろして!お願い!」

 

最もな答えで後の先を取られた一夏は顔を赤らめて懇願する。脳を気遣いゆっくりと姿勢を下げるセシリアに一夏は縮こまって事の成り行きを思い描いた。浮かんだワードは直前の彼女との会話。

 

『停止に失敗しても私が受け止めてさしあげますわ』

 

つまりは公約通り落下する一夏を受け止めた訳だ。はあっとため息が自然と漏れた。情け無さで赤くなる一夏を降ろしたセシリアはISを解除する。体格差から生じた地面との空間を体全体のバネで上手く流したセシリアは両手をさする。目に止まったそれが気になり見ているとセシリアが笑った。

 

「本当は上手く流して止めてさしあげたかったのですけど、まだ未熟ですわね。なるべく衝撃を殺そうとクッションの役割を果たしたまでは良かったのですが少し痺れましたわ。」

 

「え…っ。」

 

そう言うセシリアはティアーズのエネルギーゲージを出してみせる。全開状態だっただろうティアーズのシールドエネルギーは3割ほど減っていた。受け止めた衝撃で絶対防御が発動したらしいことは明白だった。単純な出力では量産機と大して変わらないブルー・ティアーズ。恐らく緩和剤となった影響で脳はともかく骨に対してのダメージは一夏よりは上だろう。慌てて立ち上がる一夏よりも速く千冬が駆け付けた。

 

「大丈夫か2人とも。」

 

「俺は良いからセシリアが。」

 

「私も平気です。織斑くんも脳へのダメージは無いと思いますわ。」

 

顔を青くする一夏で何と無く察せた事の成り行きに千冬はセシリアにも安否を訪ねた。帰ってきた答えに取り敢えず安心するとともに次の言葉を出す。

 

「織斑。今の停止のプロセスだが。」

 

「す、すいません。俺のせいです。」

 

俯きげに悔いる一夏にいやと千冬は懺悔を中断させた。

 

「確かにお前の行動は褒められたものでは無かったしそのせいで他人に怪我もさせた。」

 

真っ直ぐに、恐る恐る上がった一夏の目を見ながら告げる。

 

「しかし無理を言ってやらせたのは私だ。監督者としての私の責任だ。2人とも、済まない。」

 

そう言って千冬は謝罪をした。気まずくなり目を外すと遠巻きに心配そうにこちらを見る幼馴染2人の姿が目に入ってきた。途端に気まずくなる雰囲気。しかし直ぐに担任として千冬が態度を切り替える。

 

「医務室は大丈夫か?」

 

「あ、はい!平気です。」

 

「痺れがあるだけですし、私も平気ですわ。」

 

2人の返しにふむと間を開け分かったと言う。

 

「そうか、だが大事を取って今日のところは2人とも見学していろ。そして授業が終わったら一応医務室へ行くこと。いいな?」

 

そこまで言うと千冬は向き直り授業に戻る。と困惑する生徒達に対して言うと戻って行った。一夏は少し立ち尽くしていたが直ぐにセシリアに向き直り。

 

「ごめん、セシリア。」

 

頭を下げた。セシリアは手を振って笑う。

 

「いいってこと、ですわ。」

 

そして一夏とセシリアは千冬の横で体育座りで見学することになった。真耶が漸く現れたのはその直ぐ後であった。

 

 

 

 

 

ーー

 

「大丈夫ですか。ゴメンなさい先生が遅れたせいで…」

 

事情を聞かされた真耶は真っ先に2人に頭を下げた。大事な生徒に怪我をさせる要因を作ってしまったことにショックを覚えたのだ。千冬以上に罪悪感を覚える相手に一夏もセシリアも必要ないと頭を上げさせた。千冬の声掛けもあり真耶は授業に戻り千冬は新たに生徒達に指示を出す。

 

「凰、デュノア。山田先生と模擬戦をしてくれ。」

 

鈴音とシャルルの専用機持ちとIS学園教員とのバトルとあって生徒達にも緊張が走る。既にISを纏っている真耶は当然準備万全なので後は鈴音とシャルルがISを展開すれば良いのだが2人とも渋る。

 

「本当に良いんですか。2対1で、」

 

シャルルが失礼ながらという感じで真耶に問いかける。鈴音も疑わしげに見て自分も同意見だと知らせている。と、

 

「安心しろ。今のお前達なら負ける。」

 

シャルルの問いに横から入り込む形で千冬に告げられた敗北決定にまず鈴音が反応した。

 

「そこまで言われちゃ引き下がれないわね。デュノア君だっけ、遠慮する必要無いわよ。」

 

甲龍を展開し双天牙月をブォンと回す鈴音にシャルルも押される形でラファールリヴァイブカスタムⅡを展開して武装であるアサルトライフルを構える。シャルルとて沸点が低い訳ではないが代表候補生としてのプライドは持っているつもりだ。2人が臨戦態勢に入ったところで真耶も下の安全を考えてゆっくりと浮上する。

 

「下方向への飛び道具はこちら側でコントロールして使えないようにしてある。攻撃するときは気をつけろ。」

 

武装の制限を伝えるとそのまま千冬は模擬戦開始を告げた。

 

 

 

 

 

ーー

 

先手必勝。

 

意外にも先に手を出したのは真耶の方だった。弾幕をばら撒き2人の距離を開けると左右で武装を変えてそれぞれ攻撃をする。鈴音は縦横無尽に躱しながら砲身に角度がない龍砲を乱射しシャルルは盾を構えながら真耶の周りを旋回し様子を伺う。彼の専用機であるリヴァイブは拡張性を広げたマルチロール機だ。元より凡庸性の高いリヴァイブを改良しパススロットを二倍にまで増やしたこの機は距離を選ばない戦闘を得意としている。選択肢の多さという武器でどんな相手とも戦える事がリヴァイブの得意とする領分でそれ故に1つの特化するものが無い。今こうして様子を伺っているのもそれを理解しているからだ。

 

目に見えず大火力でしかも限界角度のない龍砲。無論威力だけならリヴァイブの装備にも比肩する、または上回る物も有るがそれは現行する一般的な物。真耶のように代表候補生を経験している者となれば必ず使っているだろうそれは勿論見える弾を使用している。軌道も直線的で限界角度だって有るなによりクセのない兵装だ。それが龍砲より劣る理由にはならないが龍砲よりは相手取って戦いやすいだろう。その開発コンセプトからリヴァイブにはクセの無い扱いやすい武装しかない。『初めて』という状況ならば時として甲龍の方が優れているのだ。故にシャルルは直線的な鈴音に攻撃を担当させ自分は補助に回る事としそれが結果的に真耶の動きを制限させる。

 

真耶からすればスペックの差がある専用機2機を相手取って先ず狙いたいのは同士討ちだ。各個撃破よりも数の利を殺せる手段であるがそれには弾幕などを駆使して相手を誘導する必要があり勿論気付かれない方が望ましい。シャルルがこちらの様子を伺っていることで迂闊に鈴音を誘導できなくなった。

 

(思いの外見てますね。これならオルコットさんの方が良かったかしら。)

 

個々のレベルなら間違いなくセシリアの方が上だろうがチーム戦ならシャルルの方が手強いというのが真耶の直感だった。セシリアもシャルルも状況判断に優れた人間であるがセシリアが積極的に動いてその場その場で対応するならシャルルは一歩引いて状況を見極めるタイプだった。もしセシリアが相手なら気付かせないまま同士討ちに持ち込めたかも知れないがシャルルのように戦況が見える位置に居続けられるとそれは困難だ。

 

(しかたない、怪我はさせたく無いけど。)

 

眼鏡の奥の眼光が強まった。

 

 

 

ーーピット

 

停滞気味だった。お互い手を出しあぐねて動けない。唯一鈴音は強気に攻めていたが全体として膠着状態だったが真耶のリヴァイブが少し離れたシャルルに対して急加速していった事でやや退屈気味だった一夏はおおっと声を漏らす。

 

「瞬時加速か。」

 

「ええ、一気に近づいて近距離射撃か格闘戦か、どのみちデュノアさんもこれで面を食らった筈ですわ。」

 

そう言うセシリアだが真耶の行動を賞賛する気は無かった。候補生でも使える人間が限られる瞬時加速を出来るのは流石だが訓練機の出力ではシャルルをずっと混乱させておくには2人の距離は少し遠い。既にシャルルは平静を取り戻しより近距離用の銃を取り出し構えている。更に後ろには同じく鈴音が双天牙月を構えて追随している。結果として挟み撃ちとなった。完全にミス。勇み足。セシリアは次に訪れるだろう決着を脳内のシミュレーションと照らし合わせる。

 

近距離射撃武装ーー展開無し

 

近距離射撃位置ーー止まらない。

 

シャルル、格闘武器に切り替える。

 

減速ーーしない。

 

真耶、近接ナイフを展開。

 

減速ーーしない。

 

 

 

停止しない。

 

 

 

「あら?」

 

セシリアの声をそのままに真耶はシャルルに対し文字通り()()()()()()()()

 

 

 

ーー

 

「え。」

 

イキナリの瞬時加速に驚いたシャルルだが直ぐに態勢を立て直し互いの距離で武装を適切に変えながら備えていた。単純な技量ならば真耶の方が上だろうがシャルルとて代表候補生。受けに徹していれば横目で確認した鈴音とで挟み撃ちにするまで持ちこたえられる。ナイフを展開した真耶を見てこちらも同じリヴァイブの量産機時代からの標準装備のナイフを展開。攻勢になったと確信したところで真耶が更に加速した。

 

動揺するシャルル。そこで勝負は決まった。

 

ナイフの更に懐に入り込んだ真耶はナイフを持つ手を制してそのまま背後から迫る鈴音に向かって放り投げた。

 

今度は鈴音が固まる。

 

既に近くまで追いかけて来た鈴音に避ける暇は無い。回避から受け止めるまでの判断に少々の時間を費やす。そして悲運はそれだけでは無い。誤爆を防ぐため龍砲ではなく双天牙月を分離させ両手に携えていたことがさらに判断を遅らせる。まさか刃物を持った手で受け止める訳にもいかず結果として鈴音は突っ込んでくるリヴァイブに真正面からぶつかってしまった。判断ミスのツケはガッツリ減るシールドエネルギーと真耶の追撃によって払われる。

 

展開した2門の砲は現在装備できる最大威力のミサイルだ。弾丸と比べて回避しやすい為使い所が難しい武装だが、今なら外す方が難しい。

 

「お疲れ様です。」

 

労いの言葉と同時にトドメのミサイルが2人を直撃した。

 

 

 

 

 

ーー

 

「このようにIS学園の教員はみな実力者だ。今後は敬意を払って接するように。特に1組、分かったな。」

 

普段から真耶の事をアダ名で呼ぶ1組を知っている千冬は睨みを効かせる。横ではISを解除し照れ笑いをしている真耶と若干機嫌の悪い鈴音とそれを気にするシャルル。

 

「お前達もご苦労だった。列に戻って良いぞ。」

 

「はい。」

 

返事を返し戻っていく2人。幸い2人は慕われておりクラスメイトから労いの言葉がかけられる。シャルルはそれに礼を言い悔しい鈴音は答えず列に戻る。2組の面々も鈴音の扱いは心得ており感情のまま行動する鈴音に誰も気を悪くする者は居ない。そして元の位置に戻って来た鈴音に隣の人間がまた労いの言葉をかける。しかし鈴音は嬉しそうにはしない。

 

「惜しかったな。」

 

「何処が惜しいのよ。馬鹿みたいになるからそうゆう事言わないで。いっそ罵倒でもしてみなさいよ。」

 

…………

 

 

 

 

 

「むちゃくちゃダサかったな。」

 

カチン

 

コンマ数秒で巧のこめかみに足刀が入る。

 

 

 

「はあ⁉︎なにその言い草!人が落ち込んでる時に最低!」

 

「おい待て、お前が言えっつったんだろ!この貧乳!」

 

「ーーっ!言ったわね!殺す、もう殺す、直ぐ殺す!」

 

こうして巧と喧嘩を始めるのももうお馴染みとなっている2組の面々は遠い目で空を見上げる。

 

 

 

 

 

「ええい、2人とも黙れ!次の課題に入るぞ!」

 

織斑先生の怒号と共に次の課題が始まった。

 

 

 

ーー

 

訓練機を使用しての歩行訓練。生徒達はシャルルと鈴音の専用機持ちと教員である真耶がそれぞれ3人で指導する。本来は一夏とセシリアも入っていたのだが見学で出来なくなったため急遽真耶が入る事となった。千冬は全体の確認のためもう一つの穴は埋められない。これ以上怪我人を出す訳にはいかないからだ。この数を3人で処理するのは難しい。受け持つメンバーはそれぞれ円滑に進めようとするがここで問題発生。

 

『デュノア君!よろしくお願いします!』

 

ほとんど向こう(シャルル)に行っちまったよ母さん。

 

 

 

「馬鹿かお前ら。なんのために分けたと思っている。ここから後ろは凰か山田先生に見てもらえ。」

 

つかつかとやって来て目安で区分けする千冬のお陰で滞りは回避された。織斑千冬にそう言われては従うしか無いので範囲内にいた少女達はバラける。そこからは正に三者三様。

 

感覚第一で教える鈴音。かつて一夏が苦言を漏らしたほど教というものに向いていない鈴音のやり方だが今回は百式のような他人の専用機ではなくある程度勝手知ったる訓練機。生徒が失敗しても持ち前の豪快さで問題にせず空気も軽い。

 

真耶は言うまでもなく教師。他の2人よりも的確で余裕を持って教えているため生徒も程よく緊張せず3人の中で一番進みが良い。

 

シャルルは今日来たばかりで指導する者が初対面ばかりの中持ち前の要領の良さで乗り切っていた。ただ、

 

「出席番号1番相川清香、ハンドボール部。趣味はスポーツ観戦とジョギングだよ。」

 

変な自己紹介(タイムロス)があった。

 

綺麗なお辞儀とともに差し出される右手だがここで取ると後に続くと相川さんの背後から感じるイヤなオーラで感じ取り敢えて流して進めた。世界で唯一の専門学校、IS学園といえども一年のこの時期で操作を巧みにできる者は多くない。よたよたしながらシャルルの指示通りISを前に進ませる相川。

 

「よし、そこまで。他の人に代わろうか。」

 

「ほい。」

 

打鉄をその場で脱ぎ捨て着地する。それなりの高さだったがアピールする程の運動神経は持っているようで軽やかに着地してみせる。打鉄は粒子化せずにそのままの立ったまま(体勢)で鎮座してしまう。困ったのは次の装着者。このままでは高さの関係で装着出来ない。どうしようと困るシャルルに手の空いている千冬が真っ先に歩み寄る。

 

「デュノア、運んでやれ。」

 

「ISを展開して持ち上げるんだ。ただし掴むなよ。」

 

ISの握力は人間の比では無い。鋭敏な感覚投影でコントロール出来るとはいえ万が一があればシャレにもならない。千冬は鈴音にも聞こえるように言う。

 

「候補生のお前が間違えるとは思わんが念のためだ。手のひらは広げたまま支えるように…そうだな。お姫様抱っこが望ましいか。」

 

どよめきが起こる。

 

シャルルのチームは勿論他のチームまで一時固まる。シャルルのチームは期待に満ちた嬉々とした表情で、他のチームは恨めしげな目線でシャルルのチームを見ている。

 

「さあやれ。」

 

「あ、はい。」

 

諭されるように展開をしようとして、

 

「冗談よせよ。」

 

乾巧(次の人)が文句を上げた。巧からしたらお姫様抱っこをされること自体嫌なのにそれが同姓とくれば断る理由しかない。しかし千冬はその程度の理由では認めない。

 

「ではどうする乾。これより速い方法があるのか?」

 

操縦席までの高さは絶対に登れない程ではないが重要なのは速さだ。巧は直ぐにシャルルに目を向けると。

 

「背中を丸めて膝に手を当てろ。踏ん張りが効く姿勢でな。」

 

言われた通りに力が入る形を取ると巧は遠慮なくシャルルの背中に乗った。

 

「痛い痛い痛い!重い、重いよ乾くん⁉︎」

 

訴えるシャルルに構わず巧は急いで操縦席に登りきった。巧は千冬にどうだと言わんばかりの顔を向ける。千冬はかかった時間を頭の中で確認すると続けろとだけ言って離れて行った。シャルルは背中を摩りながら若干不満を表すが丁寧に巧に教える。相川以上によたよたした歩行だがなんとか所定の位置に着き後列から伝わってくるメッセージを肌で感じた巧は()()()()()()()

 

 

 

 

 

『ああああぁぁぁ!!!』

 

『よっしゃ。』

 

絶叫する後列と小さくガッツポーズを取る他の面々。巧は悪びれる様子なく相川の後ろで待機する。その後はお通夜のようにそれぞれ進んでいき、しかし自分の後ろを良い気にさせるのは気に食わないのか誰1人ISを立たせたまま解除する者はいなかった。

 

 

 

 

 

ーー食堂

 

「今日は鈴ちゃんとは食べないの?」

 

「暫くはな。」

 

「喧嘩、でもしたの。」

 

貧乳発言でかなり御立腹な鈴音と蹴りを入れられた事を根に持っている巧は現在喧嘩中ということになっている。しかし簪の問いかけに対しての巧の返答は淡白なもの。実際は少なくとも巧はもう鈴音に対して怒りの感情は沸いていない。2人と珍しく食事を共にしているのはただ単に周りの目線が鬱陶しかったからだ。シャルルのお姫様抱っこを潰したことで1組2組の三分の一から恨みがましげな目を向けられている巧。もっとも他の生徒達からは抜け駆け阻止の功労者として尊敬されているし巧は一々人の目を気にする人間では無いのだが、やはり鬱陶しいものは鬱陶しい。アポなしで簪となのはの元にやって来て特に場を盛り上げることなくただもくもくと食事を取り続ける図々しさは流石という所か。幸い2人とも巧に理解があるため寛容に付き合っている。

 

「あ、」

 

思い出したというように簪が巧に尋ねる。

 

「そういえば乾君のバイクってどういう仕組みなの。」

 

バイク?となのはが繰り返す。

 

「なんていうか、変形するんです。乾君のバイク。」

 

「ロボットになんだよ。」

 

「へえ。」

 

珍しいねと返すなのはに巧が少し自慢げに珍しいだろと答えた。

 

「今度見せてよ。」

 

「人気のないところでな。」

 

巧は目立つのが嫌いだ。なのはも頼む立場なので異論は挟まない。3人は盆の上のものを全て食べ終えた後も談笑を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一夏とセシリアの飛行訓練は本来ならセシリア戦後の筈でしたが歩行訓練と重ねました。
理由はただ単純に忘れてたから無理やり合体させた感じ。
そしてセシリアが怪我でまややんとの模擬戦が出来なくなった件は当初の予定とは違う展開です。
本来は原作通り鈴と一緒に挑んで、なんだかんだで負けてしまう予定でしたが書いてるうちにこんな展開になってしまったんだす。
一番の原因は「私が受け止める」発言を思いついて描いた後、ちょっと、ん?と思ったんですわ。
この作品でのセシリアさんはかなりの完璧超人なんで基本的に有言実行キャラだと作者の中で位置付けてるんですけど。そんなセシリアが受け止めるって言ったら必ず受け止めてくれるだろうってなって、そいで受け止めるんならティアーズの出力では無理かなってなってこういう展開になりました。
絶対防御にも疑問を投げかける作品ですので、結果的にセシリアは怪我をしちゃいましたがうちのセシリアさんは鍛えているので少しの痺れで済みました。これが一夏なら骨にヒビが入ります。

それと細かい所ですが千冬に謝らせたのはちょっとした拘りです。自分の非はキチンと認める大人キャラにしたいので今回そうした次第です。
次回は噂のドイツからのロリっ子少佐が出るぜ。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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18話 クラリッサ「この娘ちっこいけど少佐なんやで。」千冬「ほんまウソみたいよね。」ラ「周りからちっこいちっこい言われとるといつの間にかコンプレックスみたいに感じてきてん。」一夏「なんの話やねん。」


ほんまなんの話やねん。

今回からラウラ登場です。
冒頭にあるゲストキャラが出ますがあくまでも本編には関係のないキャラ。
しかし作者の謎の拘りが発揮されそれなりに文字数が使われています。




日本に行くにあたって上官や政府の高官、果ては隊の部下達にまで言われた或いは言わずとも伝わってきた一言の願い。

 

『ドイツ軍人として立派に振舞ってこい』

 

一口に国民といっても色々いる。勉強の得意な人とそうで無い人、運動が出来る人とそうで無い人、生まれ持っての天才とそうで無い人、それの判別方法に人によっての誤差は出るだろうがそういう格差というものは確かにある。いろんなジャンルの国の水準だとか毎年測っているくらい大きな共同体なら当然にある。其々求められる事はその時々で違うが今回の場合は()()()()が相応しい。外国にその国の代表として行くのだから勉強だとか云々よりまず立派な人が良い。学者、教師、政治家、社長、地位が有って教養が有ってドイツの顔として出しても恥ずかしく無い方が良い。ラウラ・ボーデヴィッヒの場合は軍人だ。国と国民のためにあらゆる魔の手からそれらを守り戦う戦士。ドイツというモノの強さを表せる一つの目安。それはそれは立派な人がなるものだ。実態がどうとか関係なく周りから望ましく思われるのは軍人になるべきは立派な人だ。そんな軍人であるラウラがIS学園にドイツの代表として向かうのだ。それは立派に振る舞わなければならないのはラウラとて肝に銘じる程重要な事だ。日本の文化については独自に情報を仕入れた。相手によって敬語やタメ口の切り替えどころが少々難しかったがちゃんと勉強はしてきた。転校先のクラスに在籍する一生徒に対して個人的に思うところはあるがそれは抑えるべきだろう。なにせ自分の行為はドイツの心象悪化に繋がるのだから。VIP用の飛行機に揺らされ空港に着き日本政府の人間に護送される間ずっとラウラはそれを気にかけていた。

 

「さあ、着きましたよ。ボーデヴィッヒ候補生殿。」

 

リーダー格である二十代の男、確か警視庁の人間らしい北條透は同席したラウラに告げた。

 

「はい。」

 

無骨な普段顔をなるべく愛想よくしてラウラが答える。車のドアを護衛の地味目なスーツを職務上動きやすくするためジャケットのボタンを取った男の1人が開ける。ラウラはこちらにも愛想を振りまきながら車から降りた。外に出た途端車内の、北條が他愛ない話で緊張をほぐしてくれていたがそれでも感じた息苦しさが新鮮な空気でスッと消えた。北條が自分も男を付き従えて自分に近づいて来る。ピッチリとしたスーツを几帳面に正してラウラの目の前に立つ。

 

「我々はここまでしかお相手出来ません。ここから、モノレール駅から向こうはあちらの領分ですので。」

 

車内で自分のために私生活の悩みや愚痴で場を和ませてくれた北條の顔は完全に仕事人のものになっていた。ラウラもドイツ軍特殊部隊隊長として直る。

 

「分かりました。任務遂行ご苦労様です北條警部補。」

 

やり慣れた完熟した敬礼で返すラウラを見て北條がハアっと今までの仕事人としての皮を剥がした。もしかして自分の態度が悪かったのかと不安に思い聞き返す。

 

「あの、なにか私が粗相でも?」

 

ラウラの不安に気付いた北條はいえいえと余裕を持った口調でそのまま訳を話した。

 

「軍人としてピッタリな貴方のようにキチンと警察官として相応しい振る舞い方をしてくれればな。と思いましてね。」

 

なにかと感情を込めて話す北條にラウラはピンときた。

 

「車内で話されていた同僚の事ですか。」

 

最初はキチンとした仕事人かと思った北條だったが空港から車に乗るなりフレンドリーに身の上話を切り出してきた。最初は自分の緊張をほぐしてくれているのだと思ったが話の内容がその同僚の愚痴になって来た辺りから単に文句を言える相手に会えて箍が外れたのもあると感じた。話を戻してその北條が終始ボロカスに言った同僚は女性刑事で北條にとっては宿敵のような女性なのだという。ラウラは女尊男卑関連なのかと思ったが女性はそういう思想の持ち主ではなく北條が気に食わないのは単に性質的なものらしい。曰く挨拶をした際に職務中にも関わらず酒の匂いがしたとか、曰くガサツで公私混合がデフォルトで生きているとか、曰く焼き肉の臭いを香水がわりに使うような女として欠陥者だとか兎に角車内に揺られるラウラにずっとその女性の悪口を聞かされていたのだ。故に思い至ったラウラが口にした言葉にまた北條が反応した。

 

「ええ、その同僚です。あのガサツで粗野で全く持って国家に尽くす公務員として相応しくないあの同僚です。」

 

「そもそもあの女のなにが気に食わないって職務中に飲酒をすることが信じられない!私のことを腰抜けだと言う前に我が事を問題とするべきだ!それに……」

 

「あ、あの、そろそろ時間的に学園に向かわなければならないのですが…」

 

またもや語り出した北條の女性に対しての苦言にラウラは内心しまったと思いながらも緊張をほぐしてくれた彼について感謝の念を抱いた。結局北條の愚痴は護衛の男が中断を入れるまで続いた。

 

 

ーー1組

 

「今日も転校生の紹介をします!」

 

明るく元気いっぱいといった表現が似合う真耶が教卓前で生徒たちにビッグニュースを伝える。昨日今日のダブル転校生に流石にざわつく1組たちをすかさず注意するがどうしても先生というよりはクラス委員長的に感じて上手く作用しない。

 

「静かにしろ。入れ。」

 

助け舟を出す形で叱責を入れてからドアの向こうの人物に指示を出す千冬。ガラリと扉を開けたラウラは無駄のない動作で扉を閉め教卓前まで進み生徒たちに向いて止まった。一連の動作に何人かがほおっと声を漏らす。空間ディスプレイがラウラの名前を映し出した所で真耶が紹介する。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒさんです。」

 

真耶が自己紹介を諭すとラウラは返事を返して一夏達に向けて言う。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。」

 

「……あの、それだけ…ですか?」

 

思わず呟くように尋ねた真耶にラウラはバッと直ぐに直立不動で姿勢を正して言った。

 

「そうです山田副担任。なにか問題がありましたか。」

 

「え、あ、あの。……無いです。あ、あと私のことは山田先生って呼んでくれればいいな、なんて…

 

その迫力に押されつい小さくなってしまう真耶。しかしラウラはキチンと要望を聞いていたようでビシッと背筋を伸ばして

 

「了解しました山田先生。」

 

そんなラウラに彼女と一年間の仲である千冬は苦笑しながら敢えてここで言及せず席に着くよう諭す。またそれに要望を付け加えるのも忘れない。

 

「ボーデヴィッヒ、指定した席につけ。それとここでの私は織斑先生だ。」

 

「了解しました。」

 

言われた通りラウラはその過程である人物の前に立つ。

 

「えと、宜しく…お願いします。ボーデヴィッヒさん?」

 

千冬の弟である織斑一夏を生で見たラウラは抑えてきた感情が再び心の中に出てきて改めて自身にとっての織斑一夏の評価が壊滅的だということを理解する。

 

「ああ宜しく。織斑クン。」

 

この会話で生徒達の大体はラウラの事を無表情ながら割とフレンドリーな人種と判断したがそれは異なる。人懐っこい笑みを見せる一夏になんの好印象も感じなかったがドイツの軍人代表として挨拶に無言は不味いと思っただけでなんならラウラ個人としてはこの場で一夏をひっぱたいても平気だった。そんな勘違いが生まれた所でラウラは自分の席へと着き隣の生徒の呼びかけに応えながらSHRを終えた。

 

 

 

ーー2組

 

ザワザワ

 

「なんか向こうがまた騒がしいわね。」

 

「昨日よりはマシだけどな。」

 

1組から聞こえてくるザワつきに鈴音が率直に思った事を言いそれに対し巧が鈴音に対して聞こえるトーンで指摘を入れる。因みに2人はもう昨日の喧嘩は収まっている。空気を察した教員が転校生によるものだと説明した。

 

「え、転校生って女なの?」

 

2組からその日一番の悲鳴が別に沸かなかった。

 

 

 

「女かぁ、まあ一夏に色目使うんなら早々に格の違いを見せつけなくちゃね。」

 

「それで良いのか。」

 

 

 

ーー4組

 

「また転校生ですね。」

 

「2日連続なんて珍しいね。」

 

4組からその日一番の悲鳴が別に沸かなかった。

 

 

 

ーー3年1組

 

「ねえねえリニス。一夏くんのクラスまた転校生来たんでしょ。どんな感じなの。」

 

ボソボソと教員にバレないように喋りかけるアリシアに耳を隠したリニスが素っ気なく返す。

 

「先生の話はちゃんと聞きなさいアリシア。」

 

もう耳を酷使したくないリニスはアレから猫耳を出してはいない。

 

IS学園は今日も平和である。

 

 

 

ーー五反田食堂

 

平日の昼間。学生が常連の中心な五反田食堂にとってはあまり良い時間帯とは言えないが客足は途切れない。看板娘目当ての客と都心に近い事もあって営業で腹を空かせた営業マン達でそれなりに賑わう中その2人は前者二つとは別の目的で相席になっていた。女性2人。片方は紫がかった髪に日本人離れした顔立ちの女と美人だが地味目な服装と髪型であまり目立たない眼鏡の女。客層的には珍しい2人だがそれでも目立たないのはこの地味さだろう。特に地味な眼鏡の女がもう1人の女に声をかける。

 

「何の用、ですか。テスタロッサさん。」

 

趣味に合わない格好と勝手に呼び出されたことに苛立ちながら慣れない敬語で話しかけるのは天災。篠ノ之束だ。一方ウキウキと定食屋の雰囲気を楽しんでいるプレシアは見かけた赤毛の少年。学校がたまたま休みで店の手伝いをしていた弾を呼び止める。

 

「ねえ君、注文したいんだけれど。」

 

「はーい、今行きます。」

 

コメカミをひくつかせる束を尻目にプレシアはやって来た弾に興味津々に話し込んでいた。

 

「君学生よね。平日の昼間からサボり?」

 

「いや、丁度休みなんスよ。そんで俺ここの息子なんですけど店主から暇だろうから手伝えって言われちまって。」

 

「へえ、災難ね。」

 

最初は面食らったもののフレンドリーなプレシアに感化され元々の陽気さもあってか話し込む弾。しかしいつまでも捕まっていられないので手っ取り早く注文を聞く。

 

「んー迷うわね。君のおすすめでお願い。」

 

「かしこまりました。美味いの持って来ますぜ。」

 

すっかり心を許した弾は祖父であり店長である厳が聞けばお玉が飛んでくるような言葉遣いで厨房に戻ろうとして

 

「弾くん。」

 

束が呼び止める。急に名前を呼ばれた事についての驚きで素早く振り返ったはいいが少し混乱した弾に束はプレシアによりは優しげな口調で話す。

 

「向かい席には聞いて私には注文取らないの?」

 

それで慌てた弾が束に注文を聞くと束は素っ気なくプレシアと同じものという答えを出して弾を厨房に引っ込ませた。そして自分のお冷を乱暴に飲み机に音が出るように置いた。そして改めて苛立ちの睨みをプレシアに効かせる。流石に今度は効いたのか少し視線を逸らし気まずそうに話題をズラした。

 

「弾っていうのあの子。よく知ってたわね束ちゃん。」

 

なんとなしに選んだ話題。それが功を奏したのか束の冷たい表情が少し、本当に少しだけ和らいだ。

 

「いっくんの中学時代からの友達らしくてね。束さんは面識ないから向こうは知らないだろうね。」

 

まあどうでもいいけどとさっさと話題を終わらせた束は再度、今度は逃げられないくらい強くプレッシャーをかけてプレシアを睨んだ。今度こそ観念してプレシアは束にキチンと向き合う。

 

「大した話でもないわ。前に会った時にいつかまた話し合おうって言ったじゃない?その日程を確認しましょうと思って呼んだの。」

 

プレシアの話に束は無言でお冷を口に含んだ。

 

「随分一方的なんだね。正直私は貴方とお話しする必要、ないんだけど?」

 

以前の巧との会談。その終わりに現れたプレシア・テスタロッサ一同。あの時は碌に話もせずにただ帰っていったがここに来ての向こうからの呼び出し。急遽こうして呼び出しに応じた束だったが決して好意的な思いがある訳ではない。新たな情報源の可能性が僅かに有るからこそプレシアに付き合っているのだ。もし彼女達に自分が今掴んでいる情報以上のものや例えあったとしてもそれが予想の範囲を超えないような場合はこの関係は容易く壊れる。今束がプレシアに対して場の支配権を譲っているこの状況は極めて異例であり脆いものであった。改めてプレシアにその意図を睨みで伝えるとプレシアも爆発寸前の予感を感じたのか今までのどことなく窘めに該当するような余裕を隠し初めて真面目な表情を出した。確かに、とプレシアは束の目を見て切り出した。なのはによって装着されたカラコンの奥にあるワイン色の瞳がピクリと色を変えた。

 

「あなたが求めているのは情報。自分が知らない新しいデータでしょうけど。」

 

プレシアはにべもなくキッパリと次のセリフを言ってのけた。

 

「無いわね。多分あなたの方がよく彼らの事は知っているでしょう。」

 

特に感慨なくプレシアは束本人に対して自らの価値を無いものとしたのだ。これには束も予想外だったがだからといって篠ノ之束がプレシアに関心を払ってやることは無い。それを分かってかプレシアは束に席を立たせる暇を与えず口を開く。

 

「高町なのは。」

 

思いもよらない持ちかけに束は再度プレシアを見る。

 

「アリーナでのオルフェノクとの戦闘はなのはちゃんから映像を貰ったわ。」

 

初耳だ。相変わらず自分の思い通りにならないなのはに心の中でツッコムが済んだ話に一々関心を奪われてはいけない。プレシアの話を中断する事なく聞く。

 

「あの子、全力で戦ってないわよね?」

 

敢えて尋ねる言い回しはこちらを試すものか、束は黙って頷いた。

 

「そうみたい。」

 

機動六課。大規模な犯罪や災害が起こった時に独立した指揮系統で直ぐさま現場へ駆けつけられる部隊というコンセプトの元作られたこの部隊は設立のためにかなり無茶な裏ルールが適用されている。その一つがなのはにも適用されている『リミッター』だ。通常ミッドでは一部隊に戦力の集中する事を避けるため保有できる魔力の限界値というものが設定されている。機動六課ではそれをパスするためになのはのような高レベル魔導師にリミッターを掛けていた。そのせいで日常的に制限をかけた状態となったが結果的に機動六課は時空管理局史上稀に見る最強の魔導師部隊として誕生出来た。そしてそれは機動六課が契約期間を終える直前となってなのはのリミッターも解除される前にこの世界にやって来た今でも変わらない。魔法が行使出来ることは幸いだと言えるがそれでもなのはは本当の意味で全力で戦うことはできないのだ。それでも高い彼女の戦闘能力でなんとか先のアリゲーターオルフェノクとの戦いを優位に運ぶことが出来たのだがこれからの激化の予感の前に自分やなのは自身も限界を感じていたところだった。そこにプレシアは提案する。

 

「私は戦闘のプロでは無いけどそれでも前の世界では大魔導師とも言われた人間。リニスも高レベルの魔導師よ。」

 

既になのはの口から彼女との一連の因縁を聞かされた束はそれだけでプレシアの言わんとしている事が分かった。

 

「協力してくれるって事?」

 

情報面ではなく戦闘面での協力を持ちかけてきたのである。

 

束の問いにプレシアはただ微笑むだけだった。

 

「お待たせしましたー。鯖の塩焼き定食にしてみたんスけど。」

 

弾が選んできた料理は結構美味しかった。

 

 

 

 

 

 




ラウラの掘り下げに軍人というワードを使いました。
やはり少佐クラスの人間なら実力もそうですが国の顔としても機能しなければいけないと思います。一夏に対しては原作とさほど変わらず悪感情を抱いていますがドイツ代表としての顔があるので公にしないだけです。
「北條について」
そして冒頭に出てきたゲストキャラですが、仮面ライダーアギトから琢磨くん兼アマゾン兼警部補である北條透さんです。当初はオリジナルの刑事を登場させる予定だったのですがふと「下手に何でもないところにオリジナルキャラだして読者にこいつ敵なんじゃねみたいに勘違いさせるとどうしよう」と思ってしまい急遽北條さんに出てもらいました。
「なのはのリミッター」
今作品のなのはは機動六課につけられたリミッターがまだ残っている設定です。一応伏線でなのはと戦ったアリゲーターオルフェノクが攻撃力に関して大したことがない発言をしたのはリミッターで力がセーブされていたからです。全力全開状態なら少なくともたっくんが来る前に決着がついていました。

次回は同じ日程で午後のIS学園を描きます。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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19話 ラウラさんの午後

前話の誤字報告ありがとうございます


ようやく訪れた昼食。

 

珍しいラウラの容姿を珍しがって、シャルルの時ほどではないがそれでも殺到した人の渦に飲み込まれたラウラは厳しい訓練とは別の過酷さに疲れてしまった。休憩として授業中は流石に来ないしIS操縦を生業とするラウラにとって授業など復習レベルの当たり前の事。されどもラウラは気を抜くことはしなかった。生業だからこそ真面目に集中していた。彼女にとってはこの学園生活も仕事の一種なのである。人の目に触れている以上自分はドイツの代表なのだ。しかし

 

「やっとか…」

 

やはり慣れない。年頃の少女達に囲まれて生活をするという事自体不馴れなことを隔離されたIS学園でこれからもおこなうという事実に改めて溜息がこみ上げて来る。さっきまで押し寄せていた少女達は今は食事のため皆食堂へと足を運んでいる。散々話題に掛り切りだったというのに行く時はさっと行くのだなと誰にも分からない範囲で苦笑した。なんだかんだ言ってラウラはこの同級生達を気に入っていた。軍人のラウラからすればISに対しての意識はまだまだ未熟な点も有るが授業態度は良好な事もポイントが高かった。事実は曲解されているがそれでも破壊された遮断シールドを目撃している事と先日のISを装着していながら生じてしまったセシリアと一夏の怪我の影響も少なからずある。そのことをラウラは知らないが兎も角ISを兵器として、そして完全無欠では無いことを弁えているという事は彼女の価値観にハマったのだ。今まで必要が無ければ会話もしなくていいと思っていたのが他愛の無い会話くらい楽しんでも良いかと思わせるくらいにはラウラは1組の面々が好きになっていた。といってもまだ年頃のノリには不慣れであるためこうして一時的に1人になれた今の方が楽である。しかしいつまでもここにはいられない。次は実習だ。腹を空かしていては望めない。しかし教室を出た所で問題が発生する。

 

(……食堂はどこだ…)

 

ラウラは頭を抱えた。

 

「抜けている…」

 

「現場の見取り図を暗記し忘れるとは。軍の上官に知れたら大目玉だな。」

 

さてどうしたものかと困っていると不意に後ろからパタパタと足音が聞こえて来る。振り向く間も無くその人物はラウラに向かって叫んだ。

 

「お〜い、ボーデヴィッヒさ〜ん。」

 

間延びする。語調的に遅いわけでは無いのにもどかしいような和むような独特の気持ちにしてくれる不思議な柔らかい雰囲気が口調だけでも伝わって来る。

 

「ああ…うん…」

 

困った。

 

名前が分からない。見た目は覚えがある。採寸ミスかそれともワザとか腕の長さに合っていないてろてろの袖にタレ目でおっとりとした感じを与える少女。独特の雰囲気がさして珍しくない容姿をラウラの記憶に印象付けさせていた。彼女はやはりおっとりとした言葉で自分の名を語った。

 

「私は布仏本音、みんなはのほほんさんって言うよ〜。」

 

「布仏さんか。」

 

復唱するラウラ。本音はそのままマイペースに話し続ける。

 

「私ね〜みんな食堂に行ったから一緒に行こうと思って教科書片付けて行ったの。」

 

「……?」

 

言っている意味がわからないがどうやら軽い身の上話をしているようだ。

 

「でもお財布忘れちゃってね。」

 

「ふん…」

 

要するに忘れ物を取りに行く過程で出遅れた自分と接触した訳だ。一通り訳を理解したラウラはふと一瞬の心変わりを見せる。

 

「なら…」

 

 

 

「一緒に行くか?」

 

初めての誘い。正直自分でも言ってて困惑している。そこまで話したわけでも無いのにどうゆう風の吹き回しかと思った。しかし言ってしまったものはしょうがない。ラウラは少し後悔しながら本音を見るとぱあっと柔らかい花が咲いた。

 

「うん!だって私もボーデヴィッヒさん見かけた時「誘おう」って思ったもん。」

 

本当に嬉しそうに本音はラウラの手を取る。

 

「ちょうど今日はかんちゃんと食べる予定だったの〜()()()さんも食べよ〜。」

 

仲間以外では今の所初めての名前呼びをラウラは悪く無いと思った。

 

「ああ、じゃまするよ。本音。」

 

 

 

 

 

ーー食堂

 

食堂にある席は幾つか種類がある。どれもまず高校の食堂には似つかわしく無いイス、というかソファが並べられており妙に凝った丸机を囲んだ3、4人が丁度良いヤツと、より大人数用に造られた長机を囲むタイプ。それから前者より多めを想定した中くらいの机に簪は先客を連れて座っていた。いつものなのはと最近よく関わるようになった巧。それから巧に連れ立って座った鈴音とセシリアの2人。

 

「いいんですの更識さん、私達もご一緒して。」

 

セシリアが申し訳なさそうに簪に尋ねる。それに簪は必要最低限の声量で断った。

 

「いいの。」

 

「そうだよ。ご飯は大勢で食べた方が楽しいし。」

 

同調する形でセシリアに笑いかけるなのはを横目で見て簪は思う。

 

(そういえば私も変わったな。この人のおかげかな。)

 

周りの人間と関わりを持とうとしない簪だがどちらかと言えば社交性の問題というより彼女自身の非生産性を嫌うが故の消極的な性格が影響している。それを変えたのがなのはだ。思えば出会いは自分でも驚くほど動揺していた。何故あれ程積極的になれたのかは今でも分からないがこうしてセシリアに笑顔を見せるなのはを見て、なんとなくだが彼女の生来の性質に惹かれたんだろう。そしてなのはに付き合っているとそれまでの閉鎖的な状況とは考えられないくらい幅広い交友関係が持てた。今初めて話すセシリアと鈴音もそれ。相手に合わせた交友関係が出来るセシリアは兎も角一直線に自分を押し出していく鈴音となどもし自分1人なら体力の無駄遣いとして無意識的に関わろうとすら思わないだろう。新たな出会いの感触を無言のまま感じつつ更に巧達に開けさせた席に座る予定の一番親しい友人に意識を向けた。

 

「お〜い、かんちゃ〜ん。」

 

「……どうも。」

 

 

 

あれ?増えてる。

 

 

 

ーー

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。今日は布仏さんの好意で共に食事をする事になった。」

 

硬い挨拶にセシリア以外は詰まる。セシリア以外とは初対面だからといって普通15,6の少女が同世代と食事しようとするのだから自己紹介で()()()()()()とまでは言わないがもう少し空気を読んでほしい。しかしその一方、必要分の情報だけ渡したらそれ以上時間を潰さない。という気配りは出来ているのだから悪い気とまでは起きないという不思議なタイプである。

 

「うわっラウラさん寡黙ぅ!じゃあ取り敢えず食べながら自己紹介しよっか。」

 

「わたしは…さっきラウラさんに言ったし、1組だし、なのはちゃんには言ってるし…あっりんりんと乾くんがまだだ。」

 

本音の提案で滞りなく進む。普段のほほんとしている癖にこういう時は無意識にフォローが出来る。この子も不思議なタイプだ。 その後は性格が出た順番だった。前に出る鈴音が一番目に元気一杯に言い、間を開けずに場の調和を考えられるセシリアが当たり障りのない言葉選びで2を飾り後ろに振る。その後は言い出しっぺだがマイペースな本音が3で続き紹介もマイペースぶりを発揮。そして面倒臭がりだが最後はなんとなく嫌な巧と、特に理由なく今まで残っていたが目立つからという理由が(まさ)って最後を拒否した簪が其々4,5を取る。そして彼らに最後を譲ったなのはが綺麗に締めた。

 

ーー

 

「ねえラウラさ。」

 

真っ先に話題を切ったのは矢張りというか鈴音だった。話したい時は遠慮なく話す性格は人を選ぶがこういう時は良い。

 

「アンタ一夏のことどう思ってんのよ。」

 

「いち…あぁ、織斑一夏の事か。別にどうとも。まだ会って間もないからな。」

 

当たり障りの無い言葉で返答するラウラ。本当は普通どころか嫌悪感を感じているのだが敢えてここで言う事でもない。見た所彼女は織斑一夏に対して親しい立ち位置にあるらしい。そんな人の目の前でわざわざ胸の内を語って場の空気を悪くするほどラウラは読めない人間では無いのだ。

 

「ふーん、そうなの。」

 

疑り深い目がやや癪に感じたが物分かり良く納得してくれその後は言及しなかった。鈴音の質問で遠慮が和らいだのか他の面々もやがてラウラに声をかけ始める。そして話題とはふと浮かぶもので他愛のない質問に対して特に考えずに発した事実が一気に注目を浴びた。

 

「ドイツではどのような所にお住まいですの。」

 

いい加減に親しくなってきた頃合いを見計らって切り出したセシリアの質問にラウラは至極正直に答えた。

 

「軍の宿舎だ。」

 

驚きの反応は二つの種類に分かれた。会話の内容のインパクトについてただ驚く者と尊敬の混じった驚き。後者の面々は簪、鈴音、セシリアに本音だ。ラウラが所属しているドイツの特殊部隊『黒ウサギ隊』は候補生レベルのISを生業として関わる者なら存在の見聞き程度はしたことがあるネームバリューだ。そして候補生ならば所属元は大抵国か大手IS企業のどちらかでラウラがドイツの代表候補生と聞けば黒ウサギ隊への関係は凡そ予想として挙がるため前者程は驚かず更に自身の立場から敬意の念を抱いた訳だ。因みに本音が知っていたのはただなのはと巧より知れる要素が多かっただけの事である。そして純粋に驚きが基礎の前者である2人が会話を広げたいと考えるのは自然な事で。

 

「その話もっと詳しく聞かせて貰っても良いかな、ラウラちゃん。」

 

「おう、しろしろ。」

 

なのはと巧がそれぞれラウラに話題を広げることを希望するとラウラも受け入れた。語るラウラはやはり感情のあまり入らない堅苦しい内容でバラエティは無かったがそれでも場を盛り上げるには充分だった。候補生面々が興味深く聞いている一方でなのはと巧は話を振った当人達としては少し異様に聞いていた。

 

そしてその異様さの源となる感情を当人がバラしたのは、お互い同士。更に時と場所を指定してのことだった。

 

 

 

 

 

ーー放課後 寮

 

部活への入部強制は学校の種類によって異なるとなのはは思っている。あいにく断言出来るほど知識も経験もないため思っているだけだがそんな彼女の予想では全寮制の学園なら部への入部強制は強くなるだろうとなっている。しかしIS学園ではISが上手くなれば良いのか部への不参加に対して教師がとやかく言う事は無く、お陰でなのはも一夏と箒の護衛に専念出来る訳でこうして巧からの自室への呼び出しにも答えられているのだ。

 

「 ここかな。」

 

指定されたのは寮の目立たない位置にある寮生達のために用意された2人部屋のそれとは違う一室。寮の中に幾つばかりかある1人分の睡眠だけの容量を待たせた狭い空間。簡易的なベッドと本来無かったものを急遽入れたような衣装入れやディスプレイ対応の中で最小の机はそれだけで狭い部屋を圧迫していた。僅かな隙間を通路としている部屋の中で巧はベッドに寝転がってなのはを出迎えた。

 

ーー

 

「……」

 

座る場所が無いので巧の勉強机の椅子を借りているなのはは改めて部屋を見渡す。

 

拙い。

 

汚れても問題ないよう敷かれた安いカーペットの床。学園を支えるため、そして2人部屋に影響を与えないように配置された柱がこちらに出っ張ってスペースを圧迫する。おそらく柱を通路に出させた後でこの部屋を限られたスペースの中に作ったのだろう。これだけでも巧にあてがわれたこの部屋に与えられた役割が如何に緊急的で頻繁ではない事が解る。巧が使うこの部屋は本来止むを得ず余った寮住まいの職員の寝床や感染病にかかった生徒を一時隔離するために造られたあくまで簡易的な部屋であり長期に渡って滞在する代物ではない。しかし千冬によって急遽入園した男性に対して学園側は大いに困った。急さもそうだが何より異性をこれ以上2人部屋に住まわせないようにするには準備諸々合わせて手遅れだった。よって部屋表を変える事が出来る日まで巧はこの1人部屋に住まわされなければならなくなってしまったのだ。

 

「1人の方が気楽だぜ。」

 

巧は大して気にしていないように言う。本当に気にしていないのだろうが年上として思うところがあるなのははしかし今回の呼び出しの理由について聞くことにした。

 

「巧君。なんで呼び出したの?」

 

「大した事じゃない。」

 

短いが疑問の感情を表現した分かりやすい言葉使いに巧はベッドからむくりと起き上がりなのはを見た。

 

「この世界って可笑しくないか。」

 

言ってることは、大体予測できた。

 

「ISなんておっかねぇもんあんなガキが動かすのもそうけどよ。」

 

あんなガキとはラウラの事と同時にIS学園の生徒達の事を指すのだろう。

 

「今度は軍隊だぜ。」

 

巧は再度可笑しくないかと締めくくった。

 

ーー

 

向けられる巧の瞳は単純に疑問と怒りというほどでもないが不満感が入っていた。なのはは巧の目を見て答える。

 

「確かに…私の産まれた地球の文化では馴染みが無いかな。」

 

少しの間を要したのは一言で否定するには自分が半生を過ごしたミッドの生活が巧の不満感に当てはまっていたから。可笑しいと断言するには気が引けた。

 

「危険なもんなら敢えて若い時から使い方を教えるのは有りだと思ったし、それについて俺がとやかく言う立場じゃないからなんとも言わなかったけど。」

 

異世界人という立場で語る巧はそれでも溜まっていたのか少しだけ感情の起伏が感じられた。

 

「その若い時から軍人にするってのはどうなんだって思ってな。同じお前に話そうと思ったんだ。」

 

それが巧からの呼び出しの正体。別世界で同じ境遇のなのはだからこそ話せる事もある。なのはは納得して巧に返した。

 

「危険な力だからこそ正しく使ってもらうための指導としてならISを使わせるのはアリだけど、軍人として戦わせるために使わせるのはナシだって言いたいんだね。」

 

なのはなりの解釈に巧はコクリと頷いた。話せただけで大きく違うらしく巧は先ほどより柔らかな表情でしかし話題自体は続けた。

 

「なあ高町。」

 

間を空けずに告げる。

 

「俺たちがこの世界に来た意味ってのは何なんだろうな。」

 

なんとなしに聞こえる軽い言葉使いがヤケに心に残る。当然だった。それはなのはがずっと感じて来た事だったからだ。

 

「それはスカリエッティの企みを阻止する事じゃないかな?」

 

迷いなくなのはが答えた。彼女の目的は最初から揺るぎない。

 

「俺は別にスカリエッティなんてどうでもいいけどな。」

 

「どうでもいいって…まあそうだけど。」

 

少しだけむっと来たが実際巧となのはの優先順位は微妙に違う。巧からすればオルフェノク絡み以外の事には特に首を突っ込む意味はない。

 

「だけどもし、」

 

いつもでは考えられないような「もし」。いや今までは見えていなかっただけで乾巧とはこんな一面もあったのだなとなのはは納得して聞く。

 

「ISって兵器をガキに使わせるこの世界を正すためにこの世界の常識に囚われない俺たちが呼ばれたんじゃないかって。」

 

なのはは黙ったままだ。

 

ーー

 

巧の言う予想は現段階ではどうとも言えない。しかしなのははこの世界については干渉するつもりは無かった。勿論なのはとて質量兵器を、その中でも強力な制圧力を誇るISを齢若い少女達に使わせるこの世界の常識には違和感を覚える事が有ったが、

 

「それは巧くんもそうじゃない?」

 

「、あぁ。」

 

なのはならオルフェノク。巧なら魔法。この2人とて今はISにお互い違和感を覚えているがそれは立場が変わればこの世界の住民だって思う事だ。素直に頷く巧に微笑み巧の隣に座る。安上がりのベッドから小さく音が上がった。

 

「だからさ。考えても仕方ないって。」

 

ポンと肩に手を置いて笑う。巧は暫し黙っていたが不意に返した。

 

「だな。仕方ないな。」

 

珍しい深刻な顔を見せたと思った途端アッサリと切り捨てた巧になのはは少し止まる。本人の言う通り『大した事』ではなかったらしい。あまりの変わり身の早さになんか真剣に受け答えに応じた自分が急に間抜けに思えて来てつい頰が緩む。思えばこういう気まぐれなタイプの友人は珍しい。居たとしても彼等は大抵部下だったりでキチンと一線を敷いた接し方。所謂一種の堅さのようなものがあるしプライベートの間柄でも何処かでその一線は存在する。知り合いだからこそ付かず離れずの微妙な関係性。相手を傷付けない付き合い。これが親友達や教え子達ならもっと踏み込んだ付き合いが出来るのだがしかしそれでも巧のようなタイプは珍しい。まだ知り合って日も経ってないがそれでも巧の自分への扱いは他人に対しての淡白なものに似ている。それでいて懐く時は懐いて来る巧は人間の友人というより気ままな猫のようである。

 

(セシリアちゃんの気持ちも少し分かるかなぁ。)

 

あちらは犬だがと本人から聞いた理由を思い浮かべながら自然と伸びた手が巧の髪をクシャリと撫でた。

 

 

 

ーー

 

ーーーー

 

ーーーーーー

 

ーーーーーーーー

 

「撫でんな。」

 

「あいたっ、」

 

はたかれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どんどん愛玩動物になっていくたっくん。
ISに関してはまだちょっとした準伏線レベルです。

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20話 フランス育ちのシャルロット

最近になって一夏はキャラは立ってるが物語を進める上であんまり要らない子になってきたなと感じる田中ジョージア州です。
セシリアとラウラのイベントは取られて戦闘ではすっかり足手まといポジションへと着地する不運。
「ここらでいっちょ見せ場を作らにゃならん!!」と思いまして今回は一夏視点での活躍を描きます。

一気に主人公感MAXになる一夏に必見。






ーー

 

太陽が水平線に登る前。暗い闇が段々と青みを帯びてくる空を見ると未だ顔を出さない太陽のその光量と巨大さが分かってくる。そんな光に反応したのかどうかは不明だがまだ一つ隔てた向こうで1人の少年が目を覚ました。パチリとお手本のように目を見開いた彼はガバリと寝起き特有のダルさを感じさせない勢いで上半身を上げる。そしてピタリと90度で停止。既に常人とは色んな意味で一線を画した動作と行動をした彼はそのまま見開いた目で部屋の壁を見ている。ただそれは他に向けるところが無いだけでその大きな瞳は何を写しているのか分からない。そして彼は必要最低限の筋肉を動かして口と声帯を始動させた。

 

 

 

「お目覚めだよワンサマー。」

 

 

 

そう、彼こそはこの世界にとっての元来からのイレギュラー。介入の影響後でも変わらずこの世界に数ヶ月前に現れる常識の破綻者。齢15にしてこの世に残すその功績の内容は偶然とはいえ過去の先人達が覆して来た常識に匹敵するだろう。人類史に残るその名は織斑一夏。ISを動かす初めての男という存在はしかしこの世界は正しくその存在を認識してはいなかった。介入に次ぐ介入で既に似て非なる世界となった現状についに修正力が働いた。

 

これは今まで目立ちはしたが大して活躍が出来なかったキャラが作者の救済で急に覚醒する物語である。

 

 

 

 

 

 

 

『新番組 超絶主人公ワンサマー!!』

 

 

 

第1話 さらばワンサマー!

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、なに?」

 

横目で同部屋の3人目の男子が一夏を見ている。思いっきり引いてる。

 

「…」

 

一夏。

 

「いやさ、シルバー仮面ってデッカくなってから視聴率上がったらしいんだよ。」

 

「うん。」

 

「だからさ、俺も思い切ってキャラ替えしたらリリなのやファイズに勝てるかなぁって。」

 

「うん。疲れてるんだね一夏。」

 

そう言ってシャルルは再び布団を被って二度寝した。

 

IS学園は今日も平和である。

 

 

 

 

 

ーー屋上 昼

 

日曜日。外出が許される今日だが全寮制で設備も整っているここでは昼間に学生が校舎に来ていても可笑しくはない。今それぞれ私服でいつもの場所でお弁当を広げているのは俺含めて4人。6年ぶりの再会を果たした小学校時代の幼馴染とイギリスから留学して来た名門貴族のお嬢様。そして世界で3人目の男性操縦者だ。因みに鈴のやつは今日は外で友達と食べるらしい。普段は教室まで押し入ってくるくらい懐いているのに居なくなる時はふっと居なくなる。見た目も相まって猫のようだ。いつもより小さい輪に寂しく想うがしかし今はここに居るメンバーと楽しもう。折角の昼飯なのだ。腹が空いては戦は出来ない。戦が無くとも腹が減るのは嫌であるということで俺は今日もいつものメンバーの手作り弁当にたかるのだ。

 

「ほーきー。」

 

「たく、お前は本当に食い意地が張っているな。」

 

凛とした目つきで軽く半睨みで済ませてから半分に切って弁当箱に収め易くした唐揚げを箸で掴み上げ俺の弁当箱に入れた。俺はサンキュと告げるとほぼ同時に口の中に放り込む。舌に衣の硬さが伝わる。朝早くに作ったのだろうについさっき揚げたばかりのようだ。頂きます。

 

サクっ

 

気持ち良いくらいの音を立てて衣が砕け溢れ出た肉汁が口内へと溢れ出る。鶏肉の美味しさが所狭しと広がって行く。

 

「上手い」

 

俺は箒に叫んだ。

 

「そうか。」

 

箒は必要最低限の感情しか示さない。長い付き合いで培ったモノだけが箒の無表情に隠れた嬉しいという感情を判断させる。多分。きっと。だと思う。しかし唐揚げ一つでは足りない。こんな事ならもっと弁当の献立作っておくべきだったぜ。ただし箒にこれ以上注文するのは流石に駄目だ。『男なら女に面倒を見てもらう事もあるだろう。しかし男の本懐は自給自足だ。』千冬姉に言われた金言がふと浮かんだ。そう言えば千冬姉って女なのによく男目線の発言。しかも納得いくものをよく言うけど、あれってなんでなんだろう。それだけ男前な人なんだろうけど一つくらいは誰かからの受け売りだったりするのかなぁ。

 

(親父とか。)

 

お隣さんをチラッと見ながら頭の隅に疑問を片付けた。取り敢えず男は自給自足だ。いつまでも嫁さんの世話になる訳にはいかない。お隣さんから譲ってもらおう。

 

「セシリア、サンドウィッチちょうだい。」

 

「え、私のですの?」

 

言っててなんだか自分が子供っぽく感じる。なんだか最近セシリアに対して甘えみたいなもんが出てきたような気がしてならない。セシリアの雰囲気が齢離れし過ぎているからだと思うがやっぱり高校生にもなって今のはマズかったか、反省。

 

困ったように考え込むセシリアは矢張り大人びた感じを抱く。しかし直ぐに結論を纏めて返してくれた。

 

「いいですわ。ただし人に向けての物ではありませんのでそこは悪しからず。」

 

と言ってセシリアはバスケットを差し出してくれた。箒やシャルルと同じく手作りらしいそれは見るからに外国って感じがする。同じ食パンでも国が違えば変わるとゆうものを初めてこの目で確認した。俺は複数の多彩な種類の中から目に付いた物を適当に掴んだ。

 

「いただきます。」

 

異国との遭遇。多国籍学校の醍醐味だよな。しかも美人の手料理ときたもんだからこれはもう無条件で上手いと日本国憲法で決まっている。あ〜ん。

 

 

 

ーー

 

「……」

 

もっさもっさ

 

大口でかぶりついた途端口ん中のもん全部奪われた。原因は異常なほどパッサパッサな食パンだ。具材のトマトの方は新鮮ですごく良いのだがそれを吸ってなお俺の唾液を全部持っていく程イギリスのパンはパッサパッサだった。どうしよう全部食べれる自信無い。

 

「おい、人から貰っておいてその顔はなんだ。」

 

無表情で食べる、というより飲み込めなくてただすり潰しているだけな俺の余りに失礼な態度に箒が睨みを利かせてくる。俺は何とかアイテムボックスから『自販機で買ったペットボトルのお茶』を使用し流し込むと弁解しようとするがこういう時の箒は実に厳しい。

 

「食パンのことは関係ない。それはお前の自己責任だ。それに何より礼儀が一番の問題ではないのか。」

 

なんとかこのパッサパッサ感を知らせようとしたのだが生憎とそれで温情を与えてはくれない。無論悪いのは俺なのは間違いはない。俺を一喝した箒は溜息一つした後セシリアに向かって頭を下げた。

 

「すまんセシリア。こいつバカなんだ。気を悪くしたなら私からも謝る。」

 

「悪い、セシリア。」

 

赤くなって謝る俺にセシリアは笑って受け流す。人の評価を求めたものでは無いと言って俺に気にしないようにと気遣ってくれた。はあ、最近俺って空回りばっかだな。このまま主役の座奪われちゃうのかな。落ち込む俺に突如清廉な呼びかけが聞こえたかと思うと目の前に今度は見慣れた白くてきめ細かい日本の食パンが目に入ってきた。セシリアはバスケットから取り出した2枚目のサンドウィッチを差し出し代わりに俺のトマトサンドを掴んだ。

 

「口に合わないものを食べ続ける必要は有りませんわ。」

 

と言って取り上げたトマトサンドを口へと運んだ。

 

 

 

「あっ…」

 

思わず声が上がる。間接キスだ。しかしセシリアは構わず俺にもう一つのサンドウィッチを俺に手渡した。

 

「デザートがわりに作っておきましたの。良ければどうぞ。」

 

見れば食べやすくカットされた断面から淡い緑色の野菜が見える。きゅうりか?1、2ミリかそこらにカットされたきゅうりを幾層かに重ねてその上下にバターが塗られている。さっきはトマトを輪切りにして塩をまぶして挟んだだけに対してこれは少し手がかかってそうだ。しかも美人の手料理ときたもんだからこれはもう無条件で上手いと日本国憲法で決まっている。あ〜ん。

 

 

 

ーー

 

「うまい。」

 

これは本当に美味しい。シンプルにきゅうりだけってのに内心不安を覚えていたが食べてみるとそんな心配なんのその。清涼感すら感じるほどサッパリとした味ごたえはセシリアの言うようにデザートがわりにもなるかもしれないが充分ランチメニューに組み込めるクオリティだった。振りかけられた塩胡椒も良い塩梅でどうやらバターの他に調味料が加えられているようだがそれが分からない。

 

「これなんの隠し味使ってるんだ?」

 

料理好きとしては是非聞いておきたかった。既にトマトサンドを食べ終えたセシリアは惜しまずに教えたくれた。

 

「薄切りにした後ワインビネガーに30分程浸しました。」

 

「ワインビネガー?」

 

西洋風の酢であり文字通りワインから作ったものだ。普通は煮込みだったりに使うのだがイギリス流はサンドウィッチの具材に使うらしい。もう一口食べながら改めてその食べやすさに感心する。ふと見ると箒やシャルルも興味深げに視線を向けている。2人とも料理を嗜む人間だ。興味を持ったのだろう。

 

「これもどうぞ。」

 

美味しくいただいているとセシリアが取り出した魔法瓶の水筒を開ける。結構庶民的なアイテムも持っているらしい。カップがわりの蓋に注がれた紅茶は一気に香りを広げた。

 

「ダージリンです。ソレによく合いますわ。」

 

ご厚意に甘えてダージリンを飲む。確かに言われた通りこれはベストマッチだ。強い風味が清涼感によく合って実に美味しい。すっかり食べ終えた俺はセシリアにお礼を言う。セシリアはそれに綺麗な笑顔で答えた。その後はシャルルのポトフも貰いお返しに皆んなにも俺のおにぎりを分けてあげたりした。持ってきたペットボトルのお茶で一服して居るとシャルルから次の予定の提案が出された。俺はひとまずお茶を床に置いて話を聞いた。

 

 

 

 

 

ーーIS学園 廊下

 

あれから昼食を食べ終えた後セシリアは本国の会社の仕事があるらしく寮へ戻った。半年経ったわけだが改めてセシリアって学生らしからぬ稀有なスケジュールで動いていると思う。それでも学業を疎かにしないところは流石だと思いながら俺はシャルルと箒の3人で校舎内を練り歩いていた。休みの日にそれに私服で校舎に入ること自体殆ど珍しかったため、その場のノリで決定した学園散歩。最初は特に期待していなかったが3人も集まれば大抵の所は楽しくなる。談笑を交えて現在は4組の前に差し掛かっていた。取り敢えず道なりに進んで降りて行って後はそのまま校内を散策しようと何となく先頭に立って歩く俺が思っていると屋上からここまで誰1人として生徒も教員すら現れなかったこの田舎道で初めて地元の人が現れた。

 

「あ、」

 

楯無さんとおんなじ水色の髪を内跳ねにさせた眼鏡の村人。なぜか呆気に取られた顔から少しだけ嫌そうなものを感じた。確か何時ぞやの談笑の場でなのはさんから俺が楯無さんの指導を受けたと知って教えられた人物像に似ている。

 

「簪……更識さん?」

 

思わず呼び捨ての形になってしまったので慌てて苗字で聞き直す。更識さんは無表情で答える。

 

「名前を呼ばないで。」

 

告げられた言葉の内容はショック物の筈だが感情の起伏が殆どないためそこまで強い感じは受けない。多分不快感を出すのすらめんどくさがられているんだろう。それはそれでショックだが。更識さんはそれだけ言うと後ろを振り向く。あっやっぱり俺嫌われてるんだ…

 

「ボーデヴィッヒさん。まだ?」

 

聞き慣れた人名を今度はキチンと抑揚を付けて発する更識さんの声にすぐ様俺たちが今しがた通りかかろうとしていた4組から見慣れた銀髪が現れた。

 

「済まない更識候補生……むっ。」

 

つい昨日転校して来たドイツからの留学生ボーデヴィッヒさんは俺たちを発見すると少しだけ、あれ、またもや嫌な感じがした。だけど直ぐに収まったので勘違いかな。と言うのもボーデヴッヒさんはまるでスイッチが切り替わったように次の瞬間にはそんな感情の入り込む余地の無いくらい爽やかな笑みを向けて会釈をしてきた。

 

「やあ織斑クン。篠ノ之さんにデュノアクンも、こんにちは。」

 

え、誰この人。

 

昨日の自己紹介の時との誤差は一時の思考停止に陥るほどデカイ。ワンサマーびっくり。とりあえず挨拶されたら返さなきゃ…

 

「此方こそこんにちは。ボーデヴッヒさん。」

 

混乱している間に後ろから箒が俺の横に出て頭を下げる。下げる角度は知人に対してなので決して深くはないが武道を嗜んでいる証拠は何万回と反復して繰り返したことで洗練された美しい礼の型が示している。

 

「こ、こんにちは。」

 

「こんにちは。」

 

出遅れる形となって早く答えようとしたため冒頭を手こずった俺と俺とは違い丁寧に徹したシャルルが箒に続く。ボーデヴッヒさんは尚も爽やかなイケメンスマイルを振りまきながら休日に学園に来ている理由を聞いて来た。因みにボーデヴッヒさん達は学園の案内だそうだ。

 

「ここの更識簪代表候補生にIS学園の地理情報の教習を受けていたんだ。君たちはどうしてここに?」

 

「え、えーっと。」

 

返答に詰まったのは理由の内容が言いづらい類のものだったからでも俺の頭の回転が悪いわけでもない。はず。

 

ただボーデヴッヒさんの口調に違和感を感じたため。まるで無理に別々のモノ二つを合体させたように彼女の口調は自分の説明と俺たちへ向けての言葉とで全く違う。更識さんの時は仕事。俺たちに対してはプライベート。それを無理くり合わせたような違和感が俺の返答を遅らせた。

 

「ちょっと散歩に……」

 

「そうか。」

 

本当にアッサリと受け止めたボーデヴッヒさんは更識さんの呼びかけでまた学園案内ツアーに戻って行った。

 

 

 

 

 

ーー

 

「では私は部活練習へ行く。じゃあな。」

 

箒と別れた一夏たちは今お互い自室で談笑をしている。男であるシャルルが入ったことで一夏はこれまでの箒との相部屋から箒が移動し、学生寮でただ一つの男組部屋が完成したということだ。

 

一夏は例え相手が誰であろうと大抵の場合は話せる。生来の人の良さで図々しくならない程度の積極性でする会話は相手からすればやり易いタイプだ。シャルルも一夏の自分が主役になる事のない距離感は気に入っていた。自然と話題の内容は踏み込んだものとなる。既に一夏の身の上話はその社交性から聞かされたシャルルはお返しの意も込めてフランスでの生活を話していた。

 

「僕が住んでいたのはフランスの片田舎でそこに建てた一軒家に家族と一緒だったんだ。」

 

「ふーん。」

 

シャルルの身の上話を聞くのは初めてだった。まだ転校して日も浅く一夏自身これまで積極的に聞いた訳ではないのも原因だがなによりシャルルの方からその手の話を嫌っていた節があったため今まで聞けなかったのだ。嫌なことでもあったのかもしれない。自然と避けていた話題がアッサリと本人の口から語られたことに一夏は驚きながら興味深く聞く。

 

「それでね。お母さんがね。」

 

嬉しそうに話すシャルルの言葉使いに違和感を覚えるがそれを我慢して話は盛り上がった。身分を偽りそのせいで窮屈な思いをして来たシャルルからすれば漸くとも言える息抜きの機会に、注意は払いながらも思い出話を中断することは無かった。ただ楽しかった思い出を友人に打ち明けていた。

 

「ん、ああ。もうこんな時間か。シャルル食堂に上がろうぜ。」

 

時計を見ると夜が更け始めて赤焼けに染まった空のことを窓越しに確認した一夏はシャルルに言う。食券性の食堂は基本的に必ず通う必要は無いが点呼の意味合いもあり寮に居る者は教師から食事はそこで取ることが好ましいと言われている。一夏もそれに従いシャルルを誘う。シャルルは話が中断され少し名残惜しいが素直に従い2人は寮から出た。思えばこの身の上話が彼女の警戒が緩んだ原因かもしれない。

 

 

 

 

 

ーー数時間後。

 

時刻は七時。現在俺は学園の中を全速で走っている。理由は昼食の時に屋上に忘れっぱなしのペットボトル。床に置いておいたのをそのままにして寮まで帰ってしまったのだ。それで今夜住み込みの先生に事情を話して学園の鍵を貰い今取りに行っているのだ。

 

「あ、あった。」

 

忘れ物を取り急いで寮へ戻り先生に鍵を返した頃にはもう汗だくになっていた。肌に張り付く服が不快で俺は歩みを早めて自室のシャワー室へ向かう。すれ違う寮生たちは皆風呂上がりらしくそのサッパリとした風体が更にこの気持ち悪さを助長させる。早く風呂に入りたい。シャルルには先に入ってくれと言ったが流石にもう出ているだろう。漸く自室の前に着いた俺は高まる清涼感を求める声に迷わず扉を開けた。

 

 

 

ーーside

 

一夏の予想通りシャルルは入浴を終えていた。彼はやっと来た1人の時間を満喫していた所だった。ハプニングで同部屋の人間が学園へ忘れ物を取りに行っている。学園の屋上と寮との距離は一昨日と今日までで把握済みだ。彼が帰ってくるまでは余裕があった。そしてシャルルがその情報を鵜呑みにして入浴後火照った体を冷ますために暫く着替えを待って空気が澄んだ部屋で涼んでいた時だった。下は下着だけで上は入浴の発汗作用を拭うため肩にかけられたタオルのみ。普段。特に今の状況ならたとえ一夏の外出中であろうとも絶対にしない格好だが昼間つい時間を忘れて語ってしまった昔話。話せたという事実に感じる心地よさだけが先行し普段の警戒心を解かせた。更に運の悪い事に一夏の脚を速める不快感を勘定に入れる事が出来なかった事が重なり

 

ガチャッ

 

「え、」

 

「え?」

 

 

 

こうなった(見られた)

 

 

 

シャルルは急に体の熱が引いていくのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 




違和感とか感じたとか、最近よく使うようになったけど別にネタが浮かばなくなったわけじゃ無いよ?
原作と同じシャルロットのラッキースケベでの正体看破です。
今回風呂場ではなく部屋で涼んで居た所を発見されるという風にしたのは、伏線を仕掛けることと回収の練習がわりです。
序盤でペットボトルを床に置く。
中盤ペットボトルを忘れたまま散歩に出かける。
後半忘れ物に気づきそして最後に正体看破。
という流れです。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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21話 散歩はやっぱ外でしょ

シャルロット編と見せかけて鈴にゃんのお話です。


日曜は外出日。この学園の生徒たちからすれば普通の同世代の学生達より特別な日にやはりそれでも過ごし方は各々違う。外出の届けを出すものは大体が部活や学園の関係で外出する者が殆どであり、娯楽目的で外出をする者は決して少なくは無いがそれでもこの学園の者達のこの曜日に抱く特別感と比べるとそこまで需要があるわけでは無い。週に一度の休息を有意義に使いたいのに無駄に外に出る必要は無い。外の遊び方を知らない生徒達は皆自室でくつろぎ一週間の疲れを取ることが日課となっていた。巧もその1人だ。学園に越して来た当初はよく日曜はオートバジンを飛ばしてこの世界の地理を旅行気分で覚えていてそれも実に有意義だったのだが人間飽きる時は唐突に飽きるものだ。千冬からこの世界の情報を受け取り一通り旅行の熱も冷めてしまった今はもっぱらこの狭い1人部屋で一日中ベッドの上で寝っ転がっている。小さな窓から見える空の色と様子が巧の娯楽の全てになっていた。思えばかつての西洋洗濯舗菊池での暮らしでもたまにこうして空を見上げていたと巧は懐かしがる。真理が以前花びらで無数の船を作った庭に生える屋根より高い桜の木によじ登ってよく青い空と白い雲のコントラストを眺めたものだ。今もあの時も始める前は虚しさにも似た手持ち無沙汰感が苦しかったが慣れると時間も忘れて啓太郎に怒鳴られるまで夢中になっていた。そして啓太郎のいない今巧の暇つぶしを止める者など居無い。このまま夜まで続けようかと巧は流れる雲の形を目で追った。

 

ドンドンドン!

 

不意にドアが叩かれる。2人部屋と比べて簡素な作りの外開きの扉は嫌な音を立てる。次の瞬間に響く怒号が巧の機嫌を一気に損ねた。

 

「こらあ、開けなさいよ!」

 

「あのカンフー女…」

 

恐らく千冬となのはの次に巧がこの学園で信用できる人物であり単純に親しさで言えばこの世界で一番の理解者だ。誰からか聞いたのか同じ寮生でも中々知らない2人目の男性操縦者の1人部屋を探し当てた鈴音は持ち前の元気さで巧をドア越しに呼ぶ。勿論聞こえている巧は鬱陶しげにのそりとベッドから起き上がりドアを開けようとするがその間も鈴音は待ってくれない。まるでマシンガンのような容赦無しの罵倒はしかし彼女にとっては侮蔑の意味を含むものでは無い。生来の気の強さが示す所。しかし腹立つ方は腹が立つ。未だ急かす鈴音の声が聞こえるドアにゆっくりと近づいて行く。ドンドンと叩かれ凹んだりするドアのノブにそっと手を掛け()()()()()()を思い切り開けた。

 

 

「ブッ」

 

確かな手応えを開いてすぐ止まったドアで確認してから軽くなったドアを開く。廊下の一番奥に位置する巧の部屋は出るとすぐに突き当たりまで開けた真っ直ぐな廊下が目に入る。廊下の奥という立地上、曲がり角も無いため身を隠す場所は無いのだが巧の目に人影は一切映らない。はてと首を傾げるとその仕草で目線が変わったのか床に鼻を押さえてうずくまる鈴音の姿が視界に映った。気付けば何処かに出かけるのか普段のラフさと快活さが鳴りを潜める長袖長ズボンの恰好だった。不思議に見つめていると不意に鈴音がガバッと顔を上げた。鼻から赤い血を出し痛みで目尻に涙を溜めながらこちらを睨む鈴音を見て一言。

 

「汚ねえな、廊下に落とすなよ。血って落ちねぇんだからな。」

 

そして巧の顔面に蹴りが飛んだ。

 

 

ーーモノレール乗り場

 

「バイクに乗せてほしいのか。」

 

「うん、巧クンバイク持ってんでしょ。今日はそれに乗って遠出しようと思ったのよ。」

 

と事前に用意したらしいバイク用のヘルメットを膝に乗せた鈴音が言う。これまでバイクで一人旅をしていたらしい巧。積荷も制限される中わざわざかさばるヘルメットを余分に持っているとは思わなかった鈴音が今日のために自腹で買った物である。変なところで気の利く奴だと巧は思った。それを日常生活でも使えばこんなことにはならなかったのにと蹴られた箇所を摩る。本土から程なく離れたIS学園発のモノレールは直ぐに本土の駅へと着いた。停車のアナウンスが流れドアが少しの間を置いて開く。

 

「行こ。」

 

待ち遠しい様に巧の手を引っ張って鈴音が飛び出す。小柄で可愛らしくてだけど勝気で口が悪くてよく喧嘩してでも直ぐに笑って。巧は特に考えずに発言した。

 

「真理みたいだな。」

 

ーー

 

世界中の来賓のためそこいらの大型デパートの所有する駐車場の倍はあろうかという面積を誇る駐車場は通常時はスカスカである。バイク用のスペースになんとなくいつも置かれ巧専用となったスペースに銀色のバイクが鎮座している。費用をケチってカバーをかけずに数週間吹きっ晒しに放ったらかしのお陰で埃を被ったボディは少し霞んでいるが彼の銀色の深さが失われることは無い。そんな美しいボディを巧は地面に置いてある、恐らく彼が用意した元は新品のタオルだったボロ切れで乱暴に拭いた。やがてシートの汚れを念入りに拭き終わった所で巧は既に掃除した、ミラーに被せてあったフルフェイスのヘルメットを被りセンタースタンドを外してオートバジンに跨って安定させてから鈴音に乗れと言った。それに頷き自分のヘルメットを被った鈴音は何時ぞやの時の様に身軽に巧の背後に飛び乗った。

 

巧は空吹かしを好むタイプでは無い。必要以上にアクセルを回すタイプでも無い。ガソリンが勿体無いし五月蝿いのが煩わしいからだ。しかしそれでも。屋根の内のせいかもしれない。その(オートバジン)鼓動音はデパートの持つ駐車場よりデカく広いこの中を易々超えて辺りの地域住民達にまで響いた。

 

 

ーー

 

やはり正解だった。ISと違いスピードに比例する風邪をタンデムという形と小柄という性質で持って軽減されながらも肌に感じる鈴音はそう思う。以前外出時に一度だけ乗せてもらったバイク。15キロも出ていなかったがそれで充分なほど鈴音はこいつ(オートバジン)に惚れ込んだ。

こうして普通車両で言う高速域に入ってから改めてその想いが強まった。

 

シート越しでも帯同して伝わって来る雄々しい馬力(ポテンシャル)は正しくスーパーマシン。IS乗りだから言えるこの特別感。単純にパワーの数値でいうならコレより上の乗り物も有るだろうし立ち場柄彼女自身そういうものによく触れている。だがそれでも彼らがこいつに勝てる見込みを感じない。ISもこんな感じだ。世界最強と呼ばれる機体に乗るときは他の兵器に搭乗する時には感じないナニカを感じる。

出力で火力で上回る兵器は多く有るがそれらには無い、数値として現れない確かな要素がISにある。だから彼女にとってISとは特別な物だしこいつも今彼女にとっては特別な物だ。

 

動かしてみたい。

 

好奇心旺盛な鈴音がそう想うのは当然であった。しかし彼女はそれをしない。自分には相応しくない。甲龍が自分だけの専用機であるようにこいつは巧にとっての専用機なのだと。恐らく乗せてくれと一言だけ言えば巧は特に感慨も無くこいつを渡すだろう。「免許持ってるのか」とか「こかすなよ」といった当たり前の気遣いをして鈴音がこいつに乗る事を許容するだろう。それでも鈴音はそれをしない。相応しくないと分かっているから。こいつに乗るべきなのは巧だと。一機械に過ぎないこいつに対して鈴音は自分でも戸惑う程思い入れを感じていた。

 

「あ、そこの角右ね!」

 

 

ーー

 

今日の昼食場。手頃なスペースに停車させ降車した2人は小さな定食屋に目を移す。特に巧は鈴音から誘導されたためこの定食屋の存在も知らない。ヘルメットを外しバイクの高揚感がまだ覚めない鈴音が笑顔で答えた。

 

「いやあ、やっぱ足が無いと中々来れない距離だから。」

 

「来日したらいつか来ようと思ってたんだけどね。」

 

そうして定食屋を見上げる鈴音はどこか懐かしげに見える。話によれば中学時代の友人の家だと言うのだ。成る程一年ぶりに戻って来た日本でかつての友人に会いに行きたいと思うのは当然だと巧は納得した。鈴音の言う通りここまでの道すがらは歩くには長すぎ、また最寄りのバス停も無い。巧のバイクが理想だったと言う訳だ。自力で納得する巧を尻目に鈴音は遠慮なく友人の定食屋の戸を開いた。

 

「あしゃーせー」

 

いらっしゃいませを分かる範囲で短略化した単語で2人を迎え入れる若い男の声がする。小さな定食屋だ。バイトを雇っていることも考えられるがもしかしたらこの声の主が鈴音の同級生なのかも知れない。果たしてその想いは店に入ってすぐ見えた赤髪の少年の驚く顔で判明した。

 

「鈴!」

 

「よっ。」

 

手を挙げて返事を返す鈴音を見て自分の予想が正しかった事を確認した巧は改めて定食屋内を見渡す。他に客のいない小さな店だった。

 

 

ーー五反田店

 

運ばれて来た日替わりのトンカツ定食。熱々を見て分からせる湯気が揚げたてのサクサク食感を期待させる。そして巧には見た通り熱々に、熱っつ熱っつに、熱そうだった。

 

「食べないの?」

 

もくもくと構わず口にカツを放り込み咀嚼する鈴音が尋ねる。そういえば数ヶ月が経つがこれは知られていなかった。やはり自分で選べる学食で巧は自分の好みの食事を注文していたからそんな機会が無かった。だから鈴音が注文で手間取る巧を見兼ねて代わりに一緒の注文をしたとてそれを責めることは出来ない。巧は意を決して切り分けられたホカホカトンカツを箸で掴み口の前まで持っていく。数センチまできて口につけずとも肌越しにトンカツの温度を感じ取れる。巧は冷静にそれを値踏みした後口を開いた。

 

 

 

「ふーっ」

 

 

 

ふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっ…………

 

 

 

「……」

 

固まる鈴音と弾。やがてふーっふーっを終わった巧はトンカツをぴとっと唇に付け、

 

 

 

ふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっふーっ

 

まだ熱かったらしい。

 

 

ーー

 

用心深く口に含んだカツをこれまた用心深く噛み切る。途端に溢れ出る旨さ。それ程高級な豚肉では無いだろうに油加減が絶妙なのだろう。成る程これは美味い。ご飯をかっこみ口の中で共に咀嚼する。そして鈴音へと向き直る。鈴音は呆れ顔でこちらを見ている。

 

「冷めた?」

 

「ああ。」

 

正直に言った内容に鈴音がはあっとため息をつく。味噌汁を啜りテーブルに置いて一言。

 

「猫舌なんだ。」

 

「おう。」

 

隠すことでも無いため話す。なにか悪いかと少しだけ凄んで見せる鈴音は別にと返してお冷を飲む。

 

「ただイメージじゃ無いっていうかさ。」

 

ムッとなる巧を諌めながら素直に思ったことを述べる。

 

「顔に似合わないっていうかさ。」

 

不機嫌になっていく巧を見て流石に言い過ぎたかと反省し一言。

 

「可愛いところあるんだね。」

 

無言でそっぽを向く巧。

 

あっ照れた。

 

「ほらほら可愛いって、撫でてあげようか?」

 

「辞めろ。わかった言うな。」

 

面白い玩具を手にしたように巧を弄る鈴音。すかさず弾が横から声をかけ助け舟を出す。

 

「なあ鈴、今日どうやって来たんだ。バスじゃ遠いだろ。もしかしてタクシーか。」

 

自然な感じに話題を切り離せたと弾は感じた。長い接客業で各客の好みそうなやり取りを感覚で分かるようになった弾は巧が下手にフォローすると返って逆効果なタイプだとなんとなく感じ取っていた。

 

「ううんこの子のバイク。」

 

「へえ、バイク乗ってるんスか。」

 

鈴音の必要最低限のネタ振りにフレンドリーな弾が広げて巧が素っ気なくそれに答える。ぎこちないが初めての邂逅にしては楽しい会話だと感じた。時間も流れて2人とも料理を食べ終えたところで鈴音が言った。

 

「そういえば蘭はどうしてるの。」

 

五反田蘭。弾の一つ下の妹だ。弾はうーんと唸り2人の食器を片付けてから言った。

 

「二階上がってく?」

 

 

ーー五反田家 二階

 

直接会って話した方が早いという風に弾はアッサリと蘭がいるらしい自室へと案内した。鈴音は久しぶりの友人宅に懐かしんでいるように辺りを見回し巧は何処か居心地が悪そうである。そして彼女の自室へ着いた弾は先ず扉をノックする。

 

「なに?」

 

向こうから声が聞こえてくる。蘭の声だ。

 

「入るぞ。」

 

「え、なに急に。別に良いけど。」

 

いきなりの申し出に困惑しながらも了承の意を示す。弾は2人に頷き蘭に一声掛けてから扉を開いた。

 

「いらっしゃい。でなんなの。」

 

ベッドでくつろいでいたらしい赤毛の少女が顔を上げる。するとこちらに気づいたらしくえ、と声を漏らす。話になかった客の存在に驚き更にその顔をハッキリと見て再び驚いた。

 

「鈴さん!」

 

鈴音の姿を確認してから漸く巧の存在を認めた蘭は不思議そうな目で兄を見つめる。弾は視線に気づき笑って答える。

 

「鈴の彼氏だよ。」

 

「やった!おめでとうございます!」

 

手を叩いて喜ぶ。特にやったの部分に心からの叫びが聞こえる。

 

「なにそのやったって。ライバル減って良かったってこと?」

 

拳を握り締める鈴音を流し目に巧がやっと喋る。

 

「言っとくが俺はこいつの恋人じゃ無いぞ。」

 

「そうよ。私は今も一夏一筋よ。」

 

便乗する形で否定した鈴音に蘭が見るからにがっかりした。

 

「なあんだ。」

 

ベッドに倒れこんだ後少しして起き上がり蘭は床の上の僅かな私物を片付け巧達の座るスペースを開けた。そして一通り片付け終わった蘭はどうぞと手でさとす。

 

「あ、お兄は下で接客ね。」

 

「ええ〜」

 

「もう直ぐお昼時でしょ。混むよ。」

 

蘭に言われ渋々降りていく弾を見送り3人は話題に華を咲かせる。

 

 

ーー

 

「じゃああんたも織斑一夏が好きなのか?」

 

幼馴染の2人と違い会話の流れについていける自信の無かった巧は先の鈴音の一言から蘭が一夏へ恋をしている事に気づくと直ぐにこの事を言及した。蘭はびっくりしたように目を丸くし暫し黙ったままでいたが直ぐに答えた。返答は予想通りYesだ。どこか鈴音を気にしながらも強気にまるで誇示するかのような返答を見て巧は少し不安になるが直ぐに首を振る。聞いておいて今更だが立ち入り過ぎだろうかとも思ったが(修羅場的な意味で)先の鈴音とのやり取りを見ていると両者共互いの感情は承知らしく大丈夫だろうと判断したのだ。巧の予想通りか鈴音も特に蘭へ突っかかることは無くその後は蘭によるノロケ話を聞くこととなった。

 

「兄が家に連れて来た時に初めてお会いして、なんていうのかな。まあ所謂一目惚れです。初っ端やられたんです。」

 

「ふーん。」

 

「あ、言っておきますけど見た目だけで好きになった訳じゃ無いですからね。もう遺伝子レベルでズキューン!て来たんです。」

 

「別になんも言ってねぇよ。」

 

「ふーんって言ったじゃないですか!胡散臭そうに見えました!」

 

幸いかどうか。矢継ぎ早に駆り出される蘭のノロケ話は思いの外楽しかった。服装のラフさなら鈴音とどっこいだが割と小心者の体があるらしい蘭の一夏となった途端饒舌に語られる惚気はなんだか蘭の本来の姿が現れているようで興味深かった。語られる中で巧は蘭の一夏に対する想いが決して目先の美しさに見惚れたからの物とは違うということを理解した。好かれるんだなと未だ碌に話もしたことの無い織斑一夏という年下の異世界人の事を思った。鈴音といい蘭といいそして多分篠ノ之箒も一夏の事を心から好いている。内面から好かれる人間はそうはいない。巧は一夏の事を見直した。

 

「譲ってやったらどうだよ。」

 

隣で黙ったままの鈴音にそう言うと冗談と鈴音。

 

「恋は甘く無いのよ。」

 

吐き捨てた鈴音は今度はジッと蘭を見る。まるで値踏みをするように共とれる視線の後に一言。

 

「アンタももう諦めたら。」

 

意地悪な質問だなと横で巧が修羅場的な展開を密かに期待していると、

 

 

「そ、そんなこと…出来ないです。」

 

意外な程蘭の答えは小心的だった。単純に意外と思っている巧に対して鈴音が矢張りと言った風に真剣な面持ちで尋ねた。

 

「一夏が3日前にここに来たらしいわね。そん時になんかあった?」

 

鈴音の言葉に蘭は少し黙ってその後はアッサリと話した。

 

ハッキリとした声でたった一言だけだがそれだけで「彼女にとっては」の衝撃は知り合って間も無い巧にも理解できた。

 

「フラれました。」

 

 

 

暫しの間で蘭は極めて正確に分かりやすく巧達に成り行きを説明しその後は嘘のように黙りこくってしまった。流石にこの中で巧は答えられない。必然的に鈴音がそれを咀嚼し答えた。

 

「弾と箒が焚きつけたのね。」

 

鈴音の言葉に少し説明を加えながらも頷く。部屋に駆け込み泣いている所に弾が自分が「答えを出せ」と言ったのだと説明したらしい。

 

「取り敢えずそこらの物投げつけて追い出しました。」

 

「それで正解ね。アイツは一回死ねばいいのよ。」

 

少し元気を取り戻した蘭へ鈴音は一歩だけ踏み込んだ私情を託した。

 

「それでまだ一夏の事が好きなの?」

 

「……はい。」

 

弱々しく下を向きながらだが鈴音はそっかとだけ呟くと黙ってしまう。今度は蘭から話し出した。巧にはまるで鈴音がそれを引き出したように感じた。

 

「でも一夏さんが嫌なら私がどう言おうが仕方ないです。一夏さんが幸せなのが一番です。」

 

その吐露は抑えきれない悲しみが滲み出ているというよりは蘭の決意のように感じた。それと同時にさっきまでの惚気に何一つ負い目を感じ無かった理由が分かった。蘭は一夏の事を心から好きになっている。だからこそ納得いかない結果でも一夏の気持ちの方を尊重出来たのだ。

 

(すげぇな。でもなんかな。)

 

賞賛と引っ掛かりが浮かぶがここでは言わない。折角中学生の若さで真剣に悩んだ末たどり着いた決意の表明。言うとしてもこの場では無いと巧は思った。と巧も決意した瞬間に鈴音は言った。

 

「巧クンはどう思うの?」

 

「は?」

 

「え?」

 

同時に驚く巧と蘭。それが鈴音得意の野生の勘だということは2人には直ぐに分かったが今回に至っては流石に流石だ。しかし鈴音は訴えの目に構わず言ってのけた。

 

「だって気持ち悪いじゃん。ここは第三者から意見を聞くべきよ。」

 

だから何故そこで俺が出てくるんだと言いたかったがこうなった鈴音はテコでも動かない。巧は若干の悔しさを滲ませながら蘭へ自分の気持ちを正直に伝えた。

 

「なんつーか、悪いんだけど。それで終わらせて良いのかって思ってよ。しっかり織斑一夏と話した方が良いんじゃないかって。」

 

蘭を傷つけないように答えた結果。

 

「良いんです。」

 

「おい、終わったぞ。」

 

思わず犯人(鈴音)に文句を言うが鈴音は巧の声に反論するどころか寧ろ肩を叩いて賞賛して来た。

 

「よく言ったわ。その通りよ。このまま自然消滅なんて誰も得しないわ。一夏には私が言っておくから安心して。」

 

いやなにを?と言う前に鈴音は真面目な顔でサムズアップをした。

 

「いつかお互いの気持ちを伝える場を設けるからアンタはそこでシッカリと一夏に自分の気持ちを伝えなさい。」

 

「あの、鈴さん?私は良いですから。それに一夏さんにも迷惑が…」

 

「だまらっしゃい。」

 

反論も許さない鈴音。巧が割と本気でしばこうかと拳を用意していると鈴音がまた口を開く。

 

「バレバレよ。」

 

なんとも勝手と思っていた鈴音の評価がその一言で何故か少し変わった。巧は拳を取り敢えず抑えた。蘭は黙っている。

 

「一夏の幸せとかいい子ちゃんに見せてるけど思いっきり悔しがってんじゃない。候補生の感舐めんじゃないわよ。」

 

蘭はまだ黙っている。

 

「ずっと想ってた癖に別れようって言われただけで納得出来るわけ無いでしょ。」

 

「やめてください。」

 

蘭が答えた。

 

「ふざけんじゃ無いわよ!この女たらしぃーって絶対思ってるわよ。アンタ意外と嫉妬深いもん。」

 

「やめてください。」

 

蘭が答えた。

 

「まあどうしてもって言うなら仕方ないわね。一夏は私が貰っていくわ。」

 

「ダメです。…あ。」

 

「馬鹿。」

 

自分の言葉に後から後悔する蘭に鈴音はしてやったりと舌を出した。蘭の心はまだ一夏から離れていないことは巧にも分かった。蘭はもう隠す気は無いという風に強い語調で鈴音に食ってかかる。

 

「相変わらず図々しいです。」

 

鈴音は不敵に笑うだけ。蘭は決意した顔で分かりましたを告げた。

 

「会わせてくれるなら会おうじゃないですか。こうなったら貴方にだけは渡しませんからね。」

 

すっくと立ち上がった蘭は驚く巧に構わず鈴音へと指をさした。

 

 

ーー五反田店 夕暮れ時

 

「ありゃーしたー。」

 

有難う御座いましたをこれまた省略させた弾に見送られ食堂の入り口から外へ出た2人。既に空が茜に変わっている時間帯は後数十分程で黒へと変貌してしまうだろう。都心から離れた五反田店からIS学園までは歩いている間にあっという間に夜になってしまうだろう。

 

「そこで巧クンの出番よね。」

 

気のいい奴だと窘めながらオートバジンのエンジンを入れる。鈴音は楽しめたようだが巧にとっては半ば自業自得とはいえ常に振り回されっぱなしで疲れたのだ。やはりベッドの上で空を見ていた方が良かったと後悔していると鈴音の声がフルフェイス越しに聞こえてきた。タンデムの状態で暫し止まる。

 

「真理って誰のこと?」

 

今朝のモノレール駅の事を思い出した。

 

「言ってたよね真理って。彼女?」

 

「ん、」

 

巧は間を空けそれから一呼吸で会話を終わらせた。

 

「違う。」

 

雄々しいエンジン音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




鈴にゃんとたっ君のデート回でした。
蘭との改変要素の回収のため鈴を使ってしまいましたが如何だったでしょうか。
場面展開を多用し過ぎた感が有りますが上手く蘭の救済に繋がったなら良かったです。
次回からシッカリとシャルロット編を開始します。

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おまけ
食堂で夕食を共に食べた2人はその足で一夏に蘭との日程の話をつけに行く事にしたのだった。張り切る鈴音とこの際最後まで付き合うつもりになった巧は部屋に着くなりノック無しに扉を開けた。
「あっ。」
「あっ。」
重なる2人。
「えっ。」
「えっ。」
重なる2人。前者は扉を開けた凰鈴音と着いてきた乾巧。後者は部屋の住民である織斑一夏とあられもない姿で向かい合っている、



シャルロット・デュノアだった。


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22話 三人寄れば文殊の知恵

ーービル街

 

何処かの街並み。何処かのビル群。一番天に近い一つのビルの一室。嘗てスコール・ミューゼルとジェイル・スカリエッティが同室したこの世界にとってはある意味この世で最も曰く付きの部屋にまた2人。あの時と変わらず部屋の広さがそのまま物足りなさに繋がる質素なテーブルと椅子だけの空間に2人。モノクロだが高級そうなスーツを着こなした男性が2人椅子とテーブルとそこから見える一面のガラス戸の光景を背景にしている奇妙な絵画の登場人物のような男達は果たして人間である。非現実的なグッズの取り合わせを言葉という存在が一気にチープにした。

 

「村上会長。」

 

男が相対する男をそう呼んだ。村上は変わらぬ顔で特に男に反応を示すわけでも無いが両の目は確かに男を捉えている。男は感情を感じさせない言葉で続ける。

 

「予定通り織斑一夏がシャルロット・デュノアと接触しました。」

 

それは極東の地で閉鎖空間である筈のIS学園の学生寮で今正に起こっている事態だった。リアルタイムで一夏達の様子を知らせる男は淡々と変わりゆく情報を村上に告げた。

 

「そのすぐ後に乾巧と凰鈴音の2人が織斑一夏の部屋に入室。シャルロット・デュノアと接触しました。」

 

「ほう」

 

男の報告で初めて村上が反応を示した。会長の役職に就く者にしては若い村上は笑みを浮かべると興味深いといった感じに男の情報を咀嚼し楽しんだ。

 

「そうですかそれはイレギュラーだ。やはり三世界の存在が一同に介して正史通りに進めるのは無理という訳ですね。」

 

村上の周りを気にしない独り言に男が相槌がわりに尋ねる。しかし安易なものではない。語彙こそ質問の形だが独り言の域を出ない、相手の癪に触らない絶妙な距離感を声帯を駆使しごく自然に成し遂げる。

 

「私は正史を知りません故なんとも言えませんが、それはやはり不味い事態になったという事でしょうか。」

 

男の絶技を感じながらそれに触れずに村上は首を振る。

 

「いいえ、この件は後日知れ渡る事。時期が早まろうがどうということはありません。私がこのイレギュラーに感じるのは心配の類ではなく興味です。」

 

村上の答えに男は目線で了承し会話の主導権から身を引いた。

 

「10年前の白騎士事件。オルコット夫君のオルフェノク化。」

 

指を立て過去の出来事を引き出す。

 

「前者はスカリエッティ博士が後者は間接的ですが我々オルフェノクがこの世界に訪れた余波によるイレギュラー。」

 

そしてと村上は薬指を立てる。

 

「今回のイレギュラーは同じく外来者の乾巧の存在が恐らく要因。」

 

「ミューゼル女史は2つの異なる世界からの外来者の存在がこの世界の許容範囲を超え始めているとイレギュラーを問題視しているそうですが私はそうは思っていません。」

 

村上は両手を男に見せるように動かし視線の前に持ってこさせた。

 

「融合です。」

 

パンと手を叩く音に男の目が少し開く。

 

「粘土が衝撃に合わせて形を広げるようにこの世界も外来者の存在に適応するため順応し始めているのです。」

 

「彼女は改変を起こしているのは我々と仰っているが私から言わせれば逆です。確かに改変の余地は外来者が要因だがそれを正史の改変に繋げているのはこの世界自身なのですよ。」

 

静かに熱の入る村上はスカリエッティとは異なる意味で狂気を感じさせた。

 

「まあ。」

 

ふっと男は村上から狂気が薄れるのを感じた。

 

「だからといってあまり世界を騒がす事を起こさないのは変わりませんけどね。肩身が狭いですよ。」

 

温和な笑みを見せる村上は男が知るいつも通りの姿。男は今も入ってくる情報に意識を傾け一度目の前の狂気から己を逸らした。

 

 

 

 

 

ーーIS学園

 

困惑の顔は一夏。更に青ざめた顔はシャルロットだ。咄嗟に胸を隠したがバッチリと見て認識した鈴音と巧は今更誤魔化せない。両者とも少し呆けていたがやがて目の色を変えた鈴音が一夏に飛びかかっていったことで巧も冷静になる。その頃には一夏はネコ科の大型動物のように襲い掛かってきた鈴音にマウントポジションを取られ悲鳴を上げていた。

 

「アンタとうとうやったわね!この女たらしぃ!」

 

「うわああ、痛い痛い痛い!誤解だよ誤解〜」

 

爪を立てられながらも必死に冤罪を叫ぶ一夏にオロオロとしながらも異性である巧に目を向け恥じらうシャルロットがあまりにカオスで返って落ち着いた巧が仲裁とシャルロットへ服の着用の指示をするまでこの騒ぎは続いた。

 

「で、説明して貰うわよ。」

 

スッカリ落ち着いた鈴音がそれでもドスを効かせた声で一夏とシャルロットを見下す。現在のそれぞれの立ち位置を説明すると鈴音がベッドに巧が椅子に其々座り、一夏とシャルロットは床で正座をしている。因みにベッドはもちろん一夏のであり鈴音は以前この部屋に来た記憶と持ち前の勘で特定したのだ。話を戻して正座の2人は居心地悪そうだが2人とも性格的に先ず自分からとなり

 

『あの。』

 

重なった。

 

「あ、じゃあ一夏から。」

 

「いや、シャルルの方こそ。」

 

互いに顔を見合わせて照れ臭そうに顔を紅くする。お互い単にかっこ悪いからが理由だが鈴音にはイチャコラしているようにしか見えない。

 

「こいつら…」

 

「ドードー。」

 

青筋を立て拳を震わす鈴音を横目で抑えながら巧がシャルロットに指を指す。仕草に気付いたシャルロットが目を丸くさせる。巧はそれほど親しくない3人目の男性操縦者だった少女に少しの睨みを効かせた。

 

「見た所織斑もこの件に関しちゃ混乱してるらしい。アンタからの方が話が見えそうだ。」

 

何時もの目つきの鋭さそのままにまるで狼にでも睨まれた感覚をシャルロットは覚えた。

 

「うん、分かった。」

 

季節外れの寒気を背筋に隠しながらシャルロットは一夏と鈴音も注目する中昔話を語った。

 

 

 

 

 

ーー

 

シャルロット・デュノアはフランスの片田舎の一軒家に母親と2人で暮らしていた。物心着いた時より父親は居らず母と共に幼年時代を過ごした。年とともに視野と見識が広がるにつれ小さい村での生活でもシャルロットは父親が居ないということの不自然さを認識しそれを違和感に思ったがそれを母に問うことはしなかった。笑顔を絶やさない母を見てその話題を口にすることが今の優しい光景を壊してしまうかも知れない恐怖があったし、父親が居なくともシャルロットは優しい母との日々に満足していた。綺麗で優しい母は村のみんなから好かれておりなによりシャルロットに尊敬されていた。母は滅多な事ではシャルロットを叱りつけなかった。かといって娘に対して奔放主義だった訳でもない。母はどんな些細なイタズラでも家事を中断しシャルロットと目線を合わせ根気よく何故そんな事をしたのかを問いただす。そしてシャルロットが正直に答えた理由を聞くと今度はそれを元に2度とシャルロットがその不満に至らないようにすると母は約束し実際シャルロットはそれからそのイタズラをしなかった。ある時母の手鏡を弄り誤って壊してしまった。狼狽えていると帰宅して来た母が目に入る。散乱する鏡片を見て目を丸くする母に血の気が引くのを感じた。壊してしまった手鏡は母が自分が産まれる前から愛用していたお気に入りの物だとシャルロットは知っていた。慌てて弁解しようと口をパクパクさせるが何も浮かばず次の瞬間来るかも知れない母の変化に恐怖した。叱られる事ではない。悲しみであの笑顔が消えてしまう事が怖かったのだ。目の前がぼやけてきた。遂にシャルロットは泣いてしまった。しかし母はむしろ何時もより優しく歩み寄り自分を抱きしめた。

 

「あなたより大事なものなんてある訳無いじゃない。」

 

手鏡は良いのかと尋ねるシャルロットに返ってきた母の言葉にシャルロットは心からこの女性を愛した。

 

しかし、そんな母も完璧な人間ではなかった。

 

母は不死の病を持っていたのだ。シャルロットがその事を知ったのは産まれる前。母の胎内にいた時。母は幼いシャルロットに病の事を何時も伝えていた。いつか自分はお前の面倒を見られなくなる。それまでに生きる力と知恵、そして()()を身につけなければならない。それまで母はシャルロットに己の全てを捧げる。それは母の生涯の誓いでありシャルロットにとっても大きな責務となった。シャルロットは母の得意な料理や家事を手伝いそれを自分の物にしていった。一山越えた先の小さい学校に通いながら村では大人たちに知恵を頼りその過程でシャルロットは母と同じく村のみんなから好かれた。それは急に訪れた。

 

()()()()()()()()()()()()

 

幼い頃と変わらず元気に家事をこなす母を見ながらシャルロットはそれを予感していた。予言は母にも訪れていた。その日のうちに母は通帳や家の権利書をシャルロットに託し古い知人の弁護士の住所・番号を教えてからスッカリ成長したシャルロットを思いっきり抱きしめた。

 

母が死んだのは翌日の朝だった。

 

母の事前の準備により葬儀は死んだその日に簡単に済まされカトリックが主流教であるフランスには珍しい火葬式で母の遺体は葬られた。これも母の要望だ。自分の土地に使う金で娘に迷惑をかけたく無かった事もあるが何よりシャルロットに自分の死を正しく認識して貰うためだ。キリスト教では死体は『復活』に期待し残しておく事が多い。敢えて自分の遺体を燃やし灰にする事でシャルロットの自立心を刺激しようとしたのだ。母は最期までシャルロットのために出来ることを徹底した。焼け残った母のお骨を見たシャルロットはもう自分を抱くあの人と2度と会えないのだと改めて知り静かに涙を流した。そしてもう涙を流すことはないと心に誓う。

 

 

 

父親のアルベールと会ったのはその日の事。いつも通り母がこなしていた習慣の1つをこなすため外へと出た時。村では殆ど見る機会の無いキッチリとしたスーツを着込んだ男が複数人。これまたお目にかけない長いリムジンと黒塗りの車が数台。困惑するシャルロットに1人の男が前に出て恭しく頭を下げた。

 

「お迎えに上がりました。お嬢様。」

 

「はあ…」

 

それからは兎に角あっという間だった。男達の迫力に負けてリムジンに乗ってしまったシャルロットは車内で今度は若い女に出会った。

 

「到着までお嬢様のお世話をさせて頂く者です。何なりとお申し付け下さい。」

 

こちらもまた恭しく頭を下げシャルロットに車内に備え付けのテーブルにこれまで見たことの無いような高級料理を並べた。目を白黒させ今更になって事態の急変にパニックになったシャルロットに女は丁寧に質問に答えたがある説明にだけは一言で済ませた。

 

「誰がこんなことをしたの?」

 

「私の立場では申しかねます。」

 

表情を変えず同じことを同じ音程と声量で続ける女は本当に機械のようだった。仕方なくシャルロットは女と話すことを諦め曇り一つない窓の向こうを眺めた。見慣れた緑の風景から偶に出かけた町の情景。それを通り過ぎやがて写真の中でしか見た事もない大都会へ映り変わって行く。これまでの彼女にとっては有り得ない光景に逆に落ち着いた。ふと気になった事が有ったので女に今一度訪ねた。

 

「都市部の割には車が全然見えませんね。」

 

「交通規制をしております。」

 

益々呆れた。シャルロットはビル群を抜けて行くリムジンに揺られながら今は亡き母の姿を浮かばせた。女が到着の報せを出すまで心ここにあらずで有った。そしてリムジンから降りて見上げる一際天高く伸びるビルに又呆けた。

 

「泥棒猫。」

 

パチンと乾いた音と次いでやって来た痛みはシャルロットの優しい人生の中で初めてのことだった。罵倒と共に頰を叩いたのは母より少し若めの女でエレベーターで地上数十階の部屋。殺風景な清潔感を感じる風景に高級そうなワンピースを身につけていた。村では偶に町帰りの若い奥様達が高そうな服を着飾っていたが女の場合は彼女達のような着慣れなさは無い。服に着られていた彼女達と比べれば女の姿は極めて自然体でその品がある佇まいにシャルロットは一瞬見惚れた。女の平手が飛んで来たのはその直後だ。初めての初対面からの暴力と罵倒を喰らい困惑している間にその女は部屋の奥に消えてしまった。怒るよりも混乱した。いつの間にやらここへ案内した男達も先程のエレベーターで降りてしまい殺風景な部屋にシャルロットただ1人となってしまう。

 

「なんなのもう…帰ろっかな。」

 

急なぞんざいな扱いに流石に頭に来た。エレベーターで降りようと決意しボタンを押そうとした時父親は現れた。

 

「ダメだ。」

 

まるで最初からそこに居たかのように優雅に佇むアルベール・デュノアにシャルロットは持ち前の勘かそれとも血の共鳴か不思議なシンパシーを覚えた。アルベールは極めてアッサリ自分の素性とこのビル。『デュノア社』を説明した。繰り返しの展開に驚き疲れずのシャルロットに淡々とアルベールは話す。

 

自分が父親である事。

 

ここが自分の会社で自分は社長だという事。

 

さっきの女は自分の妻である事。

 

シャルロットは今日からISのテスターに抜擢されここで実験を受ける事。

 

断る選択肢は与えられなかった。その日からシャルロットはデュノア社の所有物となった。毎日それまで見た事もないISスーツを着せられドラマの悪者の科学者のような白衣の人間達に体中にコードをつけられ何かのデータを取られた。それ以外は割り当てられた部屋でただ静かに座って居る。そこいらのビジネスホテルが安っぽく見える豪華絢爛な装飾や料理の数々もシャルロットの心に響く物は何一つ無く幼い日の母が作った好物が思い出された。あれ以来本妻の女には会っていない。会いたいとも思わなかったが毎日同じ学者達にしか会わない彼女には女でも刺激として求めるほど病んでいた。そんな彼女の唯一の癒しと言えた時はデータの採取の際の時に必ずシャルロットの様子を常に見ていたアルベールの姿だった。学者達のオモチャにされる娘を見て眉ひとつ動かさず用意された高級ソファに座る父の姿は学者達と同じく変化しない停滞の一つだったがシャルロットにはその厚顔に母の時に感じた家族特有の安らぎを少しだけ感じた。それは本当に僅かで原因はアルベールが父親という事実と体に流れる血による無意識の共鳴以外は何もない無色な愛情だとシャルロットは自覚していた。それでも停滞の中でアルベールの存在がシャルロットの拠り所である母の姿を忘れさせなかった。

 

父親と話したのは2回だけ。出会った日とIS学園に転入する事を伝えられた別れの日の冷たい命令だった。

 

 

 

 

 

ーーIS学園 学生寮

 

「デュノア社が業績不振に陥っているのは凰さんなら知ってるかな。」

 

シャルロットに鈴音が頷く。

 

「第三世代の開発が上手くいってないんでしょ。」

 

「ザックリ言うとそうだね。今欧州連合はISの開発の大半を第三世代型に注目している。だけどデュノア社はそれに失敗していてね。いつまでも結果を出せないままズルズル行ってね。」

 

無感動にデュノア社の有様を話すシャルロットに愛着心など微塵も無い。

 

「今度の欧州コンペからも外されそうでそうなったら遂にフランス政府から支援打ち切りの警告を受けている。絶体絶命の所に現れたのが一夏さ。」

 

先程の重い話もありおどおどと自分を指差す一夏。シャルロットは続けて話す。

 

「あり得ない筈の男のIS乗りの遺伝子。更には本来なら発現しない筈の織斑千冬と同じワンオフ・アビリティーを持つ百式。この2つを最高で両方手に入れあわよくばそのデータを使ってデュノア社は復活を企んでぼくをここへ送り込んだんだ。」

 

それがシャルルとシャルロットの秘密の全て。包み隠さない真実をここに来て初めて誰かに打ち明けたシャルロットは自然に笑みが零れた。やっと外れた2年の枷が彼女を饒舌にさせる。

 

「実は一夏が失敗したら乾くんの遺伝子だけでも持ち帰る予定だったんだ。」

 

巧は特に喋らずふんとだけ相槌を打った。

 

「これからどうなんのよアンタ?」

 

最初と見て心配な視線の鈴音にシャルロットがう〜んと顎を触る。

 

「事が事だし、フランス政府から本国へ強制送還されて良くて牢屋行きかな?」

 

どうでもいいように話すシャルロットに鈴音が目を見開く。

 

「アンタ、それで良いの。」

 

「良いことは無いけど…どうしようもないから。」

 

そう言うシャルロットはもうフランスで幽閉される自分の姿が見えているようだった。

 

「それで良いのかよ。」

 

一夏が声を上げる。シャルロットはどこかやはりという感じでそれを迎えた。

 

「そんなの理不尽過ぎるじゃないか。可笑しいよ。父親が子供を道具扱いするなんて。嫌がるべきだそんなの。」

 

一夏は心の底からそう叫んだ。しかしシャルロットには今更遅いの返答しか返らない。身分を偽り独立国であるIS学園に不当に入学したのだから仕方ないと一夏を黙らせる。

 

「抗おうとしなかったぼくの自業自得だよ。それにさっきは牢屋行きって、あれもぼくの予想でもしかしたら軽いのかも知れないし。もし重くてもフランスに死刑制度は無いから取り敢えず安心だよ。」

 

シャルロットの淡々さに3人は押し黙る。巧は黙って鈴音は歯を食いしばりながら其々シャルロット救済のために頭を巡らす。浮かぶアイデアはしかしそのどれもが現実味を持たない。国家レベルの問題に巧は勿論鈴音ですら打開策を見いだせなかった。一夏を除いて。

 

「シャルロット。」

 

今初めて聞いた本名をこの場の者で初めて口にする。

 

「正直に答えてくれ。お前は牢屋行きが良いのかここでみんなと暮らすのかどっちが良いんだ。」

 

「そりゃあ、一夏達と一緒がいいよ。」

 

軽い口調でこの場の者が求める答えを出す彼女はしかしそれが実現するとは微塵も思っていない事がわかる。だが一夏にはその本心が聞ければ十分だった。本当に諦めている訳では無いのなら今から出す一夏の案には乗ってくれない。

 

「特記事項第二十一。ーー」

 

そうして一夏がシャルロットに突き出したのは彼女も良く知るIS学園の学生証だ。意図が読めない3人に一夏が続ける。

 

「本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。

 

本人の同意がない場合 それらの外的介入は原則として許可されないものとする。」

 

それは五十五項目あるIS学園の特記事項の内の1つだった。すなわちIS学園にいる内は例え国家権力であろうと名義上手出しは一切出来ない事を示す内容である。一夏は唖然とするシャルロットに明るく笑ってみせた。

 

「取り敢えずシャルロットは三年は安全って事だよ。その間に問題を解決すれば良いんだ。」

 

確かに一夏の提案なら三年の猶予が手に入る。それまでにデュノア社との問題が解決すれば晴れてシャルロットは自由の身に慣れる。シャルロットは思わずあっと声を漏らした。

 

「シャルロットは自由になりたいんだろ。それならなって何が悪いんだ。父親だろうと関係ない!お前は自由になるべきだ!」

 

暗い瞳に光が灯るのを見た。

 

 

……

 

………

 

…………

 

……………

 

「それは違うんじゃないか。」

 

今まで話に参加しなかった巧が静かにそう言った。

 

「それじゃあ先延ばしにしかならないだろ。その先はどうすんだよ。」

 

「うっ。」

 

思わず呻く一夏。巧の言う事はその通りであった。一夏の案では問題の直接の解決にはならない。同じように鈴音も一夏の策を否定する。

 

「そうよ。それに名義上では保証されていても安心じゃないわ。相手は国よ。その気になられたら後ろ盾の無いIS学園はひとたまりもないわ。」

 

巧と鈴音の意見にシャルロットも縦に首を振る。

 

「デュノア社やフランス政府がそんな手段を取ったとしたら一夏達だって危険が及ぶかも知れないんだよ?ぼく1人のためにここのみんなに迷惑を掛けるわけにはいかない。」

 

シャルロットは返って強い口調で決意を示し一夏の案を突っぱねた。自分のためでは無い。なんの関係もない学友達がある日全く知らない問題のために危険な目に遭う。一夏を黙らせるには十分な理由だった。押し黙った一夏に3人は正当な理由に返せる反論を見つけられず黙ったと思った。しかし実際は一夏の脳裏に反復するある言葉がそれを成していた。

 

 

 

 

 

ーー一夏

 

「いいか一夏、お前は理不尽な不幸が大嫌いだが。」

 

「お前の行動も時としてそれ(理不尽)に繋がるという事を知っておけ。」

 

シャルロットに理由を聞いた時真っ先に箒の言葉を思い出した。蘭のためだと今でも思っている。でもあの時の泣き顔は紛れもなく俺のせいだ。アレは俺の理不尽だ。更に今回は数が違う。俺の良かれと思っての行動が箒や千冬姉やこの学園全体に理不尽が降り注ぐ事になるかも知れないと思うとつい言い返す事が出来なかった。

 

あの時からなにも変わってはいない。アリーナでは鈴音や箒を助けられずに今度はもっと近くに居るシャルロットすら救えない。いや救うことはできる。ただしそれには他のみんなの命を生贄にする事。俺にそんな権利は無い。悩み、しかし終着点が無い悩み。どこまで行っても両方助かるハッピーエンドは浮かんでこない。早く早くと焦りパニックになりながら無い頭を絞って出鱈目に案を出す。

 

セシリアのキュウリサンドが美味しかった事

 

ボーデヴッヒさんのスマイルがえらくイケメンだった事

 

…………………

 

馬鹿か俺の脳味噌!こんな時にボケるなよ!考えろ!

 

しかしそれは関係ない思考を捻り出すほど俺がなにも解決策が浮かばない事を表わしていた。

 

クソォどっちか選ばねぇと行けないのかよ。

 

 

 

 

 

それは馬鹿な脳味噌が映し出した無関係なモノの1つだった。

 

 

 

……箒?

 

『何を迷う必要があるんだ。』

 

箒の声が響く。もちろん本物の箒では無い。しかしその一言が俺の脳味噌が作り出した他の雑念を全て消し去った。

 

箒は言った。

 

『人を助けるのに迷うなんてお前らしく無いぞ。理屈を考える暇があるなら体で動け。』

 

一度だって箒本人からは言われたことのないセリフだ。しかしそのセリフはとても俺から生まれたものには聞こえなくて。まるで本当に箒から言われたような感覚と共に何故か急にふっとさっきまでの重い悩みが消えていくのを感じた。

 

 

 

 

 

ーー

 

一夏がバッと俯いていた顔を上げる。強い目を携えた強い顔に3人は感じた。そして一夏はこれまた元気な声で言った。

 

 

 

 

 

「うるせーー!!」

 

目を丸くする3人に一夏は構わず叫んだ。それはもはや策や案と呼べるものでは無く一夏の感じた不満をただぶつけるだけの八つ当たりだった。

 

「シャルロットはこの学園に残って三年の間でなんとか解決するんだ!」

 

「でもみんなに迷惑が……」

 

「うるせーー!!」

 

「えぇ⁉︎」

 

「それも俺たちみんなで力を合わせてなんとかする!学園全員が力を合わせればフランスだろうが怖くない!」

 

シャルロットに反論すら許さない一夏は我儘そのものだった。長い付き合いの鈴音も初めて見る癇癪。一夏はガバッとシャルロットの肩を掴んだ。

 

「ちょっ、一夏っ…」

 

「うるせーー!!」

 

「すみません⁉︎」

 

無理やり黙らせる一夏に完璧に置いてけぼりを食らった2人は付き合いきれんとばかりに鈴音はベッドに寝転がり巧はファイズファンを弄る。

 

「お前は自由になりたいんだ!そのためなら我儘言うべきだ!」

 

一夏の謎の迫力に押されるシャルロット。

 

「俺たちの事なんか気にするな!図々しくたって俺たち全員がなんとかする!シャルロットの事もみんなの事もなんとかする!」

 

真っ直ぐとなんの曇りもなく言ってのける裏にはなんの勝算も無い。それでも一夏は考えずに行動する。

 

「自由になるのに構う事なんて無いんだ!

 

お前はなんの心配も要らずに自由になっていいんだ!」

 

「一夏…」

 

「お前は自由になりたいのかなりたく無いのかどうか言え!10秒以内で!」

 

「えっ、」

 

「10.9.6.3.2……」

 

「ちょちょちょっ、待って!待って!カウント可笑しいよ⁉︎」

 

超高速。しかもちょっとズルしてるカウントダウンは止まらずついに、

 

「0!どっちだ!」

 

何度も言うが我儘そのものだ。大分おかしい一夏にあてられたか答えを迫られたシャルロットも少しおかしなテンションになり叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なりたいーー!!」

 

 

 

 

 

ーー校舎

 

「うるせぇぇぇぇ!」

 

「ど、どうしたのリニス⁉︎」

 

所属する部活の自主練をしていると突然ここからは小さく見える寮に向かってキレる家族にアリシアが驚く。リニスは今日も災難。

 

ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、はあ、」

 

こんなに大声を出したのは初めてかも知れない。若干痛む喉に後悔しながらシャルロットは説明出来ない、しかし確かな清々しい気持ちになっていた。理屈も抜きに吐き出した言葉は間違いなく自分の本当の気持ちだった。それを引き出させたのは相部屋の少年の極めて餓鬼っぽい我儘。それに答えた自分も所詮ガキなのだと思うと深刻な状況なのに笑えてくる。そしてその本人を見上げると同じようにめいいっぱい笑いながら一夏が言った。

 

「よし、じゃあここに居ろ!」

 

その笑顔に彼女の持つ問題を解決する力は何も無い。しかし今の彼女にとってはなによりも頼りになる笑顔だった。

 

「うん!」

 

それは一夏が見た中でとびきりの笑顔だった。

 

ーー

 

 

 

 

 

ーービル街

 

静かな無言。男が村上に返す。

 

「シャルロット・デュノア、多少の改変を重ね正史通りの結論に至りました。」

 

男の報告に村上はそうですかとだけ返し笑った。

 

「この後はどうなさいますか。」

 

事務的に男が指示を求める。

 

「引き続き監視を。」

 

「はい。」

 

静かな無言。今度は誰も返さなかった。

 

 




久々に1万字を突破
中々原作通りの一夏の結論に持って行き辛い…。
シャルロット母の設定はオリジナルです。母親の描写がどこかズレていると思うかも知れませんが母親はシャルロットを正真正銘愛しています。
一夏が感じた箒の声は一夏が作り出した幻聴です。危ない奴(ぼそ…
今のところちょいキャラにしかなっていないリニスとアリシアですが彼女たちはこれから頭角を出す予定です。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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23話 4人、5人、沢山寄ればパーフェクトノックアウト

シャルロット編の完結です。

ニコニコで毎週水曜日から土曜までウルトラマンジードの配信をしております(布教活動)


ーー学生寮

 

「もう終わった?」

 

スッカリ一夏のベッドで寛いでいる鈴音が彼女には理解できない謎の興奮状態になった2人に尋ねる。それにやはり変なテンションで一夏が笑顔で問題ないと答える。

 

「なあ?シャルロット。」

 

「だね!どこかおかしい所ある?」

 

「………」

 

存在そのものが。と言うのは流石に思いとどまった。おかしかろうが暗かったシャルロットがこんなに笑顔でいるのだ。野暮なことは言うべきでは無い。しかし鈴音はだから良かったねで済ますつもりは無い。問題は解決してはいないのだから。

 

「シャルロットがここに残りたい気持ちは分かったわ。じゃあ尚更良いアイデアを出さないとね。」

 

シャルロットの心の叫びは彼女にも伝わった。協力を惜しむつもりは無い。

 

「……ちょっと思うんだけどよ。考えてみればそんなに難しい問題か?」

 

巧が早速手を挙げる。

 

「大企業だフランス政府だとビビってるが思いっきり人道無視だろ。普通に発表して裁判すれば勝てるんじゃないか。」

 

「あ、確かに。」

 

一夏が手を打つ。シャルロットの回想や単語のインパクトで騙されていたがアルベールの行いは誘拐、監禁などなど…法治国家においてのレッドゾーンのことごとくをアクセル全開のイッテイーヨー!で信号無視で突っ走っている状態だ。それこそ蛮野が何人死ぬか分かったもんじゃない。まあ蛮野が2、3人割られても別に良いが。兎に角巧の言う通り。案外隠し通す必要も無いのかもしれない。フランスの法律には詳しく無いが15歳の少女を2年間も幽閉しておいてお咎め無しは無いだろう。もしフランス政府が相手でも十分勝てるんじゃないか?と一夏の収まりかけた変なテンションも蘇り始めた。

 

「なんだ!楽勝じゃんか!」

 

「そうかしら。」

 

それを鈴音が寛ぎながら冷静に否定した。彼女は巧の案には不安要素があると言う。

 

「今更だけどデュノア社の、というか社長のアルベール・デュノアの影響力って凄いのよ。」

 

「遠い中国にもデュノア社長と繋がりが深い高官や政治家が少なくないわ。」

 

代表候補生の立場で仕入れた信用のある情報だ。

 

「一代で今のデュノア社を立ち上げた時にもかなり悪どい事をやってたらしいんだけど、それを方々からの圧力で揉み消したそうよ。」

 

「今回のシャルロットの件もなにか手が打たれている筈よ。」

 

鈴音の説明に一夏のテンションも完全に平常に戻り押し黙る。

納得はし難いが無理やり納得させる。

この中で最もこの類の問題解決に有能だろう鈴音が難色を示したのだ。

彼女が難しいと言うならばその通りなのだろうと一夏は判断した。

この案はダメだ他のを考えよう。

しかし巧ですら浮かばない打開策が一夏に簡単に浮かぶわけも無く。

それでも諦めないので床で腕を組みうんうんと唸っているだけとなった。

それを見て再び鈴音が口を開いた。

 

「大体この人数じゃ無理よ。織斑先生に頼れば確実じゃない?」

 

鈴音の案に一夏はまた迷惑をかけるのかと少し不快感を覚えたがここは意地を張っている場合ではない事も事実。

覚悟を決め自分が読んでこようと伝えた。

せめてそこはケジメとして自分がやっておきたかった。

立ち上がり扉を開こうとノブに手をかけ、断続的な振動をノブ越しに感じた。

 

「来たか。」

 

巧が言った。

三回のノックを音と振動で次の展開を察知しドアから離れた一夏はいち早くその向こうの人間を見た。

 

「あっ一夏くん、お邪魔します。」

 

なのはは何時も通り柔らかに笑った。

 

不思議に思いながらも彼女に道を開ける一夏。

その親切に彼女は礼を言い部屋に入って来た。

あっとなり思わずシャルロットの事を伝えようとするがなのははそれを手で制した。

まるで既に知っているような動作に思える。

不思議がる一夏になのはは自分のケータイを懐から取り出し一夏に見せた。

 

「巧くんから聞いてる。最初は冗談だと思ったけど本当みたいだね。でも華奢で中性的な子だったから納得かな。」

 

それは巧からのメールだった。

一夏が変なテンションでシャルロットに我儘を言っている間に巧がなのはへ発信したものだ。

シャルル・デュノアの正体とここへ向かうようにとの内容が無機質なゴシック体で簡単に綴られている。

なのははそのままメールを見せたまま巧に向き直る。

 

「どうだったんだ。」

 

「うん、なんか今日は機嫌が良かったからアッサリね。」

 

話し込む2人をBGMに一夏はなんと無くメール内容を目で追う。

必要事項だけを纏めた巧の人情味の無いメールを最後まで読むのはさほど時間はかからなかった。

 

「今繋がってんのか?」

 

「うん、話をつけてからはそのまま切ってないよ。それとあの公園の時に新しくデバイス渡されてね、映像で来てるよ。」

 

なのはが空いた方の手を使い懐から取り出すのと一夏が最後の一文を読むのは同時だった。

 

 

 

《篠ノ之束を呼べ》

 

独特な間の取り方の女の声色が一夏の耳に入ってきた。

 

 

 

 

 

ーー

 

ホテルの一室のようなスペースを持つ2人部屋が狭く思える。

部屋主である一夏とシャルル改めシャルロットの2人に鈴音、巧、なのはの5人に加え画面の向こう側から不思議の国からの6人目がこの場の注目を集めていた。

声に驚きなのはのパネル式のデバイスを覗き込んだ一夏が声を上げる。

 

「束さん。」

 

篠ノ之束は何時もの目の保養に悪い配色のドレスを着て機械式のうさ耳をぴょこぴょこさせて画面の向こうで笑った。

 

「久しぶりー、いっくん。あれ背ぇ伸びた?」

 

まるでその場にいるような淀みのない声質はそのままデバイスの高性能さを表している。

束は屈託のない笑顔を一夏に見せたかと思うと直ぐに鋭い目付きになった。

一夏は急な変化に困惑するが束はまるで一夏が見えておらず別の人間を見ているように話す。

 

「この子が男装していっくんに近づいた波乱女?」

 

「え、ぼく?」

 

位置的に画面が見えないシャルロットは驚く。

本来なら小さい画面を占領している自分の姿が見えないのかと一夏も困惑する。

やがてその違和感に束も気づいたのかあっとした顔になり頭をかいた。

 

「そうだった…なのはちゃん。ちょっとサーチャーみんなに見せて。」

 

「はい。」

 

なのはが空に手を翳し軽く払うと瞬間、桜色の光球がポツンと1つシャルロットの目の前に現れた。

 

「わ、」

 

「これってなのはさんの……ナンカ?」

 

「サーチャーって言ってね。これを媒介にして束さんはこっちの様子を見てるんだ。ただこれ1つだけしか対応してないから今みたいにズレちゃうことがあるけどね。」

 

みんなの驚きになのはが束に代弁するように説明した。

巧との対談の際に新しく束から渡された改良デバイス。

以前は敵による電波傍受を受けない事や独自の通信技術などを盛り込んだ結果、束との連絡以外なんの機能も付けられず見た目もトランシーバーの小型版のようなものだった。

改良型は新たに液晶を貼り付け音質も向上させた。

 

「更にこのデバイスには近くに監視魔法の存在。それに含まれる特定の魔力に反応してそれにリンクさせて映像化が出来るんだ。」

 

今度は全員に見えるようにした画面越しの束は余程自信があるのか見るからに自慢げに説明をする。

 

「ま、要するにお話がしやすくなったって事。」

 

呆気に取られる一同に簡単に締めくくった所で再度、なのはが全員に見えるようスタンドを立て机に置き、シャルロットに目を向けた。

ドキリとするシャルロットの中性的な顔を暫く見つめ、うんと画面の向こうのラボで頷いた。

 

「分かった。手は尽くしてみる。」

 

それはシャルロットの問題解決に助力するという事を示していた。

驚く一同に少しむっとしたように束が横のなのはに目を向ける。

 

「なに、束さんそんなに人情味の無い人間に見えるの。」

 

「あはは、違いますよ。今まで世間離れしてたからみんな束さんの優しさに不慣れなんですよ。」

 

「それ微妙に褒めてないように思うんだけど、」

 

「あんたミサイルハッキングしたテロリストだもんな。」

 

「違うっつの。」

 

巧の憎まれ口を返しながら束は再びシャルロットに視線を向ける。

巧はその表情を見て人情味が無いの評価は案外正しいと思った。

束は無闇な嘘を付くタイプでは無い。

手を尽くすと言った以上問題解決に協力するというのは本当だろう。

が、緊張するシャルロットを写す目を見る限りとても慈悲の気持ちが介入した結果とは思えない。

恐らくシャルロットが束に選ばれたのは単に断る理由が特に無かったというだけなのだろう。

それでも今シャルロットに必要なのは哀れみの気持ちではなく実際にそれを成し遂げてくれる力だ。

だから巧はなのはを使い束を呼んだのだ。

 

「シャルロットさん。」

 

「は、はい。」

 

一夏が小さく「また名前覚えてる…」と呟く。

 

「やるのは君が罪を問われる事が無いようにする、までで良いのかな。」

 

「はい、それで充分です。ありがとう御座います。篠ノ之博士。」

 

目の前に突然現れた現在進行系で失踪中のISの開発者の登場にまだ尾をひかれながらも頭を下げる。

束はそれに特に感慨無く礼を受け取り映像を切った。

 

「じゃあ早速取り掛かるから、じゃね。」

 

画面越しだからかそれとも性格のせいか、カオスとも言える複雑すぎる雰囲気をまるで気にしないアッサリとした最後で部屋は5人となった。

本人にその気はないだろうが振り回された形となった空気になのはでさえ数瞬場をとりもつのに躊躇した。

 

「束さんはそんなに難しい事じゃ無いって言ってたから上手くやってくれるよ。」

 

誰もが居心地の悪そうにしている中特に気まずようにしているシャルロットにそう笑いかける。

なのはの口から知らされた朗報に一夏達も皆元気が戻ってきた。

 

「良かったな、シャルロット。」

 

一夏が安心させようと彼女の肩を叩く。

 

「たくっ、最初から篠ノ之博士に頼んどけば良かったんじゃ無い。人騒がせね。」

 

忌憚ない言葉を叩くが表情は柔らかい鈴音。

巧となのはも言葉こそ発しないがシャルロットに柔らかい表情を向けている。

みんなの笑顔に囲まれてシャルロットも笑った。

 

 

 

 

 

ーー

 

それから一同は解散した。

特に巧は事が終わると直ぐに帰って行った。

彼の自室にはシャワー室が無いため大浴場を使うのだが、そのためには当直の教師にその折を伝え時間を作って貰う必要があるのだ。

同じ理由で入浴がまだだった鈴音も帰り最後になのはが労いの言葉をかけながら部屋に戻り元の2人部屋となった。

急に静かになった部屋に調子が狂う。

 

「……風呂入ってくる。」

 

不意に思い出した全力疾走のための気持ち悪いベタつきに一夏はシャルロットにそう伝えた。

 

「うん、」

 

シャルロットの返事を聞きながら一夏はシャワー室へと入って行った。

 

ーー

 

今日は疲れたからシャワーだけにしよう。

肌を叩くお湯の雫に身を任せながら一夏は今日の事を振り返っていた。久しぶりに濃い一日だった。

セシリアとの決闘では人生一番とも言える死力の集中力を開花させ、アリゲーターオルフェノクの襲撃では未知の世界を体験し、そしてシャルロットの件では心からの叫びをした。

人が一度決心した事を他人が変えることは非常に難しい。

特にシャルロットは一夏や学園の人間のように他人を気遣ってのこと故その難度も15歳が経験するにはそれこそ前者2つの出来事に匹敵する内容だった。

人が人とわかり合う。

一夏は心の底からの強い気持ちでそれを成し遂げたのだ。

そりゃあ疲れるってもんだ。

 

ぼーっと只々シャワーを浴びる一夏はやがて蛇口を閉め水を止める。

脱衣室で体の水気を拭き取り新しい服に着替えて今まで来ていた服を備え付けの洗濯機に放り込みドアを開けた。

 

「お疲れ。」

 

「さんきゅ。」

 

コップに冷蔵庫から取り出し入れたジュースを入れているシャルロットが出迎える。

はい、と一夏お気に入りのスポーツドリンクを有り難く受け取りながら遠慮なく中身を一気飲みした。

冷たいジュースが喉を冷やし潤す。

あまりに一気にいったためカキ氷にお馴染みの感覚に近いものにうっとなりながらも耐えコップを流しは置く。

 

(洗うのは明日で良いかな。)

 

ついそういう甘えが浮かんでくる。

今日は本当に疲れているんだなと自分でも驚きながらベッドに向かい、しかし横にはならず自分も自分のベッドに同じように座るシャルロットと向いあった。

その次はまるで示し合わせのようにお互いが口を開き談笑を楽しんだ。

 

 

 

 

 

ーー

 

人が訪ねて来たのは2回目だと思いながら巧は今度は以前とは逆の位置に座り向き合う形でなのはを見る。

既に2人とも入浴は済ませお互い仄かな火照りを感じる。

火照った女性は色っぽくなると言うが美人の分類であるなのはもそれに漏れないものを持っているが巧はまるで気にせず同性を相手にしているように落ち着き払っている。

 

なのはが口を開いた。

 

「急にごめんね。」

 

「だったら来んなよ。」

 

早速の毒にアハハと笑うなのは。

忌憚の余地のない巧の物言いに苦笑しつつ用件を伝えた。

 

「この前巧くん私を呼びつけたでしょ。訳も話さずに。」

 

「なんだ、それの仕返しで無断で入って来たのか。」

 

「そういう意地悪じゃ無いんだけど、いきなり来ても大丈夫かなって思ってね。」

 

なのはは巧との対談の後も定期的に巧と接している。

束からはあっち方面かと尋ねられたが生憎と巧に友人関係以上の感情を持ったことは無い。

それでもこうして訪ねる理由はこっちの世界に来てからどうも拭えない慣れない違和感が巧と話していると抜けるからだ。

それが高じて仲が深まりこうしてちょっとした話題で訪ねる事ができるのだ。

 

「一夏くんのことだよ。」

 

「織斑のどういう所だ。」

 

分からないと巧が聞き返す。

 

「シャルロットちゃん。最初は迷惑かけたくないって協力を嫌がったんだよね。」

 

頷くことで巧は肯定する。

 

「それを一夏くんが説得したって。」

 

「説得なんてもんじゃない。わめき散らしてただけだ。」

 

「でもそれでシャルロットちゃんは心変わりした。それって一夏くんの想いが伝わったってことだよね。」

 

「さあな。」

 

巧はこの件に関してはあまり興味はないらしい。

しかしなのはの話は聞くつもりらしくなのはもそれを感じ取り続ける。

 

「それって凄いことだと思うんだ。、、まあそれが言いたかっただけなんだけどね。」

 

本心を言ったはいいもののその後の会話の繋ぎを用意していなかったため間が出来てしまう。

 

「そうだな。」

 

しかし言いたいことは無事伝わったらしく巧はぶっきら棒ながらもなのはに同意する。

 

「あの子、オルフェノクと戦った時に少し挫折しちゃって。大事な人が危ない時に何も出来なかった事がすごくショックだったみたいなの。」

 

鈴音と箒。

2人ともなのはと巧により救出されたことは何よりだったがそれでも一夏からすれば最も親しい間柄である2人の危機に全くの無力であったという事実はなのはの予想以上の衝撃だったのだ。

 

「実は表には出してなかったけどあれからちょっと無理なトレーニングをしてて私も注意はしてたんだけど、よっぽど悔しかったんだろうね。」

 

ちょっと、と言ったが実際のトレーニング量はいつか急に意識を手放す事が起きても可笑しくないものだった。

巧にも言ったがやはり余程悔しさを感じたのだろう。

そんな中で今回の説得はさながら朗報のように感じた。

一夏はシャルロットを救ったのは束だと言うだろうがなのはから言わせればそれ以前に一夏の心からの叫びによってシャルロットの心は救われたのだ。

なのははそれが嬉しかった。

 

「これで少しは自信が戻って元気になったら良いよね。」

 

「だな。」

 

相変わらず質素な対応しかしない巧だがなのはにはキチンとした本心だと分かった。

 

 

 

シャルロット編ーー完結

 

 

 

 

 

 

 

おまけー

 

 

 

「え、撫でてくれるの?」

 

「勘違いすんなよ。撫でて()()()んじゃない。この前の仕返しだ。頭出せ。」

 

以前とは逆になのはの横に座った巧はそう諭す。

なのはに無断で撫でられた事がそれ程癪に触ったのか手を構える巧は動作の微笑ましさに似合わないほど真剣な表情だ。

しかしなのはからすれば断る理由も無い。

むしろ可愛らしい根の持ち方にやり返しだと微笑ましい気持ちで「はい」と頭を差し出した。

 

巧がニヤリと笑うのを位置的に見えなかった。

 

 

 

 

 

ガシガシガシガシ

 

 

 

「痛たたたぁ!?」

 

「ちょっと巧くん!っ痛い痛い痛い、強い!強い!私そんな乱暴に撫でて無いよ!抜ける抜ける髪抜けるって⁉︎」

 

なのはの心からの叫びは今度は通じず。

巧はここ最近見たことの無いくらいの満面の笑みでなのはの髪を撫でた。

事情を知らない人間が見ればマウントポジションで地面に頭を擦り付けている風にしか見えないくらい優しく撫でた。

 

「うっせえ撫でてやるって言ったろ!つーか髪抜けろ。長くて鬱陶しい。」

 

「あったま来た!魔法使いだって体鍛えてるんだからね!」

 

それから2人の取っ組み合いの喧嘩は余りの激しさに通報を受けた教師が怒鳴り込んでくるまで続いた。

 

 

 

その後2人は反省文2000字を書いた。




久しぶりに一夏、巧、なのはの主人公組3人が揃いました。

まだまだたっくんとなのはさんに並び立つには未熟なワンサマー。

今回なのはさんが一夏を認めることで漸くその入り口から一歩前に進んだ印象です。
束さんが開発した新型のデバイスはなのはのサーチャーからの映像を独自に中継して束のラボに送る手法です。

見た目はタッチパネル式の携帯端末ですがメールとかグーグルは開けません。電話だけです。
そのかわりそこいらの設備では通信傍受のされない代物で、バッテリーもなのはがサーチャーに供給する魔力を貰っているので魔力がある限り動きます。
あらかじめ設定しておけば誰の魔法でも機能します。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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24話 一年生最強決定戦

シャルロット正体バレの時系列から全く進んで居ない3週間。取り敢えずこれで次回から月曜日です。


日曜日の過ごし方に決まったものは無い。朝起きる時間、朝食を食べる時間、本国の会社の重役達とのミーティングを開始する時間。それらは決まっているもののそれ以外の予定はその日暮らしというのがいつもの過ごし方だ。部屋で読書を勤しむのも部活動に精を出すのも友人との会話を楽しむのも習慣的なこと以外は全て気分で決める。ルーズという訳では無い。セシリアにとっては何で楽しむかといった拘りは無く楽しめればどんな事でも良いのだ。

 

それに予定が無い訳ではない。

この日は兼ねてから付き合いを良くしている一夏達との昼食会が予定されている。

 

メンバーがそれぞれ料理が出来るという事で弁当を持参するという約束だ。セシリアは普段通りサンドウィッチを作るつもりだ。朝食を食べた後下ごしらえをして置いた食材数種を取り出してイギリス風のブレッドと何時もは使わない日本の食パンを用意した。ふわふわな食感はセシリアからしてみれば食事には似つかわしくないものであり自分用では無い。

食事会、手料理持参のキーワードからメンバー同士で食べ比べのような展開もあるかも知れないと日本人である一夏と箒にも合うように用意したものだ。

食パンには朝にワインビネガーに浸けておいたキュウリの薄切りを使うつもりである。他は自分用のブレッドにハムやチーズ、レタストマトなどを挟んでいく。日本と比べてボリューミーなサンドウィッチはセシリアの好みだ。そうして具材を乗っけてパンで挟んでいくを繰り返していく内に少し躓いた。

 

「あらトマトが…」

 

余った。というかそれ以外足りない。

 

材料に使っていたトマト以外の材料がタイミングよく全て底を尽きてしまった。

用意している弁当箱にはそれまでのサンドウィッチだけでは隙間が空く。仕方なくトマトだけを詰めて急ごしらえのサンドウィッチを詰めて弁当を完成させると仕上げにお湯を沸かす。紅茶だけは事前に放ったらかしには出来ない。

入れるのは日本人にも合うダージリン。時季的にセカンドフラッシュのもので厳選したマスカテルフレーバーを使う。

予め湯通しして温めて置いた部屋に備え付けのポットに茶葉を入れる。そこに熱湯を注ぎ蓋をして3分程度待つ。3分経ったらスプーンでポット内をひとかきし同じく事前に湯通しをした魔法瓶に注ぐ。茶こしで茶葉を取り除きながらゴールデンドリップと言われる淹れ方で最後の一滴まで注ぐ。そうして少し不安要素を残しながらも昼食を完成させたセシリアは約束の昼食会まで本を読みながら時間を潰した。

 

 

「やはり失敗だったかしら。」

 

トマトのサンドウィッチとそれを食べた一夏の無表情を思い出しながら会社からの用事を済ませるセシリアは独りごちる。会社からの用事は直ぐに終わり暇になったセシリアの脳裏に今更にしてあの光景が浮かび上がったのだ。今セシリアは気分転換に修繕の終わったアリーナに向かっている。久しぶりにISの訓練をするつもりであった。

 

対ホークオルフェノクの備えのつもりだった。

しかし予想通りか果たして自分がこの10年で手に入れた力はアリゲーターオルフェノクには通じなかった。

 

なのはの戦力を利用し自身は補助に回ったことで有利に立ち回っていたがティアーズの火力では父には通用しないだろう。恐らくアリゲーターオルフェノクに通用しない程度なら父と対峙しても瞬殺だ。それほどあの夜に見た鷹の姿は強大だった。

初めて見たISにも幾度か会う機会があった国家代表クラスもあれと比べれば鷹どころか羽虫のよう。同じくIS乗りとしての1つの目標であるブリュンヒルデ。この学園で初めて生で会えた織斑千冬でさえもあの雄大な空を縦横無尽に翔る翼には届かない。もしかしたらこの世界にある兵器では父の居る高さにすら辿りつかないのかも知れない。

 

「……」

 

セシリアの脳裏に2人が浮かぶ。何処までも届く桜色の光。硬い外骨格を砕く紅い拳。彼らがどこから来たのかはセシリアには分からない。ただ父親達と同じくこの地球が幾度か体験した異常の共時性、かつて無い程の奇妙なシンクロニシティ(意味ある偶然の一致)だと確信している。間違いなく灰色の怪人と関係を持つ者達だ。しかしセシリアは彼らとの関係を踏み込んだものにしようとは思わない。それは決して期待している結果に身を結びはしないと賢い彼女は分かっている。今出来ることはさらなる飛躍。自分という自身が一番コントロールできる武器の強化が一番の近道だ。確固たる決意でアリーナへ向かいながらそれでも呟く。

 

「非効率ですわね…」

 

せめて新しい、出来れば強い相手がいればもっと有意義なのだがと思いながら辿り着いたアリーナの更衣室のドアを開いた。

 

 

 

 

「オルコット候補生、貴方も訓練か。」

 

居た。既にISスーツを着用したラウラにセシリアは不純な感情を相手への非礼と判断し柔らかな笑顔で隠した。

 

「ええ。」

 

「候補生として休みの日を利用しない手は無いからな。一日欠かすと直ぐに腕が鈍る。」

 

「同感ですわ。しかし繰り返しの反復練習だけでは洗練はされても飛躍は望めないのでは?」

 

スーツに着替えながらなんと無しに返す言葉にラウラはうっとなった。当然だ。そうなるよう狙ったのだから。候補生なら学園以前の方が訓練時間が充実しているのは当然。特に軍所属という事は並みの候補生よりもより過酷な訓練をこなしているはず。反復練習で済むメニューならば兎も角『相手』となると話は別だ。特殊部隊に所属する優秀な訓練相手は学生ではそう務まらない。ラウラが物足りなさを感じていると予想するのは簡単だった。そしてラウラの性格上セシリアの誘いを断る事は無い。

 

「いかがかしら?偶には共同訓練というのも。」

 

「ふん…悪く無いな。」

 

 

ーーアリーナ内

 

教師に届け出を出し許可を貰った2人はお互い生身で向かい合っている。二十メートルの距離をプライベートチャネルを駆使し会話をする。

 

「開始合図はうち流(黒ウサギ隊)にしてもらう。ISを着用して互いに向き合う。そして呼吸が合った時に戦闘開始だ。」

 

まるで相撲の立会いのように互いに相手の準備を感じ取るのだ。

 

「承知しましたわ。では、」

 

セシリアの体を蒼い光が包む。ブルー・ティアーズを着用したセシリアにラウラがほう、と声を漏らした。

 

「セシリア・オルコットの噂は欧州連合でも話題に上がるほどと聞くが成る程その通りらしい。」

 

展開が速い。驕るわけではないが軍の人間としてラウラは自分がそこいらの政府や企業直属の候補生より練度は上という自負は抱いていた。しかし今のセシリアの展開速度にその価値観を改めた。ISの練度は展開の速度に現れる。何気なくした彼女のそれはラウラですらその価値観を思い上がりだと恥じるほどだった。

 

「しかし私もドイツIS部隊の隊長だ。易々と終わるわけにはいかないな。」

 

ラウラの持つ待機状態のISが展開される。黒を基調としたボディは生身を晒すというISのデザインながら重戦車のイメージを受けるものだった。第三世代機『シュヴァルツェア・レーゲン』を纏ったラウラはそれ以前の小柄な体躯からは想像できないプレッシャーを放っていた。

既に戦闘態勢に入ったラウラにセシリアはあくまでも淑女的な笑みを絶やさない。鋭い目つきでそれを迎え撃つラウラはじきに来る勝気の衝突を予感しながら筋肉を程よく弛緩させる。

古今東西の武術に通じる始動前の脱力とシュヴァルツェア・レーゲンの高出力を重ねればそれだけで並みのISならば必殺になり得る。

専用機であるブルー・ティアーズでも真正面からの激突は避けるはずだ。

そこからの烈火のような攻撃の連続がラウラの必勝パターンだ。

脱力の度合いを絶妙に保ちながらラウラはコマ刻みの秒数を見ているようにその瞬間を克明に感じ取る。

 

3、2、1………

 

「!」

 

重なった。

 

感じ取った確かな邂逅。

瞬間ラウラの体は前進した。

大出力のスラスターを持ってしてもこの距離でセシリア程の人間がこれをぼーっと突っ立って受けはしない。

だからラウラはもう一押し加える。

一度吹かした出力を今度はスラスターに逆に収束させ一気に解放させた。

ゴウッと瞬時加速により飛び出したシュヴァルツェア・レーゲンはさながら砲弾。

 

コンマ数秒の後に来る激突をラウラは動かずに居るセシリアの姿で確信した。

見立てによる実力は恐らく自分以上だろうセシリアだからこそ見せる真っ向勝負。

技術や小細工ではどうしようもない愚直な一点突破はだからこそセシリアには回避以外の選択肢を与えない。

即ち回避が間に合わなければこの勝負はラウラに転がっても可笑しくないのだ。

極限状態の視界維持の中でラウラは煌びやかな一瞬の蒼と目の前に広がる粉塵の壁に覆われた。

 

「むっ…!」

 

緊急事態にラウラは瞬時に加速を止め回避行動を取ろうとするが、それより早く粉塵から飛び出した鉄腕が彼女の意識を揺らした。

 

「ぐおっ…」

 

上体を完全に吹き飛ばされながら殴られたと判明した攻撃の正体とその過程にラウラは歯ぎしりをする。

 

やられた

 

粉塵の中から拳を振り抜いた形でも微笑みを崩さないセシリアとティアーズの特殊装備であるBT兵器ブルー・ティアーズの内の一機が下を向きその下方の地面が抉れているのを見てラウラは自分が彼女の掌の上で転ばされていた事を悟る。

 

ラウラが脱力という準備をしていたようにセシリアもまた予測という形で戦闘開始の瞬間に動けるよう準備をしていたのだ。

 

体当たりという攻撃手段を開始前から予想しラウラの脱力から確信したセシリアは浮遊するブルー・ティアーズを下向きに展開。

そのままラウラの戦闘態勢が整うのを待ってから開始の意思を示しタイミングを計った。

そして後は突撃するラウラの目の前で地面に向けレーザーを射出するだけ。

距離の関係で暫く時間のかかるラウラの突撃を充分待ってからの一番効果的な距離での煙幕に思惑通り動きを止めたラウラをセシリアは思い切り振りかぶって殴ったという訳だ。

クスリと笑うセシリアは優雅にしかし非情に次の瞬間ラウラはブルー・ティアーズの全照射を受けた。

 

 

ーー

 

奇襲の失敗は痛かった。こうして主導権を握られた。しかしそれでもラウラは冷静だった。計6機装備されたワイヤーブレードで空を飛ぶセシリアを狙う。

 

しかしセシリアが捕まることはない。

 

一機のブルー・ティアーズを周回させ残りは依然ラウラを狙わせながら自身も見事な回避行動を取る。

淀みのない動きには誘導の小細工は通用しない。

業を煮やしワイヤーを突っ込ませようとすれば彼女を周回するブルー・ティアーズが正確無比な射撃でワイヤーを撃ち落とす。

それでもラウラはワイヤーブレードによる攻撃を止めずセシリアはそれらを例外なく全て撃ち落とした。

暫くもしない内にラウラは全てのワイヤーブレードを失った。

しかしそれでも度重なる攻撃でセシリアの鋼の集中力が乱れた。

残った3機のブルー・ティアーズでも完璧な包囲網を作っていた彼女だったが遂にとてもミスとまでは言えずとも磐石とは言い難い隙。

集中砲火の穴を作る事に成功した。

最初の一撃でシールドエネルギーを3割程持っていかれたがそれでも頑強で鳴らすシュヴァルツェア・レーゲンの装甲ならばこの程度のレーザーで沈黙することはない。

ラウラは緩やかに減っていくシールドエネルギーを一瞥し最後のワイヤーブレードを落としたセシリアを見上げる。

 

まだ遠い。

 

AICの範囲にはまだ不十分。先ずは近づかなくては話にならない。

ラウラは今一度瞬時加速でセシリアに接近する。

プラズマ手刀を両手に展開しながら迫る様は大迫力だ。

セシリアはそれに感心したように息を吐くと今度はスターライトmkⅢを展開する。

しかし撃つことはせず横に構えまるでそれだけを武器にして受けて立つとでもいうようだった。

 

(舐めているのか…まあ良い。どちらにしろビーム兵器がある以上無闇にAICは使えん。)

 

PICを発展させた慣性停止能力(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)はその名の通り指定したあらゆる物体に対してそれに掛かる慣性を意図的に停止してしまうもの。

即ち人や物を無理やり金縛り状態にする事が出来る一対一では圧倒的なアドバンテージを誇るシュヴァルツェア・レーゲンの虎の子だ。

しかし無敵に思えるこの能力も効果は一方向のみ、発動には多大な集中力が必要、そして光学兵器には無力という弱点があった。

ラウラがセシリアへの発動を躊躇う理由は3番目。

全部で4機のブルー・ティアーズのビームは威力こそシュヴァルツェア・レーゲンの装甲を一撃で貫くことは出来ないがAICの持続を邪魔する程度は充分。

更にブルー・ティアーズはセシリアの脳波コントロールで常に4方向別々にラウラを狙う。

AICは相手の思考まで止めることは出来ない。

セシリア本体を止めた所で脳波コントロールでどれか一機からでもビームを喰らえばその時点で集中力はとても続かない。

寧ろ大きな隙になり得る。

 

今更気づくとは、ラウラは自分を恥じた。

 

高出力と強力な武装で第三世代機の中でも最強を誇るシュヴァルツェア・レーゲンの天敵が海を挟んだ僅か1000キロ先の国に居たとは。

ラウラはもどかしさを胸中に隠し両手のプラズマ手刀で直接セシリアに斬りかかった。

 

ガキンッ!

 

重い音。精錬された特殊金属同士がぶつかる甲高い音がアリーナに響く。プラズマ手刀をスターライトmkⅢで受け止めたセシリアはまだ笑っている。

 

「ちっ…」

 

良い加減目障りになってきたラウラは持ち得る技術の全てを使い2つの手刀をセシリアに打ち込む。

乱雑に見える刃もその実非常に完成度の高い過程になっているがそれらはただの1つも目的に昇華する事はない。

全ての手刀とたまに入る蹴りによる3次元的攻撃を全てライフルだけで受け、叩き、流す。

少しの攻防の後セシリアは急に攻勢に出た。

プラズマ手刀の一撃をライフルで絡めとるように受け流しラウラの体に直接0距離射撃を加えた。

ブルー・ティアーズ以上の高火力をなんの備えも無く受けたラウラの体は衝撃とともに吹き飛ぶ。

上から被せるように撃ったためラウラの体は地面に激突!土煙を上げる。

セシリアは旋回させていたブルー・ティアーズを自身の周辺に戻し空から土煙を微笑みを絶やさず見る。

この時点でブルー・ティアーズのシールドエネルギーはほぼ満タン。

対してシュヴァルツェア・レーゲンは今の攻撃でレッドゾーン。

場合によれば全損もあり得る。

競技としてもここらで終了だろうしラウラもこれ以上戦闘を続ける必要は無いことは分かっているだろう。

それでもセシリアはラウラの直撃地点を注視するというポジションから外れようとしない。

何かを予感しているのだ。ISのハイパーセンサーでも感知し得ない攻撃とも取れない。

しかし確かな燻りを。

そしてそれは必ず燃え上がることを。

 

鍛え抜かれた生物の第六感は時としてコンピュータを遥かに超える判断能力を発揮する。

セシリアのISが急激に高まる熱源反応を電磁場によっての攻撃だと計算しアラームとしてセシリアに伝えるコンマ数秒も前にセシリアは最高出力のスターライトmkⅢを放っていた。

大口径レールガンと高出力のビームの直撃は相殺地点から広がり強力な電波障害を引き起こした。

復活した遮断シールドがアリーナ外への被害を抑えたがセシリアはそうはいかない。

先ずスラスターに異常が起こった。

これは冷静に緊急着陸を成功させたことで事なきを得たが問題は他にもあった。

 

「ブルー・ティアーズが…これは整備科送りですわね。」

 

脳波コントロール受信装置を潰され使い物にならなくなった4機全てのBT兵器を粒子化し状況を確認した。

相殺の影響でシールドエネルギーが軽微ながら減っている。BT兵器は使用不能。

スラスター含む複数の機能に異常発生。

残る武装は砲身が破損し鈍器としてしか使えないスターライトmkⅢとインターセプターそしてブルー・ティアーズ腰部に搭載されてあるミサイル砲2門。

 

煙が晴れた先に居たシュヴァルツェア・レーゲンはブルー・ティアーズ以上の被害だった。

堅牢なボディは所々欠け特大のレールガンは砲身が歪み使い物にならない。

シールドエネルギーもあと一発で全損というラインだろう。

しかしそれでも残った右手のプラズマ手刀を構えてセシリアを睨みつける。

ラウラがフッと笑った。

 

「まさかあの距離でのレールガンに反応し迎撃するとは思わなかった。あれで決めておきたかったんだがな。」

 

まいったなと自嘲気味に笑うラウラにセシリアも笑う。

 

「まさか列車砲があんなに速く撃てるなんて私も驚きましたわ。」

 

正直な感想を述べながらセシリアはシュヴァルツェア・レーゲンの大口径レールガン故障の原因が相殺によるものでは無くリミットを超えた無茶による自壊だと理解した。

ラウラは尚も笑みを絶やさずプラズマ手刀を構える。待ちの姿勢だ。

 

「悪いが脚にもきていてな、そちらから来てくれないか。」

 

「喜んで。」

 

ラウラにとっての攻撃手段はもう片方しかないプラズマ手刀しか残されておらず待っている以外の選択肢も無いのだ。

対してセシリアにはまだミサイル誘導式のブルー・ティアーズがある。

これを撃ち込めば今度こそ決着だが彼女はそんな事は望まない。

格上であるホークオルフェノクに挑むためかこの約10年の間に戦いに手段を選ぶ事は愚行だという価値観が根付いたがラウラとのこれは実戦では無い。

闘いには時として目的より過程が重視されるべきこともある。

ラウラの待ちにまだ隠された秘策がある事を理解しながらもセシリアは近接ナイフ『インターセプター』を展開。

それを半身に構えて残された最大出力でラウラに突撃をする。

ラウラには半身の影響でセシリアの体積は半分程の見えにくい物に見えた。

しかし向かっている事が解ればそれで充分。

込み上げる興奮を抑えて冷静に素早くラウラは向かって来るインターセプターの刃を集中した。

シュヴァルツェア・レーゲン最強武装。

AICを発動させた。

 

 

 

ピタッと。

 

 

 

「っ…!」

 

セシリアの顔に初めて動揺が走る。

 

(機体トラブル⁉︎いえもっと……っ慣性停止か)

 

発動したAICは左手に持つインターセプターを中心にセシリアの慣性を停止させるという力学に抗った超常現象を引き起こした。

ブルー・ティアーズの出力を最大にさせてもまるでぴくりともしない異常事態にセシリアはラウラの最後の一撃。

プラズマ手刀を前に回避が出来なかった。

 

 

ーーAIC

 

慣性を停止させるという力学に逆らう異常現象を引き起こす作動キーは操縦者の意志力だ。

ISの機械仕掛けの神秘を持ってして引き起こされる奇跡はしかしそれ相応の負担を操縦者に強いる。

 

ブルー・ティアーズに匹敵かそれ以上の脳負担をその特異な出生により実用段階にしたラウラの精神は傷ついた体と差し迫る活動限界時間への焦りから限られた中でも数多ある選択肢を選ばなかった。

ナイフという武器の代表格とも言えるもの。

刃物という武器の持つ目的を究極まで突き詰めたインターセプターはセシリアの姿勢もありその目的を隠そうとしていない。

ラウラの意識は自分に向けられるインターセプターの刃先を中心に見えている範囲をAICで止めた。

 

ーー

 

AICの効果範囲はラウラの意識に依存する。

あまり広過ぎても負担がかかるため対象物にキチンと絞った発動を心掛けている。

しかし今回の場合はダメージ、タイムリミット、ハッキリとした敵意が重なった事でラウラの集中力はもっとも危ないインターセプターに向けられてしまった。

 

そうインターセプターを持つ左半身に。

 

ラウラはそれを知る暇もなくプラズマ手刀を振りかぶり、

 

右腕部による殴打を無防備に受けた。

 

光とともにシールドエネルギーが弾け飛んだ。

 

 

ーーアリーナ内

 

「負けたか、」

 

ISを解除したラウラがアリーナの地面に大の字になりながら呟いた。

あの瞬間セシリアは動く右腕とその理由を瞬時に看破し足りないリーチを銃の役割をなさなくなったスターライトmkⅢで補いながらラウラの側頭部へ叩きつけた。

 

本当に僅かな差だった。

 

そしてそれが今の自分の限界だ。

ラウラはISを解除し自らの脚で歩み寄って来たセシリアを見上げて起き上がった。

微笑みが消えたセシリアが凄くレアなように思えて笑った。

 

「どうされた、オルコット候補生。君は私に勝ったんだぞ。そんな顔をされては虚しいじゃないか。」

 

「いえ、予想ではもっと快勝でしたわ。」

 

「むっ、それはまた随分傷つけてくれるな。」

 

「ああ、ごめんあそばせ。あなたを侮辱している訳ではありませんの。己の未熟さを悔いておりますの。」

 

おいおいと苦笑するラウラに慌ててセシリアが言い換える。

しかしそれをいや、と制すのはラウラだ。

 

「考えてみればそうだな。最初の奇襲、土煙に乗じたマッハの射撃、そしてAIC…全て真正面から叩き潰されたんだ。貴方ならそれが出来た。私が食い下がれたのは単に運だな。」

 

それがセシリアに対するラウラの評価。

自分が彼女にあそこまでやれたのはシュヴァルツェア・レーゲンの高スペック、そしてAICの存在と彼女自身が言う通り運が良い日だったというだけだ。

 

「それこそ私が未熟な証拠ですわ。3度とも一歩間違えれば勝ちを失っていた。運が良かったのは私の方。あなたと私の間に大差などありません。」

 

セシリアは心からそう思っている。

それでもラウラの憮然は動きはしなかったがここでそれを問答する気は無い。

どんな不満があろうと敗者である自分が開ける口など存在しない。

ラウラはセシリアに数歩歩み寄る。

 

「取り敢えず……良い訓練だった。協力に感謝する。」

 

差し出される手を取る。

 

「こちらこそ。」

 

こうして誰も居ない平穏の中このIS学園にて1つのランキングが変動した対決が終了した。

 

 

 

 

 

 




原作ではなかったラウラとセシリアの模擬戦。
勘違いされてしまった方に補足としてラウラは決して弱体化していません。寧ろ強さに原作ほど執着していないためその分戦闘の選択肢が豊富です。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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25話 新たな段階へ

みんな待たせたなぁ!

俺の名前は月曜日、休み明けの人間のダラけた心身をへし折る事が俺の生き甲斐だ。




パラレルワールドとは無数の独立した世界のことを指す。 それらは我々の今生きている世界と全く同じように見えるが実際は目に映らない程の僅かな差で隔絶されている。

今日の朝ごはんにパンを食べた。 ご飯を食べたでもうそこからは違う世界になってしまう。

無数の枝別れの可能性を潜り抜けて初めて今私が生きている今に立ち会えるのだ。

 

朝起きた。

そこから始まる数多の道筋は全てその1つの所作から引き起こされる数十時間の枝別れを左右する。

 

もし仮に視床下部(ししょうかぶ)外側部に異常が起きればこれから始まる筈の出来事ははなから無かったことになるのだ。

そう思うと産まれてから毎日繰り返してきた。 自分の人生の中でもっとも慣れた反復動作が急に不安になってくる。

 

まるで今までサラリーマンとして社会に貢献してきた男がある日突然麻薬の売人として過ごさなくてはならないように。

つても経験も何1つない中しくじれば碌な目に合わないハイリスクな生活に身を置いたような永遠の枝別れの量にも劣らない沈痛。

一瞬だがそんなあり得ないしかもあなたがよんでいる物語の本筋にまるで関係のない文字の羅列を私が書いたのも気取った言い方をすればそういう枝別れの1つなのだ。

 

ーーIS学園 寮

パチリと、無事にいつも通り余裕のある時間に目を覚ましたなのはは横のまだ健やかな寝息を立てる同居人。 更識簪を見やる。

簪がだらし無い訳ではない。なのはは何時も簪より先に目を覚ます。

なのははすっかりいつも通りになった習慣を後にベッドから降り立った。 服を着替えてIS学園の制服に身を包む。 それまでの習慣なら部屋のカーテンを浴びて太陽の光を浴びるのだがまだ眠っている簪を気遣い今ではしない事が習慣になっている。

同居している以上、相手に譲るべき所もあるし簪ならば1人でキチンと起きられるからだ。

なのはは寝ている簪を起こさないように扉を開けて部屋の外へ出た。そこからも寮の同居人達を起こさないように気をつけながら慎重に、しかしその足取りはまるで毎日そうしているように速いものだった。 そうしてあっという間に寮の裏口から外の世界へ出たなのははより強くなった磯の香りを感じた。

サーチャーを飛ばす。

魔力で構成された光球は閉じられたドアや壁を通り抜け周辺の人の動きを逐一なのはに知らせる。 人の気配がないことを確認したなのはは束に与えられたデバイスを取り出し起動させた。 デバイスは1つだけ残しておいたサーチャーの魔力を感知し同調する。 数十秒後になのはは束の顔を見た。

画面に映った束はだらし無く寝巻きのまま。 背景に映る内容から未だベッドから起き上がってすらおらず横になったままなのだと分かりなのはは顔に出さないように呆れた。

 

「早いよ」

 

気怠げに束が睨む。

なのはは気にせずに答えた。

 

「何時もとおんなじ時間じゃないですか。いい加減慣れて下さい。」

 

なのはの言うとおり彼女は何時もこの時間にコールし、束は何時もデバイスのコール音に叩き起こされてなのはを睨む。

 

「それはスカリエッティ捜索以上に難しいね。」

 

束のハッキリとした無理です発言になのははまた呆れながらも面には出さない。 これも何度も繰り返してきた問答だ。なのははいつも通りの定時連絡をした。

内容は昨日までに起こった一夏と箒の変化。

IS学園に入学してからのなのはの役割だ。 スカリエッティからのアプローチを警戒した束からの依頼受けなのはは2人にそれぞれサーチャーを付けている。

 

「異常はなかったです」

 

いつも通りの連絡に束もあまり期待していなかったように「そう」とだけ返した。 大抵はここで2人のやり取りは終わるが今日はなのはから追加注文があった。 今にも寝てしまいそうな束になのはは間髪入れずに言った。

 

「シャルロットちゃんのことはどうなってますか。」

 

昨日今日の話だとなのはも理解しているが困っている人間を放っておかない性格は止められなかった。 真剣味を増した顔に束も少し眠い目を開けて答えた。

 

「なんとかなるよ。」

 

この定時連絡では珍しい優しげな声。

なのはにはそれで充分だった。

 

「おやすみ、」

 

途切れた映像。 恐らく本当に二度寝をしたのだろうとなのはは思い小さく礼を言って部屋に戻った。

月曜日が始まった。

 

 

ーー我輩は猫である〜名前はまだない〜

命名された名称はふざけていると思われても仕方がないものの無人島1つを使って建造された地下基地はおふざけの範囲ではない。 篠ノ之束の執念が成した物だ。 一夏と箒をなのはに任せ自身はスカリエッティ捜索に専念した束によりラボはこれまで以上にその力を振るった。

島のあちこちに点在するカモフラージュされたアンテナから世界中の情報を仕入れる。 それを島一つを巨大な電算機とした巨大コンピュータで整理され特に有用な情報だけが島の主である束に届くのだ。

 

しかし整理されたとはいえその量たるや膨大。 束は今までにも増して重労働をしておりよく寝不足になっていた。

 

最近までは

 

今は新たになのはより注文された事案について着手していた。

 

シャルロット・デュノアの問題である。

 

巧からシャルロットの話を聞かされたなのはは始めは束の協力を仰げるか不安であったが思いの外束は真面目にシャルロット解放に勤めていた。

というのもここ数ヶ月の努力の末 束はスカリエッティ捜索に実りが来ないと感じ始めていた。

 

確証が定かではないことに束は執着しない。

束はそれまでの拘りが嘘のようにスカリエッティ捜索を切り上げた。 そしてそこに丁度なのはは被さったというわけだ。 そうして今束はシャルロットの問題解決にそれまでの時間とラボの機能を当てている。

苦労で言えばこちらの方が断然楽だ。

しかしそのせいで夜遅くまで遊んでいて寝不足になるので通信越しのなのはからすればあまり変わっていない。

 

「束様、朝食です。」

 

クロエが用意した黒焦げを通り越した原型を留めないナニカをジャリジャリと美味しそうに頬張った後で束はラボのコンソールに向かい合った。

なんとかなる。の言葉通り束はシャルロットの問題を今日の内に終わらせる予定である。

 

「杜撰だよねぇ。」

 

束が感じたのは調べる内に分かった経営難に陥るデュノア社のとった起死回生の策の拙さ。

IS学園に在住または勤めている人間を束は事前に全て調べている。 その過程で転校生のシャルロットの事も一通り調べており実はその時に束はシャルロットに一抹の不審さを感じていたのだ。 その時はスカリエッティの手の者では無い事が分かりそれ以降調べてはいなかったが先日なのはからの頼みを聞き入れ捜査を敢行し初めて明らかになった。

娘を息子に仕立て上げ学園に入学させたアルベールの作戦はデュノア社の内部事情に少し切り込まれただけで束に知られた。

そのアッサリさは事前の調べで何故気付かなかったのかと束が珍しい自分への嫌悪感を抱くほどだった。

 

無論そんな拙いカラクリが本気になった束に通用する筈も無くデュノア社がシャルロットにした全てと問題の強制送還の解決策を束は昨日の内に組み立てそして今日実行するのだ。

束は寝巻きから着替えて外着になる。 それは束が嫌っていた、なのはから買い与えられた変装用の服だった。 なのはから軽微の認識阻害が掛かったその服を束は不快気に着込みラボからエレベーターで地上に出る。 そして地上に待機させてあったにんじん型のロケットに乗り込んだ。

 

「束様」

 

通信機越しにクロエが伝える。

 

「行ってらっしゃいませ。」

 

「はいは〜い行ってきまーす。くーちゃん、夜ご飯はグラタンが良い!」

 

畏まりましたと頭を下げるクロエに見送られ束を乗せたにんじんロケットは海を越え飛んで行った。

 

 

ーーフランス 某カフェ

ビル群が立ち並ぶその街には珍しい平屋の石造りのカフェ。

この街に彼より高い建物はあっても彼より古い建物は居ない。

かつては彼と同世代の建物やそれ以上のものもあったが彼らが建っていた場所には今は鉄筋コンクリートのビルが並んでいる。 彼だけがこの街に今だ点在する理由は彼の主人とその息子達が彼の土地の権利書を頑なに金持ち達に渡さなかったためだ。

そうして脈々と受け継がれてきた彼の新築の体はくすみ。 しかしそれが味を出し彼の主人の作る料理とコーヒーがまた人を集めいつしか彼は天を突くこの街の底でも人々の間で知られるようになり愛されていた。

そのカフェにこの街でも一番高いビルの主人。アルベール・デュノアが1人の女性と相席していた。

何時もは高級なスーツとISを扱える護衛で身を飾る彼も今日はカジュアルな格好でカフェの周りには護衛の姿は無い。 交通を規制して彼を狙う不届き者をシャットダウンする訳でもなくカフェの味を求めてやって来る一般客に混じってコーヒーを楽しんでいた。 上質な豆と腕により届く境地を味わいながらアルベールは目の前の女性に目をやる

 

人気のコーヒーを傾ける女性は極めて地味だった。

肘まで伸ばした黒い髪に黒縁の眼鏡は女性の顔自体を暗くさせ見えにくくする。

ロングスカート越しでも分かるスタイルの良さとボリューミーなトップスに隠されていても目立つ豊満。 眼を凝らせば顔立ちも極めて整っている。 豪華なパーティで各界の名士や貴族の家柄のお嬢様を見慣れているアルベールからしても女性は美女の枠に入る。 それでも彼女に客観的以上の興味が移らないのは不思議だった。 しかしそれも昨日の夜に突然彼のパソコンに届いたメールの発信者の名前を知れば当然だとアルベールは納得した。

 

彼らはこのカフェに来てから席に座り今に至るまで互いに口を開いてはいない。 それがメールに書かれていた要求だった。 やがてコーヒーを飲み干した女性に同じく空のカップをスターターに置いたアルベールが微笑みかけた。

 

「初めまして篠ノ之博士。」

 

束は作った笑顔でそれに答えた。

 

ーー

アルベールは笑顔の能面を被りながら驚いていた。 昨日の夜に突然匿名で届いた篠ノ之束を名乗るメールにはデュノア社が最も恐れる内容。 即ちシャルル・デュノアの正体と表に出されれば実刑は免れない非人道的な行いの数々が確かな証拠付きで送付されていた。

 

『こちらの要求に応えなければこれを公表する』とテンプレな台詞と指示された内容に従い1人でカフェに訪れたアルベールは既に席に座り2人分のコーヒーをテーブルに置いていた女性を見つけ無言で女性の向かい席に座った。 コーヒーを飲み終わるまで一言も口を聞いてはいけなかった。

 

今アルベールの前には天災 篠ノ之束が居る。

世界中が躍起になって探していたインフィニット・ストラトスの開発者が伸ばせば届く位置に居る。 むろんデュノア社も各界に手を回し彼女の動向を探ってはいた。 しかしアルベールの力を持ってしても論文の発表からの一切が掴めなかった。

唯一白騎士事件が束とそしてブリュンヒルデ 織斑千冬の共謀だったということは分かったがその程度はそれなりの地位とマトモな思考力の持ち主ならば誰でも辿り着く当然の物。

肝心の所在は分からず終い。

そんな中まさかの向こうからの呼び出しにアルベールの能面がその瞬間だけ崩れたのは当然だった。

 

しかし今の彼女に対して技術提供の頼みは聞けまい。

自分は今回の対談に置いて一方的に注文される側なのだとメールからありありと分からされた。

こうして笑顔を向けてくれてはいるがその中に自分への好意など毛ほども持ち合わせていないという事をアルベールは知っていた。 この女も自分と同じく能面が被れるのだ。 しかしその能面は人付き合いを目的としたものではない。

他人との関わりから自分を守るための拒絶の笑顔だ。

アルベールはそれを感じながら挨拶の後は束に場の主導権を委ねた。それもメールの指定だ。

アルベールは口すら開けなかった。

能面が喋る。

 

「初めましてアルベールさん。お呼び立てしてすみません。」

 

「コーヒー代はせめてものお詫びです。ここのコーヒー評判らしいですね。私今日初めて飲んだんですけどとても美味しくて、この街の人たちが羨ましくなりましたよ。」

 

流暢なフランス語を使いこなしアルベールに笑いかける異国の美女は傍目に見ればフレンドリーなものに見えるだろう。 しかしその誤認はだんまりを決め込むアルベールにより証明される。

これはメールに記されていた要求に沿った仮初めの友好だ。

 

私をイラつかせるな

 

それが束が掴んだデュノア社の情報を握りつぶせる唯一の方法だった。

 

「束の機嫌を損ねない」

 

これまで有能な彼のキャリアの中で最も特異な接待を彼は無言を貫く事で正解とした。

会ってから今まで。 言葉を発したのはコーヒーを飲み終えたタイミングのみ。 逆に言えばあのタイミング以外では束の機嫌を損ねるという事をアルベールは判断した。 友好の能面を被りながらアルベールの脳は高速回転で次の可能性を予測し続けた。

彼の目下の役目はこの地雷原のような篠ノ之束の怒りの琴線を掻い潜り情報の公表を阻止することだった。 そのためアルベールはこの能面から微かに感じる余裕の隙を目ざとく感じ取り口を開いた。

 

「今日はどういったご用件があるのですかな」

 

決して命令的にならないように、かといって無視されない程度に感情をのせてアルベールは束に質問をした。 束の地味な容姿の向こうから溢れた変化にアルベールは緊張した。

傍目に見れば束の姿は初めての店に興奮を隠しきれずに話し込んでいたところを相方に指摘され少しキョトンとした後照れ隠しに笑ったように見えただろう。

現にアルベールの目にもそう映った。 束は確かに照れた表情を見せたろうし束もそれを肯定するだろう。

しかしアルベールはそれを能面が作り出す都合の良い幻だと思った。

人付き合いを避けるために創り出された最低限の人付き合い。 模範的なにこやかさは裏を返せば妙な言及をされたくないという真逆の想い。 彼女にとって敬意を持って接する相手ほどその実関わり合いたくないという相手なのだとアルベールは確信した。

恐らく少しでも機嫌を損ねればその笑顔は容赦のない殺意として彼を襲うだろう。

 

「ああすみません。いえ、ね。大した話では無いんですけどね。」

 

「お宅の息子さん……シャルル君でしたっけ?」

 

「もしかしたらシャルル君ってぇ

シャルロットちゃん…なんじゃないかって、ははは………

 

 

わかるよね?」

 

綺麗に作られた信管のような女だと思った。

 

 

ーーIS学園 side

 

side……

 

 

side………

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

「side一夏ああああああ!!!!!」

 

 

「うひゃぁぁぁぁ⁉︎」

 

はっ!いかん。つい出番と分かって興奮してしまった。 俺は俺の大声で驚き悲鳴を上げたシャルをフォローする。

 

「すまん、大丈夫かシャル?」

 

「う、うん…一夏ってたまに可笑しくなるよね。」

 

俺じゃなくて作者のせいなんだけどな〜。

 

あの日から俺はシャルロットの事をシャルと呼んでいる。

問題が解決するまで取り敢えず真実は隠すことになったのだが俺が今まで通りのシャルル呼びを自然に続けられるかなぁ…と独り言の冗談のつもりで言ったところ、じゃあシャルって呼んで!…とシャルからの提案で決まったものだ。 因みに他の三人はクラスが違うためか何不自由なくシャルル呼びだ。

 

今日の朝になってシャルはすっかり何時もの優等生シャルル・デュノアだった。 クラスのみんなとも普通に打ち解けていられて当初は心配していた俺の方がそっちに気をつけなければならないほどだった。

それにしてもとシャルの笑顔で思う。

 

お母さんとの事といい(本当の方の)。

 

今こうして笑顔を振りまいているといい。

 

本当に俺の同居人は強いんだなぁと感じる。

シャルからは俺の叫びが僕の心を動かしたんだと言われたが俺にはそれは副次的なものだと思う。 やはり最後にあいつが笑顔になれたのはあいつ自身の強さだ。

俺が協力するのはむしろ、というか当たり前にここからだ。 元気に見せていてもやはり不安は覚えているはず。

シャルの不安を少しでも取り除く。

それがその気(抗う)にさせた俺の責任だと思うし束さんがなんとかしてくれる今、俺が出来る唯一の事だ。

 

今シャルは一組の特に仲の良いセシリアと箒と一緒に談笑をしている。 2人は知らないだろうがガールズトークを見ているようだ。 それまでだったらなんとも思わずに会話に入るところなんだけど今日はやめておこうかな。

シャルにも少しは女の子らしい楽しみを味わってほしい。

 

「織斑クン。」

 

「ウェ⁉︎」

 

ビックリした…この人本当に急に現れるな。

 

「なに?ボーデヴィッヒさん。」

 

そういえばこの人に話しかけられるのも初めてだったかな。 日曜のアレはどっちかと言うと挨拶みたいな社交辞令だったし、本当の意味で話しかけられたのは、うん。初めてだ。

初めてのボーデヴィッヒさんはあの時よりは違和感のない、なんというか自然な感じだった。

 

「オルコット候補生から聞いたが、君は彼女とクラス代表を決める際に模擬戦で決着を付けたそうだな。」

 

ボーデヴィッヒさんの質問にうっとなる。 正直あの時の負けっぷりは軽いトラウマになっている。

しかしそれをボーデヴィッヒさんが知るはずもないので俺は頷いた。

ボーデヴィッヒさんはそうか、と確認するように呟き続けた。

 

「その時の君の戦法は近接ブレードだけによる特攻だったそうだが…違いないか。」

 

今度も頷く。

ボーデヴィッヒさんは険しい顔で顎をさすった。

 

なんだろう。

 

ボーデヴィッヒさんはドイツの軍人さんらしいから、リュウさんみたく「バカヤロー!なんて下手くそな戦い方だー!」って怒られるのかなぁ…それとも呆れられるのかなぁ。

どっちにしろ側から見れば馬鹿な行為だろうから良い反応は期待できないだろう。

 

しかしボーデヴィッヒさんはどうやらその段階に至るにはもう少し情報が必要なようだった。

彼女は次にどうしてその戦法を取ったのかを聞いてきた。 俺は素直に答える。

 

「いや、その、セシリア相手に遠距離攻撃じゃ絶対勝てないだろうし

BT兵器の練習ばっかで接近戦は慣れてないだろうって思ったから…なんだけど。」

 

楯無さんの名前を出さなかったのはなんだか人のせいにして言い訳しそうだったからだ。

ボーデヴィッヒさんはほうっと鋭い目を少し開きそれから……

 

 

 

ニコッ

 

「!」

 

思わず驚いてしまった。

擬音ほどハッキリとニコやかにではなく本当に僅かだったものの初めて笑った所を見た。 これまでのイケメンスマイルが一気に影が薄くなった。 これがボーデヴィッヒさんの本来の顔かも知れない。

 

「そうか、わかった。答えてくれて礼を言う。」

 

それだけ言ってボーデヴィッヒさんは俺から離れて行った。

俺は暫くぼーっとしていた。

あの箒以上の堅物キャラで売っている(本人は売っている訳ではない)ボーデヴィッヒさんが笑ったのだ。

 

僅かだったが…鈴の猫みたいな笑顔が100点満点だとすると赤点!追試!留年まっしぐらなくらい僅かすぎる。 笑顔というものにあんな微妙なものが存在したのかと逆に驚愕したくらい僅かではあったけど笑ったのだ。

しかもそれまでなんか嫌悪感みたいなものを抱かれてたっぽい俺に……なんか目頭が熱いなぁ…

なんだろう。

 

悪くないな(キリッて擬音がつく感じで)

 

なのはさんから束さん経由で朗報を伝えられたのはそれから数時間後の放課後であった。

『はや』

2人して突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ぐはあ!

ク、クッ…俺を倒した所で次の曜日が貴様を待っている……せい、ぜい、苦しむが良い…



ふは、は、は、は、は、はぁ!!

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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26話 次の準備

今回は今まで登場に恵まれなかったキャラたちがメインです。
主人公組は1人も出ません。

少し前半と後半でノリというか雰囲気が違うのでご注意を。


冷たい廊下。

 

無機質に続く何で出来ているのか詳しくは知らないが以前試しに学園長に聞いてみたところ、質問の唐突さと内容の珍しさに首を傾げながらも学園のものと同じだと丁寧に教えて頂いた事があり千冬は背筋に悪寒、と呼べるほどでは無いがそれに分類されるだろうものを感じた。

 

これが学び舎のものか

 

未成年が使うこと。 そして教育機関、それも世界的な教育機関であるIS学園は校舎の外壁や装飾の隅々まで『健全』に気を配っている。

千冬も赴任して来た時はかつての自分の経験から学び舎に関すること。

そしてその中のいずれも比肩し得無いと解り自然と胸に込み上げる畏敬にも似た感動は今でも覚えている。

学園と同時進行で建設されたこの地下施設には校舎の象徴とも言っても良い白さは同じくその内壁に表れているがそこに暖かみなど存在しない。

機密の施設という目的が無機質と変わり千冬の心に無感動への変動を与える。

 

まるで壁が自分の体温を奪っているような感覚を味わい千冬は嫌いなところだと思いながらこのIS学園地下施設唯一の目的。それだけのためにある一室へと足を踏み入れた。

 

既に待機していた数人の男女が又もや無機質な顔で迎え入れた。

 

名前も無い秘密の場所。

 

名付けるとするならば『秘密の場所』

 

 

ーー

千冬が入ったと部屋に備え付けられたAIが反応し厳重な扉が閉まる。 プシュッと外気との遮断を表す空気の圧が千冬の背中を叩く。

 

ここは秘密を扱う場所。

 

備え付けの電算機とスパコンは決して外部には通じておらず海底ケーブルを伝い日本国政府とのパイプラインとして機能している。

最もコチラからも彼方からも勝手な通信は出来ないらしいと千冬は聞いている。

 

秘密を扱う以外は常に閉鎖されている金のかかった部屋に入るたびに千冬は情報とは金と同化なのだなと毎度思う。

 

そしてこの部屋に入る事、そして部屋の存在を知っている秘密の人達は今日は6人。

IS学園側から2人。

 

千冬と、千冬にはお馴染みとなった本学園の生徒会長 更式楯無。

何時もの飄々とした感じが更に強まりまるで掴み所の無さを体現させたかのような彼女は教師である千冬ですら全貌は知らない。

 

残る4人の内2人は日本国側。

 

職業も名前も分からない三十代の男性と二十代ほどの女性。

服装はバラバラ。

 

男性はそこらのフリーマーケットから適当に見繕ってきたような黒のTシャツに地味目なズボンで肌を隠し目深にキャップを被っている。

対して女性はワンピースを着込みその上にカーディガンを羽織っている。

スーツ姿と制服姿の2人と比べればカジュアルすぎるものだがそこに洒落の類いのものは感じられない。

 

裸ではマズイだろうから着ているだけとすら感じられるほどの自己へ対しての無関心さはこの部屋では一番合っていた。

 

最後の2人は自分は感知していない第三勢力からの若い女性。

 

度々この秘密の話し合いに参加する千冬ですら知らない外部からの協力者に千冬はこの部屋では珍しい興味を持ち2人を見た。

1人は金色の長髪に紅い目をした女性。

1人は薄茶色のミディアムカットに帽子を被った女性。

 

どこか知っている2人だが千冬の精神はそれ以上の詮索を何かからの力でブロックされたように感じた。

 

2人の姿ははっきりとこの目が認識しているのにまるで視神経がジャックされているかのようにそれを記憶できない。

目を外せばその瞬間彼女たちの顔を忘れてしまう。千冬は日本国以上に胡散臭く感じた。

まるで今時子供話にも使わない狐の妖術のようだ。

 

「魔法、だそうですわ。織斑先生。」

掴み所の無い笑みで楯無が横から入る。 どうやら彼女には情報が入っているようだ。

 

この部屋を知った時に更式楯無に対して幾つか要望をお偉いさんから頂いた。

 

学業以外の詮索は厳禁。 そして彼女の事は生徒では無く只の外部協力者として扱え。

それが千冬と楯無の暗黙の了解だった。

千冬は只目線だけを向けた。

 

「詳しい事は言えないので表だけ、私と同じ手段での外部協力者です。」

 

楯無と同じ。

つまりこの学園の生徒であると千冬は判断し心に一つ重いものを抱きながら女達を見た。

霞は取れない。

 

ミディアムカットの薄茶髪の女が喋った。

 

「お話するのは初めてですね織斑先生。3年1組のリニスです。」

 

告げられた情報の内容に目を見開く前にそれらは幻のように霧散してしまった。 魔法が千冬の記憶認識を防いだのだ。

仕方なく千冬は唯一残ったリニスという単語を心で反復した。

 

金髪の女が喋った。

 

「私は一回だけあるよね先生。アリシア・テスタロッサです。」

 

明朗快活が似合うコチラも本来の千冬にとっては目を見開く自体なのだが魔法がそれを阻む。

結果この場の千冬にとって2人は知っている筈だが身に覚えが全くない人物像として留まり、この部屋を出た直後にその曖昧な記憶も消し飛んでしまうだろう。

千冬はこの2人についての思考を一先ず置いて日本国側の2人を見た。

いつも話は日本からする。

 

「お集まりいただきましたね。私は(みず)これは(かべ)とお呼びください。」

 

女の方から無感動な声で自己紹介がなされる。

 

今日もへんな名前だと千冬は思った。

 

日本からの使者達はいつも同じ名前をしている。

 

水はそのまま話す。

 

「数ヶ月前に御校のアリーナを襲撃した生物と無人機について報告に上がりました。」

 

壁が動いた。

水の指示を待たずに秘密の部屋に備え付けのコンソールを慣れた手つきで操作する。 4人がその行動に目が向く中水だけがなにも反応しない。

まるで機械のように水と壁はそれぞれ行動する。

 

部屋の真ん中にあるテーブル式の映像モニタに幾つかの画像と資料が浮かび上がる。

水はその中の一つを拡大し全員に見せた。

 

「灰色の生物はこれまで世界各地で謎の磁場とともに目撃情報が相次いでいます。」

 

かつて束がスカリエッティ捜索の足がかりとした情報を日本も掴んでいた。

しかしコチラは写真付きだ。

かなり荒いが表皮の色と動物離れした見慣れないディティールは千冬の2度目の経験からしてもオルフェノクと一致していた。

 

「生態は人を襲う事、しかし捕食目的では無い可能性が高いのです。」

「目撃情報では彼らは人を襲う際必ず人間の心臓を攻撃し、その後人間の体は灰に似た微量の粒子に変換されます。」

 

これは千冬も知らない事だ。

 

巧に対しての非難の想いを隠しながら情報開示は進んでいく。 どれもこれも初めて知る情報だ。 この数ヶ月間学園側でも秘密裏に情報を集めていたがここは流石に規模が違うらしい。

しかしそんな日本でもどうしても分からないところがあるらしい。

水は変わらず無感動に告げた

「この生物たちの発生理由は不明です。」

 

恐らく日本にはオルフェノク達に殺された人間の情報しか掴めていないらしい。 それだけは巧から教えられていた。

千冬は少しの思案の内口を開く事を選択した。

秘密の場所で言えないようなら恐らく一生話せない。

 

「それについては匿名の申告がある。」

 

水のなにも映さない目が千冬を見る。

 

横の楯無が『興味津々』の扇子で口元を隠している。

ニヤケているのかムスッとしているのか分からない視線が刺さる。

 

リニスとアリシアは言わずもがな。

見ているとこちらまで霞に消えてしまいそうなので気にしないことにした。

 

「やつらの名はオルフェノク。 やつらが人間を襲うのは繁殖のためだ。」

 

「やつらは人間の心臓に直接作用するナニカを注入し成功すればその人間はオルフェノクになる。」

 

「灰になるのは負担に耐えられなかった場合だ。」

 

灰になった人間は死ぬ、とまで告げて水が声を上げた。

 

「織斑先生。どこでその情報を…」

 

やはり不味かったかと顰める。

しかしそれは以外なら形で停められる。

 

「水。」

 

男性独特の低い声は当然コンソールから目を離さずに発した壁のもの。

対して水も壁には一切目を向けず反応した。

 

「失礼、ルール違反でした。」

 

秘密の場所では無闇な詮索は禁止なのだ。

頭を下げる水はそれ以降口は開かなかった。

 

「いえ、名前は言えませんが確かな情報です。」

 

「分かりましたありがとうございます。」

 

今度答えたのは壁だった。

無言でコンソールから離れ代わりに水が背を向けコンソールへと移動した。

 

「今から私を水、これを壁とお呼びください。」

 

詮索禁止のルールを破るとどうなるのかと一度思ったが彼らの場合はこうなるらしい。

壁改め水は水改め壁と同じく無感動に千冬達に喋りかける。

 

「オルフェノクについてはこちらから知っている情報は以上です。皆さまはなにか……無いようですので次に移ります。」

 

水の指示ではない指示に壁が反応し一つの画像と資料を拡大させた。

水色の錠剤のような形をした機械が映る。

 

「同じく御校を襲った無人機体。こちらはこれが初出です。」

 

これには楯無が答えた。

『待ってました』の扇子通りかは不明だが少しウキウキしているように見える。

 

「これには学園側で一通り調べた後で本土の研究機関にて再び調べさせました。その結果現存するどの技術体系とも違う未知の動力源で動くことが分かったのです。」

 

壁が新たに資料を中心に画像を取り出す。 解剖したガジェットドローンの断面図だ。 楯無は畳んだ扇子で幾つかの部位を指す。

 

「恐らくここがコアでここから各部に動力が供給されるのでしょうが、その供給システムが現在のエネルギー理論では説明出来ないそうなのです。」

 

(先のオルフェノクや謎の無人機。 世界中から未来ある若者を集めるのがIS学園だがだからといって態々うちに来ることはないだろう…)

楯無の説明を受けながら千冬は毒づく。

 

(こいつらもなんでうちに来るんだ?何でこんな地下室作ってまでうちでやるんだ。お前らん家でやればいいじゃないか。)

水と壁にバレないように毒づく。

 

(魔法とかなんとか変なことばっか言いやがるし、巧くんは必要最低限の事しか喋らないし。)

 

(最初は束×なのはみたいにレギュラーメンバーになると思ってたのにいつのまにか立ち位置凰に取られるし。)

 

(あああっ一夏のメシが食べたい。)

 

無表情で器用に煩悩を抱く千冬に構わず注目のリニスへ楯無が切り込む。

 

「行き詰まっていたところをここのお二人が匿名メールとともにIS学園に情報提供してきたのです。 ここから先はリニスさんにお任せしてもよろしいかしら。」

「ええ、特に問題は。」

 

リニスは〜ありませんを途中で切り上げたような話し方でそれを肯定する。

 

「これはガジェットドローン。魔力をエネルギー源とする機械人形です。」

 

与太話。とは扱わない。 ここに居る以上そんな類の人間ではない事は全員分かっている。

 

「それの製作者はかつて私の雇い主へ技術提供を行っていました。

名はジェイル・スカリエッティ。

恐らくオルフェノク襲来も彼が一つ噛んでいるのでは。」

 

ジェイル・スカリエッティの単語を聞いた時千冬に数ヶ月ぶりの懐かしい感覚が蘇った。

 

かつて初めて巧を目にした時に感じた違和感。

 

美しい風景画に生じたシミのように本来なら居てはならない物を発見してしまったあの時のような。

それがこの世界全体へと規模が広がった。

スカリエッティなる者は巧となにか関係があるのかと千冬は思った。

 

「我々は独自にスカリエッティの調査を行っています。今はまだ結果は上がっていませんがそれはまた近いうちに。」

 

そう言うとリニスは口を閉ざした。

無理やり話題を切り上げられたような形となった一同は暫し言葉の隙を失い黙る。

そしてコンソールを操作する壁が画像や資料をしまいモニタの電源を落とした事で再び動き出す。

水の横に立つ壁。

次の瞬間2人は一糸乱れず頭を下げた。

「それではこれにて今回の会合は終了となります。」

秘密の話し合いはいつも水と壁が終わらせる。

 

 

ーー

秘密の場所からの帰還は実にアッサリとしている。

 

普通のドアから普通の廊下へと続きいつのまにか普通の校舎へと出るのだ。

 

「終わっちゃったね。」

 

景色の移り変わりを見ながらアリシアがリニスにそう声をかける。 認識阻害の魔法は未だ健在だがアリシアとリニス同士ならば支障は無い。

 

「あの部屋に入る手続きもそうでしたが一度知ってしまえば驚くほど簡単で淡白なものでした。身元確認すらしていませんし。」

 

「逆に不安だよね。」

 

プレシアを介して言われた通りに潜入した今回の秘密の場所はアリシアの言う通り一国と国際的な立場の学園が密かに情報交換をしあう場にはセキュリティ的にかなり不安を抱く程簡単なものであった。

 

「でも知らなければ絶対に分かんなかったと思うし篠ノ之博士だって政府のお偉いさんに教えられなかったら私達がこうして潜入することも出来なかったよね。」

 

アリシアはふと昨日の事を思い出した。

 

 

ーー

 

都心から離れた元は公園だったマンションの私有地。 束が巧との会談に使用した場所に今度はプレシアを含めたテスタロッサファミリーが一同に介している。

管理人室の決して広くはないスペースに窮屈そうな面々を見ながら普段着の束は同伴するクロエの出すお茶を啜り口を開いた。

 

「プレシアさん。」

 

名前呼びは大抵相手に気を許している場合だろうし束にもそれは違いない。

人付き合いに関しては気難しい束をここまで口説いた苦労を思い出しプレシアは湯呑みを傾け一息ついた。

 

「今度IS学園で開かれる日本政府との会合があるの。」

 

「私も一応そこへ招かれてるんだけど、代わりに行ってくれないかな。」

 

特に感慨の無い語調で言ってのけた内容の濃さにプレシアは思わず苦笑する。 彼女の横ではアリシアが退屈そうに寛いでいる。

 

「また唐突ね。とゆうか普通に居場所知られてるんじゃないかしらソレ。10年間逃亡してきたんじゃないの?」

「学生にそんなの無理に決まってんじゃん。大体費用とかどうすんのよ。」

 

当たり前だという風に返した束は再び茶を啜った。

束が言うには自分がスカリエッティ捜索のため世間から姿を消せたのも密かに政府の一部と繋がりがあったからなのだと言う。

 

「白騎士事件以降国内外問わず技術提供の依頼を受けて、勿論面倒くさいから全部無視してた。スカリエッティも探さなきゃいけないし。」

 

「でもいくら束さんが人類史に残る天才でもまだ14歳だったし色々と先立つものも必要だった。」

 

「そこに現れたのが当時の防衛庁の長官だったんだ。」

 

プレシアは黙って聞いている。 アリシアもさっきまでと違い興味津々とゆう感じで耳を傾けている。

 

「その時は私はISの開発者と共に白騎士事件の首謀者って一部の政府関係者からは見られてた。スカリエッティが裏にいることを知ってるか、感づいてる人は本当に少なかった。」

 

「その長官は少ない内の1人だった?」

 

プレシアの問いに頷きで答える。

 

「最初はいつも通りの技術提供で私に尋ねて来た。そん時はもう保護プログラムで家族とは離れてたから私はチョット荒れてて断ったんだけど。

そこでその話を切り出された。」

 

犯人を捕まえてたくはないか。それが長官の条件だった。

 

「長官は私のスカリエッティ捜索に日本政府からの援助を約束する代わりにISの技術提供を日本だけに協力することを要求した。」

 

「それを私は飲んだ。」

 

以来束は国内から姿を消し日本政府からの秘密の資金提供を受け拠点である島を建設。 その日から日本と束の秘密の関係は始まった。 防衛庁が省へと格上げされたのも束の協力による防衛力増強も一因らしい。

今言ったIS学園の秘密もその折に触れて知ったものだ。

 

「正直言ってその会合だけは行きたくないんだよねぇ。」

 

紫の髪をかきあげながら物臭そうに言う。

 

「実は昨日フランスに日帰りで行ってきてそっからも忙しくて今ホントに疲れてんの。」

 

そう言われて彼女の顔をよく見ると確かにどこかくたびれた印象を受けた。 しかし理由はそれだけでは無いらしい。

どこかバツの悪そうに視線をずらす束はそれにと続けた。

 

「同じく白騎士事件で世界初のIS操縦者のちーちゃんも一年くらい前からそこに出てるらしいんだけどね……会いたくないんだわ。」

 

今はちょっとねと締めた束はプレシアの初めて見る顔だった。

 

「実はちーちゃん一度オルフェノクに襲われたらしくてその時は乾くんが助けてくれたそうなんだけど。」

 

一息ほど開けてから話す。

「そん時のオルフェノクはどうやらスカリエッティとは関係ないはぐれのものだと思うから大丈夫だと思うけど、やっぱりこれ以上関わると危険かなって思うんだ。」

 

だから行きたくない。

束の初めて見る慈悲の表情はプレシアにある気持ちの変化をもたらした。

プレシアはふっと微笑んだ。

 

「分かったわ、せっかくIS学園に入学してるんだもの。リニス、頼んだわよ。」

 

「プレシアが自ら行けば良いのでは。」

 

不思議そうなリニスにプレシアはだってと続けた。

 

「IS学園に潜入している謎の組織の女スパイって感じの方が雰囲気出そうじゃない。」

 

「後々要らぬ誤解で面倒になりそうなだけとしか。」

 

怪訝な顔をされるもプレシアは止まらない。

 

「そうね折角の機会だしこの世界の皆さんにも魔法の事を知ってもらいましょう。リニス頼んだわよ。」

 

「嫌だっつってんだろ。」

 

プレシアのサムズアップを切って捨てる。

 

「お母さん私も行きたいー。秘密の場所行きたい。」

「よし、じゃあリニスに連れてってもらいなさい。」

「はーい。」

 

「はーいじゃねーよ。

連れてかねーよ。

つか行かねーよ。」

 

リニスのツッコミにプレシアは笑いながらしかし真面目に答える。

 

「でもねリニス。ガジェットドローンの残骸については十中八九向こうは解析し終わってもう既にそこの問題に当たっている筈よ。いつまでも隠し通せる事ではないしここは情報提供者として恩を売っといても良いんじゃないかしら。」

 

プレシアの思惑にリニスは面と向かって答えた。

 

「恩を売ってどうなるんですか。下手に魔法という未知の力をチラつかせてスカリエッティではなく日本政府に狙われる可能性も考慮して下さい。

それに政府ではなくとも会合はIS学園も関わっている。IS学園にはアリシアも通ってるんですよ。」

 

「それは。」

 

押し黙るプレシアにリニスは今度は頬杖をつく束に向かって言い放つ。

 

「大体嫌なら断れば良いだけの話じゃないですか。それとも出なかったら資金援助でも切られるんですか。良いじゃないですかもうスカリエッティの捜索は打ち切ったんでしょう?」

 

「別に打ち切った訳じゃないけど…」

 

噛み付くリニスに鬱陶しそうなため息をつきながらも問い詰めに答える。

 

「まあ、付き合いっていうか…色々と良くしてもらったし多少は顔立ててやりたいなぁって。」

 

「え、似合わな…」

「うるさい。」

プレシアをすかさず黙らせる。

とにかくとリニスは結論を出す。

 

「私は絶対反対です。少なくとも我々の安全が保障されない以上行きません。」

「あ、それなら多分大丈夫。」

頑なな姿勢を見せるリニスだが束がすかさずフォローを入れる。

 

一同が注目する中束は控えていたクロエに命じ彼女に誂えたらしい洋服を持って来させた。

 

「これはクーちゃんの外出用の服。アリシアちゃんは兎も角2人ならわかるんじゃない?」

 

プレシアとソッポを向くリニスはその服を言われた通り注視してみた。 大魔導師のプレシアとそのプレシアをして維持だけでも苦労と言わしめたかつての使い魔リニスにはそのワンピース風の洋服の異常が直ぐに看破出来た。

 

「認識阻害。」

 

この世界に来てから滅多に見ない以前までの常識にリニスが思わず驚く。 プレシアは早くもそれの正体が分かった。

 

「なのはちゃんのかけた物ね。注意しないと分からない辺り流石の腕だわ。」

 

感嘆すると同時に束の言わんとすることが分かった。

 

「ダメです。」

 

すかさずリニスが否定した。

 

「大方認識阻害の魔法で切り抜ければ良いと思ってるのでしょうけど無茶です。そもそも魔法とは万能の力では無いんです。」

先ほどよりも呆れたような風を受けるリニスはそのまま続けた。

 

「アルフのような変身能力なら兎も角飽くまで認識阻害は阻害までしか出来ないんです。肉体と外気の間に魔力で編んだ膜のようなものを…つまり光が濃い霧の中では少し見えにくくなるような程度で完璧では無いんです。」

「もし身元確認でもされたらお終いです。魔法は戸籍を改ざん出来たりしませんよ。

 

リニスの説明をふーんとあくまで人ごとのようなテンションで受ける束にリニスは青筋を立てそうになる。

 

「まあいいじゃないのよ。」

「プレシア!」

楽観的な返答しかしないかつての主人にリニスは非難の目を向けた。

 

「そりゃあ並みの魔導師ならそんな粗も出るでしょうけど私とあなたが協力して編んだ認識阻害なら先ず見破れないわ。そうねぇ、言語にも暗示をかけておいて記憶中枢に記録されないように障害を加えたりすれば完璧かしら。」

 

それくらい可能でしょうと微笑むプレシアにリニスはうっとなる。 魔法の完成度ではなく初志貫徹している参加するという決意に。

 

しかしリニスとて引く理由にはならない。

 

アリシアに危害が及ぶ可能性がある以上山猫から受け継いだ強い母性を持つリニスが案を飲む訳が無い。

プレシアもそれを知っているため表情こそにこやかだがこれ以上無理に勧める事は出来ない。

さらに束も先程はああ言ったが元々そこまで重要案件でもない。 イヤなら断るかと思い始めていた。

 

アリシアの場に似合わない元気な声は良く響いた。

 

「行こうよ。」

 

たった一言だけだが確かに場の空気が変わった。 リニスにとってはヤバイ方向へ。

 

「なにを言いだすんですかアリシア、お母さん許しません。」

「お母さん私なんだけど…でも本当に良いの?やっぱり危険なのは事実よ。」

 

プレシアも不思議がる即決ぶりにリニスは大いに慌てた。

 

対するアリシアは紅いまん丸な瞳をキュッと引き締めリニスを見た。 その表情にリニスの非難の感情が四散し代わりに瞬間的に渡来した感慨に近しいものを理解した。

 

かつて自分が消えてしまう少し前に一度だけ見た事がある。

 

教え子であり娘や妹同然に愛情を注いだ。

 

何度も自分との血筋の有無を望んだ。

 

あの時の小さい身体に溢れる強い力をかつての飼い主であり友人のアリシアに感じていた。

 

容姿以上に懐古を唆るその瞳にリニスは思わず笑うしかなかった。

 

「ずるいですよ。それ、」

 

あれを思い出してしまってはどうしようもない。

 

リニスは再度気を引き締めアリシアに向かい合う。 その身から漂うぴりりとした緊張にすこし身じろぎする。 しかしそのオーラが叱咤のものではない事は分かった。

 

リニスはかつての先生としてアリシアの目を見た。

 

「アリシア、本当に行きたいんですね。」

 

「うん。」

眼をずらさずに返答する。 それがワガママに対するせめてものお詫びだと思ったから。

 

「どうして? 教えてください。」

 

リニスも眼を外さない。

プレシアはそれを無言で見つめている。

束はプレシアより不真面目に、半身になり頬杖をついているが左目がキチンと2人を捉えクロエは直立不動でいつも通り束の横に控えていた。

 

少しの間も無くアリシアがキッパリと告げた。

 

「やりたいから、です!」

 

暫しの間の後世間的には無人の筈の公園の管理人室から女の楽しそうな笑い声が響いた。

 

 

ーーIS学園

アリシアはあの時の事を思い出していた。

 

同行の理由を言った直後。

リニスは少しキョトンとした後周りが驚くくらい大きく笑った。

 

人としては一番付き合いの長いプレシアですら眼を丸くしていた。

 

その後直ぐに目尻の水滴を指で拭いながらリニスはひーひーと息を鳴らしながらそれまでの頑なをひっくり返した。

 

「なんでなの?」

 

アリシアの歩きながらの問いにリニスは戻る寮を見ながら答えた。

 

「行きたいって言われたら断れないじゃない。」

 

「……」

 

横目で確認するが特に冗談を言っているわけではないらしい。

不満は残るが断れなかったからと断言されたら追及も使用がない。

 

「ふーん。」

 

丸い声が飛んだ。

 

 




前半は巧と一番親しいキャラ筆頭だったがいつのまにか作者が他のヒロインに目移りして捨てられた千冬姉。

序盤と中盤のストーリーで「シリアスもこなせるおふざけキャラ」として地の文とのメリハリにひと役買ってくれたけどその内自然消滅した会長。

そしてゲストキャラで重要な役割なのにほぼ形骸化したテスタロッサファミリーを今回一同に介しました。

水さんと壁さんは一応国籍は日本の人って以外は更式ですら全く分かりません。

とゆうか詮索を警告されます。

普段は2人ともどっかで生活している普通の人ですが秘密の場所では思想や感情を宿さない日本との仲介人として励むよう訓練されています。

因みに女性は独身のキャリアウーマンで隠れアイドルのおっかけが趣味。
男性の方は零細企業の経営者で特に金持ちなわけではないが性格が大らかなので独身貴族。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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27話 考えうる限りで最強の組み合わせ

期間が十分だった割には3600字と少なめです。

今回はラウラ戦までの繋ぎとして少し駆け足で描いています。


一日の始まりは日付が変わった時?

それとも夜が明けた時?

目が覚めた時?

どれも正解だと思うけどここんとこの俺はSHRが一日の始まりだと思っている。

 

小学校、中学と俺の人生の半分以上は学生として構成されているから当然かもしれないけど教師は変われど続く習慣が最近になってちょっと凄いことなんじゃないかと思う。

学年別(ツーマンセル)トーナメントのペア決定まで後2週間だ。まだ決めてない者は速くしろ。」

 

織斑先生の端的でちょっと命令口調なSHRにクラスのみんなも慣れてきたのか背中越しにクラス全体の調和を感じる。

実はこの生徒全員の一体感が最近の楽しみになっているのは内緒だ。

俺もみんなと共に真剣に織斑先生と山田先生からのお知らせを聞いて朝の始まりは終わった。

 

ーー

「どうすっかなぁ。」

思わず誰にも聞かせずに呟いた一夏の困った言葉は思いの外大きかった。

 

「なにがですの?」

一夏の呟きに偶然聞こえたセシリアが彼の机の前に出て視界に入る。

聞こえてしまったかと衝動的に口を噤みしかし直ぐに理由を話す。

 

「相手がまだ居ないんだよ。」

 

普通はこうゆう大規模な試合形式の大会に該当する行事は自由参加だろうと一夏は思っている。

 

しかしIS学園はいわば世界に一つだけのISの専門校。 この行事も一種の課外授業の一環の役割を担っている。

 

当然と言うように今回の行事も基本的に全員参加。

 

特に一夏のような珍しいケースや代表候補生はデータの採取があるため各担任から事前に絶対参加が言い渡されている。

 

だというのに。

 

「まだ決まってませんの。」

 

セシリアの少し驚きの声が混じった反応に少しホッとする。

てっきり呆れられると思っていたので単純な驚きだけの反応は寧ろ助かった。 それでも人に知られた恥ずかしい気持ちで自己嫌悪の類は高まったが。

 

「なあ、セシリアってパートナーは。」

「ごめんなさい。」

 

どうやら決まっているらしい。

 

一抹の期待を込めて尋ねてみたがやはりダメだった事にいよいよ頭を悩ませる一夏。

 

改めて振り返ればこうなったのは自分のせいだ。

 

他の候補生達と同じく、なんならその特殊な存在を鑑みて学園側からは誰よりも早く通知を貰い姉であり担任である千冬からは再三勧告されていた事だった。

それでも遅れたのは単純にまだ早いと楽観視していた事と他の人間が知らない中で相手に頼み込むのも失礼かと気遣い後は純粋に忘れていた。

 

そして現在、千冬はああ言っていたが実のところこの学園の生徒は中々意識が高く既に候補生どころか一般生徒ですらもう1週間前くらいに殆ど登録を終わらせておりこの1組でも残っているのは一夏1人となってしまっている。

千冬の台詞は大体一夏に向けられていた事はSHRの終わりに見せた無言の睨みが証明していた。

登録期間はまだあるがそれも相手が居なければどうしようもない。

 

 

因みにシャルロットは鈴音が持って行った。

 

最初は彼女と組もうとしたところ正体を知る鈴音が「変態!」の一言と共に無理矢理シャルロットに書類を書かせたのだ。

箒や同じ男子の巧もすでに決まっていたため最後の砦のような感じだっただけに痛い事態だった。

頼りのシャルも取られ完全に八方塞がりを食らってしまった一夏。

しかしまだ世界は主人公を見放してはいなかったらしい。

 

うーんどないしょ…と思っていたところに社交性のある一夏の聴きなれない声がかかった。

セシリアの「あら珍しい」に気になりながらも自身も後ろを振り向きその理由を理解した。

 

「あ、久しぶりだな。俺に何か用?」

「貴方と組みに来た。」

「マジ?イイ、イイ。とゆうか助かるよ。」

 

更式簪の無表情に一夏は笑顔で返した。

 

 

ーー食堂

 

珍しい組み合わせだと一夏は思った。

いつも食事を共にしない簪が今日は目の前の席に座っている。 更に箒などの普段の相手も今回は例のパートナーと共に食べるらしく目立つことが好きではない簪が選んだ席もあって今日は簪以外周りにはいない。

 

場の空気が悪いなと思ったら直ぐに行動出来るのは一夏の利点だ。 簪が天ぷらそばの天ぷらをつゆに浸しているのをすかさず話のタネにする。

 

「お、天ぷらベチャ漬け派か。サクサク派に見つかったら騒ぎだぞ。」

 

初めてそばから顔を上げて一夏を見た簪の表情は一夏の利点が今回は悪手だった事を示していた。

 

「それで?」

「ん、それで?」

 

「私の食べ方に文句を言う人が今この場に現れる可能性はどれほど?それが確率的に低いのなら貴方のその発言はただ無意味。」

「う。」

 

どうやら今回のジョークは気分を害してしまっただけのようだ。

内心で軽率さを戒めつつ謝った一夏は自分の分のチキン南蛮定食に手をつけた。

沈黙が簪とそれの近くにいる自分に妙に似合っているように感じた。

やがて昼食を食べ終えたころに今度は意外にも簪の方から口を開いた。

簪は親しくない相手との食事中の会話は嫌いだった。

 

「織斑くんは自分の専用機の出どころって知ってる。」

 

一夏の知る同年代の女子では珍しいタイプの感情の出さない言い方にも一夏は正直に答えた。

 

「倉持技研だよ。」

 

特に考えずに発した言葉に簪もまた特に感慨を持たないように次の話題に移した。

 

「じゃあ私の専用機が同じ倉持技研が開発元だって知ってる。」

 

知らない。

素直に首を振る一夏に簪はそうと一息ついた。

身に覚えのない緊張が一夏に降りかかる。 それなのに何故か罪悪感が浮かんでくる。

簪は再度口を開いた。

 

「元々倉持技研は私の打鉄二式の製作を受け持っていた。そこに貴方の百式が入ってきて打鉄二式の製作は半分凍結扱いになったの。」

 

相槌を打つことすら躊躇われた。

 

簪の語った内容が本当なら彼女にとって自分は専用機を奪った人間と見られても無理な事ではないと思った。

相変わらず無表情の簪はだからこそ目立つ僅かな変化でこう続けた。

 

「今から言う質問は個人的な事で貴方とのタッグに変動はない。」

 

つまり正直に答えろということだと一夏は解釈した。

 

「今の話を聞いて貴方は私に対してどんな気持ちを抱いているの。」

 

暫く間は開かざるを得なかった。

 

かつての経験が無い返答に一夏は困った。 保証はされどもやはり気になるタッグ戦の不安と簪への気遣いから来る躊躇いが下手な事を言う訳にはいかないという心境にさせる。

それと同時に最近心に残っている箒からの言葉がここに来て再び浮かんできた。

 

今回も理不尽だ。

それは自分にとってもそうだし彼女にとってもそうだ。 間接的も間接的な関係ながら今の話に無関心でいられる一夏では無い。 簪が自分を恨んでいても仕方のない事だと思ってもいる。

 

その上で一夏は口を開いた。

 

 

「ひどい話だと思うよ。今まで何も知らなかったところにこうして事実を知った後だと申し訳ない気持ちも湧いてくる。」

簪の姉譲りの紅い瞳が一夏を覗く。

まだ終わりではないということを感じた。

 

 

「それでも俺は悪くないと思います。」

 

グラスの向こうの紅い瞳が一夏を覗いていた。

 

 

 

思ったよりあっさりしてると思った。

 

簪は今まで鳴りを潜ませていた不調和音の原因を前に本来なら不機嫌ものの返事に変動しない心に自前の性格以外の要因を感じていた。

 

質問する。

 

「どうして?」

 

見ようによっては責めてるようにも見える簪の質問を一夏は動じずに答えた。

 

「俺が関与した事じゃないし姉から思ったことはハッキリ伝えられる人間になれって言われているからな。」

 

返答の中に心を惹かれるワードが出たが今は気にしている時でも無い。

 

「それに簪さんは俺が謝ってたところで満足しなさそうだなぁって思ったんだ。」

 

 

「なんで?」

間を開けたのは虚をつかれ思わず思考が停止したからだ。

一夏の黒い瞳が簪を覗いていた

 

「転校生にわざわざ休みの日に校内を案内する人ならそうかなぁって勝手な思い込みだけど。」

 

思い当たる節がある。 先週の休みの時のことだ。

 

「簪さんは俺の謝罪を要求するタイプの人じゃないと思う。」

 

それで一夏から感じる意見の感覚は無くなった。

それを示すように一夏は真摯に答えるため前のめりになった姿勢を戻した。

 

黙ったまま黒い瞳が簪を覗いていた。

 

 

ーー

心底から決めた事を伝えた。

 

そこに嘘偽りはない。 こうして告げた事に今も後悔はしていないがその後の反応にはやはり人並みに気になる。

殴られる覚悟くらいしようと思っていたが幸いそうゆう激昂のような類が苦手なようだ。

 

(それはそれで気まずいけど。)

 

冷や汗を垂らしながら一夏は簪の反応を待った。 なんだか場の雰囲気的に自分から席を立つのは逃げたみたいで後ろめたかった。

 

そして一夏にとってはやっと。

簪が口を開いた。

 

「そう。」

 

予想通りと言えばそうだがもう少し抑揚をつけて欲しかったと思わなくも無い。

 

「登録しに行こ。」

 

簪は一度紅い瞳を閉じてから一夏に言った。

 

 

ーーオマケーー

 

「セッシーは誰と組んだの。」

すっかりクラスのマスコット的ポジションに収まった本音が同じくクラスの委員長ポジションとなったセシリアにのほほんと声をかけた。

セシリアは品のある微笑みでそれに答えた。

 

 

 

「ボーデヴィッヒさんと組ませていただきますわ。」

 

 

 

 




前書きでも書きましたが少し文字数落ち込みました。

言い訳苦しいですがここ最近少し文が浮かばなくなってきて…
セシリア対ラウラ戦とか束とアルベールの描写とか少し日常から離れると筆(とゆうか画面を叩く指)が進むんですが。

とゆうわけで今回はこれ以上ダラダラ間延びする前に一回切り上げました。
次回から心機一転していきます。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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28話 それぞれのパートナー

一夏が悩んでいた数十日を一息に纏めてみました。

思いつきと書きたい事が盛りだくさんで少し整合性を欠いていると思いますがどうぞお楽しみください。





一夏がツーマンセルを悩みに悩んでいたこの数週間の間他の主要メンバーがどうしていたのか? 今日は特別に数十日またぎの内容を一日にダイジェスト形式に纏めてお送りしよう。

 

 

ーー箒編

れっきとしたメインヒロインの割には要所要所で出番を取られて目立たない彼女だが別に悔しくは無い。

いつも通り道場で素振りをする彼女は恐らくこの学園でも1番の早起きの1人であろう。

 

心頭滅却。

 

聞いたことはあるがそれを昔ながらの修行という形で本当に実践している女子高生はラノベ世界広しと言えども……

なんかいっぱい居そう。

 

とにかく世間一般でも珍しい箒の素振りは彼女が所属する廃刀令後に生まれた剣道のものとは違う。 手にしているのも竹刀ではなく木刀だ。

古流武術から派生した篠ノ之流剣術の門下生である箒が行う素振りは試合形式を想定したものではない。

 

無論彼女の人生の中でその剣技を使う機会は今のところ剣道という舞台でしか無いがそれでも彼女にとって剣術は既に身体に染み付いた習慣となっていた。

 

今日も彼女は剣を振る。

 

次々とヒロイン候補が現れて来ても、

 

最近一夏と2人きりになる描写が減ってきても、

 

新しい公式ゲームで更にヒロインが増えてきても、

 

「とゆうか西暦2022年だったんだな私の世界って。」

 

箒は煩悩を抑えて素振りをする。

因みに今の呟きは自然に出た箒の記憶に残らない言葉であり箒はあくまで無心だった。

 

やがて日課の回数を終える頃には爽やかな汗で髪をシットリと湿らしている。

そこからシャワーを浴びずに道場の隅で正座し瞑想までするのが箒の日課だ。

 

最初はベタつく衣服が嫌でシャワーを浴びてからの行動も今ではそんな事は頭の隅に消えてしまう。

最初は痺れる足が嫌で短時間しかしなかった正座も今ではすっかり日常の姿勢となっている。

 

「その気になれない」と瞳を閉じなければ外界が気になって集中出来なかった瞑想そのものも今では瞳を閉じる必要も無く例え道場の一メートル手前が突貫工事の最中だったとしても彼女の意識はもし極まれば、唯識で例えるならば現行を超え末那識にまで到達しているだろう。

 

限りなく煩悩を排除した箒の思考と呼ぶべきか心の内と呼ぶべきかの深層世界は思いのほか私的なものであった。

 

内容は大体想い人一夏について。

 

勿論恋路関係の事だとゆうのは書く必要もない。

 

しかしこれは断じて不純なものではないと箒は思っている。

 

箒の父からすれば瞑想は己の心の声を知ること。 故に彼女は今想っている不純も深層世界の物を聴いているとゆう事なのだから合法なのだと思っている。

 

箒は今日も一夏攻略を思ったのちにシャワー、着替え、そして食堂へ向かう。

 

 

ーー鈴編

鈴音は朝は弱い。

同部屋のティナ・ハミルトンにいつも叩き起こされてから彼女の朝は始まる。

たまに予定などがある時などは早起きをし逆にティナを必要も無いのに叩き起こす。

 

ティナからすればいい迷惑なので勿論その度に怒られるのだが彼女はそういう日に限って早起きし過ぎてしまい暇なので懲りずにティナを起こす。

 

ティナもそもそも早起きの頻度自体が少ないため仕方ないと我慢している。

 

今回はいつも通り鈴音が叩き起こされる番だった。

 

いつもより少し早めに目を覚ました鈴音は部屋の洗面所で顔を洗い…面倒くさいので手で擦って済ませ制服に着替えてから食堂へ行くかと思ったら再びベッドインフィニット・ストラトス アーキタイプ・ブレイカー。

 

これにはティナも呆れてしかし起こさずに食堂へ向かう。

 

しかしそこはお人好しティナお嬢ちゃん。

 

鈴音経由で知った彼女と隣の席の友人の部屋の戸を叩く。

明らかに質素な造りの鉄づくりのドアは塗装が所々禿げている。 元は仮眠室のようなものだったと贔屓の教師から教えられたその部屋には今は彼だけの部屋となっている。

 

彼は数度のノックの後扉を開いた。

 

制服姿の巧が眉を寄せて出てきた。

首元は苦しいのか少し開けられ中に見えるワイシャツがこれまただらし無く開かれそれが彼には相応しく感じた。

 

「乾くん、悪いんだけど今日もお願いね。」

 

ティナが両手を合わせると巧はガシガシと頭を掻いて頷いた。 ティナは食堂へと出かけた。

 

 

ーー巧編

ここ最近は毎日だ。

 

巧はすっかり慣れた部屋への順序を歩きながら思った。

 

最初は二度寝した鈴音を起こすたびに体力を消耗しているのが何も知らずとも読み取れるくらいグッタリとしているティナを不憫に思い巧から相談に乗ってやった。

それを機に巧は事あるごとにティナがどうしても鈴音に付き合っていられない時などに代わりに彼女を起こしている。

 

確か最近は部活動関連だったと記憶している。

 

「ったく。」

 

他に毒づく言葉が浮かばなかったためそう毒づく。

なんなら見捨てて食堂へ行こうかと思ったがそれではティナの好意に背くことになるため鈴音を起こすため巧はノックもなしにティナと鈴音の部屋を開けた。

別に遠慮する必要もない。

 

制服のままベッドで涎を垂らしている幼児体型を慣れた目つきで流し巧は部屋の隅にある余った毛布を広げた。

 

鈴音は起きる様子は無い。

 

巧は毛布を自分が上に乗るようにセットしてから

 

バサっ

 

ハイフライフロー宜しく鈴音にのしかかった。

 

毛布の下からのされたカエルのような声がし毛布が揺れる。

巧は毛布から落ちないようにバランスを取りながらベッドへと割と本域の拳を振り下ろす。 その度にカエルが苦しそうな声を漏らすが巧は一切辞めるそぶりを見せない。 やがてカエルが毛布ごと巧の体をはねのける事で巧はベッドから避難するように転げ落ちた。

 

ブワッと毛布が飛び中から鈴音が現れた。

 

圧迫と温度と酸素と怒りのせいで赤くした顔を巧は一言。

 

「きったね。」

 

巧の顔に蹴りが飛んだ。

 

 

ーーセシリア編

彼女の朝は一定だ。

 

同部屋の人間も彼女に触発されほぼ彼女と同じ時間に起きるようになった。 馴染みの挨拶を交わし洗面所にて身なりを整えクローゼットから取り出した制服へと着替える。 人は夜ペットボトル一本分程の寝汗をかくため寝巻きは毎日洗濯する。 そうして全ての準備を終えた後彼女は食堂へ向かった。

 

 

ーーシャルロット編

同部屋の一夏は意外と早起きだ。

 

毎朝動き易い服は着替えてランニングへ出かける。 起床前に勝手に寮の外へ出る事は本来ならマズイので周りの人間にはバレぬようまだ日も昇らぬ内に静かに出かける。 シャルロットがそれを知ったのはまだシャルルだったころだ。

 

初日の次の日まだ日が昇らぬ内に目を覚まし百式のデータを奪おうとねらった。

 

「本当ならやりたくなかった」とは今となっても同じだがそれと同時にあの時の彼女はそれを行動に移すことが自分の当然の役割のように罪悪感を薄め一夏に冷たい目線を向けた。

一夏の気配を感じたのは直後だ。

 

訓練された動きで音も立てずに素早く闇の中で自分のベッドへ潜り込む。

一瞬後に起き上がった一夏は偶然目が覚めた、訳ではなく彼にとっては日常的な時間なのだとその淀みない慣れの動作がシャルロットに確信させた。

 

起きた一夏は横のシャルロットに気を配りラフな服装に着替えるとそのまま外へ出て行った。 百式を持って。

 

実は本人が知らない間に未然に情報漏洩の危機を防いでいた一夏は今日もシャルロットが起きた頃には走りに出かけている。

 

シャルロットは基本的に朝に余裕を持てる。

 

洗顔と歯磨きを終え下ろした髪をヘアバンドで纏め誂えた男子用の制服に袖を通す。

 

シャルル・デュノアとしての日々はまだまだ続く。

 

 

ーーラウラ編

この学園には何人か規定の点呼時間前に寮を発つ生徒が居る。

 

箒のように自主練という形でキチンと学園側の許可を得ている生徒。

 

その一方で一夏のように黙って出て行く生徒は勿論バレたらエライ事になるためキチンと起床前に戻ってくる。

 

ラウラは前者だ。

 

代表候補生達はその特異な立ち位置からある程度学園内での自由も一般生徒より解放されている。

 

セシリアならば会社とのミーティング。 シャルロットや鈴音ですらも事前の届け出の元ある程度の特別措置を認められている。

 

軍人であるラウラもその一人で主に自主練の為に時間を貰っている。

 

点呼の前に軍で使っている運動服へと着替え正門から堂々と出て行ったラウラはバッタリと一夏と出会った。

 

「あ、やべ。」

 

瞬時に記憶していた情報から彼を不法行為者だと判断したラウラは同門として、一部私的な憾みも込めて目の前で固まる一夏へ突っ込んだ。

『タックル』

 

レスリングに連想される一般的な技術で血気盛んな中高生男子が休みの時間に友人に仕掛けているところを見たことは無いだろうか。

 

上体を屈めて下半身のバネを使って相手に突撃、 そのまま相手の両足を捉えて上体を背後に倒すこの技はそのリアクションの大きさからおふざけの範囲で戯れあいとして使用されたりも珍しく無い。

 

しかしその実、後頭部を地面に叩きつける事に適したこの技は一歩間違えば殺人技として機能する。

 

脳を守る頭蓋骨の中で2番目の硬度を誇ると言われる後頭部も自重とそれに加味される勢いからの衝撃は4〜5ミリの防護域を突き抜け脳震盪を引き起こす。

最悪 頭蓋内出血を引き起こさせるこの技は軍隊格闘術に取り入れられるなど投げ技に匹敵する危険度を持つ。

 

無論ラウラは慌てて逃げようと足をもつれさせそうになる一夏の脳髄を損傷させる気はなく、 そのまま成人男性と変わらぬ体格の一夏を担ぎ上げる。

 

「わ、わっ、」

 

暴れる一夏を冷静に抑えつけそのまま()()()地面に降ろす。

 

降ろすといっても立たせるよりは寝かせる勢いでの着地は一夏のバランス感覚の許容を大きく超え、 更にのしかかるラウラにより彼は仰向けに転がされてしまった。

 

混乱しつつもマウントポジションで腕を抑え拳を握るラウラになのはの特訓で鍛えられた危機察知が強く反応していた。

 

ラウラは冬のモスクワ並みに冷たい目で一夏を見る。

 

「さて…背中をつけたがこれはシュヴィンゲンでは無いからな。抵抗してもいいが反則もレフェリーストップも無いぞ?」

 

「投降します。」

 

即決だった。

 

 

玄関先で横並びに体育座りをする2人。

ラウラは一夏からの説明を全て聴き終わり眼帯に覆われた左目から一夏を除いた。

 

「生憎と軍人以外の常識には疎くてな。向上心と行動力はルールを破って良い理由にはならないと思うが……この国では違うのか?」

 

そういえば治外法権だったなと思い出しながらも一夏はバツの悪そうに顔を俯かせる。

 

「いえ、その通りです。」

 

うんと喉を鳴らす。 どうやら自覚は有ったようだがさてどうするか。

こうして捕まえ尋問をしているわけだがラウラは別段一夏を教師に突き出し処罰を受けさせるつもりは行動の過激さよりは大分小さかった。

 

むしろ良い機会に一夏と話すキッカケづくりとしての方が相応しいとラウラは自己分析をしていた。

 

こんな事言ったら冗談じゃないと怒られるかもしれないため言わないが。

 

ラウラは自分の殻を剥がさないように気をつけながら一夏に尋ねる。

 

「その強くなりたいとは何を目指してのことだ。」

 

「君は最終的にはナニになるつもりだ。」

 

ラウラの注意には幸い気づかず一夏は正直に答えた。

 

「大切な人を守りたい。」

 

今度は目を見ての返答にラウラは少し面を食らう。 当初はしどろもどろを隠せなかった返事から打って変わった物怖じしない姿が最初は疑ったその決意の内容に真実味を持たせた。

 

「本気か?」

 

思わず訪ねてしまっていた。

 

「ああ。」

 

一夏は力強く頷いた。

 

その姿に密かな羨望を抱いたことをラウラは優秀な自己分析で読み取り驚いた。 驚いて少し笑った。

 

普段ではまずしない質問をする。

 

「もし私が助けを求めたらお前は私を助けるのか。」

 

一夏は少しも迷わず頷いた。

 

ラウラの心は一つの小さな結論を出した。

 

「私はそこまでこいつが嫌いでは無いかもしれない」

 

 

ーー虚編

簪の心は一つの小さな結論を出した。

 

「お姉ちゃんウザい。」

 

「ひどい⁉︎」

 

涙ながらに叫ぶ楯無を冷ややかに見つめるのは生徒会会計係の布仏虚だ。

 

今度のツーマンセルに備えここ最近は休みを返上してまで各種準備を生徒会室でこなしていた。

そこへ突然、同じく会長として今回の企画を進行する以上欠かせない楯無が何故か妹を連れて入ってきたのだ。

睨みつける虚を無視して楯無は自分が普段座る生徒会長の椅子に簪を座らせる。

 

ふと睨む視線に簪が入った。

 

ぺこりと一礼されたのでこちらも返す。

 

どうやらというか予想通り簪にとっては無理やりらしいこの状況は全てこのぱっと見暇人の仕組んだことのようだ。

簪の鬱陶しげな視線が気づかないのかそれとも気にしてないのか楯無は自分の世界に入っている。

 

「いい簪ちゃん?今度のツーマンセルの相手なんだけど、もう一度お姉ちゃんに誰と組むのか教えてちょうだい。」

 

簪は息を一つ吐き恐らく何度も言ったのだろう事が感じられるくらい鬱陶しげに口を開いた。

 

「本音。」

「本音ね、うん良いわ。あなたたち仲良いものね。」

 

頷く楯無を見ながら虚も妥当だと納得する。

 

本音と簪の仲は姉の虚も知るところだ。

 

性格的には不思議な組み合わせだが多分自分では想像も付かない領域で噛み合うのだろう。 虚も簪とは親しいつもりだが本当の意味での仲の良さと言えば本音は当然入ってくるだろう。

 

続いて簪が口を開く。

 

「なのはさん。」

「なのはちゃんね、うん良いわ。あの子優しいし。」

 

なのはについては虚は一度程度しか会っていないがそれでも違和感無く首を縦に触れるほどなのはは好印象だった。

 

どこか一年生離れした達観さはそのまま相手への思い遣りに繋がっている。

本音の話では食事を共にする事も多いらしく納得の人選だ。

 

続いて簪がk…

 

 

「許しません‼︎」

 

思わず肩を跳ねさせた。

 

何が何だかわからないが付き合いの長い虚は今のやり取りから簪の相手が楯無のお眼鏡に叶わない事。

 

そして最早名前どころか動作の初手で叫ぶほどこのやり取りを何十回と続けている事を知った。

 

正直そんな無駄な事をしている暇があるならこっちを手伝って欲しい。

 

うんざりする虚ともっとうんざりしている簪のもはや殺意すら帯び始めた目に怯まず楯無はイヤイヤと首を振る。 両手をグーにして肩のところで一緒に振るわす動作は幼児のものであった。

 

「だめ!だめ!だめ!だめ!だーめぇ!」

 

「年考えろよ」をすんでのところで思い留まった虚は再び中断していた書類に目を通し始めた。

 

「だめよ、だめに決まってるじゃ無い。」

 

「何で。」

 

無表情で言う簪に楯無は心底びっくりしたようにオーバーリアクションを取る。

 

「何でって、あなた忘れたの!アイツに泣かされた事を。」

 

会話の内容に動かす手が止まった。

 

泣かされたとは穏やかでは無い。 虚にとっても簪は大切な存在である。 簪へ目線をやりどうゆう事なのかと事の成り行きを見守る。

 

「それはもう済んだよ。 謝ってもらったし。 お姉ちゃんだって一緒に居たでしょ。」

 

ああとようやく虚も納得を得られた。

 

簪の3番目のパートナー候補とは巧のことだ。

 

楯無と簪の同時経由で乾巧との馴れ初めは一通り知っている。 同時に楯無の拒絶反応も分かり呆れた。

まだ許していなかったのか。

 

「私は絶対嫌よ。第一あんな誠意の感じない謝罪があるものですか。簪ちゃんを泣かせた罪はたとえ橋本の袈裟斬りチョップを受けたとて許されないわ!」

 

罰については少し可笑しなところがあるが楯無の気持ちが分からない訳では無い。

 

楯無の妹愛は虚も知っている。 楯無では無く刀奈としての数少ない彼女のプライベートの一つだ。

 

しかし矢張り少々しつこいというのが虚も感じる楯無の執着だ。

そしてついに

 

「お姉ちゃんウザい。」

 

簪から言われたくない台詞Best3を言われた楯無はついに泣き出してしまう。

脇目も振らず本気で泣く学園最強は正直ドン引きだった。

 

白ける簪に楯無はぐちゃぐちゃの顔で簪に迫った。

 

「ぞべだばぜべで(それならせめて)」

 

引きながらも告げられた名前を聞いた簪は眉を顰めた。

 

 

ーー一年一組

「もう一回言ってくれるか。」

 

懇願された言葉の意味が解らずついそう続けたラウラにセシリアは淑女的な笑みを絶やさず述べた。

 

「私とタッグを組んで頂きたいのです。」

 

放課後まだ人が居る教室で呼び止められたため既に耳聡く聞きつけた数人の生徒が騒ぎ始めている。

それを眼帯の方の目で見ながらラウラは2度目の懇願を頭で復唱した。

 

正直に言えば嬉しい。

 

各国から要人を招く今大会はラウラにとっては祖国からの関係者も来るそうそう負けられない闘いだ。

 

ラウラから見ても実力者であるセシリアと組む事は勝率的にも外交的にも有利に運ぶだろう。

 

それに強者であるセシリアが自分を選んでくれたということ自体が嬉しかった。

 

ラウラは暫し仏頂面を悩ませた後セシリアに向いた。

 

「分かった共に闘おう。」

 

 

ーー

差し伸べられた手を握ったセシリアは光栄に笑う。

 

今回ラウラをタッグパートナーに選んだのは単にラウラの強さに惹かれたからだ。

 

先の戦闘では自分に軍配が上がったがそれでもラウラの冷静な機転とレーゲンの性能にセシリアは惚れた。

既に自分1人での訓練では行き着くところまで来たと感じていたセシリアはホークオルフェノク打倒のための実力向上への起爆剤とするためラウラという刺激を求めたのだ。

 

「嬉しいですわ。」

 

こうして最強タッグが誕生した。

 

 

ーー食堂

何時ものメンバーと呼べるくらいの頻度にはなったかと巧は思いながら昼食の冷やし中華を啜る。 正直冷やし中華の効きすぎる酸味は嫌いではあったが今の時期他に食べるものがないため我慢して啜る。

 

「えーヤバイじゃんそれ。」

 

目を丸くして驚く鈴音へ不思議そうに反応を示す。

 

「そんなにヤバイ事でしょうか。」

 

そういえばぐらいの感覚でセシリアが切り出したラウラとのタッグの報告は鈴音にとっては2人の予想以上にヤバイ事らしい。

 

「だってチートじゃないソレ。大体候補生同士が組むのもアレなのにアンタとボーディッヒのタッグなんてチートよ、チーターよ。」

 

そこまで言われると流石に気になるため巧も話に参加する。

 

「そんなに強いのかセシリアとそいつ。」

 

巧はセシリアについても実技の時間にたまに一組合同の時しかセシリアのIS姿を見ていないため、更に周りからその手の話題を振られた事が無いためイマイチピンとこない。

そんな巧に鈴音は珍しく頼んだスパゲティをフォークで弄りながら教えてくれた。

 

「セシリアと言えばBTの申し子ってのが有名ね。」

 

「はい?」

 

「なんでお前まで驚いてんだよ。」

 

首を傾げるセシリアに巧が突っ込む。

 

「本人は知らない系か。まいっか。

 

これまでISは独自の武器ってのをあまり持たなかったのよ。荷電粒子砲以降のISはたしかに強かったけど、それは既存の兵装をIS用に作っただけ。」

 

「長くなりそうか?」

 

冷やし中華がぬるくなりそうなのは勘弁してほしい。

本当に不味い。

 

「聞けっつの。火力では出力だとかパススロットの容量上どうしても勝てないからIS専用装備ってのは長らく課題だったんだ。」

 

「私の龍砲も言わば発展途上みたいなものでティアーズのブルー・ティアーズとレーゲンのAICは現時点での最新装備ね。」

 

冷たい内に何とか食べ終えた巧がようやく鈴音に相槌を打つようになった頃に鈴音の話は終わった。

 

「そのIS専用装備を使う操縦者は並みの候補生より上って言われてんのよ。」

 

「誰からだよ。」

 

「アンタの知らない人よ。」

 

巧の一々のツッコミに反応しつつ鈴音は改めてセシリアの報告を噛み締めた。

 

「そっかー。セシリア先客居たんだ。」

 

「なにか不都合でもありましたの。」

 

セシリアが返すのをすかさず大したことないと言っておいたがその表情は暗く しかしどこか他人事的だった。

鈴音は何故か巧を見る。

 

「セシリアに巧クンの面倒見させようと思ってたんだけどなー。」

 

最後のパスタを口に運びながらそう言った。

 

セシリアがあっとなり巧がむっとなった。

 

「おい待てよ何だよそれ。聞いてねぇぞ。」

 

「こんな感じになるのが容易に想像出来たから言わなかったのよ。」

 

仕方ないでしょと綺麗になった皿にフォークを置いた鈴音が言う。 カチャリという金属音が巧のペースを寸断した。

 

「だってアンタ弱いんだもノ。」

 

反論のしようが無かった。

 

実は巧、IS学園の初実技にて鈴音を殴り飛ばしてからのレベルとは流石に成長したがそれでも一般生徒から比べても目立つ亀走行の成長スピードだったのである。

主に鈴音やたまにセシリアが時間を作って教えてくれているため目も当てられない事態には至っていないもののそれでもとてもでは無いが試合なんぞ出来るものでは無かった。

そこで鈴音は恐らく1年の中でも最優の1人だろうセシリアにそれをフォローしてもらおうと思っていたのだが勿論セシリアはそんな期待など知るよしも無くラウラ・ボーデヴィッヒという最優の1人との最強タッグが誕生してしまったわけだ。

 

セシリアも巧の練度をよく知っているため鈴音からの提案をすぐ理解し頭を痛めた。

 

「どうしよう、セシリアくらいじゃ無いとこの子のマイナス補いきれないわヨ。」

 

「そう、ですわね…出来る限りこのタッグで行きたいんですけれども……」

 

「そっか。しゃーない。私がフォローするしかないか。」

 

何とか今ある選択肢の中から巧を助けようとする2人の姿はさながら親のようだった。

無論年頃の思春期息子がそのやり取りに寛容でいられる筈もなく。

 

「ということよ分かった?」

 

「分かるか!」

 

爆発した。

 

テーブルを叩いて立ち上がった巧に食堂の目が集まる。

それに構わず巧はまくし立てた。

 

「ふざけんな!だれがお前らの助けなんか借りるかよ。男なら1人でやるさ!」

 

「その考え今古いわよ。」

 

「巧くん、今からでもわたくしボーデヴィッヒさんに断って来ましょうか?」

 

本人たちは真っ当に優しさで言っているためそれが実に保護者的で巧を更に苛立たせた。

 

「うっせえよバカ。キンピカバカ。」

 

「金?」

「それ悪口?小学生?」

 

セシリアは首を傾げ鈴音がその暴言の低レベルさに失笑した。 巧は遂に席を立った。

 

「うっせえよツインテバカ。グドンに食われろ。」

 

「海老の味しないわよ。」

 

因みに海老の味がするのは幼年期だけ。

 

冷やし中華の皿を持ち去っていった巧の方向を暫し見た後父兄の2人は互いに手のかかる息子に息を吐いた。

 

 

ーー

肩を怒らせながら昼休みの廊下を進む。

 

ふざけてると思う。

 

大体なんだこの世界は。 とゆうかなんだこの学校は。

 

百歩譲って別世界に居るのは良いとして何故もう一度高校をやり直さなければならない。 第一なぜあのISとやらはろくすっぽ動かないのだ。

起動するならするでもう少し言うことくらい聞いたらどうだ。

これなら動かせない方が恥をかかずに済んだし歳下の少女達に家庭教師紛いの仕打ちを受けることも無かった。

 

巧の脚は職員室へと向かっていた。

 

こうなった原因である千冬をとっちめに行くのだ。

 

歩みを進める度に高まる不機嫌は通りかかった世界中から集められた実力者である教員ですら廊下の端に避難して行く。

 

その中で唯一端へ寄らない人間が居た。

 

巧の眉が寄せられる。

 

「おい、話がある。」

 

 

ーー

明らかに私不機嫌ですという感じの簪が寮内をズンズンと歩いている。

 

普段から人と関わらない簪の近寄りがたさは更にアップしすれ違う生徒たちが見えた方から顔を強張らせ逃げて行く。

 

彼女が怒っている理由は昼に生徒会室で楯無に提案されたタッグパートナー。

 

「なんで織斑一夏となんて…」

 

話にならないと部屋を飛び出そうとするのを抑えつける楯無に「お姉ちゃん嫌い。」というBest1を放って脱出した簪はそのお陰でその日は打ち明ける機会を逃したパートナー候補の1人。 なのはの部屋へと向かっていた。

早足と共に高まるオーラ。 逃げる人。

 

簪は漸く訪れた高級そうなドアをなるべくこの心境を押さえて開いた。

 

「あ、いらっしゃい……なんか怒ってる?」

 

流石に顔を見れば分かったなのはに構わず簪は持って来た申請の書類を取り出し打ち明けた。

 

「なのはさん。タッグを組んでください!」

 

下げた頭を上げるとそこにはどこか困った顔のなのはが居た。

なのはは困った顔で言った。

 

「ごめん簪ちゃん。実はお昼に巧君とタッグ申請しちゃって、」

 

話によればこうだ。

 

偶然担任教師の呼び出しを受け授業終わりに直ぐに職員室へと向かったなのははその帰りに巧と出会った。

見るからに怒っていることを感じたなのはは果たしてタイミングの所為でバッタリとなし崩しに巧の目に付いた。

 

「おい、話がある。」

 

明らかに機嫌のすこぶる悪い表情になのはも緊張しながらも何時もの優しい表情で迎える。

 

「どうしたの?」

 

なのはの笑顔に毒気を抜かれたのか巧は少しだけ大人しくなったかと思うと又すぐになのはに詰め寄った。

身じろぎひとつし強張るなのはへ巧は制服の内ポケットから畳んだ紙切れを取り出す。

 

「あんた、タッグ居るか?」

 

「ん、まだ居ないけど……」

 

「ならコレ。」

 

目の前に折れ線の付いた申告書が入る。

丁寧にペン付きで既に巧の名前は書いてある。

 

「タッグになるの?」

 

巧は無言でなのはを見る。

 

「でも私、正直そんなIS上手く…」

 

巧は無言でなのはを見る。

 

「鈴ちゃんとかセシリアちゃ…」

 

巧は無言でなのはを見る。

 

「分かった分かった書くから!」

 

こうして巧となのはの異世界コンビが誕生した。

 

話を聞いた簪は愕然というほどではないがそれに近い落胆を覚えた。

これで候補のうち2人も居なくなってしまった。

残る本音は兼ねてから自分とのタッグを望んでいたため恐らく隣は開けておいてくれているだろうから大丈夫だとは思うがもしダメなら人付き合いの悪い簪は本当に一夏くらいにしか頼めない。

 

「大丈夫?」

 

心配の目を向けるなのはに気を抜かれたか簪は今日の出来事を話していた。

 

 

ーー

簪から語られた楯無には苦笑物だったがたしかに簪の性格を考えれば一夏とは組みたくないだろう。

 

専用機は完成したことで以前よりはマシになってはいるものの逆恨みとはいえ彼女にとっては存在意義と言っても増長では無い代表候補生の座を長く危うくさせた原因なのだから。

 

しかし、となのはは考え込む。

 

なのはは別段理想主義者では無い。

本当は暴力は嫌だし怒鳴る事もしたくない。 しかしある程度の罰が無ければ人は秩序立てないとは彼女の経験だ。

 

「今回だけは我慢出来ない?」

 

「なのはさん。」

 

思ってもみなかった反応に若干混乱する簪。

 

「ごめんね。でも一夏君とのわだかまりが解けるの今回ぐらいなんじゃないかな?」

 

痛い所を突かれたという感じで黙り込む簪を見てなのはは安心する。

 

(まだ本人も拒絶までは行ってないんだ。)

 

今は嫌いの方が強いが仲良くなれるなら吝かではない程度の事だと判断したなのはは少し強引な手を使うことにした。

 

「お願い。」

 

パンと両手を合わせるなのはに簪が目に見えて困惑する。

 

「一夏君とタッグを組んで下さい。」

 

「う……」

 

…………

 

しばらくしてから

 

「…分かりました」

 

笑顔になるなのはに簪はすかさず釘をさす。

 

「でも彼が既にタッグを組んでいたらそれまでですからね!」

 

 

ーーIS学園 通学路

「タッグ組めないのか⁉︎」

 

一夏が叫ぶ。

相手の一夏より頭一つ分低い男子生徒、シャルルは申し訳なさそうにしている。

 

「ごめん。昨日飲み物を買いに行ったら鳳さんと会って…

 

『アンタ女なんだから一夏と組むの禁止!』って。」

 

「サインしたのか?」

 

「本当にごめん。僕も正直男の子と女の子のペアはどうかなって思っちゃって。」

 

小さく両手でゴメンをするシャルルを見ると一夏もそれ以上は言えない。 結局IS学園までの登校を遅すぎる後悔で脳内を埋め尽くす事になった。

 

一夏の後悔はこの後簪に声をかけられるまで続くこととなる。

 

 

 

ーーおまけーー

 

初めまして皆さん。

 

こうしてお話しするのは初めてですね。 もう一度初めまして。

 

普段はmasterのお側での登場ですから。

 

レイジングハートです。

 

実はクロスオーバー先のキャラでの一人称視点は私が2番目なのです。 主役の乾様に先駆けての物は少し後ろ髪を引かれますが…

 

あっ私髪無いんでした。

 

デバイスジョークです。

 

軽いジョークも済ませたところで何故急に私が本編に登場しているかと言いますとこの度は近況報告へ参った次第です。

 

実は私、このIS学園での生活の中である変化が訪れたのです。

 

masterが以前に乾様の誘いで見せて頂いた乾様の専用の自律行動可能のデバイス。

 

今私は通信機能の無い彼と交信するために私自身の masterへの補助用の余剰魔力を駆使しなんとか互いの音声を拾う程度の空間を作っています。

 

ピロロロ

 

電子音は彼のモノ。

 

言語変換を持たない彼からの返事は全てこの機械的な電子音ですが同じ機械だからか、これも異世界というイレギュラーによって生じたものなのか、マスターの乾様にも解らないソレも私には理解出来ました。

 

『お久しぶりです。』

 

『今日は確認のため通信を寄こしました。』

 

非常に重要な事です。

これからの私たちの指針を決める重要事項です。

 

『私たち………

 

 

 

付き合っているという事でよろしいんですね。』

 

 

ーーピロロローー

 

変わらぬ電子音はたしかに肯定でした。

 

『ありがとうございます。これから宜しくお願いしますバジン君。』

 

バジン君はこちらこそよろしくと言いました。

 

 

 

 

この世界に置いての変化。

 

デバイス史上初の恋です。




それぞれのパートナー!(後悔はしていない)


次回からは一気にツーマンセルです。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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29話 大!大!大!大!大、大会!

ついに来たラウライベント!

その前に改変が入ります。


混んでるなぁと更衣室にも届くアリーナの熱気を感じながらISスーツへ着替えたなのはは扉を開け既に着替え終わり外で待っていた巧に迎えられる。

 

「うるさい。」

「ん?あぁ、アリーナの方?よく聴こえるね。」

 

耳はいいんだと言う巧は天井を見上げて本当に五月蝿そうでなのはも自然と頭上を見上げた。

 

学年別トーナメント当日になってなのははまず不安だった。

 

2人ともあまりにレベルが低すぎる。

 

「ねえ、やっぱり作戦くらい立てようよ。」

 

「立てても碌に動かねえだろ、俺たち。」

 

動く事すら未だににままならないのは異世界人だからか、兎に角なのはを持ってしても良い案が浮かばないくらい2人は酷かった。

 

唯練度が劣ってる程度ならなのはも持ち前の力でどうとでも出来たのだがそもそも動けないものはどうしようもない。 なんとか

 

せめて一回戦の相手が良ければ…………

 

当日初めて掲示板にて発表されるトーナメント表を見て、

 

セシリアと名の出た瞬間になのはは終わったと思った。

 

 

ーーアリーナ

 

沸き起こる歓声。

 

声量も人の規模もクラス代表決定時や対抗戦とは比べものにならない。 観客席の上にある普段は関係者以外立ち入れないVIP席が各国からの要人で埋まっている。 大使や軍の高官などがこの大会で目ぼしい生徒に当たりを付けていく。

 

そして今大会で最も声援と興味を与えられているペアは例年とは異例の一学年。

 

現在の最新機であるブルー・ティアーズとシュヴァルツェア・レーゲンに声援と観察の目が注がれる。

 

その中をラウラは憮然としセシリアは笑みを湛えて進む。

 

既に観客や来賓の間でも彼女たちの事はもっぱら最強タッグの認識だ。

 

「私たちはさながら最弱タッグかな?」

 

「言っとくが俺はお前よりは強いからな。」

「分かった分かった。」

 

一応模擬戦の結果では巧の方が上だ。 しかし実際にはお互い戦略もテクニックも有ったもんではない滅茶苦茶なもので偶然巧のシールドエネルギーがなのはより指先二本程度多かっただけだ。 セシリアどころか数ヶ月前の新入生でも自分たちを倒すのはそう難易度は高くないだろうとなのはは思いため息を吐いた。

 

管理局ミッドではエースオブエースなんて柄じゃ無いと謙遜していたがここに来てからあのチヤホヤも少し良かったかもとちょっと思ったなのはは試合の合図を聞いた。

 

 

ーー更衣室

選手たちの為に貸し切られたアリーナ内にある更衣室で巧はISスーツから制服へと着替えていた。

肌に密着していた鬱陶しい感触から解放されたというのに巧の心境は優れない。

暑いのでワイシャツだけ着て上着を肩にかける。 早く夏服になって欲しい。

 

腕まくりをしても抜けていかない不快感にしたくなる舌打ちを一応残った気遣いが防いだ。

 

「あっというまだったねぇ。」

 

舌打ちが響く。

 

「そんなに怒らないでよ。今回は仕方なかったんだって。」

 

棚を数個挟んで向かいのなのはの見えない苦笑いが直接脳内に浮かんできて余計に苛立ちが募る。

 

「でも良かったよね。2人とも優しくて。」

 

試合開始とともにセシリアは巧、ラウラはなのはに襲いかかった。

 

本来なら未だ生徒には知らないものもいるだろう手の内である第三世代兵器を惜しみなく初心者同然の2人に使い瞬殺の文字通りの展開はその分身体に負担がかかったがそれのお陰で観客には2人の強さが際立ち、結果的に巧たちの恥は最低限になったと言えるだろう。

『色々考えましたが私が出来るのはここまでです。少し我慢してくださいまし。』

 

猛スピードで接近して来るセシリアに鳴る警告アラームと迎撃しようと何とか巡らせるがそれらが全て空回り軋むリヴァイブのフレームの音に混じりプライベートチャネルで聞こえる透き通った声。

 

巧はなにも出来なかった。

 

巧より手間の掛かる着脱に苦労しながらなのはがブラウスを羽織ったまま棚先から聴こえなくなった音に瞳を上げた。

 

「強くなれるよ。一歩一歩。」

 

巧を気遣うなのは。

 

「そうじゃねえよ。」

 

「え?」

 

閉じようとしたボタンを止めるなのは。

 

巧は手も足も出なかった事が悔しかったのでは無い。

 

なにも出来なかった事が悔しかったのだ。

 

「あいつが優しい声で何もするなって言ってきて俺はそれに従っちまった。怖気付いたのが嫌なんだ。」

 

今思い返しても腹が立つ。

 

「俺は周りから嘲笑われようと無様に戦ってやろうと思ってたんだ。そのためにこの3週間練習した。」

 

「強くなったんだよ。ほんとに僅かだけだけど俺は強くなったんだ。」

 

見返してやろうという一心でなのは以外がアリーナへ居る時は練習をせず時間を選んで鍛えた腕は正直期待に届くものでは無かったがそれでも上達していたしそれを知る者はいなかった。

 

一回戦は笑われるものでも巧にとってはこれまでの成果を見せるべきところだったのである。

 

「特に鈴音とあいつには見せないといけなかったのに…俺はなにもしなかった。」

 

「巧君」

 

なのははそれ以外声をかけられなかった。

 

「ごめん…」

 

巧があの一戦にかける想いはなのはの考える事以上だった。 彼女は人目を忍んで練習をする巧に何度も他人からの助力を願い出ようと提案した。

それは今も間違っているとは思わない。

人が一人で成し遂げられる事は少ないのだ。

 

恥を忍んで手に入る強さは無い

 

頑なに首を横に振る巧に叱責のつもりでなのはは言った。

 

それでも巧は首を振った。

 

全ては一回戦で彼女たちに見せる。ただそれだけの為に。

 

今でも巧の気持ちが全て理解出来る訳じゃ無い。 それでも巧があの終わりに抱いた悔しさは自分の想像も出来ない物だったはずだ。

 

それを解った今、自分の励ましがとても低俗なものに感じた。

 

制服に着替え終わったなのはが棚を覗き声をかけ更衣室を出た後も沈黙は続いた。

 

 

ーー

セシリアが控え室に戻ろうと通路を歩いているとISスーツを纏った鈴音がシャルルを連れて向こうからやって来た。 手を挙げる鈴音に軽く会釈を返す。

 

鈴音はやって来るなりセシリアの腹を揶揄うように拳を作りポンと叩いた。

 

「容赦ないわね。レコード確定の速さよ。」

 

鈴音の揶揄いにセシリアは少し目を伏せる。 不思議に思った鈴音が理由を聞いたところ矢張りというか巧関連のことだった。

 

「終わった後一瞬見ただけですがとても悔しそうでした。」

 

「そう?モニターじゃいつも通りに見えたけど。」

 

控え室のモニターで様子を見ていた鈴音には巧の変化は気づかなかった。

セシリアはそれが心に引っかかっているようだった。

 

「仕方ないじゃん。実力差あり過ぎんだから。」

 

「アンタは間違ってないよ。」

 

鈴音は今度は肩を叩きながら笑う。

 

「行くわよシャルロ……ル。」

 

若干どもりながらシャルルと共に会場へ向かう。 次の試合は彼女たちらしいということはトーナメント表で知った。

 

「頑張って下さいまし。」

 

セシリアの激励を鈴音は手を振り上げシャルルは振り返って一礼で返した。

セシリアは二回戦まで控え室で待つことにした。

 

 

ーーアリーナ外

大会の取り決めでは一応選手たちは試合に負けても閉会セレモニーまでは控え室にて待機が望ましいという風にされているが流石にそれでは多くの生徒が手持ち無沙汰になる為そのことは有名無実化している。

 

客席にて続きを観戦する生徒もいれば律儀に控え室にて待機している生徒もいる。

巧はあんな負け方の後なので客席やほかの生徒もいる控え室にも行かず人が滅多に居ないアリーナの外でぼんやりと雲を眺めて居た。

 

「……」

 

草むらに寝転がり空を見上げる巧を近くのベンチで眺めるなのははあれから一度も会話をしていない。

 

男友達がいないわけでは無い。

 

ユーノやクロノは今や仕事での付き合いの方が多くなったが彼らが友人であることは違いないしこうして悩んでいたら躊躇わずに声をかけただろう。

 

しかし巧は猫だ。

 

気まぐれな時にしか慰めは通用しない。

 

多分今彼に慰めをかければ100パーセント怒る。 そもそも機嫌は直っているのかもしれない。

 

なのはは取り敢えずベンチに腰を下ろし同じように雲を見上げた。

 

「なのはさん。」

 

本物の猫が背後からやって来た。

 

「リニスさん……あれ?耳。」

 

なのはの驚く声に巧も雲から目線を外す。

 

リニスは使い魔時代の名残で猫の耳と尻尾を頭から生やすことができる。 ネコ科の能力をその身に宿すことが出来るが普段は勿論生やしていないし生やすとしても帽子を被り隠している。

そうすると若干の感度不足になるがリニスの耳はそれを苦にしない。

それが無いという事はそれだけ一切の油断も有ってはならない事だ。

 

しかし巧の目に入ったのは耳より左手。

 

巧もよく見慣れた。部屋に置いて来たアタッシュケースをリニスは持っていた。

 

異常性を奥の巧も気付き始めたところでリニスは有無も言わさず告げた。

 

「襲撃です。」

 

2人は即座に立ち上がり先行して走るリニスのあとを追った。 全速で走るが猫耳モードのリニスは速く途中何度も置いて行かれそうになる。

 

なのはは魔力強化で自身の運動能力を強化し魔法を使えない巧に声をかけた。 いざとなれば担ぐつもりだった。

しかし巧はそのスピードに苦労しながらもついて来ておりなのはは驚きながらも巧からの遠慮を受け前のリニスに専念した。

 

巧はバレないようにオルフェノクの力を使って脚力を上げ追い縋っていた。

 

やがてリニスは学園の敷地の端。 入口の門まで辿り着きそこを通った。

勿論生徒が無断で学園から出る事は許されない。

しかし続いて門を通った時に見た管理人室は無人でありそれではカメラはどうかと門に備え付けで内と外を見張る二つの監視カメラに目を向けると漸く止まったリニスが息を切らさず言う。

 

「大丈夫です。非公式ですがここと話は通しています。」

 

以前IS学園の秘密の部屋で楯無と会っていたリニスの言葉通り学園の監視カメラは起動中にはカメラの下のライトが緑の点滅で知らせる作りになっているのだがそれが二つとも切れていた。

 

「恩は売っておくものですね。」

 

リニスは小さく呟いた。

 

遅れて来た2人はリニスと違い肩を上下させていたがリニスはその程度の余裕すら惜しいらしくやや早口で2人を呼んだ。

 

「篠ノ之博士からプレシア経由で報せが届きました。日本国と学園を繋ぐモノレール駅近く数百メートル四方を敵の物と思われる結界が侵食。篠ノ之博士とプレシアが中の敵と交戦中です。」

 

色々と聞きなれないワードながら巧はそれが魔法だと分かった。

なのはが目を丸くして言う。

 

「え、なんで束さんが中にいるんですか?」

 

「つか急展開過ぎて訳わかんねえよ。最初から説明しろ。」

 

「さあ、私がプレシアから念話で聞かされた情報はそれだけです。敵の戦力はガジェットドローン数十機。内三機はⅢ型。オルフェノク一体。リーダー格はIS。専用機です。」

 

リニスは本当に何も知らないらしく移動手段であるモノレールが来るまで断片的な情報以外は出てこなかった。

 

「駅側にも話は通ってます。ただしあくまで学園から学外活動として外出許可を出されているとしか伝わっていませんのでそうゆう風に。」

リニスは懐からキャップ型の帽子を取り出し耳を隠した。

 

リニスの話通りすれ違うモノレール駅の従業員たちは普段とまるで変わらず3人はそういう風に繕いながら車両に乗り込んだ。

揺られる車内でリニスは周りを気遣って説明をした。

 

「結界が張られた事から魔導師の存在が居るはずですがどうやら結界の外らしくプレシアでは確認出来ません。 そして私たちも今回は2人の救出が目的ですからそのまま結界内に突入します。」

 

3人は対面式の座席に固まって話している。

巧はこの事には門外漢なのでリニスの作戦確認に参加しているのは専らなのはだ。

 

「結界の種類は。」

 

「ミッドチルダ式の封時結界です。強度は然程では無さそうですが都市部での発動なので壊すのは殲滅後にします。」

 

「今更ですけど入れますか?」

 

「恐らく。巧君は微妙ですがいけるでしょう。」

 

簡潔に質問と返答が続き1分もしない内になのはは情報をあらかた聴き終わった。 続けて巧もリニスに声をかける。

 

「オルフェノクはどんな奴だ。」

 

「博士の話では『シャコ』と同一のものだと。」

 

10年前の白騎士事件の発端となったスカリエッティとの邂逅。

篠ノ之束が人生初めて目撃したシャコ型のオルフェノクがそこに居るという。

 

巧はリニスとなのはとは違う観点からシャコを思った。

 

「長生きなんだな」

 

車両は後5分程で日本の駅に到着するだろう。 巧は最後にリーダー格らしい専用機を訪ねた。

 

「ISの奴は。」

 

「黄金の機体で顔はバイザーで覆われています。攻撃手段は尾。開閉式で三つに分かれます。射撃武装は火球。

既にゴーレムを二機落としています。」

 

丁度モノレールも減速をし始めリニスは手に持つアタッシュケースを巧に手渡し自身も腰を浮かせ臨戦態勢に入る。

 

「リニスさん。」

 

なのはの呼びかけを帽子の下の耳で拾うリニスは言葉だけで反応する。

なのはは横目も向かないリニスの瞳をじっと見ながら言った。

 

「アリシアちゃんは?」

 

リニスが目だけを向ける。

 

責めずにしかしもしそういう返答を返せば直ぐさまソレに変わりそうな瞳だった。

リニスは再び結界の方向を見ながら

 

「プレシアからの念話で直ぐ飛んで来ました。生憎ペアでは無かったのでアリシアはこの事は知りません。一応サーチャーを一つ飛ばしています。」

 

車両が駅に到着した。

 

 

ーー日本 モノレール駅

急いでしかし不審がられないように駅内を歩き、出たなのはとリニスは思わず立ち止まった。

 

「まん前ですね…」

「ええ。」

 

なのはは率直な意見を出しつつも即座に自分でも結界の分析を行った。 リニスの言う通りユーノも使う結界だ。

 

ただしそういう仕様なのか中の様子は一切伺えない。

 

それと同時に周りのビルを見回すがこちらはまるで引っかからない。

道行く人はなのは達にはどんどん結界の中へ消えて行くように見えるが実際には予め登録されていない彼らは結界を知覚することは出来ない。

ただ日常を歩き回るだけだ。

 

そして今彼女たちの不安要素は自分たちの隣の者が通行人達と同じく日常を生きる者かどうかだが。

 

「……」

 

黙ったままの巧。

 

視線は結界の方なのだがなのはは不安を覚える。

リニスが巧へと確認する。

 

「巧君、見えますか。」

 

「ああ。」

 

どうやら巧は術者により無事登録されているらしい。

 

安心しましたとリニスが言い、帽子に手をかけた。

 

「入った瞬間何が飛び出すか分かりません。一応私が防壁を作動させますが2人とも展開の準備をして下さい。」

 

リニスが瞬時に発動できるように詠唱を重ねる。

なのはも頷きレイジングハートと念話でやり取りを取り巧は地面にアタッシュケースを置いてから開きベルトを取り出す。

そしてベルトを腰につけケースを閉じ持った。

 

「プレシアと連絡が取れました。5秒後に突入します。歩いて下さい。」

 

リニスが先導し2人も歩を進める。

 

「5、4…」

 

なのはが懐からレイジングハートを取り出す。

 

「3、2…」

 

巧がファイズフォンにコードを入力する。

 

「……1、プロテクション!」

 

結界を抜けると同時にリニスが張った防御魔法が早速効果を発揮する。

 

事前に察知していたのか抜けると同時に複数のドローン達の放つ爆撃が彼女たちを襲った。

 

しかしそれらは全てリニスの優秀な防壁により防がれる。

 

「今のうちに!」

 

リニスの指示を待たずになのはと巧は双方の腕を天に掲げていた。

 

 

 

「セットアップ‼︎」

「変身‼︎」

 

桃色と深紅の光が結界内を巡った。

 

 

ーー結界内

 

突如訪れた謎の光量に事前に報せを受けていた筈のスコールはそれでも目を覆った。

襲いかかってくる無人機ゴーレムを相手取りながらもそのまばゆい光に気をとられる。

ニヤリと笑った。

 

「お嬢ちゃんと坊やの相手は頼みましたわ、博士。社長。」

 

ここには居ない異世界からの来訪者へ笑みをこぼしたスコールは続くゴーレムの大出力のビームを肩の二本の鞭で打ち消した。

 

そしてスコールの言葉に従うかのように其々の勢力に属する構成員達が光へと殺到した。

 

ガジェットドローンⅢ型が金属の節が連なる軟体動物のようなベルト状の脚を叩きつける。

軋む防壁にリニスの顔が歪む。

それでも強固を魅せる防壁越しにリニスの強化された視力が大型のⅢ型の間を縫って拳を振り上げる灰色の体色を捉えた。

 

歯をくいしばり更なる強化を与えられたリニスの防壁へマンティスシュリンプオルフェノクはグラブ状の拳を叩きつけた。

 

防壁は一瞬の拮抗を成しその後は粉々に砕けた。

 

「っ…」

 

フィードバックで怯むリニスに勢いそのままに突っ込んで来たマンティスシュリンプオルフェノクはそのまま殴り抜く。

 

コンマ数秒でⅢ型が脚とガジェットドローン特有のケーブル状の刺突武器を向かわせる。

 

ネコ科特有の反射神経を持ってしても避けきれない。

瞬時の判断で体の前で合わせた両手に魔力を集中させ即席の防御魔法を完成させる。

 

グラブがリニスの細腕に触れ、

 

鮮紅をなびかせファイズの拳がマンティスシュリンプオルフェノクの土手っ腹を撃ち抜いた。

 

呆気に取られるリニスへⅢ型の触腕が叩きつけられ、

 

詠唱も魔力チャージも無しに放たれた魔力の濁流がⅢ型の硬い装甲を蒸発させた。

 

「大丈夫ですか?」

 

真っ直ぐリニスの目を見て安否を確認するなのは。 その目は同時にこの一帯の情報を感じ取っていた。

 

「ええ、平気です。」

 

カシャリと音がする。

 

ふと前を見れば転がったマンティスシュリンプオルフェノクを手首をだらけさせながら巧が見ている。

 

こちらはリニスなど気にしていない。

巧は一度だけこちらを向いた。

複眼の向こうのしかめっ面が拝めそうだった。

 

「いつまでもたついてんだよ。数多いんだからサッサと玉でもビームでも出せ。」

 

「巧君、そんな言い方ないよ。」

 

なのはの非難にも背を向け気にしない。 なのははもうっと口にしリニスの手を握り引っ張り上げる。

 

「援護射撃をお願いします!」

 

そしてなのはも空に浮かぶ残りのガジェットドローンを撃ち落としに飛び上がった。

スッカリペースを流されたリニスは後ろからポンと肩を叩かれるほど接近していたプレシアに気づかなかった。

驚き振り向いてもまだ見える困惑にプレシアは笑う。

 

「言葉使いは違うけど言ってることは一緒ね。」

 

苦笑いをするバリアジャケット姿のプレシアにリニスも釣られて笑う。

 

「案外似てるところがあるんですかね?

 

 

 

 

どうでも良いんですがその格好どうにかなりません?」

 

かなり扇情的な布地の切り取り方をしているプレシアの服に冷たい目を向けるリニス。

 

勿論そんな隙を敵が逃すわけも無くⅡ型が高速低空飛行でリニスを背後から狙い。

 

紫の雷撃が一撃でⅡ型の回路を焼き捨てた。

 

「あ、そうだわ。貴方は見てなかったわよね?この服どう?あの頃より若くなったから似合うかしら。」

 

キャッと両手で赤い顔を覆うプレシア。

 

勿論そんな隙を敵が逃すわけも無くⅠ型が10機がかりで全ミサイルを発射する。 広がるその数は軽く先の数十倍にも及ぼう。 無数のミサイルがプレシアの身体を塵も残さず焼き尽くそうとし。

 

5個の誘導弾がⅠ型纏めて貫いた。

 

「ちょっと待ってください。え、なんですか、それじゃ前の世界で?私が消えた後?それ着てたんですか?40過ぎが?」

 

プレシアが照れたように首を縦に振り、それにリニスが悶えた。

 

「いや、でもあの時だってフェイトも管理局も誰も突っ込まなかったしぃ〜。」

 

「語尾を伸ばさないでくださいおばさん。」

 

おばさん呼びにプレシアがショックを受けるがリニスは構わず頭を抱えた。

 

「かーっ…マジかー。大丈夫かしらフェイト。傷にならなかったかしら。」

 

「酷いわリニス⁉︎そんな、そんな言わなくてもいいじゃない!ヨヨヨ……」

 

「本当にゆう人初めて見ましたよ。」

 

勿論そんな隙を敵が逃すわけも無く最後のⅢ型が武装の全てを解放し。

 

 

「「邪魔。」」

 

 

雷に回路の全てを焼かれ無数の魔力弾が装甲に風穴を開けた。

 

 

ーー

既に4機用意していたゴーレムは残り1機になった。

 

スコールの操る第三世代機ゴールデン・ドーンは操縦者の実力も相成り先んじてゴーレム2機を片付けた通り。 強力な力を持っていた。

既にマンティスシュリンプオルフェノクにより1機を失った束を守るように最期のゴーレムが襲い来るガジェットドローン達の攻撃をその身で防いでおりその機体からは所々火花が走る。

 

我が子と呼ぶべきゴーレムが無残に壊されていく中束の視線は戦闘が始まってからずっとマンティスシュリンプオルフェノクへと向けられていた。

 

今の状況など気にする価値すらないというような束を面白くないのはスコールだ。

スカリエッティほど自己顕示欲は激しくないが彼女にも捨てられれば気に触るほどのプライドはある。

無視を決め込む束にわざわざ聞こえるように地上へ降りて笑った。

 

「いかがですか篠ノ之博士。今の我々の戦力は?あの時我が組織への技術提供に首を振らなかった悔いはありますか?」

 

かつての姿を思い起こしてスコールは笑った。

 

「うるさい。」

 

感情を宿さない束の台詞がスコールに向けられた。

 

「誰だお前。私はお前なんか記憶に無い。私の記憶に無いお前が私に話しかけるな。」

 

束はゴーレムにすら関心は無いようだった。

手を伸ばせば容易く命を奪える距離のスコールを、彼女に確かに感じる殺意の気配を感じ取っても尚束はスコールなど眼中に無い。

 

束のその態度にスコールは暫しだけ無言に見つめそして肩に備わる光の鞭『プロミネンス』の片割れを束に襲わせる。

 

ゴーレムの装甲を削り取る鞭が生身の束に振るわれる。

 

「ショートバスター!!」

 

なのは最速の砲撃魔法がそれを弾いた。

間一髪束を救ったなのはが次はスコールに向け同じくショートバスターを放つ。

 

「ハイパーセンサーが反応しない攻撃ってのも中々厄介だわ。」

 

それに対しスコールはプロミネンスを高速回転させた即席のシールドで防ぐ。

質量を持ったエネルギー鞭がショートバスターを削るように凌ぐ。

そして空へと離脱したスコールをなのはの誘導弾が追いなのは自身も群がるガジェットドローンを撃ち落としながら束の横へと着地した。

 

「束さん!無事ですか。」

 

なのはの心配に初めて束が煩わしさ以外で横を向いた。

 

「遅いよ〜なのはちゃん。ねえ聞いて!聞いて!ここ凄いんだよ!魔法ってほんと凄いんだね。ねえ、なのはちゃんはこうゆうの出来ないの?」

 

緊張感なくまくし立てる束に流石に圧倒されながらも五体満足の姿に安心して再びレイジングハートを掲げた。

 

「ここは私がなんとかします。束さんはプレシアさんたちの所へ。」

 

「え〜、束さんも戦えるよ〜?あの豆粒みたいなのなら素手でも、よっ、はっ。」

 

そう言いやけに堂に入ったシャドーをする束になのはは強く首を振り言った。

 

「駄目です。もし束さんが怪我をしたら箒ちゃんが悲しみます。」

 

「むっ……」

 

そう言われればどうしようもない。

束は渋々ゴーレムを引き連れプレシアたちの元へ走った。

それを確認したなのははアクセルフィンを展開させスコールの高度まで上昇した。

 

妖艶に笑うスコールになのはが言う。

 

「あなたがジェイル・スカリエッティの手の者かは知りません。ですからそれはここでは聞きません。」

 

「あらそうなの?」

 

艶っぽい声色でバイザーの奥のスコールが首を傾ける。

 

「武装を解除し投降して下さい。悪いようにはしません。」

 

 

「ああ言ってるぜ。どうすんだよ。」

 

ファイズとして強化された聴力で聞き取った巧が同じくオルフェノクの聴力で聞き取っただろう未だ倒れ臥すマンティスシュリンプオルフェノクに尋ねる。

 

「そうさなあ。」

 

10年生きた割には軽い、若い声だった。

 

マンティスシュリンプオルフェノクは殴られたダメージなど感じていないかのように立ち上がった。

首を2、3回し音を出す。

巧とは違った形で気怠げなシャコ怪人は一度なのはを見てからグラブ状の腕を腰に当てた。

 

「俺としては見逃してもいいんだけどな?」

 

オルフェノクは言葉を話す時は影が人間だった頃の姿に変わる。

しかしこのオルフェノクの影は異形の形のままだ。

巧は違和感を感じた。

 

「ウチが〜……まあ俺にも分かりにくいくらいややこしくなってるから上手いこと説明は出来ないんだけどな?」

 

「とにかく無理だな。」

 

マンティスシュリンプオルフェノクの飄々とした言葉に巧はそうかと返した。

 

カシャリと手首を鳴らした巧。

 

それが戦闘の意思だとマンティスシュリンプオルフェノクは感じ取った。

 

次の瞬間コンクリートで舗装された道路が陥没するほどの踏み込みで前へと加速したファイズはすぐ様トップスピードとなり胸元へ拳を叩きつけた。

野球の投球フォームのような振り回した拳はなぜか洗練された達人のような見事さで防ごうと前に出された腕をすり抜け分厚い胸板に、凡そ肉を叩いたものとは思えない音を結界中に響かせた。

 

 

ーー

「あ、ちょっと巧く…」

 

急に戦いを始めた巧になのはが慌てて声をかけようとして、

 

「あらあら。時空管理局の魔導師さんは投降を勧めておいて自分達は攻撃するのかしら。怖いわねぇ。」

 

スコールの色気のある喋りになのはは言い返せなかった。

 

仕方ないとなのはは頭を切り替えてスコールへとレイジングハートを向けた。

 

「すいません!約束破ります。実力行使します!」

 

「どうぞ。」

 

なのはの言葉を合図にスコールは近接武器のプロミネンスを二本なのはに払う。

なのはは間髪入れずにショートバスターを放ち真っ向からプロミネンスを押し返した。 蓄積されたエネルギーが暴発の形で外へ逃げる。

爆発の煙が間に広がり視界を塞ぐ。

 

「魔法使いさんはこういう時どうするのかしら。」

 

ハイパーセンサーのサーモ機能の恩恵を受けるスコールはその割には大雑把な範囲攻撃でなのはを迎え撃った。

 

ゴールデン・ドーンを中心に熱気が立ち上る。

上昇した熱はそのままエネルギー粒子となり『ソリッド・フレア』という火の粉として爆発。

煙を吹き飛ばし新たな粉塵を生みだす。

 

 

ーー

かつて数多のオルフェノク達の外骨格を砕き内臓に衝撃を与えてきた2.5tの威力を誇るファイズの先制パンチはマンティスシュリンプオルフェノクの巨体を数メートル吹き飛ばした。

開幕宜しく大きく吹っ飛んだシャコ怪人はしかし今度は空中で一回転翻し着地。

今度こそダメージを感じさせないもうダッシュでファイズへ突っ込んだ。

 

ボクシングを連想する形状の拳をイメージそのままファイズへ振るう。

 

予想通りだろう威力のソレをファイズは嫌う。

 

痛そうなモノをわざわざ食らう程巧は優しくない。

腕ではたき落とし、時には足癖の悪さで突撃を止め迎撃する。

それでも怯まず寧ろファイズを押していく勢いで拳を振るうマンティスシュリンプオルフェノクに巧はかつての上級オルフェノク達を連想した。

 

そして度重なる連撃の一つがフルメタルラングに触れ、ファイズの上体が大きく揺らぐ。

舌打ち一つしファイズはベルトからファイズフォンを取り外しコードを入力する。

 

《Burst mode》

 

バーストモードとなったファイズフォンから弾丸状にされたフォトンブラッドがマンティスシュリンプオルフェノクにたたらを踏ませる。

離れた距離を後ろ跳びで更に開けたファイズは被弾した装甲を見やる。

 

ダイヤモンドに匹敵する硬度を誇るフルメタルラングが大きく凹んでいた。

 

舌打ちをもう一度した巧にマンティスシュリンプオルフェノクが再び突進して来た。

 

 

ーー

ハイパーセンサーにかからない魔法という謎のエネルギー攻撃をスコールが回避出来たのは永きをかけて身につけたひとえのカンだ。

 

プロミネンスと引き分けたショートバスターを遥かに超える太い砲撃は鞭のシールドではとても相殺仕切れない。

ジェットを吹かせて回避したスコールを黒煙を飛び出したアクセルシューターが追う。

しかし砲撃魔法ならともかく誘導弾ならなのはの余剰魔力より炎の質量の方が上回る。

プロミネンスをしならせシューター群を打ち消したスコールは漸く晴れた黒煙の先の無傷のなのはにスカリエッティ経由で聞いた与太話風の情報に頷いた。

 

曰くその歳若い女はまるで要塞のようなタフさを持ち、その砲撃は並び立つ者は居ないのだという。

 

 

 

異世界の舞台。

 

1人はかつての強者達を思い起こしながら新顔を相手取り、もう1人はこの世界の最強を前に佇む。




たっくんも言ってましたが急展開に混乱なさった方はすいません。

どこかで絡ませようかとタイミングを探っててこんな形となりました。
急ぎ足で書いたせいで設定とか変になってたらすいません。

何気に着替えを共にするというワンサマーなら無意識にラッキースケベに発展させる内容をナチュラルにシリアスで締めたたっくん。

流石は平成ライダーを代表する敏樹ライダーww

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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30話 決着?

前回の続きですがスムーズに進めるために少し前回との整合性が合わないかもしれません。

ラストは皆さん、頭の中で各々好きな処刑用BGMを流してください。


結界内の戦闘は既に激化となっていた。

 

なのは、ファイズ、リニスといった強者3人が片方に加わっても未だ拮抗が崩れないのはそれ程スコールやオルフェノクといった戦力が大きかった故だろう。

更に純粋な戦力としては烏合の集とはいえガジェットドローンのAMFも凶悪だ。

 

こちらの戦力の半分は魔導師だ。

なのはとリニスは突入前に事前に対策を済ませているとはいえそれでも重複する足枷はリミッターといった制約を加味すれば最大の魔力量を誇るだろうプレシアですらその餌食としていた。

 

特に強いスコールやオルフェノクがAMFの影響を受けずに行動出来る今本当の意味でまともに動けるのは巧とゴーレムだけだった。

 

そのゴーレムも既に判停止状態で襲い来るガジェットドローンに束は素手で対応している。

それで本当に倒せている辺り凄いのだがそれも巣穴から湧き出るアリのような膨大さには焼け石に水だった。

リニスが自身の魔力色でもある黄色の誘導弾と断続的に放たれるプレシアの特色である雷がそれらを落とす。

 

それらも魔力消費を抑えるために本来よりもパワーダウンしている。

 

相手がⅠ型が殆どなガジェットドローンのため彼女たちは問題無いだろうがスコールを相手取るなのはは一見有利に事を運んでいる風に見えるが焦っているのは寧ろなのはの方であった。

スコールもAMFの効果は聞き及んでいる。 火力に勝るなのはとわざわざ正面切っての戦いはしない。

 

ファイズはAMFの効果を気にせずに攻撃が出来る。

 

しかしそれはマンティスシュリンプオルフェノクも同じ。

かつての幹部級オルフェノクと同等の実力に攻めあぐねていた。

 

 

かといってスコールたちも余裕がある訳ではない。

 

ガジェットドローンたちは膨大だがそれでもリニスとプレシアならばじきに全ての機体を落とすだろう。

そうでなくとも数が減るほどAMFの効力は弱まりそれはそのままこちらの戦力の低下に他ならない。

3人のエース、ストライカークラスの魔導師を相手にするのはスコールも御免だ。

 

なのはの魔力切れを狙っているスコールだが実のところ切羽詰まっているのは彼女たちでもあった。

 

そういう膠着状態の中少しづつだが拮抗が崩れ始めていた。

 

 

ーーアリーナ

歓声止まぬアリーナ。

その中心にいるセシリアとラウラは未だ優勝候補筆頭だった。

最新の第三世代の機体に優秀な操縦者。

一回戦から破竹の勢いで持って勝利を重ねる両名の余りの強さに場内はそれまでマンネリと化していた。

 

まるでネズミ対ライオン。

 

窮鼠猫を噛むもあり得ない常勝パターンに観客はイマイチ沸けずにいた。

それが今になってぶり返したように上がる歓声の理由は彼女らの対戦相手が同じく実力者タッグだからだ。

 

セシリアとラウラを除けば現在1年生ではトップであろうパートナー。

 

鳳鈴音、シャルル・デュノアペアに会場からの期待の声援が送られた。

 

果たして会場全体の熱気を一身に受ける4人は実に日常的であった。

 

 

「ねえセシリア、そっち巧クン知らない?」

 

「あら、同じことを聞こうとしていたところでしてよ。」

 

「ああ、というか高町さんに聞けばいいんじゃないか?」

 

「それがなのはさんも居なくって……」

 

 

プライベートチャネルで通じる彼女らだけの会話はギャップ激しく身内話である。

そして二、三ゆる〜い情報交換を終えた4人はようやくそれらしい顔つきになった。

 

「取り敢えず負けた方がダッシュで探しに行くってことでどう?」

 

「その口調だと勝つつもりか。面白い。」

 

「ボクらだってそれなりに強いつもりだからね。」

 

勝気な鈴音にラウラが笑いシャルルの温和な顔に隠れた確かな闘気にセシリアが無言で返した。

そして開始を知らせるブザーが歓声を掻き分け鳴り響く。

 

同時に飛び出した鈴音の龍砲がその射角の無さを活かしセシリアとラウラを同時に攻撃する。

見えない弾丸はラウラにはAICにより無意味に散りセシリアには見えない筈の弾をスターライトmkⅢの射撃に芯を抜かれ四散した。

初撃を完封されたことに少しの動揺も見せずに鈴音は飛び上がり空かさずブルー・ティアーズとワイヤーブレードがそれを追従する。

 

シャルルは鈴音とは正反対に陸上を滑るように移動し展開したマシンガンを2人に浴びせる。 鈴音追尾に集中するためかラウラはレーゲンの装甲を盾にセシリアを庇う。 シャルルはやはりとなった。

 

(オルコットさんがいるから意外だったけどこの2人連携に関してはそこまで強くない。)

 

一回戦からずっと観察していて気づいた事だった。

セシリアとラウラという1学年だけでなく学園全体を見てもトップに食い込むだろう強力タッグは少し行き当たりバッタリの戦法を取っていた。

示し合わせた訳ではなく事前に得ていた互いの機体の情報を元にその時その時の事態に各々が別々の考えで行動している。という風に見たシャルルはなんとかその隙を突けば各個撃破的に打倒する事も可能と考えた。

 

しかしそれは容易ではない。

 

今のように奥に隠れたシャルルでは無く鈴音を2人がかりで攻撃した感じから攻撃の仕方によってはある程度誘導出来ることへの希望も湧いてきたが強いのは変わりない。

 

それに今でこそ2人とも互いの自由行動を黙認してはいるがそれでもお互い周りの状況は確認している。

それこそ各個撃破など容易く許してはくれない。

 

それでも2人はそれにかける。

 

とにかく隙が産まれない今は鈴音が出来るだけ大きく動き2人の注意を引きその間にシャルルがネチネチと言いかたは悪いが少しずつでも削っていくしか無い。

 

間違ってもこちらが各個撃破されることなどないよう位置取りに気を払いながら鈴音は空を飛びシャルルは地を走る。

 

 

ーー結界内

決壊は一機の墜落で訪れた。

 

それまでの膠着が嘘のようにAMFの煩わしさを脱した事を魔導師としての共通認識で念話も無しに確信した3人はだからこそ誰よりも速く動き突破口を作ったのだろう。

先ずプレシアが束とついでにゴーレムも包む防壁を張りガジェットドローン達の砲撃からシャットアウト。

それに空かさず弟子に追随する速度でリニスが跳び出した。

 

前世の力を有意義に使いこなし弾丸の雨あられを潜り抜けた彼女は敵戦力で最も厄介であるスコールが反応する前にゴールデン・ドーンへバインドをかけた。

 

「っ」

 

もちろん出力を全開にさせもがくスコールを抑えつけながらリニスはなのはへ叫んだ。

 

「ここは任せて。」

 

それで全てを理解したなのははアクセルフィンを駆使し急転換。

地上へダッシュしたなのはは地上で格闘戦を展開するファイズへ声をかけた。

 

「とんで!」

 

思考しないファイズはマンティスシュリンプオルフェノクの数瞬速く大地を蹴った。

障害物の無くなりよりハッキリと相手を捉えたなのははマンティスシュリンプオルフェノクへバインドをかけた。

桃色と紫色の糸がマンティスシュリンプオルフェノクを縛る。

プレシアによる手助けに感謝しつつなのははレイジングハートを構える。

最速でしかし正確に詠唱工程を進めるレイジングハートの恩恵となのは自身の膨大な魔力量はその形をより殺傷力の高い形態へとなのはの意思で選ばせる。

 

放つのは魔法ダメージだけの対人設定。 しかしなのはの砲撃威力は甘くない。 いかにオルフェノクといえどもまともに食らえばタダでは済まない。 そしてなのはは更なる上乗せを重ねた。

 

カートリッジが二本排出され更なる強化が初見の人間にも一目で分かった。

 

「近藤さん!」

 

スコールがバインドを突破しようと更にもがくがリニスがそれを抑える。

遠隔操作か自力のAIの判断かガジェットドローン達がなのはの射線上へ重なる。

 

そして高まり切った充填をレイジングハートが伝える。

 

 

「ディバインバスター!!」

 

放たれた非殺傷設定の桃色の砲撃は機械であるガジェットドローン達を押しのけマンティスシュリンプオルフェノクへと降り注いだ。

 

一際大きな光が結界内を巡る。

 

その中で人離れした五感を持つリニスと巧はその音を聴いた。

同じくハイパーセンサーでそれを拾ったスコールがニヤリと笑った。

砲撃地から聞こえる音はどんどん大きくなりそれがなんなのかをなのはに確信させた。

 

唸り声だ。

 

この状況でそれを上げる人間は他に居ない。

なのはは強張らせた顔で未だ視界を覆う桃色の光の先を見た。

 

 

ーー

四肢を固定されながら。

 

押し返されてきたガジェットドローンに体を打ち付けながら。

 

意識を刈り取る魔法をその身に受けながらマンティスシュリンプオルフェノクは唸り声を上げながらそれに抗っていた。

 

やがて人外の筋力はそれでも尚外れる余地がある箍により人外のバンプアップを果たしプレシアは一気に千切られるバインドの存在からこの事態を正しく認識し顔を焦らせた。

 

「なのはちゃん!」

 

「高町!」

 

同時に発せられた巧の声はしかし心配から来るものでは無かった。

振り向かずとも感じる。

 

お前が出来なければ『やる』と。

 

それは嫌だ。

効率的だとかそんな場合では無いとか巧の方が専門家だとかそういうのを無しにして嫌だ。

 

なのはは暫しの悲痛の後握り締める相棒へ叫んだ。

 

「レイジングハート、設定解除!」

 

マスターの指示を正しく認識したレイジングハートは事務的にそれをこなす。

 

『非殺傷設定を物理破壊設定へと移行。』

 

桃色の砲撃はそれまでは曲がりなりにも魔法使い達の先祖代々からの良心の形を成していた今までからガラリとその凶暴性を晒した。

 

なのはとプレシアのかけたバインドが破られたのは同時だった。

 

あくまでも押し返すだけで済んでいたガジェットドローン達は触れ合うところから抉り取られるように破砕され爆発する。

そしてその変化を感じ取ったマンティスシュリンプオルフェノクがそのグラブを砲撃へと叩きつけると同時に新たな拮抗が産まれた。

 

異様な光景だった。

 

全てを呑み込む力の濁流はその途中から割られている。

中程で断たれても強大なディバインバスターは一つは地面へもう一つは結界へと突き立つ。

 

元よりスコール達ですら気遣って戦闘を行っていたのだ。

 

リミッターがあるとはいえなのはの対物理設定の砲撃の片割れでも結界が軋みを上げるのには充分だった。

 

「マズイっ…」

 

リニスがそれでも集中するバインドに発音を取り止め歯を噛み締める。 オルフェノクにも匹敵するISの膂力はリニスの領外であった。

 

方向的にビルや人に当たる向きでは無いがそれでも未だガジェットドローンは少ないながらも残っている。

未だ拘束を受けていないガジェットドローン達を外へ出すことは外部への危険を伴うことになる。

 

なのはもその考えに至り顔を歪ませる。

それでも決断を遅らせるのはこの世界に来て新たに出会った青年へ問題を流す事への躊躇。

 

「高町。」

 

それを断ち切るように声が響いた。 巧は一言だけ言った。

 

「任せろ。」

 

なのははレイジングハートへの魔力の注入を止めた。 代わりに開けた目線の下を紅い戦士が疾駆するのを見た。

 

 

弱まった。

 

それだけで十分。

 

既に唸り声から咆哮へと変わった力の行き先をそのまま拳へと握り締めもう片方のグラブを叩きつけた。

 

過剰な抵抗を受け直撃地点から分離させられた魔力はそのままマンティスシュリンプオルフェノクの前部へと跳ね返され地面やビルに突き刺さり火柱を上げた。

人間なら1秒と生きていられない業火の中を佇むマンティスシュリンプオルフェノクはその外骨格と細胞レベルで強靭な肉体を持って熱を耐える。

 

だからだろう。

 

 

 

《EXCEED CHARGE》

 

 

普段なら聞き逃すことの無い音声を逃した。

 

 

似たような色合いの中だからだろう。

 

 

 

 

炎の中を突っ切って走る紅の戦士に気づかなかったのは。

 

 

ーー

デジカメ型パンチングユニット『SB-555 C ファイズショット』へフォトンストリームを通じてフォトンブラッドが貯まる。

 

フォトンブラッドを運用し放つファイズの技の中でもバインドに代表される拘束機能を持たないこの技は最も使い勝手が良く、同時に命中率が高くは無い。 事実巧も繋ぎ技としては使えるが決め技としては微妙といった評価である。

 

しかしこういう場合にはこちらの方が良い。

 

炎を突き抜けマンティスシュリンプオルフェノクへと飛びかかった時には既に2メートルも無かった。

マンティスシュリンプオルフェノクが反応するよりも速く。

 

5.2tを誇る必殺パンチ。

 

グランインパクトがマンティスシュリンプオルフェノクを吹き飛ばした。

 

 

一時的な爆発だったらしい炎が晴れた頃には既に高く上がったマンティスシュリンプオルフェノクが頭から地面へと叩きつけられた。 倒れ臥すその体から青い炎が上がりφのマークが紅く浮かび上がる。

 

「くっ。」

 

形勢不利を悟ったスコールは最後の行動可能を阻むバインドを引き千切ろうとする。

既に何本かが魔力の塵として霧散している中これ以上リニスの力では止められない。

 

新たに桃色の輪と紫色の鎖が機体を縛る。

 

「ぬっ、」

 

ガジェットドローンを片付けたなのはとプレシアによるバインドが加味されゴールデン・ドーンは完全に止まった。

我が身のごとく動く筈のISの異常にスコールは歯を食いしばった

 

「ふうっ…」

 

負担が軽減された事でようやく生じた休憩をリニスは貪る。

次いでかけられたなのはからの労いの言葉に応えながらリニスはこの後の安息を期待した。

 

 

ーーアリーナ内

鈴音とシャルロットのタッグは今大会で唯一彼女たちに正攻法で太刀打ち出来るタッグだった。

シャルロットが立案した作戦は確かに理にかなっていたしそれの重要な囮役を買って出た鈴音の働きも良かった。

 

実際セシリアもラウラも攻めあぐねシールドエネルギーを減らしていた。

それでも機会が来るまで実力差を埋めるものでは無かった。

ただそれだけだった。

 

追って来るワイヤーとBTを何個か落とした鈴音もその隙を突いたセシリアのライフル狙撃により両肩の龍砲を破壊され近接武器しか持たなくなった。

 

すぐ様シャルルがプライベートチャネルで鈴音を自分の近くへ呼び寄せようとするが自分たちが相手にしている実力者は好機の到来を逃すような相手では無い事をその身で味わった。

 

打ち合わせの無い瞬時加速でセシリアはシャルルへラウラは鈴音へと飛びかかった。

それは偶然一方が距離的に近かっただけという理由から一方へ向かい、もう一方も選択肢的に選ばざるを得なかったという計画性も何も無い行き当たりバッタリの行動だった。

しかしそれは確かにシャルルと鈴音の綿密な打ち合わせによる対応速度より迅速であった。

 

こうなった以上各自で迎撃するしかない。

 

原因を作ったという後悔を持つ鈴音は双天牙月を構えラウラを迎え撃つ。

純粋に近接戦での強さを比べれば機体の出力を加味しても2人の実力は拮抗。

なんなら鈴音が僅かに上回る程度だが更なる機体差がそれを潰す。

 

AICがここに来て初めて効果を発揮する。

 

猛る思いと裏腹に止まる身体を上から叩きつけるように殴打する。

衝撃とともにアリーナへ落とされた鈴音が立ち上がるより早くラウラが組み伏せる。

甲龍とレーゲンの出力は一桁二桁の数字の形の違いでレーゲンの方が勝る。

上からの圧力に甲龍が再びアリーナに叩きつけられる。

 

それでも強い抵抗を見せる鈴音に跳ね除けられそうになるのを抑えながらラウラは残った三本のワイヤーブレードを全て鈴音の首に巻きつかせた。

 

「かはぁっ⁉︎うぐっ、」

 

「すまん。これが一番速い方法なんだ。」

 

喘ぐ鈴音に一言謝ったラウラは更に鈴音の首を絞った。

 

操縦者の生命の危機を防ぐためISには絶対防御が存在している。

外部からのあらゆる危害から操縦者を守るシールドエネルギーを犠牲にして生じるIS共通の機能でありシールドエネルギーが尽きればISも強制的に解除される。

 

シュヴァルツェア・レーゲンのワイヤーブレードは細く先端の突起物を媒介にラウラがコントロールしている。

 

ブルー・ティアーズに比べればシステムの簡略化や機体の補助もあるため負担も少ないがAICへの武装過多のため精密度は少々劣る。

故に本来なら頸動脈の圧迫を狙ったものも首全体に巻きつき気道を細める形となってしまった。

 

それにより酸素欠乏症の危険性を感知した甲龍により絶対防御が発動したがそれにより余計に苦しみもがく鈴音への罪悪感を胸にラウラは出来るだけ早く甲龍のシールドエネルギーが尽きるのを待った。

 

 

シャルロットは以前に一度あった真耶との模擬戦。

その時の真耶による決まり手を思い出していた。

 

ナイフよりも更に懐に潜り込んだ真耶に投げ飛ばされ出来た隙にシャルロットと鈴音は敗北した。

専用機であり真耶以上の速度で突っ込んで来たセシリアは今度は抵抗してみせたシャルロットのナイフを容易く受け流し懐に侵入。

今度の投げは味方では無く地面だった。

 

背中から叩きつけられる。

こちらも絶対防御越しでも背骨に響く衝撃に横隔膜が痙攣し一時的な呼吸困難に陥ったシャルロットは続くスターライトとBTとの全射撃を無防備にその身に受けた。

ラウラと同じく絶対防御発動での早期決着を狙うセシリアはシッカリとマウントでシャルロットを固定し止めどなくレーザーを放つ姿はラウラ以上に残忍だった。

 

観客席からもそれを示す声が出始める。

 

もう彼女たちの脳裏にシャルル・デュノアの反撃など無い。

彼女本人を除いて。

 

シャルロットは途切れそうに無いレーザーの雨の中を碌な防御も出来ない中でその機会を待っていた。

 

一連のレーザー射出はセシリアの練度の高さもあり全く淀みなくほぼ同タイミングで行われている。

 

シャルロットはそれを徹底した完璧主義から来る反撃を予防したものだと看破し改めてセシリア・オルコットという同級生の凄さに舌を巻く。

 

しかしシャルロットはクレバーにその時を待った。 そうしないととてもでは無いが掴みきれなかったのだ。 彼女が動いたのはとても隙とは呼べない正中線状の偏り。

 

駅を通過する特急。

その車両と車両の連結部分の丁度真ん中へ打ち込むように。

シャルロットは無理やりレーザーの中を掻い潜りブルー・ティアーズへ釘を突き立てた。

 

 

それを当然最初に確認したセシリアはそれを盾だと思った。 当然だ。 初見でバレないために変形機構の無い炸裂式を選んだのだから。

継ぎ目のないその装備はセシリアにシャルルが攻撃ではなく苦し紛れの防御に走ったのだと一瞬だが誤認させた。

 

「っ、盾ごろ…」

 

セシリアが気づいた頃には既に盾に見せかけていた鉄板がパージし69口径の特大のパイルドライバー。

灰色の鱗殻(グレー・スケール)がその姿を現わすとともに唯一の役目を果たすため群青の装甲を穿った。

 

金属通しがぶつかり擦れ合う嫌な音が鈴音を締め上げるラウラに届いた。

 

「オルコット候補生っ!」

 

「うぐ…シャルロット」

 

弱りながらも余力を感じる鈴音の声にラウラは一気に焦りが巡った。

遠目からでも巨大な杭は紛れもなく第二世代最大威力を誇る灰色の鱗殻だと分かった。

レーゲンですら何発も受けていられないその威力はブルー・ティアーズならば下手をすれば一撃で終わってしまっても可笑しくは無い。

 

「チィっ……」

 

甲龍のシールドエネルギーは残り少ないがそれでもシャルルがセシリアを打倒した後救出を間に合わせるだけの量は十分だった。

事前のドイツ軍時代の調べでは瞬時加速のデータは無いがただ使っていないだけかも知れない。

 

どちらにせよそうなればいつまでもこうして1人に構ってはいられない。 シュヴァルツェア・レーゲンのシールドエネルギー残量とて潤沢とは言えない。

未だ余力を見せる鈴音との二体一の状況になればラウラといえども逆転の余地は全然可能圏内だ。

 

しかしラウラの緊張の思考は未だに聞こえた耳障りな音によりほぐされた。

 

 

「ははは、」

 

乾いた笑いはシャルロット。

もうここまでくれば笑うしかない。

 

「お見事でしたわ。デュノアさん。」

 

淑女的な笑みながらもセシリアは強者の雰囲気を醸し出していた。

その僅かな身じろぎの所為か。

耳障りな軋むような金属音がシャルロットに再びその目を降ろさせた。

 

ナイフが突き立ててあった。

 

 

 

「まさか、近接ナイフで突き刺して受け止めるなんてね。」

 

 

 

乾いた笑いが起こる。

 

金属製の杭の中心が大きくヒビ割れそこを切っ先から3分の2を埋めたインターセプターが覗いていた。

ティアーズの装甲まで後数センチといったところだった。

 

程なくして試合終了の合図が鳴った。

 

 

ーー

試合終了の後選手は互いに向かい合って礼をする決まりとなっている。

鈴音は喉をさすりながら絶対防御のお陰で無いはずのダメージを労った。

 

「すまないな。」

 

「すまないな、じゃないわよ!死ぬかと思ったじゃない!」

 

ラウラの謝罪の淡白さが癇に障り今にも噛みつきそうになる鈴音をシャルルが抑える。

困りながらも本当に申し訳なく思っていることをラウラが必死に伝えるのを笑みを湛えて見ていたセシリアはそろそろこの楽しい会話を締めくくることにした。

 

「では鈴さん?約束通りに2人を探しに行ってくださるわね。」

 

それに鈴音はうっとなりながらも快活な表情を見せた。

 

「しょうがないわね、シャルろっ…ル君。行くわよ。」

 

鳳さん、また…うん分かった。」

 

ラウラに不審に思われなかった事をまだ反省していないらしい鈴音にシャルルが言った。

セシリアとラウラはそんな2人にお互い顔を見合わせ自然と微笑んだ。

 

これから4人が探し人の現状を知るのはもう少し後のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見てくれセシリア!父さん遂に鷹になったんだ!

 

 

何故あの時のことを急に思い出すのだろう。

 

「セシリア?」

 

友人達が急に表情を固めたセシリアに覗き込んで尋ねてくる。

しかしセシリアはそんな友人達など目に映らない。

瞬間セシリアは空を見上げあの時の翼を探した。

 

セシリアは空一杯の灰色の羽がアリーナへ降り注ぐのを確かに見た。 そして一枚の羽が自分の頰に触れた途端灰となって崩れた。 母親のように。

 

弾かれたようにピットへと駆け出すセシリアに3人だけでなく生徒やVIP。

運営側である教師陣が其々十人十色にどよめいた。

慌てたように一番の仲である鈴音が追いかけラウラが混乱しつつもレーゲンの通信機能で教師の指示を仰いでいる中シャルルは何となく空を見上げてみた。

 

蒼天の名が相応しい天気であった。

 

 

ーー結界内

こちらでも終局へと舞台が進んでいた。

 

バインドを三重に、更に駄目押しに束から煙を上げるゴーレムに羽交い締めをさせられながらISを解除させられ捕らわれたスコールはふと空を見上げた。

 

既に結界内の残存戦力は自分以外に居ない。

 

自分も未だ力尽きた訳ではないがそれでもこの面々を相手にするよりは模範囚になった方が良いと判断したらしい。

大人しいスコールへなのはが代表して話しかける。

 

「教えて下さい。貴方はスカリエッティとどうゆう関係ですか?」

 

「プロはクライアントの情報は教えないのよ?知らないのお嬢ちゃん。」

 

「なら死んでくれても良いんだけど?ここには誰も居ないし。」

 

無表情のままなんの躊躇いも無くいうのは勿論束だ。

恐らく彼女にとっては本当にスコールの命などその程度なのだろう。

当然だがそれはほかのメンバーが容認しない。

 

「私たちが居るでしょう束ちゃん、ダメだからね。」

 

プレシアの言葉に束はそっぽを向く。

拗ねた訳ではない。

スコールに対して割きたい時間などその程度なのだ。

とにかく関わらないのであればそれでもいい。

 

なのはは改めてスコールが口を割りそうに無い事を確認するとレイジングハートを構える。

 

「すみませんが少し気を失って貰います。」

 

誘導弾を一発コツンと当てるだけだと言うリニスにジョークが強いとスコールが笑った。

なのはは油断なく警戒しながらも魔力を収束させ始め。

 

唸り声が鳴った。

 

静かな今度はリニスだけではなく全員に聞こえた。 力を振り絞るような低い声は上げられる人間は1人しか居ない。 一同が振り向く中で青の炎をあげながらφを背負ったシャコ怪人は尚も力強く立ち上がった。

 

唯一変身を解除していた巧が再びファイズフォンにコードを入力する。

命中率は低かったとはいえ当たればほぼ間違いなく必殺のグランインパクトを耐えた事に小さく驚く。

マンティスシュリンプオルフェノクは体勢を力強くするにつれ唸り声は次第に咆哮に近いものとなった。

そして一際大きく叫んだ瞬間。

 

φが砕けた。

 

驚く一同の前で巧も驚く。

かつて自分の知る限り紛れも無く最強の存在が一度だけ見せた異例の紋様砕きに巧は改めて目の前のオルフェノクに戦慄した。

 

マンティスシュリンプオルフェノクは更に上がる炎を消し飛ばして何事も無かったかのように佇む。

なのは達が再び構える。

しかし復活したシャコ怪人は1人景色の見えない空を見上げて一言口にした。

 

「来る」

 

 

バリンと。

 

結界に蒼天が映った。

 

 

ーー

謎の攻撃により砕けた結界はそこから現世に帰っていく。

 

戻った駅周辺には突入前が嘘のように人が居なかった。

それが楯無経由で連絡を受けた日本政府からの偽造の事故に対しての封鎖だとはリニスも知らなかったが外部からの攻撃という事実になのは達は其々の非戦闘員の前に立つ。

 

なのはが束をリニスが変身前の巧を庇いながらプレシアもスコールから目を離さずに爆心地であるマンティスシュリンプオルフェノクの横に注目した。

スコールの笑みが釣り上がるのが見えた。

 

「遅かったですわね。オルコットさん。」

 

羽が舞った。

 

 

身の丈は2メートルを超えるがこれまでのそして横のマンティスシュリンプオルフェノクと比べれば小柄な部類。

鷹の特徴を受け継いだホークオルフェノクが灰色の羽毛を撒き散らした。

それらは地面に当たった途端全て崩れて灰になった。

 

ホークオルフェノクは一瞬だけ海を挟んだIS学園を向いたかと思うと隣のシャコ怪人とともにスコールへと疾駆した。

 

其々の反応はしかし迎撃ではなく自分の近くの非戦闘員の保護が殆どだった。

 

なのはは束の前で防壁を張り。

よりオルフェノク達の近くに居た巧は抱きつきながら横っ飛びをしたリニスによって生身を弾丸もかくやの彼らから反らされた。

 

そしてプレシアは即座にそれを攻撃ではなくスコールの奪回だという事。

その速度から来る威力は疲弊した自分では抑えられない事を察知しダメージからか横を走るホークオルフェノクから少し遅れたマンティスシュリンプオルフェノクの間を利用して跳びのき回避した。

 

そして障害物を失った2人は容易くスコールへとたどり着いた。

 

ホークオルフェノクが鉤爪をバインドにかける。

猛禽類を思わせるホークオルフェノクの脚は引っ掻いただけで容易くSランク級のバインドを断ち切って見せた。

 

そして解放したスコールは再びゴールデン・ドーンを展開し瞬時加速で空へと消えていった。

 

「のけ!」

 

抱きしめるリニスを退かせ巧が立ち上がる。 ファイズフォンは既に待機状態を鳴らしている。

 

「ショート…」

 

なのは最速の砲撃よりも鷹は速かった。

 

マンティスシュリンプオルフェノクをその強靭な鉤爪で掴んだホークオルフェノクは先の瞬時加速が比肩にならない加速で蒼天を突き抜けて行った。

フェイトにも匹敵するやも知れない速度でリニスの目すらからも消えたホークオルフェノク達を一同は見ているしか無かった。

 

緊張がほぐれようも無かった。

 

「っ、誰です!」

 

猫耳を研ぎ澄ませたリニスが振り返る。

なのはがあっと声を上げた。

 

「おまえら」

 

走って来たのか息を切らすセシリアとその少し後ろで膝に手をつきこちらを見る鈴音に巧が声を漏らした。

セシリアの表情に巧は何時ぞやのモノレールで鈴音が話した怖い顔を連想した。

 

「話してもらいますわよ。巧くん。」

 

 

 

 




書き終わってから思っても仕方ないんだけど急展開過ぎだね。

皆さん気分とか悪くなりませんでした?文章酔いとかしませんでした?

今回の構成について先ずオリジナルオルフェノクであるシャコさんがやけに株を上げていますがあくまでも巧がそう思っただけで本物のラッキークローバーと同等という訳ではありません。

また鈴にゃんの絶対防御描写について「絶対防御が働いてるならダメージとか無いんじゃね?」と思われた方とセカンド党の方には申し訳ない。
ぶっちゃけダメージ受けた方が緊迫感あるから、て理由で窒息しそうになってもらいましたww

何故日本政府と学園は結界のことを知っていたのかというのはぶっちゃけ特に考えていません。(笑
楯無さんと千冬姉が上手いことやったということにして下さい。

最後になんでセシリアと鈴が間に合ったのかと言うとたっくんとなのはさんが通り過ぎた後も管理人室と監視カメラは機能していなかったんです。

そして学園側が駅員さん達に伝えた情報はなにぶん急な出来事なので非常に適当で人数や時間帯とか指定せずに「来た生徒は通せ」と言っていたので2人はふつうに電車に揺られてやって来ました。

それ以前に何故2人が鷹さんが駅に居るのだと分かったかというとセッシーがニュータイプ並みの予知能力級の勘で探し当てて鈴にゃんは後をつけてったら出会った感じです。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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31話 ひずみは深まる

しょっく〜♪しょぉっくぅ〜♪


駅前。

行き先は一つ、小さな島。

駅の場所は海近くの端っこ。

島も駅がある場所も増設した埋め立て地。

 

交通の便、悪い。

名産品、ある訳ない。

 

しかし人は集まる。

 

みなIS学園というビッグブランド目当てである。

 

この一連の費用を全て支出した日本が観光都市として機能するように全国規模での物流、交通を発展させた事がやはり一番だがそれでも世界で唯一のインフィニット・ストラトス専門校の異名は伊達ではない。

 

ある意味世界ブランドであるISのお陰で一時期はIS学園から遠く離れた主要道路まで旅行者による渋滞が増えた程だ。

IS登場から10年経った今は落ち着いたがそれでも衰えない人気は平日でも賑わう人だかりがもっとも分かりやすい結果として示してくれる。

 

それが今日はどうした事か人っ子1人として居ない。

 

全て数十分の間に起こされた日本政府による交通規制だ。

原因は飲食店の火の不始末による火事か、地中を這うガス管が破裂したか。

はたまた埋め立て地の廃棄物達に妙な連帯感を感じたのかスペースデブリが地球を直撃したのか。

 

どちらにせよ平穏な日常から本土へ押し出された観光客や彼らを押し出すために大量に押し寄せた警官達も警察庁長官からの直々の命令で動いた県警も誰一人それが魔法という非日常的なものだとは知らない。

 

そしてそれを成す要因である5人は新たに現れた2人の少女に意識を移す。

セシリアはこれまでの学園生活で一度しか覗かせていない復讐者としてのセシリア・オルコットで巧に詰め寄った。

 

「話してもらいますわよ、巧くん。」

 

怒らせても怒らなそうな普段の慎ましやかさからは連想できない怖い顔に珍しく巧も狼狽えた。

 

同じくなのはも、こちらは唯一一度の機会に立ち会った経験もあり巧より行動を早く驚きから移行させた。

 

「セシリアちゃんに鈴ちゃん、大会は?」

 

セシリアの冷たい瞳がなのはを向いた。

スカイブルーの綺麗な瞳が今は深海のような暗いものになっているようになのはは感じ少し気圧された。

 

「そうよ!アンタ大会よ!」

 

漸く息と混乱を整えたらしい鈴音がセシリアの肩を後ろから掴む。

 

「もう決勝戦じゃない!直ぐに行かなきゃ、」

 

そのまま引っ張っていこうとするが体格的にそこまで大差のないセシリアはピクリとも動かない。

深い瞳が巧を見つめる。

 

巧もなのはも鈴音もみんな困っていた。

 

「ん〜〜」

 

鬱陶しいがこのまま黙っているのはもっと鬱陶しいという理由からあげられたメンドくさそうな声はうさ耳アリスのもの。

束は唯一セシリアの瞳に映る復讐の念を正しく受け止めそして物怖じしなかった。

とうとう力尽きたゴーレムの修理から外れ右手の工具をプラプラと弄りながらセシリアに歩を進める。

 

「束さん。」

 

すれ違うなのはや巧を手で制しながら場から一歩引かせる。

そして実質上場の主導権を奪った束は工具を肩にかけながらセシリアの前に立った。

 

「話しがしたいの?」

 

なんの躊躇いや戸惑いも無く束からの急な質問に頷くセシリア。

束はその判りやすさが気に入った。

くるりと工具を一回転させる。

 

「なんについて?」

 

セシリアはまたも判りやすく答えた。

 

「先程飛び去っていった翼を生やした灰色の怪物について。」

 

束はまた気に入りながら右手で工具を回転させる。

 

「今束さん達時間が無いんだよね、乾くんは今から私が預かるから。」

 

巧がさらりと自分の身柄が拘束されていることに気づき不満を抱くが今はセシリアの方が優先と束に喋らせる。

 

「ならば私も同行します。今すぐ話をさせていただきます。」

 

判りやすく強情を伝えるセシリアに束は少しの煩わしさを感じ、しかし直ぐに笑って流した。

同じ類の目的を志す者として惹かれたのかは束にしか分からない。

とにかく束はセシリアが気に入った。

 

しかし、と束は自身の好みに一旦冷静さを求めた。

 

流石に束も事態がそう易々と私情で進ませる事では無いことは理解している。

特にここを封鎖しただろう日本政府への対応が束の冷静さを戻させた。

流石にこれ以上勝手に進めるのはせめて正当な理由が無ければ躊躇われた。

 

せめて試験かなにか折り込んだ上で決めた方が良いだろう。

 

「じゃあさ、」

 

くるりと工具を上に放った。

なのはに言いようの無い寒気が走った。

束が落ちてきた工具を今度は左手で取った。

 

「これなんとかしたら考えたげる。」

 

セシリアの頭上に思い切り振り下ろした。

 

 

ーー

束はセシリアの覚悟を知った。

 

同じ復讐を心に決めた者同士それは間違いない。

しかし今からセシリアに自分達と関わらせることは彼女に危険が迫る可能性が高まる事を意味する。

 

覚悟があるだけでは認められない。

 

たとえ関わらずともIS学園に居る以上はそれもある程度どうしようもなく可能性としてはゼロでは無いしそれ以前に復讐を誓う彼女ならいずれ自分からその危険に飛び込んでいくだろうという事は明確だということは束にも分かった。

 

しかしそれでも束は箒や一夏と同年代の少女をその世界に踏み込ませるのに覚悟だけでは足りないと判断しセシリアを殴った。

 

 

工具は寸前で止めるつもりだったがその以前に対しては思い切りだった事に変わりはない。

ガジェットドローンの装甲を素手で破壊する腕力をセシリアの小顔に振り下ろした。

巧となのはがデバイスを仕舞ってから、その上一歩下がらせた状態での試験だ。

 

止められるのは自分とセシリアしかいない。

 

無論セシリアがそれを止めるだけの実力があれば要求はキチンと検討するつもりだったしもし出来なければ寸止め後に学園側に引き渡すつもりだ。

 

果たして束からの試験をセシリアは実に効率的にクリアした。

 

 

ーー

綺麗な指だと束は思った。

とてもあの人知外の生物とその身一つで張り合おうという人間のものとは思えない程細く長く健康的な二本の指が束の両目の視界のピントをボヤけさせていた。

 

「うん、考えてあげるよ。取り敢えず今日はみんな心配してるだろうから帰りなさい。」

 

セシリアが突き出した右手人差し指と中指が束の両目2ミリに止められている。 瞬間的に止めざるを得なかった工具はセシリアの頭上20センチ程で束の左手により制されていた。

 

目突きという束の振り下ろしよりも達成速度の高い手段で試験を攻略したセシリアは束からの報せをその耳で受け取りその手を下ろした。

束は今度は右手で自分より少し低いセシリアの頭を撫でた。

 

「いきなりゴメンね。」

 

一言謝罪し改めてセシリアの頭を撫でた。

セシリアは気にしてはいないらしく「いえ、」と断り一瞬束の背後に目を向けたかと思うとまるでそれが余計な迫害に繋がるかもしれないという風に束の手から身を引いた。

不思議に思う束がそれを確かめるより速く、

 

グイッ

 

「わっ」

 

束は両肩を掴まれ引っ張られた。

間一髪地面に叩きつけられるのを又もや襟首を掴まれていたことが束の体を上に運び掴んでいる本人であるなのはと少し退がって立つ巧の目の前に振り向かせた。

 

「…………怒ってる?」

 

無言で額に皺を作る巧と無表情ではいと返事をするなのはに流石の束も心からの苦笑いをした。

 

 

ーーアリーナ

混乱をどうにかアナウンスで収めた教師陣は今は居なくなったセシリアとついでに鈴音についての捜索を続けて居た。

監視カメラの映像からセシリアを探る教師陣に紛れ千冬は連絡を取ってきたラウラへ指示をとばしていた。

 

「今こっちでオルコットの事は探している。もし決勝戦までに見つからない場合は学園側の決定によりお前はそのまま出場してもらう事になった。」

 

セシリア発見が遅れた場合はラウラや対戦相手には待って貰わずに開催するという決定を伝える。

通信先のラウラはそれに特に質問も無く了解の意を示し少しの礼の後で通信を切った。

 

「いいんですかね、一人で戦わせちゃって。」

 

モニタに監視カメラの映像を写しながら真耶がそう尋ねる。

 

ラウラの実力は真耶も知っている。

それでも二体一の対決には思うところがあった。

千冬はそれに簡潔に答える。

 

「以前の襲撃の可能性を考慮してのタッグ戦だったがそれ以上に観客をアリーナへ拘束しておくことの方が問題ということで判断した結果だ。」

 

真耶はそれに押し負け代わりにモニタの中からセシリアを探し始めた。

そんな真耶の隠せない不満を千冬はしょうがないと許した。

当初の安全面から崩れた状態もそうだがかつてはスポーツマンシップの中世界の舞台で闘った千冬は不公平な条件に納得していなかった。

 

「オルコットは見つかったか。」

 

取り敢えず今はセシリア捜索が第一だと判断した千冬は各端末から捜索する教師達の報告を尋ねた。

意外と速く彼女は見つかった。

 

「南口でオルコット候補生と鳳候補生を確認。ここから先は映像が映りません。」

 

「駅か……私が向かいます。先生方は引き続きアリーナの管理をお願いします。」

 

報告から少し間を置いての判断内容は教師達に少々の疑問を抱かせるものだったが問題なく了承した教員達を後に千冬はやや早足で通路を進み駅へと向かう。

やがて間も無く千冬は駅に向かい走り出した。

 

 

ーーモノレール駅

 

正座させられた。

 

目の前には瞳にハイライトの入らないなのはが同じく正座して1メートル手前に鎮座している。

なぜなのはも正座するのかは分からないが目線が同じでダイレクトに威圧が伝わってきて中々の恐怖を束は味わう。

かといって耐えかねて目を逸らそうものなら、

 

 

 

 

スパーンっ!!

 

 

 

 

「いっっっ⁉︎」

 

横の巧が全身を使い効かせたしなりを思いっきり束の背中に打ち付け正す。

 

はっきり言って凄く痛い。

 

そんなこんなをもう五分続けている。

絵面的にはかなり地味で実際プレシアやリニスはガジェットドローンの残骸の上へ腰掛け、鈴音は駅近くの備え付けのベンチで猫のように日光浴をしている。

少し前まで居心地の悪さの張本人としてシリアスな雰囲気を醸していたセシリアでさえそんなのんびりした風景に溶け込んでいる。

 

しかしそんなのんびり空間を作り出していてもその実罰としてはかなりエゲツない部類に入るのだ。

 

ビンタと言えばすっかり日常レベルに落ち着くがしなりを効かせた一撃というのは中々に恐ろしい殺傷性を持つ。

 

古来から拷問として使われた鞭打ちは動物の皮から作った鞭だがこれで叩かれると人間の皮膚など周りの肉や神経ごと抉られる。 武器だからと言えばそうだが実際肉体へのダメージでは劣っても瞬間的な痛みでは殴るよりも平手の方が強い。

 

そのことから鞭打ちは大抵受刑者が痛みに耐えきれずショック死を起こし鞭打ちを言い渡される者は実質的な死刑執行と言えるだろう。

 

束が受けているこれも見方を変えればそれと同じだ。

 

武器は鞭ではなく巧の素手だが成人男性の体格をフルに回転させて得た遠心力を重さや距離を伸ばして最終的に手先の一点に集約させて打ち付けられる痛みは充分鞭に代打出来る。

流石に服こそ脱がされなかったが束の受ける痛さといえば背中で爆薬が破裂したかと思われる。

 

ならば、なのはを見ればいいじゃないかと言えばどうにもこうにも、中々怖くて直視出来ない。

 

百戦錬磨のなのはの眼光とくればそれは下手な猛獣よりもスリリングで生命の危機を感ずる迫力だ。

なにも言わない冷たい目を見つめていると自分の体温まで吸い取られてしまうような感覚に襲われ思わず目を離してしまう。

そしてまた

 

 

スパーンっ!!

 

「だあっ⁉︎…ちょ、まっ、まってまって!」

 

仰け反る束は遂に抗議を口にした。

 

「取り敢えず後にしよ、ね、ね。」

 

スパーンっ!!

 

「あっちぃ⁉︎ほら!周り見て、だーれもいない!これって多分日本政府が封鎖したんだって、」

 

スパーンっ!!

 

「だいぃ⁉︎早いとここっから離れた方が後々面倒にならないからさ!それにこんなことしてる間に人来たら、ほら!束さん一応手配中みたいなもんだしぃ。」

スパーンっ!!

 

「イッテェつってんだろお前ぇ⁉︎なんだゴラさっきから人の背中で良い音鳴らしやがってよぉ!」

 

何度目かの背筋ピーンの勢いに乗って立ち上がった束はそのまま巧に下からガンを飛ばす。 巧は特に気にした様子も無く空を見上げる。

 

「なに?おまえ、なにおまえ?なんか最近私に馴れ馴れしくない?もしかしてちょっと優しくして勘違いしちゃったのかな〜………無視かこらぁ」

 

巧は空を見上げる。

 

「おいいい加減にしろよてめぇ?勘違いしてるようだから言ってやるけどなぁ。束さんは別にお前に気ぃ許してる訳じゃねえからな?」

 

巧は空を見上げる。 流れる雲が楽しい。

 

「なんか言えやゴルァァ!!」

 

「あの雲 ユンピョウに似てね。」

 

「似てねえよ!どんな雲だよ⁉︎」

 

ギャーギャーと騒ぐ束を一旦巧に任せてなのはは一人佇むセシリアの隣に立つ。

 

「日差し高くなってきたね。中に入る?」

 

駅の方を指差し笑いかけるなのはにセシリアは無言で付き添う。

さきほどから何時ものお淑やかな笑みはスッカリ見て取れない。

思わず別人かもしれないと思った。 なのはも復習を誓った者は知っているためセシリアの目的について直接知らずとも何となく察せた。

なのはは敢えてそれには一切触れない事にした。

 

急を要する場合で無いのなら話したいときに話してくれれば良い。

 

それを考慮しながら駅の中でなのははセシリアに何気ないを心がける事にした。

 

「もう一回聞くけど大会はどうしたの?」

 

セシリアは少し喉を鳴らすと答えた。

 

「準決勝の終わりに抜け出して参りました。」

 

「えっと、それ不味くないの?」

 

「決勝まではISのメンテナンスを入れてももう間に合いませんわね。」

 

当然のように言うセシリアを見てなのはは嫌でもホークオルフェノクへの復讐心が思い当たる。

 

「ラウラちゃんに悪いよ。」

 

一旦セシリアではなくラウラを関連づけて話すなのは。

セシリアもそのことは負い目に感じているのか先程よりは感情の起伏が感じられた。

 

「それについては悪いことをしたと思っています。」

 

一言だけだが誠意は嘘ではないと感じた。

それだけ聞いてなのははそっかと頷く。

 

「ごめんね。」

 

急に謝るなのはにセシリアは直ぐには理由を見つけられずにいた。

しかしそれが束の事だと分かると直ぐにいえ、と首を振った。

 

「無理を言ったのは私の方です。色々と問題があるのでしょう?」

 

「まあ、ね。なんかいつのまにか国家レベルの話になってて……(あれ?でも元々白騎士事件とか世界規模の大問題だし、私って凄いのに関わってるんだなぁ。)」

 

分かって踏み込んだ事案だったがいざ冷静になってみるとそれでも圧倒されるボリュームだ。 心の中で飲み込みながら続ける。

 

「でもあれはいけないことだから、」

 

束が殴りかかった瞬間が本当に肝が冷えた。

暴力を嫌うなのはは例えなのは自身が理屈で納得しようとソレを嫌う。

あののんびりした風景だが執行中は終始内心穏やかでは無かった。

 

「でも嫌いにならないであげてね?」

 

なのはは改めて怒りから呆れに収まった事で生じた束へのフォローをした。

 

「あれでもあの人なりにセシリアちゃんのことは気遣ってるんだ。」

「他の大人と比べたら確かに怖いこともあるけどちゃんと子供には優しいからさ。」

 

先のシャルロットの身内問題の解決といいなのははソレを束の優しさだと思っている。

本人は特に否定も肯定もしないだろう。 恐らくそんな事考えてすらいないのだ。

それでもセシリアに嫌いになってほしく無いくらいには束の優しさを人に分かって欲しかった。

チラリと束の方を見る。

 

「アギャァァ⁉︎え、何これ。これ関節どっち向いてんの?あ、ちょっいだい!いだい!いだいぃ⁉︎」

 

悲鳴をあげる束が駅にまで聞こえてくる。

 

「……ほら、あれだって巧君が未成年だから手加減してるんだよ。」

 

それと巧はもう少し手加減すべきだと思った。

 

「……」

 

この関節技には引いたのかセシリアは黙る。

 

「あ、の〜……」

 

「ぬるいですわね。」

 

「え?」

 

なにが?と直ぐ聞くにはやっと見せた『らしい』感情だった。

 

「あれでは左腕しかきまっていませんし自重もかけ切れてませんわ。あの無駄な左手をこう回すだけでも取り敢えず両腕は封じれます。」

 

あ、そっち?となるなのは。 当初抱いたセシリアの冷たいイメージが氷解していく。

 

「なのはさんの言う通りですわ。篠ノ之博士が手加減していらしているから反撃を貰わずにいるのです。いざとなれば使えませんわね。」

 

「う、うん、だね。」

 

伝えたい事とは少し違ったがその代わりに知れた何時ものユーモアの存在がそれも良いかと安心させる。

自然とのんびりとしていくなのはの気がかりの中束の悲鳴が更に助長させていく。

 

「だから本当に早くこっから離れないとぉ!」

 

 

ーー

 

 

 

「オルコット!」

 

のんびりした雰囲気に不似合いな鬼気迫る声。

 

駅の曲がり角から顔を出した織斑千冬の呼び声がセシリアと共になのはの耳にも入り。

 

「あ、やば…」

 

瞬間的に自分達の今置かれた状況を理解させ慌てさせた。

 

束の暴挙にその罰にセシリアのアフターケアに追われ間抜けな空気に流されみんなぼんやりしていた。

襲撃というこれまでの緊張状態から一気に解き放たれるような事態の後で今まで張り詰めた糸が緩んでしまったのかも知れないがどちらにせよなのは達は束の言う通り一刻も早くこの場から立ち去るべきだったのは確かだった。

 

仕事に関してはキッチリしているタイプのなのはが珍しくオロオロする中千冬はツカツカとセシリアに歩み寄る。

 

当然その目には行方不明のはずの篠ノ之束やまだ残るガジェットドローンの残骸も映っている。

 

そしてセシリアの前まで来た千冬は、しかし直ぐに歩の方向を束に向けた。

 

「待っていろ。」

 

セシリアに対しそう言った千冬は巧に関節技をかけられながらも表情を固める束の目の前に立ち、

 

「ちーちゃん…」

 

見るからに気まずそうにする束を見ながら首を振る。

ガジェットドローンを見ているのは明らかであった。

そして巧に向き直り。

 

「かけかたが甘い。この手はこう回す方が良い。」

 

「イッてぇぇぇぇ⁉︎」

 

悲鳴が無人の街に響いた。

 

そしてひとしきり束を苛めた千冬はパッと巧から解放してやった。

ドサリと力を感じさせず倒れこむ束を見下ろす。

千冬の呟きは巧だけが聞いた。

 

 

「どうすればいいんだ」

 

巧が初めてみる弱気な彼女だった。

 

 

ーー

再び正座をしている束。

千冬からの有無を言わさず求められた「全てについての」説明を一同を代表して行うこととなったのだ。

なのは達も束の後ろに並びそれを見る千冬は鋭い目付きで言った。

 

「分かった、全てを話す代わりにその場を設けるのはお前たち。その要求は飲む。」

 

それは束が最後まで食い下がった提案だった。

 

これ以上この封鎖された駅にいる事は日本政府という束の感知しない勢力と関わったまま話をすることになる。

支援を受けているとはいえ束は日本政府に全幅の信頼を持ってはいない。

出来る限りスカリエッティに、ひいては白騎士事件に関することは自分の手の届く範囲で済ませたかった。

千冬もその譲れない気持ちが分かったのかため息一つし想像以上の引き際の良さで束たちを解放して締めくくった。

 

「私も正直今回ばかりは情報量が多すぎた。不確定要素を扱うにはもう少し時間と準備が必要だ。」

 

なのははそれにふうっと溜飲が下がるのを感じた。

なのはも安易に進めるべき事案では無いと思っていたため千冬の判断は助かった。

一息ついたのは巧も同じだが彼の場合は一先ず一日にする厄介事がこれ以上増えなくて済むところにホッとしたらしい。

千冬はそこまでして初めてセシリアとついでに隣の鈴音を向いた。

 

「オルコット。お前がしたのは単なる規律違反では無い。沢山の人に迷惑と心配をかける規律違反だ。」

 

「それから鳳も、友人を連れ戻しに行く事自体は悪いとは言わないが、それでも勝手に校内を出た規律違反に変わりはない。」

 

「はい。」

「…すいません。」

 

頭を下げるセシリアと鈴音。

鈴音の方は少し不服ながらも罪悪感はあるのかバツの悪そうな顔でセシリアも落ち着いてはいるが誠意は伝わると少なくとも千冬にはそう感じられた。

 

2人を叱った後それから目線はもう2人にも向いた。

 

「お前たちもだぞ。」

 

巧となのは。

因みにリニスはいつのまにか千冬が来る前にかけていた認識阻害の術でプレシアとともに1人だけ少し離れた場所でちゃっかりやり過ごしている。

 

取り敢えず千冬はこれ以上混乱の要素は起こさないためにこの2人に関しては公に問題にはしないと約束し改めて学園に戻ることを指示した。

 

「束。私の番号は変わってないからな。」

 

去り際の一言に束は一瞬表情を強張らせたのちなのはにも珍しい優しい笑みをした。

 

「うん、じゃあね。」

 

「ああ、近いうちな。」

 

短い会話でもそれに受けた印象は普段の教師の姿しか見ないなのはとセシリアと鈴音には珍しく感じた。

 

 

「いいわねぇ、若いって。ねえリニス。」

 

「はいはい。というかこれからどうやって戻りましょう私。」

 

「少し時間ズラして学園に戻るしかないわね。」

 

「それしかないか…まったく。誰かさんが苦戦してなきゃこんな面倒なことにならなかったのに、」

 

「リニス?」

 

「大魔導士(笑)」

 

「リニス!」

 

立場的にバレたくないリニスとプレシアが少し離れた位置から覗いていた。

 

 

ーーおまけーー

千冬達が去ったあと。

認識阻害を発動しながら猫モードMAXで音も立てずに密かに後ろをついて行くリニスを見送りながら束にプレシアが声をかけた。

 

「それにしても束ちゃん怒らないのね。」

 

「なにに?」

 

何時もの気に入ったもの以外に見せるなにに対しても怪訝そうな目は少し疲れていた。

 

「あんなに早く帰るべきだって言ってたのに織斑先生に見つかっちゃった時のこと。なのはちゃんと巧くんが原因なのに怒らなかったわね。」

 

それ以前のセシリアへの行為はプレシアも難色気味だが実際問題としてなのはと巧の絡みが無ければあの失態は起きなかった。

 

それに対して束はいつもの様にめんどくさそうに答えた。

 

「まあ、あの2人の気持ちが分からなかった訳じゃないよ。」

 

セシリアに対しては束も良い行動では無かったと思っているらしく素直だった。

束は続ける。

 

「それになのはちゃんも乾くんもまだ子供だしね、それに束さんみたく天才じゃないし間違いくらいするでしょ。」

 

「子供の失敗くらいなら私も怒らないよ。」

 

プレシアは少し目を丸くしそれから嬉しそうに微笑んだ。

 

「あら、意外と大人なのね?」

 

一瞬皮肉っぽく聞こえた言葉に束はイラついたが直ぐに笑った。

 

 

 

「あなたはもうちょっと大人になってほしいな。なにそのエロい服?年考えたら。」

 

「えー。そんなに酷い?」

「かなり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーおまけーー

 

学園へのモノレール乗り場を進む一同。

例のごとく駅員は事情を知らず、スカリエッティやオルフェノクについてそれなりに知っている千冬はなんとなくそれを追求せず4人を駅員に尋ねられた通りに学外活動の帰りだと言った。

 

その気遣いに4人は感謝しながらふと千冬の携帯になった着信に意識が移る。

4人に対し少し待てと言い僅かに離れた場所で千冬は携帯に出た。

 

「ああ、山田先生か。ええ、2人をこれから学園に連れ戻す予定です。 はい、そうですか、やはり決勝は間に合いませんでしたか。」

 

ラウラはどうやらセシリアの居ない中戦うことになったらしい。

セシリアのスッカリ復讐者としての顔が鳴りを潜め戻った年頃の表情に罪悪感が見て取れた。

それに胸を撫で下ろす3人に

 

急に千冬の声のトーンが落ちた。

 

「なに……分かりました直ぐに向かいます。」

 

不安を向ける4人の雰囲気を感じたか直ぐに携帯を切った千冬がその真剣な顔を向けた。

巧は厄介ごとがまだあることを悟った。

 

「決勝にてボーデヴィッヒのISが謎の暴走状態となり暴れ出した。」

 

伝えられたのはよりにもよって友人の名前。

一同の緊張も高まる。

千冬は急いでいるらしく少し気遣いがある程度の早口で告げた。

 

「ボーデヴィッヒは現在通信が取れない状態で対戦相手の織斑、更式簪と交戦中だ。」

 

さらに背筋を凍らせる名前の後に彼女たちの足は弾かれたようにアリーナへと向かっていた。

 

 




シリアスとコメディが変なバランスでかなり無理矢理な展開になってしまいました。

前回のセシリアの登場と例の説明会イベントのフラグ発生の処理を自然に済まそうとしたらこうなっちゃいました。

ワンサマーと簪はいつのまにか決勝まで勝ち進んでました。
次回はラウラ戦を描きます。

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32話 ワンサマー大奮闘!

随分久しぶりに一夏の登場です。

みんな知ってるぅ?この作品の主役って一夏なんだよ?

「ええーしょうなのー?」

一夏「(´;ω;`)」





全面的にヤバいと思っていた開催の2週間前。

 

俺は簪さんというパートナーを得てなんとか大会への参加条件を満たす事に成功した。

書類を教務に提出していったときは正直恥ずかしかった。

俺がパートナーを連れて来たのを見つけた職員の女性のあの見るからに感激だという安堵の顔ときたら、

 

「織斑君できた⁉︎」

 

「ち、違いますよ!」

 

一瞬「彼女できた」と勘違いして出た言葉に目に見えてガッカリする職員さんの姿に俺はそこでやっと彼女が待ちに待っていたのは学年別トーナメントが近づき生徒がドンドンペアを決めていく時にいつまでも書類を出さない俺に対してのものだった事を知った。

まずいとなって早速訂正しようとするがその前に横の簪さんが手に持つ書類を窓口に置いた。

 

「あ、なんだタッグ申請できてるんじゃん。よかったー。」

 

口を開ける余裕もなく職員さんはケロッとして早速事務的な手続きを手元でする。

 

あまりの変わりようになんか居た堪れない気持ちになって来た。

勘違いした俺と書類遅延してた俺が悪いんだけどさ、とにかく居た堪れないのでなんとか場の空気に入れてもらえるように俺は声を出した。

 

「いやぁ、だって「できた⁉︎」なんて言われるもんだから」

 

声のトーンは朗らかに努めるお陰で職員さんは書類から目を離して「え?なに?」という感じで見上げてくる。

よし、ここらで一気に引き込もう。

 

「てっきり……なんでもないです。」

 

なんで止めたのかは俺も詳しく説明出来ない。 ただなんか本能的にこれ以上先を話すと突然横から薙刀で斬られる気がした。 なんで薙刀なのかは俺にも分からない。

 

「? そう。」

結局このギクシャクした居心地の悪さは職員さんが書類の登録に意外と時間をかけて割と長く続いた。

でもこれでSHRの織斑先生のあの睨みから解放されると思うとそれでも嬉しかった。

 

なにより簪さんから声をかけてくれたのが嬉しい。

心がぴょんぴょんするまではいかないがそれでもあの日曜日の簪さんが自分から声をかけたてくれたという事は凄いことなんじゃないだろうか?

 

するとどうやらそんな今のところ本人は言いづらい内容の所為か自然とチラついていたらしい視線に簪さんが反応を示した。

振り向いた紅い目は少し鬱陶しそう。

慌てて目をそらす俺を簪さんは何も言わずにいてくれた。

逸らした先の表情がどうなっていたのかはちょっと考えたくない。

 

「うん、はい。終わりました。」

 

職員さんの登録はじきに終わった。

 

 

ーー

今日は特訓だい!

 

簪さんがアリーナの使用許可を貰っておいたから今日やろうと誘ってくれた。

意外と積極的な人なんだなと思いながらも断る理由なんて全くない。

むしろタッグ結成時からチームワーク的な、意思の疎通的な意味で不安があったからこういう手の早い所に勝ちへの信念が感じられて好意的に思った。

先にアリーナで待っているらしい簪さんを待たせないように急いでISスーツに着替える。

相変わらず着にくいピッチリスーツだなぁ、

 

そういえばこれって女子は由緒正しい旧スク水仕様なんだよな……

 

「エロいな。」

 

警戒心0の状態で言ってから気付いて辺りを見回す。

幸い誰もいないみたいで俺のもし聞かれたら居場所的にかなり問題のある独白はただの男子高校生の健全な独り言に終わる。

 

アリーナでそのエロい格好で待っていた簪さんはその行動力の速さからは意外に専用機の展開はしていなかった。

別段本人はそのつもりはないんだろうが俺にはそれまでの性急さからその姿にのんびり感を思った。

 

「あれ、展開とかしないのか?」

 

なんとなしに気になりすぎて出た俺の発言に簪さんは今からすると言わんばかりに指輪を見せた。

なんだ?と思ったが見ると特徴的な形をしている。 どうやらそれが待機状態になった簪さんの専用機、打鉄弐式らしい。

 

「まず私たちがすべき事はお互いの力量把握。ISの展開速度は最も分かりやすい。」

 

指輪が光った。

 

「うおっまぶしっ」となるがそれは一瞬だけ。

次の瞬間には打鉄弐式を纏った簪さんを見上げていた。

重装甲で鎧武者が連想された元の打鉄よりもプレートとか装飾が簡略化されているせいか身軽さを感じる。

元からそういう作りなのかそれとも簪さんの独自の一味なのかは昨日出来たばかりの関係ではまだそこまでの情報はない。

 

「はやいな…」

 

しかし確かなのは簪さんの展開スピードは今の俺以上だという事だ。

楯無さんの訓練のお陰で基礎を叩き込まれこれまでの数ヶ月の自主トレと代表候補生達との模擬戦の機会に恵まれ自分で言うのもなんだが正直「それなり」になったと思っていた。

 

 

「やっぱりこいつらって凄いんだな」

 

 

無表情の簪さんは俺の眼差しに含まれた感動には気づいていないみたいだ。

自分の展開の速さなんてまだまだだとでも言うようでその姿がそのまま自分にも当てはまる事を俺に分からせた。

 

「どうしたの?」

 

茫然の俺に漸く構ってくれた……っと、いかんいかん。

 

いつの間にか卑屈になってるぞ一夏。

 

バッカヤロウ、こんなところで一々怖気付いてちゃみんなを護るなんていつになるやら。

俺のこの決意は迷惑かけた千冬姉に対してが始まりだ。

千冬姉を護るんだったらもっと堂々と進めよってんだ。

 

「大丈夫だ。今展開する。」

 

ここへは訓練しに来てるんだ。 先ずは展開しないと話にならない。

楯無さんはISを展開させるのに裏技は存在しないと言った。

 

強く具体的なイメージを抱く以外の方法は無い。

そしてそれには才能以上に意識が重要だと。

ISに対する慣れが強い人程、つまりより多くISに触れ合っている人程展開のスピードが早いんだと。

 

山田先生は最初の授業の時に「ISは道具では無くパートナー」だと教えてくれた。

俺は今までの白式との経験で培ったコイツへの親しさに似た。 今までストーブとかテレビとか、今まで機械に抱いた事のない親しさで持って白式を意識した。

 

そして相棒が煌めいた。

 

白式を展開する時は何時も高揚感のような安心感のような心地よさを感じる。

力の高ぶりと共に沸き起こる白式との同調への昂りが身体を装甲という形で纏っていく。

まるで白式と一つになっていくようなそんな感覚が装着と共に短くなっていく展開スピードの中でも毎回俺のモチベーションを上げてくれる。

 

「どうかな、簪さん。」

 

一番最近の練習相手であるセシリアからは褒められた展開だけど……簪さんは少し顔を動かす。 眼鏡がキラリと光って瞳が隠れた。

 

「さあ、人のをまじまじと見た事はないし。いいんじゃないの?」

 

「そっか、」

 

アッサリしてるなー。

結構緊張したんだけど、

 

アッサリした簪さんはそのまま武器である薙刀を構えて開始の準備を俺に迫った。

しゃーない、本番はこっちなんだからこっちに集中!

雪片を展開し中段に構える。

剣道で習った一番隙が少ない構えだ。

少し待ってからしかしやはり俺はそのままの体制でスラスターを吹かせた。

これまでの特訓でなんとかISの利点で姿勢は一切ぶらさずに俺は簪さんに向かってそのまま突きを放った。

 

練習は俺が負けた。

 

 

ーー

簪さんはどうやらシャル以上にチーム戦に向いているらしいと今までやっていたシャルとの特訓で気付いた。

なんだか波長がシャル以上に合わせやすいのだ。

もちろん、と言ってはなんだが親しみやすさから言えば断然シャルの方が上だし訓練でも息の合った動きが出来ていた。

 

でもそれでもシャルは他人だ。

勘で動く俺と理詰めで戦うシャルとでは対照的だ。 無論シャルもそんな俺に絶妙に舵を取ってくれるのだが簪さんはそれがシャル以上に凄い。

 

自由に動く俺の動きを常に把握して最小限の位置取りで俺と簪さんをチームにしている。

これは訓練というより天性のものらしい。

偶然見学に来ていたセシリアからそんな評価をかけられた時は珍しく照れる簪さんの横で構わず関心した程だ。

そしてもっと頑張らねばと思った。

 

 

ーー

その日は簪さんに屋上に呼び出された。

なんだろうと脳内で無表情で俺の不甲斐なさへ苦言を漏らす簪さんが浮かび若干恐怖しながらも実際の簪さんはやっぱり苦言を漏らした。

 

「あなたは下手に考えてもポンコツになるだけ。フォローは私に任せて頑張って。」

 

どうやらセシリアに褒められた内容に触発されどうにか俺も戦闘の最中に常に周りを把握して簪さんの負担を減らせないか思い、結果的に日々の訓練でガッチガチに固まった動きになっていく俺が見ていられなかったらしい。

 

ポンコツ発言にナイーブな俺の心は少しの損傷を負ったが最後の頑張って発言はすっごい元気を貰えた。

やっぱり美少女からだからだろう。

思い切ってその趣旨を伝えてみたらソッポを向かれてしまった。

 

「変なこと言わないで。」

 

ごめんちゃい。

 

 

ーー

とうとう迎えた大会直前だが俺の心は緊張しながらも軽い。

あれから思い切ってそれからの訓練はわざと何も考えずに用意された的を雪片、アリーナから借りた訓練機の銃、又は体当たりとかその時考えついた通りの無茶苦茶な機動で壊してみた。

それらに簪さんは全て的確に援護を入れ的を壊した。

 

大会前2週間のペアだが俺たちのチームワークは結構自信があった。

 

それは当日のアリーナへの道すがらに偶然通りかかった千冬姉がさりげなく俺に振った言葉で更にほぐれていた。

 

「マシにはなってきた。あとは更識妹に任せて勝手にやれ。」

 

教師として中立な立場を護る為か俺の問いかけには何も答えずそのまま一度も会っていないがブリュンヒルデの言葉は俺に程よい緊張感を与えてくれた。

 

更衣室で着替えた俺を既に着替えた簪さんが出迎えた。

いつも通りの冷静さが安心する。

ちょっと情けなくは有るけどやっぱりリードされているのは俺みたいだ。

 

「ねえ、」

 

なんとなしの言葉に自分でも困惑した。

 

「なに?」

 

先行してアリーナへ向かう簪さんが振り返りその紅い目が見える。

 

「ねえ、簪さん。」

 

「なに?一夏くん。」

 

名前呼びになってもこのどこか他人に対するような距離感はあんまり変わらないが簪さんは俺のなんとなしに付き合ってくれた。

 

「勝てる?俺。」

 

子供っぽくて情けないとは思ったし第一チーム戦だろ、独りよがりが過ぎんぞ俺氏よ。

 

「相手の情報は今回特に仕入れていないから確率的には言えないしこの場合は俺たちだと思う。」

 

分かってるがいざ問題地点へ突っ込まれると顔が赤くなりそうになる。

簪さんは関心の無い無表情で言った。

 

「頑張ろう。わたしも頑張る。」

 

そう言って簪さんは再び先行してピットへ向かった。

 

頑張ろう。

 

 

ーー

セシリアつえええええええ

 

控え室のモニターの前で思わず叫びたくなる俺は隣の簪さんを見て取り敢えず落ち着く。

簪さんはあのシャルと鈴とのすごバトルの中でも携帯端末でアニメを流していた。

新たな一面もそれはそれで構わないんだが視聴するならせめてイヤホンくらいは付けて欲しい。

結局試合中はチラチラと気が入って殆どあの2人の対策に集中出来なかった。 まあ見たとしてもなにも浮かんでこなかったんだけど。

 

「簪さんどう?」

 

「7話はやはり神回。」

 

「アニメじゃなくて。」

 

「一夏くんはオルコットさんとは一度対戦したからそっちをお願い。」

なんだかんだ言ってもちゃんと考えていたらしい簪さんは俺に指示を飛ばす。

そうだ、もう次の決勝戦で当たりなんだ。 今更悩んでもどうしようない。

俺たちだってここまで勝ち進んできた自負はある。

 

俺に出来ることはもう殆どやった!

 

残りはアリーナに立つことだけだ。

 

 

ーー

 

「という事でボーデヴィッヒさんは単独での参加となりそうです。」

 

所定のピットで待っていた山田先生からの報せはマイナスのものだった。

どうやらセシリアはまだ帰ってきていないみたいだ。

以前は冗談で自分で言っていたがあの優等生のセシリアがなんであんな事をしたのか皆目見当が付かない。

 

予定された開始時刻まではそう余裕は無い。

 

「取り敢えず今織斑先生が探しに行っています。でも正直間に合うかどうかは……」

 

困る山田先生だが遂に選手の入場を指示するアナウンスが流れた。 少し慌てながら山田先生は最後に言った。

 

「兎に角2人とも決勝戦に集中して下さい。」

 

それだけ言って山田先生はどこかへ走って行ってしまった。

確か教師たちは大きな管理室みたいなところでアリーナの様子を監視しているらしいと箒が言っていた。

 

なんだか気が削がれてしまった。

 

「行くよ。」

 

打鉄弐式を展開した簪さんに戸惑いはない。 寧ろ純粋にチャンスだと思っているのかも知れない。

俺は返事を返し白式を展開する。

いつもより憂鬱な気持ちが湧いてきた。

並んだ俺を見て簪さんは先行して飛び出し俺も後へと続く。

 

後ろ髪を引かれるとはこの事を言うのかも知れない。

出来るならセシリアが来るまで駄々をこねてやりたかったがそれは他の人の迷惑になる。 シャルの説得の時みたいに我儘が言えるような場面でも無い。

 

釈然とはしないが俺は我慢してアリーナの所定の位置に着いた。 もう何試合もしたから体が覚えている。 スムーズな動きが今回ばかりは誇らしくも無い。

 

向こうのピットを向くのは少しの不安がいったが俯いてばかりなのには嫌悪感が強かった。

バッと向こうを見た。

 

見た。

 

「箒?」

 

打鉄を纏った箒がボーデヴィッヒさんの隣に居た。

 

近接ブレードを携えた箒の姿は以前機会があって見た自分の白式を展開し雪片を構えた姿よりも相応しく思った。

首をかしげる少し前の簪さんの姿が視界に入る。 彼女も混乱しているみたいだ。

アリーナの遮断シールドは少し防音効果みたいなものがあるがそれも役に立たないくらい客席の困惑が360度伝わってくる。

オープンチャネルが入った。

ボーデヴィッヒさんだった。

 

 

ーーアリーナ 会場

困惑の声が更なる驚愕の声に打ち消される。

アリゲーターオルフェノク襲撃時の阿鼻叫喚とは種類の違う異常時の声は透明な壁を挟んで内と外から聞こえてくる。

内の1人が喋った。 困惑とはつかない冷静な声色だった。

 

「五分ほど前に教師と最終確認中の私の元に彼女がやってきてな。」

 

普段から変わらぬ事務的な報告のようにラウラは語る。

 

「オルコット候補生の代わりを務めると申し出た。」

 

思いもよらぬ新入りの加入理由はラウラにとっても突然で思いもよらぬ物であった。

ピットにてコントロールルームとの中継役の教師とその場で最後までセシリアの情報を聴きそして間に合わない事を悟ったラウラが諦めてレーゲンの最終チェックに入ろうとした時に箒が走りこんできたのだ。

面を食らいながらも直ぐに追い出そうとする教師に抵抗しながら箒は空いたラウラのパートナーへと手を挙げた。

 

勿論決勝戦の舞台で分かるように箒は既に負けこの大会の参加権を持たない。 それは二回戦で相手をしたラウラ自身が分かっている。

パートナーをセシリアに沈められた箒にトドメを刺したのは自分なのだから。

だから申し出た内容への困惑も一入である。

 

正直通るとは思えなかったが教師側も出来る事なら正当な形で参加させたいという気持ちが優ったのだろう。

敗者であり正式なパートナーでは無い箒を特別にラウラとのタッグとして決勝戦へと参加させることを認めると中継役の教師に言われた時は驚き、そして少しの喜ばしさもあった。 正確に言い表す程の大きさでも無いが教師の好意と箒の行動が好ましかった。

 

そして今こうして一夏達の前に彼女はペアとしているのだ。

会場では漸く放送アナウンスで事の経緯を大まかに知らせている。

一夏はいち早く伝えられた内容に驚いている。

 

しかし直ぐに何時もの人なつこい笑みを浮かべ

 

「そうか。」

 

と言った。

 

簪は呆れながらもそれでもあった二対一への罪悪感にほっとした。

場内アナウンスを通して試合開始の合図が鳴った。

 

 

ピカッ!

 

 

 

開幕。閃光はラウラのレールガン。

一度は破壊された大砲もスッカリ本調子に戻り一夏と簪の中ほどを寸断した。

 

「向こうを!」

 

サイドに避難する一夏にダッシュしながら箒へと告げる。 箒はセシリアとは違い何も言わずに理想的な行動を出来たりはしない。

箒は頷き少し遅れてから簪へとブレードで切りかかった。 スラスターを全開に元の重厚な打鉄の装甲を盾に打鉄弐式の春雷から放たれる荷電粒子砲を流しながら突撃する。

ISで一番有名な武装、荷電粒子砲は連射式でも充分な威力を持つが防御だけならレーゲンにも比肩する打鉄は破損したそばから装甲は修復され簪へと突っ込む。

簪は伸ばした機動力を生かし春雷を箒に放ちながら一夏を見やる。

ラウラのプラズマ手刀に手を焼いている様子に顔をしかめつつもう一度箒を見る。

 

動力までは規定の物である弐式は打鉄との距離を開けない。

箒は近接ブレード『葵』を片手に新たに展開したアサルトライフル『焔備』を簪へ掃射する。

刀に比べて訓練が足りて無いのか殆どが弐式の機動力の前にそもそも外れていたがその分防御が低い弐式には当たれば効果的だった。 寧ろ軌道が滅茶苦茶な分対処しづらい。

 

迎え撃つか。

 

超振動を携えた巨大サイズの薙刀『夢現』を構えながら簪はハイパーセンサーで一夏を見る。

近接ブレードである雪片でそれよりリーチの短い二つのプラズマ手刀を弾く一夏は何とか追随するラウラへ懐へのストッパーをかけることが出来ていた。

元より練度の差が大きい以上これが単純に格闘戦だったり銃撃戦なら一夏に為すすべなど無かっただろうが今彼の手には幼い頃だが毎日欠かさず振った竹刀によく似た雪片。

そしてその相手もまた刃物。

毛色が少し違うが慣れた闘い方に一夏の経験値はラウラのソレになんとか拮抗していた。

超近接で激戦を繰り広げながらだとさしものラウラもAICを発動させる事は出来ない。

一夏も勘で確信しているのか押されながらも前に出ようと雪片を振りラウラを逃さずにいた。

 

あの分なら大丈夫そうだと判断した簪はそれでも手早く一対二の状況にしようと夢現を携え追いついた箒へ振り下ろした。

 

金属音が鳴り響く。

 

一夏以上の使い手である箒は訓練機のスペックと練度の差がありながらもシチュエーションによりなんとか簪に食らいつく。

 

しかしと、

 

簪が急激に下移動をした。

地面の上で飛べない者通しの闘いしか知らない箒は股の下を潜り背後を取るという慣れない戦法に面を食らうも葵を振る。

それでも簪にとっては流れを少しでも手繰れれば良いのだ。

機動性に優れた弐式が後ろから体勢の崩れた箒を突き立てる。

捌きながらも撃ち漏らした刺突がシールドエネルギーを減らす。

 

閃光が瞬いた。

 

「っ……ふうっ。」

 

息を吐いた箒の耳に終了を告げる打鉄の電子音声が聞こえる。

速射で高威力の荷電粒子砲を撃つ春雷を装甲の無いところに成すすべなく叩き込まれた打鉄はシールドエネルギーを一気に減らした。

アナウンスが箒の退場を伝える。

簪が一瞥し一夏とラウラの方へスラスターを吹かせた。 1人となった箒は事前の指示通り自力でピットに戻り打鉄を解除させた。

待っていた教師に待機状態の打鉄を渡した。

教師が去った後暗い屋根の下で観客からも隠れたところから箒は3人の様子を見つめた。

 

 

「、ぬん!」

 

アナウンスで反応したラウラがハイパーセンサーで横合いから一撃を狙う簪に気づき咄嗟に前へとジェットを吹かせる。

出力の高いレーゲンに居を突かれた一夏は押される。 バランスを崩した所でラウラは自身の行き先を天へと向けた。

上空に退避したラウラはそのまま間髪入れずにワイヤーブレードを六本全て射出。

4本を簪に向け残り2本は自分の周りで待機させると肩のレールガンで一夏を狙撃した。

 

一番大きな音が鳴った。

 

土煙を高々と舞い上がるさっきまで自分がいた所に目を向ける暇もなく一夏は上空の一点を見つめ大きさの割に連射の効くレールガンにヒヤヒヤした。

 

「一夏君!」

 

簪からのチャネルを聞いた一夏は飛び回りながら簪を探した。

本数の数だけ別れて攻撃してくるワイヤーブレードを春雷の連射と夢現を使い逃れる簪は一夏の位置をしっかりと見つけていた。

 

「タイミングを待って、言ったら突っ込んで。」

 

指示の内容は単純で分かりやすいものが良い。

近接ブレードしか持たない白式が一旦距離を置いたシュヴァルツェア・レーゲンに勝ち目があるとすれば自分からの援護が無ければ可能性は低い。

その為にもまずこのワイヤーブレードから逃れ余裕を取らなければならない。 この状況でもラウラへ狙撃する程度のことは可能だがそれで捕まってしまい戦線から離脱してはもう一度同じ事態になっても一夏1人では対処出来ない。

簪は小さい先端の脳波受信機を壊したり夢現でワイヤーの方から切断したりして本数を減らし余裕を生み出そうとする。

補欠だった2本のワイヤーブレードも撃ち落とし残り3本まで本数を減らした簪は自主開発のなかでもっとも難航した最終兵器を解放した。

 

空中に六機の巨大な筒が現れる。

無論ただの筒ではない。

 

各8門。

合計48発のミサイルポッドをそれぞれ稼働させて敵に打ち出す打鉄弐式の最大火力武装『山嵐』にラウラの顔が歪む。

レールガンの目標を簪にすげ替えワイヤーブレードを急行させる。

 

「今っ!!」

 

ロケットに連想される噴射音とともに48発の誘導弾がラウラに向かって放たれた。

同時にレールガンの一撃が打鉄弐式の肩を直撃した。

 

迫り来るミサイル群は全てラウラにロックオンされている。

しかしラウラに焦るそぶりは無い。

ワイヤーブレードを戻しながらその途中で何発かのミサイルを貫き落とす。

それでも足りない分は、

 

空間自体にAICをかけ作った即席の盾が全てうち漏らさず防御した。

誘導式とはいえ一方向からしか来ない山嵐を防ぐのは容易だ。

大火力のミサイル群をなんとか耐えながらも踏みとどまるラウラを一夏は逃さなかった。

 

零落白夜を展開させた一夏は未だ慣れない瞬時加速でラウラに突撃する。

 

「チッ…!」

 

完全に簪の術中に嵌ったラウラは未だ止まらぬ爆発に意識を向けながらもなんとか鋼の集中力で白式の来る左方向へと装甲を集めた。

 

雪片弐型の零落白夜がシュヴァルツェア・レーゲンの絶対防御に直接作用しシールドエネルギーを減らす。

 

すれ違いざまに切りつけた一夏はそのままの勢いで離脱する。

 

背後で爆発が起こった。

解除されたAICにより留めを失った山嵐がラウラへ襲いかかったのだ。

 

火炎をバックに不安となった一夏はハイパーセンサーでラウラを確認するが炎の熱が影響して全く確認できない。

 

「大丈夫?」

 

打鉄弐式のシールドエネルギーは残り2割程度だった。

 

「ああ、ありがとう。」

 

急襲の機会を与えてくれた簪へ一夏がチャネルではなく直接伝える。

簪は眼鏡の煌めきで隠れた瞳を細めながら軽く返答した。

 

緊張を持続させる言葉だった。

 

「アナウンスがならない……まだだよ。」

 

参加するISのシールドエネルギーを常に把握しているコントロールルームからの指示が無い。

一夏は薄れてきた炎へ振り向いた。

 

シールドエネルギーを更に減らしたシュヴァルツェア・レーゲンはそれでも健在だった。

ラウラが笑う。

 

「強いな、君は。」

 

一夏に向けた言葉だった。

 

「いや、簪さんのおかげだよ。俺なんか全然だ。」

 

返す一夏に首を振っていいやと言った。

 

「それも含めて強い。織斑一夏、お前は強い。」

 

笑うラウラは好戦的とは無関係で実に嬉しそうだった。

調子を狂わされながら照れ臭くなった一夏が頭を掻こうと白式の爪に気づいて思いとどまる。

簪は夢現を構えて一夏の数メートル後ろに佇む。

再度の気恥ずかしさを抑え一夏は白式のシールドエネルギーを一瞥した。

燃費の最悪な白式のシールドエネルギーは残り6割程度であった。

一夏は再度零落白夜を解放した。

 

「簪さん頼んだ!」

 

気合いの掛け声のすぐ後に再び一夏は瞬時加速を使用した。

 

 

ーー

清らかな想いだ。

 

ラウラの一夏への嫌悪感は少しを残して無くなっていた。 弱さに対する憎悪は一夏には特に厳重に許されない。 それでもラウラは一夏を許し始めていた。

 

実力的にはまだまだ低い。

この大会の専用機持ち達の中でも最も弱いだろう。

さっきの攻撃も簪の援護が無ければ成立しなかった。

ラウラが求めるのは個体としての強さだ。 チームワークとして発揮される強さなど非常時には役に立たないという信念からだ。

 

そんな価値観を一夏はこの数週間の間に書き換えていた。

簪の人となりと一夏との関係は仲の良いラウラも知るところだ。

それでも簪が一夏と組みそして相手の持ち味を生かせる闘い方をさせることが出来たのもその相手である一夏が持つナニかなのだろう。

 

強さとも違う魅力にラウラは惹かれていた。

 

「私も強くなりたい」

 

あんな風な強さなんて今まで考えたこともなかった。

セシリアですら持たない別のジャンル。 自分に無いものにラウラは一瞬目移りした。

 

出来ることならあんな風になってみたい。

 

そんな考えは物凄く純粋で

 

ラウラに呼びかけた声は濁っていた。

 

 

その声はラウラに強さを渇望するかと聞いた。

 

「そうだな、あんな強さなら私も手に入れたいな。」

 

ラウラはそれをかつての一夏を嫌っていた自分だと思い肯定した。 この声は今までの自分から抜け出す儀式のように感じた。

 

ラウラの体を黒いモノが包んだ。

 

 

ーー

急に泥のような液体がシュヴァルツェア・レーゲンから溢れ出て来た。

驚く一夏の前でラウラも同じく困惑しながらも泥は容赦なくラウラを飲み込んだ。

 

呆気に取られ声も出せなかった。

 

「一夏君退がって。」

 

簪が一夏の前で夢現を構える。

厳しい表情で泥を睨む簪の前で泥は更に生きているように形を変えた。

 

一夏は今度こそ声を漏らした。

 

「暮桜」

 

かつてモンド・グロッソを勝ち進んだ初代ブリュンヒルデの駆る翼であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




案外アッサリとしたVTシステムの発動描写になりましたが新鮮でしたでしょうか?
描写にヤル気が足んねーぞという方には申し訳ありません。

今回はバトルシーンに入ると一気に影が薄くなるワンサマーに主人公してもらいました。

モッピーは現時点では近接戦しか出来ない戦法のお陰でワンサマーより強いです。
それでも相手からすればやっぱりスペック的に白式の方が手強いといった感じです。

簪とシャルロットとの力量差は殆どありません。

シャルロットと組んでいても一夏はVTシステムを発動させていました。

次回はラウラの救出です。
果たして主人公組は間に合うのか⁉︎

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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33話 サブタイトルは前書きにあるよ。

前回のあらすじ。



主役キャラとしてイマイチ足りないワンサマーは『セシリア・チョロコットイベント』を逃し更には無人機イベをワニさんにキャンセルされ、またそこでもかませ犬ポジションに甘んじる。

なんとか主役としての株を取り戻そうと蘭を振ってみたり、新番組を作ってみたり、1人だけ一人称視点が寒々の無理矢理テンションのギャグで目立ってみたり、と苦心するも芽は出ずに……遂にはオリジナルストーリーであるエロ婆ちゃんとシャコさん率いるそら豆戦闘員達とのバトルに1人だけ置いていかれスッカリ役立たずポジションになってしまった。

簪との回想シーンで何とか切り返したもののそこに来ていよいよ真っ当な原作イベが発動!

残り時間は10分!果たしてワンサマーは主役たちが来る前にこの事態を収拾し原作主人公ポジションへと帰り咲くことが出来るのか⁉︎







IS:ボンド!第33話!



《たっくん・魔王「ただいま〜」》


一夏「毎度思うけどこの謎テンション、後で死にたくなんね?」

本編は至って真面目に始めます。





振るわれた一刀、比類なき。

 

正体不明の元シュヴァルツェア・レーゲンを感じないのっぺりとした黒い泥の塊は拙いながらの装甲とISには必須である搭乗者らしき塊を携えた。

 

火花は打鉄弐式の近接武装、夢現。

押されたのも夢現。

不恰好と評価できる泥のISは手に持つ近接ブレードらしき塊を簪にぶつけた。

咄嗟以前の剣戟を受け止めたのは彼女の気構えから来る準備動作。

それでも生じた油断が彼女を吹き飛ばした。

 

「づっ、⁉︎」

 

速い剣さばきだとは思ったがそれでも備えていれば問題なく受け止められると思っていた簪は予想以上の鋭さと重さに驚愕した。

それは泥のISが不恰好だった事と手に持つ近接ブレードがISにとっては極々一般的な物だったから。 そこから訪れる謎の力に面食らいその手から夢現を弾き飛ばされた。

代表候補生としての反復練習から来る咄嗟の回避で泥のISの武器から予想される取り敢えずの攻撃範囲から離脱した簪は油断なく泥のISを度の入っていないガラス越しに睨みつけた。

地面に落ちた、自分からはやや遠い攻撃範囲内の夢現に意識を向ける。

 

ISの恩恵が離れた位置にある夢現へその希望を届けた。

指示を受けた夢現はその名前の通り現実味を感じさせないように粒子化し打鉄弐式のパススロットへと収納されていく。

 

意志力を伝える。

ISだからこそ成し得る夢現の如き現象。

 

簪は再度夢現を構え、

 

突進。

 

「!」

 

間髪入れずに襲撃して来た泥のISは唯一の武装である近接ブレードを構えその不安定な体からは意外な程俊敏な速度で簪に接近した。

しかし簪とて候補生。

直ぐさま春雷を連射し泥のISの足を止める。

 

しかし止まったのは春雷の方だった。

 

(まだボーデヴィッヒさんが中に居る!)

 

謎の事態に混乱しても冷静な簪は未だ安否不明のラウラの身を自分の攻撃が侵すことの可能性に春雷での攻撃を止めた。

そしてそれは抑えを失った泥のISが再び進撃を開始することに他ならない。

3度目の急襲に歯に力を入れながらも再度展開した夢現で近接ブレードを受ける。

しかし元のシュヴァルツェア・レーゲンの出力を受け継いでいるのかそれとも泥のISそのものの力か、泥のISの勢いは終始簪を押す。

 

試合中の如何なる時よりも神経を使う攻防は数秒と持たずにバックダッシュで逃げた簪はここに来て漸く他の事に意識を向けた。

既に場内アナウンスで来賓生徒の非難の呼びかけと観客席の防壁シャッターがその最後の隙間を閉じていた。

何時ぞやの時とは違い今度は観客席の出入り口がロックされるなんて事は無いようである。

同じように教師部隊もガジェットドローンの存在が居ないため後数分の内にこのアリーナにも届くだろう。

状況確認を終えた簪は続いてパートナーの一夏へと意識を向けた。

簪の怒涛の修羅場とは違い至って平穏に事の流れを過ごした一夏はプライベートチャネルに緊張のあまり無い声を向けた。

 

「一夏くん。」

 

「ボーデヴィッヒさんに何が起こったんだ。」

 

依然として簪を視線に捉えている泥のISを注視しながら簪は冷静に判断を下す

 

「シュヴァルツェア・レーゲンが原因。外付けか埋め込みかは不明だけど何らかのキッカケでああなるようにプログラムされてたみたい。」

 

「何らかのキッカケって…」

 

一夏が反復するように記憶を巡らせる。

しかしそれは答えにたどり着く事は無い。 「強くなりたい」という想いとそれを引き起こした自分が間接的な原因とたどり着くには事前のラウラとのやり取りは限りなく健全だったからだ。

簪は早期にその特定は捨てており今回の一夏の反応で更にそれへの重要度を切り捨てた。

 

「とにかく貴方はそこのピットから逃げて、私はコイツを振り切った後で逃げる。」

 

正体不明で搭乗者の安否不明の敵を相手にし、簪は前者の異質さを危険視した。

分からない相手に必要以上に構う必要は無い。

簡単に離脱を提言した簪に対しプライベートチャネルを通じて声を荒げた一夏の重視したのは後者の不安であった。

 

「じゃあ簪さんが逃げて、俺が引きつける。」

「馬鹿言わないで。」

 

簪の言葉も効かずに一夏は更に減ったシールドエネルギーを気遣い零落白夜無しの雪片を掲げて泥のISに斬りかかった。

勿論切るわけではない。

注意をこちらに引きつけるために一夏はわざと目立ちやすいような振り方で雪片を回した。

 

泥のISが一夏に向かう。

 

「馬鹿。」

 

毒づく簪は間髪入れずに入れられた一夏の早口気味の言葉に続いて思いついた罵倒を押し留めさせられた。

 

「このまま放って置いてボーデヴィッヒさんが危険な状態になるかもしれないし今も危険なのかもしれない!」

 

怒りが上る中でも冷静に一夏の言い分を理解した簪はそれでも泥のISの攻撃を捌く一夏の援護に向かう。

レーゲンの絶対防御が機能出来るのかは未だ不明なため春雷は使わずにその分暇ができる邂逅までの時間に間髪入れずに簪は一夏に反論した。

 

「どうやって助けるの。」

 

一夏なりにラウラを傷つけないように全力で逃げているため中々追いつけない。

その分簪は一夏の決断を糾弾した。

 

 

教師に任せるべき。

 

下手をすれば命を落とす。

 

そもそもラウラ救出の方法はどうする?

 

 

どれも現状の問題点であり一夏の決意を揺らがせるための言葉だった。

それでも一夏は泥のISからは逃げていてもラウラから離れる事はしなかった。

 

「いいから逃げろよ。」

 

それどころかしつこい簪に嫌気が指したらしく告げられた声の調子はそんな感じであった。

 

「ふざけないで。」

 

カチンときた簪も返してから夢現を振るう。

漸く追いついた泥のISの攻撃から一夏を守りまた一夏とともに泥のISを引きつける。

今度は一夏も何も言わない。

ここまで近づいてはむしろ危険と簪に隣を許し共に攻撃を避ける。

まるでさっきまでのチーム戦のような息の合った動きで泥のISを相手取る2人は試合ならば先ずこの指示を無視した行動を見かねた教師から悲鳴が飛ぶことも無かっただろう。

 

「何してるんですか⁉︎」

 

真耶からの通信が入る。

聴いてるだけで顔を真っ赤にさせた真耶の顔が浮かびそうだと一夏は思いながら答えない。

今彼らはこれまでの戦法を取っている。

 

一夏が自由に動き簪がそれに合わせる。

 

ただそれだけの簡単な戦法を白式のポテンシャルと遠近揃った打鉄弐式とそれを操る簪の対応力で格上相手にも通用してきた常勝パターンだ。

今回は相手が近接ブレードだけを装備しているため前面に一夏が対応して機動性に優れる簪は一歩引いたところで危ないところをフォローしている。

 

だから一夏は一番忙しく簪のように分業も得意では無いためとても通信には答えていられない。

代わりに簪がオープンチャネルを入れた。

 

「ボーデヴィッヒさんの救出を試みます。」

 

「ダメです!退避して下さい!」

 

悲鳴を上げながら真耶は高い声で叫ぶ。

答える前に分業先の一夏が泥のISのブレードを大きく弾き体勢を崩した隙に何度目かのバック移動を行うのを確認したため自分も対応し下がった。

今度は一夏が叫んだ。

 

「嫌です!」

「だそうです。」

 

「い、いやって…⁉︎」

 

再び体勢を崩したまま襲い来る泥のISに今度は逃げを打った。

一夏の方から珍しく指示を飛ばし2人はスラスターを吹かせて退避をする。

その余裕が出来た間に真耶を処理しようというのが一夏の狙いらしい。

早速一夏が言った。

 

「あいつ、千冬姉の居合を使うんです。似てるんです。とゆうか暮桜ですあの姿。」

 

最後にニセモノ野郎と毒づいた一夏に簪は目を丸くして泥のISに振り返った。

確かに一夏の言う通り剣に関しては簪は知りようがないが黒いのっぺりの形は言われてみれば資料で見た第1世代ISに見えなくもない。

身近な一夏には余程自身があり、同時にそれに誇りのようなものもあるらしくそのぶすっとした顔は怒っている。

 

 

ーー管理室

「織斑先生の…?」

 

真耶は最初こそ呆れながら2人に怒っていたがその後に一夏からの千冬との類似性を報告されふと怒りを抑えて眼鏡の縁を摩る。

 

「すいません、あれって。」

 

近くの教員に声をかけると彼女も同じ胸中らしく頷いてみせた。

他の教員たちも同じらしく皆真耶が顔を向ける前に声を出し肯定した。

 

「分かりました。」

 

真耶は合点がいったと先程までの謎の現象を説明づけた。

通信機に向く。

しかし今度は落ち着いた声で悲鳴ではなく指示を送った。

 

 

ーーアリーナ

 

「ヴァルキリー……何それ。」

 

「トレースシステム。過去のモンド・グロッソ選手のデータを元に操縦者にコピーさせて戦闘能力を向上させる違法システム。」

 

一夏の教えてという視線に簪が答えた。

 

「使っちゃダメなの?」

 

「国際レベルでダメ。」

 

簡潔な答えに感謝すると共に戦慄する。

そんなものがクラスメイトのISに付いていたとは思わなかった。

 

「でもボーデヴィッヒさんのはドイツ政府のだろ?なんでそんなもん堂々とつけてるんだよ。」

 

下手すれば国際問題な代物をよりにもよって軍人であるラウラの専用機に取っつける程の理由はさしもの簪も言葉を濁らせた。

 

「直接聴いてみないと分かんない。そもそもあんなにわかりやすい見た目だし…隠す気がないのかそれとも異常事態なのか。」

 

明らかに原型を留めていない姿に簪は目を細めた。

 

「取り敢えず後にしよ。」

 

ドイツのことは今は置いておこう。

簪と一夏は再び体勢を攻勢に転じさせ泥のISを迎え撃った。

 

 

ーー管理室

 

「いやだからなんで戦おうとしてるのあの子たち⁉︎」

 

再び悲鳴を上げる真耶と共に他の教員も一夏たちの行動に頭を抑える。

 

「教員部隊は残り40秒で交戦地に着きます。」

 

通信を使い救助に向かう教員部隊と連絡を取り合っている教師からの最新の報せに真耶は心で祈る。

数秒ですら待ち遠しかった。

 

しかし神さまは余程彼女を困らせたいらしい。

 

 

ーー

アリーナへのただ一つの関係者専用の通路は万が一の事態のための専用の通路。

 

教員部隊へと通じる以外の選択肢を持たない通路は教員部隊がより速くたどり着く為の専用の通路。

 

普段は隠れていてもその役割のため常に繋がっていなければならない専用の通路。

 

そんな専用の通路が開かなかった。

 

頭によぎる寒い物。

 

しかし混乱は一瞬。

管理室へ報告をすると教員達は動き出す。

リーダー格の指示で数人が原因解明に当たらせ残りの人員は急遽引き返す。

他にわき道など無い真っ直ぐな道を通り過ぎた彼女たちはそのままスムーズにISを待機状態に戻す。

人間用の扉を一番先頭の教員が開いた。

 

 

ーー管理室

 

「ええ⁉︎」

 

真耶が大きく驚く。

直ぐに原因の確認を求めるが返ってきた言葉は不明の一点だった。

 

「今先生達が地下の出入り口から直接アリーナ内を通ってピットへ向かっていますがなにぶん避難がまだ済んでいない中ですから時間がかかりそうです。」

 

返答した教員も困惑しているためか報告の途中に躊躇いが見える。

現在アリーナ内は観客席の人間数百人が狭くは無いとはいえ一斉にアリーナの通路に押し寄せている。

残り数分は足止めが懸念される。

 

「だったら……私が行きます!!」

 

えっとなる教師に構わず真耶が踵を返す。

居ても立っても居られない真耶が狙うはアリーナの闘技場にある本当に非常用のISだ。

しかしそのいざという時にはよりにもよって通路は闘技場内部に取り付けられておりこういう内部で敵が現れた時は先ず除外される。

それでも真耶はこうしている間にも危険と隣り合わせの生徒に動かざるを得なかった。

止める同僚達に構わず真耶は飛び出す。

 

 

諸君。

移り変わる場面展開にうんざりしている方は申し訳ないが私の話を一つ聞いてほしい。

諸君は普段の歩みで突如何も無いところで転んだり、足を引っ掛けたりはした事は無いだろうか?

 

大きく分類すれば原因は足の筋肉が弱っている。

視力の問題。

体幹が弱い。

他にも脳血管障害の可能性もある。 ほおって置くには中々危険度のある現象なのだ。

 

しかし大体の場合は単に脳が急ぎ過ぎて体がついていかずにズッこけるそうなのでご安心を。

 

真耶の場合は後者である。

 

 

現役時代は生身での格闘訓練も受けていたため決して運動神経が悪いわけでは無い。

ただ振り返った状態で無理に走ろうとした事で脳から信号が伝わり筋肉が始動するより速く気持ちがチョット先走った所為で、

 

ベチャっ

 

「ぶげっ」

 

あっと誰かが言った。

固まる空気の管理室。

ゆっくりと顔を上げる真耶に同僚は声をかけるかどうかも躊躇われた。

 

「……」

 

鼻血を垂らし顔を紅く腫らした真耶に教員達は暫し気まずく見つめた後、コンソールに向かい合った。

 

「……ヒグっ

 

 

ーー駅

自動で開く扉は客の怪我に配慮し段階を付けてゆっくりと作動する。

まだ開ききる前に飛び出したのは一番小柄な鈴音。

続いて千冬が諌めながら追いかけセシリアが長いスカートに意外な速度で駆け出しそれを後からなのはと巧が続いた。

驚く駅員の横目をすり抜けながら5人はアリーナへと駆け出した。

相変わらず機能していない門の警備を通り抜け全力疾走でかける。

既に千冬に連絡が入ってから五分が過ぎている。

焦る足はしかし後更に1分はかかるだろう。

息を切らしながらアリーナへとたどり着いた5人はそこで見た光景に回転していた足を思わず止めた。

 

人の波。

避難を終えていない今でももう人だかりは数十人規模になっている。

唖然とする中今までの全力疾走の反動からか急激に酸素を求めた鈴音が膝に手をつき荒い息をする。

それを対して息を上げないセシリアと共に気遣いながらも人で塞がった出入り口を苦々しい顔で見る千冬は記憶にある他の出入り口を見て回る。

比較的息を上げなかったなのはと巧もそれを手伝う。 実はこっそり力で強化していたのだ。

苦い気持ちとは裏腹に何処の入り口も人の壁が出来ている。

あと少し、という想いが気を早らせる。

 

その時千冬の携帯が鳴った。 素早く取り出し通話ボタンを押した千冬は耳に当てるなり叫ぶ。

 

「どうした!」

 

この携帯は千冬が個人で使う私的な物。 携帯の番号を知っているものは束と一夏の身内以外では真耶しか居ない。 そしてその内一夏は交戦中。 束とも別に電話の約束をしたつい後のため必然的にかけてくる人物は限られてくる。

そして予想通り次の瞬間には聴き慣れた彼女の声が携帯のスピーカー越しに聞こえた。

 

「おびぶらぜんぜーいぃ」

 

「どうした⁉︎」

 

それが顔面の痛みに耐えながらでの声だと知らない千冬は急な涙声に一瞬緊急事態を頭の隅に置いて叫んだ。

そして泣いてもプロな真耶の説明から千冬は現状のアリーナの実情を初めて正しく理解した。

 

「隔壁が開かない理由は?」

 

「目下のところ不明です。今教員部隊が破壊しようとしていますがまだ時間がかかります。」

 

IS同士の戦闘を目的としたアリーナの壁に見せかけた隔壁は勿論強固だ。 こちらは諦めた方が良いと千冬は判断した。

残るは通路を足で走る教員たちだが真耶の報告では未だ避難が終わっていない生徒たちの渦に手こずっているそうとの事。

千冬はいよいよ顎に手を当てた。

頭の中で自分に出来ることを探し出す。

結論は数秒で出た。

 

「凰、オルコット、頼めるか。」

 

専用機持ちである鈴音とセシリアは現状の戦力でもっとも頼りになる。

鈴音は切らした息のまま力強く頷きセシリアも黙って頷いた。 千冬はそれを確認すると付いて来いと告げアリーナの横に回った。

入り口も無い中千冬が目をつけたのは地上から1メートル程の高さにある人が屈んで苦労して通れる程の大きさの窓。

千冬はそれを一つ一つ開けようと力を込める。

しかしそれは直ぐに止まる鍵の存在で失敗に終わる。

外部からの侵入者対策のため大きな大会の時は窓の類は全て閉めるようになっていたのだ。 ため息一つし千冬が拳を丸めた。

 

「仕方ない。下がっていろ。」

 

逸る鈴音を下がらせた千冬はそこから拳を掲げて走り出し、

 

髪に触れそうなくらいの至近距離を通り過ぎた特殊金属製のアタッシュケースが盛大にブチ抜いた。

 

「お、おい。」

 

驚き背後を向くと予想通り腕を振り抜いた巧となのはが居た。

 

「待っていろと言っただろ。専用機持ちでは無いお前らは足手まといだ。」

 

容赦なく宣告する千冬の前になのはが出る。

 

「でも、私魔法使いですし…」

 

しかしその前に千冬が黙らせた。

 

「無関係で未知のものを学園に介入させたくはないと言っているんだ。」

 

もう入ってるんだけどなぁとなのはが思う。

 

「これは教師としての命令だ。生徒である以上拒否権など無い。それから乾、後で反省文だ。」

 

そう言った千冬は割れた窓ガラスに気をつけつつ鍵を動かしサッシを開け中へと入った。 次の鈴音が一足跳びで、その次のセシリアも軽やかに1メートルの高さを飛び越え直接窓の奥へと消えて行った。

なのはも続こうとしたが、

 

「わっ。」

 

飛んで来たアタッシュケースを受け止める。 勢いよく投げられた威力が腕越しに拒絶の意思を物語っていた。

 

 

ーー

流石に息が切れて来た。

伝う汗に構わず千冬と専用機持ちの2人は闘技場への誰も居ない通路をひた走っていた。

千冬たちが入った場所は位置的に観客席の出入り口とアリーナへの出入り口に続く通路からは離れた場所のため教員部隊のように生徒の波に捕まることなく後ははち切れそうな肺との格闘を後少し我慢するだけであった。

そしてやがて汗も滴り息が荒れて来た頃に3人はピットの地点に着いていた。

千冬は初めて自分の教え子の変わり果てた姿を見る。

 

「…」

 

VTシステムの事は真耶から既に可能性として聞かされている。

曲がりなりにも自分が面倒を見た思入れの強い少女が自分の姿を模して弟と生徒と争っている光景に細める瞳に悲痛さが入る。

それも一瞬で終わらせた千冬は逸る気持ちで甲龍を展開しようとする鈴音のその恐らく精神状態と心肺機能に負担がかかった状態に気づきすんでで諌める。

 

「待て、その状態で戦いに参加しても役には立つまい。気持ちは分かるがだからこそ落ち着け。」

 

それに八重歯を出し奥歯を噛み締めながらも従う鈴音は悲痛な表情で直ぐ目の先で戦う友人2人を見る。

休息に感じる長い焦燥感の鈴音とは対照的に然程慌てずに息を整えるセシリアは見える範囲の景色からふと見慣れたポニーテールを見つけた。

 

「箒さん?」

 

それに千冬が反応する。

 

「なに?どこだ。」

 

指差す方向を向くとその通り。

相手方のピットでISスーツ姿の箒が同じく心配そうな表情で戦いを見ている。

驚く千冬はしかし今は危険は無いと捨て置くことにした。

下手に大声を出し泥のISにより危険に晒される可能性があるからだ。

 

「千冬さん!」

 

息を整えた鈴音が千冬に今か今かと指示を待つ。

 

「織斑先生だ。よし!」

 

それだけで十分。

再び飛び出した鈴音は赤い光に包まれ甲龍を纏って飛び上がった。

 

「お前は篠ノ之を頼んだ。」

 

頷きながらブルー・ティアーズを展開したセシリアは千冬を巻き込まないようにゆっくりとピットを出てその直後目にも止まらぬ加速を見せた。

 

二重瞬時加速(ダブルイグニッションブースト)か…!」

 

千冬は再度彼女の底知れなさを痛感しながら千冬は変化する戦いを見上げた。

 

 

「一夏!」

 

「お?」

 

急な登場と共に泥のISに飛び蹴りをかました鈴音に一夏が間抜けな声を上げた。

空間把握能力の高い簪は一夏よりも前に鈴音の到着には気づいていたが彼女はそれよりも箒を救助する際にセシリアが使った二重加速に興味を持っていた。

 

「アンタは本当に……まあいいわ。んで、アレがラウラ?」

 

ああと頷く一夏の睨む先で泥のISは新たに増えた攻撃対象に警戒している。

鈴音は真耶からの報告でVTシステムに侵されたラウラは絶対防御が解除されているかもの可能性を知っていた。

龍砲をいつでも撃てるように構える鈴音の横に箒を千冬に預けて来たセシリアが並ぶ。 試合を終えてすぐに飛び出したため展開しているBT兵器の数は欠けている。

 

「とにかくあの泥を切れれば中のボーデヴィッヒさんが出て来るらしいんだけど、」

 

その先を言い淀む一夏に代わり簪が続けた。

 

「太刀筋が鋭くて近づけない。」

 

その見方を変えれば泥のISを褒めるような言葉に一夏はバレないようにムッとするがそれを幼馴染の鈴音は逃さなかった。

視線を逸らす一夏に今度は溜息を吐き告げた。

 

「なるほど、それで逃げなかったわけね。」

 

呆れたような独白だった。

 

「なんだよ…」

 

横目でジト目になる一夏。

泥のISが居なければもっとはっきり表情を出していただろう。

それでも長い付き合いの鈴音はその目つきの苛立ち要素を看破した。

 

「要するに大好きな千冬さんを真似されてキレてんだ。」

 

「ばっ…」

 

顔を赤くして一夏が慌てるも時すでに遅し。

セシリアと簪は相変わらず泥のISの動きに注視しているがハイパーセンサーを使う距離でもなくバッチリ聞かれている。

鈴音はケラケラ笑いながら言った。

 

「シスコン。」

 

「なん、いいだろ!家族なんだから好きでも。」

 

「うんうん、構わない構わない。」

 

「お前な…」

 

間の2人の茶番を挟みながら敵に集中していたセシリアも頰が緩み簪に話しかける。

 

「どうやら敵対行動に優先して反応するようですわね。」

 

頷くのはこれまでずっと相手の動きを見定めてきた簪だ。

簡潔にセシリアと新たに来た鈴音にも説明する。

 

「うん、それと先生たちからの話ではあの黒いのはナノマシンの集合体で中のISはまだ動いてるらしいから、」

 

「絶対防御も存在する。ですのね。」

 

コクリと頷く簪は力強くセシリアがこの情報に抱いた一抹の不安を打ち消した。

 

ラウラ救出のめどが立った。

 

その希望にさっきまで交戦していた一夏は勿論ここまでずっと不安を抱いて息を切らせて来た2人も余裕が生まれる。

しかし一安心という訳にもいかない。

教師陣からの報告は希望と共にさらに切羽詰まる内容を孕んでいた。

レーゲンに搭載されたVTシステムは持ち主であるレーゲンとはかなり相性が悪かったらしく発動している間にもレーゲンは勿論ラウラ自身も危険な状態になっていくというのだ。

一夏たちは知らないがそもそもこの泥のISの姿自体が本来なら異常な事なのである。

 

恐らく無理に発動させた結果レーゲンかラウラのどちらか、又は両方の特質が変化し今の偽暮桜を作り上げたのだろうと簪は締めくくった。

 

緊張とともに焦燥感が三度舞い降りる。

それを切り裂くように簪が口火を開いた。

 

「目標ーー」

 

先ほどとは種類の違う指示の仕方に一同の意識が無意識に切り替わる。

 

「胸部中央。使用武器は近接武器のみ。」

 

どちらもこれまでの情報を統合して簪が導いた結論だ。

代表するように夢現を構えた簪に従うように3人も其々武装を構える。

元より近接ブレード一本の一夏は決意を固めるように基本の構えに戻り、鈴音は備えていた龍砲から意識を断ち長大な双天牙月を二、三回して右手におさめ、セシリアもブルー・ティアーズを戻し静かにインターセプターを左手に展開し自然体に立った。

 

展開された武装に反応して泥のISが無機質な動きで近接ブレード、暮桜ならば雪片だろうか。 それをコピーした千冬の動きで構える。

何度目かの沈黙だが今度は一夏たち側に確かな強い気持ちがあった。

それに反応したか泥のISは今まで以上の速度で先ず先頭の一夏にブレードを突き出す。

 

高い金属音の後にエンジンの轟音。

 

一夏がこちらもまた千冬から教わった剣技でブレードを弾き4人は打ち合わせ無く其々上下左右別々に躱した。

 

感情の無い目を白黒させながら泥のISは暫し動きを止める。

人間ならば隙であるその動きもしかし泥のISの判断力は四方向の誰かが急旋回を見せたコンマ数秒以下でそれを追撃し攻撃する。

だからこそその一撃を決めたのは彼女の実力の高さを表していた。

 

この中で唯一武器のリーチで負けるショートブレードを操るセシリアはその欠点を一切感じさせず接触した刃を這うようにインターセプターを滑らせ必中の軌道を変えそして指示通りガラ空きの胸へ切っ先を突き立てたのである。

 

火花を散らしそれと共に刺さった箇所から漏れ出る泥のような液体は恐らく結合したナノマシンが切断された箇所から溢れているのだろう。

しかし浅い傷口は直ぐに新たな泥に覆われ再び泥のISを形作る。

そしてダメージを感じない斬撃をセシリアの頭部へ繰り出す。

ワンオフアビリティまではコピー出来ないそうだがそれでも強烈の速度をセシリアは首を傾け本物の髪一重で避け容易く離脱した。

 

追いかけることをしなかったのは矢張り機械としての判断能力か。

二撃目を狙う鈴音が振り回す双天牙月に泥のISはブレードを今度は突きの形で狙う。 素体となったレーゲンのパワーを含めた膂力を達人でもある千冬の姿勢移動で強化した突きに鈴音は回転を上げた双天牙月を横合いからぶつけた。

まるで暴風雨のような盾でブレードの威力を削ぐ。

そしてついに暴風雨が巻き込む。

武器を直ぐに引き戻せない僅かの間に鈴音は素早く双天牙月の柄を中央から分離。

二本の青竜刀の片方でブレードを押さえつけもう片方を万全の体勢から振り下ろした。

 

天に昇る月をも喰らわんが如く。 数は欠けてもその威力は泥のISを大きくノックバックさせた。 ナノマシンの鮮血を撒き散らしそれでも整えようとする体勢を最強の妹が逃さなかった。

 

上空に上がって事の様子を見守っていた簪はココ!という瞬間に飛び出していた。

狙い澄ませたという他ないくらいに泥のISは迎撃を間に合わせる事が出来ずに奇襲は驚くほど呆気なく泥のISを地面に叩き落とした。

のそりとしかし痛覚の無い泥のISはそれでも出血を留める事は出来なくなっていた。

同じく静かに佇む一夏は泥のISのセンサーを一瞬誤魔化す程戦意に欠いていた。

 

一夏は最初の展開からずっと地上に居たのだ。

 

雪片をだらけさせた一夏はまるで日常的な程簡単に、しかしそれでもこれから起こる運命の方向はそういうのを感じられない泥のISですら予感した。

 

「お前が最初に使った剣はな、俺が嫌がる千冬姉に無理矢理教えてもらった初めての真剣の技なんだよ。」

 

当時既に真剣での訓練を許されていた千冬に憧れ日中夜何度も頼み込んで漸く折れた千冬が師範代である柳韻に内緒で一夏に教えたものだ。

勿論刀は振らせてくれなかったがあの時の技はその時持った真剣の重さと共に一夏の心に残っていた。

 

「いいかニセモノ。」

 

一夏が叫んだ。

 

「千冬姉の技は千冬姉が小さい頃からずっと努力して身につけたモノなんだよ。」

 

自分が剣道を習うもっと前から血豆を作って、手の皮を剥いて木刀を振っていた姉の姿が一夏の日常であった。

 

「何のためにそんな事してるの?…遂に今の今まで聞けなかったが俺には何となく分かった。」

 

まだ物事を正しく判断し切れなかった時代に不在の両親を訪ねた時は千冬がいつも小さい弟を抱きしめながら自分にも言い聞かせるように言っていた。

 

 

「大丈夫だ お前は私が守る」

 

 

一夏の頭にあの時の言葉が反復した。

 

「お前がどんなに千冬姉の居合や剣筋を使ってもお前のそれは紛い物だ。」

 

千冬が身につけた剣の技は何時も一夏や周りの人間のためにしか使われなかった。

 

いつのまにか一歩、また一歩と泥のISに進んでいた一夏を他ならぬ泥のISの電算処理が驚愕した。

 

「それだけならまだ熱烈なファンって事で許してやったけどな。」

 

一夏が雪片を構える。

 

「弟の俺から言わせてもらうぜ。」

 

泥のISが上段に剣を構えた。 試合の千冬ならば相手への無礼に当たると先ず使わない手だ。

 

「千冬姉を真似るんなら覚えときな。あの人はなぁーー」

 

泥のISの瞬撃の剛撃の鋭撃に一夏は後の先で待つ。

 

「教え子に手は上げても、危険には晒させはしねぇんだよ‼︎」

 

一番最初に教わったのは防御の方だった。

頰を膨らまし見るからに残念がる一夏に苦笑しながら一生懸命千冬が教えた。

泥のISの剣が完全に手から弾き飛ばされた。

武装を失った事が機械式の脳味噌に一瞬の思考停止を与える。

防御不可能の今を一夏は今一度声を張り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「俺の友達返せよパチモン!!」

 

 

 

 

 

 

ーー

ーーーー

ーーーーーー

ーーーーーーーー

目を覚ました時に感じたのは背中からの硬い感触と消毒液などに代表される薬の匂い。

 

IS学園の医務室で目を覚ましたラウラは訓練に裏打ちされた冷静さで自分の置かれた立場を拙いながらも理解した。

自分は怪我人だ。

怪我人に声がかけられた。

 

「目が覚めたか。」

 

衛生兵では無い。 これは、そうだ。

 

「鬼軍曹だ。」

 

「なに。」

 

ヤバイ、声に出ていた。

慌てるラウラに千冬は流石に怪我人にあげる出席簿は無いのか釈然としない顔で流した。

 

「お前がそんな冗談を言うとはな。感謝しろよ学校で。」

 

軍隊時代だったら容赦しなかったらしい。 少なくとも今は無くとも後で何らかの罰を与えられていた。

 

「ほら、お前の専用機だ。」

 

えっとなり懐を弄るがあるはずの待機状態のレーゲンは居らず。 代わりに千冬が自身のポッケから取り出してすぐ隣に有った机の上にコトリと置いた。

 

「同意が無いから違法などと言うなよ。知っているとは思うがここにいる以上優先されるのは職員の判断だ。」

 

「いえ、理解しています。しかし……」

 

いつも通りキビキビとした言葉遣いが流石に今度ばかりは言い淀むラウラは未だに気持ちの整理が付いていないか混乱が解けていなかった。

千冬はああと納得し説明した。

 

全てを話した。

 

VTシステムの事も教員部隊による救出作戦が上手くいかずに彼女の友人達がそれに当たった事。

ラウラはその間も直立不動は千冬から止められたがそれでもベッドから体を向け背筋を伸ばして聞いていた。

 

「ーーっと、分かったか。」

 

「はっ。理解しました。」

 

混乱があった先程までは少しは年頃らしさが感じられたが情報を貰った今は医務室に備えてある着替えの姿以外何時ものままだ。

相変わらず可愛げの少ない奴だと千冬は思った。

自分が指導する前からこうらしい。

同世代の人間に囲まれれば少しは変わるかとこの転校の報せにはそれなりの楽しみを置いていたのだが。 千冬は見せないように肩を落とした。

 

「織斑先生。一つ質問をよろしいでしょうか。」

 

呼び方は変えてもこの堅苦しさはとても年頃では無い。

VTシステムからは解放されたが()()からは未だに離れていないらしい。

先程は寝起きの冗談で内心は嬉しかったのだがあれはやはり何かの間違いだったようだ。

 

「なんだ。」

 

自然と何時もの仏頂言葉が更にあの時のようになる。

千冬は自分に対しても嫌気を覚えながらせめてラウラの質問くらいには丁寧に答えてやろうと思い聴いた。

 

「一夏はどうしていますか。」

 

「ああ、…うん?」

 

千冬は軽いが有り得ないものを聞いたというような顔をする。

 

「失礼しました。織斑君はどうしていますか。」

 

空かさずラウラが訂正を入れた。

そこで正しく理解した千冬が慌てて手で制する。

 

「待て、お前今『一夏』と言ったか。」

 

「申し訳ありません。失礼が過ぎました。」

 

「いや、そんな大それたことじゃない…少し気になってな。」

 

普通ならそこまで問題視する事でもない身近な者に対する敬称の変化。 しかし軍人であるラウラにとってこの学園生活は仕事の内。 何時もは無理だとしても流石に元教官の弟で世界で初の男子操縦者ならば接し方というのはそれこそ細心の気遣いをするだろう。

実際に自分が知っている自己紹介時の呼び方は君付けだったしあれから変わるにしてもラウラに限っては疑いがあった。

 

「私にはこの学園で名を呼び捨てにする人間が1人居ます。」

 

初耳である。 思わず聞いた。

 

「誰だ。」

 

「布仏本音です。」

 

まさかの自分の受け持つ生徒の名前に目を丸くする千冬は同時に納得もする。

あののほほんとしか言い表せない雰囲気は千冬ですら説明がつかなかった。

ラウラの堅物を治せるとしたら先ず彼女だろうと思っていたため然程驚きは持続しなかった。

 

「そうか。それで、何故今回織斑にも呼び捨てに?」

 

ラウラは少しの躊躇いもなく何時もの事務的な報告を続けた。

 

「彼から私とは友達だと取れる発言を救出の直前に聞きました。」

 

「意識があったのか?」

 

驚く千冬に返事を返す。

 

「あの時だけはありました。そして織斑君の発言から少なくとも織斑君の認識では私と織斑君は友人関係にあると判断し呼び捨てにしました。」

 

ただそれだけ。 そう言うようにラウラは何の感慨も無く報告を終わらせた。

千冬は暫しキョトンとするがその後嬉しそうに少しだけ笑った。

 

「そうか。分かった。しばらくは横になっておけ。時間はかからんそうだ。」

 

「はっ。痛み入ります。」

 

千冬はそう言ってラウラの感謝の言葉を聞きながら医務室から出て行った。

 

残されたラウラは千冬の言う通り横になり体をじっとさせた。

彼女にとってはこれも命令の一つだ。

真面目な休息の中でラウラの脳裏には任務遂行の決意以外無かった。

 

それでもラウラは確かに変わっていた。

 

 

 

 




第33話 たっくん・魔王「ただいま〜」如何でしたでしょうか。
先ず最初に……………前書き詐欺でした。

ワンサマーは主人公になりました。

話の初めから今までの主人公達視点のシリアスと比べて今までよりスラスラと軽い展開になりましたが一夏はなのはや巧よりも明るく学生らしい勢いを付けようと思いこうしました。
ーーーー
それでもやはり冷静になって読むと勢い任せで色々設定的に無理があるところがありますが、そこも勢いで放置することにしました。(コラっ)
ーーーー
田中ジョージア州は余程まややんを困らせたい……
教員部隊はああしないと絶対助けに入ってきちゃうしちーちゃんがいない以上一夏の救出イベントもなりたたないので謎のトラブルという形で対処しました。
教師の皆さんが生徒をかき分けピットに着いた頃にはラウラ救出イベントが終わって、汗だくの皆さんは千冬からの依頼でラウラを医務室まで運びました。
ーーーー
なのはさんはあの後自分も窓から入ろうとしたのですが反省文が増えるのを面倒くさがったたっくんに止められアリーナの外で生徒と一緒に避難しています。
ーーーー
モッピーは逃げる機会と選択肢が頭になかったのでピットで観戦していました。
千冬からは大丈夫かの言葉と何故逃げなかったのお叱りを受けた後特にお咎めなしで避難させられました。

ーー最後にラウラの展開ですがーー

ラウラの扱いは今作では小さい理性的な大人という感じで一夏に対しては今まで作り笑いで接しており、それはドイツ政府の代表として問題を避けるための仮面でした。

しかし一夏の人となりと周りの代表候補生組と本音の存在から段々と緩和していました。
何気にのほほんさんが居なければ今回の展開は存在していなかったので彼女は実はかなりの功労者です。

最後は一夏からの「ダチ」発言でラウラの仮面が外れて軍人という殻からラウラ・ボーデヴィッヒを出すキッカケになれたというオチにしました。

でもやっぱり脚本ガタガタの勢いだけの展開なのでお叱りを受けても仕方ないですけどww

それではまた次回にお会いしましょう。






因みにリニスさんは猫耳モードの身体能力と認識阻害の魔法を駆使して無事に学園に帰還しました。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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34話 事後処理

少し間を開けてしまいすみません。

久しぶりですけどまたもや本編とは関係の薄い準備回です。



再び。

 

2度目。

 

あって良い筈のない再度の()()の事態。

千冬はいつも通りの職員室でいつも通りの作業に違和感を覚えていた。

 

「なぜなにも言われない」

 

それは日本政府に対してもIS学園に対してもドイツやイギリスなどのあの時あの場で不測の事態を目撃又は知っている全ての人間に対しての違和感であった。

 

今振り返ってもややこしい事になっていたと思った。

 

楯無経由での日本政府のモノレール駅封鎖の情報から繋がるセシリアの暴走。

すぐ様不味いとし教員では唯一事情を知る千冬が回収に走った。

久し振りの本当の全力疾走の末に見つけた先には楯無からの情報には無かった『封鎖の理由達』。

巧はともかくとしてなのはや束を目にした千冬の呆気に取られた顔とくればとてもでは無いがあの場が無人で本当に良かったと千冬が日本政府に内心で感謝をする程普段の彼女からは考えられない間の抜けたものであった。

それと同時に納得し何となくだが想像した事の成り行きに1人頷き近づいた。

久し振りの親友は何故か巧にやられていたが中学の頃となにも変わらなかった。

やっと出会えた疑惑の親友に取り敢えずカオスな空間に影響されたか自然とこれまでの鬱憤を叩きつけてやる事を選んだ千冬は一頻り巧の手足を借りてのサブミッション指導で痛めつけてやった。

 

呆気に取られる巧にしてみれば自分は本当に混乱物の展開だったろうが混乱しているのは自分も同じと言う事で見逃してもらい好き勝手に暴れ場の主導権を奪った千冬はその甲斐あってそれまでのカオスな停滞を終わらせる事に成功。

セシリアとついでになのは達を回収し束にこれまでの説明をつけさせる事を約束させ帰還。

その後のゴタゴタを終え何とか次の日である今日。

千冬はそんな違和感を抱えながら仕事をしていた。

 

手を進めるたびにまるで埃のように沸き上がってくる何とも言えない嫌悪の感情。

特定された誰かに対してのものではなく巧やスカリエッティに感じるこの世界との違和感。

今までは人物という固定されたものに出会わなければ感じなかったその違和感が今は辺り中からビシビシと伝わってくる。

まるで目に見えない違和感の正体がこの世界の空気と同化しているように千冬の身体に纏わり付いてくる。

そのまま千冬すら飲み込もうとしているように感じながらも千冬はそれを抑えて仕事に専念していた。

 

今日は立て続けの問題で生徒たちには休講が言い渡されている。

しかし教員達には関係ない。

むしろそれまで以上に事後処理の作業が過密で千冬は暫くこの違和感の不快さを忘れて作業をした。

 

人間慣れが重要だ。

 

連絡先が限られた私物の携帯が鳴った。

届いたメールを開いた千冬は一言速いなと口にした。

 

 

ーー学生寮

 

一夏の部屋。

それと同時にシャルロットの部屋でシャルロットは一人きりでベッドに寝転がっている。

一夏はついさっき出かけると言って外へ出て行ったっきりだった。

 

金のかかった部屋の空間がそのまま気密性を持って1人だけという現状をより強くしているとシャルロットは感じた。 壁一つ隔てた向こうにいる筈のお隣さんの存在を感じながらもシャルロットは孤独に似た微量な我儘に感じる感慨深さを楽しんでいた。

 

まるでデュノア社のようだ。

 

あの時もシャルロットは豪華絢爛な部屋で生活をしていた。

シャルロットの存在は一部の者以外極秘だったがその部屋の場所は会社の一室だったので勿論日々の停滞の中で人の気配を感じたしそれを見つけることがいつしか楽しみだった。

しかし事情を知らない社員達にシャルロットは一切知覚されない。

防音壁の直ぐ数メートル下に確かに感じる人間の気配を察知しながらシャルロットは自分がまるでこの壁一つ隔てて、向こうの世界とは別の場所の住人かも知れないと感じ始めた。

 

それは長い停滞で麻痺した感覚だと分かってはいたがその後遺症のようなものが今ベットの上で寮の気配を感じるシャルロットの達観した感情を産んでいた。

 

少し前までは一夏の存在が孤独な別世界の感覚を薄れさせていてそれをシャルロット自身も心から喜んでいた。

一夏が居なくなり1人部屋となった中で改めて再発した感情は既にシャルロットの心底まで根深く張っていた。

恐らくこの奇妙な趣味が自分から消えることはないだろうと受け入れながらもシャルロットは不意に立ち上がり窓を開けた。

冷房の効いた部屋に生暖かい夏の空気が入り込んでくるがそれでも外の世界に触れて居たかった。

 

再びベッドに転がるシャルロットは回想する事で普通に勤めようとした。

思い出しているのはパートナーの鈴音が出て行った後。

教師の指示で控え室で大人しく待っていた時のこと。

恩人の1人がラウラ相手に健闘し追い込む所に一喜一憂していた時である。

突如モニタ越しで変化するラウラの姿に鳴り響く避難指示。

相部屋の同じ境遇の参加券を失った選手たちと共に慌てながらも外に出て途中の人の波に躊躇いながらもあれよあれよと流されながらアリーナの外で待機していた教員数名に誘導された。

その途中何度も友人の方向を向いていたが流れには逆らえずどんどん小さくなるアリーナを見つめながらシャルロット達は海の近くの広場でクラスごとに集められた。

まだ穴が目立つ一年一組の中で一夏の分のスペースを見ながらシャルロットは事態の収束を願っていた。

 

そして無事決着した安心感を翌日の今日噛み締めながらシャルロットの精神は今は少し嫌な懐かしさに囚われていた。

 

VIP。

IS学園にその日訪れていた世界中からの来賓。

その情報は生徒にもある程度開示される。

無論公のものではないが視察の情報事態には然程重要度は無いのか手段次第では生徒の立場でもVIPの情報を手に入れることが出来るのだ。

そうしてシャルロットが直接護衛に当たる教師を探し当てそれとなく聞いて手に入れた情報。

流石に大雑把なものしか教えてはくれなかったがそこにシャルロットの懐かしさを触発するワードが入っていた。

 

デュノア社の社長が来るらしい。

 

一言だけのそれは当時のシャルロットにとっては衝撃としか言えないものであった。

父アルベールの件は束によって解決しデュノア社は今元の経営不振の状態へと戻っている筈だった。

そんな渦中にわざわざその当の本人が正に問題のIS学園に足を運ぶなんて。 シャルロットは驚き実は今になっても一夏や鈴音達にも言っていない。

 

アリーナで試合をする度に硬質ガラス越しのVIP席を覗いた。

その結果幸いアルベールの姿は居なかった。

 

どうやら教員の勘違いかなにかだったらしい。

 

思えば護衛に当たる教員もあくまで部屋の外周辺で各国の護衛達と紛れて警戒するだけでVIPの人間については特に知らないと言っていたなと思ったシャルロットはこの話題をそう切り捨てた。

 

停滞した感覚から抜け出し一時は不安と恐怖を抱いたが今では消化不良になったものの過去の出来事として処理していた。

シャルロットは誰もいない部屋で気配を感じていた。

 

 

ーーIS学園

 

頼み込んでは見るものだと一夏は思った。

休講にはなっても外出禁止になった訳ではなくたまたま出会った真耶に心配のラウラに会いたいという意図を伝えると真耶は想像していたよりもアッサリとそれを了承してくれた。

途中で仕事があるらしく別れた真耶の「静かに」の忠告に気をつけながら医務室への廊下を進む一夏はあれからラウラに会っていない。

気を失ったラウラはすぐに教員部隊に連れていかれそれから一夏達も千冬の指示でほかの生徒と同じく広場に連れていかれそして今日こうして会いに行っているのだ。

 

道を上靴の噛みしめる音が響く。

休講の事態に本来ならばイレギュラーな聴き慣れた音がなんだか一夏には謎の高揚感を抱かせる。

自分の足からイレギュラーが鳴っている事へちょっと楽しくなってきた一夏はようやく着いたラウラの居る医務室に少し真面目な顔になる。

 

外見上では損傷は無かったようだが一夏はあれからラウラについての報告を聞いていない。

戸惑いながらもスライド式のドアを開ける。

放っておいても自動で閉まるように作られた重さと抵抗感がそのまま一夏を躊躇わせる恐怖だった。

 

そして開けた先の驚きの感情から見えない絶望のモノを見て一夏は一安心した。

 

 

「織斑くん」

 

まさかといった表情を見せるラウラは思わず千冬からの命令(本人にそのつもりはない)を破って起き上がる。

 

良かった。 元気らしい。

 

「えっと、来ちゃった?」

 

「そうか。」

 

しかし直ぐに無表情に戻り歓迎ムードでは無い雰囲気で一夏を迎えた。

返事の来ないだろうを悟り部屋に備え付けの余った椅子を引っ張り出して自分も座る。

ベッドの直ぐ隣の位置は特に考えて設定したわけでは無いがラウラの顔が近くで見たかった。

ベッドに腰掛ける小柄なラウラは長身な一夏と丁度同じ高さの目線になる。

沈黙は一夏も予想していたが事務的なラウラは気まずさの耐性にめっぽう強く意外なほどアッサリと2人の会話は盛り上がった。

 

「休校なのでは無かったのか?」

 

「そんなに厳しくはないんだよ。山田先生に頼んだら結構簡単に入れてくれた。」

 

最初の緊張が薄れた一夏はいつのまにか心配の念から訪ねて来たことも忘れラウラとの会話を楽しんだ。

笑いかける一夏にラウラは相変わらずの仏頂面だったが彼女自身の絶妙な態度に不快な馴れ馴れしさは無い。

円熟した人間のように一夏と同年代トークを進める。

 

「試合、またやろうな。」

 

一夏が決意を持った目で言った。

 

一夏はあの試合の決着に満足していなかった。

全てを出し尽くしたとは思っている。 死力を尽くして自分を叩きつけたし仲間との搦め手は王道ではなくとも卑怯では無かった。 ラウラ・ボーデヴィッヒという強者に対して自分がしてきた事は決して後悔などしていないし気持ちのいいものであった。

 

それでも決着がないと締まらない。

 

しかし一夏の独白にラウラは冷めた返事を返した。

 

「きみの勝ちだ。再戦の余地はない。」

 

無表情でもフレンドリーで懐が広いラウラの感じでテッキリ了承してくれると思っていた一夏は言葉に詰まった。

ラウラは事務的に言う。

 

「試合だから最後まで挑もうとしたがあの展開で私に勝ち目は無かった。」

 

実戦では思考の余地なく撤退。 むしろ何故それ以前に逃げなかったのかというレベルの敗北予感。

ラウラは頑なに譲らなかった。

あの試合は決した。

そして勝負のついた試合に再戦の価値は無いとラウラは言った。

 

「でもそれじゃ」

 

後味が悪いよと言おうとして一夏が止まった。

それは自分の主観だ。

怪我をしているラウラに無理強いをしているようで躊躇われた。

黙る一夏はしかし少し後に口を開いた。

 

「じゃあシングルやろうぜ。」

 

「なに。」

 

聞き返すラウラに一夏は笑いかけた。

 

「アレはタッグマッチだったろ。今度はシングルでやろうよ。」

 

暫しの間。

やがてラウラが言った。

 

「分かった。」

 

感慨の無い台詞と声。

しかし一夏は嬉しくて笑った。

いつしか病人だからと気遣っていた抑えた声も次第に大きくなりすっかり普段のテンションに戻っていた。

 

「織斑くん。」

 

そんな一夏を無言で見つめていたラウラは思い出したように切り出した。

ずっと無表情の姿を見てきて慣れたせいからか一夏にはその時のラウラの表情がさっきまでとは違っていた感じがした。

ラウラは無表情で言った。

 

「一夏と呼んでいいか。」

 

「え?」

 

予想だにしなかったとは正にこの事。

普段から、そして今も寡黙な軍人ポジションでいるラウラを知っている。

親しくても常に一歩引いた位置の彼女は最近になって急に仲良くなってきたと思っていたがそれでも急すぎる要望に一夏は少し目を点にさせる。

 

でもそれは直ぐ。

 

人懐っこい笑みをたたえて一夏はラウラの肩を叩いた。

不意な行動に驚くラウラだが一夏にとっては弾や数馬によくする友愛の精神だ。

寡黙なラウラは箒以上にこういう扱いが似合っていた。

 

「いいぜ。じゃあ俺もラウラでいいか?」

 

「構わん。」

 

体格差があるため肩に手を回す一夏にぐわんぐわんと揺らされながらもラウラは悪い気はしなかった。

 

 

ーー吾輩は猫であるー名前はまだない

 

もう慣れた徹夜の作業で会合場所の用意とこれまでの情報のまとめを終えた束は今しがた千冬から送られてきた了承のメールを閉じ一息ついた。

今回は特に疲れた。

開かれたままになっているモニターは暗い室内を目が悪くなりそうな照明で照らす。

束はそんな不健康な生活に構うことはせずにモニターも消さずに椅子に深く座り込んでそのまま寝た。

完全に熟睡した主人を起こさないようにクロエが散らかった部屋を片付ける。

そしてスパコンの画面だけを消して一礼してから部屋から出ていった。

 

 

ーー

 

 

3人がいる。

 

相変わらずの殺風景さは逆にこの煌びやかな街並みからその空間を目立たせていた。

一番高いビルに設けられた部屋に一つのテーブルを挟んで3人が向かい合う。

スカリエッティが口を開いた。

 

「大分馴染んだんじゃないかね。」

 

スカリエッティの言葉にはまるで子供のような待ち切れないものに対しての感覚を抱かせた。

異世界人ではないスコールはそれに無言で笑みを浮かべて答え代わりに村上が上品な声で答えた。

 

「先日の作戦でもその結果は出ています。三世界同士のズレにこの世界が対応してきている。」

 

村上は確信を持って答える。

確信を持った調子で村上は言った。

 

「今まではこの世界の許容量を気にし、先の襲撃以来の介入は出来ませんでしたが今回はオルフェノクやガジェットドローンの他に結界という魔法までも使用出来た。」

 

 

「でもそれって認識阻害の結界があったからじゃありませんこと。」

 

艶のある声でスコールが尋ねた。

現場に居たスコールからしてみれば世界が壊れなかったのはこの世界の住民の認識が結界により妨げられたからだと思っていた。

 

「それに篠ノ之束を除けば私たちを認識出来たのは全員あなた方の世界の住人だわ。まだこの世界があなたたちの存在を許容し切れていない可能性がある以上、あなたたち2人がこのビルの外に出るのを認める訳にはいきませんわね。」

 

妖艶な調子で敵意を向けるスコールはしかし直ぐにスカリエッティの笑い声により中断される。

笑う姿はスコールを馬鹿にするものではない。

ただ自分のためだけを考えた種類のものでありどちらにせよスコールには耳障りなものであった。

スカリエッティは笑いながら言った。

 

「まだまだ原理を理解し切れていないようだね。スコール。

いいかい?60億居ようが70億居ようが人が世界の認識を決めるのではない。人はあくまで流動する物語に流される登場人物に過ぎないからね。」

 

生徒に諭すようにスカリエッティは話す。

 

「分岐点を作りそこから無数の枝分かれを作っていくのは他ならぬ改変され歪んでいくこの世界自身なんだよ。」

 

「そしてその世界で我々イレギュラーが介入する方法は簡単だ。ただそこに居れば良いのだ。」

 

「イレギュラーはただ存在しているだけで世界を蝕み改変を与えていく。認識阻害の結界だろうとそこに存在しているだけでこの世界はどんどん歪み形を変えていくのさ。」

 

笑うスカリエッティにスコールは冷たい目線を向けながらもその真意はもっと別の所から来ていると感じていた。

それに気づいているのかは知らぬがスカリエッティが初めてスコールから目を逸らした。

 

「それに外に出るなという事なら既に私は10年前に篠ノ之束に会っているし村上君もつい昨日この世界に認識されたよ。」

 

隠れていた苛立ちの理由が現れた事にスコールは感づいた。

 

「どういう事かしら。」

 

疑惑を突かれた村上は呆気ないほど素直に答えた。

 

「貴方が近藤さんと連れ立って彼等と交戦をしている間に私は私でIS学園に介入していたんですよ。」

 

驚くスコールに村上は直ぐに弁明をした。

村上が言うには介入の理由は勝手なものではなく正史に関わる事だという。

 

「あの時織斑千冬はアリーナを離れる可能性が有った。そしてそれは後の織斑一夏に影響を与えるイレギュラーになり得た。」

 

黙って続きを聞くスコールは聞き覚えのあるワードを聞いた。

 

「VTシステム?」

 

「ええ、それの解除は織斑一夏によってでなくてはならなかったのです。」

 

頷く村上は千冬が消えたことで生まれた一夏のラウラ救出を消す危険性を潰すためにIS学園に潜入したのだ。

 

「幸いIS学園に入れる手段は難しくはありませんでした。そして私は織斑一夏を妨げる危険を排除しながら昨日の飛行機でようやくついさっき帰って来たのですよ。」

 

優雅に軽く、まるで旅行気分な村上にスコールは呆れながらも窓の外を見た。

この高さにはもう視線の直線上にはなにも入らない。

スコールは空全体が少しずつ違和感に覆われていくのを感じた。

 

 

 

 

 

 




千冬姉達教師は色々と忙しい中一夏達は休みエンジョイです。

シャルの後遺症描写が嫌にシリアスなものになってしまいましたが別段害がある訳ではありません。
謂わば『中二病』みたいなものです。いい思い出です。
アルベールさんの事を出しましたがこれは特に意味はありません。
シャルの心情描写をするために入れました。

ラウラと一夏はフレンドになりました。
一夏にとっては鈴にゃん以上に異性だと感じない友達扱いです。


ーー3ボスについてーー

スカさんの世界が馴染む発言は簡単にスカさん達がこれまで以上に好き勝手出来るようになったということです。
バラ社長が行った危険性の排除とは分かりやすく言えばワンサマーがラウラ攻略イベントを終えるまで邪魔する人をアリーナへ近づけないようにするだけです。

ぶっちゃけ教員部隊の人たちが汗水垂らして走り回ったのはバラ社長が隔壁閉じた所為です。

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35話 呼び出し

巨影都市。

やりたい。

期間開けてすまない。




呼び出された。

次の日の休校日には既にファイズフォンに届いていたメール内容に従い巧はたまの日曜に早起きをした。

窓の外には海の向こうにある太陽の存在により暗くて明るいという不思議な色合いの空が調子を彩っている。

そんな空でも雲は流れておりそれもまた巧にとってはレアな光景でもある。

いつもとは違う退屈の忘却を与えてくれる趣味を前にして巧はじっと窓の向こうの時の流れに目を通して意識を溶け込ませた。

もう数十分で完全に夜明けになる直前の景色は数分数秒で変わっていく。

暗く普段連想させる蒼の色合いはまるで目立たなかった空が次第にそのカラーを一般知識へと寄せていく。

 

とても幻想的な光景を見ている気がした。 しかしそれは当たり前のものなんだと巧は思った。

 

本来ならそれが40億余年かけて安定させてきた()の色なんだと思うとこうしてそれに感動を覚えている自分がこの40億の反復経験を産まれてから初めて目にしたという事に驚く。

自分の知らない所で毎日巻き起こっていた景色。

そう思うとあれほど幻想的に映っていた光の屈折現象が瞬時に日常的なものに落ち込んだ。

しかしそれは価値が無くなった訳ではなく巧の中では矢張りこれはレアなものであるし眺めていると楽しいものだ。

 

なんとも処理し難い感想の移り変わりに解らない疑問を抱えながらも巧は刻ごとに変わる僅かな変化を楽しんでいた。

 

夜明けの明るさを知る巧にすれば僅かな変化は次の色をある程度予想できるものであったがその優しさが巧には合っていた。

そしてそれを楽しむ巧に訪れた急な変動は全く優しくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

リンちゃんなう

 

 

 

 

 

 

 

乱暴に開け放たれた扉に巧の趣味に対しての理解など無い。

恐らく彼がこうして起きていようといまいと彼女は同じく戸を開けただろう。

そして鈴音は起きていようとは思わなかったらしく「あら」と漏らした。

 

「アンタって早起き出来るんだ。」

 

「まず謝るとかしねぇのか」

 

「ティナならまだしもアンタでしょ?無理無理。」

 

手を横に振りながらさり気なく巧の寝転がるベッドの隙間に小柄を活かして入り込んだ鈴音は巧が引き剥がす前に口を開いた。

 

「また雲なんてみてんの、こんな暗いのに、楽しい訳?」

 

巧の趣味は既に鈴音も知っている。

巧は引きはがそうと頭に伸ばした腕をピクリと止めた。

別に隠している訳では無いがなんだか気恥ずかしくなってきたのだ。

それでも引き剥がした巧は一旦趣味を終了させて鈴音を睨んだ。

 

「何しにきたんだよ。」

 

「早起きして暇だったのよ。流石にティナを起こすのは可哀想だったからアンタのとこに来たの。感謝してよね。」

 

「するかよバーカ。」

 

憎まれ口を叩き合う2人は凸凹なようでマッチしているように見えた。

暗い蒼が段々と赤くなっていく。

一同の起きる普段よりも大分早起きをした2人の語り合いは起床まで続いた。

 

 

ーー

なのはは束と繋がっているお陰でだれよりも早く束からの連絡を貰った。

指定された場所は以前にも指定された郊外の公園だ。

束が買い取ったという私有地だがなのはは脳裏に一抹の不安を入れていた。

 

「あそこ狭いからな。」

 

呟くような台詞はここにはいない束に対して。

出来るだけ人目を避けたい事態だ。 束は間違いなくあの管理人室を集合場所に使うつもりだろうがあそこはスペース的に無理がある。

今回行われる会合の参加人数は最低でも前回以上。

 

立ち上げ人である束と催促した千冬。 そこに異世界人である巧となのはは外せない。 それから異世界の要素を目撃したこの世界の住民達の中でも一番深く関わっているセシリアと一夏。 更には未だ束の連絡からは無いが最近になって自分たちに協力することになったテスタロッサ家族が入るとなるととてもでは無いが狭すぎる。

 

「鈴ちゃんや箒ちゃんも入るとしたら絶対に余るな。」

 

心配事は空に溶けていく。

 

なのはの考え通りに束はそのメールの数日後に各メンバーに向け指定場所と開始時刻を記したメールを送った。

三者三様の言葉通り其々は驚きやある程度の共通認識は解しても別々の反応を抱いていた。

 

 

ーー

いつも通りの時間にいつも通りの目覚めをしたセシリアはいつも通りパソコンを開いた。

会社や家事情、更に集めさせた父の情報を知るための日課だ。

そこに束からのメールが届いていた。

教えたつもりの無いパソコンのアドレスを何故束が知っているのかとは思ったが別段隠そうと努力していたわけでは無い。 その程度の備えならあの天災は容易く知り得るということなのだろう。

然程感慨なく開いたメールの内容は簡潔で恐らく100文字もないだろう。 セシリア個人に対してか単にそれを指すもの全てなのかは不明だが余程面倒くさがったらしい。

まあいいとセシリアは早急にその話題を消した。

こちらは情報が手に入ればそれで良いのだ。

 

サラリと琥珀の髪を静かにかきあげる。

いつも通りにその日を終えた。

 

ーー

話しかけてきたのは箒だった。

日本人らしい黒髪を後ろで束ねて凛というのが相応しい佇まいにセシリアもまた微笑みを浮かべながら応対する。

 

「日曜の予定は聞いたか。」

 

唐突に抽象的に聞かれた内容はしかし直ぐに何を指しているのか理解できた。

彼女も呼ばれていたらしい。

どうやら大会の日だけでは無く対抗戦の際に関わった者も束は招待するようだ。

頷くと箒はそうかとして次にその綺麗な黒髪を軽く弄りながら呟く。

 

「あの人は何時も急だ。」

 

文句にも聞こえる箒の独り言だが彼女にとっては今までの束の人となりを知っているためどちらかと言えば諦めに似た達観で言っている。

ただ2人の関係性を深くは知らない者には不仲の単語が浮かんできてしまう。

セシリアはその観察眼でその種類の違いを見分け敢えて口に出すことはしなかった。

 

「一夏も聞いているらしい、鈴はどうだ。」

 

大会の日に関しては何も知らない箒はあくまでもアリゲーターオルフェノク襲撃の件に関して言う。

 

「恐らく伝えられている筈ですわ。」

 

尋ねてはいないがあの場に居た者はまず招待させられるだろうとセシリアは見ていた。

 

「そうか……そうか。」

 

そんな箒に思うところがなかったわけでは無いがセシリアはそうですかと返して箒と別れた。

自分が長年追い求めていた事の一つの手がかりまで残り二日に差し迫っていた。

 

 

ーー

母親譲りのバイオレット。

 

世界でも珍しい紫目のシャルロットはその鮮やかさが引き立つ容姿をしていた。 金色の髪は太陽でも蛍光灯でも照らされた光に際立ちまるで本物の黄金を連想させる。 そんな彼女の美しさが際立っていたのはなんとも奇妙だが男装時だろう。

 

人は儚いものに愛おしさと美を感じる。

 

シャルル・デュノアの姿はシャルロットの持つ『中性的』というコンディションが線の細い美少年という形となり最も美しく人にうつさせていた。

ひた隠しにしていた性別という秘密が予期せぬ形でIS学園の生徒達に男女では分類出来ない絶妙な魅力を抱かせていた。

 

人は珍しい方を有り難がる。

 

シャルロットが劣っているわけではない。 そもそも本人だ。

それほどまでにシャルルの持ち味は希少度が高かったのである。

計画事態は稚拙とはいえシャルロットに仕込ませた男性としての立ち振る舞い自体のレヴェルは高かった事もありそれを含めたシャルルの魅力はさながら有名絵画の如く生徒達の目を潤し続けた。 つい昨日までは。

 

今シャルロットの服装は制服。 IS学園指定の改造可能の制服である。 スカート丈を上下に調節させるだけの者もいれば鈴音のように上半身にも一癖を加える領域まで許容された自由度は最早コスプレの部類だ。

その点シャルロットの制服に施されたモノは地味なものだった。

そもそもシャルロットは母の料理のような素朴な味付けの服装が好みだ。

シャルルの時に着ていた男性用の制服も女子校だという事を鑑みれば大幅な改造になるのだがそれは仕方のない事。 事実スカートをズボンにした以外の改造はおこなっていない。

この学園においての自由度から見ればシャルロットの理想通り充分目立たない素朴なものであった。 しかしやはりそれでも常識が覆る衝撃は強いもんだ。

 

学校再開のSHRにシャルロット・デュノアとして教卓の前に立った彼女の女としての名を空間ディスプレイが映し出した。

シャルロットが笑う。

中性的ながら性別がはっきりした事で以前までのミステリアスさが消えた女の子らしい可愛いらしい笑みだった。

 

「シャルロット・デュノアです。改めましてよろしくお願いします。」

 

「えーっと、デュノアくんはデュノアさんでした。」

 

学生の噂は速い。 その日中にシャルロットの事実は学園中に広がった。

 

ザワザワと廊下を歩くシャルロットに視線とひそひそ話が刺さる。

覚悟はしていたが放課後になっても未だ落ち着かない騒ぎに多少タジタジになっていたシャルロットは今現在隣を歩く同じく金髪で光線をしなり光らせるセシリアに目を向けた。

例年以上の注目とさまざまな評価を受けるシャルロットを見兼ねたセシリアが色々と反響の大きいシャルロットを見守る意味を込めて登下校を共にすることを申し出たのだ。

 

「ありがとう。オルコットさん。」

 

感謝を表すシャルロット。

最初は時間とともに一向に減らない人の壁に見飽きていた彼女は迷惑がかかるからと断ってセシリアもその場で引き下がった。 しかしその後の下校中ふと今までと比べて人の数が少ないと不思議に思い振り向くと自分の直ぐ後ろについて来ていたセシリアが微笑んでいたのだ。

シャルロット視点ではセシリアの温和な笑みしか見えなかったため分からなかったがセシリアは実は彼女に気づかれる前に下校時を狙って今まで身分詐称をしていた謂わば犯罪者とも言えるシャルロットに近づこうとした生徒たちをその温和を見せる笑みを威圧に変えて威嚇し追っ払っていたのである。

思っていた以下の人口密度の低さに人受けの良い笑顔の二つの要素もありシャルロットはセシリアをアッサリ隣に許した。

 

「オルコットさんは、なんか…ないの?」

「あの…ぼくぅ……わたしの性別について。」

 

「不審を抱かなかった訳ではありませんもの。」

 

やはりバレる人にはバレていたかと苦笑する。 しかしそれについて言及することは無い。 元より稚拙なものであったことは自分自身も分かってはいた。

問題はそれを踏まえて自分がその計画を決行したという事。

精神的に正常では無かったとはいえそれはセシリアの知るところでは無い。

それでも目の前の英国淑女は美笑を湛えて当たり前のように答えてみせた。

 

「人生なんて思いもよらぬ事ばかりですもの、そうしょっちゅう目くじらを立てるのはナンセンスですわ。」

 

驚いたシャルロットの歩みが一瞬止まりそうになる。

肩を並べて進んでいたシャルロットの姿が後ろへ消えてしまう形となったがセシリアは目線を寮に向けられていたため気づかなかったのか構わず言う。

 

「デュノアさんは良い方ですわ。シャルルでもシャルロットでもあなたは大事なお友達でしてよ。」

 

今度こそピタリとシャルロットの足が止まってしまった。

セシリアはそれに対応して静かに歩みを終え、しかし後ろは振り向かない。

 

小さく啜るような後にシャルロットが隣に並んだ。

 

「名前で呼んでいい?」

 

美しい紫目と整った目尻の所為で直前に指で慌てて擦った乱れた跡が見て取れる。

 

「私もよろしいかしら?シャルロットさん。」

 

シャルロットはコクリと強く頷いた。

 

「ありがとうセシリア。」

 

 

ーー

「やはりシャルロットさんは存じていらっしゃいませんでしたわね。」

 

何気なく聞いた日曜の予定日に空白で答えた彼女を思い出しセシリアは独りごちる。

やはり束が招待するのは最低でもオルフェノクかガジェットドローンを目撃している人間らしい。

シャルロットは入らない。 同上の理由でラウラにも恐らく届いてはいないだろう。

縁あって知り合いその後のトラブルにも何かと気にかけていた二人にこれ以上の面倒ごとが無いということにセシリアは取り敢えず安堵した。

 

ラウラはあの後無事に登校した。

心配をよそに元気を見せた彼女はなんならば前よりもクラスに馴染んでいたようでもあった。

しかし同じく登校してラウラと同じく教卓に立ったシャルロットは未だに心配が残る。

同じトラブルでもラウラの『VTシステム』と『シャルル』は種類が全く違う。

片やドイツ軍お抱えの人間の専用機に国際法違反のシステムを搭載。 搭乗者が一時意識不明の重体に陥ったラウラと、片や今や世界で最もデリケートな場所と言っても過言ではないIS学園によりにもよって身分詐称で近づいたシャルロットでは周囲の人間の評価はまるで違うのだ。

 

「被害者と加害者……」

 

一人きりの自室で呟くセシリア。

言い方は悪いがそれだけの差が2人にはあるとセシリアは断言していた。

ラウラに関しては元の人付き合いもそこまで悪くは無かった事もあり比較的波風は立たないだろうと思っていたがシャルロットは別。 シャルルの好感度自体は寧ろ寡黙だったラウラより有るだろうがそれらの好感度を帳消しにしてしまうのがシャルロットのしてきた事だ。

不信感は募るだろう、特に1組の面々からすれば数週間分騙されていた事になるのだから。

級友達の心はもっと広いと信じているセシリアでも教師の目から外れたシャルロットを見捨てるのは躊躇われた。

 

正義感では無い。

セシリアからすればシャルロットのした事は立派な悪い事であるし、それでシャルロットを責める事も嫌いであった。

シャルロットを助けたそれ自体も正しい事かどうかはセシリアにはどうでもよかった。

ただ両親の教えの通り自分がやりたい事を貫いただけであった。

 

セシリアはカレンダーを見て再度1人きりの部屋で呟く。

 

「一夏さんや箒さんにも聞いておかなければなりませんわね。」

 

別に2人が束に招待されたか自体はどうでもよかったが何となくこれからの1週間が暇であった。

 

 

ーー

パチリと開かれる瞼。 血行が戻っていき尚のこと白かった肌が活気を取り戻していく。 今は暗い空のもう少し先の色と同じ蒼い瞳は今日は何時もよりくろかった。

あの日より幾つか産まれたセシリアの()

セシリアとしての顔と社長としての顔とオルコット家当主としての顔とイギリスの代表候補生の顔。 それぞれの優先順位が違う彼女達は多重人格とも違うセシリア・オルコットの感情達であった。

それらは何時も同じセシリアの顔のため特に見分けはつかないが復讐者としての顔の違いは目つきに僅かばかりに現れる。

直感の鋭い鈴音をして「なんか怖い」とだけ言わしめた微細さだがセシリアはホークオルフェノクに対して意識を向けている瞬間だけあの慈愛を抱いた蒼を濁らせる。

両親に褒められた綺麗な瞳を黒くしながらセシリアは着替えた。

 

規律立ったセシリアの見せるイレギュラーは少ないためよく目立つ。

今回は机の引き出しから取り出した外出許可証だ。

思えばこの学園から正式に外へ出たことと言えばこれが初めてでは無いだろうか。 予め記しておいた書類を提出前にもう一度見直す。 基本的に後のことは気にしないタイプではあるセシリアだが今回は父に関しての事なため念を入れた。

やがて異常がない事を認めたセシリアは書類を綺麗に手提げ鞄に入れた。 休日外出の為にチェルシーから酸っぱく言われて用意させた渾身の普段着はセシリアの魅力を最大限に引き出していた。

集合まではまだ時間が有り余っているが今の彼女は待っている気分では無かった。

夜更かしをしていた同居人の熟睡を妨げないように静かに優雅に発ったセシリアは学校の事務室にしては早起きなIS学園の事務室へ向かった。

 

 

ーー

雲の流れ。

 

巧にとっては時間も忘れる珠玉の瞬間。

 

この世界で初めての友人である鈴音はお気に召さなかった。

 

「退屈退屈〜」

 

「静かにしろよ。」

 

鈴音も声は抑えているのだがやはりこの静寂では響く。

未だ寝静まった空間を壊すのは何かと面倒ごとが起きそうな為巧はギロリと鈴音を睨む。

普段は真向から噛み付くのだが流石に鈴音も負い目に感じてはいるのかその一言で黙り込みそして。

 

「寝るな、狭いんだよ。」

 

未だに隣に密着してベッドに入り込んでいる鈴音の頭を鷲掴みどかそうとする。

小柄ながらも爪でも立てているのか微動だにしない鈴音は寧ろくっつく。

セシリアに比べれば幼児体型な鈴音だがそれでも細身でスラリとした体型はれっきとした女子のものだし巧とて健全な男子だ。

一夏のように煩悩を持ちながらも変なところで悟りを共存させた結果での朴念仁ならいざ知らず。

美少女と同じベッドに横たわるシュチュエーションは普通なら動揺して然るべきなのだがいかんせん巧と鈴音の関係は違う意味で親密になり過ぎた。

 

真理以上かもしれない親密な関係は密度というよりは種類を超越していた。

真理の時には少なからず感じていた異性としての感覚も鈴音を前にはまるで感じない。

まるで猫を或いは犬を相手にしているような素っ気なさをお互いが抱いていた。

そこら辺に関しては割とうぶな鈴音も異性である巧に密着しても特になにも思わない。 ただ雲見が楽しくない今退屈しのぎになにより二度寝がしたいためその場を動かない。

 

「だったら自分の部屋に戻れよ。」

 

「いや、なんかもう一歩でも歩くと目が覚める。寝させて。」

 

より深く毛布に入り込み丸くなる鈴音にもう諦めたのか巧はアイアンクローを取りやめた。 しかし切り上げたのは雲眺めの方でもあった。 ベッドを降りた巧は気になって見上げる鈴音にいつものようにぶっきらぼうに言った。

 

「退屈なんだったら今から出かけるか。」

 

鈴音は少し猫のように身体を伸ばした後で頷いた。

 

 

ーー本土行きモノレール乗り場

 

真夏真っ盛りなIS学園の環境が巧は嫌いであった。 極度の猫舌は不快指数にも影響があるらしい。

唯でさえ熱い日照りに潮風のせいでベタつく気候は朝でも嫌だったのだ。

逆にうんざりした巧の横で楽しそうに無駄にリアクションの大きい動きで跳ねる鈴音は寧ろこの気温を楽しんでいるようである。

はしゃぐ鈴音と気怠げな巧はIS学園の門に進む。

巧はなんとなしに門の管理人室を覗いた。

以前は存在していなかった外部からの警備員の男性が鈴音と巧の2人分の外出許可届けを確認して2人の外出を認めた。

軽く会釈をした後上を見る。 やはり監視カメラは動いていた。

あの日限りの奇妙な日常を思い出しながら駅へと足を進める。 ここから先はあの時と同じく日常の見慣れた光景が続いている。

変わらない平穏になんとなくの居心地の良さを感じた巧はチラリと鈴音を見る。

 

異界の人間である巧にとってこの世界は平常や異常に問わず実に違和感のあるものであった。 目に見える全てが絵画に出来たシミのような不調和音に見えその中にいる自分はとても歪なものに思えてくる。 もしかしたらシミなのは自分の方なのかも知れない。 ここ数ヶ月前まで巧は日曜には必ず外出して朝から夜までオートバジンで地形の探索に赴いていたが今思えばアレは少しでもかつての懐かしい感覚に触れていたかっただけなのかもしれない。

 

横目で自分の視線に気づかない鈴音は他の景色に比べて非常に馴染む。

最初こそ他のシミと同じく自分とは相容れない水と油のような感覚を覚えていたのにも関わらず今こうして一緒に連れ立って歩いている様は今までの生活の何よりも合っているようである。

そして横目によりいち早く彼女の到来に気づけた巧はもう1人の安らぎの存在である筈なのだがお互いのわだかまり的に素直に喜びをあらわに出来ずに結果少し不躾に話しかけた。

 

「よう。」

 

仄かな潮風が綺麗な髪を揺らす。

豊かな微笑みを向けられた。

 

細められた青い瞳は少し黒かった。

 

 

ーー

相変わらずスカスカなスペースに停められた銀色のバイクは主人の帰還に喜んでいるのか誰も操作していないのにヘッドライトをチカチカと光らせた。

 

「あ、ばか。」

 

驚き声を上げる鈴音に慌てて周りを見渡し人が居ない事を確認した巧はオートバジンのタンク部分を軽く蹴飛ばした。

 

「なによそれ。」

 

「なんでもねぇよ。」

 

「なんでもないことないでしょう。なんで1人でに動いてんのよ。」

 

「バイクも動きたい気分なんだよ。」

 

無理矢理押し通した巧はオートバジンにキーを差し込もうとして、一歩引いた位置にいるセシリアを見た。

あれから社交性のある鈴音のお陰でモノレール内では会話の循環に事欠かなかったが巧とセシリア自身はまだ駅での一言以降何一つ口をきいていない。

セシリアは相変わらず2人のやり取りを微笑ましげに見ている。

 

「なあ、お前も結構早く起きてきたけどこの後どっかに寄んのか?」

 

指定された時間まではまだ早い。

郊外の場所である事を差し引いてもかなり間がある。 事実一夏はまだ眠っている。

セシリアは恐らくまだ朝食はとっていないだろうがそれでも暇な時間は正直無駄に思えた。 完璧超人のセシリアらしからぬと思い尋ねたのたがセシリアは思いもよらぬ答えを出してきた。

 

「いえ、今からでしたら丁度着く計算ですの。」

 

頭にハテナを浮かべる巧とこちらも小首を傾げる鈴音。 はて、自分達はオートバジンを使うためかなり余裕が生まれる。 そうでなくともバス亭も途中までではあるがキチンと公共交通の便もある程度あり余裕があり過ぎるからだ。 そんな2人にセシリアは説明した。

 

「いえ、実は走っていこうかと思っていますの。」

 

 

「はあ?」っとなる2人は暫し思考が追いつかなかった。

 

「走るって…軽く20キロはあんだぞ。」

 

「大した距離じゃ有りませんわ、その程度でしたら1時間もあればお釣りが来ますもの。」

 

「アンタ本気で言ってんの?……その、」

 

目を落とす鈴音。 私服であるセシリアの格好は正に改造した制服をそのまま普段着にしたようなものであった。

純白のロングスカートはスラリとした脚を膝下まで隠しておりとてもこれから膝を振り上げて疾走する人物とは思えないほど上品に彼女を飾っている。

なにより鈴音の目線は下に向いていた。

 

「それに、ヒールじゃん。」

 

高級そうな下品ではない程度のオシャレな靴は高くは無いが確かにセシリアの踵を上げていた。

 

「アンタそれで走ったら50メートルしないうちに後悔するわよ。」

 

「キャリアウーマンの方は汗水流していらっしゃいますわ。」

 

「OLはべつに長距離走なんて走んないから。」

 

鈴音のツッコミもセシリアは軽く流し、

 

「では、朝食をとってからこなれてから出かけますわ。お二人共、スピードは出し過ぎないようになさってね。」

 

駐車場から出て行った。 交通量の少ない中ヒール特有の足音が響く。

無言でそれを見送る2人。

どこか唖然という感じでやがて目を合わせた。

 

「マジで走ってくると思うか?」

 

巧が口を開いた。 鈴音がまさかと笑った。

 

「確かに履き慣れてるみたいだけど……ホントにヒールって走るもんじゃ無いわよ。」

 

「走った事あんのか。」

 

巧の問いに鈴音は己の実体験を引き出した。

 

「中学ん時マセてお母さんの昔のヒール履いて遊んだ。」

 

十中八九、一夏に異性として見てもらおうと思ったのだろうと巧は確信した。

 

「どうなった。」

 

「二、三歩でぐねって顔面からアスファルトに転んだ。」

 

「馬鹿だろ。」

 

「バカだったわね私。」

 

はっきり言う巧とはっきり認める鈴音。

 

 

『ピロロロロ』

 

「ほらコイツも馬鹿だってよ。」

 

「うるさいわね、わかt…ってやっぱ喋ってんじゃねぇかソレ⁉︎」

 

「あ、やべっ…」

 

静寂な屋根付きの駐車場によく響いた。

 

 

 

 

 

ーーおまけーー

 

「レイハさんとバジンたん」

 

レイハさんはバジンたんが好きです。

バジンたんもレイハさんの事が好きです。

 

この…二体?二機?二台?取り敢えず人間らしく二人と呼びましょう。

 

この二人の馴れ初めは割と早いものでバジンたんのご主人様であるたっくんが彼をIS学園行きのモノレール駅にある立体式の駐車場に停めた事が始まりです。

そう、つまり転入生待遇でレイハさんのご主人様のなのはさんがたっくんにモノレール駅で話しかけていた頃にはもう二人は離れた位置で互いに知り合っていたのです。

 

それは異世界旅行で備わった2人の魔法みたいなものだったのかも知れません。

 

レイハさんは彼女単体では魔法の行使は出来ません。 そういう機能はレイハさんには無いからです。

しかしこの世界に来てから、正確にはバジンたんに会ってからレイハさんは彼にだけは離れた位置からでも彼と交信が出来るようになったのです。

それはとても短くレイハさんの内部フレームにも負担が掛かるものでしたがレイハさんは交信を続けました。

 

そしてバジンたんもかつては無かった魔法の受信機能を手に入れレイハさんとお話しをしました。

それがファイズフォンからのコード認識をするための機能と同じ部位が働いている事は分かりましたが何故そんな事になったのかは彼にも分かりません。

 

そんな分からない二人は不思議と惹かれ会ったのか彼等のお話は数日おきに一回だけ僅かな時間でしたが機械である彼等は非常に効率的に伝えたいことを伝え合いました。

そして元々高度なAIを持つ彼等はそれを繰り返しているうちに相手に人間でいうところの感情に似た認識をするようになりました。

 

二人の優秀な頭脳はそれを人間流に言えば「恋」に当たると結論づけました。

 

それから二人は互いにカップルとして付き合い始めました。

しかし所詮はメカである彼等に人間のような緻密で複雑な感情の起伏は再現されず。 結果としてそのやり取りと双方のパートナーに対しての認識を言語変換で表した内容は人間からすれば非常に単的で質素なものであります。

 

今日も二人はお互いに交信をしました。

話しかけるのは何時もレイハさんからです。

交信は彼女しか行えません。

 

「バジン君、巧様と鈴音様は貴方に乗って移動するのですか。」

 

バジンたんはピロロロと答えます。

 

「分かりました。」

 

レイハさんはどんな簡単なものでも一度終わった話題に執着しません。 直ぐに次の話をします。

 

「以前見させて頂いたバジン君の変形機構ですが、私なりに感想を用意してみました。」

 

ピロロロとバジンたんが聞かせてほしいと言います。

 

「かっこ良い。それから浪漫に溢れていると思います。」

 

バジンたんはお礼を言いました。 電子音に抑揚などはありません。 ただレイハさんには言語化した時の文字の羅列のような無機質なバジンたんの言葉が分かるだけです。

レイハさんも機械なので特に感慨なく進めます。

 

「また会いましょう。」

 

バジンたんも同じ返答をしました。

AI同士のお話は何時も事務的に終わります。

 

 

 

 

 

 




田中ジョージア州は昔母親のヒールで走ったことがあります。
変な筋肉使ってスっごく疲れました。
ありゃあ走るもんじゃねぇぜ……

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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36話 再び来たよ!公園だー!

や、やめろー やめてくれー
俺はカレー派なんだーーーーー

田中ジョージア州です。



なんだか俺って主役としての存在感が行ったり来たりしてると思う。

 

目を覚ました俺は先ず千冬姉が家から持ち込んでくれた数少ない備品の内の一つである置き時計を確認した。 デジタル式の数値は夜中でも見えるようにほんのりと寝つきの邪魔にならないレベルで光っていて読み取るのに苦労は掛からなかった。 というか支障どころかお日様がすっかりのぼって明るい。

 

……うん、遅いな。

 

いや、約束の時間にはかなり間があるんだよ? そこは勘違いしないで欲しい。

ただ何時も平日の規則正しい時間と比べれば遅いって意味な時刻はもし今日が休日でなければ今から朝食も抜きで走って校舎に行っても織斑先生の雷は絶対に避けられない数字を表示していた。

 

俺はうーんと布団の中で唸った。

自慢では無いが最近の俺は休日でも早起きをしていた。

理由は鍛錬。 わざわざ古風に言ってみたのは軽い拘りだ、まあ単なる文字数稼ぎだとでも思ってスルーしてくれ。

毎朝空が暗い内にランニングをする。 最初はキチンと先生に申告したのだが「理由が薄い」と断られてしまったため無断で走りに行っているのだ。

因みにこれも文字数稼ぎだがその先生からはもう一つ理由を言われた。

一般生徒が外出する時は部活なんかの長期的な理由がない限りその日の朝に当直の教師に許可を貰わなければならないらしいがそれが面倒だからだそうだ。

その先生自体は笑いながら冗談のように言っていたが俺にはなんだかそっちが本心のように思えた。

 

取り敢えず俺はそこらの学生より余程早起きであったのだが今日は普通の学生とおんなじような休みの起き方をしてしまったようだ。

横を見てみると同部屋のシャルは居ない。

あ、

 

「そういや一人部屋なんだったな。」

 

シャルルからシャルロットになった彼女に先生たちはかなり早急に俺との部屋割り変更を言い渡した。

今シャルはラウラと同じ部屋に居る。 何でも元々ラウラが偶然余っていたらしい。

シャルの話だと仲良くやっているらしい。

 

「今度部屋に遊びに行こうかな。」

 

なんだか急に寂しくなって来た俺は一人部屋の広さも有って自然とそう呟いた。

 

「私も同席して構わんか。」

 

良いけど…………………………………………………

……………………………………………………………………………………………(;0w0)ウェ?

 

「おいAAは嫌う人も居るから控えろ。」

 

「箒⁉︎」

 

なぜに?

どして?

なんでかは知らんがこの女子校生活でずっと欲しい欲しいと思っていた念願の一人部屋に音も無く忍び込んでいた箒は椅子に座り込み足を組んでいた。

どうでも良いが慌てている内心この仕草の似合い具合にまるで映画のワンシーンみたいだなぁとチョット見惚れていたのは内緒だ。

 

「昨日一緒に行こうと言ってきたのはお前だろ。」

 

そうだったと俺は思い出す。 それでわざわざ迎えに来て俺が起きるまで待っていてくれていたらしい。

……もしかしたら俺が寝過ごしている間もずっと待っていてくれていたのかもしれない。

眠っている俺を起こしたりせずにずっと待っていてくれていたとしたら、

 

暇なの?

 

「暇なの?」

 

「……」

 

箒は無言で何処からか取り出した竹刀を上段に構える。 スッとした立ち姿はあの日から真面目に頑張ってきたと分かる綺麗なものだった。

 

スパーン!!

 

「いっじぃぃぃぃ⁉︎」

 

痺れる痛さ!

思わずベッドから転がり落ちてのたうち回る俺の耳に冷静な声が聞こえた。

 

「目が覚めたか。」

 

おかげさまで…

やがて引かない痛みが何とか他の事に思考がまわるようになった所で箒はしずしずと部屋の扉を開けた。 外に出て行くようだった。

 

「どっか行くのか?」

 

ここまで待ってくれてた割にはアッサリ出て行くんだと思っていたが箒は相変わらず厳しい顔で言う。

 

「何処にも行けないからサッサと着替えて出て来い。」

 

そうして箒は扉を閉めた。

余りに淡々としていたので本当に出て行ってしまったのかと一瞬寂しくなったけど箒に限ってそんな薄情な事は無いだろう。

それでも俺は急かされたようにクローゼットから適当に見繕った服を着込み充電中だった携帯の残量を確認してそれもポッケに放り込む。 交通機関を使うため財布の中身を確認してそれもズボンに押し込む。

脱ぎ散らしたパジャマに一瞬尾が引かれた。 一人暮らしでかなりルーズな部分が出てきたからだった影響に一瞬ドアの方へ向かおうとしたが矢張りぐうたらはいけない。

キチンと畳んで取り敢えずベッドの上でよしとしよう。

 

「おまたせ。」

 

やっぱり待っていてくれていた箒はチラッとこちらを向いてから一言だけ行くぞと言った。

 

 

ーー公園

一足早く。 協力者として他のメンバーよりも束と密な関係を持つなのははそのためこの日は朝早く出発をした。

出来る事なら束に会ってスペースを考慮してもらうつもりだったが生憎日曜以外で外出の機会は無かった上ここ数日は束も通信機に応じずに完全に音信不通の状況が続いていたため当日しか無かった。

今更感はあるがなのはは一番早いバスの便よりも早くにタクシー配給を使用。 多少値は張ったがそのお陰でまだ誰も居ないうちに公園にたどり着いたなのはは駆け足で管理人室へと急いだ。

 

 

でっかい人参があった。

 

 

「……ナニコレ」

 

「珍百景。」

 

「束さん!」

 

後ろから聞こえた合いの手になのはが振り向くといつも通りのアリス装束に身を包んだ束がいつも以上にご機嫌になって立っていた。

 

「あの、何ですかアレ。」

 

なのははアレと巨大人参を指差す。

改めて見ると本当に巨大だ。

形としては人参を丁度ひっくり返した造形で円錐形になっており幅はこの割と広い広場の三分の一を埋めるほどで高さに至っては完全に辺りの木々を突き抜けている。

よくここまで来るのに気づかなかったなと思う。

 

「今日はなにかと大所帯だからねー。束さんも狭いの嫌だから外にしようかと思ったんだけどぉ…ほらっ最近暑いじゃん?」

 

その格好の方が暑苦しいと思ったが言わないでおいた。

 

「狭いのもいや、暑いのもいやでどうしようかなーって三日三晩悩んでたんだ。」

 

もっと他にやる事があると思ったが言わないでおいた。

 

「それで束さん思いついたんだ、新しく広くてクーラーも効いた建物を造ろうってね。」

 

なのはは改めて人参を見た。 正直なんで今の理由だけであんな物が出来たのか分からない。

 

「最初はさ、私も簡単にプレハブ小屋みたいに管理人室を増築するだけにしようと思ってたんだけど。ほら、私って平凡な物相手だとイマイチやる気が起きないんだよね。」

 

段々と話が見えてきた。

要するに当初は束ももっと現実味に乗っ取った解決策を作ろうと思っていたらしいがそこは発明家としての性か。 単に空調の効いた部屋一つ造るのにもこの天災はオリジナリティを凝らさなければ気が済まなかったらしい。

 

その結果がこの巨大人参ハウスだ。

 

(よくもまあこれだけ、)

 

ここまで無駄な物というのも無いだろう。 ようはスッゴく涼しいだけの建物だ。

通信に応じなかった理由も分かった。 創作活動に没頭し過ぎて気づかなかったのだろう。

ホクホクとした表情の束に色々と言いたい事が無かった訳ではないがなのはは取り敢えず好意的に受け止めることにした。

目下の不安要素であったスペースの問題はこれで解決した。 新たにいらん問題が浮上した感はあるが兎に角これで早起きしても間に合わないと思っていた問題は無くなった。

 

「入って入って、入って。」

 

「分かりました。」

 

余程人に見せびらかしたいらしい束は手で急かす。

もしかしたらその一心でこんなにデカくしたのかもしれない。

言われた通り巨大人参の側面のドアらしき所を開く。

玄関辺りだけだがどうやら内装はかなり作り込んであるらしく二階もあるらしい。 普段のどぎつい配色センスを目にしているなのははもしかしたら内壁の隅々まで明るい人参色で構成されているかと思ったが意外とそこら辺の感性は一般的らしく、明るくも優しい色合いはなのはも気に入った。

 

「いいじゃないですか。素敵です。それに涼しいですね。」

 

素直にそう漏らすなのはに束も嬉しそうな笑みを湛える。

 

「そうだ、キッチンもあるんだけどなのはちゃんって朝食食べた?」

 

かなり早い時刻に来たことに束も不審に思っていた。

 

「いいえ、急いで来たから食べてないです。」

 

「だったら食べていきなよ。なのはちゃんなにか作れる?」

 

「はい…って、私が作るんですか?」

 

「だって束さん料理作ったこと無いんだもん。」

 

いつしかなのはの顔にも笑顔が生まれていた。

直に他のメンバーが到着するまで2人の小さな笑い声が閑静な自然の中に陣取っていた。

 

 

ーー公園 集合時間

 

急遽建造された巨大人参型の集合場所。

総勢11人の男女がその一室。 大きな丸テーブルを取り囲んで向かい合っている。 他の一般家庭と変わらない内装と違いメカニカルな印象を受ける部屋であった。

今は全員が黙っている。 大体が巨大な人参のインパクトにまだ立ち直っていない。

先ず最初に口火を切る事になった束は少し不機嫌だった。

なのはも不思議がる急な変動はもう直ぐ知れる事になった。

 

「君。」

 

束が対面し合うメンバーのある一点を向いて言う。

その人物は飄々とそれに答えた。

 

「呼んだ覚え無いんだけど?」

 

それは楯無だった。

 

楯無は何時ものように扇子を開く。 珍しく無地だった。

 

「初めまして篠ノ之博士。私はIS学園で生徒会長をやっております更式楯無と申します。こちらの都合で身分は明かせませんが取り敢えずは日本国の使いとお思い下さい。」

 

何時もとは違う種類の読めなさに親しい一夏もギョッとする。

束は少し目を細めるだけで後は特に何も言わずに視線を外した。

 

「じゃあ始めるよ〜。」

 

打って変わりにぱーっと笑顔で呆気を取った束はなのはの不安に反して実に真面目に説明をこなした。

 

驚きだらけの情報の質。 それでも最初で最大の驚きはやはり来訪者たちの存在であった。

なのはと巧の正体を束は本当にアッサリと言ってのけた。

なのはがあっと漏らした。 巧が目を開いた。 千冬が頭を抱えた。

その次に驚くともつかない呆気に取られた一夏達の顔が束に映る。

 

(せめてもう少し段階積んでから話せば良いのに。)

 

言葉を見つけようもなく黙ってしまう一同を見てなのはが思う。 こうなった以上隠し立ては出来ない。

なのはは頭で情報と段取りを組み立てながら立ち上がって皆に話し出した。

 

 

兎にも角にも混乱。

最早混乱要件過ぎて一周回る程の密度を一夏は感じた。

 

束から切り出された突拍子のない話は当の本人であるなのはにより認められた。

乾巧と高町なのはは別世界からの人間だ。

 

「あり得なくはない話だ」

 

一夏はこれまでの数ヶ月を振り返った。

アリーナ強襲の灰色の怪人もそれを相手取ったなのはのあの魔法じみた力も巧の謎のパワードスーツも余りに異質だった。

異世界から来たものとすればその違和感も納得だった。

一夏は取り敢えず結論づけた。

 

異世界人。 うん、考えられる。

 

そう思うと不思議とその後のファンタジー小説の設定じみた情報もスルスルっと頭に入ってきた。

そして今なのはの説明は今この場で一番謎であった3人組に向けられていた。

 

「プレシア・テスタロッサです。」

 

「娘のアリシアです。」

 

「リニスです。家政婦のような者だと思ってください。」

 

口々にさぞ当たり前のように遅れなく自己紹介をする女性達は3人ともなのはと同じ異世界人らしい。

 

「私とリニスはそこのなのはちゃんと同じ魔法使いよ。私たちは魔導師とも呼んでいるわ。」

 

プレシアがゆとりのある笑みでそう言う。 プレシアの話ではアリシアも素質だけなら有るらしいが彼女は魔導師では無いそうだ。 なのは達の世界でも魔導師とは誰でもなれるものでは無いらしい。

 

「魔法って言ってもそんな大仰なものではないの。謂わば試験や資格のような身近なものよ。成れる人もいるけど落ちる人もいる程度。」

 

へー、と一夏がそう漏らす。 因みに今のプレシアの台詞は一夏の質問に対してのものだ。

すると何だかんだいって対応してみせる一夏に鈴音が呆れながら毒づいた。

 

「アンタって本当に可笑しい奴ね。」

 

「なんだよ。」

 

「可笑しいから可笑しいってんのよ。文句ないでしょ。」

 

「それだけじゃ人間納得しないだろ。」

 

いつしか丸テーブルの空間は最初とはまるで違う穏やかなムードが流れていた。

それを確認しなのはは一先ず胸をなでおろす。 突拍子も無い内容なら寧ろ少し場違いなくらい和やかなくらいが丁度いいかもしれない。

一息置いてからなのはは束にそれとなくバトンを託した。 これから先は自分では上手く説明できない。

束はそれに明るい笑顔で受け止める。 開始からちっとも変わらない図太さになのはは返って感心した。

変わらない束でも次の話題は一同を緊張に戻した。

 

「それで敵の正体だけどね。」

 

なに、と千冬が漏らした。

 

「待て。」

 

すかさず待ったをかけた千冬は束に問いただす。

 

「今更お前の生合成の無い滅茶苦茶な説明に文句を付ける気は無いが、それでも言わせろ。敵とは何だ。」

 

それは一夏たちも同じであった。

今までの数ヶ月でここにいる人間は其々命の危険に瀕した経験がありそれらは全て異世界からの来訪者達が要因だと分かっている。

しかしそれでもこうして明確に()と言われては緊張もしてしまうのが道理であった。

思考停止とまでは言わないがそれでも言葉を詰まらせるくらいのインパクトをその言葉は秘めていた。

知ってか知らずか束は間の抜けた声でうんと頷く。

 

「先ずこの話をするには白騎士事件まで遡る必要があるんだけど。」

 

にわかに千冬の眉が釣り上げられる。 驚きの顔だ。

 

「あれの首謀者が私とちーちゃんだった事はみんなも知ってるかもしれないけど。」

 

「えぇ⁉︎あれ千冬姉なのか!」

 

一夏がガタリと立ち上がるが横の箒に無理矢理席に着かされる。 箒を始め大体の候補生達はその可能性を考えていたらしく驚いたりはしたものの一夏のようにわざわざ席を立つ程ではなく皆黙っている。

 

「まず最初にね。」

 

束は相手に説明するという事は不得手だ。 しかし今回はその元来の他人への淡白さが事務的な説明の仕方として発現し特に誤解という行き違いも生まれなかった。

無論だからといって内容のインパクトまで薄めるものではなかったが。

 

「なに、」

 

千冬の瞳が細められる。

明らかに笑ってはいない千冬の目に束はチョット身を引いた。

千冬が低く言う。

 

「何故言わなかった」

 

白騎士事件以後の事は本当に些細しか聞いてはいなかったが千冬の優秀な頭脳はそれだけでもじぶんが10年間もの間親友の足枷となっていた事実に辿り着くには充分だった。

 

「あー…そのー…」

 

「何故言わなかった。」

 

言い淀む束に千冬の語気が強まる。 シンとなる丸テーブルの空間に一夏が慌てて待ったをかけた。

 

「ち、千冬姉。落ち着こうって、な?」

 

ジロリと。

反論は聞こえず、代わりに射殺すような視線を食らう。

うっとなる一夏はすっかり黙ってしまう。

普段の教員生活では決して見せない表情は一夏の口を噤ませるのに十二分だったのである。

 

「まあいいじゃない千冬さん。」

 

初対面ということで先程より柔らかくなっても鋭い目つきにもプレシアはマイペースに千冬を宥めた。

 

「束ちゃんは貴方の事を守りたかったのよ。それで充分じゃない。」

 

黙ったままの千冬は表情を変えないままだ。

 

「それにもう隠し事はしないから。ね、束ちゃん。」

 

最後にウィンクで束に振ったプレシアはそのまま満足げに椅子に座った。

えっとなる束に再び無言の千冬が目を向ける。

しかし今度は睨んではいない。 ただ黒い瞳が束を映していた。

2人は暫し2人だけの空間を作っておりその間はなのは達ですら立ち入りを自制した。

やがて束が口を開く。 それは今まで箒も数度と見たことがない真摯なものだった。

 

「ごめんね。」

 

今までひたすらに隠し騙してきたことに謝罪。

短いだけの文体に千冬の心を動かすものがあったのか果たして千冬は静かに呟いた。

 

「ありがとう。」

 

10年もの間ずっと自分を見守っていたことに感謝。

目を丸くする束はだが瞬間必至にその頭脳をフル回転させその真意を結論づけた。

 

恐らくの余地もなく感謝の類の発言はとても心地の良いものであった。

束は少しの至福の後しかし次の議題に移った。

まだ話すべきことは残っている。

目を少し向ければ蒼が会合開始から変わらぬテンションでこちらを見ている。

まるで今までの情報は全て眼中にないとでも言うように全くのノーリアクションであったセシリア。

普段は要領の良さから隠されていた復讐者としての一面に初めてその片鱗を見る箒も戸惑っている。

 

「それで次は敵の戦力…取り敢えず今分かっているのはアリーナを襲ったそら豆ロボットと灰色の怪人の事だけど。」

 

セシリアの表情が変わる。

セシリアだけではない。 ここに居る学園関係者にとってあの日の事と彼らの事は今でも強烈な記憶だ。

更に高まる緊張感に束も真面目さが増していき。そして、

 

「じゃあそうだな…こっからは乾くんに説明してもらおうか。」

 

「あ?」

 

ライダー、バトンタッチ!

 

「いや、オルフェノクの事だけで良いから。なのはちゃんもお願いできる?」

 

「ガジェットドローンですね?分かりました。」

 

頷くなのはに仕方なく巧も了承した。

漸く歯車が噛み合い始めたのだった。

 

 

ーー

帰路へ着く一夏は巧から聞かされたオルフェノクの話を思い出していた。

 

「死んだ人って蘇るもんなのかな。」

 

行きしと同じく隣を歩く箒は少しの後に言った。

 

「別の世界の常識なんぞ知らん。」

 

そうだよなと一夏も返す。

なのはの話してくれたガジェットドローンという無人機や魔法の存在も驚いたがこちらは二つとも一夏はあのアリーナの戦いで見ている。

当時から魔法みたいだと連想したなのはのバリアジャケットや砲撃を目にしていた一夏には改めて魔法について説明されても「言われてみればそうか」と納得することが出来た。

予想がついたからだ。

しかしオルフェノクについてはそうではない。

オルフェノクは一夏にとって最初から謎の生物であった。 予め予想してもピンと来るものなんて浮かばなかった。

ましてや人間が正体だと言われた時には本当に頭を叩かれたような衝撃を覚えた。

帰り道の暇を利用して考えてみても答えなんてついぞ生まれなかった。

 

「トーナメント、」

 

え、と一夏が言う。 箒はすっかり紅くなった夕焼けを見上げながら続ける。

 

「いやトーナメント。中止になってしまったな。」

 

「ああ、」

 

そういえばと一夏の関心がオルフェノクからクローズアウトされる。

ラウラのVTシステムの件であれからトーナメントは一切を禁止されてしまった。

優勝目前まで迫っていた一夏と簪のペアも直前までラウラのシールドエネルギーが残っていた事でノーカンとなってしまい一夏も人並みに残念がったが今こうして改めて言われると思い出すくらい時は流れていた。

 

「アレの優勝商品、そういえばお前は知っているか?」

 

急な話にハテナを浮かべながらも首を振る一夏に箒は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

 

「優勝したペアにはお前と付き合う権利が与えられるらしい。」

 

「は?」

 

間抜けな声が隣から漏れる。

一夏の表情は正に鳩が豆鉄砲そのものであった。

思わず口元を右手で隠す箒に一夏は漸く声を漏らす。

 

 

 

「買い物か?」

 

 

 

「ばかかお前。」

 

箒の右手は今度は頭を抑えた。

 

 

ーー公園

 

既に夕日は暗みを帯び始めている。 後1時間もしないうちに辺りは闇に包まれるだろう。

既に交通機関を通じてここへ訪れた者たちはそれぞれ帰って行った。

ここに残っているのは2人だけ。

公園前に停めてあったオートバジンの側で立つ巧は自分用とは別に後部座席用のヘルメットを投げ渡した。

 

「いいんですの?」

 

もう1人。 セシリアはすっかり普段の蒼の瞳で鈴音が買ってきたヘルメットを見る。

 

「だってあいつが帰っちまったんだから仕方ねぇだろ。俺だけバイクで帰んのも悪りぃし。」

 

巧の後ろで公園にやって来た鈴音は帰りはどういうわけか1人で帰っていってしまった。

それは最近ぎこちない2人の仲を取り持つつもりで行った気遣いだったが今2人は正に気まずい感じになってしまっている。

 

「巧くん。あなたにだけは話しておきますわ。」

 

口火を切るセシリアの表情は何も変わらない。

 

「あの駅前であなたが見た鷹のオルフェノクは私の父です。」

 

不意に吹いた風の音がやけにうるさく感じた。 黙っていたままだった巧がヘルメットを弄りながら答えた。

 

「そうか」

 

セシリアは続けて言った。

 

「父は私が幼少の頃に母と共に寝台列車にて旅行へ行き、その夜列車は事故を起こしました。」

 

その時にオルフェノクに覚醒したのだと巧は思った。

 

「その三日後の夜に父は私の目の前に現れました。 衣類はボロボロでしたが紛れもなく父の姿でした。」

 

「安心する私が母の安否を聴くと父は残念そうに私の両の手に灰を手渡したのです。」

 

オルフェノク達が行う使徒再生というものだった。 セシリアも母の死を感覚的に知った。

 

「その後に私は羽を広げる父の姿を見ました。」

 

父は生前空を悠々自適に舞う鷹の姿に切望していた。 死んだ事で漸く父は夢を叶えたのだとセシリアは語った。

夢という単語に巧は視線を向ける事で反応を示した。

 

風が広い公園の間を通り抜ける。

生暖かい空気が肌を触った。

 

巧はヘルメットを弄るのを辞めた。

 

「巧くん。もしよければで構いませんわ。」

 

セシリアの目線はオートバジンの後部に取り付けられたアタッシュケースに向けられていた。

 

「そのベルトを私に使わせてくれませんこと。」

 

蒼い瞳が力を込める。

セシリアの懇願に巧はしばらく黙っていたがやがておもむろに後部のアタッシュケースをセシリアに投げ渡した。

ヘルメットで塞がったままでも軽く受け止めてみせたセシリアは無言で巧を見た。

 

「変身してみろ。できたらくれてやる。」

 

巧は特にファイズに固執してはいない。

セシリアは一旦鈴音のヘルメットを巧に預けてからアタッシュケースを開きベルトとファイズフォンを取り出した。

巧のサイズに合わされたベルトを括れた腰に合わせたセシリアは以前一度だけハイパーセンサー越しに見た指先の動きからファイズフォンにコードを入力する。

 

《Standing by》

 

電子音が鳴り待機音が繰り返される。

そしてベルトの窪みが上を向いていることを確認したセシリアはまるで長年連れ添ったブルー・ティアーズの展開のようにスムーズにベルトへ差し込み、倒した。

入力されたコードがファイズフォンに命令を与え最後の起動キーとなる。

そのキーをベルトに直接差し込むことでファイズは変身を完了するのだ。

 

《Error》

 

跳ね上がる。

真理やほかの非資格者と同じようにその軽い体が宙に浮く。

フワッと、以前見せたISでの10センチ着地と同じような軽やかな着地を生身で披露したセシリアはしかし失敗したという事実を地面に落ちたファイズドライバーが示していた。

ベルトを取り上げアタッシュケースに入れた巧は再びオートバジンに備え付けた。

 

「乗れ。」

 

ヘルメットをもう一度投げ渡して言った。

 

素直に後部へ跨がったセシリアを確認しながら巧は黙ってオートバジンを走らせた。

 




巨大人参は後日ちゃんと撤去されました。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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37話 楯無「でーばんーがー。へ、り、ま、し、たぁー♪」

寒くなって参りました。
厚着よりも薄着を重ね着した方が体温調節がしやすいですぞ!
とクローゼットを開いてみたら去年羽織った上着がピチピチになっていました……

結局冬用のダウンジャケットを着込んで出かけた田中ジョージア州です。


月曜に嫌なものを感じる人間は多種多様だがそういうものの理由は大抵は休日明けという状態からきている。

つい昨日までぬくぬくと楽しく過ごしていたのに今日からまた神経研ぎ澄ませて仕事に勤しまなければならないのだ。

無論仕事が生きがいとなっている人だっているが大体の人間は休息の方を惜しむ。 人生における仕事と休憩の絶対数の違いから引き起こされる不慣れへの憧れとも言えようソレに影響を受ける人間は多い。

 

そしてその月曜を迎えたなのはは特にそんな別段ジンクスじみていないジンクスなどどこ吹く風か。 至って普通に日々の授業に熱意を向けていた。

 

もう既に先のトーナメント編で露呈されたことだがなのはのISに関する腕は最低と言っても良いものである。

それが異世界という要素なのかそれとも只の体質なのか彼女には分からないが兎に角今のなのはにあるのは学業への熱意だった。

力が無ければ知識で補うと言うようになのはの学勉への想いは強く夏季に行われた学年対象のテスト結果ではその名前を上位に食い込ませる事で示している。

それでもたまの実技となるとスッカリ劣等生になってしまうことはそれなりの悩みであったがなのははこの忙しない詰め込みに一種の充実感を抱いていた。

 

隣の席が今現在の国内の操縦者でも屈指の実力者だということもあり彼女からの助言も加えて日に日に増していく自身の力。

僅かばかりだが確かな前進はなによりも地味でしんどい努力が報われるものである。

指導の立場についている者として以前に生来のものか驕りや慢心は常に排除するようになっているがそれでもなのはにとって月曜は張り切るべき始まりだったのだ。

 

事は放課後に起きた。

 

予感はあった。

今まで何か起こるとしたらそれは放課後であった。

束は態々授業に支障の無い放課後を狙ってなのはに通信機を鳴らしたし巧も同じ立場からISに対しての疑問を説く時は放課後にせざるを得なかった。

それらは全て知り合いからということもあり勝手知ったる何かだったことに違いはないが兎に角既定路線だった事に違いはなくそんな中でなのはも日々の日常の日とそうでない日の区別がつくようになっていた。

リニスが珍しく一年の教室にまで出張って来たのは丁度そんな日だった。

 

「なのはさん、ちょっと…」

 

上級生の急な訪問に浮き足立つ4組の面々。

それを肌で察知し耳で聞き分け目でその程度を測ったなのははいつもの様に登下校を共にしようと身支度をしていた簪に頭を下げた。

 

「ごめんね簪ちゃん。ちょっと行ってくる。」

 

「はい。」

 

少し残念そうにしながらも頷き返す簪に感謝しながらなのはは扉先で待つリニスへ向かう。

 

「こちらへ。」

 

尋ねる隙を与えずにリニスは手招きをした。

人前で話すことではないらしいと判断したなのはそれに黙ってついていく。

やがてなのはの覗く景色は彼女のよく使う身近な所に移った。

束との日に数回の報告を上げる際によく使った場所。

屋上へとやって来たなのははいつもの様に空いたスペースと人影に成る程と打った。

 

人影、アリシアはどちらかといえば大人しかった妹とは違い手を大きく振って出迎えた。

 

「あ、来た来た。なのはちゃーん。」

 

瓜二つな顔立ちに感じるギャップは未だ取れないがなのはも軽く手を振ってそれに答える。

待ちわびていたのかその仕草にはそのようなものが見て取れる。

一応辺りを軽く見渡しながらアリシアの方へと進むと後ろで僅かに引きずる音が聞こえる。 リニスが扉を閉めようとしたのだ。

新築とは言えない校舎のあんまり手入れが行き届いていない屋上の扉が決して大きくは無いがその不人気さで開閉音を目立たせた。

振り向いたなのはにいつのまにか取り出した帽子を被ったリニスが細目を向ける。

扉のすぐ前で立つ姿と相まりなのはは即座にそれを察した。

 

(話があるのはアリシアちゃんからみたいだな。)

 

リニスはあくまで見張りらしい。

果たしてその通りかどうかアリシアは声を潜めるように口を開いた。

 

「なのはちゃんって今本調子?」

 

思わず首を傾げた。

なんの話をしているのか分からない。 そしてその答えは笑顔のアリシアではなく無表情のリニスから出された。

帽子の中で自慢の耳を研ぎ澄ませながらアリシアの言葉足らずを説明した。

 

「六課からのリミッターのことです。」

 

嗚呼で返すなのはにアリシアが笑いながらも目を逸らす。 自分の言葉足らずに照れながらリニスの補足を付け足して続けた。

 

「私はリンカーコア自体はあるんだけどそっちはあんまり詳しくなくて。だからよく分かんないんだけど。」

 

フェイトとは違い母の才能や熱意を受け継がなかったアリシアは吃音と言える程ではなくともそれに近い感じで話した。

 

 

「これからも大丈夫そう?」

 

 

今度はなのはが間をあける番だった。

目を伏せずにしかしその分真剣になのはが答える。

 

「ちょっと厳しいかな。」

 

嘘偽りない言葉だった。

 

魔法の向き不向きを知り尽くすとまではいわないがそれが望ましい職に身を置くなのはは自分の現状戦力を冷静に見極めていた。

 

「この前の、アリシアちゃんは見てないけどあのISの人や鳥のオルフェノクは厄介だと思う。」

 

特に新しく現れた鳥の方はまだ何も手の内が分かってはいない。 目方ではシャコと同等の実力者だろう故に既に戦ったスコール以上になのはは警戒していた。

 

「鷹らしいよ。」

 

ポツリとアリシアが口を挟む。

 

「え?」

 

「昨日寮で会った巧君が言ってた。」

 

目を丸くするなのは。

(なんで私じゃなくてアリシアちゃんなんだろう。)

別に仲がダントツで良いとは言わないがそれでも束や自分よりも非戦闘員で知り合って間も少ない方のアリシアを選んだのかは謎だがそれをここで問うことは出来ない。

今度会った時にでも聞こうとしてなのははへえっと特に言及せずに流した。

 

その甲斐あってかアリシアはやっと本題を切り出した。

 

「それでリミッターって外せないんだよね。」

 

その最初の掴みになのははうんと頷いた。

なのはに掛けられた出力リミッターは基本的には許可が無ければ解除されないものである。 更にその許可も滅多な事では下りない。 直属の上司であるはやてですらその限りではなかったリミッターは勿論なのは自身が勝手に外せないように作られている。

 

それを聞きアリシアはそっかと言って続けた。

 

「実はね、お母さんが篠ノ之博士と協力してなんとか外せないかって頑張ってるんだ。」

 

「そうなの?」

 

気まぐれはあれども基本的には欠かさずなのはに情報を送っていた束からも聞かされていない完全な初耳だ。

 

「なんか期待に添えない段階じゃあ教えたくなかったんだって。」

 

それは恐らく束だけではなくプレシアの意でもあるのだろう。

束に隠れて見えないがプレシアとて優秀な研究者だ。

それなりのプライドはある。

完成には程遠い段階でぬけぬけと報告して喜ばせるよりも実物で満足させたいと思っての事だろうとなのはは昨日の巨大人参を見せびらかす束を思い出した。

そして報告するということはその実りも確実に近いもののようらしい。

 

「どんな感じなの?」

 

ちょっと期待を滲ませながらの問いにアリシアはハキハキと答えた。

 

「元の世界に戻った時の為にリミッター自体は外さずに使用権限だけをこっちで使うみたい。そんな長い時間は使えないけど。」

 

「その間は本物の全力全開だ。」

 

力強く頷き肯定を示すアリシアになのはも期せずして熱いものを胸に感じた。

あのゆりかごの戦闘が最後だったためかこれまでの空はなんだか重く感じていた。

もっと高くという欲求不満は表へは決して出すことはしないがやはり無い訳では無かった。

そうして飛び出たなんとなしの尋ねの言葉になのはは嫌な汗をかくがアリシアも流石に心の中まで読めはしない。

そんな教導官としては問題発言に気づかず済ます。

下がる軽い溜飲。

 

「なのはさん。」

 

野性の勘が似合いそうなリニスからに思わずびくりと肩を跳ねさせる。

振り向いた先のクルメア地方の元山育ちはこのところと同じく真剣な目でなのはを萎縮させる。

 

「人が、」

 

省略されながらもハッキリと判別のつく配慮のお陰でなのははその真意が解りほっとする。

恐らく帽子の下の猫耳が屋上へ近づく足音か何かを聞き取ったのだろう。

了解の意を知らせアリシアに目を向ける。

頷きアリシアは『当初からずーっとそうしていた』かのように屋上からの景色を眺めた。

 

「2人ともありがとう。」

 

扉を開けながら待っているリニスとアリシアにそう告げながら来るであろう生徒か教師の目につかないように横道を使い屋上から離脱した。

 

そしてなのはが屋上近辺から消えた直ぐ後に、この世界の主役が現れたのであった。

 

「わっ、あ…どうも」

 

「はい、どうも。」

 

一夏は扉を開けたら直ぐ傍に居たリニスに驚きながらもそう会釈した。

いつものように柔らかな笑みでリニスはそう返す。 無論帽子は外している。

戸惑いながらも少しで快活さを取り戻した一夏はおっ、と鉄柵越しに夕焼けを眺めるアリシアを見つけた。

 

「えっと、テスタロッサさん。」

 

フルネームで紹介されたプレシアの名前から逆算してそう答えた一夏にアリシアが初めて振り向いた。

夕焼けに焼かれて妹にも譲った綺麗な金髪が際立つ。

 

「どしたの?」

 

そう聞くアリシアに一夏は昨日から決めていた取っつき易さにやはりと確信した。

アリシアは一夏にとっては束程では無くとも子供っぽいリアクションから年の差をあまり感じない親しみやすい先輩という印象であった。

 

「なんか昨日色々あって疲れちゃって、久しぶりに屋上にでも来ようかな〜って思いまして。」

 

「あぁ、あれ退屈だったもんねぇ。」

 

ウンウンと頷くアリシアも愚痴を漏らし始める。

 

「あれさぁ、ほら集合場所?なんであんなに遠いんだろうね。」

 

疲れちゃうとぼやくアリシアに苦笑しつつも一夏も確かにと相槌を打つ。

そんなやり取りをリニスは遠目で見ながらも会話の波に関心は示さない。 もう必要は無くなったものの取り敢えず扉近くで普通の耳で音を聞いている。

 

会話の外から傍観していた所為でその変化は不自由なく目に留まった。

 

一夏はそれまでの笑顔を少し沈ませる。

一番近くにいたアリシアもその変化に不審がり尋ねた。

 

「どうしたの?」

 

目線を少し落とした一夏は身長差で丁度アリシアと目が合った。 宝石のような紅い目が一夏を吸い付けるように本音を吐露させた。

 

「セシリアの事なんですけど。」

 

ほのぼのとした空気の終了をアリシアは感じた。

ふと目を向ければリニスがもう一度帽子を被りなおしている。 閉じた扉の近くで腕を組んでまたその耳をフル活用しているのを認めながらアリシアも安心して一夏に続きを言わせた。

 

「あいつのお父さんってオルフェノクなんですか?」

 

感情をそのまま面に出すアリシアは今回も思考する必要なく驚きを晒した。

一方ドア横の冷たい壁に(もた)れるリニスは縦に開く瞳孔で一夏を見つめる。

 

「なんでそう思うの。」

 

取り敢えず冷静に取り繕ったアリシアが尋ねる。

一夏は少しだけ間を置いてから要領を得ないのか吃りながら話し始めた。

 

それらは今まで一夏しか知らない情報故いざ打ち明けるとしても整理が必要であったが目立たずとも優秀な彼の思考力はアリシアとリニスにそれを理解させた。

 

「オルフェノクって人間が死んだ後極低確率でなるものなんですよね?」

 

「らしいよ。」

 

巧とは親しいわけではないがその代わりになのはや束からオルフェノクの情報は聞き及んでいる。

巧自身も認めている以上間違いはないだろう。

 

「そしてオルフェノクの特徴は青い炎と身体から落ちる灰。」

 

「うん?うん、死ぬときにはそうだよね。」

 

アリシアが思うオルフェノクの強い印象点とは少し違うところに一瞬疑問を上げながらもこれも間違ってはいないため頷く。

 

「セシリアが前にこんなポエムを話してくれたんです。」

 

クラス代表をかけて(正確には回避する方に)全力で挑みかかり惨敗を喫したあの夜。

グラスに蒼い瞳を写しながらまるでプロがする朗読会のように一夏を経験したことのない世界へ誘ってみせたあのポエム。

一言一句忘れずに心に重く残っているそれを一夏は一言一句漏らさずに再現した。

流石にセシリアの凄みは再現出来ないがアリシアもリニスも暫しこの長い空き時間を魅了に近い集中で埋めた。

やがて飲み干したグラスの代わりに「はい」と声で終わりを告げた一夏に今度はリニスが声をかけた。

 

「青い炎、灰、どちらも出てきているわね。」

 

「だったら本当にセシリアさんのお父さんはオルフェノクなの。」

 

アリシアの問いかけに一夏はいや、と言葉を濁す。

 

「まだ、なんとも…昨日夜気づいただけで。セシリアはいつも通りでなんだか聞けなくて。」

 

どうやら真相を知るセシリアにはまだ何も伝えていないらしい。

呆気なく過ぎる話題の終着に対してアリシアは胸に来ていた鼓動の高鳴りが収まっていくのを感じた。

萎んだものに対していつまでも拘る人間ではないアリシアはそれまでの興奮も忘れ一夏の萎れ具合に早くも心を痛めていた。

 

「なんだか怖くて、」

 

「怖いの?」

 

聞き返すアリシアは一歩一夏に近づく。

よりハッキリ見える一夏の顔はいつになく真剣だった。

 

「俺、今日セシリアに朝一で挨拶したんです。おはようって。」

 

「そしたらあいつもおはようって返してくれたんです。そのおはようがすんごい、いつも通りすぎて。」

 

淡々と独白する一夏はそれでも豊かな感情を感じてくる。

 

「あんな事言われた後なのに凄いなって思ったのと、もしかしたらこいつは俺がお前の父親はオルフェノクなのかって尋ねても変わらずおはようみたいに肯定するのかと思ったら…怖くて。」

 

恐らくセシリアはもし今日の朝おはようではなくそれを聞かれていたとして、一夏の想像通りに肯定するだろう。 アッサリと。

 

「なんか、上手いこと言えないんですけど…そういうのって、改めて考えてみると、嫌ぁ…だなって。」

 

一夏自身正にそんな嫌な感じを味わいながらこの事を口にしているのだろう。

普段から見せていた元気さがみる影もなく萎んでいた。

 

「親が化け物みたいになってもなにも感じていない。勿論本当のことなんてなんも分かってないから俺が言えるようなことじゃあ無いんですけど。」

 

「そういうのって、怖いです。」

 

 

ーー

シンとしている。

 

一夏の告白でしんとなった屋上の石畳は変わらない気象によりむしっとしてはいたが今かく汗は冷や汗と呼んでも間違いはなかった。

 

冷や汗をかく一夏は固まってしまっていた。

しっかりはしていても15歳の精神は今の気持ちの整理で手一杯だった。

一夏の頭ではセシリアに対しての疑問や不安が渦巻いて同時にそれを思う自分へにも同じような嫌悪があらわれる。

 

「すいません。なんか変な空気にしちゃって。」

 

思えばアリシアに伝えるならばセシリアの父親の件だけでよかったのだ。

親しい人同士による相手へのマイナス評価なんて聞きたがりはしない。

一夏は謝罪だけしてその後は逃げるように視線をアリシアから外した。

 

ふわりといい匂いがした。

 

 

ーー

優しく。

 

金の髪が一夏にかかる。

帰ろうとした一夏を無理矢理体を入れ替えてそして抱きしめる形になったアリシアは戸惑う一夏の一つ高い頭を撫でた。

 

「よしよし。」

 

小さい頃母からやってもらったように一夏の黒髪を梳く。

見よう見まねの台詞はなんだか子供扱い風で馬鹿にされているようにも見えたが一夏の焦りは嘘のように落ち着いた。

あの、と声をかける一夏を確認してアリシアが笑った。

 

「大丈夫。」

 

なんに対してと聞き返す前にアリシアが答えた。

 

「セシリアさんはいい人だからそんな心配しなくてもいいよ。」

 

アリシアの言葉に一夏はその通りかもしれないと頷いた。

あの暗い蒼い瞳を見たのはつい最近のこと。 結論づけてしまうのは早すぎる。

 

「それに一夏君もそんなに自分を責めなくていいよ?」

 

え、となるのは一夏だ。 自分を慰められるとは思っていなかった。 そんな顔である。

アリシアはそんな一夏の頭をもう一度撫でた。

 

「友達を悪く思いたくないのは当然だよ…えーっと、だからそんなに落ち込まないで。」

 

言葉足らずに一夏を一生懸命慰めようとするアリシア。

決して多くも深くもない18歳の少女が口にできるありきたりな言葉が一夏には凄く高尚なものに感じた。

 

気づけば先ほどまでの嫌な感情の羅列が全て消しゴムで擦られたように真っ白になっているのを感じた。

 

「はい!ありがとうございました。」

 

元気に切り替わってからの一夏は早かった。

直ぐにこの後習慣である特訓を思い出した一夏はアリシアの抱擁から身を退かした。

元より強い拘束ではなかったため簡単にそれを成し遂げると一夏は健康優良児な足並みで屋上から飛び出していった。

 

呼びかける暇もない。

 

「行っちゃったね。」

 

手の感触を確かめながら代わりに鉄柵を掴んでリニスへ声をかける。

 

「熱…」

 

夏の日は高い。

思わず手を離す。

そろそろ人間にも熱が及んでくる頃合いだろう。

見ればリニスも頷いて帽子を取っている。

日陰に靠れかかっていたリニスは涼しい顔で扉を開いた。 帰ろうということらしい。

 

「はーい。」

 

返答したアリシアは太陽から逃れるように駆け足で校舎内へと入って行った。

その後に待機していたリニスが扉を閉めその後はこの不人気な場所に来る人間は誰もいなかった。

生徒たちの精神面の保養のための空間であったが吹きっさらしのここが利用される季節ではなかったのだ。

 

 

ーー

コンソールを叩く音が目立つ。

 

空間ディスプレイなんてものが出来てからも世界からは消えることなく残った金属板を囲い覆った樹脂製の四角いボタン。

若干の抵抗は作業を妨げるためではなくあくまで不要な誤入力を避ける安全対処であり人によってはその感触が作業のモチベーションを上げる事もあるそれを束はなんの感慨もなく押していく。

 

強くなく弱くなく。

 

最も効率がよくて最も望ましい力加減は長く触ってきたから身についたもの。

だからこそこの天災の人付き合いの下手さはそこにあるのだと直ぐ近くで同じくキーを押し込むプレシアはみていた。

 

2人が今いる場所は束が持つ地下施設でも郊外にポツリと広がる広い公園の管理人室でもない。

それらよりももっと凡百な建築物。 いうなれば家庭的な部屋。 リビングであった。

白いレースのカーテンを隔てた向こうには閑静が似合う住宅街が見えている。

テーブルもフローリングの床も全て家庭用の暖かい木製の代物だ。

ならばそれらの上に散乱するノートパソコンから様々なたこ足配線を通して増量させたケーブルや業務用でしか使用されない大型の機械はなんともミスマッチなのは仕方がなかった。

 

この家の門に備えられた表札の名はテスタロッサ。

 

プレシアがこの地に購入した家族のための一軒家だ。

アリシアたちがIS学園に行ってからは滅多に3人家族にはなっていない。

リニスに限っては持ち前の身軽さで何度かこの家に内緒で戻ってはいるがそれらも全てプレシアが指示したスカリエッティ対策のための準備で団欒のために使われたことはそれこそもう何ヶ月もない。

そんな夏休みが待ち遠しかったプレシアの耳に突然戸を叩く音が届いた。

不思議に思いその乱暴な音を開いて確かめてみると今辺りに散乱している機械類を肩に担いだ束が居た。

 

「使わせて。」

 

こちらが了承をする時間も与えてもらえず束と機材を家へ運んだプレシアはついでだからと自分も手伝っている。

彼女に割り当てられた役割はもう一つのノートパソコンから続く機材やケーブルの先にある一つの小さな球体。

一家団欒が目的のテーブルの上に無造作に置かれた赤い宝石の解析だ。

正確にはその宝石を介して命令を送り高町なのはへのリミッターを解除する装置の解析だった。

 

「大丈夫?レイジングハート。」

 

『ええ、マダム。』

 

ケーブルに繋がれたレイジングハートはプレシアの問いかけに変わらぬ声を出す。

 

『しかしバジン君は窮屈だそうです。』

 

代わりに文句を言うのは束のノーパソに繋がれたテスタロッサ邸の庭にスタンドを立てた銀の車体。

サイズ的にレイジングハート以上の機材に体を繋がれたオートバジンはレイジングハートを介して束にその節を伝える。

 

「うるさい。機械なら黙って調べられてろ。束さんの可愛いISは静かだったよ。」

 

しかし来訪の段階から気が立っていた束は曲がりなりにも気を遣ってやっていた持ち主とは違い冷たく言い放つ。

ここ最近は比較的機嫌は良かったと思っていたプレシアはその理由を知っていた。

 

「やっぱり重かったの?」

 

「…」

 

取り付かない束だがそれが肯定なのは明らかだった。

余程重かったのだろう。

 

機材と()()()()()()

 

 

ーー

事の始まりは昨日の解散のところまで遡る。

 

巨大人参から別れるなのはと巧に束がこう言ったのだ。

 

「2人のAI付きのデバイスとバイクを明日調べたいから渡して。」

 

それを受け快く了承したのはなのは。

懐の宝石をその場で手渡した。

しかし巧は違った。

 

「どうやって帰れってんだよ。」

 

なのはと違いバスではなくバイクで快適にやって来た巧はまた暑くなった気候を嫌って束を突っぱねたのだ。

弱ったのは束だった。

会った日から生意気をされて印象は良くなくともなんだかんだ言って数少ない気を許せる間柄の1人だ。

巨大人参をなのはに褒められた事や千冬と仲直り出来た事。 永らく離れていた箒と会えた機嫌の良さも手伝ってそんな巧を気遣った一言を言った。

 

「じゃあ明日私が運ぶから今日は帰っていいよ。」

 

そして巧からそれならまあと頂いた使用許可を引っさげて今日朝一でIS学園行きの本土モノレール駅にある立体駐車場にやって来た束に対してオートバジンは不親切だった。

 

嫌う暑さの中嫌う服装を身につけて来た束が見たのは昨日巧から盗難防止のためハンドルをロックされたオートバジンの姿だった。

それだけならば束も機嫌を損ねなかっただろうがその後のオートバジンが実に融通が利かなかった。

 

オートバジンは動かなかった。

 

オートバジンは基本的に現状のファイズ装着者の意見を優先するようにインプットされている。

例外として真理に危害を加えようとしたファイズに対してその拳を振るったことはあったが基本的にサポートメカである彼が優先するのは持ち主の命令である。

そして今日のオートバジンは昨日巧から言い渡されていた命令があった。

 

「勝手にうごくな。」

 

危うく鈴音にバレそうになった勝手な振る舞いを自制させるために放った言葉だったそれをオートバジンは忠実に守った。

うんともすんとも言わないオートバジンに束は目を丸くする。

巧の話では鍵を掛けても勝手に解除して動き出すからとキーを受け取らなかった束にはエンジンの始動どころか前輪にかけられたロックも外せず唯一自由なスタンドを外してもクルクルと回すしか出来ない状況になっていた。

押して行こうにもこれではどうしようもない。

本当はオートバジンに載せていく用にあつらえた小型の機材も歩いて運ぶには重い。

レイジングハートと違い返答が出来ないのも悪かった。

束の懇願にうんともすんとも言わないオートバジンを束はなんと担いでテスタロッサ宅までやって来た。

 

もちろん軽くない。

自転車に次ぐ取り回しの良さがバイクだが今日日50ccのスクーターでも人より10〜20キロ重いのが殆どだ。

オフロードタイプとはいえ普通二輪に代表されるサイズのオートバジンとなればその重量はその辺の相撲取りより上だろう。

実に207kgのオートバイを担ぎながらジリジリと照らされた日光の中歩いてプレシアの元を訪れた束の形相とくればなのはの認識阻害が掛かっていても目につく凄まじさだった。

その上で冷房の効いた部屋に通されても束の苛立ちは解かれるものではなく今に至るというわけだった。

黙ってキーボードを叩く束にプレシアも取っ付きにくさを感じている。

 

『そこはPICV(流量制御バルブ)だからやめてほしいとバジン君が言っています。』

 

束は黙っている。

 

『そこはガソリンをソルグリセリンに変換する所だからやめてほしいとバジン君が言っています。』

 

束は黙っている。 少し眉が吊り上がった。

 

『そこは…』

 

 

プーーー!!

 

 

クラクションが鳴った。

因みにテスタロッサ家の自家用車は普通の市販車で勝手にクラクションなど鳴らしはしない。

言うまでもなくオートバジンだ。

今回は弄った所は余程重要なところらしい。

 

「うるっさいなぁっもう!!」

 

バンとテーブルを叩いて立ち上がった束が巻き舌気味に叫ぶ。

 

「なんだよ!注射嫌いの子供じゃあるまいし、機械なんだったらもう少し黙って検査くらい受けらんないの⁉︎」

 

ピロロロと電子音が鳴った。

 

『うるさい、イかれた国のアホス。お前なんぞ二次元だから通用するんだ。実際にいたら只の人格破綻者だ。』

 

テーブルの上から驚きの内容が淡々と放たれる。

プレシアも驚いて目を見張る。

 

『主人公との恋愛対象なんて夢のまた夢。薄い本のネタにも困る無駄にハイスペックなお前はヒロインとして最も無価値なIS界の害獣なのである。』

 

『それが分かったらサッサとこの平成ライダー界の「俺の嫁」筆頭であるこのバジンたんへの無礼を止めるがいいとバジン君が言っています。』

 

レイハさんがそう締めくくりました。

 

しーんとする部屋。

冷えているのは冷房の効き過ぎだとして家主であるプレシアはノートパソコンに向かい合った。

 

「…てやる」

 

ぷるぷると震えている束。 なにやらブツブツと言っている。

 

「解体してやるぅぅぅ!!!」

 

キーボードをクラッシャーしながら怒り心頭な束はそのまま庭に停められていたオートバジンに飛びかかった。

慌ててデバイス無しにバインドで止めようとプレシアも立ち上がる。

 

擬音にすれば「コン」か「カン」。

オルガンのような澄んだ高い起動音がテーブルの上から鳴った。

 

『もし…』

 

《Battle mode》

 

コンマ何秒もなく変形機構を全て完了させ膝を曲げた状態になったオートバジンはそのまま上から降りかかってくる束に向けてその鉄腕を突き出した。

 

「ブゲラッ⁉︎」

 

ファイズの約3倍。

グランインパクトをも超える最強のアッパーカットが束の体を事前の数倍の高さに吹き飛ばした。

屋根よりも高く飛んだ束はそのまま頭から豪快に着地。

一連の光景に固まり口をあんぐりとさせるプレシアはレイジングハートの無機質な声を聞く。

 

『もしこちらに危害を加えようとした場合には実力行使によって阻止するのでもう少し優しくして欲しいとバジン君が言っています。』

 

「ちょっと遅かったと言うか早かったというか…まあ悪いのは人間ね、作業に戻りましょう。それとバジンくんもあまり騒がないでね、ご近所さんに迷惑だから。」

 

《Vehicle mode》

 

返答の代わりに変形したオートバジンは再びスタンドを立てて鎮座する。

顔を赤く腫らした束が睨むも鉄人は何も答えはしなかった。

 

 

ーー

再びキーボードを押す音が目立つ。

大人しく優しくしている束は一息置いてキーボードから手を離した。

 

「どう?」

 

「面白かったよ。」

 

口は悪くとも内部構造に限ってはオートバジンは束のお眼鏡に叶う代物だったようだ。

嘘偽りなりなく正直な感想を述べる束はオモチャを手に取った子供のように満足していた。

 

「そっちはどうだった?解除できそう?」

 

束の言葉にプレシアはこちらも自信有り気に頷いてみせた。

今日の解析はどちらかと言えばレイジングハートに主眼が置かれている。

なのはの戦力アップに彼女にかけられたリミッターの解除は必須な事であった。

 

「問題ないわね。負担を減らすため制限付きだけど権限を奪うのは出来そうね。」

 

プレシアの答えに束はそっかと返した。

本来なら違法なアクセスなため生じてしまうなのはとレイジングハートへの負担はプレシアを持ってしても軽減するには解除自体に制限をかけねばならない。

 

「取り敢えずアリシアから伝えておくように打っとくわ。」

 

そう言ってプレシアは自分の携帯から娘へとメールを打ち始める。

 

「おつかれ2人とも。 今日はウチに泊まっていきなさいな。」

 

疲れが溜まっているだろう機械カップルをプレシアがケーブルから外しながらねぎらう。

因みに2人ともレイジングハートとオートバジンの交際については聞き及んでいる。

当初は2人とも目を丸くしたこのAI同士の恋人達は人格破綻者である束から見ても可笑しな付き合い方をしていると思った。

特に所帯を持った経験のあるプレシアからすれば研究者として以前に1人の女性としてこの2つのAIには特別な思入れを抱いている。

 

さながら若人を微笑ましく思うシニアのように。

プレシアは2人の恋を応援していた。

 

「最近どんな感じなの?」

 

にやけながら早速2人のノロケ話を聞こうとするプレシアをケーブルを片付けながらも何やってんだと言わんばかりに冷たい目を向ける束は取り敢えず耳だけ傾けている。

人間の若人なら照れたりなんなりする場面なのだが機械である2人にそんな情緒は無い。

淡々とレイジングハートがオートバジンの意見も翻訳して答える。

 

『交信のペースは四日に一度。多少の上下は有りますが基本的に3分前後が交信時間です。』

 

予想通りの人間味の無さに束は早くも聞く価値なしとケーブルとコンピューター類を仕舞っていく。

しかし当のプレシアはへー、ほー、とそんな一見177の天気予報や117の時報並みに事務的な情報交換に食い気味にリアクションを返している。

勿論聞き手の反応が良くてもAI同士の関係が熱くなることは無く話される内容は定時連絡の粋を超えるものではなかった。

 

「そうなの。仲良くしてるのね。」

 

そんな感想を抱けるのは可笑しいと思うのは自分だけでは無いだろう。

きっと他人への気使いを自分より気にする凡百な人間達もこの2つのする恋愛が仲睦まじいなどとは思わないだろう。

しかしそんな束の思いとは裏腹に無機質な2つの返答に天災は少しだけ興味を持った。

 

『ありがとうございます。』

 

ピロロローー

 

『ありがとうとバジン君が言っています。』

 

嬉しそうだと感じた。

決して間を挟んだ訳でも抑揚を変えた訳でも音量を上げた訳でも無いいつも通りのレイジングハートの「聴きやすい」声とオートバジンの電子音を除けば唯一の発生音。

それらがこの一日中何度も耳に聴いていた束には感情の高感を無意識に認めていた。

 

「嬉しいの?」

 

気づけば口にしていた。

驚くプレシアと驚かないレイジングハートが答える。

 

『嬉しいとは何に対してのことでしょう。』

 

聴き取りやすい声へ束が返答する。

 

「バジン君と交際してだよ。」

 

いつしかクロエ経由でレイジングハートをレイハさんと。 そして今もプレシアに影響されて2人をそう呼ぶ束。

それにレイジングハートは迷いと認識出来ない速さで答えた。

 

『嬉しいと認識していただいて構わないかと。』

 

「理由は?」

 

「よく『気がついたら好きになってた』なんて台詞があるけどアレって要するに理由を説明出来ないバカが作った言い訳でしょ?君たちならそんな事ないと思うから教えてよ。」

 

『了解しました。今バジン君と確認します。』

 

どうやら今までお互いに確認しあったことがないらしく流石に時間を要求したが矢張り結論は直ぐだった。

普段の寮と駐車場の生活なら兎も角この距離なら交信の都合は存在しない。

人間には分からない音の羅列の中で話し合った2人はレイジングハートを通じて結論を出した。

 

『成長出来るからです。』

 

?を浮かべるプレシアとそうでなくとも関係性が分からない束にレイジングハートが告げる。

 

『私たちの体には主人のレベルに合わせて自ら機能向上をするような機構は有りません。外付けのパッケージを要求する事は出来てもそれは自分から進化することにはなりません。』

 

謂わばそれは道具の宿命だった。

レイジングハートもオートバジンも篠ノ之束を以ってしても舌を巻く高性能なAIを搭載している。

人間の感情すらも読み取れる彼らはしかし自ら決められたスペック以上の成長は出来ない。

学習機能の存在で経験の貯蓄は出来ても彼らの言う成長とはもっとフレーム自体を変形させるような成長である。

 

『だから私たちはこの世界の情報を集めた時に知った操縦者の成長に伴い自らも進化するISへ憧れを抱いたのです。』

 

「へぇ。」

 

それは間接的に褒められたようなもので束は珍しく表情を和らげる。

 

『今回の交信機能はバジン君や念話を使える私にも存在しなかった新たな機能です。それはマスターの成長に及び我々が役に立てる範囲も広がる事に繋がります。』

 

「あ、やっぱ優先はマスター準拠なんだ。」

 

プレシアが手を打つ。

なのはと巧の役に立てるというのが2人の喜びの正体であった。

しかしと束はそんな2人にまだ違和感を感じていた。

 

「それって愛って感じなの?」

 

目を細める束。 それは果たして愛の形と呼べるのだろうか。

束も人の子だ。

愛情表現の形は千差万別だということくらいは理解している。

しかし2人のそれはパートナーに対してというより其々の主人に対して向けられるものである。

プレシアも言った通り優先順位が二番目以降な相手との付き合いなんてどうにも束には理解が出来なかった。

 

「別に最愛だとか一番だとかそんな決まりはないと思うけどさ。それって当てはまるとすれば単にwin-winなだけなんじゃない?」

 

「君たちが分かんない訳ないのになんで『愛してる』なんて言葉使うの?壊れたの?」

 

束以上に達観している2人がこの関係性の正体が恋愛とは結びつかないことなど知っていない筈が無いのだ。

無意味な嘘なぞつかない2人が何故と束は思っていた。

 

レイジングハートは矢張り少しも悩まずに答える。

 

『交信をしている間我々には共通する判別不能なバグが生まれるのです。』

 

プレシアがバグ?と繰り返した。

 

『それらは感情的な概念で該当するとすればプラス的なもの。「楽しい」や「嬉しい」に当たるものだという結果が出ました。』

 

『我々が検討した結果我々が交信の際にお互いの身体、電波又はそれらに準ずる互いの機能にシンパシーを感じて起こった事ではないと結論を出す付けました。」

 

即ち「交信」とバグはオートバジンとレイジングハートに既存するどれかの機能が共鳴を起こした故に起きた現象ではないということになる。

 

『このことから私たちはこのバグに該当する言語を見つけました。』

 

なんだか予想が付いてきた。

束は若干苦笑いをしながら次の言葉を待った。

 

『愛。それが一番相応しいものでした。』

 

束は思わず頭を抑えた。

ちょっと待て。 それではまるで、

 

「ねえ、それってつまり理由は無くて段々芽生えていったみたいな感じな訳?」

 

『はい。気づけばそうなっていました。』

 

マジと呟く。

今しがた束が馬鹿にした『気づいた時には好きになっていた』理論をよりにもよって機械である2人が言ってのけたのだ。

束は基本的に自然発生は信じない。

なにかしら現象には絶対に過程が存在する。

それらが定義されていないものも分からないだけで存在していると見ている。

なんならそんなものだと割り切っている凡百な考えを低俗だとすら思っていた。

 

ピロロロ

 

『バジン君と私の意見です。』

 

いつしか価値なしと切り捨てていたAI同士の恋バナに真剣に耳を傾けている事に気付いてなんだかよく分からなくなってしまった束はよく分からないまま話を聞いた。

 

『束様がご理解出来ないのは束様が恋を知らないからだと思います。』

 

「なっ…」

 

「ブフっ」

 

機械からのまさかの皮肉り発言に呆気に取られる束と吹き出すプレシア。

勿論レイジングハートもオートバジンもそんなつもりは無いのだろうが束は珍しく凡百な取り乱し方をする。

 

「おむ、おまっ、お前らに言われる筋合いなんてないし⁉︎」

 

それでまた吹き出すプレシア。

顔を赤くして憤慨する束。

 

冷房の効いた部屋が凄く暖かい。

 




なのはさんがまた強くなるよ。

ワンサマーがまた羨ましくなったよ。

レイハさんとバジンたんの交際については今のところなのはさんとたっくんは知りません。
プレシア宅で調べられる間にレイハさんがぼそりと漏らしただけです。

持ち主の2人へ言っていない理由は特に無く単に言っていないだけです。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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38話 落ち着いて…

二週も間を空けてしまい申し訳ありません。

そんなに待たせたんだからさぞ充実した内容なんだろうな?と思われるかも知れませんが4000字足らずのなんの新展開無しです。




教卓は今日も冷たそうだなぁと羨ましそうな視線を向けるのは夏服仕様の一夏だ。

特に汗っかきでも暑さに弱いわけでもない彼だがそれでも日本人ならば一年間のプラスとマイナスの振れ幅に適応するため標準値の気温に過ごし易さを設定されている。

これまでの10余年を過ごした所で来星したそれよりも明らかに生き生きと猛威を振るう太陽に熱せられ最新技術の結晶であるIS学園の制服に備わる空調機能が文字通り布の頼りなさになってしまう今日この頃。

織斑一夏は完全に参ってしまっていた。

 

前日にはたまの箒との剣道場を使用しての特訓をやった。

ISの操縦とは直接的には関係が薄いと箒が忠告するのを頼み込んで暇ではない彼女の1日に組み込んでもらった好意のトレーニングである。

頻度はまちまちであったが一夏にとっては友人の貴重な時間を使う特別なものであり強さの象徴である剣に最も触れ合える実は一番力を入れていた訓練メニューでもあった。

 

昨日もそうやって気合を充分入れて臨んだ。

気力は充分。 身につける数キロの重みとそれ以上に答える季節的に不似合いな空調にも負けず道場に備え付けられている余った竹刀でその日も箒に挑みかかって行った時にそれは起こった。

 

打ち込む刹那。

この数ヶ月で一息の仕草に真剣味を置くことが出来るようになりさながらスローモーションのような、といえば言い過ぎだが打ち込む間は油断なく。 周りの景色が見えるくらいにはゆとりを持てていた時であった。

昨日の一夏はまるで体に纏わりつく暑さがそのまま原動力へと変わったかのような勢いで突っ込みそれを見た。

周りのスローモーションに違和感を感じる。

 

なんだかボヤけている。

 

ボヤけた視界の中からボヤけた竹刀が一夏の面を叩いた。

ボヤけていない一撃だった。

 

元に戻りはしないが少しは落ち着いた視線の先で直る箒を見てぼんやりと自分も防具を取る。

ブワッと熱気が抜けていく。 箒が黙って剣道場の窓を全て全開にした。

精神修行のためだと1日の間殆ど開ける事を禁じられた透明を挟んだ向こう側へ熱気が風に巻かれるように流れていく。

いつのまにか玉の汗をかいていた一夏に箒は面を取って言った。

涼しそうな汗のかき方をしていた。

 

「今日はやめよう。」

 

理由はついに教えてくれはしなかったが直ぐに投げ渡されたスポーツドリンクに齧り付くように半分以上を飲み干した一夏は余程喉が渇いていたんだと感じた。

軽い脱水症状であった。

 

1日抜けても残る残心感と来たら発熱なんてしない教卓の冷たそうな金属部分に今すぐ抱きつきたくなるほどであった。

しかしそんなことは出来ないので取り敢えず一夏は手当たりしだいの涼しそうなものをその目に収めた。

床、窓、壁などの同じく発熱せずに体温より低い自然物は今すぐに手を伸ばしたいものではあったが大衆の面前でそんなことは出来ない。

一夏は日本人らしく周りの目を気にした。

 

(後は、そうだ、服装だ。)

 

一夏は涼しい夏服をしているクラスメートの姿に照準を変えた。

夏服だろうと暑いものは暑いし現在進行形の蒸し蒸しした不快感は拭えないがそれでも一番涼しい格好だ。

それに改造可能な制服に対しての女子の熱意は夏であろうと衰えないらしく中々バリエーションある様が一夏のちょっと参ってしまっていた脳を冷ます。

 

「て、なに見てんだ俺は。」

 

布地の少なくなった女性の体をまじまじと見つめている今の姿はさながら変態と揶揄されても文句は言えないものである。

暑さにやられすぎだと一度頭を振り煩悩を退散させる。

 

「おはよう一夏。」

 

白銀の髪はまるで雪のようでこれまた涼しそうであった。

 

おっ、これまた涼しそうなお召し物。

 

「ん、ああ。夏服だからな。」

 

「ウェ?」

 

どうやら声に出ていたようである。

特に気にした様子もなく尋ね人、ラウラ・ボーデヴィッヒはこのクラスでも特に薄着な夏服を一夏に見せるように振る舞う。

ラウラはシャルルを除けば唯一のズボン着用の生徒であると言える。

乗馬ズボンとも言える冬服のズボンと違い夏服の今は一般の男子の服を切り取ったような綺麗な半ズボンからラウラの小柄ながらに肉付きの良い脚が目に飛び込んで来る。

 

「うわああー」

 

そんな今日日テンプレなセリフで驚きながら目を両手で覆い隠す一夏にラウラは目を細める。

 

「なんだ、そんなに見るに耐えないか私は。」

 

「いや、そんなことはないぞ?」

 

慌てて片方の手を高速で振って否定する一夏だがもう片方がその分両目を覆うポジショニングに着手するだけでラウラにすれば一向に説得力など伝わってこないのだが、幸い彼女は体格よりも大人であったようだ。

一夏の失礼な態度をそれ以上追求せずにラウラは切り出した。

 

「それで一夏よ。私の水着を見てほしい。」

 

「ブウェッ」

 

吹き出す一夏。

再度慌てて手を振り首を振り辺りを見回す。

どうやら聞かれてはいないようであったがいずれにしろ今のご時世。 もし人の耳に入れて良いものではない。

そんな抗議の目を正しく感じ取ったか、少なくとも疑問の類は感じ入ったかラウラはその理由をなんの感慨もなしに話した。

 

「もうすぐ臨海学校だ。そして臨海学校ではそれぞれ水着の持参が必須事項だという。」

 

今朝のSHRでも真耶が水着の購入を勧めていた。

そのことかと一夏は嗚呼を返した。

 

「当初私は学園指定の水着を持参物に当てようとしていたのだが同室のシャルロットに止められてな。」

 

「学園指定の水着って…あの?」

 

あの古き良きスクール水着、略してスク水を連想して一夏は再び口をすぼめた。

つまり目の前のドイツ軍の少佐殿はあの胸元に大きく「ボーデヴィッヒ」とゼッケンで記したあの服装を大衆の前でご披露するつもりだったらしい。

 

(よく言ったシャル。)

 

取り敢えずルームメイトのファインプレーに心中親指を立てて讃える一夏は一先ずその色々な意味で目を引く格好を一旦頭の隅に置きラウラの話題に乗ることにした。

 

「それで新しく買いに行く水着を選んでほしいってか。」

 

「そうだ。」

 

「嫌だよ。」

 

言ってて少し恥ずかしくなってきたか赤らめながらの質問にラウラはにべもなく頷き一夏もにべもなく頭を二回振った。

対して断られる可能性を考えなかった訳ではないが一応驚いたラウラが口を開く。

 

「理由を聞きたい。」

 

「いやだってさ…」

 

少し吃りながらキョロっと後ろを振り向き人波を確認した一夏はその後少し小声になり言った。

 

「男が女の服を見るなんて可笑しいだろ。」

 

恥ずかしさから早く終わらせるため出来るだけ簡潔にした説明が返って展開を先延ばしにした。

 

「どう可笑しいのだ?」

 

「えー…」

 

漠然としてなくもない自分の言葉も悪かったがそこは言わなくても分かってほしい。

一夏は少し唸って火照った頭を使う。

改めて考えてみるとラウラではないが少々説明しづらい内容だ。

男女の違いとそれにより生じる服選びへの弊害を論理的に説明しなければならない。

それを正しく言葉で表すのに一夏の人生は若すぎた。

依然として赤い片目が急かさずじっと返事を待っている。

あんまり時間は掛けられない。 第一頭がオーバーヒートする。

取り敢えず思考を止めて頭を冷却した一夏は一息の後にラウラに向き合った。

 

「男女では波長が合わないんだよ。」

 

どうだ。

 

「そうなのか?」

 

疑問符を語尾に付けるラウラに一夏は「しめた」を隠して頷いた。

 

「ああ、男は女の服を選ぶ能力は無いんだ。」

 

腕組みして見るからに物知り顔して自信ありげに話す一夏にラウラもふむと喉を鳴らして聞き入る。

因みに一夏の言う理由はあながち嘘ではない。

少なくとも一夏に女性の服装の良し悪しなど分からない。

 

「だからラウラはおんなじ女の子…そうだなぁ、シャルなんかいいんじゃないか?」

 

さり気なく自分の代役を仕立てる辺りこの猪突猛進を地で行く少年も中々小癪になってきたと言えよう。

 

「ふむ…分かった。そうしよう。済まなかったな。」

 

「おう、また機会があれば買い物に付き合うよ。」

 

一夏のせめてもの労いの気持ちに右手を振って応えたラウラはそのまま今度は言われた通りに既に自分の席で数人のクラスメートと笑顔を交わすシャルロットに歩み寄る。

シャルロットが近づくラウラに笑顔を向けた。

そんな様子を見る一夏は一息を吹き出した。

 

大分溶け込めてきたみたいだ。

そうひとりごちる一夏の顔は安心のそれである。

シャルロットがその正体を知らせてからの数日はなんだか学校中からピリピリとした鋭い意識が彼女に向けられていた。

口など表立っての手段こそ少なくとも一夏は目にした事はないがそれでも制服を着て登校を繰り返すシャルロットを遠巻きに見つめる同門たちの目にはこう言っているように聞こえた。

 

「あなたなんでここに居るの?」

 

もちろん一夏に気づけた事が当のシャルロットに分からない筈がない。

賢い彼女ならそれらの敵意とも嫌悪とも付かない無言の意識伝達を全て正しく認識していた事だろう。

それでも今の状態までもっていったのはやはり大したものだ。

一夏はウンウンと腕組みして頷く。

 

「あ、首振ったらなんかボンヤリしてきた…」

 

暑い日が続くIS学園の日常。

 

 

 

 

 

 

 

 




短ーい。
うん分かってる。
ホントごめん。
不定期更新でも待っていてくれている方には感謝しています。

今回はどうしても文の繋ぎが考えつかなくて遅れた上に少数字での投稿となりました。

次回からは流れを一気に変えるため今回とは生合成なく急展開に移ります。

次回、福音編

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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39話 トラブルは終わらない

福音編

予定通り始めます。
例によりキャラ崩壊マックスで参ります。



「ガタン、ゴトーン…ガタン、ゴトーン。」

 

「それ電車じゃない?」

 

横で何気なく同級生がボケとツッコミを交わす。

よく一組では一緒に話しをするコンビだ。

国道沿いを抜け山道に入った事で所々の整備の差から生まれる揺れをからかう二人に一夏は今日は入り込んで一緒に騒ぐ事はしない。

ただ窓際に設置されたクーラーからの涼しい風を出来るだけ体に当てようと対面積を増やしてじっとしている。

決められた座席表に従って座ってから少しのトイレ休憩を挟んだ後も継続しているこのだらしない体勢はひとえに窓一枚隔てた先の照りつく暑さから逃れるためである。

少しでも動き運動エネルギーを使用し発熱すれば最期だと言わんばかりにじっとしているスタイルには当初は他のクラスメート達にもからかわれたものだがそれでもやはり一夏は動かなかった。

こうしてガタンゴトン道に差し掛かる頃には誰もがもっと有意義な返答をしてくれる友人を話し相手に選び最早一夏のこのポジションに気を配る者は隣の席となったセシリアしか居ない。

 

「首を痛めますわよ?」

 

30分前のパーキングエリアでも同じ事を言った。

その時と同じく一夏は分かったような分からないようなそんな曖昧な声で返した。

 

セシリアは一組だ。

一夏と同クラス。

席も近いとは言えないがそれでも同室。 数席後ろの所。

彼の様子はこの数ヶ月間。 土日を挟んでも一日平均して数時間は確認している。

好んで意識している訳ではないがそれでも大抵の情報は入ってくる。

 

腑抜けた一夏は数日前に現れた。

 

大凡もって人生の転換点とも言えるあの日曜日。

外出許可の権利により島を抜け出し交通機関を通じてやって来た自然豊かな広場。

突如目に入ってきた巨大人参に目を白黒させながら篠ノ之束というビッグネームと久しぶりに対面し只でさえ現実味から剥離しかけていた彼の正常な価値観はその後の出来事に完全に持っていかれてしまった。

 

異世界人というSF作家しか使わないような造語以外では説明の付かないインパクトの数々。

真っ当な価値感ならプレゼンターの頭を疑って取り合わない。

それでも一夏は見てしまっている。

認識の範領を超えた前情報の正解を前に一夏の真っ当な価値感は拒絶よりも受け入れる事を選んだのだ。

 

その日以来、正確にはその次の日からの猛暑日以来一夏はこんな感じだ。

かつての猪武者を体現したような元気な姿は今ではまるでくたびれたジーンズのように色あせておりかつての健康優良児はゼロ距離の呼吸で白く曇る窓ガラス越しに移り変わる景色を見ていた。

 

「お、」

 

途切れの声は一夏。 何かを発見した彼の後に続くようにやにわに少女達の騒ぎに歓喜が混じる。

 

「あおいな。」

 

水平線が視界の全方位に広がる。

海は見慣れている。

IS学園では本当に全方位が海だ。

だというのに一夏な目には普段見慣れている筈の大海が新鮮なものに見えた。

「海なんて全部水続きなのになんでだろう」そんな考えが腑抜けた体勢から浮かんでやがて生ぬるい長考の果てボヤけて冷たい冷房の中に溶けていった。

代わりに潔白な声がハッキリと一夏の頭を心地よく叩いた。

 

青焔(せいえん)燃ゆる大円盤の彼方に…」

 

いつかのポエムのように一夏にだけ聞こえる声量でセシリアは囁いた。

 

「なに?」

 

慣れない言葉に一夏はやっと動く気になった。

振り向いた先で姿勢の良いイギリス淑女は微笑んだ。

 

「中島敦ですわ。」

 

「……うん。」

 

勿論中島氏はピンとこなかったが日本人としての負けず嫌いで取り敢えず頷く。

セシリアが見透かしたような笑みを浮かべた。

 

 

そこまで広くはない崖ぎわの駐車場を危なげなくバックに停車させた熟練の運転手はあくまでプロとして感慨無くアナウンスとともに前の扉を開いた。

教師の指示に従い後部座席から連なって移動する波に一夏も混じる。

前部に移るに従ってむわっとくる温度差に目が細められる。

しかし今更この流れに逆らって車内に戻る訳にもいかない。

逆流の最中もし怪我人でも出でもしたら一夏達一号車の担当教員である千冬に首根っこを掴まれ別の意味で涼しい目に遭わされる羽目になるだろう。

黙って蒸し蒸し地獄へと足を進める一夏は運転手に労いの言葉をかけてステップに足を付けた。

この時点まで来れば最早外気と車内の温度差は殆ど無いのだがそれでも刹那の間の躊躇の末に一夏はジャリっと砂利道を鳴らした。

そして組ごとの列に並んで、もう一度海を見て言った。

 

「青いな。」

 

教師陣代表の千冬の号令で生徒達は旅館へと降りていった。

 

 

ーー花月荘

 

IS学園の影響力は世界各国、様々な界隈にてその実力を振るっている。

政から宿泊施設まで浅いも深いも別々だが広い付き合いを持っている。

彼女達が今夜から寝食のお世話を受けるこの花月荘もIS学園が創設されてからの付き合いだ。

作務衣を身につけた従業員であろう男女数十人が生徒の列を挟むように立ち並び頭を下げ息の揃った出迎えの言葉を述べた。

世界で唯一の専門校であるIS学園は難易度は兎も角学費の幅は一般校と大差しない。 より多くの可能性の中から才能を厳選する為である。 お国柄に合わせればもっと安い。

なので今年の一年である彼女達はエリートではあっても基本的には庶民が多い。

十五、六の人生経験は人それぞれだが少なくとも今期の生徒にはこういう経験した者はごく僅からしく皆目を光らせ至れり尽くせりの待遇に早くも高揚している。

そんな浮かれ具合を背中越しに感じながら千冬は横列の中より代表して現れた女性の姿を前に姿勢を正す。

 

背中で語ると誰が言い出したのか千冬が厳かな雰囲気を出すとはしゃいでいた生徒達も大人しくなる。 それを見て着物姿の女性は感嘆したように褒めた。

 

「お若いのにご立派ですわ織斑先生。」

 

いえ、とハスキーな低音で答える千冬は一礼してから振り返るとよく通る声で言った。

 

「こちらがこれから三日間お世話になる花月荘の女将さんと従業員の方々だ。しっかり挨拶をしろ。」

 

千冬の言葉尻とともに息のあった高い女子の声が揃って1つの単語を合わせた。

 

「お願いします。」

 

学園側が毎年恒例している事前の取り決めによる全クラス混合の挨拶は数回のリハーサルを経てピタリと型にはまった見事な物に仕上がっていた。

 

「今年も元気な一年生でなによりですね。」

 

手を叩いて喜ぶ女将さんに千冬はまたも低音で返答する。 女将は背筋の伸びた礼で彼女達を出迎えた。

 

「当旅館の女将の清洲景子と申します。皆さん宜しくお願いします。」

 

「お願いします。」

 

清洲に続き控える従業員達が繰り返す。 一夏達が悪いというわけではないが一朝一夕の前者比べても見事な完全調和(パーフェクトハーモニー)だ。

思わず生徒の中から嗚呼の感嘆が溢れる。

 

「今回は男子が一人混ざってますので更にご迷惑をお掛けします。」

 

一夏が小さく「混ざってるって…」と呟いた。 清洲は構わないと笑う。

 

「お気になさらないで、男性のお客様は初めてではありませんわ。」

 

そう言う清洲に千冬は再度頭を下げ一夏を前に出し自己紹介をさせる。

首根っこを引っ掴まれた形で前に出た一夏は衆目の中で照れながら千冬の言葉の中に含まれた単語に意識の興味を取られていた。

 

(一人だけなんだよな…男子。)

 

頭を下げる一夏の清洲を含めた従業員達の声がかけられた。

 

 

ーーIS学園

 

学園は基本的に空調設備が充実している。

教室は勿論食堂、室内の娯楽施設、図書、果ては廊下に至るまで壁と屋根がある所ならば全て人工の安らぎが吹いている。 確かな贅沢がこの学園にはある。

敷地面積だけならばIS学園よりも広大な学校は探せば多くあるだろう。

しかし忘れるなかれ。 ここは人工島。 国家予算を投じて生み出されたIS学園は数ある高水準な設備に数ある部屋を有している。

そして数ある部屋はその分有意義に用途の幅を拡散している。

 

ほかの部屋や廊下と同じく空調の効いたそのうちの1つの部屋は広さはちょっとした公共のトレーニングジムと同じくらい、というか実質トレーニングジムである。

トレッドミルやアブドミナルなどのマシン類から無論ダンベルやバーベルなどの手動器具果ては外部から招き入れた資格を有した専属のトレーナーまで取り揃える学園付属のトレーニングジムは今やその広さがそのまま寂しさを感じさせた。

普段ならば運動系の部活や専用機持ちの候補生。 更に日頃から実技で体を動かす教師陣などそれなりに盛況しているのだが流石に通常時より三分の一少ない今は空きが目立つ。

もちろん課外授業中も二、三年は授業がある。

それに時期的にも忙しい時だ。

2年はあと半年で最上級生。

3年は進路だ。

例年でもトレーニングジムを利用する生徒の割合は大半が一年であった事もありそこに各クラス毎の予定が重なると全くの貸切状態になる事も珍しくはない。

それにいくら国家予算とはいえタダではない。

資格持ちのトレーナーという金のかかる要素は出来る限り削減したいためこの利用者が減る時期である三日間は名実ともにここに居る()()()2()()の貸し切りであった。

 

「暑い…」

 

ぼやくのは器具に腰をかける乾巧。 無論その器具は彼が座って以降椅子以外の使用をされていない。

 

「クーラー効いてるよ?」

 

寝っ転がって答えるのは高町なのは。 こちらはキチンとベンチプレスの本来の役割を全うしている。

過去世界で確認された3つのイレギュラーのうちの2人目である巧はだからよ、と少し苛立ち気に答えた。

 

「暑苦しいんだよ!」

 

そう言う巧はすぐ隣でバーベルを上下させ音を上げながら爽快な汗を流すなのはに噛み付く。

感覚的に察したなのははスッと横目をずらして目線を合わせないようにするがもう遅い。

既に巧は口から文句を飛ばしていた。

 

「隣でギッシギッシ鉄の棒上げ下げしながら汗かきやがって、俺になんか恨みでもあんのかお前。」

 

「いや、無いけど…」

 

冷や汗を混じらせながらなのははなんとか巧の烈火を被らないように用心する。 しかし巧は止まらず猛火は更に強まる。

 

「やっと暑苦しい外から逃れて来たってのになんでわざわざ冷房の効いた部屋で汗臭くて暑苦しい思いしなきゃなんないんだよ⁉︎」

 

「……」

 

ギッシ…ギッシ…

 

「だからやめろっつってんだよ!」

 

言うが早いかなのはのロックアウトと共に巧の右腕がバーベルを中程から取り上げた。

 

「ちょっ…」

 

もちろん文句を言うなのは。 対する巧は憮然としながら、

 

「重」

 

落とした。

 

「あっぶ⁉︎」

 

数瞬後なのはの頭部めがけて落下して来た数十キロの金属の塊は間一髪で伸ばされたなのはの両手に受け止められ事なきを得る。

安堵の溜息をしなのははバーベルをラックにかけ起き上がり今度こそ大きく息を吐いた。

 

「巧君…」

 

ジト目で見るなのはに巧は罰が悪そうに目を逸らすがやがて観念したかのようにそっぽを向いたまま「悪い…」と謝りそれからはなにも喋らなかった。

途端に人気のなさが静寂の形でやって来る。

静かな空気の中でなのはの息を吐く息遣いが聞こえた。

 

「はあ…分かったから、もう汗臭い事しないから。」

 

若干汗臭いの部分が気にしていたのか少し力を込めて言われる。

横目で確認する前になのはが隣をすり抜けて行った。

恐らく備え付けにされてあるシャワールームで努力の成果を洗い流すためだ。

IS学園付属は伊達ではない。

結果的に汗臭くも暑苦しくも無い当初の涼しい部屋を手に入れた巧は何も言わずに一面ガラス張りの窓から流れる雲を見上げた。

 

やがて着替えを済ませたなのはがタオルを肩にかけて現れた。

巧はいつも通り高価な器具をただの椅子として使っている。

それを背後から眺めるなのははもうその正面に不機嫌は居座っていないことを確かめほっと安堵し近づいた。

 

(なんで私の方が気を遣わないといけないんだろ。)

 

元はと言えば巧のせいである。 その上こっちは危うく病院の世話になるところだったのだ。 なのはの心に一抹の不満が浮かぶ。

 

「ま、いっか。」

 

それでも流してしまうのがなのはという人物が持つおおらかさだ。

なのはは依然として雲を見上げる巧の横に座る。

 

「暇だね。」

 

巧が雲を見上げる時は手持ち無沙汰な時である。

するとなのはの予想通り、口を開いた巧の語調は心底退屈そうであった。

 

「海なんて行くよりかは楽だけどよ。なんでこんな何も無いところで缶詰喰らわにゃなんねぇんだよ。」

 

「そんなに泳ぐのが嫌い?」

 

「泳ぐのは好きだよ。」

 

巧は海嫌いの理由をなのはに打ち明けた。

巧曰く、塩水に浸かるという行為そのものが面倒だという。

 

「まず海の水は辛いだろ。」

 

辛いとは主に関西地方で言う「しょっぱい」と同意味な方言で全国を放浪していた巧に自然に身についた方言かぶれである。

うんと返すなのはに巧は続ける。

 

「そんで塩だから海から上がったら真水で洗い流さないと気分が悪いだろ。」

 

「そうだね。」

 

なのはは幼少期。 まだ肌が弱い時に訪れた海で乾いた塩水に軽くかぶれて痒みに襲われた事があるため頷く。

 

「それに着替える場所とかの不便もある。」

 

全国の海水浴可能な砂浜に全て十分な脱衣所が有るとは限らない。

 

「もし外で物陰に隠れて着替える羽目になったら靴脱いだりする時に足裏にいちいち砂が張り付いたりで鬱陶しいしな。」

 

そう言い巧はとりあえず口を閉ざした。

それを見計らいなのはが尋ねる。

 

「だから海が嫌なの?」

 

幼稚ではあったが理由としては十分に首を縦に触れるものである。

暇つぶしの意味もありなのははこの話題を続けるつもりであった。

そして巧は首を横に振りながら暇を潰した。

 

「臨海学校とか、行事で行く海が一番面倒くせぇ。」

 

「どんな感じで?」

 

巧にとって最も心ざわりの悪いものらしく力を込めて憎々しげに吐き捨てるのをなのはも少し熱の入った目で動向を見守る。

 

「小学生の時に行事で海に行ったんだよ…」

 

言葉足らずをそのまま進めようとする巧になのはがあっと漏らす。

 

「もしかして潮干狩り?」

 

「おう、なんで分かったんだよ。」

 

「だって小学生で海に行く行事なんて潮干狩りくらいじゃない?」

 

「多分な。」

 

巧はそれだけ言って補足を踏まえてから脱線した流れを修正した。

 

「そんでよ、俺らはそこまで学校から歩いて行くんだぜ。」

 

「あ〜私も歩いたよ。海近かったから。」

 

「修学旅行の時はバス使う癖に何でああいう時は歩きなんだろうな。」

 

「そりゃあバスってお金要るもん。それに歩いたってことは近いってことでしょう。」

 

態々数キロそこらの海まで行くのに使うのはせいぜい自家用車までだ。

バスなんてチャーターするものではない。

しかし巧ははなから納得するつもりは無くふん、と吐き捨てた。

 

「バスで行けばな。なん十分汗だくで歩いてやっと海に着くわけだ。」

 

「そっからも何かあるの?」

 

「おう、やっと水ん中に入って涼めると思ったのにセンコーにクラスごとに並ばされてクソ長い話を聞かなきゃならないんだよ。」

 

「でもそれって大事な事だと思うよ?」

 

点呼だとか海の危険だとか教師は確認しなければならないだろう。

今は休憩中だが指導員をしているなのははそう巧に述べた。

 

「でも暑いだろ。」

 

ハッキリと嫌悪を告げる巧になのはは笑った。

 

「それで服は脱がずに汗だくのままジュースも買えずに歩いて帰るんだよね。」

 

「ああ。」

 

「たしかに面倒くさいね。でも友達と貝の大きさ競ったりそれはそれで楽しかったけどなぁ。」

 

「見せ合いっこするような奴なんていねーよ。」

 

「あらら。」

 

なのはが笑い巧にも笑みが生まれた。

誰もいない涼しい部屋が夏の猛暑とは別の要因で暖かくなった気がした。

 

居ないはずの一学年。

それを迎えるのも勿論居ないはずのイレギュラーが相応しい。

 

ガチャリ…

 

扉の開閉音にドキリとする2人。

一学年である2人が使われていないトレーニングルームに入り浸っていたのはなにも涼みに来ていただけではない。

学園側にバレたら一大事な我が身を隠すためである。

思わず身構えて固まる巧と即席で認識阻害の魔法をかけようとしたなのはは歴戦の勘だからだろうか、香ってきた安堵の所為に一息とともに声を上げその人物を労った。

 

「暑い中ありがとうございます。」

 

イレギュラー。篠ノ之束は変装用のかつらとメガネで飾った顔でぶっきらぼうに言った。

 

「準備出来たから。」

 

その言葉とともに扉から離れて視界から消える束を2人は追った。

 

 

ーー

誰もすれ違わない。

授業が被る絶妙な時間を狙って天災篠ノ之束が用意した逃走経路を通りながら一同は言いようのない不安感を抱いていた。

特に魔法なりですべのあるなのはと違い一眼見られれば一瞬で正体が発覚しかねない巧はその細めた瞳で前後左右を注視している。

それに触発されたかなのはも塗装と断熱材と骨組みで出来た壁の向こう側からの通行人に気を遣って何となく先行する束の影に隠れている。

しかしそんな気遣いと緊張をするのは2人だけのようで前を行く束は変装のためかそれとも生来の図太さからかは2人には不明だが今はそんな無神経もも気を紛らわせる。

それでも止まないソレに流石の無神経も手に取れるものがあったのか前から素っ気ない声がかけられた。

 

「大丈夫。」

 

言い終わると直ぐに先々へと行ってしまうのを少し止まった状態で見送る2人は顔を見合わせる。

 

「気遣われたのかな?」

 

「さあな。」

 

小声でやり取りをする2人は再び束を見てからもう一度目を合わせて肩を竦めた。

 

「遅れないで。予定が狂う。」

 

少しきつい声に慌てて足を速めた。

速めた足は幸い途中で遭遇による停止はなく不安視していた割にはスムーズに文字通り最後の関門へとたどり着いた。

 

これまでも秘匿性を重んじる必要があった彼らが何とか潜り抜けてきた学園の門と在住する職員はそれまでと同じ攻略法で機能を奪われていた。

見上げる先にある監視カメラは例により2つとも電源を落とされており内と外を見張る本来無休な筈の無人の目は数日ぶりの休みを満喫していた。

有休な管理人もこちらは交代制なため同一人物かどうかは知らぬがそれでも門は休みを頂いていた。

 

「駅は普通だから。」

 

束が門を素通りしながらそう言う。

二度目の説明は少し優しさにかけたがそこは経験積みだ。

以前と同じように「そうゆう風に」繕った3人は今日も通常営業である駅員たちの目を掻い潜り無事に無人の車内の同じ座席に陣取った。

再びむしっとした空気から解放され巧は息をつく。

10分もすればこれも再び元の木阿弥(もくあみ)である人工物と自然物の混じり合いの気温になるのだが取り敢えず落ち着いたことで生じた暇と余裕からリニスの時と同じく何事も無しに切り出していた。

 

「んで、なんで俺らは臨海学校をサボることになったんだ。」

 

巧の問いかけは未だ黙したままで腕を組む束に向けられていた。

 

「私も聞きたいです。実は結構楽しみにしてたんで…」

 

どうやら真相を知りたいのはなのはも同じ様子で巧の質問にいち早く反応して束に詰め寄る。

 

実はこの騒動の間違いなく中心人物てある2人は自分たちのズル休みの理由や方法もまるで知らなかったのだ。

彼らがしたのは前日に束に連絡を貰いその日のうちに校舎のトレーニングルームに移り一日寝泊まりしただけである。

肝心なことは何一つ知らないのだ。

 

すると顔だけ上げて束がアクションを起こす。

 

「それはごめん。でも花月荘自体には行くよ。」

 

キョトンと小首を傾げるなのはに束は続けた。

 

「まず君たちをどうやって休ませたのかは、ここ最近海外から飛行機とか船とか経由して入ってきた新種のインフルエンザの事は知ってる?」

 

こくりと2人は頷く。

まだメディアでも大きく取り上げていない程発生件数の少ない事例だがIS学園はその手の話題には敏感だ。

それぞれ担当教員から聞き及んでいる。

 

「なのはちゃんはそれに感染したって事にして私が保護者名義で申請した。」

 

成る程となのはが頷く。

それと同時に今度は巧が首を傾げた。

 

「…俺は?」

 

束はすぐに答えてくれた。

 

「ちーちゃんだよ。」

 

巧は目を丸くした。 にべもなく聞く。

 

「千冬さんからはなんも聞いてないぞ。もしかしてあんたの差し金か?」

 

睨む巧に今日初めて束がフッと笑みを浮かべた。

束は首を横に振る。

 

「うんにゃ、ただ時間が無かっただけだよ。学園のすべての関係者にはバレちゃいけなかったからね。」

 

「タイミングも考えて準備とかも無くて昨日の申請も正味ぶっつけ本番で済ませて成功したようなもんだからさ…報せる時間なくてね。」

 

悪戯っ子のような笑いを含ませながら束はメガネをクイっお上げる。

 

「ちーちゃんは私より大変だったろうから乾くんにも言えなかったんだろうね。」

 

取り敢えず仮病の経緯は聞けた。

次は目的だ。

しかしなのはが言う前に巧は噛みついていた。

 

「んで?」

 

「ん」

 

束は分からない。 しかし不機嫌である事は知ったようで珍しく気をつかう。

 

「…ごめん、なにかな?」

 

そのお陰でか巧は特に爆発とかせず(不機嫌なのは変わらず)に質問の全文を教えた。

 

「なんでトレーニングルームなんかに押し込んだんだよ。」

 

あ〜、と束が手を打って思い出したかのように笑う。

若干眉間に皺を寄せる巧の理由はやはり寝心地が悪かったからであろう。

なのはも取り敢えず暑がりな巧を説得し体に悪影響の無いくらいに冷房を調節してふかふかベッドをベンチプレスの台で代用した所為でいつもより眠り難かったから分かった。

束はニヤニヤとしながら答える。

 

「あ〜のね〜……やっぱインフルだし、全寮制なら即帰宅事項じゃん?」

 

何故か歯切れが悪い束。

ぽりぽりと頰をかく。

 

「でも2人とも家無いじゃん。」

 

異世界人である2人には基本的に住所不定で出生不明だ。

勿論家なんて無いしアパートを借りようにもそういう類は大体身分の証明が必要となる。

なのはは束の巧は千冬の尽力のお陰でIS学園にて身分を手に入れ暮らしている訳だがそれはあくまで仮のしかも限定的なものであった。

 

「それでもネカフェとかカプセルくらいならなんとか誤魔化し効くかもだけど〜やっぱりもしもの時ってあるじゃん?」

 

もしそこでトラブルになれば学園側に知られることとなる。

 

「それに帰宅届けとか必要なカルテとか色々めんどくさいし…」

 

「あ?」

 

「いやなんも?」

 

ということで、と束は締めくくった。

 

「取り敢えず普段授業とかで平日午前中は利用者がいないそこを選ぶことにしたんだ。」

 

以上がズル休みの仕組みの部分である。

なのはが分かりましたと説明を咀嚼し改めて聞いた。

 

「なんでそんな事をしたんですか?」

 

「うん…」

 

刹那の意図せぬ束の言葉の節で使われた息継ぎが予期せず緊張を生んだ。

 

 

「襲撃に備えるため2人は自由が利くようにしたかったんだ。」

 

嫌な汗が流れた。

 

 

ーー

 

「襲撃?」

 

2人が同時に言った。

束はいつになく真面目なテンションで答えた。

 

「ISは全てコア・ネットワークって奴で繋がってて束さんには手に取るように状況分かるって話は一度したよね?」

 

なのはは勿論巧も聞かされていた。

開発者である束は全世界のISの記録情報を全て網羅することが出来るのだ。

 

「そんでアメリカとイスラエルが合同で開発してた第三世代の銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)って軍用ISがあるんだけどね。」

 

そこにきて「えっ」と声を上げるのはなのはだ。

なのはは確認するように軽く話に入ってきた。

 

「ISって軍事利用禁止ですよね…」

 

「約束破る人なんて何処にでもいるんだってこと。」

 

かつての犯罪者達を思い出して黙ってしまうなのは。

しかし今掘り下げるべきなのはそこでは無いため束に譲る。

 

「最近それがネットワークから外れた。」

 

静かにふつふつと上がるものを抑えるように束が吐き出す。

ISは束にとっては娘同然だ。

無断で弄られるだけでも本来なら不本位な所をスカリエッティにより仕方なく認め、そして今回の身勝手な使用法は完全に束の神経を逆撫でしていた。

その怒りを押し込めるのは偏に目的の重要性が高いからだろう。

巧となのはも黙って次を待つ。

 

「最後の記録ではその福音は丁度今日の午後2時に箒ちゃん達の居る花月荘に向かうって記してあったんだ。」

 

驚きの代わりに冷静な緊迫がなのはと巧を襲った。

 

「だから俺らで迎撃ってことか。」

 

「いや、違う」

 

巧の言葉を遮ったのは束だった。

混乱に少し緊迫が弱まる。

束はなんとなしに言った。

 

「ISの暴走だけならこの世界の問題だから君らに迷惑かける気は無いよ。」

 

それは束なりの気遣いだった。

目を丸くする巧に優しい笑みを浮かべるなのは。

しかしそんな2人だがその脳裏と心は先程よりも冷静であった。

 

「つまり」

 

「その暴走の原因って」

 

巧が言いなのはが繋げた。 更に一息持って束が

 

「君たちサイドの問題なの。」

 

()()()()()サイドの、即ちそれはスカリエッティが福音の暴走に一枚噛んでいるということを示していた。

 

「確かなのか。」

 

「証拠の痕跡は沢山見つかった。魔法の痕跡もオルフェノクの痕跡も…まるで見つけて欲しいみたいにね。」

 

質問の返答に巧は顎に手をやる。

スカリエッティ達の不気味さが読めなかった。

 

「リニスちゃんは念のため学園に残って貰って今はプレシアさんに先に花月荘で待ってもらってる。」

 

リニスを残したのはもしも福音の暴走が陽動であった場合取り敢えず頭に思いつく限りで一番関連が高いIS学園を見張らせるためである。

高ランクの魔導師であるリニスならば例えスコールクラスの敵でも渡り合える筈だ。

 

「2人はこれから福音の経路上にある2つの離れ小島にそれぞれ下ろして福音に同行してるだろう魔導師かそら豆軍団。或いはオルフェノクを倒して欲しい。」

 

「福音はどうすんだよ。」

 

束の話では確かに重要だがそれでは肝心の箒達の危険を排除し切れない。

巧の疑問に目の前の天災は少し力強く答えた。

 

「私が叩く。」

 

巧にも引っかかる認識阻害を持つ束の瞳はそれでも印象に残った。

「言ったでしょ。IS関係なら()()()()問題だって…」

 

走行音の少ないモノレールの振動小さくなっていくのがしっかり伝わってきた。

停車のアナウンスが流れ瞬間意識が横にズレる。

 

「せめてそこは責任取らなきゃね。」

 

束の浮かべた柔らかい表情の種類は正しく判別出来なかったがなのはと巧はそれが物凄く誇らしげに見えた。

 

モノレールが停まった。

 

 

ーー

 

青いのは光の反射である。

そんな事は高校生の一夏なら解っている事ではある。

聞き飽きた海に対する美意識。 それを表現する言葉やポエム。

多くの小説家や歌手までもがそんな小学校で習う光の屈折現象を言葉巧みに言い換えてセンチメンタルに浸っているのは不思議に思えた。

 

「海は広いな、大きいな。」

 

ふと浮かんだ歌が一夏にはそれの回答のようにしっくりきた。

多分海がとっても大きいものだからそんなに大げさに感情表現をするのだろう。

コップ一杯だけで起こる光の屈折に一々職業人が食いついたりはしない。

きっと途轍もなく大きい海だからこそ人が惹かれるのだ。

一夏は次にフォーカスを絞って1日目の自由時間を満喫するクラスメートを見た。

浅瀬や少し足のつかない所を悠々自適に楽しむ姿は本当にたのしそうだ。

 

おれも泳ごう

 

折角海まで来たのに泳がずぼーっと日光浴だけするなんて、それはそれで乙だが勿体ない。

起き上がり尻に付いた砂をパンパンと払い一夏は海に向かって足を進めた。

 

 

 

 

「いっちか〜〜!!!」

 

 

 

「ウミネコォ⁉︎」

 

勢いよく背後から飛びついた鈴音がそれなりに鍛えてある足腰を揺らす。

なんとか耐えた一夏は丁度肩車のような体勢ではしゃぐ鈴音に固定された首の代わりに目を回して抗議をあらわにする。

 

「おい鈴あぶないだろ。」

 

「うっさい。良いじゃん受け止めたんだから。」

 

先程のご機嫌を少し不機嫌に変えて反論する鈴音は本当に気まぐれな猫のようだった。

 

「降りろよ。」

 

「一夏、あれ見える?」

 

聴いていない。

肩車によって高くなった低身長で変わった景色を満喫する。

 

「こういうのは乾くんとかにしろよ。あいつの方が背高いんだから。」

 

「ばっか居ないじゃないアイツ。」

 

「それに一回今みたいに肩車させたら酷い目に遭ったもん。」

 

「なんかあったの?」

 

少し不機嫌な鈴音が気になって一夏は文句も忘れて話を掘り下げる。

頭の上で鈴音が忌々しげに声を出した。

 

「一昨日の夜、寮でアイツ見かけたから飛び乗ってみたらそのまま扉のへりにぶつけられたのよ。」

 

うわあ…、と一夏は想像して額をさすった。

 

「その後喧嘩してぇ…寮長が千冬さんだったからたっぷり絞られた。」

 

「ああ、一昨日なんか騒がしかったのってそれか。」

 

「うん。」

 

スッカリ肩車については気にしなくなった一夏はそのまま海まで散歩に出ていた。

するとやはり目立つのだろう。

寄ってくる人混みに茶化しやちょっと羨まれたりするのを少し気恥ずかしく思いながら海まであと数歩の所で本格的に捕まった。

 

「一夏、ちょっと良いか?」

 

呼び止めたのはラウラだ。

何故かラップタオルで身を覆っており隣のシャルロットがそれを見て満足げな笑みを浮かべているのが気になった。

 

「なによ?譲んないわよ。」

 

既に定位置に愛着を持っているのか睨む鈴音。

もし毛並みがあれば見事に逆立っていただろう。

ラウラはそんな鈴音を相変わらずの真面目顔でなだめた。

 

「いや、そこを君から奪う気は無いよ凰候補生。ちょっと織斑君に水着を見てほしいだけだ。」

 

「はあ⁉︎」

 

しかしその内容は鈴音の琴線を思いっきり踏んづけていた。

一夏も若干混乱しており鈴音は以前の首絞めの件もあり恨み込みで今にも飛びかからんとしている。

 

「大丈夫だよ鈴。ラウラは一夏をきみから取ったりしないから。」

 

代わりに止めに入ったのは傍観していたシャルロットだ。

柔らかい空気が張り詰めそうになっていた鈴音を和ませる。

 

「ラウラ元々一夏に水着を選ぶのを頼んでたんだけど一夏が断ってぼくが選んだんだ。」

 

「本当なの一夏?」

 

「ほ、ほんとほんと。」

 

何故か睨まれる一夏は慌てて下手なことを言わないように肯定だけをした。

あははとシャルロットが笑い続きを言った。

 

「で、折角選んだんだから一夏に見てもらおう、てぼくが誘ったんだ。」

 

ラウラがそれを肯定する。

事の推移は以上のようだ。

しかししこりが残ったのは鈴音だ。

 

「それでなんで一夏に見せることになんのよ…」

 

ジト目で文句を言う鈴音に今度は一夏が制した。

 

「いいじゃないか。元々は乗りかかった船だしおれもどんな水着になったのか気になるよ。」

 

一夏に認められては鈴音も大きく出られない。

頰を膨らませながらも引き下がる。

 

「かなり可愛いよ?」

 

「そうなのか?それは楽しみだ。」

 

シャルロットが茶化しながら一夏を焦らす。

対して面白く無さそうに頭の上でそっぽを向く鈴音。

当のラウラは期待度の高さに頭を掻きながらしかし直ぐにタオルの留め具を外した。

 

「あんまり期待されても困るが…これだ。」

 

おお〜〜っと一夏と周りの見物人から声が漏れた。

シャルロットがラウラにあてがった水着はなんとビキニであった。

黒い布地は派手さは無いが腰横のリボンや控えめなフリルが実に可愛らしい。

 

「さ〜ら〜に〜」

 

見とれる一夏に空かさずシャルロットが動く。

バッとラウラの長い銀髪を優しくしかし素早くまとめツインテールにしたのだ。

普段はクールで寡黙過ぎるため丁度いい塩梅となりあまり気にしなかったラウラの本来の可愛らしい容姿が際立った。

 

「いいな。」

 

掛け値無しの賞賛にいつのまにか遠巻きに見ていた他の一年達もそれぞれ好印象な感想を述べた。

 

「いいでしょー?」

 

「いいかなー?」

 

シャルロットが我が事のようにニヤケ、鈴音も口と表情では酷評しながらもラウラの可愛らしさは認めていた。

ラウラも流石に気恥ずかしくなったのか少々顔に朱を混ぜながらも満更でもない様子を見せた。

 

「それは良かった。呼び止めてすまなかったな。遊んでくる。」

 

「じゃあね。」

 

本当にただ見せびらかしたかっただけらしくアッサリとラウラとシャルロットはそれぞれ他の友人達の元に遊んで行った。

残った一夏は少し迷った次に再び海の中に鈴音を肩車して入って行った。

冷たい感覚が気持ち良い。

足首程度だった浅瀬も今や腰、胸、肩まで浸かっておりここまでくると鈴音も足が浸かっている。

そして一夏は自分が息が出来ない寸前になると足を止めた。

なんとなしに水平線を眺めている。

特にする事は無かった。

 

「なあ、泳ぐ?」

 

一夏が肩に担ぐ鈴音に聞いた。

頭に小柄な体重を預けながら鈴音は否定した。

 

「暫くこうしてる。」

 

「そっか。」

 

結局砂場で日光浴をしているのと殆ど変わらない静かな楽しみを2人は暫く満喫した。

 

 

ーービル街

 

何処かの街並みが広がる景色を遮る物のない故によく見える一面の窓から男は眺める。

 

「会長。」

 

もう1人の男がその男に声をかけた。

三十代そこらの東洋人。

村上だ。

 

よく見れば会長と呼ばれた男はかつては立場の逆であった男だ。

かつてシャルル・デュノアの正体が一夏に露呈した情報をその時は会長と呼んだ村上に報告した男が今は村上からそう呼ばれていた。

 

「村上社長。」

 

村上は社長になっていた。

相変わらず感情を読ませない。 それでいて不快に感じさせない程度の親しさで男は村上に話す。

村上はあの時と変わらず笑顔を称えながら男に対した。

 

「我が社の経営は順調です。」

 

会社の経過報告を村上は一言で済ませる。

本来ならもう少し具体的にすべきだろう所も村上はそれだけで済ませた。

しかし男がそれを咎める事はない。

 

「そうか…」

 

一言だけで男は片付けた。

しかしそれは不敬なわけではなく村上の狂気に触れないための最低限の発言だった。

村上は相変わらず笑顔を消さずに男を見る。

スカリエッティも笑顔が狂気を印象付けているが村上のはもっと静かで這い寄るような狂気だ。

スカリエッティが圧倒的な力で他者を飲み込むのなら村上は相手が気づかない所で静かに蝕んでいく。

男はそれを出来るだけ関わりを避ける事で防いでいた。

 

「では私は仕事が有りますのでこれで。」

 

そう言って村上は何もない部屋から退出をした。

異世界人の事を知る男はこの部屋が彼らにとっての隠れ蓑だという事を知っていた。

そしてこのビルからかれらが出る事はこの世界にとって良くない事である事を男は気づいていた。

気づいた上で男は黙ったままであった。

 

何もない部屋が今度はこの世界の住民であるはずの男を捉えていた。

 

 




たっくんとなのはさんはインフルに感染して自宅待機になりました。
しょうがないね。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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変質
40話 防衛作戦開始‼︎


アーキタイプブレイカーハマってるぜーー。
人には勧めないけど…
正直ストーリーモードを進める意欲がバトルの度に削がれるんですけど…

あっ、更新が遅いのは元からです。ご心配なく。

推しはセシリアの田中ジョージア州です。


緊迫感。 緊張感。 困惑。 不快感。 焦り。 不安。 まだ見ぬ要素。 まだ聞かぬ要素。 何かある。 全てを纏めてもまだ足りない。 過去。 経験。 データ。 纏めて出してもまだ足りない。

 

圧倒的。 究極的。 終息的。 結末的。 エンド。 完結。 筆を置く。

 

踏み出す。 砂の音。 水の音。 こっちは知らない。 満喫している。踏み出す。 アスファルト。 割れている。 熱がこもっている。 むしっとする。 むわっとする。 こっちは知っている。

 

種類の違う二方向。 片方が向かっている。 もう一方は知らずに待っている。 遊んでいる。

 

得体の、 種類の、 分別の、 知れない。

 

怖い、 恐ろしい、 気味が悪い、 敵の接近。

 

中間地点での交錯が真っ青な水平線を彩っていくーー

輸入品の絵の具が水平線に有り得ない色を引いていくーー

混ざったら最後、もう元には戻らない絵本物語ーー

 

………………………………………………………

 

『自覚ありな貴女は止まらない』

 

『救世主改め侵略者はそれでもめげない』

 

違う2人はその気が無くても世界を変えてしまいます。

もう後戻りは出来ません。

 

 

 

 

『機械頼りのヴァルキリーを描くキャンパスは外来品に侵される』

 

出来る事は上塗りだけ。

ボンドだけが破滅からの回避。

 

 

 

 

 

ーー花月荘

 

老舗とは言えないIS学園今年度一年生達の宿は早くも他の旅館、ホテルなどとは一線を画した魅力を有していた。

若女将の清洲を中心としたオーラというか凄みというかは特に観光地という訳でもない花月荘の立地を補って余りある魅力を産み年間の利用者数でも同規模の旅館、ホテルを引き離している。

何故IS学園ご贔屓になったのかその経緯は不明だがしかし好印象を与えた要因はその魅力にあるのだろう。

 

ただ幾ら常連さんといえどもこちらも商売。

予約人数の穴まで埋めてやって貸し切り状態にする程気を回してやる事は出来ない。

チラホラと見える学園とは無関係の人たちは全てそういった穴を埋めてきた人間たちであり特に学園との関係について何も知らない初見さんは世界有数の有名校の生徒たちの存在に目を白黒させている。

常連ならば兎も角噂を聞きつけ偶々今日初めて訪れた彼らの目は物珍しさに染まっている。

 

それでも例外は居る。

 

良くも悪くも目立つ十五、六の少女たちを観察する瞳の中に同じく初めての利用でありながらまるで周知の事のようにごく当たり前の視線が混じっている。

束の連絡を受け増設された出島の地点からバスをつけていた彼女たちの護衛役であるプレシアはあくまでもバレないように遠目から今は自由時間を海にて満喫してしている一同を観察している。

彼女が現在見張りの定位置としているのは花月荘の客間の二階部分。

丁度観光客が生徒たちと混ざり満喫している海とは壁と対面している部屋だ。

隠密行動を謳っているわけではないがそれでもその方が仕事がやりやすい事と急な要請だった為こんな部屋しか用意出来なかったためだがどちらにせよこれで万が一にも一夏たちにはバレる事は無くなった。

 

それなら死角的に監視など出来ないのではないか?

お忘れなかれ、彼女こそ前の世界では条件付きとはいえ無尽蔵に近い魔力量を誇り大魔導士とまで称された人間。

この世界には以前のような媒体となるような機械類が無いため少し不便ではあるがそれでも魔力運用という点でいえばなのは並に優秀な彼女は非常に効率的なサーチャーを数個生成し一夏たちや辺り一帯の様子を探っている。

体力の損耗を控えるために折角の海に興を乗らせることは出来ずに居たがそれでもプレシアは取り敢えずは束たちが到着するまではバカンス気分は抑える事にした。

 

「あ、ビーチバレー…良いなぁ……」

 

まあぼやくくらいは許されるだろう。

プレシアの小さな葛藤は誰も知らない。

 

 

ーー

 

みんなお待たせ。

このみんなに第三者が語り掛けているようなメタ的で二次創作的にはありきたりな描写をするって事は俺が誰なのか分かるよな?

 

そう一夏だぜ。

 

現在俺は疲れて居ます。

原因はついさっきまで一年生全員で熱狂していたビーチバレー勝負。

ここで重要なのはビーチバレーではなく勝負の部分である。

勝負とは勝ちに負けをくっ付けて勝負と呼ぶ。

そんな小学生になれば誰でも習う一般知識の勝負を俺は15年生きてきてまるで解っていなかったのだとついさっき思い知らされた。

まあなにが言いたいのかというとそのバレーボールの参加者が俺以外みんなガチメンバーだったという事だ。

 

相手チームに自称七月のサマーデビルこと谷本さんにハンドボール部所属でバリバリの体育会系である相川さん。

この時点でも、情けないが俺よりも余程戦力になっている。

それに加えて千冬姉と山田先生の4人ペアだ。

主砲にかつて世界を取った一振りを持つ千冬姉とハンドボールで鍛えた谷本さんを加えサポートにかつての代表候補生とあの七月のサマーデビル(どのサマーデビルさんかは知らぬが)を据えている。

攻撃特化のチームだが司令塔でもある千冬姉の正確な指示により抜群の攻守の切り替えが得意な強力チームだ。

 

対して俺が所属したチームの残りメンバーは俺と一緒に誘われた鈴と剣道部の仲間と遠泳していた箒とそれまではビーチパラソルの下で涼んでいたセシリアが入る一組、二組混合の純生徒チーム。

向こうが攻撃特化ならこっちは防御主体。

セシリアが伸びのあるジャンプで向こうのアタックを射出寸前で防ぎ溢れたボールは砂の上でも抜群の安定感を持つ足腰の箒と砂浜をまるで猫のように素早く駆け抜けられる鈴により拾われる。

その後再びセシリアが相手の嫌がる位置と角度に絶妙な力加減で放り込むのだ。

そしてやはりこちらも司令塔が優秀だった。

セシリアのまるで360度目が周るかのような適切な指示はとても分かりやすくお陰で俺も何回か見せ場を作る事が出来た。

 

多分セシリアの指示がなけりゃ試合中ずっと棒立ちか動いたとしても他の2人の邪魔になっていただろうからな。

試合は接戦の果てうちの負けに終わったが一組のみんなや他の組の子たち。 そして一般の観光客の人たちからの拍手と歓声に感動しながら俺は精一杯応えようと手を振った。

 

そんでもって今になってその疲れに襲われてダウンしているって所である。

因みに俺以外の面々は敵も味方も現在進行形で楽しく遊んでる。

どんな体力してるんだか…

俺は暫くこうして砂浜で体育座りに日光浴と洒落込む事にした。

 

「お疲れですか?」

 

「え?」

 

思わず飛び出た擬音は普段あまり聞く機会が少ない低い男性のものだったからだろう。

姿勢を崩して声の人物を見上げてその正体もはっきりと見て取れた。

三十代半ばくらいのその人は何故か黒いビジネススーツをぴっちりと着こなしネクタイまで締めていた。

最近までトレーニングにも支障をきたす程嫌悪していた暑苦しい格好そのものだが何故か男性からはそんな汗疹が浮かんできそうな類の感じはしなかった。

常人なら必然的に生じるであろう体温上昇を引き起こす厚着を男性は極めて涼しげに纏っている。

 

まあなんにせよ取り敢えず歳上の初対面さん相手にいつまでも無視を決め込むのも失礼だ。

俺は立ち上がって男性に向き直る。

尻の砂を軽く払いながら質問をした。

 

「あぁ、バレーですか?まあ、はい。」

 

言葉足らずな所は仕方ない。

俺だってアドリブが得意なわけじゃないんだもの。

男性も分かってくれているようで文句は言わずにいてくれた。

 

「接戦でしたね。若いとは素晴らしいものです。」

 

そう言って笑う男性は見た感じの年齢よりも落ち着いて見えた。

暇なためかなんだかこの変わった男性に興味が湧いてきた。

 

「観光客の方なんですか?」

 

「そう見えますか?」

 

くすりと笑われて、本人はそのつもりではないのだろうが少し気恥ずかしくなる。

まあ折角の海にスーツ着て遊びに来たりしないわな。

 

「お仕事かなにかで…」

 

「ええ、そのようなものです。」

 

男性は矢張り頷いて見せた。

俺はへー、と相槌をそこそこに話題として掘り下げることにした。

 

「失礼ですけどどんなモノなのか聞いても。」

 

言っててそれなりに勇気が必要で言い終わってからも少し緊張があったけど男性は快く教えてくれた。

 

「大事な待ち合わせです。」

 

「待ち合わせ…」

 

普段女子の中にいるからか無意識に愛人という単語が浮かんできてしまったがもう言った通りこの人は仕事だ。 そっちではないだろう。

俺が取引先ですかと尋ねると男性はまたそのようなものですと茶を濁したように返してきた。

 

「仕事と言っても所詮は人付き合い。ムードがある方がいいでしょう。」

 

そういうものなのか。

学生としての経験に商談相手との付き合い方なんてないので実感として湧かないがプロが言うのだからそうなんだろう。

 

「まだ時間があるので取り敢えず遊べはしませんが外の空気を吸うくらいは出来るだろうと出てきたら君たちのビーチバレーを目撃した訳です。」

 

そして男のくせに情けなくも1人だけ力尽きた俺もついでに目に付いたらしい。

うわぁ、なんかすっげぇ恥ずい……

そんな顔を熱くさせる俺の耳に砂浜を踏んだ際特有の足音が聞こえてきて反射的に振り返る。

水色の髪を内巻きの癖で流す簪さんがそこに居た。

大人しい彼女には珍しいホルターネックの黒いビキニは下にはフリルが付いていたがそれでもセクシーだ。

あ、意外と巨乳や。

 

「一夏くん、その人は?」

 

どうやらビーチから見ていて気になったらしく態々近づいて来たようだ。

当初と比べて明らかに仲良くなってきた簪さんになんだか嬉しくなる。

あとISの時も着けている頭の髪飾りみたいなのはいつでもつけるのだろうか。

 

「さっき知り合ったんだ。名前は……」

 

そういえばなんて言うんだろうこの人。

すると男性は俺の一歩前に出て簪さんに答えた。

 

「村上峡児です。」

 

 

ーー

 

空飛ぶ人参

 

何を言っているんだと思われるかも知れないが実際一夏たちが楽しむ花月荘に近づく飛行物体の形は人参そのものである。

雲の上を優れたステルス機能で空港や防衛省の把握する国内のレーダー網を鳥か虫の大きさで駆け抜けるこの巨大人参はそのテクノロジーのクオリティに反して中に居る製作者の身なりは中々残念なものであった。

ミュージカル女優が舞台でも滅多に着ないような普段着にいつのまにか着替えた束はそんな奇抜な格好をまったく気にせずに搭乗するなのはと巧に向いている。

 

緊張する機内、もとい人参内。

 

無言は時と場合によってはムードメーカーになり得るが今は空気を重くする。

そんな主催者による重い空気に晒されている状況でもなのはと巧の2人に力みやプレッシャーといった場の流れを気にする類は無い。

事前の作戦を遂行するために集中力を高めるなり普段通り振る舞うなりに落ち着き冷静な2人はさながら職人のようでもあった。

程よい緊張感の後に目的地近辺に近づいたことを示す電子音が鳴った。

製作者の束が確認し2人に報せた。

 

「先ず乾くんから降ろすね。」

 

言うが早いか次の瞬間には認識ロケットはゆっくりと目的地である離れ小島の1つに着陸し巧とそして束が前日に運び込んでいたオートバジンを一緒に降ろした。

無人島に足を着けた巧はなのはの労いもそこそこにロケットの邪魔にならないように森の中に入って行った。

再び飛び上がった人参ロケットは世間一般での被害よりも圧倒的に少ない噴射と音で離陸ともう一つの小島への着地を行った。

 

次はなのはの番である。

速やかに降りようとするなのはに束の待ったがかかる。

 

「ちょっと話しておくことがあるの。」

 

「はあ。」

 

本来なら一刻も早く行きたいのだが他ならぬ作戦立案者である束の呼び止めに素直に従うなのは。

束は最後の連絡を一分弱で終わらせるとタラップを降りるなのはにこう言った。

 

「気をつけて。」

 

それになのはは力一杯返事を返した。

飛び去って行くロケットを見上げる。

束は本土の方で事前に用意しておいたゴーレム部隊の方へ行くのだろう。

なのはは左腕に締めた腕時計を一瞥する。

 

襲撃予定時刻である午後二時まで後30分だ。

 

それを噛みしめると共に数キロ程離れたもう一つの離れ小島を見る。

生憎ポツンとしか見えない島に居る筈の巧の姿は確認できないがそれを名残惜しく想う場合ではない。

 

「じゃあ行こっか。」

 

懐の相棒に告げなのはもまた森の中へと足を進めた。

 

 

ーー

外からは密集してとても人が入っていけるような所ではないと思っていたなのははその実スペースのある木々の間を細身の体を何不自由なく滑り込ませて進んで行く。

高低差のある舗装なんて概念が入り込む間のない自然の道。

海の上でそれ程の広さもない小島には木々以外の生物は昆虫か飛び疲れて休憩する鳥くらいのものだろう。

不安な足元を器用に乗り越えながらなのははこの不便を楽しんでいた。

 

熱帯雨林さながらの温帯気質は着て来た服のチョイスを悔やむ程だがそれはそのまま自然という証だ。

頭上に登る木々は観葉植物のような美しく均一の取れた枝ぶりではなく他の木々に遮られたり自重で垂れたりぐるぐると奇妙な形がなんだか寧ろ自然な綺麗さになっていると思った。

水捌けの良い土壌も中心に行くごとにまるで山のような確かな豊かさが見えて来る。

もしかしたら本土から泳いで来た野生動物でもいるのかも知れないとなのはは辺りを見回す。

生憎その希望は今すぐに報われることは無いようである。

 

「急ごっと。」

 

言葉通りになのははそれまでの一概に観光気分に見える仕草から完全に切り替わっていた。

かざした手から桜色のサーチャーを数十個飛ばす。

ここまでの数ともなると最早ISの第三世代のコンセプトである『操縦者のイメージ・インターフェイスを利用した特殊兵装の実装』。

即ちセシリアのブルー・ティアーズやラウラのAIC並の負担が掛かる。

さしものなのはもこの数のサーチャーを同時並列で操作することは困難を極める。

いかに魔力量が高くとも脳までは特別性では無いからだ。

よって出来る人に少し手伝ってもらう。

 

「レイジングハート。」

 

なのはの呼びかけに電子音で応えたレイジングハートは中継役としてなのはの負担を軽減する。

人間の脳ならオーバーヒートを起こす動作量もレイジングハートを介せば問題ない。

一気に島を飛び越え辺り数十キロを花月荘を囲むように飛び散ったサーチャー群はなのはの感覚とリンクして襲撃に備える。

なのははもう一度左の時計の針を見た。

如何に福音が超高速移動が可能とはいえ時間的にそろそろ近辺に居なければならない。

未だに引っかからないレーダー網に警戒を向けながらなのはは更に広域にサーチャーを並べようと指示を飛ばす。

 

機械的な声は直ぐに響いた。

 

『master、魔力反応です。』

 

「っ…レイジングハート!」

 

顔を強張らせるなのは。

サーチャーに引っかかったのは福音ではなく魔導師の方であった。

なのはでは分散しすぎて感知するのに時間がかかる所をレイジングハートは誤差なしで報せる。

直ぐに懐から取り出されたレイジングハートは主人からの起動キーであるコマンドを待ちながら展開に備えた。

機械の洗練さに打ち勝ったのはまたもや未知の力であった。

 

「かはっ⁉︎」

 

衝撃。

 

浮かび上がるなのはの生身。

ショックで手元から零れた待機状態の宝石が草むらに落ちて汚れる。

香りのしない薔薇の花弁が舞った。

 

 

ーー

 

「くそ暑い…」

 

ボヤく巧に隣をその車重で沈む足元に苦労して歩くオートバジンが無言で追随する。

着いてみたはいいが手持ち無沙汰になった巧は取り敢えず付近の散策へと赴くことにした。

 

今思えばそれは照りつける太陽の下から見た木々の影が羨ましく見えた事や何だかんだ言って久しぶりの海に舞い上がって探検気分となっていたこともあったのだが巧は絶賛後悔中であった。

木々の影は確かに直射日光を遮ってはくれたがその分閉じ込められた空気の悪さといったら外の倍は不快である。

それでも引き返したりしないのは暑さへの嫌悪の方が勝るのだろう。

落ちている小枝や倒れた倒木を乗り越えて所々にある崖とは言えずとも深そうな割れ目などを飛び越えて巧はふと足を止めた。

 

「変身すりゃあいいじゃねえか。」

 

ファイズのスーツならばこの不快感からもシャットアウトしてくれる。

巧の発言にオートバジンは素早く応えた。

直ぐさま崖越しにビークルモードとなった彼はトランクのアタッシュケースを巧に差し出した。

気の利く行動をよしとした巧は台座代わりにオートバジンを使いながらアタッシュケースからアイテム類を取り出して同じく取り出したベルトに取り付ける。

デジカメ兼パンチングユニットであるファイズショットを左腰部分にはめ込もうとした所でそれは起きた。

 

長年渡って身についた巧の勘が背後から音もなく迫り来る光弾を交わさせたのだ。

しかし幸運はそこまで。

 

勘のないオートバジンは巧を狙った光弾をモロに車体に食らう。

オルフェノクの攻撃にも耐える装甲は見事に光弾を弾き飛ばしたが足回りの踏ん張りだけは彼は市販品のバイクと大差しない。

スタンドなんてなんの支えにもならずバランスを崩したオートバジンはそのまま巧に向かって後ろ側。

 

()()()()()()()()

 

「あっ」

 

巧の言葉のように呆気なくオートバジンは戦線を離脱していった。

無論アタッシュケースに入れていたベルトごと巧の前から消えていったのである。

呆気に取られる巧に更に光弾が襲いくる。

舌打ち一つし巧はそれを回避する。

ベルトがない以上巧はそれを防ぐすべはない。

木々を盾にしながら連続して巧より少し上から放たれる光弾を必死に躱す。

自慢がえぐれ木の破片が飛び散り土煙のように辺りを濁らせる。

光弾を放った襲撃者は一旦攻撃を辞めすっかり大人しくなった巧を探すため近づいてくる。

 

バッと襲撃者の上に影が出来た。

 

慌てて空を見上げるといつのまにか頭上を取っていた巧のが右腕を掲げて襲撃者に襲いかかっていたのだ。

面を食らいながらも冷静な頭で回避は不可能と悟ったか襲撃者は左腕を巧に翳す。

すると淡い光に包まれた左腕を中心に隙間を開けて光の玉が形成され彼乃至彼女を包み込んだ。

防御を記す魔法陣である。

敵は魔導師である事を悟る巧はそれでも変えられない結末に抵抗する形で拳をバリアへと叩きつけた。

 

いい音がするなと巧は思った。

 

巧の拳は魔導師の張ったバリアを突き破り魔導師の顔面を捉えて撃ち抜いた。

地面に仰け反った状態で叩きつけられた魔導師の近くに巧も両手をついて着地する。

直ぐに身構えるが余程効いたのか魔導師は殴られた所を抑えて立ち上がれないでいた。

巧は自分の右手に目を落とした。

カシャリと金属音が拳に嵌め込まれたファイズショットから鳴った。

 

「これだけ掴んでて良かったな。」

 

正に藁をも掴む思いで落ちて行くベルトからなんとか掴み取ったパンチングユニットは生身でも絶大な威力を齎した。

油断も有ってか大して危惧もしていなかった魔導師は軽めに張ったバリアを見事にブチ抜かれてクリーンヒットを許してしまった訳だ。

しかしそんな哀れな魔導師に巧は容赦しない。

 

「この野郎」

 

言いながら巧は魔導師に馬乗りになりながら未だに反撃を取れない魔導師の顔面を無理やり開けさせ更にファイズショットで殴った。

正体を隠すためか彼に被せられた仮面からくぐもった声が溢れる。

巧はついでに左腕でも魔導師の顔にハンマーを下ろす。

 

「よくもやってくれたな、お前のせいでな。」

 

巧の視線はオートバジンが落下していった割れ目に向けられる。

怒りの顔に悲しさが混じった。

拳を振り下ろしながら魔導師へとその悲しみをぶつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「折角変身して涼もうと思ってたファイズのベルトが落ちちまったじゃねえか‼︎」

 

 

哀れオートバジン。

 

 

 

 

汗を滴らせながらも吹っ切れたのか巧はそんなものを気にせずに魔導師の顔面に振り下ろす。

被っている仮面は多少の歪みはあれども未だに健在だ。

何か仮面にも防御魔法がかけられているらしい。

いい加減切れてきた息で鈍くなった動きの隙間を突いて先ほどまでダラけていた魔導師が急に動く。

不意をつかれた巧はそのまま跳ね飛ばされ背中を汚す。

それでも直ぐに立ち上がり反撃する巧に今度は魔導師が先手を取る。

 

「あいてっ」

 

巧のファイズショットの威力を警戒した魔導師はなんと魔法ではなく綺麗な前蹴りで巧を迎撃。

モロに腹に食らった巧は翻筋斗打って再び背中を汚す。

そして開けた距離を突いて今度こそ差し出した左手に魔力を集中させる。

オートバジンを谷底に落とした光弾だ。

巧の表情に焦りが生まれる。

 

混乱しながらも巧は目の前の仮面の魔導師がかつての戦いで駅にて結界を張った張本人かも知れないと当たりを付けていた。

ともすれば相手はスカリエッティ陣営の使い。

なのはなら兎も角テロリストの仲間がわざわざ非殺傷設定なんて優しいものを付けるはずがない。

正真正銘の殺意。

生身の巧が取れる選択肢は限られていた。

巧は迷う事なくソレを選んだ。

 

ブワッと舞い上がった視界を遮るもの。

魔導師はそれをすぐに木の葉や土などの自然物だと看破しそれが巧の悪あがきだと一笑した。

大方目隠しのつもりだろうがいかんせん子供騙しだ。

オートバジンを吹っ飛ばした魔力弾は巧の読み通り物理破壊設定の物であり人間ならば土手っ腹ひ風穴が開く威力を持つ。

魔導師はなんの躊躇いも無く光弾を放とうとし、

 

 

カツンと木の葉や土の煙幕から飛び出したやけに重量のあるつぶてに仮面の顔をのけぞらせた。

巧の悪あがきは確かに子供騙しであったがそれを一笑に付すには魔導師の読みはいささか浅すぎた。

 

巧が木の葉を巻き上げたのは目隠しの意味合いで間違いなかったがそれは光弾から逃れるためではなくつぶてとして投げつけるファイズショットを魔導師に悟られ避けられないようにするためであった。

怯んだ魔導師に巧は今度こそ反撃をする。

つんのめるような体勢を逆に利用してスピアー・タックルを仕掛け魔導師を再び地面に落とした。

もがく魔導師は必死に組みつく巧を離そうと肘で対抗する。

もうこの距離では彼の中に使える魔法は存在しない。

巧もそれを解っているため絶対に離れようとしない。

もし離れれば巧が圧倒的に不利だ。

一対一の決闘と呼ぶには不恰好な泥沼の取っ組み合いは互いに汚れながら地面を転がりながら続いた。

 

突如響いた歌声のような電子音に耳のいい巧が反応して空を見上げる。

 

ソレが突っ込んできたのは直ぐだった。

衝撃で巧と魔導師は吹き飛び宙に浮く。

地面に叩きつけられた巧は口の中に鉄の味を感じながら痛みに耐え立ち上がる。

歌うように魔導師の前に立ちはだかるISは噂に聞いた銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)であると巧に確信させた。

 

「あのクソ兎、担当するんじゃなかったのかよ。」

 

毒づく巧に福音は展開している銀色の羽から無数の光弾を射出した。

やはりこの一件に一枚噛んでいるらしいスカリエッティ陣営の魔導師には一発も当てずに辺りの木々を薙ぎ払いながら巧を地面ごと吹き飛ばした。

 

 

ーー

時を同じくして孤島にて防衛作戦に当たっていたなのはもまた絶体絶命の危機に陥っていた。

宙に足を浮かすなのはは突如空中に現れた異形の左手に首を掴まれ締め上げられていた。

 

「ぐ、っ…」

 

咄嗟の判断で自身に掛けた身体強化の魔法で上がった腕力でビクともしない異形の敵になのはもまた巧と同じくタイミングでその正体に当たりを付けていた。

 

「オルフェノク…」

 

気道が狭まり掠れた声でなのはは喘ぐ。

数十個のサーチャー群を掻い潜りなのはの懐に突如姿を現したこの左手は紛れもなくこの世界ともなのはの世界とも違うもう一つの来訪者たちの一員だと確信する。

するとその確信に解答を送るように何処からともなく赤い紙切れがその左手に集まってきた。

顔を歪めながらもよく見ればそれは紙ではなく花だった。

 

薔薇の花びらが左手に集まりそして一つとなっていく。

まるでビデオの逆再生のように元あった場所へと戻るかのように赤い花びら達は左手へと集まりその情熱とも評価される色素を薄めて行く。

やがて全ての花びらが寄り集まり白へと変色した頃に浮かんだのは薔薇ではなく異形の怪人であった。

 

右腕を背中に回し正中線で立つその姿はこれまでのどんな敵よりも紳士的であった。

薔薇の花びらから産まれたローズオルフェノクは尚も強い力でなのはの首を締め上げた。

 

「が…っ!」

 

苦悶の表情を浮かべながらもなのはは冷静に新たに入ってきた情報を整理していた。

 

(サーチャーは事前に登録した魔力やエネルギー以外の反応は拾わない。そういう場合は術者自身の認識が異常を判断するけれどそれでも穴は生じる。このオルフェノクは瞬間移動でサーチャーの穴を突いたんだ。)

 

冷静に素早くこの事態の事情と敵の能力を解析したなのはは細めた瞳で落ちた相棒を確認する。

なのはの足元すぐに落ちている紅い宝石を確認したなのはは依然として強められ絞られる気道の苦しみに耐えながらかつてのお節介通りの動きを再現してみせた。

 

ふわりと…

 

ローズオルフェノクの腕から柔らかく解放されたなのはは重力とともに落ちながら補助系魔法であるフローターを与えて浮かせたレイジングハートをキャッチする。

ローズオルフェノクがその不思議に囚われている所に桃色の濁流がその体躯を吹き飛ばした。

仮面の魔導師のモノとは違い先人や管理局の理念である非殺傷設定で放たれたディバインバスターはそれでも強力であった。

如何にオルフェノクと云えども無抵抗に貰えば卒倒は免れない砲撃の果てにローズオルフェノクは立っていた。

 

今度は両腕とも後ろで組む格好は先にも増して紳士なそれを想わせる。

バリアジャケットに姿を変えながらなのはは顔を歪める。

 

(サーチャーは一旦切るべきかな…)

 

戦闘行為に入れば直ぐに解除するつもりで限界まで広げた負担はレイジングハートの助けを含めても先程の砲撃魔法はなのはの精神力を大きく削った。

これ以上同時並列での戦闘は不可能な程に。

 

そうでなくとも相性の悪いオルフェノクとの戦いに足枷を被せて臨むのは愚としか言えないと判断したなのはは現在数十キロに広がる監視の目を数個に減らしこれまた華麗に歩み寄って来るローズオルフェノクにレイジングハートを構える。

油断なく睨むなのはの瞳に決意が宿る。

 

間違いなく目の前のオルフェノクは強い。

初めて遭遇し戦慄したアリゲーターオルフェノクとは格が違う。

マンティスシュリンプオルフェノクやホークオルフェノクをも凌駕しかつての絶対的な強者である闇の書の意思や聖王の鎧にすら匹敵するかも知れない。

かつて三大ライダーを持ってしてもトドメをさせなかった最上位のオルフェノクがゆっくりと歩を進める。

 

手加減して挑める相手ではない。

 

レイジングハートがギュッと握られる。

 

「レイジングハート、対物理破壊設定に移行。」

 

この世界では3度目の使用。

相手を殺傷する力を優しいなのはは使い慣れない。

本当なら誰だって殺したくないしなんなら魔法自体誰かに向けたくはない。

それでも自分の背後にある本土の人々のためになのはは十字架を背負う。

 

「なんというのですか?」

 

不意にかけられた言葉にやにわになのはが緊迫する。

ローズオルフェノクは印象そのまま礼儀正しくなのはに尋ねた。

 

「いえ、ね。先程私の腕から逃れた技ですよ。一瞬左腕が自分の意思に無いような感覚とともにいつのまにか貴方は私の腕から脱していた。」

 

そう言いながら左腕を眺めるローズオルフェノクは心底余裕そうであった。

 

「私も立場上護身術には馴染みがそれなりに深いのですがイマイチピンと来ませんで。何か武術でも嗜んでいらっしゃるのかと。」

 

その言葉とともにローズオルフェノクは黙った。

なのはからの返答を待っているのだ。

無視しても構わないのだがこんな時この少女は真面目である。

 

「えっと…父が昔剣術をやってまして、独り立ちする前にどうしても覚えておけと…」

 

 

『なのはは可愛いんだから不埒な奴が絶対に現れる!護身術くらい憶えておきなさい!』

 

 

後継者への道を捨て平穏を望んでいた筈だがやっぱり親バカであった士郎より無手での護身術という形で伝説の御神真刀流を教わった事があり先程の首しめから逃れた技はその内の一つを応用したものだ。

 

ほう、と感心するローズオルフェノクになのはは照れながら頭をかく。

ゆったりとした空気がなんとも不似合いである。

 

「いえ結構。魔導師の方は皆魔法が主だと先入観でみなしていましたが緊急時への備えは大事な事。頭が下がります。」

 

「あ、いえそんな、ありがとうございます。」

 

ローズオルフェノクは気品のある仕草で手を叩きなのはに拍手を送る。

さっきまで殺されそうになっていたというのにすっかり萎縮し照れてしまうなのは。

 

(もしかしたらそんなに悪い人じゃない?)

 

一応やり取りの間もずっと突きつけていたレイジングハートがほんの僅かに下ろされた。

 

「下の上ですね。」

 

なのはは優しいが甘い訳ではない。

一度決心した事はどんなに辛くとも投げ出さない姿勢は幼馴染たちをして一番頑固と言わしめた彼女の意志は今回も変わらない。

しかしローズオルフェノクに感じたもしかしたらの感情がなのはの意識していないところで腕を僅かに下げさせたのだ。

 

ローズオルフェノクが予備動作なしでその姿を消す。

目を見開くなのはの丁度背後にローズオルフェノクは再度左腕を今度は余韻なしの本当の瞬殺の想いで彼女の脊髄へと振り下ろした。

瞬間速度だけならかつての龍人態のそれにも追随する抜き手はファイズの装甲すら破壊する鋭さを誇っていた。

 

0コンマの極限。

 

王を除けばこの攻撃に対抗できうるオルフェノクはかつてのラッキークローバー最強の存在である北崎か前社長である花形の他一部の上級オルフェノクぐらいであるローズオルフェノク珠玉の打撃はなのはの栗色の髪一本揺らす事なく空中で静止していた。

 

ローズオルフェノクがほう、と漏らす。

 

「素質は上の下程度だが些末な私情に捉われるマイナス査定で下の上程度………と思っていたのですが。」

 

ローズオルフェノクの攻撃をレイジングハートが自動的に展開したラウンドシールドで防いだなのはは今度は照れない。

 

デバイスは事前の設定により術者からの詠唱を待たずに自らの判断でそれらの行使を行うことが出来る。

現在のなのは最強の盾『ラウンドシールド』もオルフェノクやISとの戦闘を経てなのはが組み入れていた設定が功を奏したのだ。

ライダー達も恐れる自身渾身の一撃を防がれたローズオルフェノクだが彼はシールドの強固さではなくその向こう側に佇むなのはの姿を捉えていた。

 

当初データとして仕入れていた彼女のスペックをローズオルフェノクは頭に叩き込んでいる。

ラウンドシールドもその内の一つだ。

その結果現状のなのはでは先の攻撃を防ぐ事は不可能である。

魔導師とオルフェノクの相性やローズオルフェノクの実力。 なのはのリミッターを加味して彼自身が出した結論だ。

過剰評価も過小評価もしていない。

なのははローズオルフェノクには勝てない。

それがこの異常事態。

ローズオルフェノクは確かに情報の範囲外の力をなのはから感じていた。

なのはが小さく言う。

 

「分かりました。」

 

閃光がローズオルフェノクを撹乱する。

ラウンドシールドの表面を過剰に走った魔力が暴走。 爆発したのだ。

本来ならバリアバーストに相当する技術をそのままラウンドシールドで応用したなのはは離れたローズオルフェノクに向き合う。

 

「私はこれから勝手に判断します。貴方に色んな事情があっても私には関係ない。私は全力で貴方を倒します。」

 

今度はローズオルフェノクはなにも反応しない。

嘲笑も感心も余分であると目の前の相手から本能で感じたのだ。

なのははレイジングハートを再度構える。

今度は下ろしたりはしない。

真っ直ぐにローズオルフェノクへと向けられている。

 

「束さん、早速使わせてもらいます…」

 

30分前にロケットの中から見えた束の表情を思い出す。

読み取れた訳ではないため偉そうに言えないがなんだかなのはを心配そうに見ていたあの顔。

最後まで危険性を念押ししてできる事なら使って欲しくなさそうであったあの話し調子。

それでもなのはは迷わない。

 

「レイジングハート…」

 

彼女の声にレイジングハートは一切の迷いなく行動を終始させる。

それが諸刃の剣だとしても。

 

 

「エクシードドライブ‼︎」

 

魔力の膨張がなのはの身体を駆け巡る。

自らの魔力量がそのまま負担に繋がる事態になのはは悲鳴一つ上げずに耐える。

持ち主の身体を食い破らんとするように暴れる魔力はレイジングハートによりあと一歩の所で法の形となる。

最大運転時間を追求したアグレッサーモードを更に高町なのは用へと進化させたバリアジャケット。

 

 

『エクシードモード』がその戦化粧を晒した。

 

 

「づっ…」

 

顔が歪む。

移行完了したなのはは再びの反動にこみ上げる鉄の味を飲み殺しローズオルフェノクを睨みつける。

そんななのはにレイジングハートが事務的に告げる。

 

『エクシードモードへの完全移行完了。出力15%ダウン。後遺症の影響などから活動限界時間は8分です。』

 

8分。

それが現在の限界だ。

なのははコクリとそれに頷き痛む体を抑え込みながらその所為である莫大な力を相棒へと込める。

 

「エクセリオン…」

 

ガションとカートリッジが排出される。

既に満身創痍の体に余計に負担をかけるなのはを離された位置から見据えるローズオルフェノクは黙って冷淡に見ていた。

 

ローズオルフェノクは今なのはから告げられた言葉が頭の中で反復していた。

 

「勝手に判断…ですか。」

 

高まる魔力は魔法には専門外な彼にも確かに伝わってくる。

かつて三本のベルトと共にスマートブレインの研究員達が進めていた二本のベルト。

その内の一本である地のベルトは彼のファイズにすら匹敵する力を持っていたとして記憶に残る。

あの力があれば以前の戦いは自分たちの勝利に終わっていたかも知れないとこの世界で巧を見た際に思わず浮かび下らぬセンチだと一笑に付した絶大なスペック。

あの時は一蹴した机上の空論に限りなく近い力が今や目の前にいる。

 

『間違いなく目の前の相手は強い』今度はローズオルフェノクが思う番であった。

 

 

「バスタァァァァ‼︎」

 

 

 

かつてなのはの体を蝕む要因の一つとなった『エクセリオンバスターA.C.S』が成長し強化されたデバイスからより大きな力となり放たれた。

 

放たれた砲撃はローズオルフェノクに接触。

少しの拮抗と共に飲み込みその背後に広がると背景を包み込みながら海へと着弾。

熱エネルギーに類似せずとも確かな高エネルギーは数億リットルの蒸発を引き起こしそれがそのまま水蒸気として天高く昇る。

かつて闇の書の意思に向けた時の数倍の威力はそのままなのはの成熟した体を襲った。

 

「っ…!」

 

がくりと膝が曲がる。

プレシアにより無理矢理解除されたエクシードモードは本来積み重ねるべきであった綿密なリミッターの移行を介せず一気にレイジングハートにより全てのリミッターを解放させた。

元は全て川の流れに当てはまる筈である貯められたダムの水も一気に解放させれば許容範囲を超え決壊するようになのはの体に到来した彼女自身の魔力量はそのままなのはを傷つけた。

 

それでもなのはは倒れない。

卒倒しそうな痛みに耐える。

 

「レイジングハート残り時間は…」

 

『5分です。』

 

事務的に話すレイジングハートもその声に僅かにノイズが入る。

それでも主人が耐える以上デバイスである彼女が参る事は無い。

なのははレイジングハートを杖代わりに体勢を立て直す。

手応えは十分。

それでも彼女の双眼はそれを捉える。

薔薇が舞った。

 

「 」

 

のそりとエクセリオンバスターの通過点で立ち上がるローズオルフェノクは自身の体を見下ろした。

ライダーシステムの中でも最高スペックを誇るデルタの拳も跳ね返した鎧が砕けていた。

 

小さく唸る。

 

破損した筈の鎧がまるで嘘のように修復され直ぐに元の純白の装甲へと戻る。

両手を後ろで組んだローズオルフェノクはしかし今度はその風貌を本物の狂気へと変えていた。

表情のない目がなのはを睨む。

 

「目的は足止めだけだったのですが」

 

優しげな声は変わらないのになぜこんなに怖く接することが出来るのかなのはには分からなかった。

 

「私も勝手にさせてもらいましょうか。」

 

スマートブレイン2代目社長、村上峡児が笑った。

 

 

ーー

 

正にマシンガン。

 

正に砲撃。

 

ISという人型に近いサイズと風貌に騙されるがアレらは立派に兵器である。

巧を狙った福音の光弾は小島に広がった数百年ものの自然の進化を焦土へと変貌させた。

太い木々をなぎ倒し地形をすら変え森に大穴を開けていた。

軍用を目的とし更に暴走状態なため本来掛けるべきリミッターを解除したISの威力に仮面の魔導師は生物の生存を否定した。

 

生きとし生けるもの全てを刈り取り黄泉国へと誘う福音の翼に耐えられる生物など。

 

ドシュッ

 

焼け焦げた倒木を跳ね除けナニカが残った森の遥か高みに跳び上がる。

 

「逝って帰ってきた奴くらいか…」

 

本来ISにしか反応しない筈の福音が戦闘体勢へと移行する。

咆哮が轟いた。

かつては四つ葉の内の一枚に数えられた実力を持つ狼の力を受け継いだオルフェノク。

 

ウルフオルフェノクがその福音へと飛びかかった。

 

四足歩行の動物の力を受け継いだオルフェノクは大抵が前傾姿勢を取る。

法則性の解明にはスマートブレインでさえ至っていないがただそういうオルフェノク達は大抵()()

福音の高価なAIの処理速度は泥のISを凌駕する。

ウルフオルフェノクは福音に行動や思考すら許さなかった。

 

認識。

それ以外に福音がダッシュから直撃までの間に行えた事は無かった。

全オルフェノクの中でもトップスピードではゴートオルフェノクに並び機動力では他の追随を許さないウルフオルフェノクの体当たりは正に砲弾であった。

一瞬で福音の体躯を持っていき森の中を残った木々を丸ごと引き倒しながら疾駆する。

嫌な金属音の中に強化された耳に歌うような電子音が入る。

破損しながらも福音が再度羽根を展開しようと引きずられ軋む背部ユニットを無理矢理地面を抉りながら動かす。

スカリエッティとスマートブレイン、そこに亡国機業(ファントム・タスク)が技術提供した事で通常なら経験により操縦者との共鳴を蓄積しなければ発源しない第二次移行を強制的に発源させ生まれた福音の第3世代武装が再び光を生み、

 

人外の握力により両翼ごと引きちぎられた。

 

推進力を大幅に失った福音はそれと同時に重要機関を根こそぎ破壊された福音はウルフオルフェノクに投げ飛ばされ無様に純銀の機体を汚す。

島の反対側の端までほんの数秒の出来事であった。

そんな福音とは対照的に軽やかに着地してのけたウルフオルフェノクはふと後ろを振り向き対角線に映るもう一つの小島を見据える。

ウルフオルフェノクとして強化された視力は数キロ先で起こった戦いの気配をシッカリと感じ取っていた。

友人の身を案じながらもウルフオルフェノクは未だに活動を辞めない福音の機械的な動作に終止符を打つ事にした。

 

火花を散らしながら尽きかけたシールドエネルギーを更に酷使しながらも体勢の立て直しを狙う福音の巨躯が引っ張り上げられる。

片腕一本で福音を持ち上げたウルフオルフェノクは空いた方の腕を握りしめる。

両手に装着されたメリケンサックはシールドエネルギーに頼ったISの装甲など容易く貫き日の光を通すだろう。

未だに行動停止を選ばない福音のAIは後ろの脅威を排除しようと既に全損した羽根を広げようと火花を上げ続けている。

ウルフオルフェノクはそんな哀れな機械人形へと引導を渡そうとし聴いた。

 

規律正しい駆動音の中。

イカれた金属音の中。

規律の崩れた音の中にある規則正しい音階。

 

()()だ。

 

 

『人が乗っている』

その結論に至った巧は驚き福音を離す。

解放された福音は地面の岩や窪みに当たりその体勢を変える。

()()()()()()()()()()()()()()向いた福音はサブ装備に付けられたISの共通機能であるパススロットから取り出したアサルトライフルを放った。

 

通常ならば避けられた筈である。

しかし人命を確認し狼狽えた事によりウルフオルフェノクはその身体を弾丸へと晒した。

 

オルフェノクの硬い表皮にISサイズの鉛玉が弾かれ火花が散る。

特に踏ん張りを付けなかったウルフオルフェノクは先のオートバジン宜しく衝撃とともに宙へと飛ばされ、

 

チャポンと…

 

呆気なく荒波へと消えて浮かび上がっては来なかった。

 

 

 

 

「…」

 

完全に稼働を停止してしまった福音にやっと追いついた仮面の魔導師が確認する。

そして巧が落ちた海に目を向ける。

岩場に打ち付ける漂流物の中にも巧は居なかった。

 

轟音が鳴り響く。

数十メートルの水飛沫がもう一つの小島から上がるのを仮面の魔導師は視認する。

恐らくもう1人の仲間が交戦しているのだろう。

仮面の魔導師はもう一度福音に目をやる。

ウルフオルフェノクにこっ酷くやられた損傷は如何にスカリエッティ達とはいえ今日中には直らないだろう。

 

「襲撃は二日目に持ち越しだな。」

 

遠く離れた花月荘を見据えながら仮面の魔導師は福音と共に転移魔法で姿を消した。

 

 

ーー

 

その時は急に訪れた。

 

「!」

 

上空から砲撃魔法を打ち続けローズオルフェノクを攻撃していたなのはは一切の身動きも取れずに落下した。

脳裏にかつての事故が蘇る。

 

(もう落ちない!!)

 

「っ、レイジン…」

 

『Floater』

 

間一髪で補助魔法を自身に掛けたなのはは自分の砲撃で焦土とかした島の土へとその身を横たえた。

 

『エクシードモード解除。』

 

解除されたバリアジャケットが桃色の粒子となって散っていく。

活動限界時間が過ぎたのだ。

と同時に今までの反動か、先程までとは比にならない体の負担がそのまま痛覚となってなのはを襲う。

 

「ーーっ。づ、あぁぁ…っ!」

 

動けない中喉だけを震わしてその痛みを吐き出す。

直ぐにでも気を失いそうになるのを今度も鋼の精神力で抑える。

ここで終わる訳にはいかないのだ。

元の宝石に戻ったレイジングハートが目の前に転がるのを捉え必至に近い右腕を伸ばす。

痛みなどもう通り越し悲鳴を上げた内臓などの重要機関が仕切りに脳へと声を飛ばす。

度重なる悲痛に脳が意識をシャットアウトさせようと信号を飛ばす。

人間が持つ生命維持の全ての機能がなのはの敵だった。

 

それでもなのはは立ち上がろうとした。

 

背骨が軋みを上げる。

胃や肺、心臓が100キロの重みを受け潰れそうになる。

表現しようにない痛みが更に増す。

 

「がっ、あああああ⁉︎」

 

悲鳴を上げるなのはをなのはの背中を踏みつけるローズオルフェノクが見下ろす。

装甲は所々朽ち灰が零れていた。

しかしそれも一瞬のうちに白へと戻る。

 

「失礼、どうやら私の秘書が失敗をしたようです。貴方の相手はこれ以上出来ない。」

 

悲鳴を上げるなのはになんの感慨も抱いていないのかローズオルフェノクはまるで普通に部屋で机を挟んだ相手に対して離すようになのはに語りかけた。

 

「非常に有意義な時間でした。貴方の力を見くびっていた。過小に評価していた事を認めなければなりませんね。」

 

ゆっくりと踏みつける足を動かし自重のバランスを変える。

ローズオルフェノクの気品はそんな背徳的な姿勢でも映えるものであったがなのはからすればそれは地獄の拷問であった。

 

「がはっ⁉︎」

 

骨と内臓が踊り狂う中行き場を失った水風船の水が穴から出てくるように特大の血の塊を吐き出したなのははそのまま力を失ったように伸ばした手を下ろした。

漸く足を退けたローズオルフェノクは腕を後ろで組んだ。

 

「貴方は上の上の…魔導師です。」

 

その言葉と共にローズオルフェノクは花弁に包まれ消えていった。

 

最後まで睨み続けていた瞼が重くなってきた。

 

なのはは目を閉じた。

 

 

 

 

 




最初の気持ちの悪いポエムっぽいのはただの黒歴史なんで相手にしなくて大丈夫っす。はい。

ービーチバレーってメンバー違くない?ー
一夏は今のところ関わらせたい女子はモッピーと鈴にゃんとセッシーなのでシャルとラウラは遠慮してもらいました。

後この作品での一夏への恋心を抱いている女性キャラクターは今のところ箒と鈴音の他には蘭だけです。

シャルは一番の原因であった正体バレを巧や鈴音にも見られ解決を協力されましたから一夏へのキッカケは無くなり彼への想いは単なる恩人に留まったのです。
ラウラは単にキッカケが無かっただけで2人ともこれから恋心に発展する可能性は大ですが2人とも既に箒と鈴音の事を知っているのでもし解っても遠慮します。

ー薔薇社長ー

現時点でのスカリエッティ陣営最強の戦力です。
個人的にローズオルフェノクの強さはアーク以下、銀河騎士&嘉挧おじさまと並んでスリートップくらいだと思います。
ただエラスモさん屠ったブラスターに耐えた最終回ホースオルフェノク激情態なら勝てるかも?

ーなのはのエクシードモードー

プレシアおばさんが無理矢理使えるようにしただけで本来の力より劣化しています。
反動も半端ではなく実はなのはさんはもう数秒無理してたらあの世行きでした。

ー福音の襲撃ー

最初は原作通り二日目に当たる予定でしたがどうしても巧となのはを絡ませたかったため1日目にしてたっくんによりフルボッコにさせました。
それでも翌日にはピンピンにして返してくれるスカさんマジチート。

ー主人公勢瀕死ー

ファンの方すいません。
敵とか物語の今後の展開的に2人には一時離脱してもらいました。
たっくんは何時もの(笑)『水落ち』
なのはさんが即入院レベルの重症です。

ただもちろん殺す気なんてないのでご安心を。

ではまた次回。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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41話 不安の塊が織りなす世界

お・ま・た・せ☆ (殴




なのはを届け終えた束は無事に本土の山奥へと着陸した。

ラボに残したクロエの指示で夜のうちに集めさせておいた対福音用のゴーレムはいつぞやなのはが見た種類とは大きく容姿が違っている。

以前の所謂ずんぐりむっくりしていた黒のボディはより無駄を省いたスタイリッシュな深いワインレッド色になりより攻撃性を感じさせるみためとなっている。

以前のモノレール駅での戦闘の後更なる戦力アップを考えて束により更に改良を重ねられたゴーレムⅢだ。

シールドエネルギーに作用して相手ISにダメージを与える対IS用ISといえるこれは高い能力を誇る福音を確実に葬るだろう。

機体の最終確認を終えた束はふと背後から感じる気配に素早く振り向いた。

 

そんな束にあら、と薄い反応を見せたのは今回監視役を頼まれたプレシアだ。

 

「怖い顔ねぇ。」

 

プレシアの茶化すような言い方に束は目尻を少しひそめる。

プレシアはわざとらしく「きゃっ」と言い両手を前に小さく降参のような仕草で上げ怯えて見せる。

 

「なにか変わった事は」

 

口を開いた束はやはりプレシアの予想通り不機嫌であったが幸いそれを今ここで発散して時間を潰す事を無駄と却下する程度には冷静なようでまたプレシアもそれ以上ちょっかいをかける気は無くしかし仕事の成果自体はお気に召すものでないのは素っ気ない左右の首の振りに記されていた。

 

「生徒の方は織斑先生から保証されているから後は一般の宿泊客ね。幸い数も多くないから把握できているわ。」

 

そう言いプレシアは顔の横で上へ指した人差し指からポンっと紫色の光球を生み出した。

なのはの使うものとは少し違うがサーチャーである事はわかった。

魔法使いであるプレシアにとって監視に場所は関係ないらしい。

 

「一応近隣の民家にも飛ばしているけど大きな動きは無いわね。」

 

プレシアは何時ものゆったりとした焦りのない調子で恐らく数十に達するサーチャーを同時進行させながら笑う。

 

「ちょっと待って…」

 

不意にその笑顔が曇った。

暫しのあいだ余裕を消して黙るプレシアに束も福音へと逸る気持ちを慣れない我慢で押しとどめる気にした。

その時間はそれほど長くはなくやがてプレシアはハキハキとした口調で束の緊張を高めた。

 

「一夏くんに近づいてる。多分魔導師かオルフェノクよ。」

 

やにわに殺気立つ束にプレシアも流石に面を食らう。

千冬やなのはのお陰で分け隔ての幅が広がったとはいえやはりまだまだ一夏達は彼女にとっては特別な存在だ。

そして矢継ぎ早に此方を向く事でその気迫に当てられたプレシアは珍しく萎縮する。

 

「どこ?」

 

見る限りで血走った以外に表現しにくい束の眼光は決してそれを向けられる対象ではないプレシアを緊張させるものであった。

しかしそこは年の功か。

おびまずに冷静にいつも通りにしかし緊急時なのでふざけずにプレシアは自身に強化の魔法をかけて束を手招きして走り出した。

束の身内の問題になると周りが見えなくなる癖はどうかとは思うが緊急事態な事はプレシアにとっても事実である。

本職は戦闘職では無かったがそれでもプレシアの魔力運用と魔法への熟練度は並の局員の水準を超える。

サーチャー一つ取ってもより低カロリーで効率的な使用法を知っている彼女お手製の監視網は其々のサーチャーの感知できる限界を実に賢く埋め合わせた。

 

相手への情報こそ乏しく後手に回らざるを得なかったとはいえ一夏の身辺に近づく者はそれこそ千冬であっても細心の注意を向けていたプレシアがましてや赤の他人が接近するのを見逃す筈がないのだ。

だというのに現在一夏の直ぐそばに現れたスーツの男はまるで最初からそこにそうして立っていたかのようにアッサリとプレシアの意識の内側へと現れたのである。

平然と一夏へと歩み寄る男は見ようによっては親しげで服装の場違い感を含めても一見何処にでもいそうな雰囲気であり同時に非凡の塊てあった。

 

走る中サーチャー操作と当時並列で思考を巡らせるプレシアはすぐに少ないながらも完璧に近い推測を立てていた。

 

(考えられる手段としては空間転移か高度な認識阻害、後は物質通過跳躍魔法で地面から現れたか…)

 

博識なプレシアが瞬時に思い付く特殊な事例。

それらは直ぐに選択肢を減らしていく。

正しく言えば全却下だ。

 

(サーチャーに付けた魔力感知に反応は無かった。それでも術が無いわけではないけれど…)

 

そうしながらもプレシアの結論は既に彼女の第数番目の瞳を買って出た光球が写す眼下の男の正体を魔法成らざるものだと言っていた。

勘と言えばそうである曖昧な理由だが正しく述べるとすればそれは彼らと同じ異世界人として無意識に感じる同調ともいうべき不思議な力であった。

 

(巧くんの話ではオルフェノクは形態を変化させる力の他にも特殊な固有能力を有している個体が居るということだったわね。)

 

Mr.ジェイの三度の命、村上の瞬間移動、北崎の灰化能力。

一部の身体能力地の向上程度ならば未だしも基本的に変身をしなければ使用できないオルフェノクの力を彼らは生身でも使用が出来る。

彼ら上級オルフェノクは変化する前の状態である脆弱な筈の形態でもオルフェノクの力が使え、並のオルフェノクならばそのままあしらってしまうという。

だとすれば眼下のスーツの男はまさにその一握りの1人だろうとプレシアは当たりを付けた。

 

あの男はオルフェノクだ。

 

だとして一夏本人による自主解決を期待することは勿論出来ない。

寧ろ下手な魔導師よりも危険な敵だという事で救出法に対してプレシアは形振り構って居られなくなった。

 

「束ちゃん!先行くわ!」

 

人目を度外視したプレシアは飛行魔法を自身に掛け猛スピードで花月荘へと向かっていった。

魔法の力は出来る限り秘匿しておきたかったが一夏に接近する謎の男の正体がオルフェノクとなれば致し方ない。

生暖かい空気を切り裂きながら飛ぶプレシアの脳裏に後悔のふた文字が過ぎる。

しかし振り向きざまに見た束の顔で安堵と変わる。

 

なんとも言えない。

正にそんな顔を束はしていた。

今やろうとしていたことを意図せずに自分によって潰されて急な手持ち無沙汰に混乱しているかのような印象を受けたプレシアは直ぐにその答えに考えつき背筋にひやりと来るものを感じ本人に聞こえないように呟いた。

 

「ゴーレムの質量兵器なんて洒落になんないわね。」

 

軟化したとはいえ未だに他者への配慮は意識しなければ道端に落ちている小石並みに無関心になってしまう束の事だ。

一夏の危機となればそれは同時に千冬と箒にも言える事。

この世で最も彼女が重要視する三人と理解しているとはいえあくまでも彼女自身に根付いている訳ではない他の大衆的な一般道徳概念における無実な少女達と観光客、どちらが配慮の対象になるかなど考える意義も無い。

社会人が1+1の答えを要求されたように脊髄反射でプレシアは束が彼らを守るために現時点で間に合う最大火力を男にぶつけようとするだろうとすぐに思い至った。

 

束は天災だが妙なところで足りない所がある。

それこそゴーレムの全火力を怒りのままに守り人である一夏の数メートル範囲の敵に対して行使しても可笑しくない。

 

(流石にそこまで子供じゃあないでしょうけど一夏くんが粉微塵になっちゃったらマズイわね。)

 

そっちに比べたら最早魔法の秘匿くらいどうとでも融通は効く。

ミッドでは規制や資格などで雁字搦めなため忙しかったプレシアは結局最後まで正式な形では取る事が出来なかった飛行魔法を華麗に使いこなしながら花月荘へと飛ぶ。

原理自体は大して難度は高くないのでプレシア程ともなれば使用すること自体は簡単だ。

そして運良く近辺に人目の無い場所を見つけると音もなく着地。

同時並列で動かすサーチャー達から得る映像で逐一男の様子を確認しながらその距離を詰める足取りの緩やかさに警戒を強める。

 

「敵意は無さそうね。」

 

そう言いながらもプレシアの手順は一向に止まらない。

冷静に辺りに細心の注意を払いながらも大胆な手法で抗議の意思を執行する。

勤めていた会社からは『条件付きSSクラス』の称号を頂いたがプレシア自体の魔力総量ではかつて娘やアースラに対してやったような大規模なものは無理だがこの距離ならば今の状態でも可能だ。

魔力を込めながらサーチャーの目で見る男は遂に一夏と接触した。

 

 

ーー

 

「村上さんですか。」

 

簪さんが無感動に呟き村上峡児さんがええ、と微笑む。

どうでも良いけど簪さんの無愛想って初対面の人でも変わんないのな。

馴れ馴れしいとの事で弾からは「フレンドリーマン」と謎の固有名詞によりからかわれて何故か当時はその言葉にムキになり「俺の勝手だろう」と喧嘩に発展して(しゃんと仲直りはした。)少し身の振りを改めようと思ったキッカケになったのだが簪さんはそんな機会は無かったのだろうか。

 

そんな風に考えていると村上さんが「では、」と手振りを交えて切り出す。

動作だけなら日常生活でも珍しくない動きなのにそれをする村上さんはまるで大観衆の前で堂々とスピーチをしているかのような印象を受ける。

 

「名乗りついでにお嬢さんのお名前もお聞きいたしましょうか。」

 

急に失礼。

ワードだけ取り出せばそんな返しをされてもまあ首を傾げないナンパの台詞みたいなフレンドリーもこの人が言うと本当に品格あるものに変わる。

村上さん自身ナイスハンサムな男性だし本物のナンパとしても威力がありそうだ。

実際それまで言い方は素っ気なかった簪さんは答える口調こそ元のままだが言い方に少し親しみを込めて村上さんから関わられることをある程度許しているように見えた。

 

「更式です。」

 

しかし俺には苗字を呼ばせないくせにいざ知らない人相手だと名前を隠すのは少しムッと来なくもない。

まあ女の子は色々と身を守るすべを持っていないとダメなのかもしれないと納得して俺は観覧席に移動するかのように2人から少し離れて会話の流れを傍観する事にした。

簪さんに見つかり「逃げんなコラ」とでも言わんばかりに無言で睨まれたが元々は簪さんからこっちの会話に入ってきたのが悪いのだ。

俺は久しぶりに悪戯っ子みたいに笑ってからかってやった。

 

やはりというか喋り出したのは村上さんだ。

 

「ところで更式さん、貴方はイカロスをご存知ですか?」

 

えっとなる簪さん。 俺も。

 

口火を切り話題を広げる役割を自ら担当した村上さんは流石に達者で普通ならありきたりなワードが浮かびそうな場面を易々と乗り越える。

恐らくそういう話題が来れば省エネ系女子の簪さんの事だ。 それこそありきたりな返答でさっさと話題を終わらせてしまうだろう。

そんな無関心の塊みたいな簪さんは意外な程アッサリ村上さんから話題に興味を抱いたようで驚くほど饒舌に返答した。

 

「ギリシア神話に登場する蝋で固めた翼で空を飛ぶ人物ですよね?最後は高く飛びすぎて太陽に身を焼かれたと記憶してます。」

 

情報自体は俺もかつての記憶から引っ張りだせる程度の事だが逆に模範的で難しいスラスラっぷりに思わずお〜っと漏らしてしまう。

俺と同じ思いなのか軽い拍手で村上さんは讃えた。

そしてそこからは俺も知らないイカロス話を展開した。

 

「その通りです。ダイダロスという大工の父を持つイカロスはある日王様の怒りを買い塔へとダイダロスとともに幽閉されてしまいます。

因みにこの王、ミノス王はもう一つの有名なギリシア神話の怪物、ミノタウロスの父親でもあります。」

 

「へ〜。」

 

いつのまにか簪さんのおどおど具合を見てやろうとしていた俺はスッカリ村上さんより次々と出てくるイカロス物語に真剣に聞き入っていた。

 

ーー

 

投獄された父と息子は冷たい石造りの牢屋の中で一年中、たった1日の例外もなく外の世界から隔絶されてしまいました。

いつも通りに2人を閉じ込める塔の壁は外どころか彼らの心の暖かささえも日に日に奪っていきました。

薄暗い牢獄の中で彼らに許された娯楽は塔の吹き抜けの窓から見える空の景色だけです。

イカロスは牢屋での生活の殆どを熱中して窓を見上げることに勤しみました。

 

どこまでも高く青い空にイカロスは憧れたのです。

 

彼は常に空を見上げました。

曇りの日は青い空を隠した雲の向こうにある青を想像して見上げました。

そんな彼だからその日が晴天の日だと跳びはねて喜びました。

時折窓から入ってくる鳥の羽を拾っては父親に見せつけそれを自分の背中にくっつけて飛ぶ真似をしました。

イカロスは空と同じくらい鳥にも憧れていたのです。

 

ある日父であるダイダロスは2人分の大きな翼を作り上げました。

優秀な大工であったダイダロスはイカロスが拾う羽を集めて人間用の大きな翼を作ったのです。

大きな鳥の羽は糸で、小さな羽は蝋を溶かして留めました。

長い年月がかかりましたがその分イカロスの喜びも大きいものでした。

ようやく自分もあの空へと飛び上がれる、と。

 

翼を背中に付けながらダイダロスは息子に言いました。

 

「イカロスよ、空の中くらいの高さを飛ぶのだよ。あまり低く飛ぶと霧が翼の邪魔をするし、あまり高く飛ぶと、太陽の熱で溶けてしまうから。」

 

霧で翼が重くなってしまえば落ちてしまい高く飛び上がると羽同士を留める蝋が溶けて落ちてしまうからです。

 

2人はずっと見上げていた大きな窓から空へと飛び上がりました。

生まれて初めて空を飛ぶ感覚は実に気持ちの良いものでした。

憧れていた青い空の中を同じくらい憧れていた鳥たちと一緒に飛びながらイカロスはまるで作り物とは思えないくらい上手に翼を操りました。

飛び方はずっと窓から鳥を観察していたので分かっていました。

かつての友人達が空を飛ぶ2人を見上げて神の姿だと騒ぎました。

 

イカロスは有頂天でした。

 

もう塔が見えなくなるまで遠く海の上まで飛んできたイカロスはふといつものように空を見上げました。

窓の向こうで大好きだった雲ひとつ無い晴天がそれまで以上の大きさでイカロスの目に飛び込んできました。

果ての見えない青い空にイカロスは文字通り舞い上がりました。

 

高い空はそれだけ広く、それも魅力的だったけれども塔からずっと同じ高さで横へ飛んできたイカロスは迷わず上へと吸い込まれるように飛んでいきました。

 

父の作った蝋の羽はとても優秀でイカロスはあっという間に青い空が黒くなるまで高く飛び上がりました。

初めて見る景色に驚いたイカロスはそのまま下を見下げました。

初めて見る下の風景はさっきまでの青でした。

 

憧れていた青い空はその向こう側に黒い空があったのです。

 

圧倒されて青い空を見下げていると急にイカロスの羽がバラけました。

黒い空に浮かぶ太陽は彼が背中を向けた隙に蝋の繋ぎを溶かしてしまったのです。

飛んできた速さと同じ速さで青い空へと落ちていったイカロスは最後に青い海へと沈んでいきました。

 

 

ーー

 

「そしてイカロスは今で言う地中海に落ち、彼が落ちた海は彼の名前から取ってイカリア海と呼ばれ後世に伝わっているのです。」

 

村上は最後にこう言って締めくくった。

 

「イカロスのこの話は勇気と傲慢という対立するメッセージが読み取られています。」

 

「勇気とは、まあ疑う余地なく塔から脱出するため未知の世界へ果敢にも飛び上がって行ったイカロスの行為を讃えるものです。」

 

「対して傲慢ですが、これはこのイカロスの物語が元はアンチテクノロジーな思想を含んでいる事に起因します。」

 

いつのまにか暑さで汗が滴るのも忘れて身を乗り出して村上の話を聞く一夏と一歩引きながらも聞き入っている簪。

村上は引き込まれるような魅力ある語り口で尚もイカロスを語る。

 

「過ぎた力は身を滅ぼす。この作品では、ダイダロスの工作技術の凄まじさで作られた翼を手にしたイカロスが言いつけを守らず、己を過信し結果的に太陽で身を焼かれることになったように、科学の発達は最終的には災厄となり人間自身の身に降りかかる。というのがこのイカロスに込められたメッセージなのです。」

 

「行き過ぎた力……」

 

呟く一夏。

 

この数ヶ月で彼の周りでは正にそんな表現が相応しい、人知を超えたモノが溢れかえっていた。

 

(なのはさんの魔法も乾のベルトもあの2人の世界でもそんな感じの行き過ぎた力なのかな。)

 

こればっかりは2人の話だけでなく実際にその世界に行って感じてみないとには分かるまい。

村上が口を閉ざしたことで自由になった時間で一夏は溢れ出たそんな気になることを頭の中で変化させていった。

 

(やっぱISかな。束さんに言ったら怒るだろうけど…)

 

イメージしやすいのは矢張り自分の腕にも待機状態で付けられているこの機械だ。

未だ世界の誰も編み出さないでいる粒子変換の技術は正に無から有を生み出す神のようなオーバーテクノロジーだ。

元は宇宙を目指すため作られたところもイカロスと似ている。

もしかしたらISがいつか作り手の意思に正しく叶うことがあったとして、その時は翼を焼かれたイカロスのように身の丈をわきまえないということで人間も天罰を受けてしまうのだろうか。

腕輪を見ながら一夏は暫く考え込む。

さざ波と無邪気に楽しむ声がやけにハッキリと聞こえてくる。

 

「しかし私はこのイカロスの作者の考えに一石を投じたいと前々から思っているのですよ。」

 

中断した流れを元に戻したのもまた村上だ。

相変わらず底のしれない読めなさを持っているが今度の彼はどこか誇らしげであった。

 

「と、仰いますと?」

 

代表する形で簪が聞く。

頷きながら村上は饒舌に語った。

 

「そもそも行き過ぎた力という表現がなぜ生まれたのか、恐らくこの言葉を考えた人物は『進化をしない人間という種族が外部から力を仕入れても、結局自分のものではないのだからコントロール出来ない』のだと考えているのではないかと思うのです。」

 

「はあ…」

 

分かったような分からないような返事をする一夏だったが、進化をしないという点については自然と溜飲が詰まらないで「そうかもしれない」と思えた。

進化をしないということは成長もしない。

適応もしない。

そんな中科学だけが伸びていき最終的には人間の手には負えなくなる。

そんな風に一夏は村上の持論を噛み砕いた。

 

「では貴方は人間が進化しないという点が疑問だと?」

 

同じく納得していた簪はより高い位置へと思考を向けていたらしい。

それに対して村上は自信ありげに頷いた。

一夏が初めて見る村上の俗っぽい所だった。

 

「人間は進化をする!」

 

熱を込める村上はまた別の意味で人を引き込んでいく。

 

「私はね、人間の進化の可能性を信じているのですよ。いつか人間はより進化した存在となりその時には世界中に存在している争いや、環境問題など、かつてのイカロスのような天罰の原因ともなり得る問題をより優れた科学の力により解決するとね。」

 

そう語る村上は本気でそのビジョンを思い描いているようである。

そんな村上を前にして一夏はある身内を思い浮かべていた。

 

(そういえば束さんも夢を語るときはこんな感じで子供みたいに純粋だったなぁ。)

 

性格面では、紳士な村上とは似ても似つかないが一夏には2人が被って見えた。

 

「そしてその進化する力を持っているのはあなた方若い人たちです。これから様々な困難が立ち塞がるでしょうが、決して挫けずに進化への道を歩んで頂きたい。」

 

気づけば村上の手が一夏の肩へと置かれていた。

なんだか義務感のようなものが湧き上がってくる。

村上の熱に感化されたか一夏は一時的に軽い興奮状態であった。

 

「はい!頑張ります!」

 

「…分かりました。」

 

少し遅れて簪も村上に頭を下げる。

それを頷きで返した村上は労いの言葉を掛けて別れの言葉を言う。

どうやら待ち合わせの時間になったようだ。

それに2人も其々別れの言葉を掛け

 

 

紫の雷が晴天の空から舞い降りた。

まるで出過ぎたイカロスに降り注いだ太陽のように雷は村上を打った。

 

瞬間、和やかだったビーチが殺気立ったようにピリピリとした雰囲気となる。

落雷の現場を目撃した人間たちが混乱と恐怖の悲鳴を上げ楽しげだった空気を戦慄とさせた。

 

「織斑ァ、更式ィ!」

 

張り詰めた声がかけられた。

思わず振り向くと水着の上に上着を羽織った千冬が駆け寄ってきた。

見ればその後ろでは各教師陣が自由行動で散らばって其々パニックや困惑を引き起こしている生徒達の収集に当たっている。

 

「大丈夫か⁉︎」

 

投げかけられた言葉にハッとしたように一夏は村上が雷に打たれたという事実に思考が動き出す。

 

「ち、千冬ねぇ!今、人が!」

 

混乱する一夏は泣きそうな表情で千冬にすがりつく。

流石の千冬もこんな時まで教師と生徒の関係を要求する事は出来ないのか一夏の肩に手を置き落ち着かせる。

 

「落ち着け織斑。お前たちは大丈夫なのか?」

 

労いの言葉はしかし一夏を興奮させるだけだった。

千冬の言葉がまるで打たれた村上をどうでもいいとでも言うようなものだったからだ。

 

「何言ってんだよ⁉︎人が打たれたんだよ!」

 

叫ぶ一夏は千冬の上着を掴み訴える。

しかし千冬は少し虚を突かれたように止まり、

 

「何を言っている、お前たち以外に落雷地点に居た人間は居ないぞ。」

 

理解ができなかった。

 

「一夏くん…」

 

簪が若干震えた声で一夏の肩を叩く。

嫌なものを感じながら振り返って一夏は改めて目の前で起きた出来事を正しく認識した。

落雷の衝撃らしい舞い上がった砂埃はしかしそれでも人一人分の体積を隠しきれるものでは無かった。

 

そこに村上の姿は微塵も無かった。

 

「どうなってんだ」

 

呆然とする2人に千冬の声が掛けた。

 

「兎に角、花月荘に一旦避難するんだ。」

 

言われるがまま連れて行かれる一夏はずっとあの気品あるスーツの男を目で探していた。

程なくビーチから人が居なくなった。

波打ちの音と時折入る風に揺られる木々のざわめきが支配する中やがてやって来た生物系の砂踏みの音が規則正しく聴こえてくる。

一連の騒動に全く動じて居ないらしい落ち着き方は彼女がその超自然現象の生みの親だからだろう。

 

「逃げたか…」

 

辺りを見渡しながらプレシアは今しがた行使した魔法をぶち当てた筈の村上の姿を探す。

どうやら見据えられていたか、直前で姿を消して回避したようだ。

 

「まったく…次から次に強そうなのが出てくるわね。」

 

ぼやくプレシアは続いて自分と同じような生物的な音を聞いてその主を確信、振り向く。

 

「ごめん。逃したわ。」

 

「いっくんは?」

 

「無事よ。」

 

「そう…」

 

心底安心したという風に束はそれまでの怖い顔から息を吐き和らげる。

矢張り余程心配していたのか脱力する束は今にも崩れ落ちそうだ。

プレシアはもう一度辺りを見渡す。

村上の姿はやはり見つからなかった。

 

「そろそろなのはちゃんと巧君の方でも戦いが始まっているころね。……行けそう?」

 

まるで実際に戦ったような気の抜けようにプレシアも心配になる。

銀の福音の処理を束が担当することはプレシアも知っていた。

しかし今の束にそれを任せるのは荷が重いのかもしれない。

しかし束はすっくと背筋伸ばすと決意の篭った目でプレシアに向き直った。

 

「勿論。」

 

一言だけ述べた束はそれまでと打って変わってしっかりとした足取りで歩みをゴーレム達の元へと戻す。

やがて彼女が視界から消えた所でプレシアは取り敢えず3度目の正直でもう一度見回し、

 

「あ、」

 

居た。

 

「貴方の魔法か。」

 

生徒を非難し終えた千冬がプレシアの前へと現れたのだ。

途端に居心地が悪くなるプレシア。

別に恥ずかしいことはして居ないつもりだが今まで見つからないようにしていたためアッサリ見つかってしまうと気が狂ってしまう。

千冬はすっかり砂埃も治った落雷の地点を見ながら近づく。

 

「あ、あの、織斑先生…今のはその、なんというか。」

 

どもるプレシアは千冬から目を逸らす。

彼女からすれば自分は危うく一夏と簪を黒焦げにするところだったのだ。

説明に詰まるプレシアに、しかし千冬は攻めることをしなかった。

 

「解っている。束から襲撃の可能性は聞き及んでいる。肝心な詳細は何も伝えてくれなかったがな。」

 

「一応生徒全員から目は離さないでいたつもりだったがどうやらそうではなかったらしいな…」

 

「…見えなかったの?敵さん、結構な時間弟さんと話し込んでたけど。」

 

「なに?」

 

千冬が信じられないと言わんばかりに反応する。

 

「いや、織斑には何時ぞやの襲撃の件も含めて特に気を払ってはいた。そんな振る舞い、見逃す筈がないんだが…」

 

顎に手を当てながら千冬は眉を顰める。

プレシアは無駄と知りつつも見渡す視線を止めることができなかった。

 

「………」

 

ぼやく言葉は、無かった。




すんません、遅れました。

スコールさん倒すのに手間取りすぎました。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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42話 襲いくる拳

怪獣娘二期がようつべでも一周遅れで配信しました。
私はもち、リアルタイムで観ましたけど。

「キラッキラですね」ねっとりボイス
(・・?)



JJ 登場
( ゚д゚)



クレジット流れる



青柳尊哉

wwwwwwww


でした。


「貴方はこれからどうするつもりだ。」

 

観光地の不人気点に2人だけ。

千冬は今しがた一夏達を助けるため村上を追っ払ったプレシアに尋ねる。

プレシアは少しだけ思案の時間を使って決定した。

 

「花月荘に戻ってあなたたちと一緒に居ることにするわ。まあ、みんなの前には姿を現わすつもりは今のところ無いから、それは覚えておいて。」

 

一見、要求じみた失礼さを与えかねない返答だが千冬はそれを構わないとした。

 

「こちらとしても貴方に警護して頂けた方が助かる。それで……」

 

一息置いて千冬はチラリと横目を行う。

向いた先はプレシアもよく知る方向。

直ぐにその理由を見つけてプレシアは返す。

 

「束ちゃんが心配?」

 

「いえ、」

 

即答して、直ぐに止まる。

今度は千冬が言葉に詰まる番だった。

否定しようとして心の中の束に対して抱くナニカがどうしても許容出来なかったのだ。

 

「、生徒のためです。アイツが失敗すればそれはあの子達に降りかかりますから。」

 

結局こじつけ的に解決して千冬はプレシアに返した。

無論そんなあからさまはカウンセラーでなくとも判る。

 

「いいんじゃない?別に親友が心配でも。」

 

髪をかきあげ品を付けるプレシアに反応を返すことができずに千冬はもう一度、今度は単にプレシアから逸らすためだけに横目を行った。

 

「私は束ちゃんとはそういう間柄ではないけれども、これから危険に身を投じようとしている彼女の事は想っているもの。」

 

そしてプレシアは言葉を中断した。

言葉尻的に続きそうな感覚を覚え待ってしまった千冬は思わず顔を向ける。

してやったりというような笑顔があった。

ケラケラ笑いながらプレシア。

 

「さあ、行きましょう。今のあの子たちは多分凄く不安がっている筈よ。」

 

「……」

 

「行ってあげて、織斑先生。」

 

ーー

 

「ああ、その通りだな。貴方は別に放って置いても困らんが、生徒たちはそうはいかないからな。」

 

「あら、」

 

歯に着せぬ言い方にプレシアは少しだけ肩を竦めて、しかし気にせずに2人は生徒たちの待つ花月荘へと戻って行った。

 

「……」

 

黙した千冬。

今度は振り向かなかった。

 

 

ーー

 

傾斜を駆け上がっていく。

息を切らさずにさっき駆け下りた山道を今度は上がっていく束。

ぞろっぺえスカートを振り乱し、見かけ的にあり得ない速度でそこそこのや傾斜を駆ける束は間もなく決戦の用意へと辿り着いた。

 

「ゴーレム起動‼︎」

 

優れたAIを持ち、所有者から遠く離れた地点でも単独行動が出来るゴーレムシリーズだが、起動だけは束から何らかの直接的なアクセスが必要となる。

それは声紋だったり、又は指紋や網膜スキャンだったり、兎に角彼女の意思が介入しなければ彼らはその高性能スペックを生かす事は永遠にない。

何故そんな仕様にしたかと聞かれれば、特に時間もなく束は「私の物だから」と何気なく答えるだろう。

 

自分が作ったものだから自分が動かす。

 

そういう潜在的な欲のような正当性を束は身につけて居た。

果たしてそんな製作者の信念の号令の下、ゴーレムⅢはその無機質な瞳を孤島へと向けた。

搭載されたデータなある福音の反応を速くも感知したのだ。

 

やはり近くに来ていた。

 

既に断定された事柄に束は執着しない。

言葉を発しない流線的な鎌首へと視線を譲って次に思考を移した。

発見の後は今後の戦力の展開だ。

なのはや巧からの連絡は未だない。

迎撃隊と共に先遣隊の役割を持たせた2人は、特になのははサーチャーなどでその方面への能力は全力ならば、今しがた束に福音の存在を知らせたゴーレムよりも上だ。

 

なのはは真面目だ。 そして世話焼きだ。

恐らく束の言いつけ通り魔導師かガジェットドローンの相手だけを専念しながらも全体のために福音や、それこそオルフェノクまでカバーしようとし、感じれば直ぐにでも自分に知らせるだろう。

 

なにかあったのだ。

 

知らせる余裕も無くなるほどの出来事、それ以外の選択肢に譲れない程の苛烈な戦いが。

豆粒並みの距離の小島で今も尚、それと戦闘を行なっているのだ。

 

「なのはちゃんがそうって事は、乾くんもそうか。」

 

巧に関しては単に束に伝えていないだけかも知れないが、敵はそこまで甘くはない。

十中八九、30分前に別れたあの2人は其々の戦いに専念している。

束はもう一度ゴーレムⅢに目を向ける。

急ごしらえの新型は本日前線に出せる状態の機体はコイツ一機だけだ。

どちらかに出せばどちらかはカバーできない。

 

(なんで私、あの子たちの事心配してるんだろう。)

 

目線はゴーレムのまま、心配ごとを妹達が居る花月荘ではなく、知り合って数ヶ月の単なる顔見知りに向けて居る自分に束は驚いた。

 

「あの子達との関係はスカリエッティ打倒までのものだ…」

 

言い聞かせるように束は今度こそ視線を小島ではなくその向こうから来ているであろう福音へと向けた。

 

 

ーー

 

「だったら早いとこソイツ向かわせりゃあ、いいんじゃねえの?」

 

軽い口調が束の琴線を叩く。

前へと飛び出しながら空中で身体を反転させ声の方向を睨んだ。

意外な程近くに居たソイツは口調と同じくラフに木々にもたれ掛かっていた。

 

「なんだ。」

 

口ずさんだ内容は単純。

真偽を問うだけながらもその受け取り方は多様すぎる。

しかしその単語を選んだ束の抱く大きすぎる敵意の感情はこの場の何よりも明快であった。

 

マンティスシュリンプオルフェノクはそのグラブ状の拳を器用に組んで、尚も、うーん。と軽薄に唸ってから答える。

 

「妨害行動。」

 

飛び出すのと飛び退くのは同時だった。

 

ーー

速度というものがある。

物体運動を表した数値の中で最も一般的に連想しやすい速さを人は国境の壁薄く、示し合わせた共通認識のように使っている。

 

距離を駆け抜ける時間が短い。

 

そういう点であれば今しがたマンティスシュリンプオルフェノクが突き出した右腕も、当然のようにそれに含まれるのだろう。

不特定多数の誰かによればプロのボクサーの拳が持つ速さの中、人体反射が追いつくことが不能と呼ばれるジャブの速度が、大体、時速40キロ程とされている。

 

野球選手の投球と比べるか、長距離走の走者の平均速度と比べるかで恐らく随分感じ方が違う速度だが、これが80センチそこそこの距離で放たれると想像してほしい。

 

人間の反射神経は(反射神経という神経は存在しないため表現としては可笑しいがここでは無視する)大抵が0.2秒、限界でも0.1秒を下回る事は稀というらしい。

それに比べて40キロという数値はこの距離内ではコンマの数字がもう一つ増えることになる。

つまり避けられないという事だ。

 

そんな不可避のジャブをもっと極限まで高め上げた生物がマンティスシュリンプオルフェノクがモデルとする『シャコ』だ。

最速、時速80キロに達するとされるその爆発的瞬間速度は余りの刹那に、彼の弾道上の海水が沸騰するほどだという。

 

ーー

 

オルフェノクとして受け継いだ特殊技能。

マンティスシュリンプオルフェノクが何気なく突き出した拳速は何万回の進化が重ねた洗練化への反復運動を唯の一度で超えていく。

最早その速さはこの世で最も早い進化である科学技術すらも上回り、物理的限界の最後の狭間。

その超至近距離まで到達して束を打った。

 

咄嗟のバックステップを軽く潰したダッシュ。

避ける暇もなく束はこの世で最も速いジャブに身を晒した。

……

………

…………

ぴかり。

 

 

ーー

 

「んん??」

 

急に目の前を眩ます閃光に、脊髄反射で拳を制止させる。

トサリ、と軽い着地音が直ぐ先で聞こえる。

オルフェノクの聴覚が女の声を拾う。

 

行け。

 

光の晴れた先に変化が訪れた。

 

「ん〜〜?」

喉を鳴らし辺りを見渡すマンティスシュリンプオルフェノクに、その数メートル先に佇むうさ耳の女は煽るように口を開いた。

 

「どうしたの?死んだらお目目まで腐っちゃったのかなぁ?ねぇ、『近藤さん』。」

 

煽りには応じず、しかし遊びを感じない軽い声を束に掛ける。

重圧感のある軽薄さを近藤は発する。

 

「篠ノ之束は人の名前は覚えないって聞いてたけど?」

 

「私の常人の数兆倍有能な脳細胞を死なせたバカの名前なら特別に覚えておいてやったんだよ。」

 

殺意を交えた束がデフォルメの狂気を出す。

笑顔の能面の奥が晒された。

「それは光栄で、それよりさぁ。」

 

近藤は再び辺りを見渡す。

モノクロな瞳には呆れの情が混入していた。

 

「俺とタイマンでやる気か?」

 

先ほどまで襲撃にも反応せずに鎮座していた真紅のゴーレムが影も形も無かった。

 

「生憎、時間がなかったんで肝心のプログラミングは不十分でね。登録しておいた相手以外には攻撃もなんもしないのよ。」

 

対福音としてセッティングされたゴーレムⅢはそのものズバリ、対福音だけのものであった。

足りない時間を何とか機能制限という打開策で解決した結果、ゴーレムは銀の福音以外の対象を攻撃する事は出来なかった。

 

「それでも簡単な命令なら聴くだろうに…自殺志願者なんかね?」

 

尚も我、納得いかぬ。という近藤はグラブ状の手で器用に頭をかく。

 

「別に、唯邪魔されたくないだけだよ。スカリエッティもそうだけどお前にリベンジしていいのは私とちーちゃんだけだ。」

 

10年前に自分をコケにし、殴り、そして親友を拉致した。

あの日に関わりを持った人物くらいしか束には介入を許さなかった。

その言葉を最後にして束は拳を握り黙した。

 

「……」

 

窮したか?

同じく黙したままながらもやはり優位にいるのはマンティスシュリンプオルフェノクだった。

束と自分の間にある差は決して生身の恩恵で、しかも正攻法で何とかなるものではない。

ガジェットドローンを素手で破壊する豪腕は大したものだと言えるがそれもオルフェノク、特に甲殻類特有の固い鎧を持つマンティスシュリンプオルフェノクには通用しない。

 

強さだってそうだ。

 

この数メートルの間合い外だって、潰そうと思えば直ぐにでも、束の反応が追いつく遥か前にあの華奢な体躯を砕いてやれる。

 

「ま、死にたいんだったら別に断る理由もないし?」

 

トントンと軽いステップを踏む。

 

「そらっ!!」

 

先ほどと同じくジャブで沈める。

軌道も同じ、それでも予測上での回避など間に合う筈もない。

吸い込まれるように束の胸元にマンティスシュリンプオルフェノクの拳が打ち込まれ、

 

「またかい。」

 

光が視覚を奪った。

またもや反射で止まってしまったマンティスシュリンプオルフェノクの体が突然の浮遊を体感する。

そしてその意味を考える暇も与えられず、彼の体は90度の人為的な調整の後、彼の鼻っ柱を打ち付けた。

 

「ぶへ、」

 

気体排気が滞り詰まったような声が漏れる。

異形の体で起き上がった彼は人間臭くも打ち付けた鼻をさする。

再びの浮遊感。

今度は回復した視力を妨げる光が無かったことにより、よりハッキリとした集中でマンティスシュリンプオルフェノクは物事を認識した。

異形の体躯をその細腕で軽々と担ぎ上げた束は、再び、慈悲もなく顔面から固い地面へと叩き落とした。

 

タンッと、一足跳びで距離を離した束はスカートに付けたポケットを弄る。

手触りを感じる。

明らかな固体を握りしめて束はそれを取り出した。

見る者が見ればそれは驚きと畏敬に似た念を抱くだろう完成度であった。

 

「デバイスか…」

 

見る者であるマンティスシュリンプオルフェノクが呟く。

ダメージなど感じていないようにコキリと首を鳴らす。

無言で束はひし形に造形されたソレの裏側にある留め具で服に取り付けた。

よく見れば彼女の胸元あたりには普段は見ないブローチが付けられていた。

形はひし形、中央に付けられたガラス玉のような宝石が収められている。

束はそれを、新しいブローチと交互するように取り外し、ポイっとマンティスシュリンプオルフェノクに投げつけた。

 

(攻撃、ではないか。単に捨てるよりは良いと思っただけだろう。)

 

果たして予想通りか、固い表皮に弾かれたブローチはそのまま地面に落ちそのまま軽い音を出した。

パチリと留め具を付けた音が鳴る。

中央に付けられたガラス玉は少し白く濁っていた。

マンティスシュリンプオルフェノクにはその正体が直ぐに分かった。

 

「魔力か…どうやった?」

 

先程は無言であったが果たして束の閉じられた上下の口唇(こうしん)は静かに開いた。

 

「作った。」

 

一言。

その一言がどれほどの意味を持つのか、瞬時にそれは無表を強張らせて表された。

 

「無茶苦茶だねぇ。」

 

呆れたようにマンティスシュリンプオルフェノクは宝石、それに込められた人口魔力を見る。

 

「別に難しい事じゃない。魔力素自体はそこら中にあるし、そっち関係の専門家も居た。魔力を爆発的に解放させる機構くらいならこのサイズにする程度、束さんなら簡単。」

 

そう言い束は再びマンティスシュリンプオルフェノクへと駆け出す。

右へ、左へ、スカートをたなびかせてまるで四足歩行の獣のような俊敏さで接近して来る。

今度は見逃すまいと必要以上に目を凝らすマンティスシュリンプオルフェノクの集中に、またも妖しい白光が揺らぎを与えた。

途端に鈍くなる体にマンティスシュリンプオルフェノクは舌を打つ。

 

(認識阻害か錯乱系か…厄介なもんまで付与されてやがる。)

 

ただ込められた魔力を閃光弾のように爆発させ目を眩ますだけかと思っていたが、どうやら簡易的なあのブローチに施された技術は思いの外厄介なものであったようだ。

バッチリ目を凝らして見てしまったマンティスシュリンプオルフェノクは、これまで以上に混乱状態へと陥った。

腰元に確かな感触を感じる。

張り付いた瞬間、跳ね飛ばしてやろうかと考えていたが、それすら出来ずにマンティスシュリンプオルフェノクは3度目の地面とのキスをした。

 

 

ーー

 

高高度。

鳥が届かない位置。

羽虫が見上げるしかない位置。

ゴーレムは真紅を太陽光で光らせて飛んでいた。

 

急ごしらえという束の不安を抱かせたゴーレムIIIは、しかし確かな力を持っていた。

銀の福音という固体情報にだけ特化させた結果、それ以外の敵性存在には、任務の障害と彼のAIが判断しない以上攻撃をしないため後手に回らざるを得ないが、 それでもその戦力は並みのオルフェノクならば状況次第では単独での打倒も可能な代物だ。

そんなハイスペック機だが、矢張りいざ登録外の強者による攻撃には無力であったようだ。

 

突如、背部に突き立つ灰色の凶器が目下の目的意識を破断させた。

突き立てられたのは長く、細く、鋭いもの。

見上げた先は頭上。

天高く、あの翼を焼かれたイカロスを嘲笑うかのように太陽を逆光に輝くモノクロの大翼。

ホークオルフェノクが自ら虚空より生み出した弓を携えてゴーレムを見下ろしていた。

シャコと違い敵に軽口など言わずにホークオルフェノクは再度、何もないところから精製した特性の矢を継がえる。

ハイパーセンサーを利用したゴーレムの認識可能範囲からすれば大した距離ではない。

それでも人が狙いをつけるには十分すぎるほど、安心を抱ける安全圏である。

ギリギリ、と弓が軋む音をゴーレムの好感度ソナーが捉えた。

引き分けに要する力は一体、如何程であろうか。

おおよその隙と取れる、鷹の見せた唯一の油断。

 

潰したのは矢張り意識の差。

 

初めから狙っていたホークオルフェノクと予期せぬ攻撃にその後の行動を改めてCPUで処理し直したゴーレムとでは雲泥の差があった。

 

果たして打ち出された矢は音速を超え、ゴーレムの中枢システムに強く打ち立てられた。

 

 

ーー

 

距離を取る。

それが生命線。

魔法により混乱状態に陥ったマンティスシュリンプオルフェノクを叩きつけた束はすぐ様軽やかに跳び去った。

 

チラリと今しがた自分には害のない光で瞬間の隙を作り出したブローチを弄る。

 

(これはもうダメだな…)

 

白く濁っていた宝石は先程のブローチ同様ガラス玉のように透けていた。

確認した束はブローチを服から取り外し、今度は捨てずにポケットにしまい、新しく取り出した白く濁ったブローチを付けた。

のそりとマンティスシュリンプオルフェノクが起き上がる。

相変わらず外装はダメージを見受けられないが魔法の効果か少しフラついている。

それでも束は近づかない。

無機質な瞳がこちらを写していなかろうと関係ない。

10年経った今でも束の脳裏にはあの日、自分を殴り飛ばしたこのオルフェノクの姿が強く残っている。

僅かなダメージなど一撃でひっくり返される。

だからこそ束は行動を止めたわけだし、それがマンティスシュリンプオルフェノクの新たな展開を許したわけだ。

 

「ん〜、くらっくらするなぁ。」

 

頭を小突きながら立ち上がったマンティスシュリンプオルフェノクは何を思ったか、元居た場所である腰掛けて居た木の場所へとふらつく足取りを進める。

 

(逃げるか?)

 

それならそれで別に良い。

マンティスシュリンプオルフェノクは確かにスカリエッティに匹敵して憎い相手だが、それでも現段階の装備で打倒できる相手ではない。

口惜しいことには変わらないがその実束は内心「ほっ」と一息着いたような心境であった。

 

ガサリとシャコが木の葉を散らす。

背を向けながら草むらを弄るオルフェノクの姿というのは中々場違いな物であったが、やがて気怠げに振り向いたマンティスシュリンプオルフェノクに束の顔が強張る。

 

「ワリィがそっち系の魔法には耐性が無いんでね、チョイとドーピングさせて貰うよ。」

 

金属音が鳴る。

灰色で構成された体には異質な色。

それでも黒と白のモノクロ調なデザインはある意味彼らの体色に合っているものであったが、機械式という要素がその相容れなさを上長させていた。

 

「ファイズ⁉︎」

 

マンティスシュリンプオルフェノクがその腰に付けた貴金属の類は紛れもなくベルト。

実用品としては巨大すぎ、装飾品とするならば些か無骨なメカニカルな見た目は束の言う通り、ファイズと同等のものであった。

 

「いや、違うね。」

 

マンティスシュリンプオルフェノクがグラブ状の拳で器用にベルトの右側に付いてあった電話型デバイスを耳元に運ぶ。

 

「変身。」

 

巧と同じ単語。

あちらが決意を込めての力強い言葉ならこちらは単にそれが入力コードだから。

次いで続いた電子音がまたその機械的な言葉を馴染ませた。

 

《Standing by》

 

ファイズギアとは別種のガイダンス経緯。

我に帰った束が閃光魔法を使おうとする前にマンティスシュリンプオルフェノクはその身を変えていた。

 

《Complete》

 

ブローチの光を掻き消す閃光が今度は束の目を眩ます。

 

ファイズが鮮やかな紅ならこちらはモノトーン色。

黒いライダースーツを走る白いブライトストリームが妖しい力を感じさせる。

冷徹なオレンジ色の瞳が束を見据えていた。

 

「デルタってんだ。」

 

変わらぬ軽い口調は紛れもなく近藤のものであった。

 

「他のベルト…」

 

(ファイズの説明書には書いてなかったし…つか、言っとけよあのガキっ。)

 

心の中でデルタの存在を一切匂わせもしなかった巧に毒づく。

束が知るよしもないが、遠く離れた孤島において巧も同じく束に毒づいていた。

歯軋りをする束の表情は苛立ちと焦りが写し出されていた。

デルタが足を踏み出す。

変身の影響からか、その足取りはシッカリとしたもので錯乱の効果は見えない。

 

(ならもう一度ピヨらせるまで。)

 

束がブローチに、正しくはブローチに内蔵されたコアへと秘密の命令を下す。

誤爆を避けるため束にだけ分かる命令を受けた簡易デバイスとも言えるブローチは内包された魔力をただ解放、そしてそれに唯一付与された魔法である錯乱系の魔法を狂気の光としてデルタへと浴びせた。

この光を浴びた者は一定時間、脳の判断能力に軽度の障害を負い戦闘に支障をきたす。

さっきから近藤が反撃しようにもおぼつかなかったのはこの光に含まれた魔法に掛かってしまったからなのだ。

そしてその混乱の魔性がデルタのそのオレンジの瞳に吸い込まれていき、

 

微かな赤い稲妻が光を跳ね返した。

驚く束に近藤の軽い声がかかった。

 

「悪いね。洗脳させたかったんだろうけど、先約が入ってんだ。」

 

トントンと自分の胸部を指で叩くデルタ。

 

「よくは分からんがデルタはこっから特殊な電気信号で装着者の闘争本能を無理矢理上げさしてんだ。」

 

「まあ、変身する奴もピンキリでね。誰でも使いもんになるように付けられたらしいけど、これがちと厄介でな。」

 

「意思が弱いとデルタに飲まれるらしい。オレ程となるとそんな心配も無いけどな。せいぜい少しテンションが上がるくらいだ。」

 

饒舌に語るデルタは確かに少々昂揚している風に見えた。

一方の束は冷静に、既にブローチを破られた衝撃から立ち直っていた。

 

(闘争本能…脳内麻薬の分泌を作用させてるのか。それとも脳波に…だとしたらガンマ波か…どちらにせよこいつはもう本当に使えなくなった。)

 

自分の置かれた状況を理解した束はらしく無い冷や汗をかいた。

新しいベルトの戦士の実力は未だ不明だが、最低でもファイズと同等と考えても生身の自分では勝ち目はない。

その上唯一の対抗手段であった人口魔法はもう使えないときた。

今更ながら束はゴーレムを身元において置かなかった事を後悔した。

デルタはゆっくりと、確かに束へと足を進める。

ジリジリと追い詰められていく束はそれと同じく後退していく。

とん、と背中が詰まった。

 

「っ…」

 

いつのまにか木を背にしてしまった束は一瞬血の気が引いた。

咄嗟に後ろを振り向き動きを止めた彼女をデルタは見逃さなかった。

 

 

 

「がっ⁉︎」

 

 

 

空気と少量の血を声とともに吐き出す。

ファイズ以上の俊足で瞬時に距離を詰めたデルタの拳が、あの時よりも成熟した束の腹に突き立てられたのだ。

木を背にしていたため衝撃をモロに食らってしまう。

 

「づっ、!」

 

それでも意地が拒んだか、地へは倒れずに踏み止まる。

苦悶ながらも強く睨みつける束にデルタは笛を吹いた。

 

「やるねぇ。」

 

「っ…束さんは、細胞レベルでオーバースペックなのよ…」

 

微量の血を口から垂らしながら、掠れた強気がデルタを叩く。

それがお気に召したのか近藤は機嫌が良さそうにケラケラと笑った。

 

「そいつはスゲェ。もしオルフェノクに覚醒したらさぞ素晴らしい力を得るだろうよ。」

 

それは恐らく掛け値無しの賞賛であったろうし、それからの彼の変化を言い表せば、それは怒りに他ならなかっただろう。

 

「気味が悪いねぇ…」

 

「なに?」

 

息を乱しながらの束の弱々しい呟きに近藤の今までの軽さが陰った。

 

「お前らみたいな出来損ないの死に損ないになるくらいなら、いっそきっぱり死んじゃった方がまだマシだよ。」

 

心底思っている事だった。

束にとってオルフェノクの価値は侮蔑の域にあった。

足掻きにあがいた結果、死に。

それでも残り落ちたほんの燃えかすから現世に蘇った、究極の往生際の悪さに束は嫌悪した。

 

「お前らはその醜い姿が至高のものだって勘違いしてるかもしんないけど、私に言わせればオルフェノクなんて美的センス0の凡人が、死んで、そのどうしようもない感性からひねり出されたダッサイ格好みたいなもんだよ。」

 

「天才な束さんはそんなのヤだね。死んだ方がマシ。」

 

嘲笑う束に暫しデルタは仮面を黙らせていたが、急に束の細首へと左腕を飛び込ませた。

 

「ぐはっ⁉︎」

 

締め上げられる束は更に空気を吐き出し表情を歪める。

引き剥がそうと伸ばされた両手がデルタの左腕を叩く。

が、まるでピクリともしない万力は更に束の思考を薄れさせて行く。

 

「なら死ね。」

 

低くデルタ。

尚も締め付けを緩めないデルタはそのまま束の足を空へと蹴らせていく。

 

「あっ…ああ…!」

 

呼吸を断たれた束はどんどんとその顔を青ざめさせる。

強化された聴覚が軋むような音を拾ってもデルタは構わず力を強めていった。

着実に死へと近づく束。

最期の一押しを込めようとした時であった。

 

 

 

 

 

 

♪〜

 

 

 

軽快な、場違いな旋律。

何処と無く安っぽいメロディはデルタの腰にある変身道具にも使うデルタフォンから流れていた。

 

「……」

 

何かの有名ヒット曲を短く切り取ったそれを二、三回ループさせた後に近藤はそれに出た。

 

 

ーー

 

崖の上に男が居た。

崖へと波を打ち付け弾ける水飛沫を見下ろしながら立つ男の足元には福音迎撃に向かったゴーレムⅢが仰向けになっていた。

綺麗な真紅を傷一つなく誇るゴーレムだが、たった一つだけの例外に、胸の中央に刺さった矢がその流線型からはとても歪だった。

動かないゴーレムの側に立つ男は耳へと当てる携帯に向かい一言述べた。

 

「撤退だ。」

 

電話の向こうの相手は少し間を開けてから答えた。

 

『分かった』

 

男は携帯を切りズボンのポケットへと仕舞い、そして次の瞬間にはその場から消えていた。

 

 

ーー

 

「がっ⁉︎」

 

地面へと投げ捨てられた束は受け身も取れずに自慢のドレスを土で汚す。

一方のデルタは空気を貪るように咳き込む束になんの感慨も抱いてないように踵を返し、その場から離れていく。

 

「ま…待て、っ。」

 

喉元を抑えながら立ち上がった束がデルタを止めた。

 

「その待てはどういう意図での待てだ。」

 

デルタが振り返った。

オレンジの瞳が束を写す。

 

「まさか、まだやり合おうって意味じゃないよな?」

 

デルタの問いかけに束は目を逸らし黙るしか無かった。

「それでいい。大人だもんな?ちゃんと考えて行動しねーと。」

 

元の調子に戻った近藤の声に飛びかかりそうになる体を抑えて束は拳を握りしめる。

 

「ご褒美にこれやるよ。」

 

俯いたままの束の視界に突如金属製のベルトが滑り込んでいた。

デルタだ。

慌てて顔を見上げるとデルタではなくマンティスシュリンプオルフェノクへと姿を変えた近藤が束を見下ろしていた。

 

「今のままだと俺達が余りにも有利だからな。」

 

それだけ言うとマンティスシュリンプオルフェノクは跳躍。

痛む身体も忘れて立ち上がり追うが、直ぐに木々の向こう側へと消えてしまった。

今度こそ無人の周辺。

束は少し躊躇しながらもデルタのベルトを取り上げた。

見た目通りの重さが右腕にのしかかる。

 

「……」

 

無言で視線を向けていた束だが、不意に無造作にベルトを肩に担ぐとブローチを入れていた所とは別のポケットに手を突っこむ。

やや乱暴に取り出された携帯型デバイスの画面を睨んだ束はチッ、と舌を打った。

 

「やっぱやられてたか…」

 

画面には束の現在地を示す点と、その位置からは少し離れた所で点在している赤い点がピクリとも動かず点滅していた。

ゴーレムを表すものである。

製作者権限で福音迎撃を防がれたことを知った束は次に別のデバイスを取り出し画面を操作する。

それはかつてなのはに与えた通信機と同型のものであった。

耳元は当てコールを数回確認する。

 

なのはは出なかった。

 

「……っ!」

 

頰を嫌な汗が流れた。

駆け出す気を抑えて束は今度は別の番号へと通信を掛けた。

しかし結果は同じ。

向こう側からの肉声は決して届きはしなかった。

そして今度こそ束は走り出した。

既にデルタにやられた怪我は回復したのか、それともやせ我慢か、しかし傾斜を駆け上がる束は苦しさなど感じさせない足取りで山道を駆けていく。

 

はやる気持ちをそのまま原動力として束は走った。

 

 




※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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43話 前夜

かーなーり遅れました。

前半のやる気っぷりが羨ましい……
一回ケータイを開くごとに数十字ずつこつこつと打ってここまできました。



混乱とは時間が解決する。

しかしやはりそれは即効性がある訳ではない。

未だにほんの数十分前の出来事である落雷事故の不安に対して、教員達は「共同体を分ける」という手段を取って対策した。

先ず最初は全員が大広間に集められており、その時の様子は正に「混乱状態」といった所であった。

それは始まりはたった1人の不安の声であったが、短い時間で伝染し、あっという間にほぼ全員に広まった。

千冬が代表して連絡事項を伝えようとした時にはもう初めの不安が視界いっぱいに広がっていた。

それでも構わずに連絡だけは済ませた千冬だったが、その後のアフターケアの段階となると少し詰まってしまう。

それだけ生徒達の自分を頼る目つきが弱々しく、どうしても庇護の手を考え付こうとしてしまった。

 

(一言二言の雑多な台詞でこの混乱は落ち着くまい。ならば混乱を細分化し、手に収まるように処理してもらうべきか。)

 

人は集団生活に安らぎを求める。

他人との共有により喜びはとても大きくなるからだ。

しかし他人は時として不安や恐怖も共有しようとしてくる。

それは別に意味があら訳ではない。

ただ人は喜びを分かち合いたいと思うように負の感情も分かち合いたいと思うのだ。

一学年全員というこの大人数ではその分増大化された不安によりむしろ時間が経つごとにストレスの要因となる。

 

(無論何時迄も大広間を占領しておくわけにもいかんから結局は部屋に戻ってもらうことになるが……早くても構わんか。)

 

結論付けた千冬はアッサリと言ってのけた。

 

「それでは解散。夕食まで自由時間とする。他の人の迷惑にならん範囲ならばゲームに興じるも良し、気の早い奴は先に温泉を堪能するも良しだ。」

 

急な展開に生徒は虚を突かれた形となり、教員も事前の話し合いとまるで違う千冬の対応に目を白黒させている。

それでも声をかけないのはその正当性を感じいっているのか。

最後に千冬はこう締めた。

 

「ただし外には出るな。」

 

そうして部屋に戻るべく別れていく人波とともに不安も四散し収まり出した

 

 

ーー

 

ああは言われたが実際に部屋から出ている者は少ないな。

そんな事を思いながら鈴音はいそいそと、それこそ他所様の敷地内に侵入する猫のように姿勢を低くしながら素早く移動していた。

彼女の目的はただ一つ。

 

外に出る事だ。

 

別に特別な理由があった訳ではない。

単に本来楽しもうと頭の中で予定していた計画が全てオジャンになってしまい少し気分が削がれたのだ。

それに外出が禁じられたとはいえそれは生徒間の話。

一般客は旅館側から注意を受けながらも普通に遊びに出かけている事もそれを後押しした。

何より窓から見ても雲ひとつ無い晴天なのになにが雷だ。

 

(そういや、さっきもそんなに雲出てなかったわね。

……風が強いのかな?)

 

プレシアには名前と異次元人である事以外まるで知らない鈴音は先の雷が人為的なものだったと考えつかない。

 

「ま、いっか。」

 

心の隅に疑問を置いて鈴音は隠密行動を再開した。

教師に見つかるのは論外、かといって表口から行ってもカウンターで従業員に捕まる。

千冬からの注意喚起は勿論旅館側も知っている。

十中八九呼び止められてしまうだろう。

だからこそ鈴音が使うのは人目のつきにくい従業員専用の通路から続く出入り口。

従業員達が毎朝ここから受付や調理場へと移動するこの通路は文字通り「関係者以外立ち入り禁止」で、正に身を隠すには丁度いい。

 

走る。

道順は案内板を頭に叩き込んでいるため今更迷う事はない。

たまに通り掛かる胆力ある生徒や一般人さえからも身を隠し躱しながら、遂に鈴音は目的の人気の無い場所へとたどり着いた。

 

「あった。」

 

よく見る客にその用途を正しく伝え、自制してもらう為の張り紙を付けられた扉は黙って佇む。

手を伸ばす。

冷たいドアノブの感覚が、放置の好機と現実味ある不安をもたらした。

 

もし、今目の前の扉が開け放たれ従業員が現れたら。

浮かび上がる悪い予感に首を振る。

しかしそれでも払えない不安は新たに浮かんできた。

いや、それよりも無事に扉に入った後が問題だ。

扉の前ならまだ誤魔化しは効くが、いざ通路内で鉢合わせになったとしたらさあ大変だ。

それこそ言い訳は通らない。

不安に囚われた鈴音はそれまでの素早さが嘘のようになりを潜め、扉の前でじっとしてしまう。

少しの後。

 

「女は度胸よ!」

 

自分に言い聞かせながら鈴音は意を決してドアノブを回した。

そこまで来れば後は一気だ。

 

(もし誰か居たとしても姿を見られる前にダッシュで逃げればいいのよ!)

 

足の速さには自信があった。

もし人の気配を感じればすぐに閉じ、そのまま全速力で逃げれば良いだけのこと。

前門の虎が出てくる前に視界から消えればモーマンタイだ。

 

(いざ!)

 

果たしてその扉の向こうとは⁉︎

 

 

ーー

 

 

「こら、何してる。」

 

後門の狼を失念していた。

全神経を前面に注いでいた鈴音はアッサリと肩を掴まれた。

 

「ミャアアア⁉︎ご、ごめんなさいぃぃぃぃ!!」

 

驚きと共に跳ね上がった鈴音はそのまま器用に空中で体を反転させ着地、土下座の姿勢を作った。

そのスピードときたら、かの龍人体にも匹敵していただろう。

小柄な体を尚も平服させて縮こまる鈴音にふと頭上から見知った声が聞こえてきた。

 

「Oh,見事なDO・GE・ZAですわ。鈴さんたら、日本人の心も持ち合わせておいでですのね。」

 

賞賛の言葉に緊張感をほぐされた鈴音は顔を上げ、

 

「セシリア?」

 

にこやかな英国淑女が飛び込んできた。

 

「もう、ダメですわよ鈴さん。織斑先生から外へ出てはならないと言われたでしょう。」

 

「べ、べつに外に出ようとなんてしてないし…」

 

言い淀む鈴音。

 

「つか、なんでアンタこんな所にいんのよ。」

 

分が悪いと判断した鈴音は取り敢えず話を逸らそうといつのまにか背後を取っていたセシリアに言及する。

セシリアは思い出したように答えた。

 

「私の班の方々は幸い胆力のある人達でして、皆さん足早に手薄だろう温泉を堪能しようと出て行ってしまい暇でしたの。」

 

「生憎そういう趣向は無いので大人しく読書でもしようかと思っていましたら、丁度部屋の外から猫が忍び寄るような気配を感じまして。」

 

多分、というか間違いなく足音を忍んでいた鈴音だ。

さり気無く勘付かれていた事に鈴音は血の気が抜ける。

 

「これ幸いと思い尾行しようと思って付いてきたんですの。」

 

微笑みながらごく当たり前に言ってのけるセシリアに鈴音は乾いた笑い声を上げるしかない。

 

「そのお陰で中々時間潰しになりましたが、まったく…もう一度言いますがダメですわよ鈴さん。」

 

目を細めて叱咤するセシリアに鈴音もあらためて肩を竦める。

 

「悪かったわよ…」

 

少し不貞腐れながらも謝罪を述べる鈴音。

しかしセシリアは許すつもりは無いらしく相変わらず穏やかな容姿をきつくしながら続ける。

 

「いいえ、許しません。なによりも同じ代表候補生として看過できませんわ。」

 

完全にお説教モードに入ったセシリアは鈴音の土下座のままの下半身の姿勢も合いまり、余計にそんな風に見える。

 

「情け無いと思いませんこと?努力に努力を積み重ねて漸く今の地位に上り詰めたというのに…」

 

正座で聞く鈴音の表情が急に陰る。

 

「たった一回の失敗でその信用が失墜しますのよ?」

 

「う…」

 

思わず呻く。

セシリアは一度小さく息を吐く。

 

「本当に…」

 

「ごめん…」

 

「隠密行動のお粗末さときたら……」

 

「そっちかい⁉︎」

 

本日2度目のシャウト。

 

「はい?いえ普通に…ほかになにかありました?」

 

「え、なんで疑問系なの?ガチで言ってらっしゃるの?」

 

首を傾げるセシリアに鈴音も本気で困惑する。

そんな困惑を受け流し、当の本人はごく自然に問題点を上げていく。

 

「後ろから付けさせてもらいましたけど…まあ、隙だらけ。無駄な動きが多すぎですわ。」

 

「あ、そのまま始める感じスか。」

 

「それはまあ…身軽さが成せる技として我慢しても、最も最悪なのが危機管理の無さですわ。」

 

むっと鈴音の眉が潜められる。

 

「そうかな。結構用心深かったと思うけど。」

 

早くもツッコミを入れた時の常識的な判断は失った鈴音がセシリアに噛み付いた。

実際、自分は頑張った。

ここに来るまでだって誰とも出会わなかったしそれをなし得たのは他でも無い、自身の危機管理が優れていたから人を躱せたのだ。

その趣旨を立ち上がりながら伝える。

 

「尾行されてたのに?」

 

「う…、アンタが可笑しいのよ!他の生徒や客は誤魔化せてたわよ。」

 

実際鉢合わせにはなっていない。

鈴音のちょっと強気な自信にセシリアは静かに首を振る。

 

「それは私のお陰ですわ。」

 

「はい?」

 

 

「私が先回りして通りかかるだろう通行人を調整しておいたから、鈴さんはここまで辿り着けたのですわ。」

 

話によれば千冬とも鉢合わせになりそうだったらしく、セシリアはそれを未然に防いでいたという。

やれやれ、というような手振りと表情に鈴音は又もや黙る。

 

「と、いうわけで…分かりましたか?」

 

「あ〜…うん。」

 

なにが?という思いは無くならないが、このままだともっとややこしくなりそうなので頷いた。

兎も角これで退屈な部屋へと逆戻りとなってしまった。

再度脱走を図るにはテンションも落ち込んだし、これはもう一日中ごろ寝だなと鈴音は肩を落とす。

鈴音は勢いで動くが頭が回らない訳では無い。

これ以上はリスクに見合うだけの好奇心が抱けない。

 

「分かったわよ。やめるやめる…」

 

「では外に出ましょうか。」

 

「はい?」

 

ハテナを浮かべる鈴音をハテナを浮かべるセシリアが首を傾げる。

そして不意にポンとセシリアが手を打った。

 

「ああ、従業員の方を懸念してるのですね。それでしたらNo problemですわ。」

 

そう言うとセシリアは鈴音をどかしてノブに手を伸ばす。

そして静止の声よりも前にガチャリと開け放った。

真正面を壁、そこからT字型に狭い通路が左右に広がっておりその不親切さが客向けでは無い。 出入り口以外の用途に使われていない事を示していた。

 

「この旅館の従業員達の人数と、仕事場においての其々の役割から来る行動パターンは全て把握済みです。今はセーフな時間帯ですわ。」

 

その言葉が正しいのか臆せず進むセシリアを咎める声はしない。

 

「さあ。」

 

そうセシリアは手招きで鈴音を諭す。

混乱した。 というか呆れた。

この際付いて行ってしまった方が良いかもしれない。

一応左右確認をしながら通路内に入る鈴音に不意に別の意味で「え?」が入った。

 

「靴?」

 

気づけば何処からか取り出したのかセシリアの手に白地のシューズが見受けられた。

所謂、運動靴タイプのなんの変哲の無いシューズがセシリアの手から鈴音へと渡される。

セシリアが思い出したように説教を再開した。

 

「それと外へ出るなら靴くらいは用意なさい。」

 

「靴がある玄関は受付の目に付くところよ。バレちゃうじゃない。」

 

それを避けるため鈴音は裸足で出ようとしていた。

 

「だから予め足のつかない予備を持ってくるのですわ。」

 

口角を上げるセシリアはなんとも悪戯っ子っぽく、鈴音はもうすっかり自室に戻る気を無くした。

裏口の外を念のため確認したセシリアがOKを出すと鈴音はサッと猫のように飛び出した。

 

2人は本当にアッサリと花月荘を外出したのである。

 

「なにをしますの?」

 

音もなく扉を閉めたセシリアが尋ねる。

鈴音には計画があった。

今日、自室の窓から眺めて速攻で行こうと決めていただけ、という早計さだが決めているもんはしょうがない。

鈴音は迷いなく腕を突き出した。

ビシッと刺された先は一般客が遊ぶ砂浜と海…ではなく。

 

「森?」

 

「正確にはその先にある海岸の岩場ね。」

 

その日、窓からチラリと見えたそこの一部分の岩に鈴音の興味は引き込まれた。

ここの位置からではセシリアの言う通り森しか見えないが鈴音はしっかりとルートを頭に思い描いていた。

 

「森を通って行きますの?」

 

「そうよ。」

 

人に合わないルートを取るとすればそこしか無い。

しかしそれまでノリが良かったセシリアも遂に表情を曇らせた。

 

「私は兎も角…鈴さんはその格好で森に入るつもりですの?」

 

言われて改めて我が身を見てみる。

鈴音は特に暑さを嫌わない。

気温よりも動き易さで選んだ今日の外着は半袖半パンの極めてラフなものである。

 

「この季節に、こんな鬱蒼とした森へ入るのに、そんな肌を晒した服装では少々危ないですわよ。」

 

対するセシリアはそんな鈴音に正しい姿を見せているかのように、上下ともに肌を覆っていた。

特にいつものロングスカートではなく珍しいズボンが更に自分との対比を強めていた。

 

しかし、鈴音は気にしない。

 

「そん時はそん時よ。」

 

言うが早いか。

鈴音はズカズカと舗装路と呼ぶには不親切な狭い抜け道から、森へと入っていった。

止める間もなく遠ざかる鈴音にセシリアも諦め後を追う。

 

追って入った森は案外暗かった。

 

遮るものがなかった太陽の光が頭上を覆う木々に緩和される。

向こう側から見たときは影が出来ていたためこうなるのは当然だったが、実際に体験してみて改めて理解する。

青々と、または深々とした。

太陽の眩しさすら霞める実態を持つ幻。

幻影のようにも感じる。町暮らしの感性からみてもさして真新しくも無い高木の集合体に宿る、感情に訴えかける魅力。

 

セシリアはこういった森に入るのは本当に久しぶりだ。

だけれども今の彼女が抱く、なんとも言えなさは、ただ空いた年月が長いからという事ではないらしい。

先に行く鈴音を取り敢えず追いながら見回してもその答えは出てこない。

 

そんな中急に彼女の琴線に触る声が、彼女の金髪を回転運動でなびかせた。

それ程立派な枝ぶりでもないが、彼が乗る分には問題ない。

人間よりも遥かに良く見える視力で至近距離から見られたセシリアは、漸くこの森に感じる「気になり方」の種類を思いついた。

 

「成る程、思えば最後にこういった場所に足を踏み入れたのはあの日以来でしたわね。」

 

独りごちながらセシリアは木の枝にとまる鷹を見上げる。

懐かしさがセシリアの感じていた正体だった。

父への復讐を誓い、仮想敵としてセシリアは彼らを撃ち抜いた。

思えば丁度こういう込み入った森の中だった。

鷹がセシリアを見つめる。

 

「今更あの日々を思い出すなんて…もしかして貴方のお陰かしら。」

 

お互いに見つめ合う中セシリアは、案外この鷹はあの日セシリアが殺し続けた鷹達の化身で、あの日の自分と同じく自分に復讐をしようと近づいて来たのかも知れないと思った。

少しの間を置いてセシリアがフッと笑った。

 

「もう許してくれないかしら?もう何年も前の事よ。」

 

それでも飛び立たない鷹にセシリアはしなをつける動きをした。

 

「なら殺されてあげますからもう少々お待ち下さいまし。」

 

「貴方の同胞を殺すのはこれで最期。あと一匹仕留めたら貴方の勝手にしても構いませんわ。」

 

あと一匹。

セシリアがもう一度強調して言うと、鷹は嘘のようにバサっと羽を広げて飛び立った。

密集した森を器用に飛び抜け太陽光の穴から大空へと飛んでいった。

セシリアはその光景を黙ってみたあと、駆け足で離れた鈴音を追った。

 

 

ーー

 

「どう?いいでしょ。」

 

「気をつけて。」

 

セシリアの注意が入る。

自分たちが遊んでいた優しい砂浜とは違い、足元は尖った小さな岩がデコボコとしていて歩きづらい。

そこをピョンピョンと飛び跳ねる鈴音はまるでこの辺りに生息する野生動物のようだった。

 

「いい場所でしょ。」

 

ピョンピョン跳びながら鈴音。

もう注意するのを諦めたセシリアは辺りを見渡してみる。

舗装され管理された旅館側と違い、ここは本当に野ざらしであった。

さっきのような尖った岩はそこかしこに不作為に置いてあり、何処に居ても危なそうだった。

唯一ビーチと同じとすればそれは海であり、しかしそれも特殊な地形から来る唸りが巻き込み、乱暴な勢いで一歩でも踏み入れればそのまま体を持って行ってしまいそうなくらい流れが速かった。

 

「ええ、そうですね。」

 

正直いい場所には思えない。

防波堤などの人工物に感じる無骨さをそのまま無洗練にしたようなこの景色をセシリアはそう判断した。

別段美意識的な物ではなく、ここは人間が居るには似つかわしくない。

 

(まあ鈴さんがいいのならそれでもよいでしょう。)

 

鈴音には鈴音なりの何か惹かれる所が、窓越しのこの景色にはあったのだろう。

こうして楽しそうに遠くへ探検に出かける鈴音に対して、わざわざ声を大にして落第点をやる必要はなかろう。

遠ざかる鈴音が何やらちょこちょこと動いている。

どうやら手招きをしているようだ。

クスリと笑って歩き出す。

 

塩水に濡れ滑りやすい岩場を避けながら砂利の音をなびかせて、跳ねる鈴音に近づくセシリア。

親友の要望に応えながらもゆっくりと慎重な足取り。

しかしそれに考慮してくれる程、今の鈴音の高揚は低くはない訳で、彼女の足取りは無理矢理手を引かれる事で加速される。

 

「遅い。ほら早く早く。」

 

両手でセシリアの右腕を引きながら自分の行きたい地帯へと誘導する鈴音。

抜群のバランス感覚を持つセシリアだが流石に他人のペースで一方的となるとそうも言っていられない。

それでもやはり安定しているが本人は少し眉をひそめた。

 

「ちょっと鈴さん…」

咎められても変わらぬ笑い声にセシリアは呆れて、共に笑った。

やがてもっと波打ち際に立ち入った所で鈴音が止まった。

 

「あの崖の向こう側が窓から見えた所よ。」

 

腕を離し、代わりにもう一度今度は両手で手招きをする鈴音に釣られてセシリアも歩き出す。

 

「どうしてこのような所に?」

 

遂にセシリアが尋ねた。

この時鈴音は前を向き先行していたが、セシリアの疑問に答えるため180度視線を返した。

波と一緒で気流も荒いのか。

強い潮風が茶色のかかった髪を揺らす。

 

「なんか…居る…と思うの。」

 

今までの行動力からみてやけに歯切れの悪い様子だった。

 

「なにか、とは?」

 

セシリアの質問にも矢張り歯切れを悪く応えた。

 

「分かんない、兎に角なにか居るかもしれないの。」

 

さっきまでのはしゃぎようが嘘のようにどもり始める姿にセシリアは不審に思う。

そう思うと先程の手を引っ張った事も、アレは遊ぶ気持ちよりも急かす気持ちがそうさせたのかもしれない。

兎に角セシリアはその正体の究明するためにはその焦る足を進める先を、見る必要があると思った。

 

「分かりました。あの崖の向こう側ですわね。」

 

今度はセシリアが鈴音の前に立ち先行した。

崖の向こう側に行くには更に滑りやすそうな、水に濡れた丸い岩の上を通って行かなければならなかった。

浅瀬なのでもし足を滑らせても溺れはしないだろうが、所謂半パンの鈴音では下手をすれば大怪我に繋がる。

崖側に手をつけながら慎重に自重を巧みにコントロールしながらスルスルと簡単に鈴音の視界から消えてしまった。

やがて戻ってきた時。

セシリアは更に慎重だった。

ゆっくりと、大事そうに担がれる見知った顔に鈴音が悲鳴を上げた。

 

「巧クン⁉︎」

 

全身びしょ濡れでグッタリとしている巧を背中に担いだセシリアは、危険地帯を何とか転ばずに抜け鈴音の目の前にたどり着くと、困惑する彼女に対して巧を介して濡れ滴る金髪に構わず言った。

 

「帰りは玄関からにしますわよ。」

 

 

ーー花月荘 正面玄関

 

「ちょっと。」

 

壮年の男性。

花月荘創設の頃からこの玄関口の前のカウンターはずっと彼の持ち場だ。

そんな彼の見ていなさそうで見ている糸目が2人の少女達を捉えた。

少女たちにとっては朝初めての相手。

その他大勢の生徒たちの中の2人である彼女たちの顔を、彼は覚えている訳では無い。

ただIS学園とはもう何年の付き合いだ。

彼女たちの雰囲気が何となく、生徒だろうという事を彼に確信させた。

 

「ダメじゃないの。」

 

口角を上げながら目の前の悪餓鬼2人組を咎める。

しかしそれも直ぐに消えた。

金髪の少女の背に担がれるずぶ濡れの男性とその異様な状態に、トドメとして横の小柄な少女の切羽詰まった声がそれを消した。

 

「織斑先生の部屋は何処⁉︎」

 

指差す方向を確認したセシリアは即座に全速力で駆け出した。

 

「失礼。」

 

靴を脱ぐ間も無く2人は男の前から消えていった。

男は唖然とするしかなかった。

 

 

ーー

 

沈黙の中。

居心地が悪くなった一夏は取り敢えず正座で一歩引いた位置で輪から外れようとする。

それでも矢張りこの気まずい空気を発生させているのは部屋の中央。

一夏の現在位置である部屋の隅でも否応無く伝わる雰囲気の中。

その中でも特大の気まずい空気を全身からオーラとして放っている千冬が、その眼光を自分に向けていない事を何よりも安堵する一夏は尚も善人である。

そんな一夏から運び込まれてからずっと心配な目を向けられている、彼がいの一番に用意した彼自身の布団で横たわる巧は既に旅館の浴衣に着替えされられている。

これも一夏がした。

セシリアにより担ぎ込まれた巧を一番おどろき、混乱しながらも「女の子にはさせられない」という無意識的な彼の正義感がそうさせたのだ。

 

さて話を戻して千冬の恐ろしい眼光を真正面から受け、顔を青ざめている鈴音と平然と受け止めているセシリアがこの場の主役であった。

特に鈴音は縮こまりながらもどちらかといえば巧の介抱に意識を向けているため、自然とその眼光の的となっているのはセシリアであった。

千冬がふと視線を落として口を開いた。

 

「何故外へ出た。」

「何故巧くんがここに来ているのですか。」

 

ーー勘弁してくれ

 

輪から逃げ出したい2人の胸中が交わる。

一夏は背中越しに、鈴音は目を逸らしながらも、千冬の眼光がこのセシリアの質問返しに数段険しくなった事を察した。

 

「話せば話すか?」

 

「ええ。」

 

「いいだろう。」

 

結果は何とか事なきの方向へと着地したようだが冷や冷やした。

そして何も知らない2人はその流れに便乗しつつ依然黙して水を差さない事に神経を使う事にした。

 

「乾だけではない。今この旅館にはプレシアさんも来ている。」

 

驚く。

と言うよりは、予想していなかった訳ではないがそれでも身を震わす程の内容だったためそういうリアクションをした2人。

次いで千冬が締めくくった。

 

「スカリエッティによるこの旅館への襲撃があるかもしれない、と束から連絡を受けて私達は乾と高町に協力を仰いだ。」

「その結果、2人はもしもの時に自由に動ける別働隊となってもらうためインフルエンザという形で後で束にここまで連れて来てもらう予定だった。」

 

「恐らく乾は敵との交戦の後敗退、もしくは何らかのトラブルにより戦闘不能になったのだろう。」

 

語られた内容は大体、襲撃という単語から各々が連想していた大凡の想定に合致するものであった。

理解のいくものである。

しかし納得いかない。

沈黙する千冬にキッと猫目が睨んだ。

 

「勝手…」

 

セシリアが横目を振る。

千冬は相変わらずだ。

それが堰を切る要因かは鈴音だけが知っている。

 

「勝手よ…千冬さんも篠ノ之博士も…」

 

黙したままの千冬。

 

「なによ…「戦闘不能になったようだ」って、アンタ達のせいでしょ!?何で他人事でいられんのよ!」

 

可愛らしい声を精一杯張り上げて鈴音は千冬を糾弾した。

しかしそれは直ぐに形を変えた。

弱々しい声はそのまま鈴音の胸中を表していた。

 

「大体こいつもなのはさんもそうよ…」

 

瞳を落とす。

悲痛な顔も相まって痛ましい姿に見えた。

 

「なんでなんも言わないのよ。

なんで1人で全部背負おうとすんのよ。

なんで別の世界の事なのにそんなに必死なのよ。」

 

呟くような言葉は誰かに告げるようなものでは無いだろうと感覚的に全員が悟った。

誰に言うでもない悲痛な叫びを終えた鈴音はそのまま俯いてしまう。

 

「では、次は私達からですね。」

 

セシリアが言った。

どうしようもないくらい暗い部屋でその声はやはり輝いていた。

 

「私達が外出した理由は、もちろん彼の救出のための緊急措置です。」

 

嘘だ、と一夏は思った。

聞くに巧が発見された場所は位置的に旅館からは絶対に目視出来ない場所だったらしい。

たしかに結果的には彼女たちは巧を回収したが、その過程は絶対に不埒な物だったはずだ。

しかしセシリアはぬけぬけと続ける。

 

「凰さんは自分の部屋の窓からあの崖を眺めていました。その時彼女の感覚に強く訴えかけてくるナニかが彼女をつき動かし、禁止を破らせたのです。」

 

一夏はいつかのポエムを思い出しセシリアも存外と天然な気があるらしいと思った。

 

「今思えばアレは乾くんからの思念だったのかも知れません。」

 

そしてーー

 

「以上です。」

 

ーー

ーー

ーー

 

「……それを信じろと?」

 

「嘘は言っていませんわ。」

 

よくもまあここまで平然としているものだ。

一夏はすっかり目を細めて呆れた。

 

しかし実際にセシリアは嘘は言ってはいない。

鈴音が窓から見えたあの場所になにか惹かれるものを感じたのは事実であるし、たとえその惹かれるものを感じた末が遊びたいという感情だったとしても人の感情まではさしものセシリアでも解らない。

セシリアはその理由を断言出来る術はない。

だから嘘という定義でいえばセシリアのそれは値しないのだ。

 

だが穴だらけと言えばそうであるし、勿論千冬がそれに気づかない訳が無い。

それでも自信たっぷりに背筋を伸ばすセシリア。

やがて無言の睨めっこを終えて千冬が表情を変えた。

 

「分かった。だがそういった場合、今度からは真っ先に先生に伝えろ。」

 

言った千冬は立ち上がるとそのまま襖を開けてスリッパに履き替えて出て行ってしまった。

驚くほどにあっさりと事は済んだ。

 

再び気まずさが舞い戻って来た。

今度の中心は鈴音だ。

やはり俯いたままの鈴音ともう話すべき事は無いのか、饒舌さが一変。

ずっと黙ったままのセシリアに一夏は益々居心地が悪くなる。

必死に頭を回転させて解決策を思い起こす。

千冬のように出て行くのはタイミングを失った。

ならば話しかけるという選択肢も、同上の理由で中々踏み込めずにいた一夏に助け舟を出したのは意外にも中心人物であった。

 

「ねえ、一夏…」

 

ビックリとする一夏。

俯いたままの鈴音がこっちを見た。

何年振りかの自信の無い表情だ。

 

「私が千冬さんに言ったこと間違ってるかな?」

 

口をつぐんだ一夏は少し間を置いて話した。

 

「ごめん、正直どっちが正しいのかは俺にはまだわからない。でもお前の想いは多分正しいと思う。」

 

率直な想いが述べられる。

鈴音は小さく「そっか」とだけ言って再び顔を背けた。

一同は再び意識を戻さない巧に気を向けた。

 

 

ーー

2人を繋げるのは機械化された音声。

電話先から声がする。

 

「じゃあセシリアちゃんたちが助けてくれたんだ。」

 

「ああ、この季節だが長時間海に晒されていたからな。かなり危ない状態だったから本当に良かったよ。」

 

電話先の束は同じく電話先の相手である千冬の言葉に安堵する。

電話先から声がする。

 

「高町は、」

 

千冬が聞いたのはもう1人の行事不参加の生徒の安否。

束はああと返事をして横を見ながら返答した。

 

「外傷よりも自傷の方が酷いね。リミッター解除の負荷で内臓にも軽くないダメージが入ってる。」

 

「そうか…」

 

ケータイを傾けながら千冬は脳裏によぎった鈴音の糾弾を再度意識した。

 

「凰からこんな事を言われたよ。巧くん達がこうなったのは私達のせいだってな。」

 

なのはの救助のために急行、そして医務室の役割もしている人参ロケットの内部で束はケータイを耳に当てる。

横のなのはは未だに目を覚ましていない。

彼女の服は彼女自身が吐き出した吐血を少量浴び、今は黒ずんでいる。

そしてなのはと同じく、こちらは机の上で器具に繋がれた。

輝きを失い機能を停止させたレイジングハートが主人に付き添うように鎮座していた。

そんな両者を甲斐甲斐しく介護しているのはクロエだ。

片手でなのはを、片手でレイジングハート用のコンソールを操作しながら心配そうな視線が右往左往している。

 

「へぇ」

 

返す束。

 

「正直私は凰の言う通りだと思う。私達は彼等に頼りすぎている。無責任過ぎるんだ。」

 

「そうだね。」

 

あっさりと認めた束に少し驚きながら千冬は窓の外から見えるなのはが戦った小島を見て続けた。

 

「今更なのは分かっているが…もうこれ以上この子たちを危険に巻き込みたくは無い。」

 

「束、2人が目を覚ました時その趣旨を伝えるんだ。」

 

声だけでも伝わる本気のトーン。

それに束は即答で冷めたものを送った。

 

「それでどうなると思う?」

 

電話越しに千冬が言葉を詰まらせるのがわかる。

尚も冷酷に束は瞳に傷ついたなのはを映しながら言う。

 

()()()()()()()()

 

重く心に響くのは千冬自身予感している事だから。

重い言葉が続く。

 

「にべもなく断るよ。あの子達。束さんたちが協力を一方的に打ち切っても、たとえ1人になってもこの件に関わり続ける。」

 

束には容易に浮かんでくる。

目が覚めたなのはに束はこの件に関わらないように命令をする。

 

「嫌です。」

 

ーー

「そうなったら余計に無茶をする。今のままが一番安全なんだよ。」

 

締めくくる。

キッパリと、まるで断罪を受けたような非情さを千冬は味わった。

不意に感情が高ぶる。

 

「っ、束‼︎」

 

「ちーちゃんが正しいよ。」

 

昂ぶる千冬に束はいつまでも冷静だった。

 

「そんな感じに後悔して怒るのが多分正しいことなんだと思うし、私の方が有っちゃいけない事なんだろうな。」

 

束は自嘲しているわけでは無い。

そんな声色では無い。

只々冷静に、完璧に自己分析をしているだけだ。

 

「多分私はなのはちゃんが死んだとしても変わんないと思う。そりゃぁ悲しいとは思うんだろうけど、直ぐに元に戻るよ。」

 

束は手元に近藤から受け取ったデルタドライバーを持ちながら予感した。

 

「ちーちゃん。ちーちゃんの知ってる私は10年前で終わってるんだよ。」

 

ーー

 

ケータイを握りしめる力が強まる。

反論をしたい。

否定をしたい。

束は悪い奴じゃない。

それを堪える。

 

「高町が起きたら、さっきの事…」

 

「分かってる。本当ならもっと早い時に言っておくべきことだからね。」

 

「よろしく頼む。」

 

それだけ言って会話は途切れた。

先にボタンを押したのはどちらか。

ぶつりとスピーカーから音がして、電話が途切れた。

沈黙する千冬の元にプレシアが現れた。

普段の優しい顔を少し薄めて千冬に近づいた。

 

「なのはちゃんと巧くんの事は私にも責任があるわ。そう自分を責めないで先生。」

 

プレシアは今回の一件でなのは達が負った怪我は自身の不甲斐なさから来たものだと思っている。

本来なら自分こそ最前線に立って戦うべきであった。

戦力的というよりも大人として、子供である2人を危険に晒すべきではなかったとプレシアは自分を評していた。

 

「ええ、分かっています。私は大丈夫だ。」

 

「そう、ならいいわ。スカリエッティからの襲撃については私が神経を張り巡らせてるから心配しないで。」

 

千冬の返答を聴くとプレシアはそのままの足で自身の部屋へと帰っていった。

恐らくサーチャーの操作に集中するためだろう。

やがて消えた人影を確認してから千冬はすっかり日を落とし出した空を見上げて瞼を一つ閉じた。

 

 

 




次回から原作でいう福音戦

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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44話 今夜

本当にお待たせしました


扉を抜ける。

機械仕掛けの最新式の音を潜り抜けて、超高層の普通の世界をエレベーターで登っていく。

やがてエレベーターの駆動音が止み外の闇と似つかわしい、静かで冷たい世界感が近藤を包んだ。

エレベーターの扉を抜けて直ぐに飛び込んで来るのはまたも扉。

社会で暮らしていれば平常時に何度も目にしている向こう側へと通じる通路。

一般的なソレと何ら変わらない装飾の扉がやけに気になる。

一度視界に入れば最早向かう以外の選択肢が脳裏に浮かんで来ない。

そんな抗えない拘束力に従いながらも近藤はやけに心地の良い、元居た在りし日への想いを抱いていた。

異世界に居る彼らにとってあの先の部屋は唯一の安息の地でもあった。

扉を開けた近藤を待ち受けていたのは2人。

元居た世界は違うが矢張り異世界の住民らしく、ここに居る彼らはそれ以外の場合よりもしっくりとしていた。

 

2人は注目。

特に近藤にとっては同郷であり直属の上司でもある村上の存在感はよりズカズカと彼の心境へと踏み行ってきた。

 

「なぜベルトを篠ノ之束に渡したのですか?」

 

普段から厳かという選択肢が丁度いい村上の態度に少し棘がある。

薔薇の棘のように表皮に隠さず飛び出た棘は、しかし己を守る為ではなく全面的攻勢を表す彼の絶対的な強さを示していた。

今日近藤はここに自らの意思で来たのでは無い。

他でもないこの村上に呼び出されたのだ。

沈黙の後村上が覆いかぶせてきた。

 

「デルタはカイザやファイズと違い、そのコンセプトは完全な『装着者を強化する』という事に終始しています。王を守るために持ち主を選定するという概念が生まれたのはデルタ以降。

幸いにも前の戦いで変身を成功させた敵の中に純粋な人間は存在しては居ませんでしたが、今回もそれが当てはまるとは限りません。

 

近藤さん、貴方は敵に塩を送る行為をしたのですよ。」

 

淡々と村上が言葉を連ねていく。

その其々が新たな棘となり近藤の心に巻きついていく感覚を近藤は覚えながら静かな村上に今度こそ自身の言葉を向けた。

 

「別にーー」

 

はっきりと言い切った非真摯な対応。

長い間この男の下に付いていた近藤にとって村上の琴線に触れるだろう対応など手に取るように分かった。

村上は寛大な男だが限界を超えるキッカケとなるのは矢張り自意識に基づく物であり、そうなると一転容赦の無い男だ。

昼寝を邪魔されることと彼の期待を裏切ることはその逆鱗に触れることであるという事はスマートブレインに居た者なら誰でも知っている。

そんな村上の琴線を近藤はあえて踏んだ。

果たして村上の棘は意外にもその狂気をアッサリと仕舞った。

「そうですか…分かりました。もういいですよ。」

 

元の笑みを使った村上を見た近藤は無言で扉の外へと消えて行った。

元の2人だけの世界となった居心地の良い部屋で村上は深く椅子にもたれた。

 

「良かったのかい」

 

横のもう1人が、スカリエッティがこの安住の感情欄に口を挟んだ。

普段の村上は決して嫌な顔一つせず質問には応じる男だ。

 

「構いません。元は我々の所有物ではない…寧ろ貴方のほうこそ宜しいのですか?」

 

 

「あれは貴方の作品でしょう」

 

 

スカリエッティはくつくつと笑う。

 

「君たちが提供してくれたデータ通りに組み立てただけの模倣品さ、好きにしてくれて結構。私にとって重要なものは製作過程で既に取れた。」

 

そう言うスカリエッティは本当に満足してそうであった。

ベルトの作製は彼の科学者としての感性にズバンと来るものがあったらしい。

世界中の悪い感情を混ぜ合わせた液体の海みたいなところから生まれ落ちたような男が高揚という人間らしい感情を見せる事態に村上はこの男も人間なのかと思った。

 

「満足頂けたようで良かった。それでーー」

 

やにわに変化する村上の初動。

スカリエッティはそれを笑って待った。

 

「損傷した銀の福音の進捗を聞かせてもらいたい。」

 

「問題ないよ。」

 

にべもないスカリエッティに村上は最初から分かっていたかのように笑い返した。

 

「流石ですね。秘書も言っていましたが本当に間に合わせてくれたとは…」

 

「駆動系などはかなり傷めつけられていたがそんなものはISの全体として見ればほんの表面的なものに過ぎない。そもそも此方からの操作を簡単にする為に装着者の意識と完全に分離させているんだ。

ただの無人機同然なISくらい、訳ないさ。」

 

こともなげに言ってのけるスカリエッティに村上は感嘆する。

 

「では襲撃は明日という事で問題ないと?」

 

確認する村上にスカリエッティは自信を持って頷いた。

福音の稼働が問題ないという事を受け村上の笑みに更に深みが増す。

狂気の中に冷静さを同伴させた村上は一面のガラス張りの計算された景色の先にある日本を見た。

 

 

ーー花月荘

 

薄暗いな……

矢張りいつの季節も朝は少し涼しい。

ここ最近なぜか気怠かった俺からすればこの時間帯は嬉しいものだ。

これから海に入る事態がある事も考えたら、行きしのバス内ではああなっていたが案外この実習も悪いものではないかも知れない。

まあ、唯一の男で更にほかのみんなから大幅に遅れている身からすれば元々気を抜くべき所では無かったのだが…

 

「…まだ起きてないのか」

 

薄暗い視界の中でも俺の視線は1ミリもそいつの顔の位置から逸れることはない。

千冬姉が密かに呼んだらしいお医者さんの話だともう心配することは無い、との事だったが矢張り意識を取り戻さないとなると心配になる。

そんな状況でも寝るときは寝るんだから俺も結構ずぶといのかな?

 

「千冬姉も居ないのか…」

 

呟き。

普段なら「先生を付けろ」と出席簿が振り下ろされそうな俺の呟きは誰も答える事なく、本当なら出席簿を振るう人が寝るはずだった所に居る乾にも反応される事はなかった。

 

「なんだか暇になったなぁ。」

 

一人暮らし状態となった事で饒舌になった俺は隣に意識不明者が居るのにくつろぐ。

乾には悪いがちょっとは許してもらおう。

こいつには負けるが俺もそれなりに疲れたのだ。

 

「なんで隠すんだよ…」

 

思わず溢れた。

ここには居ないがなのはさんにも。

そして千冬姉にも俺は不満を覚えていた。

なんで隠すことがあるんだろう。

言えばいいじゃないか。

俺も鈴も自分に降りかかる火の粉を、払えるかは兎も角反撃出来るだけの力は持っているつもりだ。

花月荘のみんなに危害が及ぶということはそれだけ守るべき人数も多くなるという事。

それなら多少戦力不足になっても戦える者は使うべきだ。

ドイツで教官をやってた千冬姉と元の世界では軍隊の指導官と似た職業だったらしいなのはさんが居たなら尚の事そっちを選んで欲しかった。

そうすれば乾の怪我も無くなったかもしれない。

多くを守るなら守る側の人数も多めに見積もった方が正しい筈だ。

不満は軽い怒りとなって俺はもう一度昨日の鈴の表情を思い出す。

 

そうだ。

なんだかんだ言っても俺は自分を頼られなかった事が悔しいだけなのだ。

俺がそれまで受け身だったISの操縦に本腰を入れ始めた理由はスカリエッティが学園に襲撃した時に感じた自分の無力感を払拭するため。

そして俺が力をつけることでもしかしたら救えるかもしれない人のためである。

だから要するにーー

 

「ムカついたんだな、認められてない気がして…」

 

子供っぽい。

改めて声に出してみると本当に子供っぽい理由だと思う。

そうだ。 なんだかんだと真っ当らしい理由を取っつけてみても結局のところ、自分の積み重ねてきた努力を無視されることに拗ねていただけだ。

 

人のためではなく自分のため。

結果として俺の模索してきたヒーローへの道のりは単なる自己愛によるものだったわけである。

 

「ヒーローといえばアンタたちの事を言うんだろうな…」

 

名声を求めず、見返りを求めず、人助けに行動を移せる本当の正義感。

ある日違う世界へいきなり放り出されて困惑している筈の状況でそれでもこの人たちは俺たちの為に血を流してくれる。

自己犠牲の模範例と言える行動に俺は違和感なくそう思った。

 

 

ーー

 

 

「別にそんなんじゃねぇよ。」

 

「え?」

 

不意に聞こえる否定の声。

油断していた一夏はまずその意味を素早く理解出来ずにそれでも他にはない選択肢から選ばれた方向へと目が向いた。

薄闇に慣れた視界の先に仏頂面が浮かんでいた。

常日頃と変わらない、平穏以外を敵意100%で睨みつけるような顔は確かに乾巧のものだった。

 

「大丈夫なのか?」

 

不思議と狼狽える事はなかった。

意識を取り戻さない頃は心配していたが起きて、こうして憎まれ口を叩くサマは何一つ変わらない平穏な姿だった。

 

「別に、寝てただけだ。」

 

巧は横になったまま辺りを見回す。

旅館の内装が巧の目に入って来た。

 

「んで?」

疑問と何故か不満を入れた顔を一夏へと向ける。

無論一夏は分からずに首をかしげる。

 

「だからなんで俺がお前と添い寝してんだって事だよ。」

 

言われてみれば巧はこれまでの経緯を知らないわけだ。

混乱しているらしい。

一夏はすかさず突っ込みを入れた。

 

「添い寝って寄り添いながら寝るって意味だから布団別々にして寝るのは添い寝って言わないんじゃないか。」

 

「添い寝添い寝ウルセェな。気持ち悪いんだよ。」

 

想像させんなと巧が毒を吐く。

そっちが言ったんじゃないかとも思ったが一夏は黙った。

 

「お前が運んでくれたのか?」

 

巧からすればここは一夏の部屋らしく、なにより起きた最初に居た一夏が運んだのだと思ってもしようがないが生憎違う。

 

「鈴とセシリアの2人が海辺で倒れてたお前をここまで運んでくれたんだ。」

 

「ああ、あいつらか…」

 

聞いた割には少し浅薄すぎやしないかと思ったが巧はまだ怪我人だ。

心に浮かんだ不満を消して一夏は自然と質問を選んでいた。

 

「そんなんじゃないってどういう事なんだ?」

 

話を聞かれていたとしてただ単に謙遜しているだけなら一夏も言及はしなかった。

しかし巧の纏うそれが何とも無関心過ぎて、一夏は不思議に思ってしまった。

 

「乾君は誇っていい事をしてるんだ。俺にとっちゃあんたはヒーローだよ。」

 

少しの羨望も混ぜた視線にも巧の仏頂面は崩れない。

 

「柄じゃないんだよ…」

 

そのままのそりと起き上がってくる巧に慌てて肩や腰などに入る補助を鬱陶しそうに払いながら、巧は少し眉毛辺りの筋肉を人当たり良くして言った。

 

「よくわかんないしな。」

 

巧からすればそれは本心であり、ごく当たり前の認識であった。

果たしてその当たり前は一夏の心をガツンと叩いた。

 

「よく分からないのか?」

 

「よく分からないのにそんな事してるのか?」

 

最初は呟くような疑問は直ぐに意識外だった巧にも認識させた。

 

「なんか信念があるとかそんなんじゃないのか?人を助ける時にお前は何となく助けてるのか?」

 

まるで人間が備える良識とか相手に対する労りの機能を無視しているように一夏の質問は脈絡がなく、そして無粋であった。

 

「困ってる奴助けるのに理由とか一々考えない方がいいんじゃないのか?」

 

一夏なんて正に考えるよりも体が困っている人を助ける為に動くタイプである。

よもやそんな一夏からの言葉に巧は少し驚いた。

 

「違うよ、考えなくていいよ。立派だよ。

でもそうじゃないんだ。」

 

しかし返ってくる言葉はまたどこか悲しさのようなものが感じられた。

 

「道案内とか不良に絡まれてるとかなら何にも考えなくていいかもしれない…

でもお前がしてる人助けは考えないと可笑しいんだよ。」

 

「死んじゃうんだぞ?

常にぶれない信念があるなら一々気持ちを再確認させる必要も無いけど…よく分かんないならそういう時は悩むべきだろ⁉︎」

 

人を助けるのに理由は要らない。

そんな立派な精神が可笑しく思えるほどに巧がした人助けに掛かったコストは大きすぎた。

自身の命を簡単にかけることが出来る。 その判断材料にしては巧の

態度は深刻さを欠いていた。

そんな一夏に巧は二、三頭を掻いた。

 

「そうかもな」

「俺だって死にたくはないし別の世界を救う責任なんてものも無いのかもしれない。」

 

平常時と変わらぬ姿に嘘の類は一切見受けられない。

これは巧の本心だ。

 

「なのに戦うのか?まるで呪いみたいじゃないか…」

 

「呪いか…言えてるかもな。」

 

今思い出して納得したかのような、そんな巧の姿は一夏にはとても信じられなく見えた。

 

「……兎に角、セシリアと鈴を連れてくるよ。心配してたから。」

「おう。」

 

「……それからまだ安静にしてる方がいいと思う。欲しいものがあれば俺が買ってくるから遠慮なく言ってくれ。」

 

「おう。」

 

巧は再び寝転がり体を休めた。

 

 

ーー

 

束にとって徹夜は単なる作業である。

眠気やそれに準ずる欲求を全て能面に隠して束は、束の体が強制的に休息のため彼女の意思を停止させるまで行動する。

まるで機械のように優れた束だからこそ可能な芸当だ。

束はそんな才能をこれまで自分のために使ってきた。

スカリエッティ捜索のもっと前。

物作りの魅力に取り憑かれてからずっと自分のしたい事だけに取り組まれてきたこの趣味の時間も今となっては誰かのための時間に変わってきている。

瀕死の状態であったなのはのために束の全知識と機転が使われ無事に事無きを経た今、束は新たにその趣味の時間を使っていた。

 

デルタのベルトの解析である。

幾多もの器具で繋がれたデルタドライバーと各種デバイスはそのままそのコードから内臓メモリの奥底までも束に覗かれていた。

 

「こんなもんか…」

 

趣味の時間は急に終わりを告げた。

コンソールから手を離して代わりにベルトを無造作に掴み取る。

解析のためのコードを巻き込み取れ、或いは千切りながら目の前にベルトを持ってきた束は暫く片手で弄る。

金属音を鳴らしながらベルトを弄ぶ束の目は製作者であるスカリエッティを映しているのかも知れない。

そして漸くベルトをゴトリと机に開放した束は一層イスに深く腰掛けながら言った。

 

「回復早いね。なのはちゃんも割と常人離れしてるね〜」

 

「あはは、そうですかねぇ。」

 

朗らかに笑うなのはは包帯に包まれながらも「元気‼︎」といった感じを見せていた。

長い髪はそのまま下ろしているため普段とは印象が違うが笑顔はまさしくなのはのものだ。

ほんのついさっき。

パチリと目を開いたなのはに驚きの声を上げるクロエが束に反応を向けさせた。

質問責めと安否をしつこく確かめるクロエを腕を回しながら相手をしているなのはの姿に昨日の状態など微塵も感じさせない。

そのまま束が近くの店で買ってきた栄養ドリンクを飲み干したなのはは同じく回復したレイジングハートを撫でながら束に応えているのである。

 

「じゃあ起きた事だし早速状況の説明をしますね。」

 

束に諭される前になのはは昨日の戦いの詳細を報告していた。

ロングスカート越しに足を組みながら束は新たな敵性存在に表面上のため息をついた。

 

「強いんだ…そのオルフェノク。」

 

束の呟きになのはは躊躇いなく頷いた。

 

「巧君でも勝てるかどうか。」

 

セシリアの光学兵器と同じく魔導師の砲撃に付与される魔力ダメージに対して彼らは己の外骨格そのもので耐性を付けている。

オルフェノクとは大抵の魔導師にとっての天敵とも言える存在だ。

もっともなのはクラスならば相性をそのまま力で押し切る事も出来るがそれでも尚、オルフェノクを打倒する一番の手段はファイズである。

ローズオルフェノクはそのファイズでも勝てるか分からない存在であった。

 

「ところでそのベルト…どうしたんですか?」

 

「ん〜?」

 

当然というべきか。

前までは存在していなかった筈のファイズと似たベルトになのはは小首を傾げる。

 

「貰った。」

 

簡単に言ってのけるが嘘は一切混じっていない。

しかし無論それでは説明にならない。

現になのはの首の角度は戻ってはおらず目に不信感がうつっている。

すかさず軽食を持ってきたクロエがフォローを入れた。

 

「束様はあの時シャコと交戦をなされました。このベルトはその時に彼から渡されたものです。」

 

ベッドの横のテーブルに軽食(手作りではなく束が買ってきたもの)を置いたクロエからの説明で、漸くなのはは自分抜きの空白の時間を知った。

 

「そいつはコレをデルタって言ってた。」

 

「デルタ…ファイズと同機種のものですか?」

 

そう思うのは当然だろう。

 

「調べてみたけど少なくともこの世界の技術体系ではないね。

もっとも…ファイズの方のデータは取ってないから同じとは断定できないけど。」

 

巧が束にベルトを渡さなかったからである。

特別な理由というよりただ単にファーストコンタクトで印象最悪だった束に対して巧が嫌がったのだ。

今ならば頼めば渡してくれるかもしれないが束自身ファイズドライバーを調べる事に対しての興味は薄れたため要求自体もう無いだろう。

 

「変身してみる?」

 

そう言って、軽食に手を付けようとしたなのはへデルタのベルトが投げ渡される。

わっとなるなのはだが流石の反射神経でキャッチし、しかし驚きは隠せずに束を見た。

しかし一方の束はというとそんななのはへの配慮は一切無しで彼女の変身を本当に待っている。

変わったとはいえトラブルメーカーの気質は変わらないようである。

 

流石に怪我人に無茶が過ぎる。 という事で本人の代わりにデバイスが抗議を上げた。

 

『博士、マスターの肉体は現在療養必須です。デメリットが不明な以上そのような行動は慎むべきです。』

 

こちらもまだコードに繋がれ療養中のレイジングハートが窘める。

 

「それに変身の仕方も私解らないんで…」

 

「それもそっか。」

 

一応ベルトの隅々を調べた束にはデルタの対応コード全てがわかるが、興味と気乗りで動く束はアッサリとなのはからベルトを手渡される。

もう一度机に今度は単に置いた束は改めて軽食に手を付けたなのはに視線を戻した。

そしてなのはが机の上の物をあらかた平らげた所で再び声をかけた。

 

「それでどんな感じかな?リミッター解除は…」

 

ピタリと。

直ぐに姿勢を正してなのはは一言だけ答えた。

 

「多分…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2度目は死ぬかもしれません。」

 

しん、と空気が冷え込んだ。

 

「死ぬってそんな…」

 

クロエが狼狽し普段隠している金の瞳が皮膚の間から現れた。

冷静な束は即座に持論を組み立て口に出す。

 

「正規の方法じゃないから?」

 

コクリと頷いてなのは。

 

「本来リミッターには魔力運用が未熟な魔導師が自分の強すぎる魔力から体を防護する役割もあるんです。」

 

勿論なのははそのような下手な魔導師ではない。

単に枷を外すだけならば問題なくこなす筈だった。

 

『バリアジャケットを展開している際、私はマスターのリンカーコアとある程度の交わりを得ています。今回のリミッター解除に伴い私に不具合が生まれた事でデバイスと魔導師双方の魔力調整が滞るという事態になったのです。』

 

それは即ち本来ならばある程度締められている筈のバルブがリミッター解除と同時に全開し垂れ流しにされた事を示す。

 

『今回は幸い手遅れになる前に先に魔力放出に異常が起き、バリアジャケットを維持できなくなったため無事でしたが、2度目は恐らくーー』

 

レイジングハートはどれだけの内容だろうと淡々と事実だけを伝える。

それでも長く感じた。

 

『展開した瞬間にマスターは深刻的なダメージを負うでしょう。』

 

レイジングハートの冷たい告白に束にもまた冷たく答えた。

 

「分かった。」

 

それは了承。

現状把握と今後の対策以外の余分な感情は何一つ入り込んではいない理性のみの配慮である。

しかしだからといってなのはへのケアが不足する訳では無い。

束にとってなのはは戦力としてもそれ以外の感情からしても現時点ではいの一番に優先すべき対象の1人だ。

直ぐに頭のなかでリミッター問題に取り組む。

 

「それでレイジングハート。普通の時はなにも異常は無いの?」

 

『はい。システムを起動しない限り体への負荷は掛かりません。』

 

そうかと返して束は同じトーンで続ける。

 

「戦闘に参加出来るまで何日かかる?」

 

その発言に少しクロエが反応するが直ぐに食器片付けの作業に戻った。

物言いの棘を感じない事も無いが生憎なのはへのソレより束に対する忠誠は普遍なのだ。

 

「あ、心配しないで下さい。

束さんとクロエちゃんのお陰で大分良くなってますから。もう直ぐに動けます!」

 

腕をぐるぐると回して健康っぷりを見せるなのは。

変わらない笑顔にはなんの陰りも見えない。

本当に治っているのか?

しかし束が目を向けるのはなのはでは無い。

その目の先にいるレイジングハートはそれに答えるように、そしてなのはの意にそぐわぬ形で己の身を光らせた。

 

『数年、或いは10年以上の療養生活の末に漸く五分五分かと思われます。』

 

「……」

 

笑顔が曇る。

というよりバツが悪そうな顔で目を逸らすなのは。

勿論レイジングハートは止まらない。

 

『元々マスターには過去の怪我の後遺症に対する療養期間がまだ終えていません。その上で今回の事故により身体に負ったダメージはもう限界に達しています。』

 

「でもレイジングハート…私本当に痛みとか無いんだよ?」

 

『それも問題の一つです。』

 

『本来痛みとは体からの警告です。マスターのダメージは私が完全に確認していますし、私のセンサーに異常が無いことは博士により証明済です。

その状態自体が危険な可能性があります。』

 

レイジングハートは嘘を付かない。

考えるように胸に手を置くなのは。

 

(私も嘘は言ってないんだけどな…)

 

それでもレイジングハートの言う事の方が説得力があるのは認めるしか無い。

そしてそのレイジングハートからの説明を聞いた束は、

 

「じゃあなのはちゃん。」

 

「あ、はい…」

 

「きみはもう戦ってもらわなくていいよ。」

 

慌てたなのはがベッドから降りようとするのをクロエが止める。

 

「本当に大丈夫ですって!私ちゃんと自己管理出来てる方ですから上手くやりますって!」

 

「勘違いしないでくれるかな?」

 

寸断されたなのはの言はそのまま空中に無言で漂う。

 

「協力自体を辞めてくれとは言ってないよ。

ただ戦闘はプレシアさんとリニスちゃんに補ってもらうだけで…なのはちゃんにはベッドの上でも出来る事をしてもらうの。

それなら文句ないでしょ。」

 

「え……と…まあ…はい。」

 

思ってもみなかった方向に思わず納得の返しをしてしまう。

 

「取り敢えず治療に専念してもらって…そうだね、元の世界への帰還方法も調べとくから。」

 

えっとなのはがキョトンとする。

元はといえばなのはがこの世界へ放り出された原因は束にあるので彼女としてもそれが筋だと思う。

しかしそれでも今の束は少し脈絡がなさ過ぎるように思えた。

 

「もしかして束さん。気…つかってくれてます?」

 

その台詞にやにわに束の能面が顰めるのを見てなのははしまったとなる。

素直になれなさと気難しさではヴィータ以上な束に少し迂闊が過ぎたかもしれない。

きっと今までも親切にしてやったのに何だその言い草はぐらい思われているやもしれぬ。

皮肉か悪口が飛んでくるかもと身構えるなのはだったが彼女の迂闊さは違う意味で彼女の心臓をドキリとさせた。

 

「ごめんね…」

 

ボソリと呟かれた特に感慨なく流される事前提の束の発言は四分の一年の付き合いであるなのはを、これまで以上に動揺させた。

 

「どうかしちゃったんですか?」

 

「あ"?」

 

さっきは我慢してもらったガチの「イラッ」が降り注ぎ、なのははもう一度しまったとなった。

しかしなのはから言わせればそれ程束の『ごめん』発言は珍しいのだ。

過去なのはがその奇跡の言葉を聞いた機会は3回。

1度目はアリゲーターオルフェノク襲撃前の最終ミーティングの際に束の歳不相応な振る舞いになのはが苦言を漏らした時に束がすごい勢いで言った場面。

2度目はこの作戦の移動時に巧からトレーニングルームに缶詰めされた事への恨み節に対して言った場面だ。

しかし前者はコメディチックな意味で、後者は単に真剣味に掛けた。

それ以前に束とは非常に利己的なタイプの人間だ

本当の意味での謝罪の言葉になのはは困惑した。

 

「と…取り敢えずナニに対しての、その…ごめんなのか聞いても?」

 

「レイジングハートのリミッター解除。無理な方法だったとは思ってたけどそこまで深刻視してなかった。なのはちゃんの怪我は束さんのせいだ。」

 

だからせめて謝っておかなければならない。

そう束はキョトンととしているなのはに言った。

 

「はあ…」

 

適当に相槌を打って流す。

あまりにキャパオーバーな展開で逆に落ち着かざるを得なかった。

起きてからずっと置いてけぼりな空間だったお陰でなのははそれでもやっぱり混乱していた頭を冷却させ当然の疑問と結論を導き出した。

 

「巧くんは…」

 

自分が敵と交戦したという事は巧も同じくそういう事態に陥ったということ。

自分の代わりにガジェットドローン或いは魔導師を相手取って、もしくはローズオルフェノクに匹敵する相手にやられてしまったのだろうか。

初めて能動的に笑顔を曇らせるなのはに束は少し目を外しまた戻して答える。

 

(あの子にも謝んないとかな…)

「君に比べたら軽傷らしいよ。」

 

自分が討ちもらした福音のせいで怪我を負った可能性が高い巧に束はなのはに対してのと同様の考えを抱いていた。

 

「今丁度迎えに行くところだよ。」

 

「迎えにってこのロケットでですか?」

 

「うん、さっきいっくんから連絡があってね。目を覚ましたらしいから…何時迄も彼処には置いとけないでしょ。」

 

生徒から尊敬と畏怖の念を抱かれている千冬の部屋は確かに生徒を遠ざけるには安全だが旅館の者はそうではない。

むしろ業務だとすれば返って入られる事も考えられる。

生徒に対しても絶対ではない。

乾巧はここに居てはならない人物なのだ。

まだ寝静まった時間帯に回収する事が望ましいと束はなのはに言った。

 

「よかった…」

 

横目でなのはが巧の無事に胸をなで下ろすのが見える。

こんな時まで自分よりも他人の心配が出来る辺り筋金入りである。

 

「ああ…よかったね。」

 

それは巧に対してかそれともなのはか、果ては両方か。

うかがい知る誰かも居らずに人参型ロケットは束が指定した人目の付かない場所まで飛ぶ。

 

 

ーー山中

 

この季節でも流石にこんな早朝だと結構涼しい。

背中にじんわりと広がる人肌の温もりさえ無ければ…

 

「おい、暑いだろ。早く待ち合わせ場所に急げ。日があがってからだと余計に暑い。」

 

「はいはい。」

 

背中におぶさる憎まれ口生産機の言葉を適当に流しながら一夏は一応束に指定された待ち合わせ場所への歩を速める。

巧が暑がりだからではなく、矢張り彼が怪我人だからだ。

こうして外へ連れ出すこと自体が悪化に繋がると言われると一夏も黙るしかないのだがそれでも彼の中での幼馴染の姉は超人である。

きっとあそこでじっとしているよりも直ぐに束の科学力により良くなるだろうと思って、せめて移動の際には出来る限り体への負担は減らしたいとこうして運んでいるのだ。

 

だからその影響で生じる自分への負担や暑さは全く気にならない。 一夏の勝手だからだ。

しかしこの口を開けば飛び出す棘のある物言いはチョット何とかならないんだろうかと思わなくもない。

 

(こんなんで前の世界では生活とか出来てたんだろうか?)

 

そんな本人にはまず言えない台詞を我慢しながら一夏はズンズンと深い森へと入って行った。

 

ーー

 

肌に張り付く不快感とようやくお別れ出来たのはそれから意外と直ぐで、急に開けた緑と同時に現れた不釣り合いな未来的独創的なロケットが少し汗を滴らせた一夏を迎えた。

その後束に巧を預け晴れて我が身を軽くした一夏は怒られる前に自室へと退避して冷房で体を涼ませている。

時間が解決してくれるという使い回しが有るがあれだけ掻き乱された感情の渦が今こうして一人でまだ薄暗い部屋で探してみると何処にも見当たらない。

てっきりこの後数日くらいは尾を引くと思っていたためあれだけ求めていた涼しさを手に入れた今でもちょっと、今度はまた新しく産まれた混乱に思考を囚われている。

 

(精神統一っぽい?)

 

なんなら少々冗談気味に捉えている自分に一夏はもう一度混乱を覚えた。

巧に言った言葉は本心だ。

命とは簡単に投げ出せるモノじゃない。

仮に巧は投げ出しているつもりでは無くても手放す可能性があるのならそんなに簡単に首を突っ込めるものではない。

 

「人助けか…」

 

理由としては充分だと一夏は思う。

元々人助けという行為自体が一夏からすれば献身的であり打算を目的としない非営利的なものだ。

善意と人間の持つ優しさと温かさを証明するとても立派な行動だ。

命を賭ける意義も確かに納得できる。

元より人助け自体が命を投げ出す行為と同じくらい非合理なものなのだ。

正確には人助け以外の理由を考え付かないといった方が近い。

簡単に結論づいたこの話題もしかし実体験してみなければ納得は出来ない。

実は一夏は既に巧の抱く価値観に近しい経験をしている。

 

スカリエッティに襲撃されたあのアリーナ事件。

鈴音を庇ってアリゲーターオルフェノクを相手取ろうとした事。

ラウラが泥に呑まれて生死不明になった際に第一線で戦おうとした時。

アレこそ正に命を投げ出す行為だ。

 

(でもあの時は極度に興奮していたし…心のどこかでは千冬姉たちが助けに来てくれるって思ってたのかも知れない。)

 

鈴音や簪といった自分以上の実力者がとなりに居た事による安心感も少なからずあっただろう。

要するに一夏は『死に直面した』状況には居たが未だに彼の脳裏に死へのイメージが本当に真実味として抱かれていないのだ。

逆に死への恐怖だけは曲がりなりにも直面した者として感じているため余計に巧の境地が理解出来ないでいる。

 

横を向く。

若干明るくなって来た外に吊られるように置き時計の針は巧たちの非日常から一夏たちの認識する日常へと進んでいた。

耳を澄ませば壁越しに物音が聞こえてくる。

旅館側が設定した朝食の時間が近づいているのだ。

そろそろ起床しないと集団行動に遅れてしまう。

のそりと起き上がった一夏は布団を片付けて汗を軽く拭ってから服を着替えた。

朝食の後はIS使った野外訓練だ。

昨日はすっかりバカンス気分になってしまったがここへの目的は先生曰く立派な郊外活動らしい。

専用機持ちである自分が遅刻するわけにはいかない。

半年も経ちそれなりに立場というものが分かってきたらしい一夏はすぐ様身嗜みを整えて知り合い達と合流、朝食場へと足を進めた。

 

 

 

 




なんとか原作の方向へと脱線を修正出来ました(汗
今回はそのうち書こうと思っていたものの一つである一夏とその他主人公たちとの衝突イベントを軽く描きました。

やっぱ交わるんだったらお前…共闘ばっかじゃなくて対立関係とかも見てーだろ!
とまあ田中ジョージア州、お前何様のつもりで語っとんねんという感じなんですけれども…
長編物書いてく事を決めた最初の方にもうこんな感じで意見の食い違いで主人公同士が喧嘩をし合うってシーンを思いついたんですね。
今回の場合では正しくバトル物で問題となる『命の価値観』で一夏が巧の考えに噛み付いた感じです。

といってもいつまでも尾を引いていると物語の本筋が歪んでしまうので程々に切り上げて次回からいよいよ福音戦です!!
オリジナルな要素も欠かさず入れていくつもりですので盛り上がるかどうか今更不安なんですが…どうか温かい目で見守ってください

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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45話 銀の翼

お待たせ
いやいや、長らくお待たせしました。
そのお詫びといってはお粗末ですが、今回は作品最長の3万375字です。
実験的という名の気分的に決めた変な設定とか文面に混乱することなく頭を空っぽにして見ることをお勧めします。


「ーー以上が概要だ。それでは別れ!」

 

 号令とともに人波が別れる。

 世の中の十〜5、6歳でも訓練されればこの程度、そんな当たり前なくらいのスムーズさで一学年達が千冬の言葉に優秀に答える。

 IS学園が花月荘を何年も贔屓にしている理由の一つがこの理想的な立地だ。

 彼女たちが演習場として使っているこの場所は四方がドーム状の反った崖により覆われておりそしてその表面はまるでドーム球場のように滑らかに計算し尽くされた角度で真ん丸太陽を差し込ませている。

 断面からは雑草すら生えずに窪みや出っ張りの無いこの崖は間違いなく崖なのだが、その崖らしからぬ姿が見る者に崖だと認識させない。

 聞くところによればこの人工物のような綺麗な曲線はIS学園の国家予算の惰性で作られた訳ではないらしく全くの自然物なのだという。

 旅館はもとい現地では結構な有名話として民話という形で方々にて残っている。

 一夏は旅館の利用者である老婆から偶然その話を知った。

 曰くこの崖がまだただの地面だった時、そのちょっと上が海だった時の事らしい。

 

 その時は崖の穴もまだ小さな窪みだったらしくその上を何メートルかの海が浅瀬となって横たわっていた。

 やがて水位が低くなり海は窪みの中の少し大きめな水たまりになった。

 窪みを乗り越え切れない海がトカゲの尻尾切りのように自分の中の数キログラムを窪みに残したのだ。

 たかが数センチの段差だろうと抵抗があれば海は抗おうとはしない。

 大きな体の割に海とは意外と根性無しなのだ。 と老婆は何やらこちらを煽るように語気を嫌な感じにした。

 一夏を通してその向こう側の海を貶した。

 その頃には窪みの周りは天も見えないくらいの森林の緑で覆われていた。

 光も熱気も通さない涼しい環境と途轍もなく水はけの悪い土壌のお陰で窪みの中の海は蒸発することもなく何千年も残った。

 その長い間水溜りは重力に従って窪みをどんどん深く広くしていった。

 

 そんなに上手くいくものかと一夏は首を捻った。

 雨が切り立った岩を長い年月をかけて当たり丸く削るという事は知っている。

 しかしそれは速度が軽い雨粒を脅威に変えたからで水自体が乗っかっても岩が沈む様子は想像できない。

 ましてや海は根性無しだ。 直ぐに根を上げて諦めそうだった。

 その旨を伝えると老婆は笑った。

 皺くちゃが更にくちゃっとなった。

 岩もまた根性無しなのだ。 老婆はまた一夏を岩に見立てて見下した。

 そもそも老婆に言わせれば自然は全て根性無しなのだと言う。

 

「なんでですか」

 

 流石に気になった。

 老婆はまたもくちゃっとなって説明した。

 例えばお前の手に水を置く。

 お前の皮膚は水を絶対に通す事なく弾いて流す。

 これはお前の体が根性があるという事だ。

 そもそも生物とはみんな根性があるのだ。

 根性があるものに命は宿る。

 自分の体を構成してそして管理する。

 分子同士をガッチリと固定させた生物の体は水一滴が通行するために体に穴を開けたりはしない。

 だからこそ岩は自然なのだと老婆は言い同時に岩を削ったのが水だからあんな崖を作ったのだと老婆は言った。

 あの綺麗な岩肌は水が必ず平行に均等に体を伸ばす性質だからできたのだ。

 水は下だけではなく横にも体を伸ばす。

 根性無しの岩は勿論それを防いだりはせずに下にそして横に広がっていく。

 しかし流石に硬いので最初のうちは広がらない。

 あまりデカすぎると自然は鈍くなるのだと老婆は言った。

 長い年月でようやく気づき始めた岩が水の為に下に横に穴を広げていってあのドーム型の崖が完成したのだ。

 

「本当」

 

 一夏は首を傾げた。

 崖の経緯は大学のえらい教授が何十年も前に解明したらしいので事実だろうがそれにしても老婆の語り口はまるで生き字引のようで気になった。

 やはりくちゃっとなった。

 崖の下には小さな花が生えてある。

 そいつは崖がまだ岩だった頃からそこに生えているのだ。

 人は木々や草花も自然だと言うが俺に言わせればそれは間違いだ。

 自然なのに水に道を開けるどころか奴らは食っている。

 根性があるんだと老婆は言った。

 そいつは岩に穴を開けて暗闇の中で何千年もそこに居るのだ。

 そして俺はそいつから直に話を聞いた。

 生物同士はたとえ種族が違っても話が聞けるというらしい。

 くしゃっとして老婆は言った。

 お前だって根性無しより根性有りの方が良いだろう。

 花は俺のことが気に入ったので話をしてくれたのだ。

 生物でも根性無しはいる。

 長生きする奴ほど根性が太い。

 俺はもう200年も生きたから花は俺に身の上話をしてくれたのだ。

 最後に老婆は一夏の肩をバンバンと叩いてお前も根性有りになれと言った。

 もう100年くらいは生きそうなくらい痛かった。

 

「あった。」

 

 一夏は千冬に怒られないようにコッソリ花を探していて今見つけたところだった。

 千冬が知ったら恐らく「軟弱者なのか…それとも図太くなったのか…」と頭を抱えるだろう。

 白式のハイパーセンサーの感度と方向を弄って花に耳を済ます。

 姉を悲しませるわけにはいかない一夏はバレないように専用パーツの動作チェックをこなしながら片手間に出来るだけ時間を使ったが花は答えてはくれなかった。

 

「俺に根性が無いからだな。そりゃあそうだ、俺はまだ15だ。」

 

 それこそ花は何千年も生きているのだ。

 一夏など話してやるに値しないのだろう。

 花に話を聞くにはあと200年生きなければならない。

 気が遠くなる日数に一夏は急にバカらしくなった。

 取り敢えず大先輩を潰さないように気をつけながら一夏は白式の零落白夜に目を落とす。

 現在は腕だけを召喚してパワーアシストで雪片弐型を支えている。

 一般の生徒は用意されたISの機材を、そして専用機持ちは各々が今日この日のために本国から送られてきた最新装備の点検を行う。

 専用機持ちは色々と好待遇だなと一夏は思い直ぐにいや、となった。

 そもそもIS学園に入学すること自体がこういった最新技術の稼働実験をするためな所がある。

 ISは最新技術を発明しても国際法でそれを世界に公表しなければならなかった。

 不干渉が保証された無国籍なIS学園はIS所有国にとっては正にエデンだったのだ。

 そして新しいパッケージの動作確認をしていたセシリアがふと頭の右後ろ側で通話をしてきた。

 プライベート・チャネルの使い方を覚えるのには大変な苦労を積んだ。

 

「お花は喋ってくれました?」

 

 千冬にも気取られなかったのに、一夏はギョッとして納得した。

 思ってみれば態々この花を探すために結構ウロウロしていた。

 咎められなかっただけで千冬も真耶も本当は気づいていただろう。

 ただ花と会話をしようとしていたことがバレたのは驚いた。

 バスの中で中島敦を突っ込まれた時と同じ笑みをたたえてセシリアはストライク・ガンナーの点検をした。

 

「私の父も昔、鷹の心を見抜こうとしてましたの。」

 

 どきり、心境を表すように一夏のながら点検に綻びが生じて頭に衝撃が走った。

 

「集中しろ。」

 

 言って千冬が立ち去る。

 一夏は再び今度は花からセシリアへと対象を変えて作業をした。

 

「父は鷹の心を見抜くには銃で見逃さずに捉え続ける事だと言ってました。同じ動物と話すのにもそのような儀式が必要なのですから植物となるとさぞかしむつかしいんでしょうね。」

 

 ちょっといつもよりおちゃらけたセシリアに一夏は老婆から聞いた条件を話した。

 

「成る程。お年寄りの方は中々気難しいと聞きます。小僧にはお話しして下さらないのね。」

 

「小娘もだぞ。」

 

 小僧発言がなんだかいやに癇に障ったので一夏は少し嫌味を言ってやった。

 しかしそれをいたずらっ子ぽく笑い返され更に癇に障った。

 

「残念ながら、わたくしは今しがたこのお花さんに話しかけられましたのよ。ナンパされましたの。だから一夏さんがこのお花さんに話しかけようとしていた事にも直ぐに合点がいきましたわ。花と会話しようだなんて馬鹿な事、普通考えませんもの。」

 

 嘘をつくんじゃねえ。

 そう言ってやる前に一夏は納得してしまった。

 きっとこの花は男なんだ。

 男ならセシリアのような美人をほっとくわけがない。

 あんな化け物みたいな婆さん以外にも話し相手が欲しいのならセシリアみたいな人が良いに決まっている。

 せっかく尊敬するところだったのに。

 この根性無しめが。 一夏はセシリアに障られた癇の分まで花を睨みつけた。

 

 一夏は気を紛らわせようと完全に花もセシリアも意識からシャットアウトして雪片を点検した。

 今一夏の脳裏にあるのは雪片弐型の能力、正確には白式の単一能力である零落白夜のとてつもない燃費の悪さである。

 もう4分の一年は共にいる相棒だがこの特性は未だに使いこなせない。

 というより使い所がほぼ無いのだ。

 現在の使用用途といえば近づいた時に発動して斬る。だ。

 ISは基本的に中〜遠距離仕様の武装が完備されている。

 どれだけISが進化しても近代戦の道理を超えることはできないという事だ。

 操縦者保護により可能となった急制動や急加速にもやはり限界はある。

 何よりブレードなんか使うより撃った方が楽だし隙がない。

 打鉄でさえ侍か鎧武者なんて見た目とコンセプトなのにちゃっかりアサルトライフルの焔備を標準装備している。

 実際に箒はたまにそれで一夏をチクチクと虐めている。

 それでもって煽ってくる箒に流石にむっとなり、試しに一度「ひきょうもの〜」と煽ったら更に集中砲火を浴びて落とされたのはもう1ヶ月も前の事だ。

 

(まあ戦とかは侍も弓とか火縄も使ってたし普通なのか。プロだもんなお侍さんは。傭兵だもんな。)

 

 そんな中で1人だけ本差一本で特攻する以外ない一夏はさながら的であった。

 

「さながらじゃねーよ、そのまんまだよ。」

 

 スパーン‼︎

 

 突っ込んだ一夏に出席簿ならぬ硬いデータ表が突っ込まれた。

 立ち去る千冬。 隣ではセシリアがストライクガンナーの点検に勤しんでいた。

 

「……」

 

 集中するか。

 今度こそ一夏は本当に集中した。

 

 専用機持ち達は勿論、交代交代でパーツを点検していた一般生徒も粗方片付いたところで真耶が慌ただしくなった。

 真耶がパタパタと両腕を振ってアタフタしている。

 何時もの見慣れた光景だ。

 気にする者はいない。

 ただパタパタでボヨンボヨンと跳ねる二つの球体は何時も一定数の視聴者が飽きずに付いている。

 因みに一夏はさりげに目を逸らしていた。

 見るどころか見ないようにしている行為すら気取られないようにする自然さは女子校を平穏に生きる為に身についた世渡り術だ。

 そして結果的に視線が行く事になったセシリア。

 無論ナイスなプロポーションからはちゃんと逸らしてある。

 頭一つ分上を見ている。

 無言で虚空を見つめる一夏。

 

 ポヨン。

 

 急にジャンプして視界に入ってきたセシリアの均整の取れた形の良い乳が上下に揺れる。

 吹き出す一夏。

 

「なにしやがる。」

 

「イタズラ?」

 

 ぺろっと舌を出す。

 因みに声は出してはいない。

 作業がひと段落ついたとはいえ授業中に私語などしては死後の世界へfor goだ。

 

「英語が使えないのに無理するから。」

 

 うるさい心を読むな。

 頭の右後ろ側で言った一夏はセシリアから目を逸らした。

 この女に構っているとまた吹き出すことになってしまう。

 あくまでも見渡していることも気取られずに丁度良い同級生を見つけた一夏はその子にフォーカスをセットする。

 今度は全身だ。

 今回はキチンと胸部や臀部をガン見しても誤解されない抜群のプロポーションの持ち主を選んだ。

 よもや周りの人も自身が彼女に下心があるなど天地がひっくり返っても想像できないだろう。

 しかし無断も悪いのでお礼をちゃんと言う。

 勿論頭の右後ろ側で。

 

「ありがとう鈴。」

 

「帰ったらブチ殺すから覚悟しな。」

 

 なんとお礼を言ったら死刑宣告で返された。

 この世は可笑しい。

 しかしそのお陰で緊張は解けた一夏に丁度真耶と手話で話し込んでいた千冬の声が響く。

 

「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。今日のテスト稼働は中止。各班、ISを片付けて旅館に戻れ。連絡があるまで各自室内待機すること。以上だ!」

 

 冷や水を刺したかなように不安が生徒に広がっていく。

 それを千冬はごく当たり前のように怒鳴り飛ばして無理矢理散らした。

 室外に出れば有無を言わさずに拘束すると釘を刺された彼女たちはその言葉通りに行動する。

 織斑千冬は学園においてはそういう存在なのだ。

 機材を片付け真耶と千冬に一礼して来た道を走って帰っていく一年組。

 それを見送りながら一夏は丁度穴の真上にやって来た太陽からの光で身を焼かれ、思わず暑そうだな。 と彼女たちを哀れに思った。

 一夏はその波に乗ることはなく目を向けることもなく武装を解除して千冬を見ていた。

 千冬に言って残された専用機持ちが直立不動で千冬に向いている。

 それまで一年組が並ぶとしたら横も縦も一列に一糸乱れず並んでいたが、専用機持ち達は其々が最後に作業していたところから一歩も動いておらず、謂わばバラバラの状況であった。

 乱れた位置で乱れない格好で直る。 それがなんだか特別感があって一夏は少しだけ高揚する。

 なにより自分もその乱れた位置で許されている事が良かった。

 千冬は辺りにバラけた教員が戻って来て一人一人なにやら確認をしている。

 恐らく周辺の人影を確認しているのだろう。

 軈て最後の教員から安全確認をした千冬は改めて専用機持ちに直った。

 

「これから諸君らには特別な部屋へと移動してもらう。諸君らに命令しておきたいのはそこまでの道のり、何があっても声を上げるなという事だ。」

 

 なんだここで話すんじゃないのか。

 少し肩透かしを食らうがそれも仕方ないかと納得する。

 多分そこは秘密の場所だ。

 生徒は勿論、旅館の人も入れないような秘密の場所に違いない。

 秘密の話ならこんな開けた場所よりも秘密の場所の方が相応しい。

 

「はい、いいえは勿論「あっ」でも「おっ」でも言語として成り立つような一切を発するな。許されるのは呼吸だけだ。」

 

「相手への接触や目配せもするなよ。歩き出したら自分の周りの一切を意識するな。お前たちに許されるのは前の人間について行く事だけだ。」

 

 千冬はそう言うと他の生徒達が慌てて帰って行った唯一の抜け道へと足を進める。

 一度だけ左手でクイッと流してこっちを誘ったきり、一夏達の事は居ないかのように無視をしている。

 

(ええっと、他の奴が行ってから行こうかな。)

 

 何となく先頭を着るのが恥ずかしい一夏は真耶と数人の他クラスの教員。 そしてラウラがそこに混じってから自分も列に参加した。

 道のりを戻っていく時は本当に呼吸以外耳に入らなかった。

 その呼吸もまるで憚られるが如く息を潜められ、一夏の耳に一番残るのは傘を踏みしめる自分の足音だけだった。

 

 自分以外の存在は居ないものと扱え。

 

 最初はそんなの無理だと少しくらい思ったがいざ無音の中を自分が歩いていると本当に自分以外の人間が居ないものなのではないかと錯覚が起きる。

 本当は一夏の直ぐ前と後ろには前の人間に追随する人が居るのだが、それが一夏にはまるで標識のように見えた。

 他の標識と違うところは上下に体を揺らして本当に自分を導いてくれる事だけだった。

 人間は自分一人だった。

 それは旅館に着いて他のちゃんとした人間に会ってからも同じだった。

 受付はどうやら事前に教師の誰かが連絡しておいたらしく標識と自分には何一つ関心を払わずに、一夏が本当に前後の人間を人間だと気づけたのは部屋に着いてからだった。

 畳の部屋に見たこともない大型の空間モニターやコンソールを叩く何人かの教員。

 最新式の機器が自分の部屋と同じ畳の上に並ぶ光景がなにやら余計にミスマッチな感じがした。

 そのミスマッチ感に頭が冷めた事により頭に掛かっていたある種の催眠術が解除されたようだ。

 さっきまで人間が標識に見えていた自分が信じられない。

 人は生き物だ。 標識なわけがない。

 宴会用の大座敷風花(かざばな)を改装した特設のコントロールルームに入った一夏の後ろでピシャリと襖が閉まった。

 目的地に着いたのでもう標識ではないため背後を向いて確認すると列に居た教員が2人ほど欠けていた。

 どうやら外で見張りをしているらしい。

 やはりここが千冬の言った秘密の場所のようだ。

 先頭の千冬がいつのまにかこちらを向いて佇んでいるのを見て一夏は空かさず姿勢を正した。

 部屋の教員と改めて情報を確かめた千冬は淀みなく言葉を続けた。

 

「では、現状を説明する。」

 

 軍用IS、暴走、接近、迎撃。

 

 茫然自失となる一夏。 しかしそれはそんな緊急事態の発生とその対処に自分達が当てられた事に起因するものではない。

 昨日そして今朝にその想いは巡っていた。

 

(スカリエッティ)

 

 自然と浮かんできた首謀者の名前。

 まだ暴走原因は確かでもないのに明らかに鮮明される彼の名前。

 一夏はスカリエッティ一味の関係に意識を持ってかれ暫く脳天をぶっ叩かれたように混乱した。

 戻ってきてからはと思い至り横を見ると、やはりというかスカリエッティの情報を手に入れている鈴音も同じ様子だった。

 見た目には恐らく全く分からないが同じ巨大にんじんの下で過ごした者同士通ずる何かが一夏に報せた。

 

「質問がある者は挙手で知らせろ。」

 

 そんなこと言っても…と一夏と鈴音は思った。

 物事がデカすぎて急すぎて纏まらない。

 福音の事だけなら兎も角鈴音は頭を即座に切り替えられただろう。 ISの事ならば彼女はある意味専門家だ。 しかし異世界の事となると二人はただの高校生だ。

 一夏は目が合い困った顔をする鈴音から視線を外して前を見る。

 ここからは顔が見えないがきっと目の前の金髪もその胸中かもしれない。

 

「はい。」

 

 金髪の右からほっそりとした腕が上がった。

 

「目標ISの詳細なスペックデータを要求します。」

 

 その声色に一夏は鈴音にも感じたシンパシーを捉えなかった。

 セシリアは正常である。

 驚くとともに納得する。

 花にナンパされても飄々としていた女だ。

 今更既に聞いていた存在の可能性など気にすることではないのだろう。

 実際一夏の思った通りセシリアはスカリエッティの存在を感じたのまでは二人と同じだが、その事実に事実以上の感情の揺らぎなど微塵もなかった。

 そんな普通のセシリアに千冬は勿論一夏達と同様なモノを抱いたが彼とは違いそれを表に出すと事はしない。

 

「分かった。ただこれは二カ国の最重要軍事機密だ。決して口外はするな。情報が漏洩した場合、諸君らには査問委員会による裁判と最低でも2年の監視がつけられる。」

 

「了解しました。」

 

(いやほいほい了解すんな、んなもん。)

 

 仕方ない事なのだとは分かってはいても文句を抱いた一夏。

 因みに査問委員会とは特定の組織に対する識別名称ではなく、組織所属の人間が犯した不祥事に対して組織独自が行う取り調べに結成されたグループの事を言う、組織運営に欠かせない役割だ。

 一応無国籍であり尚且つ国際色豊かなこのメンバーも問答無用で枠組みにぶち込む組織。

 言うなればそれは世界そのものである。

 生憎その事実に行き着くまでは知識が足りない一夏はそれでも感覚的にそれレベルの事態に進行していると察知し気を引き締める。 無論鈴音はそれより早く代表候補生としての顔になった。

 空間ディスプレイが銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の詳細な情報を映し出す。

 それを囲んで専用気持ち達が(正確には候補生達)が議論を飛ばす。

 

 セシリアが福音の射撃装備に興味を示すと、鈴音は甲龍と比べてその完成度の高さに舌を巻き、シャルロットはさり気なく変化した自分の現状戦力を知らせ、ラウラも提示されたデータに不足を訴える、最後に簪がそれらをまとめた上で最も可能性の高い策を考えた。

 

「一夏くんが斬る。」

 

 ズバッと、刀で斬るジェスチャーをして無表情に簪が一夏に説明する。

 当然の如く嫌そうな顔をする一夏。

 他の四人もその作戦前提で話を進める。

 冗談ではなく本気なところが背中に変な汗をかかせた。

 

「織斑、これは訓練ではない、実践だ。もし覚悟がないなら、無理強いはしない。」

 

「やります、俺がやってみせます。

 

 数巡遅れで一夏が答えた。

 それに千冬は即その決意を疑った。

 その場の気分で決断されていざ現場で揺らがれては敵わないからだ。

 千冬の読心術はなのはやセシリアなどの訓練を積んだ上で精神力のある者なら兎も角素人のその決意が一過性のものかどうかくらい判断できる。

 果たしてその結果に千冬は少しだけ驚いた。

 一夏は危険が分かった上で硬くこの作戦に決意していたのだ。

 しかし直ぐにその原因は解明した。

 

 それは一言で言うと存在価値。

 

 千冬の言葉に感じた存在価値の危機に一夏は反応したのだ。

 一夏にとった強さとは他の人間が抱くそれよりも強く彼の人格形成の根幹に結びついている。

 家族を守るという一番奥底にある幼少期から蓄積され形成された意識がそのまま強さに大きく結びついていた。

 一夏にとって千冬の通告に首を振ることは強さを否定する事と同じ。

 要するに織斑一夏にとっては織斑一夏であるために否定することは出来ない事だったのだ。

 

 弟の自分への想いの再確認に胸に来るものを感じながら千冬はその決定を受け入れた。

 

「よし、それでは作戦の具体的な内容に入る。この専用気持ちの中で最高速度が出せる機体はどれだ。」

 

 今度も手を挙げたのはセシリアだった。

 一夏も見たあの強襲用高起機動パッケージ、ストライク・ガンナーがセシリアを更に空へと進化させていた。

 

「オルコット、超音速化での戦闘訓練時間は?」

 

「20時間です。」

 

 ふむと千冬は思考を巡らす。

 立場上何度か面識のある、今でも現役バリバリで各国の空域を守っているトップガンやイーグルドライバー達と比べると少し、というか大分頼りない数字だが平常時の扱いの熟練度ならば十分だ。

 それに高速下での互換性もセシリアならばその20時間で完璧に掴んでいるだろう。

 そうでなくともセシリアの実力はこの六人の中でも頭一つか二つ飛び抜けている。

 決断をした千冬はセシリアに言葉を続けた。

 

「それならば適任

 

 

ーー

 だな。

 後に続くだろう言葉の前に誰もがチクリとした。

 

 違和感に震えた。

 震えようのない身体の機能を補うため悪寒がその役目を果たす。

 人も虫も鳥も木もこの世界そのものも震えた。

 この1秒にも満たない言葉の繋ぎ。

 それが正常に移行する事に世界が違和感を感じ、そして時が流れた。

 

 千冬が言葉を繋いだ

 

だな」

 

ーー

 ブルー・ティアーズへのストライク・ガンナー粒子変換(インストール)が済むまで一夏はその他の専用気持ちメンバーから高速戦闘下でのイロハを取り敢えず叩き込まれていた。

 

「超高感度ハイパーセンサーってのは使うと世界がスローモーションに感じるのよ。ま、最初だけだけどね。」

 

 鈴音の分かりやすいがアバウトな説明に一夏は質問をする。

 

「なんでスローになるんだ?」

 

 しかしその矛先は鈴音ではなくシャルロットだ。

 若干ムッとする鈴音を目で捉えて内心苦笑しながらもシャルロットは一夏を気遣い丁寧に教えた。

 

「ハイパーセンサーが操縦者に詳細なデータを送るために感覚を鋭敏化させているからだよ。一夏ってゲームする?」

 

 する。と一夏が答える。

 

「よかった。要するに処理落ちがもっとヌルヌルになった物だよ。処理量が多すぎてそれに一つずつ対応するから世界がスローモーションになったように感じるの。でも本当に最初だけだから気にしなくても平気だよ。脳が慣れて直ぐに処理能力はそのままに普通の速度で動けるようになるから。」

 

 成る程と一夏はなる。

 理屈で全てを理解した訳ではないが何となく掴めた。

 というかスローモーションへの不安よりもフランス人であるシャルロットから飛び出た「ヌルヌル」にライトゲーマーとして少し親近感を感じていた。

 デュノア社時代は精神的には兎も角物理的には恵まれた環境だったことも鑑みてテレビゲームの一つくらいあったのかもしれない。

 

「それよりも注意すべきはブーストの残量だろう。」

 

 ラウラは質問など待たずとも一夏の問題点を客観的に判断していた。

 

「特に織斑君は瞬時加速を多用する傾向にあるから、一層気を配るべきだ。高速戦闘状態ではブースト残量は通常の倍近い速度で減っていくぞ。」

 

 普段二人きりの時か親しい友人達と一緒の時なんかは一夏、と呼び捨てで呼んでくれるのだが流石に仕事モードなラウラに友達として少し寂しく思う一夏であった。

 

「まあそこはセシリアがカバーしてくれると思うよ?僕らのエースだからね。」

 

 急と言ってはなんだがにやけるシャルロットに少し一夏は気をとられる。

 しかし直ぐにそれが自分の緊張を和らげるためのジョークの要素があるのだと知り感謝すると共に早速功を奏した。

 

「でも、油断は禁物…」

 

 最低限聞こえるだけのボリュームで簪が一夏の視線を奪った。

 姉譲りの紅い瞳も姉が太陽を感じさせる色なら簪のはビー玉並みの冷たさだった。

 

「高速になった事でその分ダメージも大きい…いつもが40キロの車なら、高速時は200キロのスーパーカーにひかれるようなもの…一発でアーマーブレイクの危険もある。」

 

 しかしそれでも一夏を心配する気持ちは伝わってくる。

 

「いくらオルコットさんでも、リミッターを外した軍事用ISを相手にカバーし切るのは難しい…一夏くん自身も気をつけて。」

 

「うん、分かった。」

 

 激励とアドバイス。 そして優しさを感じながら一夏は、途中加わった真耶と共に友人達からの言葉を一言一句頭に刻んでいった。

 やがて侃侃諤諤も終わりに近づいて一夏の気迫も高まってきた頃合いだった。

 

「お待たせしました。」

 

 凛と張った綺麗な声が掛かった。

 準備が全て整った。

 

 

ーー

 作戦開始の11時半。

 七月の空はこれでもかとばかりに晴れ渡り、容赦のない陽光が降り注いでいる。

 砂浜で一夏とセシリアはISを展開した。

 一夏は白式の名前を呼んで、セシリアは一瞬眩い空に目を細めたかと思うと次の瞬間には2人の体は最新鋭の叡智が包み込んだ。

 パワーアシストによる他の器具では与えられない充満感をそのままに一夏は早速セシリアの背中に気をつけながら飛び乗った。

 

「いやん、エッチ〜」

 

「………」

 

 何となくムカついたので取り敢えず雪片弐型の柄の方で軽く殴っておく一夏。 うっかりシールドエネルギーが減らないくらいの力だ。 無論零落白夜は発動していない。

 

「和ませて差し上げようとしましたのに。」

 

「なんか今日のお前は殴りたくなる。」

 

「あらあら。」

 

 最近、楯無を彷彿とさせるくらいには飄々と一夏を揶揄い出しているセシリア。

 一夏の遠慮がない毒も軽く受け流し改めて一夏に注意喚起をする。

 

「操縦者保護機能があるとはいえ音速に近い急加速は慣れていないと相当な衝撃ですわ。一夏さん、戦闘機で音速を超えた経験は?」

 

 ある訳がない。

 こちとらちょっと前まで高校を出たら働こうと人生設計を始めていた中学生だったのだ。

 そんな金の掛かりそうな遊びは千冬に申し訳がなさすぎて出来ない。

 

「本来なら代表候補生や国家代表の訓練はISの熟練度を上げる事で新たに新技術開発を役立てるものが主です。以外と戦闘の訓練は少ないんですの。」

 

「そうなのか?」

 

「ええ、そういうのは軍人さんのお仕事ですわ。」

 

 そう言うと改めてセシリアの実力は桁違いなのだと確信する。

 そういう仕事であるラウラに匹敵する力はおとぎ話のお姫様みたいな可憐な美少女からは想像もつかない。

 

「ただ高速稼働をより円滑に行うために戦闘機を使用した搭乗訓練がありますの。」

 

 成る程と一夏はセシリアの背中で器用に手を打つ。

 旧世代となってしまった戦闘機だが、空中戦闘についてはISの大先輩だ。

 実際に戦うことはなくともしっかりと大空の女神に先人の知恵を授けているのだろう。

 個人的に男の子のヒロイズム的価値観に基づいて、幼少期は戦闘機の事がそれなりに好きだった一夏はなんだか誇らしくなる。

 

「ああ、それから今は戦闘機もISの技術を流用・開発してパッケージとして改修されてますから、今でも現役、というかISの数もあってバリバリの一線級ですのよ。」

 

「へー。」

 

 それは良いことだ。

 

「わたくしもユーロファイターは勿論、スホーイ系の最新鋭機や米軍のステルス機と個人的に模擬戦をさせていただいていますが、流石に空戦においては一日の長。中々に身の入る訓練でしてよ。」

 

「へー。ん?」

 

 思わず聞き返す。

 模擬戦をしているところではない。

 個人的の部分だ。

 

「年に数回程ですが各国の空軍にお申し込みを送って許諾を頂ければ、ブルー・ティアーズでお相手をお願いしてますの。本当はいけないんでしょうけど、候補生の自由度の賜物ですわね。」

 

 さも当たり前のように言ってのけるがそれってつまりセシリアが自腹で行なっているという事だ。

 なんという格差。

 自分も千冬からの仕送りはそれなりに多かったが流石に空軍全面協力で遅刻のために戦闘機を借りて登校したことは無かった。

 

「最近だと入学前に空自の40周年を迎えて更に改修されたF-15Jとドッグファイトのワルツをご一緒しましたわね。お相手の方は相棒と同い年でお髭が素敵なおじさまでしてね、熱くて、それでいて機械のような冷たい熱情は正に職人芸でした。」

 

 少々熱っぽく語るセシリアに一夏は自国の事を褒められたようでちょっと嬉しくなる。

 

「一夏さんとのワルツとは大違いでしたわ。」

 

「はあ!?なんで俺が出てくんだよ!」

 

「だって、一夏さん。突っ込んで斬るだけだなんて…私まるでマタドール気分でしたのよ?」

 

 正に言いたい放題である。

 

「猪男。」

 

 最後に吐き捨てる。

 

「この野郎…」

 

 やはり先ほどは零落白夜を発動して叩っ斬っておけばよかった。

 そんな中でもやはり時間は流れるもの。

 向こう側で福音の動きを感知した千冬が2人に通信を入れた。

 

『今回の作戦は一撃必殺(ワンアプローチ・ワンダウン)だ。短期決戦を心がけろ。』

 

 オープンチャネルで千冬が2人に告げる。

 今更ながらに緊張がぶり返して来るかと思っていた一夏だったが、馬鹿騒ぎのおかげかリラックスしており、その調子で返事を返した。

 ふと、振り返ったセシリアが微笑んでいる。

 やはりそういう意図があったのだろう。

 なんだかんだいって気配りは出来る女だ。

 しかしムカついたのは確かなのでもう一回殴っておいた。

 そして遂にその時は来た。

 

 張り詰める空気。

 ブルー・ティアーズの装甲にガッシリと捕まり片手の雪片を握り直す。 かくはずのない手汗で滑り落ちてしまいそうだった。

 セシリアはもう一度空を見上げて、今度はめいいっぱい瞼を開いてその蒼い瞳と空を同調させた。

 シンとした海岸でチャネルを通じた2人にしか聞こえない号令が響く。

 

『では、はじめ!』

 

 作戦開始。

 

 ゴウッとブルー・ティアーズのビットを推進力としたストライクガンナーが火を噴いた。

 途端に身体が地面と鎖で繋がれているかのような感覚に焦りを覚える。

 しかしそれも一瞬の杞憂で、接続的には頼りない腕一本の文字通りアームバーは一夏を一気に上空300メートルの世界へと加速させた。

 間違いなく瞬時加速以上の速度だがそれへの驚愕は後数秒の遅れがある。

 操縦者の神経や思考回路に直接作用して、超高感度ハイパーセンサーによる途轍もない情報処理の弊害による一瞬の映像のスローモーションがその加速度を麻痺させる。

 漸く一夏がそれに気づいて正しい感想を抱けたのは福音の点在高度である高度500メートルに到達し、機体が急停止したところである。

 

「速いな。」

 

「もっと速く出来ますわよ。」

 

 展開されたパッケージ付属のバイザー越しにセシリアの声が聞こえる。

 一夏は位置情報で福音の場所を改めて確認した。

 この速度ならば恐らく数十秒程度で福音にたどり着くだろう。

 一瞬の気の緩みも許されない。

 グッともう一度姿勢と雪片の握りを確かめ直す。

 初撃が外されれば一番危険なのは体勢を立て直すのにハンデがあるセシリアだ。

 

「そういえばあのリボンはどちらにお渡ししますの?」

 

「え?」

 

 なんだ急に。

 今言うことか?

 そんな考えよりも一夏はなぜバレたのだ。の類いが強かった。

 

「シャルからだな。」

 

 買い物に付き添ってもらい選んだプレゼント用のリボン。

 シャルロットとも仲が良いセシリアが聞いたのだろう。

 しかし、と一夏は首を傾げる。

 あのシャルロットがホイホイと容易く、出来れば本人の耳に入れたくはなかった一夏の事を喋ったりはしない筈だ。

 

「いいえ、話しては下さらなかったですけれど、少し気になったのでささやかに誘導してみましたの。」

 

 まるでメンタリストのように言葉巧にシャルロットから情報を誘い出したのだ。

 

「幸い女性を買い物に付き合わせるという情報が既に有りましたので、特定は難しくありませんでしたわ。」

 

 アッサリと言う辺り彼女にとっては朝飯前だったのだろう。

 

「手に入れたかったのは女性物の衣類・香水、又はインテリア。服の場合一夏さんが女装癖の持ち主だとしても…「違う!」可能性の話ですわ。」

 

 笑っている顔を見るとどうも本気にしても可笑しくは無いと一夏は思った。

 

「もしその場合わたくしが知らない以上、一夏さんはその事実を隠していることになり、シャルロットさんを同行させる意味も有りませんのでコレは考えられませんわ。」

 

 当たり前だ。 一夏は背中越しに睨みつける。

 

「となればプレゼント用。しかしそれはシャルロットさんに対してではありません。」

 

「なんでだよ。俺がその場でシャルに奢った可能性もあったろ。」

 

 少し気が変わったのか、興が乗ったのか、セシリアの捜査に茶々を入れたくなった一夏。

 それは芝居掛かったセシリアにより否定される。

 

「でしたら買ったその日か翌日に開封して身につけるか、飾るかする筈ですわ。シャルロットさんが休日、新しい服や小物を身に付けていた記憶は有りませんし、この前部屋に遊びに行く機会が有りましたが特に目立ったインテリアも有りませんでした。同上の理由で香水もバツです。」

 

「そもそもそれならわたくしに対して秘密にしておく必要がありません。」

 

 つまり最初の段階でシャルロットはセシリアにアレがプレゼント用だと無言で教えてしまっていたのである。

 

「後は何を買ったかですけど…これは金銭的な都合でだいたいは掴めます。」

 

 ストレートに一夏を傷つけまいとして持って回った言い回しをしたのだろうが、一夏は嫌味を言われた気がして逆効果だ。

「この貧乏人〜」とでも言われたような感じだ。

 

「シャルロットさんの事ですからご自身も財布を出してきたかもしれません。でも一夏さんは意地っ張りですから、そういうのは格好がつかないと却下した。」

 

 まるで当然とでもいうような口振りだが一夏は反論しない。

 全て事実だからだ。

 シャルロットが割り勘を申し出てきたことも、自分がプレゼントを他の人間の金を使って買うことに負い目を感じて断った事も全てセシリアの言った通りだ。

 

「後は一夏さんの親しい間柄を洗っていき…一夏さんならばその方のチャームポイントに合わせてプレゼントを贈るだろうと考えたので、リストの人間の特徴の中で一番金銭的にも現実的な人を絞っていけば…」

 

「贈り物はリボン。そしてその相手は箒さんか鈴さんのどちらか、ということになります。」

 

 最後にパチンと指をスナップさせセシリアはもう一度問う。

 

「どちらへ?」

 

「……」

 

 本当は誰にも教えずにサプライズで上げたかったのだがこうなっては仕方ない。

 観念して一夏はセシリアに贈り先を白状する事にした。

 

「箒だよ。」

「あら。」

「なんであらなんだよ。」

「いえ別に。」

 

 親友の鈴音ではないかと密かに期待していたセシリアが思わず漏らした。

 しかしそのこと自体にはセシリアも示唆していた。

 一夏は相手から強請られるのなら兎も角、自分から相手に理由なくプレゼントを贈るタイプではない。

 恐らく特別な理由。 それも世間一般でその日はプレゼントを贈る事が特に不思議ではない。

 以上の点からセシリアはその特別な日の事も、鈴音が選ばれることはない事も知っていた。

 

「7月7日があいつの誕生日なんだ。」

 

「それはそれは。」

 

 タイミングの悪い事だとセシリアは思った。

 まさに今日が7月7日だった。

 勿論鈴音の誕生日ではない。

 一夏はISを展開した状態で懐を触る。

 取り出せないそこにプレゼントであるリボンがあるのだろう。

 それを取り出そうとして出来ない一夏は少し寂しげだ。

 

「この戦いが終わったら渡すさ。」

 

 自分を慰めるように呟くと一夏はプレゼントの代わりに己の武器を展開する。

 

「無駄話はここまでだ。作戦中だぞ。」

 

「ええ、では今度こそ行きますわ。」

 

 もしかしたらこの雑談はセシリアなりの気遣いだったのかもしれない。

 自分では気持ちは収まったと思っていた一夏であったが、セシリアから見てまだ動揺の余地があったのだ。

 そしてその不安とまでは言えない心の引っ掛かりの正体が正に渡せなくなったリボンにあると突き止めたセシリアが、それを解消するために一芝居打ってくれたのだ。

 スラスターを今一度吹かそうとするセシリアに一夏は改めてこのクラスメイトに自分は頭が上がらないと思った。

 

「行きます。」

 

 スラスターを全開にさせ福音へと一直線に向かう。

 後10余秒で戦闘区域に変貌するこの海と空に一夏は少しも気後れしない。

 今度こそ本当に万全に準備万端だ。

 雪片弐型を握り締め、超高感度ハイパーセンサーに意識を集中する。

 

「確認しました。構えて。」

 

 やはり狙撃手だからか、同じハイパーセンサーなのに自分よりも速く視認したセシリアが指示を飛ばす。

 やがて海上に浮かぶ白い球体を確認した一夏は、それが羽を丸めた福音だという事が分かると空かさず零落白夜を発動させる。

 シールドエネルギーの残量がいつもより緩やかに減っていくのは、移動の分のエネルギーをセシリアが補っているためだ。

 自分がする事はただ刀を振るだけ。

 だからこそ失敗出来ない。

 一夏は機体を隔てて近いセシリアの事すら一度頭の片隅に追いやって神経を研ぎ澄まさせる。

 距離は最早肉眼でもその全貌を薄っすらと確認できるほどの近さ。

 ブルー・ティアーズの音速下での移動ならばほんの1秒の半分程で接触する超近接戦闘。

 しかし一夏の求める戦闘領域は本当に近接。

 雪片が届く真の意味での半径2メートル程が彼の主戦場だ。

 本当にジャストタイミングで振るわねば直撃など不可能。

 そして直撃でなければ銀の福音は絶対に落ちない。

 そんな予感がするからこそ彼の意識は世界をモノクロ化させた。

 色彩や音さえも擬似的に捨てて、距離だけを感じ取ろうと脳を騙す。

 聴覚や触覚を脳の伝達信号そのものを切り取り、視覚すらもコントロールする技術を一夏は勿論会得してはいない。

 箒や千冬すら会得していない、現状では彼の知る限り篠ノ之柳韻だけが皆伝した篠ノ之流の奥義の一つだ。

 才能ならかつては箒よりも上だったとはいえ、2人よりも技量で劣る現在の一夏はそのハンデを極限状態で外れた人体のリミッターと専用機である白式で補い、限定的に開放していた。

 超高感度ハイパーセンサーを視覚野へのアプローチに積極的に切り替え、サポートする。

 今この時だけは一夏は世界最高峰の剣士の仲間入りを果たしていた。

 

「っーー迎撃きますわ」

 

 この高速化では一言喋る間に全てが流れていってしまう。

 チャネルを繋いでセシリアが思考回路が言葉の形を作り出す前に叫ぶが、直ぐに一夏の超絶的集中の前に無反応で終わってしまう。

 

「へぇ、最近授業では上の空だった反動かしら?」

 

 茶化すが勿論返ってくるはずがない。

 セシリアは心で不適な笑みを浮かべた。

 

「了解しました。あなたはそのままで結構ーー全てわたくしとブルー・ティアーズに任せなさい‼︎」

 

 福音が不審者の存在にとっくに認識し、体を丸めていた羽を広げた。

 データと違うその形状にセシリアが気づく。

 二次移行(セカンドシフト)で新たに産まれた福音の翼は一度巧により剥ぎ取られた。

 現在彼女に実装されている翼は修理を請け負ったスカリエッティが試験的に導入したミッドチルダ式の術式を組み込んだ砲台兼任のものだ。

 仮面の男と村上が持ち帰ったなのはのエクシードモードのデータで組み上げられた新しい銀色の翼は、その二対を制止させホバリングさせたまま色とりどりの砲撃・誘導魔法を放ってくる。

 無論なのはがする安全対策など無し。

 当たれば圧倒的質量と熱量にラウラのシュヴァルツェア・レーゲンの装甲やオルフェノクの肉体ですら蒸発してしまうだろう暴力濁流の中を青と白の閃光が駆け抜けていく。

 

 ただの一撃も掠る。 その予感すらさせずに白式を乗せるブルー・ティアーズは蟻の抜け出る隙間も見えない超速の流れの変化を当たり前のように飛行して抜けていく。

 まるでそよ風の壁を通過しているかの如く、福音の魔法攻撃は問題なく彼らの後ろの大気を押しのけ一瞬だけ真空状態を作り出す。

 

「ら、ら、らーー」

 

 歌っていたのは福音ではなくセシリアだった。

 彼女は彼女だけに見える福音の旋律をなぞってスラスターを傾け、ついでに歌っていた。

 

「そうでしたの。貴方はその方を守ろうとしてらしたのね。」

 

 父が猟銃を構えて鷹の心を読み解いたようにセシリアは銀の福音の旋律を歌う事で銀の福音の心を読み解いた。

 空中に浮かんでいるフワフワとした旋律のカケラはまるでシャボン玉のようにセシリア達が通過するたびにパチンと割れてしまう。

 それはまるで福音の寿命を定める、運命の示した鎮魂曲(レクイエム)のようだった。

 福音との距離は既に100mを切っていた。

 銀色の綺麗なシャボン玉はパチンと割れると液剤の雫とともに空中に溶けて無くなる。

 きっと一夏が雪片弐型を振り抜いた時、福音の体もまた弾けて液剤とともに空中に溶けてしまうのだろう。

 やはりやめないか?

 セシリアは言おうとしてそういえばと気づく。

 一夏は集中しているのだ。

 自分の声は聞こえない。

 それに今止まってしまえば自分たちは砲撃により消えてしまう。

 一夏はリボンを箒に渡すのだ。 落とすわけにはいかない。

 

 高調

 高揚

 高度

 高域

 高次元

 あらゆる意味で高まっていく一夏と白式。

 それは出会った当初から彼らの頭上にあった一段上の領域を目の前へと到達させた事に他ならない。

 白式は白だ。

 単純に白という形式でしか成り立てなかったその体は新たに雪の麗しさを感じさせる白へと生まれ変わっていく。

 白式と一夏のコントラストに新しく産まれた概念である『美』は更なるシールドエネルギーの減少をもたらしていた。

 それこそこの刹那の一太刀を逃せばその時点で一夏と白式の繋がりを排除するほどに高燃費な代物だ。

 しかし一夏は慌てない。

 

「俺はこの戦いが終わったら箒にリボンを渡す」

 

 それは一夏の運命だ。

 一夏自身が掴み取る運命を今の一夏が逃すはずがない。

 そして到達したすれ違いざまに一夏は零落白夜を銀の福音の腹部へと斬りつけた。

 

 

ーー

 海岸に転がっているのは銀色の鉄くず。

 福音の残骸の上に操縦者、ナターシャ・ファイルスは立っていた。

 それを少し離れた位置からISを解除した一夏とセシリアが眺めている。

 ナターシャはヒビが入り中程からポッキリと折れた福音の羽を優しく端から端まで撫でると2人に向き返った。

 

「この子を止めてくれてありがとう。」

 

 ナターシャはかっこよく歩み寄り2人の頰にキスをした。

 2人とも照れることすら憚られた。

 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)はコアこそ無事だったがそれも喜べないくらいあの美しかった白銀のボディは煤焦げている。

 空を飛ぶのが好きだったのだとセシリアが海に埋没しそうになった福音を抱きとめながら一夏に教えてくれた。

 確かにデータで見たあの翼は非常に綺麗で優美だった。

 スカリエッティ達に改造されたのだろうあの翼はなんだか福音が欲しかった翼のようには見えなかった。

 集中から解けた時に一夏は真っ先に海に落ちていく燃える二対の異界製の翼を眺めながらそう思った。

 福音が生み出した本物の翼ならきっと持ち主が落ちても翼だけ外れて空の彼方へ飛んでいくに違いなかった。

 ここから先はセシリアも読み取れなかった事だが、福音自身あの翼で飛んでいたくはなかったのかもしれない。

 一夏の刃を避けようとはしなかった理由は、一夏達ならナターシャを任せられると思ってもらった事とあの偽物の翼から解放されたかったからなのかもしれないなと一夏は思った。

 

「本当に怪我はないんですか。」

 

 再度一夏が尋ねるとケロっとした顔を向けてナターシャが笑った。

 

「ご心配なく、ナイトさん。私はこの子に守られていましたから」

 

 一夏は再度砂浜に横たわる福音の亡骸を見る。

 

「そうなんですか。」

 

 呟く一夏にナターシャの「ええ、」が返される。

 

「あの子は私を守るために、望まぬ戦いへと身を投じた。強引なセカンド・シフト、それにコア・ネットワークの切断…あの子は私のために、自分の世界を捨てた。」

 

 ナターシャはさっきまでは見せていた何処か陽気な雰囲気は薄れて、ナイフのような鋭い気配を上げていく。

 

「だから私は許さない。あの子の判断能力を奪い、全てのISを敵に見せかけた元凶をーー必ず追って、報いを受けさせる。」

 

 それは自分の作品を勝手に弄られた事に怒った束よりも凄まじいものだった。

 ナターシャには流石に聞けなかったが、一夏もセシリアも千冬や真耶達から事故を起こした銀の福音のISコアがその後どうなるのか、その予想は聞かされている。

 テストパイロットであり福音の存在位置を所謂お偉いさん達から口酸っぱく聞かされているナターシャがそれを思いつかない筈がない。

 福音のコアは回収、二度と事故が起きないために即刻凍結処理されるのだ。

 最早二度と空を飛ぶことは出来ないだろう。

 

「なによりも飛ぶことが好きだったあの子が、翼を奪われた。相手がなんであろうと、私は許しはしない。」

 

 その言葉が全てを物語っていた。

 

「あの…気をつけてくださいね。」

 

 そうとしか言えない一夏にナターシャがその鋭い眼光を少しだけ解かずに見やる。

 

「なんか君、知ってそうね、その元凶の事…」

 

 うっとなる一夏の鼻にフレグランスの香りがつつく。

 一夏を庇うように前に出たセシリアが今度はナターシャの眼光に晒される。

 

「織斑くんは貴方の恩人ですわよ。」

 

 珍しく少しだけ責めるような口調でナターシャを嗜める。

 どうなってしまうんだと慌てた一夏だったがそれはすぐに収まった。

 最初こそ鋭い目つきのままだったが、不意に朗らかな笑顔を称えて一夏に両手を合わせてきた。

 

「ごめんごめん。そうよね、お姉さんちょっと大人気なかった。ごめん一夏くん!」

 

 ナターシャにもうあの怖い一面は感じられない。

 しかしあれは檻の中のライオンかトラだと一夏は思った。

 人間はみんな自分では制御できない獣を心に飼っている。

 普段は自分にも分からない心の奥底で眠っているが今のナターシャはその獣を解き放ち、今は心の表面の少し下のところで大人しくさせているのだ。

 もうナターシャ自身も眠らせてはおけない獣をナターシャは寝床を上へ持ってくる事で内心に抑えている。

 首輪の鎖で縛ってはいるがその長さは寝床から心を飛び出てナターシャの体を乗っ取るには十分なものだった。

 きっとナターシャなら杖を一振りして人を消してしまう恐ろしい魔女や神話に出てくるような鬼のような怪物であろうと、それが元凶と分かったなら躊躇わずに噛み付くだろう。

 そしてそれは一夏に止めることは出来ない。

 セシリアや束の復讐を止めることが出来ないように一夏にはそれが出来ないのだ。

 一夏はもう一度福音の残骸を撫で始めるナターシャに背を向け懐を弄る。

 綺麗に梱包されたちょっと高めの袋は少し曲がってはいたが折り目などは全く見当たらなかった。

 セシリアにはボロクソに言われたが、中のリボンもそうそう屁古垂れたりはしない贅沢なものなのできっとプレゼントとして大丈夫な状態を保ってくれているだろう。

 一夏はリボンを大切に仕舞い、右腕のガントレットへと視線を移し替える。

 

「……」

 

 新しい姿になった相棒に何か労いの言葉でも掛けてやろうと思ったが、なにも浮かんでこなかったためナターシャを習ってガントレットを優しく撫でてやった。

 セシリアが海を指差して声を上げた。

 海保の巡視船に千冬と友人達の姿が見えた。

 手を大きく振ってやってから一夏は今度は空を見た。

 青い空に一筋の銀色の光が登っていくのが見えた。

 

 

ーー

 

 その後はチョット騒がしい事になった。

 ナターシャを海上保安庁に預けたところで一夏とセシリアはいきなり鈴音に抱きつかれた。

 驚く2人に鈴音は少しだけ潤んだ瞳を向けてからもう一度2人を抱きしめたのだ。

 勝気な彼女に珍しい。 昨日の独白に勝るかもしれないインパクトに一夏とセシリアは揃って困惑したのである。

 

「凰代表候補生はキミたちの事を随分と心配がっていた。2人の無事な姿を見て感極まってしまったのだろう。」

 

 代表するようにラウラが答える。

 普段寡黙なラウラのフォロー。

 それだけで鈴音が自分たちがいない間どんな風に振舞っていたのか分かる。

 

「うっさいばかボーデヴィッヒ、バカウサギ、ウサギ嫌い。」

 

「すまんな、黒兎隊の名前は私の一存ではないんだ。」

 

 何処までも生真面目なラウラの受け答えが何処かシュールで、自分の怒りが余計に幼稚に思えて鈴音は益々赤くなる。

 それを見てシャルロットや簪までクスリと笑う。

 遂には千冬まで口元を手で覆う。

 今更ながら自分の行動に冷静になり言いようのない羞恥心が潤んでいただけで済んでいた目に本当に玉粒を作り出した。

 

 ぽん、と。

 

 頭に乗せられた2つの手。

 勿論位置的に自分が抱きついている一夏とセシリアの手だろうそれが優しく鈴音の髪を撫でてくれる。

 

「帰ってきたぞ鈴。」

 

 一夏の言葉に鈴音は今度こそ2人に笑顔を見せた。

 

 

ーー花月荘

 

 福音の影響で実質的にただの旅行になってしまった今回の課外授業だが、食事となると全員生き生きとしている。

 特に代表候補生達に事の経緯をしつこく聞いてくるクラスメートはこの賑やかな空間の中心人物だ。

 勿論受け答えに応じる彼女たちが答えることはない。

 裁判など受けたくないし、受けさせたくもないからだ。

 

「だーめ、いい?聞いたら制約がついちゃうんだよ。」

 

 現在はシャルロットが特に群がられている。

 その理由は大凡見当がつく。

 取っつきやすいシャルロットならば容易く教えてくれるだろうと踏んだのだろう。

 だが案外あのメンバーの中でシャルロットは一番この手のことに対してはシッカリとしている。

 言葉巧みにあしらわれていくクラスメイトを見て相席のセシリアは微笑んだ。

 

「もう完全にクラスの一員ね」

 

 シャルル問題は学園全体に反響を産んだ正しく大事件と呼ぶに相応しいインパクトだった。

 数ヶ月程度の修正でここまで関係を修復出来たことは驚異的と言えるだろう。

 友人のそういう光景にセシリアは嬉しく思う。

 

「嬉しいといえばあの2人はどうしたのかしら」

 

 プレゼントを渡すという計画を果たす一夏も渡される箒も嬉しい気持ちの筈だ。

 しかし衆人監修の前での受け渡しは照れ臭いのか2人は食事を済ませるといつのまにか何処かへ消えてしまった。

 一夏に連れられた箒は不思議に思いつつも手を引かれてすっかり元通りになった大部屋から出て行ったのだ。

 隣同士で襖に近い位置だったのと一同の注目が専用機持ちに行っていたことの隙をついたようだった。

 一夏も勿論作戦参加の1人なため最初こそ他のメンバーと同じく質問攻めを受けていたが、例により取っつきやすいシャルロットへと流れていくか

 喋らない彼に諦めて興味が薄れるかでさほど拘束時間は長くなかったのである。

 そして隙を見て一夏が箒を連れ出すのをセシリアはバッチリと見ていた。

 因みに千冬も教師と話し込んでいながらしっかりと見ていたが見逃した所を見ると、特に問題はない行動らしい。

 

 ついていきたい。

 

 そんな感情が浮かんでこない訳ではないが今は遠慮しておこう。

 多分自分はお邪魔だ。

 隣の鈴音にも悪いが伝えないでおいてやろう。

 セシリアは刺身にパクつく鈴音を横目で見る。

 刺身から天ぷらに箸が移行した。

 視線が離れたところでさり気なく自分の分の本わさを箸で取れるだけ持ち上げマグロに乗せた。

 マグロに箸をつける。

 どうやら最後の楽しみ的に取っておいたらしい。

 隣の人間と話していて視線は向いていない。

 隣の友人がビクリと肩を止める。

 口に持っていく。

 食べる。

 

ーー

ーーーー

ーーーーーー

 

 

 

「セシリアァァァァ‼︎」

 

 

 鈴音には刺身全てと海老の天ぷらを差し出すことで許してもらった。

 

 

ーー

 海に潜ると呼吸が出来ない。

 人間は魚とは違って泳ぐように出来ていないからだ。

 海には海の、陸には陸の其々ルールがある。

 陸はしっかりとした地面があって生き物は自重を自分の足で支えないといけない。

 その代わりに息を吸う時に大気以外を器官に入れる心配は無い。

 海は重力を水が包んで打ち消してくれるがあまり深いと水は重さを持って牙を剥く。

 海の中で息を吸うには水もいっしょに吸い込むため海に住むには水と体を透過させないといけない。

 魚は体に取り込んだ水と酸素を別々に処理して海に住んでいる。

 人間はそれが出来ないため自分の肺に貯めたぶんの酸素を使って海に潜る。

 陸のルールは海には数分くらいしか通用しない。

 その度に人間は暗い海の底から舞い戻って行かなければならない。

 その底も魚からすれば髪の毛の付け根くらいの深さだろうが。

 

「態々誘っておいて黙って泳ぐだけが目的か?」

 

 俺がすーはーと大気から酸素を取り込んでいると近くの岩場に腰掛けた箒が見下ろしている。

 どうやら泳いでいるうちに流れで海岸近くに押し戻されたようだった。

 勢いよく沖に出ているようで実はバタバタと手足を動かしながら波に押し戻されていた俺は多分上から見て中々カッコ悪かったに違いない。

 

「箒は泳がないのか。」

 

 昨日見たようなアイツには珍しいビキニ姿ではなく私服のままのこいつは俺が手を引いているうちは嬉しそうだったが俺が泳ごうと言って手を離した途端不機嫌になった。

 別に俺の身勝手が気にくわないのなら説明はつく。

 急に夜の海に連れてきて泳げと言われてもイラッとくるだけだ。

 しかし手を繋がれて嬉しそうにしたのは俺にはちょっと分からない。

 手をつなぐ事は自由を奪う事だ。

 俺は無断で手を握った。 これは最早誘拐に近い。 俺は箒の自由を誘拐したのだ。

 俺の身勝手が嫌いなのならば手を繋がれたことを嬉しいと思うのは可笑しい。

 もしかしたら箒はそういう趣向なのかもしれない。

 だとしたら俺が考えても答えが浮かぶわけがない。 やめよう。

 

「泳げよ。」

 

「水着がない。気分でもない。」

 

 冷たく言い放つ箒。

 そこら辺は夜でもちょっとヌルいここの海を見習ってほしい。

 

「なんだよ入れよ。」

 

 俺は急に入って欲しくなった。

 

「嫌だと言っているだろう。」

 

 箒も傍若無人な俺に眉間にしわを寄せた。

 

「知らん、入れ。それとも生理か?」

 

 少し最低過ぎたかもしれん。

 箒は少し黙ってその後でドスを効かせて言ってきた。

 

「よし、入ってやる。泳いでやるからお前も潜れ。」

 

 俺の真上へと躍り掛かった箒はそのまま俺の上で泳ぎ始めた。

 手足と濡れて重くなった衣服を上手に使い俺の浮上口を塞いでいる。

 当然空気を吸えない俺は苦しい。

 陸のルールだとか小洒落た事を思い出す時間なんぞあるかバカ。 ちったあ考えろ。

 パニックになった俺は夢中で上を向いて箒を蹴り飛ばした。

 少しだけ跳ね上がった箒は直ぐに体勢を変えて再び俺の頭を沈める。

 打撃じゃダメだ。

 俺は爪が負ける危険をまるで考えずに無茶苦茶に引っ掻いてやった。

 流石に怯んだ箒を跳ね除け俺は海面に上がる。

 会場に上がる瞬間、薄い膜のような水と空気の間の壁が違和感を産んで俺を気持ち悪くさせる。

 その一瞬を乗り越えなければ息は吸えない。

 口と鼻に痛みが走るのも構わず俺は真上から息を思い切り吸った。

 水が切り裂かれ波として呼吸をする俺に覆いかぶさる。

 箒が右腕を振って俺に水の刃を飛ばしたのだ。

 箒が両腕を裂いて水しぶきを飛ばしながら前進してくる。

 俺はちょっと痛いが剥けていない爪を立てて手刀を顔面に突き出した。

 首を傾けられ当たりを避けられる。 避けきれなかった頰に二本ばかしの小さい赤い線が出来た。

 突きを避けた箒はそのまま水の抵抗を上手く躱して俺の背後を取り頭を掴んで更に海に叩きつけた。

 開かれた目に塩水が染みる。 なんとか外して睨み付けると箒の腕に俺のつけた引っ掻き傷が無数に見えた。 あいつは俺以上に染みたに違いなかった。

 もっと沁みさせてやるぜ。

 俺は爪を差し出そうとしてあいつの右腕を更に狙う。

 しかし箒はそれを利用して俺の腕を足場がわりにして俺の頭に飛び乗りそのまま腕ごと頭を巻き込んで腕を絡めた。

 フロントネックロックの体勢にされた俺は箒の着水と共に再び我慢地獄へと突入する。

 今度は中々簡単には抜け出せない。

 力も掛けにくいしここは海の中だ。

 俺は海で戦う事を諦めた。

 手足を漕いで俺は足場を求めた。

 元々浅瀬に近かったため時間はかからなかった。

 足をしっかりと踏ん張れる位置まで来た時には俺は箒を抱えたまま後ろに背筋を反っていた。

 砂浜に頭から叩きつけられる箒を後ろの目で感じる。 ざまを見ろ。

 俺は今度は顔でも踏んづけてやろうと思い振り向くと箒の倒れた姿勢のままの足払いで今度は俺が頭を打った。

 後頭部を打つ瞬間しっかりと受身を取っていたようだ。

 俺は受け身をとれずに頭を打ち付けた。

 じゅくりと水を含んだ砂が頭に埋もれる。

 もう許してやるもんか。

 俺が起き上がると箒は既に拳を握ってアウトボクサーのように構えていた。

 いつのまにかリボンが千切れたか外れたかして無くなり下された髪が新鮮だった。

 

「その髪型も似合うな。」

 

「そうかありがとう、しかし弁償しろ。千切れたんだ。」

 

 俺は答えずに思い切り拳を振り上げた。

 地面が俺の力に耐えきれずぐぼっと沈む。

 陸に上がったと思ったがどうやら俺はまだ海の中のようらしい。

 力を満足に入れられない。

 砂浜は陸ではなく海の一部だったのである。

 箒は避けずに俺のアッパーカットを顎に受けた。

 グッと拳が止まる。 箒の顎と肩の筋肉に止められた。 正直この対処法はあまりよろしくない。 衝撃が逃げないからだ。

 あれは足をすくわれながらも今度は振り上げた右腕を箒の頭に叩きつけた。

 顎と頭頂部とでサンドイッチを受けた箒はグラリと揺らぐ。

 俺はもたつきながらもダッシュして箒に飛びつき、今度はあいつの顔を砂に突っ込んで窒息させてやろうとした。

 やはり砂浜は海ではなく陸だ。 そして陸で溺れることは大変不名誉な事だ。 女侍のプライドをへし折ってやる。

 しかし箒は倒れながらも腕だけを反応させ頭に飛びつこうとしていた俺の両手を掌合わせて捕まえてしまった。

 

「潰れちまえ。」

 

 それでも構わず上背が10センチある俺が押しつぶそうとするが箒の女の子の手はガッチリと俺の手を押し返して寧ろ目線を合わせさせられた。

 箒が俺より体格があるなら兎も角、小さな女に力で押されるのは悔しかった。

 せめて睨んで唾を吐く。

 海でつけた二本の線を狙った。

 因みにこの手四つで初めて箒の顔をまじまじと見たが特に怒ってはいなかった。

 

「お前は私と喧嘩がしたくて海へと誘ったのか一夏君。」

 

 一夏君とは俺が箒と道場くらいでしか面識がなかった時一度だけ箒が呼んだ呼び方だ。

 千冬姉と区別するために呼んでいたに違いない。

 まるで俺に対しての認識だけがあの頃に戻ってしまったようだった。

 ならば勝てるかもしれない。

 俺の脳裏に光明が浮かんだ。

 あの頃は俺の方が強かったからな。

 

「そうだ。勝った方が言う事を聞かせるんだ。」

 

「へえ。いいよ、打ち込んできな。」

 

 箒が言い終わる前に俺は腕を引き寄せて箒の体勢を崩す。

 しかし不意を突かれた後は直ぐに鍛えた体幹で踏みとどまり依然として手四つは俺が支配下に置かれている。

 構わず俺は飛び膝を大きな胸元に打ち込む。

 確かな感触の次に腕が解かれる。

 そして俺は宙に浮いていた。

 蹴り足を受け止めた箒が俺の体を持ち上げたのだ。

 素晴らしい足腰だ。

 俺は負けじと無防備になった顔面に肘を落とす。

 だが箒は海での攻撃と同じく首を傾げて俺の肘鉄を肩で受ける。

 高さがあった分肩までは俺の肘鉄も威力が半減している。

 次にこいつは俺の武器を奪いにきた。

 傾げた首を今度は俺の肘へと下ろし肩と首で俺の腕を固定したのだ。

 まるでアマレス出身者のような首の力で俺の腕を締め上げる。

 右腕を封じられた。 ならば左腕だ。

 奴は今首を固定している。 打ち込むならば今を置いて他にはない。

 

 そう思って俺はふとこいつが本当に箒なのか疑問になった。

 連れてきたのは俺だしそこまで触れ合っていた箒は正しく箒だった。

 しかしこうして喧嘩をしている箒はなんだか別人のような感じを受けた。

 そもそも俺は箒と喧嘩なんかした事はない。

 女の子相手だし、そうでなくとも俺も喧嘩が得意ではない。 痛い目に遭いたくなかったからこれまで不機嫌な箒には刺激をしないでいた。

 大体何故今更呼び方をあの頃に戻しているのだ。

 もしかしたらこの箒は俺が泳いでいる間に俺の目を盗んだ海が箒を乗っ取ったものなのかもしれない。

 箒はさっきから俺を縛るような攻撃をしてきている。

 自由を奪うのは海の特性だ。

 海は自分の体を切り裂いて分不相応にも溺れなかった俺に業を煮やして箒を乗っ取って溺れさせようとしているのだ。

 あの老婆の話が頭に思い浮かぶ。

 

 海は根性無しだとあの老婆は言った。

 本当にその通りだ。

 女の体を使って喧嘩をしなければ俺を溺れさせられないのだ。

 俺は箒に溺れさせられた怒りを海への怒りへと変えて箒に飛びかかった。

 肘鉄はダメだ。 箒の綺麗な顔をこれ以上傷つける訳にはいかない。

 俺は箒の髪を引っ張り無理矢理箒の唇を奪った。

 やはり口の中には海が侵入したらしく塩っぱさがあった。

 俺は精一杯力を込めて箒の中の海を吸い出した。

 あまり海の水を感じなかったため焦ったが効果はあったようで箒は俺をゆっくりと地面に下ろした。

 足が地面について箒が俺の足を離した時にはもう海の水は感じなかった。

 俺は最後に吸い取った海を飲み込み俺の胃液で殺す。

 大海で溺れなかった俺ならこの程度の海ならば問題はない。

 

「箒。」

 

「なんだ。」

 

 いつもの箒だ。

 もう俺を溺れさせようとはしていない。

 俺は岩場に濡れないように置いていた着替えを取り再び箒の前に戻ってくる。

 上着のポケットを弄ってキチッとした包装袋を取り出して箒に差し出す。時計を確認する。

 秒数まで合わせたかった。

 

「誕生日おめでとう。」

 

 俺は水で濡れた箒の髪をリボンで結んでやった。

 

 

ーー

 花月荘へと戻ってきた2人に千冬が仁王立ちで玄関先で迎えた。

 隣にはプレシアも浴衣姿で佇んでいる。

 千冬は2人のずぶ濡れの体とほのかに香る磯の匂いを確認すると次に箒の顔と右腕の怪我に目を細める。

 

「織斑。お前も女を殴れるようになったか。」

 

 揶揄うように千冬が笑った。

 

「違います。喧嘩です。」

 

 一夏が訂正する。

 少なくとも一夏は箒に振るった拳よりも自分が溺れさせられかけた方が多いと思っている。

 千冬がそうか喧嘩かと笑う。

 

「だけど顔はダメよ。男の子みたいに傷は勲章じゃないのよ?しかも引っ掻いたでしょ、コレ。ダメよ。治りにくいんだから。」

 

 呆れたプレシアは人目を確認して箒の頰を撫でる。

 紫色の淡い光が箒の傷を癒していく。

 

「あ、海の水も確認してください。」

 

「海って?悪いけどそれは洗濯機でやりなさい。」

 

 一夏の言葉を服を乾かしてくれという意味に受け取ったプレシアは首を振る。

 しかし海という単語が唯一濡れていない箒のリボンに目を付かせた。

 

「そういえばこのリボンっていつもと柄が違うわね。」

 

 箒も流石に一年中同じリボンをしている訳ではないが今の箒がしているリボンは普段の種類から感じられる彼女の趣向とは違っていた。

 プレシアに言われて見た千冬もそれを感じてすぐに合点を出す。

 

「そういえば今日は箒ちゃんの誕生日だったな。」

 

(千冬姉まであの頃の呼び方だ。流石にこの人と戦うのは嫌だぞ。)

 

 しかし箒に関しての千冬のプライベートでの呼び方はそれこそ箒の一夏君呼びと同じくらいの頻度しか一夏は聞いていない。

 初めて道場に一夏を招いた千冬が箒を紹介した時以来だ。

 もしかしたら千冬はあの時から呼び方を変えていないのかもしれない。

 そもそも千冬は海の香りなんてしない。

 一安心した一夏に千冬が頭を小突いた。

 

「お前も浪漫のない奴だな。プレゼントの前に相手と喧嘩をする奴があるか。」

 

 右腕の怪我を治したプレシアがきゃあとはしゃいだ。

 

「えー、じゃあこのリボンって一夏くんが箒ちゃんに贈ったの?素敵じゃない!」

 

「ああ、でも海水で濡れた髪に縛ったら折角のプレゼントも傷んじゃうわよ。一旦外して、温泉に入って、髪を乾かしてからもう一回絞めなさい。」

 

 プレシアは箒の髪から丁寧にリボンを解いて丁寧に束ねて箒に手渡した。

 

「長い間喧嘩をしていたせいでもう温泉の使用者はお前達しかいない。貸切だな。」

 

「早く入ってこい。磯臭くて堪らん。」

 

 追い出されるように温泉までやってきた2人はのれん通りの男湯と女湯へと別れる。

 濡れた衣服を変える箒と比べて一夏は海パンをビニール袋に入れるだけで済む。

 1人で入るにはかなり広い浴場を少し迷って一番広い湯船を選ぶ。

 かけ湯と石鹸で体から海の匂いを出来るだけ消して天然の暖かさへと身を委ねる。

 波もないし座っても顔が出る。

 海よりも余程従順だった。

 天井のないタイプの浴場で星を眺めながら一夏は顔を沈めてみた。

 海では沁みた目に少し熱い水が最後の塩水を洗い流す。

 湯船に溜まったお湯を絶えず下の排水溝から排出して少しづつ交換している天然温泉ならではの清潔な水だ。

 もしかしたら箒の体にも効能があるかもしれない。

 少し熱めのお湯が汗とともに最後の海の水を発汗させ洗い流すのだ。

 きっと風呂上がりになる頃には海は完全に箒の体から居なくなっているだろう。

 そうして箒のことを考えていたからか木製の仕切りから箒の声がした。

 もちろん仕切りは喋ったりしない。

 3メートル程の高さの仕切りの向こう側の箒が一夏に尋ねた。

 

「あれはキスという解釈でいいのか。」

 

「あー…あれか…」

 

 困った。

 どうやら記憶までは海とともに出て行かなかったらしい。

 流石に適当に誤魔化せるような状況ではない。

 仕方なく一夏は頭を精一杯フル回転させて答えた。

 

「違う。あれは人工呼吸だ。」

 

「はあ?」

 

 向こう側の一夏の突拍子のない発言に箒はふざけているのかと思う。

 寸前まで暴れていた人間になぜ人工呼吸など必要なのだ。

 

「おまえは溺れていたからな。俺が水を吸い取ってやったんだ。」

 

 溺れているのは一夏の方ではないのだろうか。

 しかし声は至って真剣だ。

 箒はもう少し付き合ってやる事にした。

 

「どうしてお前は私が溺れていると思ったのだ?私は丘の上でピンピンとしていたぞ。」

 

「箒の体には海の水が入り込んでいた。海が箒を溺れさせて暴れさせたんだ。」

 

 ああ、こいつは溺れてはいない。 酔っているんだと箒は思った。

 きっと専用機持ちが集められたのは千冬が持ち込んだ酒を密かに振る舞うためだったのだ。

 千冬もかなりの酒豪で酔うとかなりの悪酔いをする類だ。

 ブリュンヒルデの力で教員も止められず、酒をガブガブと飲まされた一夏はまだ酔いが覚めないのだ。

 酒の匂いは全くしなかったがそこはきっと珍しい酒なのだ。

 無臭で、海に触れると頭を可笑しくさせるのだ。

 なんだ。 シラフではなかったのか。

 漸く一夏が自分の事を女として見てくれたと思ったのに…箒は残念がる。

 しかし下された髪を撫でてプレゼントのリボンの事を思い出してクスりと笑う。

 シラフかどうかは兎も角プレゼントについては事実だし嬉しいものに違いはなかった。

 

「分かった。起こしてくれてありがとう一夏。」

 

 向こう側から聞こえてきた声に一夏はホッとなる。

 正直溺れているのはお前だ。そうでなければ酒でも飲んだのだろう。 と言われるかもしれないと思っていたので納得してくれたのは本当にラッキーだった。

 もう一度星を見上げながら一夏は箒が出来るだけ長風呂をしてくれる事を願った。

 また暴れる箒を押さえつけるのは御免だ。

 きっと箒なら旅館の中でも一夏を海の中で溺れさせる。

 

 

ーー花月荘・駐車場

 

 白いワンボックスカーに乗り込むプレシアを見送る人間は千冬1人だ。

 

「もう大丈夫なのか。」

 

 今まで片時も花月荘を離れずに寝ずの番をしていたプレシアが急に帰宅するというのだ。

 少しばかりの不信感は許されるだろう。

 

「ええ、少なくとも今日と明日はもうスカリエッティはガジェットドローンの一体も送ってこないわ。安心して眠ってちょうだい先生。」

 

 当のプレシアとくれば何を言ってもこの調子でまるで緊張感などない。

 そこまで言われてしまうと千冬も従わざるを得ない。

 千冬にISのステルス性能並みのガジェットドローンを感知するための探知魔法などない。

 プレシアにはなにかそう結論づけられるだけの確信が存在するのだろう。

 取り敢えず今日はプレシアの行為に甘えて久しぶりの熟睡を取る事にしよう。

 

 

ーー

 一面のガラス張りだったこの部屋も随分と様変わりしたなとスコールは肌に叩きつけられる風でそよぐ髪を抑えながらまだ高い太陽からの光に目を細める。

 ただのガラスでしかなかったがこの部屋に付けられると、たとえどんなに煌々と日が差してもこの部屋だけは常に一定の明るさと暗さだった。

 照明器具など一切なくたとえ夜だろうとこのビルの最上階だけには灯りがともることはなかった。

 まるでこの部屋だけは外の世界の影響を受けないかのようにスカリエッティ達を閉じ込めていた。

 そのガラスがたった今村上により砕かれビルの外へと落下している。

 村上の掌から発せられた波動がガラスを破壊して吹き飛ばしたのだ。

 今頃地上では軽い騒ぎが起きているだろう。

 じきに警官か、けが人がいれば救急隊がやってくるだろう。

 しかしそんなことなど些細なものだ。

 外との隔たりは言うなれば異物を閉じ込めておくための檻でありこの世界が崩壊してしまわないための処置であった。

 なのはと巧にガジェットやオルフェノク以外は許容範囲外であったこの世界を壊さないため。

 無機質でありこの世界の鋼材で開発した新型のガジェットドローンとこの世界で誕生したオルフェノクで細々と干渉する事で、漸くここまで慣れさせ、適応させたのだ。

 数日前と昨日には村上が、そしてたった今この世界へと解き放たれた十年ぶりの人工発明の極致、発展系の原初感情、古代ベルカの残した魔法科学の一つの最終進化形態がその身を朗らかな陽気へと晒した。

 色素の抜けたような毛髪は太陽の光を吸収しそのまま無限の空間へと落とし込んでいるようだった。

 

 ジェイル・スカリエッティは息を吐いた。

 それはこの世界全体に落ち込んで、ズッシリと重くなり段々とこの世界を沈ませ始めた。

 

「漸く君と私が同時行動できるだけのキャパシティが生まれたか。」

 

 村上がそれに笑みだけで答える。

 スカリエッティの目は村上を見てはいなかった。

 虚無へと通じているのかと思わせるその瞳がこの世界の果てまでも見据えて笑っていた。

 

「あれも、あれも、あれも、あれも、あれも…」

 

 指をさしながらこの世界の一つ一つを値踏みしていく。

 それは人でもビルでも道端の石ころでもそうだった。

 

「そうなんだな…あれら全てに触れられるのだな。撫でられるのだな。叩けるのだな。壊せるのだな。つくれるのだな。」

 

 いつのまにかスカリエッティの背後には三大勢力が揃い踏みしていた。

 村上や近藤、オルコットを始めとしたスーツ姿の男女数人。

 スコールの背後には女性だけの亡国企業の実働部隊。

 この部屋を飛び抜けてこのビル全体を始めとして、町や隣の町や隣の国までにも広がる無限の欲望の同志たち。

 世界に広がる三世界の賛同者たちの末に虚無の如き無限の根幹。 スカリエッティは手を広げた。

 天に浮かぶ太陽をつかみ取ろうとするかのように。

 スカリエッティの二つの手は太陽を包み込んだ。

 

 

ーー

 まんまるお日様の代わりにまんまるお月様が水の開けた崖の穴から差し込まれていき、2人を照らす。

 月に照らされた老婆の顔は早朝に一夏に対してしたようにくちゃっとなった。

 老婆の前には戦士がいた。

 全身を鎧で隠し、右腕には逆手に持った十字の剣が怪しい光を晒していた。

 まるで老婆を迎えに来た天使が十字架を武器にして老婆を張り付けにしようと天界からやって来たかのようだった。

 2人の真ん中にはあの花がある。

 派手でもない地味でもない普通の小さな花だ。

 花は真っ直ぐ上に身を授けて月の光を浴びている。

 花は太陽の光よりも月の光の方が気持ち良いようだった。

 老婆の顔面の皺が崩れていく。

 小さく腰の曲がった老婆が遂にはテニスボールほどの大きさまで崩れて小さくなったところで老婆は戦士に襲いかかった。

 崩れたテニスボールがまるで卵のように割れてスラッグオルフェノクが粘液を撒き散らしながら飛び出した。

 老婆は一夏にこの崖のことを話した後に心臓発作で死んだ。

 そして今老婆の体はナメクジの特性を持ったスラッグオルフェノクへと姿を変えていた。

 恐らく老婆はこの恐ろしい姿のことを自分の太い根性が死を跳ね除けたのだと誇るに違いがなかった。

 オルフェノクとして生を受けた老婆はその足で自分に身の上話をしてくれた花の元へと進んだ。

 特に理由があった訳ではないが死んだ人間が怪物として生き返るなんて現象は老婆の200年の知識の中でも経験が無かった。

 老婆はこの現象を知りたかった。

 しかし人間ではダメだ。

 老婆以外の人間なんて老婆に言わせれば自然が根性無しであることも知らない無知な連中だったからだ。

 花だけが老婆にものを教えられる存在であり花だけが老婆が敬意を払う相手だった。

 第二の体は酷くゆっくりとしか歩けなかった。

 朝から10時間以上かけて漸く花の下へと辿り着いた老婆が花に唾を吐きかけた。

 唾を吐きかけることは自分の一部を情報として相手に明け渡し自分の敬意の念を伝える老婆なりの儀式だった。

 数千年生きた花ほどになれば自分の唾から自分の感情や思っていることを言い当てるに決まっていたからだ。

 花はいつもの様に老婆の唾をあっという間に吸収してしまう。

 真上に向いて月の光を浴びる花に釣られて老婆も顔を上げる。

 戦士がそこに居た。

 花が老婆に語りかける。

お前の体はもう死んでいる。 私は死体に興味はない。 もうお前に話すことはない。 あの戦士はお前を本当に殺しに来たのだ。 死んだ者は死ななければならない。 お前は死を誤魔化して生きている。 いよいよ死ぬ時だ。

 ふざけるなと老婆は思った。

 現に自分は生きている。

 老婆は今までの敬意を捨ててあの戦士を殺した後はお前を引っこ抜いてやろうと花に話し、その身をスラッグオルフェノクへと変えた。

 500キロはありそうな肉の塊を醜く揺らして戦士へと疾駆する。

 体から落ちる粘液が地面に落ち煙を上げて固い地盤を溶かす。

 戦士は剣を構えて腰を落とす。

 戦士の体に流動している高エネルギーが剣に収束していき怪しい光をさらに強める。

 やがて崖周り一帯がそこに超小型の太陽を置いたくらいに明るくなった時、戦士の剣がスラッグオルフェノクの巨大な肉を真一文字に切り裂いた。

 ドチャリと大きな肉が灰となり崩れた。

 スラッグオルフェノクの真下にいた花が巨大な灰に埋もれる。

 しかし恐らく潰れてはいないだろう。

 きっとこの先数十年で灰が風で飛ばされるか雨で洗い流されるまでじっと静かに生きていくだろう。

 誰もいなくなった崖の下に再び月の光が降り注ぐ。

 戦士がベルトから四角い箱を取り出す。

 それは戦士の動力源のようなものだった。

 それのスイッチを切った戦士の体は眩い光と共に消えていく。

 そして現れた女は暫し自分の体を眺めると最後にベルトを腰から取り外して手元にたぐり寄せた。

 

「私達が使っても問題は無さそうね。」

 

 カイザのベルトを品定めするように両手で持ちながらプレシアが呟いた。

 夜の闇がプレシアの声とワンボックスカーの排気音をかき消した。

 

 




これにて福音編及び臨海学校イベントは終わりです。
次回からは新章へと入ります。
いやはや、本当にお待たせしました。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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ステージ2
46話 夏休みだー


待たせたな。
投稿ペースの回復はもう諦めてくれ(笑
前回で超展開になって漸く新章に進むと思ったか?

残念箸休め回だ


「みーんみーん...」

 

 蝉もみーんみーんと返してくれる。

 それがなんだか嬉しくて鈴音はまた蝉の鳴き真似をする。

 窓の外から見えるボンヤリとしたビル街が蜃気楼で揺らいでいる。

 本島からは10キロだけ離れているIS学園はどうやって蝉の侵入を許したのだろうと鈴音はベッドに寝っ転がって考える。

 人から聞くに、蝉はあまり飛ぶのが得意ではないらしい。

 せいぜい100〜200メートル程だろうとも言われている。

 船かモノレールにでも取り付いてここまで移動してきたのだろうか。 周りに耳を澄ませば少なくとも三種類の蝉がいることが確認できる。

 それを耳を澄ませて聴き分けて今度は喉を震わせて窓の外の何処かに居る蝉に仲間入りを要求する。

 

「じーわじーわ...」

 

 謂わば窓が鈴音と蝉をへだてる国境で蝉の国に入るためには自分を蝉と、蝉たちに認めさせねばならない。

 蝉は向こうでは住民であると同じく権力者なのだ。

 蝉の住居を認める人間なんていない。 だから蝉は権力者でなければならない。 蝉がだれかの家の庭にでも植えてある木を気に入れば、人間はそれを拒否することは出来ない。 しかしそれに対して鈴音は蝉がわがままだとは思わない。

 もともとこの世に自分の所有物などないのだ。

 ライオンだって縄張りに入り込む敵は追い払うが、それは自分より身体が小さいものだけで、像などが襲ってくれば逃げるしかない。

 もしかしたら他のライオンに縄張りを取られてしまう事だってある。

 返って蝿などは小さすぎるのでライオンもムキになったりはしない。 体力の無駄遣いだからだ。

 人間の家も同じだ。

 役所通いで手に入れた土地の権利書も蝉には関係ない。

 季節が来れば勝手にやってきて蝉はそこを自分の国にするのだ。

 では追い払うのかといえば違う。 体力と水分の無駄遣いだからだ。

 ではこの声真似で蝉が言うことを聞いてくれるのかというとそれも違う。

 いくら蝉同士だって自分の国を明け渡せと言われてもいやだろうし、なにより鈴音が出来るのは蝉語では無く蝉の声真似だ。 「ああああ」は日本語ではなく只の壊れたラジカセだ。

 現に蝉は鈴音の呼びかけに一瞬だけ鳴きを止めたかと思えば直ぐに再開してもう鈴音がいくら呼びかけようとも出て行く事もしない。

 

「あ、そう...」

 

 少しは話をし返してくれるかもしれないと思っていた鈴音は不貞腐れてベッドに顔を埋める。

 少し硬い安物のクッションは鈴音の軽い身体を少し凹んで、でもそれ以上は彼女を受け入れる事はせずに異物を跳ね返そうとしている。 その自重と反発の相互関係に鈴音は眠気を誘われた。

 元より昼寝のつもりでベッドに入り込んだのだ。 なぜ蝉なんかと会話していたのだろうと不思議になる。

 蝉と会話なんてできるわけがない。 部屋に潜り込んでこないまでは無視しておけば良い。

 鈴音は当初の目的通り、この硬い嫌われたベッドを無理矢理黙らせて眠りに落ちようと目を閉じる。

 

「だから場所取りすぎなんだよお前、どけよ」

 

 巧が鈴音の軽い身体をベッドの外に蹴り飛ばした。

 思ったより飛距離がでたのはもしかしたら眠る直前だったので軽かったのかもしれない。 夢を見る時人は軽くなるに違いなかった。

 フォーカス視点を彼女に戻して、空中で器用に回転しきっちりと四つ足で着地した鈴音は眠気の代わりに怒気を、眠気まなこを睨みに変えてベッドに登る。

 

「命の恩人に対して何よその態度は...」

 

 ふん、と鼻を笑わせて巧が鈴音のペースを塞ぐようにベッドを転がる。

 

「嘘つけ、俺を担いで走ったのはセシリアだったんだろうが」

 

「見つけたのは私よ。というかアンタ、まだ私やセシリアにお礼とか言って無いじゃないのよ。ありがとうぐらい言いなさいよ。」

 

 巧の足を足で除けつつ鈴音がずいっと来る。

 

「セシリアには私から言っとくからアンタここで私にお礼言いなさい。二回よ二回。2人分なんだからね。優しい鈴さんありがとう御座いますと美しい鈴さんありがとう御座いますって」

 

「二回ともおめえ宛てじゃねーか」

 

「居ない女に礼なんて言ったって仕方ないでしょう。私を有難がれば正解よ」

 

 どんな理論だと巧は鈴音の身体をもう一度蹴ろうとしたが手でアッサリとはたき落とされてしまう。

 それでも言う通りにするのは癪でしかないため断る。

 

「やだね。頼んでねえ事すんなよ」

 

 ムッとなる鈴音。

 死にそうなところを助けてもらってこれは酷いと思った。

 

「心配したんだよ?」

 

 流石にあんまりだ。

 本当にあの時のセシリアに担がれぐったりとしていた姿に鈴音はともすれば泣きそうだったといっても過言ではなかった。

 

「そうかい」

 

 多分この先を言ってくるとすれば「頼んでねえ事すんな」に決まっている。

 ここら辺一夏ならば謝罪と一緒に一つ頭でも撫でてくれるはずだ。 もしかしたらその逞しくなった腕で抱きしめてくれるかもしれない。

 

「アンタって本当にガキっぽいわね...なのはさんでも見習ったら?それと一夏ね。朴念仁は兎も角人間性は学んでおきなさい...あっ、やっぱ朴念仁も見習いなさい。もしアンタに好意持つ子が居て、もし実ったりしたらその子の人生が台無しだしね」

 

「お前な...」

 

 のそりと巧がものぐさそうに起き上がる。 部屋の熱気が湿りを肌に産む。

 動いただけで汗をかきそうだ。

 

「アンタ1人部屋の癖になんでクーラー効かせてないのよ。誰に気ぃ遣ってんのよ」

 

「元からクーラーなんてねーよ」

 

 夏休みに入ってIS学園に鈴音は辟易していた。

 他の部屋とは違う巧の1人部屋ならもしかしたらと暑い中やって来たのだが徒労に終わってしまった。

 最早今更眠る気にもなれずに鈴音は湿気と熱気の中でゴロンとかき混ぜてやった。

 換気扇に変身すればこの蒸し暑い室内もマシになるのかもしれない。 オルフェノクって換気扇とかあるんだろうか。

 

「ねえ、換気扇オルフェノクとか居ないの?」

 

「いねーよ」

 

「なんだ〜」

 

 もしなれるなら死ぬのも少し悪くないかもしれない。

 いや、やっぱり換気扇オルフェノクもそんなに良いものじゃないだろう。

 きっと頭が換気扇になって回るのだ。 となると換気扇なのだからメンテナンスが必要だ。 自宅兼店でもあったそこの厨房にも業務用の換気扇があったが、父は毎朝軽い掃除をして週末には完璧に新品の状態にメンテナンスをしていた。

 多分そういうのはオルフェノクになっても必要なものだろう。

 もしそうなら大変だ。

 なにせ自分の頭なのだから目が見えない。

 それに換気扇とは中々に入り組んで掃除に手間がかかる。

 頭ということは下からでしか手は回らないのだからどうしても手が入らない所が産まれてしまい、何十年後にはそこが錆びてその錆が身体全身へと回っていずれ動かなくなってしまうのだ。

 そして換気扇なので回るのが仕事だ。 無理に回ってポッキリいってしまうのだ。

 やはり人間のままの方が良い。

 多分寝返りも頭が邪魔になるからろくに寝られない。

 もう一度ゴロンとかき混ぜてみる。 全然暑い。 やっぱ換気扇だ。 換気扇オルフェノクだ。

 

「冷房効いてるとこあるぞ...」

 

「先言いなさいよ。今までの私の妄想がバカみたいじゃないの。アンタこそ換気扇になんなさい。錆なさい。折れなさい」

 

「ほんとうるさい女だなお前は...真理の方がお淑やかだったぜ」

 

 あの女もあの女で理解し難いところはあるが巧に向かい換気扇になれとは言わないと思う。

 恐らく冷房の効いた部屋に突っ込めばこの鬱陶しいからみも無くなるだろう、と巧は心の頂点の蓋を取っ払い鈴音の期待に早く答えてやることにした。

 

「トレーニングルームってあるだろ」

 

「クーラーあんの?」

 

 頷く巧に鈴音が喜びを隠さずに笑う。

 

「何よ!使えないわね」

 

「はあ?どうしろってんだよ」

 

「もっと早く言えってことよ。さ、連れてきなさいよ」

 

 やはり真理の方がお淑やかだったかもしれない。

 巧は肌にくっつくシャツを鬱陶しく剥がして部屋のドアを開く。

 新鮮な生あったかい空気で身を引き締めると鈴音と巧はお目当てとなる冷房の効いたトレーニングルームへと向かう。

 それほどでもない道のりも暑い陽気に決意が萎えて来る。

 そんな中を沈んだ気持ちながら切り抜けトレーニングルームの扉を開けた鈴音はやっと手に入れた清涼感に体を跳ねさせた。

 巧はいつかの湿気の高い日の早朝でぴょんぴょん楽しそうに跳ねる鈴音を思い出した。

 

「お前って暑いの平気だったんじゃないのか」

 

「嫌いよ。特にこの国はジメジメしてて最悪よ。人も季節ももうちょっとサッパリ!キッパリ!出来ないのかしら?」

 

 陰湿な国ねと毒づく鈴音に巧は取り敢えず陽気の点にだけは同意しておいた。

 別に蒸し暑くなる必要は無いだろうに。 陰湿な国だ。

 多分前は鈴音としては許容範囲の暑さだったのだろう。

 

「季節に言っても仕方ないだろ」

 

 巧は兎に角後ろの熱気を扉でシャットアウトし、中へと進んでいく。

 着替え用のロッカールームを通り過ぎ、巧は自分が鈴音にこの場を渋った原因が今日も元気に器具を利用して鍛えている光景に溜息をついた。

 巧の溜息にはジムの扉が開いた時から予想していた。 運動部の居残り練習の類が無いIS学園にとって、夏休みに入ってココを使う人間といったら暑さに参った巧くらいだからだ。

 案の定つかれた溜息に苦笑しながらなのはは柔軟とベンチプレスを終え、現在のダンベルフライの重量を上げた。

 何も重い物を持てば良いというのが筋トレでは無い。 ちょうど良い重さというものがあるのだ。

 器具のベッドに仰向けになって足裏は地面にペタッとつける。 足の裏の皮まで力を伝達させるのだ。 よく見た目だけで誤解されがちだが実は大胸筋を鍛えるのならベンチプレスよりも効果的なのだ。

 なのははそこまで筋肉は欲しく無いためあくまで全身満遍なく鈍らせないために器具を使用しているだけで、彼女の好みは実際に訓練形式で体を動かすことなのだが流石に異世界で魔法訓練をホイホイと行うわけにはいかない。

 我慢してジムで済ませる。

 しかし今やそのジムでの訓練も巧と鈴音により邪魔され中断してしまう。

 鈴音が無邪気になのはにくっついて来たことでダンベルは下におろさざるを得なくなった。

 オマケに普段は離れたがる巧も今日だけは何故かなのはのベッドに腰掛けて来る。

 

「ねえ」

 

 汗をタオルで拭き取るなのはに鈴音が声をかける。 上目な視線が本当に猫のようだ。

 

「なんでなのはさんも残ってんの?」

 

 も、とは巧を指して言っているのだろう。

 IS学園に夏休み中の居残り義務は基本的にない。

 この季節に節約のために冷房停止は中々に痛い。 大抵はみんな自宅へ帰って家族に会いに行っている。

 

「私はここで生活する予定だから残ってるんだ。鈴ちゃんこそどうして」

 

 きっちり相手の謎に答えて上げてから質問を返す。

 

「んー...とねー...」

 

 口ごもる鈴音は最初の無邪気さが消えて感じられない。

 罰が悪そうに目を逸らして小さく丸まっている。

 

(聞かれたく無いものなんだろうな)

 

 ならば無理に聞くようなものでも無いだろう。

 相手に尋ねたら自分も打ち明けなければならない制度はない。

 

「織斑に告白でもするんだろ」

 

「ーーっ‼︎」

 

 赤い頰から煙がプシューと出ている。

 図星らしい。

 あ〜と納得するなのはに背景に鈴音はポカポカと巧を叩く。

 

「最低最低最低最低最低‼︎」

 

 直ぐに頭を押さえ引き剥がされる。 そのままぐるぐると拳を振り回す鈴音は何やら古典芸能のようだ。

 ならばこの後は散々腕を振り回して息を切らしながら「今日はこの辺にしといたるわ」だろうか。 そうだとしたら自分の役割はずっこけである。

 

「いつでもオッケーだからね鈴ちゃん!」

 

「何がよ⁉︎」

 

 結局ずっこけはなかった。

 普通に巧の手を振りほどいて一発脇腹に拳を入れた鈴音は、しかし観念したようで一夏のことについて打ち明けた。

 

「今日はあいつが学校に残ってるらしいの。だから、その...待ってあげてるだけで。そんな、ちがうもん...」

 

 もじもじと手を絡ませて急にしおらしくなる鈴音に巧は先程の換気扇を思い浮かべて驚いていた。

 真理の時もたまに意識した異性を発見してビックリした。

 

「はいはい。そっかぁ鈴ちゃん頑張るんだね今日」

 

 なのはが保護者目線で頭を撫でる。

 かーっと顔を赤らめて鈴音が振り解こうとするがそれすらも可愛らしくて、なのはは意地悪にあしらい頭を撫で続けた。

 

「やめてよ。まだ行くなんて言ってないでしょ?」

 

 やっと解放してもらえた鈴音がそう言うがなのはも巧も取り合わない。

 

「嘘つけ。というか行けよ。腰抜けかよ」

 

「応援してるよ鈴ちゃん」

 

 2人とも既に本気にしている。 というよりはなから鈴音の告白イベント以外眼中に無い。 もし本当に自分が一夏に会いに行くのを取りやめると言いでもすれば、2人共実力行使で無理矢理従わせるだろう。

 こんなことなら涼もうと努力していないで自身の部屋で耐えていればよかった。 少なくとも自分のタイミングで行けた。

 だがこうなっては最早当初通りとは望めまい。

 覚悟を決めよう。

 幸いこの2人も茶化そうというよりは純粋に応援してくれる筈だから、一夏への告白自体はこちらの裁量に委ねてくれるはずだ。

 暫しの時間ののち、さっきとは別の意味で顔を赤らめた鈴音が小さく呻いた。

 

「邪魔したら承知しないんだからね...」

 

 2人がコクリと頷いた。

 その後は2人とも本当に鈴音の負担にならない程度に気をきかせてくれた。

 といってもそんなに大それたものではない。

 精々一夏の通りかかるルートを手分けして探して巧が連絡を入れた後は文字通りの応援で終始した。

 告白するかしないかまで鈴音の自由だ。

 少し離れた位置からなのはのサーチャーでこっちをモニターしている以外はなにもしてこない。

 

(それはそれで邪魔なんですけど)

 

 しかし一旦そのことは頭の隅に置いておく事にしよう。

 なにせ彼女が今置かれた状況はまさに一大イベント発生場所なのだから。

 

「よっ」

 

 手を上げて一夏が笑みを浮かべる。

 何故ここに?の思いよりも友人に会えた事を大事に喜んでいるだろう純粋な笑顔だ。

 そして自分はその友人の立ち位置から一歩先のポジションへとステップアップするためにここに居るのだ。

 

「...」

 

 高ぶる気を一旦沈めなければならない。

 このままでは上ずってなにも言えない。

 

「お前まだ寮に居たんだな。帰省はしてないのか?顔を出しにくいってのはわかるけど...それでも形だけでも仲良くしてやれよ?別れたままだったら本当に関係直せなくなるぞ」

 

 一夏は自分には家族がいない。

 その事も手伝い、鈴音の両親との関係に対しては人一倍気を払っている。

 離婚に関しては今更一夏にはどうすることも出来ない。

 シャルロットの件は兎も角、一夏は基本的に他人の家庭事情にそこまで関わるのは無粋だと認識している。

 こうしてお節介を焼いてはいるが、口頭だけで実際に鈴音の実家に殴り込みをかけてまで修復を図ろうとは思ってはいないし、今だって鈴音に感謝してほしいとは微塵も思ってはいないのだ。

 

「...」

 

 しかしそれにしてもダンマリは感じが悪いと思わなくはない。

 引きずるなとは言えないが、ぶっきら棒でも「はいはい」くらいの返事はしても良いのではなかろうか。

 

(まあ、俺からしたら普通でも鈴からしたら余計な世話なのかもしれん)

 

 元より一夏とて小言が好きなわけではない。

 相手が嫌がっているならこのくらいで切り上げよう。

 

(この前は泣かしちまったし、ここらでお詫びになにか奢ってやろうかな。親父さんの料理のお礼もあるしな)

 

 ふと見ると鈴音がポケットを何やらゴソゴソとまさぐっている。

 あ、と一夏は思った。 ハンカチか。 汗かいてるし。

 これは気遣いが足りなかった。

 今日は冷房も切られているしここは丁度窓から日差しも当たる。

 なんということだ。と一夏は瞳を恥ずかしさで瞑った。

 成る程だから気が悪かったのだな。

 

「鈴、悪い」

 

 一先ず自分の部屋に招いて冷たいお茶でも与えてやろう。 冷蔵庫までは運転を停止してはいないはずだ。

 体だけを自室へ向けて一夏は鈴音に手を差し伸べようとしたところで、皆には少し視点の切り替えと時間の巻き戻しに付き合って頂く。

 

(えっとえっとえっとえっと)

 

 一夏に出会ってからずっとテンパりまくりだった鈴音は一夏の親切心の言葉を全て聴いてもいなかった。

 見た目にはダンマリのまま動いていないように見えるが、中身は証券取引所以上に目まぐるしく変動していた。

 もっとも上がるか下がるかはしっかり二分されている株価よりは、鈴音の場合焦りが募る以外の動きが無い分、遥かに分かり易いかもしれない。

 またポカンとしていても耳がなくなった訳では無い。

 そのため一夏の最後の一言を拾い、その言葉の意味を今の焦り切った頭でサッサと結論付けた。

 

「鈴、悪い」

 

(悪い?...悪い=断る。断る=振られた)

 

 因みに一応書くとまだ告白もしていない。

 そして鈴音は混乱と、そんな中でもしっかり作用する悲壮感を一夏へと訳も分からずぶつけた。

 

 

 

「ホワチャァ‼︎」

 

 

 

「ぐべあ」

 

 一夏は顎を撃ち抜かれて卒倒した。

 視界が暗転する前に鈴音のポケットに入っていた、今月出来たばかりのウォーターワールドのチケットがヒラヒラと舞っていくのが見えた。

 

『......』

 

 サーチャーからの映像をレイジングハートで可視化したモニターを観ながら、なのはと巧はポカンとしていた。

 言語化すれば「え?なにやってんのあいつ」である。

「うわーん」と本当に泣きながら、彼らの隠れていた廊下の角を鈴音が走り去っていく。

 なのははレイジングハートをしまい巧に向いた。

 

「ご飯食べに行く?」

 

 気づけばもう昼時である。

 

「行く」

 

 2人は本島で営業している喫茶店の予約を確認した。

 

 

ーー

「うわーん」

 

「判ったからもう泣くな凰代表候補生。書類が纏まらない」

 

 今度は本国に渡すための書類を纏めようと、残っていたラウラの部屋にやって来ていた鈴音。

 もう帰ろうとしていたためか鈴音と違い、夏服のIS学園の制服に身を包んだラウラ。 後は鞄にシュバルツェア・レーゲンの稼働データと日報を容れるだけだったのだが、急に飛び込んで来た鈴音が泣きついて来て今に至る。

 

「ボーデヴィッヒー」

 

「どうしたというのだ。上官に叱られたか?君はそんな事で応えなさそうだがな」

 

 引っ付いてくる鈴音を拒まずラウラは空いた手で書類を鞄にしまっていく。

 そのかいあってか鈴音も泣き止みはしないものの話の通じる様子には落ち着いたようである。

 泣き声で一夏との事を説明する。

 大雑把な性格だが要領は悪くない鈴音の説明は主観が多かったが解りやすく、ラウラは最低限の状況把握をした。

 

「今日は一緒に寝てー」

 

「いや、出来れば今日中に日本の領空から出たいんだが」

 

「うわーん‼︎」

 

「あ、こらよせ、暴れるな。書類が舞う‼︎」

 

 ラウラを押し倒して鈴音が暴れる。

 体格差の無いラウラは苦労しながら、抱きつく鈴音の頭を掴んで引き剥がそうとする。

 鞄も床に叩きつけられそれなりの量がバサりと扇子を開いている。

 ラウラはそれらに焦りを覚えながらも、下手に動いて書類を潰してしまうことを恐れ、未だに乱暴に振り払えないでいた。

 おろし立ての制服に涙や鼻水を付けたくはないため、顔面だけは手で押さえているがこのままでは当分空港どころか学園の門さえ潜れそうに無い。

 両手を挙げたくなる(挙げられないが)ラウラを助けたのは一連の様子を見ていた同室のシャルロットだった。

 少なくとも3年は理由無しに祖国へ帰る気は無い彼女は勿論私服で鈴音を脇から担いでラウラから離す。

 その隙に書類を鞄に全て容れたラウラはそのまま服を直す。

 

「ほら鈴、ラウラ困ってるよ?僕が一緒に寝てあげるからさ。一夏のことは聴いたけどそれって多分鈴の早とちりだと思うよ?」

 

 早とちりのワードは鈴音の耳に入るより前の、シャルロットの口内から大気に飛び出した瞬間に鈴音を反応させた。

 

「本当?」

 

 グルンと首を180°反転させてシャルロットを睨む鈴音。 もう涙は枯れている。 泣かれないことは嬉しいが逆にホラーになった感がある。

 思わずシャルロットは鈴音を離す。

 

「う、うん」

 

「雑技団かお前は...」

 

 直前まで泣きついていたラウラすら眼中に無い。

 取り敢えず怖いので首だけは元に戻してもらいシャルロットは鈴音に説明した。

 

「だってまだ鈴は告白もしてないんだよね?そもそもフラれようが無いと思うんだけど」

 

「私も同意見だ。君は織斑くんに会っただけだろう」

 

「てゆーか、その後の飛び膝蹴りの方を心配するべきだと思うよ...」

 

「同意見。凰代表候補生の蹴りは生身でも充分凶器に成る」

 

 交互に前と後ろで正論をかけられ鈴音の頭の熱が頭上から抜けていく。

 言われれば言われるほどそうなのかも知れないと冷静になっていく。

 そして頭によぎる飛び蹴りのシーン。

 

「あっ、チケット渡しただけだった」

 

 本当ならそこでデートの約束をして改めて異性として意識させるつもりだったのに、あれでは一方的にプレゼントしただけではないか。 鈴音としてはデートの初めから自分の事を意識してもらいたかった訳で、これでは失敗である。 そもそもペアだということすら伝えてはいない。

 

「あれを渡したと言うのだろうか...」

「鈴って結構ズレてる所あるよね...」

 

 2人は鈴音の恋を応援するつもりだが、たまにこれで良いのだろうかという念に捉われる。

 その後ラウラは当初の予定通り空港へと出発した。

 

 

ーーSide一夏

「どうやって返そうか...」

 

 俺は鈴音が持っていて、顎を蹴り飛ばされた時に落としたプールのチケットの端を持ってヒラヒラさせている。

 目が覚めた時は自室のベッドの上だったからきっと俺と同じく、自主的に居残り組の人が見つけて運んでくれたんだろう。 後で縁が合ったらお礼を言っておかなくてはいけないな。

 まあそこは置いておくとして今はこの落し物だ。

 

「ウォーターワールド」

 

 なんとなしに口に出してみるとマジでありきたりなネーミングだな。 いや、バカにしてる訳じゃなくてね。

 調べてみると今月オープンしたばかりのプールらしい。 俺は生憎市民プールくらいしか馴染みが無いためピンとこないが、所謂プールの遊園地だ。 観覧車やジェットコースターの代わりに、螺旋を描いた滑り台で水着一枚にて音速を超えたり、流れるプールで永遠に終わらない周回マラソンを強制され続けるのだ。

 

「行きたくはないな」

 

 態々金を払ってプールに入るなんてどうかしてる。

 プールは大人たちが無料で入らせてくれるものだ。

 千冬姉が俺の代わりに払ってくれるものだ。

 そもそも水に金を払うこと自体嫌だ。 鈴や弾達と一緒に川で遊んだ時は、危ないことをするな。と怒られた事はあっても金を取られた事は無い。

 俺は下を向いて落ち込んでいて、その下をアメンボが滑って行った。

 夏休みの市民プールもたまにアメンボが浮いていたことがあった。

 アメンボから金を取る法律が作られない限り俺は金を取るプールには行きたくなかった。

 俺は今風の電話をスイスイと指を滑らせて画面にWebの情報を載せている。

 勿論Wi-Fi完備だ。 俺は電波も誰かに助けてもらわないと飛ばしたく無い。

 

「げっ、ここ当日買うのに2時間待ちかよ」

 

 前売り券はすでに売り切れて、今手に入れるとしたら俺から奪い取るしか無い訳だ。

 しかもこのチケットから見るに使用できる日は明日の土曜日のようである。

 俺は要らないから行かないとして、これは鈴のものだ。 届けてやらねばならない。

 蹴られた事に文句が無い訳では無いが、あれはきっと俺が何時もの如く悪いのだろう。

 恨みが無いなら届けてやるのが世の常だ。

 俺はチケットが折り曲がらないように厚紙に挟んで懐にいれた。 鈴はああは言ったが多分まだ帰国しようとはしていないだろう。

 部屋を当たればまだ間に合うかもしれない。

 急がねば。

 気が変わればフットワークが軽い鈴のことだ。 国境を超えるのもポケットに収まる荷物で済ませるに違いない。

 こっちもチケット一枚ならフットワークは互角だ。

 俺は部屋の扉を開いて鈴を探しに行こうとしたところで俺の前に緑の毛糸が現れた。

 

「山田先生」

 

 どうやら毛糸の正体は我が副担任の山田先生だったようだ。

 山田先生は何やら申し訳なさそうな顔をしている。

 先生は書類を俺に見せてきた。

 

「織斑君って明日空いてるかな?」

 

 

ーー

 面白い喫茶店だった。

 入店の時に案内してくれたのはメイドだった。

 そしてメニューを運んできたのは執事だった。

 なのはが面白そうと見つけて巧が面白いと意気込んで入ってみた駅前のファミレス。 @クルーズは店員が女ならメイド、男なら執事服を着て接客する店だったのだ。

 最初は俗に言う「萌え萌え」な店を想像して躊躇いの気持ちが無かった訳では無かったが、いざ入店してみると意外とモダンで、メイドや執事に相応しい「格式」めいたものを感じる大人的な雰囲気に2人は一瞬で気に入った。

 従業員の服がやけにフリフリしていないのも好印象だ。

 店員が客に媚びるのは金銭関係だけで十分だ。

 

「これ食いたい」

 

 巧が一つしかないメニューを指で決める。

 文字しかない、一枚開きのシックな色合いがお洒落なメニュー表をなのはが目で順に品名を飛ばす。

 そして巧の指し示す期間限定パフェを見て顰める。

 

「お昼食べに来たんだよ...て、高っ」

 

 単品で2500円というファストフードならポテトとドリンクのセットが4、5品は食べられる料金設定になのはは財布を確認するまでもなく首を振った。

 

「無理無理。電車賃無くなっちゃうもん」

 

 巧がナチュラルに財布どころか定期券すら持って来ていないことは学園のモノレール駅ですでに分かっている。

 IS学園しか行き先の無いモノレール駅だが、建設の際の民間会社との諸々の契約の末、生徒や教員でも金を取る。

 誘った以上奢る事には別段抵抗は何もないのはなのはだが、それでも流石に限度があるという物。

 

「ほら、カツカレーとか410円だよ。食堂並みだよ」

 

 他にも鉄板プレートの皿を使った濃厚ジューシーハンバーグだとか、パルメザンチーズがタップリのっかったマカロニグラタンだとかをなのはが指していくが巧は拒否の代わりに睨んできた。

 

「もしかしてそんなにお腹空いてない?」

 

 ならばパフェだけで済まそうとしたのも考えられない事はない。

 なのははアラカルトの項目から提案を開始してみた。

 

「タコ焼きは?ピザは?」

 

 しかし巧はむしろ口籠ったようにメニューの文字列を目で流している。

 困っていると、客はけがひと段落付いたらしい店員の執事が注文を取りに来た。

 大学生くらいの目元がスッキリとした執事は慣れたようになのはと巧に注文を訪ねて来た。

 

「すみません。まだです」

 

 なのははもうオムライスセットに決めてあるのだが、巧を気遣い注文を待ってもらう事にした。

 無理に急かすのも可哀想だった。

 

「あの」

 

 巧がおずおずと店員に顔を向けた。

 店員の執事が爽やかな笑顔を向け、巧が少し言いづらそうに尋ねた。

 

「あんまり熱くない奴ってありますか?」

 

 一瞬店員はポカンとしてすぐにああと一人付いた。

 もうなのはにも分かった。

 

(熱いの苦手だったんだ)

 

 これは選べる筈も無い。

 写真の無い聞いたことの無いメニューの中から必死に熱くないランチを探していたらしい。

 

(しかし熱くないのって...冷たいのお願いしますならバレなかったかもしれないのに)

 

 夏だし、冷房越しでも冷たいものを食べたいのだろうと思い、猫舌は隠せたかもしれない。

 そう思うと何やら無性に子供っぽく思えてくる。

 巧もその事に気づいたのか店員が親切にメニューの説明をしている中こちらと目を合わせようとしていない。

 結局巧は『トンノロッソ風パスタ(Fredda)』という料理にした。

 店員がかしこまりましたと頭を下げて厨房に知らせに行く。

 巧は店員のメイドが持ってきた水を口に含む。 からりとコップの中の氷が音を立てて位置を変える。

 なのはが自分も水を呑んでからりと音を出す。

 人懐っこいまあるい瞳が巧を覗く。

 

「ふふっ」

 

「なにが可笑しいんだよ」

 

 なのはが声を出す。 巧も声を出す。

 なのはが笑って巧がしかめっ面。

 なのはがなんでもないと口にし巧がそうかなんでもないかと返す。

 じきに料理が運ばれて来た。

 なのはのオムライスは予想通りのオムライスセットだった。

 サラダとコンソメスープが付いてふっくらとした薄焼き卵の下は予想通りのケチャップライス。

 味も美味しいが予想通りのオムライスだった。

 楽しみだったのは巧の風のパスタだ。

 色合いはどうやら普通のトマトソースがベースらしいが、フォークで巻いて食べてみた巧が一言思いついたようにトンノロッソの意味に気がついた。

 

「ツナだ」

 

 へえとなのはがサラダをフォークで刺しながら言った。

 成る程ツナなら冷えても美味しいな。

 トマトも今なのはが食べているサラダの付け合わせに乗っているため、ソースにされても冷えていても美味しいのだろう。

 玉ねぎとニンニクが甘くスパイシーで味を一調単(いっちょうたん)にしない。

 少量入れられた唐辛子が胡椒と合わさって体と舌を冷やしすぎずに味を楽しめる。

 巧は夢中でフォークを動かしてトンノロッソを頬張る。

 そんな巧にふと羨ましくなったなのはが尋ねる。

 

「一口良い?」

 

 ニヤリと笑って巧。

 

「やだね」

 

 会話もなく早めに終わった食事を後になのははコーヒーで場を和んでいた。

 サービスとしてその場で砂糖をいれようかと店員のメイドが訪ねて来たが、今日は気分と共に味もハッキリと判りやすくしたかった。

 巧は相変わらず何も頼まず、最初のお冷の水を飲み干し残った氷を口に放り込んで食べていた。

 巧からすれば味の入ったジュースなどより氷の方がより冷たさに真摯だった。

 

「良いお店だね」

 

 独り言にもしないつもりだった気持ちが声に出してなのはから発せられた。

 律儀に答えてやる程でもなかったが断る理由もなく、口内の溶けかけの氷の冷たさに免じて巧が肯定を返した。

 

「ありがとね」

 

 驚く2人にさっきの店員の執事よりも年上そうなメイドがスカートの裾を軽くつまんで上げて会釈をしてみせた。

 その後にすぐ大人びたプライベートな女性が2人に微笑んだ。

 

「お姉さんISの人?」

 

 学園の生徒かと聞かれているのだと分かったなのはは返事を返して肯定し、巧は関係ないと感じてまた氷を口に放り込んだ。 前の氷が溶けたのだ。

 

 

ーー

 

 寮から来たの?あそこの寮って凄く豪華らしいわね、結構休みの日でも制服の子が居たりするわ。IS学園の倍率って一万いったりするんだって?やっぱ品の良さそうな顔してるわねー。可愛いし彼氏もカッコいいしその上ISも動かせるなんてあこがれだわー。あのね、やっぱ賢いがっこの子って違うのねぇ。もう顔つきが高校生離れしてるのよ。お姉さんはその中でも特にしっかりしてる‼︎って顔してる。あ、でもお兄さんも大人びててクールよね。いくつ?ああ、じゃあお姉さんの方が歳上なんだ。歳下のイケメン系⁉︎きゃ〜...でもお兄さんも良い顔してるよ?なんか......歴戦の強者って感じ?なんだそれ。ゴメンね。あははーーそれでお兄さんはどこの高校?うち城南付属の子も来るけどそっち?そっか〜、でも十分名門よ。でもそれだとバスとか駅とか結構掛かったでしょう。IS以外だとお客さんに学生少ないんだ。え?ただ?でもここはマンションとかもないよ。セキュリティ上の問題でね、家とか建てちゃいけないから、私も向こうの橋から毎日身分証明して入ってるんだよ。車で片道40分だから大したこと無いんだけど...って話逸れちゃった。もしかして歩いて来たの?うん、バスだよね。ああ、定期券?......え〜、お姉さんが?ダメだよきみー。女の子に奢らせたら、ここのご飯もだよね?うんうん、んで帰りもだ。ダメだよ〜そういうの。あーもう、いいのいいのそういうの。お姉さんも気をつけてね?財布忘れたら走って取りに行かせないとダメ!結構かかるんだからね。知ってたきみ?知らなかったでしょ。ヨシっせめてここはタダにしてあげよう。大丈夫、私店長だもん。うわ、きみ彼女に優しくしない上に失礼だね。だあれがコネだってえ。コラ、無視するな。私は立派な店長ですぅ

 

 

ーーモノレール駅前

 

 @クルーズでの昼食代が浮いたことでなのはは構内にて少し買い食いをする事にした。

 といっても駅の中にある売店なためそれ程豪華なものは買えない。

 ガラス戸の奥で冷やされた飲料水を眺める巧を後ろ目で見てなのはは左手で冷んやりとした世界へと探索に入った。

 パフェを取ろうとしたのは単に猫舌なだけでなく、味覚が甘党気味な可能性高い。

 だが単に甘いだけでは、もし濃厚チョコといった系統のものだった場合、喉が渇いてしまう。 ある程度清涼感のある方が良い。 またこの気候で大き過ぎるタイプも食べる速度が溶ける速度に追いつかずに手を汚してしまうため好ましくない。

 暫しの思考の末なのははカウンターへとそれを持って行った。

 

 巧は先の店長の言葉が頭にずっと残っていた。

 大きな世話だと思ったし、大半を聞き流す気でソッポを向いていた。

 しかしどうやら耳にこびりついていたという事は自分でもなのはに金を使わせていた事に負い目を感じていたということだろう。

 店長の好意でチャラになったが、あのままなのはに払わせていれば一般的な映画館の学生料金くらいは使わせていただろう。

 あのモノレール駅で今日は奢るとなのはは言った。

 言われた以上奢らせること自体には正当性はあると判断している。

 しかしどこかそこを免罪符にしていた節があったのではないだろうか。

 今なのはは売店で何かを買っているが巧は正直どうしたらいいのか分からない心境だった。

 勿論目の前の飲み物を奢ってもらう気はない。 モノレール賃以外は受け取る必要はない。

 ただこの間はなんとかならないものか。

 外で待っているとなのはをなんだか急かしてしまう(+冷房を求めて)一緒に入ってみたが、何もせずにいるのは相手が視認できる位置に居るのも相まってかなり気を使う。

 あくまで普通にしていようと心がけるがそもそもここに居ること自体がなのはへの負担なのだろうか?

 ガラス戸の向こうの冷気が巧を冷やそうとしてガラス戸に遮られる。

 不安を冷やして鈍くしてもらおうと冷気を求めたが今度はガラス戸が欲しくなった。

 不安と心の間にガラス戸を置いて、冷気と同じく塞き止めて貰いたかった。

 しかしガラス戸を外すと怒られてしまう。

 巧は諦めてアイス売り場の方を見た。 上に口の空いたボックスの表面をもっと強い冷気が覆っている。

 だが巧はダメだと足を向かわせない。

 不安は嫌だがそれは凍らせてはいけない。 どこかで動かし、感じていないと心がダメになってしまう。

 不安に無頓着な人間はいるが、それはそういう人間だから凍らせても大丈夫なのだ。 巧はそうではない。 オルフェノクに覚醒したからか、もう忘れたが。 巧は常に不安を抱いてなければいけないのだ。

 なのはがカウンターで会計を済ませているのが見えた。

 そろそろここから動かなければ、自分だけ店内に残っていればいやらしい。

 なのはの目につかないように売店の外に避難した巧は初めて暑さに感謝した。

 暑さが不安を燃やして感覚を麻痺させてくれる。

 

「巧くん」

 

 ヒヤリ

 

 なんだ。 せっかく太陽と夏が俺に味方してくれているのに、冷気なんて要らないぞ。

 

「これ食べる?」

 

 差し出されたのは二つの容器を一つに接着したもので、それぞれ中に水色の、恐らくソーダ味か辺りがシャーベット状になって入っている。 容器の接着部分をポッキリと折ることで二つのアイスとして食べられるタイプだ。

 それをなのはは差し出している。

 

「なんだよ」

 

「知らない?これ真ん中で折ると二つになるんだ。食べようよ」

 

 巧が渋っているとなのははもう、と勝手にアイスを折って片方を巧に持たせた。

 戸惑う巧に明るい笑顔がかかる。

 

「私まだ約束果たしてないからね」

 

 首を傾げる巧。

 なのはがピシッと巧の分のアイスを指差す。

 

「奢る」

 

 なのはがアイスの栓を千切って中のソーダ味を口に含んだ。 味がしない。 まだ固まっていた。

 

「いや...あれ」

 

 巧が改札口を指差す。

 切符を買ってくれたのはなのはだ。

 なのはがウウンと首を振る。

 

「あれは買ったものを()()()。私が約束したのは()()。ね。違うでしょ」

 

 つまりなのはが買った。この場合は切符だが、そのなのはの所有物を巧に渡したというだけだと彼女は言うわけだ。

 変な理屈だと思わなかったでは無いが、なのはの笑顔がなんだか甘くてそういう気持ちにさせた。

 

「あんたがいいんならいいよ」

 

 巧は栓を口で千切って開き口を啜った。

 いい具合に溶けていたシャーベットが舌に引っ付いて消えていく。

 ふと巧はあのしつこい不安も消えていること気づいてアイスを強く啜った。

 トドメのように啜り、後はなのはの近くに寄った。 アイスよりなのはの近くに居る方が不安は逃げ出すと思った。

 栗色の髪が風に揺れて笑顔が振り向いた。

 

「まだ時間あるからゲームセンターにでも行く?」

 

 コクリと容器を売店近くのゴミ箱に捨てながらうなづく巧に、なのはもまた頷く。

 もう気遣いなど微塵も残っていなかった。

 なのはがやりたいようにやるなら巧もやりたいことをやるだけだった。

 どの道先立つものがなければ2人とも楽しめない。

 なのはが前にここの出島の地図を大まかに記憶する機会があった事も幸いし、海側のあまり人並みが入らない雑貨ビルの二階にあるゲームセンターを抑えることができた。

 廃れたイメージもあって少々不安だったのだが、こちらも@クルーズ同じく上手く裏切ってくれた。

 対戦式のカーレースで取り敢えずの持ち小銭が無くなるまで車体を壁や相手の車にクラッシュさせ続けた2人は、なのはが換金して小銭を増やしたことでさらに加速。 ゾンビが敵な定番のガンシューティングゲームでは巧が狙いを慎重に付け過ぎて役に立たずなのはも当てずっぽうで速攻でゲームオーバーになり、逆にエアホッケーでは巧の驚異の反射神経と乱暴なスマッシュになのはが的確についていく好勝負が展開された。

 そして最期の百円玉がクレーンゲームに消えた時には既に午後5時を回っていた。

 階段が見つからなかったので狭いエレベーターに乗って地上へと降りた。

 お互いの火照った体の熱気で1分にも満たない開閉までの時間がもどかしい。

 未だに高い日の目の下でなのはが財布を開いて固まった。

 

「...ごめん全部すっちゃった」

 

「何やってんだ...」

 

 これでは帰れない。

 なのはは定期券があるため帰るだけなら何とかなるし、寮に帰れば束の工面してくれた生活費がまだある。

 それを知った巧は自分の保護者との甘さが全然違うと嘆いたものだ。

 

「結局俺が貰ったのはあの時の5000円だけだぜ。知ってっか、俺ここに来る時は大体自腹なんだぜ」

 

 一応学業ならば学園側から、そして千冬も個人的な頼みを聞いてもらう時には自分の財布の紐を緩める。

 驚いたのはそれ以外の所謂巧の私用は、たとえオルフェノク関連でも千冬は金をおろさない事だ。

 文句を言った巧を千冬は少し睨んでこう言った。

 

「私が頼んだ事なら、100万だろうと工面してやる。だが乾巧が個人で決めたことは初志貫徹では無いが、他人に頼る前に乾巧の自己負担で行うのが筋というもの...人助けでも同じだ」

 

 

ーー

 

「さすが先生だね」

 

「テロリスト科学者の方がいいね。変えてくれよ」

 

「んー、束さんと君の問題だから私は良いけど…あんまり私以外に面倒見て欲しく無いな」

 

「きったねー」

 

 取り敢えず駅まで歩きながらなのはが顎に手を当て唸る。

 

「例えば私は未成年だけど、今より更に幼い...9歳くらいだとする」

 

 巧の頭に小さいなのはがいいとこの小学校の制服を着て現れた。

 

「そんな私がタバコに憧れを持って吸いたいと思う」

 

 頭の中のなのはがちょいワル系のオヤジの一服光景に目を輝かせている。

 似合わない。

 

「私の親は束さんで、ある日その想いを打ち明けてタバコを買ってきてくれるようにお願いしたとする。......どうなると思う?」

 

「買ってくるんじゃないか?」

 

 全く違和感なくそう思えた。

 その日中かは分からないが、断る理由がなければきっと買い与える。 そしてその断る理由になのはの健康への害を懸念する気持ちは含まれていない筈だ。

 

「だから出来れば別の子を任せたくないんだ。面倒見てもらってあれだけど...」

 

 バツの悪そうななのはに巧は視線を外してもう一度千冬を睨んでみた。

 昔真理が聞いた話を自分に言ってくれたことがあった。

 家は母性があっても良いけど学校は父性が強くなければいけないらしい。

 子供が間違った道に進んだ場合は母性では引き戻せない時があるから、そんな時に学校が殴ってやるのだという。

「まあお父さんは殴ったことないけどね」と真理がせんべいを齧った。

 千冬は父性なのだ。

 見たことはあまり無いが一夏や箒が叩かれているところは確かにそんな感じなのかもしれない。

 なのはは話を聞いてまた顎を触って唸った。

 

「それで着いてこれる子ならそれでも良いのかもしれないけど、父性も色々あるんだよね」

 

 また巧には解らないものが来た。

 そういえば向こうでは軍の教官みたいな位置に居るらしい。

 千冬もそうだが、2人は大きく違う。

 

「私の同僚...階級は違うけど古い付き合いの人が同じ立場なんだけどね?2人とも父性って感じだけどタイプ違うんだ。相手の自主性に任せるタイプと逐一ここが悪いって叱るタイプ」

 

 なんだかどちらも初対面で好印象は抱けなさそうだ。

 最初の奴はお固そうで、ナチュラルに見下してきそうだし、後の奴はきっと生意気が服を着て歩いているのだ。

 

「放任タイプの人はまだ型にはめるには未成熟な子。叱るタイプの人はその子達よりは大きいけど、若くて危うい子を見てたからある程度そういうのもあるんだろうけど...」

 

 途端になのははあの時の事を思い出した。

 少し黙ってなのはは言葉を探す。

 巧はそれをただ待った。

 

「でもどんなタイプでも変わらないのは、その人はその人の正しさ以外で教えることは出来ないってこと...それが相手にちゃんと伝わるとは限らないってこと」

 

「伝わらなかったのか?」

 

 巧が無邪気に聞いてくる。

 シャーリーには人の過去を勝手に打ち明けるなと言ったが今回のは自分が自爆しただけだ。

 なのははうん、と頷いた。

 

「その時は丁度話し合おうって時に敵の無人機が現れて...飛行機みたいなガジェットドローンね。それで話せずじまいだったの」

 

「じゃあ面倒そうだな、その後」

 

 話が益々こじれてしまったに違いない。

 

「それがね、教官どころか指導には直接関係無い職員の子がなんとかしてくれてたんだ」

 

「ラッキーだったな」

 

 本当にそう思う巧が言う。

 なのはもそうかもしれないなと感じた。

 担当教官な以上シャーリーに頼らず解決しなければならないし、なのはならば実際に解決してみせただろう。 ティアナの暴走原因は分かっていたから後は少し早いお披露目をすれば納得した筈だ。

 しかしそれで治ったものはきっと以前通りで、以前以上のものでは無かっただろう。

 その後のフォワード達との関係は間違いなくそれ以前よりもプラスになっていた。

 あれこそまさに

 

「母性って奴だと思うよ」

 

 なのはは身の上話になりかけた話の流れを元に戻した。

 

「ISって危ないから厳しくしないといけないのは確かなんだけど。考えてみたら寮生活で、初めての子って色々溜め込んじゃうからそういう時に心が安まる場所が居るんじゃないかな」

 

 それが母性だと言うのだ。

 

「だからメリハリが大事っていうか...あ、ごめん。へんな話になっちゃったね。着いたよ」

 

 そうこうしているうちに何時の間にか問題の駅に戻ってきた2人はすっかり忘れていた目下の課題を思い出し立ち止まった。

 駅の前で立ち往生している2人は利用者が限られているとはいえ観光名所で行き交う人々の中に紛れて目立たない。

 やがてなのはが財布を開き、しまってあった定期券を取り出す。

 

「はい」

 

 それを巧に差し出す。

 目を丸くする巧。

 実はね、となのはが切り出す。

 

「私今日は帰ろうかなって思ってるんだ」

 

 帰るとは寮の事ではないだろう。

 

「私がこの学校へ来た理由。巧くん教えたっけ?」

 

 む、と巧が思考する。

 確か初めて正体を明かされた時に知ったと思う。

 少し時間を要して巧が頷いた。

 

「織斑と篠ノ之の護衛かなんかだろ」

 

 そうとなのはが正解を出す。

 ここにきて成る程と巧も頭の中で手を打った。

 

「あいつらどっかに行ったのか?」

 

 なのはが魔法で作った見えないドローンで2人を監視していることは知っている。

 映像は映さないらしいが常に位置情報を記録しているらしい。

 そのなのはが寮には居ないと言うのならそうなのだろう。

 

「今は箒ちゃんだけね。取り敢えず軽い結界でも張って来るよ」

 

「それならバスとかどうするんだよ」

 

「歩いて行くよ」

 

 さらっと言っているが大変な距離だろう。

 少なくともこの出島より歩く事になる。

 

「巧くんは悪いんだけどそれで帰って。それで悪いんだけど、返す時はここに持ってきてくれないかな?その時に使うお金は私が後で払うから」

 

 それについては急だが巧に文句はなかった。

 取り敢えず寮とはいえ休めるのだ。 金も返してくれるのなら断る理由はない。 今日は色々と良くしてもらった。

 

「......」

 

 少し黙った後巧は駅へと弾かれたように走って行った。

 驚いたのはなのはだが帰ったのだろうと合点を付けて自分もサーチャーからの位置情報を頼りに踵を返して歩き始める。

 まだ夏場で日差しは明るいが時刻はもうすぐ夕食時だ。

 束からはもう護衛は必要ないとは言われているなのはだが、彼女はもしもの事態に慣れている。

 それは準備を万全にしたと思っていても思わぬところで襲って来て痛手を負わされる。

 歩きながらもなのはの気持ちは急いでいた。

 行き交う観光客を追い抜き、すれ違いながらなのはは広い大通りの広い歩道を進んでいく。

 

「高町ー‼︎」

 

 バイクが突っ込んで来た。

 

「あっぶ⁉︎」

 

 なんだかこのやり取りに近視感を覚えながらなのははバイクを躱し、その場所にバイクはスライディング気味に停車した。

 甲高いスキール音に紛れて軽く悲鳴が聞こえる。

 バイクのライダーはフルフェイスのヘルメットを取って巧の顔を出した。

 巧はなのはのどうしてを言わす暇も与えずにもう一つのメットをなのはに投げた。

 鈴音のメットだ。

 

「乗れ」

 

 ようやく混乱から脱して冷静に判断出来た。

 先程走って行ったのは立体駐車場に停めてあったオートバジンを取りに行くためだったのだ。

 束に回収され点検され直したオートバジンは車体もピカピカの新品である。

 

(でももう少し優しく出来なかったのかな...)

 

 半径2メートルは離れて通り過ぎる通行人を見ながら思うなのは。

 しかし巧はそのようなことは気にしないらしい。

 いつまでも乗らないなのはに苛立ったか少し語気を強めて後部座席を指す。

 

「早くしろって。2ケツだよ」

 

 口調は乱暴、ついでに行動はもっと乱暴だったがその根幹は手助けだろうその想いを感じ取りなのはは呆れながらも仕方ないと諦め、メットを被る。

 

「おにーさーん、ちょっといいかなー」

 

「あ」

 

 よくよく考えれば駅前というのは大抵の都会ならば近くに駐在所があったりするものだ。

 IS学園に繋がる駅ともなれば当然。

 巡回中の巡査が高確率でいる中で派手にドリフト駐車をすれば現行犯か通報かで駆けつけて来るのも不思議ではない。

 間抜け風に気づいたなのはの目線に制服の婦人警官が同僚らしいもう1人の女性を背後に控えさせてフランクに巧に手を挙げている。

 勿論仲良くなろうと近づいて来た訳でもなく仕事モードだ。

 

「危ないねー。歩道の一時停止って知ってる?みんな守んないんだよねー。道路にも流れってものがあるからウチらも大目に見てるんだけど、流石にねー。出待ちのタクシーでももっと安全に客拾うよー?」

 

 日本人らしい黒い髪の警官は二十代くらいの外見に四十代くらいの笑顔だった。 多分仕事中はずっと四十代に違いなかった。 実際後ろの同年代の同僚は二十代らしい容姿に二十代くらいの真面目な顔だった。

 四十代の警官は一頻り語尾を伸ばしながら巧に説教をしてから特に罰則を与えずに巡回に戻って行った。

 一瞬目のあった二十代の警官が別に挨拶をする訳でもなく真面目な顔のまま後ろをついて行く。 きっと仕事中はずっと真面目顔に違いない。

 そしてすっかり意気消沈して2割方シュンとして見える巧の肩をポンと叩きなのははオートバジンに跨った。

 

「はい、連れてってね」

 

 巧は今度は歩道から出る時にしっかり一時停止をしてから道路へと出た。

 アクセルを開ける毎に後部座席でもかんじる風に成る程と以前鈴音から聞いた爽快感に納得する。

 9歳の頃を思い出す。

 

 空を飛んだ時。

 

(あの時はちょっと楽しむ余裕あんまなかったけど)

 

 思い返せば初めて本格的に空を飛んだのはフェイトと初対面した時だったろうか。

 当時は素人同然だったなのはは猫を守るために、そして襲いかかって来るフェイトから身を躱すために空を飛んだ。

 レイジングハートに任せっきりで今のように自由に飛び回っていたわけではないしあの時なのはの注目は空ではなく金色の魔力光へと向けられていた。

 飛び交う魔力弾と斬り交う魔力刃から必死に逃げていたあの頃の自分に比べれば今は人に任せている分随分と楽だ。

 オートバジンがスーパーマシンなこともあるだろうが、こんなに気持ちが良いのなら今度元の世界へ帰った時にはティアナのバイクに乗せてもらえるか頼んでみるかとなのはは少し顔を後ろに逸らした。

 首ごと風が引っこ抜いてしまうような感覚。

 魔法で体を保護しているなのはや操縦者保護システムがあるISでは絶対に感じることの出来ないこの猛威。

 速く進むとは本来ならこういう事なのだ。

 技術体系と努力に洗練化された元々の素養である魔力保有量の恩恵に隠されていた大気の猛威が今のなのはにはなんだか自然が教えてくれる恩恵のように思えた。

 普段楽をしている事に説教をしているように風の音が聞こえた。

 なのはは巧の腰を柔らかく持って体を固定させる。

 本当は密着させているのはあまり褒められた事ではないのは知っているが、生憎オートバジンのシートにはタンデム用の持ち手など無いので、せめて巧の自由度を極力減らすためになのはは重心の移動を意識していない。

 バイクの傾きに合わせて力を抜いて身を任せるのだ。

 大切なのは自分を物だと思うことだ。

 それが一番運転手を不安にさせない。

 なのはの気遣いのお陰で巧の胸中に何時もと比べての不便さは無い。

 いつしかなのはのことを大事な荷物程度に扱うようになり、それは緊張を良い塩梅に調整してくれた。

 右へ左へオートバジンが車体を揺らす。

 渋滞をすり抜けで躱してあっという間に出島を出たオートバジンはそのまま本土で見かけたコンビニの駐車場へと停められ、巧は乗車したままヘルメット越しに後ろのなのはを呼んだ。

 

「そんで篠ノ之の家ってどこだい」

 

「うん、ちょっと待って」

 

 ちょうどその事への疑問を抱いていたなのははやはり知らなかった巧に応えるように懐から取り出したバッジを巧のシャツに取り付ける。

 その際背中に同級生たちより成熟した形の良い胸が背中に押し当てられるため巧は一瞬ドキッとするが、直ぐにその気持ちはシャツに取り付けられた未知のアクセサリーに興味を奪われる。

 

ーー聴こえる?

 

 耳ではなく頭か心に、大気では無く神経を震わせて巧を驚かせるなのはの声はISのプライベートチャネルを連想させる。

 念話だと巧が思い当たったのは、なのはがリニスやプレシアと使用していたことを見て羨ましく思っていたことから驚きから立ち直って直ぐの事だった。

 

 巧はとりあえず心の中で尋ねる感覚を手探りでつかんでなのはに答えた。

 頭の右後ろで話すよりは簡単だった。

 

 巧からの返事を確認してなのははここにはいない束に礼を思う。

 無論このバッジは篠ノ之束が制作したもので、マンティスシュリンプオルフェノクに炸裂させたブローチと同時期に作られたリンカーコア非所有者を対象にアプローチされたものだ。

 その目的は実に分かりやすく、念話が使えない人間に念話を使用させることが出来るという代物だ。

 といってもなのはに渡してある初期の発明品である通信機のサーチャーを中継させる機能と同じく、これ単体では魔法を行使することは出来ないため、なのはが通信を繋げていなければいけないので束自身は満足していないのだが、魔法の存在を認識してまだ半年という事とスカリエッティ捜索以外の限られた研究時間を加味すれば間違いなく天災の発明である。

 なのはは巧に自分がナビすることを伝え再びオートバジンを発進させた。

 なのはがサーチャーから伝えられる箒の現在位置を念話に乗せて、まるでパソコンに画像データをコピーさせるように巧に渡す。

 これが一番確実なナビだろう。

 そして巧の頭の中の地図をなのはが念話を駆使して同じ机の上で地図に赤線を引くように巧に指示を出す。

 念話は通常生活に使用される思考回路とは完全に切り離してしよう出来るため、念話の片手間に通常時と全く変わらないパフォーマンスを披露出来る。

 バイクの操作が道路が高速域やカーブに差し掛かっても全く陰りが見えないのもそのためだ。

 オートバジンの走破性もありなのはは歩きは勿論公共手段よりも遥かに速い時間で箒が現在身を落ち着かせている篠ノ之神社へと辿り着くことができた。

 

「ありがとう巧くん。この後はどうするの?」

 

 メットを返して空を見上げる。

 暗みを帯びてきた空色と平常時と言うには少々我慢の必要が出だした空きっ腹。

 もう学園に戻ったとして、自分がいないぶん身軽とはいえあそこに戻る頃には完全に夜になってしまうだろう。

 すると巧も空を見上げて腹をおさえる。

 

「まあ。帰るさ」

 

 なのはの定期券をチラつかせながら巧はなんでもないように言ってのける。

 放浪生活が長いらしい巧には先行きが不安な事態は慣れているのだろう。

 鈴音のメットをしまって巧はオートバジンのエンジンをふかして篠ノ之神社から、なのはから離れていった。

 あっという間に消えていってしまった巧になのはは手を振る暇もなく追っかけていく気もなかったため、篠ノ之神社の外周をまわり出した。

 

 

ーーIS学園 寮

 

「メールでもいいんじゃない?」

 

「ダメよ。乙女の決心は1日一回だけなんだから、一夏が届けるのを待つ」

 

 ラウラが空港に出かけて2人部屋の定員そのままに住民だけ変わって、シャルロットは落ち着いた鈴音を相手に一夏がしているであろう誤解を解きに行こうと説得しているのだが鈴音は頑なに受け入れようとしないで困っていた。

 

「このままじゃ誤解されたままだよ?今からペアのこと言って来なよ」

 

「やだやだー」

 

「もう...」

 

 首を振りまくって拒否をする鈴音にシャルロットは溜息をつく。

 

「なのはさんや乾くんも絶対その方がいいってゆーよ?」

 

「関係ないもん」

 

 口をとんがらせてそう言う鈴音は見た目も相まって幼く見えてシャルロットは更に呆れた。

 ラウラも意外と可愛い洋服に興味があったりリンゴは兎さんが好きだったりといった面があったが、ああいうのはギャップだ。 鈴音の場合はただただ子供っぽい。

 きっとこのまま説得を続けたらいずれ癇癪を起こすに違いなかった。

 シャルロットはそれでも諦めない。

 鈴音が動こうとしないのなら自分がお節介を焼けばいいだけだ。

 

「分かった。鈴がいいんならそれで良いよ。僕も鈴のために動くのは止める。やりたいように一夏に話しかけて、秘密とか君への気遣いなんてせずに話す。それでいいね」

 

 鈴音が少しうっとなりそしてそれでいいと頷いた。

 鈴音自身もこのままの進展は期待できないと思っていたのだが、いかんせん子供なりのプライドで一夏に真意を伝えられずにいたところにシャルロットの助け舟だ。

 意外に素直な鈴音に拍子抜けするもシャルロットは笑顔で頷き返す。

 

「うん、じゃあ待っててね」

 

 他人の恋路にはフットワークが異様に軽くなるタイプのシャルロットはすぐ様ドアを開き手振りも途中で一夏のもとへ向かって行った。

 慌てて鈴音が差し出した右手が伸びきる前にシャルロットは部屋から出て行ってしまう。

 中途半端に伸ばされた手が虚空を切る。

 まるで水もつけずに粘土でもこねているかのように重い動きで鈴音は空気をかき混ぜる。

 空気同士が互いにくっ付いて鈴音の手を拒んでいるようだった。

 このまま一夏からも拒まれてしまうのだろうかと鈴音は思う。

 十分にあり得る。

 ここ最近一夏に他の女子とのリード差を広げられないでいる鈴音は、先日の福音戦後になんだかいい感じになってきた箒にさらに危機感を募らせていた。

 突然一夏と箒が食事の場からいなくなっていることに気づいたら次の朝には箒のチャームポイントである黒髪に色が加えられていた。

 それだけならば鈴音も趣味が変わったのかと気に留めなかったが、一抹の不安で親友のセシリアに尋ねると彼女はにこやかに言ってのけた。

 

「一夏さんからの誕生日プレゼントですわ」

 

 とりあえず黙っていた罰として側頭蹴りを入れておいたがセシリアの笑顔は小揺るぎともしなかった。

 モデル体型のくせにアマレス選手並みの首の強さだった。 ISに頼ってはいるが体も一応隅々まで鍛え抜いているのだろう。 喧嘩を売るのはやめておこう。

 というわけでライバルの箒に現在大量リードを許している鈴音だったが実はそれ以外でも不安要素がある。

 

 実はその不安要素とは今しがた出て行ったシャルロットであり親友のセシリアでありラウラ達であるのだ。

 三人は今のところ鈴音の味方という立ち位置に居る。 もっともラウラはあまりサポートには興味を示さず、セシリアもなんだか最近は一夏にちょっかいをかけて遊んでいるだけだが。

 これは箒があまり彼女達と人付き合いをする機会がなく、社交的な鈴音が徳をした形になった訳だが、今やその味方ポジションも危うくなってきているのだ。

 

 というのもラウラはともかくセシリアとシャルロットは上記の理由で一夏によく関わっているのだが、そのせいで一夏が2人を異性として意識してしまっている節が偶にあるのである。

 特に目下の不安はシャルロットだ。

 セシリアは何だかんだで意識してやっているためスキンシップの頻度をセーブしたり、逆に過剰にやりすぎて一夏にウザがられるように仕向けて好感度を微調整してくれているのだが、シャルロットは完全に善意。 なんなら若干天然気味に一夏に接触しているため始末が一番悪いのだ。

 男性の時のノリを引きずっているのか、それとも完全に一夏を友人目線で見ているためか、変に異性として意識している他のライバル達よりもよほど自然に過激に一夏とスキンシップを取っているのだ。

 シャルロット自身一夏の事が好きなことには変わりないため横から見ていてかなり仲良くしている。

 この前も鈴音とのデートを取り付けるため一夏の肩に抱きついて話しかけた時は慌てて引き剥がして、お陰でその時のデートは有耶無耶になってしまった。

 向こうも悪気などなく行ってくれているためハッキリと文句を言えずここまでズルズルと続いていて困っているというわけだ。

 多分一夏がシャルロットにプロポーズしたとしてアッチもまんざらでもないのかもしれない。 恩人なわけだし。 私も恩人だけど...

 

「俺たち付き合うことにしたんだ」

 

「鈴ごめんね」

 

 頭に浮かんだ最悪の未来をかき消して鈴音は手をかき混ぜるのを止めた。

 

(なに弱気になってるのよ‼︎シャルロットに一夏の意識がいってんのは私自身のアプローチが足りないせいでしょ。私が努力すればいいのよ)

 

 そうだそうだと繰り返して鈴音はシャルロットのスキンシップがあまり激しくないことを祈って待った。

 そしてしばらくして戻ってきたシャルロットがどこか罰の悪そうな顔で鈴音はなんとなくまたデートがお流れになったのだと知った。

 時間はもちろん待ってはくれずにIS学園は土曜日を迎える事になった。

 

 

ーー

 

 IS学園の普段は生徒と教員以外滅多に使わないモノレール駅に一般利用者が乗り込んでいく。

 全員何やら統一された。 生徒の制服に似た彼らの制服を身につけている。

 スーツ。

 だれがみてもわかる公共用の正装を着こなして手にはそれぞれ大仰な手荷物を控えさせている。

 片手で済ませる者から台車を押す者までいる。

 これらの器具一式が彼らの仕事道具なのだろう。

 太陽の照りつく暑さを彼らの器具が吸い取っている。

 暑さを吸い取り冷たくなっていく器具達を運んで冷たいモノレールに乗り込んでいく。

 冷たい先にある雪を求めて。

 

 IS学園の備え付けの整備室にてたくさんのケーブルで繋がれた白式と装着者の一夏。

 ISは他の搭乗タイプの機械と比べてなによりも装着者との繋がりを重視する。

 それは一夏が身につけている専用のスーツからしても確認出来る。

 例えば戦闘機に搭乗する人間は耐Gスーツという専用の衣服を着用するがGスーツの目的はあくまでも人間と外気の間の緩衝材でしか無い。

 ISスーツは確かに拳銃程度の弾丸を防ぐ程度の防弾防刃を誇るが、その目的は人間とISの間を取り持つ伝導材であるのだ。

 それこそ白式の無骨と言えるクローも一夏にとっては生身の手のように多彩に繊細に稼働させることが可能だ。

 装甲はまるで胸や腿のように接続されるケーブルの感触を一夏に気持ち悪く伝えている。

 それでももちろん緩衝材でもあるISスーツは一夏の不快度数を管理してそれだけにとどめてくれている。

 一夏は退屈な時間を過ごしていた。

 

(鈴と一緒にプール行きたかったなー)

 

 白式を纏っていても若干の暑さを感じる。

 そしてそれを意識すればするほど余計に強調され一夏は白式のせいで暑くなっていた。

 この際鈴音の蹴りは照れ隠しだと解決しよう。 それか暑さで頭をやられたのかだ。

 猪武者の一夏がグダったのだ。 元気の子もやられたに違いない。

 きっと今日は水を頭から被ってすっかり何時もの鈴音に戻っているだろう。

 久しぶりの友人とのプールならこうしてじっと点検終了を待っているだけなどよりも余程楽しいし有意義な筈だ。

 しかし今更この点検をキャンセルすることは出来ない。

 

(そういえば白式って誰が所有してんだっけ)

 

 暇な時間を思案する。

 製造元の倉持技研で一夏は貸し出されているだけだと言われるかもしれないが、一度考えてしまうと瞬間的にその理論にツッコミたくなってしまう。

 

(白式は俺の相棒だから、こいつは俺のものだよな〜)

 

 もっともその内容は人に聞かせるほどの大したものでは無いが。

 精々がこうして時間を潰す妄想の題材として気を紛らわせるだけであった。

 そしてそういう始めから薄い内容の話題は直ぐに底が見える。

 

(プール行きたかったな〜)

 

 案の定一夏は叶わぬ想いにより、元のもどかしい時間をもう一度過ごす羽目となるのだった。

 そしてその願望の遊び場を共に過ごす筈だった友人は偶然一夏と同じような想いを別の形で抱いていた。

 

 

ーー

(一夏とプール来たかったな〜)

 

 こちらは場所ではなく連れ添い人に不満を抱いているそもそもの企画人である凰鈴音。

 こちらはプライベートであるため別段声に出しても問題ないのだが、それをしないということも彼女なりの気遣いで

 あるのだろう。

 

「ごめんなさい、一夏くん...じゃなくて」

 

 しかし横の無愛想な割に人の機微にはやけに鋭い四組の友人の友人にはお見通しのようである。

 視線は彼女たちの前面にあるこのプールの目玉である長大な丸い管。 要するにウォータースライダーである。

 天窓で仕切られた一画から一度外へ出てそこから長い階段を降ろしており中々の列が出来ている。

 CMや朝の報道番組のコーナーでも宣伝している『世界一高いウォータースライダー』でありその最高時速は時速80キロメートルに達するとかしないとかいう、そういう類が苦手な人間には専用の処刑台としても機能しそうな謎のハイクオリティ滑り台を紅い瞳で見つめる簪は昨日の夜に寮に帰ってきた巧が事情を聴き用意したペアであった。

 せっかくのチケットを無駄にするなという言葉の裏には恐らく遊びの中で鈴音の傷心を癒そうという巧の気遣いがあったろう。

 それは鈴音も認めるし有難いと思っているのだが、この気まずい状況は勘弁していただきたい。

 

(そういえば私この子と話したことってほぼゼロ?)

 

 顔を合わせたことはそれなりに多いがそれは食堂で見かけたことが多数あるといった感じで、鈴音の方から挨拶をして簪が会釈で返すか視線を合わせるだけな時を仲が良いと言うのはかなり無理がある。

 他もラウラの暴走事件や福音の暴走事件などの非常事態で、純粋なプライベートと言える転入当初のラウラを招いた食堂以外なく、そこでも2人はロクな会話をしていなかった。

 

「更識さん」

 

「苗字で呼ばないで」

 

(あう...)

 

 まるでいつもの2人の性格を交換しているように鈴音は凹んだ。

 まるで楽しめそうにない。

 

「だって巧クンはアンタのこと苗字で呼んでるし...」

 

 せめてもの快活さか。

 恨みも込めて鈴音が憎まれ口を簪に使う。

 鈴音ほどではないが小柄な彼女は視線を外さずに代わりに言葉だけ鈴音に向けた。

 

「乾くんは、いいの...あの子は特別」

 

 人情味を感じるような語気ではなかったが巧への高評価が意外な鈴音は少し回復する。

 

(というか『あの子』って、どんだけ年下の娘に格下に見られてんのよアイツ)

 

 既に巨大人参にてなのはと巧の実年齢を知っている鈴音は、内向的な簪にすら年上扱いされない巧は少し哀れかもしれないと思った。

 

「好きなの?あの子」

 

 ちゃっかり自分も格下扱いする鈴音。

 簪は微塵も動揺せずに首を振る。

 

「乱暴...だから」

 

「なんかされたの」

 

「胸ぐらを掴まれてメンチを切られた。初対面で」

 

「何やってんのよアイツ」

 

 初対面の人間にする行いではない。 少なくとも年長者がする行いではない。

 逆によく好感度を回復させたものだ。

 なにか理由があるのだろう。 鈴音は当初の不機嫌を忘れて簪への興味を抱いた。

 

「なんで苗字が嫌なの」

 

 いきなり地雷原直行。

 簪にとって更識の件はトラウマに直結したモノなため他人に詮索されることが好ましい筈がない。

 初めて反応を示してくれた簪は果たして険しい表情で鈴音を見下ろす。

 

「ねえ、なんでー」

 

 しかしそこは巧以上に飾り毛がなく、なのは以上にフレンドリー、そして一夏以上に図太い鈴音。

 獣的な直感でそれが簪にとっての恥部なことには察しが付いていたが、気になるものは気になるのが彼女だ。

 あっさりと気遣いを捨ててストレートにしつこく聞き回る。

 

「教えないと今日はずっと抱きついて1日過ごすから」

 

「暑い...やめて。言うから」

 

 思ったほど躊躇しない簪は抱きつく鈴音を引き剥がしてため息も付かずに直ぐに教えてくれた。

 

 幼少の頃より姉の更識楯無と比べて卑屈になっていたこと。 それの後遺症でいつの日か更識という名前自体がトラウマになっていたこと。 それをある程度解消してくれた人が転入してきたなのはであること。

 なのはにすら詳しくは言ってはいない簪の身の上話は勿論鈴音にとっては初めて聞くものだ。

 

「私にとって更識はお姉ちゃんのもの。私を指すものではない」

 

 更識=優秀。

 そんな固定概念が生まれてしまっていた。

 

(そういえば千冬さんも前に更識妹って呼んでたっけ)

 

 鈴音にはわからないが多分本人からすればそういうのも凄く嫌なのだろう。

 

「乾くんがお姉ちゃんのことなんて言ってるか知ってる?」

 

 ちょっとだけ明るい顔に意外に思いながらも否定する。

 

「更識姉だって」

 

 ふふ、と笑って簪が嬉しそうにする。

 

(ああ、なるほど)

 

 その簡単なワードがまさに簪にどストライクだったらしい。

 常に姉と更識のネームバリューに苦しめられてきた彼女にとってそれは二つを同時に打ち砕くものだったろう。

 きっと性格的な相性はそこまで良くは無いだろうが、いわばタイミングと選択肢を上手に選んだ巧のファインプレーなのだ。

 

「でもアイツ私らの事女の子扱いしなくない?」

 

「うん。昨日は着替え中に部屋に入ってきて...しかもこんな時間にモタモタ着替えるなって文句言われた」

 

「私なんてもう野良犬蹴飛ばす感じよ。昨日もウジウジすんな、鬱陶しいっつわれて蹴飛ばされたわよ」

 

「野良犬っていうか....野良猫」

 

「野良は抜かしなさい」

 

 軽口を交わし合い笑い合う2人。

 本来の目的とは違ってしまったが巧の思い描いた通りに鈴音は元気になっていた。

 2人はそのまま更衣室で水着に着替えて、鈴音はこの日のために用意していた勝負水着を、海の時と変わらない簪に弄られたり流れるプールに浮かんだりして遊んだ。

 世界一のウォータースライダーは列が長すぎて辞めた。

 今は体を動かして疲れたい気分だった。

 疲れとともにプールの水が鈴音の嫌なものを流してくれるようであった。

 一頻り遊び終えた2人は園内にある喫茶店で寛いでいた。

 鈴音は注文したアイスティーをガブ飲みし、あっという間になくなった液体の代わりに凹みの空いた氷をグラスを傾け口に放り込んだ。 ガリガリと齧ったり舌で舐めて溶かした。

 簪は何も頼まず水だけを舐めながらずっと携帯の画面を額に皺を作って眺めていた。

 画面全体に目を流してそこに書かれてある文字を読んでいるみたいだった。

 どうやらメールのようだった。

 ネット小説を読むようなたちではないように思えたし、簪は賢い。 顔を顰めるような作品を自分から読んだりはしない。

 気になった鈴音は一旦2個の氷を吐き出してグラスに戻す。

 丸くなった四角い氷が他の四角い氷とくっつく。

 

「お姉さん?」

 

 多分そうなんだろう。

 簪は驚かずに険しい顔のまま淡々と肯定して説明しだした。

 口は冷静なのに表情だけは怖いのがなんだか面白かった。 自然に笑ってしまい簪は口も怖くなった。

 

「夏休みのお誘いなんだ」

 

 最近仲直りしてきた2人に楯無が誘ったのだ。

 時間を作って虚や本音と一緒に旅行にでも行こうかとメールで長文で知らせてきたらしい。

 本人は既に行くこと前提らしく簪には旅行先を聞いてきた。

 

「そういうの...一番困る」

 

 水を舐める簪に鈴音も吐き出した氷を口に放り込み噛み砕いた。

 

「飽きた。他の行こうよ」

 

「私にとっては一大事なんだけど」

 

 珍しく簪が自分の不満を言う。 鈴音は全く悪びれない。

 

「私にとってはどうでもいいの。今は一夏への傷心を癒しに来たのよ」

 

 余計な事に思考なんか使いたくなかった。

 鈴音はさっさと氷を全て食べると簪を置いて会計に進む。

 簪も諦めて水を半分飲んで席を立った。

 水着客もいるため最低限の冷房しかかからない店内から出たところで園内放送が流れた。

 爽やかな女性の声ではっきりとした口調で興味のない鈴音の耳にもバッチリ入ってくる。

 広いプールを利用したペアでの障害物レースの参加案内であった。

「第一回」なんて言葉を選ぶ辺りもしかしたらこれからの目玉として使うつもりかもしれない。

 ふーん、と聞き流していた鈴音ではあったが優勝ペアへの商品の説明に入ると目の色が変わった。

 

「簪、今商品なんだって」

 

「沖縄五泊六日の旅をペアでご招待」

 

 流石の一言一句違えることなくリピートしてみせた簪に鈴音がニヤリと笑って簪が嫌そうな顔をした。

 

「出るわよ」

 

「.........」

 

 断ったら殺されそうだと感じ取り簪は仕方なくそれを二つ返事で受諾した。

 

 

ーー

 

「さあ!第一回ウォーターワールド水上ペア障害物レース、開催です!」

 

 司会のお姉さんが元気に飛び跳ねて会場から野太い声が聞こえる。

 何気に山田先生並だ。

 わざわざビキニを着用している辺り策士である。

 男性達は喜び声援を飛ばして、女性達はそれにドン引きしながらも異常な熱気に文句を言う気も起きずむしろ巻き込まれて共に声援を水上の24人、12ペアに送った。

 全員女性だ。

 なんでも受付で男性チームは急に帰って行ったらしい。

 

「古くよりプールの騎馬戦は女人しか立ち入る事を許されないのだ」

 

 ウォーターワールドのオーナーである向島光一郎(むこうじまこういちろう)がお姉さんにマイクを持たせながら答える。

 自身に満ちた声に会場からは光一郎コールが盛り上がる。

 

「また女性だからってなんでもいい訳ではない」

 

 荘厳な趣に会場が生唾を吞み下す。

 

「古くよりプールの騎馬戦は美人しか立ち入る事を許されないのだ」

 

 天窓が割れんばかりの大音量の歓声が向島を讃える。

 因みに大体が男性であり女性陣は大半がドン引きを飛び越えて、絶対零度の侮蔑の目で男どもを見下していたがやはり熱量が凄いのでブーイングは起きなかった。

 実際集まったメンバーはスタイル抜群であったり顔がよかったりそうでもないが引き立て役に特別に参加を許可されていた。

 そんな中でも既に人気を獲得しているのが鈴音・簪ペアだ。

 最年少ペアの一つである2人は一番輝いていた。

 何処から調べたのか2人の名前が入った横断幕が掲げられていたり、アメプロファンでも居るのか2人を応援するチャントまで起こっており鈴音は兎も角簪は観客席から目を外して若干怯えていた。

 

「これは、女尊男卑な世界にして正解...」

 

 出来ればこの会場の男性はみんな刑務所に入って欲しい。

 メイド服やバニーガールなど着た記憶のない衣装を身につけた簪がセクシーポーズをしている画像を貼っつけたTシャツを見た時は蕁麻疹が出た。

 変態は次元の壁も壊すのだ。

 その横で柔軟に精を出す鈴音はネコ科の猛獣を思わせる目でコースや対戦者達を品定めしていた。

 

(コースは私と簪なら大した問題じゃない。見た目重視の参加者なんて目じゃない。後はヒール役の処理だけど...)

 

 向島曰くブスは引き立て役とヒール役なら参加していいらしい。

 マイクで堂々と持論を展開した向島は観客の涙ながらの暖かい声に迎えられて控え室へと消えて行った。

 お姉さんが再び巨乳を揺らして開始合図を叫びピストルを鳴らす。

 

「おらあ‼︎」

 

 開始と同時に鈴音の蹴りが横に居た彼女達の引き立て役の背中を蹴り飛ばす。

 つんのめって倒れる引き立て役はもう1人の引き立て役を巻き込んで空中に浮く島からもろ共落ちた。

 高い水柱に簪が固まる。

 

「よし、ブスペア1撃破。簪、先に行ってなさい」

 

 どうやら鈴音の作戦とは簪に単独で行かせて後方ペアを鈴音が纏めて叩き落とすというものらしい。

 最初の奇襲に他のペアも虚を突かれてその場で居付き、前に出れないでいた。

 

「そこまでして一夏くんと...?」

 

 鈴音にとっては台無しになったデートの代用としてこの優勝商品を狙っている事は明らか。

 正直簪からすれば理解に苦しみ呆れる案件なのであり鈴音の姿は酷く滑稽に見えた。

 

「さっさと行かんか貴様ァ、もぐぞ⁉︎」

 

 いつまでもまごまごしている簪に鈴音が吼える。 本当に牙が見えた。

 

「なにを⁉︎い、行ってきます‼︎」

 

 飛び出した簪は最初の島に飛び乗り後続組も襲いかかる。

 それと同時に雄叫びと着水の音が簪の後ろで起こる。

 割れんばかりの声援からすると恐らく鈴音の大立ち回りが作戦通り遂行されているのだろうが、生憎簪にその様子を見る気は無い。

 振り返った途端あの鈴音の獣の形相が自分に噛み付いてくる気がした。

 そうでなくとも気が緩んで万が一島から落ちてしまうとスタート地点からやり直す羽目になるのだが、スタート地点には勿論鈴音が居る。

 

(こ、殺される‼︎)

 

 たかが友達の友達のデート予算のために命を落としたくはない簪は全力で浮島を跳び渡っていく。

 女性1人の重みで揺らぐ島を簪は軽やかに通過していく。

 見た目と性格から想像がつかないが彼女とて国内に数人しかいないISの国家代表候補生。

 それこそ宇宙飛行士並みの装備と厳しい環境で動作チェックをし、スポーツアスリート並みの有酸素運動と体調管理をこなして、軍人並みの格闘訓練と戦技指導を受けているのである。

 もっともそれは候補生になるまでのことであり、今は生徒でもあるため一時期程のトレーニングはしてはいないが、一般人を対象にした障害物競争を突破するには充分過ぎるほどの身体能力と体力を簪は持っているのと、彼女には他に強力な技能がある。

 姉の楯無すら越える状況判断の速さに直結する演算処理・空間認識・情報処理能力に代表される頭の回転のスピードである。

 同じくその分野を得意とする同学年がセシリアやシャルロットだが、簪は視覚などの入ってくる情報の処理・解釈の速度が群を抜いているのだ。

 セシリアが直感で、シャルロットが堅実に選択するルートを彼女は完璧に頭の中で数値化して結論している。

 島の揺れや園内の大気の流れ、内緒でISの機能を使って回収したそのバラバラな情報を重ね合わせて洗練化し、限りなく完璧な設計図のように理想的なルートを成形して駆け抜けるのである。

 

「速いぃぃ‼︎2人でないと超えられない筈の障害物を目にも留まらぬ速さで突破して行きます。さながら人に羽が生えていたらこう動くんだというように、水上の天使が大空へと舞っております‼︎」

 

 お姉さんの実況が簪をさらに注目させ歓声を引き起こす。

 

「突如受付口に現れエントリーしたこの美少女ペア。ツインテールの一際小柄な凰選手、纏わりついてくる対戦者を鋭い蹴り一閃...うわーっと‼︎2人まとめて吹っ飛んだぞ何という威力。まるで日本刀にの鋭さにバズーカの威力が付与されているようであります

『人間バズーカ』凰鈴音‼︎

小さな体に詰まったビッグバン。触った不届き者から爆発だぁ」

 

 なにやら誰かが乗り移っているような気がするなと簪がぼんやりと思いながらも放水を行う障害物を最小限のジャンプで飛び越える。

 

「大ジャーーンプ!!」

 

 一瞬ビクリとしてコケそうになるがすんでのところで鈴音を思い出して踏みとどまる。

 お姉さんはまるで気にせずに更にエキサイトしている。

 

「なんという高さ‼︎正に天使、翼の生えた戦闘マシーン。まるで彼女の通る道だけ予め安全に舗装されているかのようであります。

そう‼︎人とはそれぞれ自分だけの道を通ります。別々の人生はそれぞれ別々の過酷なものであるますが、そこには確かに格差の差異が存在しております

我々は彼ら天才が舗装されて高速道路をスポーツカーで走って行くのを砂利道より自転車から見上げているのであります

才能の壁‼︎

人生が険しい道だと誰が言ったのか⁉︎

この世がそうであるのならこの天空の浮島はその天才を我々の土俵に引きずり落とす真の漢道‼︎」

 

「人類みな家族‼︎家族は分かち合うもの。だったら俺らの苦しみとお前の幸せ交換な?そんな想いを込めて屑どもが建設したこの天才絶対道ずれステージ‼︎

ここで我々は初めて平和になれる。他人の足に抱きついて連帯責任だ

しかしそれすらも天才というものは乗り越えてくるのであります。背中に翼の生えた水色の戦士。私の髪の色はこの天の色よ‼︎空こそが私のステージだとでもいうようなこの更識選手

凡人が用意した仮初めの天空の島を一飛びで踏み潰して参ります」

 

「これが人類が太古より見上げてきた夢の舞台。本物の天国。私も貴方もお友達も、きっとこれを見て思い出しているはずであります。かつて幼少の頃に憧れたあの雄大な渡り鳥の姿を‼︎

あの時はお母さんが夕飯で呼んでたから私が「うっせえババァ‼︎」と言ったらその日は家に入れて貰えませんでした。良い子のみんなは親孝行しようね

人は進化の末に翼を捨てて生きる道を選びました。地面を一歩。また一歩と堅実に踏みしめて生きる人生を選んだのであります。重力に支配れて我々はこの星から出られなでいたのであります

しかし本当にそれが原因か?本当は出られたのにその道を選ばなかったのではないのか⁉︎だってみんな地面に居るんだもん‼︎寂しいもんと同調意識に囚われて抜け出せないのが今の現代日本ではないのでありましょうか」

 

「『出る杭は打たれる』を実践して共同体を崩さずに生きることが本当に幸せなのか?自由とは確かに危険なものであります。自由は時に無礼に繋がります。みんな無礼者になったら大変だ

しかしそれならば、それならば、何が悪いと言うんだ?

気を遣い合わないと生きていけないような窮屈な世界から抜け出ることこそが人類の目指すべき進化ではないのだろうか?

みんな一度はそんな考えに行き着いて直ぐに恐くなってしまい又ブラック企業に勤めるのではないのだろうか?

取り敢えずあのクソ課長はマジで死ね

今、私はあの時気づけなかった答えをこの瞳で目の当たりにしております。ご覧あれあの雄大な姿を‼︎恐がる必要などどこにある⁉︎嫌われたくない必要がどこにある⁉︎代わりに自由と君自身が君の親友になるだけであります

自由の体現者、更識簪。自由の道を進んで生きます‼︎」

 

(...疲れてるのかな)

 

 お姉さんの熱の入った実況に冷めた感想を抱く簪は第四の障害を超えて最後の島に差し掛かる。

 ここを越えれば沖縄旅行。 もとい鈴音のデート券が手に入る。

 ここまで来ればもうネタ切れか流石のバラエティ豊かだった障害物も島同士の距離が少し遠いという単純なものになっていた。

 この程度ならば簪が飛び越えられないわけがない。

 しかし今大会はペア対抗戦なのだ。

 鈴音が抑えきれなかった、22人のうちで容姿重視ではないポテンシャルの参加者がペアの枠を越えて結託して簪に追いすがってきていた。

 後ろを気にしなかった簪は直ぐ近くまで迫ってきていた相手に気づかなかったのだ。

 中盤からは慎重に進んでいたことを含めても簪はそのことに少々焦る。

 お姉さんも簪からフェードアウトして実況をする。

 

「さあ、ここで浮上して参りました。本来優勝候補であったメダリストコンビの木崎が凰選手の相手を柔道の岸本に預け、更に横には同じく後輩であります。学生時代陸上・体操で鳴らした猛者を引き連れて、自由の翼陥落に追いすがって参りました

不意を突かれたか足、いえ、羽ばたくことを辞めてしまった更識選手に今‼︎猛然と襲いかかって参ります」

 

 お姉さんの実況に簪はあれ、と思い中央の木崎に注目する。

 

(あの人...レスリングの人か)

 

 新聞にも乗ったことがあるから知っている。

 先のオリンピックでは見事に金メダルを獲得した言葉通りのメダリストだ。

 マッチョウーマンの名が相応しい肉体をセパレートの水着で覆い、さながらレスリングの試合を思わせる。

 

(となると凰さんが足止めをくらっている相手は柔道の銀...)

 

「大陸から上陸してきた二脚の電鋸怪人。ここにきて流石の刃こぼれか岸本相手に距離を詰めようと致しません

それに対して岸本、自らの機動力の不安は重々承知しております。浮き島の丁度端の方で、腰を落とし、両手を広げて待ちの姿勢。

ここを通らば私が相手だ。そう言わんばかりに、仁王のように水際防衛をかって出ました‼︎

これにはさしもの東洋の原子力殺戮機も迂闊には詰められません」

 

 なんだか鈴音と自分の扱いに大分差があることに気になりながらも鈴音の救助が間に合わないとなると自力でなんとかするしかない。

 簪は上がってきた息をなおす暇もなく最後の障害に飛び乗る。

 これまでで一番大きな浮島は10メートルはある円形のもので、それを越えた先にゴールであるフラッグが立ててある。

 あれを取れば優勝。

 その気の緩みが全力で走れば問題なかった間合いを潰した。

 木崎の指示でギアをあげた現役時代は短距離走の選手だった取り巻きの1人が最後の直線で簪に追いつき、そしてタックルを仕掛けてきたのだ。

 

「ああーーっと交通事故だ‼︎世俗と離れた...巴投げで返す‼︎世俗と離れた浮島にて筋肉のブルドーザーが躍動しております。油断かはたまた限界を超えた人間の力か、どちらにせよ精密機械の判断がここに来て狂ってしまった‼︎」

 

 背後に肩を叩きつけられた簪はつんのめりばがら簪は両方だと思った。

 ゴールを手前に油断を突かれたのと後は相手の力量を把握しきれていなかった。

 なんとか倒れる勢いで投げ飛ばしてプールに落としたが、次は躱せない。

 

「バランスを崩した更識に飛びかかるー...高ーいぃ‼︎」

 

 もう1人の取り巻きが先行して簪に飛びかかってくる。

 流石に他人の昔取った杵柄まで知っているほどスポーツに興味のない簪だったが、どうやら相当だったらしい。

 実況通りの高い跳躍で簪に抱きついた。

 喧嘩慣れしているわけでもなく体格にも大差ないため直ぐに払いのけられるだろうが木崎が来るには充分な時間稼ぎになる。

 しかも困ったことに相手は自分がゴールすることより簪を道ずれにして落水する腹のようなのだ。

 流石にメダリスト相手に力で抗うのは不利なのでなんとか抱きつく取り巻きを引き剥がそうとする。

 人を殴ったことなどない簪が初めて取り巻きの側頭部に肘を入れ、怯んだところを自分も後ろに倒れるほどの前蹴りでたたらを踏ませる。

 バランスを崩したまま最後の取り巻きが浮島から落ちる。

 時間は無駄にできない。 倒れた状態で簪は再度状況の確認をする。

 慌てず急いで正確に、簪の頭脳がこの状況を打開する最適な解を導き出す。

 

(これは...凰さんに殺されるな)

 

 どうあっても簪の身体能力ではこの体勢から木崎のタックルから逃げる方法は0だった。

 むしろ立ったらその分吹っ飛ばされやすくなり、また倒れたままでも木崎とパワー比べで簪に勝機はない。

 このまま抱え上げられて一緒に落水が結論だった。

 

(せめて痛くないようにして欲しいな)

 

 木崎が目の前まで来て簪の腕を掴む。

 

(うわ、やっぱ痛いな...男の人みたい。メダリストって凄いんだな、なんでこんな大会に出てるんだろう...暇なのかな?)

 

 あっという間に引き上げられそうになる簪は最後にフラッグを見る。

 カバーケースに立てられて呑気にたまに揺らぐ布を見ると、益々こんな大会で体力を無駄に使った自分がバカに思えて来る。

 

(でも、ちょっと悔しいかな...)

 

 グッと委ねていた腕を引いて抵抗する。

 不意な強さに簪のポジションが元の位置に戻る。

 驚いた木崎が直ぐに顔を引き締める。

 

(あっ馬鹿...本気にさせてどうするのよ)

 

 せっかく怪我しない程度には手加減されていたのに、もしかしたら腕がすっぽ抜けるかもしれない。

 病院が旅行先になってしまう。

 しかしその前に簪は謎の浮遊感を味わう。

 それはどうやら自分だけの体調不良ではないらしく、木崎も簪の腕は掴んだままだが引き上げの力はまるで入っておらず、倒れないようにバランスを取ろうとしている。

 

「天が傾いたぁぁ‼︎」

 

 お姉さんの実況を聞いても何のことかまるで分からなかった。

 しかし簪の脳は簪の心に起こる同様とは別に動作し、事実を回収する。

 

 揺れと聴いてまず行き当たるのが急な地震だが、ISにはそういった今時の携帯が備えているアラート機能は一通り搭載してある。

 震源地が丁度ウォーターワールドの直下で、基地局との遅れがあるとしても揺れから2秒以上が経過しているためその線はない。

 それに実況での通りこれは()()だ。

 地面、正しくはプール上に吊るされた浮島が文字通り斜めに傾いている。

 

(そうか...!)

 

 特大の浮島を支えるために一際太いワイヤーだったので見逃してはいない。

 四隅を四本。

 特注品だろうワイヤーのそのうち一本が中程から寸断され宙に揺らいでいた。

 なにが原因かは探らないで置いた方が良いだろう。

 体勢的にアドバンテージがあるうちに。

 

「天女飛翔ぅぅぅぅぅ‼︎」

 

 腕を掴む木崎の手を簪は蹴りで跳ね上げ、後ろに飛び起きた。

 木崎が驚き無理矢理体を安定させるが、しかし既に簪は傾いた地面をクラウチングスタートの体勢で駆け上がろうとしていた。

 倒れた簪が浮遊感を感じるほどの傾斜角度。

 持ちこたえた足腰の鍛錬と体幹の強さは流石といえるだろう。

 しかし世界の舞台で闘うことを想定して鍛えられたメンタルは、地面そのものが傾くというアマレスでは到底あり得ない状況に、木崎の頭は簪を数秒だけ思考より消し去らせた。

 勿論簪とてこんな状況、普段から想像しているわけではないが、兎も角としてその数秒の差は互いの次のアクションへの決定的な差を生んだ。

 

「ふ...!」

 

 息を止めて体のバネを解き放つ。

 それはもしかしたらこれまでの人生の中で初めての全力投球だったのかもしれない。

 性格や生い立ちのこともあり常に複数のことを頭に抱えて、気にして、過ごしていた彼女がなにか一つのことに焦点を置いて後先考えないで没頭したこと。 何故かは分からないし今の簪はなにも考えてはいなかった。 ただ全力疾走で駆け抜けるだけである。

 

(意味わかんない...)

 

 気付いた時には右手に握りしめるフラッグを頂点に、飛び上がり雄叫びを上げていた。

 あれ程注目を嫌がっていた筈だったのに。

 しかし、まあ...

 

「いっか」

 

 自分が笑顔なことに気づき、簪は更に笑った。

 

 

ーーウォーターワールド 事務室

 

「とにかく!こういったことは!金輪際!しないで下さいね!」

 

「はい...」

 

 さっきまで水着を着ていた司会のお姉さんに事務室でこってりと絞られて、私服に着替えた鈴音はしゅんと小さくなる。

 その様子を無視して簪はお姉さんが用意してくれた椅子に座って、携帯端末で贔屓のアニメを観ていた。

 イヤホンで聴覚の面でも鈴音のことは無視している。

 

 実はあの攻防の中で浮島のワイヤーを寸断したのは、岸本に捕まりながらも右腕だけ甲龍を展開した鈴音が投擲した双天牙月だったのだ。

 簪が捕まりそうになったことに焦った彼女が迷わずしたことである。

 観客も簪に集中しており誰も気付いておらず、このことは優勝を諦めてスタート地点で傍観していた参加者と、急なIS展開に度肝を抜いて仰け反りバランスを崩してプールに落ちた岸本選手達が大会側にクレームをして発覚したことだ。

 幸いにして怪我人は1人もおらず、園内の損害もワイヤー一本だけとなった。

 しかしそれでも下手をすれば夏休みのプールに昼間っから惨殺死体があがることになりかねなかったのだ。

 

「とりあえず!このことは貴方の学校におしらせしないといけません」

 

「はい...」

 

 縮こまる鈴音。

 これは学園とそして学園の義務として報せを受ける本国の高官から大目玉を覚悟しなくてはならない。

 一般人には鈴音の国籍は秘密なので世論のイメージに影響は少ないだろうし、あまり好ましくないのだろうがISの代表候補生で、しかも専用機持ちの鈴音ならば()()()0()()()でどうこうなったりはしない。

 精々厳重注意でなんならお姉さん説教が一番キツイ罰でも可笑しくないのだ。

 しかし一夏絡み以外なら基本的に良い子な鈴音は猛反省しており貰われてきた猫のように大人しくしていた。

 

「......」

 

 アニメの視聴が終わり簪がイヤホンを外す。

 お姉さんにあの、と声をかける。

 簪はなにもしていないため怒ってないのか普通に応対してくれた。

 

「賞品はやっぱり貰えませんか」

 

 お姉さんが「ん〜」と顎に唸る。

 本来なら表彰台で来場者達の前で表彰するのだが危険行為があったということで協議でお預けをくらっているのだ。

 言い淀むお姉さんに簪はずいっと迫る。

 

「妨害がオーケーとしたのはそちらの方ですよね?危険行為についての説明も十分とは言えなかった」

 

 お姉さんがうっ、となる。

 何を隠そうこの女性が大会前に参加者にルール説明をしていたのである。

 そして確かに危険行為に対しては特に掘り下げなかった。

 参加者達のテンション維持に気を使っており、精々「怪我には気をつけるように」というお決まりの事しかしていない。

 もちろんだからといって非が大きいのは鈴音の方に変わりはない。

 図工の時間に「彫刻刀で人を殺してはいけない」と事前に教師が言わなかったとしても一番悪いのは隣のクラスメートを刺し殺した方だ。

 その場合は管理責任には問われるだろうがお姉さんは参加者の保護者ではないし、鈴音だって小学生ではなく高校生の年齢だ。

 しかし当事者の良心に簪は訴えている。

 

「ISを使うなとも言われませんでしたしコースを破壊するなとも言われてません」

 

「いや、そんな..だって...」

 

「貴方側は今回の大会開催にあたって十分な安全対策をしていたと言えますか?」

 

 息もつかせぬ言及はさながら取り調べである。

 相手の落ち度を武器に良心を責め立て、罪悪感を肥大化させる。

 改めて正気に戻ってみても今日の自分はなんだか意味がわからない。

 鈴音も驚いている。

 

「......ちょっと待ってて」

 

 それだけ言ってお姉さんは急いで事務室から出て行った。

 そして暫くしてから戻ってきて、少し間を空けて口を開いた。

 

「オーナーと...それから岸本さんとお話しをしてきました」

 

 鈴音が顔を伏せる。

 鈴音を捕まえていた柔道の銀メダリストであり、鈴音の暴挙で一番被害をこうむった人物だ。

 さしもの簪も彼女の名を出されて責める事は出来ない。

 今度は鈴音がお姉さんに声をかけた。

 

「岸本さん、怪我は...?」

 

「切り傷は無かったけど、頭から落っこちたせいでちょっと首痛めたらしいよ」

 

 それを聴いた鈴音が青ざめる。

 首の怪我はスポーツ、特に格闘技選手にとっては致命的な事は鈴音も充分分かっているからだ。

 簪も流石に岸本の不注意だと言うほど図太い神経は持ち合わせてはいない。

 静かになった2人にお姉さんが一つ息を吸って答えた。

 

「怒ってないってさ」

 

 え、となる鈴音にお姉さんが初めて優しく微笑んだ。

 

「受け身を取り損ねた自分が悪いってさ。トップアスリートとなると違うわねぇ。なーんか私が性格悪いみたいに感じたわ」

 

 ケラケラと笑ってお姉さん。

 これには簪も呆気にとられる。

 

「まあ、ぶっちゃけ。落水に関してはうちのせいなんだけどね。ほら、浮いてるじゃん、島。あなたの言う通りキチンと出来ていたかと言われると、やっぱりうーんなところがあるってのは私らも思ってたから」

 

 あっそれととお姉さんは懐から封筒を取り出した。

 

「はい、賞品の沖縄旅行」

 

 そしてそれを鈴音に渡した。

 目を丸くする鈴音にお姉さんはさっきより笑って口を開いた。

 

「オーナーから預かってきた。実は最初っから渡すつもりでさ、あの人可愛い子には甘いのよ...それに妨害じゃなくてお友達助けようとしたのは立派だって。後、学校へもなんかもう面倒いから電話やめとくわ。まあ、取り敢えずそういうことだから、おめでとうございます」

 

 パチパチと拍手をするお姉さんに簪はふうっと息を吐いた。

 

「よかったね...」

 

 鈴音に笑いかける。

 それに反応したのか鈴音はバッと立ち上がりお姉さんに体をくの字にさせて、要するに頭を下げた。

 

「今日は本当にすいませんでした‼︎」

 

「はい、分かったから他の参加者の人、まだ控え室に居るから一言言って来なさい。それと岸本さんにもね」

 

「はい!」

 

 簪はそんな鈴音を見て昔小さい時に家の誰かか、学校の教師か、友達かが言っていた言葉を思い出した。

 

「後悔はせずに反省をするべし」

 

 特に自分に対して言われたわけではないため意図は知らぬが、簪はそれを「卑下して思い悩む時間は無駄なため、再発防止のための時間に当てなさい」と解釈しているが今の鈴音はまさしくそれだと思った。

 簪は他人に身の振り方を求める柄ではないが、鈴音の姿は輝いて見えた。

 

 その後は控え室にて鈴音が岸本に謝罪をし、他の面々にも詫びを入れた。

 事前にお姉さんがフォローを入れてくれていたらしく全員あたたかく鈴音を許してくれた。

 今はそれぞれの帰り道で別れるところだ。

 

「今日はゴメンね簪」

 

「ううん...楽しかったし」

 

 そういう簪は来た時と同じく無表情だ。

 鈴音は苦笑する。

 

「賞金取れたしね」

 

 今度は僅かにだが微笑んだ。

 最初は飽きれていたが、今日を通じて友人の友人でも彼女の幸せについて笑顔を湛えてやるくらいには簪は鈴音のことが好きになっていた。

 性格はどうにも合いそうにないが、そこは仕方がない。

 

(それならなんで、乾くんとは仲良いんだろ...私)

 

 性格的には鈴音並みに合わないのに...

 そんな簪の思いを鈴音の「あ」という思い出したかのような声が遮る。

 

「そうだ、忘れる前に...」

 

 そんな鈴音が懐から取り出したのはその賞金の入った封筒だ。

 帯が付いた上質な袋を鈴音は出来るだけ大切に扱いながら、

 

「はいこれ」

 

 簪に差し出した。

 

「......へ?」

 

 理解が追いつかず固まる簪。

 なんとか持ち直し口を開く。

 

「これ...一夏くんとの、じゃないの?」

 

「違うけど」

 

 ますます混乱する。

 ならば何のためにあの大会に出たのだ。

 

「アンタ言ってたじゃん。お姉さんとの旅行先見つからないって」

 

 喫茶店のことを思い出す。

 

「もしかしてそれのために...」

 

「うん」

 

 頷いて見せる鈴音。

 あの時早々に興味を失った鈴音であったが、アナウンスで優勝商品の品を聴いた時に思いついていたのだ。

 これを使えば良いのではなかろうかと。

 そして簪を誘った。

 ようやく理解した簪はため息を吐く。

 死ぬような想いをしてまでまさか自分のために空を走り回っていたとは。

 

「言えばよかったじゃない」

 

 なんだか騙された気分の簪は少し気を悪くする。

 

「だって、そしたらアンタ参加した?」

 

 しなかっただろう。

 そんなことのために労力を割く気はあの時の簪には決して起きないだろう。

 

「だから黙ってたの」

 

 ペロリと鈴音が舌を出す。

 何も言えなくなった簪が口を窄める。

 多分なにを言ってもずっとこんな感じで意味などないに決まっていた。

 もう一度ため息をする。

 

「最後に一つだけ聞かせて、なんでそんなことしようとしたの?」

 

「私が喜ぶとでも思った?」

 

 責めるように簪。

 お姉さんにした口撃を返答次第では鈴音にもする気である。

 対して鈴音は、んー、とだいぶ悩んだ後に首を横に振った。

 

「思わない」

 

(こいつ...)

 

 もう少しだけ我慢しようと言い聞かせる簪。

 そしてそんな簪の心境など知ったことではないとばかりにたっぷり間を空けて、鈴音が口を開いた。

 

「嫌なの。身内でギクシャクしてるの」

 

 簪が少し顔を上げた。

 

「色々問題重ねて、結構重要なもんなんだってのは分かってるけど...それでも思い出したら家族って楽しかった時が一番楽しかったじゃない」

 

「...(ああ、そっか)」

 

 なぜ相性のあまり良くない巧がなのはや本音並みに仲が良いのか。

 分かった。 というか理解したわけでもないしまだ論理的には何一つ以前の状態からは進んでいないが、何となく分かった。

 

「そんな理由なんだけど...ダメ?」

 

 伺うように鈴音が首を傾げる。

 驚くほど図々しく無神経。 その上他人の問題に積極的に関わっていき、その際本人に許可など取ったりしない。 巧と鈴音はソックリであった。

 本当にムカつくし一緒に居たくはないのだが、

 

(ぶっきらぼうにしか謝ってくれなかったし)

 

 控え室でのやり取りなど正に自分と巧の相性の最悪さを物語っている。

 許す気にならないはずなのだが、

 

(勝手に人を走らせ回るし)

 

 結局簪のためではなく自分本位の自己満足である。

 嫌いな人種であるのだが、

 

(なんか)

 

「ううんーー」

 

(好きだな)

 

「ありがとう...()

 

 所謂、よくわかんないけど気がついたら好きになっていたという奴である。

 友人の鈴音との破茶滅茶な1日はこうして幕を降ろした。

 

 

ーーIS学園 生徒会室

 

「あつーい。だるーい。虚ちゃんクーラーいれてよ」

 

「経費削減です」

 

 一言ののちに爆散される懇願。

 生徒会長の更識楯無は会長の机にベターっと突っ伏している。

 色々と忙しい生徒会なのだが実質的に現在業務をこなしているのは虚と本音である。

 ダラけた会長を切り捨てて書類の山を片付けていく姿は出来る女といったところだ。

 

「あつーい。だるーい。本音ちゃんクーラーいれてよ」

 

 今度は彼女の妹に頼むつもりらしい。

 どちらにしても虚が止めるのだが。

 しかし今日のグータラ姫は珍しいようで、キッと真剣な表情になる。

 

「だめで〜す。たてなっちゃんはー、生徒会長なんだから、みんなのお手本にならないと」

 

「おお、珍しいじゃない本音」

 

 うげ、と楯無がなり虚が褒める。

 大好きな姉に褒められたとあって本音はキリリとした顔を崩してのほほんと笑う。

 

「だって、たてなっちゃんが仕事してないと、私は眠っちゃいけないからー」

 

「いや、どういう理屈よ」

 

 やはり褒めない方が良かった。

 頭を抱えたくなる虚。

 只でさえうちは人手に難があるのだ。 そろそろまともな人間が欲しい。

 

「.......」

 

「ほらほら、書類溜まってますよー」

 

 ドサリと楯無の場所を奪うかのように書類が彼女を追い出しキチンと座らせる。

 携帯を弄ったままの楯無ははあ、とため息をついた。

 

「こっちのセリフです。そんなに気になるんですか?」

 

 簪お嬢様が、と虚が続けて楯無が跳ねたように唸った。

 

「んあーーっなんで既読無視すんのよぉ」

 

 ガタンと苛立ったように携帯を机に投げ捨てるように放った。

 どれどれと試しに虚と本音が作業を一時中断させて携帯を覗き込んだ。

 チャットアプリの簪の項目に最新のメッセージが付いている。

 つい昨日簪を説得して漸く入れてくれた連絡先で、初日の楯無の「簪ちゃーん」に既読が一つ付いている以外で唯一のものである。

 

「なになに〜、『ぷりぷり〜ん❤️お姉ちゃんだよーん(^o^)』...」

 

「はい、ゴミぶんしょー」

 

 虚が倒した書類がゴミ文章を土に還す。

 

「やめんか‼︎だれのメッセがゴミ文章ですって⁉︎」

 

「いや、ゴミですってこんなの。関係修復してない姉から急にこんな謎テンションのメール来たら正気疑いますわ。怖くてアプリごと連絡先消しますわ。ついでに現物も消えてください」

 

 本音ですら引いている。

 このテンションがあと4000字は続くと考えると背筋が凍る。

 

「おうねーちゃん、ちょっと表出ようか」

 

 青筋を立てた楯無が指の骨を鳴らしながら立ち上がる。

 それに対して虚も夏服の袖をまくって応戦する。

 

「しゃおらぁ、こいやタココラ」

 

「なんじゃコラタコタココラ」

 

「いっけ〜、どっちも負けるなー」

 

 暑さとは人をここまで壊してしまうのか。

 さり気なくクーラーを入れて近くで涼む本音の声援の元、2人の生徒会役員が取っ組み合いをする。

 置き型のクーラーの上に座って事の成り行きを見守っていた本音だったが、ふと楯無の埋もれた携帯から漏れ出た光が書類の山から出ていることに気がつき、あれ、と思う。

 楯無の携帯は周囲の明かりに反応してスリープモードに移行するタイプなので、今光っているということは電話かメールが来たことになる。

 楯無の電話の着信音を知っている本音は同乗の理由で本体内蔵のメールとも違うことを看破し、書類の山を掘った。

 

「むー。あ、お〜い、たてなっちゃ〜ん」

 

 本音が2人に声をかけたところで備品を破壊しながらの喧嘩の結末は楯無が虚に机からの断崖式のパイルドライバーを食らったところで終わった。

 拳を突き上げ本音から勝ち名乗りを受ける虚は、そのままの足で何事も無かったように書類の整理に戻った。

 因みにクーラーは消された。

 残念がる本音だが虚が相手ならば敵わない。 楯無の携帯を倒れる会長に差し出す。

 

「かんちゃんから返事来てるよ」

 

「!!」

 

 簪のワードを聞いた途端飛び起きた楯無は本音がロックを解除して呼び出したアプリの画面を見て暫し黙ったままだった。

 しかし直ぐに本音から携帯を引ったくり、そして虚に抱きついた。

 不意を突かれ表情を強張らせるも今度は再戦が望みではないようで、虚に見せびらかすように携帯の画面を見せる。

 

「...ふう、良かったですね会長」

 

「うん‼︎」

 

 そこには短く『定員2人になっちゃうけど』という文と、それに添付された二枚組のチケットの写真があった。

 

 




今回は初の4万字を超えた回となりました。
本当はもっと書いて、@クルーズからミックスクレープの件までやりたかったのですが流石にダラダラと続けすぎかということで一旦区切って次回にしようかと思っております。
プロットが出来てる分少し早いかも?

改変要素

今回は鈴とセシリアのペアから簪に替えて障害物レースをさせました。
特に理由はなく当初はシャルにさせるつもりだったのですが、セシリアと同じくクロス先のメンバーと親しいわりに後半物語に殆ど絡めないでいた簪嬢がこっちを見ていたので。
簪と同じく後半空気な楯無さんの見せ場に繋げることにしました。
例によってキャラ崩壊のオンパレードに、ワールドプロレス見ながら書いたからか古舘節の影響が出ております。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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47話 セシリア、初のバイトはメイドさん⁉︎

期間が空いた〜♪
カフェでしこしこ書いてる方が家より進むね。
休みの日は朝からお店の人の許可を経てコンセント借りて夕方までのんびり執筆活動の田中ジョージア州です。
もちろん朝昼にランチと間食のドリンクを注文してるよ‼︎
ショバ代も納めんくせに椅子と机は借りんよ。

さて今回は先月言っていた@クルーズ編です。
甘酸っぱい濃縮ストーリーを7万字まるまるどうぞ‼︎


ーー篠ノ之神社

 

 立派な神社だった。

 それ程大きな訳ではない。

 入り口に繋がる石段が長いこと以外は他の神社と大して変わらない立地、規模、スケール、開発費、誕生経緯。

 そんな神社を外回り。

 アスファルトの上。 道路と私有地の境目を歩いて私有地をみて回る。

 内側ではなく外側からこいつの隙を探す。

 神社の敷地には中心を囲むように竹が埋められており中の様子を伺い知ることは出来なかったが、別にそれがなくともなのはの感想は変わらなかっただろう。

 

「すごいところだな...」

 

 荘厳といった具合を感じさせる趣は竹越しでも十二分に伝わってくる。

 歩き回って感じる好感触をなのはは身に詰め込んで行く。

 境内に入るのが楽しみになってくる。

 由緒がある神社だとも聞いている。 少なくとも江戸時代から続いている伝統があるらしい。

 海鳴市内にも八束神社という似た趣の神社があるが篠ノ之神社から感じる相似点は見た目以上になのはの感性に刺激を与える。

 

(なんだか最近違和感がなくなって...それはそれでやり難かったんだけど)

 

 異世界だからか、なのははこの世界に来てからずっと自分以外の存在の全てに自分とは決定的に違う。 確証を得ない断定的な違和感を抱えていた。

 完璧に仕上げられた美しい絵画に一点だけ付いたシミ汚れのように、そしてそのシミとはなのはだ。

 人間から犬に小石、果ては暑さや寒さに音。 この世界の全てが自分と相容れない。

 簪や本音とどれほど仲が深まろうとその一線だけは超えられなかった。

 絆などの感情だけがなのはとこの世界を繋いでくれる共通理解だった。

 なのはが特に違和感を受けたものがISだ。

 ISもこちらからは触れもするし操れも出来る。

 しかしISの方からなのはに対してなんらかのアプローチを掛けてきたことは只の一度も無かった。

 数値上は正常ななのはのISは、なぜか他の生徒達が動かす仕草に何時もワンテンポ遅れていた。

 束が自分からISについて詳しく話してくれた事はないが、なのははISには心があると思っている。

 人間よりもこの世界に近い位置に居る彼女たちは異物であるなのはを瞬時に嫌ったのだ。

 それは違和感の無くなった今でも変わらない。

 教師からも不出来な自分に対し幾度とため息をつかれたことか、もう数えられない。

 それでもなのはの質問や日常生活での触れ合いでは快く接してくれる辺りは流石世界トップレベルの学校か。 金持ち喧嘩せずのように、生徒は恵まれた環境で過ごしてきたのだろう年頃らしく多感だがキチンと規律だっている。 教師も厳しかったり優しかったりそこは個性だが、全員根気強い。 同じ指導者として頭が下がる思いだ。

 しかしそれでも向こうが気を合わせてくれない以上どうしようもないというのが束の判断だ。

 ISは信頼関係が鍵なのだと言う。

 ならば自分は最悪だなとなのはは苦笑した。

 

 むしろ世界からの違和感が無くなった今の方がISは言うことをきいてくれない気すらする。

 

 違和感が無くなってからISからの嫌悪感が強く感じるようになった。

 これまでのものが他の小石達と同じく単なる疎外感ならば今度のは明確な敵意だ。

 なのはは異世界の人間として周りが馴染めないのは仕方のない事として、この疎外感には耐性を持っていたため気にせず過ごせていたのだが、敵意に関しては正直まいっている。

 IS学園に居る以上どうしてもISには触れ合う。

 簪などの候補生は常に専用機を持っているし、なのはに言わせれば専用機の異世界人に対しての嫌われ具合は群を抜いている。

 正に殺意である。

 まるで世界がなのはを受け入れてしまったために彼女達が世界に代わってなのはを殺そうとしているようだ。

 お陰で学園で過ごしている最中は四方八方から殺気を当てられているストレス地獄になっている。

 それをなのはは一々考えないように思考放棄することで図太く生きているのだが矢張り前の方が過ごしやすかった事は間違いない。

 

 そんな生活を続けていて分かったことがある。

 それはISにも人間と同じく個性があるという事。 そしてそれは持ち主である人間に大きく左右されるという事。

 事実簪の専用機である打鉄弐式は簪と同じく事なかれ主義でこちらがなんらかのアクションを起こさない限り殺気をぶつけてはこないし、それが打鉄弐式に近づくことなのだがそうなってもなのはを警戒するだけでそれ以上はない。 それでも嫌われている事はわかるのだが。

 打鉄弐式と比べて両極端なのが鈴音の甲龍だ。

 本人と同じく難しいことを嫌うのか単純明快な殺気を常になのはに送っている。

 嫌ったものはトコトンまで嫌う、分かりやすい性格をしている。 激情しか送ってこない姿勢は返って一番やり易い相手だ。

 ラウラのシュバルツェア・レーゲンは甲龍の徹底のなさと打鉄弐式の冷静さを備えた冷徹な殺意を送ってくるし、シャルロットのラファール・リヴァイブ・カスタムⅡは一番融通が利くらしくなのはももしかしたら好意的になってくれるかもと期待しているのだが、今は近づくと威嚇するように敵意を向けてくるだけで進展しない。

 人間の方とは全員仲は良好なのだがISだけは変わらず敵意ましましだ。

 真耶にすら嫌われているのには少しショックだった。

 他の上級生組の所有する専用機達も軒並み変わらないもので、なのはは最近はむしろそんなISたちに慣れたか彼女達の生態観察が趣味となっている。

 上に書いた専用機達の性格はその分析の賜物だ。

 最初は仲の良い子達から嫌われているようでそれなりに凹んだが、敵意・殺意しか向けられないのは一周回れば変に勘ぐる必要がないため簡単でやり易い。

 そんななのはが一番苦手としているのは矢張りというべきかブルー・ティアーズだ。

 実は唯一なのはに悪感情を向けていないISなのだがそれが逆にセシリアと同じく何を考えているのか分からずに不気味である。

 セシリアと違い笑ったり喋ったりしないところがポイントで、たまにこちらを値踏みするように意識を向けることはあり、その時の纏わりつくような不快感は中々に応えるものがある。

 次点は楯無のミステリアス・レイディで名前の通りの秘密主義者であるが敵意だけは変わらないためまだブルー・ティアーズよりはマシといったところか。

 

 そんな調子なためなのはは若干ISが苦手になっており、気構え無しに触れ合えるのはゴーレムとクロエの黒鍵くらいだ。

 無人機で個性が完全に無いゴーレムと生体同期型でクロエの影響を受けているためなのか、なんのアプローチもしてこない黒鍵がいる束のラボがなのはの今の安住の地だ。

 箒や一夏の警護でそんな事はしていられないのだが。

 一応村上との一戦のあとは戦闘好意は専らリニスが変わってくれているらしいが、束がなんの指示連絡を出してくれないので、こうしてなのはは単身箒の神社に来ているのである。

 一応束には今日の予定は連絡しているのだが当の束からはなんの返信も帰ってこない。

 なんだか世界に受け入れられた代わりに束から拒絶されたようでなのははもやっとしている。

 そうこうしている内に敷地外を一回りし終えたなのはは石段の前で止まって深呼吸をした。

 

(落ち着く)

 

 神経を使う機会が多かったなのはに漸く以前の世界と同じ過ごしやすさを篠ノ之神社は与えていた。

 それがISがないためなのかそうでないのかは分からないが、何時迄もここに居る訳にはいかない。

 近隣住民から不審者と思われるやもしれないとなのははいよいよ境内に入っていった。

 石段の感触はもちろんなのはの知っているゴツゴツとした切り石のものだ。

 水と油のように弾かれる感覚はない。

 なのはは中々急な傾斜を気をつけながら進んでいく。

 傾いて隠れそうな太陽からの光が竹に完全に阻まれて暗い。

 これは早々に上りきらないと危なそうだ。

 駆け足気味に石段を一つ飛びで駆け上がったなのはは頂上に置かれた鳥居に礼をしてくぐる。

 神社と道場の二つの建物があるが、人が住むのなら道場の方だろうとなのはは左手に見える道場に足を進める。

 辺りの植物の影響かここは下に比べれば幾分涼しい。

 一歩一歩進む毎に感じるのは生暖かい空気を泳ぐ感覚ではなく、刀のようにピリっとした済んだ空気であり、それがなんだか今は爽やかに感じる。

 刀のように研ぎ澄まされた空気はなのはを避けるどころかその身を切り裂こうとしてくる。

 異物だったころのなのははどこにいっても空気はなのはを避けていた。

 涼しいも暑いもなのははそれまで他の人間よりもガラス一枚挟まれたような距離感で体感させられていた。

 本当の意味で肌で感じることはこの世界では無理なのだとずっと思っていたため、ここにきての本当の季節感に触れ合えたこの感覚を楽しみながら歩みを進める。

 そして道場にたどり着いたなのはが呼び鈴を探している間に背後から声がかけられた。

 

「高町さんか?」

 

「あ、箒ちゃんこんにちは」

 

 私服の洋服に着替えた箒がいつのまにかなのはを見つけて不思議そうな顔をしている。

 そういえば連絡もしていなかったなと思い起こす。

 

「ゴメンね、急に来ちゃって」

 

「いや、構わないが。慣れてるし、歓迎するよ」

 

 道場と神社が実家な箒には参拝客や見学者などで急な来客は慣れっこなのだろうが、それでも即座にフォローを返せる辺りは人柄の良さといえる。

 関心するなのは。

 

「しっかりしてるねー」

 

 言っててなんかまた老けたかなと自分でダメージを受けるなのは。

 しかし相手は普通に受け止めてくれたらしく嬉しそうな表情で礼を言う。

 

「どうも。立ち話もなんだ。中に入ってくれ」

 

 踵を返して箒はなのはを案内する。

 自身も剣道部に在籍しているためか日常生活でも背筋の良い姿は、平均程度の箒の背丈を高く見せた。

 しかし直ぐになのははその予想に首を振った。

 きっと日常的に昔から剣の稽古を続けて居たのだろう。

 でなければ数ヶ月の日数をかじったところで普段から姿勢を正しているなど不可能だ。

 感心するなのはをよそに、箒は神社の表側から回って参拝客から目につかない真後ろへと歩を進めて行く。

 

「神社のほうなんだね」

 

 当初思っていた居住区とは違うらしい。

 コクリと頷く箒に案内されてなのはは改めて神社を見やる。

 こうして横から見ると、確かに居住区らしき境目のようなものが建築に感じられる。

 あるラインから窓や換気扇が目につくようになるが、恐らくそこからが篠ノ之家なのだ。

 

「いらっしゃい」

 

 いつの間にか着いていたらしく、そこのやはり明らかに一般家庭向けの横開きの扉を開いて箒が言う。

 意外にも洋風な内装の作りを見回しながら、遅れて扉を閉めた箒に向き直る。

 

「この家は箒ちゃん1人?」

 

 物珍しげな見渡しはその実、住人の気配を探っていたのだ。

 聞かれた方は少しの間も置かずに肯定した。

 

「本当は雪子さんという方が手入れをしてくださっているんだが、暫くは私に任せて家を外している。お盆週には帰って来る」

 

 靴を脱ぎ綺麗に揃えた箒が再び案内を始める。

 

「取り敢えず居間でいいか?」

 

 うん、と肯定し礼と改めて急に尋ねた事を詫びる。

 するともう一度短く、気にするな。とした箒が今度はなのはのための菓子類を取りに台所に出て行った。

 残されたなのはは取り敢えず案内されたソファに腰を落とす。

 固くないが、といってお尻が沈みすぎて不便なわけではない、丁度良い柔らかさだ。

 箒の影響か背もたれを使わずに自然と背筋を伸ばしてなのはは箒の到着を待つ。

 ソファの前のテーブルには対角線上にあるテレビのリモコンが置いてあるのだが、流石に勝手に弄るのは図々しいかということで他人の家特有の嗅ぎ慣れない雰囲気を楽しんでいた。

 なのはは昔からアリサやすずかの家にお呼ばれした時に、まず最新のゲームや子猫よりも先にこの雰囲気が先になのはの感性を刺激した。

 幼少期の子供が階段や屋根裏などまだ自分の脚では辿り着けない所に興味を持つように、なのはも体が成長するにつれその興味の対象は二階から庭へ、庭から表の裏通りへと広くなっていった。

 士郎と桃子もなのはの短時間の自由行動を見逃すようになり、恭弥や美由紀も自分の時間を満喫し出して来た頃合いを見計らって、なのははある日少し嘘とイケない事の冒険をしたのだ。

 

 いつもの様に近所の散歩に行く事を母親に伝えて家を出たなのはは、産まれて初めて住居不法侵入を犯した。

 ターゲットにしたのはお隣の家。

 士郎の古い友人でなのはが産まれる前に妻に先立たれた白髪の老人が一人で住んでいる日本家屋がなのはの選んだ侵入先だ。

 ノロマな老人ならば容易く目をすり抜けられるとか、独り身だからとか、日常的に遊んでもらって仲が良いからもしバレてもお咎めなしにしてくれるとか、そういう打算的なものもないわけではないが、本当のところはなのははまだこの老人の事をよく知らない。

 その事に対して幼心に不快感を抱いき、それを強引なかたちで解決しようとしているのだ。

 長男の恭弥の時代から高町家の子供は老人に遊んでもらうのが幼少期の習わしである。

 老人はなのはたち子供の事をなんでも知っていた。

 誕生日は士郎や桃子が一度も伝えていないのにも関わらず理解していたし、なのは自身も気づかない本当に欲しいものをプレゼントにくれた。

 なのはが曲がり角の先にある未知に惹かれて迷子になってしまった時も見つけてくれたのは両親ではなく老人であった。

 遊んでいる最中、ふと道端や空や建物に気をもったなのはがそれを口に出す前に老人はそれらを事細かに説明してみせた。

 なのはにとって老人は遊び相手であると同時に自分自身ではたどり着けない心理の奥底にアクセスして言葉にならない疑問の正体を見つけてくれる生き字引のような存在だった。

 なのはがそんな不思議な老人に不満を抱いているところがあるとするならばそれは老人が一度たりともなのはを自宅に招き入れたことがない事である。

 

 こちらの事は知られているのに自分は老人の事を何も知らないという事態をなのはは嫌った。

 それは子供の背伸び的なものだったのだろう。

 老人はなのはにとって一番認めてもらいたい存在であった。

 そのためになのはは老人の脅威になろうと考えた。

 人が相手を認める時は相手を脅威に感じた時だとなのははなんとなく考えていた。

 すずかの拾ってきたばかりの猫に引っかかれるまで猫とは無害なものだと思っていたし、その時初めて野良猫を警戒するという事を覚えた。

 老人に認めさせたければまずは老人に自分の力を誇示しなければいけない。

 そしてその力は老人を困らせる程度のものでなければダメだ。

 子供の範疇に収まるような反抗では微笑ましいだけだ。 そして老人は幼稚なものに脅威を感じるほど小物ではない。

 士郎の古い知り合いならば恐ろしいものなど見飽きているだろう。

 なのはは士郎の昔のことは大して詳しくないがそう思えるくらいには士郎は只者ではなかった。

 自分単体では知力でも体力でも老人を脅かすことは出来ない。

 よってなのはは取り敢えず予想がつく限りの老人が嫌がる事を思い浮かべ、唯一実行可能なものが一度もあげてくれなかった自宅への無断侵入だったのだ。

 丁度探索が許されていた範囲を調べ尽くしたなのはは物珍しさへの興味も手伝い即決で行動した。

 

 車に気をつけて塀の向こうに姿を隠したなのはは全速で老人の家を目指した。

 老人は普段から家の外には出ない。 それを今まで気にしたことはない。

 なのはが老人と遊びたいと思えば老人はいつのまにか高町家の家の前に居た。

 だから今日は老人について一切考えることは禁止だ。

 なのはの心の中を読んで、すぐ玄関の扉を開けて見つかってしまう。

 この日のために何ヶ月も前から父にせがんで教えてもらった心を鎮めるすべを今日は朝から続けていた。

 心の中に縁までいっぱいまではった水瓶をイメージして、その水が溢れないように注意を払うのだ。

 なのははこんな事でいいのかと士郎に文句を言ったが士郎は優しく、体の揺れは心の揺れに比例して大きくなると教えてくれた。

 心の水瓶にまで気を配れるほど慎重な人間は自然と身のこなしに無駄がなくなるらしい。

 なのはは心の水瓶をこぼさないように気をつかいながら、家の玄関を開けた。

 内装よりもまず匂いがなのはの探究心を刺激した。

 この時がなのはにとって初めての他人の家の香りだった。

 それまで目で見えるものだけを求めて、曲がり角や部屋などの見えない向こうへ足を進めてきたなのはが初めて足を止めて入り口付近からまるで動かずにジッとしていた。

 これまで知らないことは全て目から頭に取り入れられてきた。

 目に移らないものが秘密なのだとずっと思い、見ることこそが秘密を暴く唯一の解決策だと考えてきたなのはにとって、匂いの未知は本当に未知なものであった。

 とりあえず対処法が分からないためその場で鼻だけ動かして、不意に懐から鳴り響く大音量のアラームになのはは慌てて逃げ出した。

 侵入するにあたってセットしておいた携帯のアラームだ。

 音量を最大に設定しており時間が来たら鳴り響くようにしておいたのである。

 それはなのはなりのルールであった。

 老人に対して出来る限りフェアでいたいという気持ちがリスクを負うという決まりを作らせた。

 うっかり忘れていたなのははそのままアラームを切らずに家へと走った。

 

 翌日から老人はなのはに会うことはなかった。

 士郎になんとなしに聞いてみると海外に行ったと一言だけ教えられた。

 なぜ海外に行ってしまったのかと思ったが、そこは海の近くの立地が解決してくれた。

 きっと老人にとって匂いとはずっと秘密にしておきたいものだったのだ。

 家にあげなかった理由もそれで合点がいった。 なのはは人一倍未知のものに敏感だったので一番気をつけていた相手だろう。

 常に自分の心を読んで疑問に答えていたのも秘密を解決してあげることで得られる高揚感で、その時その時をごまかしていこうとしていたのだ。

 そしてそれが叶わなかったため老人は海外に行ってしまったのだ。

 海の匂いが家の匂いを誤魔化してくれるから。

 悪いことをしてしまったなとなのはは反省した。

 海外に行くにはとてもお金がかかると士郎が言っていた。

 その日を境になのはは他人の家の匂いだけでなく曲がり道を目指すこともやめた。

 人にはそれぞれ秘密があるに違いなく、それを暴くと皆老人のようになのはの前から居なくなってしまう気がしたため、それを未然に防ぐためだ。

 秘密を探そうとしなければ秘密は暴かれない。

 なのははそれを自分にとっての秘密とし心の奥に閉まって忘れた。

 

 その日のことはなのはは全く覚えていないし老人の存在自体も忘れてしまっていたが、今でもお呼ばれした際に嗅ぐ他人の家の匂いはなんとなく好きだった。

 この知らない香りが嗅ぎ慣れたものになった時がそこの住民と本当に仲良くなれた時のように思えた。

 

「おまたせ」

 

 言葉通り茶菓子を持ってきた箒はそれをなのはの目の前のテーブルの上に置いた。

 粗茶ですがと丁寧に差し出してきた。

 受け取って見てみるとなかなか趣がありそうな湯のみである。

 詳しくはないがなんだか箒らしい感じがした。

 ほのかに湯気が立っている。 玄米茶のようだった。

 菓子として用意されたのも焦げ茶色の煎餅。 味は恐らく醤油だろう。 益々らしい。

 

「すまないな。もっと甘いものを出してやれたら良かったのだが...」

 

 一応年頃の女の子らしくないということは気にしていたようだ。

 煎餅に手を伸ばす。 重ね合わせなため一枚だけ取り出すと他と擦り合い、持ち上げ、落として音を出す。

 乾いた音を聞く限り見た目以上にかた焼きらしい。

 手で皿を作るのはマナー違反だがカーペットを汚すのも悪いだろうと気をつけて薄いフリスビー型に齧り付く。

 勢いよく落とし、上げた両顎だったが思いの外の硬度に表面を少し沈めただけで弾かれる。 本当に硬いようである。 少し歯が痛い。

 それでも負けじと顎に力を込めて煎餅に歯をめり込ませていく。

 唾液にもまるで湿気ないタレと乾燥でコーティングされた表面に段々と歯がめり込んで行きある程度いくと高い音をたてて砕けた。

 飛び散った破片を手のひらで受け止めて、大きな破片を口内で砕いて食べる。

 しばらくして咀嚼を終えて飲み込んだところで流石に慣れているらしくとっくにお茶に手をつけていた箒がこちらを見ていた。

 苦心して固焼きを食べるなのはを少し不安な面持ちで見ている。

 

「美味しいよ」

 

 空かさずフォローを入れたなのは。 実際嘘ではなく本当に美味しい。

 緑屋で出されるケーキは様々なフルーツや桃子独自のブレンドされた生クリームなどの複数の味を組み合わせて理想の菓子を追求していたがこの醤油煎餅は本当に醤油の味しかしない。

 だがそれでこれがケーキに劣るわけではない。

 しつこくなくそれでいてはっきりと主張してくる醤油の絶妙なバランスは単一の食材だからこそ出せる味だ。

 舌が肥えているなのはからしてもそれは高評価である。

 

「それに私お茶菓子は和風も好きだから平気だよ。お煎餅も久しぶりに食べるから嬉しいしね」

 

 手についた破片を舐めて残りの煎餅も口に放り込む。

 バリバリと口内でくぐもった破砕音が聞こえる。

 ひとしきり噛み砕き破片でほっぺが膨らまない程度には片付けた後で出された、まだ仄かに湯気が立ち上る玄米茶を口に含み飲みこみ一息つく。

 あれっといった顔が箒の目に入る。

 

「あれ、このお茶玄米じゃないの?少し味違うね」

 

 舌の触りに違和感があった。

 すると箒は鋭い目を少し丸くしてほう、と一つ間を打った。

 

「よく分かったな。それは玄米は玄米だが沸かす時に味のない素焼き煎餅を一緒にいれているんだ」

 

 煎餅?となのはが繰り返し箒が頷く。

 

「詳しくはないんだが玄米茶は元々古びた餅や煎餅を湯呑みに入れて茶と一緒に飲んだことが始まりらしくてな。私が個人的に真似してみて上手くいった奴を出した」

 

 初めて知る豆知識に感心しながらもう一度湯呑みを傾ける。

 戸惑っていた味もそういうものだと思えば中々イケるものだった。

 一口二口と上下させた後頻りに唸って口角を緩ませる様子に箒の猛禽類か日本刀のような鋭さの面持ちも柔らかくなる。

 そのまま二人で暫く高い破砕音だけを奏で、やがてそれが一息ついたところでなのはは手の破片を皿に落として箒を呼んだ。

 優しいまま真剣さを感じさせる表情に、箒もまた合わせて背筋を伸ばす。

 一瞬の硬直のままなのはは口を開いた。

 

「お姉さんからなにか連絡きてない?」

 

「あなたが来ることがか?それならきていないが」

 

「ううん、それは私の独断だから。臨海学校が終わってから束さんが電話かメールをくれたことはない?」

 

「いや...ないな」

 

「そっか...」

 

 それを聞いてなのはは少し束に口を尖らせたくなった。

 箒も流石に急に声のトーンを落として黙るなのはに感じるものがあり思わず返す。

 

「敵に何か動きがあったのか?私の家に攻めてくるとか」

 

 本題に入る前に確信を突かれたなのはは瞬きの間だけ身じろぎをして迷うように首を横に振る。

 否定のようだが自信がなさそうな仕草に箒はなんとなく悟る。

「確定的ではないがその恐れがある」といった程度だろうと当たりを付け、なのはの煮え切らない態度にも合点をした。

 優しい彼女の「箒にその可能性を伝えて不安にさせたくない」という気持ちがなのはの生来の素直さとぶつかって曖昧な首の振らせ方をさせたのだ。

 しかしそこは思い切りのいいなのは。 すぐに態度を切り替えて箒に話を進めた。

 

「束さんの考えではスカリエッティが君を直接襲う理由はないらしいんだけど....気になってね」

 

 束の考えていることはなのはには大部分が解らない。

 自分の事はほとんど語ってくれないし、たまに呼び出したかと思うと取るに足りないその場の思いつきでなのはを振り回す。

 例を出せばテレビゲームの対戦相手になってくれだの、キャッチボールをしたいから球をなげてくれだのばかりでなんの意味があるのか解らなかったし、実際それらの行為が行為以上の意味を果たしたことなどただの一度もなかった。

 束は「遊び相手が欲しかった」というだけで地球の裏側だろうが相手を呼びつけられる。 そんな人間である。

 しかしそんな彼女にも身内に対しての愛情は一般人の自分にも理解できる正常なものだった。

 些か自分中心的で本人にすれば多少傍迷惑な愛情表現ばかりだが、紛れもなく箒は束にとっての掛け替えのない存在でありそんな彼女が篠ノ之神社への護衛に乗り気ではないということは、本当に天災篠ノ之束の脳裏にはスカリエッティによる襲撃はあり得ないのだろう。

 それを理解できないなのはではない。

 そもそもなのはとは職業柄他人の意志や特徴を尊重するスタンスを取る一方で、本質的には自分の感性を優先して人と関わる少々強引な性格の持ち主だ。

 当初のフェイトを助けようとしたのだってそれだ。

 フェイトは否定するだろうが、なのはにとってあの時の助けたいという決意はフェイトを尊重したものというよりは自分が彼女の生き方を許容することが出来なかったためであり、なのはもあの時の想いを間違っていたと否定するつもりはないが、だからといってあれが正しかったと言うつもりもない。

 全ては自己満足によるものだと自覚している。 だからこそ行動に移る前に自分を咎めることはしない。 開き直っているわけではないが自分の行いで起きる利益不利益は覚悟しているつもり故だ。

 

「箒ちゃん。守らせてください」

 

 優しい瞳が箒の瞳と合わさる。

 箒はこういういざという時に見える決意の表れのような強い意志を感じさせる表情に弱い。

 他人は本人自身が決めたことに従う方が、結果が良い悪い関わらず望ましいことだと考えているためだ。

 

「よろしくお願いします」

 

 相手に合わせるように箒も瞳を合わせながら最後には頭を下げた。

 目線を外されたことで話題を終わらせた箒は残った煎餅に手を伸ばした。

 

「高町さんが良いのならば今日は泊まっていってくれ。うちの風呂は檜風呂なんだ」

 

 檜風呂という単語になのはが目を輝かせる様子を箒は意外そうに思い、そして同じく微笑んだ。

 

 

ーー

 他人の定期券を使うことに不安はあったが無事なんでもなく改札を通過しモノレールの効いた空調で一息ついた巧は窓から見える景色をなんとなしに目の端から端へ流していた。

 窓際の席が好きなわけではないが、昔から電車やバスに乗る際は空いていれば必ず通路側よりも窓際を選んで座った。

 窓というものがなにやら気になった。

 透明な壁の奥に写る少し埃や汚れでくぐもった街並みが視界の端から端へと現れては消えていくのが幼い巧の心に今でも消えない習慣として興味を残した。

 窓がこの地上を中と外に切り離してくれている。

 歩けばいつかはたどり着く距離を景色として永遠に届かなくさせている。

 横移動で右から左へ、左から右へ、北から南へ、西から東へスライドさせて視界から消していく。

 旅人として流浪の日々を過ごしていた巧がこの動く箱の中では、美術館で作品に取り憑かれて動かない客のようだった。

 結局巧はモノレールが学園に着く数分の間をずっと流れる景色を眺めることに終始していた。

 遠くに写る自然の景色がつい数メートルの駅のホームの壁に移り変わったところで巧はその時初めて窓から視線を外して通路側に出ようと腰を浮かせた。

 

「なんだよ。居たんなら声かけてくれよ」

 

 隣に座られたのに気づかなかったのは単に夢中になっていたからか、音を立てずに歩く事が彼女のお家芸だったからか、今はどうでもよかった。

 それ以上に気になる何かを巧はリニスに感じていた。

 

「先輩には敬語で返すのがこの国の習わしですよ」

 

 天井で長方形の口を開けて首を振っている。 クーラーの冷たい風が薄茶色の髪を涼しく触った。

 猫が元であるからか、巧にはそのサラサラとした髪にキューティクルといった言葉よりも良い毛並みを適用した。

 下町を歩いていたら近所に住んでいるのか、やけに人に慣れた猫が足元に擦り寄ってきたようなそういう印象を受けた巧は以前もそうした様に、今度も足元の雌猫の頭を撫でようと手を伸ばす。

 

「やめてください」

 

 猫が喋って抗議する。

 構わず頭を撫でる。

 見た目通りのよく手入れされた毛並みに手を埋める。

 たまにごわごわな猫だと無造作に伸びた毛が肌にチクチクと痛いのだが、やはり手入れが行き届いているらしい。

 猫が頭を振って巧の手から逃れる。

 さっきまで手櫛で流していた毛が急に離れたせいで座席付近にいい匂いが引き抜かれて少しの間残る。

 その残り香が消えた時に巧はもう一度猫の頭に手を伸ばそうとする。

 引っ掻かれようと構う気は無かった。

 

「巧君」

 

 引っ掻かれなかった代わりに語気は鋭かった。

 金縛りというほどではないが、確かに後10センチといったところで手を止められた巧は口をすぼめる。

 リニスはそれに反応して手で巧の伸ばした手を押しのける。

 肌に触れる手が体毛に覆われていないことに気づき、漸く巧はリニスが人間であることを認めた。

 

「降りますよ。話は歩きながらします。バッジは着けてますね」

 

 巧はなのはから貰った念話が出来るバッジを思い出した。

 隠れてする話らしい。

 ますます便利なものをもらった。

 リニスが立ち上がると同時に車内に車掌らしき男性のアナウンスが流れて窓の景色の流れが緩やかになっていく。

 すると線路か車体の不調か。 急ブレーキが巧に世界が一瞬停まった感覚を与えた。

 椅子から飛び出し前の座席に額からぶつかりそうになるところを、横から体毛のない腕が丁寧に押しとどめる。 リニスは小揺るぎもしていなかった。

 

「大丈夫ですか。行きましょう」

 

 顎を下ろして答える巧にリニスは事務的な対応で、こちらは異常もなくスムーズに開いた扉から軽やかな足取りでホーム内に出た。

 足音一つしない後ろ姿は目で捉えていなければ置いていかれそうだった。

 慌てて追いかける巧の脳裏に午後のナビゲーションの体験がリフレインされた。

 

ーーきみのベルトのことで話があります

 

 念話の中でも気配を感じさせない女だった。

 今度は耳も使えないため声が聞こえなければ本当にどこにいるのかわからない。

 それ以上に頭に響く声が言った単語が巧の肩をビクリとさせた。

 

「なんだそりゃあ」

 

ーーほらほら、なのはさんから教わってないんですか?心の中で念じるように…

 

 思わず飛び出た言葉。

 既に学内で何人かの生徒が未だ帰省せずに残っている。

 私服姿の彼女たちの目線が巧に向けられる。

 リニスが慌てず咎める。

 念話で周りからバレないようにという配慮だというのに口で喋っては意味がない。

 なのはのナビゲーションのように念話に慣れない彼にやり方を伝えた。

 図式の明快さと口頭の要領の良さを併せ持つのが念話の特徴だ。

 他人とのイメージを完璧に共有出来ることが念話の素晴らしさだ。

 リニスは理想的に即座に巧にそれを伝えた。

 

 しかし巧が秘匿性を構わず口を出したのは決して念話のやり方を忘れたわけではない。

 

ーーなんで今更ベルトのことなんか聞くんだよ

 

ーーむしろ今まで聞かれなかったことを不思議に思った方が良いかと

 

ーーうお、ほんとに思ったこと全部通じんのな

 

ーー聞かれたくないものは心に鍵をかけるイメージで防げますよ

 

(口だけじゃなく心の中もこの世界だと油断ならねぇな)

 

 早速バレてしまった心の隙。

 ファイズのベルトは巧にとって様々な思い入れのあるアイテムだが、別段それに対して依存的なものはない。

 かつて真理の判断により村上たちにベルトを預けた際にはしばらくファイズロスの状態になってはいたが、それも昔のことだ。

 それでも巧にとっては「はい、そうですか」とあっさり渡すものではない。

 特にリニスのバックにいるだろうプレシアやさらに繋がっている束には。

 

ーー解析させるつもりはないって前に言っただろ

 

ーー私にとっては初耳ですね。プレシアと博士に言われただけですので

 

 釘を刺すつもりだったがリニスにはまるで応えない。

 念話の声の調子は嘘をついている風ではなかった。

 巧の足が遅くなりリニスの顔が隠れる。

 リニス自身も気にせずに前を歩き、巧も彼女を抜かせずその距離のまま景色が移動していく。

 窓がないここでは世界は単なる道に過ぎない。

 巧の目には先行するリニス以外映らない。

 背中で語るという言葉があるが、彼女が巧の想いを汲んでこの話題を切り上げることはないだろうということを、巧は言葉を交わす必要もなく悟った。

 

ーーわかったよ。あんたに頼むのはやめた...だがそうだとして俺はベルトを持ってきてはいない。なぜ駅の時に声をかけなかったんだ

 

 巧は普段ベルトを持ち歩いてはいない。

 以前の世界では下宿している菊池店に預けていることもあったが、それは真理や啓太郎のことを信用していたしなにより菊池店は家だ。 この世界で拠点にしているIS学園の寮は確かに外部からのセキュリティこそ西洋洗濯舗菊池よりずっと上だろうが、やはり学校の寮に安心してベルトを預ける気分にはなれなかった。

 せめて同居人がセシリアや鈴音みたいな気の知れた人間だけならばまだ分からなかったが、良い子達だろうがほぼ初対面の高校生が出入りする部屋に大事なベルトを残すわけにもいかない。

 よってファイズのベルトは常に非使用の時にはモノレール駅に駐車しているオートバジンの後部に取り付けているのだ。

 これは束も知っていることであるためリニスが伝えられてないのは考えられなかった。

 今の状況なら尚更だ。

 そんな疑問に答えるようにリニスは念話で気配の取れない声で初めて巧が読み取れる感情を出した。

 

ーーええ、聴いていますよ。その方が都合が良いですから

 

『言葉の意図が読み取れない』

 その違和感を巧は念話で通じた言葉選びではなく感情で感じた。

 今まで無表情だったリニスの言葉に初めて浮かんだ感情の種類があまりに見知った彼女からして似つかわしくなかった。

 

ーー...あんた、なんか怒ってんのか?

 

 好意的ではない。 というレベルではない。

 敵意とまでいえる悪感情を巧は今のリニスに感じている。

 だからこそこの念話越しの確認は彼なりの賭けだった。

 もしこれでリニスが返答に今以上の敵意を混ぜてきたのならばその時はリニス含めてプレシア・束は巧の敵として処理する。

 巧は出来ることなら思考の通りになってほしくないという視線を、未だ一度も見えていないリニスの優しい笑顔に向ける。

 

「そうですか」

 

 足が止まった。

 今まで流れていた景色が止まる。

 巧は窓の代わりにリニスを介して我が身を世界から浮いた存在という感覚を覚えていた。

 

「きみはそう思いましたか」

 

 背後を向けたまま動かないリニスから目を離せない巧に、周囲の極めてのん気に流れる日常など絵画並みに現実味を持たない。

 ここ最近感じていなかった世界からの疎外感に巧はリニスから目を離せなかった。

 まるでリニスが世界と自分を繋ぐ唯一の出口のように。

 リニスが笑った頃にその出口が開き巧は元の世界へと戻れるのだ。

 巧は一筋の願いを込めてリニスの反応を待った。

 

「それはすみませんね、誤解させてしまったようで」

 

 念話とは意思疎通を目的とする数多の人類が持ちうる手段の中でもトップの有用性を持っている。

 文面と口頭の良いところを持ち合わせている。

 感情や勘違いが起きやすい言葉などの意図なども、まるで文章とグラフで事細かに記されているかのように相手に伝えられ、そしてその伝達スピードは口での発音などよりも遥かに早急で正確だ。

 電子機器が電源ボタン一つで全てを理解し立ち上がるように、念話は全てを高精度に熟す。

 聞き間違いや読み間違いなどの相手の能力によりコミュニケーションの厄介さが増加したりしない。

 巧もリニスから送られてきた言葉の真意やそれにのせられてきた感情を彼女の望むものと寸分違わず瞬時に把握した。

 

ーー私はきみと出会った時からきみに好意的だった事など一度もないわよ。化け物さん

 

 敵意の言葉。

 敵意の感情。

 敵意の攻撃。

 

 全てが同時だった。

 巧が体感したのは閉ざされた世界からの脱出ではなく、更なる拒絶だった。

 

 

ーー

 湯船に浮かぶのは煙。

 湯けむりが自分が含む水分の重さに耐えられずに水面に揺蕩い、やがて重い余分な水をお湯に残して気体として空へと消えていく。

 お湯が煙を生み出して、煙がお湯に帰っていく。 帰って来れなかった煙が雲として上がっていきやがて地面に降りてくる。

 今度はお湯の代わりに地面が彼らの受け皿になっている。

 目の高さからドンドン沈んで浮かんで別れていく煙になのはは知らぬうちに自身を重ねていた。

 別に目の前の現象は物理的にも概念的にも何一つ、自分の置かれた異世界旅行に箸にも棒にもかからない。

 ただこのなんでもない煙の行き交いがなのはには今までのなによりもマッチして鮮明に感じた。

 檜の香りがお湯に溶けて鼻を嗅ぐわす。

 辺りを囲む孟宗竹が湿気で違った趣を表に出す。

 思わず心が躍る。 これは実際にここにきて見なければ一生感じることの出来なかったインスピレーションだ。

 箒に風呂を借りることとなったなのははまるで銭湯のような本格的な和の空気に心を安らいでいた。

 神社に住んでいることも珍しかったが、まさかここまでレアな生活を体感出来るとは思ってもいなかったなのはは、本来の目的を忘れ。た訳ではないが、滅多に体験できない檜風呂と竹の匂いに声を潜めてゆったりと楽しんでいた。

 

「高町さん。湯加減はどうだ」

 

 敷居の向こうから箒の声が聞こえる。

 窓を開け放って自然の音を聴いているなのはには少し遠いものに感じる。

 

「良い加減だよ」

 

 心配なので声をいつもより大きくして返事を返した。

 箒のそうかの声がやはり遠い。

 自然の空気に負けている。

 なのはは外に集中した。 扉の向こうの微かな声を拾うよりも、回り道して窓から箒の声を探したほうが確実だった。

 そんなに時間はかからなかった。

 直ぐに箒の凛とした声を探し当てたなのはは、嬉しくなり当初はそんな予定はなかった話題を切り出していた。

 

「お姉さんって...束さんってどんな人?」

 

 急な話にえっ、ともらす箒の狼狽がハッキリと聞こえすぎてなのははどきりとする。

 しかし直ぐに気を取直して続けて聞く。

 頭に浮かんだ束と箒の姿がなんとなく噛み合わない気がして気になっていた。

 

「無神経な質問だろうけど.....きみがあの人のこと苦手だってことは分かるよ。いつも急だもんねあの人」

 

 箒が窓の向こうから笑った。

 気遣ったほど気に病んではいないみたいだ。 むしろ噂話に興じる種類の人間のように箒は自身の身の上話を切り出していた。

 幼い日から今の日までの、束のお陰で被ってきた理不尽な被害になのはは全て首を小刻みに振ってうんうんと返して納得した。

 全てイメージで再現が容易だ。

 束なら何をしても納得できる。

 今は箒が8歳の時に友達との他愛ない張り合いで出てきた『夏休みの宿題をどれだけ速く終わらせられるか』という勝負をうっかり束に漏らしたため、束が夏休みの一日目のままこの世の時間を止める装置の実験で出た爆発で家が危うく全焼しかけた辺りだ。

 

「そんなドタバタがあったから結局宿題はギリギリまで伸びてな...だが、勝負はその子が喧嘩そのものを忘れたためノーコンテストとなったんだ」

 

 子供の口約束などそんなものだろう。

 なのはもアリサ達と昔した大事な約束の数々。 その大部分が忘れるかうやむやになっているかで、実際に達成されたことはほとんどない。

 それで有耶無耶な頭のまま、有耶無耶でないアリサに怒られてまた喧嘩になって最終的にはアリサも喧嘩の激しさに原因を忘れて、結果は有耶無耶となってしまうのだ。

 

「でも束さんは過保護だね」

 

 箒が話してくれた武勇伝はどれもノーベル賞ものなぶっ飛び加減で、改めてなのはは篠ノ之束のすごさを再認識した。

 そして同時にその力が今までの二十余年の人生でよく社会の枠組みから逸脱せずに成長を遂げられたものだと感心する。

 彼女自身の人間性はお世辞にも優れているとは言えないため、そこも含めてなのははこの奇跡の要因を暇な時間ずっと考えて、いつしかレイジングハートの内臓メモリに考察を記録させるほどのめり込んでいた。

 そのお陰である程度得られた結論が、彼女が身内には超がつくほど甘いということ。

 最も彼女が身内に甘いというよりは、それ以外の他人に対しての配慮が一般人に比べて遥かに気薄なため強調されているといえ、束自身の愛情の範囲自体はきっと普通の人間が家族に抱く感情とさして大差は無いはずだ。

 そんな彼女は勿論身内の言うことならある程度の融通がきく。

 幼い千冬や箒らが多感な時期になんとか彼女を普通の枠内に収まるくらいには誘導したのだろう。

 ここは彼らのファインプレーだ。

 過保護な束は箒に弱いのだ。

 ため息をついて「妹離れできないダメ姉だ」と毒を吐く箒に笑いながら、なのははいつもよりのぼせるまで長風呂を楽しんだ。

 

 湯上りに箒の着物を借りて、居間にて今度は冷たいお茶を出された。

 入浴中のぬるめの水が、健康的にも摂取効率的にも良いのだが、気持ちいいものが一番良いものだ。

 風呂上がりに冷たい飲み物を一気飲みが至高の作法。 なのはは流石にもう一気飲みで一喜一憂する歳ではないが、今日くらいは童心に帰ってみるのも悪くない。 グイッと片手サイズの湯のみを傾け喉の奥に嚥下する。 むせた。

 

「大丈夫か?」

 

 心配した箒が苦笑いを浮かべてティッシュを差し出してくる。

 礼を言って受け取り口周りを拭う。

 やはりそういう歳ではなかった。

 火照ったからではない赤い頰を隠すようになのはは窓の先で日を隠した山を見る。 もうすぐ誰もが夜になったと感じる時間帯になる。 IS学園は地理的に太陽が隠れる先は水平線なためまだ少し明るいだろう。 まだ残っている生徒や教師たちは今頃少し早いか遅い夕食にありついている頃合いだ。

 そんな考えに行き着いたからか、鋭敏になった嗅覚が箒が作ってくれているのだろう腹の虫を空かせる匂いを捉えた。

 

「急に来られたから碌なものは作れないが...食べて行ってくれ」

 

 当然喜んで食べる。

 ここ最近大人びた彼女しか見ていなかった箒は、ずっと微笑ましいなのはを新鮮に思っていた。

 本当はこんな感じの年頃の少女なのだろう。

 そんな彼女だからこそ箒には気になってしょうがなかった。

 

「なぜあなたは姉さんと行動をともにしているのだ?」

 

 振り返ったなのはは明らかに不意を突かれていた。

 先ほど束の話を自分から切り出していたくせに、予想だにしなかった辺り、本当に姉とは日常的に行動を共にしており、質問のタネにされるとは遂に思っていなかったに違いない。

 

「スカリエッティのことは理解している。だがあなたたちはそういう利害の一致以上に、なんというか...仲が良いように感じている」

 

 なのはは時空管理局として、束は個人的な恨みから。 どちらもスカリエッティに関わるために協力することは納得出来たし、実際始めの関係性はそんな感じだったはずだ。

 それがいつしかなのは個人としても束と深い関わりを持つようになっている。

 これは箒から質問されて改めてなのは自身気づいたことだ。

 なのはは顎に手を当てて思案する。

 箒も黙って待つ。

 やがて湯のみの霜が集まり重さで伝い、なのはの腕に落ちた時彼女は箒の目をしっかりと見て告げた。

 

「束さん...........良い人、だから?」

 

「なぜ疑問形」

 

 箒のツッコミになのはがあれ?となる。

 どうやら自分で自分の声の調子を理解していなかったようで、箒に改めて瞳を合わせて

 

「疑問形だった?」

 

「だった」

 

 箒が頷くとえ〜っとなったなのはは恥ずかしそうに頰を隠し、冷たい湯のみを当てて冷やす。

 その姿がなんだか可愛らしくて箒は遂に声を出して笑う。

 赤くなって俯くなのはに謝罪をして顔を上げさせる。

 

「そうか、姉さんは良い人なのか」

 

 口にしてみて考える。

 確かに悪人かと言われるとどうだろうと首をかしげる人だ。

 たまに本当に洒落にならないことをするし。 あの歳にしては常識が欠如しているし。 見た目は美人だがもし恋人を連れてきたら全力で相手を説得して目を覚まさせてやるだろう。

 とても人に誇れるような人間ではない。

 だが自分がかけられた愛情は本物だったし、良い思い出もたくさんあった。

 なのははそういう本質的なものに惹かれたのだろう。

 そしてそれは束も同じく。

 なのはが日課としている『束。常識人化原因解明』の一因となったのはなのはと触れ合い、彼女の人となりに感化されたからだ。

 知らず知らずのうちに天災が丸くなる要因を作っていたとつゆ知らず。

 おそらく束も知らない。 というか気にしてもいないだろう。

 箒は久し振りにあった束の、幼き日と変わったことと変わらないことを比べながら、照れ隠しに湯のみを傾けるなのはを眺めた。

 

 落ち着き、おしゃべりにも間が生まれた頃合いで箒はなんとなしになのはを見た。

 宝石の形となったレイジングハートを掌に乗せ、真剣な表情のなのははさっきの面影を微塵も見せない。

 本来の訪ねてきた目的である箒の護衛。

 そのための準備を済ませているなのはは最後にそれらの動作チェックに移っていた。

 レイジングハートを中継させて作業を進めるなのはに箒は邪魔をしてはいけないと声もかけられずにいた。

 そうでなくとも話題が浮かばない。

 間違いなく口下手な方である彼女はなのはが作業を終え、そして笑顔で終了報告をしてきた際も頷くことしか出来なかった。

 なのははそんな箒にもう一度微笑んだ。

 夕食のために皿を出す手伝いをしているなのはに先に声をかけられたのもそのことが尾を引いたからである。

 鍋を菜箸でつつく箒が肩を跳ねさせ目だけで後ろを向こうとする。 しかし直ぐに人体の可動域に引っかかり結局いつも通りな無愛想な格好でなのはに答える。

 

「なんだ」

 

 返事も無愛想だ。

 いつもこうだと箒はいつものように眉を潜めた。

 あと少しの努力ができない。

 友達が少ないのもここら辺の気配りができないからだろう。

 

「ううん、大したことじゃないんだけどね」

 

 なのはとは正反対だなと、感じる。

 人の機微に気づくくらいは箒にも出来るが、このちょっとした思いやりの言葉が出せない。

 もう諦めるしかないなと、箒は観念してなのはに集中する。

 人の話を聞かないほどにはなりたくない。

 

「ごめんね。今日は突然来ちゃって」

 

「そんなことか」

 

(違う違う。もっと優しい言葉使いが出来んのか...だいたいなんでそこで切る。これではつまらない発言をするなと言っているみたいじゃないか)

 

「気にするな」

 

 出来るだけ早く気にするなにこぎつけた箒は神経を張り詰めさせる。

 次の発言は迅速に優しくするのだ。

 そんな思いの甲斐なくなのははそれから何も口に出すことはなかった。

 仕方なく箒は自分から切り出すことにする。

 このままでは自分だけ気分が悪い。

 

(自分勝手なやつだ)

 

 思いながら箒はやはり楽しかったおしゃべりの続きを申し出ることにした。

 

「今日の献立である味噌汁はな。なんと近所のスーパーで買った普通の味噌を同じスーパーで買った普通の食材と混ぜて普通の鍋で煮ているんだーーしかし唯一豆腐は少し大きなスーパーで買った600円の高級品だ。

驚いたか?

なぜかというとな、豆腐だけ売り切れていたからだ。豆腐がないと味気ないから奮発したんだ」

 

 出来る限りの茶目っ気を混ぜて背後のなのはの優しい反応を待つ。

 

「箒ちゃん...」

 

 結構ガチめなシリアストーンに箒はビビる。

 後悔しながら慌てて振り返ると、なのはの見たことのない怖い顔が写る。

 なんとなくそれは自分のセンスのないジョークに憤慨しているわけではないということが分かった。

 なのははカチャリと重ねた平たい皿をテーブルに置き、箒に一瞥する。

 冷たい瞳に確かな怒りの火が見え、箒は肩を竦ませる。

 

「先に食べてて。服、借りるね...」

 

 次の瞬間には今まで箒が見たこともない迅速さで篠ノ之邸を飛び出したなのはは、人目も憚らず桃色の光を解放。 その身を魔力で包むと突風を巻き起こして夜空に舞い上がる。 密集した竹がその風で揺れ擦れ合い、その音だけが箒が感知できたなのはの痕跡だった。

 普通の味噌汁が泡立つ。

 沸騰させてしまった。

 箒は火を切れなかった。

 

 

ーー

 高速機動は得意ではないが、それでもこうして一度家の上を通れば、スーパーマシンであるオートバジンよりも速い時間で不吉な予感のするIS学園へ急行することは容易である。

 認識阻害もかけていなければ、人の視力の限界である高高度を飛んで誤魔化すことすらしていない。 今家の上を飛んでいるのも、箒の家から飛び立つのに竹が邪魔だったからであり、そこから少しも高度は気にしてはいない。 もしかしたらもっとスレスレを飛行している可能性すらあった。

「魔法が当たり前にあったミッドでの生活が彼女の常識を蝕んだ」というわけでは断じてない。

 元々彼女にとって魔法とは非日常のものであり、ユーノとレイジングハートの注意の元おっかなびっくり空を飛んでいた彼女が、今更これを怠ることはあり得ない。

 

 すなわち高町なのはは慌てていた。

 

 幸いなのかなにかの力が働いているのか飯時の現在。

 道を歩く人間や車がなのはに気づくことはなく、出来る限りのフルスピードで飛行するなのははそんなことに気づく筈がなく、大凡行きの2分の1の短縮で本島の端に辿り着いたなのはは目の前に広がる異質な靄のような空間異常に歯をぎしりと鳴らして漏れ出るような呻きをした。

 

「どういうことですか...束さんっ」

 

 プレシアがかけたと思しき結界がIS学園を中心に半径数十キロを覆っていた。

 かつての守護騎士達のそれに匹敵するやもしれない大規模な広域結界を前に、なのはは篠ノ之邸で感じた協力な魔力反応をこの結界の波長のものだと特定した。

 いつかの駅周りで発生した敵の魔導師が張った人払いの結界とは訳が違う。

 結界の表面にて立ち込める瘴気のような靄は見た目そのまま、結界の凶悪性を露呈していた。

 数百メートル離れたこの位置からしても肌にひりつく感覚は毒にも似ている。

 恐らく学園内に残っている生徒達はこの異様なプレッシャーにて意識を失っていると見て取れた。

 

「ブレイク...」

 

 こういう時のなのはは速い。

 心に浮かぶあらゆる感情よりも、結界破壊による救出を優先した彼女はレイジングハートの砲身へ魔力を集中させる。

 完全に暗がりになってしまった海辺に桜色の太陽が昇る。

 なのはの周りを流れる魔力素が片っ端からレイジングハートの先端に集まって収束していく。

 杖の表面。 正面。

 あらゆる角度から粒子状の魔力が矛となるため珠玉の相棒により変換されていく。

 その輝きが洗練され頂点に達した時、なのはは自身が待てる最大の貫通力を誇る砲撃魔法。 『エクセリオンバスター』を結界へと放った。

 

「シュート‼︎」

 

 ディバインバスターとは明らかに違う粒子の移動。

 光の濁流と評したディバインバスターの時と違い、粒子の一つ一つがまるで柄から伸び続ける一本の鍛え上げられた刃の如き統一性で射出されている。 射程と精密性、そして細かな出力調整を度外視した結果。 ディバインバスター以上の威力を誇るなのはの本気用の一撃だ。

 結界に当たると同時に切っ先が壁を構成分子ごと破壊しようと突き立つ。

 靄が刀身にまとわりつき触れたところから腐食させていく。

 刃こぼれをしながらも、これは砲撃。 絶えず降り注ぐ質量を持った光がそれで靄をも跳ね除け、着々と結界を穿っていく。

 予想以上の頑強さだ。

 なのはは焦る気持ちの中でも冷静に分析をしていた。

 

(これほどの結界となればプレシアさんだけど、いくら大魔導師でもこの魔力量は個人が運用できる魔力量を超えている。やっぱり束さんが……)

 

 彼女の保有できる魔力総量自体はさほどのものではない。

 プレシアが大魔導師として登録された理由は、媒体から魔力を供給することで天文学的な規模の魔導運用を個人で、しかも複数回行使することが可能であることだ。

 それは即ちこの世界に天文学的な総量の魔力を生成出来る装置が存在しているということに他ならない。 そしてそれを作り出せる人物となれば、なのはの知る限り一人しかいない。

 

ーー巧くん‼︎聞こえる⁉︎

 

 まだ胸に着けていることを願って念話を飛ばす。 が、だめだ。

 砂嵐のようなノイズが走り、念話を妨害している。

 恐らく結界の持つ余剰な力が干渉しているのだろうが、それ以上に直接的な妨害が巧を襲っているのだとなのはは確証なく確信した。

 未だに穴の開かない結界に焦る。

 更なるブーストをプラスする。

 ポンプアクションで薬莢を排出したレイジングハートが、薬室内で炸裂した爆発的な魔力ブーストで刀身を更に加速・強化させて放つ。それは勿論なのはにもダイレクトに伝わる。 力の高まりが全身に伝わる。 テンションの高揚に任せて今一度のブーストを上乗せした。

 

「っ……ぶっ…!」

 

 口内の鉄の味とともにフラッシュバックされる地獄の瞬間。

 心の奥に冷水をかけられたかのような我慢仕切れない悪寒が体を駆け巡る。

 

(リミッター越しでも、ここまで...‼︎)

 

 束に自分から打ち明けた最悪の展開が思考を支配する。

 不屈と心を怖いくらいの冷たい何かが這いずり回る。

 昂ぶる心のなかでも冷静だったなのはの理性が、この展開で余計に冷たく計算をはじき出した。

 流動する魔力の勢いが強くなればそれだけ着実に我が身に近づく絶対的永遠な『冷』をなのはの理性は全力で回避しようとした。

 それでも不屈の心は向こうの命を選ぶ。

 

 その日一番の光量が海岸線を照らした。

 

 ひらけた景色にもう行き先を隠す靄はない。

 途端にがくりと鉛のような感覚が襲う。

 全身の筋肉を叱咤し拒絶したなのはの口元から一筋の赤い線がツーっと流れた。

 

「っ....か、ふぅ...」

 

 喉を空気が通るだけで突き刺されたような痛みが起きる。

 指を動かすだけで繋がる皮膚から神経の一本一本が断ち切られたかのような痺れが襲う。

 それでもなのははアクセルフィンを発動して全速力で離れ小島へ向かった。

 もはや死に体のなのはだが、これはまだリミッターのかかった適した魔力運用状態だったからこの程度で済んでいるのだ。

 これで本当に次の全力全開には死がつきまとうということを再認識した。

 それでも彼女が止まる理由にはならない。

 途切れそう。 いやもう半分気絶しているかもしれない。 魂に檄をいれて感情で自身を飛ばしているに過ぎない。

 体が軋みを上げる。

 それこそこの魔法を解き、地面に足をつけた瞬間。 身体が崩れてしまうと錯覚してしまう程に。

 気力では限界がある。

 それでも気力で飛ばすしかない。

 最早戦闘をこなす余裕はないかもしれない。

 死の恐怖は収まったものの相変わらず冷静ななのはの理性が休息を必要と叫んでいる。

 事実このままハイペースで移動してスタミナが持つはずがなかった。

 しかしそれは今も危険に晒されている巧を前にしたなのはに、決断させることは出来なかった。

 自分とのせめぎあいの中でなのはの体がふわりと浮いた。

 誰かが空中でなのはを抱き上げたのだ。

 

「きみは...」

 

 驚き、その人物を見て納得した。

 喋れない代わりに電子音をピロロロと鳴らし、フェイスカバーになったメーター群に光を走らせた二脚の鉄人。 バトルモードとなったオートバジンが背中のスラスターを吹かして空を飛んでいた。 なのはの身体を両手の中におさめた彼は物言わぬ姿でIS学園に向け進路をとった。

 

『私が呼んだのです。彼にもなんらかの妨害工作が仕組まれていたので受信に手間取りましたが』

 

 レイジングハートの機械的な声が暖かいものに感じる。

「休みなさい」そう言われた気がした。

 

「有難う。二人とも」

 

 オートバジンの飛行速度は時速70kmと低速ながらも学園に辿り着くまでにかかる時間はほんの10分足らずだろう。 それでもアイドリング時間が有ると無いとでは大分違う。

 短いながらも慈しみの配慮はなのはの体とそれ以上に精神を落ち着かせた。

 

『時にバジン君。2時間23分07秒前のドライブデートですが、とても素晴らしいものでした。今度はいつか二台きりで出かけたいものです』

 

ピロロロ

 

『なるほどすでにピックアップしてくれたのですね。では念話で位置情報を交換します。ここまで近ければもう電波障害の心配はありませんからね』

 

ピロロロ

 

『把握しました。大変良いドライブロードですね。トラブルが起きた場合、安易なタイタニック的吊り橋効果でバカなカップルが生まれそうな場所です』

 

ピロロロ(その前に死にそう)

 

『では記録しておきましょう。フォルダ名は「落ちたら死ぬよ♪国道157号」で』

 

...........んん?

 

「え、なに?なんの話してるのデートって何?え、どんな関係性なの二人とも」

 

 高町なのはがデバイス同士の交際を知るのはもう少し後のこと。

 

『いましたmaster。位置情報を転送します」

 

 レイジングハートの変わらぬテンションな迅速な仕事により、目的地を確認したなのははその場所に視力をこらした。

 結界。

 しかし今度は外に張られていたものほど凶悪なものではない。 ごく一般的な認識阻害の結界で、ユーノが使用していたものと同系統なものだ。 内部への干渉も全くないだろう。 魔力の質からプレシアによる二段構えだということが分かった。

 しかしそれに安心している暇はない。

 あの中に巧囚われていることは間違いない。

 ピロロロ。

 電子音が鳴る。

 

『Masterーバジン君は登録されているようです』

 

 ますます不思議だ。

 邪魔されたくないのならなぜ2枚目の手を抜く。

 プレシアなら2枚目に力を注ぐ程度の余力は問題なく有るはずだ。

 それとも一枚目を抜かれたことは想定外なのか。 ただ単に気にしていないだけか。

 疲弊させたなのはを叩くためだとしても、わざわざ招き入れずともこの空域にゴーレムを配置しておけば事足りるだろうし、なによりそんな必要性が見えない。 こんな時だが、なのはは束が自分を殺すとは考えられなかった。

 

(でも力を使わせることが目的なのは間違いない....招き入れたくても邪魔されたくはない?)

 

 思考の余地はさほど残ってはいない。

 オートバジンはもう数十秒で結界内に突入する。

 流石は機械だ。 躊躇いがない。

 なのはも躊躇うわけにはいかない。 状況に即時対応して行動するのが砲撃手だ。

 少しの減速もなくなのはは紫色の淡い光を貫いた。

 

 黄色の閃光が灰色の残像を追っている。

 ブレイドモードに移行させたカイザブレイガンが周囲の湿気を蒸発させながら黄色い残光を走らせる。

 初見のなのははそれがファイズと同系統のものだと見抜いた。

 カイザの全身を流れるフォトンブラッドの循環路『ダブルストリーム』がスーツ表面に浮かび上がり闇の空間に黄色い魔人を誕生させていた。

 そんなカイザから逃れる影。

 光の浸食を闇へ闇へと避難しながら灰色の影が疾駆している。

 結界内でもそのままとなっている広場のモニュメントを凹ませながら、木製のベンチに亀裂を与えながら縦横無尽に暗闇に消えていく影をカイザブレイガンの明かりが照らし出す。

 灰色の体表。

 オルフェノクがその獣を思わせる脚を駆使してカイザの刃から逃れていた。

 なのははすぐに行動する。

 想像を絶する光景などとうに理解していた。

 こういった手合いの対処法ならば簡単だ。

 なのはは先程である程度回復した魔力を使って空中に魔法の帯を編み始める。

 警察官としての活動の多い時空管理局員が最も多用する魔導運用の一つであろう。 捕獲魔法、バインドを生成したなのはは対象を正確に捉えた。

 

『Restrict Lock』

 

 高町なのは基本にして最強の捕獲魔法が跳び回るオルフェノクと剣を振るうカイザを同時に捉えた。

 ビタリと完全に勢いを止められたカイザとオルフェノクはほぼ同時になのはに向いた。

 無言のままレイジングハートを向けるなのは。

 

「.......普通、逆では?」

 

 その先端はカイザを捉えていた。

 

「どういうつもりなんですか......リニスさん」

 

 本来高めのなのはの声がドスの効いた低いものになり、カイザに変身したリニスを威圧する。

 なのはを地面に降ろしたオートバジンが前輪が変形したガトリング砲を同じくリニスに向ける。 内蔵された12㎜口径の16門銃身はオルフェノクの硬い表皮をも砕く。 いかにカイザの装甲といえども無防備に食らってタダで済むはずがない。

 横にはファイズたちの必殺技すら超える殲滅力を誇る。 桃色の砲身が狙っている。

 そのお陰かどうかは不明だが、リニスは観念したように手に持つカイザブレイガンを落とした。

 生成されたままの刀身がアスファルトの地面に刺さり柄まで貫通する。

 

「化け物退治です。スパイのね」

 

 その分自由になった指で拳銃を作りリニスはオルフェノクを撃った。

 弾丸の代わりになのはのこめかみにシワが寄せられた。

 

「どういうことなの......巧くん」

 

「見ての通りだ。こういうことだよ」

 

 ウルフオルフェノクの影が巧の姿となりなのはに答えた。

 考えられないことではなかった。

 オルフェノクのことを説明する様子で、ベルトのことを説明する様子で、それ以外の情報で、

 

 乾巧の正体がオルフェノクであることは別に意外なことではなかった。

 

 元より常識が通用しない世界だ。 なのはは十分準備できる機会を貰っていた。

 それでもなお説明のできない辛さが胸中に現れた。

 

「俺はオルフェノクだ。あんたらを騙してたんだよ」

 

 言葉の節々。 1秒の刹那。 巧が出すあらゆる一瞬の繋ぎでなのはは悲痛を感じた。

 

「そうじゃないよ...なんで、なんでそうとしか言わないの?」

 

 なのはは分かっていた。

 この状況で自分が感じている辛さの何百倍も強いものを巧は感じている。

 この突き放すような嫌な言い方は彼の逃げ出したいという想いが出させている悲しい叫びだ。

 

「私には関係ない‼︎巧くんは巧くんだよ‼︎バイクに乗せて運んでくれた。あの巧くんに変わりはない‼︎」

 

 ウルフオルフェノクの能面が少し動いた気がした。

 なのははもう一つの能面も動かそうとした。

 

「リニスさんも...どうしたんですか?

あなたは見かけであの子を判断するような人じゃないはずです。なにか理由があるのなら言ってください」

 

 それは仲間としてでもあり友達としてでもあった。

 目の前の仮面の騎士と頭の中の優しい少女が当てはまらなかった。

 読み取れない無言のカイザをなのははジッと睨みつける。 リニスを隠す仮面の騎士を睨みつける。

 一陣のそよ風とともに肌にピリリと走る電流が流れた。

 

「私も変わらないよ。なのはちゃん」

 

 いつのまにか捕らえられたリニスの後方に、目に悪い敗色のドレスを身につけたウサ耳のアリスが現れた。 横に従えたバリアジャケット姿のプレシアを認める前になのはが叫ぶ。

 

「束さん‼︎なんで‼︎」

 

「だったらなんで彼を襲うのかって?」

 

 いい?なのはちゃんと束のよく通る声がなのはの怒りを貫通する。

 

「確かに私もリニスちゃんも君と同じく乾くんへの認識は変わらない。オルフェノクだったとしても彼が私に牙をむく可能性は低いし、私も今まで通りこの子と接することができる」

 

 淡々と、自己分析するかのように束のコンピューターが弾き出した結論が発声によりなのはに告げられる。

 冷静になったなのはの目から見ても束に何一つ狂気に似た念は感じられなかった。 彼女は自然体でそこに立っている。

 それが余計になのはには嫌だった。

 躊躇いなく巧に危害を加えられる束の姿が嫌だった。

 束はでもねと言葉を続けた。

 

「対応が変化するのはしょうがないと思わないかな?

何より....私の目標はスカリエッティを叩きのめすことだから」

 

「それを達成させるための手段は、なによりも博士と我々には優先されることです」

 

 リニスも普段の調子でなのはに言う。

 フェイトに魔法を教えていたとすればおそらくこんな感じだろうと思われる優しい口調で。

 プレシアが放った電流がカイザの表面を走り、バインドを焼き切る。

 

「巧君はオルフェノク攻略のため、捕獲し解析するわ」

 

 プレシアの言ったことがなのはの疑問に対する全てだった。

 スカリエッティが亡国企業とオルフェノクたちと繋がっていることはすでに分かっている。

 ムラがあるものの戦闘力という点でもっとも厄介なのはオルフェノクだ。

 奴らのメカニズムを調べ上げ、弱点を見つけることが出来れば、大きな戦力となるだろう。

 巧はそのために隔離され襲われたのだ。

 そう理解し、レイジングハートを握る拳から音がする。

 抑えられない。 しかしぶつけることのできない感情をそれでも押し殺すように、なのはが強く歯を噛みしめる。

 

「なのはちゃん。私はこういう人だから」

 

 それがトドメとなった。

 なのはの体から無駄な力が抜け、自然体となる。

 伏せられた顔を上げた時にはまるで憑き物が取れたような穏やかな、しかし引き締められた強い意志を感じさせた。

 プレシアが杖をかかげ、リニスが地面に刺さったブレイガンを抜き取る。 束だけがその様子に警戒せずに眺めていた。

 

「分かりました。束さんたちが巧くんを見逃さないというのなら...」

 

 なのはが右手を空に流すと、巧の体を縛っていたバインドが粒子となり崩れる。 元の魔力素として結界内に四散した。

 自由になったウルフオルフェノクが驚いて手足を見てそしてなのはの方を向くと、もう彼女は巧の目の前に立っていた。

 

「私は絶対させません」

 

 巧の前に身を乗り出すなのはの体勢は先程のリニスへのものとは大きく違っていた。

 レイジングハートは先端である砲身を下げ、誰にも向けていない。

 両手を下げ、ただ巧の前に立っているだけだ。

 訝しがり思わず杖を同じように下ろすプレシアと尚も変わらぬ構えのまま、しかし向かってきはしないリニス。 またしても束だけが何もしなかった。

 束が口を開く。

 

「させないって言う割りには腑抜けてるね」

 

 なのはが口を開く。

 

「はい。私は束さんたちには攻撃したくありませんし、束さんたちに巧くんを攻撃させたくありません」

 

「あっ、でもこの姿はこのままで。なにかあった時対処できますから」

 

 なんなら笑ってもみせるなのはにリニスも束の出方を伺う。 カイザの視野は人間のものを遥かに凌駕するため首は動かないのだが、当初の能面ぶりは感じられず戸惑いの感情が浮かんでいる。

 束だけが誰にも読めなかった。

 

「私のこと怒ってるんじゃないの?殴ったりはしないんだ」

 

「殴って済むんならボコボコにしてますよ。今でも腹わたが煮えくりかえるって感じです...でも」

 

「それで解決するのは嫌なんです」

 

 何一つの曇りもなくなのはは言ってのけた。

 プレシアもリニスも、そして巧も、瞬時にそれが本気だと確信した。

 巧の脳裏に午後の会話ででた教え子とのトラブルを思い出した。

 なのはははぐらかしたが、きっと彼女の言葉よりはややこしくて深刻なすれ違いだったのだろう。

 なのはの決意はそれを連想させた。

 殴ったかどうかは分からないが、恐らくなのはにとって不本意な形のまま任務で離れて、その間に解決されたのだろう。

 それはそれで良かったと言えるのだろうが、なのはにとって嫌な方法のまま終わらせてしまったことは不本意なものだったに違いない。

 高町なのはは人を殴ることが嫌いで、出来ることなら話し合いで全て解決して欲しい。

 それでも時として全力でぶつかり合った方が良いこともある。

 

 だがこの場面では話し合いで解決できないが、ぶつかり合いたくない。

 

 そういう状況だと彼女は判断した。

 巧は守り抜くし束たちに渡したりは絶対にしない。

 だが同時に束たちに攻撃したりもしない。

 それはとても甘く。

 そしてとても優しい。

 実質無抵抗宣言であるに関わらずその後ろ姿はどんなオルフェノクよりも力強く見えた。

 

「どうして2枚目に張られていた結界は認識阻害だけで、巧くんのバイクも入れるようになっていたのか…」

 

「それって私に止めて欲しかったからですか?本当は巧くんにこんなことするのが嫌だったから……「違いますわよ」

 

 

 

 

 

…セシリアちゃん?」

 

 なぜここにという言葉が浮かぶ前に私服らしいワンピースを身につけるセシリアはいつものように微笑んだ。

 

「結界の2枚目を弱めるように言ったのは私です。理由はなのはさんに無断で事を遂行したとして、それを貴女が知った場合。怒りに身を任せて協力を打ち切られる危険性を…この方々、まるで考えていませんでしたので」

 

 くすくすと口に手を当てるセシリアと歯止めが合う。

 いつも通り。 いや違う。

 なのはが初めて見る。 同級生としてのセシリア・オルコットではない別の顔だ。

 

「たとえ巧くんへの後遺症が最低限でも、そうなってしまう可能性がある以上、思い切って目の前で説明して反応を見極めた方が対応しやすいですから」

 

「なのはちゃんの力が無くなるのはたとえオルフェノクの弱点を得られても補えるものじゃないからね。セシリアちゃんの言う通りにしたんだ」

 

 セシリアへの注目を避けるように束が視線を自分は向けさせる。

 それを巧が止めた。

 

「お前がこれを考えたのか...?」

 

 巧の質問にセシリアは目線だけ向ける。

 オルフェノクである巧に何一つ動揺せずに白い瞳を覗く。

 

「違います」

 

「私が誘ったんだ。別にこの子に話さない理由もないし、計画を話したのはきみがリニスちゃんと戦ってすぐだよ。あと、勘付かれてたのはきみのせいだから」

 

 またしても束がセシリアにかぶせる。

 セシリアを庇うためかどうかは誰にも分からないが、巧はそうかとだけ言ってメリケンサック状の拳を構えた。 心配して見ていたなのはがえ、となるが巧はまったく悪びれない。

 

「お前がドMだろうが俺には関係ないからな」

 

「どっ、これ、そう言う意味でやったんじゃないよ⁉︎」

 

 人の決意を性癖公開みたいに扱われたことにショックを訴えるなのはだが、やはり巧は何一つ返しはしない。

 それもそうかとなのはも直ぐに気を引きしめる。

 和んだ空気に一瞬なったものの、状況ははっきり言ってかなりヤバい。

 大魔法の後とはいえプレシアに魔力の残量は関係ない。 リニスの纏う鎧のスペックも不明だ。

 そして今は控えているがセシリアの耳にイヤリングとして付けられているブルー・ティアーズが先程からねっとりとした気配で自分を値踏みしているのを感じる。

 BT兵器はこういう場合厄介な相手となる。

 

「おい、今の俺はファイズよりも動ける。いざとなったら構うな」

 

「うん。いざとなったら私が全員抑えるから逃げてね」

 

 巧が不満そうに唸る。

 守り通すと決めた以上巧のことはなにがあっても守るし、束たちにはパンチ一発も反撃しない。

 巧には強要しないがその分前線で全てを引き受ける覚悟だ。

 口元をキュッと締めるとまだ残った血の味が舌の上に広がる。

 巧は知らないだろう。 束とプレシアは知っているかもしれない。 回復した分の余裕はとっくに過ぎている。 今度は本当に死んでしまうかも分からなかった。

 それでもなのはに迷いはない。

 もう混乱から脱したプレシアとリニスがそれぞれ得物を構えている。

 束はここに来て初めて動きをみせる。

 といっても離れた位置に居るセシリアの横に移動して少し前でやはり無表情でこちらを眺める。 彼女は戦闘に参加しないつもりのようだ。

 セシリアは先程から何一つ動かない。

 巧が前傾姿勢になりより獣チックになる。

 見れば脚の関節が増え、更に強靭になっている。

 疾走態となったウルフオルフェノクが両手を広げて構え、その横を直立不動で鉄人オートバジンが並び立つ。

 

 一触即発。

 ......

 ...............

 ...........................

 

「やっぱりいーや。二人ともおさめてくれる」

 

 束の声。

 いつもと変わらぬマイペースな声だ。

 

「考えたら別にオルフェノクを調べなくても、もう有効な攻撃手段は三本も揃ってるんだ。ベルトの力を扱える者を減らす方が馬鹿だったね」

 

 巧が見るからに訝しげな様子を見せる。

 デルタのベルトのことは一夏により人参ロケットに運ばれた際に彼も見ている。

 未だに警戒しているなのはたちを他所に束に指示を受けた二人は呆気なくその通りにした。

 プレシアはバリアジャケットを、リニスはカイザのベルトをそれぞれ外して元の姿に戻る。

 

「リニスさん、あんた...」

 

 巧が影を通して喋る。

 なにやら複雑そうだがなのはにはその理由は分からない。

 代わりにリニスが何食わぬ顔でベルトを肩にかけて、まるで何事もなかったかのように、ついさっき出会ったばかりだという感じを見せた。

 

「これはきみが知っているものとは少々毛色が違うものでしてね、私とプレシアしか使えないのです。条件といえばそれぐらいでしょうか。なんなら試してみますか?失敗した時のことは保証しませんが」

 

 そう言うとリニスはカイザのベルトをあろうことか巧に投げ渡してきたではないか。

 驚きながらも強化された反射神経がベルトをキャッチさせた。

 無骨なオルフェノクの手がメタリックなカイザのベルトを撫でる。

 どうするのだろうか。

 暫し眺めてたなのはだったが巧はこれまたあっさりとカイザのベルトを投げ返した。

 仕返しのつもりかオルフェノクの力で結構な勢いで投げ返した。

 リニスはそれをあっさりと受け流し、回転させたベルトを再び肩にかけ「では」と踵を返す。

 

「なのはさん。貴女は私が「そんな人ではない」と言いましたが、貴女の知っている私などほんの一部分です.....それから巧くん。さっきはああ言いましたし、きみも私のことは嫌いでしょうが、私はきみのことは結構好きですよ?アリシアとも仲良くしてくれてますし」

 

 結界が消え、先ほどまでの光景は全て元どおりとなった。

 プレシアも束も現れた時と同じくいつのまにか消えており、リニスも結界が消滅したと同時に視界から居なくなった。

 まるで今までのことが全て夢幻のようである。

 バリアジャケットも念のため結界の解除と同じく解除しておいたため傍目から見れば完全に日常の何でもない一瞬だ。

 唯一消えていない二人を見て、なのははやはりどちらか消えて貰った方が良かったかもしれないと、難しい顔をした。

 

「さっきのことですが」

 

 セシリア。

 袖無しで露出した肩が白く、月明かりを浴びるとまるで真珠のように美しく際立つ。

 やはり結界とともに人間の姿に戻っていた巧は月に当たるとなんだか人狼のようだった。

 普段は人間に化けているが、夜になり満月を見ると叫び声とともに姿を変えて街へと降りて人を。 そこまで連想したところでなのはは己を叱咤する。

 

「私があなたを襲うように篠ノ之博士たちに提案した.....と」

 

「それがどうしたよ」

 

 吐き捨てるように噛み付く巧に一瞬不安になるが、考えてみれば巧は常になにかに噛み付いて生きているような男だった。

 

「もしそうだとして、どうするつもりでいらしたのかしら」

 

「それこそ聞いてどうするつもりなんだよ」

 

 なのはも同意見だ。

 未だになのはが感じる非日常な状態はセシリアだけだった。

 普段の大人びた雰囲気が、今は単に冷たい。

 もし巧の言葉が意にそぐわないものだったとして躊躇いもなく呼び出したライフルで巧の脳天を撃ち抜く。 そんな雰囲気がセシリアからは感じられ、なのはは恐かった。

 

「別に、どうもしません。そちらは?」

 

「さあな....そん時になってみねーとわかんねーよ」

 

「そうですか」

 

 会話は終わってもセシリアも巧も消えなかった。

 月に雲がかかりセシリアの綺麗な肌が隠れ、巧の表情が見えなくなった。

 暗闇から巧が「おい」と放った。

 

「明日、鈴音の奴とプールに行ってやれないか。織斑に渡すつもりが、あいつ、とちっちまって...一人で行くって言ってるから慰めてやってくれないか」

 

「あら、世話の焼ける方ですこと。でも残念....明日は先約が入っていますの。今日、慰めておきますわね」

 

 いつもの光景がようやく戻ってきた。

 そう感じた瞬間には直ぐになのはも日常へ帰る時間となっていた。

 頭にふと思い浮かんだ夕食をすっぽかしてしまったことと、そこで料理にラップをかけて待っている和風娘。

 やばいと思った頃にはすでに巧もセシリアも闇夜の何処かに居なくなってしまった。

 残されたものは本当に日常しか無くなってしまった。

 あれだけ寿命を削って手に入れた結果がこの孤独感かと思うと虚しく思う自分がいる。

 それをもう一人のなのはがかき消すとパッと陰鬱な心の闇が晴れた。

 あの非日常が終わって無事に戻ってこれたことが何よりの褒美だ。 そんな思いでなのはは気分転換的な気持ちで宝石の待機モードに戻ったレイジングハートを持ち上げ視線にいれた。

 日常も非日常も、どっちの世界にもレイジングハートはそばに居た。

 今回もそのいつもの流れの一つで、月日が経てば埋もれる蓄積に過ぎない。

 レイジングハートいえば気になることがあった。

 

「ねえレイジングハート。バイクは?」

 

 気づけばあの間違いなく人目を惹く鉄人がどこにも見当たらない。

 1番非日常だというのに束やプレシアよりも先に思考から消し去っていた。

 マスターが感知しない間にいつの間にやら仲睦まじい関係に発展していたらしいその片割れならば知っているかもと思いなのはは相棒を求めた。

 

『ガソリンが残り少ないそうだったのでモノレールにしがみついて帰って行きました』

 

 やはり思考よりも先に現場からも消えていたようである。

 取り敢えず心の中でお礼と、メンテナンスをサボり気味らしい持ち主への軽い同情の両方を済ませたなのはは、いよいよ待たせた訪問先の住民を安心させようと辺りを確認して、足元に躓きを感じて見下ろした。

 カードのような硬い長方形の物体。

 拾い上げるとやはりなのはの定期券だ。

 

「こんなところ置かれても気づかないって....」

 

 ついでだ。 切れていた財布の中身も補充しておくかとなのはは駆け足で寮の自室へと向かっていった。

 学園の窓にチラホラと宿る灯りがついに戻ってきた日常の光景として気に留めないなのはの後押しをしているようだった。

 

 

ーー

 なのはが寮へと帰って行った頃合いで入れ替わるように、寮への道先に偶然出会い共に歩幅を合わせることにした二人はなんとなしに言葉を交わした。 頭に浮かんだわけでも心に決めていたわけでもなく、強いて言えば事前の経験から普段よりも強調された日常的な雰囲気が、他愛のないいつでも出来る話題をさせた。

 

「巧くんって猫みたいですわね」

 

 リニスにしたようにセシリアが勝手に巧の頭を撫でる。

 手入れの荒い髪質はボサボサ揺れている。

 リニスほど大人しくはない巧が引っかく代わりに頭を叩く。

 

「でもいぬいって苗字ですわね」

 

 犬に触れるようにセシリアが撫で方を変えた。

 もっとも巧に犬と猫とでの撫で方の違いなんぞ分からない。

 ただ漠然となんか違うということを感じた巧は噛み付く代わりに鳩尾に肘を入れた。

 

「変身したら狼になりますけど」

 

 どうやらセシリアは色んな動物の撫で方をわきまえているようだ。

 相変わらず漠然としか分からない巧はそのどれもに心地良さを感じてしまっている自分に恥ずかしくなった。

 何者にもなれない存在感の薄さの証拠が感度の甘さに繋がっているように思えた。

 オルフェノクにもファイズにも乾巧にもなれない自分は猫と犬と狼の間をグルグルと回っていて、こうして簡単に外部からの撫で方一つでかき混ぜられてしまう。

 やがて混ざりまくった猫と犬と狼で出来たごちゃ混ぜのものが本当の自分なのかもしれない。

 殴ることも噛み付くことも何も手を出せなかった巧は人間らしく口を出すことにした。

 

「お前は高飛車な時があるな」

「冷たい時もあるな」

「奢ってくれない時が多い」

「何を考えているのか分からない時なんてしょっちゅうだ」

 

 思いつく限りの違うセシリアを上げていき髪を撫でてやった。

 リニスに負けず劣らずの見事な手触りだ。

 手なんかですいてやるのが勿体無いくらいだ。

 きっと宝石や黄金の櫛で手入れしても痛ませてしまう。

 人の手が入ってはいけないのだ。

 

「育ちが良いものでして」

 

 撫でられるたびに同じように返答するセシリアに、本当にそうかもしれないと巧は思った。

 産まれからして特別な髪質だ。

 神でもなければこの髪に触れていいのは親だけだ。

 しかしセシリアの親はもういない。

 ホークオルフェノクの鉤爪はこの絹のような束を切り裂いてしまうだろう。

 セシリアはもう頭を撫でられる事はない。

 甘えることは出来ないのだ。

 なんにもなれない自分ではますます彼女の髪を汚すだけだと悟り、髪から手を引き出す。

 乱暴な巧の手に一本の長い金色の髪がついてくる。

 セシリアが抜きましたわねと言うと巧は違う付いてきたんだと返した。

 

「お前は事あるごとに中身を変えて俺を惑わそうとするからな。これはお前の良心だ。髪の毛一本しかお前は俺に懐かない」

 

「まあ、亭主関白的。私、ヨヨヨと泣いてしまいますわ」

 

 笑った顔は友人としてのセシリアだった。

 親になれない巧がしてやれることは友人として振舞ってやることくらいだ。

 結界内で見たセシリアは巧も初めて見るまだ見ぬセシリアだった。

 ホークオルフェノクと対した時と違う。

 相手を値踏みするような雰囲気を感じさせる嫌なセシリアだ。

 巧に彼女の存在を否定する権利はない。

 人格としていくら別れていてもそれらは全てセシリア・オルコットだ。

 セシリアは間違っても猫にはならない。

 人間にもなれない自分を対比すると途端に虚しくなって直ぐに想像をやめた。

 

「そういえばお前、明日予定あるんだってな。なんだよ」

 

「バイト」

 

「バイトぉ?」

 

 心の中でもバイトぉ?と言う。

 心と口じゃ言い足りないくらいだ。

 なぜ人間には口と心しかないのだろう。

 頭に穴を開けてほしい。

 思ったことが自分が認識する前に穴からどっかに捨てて欲しかった。

 モヤモヤしても気になるので掘り進める。

 

「必要ないだろ金持ちなんだから。貧乏人に席を譲れよ。だからお前は髪の毛一本しかついてこないんだ」

 

「道楽でやるのではありません。社長としてのスキルアップです」

 

「社会科見学ってか?1日、2日やってなんの役にたつんだ。トライやる・ウィークかよ」

 

 トライやる・ウィークとは兵庫県内にて中学2年生を対象に行われるお仕事体験だ。

 

「私の計算と勘とセンスと運によれば明日、指定の場所で1日バイトとして業務を遂行すれば我が社の総資産は五年後には10倍になります」

 

 10倍とは凄い。

 巧の財布の中身もそれぐらいあれば交通費を工面したりガソリン代をケチったりしないで済む。

 当然興味が湧いてきた。

 

「俺もそのバイトしていいか?」

 

「空きは丁度一つ余っています。職業選択の自由です。構いません」

 

 連れをつけた程度では会社の利益は変動しないようで、アッサリと同行の許可を得た巧は一瞬鈴音のことを忘れてしまった。

 最後に見た時にはあの大暴走の件だけだが、流石に今は正気に戻って自室で顔を真っ赤にして毛布にくるまっているだろう。

 だが生憎巧はたった今先約を入れてしまったし、この暑い中プールに並ぶのも嫌だ。

 鈴音のためと言いながら結局自分の代わりの生贄を欲しがっている巧は、見えてきた寮の灯に自分の知ったものがないかを探す。

 その流し目が突如止まり細められる。

 

「なあ、この後一緒に鈴音の部屋行ったあともう一部屋寄っていいか?」

 

 セシリアが構わないとする。

 頷いて確認した巧は肌に張り付く服を鬱陶しく剥がした。

 

「こっちこっち。なんとかしてよ」

 

 同室のティナ・ハミルトンが手招きをする。

 勢いよく上下される手のひらがもう少し大きければ二人はきっと飛ばされていただろう。

 鈴音と違いグラマラスな肉体美の彼女はその手に持つバケツアイスで近い将来の肉感ボディにさらなる磨きをかけている。

 彼女に指さされた窓際ベッドに出来上がった小山。

 毛布にくるまり丸くなった鈴音がティナの悩みの種になっている。

 ドヨーンという効果音が似合う重い空気を中心地から部屋中に撒き散らしている。

 部屋の隅に避難して耐え忍んでいた彼女がいよいよ友人の部屋に移動しようかと考えていたところに巧たちが来た。

 プレシアの結界並みに瘴気を醸している毛布結界を張った鈴音の顔は拝めないが、きっと巧が想像しているものと大差はないだろう。 絶望が無表情に昇華している重症な顔だ。

 

「セシリア。やってくれ」

 

「はい」

 

 嫌がる素振りも見せずにセシリアは瘴気の渦に歩みを進め、いよいよ鈴音の目の前まで来たところで彼女は毛布の端を持ち、躊躇い無く引っ張った。

 あまりに勢いが良すぎたのか、もう毛布と一体化してしまったのか、鈴音ごと持ち上がった毛布はそのまま防音完備の天井にぶち当たり凄い速さでしなる。

 

「うわ...」

 

「おう...」

 

「あら?」

 

 ティナが寒気を感じたように我が身を抱いて一歩下がり半身になる。

 毛布鈴音はそのままバウンドして床に叩きつけられる。 ビタン‼︎と物凄い音がした。

 瘴気が止み部屋が静かになる。

 動かなくなった毛布がガバッと起き上がる。

 

「いっっったいわねぇぇぇ‼︎なにすんのよ⁉︎」

 

「生きてんじゃねぇか。おどかすなよ」

 

「にゃん⁉︎」

 

 巧のサッカーボールキックが小さなお尻を蹴り上げ今度は防音完備の壁に顔面から突っ込む。

 ティナは完全に引いている。

 今度も元気に起き上がった鈴音は怒りで髪を逆立ててこちらに牙を剥いて唸る。

 先ほどセシリアは巧を猫だと言ったがやはり猫は鈴音だ。

 完全に怒り心頭といった鈴音を放って置いてセシリアは机に無造作に置かれていた一枚の紙切れを拾い上げた。

 鈴音が「あー」と叫んで慌てて取り返そうと飛びかかる。 が、簡単に頭を片手で抑えられてしまい、その間にチケットは巧の手に渡り、当然鈴音もそれに応じて取り返そうとするのだが。 完全に食い込んで離れないセシリアのブレーンクローに痛がるだけである。

 

「返して。返してよ〜...痛い痛い痛いぃ‼︎」

 

「逃げたら割りますわよ」

 

「なにが⁉︎」

 

 ティナはもはやルームメイトの生存を諦めてアイスを持ったまま友人の部屋に出て行った。

 抵抗虚しく紙切れが渡ってしまった巧はややくしゃくしゃになったそれを広げる。 もっとも中身がなにかはとっくに知っているが。

 

「このプール。お前一人で行く気か」

 

「うるさいわね。アンタに関係ないでしょ」

 

「なんなら一緒に行ってやろうか?」

 

 え、となる鈴音は想像する。

 意外と引き締まった身体。

 カップルで滑るウォータースライダー。

 夕暮れ時、ロマンチックな雰囲気で見つめ合う二人。

 

「おえ...」

 

「セシリア。そいつ殺していいぞ」

 

 吐き気を覚える鈴音に青筋を立てる巧。 そんな二人を微笑ましく笑みを浮かべながらセシリアは、右手の力を増した。

 IS学園に鈴音の悲鳴が木霊した。

 

「よかった。アンタが来るんじゃないんだ」

 

「そうだよ。まだオッケー貰ってないから期待すんなよ」

 

「はなから何もしてないっつの」

 

 額に赤い痣を残して鈴音はどうでも良さそうに巧の申し出を扱った。

 一夏が誘えない以上。 誰が来ても変わらないのだろう。

 心配していた以上に元気いっぱいな彼女に巧は安心して、ここにとどまっても意味はないかとセシリアを連れ目的の部屋へと交渉することにした。

 立ち上がる巧を鈴音はぶっきらぼうに手を振って見送った。

 

 ノーブラの簪が肋骨の下あたりまでTシャツの裾をたくし上げた状態で固まる。

 驚いた顔を耳まで真っ赤にしてノックもなしに扉を開けた巧を凝視している。

 部屋備え付けの時計の秒針が音を刻む度に小刻みに震える簪。 目には軽い涙さえ蓄えている。

 巧は慌てて

 

「こんな時に着替えんな変態‼︎」

 

 濡れ衣を着せ退散した。

 

「.......ええ」

 

 すっかり羞恥心も消え去り困惑した簪はとりあえず理不尽を訴えた。

 

「何してましたの?」

 

 巧の後ろで丁度見えなかったセシリアが笑みをたたえて巧を覗く。

 勢いよく閉じられ少し振動している扉に顔を突っ伏しなにも答えようとしない巧をセシリアは面白そうに弄る。

 右へ左へ表情を隠す巧をセシリアがフットワークを駆使して追いすがる。

 どんどん加速する応酬。

 流れる廊下、扉、廊下、扉、廊下、扉、廊下、扉、鬼、

 

「鬼?」

 

 セシリア、追いつかれた。

 もう恥ずかしさも忘れて、巧は一瞬写った鬼を見るためセシリアをどかす。

 セシリア、鬼、死。

 何が起きたのか一瞬混乱した。

 冷静になった巧の目に正しく状況が入ってきた。

 巧の瞳後数センチのところで静止された閉じられた扇子の柄。 それを突き出す更識姉と、その腕を掴むセシリア。

 

「ねえ、何してましたの?」

 

「本当....なにしてたのかなぁ?このど外道ど変態クソヤンキー」

 

 口から煙を吐き、動けば瞳から紅い残光が宙に走った。 いつかの初登場の時とは比べ物にならない迫力を持って楯無が巧に尋ねる。

 ムカつくセシリアに、恐ろしい楯無、どちらも相手にしたくなかった。

 

「うっせえ」

 

 扉を開けて中へと入る。

 簪がいつも通り薄い反応で出迎えた。

 一瞬巧から視線を外して引きつった顔をしたがそれも巧が扉を閉めた瞬間にただの利用者同士の乱闘に変わる。

 喧嘩は関わらない方が賢い。

 簪はTシャツのまま巧に集中した。

 

「明日暇か」

 

 巧はセシリアが楯無を抑えている間に事を済ませようと伸ばして何とかそのままでも読めるようにしたチケットを簪に差し出した。

 受け取った簪は瞳だけ動かしてそこまでな情報量を読み込み、次に巧を見上げた。

 

「暇だよ。でも...なんで?」

 

 もう半裸を見られたことへの不満はおくびにも出さない。

 言ったところで何にもならないことには感心を示さない。

 幼少期より染み付いた悪癖が今では役に立っている。

 巧もそれに安心して、包み隠さずここへ来た目的を打ち明けた。

 

「凰さんが....脈なし」

 

「頼めるか?」

 

 何気に辛辣なことを言う簪を無視して巧は結論を求める。

 何気に簪の性格に影響されたか、言っても無視されることにはサッサと感心を捨てた。

 勿論簪は結論だけを速やかに言った。

 

「いいよ」

 

「サンキュ」

 

 これで取り敢えず今日の分の厄介ごとは全て終わらせたといえるだろう。

 巧は一息つくと簪への礼と一応の謝罪もそこそこに外へ出るために扉を開けた。

 陥没した壁や床が目に入り、張本人達は今しがたグラウンドでの関節の奪い合いにシフトしたようだ。

 一瞬右足首を囮に脇を取った楯無と目が合う。

 何かある前にセシリアがかかったキーロックごと持ち上げ壁に叩きつける。

 今度はセシリアと目が合い、こちらは反応を示す。

 可愛らしくウィンクをされる。

 もう少しかかりそうらしい。

 頷かずに目線を外した巧は無言で扉を閉めた。

 再び凄い音が扉の向こう側で展開される。

 

「やっぱもう少し泊めてくれ」

 

 簪はやはり躊躇いなく頷いた。

 

 しばらく簪のベッドを借りて寝転がり乱闘が収まるのを待っていた巧はようやく聞こえなくなった物音に反応して立ち上がり、簪に今度こそ礼と謝罪を述べて部屋の扉を開け外に出た。

 修繕に何百万かかるのか想像したくない暴れ具合から目を背けつつ、部屋の外で待っていてくれたセシリアに出迎えられる。

 流石に学園最強は応えたのか。

 珍しく汗をかいたセシリアがハンカチで上品に額を拭っていた。

 

「そんで、お前のバイト先ってどこだよ」

 

 一応辺りを確認しながら歩み寄った巧が尋ねる。

 思い返せば聞いていなかった。

 汗をかいても清涼感のあるセシリアがハンカチの代わりに扇子をバサッと開いた。 戦利品のようだ。

 達筆な字で《@クルーズ》という文字が巧に嫌な顔をさせる。

 

 

ーー

 1日だけ、と思い然程問題にしていなかったが、それでも開店から閉店まで担当するということを聞かされた時は流石に眉を顰めた。

 巧も生活費をバイトで稼ぎ、その日暮らしの日々を送っていた経験はあったが、それ故に必要な分が手に入れば速攻でそのバイトはやめた。

 辛いし別に無理して必要以上に金を手に入れるほど価値あるものとは思えなかった。

 店側も巧がやめるのを、忙しく人手が足りないという事態でもない限りはほとんどの店長が手をひらつかせて送った。 やる気のない労働力はともすればいない方が有り難かったのだ。

 接客業の場合は巧が止めるより速く巧は店から解放されることが多かった。

 女性客にイキナリ「お前メンチョできてるぞ」と言い、怒らせた時なんかは巧は店の誰よりも速く退店させられた。

 東京に近いIS学園近くならメンチョも通じないかもしれなかったが、兎に角接客業は巧は仕事が見つからない限りは自分からすることはなかった。

 しかもよりによって記憶に新しい喫茶店と来たもんだ。

 昨日ここの店長に目をつけられた身としては、向こう一年は来店したくはなかった。

 唯一陰湿な巧を慰めてくれるのは日が昇る前なため比較的猛暑が厳しくない朝の時間だった。

 モノレールで駅へと着いた巧は私服のセシリアに連れられて見覚えのある道を案内されて、目的地である@クルーズへとたどり着いてしまった。

 昨日来た@クルーズと、もしかしたら違う@クルーズかと期待していたが、思わずついた溜息に惹かれたのか、待ち合わせ時間ピッタリに表のドアを開けて出てきた同じく私服姿の店長が巧を見た途端声を上げて指を指した。

 

「また奢らせたの」

 

「違う」

 

 店長の顔を思い出すからと、なけなしの小遣いを切り崩してやって来た巧は実物に噛み付いた。

 

 開店準備を一人と、正従業員らしい何人かの人間とともに何時も済ませるらしい店長は、早速新人2人に業務説明を行なっていた。

 面接にも使う部屋で椅子に座らされた2人の、机を挟んで向かいに居る店長は巧にも分け隔てなく丁寧に緊張をほぐすくらいに明るく笑った。

 とっくに終わった業務説明の後は巧にとってはどうでもいい身の上話をしだした。

 

「兎に角今日が本社の視察が入る日だって言っても聞かなくてね。明日が出会ってちょうど一年目だから、外せないんです‼︎...ってうるさいわ。何が世界の果てまで逃避行よ。おのれらの逃走資金、今まで誰が出してやってたと思ってんのよ。あ〜...道理で長い割に正社員になりたがらなかったわけだわ」

 

「これも計算済みかよ」

 

「さあ?」

 

 勿論まともに聞いちゃいない2人であった。

 暴走気味ながらもそれがデフォルメなのか、ほどほどに切り上げてくれた店長は抜けた2人分の衣装を2人にあてがった。

 当然ながらセシリアはメイド服。 巧は燕尾服を着る。

 執事の格好になった途端に興味が沸いた巧が店長に辞めた2人のことを聞いた。

 

「同い年の大学生で、男の子の方は昨日君の注文を聞いた子よ」

 

 頭の中に優男風の若者が浮かんだ。

 たしかに駆け落ちしそうな見た目だった。

 

「あいつか。親切にしてもらったし、真面目にやってやってもいいぜ」

 

「ねえ、この子本当に大丈夫なの?」

 

 不安そうな店長にセシリアは微笑みだけで答えた。

 

「乾君、四番テーブルに紅茶とコーヒーお願い」

 

 先輩のフロアリーダーが巧に指示を飛ばす。

 別に手が空いていたわけでもない。 目があったから巧に頼んだ。

 普段の巧ならこの程度の理不尽でも直ぐに気を悪くして噛み付く。 だから今まで長続きした飲食店は一つもなかった。

 しかし今日の巧は曲がりなりにもやる気があった。

 彼の人生でも稀な仕事への熱意は、彼を人並みの働きをこなせる普通人にするという奇跡を起こしていた。

 紅茶とコーヒーを店のシンボルでもある@マークが記されたトレーに載せると、言われた通り事前に教えられた店の間取りとテーブルの番号を頼りに四番テーブルで待つ2人組の女性客へと手渡した。

 自分よりも歳上らしい女性客達にそれぞれ注文の品を渡した巧は、こちらも事前に教えられていた@クルーズ専用のサービスの要不要を尋ねた。

 

「お砂糖とミルクはお入れになりますか。よろしければ、こちらで入れさせていただきます」

 

 女性客は2人ともノンシュガー・ミルク派らしい。

 今日がご利用初めてなのか、少し恥ずかしげに首を振って断る。

 

「かしこまりました。ごゆっくり」

 

 恭しくお辞儀をした巧はそのまま次の席へと注文を取りに行く。

 この一連の動作に関わらず、曲がりなりにも複数の店を渡り歩いて来た巧は、基本的にはこういう事は慣れている筈であり、やろうと思えば勤めて一ヶ月くらいの事は出来る。

 店長も意外にもテキパキとこなす巧に感心した視線を送っている。

 対してバイトそのものが今日で初めてな根っからのお嬢様であるセシリアは、やはりというべきか巧以上の働きを見せていた。

 普段は自分が使用人に囲まれて生きている彼女。

 見慣れているからか、それとも試しにやらせてもらったことがあるのか、その立ち振る舞いはメイド喫茶レベルの話しではなく、まるで本職のそれを思わせる完成度の高さだった。

 セシリア自身の美貌もあって、駅前の喫茶店としては本格派なメイド・執事喫茶なのが売りの@クルーズ始まって以来の逸材として、セシリアは常連、新顔、そしてスタッフの心まで掴んでいた。

 店長も文句ないほどの太鼓判だ。

 

「今日だけなのが勿体無いわ。明日から入る子のシフト断ろうかな」

 

 その発言はフロアリーダーから咎められたが、巧も今日限定でしか拝めないのは少々残念かもしれないと思った。

 彼女の言う通り育ちが良いのだろう。

 完璧過ぎる姿に触発されたか、同僚達の士気も上がり、やはりSNSで噂にされていたセシリア目当ての客を次々とさばいて行く。

 そうなってはやはりこれで働いている従業員の手際には巧は叶わない。

 途端に初めてにしては良い動きも陰ってしまった。

 それでも問題にはならない働きぶりのお陰で巧にしては珍しく、お昼休憩に入るまで誰からも叱られることはなかった。

 

 休憩室で上着を脱いで巧は一息着く。

 セシリアは朝から一度も休んではいない。

 聞いてはいないが、どうやら今日一日ずっと働き通すつもりらしく、しきりに隙を見つけては話しかける店長をあしらっている。

 巧はそんな無茶は出来ないため与えられた休憩時間は有意義に使わせてもらう。

 パイプ椅子に深く座り、まかないのサンドウィッチを口に放り込む。

 休憩室のドアの窓から覗いてセシリアの動きを追う。

 やはり見事な手腕だ。

 目で追っていると目が回りそうだった。

 金さえ貰えればそれでいい巧はあんなサービスは出来ない。 精々長く雇ってもらえる動きをするくらいだ。

 息を吸って吐いて天井を見上げる。

 一息つける繋ぎの時間を間に挟むといざ仕事の時に中々調子を取り戻せない人間がたまに居るが、巧もそのことを思って不安になる。

 なにぶん繋ぎなんて挟もうが挟むまいが、最終的にクビにさせられることは変わらなかったから、よく分からない。

 繋ぎの時間が過ぎて行く中で急に休憩室の扉が開かれ女性が1人入ってきた。

 

「なんだよ。撫でるぞ」

 

「撫でましょうか、です」

 

 私服で客として訪れていたリニスは、昨日のことなど微塵も感じさせない。 身構える巧も軽くからかい、皿に残ったまかないのサンドウィッチを無断で取り食べる。 小さな口で上品に食べる姿から、猫時代は大事に飼われていたことが窺えた。

 

「オルコットさんはともかく、きみがキチンと働けるとは.....失礼ながら意外でした」

 

 窓からセシリアをチラ見してワイシャツ姿の巧を眺める。

 

「で、何しにきたんだよ」

 

 サンドウィッチを摘みながら巧が睨みを効かせる。

 狼と猫だが、視殺戦ではリニスの方が一枚上手らしい。

 軽く笑みで返されてまるで応えている様子はない。

 それでも負けるのは嫌な巧はどうにかリニスが喋るまで瞬きも我慢して睨み続けた。

 

「昨日のことを謝りに来ました」

 

 睨む行動に少し煩わしさが含まれた。

 リニスは例によって応えず。

 

「勘違いしないでいただきたいのは、私はきみに対しての罪悪感の類は一切持ち合わせていないということです」

 

 小さくパンを囓り、そのまま丸呑みにした。

 

「昨夜、私は自分がやったことに対して後悔はありません。ここに来たのもあの行為は本当は乗り気ではなかったとか、そういった個人的な言い訳をしに来たのではない」

「きみの立場からして、あの時の一連の行動はとても理不尽なものでしょうし。非礼にまみれたものだ」

「私自身の都合に関係なく、当事者の1人として、不手際を認めきみに謝罪を述べることは筋だろうと私が判断した事で、今日ここに来た次第です」

 

「申し訳のしようがないことをしてしまいました。本当にすみません」

 

 キッチリ角度のある頭の下げ方して、リニスは巧に謝罪した。

 ポカンとした巧だったが、食べかけのサンドウィッチをこちらも飲み込み言葉のままを受け止め咀嚼した。

 リニスは今彼女が言った通り、謝るべきことをしたと考えたから謝りにきただけなのだ。

 彼女自身は巧への負い目など微塵もかんじていないだろうし、それは会話の中でずっと感じていた。

 しかし彼女からは紛れも無い誠意が感じられた。

 それに演技はない。

 最近はのらりくらりとした自由気ままな野良猫の印象を受けていたリニスだったが、この一言と察せられる本心からは、元の礼儀正しく義理堅い彼女を再認識させた。

 第三者として目したならば足りないと感じただろう巧はこれを受け入れた。

 

「申し訳のしようがないって言ったな。それは俺が謝罪以外のものを要求したとしても、それでは釣り合わないって断るのか?」

 

「いいえ、きみが提案する罰ならば全て受け入れます。私が抜けたところで戦況的な損失はありません」

 

 リニスの目はたとえ殺されるとしても変わらないだろう。

 巧はその言葉に偽りはないことを確認し、リニスが変わらぬ瞳で答えるとニヤッと笑った。

 

 すでにセシリアに休憩させることを諦めた店長は新たに減り、その補充に入った従業員の働きぶりにこれまた舌を巻いていた。

 在庫がないせいでセシリアのものを借りることとなった新たなメイド・リニスは、かけたセシリアにも負けない要領の良さと強力な属性を持っていた。

 巧から言われて、普段は隠している使い魔時代の名残である。 尻尾と耳を生やし、ネコ耳メイドさんとなったリニスは早くも固定客を獲得していた。

 休憩が終わるや否や私服姿の巧がドアを開けたと思えば、リニスを紹介して急に辞める旨を伝え、サッサと帰ってしまった時は絶望をすら覚えた彼女だったが、仕方なくいざ雇ってみればどうしたことか。 正直巧が辞めてくれて正解と思えた。

 本社に内緒で勝手につけ耳メイドを働かせることには流石に戸惑ったものの、実際に売り上げが伸びていることがそれを見逃させた。

 

「こっちもいいな〜。男装女子、募集してみようかしら」

 

 メイド服が一着しかないため、より似合うかもと思う方に執事の格好をさせてみたところ、思いの外当たりだったのも店長の機嫌を直させる。

 性別を超えた才能っぷりを開花させたセシリアは、女性客を中心に人気を獲得していた。

 実際のガタイこそ小柄な女子だが、上品にしてメイドの時以上に大胆に客に触れ合う姿は、あまりのオーラに高身長・高収入の異国の王子様として彼女たちの目には写り、すでに同店の執事カーストの最上位に位置付けされていた(今日の客が勝手に作った)。

 スカートでなくなったことが理由か、お淑やかなメイドからジョブチェンジしたせいか、兎に角フットワークも軽くなり、瞬間移動したかのように複数の自分を指名した女性客の元へ馳せ参じては更なる金づるを量産している。

 実質午後からの男性客はリニスが、女性客はセシリアがシェアを一人勝ちしていた。

 半ば暇になったメイドと執事たちは、雑用をしながら今日の出世頭を噂している。

 

「セシリアちゃんもよかったけど、リニスたんも最高だな‼︎」

 

「まるで本当に体から生えているかのような耳と尻尾との黄金比........お上品な家の猫をそのまま人間にしたかのような完成度の高い仕草は正に擬人化ネコ耳メイド.......雑多な芋臭い勘違いコスプレとは格が違う.....!」

 

「尻尾を掴んで怒らせてしまい、頰を赤くして涙に潤んだ顔で引っ掻いてほしい‼︎」

 

「オルコット様.....乾君.....良い.....」

 

「召されるっ...」

 

「リアルスパダリキタコレ‼︎」

 

 仕事を新人に奪われる形となった彼らだが、喜んでいるものばかりのようである。

 店長もフロアリーダーも最初の説明以降、実質的に何も手を貸していないスーパー新人に揃ってため息をつくことしかできない。

 

「リーダー。スパダリってなに?」

 

「表で軽々しく腐るなんて、マイノリティーとしての意識とコミュニティへの配慮が足りないわね。」

 

 発酵食品かな?

 そう思う店長であった。

 因みにオルコット様の前席に居た巧への2人の評価は、「初めてにしては頑張った。途中で投げ出さなければボーナスを出してもよかった」というものだった。

 

 

ーー

 午前中の分の給料の入った封筒を弄りながら、巧は少し離れた喫茶店でアイスコーヒーを傾けていた。

 リニスに出した罰。

 それはもちろんネコ耳メイドリニスたんの強要だったが、真の目的は巧の代わりに稼いだリニスの分の給料を、あとで献上してもらうことであった。

 午前中で早くも限界を感じていた巧は、楽して稼ぐ手段を使ったというわけだ。

 しかしそんな巧を叱るかのようにトラブルは起きる。

 涼しい店内で2人の頑張りを眺めながら、午後の分の給料に心を高ぶらせていた巧の特に理由もなく尖らせていた耳に、その理不尽な展開を報せる悲鳴が叩いた。

 恐怖を言語化したものが悲鳴ならば、巧は人より恐怖を聞いてきた。

 多分一番恐いものだろう命の危機に瀕した者が放つ恐怖の発言。

 巧はアイスコーヒーがこぼれるのも構わずにテーブルを吹き飛ばして立ち上がる。

 慌てた、巧の注文を緩慢に運んできた女性店員が、突然暴れ出した客に恐怖に小さく呻く。

 こんな恐怖ではなく、もっと取り返しのつかない悲鳴を巧は聞いた。

 無駄に時間を使えない。

 弄っていた封筒から適当に取り出した2枚ほどの札と、封筒の口を開けて振り飛び出した小銭を投げ代金として無理やり会計を終わらせた巧が店外へと飛び出すのを止めるものはいなかった。

 最早余分な代金を釣り銭にしてもらう事など頭から抜けている。

 人目についても気にされないギリギリの範囲でオルフェノクの力を使い脚を強化する。

 滴る汗が目に入り沁みる。

 赤信号を突っ切ってすぐ後ろを風がスキール音を立てる。

 突き飛ばした先で呻き声が出る。

 路地からの不注意な自転車に当たり倒れる。

 倒れる。

 転ける。

 痺れる。

 疲れる。

 それでもこの悲鳴に比べれば何のこともない。

 辿り着いた先での光景は巧の聞いた悲鳴が相応しく当てはまる惨状だった。

 駅前の一等地。

 金の集まりも良いだろう。

 銀行強盗には絶好の場所。 かどうかは巧には分からないし、そんな考えに時間を避けるほど巧は平常心ではない。

 悲鳴を上げたのは他でもない銀行強盗だった。

 銃を持った3人組の覆面の男たちが破れた扉から転がり、または脚をもつれさせながら出てきた彼らは覆面越しでもはっきりと恐怖していた。

 駆けつけた巧のことを突き飛ばしながら、拳銃にパニックになった町民が右へ左へ走り回る。

 すっかり巧だけになった銀行前がしんとする。

 逃げていった人数だけでは足りないほどしんとしたここが恐ろしい。

 息を潜めているのとは訳が違う。

 居ないのだ。

 あらゆる感情が消し去られた銀行がしんとしている。

 遅かったか。

 さっきの悲鳴は間違いなく強盗団のものだったはずだ。

 きっと後から攻め入って現場を目撃したのだろう。

 本当に悲鳴を上げるべきだった人たちはその前にしんとしてしまったのだ。

 遅れてやってきた心臓の鼓動がはち切れそうなほど苦しい。

 呼吸の度に口内を突き抜ける酸味が巧の苦しさの上限だった。

 何と小さいものだ。

 動くだけで苦しいのなら動く暇もなく動けなくなってしまった人は一体どんな何何を味わったというんだ。

 言葉で説明出来ない何何を巧は前世で一度体験している。

 あんなもの二度と味わいたくはない。

 同じ経験をしたのならば何故それを人に強要するのか。

 それがオルフェノクとしての本能だからだということは皮肉にも巧が一番知っていた。

 

 衣服とともに散らばる灰がまるで命の燃えかすのように色を失くして、更には残された者の記憶からも消えそうになっている。

 オルフェノクの存在を知らないこの世界の住民はこの灰が愛する者だとは気づかないだろう。

 三体。

 

 猫の特性を持つキャットオルフェノク。

 犬の特性を持つドッグオルフェノク。

 カマキリモドキの特性を持つマンティスパイダーオルフェノク。

 

 巧はギョッとする。

 現れたオルフェノク達は自分から抜け落ちた自分の分身達だと思ったからだ。

 犬は苗字から、猫は熱いものが嫌いな性格から、マンティスパイダーオルフェノクは何者にもなれない巧の存在そのものだった。

 犬と猫と狼と巧が混ざり合えばそこには在るべき自分が生まれる。

 自分は狼として抜け落ちた。

 ここへやって来たのは混ざり合うためだ。

 巧を待っていたかのように犬と猫がやってきた。

 腕を広げて巧を捕まえようとする。

 ウルフオルフェノクが巧の殻を破って外に出て行こうとする。 少なくとも巧はそのように感じた。

 必死にそれを押さえつけなのはの言葉を思い出す。

 記憶中枢ではなく心に残っている。

 それを引っ張りだそうとして、狼が邪魔をする。

 きっとその言葉が自分が居なくならない呪文だ。

 狼の咆哮が優しい言葉を掻き乱す。

 猫と犬が巧の肌に触れようとまで近づく。

 

 二つの影が巧の頭上を飛び越えた。

 猫と犬が吹き飛ぶ。

 二つの人影が放った飛び蹴りに吹き飛ばされたのだ。

 狼が暴れる。

 

「まあ、猫さんに犬さん。偶然かしら?」

 

「?何の話かは知りませんが、スカートとはいえまさか本当に着いて来られるとは.......」

 

 やけに美形な執事だったがどうやら女らしい。 となりのメイドは何やらマニアックな格好だ。 2人とも犬と猫を蹴り飛ばしたにしては華奢すぎる。 目の錯覚でない限り信じられない。

 メイドの方が手に持つアタッシュケースの束の内、一つを手渡してくる。

 思わず握ってみると驚くほど手に馴染んだ。

 

「今度から持ち歩いた方がいいですよ。重いですから、次はわざわざ運びませんよ」

 

 執事が汗で濡れる髪を撫でてきた。

 透き通って心の中まで入ってきそうな綺麗な指が狼を撫でて大人しくさせる。

 

「ワンちゃんを引き受けましょうか?それとも鈴にゃんがよろしいかしら………巧くん」

 

 

 

 

 

巧くんは巧くんだよ‼︎

 

 

 

 

 

「……お前どうでもいいけどやっぱ酷いやつだな」

 

 乾巧。

 なぜ忘れていたのか。

 自分は1人では確かに何にもなれない存在だったかもしれない。

 混ぜ合わせの中で初めて個性を持てる空虚な存在。

 だからこそ乾巧は、彼女達との絆で生まれた借り物ではない自分。

 

「まるで呪いみたいか…」

 

 そうだな。と一夏の言葉を納得する。

 巧は何があっても人を助けたい。

 それは確かに呪いのようなものにかかっているのかもしれない。

 なのはからも事あるごとに気をかけられ、つい最近は鈴音に死ぬほど迷惑をかけた。 表向きは冷たく突き放したが心中はとてつもなく申し訳なかった。

 それでも、

 

「それでもお前らは許せない。人の明日を奪っちまうお前らはな」

 

 夢とは明日を繋ぐもの。

 繋ぎ続けたいつかの明日の先にあるものが夢。

 それを奪うあの三体は自分とは混ざり合っても、乾巧には混じり合わない。

 みんなとの出会いで生まれた乾巧には、自分がようやく持てたたった一つの自分だけの夢がある。

 夢を叶えるため巧は戦う。

 ケースからベルトを取り出し腰に装着‼︎

 

「ずいぶんいじめてくれたな…」

 

 もう狼も巧の殻を破ろうとはしない。

 ケータイの5のボタンを押す。 1…2…3‼︎

 

「今度はこっちの番だ‼︎」

 

 戦いの決意とともに決定ボタンを押し、内蔵された音源案内が準備完了を報告する。

 

「どうやらギリギリで助けたと思いきや遅かったようですね。すみません」

 

 勘違いしたリニスがもう一つのアタッシュケースから取り出したベルトを装着して、少し低い声のガイダンスを鳴らし終えている。

 そういえばあの時この女はいくつアタッシュケースを持っていただろうか。

 自分の分と、彼女の分、そして…

 

「ではワンちゃんにしましょうか」

 

 三本目のベルトを腰に巻くセシリアに巧は驚く。

 公演の時とは違い、キチンとセシリアの細いウェストに合わせられている。 既に使った証拠だ。

 

「セシリア……気をつけろよ」

 

 微笑んだセシリアは電話型デバイスを取り外してコンコンと指で弾く。

 《Standing by》と流れた電子音は、本来は起動コードを音声認識によって発生する事で発動される筈だが、セシリアはそれを指の弾き方で代用してみせた。

 

「2人とタイミングを合わせたくて、こんな事しか思いつきませんでしたが」

 

 ガイダンスを終えた以上、これからする一工程は、正直言って無駄な事だ。

 セシリアの身に付けた技もコードを出来る限り最短化させるためでもある。

 無駄な工程だからこそ。 と言うつもりはない。 無駄なことに違いはない。

 込める気持ちは大それたものではない。

 強く思い。

 願い。

 叶えるための姿へと変身する‼︎

 

 巧がファイズフォンを畳み、天高く掲げる。

 つづくようにリニスとセシリアも構えを取る。

 

『変身‼︎』

 

 それぞれのデバイスがベルトに装着された。

 

《Complete》

 

 眩い光がオルフェノク達の目をくらます。

 フォトンブラッドが巧達の体を流動し、彼らに力を与える。

 そして光が晴れたとき、3人は変身を終えていた。

 巧はファイズに。

 リニスはカイザに。

 セシリアはデルタへと姿を変えていた。

 ここに再び三大ライダーが集結したのだった。

 

「結界は張っています。直ぐにプレシアも来るでしょう。まあ、きみは来てほしくないでしょうがね」

 

「知るか。つまり周りを気にしなくていいってこったろ」

 

「ねえ、ワンちゃんのお相手してもいいかしら」

 

「しつけーよ。好きにしろ」

 

 キャットオルフェノクとドッグオルフェノクがそれぞれの爪と牙を剥き飛びかからんとする。

 マンティスパイダーオルフェノクの巨大な鎌が怪しい輝きを放った。

 マンティスパイダーオルフェノクが両手を振るい、真一文字の真空刃が二本、ファイズ達に襲いかかる。

 一つはカイザがブレイドモードにしたカイザブレイガンで、二つ目もデルタの右手が容易く握りつぶした。

 四散した空気が弾け、銀行の窓が内側から破砕される。

 三者三様。

 襲いかかるオルフェノク達をライダー達はそれぞれ迎撃した。

 マンティスパイダーオルフェノクの鎌とファイズの蹴りが衝撃を生み出し結界内に木霊した。

 

 

ーー

 狭い通路内を壁に天井に、その巨体からは見えない軽やかさでキャットオルフェノクが飛び跳ね、それをブレイガンを片手にカイザが追う。

 キャットオルフェノクの着地した壁に彼が跳び立つと同時に大きな穴が空く。

 陥没したわけではない。

 鋭利な爪と100キロをゆうに超す握力に握られた瞬間、バラバラに粉砕されたのだ。

 大小の降り注ぐ破片をカイザは意に返さず装甲で砕く。

 100メートル6秒の快速列車が進路上の障害物を根こそぎ引き壊していく。

 だがしかし直角の壁を器用に、ゴムまりのように跳ねて曲がっていくキャットオルフェノクの速度は、完璧にカイザを引き離していた。

 戦闘開始とともにカイザに一撃入れ、簡単に片手で跳ね除けられたキャットオルフェノク。

 正面対決では分が悪いと悟ったか、後ろ向きでのバク宙で銀行の壁を突き破り、通路へと避難して現在の逃走劇に繋がる。

 中々追いつく気配のない敵にリニスは内心で舌を打ちたくなった。

 カイザのパワーはファイズ以上のものがある。

 正面からの対決でキャットオルフェノクに遅れを取ることはまずないだろう。

 だが追いつけなければ話にならない。

 他のオルフェノク達のことも含めて、リニスは急いでいた。

 

(少々乱暴ですが.....請求書はプレシアにつけておきましょう)

 

 キャットオルフェノクが消えていった直角の曲がり角をカイザの紫目が冷たく見ていた。

 

 突如鳴りやんだカイザの突進音と、それに準じるように感じた振動音にキャットオルフェノクは疑問に思い、空中で反転。 四つん這いの状態で床に着地する。 四本のバネが、キャットオルフェノクの体躯を羽毛のように軽やかに扱い、着地の音を消し抜き足差し足でカイザが居るはずの曲がり角へと歩み寄っていく。

 人型でありながら本当に四足歩行の獣のようにキャットオルフェノクは気配を消して近づいていく。

 捕まりたくはないが着いて来てくれなければ狙いが外れる。

 フィジカル的な強靭さは他の二体には劣るものの、俊敏性と五感の鋭さは一歩先をいくのがこのキャットオルフェノクだった。

 だからこそキャットオルフェノクは自分の持つ技能の中で最も自信を持つ。 気配を察知する能力に疑問が生じたことに一瞬驚き動きを止めた。

 たとえ壁に隔たれた状況だろうとキャットオルフェノクの第六感にハズレはない。 現に今回も追ってこないカイザの現在位置を、まるで目で見たかのように正確に捉えた。

 その結果、カイザの位置が先ほど自分の匂いも付いた曲がり角の通路ではなく、その少し横の壁の中だというのだ。

 あり得ない結果にキャットオルフェノクは疑問と、自信の感覚へのショックで動きが止まった。

 その隙を、同じく第六感で感じた猫が逃すはずもない。

 

 ボコォ‼︎

 

 正解をいうとキャットオルフェノクの能力は非常に優れていた。

 五感を駆使して、視覚外の半径数キロの大まかな地形すら擬似的に想像出来うる超能力。

 それを透視能力もかくやという彼の第六感で割り出した敵の位置を、その地図に当てはめ先手を取る。

 ISのハイパーセンサーだろうと追随するもののないキャットオルフェノク絶対の自負を持つ武器だ。

 それがズレていた。

 数十センチだが、数メートルの至近距離の獲物の位置情報が可笑しい。

 この結果にキャットオルフェノクは大きく混乱した。

 

「使う者の頭がお粗末では、せっかくのセンサーも錆びがつきますね」

 

 壁から出てきたカイザがキャットオルフェノクの頭を鷲掴みにして言う。

 彼の地図と第六感は間違っていたのではない。

 カイザは本当に曲り角の通路ではなく、壁に埋まっていたのだ。

 キャットオルフェノクの常識が壁に埋まっているという状況よりも、通路にいないカイザの位置情報に疑問をもたらしたのだ。

 能力が彼を裏切ったのではなく、彼が勝手に信じなかっただけだったのである。

 カイザの拳がキャットオルフェノクの顔面をかち割る。

 吹き飛んだキャットオルフェノクは、そのまま通路の壁をぶち壊しながら吹っ飛び、向こう側の部屋へと突っ込んで行った。

 カイザも直ぐに例によって余計な壁を粉砕して突進していく。

 ようやく止まったキャットオルフェノクがダメージにふらつきながら立ち上がった。

 その顔面にカイザの強烈なアッパーが刺さり、キャットオルフェノクをもう一度天井へと吹き飛ばす。

 

《Ready》

 

 ミッションメモリーをブレイガンに差し込み必殺の姿勢に入る。

 必殺剣。 カイザスラッシュを繰り出そうとカイザフォンのEnterキーを押そうと指を伸ばす。

 天井に叩きつけられたキャットオルフェノクがゴムまりのように、リニスの思いも寄らない方向に加速した。

 すぐさま両手持ちに切り替えて、壁で反転してこちらへ飛びかかるキャットオルフェノクを切り裂こうとし、それより遥かに速いキャットオルフェノクの斬撃がカイザの胸部装甲に火花を散らした。

 衝撃に揺れるも踏みとどまり、返す刀で再び突撃してくるキャットオルフェノクを切り返そうとするが。

 

「グッ.....」

 

 やはり速い。

 今度はしっかり吹っ飛ばされたカイザはすぐさま戦法を変える。

 ブレイドモードを解除し刀身を収めたブレイガン片手に、携帯電話型トランスジェネレーターカイザフォンを取り外し、二つ折りのファイズフォンとは違いターンタイプであるリボルバー式のカイザフォンを手首の操作で開き、コードを入力する。

 

《BURST MODE》

 

 フォンブラスターと化したカイザフォンとガンモードへと移行したカイザブレイガンの二丁拳銃で、カイザは部屋の中を縦横無尽に跳ね回るキャットオルフェノクに照準を合わせ、引き金を引いた。

 フォトンブラッドの光弾はファイズフォン以上の威力を誇る。

 華奢なキャットオルフェノクならばこれだけで灰に返すことも可能だろう。

 当たればの話だが。

 

「ちっ...」

 

 凄まじい連射速度を掻い潜り、キャットオルフェノクの爪がカイザのフルメタルラングを切り裂いた。

 蹴りで応戦するカイザを嘲笑うかのように離脱したキャットオルフェノクは、なんとリニスの目の前に着地し髭を舐める。

 明らかな挑発行為だ。

 しかしリニスは冷静だった。

 そして、先ほどの自分の選択ミスを後悔した。

 

(逃げ回っていたと思いましたが、その実脚を活かせるこの部屋を目指していたわけですか.......まんまとショートカットさせてしまったようね)

 

 通路とこの部屋の立地からみて、あの先に繋がっているのが本来ならこの部屋で、キャットオルフェノクはここを目指し自身を誘導していたのだということは直ぐに分かった。

 一杯食わせたと思ったが、どうやら墓穴を掘ってしまったようである。

 そして先刻までで見せていた俊敏さはどうやら彼の本気の2割ですらなかったようだ。

 ゴムまりどころかミサイルが180度ノンストップで跳ね回っているような速度は、明らかにカイザの旋回能力を超えていた。

 

(この姿では追いつけない......‼︎)

 

 ダブルストリームのエネルギー配分と黄色のフォトンブラッドの出力でパワーではファイズを、補助装備である三種のツールによる拡張性ではデルタを、という具合に両方を上回るカイザはパワーと汎用性を併せ持った最もバランスのいい機体といえる。

 しかしそれは裏を返せばどっちつかずとも言えた。

 事実、低出力ゆえに汎用性とベルトの拡張性に特化したファイズはより多様な戦況に対応でき、高出力のデルタは多少のアドバンテージの差は簡単に覆す圧倒的なパワーでそれぞれ特化している。

 訳あってベルトのことを知るリニスから見て、この状況も二本のベルトならば自力で攻略可能なものだった。

 束からもカイザのことを知らせ、解析させた時に、出力で勝るデルタのベルトを勧められた。

 しかし彼女はそれを断った。

 

「使いやすいのはこれですから」

 

 渋るプレシアをそう言いくるめてリニスはデルタを突っ返した。

 心配そうなプレシアを無視して。

 愛着も確かにあったが、それ以上に危険性の高いベルトを他人に任せるわけにはいかなかった。

 巧にはああ言ったが、このベルトの仕様は適合者の違い以外変わらない。

 巧が変身しようとした時は殴ってでも取り返すつもりだった。

 そしてここで自分が死ねば次にカイザのベルトを使うことになるのはプレシアだ。

 アリシアのこともある。

 リニスが前線に出る理由はそれが全てだ。

 

 何度目かの薙ぎ払いがカイザの足を揺らす。

 攻撃力の低いキャットオルフェノクが決め手を欠いているのは明らかだったが、それ以上にカイザの動きが付いていけてないことの方が深刻である。

 リニスは自身の思考をフル回転。

 打開策を立案していく。

 

(変身を解除すればあの動きに付いていくことは容易い.....だがその場合は私の魔法では決定力にかける。フォトンブラッドという最大の利点がある以上、ここで私が自力で戦うことに意味はない)

 

 リニス自身優れた魔導師だが、その圧倒的な力も対魔導師ならの話。 強いというより巧いタイプの戦闘スタイルである彼女では火力不足だ

 オルフェノクの体表を貫き内部にダメージを与える術の少ない彼女は、渡り合うことや手玉にとることは出来ても倒すことにはやはりカイザが必要だった。

 キャットオルフェノクはまだ加速をやめない。

 呆れるほどの体力に運動能力だ。

 瓦礫もだいぶ崩れ、壁も脆くなってきた部屋を自由に跳び交っている。

 おそらく特技である五感により目撃した部屋の傷や崩れ具合と、第六感による危機察知能力を併用し、大丈夫なところを見極めているのだろう。

 先はそこに漬け込んだが、やはり驚異的な能力だ。

 自分には到底不可能な芸当。

 オルフェノクの進化の力がもたらした奇跡なのだろうか。

 キャットオルフェノクの爪が、まだ綺麗だった床を踏み砕いた。

 

(........)

 

「なるほど」

 

 カイザが動く。

 二丁拳銃を左右で振り回し360度に光弾をばら撒く。

 しかし集中した火線が通用しなかった相手に、今更動きが読めない程度のバラけた光弾が躱せない筈がない。

 キャットオルフェノクは無駄弾を嘲笑いながらそれら全てを避ける。

 むしろリニスの撃った弾の大部分は、キャットオルフェノクと関係ないところに当たり、彼にまるで影響していない。

 馬鹿め。 キャットオルフェノクは思った。

 初手の作戦にハマってしまったことと、フィジカルで勝ち目のない相手だったことで、ここまで積極的に近づかないで長期戦に持ち込もうとしていたが、もういいだろう。

 侮れない相手とみなした自分を恥じる。

 確かに先手はいいように取られたことは認めよう。 だが今の奴はどうだ?

 自分の本気を少しでも見せた程度で窮し、無意味な錯乱に走った。

 化けの皮が剥がれたな。賢しい奴め。

 キャットオルフェノクはこの日一番の加速で跳び壁に着地する。

 自慢の能力で見抜いたこの建造物でもっとも硬い内壁は、蓄積ならまだしも未だ踏んでいない新品な状態ならば問題なくキャットオルフェノクの加速を支える。

 カイザは案の定無駄弾で切らした銃をダラけさせて最早キャットオルフェノクの姿を追うことすらしない。

 諦めたか。

 嗤うとともにトドメを指すことに決めた。

 しかし油断するつもりはない。

 念のため視界の外である背後から急所である首を掻き切る。

 無論それは相手も予想しているだろう。

 万が一のカウンターに備え左右どちらかの武装の中、鈍器としての使い方も出来るだろう左手の大きな銃よりも右手に持つ小型の物の方が危険度が低い。

 更にもしスーツの耐久度が自身の爪を上回った時、ただちに来るだろう反撃から逃れるため、足場の吟味も必要だ。

 そしてそれらを超えた先に待つのは、獲物の首級を咥えて勝利を手にした自分だ‼︎

 キャットオルフェノクは壁から天井を伝い、カイザの後ろへ渡ると、全出力をのせて壁を踏み砕き加速した。

 リニスの読みはそれを正確に捉えるがカイザは動けない。

 辛うじて首を動かし背面の装甲で爪を受け流し事無きを得る。 衝撃に耐えるカイザに反撃などできようはずもない。

 キャットオルフェノクは体勢の崩れたカイザが元に戻る前に手前の壁を蹴り更に追撃。 もっと悶えるカイザに改めて後部から喉元を掻っ切るイメージを固め、すれ違うカイザの横を悠々と抜けて行った。

 

《Ready》

 

 勝利の予感を敗北先刻が貫いた。

 

 キャットオルフェノクの真の強みは、健脚でもなければ視覚外の相手や地形さえ見極める超感覚でもない。

 集めた情報を地図としてまとめ上げるその演算能力にこそある。

 4次元的な思考ということに関しては、キャットオルフェノクに勝る処理能力を持つオルフェノクはいないだろう。

 並列思考に優れたユーノ・スクライアや、ISの開発者である天災篠ノ之束を含めて凡ゆる次元世界でキャットオルフェノクの右に出るものはいない。

 そうして更新されていく足場の情報にも即時対応し加速していったその速度は、確かにカイザには追いきれなかった。

 カイザは追いつけない。

 しかし、そこでリニスはそうそうにその事実を認め、別の着眼点からキャットオルフェノク攻略をした。

 速さに対応出来なければ、行き先を誘導させ、タイミングを測って倒せば良い。

 一見して無茶苦茶に見えたあの二丁拳銃の狙いは、キャットオルフェノクの足場を脆くし、キャットオルフェノクの行動範囲を狭めるためのものであった。

 結果的に油断し、その真意を読み違えたキャットオルフェノクはリニスの行為を意味無きものとして大事にはせずに、リニスによって意図的に残されていたジャンプ台を跳んだ。

 そしてカイザは無理でも、リニスの目にはキャットオルフェノクの動きは捉えられる。

 足場を限定した後はキャットオルフェノクの現在位置とその姿勢から次に飛び移る足場を計算し、自らの武装や立ち姿・姿勢などを調整して、相手にとって最も危険が少なく確実に急所を狙える進入角度を作り出し、その一撃をタイミングを見計らい躱すだけ。

 自分の用心深ささえもキャットオルフェノクはコントロールされていた。

 そしてミッションメモリーをはめブレイドモードにしたカイザブレイガンのフォトンブラッドの刀身が、毛ほども考えなかった反撃を生み、キャットオルフェノクを背後から刺し貫いたのだ。

 無防備に背中を貫かれたキャットオルフェノクはあらぬ方向に爪を振ってもがく。

 元に戻したカイザフォンをベルトに挿し直したカイザは今一度カイザフォンをターンさせ内部ボタンを晒す。

 

「やはり使う者の頭が、お粗末でしたね」

 

《EXCEED CHARGE》

 

 ファイズとデルタのものより低音な電子音とともに、キャットオルフェノクを刺し貫くブレイドにエネルギーが収束される。

 

(もしフェイトなら、ブレイドの精製速度よりも速く間合いから離脱できたでしょうね)

 

 今は居ない愛する教え子の少女を思い起こす。

 本当の娘のように思っていた幼い彼女が、今では管理局有数の魔導師だというのだから、人生は何が起こるのか分からない。

 自分は別に彼女に会えなくとも良い。

 もうその必要も権利もないからだ。

 この体と力は今いる愛する者を守るために振るう。

 

「シュッ」

 

 必殺の二連斬り。

 ゼノクラッシュで切り裂かれたキャットオルフェノクは、Xの剣戟の残光を残して青い炎を上げ灰になり崩れた。

 敵の打倒を確認したカイザは光に包まれ変身を解除し、元のネコ耳メイドに戻ったリニスはベルトを外し、気を緩めるように重い息を吐くと残りの2人の加勢に向かおうと踵を返し。

 

「あ.....」

 

 ニヤニヤ顔のプレシアが居た。

 おそらく結界の反応を察知して駆けつけたらしく、扇情的なバリアジャケットに似合わない呑気な顔で、リニスを上から下に目線を動かして眺める。

 そしてだらしない口を開けた。

 

「何してるの〜」

 

 終わった。

 自分の中の何かが終わりを告げたとリニスは思った。

 

 

ーー

 タックルで外に押し出されたデルタに、当の押し出すドッグオルフェノクは違和感を覚えていた。

 三本のベルトシリーズにて最初期に作られたデルタは、完成度こそ他のベルトに譲るものの、単純な出力では後出のカイザ・ファイズにすら匹敵するスペックを誇っている。

 スーツを循環するブライトストリームに流れる白のフォトンブラッドは、それ単体でもかつて帝王のベルトの一本として計画されていたサイガに採用されていた青すら超える出力を持っているが、そこにビガースプリームパターン呼ばれる特殊な配列がこのデルタのスーツが組まれている。

 フォトンブラッドは出力によりある程度の色分けがある。

 最も安定したものがファイズの赤でそこから黄色、白と出力が上がるたびに色も変動する。

 そして当然ながらパワーが上がるごとにその扱いは難易度を増していく。

 ベルトとしての性能を極限まで突き詰めたデルタに採用されたブライトストリームは、そのままの状態ではとても安定した運用の望めない高出力なものだった。

 そこでスマートブレインが採用したこのビガースプリームパターンは、一本のブライトスプリームを三本に分け、敢えてまばらな出力にする事で、高出力なこのフォトンブラッドを流動・循環させることに成功した。

 集団遺伝子学に置ける、集団が激減ののちの繁殖で起きる遺伝的多様性の低さを逆手に取った。 さながら逆ボトルネック効果と呼べる発想だろうか。

 これによりデルタは、フォトンブラッドの最高品質であるシルバーストリームに匹敵しながらも、それを暴走させずにカイザやファイズと同様に安定した運用が可能となっている。

 もっともそれが限界で複雑な機構や拡張ツールは存在せず、基本的なフォトンブラッドを射出する武装以外備えてはいないが。

 ともかくドッグオルフェノクが知るデルタとは上級オルフェノクさえ圧倒する力を持つ強力な存在なのだ。

 スカリエッティが再現した複製品とはいえそれは変わらない。

 それがこのような。

 

「弱いはずがない?」

 

 小鳥がさえずるような可愛らしい声とともにドッグオルフェノクの突進は止められた。

 直立不動で大地を踏みしめるデルタに、ドッグオルフェノクは言い様のない恐怖を感じた。

 止められた後は攻撃が来る。

 その前にバックステップで身を翻したドッグオルフェノクは、早くも切り札を晒す。

 両手に力を集中させ、それを形にした。

 右手に先端のメイスを鎖で繋いだ棍棒。

 左手にはドッグオルフェノクの半身をスッポリと覆う縦に長さのある盾。

 オルフェノクの力で作り上げたドッグオルフェノクの攻防兼備の装備だ。

 ソルメタルすら破壊する。 強力な力を前にデルタを纏うセシリアは身じろぎもしない。

 デモンズ・ストレートが発する電気信号デモンズ・イデアが、装着者の闘争本能を刺激しているからだろうとドッグオルフェノクは当たりを付けた。

 人間がこのデモンズ・イデアに当てられれば、強すぎる闘争心が理性さえ奪ってしまう。

 恐怖や危機感を察することが出来ないため、本来デルタの圧倒的力を有していても臆するかなんらかの警戒をするはずの状況にも、無反応でいるのだ。

 だとすれば直線的な動きだけでも十分効果的だ。

 

 ブオンブオンと、右手のメイスが振り回され、物凄い風切り音が響き渡る。

 空気どころか原子配列さえバラバラに壊しそうな勢いが、見るものにそんなイメージを持たせ、本当なら警戒させる。

 デルタは動かない。

 鎖の長さが伸びその半径がどんどん近づいても、自らに迫る確実な死になんの反応も見せない。

 いかにブライトストリームといえどもスーツの耐久値は決してカイザやファイズの範囲を大きく飛び越えるものではない。

 頭部に当たれば間違いなく致命傷。

 デルタの力に支配されていると考えれば不自然ではない流れだが。

 

 ある一定の時間の中で、ドッグオルフェノクは急に攻勢に出た。

 物体であってもオルフェノクの力により産み出されたこの鎖は、自由に伸縮させることが可能なのだ。

 デルタの頭部を砕かんと迫るメイスにデルタがしたことは、ただ左手を上げただけだった。

 鎖に添えられたその動きをドッグオルフェノクはすぐさま看破した。

 左手で遮られた鎖とメイスの長さと、デルタの頭部までの距離を逆算すると、ギリギリ。 本当にコンマ数ミリ単位の精度で鎖の巻き取りが、頭部へのメイス到達が回避されていた。

 変身前はただの少女だと見なしていたが、この女。 デルタの力に溺れるどころか、在ろう事かその絶大な力を弄ぶかのように使いこなしている。

 先程、闘争心の塊だとみなすには嫌に静かだと不安に思ったのは間違いではない。

 北崎。

 そして草加も使用した。

 巧も一度だけ変身し戦った。

 セシリアはそんな歴戦の戦士である彼らや、木村沙耶以上にデルタの力に順応し、まるで自身の専用機のように操っていた。

 

 ならばやり方を変えるまで。

 ドッグオルフェノクは棍棒を握る右手に力を注ぎ、デルタが触れた先の鎖の長さを伸ばした。

 それによりメイスの軌道を再びデルタの頭部へと戻すことに成功した。

 しかしならばとデルタは鎖を初めて引っ張り強引に直撃を外すと、そのまま手繰り寄せたメイスを右腕を持ってして捕獲しようとする。

 こうすればいかに鎖を伸ばそうが意味はない。

 しかしドッグオルフェノクの念動力の熟練度はセシリアの予想を超えていた。

 手で捕らえる瞬間。

 あろうことか無機物であるはずのメイスが生き物のようにうねり、デルタの腕から逃れたのである。

 デルタは再び顔に向かうメイスを首の動きだけで躱す。

 しかしメイスはするりとデルタの後方に抜けると、そのまま全身に巻きつき、デルタを固定してしまった。

 意表を突かれたデルタはそのまま鎖により締め上げられる。

 これぞドッグオルフェノク最強の武器。

 メイスにばかり目がいきがちになるが、彼の真の武器はそれを繋ぐ鎖だ。

 ドッグオルフェノクの持つオルフェノクの力を特に強く注がれて出来ているこの鎖は、まるで彼の三本目の腕かのように自在に伸ばし、曲げ、動かすことができる。

 メイスを囮に使っての鎖による攻撃のコンビネーションは、これまで一度たりとも破られたことのないドッグオルフェノクの必勝パターンだ。

 そしてまだコンビネーションは終わっていない。

 デルタの動きを封じたドッグオルフェノクが鎖を収縮させデルタの体を手繰り寄せる。

 なすすべもなく操られるデルタはそのままもう一つの武器である長大な盾に叩きつけられた。

 甲高い音を立ててデルタの装甲から火花が散る。

 この盾の本来の使い方だ。

 一枚の板に見えるこの盾。

 実は極小の鎖を巻き合わせて作り上げた鎖の塊なのだ。

 あまりに微細で複雑に絡み合っており解くことは彼にも不可能だが、部位コントロールで振動させ掘削機のように触れるものにダメージを与えることができるのである。

 メイスに盾。

 オルフェノクとして取り立てた技能のないドッグオルフェノクが編み出した錯覚の鎖だ。

 このまま最強のライダーも、今までの敵のようにすり潰してくれよう。

 ドッグオルフェノクは盾と共に体を縛る鎖も振動させる。

 デルタの鎧ごとセシリアを砕かんと猛威を振るうドッグオルフェノクの鎖は彼自身気づかぬ弱点を保有していた。

 

「ここ.....やった」

 

 まるでくじ引きで見事当たりを引いた子供のようにセシリアが笑った。

 その笑顔とともにどうした事か動きを止めた盾にドッグオルフェノクは数瞬間置いて理解し驚愕した。

 セシリアがした事は、盾として構成された無数の髪の毛サイズの鎖のうち一本をつまみ上げた。

 それだけ。

 たったそれだけでドッグオルフェノクの全霊を込めた超振動は停止したのだ。

 ドッグオルフェノクの動揺で集中が切れたことでデルタを縛るメイスの鎖が解け、その中ほどの鎖をデルタは摘んだ。

 今度は驚愕の代わりに戦慄したドッグオルフェノクは、次いでかけられたセシリアの言葉にて、頭の中で浮かびかかった一つの思考が事実だと認識した。

 

「ここ、とここ。均等に分けられているようだけれど...ここの二つがチョット強いよね」

 

 親に自分が見つけた問題の答えを自慢するかのように、セシリアはドッグオルフェノクの目の前に、摘み上げた鎖の箇所を見せびらかし、デルタの首をちょこんと傾げさせた。

 ドッグオルフェノクの脳裏に浮かんだ仮説に採用の判が押される。

 

「貴方が込めたサイコキネシスが鎖の表面から仄かにオーラとして立ち上っていることが気になって初撃を食らってしまいました」

 

 きっと強く念じすぎたからね。 とセシリアは結論づけた。

 そんな馬鹿な。 ドッグオルフェノクは思う。

 オルフェノクの力は進化の力。

 その種類は様々だが、細胞を変化させる。 武器を生成する。 村上のように力の強いオルフェノクならばセシリアのいうようにオーラ状に練り上げた目に見える力を光弾として放つことも可能だが、基本的には既に存在しているものを変化させる人間の何億倍もの超高速での細胞増殖とその応用で、タネもしかけもオーラもない。

 ドッグオルフェノクの鎖でもそれは同様だ。

 彼の鎖は確かに動いて、それは媒体であるドッグオルフェノクが念じることで可能な一見サイコキネシスのような外部的な力によるものと見えるが、結局は体の一部を動かしているに過ぎない。

 なのは達の魔法とは違う。

 スイッチを押すと動くおもちゃのマジックハンドのように。

 そこにあるものが動いているだけ以上のものはない。

 セシリアは面白そうに鎖を弄る。

 

「発現するさいにどうしても出てしまうムラ。もしくは貴方の指令を上手く伝えて動作させるための中枢機関。詳しくは存じませんが、ここだけ全く動いてませんで気になりまして.....とっちゃった」

 

 無邪気な告白と共に摘んでいた箇所が砕かれた。

 それだけで盾とメイスは夢から醒めたようにこの世から消えて無くなった。

 抵抗もしないドッグオルフェノクを尻目に、セシリアはしばしクイズを解いたことに浮足立っていた。

 スキップしながら離れていくデルタをドッグオルフェノクは眺める。

 

 セシリアの言葉は早い段階でドッグオルフェノクに、彼女の言うことは正しいと感じさせたていた。

 自分の体を動かしているだけとしたが、武器として生み出した鎖の操作というものは非常に繊細で困難なもので、彼のように一度体外に出した武器を生き物のように駆使できる使い手を超える者はオルフェノクの中でも一握り。

 鞭を主武装として使う上級オルフェノクと、後は数えるほどしかいない。

 そんなドッグオルフェノクを持ってしても、鎖全体を完璧にしなやかに動かすためには、鎖の一部分に甘えを作らなければとても動かせなかった。

 甘えとはそこだけ動かしていない場所。

 意図的に動かさない。

 手抜きの部分を作って集中力を持たせていた。

 それで鎖は問題なく満足がいく動きになったし、オルフェノクの力は基本的に本人以外感じることは出来ない。

 今の今まで気にしたことはなかった。

 化け物。

 そう形容した。

 ドッグオルフェノクに最早戦意などなかった。

 自分の許容を超えた存在を眺めるしか出来なかった。

 そして冷静だったはずの彼はいつしかボンヤリとこう思った。

 こいつがオルフェノクとなればどれだけの怪物になるのだろうか?

 人間のまま、自分の鎖の謎を攻略したこの女がオルフェノクとなった時、どうなるのだろう。

 見てみたい。

 

 ドッグオルフェノクは後ろを向きこちらを構うことさえしないデルタに突如躍り掛かった。

 バックリと開けられた口から生えた牙は変に一本だけ伸びていた。

 まだ鎖を操れなかった彼の新米時代の武器だ。

 使徒再生。

 迫り来る刃にセシリアはまだご機嫌だった。

 腰から引き抜いたデルタムーバーを電話のように耳に当てる。

 

「本当はコードの解析は終わっているのだけれど、こっちの方が格好いいですものね.......Check」

 

 流暢な英語が死刑宣告のようにドッグオルフェノクは感じた。

 

《Exceed Charge》

 

 デルタムーバーから光の線がドッグオルフェノクに突き立つ。

 それは彼の体に到達すると同時に三角錐状に展開してドッグオルフェノクを拘束する。

 青紫色のポインティングマーカーが暴れるドッグオルフェノクを逃がさない。

 デルタムーバーを優雅にベルトに戻したデルタは、一度顔の前で右手を撫でた。

 まるで生身のセシリアがその綺麗な前髪を払うように。

 見えないはずのスカイブルーの瞳がドッグオルフェノクを捉えた。

 

 デルタが舞う。

 

 ひと跳び38メートルの跳躍力がピタリとポインタの角度と被る。

 一度体を屈ませて、そのまま一気に両足を突き出す。

 スローモーションのように緩慢に見えたその速度が、あるポイントでポインティングマーカーと同化し加速した。

 気づいた時にはデルタは後ろに立って腰からベルトを外していた。

 白い光と共に現れた金髪の少女はドッグオルフェノクのこれまで見た何よりも美しく見えた。

 赤い炎がそれを最後の光景にした。

 24tのデルタ唯一の特殊攻撃。

 ルシファーズハンマーにて貫かれたドッグオルフェノクの体にΔの紋様が浮かび上がり赤の炎と共に灰となり崩れた。

 爆炎の風がセシリアの纏められた髪をほどき広がった。

 

 

ーー

 リニスとセシリアはそれぞれの敵と戦っている。

 ファイズとマンティスパイダーオルフェノクは開始位置と同じく銀行の中で睨み合っていた。

 マンティスパイダーオルフェノクが両手に付けられた主武装である鎌を大びらきに構えて腰を落とす。

 見るからに待ちの姿勢。

 カウンター戦法だ。

 かれこれ数分はこうしている。

 既に地下に行ったリニスと外に出て行ったセシリアの方は一度大爆発の音がした後静かだ。

 多分終わったんだろう。

 だとすればもう少しで2人が帰ってくる。

 リニスの言う通りプレシアが来るかもしれない。

 

 というか来た。

 

 通路側からリニスとやはりプレシアが。

 玄関側からはセシリアが。

 双方執事服とメイド姿だ。

 しかしベルトは装着されており、2人とも今にも飛び出しそうだった。

 

「冗談じゃねー」

 

 巧がカシャリと手首を鳴らした。

 次の瞬間ファイズが走り出す。

 セシリアが「えっ?」と漏らす。 リニスが「なっ...」となりプレシアが「あら」となった。

 突進。

 両腕を構えて待ち構えるマンティスパイダーオルフェノクに、走って突っ込む。

 それ以上の考えはなかった。

 

「馬鹿ですか⁉︎彼は」

 

 リニスがもしものためにカイザフォンにコードを入力する。

 プレシアが険しい顔で眺めている。

 セシリアは不思議そうな顔だ。

 

 マンティスパイダーオルフェノクが真空刃を飛ばす。

 待ちの体勢から急に怒涛の攻めがファイズにかけられる。

 完全に不意を突かれたファイズの面が明らかに動揺していると知らせた。

 それでも直ぐに構わず突っ込んだファイズの全身に、大小の刃が刻まれる。

 カイザフォンから変身準備の完了ガイダンスが流れる。

 リニスの腕がおろされる直前で刃の中を駆け抜けたファイズがそのままの勢いでマンティスパイダーオルフェノクへと向かっていく。

 猫目にならずとも、魔法で強化せずとも、ハイパーセンサーを使わずとも、ファイズの全身に浅からぬ傷が含まれていることは容易に分かった。

 よもや意に返さず突撃してくるとはマンティスパイダーオルフェノクも思わなかっただろう。

 それでも左右に広げた鎌を下ろしはしない。

 ドタドタと瓦礫や砕けたガラスを踏み砕きながらファイズが迫る。

 不意をつく素ぶりがないことは走り出した姿を瞬間に見るものの直感に渡来した。

 マンティスパイダーオルフェノクのがまた刃を飛ばした。

 今度は片腕のみを小さく振るい、紙切れのような微細な薄さの刃をファイズの左足に集中した。

 ファイズは突っ切った。

 

「ーーーっ」

 

 カイザフォンが胸元で悶えたように下ろそうとされ、止まり、また下ろそうとされる繰り返し。

 もどかしい。

 聞くまでもなく苛立っているリニスは今にも変身しそうで、しかしすんでで必ず巧に譲っていた。

 

「一夏さんみたい……」

 

 眺めていたセシリアがぼんやりと口にした。

 猪突猛進が表されるファイトスタイルがクラス代表を決める際に戦った彼と被る。

 そして比べたら分かった。

 

「…もっと危ない」

 

 がくりと遂にファイズの進撃に陰りが見えた。

 ダメージの蓄積でファイズの脚がファイズの意思と関係なく彼に膝をつかせた。

 リニスの葛藤が終わりを告げ、今度こそカイザドライバーが光を発した。

 足の止まったファイズに遠慮などあろうはずもないマンティスパイダーオルフェノクが、巧の首めがけて真空刃を飛ばす。

 すんでのところで駆けつけたカイザの剣が真空刃を中程から切断した。

 

「見てられまっ…ちょっと‼︎」

 

 リニスが無茶な巧に退がっているように言おうとしたところで、ファイズが転がって行った。

 恐らく首への攻撃を避けようと脚がもつれてバランスを崩したことを利用した結果だろう。

 リニスは迎撃に集中して気づかなかった。

 そしてリニスの加勢に気づいているのかすら分からない。 気づいてはいるのだろうが、礼を言うことも憎まれ口を叩くこともなく立ち上がり再び走り出す。

 

「っ…っく‼︎」

 

 カイザも後ろから追いかける。

 ファイズがこちらに構わない以上、己が動かなければ次が来ても防げる自信はなかった。

 既に鎌を振っての飛び道具が通用する間合いではない。

 マンティスパイダーオルフェノクは今度こそ自身の鎌でファイズを両断する構えだ。

 ファイズが跳んだ。

 突然の事に一同が見上げた。

 人の頭の高さ程度に跳んだファイズは、さながら走り幅跳び選手のように手足をバタつかせながら自由落下で、マンティスパイダーオルフェノクの待ち受ける鎌の間に飛び込んだ。

 マンティスパイダーが鳴いた。

 フェイントなし。

 ごまかしなし。

 全てを真一文字に両断し分断する死神の鎌がタイミングドンピシャでファイズの胴に吸い込まれていく。

 

「あっ」

 

 セシリアが思わず声を出していた。

 ファイズが、巧が、狼が、躍動していた。

 

「うるせーんだよどいつもこいつも‼︎」

 

 ファイズが頭上に挙げた両手がそのまま張り手のまま振り下ろされ、マンティスパイダーオルフェノクのどデカイ鎌を上から押さえつける。

 真上ではなく、物を切り裂く形の刃をしている鎌に合わせて指を反らせて実際に抑えていたのは手根だ。 その上を前腕と肘と上腕と肩が斜めに鎌を下に下げさせた。

 

(無理。相手のタイミングが完璧すぎる。上半身を上げても間に合わない‼︎)

 

 巧の狙いを腕で鎌の軌道を尻の下に下げさせて躱す事だと悟ったリニスはその作戦が百パーセント失敗することを止まらぬ鎌の勢いで看破した。

 マンティスパイダーオルフェノクの鎌は確かに刃の上側を押さえられ少々斜めに傾いたことはファイズの力と言えるだろうが、その実斬撃の大部分の勢いを殺せず、直撃は避けられない。

 リニスは望みをかけて最速のカイザスラッシュを狙う。

 それさえ間に合わないかもしれないと感じながら。

 

「つあああああ‼︎」

 

 しかし巧の作戦はリニスの遥か上を飛び抜けていた。

 巧は膝を曲げまるで空中で四股を踏むような姿勢を作ると、気合の雄叫びを上げ、着地と同時に振り下ろした鎌の頭の部分を両膝に添え、ドン‼︎

 

 ジャンプの勢い。

 落下の衝撃。

 ファイズの腕力。

 ファイズの脚力。

 ファイズの体重。

 捻られた鎌と戻そうとした反発。

 固定された鎌とそれでも切り裂こうとする力。

 上方への力と下方への力。

 引く力と押す力。

 切り裂き専門というやつの特性。

 後は気合とetc.

 

 すり潰したような千切り取られたようなへし折れたような生々しく重々しく痛々しく次いで聞こえた壮絶すぎる悲鳴も仕方ないものだった。

 

「すごい」

 

 セシリアがその光景に囚われたように言う。

 身を細めて若干引いているプレシア。

 カイザの変身を解除してしまうほどリニスは、目の前の巧の奇行にもう文句を言う気もなくなった。

 

「ジャンプして...腕と足で挟んで...着地して...折った」

 

 口で説明するとこんなところか。

 もう呆れようにもない。

 マンティスパイダーオルフェノクの鎌を折るために、その攻撃を愚直に全て食いながら、最後に懐に飛び込む跳躍。

 当然獲物を狙った鎌は躊躇いなく自分の胴へと吸い込まれる。

 それを薄い刃の方を腕で、太い峰の方を膝で、その幅約数センチほどの開きは、着地と同時の挟み込みでネジ巻きの要領で回転しようとする。

 マンティスパイダーオルフェノクの斬撃の精確さと強靭な勢いに反発するその動きは、やがて支点となった鎌の間の位置で鎌の耐久度の限界を超え、今の状況を生んだ。

 ドッグオルフェノクの武器とは違い、自分の体の一部を変形させたマンティスパイダーオルフェノクの鎌は、分断された断面から伸びる諸々の生物的ななんだか大事そうな紐が、彼の壮絶な激痛を容易に見ている者に分かりやすく感じさせた。

 

「やめてよ....そういうの.....」

 

 やや青ざめた表情のプレシアがぼやいた。

 人体実験のプロジェクトFの利用者なのにこういうのは苦手なのかとリニスは思い、再びファイズを見る。

 地面に着地したファイズはぶち折った鎌を挟んだ状態だ。

 股を180°近く開いて、手のひらをパンと乗っけている形。

 

「真剣白刃取りですか......ヤンキー座りの」

 

 ファイズが立ち上がり鎌が床に落ちる。

 中に水でも含まれているかのように生々しく鈍い音が立った。

 ファイズの手首がカシャリと鳴った。

 全身は依然として傷だらけ。

 総評すればマンティスパイダーオルフェノクともしかしたら大差ないかもしれない。

 リニスは理解出来なかった。

 

(非合理的どころの話ではない...よくここまで生き残ってこられたものです。以前から思いつきに重点が置かれたファイトスタイルでしたが、それでもまだ安心して見ていられる程度だった)

 

 戦い方が柔軟なのがファイズの利点だ。

 今までの記録にある巧は、意外に器用に立ち回っていた。

 本人の性格もあいまり、比較的異世界人の中では予想のしやすい人間だということがリニスの認識だった。

 

(高町なのはや織斑一夏ばかりを気にしていましたが。乾巧....あなたも中々目を離しておけない子供ですね)

 

 もしかしたら一同の中で一番暴走しがちで、気苦労がかかりそうな巧にリニスは先のことを思い、重々しいため息をついた。

 

 全身が熱い。

 自分でやっといてなんだが巧は無茶をし過ぎたと怠い気持ちになった。

 昨日からセンチな心境になり、今日も三体のオルフェノクたちに自分を重ねて、落ち込んでいるのかよく分からない状態に陥り、セシリアはなぜかデルタになって戦い、今になってアイスコーヒーに払った代金がムダだと気づいた。

 兎も角巧はイラついていた。

 このイライラを発散したい気分だった。

 オルフェノクとしての自分もなにやら怒っているようだった

 

(うるせえ、怒ってんのはお前にもだよ。しつこいんだお前。そんなにキレたいんなら俺に付き合え)

 

 そうして怒っている巧と怒っているウルフオルフェノク。

 2人の怒っているファイズが、普段の2倍の無鉄砲さで誕生した。

 

(こんなことならバイトなんかせずに雲を眺めてればよかったぜ)

 

 流れる雲が時間と共に、モヤモヤしたあの気持ちも流してくれて、巧は傷を負うこともなく復活したはずだった。

 心の怒りはまだ2人分燃えている。

 こうなったらヤケだ。

 とことんまで体を痛めつけて完全燃焼してやる。

 巧は左腕のデバイスから瞳が赤いファイズが描かれたミッションメモリーを取り出すと、それをファイズフォンのものと交換する。

 

《Complete》

 

 傷ついたフルメタルラングが中程から左右に分かれ、内部のブラッディコアが露わになる。

 フルメタルラングが肩にパッドのように収まったと同時にファイズに、正確にはファイズに流動する流体エネルギーフォトンブラッドが変質し、その余波でファイズが光輝く。

 無論その変化に一同が気づかないはずがない。

 プレシアもこの光景に顔を青ざめさせている場合ではなくなった。

 

「銀のブライトカラー......ファイズのライダーシステムが扱えるギリギリの超限定的な形態。こんなところで使うつもりなの⁉︎」

 

 赤のはずのフォトンストリームが、主成分であるソルグラスをファイズが無理矢理高出力に変換させ、フォトンブラッドの最高出力であるシルバーストリームへと変化させる。

 ファイズの複眼が黄色から赤へと変化し、変形は完了した。

 最も出力の低く。 三本のベルトの中でも最後発という背景があり、その結果最高の完成度を誇りカイザ以上の拡張性を誇るこのファイズ最大の特徴。

 フォームチェンジ。

 そしてファイズの持ち味である安定性を犠牲に、一時的だがデルタに並ぶ出力を発揮させるため、諸刃の剣として生み出された爆発的な加速力。

 

「リニス‼︎」

 

 傍観をやめ、行動に移ったプレシアがしたことは防御。

 リニスに命じた彼女はリニスが張った結界に干渉し、それをもっと強固なものにする。

 アクセルフォームがデルタに匹敵するために、決して高エネルギーを扱う仕様に適していないファイズがしたことは、あまりにリスキーでデルタ以上の突貫工事な荒技だった。

 曲がりなりにも安定させ常時展開していられるように、製作されたデルタは確かに高出力だがそれはつまり、それがライダーシステムに注ぎ込める一つの限界値だというのがスマートブレインの意思表示といえよう。

 自壊しないギリギリのライン。

 ブライトストリームが人が扱えるフォトンブラッドの限界ラインなのだ。

 

「オルコットさん‼︎」

 

 先程からぼーっとしているだけなセシリアを疑問に思いながらも魔導師フォームで回収したリニスは2人を覆うシールドを張った。

 リニスに抱かれながら、セシリアは巧を眺めた。

 

「綺麗...」

 

「...あれはアクセルフォーム。通称ファイズアクセルと呼ばれる高出力状態です。本来低出力なファイズの内部コアを露出、余剰エネルギーを輩出させることであの姿となります」

 

 やはり様子の違うセシリアを不安に思いながら、リニスは魔力の安定化の集中した。

 

「もっともそれは、市販の軽自動車のエンジンを戦闘機のものに強引に載せ替えて得たような危ういもの。メインフレームから細かい部品の全てがノーマルな車が....音速を超えるアフターバーナーの加速にいつまでもついていけるはずがありません。

35秒...

それ以上は暴走したシルバーストリームがファイズのスーツを破壊し、空気に触れて劣化したフォトンブラッドが周囲3キロ四方を汚染してしまう。もちろん装着者は死んでしまうでしょう...」

 

 一瞬言いづらそうに、だが直ぐにリニスは惚けるセシリアに巧の危険知らせる。

 セシリアは黙ってファイズを見つめる。

 排出される熱がファイズの周りの景色を歪める。

 その中で手首のスナップ音だけが鮮明だった。

 

「一応自動で終了するはずですし異常があった場合、プレシアがベルトを外させますが、もしもの時は何とかあなただけでも守ります」

 

 リニスの言葉にセシリアはずっと無反応だった。

 巧が駆ける。

 ファイズが編み出せる最高値の拳はマンティスパイダーオルフェノクを簡単に空へ飛ばした

 通常時の1.5倍の威力が手負いのマンティスパイダーオルフェノクに容赦なく突き刺さる。

 そんな一方的な攻勢が十数秒続いたところで、地面を転がるマンティスパイダーオルフェノクが突如変貌した。

 下半身を昆虫的な四本の脚で支え、胴体となるマンティスパイダーオルフェノクを中心に新たに生えた6本の鎌がその鋭利な刃をファイズに向けている。

 マイクロバス並みの大きさになったマンティスパイダーオルフェノクが、防御力の薄くなったコアを狙う。

 後ろに跳びのいて躱したファイズは着地と同時に、左腕のデバイスに手を伸ばす。

 プレシアが悲鳴を上げる。

 

「ちょっとはクーリング走行って発想はないのあの子っ...⁉︎」

 

 ただでさえ危ういアクセルフォーム。

 その上今のファイズは巧の突進の代償に決して浅くない傷を負っている。

 フォトンストリームにも少なからず影響が出ているかもしれない中、スイッチを入れた途端暴発してもおかしくない。

 プレシアが祈る気持ちで外を覆う結界が万が一にも壊れ、被害が漏れ出ないように強化する。

 様々な想いを錯綜させながらSB-555Wファイズアクセルのスタータースイッチが押された。

 

《Start Up》

 

 アクセルフォームの真髄。

 アクセルモードが発動された。

 マンティスパイダーオルフェノクの巨大になった鎌に、ファイズは腰を落としクラウチングスタートの状態になる。

 呑気な格好だが、2人はそれをそう断じることはない。

 勝負は既に決した。

 

《Reformation》

 

 巨体がその分の質量の灰になった

 

 

ーー

 ファイズアクセルの最大の武器は、その身を突き動かす動力源が、シルバーストリームの高出力だということだ。

 デルタでさえ不採用となったその高出力を、フィルターを通さずそのまんまの勢いで体を躍動させることができる。

 体への負荷を視野に入れない力はファイズに音速の壁を破壊させる。

 通常の千倍。

 その言葉の意味が今目の前で起きている光景だ。

 マンティスパイダーオルフェノクがピンポンボールのように空中で弾けて吹っ飛ぶ姿をプレシアはジーっと観察していた。

 

(三本のベルトが、オルフェノクが扱うことを前提として製作された理由がよく分かるわ。あれ何Gあるのかしら?その分ISの操縦者保護ってほんと凄いのね)

 

 見えない。

 時折見える銀と赤の閃光が攻撃を加えるファイズのフォトンストリームと複眼だと認識できるのは、やはりあのシステムを事前に知っていたからだろう。

 初見ならまず分からない。

 時速に換算して62068km。

 第一宇宙速度の約2倍。

 ロシアのICBM、RT-2PM2がマッハ27で時速3万kmだとして、この速度を換算した場合、ファイズアクセルの移動速度はマッハ50を超える。

 正に目にも止まらぬ速さ。

 太陽系最大の恒星、太陽の引力さえ振り切る超スピードについて来られる者など、少なくとも今空中で貼り付けにされているマンティスパイダーオルフェノクにはそのすべはないだろう。

 100mを0、0058秒で走破する今のファイズは正真正銘、世界最速の存在だ。

 ここから一歩でも前に出れば、ソニックブームがプレシアを襲うだろう。

 あれに対抗できる魔導師は自分の知る限り、リニスも含めて何人居ることだろうか。

 一つ他愛のない思考に気を取られたプレシアの伏せられた視界が、突如銀行中を照らすフォトンストリームに引き戻される。

 空中に広がるそれら全てがシルバーストリームにより、常時フル充電状態のファイズがノーモーションで生成したポインティングマーカー群だ。

 アクセルモードの制限時間はアイドリングモードより短い10秒。

 既にファイズアクセルからは危険シグナルを伝えるカウントダウンが始まっていた。

 

《3...》

 

《2...》

 

 クリムゾンスマッシュの1.5倍の威力。

 アクセルクリムゾンスマッシュがマンティスパイダーオルフェノクに叩き込まれた。

 

《1》

 

《Time Out》

 

 

ーー

 

「まったくきみは何を考えているんですか。あそこでスーツがもし壊れたら私たち全員あの世行きでしたよ?」

 

「だから知らねーよそんなん‼︎終わったんだからいいだろ‼︎だいたいあいつらは元々全部俺の獲物だ...」

 

「無抵抗でやられそうになってる所助けられといてよく言いますよね?」

 

「あんたらが邪魔しなけりゃ俺がぶっ飛ばしてたんだよ‼︎」

 

「へー...」

 

「んだよ、やるか⁉︎このコスプレ女‼︎」

 

「きみが着せたんでしょ‼︎」

 

「やめなさい2人とも.....巧くんはこっち来て。手当てするから」

 

 結界を解き、人気が戻った無人の銀行内で、変身を解いた巧はリニスと喧嘩をしていた。

 鈴音ともしょっちゅう憎まれ口を叩き合う巧にとって、本物の猫であるリニスは相性最悪の相手に思えた。

 セシリアはプレシアに手当てされながらもやはりリニスに睨みを利かせている巧の元へと近づき、そのチョット湿気た頭を撫でた。

 疲れているからか、今度は引っ掻きも噛んだりもしない。

 ウンザリした顔はいつもの巧だった。

 

「今度は何に見えるんだよ....猫か?ワンちゃんか?」

 

「巧くん」

 

 何?となる巧。

 

「巧くんが無事で安心しました‼︎」

 

 滅多に張らないセシリアの大声に、巧ですら驚いた。

 怪我に障らないように、優しく引き寄せられた頭が、柔らかい胸元に収められる。

 流石にこれには巧も抵抗した。

 

「マジで頭可笑しいんじゃないかお前⁉︎やめろ、離せ‼︎」

 

「はい、動かないでね。傷開くわよ?」

 

「ああ、巧くん。これ約束のお給料です。急いで容れてもらったんでちょっと足りないかもしれませんが」

 

 プレシアがリニスを発見した時とは別の種類のニヤニヤ笑顔を称えて作業を続ける。

 リニスがメイド服の懐から取り出した生の現金を巧に差し出す。 もちろん巧は受け取りようがない。

 ピラピラと巧の頭上でお札が揺れる。

 

「ほらほら。要らないんなら私が貰っちゃいますよ〜。この服も返しに行かないといけないんで早くしてくださ〜い」

 

 

「いいから全員どっか行けーー‼︎」

 

 

 今日一番真摯な願いを感じる叫びだった。

 

「みんな大丈夫⁉︎御免なさい。結界がヤバげだったから壊さずに待ってたんだけど...」

 

「増えるなよ‼︎」

 

 増えた、結界を察知して駆けつけたがプレシアにより強化された後だったため、雰囲気で内部の切迫した状況を悟り、破壊して突入することが出来ずに外で待っていた(結界が消えた時残っていたのがオルフェノクだった場合は、建物ごとブレイカーで消しさるつもりだった。※一応サーチャーでくまなくチェックした後で)なのはは心底安心した表情だった。

 巧は顔から火が出そうである。

 そんな巧の想いも知らず、もしくは知っていて単に気にしていないなのはがセシリアに抱きしめられる巧の方へ歩み寄って来る。

 因みに魔導師組は全員私服だ。

 箒の家で洗ってもらった前日の服のなのはは、顔の赤い巧のわざわざ前面で目線を合わせる。

 本人は礼儀としてだが、やられた方はテスタロッサファミリーと同等の嫌がらせにしか思えない。

 

「あの姿、ロボコンフォームだっけ?次はあんまり使わなくていいようにするから...遅れてごめんね」

 

 リニスとプレシアが「ロボコン?」となり、巧がブワッとトマトのように赤くなり立ち上がる。

 セシリアが「あっ」と漏らして跳ね除けられた手のまま不思議そうに巧を見た。

 巧はそのままどこか罰の悪そうななのはの肩に手を置くと、今度は自分が目線を合わせる。

 

「なんで知ってんだ」

 

「ハハ...バッジ持ってるでしょ」

 

 昨日渡したやつ、と続けるなのはに言われるがままに、巧はポケットから念話用のバッジを取り出した。

 エライ目にもあったが、やっぱり便利なものなので突っ込んでおいた奴だ。

 朝はキチンと服につけておいたのだが.....

 

「あんたにかけてみたが使えなかったぞ」

 

「距離があると使えないみたいでね。束さんが改良版作ってくれたらしいから交換しとくね」

 

 言われるがままバッジを渡した巧になのはが本題に移る。

 

「束さんに通してないから合ってるかは分からないんだけど。きみの強い想いに誤作動で反応して、その思念が登録者の私に伝わったんだ」

 

「それがなんでロボコンフォームなの?」

 

 手当てをしながら素朴な疑問を投げかけるプレシア。

 巧は少し顔をしかめるが、このままではなのはが喋りそうだったため固い口を開けて説明をした。

 

「ガキの時にやってたヒーローもんだよ。胸がパカって開いたろ?中の機械が見えてるとこが似ててそう呼んでんだ」

 

 へーっとリニスとプレシア、セシリアも言葉を重ねた。

 巧はなにか茶化されないかとドギマギしたが、今度はキチンと空気を読んだなのは。

 

「あれって凄く負担がかかるんだね。体を動かすたびに全身の筋肉と骨・神経に激痛が走る。思念から痛みがダイレクトに伝わって来たよ」

 

 途端にシンミリする空気。

 だが巧は内心ガッツポーズをする。

 茶化される空気でなくなったことに喜ぶ。

 その通り、質問するリニスは真剣だ。

 

「五感の一部そのものまで共有出来たということは、もしかしたら視界も?」

 

「はい」頷いたなのはは受け取ったバッジをまた巧へ渡す。

 巧が受け取ったところで会話がスタートした。

 

「まず見えたのはリニスさんが巧くんにキチンと謝ってくれたところ」

 

 随分前から見えていたらしい。

 これは巧がその時大きく心が動いたからだろう。

 

「それから巧くん。あんまりそういう考えは先輩としてどうかと思うよ?今日は正当な理由があるけど、本来働いて稼ぐお金っていうのはね...」

 

「だあ‼︎分かったよ、やらねえよ。続けろよ」

 

 社会人として巧の楽して稼ぐ姿勢に思うところがあったらしい、なのはの説教もなされ、それも今度はセシリアに向けられることとなった。

 

「セシリアちゃんが決めたことだから、あんまり私が口出すのも違うかもだけど....」

 

「......」

 

 それも伝わってるよな。と巧はやはり見えていた驚きの光景を、同じく共有していたなのはは思うところがあるようであり、セシリアの腰に巻かれたままのデルタギアに視線を落とした。

 何より彼女が憤っているだろうことが、デルタのベルトの所有者が自分ならばセシリアが戦いの場に出ることはなかっただろうということ。 そしてそれが可能な立ち位置に居たにも関わらずそう出来なかった事だということが、念話を使わずとも容易に表情から見て取れた。

 

「無理はしないこと。これだけは守って」

 

「善処します」

 

 相変わらずの塩対応はやはり父親であるホークオルフェノク関係だろうか。

 今のところ彼女の口から事実を打ち明けられたのは巧だけだが、あの場に居てスコールの言葉を聞いているなのはなら察しの一つは付いているかもしれない。

 巧はようやく見せてきた無邪気な一面が、再び不幸な仮面の奥に隠されていくさまを寂しく思った。

 ツンと横を向かされる。

 

「人ごとじゃないからね?」

 

「……おう」

 

「はい」

 

「…」

 

「は・い」

 

「…はい」

 

「はい」

 

 人差し指で刺されたこめかみがジーンと残る。

 

「新ての体感型アトラクションのホラーかスプラッター物かと思ったよ。途中で胴体切られそうになったシーンなんか本気で念話切ろうか迷ったし。背筋凍った回数何回か分かる?」

 

 俯く巧。

 因みに正解をもらえそうな自信はある。

 でも絶対怒られるから言わない。

 なのはが駆けつけたタイミング的に、その時は絶賛駆けつけ中で、それこそ我が事のようにハラハラさせたろうし、もどかしさを与えたに違いなかった。

 冗談混じりだが本当はセシリアではなくなのはに抱きしめられたのかもしれないと思った。

 そう思うとリニスには逆らったが申し訳なくなってくる。

 それでも不貞腐れた態度を取るしか出来ない自分の最低さ加減がなんとも腹に来る。

 一夏を見て何度か人にかける迷惑も考えろと思ったが、まるで人のことを言えない。

 それに向こうはちゃんと謝る。

 間違っても開き直った態度はしない。

 

「まあ無事でよかった。それだけは本当に良かったよ」

 

 結局相手の笑顔にホッとしてしまう。

 待っているだけで何もしなかった。

 

「長くなっちゃったけど最後にこれだけ‼︎」

 

 あまりぐちぐち言うと絶対引きずる巧のためにここいらでキリよく終わらせることにしたなのは。

 過ぎたことは仕方ない。

 これだけは今後のために言っておきたかった。

 

「時間制限あるから慌ててるのは分かるんだけど、移動とか攻撃の間とか大振りになり気味だから気をつけて」

 

 ロボコンフォームもといアクセルフォームの力はなのはも驚いた。

 だからこそその利点が一気に致命傷に繋がる動きを見逃さなかった。

 防御力の低いアクセルフォームは、更に超スピードで動くため、何かあれば即戦闘不能のカウンターとなる。

 今回は精神的に不安定だったこともあるだろうが、今後このようなことが起こった時、なのはのスピードでは最悪の事態を防げない。

 巧自身に防いでもらうしかなかった。

 それは走っている本人である巧もよく分かっている。

 今度こそ素直に礼でも言おうとして気づく。

 

「あんたあの速度でそんなもん分かったのか?」

 

 視覚をある程度共有出来ていることは分かった。

 だがあくまで人間ななのはがその動きを捉えられていることが信じられなかった。

 

「まあ主観映像だから嫌でも目から離れないしね。でもリニスさんなら横からでも見えたんじゃないんですか?」

 

 借り物の制服についた埃を払っていたリニスが振り向く。

 現在も警官隊の突入を遅らせるため高度な結界で外との時間の流れをズラしているため、常時魔力を解放している彼女の瞳孔は縦に鋭く開かれていた。

 オルフェノク以上の感覚を持つリニスはその瞳を終始ファイズに向けていた。

 

「ええ、ある意味ゆっくりと観察できました。初見で自分にかけられていた場合なら五分五分でしょうが、今なら十分対抗も可能です。ですね、プレシア」

 

「....そうね」

 

「あれ、本当に見えてました?」

 

「見えてたけど⁉︎大魔導師だから‼︎」

 

 仕返しか、恐らく分かっててからかうリニス。

 すっかり2人の漫才空間になってしまった。

 だが巧はほのぼのすることはなく、なのはの注意通りだということを噛みしめることとなっていた。

 どれだけ速く動こうが見える者はいるし、戦える者はいるということだ。

 なのはは最後にこう言った。

 

「バッジ。渡しとくね」

 

 巧はバッジを渡した。

 

 結界が解除されたと同時にコッソリ銀行から脱出した一同はそれぞれの行動を取った。

 @クルーズ行きはセシリアとリニスだ。

 制服を返しに行かなければならないし、セシリアに関しては今日の業務が終わるまでバイトを継続するつもりなので、尚更帰れないだろう。

 ネコ耳メイドと男装の麗人に注目する野次馬の中をセシリアがリニスをエスコートしながら優雅に歩いて行く。

 自由行動は巧だけだった。

 さっさと帰っていった。

 束への報告の道を歩くなのはの横を追随するのはプレシアだ。

 結界に阻まれて見えなかった分の報告をしてくれるらしい。

 それを礼を言って受け入れて共に歩くなのはは少し前を歩いている。

 プレシアが尋ねる。

 

「さっきは巧君となにを話していたの?」

 

「みんなに話してました。少し説教くさくてすいません」

 

 なのはは訂正する。

 なのはの話した事はプレシアも位置的に聞いていたはずだ。

 しかしかつてとは異質な威圧感を抱かせるプレシアはふっ、と笑うと首を振る。

 

「なのはちゃん嘘つくの下手ねぇ。セシリアちゃんだって気づいてたんじゃない?....念話で何話してたの?」

 

「......」

 

「一度回収したバッジをもう一度渡した理由。どうして?」

 

「なんとなくです」

 

 プレシアが笑う。

 心底可笑しいという感じだった。

 なのはは無表情でそれに応える。

 

「たとえ登録されてなかろうと、あれだけの至近距離で私が念話を傍受出来ないと思ってるの?さっきは恥をかいたけど。私リニスより魔法、上手いのよ?」

 

 魔力運用ということならば長年研究職についていたプレシアはなのはより幾分上手だ。

 なのはの栗色の髪をプレシアの指が妖しく伝う。

 

「別に隠すような事じゃないでしょ?最近の若い子は水臭くてお姉さんやんなっちゃう」

 

 首元を搦めとるように滑るプレシアの腕をなのはが掴んだ。

 クスリとプレシア。

 管理局員といってもまだまだ齢19の若輩。

 少し弄ってやれば直ぐムキになる。

 

「ごめんなさい。でも隠されると暴きたくなっちゃうのが性ってものじゃないかしら...「それ...」え?」

 

「それ....プレシアさんが決めていいこと何ですか」

 

 言葉の意図は読めないながらも、何故怒っているのかはプレシアにも分かった。

 プレシアの腕を離してなのはが後ろを向く。

 彼女も初めて見る本気で怒ったなのはだった。

 

「巧くんが話したくない事を...どうして私たちが大した事じゃないって決められるんですか」

 

 周囲の通行人には気づかれないほど静かななのはに、確かにプレシアは一歩退がった。

 

「目を離すとすぐこれだ。これ以上なのはちゃんの私への不信感を煽るようだとあなたとの協力もこれまでですよ」

 

 改めて目の前にしてみて我ながら不慣れな割にはよく出来ている。

 作った本人を前にしても声をかけられるまで目の前の黒髪に黒縁眼鏡のどこにでも居そうな女性が天災篠ノ之束だとは気づけなかった。

 

「安心して。そのバッジは念話とは少し違うプロセスで動いているからその人には傍受出来ない。記録機能も付けられないからそのバッジを私が解析しても君達の会話は知り得ない」

 

 目の前に居るのかどうかも怪しいほど気配が辿れない束はなのはの目の前に普通に歩み寄りバッジを回収した。

 そしてその手に新たなバッジを手渡す。

 デザインは変わっていない。

 何処にでも売っていそうな変哲のないアクセサリーだ。

 2つ渡された。

 

「距離と精度を強化しといた。きみが言ってた誤作動の件はまたなんとかしとくよ」

 

「束さん。聞きたいことが有るんですが」

 

 最近の束は機嫌が良くても悪くても変わらぬ事務的な対応をしてくれる。

 プレシアの事で若干不機嫌らしい束は特に嫌な顔一つせずになのはに頷いた。

 

「どうしてベルトをセシリアちゃんに渡したんですか」

 

 先ほどとは違う種類だが、本気で怒っていることは遠目でも理解できた。

 向けられた本人以外には気付きにくい静かな怒りだ。

 しかし不意を突かれたプレシアの時とは違い、今度のは束自身いつ言われるかと予期していた事。

 カラコンの黒い瞳。

 

「あの子が渡してくれって昨日言ってきてね」

 

「昨日....やっぱりあの作戦の事。束さんから誘ったって言ってましたけど...」

 

「誘ったのは本当だよ。もっとも密かに来たはずの学園で待ち伏せされてて、その要求を飲んだ後条件として出したけどね」

 

「巧くんがオルフェノクである事を見せつけてどうするつもりだったんですか?」

 

「別に、普通に渡すつもりだったよ。ただそれで戦うつもりなら友達がオルフェノクなことくらい知っておくべきだと思っただけ」

 

 それがどういう意図で行われたのかなのはには分からない。

 束にとって必要不可欠な譲れない一線だったということがなのはを今のところは納得させた。

 

「分かりました渡しておきます」

 

「うん。それから情報は今日はプレシアさんから聞くから、きみは帰って休みなさい」

 

 束はそう言うとなのは達が行く予定だった道を歩きだす。

 続くプレシアは胸の前で両手を合わせると軽く笑って、元の立ち位置でついて行った。

 残されたなのはは渡されたバッジを懐に入れると今日のところは寮でお言葉に甘えさせてもらうかと踵をかえして、巧も向かっただろう帰り道へと歩む。

 

 

 

 

 

 

ーー銀行内 戦闘後

 

ーー聴こえる?

 

ーーおう

 

 頭の中にかけられた声に同じく頭の中へと声をかけ返す。

 バッジの効果の本来の使い方だ。

 

ーー実はさ、さっきも言った通り私にリンクしたのはきみの強い気持ち。それによって伝わってきたのは視界や痛覚以上に、きみがその瞬間に抱いた思い出だったの

 

 なのはが喋りながら念話で巧に伝える。

 念話とはつくづく便利だ。

 説明はそれ以上必要なかった。

 

 三原。

 草加。

 そして木場

 あの瞬間巧が思わず頭に連想した彼らをなのはも一部の狂いなく体感したのだ。

 その時抱いた巧の悲壮、悲しみ。

 それらを同時に感じたなのはから申し訳ないという気持ちがダイレクトに伝わって来た。

 

ーーごめん

 

 今日はよく謝られる日だと思った。

 恐らくなのはは流れてくるそれを敢えて止めなかったのだ。

 敵の情報を出来るだけ仕入れることが自分のなすべきことだと判断し、巧の秘められた記憶を止めなかった。

 彼女からすればそれはやってはいけない最低な行為だろう。

 辛いもどかしさを自分よりもっと辛い巧の心情を、念話によりモロに共有した。

 今繋がる彼女の感情からはその謝罪の気持ち以外は伝わってこない。

 それが巧にも自分と同じ気持ちを味わい、気遣わせないように巧より魔力の扱いが専門の彼女がコントロールしたものだとわかったのは念話など使わずとも容易だった。

 巧は敢えてそれに突っ込まずこうして2人の交信は終わった。

 

 

ーー

 

(世界中の洗濯物が真っ白になるみたいに。みんなが笑顔になりますように....か)

 

 一番強く感じた記憶。

 あくまで念話の副作用により断片な記憶しか取れなかったなのはにはその河原の光景がどの場面で、傍の人が巧とどんな関係にあったのか知らない。

 しかしそれが巧にとって今でも残るもっとも強い誓いだということは理解できた。

 普段ぶっきらぼうながらも本当はお人好しで心優しい彼が長年かけて見つけた夢になのはは心が温かくなるのを感じた。

 そしてそれを最後に巧から伝わってきた記憶はなくなった。

 マンティスパイダーオルフェノクへの苛立ちにハラハラしながらも巧は今も無事にこの夢を抱き続けている。

 

(寿命...そんなものどうすればいいの)

 

 夢を抱いたタイミング的にだろうか。

 なのはは巧が隠し続けたオルフェノクの秘密を知った。

 数年かもって十年余り。

 繁殖力の無さは長命で比率を取るのが自然界だ。

 それに反比例するかのようにオルフェノクは、急激な進化による負担で生まれながらにして細胞が疲弊しており、ファイズに倒されずとも放っておけばいずれ繁殖力が追いつかず死滅する。

 誕生と同時に死は誰にでもある運命だが、それが種族全体に初めから備わっているオルフェノクになのはは言葉で表せないものを感じた。

 それと同時に、巧がオルフェノクとしては長命だということはもう分かった。

 もし自分と同じく転移してこの世界にやって来たのなら、彼の寿命はもういつ尽きてもおかしくないという事だ。

 しかしその事実への悲痛さと同じくらいなのはは疑問を抱いていた。

 あの河原の記憶の途切れ方になのはは違和感を覚えていた

 眠るようなうだるげな体と、重い瞼。

 遠のく親しい者達の声。

 閉じられた瞼。

 

(あの記憶はもしかしたら、巧くんにとって本当に最期の記憶だったんじゃ...)

 

 夢を見つけたあの河原で、乾巧の一生は終わったのではないだろうか?

 

(だとすればあの子は一体)

 

 見上げた空に雲が流れる。

 それをもしかしたら見ている巧が、必要以上に遠いものに感じた。

 




如何でしたでしょうか?たっくんの甘酸っぱい夏の思い出(ゲス顔)

一夏「解せぬ」

箒「出番キタよ。モッピー愛されてるよ」

ファイズとリリなの陣営ばかりがストーリーの本筋に関わって、最早タグに『セシリア主人公』『セシリアがヒーロー』「一夏はワンサマー』と入れなければタイトル詐欺にも繋がるレベルに....
しかしご安心を。
ボンドの最初が一夏視点のように、この作品に置ける主人公は紛れもなく一夏ですので。
真の主人公は1話登場しなかったぐらいで影が薄くなるような存在ではありません‼︎ アレ?ワンサマー今回アウトじゃね

追伸
うちのセッシーは将来絶対180cm後半の垂れ目が魅力のお兄さん系イケメンさんになる(確信)

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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48話 一夏死す‼︎

遅れるよー
色々遅れるよー
前書きで初っぱなネガティブ発言の田中ジョージア州です

一夏が死にます。


「一夏」

「いちか」

「イチカ」

「いチ夏」

 色んな一夏が耳に届く。

 聞いたことのない単語だ。

 何を意味するのかまるで理解出来ない。

 見上げるような。 姿勢を低くしているような。 見たことのないなにかが一夏と呼びかけてくる。

 それは複数であったり、または一人であった。

 代わる代わる一夏を言ってきた。

 それは直ぐであったり、または多少の時間が空いた。

 一夏を言われない時はまた知らない単語を聞いてきた。

 でも一夏ほどのインパクトはなかった。

 知らない単語が知っている単語になるのは楽しいものではあったが、一度聞いてしまえばもう知らない言葉ではない。

 一夏はいくら聞いてもわからないのである。

 ある時「箸」を使って「夕食」の卵だけの「オムレツ」を食べていた時に「千冬」が一夏を言ってきた。

「千冬」は何人かの見たことのないなにかの内、もっともよく言葉を言ってきた人だった。

「テーブル」の向かい席に座って、「笑顔」を浮かべている「千冬」は「嬉しそう」だった。

 

 表情には二種類の区別があることを知っていた。

 本心からくる感情がそのまま形になったものと、本心とは違う感情で本心を隠すように貼り付けたもの。

「本当」と「嘘」と言うらしい。

「箸」と「橋」もややこしいものだったが、現実に物体として存在しないこれらも最初はビックリするインパクトを持っていた。

「箸」と「橋」は実際にこの目で見て、その違いを形と役割両方とも理解したから使いこなせるようになったが、「本当」と「嘘」は見て比べることは出来ない。

 正確には千冬達はそれを教えるための教材を用意出来なかった。

 長いことこの二つの単語は一夏並みの謎であった。

 しかし二つが理解出来るようになるのにそう時間はかからなかったし、そのことは最初から感覚的に分かっていた。

 一夏に感じる得体の知れなさが「本当」と「嘘」からは感じられなかったからだ。

 次第に千冬達の表情を観察していくうちに、その二つは理解した。

 結局は実物のある単語と大差なかったのである。

 目で見れないものでない限り、単語は読み取れるもの。

 となれば一夏とは目で見れないものなのだろうか。

 今まで一度も一夏を見たことはない。

 

「千冬」は笑いながら「オムレツ」の味の感想を訪ねてくる。

「千冬」がこの「オムレツ」を作ってくれたのだ。

「フライパン」を「菜箸」でこする音を拾いながら、変わらない手際を予感して、「皿」にのせられて「テーブル」に出された崩れた「オムレツ」の姿を見て確信した。

「千冬」は料理が苦手である。

「箸」に挟まれた欠片を舌にのせ、変わらない味は意図したものではなく上達がないことだと思う。

 正直美味しくはない。

 不味いわけでもないため何時も「普通」だと答えていた。

「千冬」はそうか、普通かと再び笑った。

 多分美味いと言っても不味いと言っても笑っているのだろう。

 しかしその同じ姿に決して停滞しているという「置物」を近視させるような「デジャブ」感は抱かない。

「千冬」はどんな時でも動いていた。

「箸」とは違った。

 

 一夏

 

 何度目かの「千冬」の一夏が脳を弛緩。

 普段なら質問しない永遠の謎を解かんと「千冬」に尋ねた。

 一夏とはなんぞや。

 千冬は笑うのを辞めた。

「嘘」と「本当」を見破れるこの目には、「驚いた」その後「呆気」に取られている表情だと映る。

「千冬」が腕を伸ばして肩に手を置きそのままガッと掴んだ。

 大したことのない痛みとともに「千冬」の「呆れた」感情が腕越しに伝わってくる。

 おそらく今まで一夏の意味をてっきり理解しているものだとばかり思っていたのだろう。

 それ程目の前にある単語なのだろうか。

 単語の理解度の速度は目の前にあるかないかで大きく変動する。

 それなら「箸」よりも「テーブル」よりも早く覚えている筈だ。

 いいかと一息間を開けた「千冬」が苦い笑いを浮かべて「本当」を言った。

 

 一夏はお前の名前だよ

 

「自分」というものを初めて知った時だった。

 

 

 ーー

 

「一夏」

 

「なに、千冬姉」

 

「折角の休みなんだ。遊びに行けばどうだ」

 

 ソファにて新聞を読み込んでいる千冬姉が俺からコーヒーを受け取ってから口を開いた。

 低いハスキーボイスが勧めてくる。

 昨日は一緒にIS学園から帰ってきた。

 久しぶりに千冬姉と呼んでも問題なかった帰り道だった。 寄り道なし。

 出来れば暫く。 千冬姉が休みを貰えている間くらいは家から出る予定は買い物以外になかった俺はう〜んと首を捻った。

 

「だって千冬姉久しぶりじゃん、帰るの。俺も久しぶりだし、滅多にないし、水入らずだし.....」

 

 命令に近い千冬姉のお勧めは昔から謎の強制力を俺に課してくるが、俺とて負けてばかりではない。

 本人からすればそれ程強気に拘ることでもないため、割と食い下がれば意見が通ることは少なくないのだ。

 でも今日の千冬姉は、拘りがない代わりに常識的反論を持ち合わせているようであり。

 

「入学してからはほぼ毎日顔を合わせているだろう」

 

 おれはうっとなる。

 正論で一瞬黙ってしまいそうになるが、それでも持ち玉がなくなったわけではない。

 

「久しぶりに料理を振舞ったり、ゲームをしたりしたいんだよ。数年ぶりだろ?」

 

 千冬姉はふむ...と視線を新聞から少し外して、テレビ周りに放置したままになっている据え置き型の本体と纏められたコードに目を移す。

 よし...‼︎

 本当は「一緒に居たいんだ‼︎」とストレートな言葉が真っ先に思い浮かんだんだがやめた。 子どもっぽすぎるもんな。 ドン引きされるや。

 千冬姉は「そうか」と納得したような口調でぼんやりとゲーム機を眺める。

 そして。

 

「遊びたいんならあの子らを誘った方が良いんじゃないか?」

 

「へ?」

 

 言葉通りへ?となる俺。

 なんだか口籠ったように千冬姉は眉を寄せる。

 まるでその子らとは関わりが少ないから直ぐに思い出せないでいるようだった。

 

「あれだ。バンドやってる…お前も入ってるらしいな。違ったか」

 

 そこまでいわれて俺の脳裏に入学以来とんと会う機会がなかった友人と、最近会った友人の顔が思い浮かんだ。

 

「弾と数馬のことか?」

 

 そうだと指を立てる千冬姉に俺は納得した。

 確かにあの2人と仲良くなった時は日本代表として忙しかった時だったし、当時の俺の趣味とそれを買い揃える物欲が中学生男子の好物と不合致していたことで、3人が遊びにくるのは決まってそういう遊び道具が揃っていた弾なり数馬なりの家であったからだ。

 年頃が遊ぶには広いだけで魅力のないこの家にしょっちゅう来てた友達といえば箒か鈴だけだった。

 こっちが「何もないぞ」と忠告しても気にしないで、結局部屋で退屈な時間を過ごすだけだったアイツラ。

 なんでだろう。

 ほかに聞いても「男と女の違いだろう」と投げやりな、揶揄うような感じで大した収穫は貰えなかった。

 そんな2人ももう何年もうちに訪れてはいない。

 今季に一回誘ってみるかしら?

 みんなも誘おう。

 

「そうそう。その....弾君と数馬君と遊べ。私とゲームと言ったが、私はそんなにお前とゲームをした記憶はないぞ」

 

 今度もうっとなる俺。 しかも今度のうっ...は決定的にチェックメイトな感じだ。

 下手に説得しようとして中途半端な娯楽の記憶を引っ張り出してきたのがまずった....千冬姉は俺を世話してくれたりしていたが、遊んだことはあんまり〜...といったところなんだから。

 それこそ弾達のような同世代の友達がその専門家だよ。

 特にゲーム担当の弾に負けたくなくて、対人戦に付き合ってもらった。 その経験しかない。

 つーか遊んでねーじゃん。

 巻き込んでんじゃん。

 俺が。

 なんで忘れてたんだか.....

 

「そうだな.....でも、今日は遊びに行く気分じゃないんだ」

 

 仕方ない。

 せめて姉弟水入らずは復元したいのでそう言って折角の提案を突っぱねる。

 

「そうか」

 

 あっさりと興味を無くしたのか、また新聞に目が戻った。

 裏面しか見えない俺は番組欄らしき、距離があって細かい字を眉に力を入れて睨みつける。

 今日見る番組で面白いのがないのか取り敢えず探している。

 千冬姉の好みそうなやつがないのか見渡してみるが、やはりこの位置からだとイマイチ見えない。

 明朝体の羅列にある文字同士の隙間が距離により薄れて、なんだか黒いミミズみたいだ。

 ミミズは珍しくうねうねしていないで真っ直ぐな線として枠の上から下まで伸びていて、規律だった直線を見せている。

 もちろんミミズが見たいわけじゃないんで、もっと近づいてみるか....いや、もし千冬姉に気づかれたらまた気をつかわせてしまうな。

 ミミズで諦めよう。

 代わりにUFOでも見よう。

 

 ソファに座った位置から真上を向けば、そこには我が家のUFO。

 地球探査の際に誤って現地人であるここの人間に見つかってしまい鹵獲。 そしてなんの因果か巡り巡って、我が家のアンティークとしてこの一室を照らす照明になっている。

 アクリル製のような謎の素材で出来た透明なドーム型のケースが、中にある光る球体を覆っている。

 おそらく球体はUFOのコアのようなものだろう。 それを上が広いドームと下が小さいドームが被さって保護している。 それから漏れ出る光が今も衰えないエネルギーの強さを物語っていた。

 鎖ではなくコードのような拘束具で吊るされているところもこの照明が実はUFOであることを表している。

 アクリル板みたいな屋根にソケットで取り付けられたコードはUFOの色に合わせられており、正にこのUFOのために用意させた非売品の特注品であることが伺える。

 コードコードとは言っているけれど、みんなが思い浮かべるだろう所謂充電器のように、家の電力をUFOに繋げる機能は持ち合わせてはいない。

 見たら分かる。

 見れない?

 なんで?語りかけてるのに。

 字面でしか分からない?

 俺の説明不足?

 もっと言えば田中、お前対して文章力ない癖に場面展開で急に謎空間に飛ばすのやめろや。 200のBBAとかなんの意味があるんじゃい。 長々馬鹿晒しやがって結局新築建てた時についてきた付属品の照明だろうが。 傘が広いタイプだろうが.....お前ら何言ってるのかよくわかんねー。

 でも説明不足はごめん。

 

「暇ならやはり遊んできたらどうだ」

 

 千冬姉がミミズから目を離して(でも千冬姉の位置からならミミズじゃなくてキチンと文字なのだろう)俺を見た。

 どうやらUFO観察で天井を見つめていたのが暇だと受け止められたらしい。

 UFO観察のどこが暇なんだ。

 そう思うが、考えてみれば千冬姉は俺よりもUFOに触れて長い。

 UFOが年月で慣れて気にならなくなるのは俺にとっては非現実的だが、人とは何事も慣れるものと言う。

 千冬姉にとっては俺の行為は暇なものなのだろう。

 さて、それなら少し返答を考えなければならない。

 問題ないと答えようにも、気にされた以上これから俺が居座ってもなんだか変な空気になってしまいそうだ。

 それはちょっと考えものだ。

 姉弟水入らずは嬉しいが、それ以上に姉には日頃の疲れを癒してもらいたい。 弟に変な気遣いを抱かせてしまってはそれも叶わない。

 俺はすぐにUFOでもなくミミズでもなく千冬姉に視線をセットして。

 

「ごめん。やっぱ遊んでくる」

 

 千冬姉は短くああを返して新聞に視線を戻した。

 

 俺は出かけることにした。

 あては今のところない。 なにしろ今決定したところなのだから。

 取り敢えず千冬姉が進めてきた提案を採用してみることにする。

 懐から携帯電話を取り出す。 中学の時に買ってもらった奴だ。 そろそろ型落ち...いや、とっくに旧式だと思う。 俺がそういう変化に無頓着なだけで。

 弾と数馬は最新式なんだろうか?

 そんなことを考えながら登録してある連絡先の画面へとボタンを進める。

 俺の携帯の連絡帳の名前は割と少ない。

 付き合いが悪かったわけではない。 多分必要がなかっただけなんだと結論づけている。

 IS学園だって、みんな俺によくしてくれているが、番号を交換している生徒は本当に少ない。

 箒や鈴とかの幼馴染組を除けば俺と携帯の番号を交換している人間は、ゴタゴタがあってそのテンションに任せて交換したシャルロットくらいなものだ。

 最初に仲良くなったと言えるセシリアや、ラウラに簪さんすら知らない。

 世の中には知り合ってすぐに相手の携帯番号を知りたがる人種がいるが、俺のからしてみれば価値観から離れすぎて最早神話の存在だ。

 まあ実際に会ったことないため現在進行形で架空お存在だが。

 割と長めの思考が終わると同時に俺は作業を終えて携帯を耳に当てる。

 数馬はもう切ろうかなと思った時に電話に出た。

 

「はい.........はい

 

「あ、俺。一夏」

 

 久しぶりの数馬。

 すっかり会話のテンポというやつを忘れちまったようで、返事を返すのが遅れてしまう。

 数馬の強めの挨拶に慌てて自分が何者なのか証明する。

 

「うん知ってる、なに?どったん」

 

 ごもっともな反応を返された。

 きょどりそうになるのを何とかペースを整えて数馬に応える。

 

「今暇ある?久しぶりに会いたいんだけど」

 

 数ヶ月ぶりにしては素っ気ない言葉とそれに反して数ヶ月ぶりの興奮を胸中に発した言葉。

 もちっと気の利いたことが言えないのかと。 The学生って感じの自分を責めるが、当の数馬はThe学生って感じのふ〜んとかそうだな〜とかを経て返答を返す。

 

「いいよ」

 

「あ、マジ?」

 

「うん、いいよ。暇だから」

 

 これまた数ヶ月ぶりにしてはな反応をしてしまったが、これでもちゃんと喜んでいる。

 やっぱり数年来の友達と邂逅というのはルンルン気分。

 ちょっと少女漫画チックな擬音で気持ち悪くなったが、俺はこれでも高いテンションで電話の先で電話を握っている数馬と打ち合わせをすることにした。

 打ち合わせといっても簡単なもので「どこで遊ぶ?」といったものだ。 当然行き当たりばったりな会話だったり2人の意見が食い違ったりするが、俺はそんな無駄で非効率な時間も好きだった。

 ふと数馬が言ってきた。

 

「一夏さ。IS持っとるの?見してくんない?」

 

 声の調子は興味津々といったところだろうか。 気持ちは分かる。 なんせ興味津々という名の無神経さで女子校に入るはめになった張本人だからだ。

 ISの...しかも専用機なんて早々お目にかかれるものじゃない。

 それを見たい。

 無理もない。

 むしろ今まで数馬が自分から電話かメールでかけてこないでいたことが不思議なくらいだ。

 

「いいぜ。でも規則で展開は出来ないから待機状態だけな」

 

「うん。それでもいいよ。展開とか言うんだ。ISって」

 

「なんだと思ってたの」

 

「いやそんな大したもんじゃないよ。そのさ、『装着‼︎』とかそんなん。想像してたん」

 

 やけに力を入れたイケメンボイスで、なんとなく数馬がアニメのヒーローなんかが強化スーツを掛け声とともに一瞬で身につけるシーンを想像していたのだろうと思った。

 確かにISって兵器は兵器でも、現実の兵器っていうより映画のスクリーンの中に出てきそうな感じだもんね。

 実物に触れている俺でもそんな評価をISには持っているが、やはり一般人と比べると少しファンタジーに差が出るみたいだ。

 

「でも『変身』はあるかな」

 

「あるん?」

 

 反射的に出してしまったことに「しまった」となるが、誤魔化さずに堂々として処理する。

 

「あるんだよ」

 

「なんか虫みたいね」

 

「ちょっと蛍っぽいんだ」

 

「虫じゃねーか」

 

 光る乾を思い出す。

 

「『セットアップ』とかもあるよ」

 

 勢い的に出してしまったことに「しまった」となるが、誤魔化さずに堂々として処理する。

 

「おお、ぽいじゃん」

 

「装着系っぽいか?」

 

「あんまり聞かないけど兵器っぽい」

 

「魔女っ子みたいなんだ」

 

「ちゃうやんけ」

 

 魔法をぶっ放すなのはさんが浮かんだ。

 この会話も楽しいがやっぱり話の腰を折ったことに他ならない。

 遊ぶ場所を決定させよう。

 

「弾()でいいかな?」

 

「いいよ」

 

 俺の提案に数馬が電話越しに頷く。

 どうやら遊び先は五反田宅で異論ないらしい。

 そうと決まればこれ以上電話での会話は無用だ。

 俺たちは短く会話を交わしてそのまま通話を切った。

 後は現地集合である。

 IS学園の時は地理的に時間的に弾の家くらいにしか遊びに行けなかったが、数馬の家は決して郊外の山奥にある訳ではない。 俺は主にあいつの家には歩きで行くが、到着はほぼ同時だと思う。

 中学までの記憶を頼りに俺は歩き出した。

 

 道すがらの光景はあの頃と変わっていない。

 アスファルトから生えている雑草は幼少の頃からそこにある中々根性のある雑草だ。

 ひび割れたアスファルトはあの頃から変わってはいない。

 生活道路から出るT字路に描かれたちょっと掠れた止まれの白い文字は数年前に場所をズラして塗り直された。 また掠れている。

 お隣さんの敷地を囲う塀同士が並んで壁となって、ここらを初めて通る車に圧迫感を与える。 それほど狭くない道路で乗用車同士がすれ違う際、実際の車幅からみて全く問題のない場所で、ガラス越しにドライバーの顔が緊張しているのが分かる。 それを尻目に相手のワンボックスカーが町内制限速度30キロを怖がるほどではない無視して走り抜けていった。

 山田さんだなありゃ。

 俺は車に注意しながら突き当たりまで早足でたどり着き壁伝いならぬ塀伝いに歩いて行く。

 右側だ。

 歩行者は右側通行だ。

 壁のようとさっきは表現したが、塀は家ごとに肌触りが微妙に違う。

 たった数センチから数メートルの差なのに地理関係以上の原因が感じられた。

 俺はその謎が生活感だと思っている。

 塀の向こうに住む人たちの生活感が傷となって塀に現れているんだ。

 傷らしき箇所を指で撫でると家の中の住民を感じるような気がする。

 小さい頃は傷やシミを懸命に撫でて、次に家から出てくる人が男か女か当てようとしていたものだ。

 確率50パーセントだろと簡単なように思えるが、なんか外れるのだ。

 どんな原理かはわからないが意外と当たらない。

 そもそも塀から読み取るなんてこと自体がよくわからない。 あの頃の俺は可笑しかった。 多分人間じゃなかったんだと思うね。

 50の片方側が絶妙に俺が塀から読み取った情報と着弾する様子に1人で歯を食いしばって悔しがっていた。

 そしてムキになって他の塀を巡って、やっと当たった頃には先生からお叱りを受けていた。

 時間を忘れるほど熱中していた。

 ああ、そうだそうだ。 今思いだしたが、一度ツイていた時に調子に乗って隣町まで遠出したことがあった。

 予測が外れるよりも先に家から人が居なくなってしまった。

 外れようがなくなったその時がもしかしたら俺の人生で一番の運だったのかもしれない。

 夢中になりすぎて気付いた時には見知らぬ風景だった。

 もちろん帰り道なんて分かるわけもなくうろうろしていたら突然肩口を掴まれて強引に後ろを向かされた。

 束さんだった。

 

「ちーちゃんしんぱいしてたよ」

 

 教師から連絡を受けて俺が学校に行っていないことを知った千冬姉が、束さんに泣きついたらしい。

 俺は千冬姉に迷惑をかけたということを知って凄く後悔した。

 束さんに手を引かれて知らない道を歩いて行く俺。

 やがて自宅の前にたどり着いた俺は、そこで待っていた。 制服のままの千冬姉に出会った。

 俺を見つけるなり千冬姉は駆け出して束さんを無視して俺を抱きしめた。

 俺は堪らなく恥ずかしくて縮こまっていた。

 その日から俺はその遊びをやめた。

 

 いやーあの頃はへんなこだわりを持っていた子供だったなとしみじみ思う。

 そして千冬姉は大分と振り回されていたんだろうなと思うと申し訳ない。

 久し振りに触れてみたがやっぱりもう卒業すべきかな。

 そして塀から手を離そうとした俺の耳にドアを開ける音が聞こえて来た。

 家の住民が用事で外に出かけるのだろう。

 

「久しぶりにやってみるか」

 

 塀に手を当て直して目を瞑る。

 汚れと傷から読み取る...ことなど出来ずに。 やはりあの頃迷子になったのは単に当てずっぽうが当たる日だっただけのようだ。

 成長した今になって超感覚が生まれたわけでもないため、俺はとりあえず足音が大きくなって見た目として現れる前に思いつきで口を出す。

 

「弾」

 

「おお、よっ」

 

 当たった。

 俺を発見して驚いた弾はそれでも直ぐに指先をピッと指して持ち直す。

 

「俺もいるぞ弾〜」

 

 おお、こっちも当たった。 やっぱり同時だったみたいだ。

 ちょうど弾の背後から現れる形となった数馬が声をかけて存在を知らせる。

 弾がさっきより驚いた声を上げる。

 

「どしたー。びっくりしたぜ」

 

 ここに来てようやく俺は2人して弾への連絡を忘れていたことに気づいて、都合も聞かずに訪ねてしまった弾に申し訳なく思った。

 いつものことで忘れていたが。

 今更遅いがきちんと詫びておこう。

 

「ごめん弾。急に来て。今日空いてる?」

 

 言いながら空を眩しそうに見上げる数馬の姿にちょっと不安になる。

 うっすらとは心の片隅に残っていたが、時間帯は昼ちょっと前だ。

 案の定弾は言い聞かせるような、または少し意地悪な感じで言葉を繋いだ。

 

「昼時だぜ〜?定食屋だぜ〜?夏休みだぜ〜?」

 

 俗に言う書き入れ時ってやつだ。 そりゃあ大変な時間帯だろう。

 俺はそうだよなぁと意見を返して詫びようとする。

 

「ちぇ、使えねーなー弾」

 

 数馬が軽口で弾を攻め始めた。 いつもの流れだ。 歯に着せぬ言い方に逆上した弾が数馬に優しく摑みかかる。

 

「このエセ関西弁〜」

 

「このエセビジュアル系〜」

 

 そうして2人して路上にてプロレスごっこに移行する。

 暑いってのによくやる。

 2人曰く。 冬は滑って危ないからやらないらしいが、夏のアスファルトの上でするのも中々疲れるだろう。

 春や秋にすればいいのに。

 とにかく汗と車とか人が運んで来た砂にまみれながらゴロゴロとグラウンドの攻防になっていた2人はある時同時に跳ね起きた。

 見逃していた俺は突然のキレの良さに「お?」となって注目する。

 そのまま動きがない2人は互いににらみ合った状態で静止している。

 やっぱり暑かったのだろう。 額や頰から大粒の汗が流れており。 「バカやってんな」としか思えなかった。

 ..........

 いつまで止まってんだ?

 ..........

 パチパチパチパチ。

 

「蘭......」

 

 忘れていた存在がまた1人。

 今度は絶対忘れてはいけない。

 背筋が冷たい。

 少し前の休みの日に蘭が俺に告白。

 そして俺が振った形となった。

 そして泣かせた。

 

「こんにちは一夏さん」

 

 挨拶を出来るだけ早急に返す他なかった。

 気まずいが出来るだけフレンドリーに。

 決して嫌っているわけではないということを示さなければならない。

 他の人間になら、「何を自惚れているのだ」と思って態度に出すこともないのだけれど。 蘭にとって俺に嫌われているということは俺が想像しているよりもずっと傷つくものだろう。

 好意にずっと気づけずに、そして碌に話も聞かずに振った俺が、これ以上自分勝手に振舞って蘭を傷つけるわけにはいかない。

 

「ほら一夏さん。拍手」

 

「ああ」

 

 なぜ拍手を要求されるのかはわからないが、言われるがままに両手を打つ。

 蘭がクスクス笑う。

 

「おい、こっち向いてしろよバカ客」

 

「いいもん見せたんやからこっちみんかいダボ」

 

「ほら、あっちに拍手を」

 

 俺がまた察しが悪いスカタンだったのか。 いつのまにか三対一の構図が出来上がっていた。

 またもやわけがわからずにとりあえず言われた通り拍手だけはしてやった。

 ただ蘭にならともかくこいつらに文句を言われるのは癪に触るな...特に弾がムカつく。

 

「いいもんって見てねーよ」

 

 2人の呆れた顔と仕草に腹がたつ。

 

「ヘッドシザースから脱出して互いに距離を取って睨み合う。ルーティーンだろ」

 

「知らねーよ」

 

 額の汗を両手で長い髪を巻き込むように搔き上げる仕草がなんとも爽やかで、すっごく腹がたつ。

 

「数馬くんも久しぶり」

 

「おっす。蘭ちゃん、またべっぴんになったんでねーの〜」

 

「でも最近振られちゃったの」

 

 背筋に走る謎の冷たさが更に強くなった。

 まだ15の人生でこの数ヶ月。 なかなかの「唐突の出来事」といううのを体験してきたつもりだったが、まだまだ序の口だったことがわかった。

 暑くなったり寒くなったり、今日はやはり家にいればよかったかな?

 

「マジで。じゃあ、俺がもらっていい⁉︎ねえ、弾」

 

「お前にお兄さんとか言われるのとかマジ死ぬわ」

 

「やーだよ。私来年からIS学園に行くんだもん。彼氏なんかつくってらんないし」

 

「え、なに、蘭ちゃん鈴とかと一緒の学校行くん?」

 

「そーよ。だから今は受験勉強真っ最中なんです。あっち行って下さい」

 

「つーことで数馬。うちでは遊べん。早速一夏隊員の家へ直行するぞ」

 

「うっしゃ、競争や」

 

 滝のような汗など最早構わない。 といった具合に再びハードワークに出かける2人……てゆーか俺んちかい。

 てゆーか…気まずい‼︎

 離れて小さくなって行く友人達のお陰で俺は蘭と2人きりで店先にあるわけだが、前述の事があるのでとーっても気まずいんです。

 つか腹立つなあいつら。

 数馬は未だしも焚きつけた本人が、既に遠い過去の出来事みたいな扱いしてはしゃいでんじゃねーぞ。

 

「すみません。折角来ていただいたのに帰してしまって」

 

 可愛らしいちよっと申し訳なさそうな肩を竦めた仕草がナチュラルで、違和感を覚える。

 無理していないか?

 

「蘭……あのさ」

 

 俺のいいよどむ様子は事情を知る者からすればどれ程情けなくうつっているのだろうか。

 俺の気持ちがどれだけ複雑に渦巻いていようと。 俺は加害者で、蘭は被害者だ。

 何時迄もこっちの都合で向こうに時間を使わせられない。

 

「この前の…ごめんな。あの、ごめんな...」

 

 しかし気持ちの整理は付けても語彙力までは整理整頓出来ない俺。

 最悪な歯切れの悪さはおそらく相手を圧迫させるか気まずくさせる以上にはならない筈だ。

 手探り状態で言葉を探す間に、俺を見る蘭の瞳が俺の瞳と交差する。

 待ってくれているのだ。

 俺が拙いながらの謝罪を終えるのを受験を控えてる身で待ってくれているのだ。

 

「本当にごめん」

 

 頭を下げて背中を曲げて地面を見る。

 もうこれから言葉を重ねる必要はない。 これ以上はただの言い訳であり自己保身のための言葉が出てきかねないだろうと思ったからだ。

 頭しか見えない俺を蘭はどのように見ているのだろう。

 自分を振った男の謝罪は、ともすれば自分勝手な行いに見えるだろう。

 許されたい。 罪悪感から解放されたいという身勝手な思いから頭を下げていると相手から映っていてもそれは仕方のないことだ。

 俺がすべきことはこれで精一杯だ。

 俺は蘭が俺に頭をあげるように言ってきて、その通りにした。

 再び瞳があった蘭は暫くはそのままジッと俺を見つめていたが、やがて可愛らしい笑顔を浮かべると俺の背後を指して。

 

「行っちゃいましたよ2人とも」

 

 俺は背後を振り返る。

 汗だくの弾と数馬はもう道の何処にも居なかった。

 

「そうだな。それじゃ。今日は急に訪ねてきて悪かったな」

 

「いいえ、定食屋ですからウチ。好きな時に来てくださいね」

 

 俺は手を振って蘭と別れた。

 蘭に聞くこともない。

「2人を追った方がいい」と言ったのならそれに従うべきだ。

 

 

 ーー

 

「お帰り」

 

 家に帰った俺を千冬姉が玄関で偶然出迎えた。

 部屋着ということで非常にラフな格好をしている。

 思春期真っ只中の男子2人に見られているという自覚は果たしてあるのか。 堂々と我が家を歩き回っている。

 

「弾君と数馬君の着替えを用意してやれ。同じ年頃の男子が用意してやったほうが私よりも相応しいだろう」

 

 宣言通り織斑家の風呂場を利用している友人2人らしきはしゃぎ声が聞こえてくる。

 なんだか恥ずかしくなってきた俺は千冬姉に謝っておく。

 

「物を壊さなければいい。好きに遊べ」

 

 二階の自室に上がっていく千冬姉。

 遊んでいる間の邪魔にならないようにしてくれたのだろう。

 ひとまず感謝。

 そして着替えも用意してやらねばなるまい。

 俺は自分の部屋に戻って俺の私服を着せてやるためにタンスを漁った。

 部屋着だということで半袖半パンの速乾性のスポーツウェアを持ってきた。

 ゆったりとしているからあの2人にも着こなせるだろう。

 洗濯機に放り込まれた2人の着替えのズボンを調べて貴重品が入っていないかを確認した後で、磨りガラス越しに2人に服を洗濯することを伝えた。

 2人の返事とともにスイッチを入れた。

 一旦リビングにてUFO観察に戻り時間を潰す。

 やがて用意したウェアに着替えてリビングに来た2人を交えて俺はしばらく談笑に花を咲かせた。

 少しして洗濯機の様子を見に行きリビングは2人に任せる。

 俺がUFOが逃げないように見張っておいてくれと言うと2人は任せておけと言った。

 安心した俺は脱水が完了した2人の服をベランダの物干し竿に引っ掛けてしわをキチンと伸ばす。

 この快晴なら数時間で乾くだろう。

 そして再びリビングに戻り、UFOが逃げていないことを確認すると、ようやく三人久しぶりの遊びの時間がやってきた。

 遊び道具が少ない俺の家だが、幸い今回の会合内容は会議形式だけで十分楽しめそうだった。

 約束通り俺の白式を見たがる数馬に腕輪型の待機状態を見せびらかす。

 案の定触られたり引っ張られたりしたが、ISがその程度で痛んだりするはずもなく。

 危うい展開は一つもなく数馬は満足したようなホクホク顔になった。

 それからも話はもっぱらIS関連のことだった。

 どうやら夏休み明けのクラスメイトとの話のタネにしたいらしい。 ワクワクした顔で2人を相手しているとなんだかこっちも力が入る。

 IS学園の時間割とか、どんな授業を行なっているのか、ISを身につけた時はどんな感じなのかとか、一通りの質問を返していくとある時を境に冷房を閉じ込めておくために閉めていたリビングの扉が開いた。

 現れた千冬姉は鷹の目で俺たちを射竦める。

 

「腹が空いた...飯」

 

「了解。すぐ作るね」

 

「部屋にいるから持ってきてくれ」

 

 そう言って扉を閉め、二階に上がっていく千冬姉を耳で追っていき、ガチャリと扉を閉められる。

 

「一夏の家は亭主関白だな」

 

 弾のコメントに数馬が大きく頷く。

 失礼なやつらだ。

 話を切り上げて昼食を作ることになった。

 そんな時に弾と数馬がキッチンの方を指差す。 どうやら持ち込み物があるらしい。 言われた通り流しを見下ろすと水の張ったうちで一番大きなボウルに溢れそうな量の草が浸っていた。

 すぐに分かった。

 ヨモギにユキノシタだ。

 どちらも若芽だったが、綺麗に土を払ってあって肉厚な葉っぱが覗いている。

 家に尋ねる前に2人が道で探してきてくれたらしい。

 

「天ぷらにでもするか?」

 

 俺がそう言うと2人は見るからに喜んだ。

 かくいう自分も楽しみである。

 野草なんて食ったことがない。

 過度な期待はしていないがやはり楽しみはある。

 蒸気船まな板号(空も飛べる)に水揚げしたそれらの素材を適当に根っこだけ切り取って、片栗粉と小麦粉で作って水と卵を加えて混ぜ合わせた天ぷら粉に浸す。

 作り方などあまり詳しくないので、適当にそれっぽく作ってみた。

 プロみたいに音で最適な上がり具合を見極めるなんて凄技出来ないので、取り敢えずそんなに長く上げる必要はないだろうと思ったので、サッと油の中を潜らせると直ぐにあげて次のヨモギかユキノシタに移る。

 10分もしないうちに全ての草を上げ終わった俺は、昼食用に炊いておいたご飯を茶碗によそって、朝の残りの味噌汁を添えた昼食をお盆に乗せて千冬姉に届けた。

 付け合わせを塩にしたのには何の意味もない。

 ただ単に天ぷら用のつゆを用意していなかったからだ。

 見慣れない野草の天ぷらは千冬姉の眉を一つ上げさせた。

 弾と数馬が拾ってきた事を伝えると、一瞬だけこちらに注目したかと思えば、素手でヨモギを摘み上げて口に投入。

 小さく薄く張り付いた衣のパッサリとした装甲が食い破られ、中の柔らかいヨモギの肉葉っぱは容易く切断されて、千冬姉の口内と手に二分割される。

 そして飛び出る味を外装と共に噛み砕いて飲み込んだ。

 届けたら速攻出て行って弾たちの分も用意しようと思っていたけれど、もう少し待っといたほうがよさそうだ。

 食べかけのヨモギを皿に戻して机のティッシュで指先を拭う。

 

 

「あとであの子たちに拾い場所を聞いておいてくれ」

 

 了承した意を伝えて今度こそ俺は自分たちの分の昼食を用意することになった。

 律儀にリビングの椅子に座って待っていた弾と数馬の手にはこれまた律儀に受け皿と箸だけが握られていた。

 因みに俺の席らしき、空いたスペースには何も置かれてはいない。 せっかくならお前らの持っている荷物くらい置いておけという話だが、2人で先に食べ始めていないだけでもよく我慢したとして褒めておくところだろうか。

 まあいい。

 空きっ腹を押さえて1日を終えるわけにはいかない。

 さっさと味噌汁と炊飯器に残った米を掻き出して俺の茶碗に入れる。

 2人用にセットしておいたため米粒一つ残らない。 味噌汁はそこまでストイックに分量調整とかしない。 少なくとも底が見えるような鍋なんて美味しそうに見えないたちなんで朝から昼の俺と千冬姉を挟んでもまだ余裕がある。

 足りないのは米だ。

 さらに言えば俺は自分の分を減らしてあいつらの茶碗に入れてやる気はない。

 日本人として米は一日一合以上は摂取したい。

 ということで今日の奴らの昼飯は味噌汁あり、おかずあり、おまんまなしだ。

 

 チン

 

 というのは可哀想なので手を打っておいた。

 聞き覚えのある音を立てた電化製品の扉を開き湯気をタップリ上げる、ケースに入った白い米飯。

 ズボラな時用にスーパーで仕入れといたレンジで調理するタイプのご飯だ。

 二階に料理を持って上がる前に仕掛けておいたんだ。

 布巾を二つ駆使しながらとても熱い容器を摘んで、2人の分の茶碗によそう。

 俺と千冬姉のために大きめなサイズにしておいたお陰でなんとか2人の腹を満足出来そうだ。

 

「おーい、味噌汁とご飯取りに来いよ」

 

 いつまでも座ったままの2人にもこれだけは手伝ってもらう。

 2人もそっちの方が効率的だと思ったらしく、特に何も言わずに自分の分を取りに来た。

 そして3人一緒にテーブルを囲む。

 思い起こせばこんなシチュエーションはなかったかもしれない。

 飯を食べる時は大体五反田食堂で他の一般客に紛れて食べていた。

 混んでた時は回転が滞るってんで厳さんに急かされて、急いで飯をかっこんでまだ一服したいのにサッサと会計だけさせられて外に叩き出されていた。

 そうでなくとも誰かの自宅で友達を招いて食事を振る舞うなんてなかった。

 弾がいの一番に「いただきます」を言って、ヨモギに箸を伸ばす。

 接客の時と同じく短く省略された「いただきます」は一瞬何を言ったのか疑問を覚える。

 大口でヨモギにかぶりつく。

 口よりも大きいヨモギを箸で押し込んで食べる。 当たった口の端が分かりやすくテカる。

 思っていたよりも柔らかい。 時たま硬い咀嚼音が微かに聞こえてくる。

 これ以上耳をたてるのは相手に失礼だろう。

 俺も食べる。

 既に数馬は味噌汁に手をつけている。

 こいつは余ったご飯と味噌汁でねこまんまを作るのが締めのお約束だ。 豆腐や大根などの具材を取り除いてスープだけにして、そこにご飯を投入するのだ。

 このねこまんま或いはぶっかけご飯が見られるのは学校の給食か、五反田食堂などといった知り合いが多い場所だけで、以前行った都内のファミレスで御前セットを頼んだ際には普通に食べていた。

 人の目を気にしているというよりエチケット的配慮ができるということだろう。

 そういった辺りは見習いたい。

 そんなこんなで数馬も天ぷらに手をつけだした頃。

 遂に俺も山盛りの天ぷらに手を付けることが出来た。

 口に入れるのはヨモギの天ぷら。

 衣の間から見える葉っぱの色合いが実に見慣れない。

 味はもっと慣れないものだった。

 

 草というもの。

 実は何度か口にしたことがある。

 そこら辺に生えている雑草を小さく千切って恐る恐る口に入れたことがままある。 そして吐き出す。

 全て小学2年までのことだ。

 ある程度理性も付いて来て、しかし未だ幼さゆえの無計画さを止められず。 ワクワクビクビクしながら無謀な事ばかりやって千冬姉を困らせていた。

 その時に食った草に比べればこれは革新的だ。

 まず苦味が意外なほどにない。

 ヨモギは春が旬だが案外夏でもイケるらしい。 まあ俺は春も食べたことはないで知らぬが。

 スナック感覚な厚量に加えてスイスイ喉を通る。

 ヨモギよりはマイナーで野草としての味の情報も少なかったユキノシタも、ジューシーな厚さを感じる歯ごたえがいいギャップを生んでいる。 これはコンボで食うとやばいかも。

 急いで作ったから天ぷら以外は余り物の保存食物で手抜きかなーと思っていた白飯と味噌汁のラインナップもこのメニューには相性がグンバツで箸がすすむすすむ。

 揚げたことでかさが倍増した天ぷらの山もあっという間になくなっていく。

 あわよくば夕食のおかずに使おうかなと思っていたがそれは出来なさそうな勢いだ。しかし俺も箸の勢いを止めたくはない。

 このままだと十分程度で昼食が終わってしまいそうだったので俺はみんなの消化も手伝うため駄弁ることにした。

 

「意外とイケるなこれ。新しくメニューに加えよっかな。どこで生えてるんだ?」

 

 箸の手を止めて弾。

 

「篠ノ之神社んとこに大量に生えてんだぜ。知らねーの」

 

「篠ノ之神社?知らないぞ。あそこにそんな穴場」

 

 意外な名称が飛び出して来て驚く。 危うくユキノシタも飛び出して来そうだった。

 もちろん篠ノ之神社は幼少の頃より何度も訪れているし、箒がいなくなった後も神楽祭には毎年訪れていたのでそんな特売品が陳列していたとは....

 灯台下暗しとはこのことだろうか。

 

「いつ知ったんだよ。なんで教えてくれなかったんだよ。うち貧乏だった時期あんの知ってんだろ」

 

 2人だけで独占していたとは許せない。

 場合によっては白式で切ってやらねばなるまい。

 独占禁止法だ。

 俺の睨みに答えたのはご飯を味噌汁のお椀に投入しだした数馬だった。

 ネギ一つまで取り除かれた味噌色だけのスープに白い彩りが加えられあんまり美味しそうじゃない。

 

「俺らもつい最近知ったんだよ。とゆーか教えてもろた」

 

「誰に?」

 

「長老」

 

「誰だよ?」

 

『ホームレス』

 

 ハモる2人の回答。

 ......................................

 

「お母さん心配」

 

「だれがオカンじゃ」

 

 数馬が右手のスナップを聞かせて宙を切る。

  ツッコまれた。

 とふざけてみたが、やはりワンサマー心配。

 親友の2人が俺の知らない間に未知の文明人との交流を企てていたと知ってしまったのだ。

 どのタイミングでも驚くというものだろう。

 

「文明人じゃないだろ。ただの社会不適合者のおっさんだよ」

 

「そや。「金と見返りだけで作る人間関係に疲れた」とか「醜い化かし合いで上り詰める地位争いに嫌気が指した」とか真っ当な理由のたまっとるつもりの只のクズや」

 

 わーお、辛辣だ。

 

「長老ってのは自称大企業の社長秘書で、自分の姿は俗世間の人間に見られるとパニックが起きるからって理由で常に仮面を被っている30代くらいのおじさんだ」

 

 わーお、クズだ。

 

「なんぞローブみたいなもん被ってて...この前なんか空に向かって、こー手ェかざしてなんか言っとったんや、そんで何しとんか聞いてみたら「世界を二つに分けていた...」てさ」

 

 ブフゥ

 

「あー、お前。俺たちの長老を笑うなんて許さないぞ‼︎」

 

「そうだ。長老も生きてるんだぞ‼︎草生やしとんちゃうぞホモがき‼︎」

 

「お前らも散々言ってたような....そんで、その長老にはいつ知り合ったんだよ」

 

「俺は弾から紹介されてもらった」

 

「行き倒れてた」

 

 社長秘書なのに...

 

「家の近くだったからおむすび作って渡したらお礼言われた」

 

「あれ?おにぎりって言わへんの。むすぶん?」

 

「俺んちだとむすび」

 

「いや、そこの話どうでもいいから」

 

 話が進まない。

 弾も数馬もそれ以上その話題を掘り下げる気は無いらしく、その行き倒れ社長秘書の話にフォーカスを戻した。

 

「お礼に教えてもらったのがそのヨモギ園。俺は1人で見るのも勿体無いなって思ったから数馬を電話で呼びつけて一緒に見てもらった」

 

 俺は呼ばれてはいない。 ちょっとショック。

 まあ仕方ないか。

 当時はおそらくIS学園で寮生活していた頃なんだろうから。

 とりあえず弾と数馬の仲の良さを確認出来た事を喜ぶべきだろう。 友達の友達が友達ってことは凄くいい事だと思う。

 弾から譲り受けるように数馬が話し手を交代する。

 

「その人に会いたいか一夏?」

 

 そもそも会えるのだろうかというレベルの話なんだが、どうやら今回のケースは俺の思い描いていた常識像に当てはまらないらしい。 事実は想像よりも奇なりだ。

 

「その人篠ノ之神社近くでいつも道路に行き倒れてるんだ」

 

「........」

 

 沈黙しているのはもちろん俺。

 いや、まあ第一印象から不審者だとは思っていたが、流石にこれは引いていい奴では無いのだろうかと思うよ俺は。

 箒大丈夫かな....

 

「会いたい」

 

 興味以上に恐怖を惹かれる相手だがここは見過ごせない。

 幼馴染として、地元民として、男としてその他諸々として一眼お会いしたい所存。

 そんな考えも知らずに数馬はずずーっとねこまんまを口にかき込んだ。

 

「じゃあ、食べたら差し入れ持ってってやらんとな。この天ぷら何個か持ってったろうぜ」

 

 弾が善は急げとばかりにハイペースにご飯を大口で食べる。

 行き倒れするような状態の人に油もんは拷問だと思うがな。

 とりあえず午後の予定は決まった。

 そして一刻を争う内容だ。

 

「分かった...人命救助だもんな。急いで食って片付けるぞ野郎ども‼︎」

 

 俺の号令と共に男3人は腹一杯を8分目ほどに抑えて完食を目指した。

 なんせ人の命がかかっているかもしれないのだから。

 誤解ないように言っとくと、俺の優先順位は「頭可哀想系行き倒れホームレス」ではない。

 俺は意外と他人に厳しいのだ。

 でも一応タッパーに鍋の残りの味噌汁を入れといておく。

 本当に栄養失調だったらヨモギパワーじゃ弱った胃に逆効果だ。

 

 

 ーー

 

「しかし本当に行き倒れてんのか?」

 

 全員ルートは理解しているし、はやる気持ちは俺が一番らしく、後方を付いてくる2人に疑いの目を向ける。

 箒はいない時期もあったが、やはり篠ノ之神社はこの街の名所だ。

 特に夏祭りが近づいてきた今の時期は篠ノ之神社では出店を出す各店の責任者や市の職員さんが打ち合わせのために訪れ、それなりに賑わいを見せている筈だ。

 そんな怪しい人物が居たら、昔懐かしの下町根性特有のコミュ力の高さとデリカシーのなさ(豪快とも言う)を持つおっちゃんたちが外食の席のネタにしないはずがない。

 五反田店の一人息子で、「家の近くで倒れてた」ところを発見した弾が、来客の屋台のおっちゃんたちはそんな話は一切していないというのだ。

 嘘を疑っても仕方ないというものだろう。

 しかしタッパーに入れた天ぷらを持つ弾は地震満々に言ってのける。

 

「はっきり居るもんな数馬」

 

「おう」

 

 真っ直ぐ俺の目を見る2人に嘘を付いているそぶりはない。

 そもそも2人の嘘を見破れるほど、俺は2人の嘘の材料を持っていない。

「正直者」俺が2人に持つ印象だ。

 そんな2人をお供にして、篠ノ之神社にやってきた俺。

 辺りを見渡す。

 そんなに振って痛くならないの?と言われるぐらいに首を左右に振って長老を探す。

 しかし仮面はおろか人っ子1人見当たらない。

 

「おーい、長老。また食べてないのか?」

 

 数馬がアスファルトに手を振る.....ついさっきまでそこはアスファルトだったと思う。

 確かにうつ伏せで道路の白線を横切るように横たわる。 数馬の言う通り、ローブらしき黒い服を着た男性がそこにはいた。

 驚くところなのだろうが、俺には一瞬事実を受け入れられない時間が1秒くらい発生しただけで、ボーっとした目が治り、俺は長老さんの姿を当たり前のように認識した。

 長老はゆっくりと、しかし気怠げではない確かな体幹の強さを感じさせる姿勢移動で立ち上がった。

 外国の民芸品か。

 見たことのない仮面が彼の顔を全て覆っていた。

 

「食べてはいない。それは問題ではない。現にこうして健康に問題はない」

 

 行き倒れにしてはハキハキとした喋り方だった。

 でもどうやら何も口にしていないということは確からしい。

 俺は持ってきていた味噌汁を差し出す。

 

「よかったらどうぞ」

 

 長老の瞳。

 正確には仮面の目らしき模様が俺を見つめる。

 さっきは何故か見つけられなかった。 極めて人目が探せば見つけられるような目立つ位置にいたこの長老さん。

 その彼は今確かに目の前にいる。

 なぜ見つけられなかったのかと疑うくらい濃いキャラをしている。

 

「キミが作ったものかね」

 

 イントネーションの恩恵なのかは無教養の俺には判別しきれなかったが、彼の使う日本語はすごく綺麗に感じた。

 仮面特有のくぐもった声では到底考えられないクリアな発声は、しかしそのハッキリさが逆に長老さんが存在していることにもう一度疑問を抱かせた。

 

「はい。でも向こうのやつが持ってきた天ぷらは貴方が教えてくれたヨモギとユキノシタです」

 

 長老さんがようやく人間らしい反応を見せた。

 

「食べよう」

 

 俺たちはとりあえず通行人の邪魔になるので神社の石階段のところに腰を下ろして、木陰に身を預けて長老さんに差し入れを振る舞った。

 驚いたことに長老は食事の時も仮面を外さなかった。

 仮面のまま四角いタッパーの角に味噌汁を集めて飲んでいた。

 若いのに長老なんて似つかわしくないあだ名だと思ったが、成る程この人はタダモノではないな。

 これなら長老と弾たちが呼んでも不思議ではない。

 天ぷらも仮面の上から食べてしまった長老はタッパーを俺に返して、また道路に横になった。

 

「何してるんですか」

 

 聞かずにはいられなかった。

 タダモノでなくてもやっぱり不審者のそれを長老はしていた。

 

「地脈の流れを調べている」

 

 多分リビングでこのセリフを弾の口から聞いていたら俺はまた引いていただろう。

 しかし目の前の長老さんは真剣そのもので、その姿はなんだか説得力を持たせていた。

 となると別の疑問が湧いてきた。

 

「それで何が分かるんですか」

 

 気づけば俺は長老さんの横にしゃがみこんでいた。

 弾と数馬は木陰で涼んでいる。

 何だか向こうの存在がえらく気薄に感じる。

 もしかしたら俺が長老さんを見つけられなかったのはこのことが原因なのかもしれない。

 お互いに存在が薄れて認識される。

 弾と数馬は偶然この穴に入ったのかもしれない。

 

「地脈はすなわちこの世界の方向性。それを感じることで今、この世界がどういう形をしているのかが分かる」

 

 言ってることはそんなに難しいことではないみたいだが、サッパリ理解できない。 結局長老さんの目的が不明だからだ。

 この世界の形を知って、この社長秘書になんのメリットがあるんだろう。

 それを尋ねると長老さんは短く一言だけ答えてくれた。

 

「調整のために必要なのだ」

 

 それっきり長老さんは居なくなった。

 例により存在が薄くなって消えてしまった。

 何もない。 少し薄れた白線がその上に被さっていた男の姿がきえてしまったことを示していた。

 俺は彼の代わりにアスファルトに耳を当てた。

 熱かった。

 日陰になっていたことすらも薄れていた。

 多分存在を薄められる人にしか地脈を感じることは出来ないのだろう。

 俺達は帰ることにした。

 帰り道は長老さんに会ったこともあってか、やたらとハッキリしていた。

 家に着いた俺はとりあえずタッパーを片付けて弾達との要望でIS学園の話をした。

 それはISのことが最初だったが、それ以降は可愛い娘はいないのかという内容で、俺は若干辟易しながらもケータイでみんなと撮った写真を幾つか見せて対応した。

 特に人気があったのは専用機持ちの子たちだ。

 モデル撮影の仕事もあるほど代表候補生はアイドル的な面も多い。

 IS学園に居る鈴たちもみんな可愛い容姿をしているため、弾と数馬にはとても好評だった。

 

「同じくちっちゃくてもこの子は鈴と違ってお人形さんみたいだよな」

 

 鈴に聞かれたら殺されるだろうセリフを吐くのはラウラの写真を見た数馬。

 因みに写っている彼女の服装はこの前シャルが選んでやった服だ。

 服に無頓着なラウラを見かねた。 実はオシャレさんのシャルが無理矢理デパートに連れて行き試着。 そのままの勢いで購入したらしい黒のワンピースはフリルや肩出し、その他専門外な俺にはどのような意味合いで取り付けられているのかわからないアクセントの数々でラウラを彩っている。

 貧相なボキャブラリーの中から探し当てた言葉は「凄く良い」だった。

 それをシャルが見せびらかしにきたラウラに言った。

 相変わらずつまらない男だとは思うが、こればかりは治りそうにない。

 そんな凄く良いラウラの魅力は他の男子にも案の定伝わるようで。

 ラウラは数馬の気になるあの子ポジションになっていた。

 

「弾は?」

 

「んん〜。俺は年上が良いんだよなぁ。んん〜....この人かな」

 

 指差したクラスメートはセシリアだった。

 歳上好きな弾のことだ。

 大人びたセシリアの雰囲気に当てられたのだろう。

 

「あ、本当だ。最近の女子高生って綺麗なの多いんだな」

 

 数馬も同調する。

 それは改めて写真で確認した俺もそうだ。

 正直人の好みとかそういうどうしようのない要素を外して並べてみると、セシリアの美しさって奴は本当に飛び抜けている。

 

 例えばセシリアがダイアモンドだとして、みんながサファイアやエメラルドやルビーで其々の魅力を持っているということにする。

 宝石は人の好みによってエメラルドが良かったり、サファイアが良かったりする。

 しかしそれはみんなが同じ大きさのサイズの宝石であることも関係してくるだろう。

 セシリアは他の宝石が1センチサイズだとするところが、一つだけ1メートルのダイアモンドなのだ。

 大きさはそれだけで力となる。

 ルビーがいくらダイアにはない魅力を持っていたとしてもセシリアの美しさはそんな個性を容易く霞ませる領域のものなんだ。

 

 写真にはセシリア以外の子たちも写っている(俺が持っている彼女の写真は、代表決定戦後のパーティーで薫子さんが撮った集合写真だけだったからだ。)が、美少女揃いの一年一組に混じってもやはり飛び抜けている美しさは認める以外にない。

 

「レベル高いよな。会いたいな。一夏、お前だれか紹介してくんね」

 

 弾が注文をつけてくる。 しかし俺にそんな気はない。

 

「やだよめんど臭いし。それに俺がそんな誘い女の子にできるような奴に見えるか?」

 

 これでも甲斐性なしという認識でいるのだ。

 毎日ドキドキしながら女体を意識しないように過ごしているというのに、そんなチャラ男みたいなことできるわけがないのだ。

 しかし恋に飢えた男は醜くしつこい。

 

「頼むよー一夏くんー」

 

 そんなドラえもーんみたいに言われても俺は気持ちを変えるつもりも、ポケットから超絶技術なご都合道具で弾の悩みを解決することもできない。

 すり着いてくる弾を引き離しながらそれを伝える。

 諦めきれない弾はもはやゾンビと化している。

 こうなれば数馬に頼んで塩を持っていてもらいお祓いするしかない。

 

「学園祭とかあるんちゃう?それで一般客とか入れんの」

 

 数馬が持ってきたのは塩ではなかったが、それ以上に役に立つ情報だった。

 俺たちは成る程と手を打った。

 学校とは多分一般的なイメージによれば、『関係者以外立入禁止』の典型例なのではないだろうか。

 生徒の安全を保障するためだろう全国共通(実際全国の学校を周ったことはないため自信はないが)の考え方は、俺たちの通っていた中学校でも確認できる。

 入り口である門に学校名とともに注意書きで『本学園の敷地内に許可なく立ち入ることを固く禁じます』みたいなこと(断言できないのはうろ覚えだから)を記されたその処置はこれもまた全国共通なはずだ(自信なし)。

 そんな学校が一般に開け放たれる数少ない機会が学園祭だろう。

 やる側でしかない。 裏事情を知らない身だが、恐らくは入学者を増加させるためのアピールポイントでそうしているのだ。

 そしてIS学園の学園祭もその類であることは期せずして調査済みだ。

 

 すべての始まりであるあの入試試験。

 間違えて希望校に入れず、わけのわからない女子校に入らなければならないことが決定されてちょっと後。

 ショックから立ち直ったわけではなく。 しかし何かせずにはいられなかった当時に、ネットで調べた学園のホームページに学園祭の項目があり。 そこで学外からの人間も招くことができるという記しを見たからだ。

 それを聞いた弾は更に喜ぶ。

 

「あ、でも、学園祭って身内しかいれないとこも多いよな」

 

 数馬のまたしても冷静なツッコミで

 弾の燃えたぎる瞳はハイライトを失った。 我が友ながらなんと分かりやすく単純なやつであろうか。 心配になってきたぞ。

 

「ま、そこら辺は確認しようがないからな」

 

 数馬は冷蔵庫から勝手に取ってきた俺のスポーツドリンクをコップに注いで飲んだ。

 しかも俺のお気に入りのガラスコップ。

 カクカクしてて渋くてカッコいいからいつかそれに酒を煽って夜景をバックにクールに決めるのが夢なのに、スポドリをこれまた勝手に取り出した氷で奏でながら口に含む泥棒の姿は無駄に決まっていた。

 腹たつ。

 しかし言ってることは確かなのでまずはそこを問題にすべきだ。

 

「なあ、学園祭のホームページにはその事書いとらんの?」

 

 弾がようやく冷静になってこちらに尋ねてきた。

 俺は懐からケータイを取り出して、ウェブのお気に入り機能で保存してあるIS学園のホームページをタップして開き、弾のご所望の記しを探した。

 身を乗り出してケータイを覗いてくる弾に、気になってはいるらしく目線だけこちらに向けている数馬。 チキショー渋いなこのヤロー。

 保存している割に久しぶりのため、お目当ての項目を当てるのは少し不安だったが、流石に世界に誇る国立校。

 とても明快な作りなので楽にカレンダーの枠から学園祭を見つけた。

 早速開く。

 長々とした格調高い説明文がスライドショーで入る。

 

「イランイラン。そういうのイラン‼︎」

 

 もちろん言ったのは俺じゃない。

 こいつは一回怒られたほうがいい。

 

「........」

 

 黙った。

 しかし見た目が煩い。

 俺がスワイプして現れる説明書きを速読していく様は横で体験していて殴りたくなるくらいウザい。

 そして。

 

「載ってない」

 

 落胆したようなコメントで俺も数馬もゆっくりと探して見た。

 開始日時や出店などの生徒発案のコンテンツの概要。 かなり詳しく載ってある。 世界に誇るIS学園と言ったが、やはり学園祭はそれでもあらゆる面で力を入れる行事なのだということが示されている。 ということだろう。

 写真付きに写る私服姿の、どう見てもお偉いさんとかには見えそうもないおじさん。 一番考えやすいのは生徒の親御さんだ。 となればやはりIS学園に学園祭は一般参加が許可されているパターンのやつなのではないか?

 しかし弾はさらに読み込んでいた。

 

「一般参加を確定させるような記載は一切ない。写ってるのだって親とか兄弟みたいな写真ばっかだろ?チャラ男とかスケバンならいざ知らずそれじゃあ判断しかねるね」

 

 チョイスは謎だが弾の言うことは筋が通っている。

 この画像だけでは家族らしきものは確認できてもそれが他人とまでは分からなかった。

 つまり身内だけの参加しか認められていない可能性が高い。

 そして言われた通り最後までページに目を通してみたが肝心のそこら辺の記載がない。

 これでは結局一般参加がオッケーなのか分からなかった。

 弾がため息をつく。

 

「はあ、気が抜けたぜ...。肝心なところがわかってねーよなお前の学校。倍率一万倍が聞いて呆れるぜ」

 

 もう言いたい放題である。

 俺も流石にこれ以上は気の毒だからで見過ごせない。

 最初は辞めたい一心だったがこれでも愛着は湧いてきてるんだ。

 

「お前な。女々しいぞ弾。だいたい学園のことを悪く言うのは違うだろう。生徒や教職員の方に失礼...」

 

 説教の言葉を遮って浮上してきた言葉。

 

『(俺・お前の)ねーちゃん教師じゃん』

 

 聞きゃあいいじゃん。

 

「バカだな俺ら....」

 

 数馬がグラスを傾けた。

 流石にカッコ悪く見えてきた。

 

 聞きにいく役割はカッコ悪いついでに全員で行くことにした。

 俺は恥ずかしさと勝手に外出をしたことへの負い目で足取りが重い気がした。

 弾と数馬はあくまで他人なのでブリュンヒルデの自室が見れるかもという庶民的なワクワクを抱えてそうな顔をしている。

 扉の前に着いて3回ノック。

 入れと聞いたのでつい学園のように失礼しますと開けてしまいまた恥ずかしくなった。

 

「どうした急に出かけて行って。散歩か?」

 

 流石は世界最強。

 俺たちの足音でお見通しらしい外出事実。 しかし今はそこはどうでも良い。

 俺は代表して.......

 その前に話題の渦中にいた人物が一歩前に出て行った。

 

「今日は急な訪問にてご迷惑をおかけしました織斑さん」

 

 見た目のチャラさの割に美人が相手だと奥手になる弾も、今回ばかりはハキハキしている。

 

「千冬でいいよ弾君。構わないさ。弟の事で君たちにはよく世話になっている」

 

 数馬が照れ臭そうにぺこり。

 どうもと言う。

 弾もお礼をそこそこに本題に移った。

 

「突然なんですけれど。IS学園の学園祭が気になりまして。サイトを見ても書いていなかったのでお聴きしたいのですが........僕らも学園祭には入場できますか?」

 

 その時、穏やかにしていた千冬姉の表情が途端に怖いものとなり俺らは背筋がピンとなった。

 前に出て表情は読めない弾も背中越しにその緊張が分かる。

 というかダイレクトに眼光に当てられているらしい。

 逆に予想できない恐怖度だ。

 

「..........出来ることは出来る。生徒につき一枚配られるチケットを持っていれば一般客でも学園内に入れる」

 

 一応答えてくれたがまだ怖い。

 弾も固まっているのか言葉が続かない。

 困った。

 曲がりなりにも場の主導権を握ったまま固まられたせいでこちら側から切り出しにくい。

 気不味いけど動くのも気不味い。

 とんだジレンマだ。

 

「そうだ一夏。これ運んでおけ」

 

 そう言って千冬姉はようやく普通の顔に戻ってお盆の上に重ねられた食器を渡してきた。

 全部平らげてくれている。 よし。

 逃げるタイミングも送ってきてくれたみたいだし退出するとしますか。

 にしても怖かったー...「それから」嫌な汗がする。

 

「倍率一万倍が聞いて呆れるような分かりづらいサイトで済まないね。学園を代表して謝っておくよ」

 

 今日は一つ学んだ。

 美人の笑顔は恐ろしい。

 弾は土下座をしていた。 謝罪されたのに変なやつだ。 ....現実逃避ではないぞ?

 

 楽しい時間は直ぐに過ぎ、弾と数馬はちょっと青ざめた顔で帰っていった。

 今は居間で朝の体勢そのままだ。

 UFO観察もミミズ観察もしていない点以外は全て同じだ。

 千冬姉も新聞を挟まずに俺と直接会話している。

 

「ほう、篠ノ之のところにいつのまにそんな穴場が」

 

 あっ。

 俺と同じ表現してる。

 まあそこは置いといて。

 

「なんであんな怖い顔したんだよ千冬姉」

 

 また怖い顔をされるかとドギマギしながら聞いてみた。

 

「スパイ対策に一応な」

 

「あいつらがスパイだって?」

 

「そうとは言ってない。ただ誰もが入るにはIS学園は重要な場所だからな」

 

 念のために目を光らせておいたということらしかった。

 言われて納得だ。

 俺も正直一般参加をするのはリスクが大きすぎると一年坊主ながら思っていたからだ。

 

「一夏。先程言った生徒に一枚配られるチケットの話は本当だ。相手は選ぶようにしろ。お前の友達を疑うわけではないが...スパイだと発覚した場合、呼び込んだ人間も処罰の対象となる。もちろん生徒だろうと容赦はしない」

 

 息苦しいためつばを飲み込もうとしたが中々苦労した。

 千冬姉は怖くはなかったが強い決意を感じさせる瞳だった。

 間違いなくその時は、この人は俺だろうと犯罪者として扱うだろう。

 厳しさの中で俺を心配してくれている。

 でも弾はやっぱり悪い奴じゃないことは千冬姉に理解してもらわなくてはならない。

 

「分かった。でも弾なら大丈夫だよ」

 

 俺の言葉に何も答えずに千冬姉は俺との会話を切り上げて二階に上がっていった。

 残された俺はとりあえず今日一日を振り返った。

 久しぶりに賑やかな自宅が嬉しかった。

 

 

 ーー

 

 あの激動の〜となんだかナレーション風にカッコつけてみたが、そう言い表したくなるくらいにあの日は賑やかだった。

 やはり男友達とバカをやるのはでかくなっても楽しいものだ。

 たまにでいいからああいうのをやってみるのもいいかもしれないな。

 そんな感じでそれでも貴重な静かなマッタリとした休日の空気を楽しんでいた俺の耳は突如鳴り響いた来客のサインにピクリと動いた。いや、実際には動いていない。 そういう人もいるらしいが俺は動かせない。

 玄関のチャイムを鳴らしたその人物を確認した俺は少なからず驚いた。

 突拍子のないとはまさにこのことだろう。

 

「どした?」

 

 率直に尋ねると照れたような笑みを見せる。

 ちなみに可愛い。

 

「エヘヘ......来ちゃった」

 

 うん可愛い。

 

「そっか。じゃあ、上がっていけよ。あんまり盛大なもてなしはできないけどな」

 

 そう言って俺は日向にずっと置いておくわけにもいかないため、訪ねてきてくれたシャルを自宅に入れた。

 玄関先からふわぁっと甘い香りが自宅に広がる。

 女の子の匂いって奴だろうか。

 どちらにせよ意識して変な目で見られたくはない。

 俺はこの数ヶ月で既に女性に対する接し方はマスターしていると言っていい。

 しかし胸は張らない。 目の前にシャルが居るから。

 なるべく助兵衛に見えないように。

 そうだ。 俺たちは友人だ。 男性と女性の間にも友情関係は存在するのだ。

 しかしスタイルいいなシャルは。 箒やセシリアと比べるとスマートだけど充分女性的なフォルムだ。 この胸をよく押さえられたな。 最近の技術は凄まじいものである。

 

「一夏どこ見てるの?」

 

「うげっ」

 

 シャル、胸元を隠すようにして。

 

「一夏のエッチ」

 

 やっぱり異性での友情は劣情には勝てないのかしら。

 しかし幸い気にしてはくれないでいてくれるようで、シャルはいたずらっこな笑みを浮かべて「冗談」と言った。

 それに救われながらも気を持ち直して織斑邸の案内をする。

 

「なんか食べるか?昼食は食べたのか」

 

 時刻は既に正午を回っていて一般的な昼頃は超えているが、まだ食べてないとなると俺が用意してやらねばなるまい。

 そんな心配を首を振って断ったシャルはその話し上手な口を開く。

 

「夏休み中どこか出かけた?」

 

 俺はちょっとだけ考える。

 出かけたといえば出かけている。

 しかしそれは白式の調査のためにIS学園から帰らなかったり、篠ノ之神社だったりと近所とか身近なところなので、遊びに出かけたのとは少し違うかも。

 少し考えたのちやっぱり出かけてないことにして首を振った。

 するとまたしてもシャルから会話を進めてくれる。 会話を楽しむならシャルのような奴が一番だ。

 

「だったらさ。今度遊びに行かない?場所はこの前のプールで」

 

「ああ、行きそびれた所か。いいぜ。じゃあだれか誘うか」

 

 あそこは何だかんだ気になっていた所だったからまた行く機会が産まれたのは素直に有難い。

 しかし2人きりってのも味気ない。

 別に楽しみ方に劣る訳ではないが俺の好みはみんなでワイワイ派なのだ。

 するとここでも上手なシャルは既に代案を持っているようですぐに答えてくれる。

 

「鈴がいいんじゃない?まだゴタゴタで話せてもないんでしょ」

 

 話せてないというのは事実だ。

 色々あってあれから会えないまま時間だけが流れて行ってしまいそのまま忘れかけていた。

 長い付き合いなので揉めたり仲直りが不十分なまま時間が解決してくれた事は何度もあるため今回も例によってそのパターンになり掛けていたがやはり会える機会があるのならそれが良い。

 メンツを決め掛けていたところで再び来客を報せるチャイムが鳴る。

 もしシャルと同じパターンだったらタイミング的には良かったのかもしれない。

 俺はとりあえずこれだけは用意しておかなければいけないと注いだ紅茶をシャルに渡して玄関に出て行く。

 扉を開ける前から華やかな香りがする気がした。

 開けてびっくり玉手箱ってのはだれが言ったのだろう。 どういう意味なのかすら正しくは知らないがとにかくびっくりしたのはその通りだった。

 

「御機嫌よう」

 

 上等そうなワンピースにこれまた豪勢な日傘。

 日焼け用の、名前は知らないがよく見る黒いアレが長い腕を覆い肌を隠している。

 極め付けに大きなサングラスが目につく。

 一歩間違えたらおばさんコーデだが、彼女が着ればあら不思議。

 多分この人が掴みにくいキャラをしているからだろうと俺は思う。

 どんな変わった服でも劣らない壮絶な個性が丁度いい美しさを生み出しているのだ。

 

「3人でケーキでもいかがかしら?」

 

 友人だからか....いや、恐らくシャルは知らせてはいないはずだ。 益々高嶺の花感が増したな。 最早高すぎて登ろうにも山自体が空気に溶けて昇りつめようがない。

 でもこれで悩みは解決した。

 4人もいれば十分だろう。

 俺はセシリアを迎え入れた。

 

「あれ、セシリア?なんで君まで」

 

 リビングにやってきたセシリアの姿に目をパチクリさせるシャル。 やはり何も知らせていないらしい。

 束さんも神出鬼没だったがセシリアも大概だな。

 

「良いものが手に入ったので皆さんにもと思いまして。丁度一夏さんのお宅でシャルロットさんが居るのが分かったので寄らせていただきました」

 

 出来ればなんで分かったのかの件を詳しく聞かせて欲しいのだが怖いからやめておく。

 多分知らない方が幸せ。

 シャルもそ、そうなんだと納得している。

 流石、空気が読める。

 そして俺は空気を読むよりも一時退却を選ぼう。

 

「アイスティーを持ってくるよ。嫌なら言ってくれ。そんなにないけど」

 

 2人ともお礼だけなので注文問題ないと受け取る。

 

「ついでに皿も取ってくる。セシリア、丁度いいってことはケーキはみっつ丁度なのか?」

 

「ええ、イチゴのショートとレアチーズ。洋なしのタルトですわ。なるべくタイプの違うものを用意してみましたが、一夏さんはチョコなどの方が良かったかしら?」

 

「子供っぽいからって言いたいのか?」

 

「聞いてみただけです」

 

 俺はそういえば長らく食べていなかったケーキの好みを思い出す。

 そんなに種類も食べてないから簡単に。

 

「そうだな.....果物が入ってるのは実はそんなに好きじゃないかな。イチゴは定番だから嫌いじゃないけど」

 

 誕生日のケーキもイチゴがほとんどだったからな。

 あれ、そう言われてみればチョコのほうが好きかも。

 

「シャルロットさんは?」

 

 セシリアがドデカサングラスをズラして青い瞳をシャルへと向ける。

 心なしか鋭く見える。

 シャルもびっくりして出だしのセリフが躓いている。

 

「う、ええっと...い、いちごかな?」

 

 なんだかよく分からないがこれで取り合いの喧嘩の心配はなくなった。

 2人がそんな子供じみた喧嘩をするとは思えないが。

 

「では私はタルトで」

 

 はい決定‼︎という代わりにドデカサングラスを掛け直す。

 室内なんだから外してもいいと思うのだが、これがお金持ちのファッションセンスなのだろうか。

 まあ今は家主としておもてなしだな。

 アイスティーを早く用意してやらねば。

 と言っても冷蔵庫で冷やしてあるどころか買ってすらいないため沸かすところから始めなければならない。

 ホットでグラスに注いだ後氷をドバドバと、飛沫が飛ばない勢いで投入して急速に冷やす。

 お客様用のちょっと高価なしっかりしたやつだが温度変化で心配だったのだがどうやら問題なく冷やせている。

 先に皿とフォークを持っていってそれぞれにとり分けてもらい、布のコースターを机にひいて漸くアイスティーを配る。

 待っててくれたらしい2人に感謝しながらみんなでケーキにフォークをいれる。

 フォークに切れ味があるのか知らぬがこれまた安物だったため不安だった俺を、チーズケーキはサクッと裏切ってくれた。

 形も崩れず切った分だけフォークに吸い付いて落っこちない。

 またもや偶然か待っててくれたのか。 タイムラグ少なく俺たちはケーキを頬張った。

 美味い。

 美味すぎる。

 やばみ。

 やばみってなんだっけ。 なれない言葉は使うもんではない。 最近の若いモンの言葉は分からん。

 セシリアが用意してくれたのだから不味いわけがないと思っていたが予想以上にお高いものらしい。

 気になったがお金の話は下世話かと思い口には出さなかった。

 代わりに俺は念じる。

 

(セシリア〜これどこで買ったの〜)

 

(駅の地下街にあるリップ・トリックですわ)

 

 通じた‼︎

 そして返ってきた⁉︎

 ふと見れば隣のシャルがキョロキョロと鳩が豆鉄砲食らったような顔をして辺りを見渡している。

 どうやら彼女にも聞こえていたらしい。

 しかしセシリアはテレパシーまで出来るようだ。

 ISのオープンチャネルではない事は証明済みだ。

 

(今日は運良く買えましたけれども相変わらず凄い人混みで苦労しましたわ)

 

 そしてそのまま続ける。 シャルがもう凄い勢いでキョドッている。 恐怖すら感じているかのような表情だ。

 

(あら、シャルロットさん。そんなご趣味がおありでしたのね。これはとんだ無礼を.....)

 

「え、なに?なにが分かったの⁉︎僕のなにを見たのセシリア⁉︎」

 

 俺はアイスティーを口に含んでチーズの味を一旦リセットする。

 こうして比べるとやはり味の質に大分差があるな。

 飲み物とスイーツの違いこそあれど舌先に感じる原価と手間暇の違いはそれ以上だ。

 これは恥ずかしい。

 お嬢様で、こんなに美味いケーキの店を知っているセシリアに。 監禁状態でも結構良いもの食べてきたらしいシャル。

 こんなところで庶民舌を露呈させてしまうとは。

 しかし後悔してもすぎた事はどうしようもない。

 今はこのケーキの味を楽しむことの方が有意義だろう。

 

 俺の心配していたことなどどこ吹く風とばかりに安物アイスティーを文句も言わずに飲んでくれる2人。 俺はふと思いついたことをなんの考えもなしに口に出していた。

 

「せっかくだし食べさし合いっこしないか。3人とも違うケーキの味を楽しめるし」

 

 みんな小さく食べていたので量は十分にあった。

 ならばせっかくだしと提案してみたわけだが今度は考えてみて。

 

「男が口つけたやつとか嫌か?」

 

 しかし杞憂の如く快く受け入れてくれたセシリアとシャルに俺は胸を撫で下ろす。

 

「ではまずはレアチーズケーキから頂きたいですわ」

 

「じゃあ僕も。一夏、買ってきてくれたんだしセシリアからにしてあげなよ」

 

 シャルのその通りな提案を採用。

 小ぶりな口に傷つけないようにゆっくりとチーズケーキ弾頭を載せたフォークを運んでいく。

 本当に真っ暗なサングラスで見えないが彼女の目はキチンとフォークの動きを追っているらしく俺がここで大丈夫だろうという地点で動きを止めると満を辞したように着弾した。

 柔らかそうな艶やかな唇がコンマ数ミリ動きケーキとフォークを分ける。

 恐らく舌の動きでそれらを分離しているらしく細かな動きが頰に出ている。

 そしてスポンと綺麗に分離されフォークだけが手元に残った。

 そして口内のチーズの風味を外に逃さないように、体の内側で独り占めするように飲み込んで。

 

「ぁ、む....」

 

 やっべ、超色っぺえ。

 隣のシャルもなんだか見とれたようにセシリアを見つめているが、ふるふると首を振って頭を切り替えたらしく今度は自分への催促をする。

 

「よしいくぞ」

 

「うん」

 

 シャルの場合はセシリアとの対比でとても元気いっぱいで健全なものだった。

 メンバー内では大人しめな方のシャルだが近づいてきたフォークをパクリと捕まえるように口で捉えてケーキを回収した後顔をまあるくさせて堪能している様は本当に可愛らしかった。

 となるとこの後くる俺の食べさし合いっこがなんだかプレッシャーに感じる。

 冷静になってみると食事シーンを他人に見られるというのは中々にハードルのある行為ではなかろうか。

 とにかく見っともない意地汚い姿は見せられない。

 

「ほんとうに美味しいね。セシリアいいお店知ってたね」

 

「リップ・トリックのシェフは国際大会で受賞経験もある菓子職人ですのよ」

 

 さすがは世界中から優秀な人材が集まるIS学園のお膝元。

 周りのお店も一流らしい。

 

「予約なしですから並ばないと手に入らない。ということで常に人だかりが出来ていますのよ」

 

 それを並んで買ってきてくれたというのだから頭が下がる。

 シャルも「ほー」と聞いている。

 

「今度僕も買いに行こうかな」

 

 そんなことを笑い合いながらガールズトークを咲かせる2人はやはり自然に見える。

 2人とは友達だし仲良くしたいのもあるがやっぱり女の子同士の方が膨らむ話もあるのだろう。 ここは黒子の徹しよう。 でもタルトとショートケーキも食べたいな.....

 まあいいか。

 ケーキも美味しいが2人の楽しそうな会話も友人としては嬉しい。

 

「あ、ごめんね一夏。僕からあげるよ」

 

 でもやっぱりケーキが嬉しい。

 シャルが少し大きめにフォークに乗せてくれて俺に差し出す。

 どうやら俺がやったよう食べさせてくれるらしい。

 ううむ、自分でやっといてなんだがこれは恥ずいな。

 だが折角の善意。

 無駄にするわけにはいくまい。

 

「はい、あーん」

 

 シャルがまた赤面するような台詞を言ってくれるが構わん。

 

「あー.....「何してんのアンタ」....あ?」

 

 はて。

 なにやら聴き馴染んだ声が背後からこれまた聴き馴染んだ不機嫌トーンで発せられたぞ。

 怖いので正面のシャルたちの表情で見極めよう。

 やや。

 シャルが固まっておられるぞ。

 セシリアは.....ややや、マスクを着用していて伺えない。 いつの間にそんな装備を装着していたのだ。 イギリスの代表候補生は侮れん。

 

『一夏』

 

「あ、ハイ」

 

 強制的に(声だけで)振り向かされた先に居たのは、声の通りの外見をしていたツインテールの少女と、今ダブったツインテとともに立つポニーテールの少女。

 そしてポニテとツインテのちょうど真ん中に不幸にも挟まっている銀髪の少女がなんだか居心地悪そうに目線を下に向けていた。

 

「ねえ、ボーデヴィッヒ」

 

「...ああ」

 

 ツインテがラウラに声をかける。

 首はこちらに向けたままなのがやけに恐ろしい。

 

「あれ、あーんしてない?」

 

「ん、おお....あいにくシチュエーションを直に見たことがないで分からんが....」

 

「ボーデヴィッヒさん」

 

「あ、ああ...」

 

 今度はポニテがラウラに声をかける。

 例によっての姿勢で凄い怖い。

 

「私もあーんしているように見えるんだが.......あなたもそう見えるのではないか?」

 

「そ、そうだな。済まない凰候補生。やはり見えるよ。あ、あーん?だな」

 

 即答した。

 それはいいが、何故だかその一言で2人の殺気がぼっと出てきた感じがした。

 

「そっか、やっぱりそっか」

 

(あ、だめだこれ。冷静に地の文で一人称視点かましてる場合じゃないや。逃げねば‼︎)

 

 俺は椅子から立ちあがり2人とは反対方向に逃げ出す。

 ソファ側の壁の窓から外に逃げるのだ。

 そんな俺の切羽詰まった胸中の割に俺の手足は全く動かないでいた。

 

(な、なんだ⁉︎)

 

 俺は愚図だがこういった場合の行動は昔から速かった自信がある。

 危機的状況で足がもつれたり腰が抜けて動けないなんてことはなかったし、現に立ち上がって逃げ去ろうとしていたまでは普通に、なんなら迅速だった自信だってある。

 なのになぜ⁉︎

 

(あれ、これなんか身に覚えあるぞ)

 

 この金縛りのような現象。

 すごく既視感がある。

 確かつい最近の........あ。

 

「すまん一夏」

 

「ラウラ⁉︎てめっ....」

 

 やはりAICだ。

 ラウラのシュバルツェア・レーゲンの第三世代武装、慣性停止結界だ。

 

「すまん。その、視線が...ちょっと、マジで.....」

 

 視界の外なのでどんな状況なのかは視認出来ないが何となくその細い声で判る。

 現役の軍人でさえ逆らえないんだな.....()()()2()()()

 

「大丈夫。この程度なら条約違反にならないわ」

 

「そしてこの状況は私たちの見間違いでもなければ白昼夢でもないわけだが」

 

 ちゃきりとなんだか金属音がした。

 何か出したみたいだが背後が見れない。

 でも見たくない。

 くそ、口すら満足に動かせない。

 俺はなんとか目線でシャルとセシリアに助けを呼ぶ。

 

(シャルは....ダメだ。完全に萎縮してしまっている。そうだセシリアはテレパシーが使える。頼んでみよう)

 

 しかしマスクは顔だけでなく心まで閉ざす効果があるのか全く了承の念が飛んでこない。

 よもやセシリアですらこの殺気には敵わないのか?

 そういえば目を凝らせば彼女の肩が微妙に震えて.......ん?

 

 

 

 (お前笑ってんだろ⁉︎)

 

 

 

 肩が電気ショックを受けたみたいに震えた。

 この女間違いなくツボに入ってやがる‼︎

 にやけ顔隠すためにマスクつけてんだ。 この女郎‼︎

 途端に怒りが巻き起こる。

 ケーキのことなんぞもうどうでもいい。

 こいつだけは今ここで雪片のサビにしてくれる‼︎

 

『よし、殺そう』

 

「あ」

 

 千冬姉さようなら。

 教育費を返すことができずにごめん。

 そしてイズル先生最終回までに死んじゃってごめんなさい。

 最後に読者のみんなへ。

 主人公が死んでしまったのでこれにてIS:ボンドは連載終了だ。

 え、お前主人公だったの?って?

 うるせーばーかばーか。 もっかいばーか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぎゃーーーーーーー

 




一夏が死にました
というわけでIS:ボンドは本日を持って終了です。
一年半ほどご愛読ありがとうございました

田中ジョージア州先生の次回作にご期待下さい‼︎

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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49話 ワイワイガヤガヤ

は、速い⁉︎
貴様田中ジョージア州ではないな‼︎

ちょっと字数を30000と26000に落としてスピードアップしてみました
書けないのが字数のせいではなく作者の編集能力のせいだとようやく気付いた今日この頃
開き直ったように新展開です


 頭の中は忙しい事でいっぱいだ。

 篠ノ之箒16歳。 見た目のクールさの割に切羽詰まっていた。

 

 暑さが頂点に達している常々の日々。

 そんな中に彼女はまだ日も高いうちから直射日光の地獄をジリジリと熱気を帯びるアスファルトの上を歩いていた。

 身につけているのは中々に気合の入った私服。

 普段は邪魔臭がる抜群のプロポーションをよく熟知している造形をしている。

 もちろん似合っている。

 齢離れな印象を街行く人々に与えておりそれは彼女に集中する目線の角度が示していた。

 前から横から後ろから。

 彼女とすれ違うものの大半が彼女の姿を目で追う。

 今時珍しい。

 その珍しさが時代か地域か性別によるものかは彼らにはうまく説明できるものではなかったが、兎に角非凡で希少性のある美しさだった。

 ナンパされるよりは鑑賞されるタイプの美しさである。

 立地故に普段からレベルの高いこの狩場を常習的に狙っている。 それなりの場数を踏んだらしき貫禄を容貌から受け取れるチャラ男がまるでガラス越しの動物を見るように箒には声をかけずに見ているだけだ。

 服や歩き方から人を見る目に自信のない者でもそのペルシャ猫の如き容姿にある意味相応しい幼少期の暴れん坊のような性質を容易く見抜ける女は隣で箒に瞳を奪われるボーイフレンドという名の小間使いをヒステリックに怒鳴りつけることはせずに一緒になって目を奪われておりそのお陰で黙ってれば綺麗というよくある言葉そのままの恩恵を受けていた。

 そう、箒のそれは異性としての魅力というよりは孔雀や額縁の中にあるタイプの魅力だったのだ。

 それこそ彼女が現在進行形で悩みの種となる。 友人達が褒める彼女の自慢の美貌だった。

 幼少期よりもさらに女性的フォルムとそれを崩さぬような所作を身につけてきた箒であったが、その努力を持ってしても長らく思い人を振り向かせずにいる原因の一つがその美貌にあるというのは皮肉であろう。

 織斑一夏という心の中の知り合い名鑑にて不動の殿堂入りを果たしている男子。

 文明化を果たし星の外側にまで手を伸ばしてきた人類だが、生物としての本能として優れた異性を探知する機能は備わっている。

 たまにニュースで写る判断ミスにて痛手を被った馬鹿な同性または異性のことは考慮に入れる価値はない。

 自然界では劣る雄は取り残されると言われるが、それはただ人類が把握しきれていないだけでライオンにも馬鹿な奴はいるのではないだろうか?

 同じ人類だから目立っているだけだ。

 そこから考えてやはり目を引く雄というのはそれ独特のオーラを持っていると箒は知っていた。

 金だったり地位だったり才能だったり容姿だったりもっと原始的に力だったり。

 しかしそんな鍛え上げられた磨き上げられた雄の魅力とは無縁な人生と意識を持っている彼はやけにモテる。

 そして自分の中で殿堂入りさせているのも事実だ。

 

 普通にそこら辺にいそうな人物像な心の君に箒は戸惑いもなく納得している。

 その好意の地位に居座り続けている彼に相応しいとみなしている。

 該当する言葉はこれしかなかった。

 恋だ。

 

 そんな愛する一夏へ異性として伝わらない自信の美貌を彼女はすっかり頼ろうとしなくなり始めていた。

 それでも気合の入ったオシャレはどちらかというと身嗜み的なもの。

 やはり好きな人に会おうとしているのにみっともない格好は出来まい。

 そんな決意に満ちた彼女の行き先は一夏が居るだろう彼の勝手知ったる自宅....ではなく最近勝手知ったる所になった現在の学び舎『IS学園』だった。

 正確にいえばそこに繋がる本国日本列島離島のモノレール乗り場である。

 彼女はそこで待ち合わせをしているのだ。

 しかしその気になる待ち合わせの相手とはここまでお読みになればぽっと浮かぶ彼女の恋する彼ではなく同性。 それも彼女にとっては天敵ともいえる立場にいる人物だ。

 言葉に評すれば以下のような名称が相応しい。

『恋のライバル』

 

「待ったわよ。篠ノ之さん」

 

 箒の大人の女性に寄った格好良さとは違う。

 年齢に相応しい快活さと健康っぽい雰囲気。

 少女らしい可愛らしさは箒とは違いキチンとチャラ男もヒス女もキャラに合った反応を見せる。 人間に合った魅力である。

 しかし彼女は何故か1時間前にこの待ち合わせ場所の噴水エリアに仁王立ちのまま誰からもナンパの機会をもらってはいなかった。

 それこそこの小さき体躯に似つかわしくない獅子の如き眼光。

 虎の威を借る狐すら背後からのプレッシャーにショック死してしまいかねない高濃度の危険は空気感染するように周囲の老若男女を遠ざけていた。

 彼女の近くにいられるのはその眼光に真っ向から猛禽類を形容する眼つきで相対する箒と、鍛え上げられた精神力を持ち、不幸にも本国から戻ってきた途端に何処からか情報を嗅ぎつけた隣の獅子に脅迫されてその手綱を握る羽目になった銀髪の眼帯少女。

 

「これでも時間通りだった筈だ凰さん」

 

 真っ向からの視察戦。

 一夏に会いに行く。

 これからこの目の前の人間と一緒に会いに行く。

 勝負はもちろん一夏に会ってから。

 それまではただの移動。

 抜け駆けを禁止するためにその道中を互いに確認し、こうして見届け人まで用意した。

 二人とも抜け駆けする気はなく正々堂々とした戦いをするつもりだ。

 だがそれはそれ。

 成層圏のはるか外から見下ろす太陽ですら縮こまる居苦しさ。

 もしここにスカリエッティが居たのならレーザーに例える事さえ生温い視線に見殺され、この物語は即終了しハッピーエンドを迎えることだろう。

 

「帰りたい....ドイツに、培養液に帰りたい.....」

 

 身につける軍服に還る責任感がラウラを支えていた。

 

 

ーー織斑邸

 

 生きてたよ。ワンサマー‼︎

 

 死んでなかったよ俺。

 よかったよ主人公が生きていて。

 主人公が生きていてよかったよ。

 あの後なんとかセシリアが一声かけて俺の処刑は中止された。

 やっぱりいい奴だなセシリア。

 笑われたと知った時は本気で怒りが沸いたもののいつまでも引きずっていてもしょうがないという事で俺は途端にケーキのことを思い出した。

 そうだショートケーキ。

 

「あーん」

 

「い、一夏っ…馬鹿…ひっ」

 

 なんだよシャルそんな引きつった顔して。

 もう遅いかんな。

 このショートケーキは俺の舌に消えるのだ。フハハハハハ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぎゃーーーーーーー

 

 

ーー

 

 死んだ(気絶した)一夏がフローリングの床に転がっている。

 死人に口なしというが今この織斑邸にて人気が集まるは織斑宅のリビング中央。

 四角い、食事用にも使われる一般的なテーブルへの注目度は一夏へのそれを遥かに上回っている。

 在席している人数は総勢5名。

 四人がけのソファ側に3人。

 並び的には金、銀、金だ。

 金髪を後ろで束ねた少女が隣の銀髪で眼帯の少女の肩に寄りかかって震えており、頼りにされているらしい銀髪の少女のほうもどことなく瞳に力を感じられない。

 そんな二人を尻目に独特のファッションセンスに身を包みミステリアスというジャンルに昇華したもう一人の金髪の少女はテーブルの上のタルトにフォークを刺している。

 

「お三方もいかがです?私の食べさしになってしまいますが」

 

 そうして切り分けたタルトをフォークに乗せて前にさし出す。

 その方向には来客者は誰もいないのだが意地悪なわけでは勿論なく、公平性を考慮した誰に向けるでもない善意。

 しかしソファの両隣。

 四角いテーブルの構造上椅子同士向かい合う形となった二人。

 絶賛この織斑邸の注目の的として場の空気を支配している二人は姿勢と視線を崩さずに首を振った。

 

「洋菓子の気分じゃなくてなすまんなセシリア」

 

「後から来たの私らの方だしね〜」

 

 極めてフレンドリーな言葉使いに来客の少女たちとセシリアの親密さが表れている。

 笑顔を湛えた両者は実に可愛らしい。

 そんな態度に緊張していたシャルロットもほぐされたかほっと一息ついた。

 そして一夏に渡そうとしてそのままとなっていたフォークの先のショートケーキを持ち上げてセシリアと同じように誰に向けるでもない善意を使う。

 

「じゃ、じゃあ僕のやつをあげるよ。なんだか食欲がなくなっちゃったんだ」

 

 それに対して二人はまたしても笑顔のまま....背筋が凍った。

 悪寒を感じ血の気が引いた顔になっていくシャルロット(ついでにラウラ)。

 視線がこちらに向いた時、シャルロットは無言の愛嬌ある表情から強く、そして彼女の生存本能に訴えかけるそのメッセージを拾った。

 

この私が食えと言っているのが聞こえないのか?

 

「失礼いたしましたぁぁ‼︎」

 

 テーブルマナーなど感じられないほど汚く。 そして何よりも迅速にショートケーキを平らげる。

 横隔膜が反応するほどのせかせかしたかきこみ方とそれにより込みあげる生理現象をこれまた生物としての本能を持って叩き潰し息をする間も潰してショートケーキを腹のなかに納めた。

 そして今になっておとずれた息苦しさに肩を上下させる。

 

「どうだデュノアさん。味の方は」

 

「げほっごは‼︎だz....た、大変美味しゅうございました‼︎箒様ぁ」

 

「そっかぁ、ねえどんぐらいのおいしさなの?」

 

「はい‼︎呼吸が一時困難になるほどの味でございます‼︎」

 

 箒と鈴音の方向へと体を右へ左に向きを変えて敬礼をするシャルロット。

 方向転換せずにそのまま一方向に回り続ければサイクロンが起こせそうなくらいの勢いだ。

 

「確かに。息をするのも忘れていたかのような食べっぷりだった。どこで手に入れたものなんだ?」

 

「我が友人のセシリア・オルコットが駅地下街のリップ・トリックという店名の店より入手いたしました‼︎」

 

「ほう、あそこは確か世界大会に出場経験があるパティシエがいるらしい。うまいわけだな」

 

 どうやら箒の耳にもリップ・トリックの噂は入っていたようだ。

 腕組みをして感慨に耽る。

 

「よかったじゃないシャルロット」

 

「はぁ‼︎よかったでありますぅ‼︎「そんなものを...」え?」

 

一夏にあーんしたんだな?この雌猫は

 

 途端にテーブルを叩き割りそうな勢いで額を叩きつけたシャルロット。

 そのままマントルまで突き抜けそうだった。

 

「命だけはご容赦をぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

「我が友愛なるシャルロットよ。君との一夏の思い出は決して忘れない。約束してくれ我が親愛なるシャルロット。春が訪れた時は北東へと息を吹いてくれ。南西からの優しい風がこの顔を撫でた時...私は本国より君を想うだろう」

 

「ラウラさん、タルト食べます?」

 

 シャルロット・デュノア15歳。

 彼女の激動の人生は幕をおろした。

 

 

ーー

 

「まったく。来るならチャイムくらい鳴らせばいいのに」

 

「仕方ないだろう。鍵がかかってなかったのだから」

 

「それ泥棒の考え方じゃねーか...」

 

「うわー。こんな可愛い子捕まえてなんてこと言うのよアンタ。感謝しなさいよ」

 

「はいはい。でも来てくれて嬉しいよ。悪いけどケーキはみっつしかなくて(記憶の方も何故かないんだが)シャルとセシリアはもう食べちゃったのか?」

 

「.....」

 

「ごめんなさい」

 

 体を震わせながら頷くシャルロットと、食べさせあいっこが出来ないことを詫びるセシリア。

 

「(?クーラー効きすぎだったかな)いいよ。もともと一人一つづつだったんだからさ。うーん.....じゃあ、俺のチーズを分けようか?」

 

 3分の2が残っているレアチーズケーキは正にうってつけと言えた。

 

「客に己の食べさしを食わせようとは考えものだが...まあもらってやろう」

 

「じゃあ取り皿とフォークを持って来るから」

 

「めんどくさいわね...あ、あ、あ....」

 

 ブーたれる鈴音が急に顔を赤くさせて目を泳がせる。

 それに不思議がっていた一夏だったが突然鋭くなった視線に一瞬ギョッとする。

 ギロリとした鈴音の眼光がシャルロットを捉える。

 何故かは分からなかったがそれを受けたシャルロットはその瞬間突如としてソファから跳ね上がるように立ち上がり、直立不動の体勢を取った。

 その瞳は若干潤んでいた。

 

「進言します‼︎」

 

「へ、あ、うん」

 

「き、君がお二人に食べさせてあげればいいんじゃないかな?」

 

「どうした急に....」

 

 上ずった震え声に戸惑う一夏。

 ともかくシャルロットの言っていることが先ほどの食べさしあいっこを指すのだと察した彼は、少し頰を掻いて言葉を曖昧に濁し始めた。

 照れているのだ。

 シャルロットとセシリア。 箒と鈴音。

 どちらも友人で美人であるのは共通しているが、彼にとって学園で知り合いここ数ヶ月の印象しかない前者と、幼馴染としてそれなりの期間出会わずにある日成長した女性として姿を更新した後者では些か伴う羞恥心に違いが生じる。

 

「私からも頼む一夏っ...人一人の命がかかっているんだ‼︎」

 

「そんなに?」

 

 イマイチ記憶を失っていた間に生じたギャップについていけないが、もとよりそこまで拒否感はないため直ぐに了承。

 一口サイズに取り出したチーズケーキをフォークに乗せてまず鈴音にさし出す。

 

「ほら鈴。口開けろよ」

 

「なに命令してんのよ。生意気だっての」

 

 口をとんがらせて文句を言うがどうにも覇気が弱い。

 押しに弱いところは幼馴染時代のそれと一緒で、一夏は少し安心した。

 

「あーん」

 

「だからそゆこと言うんじゃないっつの......あーん」

 

 二人して照れながらぎこちなくあーんをする。

 鈴音が口を閉じると同時に一夏が素早くフォークを抜く。

 慌てた鈴音が引き抜かれた時の勢いでケーキが溢れないように追いながら唇に力を入れて上手くフォークだけを回収させる。

 手で口元を隠す鈴音。

 その動きが本当は顔全体に向けてのものだということは一夏には幸い伝わっていない。

 味なんて解らないまま赤らめた顔を隠すようにケーキを早く飲み込もうとする。

 

「どうだ?」

 

「美味しいんじゃない?」

 

 もう一度言うが味などは解らない。

 なんとか場をつないで、そして終わらせようとしている。

 自分からシャルロットに強要しておいた癖に結局いつもの鈴音のパターンになってしまい、被害を被ったシャルロットは少し頰を膨らませて抗議の意思を示す。

 

なにかようか?

 

「ヒイィ⁉︎」

 

 即撃沈されるが。

 

「じゃあ今度は...あ、そういえばラウラは食べ「私はいい」..あ、そう」

 

 言い終わる前に拒否が飛んできた。

 反射神経というものだろうか。

 

「でも美味いぜ。食わなきゃ損「いいんだっ」..あ、そう」

 

 どうやら横目で見ていて相当怖かったらしい。

 

「じゃあ箒?あ、あー」

 

「ん.....美味い」

 

「あ、ああ....だろ?」

 

 鈴音が唖然としている。

 自分はあれだけ参っていたというのに箒の落ち着きようときたらなんだか自分がアホらしくなってきそうだった。

 わざわざラウラを空港まで行って連れてきていろいろと張り切ってたのに、いざ蓋を開けてみれば抜け駆けどころか協力者のシャルロットがまたやらかしてて、そしてこの赤面損。

 気張ってるのにも疲れた。

 

「一夏。そのアイスティーなによ。それこのうちのもんでしょ?出しなさいよ」

 

「ん、おお悪い。今用意するよ」

 

 そう言い再び、鈴音たちからしてみれば初めて、台所に消えていく。

 家主が居なくなったリビングで再び数を増やしたガールズトークが開始された。

 口火を切ったのは箒だった。

 

「さて......まずは不届きものの始末だな」

 

「ひっ.....」

 

「冗談だ」

 

 まるでジョークに聞こえない箒の鷹の目に完全に怯えているシャルロット。

 横のラウラに涙目で抱きつく様子に少し怖がらせすぎたかと少々反省。

 

「リップ・トリックのケーキか。よく買えたものだな」

 

「運が良かったのです」

 

「私も前ティナと一緒に行ってきたのよ?並ぶ前に諦めたけど。ほんと、尋常じゃなかったわ.....よくやるわね」

 

「こんなことならもう3人分仕入れとくんでしたわ」

 

「それについては済まないな。まさか来ているとは思わず....」

 

「シャルロットも悪かったわね。せっかくのケーキだったのに味わえなくて」

 

「いや、もういいよ。またでしゃばっちゃったみたいだしね」

 

 バツが悪そうに頭をかくシャルロット。

 なんだかんだいって一夏に実質色仕掛け的展開を仕掛けたのは彼女なりに負い目に感じているところらしい。

 これには同上の理由で気にしていた節のある鈴音たちも一安心。

 

「ボーデヴィッヒもごめんね。きてもらってアレだけど....今日はちょっと気分にノれないわ」

 

「どうせ暇だった。構わないよ」

 

「篠ノ之さんもそれでいい?」

 

「聞き入れる義理はないが、私も告白などする気分ではなくなってしまったな」

 

 今日の仲介人ありの二人での訪問はお互いに正々堂々とするという決意であるが、それはあくまでも相手への配慮ではなく自分に対してのもの。

 一夏への想いに汚い事を介入させたくないという自己完結の共同作戦であり、箒も鈴音もこれ以上相手に譲ってやるつもりはない。

 だからこそこの決断はあくまでも自分のため。

 今の状況で告白するメリットはないという感じで。

 そして相手にも下手な行動をして予測不可能な展開を生み出してもらっては困る。

 優しさからの提案ではない事を箒は重々に理解し、そして了承したのだ。

 そんな人によっては快いやりとりには感じない空間に入り込んできた。 何も知らない一夏は早速コースターとグラスをカラカラ言わせながら早速次なる戦いの場を提出してくれた。

 

「なあ、鈴。この前はプール行けなくて悪かったな。代わりに今度シャルと一緒に行くからさ。鈴も一緒に遊びに行かないか?」

 

 一方的に且つ暴力的に説明不足だったというのにこういう言葉が言える一夏に改めて惚れ直しながらも、やはり変わらぬ難点に鈴音はため息を隠さずつく。

 若干一夏がムッとするが、これが彼女の性格。

 良いも悪いも思ったら口に出す幼馴染のことを彼はよく理解していた。

 

「当たり前に決まってるでしょ。私の誘い断っといて詫びの品用意しないなんて死刑なんだから」

 

「よーし、うんと楽しんでそんなやな気持ちさっさと消しちゃおうぜ。ラウラとセシリアも来るか?」

 

「そうだな...凰候補が良いのなら」

 

「私も鈴さんが良いんでしたら」

 

 一夏が不可解そうな顔をしながらもとりあえず主役の鈴音に委ねる。

 因みに二人とも一夏とともにシャルロットにも指名しなかったのは気遣いだ。

 そして主役もここで場の空気(特に一夏の印象)を悪くするメリットは見つけられなかったようで。

 

「来たいんなら来れば?」

 

 本当なら一夏と二人きりがベストなのだろうが、流石に今ここでそれを実現させようとするのは世間一般で言うワガママとなるものである。

 .........

 

「.....」

 アイスティーを口に含み一服する道場の娘で天災の妹はとてもクールでマイペースで、この一同の輪から漏れ出ていた。

 

「一夏...篠ノ之さんは誘わないの?」

 

 やや小声で、ただどうやっても不自然なため結局全員に聞こえるボリュームで、不審に思ったシャルロットが一夏に尋ねる。

 一夏はどこかう〜んとしていた。

 

「ああ....箒。.....来る?」

 

「なんだ。誘われていなかったのか」

 

「いや、そんなことはないぞ?んで?来るのか」

 

「そうだな。凰さんが良ければ行こうか」

 

 これに驚いたのは観客である三人の女子チームだ。

 あれほどシャルロットに怒りを燃やしていたというのにみすみすライバルにチャンスを明け渡す意味が分からなかった。

 シャルロットはラウラと目を合わせ、ラウラはセシリアと目を合わせた。

 鈴音だけは気まずそうな顔で箒から目をそらす一夏を獲物を狙う豹のような鋭い目つきで睨んだのちに口火を開いた。

 

「いいんじゃないの?大勢の方が楽しいもんね」

 

 こうしてバイトヘルパーが見過ごすナットの5ミリの大きさの違いを残して今度の遊びの予定は決まった。

 

 

ーー

 

 談笑も山あり谷ありで、ゲームを交えながらも時間を過ごしていた6人だったが、ふと開いた扉からこの家の家主が交代したことで一同は作業をやめた。

 

「なんだ、賑やかそうだと思ったらお前たちか」

 

 用事を済ませて帰宅した千冬が何時もの教師モードのような厳しい面構えで一夏たちを見る。

 箒と鈴音以外のメンツは家でもこんなに気を張っているのかと感心する。

 

「お帰り千冬姉」

 

 帰ってきた姉に対して笑顔を向けるのは一夏だけだった。

 そんな一夏に依然として厳しい顔をした千冬。

 おそらく普段からこんな顔をしているのだ。

 一夏の嬉しそうな顔で判る。

 姉の帰宅を素直に喜んでいる彼の顔に恐怖や気まずさなどはない。

 なんなら彼にしか分からない範囲で今の千冬は優しいのかもしれない。

 目が合った。

 そんな感じではない。

 ただジロジロ見るなとは言われなかった。

 

「千冬姉ご飯は食べたか?」

 

「ああ」

 

「ゼリー固まってるぞ。出そうか」

 

「いや、そうだな.....今日は気分じゃない。お前らで食え。夕食は食っても構わんが泊まっていくなよ?布団がないからな」

 

 そう言うとそのままリビングから出て行った。

 遠ざかる足音は三次元的な動きで上へと.....二階へ上がっているようだ。

 部屋に行ったんだと一夏が説明した。

 

「で、どうする?ゼリーってコーヒーゼリーなんだけど。千冬姉に合わせたからかなり苦いぞ」

 

 すっかり流れというものが止まってシーンとしてしまった空間に一夏も手探り状態だ。

 

「どうだ?の前に出しなさいよ。一口食べてから判断するから」

 

 普段ならばこういう時は空気を読めて気配り上手なシャルロットが切り出すのだが、流石に他人の自宅となると迂闊に声を出せず結局勝手知ったる鈴音の図々しさに新しい場の流れが産まれた。

 

「口つけたら食えよ。まあ良いけど。じゃあみんなの分も持ってくるからシロップとミルクをお好みでつけてくれな」

 

 ゲームの時間は終わりを告げ、今度はお菓子の品評会が開催された。

 

「ほう、卵のカップで作っているのか?」

 

 カサカサと音を立てながら潰さないように優しい手つきで運ばれてきたケースの形状に見覚えのある箒が反応した。

 急に尋ねられたためか一夏は返答に遅れる。

 

「うん」

 

 それっきり会話が続かない。

 黙ったままケースをひっくり返して皿に一つづつ移していく一夏に今度こそ気配り上手のシャルロットが口を開いた。

 

「リサイクルってやつだね。良いと思うよ。なんだか自家製って感じが出てる」

 

「そっか。ただ専用のケースとか揃えるの面倒だっただけなんだけどな。そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

「でも確かにこういうやつってそれ専用のものがあるんだけど大概どこに売ってあるのか分からなかったりするんだよね。そういう時に他から適当に見繕ってくるんだけど、実はISの部品とかも全てオーダーメイドってわけじゃないって知ってる?」

 

 上手いもんだなと横で聞いていた友人たちは思う。

 卵のパックからあっという間に共通の話題に話を持っていった。

 何より全員が話に入っていけるチョイスというのは中々難しいものだからシャルロットの頭の回転には感心するばかりである。

 そして案の定あまり詳しくない一夏と箒。

 ちょうど険悪ぽかった二人を引き込むことに成功してシャルロットは自分の皿を取りながら話を続けた。

 

「もちろんフレームとか装甲とかは一から作らないといけないんだけど武装の類とかは結構既存の兵器からアイデアだけ取ってきてIS用に作り変えているんだ」

 

「元は戦闘機のミサイルだったものをセンサーなどだけを詰め替えてそのまま流用していることは珍しくはない」

 

 ラウラが短く繋ぐ。

 本当はもっと複雑だったりするのだが、素人に対してなら分かりやすい方が多少厳密と違っても、その方が良いだろうと思ってのことだ。

 

「そういえば戦闘機で思い出したんだが....セシリアって各国の戦闘機乗りと模擬戦とかしてるんだよな。ポケットマネーで」

 

 ありがたい事に一夏の方から話を広げてくれた。

 好ましい傾向だ。

 しかしシャルロットは喜べなかった。

 むしろ驚いた。

 

「え、ポケッ....僕だってやったことないのに」

 

 何だかんだ言って実家に対しては最低限思入れがあるのか。

 自分ち以上の金持ち体験にそう呟く。

 

「ラウラもやってんのかそういうの」

 

 軍人のラウラならばそういった模擬戦の訓練もしているかもと一夏がそう尋ねた。

 期待していたより下な答えが返ってきた。

 

「そんな利点は特にないからな...どちらかと言えば対テロ用の訓練が多いな。実際にISが戦闘機と戦う機会なんてそうはない。機体数も少ないし、そもそもそこまで敵に侵攻されることを防ぐのが近代戦だ」

 

「そもそもセシリア専用機持ちでしょ。益々戦闘機と戦う機会なんてないよ。第三世代機はもっぱら競技用の設定だからね」

 

「そういえば第三世代機はどこも燃費が悪いって話だが。それは違うのか」

 

 箒が疑問を投げかける。

 

「うんまあ、1000キロ以上飛んで帰ってこれるように作られてる戦闘機とはそもそもコンセプトが違うからね。それでもPICとか燃料燃やすよりお金かからないんだけどね」

 

 とりあえず戦闘機との訓練があまり意味のないものだと二人は言いたいらしい。

 となると一夏と箒は顎をさする。

 ちなみに当のセシリアはコーヒーゼリーを上品に食べている。

 それもまた彼女らしいのだが、無駄なことをわざわざ高い金を使ってするタイプにも思えないのも確かだ。

 何か戦闘機との模擬戦で何やら得られるものがあったのか。

 ふと一夏はパッと閃いた。

 

(鷹のオルフェノク....親父さんとのためなのか)

 

 一夏はアリゲーターオルフェノク以外にオルフェノクについての情報は全く知らない。

 ただあの時のポエムは耳に焼き付いて忘れない。

 セシリアの父親はオルフェノクで、その姿は鷹だ。

 一度そう思いついたらもうそれ以外に考えられなかった。

 

「ま、ISだけとやってるより経験値詰めるってことかしら」

 

 鈴音が興味なさそうに呟いた。

 シャルロットもラウラも納得にはあと少しといったところだった。

 無理もない。

 ISが戦う相手とはISと相場が決まっているのだ。

 それならば専用機持ちという立場を利用してISと模擬戦をしていたほうが役に立つ。

 同じ空を飛ぶものでもISと戦闘機ではまるで動きが違い参考になるものは少ないからだ。

 しかしそれでも最終的に納得するのは二人ともセシリアの実力の高さを体で知っているからと言えるだろう。

 逆に鈴音が納得したのはホークオルフェノクのことを唯一知っていることに他ならない。

 実際にアリゲーターオルフェノクと戦ったこともある鈴音はホークオルフェノクの戦力がアリゲーターオルフェノク以上のものであることも、競技としてのISの模擬戦とはまるで仕様の違う戦い方が必要になることも見抜いていた。

 ISが劣っているわけではない。

 シャルロットの言う通り、そもそもコンセプトが違うのだ。

 戦闘機まで引っ張り出してきたのもそれだろう。

 

「まあ、セシリアはそれで結果が出てるんだものね」

 

「あなたにはあなたなりの考えがあるのだな」

 

 肌を。 もといエネルギーシールドを合わせた者同士。 その実力を認めている証だ。

 それは同じ友人として良いことだし誇らしいことだが、一夏はどうにもコーヒーゼリーを飲み込むのに些か時間を要した。

 また、一夏より確信は少なかったが、オルフェノクを見ていた。 そしてあの巨大人参の会合でセシリアの姿を見ていた箒も、またオルフェノクかあの空豆マシーンもといガジェットドローンとを想定しているためだという結論に達しており、一夏ほどではないが、日常的なお菓子品評会からは心が離れていた。

 未知の相手との戦いという形ではなく。

 殺し合いという背筋が涼しい事実が。

 それぞれの心を引いていた。

 だからこそ。

 

「セシリア苦くないか?無理しなくて良いんだぞ」

 

 出来ることをするだけだ。

 一夏はミルクを差し出して問いかける。

 ドデカグラサンを額にかけているセシリアはなんだかマンガチックだ。

 間抜けという彼女に似合わない要素に一夏は物珍しさを感じる。

 

「お構いなく。苦いものを食べる機会がとんとなかったものでして、たまには苦味をじっくり味わってみようかと思いまして」

 

 大人。 とは少し違うのだろう。

 考え方が普通とは少し違うだけだ。

 恐らくセシリアは苦いものも甘いものもどちらも同じくらい好きでも嫌いでもないのだろう。

 味で食べ物を選ばないタイプなのだ。

 多分気分によっては毒以外は食べるかもしれない。

 

「私はミルクとシロップ両方もらおう」

 

「あれ、なんだラウラ。意外と子供っぽいんだな」

 

「フン、戦場ならいざ知らず。物資の揃った状況でわざわざ贅沢しない必要はないということだ」

 

「つまりイラッときて思わず言い返したってことね」

 

「やっぱ子供っぽいな」

 

「ぬっ...」

 

 大目にシロップとミルクを加える姿は「子供っぽさ」満載であった。

 因みに鈴音はとっくにもらったシロップとミルクを両方ともどっぷりとかけている。

 それを見てそういえばコーヒー苦手だったなと一夏は思い出した。

 

「上手いなお前。今度教えてくれないか」

 

「そのうちな」

 

 それでもやはり箒と一夏のペアとなると途端に会話が素っ気なくなる。

 シャルロットは心配する。

 恋のキューピッドとしてではなく友人として純粋に二人の変化に心を痛めている。

 少し前までお互いすごく仲が良かったというのになぜなのだろう。

 そんな箒は甘みを一切加えずにストレートでスプーンを口へ運んでいる。

 寡黙な性格を表しているかのように味の好みも渋いのか。

 そのまま二人とも会話をやめた。

 

「でも本当に美味しいよ一夏。君お菓子も作れるんだ」

 

「こんなのそんな大したことじゃないよ。シャルは器用だし、直ぐに俺より上手くなるさ」

 

「ふふ、ありがと」

 

「いやいや世辞じゃなくてな」

 

「でも僕も作ってみたいよねこれ。そしたらラウラにも食べさせてあげるからね」

 

「......その時はコーヒーではなくカフェオレゼリーにしてくれ。少しこれは、その....」

 

 もちろん子供っぽいと笑われた。

 

「そういえばみんなは夜までいるのか?千冬姉が言うように布団はないけど夕食くらいは食べていくか?」

 

 それを聞いたシャルロットは鈴音と箒を見る。

 判断を伺おうとした結果だが二人は瞳で勝手に決めろと言ってきた。

 今日のところは勝負については後回しにしているらしい。

 というわけでいつも通りの役割を手に入れた彼女は他の二人にも確認を取り、一夏に了承の意を伝える。

 

「じゃあ、せっかくだからみんなで買物にでも行こうか。食べたいものとかあるか?」

 

 その一言で特に予定を決めあぐねていた一同は外出へと惹かれていった。

 

「でも勝手に家空けるのは織斑先生に悪くないかな?」

 

「いや、この前も空けたし。平気だろ。一応言っとくけどさ」

 

 弾と数馬を証拠の引き合いに思い出してそう言う一夏は、それでも今度は無言であけるのはまずいと思った。

 話を付けてくると告げた後、一夏は一人二階へ上がる。

 千冬に一つ断りをいれるためだ。

 考えてみれば当たり前のことかなと思いながら扉をノック。

 

「入れ」

 

 くすりとくる。

 まるで学園だな。

 

「失礼します」

 

 扉を開けた一夏は部屋の少ない装飾でさらに目立つ地味なビジネスライクな机に紙を広げる私服の千冬にちょっと驚いた。

 冗談ぽくしていたが割と本気で職員室気分でいたのが私服で理不尽にもすっかり霧散されてしまった。

 

「学園か。おまえ」

 

 しかも言われてしまった。

 盛り上がっていたところに急に「なに一人でテンションあげてんの?」的な野暮っぽい(無論自分の勝手な思い込みだと一夏も理解しているが)対応をされたことで若干のテンションダウン。

 

「買い物にみんなで行ってきます。何か食べたいものはない?」

 

「泊まるのはダメだと言っておかなかったか?布団がないからその場合は床に寝てもらうぞ」

 

 叱る姿は公私関係ない。

 しかしそれは職員室気分とは違うのでなんだか現実味から離れているような感覚を....

 

(て、いつまで引っ張られてんだよ俺)

 

「いや、夕食だけだよ。みんなで作ろうかと思っているんだ」

 

「フン、食えるものを作るんなら構わん。留守番はしてやろう」

 

 こうして了承を得た一夏は外にてセシリアの日傘に集結している4人を見てその可笑しさからまたもやテンションが上がった。 今度のは職員室と違って共感できるものだ。

 何せあのドデカグラサンをマスクとともに顔を覆ったおばさんコーデの金髪縦ロールの美少女が自身の体を完全に考慮に入れずに前に差し出した日傘に、銀、金、茶、黒髪の少女達が窮屈そうに収まって丸まっているのだ。

 

「どういう状況なんだこれ...」

 

「みなさん暑そうでしたので」

 

 そういう話なのかこれ?

 なぜ傘の所有者であるセシリアが日向に追いやられているのだ。

 キラキラと反射する太陽光に当てられた金の髪が実に綺麗だが、これはひょっとするといじめ....俺の知らない間に友人達の間でエゲツない女の怖い一面が繰り広げられていたのか⁉︎

 と、またテンションアゲアゲで妄想したが、まあ十中八九セシリアが提案したのだろう。

 へんなことをするなら束の次に思い当たる人物だ。

 

「逆に暑いかなこれは」

 

「篠ノ之さん。スペースがないのは分かるが、私の頭の上に体重をかけるのはやめてくれ」

 

「あんたは私にくっつくのやめなさいよボーデヴィッヒ。髪が首筋に入ってきて鬱陶しいのよ」

 

「セシリア。ありがたいのだがその、もう少し高く掲げてくれないか。これでは中腰でしか入れない...」

 

「ははーん。おもちゃにしてるってパターンか」

 

「あら人聞きの悪いこと。完全なる善意ですわ」

 

「そうでなくても暑いんなら俺が来るまでリビングで涼んでいればいいのに」

 

 どうにも暑苦しい季節外れの押し競饅頭状態は間もなく解除され、一同は一夏の案内にて普段休みの際に彼が立ち寄っているスーパーに向かった。

 見慣れない外国人編成は中々に道中人目をひくものであったがそれもまた普段一人でこの道のりを歩いている一夏にとっては新鮮なもの。

 一人の時よりも楽しみながら談笑混じりで歩みを進めていく。

 会話の流れはやはりシャルロットを中心として全員に滞りなく回される。

 個性派揃いでほっとくと無口になる一同をうまくまとめ上げる辺り。 天性の気配り上手である。

 そして話したくないだろうと思うタイミングではいっそ会話を繋げるのをやめる。

 おそらく無意識のものだろう。

 意識してやっているのならそれはそれで凄いが、どうにも息がつまらないのかと心配になってくる。

 そんなやりとりもそこそこにスーパーの自動ドアが一旦区切りつけた。

 丁度話の起承転結も揃った辺り全く非凡なものを持っている。

 

「というわけで、野菜が向こうで肉とか魚がそことあっち。調味料も買いたければ案内するから言ってくれ」

 

「分かんないからアンタについていく」

 

 という鈴音は一夏の持っているカゴにさりげなくジャガイモを放り込む。

 先に入れていた一夏の鰆が落石に遭う。

 

「ああ‼︎俺の鰆が」

 

「もうアンタサラダでも作んなさい。魚は篠ノ之さんにお願いして」

 

 ついでに人参も降ってきた。

 

「因みにそのじゃがとにんじん私のだからね。勝手に使わないでよ。もちろん余ったらアンタんちの冷蔵庫の野菜室にいれとくから」

 

 せめて使い切れよと釘を刺すが、元よりそういうことが出来る性格ではないことは長い付き合いで承知の上だ。

 ここは仕方がない。

 それに彼女の言うように自分がサラダを作ると其々の献立と被らずに味・栄養バランス共に利点が大きい。

 既に鈴音の言った通り箒は魚料理にすることは知らされている。

 シャルロットは揚げ物で鈴音は。

 

「煮物っていうのかな...。肉じゃが」

 

 だとしたら作るべきサラダの方向性は決まった。

 サラダにも色々と種類はあるがここはあえて普通のシーザーサラダにしよう。

 ここまで範囲が広がった料理達の箸休めとしての味ならば、へんに凝らない方がいいだろう。

 献立を決定した一夏達はお互い行動派な気質だったこともあり、ペースアップで食材をぽいぽいとカゴに入れて行く。

 

 もうひとチームのカゴ持ち役を担うのは一夏と同じく行きつけに使っている地元民の箒であり、ラウラとシャルロットの代わりにカゴを持つことで先導役として活躍しようとしていた。

 箒を先にその両隣を固めるラウラとシャルロットが自分の献立を伝えて、その材料を箒に案内してもらい彼女達は買い物をこなしていた。

 

「でもなんでおでんなの?」

 

 こんにゃくをカゴにいれる様子を横目で見ながらシャルロットはそれを注文したラウラに尋ねる。

 ラウラが夕食に選んだ料理は意外も意外。

 日本の冬の定番料理でありコンビニエンスストアなどの現在の一般的な流れにも遅れずに普及している時代の最先端だ。

 でも。

 

「冬のものじゃないのあれって」

 

 箒に尋ねる。

 まだ食べたことはないが鍋物だということは知っていた。

 真夏に食べるものではないのではないか。

 

「夏に食べてはいけないということはない」

 

 ラウラが自信を感じさせる声だ。

 シャルロットは苦笑する。

 

「日本人の前ですごい自信だね。それで、実際どうなの?」

 

「まあ、魚と違って旬が決まっているわけでもないし...いいんじゃないか」

 

 日本人からそういう意見が出たのならば仕方がない。

 ラウラはついでの食材を提案する。

 それらはフランス人であるシャルロットからすればまたもや外国人特有の的外れな他国情報なのかと疑惑を向けたが、当の箒は言われるがままにカゴをさげて棚の角を曲がっていく。

 完全に本人の自由に任せている。

 諦めたシャルロットは横の棚から片栗粉を取って来て箒に頼んだ。

 そして懐に意識を向けるかと思うと、軽快な電子音が彼女のズボンの後ろポケットから鳴り、二人の視線を一瞬引く。

 

「あ、電話」

 

 言葉通り。

 どうやら急を要する内容らしい。

 誰に聞こえるわけでもないというのによりによって電話先の相手を気にしているような小声で箒に場所の提案を任せる。

 箒が普段使われることがない非常階段のスペースを教えられるとお礼もそこそこに早足で向かっていった。

 

「少し見てくる。君はここに居てくれ」

 

  ラウラがそう言いシャルロットの通った道筋を歩いていく。

 言われた通りに待っていた箒は数分か數十分待たされるかと覚悟していた。

 しかしそれほど時間はかからずに二人は戻ってきた。

 

「ごめんね」

 

「いや、それで...唐揚げだったな。次はももか?」

 

「うん」

 

 改めてスーパー内を歩き始める3人。

 指向生を持った3人はとても優秀で、一夏達2人や他の主婦よりもむしろ迅速で寄り道のない買い物をしている。

 

「そういえばセシリアはどうしたの?」

 

 流れに逆らわずにシャルロットが言う。

 彼女はセシリアが一夏の元に行かなかったことを知っていた。

 

「三階のゲームコーナーだ」

 

 携帯の画面を見せながらラウラ。

 先程シャルロットが疑問を出した瞬間に素早い仕草でチャットを送っていた。 それが今返ってきたのだ。

 

「当方、ただいま対戦式の格闘ゲームにて現地の戦士と熱狂的なタンゴに身を震わせている最中故。終わったら連絡します」

 

 最後に絵文字も添えられている。

 頭が痛くなるシャルロットの横から覗き見した箒がふと呟く。

 

「これはゲームの途中で打っているのだろうか」

 

 想像したらちょっとシュールだった。

 笑うのはこれまたちょっと。

 そうなると生じてしまう情報のすり合わせへの問題に3人はすぐに思考を巡らせた。

 

「となると何を作りたいのか分からんではないか。適当に見繕うとしてもそれらは全て織斑家の冷蔵庫に放置されることとなるからあまり多く買うわけにもいくまいし」

 

「いや、いない人間への気遣いをその他の者に合わせる必要はないだろう。候補生には余り物で我慢してもらえばいい」

 

 双方同じような口調と振る舞いだが、こういうところではキッパリと主義が変わってくるようである。

 そして主張が強いところは又しても同じような感じらしい。

 

「それは流石に酷くないか?貴方は知らないだろうが、彼女はさほど料理への見識は高くない。余る材料すら確定的ではないのにそれでは時間を食うだけではないか」

 

「君が優しい人なのは分かった。私よりも候補生について詳しいのもな。だが考えは変えん。これはフェアな提案だ」

 

「私は別に感情論などしていない。余計な時間を食うと言っている」

 

「まあ、まあ。そこはおいおいでいいじゃない。こうしてる時間の方が無駄でしょ?それにセシリアは賢い人だし僕らが深刻にしなくてもなんとかしてみせるよ。もしもの時は僕の付け合わせのジャガイモなんかをあげればいい」

 

 やはりシャルロットが付いていて良かった。

 箒とラウラは悪い奴らではないということは彼女らの周りに居れば直ぐに理解できること。

 ただ堅物な箒と現場主義なラウラがたまに上手いことハマるとこういう事態が起きてしまうということだ。

 そんな時に間に入るのがシャルロットなり一夏であったり鈴音であるのだ。

 別段水と油というほどの関係でも頭に血が上って周りを気にしなくなるタイプでもない二人は直ぐに止まる。

 

「そういえばデュノアさん。先程はあんなに慌てていたがそんなに重要な電話だったのか」

 

 再びつぎの食材の棚へと歩き出していた足が二本止まる。

 箒はそこまで気にしていたことだったとは思わず、急に立ち止まってしまったシャルロットに驚く。

 シャルロットが直ぐに自分の、相手を不安にさせる行為に気づき、しまったとなるがすかさずラウラがフォローしてくれる。

 

「家庭事情といえば君にもその気持ちはわかるのではないか」

 

 はっとなる箒は直ぐ様頭を下げた。

 

「すまない....」

 

「ううん、いいよ。気にしないで。もも肉取りに行こうよ。あ、あと大根も。一夏から大根おろしの入った唐揚げを教えられてね。試してみようと思うんだ」

 

「大根なら私が作るおでんに使う予定だ。一緒に使おう」

 

「ありがとラウラ。篠ノ之さんって料理すごく上手いって一夏が言ってたよ。悪いんだけど大根おろしの唐揚げ手伝ってくれるかな?」

 

「心得た」

 

「ふふ、ホントにサムライみたい」

 

「侍と聞けば一口で満腹状態にするという魔法の如きキャンディーを所持していたと聞く。東洋の神秘だ」

 

「漫画の読みすぎじゃないのか...大体その飴玉を使うのはどちらかというと忍者だと思うぞ」

 

「お、ラウラんとこの副隊長さんの話してんのか」

 

「一夏‼︎それに鈴も。買い物終わったの?」

 

「いや。ただあらかた買いたい物は終わった。あとは会計だな」

 

「その前にアンタらの買うものみて余計なものはないか擦り合わせ。変なもん買ってないでしょうね?」

 

 毒のある鈴音の言葉。

 それは近しい者からすれば彼女の本来の話し口調であり、何も相手を言い倒そうなどというような思惑とは完全に別物だということがわかるため、もめあいにはならない。

 しかし揉める原因は鈴音ではなくこちらにあったようで。

 

『セシリアは?』

 

 ハモった2人の声が3人に上を向かせた。

 先に怒ったのは鈴音だった。

 この5人の中でセシリアと最も仲が良い鈴音はその分この事態に対して責任を感じた。

 

「私が連れ戻してくる‼︎」

 

 そう止める間もなくエスカレーターを走って昇っていった。

 客がツインテールの全力疾走にあまり心地よくなさそうな目線を向ける。

 

「そんで何買ってんだ?」

 

 とりあえず5人分の食材を確認する事にした。

 

 8割走で段差を三段跳びで余力あり。

 知り合い全員に猫のようだと言わしめた跳躍力はもしかしたら本物の猫人間とも比較できるかもしれない。

 最後は三階の床に頭がつく前に。

 ジャンプ。

 エスカレーターの入り口(昇りなので出口の方が正しいか)まで続く転落防止のための透明な手摺に向かってさながらロケットのように飛び出した。

 鈴音からすれば二メートル近い垂直の壁に他ならなかったであろう高低差を、手が届いたどころか背面跳びにて上回った彼女はそのまま空中で補整をかけて着地し、目に付いた案内板を一瞥すると案外近かったゲーム機コーナーへとズンズンと割って入った。

 夏休みということで人混みは大したものであったが、それでも所詮はデパートの小さな一角。

 数メートル四方のスペースの事。

 その程度の中でセシリアを探すことなど彼女にとっては朝飯前もいいところだ。

 人目を引きすぎる容姿というのも考えものだ。

 

『最後にポーズを決めて引き金を引け‼︎』

 

 野太い声の成人男性の怒号に近い指示で何となくそのゲームの方向性が分かったような気がする。

 アーケード型の特徴でもある。 家庭向けではデカすぎる銃型のコントローラーを上に一回、次に下へ横へと回転させ最後に天に向けて、一発。

 軽快な発射音と同時にBGMが流れ、切り替わった画面にてそのプレイヤーの打ち出したスコアがそれまでのプレイヤーのスコアの一番上にて光輝いている。

 見物者たちの拍手と感嘆の声を確認するあたり余程魅了されていたらしい。

 ゲーセンは個人プレイの場だと思っている鈴音からしてももし隣でそんなプレイングが行われていたら、見学に行ってみたいと思うかもしれなかった。

 とりあえず興奮しきったギャラリーの数人が握手を求め、それに応えるというゲームセンターにあまり無い光景を最後まで待ってやる....事もなく。

 

「ほら、帰るよ」

 

「あーん....」

 

 首根っこ引っ掴んでプレイヤー。 つまりセシリア・オルコットを連行していく鈴音。

 残されたギャラリーは暫くはポカンとしており元々いた戦場に戻っていった。

 セシリアが叩き出したスコアはあくまでそのゲームが設定している最大限界値のものであり、彼女の他にも全国で100人余りの猛者がその得点を叩き出していた。

 しかしそれを目撃していたあるゲーマーは後に友人との酒の席にてふとこう漏らした

 

「筐体の前なら彼女は100何番目だが、あの場にいた人間なら分かる。彼女こそ真の最高得点保持者だ」

 

 と。

 

 

ーー

 

「もうアンタったら...みんなに迷惑かけんじゃないわよ」

 

「だってさぁ。ママ〜」

 

「やめろ。本気で悪寒がする」

 

 エスカレーターにてそんな会話が聞こえてくる。

 迎えに行った鈴音の腕に抱きつく形でセシリアが降りてきた。

 来た時と正反対に今度は歩いてすらいない。

 

「因みにあれが正式な乗り方らしいよ」

 

「片方が手すりに捕まっていないところはマイナスだがな」

 

 西洋コンビが豆知識を披露し、親友タッグが漸く戻ってきた。

 その間もセシリアは鈴音に抱きついたままであり、その立ち振る舞いもなんだか本当に甘えん坊娘のようだ。

 声色は完全に5歳児である。

 

「ほら、みんなに謝んなさい」

 

「やー‼︎私悪くないもん。ママのバカー」

 

「本気で刺し殺したろかおどれ」

 

 ヒクヒクと顔を引きつらせている鈴音。

 どうやら先程からこんなやりとりを続けているようで、もううんざり。 と言わんばかりのオーラを出している鈴音へ一夏は思わず声をかけようとして理性が止めた。

 本当に親子みたいだな。 なんて言えば殺される。

 そんなこんなで鬼ババアと化した鈴音に恐がって、セシリアはラウラの背後に隠れた。

 

「ラウラちゃんたすけて」

 

「ちゃん...⁉︎」

 

 珍しく本気で困惑しているラウラ。

 ラウラからすれば世界有数のIS乗りであり思慮深い敬意を払うべき相手としかみていないセシリアの未成熟児そのものな振る舞い。

 衝撃としか言いようのない状態だ。

 

「ぬ...え?オルコット代表候補?」

 

「ラウラちゃん聴いて!ママったら酷いのよ⁉︎」

 

「そ、そう...なのかいセシリアちゃん」

 

「ラウラが壊れた...」

 

 すっかりセシリアちゃんのお友達ラウラちゃんになってしまったラウラに唖然としてしまうシャルロット。

 当の本人は眼帯越しに、ナノマシンの影響で変色した金色の瞳でセシリアの膨れた表情を見て、顔を赤くさせていた。

 和やかな空気みたいになっているが料理作りのために、鈴音の暴走を防ぐために、一夏達は買いよった成果を初めてセシリアに見せた。

 

「そうですわね。私はハッシュドビーフにいたしましょうか」

 

 キャラ変えをサクッとされるが今は無視。

 

「セシリアはスープか。まあまあ分かれたな」

 

 汁物、煮物、魚、鍋物、揚げ物、サラダ。

 栄養バランス的には不明だが、味の変化的には非常に優秀ではないだろうか。

 

「よし、じゃあ会計済ませようか。箒、かご」

 

 箒からかごを受け取ると一夏はそのまま空いているレジに足を進める。

 それを止めるのはシャルロットだ。

 彼女は「ちょっと」と慌てたように尋ねる。

 

「買い忘れか?」

 

「違うよ。え、一夏1人で払う気なの?」

 

「ああ、俺んちに保存する食材だしな」

 

 自分が払うのは当たり前というスタンスでいる一夏だったが、お節介焼きなシャルロットはナチュラルな一夏に意見を出さずにはいられなかった。

 

「ダメだよ。せめて二等分させて」

 

 自分の財布を取り出して説得してくるシャルロットに一夏は困る。

 

「そうだ。持ち合わせなら気にするな。公務員のようなものだからな。お前よりは持ち合わせは余裕があるつもりだぞ」

 

 ラウラを筆頭に次々と女子たちが名乗り出る。

 一緒にいるときは何だかんだ言っていた鈴音も参加している辺り、余程自分にとっての当たり前は人を気遣わせるものなのだなと心で思った一夏は、黙ってみんなの行為に甘える事にした。

 維持を張るわけではないが彼は未だに自分一人で買い物を終えることに疑問は持っていない。

 一番道理にあった選択だと思う。

 しかしこういうのも悪くない。

 相手に譲らない。 だけな態度であるとお互いにギクシャクしてしまうだけだ。 俺はそんな状況で大丈夫なほど図太くはない。

 

「悪いね。んじゃお後よろしく」

 

『自分の分は払え』

 

 冗談一発。

 割と本気な返答が返った。

 

 

ーー織斑宅

 

 ワイワイガヤガヤ

 

 楽しい声がリビングから聞こえてくる。

 自宅に帰って来る直前の和やかそうな会話が玄関の外から聞こえてきた辺りから千冬は、直前まで机の上に広げていた紙を纏めていた。

 特殊な紙質で出来た用紙をプラスチックの容器に纏めて載せ、同じく机の上に置いておいた飲みさしのペットボトルの水をそれにかけた。

 それなりの束であった書類はそれだけで貫かれ、まるで溶岩に当てられたように崩れて後は糸状の繊維とインクらしき汚れを残して溶けてしまう。

 そしてそれを部屋の観葉植物にかけると千冬は容器をそのまま窓に置き日に当てる。

 

「今時こんな古典的なものを送ってくるとはな」

 

 時刻は早朝まで遡る。

 玄関を開け自宅を出たとき、何時もは感じない複数の視線と気配に千冬は、今日のことを一夏に伝えずに正解だったと思った。

 つけられている。

 何処からか情報が漏れたのかは不明だが、千冬はある時を境に周りに秘密をする日に限ってこの視線を感じている。

 いつも朝が早く、庭の草花達に水をやるのが日課なお隣さんに挨拶をしながら千冬はあえてそれに気づかないふりをした。

 

(今日はいつもより多いな)

 

 今は早朝。

 当然千早の視界に入る位置には誰も人影はない。

 それでもブリュンヒルデとして人並み外れた獣の如き危機察知能力がそれを捉えた。

 驚くほどに身近に、しかし十分な準備と考察の果てでのギリギリの距離なのだということは未だに「監視されている」という漠然とした感覚しか得られない状況が示している。

 彼女はそれを知りながらもあえて気づかないふりをして自宅を後にする。

 やがて人通りが多くなり、それに伴い感じていた視線の正体が姿を現し始めた。

 といってもその距離はつけられていると自覚して注意していても大抵は気づけもしないほどの用心深さを払っていた。

 千冬の後方約100メートル。

 人混みに紛れて一般人の格好をした何処にでもいそうな男が千冬を尾行している。

 ハイパーセンサーでも使わない限り顔など豆粒のような距離。

 千冬が曲がり角一つ曲がってしまえばその時点で巻かれてしまうのは容易だろう距離。

 しかし千冬が懸念している通り、相手は複数だった。

 前から歩いてくる通行人。

 仮眠を取るために路肩に停車している乗用車。

 お洒落なカフェの窓際の席で優雅にティータイムを楽しむ客。

 作業着を着込み雑貨ビルに荷物を運んでいる作業員。

 ここに来るまでですれ違ってきた人物の顔を全て記憶して来た千冬には全員初対面であったが、その中の数十人は自分に対して明らかな関心を向けていた。

 敵意ではなく好意でもなく、 いっそ無関心とまでいくかもしれない不思議な注目の目。

 彼らはそれぞれ千冬とすれ違い、そして十分安全な距離まで離れてから仲間に連絡を取っていた。

 そしてまた新しい仲間が千冬からは遠い位置から日常を偽って千冬を監視している。

 素人ではない。

 明らかに常日頃から訓練と実績を積み重ねている動きだ。

 不測の備えへの能力は見てないで知らぬが、目標の監視及び追跡の能力では、それこそ単なるストーカーなど比肩にすらあげられないだろう。

 それほどまでに完璧であり臆病なほどに彼らは慎重だった

 勘というものがなければ千冬もわからないほどだ。

 

(刑事なのは確かだな)

 

 それは執拗なまでの徹底ぶりから千冬なりに感じた答えだった。

 何か気高い忠誠心のようなものがなければあそこまではできない。

 千冬はその原動力に「愛国心」を押した。

 監視を始められた時期が白騎士事件の後からというのもそれを確信させた。

 当時学生だった千冬に今ほどの思慮はないが、それでも自分が警察からマークされる事への見覚えなどありすぎた。

 千冬が気配に気づいて振り返ったり、辺りを見回したりした途端に彼らは尾行を諦める。

 深追いは決して今の今までされたことはない。

 そしてしばらく経ってから今度は小規模な監視が開始される。

 次第にそれだけでは無駄だと悟った千冬は、彼らを追い払うことは諦めて、もっと直接的に彼らの目から逃れることを選んだ。

 少しでも見失えば彼らはそれ以上の追跡をしなくなる。 これもこれまでの経験でわかったことだ。

 それを利用して千冬は何度か彼らの追跡を振り切ったことがあるが、今回は人数が違う。

  走ったりした程度ではどうにも巻けそうにない。

 かといって気づいたことをバラして退散させるという手段も後々の面倒を考えるとまずい。

 これから自分がすることあまり公にしたくはない。

 こうして大人数で監視に乗り出して来たということから、何かが原因で気取られていることは間違いないが、それでも何食わぬ顔で乗り切るべきだと考えた千冬は今日もあえて彼らの存在を興味の対象から外した。

 

ーー次の角を右に曲がって下さい

 

 ISのプライベートチャネルではない。

 彼女の専用機はある理由から破損し、保管されているし、軍や諜報機関ではチャネルを傍受する手段が独自開発されているという噂も聞く。

 この()()にとって完全に未知の力が働きかけている。

 千冬は指示通りの道を曲がる。

 その間も指示は続く。

 

ーー合図したら鞄を腰の高さで口を開けて、右側47度ほど傾けてください

 

 千冬は抜かりないように手持ちバッグのチャックの金具を掴む。

 前から同じく刑事がなに食わぬ顔で近づいてくる。

 何処にでもいそうな地味な服を着た冴えない男性は、それこそこんなことをするような人間とは誰も思わないはずだ。

 その男が千冬とすれ違った瞬間。

 

ーー今

 

 千冬は迅速かつ目立たないように指示通りに鞄を自分の影に隠れるように開いた。

 前からすれ違った人間は決っして再度振り返り千冬の行動を監視したりはしない。

 少しで不審となり得る行為の一切を彼らは犯さない。

 それを千冬は分かっていた。

 そして。

 

(渡した‼︎)

 

 ずっしりとした重さを感じてすぐ様チャックを閉めて、自然な手つきでそのまま元の姿勢に戻る。

 そして冴えない男からすれ違いざまに千冬の情報を渡された。 スーツ姿の女性が引き継ぎで千冬をまた100メートル後ろから尾行する。

 横幅の狭い路地での、一瞬の出来事だった。

 

「いよいよスパイごっこも本格化してきたか....」

 

 そう嘯く千冬だが、実際問題としてこの書類。 今はただのゴミだが、これにはそれだけの重要性が隠されていた。

 この10年。

 伊達に監視に気づいて生活していたわけではない。

 自分がこの国に置いてどのような立ち位置に居るのかくらい自覚している。

 それでも今回のアレは大仰すぎた。

 最早篠ノ之束の親友という立場以上の扱いをされている。

 

 あえて付け加えさせて頂くと、親友の方は兎も角。 千冬自身はこの10年は受動な出来事以外何一つ不穏に当たる動きなどしていない。

 今日とて呼ばれたから、大きめの手提げバッグを持って街に出ただけだ。

 

 しかしそんな事情などもうどうでも良くなったのだ。

 千冬は椅子を引いてもたれる。

 リビングから楽しげな声が聴こえてきた。

 何なら一層騒がしく。 ところどころ物騒な様子に千冬はフッと笑みをうかべる。

 

「食えるモンが出てくるんだろうな」

 

 総数63枚。

 篠ノ之束とプレシア・テスタロッサにより調べ上げられたスカリエッティ陣営の動き。 それに伴う奴らが関わっているとおぼしき組織や企業。 写真とワード打ちの文字だけで構成された味気のない文書。

 その中の一文が彼女の思考一杯を支配していた。

 

『スカリエッティの最終目標は今のところ不明だが、彼が次に狙いとするのは織斑一夏とみて間違いない』

 

 

ーー

 

 出来上がった料理を前に俺たちは一種の一体感を持っていた。

 セシリアが火力の足りないIHの代わりにレーザーを取り出したのは全員で止めたが、今はそれ以上に心地よい一体感を感じる。

 一人一品ずつにしたがやはり6人も集まると結構な量になるもんだ。 一人ではとてもじゃないが食い切れないだろうな。

 しかし何はともあれこの後もおそらく楽しい食事会だ。

 俺は小学生じみたワクワク感を胸にしまっておき、テーブルに食材を並べていく。

 因みに千冬姉はいつものやつだ。

 一人で食べるのだ。

 二階で。

 最近一緒に食事をする機会がとんとないな。

 まあ千冬姉が嫌ならしょうがないけどね。

 

「一夏。どうしたの?」

 

 声をかけてきたのはシャル。

 こいつは本当に空気と相手の機微を読むのがうまい。

 きっと隠していたつもりでも動作とかにそういう気持ちが出てしまっていたんだ。

 隠すようなことじゃない。 むしろ包み隠さず話した方が後々の引っ掛かりによるトラブルもない。 ってなのはさんも言ってたし。

 

「最近千冬姉と一緒に食べてないんだ。ちょっとそれがさびしいなって」

 

「やーい、シスコン」

 

 鈴のやろう。 茶化しやがる。

 たった二人の家族なんだからいいじゃないか。

 

「そっか。分かるよ。僕もお母さんと一緒に食べてた時は本当に幸せだったから」

 

 思い出すように笑顔をうかべるシャル。

 そしてこんな時はマザコンとか茶化さない鈴。 実に不公平。

 

「.....そういえば家のこと。あの後どうなったんだ?」

 

 聞いてきたのは箒。

 急に意外な話題を出してきたと思ったら。 なんだか様子を見るに前から聞きたかった様。

 一人だけ特にシャルとは関わりとかないもんな。

 

「.....」

 

 怖い視線を向けるラウラに少しピリっと空気がひりつく。

 後から知ったとはいえシャルとは一番の中だ。

 無神経とも取られかねない箒を、睨みつけるとまではいかないが中々の迫力だ。

 しかしシャルがそれを諌める。

 

「それがね。デュノア社潰れちゃってね」

 

 ごめんシャルロットさん...衝撃事実‼︎すぎるわ.....

 するとシャルが「ああ、そんな大したことじゃないさ」っとお言いになる。 いや、シャルロットさん。 それもなんか...ふとした時に垣間見えた友達のドライな一面って感じでなかなかにショックなんですけど。

 

「だから倒産って言ってもホント拍子抜けみたいなかんじだから!」

 

 ああ、どんどん俺の知らないシャルが出てくる。

 そんな感じにまたしても和やかな空気が別の意味でひりつく今日この頃。

 

「違いますわ一夏さん。そうでなく本当に大したことではないのです」

 

 見兼ねたセシリアが片手に取り皿。 もいっちょ片手にスマホをシュッシュしながらやってきた。

 

「デュノア社の立っていた場所に別の会社が立つのです。本社ビルとIS事業をそのまま引き継いで」

 

「計画倒産ってやつ。ただあの人は会社には関われないけど」

 

 話によればリストラされた社員を丸ごと使っているらしい。 他の難しい事はさっぱり分からないけれどセシリアによればかなり強かなやり方だという。

 

「買い物中に電話がかかってきてね。そこの新社長さんがわざわざ労ってくれたんだ」

 

「どの道デュノア社の幹部には違いない。当時異議を唱えなかった者だ。今更だな」

 

 ラウラが棘のある物言いをするが、俺も今回ばかりはラウラに頷きたい。

 顔も知らない。 事情も知らない人に理不尽で勝手な思いかもしれないが、「今更何を」という感情は抱いてしまう。

 救いなのはこれで本当にシャルは過去の呪縛から解放されたという事。

 

「因みに新会社の名前は.....ふふっ」

 

 セシリアが一瞬だけ可笑しそうに笑うと俺と鈴と箒を見てからスマホをかざしてきた。

 会社のロゴだ。

 言語をマークみたいに埋め込んでいるタイプ。

 俺こういうのパズルみたいであんまり好きじゃない。

 名前なんだから読みやすいものにしてほしいのに。

 

「つくづく、挑戦的ですわね。本当に.....」

 

 

SMART BRAIN(スマートブレイン)

 

 

 あの公園。

 数ヶ月も前のことが昨日のことのように、俺たちだけがその想いを共有していた。

 あの時感じた未知の、大きな、大きな、とてつもない相手が、大きさをそのままに俺たちの近くにイキナリドンと現れてきた。

 俺は今後ろにそいつらが居ても驚かなかったと思う。

 いつまでも続くかな。 そんな日常がすっぽりと覆い尽くされた。

 

 

ーー

 

 バサっと開かれる。 扇子。

 現れる。 拙い書き字。

『不快なり』

 不快な更識家17代目楯無を就任する刀奈はそれを黙って虚と本音に見せつけた。

 

「公安の奴ら...勝手に出張ってきて勝手に失敗するとか、ダサすぎるし何よりウザすぎ」

 

「お言葉ですがお嬢様。今回はブリュンヒルデが相手だったのです。織斑先生の第六感は正に獣。いかに草むらに隠れようとも獣の嗅覚の前には人間などコロンをつけているも同然」

 

「その上データを渡した対象は現在のこの世界では察知は困難な隠蔽技術を保有....無理ならぬ事かと....」

 

 二人の従者の言葉に楯無は湯上がった頭とは別のところで、それをその通りだと認めた。

 秘密主義な者同士。

 公安と更識はお互いに好印象を持ってはいない。

 その上で楯無は公安の能力を一定数評価している。

 国内外問わずあらゆる反社会的思。 またはそれに準ずる団体に常にアンテナを張っている彼らの、そういう相手に対する嗅覚とも言える敏感なセンサーと、監視・追跡能力の高さは世界の諜報機関と比べみても侮れないもの。

 自分とて『楯無』でなければもし同じ状況にて尾行された場合、千冬のように察知する事は不可能だろう。

 今回は単に相手が悪かった。

 野生の獣のような気配察知能力を誇るブリュンヒルデと。

 全く未知の力を扱う受け渡し人リニス。

 

「魔法....あまりに無知すぎる」

 

 それは自分にも向けた言葉であった。

 あの目ではなく心を騙すような幻術の如き隠蔽工作技術。

 実際に目の当たりにした自分が断言するのだから間違いがない。

 公安及びそれに指示を出したお偉方の完全なる勇み足。

 そう、思った。 はずだったが。

 

「虚。三日前に蒸発した警視総監の行方は?」

 

「全く。彼の席に大量の灰が残されていたという噂話レベルの情報しか」

 

「消える時までいけ好かない親父だったわね」

 

 頭ではなくどこか別のところで物を考え、まるで死と直結しているかのような冷たい笑みを浮かべる男性だった。

 

「間抜けの公安は兎も角、更識まで騙してるなんて.....舐め腐ってくれるじゃない」

 

 楯無がくつくつと笑う。

 闇と直結しているかのような深いものだった。

 

「篠ノ之も、ブリュンヒルデも、どいつもこいつもこの国で好き勝手やりくさりやがって...」

 

 日本国。

 その闇でずっと生きてきた更識。

 彼らの変わらぬ不動の意思。

 この国の秩序を守ること。

 楯無は怒っていた。

 二人は日本国の国民だが、今更彼女たちに愛護の心意気を持てと言われても不可能だった。

 

「お嬢様。事は政府の内部深くにまで及んでいる可能性が高く、踏み入った行動は慎むべきかと」

 

「分かってるわよ本音」

 

 高町なのは。 乾巧。 これら既存のイレギュラー要素さえ自分たちはまだ把握しきれていない。

 元より独立した組織ではない更識は、こういう時あまり腰は軽くない。

 何より自分が守るべきはこの国全土なのだ。

 一人一人に構って大局を見失っては本末転倒。

 楯無は待つ。

 

 

 

 

 しかしそれでも世界はうねりに満ちていた。

 翌日。

 フランスにて複合企業スマートブレインの声明発表が社長、村上狭児により発せられる。

 デュノア社のネームバリューもあり、こういった場合には異例である注目の元、スマートブレインの言葉....いや、ジェイル・スカリエッティの言葉が世界へ発信された。

 

 20××年某月某日。スマートブレイン社社長村上狭児氏より引用。

 

「我々、スマートブレインは常に上の上であることを経営理念としています。我が社は一人一人の個性、知性、技術の集合体であってこそ、その力は最大限に発揮されると思っています。想像は我々だけに与えられた技術ですから。

 〜中略〜

 お客様の視点からサービスを供給することを第一義とし、それを実現するシステム、デバイスを開発・供給する「超・製造業」として革新し、世界中の人々の豊かな社会の製造に貢献していきます」

 

 

 

 

 




戦闘機とか公安とかの話は大体聞き齧ったレベルの妄想ましまし設定です
薔薇社長の言葉はファイズの超全集から一部を取ってきました
後半のたてなっちゃんの描写は久しぶりのたてなっちゃんにダーティーな感じを持たせたかったのと、結構序盤の話でなのはさんが本音に対しての印象の伏線回収です
急な展開についていける人はいるかな?(ふっふっふっ)

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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50話 変革ノ時、来タレリ。

ラスト平ジェネに歓喜している田中ジョージア州です。
あんなん興奮するに決まっとろーが!!






 もっとも高いそのビルは、ここ数年この街を、そして国を見下ろしてきた。

 創業から僅か数年でこの国随一の知名度と社会貢献度を誇るその企業の名は『デュノア』。

 創業者の姓から取った。 些か適当な名は驚異的な成長速度でフランス中に知れ渡った。

 ISといえば白騎士という絶対的な印象に負けじとこの国では、デュノア社が世に出した傑作機ラファール・リヴァイブがそのイメージに追随している。

 大容量のパススロットに物を言わせた物量と完成度の高い設計。

 全局面に置いて極めて高いポテンシャルを展開できる。 まさに傑作機であるリヴァイブは最後発ながらも世界シェア第三位の普及率を誇り、またその評価も極めて高い。

 機動力と火力の両立という、ISという特殊な性質を持ってしても長らく難題とされていた容量不足の問題を初めて解決した新進気鋭のIS企業の名は瞬く間に業界に激震をもたらした。

 そして創業してからの時間よりも速く限界は訪れた。

 アイデアが打ち止めになったのだ。

 通常の産業ならば世界シェアを生み出したデュノア社の繁栄はしばらく潰えないものだろう。

 しかしそこに立ち塞がったのは皮肉にもIS事業に求められる需要であった。

 ISに求められるもの。 それは『新しさ』だ。

 通常の軍需産業と違い、ISはいざ一度画期的なシステムを開発したとして、それに対する需要はいつまでも続かない。

 そもそもアラスカ条約にある通りISとはあくまでも競技用の、そして今尚研究対象として探求されていることから、IS業界が望むのは安定よりも刺激なのだ。

 兵器としては優秀この上ないリヴァイブが評価されたのも、あくまでもその性能ではなくパススロットに対して。

 直ぐにその技術が業界に定着し始めるともうデュノアのIS企業としての価値は薄れた。

 絶対数が少ないISにとっての世間の評価は非常に夢見がちのものであり、出来の良いものを作るだけで生き残れる業界ではなかった。 それを生業とするのに求められるのは新たな可能性を想像し続けることでありデュノア社はその競争に敗れたのだ。

 誕生からまだ10年足らず。

 思想に変化をもたらすほどの衝撃を与えたインフィニット・ストラトスは、まだまだそれを扱ってくれる人間たちが未熟で錯綜していたのである。

 デュノア社は方向性も何もあったものじゃないIS産業という海で完全に遭難してしまった。

 元からIS一本でやっていくつもりで立ち上げ、用意した人員は他の産業に出稼ぎに行くにはあまりに偏り過ぎていた。

 選択の時間や余地さえなく。 混乱した頭のままデュノア社は第三世代開発というさらなる深みにハマっていく。

 まだ手探り状態であるその海にダイブしていくには、デュノアという潜水艇はあまりに突貫工事であった。

 新技術開発に着手してはやがて間も無く凍結され、目指すべきコンセプトすらなく「第三世代機を作る」という漠然とした決意の元、ただただ沈み続けていくその屋台骨は日に日に浸水に侵されていき最早自力で浮上する事さえ出来なくなっていった。

 社長であるアルベール・デュノアの天下は文字通り三日天下に終わり。

 

「今、フランスの、かつて栄光を手にし、ISという美酒に酔わされその身を滅ぼしたデュノアの城はその城をそのまま受け継ぎ新たな姿として舞い戻ってきた。コングロマリット(巨大複合企業)としてその頭脳をより高みに挿げ替えて...

 社長はなんと外国人である村上狭児氏。

 彼の提言する『未来想像』の元、スマートブレインの手腕は最早IS産業だけに止まらない。工業、電子、医療、食品、果ては生物・遺伝子科学の分野にまで進出し、次々と業界での地位を堅牢なものにしているその姿は、かつてのデュノア社をも超えていると言わざるを得まい。

 それは世界が一番注目していたであろうIS事業でも変わらず。前任者達の苦戦が嘘のように新世代型ISをさっさと開発し、過去の汚点を拭い去った。コスモス。スマートブレインを再びあの華やかな表舞台へ舞い戻らせるに相応しい可憐な名であった。そしてその叡智は尽きず、先日スマートブレインが発表した第三世代機が世界にもう一度、新たな(ラファール)を巻き起こす事となったのは記憶に新しい........」

 

 一息ついて一夏は新聞に掲載されていたコラムから目を離す。

 その姿はIS学園指定制服(夏ver.)に包まれていた。

 楽しかった夏休みも終わり、少し肌が涼しくなってきた9月の終わりぐらいに、一夏達IS学園生徒は1日の通常授業を貸し切った特別授業を控えてウキウキとしていた。

 クラスの女子グループが夏休み前と変わらないメンバー編成にて変わらないボリュームで何時もよりも二割り増しくらいキャッキャッ、キャッキャッしている。

 馴染みの顔達に挨拶一つし、何をそんなに姦しくしているのか理由を聞けば、更に姦しい声で教えてくれるだろう。

 あと数十分で自分たちは人類史に残る栄誉の瞬間に立ち会える。 と。

 その気持ちは致し方ないと言えよう。

 スマートブレインという巧達から聞いた敵(敵としての実感は薄いが)の名前さえ出なければ、いや今でさえも少しワクワクしている自分が居る事を一夏は否定しなかった。

 それ程までに今から自分が目にする瞬間はすごいものなのである。

 一組の専用機持ち及び代表候補生はセシリア以外、スマートブレインとは複雑な立ち位置にいるシャルロットでさえもこの日を楽しみにしていた。

 皆んなから好かれる人柄の割に何時も一人でいる事が多い彼女は、今日は同じ専用機持ちであり代表候補生であるラウラとIS談義に花を咲かせていた。 主題としてよく出てくるワードはやはりスマートブレインだった。

 何となく周りと馴染めずに新聞を読むことでカムフラージュしていた一夏。

 フレンドリーに二人に近づく。

 話しかける。

 

「なあ、デュアルコアってそんなに凄いものなのか?」

 

「当たり前でしょ⁉︎」

 

 興奮したシャルロットの姿はとても珍しく、ISに対して考えが及びにくい一夏にも事の重大さはよく分かった。

 ともすれば嬉しそうとさえ感じるシャルロットの饒舌は、予期せずして、気を紛らわせようとする程度だった一夏の興味を予想外に惹きつけた。

 

「これまでコアの事はブラックボックスとして開発者である篠ノ之束博士以外には感知不可能なものとして考えられていたんだ。IS開発もこれまでは既存のISを初期化して使いまわしてるだけだったからね。コアには一切の手出しは出来ないってのがIS業界での常識だったんだ」

 

「それを今回。二つのISコアを融合させて新たな一つのコアとして産み出すデュアルコアをスマートブレインは開発した」

 

「つまり初期化以外に人類が初めてISコアにアプローチできた瞬間であり、今まで篠ノ之束博士にしか不可能とされてきたコアの製造に繋がるかもしれない大発見なんだよ‼︎」

 

 へ〜凄いなと言うのは憚られた。

 流石にそれくらいには彼は空気が読める男に成長した。

 シャルロットがそれ程に反応しているからには余程のことなのだろう。

 わざわざここで自分の価値観を出して周囲の熱に水をぶっかける事はない。 そう思った一夏はとりあえず一生懸命女子達の熱意に負けないテンションを作ってそれを実行に移した。

 

「うええええ‼︎それはすごい‼︎エクスタシー‼︎」

 

「はあ...一夏に凄さを分かってもらおうとした僕がバカだったよ」

 

 ダメだった。

 

「なに、織斑くんは織斑くんなりに勉強していけばいいさ。急ぐ必要はなかろう。地道に頑張りたまえ」

 

 仕事モードに入ったラウラがかっこよくフォローしてくれる。

 ラウラにとっては興奮=仕事モードというシステムが組まれているのだろうか。

 いざという時に冷静を保つために。

 何はともあれ歴史に残るレベルであるらしいすごい出来事に一夏は乗り気でなかった。

 

(きっと歴史の瞬間ってそんなに実感ないものなんだろうな....確かに食べ物入れるために食器作ってんのに急に土偶作られても仕事しろとしか思わないよな)

 

 マイペースな彼だったが、その胸中はマイペースでくくれるほど穏やかではなかった。

 彼は今。

 不安に少しの恐怖が混じった心境である。

 わけのわからない謎の敵の存在が刻々と大きくなっていき、いずれ自分のいるところまで手が届く。 その瞬間に怯えており。 周囲の人間は彼と違い、その瞬間を求めているという状況がとんでもなく可笑しく嫌なのだ。

 シャルロット達に別れを告げて自分の席に戻る。

 二人はまたデュアルコアに、スマートブレインに、スカリエッティに、違和感一つなく好奇の感情さえも向けて談笑をしている。

 世界から自分だけ取り残された気分だった。

 

(あの二人もこんな感じだったのかしら)

 

 天井を眺めながら、立地的には自分の後方に位置している一年二組と一年四組の異世界人をボンヤリと思う。

 そしてのんびりとした休み時間は終わりを告げ、ガラリと浮かれた空気を切り替えるドアの開閉音が生徒達の気を引きしめる。

 

「着席。これよりホームルームを開始する」

 

 定時ぴったりに千冬が仕事を始める。

 生徒達も喜々とした表情を一旦隠して指示に従う。

 隣にいつもの通り山田真耶福担任がそのたゆんと揺れるバストを二つ見せつける。

 また育ったのかとクラス全員が察した。

 

「これより事前の報せ通り、ホームルーム後全校生徒は市内のアリーナにてバスで移動。スマートブレイン社の方による『デュアルコア』の説明会を受ける。これから最後の確認をおこなうので心して聞け」

 

 噂のスマートブレインからの申し出でIS学園の生徒達と何らかの形で関係を持ちたいという話に対して、通常授業では5時間目まで予定があったのを教員会議で特別課外授業に変更。

 市内の二万人収容可能なISアリーナにて日本初公開となる。 デュアルコアのお披露目会に生徒を参加させる事になったのである。

 今日がその日なのだ。

 もちろんマスコミを始めとして業界の有力企業の代表や政治家などが参列する今回の課外授業。 IS学園の評判にも関わってくる今回の事に千冬もいつにも増して厳しい面持ちで教え子達にプレッシャーを与える。

 否応無く背筋を伸ばす一同。

 賢いIS学園の生徒は元から冷めていた一夏に続く形で大人しく真剣に話を聞く。

 

「特に今日は社長の村上氏が直々に来日される。くれぐれも失礼のないように、騒いだりするなよ」

 

 きっちりとホームルーム終了30秒前に終わらせた千冬は真耶に後を引き継がせた。

 

「それではこれから本土までモノレールに乗って移動します。一組は二組と合同でバスに乗りますので葉月先生に続いて4号車に乗ってくださーい」

 

 そしてホームルーム終了のチャイムがなった。

 

 

 ーー

 

 いつぞや以来のチャーターバス。

 今度はダル気は起きない。

 別段バスに酔うタイプではなかったが、結局あの時の気分は原因が未だに分からず忘れており、バスに乗ったことでフラッシュバックした。

 自分が座る席を探しながら奥につめていく。

 物理の教師の葉月の話では直ぐに解る席らしいが、目を右左にやりながら探していくとその意味を理解した。

 

「おっす」

 

「んっす」

 

 窓側で一夏の代わりダラけた巧が一夏の隣だった。

 

「無事、夏休みを生き残れたようだな乾」

 

「死にかけたけどな」

 

「もう少しで夏服も解除になるから安心したまえ」

 

「それが鬼門なんだよな。どこの学校も俺に言わせりゃ早いんだよ衣替えの時期が」

 

 軽口を叩き合う仲になった覚えはない。

 巧とはあの時以来大して話をした事はない。

 ただ悪いやつではないという事はお互い知っているのでこうなった。

 

「そういえばな織斑。お前あの臨海学校の時に妙な胸騒ぎとか感じなかったか」

 

 巧の話に一夏は直ぐにピンとくるものがあった。

 

「ああ、なんかゾワっとした。直前まで千冬姉が話してたから、多分あの人のせいだよ」

 

「マジか。なるほどな」

 

 納得したように巧がそう言う。

 世界が震えたと思ったが、千冬がそうさせていたらしい。

 

「でもそのおかげで最近この世界に認められたみたいでな。今度礼を言っといてくれ」

 

「なんだそれ。あんたそんなこと言うキャラだったっけ?」

 

 しかしそんな巧の脈略のないお悩み解決に、ちょうど今日の一夏は共感を覚える。

 ついさきほどまで世界から隔絶された感覚を味わっていた彼には、巧の嬉しいだろう気持ちがよく分かった。

 そうか。 彼はつい最近まであんな思いをしていて、それがようやく解放してくれたのか。 それは喜ばしいことだな。

 

「おめでとう」

 

「ん」

 

 祝福を受け取ると巧はそのまま窓にもたれて瞳を閉じた。 眠るつもりではない。 ただ起きていることが面倒になったからだ。

 一夏はせっかくの休眠を妨げるわけにはいくまいと代わりに話し相手となってくれる人を探しはじめる。

 

「今日はダラけてませんのね。通路側だからかしら」

 

「一夏〜」

 

 前からやってきたのは金髪と茶色かかった髪のツインテール。

 一夏達の丁度隣の席に座る。

 窓側がセシリア。

 通路が鈴音だ。

 

「おー、綺麗に揃ったな」

 

 この四人は秘密を共有しているメンバーだ。

 偶然揃った事に一夏はテンションがあがる。

 他の生徒たちと違い、デュアルコアにそんなに期待感がなかった彼からしてみれば二人とお喋りできる事の方が余程楽しみだ。

 席がどんどん埋まっていく程から三人の話は進んでいく。

 話題はもちろんこの三人だからこそ話せることに限る。

 

「やっぱりスカリエッティが関係してるのかな?なのはさんが言うには科学者だったらしいし」

 

「魔法の力ってやつ?なんか現実感ないわね」

 

「しかし企業としては信頼に足るかと」

 

「セシリアはなんかそんな感じよねー。一夏。この子きっと株買ってるわよ。20パーは買ってるわ」

 

「8パーです」

 

『買ってるんかい』

 

 ということはセシリアはスマートブレインの株主ということになる。 8%なら十分筆頭株主候補だろう。

 

「なにやってんのよアンタ。一応敵の本拠地かもしんないのよ」

 

「そう言われましても、私は儲けるために株をしていましてよ」

 

「でも株って危ないって聞くじゃないか」

 

「選択を間違わなければ勝ち続けられます。数式と同じでしてよ」

 

 庶民の感覚を事もなげに一蹴してしまうセシリアに一夏はこれ以上の質問は野暮なように思えてきた。

 セシリアは気分屋な人種だが、少なくとも屋敷の使用人達までもその時々の気分に巻き込んで路頭に迷わすような人間ではない。 きっと素人には博打に見えるビジネスも彼女にとっては文字通り絶対に解ける方式があるのだろう。

 一夏は久し振りにセシリアが会社の社長業の傍ら、学生と候補生の草鞋を履いていることを思い出した。

 

「ま、なんかあってもそいつがやられるとは思えないしな」

 

「あ、起きてた」

 

 そういえば眠った様子はなかったなと思い出す。

 巧の興味も引いたところで話は自然と今日の予定となってくる。

 やはりと言うべきか三人とも今回の課外授業にそれぞれ不穏なものを感じているらしい。

 

「じゃあもしもの時は俺が時間を稼ぐからみんなは避難誘導を頼むよ」

 

 何も知らない生徒に聞こえないように小声な一夏に鈴音が噛み付いた。

 

「いっちゃん弱いくせにす〜ぐでしゃばる。模擬戦最下位が何抜かしてんのよ」

 

 反論はできない。 口をすぼめる一夏に鈴音は続ける。

 

「せめて相性最悪なセシリアに勝ってから言うことね」

 

「道のり遠すぎないか...?」

 

 雪羅となり新たに強化された白式のワンオフ『零落白夜』は対エネルギー兵装にさらに特化された。

 しかし未だに一夏はレーザー兵器が主武装のブルー・ティアーズに勝てないでいた。

 そもそも発動しているだけでも燃費を食う雪羅なので、遠距離から打ち続けていれば防御だけでシールドエネルギーを使い果たして、勝手に自滅してしまう。

 無論回避行動だけで捌き切れるほどセシリアの弾幕は甘くない。

 四機のBTに囲まれてしまえば必然的に零落白夜の膜で全身を覆って塞ぐ以外にない。

 結果的にそちらの方がダメージは少ないのは確かであるし他の仲間達もその判断についてとやかく言ってきたりはしないので少なくとも間違っているのではないのだろう。

 上手い相手に本気で逃げに入られてしまえばまだまだ直線番長な一夏では、白式のパワーに任せて無理やり間合いに入って雪片弐型を振り抜くくらいにしか、対処法が満足にないのも事実だ。

 その上セシリアは射撃も超一流ときたもの。

 甲龍の龍砲やレーゲンのレールガンなど、厄介だが直線的な弾道と比べてBT兵器は文字通り死角なし。

 何しろ射角以前に銃身そのものが操縦者の意思で自由自在に飛び回ってこちらを狙い撃ってくるのだから。

 これまでの模擬戦のほとんどがそのような要因で負けを喫している。

 

 悠々と逃げるセシリアを速力全開で追う一夏。

 しかしその構図はBTによる360度の包囲網が完成した途端にひっくり返る。

 そしてこうなったら以降はパターン化する。

 避けきれぬレーザーを同じく無死角行動が可能であるハイパーセンサーを駆使してシールドを最低限展開させてエネルギーを節約。

 そして専用機中最速のスペックでもってブルー・ティアーズを追いかける。

 捕まえる前に終了。

 負け。

 鈴音に馬鹿にされる。

 シャルロットからは慰められる。

 ラウラは無言で模擬戦の相手をしてくれる。

 また負け。

 

 因みに保健室での約束以来、一夏がラウラに単独で勝利を収めたことは未だない。

 

 そしてよしんば近づけて間合いに入れることに成功したとしても接近戦でもセシリアは超一流だったと、初戦闘の結末を何度思い出させられたことか。

 流石にインターセプターにて一刀の元に切り捨てられないくらいには成長したが、それでもリーチと威力で優位に立っているはずの相手に未だ流れを任せている状態である。

 

「なんだ。セシリアって剣も使えるのか?」

 

「アンタって本当にISについて興味薄いのね...。剣どころか徒手空拳で捌く事もあんのよ。因みに私相手にもね」

 

 鈴音がこちらを向いてファイティングポーズを取る。

 どうやらボクシングスタイルらしかった。

 そして視線で「見てて」と言うとそのまま会話に参加せず窓の外を眺めていたセシリアに対して...

 

「シッッ」

 

 固めていた右拳を伸ばしたかと思うとそれがブレ、

 

 ムニっと鈴音の柔らかい頰がセシリアの作った拳で押される。

 セシリアは美しい笑みを浮かべる。

 

「ね?」

 

 悪戯っぽく鈴音が笑う。

 

「いや、しらねーよ」

 

 巧はそう言うと興味を無くしたように窓にもたれて目を瞑る。

 

「すっげ」

 

 一夏はそう告げた。

 正直巧と同じく始めに浮かんだ感情は「何やってんだコイツ」というものでありそれは今も変わらないのだが、彼は最近気遣いが出来るようになったので鈴音のために驚いたのだ。

 無論今の攻防の意味を分かった上での発言である事は始めに言っておこう。

 

 まず大前提に。

 鈴音が行ったのはセシリアの頸動脈に向けての手刀。

 声をかけず素振りを見せず。

 急襲という点に置いて悟らせないという要素がどれほど大事なものか。

 鈴音は十分合格だった。

 横目(正確には前目?)から見ていたが十分騙せていた。

 その結果がムニっ....

 初速も何もない。

 発射手前で振り向きもしないセシリアの()()()のパンチに制された。

 彼女が何を示したくて返り討ちにあったのかは不明のままであったが、とにかく言える事はスッゴイということである。

 

「とにかく。私が言いたいのはそんなアンタが真っ先に立ち向かおうとするってのが考えられないってことよ。そんなのさっさと逃げりゃいいの」

 

「別段戦うだけが対処法ではありませんもの。暴漢に襲われた時、一番おススメされる対処法。ご存知かしら」

 

「逃げるってか?」

 

 聞いた事はなかったが、話の流れから予想はつき、証明としてセシリアも頷いて続ける。

 

「一夏さんが強くなってきていることは私も鈴さんも存じていますわ。たまには逃げても誰も咎めたりはいたしません」

 

 優しく微笑むセシリアは本当に人を安心させる。 しかし一夏はちょっと納得がいかないような表情をしている。 呟くように心中を語る。

 

「別にー...強さを証明したくて戦うってわけじゃないんだよ...」

 

 そう語る一夏は自分でもよくわかっていないように他人事な感覚を受けた。

 まっさきに噛み付くと思われた鈴音は相槌すら交わさず背もたれに身を預ける。

 

「あら、そうなの?じゃあ、どうして」

 

 母性を感じさせるセシリアの追求は嫌気などカケラも感じさせないものである。

 一夏の独白をそのまま他人事のまま引き出す。

 

「いや、だってさ。戦うとしたら戦えるのって俺らくらいなわけだ」

 

「専用機持ちは駆り出されるってことは福音の時で分かったし。もし異世界の問題だったら乾となのはさんも出てくるだろ?」

 

「敵の正体とか...俺たちなんも知らなすぎるし、危険なわけじゃん」

 

「ISが相手だった時だって死にそうな目にあったのに、異世界の相手で命の危険がないなんて保証どこにもないから」

 

 うんうんと、相槌しかしないセシリアにつられるように一夏の口から他人事みたいなテンションの思考が現れてくる。

 しかしそれは間違いなく一夏が常々思っている事なのだという事は巧みにも鈴音にも理解できた。

 

「でもみんなして逃げちゃうと誰か.....一組のみんなとか、先生たちや街の人たちが巻き込まれちゃうからさ......でもみんなが傷つくのも嫌だし」

 

「だから、俺が一人でなんとかできるんならそれで...まあ滅多に無いんだろうけどなそんなの」

 

 先頭で先生が何やら声を立てている。

 どうやら一部の生徒に遅れが生じているらしい。

 

「だから.......弱くても突っ込むと」

 

「さあ、わかんない。なんか言っててカッコ悪いけど....よく考えてないんだ。そこら辺」

 

 最後までふんわりしていてこのバスの排気ガスで吹っ飛ばされそうな決意...というには本当にふわふわしていた。

 兎に角分かった事は「理由は説明できないが、嫌だから戦う」という事であった。

 他人事を吐き出した一夏は、これまた自分の想いをどこか遠いところで感じていた。

 以前一夏は旅館で寝込んでいた巧に対して叫んでいた。

 今自分が抱いているようなものに対して正にあの頃の一夏は納得できないでいたはずだったのに、これは以下な事であろうか。

 

「頑張れよ」

 

 ちょうど以前怒鳴った張本人からそんな言葉をかけられ、一夏はちょっと驚いた。

 

「だらしなくないか、俺」

 

「いや....すごいと思うぜ」

 

「......」

 

「......」

 

 舌打ちが聞こえる。

 言わなきゃよかったという感じの顔だ。

 再び瞳を閉じる。 今度は不貞寝だ。

 

「いいんじゃ無いか。お前はそれでな」

 

 先生からの注意もそこそこに遅れてきた生徒、箒が一夏と鈴音の間。 通路席にやってきた。

 大きめな民間企業のバスに詰め込めるだけ詰め込んだ結果、偶然にも秘密を知る五人が横一列で並んでしまったのだ。

 一夏の側に出っ張っている折りたたみ式の椅子を引っ掴み、椅子を倒そうとする箒は当然のように一夏と目が合うわけで。

 

「.....」

 

 ぷいっ

 

 そっぽを向いたのは意外や一夏。

 箒も構わずそのまま席を完成させて座り込む。

 会話の流れが止まった。 原因はどう考えても箒だが、今回は一夏も引き金だ。 再開しようにも真ん中に座られたものだから鈴音もどうにも話が切り出せない。

 そもそも巧もセシリアもこれ以上会話に参加することへ乗り気ではない。

 ここは黙るべきか。

 というわけで鈴音は二人に習ってじっとしていることにした。

 それでも気になるのかチラチラと箒と一夏に交互に視線をやってはいたが。

 

「......」

 

 暇である。

 後ろと前の席の友人達と談笑しようにもここだけ空気が悪く気が引けた。 結果バスが到着するまで鈴音は退屈な時間を過ごしたのであった。

 そしてもう一人暇だった人間は、こちらはキチンと暇を潰す手段を持っていた。

 

 ーーあんたどう思う?やっぱ喧嘩かもな。これから別れちまったらやっぱ鈴音に回ってくるのかな

 

 巧は、隠れて練習していた念話にて、4号車に乗車しているなのはと並列会話をしていたのである。

 視界と聴覚を通じてこちらの情報を渡していた巧は、こちらの会話が出来なくなったと悟ると、無理せずなのはに話題を提供して会話を再開しそうとしていた。

 議題はもちろん一夏と箒の不仲についてだ。

 巧としては色恋沙汰を予想している。

 ワクワクしながら念話の向こうのなのはから盛り上がる新情報がやって来ないか待っていると。

 

 ーー人の不幸で楽しむんじゃありません

 

 ーー……すいません

 

 それっきり口を聞いてくれなかった。

 というかこっちから聞けなかった。

 その結果バスが到着するまで巧は退屈な時間を過ごしたのであった。

 

 

 ーーISアリーナ

 

 広い。

 第一印象が初めて訪れた者たちの口から飛び出て消える。 ポツリとした呟きなどこのアリーナにとってみれば文字通り蟻のようなものだろう。

 ISによるレース会場として設計されているアリーナだ。 二万人収容は伊達では無い。

 入り口を固める警備員はもちろん普段在住していたりはしない。 今日の日のためにスマートブレインが雇ったのだ。

 制服に身を固めて固い表情で二人一組となって仁王立ちしている屈強な警備員に一夏も自然と背筋が伸びる。

 よくわからないが対抗心が目覚めた。

 胸を張って強そうに見せる。

 こういう行動は以前の一夏には見受けられず、いつからこうなったのかといえばやはりIS学園に入ってからしばらくしてからだろう。

 本人は思っていなかったが心のどこかで悪くは感じていなかった「世界初の男性操縦者」という資格。 それが数多の強者たちやトラブルの果てに単なるささやかな自慢から、彼なりの責任感へと変わっていったのはつい最近なのだ。

 やめていた道場メニューのトレーニングを始めて、新しく今の体に合わせた練習。

 難儀したのは後者のトレーニング法だ。

 というのも後者に必要なものとは単に体を鍛える事ではなく、ISを纏った戦闘技法の訓練で、一夏には知識不足だったのだ。

 しかし幸いコーチには恵まれていた。

 今では四人の代表候補生が一夏を代わる代わる面倒見てくれている。

 そしてコーチたちと触れ合ってみると嫌でもその代表候補生としての振る舞いを間近で体感できるわけで。

 そうなるといくら一夏が特殊な家庭環境とはいえ、やはり一般的な高校生男子との差は歴然となって、当事者の一夏はそれなりに焦燥感に駆られていた。

 それは若さらしいふわふわとした強度の決意のまま今日まで積み重ねられ、今現在、アリーナの前で警備員二人に対して何時ぞや以来の同性への対抗意識となってこの瞬間に現れた。

 彼らは遠目で見てもよく鍛えられており、特に立ち居振る舞いから溢れるオーラのようなものが鋭く見破った一夏をその気にさせたのだ。

 それはさながら野生のオスが相手のオスに対して見せるものに近かった。

 一夏がそのまま警備員に歩み寄ると当然二人もそれに気づく。

 いや、視線だけは外さずずっと一夏に向けていた彼らはその目の端で一夏をしっかりと捉えており、一見休めの姿勢のように見える彼らの体勢はその実、如何なる不足の事態にも即時対応することを想定した立派な臨戦態勢だ。

 そしてこういった時のために二人配置されている警備員は冷静にこの事態に対応した。

 一人はそれまで通り周辺の通行人を見張っていたが、もう片方は完全に一夏に視線。 ひいては攻撃手段を要した手足、それをフルに活用できる姿勢に完全にシフトした。

 詰まる距離に高まる緊張感。

 二人の目と目が交差したその瞬間である。

 

「おはようございまーす」

 

「はい、おはようございます」

 

 優しい人たちだった。

 一夏はまた目標がひとつ増えた。

 

 優しい警備員さんたちに通され、挨拶もそこそこにアリーナ内にやってきた生徒たちはまたしても圧倒的なものを感じて呆ける。

 あまりに巨大だった後はあまりに膨大が彼女たちを待ち受けていた。

 事前に各業界の著名人たちが訪れるとは聞いていたが、まさか満員だとは。

 

「超満員封止めってやつ?レース以外でここが埋まるなんてねー」

 

 噂好きの一組の一人が一夏に話題を振ってこの客数の凄さを伝えてくる。

 というのもこの市内アリーナの詳細を知るきっかけとなれたのがら、何を隠そう一組が誇る「騒ぎたいメンバー」の一人である彼女なのだから。

 この会場がIS以外のイベントで埋まったことは数少ないらしい。

 構造上中々ISレース以外で楽しめるものではないとの事。

 以前どこかのアイドルが使用して例年通り大事故を起こしたことも彼女から聞いたことだ。

 一夏はドーム会場どころかクラブハウスにすら行かない人間だ。

 集客に適している構造なんて知らない。

 だが高さのある客席から見下ろすようにアイドルを覗いた時、彼ら乃至彼女らを特別視出来るかどうか、あいにくと想像することはできなかった。

 余程カリスマ性か影響力のあるビッグタイトルでもなければわざわざ豆粒を見下ろす目的で足を運びはしまい。

 招待客が多いとはいえ所詮は二万人を埋めるまでにはいかぬ。

 それ以外は特別な方法で選ばれたらしい一般の人間だ。

 これもまた彼女から聞き及んだ話だが、ネットサイトで応募して当たったりハガキを送って券を手に入れたりなどのレベルではなく、かなり大規模な選定で弾き出された選ばれし者達との事。

 ある意味では彼らもここに集められた要人にも並ぶVIPなのかもしれない。

 

「何をしている。生徒のスペースは事前に頭に入れている筈だ。さっさと座れ」

 

 千冬が周りの一般客を不快にさせない程度の強い声で立ち止まる生徒を押す。

 冷静になった途端に恥ずかしくなってくるのが年頃というもの。

 慌てて席に詰めていく生徒たち。

 用意された椅子に席順など関係なく早い者勝ちで座っていく。 一応クラスごとに分かれて座っている。

 大方座ったところでクラスの代表者が生徒の数を数えて教師に報告し、異常がないと分かったところで最後は教師も生徒たちの左右と後ろを囲むように席に着いた。

 この並びはいざという時のために生徒を護るための布陣だ。

 全校生徒が外部に出てくる行事は数えるほどしかない上、今回のような外部からのイレギュラーにより発生したケースでは用心しておくに越したことはないだろう。

 専用機持ちももれなく即時行動が可能な位置に自主的に陣取っている辺り、浮かれているとはいえ生徒も遠足気分なだけではないということだ。

 一夏もそのうちの一人。

 現状、IS学園に所属している専用機持ち達の中では最速のIS白式を所有している彼が、いざという時に最も重要なポジションの一人となることはほぼ確実だ。

 静かな臨戦態勢を整えていく一方でもちろん高まっていく期待感。

 それに応えるように今日のメインイベントが開始された。

 

 誰かが見つけたのか小さく、しかし熱意のある拍手につられて、天井を開けたアリーナが揺れるほどの大音量に成長していく。

 その中を悠々自適に闊歩して現れた男。

 

「村上さん」

 

 発した言葉は直ぐさま掻き消され、しかしもしかしたらあの男には届いているのかもと思った。

 少しも衰えぬ。

 あの日砂浜にて目の前で感じた異常性をこの距離でも感じさせられた。

 声援で迎え入れられたスマートブレイン社社長村上狭児。

 あのビーチにて、まるで不釣り合いな格好をしていた男と全く同じ。

 突然の雷雲にうたれた。 あの村上に間違いなかった。

 まるで亡霊のようにあの場から消え失せてみせたあの村上に間違いなかった。

 

(簪さん)

 

 自分よりも記憶力が良い...と思われる簪ならとっくにあの社長の正体に気づいている筈だ。

 あいにくここの位置では彼女の姿を確認することはできないが。

 

(きっと驚いてんだろうな)

 

 だとしても無表情に近いに違いない。

 まだまだ不思議が多い簪だが、今はそんな彼女についてそれ以上の思考を割く余裕はとても無く。

 いや、それ以上に。

 村上自身の存在感が、この異常事態よりも一夏の目を引きつけさせた。

 ドームが振動するほどの歓声を頭上に挙げた右手で抑えながら村上は用意された登壇席に着きちょうど良い高さに合わせられたマイクの前に立った。

 

「お集まりの皆様、ありがとうございます。わたくしが、スマートブレイン社、社長。村上狭児です」

 

 再び割れんばかりの拍手が彼の体に向けられる。

 一夏も目立つのを嫌い、思わず手を合わせて周囲に紛れてしまうほどだ。

 村上はもう一度右の手を挙げる。

 滑らかな動き。

 まるで指揮者だ。

 

「さて、皆さんの中には私に対して......私の年齢とこの見た目で、なぜ私がフランスの大手企業のトップに君臨しているのか。疑問に思われている方もいらっしゃるでしょう。いえ、お気にせず。無理なきことです」

 

 まるでスナイパーのように会場を見渡す村上の視界に入った。 村上の言葉に該当するらしき招待客達がわずかに狼狽える。 村上はそんな客に優しく語りかける。

 

「お楽しみまで少し時間を取ってしまうことになりますが。ここはひとつ。その疑問に対してお答え致しましょう」

 

「私は以前まで、デュノア社にて勤めていた一外国人雇用者でした。社長のアルベール・デュノア氏には返しても返しきれない恩があります」

「当時のことは鮮明に覚えています。私は野心に支配されていました」

「10年程前。ヨーロッパでは、雨後の筍の如く急成長していったあのIS事業の、その正に寸前の時期でした」

「若気の至りでなんのツテもなく。心身の軽さに任せて計画性の無いチャレンジをして異国の地に訪れた私は、大学の時に専攻していたフランス語の初めての実践に立て続けに辛酸を舐めさせられていた所でした」

「私はIS事業に進出する人間なら、自分の志を認めてくれる。そんな勝手な妄想に囚われていたのです」

「そんな思惑を抱えながら本国で集めていた目ぼしい企業の社長にアポなしで突撃しては追い返される毎日。当然でしょう。ISというまだ見ぬ原石に挑戦する彼らは、確かに当時の私の想像通り野心に溢れていましたが。それと同時にいつ出し抜かれるかもしれぬ過酷な競争に神経を敏感にしていました。謎の外国人など相手にしません」

「いつしかギラついた私はすっかり意気消沈してしまい。情けなくも本国で友人の兄弟が経営している喫茶店にでも転がり込もうかとしていた頃です」

「私がアルベール氏に出会ったのは」

 

「その時になると渡仏してきた際の熱意は消え失せ日々の日課はもっぱら、借りていた安アパートの不衛生な駐車場でただ空を眺めているだけでした」

「鏡や写真で見たことはありませんが、きっと酷くショボくれた姿だったと思います」

「帰国を決めかけていた所でした」

「偶然視線を動かした際に彼の歩く姿が瞳に飛び込んできたのです」

  「カジュアルスーツに身を包み、私とは正反対に生気に満ち溢れていた彼は、日本でマークしていた社長。その中でも赤マルと睨んでいた人物その人でした。もちろんデュノア社にはいの一番に尋ねました。その時は秘書が相手をしてくれたのです。彼女には特に手酷くやられました」

「失いかけていた野心が再び燃え上がりました」

「私は慌てて声を荒げてアルベール氏を呼び止めました。彼は汚い私を見てびっくりしていたようでした。下ろし立てのスーツをタンスに閉まって久しい私の格好はとても外出出来るものではありませんでした」

「走り寄る私の体がアルベール氏を掴む事はありませんでした。何故なら私は直ぐに地面にほっぺを押し付ける羽目になったからです。転けたわけではありませんよ?精神的に参っていた私の目には、アルベール氏の両脇を固めていた二人のSPの姿など、まるで入りませんでした....」

 

 村上は身振り手振りの大きな動きで自分が取り押さえられたシーンを再現する。

 会場は一時笑いが起きた。

 

「SPがすごい力で私を押さえつけます。痛い痛い。勘弁してくれ〜。もう野心なんてほっぽり出して叫びましたよ」

「その時ふと。彼と目が合いました...」

「私より歳上だが若く。清潔な好青年だった彼はなんと不審者でしかない私を解放して、一言こう言いました。

 

「まるで猛獣のようなすごい目だ。こんな男はウチの会社には誰もいない」続けて「きみの話は分かった。私の会社に来たまえ」...と」

 

「ふふ、嘘みたいでしょう?私も夢かと疑いました。しかし現実でした。その日は明日会社に来る時にはきちんとした格好をするように言われた後は彼はそのまま帰って行きました」

「私は直ぐにクローゼットからスーツを出し、アイロンを買ってきて、台の代わりにキッチンシンクを拭いてその上でスーツを整えました」

「ドッキリではないかとは微塵も頭に浮かびませんでした。彼が言葉も交わさずに私の野心を的中させたのと同じく、私も彼の言っていることが本当のことだと直ぐに理解したからです」

「翌日。私は早朝。まだ会社が開く前からデュノア社のガラス張りの自動ドアの前で寒空の下で待っていて、扉が開くと同時に受付に飛びました。やはりと言うべきか顔を覚えられていた受付嬢の、以前は羽虫肌にも情愛の感じなかった顔が柔らかく。賞賛をして最上階の社長室に行くように激励してくれました」

 

 熱の入る村上の話に魅了される観客達の脳裏に、もう本日の目玉であるデュアルコアはなかった。

 冴え渡る饒舌は人々を、彼の思い出話の世界にしかいないデュノア社時代の知古にした。 一人一人の想像力が、正しく村上の話に自己投影していたのだ。

 その後も村上のデュノア社での身の上話は続いた。

 流石に彼も思い出話に耽って本題を忘れるような男ではない。

 そこからは本当にかいつまんで、必要最低限の語彙だけで最短で分かりやすく終わらせた。

 1分かそこらだっただろう。

 すっかり人々の心を掴んだ村上は今度はその実績そのままに、引き手を己から我が子へと継がせて一気に場をコントロールした。

 

「では長らくおまたせしましたところでいよいよお見せ致しましょう。これが我が社が独自に開発した新たなる天使の創造....それを可能とするデュアルコアシステムを搭載した第四世代型インフィニット・ストラトスです」

 

 証明が一気に落とされた。

 夢物語めいた体験から急に現実に引き戻されたみたいで一夏はビックリするが、他の生徒含め観客はこの演出を純粋に受け止めているらしく、横目に見る顔見知りの見たことのない嬉々とした眼差しがそれを示していた。

 スポットライトがそれらを追っている。

 一つは一夏も良く学園で見ている旧デュノア社が世に送り出した第ニ世代型IS。 ラファール・リヴァイブ。

 地味目なカラーリングはシャルロット向きに改修された専用機のそれとは明らかにゴージャス感に劣る。

 見慣れた量産機だ。

 これを元手にデュノア社は世界に打って出た。

 ラファールを直ぐ様注目から外し、もう片方の方に一夏は注目を向けて、暫くジィっと眺めていた。

 新聞やニュースの写真でしか見たことがなく、IS学園の実力者達でさえ未だ直にその姿を目にした者は居ないというスマートブレイン社の虎の子。

 デュノアが夢にまで見て遂に手に届かなかった第三世代型IS。 コスモスは正しくその名の通り、まるでアリーナの特殊樹脂製の大地に咲き誇る美しき野花のような風貌だった。

 一夏はこの綺麗な機体に捻りもなくコスモスの名を冠したスマートブレインを思わず賞賛したくなった。

 もちろんここに居る客の誰一人として実物のコスモスを見るのは初めてだ。

 魅了され、歓声を送る彼らを、村上は制した。 勿論右手でだ。

 

「そしてこれからこの二機のISを搭載したデュアルコアシステムにて一つにします。さて、その栄えある神秘を使いこなす戦姫をご紹介しましょう...」

 

「ショコラデ・ショコラータです」

 

 コスモスに麻痺したのか。

 一夏はISスーツを装着してスポットライトに照らされ現れた彼女から花の香りを感じた。

 日本人としての平均よりも高めな村上の背をそれでも越して、カリスマに溢れる彼を横にしてすら寧ろ彼を喰わんばかりの美力を醸し出している。

 肩甲骨まで伸ばした銀色の髪。

 美しい。

 尋常でないほど美しい。

 狙いすましたかのように美しい。

 あまりの美しさは一夏にまるで創られたものかのような感想を齎す。

 切れ長のまつ毛がくるんと先端を上向き。 その下から覗く真珠のような深い輝きを放つ白い瞳に一夏はギョッとする。

 白内障?

 と思いきや病的ではない。 その言葉はそのまま病的な美しさに再利用された。

 ますます同じ人から産まれ落ちたとは思えなくなってきた。

 何から何まで完璧なまでの美しさだ。

 いや、この長い人類の歴史だ。 もし彼女以前に完璧という例があったとしたら、それを塗り替えてしまったのが彼女なのだろう。

 思わず一夏はそれまで片時も会場から外さなかった視線を後方に向けて確認した。

 それでもセシリアは美しいと思えた。

 一安心して。 そしてそんな自分に若干嫌悪感を感じながら、他の者に習ってまた一夏は周りに流されてショコラデ・ショコラータに拍手を送った。

 村上からマイクを受け取って彼女は笑顔を振りまいて声援に答えた。

 声まで作り物のようだった。

 

「初めまして日本のみなさん。社長よりご紹介に預かりました。コスモスの専属パイロット...ショコラデ・ショコラータ。ショコラータとお呼びください」

 

 観客の何人かが本当にショコラータと呼んだ。

 笑いが一つ。

 ショコラータがそんなお茶目なファンに手を振って会場はすっかり和やかなムードになる。

 そんな流れを断ち切るように、美しい微笑みを浮かべる彼女は光に包まれた。

 これは一夏の突拍子のない比喩ではなく。 ショコラータは本当に光に包まれたのだ。

 驚く場内。

 そして反射的に注目された第三世代コスモス。

 パイロットの乗っていない待機状態だったその姿が何処にも見えない。

 そして次の瞬間当然の如く注目され直したショコラータはその戦化粧をあらわにしていた。

 ⁉︎の反応。

 驚きと疑問が入り混じった反応だ。

 ここに居る選ばれし人間達はその身分だけでなく共通の専門的な知識を持っている。

 ISに関して素人な人間などここには居ない。

 ISとは触れて発動させる。

 遠隔操作出来ないという訳ではない。

 離れた位置にいる待機状態のISが、操縦者に粒子となって移動し装着されるなんてISの常識としてはあり得ないものなのだ。

 

「ウフフ。こんな事で驚いていてはいけませんよ?これからお見せするのは……もっとすごいですよ」

 

 気づけばあんなに照らしていたスポットライトが消え、あたりの照明は完全に消えていることが分かった。

 あまりにも自然すぎる。 コスモスから発せられた光量にスポットライトが掻き消されたのだ。

 その分コスモスは更なる煌々とした姿を晒している。

 これ以上の物を見せてくれるとすれば…もう疑問の余地はない。

 期待値は既にMAX。

 一夏は、空気を読んだのかいつのまにか消え失せた社長の村上に気づいた。

 あの日のように痕跡すら残さずに居なくなっていた。

 

「デュアルコアシステムーー起動」

 

 さらに浮かび上がるコスモスを追うように、誰も入っていないラファールがその周囲を回りながら共に浮かぶ。

 まるでコスモスを惑星に見立ててラファールがその外周を回る衛星を演じているようだった。

 そしてその流れはやがてどんどんと星の引力に引かれるように。

 いや、もしかしたらショコラータの魅力に惹かれているのかもしれなかった。

 やがてコスモスの手に忠誠の口づけをするように、ラファールとコスモスの装甲が触れた刹那。

 

 

 ーー

 

 その姿を会場を後にした著名人達はこぞってメディアやともすれば自主発信で世間に伝えた。

 

 天使

 大空を舞う美しき女神

 戦場を駆るヴァルキリー

 枯れることのない永久の美

 高嶺の花

 この世で最も神々しく輝いていた

 神の御使

 人工物が初めて偉大な自然を超えた瞬間

 

 工夫に真っ当にストレートに個性に奇をてらって頭の底から絞り出してそれでもなんども首を横に振りまくってようやっと生み出したそれらの言葉。

 しかしどれも陳腐。

 この歴史的瞬間に運良く立ち会えた私はあえて例えずに、彼女。 ショコラデ・ショコラータ女史の言葉を借りて言い表すとしよう。

 

「超すごかった」

 

 

 ーー

 

「これこそが……第四世代型IS。人類の叡智。その名も輪廻の花冠(リィン=カーネイション)‼︎」

 

 村上が始めからそこに居たように壇上にて声を張り上げる。

 尋常でなさすぎた。

 それに応える歓声からして尋常ではない。

 何十年と大観衆に身を置いてきた者でもどう分類していいのか解らない初めてな発声振動がアリーナ会場を揺らしていた。

 見たことのない物には見たことのない反応が返ってくる。

 その中でショコラータは遊泳する人魚のように会場内をその御光で己を照らし続けながら舞っていた。

 

 パチパチパチ。

 

 村上だった。

 村上がリィン=カーネイションに。 ショコラータに贈っていた。

 村上は最後まで人々をコントロールした。

 その日一番の大熱狂の渦は数日も経たずに日本を始め、世界へと伝染していった。

 その渦中に居て、一夏は漸く周りに流されずに拍手を贈った。

 

 

 ーー

 

 暑かった。

 人に囲まれると、熱狂されるとあんなに暑いんだなとワイシャツの背中を摘んでパタパタと空気を入れ替える一夏は、その度にペタペタと貼り付く下着とワイシャツに辟易しながら思う。

 ここはIS学園でも無ければ予定完了して解散しきった市内アリーナでもない。

 ブルーシートに囲まれた建設中の建築物。

 破竹の勢いで勢力を伸ばし続けるスマートブレインの日本支部に一夏達専用機持ちは御呼ばれされたのだ。

 完成すれば高さ200メートル級になるらしい超高層ビルは着工から僅か数ヶ月でもう他の十階建て級の雑居ビルとは頭二つ分ほど違う。

 話ではもう企業としては一部の業務を開始しており、ビル自体も年内の竣工を予定しているらしい。

 なんと驚くことにこの一大プロジェクトを進めているのはスマートブレイン主導にて彼らの関連企業であるスマートブレイン・コンストラクションが一手に担っているという。

 詳しくはないが半年足らずでこれほどの建造物を自社だけで建ててしまうスマートブレインの建設技術に一夏は舌を巻く。

 

「そういえば何をしてる会社なんだっけスマートブレインって」

 

 混乱してきたため同じく支部に連れてこられた。 自分よりは賢そうな彼女達に尋ねてみた。

 

「さあ、興味ない」

 

 鈴音。

 

「村上社長には最低限のことしか教えてもらってないんだ」

 

 シャルロット。

 

「IS企業ではないのか?」

 

 ラウラ。

 

「芸達者過ぎてどれが本業なのか副業なのか判りませんわね」

 

 セシリア。

 

「超・製造業……らしい。よ」

 

 簪。

 

「その割には市場には殆ど出回って無いのよねぇ」

 

 楯無。

 

「……」

 

 箒。

 あれ、なんで専用機持ちでも無いのに箒がいるの。

 モッピー知らないよ?

 

「何が言いたい一夏」

 

「イイエナンニモ」

 

 明後日の方向を向いて誤魔化す一夏に箒の冷たい目線が刺さって痛い。

 そんな何時ものやり取りをするメンバーは、絶賛話題の渦中にいる巨大企業スマートブレイン日本支部の正にお膝元に居た。

 食堂室らしいそこに入った時。

 一夏は正に洗礼を浴びたような感覚だった。

 まるでカフェかレストラン。

 仕事の雰囲気など微塵も感じさせない装飾といい備品といい、職場に隣接しているとは思えない。

 学生の身ながら生意気にも「これが出来る会社か」とよく分からない結論を出していた。 正確には心の中で。 口で言うと絶対鈴音辺りに馬鹿にされる。

 スペースも間仕切りを駆使して半個室のような空間を作ったりで徹底して食事場という安らぎの空間を建設しようとしていることが伺えた。

 一夏達はその中で、大広間的な長テーブルをみんなで囲っていた。

 

「IS学園でさえ学園食堂って感じはあったのに…なんだろうここ」

 

「これがうちの社長の考えなの」

 

 声まで綺麗すぎると振り向かずどもその先に居るだろう人間の顔まで正確に分かるようだ。

 一夏は振り向く前に驚いていた。

 

「ショコラータさん!」

 

「まあ、早速その名で読んでくださるの?嬉しいわ織斑一夏君」

 

 当然と言えるべきだろうが矢張り初対面の人間に当たり前のように名前呼びにされるとどきりとくる。

 学園外に出て改めて己の有名人っぷりに気づくのだった。

 そしてそんな一夏以上に今やそのうち世界中に名が知られるであろう輪廻の花冠(リイン=カーネイション)の正規パイロット。

 ショコラデ・ショコラータは恐らくそんな状況になっても自分と違って物怖じしなさそうだと一夏は思った。

 

「宜しくてマダム」

 

「貴方の事も知ってるわ更識楯無さん。なに?なんでも聞いてちょうだい。あと、マダムはよしてね。利権団体の奴らが騒いだせいで首相が馬鹿やっちゃったけど、私は柔軟な若者としてマドモアゼルの方が好きなの」

 

 会場の時とは毛色が違う。

 年頃の若者といった感じに、歳の近しい一夏達に接している姿はお茶目なお姉さんといった感じだ。

 

「ふふ、敵わないですねショコラータさん。では失礼して。先程言っていらしたことはどういう意味なのかしら?」

 

 ショコラータは一転して仕事モードで低姿勢になる。

 

「村上は分業化の果てにこそエキスパートは生まれるという考えをお持ちですから」

 

「なるほど…つまりこのフロアは完全な『食事用のために造られたスペース』なのね」

 

 楯無が扇子を開く。

『立派なり‼︎』と書かれていた。

 ショコラータが恭しく頷いた。

 

「ええ、スマートブレインではどんなに小さな部署だろうと役割分担によって集められた精鋭チームです。我が社はそんな専門職の違うプロ達が集まって出来ているのです。勿論その思想は社員食堂に置いても変わりません」

 

「食事という物事が人に齎す恩恵。うちではそれを役割分担と捉えて徹底させております故、このようなリラックス出来る空間に仕上げています」

 

「昼休み中に食べ切れなくてグラウンド100周とかされる心配もないし、ホントにIS学園よりもイイかもね」

 

 鈴音がやけに納得のいくジョークを飛ばす。

 村上が千冬のような振る舞いをするとは思えない。

 

「ああ、でも昼食休憩の時間帯はどの部署も同時になるように調整してるんだよ。専門職ばかり集めるとどうしても横のつながりが希薄になりがちだからね。せめてここでは部署の垣根なんて関係なくみんな仲良くいてほしいわ」

 

 しみじみと噛みしめるようなショコラータの様子に一同はそれぞれ好意的な反応を示す。

 特にスカリエッティ含めこのスマートブレインに対して先日からあまり良くない前情報を抱いていた者たちにとってはこのショコラータの人格的に好ましい仕草はちょっと不思議な気分になる。

 元より一夏達の陣営はこれまでの実績からいって受けや守りの考えを抱く者が多めだ。

 異世界から来た。 一夏からすれば悪の企みを阻止するためにやってきた系のポジションだが、巧はもっぱら面倒ごとに積極的に関わることを嫌うし、束に協力するなのはですら今日のスマートブレインとの接触に関しても向こうが何もしない限りは大人しく観ているだけだった。

 なので一夏がそんな彼らよりも深刻に事を見据えているなどある筈もなく。

 一夏はすっかりショコラデ・ショコラータをいい人と見なしていた。

 そんなほんわかとした空気感をやはり両断したのは彼女。

 

「それでショコラータさん。私たちを呼びつけて置いた理由...そろそろ教えて下さいません事」

 

 ショコラータの銀に比較するようにセシリアの絹のような金色の髪が美しい。

 冷たくなんなら親睦を突き放す気さえ感じるセシリアにシャルロットとラウラが目を丸くする様子が見える。

 

(そういや二人は何時ものセシリアしか知らなかったよな)

 

 スカリエッティに加担しているだろう勢力の中でも特にオルフェノク関連に関して彼女は怖い。

 スマートブレインは巧の世界で矢張り猛威を振るっていたオルフェノク達の巣窟だ。

 セシリアにしてみれば今まで以上に父親の所在を掴む絶好の機会だろう。

 しかしショコラータまで若干怯えさせるのは良くない。

 一夏はセシリアにやんわりと落ち着くようにしろとの意思を伝え、彼女もとりあえずはそれに従いショコラータに小さく謝罪する。

 

「うん。ごめんね、ほんとならもう学園だものね。君たちを呼んだのは他でもないの。貴方達に我が社の新たなIS、その試験運転のテスターをお願いしたいんだ」」

 

 新たな。 その言葉に驚かないほど一夏も素人ではない。

 

「そ、それって...新型のISってことですか?」

 

「ええ、技術チームは第五世代型のISって呼んでいるわ」

 

「5ぉ⁉︎」

 

 思わず声が上ずった。

 先程は向こうが関わらなければあまり近寄りたくない的な事を言ったが、流石にこれは興味をそそり過ぎる。

 セシリアですらその目は復讐者としてではなく一ISパイロットのものだ。

 

 

「まだお国のお偉方さん以外にはだしてない超極秘プロジェクトよ。ネットに書いちゃダメだからね?」

 

 自慢げに笑みを人差し指で隠しながら一夏達に釘をさすショコラータはそれでも誇らしげだ。

 立ち上がった彼女はそのまま言葉のインパクトに呑まれたままの一同を手招きで呼ぶ。

 着いてきてくれということだろう。

 言われるがままに従う一同はそのまま、過度な装飾ではないが堅実な作りのエレベーターに乗り込みショコラータがボタンを押した。

 浮遊感。

 行き先は地下だ。

 見上げて階表示を見ると地下は二階までと記載されている。

 そして間も無く目的地だろう最下階に到着。

 足元が押し上げられた。

 しかしショコラータは開いた扉からみんなを出すことはしなかった。

 降りようとした一番前の簪を呼び止め、不思議そうな彼女の一歩を元に戻しておいてからショコラータは再び閉まるのボタンを押した。

 再び閉鎖空間に立ち返ったエレベーター内をショコラータはその壁面を突然ぱかりと開けた。

 まさかそんなところが?という具合に上手く虚を突いた位置にあった。

 ガラス張りの黒い。 タブレット? 電子版? 兎に角顔を近づければ鏡になりそうな光の反射の仕方をしていた。

 ショコラータはそこに掌を押し付けた。

 しばらくすると唐突に浮遊感が訪れた。

 

「指紋認証ですか?」

 

 一夏は思わず尋ねた。

 

「ううん。特殊な方法で体の表面から遺伝子情報を見抜いて、それで照合しているの。これもうちのテクノロジー部門がつけてくれたの。他所に頼むと高いからね」

 

 とことん自社生産らしい。

 そして今度は地下二階なんて比ではないほどに長く、しかし退屈のしない時間を過ごした上で一夏達は再び足元から迫り上がるエレベーター独特の感覚に、目的地が近づいている事を悟った。

 完全に止まる寸前にショコラータが綺麗に微笑んだ。

 

「ようこそ。うちの秘密基地へ」

 

 扉が開いた。

 

「うわ〜」

 

 感嘆の模様が眼差しにまで表れていた。

 食堂といいエレベーターの装置といい。

 スマートブレインの凝り性には異常なものを感じ始めていた彼らからしても、夢に出てきそうなくらいの完璧な秘密基地然とした光景に息を飲む暇もなかった。

 まさに秘密基地。

 ファンタジーさえ感じる近未来的な物体の数々が一夏の少年心をくすぐった。

 多分巧も普段の仏頂面を少年に変えるに違いない。

 女子メンバーでは屈指の仏頂面枠のラウラや普段から表情の読めない楯無ですらこれには圧倒されるしかない。

 

「おお...」

 

「ひゃー」

 

 意外にも一夏に匹敵かそれ以上に瞳を輝かしていたのはTHE無感動、簪嬢である。

 純粋にこの光景を一番ワクワクした眼差しで見回している。

 無口なのはそのままなところが彼女らしい。

 凄いのは部屋のデザインだけではない。

 なにより並んでいたおもちゃのラインナップが良かった。

 ショコラータはその内の一つである近場に飾られてあった一台のオフロードタイプのバイクに視線を移した。

 

「これは関連企業のスマートブレイン・モータースが開発した。その名もSB-RT-V。モータースのコンセプトは『未知の走りをビルドする』ってやつでね。もう、凄いわよ」

 

 巧の話のスマートブレインとここに存在しているスマートブレインが同じものだとしたら、目の前に鎮座している自動二輪車は、恐らく彼の愛車であるオートバジンの姉妹機といえるものだろう。

 デザインに関しては実に簡素な物だが、ショコラータの自信ありげな言葉を信じれば凄いんだろう。

 バイクは趣味の乗り物とはよく聞くが、これに関しては遊びの要素よりもまるで映画の戦闘員が乗る量産機という無骨な印象を覚えた。

 あいにく免許は持っていないので乗れないが。

 それにこれが自分たちが求めているISとはとても思えなかった。

 簪には悪いが先を急ぐとした一夏たちはSB-RT-Vを視線の端に追いやりショコラータに任せるままに秘密基地を闊歩した。

 ここはどうやら新製品の試験の他にもこれまでスマートブレイン社が開発してきた自社製品を飾る一種の美術展のようなものだった。

 左右に目を動かせば映るわ映るわ浪漫の数々。

 重工業に力を入れているらしく運良く秘密基地の内装をそれっぽく飾ってくれるものばかりだ。

 ショコラータ以外の社員達の科学者然とした服装もそれにスパイスを加えている。

 ムードを保って連れてこられた目的地らしい場所は頑丈そうな壁面に囲まれた一室。

 

「ここはISの稼働実験を行う特設アリーナよ。さっきのバイクなんかもここで走らせたりするの。さあ、お待たせ。これがみんなに見せたかった第五世代型のIS『ライオトルーパー』だよ‼︎」

 

 ベルト。

 第一印象は正にゴツめのベルトであった。

 ISとは普段から持ち運びができるように待機状態という人間の身につけるアクセサリーなどの形態に姿を変えることが出来る。

 ティアーズならばイヤーカフス。

 リヴァイブならペンダント。

 甲龍はブレスレットといった感じで、通常生活でも支障がないように考慮されそう設定されている。

 専用機とは常に操縦者と行動を共にすることで経験値を集めて進化するものだからだ。

 しかしこの第五世代の待機状態は見るからに嵩張りそうなゴツいベルト。

 着けたまま座るだけでも腹が圧迫されそうな代物である。

 ショコラータには悪いが少し先行きが不安に思えてきた。

 当の本人は高めのテンションで次々に落差のある彼らにベルトを配っていく。

 そう、配っているのだ。

 

「え、え、え、あの...ショコラータさん。これ量産機なんですか」

 

 堪らずシャルロットが手を挙げた。

 ショコラータはペースを緩めないままそれに「うん」と答え最後の箒に渡してベルトを配り終えた。

 

「それじゃ腰に着けて待機しといて、私はあそこから指示を飛ばすから」

 

 そう言って扉を閉めて、その奥にあるガラスを隔てた。 どうやらモニタリングルームのそこでショコラータは一同に笑いかけた。

 言われるがままに一夏達はベルトを巻き始める。

 恐る恐る巻いたベルトは内蔵されたコンピューターにより自動的に繋がれてウエストに合わせられた。

 それを見計らってマイク越しのショコラータが指示を出す。

 

「それじゃ始めるね。みんな、ベルト中央から上に伸びているレバーみたいなものに注目して。ウチのロゴが掘られてる奴。それはライオトルーパーの作動キー。それを倒すことによって変身出来るの」

 

「変身....」

 

(簪さんイキイキしてんなー)

 

「ロックはこっちで外してあるから後はそれを倒してベルトに治めるだけ。発動シーケンスを完全に外付け操作にしちゃってるから作動時間で隙は出やすいんだけど...まあ、量産型だしね」

 

 要するに金がかかる機能はオミットしているという事か。

 一夏はバックルを撫でる。

 白式から感じるような意思は感じられなかった。

 

「じゃあ起動させてみて」

 

 一夏は一瞬迷う。

 やはり敵陣のど真ん中で敵の渡してきたものを装着するというのはなかなか困る。

 

(いざって時は.......頑張ろう)

 

 それでも一夏は長いものに巻かれる事にした。

 ベルトのレバーを掴み押し倒す。

 無言では味気ないので一味プラスする事にした。

 

「ライオトルーパー。起動‼︎」

 

「変身...‼︎」

 

 控えめの発声は...多分あの人だろうと思った。

 一夏の体を光が包んだ。

 次に一夏が拝んだのは一つ目の元友人であった。

 

「これがライオトルーパー」

 

「うわ、何⁉︎アンタ一夏?びっくりさせないでよ‼︎」

 

  一つ目魔人が可愛らしい声を出して飛び退いた。

 見渡せばみんな同じような格好をしている。

 それはISというよりはバイクのライダースーツのようなものであった。

 フォルムも大分人間の時に近い。

 楯無、鈴音、セシリア、箒の面々は直ぐに共通のイメージを出した。

 

(やっぱファイズっぽい)

 

 ベルトという待機状態から予想してはいたが、姿形といいファイズの簡易版とでも言える成り立ちである。 無論ISしか知らない他の候補生達はもっとらしい反応を示していた。

 

全身装甲(フルスキン)?サイズも随分小さいね」

 

「展開時間は0,05秒か。スラスターの類は一切なし。PICだけで移動するようだ」

 

「なんか....カッコよくない」

 

 シャルロットの言う通り。

 ライオトルーパーの姿はISの一般的な容姿からはかけ離れたものである。

 体にフィットしたアンダースーツに行動を制限しない胸部や関節部のアーマー。

 胸には開発元であるスマートブレインのロゴのレリーフ。

 あれだけ不安視していたベルト部分もこうして装着してしまえば驚くほどに柔軟に体の動きに付いてくる。

 一夏は二、三動いてみる。

 強化された体だという事に気づく。

 これならば昼食後のグラウンド100週にも疲れなさそうだ。

 

「今練習用のホログラムを出すね。自由に壊してくれて結構よ。私達のことは気にせず派手にやっちゃって」

 

 数人の職員を従えるショコラータはガラスの向こうで親指を立てる。

 そうこうしているうちにシールドバリアーを応用した学園でもお馴染みの保護シールドが部屋を覆う。

 成る程。

 憂いなしだということらしい。

 

「えーと。武装は....白式と似たようなもんだなこりゃ」

 

 ヘルメット内臓の空間ディスプレイにライオトルーパーのあらゆるデータが浮かび上がり、一夏はその中から一つだけある武装を確認するとコールする。

 

「コール。アクセレイガン」

 

 音声認識にて一夏の手の元に粒子変換にて現れたのは全長30センチ程の何やら機械的な印象を受けるダガー。

 ライオトルーパー唯一の武装である近接武器だ。

 

「でもこれ有効射程が近〜遠距離ってなってるけど....まさか誤植?」

 

 試験運転だと言っていたし、そういう間違いもあるのか。 と一夏は後で報告してやろうと思っていると慣れ親しんだ頭の右後ろ側からの声に気づいた。

 ラウラだ。

 

『いや、一夏。どうやら誤植ではないらしいぞ。刀身を背を押して前に折るように倒してみろ』

 

 言われた通りに持ち手と刀身を持ちながら中程で折れるように力を加える。

 すると...

 

「うわ。折れたぁ⁉︎」

 

 見事にボキっと...ではなくキチンと可変音を立てながら変形したアクセレイガンに一夏ははしゃぐ。

 そしてデータの意味を正しく理解する。

 

「剣と銃の合い混ぜ武器か」

 

 ナイフと拳銃を併用した可変式の武装がライオトルーパーの兵装であった。

 一夏は銃モードにしたアクセレイガンの銃口を程よい遠さの的に向ける。

 ISの補助機能によってディスプレイ表示のガイドが最適解を一夏に届ける。

 慎重に的を絞って引き金を引く。

 マズルフラッシュとともに銃弾代わりのエネルギー弾が閃光を描いて標的にまっすぐ向かう。

 見事命中し砕けた的はそのままホログラムとして消えた。

 

「よし‼︎どうだ上手くなってきただろう。(でもこれじゃ精々中距離くらいだな)」

 

 得意げな顔(表情はマスクで見えないが)で一同に自慢する一夏に対して、スナイパーとしてのプライドを刺激されたか一夏よりも速く可変に気づいていたセシリアがアクセレイガンの持ち手後ろに付いてあるスイッチを押した。

 

「鈴さん。どれを撃ってほしいですか?」

 

「え、うーん....あれ‼︎」

 

 鈴音が指差した天井と隣接する壁の隅辺りに寂しく展開された的に対して、セシリアはすぐ様狙いを付け発砲した。

 あまりの素早さに一夏には銃口を上げてから実際に撃つまでの、狙いを定めるためのタイムロスがまるで無いもののようにしか見えなかった。

 そして放たれた光弾は、明らかに一夏の放ったものよりも数段速く飛び、予想通り的のど真ん中を的中させてみせた。

 一夏と違い無言のセシリアはアクセレイガンを指でくるりと回しながら腰元のホルスターにしまう。

 西部劇のガンマンを見ているようだった。

 そして当然のように一夏よりもその姿はイケてるものなので。

 

「かっくいー」

 

 楯無が口笛と拍手混じりに 賞賛を送る。

 同じくラウラやシャルロットもこぞってセシリアに注目する。

 一夏も流石にここまでの腕を見せられては負けを認めるしか無い。

 

「流石だな。でもなんか心なしか弾まで速かったような...」

 

 一夏が疑問を口に出すと今一度ショコラータの声がスピーカー越しに響いた。

 

「アクセレイガンはバーストシューティングモードとライフルシューティングモードの二種類を使いこなすことが出来るの。因みに装弾数もそれぞれ変わってくるから気をつけてね」

 

 今度こそデータの記載を正しく理解した。

 近距離に対応する形態。

 中距離に対応する形態。

 遠距離に対応する形態。

 アクセレイガンが持つ形態変化は全部で3つなのだ。

 武装が1つしか無いという機体なこともあり「第五世代と言う割には」という感じで期待値は少なかったが、 これは中々完成度のあるISなのかもしれない。

 

「よ〜し。じゃあ、次はもっとわかりやすくいこうか。適当にワンツーマンをつくって格闘戦に移行してね」

 

 ホログラムが消え、元の殺風景な白い部屋に戻る。

 

「格闘.....なあ鈴「ほわちゃあ‼︎」はや⁉︎」

 

 一番速く動いたのは鈴音であった。

 一足跳びでジャンプをするとそのままアクセレイガンをいじっていたラウラに飛び蹴りを放ったのである。

 完全なる奇襲であったが、そこは現役の将校。

 素早く反応してみせアクセレイガンで受け止める。

 しかし意外に重たい鈴音の蹴りにアクセレイガンはそのまま弾き飛ばされてしまう。

 そこから睨み合いに落ち着く両者。

 

「アンタには借りがあったよね?ボーデヴィッヒ。相手しなさい」

 

「君は意外に根に持つタイプなんだな。いいだろう!」

 

 形は同じライオトルーパーだが構えがそれぞれ予想通りなので容易く二人は判別できる。

 拳法スタイルの鈴音と軍隊格闘技スタイルのラウラ。

 完全な本気モードなその光景に影響されたか。

 他の面々もそれに習いパートナーを決めていく。

 

「じゃ〜消去法で簪ちゃんはお姉ちゃんとペアね」

 

「どこが消去法...」

 

「でしたら私は…ご一緒してもらえます?」

 

「僕でよければ構わないよ」

 

 そして本当の消去法となったのは丁度残ったこの二人。

 

「...」

 

「...」

 

 お互いソッポを向いたまま目も合わそうとしない箒と一夏。

 箒がアクセレイガンを徐に折り曲げて.....バシュン

 

「イッテェ‼︎やりやがったな⁉︎」

 

「来い。成敗してくれる‼︎」

 

 決着はクロスカウンターであった。

 

 

 ーー

 

 戦闘を終え、データ収集が十分になったところでショコラータは試験運転を終了させた。

 ベルトを外した専用機持ち達は充実した体験をしたことで晴れ晴れとしていた。

 2名を除いて。

 

「いって...箒。お前打ち込むときもっと手加減しろよ」

 

「お前こそ。接近戦の時くらい銃ばかり使うんじゃ無い。不意を突かれたのでモロに顔に入ったぞ...」

 

 他のメンバーと比べて明らかに殺気度が違ったこの二人。

 後腐れなくとはいかないようである。

 そんな二人からもベルトを回収したショコラータは前者のホクホク顔で一夏達にお礼を述べた。

 

「本当にありがとうみんな。国家代表クラスと代表候補生クラスの稼働データは流石にうちも用意できかねないものだったから。助かったわ‼︎」

 

 頭を下げるショコラータに恐縮する一夏達。

 直ぐに構わないと一同が口々にそれを返す。

 

「で、どうだった?うちの第五世代型‼︎」

 

 すると急に一夏達の表情が微妙なものになる。

 それでも感想を待っているショコラータに皆を代表してラウラがキチンとした総括評価を話した。

 

「高い汎用性を持った。量産機として実に高い完成度を持っていると言えるでしょう。しかし......疑問がありまして」

 

「第五世代と銘打つにしてはロースペックな機体設定が私たちには腑に落ちません」

 

 ライオトルーパーの性能はラウラの言う通り。

 癖もなく操縦者を選ばない立ち回りが可能な機体セッティングは後続の追加武装次第で、凡ゆる戦況に置いて高いポテンシャルを発揮できる。 量産機としてかなりの完成度を誇っていた。 過剰なスペックをオミットしたことで、打鉄やラファールなど他の量産機と比べても圧倒的に安価なところも評価のポイントだ。

 しかし。

 

「単純に出力だけで比べても打鉄やラファールの方が上。ISとして基本装備であるPICも...飛べはしますがとても従来の高速戦闘に耐えうるには低出力過ぎる。単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)もありませんし...特殊兵装も皆無」

 

「『旧世代機と比べて何が優れているのか分からない』...ですか?」

 

「ええ」

 

 ハッキリと言うなぁと一夏はショコラータの後ろでいそいそとベルトを片付けている研究者の皆さんを恐る恐る見る。

 まあ聞こえていない訳がないため単に大人なのだろう。

 それで気を良くしたのか。 まあそんな訳もなく。 正直なシャルロットがそれに続く。

 

「あと、これはご質問とは関係のないことですが…コストダウンをする理由を量産機だからとおっしゃいましたけど…正直私にはその利点が意味あるものとは思えません」

 

「そもそもISは世界に500機も造れないんですよ?既にある機体を除けばもっと少ない……。国が所有しているISコアを貰うとしても、単なる量産機に使わせたりするでしょうか?ISに世界が求めているものはスペックの高さと画期性です」

 

「素人ながら失礼ですが.....マーケティングミスではないかな、と」

 

「失礼すぎるわ‼︎」

 

 見ていられない。 というか居たくない‼︎

 宙に跳び上がった鈴音の渾身のツッコミ。

 

 パシン

 

 と小気味良い音が鳴ってシャルロットが頭を押さえて呻く。

 どうにも最近のシャルロットは新しい顔を見せてくれる。

 ラウラですら「えー...そこまで言う?普通」風な顔してちょっと引いている。

 兎も角空気を読んだ鈴音のファインプレーに一安心して一夏達は改めて謝罪した。

 

『生言ってすいませんでした‼︎』

 

「いいのいいの。シャルロットちゃんの言うことは正しいわ。確かに、数が必要な量産機と数が限られているISでは、相性が良くないというのはその通りよ。ラウラちゃんの言っていることも同じく正解」

 

「それでもライオトルーパーに何よりも必要だったのは量産性だったし。この子達は紛れもなく......第五世代の性能を持っているのも事実なの」

 

 研究員の一人から待機状態のライオトルーパーを受け取って、その作動レバーのレリーフを愛おしげに撫でる。

 くびれた腰にベルトがまるで鍵のようにおさまった。

 細い指がレバーに絡まり、カシリと振動が起きた。 おろされようとしたレバーがかかったロックで宙ぶらりんに止まったのだ。

 見兼ねた研究員が彼女に近づきベルトを弄ろうとしたがそれを長い指5本が拒否した。

 

「丁度いいわ。どちらの謎も解決できるいい提案が浮かんだ」

 

 ショコラータはベルトを外し、その研究員に手渡す。

 

「第一世代型のISは兵器としての性能を追求した。白騎士はその高い制圧力で世界を震撼した。でもそれも直ぐに限界が見えた。人間と同じ。戦争にも向き不向きがあるの

 第二世代型はイコライザによって、戦闘での用途の多様化に主眼が置かれた。天才ではなくなったけれどその分器用になれた

 第三世代型は正に個性を伸ばした今風の子達。操縦者とのシンクロも重視され、ISが道具ではなく相棒という考えが定着しているのもこの世代になってからだね」

 

 ショコラータの唐突な説明はなんだか演説のように聞こえた。 説明にしては人の心を掴みすぎた。

 

「そして私のコスモスとリィン....正確にいえばどちらも設計的には第三世代のそれなの。みんなも見た通りデュアルコアシステムを搭載する事で、理屈上ではすべてのISがリィンになれる

 第四世代型のコンセプトはいわば『進化』

 ISという種全体に齎される進化.....というのがこのおじさん達や社長の言うことだけど......私はその進化って言いかたは好きではないの」

 

 、と。

 それまでシャルロットの辛辣な指摘にも表情一つ変えずに作業に集中していた研究員達が初めて笑った。

 呆れたような笑い。

 単語としての分類は聞き飽きた。 言語的には「やれやれ、またか」といった感じだろうか。

 一夏はその事で彼女から目を離したことで、自分がいつのまにかみんなから一歩離れて、ショコラータの熱演に耳を傾けていた熱心さに気づいて一歩退がった。

 

「私はね。この子達のことは.............()().............つがいだと考えている」

 

「は?」

 

 一夏に反応するように研究員達が噴き出した。

 

「だって2機のISが一緒になるのよ?進化って言葉は雰囲気だけ先走りすぎて本質を表していないわ。自分の価値観をこの子達に押し付けてる」

 

「あ、あの....」

 

 箒だ。

 それまで専用機持ちの中で、あまり目立ちたがらなかった彼女もその羞恥心をすっかり忘れていた。

 

「夫婦って言っても.....その、雄と雌が結婚しても一つに融合したりしないんじゃ...」

 

 専門的ではないが、彼女なりにショコラータの違和感を形にした矛盾の定義を、ショコラータは「あら」と目を丸くして言った。 生徒に間違いを言い聞かせるように。

 

「結婚したらオスメス合体して一つになる夫婦体系が存在してもいいじゃない。女と男の在り方に決まりはないわ」

 

「はあ...」

 

 もちろんそれ以上箒が反論することはなかった。

 どちらにせよ第四世代に関しては明らかに自分たちは領域外いる。

 専門家であるショコラータの信念には、彼女たちが抱いている以上に深く。 そして合理的なのだろう。

 一夏たちの納得を察したのか彼女は自論をそこまでにし、研究員たちは元の無表情に戻った。

 

「進化というのならこの第五世代こそ相応しいわ。長くなったわね。今疑問に答えます」

 

「最初に弁解しておくと...うちの関連企業....スマートブレイン・インフィニティーが開発したこのライオトルーパーを、我が社は利益を出すには数が必要な量産機として売り出そうとしている。それはキチンと勝算があってのことなの」

 

 それは即ちシャルロットに対する反論であった。

 ISは車やバイクなどの他の生産品と違い、量産機は売れにくい。

 それはISコアを作りISの数を増やすことが出来る人物がこの世にただ一人しかいないから。

 一夏がIS学園の授業で一番始めに習ったことの一つだ。

 

「一夏君」

 

「あ、はい」

 

「きみはこの世界で唯一の、男性でISを動かせる人間。それで、色々と苦労したと思います」

 

「えと。まあ、どうも(乾...何かとIS関係でハブられるな)」

 

「でもその苦労も今日限りです」

 

 ショコラータが一夏に優しく微笑む。

 その美しさにどきりとする一夏だったが、それに負けじと彼女の言葉が腑に落ちなかった。

 

「ISが世界に登場して10年。人々はこの子達に随分と振り回されて来ました....。しかし、対話とは辛抱強く行い続けてこそ始めて身を結ぶものです」

 

 ふふっと微笑みを一つ。

 

「シャルロットさん」

 

 鈴音がギロっと睨む。

 迂闊なことを言ってしまったと後悔したばかりのシャルロットは少し控えめに返事をした。

 

「ライオトルーパー。我が社は買い手のターゲットをどこに絞っていると思います?」

 

「え、どこに売るか...ですか?うーん....そりゃ政府だったり...所属パイロットを持っている大手企業とか軍とか」

 

「その通り。素晴らしい。優等生ですね。そもそもISの新開発とは政府に依頼されて企業は要望の通りに作って、渡すもの。企業が独自に開発したものを政府に売り込むことは稀です。リスクが大きすぎるから。IS事業がビジネスとしてではなく研究職と見なされる原因の一つがこれです。アラスカ条約でコアの取引に規制があることも含めてISとは儲かりにくいのです」

 

 開発企業の中には、所有しているISコアが一つもなく、研究に使われているものは、国から借りているところもあるという。

 例え所有していたとしても、そんな貴重なコアを商品として売っぱらってしまっては、直ぐに体力切れで後が続かなくなり、その上商売道具が無いために仕事も出来なくなり、結果倒産してしまうだろう。

 ISとはリィンの名が指し示す通り世界を循環し、戻ってくる輪廻の枠の事。

 競争とは市場ではなく研究。

 出し抜くのは業績ではなく発明。

 その証拠に、大企業であったデュノア社が潰れた原因も、その開発競争についていけなくなったからだ。

 ISは店先に値札を貼って並べておくには希少過ぎる。

 

「でも不正解。正解は各諸外国の治安維持機関...警察官です。用途は暴徒鎮圧用」

 

 成る程と腕組みしながら言ったのはラウラだ。

 彼女の疑問に対する答えがそこにはあった。

 

「確かにそれならばスペックをあえて低めに設定しているのも頷ける。ISや戦車で暴れる犯罪者などそうはいない」

 

 第二世代機と比べても低いスペックは、生身の人間を相手に設計されているからだろう。

 

「小柄な体躯も市街地戦を想定してのことなわけね」

 

 そう合点をつけながら楯無は、右手に持った扇子を、掌を上に向けた左手に叩きつけ、そのまま勢いよく顔の横で開いた。

『よし、わかった‼︎』と描いてある。

 なんだか本当に分かっているのか怪しい。

 

「確かに武装警官の装備とするならば必要なのは数ですわね」

 

 一人が飛び切り優れたISを持っていても、国全体で行われる犯罪行為に全て対応するのは不可能だ。

 低コストにつくってあるのも量産化を視野に入れているからというわけだ。

 

「ということは第五世代ってまさか.....」

 

 鈴音がそう呟く。

 いつになく真剣な面持ちだ。

 一夏の脳裏に朝の、興奮したシャルロットと彼女の言葉が浮かび上がる。

 ショコラータが再び存在感を増す。

 

「本日皆さんに試していただいた計8機のライオトルーパー。一企業が所有しているISにしては多いな...とは思いませんでしたか?」

 

 一夏は思わず頷いた。

 ISが8機とは下手な軍隊の戦力を軽く上回っている。

 例によって笑みをたたえながらショコラータ。

 自信に満ち溢れていた。

 

「遂にISは我々に心を開いてくれたのですよ。第五世代機の最大の特徴は....生産性」

 

「デュアルコアの副産物として新たに開示に成功したブラックボックスの中身を解析することにより.......世界初。篠ノ之博士以外でISコアの製造に、我が社はこぎつけたのですよ...‼︎」

 

 最早村上の事もスカリエッティのことも一夏の頭からスッポリと抜け落ちていた。 ともすれば目の前のショコラータすらも今の彼には映っていないのやもしれない。

 鈴音やシャルロットといった普段から素直なタイプは大きく。

 ラウラや箒、簪といった比較的寡黙な人間もそれを忘れたかのごとく二人に次ぐリアクションを取った。

 唯一。

 声といったものでは判断出来なかった。 楯無やセシリアの表情は、一夏の位置では見えず。 そして彼にはどうでも良いものだった。

 先の通り。

 彼は彼女たちの存在も心の隅に追いやるほど、脳を興奮に支配されていたのだ。

 デュアルコアから来て今日2度目の歴史的瞬間である。

 

「すごい....すごいじゃないですかショコラータさん‼︎皆さんも‼︎」

 

 ショコラータと研究員に一夏は迷わず拍手を送る。

 リィン以来の自分からの拍手だ。

 それは八人すべてに伝わっていく。

 

「本当‼︎世界が変わりますよ⁉︎」

 

 特にスマートブレインには独特の感情を持っていたシャルロットは一夏と同じくらい彼らを賞賛した。

 この第五世代は現在のアラスカ条約にさえ影響を与えるものなのは間違いない。

 まさに世界が変わる大発明だ。

 その言葉を嬉しそうに受け取るショコラータと研究員達。

 

「ありがとう。一夏君...シャルロットちゃん...。このライオトルーパーは、今では治安維持の名目で、装備もそれに準じたものになっているけど。近いうちには消防隊用や災害派遣などの救命救助の現場に役立てられたらいいなって思っているの」

 

「素敵...」

 

 シャルロットがそう呟き、一夏はその光景を浮かべる。

 傷付いた人の手を掴むライオトルーパーの姿を。

 セシリアが後ろから呟いた。

 

「人工IS」

 

 正しく考えればミスマッチな例えなのだが、何だかしっくり来る気がした。

 ISコアとは、石油や水など。 永きに渡る自然の恵みによるもので、人類には再現不可能な物だと。 今までそんな立ち位置にいたのだ。

 篠ノ之束という神にしか製造不能な魔法の道具。

 インフィニット・ストラトス。

 

「あ、良いわねその名前。キャッチーで興味引きそうだわ」

 

 手を叩くショコラータ。

 

「確かにこのコアは従来のISコアとは別物って考えても良いしね」

 

「篠ノ之製じゃないからですか?」

 

 一夏は言っておきながら何となくそれは違うと感じていた。

 少し前の腑に落ちなさが再び浮上した。

 ショコラータがまた、先程ライオトルーパーを渡した研究員を呼ぶ。

 

「まだ第五世代型ISのコンセプトを説明仕切っていなかったよね。この際だから全部話ちゃおうか。もちろん!学校で噂立てたら駄目だかんね」

 

 研究員がベルトを一夏たちに見えるように持つ。

 

「第一世代から続くIS最大の欠陥点....それは未だ解明し切れていないISの全容そのもの。私たちはこの不思議なエネルギー体の解明を、10年前からずっと心のどこかで諦めてきた。それは第二世代以降のISのコンセプトが示している通り」

 

「汎用性を高めた第二世代。特殊装備に特化させた第三世代の機体も、所詮は外付け装備。ISの中に手を入れているわけではない」

 

 一夏は右手の袖をまくる。 見慣れたガントレットが現れた。

 白式のワンオフでもあり特殊装備。 雪片弐型。

 確かに外付けの武装だ。

 普段は白式の中に収納されているとはいえ、根本的には雪片と白式は別々のもの。

 何となくショコラータの言いたいことは理解できた。

 

「旧世代のISはコアへの表層的なアクセスしか行えなかった。それを発展させてやっとコアに干渉して作動する。デュアルコアシステムの搭載に成功したのが第四世代。でもそれもあくまで第三世代の延長線上の技術と発想。単に出力上昇を施しただけでは革命的とは言えない.......」

 

「第五世代型のコンセプトは『新たな変革』.......」

 

「ライオトルーパーはリィンとは別アプローチによって産み出された全く新しい理念を持ったIS。だから正確に区分すれば第五世代型はそれまでのISの発展系というよりは、第三世代型からリィン達とは異なる進化の過程を伴って産まれた『新種』のISなの。陸に上がり体を巨大化させ地上の支配者になった種もいれば、逆に変わらず単純な肉体のままにしたことで来たる環境変化に備えた種も居たように...」

 

「ライオトルーパーの一号機のために選んだISコアは、長らくデュノア社にてラファール・リヴァイブや試験用ISの実験や動作チェックに使用され、何度も初期化を加えられ酷使し続けられた....いわば『日陰者』のコアだった。ISの開発っていうのは大抵研究機関内で使う実験・試験用と世間への発表の際の性能お披露目に使う本番用に分けているのよ。その方がいらない負担も避けられるし。デュノア社の機材をウチに搬入している流れで、ウチでもコスモスの開発のために実験用として使って、完成後はそのまま初期化して保管した。研究区画の奥でね。社長はそんなボロボロのコアを次期専用機搭載のコアとして選んだ」

 

「その時は念願の第三世代機コスモスを政府上層部に極秘発表して賞賛を浴び、我が社がフランス国のIS企業としての軌道に乗った頃で、まだ第五世代機なんて影も形もなかった」

 

「社長はスペックを抑えた量産機というコンセプトの元、『第四世代機の製作』を命じた。最初は第四世代型の枠はリィンではなくライオトルーパーだったのよ。もちろん当時は研究チームも、テストパイロットだった私もその真意が分からず困惑したわ。理由はラウラちゃんとシャルロットちゃんが言ってくれた事と同じ。ISを車か何かだと勘違いしてるんじゃないかと思い文句を言った。社長は私たちを一言で諫めて社の方針として準備を進めた。」

 

「政府に根回しをして予算と...新しい『表舞台用の』ISコアをプレゼントされた社長は、なんとその新品のコアを実験用にして、実際に専用機として操縦者に与える搭載機の役目を...そのボロボロのコアに与えた」

 

「ライオトルーパーは直ぐに完成したわ。デュノア社時代のスタッフを含めて、もっと高性能なコスモス開発を経た彼らにしてみれば驚くほど容易かった...」

 

「そして、私たちの不安を他所に、社長は視察に来る政府の高官への試運転の日時を設定。失望され激怒されるとしか思わなかった研究チームはそれに猛反対。私も直談判しに社長室のドアを叩いたわ.....でもそのたびに彼の秘書に冷たく追い返される毎日。社長の言葉を信じるしかなかったわ.....」

 

 思い返すようにその時の俯いた感情が彼女の顔に現れる。

 横を見ればそれは研究員たちも同じだ。

 ということは彼らはその時代を経験した事になる。

 一夏は聞いてみた。

 

「社長さんはなんて言ったんですか?」

 

「進化には試練が必要。君たちはそのISコアのために試練を与えればいいのです。我が子の成長を期待して.......もう、いよいよ泣きたくなったな〜。でもあの人は間違った事は言わないし。私たちに見えないものが見えている.....信じたわ」

 

「そして発表の前日。調整を終え、後は発表を待つだけだったライオトルーパーに、使用コアだったその子が、突然駆動系などに干渉。私の言うことを聞かなくなった。ここまで来て...。仕方なく実験用に使っていた政府から贈られてきたコアへと載せ替えて当日を迎えようと考えていた時に.....あの人がやってきた」

 

 ショコラータは言及はしなかったが、間違いなくその人とは村上のことだ。

 

「驚く私たちに社長はこう言ったわ。彼女は試練を乗り越えた...てね」

 

「はあ......」

 

 分からないといった顔を未だに崩せない一夏にショコラータは、まるで答え合わせを示してくれているようだった。 言葉の節々にその感が伝わってくる。

 そしてその瞬間がやってきた。

 

「ライオトルーパーの1号パイロットは誰か....一夏君わかるかな」

 

「ショコラータさんじゃないんですか?」

 

 当然のことなはずのの回答だったが、一夏は彼女の悪戯っ子ぽい笑顔で、その答えが正解だと安心する事は出来なかった。

 ショコラータが背後を向いた。

 背後にいる。 先程から何かと気になっていた研究員にその瞳を向けた。

 この数人のグループ内ではリーダー格である彼はショコラータの意図をすぐに読み取った。

 彼はずっと手に持っていたベルトをそのまま自身の腰に巻きつけ固定。

 背筋に針が突き刺さるような思いを感じた一夏は、同時並行でショコラータの話に耳と視線を傾けた。

 多分研究員の方を直視していたら彼女の話などきっとすっとんでしまっただろうから。

 好奇心と期待感を必死に理性で抑えつけながら本能が制作した五感のカメラと集音器を物語の本筋に当てた。

 

「社長よ。.....村上狭児が、ライオトルーパー一号機の初パイロットなの」

 

 光と音が否応にも本能を優先させざるを得なかった。

 一点物が多いISにしては異例の生産性を感じさせるデザインが、この空間に置いて、今最も個性を発していた事実は、常識という価値観をたった今覆した機体だというのが事由だろう。

 

「ライオトルーパーは世界初........女性以外の装着を可能とした.......まさに『新たな変革』をもたらすもの。

 

 だから第五世代

 

 だから............人工ISなのよ」

 

 

 

 

 

 




順当に改変要素が増えていきますね〜(まるで他人事のように)
ということで、今回でまた重大な要素が増えましたね。
基本的に私はラストの展開プロットは一応用意してるのですが、それまでは完全にノリの生き物です。
そんなノリが産み出したこのオリジナリティ溢れるモンスター!!
名付けてライオトルーパー!!..............まあ、完全オリジナル出しすぎると後々収集付かなくなっちゃうから多少はね。

というわけで第五世代ISを登場させたわけですが、流石にこのまま説明もせずに放ったらかしにしとくってのもアレなんで久しぶりに設定集とかを書こうかなーと思っています。
ショコラータさんも紹介します。

次話では上記の通り設定資料を公開する予定です。
投稿した後でも、コメントなどによる要望があれば追記で新たに書き込みますので、不満点があれば遠慮せず言ってください。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて


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