うしろのしょうめんだぁれ (砂岩改(やや復活))
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プロローグ
無垢なる殺人鬼


ノリと勢いで書き殴ってみた。




 何故、こうなってしまったのだろう。

 

 彼女は実に聡明な女性であり人の死どころか生き物の死というものにも程遠い人間だったというのに。

 

 何故 という疑問は全ての人が抱いた素直な感想だろう。老若男女問わず彼女の変貌には全ての人が信じられなかった。

 

 彼女は帝丹高校に通うごく普通の生徒だった。財閥の令嬢や空手好きの友人と共に彼女なりの青春時代を謳歌していたはずだった。

 

 羽部(はべ)百々月(ももづき)、それが彼女の名でありとある人物の影響で大きく変化してしまった存在であった。

 

――

 

 帝丹高校、2年B組に所属していた彼女の運命が動いたのはとある人物が失踪してしまってからだった。

 

 工藤新一、平成のホームズと呼ばれた天才高校生探偵が少なくとも目の前からは消え、それと入れ替わるように随分と賢い少年が彼女の目の前に現れた。

 

 江戸川コナンと名乗っていた少年の周りで巻き起こる様々な事件、彼と近い距離に居た彼女も例外なく巻き込まれていく。それが触れてはいけない劇薬だと知らぬまま。

 

――

 

「どうしてなの、羽部さん」

 

「答えなさいよ、もも!」

 

 取調室、そこで手錠をかけられ椅子に座り込んでいた彼女は親友であった毛利蘭と鈴木園子の質問に対し目線を動かすだけで何も言わない。

 

 長い黒髪を1つに纏めたポニーテール、鋭い目付きに剣道でしっかり鍛えられた体、可愛らしい名前とは正反対の彼女は品行方正で成績優秀な生徒。

 

 しかし推定15人もの人を殺害した殺人鬼。

 

 だが彼女の周囲に居た誰もがその事実が発覚する15人目の殺人まで悟ることも出来ずその犯罪を見過ごしていた。

 

 何故殺した?それはある意味、大きな問題ではなかった。何故彼女がこの様なことをするまでに至ったかが問題だったのだ。

 

「感謝している。江戸川コナン、いや工藤新一」

 

 全てが明るみになった時、彼女はそう言い放った。

 

 その言葉を聞いた彼は思わず言葉を失い絶句する。ただ冷静に狂うこともなく言い渡された言葉は事実だけを示す。

 

 彼女は人殺しというものを肌で感じ、目で見て、耳にして解析し、学習し、練り上げる。何故今までの犯人たちは負けたのか、不様に散っていったのか。

 

 どのような方法が最も効率的だろうか、誰にも気付かれないか、そしてどれが一番 美しい だろうか。

 

 華麗に事件を次々と解決している彼を見ていてある思いが体の奥底から湧き上がるのを感じた。

 

 回答する側は実につまらない、出題する方が絶対に楽しいはずだ。

 

 14という練習問題を得て次は本番、どれだけ彼を苦しめられるだろう。

 

 江戸川コナンという探偵の後ろに居た筈の1人がいつの間にか彼の目の前に立ち、静かに笑っていた。

 

 これは江戸川コナンという人物を通して人の死を見たただの人が殺人鬼になるまでのお話。

 

 




―追記―

 思った以上に好評だったので連載することに決めました。掛け持ちもあるので連載開始は時期は未定ですが…。

 という事で皆様がこの主人公に味合わせたい事件の要望を活動報告の方でアンケートにして意見募集いたします。

 この事件は主人公に見せてあげたい。

 この事件は主人公の狂気を加速させるのに役に立つだろう。

 等々、そういった意見を募集します。もちろん、この事件は好きだからという事でも全然構いません。映画でも構いません。

 現在、予定しているのは《山荘包帯男殺人事件》《闇の男爵殺人事件》ぐらいです。
 映画では作者が一番好きな《ベイカー街の亡霊》をやってみたいと思ってます。

 主人公の立ち位置的には園子のような準レギュラーみたいなものなのでいくつか事件をピックアップして主人公に活躍して貰う形式です。

―無垢な少女を殺人鬼に成長させるのは貴方たち―

 ご意見、お待ちしております!



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第一章 種まき
山荘包帯男殺人事件 (前編)


更新間隔は長めになると思いますがご了承ください。




「何故だ、何故お前がこんな事を…」

 

「ほんまやで、工藤と俺が考えても動機が全く分からへん。悪いけど教えて貰えるか?」

 

 とある場所、とある日、とある時間。東と西の名探偵に対峙するのは1人の女、美しい黒髪を纏めたポニーテールが風で揺れる中。

 

「……」

 

 彼女は高笑いするわけでもなく、泣くこともなくただ冷静に、静かに…笑いかけるだけだ。

 

 悔しがるように相手を睨み付ける江戸川コナン、目の前で静かに笑う羽部百々月。

 

 工藤新一が江戸川コナンとして彼女に初めて出会ったのは後に《山荘包帯男殺人事件》と呼ばれる事件だった。

 

ーーーー

 

 

「ねぇ、ねぇもも。週末暇?」

 

「なんだ藪から棒に」

 

 教室で本を読んでいた百々月は若干、疑いの目で園子を見つめる。

 こういった高いテンションの時の園子は絶対になにかやらかすか、周囲で何かが起きるかのどちらかだ。

 そんな疑り深い目で彼女を見つめていた百々月に対し園子は彼女の持っていた本を取り上げてタイトルを見る。

 

―日本の裏歴史、武士道の生誕と繁栄を紐解く―

 

 ページ数が4桁近くある分厚い本を見つめ園子は大きなため息をつく。

 

「こんなん読んでるから男が近づかないのよ。もう少し青春を謳歌したらどうなの?」

 

「勝手なお世話だ。それに私は私なりの青春を謳歌している。それで、週末は暇だがどうした?」

 

「よくぞ聞いてくれた。実は姉キがうちの別荘で昔の友達と泊まるんだけどどうせなら蘭たちも呼んで遊ぼうと思って」

 

 どうせ毎度の如く男目的で同窓会に割り込んでいったのだろうが山奥の別荘というのは一種の憧れがある。せっかくの誘って貰ったのだ、行かない手はないだろう。

 

「別荘か…楽しそうだな」

 

「でしょでしょ、行こうよもも」

 

「分かった」

 

 彼女は剣道部に所属しているが週末の稽古は自由練習、別に行かなくても問題はない。

 

「やった!もも大好き!」

 

「ええい!暑苦しい!」

 

 抱きつく園子を鬱陶しそうに解こうとする百々月、これが2年B組の日常の1つであり彼女達の習慣のようなものであった。

 

――

 

 園子は先に別荘に向かったらしく週末になると最寄りの駅で蘭たちと百々月は合流した。百々月はバイクの免許を持っているので電車ではなくバイクで最寄りまで来たのだ。

 

「あ、羽部さん!」

 

「遅かったな…」

 

 バイクを厳重にロックしたのちに駅員に数日の間なら駐車して良い許可を貰った彼女は駅の出入り口でお茶を飲みながら待っていると電車から降りてきた蘭が彼女に気づき声をかける。

 

「ごめん、ごめん。コナン君も行くって言うから支度してて」

 

「その子が?」

 

「うん、羽部さんは初めて会うよね。江戸川コナン君、うちで世話しているの」

 

「こんにちは」

 

「この年で居候か…」

 

「あはは…」(もうちょっと言い方があるだろ)

 

 百々月の言葉に若干の不満を抱きながらもコナンは子供らしく可愛らしく笑う。

 学校で蘭の話は聞いていたが本当に小学1年生なのだと知った彼女はコナンと名乗った少年の顔を覗き込む。

 

「どこかで見たような顔なんだよな」

 

 可愛らしく笑うコナンを見て顔をしかめるが今考えても仕方ないので取り敢えず諦める。

 

「まぁいいか。園子も待っているだろうしその別荘に向かおう」

 

 山の道のりも決して短くはない、話なら歩きながらも出来るし早めに行った方が良いだろう。

 

ーーーー

 

「あれ、おかしいな。確かこの辺に別荘があるはずなんだけど」

 

「ねぇ、もしかして僕たち道に迷ったの」

 

 順調に山道を進んでいた筈の一行だが蘭が地図を見ながら四苦八苦していた。そんな彼女を見かねたのかコナンは彼女に質問を投げかける。

 

「そ、そんな事ないわよ。ちょっと寄り道しているだけ…ねぇ羽部さん」

 

 残念ながら予想通りのようで蘭は慌てながら周囲を見渡す。

 

「安心しろ、私がしっかりと把握している。もうすぐ見えてくるはずだ」

 

「よかったぁ」(ももは相変わらずだな)

 

 百々月の言葉に思わず安心するコナン、蘭と園子はおっちょこちょい気質があり、なんだかんだで小さなハプニングを起こす。

 そんな2人をちょうど良い感じでフォローしているのが百々月だ。頭も回るし冷静沈着、コナンとしても信頼できる友人の1人だ。

 

「あの別荘だな」

 

 百々月が指を指した先には二階建ての大きな別荘がありその前の崖には吊り橋が架けられている。

 

「あれ、誰か歩いてる。あの人も別荘に行くのかな?」

 

「随分と変な格好だな」

 

 真っ黒のコートを身に纏い顔も帽子も深くかぶっているせいでよく分からない。

 そんな人物が後ろにいた自分たちに気づいたのか後ろを振り向いてくる。そこから見えたのは顔に包帯を巻きつけた姿だった。

 

「「「っ!」」」

 

 あまりにも不気味な姿に3人全員が言葉を失う。それを見た包帯の人は別荘の方へと駆けて姿を消すのだった。

 

「あ、あの人も別荘に行くのかな」

 

「違うんじゃない」

 

「違うといいな」

 

 まあ、思わぬ出来事もあったがこれから別荘で思いっきり楽しむのだ忘れてしまおう。

 

「遅いよ蘭、もも。せっかくの私の別荘に招待してあげたのに遅れて来るなんてもう」

 

 窓から見たのか知らないが3人の到着を知った園子は玄関から顔を出し、向かい入れる。

 

「あら、この子ね。蘭の家で預かっているコナン君って、結構かわいいじゃん」

 

「あはは…」

 

「こんなコブ付きじゃあ。恋愛どころじゃなくなっちゃうわよ」

 

「恋愛?」

 

「私たちは素敵な男性に巡り会うためにここにやって来たのよ。そして、その男性と大自然の中、夢のようなロマンスをしちゃう訳よ」

 

 呆気に取られている蘭に対し百々月はやっぱりっと言った感じで園子を見つめる。

 

「私は別荘と大自然だけで充分だがな」

 

「まったく、これだから剣道バカは困るのよ。華の女子高生なんだから盛大に咲かないと損でしょ?」

 

「私はヒマワリよりすずらん派だ」

 

「まぁ、ももにも剣道以外で熱中することが出来るわよ」

 

 玄関先で談義をしていた蘭たちだったがせっかく来たので中に上がることにした。

 話の途中で包帯を巻いた人物についての話をしたが園子自身は特に知らないようなのでそのままお流れとなった。

 

「3人とも、部屋は二階よ。ももは私と同じ部屋だからすぐに分かるわ」

 

「分かった」

 

 10分以上山道を歩いてきたのだ少しだけ疲れた。荷物だけ置いてさっさと軽くなってしまおうと3人は二階に上がるがそこには部屋がたくさんありどれがどれだか分からなかった。

 

「どれが私達の部屋だか分からないじゃない」

 

「言わなかったという事は一番、分かりやすい部屋だろう」

 

「適当に開けてみましょうか」

 

 分からないと言って立ち往生しているわけにも行かないため蘭は扉を開けるとそこには少し色黒の男性が着替えていた。

 

「間違えました、すいません!」

 

 それと同じタイミングで向かいの部屋の扉を開けていた百々月は顔がぽっちゃりしている眼鏡を掛けた男性と目が合う。

 

「あ、すいません」

 

 慌てて扉を閉めた蘭とは対照的に百々月は静かに扉を閉める。その後もイケメンな男性の部屋と間違えるが何とか自分たちの部屋に辿り着いたのだった。

 

ーーーー

 

「皆さん、同じサークルだったんですか」

 

「そうよ。みんな姉キの大学時代の映研仲間。特に仲の良かった5人が2年ぶりに集まったってわけ」

 

 それぞれ支度を終えリビングに集まった一同は用意された洋菓子と紅茶を飲みながら談話をしていた。

 そんな中、百々月は難しそうな顔でフロートレモンティーを見つめてるのをコナンが発見した。

 

「もも姉ちゃん、それはそのままで飲むんだよ」

 

「あ、そうなのか?ありがとうコナン君」

 

 レモンティーに浮かべてあるレモンは確かに初めての人からすればどう扱って良いのか分からない。

 他人様の前で聞くわけにもいかない彼女を的確にフォローしてくれたコナンに対し百々月は頭を優しく撫でることで感謝を伝えた。

 

(こいつ根っからの日本人だったからな。いつも緑茶を飲んでたっけ)

 

 紅茶を飲みながら横目で百々月を見るコナン。小さくなってしまってから、それほど時間は経っていないが懐かしく思えてくる。

 

「男性方はこんな感じで…」

 

 園子の紹介に預かったのは映研の主役を張っていた太田勝、カメラマンだった角谷弘樹、大道具の高橋良一の3人。

 

「さ、さっきは皆さん失礼しました」

 

「高橋さん、すいませんでした」

 

「いえいえ」

 

「気にしなくて良いよ百々月ちゃん」

 

 随分と豊かな体型の彼に対し申し訳なさそうに謝った百々月を見て事情を知らない園子は頭に ? を浮かべる。

 そして紹介は進み園子の姉である鈴木綾子、そして現在、有名脚本家として知られている池田知佳子。

 

「もしかして今、上映中の《青の王国》の脚本を書いている池田知佳子さん?」

 

「そうよ、確かあれ知佳子が大学時代に書いた脚本で、デビューのきっかけになったのよね」

 

「やめてよ、そんな昔の話」

 

 現在上映中の《青の王国》はよくテレビや雑誌などで取り上げられる人気作でかなり評判も良いらしい。

 

「なんか次の映画の話も来ているそうじゃねえか」

 

「池田先生、ファンの方々になにか一言」

 

「やめてってば…」

 

「相変わらず角谷の撮影好きは変わってないようだな」

 

「こればっかりは止められないぜ」

 

 流石は映研のメンバーで撮影担当だけあって百々月たちと会ってからずっとカメラをまわしている。

 

「それにしても高橋、また太ったんじゃないか?」

 

「100㎏ぐらいかなぁ」

 

「それじゃブタだよ。ブタ」

 

「ひどいなぁ」

 

 太田の言葉で男3人で笑い場に和やかな空気が流れる。昔の話に花を咲かせるサークル仲間たちは2年も会っていないとは思えないぐらいに仲が良かった。

 

「ほんと、皆と居ると大学時代を思い出すわね…」

 

 笑みをもらしながら話す綾子だったが何かを思い出したように静かになり小さな声で言葉を漏らす。

 

「敦子も、敦子もあんな事がなきゃ。きっとここに来ていたのに」

 

「止めなさいよ、敦子の話は!」

 

 綾子の言葉に現場が凍り付き知佳子の大声でさらに場が静まり返る。

 

「………」

 

 ただ事ではない様子の一同を見て百々月は眉を顰めるがなにも言わずに紅茶を飲むのだった。

 

 その後、メンバーは気まずくなったのかそれぞれ分かれて行動してしまう。知佳子と角谷は外に散歩、高橋は屋根の修理、綾子は夕飯の準備に取り掛かった。

 

「なにか気になってるの?もも姉ちゃん」

 

「まぁ、みんなの反応が過敏すぎた気がしてな」

 

 緑豊かな別荘に来たというのに雨が降り始めどんよりとした空が広がる。

 

「なんでそこが気になるの?」

 

「2年前と近い時期とは言え触れたくもないと言った風にするのがな…。自殺だったりしてな」

 

「やっぱりもも姉ちゃんは鋭いね」

 

「やっぱり?」

 

「なんでもない!」

 

 百々月は元から鋭い観察眼の持ち主だ。それにその観察眼を充分に扱える思考も兼ね備えている。

 

(それだけボロを出さないようにしないと、ももにバレるかもしれねぇな。気をつけねぇと)

 

ーーーー

 

 百々月が特に目的もなく窓を眺めているとイケメンの太田が蘭と一緒に相合い傘をしながら森の中に入っていくのが見えた。その後ろを追跡する園子とコナンの姿もだ。

 

「はぁ…。本当に好きだな」

 

 なぜコナンまで着いていったかは分からないが園子は太田さんを狙っての事だろう。どうせ太田が言い寄って蘭が逃げるか太田が撃退されるのがオチだろう。

 

「あら、百々月さん。あなたも散歩に行くの?」

 

「えぇ、こういう所はあまり来られないですから」

 

 綾子さんに見送られながら外に出た百々月は傘を差しコナンたちをゆったりと追いかける。

 

「おい、出歯亀ども」

 

「「げ、もも…」」

 

「人の色恋沙汰を盗み見るとはな」

 

 バツの悪そうな感じで百々月を見る園子とコナン、すると次の瞬間、強烈な光と共に雷の轟音が鳴り響いた。

 

「び、びっくりした。近かったわね、今のカミナリ」

 

「ちょ、コナン君!」

 

「待ちなさいよ!」

 

 園子が雷に気を取られている隙にコナンは雨の中を走りだし森の中へと向かっていく。

 それを追いかける百々月と園子だったが百々月だけふとした拍子にはぐれてしまった。

 

「しまった…。皆どこに行ったんだろう」

 

 雨で視界が悪い中、1人だけになってしまい辺りを見渡す。そんな彼女の背後に黒い影が静かに、確実に近づいていたのだった。

 

 




―彼女は普通の女子校生―


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山荘包帯男殺人事件 (中編)

 

 

「園子、コナン君…。どこに行ったんだ?」

 

 辺りを見渡しても草と木ばかり、天候も悪くなんだか不気味だ。こうなれば1度、別荘に戻って園子たちが蘭を連れ帰るのを待つしかない。

 

「仕方がない…」

 

 別荘に引き返す為に後ろを振り返った瞬間、百々月は自身に向けて斧を振りかぶっている包帯人間を見てしまった。

 

「は?」

 

 突然の出来事に理解が追いつかない百々月、だが体が勝手に対応し顔を腕で庇いながら大きく後退する。避けきれずに腕が少し切れるが問題ない。

 

「フゥー」

 

 包帯人間は大きな息を吐くと斧を構えて彼女に近づき百々月は傘を畳んで構える。剣道の正眼ではなくより実践型な構えだ。

 

ーー

 

「あ、いた!蘭姉ちゃん」

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

「園子、コナン君」

 

 その頃、雷を境に見失った蘭を発見した2人。

 

「急に居なくなっちゃったからビックリしたよ」

 

「ごめん。あれ、羽部さんは?」

 

「さっきまで一緒にいたのに」

 

 なんとか見つかって一安心だと思った矢先、蘭の言葉で百々月とはぐれたことに気づく。

 

(まさかこの嫌な感じは。ももが危ない!)

 

 頭に過ぎる嫌な予感に対しコナンは再び来た道を走り出す。

 

ーー

 

「くそっ!」

 

 頼りにしていた傘は1合でへし折れてしまい百々月は思わず悪態をつく。息も切れ切れに逃げる彼女を包帯人間はしっかりと追いかけてくる。

 

「もも姉ちゃん!」

 

「コナン君!」

 

「一体なによ?」

 

 そんな時に草むらから姿を現したのはコナン、その後ろを追いかけてきた園子と蘭の登場に包帯人間は不利だと思ったのか身を翻し森へと消えていった。

 

 包帯人間が消えた後、気が抜けたのか座り込む百々月。

 

「大丈夫、もも姉ちゃん」

 

「あぁ…」

 

 静かに返事をする彼女は少し疲れたように右手で表情を隠し心臓に左手を当てる。それを見たコナンは思わず同情の視線を彼女に送った。

 

(なんの前触れもなく命を狙われたんだ。動揺するのも仕方ない)

 

 友人の珍しい態度を見たコナンはそう判断し慰めるように背中をさする。

 

「ふふふっ…」

 

 自身が生きているのを改めて実感したのか彼女の口からは笑いが漏れる。表情こそ見えないが、彼女が生きていて良かったと素直にコナンは喜ぶのだった。

 

ーー

 

(さっきのは一体…)

 

 森の中で突然、包帯人間に襲われ生命の危機に立たされた。抵抗を試みたが傘はへし折れてしまいコナン君たちが来なければ死んでいたかもしれない。

 

「ふふふっ…」

 

 思わず笑いが込み上げてくる。今、生きている事への歓喜?それもあるだろう。

 

 常人ならそれだけで充分だ、だって殺されかけそれに対して抗い勝ったのだ。でも彼女の中で小さくだが違う感情が存在していた。

 

(興奮した…)

 

 自身の死に対して抱いた感情は恐れではなく興奮、どちらかと言えば喜の感情だ。

 なぜこんな感情が湧き出てきたのかは分からないが確かに感じた感覚、それを彼女は噛みしめた。

 

 

ーーーー

 

「包帯男?」

 

「そうよ、森の中でももが襲われたのよ!」

 

 取り敢えず別荘に戻った4人はサークルメンバーと合流し森で出会った包帯男の話を進める。

 全身をマントで包み顔を包帯で隠していた人物を男と判断するのは軽率だと思うが訂正するのも面倒なので百々月は黙っておく。

 

「でもなんで羽部さんが襲われたんだろう」

 

「女が1人で森を彷徨いていたら格好の的だろうからな。仕方ない」

 

 冷静ないつもの状態に戻った百々月は蘭の疑問に自分なりの答えを提示する。

 そんな中、些細なことで角谷と知佳子が言い争いを始めたがすぐに綾子が割って入り仲裁する。

 

「でも妙な感じの人なら見かけたな。顔はよく見えなかったけど黒いマントにチューリップハットを被った不気味な人」

 

「黒いマントの男なら俺が来たときも別荘のそばで見かけたぜ」

 

「俺も…。顔はよく見えなかったけど。でも俺はてっきり近くに住んでいる人かと」

 

「そんな訳ないわよ。この辺りに家は橋を渡ってずっと行ったところに二、三軒あるだけでこっち側は山を1つ越えないと」

 

 怪しい人物は近所に住んでいる人間と全員が思っていたがそれを綾子によって完全に否定される。

 

「じゃあ、なんなんだよ。その男は」

 

「とにかく警察に連絡だ」

 

「う、うん」

 

 楽しいはずの別荘宿泊が早々から怪しい雲行きになってきた。険しい雰囲気の中、なぜか園子だけは現実味を感じていないようで変な妄想に浸っていた。

 

「うふふ、ワクワクしちゃう」

 

「え?」

 

「だって映画みたいじゃない?」

 

 園子の予想外の言葉に思わず疑問の声を上げる蘭、それに対して彼女はお構いなしにその妄想を繰り広げる。

 

「筋書きはきっとこうよ。別荘に閉じこめられた9人が森に潜む殺人鬼に次々と殺されていく。そして生き残った美男美女が殺人鬼を倒しめでたく結ばれるわけよ」

 

「私たち死ぬことが前提なの?」

 

 どこかの海外パニック系映画のノリでよくあるパターンだが今回ばかりは少しだけシャレになっていないかもしれない。

 現に百々月が襲われているのだ、笑って過ごせる状況ではないだろう。

 

「まだ殺人鬼になって人殺してる方が楽しそうだけどな。襲われるよりそっちの方がマシだ」

 

「まぁ、何事も仕掛ける方が楽しいのは分かるけどね」

 

 百々月の言葉に蘭は笑って答える。彼女なりの気を利かしたジョークだろうと思ったからだ。

 まぁ、少なくとも現時点では本当に気を利かしたジョークだったのだが。

 

「電話が通じない?」

 

「ええ、昼間は通じてたのに。さっきの雷で電話線が切れたのかしら」

 

「あ、あいつだ。あの包帯男が切ったんだ。あいつが…あいつが……うわぁぁぁ!」

 

 本当に笑っていられなくなってきた状態に我慢の限界が来たのか高橋が叫びながら暗い夜道を吊り橋に向かって駆けていく。それをあわてて太田と角谷が追いかけていく。

 

「1人は危ない。私たちも行こう」

 

「そうね」

 

 このまま高橋を見失えば包帯男が殺しにやってくる可能性だってある。こう言ったときの単独行動は非常に危険だ。

 

「あれ、どうしたんだろう。すぐ止まったのかしら」

 

「いや…」

 

 先に高橋を追いかけた太田たちは崖の辺りで止まり呆然としている。彼らが先に高橋を捕まえたのかと思ったがそうではないようだ。

 

「橋が落ちている」

 

 その原因は角谷のその一言で表されていた。崖の底に伸びる吊り橋だったもの、それは明らかに何者かによって破壊された跡がありそれを見た全員が戦々恐々とする。

 

「何が包帯男よ、バカバカしい。森の中で女の子を襲ったのも電話線を切ったのも橋を落としたのも皆を驚かせるため。きっとその人は私たちが驚いてるのを見て楽しんでいるだけよ!」

 

 知佳子は戦々恐々とする人たちを見て苛ついたのか、それとも自分の恐怖心を取り除くためか大声で怒鳴ると1人で別荘に戻っていく。

 

「とにかくここに居てもなにも始まらない。私たちも別荘に行こう」

 

 百々月の提案に全員が頷き取り敢えず別荘に戻っていく。

 

「さぁ、ご飯を食べて1度落ち着きましょう。夕飯の支度をするわ」

 

「私、手伝います」

 

「じゃあ、私も」

 

「園子」

 

 知佳子を見送った綾子は軽く手を叩きながら夕飯の支度を始める。それを見て手伝おうとした女性陣だが園子だけ百々月に止められる。

 

「なに?」

 

「なにか小さな棒のような物があるか?頑丈な奴」

 

「奥の方の物置になにかあると思うけど捜してみたら、勝手に漁ってていいから」

 

「ありがとう」

 

 犯人が殺人鬼なら1度目をつけられている自分がもう狙われないという確証はない。その時の為に彼女は何かしらの得物が欲しかったのだ。

 

「少し探せばこんなにあるなんて…」

 

「もも、ご飯よ!」

 

「分かった!」

 

 園子が教えてくれた物置には率直に言えばなんでもあった。

 《緊急時》と書かれたボロボロのダンボールを探してみれば遭難したとき用の物に紛れて特殊警棒が埋もれていた。それを腰にしまった彼女は皆の待つ食堂に行くのだった。

 

「だからその事はもう聞かないでねコナン君」

 

「う、うん…」

 

 彼女がリビングに到着するとしんみりとした蘭と園子の姿が、どうやら敦子という女性の話をしていたのだろう。

 

「お、凄え、凄え」

 

「美味そうだな」

 

 他の人たちも集まったようで太田と角谷が喜々としてリビングに入ってくる。

 

「あれ、知佳子は?」

 

「疲れたから先に休むって」

 

「1人にして大丈夫なのですか?」

 

「流石に家の中は安全だろ。早く降りて来いよ高橋、料理冷めちまうぞ」

 

 たった1人で部屋で休んでいる知佳子を心配する百々月だが太田が笑いながら答える。

 

「だ、誰だお前は!誰か居るんだよ下の窓のそばに」

 

「窓のそば?」

 

 高橋の言葉に全員が窓を注視する。角谷はビデオカメラを回しながらそっちの方を見ていると来た…。

 全身に包帯を巻いた男が知佳子を連れ去る瞬間を…。

 

「「「っ!」」」

 

 衝撃の事態に全員が絶句する中、真っ先に追跡を開始したのはコナンと百々月、2人は懐中電灯をひっさげて素早く追跡を開始する。

 

「危ないぞ」

 

「それはこっちのセリフだ!」

 

 百々月の忠告に生意気に返すコナン、そんな彼の言い方に彼女は親近感を覚えるが今はそんな事を考えている場合ではない。

 先行した2人を追いかけるように太田、角谷、高橋は懐中電灯を手にして走る。

 

「足だ!」

 

「こっちには手が」

 

 そんな中、見つかったのは連れ去られた知佳子の足、そして手。

 

「凄いな…」

 

「もも姉ちゃんは僕から離れないでね」

 

「あぁ…」

 

  暗い森の中は懐中電灯の明かりだけが頼りな状況でしかも振り続ける雨の影響で足元も不安定だ。好ましい状況ではない。

 百々月は1度、包帯男に狙われている。また狙われる可能性がある以上、コナンは傍から離れるわけにはいかなかった。

 

「おい、しっかりしろ知佳子」

 

 そんな中、森の中で倒れる知佳子を発見した角谷、慌てて抱きかかえると彼女の頭が体から離れ地面にゆっくりと落ちる。

 

「うわぁぁぁぁ!」

 

 彼女の遺体を見た角谷の叫び声が暗い森の中で響き渡るのだった。

 

ーー

 

「な、なんてこった…」

 

「やっぱりあの包帯男は殺人鬼だったんだ」

 

 知佳子の無残な姿を目にした太田と高橋はそれぞれ恐怖を口にする。その一方、百々月とコナンは遺体に駆け寄り検分をしていた。

 

 胴体と切り離された顔は恐怖に歪んだ表情で固まっている。恐らく殺される前に自身の死を悟ったのだろう。

 

(どんな事を考えながら死んだんだろう…)

 

 懺悔、後悔、それとも走馬灯でも見ていたのだろうか。何十年と積み上げてきた物が全て灰燼に帰す気分はどんな気分だろうか。

 

「もも姉ちゃん。大丈夫?」

 

「あぁ、私は大丈夫だ」

 

 ぼーっとしていた彼女を心配するようにコナンは話し掛ける。それに対し百々月も笑顔で答える。

 

(動揺するのも無理ないか…)

 

 殺されかけた後に顔見知りが殺されたのだ。思うところは多々あるだろうと彼は判断し知佳子の遺体の検分を続けるのだった。

 

「骨ごと切られてるって事は男だな。女の人じゃこんな事、出来ない」

 

「殺し方で男か女か分かるのか?」

 

「あくまで目安だけどな。やっぱり力が違うから」

 

「なるほどな」

 

「もう良いだろう。ここは危ないから別荘に戻ろう」

 

 検分をしていた2人に反し角谷は自身の上着を亡くなった知佳子に被せる。

 

「ごめんな、知佳子。犯人は絶対に捕まえさせるからな」

 

 悲しげに言葉を放った角谷を横目にその場に居た全員がその場を後にするのだった。

 

 

 





―探究心は全ての根源である―



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山荘包帯男殺人事件 (後編)

「ど、どうしよう。またあの人が襲ってきたら」

 

「へっ、戸締まりをしっかりとしていれば大丈夫さ。あんな時間にフラフラ外に出て行った知佳子が不注意なんだよ」

 

 知佳子が殺されたという事実を突き付けられた園子は思わず不安を口にするが、太田はあくまで普通の態度を貫いていた。

 

「確かに、包帯男が橋を落としてまでして暴れ回っているのに普通は外に行かないだろうな」

 

「もも姉ちゃん?」

 

「なにか外に出なきゃいけない何かがあったのか?」

 

(その考えは同意だ。なんで知佳子さんはこんな時に外に)

 

 百々月の言葉にコナンは確かにと疑問を持つ。包帯男に対して気が向いていたが知佳子の行動にも疑問の残る点はいくつかある。

 

「みんなで1度、戸締まりの確認をして休みましょう。朝になったら下山してこの事を警察に」

 

「そうだな」

 

 家の鍵さえしっかりしていれば相手が入ってくる可能性は低い、それに無理やり突き破ってきても音で察知できる。綾子の提案で家中の鍵を閉める一同。

 

「スリッパ…」

 

 その中、家の裏の方の鍵を確認していた百々月は裏口の方の戸締まりも確認する時、スリッパがあるのに気づいた。

 

「知佳子さんのか?」

 

 もしそうだとしたら知佳子は表の玄関から靴を運び裏口から去って行ったという事になる。

 

(外出をだれにも悟られたくなかった?)

 

「もも、そっちは終わった?」

 

「あぁ、どうした?」

 

 知佳子の不思議な行動に彼女が頭をひねらせていると後ろから園子たちがやって来た。

 

「コナン君が知佳子さんのスリッパを捜してて」

 

「知佳子さんのかは知らないがここにあったぞ」

 

「これよ、人数分しか出してないから知佳子さんのに間違いないわ」

 

 園子の言葉にコナンは考え込む動作をするがこんな所に居ても仕方がない。

 

「コナン君、行くよ」

 

「あ、うん」

 

 百々月に促されしぶしぶその場を後にするコナン、だが彼女も彼と同じく後ろ髪をひかれる思いだったが仕方がないと割り切るのだった。

 

「しっかし参ったわね。せっかくの旅行が」

 

「コレばかりは仕方ないな」

 

「早く寝て明日を待ちましょう」

 

 各自割り当てられた部屋に向かった後。百々月は園子と綾子と共に話していた。3人は同じ部屋で寝る支度をしているのだ。

 

「園子、少し済ませてくる」

 

「分かったわ。気をつけて」

 

 寝る前に済ませようと一人、暗い廊下を歩く百々月。若干、不安だったが無事に用を済ませ部屋に戻ろうとした時。知佳子がいた部屋の扉がゆっくりと開いた。

 

「誰か居るのか?」

 

「……」

 

 その部屋から姿を現したのは包帯男、それを見た百々月は言葉を失ってしまった。

 振りかざされる斧、それを見た彼女は腰に差してあった警棒で目に止まらぬ勢いで斧を弾く。

 

「くっ!」

 

 軌道を逸らされた斧は廊下に置いてあった小棚を破壊し派手な音をたてる。

 

ーー

 

「ねぇ、蘭姉ちゃん。もも姉ちゃん誰かに恨まれてるって事ない?」

 

「え?」

 

 包帯男にはただの殺人鬼にしては不審な点が多すぎる気がする。百々月を狙うのも何かしらの目的があってのことかもしれない。

 

「そうねぇ。羽部さんの両親は殺されたって聞いたけど。彼女はとてもいい人だし人と喧嘩してるところなんて見たことないわ」

 

(だよなぁ)

 

 蘭の話を聞きながらコナンも心の中で同意する。彼女は人と争うよりそれの仲裁の方がお似合いだ。

 

「なんで狙われたんだろう」

 

「誰でも良いんじゃない。ああいう人は」

 

ガッシャーン!

 

 コナンが思考の海に浸ろうとした時。廊下で派手に物が壊れた音が響く。

 

「まさか!」

 

「なによ!」

 

 派手な音を聞いたコナンは再び百々月が狙われたと悟り慌てて部屋を飛び出すとそこには包帯男と対峙する彼女の姿が。

 

「もも!」

 

 コナンが飛び出したことで他の人たちに気づかれたと察した包帯男は腰に飛びついてきたコナンを振り払う。

 

「うわぁ!」

 

「コナン君!」

 

 飛んできたコナンを受け止め倒れる百々月、二人が倒れ込むのを尻目に包帯男は逃げていった。

 

「羽部さん、大丈夫!?」

 

「何があった!」

 

 派手な物音と声に全員が部屋から飛び出してくるのだった。

 

ーー

 

「また襲われた!?」

 

「あ、あの包帯男に?」

 

「でもちゃんと鍵は掛けてあったんだろ?」

 

 犯人がまた侵入してきた事に驚きを隠せない角谷と高橋。知佳子の部屋から出てきたという百々月の意見を元に部屋を探索した一同は窓ガラスが切られているのを発見した。

 

「きっとあの木を上ってこのベランダに飛び移ったんだな」

 

「とんでもない野郎だな」

 

 鍵を開けるために窓を切られたのなら外から来たのは必然。このベランダまで登るには大きな木を伝って行くしかない。犯人の執念的な行動に全員が息を飲む。

 

「とにかく奴は俺たちを狙ってる!バラバラでいるのは危険だ。食堂に集まって朝を待とう」

 

「そ、そうだな」

 

 角谷の提案に太田が頷き一同は着替えて食堂に集まることになった。

 

「うわぁ!」

 

 着替えを取りに部屋に戻った時、角谷の部屋から小さな悲鳴が聞こえた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 角谷の悲鳴に百々月は彼の部屋に飛び込むと座り込んでいる彼の姿があった。

 

「今度はなんだ!」

 

 ある程度、着替えが終わった太田たちが再び駆けつけると、角谷は自分の部屋の窓を指差す。そこは知佳子の部屋の窓と同じく切られていたのだ。

 

「早く行こう。このままじゃ全員がやられちまうぜ」

 

ーー

 

 食堂の明かりをつけ下に降りていく一同。そんな時、コナンは綾子の服のポケットからはみ出しているある物を見つけていた。

 

「それ確か、知佳子さんが首につけていた」

 

「そうよ、これ知佳子のチョーカーよ。コナン君たちが知佳子を抱えた包帯男を追いかけていった直後に玄関に落ちているのを見つけたのよ」

 

 包帯男に抱えられていた時点で知佳子の首にはチョーカーがあったはず。しかしそのチョーカーは玄関に落ちていた。

 それは森に逃げたはずの包帯男が1度、別荘の玄関を訪れているという事になる。

 

(まさか、包帯男の正体って…)

 

ーー

 

 コナンがある考えに到った時、百々月も1つの結果に辿り着いていた。盗み聞きに近い形になったがチョーカーの件を聞いた彼女も身内の犯行では無いかと思い至ったのだ。

 

(ならなぜ私を狙う?そしてどうやって知佳子さんの首を…)

 

「そういう事か…」

 

 大まかな推理だが辻褄が合う。だが今1つ決め手に欠ける、今思い返してみて私の目に狂いがなければ《あの人》はあんな体型ではなかった。

 

(さてどうしたものか…)

 

「ねぇ、もも姉ちゃん。蘭姉ちゃん。確かこの別荘に来たときに皆の部屋に間違えて入ったよね。その時、なにか見なかった?」

 

「なにかって?」

 

「包帯とかマントとか?」

 

 どう展開しようかと百々月は思いを巡らせている時、コナンから質問を投げかけてきた。それは明らかに犯人を追いつめるための材料集めという事だろう。

 

「見られるわけないでしょ。みんな着替えててすぐドアを閉めちゃったもの。羽部さんは?」

 

 彼の質問をパスしてくる蘭。そんな時、百々月は真剣な眼差しの彼を見てすぐに悟る。こっちが本命なのだと、正直に言おうと思った矢先、ある彼女の中で芽生えた。

 

(ちょっとからかってみよう)

 

「いや、特にこれといったものは…。だが少しだけ違和感があるのだがそれがなんだか…」

 

 チラリと横目である人物を見る百々月、平静を装っているが内心は焦っているだろう。

 

「その違和感って、なに!?」

 

「うーむ」

 

 考え込むような仕草をし始めた百々月と同時に電気が落ち食堂が暗闇に包まれる。

 

「て、停電よ!」

 

「今の雷でどこかの電線が切れたんだ!」

 

 停電により恐怖を露わにする園子。

 

「わ、私。キッチンからロウソクを取って来る」

 

「私も行きます」

 

「僕も」

 

「私も行こう」

 

 暗闇の中では何も出来ない、とにかく明かりを手に入れるために綾子がキッチンに向かう。それに追随したのは蘭、コナン、百々月の三人だ。

 

「これでしばらくなんとかなるわ」

 

「光源がこれじゃ不安ですね」

 

「ないよりマシよ」

 

(いつ来る…来たら私の勝ちだ)

 

 音も無く警棒を用意する百々月、黙って周囲を警戒する。

 

ガシャン!バリン!

 

 食堂の方から激しい物音が響き渡る。

 

「なに、今の音?」

 

「みんなのいる食堂の方からよ」

 

「まさかあの包帯男が」

 

 暗闇の中、背後の暗闇が鈍く光る。それに気づいたのは蘭と百々月、蘭はそれに向かって鋭い蹴りを入れ百々月は警棒でその奥を攻撃するが手応えがない。

 

ドス…

 

 そして反撃した二人の間に落ちたのは折れた斧。

 

「これは斧じゃない?」

 

(やっぱり包帯男はももを狙ってる…)

 

(やっぱり狙ってきた…これで)

 

 暗闇の中でよく見えないが興奮し笑っている百々月の顔は実に良い顔をしていた。

 それから一拍を置いて電気が復旧し家の中の明かりが取り戻される。

 

「きゃぁぁ!」

 

 それと同時に家に響いた園子の悲鳴、それに対し駆けつけた4人は破壊された窓を発見した。

 

「もも姉ちゃんこれ…」

 

 割れた窓を検分していた百々月はベランダの手すりに細い跡が残っていた。

 

「これは…」

 

「ピアノ線で細工した跡だよ。糸の存在を隠したかったからピアノ線を使ったんだ」

 

「じゃあ、つまり犯人は包帯男ではなく」

 

「間違いない、あのメンバーの中に犯人はいる」

 

 確信を持って言い放ったコナンを見て百々月は目を細めるが何も言わない。せっかく面白そうな存在が居るのだ。使わない手はないだろう。

 

「ねえ、もも姉ちゃん。お願いがあるんだけど」

 

「なんだ?」

 

「今回の犯人をあばいて欲しいんだ」

 

 彼女なら麻酔時計もいらない。今回の探偵役にはぴったりだ。

 

「もも姉ちゃんは犯人の目星はついてるんでしょう?」

 

「だが細かいところは…」

 

「僕がフォローするから」

 

「しかし…」

 

 少し予想外の事態に戸惑う百々月の手を握り、コナンは静かに一言を放った。

 

「俺を信じろ…」

 

(新一…)

 

 強い眼差しと自信を持った言い方に失踪した友人を思い出させた。

 

「…分かった」

 

「ありがとう!」

 

 しぶしぶ了承する彼女を見てコナンは歓喜の声を上げる。意図せずして羽部百々月による推理ショーが幕を上げようとしていた。

 

ーーーー

 

 食堂に集まり皆が不安そうに言葉を交わす中、百々月が静かに皆を見渡す。

 

「大丈夫なのか?」

 

「少し気取った方が良いときもあるんだよ」

 

 小声で話していた2人だが百々月は大きくため息をつき声を上げた。

 

「さて、この狂った殺人劇に幕を下ろしましょうか」

 

「羽部さん?」

 

「どうしたの、もも?」

 

「知佳子さんを殺し私を亡き者にしようとした犯人が分かった」

 

 彼女の言葉に思わず注目する一同。しかし当然ながら反対の声が上がる。

 

「何言ってるんだよ。百々月ちゃん、犯人は包帯男に決まっているだろう?」

 

「そうだよ、森の中で俺たちを狙っている殺人鬼だよ」

 

「そんな殺し好きの犯罪者がドラマの如く颯爽と登場するかな。何事にもそこには理由があり行動原理がある」

 

 彼女の堂々とした物言いに全員が飲まれ話に耳を傾ける。

 

(随分と様になってるなぁ。任せて正解だったな)

 

 それを食堂の机の下で隠れていたコナンは感心しながらいつでもフォロー出来るように変声機を持ちながら待機していた。

 

「私が襲われたとき、包帯男は知佳子さんの部屋から侵入してきた。その後でみんなが彼女を調べて何があって何がなかったかな?」

 

「なにって、あったのは切られた窓ガラスぐらいしか」

 

 百々月の言葉に対し考えながら答えた蘭、彼女の言葉に満足した百々月は話を続ける。

 

「みんなの仮説通りなら犯人は外からこの雨の中、襲撃してきたなら多少部屋が泥や雨水で汚れても良い筈なんだ」

 

「なるほど…」

 

「ないということは、犯人は知佳子さんの部屋で伏せ、私を襲おうとしていた。外から来たように偽装してな、そして犯人は一度ベランダに逃げ私の様子を見に来たていで戻ってきたんだ」

 

「ならどうやって戻ってきたんだ?知佳子の部屋以外、部屋に全員いたんだぞ」

 

 角谷の言葉に全員が頷く、犯人が一度戻ってきたというのなら知佳子の部屋を通るしかない。だがその部屋は逃走ルートに使ってしまい使えない。

 

「コナン君を除けば一番最初に駆けつけてくれたのは角谷さんでしたね」

 

「そうだな、凄い物音だったから」

 

「角谷さんの部屋にはなにか異変がありましたよね」

 

「そうだ、窓の鍵が…まさか!」

 

 彼女の言わんとしている事が分かり驚く角谷。

 

「犯人は堂々と角谷さんの部屋から私達に合流した。消去法で言った方が分かりやすい。」

 

 彼女は人数分の数だけ指を立てて8本の指が立つ。

 

「つまり角谷さんは自動的に白、真っ先に駆けつけたコナン君と蘭は白、知佳子さんの部屋の向かい側に居た園子たちも白、そんなに部屋が近ければ誰もがそこから出てこないと疑問に思うからな」

 

 つまり自動的に太田と高橋の2人が残ることになる。

 

「太田さん、なにか言いたげですね」

 

「あぁ、俺たちは全員いるときに知佳子を抱えて逃げていった殺人鬼を見たんだぜ。その時の説明はどうするんだよ」

 

「全員ですか?」

 

「あぁ…」

 

「みなさん思い出してください。あの時、全員が食堂にいましたか?( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

 彼女の言葉を皮切りに全員が高橋を見つめ、高橋本人は言葉をつまらせながら反論する。

 

「ば、バカな。僕はちゃんと二階にいたじゃないか」

 

「二階の手すりにピアノ線の跡を見つけた」(で、合っているか?)

 

 そのトリックだけはどうしても分からなかった彼女はみんなにバレないよう机を小さく蹴る。

 

(完璧だぜ)《ピアノ線の両端は問題の窓の上の手すりにくくりつける。みんなの視線を窓に集中させた後、ピアノ線を切断、窓の外を通過させ窓を開けられる前に回収したんだ》

 

 変声機を使い百々月の声となったコナンは上手く話を繋げて推理ショーを続行する。

 

《そんな事が出来たのは屋根の修理と称してベランダにいた貴方しか出来ないんですよ。高橋さん》

 

「か、勘弁してくれよ。じゃあ、僕はどうしたっていうの?あの後、僕はみんなと一緒に森の中へ行ってバラバラ死体を見つけたんだよ」

 

《綾子さんが玄関で知佳子さんのチョーカーを見つけました。それは犯人が知佳子を抱えて玄関を通っていった証拠です》

 

「だから僕はあの時、手ぶらだったし…。それに死体って重いんだろう?それを誰にも気づかれずに運べるわけが」

 

 まだ言い逃れを続ける高橋を百々月は口パクをしながら興味深そうな目で見つめる。

 

《首だけなら問題ないんじゃないんですか?あの時、私たちが見たのは知佳子さんの首だけ、可能性は十分にあります》

 

「バカバカしい!首だって同じ事だ。僕はあの時何も持っていなかったんだよ。それになんで僕が知佳子を殺さなきゃいけないんだよ…それに……それに」

 

「確かに、貴方と包帯男には決定的な違いがある。それは体型だ、マント越しといえどその大きな体は目立ってしまう」

 

 彼女が自ら放った言葉に全員が安堵の声を漏らし始めるがそれは尚早だった。

 

「本当は太ってないだろう?証拠はその体型を見てしまった私自身、そしてそれが私の命を狙った動機だ」

 

「お前、まさか…」

 

 これほどのものを積み上げられたら百々月とコナン以外にも死体を運んだ手段、その方法が頭に浮かんだ。

 

「随分と面白い発想だな。まさか腹の中に首を入れて運ぶなんて、常人なら思いつかない」

 

 少しだけ楽しそうに笑いながら百々月は話を続ける。

 

「そして貴方は知佳子さんを森に呼び出して惨殺したわけだ。動機は2年前の敦子さんが自殺した件か?」

 

「そうだ!みんな敦子の為にやったことだ!」

 

 そして高橋は話し始めた。敦子が当時書いていた空色の国が知佳子に盗作され自殺したという事を。それを話し終えたと思えばナイフを取り出し自身に突き付けたのだ。

 

「僕は敦子と暮らすんだ。あの世で敦子の仇を取った正義の使者として…」

 

《ざっけんなよてめぇ!死にたきゃ勝手に死にやがれバーロォ!》

 

 自殺を図ろうとした高橋に対し百々月の怒号が食堂に響き渡った。

 

《確かにお前は敦子さんのために罪を犯したかもしれねーよ。だがな、その後おまえがももを襲ったのは彼女のためでもなんでもねぇ。お前は恐かったんだ、犯罪者になってしまう自分が怖くてももを襲ったんだ!》

 

 完全にコナンが百々月の声で暴走している。当の本人は完全に諦めて口パクを続行する。

 

《今のお前は正義の使者なんかじゃない。ただの醜い血に餓えた殺人鬼なんだよ!》

 

 百々月(コナン)の言葉に泣きながらひれ伏す高橋。

 

 様々な波乱はあったがなんとか事態は終息し別荘に日差しが零れ始める。

 無事に事件を解決した2人は目を合わせて微笑む。コイツとは良い相棒になれそうだとそう思いながらコナンは彼女を見つめるのだった。

 

 

 

 

 




―最大の敵は最大の味方かもしれない―



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初事件 その後 ※再投稿


※ご注意

 この作品に登場希望の事件案ですがこの投稿サイトのルールで活動報告の方でのご回答が望ましいという事なので今後、そちらでされる事をお勧めします。

活動報告への行き方はこの作者の名前をタップ、またはクリックしていただければ行けますのでよろしくお願いいたします。




 

 

 日が昇り、別荘から下山した一同は高橋を警察に引き渡して事情聴取を受けていた。聴取の順番を待つコナンと百々月は署が用意してくれた休憩室で休んでいた。

 

「よくも私の声で暴れてくれたな」

 

「痛い痛い!」

 

 コナンの両方の頬を引っ張りあげる百々月。顔の形が完全に変形している彼をジト目で睨みながらお仕置きを加える。

 

「どうやって私の声を再現したんだ?これか」

 

「あぁ!」

 

 コナンの首につけていたネクタイを取り上げると裏に仕込んであった機械を発見。そこにあったダイヤルを回して声を吹き込む。

 

《テステス…》

 

 そこから出てきたのは園子の声。

 

「……」

 

「あはは…」

 

 明らかに気まずそうに笑うコナンを見て百々月は彼がただの子供でないことは確信する。それと同時に人には言えないであろう事情があることも薄々気づいた。

 

「なにを隠しているとは聞かない。人はそれぞれ隠し事の1つや2つ、持っているからな」

 

「もも…」

 

「まぁ、お前といると中々、面白いことになりそうだし手伝いがいるなら私も協力しよう」

 

 今回は彼に何度も命を救われているのだ。これぐらいのことはしてやらないと罰が当たるというものだろう。

 それに今回の件で自身の心の中で渦巻いていた表現しきれない感情。あれは一体何だったのか、彼と居ればそれが掴める気がする。

 

 休憩室にいるのは2人だけ、他の人たちはまだ聴取を受けている。

 

「犯罪は醜く悲しいものだな」

 

「もも…」

 

 2人の間に流れた沈黙の中、百々月は独り言のように言葉を吐く。それに対しコナンは信念を持った強い口調で言葉を口にした。

 

「人を殺せばそれなりの罪を背負わなくちゃならない。俺は人を殺して逃げおおせようとする奴らを許せないだけだ」

 

「それが探偵というものなのだろうな」

 

 コナンの言うことは正しい、まさに純然たる正義そのものなのだろう。

 

(しかし、奴は殺されて当然なのかもしれない)

 

 事件を思い返していた百々月はフッとそう思った。手を下したという点を除けば知佳子は敦子を殺したも同然のことをしている。

 だが彼女は彼女を殺した罪を背負うどころか優秀な新人脚本家という栄光を手にしたのだ。

 もし世間にその事がバレたとしても殺人容疑では裁かれない。

 

「目には目を、歯には歯を、死には死を…か」

 

 まぁ、どれだけ考えても答なんて出てくるわけがない。それは己の中にあるだけ、他人に測れるようなものではないのだ。

 

「おう、ここに居たのか」

 

「目暮警部」

 

「今回も大変だったなコナン君」

 

 一応、東京都の管轄だったこの包帯男事件は当然ながら目暮警部が出張って来ていたのだ。

 

「君が羽部百々月さんだね」

 

「はい」

 

「事件を解決してくれたようで助かったよ。話を聞く限り見事にやってくれたそうだな。まるで工藤くんのようだな」

 

「いえいえ、たまたまですよ」

 

「これからは世話になるかもしれないな」

 

 目暮は彼女を褒めながら手を差し出すと百々月は笑いながら互いに手を取り合い握手を交わす。

 

「それで高橋さんはどうですか?」

 

「あぁ、素直に自供しているよ。蘭くんたちももうすぐ終わる頃だ、君の話を聞きたいのだが良いかね?」

 

「えぇ…」

 

「着いてきたまえ」

 

 そう言って百々月は目暮の後を追って事情聴取に向かう。休憩所に取り残されたコナンは彼女が買ってくれたオレンジジュースをのカンを開けたのだった。

 

 こうして百々月が初めて解決した事件がこれで終わった。これが彼女が事件という抜けられない渦に巻き込まれた瞬間でもあった。

 

ーー

 

 それから1週間後。

 

「へぇ、良かったじゃない。お姉さん元気になって」

 

「うん、やっと大学院に通えるようになったみたい」

 

 学校を終えその下校途中、蘭たちは山荘の一件を話しながら歩いていた。

 

「本当に良かったよ。姉貴は別荘で起きたあの事件の後、1週間も寝込んでたから」

 

「仕方ないよ、友達があんな事になっちゃったんだもの。でも事件が解決したのもみんな羽部さんの名推理のおかげだね」

 

「そうよ、凄い推理だったわね」

 

「まぁな、偶然が重なっただけだ。それに私の命がかかっていたからな」

 

 マイボトルでお茶を飲んでいた百々月は少しだけ恥ずかしそうに2人の賞賛を受け取ると照れ隠しなのかボトルの中身を飲み干した。

 

「まぁ、私に執着しなければ分からなかったかもしれないがな」

 

 執拗以上に百々月を狙ったために今回の事件解決に繋がった。知佳子を殺した後、なにもしなければ百々月もコナンもただの殺人鬼が起こした事件として終わっていたかもしれない。

 

「特に最後の怒号は格好良かったわね」

 

「分かる、《今のお前は正義の使者なんかじゃない。ただの醜い血に餓えた殺人鬼なんだよ!》って」

 

「あはは…」

 

 朗らかに笑っている百々月だがこめかみ付近に力が入り怒っているのが分かる。彼女の左手は一緒に歩いていたコナンの頭を掴む。

 

(痛い痛い痛い!)

 

 彼の声にならない悲鳴を無視しつつ彼女は彼の頭を力一杯掴むのだった。

 

「そういえば園子は太田さんと上手くいってるの?」

 

「あぁ、あんな腰抜けダメダメ。それに私には達也がいるし」

 

「「達也?」」

 

 園子の言葉に全員が疑問の声を上げると彼女は喜々として話を続ける。

 

「ほら、今、売り出し中のロックバンド《レックス》の木村達也。そういえば今度の日曜に私、彼らのライブの打ち上げに混ぜて貰える事になったのよ」

 

「え!達也様に会えるの!?」

 

 今、女子高生に人気を集めている《レックス》のボーカルである木村達也は絶大な人気を誇っているのだ。

 

「レックス…達也?」

 

 園子の話を聞き蘭が喜ぶ中、百々月は訳が分からんと言った風に首を傾げる。彼女はロックバンドやアイドルなどといったものに興味が全くないのだ。

 

「知らないの?1回見れば達也様の良さが分かるわよ」

 

「いや、私は…」

 

「良いわね、もも も来なさいよ!」

 

 2人の喜びようから見て有名人なのは察しがつく。ファンである2人ならともかく名前すら知らない人物が行くのは流石に向こうに失礼だろう。

 

「本当に知らないから」

 

 誘いを断ろうとする百々月に対し園子と蘭の2人は良いからっといった具合に話を進める。その様子をコナンは呆れた顔で見つめていた。

 

 そんな2人の強力な誘いもあって彼女はそのロックバンドが集まるカラオケボックスに行くこととなったのだった。

 





詳細プロフィール

羽部百々月

誕生日…6月1日

身長…172㎝

好き…日本の歴史、日本茶、甘い物全て

得意…剣道、日本舞踊、推理

苦手…紅茶、スカート、ハイヒール


 歴史好きで定期的に京都に通っている。家系的には京都の大きな家の分家、両親が殺されたがまだ繋がりは強い。
 スカートやハイヒールが苦手で制服以外でスカートははかない。私服は絶対にズボン系統で統一されている。
 周囲の人間からの信頼が厚く、常に冷静沈着な寡黙な女性。



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カラオケボックス殺人事件

テストやらなんやらでかなり遅れました。
申し訳ありません。



 

 日曜日、蘭と園子に引っ張られるような感じで参加した百々月は、目の前でビールを飲んで談笑しているバンドメンバーを見ながら注文した飲み物を飲んでいた。

 

「あんまり飲みすぎちゃダメよ。この後、トーク番組が控えてるんだから」

 

「……」

 

「……」

 

 談笑しているメンバーに対し先程まで元気一杯だった2人たちはすっかり静まりかえってしまい微動だにしない。

 

「あら、どうしたの貴方たち?せっかく来たのだから気軽に話しかけて良いのよ」

 

 そんな2人を見て話しかけてくれたのはレックスのマネージャーである寺原麻理。大人の気品を感じさせる雰囲気を纏う美人マネージャーだ。

 

「そうだぞ、せっかく来たんだからな。コナン君」

 

「うん!」

 

 ぶっちゃけ名前も知らなかった有名人などただの他人である。そういう点で全く緊張していない百々月はコナンと仲良く話す。

 

「じゃあ、達也さんに1つ質問を」

 

「女優の小泉裕美子と付き合ってるって本当なんですか!?」

 

「心配すんな、あれはただのデマだよ」

 

「「良かったぁ!」」

 

 先程の固まり具合から一変、元気良く2人で喜ぶのを見てコナンと百々月は苦笑いする。

 

(なんだこいつら…)

 

「ゴシップとかそういうのが本当に好きだなぁ…」

 

(お前はもう少し女子高生らしく生きろよ)

 

 自分には全く理解できんとばかりの百々月、彼は思わず心の中で突っ込んでしまうがそれも彼女らしさといえば彼女らしさだ。まぁ、仕方がないだろう。

 

「……」

 

 そんな中、レックスのギター担当の芝崎美江子がただならぬ表情を浮かべていたのを百々月が見かけたが何も言わない。有名バンド集団といっても人間の集まりトラブルの2、3個もあるだろう。

 

「さぁ、パーッと盛り上がろうぜ!」

 

 場を盛り上げる為に立ち上がり愉快そうに声を上げた男性はドラム担当の山田克己。そんな彼の掛け声と共にカラオケ大会が幕を上げるのだった。

 

ーー

 

「私とあなた 射掛ければ、そう朧月夜が きれいね …」

 

 百々月は基本的に演歌や民謡しか歌わない。だが彼女の凛々しい風格と透き通るような歌声はかなり高いレベルで仕上げられておりプロ顔負けの出来だ。

 

「はぁ、凄いなぁ」

 

「素敵な歌声ね」

 

 そんな彼女の歌声を聞き終えたバンドメンバーはその歌声を絶賛し拍手を送る。そんな中、彼女はいつも通りに振る舞っているが少し恥ずかしいのか顔がほんわりと紅くなっている。

 

「確かにそうだ。どっかのヘタなバンドよりよっぽどマシだぜ」

 

 百々月を褒めるメンバー。そんな中、達也はタバコに火をつけながら吐いた言葉はメンバーの表情を一変させるのには十分だった。

 

「ちょっと達也、飲み過ぎよ。いったでしょ、この後トーク番組があるって」

 

「うるせぇどブス!引っ込んでろ!」

 

 マネージャーである真理の忠告に対し彼は怒号を上げる。彼自身、かなりの量の酒を摂取しているのか言動が粗くなっている。

 

「あ、この曲…」

 

 先程の空気とは打って変わって重い空気になる中、国民的ネコ型ロボットアニメの歌が部屋に鳴り響く。

 

「ほら、歌えよ克己。俺がリクエストしたオメーの曲だ」

 

 明らかに相手をバカにした選曲に克己もかなりのご立腹だったようで、掛けているサングラス越しでも睨んでいるのが分かる。

 

「おまたせしました」

 

「お、待ってたぜ。隅井さん」

 

 そんな時に部屋に入ってきてのはこのカラオケボックスの店長である隅井豪だった。小さなカラオケボックスとはいえ店長がわざわざ料理を運んでくるのも珍しい気がする。

 

「俺がマネージャーにいってあんたの店を予約したんだぜ」

 

「いつもお前には感謝しているよ」

 

「昔のバンドのリーダーがこんなしけた店をやってるとは悲しいね」

 

「うるせー、ガタガタ抜かすと料理下げちまうぞ」

 

「それが客に対する態度かよ」

 

(なるほど、昔馴染みか…)

 

 軽口を叩き合って笑う2人を見て百々月は納得する。すると今度は次の曲が流れ出す。

 

「あれ、これも知ってる曲」

 

「確か、赤い鼻のトナカイ…」

 

 おそらく、ほとんどの人が知っているである曲。これをリクエストしたのも…。

 

「これも俺がリクエストした曲だ。マネージャーさん、あんたにな。中学の頃までサンタを信じてたっていうアンタにはお似合いの曲だ。そうだろ、いつも気取ってる美人マネージャーさんよ」

 

「分かったわよ、歌えば良いんでしょ」

 

 明らかに場の空気が悪化しているのを見て頭痛がしてきた彼女は

 

「少し席を外す…」

 

「あ、うん…」

 

 蘭にそう告げると部屋から出た。ほんの1週間前に殺されかけて持ち直そうとした時にこれだ、少しは勘弁して欲しい。

 

「ふぅ…」

 

 とにかく、あんな事なんて滅多にない事だし。ゆっくりと折り合いをつけていこう。

 

 殺されかけた事、死体を見た事、心の中で渦巻いた何か、1週間という時間の中で触れてはいけないものだと本能で察し始めた彼女はあの件を封印することを決めた。

 

(嫌な予感しかしない…)

 

「ええっ、達也が倒れた!?」

 

「は、はい。突然、苦しそうにしてその後、死んだように全然動かないんです」

 

「どうした!」

 

 そんな事を考えていた百々月の耳に入ったのは蘭の悲鳴に近い声と麻里が驚く声。ただならぬものを感じた彼女は急いで駆け寄り状況を聞いた。

 

「達也さんが血を吐いて倒れて…」

 

「そんな…」

 

 こうして彼女は第二の事件へと強制的に引きずり込まれる事となった。

 

ーー

 

「つまりこういう事ですな。被害者の木村達也は自分の歌を歌い終えて席に戻り、オニギリを食べている最中に

突然、苦しみだして倒れ、死に到った」

 

「は、はい」

 

 常軌を逸した状況に呆然としながらも駆けつけた目暮警部の言葉に頷く一同。

 

「それにしてもまた君と会うとはな。その推理力を使って助けてくれたら幸いだが」

 

「お力になれれば喜んで協力させていただきます」

 

「うむ…」

 

「羽部さんって警察関係者なの?」

 

「いえ、まぁ探偵のようなものです」

 

「探偵…」

 

 目暮警部と百々月のやり取りを見ていた麻里はそう聞くと、興味を持ったように視線を彼女に向けるのだった。

 

「詳しくは分からんが恐らくは青酸カリによる殺害。つまり誰かが毒を仕込み達也さんを殺害した。というのが現在の推測だよ」

 

「私は現場にいなかったので何ともいえませんが。食べ物を食べた後に血を吐いて倒れたのなら誰かが仕込んだ事になりますね」

 

 現状を簡単に整理すると容疑者は八名、バンドメンバーの芝崎美江子、山田克己、マネージャーの寺原真理、カラオケ店の店長の隅井豪、そして園子、蘭、コナン、百々月。

 

「なにをやっとるんだ君は」

 

「ちょっと探し物」

 

 軽く現場を見渡した目暮はそこらでうろちょろしているコナンを見て呆れるが、彼はそんな事を気にせず何かを探し続ける。

 

「あ…」

 

「こ、こら。勝手にものに触っちゃいかん」

 

「大人しくしてなさい」

 

 そんな彼は達也が着ていた上着を見つけるとそこに駆け寄り触ろうと手を伸ばす。流石に見かねた目暮は注意するが聞き入れない、それを見かねた百々月はコナンを抱き上げる。

 

「すまんな、羽部くん」

 

「いえ…」(気になったら私に言え、お前はあまり目立つな)

 

「ごめんなさい…」

 

 抱き上げられたコナンは小声で話す彼女の声に対し頷き表面上は怒られた子供として振る舞う。

 

「達也さんのライターが見あたらないんだ」

 

「ライター?確かにタバコは吸っていたが今確認することか?」

 

「ちょっと気になって」

 

「分かった」

 

 仕方ないといわんばかりにコナンを蘭に預けるとマイクの傍に落ちていた上着の元へと歩み寄る。

 

「この上着は確認しても?」

 

「あぁ、構わんよ」

 

 一度、事件を解決したといっても一般人に現場を自由にさせるのはどうかと思ったが拘束されるよりマシだ。

 

(ない…)

 

 ジャケットのポケットは外も中のポケットにも何も入っていない。達也が持っていたのは安売りしているようなライターではなくジッポと呼ばれるオイルライターだった。

 物によれば高い物もあるしそう乱雑に置いたりしないはずだが…。正直、もう少し詳しく調べたいがこれも貴重な証拠品だ。大人しく置いておこう。

 

「目暮警部!」

 

 その時、この店の店員にでも聞き込みをしていたのだろう警官が駆け寄り目暮に耳打ちをする。

 

「なに、店長が?」

 

「どうされましたか?」

 

「あぁ。殺された木村達也は昔、店長とバンドを組んでいたらしい。人気バンドのボーカルと雇われ店長、嫉妬による殺害だ。動機も十分だしあらかじめ料理に毒を仕込んで…」

 

 確かに筋は通ってるし十分あり得る話だ。

 

「しかし目暮警部、それではあまりにも大胆ではありませんか?」

 

「大胆とは?」

 

「達也さんが食べるかどうか分からない料理に毒を仕込んで殺そうとするなんて、確率で言えば達也さん以外の人が先に食べる可能性の方が高いですし。それに私たちは普通に食べていました」

 

「確かに」

 

 疑いようのない真実だと思い込んでいたが、百々月の冷静な言葉に思わずうなり声を上げる。これでは手詰まりだ。

 

「とりあえず鑑識と司法解剖の詳細な結果を聞くまで待った方が」

 

「そうだな、それまでに状況を更に整理して明確にせんといかんな」

 

 とにかくカラオケボックスでは少々、場が悪いので警察に移動することとなった。

 

「もも」

 

「ライターはジャケットにはなかった。部屋も見渡したがない」

 

 部屋から人が出て行く中、百々月は名を呼ばれた、山荘の事件からコナンからの呼び方がももに固定されたのは気にしないことにして彼女は結果を報告する。

 

「ももはどう思う?」

 

「ライターがないのは不自然だ。何かしらのタイミングでライターに毒を塗り、手に毒を付けさせたのかもしれないが」

 

 それならタバコに火をつけるタイミングで手に毒を塗れるがイマイチ説得力に欠ける気がする。

 

「とにかく、私達も警察署に行こう」

 

「あぁ」

 

ーー

 

 警察署に着き、暫くすると目暮が姿を現し検査の結果が通知される。

 

 死因は青酸カリで確定。毒は彼の右手、衣服から検出されたが料理や食器からは検出されなかったという。

 つまり彼の手に直接、毒を塗り込まれたという事になる。

 

 彼が血を吐いたときにその場に居なかったのは百々月、寺原真理、隅井豪の3人。動機がないのは園子、蘭、コナンの3人。つまり犯人は残りの山田克己と芝崎美江子の2人ということになる。

 これはパトカーの中で目暮と百々月が話し合った結果であり文句など無い。

 

「実は毒はマイクからも検出されたんだよ。つまりそこから導き出される犯人は芝崎美江子さん、貴方だということになる」

 

 冷静な現状確認と毒が検出された所から推察して目暮が出した答えは美江子による殺害だった。

 

「マイクに毒を塗り、その後にそれを握った手に間接的に毒を付けたんだ。リクエストされた別れの歌も泣きながら歌っていたそうじゃないか、もしかしてあなたと達也さんの間には何かあったんじゃないのかね?例えば、彼に捨てられたとか」

 

 痴情のもつれ、よくある犯行動機だし手口もかなり現実的だ。

 

「いい加減にしてください警部さん!」

 

「わ、わたし達也に捨てられたわけじゃないわ。私が勝手に振られただけなのよ!」

 

 追いつめられる美江子を見かねてか助け船を出す麻里だったが彼女が口にした真実に全員が驚く。

 大粒の涙を流しながら振られた経緯を話す彼女の姿は百々月には心の叫びに聞こえた。

 

「ねぇ、達也さんが歌っていた血まみれの女神(ブラッティ・ヴィーナス)って誰がリクエストしたの?」

 

「え?」

 

「ほら、歌う前にいってたじゃない。『あ、俺の曲じゃねーか。誰がリクエストしたんだ?』って」

 

 美江子が歌をリクエストされたのは突然であった等と目暮の推理が怪しくなってきた時、コナンの言葉に全員が首をかしげる。

 

「さ、さぁ…」

 

「達也が自分で入れたんじゃねーか?アイツ、相当酔ってたし忘れてたんだよきっと」

 

 克己の言葉に疑問を持った一同は納得する。確かに彼の酔い方は異常だった、少しばかり惚けていても仕方がないかもしれない。

 

「警部、カラオケボックスの傍に止めてあった被害者の車の中からこんな物が!」

 

 達也の車から発見されたのは青酸カリをハンドクリームに混ぜた物。

 

「まさか…自殺!?被害者の家、事務所、全て調べて遺書のような物がないか捜すんだ!」

 

「はっ!」

 

 犯行に使われたと思われる物が被害者の車から出てきた以上、自殺と断定するには十分だ。自殺の線で事を運び始めた目暮を見て納得できないとばかりに考え込むコナン。

 

「もも、やっぱりおかしい。なぜ皆の前で自殺しなきゃならなかったんだ、それに直接食べるのではなくクリームを塗ってまで、それにライターの件も気になる」

 

「自殺じゃないってことか?」

 

「少なくともそう考えてる」

 

 状況証拠としては自殺で決まりだが、どうやらそれでは黙りそうもない彼を見て百々月は小さくため息をつく。

 

「分かった、付き合う。ただし、タイムリミットは目暮警部が自殺と断言するまでだ」 

 

「ありがとう」

 

 少しだけホッとしたように笑うコナンを見てどこかに消えてしまったクラスメイトの事を思い出す。

 

(まさかな…)

 

 1つの可能性が浮上したが、それを彼女は表情に一切出さずに否定し思考を切り替える。

 

「まずは達也さんの手にどうやってクリームを塗らせるかだが」

 

「それなら分かってるぜ」

 

「ほう…」

 

 そういった発想は一体どこから生まれてくるのかかなり気になるが、彼の態度から見てはったりなどではないだろう。

 

「だが肝心の犯人が分からねぇ」

 

「なぜ、その方法が分かったんだ?」

 

「達也さんが最後に歌った血まみれの女神は決まった動作があるんだ。曲の最初に上着を脱ぎ、両手を両手肘に添えながら歌う。犯人はこれを利用して毒を手につけさせた」

 

「つまり達也さんの肘に青酸カリが塗られていた」

 

「そういうことだ。それにその上着を犯人はまだ着ている可能性が高い」

 

「なるほど」

 

 コナンの推理に納得する百々月、彼はそう言うと誰が犯人か確証を得るために山田克己の元へと駆け寄っていく。どうやら芝崎美江子の事を疑っているようだ。

 

「さて、私はどうするか」

 

 推理に長けているコナンに任せてばかりというのも性にあわない。現場で鑑識が撮った写真を見ながら彼女も思案する。

 

「隅井さん」

 

「ん、なんだい?」

 

「注文された料理っておにぎり、ピザ、サンドイッチに野菜スティックで全部ですよね」

 

「あぁ、俺が注文を受けたから間違いないよ」

 

 カラオケボックスの机に置かれた料理を映した写真を持って店長の隅井に聞くと予想通りの答えが返ってくる。

 

「注文はいつも同じ方がするのですか?」

 

「あぁ、マネージャーの麻里がいつもしているけど」

 

「今回も?」

 

「あぁ…」

 

「なるほど」

 

 隅井からの話が全て本当ならば犯人は確定した。しかし気になるのは現場がカラオケボックスだったという点だ、犯人は最初は殺すつもりはなかったとも取れる箇所がいくつかある。

 

「やはり動機か…」

 

 自殺に見せたかったのなら確実で自然に見せる方法などいくらでもある。ならなぜそうしなかったのかがこの事件の鍵になってくるだろう。

 

「おもしろい…」

 

 前の時とは違い、高度に考えられた計画性、そしてそれを成し遂げた結果。実に素晴らしいという言葉に尽きる。

 目の前が真っ暗な未知の世界、それに対する興味が湧き上がってくる。

 

「目暮警部!木村達也の事務所のロッカーから遺書らしき物が見つかりました」

 

「なに!?」

 

「ワープロでただ一言、疲れた…と」

 

「おぉ、彼の遺書に間違いない」

 

「他にも譜面とか写真とかも見つかりましたが」

 

「そんなものはどうでもいい。マスコミには彼の自殺を発表するぞ」

 

 ついに遺書まで発見され自殺の方面で決定してしまう。慌てて視線をコナンに向ける百々月、すると彼は時間を稼ぐようにジェスチャーをする。

 だがまだ推理は完璧に整っていない。これでは逃げられる可能性もある。

 

(大丈夫だ、俺を信じろ…)

 

(…分かった)

 

 なにか写真を持っていた彼を信じ百々月は口を開いた。

 

「目暮警部、ご期待通りに推理を披露いたしましょう」

 

「なに?これは単なる自殺ではないのか?」

 

「いえ、これは高度に計算された殺人事件です」

 

 百々月の放った言葉に全員が驚愕し彼女に視線を集める。

 

「まずは分かり易いように犯人を教えましょうか。犯人はマネージャーの寺原さん、貴方ですね」

 

「ま、マネージャーが達也を」

 

「そんなまさか」

 

 思わず否定するバンドメンバーに対し彼女は表情を崩さずに話を続ける。山荘の際は緊張して思わずタメ口で話していたが今回は心理的余裕があるためか敬語で話している。

 

「達也さんの衣服には青酸カリがついていた。しかしその場所が問題なのです」

 

「場所だと、確か毒は左肘についてはいたが」

 

「達也さんが最後に歌った血まみれの女神は決まった動作が存在します。貴方はその動作を利用して達也さんの右手に毒を塗った」

 

 達也と組んでいたメンバーならすぐに分かる。上着を脱ぎ捨て両手を組むように肘に手を添えるのはお決まりだからだ。

 

「だからなんだっていうの、達也の上着には毒はついていなかったのでしょう?ならそれはただの妄想よ!」

 

「確かに彼女の言う通りだよ羽部くん。上着には青酸カリが付着している痕跡はなかったぞ」

 

 麻里の言葉に目暮も同意する。しかしその程度の反論はこちらにとっては何も問題は無い。

 

「そうなんです、それが私が貴方を怪しんだ大きな理由なんです。達也さんが着ていた上着はレックスのメンバーしか着られない特注品。全くデザインが同じなら入れ替えてもバレませんよね」

 

「っ!」

 

「なるほど」

 

 

「それにボックス内に運ばれた料理は全て素手で食べるものしかない。それを注文したのは貴方だと聞いた時、犯人は貴方だと思ったわけです」

 

 彼女の言葉に納得する目暮、それを聞いていた蘭や園子も麻里に対して疑惑の目を向け始めた。

 

「貴方の上着を見せてくれませんか?」

 

「良いわよ、でもなぜ私だと思ったの?この上着が入れ換えられたというのなら他の2人にも…」

 

「いえ、貴方だけですよ」

 

「なぜ?」

 

「コナン君に聞きました。あの場で上着を脱いだのは達也と貴方だけだとね」

 

 現状の細やかな事はコナンが全て把握している。本当に不思議な少年だ。

 

「そうね、でも私は死んだ達也を触っているのよ。上着に毒が検出されても証拠には…」

 

「山田さん」

 

「お、おう」

 

 突然、百々月に話しかけられた克己は若干驚きながらも返事をする。

 

「達也さんはタバコは良くお吸いになられますか?」

 

「あぁ、暇があればしょっちゅう吸ってるよ」

 

「ならライターは当然、愛用されていますよね」

 

「もちろんだ」

 

「目暮警部、ハンカチを貸してください」

 

「あ、あぁ」

 

 克己から証言をとった彼女は目暮からハンカチを受け取るとそれを持ちながら麻里から受け取った上着のポケットを調べる。

 

「寺原さん、タバコは吸ったことは?」

 

「無いわね」

 

「おかしいですね。ならなぜ貴方の上着にライターが入っているのですか?」

 

「あれは達也の!?」

 

 美江子の悲鳴に近い声が部屋に響き、全員が麻里を見つめる。

 

「目暮警部、指紋を照合してください。達也の指紋が出てくるはずです」

 

「分かった」

 

「でもなんで?どうして彼女が達也を殺さなきゃならなかったの?」

 

 完全に黒だと断定された麻里、だが美江子は納得いかなかった。なぜ彼女がこんな事をしてしまうに到ったのかが。

 

「それは…『それはこの写真を見て頂ければ分かります。コナン君』」

 

「はぁい!」

 

 自分で言って置いてあざとく出現するコナン、皆にバレないようにジト目で見つめると半笑いしながら目暮に写真を渡す。

 

「この写真は?」

 

『達也さんが昔、店長さんのバンドにいた頃の写真ですよ。この写真の中央には達也さんと一緒に彼女も写っています』

 

 写真に写っていた中央の女性は綺麗なマネージャーとはかけ離れた素朴な女性。最初は目暮も疑問を持つばかりだったが頭を働かせある結果に辿り着いた。

 

「ま、まさか…」

 

「そうよ、整形したのよ。達也のためにね」

 

 その事実に驚き言葉を失う一同。そうして彼女は静かに語り出した。

 

 全ては愛する達也のため。彼が引き抜かれる際に彼女も誘われ、そんな彼に相応しい女になるために顔を整形した。だがそれから彼の態度は一変、罵倒される日々だったという。

 

「彼を信じていたから、許せなかったのよ!」

 

『違いますよ。達也さんは貴方のことを愛していたんですよ』

 

「バカな事をいわないで!」

 

「麻里、彼女のいっていることは本当だよ」

 

 そう言って隅井はバンドメンバーが写された写真の裏を見せる。

 

「これは達也がずっと好きだったお前に向けたラブソングだよ」

 

 酷い態度は彼の愛から来る心からの叫びだった。それが暴言という幕に包まれて見えなかっただけだったのだ。

 

 

 互いが互いを深く愛していたのにそれがすれ違い、複雑に絡み合ってついに切れてしまった。とても悲しい結末となってしまった。

 

(心から愛していたのに殺してしまう。人の心というのは実に複雑で様々な色を魅せてくれる。犯罪というのはそれを良く見せてくれるものだな)

 

 




―奥の深い洞窟の入り口―



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平成のコーデリア・グレイ

 

 

 

 あの有名バンド《レックス》のボーカル木村達也の事件を解決した百々月は一躍、有名人となり新聞やメディアで取り上げられる事となった。

 

 有名人が死んだ事件を解決したのだ。世間の注目を浴びない訳がなかったというのは当然のことだろう。

 

《女子高校生探偵現る。まさしく平成のコーデリア・グレイ》

 

「はぁ…」

 

 彼女自身、推理小説は読まないのでコーデリア・グレイという人物は知らないが有名な女探偵であるというのはよく分かった。

 あの事件からしばらくの間、プライベートというものが著しく阻害され彼女は心底、嫌気がさしていた。

 

(期せずして彼の手伝い役として充分な肩書きを手に入れた訳か…)

 

 不謹慎な話、事件はその内容に対して渦巻く色模様が実に面白い。まるで答が見られない問題を解いてるようだ。

 二度も人の死という物を見て感覚が若干、麻痺しているような感じはするが気にしないでおこう。こういったものになってしまった以上、これから付き合っていくものになってしまうだろう。

 

「はぁ…」

 

 学校の教室でそんな事を考えていた彼女は小さくため息をつくと頭を軽く振る。

 

「羽部さん、お疲れさま」

 

「あぁ、疲れてるよ」

 

 目頭を押さえながら答える百々月は心底、疲れているようだった。友人として何かしてあげられることはないかと考えた蘭は1つの提案を口にした。

 

「夕食を一緒に食べない?」

 

 彼女は一人暮らし、つまり一人で寂しく食事をしているという事になる。ならせめて多くの人が居る場所で食事でもすれば気分転換になるのではないかという蘭の気遣いだった。

 

「蘭の家でか?」

 

「うん、人と一緒に食事をとるだけでも少し変わるかなって」

 

「気遣いに感謝する。確かにそうかも知れないな」

 

「じゃあ、今日は一緒に食べようね」

 

「あぁ」

 

 蘭の気遣いに感謝しその申し出を受けた彼女は少しだけ楽しそうに笑った。

 

ーーーー

 

「はぁ、お前が蘭の言っていた羽部か」

 

「は、はい…」

 

 蘭の家、つまり毛利探偵事務所を訪れた百々月は小五郎と会った途端。彼から睨まれるように話しかけられ思わずたじろぐ。

 高校生探偵という名前で随分と苦労してきた彼にとって百々月のような者は警戒するのに充分な存在だろう。

 蘭から耳にした情報で思考にふけっていた百々月は突然、彼に肩を掴まれ驚く。

 

「名探偵であるこの毛利小五郎さまに憧れるのも分かるが実際に事件を解決するとは近頃のガキとは違って見込みがある」

 

「え、あの…」

 

 ただ夕食を頂きに来ただけというのになぜこの様な状況に陥っているのだろう。

 

「俺は弟子をとらねぇ主義だが。こうして家まで来るほど弟子入りしてぇなら、その勇気を賞して考えなくてもないぞ」

 

(事件は全部、俺が解決してるだろうが…)

 

 そんな理解不能の光景を横目で見ながらコナンはあきれて格好つけている小五郎を見る。

 

「だがお前はまだ世間ではチヤホヤされてるかも知れねぇが」

 

「ちょっとお父さん!羽部さんは家に夕食を食べに来ただけだっていってるでしょう!」

 

 小五郎の声を遮ったのは料理を運んできた蘭だった、彼女は机に料理を置くと小言を言いながら席に着く。

 

「うるせぇぞ蘭。今、名探偵としての覚悟をだな」

 

「お父さんや新一と違って羽部さんは名探偵気取りしないのよ」

 

「ははっ…しかし毛利探偵の推理も是非、聞きたいものです」

 

「ホラ聞いたか、俺は名探偵毛利小五郎だぞ?」

 

「もうお父さんったら。羽部さん、気を遣わなくて良いからね」

 

 まぁ、社交辞令的な意味合いも含めてはいるが彼の推理がどんなものか興味があるのも事実だ。

 確実に自身が体験している以上の事件を渡り歩いてきた筈だ。コナンの助けがあるとはいえ、どんなことをしてくれるのかは楽しみでもある。

 

「まぁ、機会があれば見てみたいと思う」

 

 実際は彼は眠らされコナンが全て代弁しているなど彼女はまだ知らないが。

 

(騒がしいが、なんだか安心するな)

 

 中学の初め頃に両親を失った彼女はこういった親子のじゃれ合いというものに一種の憧れをもっていたのかもしれない。

 

「もも姉ちゃん、色々と大変だったんでしょ?」

 

「まぁ、少し周りが騒がしくなっただけだよ」

 

 ほんの少しだけ疲れている彼女を見てコナンも同情の視線を送る。彼自身も名を馳せた頃の始まりは自身の周りの変化に戸惑ったものだ。

 ある程度親しくなってた友人も少しではあるが態度を変えられるというのは中々、キツかったが蘭たちやももは全く変わらなかった。

 

(どんな時でもどんなに有名になっても態度が変わらなかったのは本当に感謝してるぜ)

 

 という感謝を思い出しつつ彼は出された食事を見る。

 少し疲れているがこの様子なら大丈夫だろう、コナン自身も彼女が居た方が動きやすいし発見もある。おそらく彼女には今後も協力して貰わなければならないだろう。

 

(最大の問題は俺の正体を明かすかどうかだよな…)

 

 正直、素で接してしまっている以上、気づかれている可能性が高い。今でも何も言ってこない事は測りかねているのかこちらから明かすのを待っているのかだが。

 

(まぁ、こればかりは場の流れに任すしかないか)

 

「じゃあ、食べるわよ。いただきます」

 

「「「いただきます」」」

 

 そんなコナンの思考を余所に夕飯の支度を終えた蘭が席に着き全員が食べ始めるのだった。

 

ーーーー

 

「まぁ、それも俺が見事に解決したわけであってな」

 

 食事の最中であっても小五郎の自慢話は尽きない、今まで彼が扱ってきた事件の経緯等を耳にしながら百々月は食事をする。

 赤鬼村火祭り殺人事件、豪華客船連続殺人事件等といった事件を聞いている百々月の顔は真剣で時々、笑みを浮かべている。

 

「なるほど、なるほど…」

 

 端から見れば師匠と弟子と言われても納得するかもしれない。彼女の反応に気をよくした小五郎はビール片手に話を進める。

 

「まぁ。今度、何かあったらお前も俺の弟子として連れて行ってやる」

 

「ありがとうございます」

 

「まぁ、しっかりと勉強するように」

 

「はい!」

 

 完全に上機嫌な小五郎を横目にコナンと蘭は食事を終える。そして時間は遅くなる。

 

「もう遅いし今日は泊まっていく?ねえ、お父さん」

 

「あぁ、夜道は物騒だからな遠慮するな」

 

「すいません、お言葉に甘えさせて貰います」

 

 時間はいつの間にか10時を回ってしまいやむ得ずに泊まることにした百々月。

 

「布団がないわ。どうしよう」

 

 お互いに突然の泊まりということで布団を用意していた蘭は運悪く客人用布団をクリーニングに出していたことに気づく。

 

「気にするな、私はどこでも寝られるから」

 

「そういう訳には…」

 

「ガキと一緒に寝れば良いじゃねえか」

 

「え…」

 

 布団がなくて困っていたのを見て小五郎はコナンの布団で彼女が寝れば良いと提案。当の本人である彼は戸惑いを見せるがその案はあっさり許可が下り実行される事となった。

 その結果、コナンの布団は蘭の部屋に移され3人で仲良く寝ることとなった。

 

 当初はコナンが蘭と同じベッドで寝る案が出されたが前回の山荘の一件で寝られないと判断した彼が百々月と寝ると主張。結果コナンは百々月と一夜を共にする事となった。

 

「じゃあ、おやすみなさい」

 

「おやすみなさい」

 

「おやすみ」

 

 蘭の声と共に電気が消され部屋は暗闇に包まれる。

 

「感謝している。江戸川コナン、いや…」

 

 蘭が眠りに入った後、百々月は小声で彼に囁く。だが彼女のその言葉は途中で途切れ最後まで紡がれる事はなかった。

 

(もも…)

 

 彼女も疲れていたのかすぐに眠ってしまった。眠った彼女の顔を見て眠ろうとするが内心、ドキッとしてしまう自分がいた。

 いつも鋭い表情を保ったままの彼女が完全に無防備な寝顔でいたのだ。普段の彼女を知っているが故にそのギャップは凄まじい。

 

(やべ、寝られねぇかも…)

 

 江戸川コナンの長い夜が幕を開けたのだった。

 

 






―無垢な少女が1人立ち―


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ピアノソナタ「月光」殺人事件 (前編)

 大変長らくお待たせいたしました。掛け持ちの作品を一つ終わらせていたので期間がかなり空いてしまいました。申し訳ありません。




 

 

「ったくよぉ。世間じゃ花見だってのに、なんで名探偵毛利小五郎がわざわざこんな島に出向かなきゃならんのだ。1週間前に届いたあんな手紙のせいでよ」

 

 霧が深く、前もまともに見られない状況。そんな状況下の船上で小五郎はタバコを咥えながら愚痴を漏らしていた。

 

《次の満月の夜、月影島で再び影が消え始める。調査されたし 麻生圭二》

 

 新聞を切り抜いた謎のメッセージ。王道というか典型的といった謎の手紙だがその分、無気味さがある手紙であった。

 

「良いじゃない、伊豆沖の小島でのんびり出来るんだから。ねぇコナン君」

 

「うん」

 

「だといいがな…」

 

 月影島行きの船に乗り込んでいたのは小五郎と蘭、コナンに百々月の四人。完全に旅行気分の二人に対し百々月は探偵事務所に届いていた手紙を見て一人、呟く。

 

「月影島で再び影が消え始める…か」

 

 手紙からしてただで終われるような感じではないのだがなぜ二人はあんなに余裕なのか。正直、見習いたいものだ。決して嫌みではない、本気で思っている。

 一度、蘭の家で泊まってから小五郎とも仲良くなった百々月は探偵の見本を見せてやると彼に誘われ、こうして付いてきたのだ。

 

ーー

 

 無事に島に辿り着いた百々月たちは船員に役場の場所を聞くとそれに従い、歩を進める。特に意味もない会話に花咲かせながら辺りを見渡すが予想通りあまり活気のない町で電柱や掲示板に村長選挙と書かれたポスターが目につく。

 

「おい、もうついたぞ」

 

 小五郎の声で会話を終わらせた3人は役場の中に入り、問題の麻生圭二という人物を捜して貰うことにするが…。

 

「えっと…。麻生圭二、麻生圭二…居ませんねそんな名前の人」

 

「もっとよく捜してくださいよ。現にこうして彼からの手紙が」

 

「しかし住人名簿には載ってませんし、私もここに来たばかりで詳しくは」

 

 どうやら名簿を見る限り、麻生圭二という人物はこの島に存在していないらしい。手の込んだイタズラかと思ったが50万という大金は既に支払われている所を見るとただのイタズラと切り捨てるのも納得いかない。

 

「どうかしたのかね?」

 

「あぁ、主任。この方が島の住人から依頼を受けていらしたそうで」

 

 職員と小五郎、軽くもめているのを見てか奥から上司らしき人物が声をかける。

 

「依頼?」

 

「はい、麻生圭二さんという方の」

 

「なに、麻生圭二だと!?」

 

 尋常ではない反応、彼の知り合いかと思いきや役場中が騒がしくなりこちらを見ながら小声で話し出す。この島のタブーに触れてしまったかのような反応だ。

 

「そんな筈はない。だって彼は10年以上前に死んでいるのだから」

 

 主任の言葉に小五郎たちは驚き、百々月とコナンは小声で話し始める。

 

「こりゃ、楽には済みそうにねぇな。もも」

 

「依頼料の50万とあのメッセージを見て楽に済むと思っていたのか?」

 

「まぁ、俺とももが居れば何とかなるだろ」

 

「嫌な予感しかしないがな」

 

 この状況をみるに依頼主が何かしらの重大な事を成して欲しいということは理解できた。百々月の心配をよそに主任に部屋に案内され麻生圭二に関する話を聞く。

 

 麻生圭二は島出身の有名なピアニストで海外でも公演をするほどの人物だったらしい。それが12年前の満月の夜、彼は公民館で演奏した後。突然、家に閉じこもり家族を殺すと家に火を放ち死の間際まで《ベートーヴェンピアノソナタ「月光」》を弾き続けていたという。

 

「なるほど、確かに違和感が残る事件だな」

 

「てっことは俺たちにその調査依頼って事でいいのか?」

 

「聞く限りではな…」

 

 ちゃっかりコナンは百々月の足の上に座りながら小声で会話をする。3人掛けのソファーのためコナンが誰かの足の上に座らねばならない。なら彼女の上に座った方が話しやすい。

 

「依頼者本人に会えれば手っ取り早いのだが」

 

「麻生圭二を騙っている以上、手のつけようがねぇよな。そんなに村の連中にばれたくねぇのか」

 

「それとも私たちに正体をバラしたくないのか」

 

「とにかく、もっと調べる必要がありそうだな」

 

 どっちにしても相手が何かしらの意図を持って送ってきたのは事実、探偵としてはそれを解き明かして依頼を完了させる、それだけだ。

 

ーー

 

 死者からの手紙に見せかけたイタズラと小五郎は見てメッセージを丸めようとするがコナンと百々月に止められる。

 

「依頼料の50万は大金です。やはり、何かしらの意図があっての事なのでしょう。名を明かせない理由があるにしろ一度、調査するべきではないでしょうか」

 

「確かにな、ならもっと詳しい事情を聞く必要があるな。とりあえず、公民館に行ってみるか。そこに麻生さんの友人の村長が居るらしいからな」

 

 説得力というのは話の内容だけではなくその言葉を放つ人の評判や人格、特に年齢で大きく左右されるというのを最近よく思う。同じ事を小五郎にコナンが言っても納得はするだろうが嫌な顔一つするだろう。

 

「では行きましょう」

 

 百々月の進言通り、小五郎たちは公民館へと向かう。

 

「それにしても今回の件、どう思う百々月?」

 

「はい、役場での反応を見る限り彼のことはこの島ではタブー、小五郎さんに依頼をした事を隠したがるのは分かるかと」

 

「だよなぁ。この手紙の意味が本当に麻生圭二の死の真相を突き止めろって事だったらな」

 

「そうですね」

 

 小五郎の言葉のきれが悪い。彼もなんとなくだがこの答えに納得がいっていないようだ。公民館へ歩いていると白衣を着た女性の姿が見える。

 

「すいません、公民館ってどこですか?」

 

「あぁ、その角を曲がったら真っ直ぐ行って突き当たりに…あ、もしかして皆さん東京から?」

 

 道を尋ねた蘭に笑顔で答えてくれた女性は明るい雰囲気で道を教えてくれ、東京から来たと知ると嬉しそうに話をしてくれる。

 

「はい、さっきの船で」

 

「へぇ、私の実家も東京なんですよ。この島は東京と違って素敵でしょう?空気は澄んでるし、とっても静か」

 

 その瞬間、タイミングの悪いことに拡声器で大声を撒き散らす選挙車が通っていく。

 

「ではないか。もうすぐ村長選挙があるものだから」

 

「確かに、役場や電柱にポスターがありましたね」

 

 百々月の言葉に頷いた女性は村長選挙について詳しく解説してくれる。

 

「えぇ、候補者はさっき通った漁民代表の清水さん。最近人気が落ちている現村長の黒岩さん。そして島一番の資産家、川島さん。患者さんの話では川島さんが…」

 

「あぁ、いえ看護婦さん。私たち村長選に興味は」

 

「私は医者の浅井成実、ちゃんと医師免許を持ってます」

 

「ドクターでしたか」

 

 女性の医師など今の時代、珍しくもないものだ。

 

「貴方たち公民館に行くのなら今言った3人に会えるわ。今日は前村長の亀山さんの三回忌の法事をやるんです」

 

「前村長の」

 

「三回忌…」

 

 成実さんと話を終えた百々月たちは案内された通り、公民館に向かうのだった。

 

ーー

 

「ったく。いつまで待たせる気だ」

 

 無事に公民館に辿り着いた一行だが麻生の友人である黒岩は一向に来ない。小五郎は吸っていたタバコを灰皿に押しつけると悪態をつく。

 

「やはり歓迎はされませんね。村民も横暴だなんだと言っているし、探偵が来たとなれば警戒もするでしょう」

 

「それにしてもだ。さっさと話を済ませて宿に戻りてぇのに」

 

「コナン君は?」

 

 どうやらいつもの如くコナンが消えたようだ。

 

「また悪い癖が出たんだろう」

 

「本当にすぐにどこかに行くんだから。ねぇ、羽部さん」

 

 案の定、コナンはすぐに見つかった。廊下の奥の部屋を覗いて入っていたのだ。その部屋には中央にピアノがあるだけで他は何もない。

 

「広い部屋だな、公民館の裏はすぐ海か」

 

「このピアノ、汚いわね」

 

「少しは掃除すれば良いのにね」

 

「随分と変な部屋だ…」

 

 確かにピアノ一台を置いておくだけにしては大きな部屋だ。すると百々月は部屋の違和感に気づく、部屋は綺麗に掃除されているのに対し、ピアノだけが埃を被っていたからだ。

 

「まるでこのピアノを避けているようだな…」

 

「あぁ、駄目ですよ触っちゃ。それは麻生さんが死んだ日に演奏会で弾いていた、呪われたピアノ」

 

「呪いなんて…」

 

「麻生さんだけじゃないんですよ。前の村長の身にも同じようなことが」

 

「というと今日、法事をやる亀山さん」

 

「はい、あれは2年前の事です」

 

 黒岩現村長の秘書、平田はただならぬ様子でピアノの事を話し始める。

 

 どうやら亀山さんはこの麻生さんが使っていたピアノの上で心臓発作を起こして死んでいたらしい。その死体を平田が見つけたらしいがその際にピアノソナタ「月光」が流れていたらしい。

 

「それ以来、このピアノは呪われたピアノと呼ばれるように」

 

(実に興味深い内容だ。呪われたピアノ、確かにピッタリの名称だな)

 

 本当の呪いかどうかはともかくとても興味深い内容に百々月も耳を傾けているとコナンがピアノを弾き始めて平田に閉め出される。

 

「とにかく法事が終わるまで待っててください!」

 

 完全に怒らせた上に閉め出される。法事なんてかなりの時間がかかるだろうにそれまで待てというのだから明らかにこちらを毛嫌いしているかがよく分かる。

 

 そのすぐ後に医者の成実さんと再び出会い候補者のひとりである清水さんと挨拶を交わすと法事が終わるまで公民館の正面玄関で待っていることにした。

 

「なぁ、もも。俺が弾いたあのピアノ、何年も使われてないというのに音が正確に出ていた。きっと誰かがこっそり調律してるんだ何かの目的で」

 

「それを確かめたせいで私達は閉め出されたのだがな」

 

「悪かったって」

 

 日も暮れたのに今だに外で待ち惚けを喰らっている状況に対し笑顔でいられるほどお人好しでも変態趣味でもない。百々月も表情こそ見せないがいらついているようだった。

 

「ピアノソナタ月光は三大ピアノソナタの一つだな、全部で第3楽章まである。有名な楽曲だな。15年前の怨念か因縁かは知らないが、ただでは終わってくれないだろうな」

 

「あぁ…」

 

 不吉であり不気味である、こういったときに悪いことが起きるのは世の常であるだろう。

 

 そんな時だった、公民館中に鳴り響くピアノの音色を耳にしたのは。静かな音色が鳴り響く、この音色は先程、話をしていたピアノソナタ「月光」の音色だ。

 

「この音色は月光だと?」

 

「しまった!」

 

 急いで駆けつけるのはピアノのあった大部屋。そこには大勢の人が集まり部屋のドアを見つめていた。この部屋から月光の音が出ている。

 

「おい、君たち!」

 

 駆けつけた百々月とコナンは水浸しでピアノに倒れている川島さんの姿を発見した。彼の表情は壮絶なもので苦しみに歪ませながら死んでいた。

 

「死んでいる」

 

「な、なんだって…」

 

 小五郎が脈を確認すると静かに首を横に振る。その様子を見て全員が驚愕の表情を浮かべた。

 

「くそっ、あの手紙は満月の夜。月影島で再び、人が死ぬことを予告していたんだ」

 

「……」

 

 悔しそうに表情を歪めるコナンと静かに目を細めている百々月。

 

 こうして江戸川コナンの最大の転機である《ピアノソナタ「月光」殺人事件》が幕を上げる。しかしそれは後の世を震撼させる人物、羽部百々月の転機ともなった。

 同じ道を歩んでいた2人の道がこの事件をきっかけに少しずつずれ始める。

 

 




―悪魔は少女に微笑みかける―


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ピアノソナタ「月光」殺人事件 (中編)

 

 

 公民館で小五郎と島の住人が明智小五郎だの宇宙飛行士などとコントを繰り広げている間に百々月は死んだ川島から続いていた海水をたどって海辺に出ていた。

「やはりか…」

 

 波打つ海辺に浮かんでいたのは黒の上着、サイズも大きめな所を見ると恐らく川島のものだろう。海水でずぶ濡れになった上着を回収すると公民館に戻る。

 

「死亡時刻は30分から1時間前、死因は恐らく川島さんは溺死させられたものと」

 

「水に溺れたのか」

 

 成実の検死の結果を聞きながら百々月は部屋に戻ると外で海水をたっぷり吸った上着を絞る。

 

「恐らく、そうでしょうね。海に川島さんの上着が流れていました、遺体から続いてる海水を見る限り引きずられてピアノまで運ばれたのでしょう」

 

 水が滴る上着をこの場にいる皆に見せながら慣れたように推理を披露する百々月を皆は見つめる。

 

「この部屋の鍵は全て閉まっている上に正面玄関には私達がずっと座っていた点から推測すると犯人は川島さんを殺した後に何食わぬ顔で法事に戻った可能性が高いでしょうね」

 

「そうだな、流石は俺の弟子だ」

 

(いつの間にかももが勝手におっちゃんの弟子になってるじゃねぇか)

 

 小五郎の発言に心の中で突っ込むコナン。彼も彼女の推理に文句ない。

 

「ちょっと待ってよ。ならまだこの中に犯人がいるって事?」

 

 黒岩の娘である黒岩令子の言葉に駆けつけた者たちは騒然とし互いが互いに顔を見合う。

 

「そうだ、犯人はまだこの中にいる。川島さんが法事の席から発ったのを見た方はいらっしゃいますか?」

 

「それならわしが知っておる、確かトイレに行くといって」

 

「他に席を立った人を見た方は?」

 

「へっ、そんなこといちいち覚えてられっかよ」

 

 川島さんを最後に見たのは現村長の黒岩、他に席を立ったのを見た者は村沢の言うとおり覚えていない。監視カメラもないこんな田舎の公民館では人の情報が頼りなのだがこうなってはどうしようもない。

 

「なら川島さんが誰かに恨まれていたとかはどうです?」

 

「恨みではないが、川島が死んで一番喜んでいるのは同じく村長選に出ている清水くんでは」

 

「な、それは貴方も同じでしょう。黒岩村長」

 

 黒岩のまさかの言葉に思わず声を荒げて反論する清水。

 

「そうね、それならパパの当選は確実、誰かさんが票を自分の方に流れるように仕組んでなければね」

 

「なに!?」

 

「お嬢様」

 

 父親に便乗するように娘の令子も清水に向けて挑発的な発言をする彼女を秘書の平田は咎めるように言葉を発する。

 

「止めなさい!人が一人、死んでしまったというのにゴチャゴチャと…それでも人の上に立とうとしている人間の態度ですか!」

 

 清水と黒岩親子の口論を小五郎が仲裁に入ろうとした時、百々月の鋭い声が清水と親子に鋭く突き刺さる。自身の半分も生きていない娘にもっともなことを言われ3人は思わず口をつぐむ。

 

 百々月本人としては死体そっちのけで自身の立場やプライドの張り合いに固執する人達をたっぷり眺めたかったが仕方がない。面白い余興も長引けばシラけるだけだ何事も適切な長さというものがある。

 

(流石ももだな。誰に対しても言うことは言う)

 

彼女のスカッとした態度にすっきりしたコナンは頭を切り換えて推理へと戻る。

 

「それにしても犯人はどうして死体をここに…」

 

「それは、犯人がこの殺人をピアノの呪いってやつにしたかったんだよ。ところでいつからこのピアノはここに?」

 

「それは15年前に麻生さんが寄贈されたもので以来、ずっとここに」

 

「あぁ、あの麻生さんでしたか」

 

 麻生圭二、この事件に自分たちを巻き込んだと言っても過言ではない人物が記した名前。

 

「はい、名前もちゃんと鍵盤の所に」

 

「ん、これは…楽譜だ。変だな、昼間見たときにはこんなものなかったのに」

 

 開け放たれた鍵盤の蓋とピアノの隙間に一枚の楽譜が挟まっているのを確認すると黒岩と西本という人物の顔が一変する。

 

「うあぁ…あああああ!」

 

 絶叫しながら逃げていく西本を見送ると入れ替わるように蘭が駐在所から警察官を連れてきた。

 

 取り敢えず、時間はかなり遅い。人数も多い事から事情聴取は翌日ということとなった。

 

「なにが殺人じゃ。あれは麻生さんの祟りじゃ」

 

「くわばら、くわばら」

 

「この世の殺人を祟りだ、呪いだと言っていたら警察や探偵は要らないな」

 

「まったくだぜ」

 

 老人たちの言葉に呆れる百々月とコナン、この月影島は予想以上に閉鎖的な島のようだ。

 

ーー

 

「びっくりした、百々月さんの名推理には。貴方も探偵なの?」

 

「まぁ、そのような者です」

 

「羽部さんは前にも難事件を解決した事があるんですよ」 

 

「へぇ、凄いわね」

 

 宿への道、成実さんと供に帰路についていた百々月たちは会話をしながら夜道を歩く。

 

「では、我々はこれで戻りますので」

 

「じゃあ、ここで。早く事件を解決してくださいね。私もう、検死なんてやりたくありませんから」

 

「大丈夫ですよ、私にかかればチョロいもんですよ」

 

 大きく笑う小五郎を見て頼もしく思ったのか成実はその場を後にする。彼女の姿が見えなくなるのを見計らって百々月は口を開いた。

 

「小五郎さん、まだこれで終わりじゃありませんよ」

 

「なに?」

 

「この事件でこの手紙は犯人が送ってきたものだと分かりました。ならばこの文中の《消え始める》という文面、私の予測では連続殺人の予告ではないかと」

 

「そういうことか…」

 

 コナンより前に百々月は連続殺人の事を頭に入れていた。このタイミングで言ったのはここにいる者以外誰にも聞かれたくなかったからだろう。

 

「じゃあ、その光っていう文言も月光って事だね」

 

「そうコナン君の言うとおり」

 

 麻生さんの不審な死から始まる三つの殺人事件は全て月光とピアノが関わっている。これは間違いないだろう、小五郎はピアノの周りが臭うとみて公民館に駆ける。3人もそれを追いかけるのだった。

 

ーー

 

「まったく正気とは思えんのぉ。死体と一緒に一晩明かすなんて、しかも子供連れで」

 

「百々月ならともかく、なんでお前たちまで来たんだ」

 

「だってコナン君が…」

 

 交番の警官のぼやきに小五郎は蘭とコナンを睨む。百々月なら数歩譲って良しとしても他の2人は言うなら無関係だ。彼が怒るのも分かる。

 

 その後、勝手に川島の死体を移動し、重要な証拠となりそうな楽譜を上着の内ポケットにしまい込むと警官のおじいさんがやらかしまくっていた。

 

「呑気というか、緩いというか…」

 

「あら、これ月光よ」

 

「「なに!?」」

 

 蘭の言葉で楽譜の正体は月光だと判明する。というよりは普通、ピアノに携わった事がありなおかつ月光を弾いたことのある人物しか分からないことだが彼女はいとも簡単に答えた。

 

「蘭って昔、ピアノ習ってたのか?」

 

「まぁ、軽く弾ける程度だけど」

 

「凄いな」

 

 園子の家の規模が大きすぎて忘れがちだが蘭も刑事と弁護士の娘で裕福な家のカテゴリーに入る。よく考えれば新一も世界的に有名なミステリー小説家と伝説の女優の息子、そう考えてみると金持ちばっかだ。

 

「あれ、私の周りって富裕層だったのか…」

 

(おめぇも富裕層だろうが…)

 

 百々月の呟きにコナンが突っ込む。実を言えば百々月も歴史的に有名な人物の子孫で京都で有力な家の縁者だ。

 

 そんな百々月の考えを余所に蘭は月光を演奏するが楽譜の4段目が改変されていたのが判明する。

 

「ということはこれは川島さんのダイイングメッセージ、なら犯人が取り返しに来る可能性があるな」

 

「あのぉ…」

 

 小五郎の言葉に全員が緊張感を持った瞬間、部屋の扉が開き1人の人物が入ってくる。その正体は弁当を持参した成実さんだった。

 

ーー

 

 おにぎりに美味しそうなおかずの数々、おにぎりの中身は何も入っていない代わりにおかずは濃い味ばかりでとてもバランスの取れた夜食。控えめに言って絶品である。

 

「やはり米だなぁ」

 

 THE日本人、百々月は温かいお茶を飲みながらホッと息をつく。

 

「羽部さんって本当に日本の食べ物が好きだよね」

 

「好きと言うより食べ慣れていると言った方が良いかもしれん。しかし力強く、しっかりと握られたおにぎりは食べ応えがある」

 

「喜んで貰って何より、どんどん食べてね」

 

 百々月が心底美味しそうに食べているのを見た成実は喜ぶと和やかに話し、自分のことについて話し始めた。

 話を聞くにどうやらこの島の人ではなく、東京から通っているらしい。

 

「昔から憧れだったんです。こんな自然に囲まれた小さな島で働きたいなって。んで、今年でもう2年」

 

「成実先生、2年前に亡くなった前村長の亀山さんは本当に死因は心臓発作だったので?」

 

「えぇ、あの方は以前から心臓がお悪くて。ただ、顔はかなり引き攣った様子で、なにか悪い物でも見たような」

 

「麻生さんの幽霊でも見たのかな…」

 

「やめてよ、羽部さん…」

 

 百々月の軽口に幽霊の類いが苦手な蘭は反応する。

 

「ねぇ、その時変わったことはなかった?」

 

「そうね、確か窓が一つ開いていたと思います」

 

「確かその時は誰かが閉め忘れたんだろうってことになったんだが」

 

 警官の軽い口調に百々月たちは小さくため息をつく。人が死んでいるのに何でこうも軽く済ませられるのか。ここで人を殺しても勝手に未解決になってしまいそうだ。

 

「その窓とは?」

 

「確か、この窓だったと」

 

「「誰だ!?」」

 

 成実が立ち上がり示した窓の外、そこには人影が映り込んでおりその人影は慌ててその場を逃げ出す。

 

「まてぇ!」

 

 コナンは身軽に窓枠を乗り越え小五郎は尻餅をつきながら外に出ると人影を追いかけるが電灯のない真っ暗な森の中、すぐに見失ってしまう。

 

「よし、今夜はここで寝ずの番だ!」

 

「「「はい!」」」

 

 やはりピアノに置かれていた楽譜が重要な証拠と判断した小五郎の指示の下、夜を通して現場を見張る事としたのだった。

 

ーー

 

 それからどれぐらいの時間が経ったかは分からない。小五郎と警官は寝落ちしグッスリ眠っているのを横目に眠気が限界突破した他の面々はひたすら眠気と戦っていた。

 

「羽部さん、大丈夫?」

 

「まだだ、これぐらい…」

 

 田舎の公民館、やはり夜は少し冷える。

 

「少し花を摘みに行ってくる」

 

「えぇ、気をつけてね」

 

 先程、成実がお手洗いに向かいまだ帰っていないがそろそろ帰ってくるだろう。百々月がドアを開けると目の前に成実の姿があった。

 

「え?」

 

「はぁ?」

 

 タイミング良く出会った2人は正面衝突、前に進んでいた筈の百々月が倒れ込み成実の下敷きとなった。

 

「あぁ、ごめんなさい!」

 

「いえ、こちらこそ失礼しました」

 

 顔を真っ赤にして急いで立ち上がる成実。成実は手をさしのべて百々月を立ち上がらせる。

 

「ん?」

 

「どうしたの蘭姉ちゃん?」

 

「いや、何でもないわ。コナン君」

 

 その一連の流れを見て蘭は疑問の声を小さく上げるがすぐに撤回する。対する百々月も一瞬だけ目付きが険しくなるがすぐに眠気MAXの顔に戻る。

 

 そんなトラブルが発生するも百々月たち4人は目暮警部が島に到着するまで無事に起きていたのだった。

 

「おお、君か。この前は助かった、また頼りにしているぞ」

 

「ありがとうございます。微力ながらお手伝いできれば幸いです」

 

 再会を果たした目暮と百々月は挨拶を交わすと。目暮の視線が爆睡している小五郎へと向けられる。

 

「まったく、それに比べ毛利くんといったら…」

 

「許してあげてください。私たちの方が若い、元気は若者の特権ですよ」

 

 そう言いながら百々月は小五郎の持っていた楽譜を渡す。

 

「川島さんの死んでいたピアノに置いてあった楽譜です。恐らく、ダイイングメッセージか犯人が残したものでしょう」

 

「うむ、ありがとう。それにしても本当に君は出来た子だなぁ。事情聴取が来たら起こしてあげるからゆっくり寝るといい」

 

「ありがとうございます」

 

 目暮の心遣いをありがたく受け取った用意された布団で既に眠ってしまった蘭たちを横目に寝袋で眠るのだった。

 

 

 





―少女も悪魔に微笑みかける―


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ピアノソナタ「月光」殺人事件 (後編)

 

 

 

 ダイイングメッセージと思われる楽譜を守るため一晩明かした百々月たちは夕暮れに目を覚ましたが眠気が取れない。固い床の上で寝たのだ、ゆっくり眠れるわけがない。

 

 取り調べが行われている町役場に移動した一同が欠伸をしていると小五郎が取り調べ室から顔を出す。

 

「どうお父さん、犯人分かった?」

 

「馬鹿言うな、参考人は法事に来ていた37人だぞ、そんな簡単に終わらんよ」

 

「あの、私の順番は?」

 

「お疲れのようですが一番最後になっております」

 

 先程まで眠っていた成実の順番を最後にするのは当然の判断だろう。

 

「じゃあ、その前に顔を洗ってきます」

 

 そう言って成実はトイレに足を運ぶ。

 

 取り調べとしてはそのほとんどが終わり、現在は川島さん死亡の際に大声を出して逃げ出した西本という人物が取り調べを受けている。

 

「なにを聞いても黙ったまんまで、俺のカンじゃ犯人はアイツだな」

 

「馬鹿もん!なにが呪いのピアノだ、あんな物があるからいつまでもこんな事件が続くんだ。すぐに処分しろ、いいな平田」

 

「は、はい!」

 

 黒岩は怒号を響かせながら秘書である平田を叱ると大股で奥に消えていく。恐らく帰ったのだろう。

 

「もぉ、いい加減にしてよ。私に川島さんを殺せるわけないでしょ!」

 

「凄いわ、令子さん。もう10分も怒鳴りっぱなし」

 

 ドア越しから彼女の声が丸聞こえである。あれだけ叫んでよく咽がやられないものだ。

 

「あ、僕ちょっとトイレ」

 

 事情聴取が終わった筈の西本さんを怪しんでかコナンはその場を去ろうとした西本を追い掛ける。そんな彼の行動に対し百々月は全く動こうとしなかった。

 

(最後まで起きてたし眠いのかな)

 

 いつもなら付いてきそうな感じだったが彼女は目を閉じたまま動かない。そんな彼女を横目にコナンは西本を追い掛けるのだった。

 

ーー

 

(彼は違う…)

 

 眠っていたふりをしていた百々月はその場を去ったコナンの背中を見届ける。すると町役場中に月光の第2楽章が鳴り響いた。

 

「これは月光の第2楽章…」

 

「まさか、既に誰かが…」

 

「どこだ、どこが音源だ!」

 

 この音が流れたということはそれは殺人が起こったという犯人からの通告。その場にいた者は急いで二階へと駆け上がり放送室に辿り着くと、そこには椅子に座らされ背中から心臓を一突きされた黒岩の姿があった。

 

「パパ!」

 

「こら、入っちゃいかん。すぐに鑑識と検死官を呼べ!」

 

 父親の無残な死に様を見せられ動揺し大声で叫ぶ令子。父の許へ駆け寄ろうとした彼女を目暮は止める。

 

「それが警部、検死官は川島氏の解剖のため東京に」

 

「なに!?」

 

 解剖をするためには適切な設備がある東京に行くしかない。こんな田舎の島にそのような設備があるはずもなく検死官はこの島を去っていたのだ。

 

「あの、私で良ければ」

 

 そこで名乗り上げたのはこの島の唯一の医師、浅井成実だった。

 

「しかし、これで容疑者は数名に絞り込めたな」

 

 目暮の言うとおり。この場にいる者、数名が容疑者として絞り込める。この役場の出入口には警官を配置してある、急いで逃げようものならすぐに捕まってしまう。

 

(面白くなってきた…)

 

 コナンが壁を殴り悔しそうにしている時、百々月は手で口元を隠しながらほんの少しだけ笑っていたのだった。

 

ーー

 

「検死の結果。被害者は死後、数分しか経っていないと思われます」

 

「確かにテープの頭には5分30秒ほどの空白がある」

 

 成実の検死の結果、死亡したのは数分前。それはテープの空白とも一致している。

 

「目暮警部、被害者の椅子の下に妙なものが」

 

「なに?」

 

 鑑識が見つけたものに駆け寄るのは目暮と小五郎、百々月。百々月は既に小五郎と同じ扱いになっており現場内を自由に出来ていたのだ。

 

「これは譜面か」

 

 恐らく、被害者の血で書かれた譜面。あの楽譜のように何かしらの意味があることは間違いないだろう。

 

「これも被害者が残したダイイングメッセージか」

 

「違うよ、これだけのものを書く時間と体力が残ってるなら助けを呼んでるよ。これは犯人が意図的に残した」

 

「子供は引っ込んでろ!」

 

 いつの間にか譜面のそばに駆け寄っていたコナンを殴りつける小五郎、すると勢い余ってコナンが血の譜面に体をダイブしてしまう。

 

「わぁ!大事な証拠を!」

 

 まさかの事態に全員が慌てるがよく見ると譜面は無事、奇跡的に乾いていたようだ。

 

「とにかくお前は邪魔だ、外へ出てろ」

 

「ちぇ、おかしいと思わねぇか。もも」

 

「自分の立場を考えろよ…」

 

 追い出されたコナンは不満を百々月に訴えるが流石の彼女もコナンの味方にはなりきれなかった。

 

ーー

 

 鑑識の詳しい報告が終わるのを待たずにその場にいたもの全員が役場1階のロビーに集められた。

 容疑者として挙げられたのは黒岩令子、浅井成実、村沢周一、西本健、平田和明、清水正人の6名に絞られた。しかし10分ほど前から取り調べを受けていた令子と、30分前から蘭たちと共にいた成実は、犯行時間が数分前という制約下では犯行は不可能だとして容疑者から外れる。

 

「ところで西本さん、貴方が黒岩さんの死体の第一発見者ですが。あんなところで何をやっていたんですか?」

 

「黒岩に呼び出されたんだ」

 

「は、お前が呼び出して殺したんじゃないのか?」

 

「ち、違う」

 

 今のところ、西本が一番怪しいが。態々、5分の空きをテープに用意しておいて第一発見者になるなど間抜けすぎる。これまで考え抜かれた作戦を実行している犯人の行動だとは思えない。

 

「清水よ、村長選に立候補したパパと川島が居なくなれば村長の椅子はこの清水に転がり込むって寸法よ!」

 

「ふざけるな!たかが村長の椅子ぐらいで」

 

 清水と令子の滑稽な喜劇が始まったのを背景にコナンは暗号の意味を考えていた。

 

「あれは犯人が残した犯行メッセージだと思うんだ」

 

「ピアノで言うと黒い鍵盤だよね」

 

「よく分かるな」

 

「まぁ、やってたからね」

 

 譜面など見ても意味はさっぱり分からない。やはり多数の知識を持たねば事件に臨めないということを改めて実感させられる。

 

「分かってるな、次はお前の番だ」

 

「コナン君…」

 

「タネが分かれば簡単だよこの暗号。ピアノの鍵盤の左端からアルファベットを当てはめてメッセージに相当する音を譜面に書き記しただけだよ」

 

 簡単だとスラスラと言っているコナンだが普通なら鍵盤の数も譜面の読み方も分からない。どっからそういう知識を身につけてくるのか。

 

「それを踏まえて川島さんの所にあった譜面を読んでみると《分かってるな、次はお前の番だ》ね」

 

「すごい!」

 

「感服だな」

 

「じゃあ、さっきの血で書かれた譜面は?」

 

「えっと《業火の怨念ここに果たせり》」

 

 コナンが口にした解読文を聞いて全員が怯える。

 

「ご、業火の怨念って」

 

「12年前に焼死自殺したあのピアニストの」

 

「あはは、奴だ。麻生圭二は生きてたんだ!」

 

 その暗号を聞いた瞬間、西本は叫び不気味に笑う。やはり麻生圭二の事について怯えているようだ。

 

「生きとりゃせんよ。焼け跡から発見された歯型も一致したし間違いないですわ。耐火金庫に残っていた楽譜だけじゃったかのぉ」

 

 なにかサラッと重要なことを口にした警官の言葉を小五郎たちは聞き逃さなかった。

 

「どこだ、どこだその楽譜は!」

 

「確か公民館の倉庫じゃよ。でも倉庫の鍵は派出所に」

 

「ならさっさと取ってこんか!」

 

 どこまでいっても呑気な警官に目暮は怒号を響かせる。怒鳴られた警官は急いで町役場から出ると鍵のあるはずの派出所に向かう。

 

「はいぃ!」

 

「待っておまわりさん。僕も行くよ!」

 

「ちょっとコナン君!」

 

 その楽譜を見るためには警官に付いていった方が最速だと判断したコナンは警官に付いていく。

 

「警官と一緒なんだ。大丈夫だよ」

 

「それもそうね」

 

 コナンを追い掛けようとする蘭を止める百々月。

 

「しかし、《業火の怨念ここに果たせり》か。これは復讐が完了したという事を意味しているのか?」

 

「そうですな、前村長の亀山さんに現村長の黒岩さん、候補者だった川島さんの3人が復讐の対象だと考えても良いでしょうな」

 

 目暮と小五郎の見解にほとんどの人が納得し頷く。これは確信から来る肯定ではない、もう終わって欲しいという願望からくる肯定ではあったが…。

 

「でも月光は第三楽章まであるのよ」

 

「犠牲者は3人、これで全楽章を終えてるじゃねぇか」

 

「でも今まで流れてたのは第一と第二よ」

 

 蘭は納得していないのか小五郎に食い下がるが彼はそんなことを気にせずに自分の推理を述べる。

 

「今回の殺人で第一と第二を使ったのはこれが月光だと分かりやすくするためだよ。第二からだと分かり辛いだろう」

 

「まぁ、そうだけど…ねぇ、羽部さん」

 

「……」

 

 蘭は百々月に助けを求めるが彼女は黙ったまま何も言わない。

 

「まぁ、とにかくここで長居していても仕方がない。皆さんは護衛の警官の下。各自、自宅に帰宅して下さい。念のために絶対に家から出ないように」

 

 目暮の言葉で全員はひとまず家に帰宅することとなった。

 

「ねぇ、羽部さん。私、何か違和感があるの…このままじゃ駄目なような」

 

「分かってる、私はここから別行動に出る。今から1時間以内に私が宿に帰らなかったら。コナン君と一緒に探しに来てくれ」

 

「わ、分かったわ。いったい何処に?」

 

「お前たちなら見つけられる」

 

「羽部さん!」

 

 そう言って役場から姿を消した百々月の後ろ姿を蘭は黙って見届けるのだった。

 

ーー

 

 各員が警察に送り届けられた後、人気のない公民館に足音を忍ばせながら進入する西本の姿があった。彼は静かに入ると倉庫の鍵を取り出して開ける。

 前村長の亀山と現村長の黒岩とは親密な関係だ、取引に使っていた公民館の鍵ぐらい持っている。

 

「楽譜を見つけなきゃ」

 

「その必要はない…」

 

 慌てる西本の肩を掴んだのは百々月。彼は突然、背後から姿を現した百々月に驚き、悲鳴を上げる前に気絶させる。

 

「お前は邪魔だ…」

 

 西本を気絶させた彼女の表情は逆光に遮られよく見えなかった。

 

ーー

 

 それからしばらくして公民館に訪れる影が現れる。その影は周囲をよく見ながら先程訪れていた西本以上の注意深さを見せている。

 

ゴトッ…

 

 公民館の倉庫から小さな物音がする。その影は足音を忍ばせながら倉庫の扉を勢いよく開ける。そこに居たのは西本ではなく、椅子に座っていた百々月の姿だった。

 

「浅井成実(なるみ)さん…いや、麻生成実(せいじ)さんとお呼びした方が良いでしょうか?」

 

「なっ…」

 

 その影の正体は浅井成実、そんな彼女?彼?の反応は尋常なものではなかった。

 

「その様子では当たっていたようですね」

 

「カマをかけたのか」

 

 正体がバレたのを察した成実の声は今まで聞いていたのとは違い、低いものになっていた。

 

「医師免許は偽名を使えないなら成実という文字はそのままで読み方を変えれば良い。単純にせいじと読むのではないかと名字は《業火の怨念ここに果たせり》の文言を見れば麻生圭二の関係者だと考えていましたが…」

 

 暗闇に座る彼女の姿は成実にとってとても不気味に見えた。

 

「名字も同じということは息子ということですか」

 

「どうして僕が男だと思ったか聞いても良いかな?」

 

「違和感を感じていたのは最初からです。足の運び方は男と女で違いますから。確信したのはこの公民館で貴方と夜を共にしたときですが」

 

 足の運び方を細かに感じることが要求される武道を修めていた百々月にしか分からない違和感。それが始まりと言えるが言ってみればそんな事、気にも止めていなかった。

 

「もしかしてぶつかった時かい?」

 

「えぇ…」

 

 百々月がトイレに行くといって部屋から出ようとした瞬間。成実とぶつかった瞬間、2人は倒れ込み一瞬だったがもみくちゃになっていた。

 

「起き上がる際に手を握らせて頂いたのもありましたが、あの際に体を確認させて頂きましたからね」

 

「いつの間に…」

 

 女性の体は、ホルモンの関係で筋肉がつきにくく、皮下脂肪がつきやすい。特に上半身は筋肉がつくのはかなり鍛えない限り不可能に近い。

 百々月と蘭は日々、厳しいトレーニングを積み重ねているからこそ筋肉質だが普通は有り得ないことだ。

 

「正直、かなり分の悪い賭けでした。だからこそ、こういう行動に出た訳です。その様子だと首でも絞めて自殺に見せかけようとしたようですが」

 

「なるほど。まさか、男であることがバレるとは思わなかったよ」

 

 観念したかのように両手を挙げて手を振る彼に百々月は歩み寄りその横をゆっくりと歩く。

 

「貴方の手口は実に巧妙でしたよ。特に黒岩村長を殺した際の手際はすばらしい」

 

 まるで大好きな推理小説を友達に勧めるような様子で彼女は話を続ける。

 

「テープの頭に数分の間を開けていたのはブラフ。二度目の殺人はテープを曲の入っていた裏から回し始めてリバースで犯行時刻を狂わせた」

 

 事件の推理を耳にしていた成実は黙って話を聞いている。

 

「川島さんを派手に殺したのも検死官を帰らせて自分が検死して死亡時刻をずらすためだった。六時前にトイレに行ったときに貴方は黒岩さんを殺していたんですね」

 

「凄いね、よく分かっている」

 

 コナンは黒岩殺害時にリバースの存在に気づいていなかった。理由は簡単、単純な身長の差だ。コナンからの位置ではリバースのスイッチが点灯しているのが見えなかったというだけだったのだ。

 

「しかし、納得がいかない。なぜ貴方が私達を呼んだのか…。私達が居なければこの完全犯罪は成立していたというのに」

 

「え?」

 

「この犯行は衝動的なものではない。綿密な計算と執念の殺意が創り出した完璧な計画だ」

 

 山荘の時は良い計画だったが自身を殺すのに執着して完全に狂いお粗末なものとなってしまった。カラオケの際も良い考えだが最後がお粗末だった。

 だがこれは違う、自分というイレギュラーさえ居なければ誰も気づくことなく収束していた事件だった筈。

 

「私のせいで西本さんは殺せなかった。もったいない!」

 

「君は…何を言ってるんだ?」

 

 真横にいた少女が本当に同じ人物なのかが分からなくなる。恐怖を覚えた成実は彼女から離れようと壁まで移動する。

 

「止めて欲しかったのでしょう…殺したいのに?こんな綿密な計画を立てて、最後に障害を置くなんて…。貴方は犯罪を楽しむ人じゃないでしょう?」

 

「君は…」

 

 

「分からないなぁ…。殺したいのに止めて欲しくて、でも殺したいから綿密な計画を実行して…。結局、中途半端だ。なにがしたかったんですか?」

 

 分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からないなぁ…。

 

「だから…知りたいんですよ。だから彼を連れずに私だけ来たんですよ。だから、こんな所で待っていたんですよ!」

 

「はぁ…はぁ…はぁ…うわぁぁぁぁ!!」

 

「が、がぁ……」

 

 成実はとっさに持っていたロープで百々月の首を絞め上げる。犯行の真実を揉み消そうとしたわけではない。尋常ならざる彼女に恐怖を覚えた故の行動。

 理性より根本的なもの、生存本能が彼女の危険性を察知し行動に移させたのだ。

 

「がぁ…あぁ……あ」

 

 首を絞め上げられているというのに彼女は笑っている。口から泡を出しながら笑う彼女の姿は本当に不気味だった。

 

「……」

 

「はっ!」

 

 百々月が意識を失った瞬間、成実は我に返り手を離す。気を失い、全く動かないが息は僅かに残っている。どうやら一歩手前で止められたらしい。

 

 しばらくして息を整えた成実は隣の部屋に隠されていた西本を予定通り首を絞めて吊すと足下に暗号化した遺書を置く、そしてそばに倒れている百々月にはシートを被せて分かりにくくしてその場を後にするのだった。

 

 本来なら彼女を別の場所に移すのが最善であったが混乱の収まらない成実はとにかく、いち早くその場から去りたかったのだ。

 

ーー

 

 百々月が姿を消してから1時間後、蘭はコナンの居る筈の交番を訪れ事情を話していた。

 

「羽部さんがやることがあるっていって」

 

「ももが!?」

 

「2人で探せば場所が分かるって…」

 

 みるみる顔が青ざめるコナン、心当たりはある。全ての始まりとなった公民館、彼女はあそこに居るはずだ。

 

「もも姉ちゃんは公民館だ!」

 

「ちょっとコナン君」

 

「2人とも、待ってくれぇ」

 

 必死に公民館に向かい、たどり着くコナンは警官に倉庫の鍵を開けさせ中に入るとそこには首を吊っていた西本と首にくっきりと縄の跡がある百々月を発見。

 

 百々月は重症ですぐに東京の病院に運ばれて行ったのだった。

 

ーー

 

 その後はコナンが小五郎に成り済まし事件を解決、犯人であった麻生成実は公民館に火をつけて自殺。彼の心に大きく残る事件となった。

 

 

 

 





 ホラーのつもりで書いてないのにホラーになってしまった件について。
 次回は後日談を書きます。
 後半はかなり省きました。一応、これは百々月の物語なので彼女の居ないシーンは容赦なくカットします。出てないシーンは基本的に原作通りですので。



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招待状

 

 

 月光の殺人事件が終幕した後、東京の病院で百々月は静かに目を覚ました。

 

「ここは…」

 

「目覚めたか」

 

「っ!御頭首…」

 

 静かでありながらも重みのある声に気づいた彼女は慌てて上体を起こそうとするがそれはその声の主によって止められた。

 

「東京にて用事があったのでな。お前の顔を見ようと思ったら病院にいると聞き、こうして出向いたのだ。そうかしこまるな我が義娘(むすめ)よ」

 

「はい…」

 

 威厳のある顔に顎髭を蓄えた老人は老いていながらもしっかりと引き締まり鍛えた肉体を持っていた。

 

「世間に名を知らしめていたのは耳にしていた。この場で会うとは思わなかったがな」

 

「はい、私としてもしっかりとお迎えをさせて頂きたかったです」

 

 老人の名は木曾義昭、京都の有力な名家の現頭首でとある偉人の子孫にあたる人物だ。義昭は威厳のある顔を緩ませ静かに微笑むと彼女の頭を撫でる。

 

「その顔つき、武芸の方も怠っていないようだな。それに顔も少し晴れやかになった」

 

「木曾家の縁者として恥じぬ事はしているつもりです」

 

「うむ、息子達もお前のようにあれば良かったのだが」

 

 難しい顔をした義昭は静かに立ち上がると軽く首を振る。するとどこからか出現した従者が花を生けた花瓶をベッドの横にあるテーブルに置く。

 

「鹿乃さん」

 

「お久しぶりで御座います、百々月さま。御健勝とはならないのが残念ではありますが。それと私に敬称は不要で御座います」

 

 綺麗に咲き誇るダリアはとても美しく、白を基調とした部屋に赤色の花は良く栄える。

 

「いえ、私は貴方を尊敬しているのです。これは私のわがまま、許してください」

 

「今回だけですよ」

 

 黒髪のショートボブ、右眼にモノクルを掛けた。見た目若そうな女性、宮沢鹿乃。齢30にて木曾家侍従長の任を受けている。そう言った鹿乃は花を置くと再びどこかへと消えてしまう。

 

「そろそろ時間だ。電車の時間があるのでな」

 

「はい」

 

「近いうちに本家に寄りなさい。お前の学友を連れてな」

 

「え、しかし…」

 

「よい、ワシが招待しているのだ。なにを躊躇うか」

 

「分かりました」

 

 百々月の言葉を聞き満足した義昭は踵を返し、病室を後にする。それを彼女は静かに見送るのだった。

 

ーー

 

 その後、目を覚ましたと知らされて来た蘭たちが病室を訪れるとあの事件のことを小五郎から聞かされ眠っていた間のとりとめのない話を蘭から聞いていた。

 

「じゃあ、そろそろ行くわ。行きましょコナン君」

 

「僕ちょっとトイレに行ってから行くよ」

 

「そう、じゃあ。待合室で待ってるね」

 

「うん!」

 

 そう言って蘭と小五郎は部屋から出るとコナンが声色を変えて質問する。

 

「なぁ、もも。いったい何があったんだ?」

 

「私なりの推理を彼に伝えた。西本さんを匿った後だったからな。向こうも焦っていたんだろう。少し強引だったが強く問いただしたら首を絞められていた」

 

 あの時、確かに成実は精神的に追い詰められていたのかもしれない。公民館に火を放って自殺したほどだから…。

 

「なんで俺を呼ばなかった」

 

 彼が一番、気に入らなかったのは勝手に行動したことだ。実際、危険な目に遭っているために余計に腹立たしかった。

 

「あれはかなり分の悪い賭けだった。網は1カ所に何枚も張らなくて良い。多くの場所に網を張った方が魚が多くとれる」

 

「…分かったよ。確かにおめぇの考えも正しい。納得いかねぇけどな」

 

「すまないな、新一」

 

「あぁ、おめぇなりに最善を尽くしてくれたんだ。俺は文句を言えねぇよ…ん?」

 

 何かサラッと百々月が重大発言をした気がした彼は彼女の言葉を再度、リピートする。

 

《すまないな、新一》

 

「ん?」

 

《新一》

 

 油を差し忘れたロボットのように顔を彼女に向けるコナン。彼の視界に映ったのは悪い顔をしている百々月の顔だった。

 

「あはははは…」

 

「ふふふふふ…」

 

 誤魔化すように笑うコナンに会わせて笑う百々月。

 

「なんで分かった?」

 

「私に対しては新一節、炸裂だったからな。後、私のことをももって呼んでるのはお前と園子だけだ。逆になぜ分からない?」

 

「そうだよな…」

 

 まぁ、なんとなくバレているのではないかと思っていたが。今回ばかりは完全にカマを掛けられた。

 

「まぁ、ももには遠慮なく話してたしな。退院したら博士に紹介するよ」

 

「博士?」

 

「俺の家の隣に博士がいるんだよ。ももを除けば、俺の正体を知ってるのは博士と俺の両親ぐらいだからな」

 

「そうか、頼む」

 

「あぁ、じゃあな。安静にしてろよ」

 

「あぁ」

 

 そう言って待たせている蘭たちの元へと向かうコナン。問い質したいことはもう少しあったがまた別の機会にしよう、まさかあんなタイミングでカマを掛けられるとは…。

 

「話をそらされた?んな訳ねぇか」

 

 タイミングとしてはこれほど良い時はない。彼女はそのタイミングを見計らっていたのだろう。

 

「油断ならねぇな…」

 

 そう言って頭を掻きながら彼はぼやくのだった。

 

 それを見届けた彼女はベッドに深々と倒れる。なんだか今日は疲れてしまった。

 

「そうか、自殺してしまったのか…」

 

 死人に口なし。結局、聞きそびれてしまった。彼の行動の意味は分からずじまい、本当に惜しいことをしたがいろいろと学ぶことはあった。

 

 斬殺、毒殺、溺殺、刺殺、絞殺と見てきたのだがその見せ方は千差万別。中々、興味深い。後、代表例としては爆殺などか…。

 

「人の命は重んじられているようで実に軽い。ある人にとってはなによりも重く、ある人にとってはとてつもなく軽い。必要なのは一握りの殺意だけか…」

 

 彼女の言葉は誰の耳にも聞こえずに霧散していく。彼女にはおよそ、理解出来ない領域、だからこそ滾る。知識を望む、答えを求める。彼女の探求は始まったばかりだ。

 

ーー

 

 入院から一週間後、目暮警部からの話も終えて無事に退院した彼女はコナンの案内で阿笠博士の家を訪れた。

 コナンが事前に説明していたようで快く歓迎され、互いに挨拶を交わした後。彼が子供になってしまった詳細を聞かされた。

 

「にわかには信じがたいが、こうして現物があるわけだからな」

 

「俺を実験動物みたいに言うなよ」

 

「間違ってない表現だな。気になるは気になるがファンタジーは苦手でな、それはそっちでやってくれ」

 

「まさか、新一の正体を見破る子がおるとはのぉ」

 

「隠す気ゼロでしたけどね」

 

 阿笠が入れたコーヒーを飲みながらゆったりとしていた彼女は阿笠が持ってきたのは和のテイストが入ったネックレス。

 

「これは?」

 

「新一に頼まれてな。君の位置といつでも連絡できるための道具じゃ」

 

「まぁ、前科持ちだからな。仕方ないか」

 

「常に見てるわけじゃねぇから安心しろよ」

 

「当たり前だ、常に見てたらお前を警察に突き出してやる」

 

「おぉ、怖ぇ…」

 

 新一と百々月は中学時代からの知り合いだ。蘭にこそ劣るが彼女と彼は親友と呼べる間柄だった。

 

「そう言えば俺が来たとき。来たばかりの花が生けてあったが」

 

「御頭首が来ておられてな」

 

「御頭首?あぁ、本家の…」

 

 名家、木曾家の現頭首。百々月の血縁者で戸籍上は彼女の父親という事になっている人物。そしてその侍従長の鹿乃、後から考えればこの2人は彼女にとって数少ないかけがえのない存在であった。

 

「不仲なのか?」

 

「いや、御頭首とは良い関係を築けているのだが。御頭首の実の子たちとはな…」

 

 少し複雑な表情を浮かべていた彼女を見て彼は踏み込んでいけないラインに入ったと心配したが彼女はそんなに気にしていないようだ。

 

「とにかく、これはありがたく貰っておく」

 

「調子が悪くなったらワシの所に来なさい。すぐに直してやるわい」

 

「ありがとうございます」

 

 首飾りを着けた百々月は気に入ったようで少し微笑んでいた。

 

 ネックレスを貰い。しばらくの間、話をしていた彼女は夕暮れ時に博士の家を去る。百々月の完治を確認し、本当の意味で事件が終結したと言える。

 

「新一、大丈夫なのか?あの子も巻き込んで…」

 

「大丈夫だよ博士、そこまで深く関わらせようとは思ってねぇよ。それにアイツは信用できる。少し危なっかしいけどな」

 

「まぁ、新一が良いんなら良いんじゃが」

 

 博士の心配を余所にコナンは自信ありげに断言する。

 

 だが知識欲に目覚めた彼女を舐めてはいけない。そして事件は襲いかかる。事件は彼女を逃さない、そして彼女も逃げはしないだろう。

 

ーー

 

「ただいま…」

 

 誰もいない家に帰宅した彼女はドライ加工されたホオズキが置かれた玄関を通りポストに突っ込んであった手紙をリビングのテーブル上に広げる。電気料金の請求書やどこかの塾の案内。

 

「これは…」

 

 そんな中、やけに立派な手紙が異様な存在感を持っていた。封蝋が施された手紙を丁寧に開けると中身の手紙を開封する。

 

「森谷帝二…超有名建築家じゃないか」

 

 手紙の内容は彼のアフタヌーンティーのガーデンパーティへの招待状だった。

 

「有名人になったものだな私も…」

 

 偶発的に手に入れた立場とはいえ、こうして自身が有名人となっている事実には悪い気がしない。

 

「なにを着ていこうか…」

 

 まだ余裕はあるが有名家のガーデンパーティ、しっかりとした格好で行かねばならないだろう。

 

「絶対紅茶だろうな…」

 

 彼女は紅茶が苦手だ。対して森谷帝二はイギリス調の建築を主にしている人物。間違えても緑茶は出てこないだろう。茶葉は同じなのになぜこんなに違うのか。

 

「あぁ、もっと面白い事はないだろうか…」

 

 彼女が体験する大規模犯罪、彼女にどう影響するのか…。

 

 





 次回は映画に突入


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時計じかけの摩天楼 (前編)

 

 

「此度はお招きいただきありがとうございます」

 

「おぉ、ようこそお越しくださいました。活躍は聞いています、あの工藤新一君とはお知り合いだそうで」

 

 招待状に書かれた場所に訪れ、しばらくティータイムを楽しんでいる風に見せているが紅茶が苦手な百々月には結構キツい時間であった。そこに森谷が現れ挨拶を交わしていた。

 

「はい、数少ない学友です」

 

「そうですか、実は彼も招待しているのですよ。来ていただけると嬉しいのですが」

 

「彼は放浪癖があるようで、現在は私にも連絡が…」

 

「そうですか、それは残念ですな」

 

 顎に手を当てて少しだけ拍子抜けしたような様子を見せると百々月が手にしていた紅茶を見やる。

 

「おや、もしかして紅茶は苦手でしたかな?」

 

「すいません。何分、緑茶しか飲んでないもので」

 

「緑茶ですか、ならこれならどうでしょう」

 

 彼女の言葉になにか思い付いたようにした森谷は他のテーブルからポットを持ってきてそれを新しいカップに注ぎ、それを渡す。

 

「飲んでみてください」

 

「は、はぁ」

 

 勧められるがまま飲んでみる百々月は注がれた紅茶を飲んで驚く。紅茶らしい爽やかな香りのなかになんとも言えぬ渋味。この渋味はまるで緑茶のような。

 

「香りが強いですが渋味は緑茶に似ています。他の紅茶よりは少しはマシかと」

 

「いいえ、ありがとうございます。すごく飲みやすいです」

 

「それは良かった。ではしばらくお楽しみください」

 

 その場を離れる森谷にお礼をして、離れたのを確認すると渡されたダージリンを再び口にする。

 

「おいしいな…」

 

「あれ、羽部さん!」

 

「ん、蘭か…。なぜこんなところに?」

 

 遅ながらも紅茶デビューを果たした百々月は見知った声が耳に届き、彼女はその声のした方向に顔を向けると予想通りの人物がいた。

 

「招待された新一の代わりに私たちが来たのよ」

 

「私たち?」

 

 蘭の言葉に顔をずらす百々月は少し離れたところにいたコナンと小五郎の姿を見つける。

 

「コナン君に小五郎さん。お久しぶりです」

 

「おぉ、元気になってなによりだな」

 

「はい、お陰さまでこのとおり元気になりました」

 

 百々月の無事に元気な姿を見た小五郎は心から喜び、彼女の肩を叩く。

 

「もも姉ちゃんはなんでここに?」

 

「招待状を戴いてな。こうして来させて頂いたんだ」

 

 何度も言うが百々月の本家も中々の家柄だったため彼女自身、パーティー慣れはしている。だが百々月個人に対して送られた招待状はこれが初めてで改めて周囲の環境が変わったと感じさせられる。

 

「珍しい、スカートを履いてるなんて」

 

「あまり好きじゃないんだ。袴なら良いんだけどな」

 

 百々月はそういうと彼女にしては短めのスカートを揺らす。寒いからとなんとも女子高生とは思えない理由でスカートを履かない彼女だが今回はスカートの正装をしてきている。

 

「なんでスカートを履いてるの?」

 

「森谷氏のパーティーといえば、西洋英国風のアフタヌーンパーティーだろう。そんなところで和服なんて着られるか」

 

 パーティーにもそれぞれコンセプトというものがある。それを察してそれに応じた服装をするのも招待客の礼儀というものだ。

 

「それにしても綺麗な料理ね。全部、手作りなのかしら」

 

「そうですよ。ティーパーティーでは全て手作りのものを出すのが正式なのですよ。どうぞ、お召し上がりください」

 

 話をしていると蘭がテーブルに並べられたお菓子の数々を見て感動する。これほどのものを作れるのは中々、貴重だ。それにこの数、かなりの手間隙がかかっているのだろう。

 

「おいしい」

 

「何度食べてもおいしいな」

 

「うん、おいしい!」

 

 主催者である森谷の前でお菓子を食べる蘭、百々月、コナン。それをみた彼は嬉しそうする。

 

「あぁ、それは良かった。夕べから手間掛けて作ったかいがありましたよ」

 

「あら、先生。お料理なさるのですか?」

 

「こう見えても独身ですからな。ここに出ているものは全て、スコーンもサンドイッチもクッキーもみんな、私の手作りです。なんでも自分でやらないと気がすまないたちなんですよ」

 

「なるほど、その精神がいくつもの美しい建築を産み出すんですね」

 

「私は美しくなければ建築とは認めません。今の若い建築家の多くは美意識が欠けています。もっと自分の作品に責任を持たないといけないのです!」

 

「ところで毛利さん。クイズを一つ出してもよろしいですか?」

 

「クイズですか?」

 

「はい、三人の人物が経営するパソコンのキーワードを推理する問題で、名探偵の毛利小五郎さんならすぐにお分かりになると思うのですが」

 

「いいでしょう」

 

 あの有名な毛布小五郎だと周囲の者たちが気づくと期待の声を上げる。それを聞いた彼は襟を正して自信満々に答えるのだった。

 

 答えは平仮名5文字。こういうお題の場合は答えは世間一般的に知られている人物や物の場合が多い。

 

小山田 力(A型)

昭和31年、10月生まれ

趣味、温泉巡り

 

空飛 佐助(B型)

昭和32年、8月生まれ

趣味、ハンググライダー

 

此堀 二(O型)

昭和33年、1月生まれ

趣味、散歩

 

 渡された紙をコナンと一緒に見る百々月。一見すればなにも共通点が見受けられない。統一性が見いだせない場合は他の側面、例えば連続性だとか法則性を見つけるのが常道だが。

 

「あれ、生まれた年が」

 

「なるほど、ももたろうだぁ!」

 

 参加者が諦め、他の者たちの回答を待っていようとした頃。コナンは可愛らしい声で答えを叫ぶ。

 どうやら三人の干支が申、酉、戌年と並んでおりこれは桃太郎に登場する動物たちという関連性が発見できたと言うわけだ。

 

「正解だよ坊や。たいしたものだ」

 

「えへへ」

 

 周囲の喝采を浴びて嬉しそうに喜ぶコナン。どうせ、たまには恥をかかなくっちゃね☆って思ってるんだろうなと百々月はジト目でコナンを見つめる。その態度は先に答えを奪われたちいさな仕返しも入っていたと思う。たぶん…。

 少しコナンを睨み付ける百々月の姿を森谷は横目で観察し興味深そうに彼女を見続けるのだった。

 

ーー

 

 森谷のクイズの正解を導きだしたコナンと付き添いで蘭は彼のギャラリーを見せにもらいに姿を消し、庭には悔しそうにする小五郎の姿が残った。

 

「子供の発想は豊かですからね。こんな遊びの時ぐらい譲って上げてもいいんじゃないですか」

 

「まぁ、そうだな」

 

 紅茶を片手にコナンと蘭の二人が帰ってくるまで二人はのんびりと話していたのだった。

 こうして、人生初のアフタヌーンパーティーを終わらせた百々月、何事もなくホッと胸を撫で下ろした彼女だったがこれからが本番だということを彼女はまだ知らない。

 

ーーーー

 

 そのパーティーの翌日。百々月は米花町の大型書店に足を運んで書物を物食していた。いつもなら日本史に関する本を手にしているのだが今回は趣向を変えてミステリー系のコーナーに足を運んでいた。

 

「こんなにあるのか」

 

 ミステリーと一区切りにしてもこんに細かい種類があるとは思わなかった。そのミステリーコーナーの中央、一番目立つところには一つの作品が大量に置かれている。

 

《工藤優作闇の男爵(ナイト・バロン)シリーズ最新作》

 

 とデカデカと書かれたエリアには人が多く見られ人気作品だというのが一目で分かる。そういえば新一のお父さんは世界的に有名なミステリー作家だった。新一の書斎の本棚は本当に凄かったなぁ、一度だけ家に訪れたことがあるがあの家はすごかった。

 

「せっかくだし読んでみるか」

 

 リアルミステリー小説のような状況に置かれているのも何かの因果、多くの人が愛して止まない闇の男爵シリーズの一作目を購入するとバイクの座席の下にしまい家へと向かおうとする。

 

「そういえば…」

 

 確か、蘭と園子が買い物をしてカフェに行くと言っていたな。来てくれと言っていたし、折角だから顔を出しておくか。彼女、お目当ての新一は諸事情でいけないが、少しは慰めになるだろう。そう思って彼女はバイクを走らせるのだった。

 

 特に何も考えずにバイクを走らせる。バイクを走らせている間は気持ちが落ち着く。自分が停止していながら辺りの町だけが動き始める、まるで時の流れを見ているかのような不思議な感覚。そして誰にも破られない自分だけの世界。

 

(気持ち悪い…)

 

 あの時、殺されかけたときに何かが見えた気がした。あの山荘での出来事から体の中で何かが蠢いているような妙な感覚。それを殺されかけた時にやっと目の前に出てきたような。

 やっぱり、少しの間だけでもゆっくりする時間が欲しい。このまま人の死や感情の渦に呑まれていたら何かが変わりそうで怖い。それが率直な感想だった。

 

(やはり一度、京都に顔を出して…っ!)

 

 そんな時、百々月が米花駅に差し掛かった時に横断歩道の信号を無視して飛び出す人影、それはよく知るコナンの姿だった。慌ててブレーキを全開にして彼の直前で停車させるとヘルメットのバイザーを上げて話しかける。

 

「コナン、何をしてるんだ。そんなに慌てて」

 

「もも!」

 

「ど、どうした?」

 

 必死の形相で駆け寄るコナンに気圧されながら百々月が答えると勝手に予備のヘルメットを取り出して装着する。

 

「あのタクシーを追ってくれ!」

 

「なん…」

 

「早く!!」

 

「わかったよ!」

 

 反対斜線で去っていったタクシーをコナンの指示通りにスロットル全開で追いかけ始める百々月。

 

「いったい、何があったんだ?」

 

「あのタクシーに爆弾が乗ってるんだよ。それを回収しねぇと」

 

「どこがどうなったらそんな状況が発生するんだ!?」

 

 全く、こいつは死神か。なんでいっつもいっつも明らかにヤバそうな事案に首を突っ込まねばならないのか。だが人命がかかっている一大事、先程の悩みもすっぽ抜けてとにかく追いかける。

 

「やばっ、赤だ」

 

「こっから俺が追いかける!」

 

「お、おい!」

 

 運悪く、信号に引っ掛かった百々月。それを見たコナンはヘルメットをしながらターボ付きスケボに乗り込むと歩道を爆走する。完全に置いていかれたが追い掛けないわけにもいかずに信号を待ち次第、追跡する。

 

「新一!」

 

「もも!」

 

 すると途中で止まっていたコナンを発見し止まらずに彼の手を握り後部座席に放り込む。一瞬だけバランスを崩して横転し掛けるがなんとか持ち直して追いかける。

 

「あのタクシーをなんとか止めてくれ!」

 

「ここまで来たならやってやるさ」

 

 渋滞に引っ掛かっていたタクシーに追い付いた百々月はバイクを横に着けて運転手に窓を開けさせる。

 

「すまんが、失礼するぞ!」

 

「え、なんだい君たち!?」

 

 窓を開けさせた直後に車内に手を入れて扉を開ける百々月、それと同時にコナンが車内に侵入、後部座席のおばあちゃんからケージを奪い取ると中身を確認する。

 

「もも、爆弾だ!」

 

「ば、爆弾!?」

 

「早く持ってこい!」

 

 驚く運転手を他所にピンク色のケージを手に入れた百々月はバイクを急発進させて車の間をすり抜けながら速度を上げる。

 

「もも、カウントダウンが止まった!」

 

「なに?」

 

「また、動いた!」

 

「どっちなんだ!」

 

 児童公園に差し掛かったとき、爆弾のタイマーが止まるがまたすぐに動き出す。

 

「どこかで爆発させねぇと」

 

「ここは町のど真ん中だぞ!」

 

「この先、空き地!」

 

「任せろ!」

 

 裏路地を通って河川敷に出た百々月はコナンから爆弾を奪い取り時間を確認する。あと5秒、もう時間がない。

 

「新一、両手を胸の前に!」

 

「あ、ああ!」

 

 百々月の怒号にコナンは驚きながら実行、するとバイクが急カーブしてバイクから放り出される。

 

「まさか、もも!」

 

 彼女の思惑に気づいたときにはもう遅い。すでに地面を転がったコナンは川にバイクごと突っ込む百々月の姿を見続けるしかなかった。

 

「まぁ、これはこれで貴重な体験かな」

 

 水に身を投げた彼女は水中で爆弾が爆発する光景を間近で見つめる。その衝撃で川底まで吹き飛ばされヘルメット越しだが岩で頭を強打する。

 

「ガバッ!」

 

 爆発による水流の乱れに揉まれそのまま川岸まで運ばれたのだった。

 

ーー

 

「もも!」

 

 巨大な水柱と共に彼女の姿を見失ったコナンは酷く狼狽しながら名を叫ぶ。そのとき、気を失った彼女が水に運ばれて姿を見せる。

 

「おい、しっかりしろ!」

 

「……」

 

「おい、もも!」

 

 百々月の着けていたヘルメットを外し、気を失う彼女を見てコナンが叫ぶ。そんな彼の声が虚しく、空き地に響き渡るのだった。

 

 





 と言うことでまたもや犠牲となったももちゃん。
 不安定になりつつある彼女を事件が追いたてる。この事件が彼女に何をもたらすのか、それは誰にも分からない。



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時計じかけの摩天楼 (中編)

「お前が…お前さえいなければ!」

 

「なんで、なんでよりによってこの子なの」

 

「あなたのせいで!」

 

 誰かの声がする。誰かは忘れた、性別も人数もよく分からない。ただぼんやりと、実感の伴っていない声が鳴り響くだけ。だがなぜかそれを聞いてはいられなかった。

 耳を塞いで、口で叫んで泣きわめきたかった。でもそんな感情には実感がない。まるで感情移入しきれない映画を見ているような。

 

分からないなぁ。なんでそんなに

 

怖がってるの?

 

 

ーーーー

 

「うっ…」

 

 小さな呻き声と共に百々月は目を覚ます。

 

「気がついたぞ」

 

「おい、大丈夫か?」

 

「え、えぇ」

 

 百々月が目覚めたことにより安堵の声が上がり、彼女はそちらの方に顔を向ける。するとそこには小五郎、阿笠博士、コナンと…見知らぬ子供たち。

 小五郎は安堵した表情で百々月の肩を持つと大丈夫か近くで確認する。

 

「お姉さん、コナンくんを助けてくれてありがとう」

 

「あ、あぁ」

 

 歩美が彼女の手を取り感謝すると後ろに控えていた二人の男子も大袈裟に頷く。

 

「君たちは?」

 

「よくぞ聞いてくれました。僕たちは少年探偵団です。僕は円谷光彦、そっちの太っているのが小嶋元太くんで彼女は吉田歩美ちゃんです」

 

「よろしくね」

 

「コナンは俺たち少年探偵団の見習いだ」

 

「そうか、よろしく。私は羽部百々月だ、コナンくんのお目付け役と言ったところかな」

 

 元気よく自己紹介をする三人に笑顔で答えた彼女は三人と握手を交わす。そうしていると阿笠博士に呼ばれた担当医が部屋に入り彼女の簡易的な検査を行う。

 

「特に異常はありませんね。これなら大丈夫です」

 

「そうですか」

 

「良かったのお」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「お大事に」

 

 診断を終えて部屋を出る担当医と入れ替わるようにして目暮警部と初めてみる刑事が部屋に入ってくる。

 

「羽部くん。爆破事件の被害者が君だと知って驚いたぞ。よくぞ無事でいてくれた」

 

「ありがとうございます。そのお方は?」

 

 目暮が彼女の無事を喜んでいるその脇に青いスーツを着た男性が控えていた。始めてみる人物に彼女は思わず疑問をぶつける。

 

「あぁ、最近うちの課に配属された白鳥くんだ。彼は優秀でね、これからも会うかもしれないな」

 

「白鳥です」

 

「羽部百々月です」

 

 互いに挨拶を交わすと話は戻る。

 

「阿笠博士から話は聞いた。よく犯人の予告から爆弾を見つけてくれた。あのまま米花駅に爆弾があればどれ程の被害になっていたか見当もつかん」

 

「え、あ、はい」

 

 なんか全く知らないうちに自分自身が行動していたのだが、それを聞いて阿笠博士とたんこぶを作ってるコナンを見つめると二人とも静かに手を合わせて謝っていた。

 

「ん、どうしたのかね?」

 

「いえ、少し混乱していまして」

 

「起きたばかりなのにすまないね。爆弾犯の狙いが分からん以上、君たちに話を聞かねばならないのだよ」

 

「いえ、私が分かっていることは恐らく、博士たちと変わらないでしょう」

 

「そうか…」

 

 残念そうに呟く目暮を横目にコナンの様子見と百々月へのお礼を済ませた。少年探偵団の三人は帰り支度を済ませていた。

 

「よし、コナンの様子も見れたし。お姉ちゃんにお礼もいったし帰るか」

 

「そうですね。僕たちがいてもなにも出来ませんし」

 

「ももお姉さん。ありがとう、今度会ったら遊んでね」

 

「あぁ、気を付けて帰るんだぞ」

 

「「「はーい」」」

 

 元気よく返事をしながら帰る三人の姿を見届けた百々月は目暮に視線を戻す。

 

「にしても新一はどうしたんだ。その男は新一に電話してきたんだろう」

 

「じゃから新一くんは別の用があって、だからももくんに頼んだんじゃ」

 

「何てやつだ、今度会ったらただじゃおかねぇ」

 

 まぁ、実力があるとはいえ、危険な事件に女性を巻き込んでおいてなにも言ってこない新一に腹をたてた小五郎だが、事情を知る百々月は複雑そうな顔をする。確かに、なにも説明を受けずに事態が進んでいることは気に入らないが、結果的に多くの人が助かったのだからなにもいえない。

 

「コナンくんが壊したラジコンの爆弾も羽部くんが運んだ時限爆弾もどちらもプラスチック爆弾だった。おそらく、東洋火薬の火薬庫から盗まれたものだろう」

 

(東洋火薬の火薬庫…。そんな事件があったのか)

 

 朝から特に目的もなく町の中をブラブラしていた百々月はその盗難事件について知らなかった。

 

「ラジコンの爆弾は雷菅を着けて衝撃爆弾に、キャリーケースの爆弾はタイマーに接続して時限爆弾にしてありました」

 

 一言で爆弾と言っても種類は様々なものがある。今回の相手はいくつもの種類の爆弾を作れる知識を持った人物、わざわざ用途に合わせて種類を変えてくるなんて、爆弾を作る余裕がある犯人だという可能性が高い。

 

「そのタイマーが一時の16秒前に止まったっていうのが気になるな」

 

「あぁ、そのことについてなんだが一つはタイマーが壊れてしまった場合。犯人がなんらかの理由でタイマーを止めたと二つが考えられる。犯人がわざわざ新一くんに電話してきたことを見て高校生探偵、工藤新一の噂を聞いて挑んできたか、あとは個人的に恨みのある人物だな」

 

 どちらにせよ相手はかなりの自信家だ。新一の力を知ってもなお挑んでくる。たちの悪いことにただの自信家ではない、行動力と高い実力を兼ね備えた犯人だ。

 

「調べましたが工藤新一くんの関わった事件の犯人は現在、全員が服役しているんです」

 

「となると、犯人の家族や恋人」

 

「現在警察では先程までいた子供たちが描いた似顔絵で捜索しているところだ」

 

「警部さん、新一くんが担当した事件の中で一番世間の注目を浴びたのはなんじゃったかの?」

 

「それはやはり、西多摩市の岡本市長の事件でしょうな」

 

 ベッドに座る百々月を中心に捜査会議を行う一同。そんな中、阿笠の質問に対し、目暮が出した答えがその事件であった。

 

 その内容は西多摩市に済む女性が市長の車に撥ねられたという事件であった。当初は息子が運転を行っていた際の事故とされていたが、その事件に新一が疑問を抱き、シガーライターについていた指紋を根拠に実は市長、本人が運転していたということが分かったのだ。

 

「その事件が原因で岡本市長は失脚。彼が進めていた西多摩の新しい町の計画も一から見直しになったんだ」

 

「目暮警部、私が言うのもなんですが、部外者に首を突っ込ませすぎでは?」

 

「うむぅ、確かに。工藤くんが優秀でつい頼ってしまうのだよ」

 

 結果だけ見れば良かったが新一も新一で事件に首を突っ込みすぎだ。自分から事件に突っ込んでいたせいで今度は向こうから来てくれているのではないかと思ってしまう。

 

 阿笠博士の作った話の流れで白鳥は岡本市長の息子が怪しいとにらみ、病室を後にする。するとコナンの持っていた電話が鳴る。

 

「よく爆弾の場所が分かったな、誉めてやる。だがもう子供の時間は終わりだ、工藤を出せ!」

 

「そうだな、これからは大人の時間だ」

 

「誰だお前は、工藤はどうした」

 

「工藤はいない。俺が相手になってやる、俺は名探偵毛利小五郎だ」

 

 小五郎の宣戦布告、それを面白そうに受けてたった犯人が放った言葉は、その場にいるもの全てを凍りつかせるものだった。

 

「東都環状線に五つの爆弾をしかけた」

 

 犯人の電話を聞いていた一同はその爆弾についての説明を聞いていた。電車の速度が時速60㎞を切ると止まる仕掛け、さらに日没になっても爆発するという悪質きわまりない爆弾だった。与えられたヒントは(××の×)という暗号。×には一時ずつ漢字が入るという。

 

「じゃあ、頑張ってな。毛利名探偵」

 

「なるほど、さしずめノンストップ爆弾と言ったところか」

 

 そんな百々月の言葉に目暮は息を呑み、本庁に連絡を入れる。

 

「ギリギリ間に合いましたね」

 

「今日はついてる日なのよ」

 

 その頃、歩や光彦たち少年探偵団が東都鉄道に乗り込んでいたのだった。

 

ーー

 

「そうですか、ありがとうございます。取り敢えず爆発した電車はなかったそうだ」

 

 本庁と連絡を取っていた目暮は東都線の現状を知るとひとまずひと安心してこちらに報告を寄越してくる。

 

「分かりましたよ目暮警部」

 

「なにが分かったのかね」

 

「星の言っていた××の×は座席の下かあるいは網棚の上ですよ。そこに仕掛けてあるんです」

 

「車体の下ということも考えられるぞ」

 

 小五郎と目暮の会話の中、阿笠はふっと思い出す。

 

「そういえば、歩美くんたち。米花町に戻るのに緑台駅から環状線に乗っているんじゃないのか?」

 

「まさか…」

 

 阿笠の心配は的中し、先ほど出会った少年探偵団たちが巻き込まれているというのが分かってしまった。そして病室内で本庁と連絡を取り続ける目暮、呻き声を上げる小五郎。

 何でもいいが、病室なので静かにして欲しいし捜査会議はよそでやって欲しいです。

 

ーー

 

「警視庁に合同捜査本部が出来た。私は東都鉄道の指令室に行く、毛利くん君もいくか?」

 

「はっ、お供します」

 

「じゃあ、おとなしくするんだぞ」

 

「はい」

 

 一通りの会話を終えた目暮は百々月に声を掛け、小五郎を伴って部屋を出た。誰もいなくなったのを確認したコナンはやっと百々月に対して口を開き彼女に話しかける。

 

「もも、すまねぇ。俺は」

 

「気にするな。確かに突然ではあったがな。付いていくんだろ。行ってこい」

 

「あぁ」

 

「おい、待て新一」

 

 そういって先に行った小五郎たちを追いかけるコナン。その後を阿笠も付いていき部屋を後にする。やっと一人になった百々月は人知れずに一息つくのだった。

 

「博士、百々月の様子を見ていてやってくれ」

 

「それは分かったが。少々、彼女に頼りすぎなんじゃないか?」

 

「…俺も悪いと思ってるよ」

 

 確かに今回の件は彼女に頼りすぎている。現在、新一の正体を知っているのは阿笠博士と百々月の二人なうえ、同い年である彼女に無意識的に頼ってしまった。

 

「あの子は強い子じゃが、新一と違ってただの女子高生じゃぞ」

 

 そうだ。彼女は頭が切れるが新一と違って場馴れしてない。人の死、そして前回の事件を含む二件で自身が死にかけている。気丈に振る舞っているが心の中ではどうなっているか分からない。

 

「分かった。気に掛けるようにするよ」

 

 この時はまだ心の中では彼女なら大丈夫だと高を括っていたのだろう。

 その後、こっそり東都鉄道の指令室に向かったコナンを見送った阿笠は飲み物を買って病室に戻る。

 

「なっ!」

 

 その時の病室には彼女の姿はなかった。

 

ーー

 

「痛っつ…」

 

 病室になんかいては余計に気が滅入りそうな気がした百々月は徒歩で抜けだしていた。

 

「ちょっと休憩しよう」

 

 近場にあった公園。近場と言ってもかなりの距離を歩いていたようであの爆弾を回収した辺りの公園に来ていた。そこのベンチに腰かける百々月。

 

「ここはガス灯があったのか」

 

「おや、これは羽部さんではありませんか」

 

「これは、森谷氏。先日ぶりですね」

 

「えぇ、どうかされたのですか?」

 

 その公園に現れたのは森谷帝二、彼は頭や体の数ヵ所に巻かれた包帯を見て質問をする。

 

「えぇ、少し爆破事件に巻き込まれて」

 

「あぁ、大変でしたね」

 

「森谷氏はどうしてここに?」

 

「ガス灯を見に来ていたのですよ。このガス灯は私が設計したものの一部でしてね。時々、見に行くのですよ」

 

「なるほど」

 

 確か森谷氏は幼い頃から英国に居たらしいから英国風のガス灯は故郷を思い出させるアイテムのような物なのかもしれない。

 

「その様子ですと病院に戻りたくないのではないですかな。もしよろしければ私の家で一服していきませんか?」

 

「え?」

 

「実は貴方にもギャラリーを見せたいと思ってましてね」

 

 突然の誘いに驚く百々月。せっかくのお誘いを断るのも気が引けるし少し、ギャラリーというのにも興味はある。

 

「お邪魔でなければ」

 

「それは良かった。では、行きましょうか」

 

 彼女の返事を聞いて笑みを浮かべる森谷。彼はそう言うと近くに止めてあった車に百々月を乗せて邸宅に向かうのだった。

 

 

 



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時計じかけの摩天楼 (後編)

 

 

「どうぞ、ダージリンです」

 

「ありがたく頂戴いたします」

 

 森谷邸に招かれた百々月は紅茶と手作りであろうお菓子をご馳走になっていた。それを森谷はパイプを吹かしながら笑顔で眺めていた。

 

「ご厚意は嬉しいのですがなぜここまで…」

 

「私の個人的な感傷のようなものですよ。昔、イギリスで君のような女性と出会ったことがある。私が七歳の時だ」

 

 イギリスにあるハイド・パークに従者と訪れたときだ。両親は忙しく森谷の相手をしてくれなかった。その時、当時は18歳ぐらいの女性と出会ったのだ。

 金色の髪を持つ美しい女性だった。確か、彼女はフェンシングの達人であった。

 

「会ったのも数回だったのだがね。とても良くして貰った、その女性ととても似ていたのでね。それに傷だらけだった、心配になりましてね」

 

「なるほど」

 

 幼き頃の美しき思い出というものか。

 

「君はジャック・ザ・リッパ―という殺人鬼を知っているかね?」

 

「えぇ、名前だけは」

 

 確か、イギリスに本当にいた殺人鬼だったはず。確か、新一がコナンじゃなかった頃に話していた気がする。

 

「売春婦5人を切り裂き、署名入りの犯行予告を新聞社に送りつけたりなど劇場型犯罪の元祖とされる人物だよ。だが実際に奴が殺したのは何人かも、正体どころか性別さえ分からせずに完全犯罪を行った人物ですよ」

 

「思い出しました。確か、時代は霧の都ロンドン。産業革命で最も栄えた時代とされる大英帝国の末期。確か、貧富の差が激しく内部では荒れていた時代だと」

 

 確か、そのジャック・ザ・リッパ―は殺した人間の内臓を摘出したという。気になる、生きたまま解体したのだろうか。例えそうだとしたら被害者はさぞかし大変だろう、どんな最期の言葉を口にしたのだろう。どんな思いで解体されたのだろう、気になることは知りたくなる。

 

「えぇ、私はジャック・ザ・リッパ―を高く評価していてね。ベクトルが違うが物事を最後まで完璧にこなすのは素晴らしい」

 

 確か森谷さんは完璧主義だった。あの時のアフタヌーンパーティーの際にも《美しくなければ建築ではない》と豪語していたほどだ。こういった焦がれるほどの熱心さは私にはないものだ。

 

「顔色が良くなって来ましたね」

 

「え、そうでしょうか」

 

「えぇ、先程まではだいぶ追い詰められていたようですが」

 

「まぁ、最近は人の死に目に遭遇することが多くて」

 

「なるほど。貴方は変化を恐れているのですね」

 

 変化を恐れている。確かにそうかもしれない。平凡だった日常が大きなものに塗り替えられた。その事実を見えない何かとして恐れていた。なんとなく納得できる話だ。

 

「変化は人を成長させます、それには大きな覚悟も必要ですがね。私も今は建築家としての責任を果たしているところです」

 

「責任ですか」

 

 考え込む百々月を見ていた森谷は静かに立ち上がる。

 

「どうですか。ギャラリーでも」

 

「えぇ、お願いします」

 

ーー

 

 壁に飾られているのは建物の写真。その部屋の真ん中には大きな模型が置かれている。

 

「我が幻のニュータウン西多摩市ですか」

 

「あぁ、これは岡本市長に依頼されたものなのですがね。市長が失脚して計画が頓挫したのだよ」

 

 流石は森谷帝二。完全なシンメトリーのニュータウンだ。これ程の規模のものを手掛けるチャンスを失ったのださぞかし悔しかっただろう。

 

「悔しいですね」

 

「えぇ、ですが決心が着きました。復讐を果たす決心がね」

 

「森谷さん?」

 

 急に空気が変わった森谷に戸惑いながらも百々月は少しだけ一歩下がる。

 

「私は私自身が許せない。私にもっと力があればこんな出来損ないを産み出さなかったというのに」

 

 忌々しげに見つめるのは森谷が若い頃に作ったとされる作品たち。この家たちは知っている。確か、放火魔によって放火された家たちだ。

 

「まさか、貴方が…でもなんで私に。私が彼と近しい人物だと分かっていたはず」

 

「お互いに腹の隠し合いはやめましょう。貴方も私と近い人間だ」

 

「っ!」

 

 全く心当たりのない言葉。だがなぜか、その言葉は彼女の胸に深く突き刺さる。

 

「一見すれば、君はただの女子高生、だがその裏では正義の象徴として難事件を解決する奇跡の存在。失踪した工藤新一の再来、だが君はそんな称賛を望んでいない。それどころか鬱陶しく思っている」

 

「そんな事は…」

 

 アフタヌーンパーティーより以前。彼女を見かけたことがある、時間は一瞬だったが印象は抜群だった。彼女と同じ制服を着る生徒たちに囲まれている彼女の顔は酷く退屈そうだった。まるで昔、出会った少女のように。

 だからこそ招待状を出したのだ、自分の感じた違和感を確かめるために。

 

「君は探求者だ。謎を追い求めるものだ、しかし君は真実を追い求めているわけではない」

 

 そしてアフタヌーンパーティーの時、彼女が挨拶を交わしている際に探偵としての活躍を誉められると笑顔に影が入る。だが対照的に時限爆弾の爆破で吹き飛ぶ彼女の顔はとても良い顔をしていた。

 彼女は刺激を求めているのだ、味わったことのない快楽を得ようとしている。それは決して称賛によって産み出される訳ではない。

 

「確かに犯罪の真実なんて私にはどうでもいい。私は自分の身を守るために始めたことです」

 

 あの山荘での出来事は単に自分の身を守るための推理。二度目の推理は親友が自分の力を欲したからだ。

 そういえば、なんで私は月影島に行ったのだろう。明らかに殺人予告な手紙だったし、行かないという手は十分にあった。別にあれは巻き込まれた訳じゃない、自ら事件に首を突っ込んだと言っても良いだろう。

 そう言えば月影島で思い出した。

 

「なぜ新一にわざわざ爆破予告をしたんですか。そんなことをしなければ貴方は目的を楽に遂行できたのでは?」

 

「私は彼に一泡吹かせないと気がすまなかったのだよ。私の夢をぶち壊した工藤新一をね。こうして行動したのは私のためだ、私の譲れない美学のために行った事だよ」

 

「後悔や思い残りは…」

 

「ない。私の美学は他の者には分かるまい」

 

 清々しい、ここまで自信満々に自分の犯罪を断言できるとは。これは素直に敬意の気持ちが沸いてくる。コナンや小五郎の話を聞いても結局最後には《私はなんてことを》なんて奴が多すぎる、後悔するならやらなければいい。

なにが間違っていただ、どうせなら最後まで胸を張って欲しい。

 

「分かる気がする」

 

 彼の思いは実に真摯でシンプル。分かりやすく納得しやすい、誰だって書き損じたら消して書き直す。それが字から建物に変わっただけの話だ。

 

 まて、先程。私は犯罪の真実なんてどうでも良いと言ったのか?ならさっさと新一との関係を断って逃げればいいのだ。これからも何度も人の死に目にあって苦しむ未来を受け入れようとしていたがその必要なんてない。逃げればいいのだから。

 しかし私が真実を追い求めていたのは事実、ならなんの為に?真実ではないのなら私って何を知りたがっていたんだ?

 そういえば、月影島での最後の夜、私は成美に迫った。矛盾を産み続ける彼の行動に疑問と強い興味を持って行動したのだ。

 あぁ、今思えばなんであんなことをしたんだろう。

 

(面白い、なぜこんなに人の感情というものは複雑怪奇なのだろう。自分自身の思いや感情でさえ分からない。だからこそ面白い、そんなんだから興味が止められていないのか)

 

「ははっ…」

 

 なぜ邪魔をする。

 

 なぜ躊躇う。

 

 ただ知りたいだけなのに

 

「はっははは!あっははは!!」

 

 両手で顔を隠して悶える百々月。その様子を黙って見つめる森谷、指の隙間からあらわになる目が再び開かれるとそこにはおよそ人のものではないようなおぞましい目があった。

 

(今まで、ここまで一つの事に強い興味を持つことはなかった。こんな感情が私にもあったのだな)

 

 だがそれも一瞬、すぐに元通りの普通の目に戻る。

 

 やはり何かが居る。彼女の中におよそ想像のつかないものが潜り込んでいる。そう森谷は確信した、自分と同じ表に出せない何かが彼女にはある。

 

「かぁごめ…かごめ 、籠の中の鳥は…いつ…いつ出や……る」

 

 一瞬だけ呪詛のように呟いた百々月。次の瞬間、彼女は気を失い倒れるのだった。

 

ーー

 

「なにももが居なくなったって!なんで早く連絡してくれなかったんだ博士」

 

「出なかったのはそっちじゃろう」

 

 無事に東都鉄道の爆破予告事件が解決した頃。コナンは阿笠博士から連絡を受け取り思わず怒鳴るがすぐに言葉に詰まる。

 

(不味いな…)

 

 百々月が着けていたはずのネックレスからの反応が探知出来ない。もしかしたらあの時の爆発のせいで故障したのかもしれない。いや、しているだろう。あんな爆発に耐えられる機械なんてない。

 

「あの怪我だ、そんなに遠くまではいけないはずだ」

 

「そう思って捜しておるんじゃが見つからなくてな」

 

「いや、待てよ」

 

 もしかしたらとコナンは思考を巡らす。月影島での失踪も彼女は早々に犯人に目星をつけて行動していた。もしかしたら今回も百々月が先に行動しているのかもしれない。

 

(なら犯人を突き止めた方が先に見つかるかも)

 

 そうなら話は早い。すぐに頭を事件に切り替え犯人に対して思案を巡らすのだった。

 

ーー

 

「まさか気を失うとは」

 

 少しカマをかけたつもりで言ってみたがまさかここまでの反応を見せるとは思わなかった。何人もの弟子を育ててきたからこその見識眼がここで役に立つとは思わなかった。

 

 客人用の宿泊室。そこに備え付けられたベッドに丁重に寝かせられた百々月を森谷は静かに見つめる。

 

「話の続きだが、イギリスで出会った女性はね殺人鬼だったんだよ。両親と一族を皆殺しにしてね、企みをもっている彼女はとても美しかったよ」

 

 気を失っている相手に何を話しているのかと思ったが彼女には不思議と惹かれるものがある。なにかは分からないが不思議とそうなってしまうのだ。

 

(あの時の眼はあの娘そっくりだったな)

 

「そして君も彼女には少し劣るが…美しい」

 

 何かに進む人間は美しい、それは男であろうと女であろうと関係ない。

 

「これは私からの投資だよ」

 

 そうすると森谷は封印した封筒を彼女の服のポケットに忍ばせるとその場を後にするのだった。

 

ーー

 

 そして暫くした後、放火魔と爆弾魔の共通点が発覚。コナンたちは森谷邸に赴き、コナンは一人で証拠集めを開始する。

 

「なんだ、この部屋だけ明かりがついている。もも!」

 

 不思議に思ったコナンがその部屋に立ち寄るとベッドで静かに眠る彼女の姿があった。

 

「睡眠薬で眠らされているのか。やはり、ももは俺より先に犯人に気づいていたんだ」

 

 推理に関してどんどんと成長していく百々月。その姿を見ているのは頼もしいが一人で確証を得ようとするのはあまり誉められたものではない。現にこうして二度も危険な目にあっているのだから。

 

「これからはもっとももに相談するか。俺とは違う考え方で動いているだろうし。なにか発見があるかもしれねぇしな」

 

 育ちも性別も全く違うからこその思考パターンの違いはどうしようもない。推理小説などを読まないからこそ独特の考えで動いているのだろう。

 

「おい、起きろ」

 

「新一か…」

 

 コナンに揺すられた百々月は意識を取り戻す。優しく名を呼ばれたコナンは一瞬だけドキッとしたがそんなこと後回しだ。

 

「おめぇはここで安静にしていろよ」

 

「おい!」

 

 そう言い残すとコナンは部屋の扉を開ける。

 

「起こしといてなんだけど。すまねぇ」

 

 コナンはそう言うと時計の麻酔銃でもう一度、百々月を眠らせると真相を暴き出すためにギャラリーに向かったのだった。

 

ーーーー

 

 その後、彼女が目覚めたのは次の日の昼頃。入院していた病室に戻されていた。誰もいない病室から見えるのは激しく立ち上る黒煙。目覚めた後、目暮警部に聞いたのだがどうやらベイカシティービルが森谷の手によって爆破されたらしい。

 

「見たかったな」

 

 その被害者には蘭も含まれ彼女が爆弾を解体したそうだが…正直言うとその時の蘭の顔が見たかった。

 

「ありがとう。森谷さん、貴方のお陰でしばらくは探偵として生きていけそうです」

 

 死ぬのはどうせ他人。殺されたことに驚かされる事はあるにせよ同情はしない。ただ知るだけ、高校生らしく勉学に励むだけだ。

 もしかしたらこの自身に渦巻いている感情の正体が分かるかもしれない。

 

 彼女は歩き始めた。事件の真実についてくる小さなおまけを求めて。人の感情という終わりなき探求を行うために。

 

 その時、なぜか気持ちが少しだけ軽くなった彼女は母がよく歌っていた歌を口ずさむ。

 

「うしろのしょうめん…だぁれぇ」

 

          第一章 完

 

 




 次の本編からは第二章 発芽 を開始します。
 その前に閑話として百々月覚醒後のとあるワンシーンをお送りいたします。


参考データ

 約40年前に発生した猟奇的殺人事件。
 家主の夫婦を含む親族、約7名を殺害、家に放火を行った。
 犯人は家主の一人娘。その一人娘は犯行の後に自分自身を串刺しにして自殺した。



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閑話 とある新人刑務官の日記

二話をほぼ同時に投稿しました。この前に映画での話があるので読んでない方はそちらを先にどうぞ。



○月×日

 

 刑務官として勤め始めて1ヶ月。不馴れながらもやっと刑務官の生活リズムが体に染み込んできた。

 そんな時に一人の女の子が収監された。彼女は一般の犯罪者とは違い、特別な独房に入れられた。先輩が言うに彼女は何人もの人を殺した殺人鬼だという。

 

○月△日

 

 少女が収監された次の日。私は先輩と二人でその少女の監視を言い渡された。独房に入っている時以外は一瞬たりとも目を離すなと言うことだ。

 こんなことがあるのかと先輩に聞いたら先輩も初めてだったらしい。

 

○月○日

 

 彼女の監視を続ける。食堂で騒ぎが発生した。刑務所一番の古株が少女に因縁をつけて絡んでいた。勤め始めてまだ1ヶ月だが目にするのは三度目だ。この刑務所の洗礼みたいなものだ。

 最悪の場合に備えて食堂にいた刑務官たちは身構えるがしばらくすると仲良くなったようで笑い声が聞こえてくる。すると他の囚人たちも安心したようで集まってくる。

 どうやら彼女はこの場に溶け込めたようだ。

 

×月△日

 

 彼女が来てからもうすぐ1ヶ月。

 彼女は図書室を訪れる。入所してから毎日通い、様々な本を読んでいる。本の内容はミステリーが多めだ。

 彼女は若いながらも他の囚人たちと打ち解けよくコミュニケーションを取っている。毎日、彼女の周りには多くの人が集まっている。

 図書室の刑務官も彼女は良い子だと言っていた。本当に悪い子なのだろうか。

 

×月×日

 

 最近、同じ監視任務に就いている先輩の様子がおかしい。特に変わった様子はないのだが…違和感と言ったところか。とにかく前とは行動が変わっているのだ。

 本は難しいし、文字が多いから苦手だと言っていた先輩が隙あらば本を読み始めたのだ。それも先輩が嫌っていた難しい内容の本だ。 

《正義論》なんて哲学的なものを読んでいたから。「先輩、本当に読めてるんですか」とからかったら凄い剣幕で怒られた。

 

×月○日

 

 自由時間の際に先輩に休んで良いと言われたので分かったふりをしてこっそり先輩を尾行した。すると図書の刑務官に呼び止められたせいで見失ってしまった。話の内容はとりとめのない物であった。もしかして先輩を逃がすために呼び止めたのか?

 

△月○日

 

 彼女が刑務所に来てから三ヶ月が過ぎた。最近の刑務所は居心地が悪い、態度の悪い囚人たちもめっきりと大人しくなり人が変わったようだ。

 先輩の様子もおかしくなるばかり。最近は口癖のように「私たちってこんなことしてていいのかな」と愚痴をもらす。

 私が刑務官に成り立ての頃は刑務官の使命に心を震わせていたというのに。

 私は少し、先輩のことを調べてみることにした。

 

△月△日

 

 調べると挙動不審な刑務官が見つかった。先輩を含めて10人を超える、これはただ事ではない。どうやら囚人たちの間にもカルト宗教のようなものが流行っているようだ。

 囚人の中に内通者が欲しいが誰が適任か分からない、身内は信頼できる状況じゃない。

 そして私は監視していたあの少女に内部の様子を教えて欲しいと頼んだ。彼女は快く引き受けてくれた。

 

△月×日

 

 誰もいない場所で彼女の報告を聞く。内通者は他の囚人にバレれば身の危険に曝される故の密会だった。

 誰かは分からないが宗教のようなものを刑務所内に広げていてそれに刑務官が引っ掛かっているらしい。それを聞いた私はさらなる調査を依頼した。少女、もといももちゃんは笑顔で了承してくれた。

 少し時間があったので雑談をしてこっそり別れた、彼女の話は難しいが納得力のある話だった。

 

□月○日

 

 一ヶ月ぐらいかけて所長に上げる用の報告書を書き上げる。この報告書は同時に本庁にも送るつもりだ。

 最近は調子が良い、悩みごともやはり口にすると気持ちがいい。くだらない悩みから今まで心の中で引っ掛かっていた事まで何もかも、やっぱりももちゃんの言っている事は本当だった。

 

 早くももちゃんと話したいな。

 

□月×日

 

 犯罪者と悪人は違う。そんな事を彼女から学ばせて貰った。犯罪者は確かに犯罪を犯してしまった、それで刑務所に入れられるのは仕方がない。だがこの世には権力を使って人を喰らう獣のような奴等も神のように人を操る奴等ものうのうと生きている。これは法律では裁かれない。それはおかしいことだ。

 あの人は素晴らしいお考えを持っていらっしゃる。

 

□月△日

 

 書類は全て燃やしてしまった。あんなものがあっても何も役に立たない。明日は非番だ、明日は先輩を含む刑務官の同志たちとこの日本の正義について語り明かすつもりだ。あの方に任命されて私がリーダーになった。私が最も理解しているらしい、これはかなり嬉しい。

 

ーー月ーー日

 

 あぁ、あのお方に会いたい。一日中、傍に仕えたい。私は経験したことのないぐらいに恋い焦がれている。同性などは関係ない、あの方は美しい、博識で、魅力がある。興奮して夜も眠れない、寝不足で顔が悪くなったら気に掛けてくれるだろうか、気に掛けてくれるに違いない、だってあの方はお優しいから。

 

〰月〰日

 

 今日、私は衝撃的な物を見てしまった。あの方と先輩が手を握っていたのだ。先輩はとても嬉しそうにしていたしあのお方も笑っておられた。

 でも先輩は分かってない、あの笑顔は上辺だけだ、本当の笑顔じゃない。だって私の時の方が笑っている!煌めいている!先輩が憎い、恨めしい、怨めしい、羨ましい

 ちょっと最近の先輩は調子に乗っている。邪魔だな

 

➰月➰日

 

 あいつを殺す、絶対に殺す、確実に殺してやる。もう考えてある、同志の一人が協力してくれる!

 

もうあいつをーーーー《この先は刃物でズタズタにされている》

 

 

 




「かごめかごめ、籠の中の鳥は、いついつでやる…」

 一人の女性がベランダで日記を燃やしている。そんな女性の目は虚ろでうわ言のようにかごめかごめを歌っている。

 先輩の遺体が見つかって数日、あの方の言う通り、毛利小五郎の助手だと名乗る眼鏡の少年がやって来た。その次には警察が家に乗り込んで来た。私が犯人だとバレるのは時間の問題だろう。だがあの方との関係性を知られるわけにはいかない。
 だからこそ先輩のも含め、あの方に関するものは全て処分しよう。

 その次の日、先輩を殺害した犯人は逮捕されたのだった。



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第2章 発芽
暗闇の瞬殺事件 (前編)


完全オリジナリル殺人事件。稚拙なものですが頑張ってやってみました。
トリックは様々なものを参考にしましたが…。皆さんも殺しのトリック、犯人を考えてみてください。




 

「ははっ!」

 

「っ!」

 

 殺気と闘気の入り雑じった顔を浮かべながら百々月は人が目で捉えられない速度で竹刀を振るう。それを迎え撃ったのは拳、その拳は竹刀の鍔から上を粉微塵に吹き飛ばす。

 

「またか!」

 

 そう言った百々月は笑いながらもう一歩踏み込む。その次に襲いかかるのは迎撃の蹴撃。彼女は残りの柄も犠牲にしながら接近、強力な打撃を数回加える。

 だが相手は全く怯まずに行動を続行、間合いを取ってからのハイキック、それを彼女も蹴りで受けすぐさま弾かれる。その勢いを使って反対の足で顔を蹴り飛ばす。

 

「っ!」

 

「しまっ!」

 

 体か完全に浮遊している状態で彼女は相手の拳を脇腹に受けて床に沈むのだった。

 

「相変わらず強いですね、百々月さんは」

 

「何を言うか、私はまだ未熟者だよ」

 

 武道場のマットに転がっていたのは百々月、そんな彼女に手を差し伸べたのは褐色の青年。彼女はその手を取って立ち上がり、身なりを整える。

 百々月の相手の名は京極真、空手部主将で無敗伝説を現在更新中の男である。彼とは高校からの付き合いだ、同じ武道系部活の化け物同士、ウマがあったのは言わなくても良いだろう。

 

「それで…」

 

「あぁ、園子のことだろ。声ぐらいいつでもかければ良いじゃないか」

 

「いや、見ず知らずの男に突然声をかけられるのはよろしくないと思いまして」

 

「知らん、私に色恋の話をするな。私ほど不適任者はいない」

 

 たまに戦闘(じゃれあう)ものの。相談内容は園子に関して、声をかけたいというものばかり。名探偵?になった彼女でもこればかりはどうしようもない。

 まさか全身の細胞が筋肉で出来上がっている彼に色恋の相談をされるとは思わなかった。

 

「何度も言うが、私が微力ながら取り持っても…」

 

「それは…」

 

「はぁ、蹴撃の貴公子の異名が泣いてるぞ。もうすぐアメリカに行くというのに…これでは結果は見れそうもないな」

 

 恋は人を強くするとか言うが、本当にそうだろうか。いや、蘭の場合は強くなってるし…分からない。色恋沙汰には興味が微塵もない。

 

「それにしても、打撃の威力は上がってましたよ」

 

「まぁ、最近。身の危険を感じることが多くなったからな」

 

 最近は素手でも戦えるように、古流武術を学び直している。その流派は1200年代にとある武士が使っていた武術を子孫が修めて、継承したものだ。それは木曾家代々継がれてきた武術らしい。

 

 それから、お互い感じた意見を交換しあった二人は園子に関してなにかあったら伝えるという方針で鍛練を終えたのだった。

 

(流石に園子の別荘で殺人事件があったことは言えんな)

 

「羽部さん」

 

「あぁ、スグリか」

 

 その後、本気の戦闘で疲れた百々月に声をかけたのは矢上スグリ。弓道部の部員だがあまり結果が振るわずにマネージャー的な存在となっている。

 彼女の見た目はよく言えば大人しめ、悪く言えば地味である。牛乳瓶の底のような眼鏡を掛けた彼女はまさに、冴えない女子高生であった。どうやら京極と別れるのを待っていたらしい。

 

「実はね、家の倉庫に業物の刀があったんです。うちの父も見ていいって言ってたし」

 

「そうか、ありがとう。今から向かっていいか?」

 

「はい、是非来てください」

 

 彼女と親しくなったのはまだ新一がコナンではなかった頃の話だ。弓道部内で虐められていた彼女を助けたのがきっかけである。それからはたまに彼女と休日を楽しんでいたりする。多趣味なスグリも百々月のことを慕いまるで姉妹のようだと蘭は言っていた。

 

「では家で待ってますね」

 

「分かった」

 

 矢上スグリの父親は貿易を主な産業にしている矢上グループの社長である。こうして約束を済ませた二人は誰にも見られないようにその場を後にする。本来ならこの関係は知られようが知られまいが勝手なのだがスグリ本人が嫌がっていたためにこういう形を取っているのだ。

 

ーー

 

 その後、スグリの家に到着した百々月は出迎えに来ていた従者と話をしていた。

 

「いらっしゃいませ。羽部さま」

 

「あぁ、最中さん」

 

 矢上家のメイド長。最中景子、その美しい容貌を持つ彼女はきっちりとした作法で彼女を迎えると百々月のバイクを受けとり、車庫に移動させる。

 

「羽部さん!」

 

「すまない、少し早かったな」

 

「いえ、どうぞこちらです」

 

 黒と白のシマシマのシャツにロングスカートを着たスグリの案内の下、彼女は家のゲートをくぐり、家に入っていく。

 

「やあ、羽部くん。久しぶりだね、最近の活躍は聞いているよ」

 

「いえ、私としてはいい迷惑ですよ」

 

「確かにね。実際に被害にあっているのは君だろう」

 

 ふくよかな体に茶色いスーツを着込み、真四角の眼鏡を掛けた男性は矢上藤五郎。スグリの父親で矢上グループの現代表だ。

 

「では、私はこれで」

 

「あぁ、また頼むよ」

 

 その時、藤五郎の脇に控えていた白衣の男性は頭を下げて屋敷を後にする。

 

「彼は?」

 

「近くの診療所の医者の藤木正継さんです。長い間、父の検診に来ていただいております」

 

「じゃあ、スグリ。私は客間で待っているから」

 

「はい」

 

 そう言って藤五郎は百々月に対して礼をするとその場を去る。そんな背中を見送りながら二人は美術品などが納められている倉庫にたどり着いていた。倉庫というより蔵という表現の方が正しいかもしれない。洋風な邸宅に対して随分とアンバランスだ。

 

「これです、骨董品コレクターの丸伝次郎様からお父様が買い取ったものです。彼はこの刀の価値に気づかずに大変安価で手に入れることが出来ました名刀《菊千代》です」

 

「素晴らしい、よくきたえられている。そういえば丸伝次郎氏は殺されたんだっけ?」

 

「えぇ、毛利名探偵が解かれたようですが」

 

「そんな事件もあったなぁ」

 

 確か、酒の回った小五郎もその事件について話していたっけ。解説はほとんど蘭がやっていたが。

 

 慣れた手つきで刀身を鞘から抜き放つと刃の波紋を見つめて満足そうに頷く。

 

「実はそれ、なかば盗品みたいな扱いで正式な所有権は違うらしいんですよ。だから家も外に見せられない代物になってしまって」

 

「そうか、こいつも大変だな」

 

 菊千代を鞘に納めた彼女は元の位置に丁寧にしまう。この菊千代はその後、裏の彼女の愛刀となるのだがそれはもう少し後の話。

 

「それでは客間に行きましょう」

 

「ん、あぁ…」

 

 どうも違和感の残るスグリの言葉に百々月は疑問を覚えながらもその倉庫から出る。すると景子が出口にて待機しており客間に案内される。

 

「待っていたよ。君がスグリの友達の名探偵か」

 

「あなたは」

 

 客間で待っていたのは二人の男性。一人は先程、会話を交わしたスグリの父である矢上藤五郎。そしてもう一人は…。

 

「私のお兄さんで矢上定兼。兄は独立してレストランチェーン会社の社長なんです」

 

「それは、父上の教育の賜物というわけですね」

 

「まぁ、否定はしません。父のお陰で私は立派に生きていける訳で、今も世話になっているのだから」

 

「そう言って貰えると嬉しいよ」

 

 話を聞くと藤五郎が仕入れた食材などをレストランで振る舞っているようだ。互いに利益が上がる上手い商売だろう。

 藤五郎と定兼は互いに笑いながら談話をしている。その間に百々月は二人に相対する位置に置かれた席に座る。その真横にスグリが座り話し合いの態勢が出来上がる。

 

「それで、用件というのは…」

 

「やっぱり分かってしまうか」

 

「ええ、このような事は一度もありませんでしたし。いつもスグリは自分の部屋に案内します」

 

「君のことはスグリから聞いている。彼女は君に惚れ込んでいてね、よく名を聞いていた」

 

「兄さん」

 

 定兼の言葉に顔を赤くするスグリ。どうやら兄弟関係はかなり良好なようだ。そんな会話を挟みつつ定兼は懐から一枚の紙を取り出して差し出す。

 

「これが私宛に届いてね」

 

「拝見いたします」

 

 手渡されたのは一枚の紙。それを開いて内容を確認する百々月は思わず顔を歪めた。

 

《32番目の悪魔に気を付けろ。さもなくば命はない》

 

「これは…忠告?」

 

 新聞の切り抜きを使って作られたメッセージに思わず疑問が浮かび上がる。

 

「あぁ、うちは両方ともそれなりの規模の会社だ。脅迫文なら過去、何度も届けられたが。このようなものは初めてでね、念のために」

 

「なるほど、私への依頼はこの忠告の主を突き止めることですか」

 

「ものがものだけに判断し辛いし、警察に届けるのも社員に不安を与えることになる。私は毛利探偵の人柄が分からない、ならば人柄的にも問題のない君に頼みたいのだよ」

 

「なるほど…」

 

 この件に関してはかなり内密に行いたい。ならば出来るだけ性格的にも問題の無さそうな人物が欲しいわけだ。私の性格が信じるに値するかは向こうの判断だとして。友人の家族の頼みだ、せっかくだから受けておこう。

 

「ご期待に添えるように尽力させていただきます」

 

「謝礼は弾ませて貰うよ」

 

「いえ、私はスグリの友人として今回は当たらせていただきます」

 

「羽部さん…」

 

 百々月の言葉に小さな言葉を漏らすスグリ。こうして百々月単独であたる事件が始まったのだった。

 

ーー

 

「その手紙は郵便物の中に?それならば封筒でも」

 

「あぁ、これが封筒なんだが」

 

 定兼に手渡された封筒を受け取った百々月は中、裏面、表面ともに確認するが矢上定兼様と書かれているだけで他は何も書かれていない。一応、念のために手袋をつけて確認している。出来るだけ関係者以外の指紋をつけないためだ。

 

「差出人も消印も無しか。直接投函されたと見て間違いないでしょうね。この郵便物を最初に触ったのは誰ですか?」

 

「あぁ、景子が持ってきてくれたんだ」

 

 そう言って姿を現したのは最中景子。

 

「そうか、最初に見つけたのは最中くんだったね」

 

 藤五郎の言葉に景子は小さく頷いて話す。

 

「はい、定兼様の目の前で私が開封いたしました。危険物の可能性もあったので」

 

「私が景子に頼んだんだ。彼女はもしもの事があってはならないと他の部屋で開けようとしたんだが。景子が怪我をしては堪らないからね」

 

 定兼は随分と優しい性格のようだ。景子がどれだけこの家に仕えているかは知らないが長いこと仕えているようだ。

 

「なるほど。ではその手紙を見つけた際の事を詳しくお願いします最中さん」

 

「はい、私は毎朝5時30分にこちらへ出向き朝刊を含む郵便物を回収した後に出勤します。その郵便物の中にこれが入っておりました、この屋敷を去るときに郵便物は確認します。時間は午後の10時なのでその後に投函されたと思われます」

 

「なるほど」

 

 しかし情報が少なすぎる。指紋などを調べられれば良いのだが警察に届け出ても本格的には動いてくれないだろう。

 

「とにかく、情報が欲しい。定兼さん、お部屋を拝見しても?」

 

「えぇ、私はこれから仕事があるので好きなだけ調べてくれ」

 

「私も、仕事に戻ります。お願いします、最中さん」

 

 身なりを整え、仕事に戻る彼女を見送ったスグリは百々月を定兼の部屋に案内する。定兼の部屋に向かう際、ポケットに突っ込んであった携帯が鳴り響く。

 

「なんだ、蘭か?」

 

「羽部さん、今暇?それだったらコナンくんを預かって欲しいんだけど」

 

「どうしたんだ?」

 

「コナンくんが酷い風邪で、そんなときに殺人事件が起きるし、関西弁の変な奴が来るしで大変だったのよ」

 

「殺人事件が?」

 

 突然の依頼に驚く百々月だが今はスグリの件もあるし向こうには新一がいるし大丈夫だろうし、私が居てもコナンは首を突っ込むだろうし意味はないだろう。

 

「すまない、私も少し依頼を受けていてな。手が離せそうもないんだ」

 

「そうなんだ、ごめんね急に」

 

「あぁ、すまない」

 

「あの…良かったんですか?」

 

 通話を終えると会話を聞いていたスグリが心配そうに尋ねてくる。それに彼女は笑顔で答えると定兼の部屋にたどり着いたのだった。

 

「これはスグリ様」

 

「あぁ、遠山さん」

 

 入室しようとした時、定兼の部屋から出てきたのは執事の遠山渚、若い執事であった。

 

「どうしたんですか?」

 

「はい、定兼様の部屋の清掃をしておりました。もっとも、することはほとんどありませんが」

 

「そうですね」

 

 渚の言葉にスグリは笑みを溢し軽く百々月と挨拶を交わした彼は早々にその場を後にする。

 

「随分と忙しい人なのだな」

 

「はい、遠山さんはまだ入ったばかりで慣れていないんですよ」

 

 そう言ったスグリは部屋の扉を開けるとそこには綺麗な部屋があった。

 

「やはり、しっかりとした部屋だな」

 

「はい、兄は几帳面ですから」

 

 洋風の部屋のなかには書類や本が整然と並べられていた。見ていてとても気持ちのいい部屋だった。そんな部屋の中に似合わない品物が一つ、顔を覗かせていた。

 

「これは…ホットカーペット」

 

 机の下に置かれていたのは市販のホットカーペット。サイズは小さめ、どこでも持ち運べるような大きさだった。おそらく一人用のホットカーペット。

 

「悪い言い方だが随分と安物のホットカーペットだな」

 

「家具は父が揃えたものなんですけど。兄は一般的に売られているものが好きなんです。なんでも安くて高性能なのを探すのが好きらしくて、それは兄のお気に入りなんですよ。兄は冷え症でいつもホットカーペットを使ってるんです」

 

「確かに、良いカーペットだな。それにあの空気清浄機も中々、良いものだろう」

 

 スグリの言う通り、洋風の部屋の中には最新式の電化製品が所々に見られる。その他にも粗方、部屋を調べてみたが特に怪しいものは見つけられなかった。イタズラなどではないとすれば盗聴機の類いが仕掛けられているとでも思ったのだが。

 

「何もなしか。定兼さんの個人的な情報を外部の人間が知るにはこうするのが一番、手っ取り早いが…。やはり内部の人間か…」

 

 まぁ、おおむね。予想通りだ、だが外部犯の仕業であるという可能性を潰すのは大切だ。

 

「スグリ様、羽部様、お夕食の準備が整っております。ぜひお越しくださいませ」

 

 そんな時、部屋を訪れたのは景子。調べていくうちにかなり遅い時間になってしまったらしい。

 

「私もいいんですか?」

 

「はい、すでにお料理は出来てますのでぜひ!」

 

 景子の脇に控えていた茶髪のメイド、神無月カナも元気良く声を出して誘う。

 景子たちの言葉に甘え、食堂に案内された百々月はすでに席に着いていた。だが居たのは藤五郎、定兼の二人。

 

「お二人ですか?」

 

「えぇ、妻は海外に出ていてね。息子はまだ独り身だからね」

 

「なるほど」

 

「定兼様」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 もう一人のメイドの神無月は定兼の足元に部屋から持ってきたホットカーペットを敷いてその場を後にする。

 

「どうだい、何か分かったかい?」

 

「まだ仮説の段階です。もう少し調べてみなければなりません」

 

「なるほど」

 

 藤五郎、定兼、百々月にスグリは夕食を共にしながら百々月が体験した事件のことなどを話し、和やかな夕食を過ごしていた。

 

「デザートをお持ちしました」

 

「村田くん、今日も素晴らしかったよ」

 

「ありがとうございます」

 

 矢上家のシェフである村田登は無愛想な顔を下げて百々月たちの前にデザートを並べる。それと同時に、景子、カナは残り少なくなっていた飲み物を継ぎ足す。

 

「あっ…」

 

「おっと」

 

 そんな時、景子が振り向き様にカナと接触。手にしていたワインを傍に座っていた定兼の方に零してしまった。幸い、定兼にはかからなかったが床やカーペットが濡れてしまった。

 

「申し訳ありません」

 

「すいません!」

 

 景子は真っ白の手袋がワインで汚れてしまうのを気にせずに床に零れたワインを拭くがカーペットは汚れたままだ。

 

「気にしないでくれ。食事が終わったらカバーを洗ってくれたらいい」

 

「すいませんでした」

 

 申し訳なさそうにする景子とカナを見て笑顔で接する定兼。その時、事件は起きた。突然、屋敷の電気が消えたのだ。

 

「なんだ?」

 

「なに?」

 

「安心したまえ、電気はすぐにつく」

 

 突然の停電に驚く一同、それと同時にガッシャーンと窓が蹴破られる派手な音が鳴り響く。

 

「え…きゃああああ!!」

 

 停電の時間は僅か30秒ほど、暗闇が晴れた瞬間。定兼を見たカナが叫び声を上げる。

 

「なっ!」

 

 そこには椅子ごと倒れた定兼がおり首にくっきりと痕を残して死んでいたのだった。

 

 



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暗闇の瞬殺事件 (中編)


ーオリキャラ紹介ー

矢上スグリ(17歳)

帝丹高校2年生。百々月の友人で弓道部員、引っ込み思案な正確で百々月に精神的にも頼っている節がある。

矢上藤五郎(59歳)

スグリの父親で矢上貿易会社の創設者。一代で会社を築き上げた敏腕商人。
被害者、矢上定兼の父親。

最中景子(37歳)

 大人の雰囲気がある美人、矢上家のメイド長で10年以上屋敷に仕えている。

神無月カナ(19歳)

 矢上家に従えるメイド、まだ新人で入ってから日が浅い。

遠山渚(25歳)

 矢上家に従える執事、5年ほど前から仕えている。優男系のイケメン。

村田登(40歳)

 強面の料理人。20年以上屋敷で料理の腕を振るい続ける。

藤木正継(30歳)

矢上家の主治医、若いながらよい腕を持っている。5年前から矢上家の主治医として通っている。





 

「被害者は矢上定兼さん35歳。レストランチェーン《武蔵屋》の社長です」

 

 武蔵屋は近年、全国に手を伸ばしている大手レストランチェーンで矢上グループの協力を得ながら急速に成長した。

 矢上グループも20年前に藤山重工を買収し一大グループを作り上げた事で有名でこの跡取りとして定兼は期待されていた。

 

「ふむ、そして第一発見者が君かね。羽部くん」

 

「はい、正確には私を含む5名ですが」

 

 通報を受けて駆けつけた目暮は少し疲れたような様子であった。なんても昼頃にコナンたちが外交官の殺害事件に出くわし、そちらに向かっていたかららしい。

 

「にしても一日に二件も殺しが起こるとはな。ゆっくり休めんよ」

 

「お疲れさまです」

 

「それで、関係者に話を聞きたいのだが…。この子は後だな」

 

 目暮の視線の先にいるのはスグリ。彼女は百々月にしがみつき、赤子のように泣きながら離れようとしない。最愛の兄が死んでかなりショックだったのだろう。

 

「死因は索状痕からみて窒息死でしょう。凶器はそこに落ちている縄で間違いありませんね」

 

「しかし、停電して復旧するまで約30秒ほどで窒息死させられるのかね。犯人がこの部屋の外から入ってきたのならなおさらだ」

 

「窒息死を起こすまで平均的に五分近くはかかります。本当に窒息死なのですか?」

 

「所見ではあるがそれらしい症状も出ている。まず、間違いはないと思うが…確かに不思議だな」

 

 鑑識として臨場したトメさんは部下に現場の写真を撮らせている間に目暮と百々月に現在、分かっていることを伝えていた。

 

「首の骨は?」

 

「折れてはいなかったな。典型的な酸欠症状だったが…」

 

「どうだね。羽部くん?」

 

「現状ではなんとも…それと警部。実は事前にこのようなものがこの家に届けられていました」

 

《32番目の悪魔に気を付けろ。さもなくば命はない》

 

「これは脅迫文。なぜすぐに警察に通報しなかったのですか?」

 

「このような物は沢山送られてきます。いちいち相手にしてはキリがありません」

 

 そう答えたのは執事の遠山渚。

 

「失礼ですがあなたは?」

 

「執事の遠山渚と申します。5年前からここで働かせて頂いております」

 

「なるほど」

 

「身内を疑うよりまずは犯人を探してくださいよ。犯人は窓を蹴破って逃げたんですよ!」

 

「付近は他の警官たちが捜索しております。落ち着いてください」 

 

 食堂の割れた窓からは夜の寒い風が流れ込む。窓は内側から椅子を使って壊したのだと推測されている。食堂は一階にあるために脱出は容易だろう。確かに現在は警察が辺りを捜索しているが…。

 

「破片の散らばりから見て、割れた窓ガラスは内側から壊されていたよ」

 

「犯人は外部犯という可能性もあるか…」

 

「まぁ、可能性は低いですがね」

 

(まぁ、どう考えてもこの中に犯人がいるだろうからな)

 

 矢上家は一般的な家庭ではない、セキュリティーはしっかりしている。外部から不審な人物の出入りはかなり厳しい、それに窓の外に散らばっているガラス片は綺麗な状態だ。

 

「そういえば、昼の外交官の殺人事件も毒物による窒息死だったな。猛毒によって神経を麻痺させたことによって殺されたんだ。それなら、すぐに殺せるんじゃないか?」

 

「確かに、ならば何処かに刺された痕があるはずですが…」

 

 手足、顔、首、腹部など見れるところはあらからた見てみるがそんな様子もない。毒物による症状なんて知らないから良くわからない。

 

「一度、持ち帰って体表検査をしてもらわんといかんな」

 

「そうでしょうね。犯人が目立たない所にしてしまえばわかりませんから」

 

 そんな経緯もあり定兼さんの遺体は警察が預かり、検査をすることが決定した。父の藤五郎さんもそれに同意した上での決定であった。

 

 その後、目暮を中心とする事情聴取に対し、全員が身元と年齢などを話し事件当時にいた場所などを確認した。

 

その時の配置がこちらになる。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 その後に目暮の言葉により屋敷にいた六人は別室に案内され身体検査を行うこととなった。女性の担当には百々月も加わり隅々まで調べあげる。

 

「綺麗なお体ですね」

 

「ありがとうございます。あなたも若々しくて美しいですよ」

 

 最初に身体検査を行ったのは最中景子。出るところは出てるし引き締まっているところは引き締まっている。まさに理想の体型、その上、筋肉質である。

 

「いえ、私はまだまだですよ。それにしても脚、すごい筋肉ですね」

 

「少し鍛えているので。一応、この前にムエタイの大会で優勝したんです」

 

「なるほど…私も鹿乃さんという知り合いがいましてね。彼女はシステマの使い手ですごい人なんですよ」

 

「なるほど、メイドはやはり強くなくてはなりませんからね。定兼さまもとても不用心でこの前、悪漢に襲われそうになったのです。その時は私が裏で叩きのめしました…心配だったのですが」

 

「そうでしたか」

 

 景子は笑みを見せるがその裏には大きな悲しみが含まれていた。そして百々月はずっと聞きたかったことを口にする。

 

「定兼さんとはどのようなご関係でしたか?」

 

「…そうですね。婚約者でした、藤五郎さまからもお許しは頂いていて一段落したら日取りを決めようと話していたところです」

 

「景子さん…」

 

 予想通りとはいえ、気持ちが落ち込む百々月に対して景子は優しく微笑みかける。

 

「羽部さま、スグリお嬢様をお頼みします。そしてこの事件の真相をつかんでください」

 

「分かりました。必ず、私が掴んでみせます」

 

「ありがとうございます…」

 

 静かに目を閉じて安堵したような表情を見せる景子、再び開かれた彼女の瞳には決意の色が見えていた。

 

ーー

 

 結論から言うと犯人に繋がりそうなものはなにも発見されなかった。

 

「定兼さん!」

 

「こら、きみ!」

 

 身体検査も終わり一段落した頃。主治医である藤木正継が屋敷を見張っていた警官を押し退けて食堂に入ってきた。

 

「大丈夫ですよ。彼は私の主治医です」

 

「……」

 

「定兼さん…」

 

 正継は涙を流しながら悲しんでいるのを横目に景子は渚に耳打ちをする。それを聞いた彼は僅かに目を開かせるがすぐに表情を元に戻すと僅かに頷く。

 それに満足した景子は何事もなかったかのようにする。

 

「藤木さん…。一応、貴方にもお話をお聞きします。どうする羽部くん、犯人は分かったかね?」

 

「いえ、まだ確信は。と言うのもおかしいですね。まだ分かりません」

 

 当初まで犯人に目星は付けていたのだがなにか間違っているような気がする。こんな違和感は初めてだ、なにか気持ち悪い感覚が百々月を支配していた。

 

「仕方ないな、今夜はもう遅いですからお帰りください。翌朝からもう一度、捜査を開始します」

 

 時刻は深夜0時を回ろうとしている。精神的に疲弊している彼女らをこれ以上、拘束するのは申し訳ない。

 

「外部犯の線も少しだけ考えて捜査するつもりだ。私は鑑識の結果を待つために署に戻ろうと思うのだがどうだね」

 

「私も同行させてください」

 

「分かった。取り合えず署にいこう」

 

「羽部さん…」

 

「スグリ、今日はお父さんと寝ろ。いいな、一人で屋敷を出歩かないようにしろ」

 

「わ、分かりました」

 

 心配そうにこちらを見るスグリの頭を撫でると百々月は目暮に同行する。屋敷自体は警察が監視するから心配ないだろうがもしもの事がある。危険があることを言い含めると一度、矢上邸から引き上げるのだった。

 

(新一ならもう解決していたかな…)

 

 やはりコナンなしではキツイところがある。彼の助言などで今まで乗り越えてきたが今回は完全に一人、やはり後手に回ってしまう気がした。

 

ーー

 

 矢上定兼殺人事件捜査本部。そんな場所に平然と座っているのが羽部百々月。個人的にこんな場所にいて大丈夫だろうかと疑念は湧いてくるが…もう慣れた。

 個人的に自身の順応能力の高さの方が驚きである。

 

「ご遺体の体表検査を行ったところ。毒針で刺されたような形跡は発見されませんでした。凶器は部屋の片隅にあったカーテンの開閉に使う紐だということは分かったのですが…」

 

 検査の結果を刑事が目暮に伝えるが分かったことはそれぐらい。指紋は家のものであるために全員のものが付いており証拠にならない。そんな報告を片耳に入れつつも撮られた写真などを物色していると不自然な物を確認した。

 

「目暮警部」

 

「何か見つけたかね?」

 

「景子さんの手袋なのですが、中にゴム手袋が入っていますね?」

 

「そうだな…手が汚れないようにじゃないのかね?」

 

 鑑識が現場入りしてから一番最初に撮られた写真には僅かだがゴム手袋がある。手首から服の袖までの小さな間だが手術で使うような薄いゴム手袋だろう。

 

「身体検査では着けてなかった…」

 

 どこかのタイミングで捨てたのか、なぜそのようなことを…。

 

「手袋の写真を」

 

「あぁ…」

 

 何かを思い付いたように百々月が動き始めそれに従う目暮。その様子に周りの刑事たちも視線を集める。

 

「やっぱり、少し焦げてる。すいません目暮警部。一つ調べて欲しいことがあります。それと行きたい場所が、なんとか融通を利かせてくれませんか?」

 

「分かった。なにかね?」

 

 調子が出始めた百々月の言葉に目暮は頷き行動を開始するのだった。

 

ーー

 

「なんでこんな事になってしまったのでしょう…」

 

 玄関の戸棚に頭をグリグリして悶えている。神無月カナは気持ち悪い動きをしながらため息をついていた。そんな様子を玄関で見張っていた警官たちが珍生物を見るかのように見ていた。

 

「景子さんも渚さんもいないし!顔の怖い村田さんしかいないし!」

 

「誰が顔が怖いって…」

 

「ひいやぁぁぁ!」

 

 村田料理士、突然の出現にカナは驚き飛び上がりそのまま着地と同時に土下座。見事である。

 

「最中ならすぐに帰ってくる。頼まれてたケーキを家に持っていっただけだ。定兼ぼっちゃんと食べる予定だったケーキをな」

 

「そうですか、そういえば。景子さんって村田さんのケーキしか食べてませんね。」

 

「そういや、そうだな。なんでだろうな」

 

 カナの言葉に村田は顎に手を当てて頷くのだった。

 

ーー

 

「う…がぁ……」

 

 最中景子の住居、その部屋の中で彼女は悶え苦しんでいた。

 

「貴方…とう……は…た………」

 

 典型的な呼吸困難。彼女は息も絶え絶えにその相手を睨み付け、必死に抵抗する。

 

「あ…ぁ……定兼……」

 

 愛しいその人。死んでしまったその人の名を呟きながら彼女は意識を手放すのだった。

 

ーーーー

 

 その翌朝。徹夜明けの百々月たちは景子の住んでいるマンションを訪れていた。

 

「景子さん。最中景子さん…開けてください」

 

「分かりました」

 

 目暮はマンションの管理人に言うと鍵を開けさせる。ゆっくりと室内に入る。百々月たちはリビングで首をつっている景子の姿を見つけた。

 

「くそ、遅かったか!」

 

 そんな光景を見た百々月の怒号は虚しく鳴り響き彼女は顔をゆがませるのだった。

 

 




うん、とっても難しい。
オリジナルがこんなに難しいとは予想以上でした。
自分自身が途中でなに書いてるか分からなくなるという謎現象を体験しつつ取り合えず区切りの良いところまで持っていけたかな?オリジナルは次回で終わります。
そのつぎは闇の男爵にいきましょう。

そしてとにかく最後まで読んで頂いてありがとうございます!



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暗闇の瞬殺事件 (後編)


大変長らくお待たせしました。
色々、ガバいかもしれませんがなんとか書き終わりました。まもちゃん最初の単独解決事件。一体どのような結末を迎えるのか…生暖かい目で見ていただければ幸いです。




 

 

「死因は窒息死で間違いないな」

 

 トメさんの粗方の検査によって景子の死因は首が絞まったことによる窒息死という結論が出た。

 

「しかしこれは凄いな。タンスが粉々だ」

 

 現場を見回していた目暮はリビングにあった木製のタンスを見て驚く。一部だがなにかハンマーのようなもので破壊された痕跡があったのだ。

 

「最中さんには目立った外傷は無いし。犯人がハンマーのようなもので殺そうとして失敗したのか?」

 

「いえ、恐らくこれをしたのは景子さん本人でしょう」

 

「なに?」

 

「彼女はムエタイの実力者です。恐らくここで犯人と争いか、それとも警告。その際に壊したのかと…」

 

 他の部分は綺麗に片付け、自殺に見せかけたかったようだが流石に壊れたタンスは直せなかったようだ。まさか、景子さんがタンスを破壊するなんて犯人も想定外だったのだろう。

 

「しかしそんな実力者がなぜ…」

 

「これは…」

 

 景子の体を調べていた百々月。彼女の綺麗な肌がタンスの破片で傷ついている。そんな傷の中、肌が一部、赤くなっているのに気づく。

 

(アレルギー反応か…やはり……)

 

「本当は景子さんと協力して事件を解決したかったのですが。仕方ありませんね」

 

「始めるのか?羽部くん」

 

「えぇ、新一なら景子さんを死なせずに済んだかもしれないな

 

「羽部くん、なにか言ったかね?」

 

「いえ、ただの無い物ねだりですよ」

 

 やはり場馴れ?をしていないとすぐには事件を解決できない。今までも彼の補助ありきで行動してきたからか事件の全容把握が上手くいかなかった。

 

「目暮警部。全員を屋敷に集めてください」

 

ーー

 

 その後、矢上邸。目暮警部の指示のもと、この事件に関わった人物たちが集められた。

 

「羽部さん!」

 

「スグリ…」

 

 スグリは百々月の姿を見るや否や、飛び付いて泣き始める。百々月はそれを優しく受け止めて頭を撫でてやる。その瞬間、犯人に対して強い殺意を抱いたがすぐに納める。

 

「景子さんまで…」

 

「スグリ、すぐ犯人を吊るし上げてやるからな」

 

「はい…」

 

 兄に加え、姉となる筈だった景子まで死んでしまったのだ。どれほど悲しいか…。優しい口調でスグリを離すと父親の藤五郎の元に預ける。

 

「村田さん」

 

「なんだ?」

 

「一つ、お貸しねがいたいものがあります」

 

「ん?」

 

この場にはスグリ、藤五郎、メイドの神無月カナ、執事の遠山渚、シェフの村田登、主治医の藤木正嗣が顔を出していた。

 

「それでは皆さん。今回の連続殺人事件、定兼さんと景子さんを殺した犯人は二人居ます」

 

「ん?それでは連続殺人事件とは言えないのではないか?」

 

 百々月の言葉に反応した目暮警部の疑問は尤もだ。二つの事件に犯人は二人なら連続殺人事件とは言わない。

 

「いえ、言えます。なぜなら片方の犯人はなにも知らずに利用されていただけなのですから。それも善意の行動です」

 

「善意の行動で人を殺したと言うのかね?」

 

「はい」

 

 百々月はみんなに目線を合わせながら話を進める。

 

「まず第一の事件。定兼さん殺人事件ですが、犯人は予告状通りの人物です」

 

「というと?」

 

 藤五郎は身を乗り出しながら彼女の話に耳を傾ける。

 

「予告状の文言は《32番目の悪魔に気を付けろ。さもなくば命はない》です。32番目の悪魔とは恐らく、ソロモン72柱の第32位」

 

「まさかアスモデウス」

 

「はい、アスモデウスは色欲の悪魔です」

 

 アスモデウスはサラという少女に取り憑き、彼女が結婚するたびに夫を殺していた。

 更にアスモデウスはソロモン王を無力化し、一時期そこの悪魔の王として君臨したという二つの逸話を持っている。

 

 アスモデウスの正体を知っていた藤五郎はその事を思いだし自分の息子を殺した犯人に辿り着く。

 

「まさか…」

 

「羽部くん。その悪魔がなんだと言うのだね?」

 

「アスモデウスは自らの主の裏切り。そして少女に取り憑き夫を殺している逸話を持つ悪魔。我々のメンバーの中でそれが該当するのは最中景子さんだけです」

 

「「っ!」」

 

 羽部の言葉に一同は騒然とする。一番、定兼に近しい存在が彼を殺したというのは衝撃的だったからだ。

 

「そして定兼さんの死因は窒息死ではありません」

 

「え、でも鑑識さんが窒息死だって」

 

 カナの言葉に百々月が小さく頷くと話を続ける。

 

「あくまで死後の症状が似ていただけですトメさん」

 

「あぁ、百々月ちゃんに言われて首の索状痕を精密検査してみたんだが。不審な点が見つかってね。索状痕の筋が少し歪だったんだ」

 

「つまりどういうことですか?」

 

 意味が分からずに再度、問う渚に対して待ってましたとばかりに二枚の写真が出てくる。

 

「これが、通常の絞められた際に出来る索状痕でこちらが今回の索状痕です」

 

 二枚の写真を見比べるとなんとなく違和感が残る。

 

「定兼さんの首に出来た痕は首を絞められた際に発生したのではなく、紐を首に押し付けられ意図的に作られた痕だからです。これでは人は死ねません」

 

「じゃあ、兄さんはなにで死んだんですか?」

 

「感電だよ。スグリ…」

 

「か、感電?」

 

「家庭用家電での感電の場合、窒息死に非常に近い症状が出る。定兼さんは足にあった愛用のホットカーペットの感電によって死んだんです。ホットカーペットの配線が剥き出しになっていました、そこにワインなどの液体でもかけてしまえば、簡単に感電します。索状痕は偽装ですよ」

 

「なるほど、これで突然の停電にも死亡が異常に早かったのも頷けるな」

 

 目暮警部は手を叩いてそのことについて納得する。

 

「つまり、彼女は定兼さんを殺した主犯でその配線を弄ったのが不運な協力者というわけですね」

 

 藤木正嗣はため息を吐きながら残念そうに呟く。

 

「そんな、景子さんがなんで…」

 

「スグリ…まだ話は終わってないぞ」

 

「え?」

 

 スグリの肩を優しく叩いた百々月は話を続ける。

 

「こうして景子さんは犯人に騙されてまんまと定兼さんを殺してしまったんですよ」

 

「彼女が犯人ではないのかね?」

 

「えぇ…。警部もご存じの通り、景子さんの自宅の状況では彼女の自殺とは思えない。景子さんの犯行を知った者の復讐と言うのには明らかに準備が良すぎる」

 

 景子さんの部屋は明らかに謎の第三者が存在していることを指し示している。

 

「スグリ、景子さんはそこら辺の男などに遅れを取る女性か?」

 

「いえ、景子さんは並みの男性より遥かに強いです」

 

「そんな彼女がなぜ殺されたのか?仮に利用されている事が分かっていたならその犯人から差し出されたものなど絶対に口にしない筈です」

 

 相手が油断している状態ならともかく、警戒しているような状況で毒を飲ませるなど不可能に近いだろう。

 

「その答えは犯人が仕組んだ巧妙な罠に掛かってしまったからです」

 

 百々月はゆっくりと歩を進めながら集まった一同の周りを練り歩く。

 

「景子さんを卑劣な罠に嵌めて、定兼さんと景子さんを殺したのは…お前だな藤木正嗣」

 

「っ!」

 

 矢上家の主治医。藤木正嗣は後ろにまわっていた百々月の顔を見ながら驚く。

 

「失礼な、なぜ私が?」

 

「ひっそりと隠れていれば逃げられると思うなよ。景子さんが自宅に帰って口に入れた物はなんだと思いますか?村田さん」

 

「あぁ?そりゃ。ケーキだろう、定兼さまと景子用に用意した俺のケーキだ」

 

「村田さんのケーキしか景子さんは食べないんですよ。景子さん甘いもの好きなんですがね」

 

 村田の言葉にカナは思ったことを口にする。それは彼女が長年、思っていた疑問だ。

 

「なぜですかね、藤木さん」

 

「それは彼のケーキが特別だからだよ。米粉を使ったケーキでカロリーが抑えられているんだ。女性には嬉しいケーキだろ」

 

「へぇ、そうなんですか。村田さん、米粉使ってるんですね」

 

「知らなかったのかい?」

 

「知ってるわけないだろ。知ってるのは俺と景子の二人だけだよ」

 

 なんか、話が噛み合わなくなってきたのを百々月は少し楽しそうに眺める。

 

「あぁ、前の検診の時に作ってるのを見かけたんだよ」

 

「へぇ、そうなんですか」

 

 カナのナチュラルトークはどうやら上手く動いてくれるようだ。その時、目暮警部の携帯が鳴り響き、連絡を受けとる。

 

「もしもし、目暮だが。あぁ、羽部くんに代わるよ」

 

「どうも警部」

 

 百々月は目暮から携帯を受けとるとスピーカーモードにして話を聞く。

 

「羽部さんから貰った米粉ですが成分調査の結果、小麦粉でしたよ」

 

「間違いありませんか?」

 

「間違いないですね」

 

「どうもありがとうございます」

 

 満足な報告を受けて満足げな彼女は電話を切って警部に返す。

 

「おかしいですね。村田さん、間違えましたか?」

 

「バカ野郎。俺が間違えるかよ…まさか」

 

「えぇ、なら中身が入れ換えられたのでしょうね」

 

 村田は藤木を見るが彼は何も知らないとばかりに手を振る。

 

「藤木さん、貴方は村田さんのケーキが米粉だと景子さんから聞いたのではありませんか?」

 

「なに?」

 

「景子さんのアレルギーは小麦粉なのではないですか?」

 

「っ!」

 

「あ、アレルギー?」

 

「私の予想が正しければ食物依存性運動誘発アナフィラキシー」

 

 彼女は藤木を睨み付けながら話を続ける。その間に目暮はちょっとだけペースについていけなくなっているがすぐに分かるだろう。

 

 食物依存性運動誘発アナフィラキシーとは、特定の食べ物を食べてから数時間以内に運動をすると症状が現れるもので、特定の食べ物を食べただけでは症状はおきず、特定の食べ物を食べたあとに運動をすると症状が出るのが特徴のアレルギー症状だ。

 

「貴方はそれを知っていた。カナさんの発言を聞く限り、この事を知っていたのは少ないでしょう。景子さんの肌が赤くなっていたのもアレルギー症状のせいですね。貴方の診療所のカルテでも見ましょうか?」

 

「確かに彼女は食物依存性運動誘発アナフィラキシーだった。だがそれでなぜ犯人が私になるんだ」

 

 ケーキの下りでカロリーがどうのこうのと誤魔化していた奴が言っても説得力は小さいが言っていることは正しいしちゃんと説明してやらねばかわいそうだ。

 

「藤五郎さん。アレルギーのことは知っていましたか?」

 

「いや、知らなかったな。彼女は弱味は見せたくない性格だからね」

 

「藤五郎さんすら知らないとなると知っていたのは定兼さんぐらいですね。つまり、このような細工をしようと出来たのは貴方ぐらいなんですよ藤木さん」

 

「それだけで…」

 

「まだありますよ」

 

 反論しようとする藤木に対して百々月は声を遮る。

 

「景子さんに聞きましたが定兼さんは一度、襲撃されています」

 

《定兼さまもとても不用心でこの前、悪漢に襲われそうになったのです。その時は私が裏で叩きのめしました…心配だったのですが》

 

 景子は身体検査の際にその様なことを話していた。つまり定兼の周りは決して安心できる状況ではなかったのが分かる。

 

「その悪漢ですが。ある男に依頼されて彼を付け狙うように言われていたそうです。名前は知りませんでしたが写真を見せたところ貴方でしたよ。藤木さん」

 

「くっ…」

 

「貴方は景子さんが定兼さんを心配する気持ちを利用して第一の殺人を行った。実際に身の危険を感じさせれば定兼さんとてそれ相応の行動をするでしょう。景子さんからしてみれば少し痺れさせて身の危険を感じさせる程度の事だったのに」

 

 ホットカーペットを調べたところ、電圧を弱めるコネクターが回路に着いていた痕跡があったらしい。取り外されていたが、それをしたのは恐らく彼だ。

 百々月の言葉に全員が静まり返り藤木を見つめる。すると彼は顔をあげて清々しい顔で話始める。

 

「見た目は完璧だが、バカな女だったよ。昨日の夜だって小麦粉のケーキを食べた後に暴れるからあんなことになるんだ」

 

 藤木の犯行に気づいた景子は自分の手で藤木を罰したかった。たとえ自分が捕まることになろうとも、だが藤木を取り押さえようと暴れていた時。食物依存性運動誘発アナフィラキシーショックが発生。

 彼女は呼吸困難などの症状が現れ、血圧が低下してショック症状を引き起こし身動きが取れなくなったのを彼に殺されたのだ。

 

「私がお聞きしたいのはただ一つ。なぜこの様なことを。貴方と定兼さんとの接点は余りないはず」

 

 トリックはともかく動機には辿り着けなかった百々月は問いただす。それは恐らく、誰にもたどり着けないものだった。

 

「特に恨みはない」

 

「なに?」

 

「僕は医者だからね。実験と臨床が本望さ、心から愛している男を自らの手で殺してしまった時、どうなるのか。少しつついてみたら簡単に動くんだ、こんなに面白い事があるか…」

 

「黙れ」

 

 百々月の容赦のない肘打ち、それを受けた藤木は堪らずに気を失ってしまう。

 

「羽部さん…」

 

「………」

 

 スグリが百々月に駆け寄る中、彼女はただ黙って立ち尽くすのだった。

 

 



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闇の男爵(前編)

大変お待たせしました(土下




 

 あの矢上邸による殺人事件から数日が経過した。さらに塞ぎ混みがちになったスグリのことを百々月は目を離さずにケアし続け、なんとか学校生活でも支障がない程度にまで持っていった。

 

「すまないね。ここまで世話になってしまって」

 

「いえ、スグリは私の貴重な友人です。そのためなら助力は惜しみませんよ」

 

「そうか。ところで君は伊豆に行ったことはあるかな?」

 

「いえ、旅行とは縁遠い生活だったもので」

 

 藤五郎に呼ばれていた百々月は彼の質問に対して首を傾げながら答える。

 

「実は私が懇意にしているコンピューター会社のオーナー。金城玄一郎さんがね。とあるプログラムを争奪する推理イベントに参加することになっているんだが君の話を聞いて助力して欲しいと言ってきてね」

 

「相当、大切なプログラムなのですね」

 

 藤五郎の答えに百々月は真剣な表情で話を聞く。ただのイベントではない彼女の助力を申請してきている時点で向こうの必死さが伝わってくる。

 

「私もよく知らないのだが闇の男爵(ナイト・バロン)がどうとか言っていたね」

 

「あぁ、工藤優作さんの作品ですね」

 

「物凄い人気らしいね」

 

 闇の男爵シリーズなら暇があれば読んでいる。森谷帝二の事件の際に買った本は文字通り木っ端微塵になってしまったが買い直してじっくりと読んでいる。

 

「……」

 

 あの時のことを思い出すと思わず心臓が早鐘を打つ。不快な感じはしなかったが何か不思議な気分になる。

 

「どうしたのかね」

 

「いえ、なんでもありません」

 

「そうか、まぁ推理系のイベントではあるが伊豆のホテルに泊まれる上にプライベートビーチまである。気分転換には持ってこいだと思ってね」

 

「ではスグリを…」

 

「君とならスグリも安心できるだろう」

 

 唯一の心の安らぐべきである家がこんな惨状になってしまえば気分転換は望めない。なら外に出て行くべきだと判断した藤五郎は金城の依頼を利用して楽しんでもらおうと考えているようだ。

 

「確かに…分かりました。金城様には了承しましたと伝えてください」

 

「助かるよ。ありがとう」

 

 こうして百々月とスグリの伊豆プリンスホテルにて開催される推理イベントの参加が決定する。だが彼女はまだ知らない、この推理イベントには全ての元凶たる人物も参加していると言うことに…。

 

ーー

 

「君があの有名な女子高生名探偵。羽部百々月さんだね」

 

「はい、お初にお目にかかり光栄です。羽部百々月と申します」

 

「矢上藤五郎の娘の矢上スグリと申します」

 

 金城玄一郎。立派な口髭を蓄えた初老の男性が彼女たちに今回のイベント参加を持ち掛けた人物だった。

 

「君が藤五郎のお嬢さんか。お兄さんのことは残念だった、将来有望な男だったのにな」

 

「はい…」

 

 百々月が了承の返事を伝えてからすぐに連絡が来た。早速、顔を合わせたいと言って来た金城は温厚な態度で二人に接してくれた。

 

「彼女は使用人の林静江だ。今回のツアーに一緒に参加する」

 

「よろしくお願いいたします」

 

「「よろしくお願いします」」

 

 使用人の静江さんと挨拶を交わした二人は早速、本題に耳を傾ける。

 

「我々は今回狙っているのは闇の男爵と呼ばれるプログラムじゃ。かつて大企業のパソコンに侵入し、データを荒らしまくった幻のコンピューターウイルスがあってな。もちろんそれは発見することも止めることも出来ない完璧なプログラム。あまりにも神出鬼没なため、人々がウイルスに付けた名が闇の男爵」

 

「闇の男爵…」

 

「景品の名は明かされていないが恐らく、それが景品と見て間違いないじゃろう。ワシはそれがまた誰かの手に渡って悪用されるのを阻止したいんじゃ。協力してくれ」

 

「私に出来ることであれば…」

 

 金城の強い思いに百々月は嘘はついていないと判断してスグリを見る。彼女も思いは同じだったようで頷くとその申し入れを受け入れる。

 

「そうか、ありがとう。それで聞きたい、君ならどう立ち回るかを」

 

「そうですね。要するに主催者は正体を隠したいわけです、なら一番手っ取り早いのはスケープゴートです。その指針をあえてこちらに向けることで主催者を炙り出しましょう」

 

「というと?」

 

 百々月の案に三人は興味津々と言った感じで聞く。

 

「つまり付け入りやすく。怪しそうにすれば良いのですよ」

 

「なるほど、他の参加者に対してもいいブラフになって一石二鳥ですね」

 

「えぇ」

 

「面白くなってきた。四人でアイデアを出し合うとするかのぉ!」

 

 静江も金城もノリノリの様子で案を出し合い。あっという間に時間は過ぎる。そして練りに練った設定で四人はイベントに参加するのだった。

 

ーー

 

 そして当日。

 

「んんー。気持ちいいな」

 

「うん、これも羽部さんのお陰だね」

 

 プリンスホテルのプライベートビーチ。時期が時期なだけあって人が沢山居る中、百々月とスグリはホテルの貸し出し施設から借りた水着を着て海水浴を楽しんでいた。

 本来の目的はスグリの慰安、折角海があるのだから楽しまないわけにはいかない。今頃、金城さんたちは他の参加者たちと顔を合わせているだろう。

 

「でも良いの?ここでゆっくりしていて」

 

「私たちの存在は後から知られればそれでいい。謎の随伴者たちは後から現れた方が怪しいからな」

 

 筋肉質でスタイルの良い百々月の体にちょっとだけ嫉妬してしまうスグリ。だが彼女も胸は小振りだが良いスタイルを持っている。

 

「む、なんだ?私のスタイルで嫉妬しているのか?」

 

「な、そんな事ないよ!」

 

「ふっ初奴めぇ」

 

「きゃぁぁ!」

 

 スグリに抱きついた百々月。彼女は突然の抱き付きに耐えられずに倒れ海の中にダイブする。

 

「酷いよぉ…」

 

「ははっ。やっぱりお前は眼鏡を外せば美人だな」

 

「え?」

 

「勿体ないものだ。その眼鏡で顔の半分が隠れてしまっている」

 

 海水でびしょ濡れになったスグリは眼鏡を外して顔を腕で拭う。それを見た百々月は残念そうに呟く。

 

「羽部さん。今日はやけにテンション高いね」

 

「そうか?」

 

 スグリを慰めるための海水浴だったが個人的には百々月にもいい気分転換になっていた。

 話を聞いていると相変わらず新一の周りには殺人事件が絶えないようで個人的にちょっと距離を置いていたりする。そんな矢先に矢上邸の事件、覚悟決めても正直キツい。

 

「そろそろ行くか」

 

 まぁ、この探偵家業も悪くはない。探偵の仕事は殺人事件の捜査以外にもいっぱいあるのだから。

 

「分かった」

 

 そう言って二人は行動を開始するのだった。

 

ーー

 

 真っ黒なスーツを纏いサングラスを掛ける。長い髪を団子にして大きな絆創膏を頬に貼り付ける。一応、百々月は有名人。探偵がこのイベントに乗り込んできたとなれば警戒される。そのための変装だ。

 

「行くか…」

 

「はい」

 

「「「探偵!?」」」

 

(うわ…)

 

 プリンスホテルのロビー。そこで待っている筈の金城の元へ向かっているとそのロビーに驚きの声が響く。

 

「はい…毛利小五郎と言いますけど」

 

「毛利小五郎…」

 

 百々月の視線の先には蘭の姿。そしてそのすぐ側にはコナンの姿を見つける。思わず帰りたくなった。だが今回は金城さんの依頼だ。ここは敵として振る舞わなければ、作り上げた設定に忠実に動くのに徹する。

 

「わ、私。新聞で見たことあるわ」

 

「あぁ、確か名探偵と言う」

 

 空手の全国チャンプ前田とその婚約者の佐山の言葉を皮切りに集まっていたメンバーたちが騒ぎ出す。

 

「フン、きたねー野郎だ。代わりに探偵を寄越すなんて」

 

「いいじゃない、これで闇の男爵候補が減ったんだから」

 

「じゃが毛利小五郎がいるとなるとお互いに迂闊にボロを出せませんな」

 

 飲んだくれの江原、グラビアのような容姿を持つ上条、そして金城は嫌な顔をする、イベントの内容を思えば当然の反応だといえる。

 

「なんか有名みたいよ、お父さん」

 

(ちぇっ…みんな俺のおかげだっつーのに)

 

 小五郎のあまりもの人気に蘭は感嘆しコナンは面白くなさそうにしていると黒服の二人組が背後を通る。

 

「っ!」

 

 あわてて振り返ったコナンはその二人組を見つめるが肝心の黒服は目もくれずに通りすぎていく。すると目が不自由な老人、金城の元に駆け寄る。

 

(SPか…)

 

 二人はどうやら女性のようだがなんだかただならない雰囲気を感じる。

 

(取り敢えず気にしとくか…)

 

 そう思いながらコナンは自分を呼ぶ蘭に付いていくのだった。

 

ーー

 

「すまん、ちょっと花を摘みに…」

 

「あ、はい」

 

 小さな声でプール近くのトイレに突入した百々月はやることを済ませて個室を出る。

 

「あ…」

 

「……」

 

すると同時に出てきたイベントの参加者。佐山明子は驚く、それを見た百々月は道を譲ると自分も外に出る。

 

ーー

 

(ヤロォ)

 

 それとほぼ同じ頃。突如、出現した闇の男爵によってプールへと突き飛ばされたコナンは最速のルートで突き落とされた現場に急行したが犯人を見失ってしまう。

 

(あれは!)

 

 すると廊下の先のエレベーターに乗り込む人影を見つける。それは変装した百々月であった。

 

(イベント要因としてSPを使ったのか?確かにSPなら行動は自由にできる筈だ)

 

 大きな絆創膏を頬に付けた女性は警戒していない。素早くそばに駆け寄ると盗聴機をズボンに張り付ける。

 

(あとはバレないようにしねぇと)

 

 案の定、気づいた素振りを見せなかった彼女はそのままエレベーターへと消えていった。

 

(どんなイベントであれ俺を突き落とすなら相応の理由がある筈だ)

 

 コナンはすぐに盗聴機のスイッチをオンにすると耳を済ませる。

 

《思ったより手癖が悪いな…》

 

 その瞬間、盗聴器を破壊され雑音が鳴り響く。

 

(気づかれた。何者なんだ奴は?)

 

 未知の存在に恐怖を覚えたコナンは昇り続けるエレベーターを睨み付けるのだった。

 

ーー

 

(そろそろ訴えても裁判に勝てる気がする…そして私の精神に対しての慰謝料を…)

 

 足元に装着された盗聴器をエレベーター壁を蹴って破壊する。

 てかあいつ怪しいと思ったらすぐそういうことやるのかは考えない。考えないったら考えない。

 

(しかし、新一が居るとは予想外だった)

 

 わざわざ伊豆まで来てこんなことに巻き込まれているのは悲しい。まぁ、コナンこと新一の場合、事件まみれで嬉しいなんて…思ってないな。それは狂人の考えだ。

 

「疲れるなぁ…」

 

 ちょっとお疲れ気味の百々月であった。

 

ーー

 

「え、怖い…子供ならではの行動力?」

 

「まぁ、そういう感じだろうな。子供恐ろしいな…」

 

 プリンセスホテルの屋外レストラン。そこでは豪華な料理が振る舞われそれに百々月とスグリも舌鼓を打つ。

 

「家の方が豪勢だけどこういう所の食事もいいわね」

 

「嫌みか?」

 

「そういう訳じゃなくて!」

 

 まぁ、色々あったが元気そうに食べるスグリを見て安心する百々月。依頼という形だがスグリの慰安旅行としての側面も大きい。事件を解決した百々月は護衛のような形になっているが友人が元気な姿を見てこちらも嬉しい。

 

「あれ、金城さんの所に…」

 

「ん?」

 

ーー

 

「四年前に死んだ息子の事をな…」

 

「え?」

 

 金城から不審な言葉が出たのを驚くコナン。それと同時に襟首を掴まれ持ち上げられる。

 

「しまった!」

 

「そこまでだな坊や」

 

 百々月に捕まり持ち上げられたコナンは一番警戒する人物に捕まってしまう。

 

「え、その声は!」

 

「この一日でお前に聞きたいことがたっぷり出来たな…」

 

「もも…ハハハハ…」

 

 サングラスを外した百々月の素顔を見たコナンは思わず乾いた笑い声を出すのだった。

 

 

 



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闇の男爵(後編)

 

 

「と言うことで…」

 

「なるほど…だが次、同じこと私にしたらボコボコにするからな」

 

「ハイ…」

 

「ちょっと何してるんですか!」

 

 持ち上げられたまま説教されるコナン。それを見つけた蘭が慌てて駆け寄ると百々月の姿を見つけて驚く。

 

「あれ、羽部さん!」

 

「蘭、まさかこんな所で会うなんてな」

 

「正体バラすの?」

 

「まぁ、この二人ならさして問題はない」

 

 百々月の大胆な言動に驚くスグリだが彼女も観念した様子でサングラスを外す。

 

「あれ、ごめんなさい。初めてだよね」

 

「はい、毛利蘭さん。私は矢上スグリ、弓道部のマネージャーをしています」

 

 典型的な元気な女子高生である蘭と控えめなスグリは対照的な存在。同じ学校で学年と言っても全く交流のない二人であった。

 

「それで、なんでそんな格好でこんな所に?」

 

「まぁ、端的に言えば探偵の依頼だ。依頼主は金城氏…」

 

 その後はスグリの家で起きた事件を除いた理由をしっかりと話して落ち着く。

 

「つまり今回はお父さんと羽部さんは敵同士って訳ね」

 

「そうだな、推理対決という奴だろう」

 

(ももと勝負か…確かに面白そうだな)

 

 突き落とされた件は気になるがももが犯人ではないことは分かった。つまり犯人は分からないと言うのが事実だが。

 

(ももも居るしなんとかなるだろ)

 

 相手も脅かし程度の筈だ。そうそう大きな事は起こらないだろう。そうして話もそこそこにして四人は百々月の正体を隠す事を約束して別れる。

 

ーー

 

「本当にバラして良かったの?私は蘭さんとか知らない人たちだから信用できるか…」

 

「一応は信用できるさ。それに私たちの依頼は変わらない。闇の男爵を見つけ出してこのバカンスを楽しむ」

 

 まぁ、本当に正体がバレようがやることは変わらない。このミステリーツアーを終わらせるだけの話だ。

 

「でもなんか一癖も二癖もある人ばっかだね」

 

「そうだなぁ…整理するか」

 

 銅像の側で今回のミステリーツアーのメンバーたちを解析していると後ろから変な音が鳴り百々月は頭から液体を被る。

 

「は、は羽部さん…」

 

「なんだ…生暖かい…」

 

 震えるスグリが後ろを指差すと後ろには銅像の剣で串刺しになった闇の男爵が血反吐を吐きながらこちらを見つめていた。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁ!」

 

 こうして百々月の事件がまた始まるのだった。

 

ーーーー

 

「で、どうだった?」

 

「うん、ネクタイとベルトの付け方が不自然だから殺人の方面で捜査するみたい」

 

「なるほどな」

 

 自室のシャワーを浴びていた百々月は現在の状況を確認する。あのやけに声のデカイ刑事、確か横溝警部と言ったかな。彼のご厚意で取り調べの前にシャワーと着替えをさせてもらっていた百々月はスグリに捜査状況を聞いていた。

 

「でもあの子供…コナン君は異常だよ。人が死んでるのに…」

 

「慣れてるのさ…色々とな」

 

「子供なのに?」

 

「あぁ…」

 

 まぁ、端から見ればコナンの冷静すぎる行動は不自然極まりないだろうな。

 

「教育的に悪そうね」

 

「なんとも言えん!」

 

 うん、スグリの懸念がまともだがコナンは他の子供とはだいぶ違うから心配ない。というよりこっちを巻き込んでくるから余計にたちが悪い。

 

「羽部さん、そろそろ良いですか!」

 

「はい!」

 

 横溝警部の言葉に元気良く返事をした百々月は私服に着替えて部屋を出るのだった。

 

「なるほど、それで各部屋の捜査を…」

 

「はい、いやぁ!優秀な探偵が二人も揃うなんてなんて運がいい!改めて横溝参悟です、よろしく!」

 

「よろしくお願いいたします…」

 

 とても気の良い人だがこの音量だけはなんとかならんのか…。

 

ーー

 

「にしても風が強いな…」

 

「測る?」

 

 取り調べを待つ間に現場を軽く見せてもらった二人は被害者である江原さんが落ちたと思われるベランダを調べていた。

 

「なんかいつの間にか浸透してるよな、スグリ?」

 

「まぁ、羽部さんを手伝いたいから」

 

「助かるよ」

 

 なんか場に溶け込んでこっちについてきたスグリは風速計を持って来る。弓道の練習とかでたまに測るらしい。

 

カラカラカラカラ…

 

 なんか屋根に着いてる回る感じの奴だがこれでおおよその風速を測れるようだ。

 

「だいたい10~12かな…」

 

「強いな…」

 

 風速10はやや強い風とされているがそれでも傘がさせなくなる程の風だ…決して弱くはない。

 

「風に煽られやすいマントを着けた状態で真下に堕ちるのか?」

 

「分からない、実際にやってみないと…。事件発生当時の風向きも調べなきゃ」

 

「そうか、横溝警部に頼んで気象台に聞いてみるのが一番か…」

 

 百々月の髪が激しく揺れる中、スグリも冷静な判断で助言をしていく。

 

(だれか知らねぇけど。相棒って感じだな)

 

 その様子をこっそり見ていたコナンも静かに感心していた。

 

「しかし…銅像に突き刺さった死体は芸術だったな」

 

「え?」

 

「あれが本物ではなく絵であったら良い構図だと思うんだがなぁ」

 

「そ、そうだね」

 

 若干、驚くスグリを横目に次の部屋に移動する百々月。それを見送るとスグリはあの光景を思い出す。

 

「断罪…かな」

 

「制裁でも面白いかもな」

 

 ふとタイトルを思いつき呟く彼女も百々月と同類なのかもしれない。

 

ーーーー

 

「まぁ、羽部さんと友達の矢上さんは確実に候補から離れますね。それと酔いつぶれていた毛利さんもそれは同様です」

 

 これが殺人事件だとしたら犯人は被害者を突き落としたと言うことになるのだが。被害者から飛び散った血を被った百々月は確実に無理だろうしその隣にいたスグリも容疑者から外れる。

 

「まぁ、あの名高き女子高生探偵が犯人な訳がないですけどね!」

 

 大声で笑う横溝警部と共に部屋を移動していると耳が痛くなる。

 

「いえ、今回は違いますが探偵が殺人犯である可能性は十分あります。探偵と言っても人間、人に恨みを持つこともある」

 

「そ、そうですね。流石は噂の女子高生探偵だ!」

 

 まぁ、横溝警部の事は置いておいて気になるのは蘭たちだ。

 

「で、闇の男爵を見たそうだな?」

 

「う、うん…」

 

 佐山と蘭は取り調べの後、エレベーターで闇の男爵と接触したと言う。その時は現場を見ていた百々月たちとコナンは見ていないが取り逃がしたらしい。

 

「どうだった?」

 

「うん…」

 

「?」

 

 完全に上の空な蘭を見て百々月は疑問に思うがあえて問い詰めない事にした。

 

(まぁ、この闇の男爵は別物だろうな)

 

 妄想に過ぎないが犯人の目星は付いた。後はどうやって証拠を集めるかだな。

 

「犯人分かった?」

 

「あぁ、後は証拠集めだな…」

 

 闇の男爵が現れた状況を聞いたらある程度の察しはつく。

 

「犯人は佐山明子と前田聡だよ。前田聡の方は分からんが佐山明子は確定だろうな」

 

 わざわざ警察官の見張りを倒すと言うリスキーな事をしてまで姿を現したのはそのリスク以上に重要な目的があったからだ。蘭たちとの遭遇がアクシデントだったとしたら衣装を目立つところに捨てたりしない…なら。

 

「蘭と佐山、その場に居た容疑者は佐山だけだ。この件は佐山が犯人ではないと思わせるための偽装工作である可能性が高い。そして中身は前田聡だろうよ」

 

「なるほど…」

 

「共犯か…それとも恋人を思っての独断か…どちらにせよ調べる価値はある」

 

 スグリは彼女の推理を聞くと深く頷く。

 

「やっぱり羽部さんは凄いね」

 

「よせ、それに私たちは親友だろ?ももで良いよ」

 

「え…じゃあ。もも?」

 

「よし、いくぞ!」

 

「えぇ、少し恥ずかしいよぉ!」

 

 こうしてスグリが元気になったのを見た百々月は各部屋を調べているコナンたちと合流するのだった。

 

ーー

 

 1901号室、問題の佐山と前田が泊まっているホテルに到着した二人は部屋を調べる警官たちを眺めながら二人の様子を窺う。

 

「特に怪しいものはなさそうですな。念のためにポケットの中の物も出してもらいましょうか?」

 

「あ、はい…」

 

「うぇ?」

 

 前田が小五郎に連れられ警官による身体検査が行われた瞬間。百々月はスグリの肩を掴んで向かい合わせる。

 

「は…もも?」

 

「ちょっと協力してくれ…」

 

 すると百々月はスグリのスーツのネクタイを静かに緩めると声を出す。

 

「おい、スグリ。ネクタイがよれてるぞ」

 

「え……あぁ。本当だ、直してくれる?私は出来なくて」

 

「仕方ないな…」

 

 少しの間。ネクタイと格闘するが変な感じに整ってしまうネクタイに嫌気が差したようにする。

 

「あれ、自分のは出来るのにな…他人のは上手くいかん…」

 

「そう言うことあるよね」

 

「大丈夫?私がやってあげるよ」

 

「佐山さん、申し訳ない」

 

 すぐそばでネクタイと格闘していたのを見かねて佐山がスグリのネクタイを直してくれる。すると綺麗に整ったネクタイが姿を現した。

 

「おぉ、綺麗になったなぁ」

 

「凄い、慣れてるんですね」

 

「まぁ、聡のネクタイを着けてあげてるから。それで慣れたのかな」

 

 スグリのネクタイを注意深げに見つめながら百々月は笑顔でからかう。

 

「お熱いことで…」

 

「からかわないでよ!」

 

 3人は和やかに笑うが百々月は視線はスグリのネクタイに向けられていた。

 

「羽部さん。気象台からの返答がありました」

 

「ありがとうございます。それで?」

 

 笑っていると近くの警官が気象台からの報告を持ってやって来た。その報告によるとここら一帯は姫風と呼ばれる強風が常に吹いているらしい。事件の時刻もかなりキツイ風が吹いていたようだ。

 

「そうだとすると落ちたらかなり流されると思う…」

 

「なるほど、だとすると銅像の真上にある部屋で落としても遺体は刺さらなくなるな」

 

「え?じゃあ、江原さんの部屋から落ちたら刺さらないんじゃ…」

 

 スグリの言葉で百々月はある可能性に気づく。

 

「犯行現場は江原さんの部屋じゃない…」

 

「え?」

 

「この部屋が犯行現場で転落現場だとしたら?」

 

「うそ…」

 

 百々月の言葉にスグリは周囲を慌てて見渡す。

 

「でもそれを証明する証拠が…」

 

「そうだね…風は時間によって方向も強さも違うし。風の抜け穴でもあれば別だけど…」

 

「抜け穴か…ん?」

 

 頭を悩ませながら周囲を見た百々月はあるものを見つける。それは窓を開けながらメモを書くコナンの姿だった。

 

「それか!」

 

「おぉ、どうした急に!?」

 

 コナンの開けていた窓から顔を出すとそこの空間だけ風がなかった。

 

「このホテルの構造に感謝だな…」

 

「もも?」

 

「犯人が分かったよ…だが密室の謎が解けない。分かるか?」

 

「密室の謎は解けたが…本当にやるのか?」

 

「間違っているなら恥をかくだけだ」

 

「分かった…」

 

 そう言うと百々月は姿勢を正して全員に向かい合う。

 

「分かりましたよ。横溝警部、この事件の犯人がね!」

 

「え?おぉ、そうですか!それならツアーの参加者を全員」

 

「その必要はありません。ここに居るメンバーで十分です」

 

「え、と言うことは…」

 

 横溝警部は百々月の言葉で察したのは佐山と前田を見る。二人が犯人であったのかと驚いた表情を見せるがなにも言わずに百々月に話を続けられるように黙る。

 

「まずは闇の男爵がエレベーターに現れた件について。犯人は前田さんですね?」

 

「なぜ?」

 

「簡単ですよ、佐山さんを庇うためにあんな演出をした。駄目ですね、目的を果たしたらすぐに衣装を捨てるのは。闇の男爵と佐山さんが無関係であると思わせたかったのでしょうがあからさますぎです。だから私は佐山に目星をつけた」

 

「た、確かに遺体を見張っていたのは三沢くん。彼は空手の達人でした!」

 

 横溝警部の言葉に反論しようとした前田は押し黙る。

 

「そうでしたか、いくら隙を突いたとはいえ空手の達人の意識を奪うのは並の人では出来ないでしょう?」

 

「そ、そうだ。犯人は俺だ!」

 

「いや違う!貴方だけではない!」

 

 前田の言葉を遮り百々月は話を続ける。

 

「そして本命の殺人事件。我々は江原さんの部屋で彼が突き落とされたと思っていましたが違った。現場はここです」

 

「えぇ!」

 

「銅像の真上の部屋は江原さんと金城さんの部屋だけだぞ。ここは真上じゃない」

 

「ええ、小五郎さんの言う通り、通常なら真上の部屋が一番怪しい。しかしここはそれが通じない。ですよね?」

 

 そうすると百々月は先程、報告してくれた警官に聞き直す。

 

「あ、はい。確かに気象台からの報告ではここは常に強い横風が吹いているそうで転落した遺体は間違いなく流されるかと」

 

「当時の風向きから考えると怪しいのは佐山さん、上條さん、紺野さんの部屋だが。この現場で当時の風の強さなどは再現できない。つまり立証は不可能…」

 

「なら私じゃなくても紺野さんと上條さんの可能性だってあるじゃない!」

 

 佐山の意見は尤もだが話はまだ終わってない。

 

「いや、あるじゃないですか?容疑者の中で唯一。風などの外的要因に全く左右されない窓が」

 

「え?」

 

 百々月の言葉に横溝警部は彼女の示した窓を開けて真下を見る。すると真下には見事に剣を掲げる銅像が立っていた。

 

「本当だ…銅像がある!」

 

「でもそれで本当に落ちるかなんて…」 

 

「じゃあ、実験でもしてみますか?例えば布団を丸めて人代わりに、シーツをマント代わりに着ければおおよその検証ができる」

 

「違う!やったのは俺だ!」

 

 必死になって自身が犯人だと言い張る前田の言葉に百々月はしっかり返す。

 

「前田さん。コナンによると貴方は部屋から追い出されていたそうですね。しかもこの状況下で彼女が何も知らずに犯罪に荷担していないなんて、無理がある…」

 

 それにまだ調べきれていないだけで、このホテルの宿泊客の証言や監視カメラの映像などを調べればいずれ分かる。

 追い討ちをかけるように百々月はスグリのネクタイを捲り上げる。

 

「それにこのネクタイの結び目。基本はウインザーノットですが癖がありますね。写真で見た江原さんのネクタイと酷似しています。これは簡単に調べられますがどうしますか?」

 

(まぁ、探偵としては赤点だろうがな)

 

 まだ推理としてはかなり甘い。密室の謎だって聞かれなかったが結局コナンに頼ってしまった。

 

(だが犯人を特定しある程度の証拠を揃えた。民間の探偵としては充分だろうな…)

 

 探偵といっても民間人に過ぎない。あくまで犯人の逮捕などの行為は警察の管轄。必要最低限の行為はできたと言えばそれで良かったのだろう。

 

 完璧とはほど遠い推理だったが大人しく佐山さんは自白。これでミステリーツアーの殺人事件は幕を下ろすことになるのだった。

 

ーー

 

「結局、前田さんのアリバイもサインを受けていたファンの証言で明らかになった訳だ」

 

「そうだな、だがなもも。あんな綱渡りみたいな推理でよく披露したな」

 

 事件の事後処理の為にゴタゴタしている隙に抜け出した百々月とコナンは真っ暗な海岸で密かに話していた。

 

「かなり賭けだったが仕方ない。私はスグリの慰安の為にここに来たんだ。事件を長引かせたくなかった…」

 

「お前が解決した事件の被害者だったよな」

 

「あぁ…」

 

 己の未熟さのせいで二人も犠牲者を出してしまった。後悔の念だけが強く残る。

 

「あまり気にするなよ」

 

「いや、これは糧にする。なにか犯罪を抑止するものが必要なんだ。犯罪を防止させる抑止が…」

 

「俺たちは神じゃない。犯罪を防ぐなんて早々できるもんじゃない。だから俺たちはせめて被害者が報われるようにするしかねぇんだ」

 

「……」

 

 強く吹き荒れる姫風の中。二人の探偵の悲痛な思いが誰にも届くことなく消えていくのだった。

 

 

 



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ホームズフリーク殺人事件(前編)

 

   

 伊豆のミステリーツアーを終えた百々月は着々と知名度を上げていた。殺人事件に関わらず様々な事件を解決していった。

 スグリも相棒としてその才覚を発現し平成の女ホームズ、女ワトソンとして有名になっていた。

 

「もも!」

 

「どうした?」

 

 すっかり元気になったスグリは百々月の家に入り浸るようになり合鍵すら持っているような程であった。

 

「羽部さん!」

 

「蘭もか…どうしたんだいったい?」

 

 《緋色の研究》と書かれた本を熟読していた百々月は突然の来客に驚く。スグリは馴れた手つきで蘭と自分の分のお茶を用意しテーブルに並べる。

 

「実は相談があって…」

 

「うん?」

 

ーーーー

 

「つまりコナンのお守りを?」

 

「うん、お父さんが行きたくないって駄々をこねて…」

 

「まぁ、行きたくないだろうな」

 

 蘭の話の内容は簡単に言えばコナンのお守り。コナンが勝手に送った《ホームズ・フリークツアー》とやらに見事当選したようでホームズのホの字も知らない小五郎は行くのを渋っているらしい。

 そんな時、最近ホームズを読んでいる百々月に白羽の矢が立った訳だ。

 

「読んでるって言っても…私はまだ緋色の研究。しかも途中までしか読んでないが…」

 

「大丈夫、私は一応。全部読んでるから」

 

「…うーん」

 

 正直、行きたくない。だがスグリもなんか行きたそうにしてるし味方はここには誰もいなさそうだ。

 

「分かった、引き受けるよ。礼は期待しておく」

 

「ありがとう、羽部さん!」

 

「ありがとう、もも!」

 

「はぁ…」

 

 こうしてホームズ・フリークに百々月は参加することとなったのだった。

 

ーーーー

 

「ほぉ、緋色の研究ですか。それはホームズが登場する記念すべき第一作ですからな」

 

「自分は赤毛組合が大好きなんですが!」

 

「はいはいはい!僕、四つの署名!」

 

「あれは世界的にも評価が高い作品!」

 

「偉いな坊や。漢字がよめるのかい」

 

「へへ、まぁね!」

 

 ホームズ・フリークツアー参加のために乗り込んだ車のなかでは予想通りホームズ話に華を咲かせていた。

 

「私は瀕死の探偵です!」

 

「いいですねぇ、ホームズとワトソンの友情が強く印象に残る作品ですよね!」

 

「……」

 

 そんな中、百々月は最高に居心地が悪かった。一通りは読んだものの熟読には至らずこの日のために知識を詰め込んだだけのこと。こんなシャーロキアンに囲まれては居心地が悪くなるのも仕方がない。

 

(スグリに任せて行かなければ良かった…)

 

「貴方はどんな話をご贔屓に?」

 

「わ、私ですか?」

 

「「はい」」

 

「私はバスカヴィル家の犬ですかね」

 

「なるほど、あれもいい作品だ!」

 

 どうやら地雷は踏み抜かなかったようで安心する百々月は車で揺られながら静かに到着を待つのだった。

 

「なるほど、本の価値を考えれば当然の対応と言えるな」

 

 無事にペンションに到着した一同は違う車で来ていたメンバーたちと合流し1000問に及ぶ《ホームズカルトクイズ》を渡された。

 

「ほう、工藤がおると思ったらまさかこんな所で会うとはな。百々月!」

 

「ん、服部か!」

 

「え、知り合いなのか?」

 

 二人の反応に思わず聞くコナン。

 

「なんやガキンチョ。知らんかったのか?こいつ剣道がごっつう強くて知らん奴はおらんで!」

 

「剣道業界では平成の巴御前って言われてるもんね。ももは…」

 

 服部とスグリの言葉に感心するコナン。

 

(強いって聞いてたけどそんなに強かったのか…)

 

「中高ともに公式試合は全戦全勝。まさに最強無敵の女剣士がももなのよ」

 

「へぇ~」

 

 推理とサッカーにしか頭になかった彼にとっては新情報だったようで素直に感心する。

 

「まぁ、直接話したのは男女混合選抜試合の時やけどな。俺が戦いたかったやけどな」

 

「まぁ、あの時は同じチームだから仕方ないだろう」

 

 非公式の男女混合選抜試合では彼女は大将として出場し服部のライバルである沖田総司と壮絶な試合を繰り広げた。西の沖田vs東の巴の戦いは最早伝説と化している。

 

「武道をやってる人なら噂ぐらいは来るよ。修羅の帝丹高校って」

 

「あははは…マジか」

 

 空手では蘭、剣道では百々月。なにげにレジェンド級が勢揃いである。

 

「本当にももって凄いからねぇ」

 

 スグリ←《去年、弓道全国大会 個人の部 第三位》

 

 なんなんだこの面子は…。

 

「工藤が居ると思って来たんやけど外れやったな。その妙なガキンチョは居るみたいやが、百々月と会えたからヨシとしとくか」

 

「あははは」

 

 工藤と言うワードに焦るコナン。それを横目で見ていた百々月は少し楽しそうにしていたが次の言葉で表情を固くした。

 

「そう言えば義宗は元気にしとるんか?」

 

「……いや。最近は会っていないからな」

 

「そうか、アイツとはあれ以来やからな。またよろしゅう言うといてや」

 

「あぁ…」

 

 一瞬だけ眼光が鋭くなった百々月だがすぐに笑みを浮かべて手を差し出す。

 

「なにより、再会は喜ばしいことだ」

 

「せやな、まさか探偵としても名を上げるとは思わんかったが」

 

 お互いに握手と挨拶を交わす服部と百々月。そうしている間にもホームズフリークツアーの説明は続いていた。

 

(もも?)

 

 ももの反応。あれは明らかに良い感情を持っていない人物に対する反応だった。そんな彼女の反応は気になるが。あまり深入り出来なさそうなので黙ることにした。

 

「ほら、説明を聞いておけよ」

 

「あ、あぁ」

 

 百々月に促されコナンはホームズフリークツアーの主催者である。金谷裕之の話に集中するのだった。

 

「あまり緋色の研究に興味は無さそうだな」

 

「まぁな、さっきも言うたけど工藤を探して来しだけや。それに俺はコナン・ドイルより…エラリー・クイーンの方が…」

 

「ここではあまり言わない方が良いかもな…」

 

「…せやな」

 

 周りは生粋のシャーロキアンたちだ。こんな所で変なことを言えば何を言われるか分かったもんじゃない。

 

(それに私はホームズよりモリアーティの方が興味をそそられるな)

 

 まぁ、せっかくのホームズ問題だ。出きるところまでやってみよう。

 

ーーーー

 

「なんだ、思ったより簡単じゃねぇか」

 

「問題が多いと問題の質が落ちるのは仕方ないことだよね」

 

(元気だな…)

 

 真夜中になっても寝ずに問題を解き続けるスグリとコナンを見ていた百々月。一通り読んだとはいえ、まだ読み込めていない百々月は前半の問題で諦めた。明日の問題を解く時間も仲良くなった服部と平和に談笑する予定だ。

 

(まぁ、新一と対決した奴がいるとは思わなかったな)

 

 少し面白そうではある。新一と本気で戦ったらどうなるのか。興味もあるしやってみたいと言う気持ちはある。

 

(まぁ、私と新一は協力関係だしな)

 

 推理と言う点では新一に遠く及ばないことは分かっている。少しでも近づけるように経験を重ね、知識を蓄えているが。

 

(私がとびっきりの犯罪を起こせば対決になるのか?)

 

 まぁ、バカな考えが浮かんだがすぐに消す。そんなことあり得ない、外道に堕ちる理由などないしするつもりもない。

 だがほんの少しだけ興味と言う好奇心はそれはかなり面白そうだと呟いたのは心の中に秘めておく。

 

(アホらし…寝よ…)

 

 頑張って問題を解く二人を横目に百々月は静かに就寝するのだった。

 

「なるほど、二重にトリックを張りダミーの証拠を残しておくか…」

 

「あの時は工藤に完敗やったわ。それは認める、やからもう一度会えやんかと思ってここに来たんやけどなぁ」

 

 次の日、服部から外交官殺人事件などの多くの関わってきた犯罪の話を聞いていた百々月。彼女の聞き上手もあって二人は談話室で一日中話し合っていた。

 

「美味しかったな」

 

「そうだね。正直、そこまで期待してなかったけど良かった…」

 

「にしても全然、姿を現さないなオーナー」

 

「早くオーナーを読んでテストの採点をしてちょうだいよ!」

 

 長い時間、待たされしびれを切らし始めた参加者たちを横目に百々月は静かにお茶を飲む。

 

(まぁ、私はもう満足だが)

 

 色々と服部からの話はかなり有意義だったし個人的には満足だった。付き合いとはいえここまで来た成果は得た。

 

「くそっ、もう我慢ならん。部屋で休ませてもらう!」

 

「お、お客様!?」

 

「こりゃかなわんわ。俺も休もうかな、どうする百々月?」

 

「……」

 

 服部の言葉に無言を貫く百々月。よく見ると目を閉じて呼吸も一定の穏やかなペースだ。

 

「も、もしかして…」

 

「寝てる…」

 

 教科書に書いてありそうな素晴らしい直立姿勢で椅子に座り寝ていたのだった。

 

 



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