神転オリ主で人理修復をする話 (倉木学人)
しおりを挟む

本編
神々の黄昏と魔術師と造花と聖人と


男の子なら特に理由はなくとも、世界を救ってみたくなりますよね?
え? ならない?


 あるところに、可愛らしいお人形さんがいました。そのお人形さんはとある貧乏な男が持っていて、まるで人間のように世話をしていました。男はそのお人形さんに、恋をしていたのです。男は常にこう言っていたものです、

 

「ああ、この愛しい子が人間だったのならなあ」

 

 ―なんと、馬鹿馬鹿しい。

 

     ~とある作家の書いた、捨てられたメモより~

 

**

 

 花は枯れ、鳥は墜落し、空は辺り一面と共に焼かれ続けている。

 

 日本という国は、世界において稀にみる平和な国の一つであるはず。なのだが、そんな片田舎の冬木の街、その全体が今、燃えるに燃え盛っていた。

 そこには昨日まで、平和な街並みがあり、そこにいる人たちが暮らしていたはずなのだ。しかし今は、その全てを燃料とせんと燃え続けている。

 この光景を、一体だれが想像できようか?

 

 しかし、魔術師という人間だけは知っている。彼らは言うであろう。これは神秘の仕業である、と。

 この世に隠れ住む神秘は、ある時いとも簡単に、我々の日常を崩壊させるのだと。神秘を扱う人間である彼らは知っているのだ。

 

 まあ、知っているからどうにかなる、かというと、それはまた別であるのだが。現に、この街に住む魔術師は、皆仲良く焼け死んでいる。

 

 焼けた街に人影は無く。代わりに骸骨の化け物であるスケルトンと、人の形をとっただけの影たちが。この世の終わりを示しながらにうごめいている。

 

「なんで、なんでなのよ」

 

 街の中に彷徨い人が一人。

 彼女の名前は、オルガマリー・アニムスフィア。

 この街の異常を事前に察知していて、対策を取っていた魔術師たちの一人である。

 

 ただ、本来ならば彼女は現場で指揮を執る人間ではない。最重要地にこもるべき、最重要の指揮官であるのだが。

 

 ことの始まりは2016年、標高6,000mの雪山の地下、人理継続保証機関カルデアから始まる。

 カルデアは、魔術と科学を融合させるという、魔術の徒として異端の試みを行っている機関でもある。そうした技法の結晶として、過去の英霊をサーヴァントとして従える、時間旅行を行うなどの、優れた技術を持っていた。サーヴァントを従えるマスターの力を持って、時間旅行により歴史の異常を正し、人類滅亡を防ぐ。それがカルデアの任務だった。

 彼女はこの地、この時代における事態を察知し、マスター候補となる魔術師たちを集めていた。そうして彼らの統領として演説を行っていたのだが、そこで謎の爆発に巻き込まれた。そして、気がついたら2004年、冬木の街にいたのであった。

 

 わけがわからない。

 なぜ自分は爆発に巻き込まれたのか。

 なぜ自分は適正のなかったはずの時間旅行(レイシフト)を行っているのか。

 なぜ自分は一人でいるのか。

 

 彼女は混乱の中で誰かに助けを求めようと、人無き街を彷徨っていた。

  

 そうして探し回り、必死に隠れ、歩き続ける中、幸運にも人間は見つかった。

 

「レフ! レフなの!?」

 

 オルガマリーは自らが信頼する副官の名を呼ぶ。

 ひょっとしたら、ひょっとしたら彼がここにいるのかもしれない。そんな期待を抱きながら。

 

 しかし、それはレフではなかった。だが、見知った顔ではある。

 

 それは豊満な肉体を病人服で身を包んだ女性だった。

 白磁の肌と肩まで伸ばした髪、くすんだパールの眼を持っていて、ぼうっと突っ立っている。

 彼女はカルデアが外部から購入したホムンクルスであり、一応はカルデアのマスター候補の一人だった。

 マスター候補ではあり、一応は魔術を使えるのだが、信頼がおけるほどの魔術師ではない。

 彼女は魔術師と呼べないし、魔術使いと呼べる程の腕前やら、心構えやらを持っている訳でもない。

 

 その実、身体は完璧ながら精神は脆弱であるのだ。彼女に何があったのかはオルガマリーは予想はつく。恐らく、聞きたくもない目にあってきたのだろう。

 とにかく、この場において、その眼は現実を直視できているか。かなり怪しい所である。

 オルガマリーの姿を見ても眉一つ動かさずに、何をするでもなく。茫然とその顔を見つめている。

 

「っ! しっかりしなさい! ロクサーヌ! マスター候補のくせに、そんな姿を私の前に晒さないでよ!」

 

 ホムンクルス、ロクサーヌの姿を見たオルガマリーは、カルデアの所長としての姿をなんとか取り戻した。

 このホムンクルスの情けない姿を見て、これと同じ醜態を晒すのが嫌だ。せめて自分だけでもしっかりするべきだ、と感じたのであった。

 自分より劣るものを見下し誇りを得るという、ある意味で魔術師(人間)らしい認識を用い、魔術師オルガマリーとしての姿を取り戻すのであった。

 

「ごめんなさい、所長。あー。うん。ごぶじ? でしたか」

「ふ、ふん。それでいいのよ」

 

 細く小さい声で、ロクサーヌは呟いた。

 ロクサーヌとしては、いつもと変わらないようには見える所長の姿を見て、ようやく多少なりとも安心することができたのだった。

 彼女の存在はどうであれ、自分にとってとても、心強かった。

 

 オルガマリーとしても、一安心ではある。マスター“候補“とはいえ。サーヴァントのマスターとなりうる人材が、この地において見つかったのだ。

 オルガマリー自身がマスターとなれるのであれば、それはそれで良かったのだが。残念なことに彼女は、マスターとしての資質が無かった。

 これで後は、ロクサーヌにサーヴァントを召喚させれば、この事態の調査と解決に向けて動き出すことができるはずである。

 

「所長」

「何よ」

「おれは、どうしたらいいのでしょうか」

 

 それを聞いたオルガマリーは、自分で考えなさい、と言いかけるがそれを寸前で飲み込む。

 それをこのホムンクルスに求めることは酷だからだ。その真っ白な頭に、自体の深刻さを考えるだけの知能と知識があるのかどうか。彼女はそう、思い出した。

 

 とはいえ部下としては、何も間違った行動ではない。上司が指示を出し、部下はそれに従う。ロクサーヌは頭が悪いが、オルガマリーを上司として認め、その指示に従順だ。他のマスターである魔術師たちのように、下手に小賢しく、勝手なことをされるよりは遥かにマシであった。

 

 オルガマリーは考える。さて、自分たちは何をすべきであろうか。

 

 現状は、何が起きているのか、さっぱり分からないままだ。歴史の特異点たる冬木の街にレイシフトした、というのは分かっている。

 だが、それ以外は以前として不明のままだ。

 

 とはいえ、状況は最悪の一歩手前でまだ留まっている。一応は予定通りに、現場の指揮官が居て、マスターがいる。

 ここは本来の予定通りに行動を起こしていくべきであろう。

 

「まずは、ベースキャンプの作成ね。これから霊脈のターミナルを探します。そこで、カルデアとの連絡を取り、取り寄せた召喚サークルを基にして、英霊の召喚を行います」

 

 まずは情報収集だ。必要な情報を集めるのと、そして、身の回りの安全を確保しなければならない。

 安全の確保、つまりは英霊の召喚だ。

 

 そう、英霊の召喚。

 過去の英雄をサーヴァントとして使い魔に落としこみ、使役する。その力は使い魔として最高クラス。戦闘が本分ではない魔術師にとって、この上ない剣となり盾となる。

 その技術をもってカルデアは、人理を修復しようとしていたのであった。

 

「ベースキャンプってどこでしたっけ」

「貴女。そんなことも覚えていないの?」

 

 オルガマリーはあまりの部下の使えなさに、ため息をついた。

 

 そうして、ベースキャンプを作るため、二人は移動していくことになる。霊脈のターミナル、つまり魔力の集積地を使ってカルデアとの通信を取り、カルデアの召喚システムを呼び出すために。

 

 道中、骸骨の化け物と遭遇することはあったが、そこはオルガマリーでどうにかなるのである。

 彼女は魔術師として優れている。

 つまり、優れた由緒ある魔術の家に生まれ、優れた才能を持ち、優れた教育を受けている。そうした環境の中で、神秘に対抗するための神秘は当然、相当に身に着けているのである。

 スケルトンといえど、所詮は現代生まれの怪物。神秘をたいして持たぬ素材が、現代の魔力に中てられて生まれた存在である。神秘は古いほど強いのだ。つまり、このスケルトンの実力など、たかが知れているのである。

 神秘を積み重ねてきた優秀な魔術師である彼女が。現代生まれの有象無象の怪物を倒すぐらいの技量は、もって当然のことであった。

 

 そんなオルガマリーの姿に、ロクサーヌは心打たれているのである。

 オルガマリーのガンドの魔術により、スケルトンは崩れ落ち、動かなくなる。そうして、自分の安全は保障されるのであった。

 なんとも現金なもので、ロクサーヌの中のオルガマリーの株は、上がるに上がっていた。

 

 とはいえ、オルガマリーは内心穏やかではない。

 彼女は思わずにいられない。どうして指揮官の自分が前線に出て、こうして部下の安全を守っているのだろう、と。普通逆ではなかろうか。戦うのは部下で、守ってもらうのは指揮官たる自分だろうに。

 戦うことの出来ない箱入り娘を思わせる、ホムンクルスのことが嘆かわしくてたまらない。本来なら自分も箱入り娘のはずなのに。自分は保護されるべき存在であるはずなのに。

 

 ああ、本当に嘆かわしい。

 さらに悲しいことに、オルガマリーは一流の魔術師でありながら、何故かサーヴァントのマスターとしての適性を持ち合わせていなかった。それが、どんなに魔術師として屈辱であったことか。

 それに反してこのホムンクルスは、魔術師としては三流以下でありながら、マスターの適性を十二分に持っているのだ。

 カルデアにもサーヴァントは所属しているが、そのサーヴァントは魔術師(キャスター)のサーヴァントだ。つまりは、自分との関係はあくまでも、魔術師としてのそれである。

 

 自分はあんなに頑張ったのに。どうしてぼんやりしたコイツなんかが。サーヴァントは自分をマスターとして認めないというのか。どうして皆、もっと自分を認めてくれないのか。

 それが情けなくて、泣くに泣けなかった。

 

 とはいえ、それももう少しの辛抱である。

 コイツがサーヴァントを召喚してしまえば、自分はサーヴァントのマスターのマスターである。

 つまりは、自分が間接的に支配しているサーヴァントができるのだ。自分に忠実な、最強で最高の使い魔が手に入るのだ。

 

「ここでつうしん、するのですか?」

「ええ。そうよ」

 

 オルガマリーは苛立ちを隠さないままに肯定する。

 ここで立ち止まったのだ。言わなくとも、ここをベースキャンプにするのだと分かるだろうに。

 

 ああ、ここにレフが居てくれたのなら。

 彼なら自分が何も言わなくても、言いたいことを察して従ってくれるのに。

 

「ほら。さっさと通信しなさい」

「わかりました」

 

 カルデアの持つ全ては科学と魔術の結晶である。

 そうしたカルデアのマスターに配られた制服は、魔術の触媒、魔術礼装としての機能を持っている。

 ロクサーヌの着ているそれも勿論一級品である。が、カルデア統一規格のものではない。本来、持ち主がレイシフトの前線に参加する予定がなかった故に、礼装としての機能は兵士のものではないのだ。

 その礼装は正しく病人のそれであり、着用者の精神安定に機能を大きく割いている。

その機能の一つとして、通信機能は含まれていた。老人のヘルスモニタリングと理屈は一緒である。持ち主に何かあった時のため、常にカルデアと通信を取れるようにはなっているのであった。

 

 通信を取ると通信相手のDr.ロマンにより、ある程度情報が手に入った。

 謎の爆発により、カルデアスタッフの多くとマスター適性者の全てを失ったこと。

 生き残りの中でも位の高い人間がDr.ロマン以外に存在せず。医療部門トップのDr.ロマンが、現在カルデアの指揮を執っていること。

 カルデアの機能も大きく低下し、辛うじて現状を維持していること。

 

「わかったわ。では最優先で、召喚用の礼装をこちらに送りなさい」

『へ? でも、レイシフトの修理が終わってませんが』

「あのねぇ。私にはサーヴァントがいないのよ! どうやって、私の身の安全を確保するっていうのよ!」

『あ、そうか!? 所長もロクサーヌも、レイシフト予定になかったからか! 了解しました!』

 

 これで事態を把握することはできた。

 しかし、現状は過酷である。地獄のようなこの場所で、恐らくは届くのに時間がかかるであろう、救援物資を待たなければならないのである。

 

 この現状でこれから原因を探るにしても、今は流石に無謀が過ぎる。

 魔術使い以下の出来損ない一体と、一流と言えど万全でない魔術師一人である。この状況は二人には重過ぎる。

 

「所長、お気をつけ下さい」

「何をよ。とにかく今は待つしかないでしょ。それに、ここにいるのは低級な怪物だけだから」

「いえ、それなのですが。てきのサーヴァントが、いたりしませんか?」

 

 オルガマリーは敵のサーヴァント、という言葉に戸惑いを見せる。

 

「ハァ? 何を言っているの?」

「あの、ですから。冬木市って、せいはい戦争がおきたばしょですよね」

 

 聖杯戦争。礼装である聖杯を、完成させるための魔術儀式。

 魔術師たちは七人の英霊をサーヴァントとして呼び出し、殺し合わせる。そうして得た魔力により、聖杯を完成させる。

 

 それが過去に、この冬木の地で人知れず行われていたはずであった。

 オルガマリーもサーヴァントというものを知る人間である。その儀式のある程度の実態は、当然知っている。

 

「そうと言われているわね」

「ここがこうなってしまったのも、その、せいはい戦争がげんいんだったりしませんか?」

「そんな馬鹿な―」

 

 その時、彼女たちの背後で、物が崩れる音がした。

 振り返ると、黒い影で出来た人型がにじり寄って来るのが見える。

 余りにも濃いエーテルの塊を見て、魔術師であるオルガマリーはその正体を理解した。

 

 シャドウサーヴァント。使い魔としてのサーヴァントの出来損ない。

 超級の使い魔ではないが、されどそこらの怪物を卓越する強力な兵器。

 

「い、いやああああああああああああああ!」

 

 オルガマリーは叫ぶ。

 一方、ロクサーヌは、シャドウサーヴァントをじっと見ていた。

 そのサーヴァントは、背の高い女性の姿を取っていた。長い髪を持ち、体のラインがはっきりと見え、大人の女性の魅惑というものをこれでもかと伝えてくる。

 その姿を直接見たのは初めてではあるが、その姿に見覚えはあった。

 

「ライダー、メドゥーサ」

「おや。私のクラスと正体を知っているのですか」

 

ロクサーヌの呟きに、メドゥーサは立ち止まる。

 

 メドゥーサ。

 古き信仰の女神にして、ギリシャ神話の代表的な怪物である彼女は、“女神に比肩し得る美貌を持った人間”としての逸話を持つ。

 それ故に、彼女は聖杯戦争に“いずれ怪物となる人”として召喚されていた。

 強力な格と神秘を持ちながら、しかし人間の騎兵(ライダー)という型に押し込まれ。さらにシャドウサーヴァント故に大部分が損なわれ。それでも怪物としては十二分に脅威な存在。

 

「まあ、いいでしょう。どうせ、貴女達はここで死ぬのですから」

 

 さて、魔術の徒である彼女たちが勝てるかどうか。

 

「サ、サーヴァントよ! サーヴァントを。サーヴァントを召喚しなさい!」

「どうやってですか?」

「とにかく! つべこべ言わずに召喚しなさい!」

 

 一流の魔術師たる彼女はひょっとしたら、まあ、ひょっとしたらだが、勝てるのかもしれない。

 相手は元女神とはいえ怪物で、サーヴァント程度に落とし込まれ、さらにそれの格落ち品である。神代当時の怪物が相手なら無理だっただろうが、そのハードルは大分低くなっている。

 極端な話、 “勇者ペルセウス”としての行いができるならば、“怪物メドゥーサ“は倒されるはずである。

 

 ただ、彼女にそれが出来るのは、万全の状態なら、であろう。シュミレーションを数回繰り返せば出来るのだろうが、今回はぶっつけ本番だ。

 この場で錯乱したオルガマリーには無理な話だろう。

 

 ロクサーヌは言わずもがなである。魔術師オルガマリーに出来ないことを、魔術使い未満の彼女に期待しても無駄だ。

 

「わかりました」

 

 とは言え、ロクサーヌにも出来ることがある。彼女は、サーヴァントの召喚と従えることができる故、カルデアのマスターなのだ。

 これはオルガマリーに出来ないことであり、それが故に、彼女の選択は間違っていない。サーヴァントにはサーヴァントをぶつけるのが、正しい魔術師としての認識である。

 

 さて、彼女が魔術礼装もなしに英霊召喚を行うことは、無謀ではある。

 魔術の行使というのは、魔力を用いて奇跡を再現することである。魔術礼装はその過程の中で重要ではあるが、必須ではない。

 ただ、奇跡を起こすにあたって、触媒というものはあった方が安定する、という話であって。

 

 決して出来なくはないのだ。ロクサーヌはカルデアの召喚システムに触れ、一応はマスターとして登録されている。

 つまり、カルデアのシステムが維持されている限り、彼女はマスターとして活動可能であるのだ。明確に、彼女は召喚システムとの繋がりが時空を超えて存在しているのだ。

 

 もう少し駄目押ししてみるのならば、オルガマリーがある意味触媒だ。

 彼女はカルデアの責任者であり、彼女こそがカルデアである。

 そうした彼女の存在が、英霊召喚といった魔術を安定させている、のかもしれない。

 

「ぐ、あ、う」

 

 魔力が唸り魔術回路に、身体に痛みが吹き荒れる。ロクサーヌの体は震え、へたり込む。

 それでも彼女は、魔術を行使することを止めない。止めれば、それは死を意味するが故に。

 

 メデゥーサはそれを止めようとする。したいのだが。

 だが、恐怖が止まらないし、体も動かないのだ。

 巨大な英霊の召喚に、自身を倒す英雄の登場に、怪物としての本能が震え上がる。

 

 不安定な中で。奇跡を求めて。僅かな縁を基に。魔術を行使する。

 そうして結果が出ようとする。

 

 結果的にこれが、彼女の運命だったのだろう。

 

 

「サーヴァント、ランサー」

 

 その男は黄金の輝きを持った、槍兵であった。

 一見とても不健康そうな男であるが、その身体からは黄金の輝きを放っている。

 その手には異形の、隠し切れぬほどの神秘を纏う槍がある。

 

「真名、カルナという。よろしく頼む」

 

 彼こそがインド神話に語られし、大英雄カルナ。

 サーヴァントにしてなお強大な戦士であり、高潔な聖人であり、数多の武装を持ち、そしてそれらは全て失われる定めを持った、そんな英霊である。

 

「カッコいい」

 

 そう呟いたのはオルガマリーであった。

 彼女はサーヴァントというものを知っていたが、この男の眩しさに勝るものではなかった。

 彼女の思い描く、理想のサーヴァントがそこにいたのだ。

 

 カルナは魔術の徒二人を見つめる。

 そしてロクサーヌの方に視線を合わせる。

 見つめられることで、ロクサーヌは恐怖ですくみ上る。

 

「さて、オレのマスターはお前だな? 神々の造花よ。そこの魔術師ではマスターに成ることはできまい」

「あ。は、はい」

「マスター。指示を」

 

 ロクサーヌは茫然とする。

 目の前の男が、自らのサーヴァント。

 その巨大すぎる力を目の前にして、震えて声も出ない。

 

 だが、必死でその言葉を紡ぎだす。

 

「た、たすけて!」

「分かった。これよりオレはお前の槍となろう」

 

 ここにサーヴァントの契約は完了し、ロクサーヌの手の甲に紋章が浮かび上がる。

 これこそが令呪。サーヴァントに対する絶対的な三画の命令権にして、マスターの証。

 

 マスターを得たサーヴァントは、己が敵の方へと向く。

 

「待たせたな。女神でありながら怪物に堕ち、そして奴隷に身を堕としてなお、堕ち続けた女よ。お前の願いは知らぬが、欠けるに欠けた体ではどんな願いも叶いはしまい。オレがその首を打ち取ることで仕舞いとしよう」

「っ!」

 

 カルナはメドゥーサに、その槍を向ける。

 それに対してメドゥーサは、両手に鎖付きの短剣を構える。

 

「行くぞ」

 

 カルナが突進し、そうして戦闘が始まる。

 

 とはいっても、長くは続かなかった。

 同じサーヴァントといえどカルナは万全で、メドゥーサはサーヴァントの(シャドウ)なる型落ち品でしかない。

 おまけに、カルナは神の血と武装を持つ英雄で、メドゥーサはかつての神性を失った怪物でしかない。

 勝ち負けは既に、決まっていた。

 

 カルナが突き、払い、そして払う。

 メドゥーサはそれを持っている武器でいなし、回避しようとする。が、大半が捌ききれない。乗騎のない騎乗兵では、優れた槍兵の速度に対抗できない。そうして着々と損傷が増えていく。

 

 たまらず彼女は大きく後退し、彼女の代名詞である石化の魔眼を解放した。彼女はこの眼で数多の人間を、そして数多の英雄を石にして殺してきた。

 

 だが、相手が悪すぎる。

 カルナは太陽神スーリヤの子であり、優れた性質を持っている。

 その身体は痩身蒼白であるが、生まれながらに優れた資質を持ち。神代インドの地で十二分に鍛え上げられてきたものである。

 おまけにその身体は黄金の鎧を宿している。その鎧は神々の力をもってして、壊すことができぬもの。神々すら干渉すらできず、どうにか手放させるように仕向けたほどのもの。

 

 戦士として、カルナは臆せず突進する。

 相手が大技を用いる隙、ここが好機と見た。

 

 石化の魔眼はカルナを射止めたが、それでもカルナの動きを完全に止めることはできず。槍がメドゥーサの首を貫いた。

 

「ガァッ!!!?」

(アグニ)よ」

 

 槍に魔力が集い、炎として顕著する。

メドゥーサの体は燃え上がり、エーテルの身体を焼き尽くす。

 

 彼女は悲鳴を上げ、生存へとどうに助かろうともがくが、もうどうにもならなかった。

 逸話の首を取られ、その上から、神に連なる一撃だ。

 もはや死、あるのみ。

 

 こうして彼女は、僅かなエーテルの跡を残して、この世から消え去ることとなった。

 




とりあえず、チュートリアルまでは書きました。
その後の予定は未定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

巨人の足跡と騎士の王

カルナさん描くの面白い。面倒だけど。

6/4 指摘により、戦闘表現をちょっと修正。ついでにサブタイを修正。


 カルナがライダー、メドゥーサのシャドウサーヴァントを撃破した。そのことで、オルガマリーは大喜びであった。

 助けを求めて召喚させたサーヴァントが、見事サーヴァントとしての役割をしっかり果たしたのだ。

 これ以上の何を望もうか。

 

「すごいじゃない! 流石は私のサーヴァントね!」

 

 そう褒められても、カルナは顔色一つ変えずに淡々と事実を口にする。

 

「それほどでもない。神々より授かりし武装と身体、そして師から授かりし技が良かっただけだ。あと、オレは貴女のサーヴァントではないのだが」

 

 カルナは相手の本質を見抜く眼力と、優れた洞察力を持った英雄である。

 この英雄にあらゆる虚偽は通用しない。

 正に、天成の嘘発見器である。

 

「私はコイツの上司なのよ! カルデア所属のサーヴァントは私の管理下にあります。だから私に従いなさい!」

「その通りだ。お前はマスターの王だ、天文台の統領よ。しかし、己の武器を手にしたことがそれほど嬉しいのは分かるのだが。己を律することができないのは、魔術師として失格ではないのか?」

「そ、そんなことはないわよ」

 

 しかし、何でも見抜いてしまうが故か、ある不都合がある。

 この英雄には、その場の空気だとか、言葉を飾るとか、隠すだとかという概念がないのだ。

 つまり、コミュニケーション能力が欠落している。

 見抜いたことをそのまま口に出したり、自身が思ったことを口に出さなかったりするのだ。

 

 オルガマリーにとって、カルナの存在はありがたい。

 間違いなく、カルナは強力なサーヴァントだ。

 その武勇は申し分なく、優れた品格を持ち。そして何なりと申し付け下さいと言わんばかりの腰の低さを持っている。

 これ以上の使い魔を想像することはちょっと難しいだろう。

 ただ、もうちょっと。自分に気遣いができるサーヴァントが欲しかったのだと、思わないでもないが。

 

「よかった」

 

 ロクサーヌも安堵していた。

 彼女は召喚により呼ばれるサーヴァントが、完全にマスターに従う訳ではないと知っていた。

 

 だが、そう考えても、決してカルナは自分を裏切るまい。

 彼にとっては乞われるままに行動すること、そしてそれに伴う強敵との戦いだけが望みであるのだと。彼女は知っている。

 そうしたサーヴァントを引き当てたことが、とても心強かった。

 

 自らの行いにより、危機が一旦は去ったこと。

 サーヴァントの手を借りたとはいえ、脆弱な自分でも戦いの場に立てるのだ。

 そう思うと微かに勇気が湧いてくる。

 

「ヒュウ。やるじゃねえかお嬢ちゃん方」

 

 男の声がして、その人影が前方から現れる。

 敵か、とロクサーヌは思ったが。それならカルナが気づく。

 カルナが存在に気づいていて、それでいて何も言わなかったことから、相手に敵意は無いのだろう。

 

 水でなくエーテルで構成された人間、そして影ではない格を持ったサーヴァント。

 その姿にも、ロクサーヌは見覚えがあった。

 

「クー・フーリン?」

 

 いかにも魔術礼装らしい杖を持ち、ローブを羽織った青髪の男。

 ケルト神話の大英雄にしてルーン魔術の使い手、魔術師(キャスター)のサーヴァント、クー・フーリンであった。

 

「おい、嬢ちゃん。何故俺を見ただけで分かった?」

「ひい。あの。その」

 

 ケルトの大英雄のすごみにロクサーヌは質問に答えることができず、ただ、口を開け閉めするばかりであった。

 彼女には誰かに言い辛い、秘密の事情がある。

 厳密には、言っても信じてもらえないであろう、であるのだが。

 

「マスターはお前の正体を見抜いただけだ、光の御子よ。そう気にするまでもあるまい」

 

 とはいえ、相手を見抜くことに長けた人物というのは、神話の時代においてそこまで珍しい者でもない。

 ここで言えばカルナがそうであり、あまり著名ではないが預言者と呼ばれる存在がそうである。

 とはいえ、じゃあなんでそんな人物が現代にいるのか、という問題があったり。相手を見抜ける眼を持った人間が、信用に値するかといえば、また違うのだが。

 

「まあ、いい」

 

 クー・フーリンは納得したわけではないが、恐らく聞いても無駄であろうと思った。

 怪しいが別に敵意はない。

 何より目の前の、恐らく自分以上の力を持つ高潔な戦士が、とても嘘をつくとは思えない。自分より父なる太陽神の威光を感じる、というのもある。

 この男は信用に値するだろう。そうして杖を収めた。

 

「あんた等の実力を見込んで、頼みたいことがある」

 

 そうして、クー・フーリンは現状を語り始めた。

 聖杯戦争のあらましと、それに伴うサーヴァントたちのこと、そして、この地に起きた怪奇についてを。

 

 

 

 

「よく来た」

 

 鍾乳洞の中、暗闇の甲冑を身をまとった女騎士が立っていた。

 彼女の名前はアルトリア・ペンドラゴン。

 性別は伝承とは違えど、彼女こそがブリテンの騎士王、アーサー王その人である。

 

「お前たちの求めるものはここだ」

 

 そうして、アルトリアは自身の背後をその剣で指した。

 そこには宵に光る巨大な水晶体、聖杯戦争の象徴たる聖杯が鎮座していた。

 

 彼女は祖国の救済という、生前と何ら変わらぬ願いを叶えるために聖杯を求め、この地の聖杯戦争に参加していた。

 その最中、彼女は戦争に勝利することなく、何者かに聖杯を与えられていた。

 

 しかし、そうして手に入った聖杯は、まともなものではなかった。

 彼女の体は呪いに汚染され、無限に湧き出る聖杯の魔力をもって戦争の秩序を崩壊させ、揚句街を壊滅させた。

 カルデアが観測した冬木の異常は、彼女の持った聖杯が原因であるのだ。

 

「しかし、今は私のものだ」

 

 勿論、彼女もこんなことがしたかった訳ではない。現に、聖杯の暴走はこの街を崩壊させたが、世界を崩壊させるほどではない。

 彼女も元々、根っからの善性の英雄である。

 こんなことはしたくない。のではあるが。

 彼女はどうしても、聖杯というものを手放すことができないでいた。

 

 元々、聖杯を求めて参加した身であるのだ。

 どれほど、祖国にこの聖杯があれば、と思ったことか。

どれだけのものを切り捨てて、これを得ようとしてきたと思っているのか。

 そう思うと、捨てるに捨てれなかった。

 

 まあ、そういった思考も、呪いのせいかもしれないが。

 ただ、聖杯を持っていながら聖杯が欲しい、という思いは間違いなく本物なのだ。

 

「奪ってみるがよい。……できるものなら」

 

 とはいえ、自分を操るものが、この事態の黒幕として控えているのも事実なのだ。

 少なくともそれは聖杯というものを持っていて。それなりの格と力を持っている自分を操るような輩である。

 自分程度、ここで超えてもらってもらわねばそれはそれで困る。

 まだ彼女たちの運命は始まってすらないのだということに、彼女たちは気づくべきなのだ。

 ここは、超えるべき壁として、彼女たちに立ちふさがろう。

 

 だが。だが、そうして負けることは。自分が聖杯を諦めてしまうということと同義ではないのか?

 私は、全てを諦めているのか?

 

 彼女は自身の心というものを見失いながら、それでもなおサーヴァントとして、立ちふさがろうとしていた。

 

「ああ、そうしよう。理想を追い求める中で潰え、なお諦めきれずに理想を求める円卓の王よ。そのあがきは見るに耐えん。今こそ、その任から解放される時だ」

 

 アルトリアはカルナの言葉に眉を潜め、その身に纏う魔力を増大させる。

 膨れ上がるプレッシャーにロクサーヌは、ひい、と小さく悲鳴を上げた。

 目の前の王からは、己の誇りを傷つけられたことに対する怒りと、己の意思を曲げないという強いメッセージを感じる。

 ロクサーヌはアルトリアのことも知っていたし、クーフーリンから聞かされていたものだが。それでも目の前にすると、恐怖を感じるものがある。

 

「おい、伊達男! お前も出てこいよ。隠れて奇を狙おうったって無駄だぜ」

 

 クー・フーリンが叫ぶと、アルトリアの背後から男の形をした影が出てくる。

 彼の名はエミヤ。

 無名の英雄にして本来は人類の抑止力、守護者の任にある男である。

 

「やれやれ。私のことは御見通しかね。どうして分かった?」

「冗談はよせ、錬鉄の英雄よ。オレと光の御子の眼を誤魔化せると思う理由の方がないはずだが」

「私も本気で思っている訳ではないのだがね」

 

 そう言ってため息を見せるエミヤ。

 彼は聖杯戦争に弓兵(アーチャー)として参加しており、とっくに敗退した身だ。今はアルトリアの命に従い守護する、シャドウサーヴァントである。

 とはいえ、彼はシャドウサーヴァントとして、比較的理性を保っている方である。

 ライダーたちのように破壊や殺戮に対してやる気がある、という訳ではない。

 

「これも仕事だと言いたいが。まあ、なんだ。それだけの力がそちらにあるのだ。彼女を早く楽にしてやってくれたまえ」

「準備はいいな。構えろ」

 

 そうしてここに、聖杯を求める戦いが始まった。

 

 

 

「流石だな」

「それはこちらの台詞だ」

 

 アーサー王の逸話といえば聖剣エクスカリバーとその不死をもたらす鞘が有名。あとは、聖槍ロンゴミニアド、乗騎、そして円卓の騎士たちが有名だろう。

 しかし、彼女がサーヴァントとして落とし込んで召喚される以上、それら全ての再現は不可能である。

 剣士(セイバー)として召喚された彼女は、彼女自身の事情もあり、聖剣とその仮初の鞘のみを武装としていた。

 

 しかし、それでもアルトリアは一級のサーヴァントである。

 セイバーというクラスの高水準の身体能力、魔力放出による能力のブースト、神秘の濃い時代の英雄という格、そして身体能力を底上げする龍の因子を持っている。

 極めつけは聖剣エクスカリバーと優れた直感。

 この剣は星の一振り、この宝具の真の力を解放すれば倒せぬ敵はほとんどいない。

 また、直感により戦術において常に最適解を叩き出すことが可能。

 数あるセイバーの中でも、彼女は最上位に位置することのできるスペックを持っている。

 

 だが、カルナは超級のサーヴァントである。

 ランサーという身体能力に秀でた者が選ばれるクラスの身体能力、魔力放出による能力のブースト、神代の中の神の血を引く者にして死後に神と一体化したという最高の格、それに神々すら恐れた武勇を持っている。

 極めつけはその槍と鎧。

 この槍はインドラより鎧と引き換えに渡されたものであり、一回きりではあるが使えば神すら殺して見せる。

 鎧も既に述べたように太陽神より賜れた太陽の鎧であり、神々をして破壊は困難を極める。

 数あるランサーの中でも、彼は最高に位置することのできるスペックを持っている。

 

 簡単に言って、ただ打ち合うだけで、アルトリアは押すに押されていた。

 ランスロットに負ける程度の武の腕しか持たぬ彼女では、神代の中でも武勇に優れた彼と打ち合うことができない。

 彼女は状況を見抜く優れた直感を持ってはいたが、それは最適を打ってしても彼に勝てない、という事実を示していた。

 そして、最大の問題が彼の鎧。これにより、彼女が何とか一撃をカルナに入れたとしても、ほとんどダメージが通らないことを意味する。

 

「オラオラオラァ!」

「くっ」

 

 エミヤもまた、クー・フーリンに押されていた。

 

 エミヤはその特異な才能により人類の抑止力に見込まれ、守護者の任についている。

 その才能はあらゆる武具を解析し、複製するというもの。

 その才能の蓄積と豊富な戦闘経験から、どんな相手でもそれなりに戦えるという強みがある。

 

 とはいえ、現代生まれの人間であり、しかも今はシャドウサーヴァント。

 

 相手であるクー・フーリンは、影の国の女王スカサハに見込まれるほどの才を持つ、ケルト神話最高の男。

 そのルーン魔術の才能も非凡のものではない。

 戦闘が苦手な傾向にあるキャスターというクラスでありながら、その戦闘の才は十分に発揮される。

 

 エミヤは剣を撃ちだし、クー・フーリンはルーンの炎を撃ち出す。

 互いに万全な状態ではなかったが、元々の格の違いもあり、エミヤは防戦一方に回っていた。

 

 援護としてスケルトンや竜牙兵が差し向けられたりしているが、これは戦闘の余波で簡単に吹き飛んだり、あるいはオルガマリーにより打ち取られている。

 

「武具など不要、真の英雄は眼で殺す!」

 

 カルナの眼力により、インド神話を代表する必殺技、梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)が放たれる。

 アルトリアの背後には、エミヤ。彼にはこの一撃に耐えられまい。

 そもそも、この攻撃は追尾性であり回避不能。

 その身と剣で、そして魔力放出を最大に加えて、かろうじて攻撃を受ける。

 そうして決して軽くないダメージが、アルトリアの体に蓄積することになる。

 

 おかしい。

 この技はもう三度目だ。

 なぜ。なぜここまで力を出し続けられる。

 

 アルトリアも聖杯を真剣に求めるサーヴァント。

 負けを心のどこかで望んでいるとはいえ、戦いに手を抜く理由など、どこにもない。

 勝利への策を練って、戦いに挑んだはずであった。

 

 カルナに代表される超級のサーヴァントの最大の欠点は、その燃費につきる。

 基本的にサーヴァントというものが魔力で編み出されている以上、その動力には魔力が必要である。

 つまり、優れたモンスターマシンを動かすには、相当の代償が必要なのだ。

 現代の魔術師では、例え一流の魔術師であって、何かしらのバックアップを受けたとしても、カルナという超級のサーヴァントを動かすには長期間の維持は無理なはずなのだ。

 

 聖杯という無限の補給線がこちらにあり、相手はそれに劣る補給であるはずである。強力だが燃費の悪いカルナに頼るカルデアは、短期決戦を決めるしかない。

 だからこそ、エミヤの特性により、カルナというサーヴァントが召喚されたと知らされた時。エミヤをここに残し、籠城により相手の消耗を待つ作戦を選んだのだった。

 

 聖剣の力を積極的に解放する、という作戦も考えてはいた。だが、解放には大きな隙ができる以上、そこを相手が突いてくる、というのも考えられる。

 元々、アルトリアは多くの蛮族を退けた逸話からして、防戦向きの英雄である。

 ならばこうして持久戦を選ぶべきであるはずなのだ。

 

 しかし、こうして戦闘が長引いても未だ、カルナの動きは熾烈を極める。

 こちらは魔力放出を全力で防戦しているにも関わらず、である。

 あちらも魔力放出を、多少の加減が見て取れるが、それなりに用いているようだ。

 

 アルトリアがカルナの背後を見ると、そこには苦しみながらも魔力を供給し続けるマスターの姿があった。

 直感的に、彼女は相手のマスターの性質を見切っていた。

 

「マスターが、魔力供給に特化したホムンクルスか」

「その通りだ。我がマスターは身体以外、殆ど不要ではあるが。こうしてオレ達に魔力を供給することができる」

 

 さて、どうしたものか。それを聞いてアルトリアは考える。

 これでは、持久戦を選んだ意味が薄いではないか。

 アルトリアの直観は、あちらの魔力が尽きる前にこちらが撃たれることを示していた。

 

 今思えば、己の認識が甘かったのだ。

 自分はそもそも、聖杯の維持のために全力を尽くそうとしていたのか?

 

 今更になるが、聖杯戦争に呼ばれるサーヴァントは七基であり、それぞれが異なるクラスを持っている。

 剣士(セイバー)弓兵(アーチャー)槍兵(ランサー)騎兵(ライダー)魔術師(キャスター)狂戦士(バーサーカー)暗殺者(アサシン)

 セイバーたるアルトリアは、キャスターを除く他のサーヴァントをシャドウサーヴァントとして支配下に置いている。

 アーチャーたるエミヤは現在、この場において戦闘を行っている。

 バーサーカーはなんとヘラクレスであるのだが、バーサーカーとしての狂化とシャドウサーヴァントとしての欠損、ヘラクレスという格によりアルトリアにも制御が出来ず、結果森へ放置している。

 ランサー、ライダー、アサシンは、シャドウサーヴァントとなったことで理性のほとんどを失ったためマスターに特攻し、結果容易く打ち取られてしまった。

 キャスターは打ち取ることが出来ずに、こうして敵に回ってしまった。

 

 この場においては、アサシンの損失が痛かった。

 この場にアサシンがいれば、戦線の維持に集中しているマスターを狙って、打ち取ることが出来たはずだった。

 アサシンの語源たるハサン・ザッバーハがいれば、容易く出来たはずのことではあったのだが。

 

 何でアレは理性を失って特攻などしたのか、アルトリアには理解できないでいた。

 アレは己の神に仕える、恐るべき狂信者ではなかったのか。

 何を殺戮に飢えた怪物もどきに成り果てているのか。

 

 実のところは、これも無理もない話ではあるのだが。

 この地に呼ばれたアサシンは山の翁の一人、“呪腕のハサン”と呼ばれた男である。

 男はその能力の一環として、自己改造という能力を持っていた。

 これは、自分の肉体でないものを自分の肉体にくっつける、という能力である。

 強力な能力ではあるが歪であり、そんな力を持つ者がまともな者、まともな英雄のはずがない。

 結果として、英雄の格を大きく落とすことになる能力なのだ。

 今、彼が血に飢えた暴走機械となっているのも、英雄としての格が低いが故に、理性を損なってしまったからであるのだ。

 

 因みに、エミヤも格が低い英雄なのだが、彼は理性を保っている。

 彼は例外の多い男である。それと抑止力の守護者であることも関係しているのだろうか。さて。

 

 いや、話が逸れた。話を本筋に戻そう。

 

 それでも思えばアルトリアは、もっと聖杯維持のために、使える戦力を保持しておくべきであったのだと考える。

 聖杯は万能の願望器にして、無限の魔力の窯である。

 発揮できる出力は持ち主により限度があるが、それでも尽きることのない魔力は大軍の維持という難題を容易くこなす。

 自分は聖杯を用いて、扱いやすくて便利な怪物を召喚するなり、円卓の騎士を召喚するなり、失った聖剣の鞘を探すなりして、防御を万全にするべきであった。

 四騎のサーヴァントを劣化させて手元に置き、容易く蹴散らされるスケルトンや竜牙兵程度を大量に作り出したぐらいで万全だと思いあがった、自分の失敗だった。

 

「なるほど。認めよう。私では貴様らには勝てないということを。貴様らは私を撃つに相応しい刃を持っているのだと」

 

 撃たれて当然なのだろう。

 聖杯などという、生前得られずじまいだったものを得たことで、自分は浮かれすぎていたのかもしれない。

 こんな王など、撃たれて当然なのだろう。

 

 それをアルトリアは理性と感情により納得していた。

 

「だが私としても、ここで諦める訳にはいかん。これを守るものとして、その鎧の守り、試させてもらうぞ!」

 

 それでも、彼女に戦うことを止めるという選択肢はなかった。

 戦士として、戦いを放棄することはできず。

 騎士として守るべきものを守るために立ちはばかる。

 何より、王は役目を果たすものなのだ。

 

 この程度の苦難、生前も経験したことだ。

 この程度で諦めるほど、騎士の王は軟弱ではないということを知れ。

 

「卑王鉄槌! 極光は反転する。光を飲め!」

 

 魔力放出により瞬時に距離を取り、聖剣を大きく振りかぶる。

 万策は尽きた、ならばその場で出せる最大の力を放つまで。

 聖杯から魔力を受け、己の最大の状態を引き出す。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)!」

 

 この剣は星の一振り。

 持ち主の思いを乗せた、闇の波動が放たれる。

 その思いでカルナを、そしてマスターたちを飲まんと、襲い掛かる。

 

「れ、令呪をもって、命ずる」

 

 だが、切り札を持っているのはカルデアでも変わりはない。

 ロクサーヌは令呪による絶対命令権により、サーヴァントの能力をブーストすることができるのだ。

 

「守って!」

「了解した、マスター。この身では足りぬかもしれないが、オレはお前の盾となろう」

 

 カルナはマスターの前に立ち、そうして襲い掛かる闇に向かって、躊躇なく身を投げた。

 

(アグニ)よ。そして、父よ」

 

 その身に宿す炎を最大限まで放出する。

 襲い掛かる闇を、消し飛ばさんとする程に。

 その姿はまさに闇を照らす太陽のごとく。

 

「やはりか」

 

 聖剣を放った後、いかなる敵も残るはずはなかったのだ。

 少なくともアルトリアの生前ではそうだったのだ。

 そうして多くの、ブリテンを狙う蛮族共を葬ってきたのだから。

 

 しかし、その男は聖剣の波動を受けて、なお立っていた。

 理解はできないでいたが、それでも納得はしていた。

 これがカルナという英雄であるのだと。

 

 この男の特筆すべき点は、その英雄としての精神力なのだ。

 

 かつて、哲学者ニーチェは言った。精神とは肉体の奴隷にすぎないのだ、と。

 ガッツがあれば何でもできるという精神論があるが、どうしても無理が生じるのが普通なのだ。

 肉体は精神を支えるが、精神は肉体を支えることはできないのである。

 

 だが、この英雄は精神で肉体を、ある程度だが支えることができる。

 彼は自らの血肉でもあった鎧を、乞われただけで差し出した男。

 それだけの確固たる意思と行動力、それに伴う実績を持っているのだ。

 

「令呪をもって命ずる、倒して!」

「わかったぜ。そらよ、とっておきをくれてやる。燃やし尽くせ、炎の巨人!」

 

 敵は大技の一撃を放った後である。

 ならばこちらも大技を放ってその隙をつき、相手を打ち倒すまでである。

 事前に打ち合わせた通り。ロクサーヌは二つ目の令呪を切った。

 

灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)!」

 

 クー・フーリンにより木の枝で出来た、燃え盛る巨人が現れる。

 これはドルイドたちの宝具。

 巨人は神々への生贄を求め、アルトリアたちをその腕と胸をもって包まんとす。

 

「我が骨子は捻れ狂う」

 

 だが、アルトリア側もそれを黙って見ているわけにもいかない。アルトリアは再び聖剣に魔力を集中させているが、エミヤは未だフリーである。

 エミヤは今出せる、最大の火力をもってこれに対抗しようとする。

 その弓につがえるのは、ケルト神話の魔法剣。

 

偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)

 

 捻じれた剣が巨人へと襲い掛かる。巨人と言えど、それを受け止めきれるか怪しいほどの。

 

 さて、実際に直撃し、巨人が倒されたならば、また戦闘は拮抗状態になるのだろうか。

 実際は、そうはなるまい。

 アルトリアは聖杯という無限の魔力の窯を持っている。つまり、もう一度、聖剣の波動を放つことができるのだ。勿論、サーヴァントの出力の関係上、今すぐとはいかないのだが。

 それでも、これをしのげば。あの一撃を、もう一度繰り返すことが出来るはずだった。

 

「真の英雄は眼で殺す!」

 

 だが、カルナがここで動いた。その身体は聖剣の直撃を受けてすでにボロボロ。

 それでも英雄としての精神力で体を動かし、捻じれた剣へと技を放つ。

 

 眼光は剣に直撃し、大きな爆発を起こした。辺り一帯は煙に包まれる。

 

 

 アルトリアたちの視界が晴れると、目の前には炎の巨人が、今まさに、自分たちを包まんとしていた。

 

「見事だ」

 

 炎の巨人に抱かれながらアルトリアは微笑みを浮かべて呟き、そうして二人は炎に飲まれていった。

 

 ロクサーヌたちの視界が晴れると、そこには炎と僅かなエーテルの残骸が残っているだけであった。

 

 今、ここに、この地の復元が終了したのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ソロモンの悪夢と既に亡き者たち

レフ教授の扱いについて、すごい悩みました。適当にやっつけたり、カルナと互角だったりするパターンも考えましたが。後々を考えると、結局はこうするのが適当かな、と。

ところでカルナさん。魔神柱にブラフマーストラって使えるの?


「これが、せいはい」

 

 ロクサーヌはパールの眼差しで、目の前の結晶をじっと見つめた。

 完全な聖杯、魔術師たちが、競って奪い合うほどの魔術礼装。これの類似品を巡って、数多の人間が運命に飲まれたと思うと、何かが込みあがってくるのを感じる。

 

「カルナ。これって、今からでもつかえる?」

「やめた方が賢明だろう。門外漢のオレでも、それが魔術師として三流以下のお前の手に余る代物であるのは分かる」

「そうか。なら、クー・フーリンならどう?」

 

 自分が駄目なら所長なら。あるいはそれ以上の魔術師である、クー・フーリンではどうだろうか。

 この聖杯は、今からでも十分に使い道があるように思える。

 

「悪いな、嬢ちゃん。俺はここでお別れだ」

「あ」

 

 クー・フーリンの足元から光が流れ、その身体が消えていく。彼は聖杯戦争に喚び出された身である。聖杯戦争が終わった以上、サーヴァントとしての役目を終えたのだ。そうした後は消え去るだけだった。

 

「クー・フーリン。おれを、まだささえてくれないかな?」

 

 ロクサーヌとしてはまだまだ、彼に先導して欲しかった。これから待っている苦難に対抗するために、彼の力が欲しいと思ってしまう。

 その懇願に、クー・フーリンは笑って応える。

 

「おう、いいぜ。案外、嬢ちゃんの指示も悪くはなかったしな。でもまあ、そこの兄ちゃんがいれば、嬢ちゃんなら十分やっていけるだろうよ。だが、そうだな」

 

 クー・フーリンは足元にあった石ころを拾い、それにルーン文字を描いた。刻むルーンは軍神ティール。勝利や男性性、精神力を意味するルーンである。

 

「ほらよ。受け取りな」

 

 そうして、ロクサーヌに投げ渡す。

 ロクサーヌはそれを受け止め損ねたが、石は体にくっついた。

 

「次はランサーとかで()んでくれ。ランサーはそいつで十分だろうが、やっぱキャスタークラスじゃ暴れ足りねえや」

 

 ロクサーヌはこの石を持っているだけで心が落ち着き、勇気が湧いてくるような気がする。いや、実際にそういう効果を持った魔術の概念が込められているのだろう。キャスター、クー・フーリンが作った簡易的なお守り、魔術礼装という訳だ。

 また、これを召喚用の触媒にすれば、カルデアのシステムでクー・フーリンが召喚できるであろう。

 

 そうして、クー・フーリンは完璧な光の粒子となり、消え去った。

 

「修復、完了ね」

 

 オルガマリーが呟く。

 この街から怪異は消え去り、この地の歪みは正された。後は、レイシフトによりカルデアに戻るだけであると。

 そう彼女は思い込もうとした。

 

「いや、まだ終わっていない」

「カルナ。ひょっとして、その、レフがいる?」

「ああ、いるな。出てくるがいい。互いに積もる話もあることだろう」

 

 だが、この事態がこのままで済むはずはない。アルトリアに聖杯を渡した悪しき者が、全ての元凶がまだ姿を現していなかった。

 

「全く、不愉快だ。私のことを全て見通したつもりになったのかな?」

 

 そうして現れたのは、シルクハットとモスグリーンのタキシードを身に着け、ぼさぼさの赤毛の男。

 この男こそが、レフ・ライノール・フラウロス。

 オルガマリーの信頼する副官にして、凄腕の魔術師である。

 

 だが、ロクサーヌは、この男こそが今回の黒幕であり、すべての元凶の一端であると知っていた。

 

「レフ」

 

 そして彼女はその情報を、この場にいる全員に共有しようとしていたのだ。

 

 

 ここで時は鍾乳洞の突入前まで遡る。丁度、ランサーとアサシンのシャドウサーヴァントと遭遇し、討伐した後の話である。

 

「所長。たいせつな話があります」

「何よ」

「今回の。その、ばくはつと冬木のくろまくについてです」

 

 黒幕、と聞いて、オルガマリーは訝しむ。

 まあ、今回の事件を誰かが引き起こした、というのは何となくだが理解できなくもない。

 外道の魔術師が魔術師としての最終目標である根源へと至るため。ちょっとした破壊をもたらしたという話があっても、全くおかしくはないからだ。

 そうした目的で冬木やカルデアは爆破された、というのはあり得なくはない。そうした人物が黒幕かはともかく、魔術師というのはそういう生き物であるのだから。

 

 ただ、そうした話をする場合やはり、どうしてコイツがそれを知っている、という話になるのだが。さて。

 

「おれが、うそをついているとおもうなら、カルナに聞いて下さい。かれの言うことなら、所長もしんじられるはずです」

 

 確かに、カルナは嘘を言わない。

 ここまでのやり取りで、オルガマリーも彼のことを察している。彼が神話に語られた通りの高潔な英雄であるのだと。その人間性はやや難があるが、嘘はつかないし、真偽を見抜くだけの観察眼を持っていることも確かだ。

 オルガマリーも短い間であるが、随分と痛い所をつかれ、嫌と言うほど感じたことである。

 

「レフが生きています。そして、かれが今回のくろまくです」

「嘘よ!」

 

 瞬時にオルガマリーは反発した。

 理由は簡単だ。ロクサーヌが言ったことがあまりにも信じられないような内容だからだ。

 

「どうか、しんじて下さい。所長のためなんです」

「レフが生きているのはともかく、レフが今回の黒幕な訳はないじゃない!」

 

 さて、説得するにあたって、信頼というのは重要である。

 例えどんなに素晴らしい説得ができていても。それ以前に信頼がないと、全く話を聞いてもらえないということは往々にしてある。

 

 さらに、説得する相手が、問題となる人物を信用していると厄介だ。例を挙げるなら、新興宗教に嵌まった人を引き戻すような、そんな感じである。

 

「カルナぁ」

「マスター。お前の王を助けたいという気持ちは分かるのだが。それを信じてもらうには無理があると思うぞ」

 

 例え、それが全て真実で。ロクサーヌがその人をどんなに思っていたとしても。オルガマリーは、レフ・ライノールという男に依存していた。

 そんな男が黒幕であると、どうして信じられよう?

 

「聞いて下さい。レフは、あくまなんです。ソロ、えーと、だめだ、えーと、ソロロン王の、七十二ちゅうのあくまの、フラウロスなんです」

「そんなの嘘よ! レフは、レフはいつだって私を助けてくれたのだもの! そんなレフが悪魔で、こんなことを引き起こすはずがないじゃない!」

 

 単純に言うと、積み上げてきた信頼の重さが違うのだ。

 ロクサーヌはそれなりに信頼されているとはいえ、所詮、ぽっと出のホムンクルスである。

 それに対してレフは、長い間献身的にオルガマリーを支えてきた者なのだ。

 

 積み重ねた印象は大事。皆も自分が与える印象を大切にしよう。

 

「カルナぁ」

 

 ロクサーヌは再び情けない声を出す。

 カルナはしばらく突っ立っていたが、それでもオルガマリーの方を向かい、マスターに代わって説得を試みていた。

 

「天文台の統領よ。我がマスターの話は、何の証拠もない話で、根拠はマスターの中にしかない話なのだが、ともかく嘘は言っていないのだ。そこはどうか信じてやって欲しい」

 

 なんとも説得力のない言葉を口にするカルナ。レトリックも何も、あったものではない。

 

 これが、カエサルのような英雄であったら、また違った結果になったかもしれないが。借金を取りに来た人間から借金を取り付けたという逸話を持った彼なら。オルガマリーを説得できたのかもしれない。

 とはいえ、そんな能力がカルナにあれば、もっと彼の人生は豊かであっただろうが。

 

 ペットは飼い主に似るともいう。カルナの召喚者がロクサーヌの時点で、能力に関してはお察しである。

 

 とはいえ、この言葉はオルガマリーのひんしゅくを買った。

 

「貴方までそんなことを言うの! サーヴァントの癖に!」

「所長。おれの言うことはしんじなくてもいいです。でも、カルナのことは、しんじてやって下さい」

 

 とはいえ、ロクサーヌとしては、所長になんとかしてここで引き下がってもらわねば困るのだ。

 これから鍾乳洞に突入にあたって、彼女にはいてほしくない。

 

「おれのよそうが正しければ、レフは所長の前にあらわれます」

 

 ロクサーヌは過程がどうあれ、今回の事態のほとんどを知っている。

 それが幸か不幸か、自分の鈍化した頭では判断できない。

 

「でも、ぜったいに近づかないでください。それか、カルナの近くにかならずいてください。おねがいです」

 

 ただ、これからさらに不幸になる不幸な人間がいると知って。彼女はそれを見捨てることはできないでいた。

 彼女は自らの手で、自らが尊敬する人物をなんとか救おうとしていたのだ。

 

「所長は、もう、しんでいます。ですけど所長を、レフがひょっとしなくても、しぬよりひどい目にあわせます」

 

 たとえ、その人が既に亡くなっていようとも。

 まだ、自分にできることは残っている。

 

 世界を守るため、そして目の前の人を救うため。

 ロクサーヌは必死になって説得を試みる。

 

 世界を滅ぼさんとする計画を話し、その中でそれに抗い、最善を尽くさんとする。

 

 だが、この説得は無意味に終わる。

 まだ、この時点では。

 

 

 

「レフ。レフなの?」

 

 オルガマリーは、ふらふらとした足取りで、レフに近づこうとする。

 

「カルナぁ」

「待つがいい。近づくなと言っただろう」

 

 それを事前に打ち合わせをしていた、カルナが止める。魔力放出で近づき、彼女の服を掴んで引き留めていた。

 

「放してよ! レフよ! レフが私には必要なのよ!」

「マスターの話を否定しきれず、狂気に走るか」

 

 それを見ていたレフは、怪訝そうにため息をついた。

 

「私の正体を知っているのかね? 全くどいつもこいつも、クズの癖に中途半端に小賢しい。大方、そのサーヴァントから話を聞いたのだろうが」

「レフ? 貴方は何を言っているの?」

 

 レフは眼を見開き、そして歯ぎしりをする。

 そうするだけで場の空気がよどみ、重く濁ったものになる。

 

 自身の信頼する副官の豹変に、オルガマリーは困惑を隠せない。

 彼女の中でレフに対する信頼が、揺れに揺れていた。

 

 そこで、ロクサーヌが一歩踏み出す。

 

「あなたは、あくまですね?」

「ああ、そうだが。それがどうしたのかね?」

 

 ロクサーヌの重要な問いに、まるで今日の天気を答えるようなレフ。

 その態度は頭の悪い子供に教えるようでもあり、ややうんざりしている。

 

「フラウロス。まじゅつ王のにせもの。ゲーティア」

 

 だが、続く言葉でレフは驚きを隠せない。

 

「ほほう? どうして君ごときがそれを知っている? 何故だ? そこまで知っているとは、そのサーヴァントの入れ知恵だけではないな?」

 

 レフが思うに、最初からこのホムンクルスの態度はおかしかった、と言わざるを得なかった。

 ロクサーヌはレフと初めて会った時から、彼を避けていた。彼はオルガマリーやDr.ロマンを初め、多くの者たちからの信頼を得ていたにも関わらず、である。

 他の者も同様であれば、人間嫌い、で終わったのだろうが。しかしそれは、どうも自分だけ、その態度を取っているようであった。まるで自分の正体を初めから知っていたように。

 

 自分のことをサーヴァントであるカルナから聞いたとしても、それはおかしい。カルデアで召喚されたならともかく、彼はこの地で召喚されたのである。それでは辻褄が合わなかった。

 確実に、彼女は確実な何かを知っていた。

 

 怪しかった、が、どうせ何もできないと高をくくっていたのだが。

 しかし、そこまで知っているなら話は別だ。

 

「そんな。レフ。私は」

「黙っていてくれ、オルガ。今、君のことはどうでもいいのだ。どうしてだ。答えろ!」

 

 レフは噛みつくばかりの権幕を見せる。

 だが、ロクサーヌは怯えるばかりで、何も口にしない。

 

 彼女としては、彼が悪魔であるということを実証したかっただけだ。それ以上、何も言うつもりは無かった。

 そこで、見かねたカルナが助け舟を出した。

 

「簡単なことだ、憐憫の獣よ。神々がお前たちを倒すために、我がマスターを送り込んだだけのことだ」

 

 カルナは、己のマスターの性質を見切っていた。

 神々によりその身体を授かったこと。

 精神は壊されてはいるが、微かな勇気を持っていること。

 そして、まるで簡単な方法で知っていたかのように、この(・・)世界の神秘を不用意なまでに、知っていること。

 

 それを聞いたレフは、爆発したように豹変した。

 

「ふ、ふはははははは! あのどうしようもない連中が、人理を守るために送り出しただと? それも、こんな、魔術師以前の粗悪品を? なんと馬鹿らしいことだ!」

 

 なるほど、どうやら自分たちの計画は、どこぞの神の怒りを買ったようだ。

 それで自分たちを討伐するために、加護を与えた勇者を送り出す、というのもまあ、分からんでもない。

 そういう話はよくあることであり、神話問わず神々が自分たちの過ちを消すために、散々やってきたことだからだ。

 

 だが、そうして送られてきた者がこれというのは、なんとも可笑しな話であった。

 ヘラクレスのような知恵と力を兼ね備えた勇者ならまだしも、男の慰めもののような白痴美の女を向かわせただと?

 何たる冗談だ。どこぞの神の仕業というのか。

 

 レフは込みあがる笑いを抑えることができないでいる。

 そんな中、カルナは不思議そうに尋ねた。

 

「分からないのか? とんだ傲慢なことだ。この脆弱なマスターにこそ、お前たちの計画を破る可能性が残されているということを。お前たちは理解できないらしい」

 

 オルガマリーにはもう、何がなんだか分からない。

 話をもう一度纏めるに、レフはソロモンの悪魔で、ロクサーヌはそれに対抗する神々の使いであるらしい。

 なんとも、無茶苦茶な話である。

 ロクサーヌが事前に説明しようとしたことだが、これはあんまりだろう。

 

 信じろ、というのが無茶な話なのだ。

 そんなことはどうか、せめて自分のいない所でやってほしかった。何を神代クラスの争いを、神秘の薄れた現代でやろうとしているのだ。

 本当に、訳が分からない。

 

「ふむ? では、貴様はそのマスターを守る槍とでも言うつもりかね?」

「ああ。そうだ」

 

 カルナはその槍をレフに向ける。レフはそれを見て、健気なものだと酷薄に笑った。

 聖杯が唸り、魔力がレフの周囲に堆積する。

 

 さて、言うまでもないが。カルナの体は戦闘の後で、既にボロボロの身である。

 気合と根性で何とかその地に立ってはいるが、アーサー王のエクスカリバーの一撃はそう軽いものではなかった。

 身体の限界など既に超えている。

 神造兵器の一撃は、ランクにしてA++の一撃は、太陽の鎧があったとしても、普通はとても耐えうるものではないのだから。

 

 レフがそれなりに複雑な、神代のものと比較しうる呪いをかける。それは、ありとあらゆる妨害の魔術の数々だ。

 カルナの身体は眼に見えるように鈍っていき、最後には地に沈んだ。

 

「え?」

 

 ロクサーヌは困惑した。

 目の前の悪魔に、カルナが敗北した?

 まさか、あのカルナが?

 施しの英雄が、こうも簡単にやられてしまったことに、驚きを隠せない。

 

 そんなはずはない。そんなのあり得ない。

 カルナは高い対魔力というものを持っている。鎧だって、魔術に抵抗するはずだ。

 そうは思っても、目の前の現実はそれを裏切っている。

 

 明確な敗因として。対人戦においてほとんど敵がいないと言えるカルナと言えど、彼の逸話の中に死因というものがある故だった。

 カルナはあらゆる呪いと妨害を受け、最後にはアルジュナの手で打ち取られたのだ。

 既に戦闘で身体は消耗し、呪いを立てつづけてに受けたカルナには、戦う術が残っていなかったのだ。

 決してカルナも、全ての英雄がそうであるように、無敵の英雄という訳ではなかった。

 

「カルナぁ!」

「所詮はこんなものか。何が施しの英雄か。笑わせる」

 

 レフはついでとばかりに、オルガマリーに拘束の魔術をかけ、その身体を手繰り寄せた。

 

「さて、君たちはそこで見ているといい」

 

 レフは引き続き聖杯の魔力を用いることで、大規模な魔術儀式を始めた。

 すると、辺り周辺の景色が歪み、そこにカルデアの一室が出現した。

 その部屋には、カルデアの象徴である、カルデアスが鎮座している。

 

「愚鈍な君たちでも、これが何を意味するのかは分かっているだろう?」

 

 地球シュミレーターたるカルデアスは、普段は地球の色をしているのだ。

 だが今、カルデアスはその色で異常を示していた。

 その光景を見て、ロクサーヌとオルガマリーは、ただでさえ青かった肌を青ざめた。

 

「なに、あれ。カルデアス? なんで、なんでカルデアスが真っ赤になってるの?!」

「素敵な光景だろう? オルガ」

 

 オルガマリーは、困惑しているが、頭の中では何が起きているのか分かっている。

 真っ赤に燃えるカルデアス。それが意味するのは人類の滅亡である。

 

「もはや人類の未来はないのだ。今回の君のミッションにより、それが確定したのだ。他ならぬ君のせいでね」

 

 正確には、レフ達が焼き尽くしたのは、2016年以降の人類の歴史である。

 各時代に聖杯を用いて人理を焼却させ、人類の未来を崩壊させる。

 冬木の崩壊も、そんな計画の一つだったのだ。

 

「そんな。そんなことが」

 

 オルガマリーは自体のあまりの深刻さを今になって、完全に理解した。

 現実から目を背けていて、なお解決しようか迷っていた問題は。余りにも自分に、重荷であり過ぎることだった。

 

「今から、これをじっくりと眺めさせてやろう。私からのプレゼントだ。君の生前ではできなかった、初のレイシフト祝いのね。喜んで受け取りたまえ」

「い、いやあああああああああ!」

 

 オルガマリーの身体が。いや、彼女の残留思念がカルデアスに引っ張られていく。

 彼女の身体は高度の魔術で縛られているため、ろくに抵抗もできないでいる。

 

「何で、何で私は信じなかったのよ! 私は悪くない! 私は悪くなかったはずなのに!」

 

 そうした中で、彼女は叫ぶしかない。

 

 カルデアスは高密度の情報体であり、その領域は文字通り次元が異なる。

 例えるなら、そこは情報のブラックホールだ。情報を引き寄せ、ただ、分解する。

 これに吸い込まれるということはすなわち、地獄を意味する。

 

「何もかもが! ロクサーヌと、カルナの言うとおりだったなんて! レフは悪魔で、最初から私を裏切っていて、私は既に殺されていた! そして私はここに来るべきではなかった!」

 

 オルガマリーは吸い込まれながら、必死に手を伸ばす。伸ばした先は、カルナたちがいる。

 口だけでなくオルガマリーの視線も、二人に訴える。

 たすけて、と。

 

「それでも! それでも私を! 二人は私を認めてくれているのに! ようやく私のことを認めてくれた人が現れてきたのに! 私は! 私は!」

 

 しかし、カルナの体は呪いに蝕まれ、動かない。その傍でロクサーヌは白磁の手を伸ばすが、当然届くはずもない。

 

「れ、令呪をもって命ずる! どうにか助けて、カルナぁ!」

 

 そこで、ロクサーヌは何とか最後の令呪の存在を思い出し、この場を救おうとする。

 もうどうにもならない、と分かっていながら。

 

「わかった。やってみよう」

 

 カルナは乞われるままに、それに応える。

 

 しかし、さて。どうしたものか。

 令呪一画の力を得たとはいえ、体はろくに動かない。

 身体を動かそうにもそれは難しい。あの令呪の命令では効力範囲が広い分、最大効力は大したことがないのだ。

 妨害は思ったよりは弱いが。これでは今から梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)を放っても間に合わない。

 

 自分はマスターの槍であるのだ。だが今は、槍以上のことをせねばなるまい。

 せめて何か、何か彼女に施しをできないのか。

 そこで、カルナは今からでも十分に施せるものを見つけた。

 

 自分の口は、十分に動かせるではないか。

 

「オルガマリーよ。お前は決して悪くない。お前はただ、利用され続けてきただけだ」

「え」

 

 カルナは必至に、にじり寄りながら、その言葉を紡ぐ。

 

 私が吸い込まれる直前で、貴方は何を言っているの。オルガマリーはそんな顔をした。

 

「最早、お前の運命は決定した。だが、お前の運命に抗おうとしてきた努力があったからこそ、オレたちには現在があり、未来がある」

 

 この言葉で、事態がどうにかなるわけではない。

 

 既にオルガマリーの身体は死亡している。

 その残留思念が、今、ここで、消滅しようとしている。それだけのことだった。

 それを解決するには、余りにも多くの奇跡が必要なのだ。

 

「お前が抗う時は過ぎた。これからお前が背負べきだった運命は、オレ達が引き受けよう」

 

 だが、その言葉でカルナは、オルガマリーを助けようとしたのだった。

 それは物理的な意味は持たないが、精神的な意味を持つ言葉であった。

 

「わたし、は。生きてて、よかったのかな?」

 

 そうして、オルガマリーの残留思念は。茫然とした顔のまま、カルデアスに吸い込まれ。そのまま塵となって消えた。

 

「あ、あああああぁぁぁぁぁ」

 

 ロクサーヌのか細い嘆きが、鍾乳洞に木霊した。

 

 

「無駄なあがきをしたものだな」

 

 レフには、ロクサーヌとカルナの行動が分からない。

 どこにでもある悲劇が。どうしようもない結末がまた一つ、増えただけのこと。

 そう彼は認識していた。

 

「精々、諦めることだ。人類に希望など、最初からないのだと」

 

 苦虫を潰した後の顔をして、レフは残る二人に背を向ける。

 最早用はない。お前らなどどうでもいい、という気持ちの表れだった。

 

「最早、人類史は焼却された。時間差はあれど、カルデアも同じ末路を辿るだろう。では、さらばだ。施しの英雄に、壊れた人型よ。貴様らは完全に狂った方がいっそマシであったな」

 

 そう言い残して、レフは去って行った。

 そしてその地には、茫然とするロクサーヌと、未だ魔術に縛られているカルナが残されていた。

 

 

 ―特異点 F、修復完了。




あと一話で、一旦この小説は終了です。
次回は、明後日に投稿予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まりの終わりと終わりの始まり

06/07 最後辺りの台詞を修正


 冬木における聖杯の騒動は、こうして終わりを告げた。

 時は元に戻って、2015年のカルデアの司令塔。

 

 ここにいるのは3人。

 ロクサーヌのサーヴァント・ランサー、カルナ。

 医療部門のトップにしてカルデアの現状トップ、Dr.ロマンこと、ロマニ・アーキマン。

 そして、かのモナ・リザの姿を取る、カルデア駐在のサーヴァント・キャスター、レオナルド・ダ・ヴィンチ。

 

「以上がオレの知る全てだ」

 

 カルナがそうして冬木で起きたこと、そしてマスターから知りえたことの一部を語り終えた。

 現在三人は、カルナの一言足りない部分を質問で補いながら。情報の共有を行っていた。

 

「なるほど」

 

 冬木の特異点はロクサーヌたちにより、無事ではないが、消滅した。

しかしそれにも関わらず、カルデアスによる未来は変わらないままである。

 つまり他の場所、他の時代にも聖杯があり、同様のことが起きているということのようだ。

 

 これから、自分たちは各地各時代に散らばっているであろう、聖杯を探すことになる。

 そうしなければ2017年以降を迎えて、本当に人類は滅亡することになるのだ。

 

「天文台の統領であるオルガマリーを助けられなくて、すまないと思っている」

「そう謝らなくていい。幾ら私が万能の天才とはいえ、死者蘇生は専門外でね。非常に残念だが、彼女を連れて帰ったとしても、蘇生は不可能だっただろう。彼女にはもう、慎むことぐらいしかできない」

 

 カルナの謝罪にレオナルドはその場で、よく知られた微笑みを作って応えた。

 

 キャスターとして召喚されたレオナルド・ダ・ヴィンチは、万能の人にして天才魔術師である。

 とはいえ、出来ないことも当然あり、死者蘇生はその一例である。

 死者蘇生は科学でも再現できない魔術であり、つまりは魔法の領域だ。これが、失われた腕の義手を作る、のであれば余裕だったのだが。

 オルガマリーの失ったものは、全ての肉体だったのだ。万能とはいえ魔術師で、特化した魔法使いでない彼女には、既にどうしようもなかったのだった。

 

「オレのマスターも自らの王の蘇生のために、色々考えていたようだが。叶わず仕舞いだったな」

 

 そんな様子の彼女を見て、カルナはそう零す。

 その言葉にレオナルドは微笑みが引きつり、ロマニはピクリと反応する。

 

 どうやら、カルナは多くのことを知っているし、ロクサーヌは多くのことを知っていたらしい。

 所長の死もその一つであると聞く。

 今回の件は、どういうつもりで行動していたのだろうか。

 

「ひょっとしてキミとロクサーヌちゃんなら、どうにかできたのかい?」

「可能性の話だ。しかし、そこの万能の天才が言う通り、過ぎた話でしかない。無駄な話だな。失言した、許せ」

 

 可能性の一つとして、ロクサーヌはカルナの鎧を所長の延命に使えるかも、と考えていた。

 ロクサーヌは、あの鎧は神々の干渉を退けるだけでなく、干渉による排除をも退ける力もあるのだと知っていた。

それを所長に用いれば、残留思念になった所長を維持できるのでは、と考えていた。

 時間さえ稼いでしまえば、あとは死者蘇生の逸話を持つサーヴァントを召喚し、生き返らせればいいのだと。

 

 とはいえ、これをするとアルトリア以降の敵と戦う時にカルナの守りが薄くなる。

 太陽の鎧が無くともカルナは十分に強いが。流石にエクスカリバー級の攻撃を耐えられるかは、カルナも保証できない。

 

 せめてレフがいなければ。アルトリアを倒した後、それを実行するつもりであったのだが。

 そういうことなので、結果としてこの案は選ばなかったのだ。

 

「そういや、彼女の様子はどうなのかな? ロマニ、面倒を見なくてもいいのかい?」

 

 レオナルドは話を逸らすことにした。

 

 勿論、カルナとロクサーヌ達に色々追求したい、という思いもある。

 しかし、カルナと話し続けるのは正直、疲れるのだ。

 カルナは本質を突いた発言をするが、その言葉には飾り気がなさすぎる。

 そうした者との話を続けるのは、結構な苦痛が伴うのであった。

 

 彼らの事情はロクサーヌを通して、これからゆっくり聞いていけばいいだろう。

 

「今は心労で寝ているよ。戦闘で魔力を酷使したことと、目の前での所長の消滅がよほど堪えていたようだね。けど、ちゃんと寝れてはいるみたいだ」

 

 ロクサーヌの現状は小康、といったところか。

 危うい精神状態だが、ある程度落ち着いている。

 これは彼女のメンタルの強度と、それと多くの魔術礼装による精神安定のおかげであろう。

 彼女は初の戦闘を体験したが、それでも何とか踏みとどまっているようだ。

 

「でも、正直。医者としてボクはあの子を戦場に出すことに反対だよ。あの子には長い期間の休息が必要だ」

 

 ただ、常に精神安定をかけている日常が、まともなはずがない。

 鬱病の薬を毎日飲み続けながら戦争に向かう生活を想像してほしい。

 それが果たして、健康的で人権的と言えるのだろうか?

 

 元々、ロクサーヌはカルデアに来る前から、精神を病んでいたのだ。

 カルデアで医療スタッフの介護を受け続けることで、ようやく回復の兆候が表れてきたはずだったのだ。

 しかし今回の事件でまた、大きなダメージを受けた。

 しかもこれからまた、同様のことを続けなければならないのだ。

 

 ロマニは一人の医者として、そんな兵士を認めるわけにはいかなかった。

 

「それでも、あの子を戦場に送り出さないといけないことは十分承知だろう? 迷っている暇はないよ。我々はあの子を、これから大事に酷使しなければならない。何せ、誰もあの子の代わりはいないのだからね」

 

 元々、人理の修復を行うはずであったマスターたちは全員、死んでしまったのだ。

 他にマスター候補となる人間はいない。

 例え、今からマスターとなるホムンクルスを作ろうとも、そういった方向の研究の例がない。

 それに設備も、人員も時間も、何もかもが足りていないのだ。

 最後の希望は、この脆弱なマスターに託されてしまったのだ。

 

「だが、悲観することはあるまい。マスターは未だ前進するだけの力が残されている。我々の補助があれば、必ずや未来は切り開ける」

 

 だが、どんよりとした雰囲気の中でもカルナは変わらない。

 希望はまだあるはずだ、と彼は本気でそう思っている。

 

「ほんと、君はポジティブだねえ。ま、その方がいいね。クヨクヨしたって問題は何も解決しない」

 

 カルナの前向きな言葉に、レオナルドは呆れながら、それでもおどけて賛同していた。

 天才の習慣として、一つのことに悩み続けない、というのは賛同できる。

 前向きに考える。物事を楽しむというのは、多くの天才が語る成功の秘訣でもあるのだ。

 

「うん、そうだね。でも、カルナ。君はどうしてそこまで、彼女を信じてあげれるのかな?」

 

 ロマニとしてはカルナが苦手だし、あまり話を続けたくはない。

 余りにも彼は、人を見抜きすぎるし、真実を口にし過ぎる。

 話を続けたくない、のだが。これは確認すべきだろう。

 

「マスターは全てのことを話してくれたぞ。Dr.ロマニ・アーキマン。お前が最後には必要になるということを。オレはそれまでの槍であるのだと、オレは信じているだけだ」

 

 そこで、ロマニは悟った。

 ああ、そうか。

 何もかもがお見通しなんだな。

 ロマニが何であったのかも、その役割も、ちゃんと彼は見抜いているというのか。

 

「そうか。そうなんだ。通りでかあ」

 

 ロクサーヌもそうだ。

 彼女は、必要以上に自分に心を開いていたように思える。

 無理に、オタク趣味を一緒に楽しもうとしたりと、変に気を遣っていたのだな。

 彼女も、自分のことを何処までも知っていたからこそ、あの態度だったのだろう。

 

「こうして秘密を共有するのも悪くないんじゃない? 盟友よ」

「ああ。うん。出来れば皆には、隠しておきたかったのだけどなあ」

「オレが言うのも何だが。そういう大事な話は、共有しておくのがいいと思うぞ」

 

 少しずつ、この場に笑顔が戻ってきた気がする。

 

 これなら、やっていけそうな気がする。

 自分たちは、形は歪かもしれないが、情報を共有し、互いに理解できる関係なのだ。

 なんと理想的な関係なのだろう。

 そう思いたい。

 

「あの子が、この物語の主人公になるのだね。少々頼りない主人公だけど、それもまたエッセンスだ。これから我々の手で最高の主人公を作り上げ、物語をハッピーエンドにして見せようじゃないか」

 

 レオナルドは人理の修復に対して、前向きな姿勢を見せていた。

 ロクサーヌを支え、必ずや人類の歴史を取り戻してみせるのだと。

 そう思い、自分たちを鼓舞した。

 

「未来を、あの子が切り開くのか。あの子の物語が、ボクたちを救うことになるのかな」

 

 

―あの、Dr.ロマン?

 

―何だい? ロクサーヌちゃん。ボクはサボるのに忙しいのだけど

 

―おれに、まじゅつを教えてもらえないかな

 

―え? どうしてボクなんだい?

 

―ロマニが、いちばんまじゅつは、とくいだから

 

―え。いや、いやいやいや

 

―そ、そうだ。他のマスターたちに教わりなよ。これを機に、皆と仲良くなろうよ

 

―他の魔術師たちは。おれにまりょくきょうきゅうしか、教えようとしないんだ。まりょくきょうきゅうぐらい、もう知っているのに

 

―ロクサーヌ、ちゃん。君は。その。ごめん

 

―おねがい。何でもするから。何でも、するから

 

―何でもなんて言葉を、君が使わないでくれ。分かった。そんなことをしなくたって、少しぐらいなら教えてあげるから

 

―ありがとう

 

―だから、くれぐれも身体を大事にしてくれ

 

―だいじょうぶ。もう、なれているから

 

 

 ロマニは悲観的な人間である。

 ロクサーヌという心持つ人形を、戦場に追いやることは残酷なことであり、嫌なのだ。

 彼女には悲しい結末が待っているのかもしれない、そう考えると辛いのだろう。

 

 確かに最後には、自分がどうにかする必要があるのだろう。

 だがそれまで、彼女はどうしようもない現実に、打ち勝つことができるのだろうか。

 

 

 寝込むこと1日程度。ロクサーヌの視界にはLEDの照明と天井。

 普段から自分が使っている医務室のベッドで、彼女は目を覚ました。

 

 腕には点滴のチューブが打たれている。

 はて、自分はまた倒れてしまっていたのだろうか。

 

「目が覚めたか」

「ひぃ!」

 

 見知らぬ男が、自分のそばにいる。

 それだけのことで、彼女は恐怖していた。

 

「か、カルナ?」

「そうだが。どうかしたか? マスター」

 

 しかし、それは見知った顔であることに、今更ながら気づくことになる。

 黄金の輝きを持つ、細身の男。

 彼は自分が召喚したサーヴァントであったことを思い出す。

 

「そうか」

 

 自分はあの冬木の街でマスターとなり、己の運命と立ち向かうことになったのであった。

 そのことを今となって、思い出した。

 

「ごめん」

「構わない。恐れられるのは慣れているのでな」

 

 今までの日常は終わりを告げたのだった。カルデアで治療を受け続けるだけの日々は、もう終わったのだ。

 

 これから自分は、カルデアで治療を受け続けながら。人理を守るために戦わなければならないのであった。

 

「所長。しんじゃったね」

 

 初めて定礎を修復した地に思いをはせる。

 やはり、所長であるオルガマリーを助けられなかったことが心残りであった。

 

 厳しくはあったが、根は優しかった所長。

 自分と同じくギリギリの精神状態でありながら、何とか自分を奮い立たせていたあの人。

 天才の身でありながら、何もかもが不遇だった人間。

 

 最後のあの姿は、忘れられそうもない。

 思い出すだけで、頭がくらくらしてくる。

 

「お前の王の死は、もはやどうしても取り返せない。それは最早、確定したことだ」

 

 考えすぎるな、カルナはそう思った。

 

 冬木の聖杯があっても、もはやオルガマリーの死は覆せないであろう。

魂が完璧に消滅してしまったのだ。

 仮にアスクレピオスを召喚したとしても、彼女を復活できるかどうか。

 

 ロクサーヌは服から常備薬の紙袋を取りだし、ゼリー状の液体を手に取り、水も無しで飲み込む。

 すると、少し、気が落ち着くような気がする。

 

「リヨぐだ子なら、どうにかできるのだろうけど」

「リヨグダコが何者かは知らないが、いない者の話も無駄だろう」

「うん。分かっている」

 

 ラスボスとタイマンを張ってそのまま勝ててしまうであろう存在に思いをはせる。

 たしかに、ある意味ビーストと同等のあの存在なら、ビーストを倒すことも可能であろう。

 

 そんな存在が存在していいのかは、まあ、うん。

 

 とはいえ、そんな都合の良い存在はこの世に存在しないのだ。カルナが言うとおりの、無駄な考えである。

 

「おれができたことは、何だったのかな」

 

 自分には何ができたのだろうか。

 自分の頭がもっとマシだったら、もっといい結末だったのだろうか。

 自分が、自分が。

 自分が。

 自分が。

 

 頭が、痛い。

 

「だが、お前の献身は、最後にはお前の王に届いていたぞ」

「本当?」

「ああ」

 

 それは、どうなのだろう。

 自分が何か、所長のためにできただろうか。

 

 ふと、レフの最後のあの顔を思い出す。あの時彼は、所長を始末したことで、喜ぶものと思っていた。

 だが、所長を殺したのに、顔は苦しげだった。何故だろうか。

 

「所長は幸せになれたのかな」

 

 まあ、カルナのことだ。嘘は言っていないのだろう。

 今となっては、わからないが。そこは信ずるとしよう。

 きっと、所長は幸せを見たのだと。

 

 そこで、ふと、ロクサーヌは思いつく。

 カルナになら、もっとこういう話をしてもいいだろう。

 

「ねえ。カルナ?」

「何だ」

「おれが、物語のしゅじんこうだとおもう?」

 

 それを聞いて、カルナは不思議そうにする。

 言っている意味はわかるが、何故そんなことを問うかのように。

 

「違うのか?」

「ちがうとおもっていた。おれはしゅじんこうなんかじゃないって」

 

 ロクサーヌはかつて自分が男で、スマホの画面をポチポチしていたころを思い出す。

 今となってはもう、手に入らない幸せ。

 誰にでも手に入り、どこにでもありふれていたような。そんな光景を思い出していた。

 

「日本生まれのふつうの。男の子か、女の子がいて。それがじゅんけつのきしの女の子とともに、せかいをすくってくれるんだって」

 

 ロクサーヌがカルデアに売られて来たとき、まず二人の名前を探した。

 藤丸立花とマシュ・キリエライト。

 ロクサーヌが知る、物語の主人公たちを探した。

 

 カルデアの名簿をあさった。カルデアの人々に訪ねた。カルデアの研究に首を突っ込んだ。

 

 そうして必死に探し求めた。

 皆の主人公が居て欲しいと思っていた。

 

「おれがしんでも、かれらなら上手くやってくれるんだって。そうおもっていたんだ。でも、違うみたいなんだ。そんな子たちは、いなかったんだ」

 

 しかし、そんな存在はいなかった。

 サーヴァントの実験に用いられていたホムンクルスの少女は、研究すら存在しなかった。

 日本から来た一般人枠のマスター候補は、とうとう見つからなかった。

 

 いるのは、俗物な魔術師たちばかり。

 そこで彼女は気が付いた。世界を何とかしてくれるものなど、どこにもいないのだと。

 自分が世界を何とかしないといけないのだと。

 

「おれが、自分の物語のしゅじんこうなんだって」

「その通りだ。この物語は、お前の物語なのだ」

 

 それはどこにでもある物語である。

 人は、生まれ、生きて、そして死ぬ。

 マスターとしての活動も、極端な話、その営みの一つでしかない。

 例え、人理が崩壊していても、営みは続く。

 

「だが、マスターだけではない。各々が物語の主人公なのだ」

「カルナも? ロマニも? ダ・ヴィンチちゃんも?」

「ああ。そうだ」

 

 主人公を求めるのでは、道は開けない。己の物語において、己の役割を果たす。

 そうした中にドラマが生まれる。見るべきものがきっとある。

 主人公というのはそういう中で生まれる存在なのだ。

 

「心配するな、マスター。我々の手で人理を救うのだ。そこを間違えなければ必ず、未来は切り開くことができる」

 

 ロクサーヌは、その濁った眼をようやく輝かせることができた。

 

「じゃあ、もっとなかまをふやさなくちゃかな」

 

 マスターが前向きな元気を見せたことで、カルナはにっこりと笑う。

 

「仲間か。ああ、それはいいものだな」

「今からでも、なかまになってくれるサーヴァントをしょうかんしよう」

 

 そうして、彼らは歩き出した。

 

 ここに世界の運命はカルデアの手に委ねられた。

 これよりカルデアは人理継続の尊名を全うする。

 目的は焼却された人類史の保護、および奪還。

 探索対象は各年代と、焼却の原因と思われる聖杯。

 戦う相手は、歴史そのものである英雄たち。

 

 どんな未来が待っているのか、誰も知らない。

 しかし、彼らは戦うことを選んだのだ。

 

 世界を取り戻すための彼らの戦いが、ここに始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三流サーヴァント、アンデルセンだ。本棚の隅にでも、放り込んでおいてくれ」

 

「どうやら、今度も俺はマスターに恵まれないらしいな。今度はお前のような女、いや、輩がマスターだとは。全く、英霊召喚というヤツは中々に度し難い。しかし―」

 

「肉布団の次は、大人のおもちゃと来たか。お前もつくづくマスターに恵まれないものだな。ランサー」

 

「いや、今度もオレは幸運だ。この采配には感謝しかない」

 

「そうか。まあ、お前の中ではそうなのだろうよ。全く、オレもその前向きさを見習いたいものだ」

 

「えーと、おれがマスターじゃ。だめかな?」

 

「駄目だとは一言も言ってないだろうが。馬鹿め! こんなロクデナシで良ければ、精々こき使うといい。待遇は要相談にさせてもらおう」

 

「だが、初めにはっきり言っておく。俺はお前の物語を書けんぞ」

 

「どうして?」

 

「分からんのか? 俺の宝具を知っていて、その上で言っているのだな?」

 

「うん」

 

「お前は既に理想として完成している。俺がお前に手を加えるとなると、それ以上は蛇足でしかない。無駄なものを付け足した作品の価値など誤字以下だ。今のお前が、お前という作品の完成形だよ」

 

「え?」

 

「何が、“え?“だ。当然だろう? 自分の理解ができていないと見えるな」

 

「愛したい、愛されたいという気持ち、こうなりたい、こうなりたくないという気持ち。そうした理想を形としたのがお前という人形だ。人間として美しく映えるのかもしれんが、俺にはデザイン重視の消費財にしか見えん」

 

「しかし。いやあ、良かった良かった。仕事をしないのに完成はしているとは、楽でいいな。神様転生万歳! TSオリ主万歳! と言うやつだ。俺の趣味ではない上に、腐るのは早いナマモノだが。文明の流行りに乗るのは、実に楽でいい!」

 

「心無いことをいうものではないぞ、キャスター。それでもお前は物語ることで、己の証明をするのだろう」

 

「フン。俺もサーヴァントの端くれだ。サーヴァントとして最低限の仕事はしてやる。こんな作品を作った馬鹿どもでも、一応は読者様だ。これから、なけなしの駄作にして見せるさ」

 

「えっと、これからよろしくね。いっしょにがんばろう」

 

「ああ。そういう契約だったな。そうか。俺でいいのなら、お前の話の校正をしてやらんでもない」

 

「お前を出版社(マスター)として認めよう。よろしく頼む」




ご愛読ありがとうございました!
倉木学人先生の次回作にご期待ください!

冗談です。
後の話は気が向きしだい、書きたいところだけ書いていくつもりです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蛇足編
称えよ、王を


最初は、この小説は四話で終える予定だったのですがね。

でもなんか、評価やたらと貰ってるし。
自分も感想欄で、最後までの構想を思いついた、とか言っちゃったし。

なので、やりたい所だけ、やって終わりにします。
一応、第一章の終わりまでは書くよ!
という訳で蛇足編、はーじまーるよー。


「マスター。お前はどういうサーヴァントを下僕として、求めんとしているのだ?」

 

 現在、ロクサーヌとそのサーヴァント二人は、召喚システムフェイトの前に立ち、召喚の準備ができるまで待機をしていた。

 

 現在、カルデアは人員が不足している。

 次の特異点にそなえ、もっと追加のサーヴァント召喚をしておこう、という訳である。

 召喚システムの調整は現在、レオナルドが行っている最中だ。

 

 そんな中、ロクサーヌのサーヴァントの一人、アンデルセンがマスターに問う。

 アンデルセンの問いに、ロクサーヌは首をかしげた。

 

「んー。おれについてきてくれるサーヴァントがいいかな」

「随分と低い望みだこと。サーヴァントに求めるものとしては間違っていないとは言え、そんな心持ちで人理修復を成せるとでも思っているのか?」

 

 確かに、命令に従ってくれるサーヴァントというのは、それだけで賞賛に値する。

 人理修復という大義がある以上、ほとんどのサーヴァントはカルデアに協力することだろう。

 とはいえ、それでも全ての命令に、サーヴァントが従う訳ではない。

 

 サーヴァントとはいえ、たいていは人間だ。

 そこには彼らなりの考えがある。従いたくない命令や、したくない行動があるだろう。

 最終目標が同じと言えど、その過程がみな、一致するわけではないのだ。

 

 そういった点では、ここのサーヴァント二人は優秀だ。カルナやアンデルセンは、令呪なしに命令するだけで自害するようなサーヴァントである。彼らまでの忠誠心をもつような、忠実なサーヴァントは貴重だろう。

 

 だが、イエスマンのサーヴァントだけで、はたして人理修復がなるのだろうか?

 

「マスター、お前は怖いのだな。他者を率いて人類の勝利を目指すことに、今更恐れをなすのか」

「うん。こわいよ。ほんとはね。でも、これからは大じょうぶ」

 

 カルナやアンデルセンが完璧なサーヴァント、という訳でもない。

 カルナは正直すぎて人間関係を構築するのが難しく。アンデルセンは物書き故、てんで戦闘に向いていない。

 このメンバーだけで、人理修復は無理があるだろう。

 

 それでもロクサーヌにとって、二人はとても心強いサーヴァントである。

 決して裏切らない忠実な僕であり、互いを見抜く仲でもある。どんな結末が待っていようと、二人は最後まで主人を見捨てることはないだろう。

 例え、他のサーヴァントが裏切ることはあっても、この二人は決して裏切らない、はずだ。

 

 だから、この二人がいれば、他のサーヴァントとも上手くやっていける気がすると。ロクサーヌはそう思っているのだ。

 

 とはいえ―

 

「ああ、でも、王さまのサーヴァントがきてほしい、とはおもうかな」

「ほう、どういうつもりだ?」

「所長は、おれの王さまだったけど、死んじゃったんだ。だからといってはちょっと、アレかもしれないけど。新しい、おれの王さまがいてもいいっておもったんだ。アレキサンダーみたいな王さまが、いてもいいかなーって」

 

 アレキサンダー、またの名はイスカンダル。

 マケドニアの王であり、アリストテレスの弟子である。そして何より、人類史上ナンバー2の征服者である。

 彼をサーヴァントとして呼ぶことができれば、数多の人を率いる王として。優れた統治者として、恐らく活躍はするだろう。

 

(人理を修復するマスターが、誰かの下僕となることを許容するのか。であるのならば、その先は破滅だろう)

 

  だが、そうするならば待ち受けるのは人類の敗北だろうということを、カルナは見抜いていた。

 マスターはサーヴァントを頼るべきだが、従うべきではないのだ。

 サーヴァントは所詮、過去の人間だ。その栄光に縋りつくだけでは、所詮その程度の成果しか得られまい。

 

 人理修復は未来を勝ち取るための戦いで、他に類を見ない戦いでもあるのだ。

 サーヴァントにできないことを、マスターは求められているのだった。

 

 ついでに補足すると、アレキサンダーは偉大な夢をかかげながら、夢半ばで潰えた王でもある。そんな彼に期待しすぎるのも悪かろう。

 

「それは悪手だと思うがな。とはいえ、発想自体は悪くない。人の上に立つ素質を持つ者を、優れた軍略を持つサーヴァントを呼び、従えることができれば、この戦いも大分、楽にはなるだろうさ」

 

 カルナは黙っていたが、アンデルセンが補足する。

 この場合、求められる人材は王というより、諸葛孔明のような軍師だろうか。

 愚鈍な王に仕えても、死後も国を守り通そうとした彼のような人材なら。カルデアでも良きサーヴァントとして十分に活躍するだろう。

 そうしたサーヴァントを呼べるなら、呼びたいところであった。

 

「それか、アーサー王をよべたら、楽になったのだけど。しょくばい、もらっとけばよかったなあ」

「それは色んな意味で高望みだ。諦めろ、マスター」

 

 まあ、どんなサーヴァントを呼ぶにしろ触媒が無いと、とても呼ぶことはできないのだが。

 

 カルデアのシステムフェイトは、触媒と言う縁を頼りにする召喚式をしている。

 

 だが、英霊に縁のある触媒というものは魔術師の研究対象であり、往々にして高価で入手困難なものである。

 カルデアもいくつかは確保していたのだが、それも爆破テロで失われてしまっていた。

 

優れたサーヴァントの召喚は、今の所、対して望めそうにないのであった。

 

『こちらは準備完了だ。いつでも呼んでいいよー』

 

 と、レオナルドの声が管制塔から聞こえる。

 

 さあ、いよいよ召喚だ。

 用いる触媒は、冬木でクー・フーリンからもらった、ルーンの刻まれた石。

 これを用いれば、ケルト神話の大英雄、クー・フーリンが呼べるはずであった。

 何しろ、本人直筆のサインのようなものだ。

 これで本人でなく、関係者やらが出ることは考えにくい。

 

告げる(セット)

 

 何しろ、クー・フーリンなのだ。

 ケルト版ヘラクレスとも呼べる彼は、数多の伝説をもった最強クラスの英雄だ。

 必ず心臓に中る槍を持ち。致命傷を負って尚、ひたすらに戦い続けた英雄でもある。

 カルナと比べれば神秘の面で見劣りはするだろうが。とはいえ、しぶとさなら二人は互角といってもいいだろう。

 それぐらい普通の聖杯戦争に呼べば、優勝候補の筆頭になるぐらいには、破格の大英雄なのだ。

 

「う、くぅ」

『すごい魔力値だな。当然の話なのだろうが。しかし、これは―』

 

 ロクサーヌは魔術回路を回しながら考える。

 彼女は知っている。ランサーのサーヴァントとして呼ばれる彼は、自分を裏切ることはないだろう、と。

 

 生前は悪質な王に仕え、死後は外道神父にこき使われたり、出る作品を転々としながら、どんな主にもしっかり従った男だ。

 彼もまた十分信頼に値する、サーヴァントとして一流の存在であった。

 

 彼がキャスターとして呼ばれる可能性もあるのだが、まあ、それはそれで悪くない。

 キャスターとはいえ、大英雄は大英雄だし、平凡なサーヴァントを圧倒する力を持っている。

 それに彼が先導者としてこれからも、未熟な自分を導いてくれるのなら。それは望むところでもある。

 

 あとは、まさかとは思うが―

 

「クー・フーリン、召喚に応じ参上した。お前はメイヴ、ではないみたいだな」

 

 望み通りというべきか、クー・フーリンは槍を持って現界していた。

 しかし、ロクサーヌの良く見知った()のキャスターの姿とは、かけ離れた姿をしていた。

 

 真紅の槍は、歪に捻じれている。

 その露出した肌はルーンに彩られ、血に飢えている。

 その血色の眼は無機質に、こちらを見据えている。

 

 その姿は人なれど、まさに化物。

 だが、彼の狂気というより、別の暴力を表現した、その姿は。

 

「バーサーカー?」

「ああ、そうらしいな。俺の色がお前に関係あるのか?」

 

 クー・フーリンという英雄は、確かにバーサーカーとしての側面も持っている。

 とはいえこれは明らかに違う。

 クー・フーリンという英雄が本来持ちえない、歪まされた像であるのを、ロクサーヌは知っていた。

 

 これもまた、ロクサーヌの知る、クー・フーリンの一つなのだが。

 彼がこうして召喚されることはおかしかった。

 

「ううん。ありがとう。クー・フーリン。きてくれてうれしいよ」

「そうか」

 

 それでも、召喚されたものは仕方ないと、彼女は納得するのであった。

 まあ、捻じれた彼もまた、信頼に値する存在ではあるのだし。

 そうして、彼と契約を交わすのであった。

 

「おい、マスター。これはどういうことだ」

「え。何?」

「え。何? じゃない。コイツがクー・フーリンだというのは俺にも分かる。だがなんだ!この“アテクシが考えたチョイ悪系な理想の彼ぴっぴ“みたいな姿は! もの凄く気持ち悪いぞ! これではお前とそう変わらん。俺の夢を返してくれ!」

 

 とはいえ、アンデルセンからして、このクー・フーリンは大いに不満足だったようだ。

 彼も一介のメルヘン作家である。英雄に対して理想の姿と言う物を、勝手に持っているのだった。

 陽気な気の良い兄ちゃんで、詩人の頼みを苦手とする。そんなクー・フーリンが良かったのに。

 

「えっと。でも、つよいよ?」

「分からん奴だな。ああ、そうか。お前がそういう奴だから、コレが召喚されたということか? 全く忌々しいマスターだこった」

 

 とはいえ、ロクサーヌ的には“当たり“のサーヴァントなのだ。

 歪められたとはいえ偽物ではない、本物のクー・フーリンなのだ。

 スキルや宝具は強力だし、バーサーカーのクラスとその格の割には、燃費も良いようだ。

 カルナとの差別化も十分にできているだろう。

 ロクサーヌには何が悪いのか、良く分かってなかったのだった。

 

「ふむ。彼は一体どういうことなのかな? 私にも説明してくれないかい?」

 

 と、レオナルドが管制塔から戻ってきた。

 そして、ロクサーヌへと問う。彼は一体何者であるのかと。

 

 計測値からして、クー・フーリンの召喚はおかしかったのだ。

 ロクサーヌとアンデルセン、そしてカルナは正体を見ぬいているようだが、レオナルドは彼のことをそこまで知らないのだ。

 

「えっと、このクー・フーリンは。メイヴの影響を受けた、“わたしのかんがえたりそうのクー・フーリン”なんです」

「コノトの女王メイヴか。君の話だと、第五特異点では彼女が控えているらしいが。それと関係する話のようだね」

「うん。えーと。たしか、おれのしるかぎりでは、しょうかんされるサーヴァントは、しょうかんしゃのイメージによってすがたが左右できる、はずなんです」

 

 第五特異点アメリカで聖杯を所有するサーヴァント、女王メイヴ。

 かつてケルト神話においてクー・フーリンと因縁を持ち、彼を死に追いやった、純粋にした悪なる女王。

 

 彼女が聖杯に願ったことは、クー・フーリンを邪悪に染め上げ、我が王とすることだった。

 そうした願いの結果が、クー・フーリン・オルタというサーヴァントであった。

 

「へえ。そうなると、これは君の理想としたクー・フーリンの姿でもあるのな?」

「えー? いや、そうじゃないはずですけど。おれはふつうに、ランサーとしてきてほしかったですし。でも、おれは、かれをしってましたけど。なんでかな」

「まあ、このマスターとしての縁だろうな。そうとしか考えられん」

 

 ちなみに、ロクサーヌの言っていることは聖杯での召喚の話しだ。

 残念なことに、このシステムの召喚は聖杯ほどの融通はきかないようだ。

 触媒があれば召喚するサーヴァントを特定できるが、それも完璧ではないのだろう。

 ロクサーヌという召喚者の性質が、このサーヴァントを引き出したのだった。

 

「だが、このセンスはなあ。ちょっと私にも分かんないね。どういうセンスをしていたらこういう形を作ろうとするのかな。ロクサーヌちゃんは良いデザインなのに。これがどうして呼ばれたのか気になるところだね」

「製作者の品の違いだな。これを作ったのはその程度の女だということだろう。何せ、実在の女の考えることなど、大抵はろくでもないことだからな。あの女はロクデナシの筆頭に違いない」

 

 そうして、クー・フーリン・オルタのデザインについて話し合う芸術家二人。

 議論の対象の男は、無関心にマスターを見つめている。

 

 作られた本人がそこにいるのに、本人について品定めをするのはどうなのだろうか。

 そう思いながら、それを口にしないカルナであった。

 

 

 

 

 ロマニ・アーキマンは、オルガマリー所長の亡き後、カルデアの現状トップとして忙しい日々を送っている。

 何しろ爆破テロの所為で、人員が全く足りてないのだ。

 休む暇もゆっくりする暇も、中々得られないでいる。

 

「ねえ。今からでも止めにしない?」

「ロマニ。きもちはわかるけど、めめしいよ?」

「いや、そうなんだけどさあ」

「安心しろ。これで上手くいかなくてもカルデアが滅ぶだけだ。人類は滅亡せん」

「それは余計に安心できないなあ」

 

 そんな彼であるが、今日は一風変わった仕事を請け負っていた。

 その仕事とは、彼自身がサーヴァント召喚の触媒となることであった。現在、彼はシステムフェイトの、召喚サークルの傍らに立っていた。

 

セット(告げる)

 

 さて、どうしてこうなったかということを、説明しよう。

 ことはロクサーヌたちが次の特異点、フランスでの攻略に頭を悩ませていたことに起因する。

 

 フランスで待ち受けるは恐らく、“青髭”ジル・ド・レェ。

 まだ人理修復は始まったばかりだし、ここは簡単な特異点、と言いたいところなのだが。

 そう上手くはいかないだろう、というのがカルデアの意見の一致であった。

 

 何しろ相手は、外道に堕ちたとはいえ元帥の位置にまで上り詰めた軍人にして、フランス救国の英雄である。

 ロクサーヌの不確定情報によると、相手は多数のサーヴァントを従えている上、純粋なる竜種たるファブニールを従えているようだ。

 冬木でのアルトリアも多数の部下を従えていたが、これは質も量も段違いである。

 これを甘く見ろ、というのは楽観がすぎるのであった。

 

 打開の作戦は一応立ててはある。

 のだが、もう一つこちらの勝利を導くような、決定的な“何か”が欲しいと感じていたのだった。

 

 そうした中、ロクサーヌがある提案をした。

 ロマニを触媒とすれば、知恵を持った強力なサーヴァントが召喚できるのではないか、と。

 

 現在のロクサーヌの精神状況も良好だ。

 あと一人ぐらい、次の特異点までにサーヴァントをそれで、呼んでみてはどうかということだ。

 

 さて、カルデアのトップ勢が知るように、ロマニ・アーキマンはただの人間ではない。

 キャスター、“魔術王”ソロモン。

 かつて旧約聖書に語られ、72柱の魔神を従えた王。

 そのサーヴァントはかつて、第四次聖杯戦争で勝利をおさめ、聖杯に“ただの人間”としての生を望んだ。

 それがロマニ・アーキマンという人間の正体であった。

 

 ロクサーヌが知る限り、彼の縁者は非常に優秀な人物が多い。

 例えば、彼の父親であるダビデ王。

 

 そしてこれは縁と言っていいか分からないが、規格外の千里眼により、互いを見通す関係ではある。“花の魔術師”マーリン、そして“英雄王“ギルガメッシュ。

 その人格はともかく、能力的には最高峰の実力者たちだ。

 

 当然、ロマニはこの意見に反対した。彼らをよく知る者として、当然だった。

 何せ、連中はどいつもこいつも、人格的に大ろくでなしなのだから。そんなやつと直接会うのは、本当に御免であったのだ。

 そんなやつらが、ロクサーヌの”サーヴァント”を務めるのだろうかと、そう思っていたのだ。

 

 それに、そんな奴らがいても、現状のカルデアには邪魔だろうと思ったのだ。

 自分も人のことはそんなに言えないが、こっちが忙しい中でもサボろうとする連中である。

 そんなやつらを呼んでどうするというのか。

 

 だが、ロクサーヌの意見に賛成したのが、カルナとアンデルセンであった。

 

「お前の懸念はもっともだ。だが、マスターが彼らに認められる必要があるのも確かだろう」

聖杯探索(グランドオーダー)とやらは、どうも英霊どもとの協力が必要らしいじゃないか。そのロクデナシどもも、その中に入るのではないのか?」

 

 人理を救うということは、人類の良いも悪いも飲み込まねばならない。

 すごく簡単にいえば、ギルガメッシュに認められない程度の人間では、人理修復は不可能なのだ。

 厳しい条件だが、ロクサーヌもいずれ、その試験を受けなければならないだろう。

 

 もちろん、今すぐにする必要はどこにもない。

 しかし、今すぐに認められる必要もどこにもないわけであって。

 

 まあ、なんだ。今の段階で誰を呼んでも、そんなに悪い賭けではない、というのがサーヴァント二人の意見だった。

 

 結局、ロマニは投げやりになりながら、その意見を承諾した。

 ロクサーヌが前向きで、よく考えた上での決断をしていた、というのもあった。

 上手くいくかはわからないが、彼女を信じてやることにしたのだ。

 

 しかし、彼はすぐにその考えを後悔することになる。

 

「随分とつまらぬ些時に、(オレ)を煩わせたものだな。雑種、いや、模造品よ」

 

 ロクサーヌはそのサーヴァントを見るや、すぐさまひれ伏した。

 

 そのサーヴァントは黄金だった。

 悪趣味なまでに光輝き、なおかつその威風はどこまでも本物である。

 このサーヴァントは、心も体も全て、本物の輝きでできていた。

 

 “英雄王“ギルガメッシュ。

 人類史最古の英雄にして主人公、名君でありながら暴君でもある。

 最強にして、災厄の存在であった。

 

「貴様の存在は、それだけで万死に値する。今ここで死んでおけ」

 

 ギルガメッシュの背後の空間が揺らめき、一振りの剣が現れる。

 その剣に切っ先はなく、黄金の磔刑の図で飾られた剣であった。

 ギルガメッシュはその剣の柄を持つと、薄く笑いながら大げさに振りかぶり、そのままロクサーヌ目がけて振り下ろした。

 

「なるほど。人類の裁定者とは知っていたが。今、この状況においても裁定しようとするとは。だが、その女はオレのマスターだ。ここでは剣を収めるがいい」

「まあ、こうなって当然だな。おい、サーヴァントの自覚があるなら、その悪趣味な剣を仕舞っておけ。もっとも、お前がその自覚なんぞ、持っている訳ないだろうがな! 0点!」

 

 だが、それをこの二人が見過ごすわけはない。

 カルナはその槍をもって、剣を寸でのところで止めていた。

 アンデルセンは武器を持たないが、出来る限りの口撃をしていた。

 

 クー・フーリンも、その槍を構え、先をギルガメッシュに向けていた。

 

「采配は三流なれど、仕える者は本物ときたか。往々にして貴様の存在は度し難い」

 

 ギルガメッシュはカルナとアンデルセンを、そしてロマニの姿を見ると、口を喜悦に歪ませた。

 

「だが良い。我は寛容だ。貴様等の存在を、特別に赦すとしよう」

 

 そう言うと剣を背後に仕舞い、ロクサーヌとの契約を行った。

 

「精々、拙い貴様の思惑で、この我を楽しませるが良い、模造品。貴様の道中など本来、我が観るに値せぬが。此度を招いた輩の結末には興が湧いた。この我が見届けてやろう」

 

 そういうと、ギルガメッシュは霊体となり、どこかへ消えてしまった。

 嵐が過ぎ去ると、ロクサーヌは姿勢をくずし、へたりこんだ。

 

「こわかったー」

 

 ロマニはそれを見ると、大きなため息をついた。

 

「だから嫌だったんだ。もうこのようなことは止めてくれ。こっちはヒヤヒヤしたよ」

「うん。でも、これで十分、かなあ」

 

 ギルガメッシュは全サーヴァントの中でも、最強の存在なのだ。

 ロクサーヌが知る”作品”がいくら最新作を出しても、なお最強の存在。

 それが、ギルガメッシュだ。

 

 仲間とは言い難いが、こちらの活躍次第では、何かしらの手を出すことも十分ありうるだろう。

 

「まさかと思うけど、ロクサーヌちゃん。ギルガメッシュをどうにかできると思ってないよね?」

「え? まさか?」

 

 とはいえ彼が手を出す、といっても、それはちょっかいのようなものだ。

 ギルガメッシュは暴君だ。

 どう考えても、こちらの不利益になることの方が多いだろう。

 普段でも、こちらの戦闘中に少なくない魔力消費を行いながらも、傍観することがほとんどだろうと、予想はつく。

 

「でもさいあく、きりすてられるとはおもっていたけど。まだ、ためされているみたいだから。まだ、だいじょうぶ」

「だろうね。ハァ」

 

 それがどれだけ、君の精神に悪影響を与えることやら。心だって、有限の資源なんだよ?

 そう思うと、ロマニはなんだかやりきれなかった。

 本当に大丈夫なのだろうか。

 

「安心していい。マスターはあれでも、多少なりとも認められているようだった。最後までマスターの威勢のよさが持つかはオレには分からないが。これで最後までは、戦えることだろう」

 

 ギルガメッシュという存在を多少なりとも知るカルナは、彼のマスターに対する態度に、無表情のまま驚いているようであった。

 かつての己のマスターがこの状況であれば、彼は本気で殺しにかかっていただろう。

 そう考えると、今のマスターへの態度は好感触であった。

 

「ま、せいぜい頑張ることだな。主人公。アレに認められてこそ、真の主人公と言えるのだからな」

 

 英雄王の裁定もまた、人類に対する試練なのだ。

 これも試練、あれも試練。

 人理修復は、修復が成るとも、試練が続く。

 

 

 これは、そんな続きの物語の断片である。




本案では、ダビデを呼び出すつもりでした。
ちゃんとした二次小説にするなら、そっちの方が面白そうですしね。

とはいえ、真面目に書く気力がないし。英雄王が来ても面白そうなので、こうなりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

会話は踊る

これは元々、好きなキャラクターに話をさせるために書いた作品です。
その方針は今後も変わらないと思います。

ですので今後、オリ主が素晴らしい作戦を思いついたり、カッコイイ戦闘をしたりはしません。
あるのは会話だけです。

あと、七章はやりません。その前後は書くと思いますが。


 狂った英雄、“青髭”ジル・ド・レェについて、語るとしよう。

 

 彼はかつて、フランス救国の英雄だった。

 彼には志を同じくする英雄(とも)、ジャンヌ・ダルクがいて、彼女を慕っていた。

 

 だがある日、祖国の裏切りにより、彼女を失った。

 故に彼は狂った。

 狂い、冒涜に走り、そして当たり前のように罰せられて、死んだ。

 

 かつて英雄に至りながら、彼はどうしようもなく反英雄であった。

 

 そうした彼は死後、この特異点フランスの地にサーヴァントとして召喚され、聖杯を与えられた。

 何でも叶う聖杯を与えられた彼は、真っ先にジャンヌ・ダルクの復活を願った。

 しかし、何でも叶うはずの聖杯は、その願いを実現させなかった。

 

 故に彼は再び、冒涜に走ることにした。

 裏切り者のフランスと無常なるこの世と、そして己の信ずる神を貶めるために。

 

 自分が愛する人はいないのに、世界は何でもないように存在している。そんなのはおかしいだろう。

 この世界は、狂っている。

 それを証明するため、彼以外の全てを、自らの絶望へと引きずり込もうとしたのだ。

 

 聖杯を使って、自分に都合の良いジャンヌ・ダルクの贋作を作った。

 竜を召喚し、大量の破壊をもたらした。

 さらにサーヴァントを多数召喚し、さらなる冒涜をもたらした。

 

 こうしてフランスの地は、戦争以上の戦火に飲まれ、滅亡の危機に瀕することになった。

 

 だからこそ、なのだろうか。フランスの危機に、死して間もないはずの彼女が、再び立ち上がったのは。

 

『サーヴァント、ルーラー、ジャンヌ・ダルク。今一度、救国の、そして救世のために、こうして参上しました』

『それはわかるけど。えっと、どうしてこんなにみんな?』

『これも、主の御導きですよ』

『私が力になってあげるわ。ヴィヴ・ラ・フランス!』

『とはいえ、あまり期待しないでくれたまえ。はっはっは』

『あー。うん。ありがとう。みんな』

 

 ジル・ド・レェは黒魔術を用いた水晶玉で、その光景を見つめていた。聖女を筆頭とするサーヴァントの一団が。聖杯とは別に召喚された者たちが、人理を救わんとする一団に合流していた。

 

「ジャンヌ。貴女は」

 

 続く言葉を、寸での所で飲み込んだ。こちらの言葉は、ここからではどうやっても伝わらない。

 

 彼女は再び神の声を聞いて立ち上がった。これから彼女は軍を率い、奇跡を起こすのだろう。

 何と喜ばしいことか。このジル・ド・レェ、これ以上の喜びはない。

 

 なるほど、聖杯は万能の願望器と聞いていたが、あながちそれも間違いではなかった、ということだろう。結果的にはこの手で、聖女を復活させたことになるのだから。これで、ジル・ド・レェの第一の願いは叶ったことになる。

 

 今からでも、彼女に会って、あの中に加わりたいと思う。

 会って喜びを分かち合い、抱きしめたいと思う。

 貴女のジル・ド・レェはここにいますと、彼女にそう伝えたい。

 

 だが、それは駄目なのだ。罪を犯した自分は、もう許されない存在なのだから。

 

 彼女は自分を赦すだろうが、自分はもう許されない。彼女が赦そうとも、カルデアは自分という存在を許さない、許してはならないのだ。

 何故なら、世界を滅ぼそうとしているのは、他ならぬ自分だから。ジル・ド・レェは次点の願い、世界の滅亡をも叶えようとするしか、もはやすることは残されていないのである。

 

「ねえ、ジル。あのマルタとか言う女が、私の言うことを聞かずに出て行ったのだけど」

 

 ジル・ド・レェの元に、自作の黒い聖女、自分が聖杯を与えた聖女の贋作が訪れた。

 

「そうですか。では、契約はそのままで、魔力の供給だけを切ってしまいましょう」

「どうして?」

「どうやら我々が操るには、あのサーヴァントは強力すぎたようですね。下手に敵に回られても厄介です。ですが、そうしてしまえば何もできないでしょう」

 

 聖杯でサーヴァントを召喚しても、狂った反英雄であるジル・ド・レェたちに、世界を滅ぼさんとする悪人に、従う者はいないだろう。それの程度の悪人であると、彼らはそう自らを自覚している。

 だから。召喚するサーヴァントはバーサーカー。狂化の特性を付与して召喚し、従えているのであった。

 

 とはいえ狂ってなお、正気を保っているサーヴァントも、中にはいるわけである。

 竜を祈りで沈めた聖女、マルタ。キリスト教の聖人として語られる彼女は、狂ってなお確固たる信仰心を持って、ジル・ド・レェたちの命令に反していた。

 

 とはいえ、召喚させたジル・ド・レェも、まさか狂化させたぐらいで彼女を従えることができるとは思っていなかった。

 聖女マルタを召喚して狂わせたのは、完全に彼の趣味であり、“遊び”であったのだ。

 意に反する可能性が分かっている以上、どう処理するかは決めているのだった。狂犬の処理は、飼い主の務めであるのから。

 

「へーえ、なるほど。やっぱり貴方は頼りになるわね」

「ははは。そうでしょう、そうでしょう」

 

 ジャンヌ・ダルクに褒められることで、自らの中に喜びを感じる。かつてあった日々が、自分の中に蘇るのを感じる。

 

 しかし、本物はここにはいない。本物は敵にまわってしまった。

 そのことに、どうしようもない虚しさを感じてしまう。

 

「これが、ジルが言っていたカルデア? 見た感じだけど、結構強そうなのが揃っているようじゃない。大丈夫?」

 

 と、黒い聖女は水晶の中身を見て、眉を潜めた。

 

 そこには、分かりやすすぎるほどの黄金の輝きを持つ王者と、太陽の輝きを放つ聖者の姿があった。

 それ以外にも、水晶越しにも伝わるほどの殺気を持つ暴君も見て取れる。

 

「ご安心下さい。このジル・ド・レェ、貴女のために、必勝の策を用意していますので」

「へぇ? そうこなくっちゃ」

 

 嘘だ。自分たちはこの戦いにより負けるのだろう。

 

 かつて神につかえ、そして芸術というものを理解する彼は、彼らの本質を見抜いていた。

 あれは己の神に対する、邪神に連なる者たちである、と。あれこそが、神代に語られし本物の英雄なのだ。

 

 英雄というものを再現したサーヴァントでしかない彼には、彼らのような真の英雄を打ち倒すことはできない。

 この黒い聖女も、彼に都合の良いように作られた贋作だ。あとはサーヴァントがいるとはいえ、所詮は狂った英雄や、怪物たちでしかない。

 こちらの望みは限りなく薄いのである。彼はそれらを理解した上で、彼女と自分を誤魔化していた。

 

 本物のジャンヌであれば、そんな状況でも前を向いて戦い続けるのだろうが。

 彼女なら、死にもの狂いで、こちらを勝利に導いてくれるのだろう。

 

 だが、このジャンヌは、偽物だ。

彼女がフランスのために戦うつもりはないだろうが、自分のために最後まで戦ってくれるのだろうか?

 いや、自分のためのジャンヌだが、しかし―

 

「で。この子がマスター? という訳ね」

「ええ。ジャンヌ、どう思いますかな?」

 

 ジル・ド・レェが水晶を操作すると、白磁器のごとき美を持つ女を大きく映し出した。

 しばらく、黒い聖女はそれを見つめていたが、言葉を吐き捨てた。

 

「とても綺麗ね。この手で、壊したいぐらいに」

 

 その言葉に、彼は心からニッコリと笑った。

 

「それでこそ、私の貴女(ジャンヌ)だ」

 

 そうだ。あれこそが、我々の慰め者であり、偶像なのだ。

 あれを滅茶苦茶にして征服することが、我々にとっての唯一の救いなのだ。

 

 目の前の彼女は、それを理解してくれている。

 それがなんとも、狂うしかない彼には嬉しかった。

 

「さぁ。準備をしましょう。あちらにも聖女がいる以上、まもなく彼らはやってきます。こうなったら大盤振舞です。彼らに、盛大な放蕩というものを見せつけてやりましょう」

 

 彼らの行動は全て、上手くいくはずがなかった。どんなに財産をため込んでも、どんなに味方を増やしても。

 彼らは狂った、哀れな人形にすぎないのだから。持った財をいたずらに浪費する選択しか、彼らには残されていないのだ。

 

 そうして彼らは当たり前のように、生前の捌きを受けるがごとく。正当な英雄の集うカルデアに、倒されることとなるのだった。

 

 

 

 

 時と場所は変わって、ローマの地。

 第五代皇帝、“暴君“ネロ・グラディウスが治めるローマ帝国。

 ここはその、ほんの一部であった場所だ。

 

 ”あった”、と言うのは、この地も特異点であり、歴史の歪みだからだ。

 そこには帝国ローマの首都に劣らぬほどの、ローマの首都に見間違えるほどの国が建っていた。

 此処こそが永遠たる狂気の帝国、セプテムである。

 

「よく来た。最後の舞台へ。我が愛しき子たちよ」

 

 ロクサーヌと皇帝ネロが、アサシンのサーヴァント・荊軻に案内された場所、それは盛大なる王の間であった。

 玉座の場所には、勇々たる偉丈夫が立っていた。

 

 その肉体は、全てを包み込まんとするほどに広がっている。

 人ならぬその眼は爛々と、しかし慈愛に満ちている。

 彼こそはローマの祖にして、ローマの歴史そのもの、神祖ロムルスである。

 

「ここまでの道程は、実にローマ溢れる旅路であったであろう、と言いたいところだが」

 

 ロムルスは、ロクサーヌを見つめる。

 

 溢れんばかりの雄の気配に、その雌の身体は委縮している。

 とはいえ、不思議と怖くは感じなかった。

 見つめられるロクサーヌは、茫然と立って、その眼を見つめ返していた。その眼には自然と引き込まれるものがあるのだ。

 

 この眼には見覚えがある。これは自分が見た、神の眼に似ている。

 

 だが、なんだろうか。

 ロクサーヌが思うに、その眼は、とても哀しい目をしていたのだ。

 

「この世において、もっとも愛深きことであろう戦士よ。お前が司どりしは、神に授けられしローマ、ローマなき合理性、ローマなきものの救済」

 

 皇帝の職についたサーヴァントが所有するスキル、その名を皇帝特権。皇帝の万能さをもって主張することで、一時的に他のスキルを所有することができるのである。

 ローマ建国を成したロムルスは当然のように、このスキルを持っている。何故なら皇帝(カイザー)もまた、ローマなのだから。

 そうして得た千里眼のスキルを用いることで、ロムルスは彼女たちの旅路を見守っていた。

 

 当然、ロクサーヌたちのカルデアが持つ性質もまた、彼は見切っていた。

 

「そのいずれも、ローマとは言い難い。お前の存在は、ローマとは言えぬのかもしれぬ」

 

 だが、ロムルスが期待していた以上に、カルデアという組織は強すぎたのだ。

 

 元々、ロムルスを筆頭にこの地に召喚されたサーヴァントは、人類を滅亡させようとする気がなかった。

 例えば、カリギュラ、カエサル、アレキサンダーといったサーヴァント。いずれも強力で、善良とは言い難いが、人類滅亡など望まない者である彼ら。

 彼らは、ロムルスたちへ従うままに兵を率いて、皇帝ネロの治めるローマと敵対していた。

 その軍勢は、生きる英雄たる暴君ネロを、滅亡一歩手前に追い込む程度に強力ではあったのだ。

 

 ただ、カルナ、クー・フーリン、ギルガメッシュといった、神代における一騎当千の英雄の中でもさらに強力な英雄の集まるカルデアの相手にはならなかった。ということを、ここに記しておこう。

 少なくともその進撃は、ロムルスにとって、あまり愉快なものではなかったようだ。

 

「だが、ローマより生まれし、ローマの尖兵よ。お前の存在も、また、確かにローマなのだ」

 

 それでも、ロムルスはカルデアの存在を認めていた。

 まぎれもなく、お前たちは“ローマ”である、と。

 そのローマの心をもって、カルデアの存在を受け入れていた。

 

「ごめん。ローマって何?」

「マスター。後で俺が翻訳したものを渡すから、今は黙って聞いておけ。英雄王ではないが、俺からしても聊か興ざめだ」

 

 とはいえ、ロクサーヌにとって、ローマとは難しすぎた。

 

 彼女は周りの人物を見渡す。

 ローマの仔であるネロはもちろん、洞察力に優れたカルナとアンデルセンは理解していることだろう。

 王の中の王たるギルガメッシュは腕を組み、面白くなさそうにロムルスを見つめている。

 暴力の化身たるクー・フーリンは、そもそも相手を戦い以外で理解しようとしていない。

 

 ロクサーヌの知るロムルスとは、その、まあ、ローマである。

 彼女自身はロムルスが偉大だと知っていても、その本質を理解しているわけではなかった。

 

 一体、ローマとは、何であろうな。

 

「そして、我が子よ」

 

 ロムルスは、ネロへと向かう。

 彼が深く見つめるだけで、彼女の身体もまた、委縮する。

 

「改めて問おう。お前の知る通り、ローマこそがローマの過去、現在、そして未来のローマを支えしもの。私を超えるローマが無いと知って、それでもお前はこの私に挑むのか?」

 

 ローマ皇帝たる彼女もまたローマであり、ロムルスに敬意を払うものである。

 彼の胸に抱かれたい、彼に全てを委ねたいという衝動に、今も駆られている。

 

 魔術師の理論から言えば、神秘は古い程強くなるという。

 つまり、この世では建国されたままのロムルスの神代ローマこそが、あらゆるローマの中で最高なのだ。

 自らを絶対の存在と信じて疑わぬ彼女ではあるが、それだけは認めざるを得ない。

 

 だが、それでは駄目なのだ。

 この眼で、彼のローマを見た。

 だからこそ、これだけは自信を持って断言できる。

 

「無論である! 貴方こそが至高のローマであるのなら。余こそが比類なきローマであるのだから!」

 

 神祖ロムルスのローマは、ローマの理想であるのだろう。

 だがそれでも、今、ここのローマには相応しくないのだ。

 この時代におけるローマは、皇帝ネロのローマに他ならぬのだから。

 

「良い。それでこそローマの見込んだ情熱の子だ。お前の築き上げた国をもって、ローマのローマに打ち勝ってみせるが良い」

 

 ロムルスは、その手に持った大樹の広がりのある槍を構えた。

 その身を持って、私の身に打ち勝て。それでお前のローマを証明してみせろ。つまりはそういうことだろう。

 

「カルデアの尖兵よ。あれは余のローマが超えるべき壁であるのだ。これ以上の手出しは無用であるぞ」

 

 余の獲物に手を出すな。そうネロはカルデアに釘を刺した。

 

「わかってる。だいじょうぶだよ」

 

 ロクサーヌはそれでもいいと思っていた。

 ロムルスが手を抜いている、というのもあるが、ネロは必ずやロムルスの試練を突破するだろうという確信があった。

 

 何故なら、彼女は皇帝ネロであるのだから。

 月の聖杯戦争におけるネロを知るロクサーヌは、彼女が負ける姿が思いつかなかった。

 

「安心しろ。元々こちらとしても、お前達のローマとまでを邪魔するつもりはなかったのでな。無粋な輩は、また別の無粋な輩と戦うとしよう。それ、出てくるがいい」

 

 アンデルセンはそう言うと、部屋の中にある一つの柱を見た。

 すると柱の影から、この時代には不釣り合いな、現代の服装をした男が出てきた。

 

「まったく。私がここに居ることも御見通しなのか。君たちは我が王のように、全てを見通す眼でも持っているというのかね?」

 

 モスグリーンのタキシードを着込む男。

 この時代では聖杯を所持し、セプテムの宮廷魔術師として暗躍していた、レフ・ライノールである。

 

 彼は、呼ばれたから嫌々出てきたといった、そんな様子を隠そうともしていない。

 

「えーと。おれは、その、ローマをもっているんだよ。ローマを」

「答えたくないのなら答えなくていい。そのローマとやらもいい加減、聞き飽きた。私には、この国の何もかもが不愉快で溜まらないのでね」

 

 レフにとっては、何もかもが思い通りにいかないことばかりだった。

 

 オルガマリーを殺した後に城へ帰ろうとしたら、この地の聖杯を担当する羽目になった。

 聖杯で召喚されたサーヴァント風情は、どいつもこいつも自らの指示に従わなかった。

 おまけに、ボコボコにした相手が、再び自らの前に現れた。

 

 これで不愉快にならないはずがない。

 

「ああ、不愉快といえば。君の存在そのものもだ、ロクサーヌ」

 

 ギロリ、とレフは大きく目を見開き、ロクサーヌの方を睨みつける。

 ロクサーヌは再び委縮し、一歩下がる。

 

「君はそこのサーヴァントの言う所によれば、どこぞの神の手で生まれ。そして、いささか我らの計画に詳しいらしいな」

 

 ロクサーヌはカルナの影に隠れる。

 それを見て、ギルガメッシュが不機嫌に鼻を鳴らした。

 

「どこぞの神の手により生まれたというのは、まあいい。所詮貴様の力も、我らにとっては有象無象の英霊程度の存在でしかないのでな」

 

 サーヴァントではないが、サーヴァントほどの力を発揮する現代の人間というのは存在する。

 戦闘機に例えられるサーヴァントに匹敵するような人間は、大変稀ではあるのだが。

 少なくとも、ロクサーヌが魔力を供給する力は、キャスターのサーヴァントを遥かに超える力を持っているのだろう。

 

 だが、その程度で何になる?七十二柱の魔神たちも、伊達にその名を名乗っている訳ではない。

 力と知恵を持つからこそ、魔神である所以なのだ。

 

「だが、後者に関しては静観できないな。何故だ。我らの計画を知って、なぜ諦めずにいられる? 我らの力と完璧な計画を知って、なぜ抗おうと思ったのだ?」

 

 世界の全てを観測し、そして人間というものを憐れむ彼らは、カルデアの行動は不思議でたまらなかった。

 冬木の地で、こちらの力と計画による絶望というものを、見せつけたはずである。

 それなのに何故、無駄な足掻きを続けようというのだ?

 

「それはさ。えーと、アンデルセンが言ってたな。かんうがりょふにまけるから、かんうにかてる。みたいなかんがえかもしれないけどさ」

 

 ロクサーヌも、一回は考えた問題。

 自分は、“藤丸立花”になれるのか、と言う問題。

 世界を救う物語の主人公として、彼らの物語を自分で再現できるのか。

 

 それは、難しいのだろう。彼らの物語は、本来、彼らだけのものなのだ。

 常識的に考えて、何回でもやり直しの利くスマホのゲームの真似をしようだなんて、おかしな話だ。

 トムとジェリーを見て、そのギャグを真似するぐらいには馬鹿馬鹿しい。

 一回限りの人生において、自分がそれを真似したからって、できる保障はどこにもない。

 

 しかし、それでも彼らの物語を自分で紡ごうと思った理由が、そこにはある。

 

「すくなくとも、まじんちゅうのそんざい、ゲーティアのそんざいが、かんぺきではなかったということを。おれはしっているから、かな」

 

 その言葉に、レフはピクリと反応する。

 

「何だと? どういうことだ?」

「そこからは、俺が説明させてもらおう。そっちの方が、お前達には分かり易いだろうからな」

 

 アンデルセンはカルナのさらに前に歩み出て、主人を代弁する。

 

「お前達、自分たちの計画が失敗しないと思っているだろう?」

 

 レフはその言葉に対して、何を言っているかが分からなかった。

 

「当たり前だろう?」

「だが、何故、そう思っている? 確かにお前達は凄いのだろう。俺ごときでは、お前にはとても勝てそうにないな」

 

 レフたち。いや、七十二柱の魔神達は悪魔である。当然、力も知能も知恵も、人間を卓越している。

 そんなのが七十二柱もあり、それぞれが協力し合っているのだ。人理焼却はそうした存在が、3000年を費やした計画の一部なのだ。

 それこそが、彼らの自信の根拠でもある。

 

「だが、その計画が失敗しない、と考えているのは致命的だな」

 

 だからこそレフにとって、その言葉は聞き流すことができない。

 

「失敗する可能性のある計画が、完璧な計画だと?」

「いや? ただ、日本の作家の言を真似するならば。完璧な計画など存在しないのだ。完璧な作品が存在せんようにな」

 

 アンデルセンはそう断言した。

 これは完全に自分の言葉でないので歯がゆくはあるのだが、これは仕方ないと思うことにしよう。

 不本意だが、亡霊でしかない自分が目の前のド阿呆に伝えるには、自分でない言葉の力がどうしても必要なのだった。

 

「成功する計画というものは、己の欠陥を認識しているものだ。だが、失敗する計画を立てるやつは、皆こう言うのだよ。“こんなはずではなかったのに”とな」

「それは人間の話だろう。我らには、そのような欠陥は存在しない」

 

 賢い人間ほど、自分の欠陥を認識しているものだ。

 自分は賢い人間ではないが、賢い人間というものは、自分が失敗することを計算して動くものだということを、アンデルセンは悪意を持って伝えようとしたのだ。

 

「俺からしたら、お前達も相当に人間臭いと思うのだが。自分の悪臭に気づいていないのか? まあ良い。そんなお前たちに、特大のヒントをくれてやるとしよう」

 

 だが、それに対する答えは人間ではない、ときたか。

 つくづく度し難い奴らだ。

 そう思いながら、アンデルセンは淡々と話し続ける。

 

「お前達は、魔術王とやらの宝具を、一部知らないでいるのだろう? それでありながら、己の全てを知る訳でもないのに、何故お前たちは失敗しないと思っている? 完璧を名乗るのに、何故、己を知らないでいるのだ?」

「それは。いや、しかし、だが」

 

 流石にレフも、その答えには詰まった。

 何せ、それは事実であり、歯がゆく思っていることであったからだ。

 自分たちは魔術王の第一宝具に関して、彼の逸話を探ることである程度予想をつけようとしているが、それでも特定はできていない状態であった。

 

「つまりは、お前達は。我々を倒す”何か“を知っているということか?」

 

 なんと苦々しいことか。

 つまりはこういうことなのだろう。

 これは、俺たちはお前たちの欠点である“何か“を知っているぞ、という脅しであるのだ。

 

「なるほど。こちらも検討させてもらうとしよう。お前の言は、今後の参考にさせてもらう」

 

 脅しは今一つ分からないが、ともかく何か、意味があるだろう。

 だが、それも関係のない話だった。

 

 レフが呪文を唱えると、光が辺りに立ち込める。

 そうした彼の後には、化け物がそびえたっていた。

 

「お前たちを皆殺しにした後でな。褒美として死をくれてやろう」

 

 例えるなら、それは石炭の色の肉でできた柱のようである。

 数多の眼がそなえつけてあり、眼全体が赤く、妖しい。

 その存在は見るに耐えない、陳腐ではあるが悪魔的な柱と言う他に、言葉が見つからない。

 

「我が名はフラウロス! ソロモン七十二柱が一柱、フラウロスなり!」

 

 本体というべきか、いや、レフ・ライノール・フラウロスは、その本性を現した。

 これこそが、彼の原点。

 人理焼却を目指す、恐るべき魔神柱である。

 

「貴様の答えは在り来りで退屈だったが、仕事は果たしたな。下がると良い、詩人。褒美として、我の戦を綴る権利をくれてやろう」

 

 ギルガメッシュは手で、アンデルセンを下がらせる。

 すると、フラウロスはギョロリと、眼を一斉にギルガメッシュへ向ける。

 その圧力だけで、ロクサーヌとアンデルセンは吹き飛びそうになるほどである。

 

「英雄王! 我が王と同等の眼を持っている貴様は何故、人間に耐えられる! 貴様もまた、人間を見て何も思わないのか! この星の行く末を案じるのであれば、我々の邪魔をするな!」

 

 その圧の中でも、ギルガメッシュは涼しげだ。

 人類悪を目の前にして、手慣れたように宝物庫の門を開き、戦いを始めようとする。

 

「何を勘違いしている。貴様の嫌う人間もまた、我の愛でる物。そして、この世の未来を決めるのは貴様等ではない。それが許されるのは、この我のみよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺で妥協しようぜ

何か、書くほどに蛇足になっている気がしてなりません。


 オケアノス。かつてアレキサンダーが夢見た最果ての場所であり、それは凄く簡単に言ってしまえば、大いなる海と幾らかの孤島があるだけの特異点である。

 そんな場所でロクサーヌたちは、そこに居た海賊たちや敵サーヴァントやらをしばきながら、旅をしていた。

 

 その中でカルデアは、幾らかの協力的なサーヴァントたちと出会った。

 

 例えば、ミノス王の牛(ミノタウロス)こと、アステリオス。

 健脚の女狩人、アタランテ。

 ゴルゴン三姉妹が次女、エウリュアレ。

 女神の寵愛を受けし狩人、オリオン(とその女神アルテミス)。

 そして、イスラエルの偉大な王にしてソロモン王の実父、ダビデ。

 全てのサーヴァントと仲良くできたわけではないが、この地においても一定の味方は確保できたのであった。

 

 ここで特筆すべきは、アタランテであろうか。

 曰く、彼女はアルゴーノーツとして、聖杯を所持したイアソンに召喚された。

 曰く、彼の計画に賛同できず、彼の元を離れた。

 曰く、イアソンの下には王女メディアと、狂ったヘラクレスがいる。

 彼女により、この特異点における大体の状況を把握することができたのであった。

 

 さて、問題はヘラクレスである。何しろ彼はギリシャ神話最強の、それどころか星の中でも屈指の実力を持った、もの凄え大英雄である。

 彼は賢者ケイローンに師事した頭脳と、大神ゼウスの血を引いた男なら誰もが憧れる肉体美を持っている。神のあらゆる難題を解決し、最後には神へと祭り上げられからこそヘラの栄光(ヘラクレス)

 バーサーカーとして狂っているとはいえ、いや、狂っているからこそ、彼は危険なサーヴァントとなっている。

 そんな彼に近接戦闘で勝てる英雄は存在しない、と言っても過言ではなかろう。

 

 とはいえ、カルデアはそんなことが分かりきっていて、ヘラクレスに近接戦闘を挑むことをしないのである。

 幸い、こちらには遠距離攻撃に長けたサーヴァントが多い。という訳で、ヘラクレスをアルゴー船ごと撃ち殺してしまおう、という訳になった。

 

 相手がヘラクレス、アルゴー船といえど、倒すための火力は恐らく足りていることだろう。

 神代出身のアーチャーが数人いて、おまけにカルデアの面子がいるわけである。

 ギルガメッシュもヘラクレス退治と聞くと、カルナに“英雄殺しの弓矢”とやらを貸し与え、高みの見物を決めこんだ。

 ギルガメッシュこそ参加しないが、その弓矢を見たギリシャ勢が、顔を引きつらせていたので、恐らくは大丈夫であろう。

 

「ねえ、おうさま、おうさま」

「ん? どうしたんだい?」

 

 と、各々が戦いの準備をする中。ロクサーヌは、暇そうにだらけているダビデに話しかけていた。

 彼は簡素な服を着ていて、だらっと杖と投石器を持っている。それがダビデという男であった。

 

 ダビデはアーチャーとして召喚されており、巨人を倒した逸話を持つ投石器を宝具として持っていた。その名は“五つの石(ハメシュ・ アヴァニム)”。四つ目までは警告であるが、五つ目で必ず中り、相手を昏倒させる力を持っている。

 これも立派な飛び道具だとはいえ、他のサーヴァントが持つ宝具と比較すると大した威力の宝具ではない。まあ、この程度のものでヘラクレスが倒せるなら、人理修復も苦労はしないのである。

 そんな訳で彼は、自分が手を出すまでもないであろうと、適度に怠けているのであった。

 

 しかし、彼の象徴たる宝具はまた別にあり、そして本人の真価はそのどれらでもないのだが、さて。

 

「おねがいが、というよりたのみがあるのだけど。このちのしゅうふくが上手くいったら、カルデアにきてくれないか?」

 

 それを聞いた彼は、改めてロクサーヌの姿を見る。

 

「へえ。僕が欲しいってことかい?」

 

 どうも、目の前のマスターはホムンクルスと言う存在らしい。ダビデは生前、このような存在に出会ったことはない。

 与えられた知識によると、彼女は完成している美だということらしいが、中々どうして悪くはない美しさだ。ぜひ、自分の妻に迎えたいところである。

 

「うん。それはまた今度ってことで」

 

 カルデアの提案を、彼はあっさりと断っていた。

 断られるとは思っていなかったのか、ロクサーヌは間抜け面を晒していた。

 

「どうして?」

「そうだなあ」

 

 わざとらしくうんうん唸りながら、ダビデは考える素振りを見せる。

 あまりの露骨さと阿呆らしさに、ロクサーヌの傍で様子を見ているアンデルセンの顔が歪む。

 

「はっきり言って、君たちには僕の力が必要には見えなくてね。なら、僕が居なくてもいいかなーって」

 

 現段階においてカルデアの持つ戦力は、数は少なくとも十分強力なサーヴァントが揃っている。

 全ての英雄の原点にして頂点である、英雄王ギルガメッシュ。

 ギルガメッシュが同格と認める誇り高き英雄、太陽神スーリヤの仔であるカルナ。

 ギルガメッシュが“それなり”に認める詩人、世界三大童話作家アンデルセン。

 意外なことにも文武両道であるケルト版ヘラクレス、狂王クー・フーリン。

 

 それらを支えるのはカルデアのシステムと、完成された神の作りしホムンクルス、ロクサーヌである。

 この面子が揃っていて、打ち勝てない存在というのも、それこそサーヴァントをも遥かに超えるような存在だけであろう。

 

「でも、王さま」

「そこなんだよね。君は僕のことを、王さまって呼ぶだろう?」

 

 ロクサーヌはそこで何かに気づいて、口を開けっ放しにする。

 彼が死後も王であることに縛られるのが嫌だ、と言っていたことを思い出したのだ。

 

「ごめん」

「いいさ」

 

 ダビデは、気にしている様子も見せずに軽く笑って見せる。

 

「でも、僕はサーヴァント、ダビデだ。ダビデ本人ではないし、それ以上でも以下でもないんだよ。人類最後のマスターちゃん」

 

 それに対して、ロクサーヌは首を傾げる。

 

「どういうことをいいたいの?」

「うん。良い質問だ。そうやって質問をする子は偉大だよ」

 

 ロクサーヌは、サーヴァントという存在を人一倍理解している存在ではある。

 しかし、それも完全ではなかった。

 彼女は多少、サーヴァントというものを誤解しているのであった。彼女と言えど少々、サーヴァントに夢を見すぎているところがある。

 

「君は自分の奴隷である王様が欲しいのだろう? でも、考えてごらん。カルデアの最後のマスターがそれでいいのかい?」

「それは、アンデルセンにも言われた。がんばろうとはおもうけどさ。でもどうしてなのだろう。おれにはよく分からなくってさ」

 

 サーヴァントは人の夢と希望の詰まった存在である。本来の役割は人類側の守護者。その力は綺羅星の如く輝かしい。

 そして、それを従えるマスターには、それ相応の力量が求められる。人理修復とまで至れば、さらにその難易度は跳ね上がる。

 

「おうさま、いや、ダビデが王さまをやりたがらないのはしってるよ。でも、おれがじぶんの王をほしがるのが、そんなにだめなのかな」

 

 これはロクサーヌが怠惰、という訳ではない。本人は人理修復に向けてやる気を出し、必死に頑張ろうと努めている。

 

 ただ、正直な所、ロクサーヌにとって、人理修復の使命はそれでも重過ぎるのだった。

 元々、本人の精神状態は一杯一杯な所もある。

 そこから、誰かに縋ろうとするのは、何ら不思議ではないはずである。

 彼女のサーヴァントが指摘していたように、それは正しいとは言えないのであるが。

 

「オルガマリーしょちょうは、なんであそこでしぬべきだったのかな」

 

 そういう意味で、オルガマリーが生きていた頃はロクサーヌもそれなりに安定していたのだ。オルガマリーは駄目な点を多く抱えていたが、それでも責任はきっちり取ろうとしていた。トップの彼女に身を委ねることで、ロクサーヌは精神の安定を図っていたのだった。

 しかし、今のロクサーヌは縋るべき人物がいない。

 

 カルナはロクサーヌを完全に主と認めているが、その英雄性故に人を導く素質が欠けている。

 アンデルセンも主の下僕であるが、実際はかなり好き勝手に創作活動をしているだけだ。

 ギルガメッシュは暴君だ、縋ろうものなら無価値と判断し、処されることだろう。

 クー・フーリンは狂乱の王として、ただ戦うのみである。

 

 Dr.ロマンとレオナルドは心理的に近いのだが、二人は二人で忙しいのだ。

 ロクサーヌは二人の様子を見ると、とても縋ることはできないでいる。

 

「うーん。でも、一応君は人類最後の希望なんだろう?」

「うん」

「つまり君は、人類の全てを背負うべき存在なんだ。そんな君が誰かに縋ろうとするなんて、駄目な話じゃないかい? 危機が迫っているのに責任者が負うべき責任から逃げるなんて、とんでもないだろう?」

 

 ロクサーヌは己の不満を、喉を鳴らすことで表現した。

 

「まあ、そうなのだけどさ。でも、おれがしゅじんこうだなんて、やっぱりにあわないとおもうんだよ。あたまはわるいしさ」

「頭の良し悪しなんて、大いなる問題の前には些細な問題さ。君の元にも王様と呼べるサーヴァントが複数いるようだけど、いずれも君に判断を委ねているだろう」

「それはおれしかいないからだし。おれもやりたくてやっているわけじゃないんだけどなあ」

「でも、君が背負わなければならないのさ。未来は断じて、死人が背負うべきものではない。それが今、ここに生きるものの務めだよ」

 

 結局のところ、死人に責任を求めても、死人はどうもこうもできないのだ。

 今ある問題は、今に生きている人間か、未来の人間に託さなければならない。

 そして、未来は、今ここで切り開くしか託すことは出来ないのだった。

 

「いやだなあ。おれもしにたくなってきたぞ」

「君には同情するよ。この戦いなんて失う物のほうが多いよね」

 

 ダビデは、優しく微笑んだ。

 

「でも、きっと終わった後は好き勝手にできるって。多分、主もそう言っているよ」

「おい、惑わされるな。マスター。コイツは適当なことを言って、お前を言いくるめたいだけだ。絶対、これ以上の仕事を背負いたくないだけだぞ」

 

 アンデルセンが横やりを入れる。そして、カルナたち他のサーヴァントも主人の元へ近づく。

 

「だが。この男の言っていることは概ね正しい。誰かを頼ろうとするのは良いことだ。だが、誰かに縋ろうと醜い姿を見せるのは、サーヴァントのマスターとして相応しくない。いい加減誰かに、契約を打ち切られるかと冷や冷やしていた所だ」

 

 カルナにそう言われても、ロクサーヌは困惑するばかりだった。

 言っていることは大まかには分かるのだ。今の自分には何かが欠けているのだと、そんなことは分かっている。

 だが、自分の何が間違っているのか、根本的に何をすればいいのかが分からなかった。

 

「えー。まえもおもったけど、たよるとすがるはどうちがうのさ」

「君は君自身の王さまであるべきなんだと思うよ。それに多分、君に与えられている“それ“はそういう方向なんだと思うのだけど、違うのかな?」

 

 その言葉を聞くと、ロクサーヌは俯き、何かを考え始めた。

 自身の持つ力について、何か思う所があるらしかった。

 

「ま、そもそも僕らが王であるならまだしも、人様の奴隷であるなんてのも、ちゃんちゃら可笑しい話だよねぇ。僕は仕えるのに慣れてはいるけど、今回は御免だね」

「ほう? 良く在る雑種かと思ったが、貴様は中々に賢き選択をするではないか、羊飼い?」

「古の英雄王サマに褒められるなんて、光栄だねぇ。はっはっは」

 

 ギルガメッシュはダビデと共に、共に笑いあった。

 

「ところで、マスター。思っていたのだが、俺に何の不満があるのだ?」

「え? な、な、どうしてわかったの?」

「こいつの知恵に縋ろうということは、つまりはそういうことだろう。現状に不満があるとしか思えん」

 

 アンデルセンが、鋭い口調で責め立てる。何故、俺たちを信頼しないのか、と。

 

「えー。アンデルセンだって、おれはどうわさっかにすぎないって言ってたじゃん、で、月ではじっさいその通りだったじゃん。カルナやクー・フーリンだって、さくにほんろーされてばっかだったんだし。ギルガメッシュはまんしん王だし。ダビデのおうさまをかんゆうするおれのせんたくは、なにがまちがっているのさ」

 

 ロクサーヌとしては、カルナやアンデルセンは頼りになるとは思っているのだ。

 思っているのだが、正直、不満や不安がないと言えば嘘になる。

 ただ、本人たちの人生や来歴を知るロクサーヌとしては、彼らを頼り続けていいのか疑問には思っているのだった。

 

「そうか。そうか。そうだな」

 

 アンデルセンは今まで見たことのないほど俯いている。

 ロクサーヌが見るに、どうやら面倒くさいおっさんの心を傷つけてしまったようだった。

 

「ごめん。アンデルセン。おれがむしんけいだった」

「いや、お前の懸念は当然だ。俺もお前にはどうも、主人公性がないと思っていた所なんでな」

 

 アンデルセンとロクサーヌは、ダビデの方を見る。

 見つめられても、ダビデは何でもないように笑っているばかりである。

 

「大丈夫。僕なんかがいなくたって、今の君が間違えなければ、きっと人理は守られるだろう。この程度の試練も楽々と超えてみせるだろうね」

 

 

 

 

 話は第四特異点、死の霧に包まれたロンドンでの話になる。

 

 そんな特異点に召喚された者(というか他の召喚に無理やり付いてきた)の中に、玉藻の前というサーヴァントがいる。それは狐耳で、妖しく着物を着こなす女性の姿をしていた。

 玉藻の前といえば、日本三大妖化生の一角であり、紛れもなき反英霊である。その美貌と博識から帝の寵愛を受け、人でない故に追われ、撃たれた怪物。

 

 とはいえ、彼女には人知れぬ生まれがあった。

 彼女こそは天照大神の一部にして生まれ変わり。人に憧れた御魂のなれの果てであるのだ。

 

 そんな彼女の望みはただ一つ、生前と何ら変わりなく、人に尽くすこと。

 そんな思いを秘めて彼女はイケ魂を欲せんと、旅行感覚でこの世に彷徨い出たのであった。

 

「え、えーと。へーい、かのじょ。おれでだきょうしない?」

 

 だったのだが。これはどういうことなのだろうか。

 

 目の前には、明らかに何所ぞの神による、作りもののマスターの姿があった。

 背後には、どいつもこいつも月で見知った顔である奴らが揃っていた。

 というかこの場に、自分と同じ太陽神の系列が二人もいるのはどういうことなのだろうか。太陽神の威光はそんなに安いものだったのか。

 

 コイツ等、何かがおかしい。カルデアの面子を見て、玉藻の前はそう思わざるを得なかった。

 

「えーと、何でしょう? 新手の軟派(ナンパ)? ですか?」

「そう」

 

 どうやら、冒頭の台詞はナンパであっているようだった。マスターがナンパということは、どうやらサーヴァントである自分を欲しているらしい。

 

「なるほど。ですが、どうして私でしょうか? それだけの戦力が揃っているなら、私、要らなくないですか?」

 

 言っちゃあ何だが、玉藻の前はそんなに強いサーヴァントではない。

 太陽神の系列であるが、化生扱いであるし、何よりキャスターでしかない。

 超級の呪術使いではあるが、自分で自分の能力を嫌っているのも相まって、強いサーヴァントとは言えないのだった。

 

 玉藻の前としての頭脳や美しさぐらいは誇れるだろうが、そんなのをこの場で誇ってどうするのか。

 未知魍魎の策略も、傾国の美しさも、古今東西から見ればありふれたものであろう。

 

「それでもきみが欲しいんだ」

「えーと。その、そこの。これはどういうことですか?」

 

 とはいえ、これは理由を聞くべきだろう。玉藻の前は、アンデルセンの方を向いた。

 

「久しぶりだな。いや、この場合初めましてか? 俺に何の用だ、狐耳」

「確かに、時系列的に面倒くさいですけど。それで、彼女は“何”ですか?」

 

 これは説明不足であったが、人理が崩壊した以上、システム・フェイトの状態は極めて不安定な状態にある。

 故に、サーヴァントが本来知りえない自分の可能性を知っていたりと、通常なら不可解なことが起こり得る。

 玉藻の前がアンデルセンたちを知っているのも、その一環である。

 

「とうとうボケたか? 何って、サーヴァントのマスターだろう」

「そういうことを聞いているんじゃねーですよ」

 

 アンデルセンはむかつくぐらいに深く、ため息をついた。

 

「見損なったぞ。お前は人一倍人を見る目があるのだと、評価していたつもりだったのだがな」

「そりゃあ、私も人を見る目はそれなりに自信があると思っていますけどー」

 

 玉藻の前は眼を細めた。

 

「彼女、本当に人というか、ただのホムンクルスって訳でもないですよね? 見た感じ、こっち側の存在じゃないですか」

「お前もそこまでは見抜けるのだな。こちらとしてはだからどうした、と言いたいところだが」

「アンタ達が付いているのは納得できますけど。英雄王? よくコレに憑こうと思いましたね?」

 

 彼女としては、ギルガメッシュ以外の彼らが、仕えるものとして一流だと知っている。

 だが、どうしてもギルガメッシュの存在がおかしかった。コレクターにして孤高の裁定者たる彼が、存在が二・三流のマスターの元に附いているのは考えにくいのである。

 

「フン。此れも戯れよ。其れに、貢物が一流と為れば断る謂れは無いのでな」

「ああ、道理で。羽振りは良さそうですもんねぇ」

 

 英雄王サマはどうやら“何か”を鑑賞中のようだ。

 彼は人の業をも愛する孤高の王である。傾国の美女たる玉藻の前からしても、どうせ禄でもないことだろうが。

 

「で、どうするのだ? 契約しないのか?」

「ぬぬぬ。どうしましょう。見た感じ、どっちかっというとイケ魂というより、イケモンですし。でもー。ここを逃せばこれ以上の出番がー」

 

 何やらぶつぶつ独り言を繰り返す彼女。

 そんな中、アンデルセンが頭を下げた。

 

「こうやって、お前に頼み込むのは甚だ遺憾であるが。頼む。マスターのサーヴァントになってくれ」

 

 そんな彼の姿に、彼女は僅かながらに驚く。

 

「何で、また。私なんかに。他にもっと良いサーヴァントがいるでしょうよ」

 

 玉藻の前は、眉を潜めるばかりである。

 

「こちらも我がマスターからの情報で、候補は幾らか吟味しているのだがな。それでもやはり、お前や色ボケ皇帝ほどの逸材というのは中々おらんのだよ」

「それは何を根拠に? まさか私の体が目当てだとか?」

「それも否定はせんがな。お前がいるとマスターは色々と楽が出来るだろうな。俺もサーヴァントの端くれだ、俺なりに主人の体を気遣ってやりたいのだよ」

 

 カルデアは人理修復のため、日々サーヴァントの検討を行ってはいる。

 出来るだけ対応力を挙げるために、色んなサーヴァントを抱えたい所であるが、それでもカルデアがサーヴァントを簡単に増やさない理由がある。

 

 まず第一に、サーヴァントを増やせば増やすほど、ロクサーヌの負担が増えることがまず問題となる。

 第二に、今のカルデアで上手くやっていけるサーヴァント、というのが結構難しいのである。

 

 現状でカルナとギルガメッシュがいる時点で、下手したらクー・フーリンですら霞む程度の戦力である。

 つまり、下手なサーヴァントは邪魔なのである。

 

 勿論、性格的な問題もある。

 例えば、特異点セプテムでのネロは良いサーヴァント候補であった。

 しかし、ネロ本人がロクサーヌとギルガメッシュを嫌っていたことで、結局は触媒を貰えず仕舞いであったのだ。

 

 サーヴァントも人間だ。人類皆友達を実践するのは、中々に難しいのだった。

 

「さて、俺が思うに、お前は俺が持っていないものを持っていると感じている」

「私が、ですか」

「率直に言おう。お前の宝具と頭脳が欲しいのだよ」

 

 玉藻の前は、カルデアから見ても合格点なサーヴァントであった。

 規格外相当の呪術使いであり、その能力は防御と補助に向いている。

 その宝具は“水天日光天照八野鎮石(すいてんにっこうあまてらすやのしずいし)”。宝具本来の力を発揮できないでいる状態ながら、それでも魔力行使の代償を無くすだけの力があり、サーヴァントの全力を引き出すにはとことん向いている。

 本人自身も仕える者として相当に心構えができていて、頭も切れる。補助役、あるいは参謀役として、今のカルデアでも十分に機能することだろう。

 

「後衛ですか。でも、貴方と英雄王がいれば、私はいらないのでは?」

「バッカ、お前。アレと童話作家に何を期待しているのだ? そもそも俺があの月で何を残せたと思っているのだ?」

 

 玉藻の前と比較するに、アンデルセンは“はずれ”とも言っていい。

 著作にちなんだ魔術もどきは扱えるが、実力はキャスターとしての平均を下回っている。

 宝具は一人の人間を完成させる力があるが、本人が気難しく、完成には時間と当人の素質が必要である。

 仕えるものとしては一流だが、元々がそんなに頭が切れるほうではない。彼の特異性を勘定しなければ、補助役としてはるかに玉藻の前に劣るであろう。

 

「月での俺は、俺なりに良い、いや、俺にとっては最高のマスターに出会うことができた。だが、思えばそれでも正直、お前たちには負けて当然だったと思っている。俺のような三流では、キアラに、魔王の役しか用意出来なかった」

 

 彼の人生は苦難と絶望に満ちていながら、何とか己の光を見出そうとあがいている。

 アンデルセンとはそんなサーヴァントであるのだ。死してその在り方は変わっていない。

 

 月の聖杯戦争では、己のマスターを神へと近づけ、そして“最弱”のマスターたちに敗北し、潰えることとなった。

 仮初の肉体にはその記憶が刻み込まれている。

 

「お前は、月での記憶をはっきりと持っていないようだが。あの“ご主人様”とやらに出会う予感はあるのだろう? 俺が思うにあれは、凡庸だが(まこと)に良い主人公様だ。俺のような三流には附くことも許されないぐらいにな。そんな輩に憑くお前は、十分に一流だよ。腹立たしいことだが、それだけは認めてやろう」

「それを持ち出すのは卑怯でしょうよぅ」

 

 だが、サーヴァントとして最低の幸運を持つ、この惨めで哀れな下僕にも、己のプライドというものはあるのだ。

 サーヴァントとしてあるからには、己の読者(マスター)に素晴らしき夢を。

 彼はひねくれ者ではあるが、読者への奉仕精神というのを心得ているつもりであった。

 

「このマスターは結構なロクデナシだが、まあ、これでも人間のために戦うような存在だ。どうだ。これも練習と思って仕えてくれないか?」

 

 しばらく玉藻の前は考えていたが、やがて、大きなため息とともに頷いた。

 

「はあ、わかりました。これを逃せばしばらく暇でしょうし。私が人の役に立てるのであれば、異存は我慢しましょう」

「すまんな。感謝する」

 

 こうしてロクサーヌのサーヴァントに、玉藻の前が追加されたのであった。




アンデルセン「さーて、来週の人理修復は? やめて! カルナの日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)で、身体を焼き払われたら、最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)で神に近づいた獅子王の精神まで燃え尽きちゃう! お願い、死なないで獅子王! アンタが今ここで倒れたら、円卓の騎士との約束はどうなっちゃうの? 勝機はまだ残っている! ここを超えれば、カルナに勝てるんだから! さて、次回は、“小夜啼鳥の悲鳴”、“アルジュナ、無念の中で散る”、“獅子王、死す”の三本です。来週もまた見て下さいね。ジャン、ケン、ポン! デュエル☆スタンバイ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真の英雄との戦い/"新た”なる最大の力

”原作キャラ死亡”にあたるであろう表現があります。ご注意を。

いやまあ、サーヴァントは皆、死んでるんですけど。
これは必要だったとはいえ、ちょっと、うん。


「貴女は病気です」

 

 軍服に身を包む女性は、ロクサーヌを一目見るなり、そう言い切った。

 彼女はバーサーカー、ナイチンゲール。この特異点アメリカの地で召喚されたサーヴァントの一人である。

 

心的外傷後ストレス障害(PTSD)、統合失調症、不安障害、解離性障害。何故こうなるまで放っておいたのですか! 貴女には今すぐにでも休養が必要です!」

 

 ナイチンゲールは目の前のロクサーヌにではなく、自分に対してそう言い聞かせた。

 

 さて、ナイチンゲールといえば、“クリミアの天使”の異名を持つ看護師にして統計学者である。

 その特徴を一言で表すのなら、人の話を聞かない。それこそが彼女の成功の秘訣であり、彼女の信念なのだ。

 たとえ患者をぶち殺すことになっても、患者を救ってみせる。彼女は本気でそう思っており、それを実行に移すことに一切の躊躇いが無い。

 故に英雄、故にバーサーカー。

 

「こちらに患者を差し出しなさい。これは警告です」

 

 ロクサーヌはカルナの影に隠れるが、ナイチンゲールはそれを許さない。彼女は腰に差したペッパーピストルを抜き、威嚇射撃として発砲した。

 弾はカルナの胸に命中したが、撃たれた本人は血を少し流しただけで、まるで意に介していない。

 

「なるほど。通りでマスターがこの女を避けたがっていたわけだ。まるで全てを救わんとする機械だな。病的なまでに、目の前の人間しか見えていない。お前の存在は今の我々とって障害でしかないようだ」

「医療行為の邪魔をする気ですね」

 

 ロクサーヌをカルナから引きはがさんと、ナイチンゲールはカルナに組み付く。

 しかし、カルナもまた英雄。

 ナイチンゲールは狂化の特性により強化されているとはいえ、それでもカルナはびくともしない。あまりにも、二人の地の力が離れすぎているのだ。

 

「ククク。狂犬の中にも、面白き雑種はいるのだな。つくづく()の世界は狭いようで広いものだ」

 

 と、そんな中ギルガメッシュが、趣味の悪いにやけ面を隠そうともせずに現れる。

 ナイチンゲールが黄金の姿を見ると、顔を険しくした。

 

「なるほど。貴方が病気ですか」

 

 彼女の言葉を聞くと、彼はその朱い眼を大きく見開いた。

 

「ク、ハハハハハ!? 我を前によくぞほざいたものだな? 雑種の分際で、この我を病原呼ばわりか! ククク、そうかそうか」

 

 暫く、彼は笑い続けていたが、やがて彼の持つ宝物庫の門を開いた。金色の波紋が広がり、数本の武器が顔を覗かせる。そしてその先は、ナイチンゲールの方を向いている。

 

「だが、所詮は狂犬よな。我も寛容だとはいえ、流石に病原呼ばわりは許容できん。貴様はここで死ね」

 

 武器はナイチンゲールと放たれ、彼女の身体へと突き刺さる。

 そのまま、後ろのめりに彼女は倒れた。

 

「え、えいゆうおう!?」

「霊核をやられたようだな。あれではもう助かるまい」

 

 ロクサーヌは、ギルガメッシュの方と、ナイチンゲールの方、そしてカルナを同時に見ようとしている。

 

 そんな中、カルナはいつもと変わらない顔をしている。

 何も思ってはいない、ということは無いだろうが、表情から気持ちを読み取れない。

 ただ、戦士としての勘から、ナイチンゲールの状態を見抜いていた。

 

「カルナぁ」

「マスター。あまり言いたくはないのだが、こうなることは分かり切っていたことだろう。いい加減、自分の行いの現実を見ることだ」

「で、でも」

 

 ロクサーヌは現実を認められず、うろたえるばかりである。

 

 結局のところ、超級のサーヴァントはその我もまた、超級であるのだ。

 彼女は、ギルガメッシュというサーヴァントを理解してはいた。この未来を予測できたことである。

 だが、その現実を認められるわけではなかったのだ。

 

「なるほど。貴女も、また、私と同じような存在ということですか」

 

 ナイチンゲールは武器が突き刺さったままの瀕死の身体を起こし、何とか立ち上がった。

 その顔はバーサーカーとは思えぬ、険が取れたように穏やかですらあった。

 

「ナイチンゲール?」

 

 彼女はゆっくりと足を引きずり、ロクサーヌの前に立つ。

 

「これを」

「え?」

 

 ナイチンゲールは武器により破れた上着を、自らさらに破いて脱ぎ。そうして上着掛けにするように、服をロクサーヌの身体へと掛けた。

 

「いいですか。全ての人間を、病から解放するのです。それが我々の宿命です」

 

 ナイチンゲールは、己とロクサーヌへと語りかける。

 その言葉は消滅に瀕してなお、力強い。

 

「ですが、忘れてはなりません。我々もまた人間という病であり、病から解放されるべき人間なのです。それを忘れないようにするのです」

 

 彼女は最後に、目の前の病へと、微笑みかけた。

 

「同胞に出会えたことに。この出会いに、感謝を」

 

 そうして、ナイチンゲールは、エーテルの塵となって、消えた。

 

「え?」

 

 ロクサーヌは、今起きたことに理解が追い付かない。

 これはどういうことなのか、彼女は何を伝えようとしたのか、何故彼女の服を託されたのか。

 

「なるほど。そういう方向もあり、か。」

 

 それを今、知るのは、周りのサーヴァントだけである。

 

 

 

 

 

 地を同じくして、特異点アメリカ。ここに、とある超級のサーヴァントが召喚されていた。

 波動を放つ大弓を持った色黒の青年、彼の名をアルジュナと言い、インド神話に語られし授かりの英雄である。

 その本質は授かり。様々な神や人間に支援されてきたからこそ、授かりの英雄。

 

「ふむ。()の世に雑種は数多かれど。貴様のような極上の雑種は極稀よな」

「くっ。ふざけるな! 英雄王! 貴様には戦士(クシャトリヤ)としての誇りがないのか!」

 

 そんな彼であったが、今、多くの傷を負い、倒れそうになりながら、必死に姿勢を整えていた。

 彼の目の前には、かつての宿敵であるカルナ、ではなくギルガメッシュが立ちふさがっていた。

 

「ふむ。そのような言葉が我の中にも、どこかにはあったような気はするのだがな。はて、どこであったか」

「貴様ァ!」

 

 彼は、アーチャーとして召喚されていて、敵対するギルガメッシュもまた、アーチャーである。

 弓兵としての技量は、断然、アルジュナが上である。

 ギルガメッシュの弓兵としての行いは、ただ、己の財をばら撒くだけである。

 

 しかし現状は、アルジュナが満身創痍であり、ギルガメッシュはかすり傷一つ程度。

 事は単純で、ギルガメッシュはあらゆる財をふんだんに使っているだけである。

 アルジュナの矢は無数の盾により塞がれ、雨霰のあらゆる武具がアルジュナへと襲い掛かる。

 

 これこそがギルガメッシュの強み。

 古今東西あらゆる財を集めた結果。

 あらゆる英雄の原点と頂点に立つ男の力。

 

 様々な神々の寵愛を受けたアルジュナも、それなりにやる気を出したギルガメッシュの前ではこの有様であった。

 

「私が、その男にどれだけ執着していると思っている! 神々の見ぬ地で私がその男と再び会い見え、一騎打ちで戦うことを、私がどれだけ渇望したかと思っている! 俺のことをその眼で見抜くのであれば、その男との戦いだけは邪魔をするな!」

 

 この恵まれた英雄には、未練というものがあった。

 かつてカルナとの戦いに勝利した彼は、勝利にも関わらず空虚な心に満たされていた。

 かつて戦士(クシャトリヤ)としての流儀に反してまでカルナを殺したことが、彼の心を蝕んでいたのであった。

 だからこそ、もう一度見えることがあれば、その時は公正な勝負を。

 そう、思っていた、のだが。

 

「それは我への命令のつもりか? 不敬であるぞ。全ての決定権は我にあるのだ。貴様は、この我の望むがままに戦えばそれで良かろう」

 

 が、そんな思いも、ギルガメッシュによってあっさりと阻まれているのであった。

 この男が殺したいなら、まず、我を倒してみよ。

 いけえしゃあと、王様なのか戦士なのかよく分からない理屈で立ちはだかっていた。

 

「ククク。こうして神に愛された極上の獲物が、醜く己をさらけ出しながら。なお、獣のように地へ這いつくばるのを必死で抑えんとしている。そんな無様な姿は、何とも滑稽よな? なあ、模造品?」

 

 ギルガメッシュとしては、神代の戦士が神の手を借りずに戦い合うというのは、それなりに心惹かれるものがあるのだが。

 それを加味しても、この目の前の愚か者を前にして。己の中から湧き出る嗜虐心が抑えられなかったのであった。

 

「もう、いやぁ」

「悪趣味だ。お前も、マスターも、見るに耐えん」

 

 ロクサーヌとしては、アルジュナとはカルナと適当に戦わせ、屈服させた後に仲間に勧誘しようと思っていたのだった。

 カルナは神々の妨害を受けた身である。本来ならカルナの方が格上であり、十分に勝算のある計画だったのだが。

 

「何だ。これが、お前の望むものではなかったのか? この我を呼んだということは、つまりはこういうことよ。我の偉業を、確とその眼に焼き付けるがよい」

 

 それを、ギルガメッシュが余興でぶち壊しにしていた。

 彼女がギルガメッシュを止められるはずもなく、嫌々ながらギルガメッシュの蛮行を見逃していたのだった。

 

「カルナ! お前は何故、平然でいられる!」

 

 アルジュナは苦痛に悶えながら、叫んだ。

 視線の先には、冷酷なまでに静かなカルナの姿がある。

 

「お前は、私との一騎討ちを望まないのか! お前は、あの戦いに、未練はなかったというのか!」

 

 この男が、己との戦いを望まないはずがない。

 あれだけの妨害を受け続けたのだ。卑劣な行いの中で命を落したのだ。

 己との公正なる再戦を、武人として望まないはずがないのだ。

 

「確かに、お前ほどの戦士(クシャトリア)に、再び一騎打ちを望まれるとは。この身はただの槍の身であるが、これ以上の喜びはない。オレはあの戦いに後悔はないが、未練が無いというのは嘘になる。願わくばオレも、神の手の入らぬ場での一騎討ちというものをしてみたいものだな」

 

 カルナは淡々と口にする。

 その言はいつものように本音でありながら、彼には珍しく己の欲というものが垣間見えていた。

 

「だが、お前とのこうした形の再会に、こうした形での戦いになることに、疑問を挟む余地はない。この再会は、紛れもなく必然だった」

 

 それでも、アルジュナの呼びかけを断っていた。

 この惨状を、それでも是であると全て肯定していた。

 

「今回は、ただ。間が悪かった。オレにはそう思う」

 

 その言葉に、アルジュナは絶句するばかりである。

 

「馬鹿な。ありえん。お前はこの好機を、みすみすと逃すつもりなのか。お前はそれで良いのか」

「マスターもこれは望んでいなかった。だが、これもマスターが選んだことだ」

 

 彼らは戦いたい衝動に駆られている。しかし、それでもカルナは揺るがない。

 己はただの槍であることを、カルナは貫こうとしていた。

 

「ガハァ!」

「ここまでだな」

 

 何度目かの、ギルガメッシュの追撃を食らい、とうとうアルジュナの身は地に倒れた。

 最早、素人のロクサーヌの眼にも、彼が致命傷であることは明白であり、それほどまでに損傷していた。

 

「最後はせめて、貴様の手で葬るが良い。我が貴様に施しをしてやろうではないか」

 

 己の玩具で遊びきったギルガメッシュはアルジュナの弓を拾い上げ。突如それまでしていた笑みを消し、霊体化により姿までも消し去っていた。

 

「感謝する。こういう施しは、オレは慣れていないのだが。感謝するべきなのだろうな」

 

 カルナはアルジュナの傍らに立った。

 アルジュナは辛うじて顔を動かし、カルナの方、ではなくロクサーヌの方へと向けた。

 

「カルデアと言ったな。恨むぞ」

「ごめん」

 

 ロクサーヌは、自分の非を認めていた。

 この場は、ギルガメッシュを抑えることができれば、こうはならなかったのだ。それができなかった、そして、この場を招いた自分が、結局全て悪いのだろう。

 

「そうか」

 

 何としても、カルナと戦いたかった。だが、そう素直に謝られると、アルジュナは怒りをぶつける先がない。

 終わった理不尽に対して、この場でみっともなく叫ばないだけの高潔さは、アルジュナは持っているのであった。

 

「私は。何が間違っていたのだろうな。思えばお前と敵対しようと、初めから決めつけていたのが間違いだったのかもしれん」

 

 そうして、自らの行いを反省する。

 冷静に考えてみれば、妥協できる道があったのではないか?

 

 なぜ、出会ったらすぐさま殺そうと思っていたのだろう。焦らず、全てが終わった後に、勝負をつけようとしても良かったのかもしれない。

 自分は死んでしまったが故に、生前の思いにとらわれ過ぎていたのかもしれなかった。

 

「カルナ。すまない。私は、何もかもが間違っていたようだ」

「アルジュナ。何を謝ることがある」

 

 アルジュナはカルナの方を向いて、謝る。が、カルナは謝罪を否定する。

 

戦士(クシャトリヤ)として公正な戦いを望む。お前の願いは、この上なく正当なものだった」

 

 それどころか、アルジュナの思いを全て肯定していた。

 

「それを邪魔したのはオレの我儘で、オレに非がある。オレは厚かましい男だと自分でも思う。オレがただ、お前に相応しい戦士(クシャトリヤ)でなかっただけだ」

「それは。そんな、はずはない」

 

 それは、違うだろう、とアルジュナは否定する。

 お前の主人が、そして、もっと根本的な問題である自分が悪かったのだ。

 なぜ、そこまでして自分のことを肯定しようとするのだ。

 

「カルナ。これは、お前の見た光景ではなかったのか? 私に討たれる時のお前は、こんな気持ちではなかったのか?」

 

 訳が分からなかった。アルジュナには、理解ができなかった。

 

 分かることは、英雄王はカルナを認め、自らを貶めようとする気概があった。

 であれば、形は歪だが、彼はカルナの方に肩入れしていたのではなかろうか。

 カルナの味わった屈辱を、自らに味あわせようとしていたのだろうか。

 

「それも違う。お前に討たれるとき、オレはこの上ない喜びを感じていた。オレは幸運だった。そして、今もそうだ。この出会いもまた、喜びに溢れている」

 

 施しの英雄であるカルナと、授かりの英雄であるアルジュナの間には、大きな溝がある。

 カルナはアルジュナを理解できるが、アルジュナはカルナを理解しにくい。

 

 それを理解していながら、カルナは言葉を紡ぐ。お互いに理解できるものだと信じて。

 

「喜び、だと。それに、この出会いには、とはどういうことだ?」

「ああ。こうして時空を超えて、我々は出会ったのだ」

 

 こうして、二人が再び出会ったことは奇跡だった。

 このようなことが二度あるかどうかは、時空が数多あれど、あるかはどうか分からない。

 

「ならば、また次に出会うこともあろう。その時こそ、全力を尽くしてお互いに殺し合うとしよう」

 

 それでも、カルナは約束する。

 少なくとも、“ない“ということはないと、こうして証明されたのだ。

 ならば、信じていれば、また、出会うこともあるだろうと。

 

「なるほど。納得はできないが。そう考えるのが、少しは良いのかもしれんな」

「ああ。まだ、この機会を失っただけだ」

 

 二人はそうして、笑った。幾多数多の英雄が、かつて浮かべたように。

 

「また会おう、カルナ」

「ああ。また会おう、アルジュナ」

 

 そうして、カルナはアルジュナの首を討った。

 

 

 

 

 

「みんな、おねがい!」

 

「また私に、絶望を与えようというのか!」

 

「はいよっと。水天日光天照八野鎮石(すいてんにっこうあまてらすやのしずいし)。あとはヨロシク」

 

「やめろ。やめてくれ」

 

「友よ。出番だぞ、天の鎖(エルキドゥ)!」

 

「何故だ。何故、こんなことに」

 

「全呪開放、加減は無しだ。絶望に挑むが良い。噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)!」

 

「人間! これがお前たちのやることか!」

 

「神々の王の慈悲を知れ。インドラよ、刮目しろ。絶滅とは是、この一刺。灼き尽くせ、日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)

 

 

 

 

 

「かっちゃった」

「これって、勝利で良いんでしょうかねえ」

「何を言う。これぞ実に良き勝利よ」

「ああ。お前の勝利だ」

「勝ったな」

 

 第六特異点、数多の信仰混ざり合う聖都エルサレムの地。

 ロクサーヌたちは、また一つ、人理を脅かす脅威を“修復“していた。

 だが、その表情は様々で、特にマスターであるロクサーヌの顔は優れなかった。

 

『何だろう。確かに、喜ばしいことなのはずだけど。彼の表情を見ると、すごく申し訳ない気がするよ』

「まあ、そう思うのも間違いではないだろうな。流石の俺もアレには同情する」

 

 ロマニは通信越しに、コメントを残す。

 カルデアから少し離れた先には、湖の騎士にして裏切りの騎士、ランスロットが何ともいえない顔で佇んでいた。

 

「これで、良かったのだ。これで。これで」

 

 ことの始まりは彼女、聖剣の返還が成らなかった故、聖槍ロンゴミニアドに飲まれてしまった騎士王。そのifであるアルトリア・ペンドラゴンがこの特異点に到達したことによる。

 彼女、いや、女神ロンゴミニアドは、人理崩壊を起こしたゲーティアの手から逃れるべく、その槍の権能をもって“理想の人間”のみを保管しようとした。

 とはいえそれは、他の人間を切り捨てることと同意である。そのような歴史は“あってはならない”。

 その存在を認められぬカルデアにより、この地において、カルデア対女神ロンゴミニアドの戦いが、ここに始まった。

 

 それがこのざまである。

 初めは威力偵察のつもりだったのだ。次々と現れる円卓の騎士を倒しているうちにエスカレートしていき、最後にはその場のノリでロンゴミニアドを倒してしまったのであった。

 

「かえろう。もうこのちは、これでいい、だとおもう。たぶん?」

 

 おかしい。こんなはずではなかったのに。

 もっと愛とか、奇跡だとか、巡りあわせがこの地にあったはずなのに。

 どうして自分たちは力づくで全てを解決しているのだろう。

 

『わ、わかった。じゃあ、これからこの地からの退去を行うよ』

「ああ、ちょっと待ってくれないかな」

 

 レイシフト先からの撤収を行うそんな中、老人のような、それでいて若者のような。白髪の人物がロクサーヌたちへと近づいてきた。

 杖を持ち、白いローブを着込み、まさに彼は身は職を表すといったところか。

 

「やあやあ。我こそはキャスターの中のキャスター、マーリンお兄さんだよ」

「フォーウ!」

 

 彼こそは、アーサー王伝説に登場する花の魔術師マーリン。

 彼は伝説の預言者にして、物語のトリックスター。

 その足元には、白い毛玉のような獣がちょこんと座っている。

 

「ほう、貴様は。そしてその獣は」

「なんで、マーリン、とキャスパリーグが? でも、あー、やっぱりそこにいたんだ。よかった?」

「フフフ。どうして私がここにいるかって? それはね。それは企業秘密なんだ」

 

 彼は再び人と出会えたことに喜び、笑みを浮かべていた。

 本来の彼は、アヴァロンの塔に幽閉される身である。

 彼のその笑みは紛れもなく本物で、屈託のないように見える。

 

『今更、キミが何をしに来たんだい? ひょっとして、アーサー王を倒したことに問題が?』

 

 ため息をついて、ロマニは知人であるマーリンへと問う。

 彼は伝説のキングメーカーにして、トラブルメーカー。

 今の自分には分からないことではあるが、彼が何かしらカルデアに関わっているのかもしれない。

 ひょっとしたら、何も関わってないかもしれないが。

 

「いや、それはもういい。君たちがほとんど解決してくれたからね。だけど、ちょっとした小言と、応援をね」

「こごと?」

「何、君にも分かってることさ」

 

 それはまるで、天気の話をする口調で、彼は語りだした。

 

「“君は美しくない”。私が言いたいのはそれだけだよ」

 

 魔術師マーリン。彼は最高位の魔術師にして、世界を見通す千里眼を持っている。

 カルデアの道中を見守っており、その真意を見抜いた上での感想がそれだった。

 

「で、でも。マーリン。このせかいには」

「それも分かってる。この世界に君の言う“主人公たち”はいないのだからね」

 

 人と夢魔の混血である彼の望みは、人間の“美しいもの”を見ることである。言うなれば、ハッピーエンドを。

 彼が望んでいたものは、まさにそれであったのだが、彼はこの物語でそれが手に入らないことを見抜いていた。

 

「その代わりを君に任せるのも酷だしねえ。しかし誰だい、君なんかに世界を任せるお馬鹿さんは。君にそれを言うのはお門違いだけど、どうしても愚痴らずにいられないよ」

 

 ロクサーヌの姿は美しかったが、その本質はまるで醜い獣だ。

 彼女は大したことをしていないくせに、彼女にとって望ましい結果というものを得続けていた。

 しかも、それを本人が望まないうちに望んでいるという。

 こんな存在は彼にとって、不愉快極まりなかった。

 

 花のように人を愛していると思い込んでいる、そんな彼に目の前の彼女は醜く映った。

 

「お前がそれを言うのか? 花の魔術師よ。かつて王に選択を迫って面白がっていたお前の行いと同様に、その言動は人として逸脱している。オレには亡霊でもない分際で、再び同じ生を繰り返しているようにしか見えないのだが」

「フン。醜いと思うなら、任せるのではなく自分で推敲すれば良かろうに。何でも知った気になっている癖に、そんなことも分からないのか? それだからお前の手がける作品はハッピーエンドとしてドのつく三流なのだ」

 

 とはいえ、本質を見抜いているのはお互い様である。

 カルナとアンデルセンは、マーリンのことを勝手に評していた。

 結局の所、酷い存在はマーリンもそうであるのだから。

 

「施しの英雄と校正者は手厳しいねえ。ああ、本当。自分が嫌になるよ。私だって、何もしていない訳がないじゃないか。なのに何で、何でこんなことになるんだ」

 

 因みに、誰だいだとか、何で何でと言いながら、何故かは彼も分かっていた。

 結局何もかも、ロクサーヌの存在が悪いのだ。

 それはあくまで彼の主観であるが。

 

「フォウ。フォーウ!」

「何だい、君まで彼の肩を持つのかい」

 

 獣、キャスパリーグはロクサーヌに向かって吠える。

 怯えるでもなく、警戒するでもなく、何かを伝えようと吠えていた。

 

「キャスパリーグ? おれは、おれはおれでよかったのかな?」

「フォウ! フォウフォーウ!」

 

 ロクサーヌも、自分でも美しいものを見せられないと分かっている。

 だが、どうしても、自分というものを肯定して欲しいのだ。

 

 キャスパリーグと言葉は通じないが、何だか励まされている気がする。

 獣である彼に励まされるのは、何だか変なものではあるのだが。

 

「ま、いいさ。ノーマルエンドは嫌だが、バッドエンドは懲り懲りだ。微力ながら、私も応援させてもらうよ」

 

 そうして、マーリンたちの姿はぼんやりと消えていく。

 

「それじゃあ人理修復、頑張ってね」

 

 再び瞬きする頃には彼らの姿は消えていて。後には何も残らなかった。

 それは最初から存在しなかったかのようだった。

 

「本当に応援するだけだったな。なるほど、人でなしだな」

「マ、マーリンはキャスパリーグをおさえるしごとがあるから」

 

 そうして、かの魔術師マーリンが、彼女たちの前に現れることは二度となかったのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Born This Way

 ―夢を見た。

 俺の見たことのない、だが知ってはいる風景を。

 

「そう。我々はついに辿り着いたんだよ。争いも飢えも、差別も偏見もない、理想の世界に」

 

 俺がこの風景を見ているのは、何でだろうか。

 だが、盾の少女がこの世にいない以上、こういうこともあるのだろうと一人納得する。

 

「死から解放された。命の虚しさから解放された。オレたちは今、この上ない幸福にいる」

 

 彼らは笑っている。

 永遠の中で、何も憂い事はない、と。

 しかし、俺は彼らの笑みがどこまでも空虚であると知っている。

 

 いや、今なら分かる。

 そこには■がいないのだと。

 

「魔神王、どうして俺にこの光景を見せる。この俺にすごーいとでも言ってほしいのかな」

 

 突如として、空間が凍り付く。

 そして、そいつは現れた。

 

「どうしてだと? 定められた命から解放され、死の恐怖から解放され、あらゆる不安から解放された」

 

 豪勢な衣装に身を包む魔神王、ゲーティア。ソロモン王の遺体にとりついた魔神柱の集合体。

 ソロモン王でありながら、ソロモン王でない。ソロモン王ですらたどり着けなかった全能者。

 

「可能な限り、人間にとっての幸せを実現した世界。それのどこが不満なのだ。ロクサーヌ」

 

 第五特異点でもそうだったが、不思議と圧を感じない。

 目の前の魔神王が持ってるはずの、あるはずの力を感じなかった。

 例えるなら、そう。出来の悪い子に語り掛けるように、穏やかですらあった。

 

「君も心の底ではコレを望んでいるのではないか? 辱めを受け、その上で祀り上げられた女よ。“ただ何事もなく、生き続ける事ができる”。その素晴らしさは君だからこそ理解できると思ったのに」

 

 マシュ・キリエライトは、目の前の魔神王にどう答えたのだったか。今となっては、よく覚えていない。

 たしか、死を乗り越えようとするからこそ生がある、だったか。

 

 しかし、この俺では、汚れてしまった自分では。

 清らかな心を持たぬ自分では、生き続けるだけの永遠に価値はないのだと、そう言えるのだろうか。

 だが―

 

「悪いな。何故、お前が俺の前に現れるのか、その理由は分からんが。何だろう。まさか俺を案じている、という訳ではないだろうけど。否定させてもらうよ」

「ほう。何か理由があるのかね?」

 

 理由か。

 さて、俺は何故、人理修復を続けているのか。

 辞めたいと何度思ったか。“主人公”がいればと何度思ったか。

 

 そうは思っても、俺は未だ辞めずにいる。

 その理由が、俺にもあったはずだが、何だったか。

 

「アダムとイブは蛇に唆され、禁じられた実を食べたが故に楽園から追放された。人間は原罪を背負う宿命にあるのだ」

 

 何か言おうと思うと、自然とその言葉が口に出た。

 

「永遠の生命は、お前の決めることではない。私はその時を待つのみ」

 

 魔神王は、目を細めた。

 しかし、俺の言葉に怒っている、という訳でもなさそうだ。

 何か、意外だ。お前はそんな顔も出来るのか。

 

「つまり、私は君の主ではないということだな。なるほど。君は私の嫌がる答えを的確に選んでいる。だが、それは君の本心ではないだろう。君のそれは言わされているだけだ」

「人の上に立つものは、断じて獣ではないぞ。魔神王」

 

 ただ、少なくとも。俺の求めたものが、魔神王の提案の先にはないのだと。

 それだけは、何となくそう思っている。

 今の自分は、そんな状態なのだ。

 

「嫌われたものだな。何故、君がそこまで私を嫌うのか。何もかも、私に求めるだけで楽になれるというのに。理解に苦しいが、良かろう。残念だ。非常に残念だが」

 

 確か、魔神王の性格は、対面するその人に近い性格が出るのであったか。

 であれば、この魔神王は自分に近い性格をしているのだろうか?

 それだけではなかったはずだが、なんだったかな?

 

「魔神フラウロスから君の話は聞いていた。神に作られた定命の者が、我々の正体と目的を見切った上であがいていると」

 

 はて。自分とは何であったか。

 

 頭が、痛い。何も、考えたくない。

 

 ―何も、考えるな。君はもう、手遅れ故に。

 

「君は“こちら側“であると、今まで特別視していたが。いや、そうだな。まだ、今はその時ではない」

 

 魔神王のその姿が消えていく。

 そして、この夢の空間も次第と消えていき、意識がだんだんと覚醒していく。

 

「また会うとしよう。君に希望は、まだ残されている」

 

 

 

 

 

 第七特異点、絶対魔獣戦線バビロニア。

 そこはまさに考え付く限りの地獄だった、とだけ言っておこう。

 語るに語れないほどの押し寄せる“人類“により、一種の絶望というものをカルデアは教わることになったのであった。

 

 とはいえ、黙って倒されるカルデアでもない。

 これまでに培ったノウハウを活用し、現地の英雄たちと十二分に協力することを行い、カルデアはその地を修復するに至った。

 

 こうして、全ての特異点が修復された。

 しかし、最後の敵である魔神王は、すぐそこまで迫っている。

 よって残すは、敵の本拠地に乗り込み、諸悪の根源を打ち倒すのみである。

 

 カルデアに残された時間もあと僅か、決戦の時は近い。

 

「そうか。ではみんな、最後の休みに入ってくれ。その間、ここの様子はボクが見ているよ」

 

 部屋のスタッフたちは了解して、それぞれが仮眠へと入っていく。

 彼らは第七特異点から仕事を続けていて、誰も彼もが疲れている。

 しかし、ここからが本番であるのだ。だから彼らには、少しでも休憩が必要である。トップであるロマニはそう判断した。

 

 ロマニが辺りをぼんやりと見渡していると、自らも疲れからウトウトしだす。

 そんな中、誰かが部屋に入ってくるのを見て、その意識を急速に覚醒させる。

 

「やあ、ロマニ」

 

 万能の人こと、レオナルド・ダ・ヴィンチである。

 彼女も、自らの仕事を多数抱えているはずなのだが、どうしてか此処に現れていた。

 

「ダ・ヴィンチちゃん? 仕事はいいのかい?」

「何。私もちょっとしたリフレッシュさ」

 

 レオナルドは辺りのモニターを見渡すと、うんうんと頷いて。やがてロマニの方へと向いた。

 

「いよいよ。最終局面だね」

「うん。そうだね」

 

 長かったカルデアの旅も、最後はもうすぐそこ、という所まで来た。

 これまでは盛大な前座に過ぎないと言ってもいいかもしれない。

 いよいよ真に、人類の未来が決するときが来たのだ。

 

「ボクがカルデアに赴任してから、大雑把にみて十年間。長かったような、あっという間だったような。でも正直、まだ実感は湧かないなあ」

 

 感慨に浸るロマニを見て、レオナルドはクスリと笑った。

 

「ロマニ。もう終わった気になったのかい?」

「そうだね。まだ、早い、ね」

 

 ロマニがカルデアに貢献し続けて、ようやくこの時がやってきたのであった。

 かつての自分が残した負の遺産と対面できる機会がやってきたのである。

 彼の気持ちはいかに。

 

「ロマニ。君はどう思う? ロクサーヌちゃんは魔神王とやらに勝てると思うかい?」

「それは。流石に無理だろう」

 

 これからロクサーヌはサーヴァントを連れて、七十二柱の魔神とその集合体である魔神王に対面するのだろう。

 のであるが、ロマニはこちらの勝機はないと既に言い切っていた。

 

「幾らサーヴァントが強力でも、かの魔神王には遠く及ばない」

 

 確かに、ギルガメッシュやカルナは超級のサーヴァントである。ただし、所詮はサーヴァントでしかなく、本来の実力を持たない使い魔だ。

 対するは第一の獣、ゲーティア。カルデアはその力を第五特異点で観測したが、それはまさに“神”にも等しい力であった。

 例えるならこちらは戦闘機の小集団だが、あちらは核兵器を持った大国家だ。

 勝算は一つもない。

 

「ふむ。今の君はそう考えるのか。君は優秀だが、やはり失ったものが大きいと見えるね」

 

 勝算は無いはずである。

 しかし、それでもレオナルドは前向きであった。

 それどころか、ロマニの予想を否定していた。

 

「キミは違うと?」

「ああ。根拠がまだ不十分で、説明はできないがね。そんな予感がするのだよ」

 

 予感。漠然とした言葉ではある。

 だが、才ある二人にとっては、ある種の信憑性がある言葉ではある。

 

「予感か。以前だったら、分かったのかな」

 

 かつてはその手の才も、ロマニは十分に持っていたものであった。

 だが、今はただの人の身である。

 自らが王であった頃に比べては、どうしても足りないように感じる。

 

「ロクサーヌちゃんは、魔神王に対抗できるだけの“何か”を持っているのかな」

「持っていても不思議ではあるまいね」

 

 レオナルドは感慨深く、ため息をついた。

 

「思えば、彼女はどう見ても万全の状態ではなかった。しかしそれにも関わらず、ここまでたどり着いている。それがどれほどの力かは私にも分からない。だが、何かしらの力が働いていると見ていいだろう」

 

 こうして考えてみるとロクサーヌの存在は不思議だ。

 どうみても頼りない姿をしていて、いつ壊れるかハラハラしていたものだ。

 しかし、その不安を裏切り、今も壊れそうになりながら持ちこたえている。

 

「でも、聞く暇なんてなかったね。彼女も言ってくれれば良かったのだけど」

「基本、私たちは仕事してばっかりだったからねー。遠慮されちゃったかな?」

 

 ロクサーヌは“神”とやらが作ったホムンクルスだとは認識されている。

 しかし、少なくともこの二人はその力を把握しきっていない。

 知ることと言えば、健康診断で知れるようなことと、存在証明のための観測ぐらいである。

 彼女は精神薄弱で、妙に一部の英霊たちからの風当りが強かったような気がするのだが―

 

「そう。ボクはこの十年間、できる事は全部やってきた。だけど、この戦いが終われば、全てが終わる。これが終われば、ボクは。そう。ようやく」

 

 ロマニは何かを言おうとしたが、どうしてもその言葉が出ないでいる。

 

「あの魔神王がソロモン王であれば、グランドオーダーは人類の敗北という結果しか残っていないはずだった。でも、ロクサーヌちゃんが、ある可能性を示してくれた」

 

 ともかく、ロクサーヌはカルデアに貢献してくれた。

 彼女が示したのは、人類悪の証明。人理焼却の犯人の、正体とその目的。

 それが事実であるならば、魔神王には、ある決定的な“欠点”が存在していた。

 

「だけど。怖いよ。その時が来るのが」

「ロマニ」

 

 二人は互いに理解できる関係であり、信頼もしている。

 故に、その思いは互いに知るところ。

 

 その時により、我々の関係は終わる。だが、その別れがどうしても“惜しい”。

 

 空間に沈黙が流れる。

 

 そんな中、遠慮しがちな足音とともに、新たに来訪者が訪れた。

 ロクサーヌとそのサーヴァント、アンデルセンだ。

 

「ん? ロクサーヌちゃん。どうしたのかい?」

「おいおい、まだ時間には早いよ。君も疲れているのだから、もっと仮眠をとっておいで」

 

 決戦への時間としては、まだ余裕があった。

 トップの二人としては最後のマスターたる彼女に、万全の状態を整えてほしいのだが。

 

「いや、もう。そうもいってられなくってさ」

「何かあったのかい?」

 

 ロクサーヌは何か、困ったように言いよどむ。

 そんな主人を見かねて、アンデルセンが口を出した。

 

「サプライズだ、ロマニ・アーキマン。良いニュースと悪いニュースがある」

 

 アンデルセンは高く腕組みをしながら、語りかける。

 

「良いニュースは、俺の仕事が終わったことだ。感謝するがいい」

「え? ああ。そうか。完成したんだね。ロクサーヌちゃんへの宝具」

「おかげ様でな」

 

 アンデルセンの仕事とは、つまり、執筆作業である。

 アンデルセンの宝具、“貴方のための物語(メルヒェン・マイネスレーベンス)”を書き上げ、己のマスターを完成させること。

 それが、アンデルセンの仕事であった。

 

 本来ならロクサーヌという素材では、かつて彼が言っていたように、大した宝具の効果は見込めないはずである。

 だが、今回に限っては事情が少し異なっていた。

 

「この都度の旅は、俺にとって実に良いものだった。俺自身も驚くほど、執筆が良く進んだものだ。やはり旅というものは良いな。生前、俺も散々旅をしたものだが。時間旅行というものはその中でも格別らしい」

 

 アンデルセンが記したのは、今回の人理焼却の顛末全て。

 彼女が生まれ、そして終わるまでの物語。

 それを彼なりに書き記したのが、彼がしたことの全てであった。

 

 別に、ロクサーヌがこれで、何か成長した訳ではない。

 ホムンクルスである彼女は既に、“完成”している。

 

 ただし、アンデルセンによりロクサーヌは“物語の主役“となった。

 彼女は物語として、語られる存在になったという訳である。

 つまりそれが何を示すかというと、彼女は“英雄”として宝具を所持するに至ったのだった。

 

 宝具の材料は、カルナから譲り受けた鎧、聖人たちから貰った聖骸布、そして、ナイチンゲールから受け取った軍服の残骸。

 

「これだけでも、カルデアに来た甲斐があったと言える。その点ではお前たちに感謝をしてやらんでもない」

「ああ。そうだね。うん」

「たとえ、その出会いが、どんなに醜いものであってもだ。だが、出会わなければ、作家は書き続けられんのだ」

 

 気分よく、アンデルセンは語る。

 だが、ロマニの気は晴れなかった。

 確かに嬉しいニュースではあるのだが、それでも今後の不安は晴れないでいる。

 

「悪いニュースは、そうだな。お前の人生は、まだ捨てるときではない、ということだ」

 

 しばらく、時が止まったような錯覚を覚える。

 

「どういうことだい?」

「こんかいばかりは、ロマニのほうぐを、つかわなくってもすむってことだよ」

 

 皆の視線が、ロクサーヌに集中する。

 

「ロクサーヌちゃん?」

「やはり、か。君に何かあるんだね?」

「うん」

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 

 ロクサーヌの説明の後は、再び沈黙が支配した。

 そして、その沈黙を破ったのはレオナルドだった。

 

「なるほど。そういった力であれば、七十二柱の魔神全てを、かの魔神王を倒せるだろうね」

「正直、俺はこういう御都合主義に対して、納得はできんのだがな。嫌な結末だよ、全く」

 

 レオナルドは微笑みながら頷いていて、ロマニは押し黙っている。

 

「とはいえ、君のいう作戦に問題がない訳ではない」

 

 レオナルドの微笑みはそのままで、その温度が一気に下がった。

 

「ロクサーヌちゃんは、健康診断の最新結果を見たかい?」

「うん」

「それを踏まえた上で、はっきり言おう。君はその力を振るえる状態ではない。そうだろう? ロマニ?」

 

 ロマニは反応しきれず、ぼんやりとしている。

 

「え? ああ。うん」

「これまでの魔力行使と急激な環境の変化の連続で、君の心身はガタガタだ。そんな状態で君はその力を振るえるのか、私は甚だ疑問なのだが。サーヴァントである私だって、いつどんな時でも宝具を使える訳ではないのは知っているだろう? 生ある君なら猶更だ」

 

 ホムンクルスの一生は短い。

 生まれながらに完成しているが故、生まれた後は劣化していくのみである。

 

 それは神により作られたロクサーヌとて例外ではない。

 サーヴァントの維持による多大な魔力行使の連続と、レイシフトの連続で、ロクサーヌの心身は限界を超えようとしている。

 

「せめて、心の状態を整える必要がある。その準備を今から出来なくはないが。かなりの無茶をする必要がある。これを乗り越えたとしても、その先はないだろうね」

 

 限界を超えれば、その先はさらに短い。

 ここで無茶をしてしまえば、全てが終わった後、少しでも生きられるかどうか。

 

「君はそれでいいのかい?」

 

 そうなれば、君は死ぬ。

 そんな現実を、レオナルドは突きつける。

 

「おれは、こわいよ」

 

 ロクサーヌは、それにポツリ、と答える。

 

「でも、かくごはすでに、できている」

 

 そうして、ロマニの眼をじっと見つめた。

 

 

「何を迷っている? 心優しいオウサマ?」

 

 アンデルセンが問いかけることで、ロマニはようやく沈黙を破った。

 

「ロクサーヌちゃん。キミの知っての通り、ボクはソロモン王だ」

 

 ロマニは、とある一つの指輪を取り出した。

 

「ボクがこの指輪を使えば、全てを終わらせることができる」

 

 かつての魔術王ソロモン。

 そんな彼が、ただの人間としての生を聖杯に望んだ姿。それがロマニ・アーキマンという人間である。

 

 今の彼に残されている、ただ一つの宝具がこの指輪。

 これを彼が用いれば本当に、全てが終わる。

 彼の全てを引き換えとして、この物語を終わらせることができるのだ。

 

「それを知って、キミはその命を差し出そうとするのかな。正直、キミがこれ以上無理する必要はないと思っている。だってロクサーヌ、キミは―」

「ロマニ」

 

 ロクサーヌは主張する。

 それは、いつもの彼女らしくない決意が感じられる。

 

「おれは、あなたに。うつくしいものを見せられなかった。マーリンの言うとおり、おれは、うつくしくない」

 

 マーリンの言葉が、彼女に突き刺さっている。

 いや、彼女だけでない。この場に居るすべての者が、何かしらの形で自覚していることだった。

 

「でも、うつくしいものがなにかはしっている」

 

 しかし、それでも、美しいものを求めることを、彼女は諦めている訳ではなかった。

 

「おれがいうのもへんだけど。いのちをすててしまうのはかんたんだ。かつて、おれがいぜんをすてたように、ひとはかんたんにいのちをすてることができるのだろう」

 

 この場においては、全てをロマニに任せることで、解決するのだろう。

 ソロモン王が、その偉業を再現することで、全てが終わる。

 それが、彼女の知る本来の歴史であり、美しいものであった。

 

「でも、それは、ひょっとしたら。このばでは、それはうつくしくないのだとおもう。いまのロマニは、このよからかいほうされるより、このあとでうつくしいものを見出してほしいんだ」

 

 しかしそれは、この場この時においては、相応しい行いであると彼女は思っていない。

 自分が美しいものを見せられぬまま、彼にこの世を去ってほしくなかった。

 

「このせかいには、まだ、みるべきものがあるのだと、おれはしっている。たとえ、せかいのすべてをみしっても、まだロマニの生ははじまってすらないんだと。ロマニのしる人げんは、まだこんなものではないのだと。それをこれから、あなたにかんじてほしい」

 

 ロマニは、俯いた。

 彼の中で、名伏しがたい感情が渦巻いている。

 

 

「時間だ。アーキマン、選ぶんだ」

 

 レオナルドが選択を迫る。

 もはや、カルデアに時間は残されていない。

 

「ボクが、だよね」

「そうだ。この場では君がトップだ。君の選択でカルデアの今後が決まる。君が命を捨てるか。ロクサーヌちゃんが命を捨てるか。あるいは、皆で運命を共にするかだ」

 

 自らを犠牲に、問題を解決するか。

 ロクサーヌを犠牲に、問題を解決するか。

 問題を解決せず、穏やかな破滅を選ぶか。

 

「ロマニ、えらばなくてもいいけど。そのときはおれがいくよ」

 

 そんな中、ロクサーヌが胸に手をあて、ロマニの方へと歩み出る。

 

「おれは、あなたに“がんばって”なんておもってないんだ。じゆうないままに死んで、せっかくいきかえったのに。みをこなにしているひとに、もういっかいしんでとは。おれにはいえないんだ。ロマニはじゅうぶんにがんばっているんだから」

 

 ロマニの頑張りは、カルデアの皆が知っていることである。

 彼は足りない人材をその身で補い、薬で身を削りながら働いていた。

 レオナルドと共に、自分の領域を超えた仕事をこなしていた。

 

 ロクサーヌとしてはそんな彼に、これ以上の無茶をさせたくないと思っていた。

 美しいものも見れず、散々酷使しておいて、最後は自爆してではあんまりではなかろうか。

 

「おれはいぜんで、じゆうをしっている。でも、しめいとかにしばられて、ロマニはじゆうでないだろう? だから、いま、ここで、すきに“えらべる“というじゆうをしってほしい」

 

 以前の自分は、この上なく自由であった。

 そう思うと、目の前の彼はこの上なく不自由だ。

 使命やら生前からの因縁やらに縛られて、何の自由も無い。

 

「おれがこのよにいるかぎり、おれはもう、どうあがいてもおのれからにげれない。でも、ロマニにはにげるじゆうがあるのだと、おもっている」

 

 自分はもう、手遅れの存在だろう。

 だが、彼は違うはずだ。

 こんな世界だからこそ、“ただの人間“である彼はまだ、生きてもいいはずなのだ。

 

 突如として、ロマニは顔を抑え、体を振るわせる。

 

「は、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 

 そして、狂うように笑い出す。

 

 

「は、はは。そうか。これが、自由か。この感覚、久しく忘れていたな」

「ロマニ?」

 

 その顔は、今までより特にやつれたように見えた。

 

「わかった。ロクサーヌ、キミの好きにするといい」

 

 ロクサーヌは少しうつむいて、頬を緩ませた。

 

「ありがとう」

「ただし」

 

 ロマニは、ロクサーヌの眼を強く見つめる。

 

「これはボクのワガママになるのだけど。無茶なお願いだとは思っている。だけどどうか、生きてカルデアに帰って来てほしい。それを約束だけでもいいから、してくれないかい?」

 

 その言葉に、ロクサーヌは少し驚いたが、やがて微笑んで答えた。

 

「うん。やくそくするよ」

 

 そうして、ロクサーヌは準備に取り掛かるため、満足そうに部屋を出て行った。

 

 

 残されたのは、ロマニとレオナルド、そしてアンデルセンだ。

 

「お前がそのような選択をするとはな。どういう心持の変化だ? アーキマン?」

 

 アンデルセンが片目は細め、もう片方は大きめに開きながらコメントを残した。

 

 彼としては、ロマニの決断は意外に思えた。

 まさか、この男がこんな決断を下すとは。

 失意も喜びもある、そんな奇怪な感情がアンデルセンの中に芽生えていた。

 

「ボクは、何をやってるんだろう。ボクがトップなんだ。本来ならボクが責任を取って解決するべきなんだよ」

 

 ロマニは椅子に大きく寄りかかり、俯いている。

 

「でも、逃げて、って逃げないようお願いされたら、ボクはどうすればいいのさ」

 

 アンデルセンが見るに、ロマニ・アーキマンという男は小心者だ。

 強気だがチキン。王としての才あれど、善人に過ぎる。

 そして、何もかもを一人で解決したがる悪癖がある。

 

 そんな男だと勝手に思っていたのだ。

 

「してやられたよ」

 

 だからこそ、この決断は不思議だった。

 

「早速後悔しているのかい? 盟友よ?」

「うん」

 

 レオナルドもまた、ロマニの決断を不思議に思っている。

 同時に、友人である彼の決断に、不信を抱かないでもない。

 

「だが私は。どのような理由であれ、君の選択を尊重しよう」

 

 彼女から見て、この問題はロマニが解決するべき問題であろうと思う。

 ことの原因がソロモン王にある以上、ソロモン王が解決するのは道理に適っている。

 

 その上、今の彼はロマニ・アーキマンという人間だ。

 ただの人間である彼が、この戦いに勝利をもたらすのならば。この勝利は間違いなく“人間”の勝利であるのだから。

 

「自由って、こんなに辛いんだね。知らなかったよ」

「ああ。辛いさ」

 

 だが、レオナルドは悩める彼の姿を見て、彼を尊重しようとしていた。

 生きている人間が、悩みながらに決断を下したのだ。

 サーヴァントである彼女の、それ以上の口出しは無用であろう。

 

 それに、なんだかんだで彼が生きていてくれることが嬉しかったのもある。

 それがロクサーヌという犠牲の上で成り立つのは、何とも言えないが。

 

「でも、ボクは生きているんだと、ようやく思ったよ」

「それ、嬉しいか?」

 

 アンデルセンの突っ込みに、ロマニは少し戸惑い、弱々しく返答してみせた。

 

「よく、わからないや」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Heal The World

これが、自分が描きたかったもの、なのですかねえ。
いざ描いて見ると、なんだかなあ。

とにかく、これで蛇足編は終了です。
自分はこれで満足したので、これで満足できないなら、まあ。
君もFGOの小説を書こう、としか言えません。

自分は、もうしばらく小説は書きたくない。


 西歴二〇一六年,冠位時間神殿ソロモン。

 この場所が時間旅行の終焉にして、最終目標。

 ソロモン王を騙る者の玉座であり、ゲーティアたちの本拠地である。

 

 そんな地に人類最後のマスターであるロクサーヌは、サーヴァントも連れず一人でこの地に赴いていた。

 当然、考えなしに単身で突っ込んだ訳ではない。

 カルデアの職員たち、そしてサーヴァントたちと良く話し合ったうえで、ロクサーヌはこの選択を選んでいた。

 

 とはいえ、そこは敵の本拠地である。その光景は、ロクサーヌの想像を超えていた。

 イメージとして見知ってはいたけど、実際にここへ訪れたわけではなかった故に。

 時間神殿を目の前をして、ロクサーヌは何をするでもなく、ただただ突っ立っているのであった。

 

 この空間こそが魔神王の第二宝具である戴冠の時来たれり、基は全てを始めるもの(アルス・パウリナ)、固有結界“時間神殿ソロモン”。

 ソロモン王の魔術回路を基盤とする小宇宙。

 空は獣の霊基に満ちており、地は魔神柱で出来ている。そこはまさしく悪魔の巣窟であった。

 

「どういうつもりだ? サーヴァントも連れずに我らの神殿に来ようとは? とうとう自害を選んだ、という訳でもあるまいな? そうであるのならば、どんなにありがたいことなのだが」

 

 そんな中で、魔神柱が一柱、魔神フラウロスがロクサーヌへと近づく。

 その姿は人間で、いつぞやのタキシード姿である。

 

「ロクサーヌ。君は、私と出会った時から、何も変わっていないのだな。幾多の試練を乗り越えて、施しの聖者から鎧を施されてなお、我々を。そして人間というものを恐れている」

 

 フラウロスが近づくたびに、ロクサーヌの身は震える。

 しかし、逃げようにもここが敵地であり、旅の終着点。身を隠すものは何もない。

 どこにも逃げられず、彼女はただ身を震わせるのみ。

 

「君が人類最後のマスターだと知って、正直私は笑いが止まらなかった。最早、我々の邪魔をするものは何もいないのだと。そう確信した。だが、君は我々の予想を悉く裏切った」

 

 ロクサーヌは弱い。

 精神薄弱で、魔力供給しか能が無いマスター。

 一見、そのように見える。

 

 しかし彼女はそう見えるだけで、確かな強さがある。そう魔神柱たちは認めているのであった。

 でなければ、彼女はここまで到達しえなかっただろう。

 偶然と片付けるに、彼女の進撃はあまりにも都合がよすぎる。

 

「認めよう、私の眼は節穴だった。何故、あの忌々しい存在はこのような者を送り出したのだ? 全く、理不尽で腹が煮えくり返りそうだよ」

 

 ロクサーヌが深呼吸をし、口を開く。

 

「おれのかみの正体がわかっているんだね」

「知識さえあれば子供にだって分かることだろう? 暴君ネロが嫌い、帝国神祖ロムルスがローマの一面と認めざるを得なかった。そのような神など、一つしかない」

 

 ロクサーヌに味方する神は、間違いなく聖書の神。

 それも新約聖書に書かれた唯一神。

 その教えはかつてローマで栄え、ローマの権威を食いつぶした宗教でもある。

 その名をキリスト教という。

 

「私としては、君に問い詰めたいことが山ほどあるのだが。それは我々の総意でもあるのでね」

 

 そう言うとフラウロスは彼女に背を向け、どこかへと向けて歩き出した。

 

「来るがいい、我が王の下へ。このフラウロスが、君を玉座に案内してあげようではないか」

 

 一時的に魔神柱たちはその活動を休止することで空間が歪み、玉座の道が開かれる。

 フラウロスがその先へと歩み出したことで、ロクサーヌはそれについていく。

 

『ロクサーヌ、ちゃん』

 

 

 

 

 

「来たか」

 

 そこは王の玉座。

 本来なら道中を破壊しつくさねば立ち入れぬ、神殿の心臓部。

 そこには膨大というにもおこがましいほどの魔力が渦巻いている。

 

 そこに立つのは、魔神王ゲーティア。

 ソロモン王に巣食う七十二の魔神柱、ソロモン王の負の遺産。

 ソロモン王の遺体を用いているが故に、その姿はソロモン王のそれである。

 

「何故このようなものが、我々の敵なのか。理解に苦しい。今にも助けを乞わんとするほどに、怯え声を上げんとするほどに、苦悶の海に溺れているではないか」

 

 彼は理知的ではあるが、威圧的。

 人の姿であれど、その本質は不老不死の全能者のそれ。

 完全故に人間には理解できず、また彼も人間を理解できていない。

 

 震えながらそこに立つ、ロクサーヌの存在を未だに認められないでいる。

 

「だが、認めよう。その本質は我々と同じ志を持てるものであると。そして、その力は私の足元にも及ばないにしろ、私の前に立つ程度には相応しい力であると―」

 

 だが、完全故に理解できることはある。

 彼女は神の名の下に、来るべきして来たのだ。

 それはかつて戯言だと切り捨てられていたが、今は七十二柱の総意となった。

 

 そんな中、ロクサーヌのとった行動に目が向いた。

 

「何だ、その薬は」

 

 ロクサーヌは懐から液状の薬を取りだし、零れ落とそうになりながらも飲もうとしている。

 

「思考を向上させる薬か? しかも劇薬のそれではないか。直にでも死ぬ気か?」

 

 ゲーティアはその力故に、薬の性質を見抜いた。

 その薬は、思考能力を短時間だけ活性化させる力がある。

 ただし使用者の寿命をすり減らし、脳機能に後遺症が残るような劇薬でもある。

 

「あー、あー。水黽(あめんぼ)赤いなあいうえお、浮き雲に小エビも泳いでる。うん、よし」

 

 ロクサーヌは良く通る、呂律の良く回る、透き通った声を出した。

 その眼に、普段よりは光が見えるような気がする。

 

「俺の寿命に関してはもう、いい。この戦いで、この身体も不要になる。それより、しっかり思考ができるってことが俺には必要だ」

 

 彼女は明確な意思を持って、目の前の魔神王と向き合う。

 

「俺と話がしたいのだっけ? でも、あー。俺と話すことなんて、今更ないと思うのだけど」

「いや、そうでもない。我々にとって、君の行いは見過ごせない」

 

 彼女は首を傾る。魔神王の意図がわからない。

 お互いに、相容れない存在だと思っているはずだ。

 以前の夢でもそうだったが、なぜ話そうとするのだろう。

 

「見過ごせない? なのに、何を話す?」

「我々としては、君の行いを認めたくないのだ。だから、君を止めようとしているのだ、ロクサーヌ」

 

 止める、という言葉にロクサーヌは疑問を思った。排除する、ではなく、止める?

 

「私からの唯一の忠告だ。全てを放棄し、カルデアに引き籠っているが良い。それが最善の選択だ」

 

「何故戦う。いずれ終わる命、もうすぐ終わる命と知って」

 

「死を恐ろしいと、無残なものだと認識するのなら、知性を捨てたままでいるべきだったのに」

 

「人間たちはこの二千年の先を生きて、何になる? ひたすらに死に続け、ひたすらに無為であろう」

 

「貴様らには死が前提にある。その生き方に価値はない」

 

「だから、今すぐその生き方を止めて、知性なき生命として生きるが良い、人類最後のマスター。これは、私からの同類へ憐れみであり、優しさなのだ」

 

 魔神王の“説得”が終わると、ロクサーヌは俯いていた。

 

「そうか。お前達は、俺を止めようとするのか」

 

 ロクサーヌの中で、ロマニの姿が思い浮かぶ。

 

「確かに、魅力的だな」

「そうだろう」

 

 彼も自分が、そして彼自身が苦しむのを止めようとしていた。

 故にあの行動だったのだろう、故にこの行動なのだろう。

 

「俺も、この苦しみから解放されたいと何度思ったか。もう数えきれないほどだった」

 

 誰も彼もが、これ以上辛い思いをしたくないのだ。

 魔神王は、生ある苦しみを感じたくないないのだと。

 ロマニは、辛い光景を見たくないのだと。

 ロクサーヌも、苦しい精神状態から逃げ出したいのだと思っている。

 

「この世にあの主人公がいればと何度思ったか。だがこの世に、あの主人公はいない。何故だろうな」

 

 藤丸立花がいれば、全て解決だったのだろう。

 ロマニは満足して天に帰り、魔神王は人の王となる。

 そして主人公には新しい冒険が。

 

 だが、そんなものはいないのだ。その光景は永久に訪れない。

 

「足りない頭で考えていたけど。そもそも、この世には主人公など、居てはいけないのかもしれない。ナイチンゲールも言ってただろう、俺は英雄(びょうき)だと。俺のような英雄なんて、俺のような主人公なんて、本当はいてはいけないのだろう」

 

 主人公の代わりに用意されたのが、自分という主人公(えいゆう)

 合理的で、最低限の力を持たされた、都合の良い病気(ぶたいそうち)

 

 こんなの、誰も望んでいないであろう。

 

「俺には、お前達の言う世界も、そう悪くないのかもしれない」

「ならば」

 

 逃げ出してしまえば、自分は主人公という呪縛から解放されるのかもしれない。

 

「だけど、だけど。駄目だな。悪いが、お前の言いなりにはならない」

「それは何故だ?」

 

 ロクサーヌは唾を飲み、その言葉を絞り出した。

 

「下らない理由だけど、やっぱり勝ちたいからだよ」

 

 ゲーティアはしばらくの間、沈黙する。

 

「私に、勝ちたい、か」

「結局のところ、お前に勝つことだけが、俺が今、ここにいる理由で、主の望んだ宿命だからだろう。だから、お前に勝って、俺の存在を証明したい」

 

 ロクサーヌはホムンクルス。

 目的のために作られ、消費される存在である。

 主より彼女に与えられた命は、ゲーティアを殺すこと。

 

 その目的はあまりにも明確で、一人の道具。

 道具にすぎないが、確かに価値はあるのだろう。

 

「そうか。何とも分かりやすい理由だ」

 

 なるほど、大いなるにより作られ、崇高なる目的を果たす。

 古今東西によくある英雄碑だろう。

 面白いのだろう、素晴らしいのだろう。

 

「何とも英雄的で、嫌悪しかない。何とも無意味で、無価値でしかない」

 

 しかし、ゲーティアには悪酒のようにしか思えない。

 その過程で、一体幾つもの生が踏みにじられると思っているのだ。

 それを思うと嫌悪しか湧き出なかった。

 

「うん。理解されるとは思わんさ。俺の思いが理解できれば、人類悪などに成りはしないのだろう。そういった所が、俺とお前との違いなのだろう」

 

 ロクサーヌは沈んだ顔で、ゲーティアに顔を向ける。

 

「残念だ。非常に残念だ。では、今ここで私の手によって死ぬがよい。それがお前の唯一の救いになる」

「死ぬのはお前だ。憐憫の獣」

 

 言葉と共にゲーティアの圧が膨れ上がるが、それでもロクサーヌは強がってみせる。

 

「何故、貴様は私に勝てると思っている。私はそれが不思議でたまらない」

「それはこっちの台詞だよ。何でお前は俺に負けないと思っている? 何故、お前は負けないと思っている? アンデルセンが説いていたけど、あれから答えは見つかった?」

 

 互いの力の差は明確だ。

 ゲーティアは強く、ロクサーヌは弱い。

 普通なら、ゲーティアが勝つはずだ。

 しかし、ロクサーヌはここに来て勝利を確信している。

 

「我々はあれからあらゆる可能性を検討したが、終ぞ見つかることはなかった。その可能性が実在するというのなら、是非とも聞かせてもらいたいところだ」

「ビーストⅠ、魔神王ゲーティア。その攻略法は二つあると俺は知っている。一つはグランドクラス。例えばグランドキャスター、ソロモン王が持っている、第一宝具」

 

 その言葉に、ゲーティアはピクリと反応する。

 

「その名を訣別の時来たれり、其は世界を手放すもの(アルス・ノヴァ)。ソロモン王がその最期に、神による全能の指輪を天に返した逸話の宝具。これを発動すると、ソロモン王は己の持つ全ての偉業を手放すこととなる。無論、お前たちの存在もな」

 

 神の恩恵を天に返還すること。

 それはソロモン王という存在の消滅を意味する。

 発動後、彼のあらゆる全ての偉業はこの世から、そしてその存在が座から消滅することになる。

 勿論、その場に全ての指輪が揃っていて、自爆宝具と知って持ち主が発動すれば、であるが。

 

「まさか。だが、あの男が。ありえん」

「全てが見れるのなら、その可能性があると分かるのじゃないかな。もし、ソロモン王が聖杯戦争に呼ばれたら? その聖杯戦争で己の願いをかなえ、現代に“ただの人間”としての生を望んだならば? それが、今もこの状況を見守っているとするならば?」

 

 そして、その男は、今もこの場を見守っている。

 彼女を信じて送り出している。

 

「貴様は。その男を」

「いや。ロマニは来ない。そもそもこのような物語に、彼は来るべきではないだろう。この場では、“主人公”が全てを解決する、それでいいだろう」

 

 ゲーティアの反応を余所に、彼女は続ける。

 

「もう一つは、ビーストと同等の存在をもって、ビーストを倒すことだ」

 

 それは毒をもって、毒を制する方法。

 岡っ引きのように犯罪者を利用して、犯罪者を捕まえる方法。

 まさに劇薬のそれだ。

 

「人類悪と同等である存在。キャスパリーグとか、ティアマトとかは分からんが。人類の欲望を詰め込んだマスターであるリヨぐだ子とか、殺生院キアラにアンデルセンと聖杯があれば、かなあ」

 

 古来より毒は薬であり、薬は毒である。

 毒である故に、毒を制することができる。

 そうした神秘を用いることで、人間は毒を破ることができるのであった。

 

「なるほど。だが、我々と互角である、と? それはあり得ない。貴様は我らと同じ可能性はあれど、格は我らに遠く及ばない」

「そうだな。それだけの力は、あまり現実的ではないし。そんな力を持っている次点で、本来なら駆逐の対象だろうしな」

 

 かつて、彼女がリヨぐだ子の存在を思い浮かべた時のように。

 その存在は、存在するだけで劇物である。

 存在は出来る限り、望ましくない。

 

「そして俺にはそれだけの力は持たされていない。いや、それだけの力は必要ない。神の力を得たビーストといえど、対抗策は存在している。お前は倒せる。それでいいだろう」

 

 とはいえ彼女には幸いなことに、この世界はメタを張っての勝利ならそう珍しいことではない。

 エミヤがギルガメッシュに勝てる可能性があるように。

 一点特化が最強に打ち勝つ可能性は、十分に残されている。

 少量の毒でも、猛毒に打ち勝てる可能性は十分だった。

 

「やろうよ、戦闘。そっちも準備はできているのだろう。お互いのことは、己の力をもって証明して見せよう」

 

 ゲーティアの姿がソロモン王の姿から変わる。

 

 人の姿から、金と白金に彩られた筋骨隆々の姿に。

 頭に角を生やし、腕や胸は裂け、そこから口や目玉が覗いている。

 その姿はおどろしき悪魔や怪物の姿。

 

「では、貴様の望み通り、お見せしよう。貴様の旅の終わり。この星をやり直す。人類史の終焉。我が大業成就の瞬間を! 第三宝具、展開」

 

 ゲーティアが展開するは、原罪のⅠ。

 各特異点の上に輝いていた光帯。

 その本質は、人類の歴史全てを熱量に変換したもの。

 

Ring-a-Ring-o' Roses(わっかをつくろう), A pocket full of posies(ポケットいっぱいのはなたばで), Atishoo, Atishoo(くしゃん、くしゃんと), We all fall down(みんなたおれた)

 

 ロクサーヌが展開するは、彼女の精神。

 ロクサーヌという存在の象徴。

 その本質は、心の病が作り出す心理の膜にして壁。

 

誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの(アルス・アルマデル・サロモニス)

小夜啼鳥の籠(かごめ、かごめ)

 

 光が、束となってロクサーヌを飲み込む。

 いかなる防御でも、この熱量には耐えられぬ。

 人類の歴史全ての重みが、この攻撃に集約されているが故に。

 

 この熱量に敵うものなし。そのはずである、が。

 

「熱つつ。なんとか、致命傷で助かった、か」

 

 しかし攻撃の後には、それまで着ていた病人服を捨て去り、光輝く簡素な服を残したロクサーヌの姿があった。

 

「なるほど。その宝具か」

「そう。身体は失えど、この宝具が俺の血肉となる。そして、これを発動している限り、俺は生き続けることができる」

 

 彼女のホムンクルスとしての身体は焼き尽くされた。

 しかし現在、精神エネルギーのみで彼女は生き続けている。

 つまりは、かつてのオルガマリーと同じ状態だ。

 

 そしてその状態を支えるのが、彼女の宝具。

 カルナの血肉、太陽の鎧を主材料とするこの宝具はその性質を受け継いでおり、神でも壊せぬ代物。

 本人が捨てなければ、決して破られることはない。

 

 ただし、生の苦痛に耐えられるのであれば、であるが。

 この宝具は精神的な痛みを所有者にそのまま伝える。

 

「だが、どうするのだ。守ってばかりでは私には勝てない。そして、私は守るだけで、目標が達成できる」

「そうだな」

 

 ただ、人類を滅ぼすことが、彼らの目的ではない。

 人類の歴史の熱を集めた理由は、過去へと至るため。

 天体が生まれる瞬間に立ち会い、そこでエネルギーを集め、死のない惑星を作り上げる。

 これこそが彼らの目的であり、その時が来るときに彼の目的は達成される。

 

「ここまでして折れぬか。何故だ。何故折れぬ」

 

 ロクサーヌの存在は気にかかるぐらいに邪魔なのだ。

 だからこそゲーティアは、この場の全力をもって排除しようとした。

 だが、苦しみながらも最後のマスターは未だ、立っている。

 

「何故、分からぬ。人間には絶望しかない。人類に未来などない。それなのに、何故そこまでして人に味方する」

 

 不可思議だ。

 何故、この苦しみを我慢できる。

 何故、我々の敵である。

 完璧であるゲーティアは、人間がどうしても分からない。

 

「何故、か。勝ちたいから、だけでは納得しないのかな」

 

 ロクサーヌは、自分に語るように答えた。

 

「まあ、これは失う物の方が多い戦いなのは認めるよ。オルガマリー所長は死に。ロマニたちは仕事に追われ。俺のサーヴァントたちは俺の指示を待っている。俺の心は確かに限界だった」

 

 確かに、自分は限界だったのだろう。

 誰にも縋れず、孤独だった。

 いつ壊れるか、そんな日々がここまで続いていた。

 

「だが。この旅においては、ここまでは来れるとは分かっていた。そして、お前達には勝てると知っていた。それだけが俺の、心の支えだった」

 

 ただ、それでも勝機は既に手中に収まっていた。

 そして、それをサーヴァントたちは理解しており、支え続けてくれた。

 それを自覚していたからこそ、彼女はここまで正気を保っていられた。

 

「俺も、最初は自分の力を認識していなかった。自分がここまで力を持っているなんて、思いもしなかった」

 

 ロクサーヌは己の胸に手を当てる。

 そこには、彼女ではない“何か”の力が脈動している。

 それこそは、彼女の中の“男性“である。

 

「だが、最初から俺は、この力を持っていたのだと知ったよ。最初から神なるものは、己の中にあったということだ。あの男に抱かれることによって、屈辱と恍惚の中で、俺はこの力に目覚めた。あの時確かに、俺は神を見た」

「また、随分と古いものを持ってきたものだ」

 

 彼女の力は、例えるならインドの密教のようなものである。

 もっと古いのであれば、エルキドゥもシャムハトとの交わりによって知恵を得たことが、例に挙げられる。

 それは男性と女性の交わりにより、心身の完成を目指す儀式。

 彼女の力は、これに類しているものなのだ。

 

「だが。同時に、こんなものかとも知ってしまった。勝利なんて、こんなものなんだって。それでも俺は、戦わずにはいられないのだけど」

 

 彼女は天を仰ぎ、目を瞑った。

 

「しかし、これ、手放さなきゃならないのか。分かっていたけど辛いなあ」

 

 すると彼女の服は破け、黄金の鎧が露出する。

 そして黄金の鎧もバラバラとなり、崩れ堕ちる。

 

「宝具を捨てた、だと」

「ああ、俺の真の力を発揮するには、邪魔なんだ。俺が私であるためには、俺はロクサーヌであることから解放されなければならない」

 

 肉体を失ったロクサーヌの身体が、光となって消え去っていく。

 光の粒子は霧となった後に、再び一か所に収束していく。

 すると光は、ある形をとった。

 

「来たれ。私はこの時を恋い焦がれてありし者なり」

 

 何かの祈りが、その場に木霊する。

 祈りは仰々しくもあり、同時に慎ましくもある。

 その正体を、ゲーティアはすぐさま看破する。

 

「黙示禄の四騎士、だと」

 

 白磁器の肌を持つ、男とも女とも区別のつかない者が白い馬に乗っていた。

 手には弓が握られ、頭には王冠が載せられている。

 その白い眼は無機質で、何も映し出していない。

 

「やはりフラウロスめ、その目は節穴か」

「私の名はホワイトライダー。勝利の上に勝利を得るために出かけるもの」

 

 ある日、主が男の夢枕に現れた。

 

“汝に資格あり。望みを口にせよ。願うものを与えよう”

 

 それに彼はこう答えた。

 

“ならば、俺に勝利を”

 

「括目して待て。私こそは、主に勝利を求めたものの末路でもある」

 

 彼女(かれ)こそは白の乗り手。

 小羊が開いた七つの封印が一。

 新約聖書、ヨハネ黙示禄に語られし存在。

 

「だが。その鎧を失った以上、私の攻撃は防げない」

 

 脅威的な存在であれ、力を発揮する前に屠ってしまえば関係ない。

 格は明らかにこちらが上、どのような力だろうと圧倒できる。

 ゲーティアは彼女(かれ)に手を上げる。

 

 しかし、彼女(かれ)は事前にゲーティアに弓を向けていた。

 

「我が権能を持って命ずる。“動くな”」

 

 そう宣言すると、ゲーティアの体は瞬時のうちに石像と化した。

 

「体が、動かん」

『観測所、ガープより警告。全魔神柱がコントロール不能。支配権を握られている―』

 

 黙示禄の騎士は、神によりそれぞれ権能が与えられている。

 それぞれの騎士たちは、地上の四分の一を支配する権能と剣、飢饉と死と地上の獣により人を殺す権能を与えられている。

 

「私の権能は、我が領域に対して絶対。ソロモンの犬よ、憐憫の獣よ。その心は私のものだ」

 

 白の騎士は勝利の上に勝利を重ねる者。

 そして、地の四分の一の支配と地上の獣により人を殺す権能である。

 彼女(かれ)はその権能より、聖書の神に関するもの、ゲーティアを支配することができるのだった。

 

「貴様は。その力が何を意味するのか、分かっているのか。お前たちは再び、あの蛮行を繰り返そうというのか」

「然り。私もまた、人類に害を成すもの」

 

 彼女(かれ)は獣により人を殺す権能を与えられしもの。

 毒を持って毒を制すとはよくぞ言った所であろうか。

 ゲーティアの存在は人類にとって猛毒であるが、彼女(かれ)の存在もまた、毒である。

 

「私は四騎士の中でも尖兵に過ぎぬ。私がこうして生まれた以上、いずれ第二、第三の騎士が現れるであろう」

 

 彼女(かれ)がこの世に生まれた以上、第一の騎士が現れた以上、黙示禄の時は始まった。

 黙示禄が訪れる時、人類は未曽有の災害に巻き込まれることになる。

 勿論、彼女も分かっていたことだった。

 彼女がこの世に生まれた時から決定づけられ、既に何もかもが手遅れである。

 

「終焉だ。此の命令をもって、この場を締めるとしよう」

 

 彼女(かれ)は再び、ゲーティアにその弓を向けて宣言する。

 

「我が権能をもって命ずる。“自害せよ、ゲーティア”」

 

 石化していたゲーティアは解放され、体が勝手に動き始めた。

 光が彼の体から迸る。

 蓄積された異常な魔力の流れが、ゲーティアの体を壊し始めた。

 

「このままでは終われぬ。我らの計画が、こんな結末など、断じて認めない」

 

 各々の魔神柱も同様の状態である。

 必死に魔力の流れを操作しようとするが最早止まらぬ。

 だが、ゲーティアとてこのままで終わらない、終わる訳がないのだ。

 

「いずれ貴様も、知るだろう。貴様らに、今の人類の生に幸福などないというこ、こと、を」

真に(エイメン)。人類に災いの多からんことを」

 

 ゲーティアは必死に言葉を振り絞り、彼女(かれ)はそれに謹んで答えた。

 

 光はいよいよ臨界を迎え、まさに爆発せんとす―

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 

 神殿が崩壊する中、彼女(かれ)は空を見上げていた。

 そんな中で、彼女(かれ)に話しかけるものが存在していた。

 

「気は済んだか。狂人」

「英雄王」

 

 彼女(かれ)が振り向くと、そこにはロクサーヌのサーヴァントたちが皆、揃っていた。

 

「全く、今の現世に興醒めな者も居たものよな」

 

 最前に、英雄王の姿がある。

 

「何の機会もなく滅ぼされることが、人の命ではなかろう」

「は。滅ぶならそれまでの人間ということよ」

 

 彼女(かれ)はぼそり呟いた。

 

「ゲーティアはこの手で仕留めた。しかし、手ごたえはなかった。あれが全てであるとは思えん」

 

 彼女(かれ)が思うに、ゲーティアは、この結末を察していたように思える。

 だからこそ、こちらを何とか諦めさせようとしたのだろう。

 

「いずれ、その獣性を受け継ぎし者が現れるのかもしれぬ」

「何。それもまた一興であろう。そのぐらいが腑抜け切った人間共には丁度良い」

 

 そして、こちらの力に対して何か対策をしていてもおかしくはない。

 もし、負ける可能性をゲーティアが認識していれば、これだけでは確実に終わらない。

 これで全て解決だとは、どうしても思えなかった。

 

「我は寛容よ。貴様もその見世物も模造品であるが。此の都度の旅に免じて、貴様の行いを許容しようではないか」

 

 ギルガメッシュは、何かを彼女(かれ)目がけて放り投げた。

 彼女(かれ)がそれを見ると、光り輝く太陽の鎧の一部であった。

 彼女が捨てた、宝具の一部だ。

 

「だが、その姿は不愉快だ。これは貴様の物であろう? 其れをもって我の眼を欺く事を特別に赦そう」

「良いのか?」

 

 これの元はカルナの宝具だ。

 カルナは彼も認める超級の存在で、その宝は彼の眼にも適うほどのものであるのだが。

 どうしてだろうか。

 

「不敬。我に二度を言わせるなよ」

「例え一流であっても、手垢のついた真作など英雄王の蔵には不要だということだろうな」

「施しの英雄よ。いくら貴様とはいえ、お喋りが過ぎるぞ」

「すまない。貴様のことを必要以上に語ることは、余計だったな」

 

 納得して、彼女(かれ)は宝具を再び身に着けることで、彼女へと戻る。

 光輝いている、宝具頼りでかろうじてこの世に現存している姿だ。

 

「やけに、しっくりするな。一回捨てたのに」

「アホか。こうなることは分かり切っていたのだぞ。一回読んだぐらいで飽きる作品なんぞ、俺が提供するとでも?」

「ああ。そういうことか」

 

 カルナの鎧は、一度手放した後は、二度と戻ってこなかったはずだが。

 どうやら、宝具は一回手放しても再利用できるように、書き換えられているらしい。

 おかげで、ロクサーヌは自分という存在を保っていられるようだ。

 

「そっか。これから、俺も。もうちょっとだけ生きなければいけないのか」

 

 ロクサーヌは崩壊しかかっている辺りを大きく見渡した。

 

「というか。なんだかなあ。帰りたくないなあ」

「帰る約束をしたのだろう」

 

 カルナの指摘により、彼女の表情は沈む。

 

「これから、ろくでもないことがいっぱい起こるんだ。俺が楽した分、世界はさぞ素敵な光景になるに違いない。これが、主の望んだこと。黙示禄の時。俺が選んだ選択の、末路」

 

 こうなることはわかっていた。

 しかし、いつだってそれを許容できるとは限らないのだ。

 

「俺は強く、あれたのかな」

 

 所長は救えなかった。

 旅は満足できるものではなかった。

 そして、結局世界に問題は残されている。

 

「神に縋る時点で、我からしては軟弱よ」

「お前はお前らしくあればいい。それ以外に何が必要だ?」

「そう。だな」

「とんだ人に騙されましたー。こんなのあんまりですよー」

「まあ、希望を持つことだ。これからは乱世になるだろう。その中で、お前の仕えるに相応しい人間も出てくるだろうさ」

 

 ロクサーヌは顔をこすり、顔を上げる。

 そしてようやく、旅への終わりの方向へと向き合った。

 

「急ぐがいい。マスター。禄でもない未来がお前を待っているぞ」

「うん」

 

 こうして彼女の戦いは終わった。

 獣は倒され、人類は救われた。

 そうして彼女たちは明日へと向けて歩き出す。

 

「帰ろう。皆が待っている」

 

 彼女の眼が少しだけ、輝きを取り戻した。




ご愛読ありがとうございました。

やる気が向いたら、設定や雑感を公開したり、補足的な話を書くかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。